まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。
気分的にはもう一色碁はおわったもの。と勘違いしてた私です。
1からみなおしたらまだやってなかったことにびっくり(まて
今回は桑原さんと倉田さんvのダブル出演v
何はともあれいくのですv
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日本棋院、手合いの間。
基本、日曜日と第二土曜日は院生の手合い日。
そしてまた、それ以外の日にはブロ試験達の手合いをする場所ともなる。
だがしかし、試験最中はその概念が多少かわる。
普通のブロたちの手合いは地方でおこなわれ、本戦となる本部の日本棋院においては対局はない。
ブロ試験にうかった新人棋士たちは、基本、次の年の四月からプロとしての生活を開始する。
それから終わりのない道がはじまるのである。
挫折するものぼってゆくのもそれは個々次第。
星の道しるべ ~本因坊と一色碁~
「しかし、お前…強いくせにほんと~に何もしらないよな」
「そういうけど。和谷。俺強くないとおもうけどなぁ?今だに佐偽にはかてないしっ!」
「あのsaiは絶対に別格!!」
おもわずヒカルのセリフに突っ込みをいれてしまう。
まさか日々、家で打っている、とは和谷はおもっていない。
もしかしたら病院、もしくはsaiの家にはいっているかも、とはおもってはいるが、勘ぐりをいれてもはぐらかされる。
「進藤はたしかに。囲碁界のことをしらなすぎるよな~」
一応、基本的なタイトル戦の名前はしっているようではあったが。
しかもそれすらもヒカルいわく、塔矢明に叩き込まれたらしい。
すでに季節は十月。
気付けばヒカルはあっという間に連勝を重ねて一組の上位にはいりかけている。
「まさか富士通杯とかまでしらなかったとはびっくりしたわよ」
そんな二人の会話に横入りするかのように呆れたようにつぶやいている奈瀬の姿。
十月十二日の体育の日。
それゆえに今日の手合いは朝から夕方まで。
休日であるがゆえに手合いの時間もほぼ一日がかりとなる。
「そういえば、プロ試験ってどうなってるの?」
そろそろ試験も終盤、らしい。
「塔矢明が一敗でとっとと合格きめてるけど。あとはもうプレーオフの塊ばっかり」
「だけどさ。まだ可能性あるわけだし」
一敗していたのは塔矢明のみ。
あとはほぼ五敗以上の受験生がごろごろとかさなっている。
残りの枠はあと二名。
最後まで気が抜けない。
「僕は今年あっさりともうだめ~。もう10敗もしてるし」
昼休み、近くのファーストフード店にとでむいているヒカル達六人。
「そういえば、本田さんは?」
本田敏則、ヒカルより三つ上の一組在籍の院生仲間。
だいたい、食事にでるときはこの六人。
和谷義高、伊角慎一郎、奈瀬明日美、福井雄太、そして本田敏則。
この六人で行動をともにしている彼ら達。
「今のところ六敗。今後できまるな」
「ふ~ん。でもみんな頑張ってるんだ」
この中で今年試験をうけていないのはヒカルのみ。
どこかほっとけないので彼らはヒカルをかまっているのだが。
それとヒカルの強さが気になっている、というのもあるにはあるのだが。
「でも、今年うからないと、来年は進藤が強敵になるわよね~」
「だよな~。今だに進藤からは勝ちとれないし」
しみじみいう奈瀬の言葉に思わず同意してしまうのは仕方ないであろう。
「来年?何かあるっけ?」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
はぁ~……
きょとん、として意味がわかっていない様子のヒカルに対し、思わず顔を見合わせ全員で溜息をつく。
「お、ま、え、なぁ!来年といったら来年!来年の夏のプロ試験にきまってるだろうがっ!」
おもわずヘッドロックをかましつつも、ヒカルに対していいつのる和谷。
「ええ!?俺もうけられるの!?」
「し~ん~ど~う~」
「一組は望めば全員誰でも無料でうけられるのよ。あんたそんなこともまだしらなかったの?」
「うん」
即答するそのセリフにさらに溜息つかさざるを得ない。
どこまで強いのかつかめないというのに、そういった囲碁界などに関する知識はとぼしすぎる。
それゆえに構わずにはいられない。
「進藤君ってほんとうにかわってるよねぇ」
「たしかに」
それでも強いのだからヒカルの性格とひとがらを知らなければ嫌味、としかとらえられないだろう。
「俺達院生にとって、唯一最大の目標がプロ試験。今年こそ絶対に俺はうかりたいけどな!」
「そういえば、一番確実なのは伊角さん、よね。今のところ三敗で数名ならんでるし」
「これからずっと勝ち進めればうかるかもしれないけどね」
だが油断はできない。
何かこうここ一番、というときに力がでないのも事実。
どうしても精神力がぐらついてしまう自分の欠点をそれなりに伊角も理解している。
「あ~あ。午後からは俺が進藤と、なんだよな~」
溜息をつく本田とは対照的に、
「和谷君は僕と、だよ?」
「いいかげん負けてらんないよなぁ」
福井のセリフにため息まじりにいっている和谷の姿。
「何だよ。まだフクに苦手意識もってるのか?」
そんな和谷に苦笑しながらもといかける伊角の言葉に対し、
「何かかてねえの」
溜息まじりにこたえるしかない和谷。
「そういえば、小宮もフクに苦手意識もってるとかいってたなぁ」
そんな会話をききつつも、ふと思い出したようにいっている本田の言葉に対し、
「俺、それほどでもないけど」
「俺はフクとはうちやすいけど?」
「伊角さんや進藤は別。絶対に」
そんな会話をしつつも、日本棋院の扉をくぐる。
そしてそのままエレベーターのボタンをおす。
と。
「「…あ」」
どうやらエレベーターは降りてくるところらしく、チン、という音とともに降りてくる年配の男性が一人。
かなりの歳であることは明白。
あわててその場を横によけ、道をあける和谷達。
そのままなぜか頭をかるくさげているのが目にはいる。
?
