まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。
今回は、本来ならばプロ試験にはいるほぼ前の一局をば。
時期を五月にしたのは、試験うけつけの次期の関係です。
はじめのころに五月の終わりではすでに試験受付終了、にしてますし。
というわけで、意味になってないけどいくのですv
今回はか~~~~なり短めですvはいv
#####################################
ピルル…
携帯電話の呼び出し音が鳴り響く。
「あ、オレ。今きてるぜ?なつかしい場所。団体戦、お前のせいでこけたよな。はは…」
きぃっ。
扉をくぐりつつも携帯電話で会話しつつ棋院の中にはいってくる一人の男性。
ここにくるのは大学のときの名人戦以来。
「あん?だからいったろ。プロ試験、うけるって。ほんと本と。必要な書類もちゃんともってる。
…おう。来年はプロ棋士になってるからさ。今のうちならサインしてやってもいいぜ?じゃあな」
さて。
いっちょ、さくっと合格するとしますかね。
そんなことをおもいつつ、男性は棋院の中にと足を進めてゆく……
星の道しるべ ~学生名人・門脇龍彦~
「しかし、昨日の対局はすごかったよな~」
「これで塔矢とは一勝一敗だけどね」
日本棋院、手合いの間。
そこで畳の上にくつろぎつつも会話しているヒカルたち。
「というかさ。そもそも塔矢明にかてるお前のほうがこわいってば」
「だけど、三回戦に和谷達もいってるじゃん?」
「私もびっくり。プロ相手に勝てるなんて」
『そりゃあ、彼女たちもヒカルとうつことによって実力つけてきてますしねぇ。ときどき私もうってますし』
事実、時間がありあまっているときなどは、ヒカルが打った後に佐偽が指導碁をうつこともしばしば。
それで実力がつかないほうがどうかしている。
「な~んかいつもの院生研修日、ってかんじ。昨日若獅子戦があったなんてうそみたい。
何か今日はまったりしてるんだよね~」
「奈瀬、おまえは三回戦もあるんだから、それはないんじゃ?」
そんな奈瀬におもわずつっこみをいれている本田であるが、ふと思い出したように、
「しかし。越智もすごいよな~。ここんとこオレ、越智には連敗だぜ。伊角さんは?」
「五分、ってとこだな」
「俺も五分、だぜ?越智とは相性いいんだ」
本田の言葉にこたえる伊角と和谷。
そんな彼らの会話にきょとん、と首をかしげ、
「?俺はいつもかってるけど?」
しかも毎回半目勝ちである。
それゆえにきょとん、とした声をだすヒカルに対し、
「「「進藤(君)は別!!」」」
ものの見事に会話していた全員の声が一致する。
「そういや、しってるか?越智のやつ。負けるとトイレにこもるくせがあるんだぜ?」
ヒカルの言葉にふと思い出し、その場にいる和谷達にと話しかける本田。
「「「トイレ?」」」
そういわれても、よくわからずにきょとん、とした声をだす福井、伊角、和谷、奈瀬の四人。
それってトイレがまんしてたんじゃないのかな?
あいついつも、対局おわったらすぐにトイレにいくし。
ヒカルが心の中でそう思っているそんな最中。
「最近気づいたんだけど、あいつ負けたあと、必ずトイレにはいってでてこなくてさ」
「それで?」
本田の言葉に興味をそそられ、すかさず問いかける和谷に対し、
「うん。中からさ。指で壁をトントンたたく音と、ぶつぶついう声がしてくるんだ。
きっと若獅子戦でまけたときもやるんだぜ?トントントン…ってさ」
「うわ~。何してんだ?あいつ?」
「ぶきみ~」
「あいつ、相手がプロでも絶対に負けたらくやしがるぜ。きっと」
「で、トントン…と」
「いや~」
何やら怪談もどきのような気もしなくもない。
知らない人とかがそれを目の当たりにすればまちがいなく不気味に感じるであろう。
それゆえに何やら違うところで盛り上がっている和谷達であるが。
「そういや、俺、今日の手合い午後から越智だ」
「うわ~。じゃあ、みれるんだ。越智のそのトイレこもり」
わいわい、がやがや。
昨日の若獅子戦の翌日。
