まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。
ようやくあと少しで佐為復活!それまでファイト!(こらまて
いあ、復活後はほとんどオリジナルになるので、原作確認しなくてもうちこみできるのでv(笑
何はともあれゆくのですv
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五月。
この季節は好きではない。
去年の今頃を思い出してしまうから。
いまだに喪失感に慣れないというのに、直接思い知らされるようで。
だから、この時期は、誰かといたほうが気がまぎれる。
…佐為……
常にそばにいたのが当たり前だったのに。
おまえだって神のいってを極める前に逝くことになってしまってさぞここ理残りはあっただろうに。
そんな想いにどうしてもとらわれてしまうのが、この五月……
星の道しるべ ~それぞれの想い~
五月一日。
日曜日。
「……ありません」
「ここで判断をあやまった」
珍しくアキラからの投了の申し出。
「社がこうくる、とおもったんだろ。それでこううければ五分のわかれだもんな」
ひとまず昨夜と違い、今日は一局うっては検討をも組み入れている。
ちなみにヒカルはトイレに行きたいから、という理由でアキラと今の一局を交代していたのだが。
アキラの投了の声をうけて、ヒカルが横から指摘する。
「ふ~……」
終局したのをうけておもわず大きく息を吐き出す。
「疲れてきたか?塔矢?」
「疲れてなんかないっ!」
大きく息を吸い込むのも道理。
ヒカルが対局しているときには息をすることすら許されないような何ともいえない圧迫感を感じてしまい、
ろくろく息もしていないのでは?
とアキラ手的にも思えてしまうほどであったのだから。
朝からようやく一息つけた。
そんな感覚。
ゆえにこれは疲れではない。
絶対に。
「ほら、お茶。社も」
ちょうどトイレにたつときポットのお湯を確認してみれば残りがすくなくなっており、
ついでにとヒカルが先ほどわかしてきたばかり。
朝食用にと昨日作った野菜サラダの残りももう果てた。
「沸かしたてだからあついぞ~」
「っ!んなの早くいってくれへんかっ!!」
のどがかわいていたので何のきなしに一気にごくりと飲み込んだ。
その熱さにおもわず悶絶しながら叫ぶ社。
と。
ピンポ~ン。
玄関先のインターホンが鳴り響く。
「倉田さんだろ。ちょうどいい。ここで終わりにしようか」
ふと時計をみればいつのまにか時刻は十二時をとっくに過ぎている。
「んじゃ、オレトイレにいってくるわ」
「そういやもうお昼かぁ。冷蔵庫の中のもので簡単につくれるものといったら……」
伊達に昨晩、一応冷蔵庫の中をチェックしていたわけではない。
そもそも、まともに食べないと塔矢に合わせ、
ヒカルはこのたびの長期宿泊用に大量に野菜類を買いこんで冷蔵庫にと保管している。
「とりあえず、野菜はたべなきゃだめだしな」
いいつつ台所にむかい、とりのササミをとりだして軽くゆでる。
そしてレタスやハムといったモノを細かくきざみ、大きなお皿にもりつける。
簡単お手軽野菜サラダ。
ドレッシングはお好みにあわせて。
味ポンなどでたべてもけっこういける。
少し肌寒いような気もしなくもないので、これまたコンソメスープの素。
レタス、カニカマを使ったスープの作成。
お手軽でありながら栄養度もたかく、さらには短時間でつくれるすぐれもの。
ヒカルが台所にてそんな簡単料理をしているそんな中。
ガラガラ…
アキラが玄関の扉のカギをあけるとそこには案の定、倉田の姿が見て取れる。
「よお!やってるか!」
「こんにちわ。倉田さん。昨晩からずっと一手十秒の超早碁勝ち抜き戦をやってました」
そんな倉田に挨拶をしてとりあえず報告しているアキラの姿。
「って、一手十秒の勝ち抜き戦!?」
倉田が中にはいってきたのを確認し、引き戸となっている玄関の扉の鍵をかけなおす。
「社の北斗杯に望む気構えがいま一つのようにみえたので。まず、士気をたかめようかと……」
浮ついた気持ちでは絶対にかてない。
だからこその提案。
「何でそんな楽しいこと、オレのいない間にやるんだよ!
オレだって仕事が昨日はいってなけりゃきたのにっ!」
しかも今日とて午前中は仕事であった。
「部屋どこ!?」
「あ。はいって廊下の曲がり角を左に……」
塔矢邸はけっこう広い。
家の中にいくつもの分かれ道たる廊下があるのもかなり珍しい。
しかもここは東京。
…豪邸というものはめったとまずない。
「よぉ。進藤」
「あ、倉田さん」
面倒なので作成したなべごともってきた。
それぞれに好きなだけすくってスープはのめばよい。
「あれ?社は?って、お!おいしそうなもんがある!なあ、オレの分もあるのか!?」
「え~と……」
倉田さん、けっこうたべるしな~
それゆえにヒカルとしても言葉につまってしまう。
倉田が食べるのを算段してつくったわけではないからなおさらに。
「スープ、だけ?今からヒル?」
いいつつも、しっかりとどかっとその場に座り込む倉田におもわず苦笑してしまう。
「あとは野菜サラダがありますけど……」
「え~!?それだけ!?たんないじゃんっ!」
思いっきり不服げに叫び、
「塔矢。お前らもお昼はこれじゃ、たんないよなっ!?」
足ります。
といえる雰囲気ではない。
「じ、じゃぁ、何か出前をとりましょうか?僕らもそうしよう」
一応倉田は目上にあたる。
ゆえに断るわけにはいかないのも事実。
「オレ、すし三人前ね。あと並な。上は嫌いなんだ」
「は、はいっ!」
倉田の言葉をうけて電話のある場所にとむかってゆくアキラ。
