まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。

ドラマCD目当てに初版本ロキを購入。
しかし完全オリジか…できれば原作忠実ドラマCDのほうがよかったです……
しかしなんでここ最近、ロキがぶりかえしてるんだろう?
神話の影響かなぁ?うみゅう??
しかし、さらっと人間でないってドラマCDで繭良に暴露してますが(爆
何はともあれゆくのですv

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体半分は鳥のよう。
その半身は人間の女性。
属にいう伝説上のパーピーに近い姿をしている存在。
その体全身は鋭く固い毛にと覆われている。
それが悪魔シギュ。
シギュは覚えていない。
かつて主、と仕えている存在に自分が殺され、魔術によりその身をかえられている、ということを。

Begin To Science-Ragnarok ~第3話~

「う~。まずい悪魔」
もともと人であることは知ってはいるがすでにもうその魂は人ではない。
完全に邪気に取り込まれて悪魔となっていたシギュ。
すでにかつてのひととしての心もひとかけらものこっていなかったようである。
よもやシギュとて喰われる、などとはおもってもいなかったであろう。
悪魔、というものは基本的に契約に従う存在。
ゆえにどんなに追い詰めても真実をいわないのが常。
無理やりにその記憶を引き出すこともできはするが、ソレが自分をみつけるまえにヘルに目をつけていたことを知っていた。
それゆえの行動。
喰うことにより、それのもっている知識や様々な内情を取り込むことも可能。
喰うことにより喰われたものはそのものの糧となるのが世の常。
もっとも、ただ喰らうだけでそういったものを得ない存在も多々といるのも事実ではあるが。
本来のそれは狩る立場に常にいた。
ゆえに自分が狩られる立場になるとは微塵もおもっていなかった。
が、しかしたかが下っ端魔族がロキに…否、神々にかなうはずもない。
おもわずけほんとむせこみかるくため息をつきざるをえない。
「なるほど、ね」
「ロキ様?」
父が『喰べる』ところをみても別に驚かない。
自分とて魂を喰らうこともあるのだから。
「とりあえずここにいたのはこいつ一体だけだったみたいだね」
喰らうことにより得た知識がそう物語っている。
そして今おこっている大体のことをも把握した。
つくづく思う。
人は愚かなことを繰り返す、と。
「ロキ様。それは?」
父の手の中にある小さな球体。
それが人の魂だと理解できるがゆえにといかける。
「ああ。これ?シギュが集めていた魂、だよ。若い女の子たちの、ね」
血をすべて被害者たちがうしなっていたのは、シギュの存在の糧となるものが人の生き血、だったからに他ならない。
そしてこれらの魂はとある方法である場所にと送られることにとなっていた。
被害者たちの魂は浮かばれることなく利用される運命にあった、といっても過言ではない。
「以前は生き血、今度は魂。ほんっと、人の欲望ってつきないよねぇ」
人の心は弱い。
されど意思はつよい。
その心の弱さと意思の強さ。
その意思がどちらの方面にむかっているかで、人としての行動は決定される。
「ロキ様?」
何をいったい知ったというのであろうか。
すべて自分の中にだけしまいこみ心配かけないようにする父親だからこそ心配そうにとといかける。
「何でもないよ。さ。スピカ達にお土産かってホテルにもどろう。あ、闇野君。アイスありがと」
「あ。はい。どうぞ。ロキ様」
魂をふっと体内にと保管しにっこりと闇野にむけてほほ笑むロキ。
おとらく問いかけてもきちんと答えてくれないことはわかっている。
ゆえに今自分でできることを、そうおもい、手にしていたロキのアイスをロキにと戻す。
「口直しにやっぱりいいよねぇ。アイスクリームは」
冷たい感触がここちよい。
アイスを手にするとほぼ同時、ロキの姿はまるで陽炎のようにと揺らぎ次の瞬間。
美女から美青年…つまりはロキ本来の姿へと姿を戻す。
別にずっと女性のままでも家族の間だけでは問題はないが、人間の間ではそうはいかない。
女性の姿で宿にもどっても不振がられるだけなのだから。
「ロキ様。もう姿をもどされるんですか?」
「用事はすんだしね。さ、いこっか」
「はい」
何だかとてももったいないような気もしなくもないが、しかし男性の視線と女性の視線ではあきらかに対象が異なる。
女性が父にむける視線はあくまでも憧れ的なものであるが男性はそうではない。
中には性欲の対象、としてみる男性も多々といるのだから。
ゆえにもったいない、とおもう気持ちとほっとする気持ちが心の中でせめぎ合う。
そんな会話をしつつも、ロキと闇野。
しずまりかえった森の小道をにこやかな会話をしつつも歩いてゆく様子がしばし見受けられてゆく……

