まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。

これはふと思いついたヒカ碁さんの二次。
ついでにかなり最強者であり、佐偽=ヒカルという設定となってます。
さらに、かつて安部清明に弟子入り(力がつよいため)にしていた、という設定も。
さらにはヒカルがかつて最強陰陽師とかという付属設定までついてます…
ついでに多々とある世界を異世界トリップ経験してるヒカルの魂なので、
人生経験?はかなり豊富です(爆
あと、この話しのヒカルは女の子!です(これ重要
男子バージョンもありますけどね(苦笑
それらを了解した、というひとのみどうぞv
ちなみに、これある程度うちこみしたのちに別なものに浮気(笑)<ゼロ魔×封神>
にいってるのでキリのいいところまでうちこみしてません…
なのでイベントの突発さんのところにあげときます(マテ

#####################################



   ~題未定中・・・~


生年月日は、1986年9月26日
それが今現在の生年月日。

「ふ~。つかれた~」
(…ヒカル。あいかわらずですね……)
「いつもなら退屈だったら目隠し碁でもできたんだけど……」
(…ですねぇ)
しみじみとようやく家にともどり、部屋にもどりおもわずベットにダイブイン。
(しかし、珠算…でしたか?その最高位をその年でとるとは……)
横では何やらため息まじりのような苦笑したようなそんな姿がみてとれる。
「何をいまさら。佐偽も教えたら覚えただろ?」
(私の場合は反則技のような気もしますけど……何しろ私とあなたは繋がってますし…)
「まあ、それはそれでしょうがないけど。だって佐偽を消すのはもったいないし」
(そういってもらえてうれしいです。しかし不思議なものですねぇ。
  自分自身の生まれ変わりとこうして意見をかわせるなど……)
「自分自身だから。じゃないのかな?ほら。昔清明様もおっしゃって……」
(輪廻と魂の在り方ですか。たしかそのようなことをおっしゃっておられましたねぇ~)
しみじみとそんな会話をしてしまうのはひさしぶりに疲れたからだとおもわずにはいられない。
欠けた魂の欠片。
その欠片である残留思念体…佐偽と出会ったのは三歳のとき。
周囲には絶対にはなしてはいないが佐偽と同化したときに彼もまたそれらの記憶は混合しているのはわかっている。
それでも自分自身に残留思念としての人格が失われなかったのは
ひとえにもったいないから、という理由で保護したがゆえ。
「よっし。部屋に結界はって、いつものように佐偽を具現化して打つかっ!」
(…しかし、年月って口調もかえるんですね……)
「自分自身に猫かぶってもしかたないし」
(…まあそれはわかりますが……)
互いに自分達が一つの魂であったことを自覚しているがゆえの会話。
異なるのは一人は平安の世からこのかたずっとこの世に思念としてとどまり、
かたや、片方は別の世界に転生していた、ということくらいか。
魂の同胞ともいえる欠片が別世界にいたせいか、不可思議な現象によく巻き込まれており、
ゆえに数年前に自身の身におこったこともあっさりとうけいれているヒカルとよばれた子供。
「あと、あとから幽体離脱するから。佐偽も一緒に棋院にいくぞ!」
(って離脱ですか?体のほうは大丈夫なんですか!?)
幼いころはそれらをやると体力がついていかずに寝込むこともしばしばであったが。
「大丈夫大丈夫。何のために四六時中、佐偽を幽体として具現化してる、とおもってるの?
  自身の霊力を高めるのにちょうどいいからやってるわけだし」
三歳からこのかたそれを続けていたがゆえに今では元?の世界と同じくらいの力を大分扱えるようにとなっている。
(ですけど……)
「じゃあ、佐偽は、天元戦の棋譜はみたくないの?」
(いきますっ!)
「そうこなくちゃっ!」
いくら何でも何のつてもない小学三年生の子供が棋譜をみせてください、といってすんなりみせてもらえるものではない。
かといって、院生にでもなれば話しは違うであろうが、両親共にそういったものには無縁。
祖父である平八はそれなりに囲碁をたしなんでいるがそれでも碁の世界に詳しいわけではない。
「何しろ一人だと限度があるけど、二人だと幅広く記憶できるからね」
(ですね)
ヒカルが棋譜を覚えるのも、佐偽が覚えるのももともとが一つの魂であり、
すでに魂そのものは一つに融合しており、人格のみが別れている状態であるがゆえに意識共有は可能。
片方が1を覚え、片方が2を覚えることにより、1と2が短期間で覚えられるという特典がついている。
もっともそれは彼らだからこそ特典、といっているだけで、普通は無理というかありえない、
と一喝されるであろう。
「とりあえず、一つの資格は終わり…と」
きゅっ。
とりあえず手元にもっているノートにかかれている一つにきゅっと横線をひいて消しておく。
そこには、「珠算10段所得」という文字がかかれている。
それ以外にも様々なことがかかれているが、それらはすべて前準備。
小学三年での所得はありえない、と散々さわがれている今日この頃。
まあ精神年齢はそれだんではないので当然、といえば当然なのだが。
(しかし、母上、喜んでましたねぇ。ヒカルが着物をきたことに)
「着物とか動きにくいからなぁ。だってさ。虎次郎のときも動きにくいからいつもラフな格好してたわけだし。
  そもそも、藤原家でも袈裟が楽だったからあのままきてたわけで」
いたずらに十二単などをきせられたことがあったが、あれでは囲碁がうてない。
移動するのも困難であったことを思い出す。
横でにこにことほほ笑みをうかべていっている、漆黒の長い髪をした顔立ち整った人物。
平安時代を絵にかいたような宮廷につかえるような服をきこなしており、いかにもそれがにあっている。
「……うん。茜の君にむりやりに拉致のように宮殿の一室につれこまれ、
  着物をきせられたときよりはましかな……」
(……あ~…あのときは大変でしたよね……)
ふと思いを古にむけ、当時のことを思い出し、二人しておもわず盛大にため息をつく。
佐偽とて古のことを全て覚えていたわけではない。
覚えていたのは光のほう。
分かたれていた魂が一つになる過程にて佐偽もまた失っていた記憶を取り戻したといってもいい。
進藤光。
1986年9月26日産まれ。
今の時代は1995年。
今、世の中は小学三年生…九歳の子供が珠算の最高段位をとった、というのでもりあがっている。
それでも相手が子供ということから当人に配慮して学校側などもだいぶ取材制限などを設けているらしいが。
あまりに騒がしいので一時日本から離れてみる、という案がでているのは知る人ぞしっている。
「これでけっこうお金をつかう習いごとが一つ昇華…と」
あとはあまり騒がれないようにゆっくりと、カラテや柔道といった類の資格はそこそこにとっていけばいい。
剣道にしても然り。
それらは段位が目的ではなく、あくまでもその直前の資格を目安にしている。
「よっし!佐偽!まずは一局!」
(はいっ!)
「なら、具現化するね。…しかし、時代をこえても自分達以外に並ぶ棋士がいないってどうなんだろう……」
「……碁は一人ではうてませんからね……虎次郎が教えていた弟子たちも及ばなかったようですし…」
「「……はぁ……」」
おもわず二人して顔立ちはことなるのもの同じ表情をうかべ盛大にため息をつく。
ヒカルが佐偽、という人格をのこした理由。
それは…自らと並べる碁の打ち手を欲したがゆえ。
何しろこの世界においてもどうやら自分とならべるものはざっとみたところみあたらなかったのだから――
 
「う~。95…ほしいけど、資金がなぁ……」
(いんたーねっととかいうやつですか?ヒカルの記憶の中にありましたけど。
   ヒカルがここにくる前には一般的に普及してたあれですよね?)
記憶の上書きはされても自身が経験したわけではない。
ゆえにかなり興味がある。
何しろ自室にいながら世界中の棋士とうてる、というのはかなりの魅力。
「華道教室で、もらっているお年玉で本体自体はかえるにしても。
  …ネット接続料金がまだ確定されてないっぽいし……」
セキュリティの問題は自身でプログラムを組めばよい。
そのあたりの知識もヒカルにはある。
周囲にそれを言及していないので騒がれてはいないが、ヒカルの知識は異界、
すなわちあるいみ異なる世界における様々な事柄を記憶し、またそれを使用する知識も経験もある。
もっとも、今この体になってからの経験、というのは微々たるものだが。
それは魂が覚えている記憶にもとづき行えば何とかなる、とは光の談。
「まあ、それまではしばらくこうして離脱してはこっそりと棋譜を記憶しにくるくらいしかないのかな…」
(ヒカル。ここにはたしか子供もきてましたよね?)
「ああ。院生になってるこかな?今もかなり習いごとさせてもらってるからあまり負担をかけるわけにはいかないし」
両親、そして祖父母の協力のもと様々な習いごとをうけさせてもらっている、という自覚はある。
ゆえにあまり無理はいえない。
「…よし。この夏休みの自由研究はそのあたりのプログラムに視点をあててみるか。
  もしうまくすればどこかの技術者に目がとまれば市場開発も早くなるだろうし」
(プロとかいうのになったほうが早いとおもうんですけど……)
「それはまだ。とりあえず剣道とかでも段位前までは所得しとかないと。
  何ごとも身をまもる術はひつようだし。特に大人の世界にはいるとなると。
  かつてのような精神的攻撃だけならばいざしらず、実力行使、という愚かな人間もいるはずだし」
さらり、といった光の台詞に一瞬、佐偽の表情が曇るものの、
「あのときの自分は言い返すどころか、精神的な動揺にまけてしまったし…
  まあ、今ではそんなことはありえないけど」
(…私のほうはむりっぽいんですけど……)
「そりゃ、培ってきた人生経験が違うし。佐偽のほうは虎次郎に取り憑いていた時期のみ。
  オレのほうはあれからいろんな世界をわたってるし……」
もはやもう世界を渡るのはあるいみ慣れっこになっている自分があるいみ怖い。
全ての記憶を上書きしたのでは佐偽の人格が消えかねない、というので必要最低限のみ、
ヒカルは佐偽の記憶媒体に上書きをほどこしている状態。
それでも、二人に共通するのはすべての碁に関する情報をそれぞれが共有している、というところか。
ゆえに、ヒカルも佐偽もより同じ次元で対局をとりなすことが可能。
「あとすこし力もあがったら亜空間理由もできるようになるだろうし」
まだそれを利用するには力がたりない。
純粋に。
まあこの調子で力の底上げをはかっていけば近いうちに利用は可能であろう。
「亜空間には自分用のパソコンいれてるから、接続は…ハッキングすればできるけど」
本来、ハッキングなどといった行為は違法であり犯罪。
(大事の前の小事です。正式手段が無理そうならばいたしかたないでしょう)
長年にわたりヒカルとともにあり、また魂が同化してしまったがゆえか、
佐偽もまた近年ヒカルによく感化されてきているのがみてとれる。
まあ、彼の姿を認識できる存在はまずいない。
そもそも、ヒカルが視えるようにしなければ絶対にどんな存在にも佐偽の存在は認識できない。
形式上は幽霊が傍にいるようにみえなくもないが、現実的にはヒカルの中にある別の人格。
それに疑似器を与えているにすぎない、のだから。
 
 
幅広く、濃く。
それは人生における道筋にもちかいものがある。
「ヒカル…よくもまあ殺人的なスケジュールで習いごとをこなしたわね……」
何やらあきれつつも隣でそんなことをいってくる。
「十までにはいろいろと資格とかとっときたかったけど…資金面や時間がなぁ~……」
それは本音。
小学に通いつつ、習いごとをするにしてもどうしても時間はかぎられてくる。
それでも曜日をずらし、日々精進を重ねることにより、
いまだ小学だというのに柔道などは白帯の実力までたどりついている。
ここ最近、平和といわれている日本も完全なる平和ではない。
何よりも自身の身は自分で守らなければどうにもならない、というのは
ヒカルは身をもって前世のこともあり知っている。
トントンと教科書をかたづけつつ横からいってくるのは、近所でもあり幼馴染でもある藤崎朱里。
ヒカルが以前、夏休みの自由研究がてらに発表したとあるプログラムは、
東芝という会社が目をつけて、話しあいの末にその権利は移行してある。
JAVAシステムを利用した誰でも簡単に使用できる、いかにもヒカルらしいプムグラム。
それは囲碁にとどまらず、様々なゲームの礎となり、ついこの間、正式に世界中にと発表された。
二年前に手にいれたパソコンの使用料は、東芝の報酬金により今のところは問題はない。
話しがきたときに分割で、と切り出したのはほかならぬ光。
そしてまた、その資金を元にして両親にとたのみ、家のモデム工事なども済ませてある。
もっともセキュリティ面がかなり心配だったので、
ヒカルが手にいれているパソコンはヒカルなりのプログラムが組み入れられており、
あるいみ最高セキュリティの管理下のもとにとおかれている。
最も、ここ最近、ようやく本来の愛用品でもあった品をとりだせるほどの力を蓄え、
そちらのほうを引き出せるようになったがゆえにあまりデスクパソコンのほうは使用していないのも事実なのだが。
しかし今現在、ノートパソコンという代物は一般発売されていない。
ゆえに絶対に誰にもみられないように私室に結界を張ってのちにと使用している。
「小学五年でそこまでとれてればいいとおもう。簿記とかも一級合格って?」
「日商がまだ所得してないけどね。あれ受験料がけっこう高いからあまり無理はいえないし」
「…図書館だけの勉強でよくもまあ、高校生でも難しいっていわれてる資格をとれるわよね……」
別に専門学校や通信教育をしている、というわけでもないのに。
ネットがあるのでそれで調べているのかもしれないが、きけば一日に二時間ほどしかネット接続はしていないらしい。

進藤光。ただいま小学五年生。
1995年に発売され、一般家庭にも普及していったインターネットは、
二年という年月をかけて確実に世界中にと普及していっている。
ある程度の収入がある家々は95を購入し、家でネットをするのが今ではちょっとした流行となっている。
それにともないセキュリティ問題、すなわち個人情報の漏えい、という問題もだんだんと表面化してきてはいるが。
「ヒカル。このゴールデンウィークはどこかにいくの?」
季節は五月。
もうすぐ大型連休にと突入する。
「めずらしくお父さんとお母さんがお休みとれたから、今年は家族で旅行の予定」
どこにいきたい、ととわれ、光が間髪いれたのが、因島を含む瀬戸内地方。
別世界では自分、この世界では佐偽の愛弟子。
そんな彼…虎次郎の墓参りをかねている。
ヒカルが昔から碁に興味をもっているのは家族の中では周知の事実。
それでも別に囲碁教室などといった習いの場にいくわけでなく、祖父からもらった碁盤にて、
いつも一人打っているというのが家族の認識。
実際は、自分自身ともいえる佐偽という人格と日々打ちあっているのだが。
「そっか。ヒカルのお父さん、忙しそうだもんね。お母さんもだけど」
「うん」
そもそもヒカルが様々な習いごとを許されているのも滅多と家にいない罪滅ぼしのようなつもりなのかもしれない。
ヒカルの両親は共働きで常に光はいつも一人でお留守番の状態。
しかし習いごとをしていれば、すくなくとも両親が仕事がおわる時間帯までは習いごとの場にて時間がつぶせる。
両親からしても一人で家にのこしておくより、
誰か身守ってくれている人がいる場に子どもがいたほうが安心できるというもの。

虎次郎がこの時代に転生していることは、佐偽の記憶の中の痕跡をたどり、
還魂の術を施してみたときにすでに理解している。
ゆかりの品があればより繋がりは深く、探し出すことが可能。
佐偽もきにかけているようだが、自分もとてもきにかかる。
自分は虎次郎として過ごしていた記憶はあるが、佐偽がおしえたもうひとりの虎次郎、というのもきにかかる。
日本ではない別のどこかに転生している、という痕跡まではつかめているのだが……
「…あのあたりもかわってるんだろうな・・・・・」
(ですね・・・・)
佐偽としても、またヒカルとしても思い出深い場所。
佐偽は虎次郎と出会った地であり、ヒカルはヒカルで別世界において記憶をある碁盤をみてのち思いだした地。
その碁盤は今はめぐりめぐってヒカルの私室におかれている。
しかし、その碁盤がどういった経緯をたどったものか、家族でしっているものはいない。
まあ、死する直前まで使用していた碁盤が今現在までのこっていることすら奇跡ともいえる。
何しろ、自身に関するものは、ほとんどが焼却処分されている、と認識していればなおさらに……



