まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。
今回は、ようやく塔矢行洋の引退さんv
んでもって佐為、ついにヒカルに告白!です(まて
というわけでたぶんながくなりそうですけど(キリがわるいのでいっきにいくよていなので)
何はともあれゆくのですv
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プルルル…プルル…
「ああもう!いったい全体何だっていうんだ!?」
「というか、うちでは判断できないというかわかりませんからっ!」
夕べから鳴り響く電話の音。
全国にある日本棋院。
中部、関西、そして東京。
とにかくひたすらに鳴り響く電話の対応におわれている関係者たち。
聞けば、ネット上でものすごい対局があった、とのこと。
あの塔矢行洋と対局した棋士はだれですか!?
という問い合わせがものすごくかかってきているのも事実。
しかも海外からも…となればパニックにもなる、というもの。
とはいえ、棋院とてプロ棋士すべてのネット上のハンドルネームを把握しているはずもない。
実際に棋院関係者もネットをつけてその一局に気づいて釘づけになったのも事実ではある。
昨日、その一局が終局したのが六時前。
それからひたすらに電話は鳴り響いている。
一時的に棋院の仕事がストップするほどに。
彼らとて信じられない。
あの塔矢行洋と同等、いやそれ以上の打ちてがいる。
などということは……
それは各国の囲碁関係施設にそれぞれがそれぞれ電話して少しでも情報を得よう。
とした人々の行動の表れの結果……
星の道しるべ ~塔矢行洋、引退!~
バタバタバタ。
「ふ~。あぶない、あぶない。緒方さんに佐為の話を少しきかれちゃったみたいだよな~」
どこまで聞かれたかはわからないが。
「塔矢も昨日の一局をみたのかな?まあおじさんもおばさんも何もいわないでいてくれる。とはおうけどさ~」
いいつつもかなり走ったこともあり近くの自販機にてアクエリアスを購入する。
「それにしても、緒方さんまで佐為と打たせろ。って。
…あれ?でも塔矢がいうのは緒方さんも佐為が百人切りしまくってるうちの一人のはず…なんだけど?」
はて?
たしかにそうアキラから聞いた。
そこそこ強い、と佐為が指摘した膨大な人数の一局の中にどこかにその棋譜はあるのであろう。
「そりゃ、気持ちはわかるけどさぁ。
でもそんな中だちしてたら、いつか俺がネットでsaiとして打っているのがばれそうだし。
そうしたら困るしなぁ~。俺とおまえはあくまで別人なのに。頭の固い人たちはそうはおもわないだろうし」
そもそも下手したら精神病院いき、とまでいわれかねない。
「しかし。何とかおじさんの気をかえないとっ!引退なんてされたらおおごとだよっ!
あ。佐為。おじさんとの次の対局はちょっとまってな。とにかく、まずはおじさんを説得しないと!」
そういうヒカルの言葉すら今の佐為には痛い。
「?佐為?どうしたんだ?何かお前昨日の対局がおわってから本当におかしいぞ?
大丈夫だって。時間はたっぷりあるんだから」
ずきっ。
ヒカルにはあっても、その時間は…私には…ない。
『あ、ヒカ……』
ピルル。
「あ。ちょいタンマ。電話だ。はい。もしもし。え?和谷?…ええ~!?いくいく!」
ぴっ。
「佐為!和谷がさ!今日、急遽森下先生の研究会をやることになったからって。さそってきたからいこうぜ!」
『え?…あ、ええ』
言い出しにくい。
しかし何とタイミングのわるいことだろう。
「どうせだし。このままいくか」
そのまま帰路につくのではなく、ヒカルはその足を日本棋院会館へと向けてゆく。
パチ。
パチ。
「これが!?行洋のやつが昨日ネットでうったっていう一局なのか!?和谷?」
棋院からも連絡があったし、さらには和谷からも連絡をうけた。
それゆえにぜひとも見てみたい、というので急遽、今日研究会をすることにした。
どうやら他のいくつかの棋士たちも同じようなことをしているらしい。
いい一局というものはどうしても早く目にしたいのは棋士の本分。
「ええ。オレ、この対局。徐番からずっとみてたんです。すごい一局ですよ。本当に。
はじめの数手の手順はわかりませんけど……」
和谷がみたときにはすでに約一時間くらいは経過していた。
それでもあまり手数はすすんでいなかった。
「これ、黒が塔矢先生?」
電話をうけて、いつものメンバー。
森下を始めとする鈴木、白川、冴木、そして和谷の五名は集まっている。
「あいつがパソコン?信じられん。そもそもあいつもオレも相にあわんはずだが」
森下がそうつぶやくと同時。
「こんにちわ~」
和谷が一手一手を並べている間にヒカルもまた棋院にとたどり着き、部屋にとはいってくる。
「進藤!saiだ!saiが昨日…!」
おそらく知らないだろう。
それゆえに興奮気味に話しかける和谷であるが。
「あ、和谷もみてたんだ~。昨日の塔矢のおじさんの一局、だろ?」
にっこりとわかっているとばかりいってくるヒカルである。
「え~!?何だよ。お前もみたんだ」
「saiっていうのか?行洋の相手のこの白は」
「ええ。以前、おれ、先生にいったでしょ?ネットに強いやつがいるって。そいつですよ。。そいつ」
「…で、そのsai…白が、ここに」
パチ。
「おおっ!」
「ほぉっ!」
「うなりますね~。これは!」
その一手にうなるしかないそのばの人々。
「こののちはこうすすんで…ここで、黒、投了、です」
「投了、ここで!?」
「…半目?いや、細かすぎますね~…う~ん……」
「白、よし?」
「いや、終局まで読み切れば……」
しかし読み切ろうにもあまりに細かすぎる。
「黒から何か手はないのかな?」
「ここで手を抜くのは?」
そこいらの一局よりもものすごく検討のし甲斐がある一局である。
こんな一局は世紀に一度あるかないか、のレベルであろう。
「そこは先手、だよ。もう損はできない形成なんじゃあ?」
「う~ん……」
「細かすぎて頭いたくなっちゃうな」
「「「う~む……」」」
どうやらこの場にいる誰もが碁盤を前にしながら気づいていないらしい。
くすっ。
「え~。こほん。そこはね。ここの守った手で隅に置けば得してるでしょ?」
「…あ!」
「そうかっ!」
「…たしかに」
「…本当だ」
言われないと気づくこともまずできない一手。
「外ダメがつまれば手がいるな」
「ここにきて手を戻すのも癪ですね」
ヒカルの才や力に私だけでなく回りも気づきはじめている。
自分にはない未来。
それがヒカルの頭上にはかがやいている。
ヒカルをみつつそんなことを思う佐為。
「って、何でお前気づくんだよっ!」
「和谷!ちゃかすんじゃない!これが勝負の分かれ目なんだ!」
その一手ですべては勝敗がきまったのであろう。
「朝、おじさんに昨日作った棋譜は渡しちゃったからなぁ。
あ、これ昨日のまともな記録です」
いいつつヒカルがとりだしたのは時間まできちんと記入されているまともな棋譜。
「って、何でお前がんなもんもってんだ!?」
和谷の疑問は至極もっとも。
「へへ~ん。昨日、対局があるのネット上でしってさぁ。朝からネットカフェに缶詰めになってかいてた」
嘘ではないが真実でもない。
saiとして佐為の代わりに打っていたのはヒカルであり、ネットカフェにいたのも事実。
ネット上でしったのではなくヒカルと行洋との間の話し合いで対局が決定した。
ということを、その部分をネット上で、といいかえての説明。
「お前、昨日はたしか学校だろうが」
「休んだよ。だって!塔矢のおじさんと佐為の一局だぜ!?