ぱしゃぱしゃ。
「きゃ!つめた~いっ!」
湖の水がとても冷たくここちよい。
かつては普通の水に触れただけで体に激痛が走った。
父が常に組んできてくれていたウルズの泉の水しか彼女は触ることもできなかった。
その泉の水の浄化魔力により体の腐食を喰いとどめていたのも事実。
痛みを気にせずにこうして水浴びできる日がくるなど彼女、ヘルにとってはとても信じられない奇跡のようなもの。
「って、うわっ!ヘル!やったなぁっ!」
いきなり泉の水を掬い自分にむかってなげてきた。
「あはは。お兄様。ここまでおいで~」
「あ、ヘル!よぉしっ!」
何だかとてもほのぼのとしている光景。
湖のほとりに座っているロキとスピカ。
そんな子供たちの様子をほほえましくおもわずみつめる。
「二人とも。遠くにいったらだめだからね」
熱中するのはいいとして、遠くにいくのはかなり問題。
悪魔シギュはすでにいないにしてもそれを扱っていた人間はまだこの地にいる。
「兄さんも姉さんも元気ですよねぇ」
そんな二人の兄姉をみつつしみじみいっている闇野。
周囲には森の木々がうっそうとしげり、何だか自分たちが住んでいた神界の景色を彷彿させる。
「ヨムンガルドもあそんできたら?」
そんな末っ子にと言葉をなげかけるスピカに対し、
「いえ。私はここで十分です。森林浴は気持ちいいですし」
それに水はあまり好きではない。
永き時を過ごしていた海の底を思い出してしまうから。
みれば湖のほとりをおいかけごっこしているヘルとフェンリルの姿が目にはいる。
ハタメからみれば女の子と犬がおいかけごっこをしている何ともほほえましい光景。
「あ。宿のひとにたのんでお弁当をつくらせてもらってきたんですよ。ロキ様もスピカさんもどうぞ」
いいつついそいそと手にしているバスケットを開く闇野。
「兄さん、姉さん。食事にそろそろしませんか~?」
いくつかのバスケットをその場に取り出し、ちなみにこのバスケット一色も彼が通販で購入した品。
ピクニックセットの一式。
闇野の声をうけ、湖のほうからもどってくるヘルとフェンリル。
「あ~あ。二人とも。びしょぬれじゃないか。…まったく」
ぽっん。
あきれつつも手をすっとかざすと同時、その手の中に大きなタオルが出現する。
そのまま二枚のタオルを二人にかぶせ、わしゃわしゃと水分をふき取るロキとスピカ。
ふわふわのバスタオルがとてもここちよい。
「はい。姉さん。ヘアケアセットをどうぞ!」
すちゃり。
懐から鏡や櫛がセットになっている小さなコンパクトをとりだし姉にと手渡す。
「ヘル。こっちへいらっしゃい。髪をセットしてあげるから」
「はい。お母様」
ちょこん、と母親の前にとすわり、なすがままにされているヘルの姿。
そしてまた、
「フェンリルもブラッシングする?」
「あ。ロキ様。いいのがありますよ。通販でかった『わんちゃんネコちゃん大満足!ふわふわ仕上がり一式セット!』」
「…ダディ。ヨムンガルドのこの通販好き、そろそろ注意したほうがよくない?」
「え?何で?かわいいじゃないか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それでなくても無意味な道具がわんさかと屋敷にたまっているのは事実である。
それをかわいいから、のひとことで注意もせずにスキなようにさせているのは少し問題があるような気もしなくもない。
ゆえにこそおもわず無言になってしまうフェンリルの姿。
「中にはお掃除とか食事の用意するのに便利な品々もあるわよ。フェンリル」
そんな息子の心情を知ってかしらずか、ヘルの髪の毛を整えつつも横から口出ししているスピカの姿。
役にたつのはごくほんのわずかの品々、だけなのだが。
どうもこの弟は自分はおいしいものを食べることによって今までのさみしさとつらさを補おうとしている節があるが、
品物を集めることによりそれらの過去のつらさやさみしさをおぎなっているかのようにも垣間見える。
実際にそう、なのであろうが。
自分は極寒の台地に鎖でつながれ自由をうばわれ、片やくらい海の底になげやられ。
妹に至っては死者の国の管理人、という表向きは大義名分をおしつけられて暗く冷たい世界へと追いやられた。
「そ、そういえばダディ。ここにはいつまで滞在するの?」
とりあえずここは話をかえたほうが無難そうである。
ゆえに父親に話題をかえて問いかける。
「ここでの端末はもうわかってるからね。それが片付いたら次にいくよ。次の目的地はルーマニア、だよ」
あの場所の近くに窓を開いて屋敷を出現させればよい。
三百年以上たっているがゆえにあの場所がどうなっているかは今はわからない。
そもそもあれから人間界…ミドガルドの中でも幾多の争いがあったはず。
彼ら神界に属している存在達は言葉に不自由することはない。
彼らは彼らの言葉で話しているのだが、他の存在達はその言葉を彼らの脳内で勝手に変換する。
ゆえに彼らには言葉の壁、というものは存在しない。
「あとイギリスも事件が多発してるみたいだから、そこにも窓を開く必要性がありそうだけどね。
  フェンリルや闇野君にも手伝ってもらうことになるとおもう。一人より人数が多いほうが早く結果もでるしね」
「お父様。わたしも、私もお手伝いするっ!」
「うん。手伝ってもらいたいときにはお願いするよ。ヘル」
「うんっ!」
父親の役にたてるかもしれない。
それゆえに満面の笑みが自然と浮かぶ。
「ルーマニア?」
一人よくわかっていないスピカのみが首をかしげるが。
「そういえば、スピカは人間界、あまりしらないものね。ついでにいろいろ観光がてらに案内するよ」
「人間界では新婚旅行、というものがあるそうですけど。父上達もしてはどうですか?」
ぶっ!!
さらっという闇野の言葉におもわず口元にはこんでいたジュースを噴き出すロキ。
かたや、真っ赤になっているスピカの姿。
「そういえば、ダディもマミィも。結婚式してないものね」
「こらっ!おまえたち!親をからかうんじゃないっ!」
事情が事情であった。
誓いの言葉は二人だけでひっそりとかわした。
アングルホダは巨人族、とはいえすでに彼女の血筋は最後の一人であった。
天の精霊の巨人族。
その最後の生き残り。
片やロキはオーディンの血をうけたアース神族に属する邪神。
巨人族とアース神族は永きにわたり敵対関係にあったのだから二人の関係もまた秘密裏であった。
互いが内にひめたさみしさ。
それらが二人を結びつけたのも事実。
種族なんか関係なかった。
ただ、お互いが愛しく大切な存在であっただけ。
「お父様。お母様。わたし、妹がほしいな~」
「ってヘルっ!」
それにつられるようにヘルもまたその会話に参加する。
真っ赤にてれる父親の姿などめったにみれるものではない。
というかむしろ貴重極まりない。
彼をこのように狼狽させられるのはおそらく彼の家族、だけであろう。
このように素をさらけだしてすごすのもまた家族の前、だけなのだから……