誰?
みたことないひとだし。
こんな人、棋院の中にいたっけ?
そんなことを思いつつ、ヒカルのみがその出てきた人物をしばらく凝視する。
「…ん?」
何となくただならぬ気配をかんじおもわず振り向く。
振り向くと頭を下げている院生らしき子供たちとは対照的に首をかしげている男の子の姿が目にはいる。
前髪のみが金髪のかわった子供。
染めているのか地毛なのかそれはよくわからないが。
だが凝視せずにはいられない。
なあ、佐偽。
あんな人、いたっけ?
『さあ?でもあのもの、そこそこできるようですよ?』
ふ~ん。
佐偽がそういうんだったらじゃああの人もプロの人なのかなぁ?
あんなお年寄りでもできるんだ。
ヒカルがそんなことを思っているなど佐偽以外の誰も知る由もなく、
「進藤。いくぞ」
「あ、うん」
促され、あいたエレベーターにとそのまま乗り込むヒカルであるが。
「何だよ。お前、エレベーターの前でぼ~として」
エレベーターに乗り込むと、そんなヒカルに話しかけてくる和谷。
たしかに乗り込む前にしばらく相手をじっとみていたのは事実。
「桑原先生がどうかしたのか?」
少しばかり疑問におもいといかける伊角のセリフに対し、
「クワバラ…先生?誰それ?」
「知らないの!?うそ!?」
きょとん、とするヒカルの言葉に驚愕の声をあげる奈瀬。
「ったく、おまえってば!無知すぎるのもほどがあるぞ!本因坊だよ!桑原本因坊!」
「?」
どうやら意味がわかっていないらしい。
それゆえにおもわず顔をみあわせてそれぞれ額に手をやる和谷達五人。
無知すぎるのもほどがある。
というか知らない、ということ自体があるいみすごい。
「何それ?本因坊って、虎次郎の?」
「虎次郎?」
「ああ、たしか本因坊秀作の幼名、だよ」
伊達に秀作の棋譜をよく並べていたわけではない。
和谷もまたそれゆえに本因坊秀作のことは普通以上に知っているつもり。
それゆえに首をかしげる福井達にとかるく説明を促す。
促すが、あの本因坊秀作を虎次郎などという幼名でよぶひとなどヒカル以外みたことがないのも事実。
「え~とね。本因坊、っていうのはね。ず~と昔からね、碁の強い人が受け継いできた名前なの」
「そうなの?」
奈瀬の説明におもわず横にいる佐偽を見上げて問いかける。
『ええ。虎次郎も本因坊家の後継ぎとしてあの家にむかえられましたしね。本因坊家は名家だったのですよ』
いまだにあの家柄がつづいているかどうかは佐偽も知らないが。
「本当に進藤君。何もしらないよね……」
「これであの強さなんだからな」
まったく知らない様子のヒカルの様子にため息をつきつつも、ぽそっとつぶやく福井と本田。
「とにかく、それにちなんで昭和になってから本因坊戦っていうタイトルがつくられてさ。
優勝した人が本因坊って名乗ることになったんだ」
本気でどうやら知らないらしいヒカルにと一応丁寧にと説明する伊角。
「ふ~ん」
つまり、対局やってかちあがった人が本因坊をなのることになってるんだ。
完全に理解したわけではないが何となく理解ししみじみうなづく。
「今は棋聖戦や名人戦。いろいろタイトルがあるけど、本因坊戦が一番歴史が古いのよ?」
「…あのじ~さんが本因坊、だって」
『うう。何かやだ~。虎次郎はあんなお年寄りでもなかったですし…』
「虎次郎ははやり病で早死にしたのに、今の本因坊があのじ~ちゃん?」
『虎次郎はまだ若い身空で逝ってしまいましたからね……でも、う~、あの人がいまの本因坊?
