まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。

さてさて。
今回はヒカルとアキラの対局はさらっとながしてます(まてこらこら
主に周囲の反応、かな?
二人の対局がおわらないけど、先に決勝戦をすませたりする、という大人の判断v
まあ、同じ一局は二度とうてませんからねぇ。
というわけで、何はともあれ、ゆくのですv

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「名人」
「桑原先生。おはようございます」
棋院会館にはいると声をかけられた。
ふりむけばそこには初老の老人の姿が見て取れる。
「久しぶりだね。顔をあわせるのは。ちょうどいい。挨拶しておこうか。
  次の碁聖戦の君への挑戦者は私にきまったよ。ま、ひとつよろしく」
ほほほほほ。
笑いながらもそんなことをいってくる。
「存じてますよ。緒方君を力碁でねじ伏せたらしいですね。そのお年でよくぞ…感服しますよ」
「おいおい。君こそ決して若くはないじゃないか。タイトルは三つも四つももっとるくせに」
「五つ目はぜひとも桑原先生がお持ちのをいただきたいですけどね」
「ほほほ。しかし、最近の若いものは何だかふがいないねぇ。タイトルをとってもすぐに別のものに奪われる。
  院生のレベルも年々さがっているんじゃないのかのぉ?
  そういえば、君の息子…何といったかな?院生ではないらしいが。プロ試験はうけないのかね?」
「息子は今は中学の囲碁部にいますよ。それで今年のプロ試験をうけるそうです。
  しかし…桑原先生。ふがいない、といいますけど、近々、新しい風が吹くと思いますよ」
「ほぉ。それは君の息子が入るから、かね?」
「さあ?しかし碁は一人では打てませんよ」
そう、一人では打てない。
互いに磨き、磨かれる相手が何よりも必要となる。
それこそが神の一手に近づいてゆく布石でもある。
「ほう。すると塔矢名人の息子以外にも誰か、がいる、というわけか。こりゃたのしみじゃのぉ。ほっほっほっ。
  当分それは本因坊の座はわたせんて。わしもその風を肌で感じたいしのぉ」
ガコッン。
「では、私はこれで」
「座間王座によろしくな」
「桑原先生こそ。では、失礼します」
同じ棋院の中で対局があるとはいえ打つ部屋は異なっている。
それゆえにそれぞれエレベーターから降りたのちに左右に別れる塔矢行洋と桑原仁。
それぞれに囲碁界を代表する名実ともに実力ある棋士。
しばし、そんな会話が日本棋院の建物の一角において見受けられてゆくのであった……

