まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。

今回は、塔矢の自宅の話ですv
塔矢名人の門下生の中で無難な人物を第三者の目、という形でだしてみたりv
ねっくは、塔矢の母親、塔矢明子が霊能力をもってて佐偽の存在にきづくvというところv(まてこら
何はともあれいくのですv

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星の道しるべ   ~塔矢邸にて~

『ヒカル!ヒカル!ものすごくいっぱい本がありますよ!?』
「うわ~。お前の部屋、囲碁に関する本、ぱっかりだなぁ」
本棚にあるのはほとんど囲碁の関係の本ばかり。
「ここ以外にもたくさんあるよ?」
『ヒカル!みたいみたいっ!!みたいですぅぅっ!』
ああもうっ!
わかったわかった!
のしっと全身でまるで犬のようにのしかかられてはたまったものではない。
「塔矢。これとかみてもいいか?」
くす。
「別に構わないよ?」
「さんきゅ~!!」
「じゃあ、ここより充実してる父の書庫にいこうか?そこにはいろいろあるし」
「え?でもいいの?」
「うん。お父さんには君にみせてみたい、といったら許可もらってるし」
いったい全体どのような説明をしたのかヒカルにはわからない。
佐偽のこともあり、昔の人がどんな碁をうっていたのかは純粋に興味がある。
瞳をきらきらさせるヒカルの姿に一瞬、自分の昔の姿を思い浮かべる。
彼も閲覧を許可されたときにはとてもうれしくて、ついつい夜更かしをしてしまい怒られたもの。
「じゃ、いこうか」
『わ~い!』
先ほどの自分の姿が塔矢の母親に視えているかもしれない、という疑問などどこかに吹っ飛び、
佐偽の頭の中はすでに昔の棋譜などをみれる、ということでいっぱいになっていたりする。
そこが彼らしい、といえば彼らしい、囲碁を純粋に愛する気質、なのであろう。

「あら。明さん。お友達のあの子は?」
トイレにと席をたったアキラにと声をかけてくる塔矢の母親の明子。
「あ。今、お父さんの書斎です」
「あら?そうなの。じゃぁ、これ、あっちにもってくわね」

「お母さん?飲み物ひとつおおくないですか?」
「え?ああ、いいのよ」
??
お母さんも一緒に話しでもあるのかな?
たしかに、自分が友達というか同い年の子どもをつれてきたのは初めて。
興味を抱かない、というほうが親としてはおかしいのかもしれない。
そんなことをおもいつつも、とりあえず厠のほうにとむかってゆくアキラであるが。
そんなアキラを見送りつつも、
「あの子は気づいてないみたいねぇ。それはいいのかわるいのか」
まあ、ある意味視える、ということはそれなりの負担を強いられる。
子供がその能力を受け継がなかったのは幸い、ととらえるべきなのか、
さみしい、ととらえるべきなのかそれは彼女にもわからない。
そんなつぶやきをもらしつつも、書斎のほうにむかって廊下を歩く塔矢明子の姿。

「…へぇ。おもしろい」
というかこいつって……
おもわず冷や汗が流れるような感覚に陥る。
書斎にあった秀作の棋譜集。
それをみれば佐偽の強さがどれほどなのかは何となくだがわかる。
『ヒカル!めくって!』
「はいはい」
横では必至に棋譜とにらめっこしている佐偽の姿が見て取れる。
と。
「あらあら。君も碁に興味がある口なのねぇ。はい。お茶」
ふと気付けば母親らしき人物が飲み物をもってフスマのところにとたっている。
そんなことをいいながらおぼんをもって部屋にとはいってくるその女性。
「あ。すいません。…?あれ?三つありますけど、叔母さんもここにいるんですか?」
ふと差し出されたコップは三つある。
氷のはいった冷たい麦茶。
十月とはいえ何だか蒸し暑い。
それゆえに冷たいのみものはとてもありがたい。
「あら。これはそちらの人のよ?そこまでの力がある霊ならばのめるのでしょう?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……ええ!?おばさん!?佐偽がみえるの!?」
さっきそういえば佐偽がそんなことをいっていたような気もしなくもない。
それゆえにおもわず立ち上がり叫ぶヒカル。
「あら。そちらの人の名前は『サイ』というの?残念ながら私にはあなたの横に光があることくらいしかわからないわ。
  かなり力のある指導霊のようね。姿がみえないなんて」
「指導霊?こいつが?こいつはただ俺の心に居候してきたただの幽霊だけど?」
どう考えても指導霊、というような大層な存在ではない。
絶対に。
そもそも、そんな霊が人間よりも感情豊かに文句をいったり喜怒哀楽を示すものか。
「あなたには姿がみえてるのねぇ。だけど、たぶんおそらく、その人の姿はあなたにしかみえてないはずよ?