く~、く~…スピスピ。
どうやら昼間、だいぶはしゃいだからか全員よく眠っている。
何しろほんとうに久しぶりの家族団らんのお出かけであった。
ゆえに子供たちもそれぞれハイになっても不思議ではない。
今までのさみしさを取り戻すかのようについついテンションがあがってしまった子供たち。
その気持ちはロキとて理解できる。
ずっと子供たちを助けられなかったのは他ならない自分、なのだから。
念のためにそっとルーン魔法をかけておく。
ゆっくりとジャマをされずにやすらかに眠れるように。
そのままそっと窓をすり抜けベランダへ。
今日は新月。
ゆえに月の姿は空には見えない。
そのままふわり、と姿を変化させて小鳥の姿へ。
おそらくいえばついてくる、と言いかねない。
子供たちに不快な思いをさせたい親などいやしない。
さくっと片づけてもどらないとな~。
そんなことを思いつつ、そのまま夜空に飛び上がる。
パタパタ。
夜だ、というのに小さな小鳥が飛んでいる様子はかなり不自然。
おそらくそろそろアレが戻ってこないことに気付いたはずである。
下手に逃げられたら厄介極まりない。
どうやらこのあたりは以前、バブルの時期に開発されていたのかいくか所かいまだに開発途中の場所もある。
その開発途中の一体すべてを垣野内家は買い取ってリゾート地へと変えているようだが。
それでもまだ手をつけていない場所も多々とあるらしい。
華やかな場所の裏には必ずそういった場所が存在する。
そしてそういう場所は『闇』に利用されるのが世の常。
どこで召喚の儀式をおこなっているのかは喰らった知識によって知っている。
ゆえにこそそこにむけてロキは闇夜を小鳥の姿でとんでゆく――

ぽうっ。
月明かりは本日はない。
あるのは床に描いた魔方陣の周囲に設置しているろうそくの明かりのみ。
ゆえに自然特有の闇が周囲にあわよくひろがっている。
そんな中で魔方陣の周囲にほどこしてある燭台の蝋燭のともしびがゆらゆらゆれる。
おかしい。
今までこんなにやってこないことはまずなかったというのに。
いくら呼び出しても魔方陣からは何の反応もない。
アレがでてきてからこのかたこのようなことは一度もなかったというのに。
「なるほど。素人ながらに深くつっこみすぎたわけ、だ」
ふと聞こえる第三者の声。
「ダレだ!?」
思わず身構える。
ここには自分以外はいなかったはず。
そもそもこの建物にはダレもはいれないようにアレが結界を張っているはずである。
にもかかわらずダレかの声がするなど絶対にありえない。
アレがいたずらで声をだしているのならともかくとして。
「シギュ、か。いたずらするのも……」
いいかけてはっとする。
先ほどまでダレもいなかったはずなのに、目の前の暗闇に浮かんでいる人影がひとつ。
ゆらゆらと蝋燭の燭台に照らされている姿が目にはいる。
そしてその蝋燭の明かりに浮かんだ顔をみてさらに驚愕。
彼にとってその顔は見覚えのあるものであったからなおさらに。
「お客…さま?」
おもわず茫然とつぶやくその男性。
そう、彼は目の前にいきなり現れた人物を目にしている。
彼のつとめている旅館において。
かなりめだつ家族であった。
女性はともかく男性ですら見惚れるほどの美貌の持ち主の若い父親と寡黙な母親。
そしてメガネをかけた大人しそうな自分好みの女の子。
そして執事のようなこれまた美男子に小さな黒い犬。
かなりかわった一行だ、とおもっていたのも事実。
メガネをかけた子は好みでもあることからシギュに頼んで自らのものにしようか、とすらもおもっていたのも事実。
もっともそれを知られていれば間違いなく彼はこの世に魂ごと存在できなくなっていたであろうが、
そんなことを彼は知るよしもない。
「お客様。このようなところにどうされました?ここは立ち入り禁止ですよ?」
とりあえず服はそのまま、旅館の制服をきいてるがゆえに営業用にと語りかける。
どうしてこんなところにあの客がいるのか、という疑問はあるものの、
下手にここで何をしているのかときかれるとかなり面倒極まりない。
「そういう君こそ。仕事をさぼってこんなところで何をしているのかな?
  しかし、君もいいように利用されたねぇ。いっとくけどシギュはもういないよ」
びくっ。
シギュ、という言葉がどうしてこの青年からでてくるのか。
「な、何のことでしょう?」
「別にいいよ。とぼけなくても。僕は僕の役目を果たすだけだから」
この青年、何もの?
警戒しつつ身構えるそんな彼とは対照的にそこにある燭台をすっと手にするロキ。
それと同時にゆらりと燭台にともされているろうそくの明かりがゆれる。
そして蝋燭の明かりの中にと映し出される光景がひとつ。
それは彼にとって今までの出来事。
