まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。

ちなみに、たぶん想像ですけど実際の試験は一日一局のはずですv
漫画とかでは詳しく語られてませんけど。
人数増やしたので(こらこら)一日二局にしてみたりv(だからまて
原作では九月いっぱい…休んでるんですよねぇ…ヒカル(汗

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「明君!」
手合いの合間にある地方などのさまざまな棋院主催の大会。
ふれあい囲碁祭り。
その仕事がおわりくつろいでいたところ、いきなり声をかけられる。
塔矢門下の桜田がこれられなくなり、明が代理で参加したのだが。
「芦原さん」
「きいたぞ!午前にやった四めん打ちの話!」
その話をきいたときにはあきれたものである。
それゆえに芦原が声をかけてきたのだが。
「すいません。つい」
碁盤に平気でコップをおいて、さらには何やら自分は強いなどとのたまわってきた。
碁を侮辱しているようで許せなかった。
「つい、じゃない!何やってんだ、お前」
「えっと、すいません。本当はお客さんをよろこばせて……」
「違う!こんなところで才能の無駄遣いするなよ!…はぁ~。
  昇段のかかる大手合いの合間をぬって、本因坊戦の一次予選が始まったんだぜ?
  勝ち上がれば当然、手合い数もふえていくんだ。富士通杯もはじまってる。
  少なくとも、今日みたいなことで全力だして疲れを残すようなことはするべきじゃない。
  何か最近、イライラしてないか?」
「してないよ。別に」
「ならいいけど。お前ってさ、ハタからみてれば気持ちにゆとりがない、というか余裕がない、っていうか。
  あ、わかった!進藤君、だろ?彼の試験はじまってるしね。そういえば彼の結果ってどうなってるの?」
「今のところ全勝、ですよ。彼は」
彼の実力ならばそれが当たり前、とアキラはとらえている。
「あ~、だろうね~。もしかして明君がいらいらしてるの、最近進藤君と碁をうてないのもあるのかな?」
「…そんなにいらいらしてます?」
「何かものすっごく物足りなさそうな顔してるよ」
「そう…でしょぅか?」
「まあ、気持ちはわかるけどね。明君と彼って何だか互いに高めあってる感じがするし。
  それは塔矢先生もそういってたしね」
「父が?」
「しかし、今年は君、来年は進藤君か~。どんどん強敵ふえてくなぁ。ははははは」
間違いなく、彼は今年うかるであろう。
だからこそアキラではなくて自分のほうがしっかりしないとあっさりおいぬかれちゃうよな。
そんなことをおもいつつ、しばし笑う芦原の姿が、ロビーの一角において見受けられてゆく。

星の道しるべ   ~越智康介~

「あ、ヒカル。明日お母さんたち出かけるから留守番してくれる?」
今は夏休み。
明日は火曜日なので碁の塾に通う日ではないはずである。
それゆえのお願い。
「あ、明日はプロ試験あるからだめ」
食事をつくりつつ、一瞬、ヒカルが何をいったのかわからずに一時手をとめ、
「?何?何の試験?」
きょとん、とした表情でといかける美津子。
「だから、プロ試験。碁のプロになる試験」
いいつつも、
のどがかわいたので麦茶をとりにきていたヒカルがコップに注いでその場にて立ち飲みしている姿が目にはいるが。
「誰がうけてるの?」
「俺」
「…?ヒカルが…何をうけてるって?」
何をいわれたのかわからずに、戸惑い気味にさらに問いかける。
「だから、碁のプロ試験」
「ヒカルが…碁のプロになる試験をうけてるの?」
意味がわからないがまるで重複するようにつぶやくようにいう美津子の言葉に、
「うん」
いいつつ、コップにまた麦茶を注いでいるヒカル。
「何いってるの!?何それ?何いってるの。子供のお前が」
一瞬思考回路が停止したものの、あわてて火をとめてヒカルにむきなおり問いかける。
「何いってるの。って。お母さんこそ何いってるの?俺と同い年の塔矢ももうプロになってるんだぜ?」
そういえばそんなことをきいたような気もしなくもない。
だけど別にそれは重要視していなかった。
ただ、何かの資格をとったのだろうな、とおもっていた程度である。
「だって…だって、大体碁のプロって何よ?プロになる?あんたそんな話一度もしなかったじゃない」
「したじゃん。塔矢においつくって」
「それは塔矢君、でしょ?プロとか関係ないじゃない」
「お母さんことなにいってんのさ。塔矢に勝つには同じ場所にいかなきゃだめにきまってるじゃん」
「いや、でも…明日も、って、ねえ、何の話?ヒカル、なにやってるの!?」
毎日遊びにいっているものばかり、とおもっていた。
それに何よりも塔矢明と付き合うことは、ヒカルの情操教育にもかなりよい。
彼と付き合い始めてヒカルはそれなりに一応礼儀作法などが身につきだしている。
それゆえに母親である彼女も友達づきあいをどうこういうつもりはない。
だけども…プロ?
何それ?
それが本音、である。
「何だよ。急に」
「急はあんたじゃない。お母さん、碁のプロのことなんて何もしらないわよ?」
「お母さんは知らなくてもいいじゃない。別に」
ヒカルですら回りにさんざんいわれてようやく完全ではないにしろ囲碁界のことを理解している途中である。
母たちがまったく興味がないのはヒカルはよく知っている。
また、興味ないこと、知らないことをいっても母親たちがどのような対応をしてくるか、
ヒカルは身にしみてわかっている。
その能力ゆえに、以前も母親にすべてを話して精神がおかしい、と決めつけられたことがあったりすればなおさらに。
「あのね。お母さんは別にヒカルが碁に夢中になるのは悪くない、とはおもってる。
  だけど、あなたはまだ中学生なのよ?期末テストの結果はそこそこなのかもしれないけど」
「全国で五十番以内にはいってるんだからいいじゃん」
実際、ヒカルは常に全国模擬テストでは五十番以内にははいっている。
それでも親、というものはどうしてこうさらによい成績を期待するのであろうか。
全国でその順位、ということはかなり成績的にはいいはずなのに。
親からすればそれでは満足いかないらしい。
「それに、試験うけてるっていったけど、お母さん、話ききながしてたじゃん。
  和谷だって早くプロになりたい、っていってるんだし。院生は全員プロを目指してるんだから」
いいつつ、別のコップに麦茶を注ぎ、お盆にのせて二階にと戻りつつ、
「ご飯できたらよんで。今日のおさらいするから」
「ちょ、ヒカル!?…プロ?何それ?いったい何なの!?」
資格みたいなものなの?
プロの資格、というのはいろいろとある。
それは例をあげればパソコンの資格などもそう、といえるのだろう。
今だに美津子は囲碁のことをまったくもって詳しくしらない……

