そのまま、とりあえず。
ヒスクライフさんと一緒に別の階段をのぼってゆく。

しばらく進むと、そこだけ何やらゴージャスな金張りの扉。
その扉にはどこかで見たようなくまに似たような動物の絵が描かれている。
マ…マスコットキャラクター?
なのかなぁ?
でも何か顔が妙に怖いし…
どちらかといえば、お化け屋敷の看板なみだ。
何かギズモ…というかグレムリンに何となく似てるようなきがする…これ……
モグワイの姿だったらかわいいのに。
そのまま、その扉をくぐり、中にと入ってゆくヒスライフさんとオレたち。


昼間みた男がどうやらルイ・ビロンという人らしい。
何か客ともめていた人がどうやらそうらしいけど。
あごの張った小男で、ハチの字の眉が同情を誘う顔つきだ。
だがしかし、その身に纏っているオーラはどす黒い。
今まで見た誰よりも。
しいていえば、シュトッフェルのにも似ていなくもないけど。
あれとはまた性質が違う。
こちらのほうがかなり性質が悪い。
「元気そうで何よりだ。ヒスクライフさん」
そういいながら、立ち上がる気配すらみせず。
ヒスクライフさんの後ろでフードにて頭を隠してサングラスをかけて、杖をついているオレをみて、
そんなことをいってくるルイ・ビロンとかいう人。
「ビロンさんもますます商売繁盛のご様子ですな。こちらは私の恩人です。
  まだお若いが、ひとかどの人物でわたくしなど遠く足元にも及ばぬほどに頭があがりませぬ。
  ぜひとも今回、ご意見を伺いたくこの交渉の場に同席を願いました」
ナイス…というか。
オレの名前すらいわずに相手にオレのことを説明しているヒスクライフさん。
「……いや、それより…何でイセエビ?」
だがしかし、オレの眼はルイ・ビロンがなでている物体に思わず釘付け。
「赤いってことは調理済みだよなぁ。……でも動いてるし……」
ゴージャスが椅子にと腰掛けている男はどうみても伊勢えび、としかいえない物体をなでている。
「……あ」
グレタの声に、ルイ・ビロンの後ろをみれば、そこには、ボディーガードらしき人物が三人ほど。
一人は昼間の仮面男だ。
「……あれ?」
だがしかし、近くでみるまでわかんなかったけど……
……この人にはその身を心配する気配がまとわりついている。
しかもオレのよく知っている気配だ。
強い想いは遠くに離れていても、互いに影響し、その痕跡を残す。
というのは、この十六年の生涯で理解しているつもりだ。
グウェンダルによく似ている黒に近い灰色の髪。
仮面の下から除く瞳の色も青。
その人物の後ろの壁にかけられた肖像画には、髪型は本人と同じなのに、顔だけは映画俳優並み。
という、何だかなぁ〜……というものが……
ちなみにその下にはご丁寧にプレートで『世界に名だたるルイ・ビロン氏』と書いてある。
う〜ん…何だかなぁ〜……伊勢えびといい……
「早速だがビロン氏」
たったままで話し始めるヒスクライフさん。
相手も立ち上がるどころか、こちらに席を勧める気もないらしい。
仮面の男性がオレをみて一瞬何かつぶやいているけど。
…えっと?
口の動きからして……ジュリア?
……何でジュリアさんの名前が??
母さんの名前ならわかるけど。
「本来ならば明朝に場を設ければよいところを、
  このような時刻にもかかわらずにこうしているのは理由がある。
  そちらの展開する商売を早急に改めてもらいたいのだ。そう。今すぐにでも。今夜からでもだ」
強い口調のヒスクライフさんに、
「どうも要旨が飲み込めませんなぁ」
「今まで幾度も申し上げたはずですが?とぼけるおつもりならありていにいおう。
  すでにこの地区の権利書をいかさま博打で取り上げた。というのは調べはついています。
  賭け事をするように、貴殿が仕向けられた、ということも。
  しかし、それは元の持ち主がうかつであったことも否めませぬ。それには追求はせずとすれども。
  だがビロン氏所有となってからの四ヶ月あまりで、この西地区はがらりと姿を変えた。
  品性にかける客が多くあつまり、店子との揉め事も後をたたぬとか。
  そればかりではない。南地区の権利保有者としてわが手のものに調査させたところ。
  倫理にも劣る商いまでも手広くおこなっているという」
ヒスクライフさんの口調がかなり上ずっている。
そりゃ、普通怒るよね。
でも、オレみたいに『ガ〜!!』とかいくのではなくて、あくまでも交渉しようとする姿勢が立派だ。
オレには多分間違いなく出来ないし。
「この眼で確かめたが。なるほど。部下の言葉通り。胸の悪くなる光景ですな。
  年端もいかぬものたちを酷使し、挙句は倫理にももとる行為まで行わせているとは。
  しかも、その利まで与えず搾取するとはっ!
  イカサマだけでなく、裏では通貨偽造、人身販売などをも行っているとか。
  これら全て証拠は挙がっておりますぞ。悔い改めぬのならば、証拠をもって。
  カヴァルケードの王政府に訴えますぞ」
「どうぞそうなさい。担当役人に幾人か知り合いがいる。よろしければ窓口として紹介しましょう。
  まったく、エヌロイ家のご当主じきじきのお出まし、というから他の予定をとりやめてお待ちすれば。
