果てしなく続く、風呂。風呂。風呂。
まるで温泉テーマパーク、といったところか。
近所のスーパー銭湯や、健康ランドとは規模が違う。
何十種類もの岩風呂が整然と並び、四方の入り口からは絶え間なく人が出入りしている。
ちなみに、どうやら見たところ全て混浴らしい。
「すげえっ……」
腰にタオルを巻いた格好で、思わず感嘆の声をあげるオレに。
「ユーリ。ユーリ。ここは水着着用だよ?はい」
にっこりとアンリが後ろからいってきて、何やら超ビキニTパック。
しかも、黄土色のお尻の部分に何でか燕尾服風の尻尾つき。
そんなものを手渡してくる。
「って!?また紐パン!?」
驚き叫ぶオレに。
「ここではこれが普通なんですって」
「……またか……」
にこやかなコンラッドの声に思わず脱力。
「ここは、まあ言ってみれば、温泉プールみたいなものだからねぇ。
  みんな同じ水着だから、恥ずかしくないってば」
「十分に恥ずかしいってば!」
アンリは恥ずかしくない…とでもいうのだろうか?
……まあ、この世界で昔、生きていたときの記憶がそうさせているのかもしれないが……
仕方なく水着を着用する。
女の子タイプのは、スクール水着。
もしくは、ビキニの軍団だ。
……なるほど。
温泉プール…ね。

「ほら。気をつけてください」
杖をプールにもっては入れないので、コンラッドがオレを支えてくれている。
少し力を入れると何かまたこけそうだ。
「ユーリ?そっちは美人の湯だぞ?それ以上美しくなってどうする?」
「嘘!?」
とりあえず、手近にある温泉プールに進もうとするオレにヴォルフラムの突っ込みが。
何か女の子たちがオレを指差して。

「かわいいのに、あのこ男の子!?」
「もったいないっ!女の子でもあの子は十分通用するわよねぇ」
「みて!黒髪よ!珍しいわね。しかも二人も!」
「本当!ってことは魔族か。さっすが美人!」

何かそんなことを口々にといっている人々の声が耳にと入ってくる……
何かいろんな意味で脱力してしまう。
「打ち身や捻挫用の湯はもっと先ですよ?」
オレに説明してくるコンラッドの言葉に。
「……あ。そ〜なの」
とりあえず、ひょこひょこと足に負担をかけないようにと、目的の温泉の場所まで進んでいく。

アンリが目立つから…と頭にタオルをまいといたら?
というので頭にはタオルを巻いた格好で。
……ま、確かに、二人も黒髪がいたら…目立つよね……


打ち身、捻挫の湯は刀傷用の温泉と隣り合っているらしく。
そちらにはこわもての叔父さんたち五人が口もきかずに湯につかっており。
これで背中に彫り物でもあったら、どこからどうみても、暴のつく商売の人。
といっても過言でないような男の人たちがそこにいる。
グレタなどは小さく声にならない叫びをあげて、オレにとすがりついてきていたり。
う〜ん。
だいぶ、このグレタ。
オレになれてきたようだ。
だって意味もなく怖がられたりするのってイヤだしね。
とりあえず。
ひとまず、打ち身用だという温泉にと浸かり、それから、いろいろとあるらしい温泉を堪能することに。
グレタは、なぜか熱も下がっている…というのにずっと浮かない顔だ。
何か心配事があるようだ。
まあ、そりゃ、こんな小さな女の子が一人で。
しかも、人間達が畏れているらしい魔族の国にとやってきたんだから、
何かそういった心配事とかない…というほうが不思議かもしれないが。
とりあえず、ひとしきり温泉を楽しんだ後。
味覚が勢ぞろい、というお食事ゾーンにて、コンラッドお勧めのクルダル料理を味わうことに。

油の乗った、アナゴの蒸し焼き…だとおもったら。
それはどうも昆虫らしい。
一瞬頭を抱えてしまう。
「……ま、まあ海外とかにもいろいろとあるしね……みみずとか…さ」
「やめろ。アンリ。ご飯が食べられなくなる」
思わず想像し、アンリの言葉に吐きそうになってしまう。
「そういえば。昔はねぇ。ここの人間達って。長命な種族を捕らえては心臓をえぐって。
  そして生で食べてたりしたんだよ?何かさ。
  人の生き血で永遠の若さを求めたカーミラ夫人みたいだよね」
「だ・か・らぁ!食事中にそんな話はやめろってば!!」
そんなオレの言葉に。
「そう?食文化を知るのもいい。と思ったけど?」
「知らなくていいです。
そんなアンリとオレの会話の最中。
ふと思い出したかのように、またまたアンリが。
「そういえば。かわっている。といえば、一見巨大なテントウムシやカブトムシ。
  クワガタといったような昆虫の蒸し焼きもここにはいるよ〜?」
・・・・・・・・
「だぁぁ〜アンリっ!!」
思わず気分が悪くなり、手が止まってしまうオレの手元にある食事を、みればアンリがつついている。
そして。
「食べないんだったらちょうだいね♪」
とかいってるし。
「お〜ま〜え〜はぁぁ!!」
どうやら、オレの食欲を削いでくる作戦だったようだ。
……アンリ…おまえ、みみっちいぞ?……
アンリは好きな食べ物とか、おいしい食べ物…よくそういえば…昔からこの手…使ってくるよな……
以前などは、いきなり映画のゾンビの話をされて。
おもいっきり食欲がなくなってしまい。
アンリに全部食べられた経験をもってたりするしなぁ…オレ……
そんな言い合いをしながらも。
ひとまず、オレたちは食事を堪能してゆく。