  君はある程度霊能力あるみたいだけど、それほど強くはないのかしら?」
「え~と。とりあえずじぶんの身を守る程度くらいしか。ひとのを払うこととかもできないし」
こういう話題が通じる相手はどこかとても安心する。
なにも知らない人たちからみれば、この子供、何を話してるの?
と今までも怪訝そうな顔をされたことは多々とある。
「あら。そうなの。私は一応、昔修行を積んではいるから多少の能力は備えてるのよ。
  まあ、息子のアキラにはその能力は遺伝しなかったようだけど」
「たしかに。あいつ、佐偽の姿みえてないみたいだったしな~。…って佐偽?」
どうやら佐偽は熱心に棋譜に夢中になっており、こちらの話はまったくもって聞こえていないらしい。
『ヒカル!めくってめくって!』
・・・・・・・・・・・・
パタン。
『ヒカル!?何をするんですか!?みていたのに!?』
本に夢中になりこちらの話を一切聞いていない佐偽の姿をみて溜息をつきながら、
佐偽がみていた本をパタン、と閉じる。
「あのな~。佐偽。こんなときに本なんてみてるなよ。
  やっぱり塔矢のお母さん。お前の存在には気づいてるみたいだぜ?」
『ええ!?ではヒカル以外にも姿はみえてるのですか!?』
「それがさぁ。よくのどおりがいかないんだよ。えっと。おばさん。おばさん、ほんと~にこいつの姿はみえないの?」
何やらそこにいる光に包まれているとしかいいようのない姿すら確認できない霊と目の前の子どもが話しているのはわかる。
わかるが、声もきこえなければ何もわからない。
唯一わかるのは、光の塊がさらに光を増している、ということのみ。
「残念ながら。その人の姿は私にはみえてないわねぇ。いるのはわかるんだけど。
  声もきこえないようだし。よほどの霊力の持ち主のようね」
「まあ、平安時代からいるような霊らし~し」
「平安?…それって本当?普通そんな長い間現世にとどまることなんてできないとおもうんだけど……」
「でも残念。おばさんには姿みえないんだ~。みえたらうるさいこいつの相手してもらえたのに~」
『ヒカル!?うるさい!とは何ですか!うるさい!とはっ!』
「お前、ちょっとしたことにも騒ぎすぎるんだもんっ!いい加減に飛行機とかテレビとかみて騒ぐのはやめろよっ!」
『そういいましても不思議なものは不思議なんだから仕方ないでしょう!?』
え~と。
何やらどうも言い合いをしているらしい。
何と人間くさい霊なのだろうか?
「だから!少しはこの時代のことをおぼえろって!おまえの興味は囲碁だけかっ!」
『当然ですっ!』
「っていいきるなぁっ!!」
ヒカルの声しかわからないが、何となくだが理解してしまう。
くす。
くすくすくす。
おもわず笑みがもれてしまう。
「その指導霊さんの趣味、囲碁なの?」
「ええ、まあ。こいつがうるさいから俺も始めたようなものだし。何しろ耳元でさわぐしさぁ。こいつ」
それである程度の納得はいった。
平安時代云々はともかくとして、どうやらかなり人間くさい幽霊らしい。
「まあ、その人の位はかなり高い霊のはずよ?光の様子からしてかなり徳の高い指導霊だとおもうし」
「こいつが~?」
『ヒカル?指導霊?とは何ですか?』
「・・・おばさん。こいつ無自覚みたいなんだけど?それはありえないとおもうよ?」
「・・・・・・・・・・・かわったひとが憑いた、のねぇ」
光の様子からみてもかなりの力をもっているであろうに、どうやら当の当人は無自覚らしい。
そんな霊の存在など、今まで彼女はきいたことがない。
「まあ。いいわ。何か困ったことがあったら相談にきなさい。多少のことならば力になれるかもしれないし。
  うちの夫も息子もそのたぐいのことにはまったく無知だしね」
「うちも、俺以外に霊能力もってるひと、皆無だし。その気持ちはわかります」
『ヒカル!それより、それよりさっきの続きをみせてくださいよぉぉ!』
何やら背後から抱きついて懇願してくる佐偽に対し、
「おまえなぁ!というかいきなりだきつくな!ってしくしくなくなぁぁ!」
どうやらいきなり抱きついて、しかもさめざめと泣いているらしい。
何とも感情表現の豊かな指導霊であることか。
姿がみえたらきっとたのしいのでしょうね。
そんなことを思いつつ、