翌日の今日、日曜日はいつものように院生手合いの日でもある。
「そういえば、進藤君も試験申込、したんだって?」
「うん。和谷にいわれるまですっかり忘れてたけど」
事実、ヒカルはもう試験申込がはじまっている、ということを綺麗さっぱり失念していた。
少しまえに篠田が説明していたのだが、そのときヒカルは佐偽と手筋のことで会話をしており聞き洩らしていた。
朝、いつものように集まり、どうしても話題は昨日の若獅子戦の話題になってしまうのは至極当然の結果。
「でもさ。まさか結構な人数が三回戦にまでいく、とは正直おもってなかったな~。俺」
実際に、二回戦にもかったのは、ヒカル、和谷、伊角、越智、奈瀬の五人。
中学二年になったこともあり、多少勉強のことなどでばたばたしていたので綺麗さっぱり試験のことは失念していた。
いまだに成績の結果にてヒカルはおこずかいを制限されている以上、どうしても学校の勉強もおろそかにはできない。
「もう五月九日、か~」
何だか今月ははじめのころに連休があったせいで何となく日にちがたつのが早いような気がしなくもない。
「問題は、次の三回戦、だよな。この十五日」
今まで院生で三回戦を突破した、という功績を残しているものはまずいない。
「とりあえず。進藤。次が三回戦だけど、その次が三位決定戦。
そしてそれ以外の順位対局があって最終日に決勝戦、だからな」
何となく忘れてそうなので釘をさしておく。
若獅子戦の最終日は六月の五日。
「そうだったっけ?」
「「「はぁ~……」」」
案の定、というか何というか。
きょとん、とするヒカルのセリフにその場にいた誰もが思わずため息をついてしまう。
「はいはい。おしゃべりはそのあたりにして。そろそろ対局の準備をはじめてくださいね」
パンパン。
そんな会話をしている最中、どうやら時間がさしせまったらしく、院生たちをみわたして促しくてる篠田の姿。
いくら昨日、大会があろうとも、翌日である今日の手合いはいつものとおり、変わらない……
「え?和谷、ほんとか?」
本日の手合いがおわり帰宅しているその最中。
話題がこの夏にあるプロしけんのことになり、ふと思い出したようにいっている和谷。
「ああ。ネットでみたんだよ。そういう噂。でも伊角さん、よくしってるね」
「知ってるも何も。門脇って、あの門脇、だろ?
何年かまえ、学生名人、学生本因坊、学生十傑の三冠とった。あの門脇?」
たしか大学を卒業して普通に就職したときいたが。
「らしいよ。ネットではその噂でもちきりになってる。今年の夏の試験にその門脇がでてくる、って」
「え~!?それでなくても進藤のやつがいるのにその門脇まで!?」
「だよな~」
はぁ…
伊角のセリフに思わず二人して溜息をついてしまうのは仕方がないであろう。
「しかしさ、でも門脇ほんとうにプロ試験うけるの?」
今までそんな噂はまったくなかったのに。
エレベーターに乗り込み、そんな会話をしている伊角と和谷。
そのまま六階から一階までエレベーターでおりながらも会話する。
「手ごわそうだな。門脇。でもさ。本当にうけるのかな?」
「どうだろ?うけるかも、ってネットにあっただけだしな」
昨日、いつものようにsaiがいないかネット検索をしていたときにみつけたのだが。
昨日は昨日の検討もあり、ネットに入らずにひたすら佐偽と検討と対局をしていたヒカル。
それゆえに昨日はsaiはネット上に出現することはなかったのだが。
そんな事情を和谷が知る由もない。
そんな会話をしつつ、エレベーターを下りた二人の横を見慣れない男性がすっと横切ってゆく。
まだ五月だというのに多少派手目の服装はこの場にあまり似つかわしくないような気もするが、
一階のロビーにはさまざまな場がもうけられているので誰もが自由に出入りできる。
それゆえにどんな服装の人がいても不思議ではない。
封筒を片手にしている男性はそんな二人の姿をしばらくだまってみつめているそんな中、
二人はそのまま棋院の外にとむかってゆく。
そんな二人の姿をみおくりつつ、
院生のガキども…か。
オレの顔もしらねえで!