星の道しるべ   ~春季中学囲碁大会~

ざわざわざわ。
約半年ぶりとはいえやはり緊張してしまう。
「うわ~。何か久しぶり」
「そういや、お前去年、小学生なのに参加したんだって?」
「進藤、どこまで伸びたかたのしみにしてるぜ?」
「…って何で加賀まできてるわけ?参加しないんでしょ?」
将棋一本で囲碁部には参加しない。
そういっていたはずの加賀なのに、なぜだかこの場にいるがゆえに思わず突っ込みをいれるヒカル。
「そういうけどな。去年は俺が大将だったが。ことしはこのガキ、だろ?大会前にもんでおこうとおもってな」
「そんな余計なこといらないよっ!」
確かに、去年は将棋部所属の彼…加賀が大将として大会に参加した。
そのときのヒカルはまだ中学にあがっておらず、小学六年生だったのだが……
「何だと!?ほぉう、いうねぇ。あんた」
「ガキはガキ、だろ?この俺様の後釜にすわるんだ。下手な碁をうったら承知しないぜ?」
「何だと!?俺の実力わかっていってるのか!?」
「知ってるか?ガキ。弱いものほどよく吠える、という言葉を?」
「って、加賀!もう、それに三谷君も!こんなところで喧嘩はやめてよっ!」
『…ヒカル。何だかこの二人、似た者同士のような気がするのは気のせいでしょうか?』
何やら顔をつきつけて険悪な雰囲気になっている二人に対し、あわてて仲裁している筒井の姿。
そしてまた、そんな光景をみつつもぽそっとヒカルに耳打ちするように話しかけている佐偽。
「あ~…確かに。そうなのかも。とにかく!…えっと、対戦表は…あ、あった。
  あ、この対戦表でいったら、決勝戦に行くまでに海王中と当たってる」
どうやら今回、男子の団体戦の参加チームは十六ほどあり、勝ち進んでいけば三位決定戦において海王とつちあたる。
「前回は海王とは決勝戦、だったからなぁ。ま、これも運、だな。まあ、オレはゆっくりと見学させてもらうぜ」
今回は参加者ではないのであくまでも高見の見物を決め込む予定の加賀。
海王中の二階に設置されている北区の中学囲碁大会の会場。
昨年の九月にヒカルがこの場でうったのは記憶に新しい。
「何だかあれからあっというまに時間すぎてってるよな~」
どこか物足りなく感じていた日常の日々が、今では毎日が楽しくて仕方がないのも事実。
でもまだ、佐偽に出会って(取り憑かれて)まだ八か月なんだよなぁ。
一年たってないんだよな……
ふとそんな思いにふけってしまう。
「よし。ガキ、すわれ。一局相手してやる」
「何だと!?みてろよ!ギャフン、といわせてやるっ!」
横のほうでは何なら売り言葉に買い言葉。
それでもあいている席にと座り、その場においてある碁盤にていきなり互戦を始めている三谷と加賀の姿が見て取れる。
ひょこ。
「あ、いたいた!」
「アカリ。おまえこなくてもいいのに」
結局のところ確かに部員は掴まったは掴まったが次期がわるかったらしい。
何でもメインのバレーのほうの試合があるとかでアカリたち女子のほうは今回は参加は見送った。
「どうせおまえまだ、みたってよくわかんないだろ?」
「え~?そんなことないもん。最近は少しはわかってきてるんだよ?
  それにせっかくみんなのお弁当つくってきたのに」
みれば何やら袋を下げているのが見て取れる。
「アカリ!おまえ、えらいっ!!」
がしっ。
おもわずそんなアカリに対してがしっと肩をつかんで涙を流して喜ぶヒカル。
『ヒカル~。感激するのはそこではないとおもうんですけど?』
そんなヒカルをみてあきれつつも微笑みながらも突っ込みをいれてきている佐偽。
って。
「あれ!お~い!塔矢!」
ふと、見慣れた姿をみつけて思わず声をかける。
ふとみれば、入口から入ってくる海王中学の生徒の中に見知った顔が。
「あれ?塔矢君だ」
ざわっ。
塔矢?
塔矢ってもしかしてあの?
ヒカルのセリフにその場にいたほかの参加者たちの動揺が広がる。
アカリはいく度も彼にあったことがあるのでどうじてなどはいないが。
「進藤。対戦表をみたか?」
「あ。うん。たしか俺達、葉瀬中は二回戦でおまえら海王と、だろ?
  そういや、お前一年なのに大会に参加できるの?それとも見学?」
周囲が何とも複雑な表情をむけていることなどまったく気にも留めずににこやかに塔矢明に話しかけているヒカル。
そんなヒカルに対して、こちらもまたまったく動じることなく答えているアキラの姿。
「僕は海王の三将だよ」
「そなの?ってじゃぁ、俺と二回戦までいったらあたるわけだ。今度はまけないからなっ!」
「それはこっちのセリフだよ?君は今日はどっちでやるつもりなんだ?」
「そりゃ、もちろん、俺自身のほうで」
佐偽にはわるいけど。
おそらく第三者ではその意味はわからないであろう。
塔矢とて、ヒカルが直感打ちしている云々、というのがまさか佐偽が指示しているものだとは夢にもおもっていない。
「へへ~ん。おばさんからきいたけど、おれもこの一か月、だいぶたぶん腕あげたぜ?ほえずらかくなよ~?」
「君が?それは無理だね。君は今だに対面しての対局、すくないままなんだろ?」
「むっ。ネット碁はいつもうってるしっ!」
「それだけだとね。対面してこそわかるもの、というのもあるんだし」
いやあの。
噂の塔矢明とそんな会話をしている子供はいったい誰なのか。
おもわず参加者たちに動揺が走るが。
「あれ?ああ、彼は葉瀬中の進藤君だね。しかし、彼があの噂の塔矢明君、かぁ。
  なるほど、たしかに、彼ならばあの塔矢明とタメをはれるのかもしれないな」
ふと、そんな二人に気づいて別の中学の引率教師がふとつぶやく。
「?先生。知っているのですか?あの子のこと?」
「ああ。彼は前の大会で小学生なのに中学生のふりをして参加しててね。
  そのときの海王との決勝戦の立ち回りはそれはもう見事なものでね。
  見ている人たちはもう感心し感嘆しまくることしきり、だったんだよ」
「…へぇ~……」
「って、ちょっとまってください!?先生!?何でそんな子供がこんな中学の大会にいるんですか?!
  しかも、あの子が話している相手ってあの塔矢明、でしょう?塔矢名人の息子の!?」
まあ、気持ちはわかる。
普通、囲碁界のことを少しでもしっていればそのような反応を示すであろう。
「そういえば、塔矢明、さっき三将、とかいってなかった?」
「って、塔矢明ってプロ入りが待たれる期待の星とかいわれてるじゃん!?
  何でそんなやつが中学の大会に!?」
「院生じゃないのか!?」
「いや。たしか塔矢明は院生ではなかったはず。院生になる必要もない、とか何とか……」
「というか、塔矢と話してるあの子は何なのさ!?」
ヒカルのことを知っているものははっきりいって少ない。
反対に塔矢明の知名度は碁をたしなむものならば誰でも知っている。
それゆえに、ざわざわと会場内部にざわめきがひろがってゆく。

