まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。

今回は、副題通りにちと重めかもしれません(自覚あり
書いてて自分でも感情移入してしまって泣いているのはお約束(こらこらこら
まあ、彼が感染した原因とかはすべては憶測、ですけどね。
ですけど、彼の看病で奇跡的に死人がでなかった、というのは。
おそらく彼は適切な治療法をほどこしていたのだとおもえるのですよ、ええ(汗


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長い、永い時が経過している。
途中、戦争などもあり、不安視もされたが、人々の協力もあり何とか持ちこたえた。
地蔵院。
昔からつづく由緒あるお寺であり、またその筋においては本因坊秀策の墓があることでも有名。
はやり病でなくなった彼のお骨はここに運ばれて今は静かに眠っている。
「しかし、彼の遺言…いまだに果たせませんねぇ」
「しかし、かわった遺言、ですよね。これも」
生前、彼が流行り病にかかった直後くらいに届けられたという手紙。
そこには、彼がこの寺に以前おさめたとある品と、そして一通の手紙にたいしての処遇が書かれていた。
よく意味がわからないにしろ、それでも彼が肖像画の人物を囲碁の神、としてあがめていた。
というのは手紙から推測はできた。
彼のことを知る人にこの手紙を渡してほしい、とは本因坊秀策の遺言であり、
また関係者以外には門外不出の品物。
遺言の内容は…
【フジワラのサイ、という人物のことを聞いてきたひとに肖像画をみせて手紙をわたしてほしい】
という、よく理解のできない内容。
たしかに肖像画の横には達筆な字で藤原佐偽、と名前が刻まれている。
それが肖像画の人物の名前なのかどうかは、彼以外誰も知る由もない……

星の道しるべ   ~虎次郎の遺言~

『…ここって、虎次郎の生家があった場所…ですよね?』
思わず唖然としていっている佐偽の姿が滑稽でおもわずくすくすと笑みがもれだしてしまう。
【石切神社、本因坊秀策記念館】
入口には日本第一棋聖、という添え書きまでもがついている。
「ようこそ。お待ちしてました」
記念館の館主らしき人物が連絡があったためなのか入口にまででてきてヒカルたちを出迎える。
『これは……』
記念館の中にはいってゆくことしばらく。
いきなり佐偽が足をとめ、唖然とその一点をみつめているのがみてとれる。
そこにあるのは小さな瓦屋根の家が一つ。
「ここは復元された秀策の生家なんですよ」
まず先に復元された生家に案内したらしく、案内をしてくれていた人物がそんなことをいってくる。
「虎次郎の?」
『ええ。虎次郎が小さいころ、よくここで彼の母などと碁を彼はうっていたものです。
  まさかまたこの家をみることができるなどとは……』
昔とほぼ寸分変わらずに家はそこにはある。
ただ、当時あった家庭独特のぬくもりなどといったものはそこにはないが。
「ほう。君はたしか進藤君、だったっけ?君は秀策のことにはやっぱり詳しいの?幼名でよぶなんて?」
「え、何となくそっちのほうがしっくりきて」
というか、いつも佐偽が虎次郎、とばかりいってるし。
ヒカルのつぶやきをきいて館主が感心したようにいってくるが。
塔矢名人からの問い合わせでもあったこともあり、ヒカルたちの案内館主、自らがかってでているらしい。
そのあたりの事情はヒカルたちは知る由もないが。
「というか。お前秀策のこと、そういえばいつも幼名でよんでるよな。かわってるよな~」
棋聖とまで呼ばれている彼のことを幼名で呼ぶ棋士はまずいない。
そのあたりもヒカルはかなりかわっている。
そんな和谷のつぶやきに、
「しかし、あまり彼の幼名はしられてませんからね。秀策の名前のほうが有名ですし。君はかなり詳しいの?」
「あ、はぁ、まぁ」
というか生涯ともにしてたやつがここにいるから詳しいのは俺でなくて佐偽だけど。
その言葉をどうにかのみこみあいまいに返事をする。
一応、秀策の記念館の館主を請け負っていることもあり、週刊碁や囲碁新聞はチェックしている。
目の前のこの進藤光、という子供が院生ながらも若獅子戦で優勝したことも一応は彼もまた知っている。
「では、記念館の中にいきましょうか」
一応、この記念館は予約制、ということもあり、しかも今日はまだ平日。
とはいえ夏休み、ということもありちらほらと他の客の姿も垣間見える。
普通はわざわざ案内係りまでつかないのだが、ヒカルたちは別。
何しろ六人のうちの二人はすでにプロ棋士であり、そのうちの三人は院生。
熱心な囲碁ファンがいたりすればまちがいなく騒ぎになることは明白。
それほどまでに塔矢明と、そして進藤光がなしとげた快挙はすさましいものがある。
最も、ヒカルはそんな【院生初優勝】という快挙をまったくもって重くうけとめてもいないのでかなり問題なのだが……
何やら熱心に記念碑にお参りしている和谷、伊角、芦原の姿が気になるものの、
とりあえず案内してくれる人にとつれられヒカルはとりあえずアキラとともに記念館にと足をむけてゆく。