「何だかいいコンビね。あなたたち。そのたわいのない子供らしさがアキラにも伝わればいいんだけど」
相手の言葉はきこえないが、想像はつく。
それゆえに、たわいのないやり取りをできるまでに信頼できる友達が息子にもできればいいと親だからこそ願う。
「?アキラのやつも面白いよ?」
「まあ、とりあえず。うちの子をよろしくね。そろそろアキラももどってくるだろうし。私はそろそろ失礼するわね」
「あ、おばさん。えっと、佐偽のことは……」
くすっ。
「わかってるわ。視えない相手のことを知ってもらう、というのはかなり難しいし、大変に危険でもあるからね」
能力があるからこそわかる。
下手をしたら詐欺師よばわりされることもありえる、ということも。
だからこそくすりと笑みを浮かべてにこやかに答えてくる。
「すいません」
『ヒカル!それより本!本!』
「おまえはぁぁ!少しはおちつけ!ってがくがくと肩をゆするなぁぁ!」
傍目からみても、視えない何かによってがくがくとヒカルが体をゆさぶられているのが見て取れる。
……力あるのに相手が無自覚、というのはある意味危険かもしれないわね。
そんなことをもおもうが、何やらみていて微笑ましい、と感じるのも事実。
何やら未だに言い合いをしているらしい二人をそのままに、書庫をでてゆく明子の姿。


「こんにちわ~」
ガラガラガラ。
玄関が開かれる音とともに何やら明るい声が聞こえてくる。
「あれ?芦原さん?今日は父はまだもどってませんけど?」
ふと厠からもどり、声がきこえたので玄関先をのぞいてみれば、そこにはなぜか塔矢行洋の門下生でもある、
芦原弘幸の姿が見て取れる。
それゆえにきょとん、とした声をだしているアキラの姿。
「あら?芦原さん。主人はまだもどってませんよ?」
アキラにつづいて音をききつけてからのお盆を手にしながらもでてくる明子。
さすが親子というべきか、ほぼ同じようなセリフをいっているのが何とも面白い。
玄関からはいってきたのは、二十代そこそこのまだ若い青年が一人。
「いやぁ。今日はたしか明君が気にかけてる子がくるとかきいたから。みにきちゃった」
にっこりとそういわれて思わず目を丸くする。
「今日は対局があったんじゃないんですか?」
「ああ。あっさりまけちゃってねぇ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・笑っていうことでもないとおもうんですけど……」
にこやかなそんな彼のセリフに思わずため息まじりにつぶやくアキラ。
「まあ、細かいことは気にしない、気にしない。それより例の子、今きてるの?靴が見慣れないのがあるけど」
しかも子供靴である。
「進藤ならもう来てますけど…今は父の書斎で棋譜集とにらめっこしてます」
正確にいうならば、棋譜とにらめっこ、というよりはあの子についてる指導霊とかけあい漫才やってる。
といったほうが正しいみたいだけどねぇ。
そんなことを思うが、そのことは口には出さず、
「あらあら。じゃあ今日のお昼は一人前追加でたのまなければいませんね。
  あ、明さん?キリのいいところで居間にきてくださいね?お昼の用意しますから」
「はい。お母さん。わかりました」
おそらくどちらにしても、書斎にとじこもりっきりになるであろうことは明白。
それゆえに一応は釘をさしておく。
まあ、いっても無駄、というような気もしなくもないが。
時刻はもうすぐお昼にさしかかる。
「芦原さん。あまり子供に無理をいわないでくださいね」
「あはは。わかってますよ。とにかくお邪魔しま~す」
「…僕、ときどき芦原さんについていけない、とおもうことがあります……」
行動力だけはたしかに人一倍長けているのかもしれないが。
この強引さは多少気がひけるものがある。
「気にしない。気にしない。あ、明くんも書斎にもどるんだろ?」
「え?あ。はい」
そんな会話をしつつも、ともあれ二人して書斎にむかってゆくアキラと芦原、と呼ばれた青年の姿。

「まったく……」
ようやくこいつおちついたし。
とりあえずごくごくともってきてもらったお茶を飲み干す。
横では必至に棋譜を数冊広げてみている佐偽の姿が目にとまる。
一度にあんなにおぼえられるのかなぁ?
