まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。

日本棋院さんのサイトみてたら新人王棋戦がこの九月にあるらしい。
…ということは、時期的にヒカルのこれにとりいれなきゃ嘘だったかな?
……ま、いっか(おひ
予選がだいぶ前からおこなわれていた、ということで話しをごまかそう。うん。
たとえばヒカルが入院中に一次予選~、みたいな。
アキラもヒカルがきになってなかなか実力発揮できなかった、というような形でさ(こらまて
何はともあれ、ようやく突入!北斗杯編!いくのですv
でも、原作でも明って絶対に新人王…とってますよねぇ(笑
何しろ高段者にのみまけてるし(笑

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関西棋院のプロ制度は院生時代の成績がよいとなれる。
ゆえに日本棋院のシステムとは根底から異なる。
ゆえに、毎年のようにプロ棋士がでるわけではない。
日本棋院とは別のプロ組織でなりたっており、棋士の数もまた日本棋院の三文の一ほど。
各棋戦において、三次予選以上から日本棋院と関西棋院混合で手合いがくまれる。
…が、それ以外は独自にと運営されている。
日本棋院にはまた、日本棋院関西総本部と中央総本部が存在しており、
それらもまたあるいみ独自の棋戦などといった大会をも運営している。
だが、その事実は一般には広くしられていない、というかはっきりいって熟知、されていないのも事実。
である。

星の道しるべ   ~北斗杯にむけて~

三月。
季節はめぐる。
北斗杯代表選抜東京予選。
「一時間半だって?持ち時間」
「ああ、本番の北斗杯とおなじさ」
ガチャ。
とりあえず靴箱にと靴をしまう。
「ふ~ん。ヒルすぎにはカタがつくんだ」
ヒカルとアキラが進学する予定の海王高校は囲碁に関しては理解が深い。
出席日数なども時間のあるときの補修で補佐してくれる仕組み体制までできあがっているらしい。
それゆえに気にせずに棋士の仕事をまっとうできる高校でもある。
「僕の相手、だれ?」
そんな二人にとといかけている越智の姿。
「あ。越智。おはよ」
それにこたえることもなく、対局表をじっとみつめ、
「僕は山田さん、か。ふ~ん。やっぱりこれ、今までの成績を考慮して組み合わせてるね
  実績であったら僕、進藤、和谷に稲垣さんだし。
  この四人がバラバラになってつぶしあわないようになってる」
とはいえヒカルは復帰後は一度もまけなし、なのだが。
やはり二か月の休場が実績に響いているのも事実である。
「ま、とにかく。山田さん相手ななら楽勝だ」
「ムナクソわるい!ちょっと自分が好調だとおもって!メガネキノコ!」
そんな会話をしているとエレベーターからおりてきた人物が越智にと投げかける。
「あ。山田さん。おはようございます」
そんな彼にぺこりとあまたをさげているヒカルであるが。
「そういうことは心の中だけでいってろ」
「口にだそうがださまいが。同じでしょ?僕らはこの先、ずっとどっちが強い?どっちが弱い?
  と言われ続ける世界にいるんだ」
それはたしかにそうではあるが。
越智もきっぱり思ったことをいうのはいいがこうして人の反感を買うのがたまにきず。
ヒカルもまああまり考えずに発言して相手を脱力させることは多々とあるが。
「あ。本田さん」
そんな会話をしている最中、本田もまたエレベーターにてあがってくる。
「組み合わせ、どうなってる?」
「本田さんは、俺とだよ?」
たしかにみれば本田はヒカルと対局となっている。
「…進藤、か」
勝てない。
だけども試してみたいものがある。
自分の力を……
「もう、時間だ。オレたちもいこう」
和谷に促され、各自それぞれ対局のある小部屋にと入ってゆく。

「お~い。ヒカル。何をしとる。一局うつぞ」
「今、いくよ」
碁盤に選抜予選を勝ち抜いたことを報告していた。
「また、お前、倉をのぞいていたのか?ここへくると必ずのぞきにいくな。お前」
いいつつもいそいそと碁盤をだす進藤平八。
「お倉にある碁盤がほしけりゃ、やるるぞ?」
碁盤を前にしてヒカルにそんなことをいってくるが。
「何だよ。前はダメだっていってたくせに」
たしかに幽霊がでるとか何とかでダメだといわれたことがある。
もっとも、そのときにはすでに碁盤の幽霊である佐為はヒカルに取り憑いていたのだが。
「いやぁ。プロになって全勝中のお前がいうなら別さ。ほしいか?」
たしかにあの碁盤を手本においておきたいものはある。
何しろ佐為にとってもかけがえのない碁盤、である。
だけども、今のままでは……
「…ううん。俺には爺ちゃんがかってくれた碁盤があるし。お倉の碁盤はあそこにおいといて。
  …俺が手にしても恥ずかしくないうち手の棋士になった時もらいにくるよ」
そう。
今は佐為にも虎次郎にも恥ずかしい。
自分の力はまだまだである。
二人がつちかってきた想いでの品を自分の手元におくほど、自分はまだ棋力がない。
「おまえ。恥ずかしくないとき?そりゃ、いつだ?」
孫の言っている意味がわからずにきょとん、としてといかける平八に対し、
「……自分の力で本因坊のタイトルをとって防衛を果たしたとき……」
そう。
一度の奪取ではない。
幾度も、いく度も防衛をはたしてこそ、それで佐為に顔向けができるというもの。
ごくっ。
真剣な表情でしかも本気できっぱりといいきる孫の言葉におもわずごくりと唾をのみこみ、
「いうなぁ。お前。よっし、わかった!それまで大事にまもっちゃる!
  さって。打つぞ?お前、代表選抜には選手決定だってな」
「うん。今日の手合いでね。次は中央、関西の人たちとうって、残り二名の北斗杯のメンバーが決まる」
今日決まったのは東京代表四名。
それに加えて関西棋院から二人、中央、関西支部からも選抜された人々が集まり、
そこで本格的に決定戦が行われる。
「そっか。まあ、あまり無理はするなよ?ほら、にぎれ」
「…爺ちゃん。俺がプロだってほんとにわかってるのか?」
普通に互戦のようにしてこようとする祖父におもわず苦笑。
しかしヒカルとて同じようなもの。
佐為相手に初心者ながらも起き石もなしにこうしてよく打っていたのだから似たもの同士、である。
「バカタレ!孫に置き石がおけるか!…お、ワシが黒。か。
  そうそう、お前、次の木曜日は九段との対局だな?名前は何といったっけかな?え~と……」
ふと思い出したように平八が記憶の糸をたぐりよせているようであるが。
「森下茂男九段。俺さ院生のころから和谷につれられてよく研究会につれてってもらってるんだ。
  今でもときどきその先生の研究会に顔をだしてるんだぜ?」
顔をだしていた当時はよく相手の力とかまでわからなかったが。
「ほぉ。そんな人が相手なのか。それはまた大変な一局だな。お前にとって」
「…でも。上にいくには誰が相手でも勝たないと。……おねがいします」
「そうだな。がんばれよ」
そう。
勝たなければならない。
自分のために、そしてまた佐為のために。
「よっし!まずは爺ちゃんに五十目以上の差をつけてかつぞ!」
「ご!?おまえ、このワシの心臓をとめるきか!?」
血縁関係にあるからこそこのようにたわいのない会話ができる、というもの。
というかヒカルの血縁者で囲碁ができるのは、この祖父、平八しかいないのだから……