親機のところにいつもの寿司やの電話番号なども控えてある。
「よしゃ。塔矢が電話にいっている間に、進藤!そのスープよこせっ!」
「…い、いいですけど・・・全部のまないでくださいよ~?」
とりあえず先によそっておくほうが無難かもしれない。
ひとまず三つのお椀にスープを注いで、倉田の分の器は少し大きめなものを用意してそれにと注ぐ。
「うん!うまいっ!おかわりっ!」
「…やっぱし……」
がくっ。
あっというまに一気飲みする倉田に対しおもわずがくりと肩を落とすヒカルの姿。
そんな倉田をしばし呆然とトイレから戻り、廊下につったったままみている社の姿もそこにはあるが。
そしてはっと我にともどり、
「あ。お、おはようございます…やなくて、こんにちわ?」
挨拶をまだしてなかったことを思い出しあわてて頭をさげていってくる。
「社。北斗杯じゃお前が一番心配だ」
「?心配?」
いきなりそんなことをいわれてきょとんとする以外何だというのだろう。
「絶対的に経験不足なんだよ。お前ってプロになったばかりだもんな。
進藤は一応高段者との手合いもこなしはじめてるけどさ」
もっとも、ヒカルの場合はとてつもない人物と日々うっていた、というのがあるのだが。
そのことを倉田は知らない。
「大丈夫だよ。倉田さん。代表を選ぶ大事な一局で初手に五の五を打ってくるやつだぜ?」
そんな倉田に笑いながらサラダをよそいながらいっているヒカル。
「ははは。そういやそうだ。しかし、進藤。これ、うまいな。お前つくったのか?おかわりっ!」
「…って、倉田さん…それもう六杯目……お寿司たべられなくなるよ?」
ヒカルの言い分も至極もっとも。
が。
「スープなんて腹のたしにはなんないだろ?ジュースのようなもんだし」
いや、違う。
絶対に。
思わずこのときばかりは戻ってきたアキラを含め三人が三人とも同じ思いに駆られてしまう。
「でもま、社。いっとくけどな。初手天元も。五の五も。まだまだ研究不足の手だ。
今のお前の力じゃ手にあまる。自覚しとけ」
「・・・・・・・・・・」
そういわれると何もいえない。
事実、昨夜から今朝にかけて社が早碁でかてたのはたったの一度きり。
先ほどの一局のみ、である。
ちなみにヒカルは連戦して一度もまけていないのだが……
「…あ~あ…倉田さん、やっぱり全部のんじゃった……」
カラッ。
寿司が届くまでもなくサラダもスープもあっという間。
ヒカルたちが少しばかり口にできただけであとはすべて彼の倉田の腹の中。
「また、つろくっか?塔矢?」
「…う~ん。とりあえず場を保つために、お願いするよ。進藤」
とりあえず、倉田は何か食べ物があるとおとなしい。
それを二人は棋院関係者から聞かされている……
もぐもぐ。
寿司並、六人前。
この家で並というのはかなり珍しい。
というかほぼ初めてといってもいい。
それほどまでに店にとっては上得意先。
お寿司とスープとお茶。
この三点で遅めの昼食。
「へ~。社は生まれは関東、こっちなんだ」
毎回おもうけど、食べながらよく倉田さん話せるよな~
そんなことをふとおもうヒカル。
「ええ、小学三年の時むこうへひっこして……」
「で、向こうで碁をおぼえたんだ」
「関西棋院は碁をうってるおっちゃん達が外からみえるんで。興味もったんです」
あと、こづかいと食べ物目当てで。
「アマ初段まではあっという間やったけど。三段のあたりでのびなやんでもたついてしもて……」
いってかるく溜息ひとつつく社。
「アマ初段まではあっという間ってオレとおなじじゃんか!オレ、自分が級位のときの記憶ないもん!
でもアマ三段でもたもたなんかしなかったね!それがオマエとオレの差だよ!」
バシバシと社の肩をたたき、そんなことを倉田はいつているが。
「??ねえ?アマって…級位、あるの?」
ぴたっ。
し~ん……
きょとんとして首をかしげてといかけたヒカルの台詞に一瞬その場の空気がしずまりかえる。
「は~……し~ん~ど~う~!!ほんとうに、きみはぁぁぁぁ!」
おもわずアキラがこめかみに手をあてて叫んだのは…仕方ないであろう。
絶対に。
「つうかさ、お前、自分がかなりかわってるって自覚ないだろ?
普通はアマからプロにいくが、お前の場合は一気に院生、それからブロだろ?
しかし、アマのシステムすら知らんとは……」
倉田としても珍しく溜息ひとつ。
頭がいたくなってくる。
とはこういうことをいうのかもしれない。
「そもそも、お前本気どどうやって碁を覚えたんだよ?」
「え~と、初心者囲碁教室と、あとはおもにネット碁?」
まあ、嘘ではないが…真実では…ない。
しかもヒカルが初心者囲碁教室にかよったのはほんの数回のみ。
「なんや。ネットでも碁をうてるんか?」
社はネット碁をしたことがない。
ゆえにまったくそういうことすら知らない。
「あ~、オレも機械類には弱いしな~。とにかく!アマには級位と…ん?まてよ?おまえ珠算段位もってたろ?」
「あ、うん」
「それと同じ、とおもっとけ」
「なるほど」
あっさりした倉田の説明に何となくだが理解する。
「って倉田さん!完結すぎ!進藤もそれで納得すなっ!」
おもわずそんな二人の会話に突っ込みをいれつつ叫んでいるアキラ。
彼が叫ぶのはかなり珍しい。
が、ヒカルがらみではどうしても叫ぶことが多くなっているのも事実である。
「まあ、頭がいたくなる進藤の無知具合は横においといて。
寿司をくいおわったら本番とおなじ一時間半で一局うつぞ!」
「おいとくんかいっ!?」
思わずそんな倉田のセリフに突っ込みをいれている社。
「…まあ、確かに進藤に説明してたら日がくれるしね……」
しかもそれで納得しないこともあるとすれば教える側とすれば脱力してしまう。