がらり。
ちらり、と目にはいった碁会所。
「あら。こんにちわ。どうぞ」
「あ、すいません」
ざっと見渡す限りほとんどが年配の大人ばかり。
(しかし、ヒカルからこのような場にくるのは珍しいですね)
というか祖父と一緒以外で一人できたことなど一度もない。
「先日の因島みたらちょっとな」
いつも佐偽とばかり打っているがごくたまに別の人とうちたくなることもある。
そもそもこの間、無料の囲碁サイトが閉鎖というか有料になったばかり。
ゆえにちょこっと気まぐれにどこかにいって打とう、となったのは昨夜のこと。
ゴールディンウィークのおわった土曜日。
学校は昼までゆえにどうせ家にもどっても誰もいない。
それゆえの行動。
「えっと。受付はここでいいんですか?」
入口をはいり、その場にいる女性にとはなしかける。
「あの、君ここはじめて?」
「あ。はい。こういう場にくるのは(一人では)初めてなもので。ここって誰でもうてるんですよね?」
とりあえず相手は年上であるがゆえにお決まりの猫かぶりモード。
近所だと騒がれかねないが、すこし離れた場所ならば何も問題はない。
「うてるわよ。じゃあ、はい。ここに名前かいてね。棋力はどれくらい?」
受付表らしきものに名前と住所をかくようにとなっている。
「えっと。よくわかりません。おそらくそこそこ強いとはおもいますけど。
  今まで一度も人とまともに対局したことがないもので」
無料囲碁ネットサイトで数局打った程度であり、それ以外でうつ場合はほとんどが指導碁。
ゆえにまともに対局したことがない、という言葉にウソはない。
さらにいえば、今現在の体でそのような対局をしたことがないので嘘ではない。
前世を含めればそうとはいえないが。
きょろきょろと周囲をみわたし、ふと奥のほうに小さな人影を発見する。
「あ、子供がいますね。あの、あの子とうてますか?」
「あ。うん。でも、あの子は……」
人影をみつけといかけるヒカルの台詞に受付の女性の声は何かはぎれがわるい。
「対局相手をさがしてるの?」
そんな会話にきづいたらしく、奥からでてくる一人の子供。
澄んだ瞳におかっぱ頭。
「あ、はい」
(?どこかでみたことありませんか?この子?)
佐偽が首をかしげているが、ヒカルもまたどこかでみたことがあるような気もしなくもない。
「いいよ。僕うつよ」
「あ、でもこの子……」
何かとめかけてくる受付の女性をそのままに、
「奥へいこうか」
「あ。うん」
そのまま二人して奥へと移動する。
「ちょっとまって。子供なら五百円よ」
「えっと、五百…」
そもそも財布は鞄の中。
ゆえにランドセルを降ろそうとするものの、
「初めてここにきてくれたんだから今日はサービスしてあげてよ」
「明くんがそういうなら」
相手の子供のひとことによりどうやら無料になるらしい。
「ありがとうございます。お姉さん」
「明君に感謝してね。今後もごひいきに」
子供がこのような場にくることはあまりない。
若い子供が興味をもってくれるのにこしたことはない。
それゆえの台詞。
「僕は塔矢明。君は?」
「進藤光。五年生」
「僕は六年生だよ。棋力はどれくらい?」
「よくわからないけど、そこそこは強いとおもうけど」
(そこそこって…)
何やら横で佐偽がぽそっといっているが無視。
そういうけどさ、佐偽。
塔矢明って、たしか塔矢行洋プロの子供って爺ちゃんの家でみた囲碁新聞にのってた名だぞ?
どこまで強いのかきにならない?
(ですね。まずは力試し、ですか?)
そういうこと。
心の中で会話を交わしながらも奥の席へとたどりつく。
「ふふ。よくわからないのに強いの?じゃあ、とりあえず君のおき石はよっつかいつつくらいにしようか」
「おきいし?そんなのいらないけど。一つしか歳はちがわないんだし」
「塔矢明におきいしなしだって?とんでもないボウズだな」
(…ヒカル。背後の大人、ヒカルのこと男の子っておもってません?)
まあ、パーカーにズボンだし。
しかも背負っているランドセルの色は黒。
母親などは赤がよかったらしいのだが、とうの光が黒以外だと汚れたりしたら目立つ!
とゆずらなかったがゆえに女の子だというのにランドセルの色は黒となっている。
別に訂正する必要ないし。
さてさて、何か噂になってるっていうこの子の棋力はどれくらいかな?
(ヒカル。私もうちたいです!)
なら、二人で指導とでもいく?
(はいっ!)
そんな会話をかわしているとはつゆしらず、
「いいよ。じゃあ、先手でどうぞ」
「黒でいい?」
「かまわないよ」
「「じゃ、お願いします」」
17-4、右上隅小目。
慣れた手つきで一手目をうちこんでゆく。
さてさて、目の前の子はどこまで伸びるかな?
別の意味でわくわくしていることを、目の前の少年…塔矢明は知るよしもない……



何?何なんだ!?
始めのころにはきがつかなかった。
途中で自分が打ち込みやすい、ときづいたときに気づいてしまった。
これは指導碁だ…と。
まるで自然に導いてゆくようなごとくなうちかた。

ふむ。ここまではまあまあ、かな?
そろそろ様子をみてみるかな?
8-5…と。
どう打ち込みしてくるかにより、目の前の子供の力量がそのうちすじによって判明する。
(目の前のこの子はどううってきますかねぇ?)
今のところ、ある程度の強さはこの子はもってるけどな。
(ですねぇ)


「あ、お姉さん、ありがとうございました」
「あら。おわったの?」
「やっぱり対局はまだまだ、かな?」
心がわくような対局ではなく、どうしても指導のような形になってしまう。
もうすこし、一手一手を遊びでうちこめるような相手がほしいところ。
自分自身としかそのような手があそべない、というのはかなりさみしい。
「あらあら。あ、そうそう。今度子供の囲碁大会があるんだけど、みにいってみたら?はい。これ」
「考えときます。今日はありがとうございました。お姉さん。それじゃ、失礼します」
「またね~」
がらり。
「ふふ。あきら君とやるのは五十年はやかったかな?」
と。
どたばた。
何やら客達が騒がしい。
なぜかバタバタとはしなりがら、明のもとへと向かっている。
「え!?まけた!?」
「アキラ君がまけたって!?」
「そんな馬鹿な!」
「あきら君がまけたのか!?」
「置き碁だったんだろ?」
「あきら君はプロに近い実力なんだぜ!?」
「何目差だって?」
「相手の子が先番で、七目差らしい」
「七目差なら込みをいれたら…一目半!?」
「なら明君と実力が拮抗してるってことか?」
…一目半差とか、そんなレベルじゃない。
対局したからこそわかる。
圧倒的な壁。
「ち、ちょっとまってよ!あきら君がまけたって!?本当なの!?」
無言は肯定。
「まさか……。だってあの子、今まで一度も人とまともに対局したことがないっていってたのよ!?」
ガタン。
その台詞におもわず席を立ちあがる。
「一度も…対局したことが…ない?」
おもわずひとりごとのようにつぶやくその台詞はただただむなしく、その場にある基盤上にとそそがれる。
まるで父と対局しているかのような、圧倒的な壁。
碁の打ち方も子供のそれではなかった。
石の持ち方もかなり洗練されていたようにみえた。
まるで自然な動作で石をもっていた。
「なんなんだ…いったい……」
唖然とつぶやくアキラの台詞は心情を確実にものがたっている。
「市ちゃん。あの子はどこのこだい?」
「初めての子だから……。えっと。受付表は…名前しかかいてないわ」
名前と住所が定番なのだが、子供だからと名前だけでも許容していた。
ランドセルを背負っていた、ということはこのあたりの子なのか、
はたまたよそから東京の小学に通っている子なのか。
それすらもわからない。
「名前は…進藤光、となってるわ」

どこかできいたような、とはおもえども、よもや新聞で幾度も紙面の一部をにぎわせている子だ、
といったいだれが想像できようか。
そもそも、新聞などの取材をうけるときにはヒカルはきちんと女の子の格好の正装をしてうけている。
先ほどのヒカルの格好はパーカーにズボン、といった男の子でも女の子でもあてはまる格好。
そしてまた、このような場に女の子がひとり、くるはずがない、という思い込みもある。
ゆえに必然的に男の子、とこの場にいる全員におもいこまれていたりする。
しばし、碁会所は何ともいえない雰囲気にとつつまれてゆく……



「え~と、君が進藤さん、だね。碁ははじめて?」
翌週の日曜日。
少ししらべてみたら、近くの社会ホケンセンターで簡単な囲碁教室が行われているらしい。
ゆえに申し込みをしたのはつい先日のこと。
「あ。いえ。家でいつも一人碁か、ときおりネット碁をしてたんですけど…
  無料サイトが有料になっちゃったのもあって、
  自力学習だけでなくてきちんとした場所で講習うけてみよっかな、とおもいまして」
序盤に簡単な解説をしたのちに、リストにある新人のもとにとちかづいてゆく。
格好はバーカーとズボンといったラフな格好ではあるが、受付表には女の子に○がついているがゆえに、
性別が女の子だと理解できる。
まあ、女の子といえばそうみえるし、また男の子、といわれても、かわいい子だな、ですませられる容姿の子供。
その前髪が金髪なのが印象深い。
「え?ああ。IGS?」
「はい。無料なので時折やってたんですけど…まあ通信料が高いので時間はかぎられてたので、
  もっぱら家で一人碁くらいでしたけど」
嘘ではない。
自分自身とうっているのだから、対局とはいえ一人碁という言葉にもあてはまる。
もっとも、そのハンドルネームの持ち主がとてつもなく強い、と一部の棋士達の間で有名になっていることを、
ヒカルも佐偽も知るよしもない。
そもそも不確定にあらわれるネット棋士であるがゆえにまだあまり知名度的には高くない。
「棋力はどれくらいかな?」
「よくわかりません」
「ふむ。まあ、ネット碁とかやってるってことは基礎はできてるのかな?
  とりあえず一局うってみる?」
「はいっ!」
「とりあえず、なら石をおいて」
え?おくの?
…久しぶりに持碁にしてみようかな?
とりあえず、佐偽、やってみる?
(いいんですか!?)
だって、俺のほうはいろんな人と今まで対局してたけど、お前は棋譜しか記憶上書きしてやってないし。
自身がうつのと、ただ棋譜を頭にいれているだけではかなり違う。
(ありがとうございますっ!やります、やりますっ!)
だけど、石をおけっていうから、持碁にな。
(はいっ!)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
相手は子供。
のはず。
なのにかろやかに自身の手がかわされていき、時折悪手ともいえる場にうってくる。
しかし対局が進むにつれて相手が目指しているものがみえてくる。
たしかに石をおくように、とはいった。
しかしそれによって相手がよもや…引き分けになるようにうってくるなど。
小学生の子供がそんな打ち方をしてくるなどおもえない。
しかし現実に目の前の子供はどうもそれを目的にしている、としかおもえない。
「…し、進藤さん?君…ひきわけめざしてない?」
おもわずごくり、とノドをならしつつもといかける。
「はいっ!」
にっこりと、きっぱりと無邪気な笑みでいわれればだまりこむしかない。
六段の自分があからさまに手玉にとられているこの現状。
おまわず頭がいたくなってしまう。
この子供はことの重要性にきづいているのであろうか。
「…え、えっと。とりあえずここまでにしようか」
「?最後までうたないんですか?」
「……持碁にするってわかってて最後まではいかないよ…」
自分の棋力に疑問をもってしまいかねない。
それに何よりも。
「君以外にも生徒はたくさんいるからね」

他面打ちとか久しぶりにしてみたいな…なぁ、佐偽。
(ですね。ものすっごくやってみたいです)
記憶にある他面打ちは江戸時代まで。
ヒカルのほうは別世界で幾度かやってはいるが碁が盛んな世界、というのはあまりなかった。
もっとも、ここに来る前にいた場所では自分から囲碁の世界にはいっていたのでそう不満はなかったのだが。
「白川先生。他のひとと対局したらだめですか?」
「ん~。対局してくれる相手がいたらいいけど……君、手加減できるの?」
「指導碁みたいなのは一応やったことあります」
みたい、というかいつも他者とやるときはそれなのだが。
「あ。そういえば、今日天元戦やってるんだった!」
「それなら、ロビーでみれるよ?見学よりそっちのほうが君にはいいかな?」
子供に下手にあからさまな指導碁をうけた大人がギャクギレをおこさない、ともかぎらない。
「ん~。みてもいいんならそれでもいいですか?」
「かまわないよ。じゃ、私は他をみてまわるから」
「はい。ありがとうございました」
いいつつも、ざっと碁石をかたづけて、席をたちあがる。
そのまま、邪魔にならないようにと教室をあとにし、そっとロビーへと移動する。


ガァ。
「あらあら。また遅刻だわ。あら。ヒカルちゃん。ヒカルちゃんも碁をはじめたの?」
近所であるがゆえに知っている。
ぱたぱたとあわててはいってきた女性がロビーにいる光に目をとめはなしかけてくる。
「始めた、というか。何というか」
碁は昔から一応たしなんではいる。
ゆえに始めた、といういい方はしっくりこない。
ロビーに降りてとりあえず飲み物を購入する。
「とりあえず、天元戦が今日あるから、みようとおもって」
「ああ。そういえば今日は天元戦がある日だったわね」

「ん~。手がとまりましたね」
「ここで考えることといいますと……」
「さて、何でしょう。塔矢名人の場合、たとえば布石にしても
  これまでよしとされていた以上のものを常に求めていらっしゃるような気がするんですよ。
  私たちにはみえない何か」

「そうそう。この人、神の一手に一番近い人っていわれてるのよ」
(たしかに。棋譜を視る限り、彼が一番強いようにはおもいましたけど)
だけどなんというか勝負強さがないんだよな。この人の。
完全に守りにはいってるような碁だし。
(それは否定しません)
テレビから流れる解説に対し、あらたにはいってきたとあるの年輩の女性がそんなことをいってくる。
「おばさん。塔矢名人にちょっとあこがれてるのよね」
そういう言葉とほぼ同時、あらたな一手がうちだされる。
 
「そういえば。塔矢名人には息子さんがいて、プロを目指されているとか」
「ええ。なかなかおつよいそうですよ?」

「おばさん。教室にいかなくても大丈夫?」
すでに開始時間からだいぶ時間はすぎている。
「あら。そうだわ。白川先生も素敵なのよね~」
「…ん?」
(ん?)
「…ミーハー?」
(…ヒカル。みーはーとはなんですか?)
「……桜の君たちのような人達のこと」
(・・・ものすっごく納得です)
本当にあのときはかなりまいった。
何しろ家までおしかけ、あげくは御所まで入り込もうとした女人達。
源氏の君をおいかけていた女御たちのすざましさは世情にうとかった佐偽とて知っている。
もっとも自身にそういう輩がついていたのにはついぞ気づくことはなかったが。
「そういえば、前世の世界でタイトルとったときもなんか騒がしかったなぁ……」
おもわずぼそっといったヒカルの言葉は、誰もいないロビーにしずかに響き渡る。
それはここにくるまえの生活のこと。
ゆえにその事実を知っているものはこの世界には誰もいない……



ガァ。
「あら。いらっしゃい」
「アキラ先生いる?一局うってもらおうとおもったんだけど……」
「あ。うん。…いるにはいるんだけど……
   先週のあの一局いらい誰ともうたないの。あそこでずっとあの一局を並べているの」
「あの一局って…一つしたの男の子に一目半差で負けちゃったっていう?」
「…かえるね」
「あ。うん。きをつけてかえってね」
「おや。明くん。あまりかえりがおそいとお母さん心配するよ?」
すでに時刻は19時近く。
「…どうしたんだい?明くん?」
「…ええ、ちょっと」
あまりに落ち込みようにどうしようもない。
そもそも彼に勝てる子供がいるなどそれこそしんじられないのに。
しかしあの落ち込みようからして本当に負けたのであろう。
ありえない。
囲碁関係の本をみてみるがそのような名前の子供は存在していない。
つまりはアマですらないということ。
アマの子どもの碁打ちにもそのような子供の名は存在していなかった。

あの一手も、あの一手も、どうみてもまるで指導碁。
そんな子供がいるのか?
わからない。
あれが本当に彼の実力だとしたら…いや、そんなはずがない。
そんな子供がいるはずがない。
何ものなんだ?彼は。
わからないがゆえにぐるぐると思考がめぐる。
自分より強い子供がいるなどありえない、ずっとそうおもっていた。
プロに交じってもやっていける、そう自信をもっていた。
なのに、結果は一つ下の子にあからさまに下にみられて結果は負け。
ゆえにただただ一人、誰に相談するでもなく悩むアキラの姿が、碁会所においてもうけられてゆく――


「進藤さん」
「あ。はい」
「この間も新聞記者がやってきてたから、身辺にはきをつけてね」
「はい。でもたぶん気づかれないとおもいますけど」
「まあ、その格好で女の子、と気づかれない、とはわからなくもないけど。
  でも君のその容姿は目立つからね。進藤さんが騒がれるのが好きなら別にかまわないけど」
それでなくても、学校としては始めのころは誇らしかったが、次々と偉業をとげられて対応に困っているのも事実。
だからこそ学校側も注意せざるを得ない。
いろいろな意味でここ最近は物騒極まりない世界になっている、のだから……


次なる囲碁教室の日。
なぜかヒカルだけでなくアカリを伴いやってきている二人の姿。
もっとも、佐偽も表に出しているので視えないが、基本的には三人?といったところか。
「よろしくお願いします」
「すいません。どうしても見学してみたいっていうもんで」
「いつもヒカルには時々うってもらってたんですけど。
  ヒカルが通ってるってきいて興味をもって」
「……進藤さん。君、たしか対局はまともにしたことないっていってなかった?」
「朱里達とうつときは指導みたいな形になってるので……」
つまりは指導碁ということね。
自己流でそこまで人に教えられるものなのか。
しかし持碁にもちこめる棋力を目の当たりにしているからこそ一概にありえない、とはいえない。
「そ、そう。とにかく碁に興味をもってくれる人が増えるのは大歓迎さ」
そう。
子供が興味をもつのはとてもいいこと。
何しろ、今では海外のほうがどちらかというと囲碁は人気が高い。
かつて、日本ありきといわれていた偉業はもはやかすれかけている。