三月十七日。
木曜日。
ヒカルは森下茂男九段との本因坊戦二次予選。
そしてアキラは緒方精次十段・棋聖との本因坊リーグ第五戦、が本日おこなわれる。
「よう。進藤、はやいな」
「あ。冴木さん」
ふと声をかけられてふりむけば見慣れた先輩の姿が目にはいる。
「お互い頑張ってるなぁ。この木曜日に出会うなんて。というかお前。復帰してから全勝中、だって?」
「まぐれだよ。冴木さんの相手は萩原九段だったっけ?」
みれば冴木の名前の横にその名前が書かれている。
「ああ。以前は本因坊リーグにいたこともある人さ。
 ちなみに、森下瀬聖は本因坊リーグにもいたことがあるぜ?
  タイトルの挑戦者になったことも二度」
「へ~」
「・・・ってやっぱし知らなかったか……」
その手の知識がヒカルにはとぼしい、とはいえ本気で知らない、とはおもわなかったが。
まあ、それが進藤光という人物なのだ。
と冴木もまた院生時代からの付き合いなので今では理解をしている一人。
「しばらくリーグからは先生、遠のいてはいるけど。最近先生好調だから。そろそろ森下復活、かな?」
それはすべてヒカルに触発されて…なのだが。
冴木はそれを知ってはいるがヒカルにいっても仕方のないこと。
チッン。
「おはようございます」
「おはようございます」
噂をすれば何とやら。
その当の森下がエレベーターから降りてくる。
「おはよう」
ちらりと二人をみて挨拶し、そのまま対局場にとはいってゆく森下の姿。
「さ、オレたちもいくか」
「冴木さん。森下先生と公式手合いで対局したこと、ある?」
「ない!楽しみにしてるんだぜ?お前と先生の一局」
研究会ではいつもみていたが、やはり公式戦とでは異なってくるはず。
もっとも、研究会においてもヒカルは常に森下達にかっているのも事実、なのだが……

まあ、いつかはこの日がくるのはわかっていたことだが。
いざ、きてみると、早かったような遅かったような。
何しろ赤ん坊のころから緒方は彼…塔矢明を知っている。
しかも生まれる前から。
知りつくした相手だが…プロ棋戦では初対局。
そんなことをおもいつつも、しばしタバコをふかす緒方の姿。

……こいつは、今は勢いがある。
叩くには、力をためないと……
そうおもうが、なかなかスキがない。
わかっていることではあったが。
いい判断をしてくる。
他の高段者たちと比べても…いや、おそらく高段者たちよりも…手ごわい。
研究会で打ってはいるが、こいつの力は底がみえん。
それは初めて打ったときから感じていた。
熟練されたような一局をうつかとおもえば、そうでない一局をもうつ。
まるで碁の中に二つの打ち手がいるかのごとくに。
最近ではその熟練されたほうの影は形もみえないが。
それでも…驚異、なことにはかわりがない。
力の底がみえない。
それこそ無限のごとくに。
しかも、この半年、以前と比べて確実に碁がかわってきている。
入院する前とあとでは碁に対する姿勢がかわっている。
そんなことをおもっていると、いつのまにやら昼の打ちかけ時間。
それゆえに、対局中はめったと休憩をとらないものの、
森下もまた気を落ち着けるためにと休憩の間にとむかってゆく。
「いやぁ。今日の碁はゆっくりした流れになっててね。午前中だけで二十一手しかすすんでないよ」
休憩室にてそんな会話をしている棋士仲間。
「相手は誰です?」
部屋には対局最中の休憩中。
ということもあり、さまざまな棋士がいく人か集まっている。
とはいえここは大部屋ではないので数名程度、なのであるが。
「溝口さんだよ。彼とうつといつもこんな感じ。かな。ハハ」
そんな会話が聞こえてくる。
「そういえば。森下さんは今日は進藤君が相手でしたね。どうです?かれ?
  そういえば森下さんの研究会に顔をだしているんですよね?」
たしかそうきいたことがある。
それゆえの問いかけ。
第二の塔矢明では!?
といわれていることもあり気になるのは仕方がない。
「オレの門下の和谷に連れられて、ね。あいつが院生だった二年前から。
  しかしまあ、アイツはよくわからん。しかし、いいたかないがオレのどの弟子よりも筋がいい。勘もするどい。
  さらには自ら定石まで生みだしてきやがる。はっきりいって普通に打っていたらオレはいつも負けてばかりですよ」
そう。
だから気をおちつかせるためにお茶をのみにきた。
「進藤君が…ですか?」
「でも、初段、でしたよね?カレ?」
きっぱりいわれて思わず目を丸くする。
「プロになってすぐに二か月も入院していたのが響いて、な。
  だが…あいつは勝負の場のオレをしらん。その辺が勝敗を左右することになれば……
  勝つのは、オレだ!」
それは自分に対する言い聞かせ。
相手にびびっていてはいい碁は、うてない。
ぐいっとお茶をのみほし、
「おさきに」
いって部屋をあとにしてゆく森下の姿。
そんな彼の姿を見送りつつ、
「…勝負の場の、オレを知らん。…か」
おもわず彼の言葉を反復する。
それは緒方にも今日の対局相手にアテハまるものがある。
「そういえば。緒方先生の今日の相手は弟弟子の塔矢明君でしたね」
「ええ。さて。オレもいくか」
相手のことはよくしっている。
いるからこそ…負けられない、一局もある。
そう、彼…森下や自分のように……