自分のことを噂されていたので気になってきいていた。
だがしかし、話しをしていてもその噂の当人が目の前にいる、というのに無反応。
それはつまり、自分の顔を知らない、ということを指し示している。
「ネットでしった?…あのやろ~だな~」
その話をしたのは先ほど電話をしていた仲間のみ。
それゆえにそんな話が出てくる事態、普通ならばありえない。
せっかく周囲をびっくりさせようとおもっていたのに。
「ま、いっか。ふっ。期待してやがるぜ。このオレに」
いいつつも、ふっと笑みを浮かべて携帯電話を片づける。
「何とか連敗脱出」
「よったじゃん」
そんな最中もどうやら手合いが終わったらしく、次々と六階からおりてくる院生らしき子供の姿。
そんな子供たちの姿を横目でみつつも、売り場コーナーにと向かってゆくその男性。
棋院の一階には碁に関連した品々を販売しているコーナーがあり、そのうちの一角にと足をすすめる。
ケースの上にと並べられている扇。
それを手にして妄想する。
それを手にして次々と並みいる棋士たちを蹴散らしてゆく自分の姿。
自分にはそれだけの力がある。
絶対に試験をうければすぐにタイトルホルダーの一つや二つ、かるくとれる。
そう自信がある。
何しろ学生のうちから三冠も取得できたのだ。
ゆえにプロの世界もそんなに難しいものではない。
そう判断しているがゆえの今年の挑戦。
少しは世間のことをしってもいいか、とおもって三年ばかり寄り道した。
だけどももう、普通の仕事にもあきた。
碁、ってのはしばらくやめていても腕はおちない、というけど。
それでもカンくらいは一応とりもどさないとな。
いきつけだった碁会所にでもまた通うか。
そんなことを思っている彼の背後では、
「先生に叱られちゃった」
「篠田師範に?投了がはやすぎるって?」
六階からおりてきたらしき女の子の院生たちがそんな会話をしているのが見て取れる。
「何わらってるのかしら?」
「ねえ?」
「さっきからほんと、気持ちわるいったらありはしない」
一人、扇を手にしてにやにやとしている彼の姿はあるいみ不審者、といえなくもない。
しかも女の子のほうを振り向き、素敵~!とかいって囲まれている自分の姿を妄想し、
にやにやわらっているのだから余計に気持ちがわるい。
それゆえに、小声でそんな会話をしているレジの女性たち。
「なあに?あの人」
「や~な感じ」
さすがににやにやと笑みを浮かべられてみられれば警戒してしまうのは仕方ない。
しかもこのご時世である。
世の中、何がおこるかわからない以上、あわてて小走りでその場をあとにしてゆく会話をしていた少女たち。
「おっと。…これ、おねがいします」
どうやら周囲にいる人々が自分に奇異の目をむけているのに気づき、あわてて我にと戻り、目的のものを購入する。
購入した扇を片手に販売所をあとにするとほぼ同時。
チッン。
再びエレベーターが開き、そこから降りてくる一人の子ども。
容姿的にはかなりかわっており、前髪部分のみが金髪の子ども。
ちょうどいいかも。
ちょうど扇もかったことでもあるし、肩慣らしをしたかったこともある。
そこにちょうど院生らし気子供がおりてくれば、これはもう偶然というよりは必然であろう。
「お」
「ん?」
何か見慣れない人である。
目の前の子供にあまり警戒されないようにと優しく問いかける。
それゆえにいきなり目の前にいる男性が短い声をあげてきて思わずその男性を見上げるヒカル。
「君、院生かい?」
「あ、うん」
誰?この人?佐偽、知ってる?
『さあ?私もみたことがないですね~』
じゃ、なんなんだろ?
男性の問いかけに二人して首をかしげているヒカルと佐偽であるが。
プロ試験申込の前にちょっと肩慣らしでもするか。
そう思いつつも、
「ブロ試験、もうじきだね。うけるの?」
目の前の子どもにたいして問いかけるその男性。
「おじさん、だれ?」
「おじ…!?」
そりゃ、囲碁界は十代でプロになるのが普通さ。二十六歳のオレなんかどうせおじさんよ。
たしかにどうみても小学生くらいの子どもからみれば自分はおじさん以外の何ものでもないであろう。
ヒカルは実際には中学二年なのだが、身長があまりないこともありあまり中学生にはみられない。
「え、いや。少し腕に覚えがあるんだ。一局うってくれないかな?」
「え~!?今から!?」
すでに手合いがおわったあとなので時刻は四時を回っている。
季節は五月。
それゆえに六時をすぎれば日が暮れるのはとことん早い。
相手の男性のセリフにおもいっきり驚いた声をだすヒカルに対し、
「外はまだ明るいしさ。い~じゃんか。ちょっと肩なら…いや、腕試しさせてよ」
カンを取り戻すにはうってつけであろう。
相手は所詮はこども。
ちょうどいい相手でもある。
さらにいえば、自分の実力を相手にみせつけることにより少しでもライバルを減らすことすらも可能。
彼はヒカルの実力を知らない。
さらにいえば、その背後にいる佐偽の実力も……
「え~?ん~…」
しばし時間とにらめっこしつつ考え込むものの。
あ!