まだ虎次郎の義父である師のほうがはるかにましでしたよ!?』
どうやら佐偽にしてみても、多少のショックをうけたらしい。
虎次郎を直接しらない俺でも『え?』とおもうんだから佐偽からすれば何ともいえない思いがあるのは嫌でもわかる。
「おまえ、本因坊相手にじ~ちゃんはないだろうが……」
たしかに、桑原先生はお年寄りだけど。
その言葉をどうにかのみこみ、おもいっきりこめかみに手をあててつぶやく和谷。
「今はね。緒方先生がちょうど桑原先生に挑戦してるよ?」
「え?緒方のおじさんが?」
「おまえ~。あの緒方先生をおじさんよばわりって…」
桑原先生に続きあの緒方先生まで。
こいつの大物ぶりにはあきれるよ。
そんなことをおもいつつ、福井の言葉にきょとん、とこたえるヒカルに対しさらに呆れたようにつぶやく和谷。
「当人の前ではいえないよ。とめられてるもん」
「・・・・・・・・・・・・ほんと、大物だよ。進藤は……」
和谷のつぶやきもしごくもっとも。
そうおもい、しみじみとその場にてうなづいている本田の姿もみてとれる。
そんな彼らの言葉をききつつも、ひとつ息をつき、
「挑戦は七番勝負。っていっても続けてうつわけではないけどね」
「たしか、この前の対局を緒方先生がかって、今週二局めがあるはずだよ」
「どのタイトルも二年がかりで予選をやっててね。そこで優勝した人がタイトルホルダーに挑戦できるのよ?」
口ぐちに説明している伊角、福井、奈瀬ではあるが、
「ええ!?二年がかりで!?」
二年。
その言葉に驚きを隠しきれないヒカル。
『へぇ。おもしろいですねぇ。年越しで、ですかぁ』
そんなことは今までになかったので興味をもってしみじみとつぶやく佐偽。
「おまえ、ほんと~~に何もしらないよな……」
ふつう、囲碁に興味をもっていればそれくらいしっていそうなのに。
「ちょっとは囲碁の世界のことを勉強したほうがいいよ?」
あまりの無知さに頭痛がしてくるような気がするのはおそらく気のせいではないだろう。
それゆえに、あきれる和谷とは対照的に、本気でヒカルにいっている奈瀬ではあるが。
「ん~。プロになってからおぼえるさ。今は必要ないし」
『ヒカル。そういう問題ですか?』
何やら横のほうで注意してきている佐偽の言葉はひとまず無視。
「塔矢君に特訓してもらえるようにたのもうか?」
「げっ!あいつはしつこくいってくるからそれはかんべんっ!」
「あ、いいかも、それ」
『でもたしかにそれも手ですねぇ~』
「って!同意すなっ!」
福井の提案に奈瀬がうなづき、さらには佐偽までもが同意をしめし、おもわず叫んでしまう。
「というか、進藤君が無知すぎるのが問題だとおもうのよね。下手したら院生の資質がうたがわれちゃうわ」
「奈瀬、さりげにひどいこといってない?」
「事実だもん」
「もう、みんなして!」
「「進藤(君)が無知なのがわるいっ!!」」
おもわずぷうっとむくれるヒカルにと異口同音にその場にいる全員の声が重なるのは…仕方ないであろう……
「どうかしたんですか?桑原先生」
しばらくエレベーターの前にて立ち止まってしまう。
あの尋常ならない気配。
まるでそう、歴千の棋士を相手にしているようなときとおなじ気配。
その気配とは佐偽の気配なのだが、彼にはその姿は視えていない。
それゆえに一番つながりの深い、すなわちヒカルから気配がしてきた、と感じているのも事実。
「いやぁ、なぁに、ちょっと。ただならぬ気配をかんじての」
ふと声をかけられて我にともどり足を歩めるそんな桑原仁に対し、
「まあ、おばけでもみたんですか?」
おもわずころころと笑ってしまう一階にとある販売所の販売係りの女性。
「いやぁ。あのガキじゃよ。院生…じゃな。おぼえておこう」
エレベーターがとまったのは六階。
今日は院生の手合い日。
それゆえに院生だ、と理解する。
「おっと。いそがないとな」
今から飛行機で北海道にいかなくてはならない。
本因坊戦の二局目が開催される地。
今回開始される場所は…北海道……
「くそ~。自信あったんだけどな~」
「へへ~ん」
対局がおわり、カケをもちだしヒカルに勝負を挑んだのはついさきほど。
半目勝ちだけはぜったいにさせない。
とおもって挑んだ、というのに結果はヒカルの半目勝ち。
一組になってヒカルが半目で勝てなかったのは初日の飯島との一局のみ。
それ以外はすべて半目で勝ち進んでいるのも事実。
「とにかく、約束は約束だからな!和谷!」
「ちぇっ。あ~あ、ラーメン代、そんした~」
かけの対象は半目勝ちを阻止したら和谷がヒカルが食べたい物をおごる、というもの。
逆にヒカルが半目勝ちできなければヒカルが和谷におごる、という約束で一局をうった。
結果はヒカルの勝ち。
「あ、そこにはいろうぜ」
「ちぇ。しょうがないか」
かけをもちだしたのはあくまでも自分。
ヒカルの半目勝ちを止められれば試験にも合格するような気がして勝負を挑んだ。
そんな会話をしながらあるいてゆくさきに、何やらラーメンやらしき暖簾が目にはいる。
駅前の本通り。
その一角にとある中華ソバ店。
そんな会話をしつつも二人して店の中にとはいってゆく。
「…って、あれ?あ~!倉田のお兄さん!?」
「って、くくくくくらたさん!?」
ふと店にはいると同時に目にはいったのは、ヒカルが見知った顔。
何やら横では和谷が硬直しているのが見て取れるが。
「うん?あれ?君はたしかあのときの……」
さすがに子供ながらに劣性の碁をプロ相手にひっくりかえし、あげくは秀作の字を偽物とみやぶり。
さらには本カヤを一目で偽物と見抜いたこども。
おぼていないわけはない。
「何だよ。進藤。お前、倉田さんと知り合いだったのか?」
「え。うん。前何とかいう大会でちょっと」
それがどういった大会だったかよくあまり思い出せないのも事実。
「何?和谷、知り合いなの?」
「お~ま~え~は~!!まじで無知すぎるぞ!!倉田さんは今話題の若手プロ棋士だろうがっ!」
「そうなの?」
どうやら本気でよくわかっていないらしい。
「何?君、家この近くなの?」
「あ、ううん。手合いの帰り」
「手合い?君もしかして院生?」
「え?あ、はい」
「なるほど。じゃあ今年の試験うけてるわけ?」
「いや、院生になったの八月からなので試験はうけてません。こっちの和谷はうけてるけど」
「ははははじめまして!倉田さん!俺、おれ、和谷義高っていいます!
