まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。
こんにちわ。ひさかたぶりの打ち込みですv
ちなみに、今回は、「恵の戦い」の二次さんではありますけど。
まったくもって内容はかわっていますv
それでもみてみよっかな?という人のみどうぞですv
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剣客放浪記 ~医は仁術・心は迷信?~
「恵さ~ん。こっちもお願い」
「は~い」
「あ、菫ちゃん。ありがとうね」
「どういたしまして♡」
わいわい、がやがや。
狭い診療所だというのにいつにもましてにぎやか極まりない。
「何だか随分とにぎやかですね」
「まったくじゃ。この儂がいないほうが患者も喜んでるようじゃしの~……」
診察場のほうを気にかけながらも起き上がろうとする、
「あ。ダメですよ。ねてないと」
「それより。ほんっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉにいいんでござるか?…菫ちゃんを使うなどと……」
源才がぎっくり腰になったのは先日のこと。
それゆえに源才のお見舞いにきている薫と剣心。
薫の心配は源才なのだが、剣心の心配は別のところにある。
何しろ彼が動けなくなったからといって毎日のようにこの診療所を手伝っている菫。
そんな菫を心配して弥彦もまた手伝いにきている今日この頃。
彼女の力ならば、一瞬で瞬く間に源才の症状も緩和というか完治する。
というその力のすごさを知っているがゆえにこその不安。
菫ちゃんが何もしない。
というのはきっと絶対に何かやらかす…もとい、何かしでかす…もとい、何かあるに違いないでござるしな。
そんなことを思いながらもものすごく感情をこめて問いかける。
「剣心ったら、おかしいんですよ。源才先生。菫ちゃんが手伝いにいく。
っていったらものすごく狼狽しちゃって。いつも源才先生のところに菫ちゃんいってたでしょうにね」
そんな剣心の様子に多少首をかしげながらも苦笑して起き上がろうとする源才を寝かしつけ、
くすくすと話しかけている薫の姿。
「何の。随分とたすかっておるぞ。というか儂のときより患者数は増えてるしのぉ……」
女医。
というのも珍しく、また腕もよい。
さらにいえば手伝っている小さな女の子もまたかなり一見するだけの価値があるほどの美少女。
そんな噂が噂を呼び、ここしばらくで以前より患者数が大多数に増えてきているここ最近。
「源才先生、ここはいっそこの美人さんに診察所を預けて隠居したらどうですかいっ!?」
「あのなっ。儂はまだまだ現役じゃぞいっ!?」
彼が寝ている場所からあまりに診察場が気になる。
ということなので一応目が届く範囲というか診察所の裏にある部屋にて横になっている源才。
ゆえに、なじみの患者がそんな彼にと笑いながら話しかけてくる。
「ああもう。源才先生ったら、ねてないとだめですよ。ぎっくり腰はクセになるんですからね」
そんな源才ににこやかに何やら患者たちに待ち時間の間のお茶などを振舞いつつも言ってくる菫の姿。
赤ベゴのアルバイトに関しては、とりあえず今のところ夜間の手伝いにいっている菫。
昼間は源才先生が心配なのでしはらくお休みします。
と許可を得ていたりする。
「あ。薫さん。そうじゃなくて……かしてみて?」
ふと、包帯をまくのにてこずっている薫に気づいて苦笑しながらも薫の手から包帯を受け取る菫。
みれば、薫はおもいっきり顔にぐるぐる巻きにするまでに包帯をまこうとしていたりする。
どうやらそれくらいは自分でもできる。
とおもって行ったようではあるが……
人間、得て不得手があるもの。
「…何やってんだ…おまえは……」
そんな薫をみてあきれたような声をだしている弥彦。
と。
ざわっ。
何やら表が騒がしい。
それと同時。
「先生~~!!」
甲高い、それでいて切羽つまったような声が表のほうから近づいてくる。
「どうしたの?!」
そのただならぬ様子にそちらを振り向く恵。
「賭場でいざこざがあって……っ!」
「杵島家の連中が木砲ぶっぱなしやがって!やつらむちゃくちゃしやがるからっ!」
ずるずると血を流している男を抱きかかえるようにと連れてくる。
見れば抱きかかえられている男は今にも意識を失いそうなまでの重症。
木砲とは大砲のようなもので、大砲そのものが鉄でできているならば、
それとは異なり周囲の枠組みが木でできているもの。
だが内部には細かな火薬がつめられており、炸裂すると木片が散らばる。
それにもまして、火薬の爆発の効果でそれをうけたモノはかなりのダメージをうける。
「話はあとだ!すぐに手当てしないと命があぶないっ!」
「そこにねかして!薫さん、さらしを用意して!弥彦くんは消毒液の用意を!」
「あ、恵さん。麻酔薬いります?」
「ってあるの?でもあれは……」
いまだにたしか市販に出回っていないはず。
それほどまでに効果な品のはず。
1804年に華岡青洲が全身麻酔で乳癌患者を摘出したのは有名中の有名。
しかもかなり高価の品。
春林軒は医術を学ぶものにとってはかなり憧れの地。
あの地…和歌山ならば簡単に手に入る品かもしれないが。
「あるからきいてるんですけど?」
さらっという菫の台詞にしばし考えた後、
「いえ、いいわ。とにかく今は一刻も争うし。菫ちゃんは氷をお願い」
傷による熱が一番厄介。
まだ麻酔に頼るほどのものではないとおもう。
まだあの麻酔は確定的なものではないのだから。
それよれは患部を氷で冷やして行う手術のほうが確実性がある。
「は~い」
ばしゃ。
「傷口を消毒して」
「はじめるわよ」
「おいおい。大丈夫なのかよ。女で」
「体中に裂傷がある。刀傷じゃないから面倒ね。手と足を押さえてて」
いいながらも手術用の針に糸を通して強く張る。
こんな状況だ、というのにまったく怖がっていない菫の度胸に一瞬弥彦は驚くものの、
だがいまは、目の前の患者に集中することが先決。
「はい。恵さん」
「ありがと」
何もいわずに自分が今必要なものが手渡される。
それほど心強いものはない。
弥彦ですらメスをいれて体の中にはいっている木片を取り出すときに思わず気絶しそうになるのに、
まったくもって平気な菫。
いったいこの子って…剣心と旅をしていたときにいろいろあったのかな?