彼はごくまじめな子供であった。
常に親のいうことをきき、素直で従順に。
親にいわれるままに勉強をし、そして大企業への就職。
しかし不景気のあおりで大企業は倒産。
彼のせいではないのに彼をせめる母親。
恋人すらも職を失った彼のもとからさっていった。
もともと、彼が恋人、とおもっていた女性は彼を都合のいい男友達、としか認識しておらず、
金の切れ目が縁の切れ目、であった。
彼女のために散々お金を貢いでいた彼にとってはそれは衝撃的な事実。
もっとも母親にちやほやされて人を疑うこともなく育った彼にとってそれは信じがたい出来事。
その母すらも自分が無職になったとたんに自分をせめ、自分がわるいのではないのに散々嫌味をいってきた。
そんなときたまたま趣味で行っていた魔術召喚の魔方陣から現れた悪魔。
彼はその悪魔のささやきをききいれ契約。
契約にあたって人間の魂が必要、といわれたが迷うことなく恋人とそして母親の魂を差し出した。
表向きは事故死。
ゆえに彼には莫大な保険金が舞い込んだ。
その金目当てにちかづいてくる女たち。
そのときに女というものはこの世にあってはいけないものだ、とそう曲解したのは彼の歪んだ性格ゆえか。
そのときから彼の復習ともいえる行動が目につくようになった。
始めはお金につられてほいほいちかよってきた女性たちの命を奪った。
彼女たちとて何もいわなければきれいなお人形のような存在。
体内から血を抜くことにより体の腐食も進行を遅らせられる。
何よりも悪魔の力の源が人の生き血だ、というのだから彼にとってはまたとない結果でもあった。
かといって人の躯をもっていれば自分に追及の手がまわってくる。
だからこそいっとき彼女たちをめでた後に悪魔にその躯すらをも引き渡していた。
それがどんどんエスカレートし、普通の女性をも襲うようになっていた。
何しろ自分が手を下しているわけではない。
失血死、という不可解な事件を前にして警察は手も足もでないのは明白。
何も手掛かりなどはないのだから。
「なるほどねぇ。でも君のしてきたことは許されないこと。
  君からしてみれば彼女たちを救っていた、とおもってるんだろうけど、彼女たちの声をきいたかい?」
この青年はいったいぜんたいなんだというのだろう。
目の前に自分にも見えた自分の人生。
人あらざる力をもったもの。
悪魔と契約をかわせた自分のみが選ばれた力をもっていたのではなかったのか。
「何をいわれているのかわかりかねますね」
ここは何をいわれてもしらばっくれれば問題ないはず。
そもそも何の証拠もないのだから。
自分がここにいるのも敷地内の見回り、それでコトがすむ。
「さて…と。人の心は怖いよねぇ」
いってふっと蝋燭の炎をかき消すロキ。
それと同時、周囲の炎も一気に書き消え、瞬く間にあたりを深遠の闇が包み込む。
相手の姿すら認識できないほどの闇。
「…な…なに…う…うわぁぁっっっっっっっっっっっ!!!!!!?」
闇に気をとられ、ふと何かが自分にすがってくる気配を感じた。
ふと視線をしたにむければ自分にすがりついてくる人型をした何か。
それらが多数。
それらが『しにたくなかった』『なぜ私を・・・』などといいつつずるずるとのぼってくる。
彼の脳裏に流れ込んでくるそれらの思考。
それらは彼が今まで殺した女性たちの魂の叫び。
シギュがまだ送っていなかった魂達をロキが実体化させて恨みつらみをはらさせているのに他ならない。
が、それをこの男性は知るよしもない。
「よせ…やめろ・・・う…うわぁぁっっ!!」
逃れようと魔方陣の中央へ。
それと同時、魔方陣の中央から黒い霧のようなものが出現し瞬く間に彼の体を覆い尽くす。
悪魔と契約したものの末路。
それはそれまでその存在が悪魔にかせていた業がすべて襲いかかる。
そのことを彼は理解していなかった。
そのまま霧に飲み込まれるように魔方陣の中にとひきずりこまれてゆく。
「自分の欲望に飲み込まれるとは哀れ、だよね」
それを別にどうにかするわけでもなく淡々と眺めているロキ。
別に同情の余地はない。
すっとかるく右手でルーンをきる。
それと同時、魔方陣の中にと押し込められていた数多の女性たちの死体がその場にと出現する。
「あとは人間が後始末をするだろうしね」
魔方陣の中央にすでにこと切れている男性とそしてその周囲に散らばる女性たちの死体。
少し調べれば彼が女性たちに近づいていたことはすぐにわかるであろう。
そもそも行方不明になっても騒がれなかったのは悪魔シギュが干渉していたからであり、
シギュがいなくなったことによりその魔力も失われた。
彼の魂は自分が増殖させていた自分の憎悪に飲み込まれ消失したに他ならないのだから。

