まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。

さてさて。ようやく塔矢のプロ試験ですv
ヒカルは来年、ですけどね~(苦笑
ちなみに、この回でいいたいのはヒカルが塔矢名人をおじさん、とよんでいる、という事実(笑
まあ、ヒカルからすれば友達の父親、なのである意味仕方ないにしても。
かなり周囲からみれば末恐ろしいことにはかわりなしv
何はともあれゆくのですv

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星の道しるべ   ~八月の布石~

「いつきてもおまえんち、でかいよな~」
おもわず感心した声をだす。
「すいませんね。塔矢さん。うちの息子をおねがいします」
「いえいえ。こちらこそ」
何やら玄関のほうでは母親たちの声がしているが。
八月最後の日曜日。
「そういえば、お前のお父さんは?」
「父なら今日もまた対局でいないよ」
『…いつもあのものとはすれ違い、ですね……』
佐偽からすれば彼とうってみたい、という気持ちのほうがつよい。
それゆえにその言葉に落胆せざるを得ない。
「でも、だからゆっくりもできるんだし」
結局のところ、夏休み最後、ということもあり塔矢の家に一泊することになったヒカル。
塔矢の家ならば問題ない、というので母もあっさりと了解し、ヒカルの父親は今は出張中。
「あ、進藤。ここでまっててね」
「あ、うん」
やはりというか案の定、というか塔矢の家にいってまず佐偽がいきたがるのは書斎。
そこにはさまざまな今までの対局の棋譜がおさめられている。
どうやら塔矢は何か飲み物か何かをとりにいったらしい。
「進藤君。泊まるところは明の部屋でいいかしら?」
「あ、はい」
どうやら挨拶がおわったらしい塔矢夫人である明子が声をかけてくる。
「そういえば、佐偽さんはねるときどうしてるのかしら?それともねないのかしら?」
『普通にねてますよ?』
「こいつは、ときどきすわったまま居眠りしてたりするよ?おばさん」
ヒカル以外の人物と会話ができるのは今のところ明子のみ。
それゆえにどこか気心がしれてくる。
「あらあら。じゃぁ、お布団もう一枚いるかしらねぇ?」
「…それだとアキラのやつがふしぎがらない?」
「まあ、進藤君の布団をダブルのものにしておきましょうか」
『私は別にどこででもねれますけどねぇ?お心遣いは感謝、ですけど。
  できればこの部屋の近くだと本をみれるじょうたいにしてくれていれば一晩中でもみていたいですし』
「お前は自分で本をめくることができないだろ~が」
くすっ。
この会話からこの佐偽、という指導霊もまた碁をこよなく愛しているのが伝わってくる。
あるいみ、夫である塔矢行洋と似たり寄ったり、なのかもしれない。
『ヒカルから離れての行動範囲は限られてますからねぇ。私は……』
基本がヒカルの意識の中に同居している状態。
それゆえにヒカルからかなりはなれて佐偽は行動することができない。
何だか以前よりも掛け合い漫才が息がぴったりとあっている。
こういう関係は視ていて何だか微笑ましい。
「ま、何かあったらいってね。私は家にいるから」
「はい。ありがとうございます」
『塔矢の母君、ありがとうございます』
佐偽の存在を視えるがゆえに気をつかう必要がない。
そのことはヒカルにとってかなり精神的な救いとなっている。
「?あれ?二人とも、何の会話をしているの?」
そんな中、戻ってきたアキラが何やら意気投合して話している二人に気づいて声をかけてくる。
「ふふ。内緒vじゃ、進藤君、またね」
「はい」
「?進藤?母さんと何はなしてたの?」
「ん~。いろいろ。な」
『ええv』
ヒカルのその笑みにアキラとすれば首をかしげるしかない。
そもそも、アキラにはその佐偽の姿はみえていないのだから……