あ、そうだ。明子おばさんが録画してるとかいってたから。リアルでみれるぜ?」
「まじか!?」
「というか!おまえ!知ってたならおしえろぉ!進藤!てめぇ~!!」
ヒカルははじめからしっていたらしいことをうけて、おもわずヒカルにヘッドロックをかます和谷。
「あ。じゃあ。進藤君は一手目からみてたの?」
「う~ん。ここで行洋のやつ長考…って、これ何時間あんだ!?」
時間をみればかなり互いに長考している。
「八時間一番勝負。秒読み十分。コミは六目半。ちなみに開始は朝の十時からですけど」
和谷にヘッドロックをうけつつもきちんと説明しているヒカル。
「あ、私、これ、コピーしてきます!進藤君、これちょっとかりてもいいかい?」
「あ、はい。いいですよ~。本当は普通の棋譜もあたんだけど。
朝塔矢のおじさんのとこにもっていったし。何なら今からかきましょうか?」
がしっ。
「ぜひたのむっ!」
さらっといったヒカルの肩をがっしりつかんでいってくる森下の姿。
「あ。じゃあ、オレ、事務所で棋譜もらってきます」
「おう。冴木、たのむぞ」
白川がコピーをとりにいき、冴木が棋譜をとりにゆく。
「しかし、これ…終局までいくと…半目…ではないな。う~ん」
局面をみつつもうなる森下にかわり、
「二目半、ですよ。ここをこ~きて、こ~なって、そ~して~」
パチパチ。
行洋が途中で投了した続きを丁寧に交互に打ち込みしてゆくヒカル。
小寄せは一本道。
…だよな。佐為。……佐為?
『え?あ。そうです。そこをそうきて…そうそう。それで終局。ですね。本来ならば』
強く名前を呼ばれはっと我にともどり昨日の一局の続きをヒカルに示す佐為ではあるが。
「……おま、こんな難しいのよく続きうてるな~」
そんなヒカルをあきれてみつつもいっている和谷。
「なるほど。二目半、か。でかいな……」
コミが通常の五目半だったとしても一目半。
「でも、塔矢名人、いつsaiと対局の約束なんてしたんだ?先生はずっと病院にいたのに」
ぎくっ。
「たぶん、先生、ネットやってたからそのときじゃない?」
和谷のことばにあわてていいわけのように横やりをいれるヒカル。
「でも、あいつのことだから文字とかうてないんじゃないのか?」
…森下先生、鋭い……
「そういえば。一柳棋聖がいってましたけど。チャットは奥さんが変わりにこたえていたそうですよ」
鈴木は一柳から行洋とネットでうった、ということを聞いている。
「しかし。saiか。何者なんだ?」
「それが未だにわかんないんですよね~」
こいつはたぶん知ってそうだけど。
何しろ頻繁にネットでsaiと打っているみたいなことをいっている。
が。
和谷が知る限り、ヒカルとsaiの名前が同時にあったことは…一度しかない。
「そのせいで今棋院は大騒動になってるみたいですけどね。問い合わせが殺到して」
あ…あはは……
けっこうあの対局見てた人っていたんだ……
熱中しているあまり観戦者の数がどれほどいたのか。
というのはヒカルはきれいさっぱり理解していない。
それゆえに乾いた笑いを浮かべるしかできないヒカルである。
「登録はJPN。ゆえに日本人、というのしかわかってないそうですしね」
「しかし。行洋のやつより上をはるかにいく棋士なんているか?
記憶にあるほかのやつらともこの打ち筋は誰にもあてはまらんぞ?」
森下の記憶にあるすべての棋士の打ち方と比較しても思い当たる人物はいない。
「ね。先生。このsaiってまるで秀策が現代の定石を覚えたやつみたいでしょ?」
「…たしかに」
……和谷。
するどすぎだってば……
そんな会話をききつつも一人、しみじみそんなことを思うヒカル。
結局のところ、本日の研究会は夜も更けるまでこの一局について検討がなされてゆくのであった……
四月二十二日。
金曜日。
「あれ?倉田くん」
ふと部屋にはいってくる倉田の姿を目にとめる。
「終局したの?その顔だとかったようだね」
今日は王座戦、本予選の第一回戦。
鎌石義郎九段対倉田厚六段。
本予選は四名により行われ、トーメナント式。
勝ち数がおおいものが優勝となる。
「ガンガンいきますよ。今年は。本気でタイトル戦ねらってますからね!
ねえ、FAXみせてよ。天野さん。送られてきてるんでしょう?
途中経過の棋譜!」
くす。
どうやら立ち寄った目的はそれらしい。
「今、鹿児島でやっている天元戦の第一局、だね。はい。これが三十分ほど前に送られてきた一番新しいのだよ」
天元タイトルホルダーである塔矢行洋に挑戦している今回の人物はあの一柳棋聖である。
「この時間になっても形勢はまだ呉格。そういえば君の次の相手は緒方九段だったっけ?」
「そうですね」
たしかに倉田の次の相手は緒方である。
「緒方さんはつめが甘い気がするんだよな。十段戦にしろ。タイトル戦に慣れてない、というか」
そんな天野のつぶやきに、
「タイトル戦なれしてくればそういう甘さはなくなるでしょ。碁そのもののしぶとさや粘りが前よりでてきているし」
「う~ん。そういわれればね~」
それでもどこか納得できない。
「それより、何これ!?どうしちゃったの!?塔矢行洋!?」
「え?」
何これ、といわれてもわからない。
「何か心境の変化でもあったのかな?…って、え!名人、まだこんな手をうつの!?