「…あれってやっぱり進藤がでるから、だろうな」
「へぇ。あんたもそう思うんだ。同感。しかし…あんた…つよいな……」
互戦だからこそわかるものがある。
相手の実力をみとめざるを得ないのも事実。
何やら騒がしいので入口のほうをみてみれば、ヒカルとアキラがなにやら話しているのが見て取れる。
それゆえの二人の会話。
「よっし。そろそろ投了したらどうだ?」
「う…」
「いっとくが。海王の囲碁部のやつらはもっとすごいぜ?気合いれていけよ?」
「…ああ、そのつもりだ」
目の前の男性は確かに強い。
だが、それ以上に海王囲碁部の生徒は強いという。
だからこそ、どこまで実力で自分の力でできるのか試してみたい、とおもうのは向上心あふれる人ならば誰でも思うこと。

「へぇ。君だったのね。塔矢がおいかけてるとかいう進藤光ってこは」
ふとアキラと話している最中、横のほうから別の声が投げかけられる。
ふとみれば、横のほうにはアキラ以外の海王の制服を着ている学生たちの姿が目にとまる。
塔矢がおいかけてるのはくやしいけど今のところ俺じゃなくて佐偽、だとおもうけどなぁ。
そうヒカルが思うものの、
『それはどうでしょう?どちらも、かもしれませんよ?』
おそらく、塔矢明はヒカルのもつ秘めたる実力に気づいているでしょうし。
だからこそこうしてかまってくるのでしょう。
それがわかっているからこそにくすくすと口元に扇をあててヒカルのつぶやきに答える佐偽。
「塔矢がおいかけている相手がいるなんて。あうのをたのしみにしてたのよ。
  楽しみだわ。塔矢と君との対局が」
「って、お、おい。さっき塔矢、三将、とかいってたぞ?」
「ひ~!どうなってんだよ!?海王は!?三将!?おれやだよ~!!」
一回戦で海王とあたる生徒が何やら悲鳴に近い声をあげているのが見て取れる。
「へ~。あんたたちが海王、か。強いってきいたけど。じゃ、おれも勝たせてもらおうかな?」
とりあえず、加賀との対局を片づけて、こつこつと出入り口のほうに歩いて行きながらも声をかける三谷。
「あ。三谷。そういや、塔矢は三谷はしってたよね?」
「あ。うん。前にあったしね」
名前まではおぼえてなかったけど。
その言葉はのみこみながらもうなづくアキラ。
「海王とは二回戦であたる。手加減はしない」
今手合せした加賀ですら海王の囲碁部は強い。
そういっていた。
だからこそはじめから全力でかかる。
そんな三谷のセリフに、
「?誰よ?あんた?」
怪訝そうな顔をむけてくる先ほど声をかけてきた女子生徒。
「葉瀬の三谷」
「ああ。君が大将の。あら、でもどうやって岸本君にかつつもりかしら?」
「ちょっと!日高!」
あおるのはやめて~!
そんな仲間の思いは何のその、挑戦的な台詞を投げかける。
「それはそうと。塔矢?この女の人、誰?」
「あ。えっと。彼女は日高さん。うちの海王囲碁部の副部長にして女子の部長ともいえる人。
  今回女子の団体戦の大将を務める人なんだ」
「へ~。そういや、海王って女子部員もおおいいんだったっけ?いいよな~。
  こっちなんかなかなかメンバーあつまらないのにさ~」
「まあ、そちらはゼロからのスタート、ってこの前きいたしね……」
何しろ囲碁部などなかったのに今から作ろう、という話である。
それで部員がかなりいたらそれこそすごいものがある。
何ごとにも始まり、というものは必ずある。
葉瀬の囲碁部は今まさに、その始まりの局面をむかているのであろう。
「進藤。とにかく。二回戦、たのしみにしてるよ?ぶざまにまけるなよ?」
「それはこっちのセリフだ!」
何やら言い合いに発展しそうな気がする。
そんなことをおもいつつ、
「塔矢君。それに進藤君も。他にも参加者いるんだからほどほどにね。
  それと、えっと、日高さん、といいましたよね?葉瀬の筒井です。そちらの人が男性の団体戦の大将、ですか?