チリッン。
用事があるのは昼から。
それゆえに午前中はどうも昨日のヒカルの話がきになって、こうして義父の家へとやってきた。
しずかに軒下につるされた風鈴が音をたてる。
「私、何だかさっぱりのみこめなくて」
「そりゃ、寝耳に水だな。あははは。しかし、もっと前にプロ試験うけるからお金くれとかいってこなかったのか?」
「院生はただなんですって」
「ああ、なるほど」
「この間もね。学校を休むっていってきたことがあるんです。担任の先生にはいったから~って。
  あのとき、熱心すぎるなぁ、とはおもったんですけど」
「それで、とにかく、お義父さんに碁のプロってどんなものかお聞きしようとおもって」
「いやぁ、ワシも詳しくはしらんよ。碁は好きだがな。正夫は何といってる?」
「どんな世界でもプロになるなんて簡単にはいかないから、どうせ試験なんておちるさ~、って。
  とりあえず好きにさせといたら~、って」
「あはは。わしもそうおもうよ。夢中にさせとけばいいのさ。あのくらいの歳ごろの男の子は夢中になるもんさ」
「何だかヒカルがかわっていくようで、私は少し不安…」
「しかし、ヒカルは何だってプロになりたい、だなんて?」
「塔矢君に追いつくためとかいってますけどね。見返してやるのが目標とか」
「しかし、ヒカルもまたとんでもない子を目標にしたもんだなぁ。
  塔矢君って塔矢名人の息子、だろ?」
「そんなに有名人、なんですか?塔矢君のご両親って」
「その世界では知らないものはいないほどの、な」
「たしかに、かなり家柄はいい子のようですけど」
しかもあの大豪邸である。
そういわれてもよくわからない。
「ま、塔矢ジュニアとヒカルとじゃ、雲泥の差、だろうけどな。
  まあ、ヒカルもある程度はいつのまにか実力つけてるのには驚いたけど」
お孫さんが若獅子戦優勝、おめでとうございます。
といわれたときには驚いた。
あわてて新聞を購入してみれば、たしかにそう記事が載っていた。
まあ、若獅子戦、というのは結構お祭り騒ぎのようなものもあるので、だからヒカルですら勝てた。
進藤平八としてもそのような認識。
普通、中学生がプロ棋士に勝てるはずがない。
それは大人の常識として凝り固まっている。

八月十日。火曜日。
九戦目。
「そういえば、和谷とは終わりのほう、だったっけ?」
「たしか最終戦の手前だったとおもうぜ?」
今のところ全勝しているのは四名。
ヒカル、伊角、和谷、越智の四人のみ。
「俺は十二戦目に進藤、十三戦目に和谷と連続してるけどな」
御前中の試合がおわり、次の開始時間まで対局表の前に集まっているヒカルたち。
「しかし、連勝が四人、かぁ」
「和谷って調子いいよね。本田君もまけたんだ。私もまけたけど」
前回、奈瀬は和谷と対局した。
今日はどうやら午前の部の一回戦は和谷は本田と対局だったらしい。
「まあまあ、まだ始まったばかり、だからね。九連敗してても残り全勝することもある。
  周りの結果によって合格するかしないかはきまる。それがプロ試験だからね」
実際に十敗くらいしてても受かった人もいる。
それはその年の試合結果によるので一概にこれがこう、とはいえないのがプロ試験。
「それにまあ、全勝もよしあし、だよ。一敗してガタガタ、とくることもあるからね。
  さ、そろそろ次の対局が始まるよ?」
「ふん。全勝がよしあし?よしにきまってる。僕は全勝をめざす」
「それはむりなんじゃない?越智は進藤とは最終日か。いまだに越智も進藤に手合いでかててないし」
事実、越智は今だにヒカルから一勝もうばっていない。
ちゃかすようにいう奈瀬の言葉に。
「とにかく。まだ始まったばかりではあるんだ。がんばろうぜ」
そう、まだ始まったばかり。
【第十戦目を開始する時刻となりました。受験生のみなさんは手合い場にあつまってください】
院内にとながれる案内放送。
それぞれの思いを抱きつつも、気分もあらたに次の一局にそれぞれヒカルたちはむかってゆく。