いいことをおもいつき、にっと笑い、
「いいよ!うとう、うとう!」
佐偽!
『え?』
いきなり名前を呼ばれてきょとん、とした声をだす佐偽。
お前うて。
『ヒカル?』
「じゃ、決まりだね。じゃ、いこっか」
「いく?ってどこに?」
「対局場」
そのまま二人して再びエレベーターにと乗り込むヒカルともう一人の男性…門脇の姿が、
日本棋院の一階においてしばしみうけられてゆく。
「へ~。棋院の中にこんな場所があったんだ」
日本棋院の建物の中。
こんな場所があるなんて今までヒカルは知らなかった。
それゆえに周囲をみわたしながらも素直な感想をもらす。
部屋の中にはいくつかの椅子や机がならべられており、その机の上には碁盤が並んでいる。
みたこともない人々がいく人か対局しているのも視界にはいる。
「一般のお客さんがうつところだよ。知らないの?」
院生ならばここくらいは知っていそうだが、どうやらこの子供はこの場所をしらなかったらしい。
それゆえに多少驚きつつも問いかける。
「きたことなかったよ」
いいつつも、相手が席にすわったのをうけて、ヒカルもまた向かい側にと腰を下ろす。
二人が座ったのは窓際に近い席。
周囲には誰もうっている人の姿がみえないのはもう時間も時間、だからであろう。
『ヒカル?』
先ほど言われた言葉がよくのどおりがいかずにもう一度といかける佐偽。
ああ。
お前うて。
『え!?』
通りすがりのような一局だからお前がうっても問題ないだろ?
腕試し、みたいなことをいってるんだからそこそこ強いだろうし。
最近、お前にまともな対局させてやれてないしさ。
ネット碁はお前どうも不満そうだし。
そんなヒカルの言葉にびっくりした表情をしている佐偽の姿。
まさか普通の対局を打てるなどとはおもっていなかった。
最近はもっぱら、本の中でうつか、もしくは指導後碁くらいしかうっていない。
それゆえの驚き。
「お願いします」
「おねがいします…っと」
じゃら。
挨拶をして石を握る。
偶数であったがゆえにヒカルが黒石、つまりは先番。
「あ、先番だ」
「じゃ、オレが白、ね。お手柔らかにね。君」
相手は子供。
それゆえにちょうどいい肩慣らしにはなるかな?
そんなことをおもいつつも、少しばかり見下したようにいっている門脇であるが、ヒカルは目の前の男性の名前は知らない。
佐偽?
なかなか初手をいってこない佐偽にむかって問いかける。
『まともな対局は久しぶり、ですね。ヒカル以外の人とうつのも。本の中では相手がみえませんし』
そう、まともな対局はものすごく久しぶり、である。
やはりこう対局、というのもはひとの顔をみてこそ意味があると佐偽はおもう。
本の中ではその人の本質まではわかっても、人物像までは把握できない。
いっとくが、長考はなし、だぜ?暗くなる前にかえりたい。
しみじみといっている佐偽にとりあえず釘をさしておく。
あまり遅くなったら外はまっくらになってしまう。
それどころか親…特に母親に何をいわれるかわかったものではない。
下手をすると門限指定が短くなる可能性すらあるのだから。
『わかりました』
それはつまり手加せずにいってもいい、ということ。
それゆえに、すっと一度目をとじ、表情を一変させる。
「どうした?」
ヒカルたちがそんな会話をしているなど夢にもおもわず、相手が自分に多少びびっている。
そう解釈し、余裕たっぷりにいってくる。
『右上隅、小目』
パシッ。
佐偽の指摘をうけ、その場所にヒカルが石を打ちこんでゆく姿がしばしみうけられてゆく。
パチッ。
パチッ。
……くっ。
打ちこめど、うちこめど、隙がない。
それどころかすべてかろやかにかわされ、さらには封じてしかも殺されてゆく。
はじめのころはなめてかかっていた。
だが、本気をだしても相手と自分の力量の差は歴然。
それゆえにだんだんと必至になってゆく門脇であるが、
ヒカルのほうは普通にうっているのみ。