そんなこともふとおもう。
傷を負っているものはその痛みに襲われて無意識に暴れることがある。
それこそ女、子供、ましてや大の大人ですら制御できないほどに。
それもわかっているらしく、みたこともない高速具をつかい手足を縛っている菫。
ゆえにこそ手術するのもかなり助かる。
剣心は、それはまだこの世界にないものでは…と思うにしろ、今そんなことをいっている場合ではない。
というのがわかるので言葉にださない。
今、この場で確実に即戦力になるのは、剣心、佐之助、そして恵。
それ以外ては菫くらいであろう。
弥彦と薫に関してはこういったことになれておらず、
しばらく後その精神的な疲れからか気づいたら眠っていたりする。
木砲というものはとても厄介。
木片が体中に散らばるように埋めこままれる。
それらをすべてとりださないと後からどんな後遺症が起こるかわからない。
傷具合からどこに何がある。
というのはわかるが、これは時間との勝負。
「足のあたりはまだ軽症だから、恵さんは上のほうを。下のほうは私でもどうにかなりますし」
冷静にそういってくる菫の台詞に思わず驚愕するものの、
確かに、これまでの行動や知識量からしてもこの菫もまた子供なのにこういったことに慣れているのかもしれない。
そう思い、
「おねがい」
一言いって上半身の手術にと取り掛かる恵。
一番厄介なのは心臓付近の木片。
しばし、もくもくと時間を忘れ手術を行う彼ら達。
ふと気づけばすでに夜はふけている。
いつのままに用意したのか部屋の中には赤々と明かりが照らされている。
いったいいつ用意したんだ?
この子は……
自分が手持ちランプを用意するより先に部屋、得に周囲に行灯をいくつももってきていた菫。
さらには西洋式の蜀台もいつのまにか用意しており、明かるさには困らない。
だが、そんな不可思議さに気づくことなく、必死に手術を続けている恵。
周囲が明るいので傷口もよくみえる。
肉の中に埋め込まれている小さな木片も。
木片を取り除き、傷口を消毒しながらも、それがおわって傷口を縫い合わせる。
気づけば、恵以外でおきているのは剣心・佐之助・菫のみ。
あとのけが人と一緒にやってきた男性たちもまた床に座り込むようにして眠っている。
「ふぅ……これでいいわ」
すべての木片を取り除き、傷口をすべて縫い合わせた。
あとは自分にできることはない。
「もう…大丈夫よ」
「おろ?恵殿!」
気を張って手術をしていたがゆえにそのままその場で気を失う恵。
そんな恵をあわてて抱きとめている剣心。
「先の手術道具もってきたほうがよかったかなぁ?」
「…菫ちゃぁん。それでなくても。いつのまにかそんなものまでもちだしてるでござらぬか?
このたびはあ不可抗力だとして。突っ込まれたらどうするでござる?」
まったく疲れた様子も見せずににこやかにいう菫に対してため息まじりにいっている剣心。
「おい。そいつ、大丈夫なのか?…そういえば、これっていったい……」
ふと気づけば天井付近に見たこともない光源があるのはどういうわけか。
それゆえに恵を気遣いながらも問いかけている佐之助。
ぎくっ。
そんな佐之助の言葉にぎくり、となりつつも。
「あ。恵殿はどうやら疲れたようでござるし。佐野。恵殿の布団を敷くの手伝ってくれるでこざるか?」
「え?あ、おう」
恵を横に抱き気抱えたまま隣の部屋にと向かう剣心。
そんな彼に言われて腰をあげてついてゆく佐之助。
部屋をでてゆく最中に、ちらり、と菫のほうに視線をむける。
佐之助は何かといかけたさそうに。
そしてまた、剣心は他のものが気づかないうちに証拠消して置くように、との意味あいをこめた視線。
二人がこの場を離れたのを見計らい、
「まったく。別にそこまで気をつかわなくてもいいのにね♡」
くすっ。
思わず笑みを凝らす。
どうしても不都合があるならば記憶操作をするくらいわけはない。
しかもこのような状況下。
勘違い。
といえば人は確かにそうかもしれない。
と思い込む。
別に拘束錠の進化系でもある手錠くらいは問題ないとしみじみおもうが。
それでもひとまずは使っていたのが普通の拷問などに使われていた拘束錠。
それだと思わせるためにまだ閉じていない木製のそれを瞬時に創造りだし、
横になっている患者の付近においておく。
あとは、天井付近につけているまだこの世界では普及していない天井の電気であろう。
すっと視線をむけただけで、それはまるで幻のように掻き消える。
蜀台などはまあ他にも需要がありそうなのでそのままおいておく。
後はこの場にて眠りこけている薫と弥彦。
神谷道場につれて戻る、というのも手ではあるが。
それだと後からどうしてつれて戻ったのか、などと薫や弥彦から言われるのは必死。
それゆえにこの場に布団を敷いて連れの男性二人を横にすると同時、
両隣の部屋に二人を瞬時に移動させ、移動させると同時に布団の中にと寝かしておく。
布団、といっても薄いもの。
もっとも、この世界にはまだ薄くて暖房製や通気性に優れている。
という布団はまだ開発されていない。
だが見た目は普通の布団と同じ。
ただ、その軽さが異常に普通の布団とは異なるだけの品。
「さってと。とりあえずあとは……っと♪」
肉体における回復力をある程度はやめておく。
はたからみれば綺麗に傷口を縫ったがゆえ、と見えるであろう。
…医者の目からみれば脅威の回復力、と移るであろうが。
それはそれ、喧嘩などにあけくれている人物。
それなりに体力があるからだろう。
そう判断するのは明白。
あとは彼が目覚めるのを待つのみ。
自分が目覚めさせてもいいが、それよりは自然に目覚めさせたほうが話しが楽。
「…これでよし。と」
剣心が恵を抱きかかえているまま、佐之助が布団を敷く。
とりあえず隣の部屋であることから何かがあればすぐに対応できるはずである。
「それで?剣心よ……」
恵を横にしたのち、佐之助が剣心にと問いかける。
彼が何をいいたいのかものすごく理解できる。
だがしかし、理解できるがゆえに……
「……佐野。本気で知りたいのでござるか?…ひきかえせないでござるよ?」
どこか遠い目をしながら絶対に後悔する、という瞳をしてつぶやく剣心。
「…うっ」
ひきかえせない。
ときたものだ。
い…いったい……
佐之助の額につうっと流れる一筋の汗。
「それはともかく。今日は拙者はあの患者が気にかかるので患者につきそっているでござるが。
佐之助はどうするでござる?」
佐之助がひるんだ隙を見逃さずに、いつもの調子で話しかける。
「…え?あ。オレは戻るわ。長屋の連中や
おそらく仲間たちも傷をおった彼のことを心配して待っているはずである。
今動けて無事に手術も終わった、というのを伝えられるのは自分しかいない。
菫に関してはものすごく聞きたいこは山とあれど、だがしかしそれはいつでもできること。
多少、あの剣心がそのような言い回しをしたことによりひるんだこともある。
それに何よりも……ダチにこんな怪我を負わしたやつらにお礼がまだ。
佐之助はその場にいなかったのでこんな怪我を負わせてしまった。
という負い目もある。
怪我を負い、仲間が佐之助の長屋に駆け込んできたのだから。
「嬢ちゃんたちによろしくいっといてくれや」
いいつつも、その場をあとにする。
「……ありがとよ」
完全に安心して眠っている恵にと小さくつぶやくようにいい、部屋を後にして出てゆく佐之助。
「まったく。佐之助も素直じゃないでござるな」
これ以上、つっこまれなかったことにほっとしつつも、
意識がないときにお礼をいうなど佐之助らしい、そう思い苦笑するしかない剣心。
「さて…拙者は拙者で様子をみておくとするでござるか」
少し自分がいなかっただけで患者に対して菫ちゃんが何かしてないか?