「ここは、ケイマで白を攻めるより、ここをこうしてコスんだほうが白に対して厳しいんだよ」
パチパチパチ。
火曜日の夜。
無事に試験五日目も終わり、自宅にて指導をうけている男の子が一人。
院生に所属している越智康介の自宅にて毎晩のように執り行われているプロによる指導碁。
しばし、そんな指導をしつつも時間がきたのをうけて外にと出てゆく一人の男性。
「じゃ、今日はこれで」
「ありがとうございました」
そのままその彼を見送り外にとでる越智とそして初老の男性。
そのまま何やらふつうの家より大きすぎる門を閉じる別の女性。
越智邸。
それは塔矢邸とは対照的な近代的な建物であるにしろ豪邸には違いない。
塔矢邸は昔ながらの和風の感じの屋敷であるが、こちらはどちらかといえば近代的。
「岩崎七段の話はわかりやすいな。それにくらべて昨日の鯨井九段はだめだ。教え方が下手だ、あれはいかんな」
本日招いていたプロ棋士を見送り部屋にと戻り、さらに検討のためにと石を並べる越智。
そんな越智の横では、彼の祖父にあたる人物がゆっくりとソファーの椅子にと腰掛け、
「それにしても、いつごろからかな?お前が碁を覚えたのは。
  家にプロをよび、指導碁をうってもらっていたのは私だったのに。横でみていたお前が碁を覚えて。
  あっという間に私を抜いたなぁ。今ではプロを呼ぶのはお前の勉強のためだ。
  …ああ、私だ、水割りをもってきてくれないか?」
ぴっと子機を手にとりお手伝いの一人にと指示を出す。
この家では用事を頼むときには大体子機にて内線にて用事を伝える。
それほどまでに家は広い。
「孫のお前がプロを目指してくれてうれしいよ。お前の父親はダメだ。石にさわりもしなかった」
息子にも教えたかったが、まったく息子は興味を示さなかった。
それをかなり彼としては落胆していたものである。
だがしかし、息子の子ども、すなわち孫が碁を覚え、今ではプロの手前にまできている。
それを喜ばない祖父はまずいない。
「実戦は碁会所でこなす。プロの指導は毎晩でもかまわん。いくら金がかかろうとかまわん。
  どうだ?プロ試験、トップで合格できそうか?」
孫の性格は祖父である自分がよく理解しているつもり。
やるならとことん上をめざす。
それは自分が孫や息子にもいつも言い聞かせていた言葉。
「一応そのつもり、だよ。プロ試験前の最後の院生順位は伊角さんを抜いて二位だったし」
どうやっても一位の進藤には勝てないけど。
そんなことをおもいつつもそれは口にはださずに淡々と碁を打ちながらも返事を返す越智康介。
「ふむ。一位は例のこか?しかし、いつも半目差、なんだろ?つまりお前とは実力が拮抗してる、ということだな。うん」
そういうもんだいじゃない。
だが、それをこの祖父にいっても通じないであろう。
たしかに、進藤とはいつも半目負けしてはいる。
それを祖父は自分と力が互角だから、そうおもっているようなのだが。
そうでないのは対局している越智だからこそわかるものがある。
「本来ならお前が院生初優勝と騒がれてただろうにな。ふむ。今週呼ぶプロはもう決まっているが。
  来週くらいに塔矢二段に来てもらおうか」
「塔矢二段?」
たしかときどき進藤目当てにきてる、あの?塔矢ジュニア?
自分たちはまったく目にはいってないようなのが気にさわる。
「去年のトップ合格者だよ。彼は」
それは知っている。
しかも一敗したのが進藤光が実家に泊まりにくるために試験初日休んだという何ともばかげた内容であることも。
「お前のプロ試験はまだまだ続くから何か心がけをきくのもいいし。
  プロになってからのことをいろいろ聞いてみてもいい。
  とにかくそのあたりの話は年寄りの話より若い人のほうがいいだろう」
孫のそんな心情を知るはずもなくにこやかにいってくる康介の祖父。
「ううん。いいよ」
塔矢二段とはまだ打ったことがない。
若獅子戦にしても塔矢明は二回戦で進藤光にまけ、そして自分は三回戦目で負けたのだから。
彼とは一度うってみたかった。
いつも進藤光しかみていなかったようであるが、プロになれば低段者同士。
すぐさまライバルになりえる人物。
そもそも、どこまで強いのか人の噂だけではわからない。
座間王座との対局は塔矢明の勝ちらしいが、新初段シリーズはお祭りのようなもの。
しかも相手が塔矢名人の息子となればわざと負けた可能性もある。
それゆえに、そのときの棋譜は越智はみていない。
そんなわざと負けたような棋譜をみても意味がない、と判断してのことなのだが。
もしみていれば、その考えもまたかわっていたことであろう。
「じゃあ、きまりだな。棋院に電話してみよう。土曜日の試験までまがある。
  今日はつかれただろう。ゆっくりと休むがいい」
そんな会話をする彼らの姿が、ここ越智邸において見受けられてゆく――

「明さん、棋院からお電話よ」
「あ、は~い」
かちかちとネットを調べているものの、ここ最近saiも、またlaitoの名前も見当たらない。
一応試験日は棋院のサイトにて試験結果を確認するようにはしてはいる。
パソコンを切り、自分の碁の勉強に移ろうとしていたその矢先、母親である明子の声が廊下のほうから聞こえてくる。
父親が昔ながらの古風の考えの持ち主であるがゆえに、
この塔矢邸には子機、というものが存在してはいるがあまり用をなしてない。
そのまま廊下の先にとある電話のところに出向くと、何やら棋院から電話がはいっているらしい。
「はい。お電話かわりました。塔矢明です」
母親から受話器を受け取り、電話をうける。
「え?あ、はい。先方の家へ出向いての指導、ですか?
  それは…あ、いえ。都合が悪いわけではないですけど。お断りしてもらえませんか?
  自分自身の碁の勉強をあまり削りたくないので。…あ、はい。すいません。
  ……え?院生?指導碁の相手は院生なんですか!?今、プロ試験をうけてる!?まさか進藤ですか!?」
【いや、進藤君ではないよ。そういえば塔矢君は進藤君とは友達だったっけね。
  越智康介、という子供なんだけど、彼の祖父からの依頼なんだ。棋院からしてもかなりのお得意様でね。
  考えてみてもらえないかなぁ?塔矢君】
「その彼って棋譜とかすべておぼえていられる口ですか?」
【さ、さあ?棋譜を丸暗記できるの、たぶん君たちくらいなんじゃないのかな?】
ヒカルとアキラがそれぞれに棋譜をさらっと暗記ができることを知っている棋院関係者からの電話。
ヒカルが興味をもった棋譜を丸暗記できる、というのはもはや棋院の中では有名な話しとなっている。
そもそも、以前、間違ってパソコンに保存していた棋譜を消去してしまい、なげいていたところ、
ヒカルがさらっと棋譜を書きあげて棋院関係者たちを驚かせた、という功績をもっている。
そのときのヒカルいわく、普通、興味をひかれた一局とか惹かれた一局、自分がうった一局は全部おぼえてるでしょ?
とのこと。
試しにいくつか数手ほど示して書いてもらってみたところ、すべてが正確に示された。
まあ、ヒカルからしてみれば佐偽もすべて丸暗記できるのだからできて当たり前。
という感覚が根強いのだが、それが特殊なことだ、とは今だに理解はしていない。
ネットで打っていれば試験の最中にどこまで強くなったかは確認できる。
最後に対局したのは旅行の時。
それ以後、アキラもまた自分の手合いや対局が忙しく、なかなかヒカルと碁を打っていない。
だから、もしもそれらが把握できる人物ならば今ある試験最中の棋譜を並べてもらうことができるかも。
とおもったのだが……
しかし、試験最中の棋譜は絶対にのこらない。
ならば、少しでも可能性があるのならば……
「わかりました。おうけいたします」
もしかしたら進藤がいま、あれからどれだけ強くなったか測れるかもしれない。
そんなことをおもいつつも、しばし考えその申し出をうけるアキラの姿が塔矢邸において見受けられてゆくのであった。