  僕は副将ですけど。二回戦であたりましたらよろしくおねがいいたします」
一回戦に勝てるかどうかは不明。
ヒカルはまちがいなくかつだろうが、二回戦に進んでゆくのには自分たちの力量が示されるところ、でもある。
仲裁に入るように、間にはいり、ぺこりとその場にいる海王の囲碁部の生徒に頭をさげる筒井の姿。
「筒井?ああ、前回、まぐれでウチにかった。とかいう子ね。しかし、面白いわねぇ。あなたたちのところ。
  おそらく一番強い子が三将で、じゃあそっちの大将の三谷ってこは一番よわいのかしら?
  作戦上のみの大将ってところかな?」
「な、何だと!?」
「三谷君は弱くなんてありませんっ!僕の十数倍はつよいですっ!ちゃんとした大将です!なめないでください!」
「でも、どうして君が大将でなくて三将?」
「前もにいったけどさ。今度はきちんとした部員、として参加したかったからケジメ~。
  それに、この俺は大将、なんてガラじゃないよ」
そもそも目立つことはあまりヒカルは好きではない。
目立つことによって奇異の視線をむけられるのは幼い日々にいや、というほどに経験した。
それゆえに一種の自己防衛のようなもの。
「そう。今日の大会は僕のほうもケジメ、でもあるんだ。対局、たのしみにしてるよ。進藤」
「ケジメ?お前の?よくわかんないけど。俺も楽しみにしてるさ。塔矢。でもまずは一回戦突破、だな~」
勝てるかな?
そんなことをヒカルは思うが。
そもそも、ヒカルはすでにかなりのレベルに達している、ということにまったくもって実感していない。
「君が葉瀬中の大将か。海王の大将の岸本だ。君たちとはうまくすれば二回戦であたる。
  そのときには大将戦にふさわしい恥じない対局にしよう」
ヒカルとアキラが話している横では、すっと一人の男性が前にでてきて三谷に握手をもとめてくる。
「あ、ああ」
相手の意図はよくわからないものの、さしだされた手をはねのけるほど、三谷はひねくれてはいない。
「はいはい!みなさん!そろそろ時間がせまってきてますので、そろそろ対局している人はやめてください!」
ざわざわざわ。
そんな会話をしている最中、審判員の言葉が会場の中にと響き渡る。
「じゃ、進藤。またあとで」
「ああ。またな」
ヒカルからすればアキラが別に囲碁部にいようがどこにいようがあまり違和感を感じていない。
未だに囲碁界のことに無知、ともいえる彼はそのこと自体がどれほどすごいことなのか理解していない。
それぞれが促され、対局中の生徒たちは石を片づけ、大会の開会式にと望んてゆく――


……あれ?
え~と?
……なあ、佐偽?何となくこのままだと中盤にさしかかる前におわんない?これって?
なぜか相手が変なところにばかりとうってくる。
それが不思議でたまらない。
『ですね。中押し手前で局面おわってしまいますね。これでは。
  ヒカル、ここから指導碁の練習してみたらどうですか?ヒカルもこれだと物足りないでしょう?』
相手のほうはしばらく考え込んでは一手、一手をうってくる。
くるがその一手、一手がはっきりいってヒカルに優位になってください、といっているような手ばかり。
『きっといい勉強になりますよ?横をみればすでに三谷の対局もおわり、
  彼の方も勝ちは確実の局面ですから。こちらが冒険しても問題ないかと』
ヒカルを中心に半径数メートル程度ならば自由に動くことも可能。
それゆえに二人の対局している盤面にもちらっと眼を通すことも可能。
「そうだな。…よ~し」
パチ。
……え?
今までとは違う一手。
あ、でもこれなら……
相手の意図はわからない。
わからないが、すくなくともこの一手で中押し手前でまけることは少なくとも回避された。
それゆえに、相手も隙ができた、とばかりに打ち込んでくる。