らしくないじゃんっ!」
「?らしくない?」
しばし、棋譜を目にした倉田がその棋譜にくぎづけになったのは…いうまでもない。
「……あ~!!!」
何だか月曜日からバタバタしていた。
祖父、平八がぎっくり腰でいきなり入院。
それゆえに母は看病におもむき、掃除洗濯、すべての家事はヒカルの役目。
あまりにバタバタしすぎてついついそんなヒカルにいいそびれているままの佐為である。
そして…あれから数日といわずに一週間があっという間に過ぎてしまった。
「何ですか。ヒカル。朝から大声だして。もう時間ないんでしょ!早くご飯たべなさい!
学校におくれるわよ!あ、それとお爺ちゃん、もうすぐ退院ですって」
そんな母の言葉もヒカルには届かない。
「おい。いってくるぞ」
「あ、まって!ゴミをおねがい!」
何やら両親がそんな会話をしているのが聞こえてくるような気もしなくもないが。
新聞に小さくのっている昨日の天元戦、第一局目の結果。
この新聞には詳しくのってはいないが、塔矢名人が一柳棋聖にまけたらしい。
「…佐為とネット碁…うったせいかな?」
何しろぶっとおし八時間の大勝負であった。
あとからつかれがでてきてもおかしくはない。
週刊碁がでるのは来週。
棋譜がみたいけど、棋院にいけばみれるのかな?
ぐるぐると考えている間に学校にいき、そのままいろんなよくないことを想像してしまう。
「今日はここまで」
「きり~つ」
「礼」
キ~ン、コ~ン、カ~ン、コ~ン……
ぐるぐるとヒカルが思考を巡らせている最中、いつのまにか土曜日、ということもあり授業はおわり。
「…とにかく、棋院にいってみよう。いくぞ!佐為!」
『え?ええ』
こいつ、本当に何かここ一週間ばかりおかしいけど。
そりゃ、ここ数日碁をうつところでもなったのも事実だが。
「…お前、ほんと~におかしいぞ?幽霊のくせして病気なんじゃあ?」
あ、でもその場合の病院ってどこだろう?
別の意味でヒカルに悩みが増えてゆく。
いわなければ、いわななれば…とおもうのに言葉がでない。
一体何といえばいいのだろう?
いきなり私は消えて逝くことになりました。
といって、到底ヒカルは納得できないはず。
佐為自身ですら納得できていない、というのに。
ぐ~…きゅるるる……
「…棋院にいくまえにお昼たべるか」
どちらにしても家にかえっても誰もいない。
そんなことをおもいつつ、棋院にいくために駅の方面にむかっていたので
駅近くの一めんのラーメン屋に入ってゆくヒカル。
ガラッ。
「・・・って、あれ?倉田のおに~さん?」
「ん?進藤?」
店にはいるとなぜかそこに倉田の姿を認めておもわず叫ぶヒカル。
「何やってんの!?こんなとこで!?」
ヒカルの疑問は至極もっとも。
「馬鹿?進藤ってバカ?ラーメン食べてるにきまってるじゃん」
「うぐっ」
たしかにそうではある。
あるが、聞きたいのはそんなことではない。
「そうじゃなくて!何でこんなところにいるの!?」
いいつつも倉田の前のイスをひっぱってそこにと座る。
「そこに座ったっておごらないぞ?」
「じ、自分で払うさ!ラーメンひとつ!」
「あ、オレもね」
「はぁ!?」
お水をおきにきた定員にヒカルが注文すると倉田がさらに追加の注文を頼んでいたりする。
「ラーメン二丁!」
というか、今…食べてるよね?倉田さん……
すでにラーメンの器がいくつか横に重ねられているのがみてとれる。
「…えっと、こっちに指導碁の仕事でもあったの?いや、あったんですか?」
とりあえず気にしないことにして気になっていることをといかける。
「まあね。おわってかえるとこ」
それでどうしてここにいるのか得心はいくが。
「あ。そうだ。倉田のお兄さん。昨日の天元戦の棋譜って棋院にいけばみれるの?」
ふと倉田ならしっているだろう、とおもって気になっていることをといかける。
「オレ、みたよ?」
「みた!?」
倉田の言葉におもわず身を乗り出すヒカルであるが。
「昨日、棋院にいたから、出版部にいって見せてもらった。
FAXで途中経過が一時間ごとに送られてくるんだ」
「へい!おまち!」
そんな会話をしている最中、ラーメンが二つ、ヒカルたちがすわっているテーブルにと運ばれてくる。
「塔矢のおじさんが負けたのは新聞でみて知っているけど。どんな碁、でした?」
恐る恐るといかける。
と。
「塔矢行洋らしくない碁」
どきっ。
「ら…らしくない?」
やっぱり、佐為との対局のせいで?
ヒカルがそうおもっていると、
「あの人のバランスの良さってすごいじゃん。行く時にはいくけど押さえるときには抑えるし。
それがちょっとタガが外れている、というか」
聞いていて不安がさらにひろがってゆく。
「そんなに…ひどい碁…だったの?やっぱり体調が……」
よくよく考えれば入院中。
しかも八時間ぶっとおしの碁である。
普通、タイトル戦でも二日かけて八時間の碁はうつ、というのに。
しかもパソコンは数時間でも目にくるときにはくる。
「ひどい?いや、その逆。いい碁だったよ。タイトル戦だっていうのに、面白い手をばんばんうってくるんだ。
碁が若くなってる。結果負けたけど。感心するよ。
あの年でまだまだ自分を変えられるんだもん。すごいよ。塔矢行洋。まだまだやるじゃん。ってね」
ほっ。
よかった。
いい碁だったんだ。
佐為と打ったせいで体調を壊して…とかじゃないんだ。
じゃあ、引退もないかもしれないな。
倉田の言葉に心底ほっとする。
ほっとしたのをうけ、ラーメンにようやく手につけ食べ始めるヒカルであるが。
「倒しがいがあるってもんだ。うれしくなっちゃうよ。息子も倒し甲斐があったけど」
げほっ。
げほほほほっ!
