小屋からおきて出た先には元気のよさしうな五頭の栗毛馬がひきだされており。
早朝のキンと澄み切った空気に彼らの鼻息は勢いよく白い。
「また馬ぁ!?」
そんなオレの声に。
「この世界には車や電車なんてものはありませんからねぇ。我慢してください」
オレの声にと馬をなでつついっているコンラッド。
「??くる?何ですか?それは?」
意味がわからないらしく、首をかしげているギュンターやそのほかの兵士たち。
昨日までかなりいたはずの兵士たちは、
馬の調達や、報告をかねて、昨夜のうちに王都にもどったとか何とか。
何でもいろいろと準備とかもあるらしい。
……準備って?何の?
「というかさぁ?あんたたち魔族なんだから。魔法とか自由に使えるんだろ?」
地球の魔族さんたちは使えないけど。
どうやらこっちではそうじゃないような気がするし。
「魔法?ああ。魔術のことですか?」
オレの問いかけに首をかしげるギュンター。
「うんそう。魔法。だったら何も都?だか城までさ。馬で走んなくなって。
  杖ふって、魔法でバビューンと飛ばしてくれればいいことだろ?ルーラとかそんなんでさ」
そんなオレの言葉に。
「陛下。魔術とはそう万能なものではないのです」
いって、咳払いをして続きを説明しようとしてくるギュンターに。
「今。この世界でドラクエのようなルーラを使えるのは、僕とユーリくらいなものだよ。
  僕らの魔力はケタが違うからね。まあ、今のユーリではまだ無理かな?」
いってアンリは苦笑して。
そして。
「でも僕もまだ使えないよ?どちらにしても移動の術は目的場所の明確なイメージが必要だし。
  僕がここに産まれてたのは最近でも五百年くらい前のことだし。
  そのときも眞王廟で一生をほとんど過ごしてたし。
  あ、そういえば眞王廟、といえば。ウルリーケ元気?」
そんなアンリの言葉に。
「猊下。ウルリーケとお知り合いなのですか?」
などと聞いているコンラッド。
「だぁぁ〜!!オレにはまったくわからない会話しなくてもいいじゃないか!アンリ!
  というか、何で他の人は使えないの?」
「力の頼り所の差みたいなものかな?」

よくわからない返事を……
「よく陛下や猊下がおっしゃられてる。るーらとかいうのが何なのかは存じませんが。
  とりあえず、不必要に誇張された情報です。
  人間たちの中には信じているものがかなりいますが。
  基本的には魔術の力が役にたつのはほとんどが戦闘のときですし。
  それ以外では陛下をお呼びした際のように非常に貴重で特殊な場合のみです」
ギュンターがいってくるけど。
「まあ、誇張うんぬん、というのはさ。…ま、僕やエドの話が元になってるんだろうけど。
  実際杖ふったりしていろいろやったしさ」
さらっと何やらいっているアンリ。
やったのか…アンリは……
「ま、今の魔族にそんなことできるものはまずいないでしょうね。今の世の中は省エネですから」
にこやかに、そういってくるコンラッド。
コレはコンラッドの後ろに。
そしてアンリはギュンターの後ろにとまたがり、馬にゆられつつ、村を後にして出発し。
馬上でそんな会話をしているオレたち。
オレもアンリも小さいころから乗馬教室にかよっているので別に馬にのるのに抵抗はない。
ないけども……
だからってぇぇ〜〜!!また長い乗馬の道のり!?
先にいく兵士たちの上にも『こつひぞく。』とかいう骸骨くんがとんでいる。
ここれアンリと同じくオレもコッヒーと呼ぶことにしよう。
ふと見上げればオレたちの上にも同じコッヒーの姿が。
とりあえず。
「やっほ〜。コッヒー。昨日は運んでくれてサンキューな。
  って同じやつなのかどうかちょっと区別つかないけど」
とりあえず昨日、助けてらったのは事実なわけで。
手を振りつつ一応お礼をいっておく。
やっぱりきちんとした礼儀、というものは、相手が何であれ必要だ。
と養母の自称『浜のジェニファー』から叩き込まれているからして。
と。
オレがいうのと同時に、なぜかアゴをカタカタならし、はばたきをさかんに繰り返し始めるコッヒーの姿。
うわっ!?