あ、ああああの!サインくださいっ!」
なぜかカチコチになりながらも、何でそんなもんもってんだ?
とヒカルが思わずおもってしまうがすばやく鞄の中から色紙をとりだしてそんなことをいっている和谷の姿。
「え~?和谷。この人、字、きたないぜ?そんなのもらってうれしいのか?」
「お~ま~え~は~!!倉田さんにたいしてなんつ~失礼な口のきき方をっ!」
おもわずその場にてはがいじめにしてしまうその気持ちはまあわからなくもない。
「すいません、倉田さん。こいつ礼儀しらずで!ほら!おまえからもたのめっ!」
「え~!?」
ヘッドロックをかましながらもヒカルに対して言いつのる和谷ではあるが。
「ヤダ。俺、今ラーメンくってるもん」
いいつつも、ずずっとラーメンの最後を口にして。
「あ、すいません。おかわりおねがいしま~す!」
何やらおかわりを頼んでいる倉田であるが。
そこにいるのはヒカルが以前、去年のとある大会でみかけたことがある倉田厚、というプロ棋士。
「おまえ、倉田さんにサインもらえなかったらラーメンおごらないかんな」
「ええ?!」
それは約束が違う!
そうはおもうが、どうやら和谷の目は本気らしい。
仕方ない。
かといって、機嫌をそこねたような相手をどうすればいいのか。
少し考え、
「俺もやっぱり倉田さんのサインがほしいな~。
あ、でも倉田のお兄さんのような有名人のサインはただでもらえないよな~。
やっぱり。倉田さんにかって初めてご褒美でもらえるようなそんなに価値がある代物、だろうしな~。
な、和谷。それほど倉田さんのサインは貴重でもらう価値があるもの、だよな?」
「え?お、おうっ!無名のまだ院生のオレタチが普通にもらえる相手じゃないのは十二分に承知してます!」
「そうそう。倉田のお兄さんのサインはただでほしいなんていっちゃいけない。
それくらいの価値があるよね。絶対に」
何やらそんな会話を始めている子供二人。
にまぁ。
「そうか。お前もようやく俺のすごさがわかったか。そこまでしてほしいのか~。しかたないな~。
じゃあ、これたべたら近くの碁会所にでもはいろうか?」
よっしゃ!
扱いやすいぞ!この人!
そ~いえば、倉田さんってけっこうおだてに弱いってきいたことはあったけど……
一人がっつボーズをするヒカルとは対照的に、ふと師匠の研究会で聞いたことを思い出している和谷。
「あ、俺達もたべようぜ」
「そうだな。すいませ~ん、こっちにらーめんふたつ、おねがいしま~す」
「いっとくけど!おごらないからなっ!」
「自分で払います!」
「ま、それならいいけどさ。しかし、君たち、院生仲間なの?そういえば今日は院生手合い日だったっけ?」
倉田の前の席があいているのをみてとり、自然とその前にとすわるヒカルと和谷。
「倉田さんは近くに指導碁でもあったんですか?」
「ん~?まあね。そういえば、君たちの名前って何だっけ?そっちの愉快な秀作の鑑定師はともかくとして」
「秀作の鑑定師?」
そう倉田にいわれても和谷には意味がわからない。
「あ、俺は和谷義高、といいます。こっちは進藤。進藤光、です。それぞれに一組です」
緊張しつつも倉田の質問にこたえる和谷。
「ふ~ん、一組…ねぇ」
ん?一組?
つまり、それは八月から院生を始めてすでにもう一組に昇格している、ということを指し示している。
まあ、院生もそれくらい実力もってなきゃうかんないかな?
そんなことをおもいつつも、運ばれてきたラーメンをすする倉田。
倉田に続いてヒカルたちのラーメンもまた運ばれてくる。
ぱき。
割りばしをわり、互いにむかいあったままでラーメンをすする。
「そういえば、明日から本因坊戦の二局目、ですよね。倉田さん、今年は残念でしたね」
「まあね~。でも次こそは俺が挑戦者でタイトルをうばうけどね。あはははは」
本因坊戦の結果をしっているがゆえに何かはなさなければ場がもたない。
それゆえに話題をふっている和谷。
「お、おれ、応援してます!というか倉田さんなら絶対にできますっ!」
「ん~?そうだろ?そうだろ?」
和谷の本気ともお世辞ともいえないその言葉に笑みをさらにうかべている倉田であるが。
なあ、佐偽?
このお兄さんってかなりお世辞によわいみたいだよね?
『たしかに。しかし、このもの、どのくらいの強さ、なんでしょうか?』
さあ?
