まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。

さてさて、一刀両断の回さんはある意味おあずけ~(笑
とっととヒカルに覚醒させてしまおうという作戦です(こらこら
佐偽もヒカルの才能に気づいたこともあり、開花させようという気になっている、という展開でv
気の毒なのはある意味、利用されている塔矢なのか、はたまた一緒にいたアカリなのか?
それは誰にもわからないv
というわけでゆくのですv

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星の道しるべ   ~塔矢とうやあきら

「し…進藤ヒカル!」
「…あれ?たしか、お前塔矢。塔矢じゃないか」
電車にのり、駅をでたその直後、いきなり呼び止められる。
ふとみれば、何か息を切らせた昨日の子どもの姿が目にはいる。
そこには昨日、碁会所で一局手合せした塔矢明の姿が。
「?ヒカル?ともだち?」
相手がヒカルの名前をよんだことについて思わずヒカルにといかけるアカリ。
ヒカルにこんな友達がいるなんて今まできいたこともない。
「あ~、うん。昨日さ。初めてあったんだ。…どうしたんだ?塔矢?俺に何かよう?」
アキラからすれば、日本棋院に向かおうととにかく全力で走っていたが、まさかここで彼をつかまえられるとは。
しかもどうやら一人ではなく女の子つれ。
だがしかし、今の彼にとってはそんなことはどうでもいいこと。
『おや?昨日のあの子ですね』
そんなアキラの姿をみとめて、佐偽がきょとん、とした声をだしているのが印象深い。
「そういや、お前、囲碁大会にはでなかったのか?さがしたけどみつからなかったんだよなぁ。
  あ、でもここにいるってことはでてないってことなのか?」
「ヒカルがいらないこといっておいだされたけどね」
「アカリ!おまえは一言おおいんだよっ!」
「何よっ!本当のことじゃないっ!」
何だかアキラをおいてけぼりに喧嘩が始まりそうな予感がする。
「君は…君はでなかったの?」
「え?ああ。俺?俺はこいつとちょっとのぞいただけ。でもさ。何かすごく感動した。
  何かみんな真剣になってたし。あれほどのめりこめるものがあればいいよな~」
「ヒカルには絶対に無理。興味ないものにはまったく集中力つづかないし」
「アカリ!おまえ、喧嘩うってるだろっ!?」
「……え、ええと……」
思わず意気込んで彼を探しにきたものの、いざみつかってみれば言葉につまる。
しかも何やら痴話げんかともとれる言い合いをしていればなおさらに。
「だってそうじゃない!数式とかとくのはたのしいからってものすごく熱中するけど!
  だけども地理とか歴史とかにはまったく無頓着だし!そんなんだからおこずかいとめられるんだよっ!」
「人のきにしてるこというなっ!そういうお前も算数とかはいつも俺にたよってばかりじゃないかっ!」
何だかかなり話がずれていっているのは気のせいだろうか?
ふとそんなことをおもうものの、
「…えっと。進藤くん。手をみせてくれる?」
「え?あ、うん。いいけど。そういや、お前、俺に何のよう?」
「でもこんなきれいなかわいい子がヒカルと知り合いだなんて。きみ、やめといたほうがいいよ?ヒカルとつきあうのは。
  こいつのガサツさはだって君みたいな子には絶対ににあわないもんっ!」
「あかり~!!てめぇ!!」
「何よ!ほんとうのことじゃないのっ!」
ふとみれば、周囲からはくすくすとした笑い声がもれている。
それもそうであろう。
どうみても子供のたわいない喧嘩。
はっきりいって微笑ましい。
そんな二人の言い合いにあっけにとられてしまう。
こんなに本気で言い合える相手など、今まで彼…アキラにはいなかった。
何かとても不思議な感覚が心の中に押し寄せる。
「…爪は別にすりへってはいない……」
ヒカルの手をみておもわずつぶやく。
市川さんは彼は一度も対局したことがない、といっていたけどほんとうにそう?