秀策記念館。
そこにはかつて彼が昔使用していたさまざまな品が展示されている。
掛け軸などもケースの中に陳列されており、それらは秀策ゆかりの品ばかり、らしい。
「あ、碁盤がある」
ふとアキラの台詞にそちらのケースをみてみれば、ケースの中に碁盤と碁笥、そして碁石が展示されている。
『おや。これはまたなつかしい。これは虎次郎が幼いころ母君や家族とうっていた碁盤ですね。
  そこの裏に虎次郎が後々、署名をしたのですよ』
確かに佐偽にいわれてみてみれば、碁盤の裏には何やら達筆な文字で文字が刻まれている。
「へぇ。これで虎次郎、幼いころにうってたんだ」
じゃぁ、これで佐偽ともうってたの?
『ええ』
そういわれれば何だかとても不思議な感じがしてしまう。
佐偽は今、たしかにここにいるのに、目の前にある碁盤で昔、彼が虎次郎と碁をうっていた。
というその事実。
「さすが目ざといですね。お二人とも。ええ、そちらの碁盤は彼が幼いころに実際につかっていた碁盤です」
アキラとヒカルの言葉に感心しつつも説明してくる館主の姿。
「へぇ。よくこんなもんがのこってたもんだなぁ」
とりあえず何やら熱心に記念碑にお参りしている和谷達はともかくとして、河合もまたヒカルたちと先に記念館にと入っている。
『おや。ヒカル、みてください。横には虎次郎が十六のときにかいた掛け軸がありますよ?』
「じ…十六!?ってこれが十六の字!?」
佐偽にいわれて、おもわずばっと隣のケースを食い入るように叫んでみているヒカル。
「進藤?…あ、ほんとだ。秀策が十六のときに書いた、とされてる」
というか今、進藤、説明書きも読まずに叫ばなかった?
そこに多少の疑問を抱くものの、だがしかし素直に感心せざるを得ない。
「?え、ええ。そのとおりですけど…」
『え~と、あ、ヒカルと同い年でかいた文書はこれですね~。ヒカルも虎次郎のように達筆にならいと』
「って、虎次郎って…これが俺と同い年の字?
  なあなあ、塔矢、この書って俺達と同い年のときに虎次郎がかいたんだって」
いや、ちょっとまって。
説明書きにはそこまで詳しくはかいてはいない。
だが、たしかにヒカルが示している書は事実そのとおりの品である。
『これは離れている家族にあてた虎次郎の手紙なんですよ。ヒカル、よめますか?』
「達筆すぎてよめね~!」
確かに昔の字でもあり、達筆過ぎてヒカルには解読不能。
『これはですねぇ。拝啓、父上様、母上様、お元気ですか?という出だしに始まって…
  思い出しますねぇ。あのとき、手紙をかくにしたがって、虎次郎がどんな文章にしようか?
  といろいろと私に相談しつつはかきあげたんですよねぇ~』
佐偽の話によれば、昔、虎次郎が江戸の地より実家におくった手紙らしい。
『八つの歳の天保八年に出府して本因坊丈和殿に入門したときの文までのこってますよ。ヒカル、そこに』
佐偽からしてみれば当時をしのぶ品々がいまもなお残っていることに感慨深いものがある。
ヒカルとしてもその思いは同じなのだが、だがしかし、ハタからみればどうして説明書きもないのに、
説明するまでもなくそこまで詳しく言い当てられるのであろう、という疑問は湧き上がる。
そんな細かい資料など普通、流通していない以上、絶対にわからないことではある。
まるで、そう誰かが当時のことを知っていてそのことを聞いているかのごとくにヒカルの指摘は言い伝えのまま。
「秀策ってたしか何歳で初段所得、だったっけ?」
いつ?佐偽?
『天保十年です』
「天保十年だって」
「え~と…それだと……」
「1839年、だね。しかし、君、詳しいねぇ。周囲に詳しい人でもいるの?」
アキラの問いかけをうけ、佐偽にといかけ、答えをきいてヒカルが答える。
すぱっといえるのも珍しいが、
何よりもぱっと書物をみていつ秀策がかいた手紙かを言い当てられるほうがはるかにすごい。
「詳しい…とゆ~か、何とゆ~か…」
どうしても答えにつまってしまうのは仕方ないであろう。
『ちなみに、虎次郎が二段に昇格したのは翌年の天保十一年、
  この年に栄斉という名前から秀策、と改名しましたけどね。連続して段位は確保してましたけどね。
  手合い試合というか公式手合いはすべて虎次郎は私に打たせてくれてましたけど』
そりゃ、お前がうってたらとんとん拍子に段位進んでも当たり前なんじゃぁ……
佐偽の追加説明に思わず心の中で突っ込みをいれるヒカル。
『でも、ほんと、なつかしい文書がのこってるものですねぇ。
  かの弘化三年の井上幻庵因碩殿との対局はかなり心躍ったものです』
「井上幻庵因碩?」
おもわずぽそっと佐偽の言葉につぶやきを漏らすヒカルに対し、
「ああ。あの耳赤の一局、ともいわれる今でも名局と名高い対局相手の名前だね。その書面もあったの?進藤?」
ふとヒカルがつぶやいたその名前はアキラも聞き覚えがあったがゆえに逆にと問いかける。
「え?あ、いや、何でもない。でも、虎次郎って字もきれいだったんだよな~」
どうりで佐偽が俺の字をけなすわけだよな。
『ですから、ヒカルも手習しましょうよ、ね?』
遠慮しとく。
『あ、結婚の報告の儀の書物がありますよ?ヒカル』
「虎次郎が結婚したのっていつだったっけ?」
こちらが説明していないのにも関わらず、どうやら目の前の子どもはここに展示されているほとんどの書物。
主な手紙などの次期がわかるらしい。
それはなぜかはわからないが、とにかく鑑定されて確定されてもいる事実と付き合うのだから認めざるを得ない。
『嘉永元年、ですよ。そのときに虎次郎にとっての師匠でもある丈和の娘、ハナ殿と婚姻したのですよ。
  その年に一度は実家の父君が使えている君主を立てて跡目を拒否していた本因坊家の跡目をついだわけです』
何でも、当時、一流の打ち手であった幻庵因碩に定先で打ち勝った事を機に、
丈和と秀和は秀策を本因坊跡目とする運動を始めていた。
最も、その一局をうったのも佐偽なのだが。
当然彼らはそんなことを知る由もない。
そのとき、佐偽はとても喜んだのだが。
より強い相手と碁が打てるから…と。
だがしかし肝心の虎次郎はといえば、
父・桑原輪三の主君でもある備後三原城主浅野甲斐守の家臣という扱いに表向きはなっていた。
そういう形にしないと当時は誰かに弟子入りすることなどはできなかった。
それゆえに、浅野侯に対する忠誠心からこれを頑なに拒否。
あのときの虎次郎の頑固さには佐偽ですらあきれたものである。
囲碁家元筆頭の本因坊家の跡目を拒否する事などは前代未聞。
それゆえにかなり騒がれたのは今でもはっきりと覚えている。
「…できれば西暦で……」
佐偽がいるがゆえにそのあたりは間違いなくテストなどではこなせるが、やはりそういわれてもヒカル的にはビンとこない。
「史実では、1848年、とされてますね」
「あ、いたいた。明君!もう、先に進藤君もとっとといっちゃうんだもん!」
そんな会話をしている最中、ふと入口のほうから芦原の声がきこえてくる。
「あ、芦原さんたち、おそかったですね」
入口からはいってくる芦原達三人の姿を目にとらえ、そちらにあるいてゆくアキラの姿。
「あ、そうだ。おじさん。ちょっときくけどさ。虎次郎がさ藤原佐偽ふじわらのさい、って人のこと、何か書きとめてたりしない?」
死んだのが三十四という若さであった。
佐偽の話から想像するに何か佐偽に残しているものがあるようなヒカル的には思えてならない。
それゆえの質問。
「フジワラの…って、君?」
その名前はここ、秀策記念館をまかされるにあたり、彼のお墓のあるお寺より聞かされている名前。
よもや目の前の子どもからその名前がでてくるなどとは夢にも思わなかった。
当人ですら忘れかけていた名前である。
先日、塔矢名人の息子が訪ねてくる、というので話がはずんでその話題がでていなければおそらく忘れていたであろう。
『ヒカル?』
何となくさ。
こんなに筆まめだたんだったら、虎次郎。お前あての手紙とかあるかなぁ、とか。
『でも、いつも私とともにいましたし、直接いいたいことは彼はいってましたよ?』
お前がねてたときとかにかいた、ということもあるだろ?
『それもそうかもしれませんけど、でも、どうして?』
何となく。
そうとしかいえない。
おそらく虎次郎は誰よりも幼いころから…ヒカルよりもかなり早い段階で佐偽と出会い、そしてともに生きた。
ヒカルですら佐偽とであって短い期間だ、というのに今では佐偽がいなかったころの生活なんて考えられない。
そんな中で、もし自分が佐偽をおいて逝ってしまう、というような状況になったとすれば。
きっとどこかで佐偽にわかるようにメッセージを残すのではないか?
とヒカル的には思えたのである。
それゆえの質問。
「君…その名前をどこで?」
おもわずヒカルに問いかける声がかすれるのはおそらく彼の気のせいではないであろう。
と。
「あれ?進藤?何やってんだ?」
ふと立ちつくしたままで何やら話しているヒカルに気づいて和谷が二人のもとにとかけよってくる。
「あ、ううん。何でもない。すいません、へんなこときいて。それより、和谷、みてよ。
  これ、虎次郎が書いた字なんだってさ。偽物の字とはほんっと雲泥の差だよなぁ」
「そういや、お前、以前虎次郎の偽物の署名、見破ったとか倉田さんいってたっけ?」
何やらそんな会話がヒカルと和谷の間から聞こえてくる。
秀策が寺に遺言したのは、佐偽は崇高なるかた、それゆえにあとをおねがいします。
という一文も含まれていた。
しかしどこをどう探しても、秀策がそんな人物と接触した、という記述は残っていない。
それゆえに表にも歴史上の史実には明記していない。
それでも、たしかに彼は今自分があるのはかの存在のおかげ、とも文をかいてきていた。
ゆえに、お寺の関係者たちが導き出した結論は、その人物の名前は虎次郎がつけたものなのか、
はたまた当人がなのったものかはわからないが、とにかく人ではない存在。
つまりは身仏などに近しい存在なのでは?
という推測がここ百年以上語り継がれてきていたのも事実。
しかし、何かどうしても先日の会話から、まさかその名前をいう子供がでてくるとは夢にもおもわなかった。
まるで、そう、何かに導かれたような運命すら感じてしまう。
それゆえに、少しその場を離れ、
ピッ。
携帯電話を手にする館主の姿が、しばしその場においてみうけられてゆく。