どうやら和谷はしってるっぽいけど、下手に今といかければラーメン代を自分でださなければいけなくなってしまう。
今日、ヒカルがもってきている金額は帰りの電車賃を含めればぎりぎり、というところ。
それゆえにどうしても下手なことをいうわけにはいかない。
ヒカルにとっては意味不明な会話を何やらしている和谷と倉田。
そのほとんどがヒカルには理解不能。
まあ、タイトル戦の内容とかをいわれても、ヒカルはその棋譜を知らないのだから口のはさみようがない。
何やら素なのか、はたまた本気でいっているのかわからないが、
とにかく和谷に褒めつくされてご機嫌になっている倉田の姿が目にとまる。
「よっし、じゃ、いこっか」
こいつらもかわいいところあるよなぁ。
ほめちぎられてご機嫌であるがゆえに、先ほどの約束を違えることなく近くの碁会所へとむかう倉田。
まさか、ヒカルがおごってもらえなくなるからあんなことをいった、などとは夢にもおもっては…いない……
「席料はお前らがはらえよ?」
「え?わ、和谷、お前いくらもってる?」
「これだけ」
「じゃぁ、一人分、かぁ」
どう換算しても一人分くらいにしかならない。
「まあ、見学のぶんには席料はたぶんいらないとおもうぜ?」
「なるほど」
そんな会話をしつつも、とりあえず本通りにとある碁会所の一つにと足を踏み入れるヒカル達三人。
「いら…ああ!?く、倉田ブロ?!」
お客がはいってきたかとおもい、そちらに目をやれば信じられない人物の姿。
それゆえに驚愕の声をだす。
「え!?うそ!?」
「ほ、ほんとだ!」
ガタガタガタ!
その声に反応して碁会所の中にいた客たち全員が席から立ち上がる。
「倉田のお兄さんってもしかして有名人?」
「お前が無知すぎるのっ!」
ぽそっと隣にいる和谷にといかけるヒカルに小声できっぱりいいきる和谷。
「うてる~?」
「あ、はい!どうぞどうぞ!」
「オレ、ファンなんだ!」
「後ろの子たちはだれだい?」
何やら客たちからそんな声が聞こえてくる。
「倉田さん!来月の棋聖戦、応援してますよ!倉田さんならいけますよっ!」
「五段昇格おめでとうございます!さすが倉田さんです!」
へ~。
この人、五段、なんだ。
そんな彼らの会話から目の前の人物がどれくらいの位置にいるのか何となくつかめるヒカルであるが。
「で?どっちがうつの?」
「え?え、えっと…」
「こいつです!」
「って和谷!?」
「お前のほうが可能性がある!いいか!絶対にサインもらえよっ?!」
え~と。
別に俺はほしいわけじゃないんだけどなぁ。
なあ、佐偽?
『ですよねぇ。どちらがうちます?ヒカル?』
お前、うってみる?
『いいんですか?』
だってかたないと和谷にいわれたサイン、もらえないし。
二人がそんな会話をしているとは夢にも思わず、
「倉田さん?こちらの子どもたちは?」
「ああ?こいつら?こいつらプロの卵の院生。何かさ、こいつら俺のファンなんだってさ。
俺にかてたら俺のサインをくれっていってんの」
「へ~。倉田さんのファンなんだ。かわいいね~」
「院生、かぁ。君たち、いくつ?」
「あ、こいつは中一、おれは中二、です」
「本当にまだ子供、だねぇ」
何やらそんな会話をしている和谷と客たちの姿が目にはいる。
「うちもあとでサインもらおう!色紙あったか!?」
「たしか一階の売店でうってなかったか!?」
「あ、おれもかってくるっ!」
何やらそんな会話もきこえなくもないが。
「いっとくが。簡単に俺のサインはやらないからな!」
「は、はいっ!」
というかいらないっ!
けど勝たないと和谷におこられる~。
『わくわくvわくわくv』
佐偽はといえば何やらとてもわくわくしているのが見て取れる。
お前はのんきでいいよな。
ほんっと。
そんなことをヒカルがおもいつつ、とりあえず案内された席にとつく。
「互戦はかわいそうだから、進藤。お前コミなしの先番でいいよ」
「え?あ、はい」
それって佐偽におもいっきり有利じゃないかなぁ?
そんなことをおもいつつ、碁笥を握る。
そのまま蓋をあけてみれば……
「「あれ?」」
なぜか二つの碁笥とも両方とも白石が入っている。
「あ、二つとも白石だ」
「あ、すいません。こっちの黒を……」
それに気づいて周囲にむらがったギャラリーたちが別の場所から碁笥をもってこようとするものの、
「いいよ。これで打とう。一色碁だ」
にまっと笑みを浮かべていいきる倉田。
「え?一色?何?それ?」
そういわれてもヒカルには意味がわからない。
『ほう。つまりは一つの色で互いに打ちあうことですよ。ふむ。おもしろそうですね。
ヒカル。気がかわりました。あなたがやりなさい』
「ええ!?一色で!?」
佐偽の説明でようやく意味がわかったものの、それがどうして自分に矛先がむけられるのかがわからない。
というか、佐偽!おまえうちたいっていつもいってるじゃんっ!何で今回にかぎって!?
『ヒカルにはいい勉強なる、とおもったからですよ。石の流れなどをつかむのにはうってつけ、ですしね。
それに、ヒカルは今までこのようなひとつの色でうったことはないでしょう?』
どうやら進藤のやつ、一色碁は初めてのようだな。
「というか一つの色でって!?ええ!?」
「君のそれが黒石。な、じゃ、はじめようか。おねがいします」
倉田さん。
おもいっきりそれってむちゃじゃぁ。
進藤のやつ、どうも反応をみるかぎり一色碁は初めてみたいだし。
そんなことを思いつつ、おもわずごくりとのどを鳴らす和谷。
「え、ええ!?この白が黒!?一色!?えええ!?」
佐偽ににこやかにいわれ、さらにいえばさくさくっとこちらの意見もきかずに話をすすめる倉田。
それゆえにヒカルは戸惑わずにはいられない。
『ヒカル。いい勉強になりますよ。さ、ファイト、です♪』
お前、へんなところできびしいよな……
おもわずにこやかにいってくる佐偽のほうを文句を心でいいつつじと目でにらんでしまう。
「はやく!」
「え、あ、おねがいしますって…ええ!?」
こ、この白が…黒!?