そんな思いも多少あるが、まあ佐偽をおとなしくさせるのには効果的な方法。
「ん?あ、塔矢。おかえり~。…?誰?その人?」
ふとふすまが開いてはいってきた塔矢にと片手をあげて挨拶する。
と、アキラの後ろに見慣れない青年の姿をみとめておもわず首をかしげる。
「あ。はじめまして。君が例の子だね。僕は芦原弘幸。塔矢君とは友達のようなものさ。
  君の話をきいてあってみたくてね、今日、君がくるってきいてきてみちゃった」
「は、はぁ。どうも。進藤光、です。塔矢、お前って大人の友達がいるんだ」
「彼は父の門下生だよ」
「??門下生?何それ?」
「…進藤、お前ほんっとぉぉぉに碁の世界のことほとんど知らないよね……」
きょとん、とつぶやくヒカルのセリフに思わずこめかみをおさえるアキラ。
「そりゃそういう場所とは縁は普通ないし」
きっぱりはっきりそんなアキラの言葉にいいきるヒカル。
「しかし。よく広げたものだねぇ。頭にはいるの?一度に数冊ひろげてみてるようだけど」
たしかに、横にいくつか並べて本を並べているのは事実。
「まあ、棋譜を頭にいれてるだけだし」
佐偽が。
という言葉は心の中でのみ付け加えておく。
「でも。さすが塔矢のおやじさんの書庫だよなぁ。ものすごく充実してるし。
  これなんかまさか本因坊秀作の棋譜集のコピーがあるなんておもわなかったし」
当の当人が横にいるが。
昔の棋譜をコピーしたものを束ねて簡単に本にしてある冊子。
「父は碁の勉強に熱心だからね。いろいろここにはそろってるよ」
「うん。みたいだね」
というかものすごく佐偽が喜びまくってるし。
「あ。そういえば、塔矢。何か簡単な碁がうてるのない?
  できたらこれらの棋譜ならべて石の並びを実際にみてみたいな~。とかおもったりするんだけど」
「あ。それなら僕がとってくるよ。折りたたみ式のでいい?」
「簡単なやつでいいよ?あ、無理ならいいけど」
「いや。いいよ。君の気持ちはわかるから。僕もよくやるし」
アキラもまたよくこれらの棋譜どおりにならべては碁の勉強をしているのも事実。
「そうなんだ」
「進藤はここでゆっくりとみててよ。すぐにもってくるから」
「サンキュ~。塔矢。でも何だかわるいな?」
「いいよ。そのかわりあとから僕とうってもらうからね?ちなみに直感のほうで」
「…うっ。わあったよ」
くす。
言葉につまりながらもしぶしぶ了解してくるヒカルの姿をみつつも、ひとまず部屋をあとにする。
この家には携帯用の碁盤一式は多少なりとも数だけはある。
それらはすべて研修会などに使用するがゆえにおいてあるのだが。
そんな碁盤をとりに出て行ったアキラを見送りつつ、
「直感?どういう意味?」
「あ。え~と。何というか。俺、碁のことまだよく詳しくなくてさぁ。
  知識を考えて自分なりに考えたらまだまだ下手な打ち方になんだかなっちゃって。
  何も考えずに思うがままにうってったら何だか塔矢いわく、ものすごく強いらしくて。自覚ないけど」
そもそも、打つ場所を示されて打っているのだからヒカルからすれば何も考えずにうっているようなもの。
嘘ではないがまるっきり真実でもない説明。
「…そんなことありえるの?」
「まあ、俺としても自分できちんと全部理解して自分の判断を的確にしてやってみたいのもあるし。
  だから、こうして昔の棋譜とかみたら勉強になるじゃん?…いや、なるじゃないですか?
  家でのみの勉強には限りがあるし」
まあ、かなりとんでもない指導係りがいるにはいるが。
『ヒカル。これはもうすみました。次をお願いします!』
って、お前もうそれ全部頭にいれたわけ!?
『当然です。ヒカル!次!時間が限られているんでしょう!?』
その場に第三者がいるがゆえに心の中でのみ会話を交わす。
「まあ、ここにいる時間はたしかに限られてるだろうけどさ……」
これだけの量があれば一日やそこらで読破できる、というものではないのは一目瞭然。
それゆえに佐偽の言いたいこともよくわかる。
わかるが……
あ。佐偽。あとから塔矢がお前とうちたいってさ?どうする?