これは……
どうして彼はこんな打ち方を?
まるで、まるでそう。
相手を誘っているかのごとくに……いや、まてよ?…誘う?
ばっとみため、局面のはじめごろは圧倒的に黒が有利、というのが見て取れる。
だが、中盤にさしかかる手前から打ち方がかわってきている。
まるで…まるで、そう、相手を正しい方向に導くかのごとくに……
導く!?
……そうか、彼は指導碁をうってるんだ!?
そのことに気づいて驚愕せざるを得ない。
海王の一戦のさなか、気になって見にきたはいいものの、つきつけられた現実は去年のそれをおもわせる。
「…やはり、彼にたちうちできるのは塔矢くんだけ…か」
その場をたちさりながらもぽそっとつぶやかずにはいられない。

「ありがとうございました」
「あ、あの!ありがとうございました!」
何となくだが理解してしまった。
最後のほうにいくまで理解できなかったのにも迂闊だったが。
相手が自分の力量を測った上であえて指導碁に近いものをうってきていた、ということに。
だからこそ頭を下げずにはいられない。
「進藤君。かったの?」
「あ。うん。筒井さんは?」
「こちらもかったよ。…次は海王と、だね」
「さ~てと。メシ、メシ~。あ、アカリ。お弁当、全員分あるのか?」
「え~と。筒井さんと三谷君とヒカルのぶんはあるけど。加賀さんのがない」
「…何だと!?おい、筒井!おまえのを俺によこせっ!」
「って、加賀がかってに大会をみにきたんだろ!?」
何やら筒井をはがいじめにしてお弁当を確保しようとしている加賀の姿が目にとまる。
「あ。いいよ。俺。俺のをやるよ。加賀」
「え?でもヒカルは?」
「ん~。ちょっと外の空気すってくる。次の対局、塔矢だしさ~」
佐偽がうつのならまだしも、自身がうつときはかなり緊張してしまう。
それほどまでに塔矢との対局は集中力をかなり要する。
「へへ~。そういうことなら、遠慮なくもらうぜ。進藤」
「って、加賀!君はもうすこし遠慮という言葉を覚えたほうがいいよっ!」
「あはは。じゃ、ちょっと外いってくる」
何やらきゃいきゃいとはしゃぐ彼らをその場に残し、ひとまず教室をあとにするヒカルであるが。
と。
「…あれ?」
『おや?あれはたしか、海王の……』
ふと外にでようとしたときに目にとまる見覚えのある人物が二人。
どうやら彼らはこちらに気づいていないらしい。
「岸本君。話って?……ひょっとして塔矢がイジメにあってたこと?」
……え?
別に聞き耳たてるつもりもなかったが、聞こえてしまうその会話。
「塔矢は確かに、部では浮いた存在だったが。本当なのか?」
何となく声をかけずらくおもわず柱の影に隠れてしまう。
そんなヒカルたちに気づくこともなく、
「ええ。三人係りで塔矢に目隠し碁をさせて恥をかかせるか、囲碁部からおいだすかしたかったらしいわ。
  まあ、私がたまたまとめにはいったんだけど……」
目隠し碁?
それって何?
『盤面をみずに、目隠しをして相手が打った場所のみをいっていき、自分もうってゆくことです』
へ~、そんなのがあるんだ。
だけど、三人?
『おそらく…目隠し碁で多面打ちを強要された、とみて間違いないですね。この会話の内容だと』
心の中で佐偽と会話をヒカルが聞きながら会話をしているとは露しらず、
「でもまあ。どんなに恥をかかされても塔矢は囲碁部をやめなかったでしょう。
  ただただ、大会で進藤光とうちたいがために、ね」
「塔矢が本来ならば大将のところを三将にしてもらった理由は尹先生からきいてはいる。
  自分の身勝手さを塔矢自身も自覚しているからつらかったろう。それでも……」
「ええ。彼としてはどうしても、ケジメをつけたかった、というのもあるらしいけどね」
「しかし。他の部員はそれではなっとくしていない。…結局塔矢はこの大会を最後に囲碁部をやめることになったしな」