何それ!?
『ヒカル。石の形、棋譜の形で頭にいれていけばできますよ。あなたなら』
言われている意味はわかる。
わかるがどうしても混乱してしまう。
へぇ。
進藤のやつ、一色碁は初めてか。
こりゃ、楽しくなりそうだな。
そんなヒカルの戸惑う様をみて、相手がはじめて、というのはまるわかり。
それゆえににやりと笑みをうかべている倉田。
倉田とて進藤ヒカル、という少年の力をみてみたい、とはおもっていた。
けっきょく、あのときの御器曽プロとの対局はどのようにして彼が勝ったのかわからずじまい。
あれから一年。
まさか院生になっていた…とはおもわなかったが、だがしかし、どこかあるいみ納得もしてしまったのも事実。
八月から院生になっている、とはいえすでに一組に昇格しているという目の前の子ども。
だからこそその棋力を確かめてみたい、とおもうのは人の常。
「え?え?白石、だけで?え?」
「つまりどういうこと?」
ギャラリーの中からも動揺した声が聞こえているが。
『ヒカル。とにかく局面に一点集中。です。いいですね?でないと形がわからなくなりますよ?』
はじまってしまったものはしかたがない。
しかも佐偽がうつきがないとなればヒカル自身がどうにかしなければならないのである。
それゆえに。
わかった。
一言心でつぶやき、すうっと息をすって局面のみにと集中する。
一点集中したヒカルには周囲の雑音も何もかもまったくきこえなくなる。
それはこの一年、ヒカルとともにいる佐偽がよくわかっている。
おそらくの一局でヒカルはさらに伸びるでしょう。
そう確信できるがゆえの提案。
『さて。たのしみですねvふふふv』
相手の実力はわからない。
だがしかし、一色碁をいってくる、となれば相手はかなりの腕をもっている証拠でもある。
ヒカルがどこまで伸びているのか教えている佐偽だからこそ視えるものがある。
だからこそわくわくせずにはいられない。
ヒカル、どんな一局をみせてくれるのですか…?と。
「一色碁…」
「君、どういう意味だい?」
「え、えっと。つまり、全部の局面が同じ色の石になる、ということです」
説明をもとめられごくりとのどをならしながらもひとまず答える和谷。
和谷とて一色碁は師匠の特訓でされたことはある。
途中でわけがわからなくなってしまい混乱してしまったのも事実。
棋譜の形を頭に叩き込むには一番てっとり早いとか何とか以前いわれたような気もしなくもない。
しかし、始めてでいきなり出来る人など…和谷はきいたことがない。
ごくっ。
パチパチパチ。
初めてというのに進藤には打ち込みのよどみがない。
集中しているのが傍目からでもみてとれる。
「こ…こいつ……」
実力があるのはわかっていた。
いや、わかっていたつもりではあった。
だが、始めての一色碁でここまでうてるとは想像すらしていなかった。
それゆえに盤上にくぎづけになってしまう。
こいつ…予想以上だ。
気をぬけば間違いなくやられる。
心の中でそんなことをおもいつつ、目の前の子どもの次なる手をなるべくすばやく予測する。
「お、オレはまだわかるぞ」
「オレだって…」
「ね。何となくわかるもの、でしょ?形で頭にいれるんですよ。石の形で」
油断はできないが、プロとしての意地がある。
周囲にいるギャラリーの言葉にも反応できないほどに追い詰められている、とはおもわれたくない。
それゆえにそんな彼らの言葉に打ちこみながらもひとまず答えている倉田。
「ああ。もう混乱してきた」
「えっと、あそこが黒で……」
「すいません。だまってて!わからなくなるっ!」
和谷とてこの一局は頭にたたきこみたいところ。
それゆえに何やら横のほうで騒ぐ大人たちに注意を促す。
「お。さすが院生だねぇ。まだみえてるんだ。でもまだまだこれからっ!なあ、進藤?」
問いかけるが反応はない。
どうやら局面にのみ一点集中しているらしい。
周囲の雑音がまったくきこえてないみたいだ。
すごい集中力だな。
おもわず感心してしまうものの、あのときのイベントで御器曽ブロがひと泡吹かせられたのも納得してしまう。
一色碁でここまでうてる子どもにあの彼が勝てる、とはおもえない。
彼のことだから子供、とおもってあなどってうったであろう、というのをさしおいても。
高段者との手合いにもにた緊迫感がこの一局にはある。
「村石さん、まだみえてるの?わしらはもうさっぱりだよ」
「いやもう、これは気合でみてるだけ」
「今のところ進藤の優勢です、ね」
盤面をみながらもとりあえずわかっていない大人たちにと説明している和谷。
自分ならばここまでうてるだろうか?
答えは…否、である。
「よぉし!じゃあ、これからふりおとすぞ!」
「「ええ!?」」
倉田のその言葉と同時、ひと隅で何やら攻防戦が開始されはじめる。
といっても、傍目からみれば白い石の塊がどんどんひろがっているようにしか到底みえない。
『ヒカル、だいぶ力をつけてきてますよねぇ。本当に先がたのしみですよv
しかし、このものもなかなかやりますねぇ。実力は今のところヒカルと五分…いえ、少し下、ですね』
盤面上は圧倒的にヒカルの優位の局面となっている。
佐偽からしてみればどちらもまだまだ、という感がいなめないが、
それでもここ一年ばかりでここまで実力をつけているヒカルのことを誇らしくおもうのも事実。
「ひ、ひとすみで激しい戦いがはじまったらしい…が」
「ああ、わしらにはただ白い石のかたまりがふえていっているのしかわからない」
「まだまだ続くよ!」
ものすごく細かい。
気をぬけば形がわからなくなってしまう。
ごくりとのどをならしながらも局面を凝視する和谷。
「で、今、どっちがいいんだい?」
「俺にきくな!俺に!」
「だまってて!わかなくなるっ!」
どうやらこの場では唯一、院生、といっていた子どものみが局面を理解しているらしい。
子供に聞ける雰囲気ではない。
どっちがいいって。
そりゃ、進藤にきまってる!