「今年は塔矢名人の息子が受験してるし」
日本棋院にはいると、そんな会話をしている受験生たちの姿が目にとまる。
「ああ。競争率、たかいよな」
「お前、何回め?」
「いうなよ。今年もダメならあきらめるしかないのかな」
今まで彼がプロ試験をうけなかったのが不思議なのかもしれない。
それはわかっているが、有望視されている人物とともに試験をうけたくないのも事実。
それだけ受かる枠が少なくなるのだから。
「…え?休み?」
プロ試験、本戦初戦、だというのに。
塔矢明と対峙するはずだった人物につたられたのは不戦勝。
ざわざわと会場の中がざわめきたつ。
「家のほうから連絡があってね。今日は用事でこられないらしいんだよ」
用事、とはどういうことなのかわからないが。
「次からはきちんと出てくる、とのことだけどね」
つまり、それはプロ試験初日とはいえ一敗くらいどうとでもない、ということを暗にいっているようなもの。
外は今日も雨が降り続いている。
それは会場にきている受験生たちの気持ちをまるで指し示しているかのごとくに。
「ふぅ。たすかったぁ~……初日からあからさまな実力みせられたらたまったものじゃなかったしな」
それゆえに説明をきいて胸をなでおろしている本来の明の対戦相手。
「しかし。裏をかえせば、家のものが休みをとらす、ということは試験なんて楽勝、ということか?」
「だろうな~。何しろあの塔矢名人の息子だぜ?」
周囲からはそんな声もちらほらと聞こえてくる。
ちっ。
それゆえに舌打ちせざるをえない。
俺達もなめられたものだぜ。
そんな思いがよぎるのは仕方がない。
この本戦にくるまでにどれだけ大変なのか、おそらく彼、塔矢明にはわかっていないのだろう。
それを思えばなおさらはがゆい。
みてろよ!
目にものをみせてやるっ!
このことで奮起するもの、そしてまたあきらめるもの。
それが今後の勝敗を決める起因になるであろうことを、今、この場にいる彼らは誰もしらない。