地蔵院。
ここに本因坊秀策のお墓がある。
流行病でしんだ彼を偲び、また彼の願いもありその骨はここ、彼の生まれ故郷にと埋葬された。
彼の死後、佐偽は再び碁盤の中で虎次郎の吐いた血すらもしみ込んだ碁盤の中で再び眠りについた。
碁盤の中より彼が故郷の地に埋葬されることになった、というのはきいてはいた。
だがしかし自由に動けない身であるいじょう、どうにもできなかったあのもどかしさ。
あれから百四十年あまり。
時をこえて、佐偽は今、ここにいる。
目の前にあるのは虎次郎の墓。
「虎次郎。お前のかわりには俺、なれないけど、だけど……」
きっとお前も最後まで佐偽のことが心残りだっただろうな。
どこかほっとけない佐偽だから、今の俺よりもお前のほうが一緒にいた時間はながいんだもんな。
よく喧嘩もするが、それはそれでいいとおもう。
佐偽が佐偽、という一人の人間である以上、それは避けられないことなのだから。
横をみれば佐偽もまた熱心に以前手にした数珠にて祈りをささげているのが見て取れる。
声をかけられる雰囲気ではなく、はらはらと涙を流しており、佐偽のその何ともいえない気持ちもまたヒカルに伝わってくる。
佐偽から虎次郎が好きだった、という食べ物を聞きだしてお墓に供えた。
あまり一般的には知られていなかった虎次郎の好物。
その中にはおむすびもある。
かつて、おむすびの名前の由来を虎次郎に佐偽が聞かれたとき、佐偽は答えたものである。
おむすびの、むすび、というその名前の由来は日本の神々の名前をとってなんですよ?
…と。
平安の世において、おむすびは神々の祝福をうけた神々と人々を結ぶ食べ物、としてとらえられていた。
それを虎次郎に教えたのは他ならない佐偽自身。
彼が生前、この寺においてあるものを祭らせてください。
そういわれ、この寺では彼にまつわるかわったものが保管されている。
戦争時の空襲などで焼けなかったりしたのはこの島がほとんど離れ小島にちかく、
重要な軍事施設もまったくなかったから、に他ならない。
墓参りをすましてヒカルたちが通されたのは寺の中。