「…お前、…さらに強くなったな……」
勝負強さ。
それには自信があった。
だが、ヒカルの集中力、力強さはそれらをもうわまわる。
だがしかし、鋭利的な感じをうけるのも事実である。
すべてを閉ざし、局面にのみ集中する。
ゆえにただ盤上に示される相手の一手のみをまっていた。
それ以外はさまざまな局面を予測しながら。
ぐしゃっ。
「…え?…先生?」
ふぅ。
声をかけてもまったくもって返事がない。
それゆえに対局者の頭をぐしゃりとなでる。
いきなり頭をなでられて、ようやく集中力をときながら、きょとんとした顔でみつめるヒカルであるが。
なぜ頭をなでられたのかすらヒカルには理解不能。
というか次は先生の番なんだけど?
そんなことをふとおう。
「お前、ワシのいったことをきいてなかったな!?」

「だって、次は先生の番……」
だからじっと次なる一手をまっていたのに。
「だ~か~らっ!…ふぅ。お前のその集中力には感嘆するよ。片づけるぞ」
「?え?え?続きは?」
なぜおわっていないのに片づける、というのだろう。
「投了ってんだよっ!」
「・・・・・・・・・はい?」
一瞬相手が何をいっているのか理解不能。
「…お前、たのむからこれ以上ワシを脱力させないでくれ~……」
集中力はみとめる。
が、投了し負けをみとめたというのに気づかれないとなると…むなしくなるのも事実である。
「え?投了?何で?だって先生がここにうってきたら、更に次には……」
「…お前な。地の差はわかってるだろ?」
おもわずあきれたようにつぶやく森下に対し、
「だけど。先生、ここにうってきて逆転ねらってくるとおもったから。そうしたら……」
だからこそじっとまっていた。
「…さらっと気付かなかった一手の指摘をありがとよ」
研究会においてもヒカルはさらっと怖い一手を誰も気づかなかった一手を指摘してくる。
そんなヒカルに森下も触発されて奮起しているのも事実である。
「は~…とにかく、お前の勝ちだ。…頑張れよ。三次予選」
どこまで伸びてゆくのかみてみたい。
だがしかし、気になることがある。
最近のヒカルの碁はどこか危なっかしい。
鋭利な刃物のごとくに、繊細な細かなガラス細工のように。
「はいっ!」
これに勝ち抜きヒカルは次には三次予選にとのぼってゆく。
末恐ろしい、とはおもう。
塔矢明もだが、この進藤光、は。
今日、森下にかったことによりヒカルは三次予選進出決定である。
「進藤。いっておく。棋士の怖さは勝負の場で向き合わないとみえん。
  オレなんかまだまだかわいいもんだ。上の連中は鬼やバケモノにもかわるぜ。
  十五やそこらでそういった連中と渡り合うのは大変だろう。
  だが、お前だってその扇、かっこつけだけで持ち始めているわけじゃあるまい?」
退院後。
ヒカルはいつも扇を手にして対局している。
そういわれても、しかしヒカルは常に佐為が幾度か本気になったところを視ていた。
さらにその能力ゆえに洒落にならない存在を多々とみたこともある。
ゆえにこそ、他の人たちの気迫がかわいく感じられるのもまた、事実である。
ヒカルの基準はあくまでも佐為を中心として考えられている。
だからこそ、なおさらに――

「お疲れ様でした」
「塔矢君、大健闘でしたが、最後は緒方先生が勝ちをものにしましたね」
リーグ戦の結果はアキラの負け。
「身近な大先輩が相手で塔矢君、少しやりにくかったのでは?」
それぞれがそれぞれに感想をいっている言葉がアキラには遠い。
「気遅れしますよねぇ」
一局がおわりの検討と感想。
口ぐちに観戦者たちがそんなことをいってくる。
「一般的に師匠や兄弟子とは打ちにくい、といいますからねぇ」
囲碁界においてそれは常識、ともいわれている。
「僕は……」
手ごたえはあった。
自信はあった。
何よりも緒方とは昔からずっと一局打ちあっていた間柄である。
なのに……
その自信もほかならぬ緒方当人と研究会などで打ちあい培ったものでもあった。
それなのに……
「のまれちゃうのは仕方ないですよね。敗因はやっぱりそのあたりが原因、なのかな?」
そうつぶやく出版部の古瀬村の言葉に、
「…呑まれてなどいないよ。彼は」
実際には自分の一手にのまれていたのはわかっている。
それでも冷静を何とかたもって打ってきていたことも。
だけどもいわずにはいられない。
「オレに気圧されてもいないし、勝とうとムキに力んだりもしていない。いつも通り冷静に力を出し切っていた」
相手が自分だからとおもったのか普段通りに打ってきたのは事実である。
しかし、今の場はリーグ戦。
通常、お遊び感覚でうつ一局とは異なっている。
「それって相手がだれでも関係なく堂々と渡り合っている。ってことですか?」
「十五歳でそれはすごいですね」
そんな彼らの言葉をさえぎるようにメガネをはずし、
「別に褒めているわけじゃない」
一言、つぶやく。
「緒方先生?」
アキラも何を緒方がいいたいのかわからない。
ゆえに戸惑い気味にうつむいたその顔をあげて相手の顔をかいまみる。
「そういったマイナスファクターがないからこそ。この勝負は実力の差だといっているんだ。
  オレに勝てる気でいたんだろうが。この勝負ではっきりとわかっただろう。お前は、オレより下だ」
そう。
初めての対局でまければアキラのためにも、そして自分のためにもならない。
だからこそ全力で立ち向かった。
しかし、だからといって余裕があったわけではない。
ギリギリ、であったことも認めざるをえない。
しばしそう言い切った緒方の顔をアキラを含め、その場にいた全員が驚愕の表情をうかべて見つめる様が、
リーグ戦が行われているとある一室において見受けられてゆく……