「九月…かぁ。佐偽。お前とあってほんとに一年たったんだな~」
『ですねぇ。何かもっと長くいるような気もしますけど』
何しろヒカルの成長は目覚ましい。
初めてあったときは碁のことなど何もしらない子供だった、というのに。
なにかこの一年はめまぐるしく過ぎていった。
九月になるとしみじみ去年の今頃を想像してしまう機会が増えたのも事実。
去年の今の次期はどこか物足りなさを感じて日々をすごしていたのに、今ではそれがない。
今日は久しぶりの手合いの日。
それゆえに学校がおわりそのまま日本棋院にとむかっているヒカルであるが。
おもわずそんなことをしみじみと思ってしまう。
ヒカルは今月、十三歳にとなる。
佐偽とであったのが十二歳になる少し前だったことから、よけいに実感せざるを得ない。
それでも、普通一年たらずでプロにも匹敵する力をつける子供などまずいない。
もともと秘められた素質がなければなおさらに。
七月のヒカルの成績はすべて全勝半目勝ち。
さすがにそれまでつづけば周囲とてわざと半目にしている、としか思えない。
『そういえば。ヒカル。今月からこの調子だと一組に昇格、らしいですね』
「よくわかんないけど、そんなこともかかれてたな」
『ヒカル~。まあ、いいですけどね。それよりもう暦では九月、なんですねぇ~……』
「だな~……」
佐偽としても感慨深いものがある。
そんな佐偽に同意するかのようにぼんやりと空をみあげるヒカル。
「あ。進藤君。お~い。進藤君」
ふと何か聞き覚えのある声がしてそちらのほうを振り向くと、何やらかけてくる子供が一人。
「あ、フク」
「進藤君もいまきたの?」
なつっこい笑顔をむけられてこちらもつられて微笑んでしまう。
「うん。そういや今月は土曜日、日曜日の手合いってないんだな」
「来月も、だよ。土曜日、日曜日はつねにプロ試験の会場になってるからね。ここは日本棋院の本部だから」
そういえば以前、奈瀬がそんなことをいっていたような気がする。
「そうなんだ」
それゆえにある意味納得してしまうが、ここが本部、ということは今しったがゆえに驚くヒカル。
「僕も今うけてるんだけどさ~。やっぱりみんなつよいよ」
「フク。その棋譜とかってみれるの?」
「そんなの誰もつけてないよ?」
ヒカルの言葉にきょとん、として返答するフクであるが。
「いやでも、うったやつとかから聞いたり、あとから残したりするんじゃないの?」
「そんなの普通しないとおもうけど?」
「そうなの?」
「みんなそんな暇ないとおもうしね~」
「ふ~ん」
やってもみんな家にもどってから、とかなのかな?
その日の対戦した棋譜をすべて保存しておいたら後々参考になることもあるだろうに。
どうおもう?佐偽?
『確かに。ヒカルのいうことは一理ありますけど……』
おそらくそんな余裕はないのでしょう。
そもそも、棋譜のすべてをすぐに覚えられるヒカルは佐偽とその能力においてはタメをはるものがある。
ヒカルはそれを特殊だ、とはおもっていない。
何しろいつもそばにいる佐偽がさらっと棋譜を頭にいれることができるのである。
それゆえにそれが当たり前…と思っているからに他ならない。
それがかなり特殊な才能…などとはヒカルは夢にもおもっていない。
佐偽でもヒカルが本の中、すなわちヒカルいわく、ネットゴとかいうので打った棋譜のすべてを覚えている。
といったときには驚いたものである。
最も、佐偽とてすべてを頭の中にいれているのはかわりないのだが。
ふと棋院の前にタクシーが一台、とまっているのを気に留めるものの、
ガァッ……
そんな会話をしつつも日本棋院の入口の扉をくぐる。
それとほぼ同時にしてレエベーターの扉が開く。
「…あれ?あ、塔矢のお父さん!」
「…わ…わわわっ!?塔矢名人!?」
そこからでてきた人物の一人に思い当たり声をかけるヒカルとは対照的に、パニックに陥っている福井の姿。
「うん?ああ、君はたしか進藤君、だったね」
ふとみれば、どうやら見慣れた子供が見慣れない子供と棋院に入ってきたところ。
それゆえに顔見知りとなっている子供のほうにと話しかける。
「はい。おじさんは今日は何かここに用事でも?」
「少しね。しかし君がうちにくるとき、いつも私が地方対局、というのはもったいないような気がするね」
そう。
まるでそれをみはからっているかのごとくに彼がくるときはいつも地方対局がはいっている。
もしくは対局や別の用事がはいっており、彼と自宅にて対戦することがままならない。
「そういえば、この前いったときもおじさん、地方対局とかでいませんでしたよね?」
パニックに陥っている福井とは対照てきに、何やらなごやかに会話しているヒカルの姿が目にとまる。
し、進藤くんって…
しかも、あの塔矢行洋をおじさんよばわり、である。
これでびっくりしないほうが普通どうかしている。
「妻にはおそらくまだそのときじゃない、とかいわれてしまったよ。
  そういえば、君は妻の明子とは仲がいいようだけど。もしかして君はあちら方面の力があるのかい?」
「…え?」
『もしかして彼も母君の力をしっているのでしょうか?』
おもわずその言葉に身構える。
「あ、あの?おじさん?えっと……」
どうこたえていいのかがわからない。
「どうやらその反応だと図星、のようだな。なるほど。明子が気に掛けるわけだ。
  あちら方面のことは私には何の手助けもできないけど、何かあればいつでも気軽に連絡してきなさい」
彼とてその筋のことではいつも妻の手助けをかりている。
最も、それをヒカルが知る由もないが。
だからこそ何となくだがわかるものがある。
『どうやら彼も妻の能力はしっていたようですね~、ヒカル』
「びっくりした~。おじさんもしってたんだ。まあ、おばさんほど強くないですよ?俺のは」
「塔矢名人?あの?そちらの子は?」
何やらあの塔矢行洋と普通に話している子供がいるのにも驚くが、それ以上にしたしそうなのが気にかかる。
「ああ。息子の友達だよ。うん?そっちの子は友達かい?」
「あ、院生仲間です」
「は、はははははじめまして!福井雄太っていいますっ!」
おもわず話をふられて声が裏返ってしまうのはしかたがない。
「なるほど。明より年下だな。彼同様、息子のことをたのむよ」
「え?あ、ははははははいっ!」
いきなりそんなことをいわれればおもわず舞い上がってしまう。
それほどまでに雲の上の存在である塔矢行洋。
「名人。そろそろお時間が……」
「ああ。そうだったね。じゃあね。また、進藤君。それにえっと…福井、君、だったよね?」
「は、はいっ!」
名前を呼んでもらえただけで舞い上がる。
「?フク?おまえ何かたくなってんの?」
ヒカルにはなぜに福井が固くなっているのかまっくたもってわからない。
「しかし、塔矢名人の息子さんに同い年くらいの友達がいたとは驚きですな。しかも院生、とは」
「彼はこの間、院生になったばかり、ですらかねぇ」
「ほう」
がぁっ……
そんな会話を何やらもう一人の男性とかわしつつも外にとでてゆく二人の姿。
どうやらさきほど外で待機していたタクシーは彼らをまっていたらしい。
「おじさん。またね~」
そんな塔矢名人にひらひらと手をふっているヒカルであるが。
「・・・ふぅ。緊張した~!というか、進藤くん!何で緊張しないの!?」
「え?何で、ってフクこそ何で緊張するの?」
驚いたように横にいるヒカルに問いかける福井に対し、きょとん、として逆にといかける。
何やら棋院の受付に座っている大人たちも驚いたようにヒカルをみているのが見て取れるが。
それにはヒカルは気づいていない。
「進藤君、わかってるの!?あいてはあの!塔矢名人、なんだよ!?」
「だから、アキラのお父さん、でしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・君に何いっても無駄なような気がしてきた……」
すでに四冠を制した人物である。
それゆえにふつうは緊張するのだろうが。
ヒカルからすればはじめてあったときから塔矢明の父親、として出会っているのでそれほど緊張することはない。
最も、ヒカルとて完全に無知…というわけではないが一応アキラから基本的なことは叩き込まれた。
といってもほとんどヒカルは覚えておらず、佐偽が逆に熱心に聞いているのであとから佐偽に説明をもとめる。
といったパターンになっている今現在。
「とにかく。対局場にいこうぜ」
「…そ~だね。だけど感激~。あの塔矢名人に名前よんでもらえたなんて~!」
「?へんなフク」
「ヘンなのはぜったいに!進藤くんのほうっ!!」
そんな言い合いをしつつも二人してエレベーターにと乗ってゆく。