という不安もぬぐえない。
それゆえに、眠っている恵をそのままに、患者が横になっている部屋にと向かってゆく剣心の姿。
「いやぁ。一時はどうなるかとおもったぜ!」
「あの女先生様様だぜ!」
怪我を負ってから数日で完全回復。
かなりの大怪我だった。
というのにもかかわらず…である。
それは恵の腕が適切でありよかったのと、そしてまた菫による回復力の向上ゆえ。
後者は当然、誰も知る由もないが。
ざわざわざわ。
回復祝いを兼ねての【あかべこ】にての快気祝い。
それゆえに口調も高くなる。
にやっ。
そんな彼らの会話を笑みを浮かべて聞いている男がいるなど、彼らは気づいてもいない。
「いいなぁ。オレも怪我をして美人の女先生に看病してもらいたいぜ」
そんなことをいっていたりする先日怪我をおった男の仲間たち。
怪我を負えばそれなりのリスクが伴う…というのを完全に失念しての言葉。
まさか自分たちの行動が、それでなくても目障りの女医者の評判を上げるとは。
だがしかし、ならばやりようがある。
評判をおとし、さらに金をもうける方法。
人というものはすぐに流言にまどわされる。
それゆえに、男のような輩もまた消えることはない。
「何かすごい評判でござるな」
「近頃は儂がでていったら女先生はいないのか?といわれる始末じゃ」
それはあるいみうれしいこと。
恵が医者として、人々の信頼を勝ち取ることは亡き高荷家の面々も喜ぶはず。
恵が今は回診にでているのをうけて、ひとまず休憩時間。
その時間に神谷道場に出向いてそんなことをいっている源才。
「しかし、……源才先生。いまだに菫ちゃんが手伝っているようでござるが……」
剣心の心配は別のところ。
何しろあれから菫は源才たちの手伝いをするためにいつも診療所に出向いていっている。
何かしでかさねばいいが。
と内心いつもはらはらしとおし。
「あら?剣心?菫ちゃんがそんなに心配?でもあの子もすごいわよね。
私もあの手術にはちょっと気絶しそうになったのに……」
菫ちゃんが気絶するなど絶対にありえないのでござるが……
薫の言葉を苦笑しながらきき内心おもいっきり突っ込む剣心。
そもそも、彼女に怖いものなどないだろう。
というのは絶対に断言できる。
「そ。そういえば、今恵殿は回診でござるか?弥彦と菫ちゃんをつれて?」
薫のそんな意見をさらっと交わすかのように源才にと問いかける。
「うむ。まだ儂も本調子ではないからの。出先の回診は恵殿にまかせているんじゃよ」
まだあまり強い動きをすればすぐさまにぎっくり腰が再発する。
というのは自分も医者だからよくわかっている。
だから彼がもっぱら担当しているのは診察所にきた患者に対して。
それ以外は恵の好意に甘えている状態。
「さて。と、次は……」
「しかし。菫ちゃんが一緒だと相手が素直で助かるわ」
それは本音。
苦い薬などを飲まない相手や、検診を受けたがらない頑固な人たち。
そんな彼らですら菫がにこやかに微笑みかけただけでまるで素直になる。
まあ、その気持ちはものすっごくわかるけど。
そういえば、この子と剣さんの関係…いまだにきいてないけど。
あの心優しい剣さんのこと。
おそらく両親がいないこの子をひきとって育てているんでしょうし。
恵はそう解釈していたりする。
ある意味激しく事実は異なるにしろ事実に近い、といえなくもない。
ひきとられたのは剣心のほうで、さらにいえばそんな彼をもまた育てた一人でも菫はあるのだから。
そんな会話をしながらも、街道にかかる橋にと差し掛かる。
と。
「いてぇ…いてぇよぉぉ!」
橋を渡ってしばらくし、その中央。
いきなりわざとらしく一人の通行人がその場で転げ始める。
あからさまに演技、とわかる様子であるが。
それでも、周囲の通行人たちは何事か。
という表情でそちらに視線をむける。
何だ、何だ?
人というものはこういったものに対しての好奇心が強い。
それは今も昔も未来においてもかわらない。
ほんっと人間って面白いわよねぇ。
そんなことを菫がおもっているなどと、当然誰も知る由もないが。
「おい。どうしたんだ?!」
そのいきなり橋の上でころげまわっている男性の連れらしき人物がこれまた棒読みで声をかける。
普通、冷静に考えれば彼らが演技をしている。
というのは明らか。
なのに、
「だ…だれか、誰か医者を!」
そんな連れの男性の台詞に答えるかのように、
「医者ならここにいるぜっ!」
「「・・・・・・・・・・・・」」
ここ一番、とばかりに名乗り出る弥彦。
そんな弥彦の台詞に思わず無言になっている恵と菫。
弥彦ちゃん……やっぱり気づいてない。
そんな弥彦の行動に思わず苦笑する菫。
一方の恵もまた盛大にため息をつく。
「ふぅ。仕方ないわね。…どれ、みせてみて?」
弥彦が大声を上げたことにより周囲の視線が三人にと集まる。
あれは、たしか源才先生のところの女先生……
そんな会話が野次馬の間で交わされるが。
恵はしばし、その場にうづくまり、倒れている人物の目などを確かめたあと、盛大にため息ひとつ。
そのまま、ぺしっ、と額にかるく指をたきつける。
「いくわよ。仮病につける薬も治療もないしね」
そう言い放ち、その場をすたすたと離れてゆく。
「あ、おい!まてよ!あんた医者だろ!こんなに痛がってのに仮病って…っ!」
恵の評判を落とそうとしているがゆえの演技。
だからこそわざと声たかく言い放つ連れの人物。
「え?…あ、ちょっとま……」
すたすたと無言のままその場を離れてゆく恵をあわてて追いかけていっている弥彦。
そんな彼女が立ち去るのを見越して、
「何てことだ!評判の女医者は病人を見捨てるのかっ!」
わざと高らかに言い放つ。
そんな台詞におもいっきり乗せられてざわざわとざわめきだす通行人たち。
それこそが彼らの思惑、とも露知らず。
と。
「ならば、その病、拙者が治してみせようぞ!」
いかにも、というかまってました。
とばかりにでてくるどこかの修行僧のような格好をしている大柄の男性。