佐偽が指示し、その場所にヒカルが打つ。
いつもは、ヒカルと佐偽が打っているので第三者がいる対局はかなり新鮮そのもの。
パチパチと、しばらくの間、碁盤に碁石がたたきつけられる音が響きわたることしばし、
「……くっ……まけ…ました」
どうやっても勝てない。
中押しで自分が負けを宣言するなど。
信じられない。
しかも相手はどうみても小学生程度の子ども。
院生だとはいえ、この力の差は……
しばし盤上を食い入るようにながめつつも負けを宣言する。
へ~。
この人、けっこうやるんだ。
それでも佐偽の敵じゃないみたいだけど。
そんなことをおもいつつ、
「ありがとうございました」
ぺこり、と頭を下げて碁石を片づけはじめるヒカル。
「お…お前、本当に院生か!?」
たかが院生、しかも子供。
学生三冠をとった自分が手も足もでないなど。
院生、ということはプロ試験にまだうかったことがない、ということ。
それゆえに驚愕しながらも問いかける。
「そうだよ?あ、急がないと。今日はどうもありがとうございました」
すでに外は暗くなりかけている。
それゆえにじゃらじゃらと自らの黒石を碁笥にかたづけてガタンと椅子を立ちあがる。
「あ、お、おい!お前、年は…名前は!?…碁を始めてどれくらいになる!?」
そのまま席をたち、エレベーターのほうにむかってゆくヒカルを呆然とした表情で、
どこかすがるような視線をむけつつも、ひっしになって問いかける。
「え?…ん~と…『千年』!」
碁を始めてどれくらいになる。
といわれて佐偽と顔を見合せて、二人して片手の親指を立ててにこやかにいいきりその場をかけだすヒカルたち。
事実、佐偽は碁を始めて千年以上になっており、嘘はついていない。
ヒカルのほうはまだ碁を始めて二年も経過していないのだが。
そんなかけてゆくヒカルの姿を見送りつつも、その言葉に衝撃をうける。
千年なんてあるはずがない。
つまり、それは相手がこの一局を得ても冗談をいえるほど余裕があった、ということ。
そのまま、すとん、と再び席にと腰をおろす。
しばし残された自分の白石のみを眺めつつも、
はぁ。
溜息ひとつ。
ビリッ。
ビリビリビリ……
そのままおもむろに横においてあった封筒を破りだす。
何ごとか、とおもってその様子をまだ残っているほかの客たちがふと視線をむけてくるが。
そのまま細かく封筒を破っているそんな中。
ピルルル…ビルルル…
「?」
ふと携帯電話の音が鳴り響く。
「何だよ?え?ああ、お前か。やめたよ。え?何がって、ブロ試験。
甘く見すぎていたよ。オレ。え?お違うって。馬鹿。前なんかにはわかんねえよ。
あのな、一年、鍛えなおす。ああ、来年受験するっていってるんだ。本気でやるんだ。本当に本気で」
そう。
甘くみていた。
院生ですらここまでの力をもっているなんて。
さらにいえば試験にうかったとしても彼のような棋士相手に渡り合ってゆく自信はない。
だからこその決意。
圧倒的なまでの力の差。
だけどもそれは逆をいえばあこがれともなる。
自分もそこまでおいついてみたい…と。
「ば~か。オレなんかまだまだ、とわかっただけさ。みっちり鍛えなおして来年挑戦するさ。…じゃあな」
ぷっ。
おじけづいただのいわれても、そうではない。
上を目指すがゆえの決意。
このままでは絶対に終わりたくないから――
「佐偽。さっきの対局、どんな感じだった?」
『そうですねぇ。おそらく彼はしばらく碁をうったことがなかったのでは?』
家にと戻る電車の中。
そんな会話をしているヒカル達。
はたからみれば独り言をいっているようにしかみえないが、別にそれを気にするようなひとはまずいない。
他人に無関心。
それがいいこと、とはいえないが、都会においてはそれがほとんど当たり前の光景になっている。
「そうなの?」
『ええ。数手みましたけど。おそらく二年か三年ばかり打ってないとおもわれますよ?