「最近は、星打ちが多くなりましたが、やはり五目人気も健在ですね。
  碁をケイマに守ってしまえば一スミはとれたようなものです。
  でも、対局しているといつもいつもこういういい形にはさせてもらえませんよね。
  では、白がここにかけてきました。クロはどこにかけてきますか?」
「あれ?ヒカル。この形どっかでみたことがあるんだけど……」
「16-5にうったやつ?」
塔矢明との対局を並べているのをアカリはみている。
ゆえにそれを思い出したのであろうその台詞。
「ってどこだっけ?」
「あの星の下」
ヒカルの意見をうけ、そのまま、
「えっと、先生、16-5。その星の下ですか?」
はいっと元気よく手をあげて、意見を述べる。
そんな朱里に対し、
ざわり。
教室内が一瞬ざわめきにつつまれる。
「えっと。藤崎さん、だったよね。どうしてここにうつ、とおもったんだい?」
手をあげての意見、というのは子供らしいが。
よもやそのような手をいってくるとはおもわなかった。
しかも子供が、である。
ゆえに不思議におもいつつもといかける白川。
「えっと。ヒカルがその一局並べてるのをみたことがあって……どこかまちがってました?」
「いや。とってもいい手だよ。最近はあまりみないけど、昔はよく打たれていた手ですね」
「?先生。どうして今はうたれたくなったんですか?」
誰ともなくそんな疑問を問いかけている様がみてとれる。
「昔は込みのルールがなかったんですよ」
「込み?」
「先手でうつ黒のほうが有利になるから、そのかわり白は最初から大体五目半もらえるんだ。
  国や棋戦などにもよるけどね。
  つまり、盤面で白が五十目なら黒は五十六目なければ勝ちにはならないってことだね」
丁寧に説明している白川の台詞に首をかしげつつ、
「そなの?ヒカル?」
ヒカルにといかける朱里であるが、
「江戸時代にはこのような規則はなかったけどね。たしかに込みのルールができてからは、
  このコスミでは少し甘いのでは、という意見がでたらしく、あまりうたれなくなってるらしいけどね。
  だけど、このコスミのほうが全体をみわたせるし、相手の棋力をはかれるし。一石二鳥とおもうんだけど」
「進藤さんのいうとおり。
  たしかに打たれたくなってはいますが、すばらしい一手であることには変わりがありません」
棋力を計る云々、という言葉におもわず内心冷や汗がながれる白川の気持ちはおそらく間違ってはいないだろう。
「というか、あの手のほうが打ちやすいというのもあるし。周囲をみわたせるし」
(ですよねぇ。新たなコスミのほうが私からしてみればかなり甘いとおもいます)
「それは同感」
おもわず佐偽のつぶやきに声に出して同意を示す。
自分が生み出した定石が全てとはいわないが、
しかし先をみわたせば今の打ち込みはヒカルと佐偽からしてみれば、
たしかにかなり甘いものとしかいいようがない。
「…十目以上の差が出ていたわけがコミをしったときにはしみじみおもったけど……」
おもわずぽそっといったヒカルの思いはおそらく間違ってはないであろう。
何しろ江戸時代において、圧倒的な強さでヒカル…もとい、秀策はことごとく相手をうちまかせていたのだから。
それゆえか、いまだに秀策のコスミは根強い人気がある。
それは世界中をとわずとして共通している事柄。
すべての碁打ちが秀策のコスミを参考にしている、といっても過言ではない。
…もっとも、当人達はまったくもってその自覚はさらさらない……



「はい。ここで六子はいただき。おたく、石をとられるの好きだねぇ」
「…阿古多さん、また弱いものいじめしてるわよ。やぁねぇ」
「そんな間抜けな場所にうっちゃって、まあ」
「…朱里。ごめん。ちょっと我慢できないから」
「って、光?」
神聖なる碁を何とおもっているのやら。
弱いものをただただいたぶる碁になっている。
「十七のニ」
「…え?」
「おじさん。ほら。おどおどしてないで。そこにうって。
  こっちのひとのうってる手なんてたいしたことないんだから」
「なんだと!?ぼうずっ!」
光の台詞に対局している相手の阿古多という人物が何やらいっくてるが。
「弱いものをただただイタブルだけの碁なんてたいしたことない以前に子供でもうてるさ」
それは本音。
「いったな!なら坊主が相手してみろっ!」
「いいよ。あ、このままの続きでいいよ?」
「いったなぁっっっっ!」
圧倒的にまけている盤面なのに、いともあっさりと当然のようにといってくる。
子供にばかにされてだまっていられるはずはない。
ゆえにムキになっていいかえす。
…が、相手の男性はヒカルの実力をしらない。
…相手が本因坊秀策当人だ、ということを――


ぴしり。
はじめは余裕をもっていた。
なのに数手をうたれたころからあっというまに形勢逆転。
気づけば自分は圧倒的な不利。
冷や汗が背中を伝う。
「…すご。この子…」
「あの局面からあっさりと逆転してる……」
手加減する容赦はない。
そもそも相手は弱いものをいたぶっていた相手。
そういったものは強さを過信しているゆえにそのような行動をとる。
「……五十目以上の差って…普通、ありえるか?」
「ないだろ。普通」
相手の強さがきちんと計れないがゆえにむきになってうちつづけていた。
おわってみれば差は六十目以上もひらいている。
ほとんどの盤面がヒカルの白にて覆われている。
「…あの阿古多さんが赤子のごとくに……」
プロ六段ですら手玉にとった実力の片りんがたしかにそこには存在している。
「馬鹿な…そんな馬鹿な…これは…これは……」
定石から感じるものはあっとうてきな実力の差。
「……これは…秀策の…」
よく並べているからこそわかる。
この定石の元となっているもの。
それは…属に秀策のコスミといわれているもの。
たしかほとんど一人で打っていたとはきいていた。
ならば秀策の碁を幾度もならべていたのであろう。
しかし、しかしである。
それだけでは説明できない何かがたしかに目の前の盤面には存在している。
「すごいね。君。あの阿古多さんにあっさりとかつなんて」
誰ともなく心から感心してそんなヒカルにと話しかけている声が耳にと入る。
そんな声すら聞こえないほどに唖然としてしまう。
おもわず無意識のうちにと頭をかきむしる。
その調子にするり、とつけているカツラがずれる。
『あ』
それに気づいたその場のほとんどの大人が思わず声をだすが。
圧倒的な力を前にした阿古多はそのことにと気づかない。
「ヒカルちゃん。すごいわね。おばさんにもうってくれないかしら?」
「僕、すごいね~」
「あら。水原さん。この光ちゃん、女の子よ?こんな格好してるけど」
『女の子!?』
その台詞におもわず男の子、と思い込んでいた大人たちがおもわず声をあらげるが。
「ほら。みなさい。ヒカルちゃん。いつもおばさん達もいってるでしょ?スカートくらいはきなさいって」
「動きにくい格好は嫌だし。ズボンは楽だよ?」
「…ヒカル、かわいいのに、ほんともったいないのよね……」
おもわず横にきていた朱里が同意の声を示す。
「別にいいじゃん。格好なんてさ。動きにくくてそれで何かあるほうが大問題だし。
  たとえば、ストーカー対策とかに相手をけり上げたりするときとか」
「……そういえば、ヒカル、一時期ストーカーついてたっけ……」
相手はどうもヒカルをねたんだ相手らしいが。
新聞の記事から学校をつきとめ、学校を待ち伏せしていたのは記憶にあたらしい。
もっとも、帰り際には面倒なので『術』をつかって相手の目をくらましていたのだが。
「そりゃ、仕方ないわよ。ヒカルちゃん、有名人ですものねぇ。
  小学生での珠算十段所得に、英検一級合格。さらに簿記検定もたしか一級合格したんだったわよね?」
ざわ。
その台詞にその場にいる大人たちにざわめきがひろがる。
「進藤…?ああ!そういえば、ときおり新聞にのる子!?君!」
「うちの孫にもみならわしたいわ~」

いや、ちょっとまて。
かなりまて。
何やらものすごく信じられない台詞がとびだしてきてないか。
ゆえにおもわず頭をかかえそうになる白川の気持ちはおそらく間違ってはいないであろう。
何やらさわざわとざわめきはますます大きくなるばかり。
「あ~。と、とりあえず。みなさん。静粛に」
しばし、生徒達をおちつける白川の姿がその場にてみうけられてゆく……


「ん~!たのしかった!」
(はい!ひさかたぶりにっ!)
機嫌がよくなるのは仕方ない。
絶対に。
「…というか、よく光。大人数相手に打てるわよね?」
「そうか?けっこう楽だけど?」
「…光の基準はわかんないわ。ほんと」

結局のところ、阿古多にかった、というのもあり、ヒカルとの対局をもとめる大人がふえ、
ならば同時に相手をする、といった光に白川があわてたものの、
いともあっさりとそれはあれよあれよときまってしまい。
結果として二十人対一人というとてつもない対局になっていたりする。
もっとも、光が十人をうけもち、佐偽が十人をうけもったので実質十対一でおこなったのだが。
すべての対局を指導碁にし、さらに込をいれて半目差にしたのはさすがといえる。
その全ての対局が半目差というのにきづき、白川がさらに冷や汗を流したのをヒカルはしらない。
そしてまた、ヒカル以外と対局したことがないがゆえに、その異常なまでの強さが理解できず、
ただひたすらにあきれている朱里。
そもそも、小学の段階でとてつもない資格などを所得しているヒカルであるがゆえに、
幼馴染としてはもはやもうマヒしている、といっても過言でない。
「進藤さん…君、師匠とかはいないの?」
「いませんけど」
実際にいないのだから仕方がない。
この子は…自分の実力がとてつもない、とわかっているのだろうか。
いや、どうもわかってないような気がする。
あの塔矢明以外にこんな子供がいたことに驚きをかくせないが、
あの塔矢明でも二十面打ちなどは絶対になしえないだろう、という確信がある。
そもそも、全てを半目勝ちにし、指導碁を導くことなどブロとてまず不可能に近い。
「そういえば、お昼になるけど。朱里はどうする?」
「ん~。ヒカルはどうするの?」
「せっかくここまできてるから。ついでに電車乗り継いで棋院にいってみようかな~とおもって」
「棋院?」
「日本棋院ってところで今日、全国子供囲碁大会っていうのをやってるんだってさ。
  他の子がうつところなんて滅多とみれる機会ないし」
「マグネット碁盤でヒカルが教えてくれることはクラスの子達にはあるけどね」
特に雨の日などは。
ヒカルの影響でちょっとした雨の日は囲碁ブームになっていたりするのだが。
何しろ教えている相手が相手。
子供達はめきめきと力をつけているのだが、当人達も無自覚。
時折、祖父などと対局し、いきなり強くなった孫に驚愕する大人も少なくない。
「そ…そう……」
そういえば、葉瀬小学校に通っている孫がいきなり囲碁がつよくなった、と生徒の一人からきいたことがある。
話し半分にきいていたが、目の前の子供が教えているとなればそれも納得がいくような気がする。
何しろ検討中も至極丁寧に素人でもわかりやすく説明していた目の前の子供。
これで師匠がいない、というのだからおそろしすぎる。
信じられないが目にしたかぎり信じるしかない。
どうみてもどこにでもいる、子供、にしかみえないのに。
しかも傍目にはおませにも前髪を染めている子供、である。
何でも母方の祖母が外国人であるがゆえにそのように遺伝的にでたらしい。
「棋院にいくなら、おくっていこうか?私も今から棋院によるし?」
「ええ?!いいんですか!?」
「ヒカル。知らない人の車にかってにのらないようにって学校からもいわれてるでしょ?」
「でも、相手白川先生だよ?それに、朱里。棋院にいってもどるのに、360円かかるのに?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おねがいしよっか?」
子供にとってその金額は大金。
180円だけでも節約できることにこしたことは…ない。

日本棋院会館。
しん、と静まり返った中にここちよい緊張感。
「…ヒカル。なんかすごくない?」
アカリでもわかる。
この場にみちている何ともいえない雰囲気。
ゆえに小さな声でヒカルにと話しかける。
場違い、という台詞が脳裏をよぎるが。
「知ってる人いるかな?すこしまわってみるか?」
「あ、ヒカル。まってよ」
小声でそんな会話をしつつ、大会の会場内をゆっくりと回りだす。
そんなヒカルにあわててついていっている朱里の姿。
進むことしばし。
ふと足をとめ、
「あ。この盤面…」
「?どうかしたの?ヒカル?」
「この前の子達の対局。左上隅の戦い。打ち損じたら黒が死ぬな。一の二が急所になってる」
「ふ~ん……」
小声でそんな会話を交わしているそんな最中。
バチリ。
「おしい!その上っ!」
「って、朱里っ!」
「あっ!」
「君っ!何を考えてるんだ。対局中に口をはさむなんて」
「ご、ごめんなさい!もう、ヒカルがわるいんだからね!」
「何で!」
「ヒカルが急所をいうから、つい!」
「ついで普通口にだすかっ!」
「光がおしえてくれなかったら私も口にしないわっ!」
「まあまあ。そんなに騒がないで」
「あ。緒方先生」
「とにかくこの子達は後ろにつれていきます。君たち、こっちにきなさい」
「「…は~い」」
さすがに大声ははばかられたらしく、朱里もまた小声で文句をいってきていたがゆえに、
いまだにざわめきは広がっていない。

「あ~、もうすんだから、君たち、対局を続けて」
「で、状況を教えてくれる?」
「僕が一の三にうったら、あの子がおしい、その上って…」
「これは……」


「まったく。つい口をはさんじゃった、じゃすまないんだよ」
「すいません…」
「アカリが口をだすから…」
「だって、ヒカルがいったんじゃない!急所の位置。その真下にうったんだよ!?あの子!」
「だからって対局中に口をはさむのは、マナー違反だっての!」
どうやら会話を統合するに、前髪が金髪の子が急所を指摘し、
その連れの女の子がついぽろっと口を挟んでしまったらしいことが予測できる。
「すいません。連れが…それで、あの子達の対局どうなったんでしょうか?」
そのほうがかなり心配。
心配そうな表情でといかけるヒカルのそんな台詞に、
「そういえば、どうしたんだい?」
「その一局は無勝負、ということで再戦させました」
「(そうですか……)」
おもわず異口同音にうなだれつつもつぶやく光と佐偽。
「仕方なかろう。もういいからかえりなさい」
「お騒がせしました。ほら、朱里!お前も!」
「…う~。すいませんでした……」
つい口が滑ってしまったのは悪いとおもうが、そもそも指摘してきた光にも問題があるとおもう。
ゆえに朱里の謝罪は完全なものではない。


がちゃり。
普通なら、否、プロですらわからないような局面。
ゆえにしばしその基面を囲み話しあう係り員達。
と、がちゃりと扉が開いて別なる大人が部屋の中へとはいってくる。
「何かトラブルがあったそうだな」
「あ、塔矢先生」
傍目にも貫禄があふれているその男性は着物をきこなしており、
どこか普通の人とは違った雰囲気を纏っているのがみてとれる。
「とにかく、これをみてください」
「我々ブロでもちょっと考えればわかるこの局面を即答したそうです。
  それもちらっとみただけでの即答だったそうです」
「なるほど。この黒の生き死にの急所……そんなことができる子供が息子の明以外にもいたのか」
「それも、名前をきかずにかえすとは……」
「すいません。気づいた子の名前がヒカル、口をすべらせたこうの名が朱里、
  というのはわかってるのですけど」
二人の言い合いの中で二人の下の名前のみは把握ができた。
しかしそれは名前のみ。
どこの子なのかはわからない。
「まあいい。彼がそれほどの打ち手なら、遅かれはやかれ、我々プロの前にあらわれることになる」
いいつつ、がしゃり、と碁石をつかみ、急所の一手に基面上にとうちこんでゆく。
まるで、視えない指摘した相手に挑むか、のごとくに。



「だいたい、ヒカルが余計なことをいうからっ!」
「まさか口をだすなんておもわないし!というか朱里だって
  試験中に誰かが答えをいうのはカンニングだってわかるだろ!?」
「それはそうだけど……」
「大会というのは試験と同じなんだから。そりゃ、あの子はたしかにおしい位置にうったけど。
  大会じゃなきゃ指摘してもいいけど、何よりも試験みたいなものなんだから。
  朱里だって、試験中に答えがまちがってる、といって
  誰かに指摘されたらそれはカンニングに近いってわかるだろ?」
「…う……」
まさに正論。
「まあ、朱里に教えたこっちにも非はあったかもしれないけどさ……」
(まさか、口にするとはおもいませんでしたしねぇ~……)
互いにそんな会話をしつつも、
「せっかくきたんだし。すこしやすんでかえるか」
「やすむ?」
「ここって飲料無料コーナーがあったはず」
対局場ではあるが、たしか飲料は無料であったはず。
「ヒカル。詳しいわね」
「興味あることは調べる。これ常識」
「……それ、ヒカルくらいだとおもう……」