たしかに、塔矢の実力をもってすれば大将のはずなのに、三将。
それゆえに部内部の雰囲気が悪化したのも事実。
おそらく他の部員に理由を説明しても納得するものはほとんどいないのがわかっているからこそ、
尹先生も、また塔矢自身も他の部員たちにはその理由は説明していない。
「しかし…まあ、塔矢がいなくなれば部もおちつくだろうが……」
「あら?そんなこといって。一番残念なのは岸本くん、あなたじゃない?
  一番塔矢とうちたがってたのは何よりもあなた自身なんだから」
ふっ。
そんなもう一人の人物、たしか日高とかなのった女子生徒のセリフにふっと笑みを浮かべ、
「とにかく、昼時間はかぎられている。もどろう」
「そうね」
そんな会話をしつつもその場を立ち去る二人の姿。
二人の姿が完全にみえなくなるのを確認し、思わず二人して顔を見合すヒカルと佐偽。
「…塔矢がいじめ?何で?まあ、たしかに。あいつはがんこで自分のいったことをまげたりはしないけど。
  だけどいいやつなのに?」
自身もまた幼いころに視えるがゆえにいじめにあっていたからこそわかる。
そのつらさは。
『塔矢はおそらく、ヒカルが大会にでる、というから自分も、とおもったんでしょう』
「だから。それがわかんないんだよ。あいつもさ。こっちの都合とか関係なく以前はよく家にきてはうってたじゃん?」
事実、よくヒカルの家にきては碁をうっていた。
この一か月はそれもなかったが。
「俺とうつ機会なんか別に大会じゃなくてもいいわけだし?いくらでもあるんだし」
『塔矢はケジメ、といってました。彼なりに思うところがあるのでしょう』
「でもさ~。最初で最後の大会参加か~。あいつ……佐偽。おまえうつ?」
『ヒカル?』
「何かさ。あいつはともかく、俺というかお前をおいかけてるわけだろ?俺と同じく。
  じゃあ、やっぱりお前がうったほうがよくない?」
ヒカルのいいたいことはわかる。
わかるが…おそらく塔矢の望みはそうではない。
佐偽だからこそわかる。
『いえ。きっと塔矢はヒカル自身との対局を望んで囲碁部にはいったはずです。
  私はあなたたちの対局を観戦するにとどめますよ。そのほうが面白そうですしv』
「お前、たのしんでないか?」
『ええvもちろんv何しろヒカルの成長ぶりも、塔矢の成長ぶりもめざましいですからねぇ。
  見ていて何だかこう、心がおどるのですよv』
ふ~ん。
そんなものなのかなぁ?
別に俺は成長してるとか何ともおもわないけど。
そもそも、俺はずっとお前に負け続けつづけだしさぁ。
そんなことをおもいつつも、渡り廊下の壁にと背をもたらしかける。
『とにかく。塔矢をあなどればまけますよ?』
「だあっ!わかってるよっ!」
そもそも塔矢と碁をうつときは局面のみに集中し周囲のことには気にもかけない。
それは塔矢にもどうやらいえることらしいが。
その集中力が他の局面にも通用するようになればおそらくヒカルはまだまだ伸びる。
それがわかるがゆえの佐偽の提案。
「あ。ヒカル。こんなところにいたの?」
ふと気付けば、どうやらヒカルを探しにきたのかアカリの声が背後から聞こえてくる。
「もうそろそろ午後の部、はじまるよ?何かたべたほうがよくない?」
おそらくヒカルは昼をたべていないはず。
ヒカルが食べていないかも、とおもってアカリはお弁当にほとんど手をつけていない。
「いや、いいよ。さって、じゃ、気合いれていくかっ!」
「あ、ヒカル!…もうっ!」
せっかくヒカルにとおもってサンドイッチとかのけといたのにっ!
大きく伸びをしてそのまま大会の会場となっている教室にもどってゆくヒカルに思わずぐちをこぼす。
アカリのそんな思いは知る由もなく、そのままヒカルは教室にと入ってゆく。