カンを完全にとりもどしてなかったようにみうけられましたから。
最も、途中からは必至でどうにか応戦しようとしてきましたけどね』
佐偽だからこそわかる。
相手がどれくらいのブランクがあるのか、ということが。
ヒカルにはそこまでまだわからない。
「そっか~。それで、声をかけてきたのかな?ま、いっか。少しは満足した?」
『ええ。久しぶりの普通の対面しての対局はたのしかったですv最近はもっばらやっても指導碁ばかりですしね』
「そういっても、お前が普通にうったら誰もかてねぇって」
にこやかにいう佐偽のセリフに思わず苦笑してしまう。
「さってと。とにかく!…明日から試験期間かぁ~……」
そういえば、勝ったので一応担任に相談しないといけないな。
そんなことをふとおもう。
何しろ若獅子戦の期間中にちょうど学校の中間テストがしっかりと重なる。
それでも救いはテストと重なるその日はうまくすればヒカルは別にいかなくてもいいかもしれない、という希望もある。
『試験?ああ、あの連続して何かテストとかいうのがあるやつ、ですか?』
中学一年のとき佐偽もまた、三学期とも中間、期末とみていたがゆえに一応は理解している。
「うん。そ。他の人ってどうしてるんだろ?」
『さあ?』
そんな素朴な疑問をかわしつつも、ゴトゴトと二人を乗せた電車はゆっくりと進んでゆく。
「あれ?進藤、まだかえらないの?」
ほとんどのものは、テスト週間にはいったことをうけ、ぞろぞろと帰宅している。
「あ。うん。学校でちょっと勉強してからかえるよ。家だとどうしても気がそれるしね」
「そういえば、若獅子戦、かったんだって?おめでとう」
「あはは。ありがとう。金子」
中学二年となり、アカリとは別々のクラスとなった。
同じクラスなのはバレーブに所属しているものの、囲碁部の臨時部員でもある金子正子のみ。
来週からテストが開始されるがゆえに本日、月曜日からテスト期間に突入する。
木、金、土の三日間のテスト期間。
それでもまだ中学なので科目が少ないのでたったの三日で終わるのが救いともいえる。
「まあ、一学期の中間テスト、だからね~。
そういや、三谷のやつ、私がだした課題やってきたかしら?んじゃあね。進藤」
「うん。また明日」
何でも最近、彼女が三谷の勉強をみているらしい。
事実、彼女は学年で上位クラスにはいっているので指導するにはうってつけ、ともいえるが。
ヒカルはといえば上位といえば上位であるがフタケタのあたりをほとんどうろうろしている状態。
いくら考えても英語の文面というか文法がこんがらがってしまいよくわからない。
ならば、できることはただ一つ。
つまりは教科書を丸暗記する、という手段。
暗記だけならばヒカルは自分でも結構得意、とおもっている。
「佐偽。お前のノルマはこっちな」
『え~!?ヒカル、また私にもおぼえさす気ですか!?』
「お前はこの時代のことをしらなすぎるから、少しはお前もおぼえたほうがいいっ!」
佐偽に示しているのは世界地図と日本地図。
世界の地理くらいは一応佐偽も把握していたほうがいいとおもう。
初めて本当の世界地図をみたときには佐偽はかなり大騒ぎしたものである。
さらにいえば、宇宙からの撮影をみたときには…まあ、気持ちはわからなくもないが。
映像にうつっているその青い球体のような中に自分たちがいる…などということは到底信じられるものではないであろう。
しばし、そんなやり取りをかわしつつも、学校のひとけのいなくなった教室内。
しばらくもくもくと科目の予習、復習をするヒカルの姿が見受けられてゆく。
「よっしゃ!あいつもけっこうやるじゃんか!」
おもわず発売されたばかりの週刊囲碁を手にしてガッツポーズ。
「どれどれ?お。進藤君、若獅子戦、二回戦もかったんだね」
そこには土曜日におこなわれた若獅子戦の結果がのっている。
期待されていた塔矢明は負けたようであるが、その対局の相手を彼らはよく知っている。
「そういえば。あの子、塔矢君とは友達だったよね。だから気兼ねなくうてたんじゃないのかな?」
幾度かここに彼をつれてきたこともあるがゆえにそんなことをもらす別の客。
そのときはこの碁会所は大騒ぎになったのはいうまでもない。
碁会所、石心。
最近は彼も忙しいのかあまり顔をみせないのが少しばかりさみしいが、それはそれで仕方のないこと。
「へへ~。俺のおかげだな。あいつが二回戦勝てたのは」
「河合さん、それはちがうんじゃあ?」
「しかし、このまま進藤君には勝ち進んでもらいたいねぇ。んで初の院生優勝者!とかさ」
「あはは。それはいいね。初快挙、かぁ」
わいわい、がやがや。
しばし、雑誌をとりかこみ、そんな会話をしてゆく大人たちの姿が、
ここ石心の中においてみうけられていることをヒカルたちは知る由もない。
「…こいつだ!」
彼のことを自分なりに調べてみた。
院生、というのでもしかしたら…とおもって確か今の次期は若獅子戦がおこなわれているはずである。