そして。
「この拙者。とある霊山の山にこもって修行をつむことにより、
神仙の妖力を授かったものだ。わしになおせないものはないっ!その病、なおしてみせようっ!」
「本当かよ。たすけてくれよ」
面白いまでにいまだに棒読み。
いまだにそのことにすら気づかない野次馬たち。
「うむ。承知!」
いうなり、いきなりその場に座り込み、おもむろに小さなコップに水をそそぎ、
そして意味不明の祈祷をはじめるその人物。
たしかに、見た目は派手。
だがしかし、何の能力ももっていない。
というのは判るものには一目瞭然。
ほんっと、人間ってどうしてこう見た目にすぐにだまされるのかしら♡
こっそりと気配を消してその様子をみていた菫は思わず苦笑する。
気配を消しているがゆえに、本来目立つその容姿が誰にも見つかることなく野次馬の一人、
として完全に周囲に溶け込んでいる。
やがて、意味不明の祈祷が終わり、
「さあ、これをのむがよいっ!神仙の妖力をえた神の水じゃ」
わざとらしく、周囲に聞こえるように言い放ち、倒れている男性にとそれを手渡す。
「あ、ありがてぇ……」
それをさもありがたいように周囲に聞こえるように、
といってもその手のことを少しでもかじっている存在が聞けば、あからさまな棒読み。
そのまま、その水を飲み干す。
そして。
「おお。なおった!いたくも何ともねえ!腹の痛みがなおったぞ!」
あからさまなやらせ。
とばかりにいきなり立ち上がり、周囲にアピール。
そして。
「やっぱり無情な女医者よりも霊験あらたかな祈祷師のご利益だな」
「この祈祷師さまこそ、どんな病をも治す奇跡の祈祷師様だ!」
「こいつはすごいや。手もふれすになおしちまった!」
おもいっきり棒読みの台詞なのに、おもいっきりだまされている周囲の人々。
「あ、あの。お礼を……」
周囲の反応に満足しつつも、こちらもまたまた棒よみでそんなことをいっている、
先ほどまで倒れたフリをしていた男性。
「いや、それにはおよばぬ。拙者は拙者の力が人の役にたてればいいだけのことだ。
女というものはあてにならぬ。というのがよくわかったであろうしな」
これまた、恵を陥れるようなことを言い放つ。
ざわざわ。
その台詞に周囲の人々がさらにざわめく。
たしかに、見た限り、何の治療も施さず立ち去った人物よりも、
修行を積んだ、というこの人物のいうことのほうが正しいようにも感じなくもない。
そもそも、それが彼らの思惑だ、とは露しらず。
くすっ。
ぱちぱちぱち。
そんな様子をみながらも、くすり、とわらい、いきなり手をたたき出す。
それにつられて、人々が手をたたいている音がする方向をみれば、
たしか女医者とともに行動していたはずの小さな女の子の姿が目にはいる。
「すごい、すごい。そんな病気まで治すなんて。で?どこの霊場で修行したんですか?」
にっこりと、邪気のない瞳で、にこやかに笑みを浮かべて問いかける。
うっ。
その台詞に思わず固まる。
まさかそのような突っ込みがくるなどとは夢にもおもっていない。
「あ。もしかして迷っている魂とかも成仏させられるんですか?雷光さん?」
さらに畳み掛けるように問いかける。
全員がその子…いうまでもないが菫の台詞に今、おもいっきりヤラセを演じていた修行僧にと目がむいてゆく。
彼らは名前を名乗っていないのに、名前を呼ばれている、ということにすら気づいていない。
「と、当然であろう!拙者は修行によってさまざまな霊力をえた!」
いわなくていいことをさも当たり前、というように言い放つ。
にこっ。
その言葉をきき、
「そうなんですか♡なら、この人たちもお願いします♡」
ぱちっん。
にっこりと笑うと同時にいきなり指を軽く鳴らす菫。
それと同時。
ゆらっ。
その先ほどまで演技をしていた人物の半径一メートル。
その内部においていきなり景色が揺らいだかとおもうと、
そこにいきなり出現するのは血だけらになっている人物や、
はたまた体中に矢がつきささっている…どうみても武士らしき姿のもの。
「「……な゛っ!?」」
『って、うわ~!!おばけっ!』
『修行僧さま!はやく彼らを浄化してくださいっ!』
その姿を具間みた野次馬の人々が一気にその男性にとつめよってゆく。
そしてまた、その出現したどうみても『幽霊』としかいいようのない人々もまた、
【たすけてくれ~】
【いたい~、いたい~】
【僧侶様、おたすけを~】
【偽祈祷師によって殺されました、おたすけを~~】
などといいつつも、つめよってゆく。
にこ。
そんな光景をながめつつ、まったく動じることもなく、
「彼らを助けることもできるんですよね?おねがいしますね~。
この人たち、このあたりにうろうろしてた人なんですけど。
やっぱりきちんとした人におがんでもらったほうが彼らも救いでしょぅし♡」
さらっと爆弾発言ともいえる台詞を言い放つ。
そして、
「あ。中には何でも偽祈祷師さんとかにだまされて命落とした人たちもいるみたいなんですけど。
まさか、おじさんもその偽者、じゃないですよね~?
だったらその人たち、怒りまくって何するかわかりませんけど?成仏させてあげられるんですよね♡」
完全に確信犯。
『ぎゃ~!!!』
『わぁ~~!!』
人々が驚きまわり、その場から離れるが、
だがしかし、その人物の周囲から外れればその姿は視えることはない。
まるで蜘蛛の子を散らす、というのはこのこと。
とでもいうのであろうか。
周囲に固まっていた人々はその場からいきなり散らばってゆく。
中には、その人物の能力を信じて祈っている存在も数名みうけられるが。
「あ…う、こ、これは夢だ、夢にちがいないっ!せ…拙者は町外れの寺にいる、こまったときはいつでもくるがよいっ!」
言い捨てながらその場からあわてて走り去る祈祷師、となのったその人物。
そんな彼をおいかけて、姿を視せている霊たちもまた追いかけてゆく。
「?本当に能力があるならこの場で全員成仏させてあげればいいのに……
ほんとうに、あの人、力あるの?