『ヒカル。ずいぶんと力をつけてきてますね~』
「だぁぁぁぁぁぁ!というか!おまえ!また新しい定石うみだしてんなっ!」
『あはははは♡』
「あはは!じゃねえ!こんな手なんて今までみたことないぞ!?おま、本気で手加減してないだろ!?」
『でも、ヒカルがだいぶつよくなってきてるので私も楽しいんですよ~。普通にうってもそこそこ楽しめますし♪』
「その、そこそこ、というのがかなりくやしいんだけど?佐偽?」
おもわず相手をにらんでしまうのはおそらく絶対に仕方がない。
現代の定石と、そしてまた秀策の棋譜ともよばれていた定石。
それらを組み合わせて佐偽は新たなしかも最強ともいえる定石を日々生み出している。
『ですけど、相手がヒカルだから、できることですよ?ヒカルは私の手を知りつくしてきてるでしょう?
  それで、ヒカルは思いもよらない手をうってくる。そうすれば私もまたいろいろと考えますし』
より強くつながっているからか、最近は、佐偽にしろヒカルにしろ互いがどこに打ってくるのか視えるようになっている。
それゆえに、どうしても対局は波乱万丈のものに日々なってきているのも事実。
相手が考え付かないような、それでいて相手を上回る一手を。
佐偽からすればヒカルがどこにうってくるのかわくわくしながら待ちつつも、それをうけて自分の一手を考える。
これほど対局で楽しいことはない。
「あ、もうこんな時間か。そろそろ片づけてねようか。佐偽。って今日も気づいたらネットやってないな~」
『そういえばそうですね。ま、仕方ないですよ。ヒカル、でも明日はよろしくおねがいしますね』
最近、試験のある日は検討などをかねてそのまま碁盤をだしているせいかネットをつなぐのをついつい忘れてしまう。
それゆえに、saiとの対局を待ち望んでいる世界中の人々は彼が入ってこないのをうけてかなり落胆していたりするのだが。
いかんせん、saiが何ものかわからない以上、ネットにはってくるのを待つしかないのも事実である。
いくら夏休みだ、とはいえあまり遅くまで起きていればそれこそ体調を崩してしまう。
そんな会話をしつつも、ふと時計をみれば十二時近くなっているのに気づいてそのまま碁盤を片づけて、
ヒカルと佐偽はそれぞれベットへと向かってゆく。
プロ試験はまだまだ、残り十三日分のこっている。
それゆえに、まだまだ始まったばかり……

八月十四日。
土曜日。
先週から始まったプロ試験も今日で六日目であり、今日の対局が終われば3/1は対局数は消化される。
「今日は二局目、伊角さん…とか」
今のところ伊角もいまだに全勝を続けている。
どちらにしてもどちらか一人、今日、全勝がストップする対局の組み合わせではある。
「おはよう。進藤。お前、今日、伊角さん、とだろ?」
「あ、うん」
『ヒカル、緊張してませんか?よく知っている相手だからって?少し緊張ほぐしましょうか?』
気持ちだけうけとっとくよ。
佐偽。
「ってことはどちらか、かならず全勝はストップ…か」
おそらくそれは伊角になるであろう。
今の状況での一敗は、実質枠二名から洩れるも同意語。
伊角さんもそれをわかっているはずだ。
だけども、プロ試験はまだ始まったばかりでもある。
今後の全員の対局結果によってはどうなるかわからない。
そう、去年のような形になればかなり負けていたとしても受かるときはうかる、のだから。

コポコポ。
「冷たいお茶のほうがよかったですかねぇ?」
「ああ、すいません」
二階にとある師範控え室。
そこにて会話をしている大人二人。
「今日でもう十二戦目が終わるんですね。次第にしぼられていってますね」
ことん、とお茶をテーブルにおきつつもそんなことをいってくる人物に対し、
「そうですね。もう何人かは合格は難しいでしょうね」
「上位もどうなっていくやら。そういえば、今日は全勝同士の子の対局がありましたっけね」
「ええ。二人とも院生です。二人ともかなりの実力の持ち主ですよ」
「一人の子はたしか、院生ながらにあの若獅子戦で優勝した子でしたっけ?」
「まあ。彼は雰囲気にのまれないかぎり、勝つでしょうけどねぇ。どちらにしても全勝者が一人減るわけですし」
星のつぶしあい、とはまさにこういうのをいうのかもしれない。
篠田からすれば、二人とも頑張ってほしいが勝者は必ず一人のみ。
「しかし、院生トップや若獅子戦で快挙を成し遂げたといっても、まだ子供でしょ?
  どこかでつまずく可能性もありますしねぇ」
「たしかに。力があってもうまくいかず…そういうことがおこるのがこのプロ試験です。
  リズムにのってひょいっと壁を乗り越える人もいますけどね。
  方法はどうあれ、去年の真柴君のように」
あれは真柴の言動で相手が自滅したがゆえの合格であったが。
それでも合格は合格である。
「まあ、とにかく、一番気弱になるのがいけませんけどね」
「そうですね。おっと、もうこんな時間か。私、注文したお弁当、とりにいってきますね」
そんな会話をしつつも、部屋をあとにしてゆく男性の姿が、しばしみうけられてゆく。

「なんかさ~。本戦もここまできたらだんだん雰囲気が重くなってくるよな」
「それぞれ正念場がくるからな」
食事の時間となりうちかけの時間。
休憩場で食事をしつつそんな会話をしている和谷と伊角。
「ちょっと、外の空気すってくるか」
「今日はかなり猛暑だぞ?」
「年寄りくさいな。伊角さん」
まあ、伊角さんの気持ちもわかるよな。
何しろ午後からの手合いは進藤と、である。
全勝している伊角にとって、おそらくはじめての黒星は間違いない。
一敗、というものはかなり重い。
それゆえに伊角をその場にのこし、一人和谷は外にとでてゆく。