その疑問がどうしても頭から離れない。
「そもそも!こ~んなきれいな子とがさつなヒカルがどこでしりあったのよっ!」
「またガサツっていったな!そういうお前こそ男女じゃねえかっ!」
「いったわね~!」
「おう!いくらでもいってやるっ!こいつとは昨日、駅前の碁会所であったんだよっ!」
「……は?ヒカル、そんなところにいったの?まだうてもしないだろうに?」
「まだ、とは何だ!まだ、とはっ!」
「だって、ヒカル、囲碁に興味持ち始めたばかりじゃないの。まだ基本もおぼえてないんじゃないの?」
「こ、これからおぼえればいいだけだろっ!」
がん。
そんな二人の言い合いにどこか頭の中をつよく殴られたような衝撃を感じる。
基本も覚えていない?
そんなバカな。
そんな人物があんな一局をうてるはずもない。
「それにだな!俺が囲碁はじめようとおもったのは一昨日だぜ!?いきなりできるかっ!」
「わ~い、いいわけしてやんの~」
「おまえな~!!」
ぞくり。
言い知れようのない悪寒がする。
その悪寒の正体はまったくもってわからない。
わからないが、だけども……
「……進藤くん。君はプロになるの?」
おもわずかすれた声で問いかける。
「ブロ?何それ?というか俺なんかがなれるはずないじゃんっ!おまえおもしろいキャラだなぁ」
「こいつは、お爺ちゃんにかっておこずかいをもらいたい。
  というのを目当てにはじめただけだからそこまでかんがえてない。ぜったいに!」
「……おこずかい?」
「あ、え~と。ちょっと成績わるくて俺、親にこずかいとめられててさ~。
  それで、爺ちゃんと対局したらこずかいくれるとかいうからはじめてみようかなぁ、なんて」
実際の理由は違うのだが、それをことさら人にいうつもりはない。
そもそも、自分にそのような力があると信じるものなどほとんどいないのだから。
うそつきよばわりされるのが関の山。
そんなヒカルの言葉に対し、何だかむかむかするのは気のせいだろうか。
そんな不純な動機で囲碁を始めようとおもった、というのも癪にさわる。
「でも絶対にヒカルはつづかないっ!」
「あのなっ!やってみなきゃわかんねぇだろっ!」
「ヒカルにはむりむり~!」
「なにぃ!みてろよっ!そんなにいうならブロとかいうやつに勝てるくらいに実力つけてやるっ!」
「やれるものならやってみて~」
そんな二人のたわいのないやり取りすらも頭に響く。
「…ふ、ふざけるなっ!その程度のことで実力をつける?おこずかいがほしいから囲碁をする?
  囲碁は…囲碁はそんな簡単なものじゃないっ!」
どうしてこんなやつに自分はまけたのだろう。
それがくやしい。
「と…塔矢?」
「え、えっと、塔矢…くん?」
いきなり叫ばれておもわず言い合いをしていたのをとめるヒカルとあかり。
「君が碁打ちのものかっ!碁をうち高みを目指すものならそんなことは絶対にいわないっ!」
そうはいうが、それは塔矢明の基準であって、おおまかの子どものきっかけというものはそのようなものかもしれない。
そのことをまったくもって彼は知らない。
「囲碁の棋士の高みをしっているのか!?忍耐、努力、苦渋、辛酸、すべてをのりこえて、
  それでも高みにたどりつけずに自滅していった棋士はおおいいんだぞ!?それを…」
それをたかが口喧嘩のはずみとはいえ軽々とブロにかつ実力をつける、などとは、暴言もはなはだしい。
子供のたわいのない喧嘩にそこまでやっきになる必要もないような気も普通はするのだが。
今の塔矢にはそんな余裕はまったくない。
「?何かやけにつっかかるなぁ。おまえ。もしかしてお前、プロになるつもり?」
「…なるよ。僕はそのために今までずっと努力をしてきた」
「え~!?おまえ、まだ俺と同い年だろ?そんな年で未来きめてるのか?