ぶううっ!!!!
思わず口にしたジュースを吹き出してしまうのは仕方ない。
絶対に。
「って、まじ?それ?フク?」
話しをきいた奈瀬もあきれ顔。
「というか、進藤っていったい……」
ここにくるまでにあの塔矢名人と入口でばったりあった、という話を彼らにしたフク。
ヒカルはまだ二組の上位にいるのでこちらの部屋にははいってきていない。
「あの塔矢名人をおじさんよばわり……おそろし~やつ……」
「でもさ。塔矢名人、進藤君のこと、はっきりと塔矢君の友達だ、っていってたよ?」
確かにつれの人物にそういっていた。
「じゃあ、やっぱりあの噂は事実なのかなぁ?」
「ああ、塔矢明があの進藤光をおいかけて海王の囲碁部にはいったとかいう、あれ?」
「うちの知り合いがさ。そのときの棋譜を手にいれてくれたんだけど。もう細かすぎてわけわかんなかったよ」
福井が入口であの塔矢名人とぱったりあった。
そう話したゆえにいつのまにやら周囲には一組全員、といっていいほどに人だかりができている。
院生になって一か月。
いまだ負けはなく、すべて半目勝ち。
当初、流れた噂はただの噂…と大部分の子どもたちがとらえていたが、どうもそうはいっていられない状況になってきている。
しかも、極め付けはあの塔矢名人と親しげに話していた、というこの決定打。
「というか。わざわざ中学の部活なのに棋譜なんかつけてたひとがいたわけ?」
その気持ちはものすごくわかる。
普通、そんな大会の棋譜などのこっているはずもない。
「よくわかんないけど。海王の囲碁部の顧問教師が対局をはじめから見ていてつくったらしいよ?」
棋譜を手にいれた、といった院生の子も詳しくきいたわけではない。
だからこそ内情はよくわからない。
「しかし。依然として半目勝ち…なんだよなぁ。あいつ」
どこまでの実力をもっているのかがわからない。
そのわりにおもいっきり囲碁界のことには無知すぎる。
「しかし。進藤。か。やっぱり強敵になりそうだな」
「とにかく!今年の試験にさえうかれば問題ないんだしっ!」
確かに。
試験に受かれば先にと進める。
一組の子は試験をうけようとおもえば無条件で試験はうけられる。
そこから先にすすめるかどうかはすべて実力次第。
力強くいうものの、やはりどうしても気にかかる。
「そういや、あいつは?」
「今日は手合いやすむってさ」
「ふ~ん」
いるはずの人物がいないのに気づいてふとといかける。
「まあ、真柴がいなくても逆に雰囲気がよくなっていいけどさ」
「たしかに。あいつむかつくしっ!」
彼のあの嫌味攻撃はおもいっきり気にさわる。
「ぜったいに!真柴なんかにまけたくないっ!」
「まあまあ。奈瀬。とにかく、まだ試験は始まったばかりなんだし」
当人いわく、今年のプロ試験にうかるんだから手合いに出る必要がないとか何とかいってきたらしい。
おもいっきり嫌みにしかとれないその言動。
一組の中に反感をもつ子供たちがいてもおかしくはない。
「プロ試験…か」
そういえば、塔矢明のやつ、初日の用事ってなんだったんだろ?
どちらにしても、癪にさわるよな。
和谷がそんなことをおもいつつ、ふと天井をみあげてつぶやくとほぼ同時。
「はいはい。それでは今日の手合いを始めたいとおもいます。それぞれ席にとついてください」
パンパン。
手をたたく音とともに篠田師範の声が部屋の中にと響いてゆく。