「では、二回戦。それぞれ開始してください!」
「「「おねがいします」」」
それぞれの場所にて二回戦目が開始される。
二回戦が終われば、次は決勝戦となる。
この大会で表彰されるのは二位までで三位決定戦はない。


ざわざわざわ。
さすがに相手は海王。
ましてや他の中学にしろ決勝戦にのぞめるほどの実力の持ち主たち。
それゆえに、持ち時間は四十分、とはいえ大体早くて数十分もしないうちにと結果は出る。
すでに他の対局もすべてはおわり、今、今だにうっているのはヒカルとアキラのみ。
彼らの集中力は驚愕に値するものがある。
ましてや、打ちあっているその局面をみれば誰もが唸ってしまう。
団体戦なのですでに結果は明白なのだが、だがしかし、このまま途中でやめさすのは何とももったいなさすぎる。
誰もがその局面をみてそんな感想を抱いてしまうほどの細かな局面。
「しかし……」
「お願いします。別に三将不在でも問題ないのでは?あとから三将のみ戦えばいいわけですし」
「いや、というか。僕、おもいっきり棄権したいです。三将戦」
すでに対局が終わった生徒や観戦者たちはぐるりとヒカルとアキラの打ちあっている席の周囲を取り囲んでいる。
そんな状況だ、というのに二人の集中力はとぎれることなく、それぞれが碁盤にのみ集中しているのが見て取れる。
あとは決勝戦を残すのみ…なのであるが、二回戦の進藤光対塔矢明の一局がまだ終わっていない。
それゆえに実行委員会の人々はどうするか話し合っている今の状況。
確かに持ち時間は四十分ほどあるにしろ、すでに葉瀬中は二敗しているがゆえに負けは決定している。
そしてまた、海王は逆に二勝しているので決勝戦進出は決まっている。
「彼らは最後までうちあわなければ納得しないでしょう。私からもお願いします。
  それに、どうやら彼らの対局は他の生徒たちのいい刺激になってそうですし」
事実、二人の対局をみながらも、その局面を別の場所で並べて検討している生徒の姿もめにはいる。
それほどまでに細かな、それでいて形成が皆目つかめない碁。
そのような局面は彼らはみたことがない。
そう、しいていうならば、タイトル戦並みにもにたその一局。
そばにいるだけで二人の緊張と気迫がつたわってきて、何だか息がつまってしまう。
対局時計の残り時間はあと十分をあっさりと切っている。
だが、二人は対局時間など気にしていないのか、はたまた局面にのみ集中しているからなのか、
とにかく、それぞれがときどき止まっては長考し、そして一手を打つ。
その繰り返し。
「ふむ…決勝戦に臨む二つの学校がそれでいいのでしたら。それでは三将戦のみあとにして。
  では先に決勝戦を始めます」
「あ、対局時計、新たにおきなおしてもいいですよね?あの二人のところ?」
「そうですね。というかおそらくあの二人、時間…気にしてないとおもいますけどね…」
それでおもいっきり時間切れのベルがなっても気づくかどうかはかなり不明。
だけども時間切れで打ちきらすにはあまりにももったいなさすぎる。
それゆえに、こっそりと二人の持ち時間を示した対局時計をすり替える。
すり替えたことすら二人は気付かずに、ただひたすらに互いに碁を打ちあっているのが見て取れる。
はっきりいって驚異ともいえる二人の集中力。
その場にいる参加者たちはその集中力に感嘆せざるを得ない。

進藤。
また腕をあげてる。
ときどき繰り出される、彼曰くの直感打ちしている、といっていた打ち方にもにた一手。
彼との対局は、回数を重ねるごとに彼が間違いなく腕をあげていってるのがいやでもわかる。
今までにこのように集中し、気迫をこめて対局した人などアキラにはいなかった。
大体、一局うってゆく最中に、こんなものか、とあきらめの感情が先にたつ相手ばかりであったというのに。
だが、目の前の彼、進藤光にはそれがない。
それどころかアキラがはっとするような一手をうってくることもある。
だからこそ油断ができなくもあり、それでいて最善の方法を模索するのがとても楽しい。
そう、今までに足りない、と感じていたものがここにはある。
だけども負けられない。
そう、この一局だけは。
自分の、そして彼の未来のためにも。

ヒカル。
ヒカルの成長ぶりには驚かされます。
たしかに、毎日のように碁をうっているにしろ。
まるで乾いた土が水を吸収し、芽吹くようにその成長ぶりはすざましい。
教えている佐偽ですら、ぞくぞくしてしまうほどに。
はじめは石ももったことがなかったヒカルだというのに、今では塔矢明にすら互角にたちむかっていけている。
たしかに、上手の佐偽自身とばかりうっているヒカルにとって上達するのは早くて当然。
というような、はたからみればそんな反応もあるだろうが。
だがしかし、囲碁とはそんな簡単なものではない。
そのことを佐偽はよく知っている。
しかも、周囲をみればほとんどこの部屋にいるすべてのものが対局をみている、というのに。
ヒカルにしろ塔矢明にしろまったくもってその集中力はとけていない。
二人とも意識は盤面上にのみ集中し、回りはまったくみえておらず、また聞こえてもいないはず。
その集中力はさらなる高みを呼びこみ、そしてそれは崇高なる一手にまた近づいてゆく布石でもある。
『さて。この局面、ヒカルも塔矢もどうします、かね?』
今のところヒカルの黒が半目優勢。
だが、油断はできない。
それほどまでに細かな局面。
だからこそわくわくしてしまう。
『何やらあっちのほうで決勝戦がはじまったようですけど。しかし、みなさんも気がきいてますね』
すでに団体戦のメンバーのうち、大将、副将の負けは決定しているので葉瀬中の負けは確定事項。
それでも二人の対局を認めてくれた人々に感謝せざるを得ない。
おそらくは、それすらも二人は気付いていない、のだろうが……
互いが互いを高めあってゆく。
この二人は、まさにそういう存在、なのでしょう。
そんなことをおもいつつも、口元に扇をあてながらにこやかに観戦する佐偽の姿が見受けられているのだが、
この場にいるすべての人々はそんな佐偽の姿に気づくこともない……