  俺はまだ将来の夢は何もきまってないな~」
というか。
碁って年寄りばかりのもの、とおもってたけど今日のみるかぎり違うのも何となくわかったけど。
だけどもプロって…こいつほんとうにかわってる。
そんなことをヒカルがおもっていると、
「ヒカル、お願いだから将来の職業、あっちのほうにはいかないでよ?私、幽霊とかは絶対にいやだからねっ!」
何やらそんなヒカルにくいつくようにいってきているアカリの姿。
「だぁっ!俺だって命にかかわるようなやつはごめんだぜっ!」
一度など、きちんと修行すればそれなりの力を得ることができるから、と誘われたことはあるにはある。
あるが、はっきりいって御免こうむりたいのもまた事実。
あれ、というのが何を指し示しているのかはアキラにはわからない。
わからないが……
「…今から一局、僕とうたないか?」
「「・・・・・・・は?」」
アキラの提案に思わず間の抜けた声をだすヒカルとアカリ。
アキラが何をいいたいのかよく理解できない。
「僕はプロになる。君が子供のたわごとだとしても。いとも簡単にプロになる、
  というのならこんなところで僕に負けては話にならないだろう。逃げるなよ!今から僕とうとう!」
「…なあ、あかり?こいつ何でここまで真剣になってるの?」
「さあ?私もわかんない」
自分たちの売り言葉に買い言葉がきっかけとはまったくもって気づいていない。
それゆえにこそこそとそんな会話をしているヒカルとアカリ。
「今から…って……」
ちらりと佐偽のほうを振り向けば、しばしじっと塔矢をみつめているのが目にとまる。
『ふむ。…いいでしょう』
たしかに、今の二人の会話に触発されての誤解があるにしろ、この子供の力をみてみたいのもある。
「…つまり、俺にうて、ということ?」
おもわずそんな佐偽の返答にがくりとしつつもひとまず確認のために問いかける。
「君以外の誰がいる?」
いや、お前にきいたんじゃなくて。
それに、俺じゃなくてこの前指示したのは佐偽なんだけど。
そうおもうがその言葉をどうにか呑み込む。
何かそんなことをいえばさらに叫ばれそうなきがひしひしとする。
ここは、駅のド真ん前。
はっきりいってあまり目だったりするのはなるべく避けたい。
それでなくとも、どこから親に駅の真ん前で騒いでいた、という話が耳にはいればそれこそおこずかい永遠停止。
ということにもなりかねない。
「しゃあねぇな。アカリ。俺、こいつにちょっとつきあってくるよ。お前は先にもどってろな?」
「え~?私一人で?私もいくっ!」
「おまえなぁ。…もう、好きにしろっ!」
「好きにするもんっ!」
どうやら何をいっても無理にでもついてきそうな雰囲気である。
それゆえにため息まじりにあきらめる。
「それで?塔矢?どこでうつんだ?」
「昨日の碁会所」
「昨日の?…お金かからないところないの?」
せっかく止められている最中に得た資金はなるべく使いたくないのが本音。
今後のためにも多少の蓄積はしておきたい。
「その心配はない。とにかくいこうっ!」
いいつつも、ぐいっとヒカルの手をひき、すたすたと歩き出す。
彼は確かにあなどれない。
先ほどの会話からして初心者云々、というのはにわかに信じがたいが、だがしかし、彼の手の内は何となくつかめた。
俗にいう、秀作のコスミというか古い定石。
あの時代は現代とはルールも異なっていたがゆえに好手とされていた。
だから絶対そこにつけいる隙があるっ!
昨日からずっと棋譜を並べてたどり着いた結論。
そのまま、ぐいぐいとヒカルの手をひき、駅前の商店街の一角にとある囲碁サロンにむけてアキラは歩いてゆく。


ガラッ。
昨日につづいてまたくることになるとはなぁ。
そんなことを思わずおもう。
「ここが囲碁をうつ碁会所?お爺ちゃんたちがよくいってる?」
ガラリと扉が開いた隙間からなかをみて思わずおじけづきながらもつぶやくアカリ。
静かにパチパチと碁を打つ音が響いて、しかも何だかたばこ臭い。
子供が出入りするようなそんな環境の場所ではないのは確かである。
「もう!たばこくさい!ヒカル、よく平気だよね」
「うちの父さん、いくらいってもたばこやめないし」
「…そ~だったね……」
何だかとても場違いな会話をしているヒカルとアカリ。
「あ、アキラくん!?」
「市川さん。奥のあいているところかりるね」
ざわっ。
アキラに続いて入ってきたヒカルとアカリの姿をみて碁をうっていた人々がざわめきたつ。
「お、おい!あのこ!」
「ああ、昨日の!」
ガタ。
ガタガタッ!