「なあ、進藤」
「ん?」
昼をたべに外にとでている彼ら達。
といっても簡単にすますためにとファーストフード店にとやってきているヒカル、和谷、奈瀬の三人。
「お前、先生いないんだろ?」
「あ、まあ……」
先生、というかおもしろいやつならいるけど。
碁に関してはおそらく並ぶものがいないほどに強いのだろう。
だがしかし、それ以外がどうも現実離れしすぎていて何となく先生、というイメージでは絶対ない。
さすがに九月の平日、ということもあり人の数はすくない。
注文していたハンバーガーなどを席にともってきて、座って昼を食べ始めているヒカルたち。
「毎日の碁の勉強、どうしてるんだ?」
「和谷は?」
はむっ。
といかけつつも注文したエビカツバーガーを一口かじる。
「森下九段の弟子にしてもらってる。学校おわったら師匠の家にいって碁をみてもらうんだ。お前は?」
「え~と、俺はうちで……」
佐偽にみっちりと仕込まれてるしなぁ。
ヒカルがそう心の中で突っ込むと、
『ええ。それはもうみっちりと』
「というかこってりと…」
にっこり笑みをうかべていってくる佐偽の台詞に思わずつっこみをいれてしまう。
だが、そんなヒカルたちの会話を知る由もなく、
「う~ん。独学ってわけか」
一人勝手に納得している和谷の姿。
「詰め碁の本よんだり、棋譜みて打ち碁をならべたり?まあそれだけってこもいるけどね」
ようやく順番がよばれ、品物をもって席にとつきながらいってくる奈瀬。
「んなやつは上にいけないよっ!いいか!?
  上にいこうとおもったら才能より努力より一局でもおおく打ってもらうこと!それが一番なんだよっ!」
おもわず力説するようにガタン、と椅子から立ち上がり力強くいっている和谷の姿が目にはいる。
が。
「強い人に一局でもおおく…ねぇ……」
毎日いやっていうほど佐偽とうってるけど。俺。
おもわずじと目で横にいる佐偽をみやる。
『だからヒカルの成長ははやいのですよ♪何しろ教えている人がいいですから♡』
「はいはい。…でもさ、ネット碁の中にも強いひともいるよ?」
こいつ、いけしゃあしゃあといってるよ。
まあ、事実強いけどさぁ。
佐偽は。
いまだに負け知らず。
しかもすべて中押し勝ち。
どこまで強いのかヒカルにも計り知れない。
とりあえず、佐偽の言葉にかるくうなづいたのちに、違和感ないようにと話題をふる。
「そういや、お前、ネット碁やってたんだったっけな?」
「あ。うん。一応」
この反応からどうやらこの和谷もネット碁をやっているらしい、というのは何となくだがつかめる。
「ハンドルネームは?」
「え?俺の?漫画の主人公のをもらってる」
和谷が詳しくハンドルネームを改めて聞き出すよりも先に、
「でも、対面して得られるものもあるしね」
はむっ。
席についたのちに頼んだチーズバーガーをたべつつもそんなことをいってくる。
「だよなぁ。なあ、進藤。俺の師匠の研究会、きてみるか?」
たしかに奈瀬のいうことはもっとも。
あれから進藤は碁会所にいくどかいって多少は対局もこなれたとはおもうが。
初戦はアマチュアの中でのこと。
それゆえに提案をかねていってみる。
「?研究会?そういえば和谷、前にもいってたよな?」
結局詳しく聞きそびれているままのような気がするが。
「まあ、やってることはまあ、院生の中でやってることとかわらないけど。にたりよったりだけど。
  だけどもメンバーのレベルが違う。師匠の弟子がくるんだ。みんなプロだぜ。
  週に一回、棋院で部屋かりてやってるんだ。どうする?」
進藤光、という人物の実力を測るにのもうってつけ。
それゆえの提案。
「う~ん、いいや、俺」
しばし考えるが何だかとてもややこしそうである。
というかプロ棋士、といえば何かこう敷居が高い人たちばかりの中にはいっていくのはどうも……
ヒカルがそうおもい、断りの言葉をいうのと同時。
『いくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!絶対にいくの!いくの!絶対にいくったらいくの!ヒカルっっっっっ!!』
きぃっん!
いきなりヒカルの耳元でおもいっきり叫んでくる佐偽の姿。
だああっ!!
いきなり耳元で大声でどなられ、思わずその場に崩れ落ちる。
「「?進藤?」」
何やらいきなり崩れ落ちたヒカルをみて唖然としている和谷と奈瀬。
これだけ大きな声をだしている佐偽だというのにその声はヒカルにしか聞こえていない。
それゆえに二人からしてみればヒカルがどうして突っ伏したのか意味がわからない。
「わ…わるい。じゃあ、やっぱりたのんでくれる……」
というか、佐偽!耳元でいきなり大声だすなよっ!!
さすがに普通とちがい、いきなり大声をだされればこちらとてたまったものではない。
未だに耳や頭がわんわんするものの、疲れた声で改めていいなおす。
『ヒカルが断るからですよっ!』
和谷達がいなければおもいっきり叫び返したいところであるが、そういうわけにはいかない。
それゆえに心の中でのみ叫び返す。
「進藤?お~い、大丈夫か?」
「いや、大丈夫…たぶん。ちと耳がき~ん、としただけ……」
いきなり耳元で大声をだされればそれも仕方のないこと。
「?冷たいものとかたのんでなかったよな?」
「和谷、それは頭でしょ。冷たいものたべて頭が痛くなるのは」
そんな和谷の言葉につっこみをいれている奈瀬。
「まあ。お前にその気があるなら声かけてやるよ。次にあるのはこの土曜日。
  俺は試験があるからそれがおわって。三時以降になるけどな」
プロ試験の大局は基本、一日一局。
それゆえに対局がおわったのちに研究会にとでむくつもりの和谷。
「試験?そういや今プロ試験中だったっけ?」
「ああ。絶対に合格してやるっ!」
「試験かぁ。そ~いや、今回塔矢のやつもうけてたっけ?」
ぴくっ。
ヒカルの言葉に反応し、
「あいつは!絶対に試験をなめてるっ!試験初日に用事があるからとかいってやすむしっ!」
「でもまあ。全勝でとっとと合格きめられるよりは気持ち的には違うんじゃない?」
「だからって!試験があるとわかってる日曜日にふつう予定いれるか!?」
……え?
この日曜日はヒカルがアキラの家に泊まりに行った日でもある。
まさかな。
そういえば試験がいつから始まったのかはきいてない。
何となく聞くのが怖い。
おもいっきりに。
あの塔矢のこと、もしかしたらヒカルが泊まりにくるから、といって試験を休むとも考えられる。
あいつ、あれでけっこうへんなところで律儀だからなぁ……
まあ、確かに。
黙って休んだのならともかくとしてきちんと連絡をして休むのなら問題はないのかもしれない。
しれないが……
たしかに、熱心に試験に挑む人たちからみればたまったものではないであろう。
「とりあえず、進藤。この土曜日。棋院のロビーでな」
「あ。うん。わかった」
どうりで今日の一組の様子は何だかピリピリしていたはずである。
「そういえば、九月の院生試験がそろそろよね」
「そうだな~」
「進藤君はもうすぐ一組ね」
「あ、うん」
本当ならば口添えがなければおそらくは九月の院生試験をうけるはずであったことを思い出し、おもわずつぶやくヒカル。
「とにかく!まずは試験だ!おまえは一組昇格が目安、だけどな」
「しょうがないだろ?けっこうアレってつかれるんだし」
『でも、ヒカル。前ほどはつかれなくなってるでしょう?』
アレって?
そうはおもうが何となく怖くてきけない。
「まあ、たしかに……」
確かに佐偽のいうとおり。
はじめほど疲れずに相手の力量を測り、相手の力量にあわせてうつ方法。
それをどうにかこなしているのも実情。
何やら一人納得して続いてつぶやいているヒカルの様子に思わず首をかしげ互いに顔を見合わせる。
「次の土曜日かぁ……」
そんな二人の思いは知るはずもなくヒカルは外をぼんやりとながめていたりする。
その横では。
『ヒカル、ヒカル。たのしみですねv研究会、はやくこないかな、研究会~♪』
こいつ…ほんと~~~に大人なのか?
うきうきしている佐偽の姿。
そんな佐偽におもわずあきれてヒカルはぼんやりと外を眺めているのだが。
当然、和谷も奈瀬もそんなことは知る由もない――