                                -第23話へー

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あとがきもどき:
薫:さてさて。何だかものすっごく中途半端になっている今回の大会の話。
  長くやったらやったでかなり長くなるさわり、ですしねぇ。
  そのあたりは読み手の想像力にまかせるとしましてv(こらまて
  ちなみに、塔矢&ヒカルの局面、本因坊戦のアレ、そう判断してくださいなv(まてこら
  さてさて。
  前回のあとがきにもちらっとだした、光、女の子バ~ジョンの小話。
  またまたいってみましょうv
  では、↓よりどうぞv

進藤光。
十四歳にしてプロ入りを果たし、なおかつ第一回、日、中、韓合同の大会。
北斗杯において勝利をおさめた少女。
まだ子供ながらにリーグ入りすらをもはたしており、日本中に囲碁ブームをまきおこした火付け役。
何よりも彼女には師匠とよべるべきプロ棋士がいない、というのが人々の興味をそそっている。
彼女はがんとして誰に碁を教わったのかはいわない。
その理由は、おそらく誰も知る由もないであろう。
いったい誰が想像つくであろうか?
平安時代の天皇家指南役の棋士の幽霊に教わっていた…などとは……

「あれ?進藤は?」
きょろきょろとみわたせども姿がみえない。
「最近、進藤、対局おわったらすぐにかえってるんですよ」
「というか。次の北斗杯の打ち合わせしたいんだけどな~。オレとしては」
「そういや。あいつ最近森下先生の研究会にも顔をださないしな~」
「僕のほうも、誘っても用事があるから、といってすっぽかされまくってるよ」
ここ最近の彼女の行動は確かにおかしい。
かといってどこかに出かけているとかではなく、本当にそのまま家に戻っているらしい。
何よりも証拠が家に電話をかけると必ず彼女が在宅している、という事実。
「ヒカル。恋人でもできたんじゃない?最近きれいになってってるし」
数年ばかり遅れたもののどうにかプロ試験に合格したヒカルとは同じ院生仲間であった一人の少女が声をだす。
事実、最近のヒカルは誰もがわかるほどにきれいになっていっている。
しかもそれにともなって碁の実力も再び新しい局面すらをもみせている。
「…え?」
「…って、進藤に…恋人?」
その言葉に思わずその場にいた全員が顔を見合わせる。
彼女はたしかに、人気がある。
だがしかし、彼女は誰にでも愛想はいいものの、そういった感情はもちあわせていない、というのも明白だった。
同姓のものたちは、それはおそらく心に決めた好きな人がいるから、と勘繰ってはいたにはいたが。
ヒカルがそのことを絶対に口にださなかったのだから追及しようにもどうにもならない。
「ま、とにかく。家にいってみるよ。進藤の家ってどこだったっけ?」
「事務所できけばわかるとおもいますよ?」
進藤の家を知らないわけではない、ないが恋人、という言葉にすくなからずショックをうけていて案内しましょうか?
というセリフはどうしても出てこない。
そんな和谷や塔矢のことはほっといて、ひとまず相談るすために、倉田はその場をあとにしてゆく。
倉田厚。
その実力をかわれ、二回目ともなる今年もまた北斗杯のリーダーにえらばれている人物。
だが、彼も知らない。
ヒカルが師事していた相手が、もともとは幽霊であり、今では肉体を得て復活している、ということを……


こ~んな感じでv
次回で、倉田の呆然自失にいくのですよv
一目ぼれしたとおもったらすぐさまに玉砕vというパターンがおもいついてたりv
佐偽、ぱっと見た目、きれいな女の人、ですもんねぇ(笑
ともあれ、ではでは、次回にてv
本編のほうは、塔矢明の決意と、それに思惑どおりにつられて奮起するヒカルですv
ではでは、また次回にてvv

2008年8月7日(木)某日

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