★ ☆ ★ ☆

「あなたさまのいわれたとおり、どうやら術に失敗したとおもわしき人物が発見されました」
かつては垣野内家の本家筋で働いていたがゆえにその手のことは多少なりとも知っている。
何か召喚されていたっぽい『何か』を退治したがゆえに術者にその術が跳ね返っているはず。
正確にいえばロキはそこまではいっていないのだが、人を襲っていた何かは退治した。
そう聞かされた。
聞けば人でない何か、であったらしいが詳しくは話してもらえなかった。
が、しかしそのような存在がもとからいたとはおもえない。
ゆえにひょっとして、とおもいダレかが呼び出したこともありえるか、ときけば答えはありえる、とのこと。
そしていわれて気付いた出来事。
周囲の宿泊施設などからは被害者はでている、というのにいまだにこの旅館だけは被害者はでていなかった。
最近の被害者の情報をどうやってあつめたのかは知らない。
が、地図をだされて示された箇所はたしかにここを中心としてしかとらえられない。
何しろ線で犯行場所をつないでゆくとおのずからここにて交差していた。
基本、召喚悪魔は召喚された人物からそう離れて活動することは不可能。
ゆえにどうしてもその召喚主を基本として動くこととなる。
常にこの旅館で召喚主がはたらいていたことによりそのような結果になっているのだが。
ちなみに他の場所で被害がおこったときにはその人物が別の場所に出向いていたからに他ならない。
なぜか事故が多発していた廃墟。
その中に描かれていた魔方陣。
魔方陣の中心に恐怖の表情でかたまってすでにこと切れた男性。
そしてその周囲にちらばる様々な血をすべてうしなった女性たちの死体の山。
体内のすべてから血が抜かれているがゆえに一重にミイラのような形となり彼女たちの体は腐敗していない。
体の大半は水分でできている。
血が抜かれたときにその水分が凝固してそのまままるで蝋人形のように成り果てた。
ゆえに見た目は生前のままで姿がのこっている、というのが被害者の遺族にとっては救いともいえる救い。
おそらく犯人はこの旅館の従業員かその関係者なのでは?
そういわれ調べてみれば本日無断欠席をしているものが一人。
先ほど彼の自宅にも従業員をいかせてみた。
自宅にはいなかったが敷地内の廃墟においてその人物は発見された。
その状況が状況である。
あわてて警察などに連絡をいれ…そして、今に至る。
警察も何が何だかわからないであろう。
意味不明の床に描かれている映画や漫画、小説などにでてくるような魔方陣。
何しろ魔方陣というものは一般的には人の間では知られていない。
中世時代ならばそれらは当たり前ではあったのだが、科学の発展しているこの世の中でそれらを知る存在は数が知れている。
その魔方陣の中に恐怖で目を見開いた血が一滴ものこっていない男性にその周囲にころがっている女性たち。
調べてみればたしかに家族たちは行方不明捜索願などを出している人々もいるにはいた。
が、なぜか警察はそのことを失念しており調べてすらもいなかったという失態が明るみになった。
そんなことはクチがさけても一般人には伝えられるはずもないが。
バブルがはじけたのち、かなりの数の企業などが倒産した。
そして行方不明になっている人々も多々といる。
そして今ではじんわりと再び不況の波が世界を覆い尽くそうとしているこのご時世。
何があっても不思議ではない。
ないがこの理解不能な死体はいったいぜんたいどういうわけなのか。
そんな警察の人々の心の葛藤は何のその、旅館の支配人室で会話をしているロキの姿。
そもそも、ロキがここに呼ばれたのは不可解な事件の調査をするため、である。
まさか彼らがきてすぐさまに何かがおこる、とは夢にもおもっていなかったが。
「まあこれで大丈夫、とはおもいますけど、しばらくは油断は禁物ですよ」
おそらく術者が死んだことはこれらの事件のいとを引いている存在に気付かれたはず。
再び別の何かを送り込むという可能性も否めない。
「はい。それはわかっております」
別に何をしたわけでもないので報酬は泊まらせてもらったのでいらない、そういわれかなり恐縮したのも事実。
「では、私は部屋にもどりますから。何かあれば連絡ください」
「わかりました」
おそらくまだばたばたしているので警察も彼らに事情をきくまではいかないであろうが、
いずれは事情をきくことになるであろう。
もっとも、ロキに関してはその気になれば自分たちのことを気にさせられなくすることも可能。
そのままかるく挨拶をして部屋をあとにする。
「…あ、そういえば。またあの若い探偵さんの名前…聞き忘れた……」
部屋からでていきしばらしくてふときづく。
毎回、名前をききそびれているのはどういうわけか。
しかし、
「…まあぼっちゃまの紹介ですし」
悪い人たちではないのはわかっている。
それですまし、再びいまだにばたばたしている事務室へとむかってゆく支配人の姿。

ざわざわざわ。
周囲がとても騒がしい。
「何か騒がしいですねぇ」
部屋の窓から外をみて心配そうにとつぶやく闇野。
「お父様。この人たち、どうなさいますか?」
そんな中で父から預かった死者の魂をふわりとうけとめにこやかにと問いかけているヘル。
人間界に来ている、とはいえヘルの役目は冥界の支配者であり管理人でもある。
ゆえに魂の輪廻などをもつかさどる。
そしてまた、すべての存在の魂の生と死も。
消滅してしまった魂の行方は彼女の気にするところではない。
「そうだね。ヘルに任せるよ」
「わかりました」
肉体がそのままあるのならばその魂を肉体にもどせばよい。
しかし、預かった魂の肉体は血が一滴のこらず奪われておりすでに肉体的にしんでいる。
しかしまだ彼女たちは救われたほうなのであろう。
シギュからその上司に魂を献上させられていれば彼女たちの魂はまちがいなく消滅していたのだから。
「すべてのしがらみから解放され、今ひとたび眠りのときを」
ぽわっ。
ヘルの言葉に従い、ふよふよと浮かんでいた淡い光を放つ球体がほのかにひかり、
そのまま光の粒となりかき消える。
後にのこったのは彼女たちの思いの結晶ともいえる小さな炎。
「お兄様。ヨムンガルド、喰べる?」
おそらく悲しみにみちいてる思いのはず。
そういう思いはヘルはあまり好きではない。
悲しい思いは散々永い時の中であじわっていたのだから。
「いえ。私はいいです。兄さんは?」
「僕もいらない」
悲しみの結晶は喰らったのちに一時その悲しみを共有することにもなる。
せっかく家族がそろっているというのにそんな思いをしたくないのが本音である。
「そういえばロキ様は?」
「僕がおきたときにはダディ、いなかったけど」
起きたときに部屋に父親の姿はなかった。
「あの人なら支配人室に朝からいってるわよ。事件解決したんですって」
そんな子供たちの会話をききつつも、布団をきちんとたたんでいるスピカの姿。
「マミィ。ここは旅館なんだからそういうのは仲居さんの仕事だよ?」
そんな母親にひとまずつっこみをいれているフェンリル。
「これくらいはしないとね。ヘル、その結晶、私に預けてくれるかしら?」
「お母様?」
「彼女たちの思いは浄化してあげないとね」
母にはその力がある。
伊達に月の精である巨人族として生をうけていたわけではない。
月にはすべてを癒すそんな性質があることを人々や神々が忘却しているのも事実。
しかし子供たちにはそれだけで十分に通用する。
母親がそのような力をもっている、というのは周知の事実なのだから。
それは父親においてもいえること。
そのまままるで血の塊のような結晶をした炎をスピカにと手渡す。
スピカがすっと目をつむると同時、炎は小さな水晶体となり彼女の中にとかききえる。
思いは彼女の中で浄化され、そして新たな力となり月の光として世界に降り注がれる。
月の光はすべての思いや力などをも降り注いでいることを人間たちは知らない。
また知るよしもない。
「あれ?みんなもうおきてたの?」
ロキがあるいてきた廊下では女性従業員や女性客達がこぞってその美貌に腰をぬかして累々と座り込んでいたりする。
そんな彼女たちに目もくれることもなく部屋にともどってきているロキ。
神界においてはそんな彼をめぐって殺傷沙汰になりかけたこともあったが彼のほほ笑みひとつで女性たちは殺気をおさめた。
「あ、ダディ。おかえりなさい」
「ロキ様。おかえりなさい」
「お父様」
そんな父親の姿をみとめ、同時に声をだしているフェンリル、ヨムンガルド、ヘルの三人。
「お疲れ様です」
そんなロキににこやかにいっているスピカ。
おそらく外の騒ぎはロキに関係していること、というのは何となくだが理解ができる。
自分たちにだまって出かけていたのは自分たちに心配をかけたくないから、というのも。
「ダディ。何か外がさわがしいけど、何かあったのかなぁ?」
窓の外をみつつもロキにと聞いているフェンリル。
しっかりともどってきた父親の足元にすりよっているのが何ともかわいらしい。
そんなフェンリルをひょいっと抱き上げ、
「大丈夫。もうおわったから」
そう、後始末は人間の仕事。
自分が関与するところではない。
「さて。と。今日はみんなでどこにいこうか?」
子供たちに心配かけさせまいとしてにこやかにほほ笑むロキ。
おわった、ということは今回の事件の鍵となっている人物をどうにかしたのであろう。
それくらいは子供たちとて理解できる。
それゆえに深くは追求しない。
しばし何ともほほえましいロキ一家の団らんがその場においてみうけられてゆく――