「進藤!」
「「?」」
ふと名前をよばれ思わず振り向く。
棋院の中にとある対局場。
ふと見覚えのある姿をみとめ、そちらのほうにと足をむけた。
そこに目的の人物を見つけ思わず叫ぶ。
「あれ?」
「光。知り合い?」
「うん。一応。えっと。塔矢君。こっちこっち」
「え?あ…う、うん」
塔矢、という名にその場にいる他の客がざわついているのだが、それをきにすることなく、
座っている子供二人のほうへとあるいてゆく。
「え、えっと……」
「え~と。朱里。こっちは塔矢明。この間、碁会所で一局うったことがあるんだ。
  で、塔矢君。こっちは藤崎朱里」
「え、えっと。こんにちわ。…碁会所ってこんな子供もいるんだ。
  てっきりお爺ちゃんたちばかりとおもってた」
「子供はこいつしかいなかったけどな」
「そなんだ」
何やら周囲がこちらに注目しているのにまったく意に介することなく会話しているこの二人。
この場に子供がいる、というのはさして珍しいことではないので浮いてはいない。
いないが、会話している相手が相手。
ゆえに自然と注目はあつまっていたりするのだが。
「そういえば、えっと。塔矢君、だったっけ?塔矢君は大会に参加してたの?」
「え?い、いや、僕は……君たちは?」
「ちらっとのぞいてみただけ。真剣の場の空気ってなんか神聖でいいよね」
「なんかでもちょっと怖かったけど感動もした。皆真剣にむきあってたもん」
「朱里はなかなか真剣にならないからな~」
「む~。ヒカルが何でもこなしすぎるからだよっ!」
「…え、えっと……」
何か気力が抜けてしまう。
「興味をもったら打ち込むのは辺り前だし」
「それってヒカルだからだとおもう……」
ちらり、と手をみるかぎり、特に爪がすり減っているようにもみえない。
そもそもその手にしているコップをもつ手はとてもなめらかでとても碁をうつ手にはみえないのも事実。
「君は…プロを目指してるの?」
「うん」
ほぼ即答。
ゆえに思わず唖然としてしまう。
そんなヒカルの台詞に驚愕したかのように、
「ヒカル、プロになるって今まで一度もいわなかったよね!?」
「決めてたし。13になったら試験うけようって」
「何で13!?」
「朱里こそ。何いってるんだよ。昔の人は13で元服。すなわち大人の仲間入りで、
  自分の道をきめてたんだけど?」
「昔は昔、今は今っ!」
「そういうけどさ。さらに昔なんかもっと幼いころから。
  下手をしたら産まれる前から人生はきめられていたわけで。
  今の時代は自分の好きなことを出来ることはできるけど、それらは自分で切り開く必要があるみたいだし」
好きなことだけをして生活してゆくのに生きずらい世の中でもあることをヒカルは理解している。
「だけど、プロって何!?そんなんで生活できるとおもうわけ!?」
「朱里こそ、何いってるわけ?タイトル戦とかってそこいらの給料よりもたしか賞金額はたかかったはずだけど。
  まあタイトルをとれる棋士とかは一握りだから、
  プロになっても別の仕事をかけもちしたりしてる人もいるらしいけど」
会話を聞く限り、どうやら完全に無知、というわけではないらしい。
ゆえに、周囲の視線がこちらに注目しているのにきづき、息をどうにかととのえ、
ヒカルと朱里の横に椅子をもってきて机の横にと腰をおろし、
「君は…プロになるという意味をわかっていってるの?」
これだけはきいておきたい。
自分もプロになるつもり。
そのときに彼のような棋士とわたりあえる実力があるかといえば…答えは、否。
自分はそれが当たり前、とおもってそだってきた。
またそれだけの実力がある、ともおもっていた。
だけども、結果として目の前の一つ下のこの進藤光に圧倒的なまでに負けてしまった。
「とりあえず、対等に打てる相手がほしいし」
それは本音。
もっとも、この時代に自分達と並ぶ打ち手がいない、ということにいまだにきづいていないのは、
いかにも光達らしいといえばそれまで、なのだが……
「何それ?そんな不確定なものになるつもり?資格だけとっとけばいいじゃないの
  そして手堅く公務員とかになっとけば」
むっ。
不確定といわれおもわずむっとしてしまうのは、囲碁のプロ、というものに誇りをもっているがゆえ。
「朱里。それって今現在、プロ棋士として生活してる世界中の棋士をあるいみ侮辱しかねない台詞だぞ?
  もう少し考えてお前も言葉をいわないと。まだ子供だからゆるされても、大人になったらそうはいかないぞ?」
「塔矢君っていったわよね。棋士の給料ってどうなってるのかしってる?」
幼馴染としてそんな不確定なものに首をつっこもうとしているヒカルを止めるのは自分の役目。
そんな変な使命感をもちつつも、目の前の子供が囲碁棋士として有名な人物の子どもだと知らずに問いかける。
「タイトル戦の賞金なら名人戦で約三千六百万で棋聖戦が四千二百万」
「…何千万って…タイトル戦っていくつあるの?全部かったりすると?」
「全部で八回。賞金総額は一億八千万位になるとおもう」
「一億!?…ヒカル。ちょこっとおこずかいがてらにやるのなら問題ないんじゃないのかな!?
  私にもなれるかな。プロっての」
「そりゃ、試験にうかれば誰でもなれるけど。だけどタイトル戦をとれるのはたったの一人。
  棋士は十人やそこらっていうんじゃないんだから、その中から一人だけ。
  つまり、それだけ努力もいるし実力と運も必要となる。でもその先にある一手を求めて誰もが打ち続けてる。
  それより、塔矢君。えっと、声をかけてきたってことは何か用事?」
どうも藤崎と紹介された子と自分との扱いに差がある。
どうみても自分に対しては丁寧な口調ではなしてきている。
「ヒカル。何猫かぶってるのよ」
「あまり知らない相手には猫をかぶるのは常識っ!これ社会にうまくとけこむのに必要なことだぞ?」
「「いや、常識って……」」
おもわず同時に声をだす朱里と明の台詞はおそらく間違ってはいないであろう。


にもかかわらず、周囲に聞き耳をたてていた大人はほとんどのものが光の言葉にうなづいていたりするのだが。
たしかに社会生活の中で、猫を被るのはあるいみ常識。
そのような社会になっている。
「でも、ヒカル。プロになるって、ヒカルはなれるの?」
「そりゃ、試験をうけてみなきゃわからないけど。だけど諦める気はないし。好きなものはとことんいかないと」
「ヒカルならなんかさらっと試験とかいうのにうかりそうだよね……」
今までも常識外れの快挙をなしとげている幼馴染である。
よくわからないが、プロ試験というのもいともあっさりと合格するような気がする。
それはもうひしひしと。
まあ、試験、というのもあるいみ資格みたいなものだろうし。
そんな認識しか朱里にはない。
「勝負は時の運。それはわからないって」
「勝負って」
「一発勝負だし。あるいみ」
「…進藤君。今から一局うってくれないか?」
「え?」

小さいころから父の傍で棋士達の苦労などをもみてきた。
それがわかっているのだろうか。
目の前のこの子供は。
簡単にプロ試験をうける、といっているがそれに届けずに挫折している棋士もすくなくない。

「君が棋士の高みを知っている。なんて到底おもえない。
  忍耐、努力、辛酸、苦渋。果ては絶望まで乗り越えてなお、その高みに届かない棋士はいくらでもいるんだ!
  父の傍らで僕はそんな棋士達をたくさんみてきていた。僕もそれを覚悟で努力してきた。
  小さいころから毎日、毎日、何時間も碁をうってきた。どんなに苦しくても碁をうってきたんだ」

「…?それっておかしくない?好きならばどんなに時間をかけてうってても、苦しいなんてことはないだろ?
  自分なら、きづいたら一日といわず数日でも碁をうってて何もたべずに怒られたことも……」
昔、それで倒れかなり怒られたのは今でもはっきりとおぼえている。
もっともそれは【昔】であり、【今】ではないのだが。
「ヒカル。そんなことしたことあるの!?」


「昔のことだって。今はきちんと食べないと成長にも悪いし思考力にも問題がでるのもわかるから。
  必要最低限なカロリーだけは取るように心がけてるし」
「碁は苦しくてうつものではなく、好きだからこそ打つもの。…と、前の自分ならいうところだけど……
  でもまあ、苦しい、というのはわかる…かな。対戦相手に理不尽な陥れとかくらうこともあるわけだし」
かつての自分はそれに心をいため、そのまま死を選んでしまった。
自分の意見には誰も耳をかたむけてはくれなかった。
「塔矢君。ならきくけど。もしも対戦相手が自分の碁つつの中に相手の石をまぎれこませていて。
  それに対局相手の自分だけがきづいて、その石を自分のアゲハマにした挙句、
  周囲に自分がイカサマをした、と声をあげていったら、あなたはどういう対応をする?
  世の中にはそのようなイカサマをしてでも名声を求めようとする大人もいる」
真剣なまなざし。
事実、これまでの棋譜をみたかぎり、そのようなイカサマをしていた棋士を一人といわず数人発見している。
少し考えればアゲハマの数と碁盤を比べればわかりそうなものなのに。

「馬鹿な!そんな真似をする棋士がいるものかっ!」
「棋聖戦。今から五年前の第二局。…よく棋譜をみてみてみた?
  アゲハマの数と、基面と。あわないのはならどうして?」
自分が経験したがゆえに知っている。
相手の棋士は…調べた限り、イカサマをしたという汚名をかけられそのまま棋士会から姿を消している。
それでも囲碁が好きなのはかわらないらしく、囲碁好きの仲間とともにとあるものをつくりあげている。
「少し調べてみたけど。周囲はそのとき、彼の意見を誰も聞く耳をもたなかった。
  まあ、そんなイカサマをした棋士もある棋士によってその地位からひきずりおとされてるみたいだけど」
「馬鹿な!聖なる場でそんな真似をした証拠がどこにっ!」
「だから。少し調べたらわかるけど。素人の自分でもおかしい、とすぐにわかるのに。
  それでも棋院で問題にならなかったのは、相手がいわば高段位所得者だったから?
  …まあ、ここで塔矢君にきいてもどうにもならないけど。
  だけど、対局相手によってはそんな真似をしてくる相手もいるってこともあるってこと。
  そのとき…あなたは、どうしますか?塔矢明」
まるで問いかけるようなその台詞。
最後の一文のみは雰囲気が変わっているような気がするのは、
明や朱里の錯覚か。
「そういう、君は?」
「…私?私は…かつての自分ならば悲観して死を選ぶ、でしょうね。
  世の中の奇麗なところしかみえなかった自分ならば」
事実、あのとき自分は死を選んでしまったのだから。
だけども様々な人生を経験することにより、
精神的にも強くなければ碁を打ち続ける資格はない、ということもわかった。
神の一手をきわめるためには、精神的な強さも必要なのだ、と。
「ですけど、今は。そんなイカサマをされるまでもなく、
  されたとしても、実力で相手を叩きのめせばいい。と思ってますけど」
それは本音。
そういうイカサマをする相手は自分の力に自身がないがゆえ。
ならばより強い力で圧倒させればどちらが正しいかは誰の目にも一目瞭然。
おもわずかつての口調の素で語りかけるその台詞は藤原佐偽としての記憶がもたらした言葉であり、
そしてまた、秀策としての言葉でもある。
もっとも、それに気付いたヒカルが匿名で棋院に手紙をだし、
さらに当時の棋譜と、アゲハマの数の誤差。
それを指摘する内容を投稿し、あるネット掲示板にその誤差の指摘を匿名で書き込んだ。
さすがにネットは世界規模。
隠そうとしていた棋院は重い腰をあげ、あまりおおごとになる前に彼をいい含め、
引退、というカタチをとらせてことなきをえたのは二年前。
「時には人生。挫折も必要です。ですけどそれを乗り越える力もまた人はもつ必要があります」
「ヒカル?なんかヒカルおかしいよ?」
それは様々な人生を経験しているがゆえのヒカルの言葉。
子供がいう台詞ではない。
しかも雰囲気も子供らしからぬ雰囲気を纏ったがゆえに戸惑いの声をあげる朱里。
このような光はみたことがない。
否、幾度かはあるが人前でみたことなどなかったがゆえに戸惑いを隠しきれない。
「え?ああ。ごめんごめん。ついね。ある紙面でそんな言葉がのってたから」
「…ヒカル、読書好きだもんね」
それで納得するアカリだが、しかし周囲の大人の一部はそれだけではごまかされない。
今の言葉はまるで人生の深みをかんじるほどに何か重みがあった。
ただ、藤原、という権力ある家に守られていた当時はわからなかったもの。
秀策として経験した人生においても、妬みなどといったものは多々とあった。
自身が病魔におかされてからはなおさらに。

「君が碁打ちのはずがあるものかっ!そんな対局をするような棋士がいるというような君がっ!」
まっすぐにただひたすらにまっすぐに。
汚いところをみたことがない台詞。

「私だってそのような碁打ちがいるという事実は許せないことですけどね。
  しかし一番の問題はそのような碁打ちがいる、というのを許している周囲でもあるわけですし。
  ですけど、塔矢明。ありえない、ということはありえないんですよ。何ごとにおいても」
そもそも、あのときですらありえないことに帝の御前にてあのイカサマは行われた。

「いるよな。イカサマするようなやつ」
「いるいる」
何やら背後のほうで大人たちが小さく会話をしているのが耳にはいるが、
おそらく明の耳にはその台詞すらはいっていないのであろう。
碁をうつものに悪いものはいない。
そう思い込んでいるがゆえの清廉潔白。
それが悪い、とはいわない。
だけども世の中、奇麗事だけでは生きていけないのも事実。
奇麗事ばかりをいっていればいずれはつぶされてしまう。

「私が碁打ちではない、とあなたはいいました。ならばうってみますか?」
口調がどうしても碁打ちとしてのものになってしまうのはしかたがないであろう。
碁に興味をもったすべては平安時代の人格が元となっている。
(こういう場でのヒカルはやはり私なんだ、とつくづくおもいますけどね……)
そんなヒカルの姿をみて自身の姿を垣間見て、しみじみつぶやいている佐偽の姿がそこにある。
こういうとき、やはり一つの魂である、と痛感する。
その思い全てがわかるがゆえになおさらに。
神の一手を極めようとしている打ち手として、彼のような台詞をいうようなものを許すわけにはいかない。
碁は神聖なもの。
そんなものを穢すようなものがいる、ときっぱりといいきるような人物を。
奇麗なところしかみてないがゆえのまっすぐな心。
しかし、彼もそういった面を知る必要がある。
何ごとも、奇麗事だけでは進んで行けない、ということを。

「望むところだ!」
絶対にまけられない。
相手は名も知られていない子供。
そんな子供に自分がまけるわけにはいかない!
そう奮いたち、そういいきる明。
しかし明は気づかない。
その思いというかその感情こそ、相手を下にみている、ということに。
つまりは自分より強い子供がいるはずもない、という盲目的な自身のもとに見下している、ということに。

(で、どうするんですか?光?すんでのところでよしよし、とかろやかにかわしますか?牙をむいてますけど)
いや、この子のためにも、この子は今、自分があるいみ天狗になっていることに気付いていないっぽいし。
このままではせっかく獅子か竜になるどころか、そのまま自滅しかねない。
ならば、することは一つ。
(…全力で叩き潰す、ですか?)
うん。自分が上だ、とおもっていたら前にすすめない。それは俺達だってそうだろ?
(それはそうですけど……)
自分はまだまだ、とおもうこと。
それこそが向上する何よりの思い。




ざわざわ。
何やら対局場が騒がしい。
「どうかしたんですか?」
「いえね。子供同士が対局してるんですけど…」
「…あれ?明くん?」
ふとみえるおかっぱ頭に見覚えがありおもわずつぶやく。
かなりのギャラリーができあがっているのがみてとれる。
相手のあまりの真剣な表情におもわず朱里ものまれてしまい、
そしてまたあまりの周囲の観戦している顧客の多さに戸惑わずにはいられない。
「どういう対局?」
「互戦らしいけど。込みは五目半。…しかし、あの子、すごいね」
「あの相手の子、あの塔矢明だろ?いともあっさりと手玉にとられてるっぽいし」
必死で食らいついているのがみてとれるが、相手のほうが格段に上をいっている。
「いやいや。まさか。あの明君を手玉に?逆でしょ?」
「あれ?芦原プロ?いや、ホントなんですよ。これが。前にでてみてみてくださいよ」
いわれて、冗談だとおもっていたがゆえに前にとでる。

ここは日本棋院。
ゆえに囲碁のプロも当然いる。
そしてまた、院生も。


完全に力で叩きのめすというのはまだまだ相手は小学六年生。
自分のような人生を経験しているならばいざしらず、まだまだ子供。
しかし、今ここでそれをしなければこの子はどんどん天狗になってしまうのが目に見えている。
だからこそ。


「……ありません……」
悔しさにただ、うなだれるしかない。
しかしこれ以上やっても勝てない。
絶対に。

ざわっ。
「あの塔矢明がまけた!?」
「明君!?」
いつのまにか集まってきていた観客達が何やらざわついているのがみてとれるが。

「え?え?この子、どうしたの?ねえ、ヒカル?」
あまり碁に詳しくない自分でもわかる。
まだ盤面はほんど進んでいない。
なのにどうして目の前の男の子はうなだれているのであろうか。
「中押し。彼は自分の負けを宣言したの」
「?だってまだ盤面うまってないのに?」
朱里はまだ詳しくないがゆえによくわかっていない。

「真剣さは認めます。あなたはたしかに強い。しかしそれは子供の中では、といえるでしょう。
  あなたより上はたくさんいます。あなたは自分より上などいない、とあるいみ自分を上にみていた。
  それがあなたの敗因です」
無意識に相手を見下すほどに。
きついかもしれないがこれだけは自覚しないといけない。
無意識に他人を見下すという行為はいずれ当事者に牙をむく。
子供だから、と許されるものではない。

「ヒカル?どういうことなの?」
「指導碁にするというのもできたけど。だけどそれじゃ、彼のためにはならないとおもったから。
  碁は常に自分を戒めつつ行うもの。無意識にでも他人を下にみていては向上するものもしなくなる」
「そういうヒカルは?」
「自分?自分は…いつも自分はまだまだだ、とおもってるし。いまだに神の一手に届きもしない……」