「……佐偽!?」
思わず驚きの声をあげたのは仕方ないであろう。
和谷達と異なり、一人ある場所に案内されたヒカル。
和谷達は虎次郎が残した、といわれている棋譜にくぎづけになっている。
それは虎次郎が佐偽とうっていた棋譜なのだが、そんなことを和谷達は知る由もない。
そのあまりの濃い内容の棋譜にくぎづけになっている最中、ヒカルはこっそりと耳打ちされて部屋をあとにした。
『これは……虎次郎が昔、私をかいた絵?』
まさか残っている、とはおもわなかった。
それゆえにかなり横をみれば驚きの表情を浮かべている佐偽の姿。
通された部屋の中心にある居間には一つの掛け軸が掛けられており、
そこには花と、そして碁盤を前にして座る佐偽の姿がありありと綺麗に描かれている。
よくよく佐偽の特徴を示している絵、といっても過言ではない。
その神秘さも、その淡麗さも。
何よりも花とともにありながらも、背後に浮かんでいる月ととても融和しているその絵姿。
館主より連絡をうけて、とりあえずくる子供を注意してはいた。
すると、子供のうちの一人にあきらかに徳のたかい何かが憑いているのは明白。
強い光しかわからないが、それでもたしかに何らかの指導霊であろう、ということくらいは何となくだがつかめる。
もしも、もしも、の推測の域をでないが、もしもこの子どもについている指導霊と、
かつて秀策についていた指導霊が同一であったならば?
そんな可能性もふと脳裏をよぎり、ヒカルを彼らと話してこの部屋にと通してみた。
「これって虎次郎がかいたの?佐偽?」
思わず呆然としつつも横にいる佐偽にその場に他の人がいるのにも関わらずにといかけるヒカル。
『ええ。佐偽には月と花がよくにあうな、とかいってましたっけ……』
そののち、まさか彼があんなにはやく逝くとはあのときの佐偽はおもってもいなかった。
「たしかにそりゃ、お前は容姿端麗だし、月明かりや花々がこれほどあうやつもいない、とはおもうけど……」
月明かりのもと、佐偽が夜空をみあげている姿などはおもわずどきり、とさせられるものである。
それは一緒にいるヒカルだからこそ理解している。
何だかつねに佐偽とともにいるせいかヒカルの美意識に関する感覚は最近多少ずれはじめていることを当人は気づいていない。
「虎次郎って絵も上手だったんだ……」
この絵が虎次郎がかいたものだ、とは絶対に外部には知られていない。
そもそも、この人物の名前が佐偽であることすら知られていないはず。
なのに目の前の子どもはその絵をみるなり、名前をいいあてた。
さらには誰かと何かを会話している様子である。
「君、たしか進藤光君、だったっけね?」
「え?あっ!」
『あ!そういえば他人もいましたっけ!?』
おもわず二人の世界にはいってそんな会話をしていたヒカルたちにと第三者。
つまりは地蔵院の僧の一人が話しかけてくる。
僧、といっても実際はこの地蔵院の責任者なのだが、ヒカルはそんなことを知る由もない。
おもわずしまった、というような顔をするヒカルをほほえましくみつつ、
「きになさらないでください。あなたの横に何か徳の高いかたがおられるのはわかっております。
  今、はなされてたのはそのかたと、ですか?失礼ですけど、そのおかたの名前は…
  フジワラノサイ、とおっしゃいませんか?」
いきなり名前をいわれてさらに驚きに互いに目を見開くヒカル達。
「あ、あの?何でその名前?佐偽!?どういうこと!?この人達視えてるの!?」
『って、私にきいてもヒカル、わかりませんよっ!私だっておどろいてるんですからね!?』
おもわず一目もはばからずに一瞬あわててしまうヒカルたち。
もっとも、彼らの目からはヒカルだけが何やらうろたえている様しか視えないのだが。
彼らの目には淡いヒカリが常にヒカルの横に存在している、ということのみ。
それでも普段であればおそらくそんなヒカリなどはみえないであろう。
今日の佐偽は虎次郎所縁の品をみて感情が高ぶっているがゆえにいつもは無意識にセーブしていた力加減。
それらが漏れだして第三者にもヒカリ、として認識させているのに他ならない。
「本因坊秀作どのより、その名前をもつものがきたら渡してほしい、というしなを預かっております」
「『え?』」
何やら二人して言い合いをしていたヒカルたちにといきなり静かに投げかけられる言葉。
それゆえに思わず二人してびっくりした表情をうかべおもわずそちらの僧侶のほうにと視線を移す。
それと同時に、すいっと前にさしだされる小さな桐の箱にはいっている小さなツツ。
「あ、あの?」
戸惑い気味にといかけるヒカルに対し、
「それは彼が死期を悟った時、この寺にこの掛け軸とともに送られてきたしな、といわれております。
  内容はわれわれも一切、今まで確認したことはありません。
  ただ、その名前を知るものがあらわれたら渡してほしい、とそう代々つたえられてきました」
たしかに、佐偽の名前は普通、知られてすらいない。
歴史上からも佐偽の名前は知ることもできない。
かつて、彼に汚名がかけられたとき、彼にかんするすべてのものは破棄された。
大君、つまり天皇の御前で耐えがたい行為を働いたもの、として。
その後、対局者の自滅により、佐偽の汚名は晴れたものの、それでもひとの噂というものはどうにもならなかった。
そしてまた、失われてしまった彼に関する品々も。
それゆえに、時の天皇は悔いて引退した…という事情を佐偽は知らない。
「あけても、いいんですか?」
「この絵がサイ、とよばれる人であること、というのは今のあなたが証明しました。
  この絵をみてサイの名前を呼ぶこと、それがこれを渡すときの目安でもあったのです」
「そ~いわれても、普通びっくりするのは当たり前なんじゃ……」
そもそも、いつもそばにいる人物がいきなり絵姿としてそこにいれば驚く、というものである。
それがけっこう生き写しに描かれていればなおさらに。
「なぜ、びっくりなさったのですか?それはあなたのそばにおられるかたと瓜二つ、だからなのでは?」
ぐっ。
そういわれては言い返せない。
事実そうなのだから仕方がない。
しかし、自分の力、ましてや佐偽の存在を彼らに伝えていいものかどうか、ヒカルはわからない。
そもそも、佐偽のことがわかれば、今ある秀策の偉業もすべてはまやかしといわれてしまうのではないか?
という懸念がヒカルの中にも佐偽の中にもある。
「みても、いいですか?」
「どうぞ」
答えにもつまるがかといって否定するわけにもいかないであろう。
ヒカルの予測通り、というかおそらくこれは虎次郎から佐偽にあてた遺言のようなものなのであろう。
だからこそ、否定も肯定もせずに、そっと桐の箱をあける。
そこには、一通の文が相手先不明のまま、表には真白なまま折りたたんでいれられている。
そっと、その文を開くと同時、ヒカルの中に流れ込んでくる文からの強い思い。
それは文に託されたかつての虎次郎の残留思念、ともよべるもの。