あの倉田五段を相手に、しかも初めての一色碁。
ここまで打てる…とは和谷ですらおもってもいなかった。
和谷と倉田の抱く思いは別なれど、思うことは二人とも同じ。
すなわち、今のところヒカルの圧倒的有利と局面はなっているのだから。
「倉田先生。形成はどうなんですか?」
「今のところこいつにがんばられちゃってますよ。オレのサインがそんなにほしいんだ」
その間もパチパチと盤面上では戦いが繰り広げられている。
……あ。
『ヒカル!そこはっ!』
しまった!読み間違えた!!
あせりかならのか、普段しないような手を間違えてしまったがゆえにおもわずほぞをかむヒカル。
佐偽もまためったにしないヒカルの読み間違えの一手に思わず声を出すものの、
よしっ。
パチリ、と倉田がその一手を見逃すはずもなく打ち込みを開始する。
と。
「サイン?」
「ああ。この子たち院生らしくてね。倉田先生にかったらサインをくれ、といってるらしいんだよ」
「へぇ~。しかし、院生っていうのはさすがだねぇ。プロの卵、だけはある。まだ子供なのにたいしたもんだ」
「ひとつの色でここまでうてるもんかねぇ?すごいねぇ。プロの卵って」
今の進藤のミスはたすかった…
そうほっとする倉田の耳にギャラリーのそんな声が聞こえてくる。
…ってまて。
たすかった!?
しかも、そういえば、こいつ、まだ院生になってひと月たらずなんじゃあ!?
しかも中学一年生。
さらにいえばプロ試験にすらまだでてきてないいわば無名の子ども。
今、対局しているのは、桑原のじ~さんでも、塔矢行洋でもない、まだプロにすらなっていないヒヨッコでもない卵。
しかも、しかも対局している相手はこれがはじめての一色碁、だったはず。
その事実に気づいておもわず驚愕してしまい、打ち込みする手がとまる。
今年、試験をうけている、という塔矢明には注目していた。
だが…下からつきあげてくるのは…くるのは…
やつ、だけじゃない!
もうひとり…ここにいるっ!
今でここまでの力をもっているのならば来年、すなわち試験をうけるときにどこまで強くなっているのかがかなり怖い。
倉田がそんなことをおもっているとは露知らず。
「進藤…今の読み間違いはきついな…挽回の手は……」
そうわかるものの、局面がこまかすぎて和谷ではよくわからない。
「君、わかるの?」
「ええ、しかし、今の進藤の読み間違いは…かなり痛い、ですね。これまでの優勢が逆転されてしまいました」
これまでは完全に六目以上勝っていたのに。
冷や汗をながしつつもつぶやくようにいっている和谷。
たしかに、今の読み間違いのミスがなければまちがいなく小寄せにいくまでに負けは確実であったのも事実。
そんな和谷の言葉にはっと我にと戻り、
し…しまった!他のことかんがえたら局面わかんなくなっちゃった!!
一度、きれいにわすれてしまった棋譜は思いだそうとしても普通思い出せるものではない。
ヒカルや佐偽ならばいくら昔の一局でも覚えているので誰でもいえるのが当然。
とおもっている節があるが。
事実はそうではない。
それでなくても一色碁。
形をわすれてしまえば手のうちようがないのも事実。
たしか、あのへんだ…あのへん。
ええと、あそこをきれば黒は死ぬ…かな?
ええい!ままよ!勝負勘!
ぱちっ。
あまり長考しては怪しまれる。
それでなくても先ほどの一手でこちらの有利は確定されている局面であることには違いない。
下くちびるをかみながも、勘を信じて一手を打ちこむ。
くっ。
やはりそこにきたか。
相手が局面を綺麗さっぱり忘れた、とはおもいつきもしない。
それゆえに、やはり急所の一手ともいえる場所に打ちこまれてしばらく局面とにらめっこにおちいるヒカル。
どちらにしてもすでに局面は小寄せに近い。
このまま打ち続けていたとしても、まちがいなく優勢の局面はひっくりかえされてしまうのは明白。
…それは相手がきちんと形を覚えていれば、の話だが。
よもや相手がきれいにこの局面の棋譜の形を失念している、などと一体誰が予測つくであろう。
「……ありません…」
どよっ。
ヒカルの負けの先刻に周囲のギャラリーが一斉にどよめく。
「ああもう!ここの読み間違えがいたかったぁぁぁぁぁ!