『イチ、ニ、イチ、ニ!』
「イチ、ニ!イチ、ニ!」
…何やってんだ?あいつ?
外にと出てみれば、何やら体操らしきものをしているヒカルの姿が目に入る。
それゆえに思わず目を点にしてしまう和谷。
『さ!次は両手を前にだして!』
「なあ、もういいってば~」
佐偽にいわれて外にとでて、体操を始めたものの暑くてたまらない。
『ダメです!体をほぐして一度頭をからっぽにするのですっ!』
「頭をからっぽにって、もう、かなわねぇなぁ。もう~!」
『ヒカルはいろいろと対局前に考えすぎるんですよっ!さ、元気よく声をだしていきましょうっ!』
佐偽とそんな会話をしつつも、ひたすらに運動しているヒカルであるが。
かなわない。
って、進藤にしては珍しく弱気だけど。
和谷がそんなことを思っていると、
「というか、体動かしたら汗でぐっしょりになるじゃんかっ!」
ん?
どうも会話の内容からヒカルは誰かと話しているようにもみてとれる。
「?進藤?お前、誰と話してるんだ?」
周囲を見渡せども誰もいない。
それゆえに戸惑いながらもヒカルに問いかける和谷であるが、
『おや』
「げ。和谷。あ、一人ごと、一人ごと。何かさ、少し気分転換にラジオ体操やってたんだ。お前もやる?」
まさか、佐偽の名前をいってたところまで聞かれてないよな?
そんなことを思いつつも、とりあえずごまかしながら話しかけるヒカル。
「まあ、たしかに棋院にはシャワールームもあるけどさぁ。…よし、気分転換にやるか!」
昼時間はまだだいぶある。
たしかにヒカルのいうとおり、気分転換は大事なのかもしれない。
ヒカルはすでに本日の対局は福井とだったので、終わりまで打ち切っている。
知り合い同士の連続した対局。
それゆえに佐偽がこのようなことを提案してきたのだが。
人たしかに体を動かすことにより余計なことを考えることがなくなるのも真実。
心機一転、新たに局面に臨むことができる。
『それでは、三人でいってみましょう!はい、一、ニ、イチ、ニ!』
「イチ、ニ、イチ、ニ!」
「いっちにぃ、いっちにぃ!」
しばし、棋院の外において体を動かす二人の姿を唖然としてみつめる通行人達がいたのは…いうまでもない。

自分自身としては全員に頑張ってほしい、というのが本音。
だがしかし、合格者は三名。
三十年ほど前、自分もこの道を歩いてきた。
そして、今は院生師範、という立場でここにいる。
すべてはつながっている、そしてかれらもまた試験を通し、未来に紡いでゆくものがある。
しばし対局場を見回り、外にとでてゆく篠田の姿。
パチ。
パチ。
伊角さん、けっこう面白い手をうってくるよな。
打っていていつも思う。
伊達にヒカルがくるまで一位をキープしていたことだけはある。
何とか自分のペースにもちこみたい、その思いがあふれている局面。
だけど、ヒカルとてそうはいかない。
合格しないといつまでも塔矢と対等に並ぶことすらできないのだから。
最も、実力的にはすでに対等になっているのだが、ヒカルからすればそれはよく理解していない。
あ。
アテまちがえた!
ここは当然、右からアテなければならない一手。
だけどもふと塔矢明や先の洪秀英のことが脳裏に浮かび、気づけば間違えて左からアテてしまった。
ふときづいたときには無意識のうちに、一度手を話してしまったのに打ちかえていた。
そのことに対局時計を押してからふと気付く。
……あれ?
今、気のせいかな?
伊角さん、今一度石から指が離れたようにみえたけど?
『離れたようにはみえましたけど、はっきりとは…』
ま、いっか。
緊張してるんだからそういうこともあるよな。
実際に佐偽の実力がわかってきたころにはいく度もヒカルは経験している。
最も、本来ならば指が離れたあとの打ちなおしはその場にて反則負け、なのだが。
佐偽はそのとき、しょうがないですね、といって笑ってすませた。
一応、ヒカルもそれゆえにその知識はある。
何よりもヒカル自信がこの一局は最後まで打ち切りたい。
それゆえに。
ぱしっ。
伊角が打ち終えたのを確認し、そのまま次の一手を打ちこむヒカル。
相手が一瞬目をぱちくりさせたのはわかった。
そのあとに少しほほ笑んだのも。
おそらく、進藤は気づいている。
気付いていながら何もいわないでそのまま続きをうってくる。
…反則をしたのは自分だという自覚はある。
だからこそ、気持ちがどうも落ち付かない。
その気持ちは局面にも表れてきていつもの碁がうてなくなってくる。
「…まけました」
「え?伊角さん?…伊角さんってばっ!」
まだほとんど打ち終えていない。
それなのに、負けを宣言してその場を立ち去る伊角。
『指…本当に離れていたようですね……』
だけど!
俺だってお前とうってたときにいく度も緊張してそんなことあったし!
そりゃ、いけないのはわかってるけど、だけど最後まで打ち切りたいと普通おもうだろ!?佐偽!?
『彼は自分のプライドから、許せなかったのでしょう』
「だけど・・・っ!」
佐偽のいいたいこともわかる。
そして伊角の気持ちも。
だけども、序盤ながらにいきなりこんな終わり方をヒカルとてしたかったわけではない。
「とにかく、伊角さん、おいかけないと!」
とにかく、まずは追いかけるのが先決である。
とりあえずそのまま続きをうつこともありえるかもしれないので碁盤はそのままにし、
外にとでていった伊角をおいかけてゆくヒカルの姿。