千年以上の時が経過しても、まだその一手に届かない。
実力が下のものでも見下すことは一度もしたことはない。
導くことはあったとしても。

「…って、ああ!朱里!時間!いつのまにか五時すぎてるっ!
  早くかえらないと、電車の時間もあるし!」
「あ、ほんとだ!」
「えっと。とりあえず。ありがとうございました。すいません。時間が時間なので今日はこれでおいとまします。
  えっと、塔矢君?…ってきこえてないみたい…えっと。皆さん、この子のことお願いしてもいいです?
  あまり遅くなったら家のことができないし。あ、朱里。夕飯の買い物てつだってくれる?」
「いいけど。今日もヒカル、夕食つくるの?」
「今日もうちのお母さん遅いし。父さんも遅いから。洗濯は朝してるからいいとして。
  夕飯つくってお母さんたちまっとかないと」
会話の端々から、どうやらこの目の前の子供の両親は共働きらしい。
しかも家事を子供がやっている、とも。
そんな子供があの塔矢明の息子を圧倒的な力のもとに叩き伏せたとは信じられない。
しかし目の前でみたことが全ての真実。


お父さん、お父さん……
お父さん、僕、囲碁の才能あるかな?
囲碁の才能、か。はは。それはお前にあるかはわからないが、
そんなものがなくてもお前はもっとすごい才能を二つもっている。
一つは誰よりも努力する才能と、囲碁を愛する心だ。
幼き日の記憶が脳裏をよぎる。
お父さん…僕は今までお父さんの言葉を誇りにまっすぐに歩いて頑張ってきました。
だけど、今、何か視えない壁があるんです。
視えない、壁が……

その壁の意味はまだわからない。
自分がいまだに相手をどこかで下にみていたことにも彼は気づいていない。
そのことにきづいたとき、彼は人としてもまた一枚むけるであろう。



ざわめく大人たちや時折まじっている子供達をくぐりぬけ、
碁石をかたづけそのまま周囲の観客達にも挨拶し、朱里とともにその場をあとにする。
あまりに信じられない出来事に光達をとどめる大人はその場にはいない。
誰もが信じられないものをみて、あるいみ唖然としているといってもいい。
しばし、塔矢明が負けた、というざわめきは、その場だけでなくやがてゆっくりと棋院全体にと広がってゆく…




「MOSの資格試験も完了っ!!」
ワードやエクセルの技能を、開発元のマイクロソフト社自らが証明する唯一の国際資格。
合格すると世界共通の認定証が発行され、
マイクロソフト社のワードやエクセルなどを使えることを、世界中どこに行っても証明できるというもの。
毎月どこかの日曜日に試験があり、
世界中においてパソコンが主流になってきている今現在、注目を浴びている資格の一つ。
(ヒカルは本当にいろいろと資格にこだわりますねぇ…)
「世の中、資格をもっていたほうが何かと便利だし。司法書士とかもとりたいけど…
  さすがに小学生で受験は何かといわれそうだし……前のときにもってたから問題はないんだけどさ」
(…ひかる、あなたいったいどれほどの資格を有していたんですか?!)
佐偽が何やら驚愕の声をあげてきているが。
「あ。そこまでの知識共有はしてなかったっけ?ちょこっと家庭の事情で一通りは……」
(どんな家庭ですか…それって…)
「ここでの人生がひととおりひと段落ついたらたぶんまた、あっちの世界に戻るとおもうし。
  そのときに佐偽も嫌でもわかるとおもうけど」
(?戻る?でもヒカルはいまここにいますよね?)
「まあ、説明が難しいからはぶく」
(…ヒカル~……)
どう説明していいものかわからない。
知識を共有したところできちんと理解してもらえるかどうかも不明。
まあ、どちらにしてもここでの生活が今は何よりも重要。
「調理師の資格は先にとったし」
両親においしいものをたべてもらいたい、とおもう思いは健在。
ゆえにこそ、よりいいものをということで、祖母にたのんでうけさせてもらった。
もっとも、小学生がうかった、というのでかなり驚かれたのも記憶にあたらしいが……
「TOEICは、おばあちゃんたちとスムーズに会話したいから受けてみたいっていってかなったし」
英語のヒアリング力というか意思疎通力を計る資格。
こちらの資格のほうは年八回もおこなわれるので比較的、試験をうけるのもかなり楽であったのだが。
ちなみに、小学の中でヒカルに最近ついてきているあだ名は、資格マニア。
そもそも、小学生なのに様々な資格を所得しよう、とおもいたつような子どもがそうそういるはずもない。
(しかし、保護者なしで試験会場にまでいくような子供はヒカル以外にみあたりませんでしたねぇ。
  というか子供でうけてるのもヒカルだけでしたし)
「まあ、だいたい大人、もしくは中学高校くらいでうける人がおおいかな?今日の資格は」
そもそも、就職に役立つ資格の一つ。
ゆえにわざわざ小学の段階でそれにきづく子供はまずいない。
電車を乗り継ぎ試験会場へ。
そして試験がおわりもどってきて、そのまま駅の自転車置き場においていた自転車をおしつつも、
「さてと。あとは今日の夕飯の買い物をしてと……」
(ヒカル。ほんとマメですよね……)
「虎次郎のときも自分でつくってたらなんか食事目当てによく教え子たちがあつまってきてたけど……」
(それは虎次郎のときにはありませんでしたね。私のときには)
「みたいだな~」
同じような経験をしているとはいえ多少の誤差はある。
平行世界というべきか。
ヒカルそのものが虎次郎として産まれた世界と、佐偽が虎次郎にと盗り憑いた世界。
この世界は佐偽がとり憑いていた世界なのだが、
ヒカルもまた別なる平行世界で虎次郎として生活していたことがあるがゆえに違和感がない。
とはいえどうも江戸時代に経験していた大まかなことはほとんど誤差はなかったのだが。
(あ。ヒカル。そこの二階ってたしか碁をうてるところですよね?すこしよりませんか?)
「ダメ。今日もどってから家事がすんでからならいくらでも対局はするから」
(…仕方ありませんね……)
「佐偽も実体化させててつだってもらうからね」
(えええ!?私に何を!?)
「まずは、洗濯干しに、風呂のお湯とりくらいかな?」
(ヒカル~……)
「食事をつくれ、とまではいわないんだから。それくらい手伝おう」
(……はい……)
そもそもヒカルが自分を保護しているがゆえに自分という人格で存在できていることを自覚している。

そんな会話をしつつも、自転車をおしているそんな最中。
ふと、建物からでてきた白いスーツに身をつんでいる人物がふとヒカルのほうをみつめ思わず立ち止り、
そして。
「ちょっと、きみ!」
「はい?」
「ちょっとでいいから!君にあわせたい人がいるんだ!」
「?」
おもわずそんな人物の台詞に顔をあわせ見合す光達。
「すいません。あまり時間はとれないんですけど。というか、すいません。どなたですか?」
「あ、悪い。俺は緒方という。君にどうしてもあわせたい人がいるんだ」
「ん~。買い物があるのであまり時間はとれませんけど」

たしか、緒方ってプロ棋士の一人だったよな。
(この人もプロなんですか?)
白いスーツが特徴ってかかれてたから多分。
(ほ~。どれくらいの強さなんですかね?この人?)
さあ?

「まあ、そこの囲碁サロンに少しならいいですけど」
「よかった」
ここでまた見逃しては申し訳がたたない。


「先生!今そこであの男の子をつかまえました!あの男の子です!
  子供囲碁大会で一の二を即答したあの!」
「ん?また君か。今日は明君はいないよ?」
「え?」
「そうか。明にかった、というのも君だったのか」
「あれ?…あ、たしか塔矢行洋殿?たしか今現在、神の一手に一番近いとかいわれてる?」
おもわず、殿付けをしてしまうのは癖のようなもの。
どうしても碁打ち相手ならば殿をつけてしまっていたのは今も昔も変わらない。
「君の実力が知りたい」
「え?」
「座りたまえ」
「え、でも時間が…う~、だけど対局…捨てがたし……」

よし。佐偽!分担もう少し増やすから対局するぞ!
(ヒカルだけずるいですっ!)
なら二人で相手してみるか?この人、棋譜の中では一番強かったし。
気になってたのは事実だしな~。
(ですね)

「よろしくおねがいします!あ、互い戦でいいんですよね?」
ざわっ。
さらっと互い戦といってくる子供がどこにいるだろうか。
「石を三つおきなさい。明とはいつもそれでうっている。それが明の実力だ」
まあ子供相手に石をおけ、という気持ちはわからなくもないが。
ま、しかたないか。
石は始めからなかったもの、として計算するか。
即座にそのようにと計算を施す。
向けられてくる気迫がここちよい。
かつての対局相手からかんじていた心地よい感覚。
「よろしくおねがいします」
そのまま、すっと石をそのまま四隅の端のほうにとおいておく。
そのまま、すっと意識をすまし、そのまま盤面にと意識をむける。
いくぞ、佐偽。
(はいっ!)


…この子、何ものだ?
始めてあったときにはただの子供としかおもえなかったのに。
今、目の前にすわり、すっと呼吸を整えた子供から感じるこの気迫はとても子供がもつものとはおもえない。
挑むという気迫というかどちらかといえば楽しむ気迫、というべきか。

「明には二歳のころから碁をおしえた。私とは毎日打っている。腕はすでにプロ並みだ」
目の前において紡がれる言葉。
「だからこそアマの大会にはださん。
  あの子が子供の大会にでたらまだ伸びる子供の芽を摘むことになる。あの子は別格なのだ」
その思いが彼を周囲をしらないままに育ててしまったのかもしれない。
そんなことをふとおもう。
「だからこそ、その明にかった子供がいるなど、私にはしんじられん」
親のよく目もあるいみ子供の成長をさまたげる。
…ふむ。
佐偽。…同化、するぞ。
(え?あ、はい!)
ヒカルが同化する、ということは、すなわち、完全なる本気をだす、ということ。
その思いも心も全て同化して一局うつ。
もともと一つの人格であり、また一つの魂であるがゆえに同化しても再びヒカルにより切り離すことも可能。
完全同化、というよりは一時同化、というべきか。
そんな行洋の台詞をきき、すっと再び深呼吸をし、そのまま意識を集中する。
それと同時、ヒカルの隣にいた佐偽がふわり、とヒカルと重なるようになり、
次の瞬間。
すっと目をひらく。

びく。
先ほどまでの子供の目、ではない。
まるで圧倒されるかのような感じを受けてしまう。
周囲の気温も何かぴりぴりとしているのは気のせいか。
「あなたがそう思うのは勝手です。ですが、それはあるいみ子供の成長を妨げる結果ともなりましょう」
紡がれる言葉は子供のそれとはおもえない。
そういいつつも、ふたたび一手を繰り出してゆく。



・・・・・・・・・・・・・・・なんなんだ、この子は!?
まずそれが一番始めにおもった感覚。
いくら置き石をしている、とはいえあの塔矢行洋がいともたやすくあしらわれている。
始めはヒカルの力を計りかねていたであろう行洋であるが、
打ち込みしてゆく中でその表情も真剣そのものとなっている。
相手が子供ということが信じられない。
タイトル戦においても海外戦においてもこのような『何か』を感じたことは一度もない。
「私の勝ち、ですね」
いつのまにか手にしていた扇を口元にあてていってくる子供はにこやかに笑みを浮かべている。
もっともその扇は光が無意識のうちに扇の形に自身の霊力を具現化させたものなのであるが。
「……明がかてない、わけ。か」
いくら置き石をしていたとはいえ、自分がいともたやすく赤子のごとくにあしらわれていた。
対局したからこそわかる。
「守りに徹しすぎですよ。行洋殿は」
それは本音。
今までの棋譜をみてもどうも守りに徹した手が彼は多すぎる。
「この定石は…秀策…?」
打ってみたからこそわかる。
相手の定石はまさしく本因坊秀策のそれ。
しかもそれをいとも自分のものに昇華し、かつかみくだき、現代の定石をとりいれている。
「ともあれ、ひさかたぶりに楽しい一局を打たせていただきありがとうございます。
  私は家の用事もありますので失礼しますね。それでは」
何かをいわなければいけないのに言葉にならない、とはまさにこのこと。
誰もがその場をあとにするヒカルをとどめることはできはしない。
何ともいえない空気がその場を包み込んでいる。
相手は素人ではない。
むしろ世界的にみても一番実力がある、といわれているあの塔矢行洋である。
にもかかわらず、あの子供は圧倒的なまでの実力の差をみせつけた。

「……守りの碁…か。たしかに…な」
おそらくは、おき石をしていなくても勝てなかった。
打ったからこそわかる。
対局始めは本気でなかったが途中から相手が子供であることをわすれて全力でとりくんだ。
しかし結果は……

対局が終わり相手をみて、ようやく相手が子供であることを思い出した。
しばしの静寂ののち、
『えええ!?塔矢名人がまけた!?』
ざわざわ。
ヒカルが部屋をでていってしばらくのち。
はっと我にともどりしばし騒ぐ大人たちがその場においてみうけられてゆく……





「さて。今の一局で何か感じてくれてればいいんですけどね。ふふ」
おそらく自分に一番近いのは彼であろう。
互いに打ちあえる相手がいるのは好ましい。
しかし、守りに徹している彼と対局してもさほど楽しくない。
「っと。どうも同化してたら『佐偽』としての心が強くなるのは仕方ないですねぇ。…とりあえず…」
ふっと意識を己の中にとむけ、一時同化していたもう一つの人格を解き放つ。
ゆくりと目をみひらいたヒカルの横に、霊体のように具現化している佐偽の姿が出現する。
(ヒカル。今あなた、手加減しませんでしたね?)
「あまりに守りに徹しすぎてるから、すこしばかり喝を、ね」
(それは同感ですけど。ですけど完全なる互い戦でたたかいたかったですね)
「それは同感」
そんな会話をかわしつつ、
「さてと。そろそろ自転車OKだから、普通にこいでいくぞ。佐偽は後ろな」
(はいっ!)



じっと盤面をみてみても、まるでお手本にするかのごとくにかろやかな定石。
石の流れにうちどころがなくまるで、まるで……
「…本因坊、秀策…か」
秀策のコスミ。
その色がこの一局にはとても強くでている。
全てを昇華しなおかつ自分のものにしているかのような、とてつもない力。
生まれ変わり、という言葉はありえない、と信じられないが。
しかしこの力を目の当たりにしたらありえない、とはいえないとおもう。
子供でここまでの力がある、などと普通はありえない、としかおもえないのだから。





「朱里!」
「もう、光。おそいよ~」
「だってさ。お婆ちゃんがどうしてもスカートはかせようとしてさ~。
  どうにか人の多いところで肌を露出するなんて
  女の子としてありえないとかいろいろといい含めるのに時間がかかって……」
葉瀬中文化祭。
毎年なぜか梅雨時期におこなわれるがゆえに、雨がふらないように、と誰もが望むイベント。
「ヒカルはただ、スカートが嫌だっただけでしょ…それ…」
「ズボンが便利だよ。どこにでもすわれるし。普通にしてても下着とかがみられることもないし」
「スカートの下にスパッツとかはけばいいじゃない」
「でもなぁ~」
というかあの格好をしていたらどうしてもかつての自分としてふるまってしまいそうな気がする。
それはもうひしひしと。
平安時代の口調を現代でいったらおもっきり目立つ。
さらにはどこぞの国主であったときのことの口調になってもこれまた困る。
そんなたわいのない会話をしつつも二人して文化祭へとむかってゆく。


(※文化祭イベント打ち込みは途中です・・&以下、まだ完全打ち込み終わってません
  それでもいい、という人のみどうぞ。ほぼ会話オンリーなどになってます。





六月もおわりの日曜日。
「お父さんか誰かときたの?」
文化祭のちょっとしたイベント?により関係を気づいた中学生の先輩達。
そんな彼らとここNEC杯の会場へとやってきている今現在。
「いえ。友達です」
「へぇ。めずらしいね。家にぱそこんある?」
「あります」
「そう。ならインターネットはやってことは?」
「時間約束がありますけど、それなりには」
「なるほどね。今この子はインターネット対局してるんだよ」
「って、ああ!かってにきった!?」
「ああ!何するんだよ。これはテレビゲームではないんだよ!す、すぐにあやまらないと…」
「あ。先にかかれてる。えっと…何何?
  Zelda>テメェ!オオシイトレラタカラッテカッテニキルナ、バカヤロウ!・・・って…」
「ああ。先にかかれた。相手も子供かなぁ」
「チャットの言い回し的にそれっぽいですね」
そこまでいい、ふときづき。
「あれ?IGSってたしか。有料化になるって話しじゃなかったですっけ?」
「ああ。君、やったことあるの?」
「すこし」
「なら話しははやいね。これはWWgoっていってね。世界初のJAVA型インターネット碁会所なんだよ」
東芝に提供したあれか。
おもわず心の中で納得する。
「なら、ここは無料ってことですか?」
「興味ある?」
「とっても!」
「インターネットは顔も年齢も本名もでないからハンドル名だけでわからないからね。表にはでないから。
  子供も大人もいろいろ。そして世界中の人も。ここにかかれているように世界中の人が登録してるからね」
事実、様々な国々の名があがっている。
「無料サイトがまたできてたんだ。ならまたやってみるかな。
  えっと。すいません。この使い方詳しく教えてもらえますか?」
「君はIGSはやってたの?」
「時々ですけど」
実はネット上ではかなり騒がれているHN主だと目の前の青年は気づかない。
否、気づくはずもない。
「使い方は似てるけどこっちのほうが打つのは楽かな?えっとね……」
まあ、このシステム提供したの自分だし。
そんなことをおもいつつも、
「おねがいします」
これならば、あまり騒がれずにいろんな人と自由に対局できるっぽい。
IGSよりもサーバー的に大きいらしく様々な登録者もいるっぽいし。
最近は昔ほどではなく、通信料もだいぶ緩和されてきている。
それでもまだ定額料金の繋ぎたい放題といすサービスは始まってはいないが。
「なら、このHPにくるところからはじめようか。検索にワールド囲碁ネット、と検索をいれて……」
NECカップ、囲碁トーナメント戦。
その会場のロピーにてしばしネット碁の説明をうけるヒカルの姿がしばし見受けられてゆく……