いきなりいわれて思わず口に含んでいたラーメンが変なところにはいってむせこんでしまう。
「倉田さん。アキラのやつとやったことあんの?最近?」
はじめのころ彼に負けたのは知ってはいるが。
「この間、名人戦の予選でやっつけてやった。でもあいつ本因坊戦は三次予選まですすめている。
たかが二段のやつが…だぜ?」
いいつつヒカルをみて、
「お前ら、タッグを組んでるんだろ?まったく。今の塔矢は低段者敵なし、だ。
夏にはきっと頭角を現してくる。予想以上に…早い。お前の手合いはいつから?」
「あ。えっと二日目が明日です。大手あい」
ヒカルにとっては実質一戦目。
「そっか。そういえば一日目は塔矢名人が倒れた日、だったんだっけ?」
そんな会話をしているとる
「・・・えええ~!?」
何やら客の一人かテレビをみて大声をだし、
「す、すいません!テレビの音、大きくしてください!おおきく!」
何やらそんなことを店の人にといっている。
「?何かあったのかな?」
「ん?あの人。さっき俺にサインねだったひとだ」
二人がそんな会話をしていると。
ぴっ。
テレビの音量が大きくされる。
【…の、記者会見で、囲碁界のトップ棋士。塔矢行洋五冠が…現役引退を発表いたしました】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「「『えええええぇぇ~~!!?』」」
もののみごとにそれをきき、ヒカルと倉田、そして佐為の声が同時に重なる。
「ずるい!はやすぎるっ!オレまだ名人からタイトルうばってないのにっ!」
「ってぇぇ!おじさん、撤回してないしぃぃ!!」
倉田と違い、思わず頭をかかえるしかないヒカル。
そんなヒカルの声すら驚愕している倉田の耳には届いていない。
ざわざわざわ。
「塔矢名人が引退!?いったい何の話だ!?」
ざわざわざわ。
寝耳に水。
とはまさにこのこと。
唯一聞かされていた一柳規制ですら、そのときは冗談ばっかり、と聞き流していた。
相手も笑っていたので本当に冗談だ、とおもっていたのだが……
「後援会会長の私にわびの電話をしてきたが。いやはや。記者会見の手配はさせてもらった。うん。
理由は一身上の都合、とかしかいわんかったなぁ」
ニュースにおいてはさまざまな関係者のインタビューが一緒にながれている。
「市川さん!?」
「あたしだってびっくりよ!何これ!?」
碁会所でもある囲碁サロンにおいてもまさに寝耳に水。
テレビをつけていたお店はいっきにパニックにと陥ってゆく。
「と、とにかく!あれだ!緊急理事会を開いて~!!」
「棋戦のスポンサーから電話がどんどんはいってきてますっ!」
プルル…ブルルル…
やりやまない電話の音。
棋院内部はにわかに再び先日にも負けず劣らないほどの大パニックにと陥ってゆく。
「…やっぱり。健康上のことが理由…ですかね?」
ニュースをみて唖然としていっている白川。
「…行洋の家に…いってみる」
いきなりの記者会見であったがゆえに番組のすべては報道特別番組と化している。
それゆえに家にいてもテレビをつけてさえいればその情報はつたわる、というのも。
それぞれがいきなり聞いたニュース速報と緊急特別番組。
その一方は世界を駆け巡り、関係者たちを衝撃の渦の中にと叩き込んでゆく――
「タイトル戦で初戦負けたことは関係ないよ。もしそうならタイトルを失ったオレも引退しなきゃならないことになる。
…やっぱり健康上の理由じゃないのかね?水曜日に塔矢さん、退院したばかりだろ?」
塔矢行洋が退院して三日後の引退発表。
それゆえにそのようにとらえれても不思議はない。
「…天元戦の棋譜をみるかぎり、今までにない先生をみるような思いだった。なぜ引退なんだ?なぜ?」
とにかく先生の家にいってみなければはじまらない。
「と、とにかく!塔矢先生の家にいかないと!」
思いたち、一気にラーメンを流しこむ。
料理を残さないように食べる。
それは幼いころから親によくしつけられている。
「ごちそうさま!」
「あ。おい、進藤。まて、おれもいく!」
「倉田のおに~さん?」
会計をすまし、外に出ようとするヒカルに続き倉田もまた会計をすましヒカルの後にとつづいてくる。
「タクシー代はあとで折半な」
「え?え?え!?」
ヒカルがわけのわからないうちにいつの間にかタクシーを止め、
ヒカルを押しこめるようにしてタクシーにと倉田も乗り込み、
「○○町の塔矢邸まで」
いってタクシーの運転手に行先をつげる倉田。
ずっとかの家は同じところにあるがゆえにタクシーの運転手などで彼の家を知らないものはまずいない。
健康上の理由なのか、はたまは佐為に負けたせいなのか。
その事実は…おそらく塔矢行洋、その人にしかわからない。
「タイトルホルダーのいなくなった棋戦はどうなるんでしょう!?」
「挑戦者が暫定ホルダーとか!?」
「挑戦者を決める決勝戦を五番勝負とか七番勝負にするんじゃないか?」
もはや棋院関係者も寝耳に水のことで大騒動、である。
「ネット碁で塔矢さんがアマに負けたという噂があったもんでさ。
でも塔矢さんから棋譜をもらってみて驚いたね!いや、さすがsai!!
名局じゃないか!ありゃ、まちがいなくトップ棋士同士の一戦だ!
saiの強さを知らない無知なモノたちはsaiに負けてがっくりきて引退、なんてほざいてるけどさ。
んなのデマだよ、デマ!あまりそのデマ、腹が立つから動画サイトに棋譜を上げてやつたよ。
しかし、saiがだれなのか今だにわかんねぇのは癪だねぇ」
saiの強さは一柳もよく知っている。
「おっと。こんなおしゃべりしてたら新幹線に乗り遅れちまう。いやね。嫁さんの実家の法事でさ。
それが……」
新幹線のホームにとあるコンビニ。
そこで何やらひたすらに話しまくっている一柳棋聖の姿。
彼は天元戦のときに行洋からネット碁の棋譜をもらっているがゆえにどんな一局だったのか知っている。
「…ったく、わがままな男じゃのぉ。塔矢行洋」
ふぅ。
その一局の棋譜を手にいれたからこそ彼の思いというかたくらみがわかり溜息をつくしかない桑原。
この引退はおそらくはさらに自らの碁を高めるために必要、と彼は判断したのであろう。
だがしかし、五冠をもっているままの現役引退…となれば話は別。
世界を巻き込んだ大騒動になるのはわかっていたであろうに。
それでも自らの意思を通しぬくのは碁打ちによくあるワガママ、ともいえるのであろう。
「うわ~。すごい人!」
すでに家の前はさまざまな報道関係者でごったがえしている。
きてみてはいいものの、いったいどうすればいいのやら。
「はい。どいてどいて~!」
ざわっ。
「倉田プロだ!」
「倉田プロ!今回の名人の引退について!」
ヒカルの顔は囲碁界関係者のごく一部には知られていても、一般的の知名度はゼロ。
倉田さん、感謝!