ここでコウに失敗しちゃって大失敗!これで小寄せの局面で優勢がひっくりかえるの確定しちゃったし」
『たしかに。そこの読み間違いはきつかったですねぇ……』
「おまえなぁ。おまえらしくないポカ、だよな。というか一色碁、でもお前、はじめてだったんだろ?」
「え?あ、うん」
「ならこれほどうてればいいんじゃないのか?形いれつつ打つなんてかなり気力つかうしさ」
「でもさ。和谷。ここをこうしてじっくりいって、右辺をうけとめとけば、
このまま小寄せに突入で、俺の十目勝ちだったにのさ~」
何やらそんな会話をしている院生の子どもたち。
そういわれても周りの大人たちはまったくもって意味がわからない。
そもそも、彼らの目には白い石がどんどんとふくれあがっているようにしかみえなかったのだから。
「でも、始めてでここまでうてればいいですよね。…倉田先生?」
ふとみれば、対局していた倉田プロはといえば何やらその場にかたまったように動いてはいない。
一人のギャラリーの問いかけに、はっと我にと戻り、
「あ、色紙、ある?」
「え、あ、はい!」
倉田にいわれてあわてて色紙の一つをさしだす一人の男性。
きゅっ。
きゅっきゅっ。
そのまま無言で色紙に何やら描きつつ、
「やるよ。進藤」
「え?」
「あれ?倉田先生?かてたらサインをあげるんじゃなかったんですか?」
たしかそんなことを始めにいっていたはずである。
まあかなり検討した子供にたいしてのご褒美かな?
そうおもいつつもといかけるが。
「…なに、これ?」
『文字がいっこ…ですねぇ?』
おしつけられた色紙には、倉、のひと文字だけが書かれている。
「来年、お前がプロになって、公式手合いに俺にかてたらその続きをかいてやる!」
「え?」
いわれている意味がよくわからないがゆえにきょとん、とした声をだすヒカルとは対照的に、
「すごいじゃないか!進藤!おまえ、倉田さんに認められたってことだぜ!?すげえっ!
あ、倉田さん!俺にももらえますか!いまやってる試験の励みにしたいんですっ!」
「そういえば、塔矢明はもう試験合格きまったんだって?」
「あとの残りはほとんどダンゴ、状態です。最終日の結果で残り二名の合格者はきまります」
おなじ院生仲間、という。
もしかしたらこの子供もまた驚愕するにあたいする人物なのかもしれない。
怖いのは上にいるものではない。
下にいるもの。
それは倉田はよく理解しているつもりである。
「いいよ。色紙、かして?今年がだめでも来年、君とも公式手合いで手合せするのを楽しみにしているよ」
「は、はいっ!」
その言葉は何よりも励みとなる。
まあ、今年がダメ・・・というのが多少きになるが。
「倉田先生。ぜひとも私にもサインを」
「あ、私にも」
「色紙、まだある?」
「とりあえず一階で買い占めてきたから」
そんなこえが聞こえてくる。
「先生。今のふつうに並べてもらえませんかねぇ?われわれにはまったくわかんなくて」
そういわれても、形を綺麗さっぱり忘れた以上、おしえることはできはしない。
「あ、ごめん。俺、いそがしいんだ。つぎの予定詰まってるしな。あ、お前らはどうするんだ?」
いきなり話しをふらせて思わず顔を見合わせる。
「どうする?」
「あ、もしよかったら今からこいつと検討したいですけど、…席料が一人分たりなくて……」
事実、もう一人分の席料をはらえば帰れなくなってしまう。
「いいよ。それは。今の一局を知りたいのは我々も同じ、だからねぇ。ね、マスター?」
「そうだね。倉田さん。今日はどうもありがとうございました。この店にかざらせてもらいます。このサイン」
何よりも今人気急上昇中の倉田ブロのサインがある、というのは客の入りにも影響する。
「んふふ~。そう?じゃ、またな。進藤。それと…えっと、和谷、だったっけ?」
「は、はいっ!」
名前をあの倉田さんに覚えてもらえた!
そのことで舞い上がる和谷とは対照的に、
「あ~、しかしあの読み間違い、くやしぃ!!帰ったら一色碁の練習だ!」
佐偽!
『かまいませんけど、それは。でもそれも面白そうですねv』
何やら一人ごとをいっているヒカルの姿が目にはいる。
事実は、佐偽に投げかけている言葉なのだが、誰の目にも佐偽は視えない。
それゆえにどうみても独り言、としかとらえれない。
「あ、この席、かりますね~。石は、やっぱり一色は面倒だからかえて…と」
とりあえず横にある黒と白の石を交換する。
やはり検討するには石がわかりやすいほうがいい。
「って、進藤。お前、今の一局目からわかるのか?」
「え?何いってんだよ。和谷。うったのは俺、だぜ?
それにさ、普通自分の対局した棋譜とか気になる棋譜とか全部覚えるだろ?塔矢だってうなづいてたぜ?」
かなり何か基準が違うのではないか?
そんなことをおもわず思い、和谷は頭をかかえてしまう。
こいつがほんと、今年の試験うけてなくてあるいみよかったけど。
けど、今年うからないと来年こいつでプロ試験とあたるんだよな…
ある意味、今年も来年もきびしいことかわりないじゃいか!
和谷がそう心の中で叫んだのは…誰も知る由もない……
-第33話へー
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あとがきもどき:
薫:さてさて。ヒカル優勢の局面にする予定だったのですけど、やはり初めて、というので読み間違いをいれましたv
倉田の驚愕は…おしてしるべし。
何しろ院生になってヒカルはまだ二か月経過してるかいないかで一組にあがってるわけでもありますし(笑
その前には大会で御器曽ブロをぎゃふん、といわせてるわけでもありますしね(まて
まあ、この一件のち、かなり奮起する倉田がみられてゆく、というのはまあ裏設定v
気づいたらまた長くなってたので小話はおあずけですv
ではまた、次回にてvv
2008年8月17日(日)某日
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