「さて、どうするかなぁ……」
(ヒカル?)
「とりあえず小学五年の目標はひとまず今のところ達成したし。
  院生に一度なってから試験うけるか、それともそのまま外来試験でうけるか。
  どちらにしてもお母さん達の許可とるのに、無難にやっぱり先に院生かな?
  今いる院生の子達をひきあげることもできるだろうし」
(引き上げには興味ありますね)
「だろ?あとは…あれをどうするか、だけどな……」
前の世界でちょこっと遊び心でやったらあそこまで反響がおおきくなるとはおもわなかったが。
もっともアレを表にだすとなれば、様々な許可をとらねばならないであろう。
何しろざっと調べてみたところ、あのときに『描いた』人物とほぼ同じ存在がここには『生きて』いるのだから。
「夏の大会でまさかあそこで塔矢明と出会うとはおもわなかったけど」
もしかしたらかつて自分が描いたのはあるいみ予知のようなものだったのであろう。
おそらくは。
そうでなければ、ことごとく同じ名の存在や、あげくは同じような出来ごとが起こっているなどありえない。
世界が異なる、という根本的なことはともあれおいとくとしても、である。
「かかる費用とかもあるだろうから、よくよくみてみるか。
  ネットに月額費用をまわすのと、院生にはいってみるのとどっちがいいかな?」
(…どちらもひかれますね……)
そもそも、この時点で棋譜を渡したとしても、その棋力からあっさりと試験を受けた方がいい、
といわれる可能性は二人の心の中にはない。
「まあ、まずは。今日おそわったネットをやってみますか。えっと・・・とりあえず、入会申し込みを…と」
一応、名前や住所を入れるようにはなっている。
あちら側のセキュリティが破られたときのことをひとまず考慮し、今の名では登録せず、
ひとまずかつての名前で登録し、そしてまたそれように無料メールアドレスも所得。
住所は日本棋院の場所を応用。
「登録名…ハンドルネーム…Sai…佐偽、っと。
  とりあえず、交互にうってこうな」
(はいっ!)
「今の接続料金的に、一日あたり、四時間程度…か。まあ無難かな?このくらいが」
毎月、東芝から振り込まれる金額はそこそこ。
といっても○十万は軽く超えているのだが。
ネット料金にそこまでつぎ込みたくないのも本音。
院生になるとどうやら利用するのに月額として一万六千いくらかかるらしい。
普通に受験の場合は初期に一万ちょいいるだけて、正式に本戦にいく場合は四万ちょっと。
…金額的には直接試験をうけたほうが支出は少ないっぽい。
ついでに調べてみたら日本棋院のHPというものができており、そこでちょこっとひとまず検索。
…しばらく様子をみて考えてみよう。
ネットのほうが面白ければそれにこしたことはなし。
不特定多数の人をことごとく鍛えていったほうがそれはそれでおもしろいかもしれない。
そんなことをおもいつつも、そのまま登録を完了し、対戦一覧表のページにと移動する。
「さってと。佐偽。とりあえず、まずは虎次郎のときの棋力でゆっくりと様子みながらいっみてよっか」
当時の棋力ならばまだ追いついてこれる棋士がいることを期待しつつのその台詞。
(わかりました。千人切りでもいいのでは?)
「それは様子をみてから、かな?」
それはそれでおもしろそうだが。
まあ、サーバーの状態もあるだろうし、まずは無難なところからはじめたほうが問題もない。
「さ、いくか」
(はい!)






「だから、来月一週間ほど日本にいってくるよ。…そう。世界アマチュア囲碁選手権に選ばれたんだよ。
  アメリカ代表にえらばれたんだよ。僕は。…五十ヶ国くらい、かな?
  一つの国で代表は一名。僕は国内の予選でNo1になったんだよ。
  …ん?ああ。やっぱりアジアは強いよ。日本、中国、それに韓国。…アメリカ?去年は八位。さ。
  でも、インターネットによって世界の碁のレベルはどんどんあがってきてるんだ。
  いつでも強い相手と対戦できるからね。逆に日本はどんどん弱くなってるって噂だ。
  …おっと、いってる傍から対戦申し込みだ。じゃ、マアム。体にきをつけてね」
いいつつも電話をきり、パソコンにと向き直る。
対戦申し込みの相手の名は…
「…Sai?初めてみる名前だな。お手並み拝見、とするか」

彼は知らない。
パソコンの向こうにいる相手のことを……

二年連続オランダ代表。
棋力はある、と自身をもっていた。
にもかかわらず、手も足もでなかった。
というか、途中から打ちやすくなり、ゆえにこれが自分を導いている、と理解ができた。
どこにうてばいいのか、示されるわけでなく、自然にわかるような流れの打ち方。
…そんな打ち方をするような碁打ちの話しはきいたことがない。
「そうか。プロだ!プロなんだ!アジアのプロが時折おふざけでアマに交じってうつ、ときいたことがある」
そう自分自身にいいきかせる。
聞かせるが…ハンドルネームはみたことがないもの。
「…Sai、か。初めてみる名前だったな。…ネットの仲間にきいても誰もしるまい。Sai…か。
  何ものなんだ?」
しかしといかけてもネットの画面がこたえてくれるわけではない。
すでに対局をおえ、相手はこの対局から退いている。
指導碁は今まで幾度かうけたことはあるが、ここまで自然な流れにもっていくような指導を受けたことがない。





み~ん、み~ん……
セミの声が鳴り響く。
ピコン。
「あ。チャットが」
(?ヒカル?これは何とかいてあるんですか?)
「あなたは強すぎる。プロですかって。わざわざ答えるのも面倒だし。このまま切るか。
   なんかこの間からチャットの話しかけがおおいな~。面倒だから全部きってるけど。
   次は佐偽な。次は…日本人にしようか?…あれ?この名前って…あ、この間の子かな?」
ふと目についた名前。
Zeldaというそのハンドルネーム。
(?この間、とは?)
「前、ここのをおしえてもらったときにごっそりと石をとってたやつ」
(ああ。なるほど)
「じゃ、いくか」
(はいっ!)



「へ~。この相手、今までの人よりはるかに強いな」
(ですね。導くのがとっても楽ですv)
相手の棋力をしばし試した後にそれに合わせて導く打ち方をしてみる。
一時間ほどそのやり方をし、それ以外は普通に対局することにて話しはまとまっている。
ピコンッ。
「あ。チャット。えっと…『オマエはダレダ。このオレはインセイだぞ』…って、…院生でこれ?」
(たしかに。プロの卵にしてはつたないですねぇ……)
しかも佐偽が指導碁をうっている最中の中押し表示の投了。

院生とはすなわちプロの卵。
そんな卵がこの棋力しかないとなるとかなり泣けてくる。
それはもう悲しくなるほどに。

ふむ。
「『一般人ですv』」
ちょこっとおちゃめ心をだして返信をば。


一般人って……ふざけるなぁっ!
思わずそう思う対戦者の心は間違っていないだろう。


『シロウトがインセイのオレニカテルカッ!』
・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・なんで、全部かたかな?」
「『カタカナばかりでは読みにくいので普通に打ち込みませんか?
   ローマ字入力でそうなるのなら日本語入力をすれば早いですよ』」
実際にカタカナばかりでは読みにくい。
「『対局しなおしますか?そうでなければ退室させていただきます』」
(ヒカル。対局しなおすのですか?)
「こいつ次第かな?さて。どうなるかな?今の院生の棋力計るのにちょうどいいんだけど」
院生達の対局の棋譜はまずのこされていない。
だからこそ今の彼ら、すなわち卵達の棋力が知りたい。
それにより、自分がどうするか決める判断材料の一つにもなるのだから。


一般人、といわれてありえない。とおもう
対局しなおしますか。ときかれ。
しかしこちらとて院生としての意地がある。
ゆえに。
「今度はまけねぇっ!」
そのままあるいみ意地となり、再戦を希望する。
相手の圧倒的な強さをそこで目の当たりにする、とはおもわずに……











「う~ん…これが、Sai。か」
「昨年のアメリカ代表である君の感想は?」
「グレイト!是非一度僕も対戦したいね」
「ところが、saiへの対局申し込みが増えているからなかなか繋がらないんだ」
「おやおや。それじゃあこうして観戦するしかないか」


「観戦者の数が日を追ってふえてきた。皆がSaiに注目してるんだ」
「マスター。この人はプロなんですか?」
「いや。違うだろ。プロがこんなに頻繁に素人相手にうつものか」
「プロじゃないんだ」


「…プロじゃなければ、誰だ!?」
自らの力を全てしかも自然にひきだすかのようなあの打ち方。
指導碁をされていることもわすれるほどに対局にのめりこんだ。
翌日の試験は今までありえないほどに自らの力が引き出せた、とおもう。


「碁の神様かもしれんな」
「それも一概に違うともいえないな。これをみてると」
彼らは知らない。
それはあるいみ真実を言い当てている、ということを。
何しろ、本因坊秀策は、本気で碁の神、とまであがめられている存在、なのだから。
…よもやパソコンの向こうにいるSaiがその神とあがめられし存在、などとはしるよしもない……


「一度だけ、Saiと対局したとき、彼はチャットを拒否してきた。
  観戦者達にきいてもやはり皆、拒否されているという。そして誰もSaiの情報をもっていない、という」

「世界アマチュア囲碁選手権が近い。日本にいけば……」

日本にいけば、Saiのことがわかるかもしれない。
囲碁ネットをこのサイトでしているものの思いは皆同じ。
日本にいけば、何か『Sai』のことが、わかるかもしれない…と。




…俺がSaiを初めてみたのは、七月始め。
それいらい、よくみかけるけど……
それにしたって、昼間からだぜ?
仕事してないのかよ?こいつ?
そんなことをおもいつつ、縁側ですずんでいると、夏休みの塾帰りの子供の姿が目にとまる。
七月…八月、夏休み…子供!?
…まさかな。
幾度かあの日、うったからこそわかる。
圧倒的なまでの力で自らを高みにひきあげたあの棋力。
自らの師匠ですらおそらく不可能。
子供であるはずは…ない。





「近年、世界の囲碁レベルは着実にあがっており、また今回の参加国は五十国を超えました。
  これは常日頃から皆さまがいかに碁にしたしみ、盛り上げていただいているかの証明であります。
  たえず新しい可能性を追求してゆく。それもこれからも我々の課題のひとつ、とおもっております。
  では、今日から四日間。一日二局。計八局になりますが、思う存分楽しんでください」
八月十六日の土曜日より四日間。開催式と閉会式をあわせると六日間となる。
ともあれ今日は十七日。今日より一回戦が開始される。

インターネットの正体不明の打ち手。
先月、初めてうったとき、ものすごく強い、と実感した。
それから幾度も、幾度もSaiの対局を観戦してきた。
あからさまに、数手うっただけで相手の力をみきわめて、それにともない指導碁をうっているときがある。
それ以外はほとんど容赦なく一刀両断。
よくみるからこそその規則性に気付いた。
いくらブロだとて…たかが数手うっただけで相手の棋力を計るなど…到底不可能に近いこと。
しかし、あのSaiはそれをどうもなしとげている。
だからこそきにかかる。
正体が誰なのか、と。


マスター、日本にいったらSaiの正体をつきとめてきてくださいね。
格好いいじゃないですか。ネットに潜む最強の棋士、なんて。
Saiのことを知りたいのは、あわてることはない。
まずは大会でベストをつくさねば。

第一の目的は優勝カップを中国にもちかえることだ。
Saiのことはそれからだ。

「それでは、初めてください」
Saiと対戦したことのあるものはそれぞれの思いを胸にひめつつ、
それぞれ、今回の大会にと集中してゆく。
対戦相手の中にすこしでも、かの存在のヒントが隠されているかもしれない。
そんなことを思いつつ。




「森下先生。四日間。審判長よろしくおねがいします」
「いやぁ。この大会は運営が大変でしょう」
「こうやってはじまってしまえば楽なんですけどね。選手が全員そろうまでが大変なんです。
  それぞれお国の事情がありますから。それでも私はこの大会が一番好きですよ。
  世界に囲碁が広まってゆく手ごたえを感じますから。苦労のしがいがあります」
「ん?」
「和谷!」
「先生」
「お弟子さん、ですか?」
「ええ。今日手伝いによんだんですよ」
「ん?なんて顔してんだ。おい。お前にきてもらったのはな。
  対局が終わっちまった外国人選手と空き時間にちょっとうってもらってやってほしいからだ。
  国際アマの上位クラスはお前でも歯がたたないが、下のほうはまだまだだ。
  せっかく日本にきたんだ。時間のゆるす限りきたえてやりたいじゃないか。なぁ。ははははは」
「こいつ。今年のプロ試験予選。三勝一敗でとおったんですがね。その一敗というのは塔矢先生の息子にやられたんですわ」
「ああ。塔矢明君。今年受験してるそうですね」
「おい。本戦ではまけるなよ」
「先生!」
「ん?」
「……すごく…すごく強いやつがいる」
「ん?だからあれだろ?塔矢ジュニア」
「そうじゃなくて。インターネットの中に!」
「インターネット?プロの誰かじゃないのか?」
「プロじゃないっすよ。手合いの日だっているんだから」
「じゃ、アマだろ。アマにだって強いやつはいる。今日うっている日本代表の島野なんか、
  プロと互角にわたりあうぞ?」
「もっとつよいっすっ!」
「?もっとってどれくらいだ?」
う。先生より強いんだよ、とはいえないし。
「ああ。もういい」
「しかし。最近はアマのレベルもあがってますからね」
「先生。とくかに一度そいつのこと」
「また今度きいてやるよ。今日は仕事だ」


「すいません。院生の和谷ですけど。
  こちらにインターネットができるパソコンがあったらかしてほしいんですけど」
「いいわよ。そこのノートパソコンつかって」
89年に発売されたノートパソコンは様々なメーカーが力をいれ大分軽量化がなされている。
「ちょっとお借りします」
そのまま慣れた手つきでサイトにロングインし、名簿をざっと確認する。
……いない。か
「どうもありがとうございました」
「ああ。そのままにしといていいわ」
「はい」
がちゃり。
彼が部屋をでてゆくとほぼ同時。
そのまま表示されていた画面に一つの名前が更新される。
ユーザー名、Sai。



Sai。
国際アマ、日本代表。
わかっているのはSaiは日本人。
だが、盤面をみるかぎり別人だ、というのがはっきりわかる。
Saiの強さはこのような生ぬるいものではいいあらわせない。
…でも、あれだけつよいと、Saiを探しているのは俺だけじゃないかもしれないな。
俺以外にもいるかもしれない。
もしかしたらこの会場にもSaiとうったやつが……

三者三様。
インターネットの世界WWgoに入会している存在達がおもうことは皆同じ。
Saiは誰か…というその事実。
何しろハンドルネームと日本から登録されている、ということしかわからない、のだから……




「まけました。…あなた、インターネットで碁をうちますか?」
「Sai、ですか?」
ざわっ。
「まさか、あなたがSai」
サイ。サイがきてるのか!?
会場がその声を小耳にはさみざわめきたつ。
「あなたがSaiだったんですね!?」
「いえ。違います。今朝。他の選手の方にも私がサイかと尋ねられたんです」
「では……」
「違います。サイとは何ものですか?」
「正体はわかりません」
「あなたは?」
「Saiと対局を?」
その会話をききつけこの場に数名の対局者…対戦がおわったものたちが集まってくる。
「ええ。とてもつよくて……何ものかしろうとチャットを試みたのですが拒否されました。
  この場にこられているのでは、と期待したていたのですが……」
「僕も一カ月前に対局したんですよ。僕程度じゃまるではがたちませんでした」
「私は対局したことはないが、観戦したことはあるよ。Saiはよくみるからね」
「私はSaiとうったわ。10日ほど前にね」
「この夏、突然あらわれてね。あまりに強いので噂はあっという間にひろがったよ。
  世界中から対局の申し込みがあるみたいだね。皆いってるよ。
  フーイズ、サイ。ってね」

「お静かに。まだ対局している人もいるんですよ?」

「いったい彼は何ものなんです?並みの打ち手じゃないですよ?」

「皆さん」
「どうしたんですか?」
「はぁ。インターネットがどうとか……」
「インターネット?そういえば和谷もそんなことをいってたなぁ」


「ん?何かあったんですか?」


「緒方先生」
「お久ぶりです。緒方先生」
「なんだ。知り合いだったのかね?島野と」
「ええ。以前名人の研究会にもよく顔をみせていたので。今日は激励です。
  明君もあとできますよ。ところで少々ざわついているようですが……」
「ええ。なんでもインターネットにすごく強い人がいるとかで。サイと名乗っているそうです」
「強い?…強い……」
「はじめまして。中国の李、です。Saiと打って中押しでまけました」
「では、プロの誰か?」
「違うとおもいます。Saiはよくあらわれるし、相手を選ばない。
  ブロがそんな暇なことをするでしょうか」
「韓国の金です。私は直接は知らないのですが。来日する前、友人のプロ棋士、尹七段から連絡をうけました。
  今、サイとうった。日本にいったらサイは誰かきいてきてほしい。絶対に日本のトップ棋士だから、と」
「いや。プロじゃないはずだ」
「でしたら!彼はいったい誰にまけたんです!今韓国でもっとも伸び盛りの彼が!」
「あの、すいません」
「こら、何だ、和谷」
「だって。Saiの話しっしょ。だまっていられないっすよ」
「なんだ。お前もうったのか」
「さっきいったじゃん。プロじゃないのに強いやつって。そいつっすよ。Saiって」
「そういえば……」
「彼は?」
「森下先生のお弟子さんですよ」
「どんなやつだ?」
「どんなやつ、っていわれても…始めて打ったのは一カ月前なんだけど……
  手筋とか、何というか。そのときは…秀策みたいなやつ、とおもって……」
「秀策?本因坊秀策、か」
「おれ、秀策の棋譜ならべるから何か似てるなって。それくらい強いって感じで……
  そのあと幾度も対局を観戦したんですけど。いやほんと、幾度も。
  あいつよくいるし……そんで、なんかすごいぞ、こいつって……
  そのうえ、なんか強くなってるんっす。まるで秀策が現代の定石を学んだみたいに」