あ、もしやらせとかならあのひとたちのたたり、あなたたちもあるとおもうけど?」
いまだに腰を抜かしている演技をしていた男性二人にとにこやかに話しかける。
そんな菫の台詞に、びくり、となり。
「ひ、ひぇぇ!は、白状します!しますからたたらないでぇぇ!」
「お、おれたちは、あの女医者の評判をおとそうとして演技しただけなんだよっ!」
「そうそう!いいだしはあの男だから俺たちは関係ないっ!」
「い、命だけはおたすけぇぇ!!!」
面白いまでに腰を抜かしたまま手をあわせて叫ぶようにいっていたりする。
ざわっ。
その台詞に、あの光景を直接みてない人々はさらにざわめきを増す。
つまり…彼らの今の告白によれば、自分たちはあからさまにだまされた。
ということ。
あっさりとだまされるほうもだまされるほうだが。
「そう私にいわれても……。私はただ救いをもとめてるあの人たちに少しばかり手をかしただけだし。
あとは自分たちで何とかしてね♡」
いまだに人々は騒がしいが、それを何ともせずに、その場をすっと立ち去る菫。
菫の同行に人々があまり気をかけない、というのは。
今の男たちの告白と、そして先ほどみた光景。
それらのインパクトが強いからに他ならない。
いまだに、さきほどの僧侶もどきが走っていった先では他の通行人たちから悲鳴が上がっている。
そんなことは、この場にいる人々は知る由もない……
ぎゃ~わ~
「……?何か騒がしいわね?」
ふと背後のほうが騒がしいのに気づいて首をかしげる。
「あれ?そういえば、恵さん。…菫ちゃんは?」
「あら?そういえば、…道に迷ったのかしら?」
ふと、後ろからついてきていたはずの菫の姿がない。
「あ。きたみたいだぜ?」
「あ。ごめんなさい。ちょっと人ごみにまぎれちゃった♡」
ぱたぱた、ちょこちょこ。
何やら顔色を変えて走り去ってゆく通行人たちの姿も気にかかる。
そんな通行人に混じってちょこちょこと走ってくる菫の姿。
「菫ちゃん。一人で行動したら危険よ?それはそうと、何かがあったの?」
「さあ?」
当の当事者、というのににっこりとその話題を避ける菫。
もっとも、いったとして信じないというか信じられないであろう。
そう、剣心以外は……
「それはそうと。恵さん。次はどこいくの?」
「次で回診はおわりよ」
自分についてきて菫が迷子にでもなったら剣さんに申し訳ないもの。
そんなことを心の中でおもいつつ、にこやかに問いかけてくる菫の台詞にくすり、と微笑みながら答える恵。
恵はまだ知らない。
いや、弥彦もまだ知らない。
この菫がそのような心配するような存在ではない、ということを。
もっとも、弥彦に関してはこの菫もまたただものではないのかな?
という思いを多少抱いていなくもないのだが……
まさか、人々が背後のほうで騒いでいる原因が菫とは知るよしもなく、
そんな会話を交わしながらも道を進んでゆく。
今日の回診は後一箇所。
とある呉服屋。
そこの一人娘が病気になり、常に源才が出向いていって様子をみているのだが、
今は源才が動けないこともあり、恵がかわりに出向いていっている。
金蔵屋。
このあたりにおいてはかなりはぶりのよい店。
そんな店の一室において、
「はぁ…はぁ…先生、そのお薬、苦い?」
奥の一室にて横になっている小さな女の子。
息があがっていてものすごく苦しそうではある。
まあ、普通に治らない病気でもないし。
それゆえに、何もいわずににこやかにちょこん、とそんな子のそばに座り、手を握っている菫。
同じくらいの歳の子がいるのといないのとでは精神的にも負担が異なる。
それが菫に関しては、見ただけでかなり老若男女ともわず惚けるほどの容姿の持ち主。
「すこしね。でも我慢するのよ。息が苦しいのが収まるからね」
いいながら、寝ている女の子を抱き起こし薬を口元にと運ぶ。
確かに、いまだに子供が飲みやすくするような薬は開発されていない。
それでも人は試行錯誤して模索を繰り返す。
それまで差し止めるつもりは菫にはさらさらない。
「いかがなもんでございましょうか。楓の具合は?」
心配そうに恵に問いかける、病に臥せっている楓、という子の父親。
そんな彼に対し、
「いい。とはいえないわね。そうとう衰弱してるし。
この部屋は日当たりが悪いわ。もっと風通しがいい部屋に移さなければ」
どうしてこう、何も考えずに奥の部屋に押し込めるのか。
その気持ちがわからない。
確かにこの部屋は広くていいかもしれないが、だがしかし、
病人に何よりも必要なのは病気にもよるが暖かな太陽と澄んだ空気。
そんな両親に対してたしなめるように、それでいてやんわりと説明する恵。
「先生。いつもより高い薬をお願いします。お金ならいくらでも出します」
「お願いします。一番高い薬を。どうか楓を助けてください」
そんな彼女の想いを知るはずもなく、彼女が何をいっているのかまったく理解せず、
とにかく薬さえ高いものを飲ませれば娘は治る、と思い込んでいる両親の姿。
彼らは今までお金で何でもできていた。
娘の心ですらお金できちんとできている。
そう思い込んでいるこの両親。
彼女に寂しい想いをさせたのがキッカケでこの病気になっている。
とは夢にもおもっていない。
「源才先生と同じ薬をおいていきます。ちゃんと飲ませて。いいわね」
そんな両親に向かい強い口調で言い放つ恵。
「でもっ!」
そんな恵の台詞に、さらに何かいいたそうな両親に向かい、
「強い薬はものすごい副作用もともなう。ということわかっていってます?」
「え?でも、よい薬のほうが……」
まったく判っていないがゆえににこやかに変わりに答えている菫。
まさか小さな子供にそういわれるとは夢にもおもっているはずもなく、戸惑いながらも答える両親。
「毒と薬は紙一重。というでしょ?下手な使い方をしたらよい薬もすぐに毒となるけど。
お金さえだせばどうにかなる。というものでもないんですよ?
この病気の場合は心臓に負担をかけたりしたら危険なので強い薬は即、死をも意味しますけど。
それでも強い薬、すなわち高い薬がいい、というんですか?」
「そ……」
「それは……」
まさかこんな小さなこどもにまともなことをいわれて、自分たちの意見をたしなめられるとは。
それゆえに、戸惑いを隠し切れない両親。
「そう。あなたがたはわかってないわ。お金をつみさえすれば何とでもなるとおもってるのでは?
人の命すら。そういう問題ではないんですよ。人によって薬が合うひととあわないひともいますし」
どこまでこの菫ちゃんは医学のことに詳しいのか底が見えない。
だけども、彼女が言っているのはあきらかな真実。
だからこそ、そんな両親をたしなめるように説明する恵。
弥彦は弥彦で意味がわからずきょとん、としているまま。
「そうそう。薬があわずに副作用で下手したら後遺症で寝たきりになった、
ひどいときには死んだりしたりすることもあるんですから。
今のこのお薬がこの子に一番あってる薬なんですけど?」
にこやかに、さらっと怖いことを笑顔でいっている菫であるが。
どこからどうみても美少女、としかいいようのない菫の言葉だからこそ動揺を隠せない両親。
「これだけは肝に銘じて覚えておいてください。
病を治すのは正しい治療と養生。そして何よりも周りの人たちの愛情が必要なの。
お金をかければいい、というようなものではないんです」
「あとは。さっきみたいにまがいものの祈祷とかで病気が治る。
とかいってお金を巻き上げようとする輩もいることだしね。
そのあたりの知識や良識はきちんともってないと、それこそおもいっきりカモにされますよ?」
にっこり。
「「うっ!!」」
その台詞に思わず言葉に詰まる。
確かに、今までだまされたのは幾度もあった。
それゆえに言葉につまるしかない。
「とりあえず。日当たりがよくて風通しがよい部屋にすぐにでも移したほうがいいけど。
そういう部屋はありますか?」
自分がいうより、まだ小さな菫がいうほうが大人にとってはかなり効く。
しかもその澄み切った瞳で見上げられながらいわれればなおさらに。
「あ。ございます。だんな様。奥様。案内してもよろしいですか?」
言葉につまっている二人に代わり、使用人が恵の質問にと答えてくる。
「とりあえず、はやくしたほうがいいでしょうし。
えっと、私が布団はこぶから恵さんはその楓ちゃんお願いします♡」
「え?あ。ちょっとまて!力仕事は男のオレの役目だろ!?