ゆえにどこか悟ったようにしみじみつぶやき倉田の言葉に同意しているアキラ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
進藤光っていったい……
そんな二人をみつつ、社はおもわず無言となりはてる。
彼がさらに進藤光、という人物にたいして不思議におもったのは…いうまでもないだろう。
「組み合わせはオレと社。塔矢と進藤。おわったら検討だ。
オレは明日手合いがあるから今晩メシくったらかえるけど。ちゃんとねろよ?」
…メシはくうんかい。
きっぱり言い切る倉田にあるいみ唖然として心の中で突っ込みをいれる社。
「明日は棋譜研究でもするんだな。韓国・中国チーム選手全員ってわけにはいかないけど、
いくつかの棋譜くらいはあるだろう?」
「あ。オレこの前、韓国の高永夏ってやつの棋譜みました」
棋譜といわれてそのことを思い出す。
参考になればいいけど、といって師匠である吉川よりもらったのだが。
「うん。強いだろう。あいつ。アレでお前らと一つ違いの十六歳」
アジア各国は低年齢層がけっこう強い。
そもそも中国に関してはある程度の年齢になれば下の者たちがこぞって上をひきずりおろす。
「三チームの対戦の組み合わせはいつ決まるんですか?」
至極もっともなアキラの質問。
「レセプションでクジをひいてきめるらしい。初日に二戦、二日目に一戦と表彰式。
クジの結果によってはたとえば一日で対局すんだりすることもあるわけで……」
丁寧に一応ヒカルたちにと説明を始めている倉田のセリフを聞き流す。
ヒカルにとって、対戦の組み合わせなどはどうでもいい。
どちらにしても、中国、韓国と戦うことは確実なのだから。
むしろ何よりも重要なことは……
「初日に、日中・日韓ということもありえるわけで。そうすると一日で二局うつことになるわけだ」
そんなヒカルに気づくことなく淡々と説明している倉田の姿。
「そんなん平気や。むしろそっちのほうがええな。オレは。勢いつけてが~っと!」
だがそれは逆のバターンもありえるのでかなり危険。
「あ、あの。大将、副将、三将ってどうやってきめるの?」
ヒカルが知りたいのはそこ。
「団長が決めて対局開始直前に審判長にメンバー表を渡す。このあたりは他の団体戦の棋戦とおなじだな。
でもまあ、強い順に名前を書くだけさ。一番弱いやつを大将にして、大将戦を捨てて。
残りの二戦を勝ちにいくようなまねはさすがにやはりジュニアの棋戦じゃよくおもわれないからな。
何しろ国対国の対抗戦だ。だから韓国も中国も力の順だろう。
うちの大将は実力、実績、知名度からいって塔矢だな。
実力的には進藤と塔矢は同じくらいだろうけど、知名度と実績が違う。
だから、塔矢を大将にしなかったら団長のオレは何をいわれるかわからん」
確かに進藤光は若獅子戦で院生ながら初快挙を成し遂げた。
という実績があるものの、別にそれはあまり世間でさほどさわがれるほどでもなかった。
当時としては暗いニュースばかりなのですぐさまにテレビ局などが飛び付きはしたが。
しかしそのあと暗いニュースが続けば騒ぎはすぐに収まるというもの。
対象的に塔矢明は父親、塔矢行洋のこともあり、知名度的には国内だけでなく海外にもその名は知れ渡っている。
普通に考えるだけでは彼ら棋士とてスポンサーの意向などもありうまくいかないのも事実。
何しろ塔矢明を大将にすることでさらに盛り上がりをみせるであろう。
と誰もがおもっていればなおさらに。
「よっし。みんな食い終わったな。じゃ、片づけてそろそろはじめるぞ」
そんな会話をしている最中、全員が食事を食べ終わる。
「あ、僕、もう一つ碁盤をもってきます」
「じゃ、オレはこれを洗って外にだしとくな」
「うん。進藤、たのむね」
ひょいひょいと寿司のカラの器を重ねて他の品と一緒に台所へ。
アキラはアキラでもう一つの碁盤をとりに別の部屋へと向かってゆく。
…な、何かきまず~……
倉田と二人、取り残されて何ともいえない落ち付きのなさを感じる社。
何もいわないまま、というのも沈黙がいたい。
それゆえに。
「あ、あの…倉田さん。さっきの進藤のことですが……」
そもそも、アマの状況を知らない、というのは到底信じられない。
「あ~、気にしない、気にしない。あいつの囲碁界の知識のなさは今に始まったことじゃないから。
院生時代からその無知具合はかなり有名だったらしいしね」
しかも今では棋院名物のひとつとまでいわれているほどにヒカルの知識のなさは…果てしない。
「…は?」
まあ、普通は信じられないであろう。
最も、ヒカルからしてみれば昔の人に教わっていたので知識がないのも当然といえば当然なのだが…
さらっといわれた言葉に目を点にするしかない社。
そんな社の姿がしばしの間、見受けられてゆくのであった……
「「お願いします」」
ぞくっ。
ぶるっ。
それぞれに開始の挨拶を告げると同時に襲いくる悪寒。
「おい。塔矢!部屋の冷房、ききすぎっ!」
横にいる家の住人に思わず倉田が叫ぶものの、
どうやら意識はすでに局面にむかっており、周囲の雑音はまったくアキラもヒカルも聞こえていないらしい。
「確かに寒いですね。…あれ?倉田さん、クーラー、はってないですよ?」
みればクーラーのスイッチはオフ状態。
「あれ?じゃぁ、いったい?」
考えてもわからないものはわからない。
「とりあえず、窓、あけるぞ」
「ですね」
ぞくっとするほど凍えた空気の中で囲碁は打てない。
窓をあけると心地よい風ははいってくるものの、
先ほどまでの寒さはどうにもおさまりそうにないらしい。
これってひょっとして、塔矢と進藤の対局中の気迫のせいか?