佐偽。
これをあなたが誰かを通じてみているとき、おそらくもう私はこの世にはいないでしょう。
今、あなたは私の横で私の説得で疲れたのか座ったまま寝息をたてていますね。
ですけど、あなたならば私の気持ちはわかるはず、というかわかってくれている、と私は信じています。
あの、幼き日。
あなたとであったあの日から、私の運命はまわり始めました。
あなたの碁はそれはすばらしく、あなたとうつたびに私は心を震わせました。
なまじ、碁の知識があったがゆえにあなたのすばらしさがどんなものか、というのを実感したのです。
あなたは、私にとってかけがえのない師匠であり、そして崇高なる存在であり、そしてまた誰よりも尊敬する方でした。
あなたの姿は私にしか視えてはいませんでしたが、あなたはたしかにここにいます。
あなたがうったすべての公式手合いの碁、そして私とうった碁。
その中にあなたは存在しているのですから。
私がどうしても人々を助けたい、とおもったのは、あなたのようなひとを出したくなかったのもあるんですよ?
佐偽。
あなたは私にいいました。
かつて、京の都で汚名を着せられて入水してしまった…と。
それはまるで…そう、天神ともいわれている菅原道真公に通じるところがある。
私はずっとおもっていました。
あなたは、道真公と同じく、神々の一人、碁の神なのであろう、と。
それにしては、あなたはとても人間くさく、あなたといた時間、私はとても誇りにもおもい宝とおもいます。
あなたは私にしか視えない。
だけどもあなたはたしかにいることを人々に知らせたくて、また私もあなたのうつ碁がみたくて、
公式手合いのすべてをあなたにたくしました。
それは私は後悔していません。
むしろ、形としてあなたの存在を世間にみとめさせたことすら私には喜びにおもえるのです。
おそらく、私はもうあまり永くはないのでしょう。
あなたを残して逝ってしまうのは心残りです。
何よりもこれから先、あなたがのぼってゆく高みをみられないのがだれよりも口惜しい。
あなたは私を選んでくださいました。
あの日、あのとき、あの寺の中で。
願わくば、再びあなたの目にかなう人があらわれんことをここに祈り、そしてまた、
あなたにこの手紙が届くことを願いながらここにこの文をしたためます。
天にいまわす神々に願いが届くならば、今一度、生まれ変わってあなたとともに、
あなたとともに碁をたしなみ、そして時にはわらい、時には泣いて、あの素晴らしい日々を過ごしてみたいものです。
心優しいあなたのこと、私をとめられなかったことをあなたはおそらく悔いていることでしょう。
感染するのが目にみえているのにやめてください。
あなたはそう、私に今も幾度も懇願してきています。
ですけど、誰かがやらなければこの恐ろしい病はすべてを飲み込んでしまうでしょう。
そうすればあなたの残したすばらしい足跡を伝える人すらもいなくなってしまうかもしれません。
私にはそれが耐えられないのです。
佐偽、あなたはわかってくださいますよね?
あなたがこれをみれば、まだ死ぬときまったわけでもないのに縁起でもないことをいわないで!虎次郎!
と絶対にいってくるでしょうね。
だから、あなたが眠っている今、こうしてしたためます。
この文は、ある場所にあなたのことを描いた掛け軸とともに送ります。
ねがわくば、いつかあなたの目にふれることを祈って。
佐偽、今までありがとう。
あなたはおそらく自分をせめていることでしょう。
ですけどすべてはあなたのせいではありません。
なので自分を責めないでくださいね。
いつか、再びあなたと輪廻転生の中であえることを祈りつつ、ここに文をおきます。
文久二年、三月一日。
私があなたの日、とかってにきめたこの日に佐偽、あなたにむけて……
桑原虎次郎。