誰ともなく席をたちあがり、何やら一気に押し寄せてくる。
「…って、うわっ!?」
おもわずそんな人々の様子にびっくりし、気圧されるものの、対照的にまったく動じることもなく、
「さ、どうぞ」
カタンとイスをひきながらも対局側の席をヒカルに進めてくるアキラ。
「ひ、ヒカル~」
大人ばかり。
何だかちょっと怖い。
それゆえにヒカルの横にたちつくし、おもわずぎゅっとヒカルの服をつかむアカリ。
「…おまえ、全然周り意識しないんだな~…というか、何?この人だかり?」
きづけばずらっと対局する席をとりかこまれるように人だかりができている。
はっきりいって逃げ出そうにも逃げ場はない。
『だからいったでしょう。このものはただの子どもではない。と』
そんなヒカルとは対照的に、淡々とヒカルにいっている佐偽の姿。
佐偽からすればギャラリーなどが大勢いるのは当たり前のこと。
遠い宮廷においても、そしてまた、江戸時代においても、それは当たり前であったがゆえに動じない。
どうやらこの場にいる大人全員も佐偽の姿はみえないらしく誰も何もいってこない。
…けっこういるとおもうんだけどなぁ。
霊能力があるやつ、って。
霊能力がある人物ならばきっと佐偽の姿を確認することは可能のはずだろうに。
誰もいない、というのは多少さみしいものがある。
最も、ヒカルが知らないだけで第三者が佐偽の姿を確認しようとしても金色の光のみでその姿が確認できない。
という現実がまっている。
千年の齢を得ても鮮明な魂のまま、というのは佐偽の魂の位が高いがゆえ。
魂の位が高ければ高いほどにその姿を確認することは困難と化す。
もっとも、佐偽当人がそんなことにまったくもって気づいていない、という事実もあるのだが……
しかし、さて、どうしたものか。
この将来有望なすがすがしい目をした子供。
しかし今、私に牙をむいている。
紙一重の差でこの子の牙をさらりとかわし、よしよしと頭をなでてやるのがいいか、それとも……
佐偽がそんなことを思っていると、
「互戦でいいよね。僕がにぎろう」
「?ニギル?それ何?」
何となく互戦、というからにはハンデなしの戦い、というくらいの意味はつかめる。
だが、にぎる、という意味がまったくもってわからない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ヒカルのきょとんとしたセリフに思わず硬直。
そういえば、市川さんがこの子…対局したことがない、っていってたっけ?
それってやっぱり本当のこと?
だけども目の前の進藤光、という少年は嘘をついているようにはみえない。
そもそも、たかがにぎる、という行為を知らない、とよそおう必要性もまったくないはず。
ならぱ…考えられるのはただ一つ。
彼は本当に知らない、ということ。
「……えっと。黒をもつか白をもつか握った石の数できめるんだ。
  僕がにぎった石が偶数か奇数かを君があてる」
「へぇ。じゃぁ、偶数、奇数とかいえばいいのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・石を一個か二個、碁盤の上におけばいいんだよ」
何だか気迫がそがれてしまうような感覚をうけてしまう。
というか、どうしてこんな何もしらない子に僕がまけたんだろう?