『対局ですか!?やりますやります!』
……そ~いうとおもった。
そんな会話をしつつも、横においてあった本を片づけて元あった場所の棚にと戻してゆく。
「?もうそれら読んだの?」
「え?あ。うん。というか棋譜頭にいれるだけだし、簡単だし」
いや、それは簡単じゃない。
絶対に。
さらっというヒカルの言葉に思わず内心突っ込みをいれる芦原であるが。
「書かれてる内容なんてとにかくとして。棋譜を頭にいれられれば俺としてはいいだけだもん」
というか昔の難しい漢字をわざわざ読み説いたり、もしくは流暢な文字を解読したりまでして読みたくはない。
棋譜だけである程度の石の流れはつかめるのも事実。
まあ、細かいことはあとから佐偽にきけば佐偽がこたえてくれるだろうし。
そういう思いもヒカルの中にあるのも事実。
「棋譜を頭にいれる…って……」
それがどれだけ難しいことなのか、目の前の子どもは理解しているのだろうか?
理解していないままにやってのけているとすればたしかにかなりの実力を秘めているのは何となくだがわかる。
アキラ君や塔矢先生たちが気にかけるわけだ。
そんなことをおもいつつ、
「せっかくだし。僕も何かよもっと」
めったにこの書庫は解放されることはない。
彼に解放されている、ということはすくなからず何かを塔矢名人は期待している、ということを指し示している。
それが何なのかは彼、芦原にはわからない。
「おまたせ。もってきたよ」
「さんきゅ~!塔矢。あ、そういえば塔矢がいままで好きな棋譜ってどんなやつ?」
「僕の?そりゃ、印象深いのは君との第一局かな?」
「それ以外で!」
「なら一刀両断のあの一局」
「…俺からはなれない?」
「それだけ印象深い、ということだよ。それより君は何かきにいった棋譜でもあった?」
「あ。うん。さっきみたこれなんだけどさぁ……」
ことことこと。
アキラがもってきた折りたたみ式の碁盤をひろげ、先ほど見たばかりの棋譜を寸分たがわずに並べてゆくヒカル。
「で、棋譜ではここがこうきてたけどさ。内容からして、ここをこうしてたら相手の逆転勝ちになってたとおもってさ。
  お前はどうおもう?」
「たしかに。そうきたらそうなるね。でも相手ならそうきたらこうこない?」
え~と。
何やらとてもレベルが高い会話になっているような気がするのは僕の気のせいかなぁ?
…まさかあの明君と会話が成り立つ子供ってほんとうにいたの!?
何やら高度なやり取りをいきなり始めている二人の小学生に驚愕せざるを得ない。
『ヒカル。めくってください!…って、ああ!何おもしろそうなことしてるんですか!?ずるいっ!』
ちっ。
気付かれたか。
『ヒカルばっかりずるいずるい!』
あ~…うるさい!おまえとはあとから家にもどってからやるつもりだから!
ここで佐偽と棋譜を並べてのやり取りなどできるはずもない。
『でも、ヒカル。それ、そうきましたら、私ならマガリにしますけど?』
「…あ゛。マガリにされたらどっちもどっちになるのか……」
さらっとみただけできっぱりいいきられて思わずぼやくようにとつぶやくヒカル。
「あ。確かに」
「もしも~し?明君?それにえっと、光君?」
ブロたる自分ですら高度な会話である、と認識されるような会話をされてはたまったものではない。
そんな会話をしている最中。
「明さ~ん。進藤君。それに芦原さん。お昼の用意ができましたよ~」
何やら奥のほうからそんな声が聞こえてくる。
「って、もうこんな時間!?あ、でもお昼までごちそうになっちゃってもいいの?塔矢?」
「かまわないよ。いつものことだもの」
「いつもの。っておまえんち、どれだけ人の出入りが激しいんだよ?」
そんなヒカルの言葉にただ笑みで返事を返し、
「とにかく。いこ。お母さん、あれでも遅くなったりしたら結構怖いしね」
「?塔矢のあの優しそうなお母さんでも?うちの母さんならわかるけど」
そんな会話をしながらも、とりあえず一度石を片づけ、本もまた定位置にともどしてゆく二人の姿。
「とりあえず。続きはお昼たべてからにしよっか」
『私はまだみていたいんですけど…』
お前は何も食べなくても平気かもしんないけど、おれは必要なのっ!