菫ちゃんは恵のその医療箱をもってくればいいから」
いくら何でも小さな子供。
しかも女の子に布団を運ばすなどとんでもない。
それこそ男がすたる、というもの。
いまだに戸惑いを隠せない両親をそのままに、
使用人に案内されて恵が楓を抱きかかえ、弥彦が布団を持ち運び。
屋敷の中の日当たりがよい、という部屋にと移動させてゆく――
「ひ…ひぇぇ~~……」
どれだけ祈りをささげようとも、所詮はまがい物。
自分に能力がない、というのは始めからわかっている。
まさかそれがこのような結果をもたらすとは。
いい金儲けの方法が見つかった。
そうおもっていた杵島家の人々。
だがしかし、今や彼らも一蓮托生。
払いのけるために木砲も撃ってみた。
だがしかし、相手は実態のないもの。
そんなものが効くはずもない。
しかも自分たちがかつぎあげようとしていたインチキ祈祷師。
その祈祷師がいるがゆえに、普通の隠明寺や僧侶に頼む、ということすらできない。
それをすること、すなわち、彼が偽者である。
と第三者にむけて認めるようなもの。
そしてまた、あのときの橋での出来事も自分たちの仕組んだことだ、ということも。
女医者の悪口を広めるどころか、あのときあまりの光景におもわず素直に吐いた。
いつ通報されるかわからないこの綱渡り。
「こ、このままじゃあ命がいつなくなってもおかしくないっ!」
そういっている最中も血まみれの人間が自分たちにと擦り寄ってきている。
雷光、と名乗った祈祷師の周囲、半径一メートル弱。
さらにはそれにかかわっていた人々の周囲。
彼らの周囲のみにおこっている現象。
ゆえにこそ、命あってのものだね、とばかりに逃げ出す者もたかだか半日の間に出始めている。
「でえいっ!おまえら!根性ださねえかっ!……くそっ」
物理的攻撃はいっさい受け付けない。
かといって下っ端に買いにいかせた御札もきかない。
いったい全体、どうしてこんなことになったのか。
自分たちの自業自得である。
そのことにいまだに気づいていない彼ら達。
数日後。
くすくすくす。
「…何か楽しそうでござるな。菫ちゃん?」
何かこの間からくすくすと笑っている菫の様子が気にかかる。
「そういや。しってるか?町外れの荒れ寺に住み着いていた自称祈祷師。
さいきんその祈祷師の屋敷で幽霊がでるってもっぱらの噂だぜ?」
「え?…祈祷師…って?」
ふと数日前の橋の上での出来事を思い出し思わずといかけている弥彦。
診療所の待合室。
いつものように手伝いに来ている弥彦たち。
「ああ。それはオレもきいた。何かあの杵島家のもんたちもいるとかいう噂だぜ?」
どうりでここ最近、賭場などで彼らの騒ぎを聞かないはずだ。
そんなことをおもいながらも、そんな話しかけてきた男性の会話に答えている別の患者。
「…って、何!?」
仲間の付き添いでやってきていた佐之助がその会話をきいて持っていたコップをばきっと思わず割ってしまう。
そのまま。
「野暮用をおもいだしたぜ。あとはまかせたぜ」
「あ。おい。佐野さん!」
佐之助の連れが声をかけるがすでに遅し。
そのまま、待合室からでて診療所を後にしてゆく佐之助。
杵島家。
それこそが先日、仲間に大怪我を負わせた一家であるがゆえにお礼参りをしないと気がすまない。
だからこその佐之助の行動。
確か、町外れの荒れ寺とかいってたな。
幽霊云々はもかくああいった場所にはそういう話はつきものなので信じていない佐之助。
怖いもの見たさというものは人の心の中にあるもの。
それが確実に視える、となればなおさらに。
どこの荒れ寺なのかは少し聞き込みをしたらすぐに判明した。
それゆえに人は近寄るどころか最近はそれを目当てに訪れる者もいる、ということを。
幽霊云々の話に眉をしかめる佐之助ではあるが、それでも彼らにお返しをしないと気がすまない。
だからこそ、一人その噂の荒れ寺にとむかってゆく。
「さがしたぜ。杵島家。ダチに売った喧嘩、返しにきたぜ」
ばっん。
あるいみ開け放たれているのにわざわざ扉を蹴破る必要もないような気がするが。
それでも何やらここにいる、とはわかっていても全員が建物の中に閉じこもっているらしい。
ちっ。
少しは手ごたえがあるとおもったのに。
そうはおもうが、そのあたりに木砲すら放り出されているまま。
少しばかり不思議におもうものの、それでも荒れ寺の扉を蹴破る。
一応、補修を先にやっていたのか荒れ寺、というわりにはけっこうしっかりした建物となっている。
本来ならば、イカサマにより詐欺を大量に行うつもりだったのだからそれに対しての先行投資。
もっとも、そんなことは佐之助は知る由もないが。
扉を蹴破り中にと押し入る。
その場にいるのは数十名の男たち。
中央付近で何やら必死に祈祷らしきものをやっている男の姿も見て取れるが。
ふと、そんな佐之助の声に気づいてほとんど涙目になりながら、
「た…たすけてくれっ!た…たのむっ!」
図体ばかり大きな祈祷らしきものを行っていた祈祷師っぽい姿をしている人物が佐之助のほうに、
腰がひけてるままに駆け寄ってくる。
いつもならば、相手からの威嚇などがあるはずなのに何にもない。
そのことにかなり拍子抜けしてしまう。
「…あ~?何だ?てめえ?」
「た、たのむっ!助けてくれっ!儂はただ、こいつらに言いくるめられて詐欺をおもい付いただけだ!