ヒカルが何をいっても伊角の気持ちはかわらない。
気付いていたんだろ?
といわれれば何もいえない。
ヒカルが自分も昔、同じようなことをしても相手が笑って許してくれたことをいっても何の解決にもならない。
これは試験なのだから、そんな甘えはゆるされない…と。
そのまま伊角は荷物をもって帰ってしまった。
胸にのこるもやもやはどうにもならない。
溜息とともに勝敗表をつける気持ちもどこか沈んでしまう。
「…伊角さんの馬鹿っ!」
今だにうちかけ途中の局面をみて思わず毒づかずにはいられない。
他の人たちはまだまだ対局しているのが見て取れる。
『ヒカル……。ヒカル、続きをうちましょう。私が伊角さんのかわりに打ちます。
  それでこの一局に区切りをつけてください。あなたの心のためにも』
このままではおそらく、ヒカルは今日の一局を尾にひいて後々、つまり明日の対局にも響きかねない。
「…佐偽……」
『自分を信じる強さ。彼もまたあのまま打ち続けていても納得しなかったでしょう。
  あせりがでてしまったのは彼の未熟さゆえでしょうが。ですが彼はそれを乗り越えなければ。
  以前のヒカルのようにね』
かつて、ヒカルも佐偽の力を恐れて、しばらく踏み込むことができなくなったことがあった。
それは碁を覚えてゆくうえで無意識の行為だったのだが。
だが、ヒカルはそれを乗り越えた。
『まだ周囲は対局してますし。問題ないでしょ、ね。ヒカル』
「…お願いします」
『はい。おねがいします』
ヒカルのこころにひっかかったもやもやとした感情。
それはダイレクトに佐偽にもつたわってくる。
それゆえに、佐偽もまた院生手合いにおいて伊角の手を一応は知りつくしているので、
伊角になりきって、ヒカルの相手をしその一局の続きをうってゆく――

翌日。
日曜日。
…伊角さん、いつものキレがない。
昨日、進藤に負けたのが尾をひいているのか?
あんなに早く負けるとはおもわなかった。
伊角がでていったのは対局がはじまって一時間半もたっていなかった。
自分の対局がおわり、伊角がすでに帰っていることをしった。
そして、残されたヒカルはといえば、一人でぱちぱちと伊角との対局の続きをうっていた。
まるで、そこに伊角がいるかのごとくに。
そんなことをしている、ということはおそらく何かがあったのだろう。
それが何なのかはわからないが、すくなくとも伊角が何かしでかしてしまったのかもしれない。
そうでなければ続きを自分で打つ、などといった気持ちの切り替えのようなことをするはずもない。
頭に浮かんだのは伊角の反則負け。
ならばヒカルの昨日の行動も、そして今の伊角の様子からも納得がいくものがある。
だからといって、今はプロ試験。
その一局を尾にひいていればどうしようもない。
和谷とも口を朝からきいていない。
彼らしくない。
碁の内容もひどいものである。
心の乱れは命取り。
この場にいる誰もがその隙を逃さずに打ってくる。
和谷とてわかっていても手加減などできない。
プロ試験は一年に一度…なのだから。
「…まけました」
結局、伊角の形成不利のまま、和谷の勝ち。
そのままうつむいたまま対局場をでてゆく伊角。
「…和谷、伊角さん、どう?」
「進藤」
気持ちの区切りはどうにかついた。
とはいえそれでも伊角が気になるのはしかたがない。
それでも昨日の佐偽の行動によってヒカル的には多少気持ちの整理はついている。
それでもやはり、朝からの伊角の様子をみていれば気になるのは人であるがゆえ。
それゆえに朝から誰とも口をきかなかった伊角が気になってしまい、
ついついそちらのほうに気をとられ、ヒカル的にはいつもそれなりに打っていたはずなのに。
気付けばいつのまにか相手をあっさりと中押しでまかせていた。
相手が投了の意思を示してもヒカルは気づいてすらいなかった。
相手が席を立ち、佐偽に指摘されてようやくそのことに気づいたのだが。
ヒカルもいくら試験とはいえ手加減なく打ち込みをしているわけではない。
その人に合わせたように打ってゆくのはたしかに自分の勉強にもなる。
それをせずに無意識のうちに最善の一手、一手をついつい打ちこんでしまっていた結果。
中押し手前で相手に対して有無を言わさずに勝ちを収めてしまっていた。
相手の対局者には悪いことをしたとはおもう。
おもうがどうしても伊角が気になってしかたがない。
「伊角さんらしくないよ」
「…そう。大丈夫かな?伊角さん?」
「なあ?いったい何があったんだ?昨日?」
「それは…俺の口からはいえないよ。俺も気持ちの整理というか区切りはどうにかつけたけど。
  だけどそれでも伊角さんみてたら……」
「お前、今日の対局は…勝ってはいるんだ」
『ヒカルが手加減なく打ち込みしちゃったから相手は気の毒でしたけどね…』
和谷とヒカルの会話の横で佐偽が溜息まじりにそんなことをいっている。
「伊角さんがきになってさ。気づいたら相手が投了してきてた」
「おま、それって相手に対しても失礼じゃないのか?」
「そうなんだよ。そうなんだけど…」
「伊角さんもな。何があったか知らないけど、ふんぎりつけないと。このままだと伊角さん…やばいぜ?
  お前も気にして相手に失礼のないようにうたねぇと。
  それでなくてもお前の場合、大会優勝者として目をつけられて相手は緊張しまくってるだろうしな」
確かに、この場にきている誰もがヒカルが若獅子戦で優勝したことを知っている。
気付かなかったのは椿くらいのものである。
圧倒的なまでの力の差を見せつけられてひるまない人間はまずいない。
それでも、まだ進藤光、という少年は若獅子戦で優勝した経験の持ち主。
という功績があるからこそ、負けてもどこか仕方がない、という思いがあるので対局者も救われる。
これが無名の子どもにまけた、となるとおそらく対局者はずっと尾をひくことになるであろう。
「和谷も勝ったんだ」
「ああ、今のところ全勝してるのは、俺とおまえと、そして越智、この三人、だな」
それでも一敗のものもかなりいる。
これからどうなるかは先がみえないのがプロ試験。
「次は来週、火曜日。十七日、か。伊角さんの対局相手は越智、か」
「おれは…あ、知らない人だ」
とりあえず次の対戦相手を表で調べつつもそんな会話をかわす和谷とヒカル。
たしかに、和谷のいうとおり。
心にわだかまりをいだいていたままではいい碁はうてない。
それはヒカルも、そして佐偽もよくわかっている……