何やらものすごく名残惜しそうな佐偽にむかってとりあえず強くいうヒカル。
たしかに、佐偽は食事もとらない幽霊であり、栄養補給、という概念はまったくない。
だが、光は生身の肉体をもっているがゆえにきちんと栄養補給をしなければ体がもたない。
『ヒカルぅ~』
ああ、もうっ!
ずるずるずる。
懇願するようにすがりついてくる佐偽をそのままに、ひこずるようにとその場をあとにする。
「?進藤?足どうかしたの?」
はたから見れば足がどうかしたようにもみえなくない。
「え?あ、いや。何でもない。しかし、ほんっとお前の家って広いよなあ」
長い廊下がある家などはっきりいってみたことがない。
それゆえに周囲をきょろきょろしつつも質問に質問で問い返す。
「そうかな?」
「…お前、世間の常識しったほうがよくない?」
「そういう君こそ。囲碁界のことをもっと知るべきだとおもうけど?」
「仕方ないだろ!?囲碁に興味もってまだ一か月もたってないんだしっ!」
「…いや、ちょっとまってよ。一か月もたってない。って……」
子供らしいというかたわいのないやり取りをしているヒカルとアキラの会話に思わず目を丸くする芦原。
一か月もたっていない、という子供が棋譜並べを、しかも一度みたかぎりの棋譜を並べることができるものか。
「…君は院生ではないの?」
とりあえず確認をこめてヒカルに問いかける芦原。
「?インセイ?あ。そういえば。塔矢。インセイって何?」
こけっ。
おもわずヒカルの言葉にこけそうになってしまう。
それはアキラにしろ芦原にしてもおなじこと。
「まさか、院生まで知らないとは……」
はぁっ。
それゆえにあきれた溜息をおもわずつくしかないアキラ。
「むっ!わるかったなぁ!前に囲碁チャットで話したやつもそんなこといってきたんだよ。
  知らないから、インセイって何だ?ってきいたらふざけるなっ!といわれてもうあとは喧嘩ごし」
「…そりゃ、おこるよ。たぶん君、そのときかったんじゃない?」
「え?うん」
勝ったには佐偽だけど。
こめかみに手をあてつつも溜息まじりにヒカルに問いかけるアキラに対し、素直にうなづく。
「相手の人気の毒に」
「わるかったなぁ!で、インセイってなに?」
「…ふぅ。食事のときにはなすよ」
「ぜひおねがい」
ええと……
院生を知らなくて、しかも明君にかったことがあって、碁を覚えて一か月たってないのに棋譜を一発でならべられて?
…えええ!?
そんな二人の会話をききつつも、すでに頭の中はパニックに陥っている芦原。
そんな子供がいるなど聞いたこともないし、またありえるはずもないような気がする。
「…って、えええええ!?」
「?芦原さん?」
「お兄さん?」
何やら立ち止まり叫ぶ芦原に気づき、きょとん、とした声をだすアキラとヒカル。
「どうしたんだろ?」
「…まあ、気持ちはわからなくもないよ。さ、居間はこっちだよ」
何やら一人パニックになる芦原をそのままに、アキラに促されて居間にと彼らは向かってゆく。


「いいかい?院生っていうのは、プロを目指す人たちのことなんだ。
  日々、彼らは訓練を重ね、プロになることを目指している。
  ただ、院生になっている人たちは、一般の大会にでることはできない」
「?何で?」
めったに食べられることがない寿司をたべながらもアキラにと首をかしげてといかける。
そもそも、そんな集団があることすらヒカルは知らなかった。
これははじめから説明したほうがよさそうだ。
そう判断し。
「進藤君は日本棋院、ってしってるよね?」
「えっと。たしかこの前子供囲碁大会があった場所?」
ヒカル的にはそれくらいの知識しかない。
「…日本棋院は囲碁界の要、ともいえる組織だよ。
  その日本棋院が未来のプロを養成するためにつくっているのが院生制度。
  だけど院生になっている人たちは修行中の身であるがゆえどんな大会への参加も禁止されてるんだ。
  学校の部活の大会などにおいてもしかり」
「へぇ。あ。じゃぁ、お前が大会とかにでないのもお前もそのインセイってやつなの?」
たしか、彼は以前見た限りでは子供の囲碁大会には参加していなかった。
「ううん。僕はどこにも所属してないよ?所属しなくても碁をうつのには困らないし」
「そっか。そういやお前のおやじさん、囲碁のプロだもんなぁ。でも何かそれって面白そう」
「君もはいってみたら?たぶん君はすぐにのびるとおもうよ?
