…ま、まあ、作り物だから。
と自分に言い聞かせつつも、おっかなびっくりキーホルダーにと触る。
……こわいよぉ〜……
「それでは。ご来場のお客様を代表して。
  当シーワールドのアイドル。バンドウ君と握手してもらいましょう!!」
何!?
高々にいうお姉さん。
「ってちょっとまって!!」
それってまさかぁ!?
「ちょっとまって!いや、本当に!実はオレイルカって苦手、というか恐いし!
  どっちかというと海の哺乳類ならシャチとかクジラとかのほうが!!」
オレの抗議の声は何のその。
「は〜い。みんなのお友達。当シーワールドのアイドル!
  イルカのバンドウ君とエイジ君で〜す!!」
「うわぁ!?あの。本当に!イルカが得意じゃないっていうかオレ苦手で!!
  アンリ!!親友だろ!?助けろよ!!」
見れば調教師のお姉さんの言葉に、艶めく灰色の背びれがふたつ。
水を切ってこちらに近づきつつ声をあげている。
「ユーリ。あのときだってイルカたちは君を助けようとしたのはわかってるんだろ?
  だったら克服しなきゃ。ほら。あんなにかわいいじゃない」
腕を組んでにこやかに、お姉さんの後ろのほうで行っているアンリ。
は…薄情ものぉぉ!!
そうこうしているうちに、ブールの際にひっぱられていき、
見れば口をあけて鳴いているに二匹のイルカたち。
しかも、立ち上がってるし……
観客たちは『かわい〜!!』とか『あの子運がいいねぇ!』とかいってるし。
逆です。
これは運が悪すぎですってば!!
悲鳴を出しそうになるのを何とかこらえる。
もうほとんどオレ的には泣きそうだし。
「うう……」
「お客様。お早くねがいます。大丈夫。絶対にかんだりはしませんから」
といって背中を押してくるお姉さん。
立ち泳ぎをしながら、発せられている催促の声。
早くしろ!
とイルカから発せられているオーラが物語ってるし……
人間以外の『オーラ』も視れるのも善し悪し。
最近は大分コントロールできるようになってたのに………
口がカパッ!と開き。
「ぎしゃぁぁ!!」
早くして。
の催促の泣き声。
「うひゃぁ!?」
こうなったらとにかく早くすますしかない。
涙目になりながら、ぎゅっと目をつぶって手を伸ばす。
滑りそうなイルカのヒレに少し指がふれる。
ぬるり、というよりペタリ、としていて海水とおんなじ温度。
…あれ?
どうやら海水の中に手をつっこんでしまったらしい。
と。
ふいに、ぎゅっ!と指をつかまれる。
「うわっ!?」
思わずびっくりして目をあける。
「まさっ!?ヤバ!ユーリ!手を!!」
アンリが顔色を変えて駆け寄ってくるのが見えるけど。
『うそぉ〜〜!!??』
係員も観客も叫んでいる。
オレも同じく。
アンリが手を伸ばすよりも先に、オレはプールの中にと引っ張り込まれる。
そのまま、視界がアクアブルーにとなり、どんどん水底に引っ張り込まれ……
水を吸ったパンツとTシャツが両手両足にからみつく。
何かイルカのバンドウ君とエイジ君が驚いたようにオレの上を旋回してるけど。
すぐにその姿すらみえなくなる。
というか、まじですか!?
以前アンリの危惧したとおりになっちゃったわけ!?オレ!?
つまりは、大勢の人の前で、ただいま異世界に引っ張り込まれ中……
……お〜い…エドさぁん……
お願いだから周囲はよく確認してってば……
こうなれば、とっとと早く用事を片付けてもどらないと後が恐い。
前々回のように五・六分も沈んでいたら絶対に怪しまれる。
出来れば帰還は一・二分後希望。
そんなことをおもっていると、やがて視界が開けてくる。


ゆっくりと辺りを見上げると澄み切った青空が。
塩水がしみる。
ということは、ここはプールではなくて海らしい。
しかも、首を横にして見えるのは広い海原ばかり。
海面上をプカプカクラゲのようにオレの体はたゆたっている状態のようだ。
まさか、あんなに大勢の前では引っ張られることはないだろう。
とおもっていたのに。
それはアンリも同じだろう。
ゴメン、アンリ。
観客の皆さんとかをがんばってごまかしてくれ。
さっき助けてくれなかったので、これでおあいこ、ということにしておこう。
右足の浮かんでいる方向から灰色の三角形が近づいてくる。
見覚えのあるその形は、明らかに海のお友達の背びれ。
もしかして、バンドウ君かエイジ君!?
…もしかしてまきこんじゃったの!?
などとおもいつつ、とにかく、立ち泳ぎにと切り替え、海面下をみる。
……げっ!?
そのまま絶句。
オレの下にいるのは、どうみてもサメ。
しかもホオジロザメに近い。
「うわっ!?」
とにかく逃げないと!!
すぐに襲ってくる気配はない。
…できたら、このサメ、主食がプランクトンであったら助かるんだけけど。
でも泳ぐオレを追いかけて、一・二度オレをその背にのせて水面より高くせりあげる。
……もしかして、オレを弱らそうとしてる!?
よくテレビでみる肉食のサメの行動だし……
サメに出会ったらどうするんだっけ?
息を殺して…ダメだ。
そんなことをしたらオレが沈んでしまう。
死んだまね…でもないし。
とにかく泳いで逃げないと。
だがしか、辺りには陸の影すらも、形すらもない。
万事休すか!?
と。
「陛下〜!!ご無事ですかぁ!?」
遠くから聞き覚えのある声が届き。
豪華な…何で白鳥?
先端が白鳥のようになっている、行楽施設などによくあるボートよろしく近づいてくる豪華な一隻の船。
後ろのほうでは誰かがオールをこいでいるのが見て取れる。
…手漕ぎ…なのね……
「おのれ!魚の分際で陛下に触れるとは!身の程をわきまえなさい!」
そういう問題?
オレ喰われそうになってるのに?
ねえ?
先端にたち、オレの後ろのサメにそんなことを言っているギュンターの姿。