「じゃぁ、いってきます」
「気をつけてね。明さん」
「はい」
指導碁は今日の夜から。
日曜日の夜。
今日の結果は一応確認済み。
彼がどこまで実力があるのかはわからない。
そのまま電車にのってそこからタクシーにのり越智の家にと移動する。
ピンポーン。
「塔矢です」
「おまちしていました。どうぞ」
家にいってみればそこそこ大きな家。
出迎えたのは指導碁を依頼してきたという祖父らしき人物。
そのまま家の中にと入り、客間にと通される。
何だ、まじかでみてみれば普通のやつじゃん。
みたところ顔がととのったどこかのお坊ちゃんけい。
回りがやっぱりただ騒いでいるだけか。
それが塔矢明を間近でみた越智の感想。
そんなことを思いつつも、碁盤を囲み、
「おねがいします」
「おねがいします」
挨拶をすまし、ふと前をみると先ほどの表情とは一変しているアキラの姿。
顔つきも何もかも一変している。
先ほどの表情と比べてものすごい変わり用である。
一瞬言葉を飲み込んでしまう。
この変わり用はどこかで見た覚えがある。
そう、進藤光もまた対局中は同じように雰囲気が一変する。
それでも、負けてはいられない。
目標は全勝しての合格。
目の前の彼に勝てるようでなければ進藤光には絶対に勝てない。
だからこそ手を緩めない。
…ふむ。
越智…か、これだけ打てれば普通でいえばまず院生の上位クラスというのは間違いないだろうけど。
だけど、まだまだ、だよな。
手がかなり甘いところにうってくる。
どうやらみても相手は指導碁を期待している、というよりは本気で対局を望んでいるらしい。
それゆえにアキラもまた、手加減なく打ち込みしてゆく。

ガチャ。
「すいません。おまたせしました。大丈夫か?終局してすぐトイレにはいってお前なかなかでてこなかったが」
結局のところ、中押しの手前で越智が負けを宣言し、そのままトイレにいってしまいなかなか戻ってこなかった。
そんな彼を連れてきたのは指導碁を依頼してきた彼の祖父。
「もう、いいから」
「しかし」
「もういいから!お爺ちゃんはあっちにいって!」
「よろしくおねがいします」
何やら目の前でそんなやり取りが交わされている。
これが塔矢明。
みんなが騒ぐはずだ。
プロになったらこいつがライバル。
そしてまた、進藤光が大会で勝った相手。
同じくらいの棋力の持ち主と対局してみれば相手がどれほど力を加減して院生手合いでうっていたか。
というのはいやでもわかる。
それでなくても、彼が新初段シリーズの対局で幽玄の間にて打ったとき、
越智はものすごい高い壁を身をもって思い知らされた。
たかが十分ほどの間にあっという間に、しかも早碁でさらには指導碁。
そんな碁は今まで越智は経験したことは一度もなかった。
あの彼が唯一といっていいほどに気にかけているのがこの彼、目の前にいる塔矢明。
そして、おそらく塔矢明もまた、進藤光を気にかけているのであろう。
それくらいはいやでも越智もわかっている。
「指導碁ときいていたけど、君が本気の対局を望んでいたようなので手を緩めなかった。さ、感想戦をやろうか」
そんなアキラの言葉に、
「僕の敗因はわかってます。僕はこの二手で強引に右辺を囲いにいったけどこれが悪くて……
  しきられてしまってはもうダメだ。伸びていかないと……」
トイレでさんざん検討をしたあとである。
それゆえに自分の敗因は把握したつもり。
「確かに。普通ならそう考えるだろうね。だけどもきみはかなり地をきにしすぎるんじゃないのかな?
  厚みは攻めに生かせないと、たしかに普通の対局では問題ないかもしれないけど。それだと通用しなくなるよ?」
かつて、アキラ自身も地にこだわりすぎていた。
それゆえに最善の一手を逃していた経験がかつてある。
受けたからにはきちんと仕事はこなす。
それがブロ、というものである。
それゆえにきちんと説明するアキラであるが。
「それはわかってます。僕があなたを呼んだのは進藤光に勝つ手をあなたなら知っているかも、とおもったのもあるんです」
「進藤に?今の君の実力じゃ、無理だとおもうよ?悪いけど。
  それにおそらく彼はこの試験中にもまた伸びてるはずだしね。
  彼は少しあわなければさらに力を増しているから。今までもそうだったし、おそらくだから今も」
慰めはときには毒となる。
それゆえに事実をきっぱりいうのも優しさの一つ。
「君は彼と手合せしたことは?」
「最後は三か月前、です」
「かなり前だね。まあ、彼と対局するのに、まずいえることは。間違いなく、彼に考える時間を与えたほうが有利、ということくらいかな?」
「……は?」
「進藤って何も考えずにうったらものすごく怖い手をうってくるからね」
「…何ですか?それ?」
一瞬、相手が何をいいたいのか理解ができない。
「…今まで父にしかみせたことはないけど。いい例をみせよう」
いいつつも、アキラはヒカルとの二局目の譜面を基盤の上にと並べてゆく。
そのとき、ヒカルがまだ対局の概要もまったく知らなかったことを一応含めて……
仕事は仕事。
そう割り切るのはそれは、その仕事を請け負ったものの役目でもあるのだから。


                                -第47話へー

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あとがきもどき:
薫:何となく、越智がさらに混乱するのが予測できる終わり方でおえてみたりv(鬼畜
  仕事をうけたからにはきちんとこなす。それがプロ、というものでしょうしね。
  というか社会人の役目でしょうし。
  さてさて、次回で越智VS伊角。それでもってようやく試験も終盤ですv
  学校の騒ぎ?いれるかなぁ?ううむ??
  何はともあれ、いつものごとく小話をばv