「塔矢先生は彰元チャンウォン先生のうちにとまってるの?」
ふと気になってといかける。
「ああ。先生の招きでこられたらしい。先生は日本語ができるし。
  二人は国際棋戦でよく戦ってきた旧知の仲だからな。
  四月から始まる中国リーグには別々でも二人とも出場するし」
とあるアパートの一室。
そこで話している二人の子ども。
子供といえども一人は大人か子供かわからないくらいの年齢でもう一人は確実に子供とみてとれる。
そんな話しをしている最中。
バタン。
玄関の扉の開く音。
それと同時に部屋の中にとはいってくる一人の女性。
「あら。秀英君、いらっしゃい」
「おじゃましてます」
「今、お茶いれるわね。永夏」
「うん」
いいつつそのまま台所にとたつその女性はおそらく永夏と呼ばれた人物の母親か姉であろう。
「永夏。君と塔矢先生のこの一局、僕もその場でみたかったなぁ。
  たまたま僕が風邪をひいていかなかった日なんて!」
それがかなり口惜しい。
そもそも、日本の塔矢行洋、である。
生でうっているところをみたい、とおもうのは棋士なればだれでもおもうこと。
「塔矢先生のエネルギッシュな碁もすごいけど。
  永夏もさすがだな。僕じゃこういう打ち方できないよ。塔矢先生とここまでの碁をうてるなんて尊敬しちゃうな」
とはいえ七目半以上で負けたのだが。
「でも。塔矢先生は対局後、こういわれた。日本にも君よりも強い棋士達がいる、と。
  彼らはキミと対等、もしくはそれ以上の力をもっている、と。歳はオレより下で……」
それ以上、といわれてかなりカチンときたのも事実だが。
それはとりあえずいわないでおく。
「って、やっぱりあいつも棋士になってるの!?」
そんな永夏のセリフにおもわずつっかかる秀英。
「?知ってるのか?秀英?塔矢明を」
「え?トウヤ…アキラ?」
その名前は彼は知らない。
「トウヤアキラは塔矢先生の息子、だよ。親ばかの息子自慢でいってるのか。
  それとも一人の棋士として塔矢明をみているのか、それはわからないが。
  北斗杯でオレとアタルだろうからその時にわかるけどな。
  あとのやつらの名前はいわなかったな。秀英。お前、今、別のやつをおもっだろ?…誰だ?」
どうも別人を思い浮かべたのは明白。
それゆえに興味をもって問いかける。
「…シンドウ・ヒカル。プロになる前、日本で対局したんだ。
  その時、僕『僕が負けたらお前の名前を覚えてやるっ!』ってそう啖呵をきって。なのに……」
圧倒的な力の差の前においついてゆくのがやっと、であったあの一局。
「負けたのか」
「…うん。だけど!今度対局したら今度はかってあいつにいうんだ!
  僕の名前は洪秀英ホン・スヨンだぞ!って!あのときは圧倒的に力の差があった。だけど・・・!」
「圧倒的?…しかし、お前が日本語を覚えたのって、それをいうため。か。
  しかし、そいつ北斗杯にでてくる可能性、高いな。
  秀英、韓国チームってオレと火焔イルファンとあと残る一人はまだ未定?」
「はい。お茶がはいったわよ」
いって二人の前にお茶がさしだされる。
「…昨日、決定した。うちに電話があったんだ。先週の名人戦の勝ちが評価されて…三人目の代表は僕になった」
ぎゅっと握る手に力をこめて言い放つ。
「なるほど。秀英。しかし興味があるな。その一局、おぼえてるか?」
日本にいったときの秀英の棋力は永夏とてしっている。
かなりのものだったはずなのに、それを圧倒的、と彼にいわしめるほどに強いとは…
興味がわかないほうがどうかしている。
「覚えてるも何も。そのあと、何局かうったらもうあいつってば全部指導碁うってきてさ!!
  それで余計にハラがたってくやしくて……」
しかし、同時に尊敬とあこがれを抱いたのも事実である。
それほどまでにそのときのヒカルの一局はすばらしいものがあった。
彼の悪いところを上手に導きながら進んでゆくあの一手の形。
究極ともいえる理想の形がそこにはあった。
「ひゅ~!!」
シンドウ・ヒカル、ねぇ。
指導碁、ときたか。
それゆえに口笛をふかずにはいられない。
あのときの秀英に指導碁、とは。
上は日本には塔矢明くらいしか自分と対等に戦える棋士なんていやしない。
とはいっていたが、どうしてこうして…面白そうなやつがいるじゃないか。
そんなことを思う永夏の前で、しばし秀英によるヒカルとの対局がその場において並べられてゆく……