とはおもうが口にはださず、
「じゃ、改めて、おねがいします」
「あ、はい。おねがいします」
仕切り直しで一局を開始する倉田と社。
考えてみればこの空気はタイトル戦のときの空気に近いものがある。
こいつら、まだ十五なのにこの圧迫感って…後々怖いよな。
本気で。
そんなことを倉田がおもったのはいうまでもない。
パチ。
パチ。
ふむ……
ふ~ん、甘い手が時々あるけどこいつやっぱり実力はあるな。
囲碁センスなんてオレ並みかも。
進藤は手合いを二~三みてはいるが、あいつの力はまだまだ底がしれない。
かつて二度打ったときよりも今では甘さすらなくなっている。
しかも入院前と後ではあきらかに碁に対する姿勢も変わっている。
何が何でも勝ちにいく、という気迫が退院後の進藤光の手筋からはひしひしと伝わってくる。
まるで、勝たなければいけない、と自らに言い聞かせているかのように。
…ぶっちゃけた話し、実力でいけば今の状態だと間違いなく進藤のほうが塔矢よりは上。
まだ塔矢は他人の気迫にのまれることがあるようだが…進藤は逆。
自らの気迫に相手を取りこんでしまう。
下手なタイトルホルダー戦よりもその気迫はすごいものがある。
屋白、こいつもまた、塔矢にはまだまだ及んでいない。
塔矢のもつ勝負強さ、それはおそらく父親ゆずり、なのだろう。
塔矢行洋もそのような力強い碁をこのんでいたのだから。
いつも思う。
君は退院後、何かを追い求めるかのごとくに、鋭利な刃物をつきつけるかのごとくの手をうってくる。
前の君には碁に対する姿勢も余裕が垣間見えた。
だけども今は張り詰めたような、精巧なガラスザイクのようなそんな感じをうけるのも事実。
もし、何かのきっかけで、もしもその刃物がほころびたりしたら……
それが不安でたまらない。
とはいえアキラ自身にはどうにもできない。
そう、何もできることは…ないのだ。
きっかけはわかっている。
おそらく、彼に碁を教えたとおもわれる…sai。
すべては彼につながっている、と。
しかしアキラは何も聞かされていないのでどうしようもない。
出来るのは…全力で彼…進藤光をうけともつつも、どうにか生きた碁に戻ってほしい、と願うのみ。
佐為の強さは力でもあった。
どんな不利な局面からも佐為は最善の一手を導きだし、そして圧倒的な力で勝利をモノにする。
『読み合いが呉格のモノとの対局においては、勝負強さが勝敗をわけますよ?ヒカル?』
そういっていた佐為の言葉。
わかってる。
だから、まけられない、止まれない。
何よりも自分の碁の中に佐為をより強く感じていたいから――
「五目半…か」
「…つ~か、まじで進藤って……」
塔矢明の噂は社とて聞いていた。
あの塔矢行洋名人の息子でかなり強い、と。
それゆえにアマの大会には顔をださずにブロ顔負けの腕をもっている、と。
だからこそ驚愕せずにはいられない。
そんな彼と対等…それ以上の棋力をもつ同い年の子がいることに。
「以外と差がついたな」
「・・・っ!」
倉田はそういうが、ヒカルとしては納得いかない。
「ふぅ。でも倉田さん。進藤はどうやら勝ってもこれは納得してませんよ?」
みれば何かまだまだ足りないような顔をしているのが見て取れる。
「みたいだな~。進藤。お前顔がこわいぞ?一度顔をあらってこいっ!」
ヒカルの顔をみればまさに鬼気迫る…といった表現がいかにもしっくりくる。
「進藤!」
バッン!
「え、あ、はい」
倉田に強く背中を叩かれようやく正気にともどるヒカル。
「顔、あらってこいっ!」
「?は、はぁ」
何でそういわれるのか、ヒカルはわからない。
わからないままにとりあえずヒカルは洗面所へとむかってゆく。
「じゃ、その間に最初から並べてくれな。塔矢」
ヒカルが部屋を立ち去ると同時に、空気がここちよいものへと一変する。
やっぱしさっきの寒気は進藤の対局にたいする気迫がもたらしたものか。
内心そうおもいつつも、塔矢に指示を出す倉田。
「あ、はい。右上の攻防で形勢が傾きましたけど……
その後に進藤が打ってきた勝負手が鋭くて、危ないところでしたが何とかわしきって……」
パチ、パチッ。
説明しつつも一手目から並べてゆくアキラの姿。
「ふむ。ここは上からかぶさるのもあるかな?」
倉田の指摘に苦笑しつつ、
「簡単に地をもっていかれるのが癪で…中の碁にするよりは攻めながら地合のバランスを取ろうかと…」
たしかにアキラの言い分も一理ある。
あるが……
「ふ~ん。でもそれでさばかれて地の差をつけられてもな~」
実際にそれで地がひらいたのも事実である。
「進藤にもよくいわれますよ。僕は守りに徹しすぎるって」
「それは同感。お前、他の人との対局とかだとものすごい勝負にでるのにさ。進藤に対してはあまりしないだろ?」
「・・・うっ!…前、小学せいのころにものすっごく屈辱的に負けたのが響いてるのかも……
それゆえに無意識にそれはあるのかもしれません」
いちかバチかのカケはたしかにヒカルとの対局ではアキラはしない。
いや、ちょっとまて。
小学せいのころに屈辱的に…って…
何か今ものすごいことを聞いたような気がするのはきのせいやろか?
社がそんなことを思っていると、
「しかし、内容は毎度のことながらお前らの碁って濃いいよなぁ。若獅子戦や名人戦のときもおもったけど」
「両方、進藤にはまけてしまってますけどね。はは」
「・・・・・・・・・・・」
そんな二人の会話をはたからききつつも口をはさむことができずにただただ無言となりはてる社の姿。
さすがトップ棋士とわたりおうとるだけのことはある、とおもう。
どうどうとした碁をうっている。
それは認める。
さすが塔矢明、噂は嘘ではなかった。
と得心がいった。
オレと同い年でようもこんなやつがいるもんや。
それに、進藤…その塔矢明にかつとは、あいついったい……
意外、すぎる。
一見したところぼや~としたしかも前髪を染めているいまどきの子どもにしかみえないというのに。
まあ、ヒカルの前髪は遺伝的なものであり、地毛なのでそれは仕方がないのだが。
しばし社はアキラと倉田の会話をききつつも、そんな思いにとかられてゆく――
バシャバシャ。
顔を洗ってふと鏡をみる。
まだまだ、だ。
佐為の力は…あんなものではない。
もっと、もっと最前の一手を見出さないと……
顔を洗って少しは気分が落ち着いてくる。
それでも、止まるけには、立ち止まるわけにはいかない。
そう、俺は…立ち止まるわけにはいかないんだ。
そう気持ちを持ちなおし、部屋へともどってゆくと、
「倉田さん、中国は大将・陸力、副将・王世振、三将・趙石、でしょうかね?」
「たぶんそうだな」
アキラの言葉にしみじみこたえる倉田の言葉をききつつも、
「では、韓国の大将は高永夏ですね」
「間違いないだろう。副将は林、三将は洪だな。
うちは進藤が副将、社が三将だ。社、文句ある?」
「…いえ」
この中では自分が一番実力が下なのだ、と自覚できたがゆえに文句があるはずがない。
と。
「あるっ!!」
ばっん!
勢いよく廊下に聞こえてきた会話をきき、障子をあけて中にととびこむ。
「倉田さん!俺、大将だめ、かな?」
え?
何か切羽つまったようなその表情と李紀尾井におもわず気がそがれる。
が。
「やだね!何いってんだよ。お前」
そもそもさっきさんざん説明したはずである。
「韓国戦だけでいい!!俺を大将にっ!!」
「だから、ヤダっていってんの」
「韓国だけでいいから!あいつは…あいつはっ!」
人としても、個人としても絶対に許せない発言。
自らの過ちにおそらく気付くことなく天狗になっての発言ではあろうが…
その彼に、何としても…!
佐為に…虎次郎に…秀策に謝らせたい!
