船の行き先のシルドクラウトは眞魔国と海を隔てて向かい合うヒルヤードの港町。
以前、モルギフ探索で立ち寄った際の印象では、中立的で自由な商業都市だった。
魔族に対しても、敵対心をむき出しにすることなく。
ビジネスライフに付き合える連中が多いらしい。
筋金入りの商人魂で、差別も偏見も乗り越えたらしい。
あるいみ、大阪の商人並みかも……
最近は、カヴァルケードの人々の意識も変わってきているらしいけど。
そのシルドクラウトからわずかに内陸部にと入った大地に。
世界に名だたるヒルヤードの歓楽郷があるらしい。
あらゆる娯楽を取り揃え、税の限りを尽くした町。
とか。
きっと、ラスベガスのようなところなのだろう。
オレはどちらにもいったことないけど。
そこに隣接して、万病に効く、という温泉地があるらしい。
一日浸かれば三年長生き。
二日浸かれば六年長生き。
三日浸かれば死ぬまで長生き。
というキャッチコピーらしいけど。
何かちょっと計算があわないような…とにかくありがたいお湯が豊富に湧き出ているとか何とか。
コンラッド曰く。
「何しろそれが効くんですよ。瀕死の重傷を負っていた俺の父親が。
  そこの湯を飲んで回復した。っていう話ですからね。
  俺自信、利き腕の腱を痛めたとき、半月滞在して完治させました。
  捻挫の後のくるぶし強化なら十日もすれば前以上に丈夫になるのでは?」
とのこと。
「いいねぇ。前以上。なら肩までつかれば強化されてボールを投げるスピードも増すかな?
  頭までつかれば知能指数も上がるかな?」
「陛下は今のままで十分ですよ」
そんなオレの言葉にさらり、といってくるコンラッド。
「そこまではないってば。ユーリ。
  とにかく、あそこは湯によって、身体の代謝機能と回復機能を外部の力。
  つまり、湯の中に取り込んでいる力を身体に取り込むことで回復するんだし。
  そうだね。世界樹の雫の風呂に近いって思えばいいよ。
  あとは回復泉とか。それらが少し薄められている程度。ゲームの用語でいうならば」
アンリはそう説明してきていたけど。
でも。
何はともあれ。
とても身体にいい。
というのには違いない。
だからこそ、リハビリにと出発したんだけど……


「とにかく。二晩すればシルドクラウトだから。船室で大人しくしていましょう」
いって少女をベットにと寝かせるコンラッド。
オレたちとは少し遅れて、ふらふらとしたヴォルフラムも部屋にとはいってくる。
部屋割り的には、少女が一人に。
アンリとコンラッド。
そしてヴォルフとオレ。
という計三部屋だったのだけども。
だけども熱のある子を一人にはできない。
というので船の係員に頼んで部屋を変えてもらうことに。
とりあえず、何でもトリプルの部屋が一つ空いた。
というので、そこに移動させてもらうことに。
あらかじめ部屋は三部屋頼んでいたので、トリプル部屋だとお金が余分になるらしいが。
それらのお金の払い戻しはいい、というと心よく部屋を変えてくれた。
何とも親切なサービスがいきとどいた船だ。
そもそも。
病気になった。
というのを伝えたら、船員さんがツイン部屋よりも大きい部屋がキャンセルがでたから。
と教えてくれたんだし……