何だかとってもむなしくなってしまう。
「へぇ。それじゃ、えっと…」
塔矢の説明に、決め方が何か洒落てておもしろいなぁ、とおもいつつも石を握る。
こと。
ヒカルが碁盤の上においた石は二つ。
「…僕のほうが握った石は十二。偶数だ」
「やり~!あたった!それじゃ、おれが黒石?」
たしか昔、祖父が先手は黒だ、と決まっている、といっていたくらいは覚えている。
「コミは五目半、だよ」
「『…コミ?』」
アキラのセリフにかぶさるようにして同時にきょとんとつぶやくヒカルと佐偽。
「コミって?」
「……つまり、先手の黒が有利なので白がはじめから五目半もらうんだ。
  盤面で五十対五十局目ならば白の五目半勝ち、ということさ。互戦には引き分けはないからね」
この様子だと専門用語をしっているかすらもあやしい。
それゆえに、わかりやすく言葉を変えて説明しておく。
『へ~。五目半、ですか』
しみじみと驚いたようにいっている佐偽に思わずヒカルががくりと肩を落としてしまうのは仕方ないだろう。
…へ~って、お前しらなかったわけ?
心の中でひとまずそんな佐偽にと問いかける。
『本因坊秀作の時代はそんな規則ありませんでしたからねぇ。平安の世においてもしかり』
…黒のとき有利だとかおもわなかったんかいっ!
『黒をもったら負けたことはありませんよ!私はっ!』
普通それでルールがおかしいとか不公平だとかにきづくだろうがぁ!
こいつ、絶対にどこか抜けてる。
佐偽の言葉をきき、何だか気がおもいっきり抜けてしまう。
『なるほど。五目半の負担…それはつまり最善の一手の追及を果てしなくする、ということですね。
  ああ、何という喜びをもたらすルールなのでしょう』
……感心してど~する。
何やらしみじみと感激している佐偽の姿をみておもわず突っ込みをいれたくなるのは仕方がない。
ヒカルと佐偽がそんな会話を繰り広げていることなど周囲の誰も当然気づくことすらない。
「…じゃぁ、お願いします」
「え?あ、お願いします」
きっと正面をむき、表情も変えていってくる塔矢の姿に一瞬驚くもののつられてあわてて挨拶をする。
ここから一人で外にでるのも怖いし、かといって大人の人ゴミの中をかきわけてゆく勇気もない。
それゆえに、そんなヒカルのななめ後ろで対戦をのぞきこむ格好となっているアカリの姿があったりするが。
そんなアカリにもまったくどうやら塔矢は気にもとめていないらしい。
えっと、佐偽、一局目は?
『では、いきますよ。右上隅、小目!』
ことっ。
ひとまず基本的な読み方などは佐偽や囲碁教室の先生から一応はならった。
それゆえにどこを指しているのかは検討がつく。
佐偽の指し示すままにと、とにかくひたすらに碁を基盤の上にとおいてゆくヒカルの姿。
しかし、こいつの顔、こえ~。
まじでおこってるし。
というか、たかが子供のたわごとでそこまで怒るかなぁ?ふつう?
対局している塔矢の顔は何か鬼気迫るものがある。
「ヒカル……」
ひょうひょうとうっているように見えるヒカルに対し、相手の子どもは何か真剣そのもの。
はっきりいって怖いほどに。
体が震えてくるのがわかるがゆえに、おもわず光の服をぎゅっとつかむ。
怖い。
「ヒ、ヒカル!もうかえろ!ねえ!」
みれば、どんどんと人はふえていっているようである。
中には何か見た目あまりいい人にはみえないような容貌な大人の姿も目にはいる。
「だから、お前は先にもどってろっていったじゃんっ!」
「だって……、もう、ヒカルの馬鹿っ!!!!!!」
むかっ。
ヒカルのセリフに思わずかっとなり、むんずと近くにあった光の持ち石のはいったつぼをひっつかむ。
そして。
ガシャァッン!
ざわっ。
「ヒカルの馬鹿!!もう、私知らない!!」
そのまま勢いにまかせておもいっきり碁を光の顔にむけて投げつける。
バラバラと対局中の盤面にもアカリが投げつけた石が落ちてくる。
「アカリ!おまえなぁ!」
「ヒカルがわるいんだからねっ!」
いきなりの行動にざわめく大人たちの動揺の合間をぬって、そのまま外にとむかってゆくアカリの姿。
『…おやおや。しかし、困りましたねぇ。ヒカル。続きからやるか、それともはじめからするか聞いてもらえます?