達筆過ぎて読めないが、心の中に当時、これをかいていたときの虎次郎の心境が痛いほどヒカルに伝わってくる。
知らず、自然と涙をこぼすヒカルに一瞬周囲にいたほかの僧たちが驚くものの、
だが誰も何もいわない。
最後に幼名を使っているのはおそらく、佐偽と出会ったままのときの自分として伝えたかったから。
佐偽の力もあり、有名になった自分ではなく、かつての自分として。
それが痛いほどこの手紙にのこされた残留思念からヒカルに伝わってくる。
『虎次郎…馬鹿ですよ…本当に……』
ふとみれば佐偽もまた手紙を目にし涙を流している。
これをいつかいたのか、佐偽には心当たりがある。
あのとき、はやり病がおしよせてきたあのとき。
彼は率先して人々の看病をかってでた。
佐偽が止めるのもきかず。
あの日も、必至に佐偽は説得したものである。
確かに誰かがやらなければいけないのはわかっています。
ですけど、まだこの病は治療法もみつかっていない、というのに、虎次郎!?
彼はまだ若い。
幼き日に出会った虎次郎は気づけば佐偽よりも歳は上にいっていたものの、
佐偽からしてみればまだまだ子供でもあった。
虎次郎のほうからしてみればいつのまにか年下になってしまった佐偽をどう思っていたのかは今では誰もわからない。
それでも、彼の看病と、そしてその適切な治療のせいか彼以外で感染し命を落としたものはでなかった。
なぜその可能性にいきあたったのかは、虎次郎はいわなかったが。
だが、彼が行った治療は、大量の水と、そして塩水を与えるというもの。
なおかつ感染した人々を清潔に保つ、というものだった。
今では当たり前ながらに知られている当時流行ったはやり病【コレラ】の治療法。
コレラにおいて直接の死亡原因となるとされているのは大量の下痢と嘔吐により水と電解質の損失。
それらによってひきおこされる脱水症状。
当時、そんなことを誰もしらなかったが、虎次郎は率先してとにかくひたすらに水の補給と塩分補給を患者に執り行った。
その結果、虎次郎が看病した人々は奇跡的、ともいえるほど、当時としては死亡しなかったのである。
虎次郎が感染した原因となったのは、感染者が自力で水をのめずに口移しをしてでも水を取らせたことによる。
だが、そのことはあまり知られてはいない。
「馬鹿だよ…ほんと、虎次郎って……それで大切な人たちを残して逝ったらどうにもなんないじゃん」
大切な人を失うつらさ。
能力があるがゆえに、昔思い知らされた。
何よりも母は知らされていないが、光の母方の祖母がなくなった原因はヒカルにもあるのだから。
いわば、祖母は身代わりに亡くなった、といっても過言ではない。
だからこそ、残された気持ちはヒカル的にも完全とまでいかなくてもよくわかる。
ぐしっ。
おもわずこみあげてくる涙をおもいっきり手でぬぐう。
佐偽の脳裏にあのとき、最後の虎次郎の言葉がよぎる。
佐偽、すまない。
佐偽…
いつものように一緒に碁をうっていて血をはいて…そして寝たきりとなり、
佐偽の見守る中、命を絶った虎次郎。
彼が死んでしまったことは現世とのつながりを断ち切ることを佐偽にしてみれば位置づけていた。
彼が死んだと理解すると同時、そのまま再び碁盤の中にとその意識は吸い込まれていったのだから。
何もできなかったあのときの自分。
あのときほど、自分がものに触れられなかったことを悔しくおもったことはない。
目の前で虎次郎が苦しんでいるのに何もできなかった自分を佐偽は今でも責めている。
ヒカルには佐偽は触れることができる。
それはおそらくヒカルにその筋の、陰陽師に近しい力があるから、なのであろう。
だが、虎次郎に触れることはできなかった。
そう、始めてであって別れるときまでずっと……
「どうぞ」
「あ、すいません」
何もいわずに手渡されるチリシのはこ。
そのまま、自然とお礼をいい、いっきに涙を拭いてはなをかむ。
この手紙には痛いほどの虎次郎の死期を悟ったときの気持ちが詰まっている。
それはおそらく佐偽にも伝わっているであろう、ということをヒカルは何となく理解している。
「どうぞ、その手紙はお持ちください」
「え?でも……」
何がかれていたのかもきかない。
それがさも当たり前、のように寺の関係者はいってくる。
「今のあなたの様子をみていて、これはあなたがもつべきものだ、と理解しています。
  私たちの役目は今、おわったのです。私たちがこれを保管していたのはあなたがたにこれを渡すため。
  これは、おそらく秀策の内情にもかかわることが書かれているような気がするのです」
事実、彼らのいうとおり。
そもそも、これには公式手合いすべてを佐偽がうっていたことが明記されている。
「それをどうするかはあなたにおまかせします。…どうぞ、おもちください」
いいつつ、
「そちらの掛け軸もおもちになりますか?おそらく肖像画はないのでしょうから」
「あ、いえ。…今は遠慮しておきます。まだ俺なんかがもらっても、虎次郎に悪いような気がするんです」
おそらく虎次郎は普通に佐偽と対等に碁をうてるまでの棋力をもっていたはずである。
今の自分は佐偽の足元にもおよばない。
これをうけとることがあるとすれば、それは佐偽に完全に認められたとき、なのかもしれない。
「虎次郎…ですか。そちらの方は秀策をそのようによばれているのですか?」
「え、はい。って、あ、えっとちがいます、っていうか・・・」
いきなりいわれて思わずうなづいてしまいあわてて訂正しようとする。
「まあ、ひとにはそれぞれ事情があります。われらとてこのような仕事をしている以上、理解しているつもりです。
  進藤光君、でしたよね?あなたの今後をわれわれも見守らせていただきますね」
「あ、はい」
何だか話しをはぐらかされたようなそんな感覚。
だけども、深く追求してこない彼らに内心お礼をいうヒカル。
しばし、その場においてヒカルと佐偽、そして僧侶たちの会話が繰り広げられてゆく――
それは、時をこえて伝えられたメッセージ……