「大丈夫?」
アンリは部屋を移った直後。
部屋にと備え付けられているバスルームから、あっちにともどっていっている。
もどれば病気のときにはいいポカリスエットと、あとアイスクリームが届くだろう。
もしかしたら、買いにいくようになるかもしれないけど。
家から十分もしないところにセブンイレブンがあるし。
コンラッドは熱さましの薬をもらいにいっているので、部屋にはオレとヴォルフと少女のみ。
「もうちょっとの我慢な。今コンラッドが薬をもらいにいっているから。
  あと布団も余分にもらってきてやるな。
  アンリがもどったらとりあえず冷たいものが届くから。飲み物くらいはのめる?」
問いかけるオレに少女は無言のまま。
「まったく。おまえときたら、どこまでも間抜けなんだ?
  おまえを狙ってきた相手を本気で心配してどうする?」
横では憮然としたヴォルフラムが何やらそんなことをいってくるけど。
ちなみに、いまだにどうやら船酔いはさめていないらしく顔色は悪いけど。
「だって、ほっとけないってば。あ。そうだ。両親に連絡したほうがいいかな?
  でも、どこから来たのかもわかんないし……」
オレの言葉に。
「……レない……」
え?
「帰れない……」
いって寝返り…というか、横を向いている少女。
「何で?お金がないの?電車賃がないとか…って、この世界にそんなものは多分ないか。
  んじゃあ馬車代?でもご両親も心配してるだろうしさ。だって君みたいな十歳そこそこの女の子。
  しかもかわいい女の子が一人旅……だなんてさ。心配しないほうがおかしいし。
  何だったら、このまま君の家までおくっていくよ?住所いえる?
  電話番号…って電話なんかないか。そうだ。名前は?」
オレの言葉に無言のまま、背をむけてぎゅっと布団を握り締める。
「?あれ?これ…文字?」
今までは、ただの刺青と思っていたけど。
よくよくみれば、オリーブ色の細い肩に刺青で文字が彫られている。
確かもう片方には何かの模様のようなもの…だったよな?
「えっと……イ…イズラ?これ名前?それとも何か意味ある言葉なのかなぁ?
  生まれた場所の習慣とかで。でも何となく女の子っぽい名前だよね。
  じゃ、イズラって呼ぶことにするね」
オレの言葉に、ぱっとこちらをむいて。
「違う!!イズラはお母様の名前だ!」
いって起き上がろうとするし。
「わ〜!!寝てないとだめだってば!熱があるんだよ!?それじゃ、君の名前は?」
「……グレタ」
オレの言葉にしばし戸惑いつつも、小さく答えてくる少女。
ともかくこれで名前はわかったわけだ。
今のグレタの行動ではだけた布団を戻そうと、何の考えもなしに立ち上がる。
と。
ぐらっ!!
そのまま、バランスを崩してグレタが寝ているベットにとこけてしまうオレ。
…しまった!
足がまだ力をいれたらヤバイ状況だったんだ!!
……どうやら、今のでまたまたひねってしまったらしい……
「きゃぁぁ〜〜!!!」
そのまま叫んでベットから転がり落ちているグレタ。
「あ。ごめん」
「どじ。だからおまえは間抜けだというんだ。ほら。まったく……」
オレに手を貸しつつも言ってくるヴォルフラム。
見れば、ガタガタ震えつつ。
「信じちゃだめ。誰も信じちゃだめ…誰も……」
とかいっているグレタの姿が。
「ごめんね。足をくじきやすくなってるのすっかり忘れてた。
  とにかく、そのままじゃ熱が上がっちゃうし。ほら。ベットにもどらないと。
  風邪をこじらせちゃうよ?肺炎にでもなったら大変だし。ほら、たって?」
いいつつ、片手に杖をもち、あいているもう片手を差し出す。
オレの手を握って立ち上がるのならばそれでもいいし。
一人でベットにもどるのであればそれでもいい。
とにかく、ベットに戻してぬくくしていないと、風邪をこじらせたりでもしたら大変だ。
「だからいっただろう。命を狙ってきた相手と仲良くしても。おまえが傷つくだけだ。と」
後ろでは腕を組んでヴォルフラムが何やらいってくる。
「そんなこといってないじゃん」
「いったぞ。馬鹿だ。間抜けだ。って」
ぐさっ!
「あのね!だって、この子…グレタだっけ?まだ子供だよ?オレの妹と同い年だよ?
  そんな子供が大それたことをしようとするからには、理由があるって。
  それにほっとけるわけないじゃん」
そんなオレの即答に。
「…おまえというやつは……だから、へなちょこだ。というんだ」
「わるかったな」
そんな会話をしているオレたちを交互にみつめつつ。
しばらくすると、戸惑いながらもグレタはゆっくりと、差し出しているオレの手を握ってくる。
グレタがオレの手をもち立ち上がると、触れている部分の手から何やらほのかな光が。
それとともに、オレは一瞬、けだるさにと襲われる。

グレタが何か目を丸くしてるけど。
えっと?
「とにかく、横になって?暖かくして。ね?」
オレの言葉に、こくり。
とうなづき、ベットに再び入り、横になるグレタ。
「大丈夫。すぐによくなるよ」
いいつつも、そっとグレタの髪をなでてやる。
「中途半端な姿勢でいるな」
何やらいいつつ、ヴォルフラムがそんなオレの後ろにと椅子をもってきてくれる。
「あ。ありがと」
オレがお礼をいうのと同時。
「ユーリ!もどったよぉぉ!ひとまずエースカップのバニラと。はい!ポカリスエット!
  コップだして。コップ。あと子供用熱さまシート!一応、果物100%のミックスジュースも買ってきたよ。
  ソフトクリームとアイスはどっちがいいかなぁ?」
そんなことわいいつつ、がさがさと音を立てる袋をもったアンリが、風呂場よりと出てくるが。
やっぱり買いにいってたか。
「サンキュ〜。アンリ。ちょっとごめんね」
がさがさと、袋の中から熱さまシートを取り出して、ペタリとグレタの額にとあてる。
これで熱のほうは少しは楽になるはずだ。



戻る  →BACK・・・  →NEXT・・・