何の力もないインチキの儂がこいつらをどうにかできるはずもないっ!」
「こいつら…って……うげっ」
そこにいたり、ようやく男の背後といわず足元に何か黒い澱みがあるのに気づいてはいたが、
それが何なのか気づいて思わずうめく佐之助。
みれば、血まみれの人物らしきものたちが男にしがみついていたりする。
「な…なんじゃこりぁぁ!!!!!?」
何ともいえない佐之助の叫びが周囲にこだまする。
「あれ?佐之助は?」
「うろ?佐之がきてたでござるか?」
ふと先ほどまでいたはずの佐之助がいないのに気づいて声をだす弥彦。
そんな弥彦の台詞にきょとん、とした声をだしている剣心。
とりあえずそろそろ昼も近いので菫たちを迎えにきていた剣心なのだが。
「あら。剣心お兄ちゃん。佐之助ちゃんならさっき出かけたわよ?」
「だから、菫ちゃん。佐之助に対してまで『ちゃん』づけって……」
にこやかにいう菫の台詞に思わず突っ込みをいれている弥彦。
自分だけならばいざ知らず、どうしてあの佐之助まで『ちゃん』づけでよぶのか判らない。
薫たちは『さん』づけだ、というのに。
「え?でも子供ぽいし」
「……まあ、それはいえてるかもしれないけど……」
おもわずさらっという菫の台詞に苦笑しながらも答える恵。
確かに、あの性格は子供っぽい、といってもいいかもしれない。
「出かけた?とは?」
「えっと。何か杵島家の人たちにお礼参りするっていってたけど♪」
剣心の台詞ににこにこと答える菫。
伊達に長い付き合いではない。
彼女がこのような笑みを浮かべるときには必ず何かが起こっている。
「そういや、やつら、町外れの荒れ寺に住み着いてる祈祷師の元にいるとか何とか……」
「祈祷師。といえば先日何かあっちのほうの橋で人騒動あったみたいだけど……」
佐之助の仲間のうちの二人がそんなことをいってくる。
一人は先日大怪我を負っていた人物。
術後の経過を見てもらうためにと、ここ診療所にとやってきているのだが。
一人はそのつきそい。
「そういや。何か騒がしかったことがあったな」
恵と共に回診に回っていたときたしかに騒ぎらしきものがあったらしい。
だがしかし、弥彦はその現場を見ていない。
そしてふと、
「そういえば。菫ちゃんは何があったのかみてたとか?一時はぐれてたし?」
さぁぁぁぁ……
ぽん、と手を打ちながら思い出したようにいう弥彦の台詞に一瞬顔面蒼白になる剣心。
だがすぐにその表情を押し殺す。
?剣さん?
その剣心の表情の変化に一瞬恵は気づくものの、その意味がわかるはずもない。
「何かあの仮病の人に対して偽霊薬を祈祷師とかなのってた偽者さんがのませてたけど?
その後、何か意味不明なこといいながらにげてったし?」
嘘ではないが真実でもない。
意味不明、というかそのキッカケを与えたのはほかならぬ菫当人。
「……な、何をしたでござるか?」
小声で弥彦たちには気づかれないようにこそっと問いかける剣心に対しにこやかに、
「別に?ただ、能力あるようなこというから、ならそのあたりにいたモノの浄化をお願いしただけよ♪」
がたっ。
さらっというその台詞に思わずこけそうになってしまう。
菫がこのように、にこやかにいうときには必ずしも周囲にも何らかの影響を及ぼしている、というのは必死。
しかも、今の言い回しでは……
「あ。拙者。佐之に急用があるでござるので。いってみるでござるよ。
弥彦はそろそろお昼だから薫殿が呼んでいたでござるよ?」
そういいつつも、そのままくるっと向きをかえてあわてて駆け出してゆく剣心。
そんな彼の後姿を見送りつつも、
「?剣心のやつ、どうしたんだ?」
「さあ?それより。ほんとだ。そろそろお昼だし。どうする?弥彦ちゃん?一度道場に戻る?」
なぜに彼があわてているのかわかっているのにそれを臆面にもださずににこやかに話しかける菫。
「ほんとうだわ。ありがう。二人とも。あとは私一人でも大丈夫よ。
戻ってお昼をたべて。弥彦くんは修行もあるだろうし」
いまだにまっている患者を待たせるわけにはいかない。
それゆえに二人にと話しかけている恵。
あと少しすれば源才も戻ってくるはずである。
今彼は孫たちを迎えに道場に出向いていっているところ。
「だって。どうする?弥彦ちゃん?」
「だから、ちゃんづけはやめてくれってばっ!」
そんなほのぼのとした会話がしばし、源才診察所において見受けられてゆく――
「……や、やっぱりでござる……」
がくっ。
思わず脱力してしまう。
絶対に何かやっている。
そう確信はしていた。
だがしかし、
「お、おい!剣心!?これ…これっ!?」
何やら口をぱくぱくさせて叫んでいる佐之助の姿が目に入る。
それと同時にかつてよく視ていた存在達の姿も。
まだ彼らは実体がないだけそのあたりの感覚はましなのかもしれないが、それは人それぞれ。
どちににしても耐性のない者にはきついことにかわりはない。
きょろきょろと周囲を見渡し、一番話しが通じそうな武士らしき人物にと目をとめる。
人物、といってもあからさまに体全体に槍や刀を突き刺している状態なので生きていない。
というのは一目瞭然であるが。
「あ~。すこしたずねるでござるが。えっと。これはどういう条件になっているでござるか?」
単刀直入に問いかける。
下手なことをいって佐之助に聞かれるわけにはいかない。
あれから急いで佐之助がいるとおもわれる荒れ寺にたどり着いた。
それはちょうど佐之助が叫び声をあげたその直後。
佐之助からすれば、近くを通りかかった剣心が叫び声をきいて寄った、くらいにしかおもわないであろう。
『おぬしは……』
亡者だといえども相手の気はわかる。
ましてや常に『彼女』のそばにいる剣心ならばなおさらに。
「拙者、流浪人の緋村剣心と申す。…できれば条件を教えてもらいたいのでござるが……
貴殿たちとてそのような何の能力もないものにいつまでもかまってもいられぬのでは?」
相手がどうみても幽霊にしか見えない、というのに動じていない剣心に驚くものの。
だがその驚きよりも自分の周りに視えているもののほうが信じられない佐之助。
少し、祈祷師らしき男から離れればその姿は視えなくなるが杵島家の者たちの周りにおいてもいえること。
『我らはそこの者たちに制裁を加えるためにある。
能力をもたぬものが我らを侮辱することは屈辱以外の何ものでもない』
はうっ。
その台詞に思わず盛大にため息をつく。
「……まあ、他に被害がないのならばいいのでござるが……
できれば当人たちだけに視えるようにしてくださらぬか?