宿では隣り合う部屋を二つとり。
オレとなぜかヴォルフラムが同室で。
コンラッドとアンリとグレタが同室。
という各自ツインの部屋。
コンラッド曰く、何かあったらすぐに動けるように自分はソファーでいいから。
とのこと。
せっかくの温泉なんだから、リラックスすればいいのに……
一言目にはオレの身の安全が第一ですから。
ときたもんだ。
宿は結構いい場所なのか、はたまたさすがに歓楽郷というべきか。
ツインベットだけでなく、ちょっとしたバスルームとトイレつき。
さらには、部屋も1DKではなくて2DKはあったりする。
それゆえに、ちょっと大きめのソファーなども完備されていたりする。

スピー……
「…お〜い?」
宿に戻り、かるく再び食事をして、宿に備え付けの風呂にと入る。
風呂からでてみれび、ヴォルフラムはお酒を飲んだせいか、あっというまにすでに爆睡中。
いくら何でも夜の九時に睡眠…って…早くない?
せっかく歓楽郷にときてるのに。
どうりで、とっととヴォルフラムは寝巻きに着替えていたわけだ。
「普通さぁ?温泉地にきたら、夜遊びって基本じゃあ?卓球とか。輪投げとかさぁ」
そういうオレの横のベットでは、スピスピとヴォルフラムはお休みタイム。
う〜ん…ま、しょうがないか…八十二歳だし……
しょうがない。
アンリでも誘ってみるか。
そんなことを思っていると。
トントン。
ん?
カチャリ。
部屋の扉が数回、ノックされ、コンラッドが部屋の中を覗いてくる。
「?どうしたの?ヴォルフはもう寝てるよ?」
そんなコンラッドにと話しかけるオレに対し。
「ちょっと出かけてきます」
そういって。
「いいですか?くれぐれも。お一人でお出かけになどならないように」
そんなことを言ってくるし。
「…?出かけてくるって…どこ行くの?」
「ちょっと野暮用ですよ。というか、知り合いがいますので、遅くなりましたが渡すものがあるんですよ」
??
「渡すもの?」
「退職金です」
「…は?退職…金?って……」
オレの当然の疑問視するつぶやきに。
「グレタは寝ています。猊下に頼んでありますから。では」
いって、扉を閉めて、外へとお出かけするコンラッドの足音が聞こえてくる。
う〜ん…つうか…退職金って……
誰か会社とかでも辞めた人でもいるのかな?
それでもって何か預かってた…とか?
もしくは、軍隊辞めた人??
ま、何はともあれ、とりあえず。
大人しくしていろ。
とは言われたけど、別に危険なところにいかなきゃ問題ないでしょう。
きちんと服をきて、フード付きマントをも羽織る。
念のため、サングラスをポケットにといれて、杖をもって部屋の外にと出る。
だってまだ九時過ぎだし。
オレの家の規則では、十五歳以上は許可のない外泊は禁止だけど。
同年齢以上の門限は十一時だ。
まあ、兄貴の場合はよくゲーム購入などで徹夜は当たり前だけど。
そのときでもきちんと報告はしているし。
只今の時刻。
オレの腕時計は午後九時三十二分をさしている。
軽く射的程度なら楽しめるはずだ。
幸いサイフに小銭は持たせてもらってるし。
そのまま、部屋を出るのと同時。
「…あれ?」
ほとんど同時に開かれた隣室のドアから着膨れた少女がしのび足で出てきている。
「だからまってって…って!?あっ!ユーリ!」
そんなグレタの後ろからアンリの姿が。
え…えっとぉ?
「トイレ?じゃないよな?一応部屋にはバス・トイレ付きだし。もしかして逃げようとしたとか?」
オレの言葉に無言で首を横にふるグレタ。
「それがさぁ。夜は危ないっていっても人を見かけた。っていって聞かないんだ。
  何でも人を探すっていって」
アンリがいいつつ、両手を肩の下のあたりまで上げて首を横にふる。
「人探しぃ!?こんな夜に?!というか、こんな観光地に知り合いが?
   あ、もしかして君ってここに住んでた子?ここの場所で育ったの?」
ならば、この子を両親の元に送り届けられるっ!
と心の中でガッツポーズをするオレとは対象的に。
「違う。でもみた。渡すものがある」
感情を押し殺したような声でグレタがいってくる。
「…この調子でさぁ〜……」
どうやら口調からして、アンリもかなり部屋で説得は試みていたらしい。
「…ま、仕方ない…か。コンラッドはさっき出かけたし。ヴォルフラムは寝てるからなぁ。
  少し遊びに行こうかとおもってたけど。しょうがない。
  オレも気が済むまで付き合うよ。小さな子が一人で外に出たら危ないしね。
  アンリもついてくるんだろ?」
いいつつかがんで、グレタの視線にとあわせてにっこりとすると、
かなりグレタが戸惑っている様子がよくわかる。
「ま、確かに。この調子じゃ、一人ででもいきかねないしね。一理あるね。
  判った。僕もいくよ。ユーリだけじゃ、何しでかすか」
「……ど〜いう意味だよ……」
そんなアンリの言葉に思わず突っ込み。
結局。
オレたちは、人を探している、というグレタの言葉をうけて、
オレとアンリとグレタの三人で夜の歓楽郷にと出向く為にと宿をでる。
人違いとか、見間違いでは?
といっても違う。
と言い張るのだから仕方ない。
アンリがいうにはこの頑固さは誰かさんによく似てるよね。
とかいってたけど…
それってもしかして…オレのこと?



戻る  →BACK・・・  →NEXT・・・