「あれ?進藤?どうかしたの?」
「あ、うん。何でもない」
「?それより、すごいよ。この相手、だれだろ?」
白の手もすごいことながら圧倒的に黒有利。
「というか、この黒、秀策みたいなやつだけど、白もやっぱり秀策なんだよな。わけわかんねぇ!」
まるで本因坊秀策が二人いるかのような棋譜。
しかも黒のすべては指導碁をうっている棋譜である。
ちなみに、黒が佐偽、虎次郎が白であったことをヒカルは佐偽から聞かされて知っている。
どうやらしばらくヒカルが席をはずしていたことすら気付かずに、
アキラや和谷、そして伊角、芦原はその棋譜に熱中していたらしい。
まあ、気持ちはわからなくもないが……
何しろいまだに公開されていない、秀作の棋譜である。
この寺にのみ保管されていた、ある意味秘蔵の棋譜。
それを彼らにみせたのは、ヒカルが佐偽のことを知っていたがゆえもある。
彼一人を引き離すのではおそらく怪しまれることは必然。
だが、それ以上に興味をひかせるしながあればおそらく相手は囲碁関係者。
そちらにとびつき、そんな些細なことには気にもとめないであろう、というのは寺の関係者たちの考え。
実際にそのとおりになったのではあるが……
何でもコピー厳禁らしく、この棋譜を手にいれるのには覚えて帰るしかない。
そもそも写真撮影も厳禁、ときたものである。
まあ、年代物の紙なので見せてもらえるだけありがたい、とおもわなければならないのであろう。
「きになるんだったら、あとからメールででもおくろっか?それ全部覚えてるし」
というか佐偽に以前教えてもらってヒカルはすでに棋譜をすべて暗記している。
「?進藤?今の短い間に覚えたわけ?これ全部?」
「え、まあ。だって気になる棋譜って一度みたらふつうおぼえるだろ?」
いや、それを普通、ときっぱりいいきられてもかなりこまる。
「でも、これ何で表にだされてないんですか?ここまですばらしいのに」
「何でも、相手が不明だとかいう理由ですけどね」
どちらがどちらなのかわらかない。
かといってあの時代、秀策ほどに打てる人など、まずいなかった。
それゆえに、この棋譜は囲碁関係者が目にしたときかなり首をかしげたものである。
もっとも、お寺の関係者たちはもしかしたら、という予測もありあえてこの棋譜を今まで表には出さなかった。
その予測は先ほどのヒカルの様子で肯定されたも同然。
つまりは、本因坊秀策には視えない存在が常にそばにおり、その人物が関係している、と。
ヒカルがしばらくその場にいなかったことにすら気付かずに、
たわいのない会話をかわしつつ、ヒカルたちは地蔵院をあとにしてゆくのであった。

夢をみた。
笑っている佐偽と…そして、その横でおだやかな笑顔を浮かべているのは…虎次郎?
ふと虎次郎らしき人物がヒカルに気づいて頭を下げてくる。
佐偽のことをよろしくおねがいします。
とでもいっているかのように。
どことなく知っている誰かに雰囲気がにていなくもない。
それがだれなのかヒカルにはわからない。
結局のところ、あれから別の場所などにいってもしばらくヒカルはぼ~としてしまい、
アキラたちに心配をかけてしまったのはいうまでもない。
それでも時間とともにどうにか気持ちの区切りをつけて、普通にあかるくふるまったものの、
目をつむればあのときつたわってきた虎次郎の思いが強くヒカルの中にと蘇る。
「…う?…進藤ってば!」
はっと思わず目を見開く。
「大丈夫?ってもうこんな時間か。今日はもうねよっか」
どうやら対局中についついうとうとしてしまったらしい。
ヒカルらしくない。
そうはおもうが、アキラはあまり深く追求しない。
あのとき、あの秀策の墓がある、というあの寺でヒカルに何かがあった。
というのは理解はしているつもりである。
他の誰もきづかなかったようではあるが、あきらかにヒカルの目は赤くはれていた。
そう、先ほどまで泣いていたのを指し示すように。
ふときづいたとき、彼はいつのまにかいなかった。
もしかしたら一人で墓参りをしたのかもしれない。
そもそも、寺の人も驚いていた。
ヒカルがおむすびなどを備えたとき、よくそれが彼の好物の一つだとしってましたね、と。
ヒカルと秀策の関係。
それはまだアキラにはわからない。
だが、何かがある。
それだけは確信に近い。
だけども、いつかヒカルから話してくれるひをまちつつも、アキラからはきかない。
母とおなじ力をもっているならば、無理してききだせばヒカルが傷つくことにもなりかねない。
それがわかっているからなおさらに。
最も、まさかヒカルに憑いているのがいまで伝わる秀策そのものとなった幽霊だ、とは夢にもおもってはいないが。
「あ、わるい、ねてた?俺?」
「こんな時間だし。今日はつかれたしね」
時計をみればいつのまにか時刻は二時を過ぎている。
ホテルにともどり、夕食を終えて、それぞれにお風呂にはいったのちに一局うっていたヒカルとアキラ。
どうやらその対局中にヒカルはついついうとうとしてしまったらしい。
そんな会話をかわしつつも、それぞれベットにと横になってゆく。
旅は、まだ始まったばかり……