「進藤、おまえいつまでくるつもりだ?」
「え?」
意味のわからないことをいわれておもわずきょとんとした声をだす。
「お前は!プロになってきめたんだろ!?ならいつまで囲碁部にいるつもりなんだよっ!?」
あからさまに実力の差が歴然としてきているのは一目瞭然。
「進藤君。むりしてない?院生の手合いもあるんでしょ?」
たしかに、毎日きちんと放課後、手合い日以外は顔をのぞかせてくるその律儀さは感心する。
いつものように理科室をのぞくと同時に三谷にいきなりいわれておもわず戸惑うヒカルにと話しかけてくる筒井。
「えっと…俺がいたら邪魔なの?」
「そうじゃないけど……だけどね。こう何というか……」
あからさまに実力の差をみせつけられるのはあまりいいものではない。
ヒカルが院生に受かったことにより、新たに部員も一応一人ほど増えている。
臨時部員も一人ほどいるが。
「けっ。中途半端にやってたら塔矢明にもプロにも手がとどかないさ」
「もう。三谷君。ヒカル。三谷君はヒカルを心配してくれてるんだよ」
それでなくてもヒカルは両親との約束もあり勉強をおろそかにしていない。
成績をある程度たもちつつ、それでいて囲碁の勉強をする。
さらには週にいく度かある日本棋院とかいうところである院生手合いにも足蹴なくかよっている状況。
無理をしていない、とはいいきれない。
「心配してくれてありがと。三谷」
「だ、誰が心配なんてしてるかっ!」
『三谷ってかなりテレやですよねぇ』
「確かに。三谷はかなりテレやだよなぁ~」
「な!?あのなっ!進藤!てめえっ!」
「ああもう!進藤君、くるたびに三谷君と喧嘩するのはやめてよぉぉ!」
ヒカルが放課後、理科室にくるたびに繰り広げられている恒例ともいえる喧嘩。
この夏休みは人数もいないこともあり、部活は基本的に休みの状態ではあったが。
「そういえば、ヒカル。塔矢君、プロ試験に今いどんでるんだって?」
「あ。うん。試験って二か月かけてやるんだってさ。土曜、日曜、火曜日に一局づつあるらしいけど。
  その間は院生の手合いもお休み。手合いの間をつかって対局するんだってさ。だから」
二か月……
土曜日は今では毎週休みではない。
日曜日は休みにしても、火曜日は平日。
学校を毎週、二か月もやすまなければならない、というのはあるいみネック。
つまりは都合がつくような状況でなければ試験はうけられない。
それでも低段者がそのままくすぶり、上にのぼることができずに自滅してゆく、という話もときどききく。
高位にまでのぼりつめればたしかに対局料などは魅力だが。
だがしかし、低段者の所得は雀の涙ほど。
それならば普通に趣味の段階としてうっていたほうがはるかによい。
「ふぅん。何かすごいんだね。そういえば、ヒカル。そろそろ誕生日よね。何がほしい?」
「え~?いいよ、別に」
「どうせなら、アカリ。おまえいい加減に俺に数学とかたよるのやめとけっ!」
「何よっ!いいじゃない!ヒカルの教科書なんてさくっと答えかきこまれてるんだしっ!」
「だからって!気づいたら俺の本とおまえの本をとりかえとくなっ!」
「中身は同じなんだからいいでしょ!?」
ふときづけばいつのまにかアカリの教科書とヒカルの教科書が取り換えられていた。
「あ~あ。またはじまったよ。この二人……」
「仲がいいのかわるいのか」
「ほっとけ。いつもの夫婦喧嘩だ」
そんなヒカルとアカリのやり取りを眺めつつも呆れたような会話をしている夏目、筒井、三谷の三人。
確かにいつもの光景ではあるが、よくもまあ毎日、毎日あきないものである。
そんな二人の言い合いをながめつつも、呆れたように会話する三人の姿がしばし理科室において見受けられてゆく。