ぎゅっとにぎった手に知らず力がこもる。
はっ!
「進藤!手っ!!」
はっとヒカルの手元に気づいたアキラが悲鳴に近い声をあげる。
ふとみれば強くにぎっていたせいかぽたり、と爪がくいこみ血がしたたりおちている。
「何やってんの!君は!手をみせて!」
あわててヒカルの手を開くがどうやら血はでているもののさほど支障はないらしい。
だが…
「君、らしくないぞ。進藤。…韓国の大将。といえば高永夏、だな。…何かあったのか?」
尋常でないこだわり、である。
「そもそも、というか何で大将なんだ?確かお前院生のころに洪とうったことがある。
って前ラーメン屋であった和谷ってこがいってたけど」
たまたま北斗杯の話になり、和谷がそのことを倉田に話したのだが。
「ホン?ホンってまさか、洪秀英?」
というか院生のころに打ったって…
さらに進藤光という人物像がみえてこなくなってしまう。
「ら、しいぜ?こいつが院生時代。たしかその時、塔矢と伊角ってヤツがいたってきいたけど」
あのとき、ヒカルはアキラとあの碁会所にでむき、伊角と和谷は別の碁会所からきいてやってきていた。
そこにいけば強い人と打てるから、と。
「・・・ちょっとたんま。…院生時代?それ、いつのことや?」
「え~と。あれは確か僕らが中学一年のころでしたから…
二年ばかり前ですね。十二月のころでしたから。とにかく、消毒しないと」
いいつつも、ヒカルの手の平を確認し、てきぱきと救急箱をもってきてヒカルの手を消毒する。
「うん。出血のわりに傷は深くない。…もう、びっくりさせないでよ」
一瞬、本当に心臓がとまるかとおもったのは事実である。
いくら利き腕ではないとはいえ、心臓にわるすぎる。
「何があったかしんないけど。とにかくダメ。とにかく大将は塔矢。
お前はたしかに実力はあっても世間的には知名度はゼロだ。
有名すぎる塔矢をさしおいて大将なんかにしたらオレが何をいわれるか。
まちがいなく苦情の手紙、電話はなりっぱなし決定だぞ?」
今のヒカルならば確かに誰よりも強いかもしれない。
それは認める。
認めるが…国際棋戦である。
はい、そうですか。
というわけにはいかないのも又、大人の事情。
世の中、何もかも単純な仕組みになどなっていないのだから……
「なあ、進藤?お前が高永夏を気にするわけは何や?」
【それとなく聞いてみてくれないかな、社。進藤の様子はただ事じゃないから。一年前のこともあるから心配で……】
進藤光がいないときに塔矢明から頼まれた。
それは社とて知りたいので二つ返事で了解したが。
「洪秀英ともうったことがあるいうし。あの塔矢には勝つし。ようわからんやっちゃな。お前も」
話しかけても何も答えてこない。
ただじっと天井を見つめているのみ。
「なあ、スヨンとの碁、どんなやった?お前が勝てたならオレかて勝ててもおかしないよな?」
「――本因坊秀策がもし、いきていたら高永夏なんかやっつけちゃうのに……」
「…は?」
「……絶対に現代の定石をも自らのモノにしていた彼が負けるはずないのに……」
「ああ!?」
秀策がいきていたら?
現代の定石をものにした?
「お前、何いうてるん?」
社にはヒカルのいいたいことがわからない。
まあわかるほうがどうかしているが。
「…何でもない。お休み」
…戦うのが無理ならば、彼とあたる塔矢に託す…しかないのか?
それもまた…くやしい。
佐為…こんなときこそおまえの意見をききたいのに。
その佐為は…振り向いても、話しかけてもどこにも…いない。
そのまま布団にもぐりこんでも目が冴えて眠れない。
横をみればすでに寝入っている社の姿が目にはいる。
そっと起き上がり、碁盤を廊下にと運び出す。
「…月…でてないか……」
東京の一角で月をみるのが難しい、というのもわかっている。
けど、今日はみたかったな……
そんなことを思いつつ、一人暗闇の中碁盤を前にして、
佐為との一局を棋譜ならべとして再現しているヒカルの姿が、塔矢邸の縁側の一角においてみうけられてゆく……
「…秀策、が?」
「ああ。ようわからんことに生きていたら高永夏なんて敵じゃないみたいなことをいってたぜ?」
現代の定石云々は社はきき間違い、と自らの中で決着をつけたのでいってはいない。
「…何か…高永夏が秀策に対していっていたのを進藤が聞いた…とかかな?」
もしも、彼をないがしろにするような発言だったとするならば…ヒカルのあのこだわりようもわからなくは…ない。
古い定石。
現代の定石を学んだ本因坊秀策。
そしてまた、ネットによみがえった秀策といわれていた…sai。
すべてはヒカルが抱えている秘密に、つながっている……
北斗杯。
レセプション当日。
五月三日、火曜日。
「ただいま~」
がちゃりと玄関をあけて家にとはいる。
「おかえり」
戻ってくる連絡はあったのでさほどさわがない。
「お母さん、スーツだして」
「出してあるわよ。替えの下着も用意しておいたわ」
あまり遅くなっては大会進行役の人たちにも、また国際棋戦ということもあり体裁もある。
ゆえにあらかじめ用意しておくのにこしたことはない。
「明日と明後日に対局があるのよね?」
一応どのホテルで開催される、というのはパンフレットで知ってはいる。
「うん」
いいつつも、すばやく洗濯物を洗濯機にとほうりこみ、替えの下着をリュックに詰めなおす。
「あのね。お爺ちゃんがパンフレットをみて大盤解説とかいうのにいくっていってるのよ。
お母さんもお義父さんについていってみてみようかしら?」
ヒカルのスーツのネクタイの着付けを手伝いつつもそんなことをヒカルにいってくる美津子。
「?お母さんが?囲碁まったくわかんないのに?来てもわからないでしょ?」
たしかに美津子はまったくわからない。
解説をきいても意味不明であることは自覚している。
「そ、そりゃ、私みたいな何の碁のことを知らない素人がいくところじゃないんでしょうけど……」
それでもわけのわからない世界でも一応は一人息子の晴れ舞台。
見にいきたいとおもうのは親心である。
まあ、自分の息子が日本代表に選ばれた、というのでいまだに実感がない。
というのも美津子からすればあるのだが……
「……対局の組み合わせは今晩決まるから。俺がいつ戦うかまだわかんないよ。まだ。
だから来るんだったら対局日程を問い合わせてきたほうがいい。って爺ちゃんにいっといて。
じゃぁ、いってくる」
「あ、ヒカルっ!」
バタン。
いいたいことだけいってそのまま玄関からでてゆく息子の姿を見送りつつも、
それは別にいってもいいってことなの?ヒカル?