何でこうなるのかなぁ?
考えてみても仕方がない。
そもそも、棋院も何を考えているのか、というのがヒカルからすれば素直な感想。
身うちの大会と称してどうして佐偽を招待してくるのやら。
今年の試験をうけませんか?
と誘われたものの、ヒカルがそろそろ出産するのもあり、しばらく様子をみます、との佐偽の返事。
確かに、ヒカルが対局多数となってきている以上、子供の面倒を父親である佐偽がみることになるであろう。
最も、ヒカルの母も率先して面倒をみるつもりは満々のようだが。
「あの?篠田先生?」
おもわず集まった人たちをみて唖然として問いかけるヒカルは何も間違ってはいない。
絶対に。
対局の手合いの合間、だというのにどうしてここまで棋士がたくさん参加しているのか。
中にはとんでもない人物の姿も多々とみえる。
何でも棋士による勝ち抜き戦をやるらしい。
ちなみに、人数は何人でも対局はOKらしく、多面打ちで対局しても可能、らしい。
佐偽とうってみたい人がかなりの数にのぼっており、あっさりと十人以上の多面打ちでもいいですよ?
といって、さらっと全員指導碁にして勝ち進んでいる佐偽も佐偽ではあるが。
高段者にすらそのような基面を成し遂げるのだから対局者としてはぐうのネもでない。
「しかし、ここまで、とはねぇ。どうりで進藤さんが強かったはずだよね」
おもわずしみじみと院生師範の篠田がそうヒカルの横でおもわずつぶやく。
このような人物に習っていたのならばヒカルが囲碁界のことをまったく知らずとも棋力が培われていっていた。
というのはかなりうなづける。
「…だからって、何でまた、塔矢先生とか、桑原のお爺ちゃんとかまできてるんですか?」
なぜかタイトル所持者や元所持者、というメンバーまで集まっているこの豪華メンバー。
普通の大会などではぜったいに見られないメンバーではある。
さらにいえば、なぜ諸外国のメンバーもこの場にいるのだろうか?
というヒカルの疑問はつきない。
棋院同士のつながりでこの大会のことが伝わり、参加者希望は自由、としたところ。
ネットのsaiとぜひとも対局してみたい!
といつのまにかかなりの数の人数が集まってきているのも事実である。
まあ、タイトル所持者などに関しては時間がかかるだろう、というので対局は別の日に設定されていたりもするのだが。
「佐偽が喜んでるからいいけど…だけど、佐偽、疲れないのかなぁ?」
ヒカルからすれば、以前と違い、佐偽には今では肉体がある。
それゆえに心配してしまうのは仕方がない。
何しろ彼は昔と同じく、対局に熱中とかしていたら飲まず食わず…ということはざらなのだ。
それで幾度か倒れかけたことがあればなおさらに。
それゆえにヒカルは気が気ではない。
だからこそ、ヒカルもすでに臨月に入っているとはいえこうして対局に同伴してきているのである。
佐偽の歯止めになるために。
「でもさ。ヒカルの師匠兼、旦那さんってほんっと素敵よね~。そういえばそろそろ産みつきじゃない?」
「うん。明日美。いつ陣痛きてもおかしくない。って先生にはいわれてる」
「それでもぎりぎりまで対局にでるんだから、お前、むちゃしすぎ」
かつて同じ院生仲間として過ごしていたがゆえに仲よくなっている奈瀬明日美。
そしてまた、ヒカルをけっこう気にかけていろいろと世話をやいてきていた和谷。
そんな彼らがおもわずヒカルにと声をかける。
「男の子?女の子?」
「女の子だって。もう名前も佐偽と決めてるの」
「へ~。でもヒカルと佐偽さんの子どもかぁ。かなりかわいいだろうなぁ~」
「というか、二人の子だから成長したら二人分の棋力とかうけついでたらまじこわいんだけど?」
佐偽と相談して決めた名前は、美希。
名前通り、美しい希望、未来への希望、という意味あいをこめている。
子供にとっての未来が素敵なものでありますように、との気持ちをこめた名前。
そしてまた、ヒカルと佐偽が出会えた奇跡による意味を意味する名前でもある。
すでにヒカルと佐偽が結婚している、というのは棋院の中では承認済み。
それが漏れたときにはかなり騒がれたものであるが、だがしかしすでに子供までできている。
となればもうヒカルに想いを抱いていた人々もあきらめるしかない、というもの。
しかも、相手はネットで伝説となっているあのsai、だという。
対局してみれば恐ろしいほどの棋力の持ち主。
まるで、そう、伝説の棋聖、本因坊秀策が現代によみがえったのごとくに。
実際にある意味そのとおりではあるのだが、それはヒカルも佐偽も誰にも話してはいない。
「あ、そろそろ佐偽、ご飯たべささないと。あのままだとまたたおれちゃう。
  佐偽!!そろそろご飯たべないと体力もたないよ~?」
ふと気付けばすでにお昼は過ぎている。
それゆえに、パタパタと対局している佐偽のもとにとかけよってゆくヒカル。
小柄な体にぽっこりと出たお腹。
ヒカルの顔立ちもいまだに幼いこともあり、年齢を知っているものも、知らないものも多少不思議にうつる光景。
ヒカルが妊娠している、というのを知ったときの棋士たちの反応はといえば、ほぼ同じ。
すなわち、あの佐偽との子どもはどのような強さでうまれてくるのか…ということ。


みたいな感じで(まて
ちなみに、ヒカルが臨月に突入したときに、すでにネットやテレビ対局(顔はなし)にて、
佐偽ことsaiのことは碁をたしなむものの中では知らないほどに知名度あがってます。
そんな中、棋院が企画した佐偽と対局するためだけ、ともいえる大会に参加しているヒカルたち。
もっとも、メインは佐偽、なんですけどねぇ。
ヒカルが妊娠していることもあり、心配でしょうし、佐偽さんも棋院に出入り自由にしていいですよ?
と言葉巧みに丸めこんで(笑)いる棋院のメンバーなのですよv
一応、このとき、佐偽はヒカルとともに、書と碁の塾を開いていたりする裏設定v
ちなみにけっこう安いし二人に教えてもらえ(しかもヒカルは本因坊タイトルホルダー)
なおかつ佐偽やヒカルによってそのほかの教養なども身につく、というので奥様方にはかなり人気(笑
じわじわ~とひとが増えていっている次第なのですよv
中にはすでにプロになってるのに塾にはいってくる棋士もいたりしますしね(笑
ちなみに、ヒカルと佐偽ははたからみればかなりラブラブさんですv
もっとも、碁をはじめたら二人とも譲りませんけどね(まて
そんな感じの裏設定小話、でしたv
ではまた次回にてvv

2008年8月30日(土)某日

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