「以前から、家をでようかな?とおもってたんだ」
「誰が?」
おもわずお茶を席にと運んでいた市川が問い返す。
「誰がって、僕がだよ。市川さん」
「お前が~!?というかお前まだ家事全然できないだろうがっ!」
ヒカルの言い分は至極もっとも。
実際、ヒカルからみてもアキラの家事は…かなりひどい。
「至極もっともなつっこみをサンキュー。進藤」
駅前にとある囲碁サロン。
そこでいつものように夕方、待ち合わせをして碁をうっているヒカルとアキラ。
「若先生が?」
「そりゃまた、どうして?」
横でうっていた別の客たちが素朴な疑問を投げかけてくる。
「あ~。でもわかるな~。何となく。親からはなれたいってヤツだろ」
「そうなんだけどね」
しみじみとかたるそんなヒカルとアキラの言葉に割って入り、
「そういえば。うちの一人息子もにたようなことをいって十八で家をでていったな~」
しみじみとそんなことをいってくる一人の客。
「ちょっと!北島さんの息子とアキラ君を同じようにかたらないでよ!進藤君も同意しないっ!」
そんな彼らに思わず叫んでいる市川の姿。
「でもさ。おまえん家は、おじさん目当てに門下の棋士やそうでない棋士もやってくるんだろ?
  …いつも、誰かとうてる、っていう環境はとてもありがたいとおもうぜ?」
佐為がいたときには、いつでも好きなときにうっていたからこそ…言わずにはいられない。
自分がだれよりも恵まれていたのだ、と佐為がいなくなって以後、日々実感していればなおさらに。
「市ちゃん!ヒデェナ!オレはただ子供の親離れってやつを~!」
そんな市川に抗議の声をあげている北島という男性。
「でもさ。おまえわざわざ家をでなくても最近、おじさん、家をあけまくり、だろ?
  確か前は韓国で…次は中国、だっけ?おばさんも一緒にいくっていってたし」
中国のほうではヒカルや明子の能力の分野はけっこう研究も進んでいる。
何しろ陰陽道の元となったのは他ならないアジア方面でもあるのだ。
あちらのほうにおいても、佐為がおそらくそうであったであろう【指導霊】ことを少しばりコネがあるので知らぼてくる。
という明子の言葉はヒカルにとって多少の救いとはなっている。
…会える方法があるならば、あっていいたいこと、聞きたいことがあるから……
「うん。明後日からね。中国リーグ開始はまだ先なのにさ。
  二週間程度で帰るつもりだとかいってたけど。何だかお父さんに先をこされたな……
  僕が家をでる必要なくなっちゃったから、出る必要もなくなったけど」
いって苦笑しているアキラであるが。
「そういや、うちのお母さんにきいたらいいっていったけど。おまえのほうはどうなんだ?」
「ああ、うん。僕のほうは大歓迎だよ」
「?明君?進藤君?」
「「??」」
周囲には二人の会話の意味がわからない。
「いえ。両親がいない間、進藤がうちに寝泊まりしにくるって話しがでてまして」
「へへ~ん。俺、料理とかは下手に母さんにしごかれてないから自信はあるぜ?」
「母もついでにおぼえなさい!といっているのもありますし……」
一人で家事もできない息子をおいておくよりは、気心しれた友達と一緒のほうが親としても安心。
それに何よりも明子の気づかいからして、今のこの時期。
ヒカルをあまりヒカルの部屋に一人でおいておく…というのはあまりしたくない。
もうすぐ、佐為が消える、とわかって逝ってしまった日が近付いていればなおさらに。
「へ~。進藤君って料理、できるんだ~」
おもいっきり意外、というように市川がいってくるが。
「うちの母さんが、今どきの男の子は炊事洗濯くらいできないとやっていかけないって。
  だから徹底的にやらされてたもので」
・・・・・・・・・・・・・・・・
その言葉に店にいた全員がおもわず黙り込む。
「「あ~、たしかに、今のご時世はな~…」
しんみり。
それぞれの客たちとて家で家族に、妻に、子供に同じようなことをいわれていればなおさらにしんみりしてしまう。
というかかなり耳がいたい人々もいるのも事実。
「あれ?でも明後日からって。もう卒業式でしょ?うちの孫が来週卒業式だから」
「そうだよ。御両親ともこれないなんて……」
「そんなの、さみしいわっ!」
一人の客がそのことに気づいて何やらいってくるのと同時、口ぐちに客たちがそんなことをいってくるが。
「あ、卒業式は僕もでません。その日、手合いがあるんです」
さらっと何でもないようにきっぱりいいきる明の姿。
「え~!?で、でもでも!
  そういうのって前もっていっておけば、その日はあけてもらえるとかできるんでしょ?違うの?」
市川の言い分も至極もっとも。
が。
「こいつ、いわなかったらしいですよ。気持ちはわかるけど。俺だって重なったらたぶん仕事優先するし」
この時期はどちらかといえば仕事をしていたほうがヒカル的にも気がまぎれる。
「今でも手合い予定は一杯一杯だから。これ以上無理なスケジュールにしたくないしね」
「俺のほうはちまちま手合いは増えてはいっているけど。まだ塔矢ほどじゃないし」
『・・・・・・・・・・・・』
何やら子供らしくない会話、である。
「卒業式より、仕事、優先…か」
「家なんかでなくても、とっくに自立してるよな~」
「ほんとほんと」
しみじみとそんな会話をきいていた大人たちが口ぐちにといってくる。
「でも、月日のたつのははやいわねぇ。あの日、ここで明君たちが対局してもう三年以上になるんだから」
すべては、小学六年生のあの秋の九月。
そこから、始まった。
「じゃあ、明日。手合いが終わったら俺、おまえまっとくからさ。一緒にいこうぜ」
「そだね」
そんな会話をしつつも三月六日の日曜日の夕方。
今日は午前中、ヒカルは森下の研究会にと顔をだし、ヒルからは祖父の家。
さらには夕方からここにてアキラと待ち合わせをしていたヒカルである。
しばし、ヒカルたちのそんな姿が、囲碁サロンにおいてみうけられてゆく――

三月九日。
水曜日。
葉瀬中学卒業式。
本日、中学三年生であった子供たちは義務教育の期間を終えてさらなる道をそれぞれに歩み始める。
「ん~。学校に忘れものはない、よな?」
四月からは高校生活がまっている。
とはいえヒカルもまたすでにプロ棋士。
まあ海王こうこうはプロ棋士となった子供たちにとってかなり寛大らしいのでさほど問題はないであろう。
…あるとすれば、勉強についていけるか否か、という点であるが。
そのあたりも以前、始めた通信テキスト教育の成果もあり何とかなるはずである。
「そういや、塔矢のやつは、今日は本因坊リーグ、第六戦目だったよな」
とっとと家にもどって服を着替えておきたいのに。
「…まだ、はなしてるし……」
肝心な母親は未だにおしゃべりに夢中、である。
きょろきょろ。
「え~と…あ、いたいた。お~い!アカリ~!」
さまざまな場所の写真をとり、友達同士で写真を撮りまくっているアカリの姿を探している最中。
ようやくみつけるアカリの姿。
みればアカリは囲碁部のメンバーとともにいる。
「ヒカル!な、何?」
パタパタ。
名前わ呼ばれてヒカルのほうにかけよりつつもといかけてくるアカリの姿。
まあ、常に名前でよびあっていることもあり、
当人たちは知らないが、けっこうこの二人は公認の仲として認識されている。
ゆえにあまり騒がれていないというのもあるのだが。
「俺のお母さんとおまえのお母さんがあっちで話しこんじゃってさ~。
  早くかえって俺、棋院にいきたいのに」
やっぱり対局は棋譜をみるのもいいが、なまの対局をみるほうが断然にいい。
「お隣同士だしね。私たちが幼稚園のころからの付き合いだし。いろいろ話がはずむんだよ」
もっと正確にいえば赤ん坊のころからの付き合い、である。
ゆえに話しもはずむ、というのも。
「進藤君いれて写真とる?」
そんな会話をしている二人をみつつも、こそこそとそんな会話をしている囲碁部のメンバー。
「ちょっとかして」
久美子がもっていた写真をぱっととり、
バシャ。
「「あ」」
金子がすばやくヒカルとアカリがツーショットになっているところをパシャリと激写。
「藤崎さん。カメラ」
「あ、ごめんごめん。ありがと。金子さん。あとでみんなに焼き増ししておくるね」
金子からカメラをうけとり、鞄の中にしまいこむ。
いつのまにかカメラのフィルムの残りはなくなっていたらしい。
時代はデジカメが主体とはいえ、こういう場ではやはり使い捨てカメラが威力を発揮する。
お金に余裕のない学生ならばなおさらに。
「あ、じゃ、私たちはそろそろ」
「うん。じゃあね」
「朱里。あとで電話するね」
「じゃぁ」
いいつつも、お邪魔しても何だし、というのでそれを口にはださずにそれぞれに別々にと別れだす。
そんな彼らを見送りつつも、
「お前、試験はどうだったの?」
「もう!ヒカル。公立の試験はまだだよ~」
「あ、そっか」
すでに私立の試験はおわっているのでついつい失念していた。
「もう、ヒカルってば。相変わらずどこか抜けてるんだから」
だがそれがヒカルのいいところ、でもあるのだ、とアカリは認識している。
「む。わるかったなぁっ!」
おもわず言い返してくるヒカルの姿をみてかわらないな~、とおもいつつ。
「あのね。私、高校にいっても囲碁部にはいるつもりなんだ」
「へ~。囲碁部。アレばいいけどな~」
高校で囲碁部、はあまり聞かない。
それはヒカルがその手の知識に疎いからからなのかもしれない゛か。
「筒井さんがやったように、小池君ががんばっているように、私もやってみる。なければつくるよ」
ヒカルと同じ道を歩みたい、から。
根底にアカリのそんな想いがあるのだが。
「ま、がんばれよ」
アカリはいいだしたらきかない。
ゆえにこそおそらく絶対にやる。
それがわかっているからこそのヒカルの言葉。
「その時は。ヒカル。…一日くらい教えにきてくれるかな?あ、ダメかな?
  そういえばプロってたしかお金いるんだっけ?!」
しかも学生からすればとんでもない大金だったよなう気もしなくもない。
「金なんかいいって、いってやる。いってやる」
「本当!?」
「手合い日以外ならいつでもいいぜ?」
というか顔をだして牽制しておくのはヒカルとしても好都合、でもある。
アカリは当人はきづいていないがけっこうもてる。
だからこそヒカルもその手に関して疎いとはいえやきもきするのも事実である。
どこか天然なアカリをほうっておけない、というのもあるにはあるが……
ヒカルの心情的には、アカリまで、うしないたくない。
佐為のときのように…
という想いもあるのも事実、である。
もっともそんなことをアカリは知る由もないが。
「ヒカル~!お母さんたち、帰るから」
「あ、おれもかえるよ。アカリ。かえろ~ぜ。ほら、お前の荷物かせよ」
いってそのままアカリの荷物をさっと奪いさりげなく持ち運ぶ。
そんなヒカルの姿をみつつ、
「あ、ヒカル。こっちの荷物もおねがいね。男の子っていいわ~」
「ちぇ~!!」
どうやら、母親たちの荷物までもまかされて、荷物運びとかしたヒカルは、それぞれに藤崎家と進藤家。
両方の荷物持ちをしながら、とりあえずアカリたちとともに帰路にとついてゆく。
今日、でヒカルの中学生活は終わりを告げ、新たな生活がはじまることとなる。