記者や報道関係者たちが倉田に気を取られているスキにとヒカルは佐為とともに裏口にと回りこむ。
「こんにちわ~!」
がらっ。
幾度もきたことがあるのでかってしったる、とはまさにこのこと。
「…って、進藤!?」
家の中でうろうろとしていたアキラはヒカルの声に気づいて驚愕した声を出して近づいてくる。
「塔矢!おじさんは?」
「それが…僕にも何が何だか……」
いきなり今朝、引退する、とカミングアウト。
その後すぐに記者会見。
…混乱しないほうがどうかしている。
「おじさん!」
「あら。進藤君。いらっしゃい」
数名、棋院関係者らしき人物の姿もめにとまる。
「すいません。ちょっと失礼しますね」
ヒカルが来た理由はわかっている。
それゆえに少し席をたつ行洋。
今いる彼らとて個人的な会話にまで割って入るほど無粋ではないが、それでもことがことだけに還る気配もない。
「って、何で引退!?」
「いったはずだが?」
部屋を少しかわり、ヒカルと向き合い話しているヒカルと行洋、そして佐為。
「あれほど撤回して、っていったのにぃぃ!」
何やらそんな会話が彼らの耳にも聞こえてくる。
どうやら聞こえてくる内容から、進藤光は何かの拍子に先んじてそのことをきき、
しつこく説得していたような気配である。
「引退は私にとっては問題ないのだよ。むしろいろいろなしがらみから解放されたくらいだからね」
『だからっ!なぜあなたほどの人が!?』
どうやら佐為もまたかなりパニックになっているらしい。
それはそうである。
自分は消えるのに自分のせいでトップ棋士が姿を消す、など……絶対にあってはならないことる
「だから!佐為もそんなの望んでないですしっ!」
『そうです!私が逝ったあと、ヒカルたちを誰が…ヒカルを誰が見守るのですか!?』
……え?
「…佐為?お前…今…?」
何だか信じられないようなことを聞いたような気がするのは…気のせいだろうか?
おもわずはっと口元に手をあてるものの…今が告白するとき、なのかもしれない。
そう思い、
『ヒカル…私は…私はもうじき消えてしまうんです……』
ずっと伝えなければ。
とおもっていたけどいえなかったことば。
「…って、お前、何いってんだよ!?お前おかしいよ!この前からっ!」
「?進藤君?」
どうやらsaiと何か話しをしているらしい、ということくらいはいくら行洋でもわかる。
『私だって信じたくありませんっ!でも…でもっ!!』
佐為の顔は真剣そのもので、今にも泣き出しそうである。
ごくっ。
おもわずつばをのみこみつつ、
「な…何いってんだよ。お前。だってお前、千年、千年だぜ!?今の今まで現世にいて、何を今さら…」
ヒカルの中に不安が広がる。
そういえば、ここ数日、佐為の心が流れ込んでこない。
知ろうとしても佐為の心がわからなかった。
佐為とであってからこのかたそんなことは一度もなかった、というのに。
『……私の中の止まっていた時が動き出したのですよ。ヒカル……』
信じてもらわなければならない。
ヒカルには。
「…っ!そんな馬鹿なっ!」
「?進藤君?」
何やら自分そっちのけで何か会話がなされている。
だけども行洋には佐為の姿も声も視えない、聞こえない。
「そ、そうだ!おばさんにお前の不安、取り除いてもらおう!そうしよ!な、佐為!」
『ヒカル……行洋殿。私がいなくなった後、ヒカルを導くのはあなたしか。
…あなたにしか頼めないのです。どうか、ヒカルを――』
「お前!怒るぞ!!いくら俺でも!まるで…まるでそんな言い方…っ!おばさんっ!!」
何が起こっているのか行洋には理解不能。
しかし、saiが千年この世にいる、というのは何となく理解ができた。
ならばあの強さも理解は…できる。
もっと碁がうちたい。
時間が、永遠の時間がほしい!
ヒカルへの嫉妬も抑えられない…が、それ以上に…ヒカルと別れたくなんてないのに。
なぜ?
行洋を説得にいったはずが、佐為から告げられた信じざること。
明子に話しても…確かに佐為の姿を覆っていた光が…薄くなっている、らしい。
そんなバカな!
だって佐為は幽霊で。これからもずっと一緒にいて。
俺が死んだら次の人にうつって……
そう、おもっていた。
すくなくともさっきまでは。
そう信じ込んでいた。
とにかく、碁盤を確認しよう。
ぱっとヒカルが思いついたのはその行動。
そのままだっと塔矢邸をかけだすようにあとにする。
何かアキラたちがいってきたりもしたようではあるが、ヒカルにはその言葉すらも届いてはいない。
「……嘘…だろ?」
気のせいではない。
とにかく塔矢邸をあとにして、そのまま祖父の家にと直行した。
碁盤の…倉の碁盤のシミが前みたときよりも…確実に薄くなっている。
「何だよ…何がどうなってるんだよ!なあ!佐為!!」
倉の中、ヒカルの悲痛な叫びがこだましてゆく。
『私の千年は、あなたに、あの一局を見せるためにあったのですよ。ヒカル』
ガンガンする。
悪い夢だとおもいたい。
だけども確かにあの時までは少し意識すれば佐為の心も、自分の心も直接につながり言葉などいらなかったのに。
今はものすごく強く念じなければ…意思疎通すら不可能。
ヒカルからすれば悪夢のような一日はそれでも時間は刻一刻と過ぎ去り、
ほとんど寝ていないままにと翌日に。
「……こんな日に…対局なんて……」
本来ならばせっかくの日曜日。
とにかく打開策を求めてどこかのお宮にでもいきたいのに。
『ダメですよ?ヒカル?きちんと課せられた使命と責任と義務は果たさないと。
私なら大丈夫。…まだ。今すぐではないようですからね』
そうはいっても、佐為が消えてしまうのは決定事項のようで。
ヒカルからすればそれを何としても防ぎたい。
自分が消えて逝ってしまう、というのに自分を気遣ってくれる佐為の心がとても痛い。
「…佐為。まってろ。対局をすぐに終わらせて…絶対お前を助ける方法をみつけだす!」
今日は四月二十四日。
日曜日。
大手合いの二日目。
それでも。
とっとと勝てば今日の手合いは一局のみ。
対局さえおわれば、あの場所にいける。
そう、あの場所。
佐為の数珠をたくされたあそこならば、きっと――
名古屋。
日本棋院中央総本部。
いまだに棋院の中は混乱しているものの、それでも行事は行事。
「おはようございます」
昨日はいろいろとあってかなり疲れた。
それでも母の言葉に納得もした。
だからこそ、明にも迷いは、ない。
ヒカルの様子がおかしかったことだけが気にかかる。
「塔矢明です。対局場は……」
「今、ご案内します」
受付にて名前を告げて対局場を確認する。
本日、アキラはここ、中央棋院において手合いがある。
「あ。塔矢君!お父さんの引退だけど…やっぱりおからだの調子がわるいんじゃないか。
って中部では心配してるんだけど、どうなの?」
引退発表は昨日。
それゆえに情報も錯綜しまくっている。
「いえ。体のほうは大丈夫です。元気なものですよ」
「そ、そう。中部や関西には今一つはっきりしたことがつたわってこなくてね」
今だに混乱のまっただ中にある、といって過言でない。
「引退の理由はキミも知らない、って聞いたけどほんとう?」
「ええ、僕だけじゃんく母も知りません」