「さ。陛下」
いってなぜか笑いつつも、オレの横に船をつけて手を差し伸べてくるコンラッド。
助かったぁ。
って何でコンラッドまで含み笑いをこらえているんだろう。
必死に近づいてきた船にとしがみつき、コンラッドの腕をつかんで船にとあがる。
「ど。どうにか助かったぁ。もう少しで喰われるところだったよ」
オレの息を切らせつつのつぶやきに。
「そんなにおびえなくても。あいつは人を襲ったりはしませんよ」
笑ってタオルを差し出してくるコンラッド。
「…へ?だってサメだよ!?ジョーズだよ!?オレのこと疲れさせようとしてたんだぞ!?
  海の中に浮き沈みさせて!」
「いやいや。この世界のサメは基本的にはベジタリアンですから。
  きっと陛下と一緒にあそびたかったんでしょう」
にこやかに言ってくる。
「こ…この世界の生き物事情って……」
思わずがっくりくる。
というか、常識がまったく通用しないしぃ!!
「うん?少し筋肉つきました?日にも焼けてますし」
オレをみてそう聞いてくるコンラッド。
「そりゃ毎日訓練してるもん。ほら、力コブ。上腕二頭筋!」
これで少しは男の子。
と外見上も見られたい。
一度でいいからデートというものにはあこがれてるし。
「では新しい剣を贈らないといけませんね。今度は成人用の立派なやつを」
そういえば、今持っているのは女子用?だっけ?
あとはモルギフがいるけど。
「そんなものいらないよ」
「じゃあ何を……」
「ぎゃぁぁ!」
そんな会話をしている最中。
何やらサメをオールで叩いていたギュンターが何やら叫んでるし。
みれば、先ほどのホオジメザメのジロー君が仲間をよんだらしい。
何か新しくサブロー君たちまできているし。
「あ〜あ。あいつら人懐っこいから。
  ギュンターが下手にかまうから遊んでもらえるとおもっちゃったんですね」
などとそれをみて笑っていっているコンラッド。
…船の周りをサメに囲まれている状態で、その現状把握は正しいのだろうか……

結局のところ、サメに船が囲まれるたまま…たまにサメの軽い体当たりを経験しつつ。
船は陸にと向かってゆく。

こちらの世界に呼ばれてくるのは四度目だけど。
またしても見覚えのない場所だし。
アンリと一緒に移動するときはいつも、一度は視たことがある場所。
兼、王城の近くだし。
ときたま国境付近の村のときもあり。
白い砂浜とトルキッシュブルーの海はギリシャ地中海地方のパンフレットにでも使われそうだ。
乾いた空気は吸い込む喉まで熱くする。
そういえば、今年はまだ海にといっていない。
毎年家族プラス、アンリの家族でいくのだが。
ま、今オレは思いっきり海の中に落ちてたけどさ……
落ちた、というか移動して出た場所がおもいっきり海の中だったし……
とりあえず、塩水に濡れたままでは体に悪い。
というのか気持ちわるいので、ざっとお湯をあびておく。
何しろプール…しかも、イルカ達のプールから海に移動だ。
体も何かくさくなってたし。
なるで軽くお風呂に入り、体の匂いをとっておく。
そして、風呂から上がり、用意されていた学ランもどきに腕をひとまず通す。
何かもうひとつの着替えとして、紺色の上下の服もあったりするけど。
ギュンター曰く、汗をかいてはいけないから。
らしい。
とりあえず、さすがに学ランもどきに腕を通したものの、
こちらの素材でつくられたソレは通気性などが日本と違って異なるがゆえか、かなり暑く。
しかたないのでもうひとつの麻の素材のような服にとかえてみる。
ズボンが少々ゆるいがベルトを締めれば問題ないし。
「うん。ベルトを使ったらちょうどいい」
ベルトを締めるといまだにイルカのキーホルダーがついたまま。
結構しぶとい、イルカグッズは……
「陛下?お痩せになりましたか?まさかお体の具合でも?」
何やら着替えたオレをみて、心配そうに言ってくるギュンター。
「じゃなくて。筋トレの成果だよ。アブ何とかってやつを買ったんだ。ディスカウントショップで千円で」
「それはまた…安いですねぇ」
オレの言葉に笑っているコンラッド。
「は?ディス…何ですか?」
「そういえば…ああ!?ポーチの中の財布は!?」
ズボンのポケットに入れるのは人ごみの中では大変に危険なので、ウェストポーチに入れてたんだけど。
服と一緒に脱ぐときにはずしたポーチを手にとり、中身を確認する。
「…セーフ!」
どうやら安物のビニール製だったのが幸いしたらしく中身は無事のようだ。



戻る  →BACK・・・  →NEXT・・・