あちらのほうには拙者からどうにかお願いしてみるでごさるので……」
当人たちだけに視えるのならばいざしらず、関係ない第三者にも視えているらしい。
というのが一番の問題。
「「そんな!?オレたちはどうでもいいのか!?」」
何やら抗議の声をあげてきている男たちもいるようだが、それは完全に無視。
少しはこういう輩は懲りたほうが世の中のためでもある。
『ふむ……。まああの御方の許可さえあればそれは問題ないが……』
「かたじけないでござる」
ぺこり、と頭をさげ、
「さ。佐之。帰るでござるよ」
いまだにどうしたものか、とおもいながらもその場にとどまっている佐之助に声をかける剣心。
「剣心。だ、だけどよ。これって…っ!」
というかまだお礼参りがすんでいない。
「お礼参りならば、彼らはこれからも十分に制裁をうけるはずでござるよ」
ずるずる。
「って!こらまて!剣心!ひこずるなっ!」
そのまま有無をいわさず佐之助の襟首をひっつかみその場からひっぱって敷地内から出てゆく剣心。
後には残された男たちの何ともいえない叫びともいえない声が聞こえてくるが。
「というか!あれは何なんだよっ!」
「佐之。きっと佐之は夢をみてたでござるよ。そう。夢でござる」
「つうか!あれが夢ってかっ!?」
叫ぶ佐之助に対していまだにずるずると有無をいわさずひこずっていた手をはなし、
「佐之。世の中には追求しないほうがいい。ということもあるでござるよ」
「うぐっ!」
真剣な目をしていわれれば言葉につまるしかない佐之助。
剣心がなぜ、あのような場面に遭遇しても平気なのか聞きたいことは山とある。
山とあるが……
何せ、こうみえても彼は伝説ともいわれている伝説の人斬り。
かつてはあれ以上の光景も目にしていたはず。
それほどまでに幕末の動乱はひどかったのだから。
「さ。もどるでござるよ。それにそろそろお昼でござるしな。
今日は神谷道場は鍋でござるが。佐之も一緒にどうでござるか?」
「いいのか!?」
鍋、といわれてぱっと目を輝かす。
剣心のつくった鍋はけっこういける。
だが、ふと思い当たり、
「まさか、嬢ちゃんのじゃないよな?」
念には念をいれてみる。
薫のつくったものならば逆にまずいものを食べにいくようなもの。
それよりは仲間うちで何か食べにいったほうがはるかによい。
「今日は拙者がつくったでござるよ」
「よっしゃ。そういうことならいくか!」
さっきのあの光景というかアレはかなり聞きたいが。
聞いてもあの真剣な目をしていってきた剣心の様子からこりゃ、聞いても答えてくれそうにないしな。
おりをみてきいてみるしかなねぇ…か。
そう内心納得し、ぱしん、と手をたたく佐之助。
佐之助がそれ以上、アレに関して突っ込みしてこないことに関して内心ほっとする剣心。
アレの説明は説明のしようがない。
…誰が信じるであろうか?
第三者にもアレラ…亡者たちの姿が視えるようにしたのは、ほかならぬ『菫』だ。
ということは……
源才先生のぎっくり腰も治って、まずはめでたし、めでたしでござるな」
うららかな日差しの元、縁側にてやってきている源才にと話しかけている剣心。
とりあえず、源才のぎっくり腰も治った、というので何かない限りは、
迷惑になってもいけないから。
という薫の意見においてあまり診療所には出入りしていない弥彦。
といっても、回診に恵がいくときは女一人では危ないから。
というのでついていっているようではあるが。
「近頃は儂がでてゆくと、女先生にみてほしい。とみんながいうんじゃよ」
「それはそれは」
噂では杵島家の面々は組を解散したらしい。
彼らがでっちあげようとしていた、という祈祷師の男は自ら出頭し、罪に服したとか何とか。
恵たちに実は次なる標的を絞っていた。
というのを警察署長から連絡をうけた当人たちはひどくびっくりしていたが。
それでも、何事もなく平和に日々は過ぎている。
一人、その真実を知る剣心はいつ、誰かに深く追求されるのでは?
という想いがなくもないが。
今のところそれがない。
ということは、おそらく目撃者たちの記憶操作を菫ちゃんがしている可能性もあるでござるな。
そうおもっていたりする今日この頃。
事実、あのときあの場にいた人々に菫の記憶はまったくなく、
祈祷師がいきなりわめいて駆け出し、仮病をつかっていた男がいきなり白状してきたり。
というような記憶に置き換えられていたりする。
もし、記憶をそのままにしていれば菫が不思議な力をもっているかもしれない。
といって人々が押しかけてくるのを防ぐための処置。
それは、今までにも幾度もあったので今度もその類だろう、剣心はそう自分の中で納得している。
当人に聞いてもはぐらかされて素直に答えてもらえないのは十二分に判っている。
あの件に関しては、深く追求しないことにするでござる……
それが剣心のだした結論。
「そういえば。先生。こんなところで脂うってていいのか?」
「何の。回診の見回りもここでおわりじゃしの」
弥彦の至極もっともな意見に、ずずっとお茶を飲みながら答えている源才。
回診が終わったがゆえに孫たちを連れに来ている源才。
そんなほのぼのとした光景が神谷道場で見受けられている同時刻。
「やっぱ女先生が一番だよな」
源才の診察所でもある待合室。
「でもよ。そんな女先生でも治せないものもあるらしいぜ?」
「何だ?それ?」
そんな会話をしている患者たちの姿。
「はい。次の人~」
そんな患者たちの会話をさえぎるかのように次の患者を呼んでいる恵。
恵が治せないもの。
それは恋の病。
当人いわく、
恋の病以外なら何でも治す。
ということらしい。
とにもかくにも、今日も今日とてこのあたりは平和のようである。
人間、知らない。
というのが一番の平和なのかもしれない……
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豆知識:
文化元年(1804年)
世界初の全身麻酔手術(乳癌の摘出手術)を成功したことで華岡青洲の名声は広まり、
全国から多くの患者と入門希望者が次々と集まった。
彼らを迎い入れて育成するため
青洲は建坪20坪余りの自邸兼診療所の近くに、建坪220坪の住居兼病院・医学校を建設した。
これが「春林軒」。
輩出された門下生は1033名、
大坂に作られた分校「合水堂」門下生を含めると2000名を超え、
彼らにより日本全国に華岡流外科医術が広められたとされている。
##########################################
あとがきもどき:
薫:今回はほとんど菫ちゃんの遊び…もといちょっかい?(汗
剣:・・・・・後始末がまた大変でござる……
薫:……ご苦労様です……
剣:救いは一部の人たちだけ。ということでござるけどな……
薫:まあ、普通はしんじませんよねぇ。見えない実態のないものがいきなりみえて。
しかもそれが目を覆いたくなるような格好でせまってくるなんて……
というか、普通ならば絶対に気がくるってもおかしくないですよね(汗
剣:まあ、それはそれとして。町全体にこれがひろまったらとおもうと……
薫:…まあ、それはないんでは?(たぶん
剣:そのたぶん、というのは……
薫:きにしない。きにしないv(内心脂汗
ともあれ、剣心さんにおこしねがってますけど、それはそれ。
次回はスモウトリさんの回にいって、それから例の暗殺集団にいきたいとおもいますv
剣:……おねがいですから、そちらからも菫ちゃんに一言……
薫:それは無理です!(きっぱりと
何はともあれ、それではまた、次回にて~♪
剣:…薫殿達が気づきませんように……
2008年1月28日(月)某日
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