三月二十日。
日曜日。
合同表彰式、新入段者免状授与式。
ざわざわ。
棋院の二階ではすでにひとがあつまりざわめきたっている。
「知ってますか。門脇さん。去年の合格者はちびっこ三人組とよばれていたそうですよ」
少しいたずらっぽく同期合格者である門脇にと話しかけている伊角の姿。
「何だよ。じゃぁ、今年はアダルト三人組みってか?」
「あはははは。アダルトは簡便してほしいなぁ」
そんな門脇のセリフに思わず笑みを浮かべて返事を返す。
「しかし。囲碁界もばたばたしてきたな」
「ええ。座間先生は王座に返り咲き、乃木先生は初の天元位。
  畑中先生は一柳先生をやぶって名人位を確保。一柳先生は不調がつづいてますね」
実際今回のタイトル戦は五冠をもっていた塔矢行洋がいきなり引退したこともあり、
前代未聞のタイトル戦となったのではあるが。
「そうだな。本因坊リーグでは塔矢明にやぶれ、棋聖も防衛できずときたもんだ」
棋聖戦のタイトルで一柳は挑戦者にタイトルを奪われてしまったのは事実である。
「塔矢君は芹沢先生との一戦を落としましたね。おしかったな。アレは。終始緊張感のある囲碁でした」
結局、アキラの一目半負けではあったのだが。
そのあと、ヒカルと徹底的に検討会が行われたのは…いうまでもない。
「塔矢。芹沢。それに倉田も絡んで本当に群雄割拠、だ。いずれ進藤もそこに加わるだろうな」
それでなくてもすでにゆっくりとではあるが存在感を示し始めている。
「あ。伊角さん。門脇さん!」
そんな会話をしていると、二人に話しかけてくる男性が一人。
「あ、本田」
「よう」
そこにいたのはもう一人の彼らの同期合格者の本田の姿。
「門脇さん。とりあえずオレたちもスタートです」
「おう」
今日、正式に免状をうけて、彼らのプロ生活はスタートをきる。
――間もなく、合同表彰式、及び新入段者免状授与式を行います。ご出席の方は二階ホールにお集りください――
スピーカーより流れてくるそろそろ時間を告げる合図。
「…で?その進藤のやつは?」
「…そういえば、塔矢君もまだ……」
「「「・・・・・・・・・・」」」
おもわず三人が三人とも顔を見合わせる。
まさか、遅刻?
たら~
伊角はヒカルが今、塔矢邸に寝泊まりしているのを知っている。
いるからこそ…その可能性もなくはない。
ゆえにこそ誰ともなく冷や汗を流すのを感じてしまう。
と。
バタバタバタ!
何やら騒がしい足音がしたかとおもうと。
「もう!君がいつまでもねてるからっ!」
「何を!夕べ早碁をやろうっていったのはおまえだろ!結局明け方までやったじゃないかっ!」
何やらバタバタした足音と、場違いな喧嘩の声。
ふとみれば、エレベーターのほうからかけてくる少年が二人。
「塔矢明三段と、進藤光初段、ですね。こちらをどうぞ」
二人して一応、本日おこなわれる表彰式の対象者。
ヒカルは最多連続勝利賞を獲得し、アキラもアキラで別の賞をとっている。
まあ、七月からこの三月にかけてヒカルは対局においては連続して勝利記録を更新中。
「おそいぞ!進藤!」
そんな二人の姿をみつけて苦笑しつつも笑いながら声をかける門脇に気づき、
「あ、伊角さん。それに門脇さんも!文句ならこいつにいって!
  数局っていってたのにさ!結局朝の五時過ぎまで早碁につきあわされたんだぜ!?」
「君のほうこそ!寝たとおもったら起こしてもおきなかったじゃないかっ!」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」
どっちもどっち、である。
おそらく流れ的に対局となり、ついつい何局もうってしまったのであろうが……
「はいはい。二人とも。喧嘩はあとで。とにかく席につきなさい」
もはやヒカルとアキラの口喧嘩は棋院名物に近いものがある。
それゆえにもはや慣れっこになっている職員がそんな二人を促して会場へとうながしてゆく姿が、
唖然とする伊角達の前においてみうけられてゆく……