★ ☆ ★ ☆

ぴくり。
何があった、というのであろう。
シギュの反応が消えた。
そしてしばらくしてシギュを与えていた人間の魂すらもこちらにやってきた。
あの人間の男は知らなかったであろう。
シギュと契約を交わしたときに、その魂を自分に差し出すことになっていた、ということを。
そもそも契約書は悪魔文字でかかれており人間にはよめるものではない。
それに同意したのはほかならないあの人間。
人間ごときが術に失敗したとしても悪魔として変えたシギュをどうこうできるはずもない。
「…まさかまたヴァルキュリアか?…こざかしい」
表立っていまだに地上にはでていかれない。
自分がいるのは封印結界の中。
ヴァルキュリアの張った結界はしばらく前に何らかの拍子でかき消えた。
地上に施された結界もまた人間たちが壊してくれた。
が、しかしこの空間自体からでるのにはもう一つの結界を壊すことが必要不可欠。
しかし自分以外ならば外に出すことは可能。
力をためてここの空間の結界を壊して外にとでる。
そうして改めて自分の国を創る。
今の世の中の人間たちはあまりに腐っている。
自分ほどの力をもったものが統一する必要性がある。
そう。
数百年前の失敗を二度と繰り返したりはしない。
そのためにはまだまだ魂が必要。
神々の魔力に対抗する壁とするために。
そしてまた自分の魔力の糧とするために。
「かならず、かならず私は再び……」
自分をおいやり財産をすべて奪い取った男たち。
自分はただ常にわかく美しいままでいたかっただけ。
それは女性ならばだれでもおもうこと。
特にあの当時ならば至極当然の思いであろう。
なのに自分だけを魔女として裁いた人々。
復習はまだ終わっていないのだから……

ぴくっ。
「?どうかしたの?」
「ううん。何でもない」
「まだ本調子じゃないんじゃないの?大丈夫?」
「うん。平気」
数ヶ月前、原因不明で倒れた。
医師からも原因不明、といわれて手のほどこしようがなかった。
日に日に衰弱していたらしいが、あるときふっと目覚めた。
そのときに何か夢をみていたような気もしなくもないが思いだせない。
とてもとても大切なことだ、とは理解できるのに。
「ミクローシュさん。あまり無理は禁物ですよ?」
「はい。シスター」
さらり、と結んだミツアミの銀の髪がゆれる。
見事なまでの銀の髪。
ここまで見事な銀の髪はない、と死んだ両親は常にいっていた。
屋敷にいるのは自分以外では家につかえている使用人達。
一人のこされた彼女を手にいれて財産を手にいれよう、とたくらんでいる親戚も多々といる。
そんな人々をみて昔からおもっていることがひとつ。
人とはいつの時代も何て愚かなんだろう、という思い。
どうしてそう思うのかはわからない。
だけどもそう思うのだから仕方がない。
それらを表にださないように暮らしている日々。
なぜか人々の心が読める能力がこん睡状態の後に目覚めた。
しかしそれが当たり前のようにも感じるじぶんがそこにいる。
「プラチナ!もう、こんなところにいたの?ずいぶんさがしたのよ?」
「ごめんなさい。エマ」
プラチナ、と呼ばれた少女が振り向いたさきにいるのは栗色の髪の女の子。
あまりにもどってこない彼女を心配してさがしにきた彼女のクラスメートの一人。
聖セイント学園。
両家の子女を対象にした学園である。
由緒ある歴史があるらしく数百年マエからこの場に建立されているらしい。
広大な敷地の森にかこまれた自然豊かな土地。
「では、シスター。ご機嫌よう」
「ごきげんよう。プラチナ・ウル・ミクローシュさん」
ミクローシュ家はこの地に代々伝わる由緒ある侯爵のなをもつ名家。
もっとも、今現在においてはその名前は別の意味で知る人ぞ知る名家、でもあるのだが。
真実など誰も知るよしもない。
当時はとても悲惨であった、ということのみがこの地には伝えられているのだから。
確かに何かが反応した。
それが何か、はわからない。
しかしよくない感じがするのも事実。
早く思い出さないととんでもないことになりかねない。
そうおもうものの、何を思いだせばいいのかがわからないいじょう、どうしようもない。
「もう。プラチナ。あまり無理したらだめだよ?それでなくてもこの二カ月の間、不可思議な事件おきまくってるんだから」
「うん。ごめんなさい」
そう。
プラチナが意識不明の重体になるとほぼ同時。
この地においても原因不明の事件が多発しはじめた。
それは一時のみではあったが。
始まりは学園の元敷地内であったある一角から。
そこに出向いていた作業にあたっていた人々がすべて行方不明になった、という事件から。
今でもときどきおこるという行方不明事件。
まるで神隠しにあったかのごとくに。
原因不明で倒れるまではよくわからない体のだるさをずっと感じていた。
だが、今はそれがない。
何かが満ちているのが自分でもわかる。
その何か、まではわからないのだが。
そっと手をかざして空をみあげる。
太陽がさんさんと降り注ぎ、緑がとてもまぶしい。
その光景はふとどこかと重なりをみせる。
記憶にない光景。
それを思い出せればおのずと答えはでるのであろう。
「そういえば、今回のクラスの出し物、きいた?」
「ううん。きまったの?」
「それがね~」
たわいのないおしゃべり。
そんな会話をしつつも、学園内部にある教会をあとにしてゆく女性徒が二人。
プラチナ・ウル・ミクローシュ。
現代における吸血鬼カーミラの元になった、といわれているエリジェベートの血縁者。
数百年も経過しているのでそれを追求する人々などいるよしもないが、確実にその血筋は現代にも息づいている。
侯爵名とは名ばかりのこの現代。
しかしこのような閉鎖された場所では家名がもつ影響力はとても大きい。
特にミクローシュ家は王家ともつながりをもっているのだからなおさらに。
もっとも、つながり、といってもそれはもう過去のことで遠縁にすぎないのだが。
銀色の髪に深い藍色の瞳。
彼女をみたものは誰でもさきにそのみごとなまでの銀の髪にみほれるほど。
そんな彼女が原因不明の病で倒れたのはほんの数ヶ月前。
それも学園内でいきなり、であった。
日に日に衰弱していき原因不明。
科学とは別方面の心霊治療を主とする機関にたよれども彼らも手だしはできなかった。
何かの力が失われていっているようだ、というのは漠然とはわかったがそれが何かまでは理解できなかった。
しかしあるひ、ふと彼女は目覚めた。
それまで虚弱体質でもあった彼女は目覚めと同時に健康な体を手にいれていた。
それが何を意味するのかは…誰も知るよしもない。
それは彼女の魂における影響なのだ、ということも。