「うわっ!?怒った!?怒ったの!?アレ?」
かなりグロテスク、といえばグロテスク。
だが、愛嬌がある、といえばそうもみえるかもしれない。
そんなコッヒーをみて、思わず横にならぶ教育係、とかいっていたギュンターにと問いかける。
「いいえ。陛下にお声をかけられて感極まっているのです。
  彼らには『個』という概念がありませんから。一人に告げれば全体に伝わったも当然です。
  骨飛族同士は離れていても特殊な意思伝達機能が可能なので、
  見張りや斥候には非常に重宝なのですよ」
そう説明してくれるギュンター。
村をでるとき、数名が出迎えに出てくれた。
元気よく手をふりわかれたのがついさきほど。
彼らはつらい経験をしたにもかかわらず、せいいっぱいがんばっている。
家を焼かれ、家族を殺される……なんて。
オレのすんでた日本ではまずめったとありえないこと。


コチコチコチ……
ただただ馬上で揺られ、時間だけがすぎてゆく。
腕にはめているアナログGショックによれば、かれこれすでに数時間……
どうりでお尻がいたいわけだ。
しばらく話していたら喉がからからに渇いてきてもはや体力も限界に近い。
こう疲れるくらいならば、思いっきり体を動かして、運動してつかれたほうがまだましである。
途中休憩をしつつも、とにかくただひたすらに突き進み始めて。
気づけばもう六時間以上はゆうに経過してるし……
「………」
さすがに六時間も馬上で揺られているともはや腰はほとんど岩状態。
道すがらギュンターが国の成り立ちなどをはなしてくれていたけど。
オレとしてはそんなのは頭に入る状態ではない。
というか、オレとしてはとっとと、ぱっ!と目的地にと移動したいところ。
アンリが移動できる。というのは聞いたが。
それはあくまで五百年前の場所をイメージするので、下手したら別の大陸にいく可能性もあるらしく……
残念ながら却下された。
「この際だから国内視察だとおもえばいいじゃん」
などとのんきなことをアンリはいってるし……
長く馬上でゆられていると、いやおうなしに馬の名前までもが頭にはいってしまう。
せめて水筒でもあれば楽だったのに……
今だかつて、こんなに半日も何か同じ乗り物にのっていたことなんてないしなぁ。
乗り物を乗り継ぎつつ、というのはともかくとして。
あとは車くらいかな?
「どうなさいました?陛下?先ほどから意味不明のことをつぶやいてますが……
  ここでは交通手段はかぎられていますからねぇ。あと少しの辛抱ですよ」
ぐた〜とよりかかっているオレにとコンラッドがいってくる。
「ほらほら。ユーリ。ファイト!」
「……お前は元気だな……アンリ……」
おもわずじと目でいうオレにたいし。
「久方ぶりだからね。この国も。といっても今生でははじめてだし」
そんなオレやアンリの言葉に。
「陛下。そろそろ次の休憩地点ですので」
申し訳なさそうに言ってくるコンラッド。
しばらくして。
ようやくその休憩地点にとたどりつく。


「うにゃぁ〜……」
促され、地面に降り立ったはいいものの。
まるで船にのっているみたいにふらふらと視界がゆれる。
今はここは春の第二月らしいのだが。
冷蔵庫が恋しいような日差しだし……
差し出される食事といえば、いわずもがな携帯食料品。
それをみて思わずため息。
「食欲なんかないよ。夜は寒いし昼は暑いし。おまけにのどは埃でカスカスだし。まったく…あ」
ふと自分の横にと望んでいたとおりのものが差し出され、思わず手を伸ばしかけてふととめる。
一日体験教室で素人がつくったかのような不恰好なグラス。
ふちまで注がれた水の冷たさ。
外側には霜と水滴がついている。
今、もっともオレがほしいもの。
それは――
「冷たい水!」
「陛下!」
それを見とがめたのかギュンターが早足でこちらにちかづいてくるけど。
アンリは鞄の中からタオルを出して頭をふいてるし。
……ずるいぞ……アンリ……
どうせまた人間のくれるものを飲み食いするな。というのだろうけど。
散々昨夜も、もどってからいわれたし。
だけども木の盆をささげてもっている十歳そこそこの女の子は髪も瞳もすみれ色。
色以外はすべて人間と同じ。
だけど……さすがに見慣れてきたのかオレにはその違いがわかる。