  院生になれば自動的にプロ試験も無料でうけられるし」
「え~?ん~と、とりあえずパス。だって授業料かかるんだろ!?それこそおこずかいじゃたりなそうにないし」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」
その言葉に思わず顔を見合わせる。
「君の両親にいってみたらそれくらいだしてくれるんじゃないの?」
「うちの親が!?無理無理!だって今でもお金がない~!とかいってさわいでるんだし。
  爺ちゃんだって年金暮らしだし無理いえないし」
しかもこの間、高い碁盤をかってもらったばかりである。
そんなヒカルのセリフに顔を見合わせるしかないアキラと芦原。
「それにさ。そのインセイとかいうやつになったとしたら、大会にとかでられないんだろ?
  だったらさ。筒井さん…ほら、塔矢もしってるだろ?この前の大会にでてた副将やってたひと。
  あの人と約束したしさ。来年の大会に俺も本当の部員として参加するって。
  囲碁部を本格的に学校にみとめてもらうためにさ」
「そういえば。明さんからきいたけど。進藤君。君、中学の大会に小学生なのに参加したんだって?」
「え?あ、はい。葉瀬中には囲碁部がないらしくて、大会に参加したら部としてみとめてもらえる。とかで。
  ちょっとした罰ゲームで参加決定されちゃって」
「たしかに。そのときの一局をみせてもらったけど、君らしくないポカ、だったよね。あれは」
「しかたないだろ!?アカリのやつがいてそっちに気をとられたんだからっ!」
「まあ、あの子は気が確かにつよいよね。いきなり碁石を君に投げてきたときには僕も呆然としちゃったし」

いったい何があったんだろう?
そのときのことを知らない芦原はただただ首をかしげるのみ。
「ふふ。でも明さんもやっぱり子供らしいところはあるのよね。あなたがそんなたわいのない会話をしているなんて。
  お母さん、嬉しいわ。進藤君。これからもうちの明さんをお願いね」
今までそんなやりとりをできる相手は彼にはいなかった。
それゆえにそんな息子のやりとりを微笑ましくみている明子。
「お母さん。どういう意味ですか?」
「あら?言葉のままよ?」
そんな母親にたいし、思わず言い返すアキラであるが、にこやかな笑みでさらっとかわされてしまう。
『いいなぁ。お寿司。私もたべたい……』
お前なぁ。
お前は何もたべられないだろうがっ!
お寿司をみながらも、悲しそうな表情をしてそんなことをいってくる佐偽に心の中で突っ込むヒカル。
たしかに、何も食べられない、口にすることができない、というのは悲しいものがあるだろうが。
感情があればなおさらに。
「あ。そうだわ。進藤くん。ちょっと」
「はい?」
手まねきされて、とりあえず明子のほうに近づくヒカル。
そんなヒカルにこそっと手をあて、
「そこにおいてあるお寿司。一応神棚にあげてるやつだから、あなたの後ろの人もたべられるはずよ?」
『ええ!?本当ですか!?』
「?そんなこと可能なの?」
「私の読みが正しければ、おそらくね」
『ヒカル、ヒカル!ためしてみてもいいですか!?』
「…ダメでも文句いうなよ?お前は」
『はいっ!わ~いっ!』
「あ、だけど。彼がたべたやつはあなたが現物はたべてね?中身がなくなるようなものだから」
「は、はぁ」
こそこそとそんな会話をしている二人をみつつも首をかしげ、
「?お母さん?進藤くん?」
戸惑いつつもといかけるアキラであるが。
「ああ。何でもないのよ。さ、みなさん、ごゆっくり。私はそろそろ主人がもどるかもしれないので準備がありますから」
にこやかな笑みを浮かべつつもその場をあとにしてゆく明子。
『ヒカル!ヒカル!本当にたべられますよっ!…お、おいしい…まさかまたお寿司がたべられる日がこようとはっ!』
だぁぁっ。
何やらふとみてみれば、お寿司を手にして涙をおもいっきり涙をながしている佐偽の姿が目にとまる。
と。
「?あれ?このお寿司、何かすかしかしてる?気のせいかな?」
ふと、今、佐偽が手にしたお寿司の本体を手にした芦原がそんなことをいいつつも口にといれていたりするが。
あ~…つまり、お寿司の幽体を佐偽がたべているようなものなんだ。
それゆえにどこか納得しつつ、こりゃ、佐偽がたべたぶんは味がないにしろ俺がたべないとなぁ。
そんなことをおもいつつ、溜息をおもわずついてしまうヒカルであるが。
「?進藤?どうかしたの?」
「え?あ。いや、何でもない。でも、お前の家ってこんなおいしいもん、いつもたべてるの?」
「いつも、じゃないよ。たぶんお母さんは、僕が君を連れてくる、ときいていたからあらかじめたのんでたんじゃないの?」
しかも、運ばれてきたのは特上の寿司である。
ヒカルはそんな高価な品を食べたことは一度もない。
『ヒカル、この寿司のネタは何ですか!?』
「ああもうっ!」
「?どうかしたの?」
いきなり叫ぶヒカルをみて、きょとん、とした声をだす。
たしかに傍目からみればヒカルがいきなり大声をだした、としか見えないのも事実。
実際は、佐偽が耳元でおもいっきり騒いでいるがゆえにおもわずヒカルは声にだしてしまったのだが。
「あ。いや。ちょっと思い出しただけ」
俺に聞くな!俺にっ!