よもや異り交ぜて試しでうってるとは誰も夢にもおもわない。

「ネットに潜む、本因坊秀策、か。是非対局してみたいものだな」

「どうかしたんですか?」
「塔矢君」
「あの、なんか会場の雰囲気が……」
「明君。インターネットで囲碁をやったことは?」
「関西のプロの方とやったことはありますが、何か?」
「ネットに強い棋士がいるらしいんだが、韓国のプロさえ負けたらしいんだ」
「ネットの強い人……」
「名前はサイというそうだ」
「サイ……」


「みなさん。これでネットができますよ」
「サイがいるかもしれない。君にみてほしいね」
「…いた!」
ざわ。
その言葉とどうじ、対戦のおわったものは、いっきにノートパソコンの前にとやってくる。
それほどまでに、Saiのもたらしている成果は…世界規模にて果てしない。
が、当事者は当然、まったくもってその事実に気づいていないのも、また事実……



「昼間に二時間、夜に二時間と分けてはいってるけど、時間帯によってはいってる国がそれぞれ違うな。
  まあ、時差を考えれば当然ともいえるけど」
(しかし、ヒカル。日替わり、というのも面白いですねぇ)
「交互より日替わりのほうが検討するのも面白そうだし。……あれ?akira?」
(?ヒカル?)
「いや、あの子もたしか塔矢明って名だったな。とおもって。
  容赦なく一刀両断したのち、大会で出会ってからみてないし」
なんかふっきれたのか、自分が変装もどきをして中学の囲碁大会に参加してのち、
このたびのプロ試験をうけるだの何だのと噂を白川が行う教室にて聞いている。
「…パソコンを通じて相手側を【視る】のは結構力使うしな~」
(というか出来ることが私からすればとてつもないとおもいます)
「なんかでも勘があの子っていってるし。…試してみるか。佐偽。ちょっと今度は俺がうつな」
(ヒカル?あなた、もしかして……)
「相手がのってくるかどうかはわからないけどな」


ざわ。
「Saiが…対局を…申し込んできた!?」
会場がその事実にざわめき立つ。


「ここまではあのときと同じようにうってきてるな~。やっぱこれってあの子かな?」
(可能性は高いですね。ヒカル。このまま打ち続けるのですか?)
「あれから伸びたかみてみたいし。…あ、また同じ場所にうってきてる。
  …今度はここから指導にしてみるかな?」
(あのときは、容赦しませんでしたからねぇ……)


「あれ?投了?」

「明くん。なぜ投了を?」
「このまま打ち続けても大会に支障をきたしかねません。日を改めて再戦を申し入れます」

「?日を改めて再戦?…え~と。手習いがないのは…」
「九月七日。日曜日。午後九時から。と」
小学五年の身とはいえ、いまだにいくつかの習いごとはやっている。
六年になれば、夜間学校に塾感覚でかよってみたい、とはおもっているのだが。
何しろ学校を卒業したという証明がなければとれない資格も多々とある。
夜間学校の場合はそこそこに年齢制限がない場所がかなりある。
もっとも、幼い子がそこに入学する、という考えを滅多に抱かない、というのもあるだろうが……
夏休みの期間中は普通に今のスタイルで通しぬきたい。
それゆえの提案。
何しろ昼間も夜も自由になれるなどめったにないこと。
まあ、そもそも習いごとなどが今現在ある程度ひと段落しているがゆえに自由がきく、というのもあるのだが。
すこしばかり回線に意識をむけて、今現在繋がっている場所を透視することしばし。


「・・・・・・・・・・・・・あ。そういえば、今世界アマチュア大会がはじまってるんだっけ?
  せっかくだし…ついでにこれもいれとくか」
ざっと相手の投了後、視てみたところ、どうやらいく人かの観戦人もいるらしい。
やはり対戦者は塔矢明で間違いなかったらしいが。
会場にてネットをしていることを不思議にもおもうが、しかしこれはあるいみ幸いといえば幸い。
ならば…
ぴっ。


八月末までは、午前九時から十時、夜間は九時から十時まではロングインする予定です。
…と。


ざわっ。
滅多にチャットに応じない、というかまずそのまま無視するであろう相手からの返信。
「これは本当にあのSaiなのか?」
「この対局の前の一局をみるかぎり」
「彼はチヤットを拒否してるんじやなかったのか?」
何やらそんな会話もきこえてくるが。
和谷からしてみれば、自分は幾度かチャットに答えてもらっているので何ともいえない。
しかしどうやらこの場にいるものたちはチャットをことごとく拒否されているらしい。
「…あのぉ?俺のときにはこいつチャット応じてきましたけど?」
「「何だと!?」」
「まあ、ほとんどが検討というか指摘でしたけど……」
「もしかして…日本人だから日本語にのみおうじてる?」
「ということは、Saiは日本語以外はできないのか?」
ざわざわ。
しばしその場にて何ともいえないざわめきが別にとわき起こってゆく……






「進藤さんのおかげで部としては認められたけど。あれからなかなか人員がふえなくてね」
何やらそんな弱気なことをいってくる。
「だけど、なんで今回はバレテないんだろう?」
そりゃ、ちょこっと相手の記憶などを多少なりともいじったし。
心でそうはおもうが口にはださず。
「夏の大会で海王を差し置いて優勝したからね~。まあ、二人ともあまり顔はだせないけど。
  時間があるときはだすようにするし」
まあ、そのうちの一人は変装しているヒカルなのだが。
それはそれ。
「しかし、あの二人。進藤さんの知り合いってことだけど……」
「まあ、親戚?」
というか当人なのであるいみ親族というのはうそではない。
佐偽を具現化させて、自分もまたちょっとした幻の術の応用で姿を変えて挑んだ夏の囲碁大会。
春の大会において、何でも大会に優勝できれば部ととしてみとめてもいい、と学校からお墨付きをもらったとか。
ゆえに、たまたま訪れていた文化祭にて流れ的にではあるが、大会に参加することとなり、
そのときはヒカルが変装していなかったので、
小学生、しかも五年の女の子、というのが近所の人の指摘でばれ、
そのまま失格になってしまったのだが。
次の大会のときはそのようなことはせずに、それぞれが変装して参加したがゆえに問題はおこっていない。
ちょっぴし他人の感情にたいし、疑念を抱かせないような術をほどこしていたのはいわゆる御愛嬌。
「大会は、六月、八月、十月の三回、か。次はなら十月?」
「そうなるね」
「とりあえずは部員の確保とあとは来年度以降の人員、かな?」
パチパチ。
しずかに碁を打つ音のみが鳴り響く。
葉瀬中の理科室。
そこにあるのは碁盤が一つ。
「今、ちょっとした話しがきて、Wingの開発制作にかかわってるからどうなるか」
「ああ。有志がつどって創るとかいう、ネット碁の?」
「ええ。自分が東芝にJAWA使用のソフトの提供をしていることをしっている大学院生の知り合いが。
  どうしても手つだってほしい、といわれて。とりあえず機会というかサーバーとなる代物は
  夏休みの工作がてらにつくったのであとは彼ら次第ではあるんですけどね」
有志同士でWWgoだけでなく、誰でも自由に参加できるものを。
という目論見らしいが。
もっとも、ヒカルはあまり関心がないが、ヒカルが夏休みの工作として提出した機械構成の設計図等。
それらはいまだに様々な企業から問い合わせが殺到している。
面倒なので一定の金額を払えばどこにでも提供する、ということに今現在はおちついたが。
ヒカルのあるいみ功績で今現在、
様々なメーカーがこぞって最新版なるパソコンを作り上げていることは知る人ぞ知っている。
「とりあえず。素人でもわかりやすい入門ソフトはすでに作り上げて提供してますけど」
ヒカル曰くの入門ソフトはあるいみ、それをこなせばかなりの腕になる代物なのだが。
いかんせん、基準が基準であるがゆえにそのことにすらヒカル達は気づいていない……






「お父さん。この夏におこなわれる、囲碁の試験うけてもい~い?」
それは唐突。
「囲碁の?別にかまわんだろ。また資格か?」
「うん」
今現在はいまだに11歳であるが、この九月で十二となる。
季節はめぐり、ヒカルも今では小学六年生。
どちらかといえば小学生のときのほうがかなり自由がきく。
それゆえの判断。
「しかし。最近お前も収入がある程度あるからといって、お父さんたちに頼らないのはいいことかもしれないが。
  しかし、子供にたよられない、というのもさみしいものがあるぞ?」
気づけばいくつか特許を獲得し、何もしなくても自然といまだに子供であるはずのヒカルのもとには収入が増えている。
はっきりいって最近では、両親の収入より多くなってきているのも事実。
ヒカルはそれらの収入のある程度は寄付などに匿名、という形でまわしているのだが。
もしくは海外にむけての援助寄付など。
結局、院生になるかならないか迷ったが、いきつけの囲碁教室の先生にそれとなくきいてはみた。
おそらくは、まちがいなく院生になるより試験をうけるようにいわれる。
といわれ、まあどちらにしても相手を引き上げるという行為はネットでもしているので、
まあ無難に普通に試験をうけるか、という結論にいたったのはついこの間。
「でもお父さんもお母さんも忙しいし。ならとりあえず受けてもいいってことだよね。
  じゃ、ここにサインちょうだい!」
「・・・・・・・・・・・・って、もう申込書をやっぱりもってかえってたか……」
これまでも、試験をうけてみたい、といわれて許可をだせばどうやらすでに申込書は手元にもっているらしく、
その日のうちにと許可をとり、そのまま試験をうけるということをたびたびしている。
ゆえに父としてももはや慣れたもの。
小学六年にあがり、最近では様々な中学から推薦入学しませんか?
というおよびがかかってきているらしいのだが。
何しろ昼間は両親とも共働きでだれもいず、ゆえにどちらかといえば祖父母の家にと電話がいっているこの現状。
祖父である平八達は全ては孫の気持ちにまかせています、といって返事をかえしているらしい。
「まあ、お前もいろいろと忙しいみたいだから、あまり無理はするなよ?」
「うん。わかってる」
なかなか滅多に一緒にいられない我が子。
気づけばいつのまにか手の届かないような場所にいっているようなきもしなくもない。
しかし基本的に光は優しい。
両親にたえず心配をかけまい、と努力しているのは傍目にもわかる。
自分達が常に傍にいない、というのを自覚しているがゆえに、彼女に自由にさせている、といっても過言でない。





必要なのは、願書。
戸籍廟本と住民票。
そして履歴書は一応すでに作成済み。
今現在、ある程度通じるであろう資格のみを一応は記入しておいた。
健康診断は学校の都合でお休みの日にあわせ、病院に予約してすでにうける予定になっている。
「棋譜…かぁ。佐偽。これどうするかな~。やっぱり普通の対局のほうがいいかな?」
(まあ、ほとんどネット碁ですからね。…私とうったやつでいいのでは?)
「まあ、ぶっちゃけ一人碁みたいなものなんだけどね……」
(それは仕方ないですけど)
どちらにしても、それぞれの互いのウチスジから全てが同じなのだからそれはそれで仕方がない。
それでもヒカルのほうが勝率が高いのは一重に経験してきていた人生の差、というものがあるのであろう。

「あ。和谷!和谷じゃないか。それに伊角さんも」
ふと聞き覚えのある声にそちらを振り向く。
「進藤!不合格したら承知しないからな!」
「あはは。ありがとう。河合さん。まあ頑張ってみるよ」
棋院の前にてとまったタクシーから降りてきた一人の子供。
その運転席から何やら怒号らしきものがとんでいるのがみてとれる。
「あれ?進藤?…お前、何タクシーできてんだよ……」
とある場所にて時折よくであう子供。
初めて会った時は男の子だとおもったが、
ある日、振袖をきてやってきたのにびっくりしたのは記憶にあたらしい。
当人いわく、何でもどこぞのセレモニーに呼ばれた帰りに気分なおしによってみたとかいっていたが。
「河合さんが、試験受けることをどこからか聞きつけて、送り迎えするってきかなかったんだよ」
それは事実。
(最近は何かと物騒ですからね。河合殿も心配なんですよ)
(それはわかってるけどさ)
心の中でそんな会話を佐偽とかわす。
自分同士の会話、といえ、簡単にいえば二重人格のようなもの。
何しろ魂は同一ゆえに思ったりすることもまた同一。
多少なりとも経験の差ゆえか光の精神のほうが大人びていることは仕方ないにしろ。
「…ってまて!お前もうけるんかいっ!」
「…うわ~。一つの枠、もしかしてうまる?」
幾度か手合わせしているからこそ、目の前の子供の棋力はそれとなくとはいえ把握している。
つかみどころがない、というのが正解か。
和谷曰く、絶対にネットのSaiとかかわりがある!
とにらんでいる人物。
そもそも、あの場所は和谷がネットでSaiに対価としてきかれ教えた場所。
自分が教えた数日後から彼女はその場所によく出入りしている。
Saiとの対局の後に、ダメモトで検討をお願いしてみたところ、
時間が差し迫っているので気づいた事項をメールでもいいか、ととわれ。
即座に了解したところ、圧縮ファイルでかなりの量の棋譜がおくられてきた。
曰く、うってみて彼の棋力にあわせてつくってみたとか何とか。
それをみたときには唖然としたものなのだが。
そのときの対価というのが、どこかに強い人達が集まるような碁が打てる場所はないか、ということ。
彼の知る限りの場所でいい、というので伊角よりきいた場所をメールにて教えたのだが……
本気をだしても目の前のこの子供に一度とてかてたことがないのだから仕方ない。
しかも目の前のこの子供は院生でも何でもなく、しかもどこにも師事をうけているわけでもない。
まあ、少し調べてみたらまあでてくるでてくる、目の前の子供の異常性。
天才という言葉はまさにこの子のためにあるのでは?というような偉業をいくつもなしとげていたりするこの子供。
「お前ならわざわざ碁のプロにならなくても他にも十分に就職先あるんじゃないのか?」
それは本音。
「和谷。どうせなら好きな職業につくのがいいよ。他はまあ頼まれ次第かなぁ?」
「…進藤さん。他の対局相手、手加減してあげてね?」
「一応、気づかれないように指導碁をめざしてる!」
「ってきっちりはっきりいいきるなっ!!」
…おもわず叫ぶ、和谷の気持ちは…おそらく、この会話をきいているものがいれば、誰もが同意するところだろう。
何しろ彼女とうっていて自分の棋力が目にみえて向上していっているのを自覚しているがゆえのこの台詞。
仲間うちでいきなり棋力があがりはじめた彼らをいぶかしみ、
ずるずると進藤光、という少女を紹介するはめになったのもまた記憶にあたらしい。
そのせいなのか、時折院生の手合い日によく彼女は顔をだすようになっている。
噂では、一局うった篠田師範代もまた負けたという話しをきいたことがある。
嘘かまことかわからないが、何かものすっごく信憑性が高いようでいてかなり怖い。
もっとも、たまたま出向いていた光を普通の院生だとあなどり、一局相手を願った相手に対し、
ほぼ一刀両断にて切り捨てたこともしていたりするのだが……
「…こ、今年も実質の枠は二つ…か」
「去年は塔矢明の独断場だったからな~」
ヒカルに一刀両断されたときにいわれた台詞と、光がそののちにみせた大会での棋力。
自分はたしかに大会などといった空気になれてもおらず、またそのせいで気迫が足りないのかもしれない。
そうおもいたち、ブロ試験を受けることに決めたのは知る人ぞしっている事実。
まあ、今年の春より入段し、ゆえにかなり大人の世界でもまれている最中、ではあるのだが……
どうやら光のもくろみどおりの勝負強さ、というものはいまだもってあまり産まれていないらしい。

「本当は院生上位八人は予選うけなくてもいいのに、わざわざ受けるなんて、和谷達もかわってるよな」
それは本音。
始めのころは猫をかぶっていたが、それなりに付き合いがすすむにつれ普段の口調で話している今日この頃。
(和谷達曰く、対局を重ねる手段の一つとはいってましたけどね)
そんな会話をしつつ、棋院の中のロビーにてひとまず一休み。
「それはそうと……」
何やらさっきからものすごい年輩の大人がやってきてるような気がする。
それはもうひしひしと。


外よりきこえてくるバイクの音。
「か~。ったく、夏はたまったもんじゃないな」
何やら毛むくじゃらの男性がそんなことをいいつつはいってきているのが目にとまる。
(ヒカル…あの人もまさか受験者…なんですか?なんか…)
「熊を一瞬連想したけど。そういえば、今現在は30歳まで受験資格があるってなってたっけ」
元院生だった人もいれば、アマの大会で活躍しているものもいる。
「さて。と。いくか」