  何とも下らぬ偽善論ですか。用、というのがそれだけならさっさとお引取り願いたい。
  こちらとしても、忙しい身の上でね」
まったく悪びれた様子すらないし、こいつは。
「あのねっ!」
オレがたまりかねて叫ぶと、すっと手を横に伸ばしてオレを制してくるヒスクライフさん。
「忙しい?イカサマバクチを仕掛けておいて、さらには法石の産出がとまり。
  資金にくるしんでいる家畜を持たぬ気の毒なスヴェレラの民の年端もゆかぬ娘たちをだまし、
  狩りにいくので忙しいか。しかし残念でしたな。
  再三の申し入れにこのたび、スヴェレラの王は援助を受け取りました。
  それをうけて、すでに民に無償で家畜を提供する算段に我らとしても入っております。
  家畜がいれば少女たちも生活ができますからね」
そんなヒスクライフさんの言葉に。
「何を言い出すやら、さっぱりぽんですな」
……ぽん??
「何一つだましてはおりませんよ?
  この世界に名だたるルイ・ビロン氏がそのような人聞きの悪いことをするものですか。
  我々はきちんと保護者と契約書を交わし、双方話し合いの上で娘たちを預かったまで。
  それでも字がよめなかったから、ひどい。といわれても。こちらは説明しましたぞ?
  金を稼ぐ仕事だ…と。仕事のないスヴェレラの民に手を差し伸べるのが目的で、
  待遇などは問題外。すっかりぽんですよ。彼女らは少ないお金で働く貴重なものですからな。」
むかっ!
「ものだとぉ!?あんた!?それでも商売人か!?従業員は自分の身内も同じだろうがっ!」
オレの叫びに。
「これは心外な。かれらは使い捨てのこまのようなものですよ。
  使えなくなったら切り捨てる。仕事を与えているぶんましでしょう?」
「あ…あんたねぇ〜!!!」
「ユーリ殿!いけません。おちついて」
つかみかかろうとして前に出ようとするオレをヒスクライフさんが押しとどめる。
あなたが出て行ってはいけないと視線で訴えてくる。
「しかたありませぬな。
  ここまでいっても悔い改める気がないのなら、その権利書を手放してもらうほかはありますまい」
オレを制しながらヒスクライフさんがルイ・ビロンにいってるけど。
「ほう?どのような条件を提示するおつもりで?
  エヌロイ家の財産を積まれてもおゆずりする気はさっぱりぽん、ですが。
  金などこの先いくらでも稼げる。そんなありきたりのものではうごきませんよ?
  おお、そうだ。南地区の権利書を。というのであれば、あらかじめお断りしておきましょう。
  あんなつまらん風呂ばかりの土地はいりません」
「え!?温泉パラダイスはヒスクライフさんが経営していたの!?
  こんな時に何だけど、あの超際どい海パンはなんとかならないかなぁ?」
そんなオレの言葉に。
「おや?ご婦人方には好評なのですよ?」
にっこりといわれて思わずがっくりとなる。
「こ……ここの世界の人たちって……」
オレがそんなことをつぶやいていると。
バタンッ!!
後ろの扉から勢いよく開かれる。
「おお。これはウェラー卿に婚約者殿。それに村田殿も」
扉のほうをふりむき、何やらいっているヒスクライフさん。
と。
「ユーリッ!きさまっ!僕というものがあなりがらこっそり色町で遊びに興じようとはっ!!
  おまえときたらどこまで尻軽なんだっ!!」
何か胸ぐらをつかんで部屋に飛び込んできて、そんなとをいってくるヴォルフラムの姿。
「ユーリ。よかった。無事のようだね。グレタちゃんも。
  あいつらをまいておいかけたらユーリたちがいないしさぁ。
  で、ニルファやシーラに頼んで探してもらってたら…つかまったっていうじゃない?
  もうあせったよ。イズラさんに教えてもらって急いで向かったらウェラー卿たちと合流したんだけどさ」
ヴォルフラムをオレから話しつつ、パタパタトオレを触って怪我がないか確認して言ってくるアンリ。
アンリはフードではなくて、頭にバンダナを巻いて黒髪を隠していたりする。
「まったく。心配かけさせないでください。温泉治療にきて風邪なんかひかせたら。
  それこそギュンターに何をいわれるかわからない。
  猊下からお聞きしましたけど…まずは俺たちにも一言いってくれないと。
  グレタの為に人探しは結構ですけど」
いって、自分の上着というかコートをオレにとかけて言ってくるコンラッド。
「そういっても…さ。コンラッドは出かけてたし。ヴォルフは爆睡だったし」
そんなオレの言葉に。
「ともかく。ご無事でよかった。あちこち探し回りましたよ。
  今ここでは辻斬りもどきが出ているとか…という噂も聞きましたからね。
  グレタが守ってくれたのかな?」
コンラッドが言って、が笑みを浮かべてグレタの細い肩にと両手をおくと、
グレタは顔を輝かせて、コンラッドを見上げている。
う〜ん。
うちの義父もよくやってるよなぁ〜…アレ…
コンラッド、きっといいお父さんに将来なれるぞ?



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