俺だってこんな高級なお寿司なんて食べたことは一度もないんだからなっ!
そ・れ・と!気持ちはわかるがつぎつぎにたべるな!
味がない、とわかったら怪しまれるだろうがっ!
たしかに、悠久の時の果てに久しぶりに何かを食べられる、ということはかなり嬉しいことなのはわかる。
わかるが……フォーローする身にもなってほしい。
「?」
「しかし、こんな寿司はじめてだよ。いつも回転寿司しかいったことないしさ~」
「回転すし?僕はいったことないな~」
「お前、それってさりげに嫌味だぞ?」
いいつつも、座りなおしてぱくりと寿司を新たに一つ口にと含むヒカル。
「でも、明君にもお友達ができたみたいで何よりだよ。明子さんのいうこともわかるなぁ。僕」
何しろ今まで明の周りには大人しかいなかったのも事実。
同い年の友達、しかも何でも言い合える相手がいる、というのは精神的にも強くなれることを芦原は知っている。
「しかし…中学の大会…か。君はじゃあ、葉瀬中にいくの?」
「お前こそ。よくもまあ試験うけてまで海王中にいこう、という気になるよ。中学なんて義務教育なんだから。
  わざわざ試験うけなくてもいけるのに」
「父が海王中だったからね。それもあるから」
「ふ~ん。そんなものなのかな?」
「しかし…そうか。囲碁部…か…」
何かこの明君の表情…たくらんでるよ。
絶対に。
まさか、明くん。
この子がでるからって自分も囲碁部にはいる、とかいいだしそうな気がするんだけど?
ヒカルの言葉をきいて思わず考え込むアキラをみて内心はらはらしている芦原。
事実、アキラはそのように考えているのであるが、そんなことはヒカルが知ったことではない。
「あ。それよりさ。君。ご飯おわったら僕と一局手合せしてみてもらえない?」
『え?やるやる!ヒカル!うけてください!』
お前なぁ。
その姿でせがんでくるなっ!
そもそも、両手でスシをもって口にほうばっている佐偽などはっきりいって滑稽としかいいようがない。
おもわず噴き出しそうになるのを何とかこらえるのが必至。
そりゃ、久しぶりに食べ物が口にできる、となればそうなのかもしれないけど・・・
だけど、口に含んだままではなしかけてくるなっ!
というかご飯粒がとんでるしっ!
いくら実体がないモノとはいえ、気分的にいいものではない。
「塔矢のあとでなら。先約は塔矢だし」
「それでもいいよ?」
そんな会話をしつつも、テーブルに置かれたお寿司をそれぞれに食べてゆくヒカルたちの姿が、
ここ、塔矢邸の一室においてしばし見受けられてゆく――


                               -第15話へー

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あとがきもどき:
薫:とりあえず、塔矢明がヒカルにつられて子供らしさを発揮してゆく。というのを目的にしていたりv(笑
  ちなみに、佐偽ちゃん、千年ぶりにご飯がたべれてかなりご満悦v
  おそらく、佐偽は神にも近い存在になりかけてるとおもうんですよね。
  というか神がとめおいた魂?みたいなもの?
  なので神棚にささげた品物ならば彼は食べられる、と勝手に想像していたりv
  あとからやり方を明子に聞いて、ヒカルは常に彼に何か食べ物を与えてだまらせる!
  という手段をとったりもしますけど(爆
  まあ、ともあれ、次回で対局ですv
  ではでは~♪

2008年7月31日(木)某日

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