いいつつ、向きをかえ、
「でも、母にこういわれたんです。
明さん、お父さんのことは心配しなくてもいいわよ。だってあの人思い悩んでいるような顔全然してないもの。
って」
その言葉もあり、動揺しまくっていたアキラの気持ちが多少は落ち付いたのもある。
それでも混乱したのはいうまでもない。
一晩おいてようやく気持ちがある程度アキラでも整理できている状態なのだから。
「…でも、手合いがなくなるのはさみしいんじゃぁ……」
くすっ。
「なくなるどころか。もう昨日から真夜中までも。
しかも今朝がたにもかけて家のほうに棋士の型が何人もみえてうってますよ」
どちらかといえば引退したことをうけて人々がかなりやってきているのは疑いようのない事実。
「へ~…あ、いや。いやしかし!囲碁ファンはどんなにさみしいかっ!」
たしかに棋士でないのならばおしかけて打つことは可能であろう。
それゆえに納得しつつもはっと我にともどって思わず叫ぶ。
「父の好きにさせてあげさせてください。変わりに僕が頑張りますから」
「どうぞ。対局場はこの上です」
「・・・・・・」
受付の女性がアキラをつれて対局場にとむかってゆく。
そんなアキラの姿を見送りつつ、
「…かわりに僕が?五冠棋士のかわり?あっさりいうなぁ。いやはや、大物だ」
父親が父親ならば息子も息子。
どうやらあの父子は一般的な考えとは…違う、のかもしれない。
「こちらです」
案内された対局場。
と。
「おや。塔矢君」
ふとそこにいるはずのない人物の声。
「って、一柳先生!?名古屋に!?」
おもわずびっくりして明が叫ぶのも仕方がないであろう。
「キミこそ何だい。中部で手合いなんてめずらしいね」
「え、ええ」
そんな彼の言葉に苦笑するしかない。
「オレはさ。嫁さんの実家がこっちでさ。法事でちょいと、ね。ついでに中部をのぞきにきたわけだ・君は?」
「僕は昨日、ごたごたしていましたので。朝の新幹線できたところです」
一泊せずとも日帰りできるのはとてもありがたい。
「塔矢さんはどうしてる?あのとき、てっきり冗談を、とおもったけど。まさか本気とはね~。
いやはや、まいったよ」
金曜日。
一柳との手合いが終わった翌日、行洋はいきなり引退を発表したのである。
それゆえに気になるのは仕方がない。
「碁をうってますよ。すでに森下先生や大久保先生も昨日の内におみえになりました。倉田さんも」
「大久保さんもおしかけたのか。倉田君もいったとはきいてたが」
家にいながら碁がうてる。
というのはたしかに病みあがりな彼にとってはいいことなのではあろう。
あろうが…それでもどこか釈然としないのも事実。
「って、一柳先生!?」
ふと手合い場にはいってきた別の棋士が一柳棋聖に気づき驚きの声をだす。
「おや。宮松君じゃないか。元気でやってるかい?」
「お久しぶりです。って、一柳先生、どうして中部へ……」
「そりゃ、君の応援にきたんだよ。きまってるだろ?」
「またそんなっ!」
こうして下のものにも冗談を飛ばして場を和ますのも彼の性格の一つ。
そんな彼の姿をみていて昨日の会話を思い出す。
「だけど、先生?引退しても碁はうてる。といわれるけど。オレとしては納得いかないな。
だってタイトル戦の空気の中でしか養われないモノもあるでしょう?」
そういった倉田の言葉。
「倉田君。たしかに。キミやアキラにとってはその通り。競技の中で学ぶものは多い。
しかし、私にとってはつまらぬしがらみから解放されることや、往復に二日も費やさなければならない地方対局。
それらがなくなることのほうが正直、ありがたいね」
「ははは!これからは先生はこの家にいるだけで対局相手のほうからやってくる。ってわけですか。
このオレのように。……また、きます」
「ぜひきてくれたまえ」
「しかし。進藤のやつ、どうしたんだろ?明君、何かきいてる?」
「いえ……」
声をかけたけど真っ青な顔をして家をとびだしていった。
聞けばヒカルは倉田と一緒にきたらしく、倉田は外でテレビのレポーターたち記者につかまっていたらしいのだが。
「でもいい一局をみせていただきありがとうございました。勉強になります。
父や皆さんを目指して僕もがんばります。名人戦のときには予選で倉田さんに負けましたけど。
力をつけていずれ雪辱しますよ。進藤もやっときたことですし」
そう。
やっと。
彼と出会って約三年。
正確にいえば二年と十か月。
「あ~。あいつか~。たしかに。君もだけど。あいつは怖い。要注意だ」
「そういえば、倉田さんは進藤とは一色碁をうったことがあるんでしたっけね?
その時の一局、彼にみせてもらいましたよ」
ぎくっ。
「そっか。君ら、本当に仲いいみたいだしね~。しかしあいつの力は底がしれない。
……前、あるイベントで御器曽相手に劣性の碁をひっくりかえしたことがあるしね。
それもまだ小学生のときに」
どき。
その台詞に昔のヒカルとsaiが重なる。
「オレを脅かしにくるのは君とアイツだ」
それを聞き、彼もヒカルを評価しているのがうれしかった。
純粋に。
今日、自分の対局が名古屋でなければヒカルの応援にいけるのに。
彼が他のひとと打つ対局がみれるのに。
ヒカルにとって実質的な意味でのプロとなっての初手合い、なのだから。
東京。
「だけどよく引退なんてできるよなぁ。今の年収、億、だろ?」
「なぁ」
いつもは日曜日は院生の手合い日なのだが。
本日はお休み。
こんな混乱している中で休みであるのは不幸中の幸いともいえるであろう。
院生の子どもたちからしてもいきなりプロ界トップ棋士が引退した。
というのでまともな一局がうてないであろうことは明白。
そのかわりに今日はプロの大手合いがあるようになってるが。
「いくら生活にこまってない。とはいってもさぁ。ん?お前、今日の相手、誰?」
「進藤って新人。初戦が不戦勝で今日は二戦目ってやつさ」
「不戦勝~?しんどう?」
どこかできいたような、そうでないような名前である。
「相手の塔矢明が来なかったんだよ。その日の朝。塔矢先生が倒れたもんだから」
「じゃ、そいつ対局は今日がはじめてなんだ」
「ああ」
「ガチガチに緊張してるな。きっと」
いいつつも、手合い場にとはいってくる二人の男性。
「!」
「って、ああ!?って、おい、お前、たしかあの子って!?」
顔をみてようやく思い出す。
みればすでに席にすわっているヒカルの姿がみてとれる。
「進藤光。院生ながらにして初の若獅子戦の初優勝者。だけど初手合いで固くなっているはず。
何よりあいつの新初段シリーズはめちゃめちゃな碁だった。負けはしないよ」
きっと若獅子戦のときも対局相手がよかったんだ。
新初段シリーズをみてそうおもった。
彼は気づいていない。
あの一局に含まれていた真の意味を。
三段の俺としてはまけられない。
「あ、おはようございます」
対局相手がきたことに気付いて挨拶をするヒカル。
『ヒカル…神の一手に続く道が始まるのですね。いいですか?平常心、ですよ?』
佐為……
お前……
自分が消える。
と判ったというのに、自分を気遣ってくれている。
その気持ちが…痛く、そしてうれしい。
だからこそ。
佐為が消えるなんて絶対にみとめない!