「うわ~、うわ~、かわい~い!」
自分の家で結婚式をあげた尊敬する先輩。
その彼女が連れてきたのはまだ生まれてまもない赤ん坊。
「一時はイシャからあきらめたほうがいい、とまでいわれたんだけどね」
子供がきちんと成長するかわからない。
そういわれた。
それでも奇跡を信じて体調には気を付けた。
変化があったのは数か月前。
未熟児であまり育っていなかったはずのわが子が何かの拍子に普通に育ち始めた。
障害は覚悟しておいてください、とまでいわれたのに生まれたわが子は健康体。
ふわふわの栗色の髪が印象深い。
気になるのは瞳の色が青みがかっていること。
しかしそれは新生児にはよくあることで、しかも彼女の血筋にイギリス人の血がまざっているのでそれもありえる。
「先輩。名前は何っていうんですか?」
「このこ?この子はね……」
子供の幸せを願わない親などいない。
しかし彼女は知るよしもない。
その子供が普通の子供ではない、ということを。
あのとき、自分を閉じ込めていた水晶がハゼ割れた。
それはすなわち、主神オーディンの力が失われたに他ならない。
訪ねてきたロキのことをも覚えている。
そのまま自分の魂は生まれながらの契約のもと、人間界、ミドガルドへと降り立った。
入り込んだのは一人の人間の中にいた胎児。
すでに余命はながくなかった。
しかし自分もまた早く誕生する必要性がある、そう感じた。
だからこそ入れ違いにその体内に入り込んだ。
記憶をもったままの転生。
それはかなり珍しいことに他ならないが、おそらく神界の力が崩れていることに関係しているはずである。
人間の体内にいたことで何とか魂の損失は免れた。
それでもやはり神界の力が届かない、というのは彼女たちにとっては致命的。
ゆえに誕生もあやぶまれていたのだが、ほんの少し前その力がふと戻った。
満ち溢れてくる力の波。
それまで与えられる力が不安定であったことから何かがあったのは明白。
ふと、目の前にいる人間の女性にと目をむける。
その首にかけられているひとつのペンダント。
そこから感じるのは懐かしい気配。
…ロキ?
まちがいなくそこからロキの神気を感じる。
この子、ロキと何か関係がある?
おそらく彼ならば知っているであろう。
この原因を。
しかしいまだ赤ん坊である自分にはどうしようもないのも事実……