いいともわるいともいわれていないので戸惑う美津子。
息子とはいえどうも年頃の男の子の気持ちは…母親には理解しにくい。
キィ。
ホテルの正面玄関の目の前でタクシーがとまる。
そのまま後部席から降り立つアキラと社。
「まず、チェックインしよう」
「お荷物、おもちします」
堂々としたアキラとは対照的にどきどきがおさまらない社。
そんな彼らにすばやくホテルマンがちかづいてきて荷物をさっと預かってゆく。
こんな大きなホテルに泊まるなど社からしてみれば小・中学の修学旅行以来である。
しかもわざわざ出迎えつき、というのは社にとっては初めての経験。
それゆえにどきどきしながらもアキラとともに社はホテルの中にとはいってゆく。
う~…ホテルって何かいや、なんだよな。
それでなくても一年前のあの日のことがある。
あのとき、佐為は大丈夫ですから仕事はいきましょう。
そういって一泊の仕事にでむいた。
あのときもホテルに宿泊だった。
そして…仕事からかえった、その日に…佐為は……
しかも、しかもである。
「……北斗杯の日程が去年のアレとおなじ日だ、なんて出来過ぎだよな……」
おもわずぼやくヒカルの気持ちは何も間違ってはいないであろう。
去年の五月四日、五日の一泊の指導碁の仕事。
そして、その五月五日は…佐為が消えた日、なのだから……
つぶやきつつも、そのまま正面入り口にとむかってゆく。
がぁっ。
ヒカルが入ると同時に出入り口の自動ドアが開く。
「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」
そんなヒカルにと一人のホテルの従業員女性が声をかけてくる。
「あ。いえ。北斗杯の…え~と、選手です」
いきなり女性に話しかけられ戸惑いつつも返事をかえす。
「どうぞ。フロントはこちらでございます」
それをうけてヒカルをフロントのほうにと案内すべく先頭にたって歩き出す。
「お荷物のほう、よろしいでしょうか?」
そういってくる女性の声も、ロビーの一角で話している二人の姿をみてどこか遠くに感じてしまう。
許せない発言をしたであろう、その人物の横には……
「…!進藤!」
つったって自分たちのほうをみているヒカルの姿に気がついて思わず叫ぶ。
【おまえがいっていた進藤か】
【うん】
「あの…?お客様?」
従業員女性には何が何だかわからない。
いきなり立ち止まったお客に何といっていいのかすらもわからないのであるが。
「え!?秀英!?」
名前を呼ばれてふときづけば、どうやら問題の人物のよこにいたのはヒカルがよく知っている人物の姿。
どうして彼があいつと一緒にいるのかが…わからない。
【よかったな。お前の名前は覚えていたみたいだぞ?】
スヨンからヒカルのことを聞かされているがゆえにからかい半分にスヨンに話しているのは…いうまでもなく高永夏。
「…では、チェックインはのちほどおねがいいたします」
どうも声をかけられる雰囲気でも、フロントに案内できるような雰囲気でもない。
ゆえに別の接客にとむかってゆくホテルの女性。
【話すことがあるんだろ?オレは部屋にいってるよ】
いいつつも、そのまま片手をあげてその場を立ち去る永夏の姿。
「進藤!!」
「!」
つかつかつか。
そんな彼とは対照的につかつかとヒカルのほうに近づいてきつつ、
「忘れてないようだな。ボクと戦ったこと」
ずっと忘れたことがなかった。
彼の目の前にプロとして現れる日を夢見てそのためにだけ日本語を覚えた。
「もちろんさ!…って、あれ?スヨン、お前、日本語はなしてる!?」
以前は彼は日本語はまったくもってできなかったはずである。
それゆえにその事実に気づいて驚きの声をあげるヒカルの姿。
「覚えたんだ!おまえと再戦して勝つその時のために!
導師の力なんかで頭に声をたたきこまれてたまるかっ!
次こそは【僕のナマエは洪秀英だ!】と今度は僕が勝っていってやるっ!」
そのためだけ、といってもいいほどに今日まで力をつけてきた。
彼に…進藤光においつき、見返してやるため、だけに。
それほどまでに光との対局は秀英にとっては衝撃的であるいみ人生の転機、でもあった。
「すげぇっ!うわ~。うまいな~。よくたった数年で、へ~」
「・・・・・・・・・・・・・」
何だかこちらの気迫がそがれてしまいそうになってしまう。
こちらは本気でつっかかっているというのに、肝心の相手はといえば日本語を話していることに興味心身。
というかそちらのほうに気を取られて内容はどうもでいいようにみえなくもない。
「そ、そんなことはどうでもいい!進藤!北斗杯では僕は三将、だ。オマエは?」
「・・・・・・副将。と団長にいわれてる」
韓国戦においては大将をしたいのは山々なれど、ヒカルとてもう小さな子供ではない。
しかもプロとなって世の中のしがらみとかもわかってきている。
そのしがらみによって佐為はかつて、平安の都において命を絶つハメになってしまったのだが……
「それなら。北斗杯が終わった次の日におじさんの碁会所にこいっ!」
どうしても再戦を果たしたい。
それゆえの言葉。
が。
「あ、わりぃ。その日、手合い……」
そもそもこの北斗杯にむけてかなりスケジュールを無理してもらった。
ゆえにこの大会がおわったらかなり仕事がつまっている。
「――…なら、僕が日本棋院にいく!僕は帰国を一日おくらせる。そこでうつ、いいなっ!」
びしっと指をつきつけて宣言してくる秀英であるが。
「そりゃ、かまわないけど。お前、棋院の位置、しってるの?」
「聞けばいい」
ま、それもそうか。
日本語できるんならひとにきくこともできるか~。
そんなことをおもいつつ、
「ま、そっか。それより秀英。さっきおまえといたのは高永夏だろう?仲、いいんだ?」
気になっていたことを問いかける。
「永夏は大好きだし、尊敬もしている。彼がどうかした?」
どうもヒカルの様子はただ事ではないような気がしなくもない。
表情が先ほどとは一変して険しいものにとなっている。
まるで…初めてあったときのあのような表情に。
「韓国の棋士は本因坊秀策を知っているのか?」
気になっていたことはもう一つ。
知っていて、なお、あの発言をしたのか、それとも知らずに……
「知ってるさ。過去を問わず現代も、世界の棋士はみな、日本の過去の棋士たちに学んできた。
日本においつけ、おいこせ…ってね」
今でも秀策の定石は形を変えて現代においても受け継がれている。
囲碁を学ぶもので知らないほうがどうかしている。
「……でも、今はもう秀策なんかたいしたことないってわけだ……」
つまり、相手もまた知っていてあのような発言を…
なおさらゆるせない。
「?それ、永夏と何の関係が?秀策が、何か?」
秀英はいきなりそんな話をふられても意味がわからない。
「永夏がそういったんだ」
「・・・え!?」
というかありえない。
「高永夏がいくら強くたって秀策にはかなわないさ!勝負させられないのがくやしいぜっ!」
そう、ここに佐為がいれば、あんなヤツなんてひとひねりだろうに。
「今に…今に俺が…っ!」
あいつの力を、あいつの碁を自分の中に完全によみがえらせてやるっ!