神というモノが本当にいるにしても絶対にくつがえしてみせるっ!
ピ~!
開始の合図とともにきっとヒカルの表情が一変する。
もてる力のすべてを使い、とっとと対局を終わらせる為に。
くそぉ!打ちにくい!
ものすごい早碁。
隙がない。
打ち込めばすぐに殺される。
無謀なカケにでても、攻められすぐに殺されてしまう。
……勝てない。
圧倒的な力の差が…そこには…ある。
「ありません……」
がくっ。
あの新初段シリーズの一局は…一局の意味は……
わからない。
しばし言葉もなくヒカルの対局相手はその場にうつむいて黙りこんでゆく。
……進藤の対局はどうなったんだろう。
開始からわずか一時間たらず。
勝敗表を東京と名古屋で同時につけているヒカルとアキラ。
「石原さん。塔矢明はどうでした?」
「お。お前、今日はあの院生初快挙を遂げたとかいうやつと対局だろ。どうだった?」
強い、という噂は聞こえてきていても、どれほどのものかはさっぱり不明。
下のうちは記録も残らないから棋譜も残らない。
ゆいいつ、現存するものは、緒方の書いたヒカルとアキラの若獅子戦の一局の棋譜のみ。
それがヒカルとアキラの技量をはかる唯一の棋譜でしかない。
「「……一生、かてない。どれほどの勉強をしてもあいつには…一生かてない……」」
アキラとヒカル。
互いに打ちあった対局者同士が全く同じことを仲間に漏らしたことを…ヒカルもアキラも。
そして佐為も知る由もない。
「なあ、どうだった?」
何か話しをしておかないと気が狂いそうになる。
ふと気付いたら、いきなり佐為が消えていそうで……
『そうですね。あの人もしつこく打ってきましたけど。ヒカル、早碁って得意ですよね』
「たぶん。お前の特訓があったから、だぜ?お前も多面打ち、得意じゃん?」
いいつつも涙が流れそうになるのをぐっとこらえる。
開始から一時間そうそうで勝ちをおさめ、ヒカルと佐為が向かっているのは、明治神宮。
かつて佐為に関するゆかりの品をもらった神社。
「…佐為?佐為ってば!」
『…そう、ですね。本当にいろいろとありました。ヒカル、私は……』
「ストップ!きかないからな!別れの言葉、なんて!俺はぜったいにあきらめない!
だから、だからお前もあきらめるなっ!」
ヒカルの気持ちはうれしい。
うれしいがそれはときには毒となる。
ヒカルはまだ子供。
おそらく、受け入れがたい、のだろう。
「お前まで…お前まで嫌だからな!俺の…俺のせいでもう誰かを失うのはっ!」
悲鳴に近いヒカルの言葉。
そういえば、と思う。
ヒカルは気付いていないがヒカルのそばに常にいる優しそうな感じの初老の女性。
ヒカルにはなぜかその声は届いていないらしく、会話も佐為とかわせるのみ、であった。
ヒカルには黙っていてほしい。
といわれたので佐為も黙っていた。
彼女がヒカルの祖母であり、そしてヒカルを守り命を落とし、それからヒカルの守護としてついたのだ。
佐為は…そう、彼女から聞かされた。
ヒカルがいっているのは、おそらく…その祖母のこと。
「あのとき、俺は何もできなかった。何もわからなかった。…だからこそあきらめるもんかっ!」
一人で騒いでいるように見えてもそれを気にとめないのが都会である。
無関心。
それは今の世では至極当たり前な光景。
自分が…塔矢名人との対局を仲立ちしたせいで佐為の役目が終わってきえる。
そんなこと…そんなことは絶対に認めたくはない。
みとめない。
「…大丈夫かしら?あの子?」
昨日かえってから異様に顔色がわるい。
今日もかなり遅くなって戻ってすぐに部屋にとひっこんだ。
親だからこそ心配するのは当たり前。
『ヒカル。ここの手はいけませんよ?』
「……佐為……」
ぐしっ。
どうしても涙がこみあげる。
『ヒカル。ほら。涙をふいて。あなたらしくもない。こんな打ち方をするなんて』
今日、宮司にいわれたのは、確かに佐為の光が薄くなっている。
そういわれて、ハイ、そうですか、わかりました。
とは絶対に…いえない。
結局何の進展もないままに…一日はくれた。
指導霊とは生まれながらにその人の行く末を導くものと、そしてある特定のことを導く役目をもつもののこと。
ヒカルが聞いたところ、おそらく佐為は…その後者。
理由はわからないが、それでなくても神格高き指導霊は役目を終えると元の場所にもどるという。
もしもあなたに心当たりがあるのならば彼は役目を終えて神々の世界にもどるのでしょう。
そういわれて素直に納得できるはずがない。
佐為にうながされ、こうして碁盤を囲んでうっていても、ヒカルとしては気が気でない。
「…大丈夫。大丈夫。まだ、きっと何か……」
『ヒカル。心配してくれるのはありがたいですけど。碁をうつときは無心、が肝心ですよ?ね?
……あなたは私のように心を動揺させたまま打っては…いけません』
佐為がいいたいのは佐為がまだいきていたとき。
運命をわけたその一局のことであろう。
「何で…何でお前。だってお前まだ碁をうちたいんだろ!?神の一手を究めたいんだろ!?