「なんだ。お前!その態度は!人が声かけてるのに無視しやがって!」
(うわ~。もののみごとに男性ばかりですね~。女性が少ない……)
「囲碁は女性も男性もないんだけどなぁ。なんかほとんど女性は女流試験うけるからかもしれないけど」
(昔は男女とわずたしなみの一つだったんですけどね~)
「だよなぁ。でもさ。江戸時代もなんか女性も碁から離れてたし。どうにか普及は広めたつもりだけど……」
何やらわめいている男の声が周囲に響き渡っているが、まったく無視し、そんな会話をしているヒカル達。
「あんた。静かにしたら?みんなの迷惑だよ」
「おい。俺はな。お前どっからきたんだってきいただけだぞ?」
「試験の前だもの。話す気分じゃなかったんだよ」
「俺がわるいってのかよ?だったらいいようがあるだろうがよ!礼儀もしらないやつが棋士になれっかよ。バカ」
「誰だよ。騒いでるの」
「うるさいなぁ」
「あの人、受験生?」
(礼儀とかいってますけど大声だす事態が礼儀知らずですよね)
「だよな。ま、いくか」


「あ。進藤さん!さっき和谷君達にきいてびっくりしたよ!」
「あ。フク。久しぶり」
(おひさしぶりです)
声をだしている佐偽であるが、ヒカルが周囲に声をきこえるようにしていない以上、佐偽の声はきこえない。
「あと、20分か……」
横のほうでは何やらしずんでいる男性の姿もみてとれる。
「僕ね。去年初日。塔矢君とやったんだよ?」
「塔矢?そういえばなんか去年うけたらしいね。プロ試験」
何よくわからない理屈で。
「その日の昼休み。塔矢君にはなしかけてね。なのに和谷君ったらうるさいっていったんだ。
  変でしょ?」
「何かやってたんじゃないの?」
「・・・そういえば、何かみてたような?」
みていたのは、光ことsaiから送られてきたシドウゴの棋譜。
「そろそろ時間かな。でも今年もまた一つ枠がなくなってるよ~。
  うけるならうけるっておしえててよ」
「小学校のときのほうが何かと都合がつくかな、とおもってね。今のところ習いごともひと段落してるし」
「…あいかわらずいろいろとならってるよね…さてと。いこっか」
「だね」



「では、組み合わせの抽選を行いますので呼ばれた人から出てきてください。片桐さん」


「はい」
「ここでクジを引いてください」
「村山さん」
ずらりとならんでいる予選参加しゃ達。
先ほどのけむくじゃらの男性はなぜかとなりにいたりする。
「椿さん」
「は~い!はいはいはい」
「もう。なんなの。あの男。さっきから大声だして。皆を動揺させようっての?
  対局がはじまってもまさかさわぐんじゃないでしょうね」
「まさかそれはないんじゃないの?名瀬」
あまりにうるさければ黙らせる手段は多々とある。
それも人に知られないようにする術をいくつもヒカルはもっている。
「進藤さん」
「あ。はい」
一人一人名を呼ばれ、そのままクジをひいてゆく。

「萩野さん。14番」
「進藤さん。21番です」

「それでは、席についてください。一番のひとが一番向こうの席。順に二番、三番、と」

「最低な相手ね。ヒカルはかわいいから襲われないようにしなさいよ」
後ろになった名瀬明日美がそんなことをいってくる。


「それでは、対局時計を持ち時間は各40分 40秒の秒読み。秒読み時計使用となります。
  5総互先 先番6 目半コミ出しルール・・・」


は~。
式神の報告によればバイクで対局相手はどこかにいったらしい。
…暇……
「佐偽。目隠し碁をするぞ」
(はいっ♪)
「エンラ達は全員の棋譜を」
『……こういう場での我らの使い方、絶対に間違ってるとおもうんですけど…主…』
何やら式神達からそんな声がきこえてくるがあえてむし。
こういうときにつかわなくてどういうときにつかえというのやら。
「さてと。なら、いくか」
(目隠し碁は久しぶりですね)
「といっても家でうってるのとあまりかわらないとおもうけど。碁盤がないだけで」
(たしかに)
脳内で会話をかわしているヒカル達の声は当然周囲にはきこえない。


…ちょこっとやりすぎたかな?
(いい薬だとはおもいますけどね……)
ようやくもどってきた相手にとりあえず、待たされたのもありとりあえず手加減なしにしばしの打ち込み。
何やら目の前の男性がかなり震えているような気もしなくもない。
それでもすぐに終局にならないように手加減なしで、それでも一応指導碁もどきにしているのだが。


「去年は塔矢明とうってみて、次元が違うっておもったけど。
  サラブレットってか?しかし、和谷達がいってた子って、どうみても普通の子じゃん?」
話題には時折のぼっている。
曰く、強い子供がいる、と。
棋譜を並べてみたこともあるが、どちらにしても指導碁の棋譜。
圧倒的なまでの棋譜はさすがに見せられるものではない。
「あ。ヒカル!」
「あ。明日美。調子は?」
「ヒカルのすがたみたらふっきれたわ!というか本当にうけたんだね。
  あ、この間の手伝いありがと!おかげで入稿にまにあったわ!」
「それはよかった。周囲にああいったの描いてる人っていないし。趣味の一環が役立ってなにより」
「でも、ヒカルからもらった、あの御絵描きソフトのプログラム!ものすっごい使いやすいわっ!
  パソコンで全ての色付けから下描きまで、全部できるなんて!」
「明日美にはつかってみての感想聞きたいだけだし。不都合なかったらいつものように発表するか。
  それとも、最近はネット上に結構無料サイトとかがのぼってきたからそこかりて、
  誰でも購入できるように無料ダウンロードコーナー設けるか悩んでるんだけどね」
何やら今は碁の試験。
しかも、プロ試験予選というのに別なことでもりあがっているような気がするのは
おそらくその場にいる誰もが気のせいではないであろう。
「ヒカルが描いてるっていう、あの漫画も面白いとおもうんだけどな~」
「あはは。あれ、登場人物がちょっとした遊び心でことごとく実際にいる人達参考にしてるからね。
  だからあれに明日美もでてきてたでしょ?」
「ちらっとだけどね。同人で売る心構えできない?」
「やるとしてもさ。人権問題とかあるとおもうんだよね。
  あっち関係の人は名前が知れ渡るのはいいことだから、
  ご自由に、と許可くれてるけど。さすがにこっち側の人達はね~」
そこまでいってため息ひとつ。
「とりあえず、試験をうけてから、それから棋院に話ししてみよっかな~って。
  ものはためしに読み切り描いてみてるのがあるから、それを投稿してみよっかなとかおもってるし」
「よみきり!?みたい!おわってからよってもいい?」
「別にいいけど」
「ついでにまた指導碁おねがいっ!」
当人同士が女性同士とわかっているがゆえに苦笑せざるをえない。
しかし、それはヒカルのことをしっているものがみた台詞。
「おい。おまえら。少しは場をかんがえろよ……」
ため息まじりでいう和谷の台詞は、おそらく間違ってはいないであろう……
「そういえば、ヒカルの対局相手。なんかかたまってたわね」
昼休みの声がかかってもしばしその場からうごいていなかったのを明日美はみて知っている。
「…おまえ、手加減なくうったんじゃないか?」
おもわずじと目でそんなことをいってくる和谷。
「手加減はしてるよ。そもそも開始30分すぎて戻ってくる相手に対し、
  それでも手加減してるんだからいいとおもうんだけど」
本当ならば問答無用で一刀両断にもできるのだから。
「あいつ、うるさいし。一刀両断にして!」
「おいおい。初日から相手をくじけさせるような碁をうたさせる気かよ……」
できそうだからまたこわい。
というか実際にできるであろう。
確実に。
「とりあえず、ご飯たべてから、ならかるく指導碁うっとく?」
「うん。おねがい!」
「あ。いいな。名瀬。進藤さん。僕もいい?」
「いっしょでもいいよ?」
「……というか進藤。お前絶対saiとかかわりあるだろ…」
「秘密♪」
がくっ。
それでいつもかわされているのだからたまったものではない。
ヒカルが本気でうつようなことがあれば手筋からわかるだろうが。
しかし自分達ではどうも彼の本気を引き出すこともできはしない。
自分達の棋力ではそのうちすじに似通った場所を探すことすらできていない、のだから…



八月初めから始まったプロ棋士予選。
正確には冬季棋士採用試験外来予選。
対局日程は8 月6 日 (土) ・ 7 日 (日) ・ 20 日 (土) ・ 21 日 (日)の4 日間
予備日 8 月27 日(土)
対局時間 は1日3 局 1局目は9時30分開始
2局目。12 時30 分開始
3局目、15 時00 分開始
この時間帯において行われる。
持ち時間は各40分 40秒の秒読み で、秒読み時計使用となる。
5総互先 先番6 目半コミ出しルール。
成績が勝ち越し・同星は合同予選出場
負け越しは、外来予選落ちとなる。
30歳未満による棋譜審査合格者のみがこの場にて集っている。
本来ならば予選免除である和谷達ではあるが、
自分の棋力を伸ばしたい、とあえて普通の予選からまじっている。
というのも毎回、毎回歳下の光に勝てないがゆえ。
一局でもおおく打つことが向上につながる、と信じているがゆえのこの行動。
その行動をいぶかしる院生仲間もすくなくない。
ないが、光のことをしっているものは、さもありなん、とばかりにごくごく自然に納得しているのもまた事実。
この予選に合格したものが、九月に行われる、院生、外来合同予選にと進むことができ、
さらにそこにて合格したものが、十月より行われる棋士採用試験本戦にと挑むことが許される。
去年に続き、今年も参加していた者たちがおもうことは皆同じ。
去年は小学六年だ、という塔矢明に圧倒的なまでの力の差をみせつけられた。
そもそも、塔矢明にとっては子供が抱いている気迫は微々たるもの。
もっとも、大人の気迫になれていない、という欠点はあったにしろ。
今年は何やら前髪が金髪の染めているのか、はたまた地毛か。
まあどちらにしても、ぱっとみためどこかやんちゃにみえなくもない、ちょこっとかわいらしい男の子。
…とおもっていたのだが、どうやら女の子、であったらしい。
それは、友人らしき子供達の会話をきいて判明したのだが。
一局うってみて、とても打ちやすい。とおもった。
負けたはしたけど、いい碁がうてた、とそれぞれがおもった。
よもやそれがじつは指導碁だ、と気づいた参加者は一人もいない。
真実を知っている一部のものはともかくとして。
八月の前半と後半にわかれておこなわれるプロ試験外来予選。
それにうかったものが翌月行われる合同予選へとまわることができる。
全勝で合格したのはたったの一名。
しかし予選であるがゆえにまだその名はあまり広まってはいない。





『お~!ビューテフルヤマトナデシコ!』
何やら諸外国の人々よりそんな声がきこえてくるが。
「進藤さん。わざわざ着物きてこなくてもよかったのに……」
しかも振袖。
普段の姿に見慣れているがゆえに、そのギャップにとまどわずにはいられない。
「でも先生。国際大会なんでしょう?なら正装してくるのが礼儀、とおもいまして」
どちらにしても、通訳の手伝いとして借りだされた以上、きちんと正装してゆくのはこれ常識。
そもそも日本人の正装といえば古来より着物である。
今回の進行係りにえらばれたのは、定期的にお世話になっている白川であったらしく、
ヒカルが様々な語学に通じている、ときいていたがゆえにその話しがまわってきた。
小さな女の子がしかも着物姿。
さらにいえばごくごく流暢に翻訳するのだからして、海外のアマ棋士達の注目をあつめるのはしごく当然なる理。
もっとも、着物姿でいけば
会場の設備準備などといった面倒なことをおしつけられないだろう、という目論見もあるのだが。
紹介のときに、通訳係りとして紹介されたヒカルはまたたくまに海外よりの客人達の注目をあつめた。
さすがに子供ながらに様々な語学に通じていることにあるものは感嘆し、
あるものは自己嫌悪に陥っていたりするのだが。
翻訳の仕事がないときの時間は、手があいていれば対局の終わった選手などに指導碁を施す。
そもそも、ヒカルとて外来予選は突破している。
ゆえに指導碁をまかせられても不思議ではない。
もっとも、ヒカルの底力を知る白川などは内心かなりひやひやしていたりするのだが。
ついうっかりで一刀両断にしかねないほどの棋力を秘めている、と目しているがゆえにそれはそれで仕方がない。
何やら一局がおわり、それぞれ暇になった選手達がこぞって指導を求めてきたが。
他面打ちでもよければ、といってあっさりとうけるヒカルもヒカルといえよう。
まるで光で指し示すがごとくの指導碁。
このような指導碁はいまだかつてうってもらったことがない。
否、幾度かこのような指導碁をめにしたものも幾人かはいる。
しかし、この場にいる誰もが不思議とヒカルにその疑問をぶつけようとしない。
昨年、saiのことで会場が騒ぎになったと和谷よりきいていたがゆえに、
自己紹介のときにちょっぴり言葉に力をのせ、言霊としてはなっている。
会場そのものにかけられたそれらは、この場にいる人々に無意識ながらも作用し、
ゆえにこのたびはさほどsaiのことで光がこの会場にやってきてからは騒ぎになってはいない。
もっとも、それはこの会場の中だけのことであり、一歩外にでると思いだしたかのように、
それぞれが情報交換などにはしっていたりするのだが。

「……は~。すざましいですね」
おもわずそんな感想がもれてしまう。
「プロじゃない!?冗談でしょう!?」
ものすごく丁寧に、しかも他面打ちにもかかわらず、判りやすいように導いてゆく碁。
そのような指導碁をうてるものが、プロではない、というその事実。
「日本のレベルはそこまでいつのまにかあがってるのか!?」
何やらそんな声もきこえてくるが。
彼女だけが特別だ、と声を大にしていいたいのが本音。
そもそも、この場にいるのは各国の代表者。
それらがたとえアマチュアだとしても、彼らのレベルはあるいみプロと並びたつところにまできている。
中にはおそらくそこいらの棋士よりもレベルが上であろう。
いつのまにやら彼女に指導碁をうってもらいたい人々が殺到し、
逆に別の仕事。
すなわち整理券配りまでがはじまっていたりする。
「…白川先生、あの子もプロ試験をうけるんですよね?」
進行にあたっていた別の棋士がそんなことをぽそりともらす。
「予選は通りましたからね。彼女は。次は合同予選がありますが」
「あのこってたしか、たびたび新聞の紙面をにぎわす例の天才少女、ですよね?」
「……天はにぶつをあたえず、というけど絶対に違うよな……」
ぼそりとつぶやく大人達の心情は…まあ、判らなくは…ない……



「白斗。ありがと」
『もうなれましたし』
「あはは」
まあいつも足代わりにしているのは事実。
この世界で一番無難なのでいつも白斗に足代わりを頼んでいるのも事実なので何ともいえない。
「さてと。陰影をといて…と」
(しかし、今日から16日間、ですか)
「本戦だからな~」
対局日程 10 月1 日(土) ・ 2 日(日)・8 日(土)・9 日(日)・15 土)・16 日(日)
22 日(土) ・23 日(日)・29 日(土)・30 日(日)・11 月5 日(土)
6 日(日)・12 日(土)・13 日(日)・19 日(土)・20 日(日)
・・・15 日間+予備日の16日間。
『というか、主は跳べば簡単だとおもうんですけどね…』
たしかに『徴』をつけているがゆえに自由に移動は可能。
伊達に空間を渡れるわけではない。
「でも、白斗達にのって移動するほうが好きだし」
とくに風を感じられるので自分が生きている、という実感がもてる。
そこそこの世界にそれぞれの自然の匂いがあり、それを感じるのがとても好ましい。
「目標は一目半にして。……ペア指導にしてみるかな?今回は……」
一度目の予選のときは自分がおこなった。
二度目の合同予選は午前と午後、そして最後はジャンケンで決めたというヒカル達。
まあどちらがうってもまったくおなじ棋力なのでそれはそれでまったくもって問題はないといえば問題ないが。
合同予選も多少いろいろとありはしたものの、普通に本戦に進んでいるヒカル達。
もっとも、ヒカルに反発した幾人かの受験生達はことごとく自分の碁がうてず、
そのまま自滅していっていたりもするのだが。
いかんせん、ヒカルがうっている碁はまさしく、導きの碁ともいえるべきもの。
自然に自分の打つ場所がわかるような碁というものがあるものか。
と対局した相手達はおそらく口をそろえていいたいであろう。
するするとどこにうてばいいのかわかるご。
しかも、自分の感性があからさまに刺激され高みに導かれていゆくような、そんな碁。
そんな碁を幾人、否、ネットをたしなむものはほとんどがしっている。
対局したものだからこそわかる。
そのウチスジ。
ネットの中に存在している、正体不明の棋士『sai』。
しかし不思議とそれに対して問いつめる気すらおこらなかったのは、
いうまでもなく、光がそのように『力』をつかっているからなのだが。
当然のことながら、参加者達はそのようなことを知るよしも…ない……






                                -第?話へー

Home   Top   Back    Next



#####################################

あとがきもどき:
薫:ひとまず、この話し、打ち込み完了しているところはこのあたりです。
  ところどころ完全に中をうちこみしてないので突発イベント?のほうにupです。
  気が向いたらこの続きも打ち込みするとおもいますが、
  最近、ヒカさんのほうに気力がむいてないのでいつになるかは不明です……

2012年3月12日メモ打ち込み&6月12日(火)パソ編集

Home   Top   Back    Next