そのためには、上を、上を目指さなければ。
佐為がもともといたであろうその位置より、はるかな高みを。
「まて!進藤!何の話だ!?」
何だかかなりおかしなことになっているらしい。
ゆえにあわてて問わずにはいられない。
「日本の棋院の人が取材にいったとき。あいつがそういったんだ!
秀策なんかたいしたことない。過去の人だって。あいつの…秀策の強さを何も、知らない、くせにっ!」
そして彼…佐為がどんな思いできえていったのかすらも。
「まさか!絶対に違うよ!何かの間違いだ!永夏に直接きいて今の話が絶対に誤解だって証明してみせる!
だから永夏のことを悪くいうのは……」
「…お前がそこまでいうなら。だけど・・・・・・」
秀英は彼がどれほど過去の偉人を尊敬しているかしっている。
だからこそ信じられない。
「わかってる!きちんと報告はする!レセプションのときに!」
秀英はそういうが、古瀬村の様子からしてみても、彼がそういったのは事実、であろう。
人というものは調子がいいと傲慢になってしまう面をも兼ね備えた人種、なのだから……
「選手はまだ誰もレセプション会場にきてないみたいだな」
きょろきょろと周囲をみわたせど知り合いの姿はみあたらない。
ここにいれば全員にあえるだろうとおもって座ってまっているというのに。
「ここにいえば会えるだろ。あわてんなって伊角さん」
そんな伊角に苦笑しつつも言っている和谷の姿。
選手激励の意味をもこめてこの場でまっている伊角と和谷。
伊角からすれば中国でお世話になった彼らに挨拶したいのともう一つ目的があるのだが。
「ふっふっ。楊海さんたちがお前をみてどんなに驚くか楽しみだ」
そのために和谷を誘った。
「って、ちょっとまった!伊角さん!?まさかそんなことのためにオレをつきあわせたのか!?」
和谷とてそっくりな子が中国にいた、という話はきいている。
いるが…
「あ、いや、え~と」
どうやらこの反応からして図星、のようである。
と。
「あ」
「あ、伊角さんだ!」
ふと見慣れた人物がこちらにむかって歩いてくるのを見てとり小さく声をあげる伊角に、
歩いてきた人たちもまた見知った顔をみて声をあげる。
「よお。伊角くん、ひさしぶり」
伊角に気づいてにこやかに話しかける楊海ではあるが。
「チャオシィ!ヤンハイさん!」
二人の姿を確認して椅子から立ち上がる。
と。
「「!?楽平!?」」
伊角の横の和谷をみておもいっきり驚きの声をあげる彼ら達。
【うわ~!!おっきい楽平だ~!!】
「へ~。よくにてるな」
和谷をみて口ぐちにじろじろみつつもいってくる。
「な、ホラ、なっ!」
和谷を誘った甲斐があるというもの。
「な!って、伊角さんっ!」
おもわずネタにされ文句をいう和谷はおそらく間違ってはいまい。
「わざわざ挨拶にきてくれたのか。うれしいよ。この子が伊角君のいってた和谷君か。
本当に大きなレェピンだな~」
じ~…
しみじみいう楊海と、そしてじ~と和谷をみつめているチャオ。
どこをどうみてもそっくりである。
…背をのぞいて。
「大きな楽平って、レェピンだってこの一年で大きくなっているでしょう?」
たしかあの子ももう十二のはずである。
「いや、それがさ。あいつ小さいままなんだ」
「?小さい…まま?」
「ちっとも成長しないんだ。あいつの両親も頭をいためてるよ。
今日だって日本に来ようとしてオレのバックにこっそりまぎれこんでたんだぜ?
まあ、空港で気づいてすててきだか。まったく」
いかにも本当のようにいいきるヤンハイの言葉に、
「・・・冗談、ですよね?」
苦笑しながらそうとうしかできない伊角。
いくら何でもバックはないだろう。
バックは。
そうおもうが大きなカバンだと…ありえそうで怖い。
実際は、日本についてこようとして車のトランクに忍び込んでいた…というのが真相なのだが。
どっちもどっち、ではあるであろう。
「それにしても、一度君と楽平を並べてみたいな。和谷君。今度中国棋院に勉強にこいよ!」
「え!?お…オレが!?」
いきなり話しをふられてびっくりする。
というかその内容にも。
「どうした?」
「だって、お…オレなんか……――…オレ、必ずいきます!もうちょっと金がたまったらかならす゛!