全部か前がこれから打ってもいい!だから…消えるなんていうなよっ!」
『ヒカル…それより、ヒカル。続きをうちましょう』
「俺…まだ、お前にいっぱいいっぱい、いっぱい…教えてもらうことばっかりなのに。
一度も…一度もおいつけていないのにつ!」
ヒカルの言葉はもはや悲鳴に近い。
…運命は残酷だ。
虎次郎もきっと……
それでもヒカルは佐為との碁を反故にすることなどはしない。
一局を反故にして佐為を悲しませたくはない。
絶対に逝かせない。
その思いはヒカルからして絶対。
おそらく…自らが消えるのだ、と悟った佐為のほうがヒカルよりもその悲しみは…深い。
絶望と悲しみにまちがいなく囚われているであろう、というのが推測がつけばなおさらに。
ヒカルとてその思いは同じなのだから。
「ヒカル。しばらく学校をやすむって?」
「ええ、ものすごく顔色もわるいの。心配だわ」
日曜日の夜遅く。
ヒカルが美津子にいってきた。
しばらく学校を休みたい。と。
仕事と手合いと、そして試験のときにはちゃんと棋院にも学校にもいくから、と。
顔色をみて病院にいってみたら?とはいってみたが、それは拒否された。
病院では無理だから、と。
「……心配だわ……」
「明日にでも棋院とかいうところに確認してみたらどうだ?」
深夜まどってきた夫に相談する。
もしかしたら何かあったのかもしれない。
「そうね。明子さんにもきいてみるわ」
たしか新聞一面にトップ棋士塔矢名人引退!とでてからヒカルの様子はおかしくなった。
その塔矢名人の妻であるという明子ならば何かわかるかも。
そんな期待を込めてつぶやく美津子。
この両親は知らない。
ヒカルとともにいる佐為のことを。
そしてまた、ヒカルの能力も…詳しく知ろうともしていない。
だからこそヒカルはすべてを一人がずっと抱え込んでいる、という事実を。
『霊能力』それを認めようとしない親の固くなな気持ちが息子との枷となっていることを、彼らは知るよしもない。
「…やっぱり……」
少しづつ、この前にみたときよりもこころなしか薄くなっているような気がする。
ひしひしと。
「ヒカル。お前大丈夫なの?」
そんなヒカルを心配して祖母が声をかけてくる。
いまだに平八はぎっくりごしで入院しているまま。
この火曜日に退院はきまったらしいが。
あれからヒカルはまともに寝ていない。
寝てもすぐに目がさえる。
言い知れぬ不安。
佐為と手をつなぎ、それでようやく眠りにつくことができている。
このときばかりは佐為と互いに触れあうことができてよかった、と心からそうおもう。
佐為のその身の冷たさが…まだそこにいる、という証ならばなおさらに。
体調がよくないようなのでしばらく学校は休ませます。
そう美津子から学校に連絡はいっている。
中三の四月。
それほど重要な試験もテストもない。
今のヒカルにとって何よりも重要なのは佐為を救うこと。
「うん。平気。大丈夫」
大丈夫のようには絶対にみえない。
だからこそ気にかかる。
ヒカルが気にかけているあの碁盤。
それにまつわる噂も彼女もまた知ってはいる。
信じてなどはさらさらいないが。
ヒカルには特殊な能力がある。
かつて彼女は美津子の母よりそう聞かされたことがある。
きっと私の力を継いでしまったのね。
と。
家族や娘にすら内緒にしていた力を彼女に話したのはふと【未来が視えた】がゆえ。
そう聞かされても彼女にも何の力もなく、ただそうなのか、その程度。
彼女は別にそういった力を差別したりするような心は別に持ち合わせてはいない。
いないが視えないものを完全に信じるか、といえば答えは…否。
ゆえに、夫があの碁盤をひきとるときにも何の文句もいわなかったのだから。
とにかく、どうにかしないと。
ふとおもいついたのは佐為の力を補充すること。
佐為の力が弱まり消えそうになっているのならばそれを補充すれば何とかなるかもしれない。
『ヒカル?』
ヒカルが何か決意した、とはわかるが、それが佐為には何なのかはわからない。
「え?お母さん、旅行?」
「ああ、四国にな」
何でも霊場めぐりをするらしい。
ヒカルから相談があり、それならば、と明子が提案したのが霊力のたかい霊場めぐり。
それでも子供一人でいかせるわけにもいかない、というので。
明子お勧めの場所にとりあえずいってみるらしい。
いきなり子供が霊場めぐりをしたい、といっても親からすれば青天霹靂。
それでも最近の息子の様子をみていれば何かがおこっているのはわからなくもない。
それが何か、まではわからないが。
ヒカルに問いただしても何もいわないのが自分たちが完全にその手の力を信じようとしないから。
それも美津子にはわかっている。
あのときも…ヒカルの気がおかしい、と決めつけて無理やりに入院させた。
そして、まるで身代わりのように母がなくなった。
だがしかし、美津子の父が常識ばりばりの堅物でもあったことから美津子はその手のことを信じようとしない。
否定的な考えが幼いころから刷り込まれているのである。
昔、僧侶に御家族にも理解が何よりも必要です。
とはいわれたが、割り切れないのが大人のわるいところでもある。
息子を押しつけるようで心苦しいが、明子はそんな美津子にかわりヒカルの保護者をかってでた。
何でも明子はよくそこにいったことはあるらしい。
それゆえに美津子は明子に息子であるヒカルをまかせることにしたのだが。
夫の重要な会社関係のパーティーとかいうのもが妻同伴でなければいけない。
というのがなければ美津子とてついていきたいのは山々なれど。
家計を考えれば夫優先になるのはおそらく仕方がないであろう。
何しろこのご時世…いつ職を失ってもおかしくないご時世ならばなおさらに。
「何かお父さんと二人っきりっていうの久しぶりだね」
「そういえばそうだな」
進藤君がいきなり霊場にいきたい…などといってくるとは、saiに何か?
行洋もまた言い知れぬ予感に襲われはすれども、今は自らの信じた道を突き進むのみ。
次に対局するとき、saiに誇れるように――
-第60話へー
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あとがきもどき:
薫:さ…さすがに引退話しはかなり長くなってしまった(汗
なので仕方ないのでこんかいは小話はちとおあずけ(笑
とりあえず、塔矢邸にいったヒカルが真実を知り、右往左往を始めます。
それでもどうにもならないのですけどね(汗
次回、とうとう運命の五月!です!
原作読み直してたら名人戦の一回戦って夏なんですね~。
しかも本因坊戦予選もヒカルでてたし、ということは問題ないですね。うん(だからまて
ではでは、次回で運命の五月の開始!ですv
ではまた次回にてv
2008年9月12日(金)某日
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