                                -第45話へー

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あとがきもどき:
薫:ふと気付いたんですけど、佐偽が消えた五月の五日。
  …虎次郎の誕生日、だったんですね。何か運命的なものを感じるのは私だけ?
  というか作者、意図してたのかなぁ?ううむ?最もそれは旧暦であり、今でいけば六月の六日。
  死亡したのが八月の十日、今でいえば九月の三日の1862年。
  まあ、何はともあれ。
  まるで旅の話が続くようにみせかけといて、旅のお話はここでおわりv(まていっ!
  次回からようやくブロ試験♪
  旅の様子はちまちまと回想的にやる予定v
  では、恒例(?)の短いですけど小話をばvv


「って、塔矢先生!?」
なぜ彼がここにいるのだろう。
一瞬玄関先にいる人物の姿を目にして思わず目をぱちくりとしてしまう。
「ヒカル?誰かきたのですか?」
「って、佐偽!でてきちゃだめっ!」
「…え?」
ヒカルがあわてて奥にむかって叫ぶがすでに遅し。
佐偽が風呂にはいっている最中、いきなり玄関のチャイムがなった。
食事の後片付けを手伝っていたヒカルが玄関口にでたのだが、
そこにいたのがありえない人物であったがゆえに思わずかたまってしまうのは仕方がない。
「なるほど。はじめてお目にかかるな。sai。私のことは知っているでしょうな?」
「あなたは…あ、お久しぶりです」
「って、さ、佐偽ってば!」
お久しぶり、といっても相手は佐偽の姿が視えていなかったのである。
それゆえにかなりヒカルからすればあせってしまう。
「あ、あの、先生?何か用ですか?」
「いや、棋院で君が結婚した、ときいてね。相手の名前をきいてさらにびっくりしてね。
  …どうやら無事に退院したようで何よりです。sai…いや、佐偽殿」
彼には知らせたおいたほうがいいであろう。
という多少おせっかいな人がいたがゆえに佐偽のことが塔矢行洋に伝わってしまったのである。
そんなことをヒカルは知る由もなかったが……
ぐっ。
「先生!ダメだからね!先生と対局してまた佐偽が消えたりするのはっ!」
ヒカルが心配していたのはまさにこの出会い。
おそらく佐偽は再びいく度でも彼と打ちたがることは目にみえていた。
だけども、また、あのときのようにその一局をうってしまったがゆえに佐偽が消えてしまったら?
そんな不安がどうしても頭から離れない。
ひょこ。
「あ、その心配は大丈夫ですよ。ヒカルちゃん。あ、おひさしぶり。佐偽さん。
  ちょうどそこで行洋さんと一緒になってお邪魔してま~す♡」
ひょっこりと後ろから顔をのぞけたのは、菫、となのっていたはずの少女であり、
また佐偽の復活に深くかかわっている、ともいわれている少女。
ヒカルは少女の正体を詳しくは知らされてはいないが、それでも普通の人間でないことくらいはわかっている。
何よりも幽霊であった佐偽を人間としてよみがえらせ、さらには人々の記憶までも変えているのである。
これが普通の人間にできるか、といえば答えは否。
「姫様?!」
いっしゅん素がでて佐偽がおもわずそう叫ぶが、それが何を意味しているのかヒカルたちにはわからない。
「とりあえず、これを。お祝いと、佐偽さんの回復祝いをかねて」
佐偽…つまりはネットで対局したあの人物。
彼が病弱であり、一時期は進藤光にすら死亡したとまで伝えられたほどに病気が悪化していた。
というのを一応、ヒカルの母親を通して棋院はきかされていたので、そのことを塔矢行洋にもつたえている。
彼が現役を引退したのは、ほかならぬ彼との対局がきっかけであり、そしてまた、
誰よりも彼との再戦を望んでいることを一部のものは強く理解していた。
それゆえの密告というか伝言。
「ヒカル?だれかこられたの?…どなた?」
「あ、えっと」
「母君、ですか。はじめまして。いつも息子がお世話になっております。
  塔矢明の父親の塔矢行洋と申します。
  棋院で娘さんたちのことを聞きましてご迷惑かともおもいましたが訪ねてまいりました」
言葉につまるヒカルにかわり、ふかぶかと丁寧にお辞儀をして挨拶してくる塔矢元名人。
「まあまあ、あの塔矢君の?まあ、そんな玄関先では何ですから、どうぞあがってくださいな」
幾度かヒカルの家にも明がきたことがあるので一応、美津子は塔矢明のことをしっている。
もっとも、父親がかなり有名な碁打ちであることはいまだに理解していないが…
「それに、あら、菫ちゃんじゃないの。いらっしゃい。今日はどうしたの?」
「二人が結婚したってきいたから、お祝いに♪」
幾度か家にきたことがあるのですでに菫とも美津子は顔見知り。
ヒカルの杞憂は何のその。
塔矢行洋とともに、菫もまた進藤邸にとあがってゆく。

それは、塔矢行洋と藤原佐偽の本当の意味での互戦の対局手合いの始まりを意味している。
というのをこの場ではヒカルだけが強く意識し、心配を募らせていることを、美津子は知らない……


のような感じでv
アキラたちにはヒカルが必至で口止めしてたので話はつたわってなかったのですけど(笑
結婚をきに、とうとうバレテしまった佐偽の存在v
これから世界はまたまたうごきはじめてゆくのですv
ふふふふvvv
まあ、何しろネットにもすでにsaiは復活…してたりしますしねぇ(まて
なので病気だったにしろ治った、とおもってもしかたがないv
しかも、行洋は唯一、ヒカルとsaiの結びつきをしってますからね(笑
まあ、というわけで、小話、でしたv
今回の本編のほうはちと暗めでしたが何とどご了解くださいな~♪
ではまた次回にてvv

2008年8月28日(木)某日

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