四月三日。
日曜日。
「今日のさ。北斗杯選手権選抜の一回戦の組み合わせ。
  俺と和谷と越智と稲垣さん。もののみごとにこの東京の四人はふりわけられたね」
対局表をみてふとつぶやく。
「ま、妥当なところだな。相手は日本棋院の中央総本部が一人と関西総本部が一人。
  それと関西棋院から二人、か」
選抜八名によるトーナメント対局式。
「そして、勝った四人で三時から二回戦やってねそれで選手二名決定?」
一日でカタがつくのも何だか肩すかしのような気もしなくもない。
「そりゃ、総当たり戦はやってられないだろ。ま、オレとおまえはあたらないんだ。
  昼飯は何の気兼ねなく一緒にたべられるぜ」
「ハハ」
そんな和谷の言葉に軽く笑う。
そもそも、対局相手でも休憩時間は休憩時間。
ヒカルはそのように割り切るようにしているのもあるが。
もっとも、親しい間柄だとその休み中に検討会がはじまってしまうのが球に傷だが……
そう。
オレと進藤とは当たらない。
正直、ありがたい。
心の中でそうおもう。
森下師匠の研究会やオレのアパートでの研究会。
いつも思う。
進藤の読みの深さにはついていけない、と。
いつも近くにいるからこそ、その力の差がはっきりとわかってしまうがゆえになおさらに。
しかもヒカルには師匠がいない。
どのプロ棋士の弟子でもない。
それなのに……
【人をすげえとおもうのも大概にしておかないとそいつにかてなくなる】
と森下師匠にはいわれたが。
そのあと。
【だけど、すごい!ともうからこそおいついておいこしてやる!とおもいますって。普通。ね、和谷?】
無邪気に同意を求められてぐっとくるものがあったのも事実。
そのあと。
【…おいつど、おいつけない…ての届かない壁…か……】
どこかふと遠くをみてつぶやく進藤の目がどこかさびしそうだったのが和谷はきにはなったが。
日本棋院六階にある部屋の一つ。
八人という少なさなので今日の試合は六階にある個室の一つで行われる。
先心の間こと、対局場においては今日はいつものように院生手合いが行われている。
「中部は十八歳以下がオレともう一人いたから予選があったよ」
「ふ~ん。関西は十八以下、僕だけだったわ。ハハハ」
部屋に入るとすでにきていたほかの棋院の棋士たちがそんな会話を交わしているのが目にとまる。
それはすなわち、年齢層が囲碁界においていまだに高いことを指し示しているのに他ならない。
そもそも、日本では今だに、囲碁?それ何?
という人々が多数いる状態が普通ともいわれているのが現状ならばなおさらに……
「おはよ」
「越智。稲垣さん」
ふと立ちつくしていると背後から声をかけられる。
ふりむけば棋士仲間の越智と稲垣の姿が目にとまる。
「あれ?六人?」
全員でたしか八人のはずなのにこの部屋には六人しかいない。
「ああ。関西棋院の二人がまだきてないようだな」
どうやらまだ関西棋院の二人が到着していないらしい。
そろそろ時間も差し迫っている、というのに、である。
「お休みだと僕は不戦勝で楽勝なんだけどな」
「はは。入院とかでもしなきゃそれはないだろ」
「って、そりゃ、進藤。以前のお前!」
どっ!!
今でこそこうして冗談まじりに言い合えるが、一年前は本当に洒落にならなかったよな。
そんなことを和谷達はふと思う。
当の当人はそんなことを気にもとめていないのだが。
「…来月で一年…か……」
季節がめぐるのは早いもので、もう来月で佐為が逝ってしまって一年が経過する。
結局、この一年間。
佐為に関する手がかりは何もないまま。
ヒカルをある意味支えているのは、佐為がそうであろう、と明子たち他能力あるもの達がいっていた、
【指導霊】という分野。
その分野における存在はひょっこりと戻ってくることもありえる。
そのことを聞かされたから。
そうでなければ、この時期。
鯉のぼりが見え隠れするこの時期。
ヒカルは確実に気が狂いそうになるであろう。
「越智の相手はたしか、関西棋院の三段、だったよな?」
確認のための問いかけ。
「オレのほうは関西総本部の秋山初段。え~と……」
「ボクだよ。よろしく」
「君が進藤君?はじめまして。噂はかねがね。今日はよろしくね」
「あ、こちらこそ」
同じ日本棋院ということもあり、中央総本部や関西総本部にも一応ヒカルの噂は伝わってはいる。
長期の入院後、一度も負けなしの不敗の初段の子ども。
…まるで、塔矢明をほうふつさせるかのごとくに。
しかも若獅子戦の一昨年の優勝者。
棋士ならば誰でも興味を抱いても不思議ではない。
そんな会話をしている最中、部屋に入ってくる男性が一人。
本日の対局の責任者でもある渡辺八段。
「おや?まだ二人きていないのか?関西棋院の津坂君と社君だな。もう時間だぞ。
  じゃあ、順に席についてください。一番奥のそこが和谷君と秋山君。隣のここが越智君と津坂君」
バタバタ…
「おはようございます!」
席の説明をしている最中、バタバタとあわただしい足音ともに部屋にはいってくる二つの人影。
「おはよう。ぎりぎりだね。津坂君はここ。この奥に社君と稲垣君。
  それからそこが進藤君と柴田君。ではルールの確認をします。持ち時間は一人、一時間半。
  持ち時間を使い切ったら秒読みは一分。コミは五目半。
  二回戦は午後三時からここではじめます。
  一回戦に勝った四人はそれまでに昼を済ませてきてください。それでは、始めてください」
開始の合図をうけて、それぞれの対局。
北斗杯選手選抜のための対局が開始される。
パチパチと石が碁盤に打ちつけられる音が対局場となっている部屋の中にと響き渡る。

…よっし。
アレをいっみてるか。
相手の力をみるのもうってつけである。
二十分以上、盤面をにらみつつも、ヒカルは一手を繰り出してゆく。
中央をぶったぎる手段。
以前、佐為が見本として打ってくれたうちの一つ。
それに関する注意点なども多々とおしえてくれた。
そのすべてがヒカルの身についている。
その場合の受け方、かわしかた…それに対しての新たな一手の検討。
今は…もう、できない、記憶の中にのみある対局。