「だああっ!もう投了だぁ~~!!」
『ヒカル。ほらほら。もう一局、ね?』
「お前、鋭くさくっと一刀両断してくるんだもんな~。お前最近だんだん甘くなくなってきてるだろ?」
『私はただヒカルの技量にあわせてうってるだけですよ~?』
「・・・それもむかつく……」
九月にはいり、何やら佐偽の対局の局面がかかわってきた。
佐偽いわく、ヒカルもだいぶ夏休み中に実力をつけたのであまり甘くしなくてもいいだろう、とのこと。
実力をある程度つけたような気になっても、佐偽にはまだまだかなわない。
『でも本気になったら続きませんし』
「それも正論だからむかつくんだよっ!ああもう…佐偽が本気になったらさくっと一刀両断だしなぁ」
というか一刀両断にいくまでにあっさりと基面をみるかぎり負けは確実。
「も、今日はやめやめ!片づけて佐偽、いつものネットにいくぞ!」
『え?またうてるのですか!?』
「…おまえ、疲れる、という言葉無縁だよな……」
『そりゃもう。肉体疲労とかはもうないですし』
「お前、へんな言葉ばかりおぼえて必要なことおぼえないのな……」
家にと戻り、いつものように宿題やご飯、そしてお風呂をすましたあとはいつもの日課。
まず、佐偽と対面して碁をたしなみ、そののちにネットにはいり、そして寝る。
それが最近のヒカルと佐偽の日課となりはてている。
たわいのない会話ではあるが、たしかに佐偽の実力はすごいものがある。
それはものすっごく認めているヒカル。
何しろ佐偽の打ち方にはよどみがない。
みていて吸い込まれるかのごとくに。
虎次郎とかいうやつも、きっと佐偽の打ち方をもっとみたいから自分でうたずに佐偽に全部うたせたんだろうな。
だけど、俺はそれだけじゃ、いやなんだ。
佐偽にいつか、実力でかってみたい。
その思いのほうがヒカルからすれば強い。
誰よりも近くいる存在だからこそ対等になりたい、とおもうのはひとの常。
虎次郎は佐偽のことを実は碁の神のようにととらえていた。
だが、ヒカルは佐偽をどうみてもあぶなっかしい大人、としかとらえていない。
その差がその決意にもあらわれていることを、ヒカルは知らない。
向上心。
それこそが人をさらに高みに導く唯一ともいえる原動力……