それゆえに結果がでているとおもわしき週刊囲碁を購入した。
そこにやはり、というか自分が手も足もでずに負けた人物が載っていた。
一応、二回戦もかった人々は写真付きで紹介されている。
それでも名前と写真のみでプロフィールも何ものってはいないが。
ただ、院生か、プロか、ということくらいは載っている。
「進藤…光?やはり院生…あそこまでうてるのに…?」
対局結果をみてみれば、あの塔矢明にかっての三回戦進出。
塔矢明のことは噂できいたことがある。
ましてや彼の新初段シリーズの棋譜もみた。
その塔矢明にあの子供はかって三回戦に進出している。
院生といえあなどるなかれ。
自分の実力で塔矢明には勝てない、まだ。
そう自覚していたがゆえにどこかなっとくするところもある。
だけど悲しいかな彼と塔矢明の棋譜はやはりのってはいない。
普通、優勝戦以外の棋譜は若獅子戦では残らない。
棋譜を知る方法はその一局をしっているものをとおして知るしか方法はない。
それでも、塔矢戦、である。
周囲もかなり注目していたはず。
「…ネットできいてみるか」
もしかしたら誰かその内容をしっているかもしれない。
そのまま、ぱさりと本を横におき、パソコンに向かい合う男性…門脇龍彦の姿が自室においてみうけられてゆく。
五月十五日の土曜日。
「う~!緊張するぅ!」
周囲をみればもはやもう知らない人ばかり。
「進藤、リラックス、リラックス。ここまでこれたんだから気がるにいこうぜ」
「君たち、あまり気負わないようにね」
「はい!」
院生から三回戦に五人も出場する、というのはめったとないこと。
何しろいくら二十歳までの世代が対象、とはいえ一応はプロとなっている人たちとの対戦。
院生師範の責任者として篠田もまた進行係りの一人として参加しているがゆえにそんな和谷達にと声をかけてくる。
「さすがに三回戦、というだけあって、けっこうレベル高い人ぱっかりのこってるわよね~」
確かに、すでに二段以上の人ばかりの姿がかなり目につく。
「今日は基本、一局のみ、だからね。午前と午後に別れての手合いになるし。
そういえば、進藤君はこのほうほう、はじめてだったっけ?」
「?」
話しをふられてきょとん、とした顔をするヒカル。
「そういえば。進藤は初めてだったな。午前と午後にわかれて対局するの」
「??どういうこと?」
佐偽。わかる?
『おそらく。途中で休憩がはいる一局、ということでしょう』
「午前中に一時間半ほど、午後から一時間半ほど、計三時間が持ち時間。
その途中に昼休みの休憩がはいるんだ。その手順をどうするかはその人次第だけどね」
和谷と伊角が交互にヒカルにと説明してくる。
「つまり、自分の番で休憩にはいればそれだけ次の一手を考える時間があたえられたりするわけだよ。
この方法は、プロでもよくあることだからなれるのにはちょうどいい機会だよ。院生手合いではこの方法はとってないからね」
たしかに、院生の手合いではきっちりと休憩時間もなしに一局をうちおわる。
「ついでにいえば二日かけてうつ碁もあるからね」
「二日~!?何それ?!」
奈瀬のセリフにおもいっきり驚きの声をあげるヒカルの様子に、その場にいた誰もが思わずため息をついてしまう。
「というか。進藤って何で棋力は強いのに基本的なことをしらないわけ?何かむなしくなるよ…僕……」
溜息まじりにぽそっとつぶやく越智に対し、
「ま、進藤だしな~」
「たしかに。進藤の無知さは天然記念物もの、だよな」
「塔矢君の指導とかである程度はましになってるみたいだけどね~」
あきれたようにきっぱりいいきる和谷に、しみじみいっている伊角。
そして、苦笑しながらもそんなことをいっている奈瀬。
三回戦に進んでいるのはこの五人。
「ま、あまりきおわないで、いつもの手合いておもってやればいいからね。君たち」
「「「「はい!」」」」
篠田の言葉にひとまず姿勢を正してきちんと返事をするヒカルたち五人。
「え~。では、これより、若獅子戦。二日目。三回戦を行いたいとおもいます」
そんな会話をしている最中。
二日目にあたる若獅子戦の開始のスピーチが放送されてゆく。
今回勝てば、準決勝、そして決勝進出がある程度確定するのだが。
「う~。何かわくわくしてきたv」
『いいな、いいな、私もうちたいぃ~~!!』
違う意味で何か興奮しているヒカルと佐偽。
だが、そんな彼らの心情は誰も知る由もない……
-第40話へー
Home Top Back Next
#####################################
あとがきもどき:
薫:うにゃ!?年月の日付まちがえてる…一日ほど…ぼけさくやって2009年度のさがしてたわ…
2010年度の日付でいかなきゃいけないのに…若獅子戦というか中二さんは…ま、あとから訂正しよう。
うん。そういえば、予選がなかったのすっかりもって失念してたぁぁ!(こらこらこら!