「…ありません……」
手も、足もでなかった。
自分の持ち石である白が圧倒的にと攻められて。
すべてを封じられた、とはまさにこのこと。
未だに盤面上は中盤にもさしかからない位置。
が、かてない。
ゆえの投了。
…最多連続勝利と若獅子戦優勝のなは…伊達ではないな。
負けはしたけど悔いはない。
自分もいつかは彼のように、彼よりも強くなりたい、とおもうから――

「そっか~。和谷と越智で戦うことになったんだ」
一回戦がおわり、棋院の外にとヒルを食べにでている和谷とヒカル。
手軽にたべられるというので近くのバーガーショップにきているヒカルたち。
とはいえここにきているのは二人、のみなのだが。
「まあ、少ない人数でやってんだから。仲間同士でもどこかでぶつかるよな」
いいつつも、Mサイズで頼んだシェークを一口。
ひんやりとした感覚がここちよい。
「越智は確かに強いけど。院生のころかあいつとの相性はわるくないんだ。オレ」
「そうだったね」
たしかそんなことをいっていた。
「あいつ、成績はいいのにオレとの勝負は五分だから、オレに苦手意識もってるかもな。勝ちたいぜ!」
勝って代表の座をつかみたい。
「俺の相手はやっぱり社がきたなぁ」
「本田さんがいってた、例の?」
「ああ。初手天元のやつだ。本田さんが並べてくれた一局から相当つよいのはわかってたからな。
  打ってみたいとおもってたんだ。たのしみだぜ」
初手天元。
佐為がその手を教えてくれたとき、ヒカルはムキになって幾度も再対局といっていたものだ。
それはヒカルが試験に合格したのち、佐為があらゆる手筋の打ち方をヒカルにと伝えたうちの一つ。
碁打ちとなったからには、さまざまな手を知っておく必要があるから…と。
ヒカルのそんな思いは当然和谷は知る由もない。
社、か。
オレは社とも進藤とも対局はない。
ついてる。
そう、強い相手と戦わずに代表の座がえられるのであれば…それに、こしたことは、ない。
和谷はその考えの時点で自分の実力に自信をもっていない、ということに気づいて…いない。

「あ~あ。くやしいな。いつもの調子でうてへんかったわ~」
ずるずる。
蕎麦屋にはいり、昼食中。
「対局時間ぎりぎりに部屋にはいったんがまずかったんかな。はじめての場所なのに」
そうはいっても負けは負け。
「ギリギリいこう。いうたんは津坂さんやろ?早くいって緊張してまつのはいややからって」
それゆえに時間をぎりぎりまでつぶしていたのだから。
「社!おまえはまけへんとはおもうけど、たのむで!!関西棋院二人とも負けたら洒落にならへんっ!」
関西棋院の名前を広めるチャンスでもあるこのたびの国際大会。
それゆえに励ます声にも力がはいる、というもの。
「次の相手の進藤ってどんなやつや?対局みてたんやろ?」
関西棋院にまではヒカルの噂は届いていないらしい。
ゆえに彼らは知らない。
ヒカルのことを。
いちいち賞などをとった人物を毎年チェックしている棋士ならば話は別だが。
この二人はそういうことをほとんどしていない。
ゆえに知らなくても不思議ではないのであるが……
「……どんなやつも、こんなやつ、も、ない。関西棋院がどうとか、そんなんオレは知らんけど。
  だけど、日本チームの代表選手になろおもったらあいてがだれでもまけられへん。…それだけ、や」
…あの進藤ってやつ、初段のくせに、あれは…あの強さは…
あれだけつよくてまだ初段、というのがかなり気になった。
自分よりたしか一年早くにプロ生活が始まっているはずなのに。
それくらいの知識は一応社とてプロ試験結果に目を通しているので知っている。
気になったがゆえに、しょせんの大局相手の稲垣三段、という人物を捕まえてきいてみた。
きけば、プロになりすぐに入院して、それで昇段に必要な大手合いをことごとく逃し、
当分はそのため彼は初段のまま、だという。
すでに、ほとんどの棋戦の第三次予選に勝ち進んでいる、ともきかされた。
……ためしたい。
自分の力を。
そして、相手の力を。
自分が周囲がいうほどに強いのか、そしてまた相手がどこまで強いのか。
同い年であるからこそ、なおさらに――

「お~い」
「あ、稲垣さん」
お昼を終えて棋院にともどる。
エレベーターの前で呼び止められるヒカルと和谷。
「二回戦、見にきた。結果は?」
「勝ちました」
「俺も勝ちました」
「越智もかちましたよ」
交互に説明してくる和谷とヒカルの言葉に、
「何だ。東京勢で負けたの、おれだけ!?うわっ!」
先輩として少しさみしい、というか何かとてもむなしくなってしまうのは仕方ないであろう。
「でも相手の社は本当に強かったんだぜ?進藤、次、お前社だろ?」
「ええ。あ。そうだ。稲垣さん、社との一戦。先番はどっちでした?」
は?
「先番?オレだけど?」
「なんだ」
社が先番ではどうやらなかったらしい。
「何だ。何だって何だよ?」
「おい。進藤。立ち話してる時間ないぞ?」
たしかに時間は迫っている。
それゆえに話しもそこそこに稲垣とともにヒカル達はエレベーターにと乗り込んでゆく。


                                -第69話へー

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あとがきもどき:
薫:たぶん。佐為がいなくなったあとのアカリの存在って。ヒカルには何よりも救いだとおもうんですよね。
  そばにいてほっとできる人というのはおそらくアカリくらいでしょうし。
  しかし、ぜったいに思春期真っただ中に佐為と行動ともにしていたヒカルが立ち直るのは…
  かなり精神的にもきびしいものがあるんじゃないのかなぁ(汗
  常に幻影をおいもとめて、自らの碁の中に佐為をおいもとめてゆくことになるのでしょうね…
  後悔と懺悔をその心の奥底にしまいこんだまま。
  まあ、このお話ではその後悔さんは佐為がもどっくてることにより薄れますけど(まて
  原作ではきっと後々もひこずるのは明白だとおもわれます(汗
  というか、ぜったいに五月の五日ってトラウマになるとおもうのは私だけではないはずだ(汗
  キリのいいところまで、とおもったら多少ながくなってしまい、今回は小話はおあずけです(汗
  ともあれではまた次回にてvv

2008年9月21日(日)某日

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