                                -第30話へー

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あとがきもどき:
薫:今回、一番やりたかったのはヒカルと塔矢名人のやり取りだったり(笑
  その様子をみて唖然とする周囲を想像してみてくださいな(こらこら
  最近対局の描写を避けているのはいちいち手筋を考えるのが面倒だからです(まて
  ともあれ、例のごとくにいつもの小話をばv


佐偽のことを悪くいうなんて、許せない。
佐偽のすごさなんて何もわかっていないくせに。
強い気迫は相手をも飲み込み威圧する。
だがしかし、ヒカルにはその自覚はない。
「ほんと、進藤って秀作が絡んだら何かこう、怖いよな~」
かわいい容姿がよけいにすごみを増している。
伊達に美少女の部類にはいるだけにすごまれればおもわず男はひいてしまう。
北斗杯、韓国戦。
その対局においてあきらかにヒカルの力量は今まで以上に冴えわたっている。
「しかし。倉田さんの抜粋、これだと誰も文句いえませんね……」
どうみても相手が不利すぎる。
守ることをせずに攻めの一手。
相手が一手をうってくればその手をすかさずに封じてくる。
局番には徐番だというのにすでにだいぶ目差はついている。
「まあ、彼女は初段ながらも怖い存在ではあるよ。うん」
あのときの一色碁でそのことは思い知らされた。
あのとき、おそらく打ち続けていれば失敗したのは自分。
若獅子戦においては院生ながらも並みいるプロ棋士をおしのけて順位は辛くも二位。
そのあと、長い不戦敗がつづいたが、そののちは負け知らず。
まるで触れればやけどする、鋭利な刃物のごとくに鋭い碁。
まだ未成年の少女だ、というのにその対局中の気迫にはおもわずだれもが飲まれてしまう。
それでも、所詮は初段。
だが、どんな実力がある者でもはじめは初段からはじめてゆくしかない。
それはどんな資格においてもいえること。
「進藤を挑発するつもりが、逆に相手を怖い存在にさせた、というわけか……」
相手はただの女の子。
そうもしかしたらあなどったのか、挑発するようなことをいったのはほかならぬヨハンハ。
自業自得とはいえこの局面の力の差はけっこう内心同情せざるを得ない。
佐偽のことを誰よりもしっているがゆえに、頭に血がのぼり、完全に集中したときにはヒカルの碁は、
そのまま佐偽の碁とかさなり、二人の技量が重なりあいさらに新たな布石を醸し出す。
それにはヒカルはまだ気づいてはいないが……
「これは…ヨハンハ選手、長考ですね」
「しかし…これから挽回の余地、どうすればできるとおもいますか?」
「しかし…進藤初段。これで初段だ、というのですから驚きです。日本もあなどれませんね」
進行係り件解説係りのものがそんな会話をしているのがテレビの画面から聞こえてくる。
ピリピリと痛い空気が会場全体を支配してしまうかのごとくにヒカルの気迫はすざましい。
それらすべては、最も大切だ、と思っている存在を侮辱されたがゆえ。
ヒカルにとって、佐偽は誰よりも何よりも大切な存在、なのだから……



さて、例のごとくに小話、でしたv
こんなふうに抜粋してはちまちまとうちこみしてゆく予定v
ではでは、また次回にてvv

2008年8月14日(木)某日

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