はっきりいって、オーラというか生命力の色が人間とは異なる。
ということは……
「君は魔族なんだよね?」
何かギュンターたちとは異なるオーラの色だけど。
まだオレこっちの人たちの生命力の色の違い、把握してないし。
敵意のないことだけははっきりと理解ができる。
初日はとまどいすぎていたのか、混乱していたがためによくわかんなかったけど。
「はい。陛下。我等のもてる最後のひとしずくまで陛下のお役にたてればさいわいです」
いって少女がうなづいてくる。
別に悪意もなさそうだし。
何より今は冷たいものがとりあえず喉から手がでるほどほしい。
容器に指をふれさすと思ったとおりに痛いほどに冷たい。
教育係が何やらいいながらやってくるけど。
「陛下。おまちくださ……」
手の中から受け取った水がなくなって、横を見上げると。
コンラッドがオレから取り上げた容器を区口元にとはこんでおり。
そして、一口ののんでからオレにと手渡し、短く。
「少しのこして」
とだけ小さくオレにだけ聞こえるようにとささやいてくる。
ほんのわずかに飲み残した容器を盆にともどすと、
女の子はうれしそうに深くお辞儀をして走り去ってゆく。
「…あれは……」
アンリがその女の子をみて何か小さく何かつぶやいているけど。
ちらり。
とこちらを振り向き、再びペコリ、とお辞儀をし走ってゆく女の子を見送ると同時。
喉を通った冷たい感覚は一気に胸まで広がって、カキ氷の直後みたいに眉間が痛み。
一瞬なぜか視界がぐらつくが、急に頭がすっきりして周囲の緑が濃く見える。
「…オレ、すっげぇ喉がかわいてたらしいや。真夏の部活中の脱水症状並に」
そんなオレの言葉に。
「あの子は陛下に水をお出しできたことを一生の自慢にしますよ。きっと」
にこやかにオレの横でそういってくるコンラッド。
だがしかし、今の彼の行動は……
大好きな時代劇のシーンで知っている。
彼は今、毒見をした。
オレのために毒見をしたのだ。
それに気づいて胸がいたい。
そんなオレ達のほうに。
「陛下。我々が持参したもの以外はお口になさらないようにと再三もうしあげましたのに」
いいながら近寄ってくるギュンターの姿。
「だってここはもう完全に魔族の村なんだろ?
  すんでる人たちだってさぁ。ほらギュンター。あんたにも似てる妙に美形の奴が多いし」
「だからといって……」
コンラッドは馬の『ノーカンティー』からくらをはずし、人と同様に彼女にも水を持ち上げてやりつつ。
「変な味はしなかったし。溶けずに沈んでいた場合も考えて最後の一口は残していただいた。
  陛下だって物分りの悪いお方じゃない。最初の一杯に冷たいものがほしかっただけで。
  後は水袋の水でも携帯食でも。何でも我慢してくださるさ」
そんなことをいっているコンラッド。
「コンラート。あなたは庶民に肩入れしすぎです」
「だから何?」
しれっとした顔でコンラッドはいう。
「国民に肩入れしないで誰にしろっていうんだ?」
「そのとおり!!」
思わずオレもその意見には同意であるがゆえに賛同の声をあげる。
「国ってのはやっぱり国民あってのものだしね」
それがたとえ、王制をひいていようがいまいが。
主権を握るのは国民の一人ひとりの力なのだから。
そんなオレの言葉に。
「ああ。陛下。何と慈愛深いお言葉を……」
何やら一人、悦に入っているギュンター。
「さすが陛下です。あ。でも。もちろん陛下には肩なんていわずに手でも胸でも命でもさしあげますよ」
さらり、とにこやかにそんなことをいってくるコンラッド。
「……胸とか命はいらないよ。」
「そうおっしゃらずに。」
「命は大切にしなきゃ。人の命は、というかひとつの命は地球より重いんだし」
そういったのって誰だっけ??
「そういえば地球のことわざにありましたね。」
オレの言葉に思い出したのか、思い出したかのようにとしみじみとうなづいているコンラッドだし。
でも最近の日本もだんだんと物騒になってきてるけどね……
子供が親を殺したり、親が子供をころしたり。
挙句は無差別殺人とかさ……まったく、世の中どうなっているのやら……



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