  あ、しっかりきちんとアカリちゃんの無礼を謝るのを忘れないでくださいよ?』
子供だとおもって多少なめていたのも事実。
相手の力量を始めの一局で多少図り間違えていた。
それゆえにはじめはぬるくうっていた手では生ぬるい。
そう思い、一刀両断にしようかとおもっていたその矢先のアカリの行動。
「…まったく。アカリのやつ。わるぃ。塔矢。あ、でもあいつも悪気があったわけじゃないし。
  何かせっかくの対局の邪魔しちゃったようだけど。えっと、はじめからやる?それとも続きからやる?」
アカリの行動に唖然としたのはヒカルだけではなく、その場にいる大人たちも、そして塔矢とて同じこと。
このままでは下手をすれば中押しでまけるかもしれない。
そんな矢先の出来事であるがゆえにしばし呆然となっていたりする。
ぶつぶついいながらも、ひとまずアカリがぶちまけた碁石をゆっくりと拾い始めるヒカルであるが。
「…彼氏、ずいぶんと気のつよい彼女だね~」
「・・・対局中に碁をなげつけるなんて、始めてみたよ」
そんなアカリの行動に唖然としてつぶやいている大人たち。
「あ、皆さん。とりあえず皆さんで石をひろいませんか?けっこう散らばったようですし」
たしかに、アカリが力任せに投げつけたがゆえに石はかなりとびちっている。
「あ、ああ。そうだな」
「しかし、水かけでなくて碁石かけ、かぁ。あのこ、洒落てるな」
「後藤さん!真剣勝負に水をさしたあの子をほめてどうするんですかっ!」
何やら大人たちの中ではそんな会話が繰り広げられていたりする。
「…?あれ?お~い?塔矢~??」
ふとみれば、塔矢はしばし盤面の前で呆然として身動き一つとってはいない。
他のものたちは、それぞれにちらばった石をかきあつめている、というのに。
おもわず、そんな塔矢に気づいて、彼の目の前で手をひらひらとさせてみる。
「…え、…あ」
何だか真剣勝負に水をさされて、頭が一瞬きれいに冷める。
何か頭に血がのぼっていたのが一気にひく感じとはまさにこういうことをいうのかもしれない。
このような感覚に陥るのは塔矢は初めて。
それゆえに戸惑いを隠しきれない。
「おま、大丈夫か?もしかして今のアカリが投げた石がへんなところにあたったとか?」
いいつつも、ぺたぺたと塔矢の頭を確認しはじめるヒカルであるが。
「さすがにタンコブまではできてないか~」
『アカリちゃん。まさか碁をなげつけてくるとはおもいませんでしたよ』
くすくすくす。
子供相手に大人げないかもしれないとおもいつつも一刀両断にしようとしていた気持ちがきれいに冷める。
これは、少しばかり打ち方を変えてみますかね。
佐偽がそう思っているそんな中。
「そういえば、君。続きとかいってたけど、だけど石の盤面わかんなくなっちゃってたのにどうする気だったの?」
ふと、この碁会所の受付をしている女性がヒカルにと問いかける。
「?はじめからならべればいいだけでしょ?だって」
そもそも順番にはじめから間違いなく並べていけばおのずと形は元にともどる。
この人、何当たり前のこといってるんだろ?