その時はよろしくお願いしますっ!」
自分なんか、と卑下していても前にと進めない。
何よりも彼の申し出はいいチャンス。
伊角さんの話だと、中国のトップ棋士たちもまた中国棋院には日々顔をだしている、とのことなのだから。
「おれもまた行こう。ホテルも二人で泊まれば安くなるはずぞ。和谷」
「伊角さん!」
そんな伊角の申し出はとてもありがたい。
「うん。楽平もよろこぶぞ!」
あいつ一人っこだし、兄弟ほしいっていってたし。
それはひとまずいわないでおく。
【?ねえ。何はなしてるの?楊海さん?】
チャオには早口の日本語でいわれると今だに日本語は理解不能。
それゆえによくどんな会話がなされているのかのどおりがいっていない。
そんな会話をしている最中。
「あ!便利な楊海がいる!」
何やらとっても聞きなれた声が。
みれば廊下の先から歩いてくる倉田の姿が目にとまる。
「誰かとおもったら世話のかかる倉田か」
そんな彼の姿をみて溜息まじりにつぶやく楊海の姿。
「なあなあ、オレのそばにずっといてくれよ。日中韓三カ国同時通訳やってくれよ。
うまい中華の店つれてってやるからさ」
気さくにそんなことをいってくるが、内容は多少問題あり。
「おいおい。中国人のオレに挑戦状をたたきつけてんのか!?」
倉田の性格上違う、とわかっていてもつっこみたくなるのは仕方がない。
そもそも本場の中国人をつかまえてうまい~はないものである。
「お、おい!アレ!」
「な!?」
「「レエピン!?」」
別の中国参加者たちがこちらに歩いてきて和谷の姿をみて思わず叫ぶ。
「・・・ぷっ」
「あははは!」
「え~!?大きいレエピン~!?」
もはやつぼにはまり笑い転げる伊角に、笑いをこらえている楊海とチャオ。
中国の参加者たちが和谷をみて驚き同じように名前を呼べばツボにもはまる。
一人、意味がわからない倉田のみは?マークをとばしているが。
しばし、ホテルのいっかくで何ともなごやかな光景が繰り広げられてゆく――
「おい。ちょっとまった。おれはそんなこといってないぞ?」
いきなり部屋にきた秀英から聞きたいことがある、といわれて進藤光から聞かされたということを問われた。
「僕もそうおもう。だから【まさか、絶対に違うよ。何かの間違いだ!】って進藤にいったんだ。
僕が直接、永夏にきいてそれが誤解だってことを証明してみせるって約束したんだ。
永夏、その日本人記者と何をはなしたの!?」
どこをどう間違えばそんなことになるのか秀英とてわからない。
わからないがゆえの問いかけ。
「……おもいあたるふしがある」
「永夏!?」
まったくしらない。
といわれればまだよかったが、思い当たるふしがあるって…?!
ゆえに驚きの声をあげる秀英。
「その記者に本因坊秀策を知っているか。ときかれたんだよ。馬鹿にするな、とおもったぜ。
オレは秀策だけじゃない、道楽だって丈和だって勉強している。
それで【秀策はよく知っている。】と答えたついでに、
【今の日本に力がないのは秀策達過去の棋士から何も学んでないからだろう】といってやってやったんだ」
「…それから?」
「日本が弱いと秀策達過去の棋士まで弱いと思われて忘れられてゆくかもしれない。残念だ。
みたいなこともいったかな?」
??
「?でも、どうしてそれが秀策の悪口なの?むしろ反対じゃない?」
というかおもいっきり褒めている。
「う~ん。通訳した人の日本語がどうもあやしかったんだよな。
オレがこれだけ話していてもその人はほんの少しの日本語しか使わなくてさ」
「・・・は!?何それ!?どうしてそんな人が通訳を!?」
永夏の言葉にあきれずにはいられない。
というか何だってそんな人をわざわざ通訳につけたのか。
「タマタマ、他にいなかったんだろ。何となくいやな予感がして早めに取材を打ち切ったんだけど……
もし、その通訳が知っている言葉だけを口にしていたとしたら……」
「あ~…弱い、とか過去の人?…あ~…そっか……」
頭がいたくなってくる。
ふぅ。
溜息ひとつつき、
「大体わかったよ。進藤にやっぱり誤解だった、っていってくる」
いいつつもくるりと向きをかえ部屋の外に向かおうとする秀英に向かい、
「秀英」
「何?」
呼び止められてふりむけば、
「ほっとけ」
「ほ…ほっとけ!?」
彼が何をいいたいのかが秀英としてもわからない。
「秀策を馬鹿にした傲慢な棋士。そうおもわれるならそれはそれでおもしろい」
それで彼の本当の実力がみれるのならば一石二鳥。
「いやだよ!僕は!永夏がそんなふうにひとから思われるなんて!
僕は日本なんか好きじゃないけど誰より勉強家の四はのことは尊敬してるんだ!」
だからいくら誤解だとはいえ彼が悪くおもわれるのは嬉しくない。
「ムキになるなよ。いいじゃないか。別に。
それに秀英。オレがそういうんじゃなくてもこれからどんどんそういう若い棋士はどんどん増えるだろう。
本因坊秀策なんかしらない、だれそれ?勉強するなら高永夏の棋譜だってね。ハハハ」
「永夏!」
ちゃかさないでほしい。
というか永夏…ことの重要性わかってるわけ!?
おもわずそう思い叫ぶ秀英であるが。
と。
ピンポ~ン。
ホテルの部屋のチャイムが鳴り響く。
がちゃりと扉をあけてみてみれば、
「秀英が部屋にいないけど、こっち?」
団長たる安太善の姿が目にとまる。
「いますよ」
「もう、レセプションがはじまる。二人とも急いで」
「すぐいきます」
「永夏!」
「いくぞ。秀英」
そのままこの話をうちきり、永夏はそのままレセプション会場にとむかうことに。
いくら背がたかくて、しっかりしているようでみえても彼もまた子供。
ゆえに自分の発言が面白いことになっている。
と半ばおもしろがりつつ……
-第73話へー
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あとがきもどき:
薫:さてさて。ようやく次回でレセプション会場さんv
ヒカルのまたまた爆弾(?)さんがとびだしますv
そういえば、原作さんでヒカルが中国のあそこ、見落としてたあの一手。
ふっと佐為の扇の幻がみえてヒカルがあの局面から半目勝ち!というぱた~んを想像してみたりv
みなさん、それはそれはおどろいたでしょうねぇ。
何しろ徐番はもうおわった碁、として切り捨てたのに。
きづいたら盛り返してしかも勝ちをおさめるなんて(笑
佐為の扇だけ、とはいえ幻がみえたことによってヒカルがさらにたちなおって、
本来の強さを万弁なく発揮!という形を空想してたりしたという(こらこらこらv
だって、ありえるとおもいません?
何しろ五月の五日は佐為の一周忌(?)ですしねv
魂だけこそっともどってきてヒカルに力をかしても不思議なしv
彼はぽや~んとしてたので一日間違えて~というのもありえそう(笑
佐為ちゃんは、囲碁に関してはつよいけどそのほかはおそらく世間知らずの人物ですし。
まあ、虎次郎と生活した三十年あまりで平安貴族の間隔は少しは抜けたのですかねぇ(苦笑
まあ、そんなことをおもいつつ、次回でようやく大会前日レセプション!
何はともあれまた次回にてv
2008年9月25日(木)某日
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