「たしか噂ではこのあたり、ときいたんだが……」
さらり、と長い黒髪が揺れる。
意識を取り戻したのはついこの間。
それと同時に思い出した。
すべてのことを。
だからこそ彼を探してここまできた。
覚醒した、とはいえその体は人間のそれ。
神界に戻ることもできるが、それより聞いたほうがはやい、という結論に達したのも事実。
そもそも、あのときから主神の力は不安定であった。
何がおこったか、なんてわからない。
しかし自分の戒めがとかれた、ということは自分たちを束縛していた主神の力が一時失われた、ということ。
今はこうして自我がたもてる、ということは何らかの形で神界もまた復活を遂げたのであろう。
記憶を取り戻しいろいろと調べてみればこのあたりでよく不可思議な事件がおこっていたらしい。
もっとも、最近では世界各国で不可解な事件がおきまくっているのも事実だが。
仕事中に倒れ、意識不明となって二カ月近く入院していた。
今は病み上がり、ということで会社が自宅養生をするように、とお達しをだしている。
何しろ彼女が倒れたことにより世間の注目をあつめてしまい、重労働が世間にばれた。
会社としてもおもいっきり批判をうけ、その結果従業員に対しての待遇がよくなっているのも事実。
とはいえこのご時世。
どうしても必要不可欠な残業などは多々とあるにしろ。
そのまま会社にとどまっても迷惑をかけるのは請負い。
とはいえすぐにやめたのでは会社が無理やりにやめさせた、と風評が立ちかねない。
そういわれ、会社の出した結論がしばらくのあいだ自宅養生、という名目で長期休暇をあたえる、ということ。
彼女がよく働くので彼女にたよりきっていた、というのも否めない。
しかし彼女とて思い出した以上は本来使える主は別にいる。
別にお金の使い道などもなかったがゆえに貯金はかなりの額になっている。
昔から多少なりとも株などをたしなみ、かなり余裕があったのも事実。
あるとき、ふと何となくではあるが予感がしてほとんどすべての株を売り払った。
彼女が株を手放したあとに株価は暴落。
ゆえに彼女自身の被害はまるでない。
今持ち得ている株は安全とおもわれる品々のみ。
それでも株の所得においてまだ二十歳を過ぎたばかりだ、というのに自宅を建てた。
自宅から会社まで数時間かかる位置ではあるが、やはり家は自然があふれている場所がいい。
それが彼女の持論。
「とにかく。残像している神気をたどってここまできたが……」
しかしやはり確定はできない。
「お姉さん、一人?旅行?」
ふとそんな自分に声が投げかけられる。
こういう一人旅をしていればよく男に声をかけられはするが、彼女のもつ独特な雰囲気からか、
めったと根性をだして声をかけてくる男性はほぼ皆無。
ふと振り向けばそこには学生服らしきブレザーをきている一人の青年。
歳のころは十八かそこら、くらいであろう。
「呼んだのは私?」
「お姉さん以外に誰がいるっていうの?お姉さん、美人だねぇ。何かさがしてるの?
  このあたりのことなら多少なりとも詳しいからある程度なら教えられるかもしれないよ?」
どうやら下心とかは感じない。
「なぜ声を?」
「何だかお姉さん、不思議な感じがするからね。フレイヤちゃんとかと同じような感じをうけたからほっとけなくて」
ぴくっ。
フレイヤ、その言葉におもわず反応する。
「…フレイヤ、という人をしっているの?君は?」
「最近はみないけどねぇ。ときどきみてたけど。何か探偵がいなくなってから美人さん達もいなくなってさみしいし。
  あ、もしかしてお姉さん、探偵の知り合いとか?」
探偵?
そういわれて思わず首をかしげ、
「探偵?」
「燕雀探偵社っていうんだけど。そこの探偵がまたかわった子でさぁ。
  あ、雰囲気からすれば何となくお姉さん達に似てなくもないかな?何かどこかが違うけど」
「…まさかその探偵はロキ、という名前では?」
「あれ?なんだ。やっぱり探偵の知り合い?くそ~。なんであいつの周囲には美人さんばっかり。
  あ、でも今は探偵この町にはいないよ?どこかに引っ越したらしいし」
少しばかり心をのぞかせてもらった。
どうやらこの男性の名前は光太郎、というらしく探し人とは知り合いらしい。
というかかなり気になるのは彼の心の中でみた人物たち。
どうしてロキを初めとして運命の女神のノルン達やフレイヤとフレイ。
さらにはトール神、ヘイムダル、といった存在まで近くにいたのやら。
詳しく深くまでさぐっていないのにそこまでの神々の姿が確認できるなど。
自分たちが人として生活している間に本当に何があったのか理解不能。
「引っ越し?…その探偵社はまだあるの?」
「あるにはあるけど。だけどしっかりと門はとじられてるよ?」
「案内してもらえるかしら?君」
「いいよ。お姉さんのような美人さんは大歓迎。あ、俺光太郎っていうんだ。お姉さんは?」
「私?私は玲於奈」
「レオナさん、か。いい名前だねぇ。今日はいいことづくし、かな?
  探偵に依頼してた厄介な事件も解決したって連絡あったしな」
そもそも先日、父親にたのまれてかの地にでむき偶然にも再会した。
そしてさきほど、事件はひとまず解決した模様、と連絡がはいった。
本当ならば今から電車でかの地に出向こうとおもったのであるが美人が困っているのならば話は別。
移動するのはいつでもできるのだから。
そのまま光太郎、となのった男性と玲於奈、となのった女性は男性の案内でその場を後にしてゆく姿が、
しばしの間その場においてみうけられてゆく……


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あとがき:
悪魔シギュの契約主さんをさらっと流しました(こらこらこら)
丁寧に表記してたらかなり容量くらいますしね。
でも大体これで想像力でヨミテには何となくわかる…と思いたい。
グロテスクシーンはあまり表記したいのが心情なのですよ(かなりまて
あと、月の魔力に関しては昔からいわれていることなので詳しくは表記しませんv(まて
そもそも、月がなければ地上に人類も生命も存在していなかったわけで。
月ってかなり重要、ですよねぇ(しみじみ)
さて、ヘルの本質の一人称は何にしよう?
わらわ、とわたくし、このどちらか、だよなぁ。と悩み中。
いや、ヨムンガルドが「われ」だし。
フェンリルは「おれ」だしねぇ。
ヘルもなのでニブルヘイムの女王としての本質の一人称を悩み中。
やはり、イゲンだすためにもわらわ、がいいかなぁ?ううむ……
まあ、悩みつつも次回にいくのですv
あ、あとこの話さん、北欧神話らしく、ヴァルキュリア三姉妹だしますよvええv(かなりまて!
もっとも、すでにラグナログはおわってるので戦女神、としての役目はおえてますけどね(苦笑
ちなみに、わかる人はわかるはずv
ラストにでてくる女の子たち。
はいv予測通りですvふふふふふ♪
何はともあれではまた次回にて♪

2009年6月3日(水)某日

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