「きみ…棋譜ならべ、できるの?」
「棋譜…?何それ?だってうってたの俺だよ?それに見てたひとたちも始めからならべるのなんて簡単でしょ?」
『…ヒカル?』
さらりとさも当然のように言われて思わず佐偽が驚きに目を見開く。
簡単どころではない。
はっきりいって、それは…それは……
「ほう。いうじゃねえか。坊主。じゃ、今のを並べてみてくれよ」
一人が何やら多少いらいらしつつもそんなヒカルにいってくる。
「いいよ?えっと…あ、こっちの碁盤、かりるね。一手目が…っと」
ことことこと……
迷いのない手つきで、光が…否、佐偽が示して光が石をおいた盤目と、塔矢がおいた盤目。
寸分たがわずに順番どおりに盤面上にて石が光の手により再生されてゆく。
「んで、ここがこうなって…っと、ここまで」
とっん。
最後の一手までならべきり、石をもっていた手をおく光。
『……ヒカル……』
そんなヒカルの才能に驚きを隠しきれないのはその場にいる大人達だけではなく佐偽とて同じこと。
今、わかった。
どうして私が光に引き寄せられたのか……
光が碁石をもったのは、はっきりいって昨日が初めて。
しかも基礎も何もしらないのに、しかも指示をだしてその場所に打ち込みするだけだったとはいえ、
まったく寸分たがわずにその一局の棋譜をリアルに並べてみせるなど並大抵な才能ではない。
神はおそらく、だからこそ私を光のもとにつかわしたのでしょう。
いや、ヒカルのもつ秘められた才能に私が反応したのかもしれませんね。
何だかとてもわくわくし、どきどきしてくる。
磨けばどこまで成長するか、先を見越せばはてしなく楽しい。
虎次郎ですら棋譜を一度で正確に並べるには多少の時間を要した、というのに。
どよっ。
ヒカルが一手も間違えずに石を置き終えたことにさらにどよめく大人たち。
「あ、それより。塔矢。大丈夫か?どうする?まだうつ?それとも今日はもうやめる?」
どちらかといえば、アカリの反応からして今すぐに俺としてはおいかけたいのが山々だけど……
そんな期待をこめつつも、塔矢にと話しかけるヒカルの姿。
「え…。あ。うん。…じゃあ、もう一度はじめから…でいい?」
あのままだと確実に中押しでまけていた。
相手の力をみくびっていたのは自分のほう。
目の前のこの子供はただものではない。
何よりも、今打ったばかりの一局をすらっときれいに並べるなど並大抵の能力の持ち主でなければできはしない。
「わかった…えっと……」
『そうですね。仕切り直しましょう』
相手の力加減も気にはなるが、それよりもヒカルのことも気にかかる。
彼はまだ囲碁の楽しさに目覚めてはいない。
だが、棋譜を並べられる、ということは石の流れをつかむことは天性の才能でもっている、ということ。
ならば……
相手の力量を測ることもでき、ましてやヒカルを目覚めさせることもできるかもしれない。
『ヒカル。私はこれからあなたに見せるための一局をうちます。
  ただ言われるままに石をおくのではなくその石の流れをそのまま見据えてください』
「?石の流れ?」
思わず心の中で問いかけるのではなくついつい口にだしてしまう。
『ええ。おそらくあなたにはできるはず。その心のままに見据えてください』
「?よくわかんねぇけど。とりあえず、それじゃ、また一からやり直し、だな。えっと、お願いします」
「え、あ。お願いします」
すでに石はこの場にいる別の大人たちの協力もあり拾い終えている。
それゆえに、改めて席にと座りなおし向き直るヒカルとアキラのこの二人。
ごくっ。
これはもしかしたらすごい対局になるのかもしれない。
ルールやにぎりすらしらないはずの素人の、でも侮れない子供に、名実ともにブロのレベルに達している塔矢名人の息子。
碁をたしなみ、そしてまた愛しむものならばおそらく興味を抱くのは間違いようのない一局。
そんな彼らの思いをしるはずもなく、それぞれ改めて気を取り直し、互いに石のはいったつぼの蓋を開いてゆく。


                                -第5話へー

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あとがきもどき:
薫:さてさて。次回、すでに対局がおわってから始まる予定。
  一刀両断さんがないよ~?必要なのでは?という突っ込みはかなりあるのですがv
  そこはそれv
  その一刀両断は別の機会にさくっといく予定(笑
  一刀両断と、はたまたもてあそばれているとおもわしき美しき盤面作成につきあわされるのと。
  どちらが屈辱的…なんですかねぇ……
  何はともあれ、ではまた次回にてv

2008年7月22日(火)某日

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