上位八人は予選免除だった…ま、いっか(よくない
さてさて、例のごとくに小話し、いっきますv
↓
「え~と…あ、ここだ」
佐偽と話してとりあえずパソコンで検索してみた。
動きやすいようにズボンをはいての軽装。
ヒカルが碁に関することを何もしらない、と知ったときの佐偽の落胆ぶりはヒカルの心をずきりと痛ませた。
『ヒカル?あの箱で調べてた場所がここですか?』
ヒカルの部屋には彼女専用のパソコンがある。
それらは彼女がお年玉をためてかったのであり、両親も文句はいいようがない。
さらにいえば彼女の通帳からパソコン費用である千円と少しを引き落とすようにしているがゆえに問題はない。
もっとも、家の手伝いをしておこずかいをもらっている、というのを考えればもとは親のお金、ではあるのだが。
「うん。ここで囲碁の教室みたいなことをやってるんだって」
とりあえず、祖父に電話してみれば一応祖父も知っていたらしい。
それゆえに少し興味があるから、といって連絡してもらっている。
『こんな場所で囲碁がうてるのですか?』
「よくわからないけど。だけども佐偽。私ほんとうに何もしらないし。何ごとも基本しらないとだめでしょ?」
このあたりは、ヒカルはきっちりと理解している。
何ごとも基本が大事。
それゆえに周囲からは融通がきかないなどいろいろといわれたりもする。
ここでならば碁をうつための碁盤とかいうものの購入場所もきけるかもしれない。
「それに、佐偽。私におしえてくれるんでしょ?」
『ええ。ヒカルがそれでいいのでしたら。でもほんとうにいいのですか?』
佐偽の事情をしり、ヒカルが提案したのは、自分も碁を覚えてかれと碁をうつこと。
彼の話しをきいてそれなりにパソコン上でいろいろと検索してみた。
囲碁の世界のことはよくわからないにしろ、本因坊秀作、といれてみればまあ検索結果がでてくる、でてくる。
知識が皆無の中、それでも検索してみればどれほど囲碁界というか世間での認識されているのか、くらいはわかる。
「うん。だって。佐偽がかわいそうだもん。それに、私も面白そうだし。佐偽はそれに笑ってる顔のほうがきれいだし」
一番の理由はそこにある。
幽霊だとはわかっているものの、その端正なまでの顔立ちをみて一目ぼれしたのはいわないでおく。
佐偽がうれしそうだとヒカルもまたうれしい。
それは心がつながっているから、ともいえるのであろうが。
「とにかく、いこっ!」
『はい。しかし、ほんとうに時代はかわったんですねぇ~…』
江戸時代においては自力で足をうごかして移動する乗り物などなかった。
ヒカルがここ、社会保険センターにやってきた交通手段は自転車。
それゆえに動きやすいショートパンツ、にシャツ、といった軽装。
荷物はリュックサック型の鞄にといれている。
佐偽もおそるおそる、浮いている形ではあるものの、ヒカルの後ろに乗る形で一緒にやってきた。
何しろ佐偽自身は体が透けてしまい物にもさわれない。
それゆえに自転車にのろうとしてもすかっと体は素通りしてしまう。
取り憑いた相手であるヒカルには触れることができるがゆえにヒカルに抱きつく形でここまできたのだが。
「とにかく、いこ!」
そんな会話をしつつも、社会保険センターの中にはいってゆくヒカルたち。
物語は、ここからすべてはじまってゆく……
↑
こんな感じでv
佐偽とであってからの初めての日曜日。
社会保険センターの初心者囲碁教室にむかったときのお話ですv
ちなみに、ヒカルは趣味(小説など)をかいては自分の空想世界にはいるような子、という設定ですので。
自室にすでにパソコンがあったりする、という設定ですが(笑
しかもかなりの倹約かできちんと家の手伝いもするような女の子、ですv
夢見心地でもあるヒカルにとって佐偽の美貌は圧倒的でもありなので一目ぼれ、というわけです(笑
ではでは、またいつか~♪
2008年8月23日(土)某日
Home Top Back Next