「……これは!?」
戸惑いの声を上げるシュトッフェル。
ユーリを中心にして巻き起こる、竜巻による突風が彼らの馬を足止めし。
さらにはふんばりが聞かぬものは空高く吹き飛ばされる。
「あ、やっぱり切れた」
そんなユーリの後ろでは、何やらのんびりと水の膜のような球体で体全体を覆い。
何やらのんきにいっているアンリの姿に。
「陛下!?」
同じく、その球体の中からユーリに向かって叫んでいるコンラッド。
そして。
「…何かすごいことになってるな……」
この中にいれば、風をまったくうけつけないが。
などと思いつつ、ぷにぷにとその球体をさわりつつもつぶやいているヴォルフラム。
彼らの目の前では巨大な竜巻が発生し、周囲のものを全て吹き飛ばしていっている。

「無意味な争いに、流す血も涙も枯れはてる。
  たとえどんな理由があろうとも。争いを選択するものは皆同罪っ!」
竜巻の中心でまったく影響を受けずに高らかに言い放つユーリ。
その姿はいつのも姿とは異なり、いわば『魔王モード』というところか。
「人としての心を忘れた愚か者どもよっ!頭を冷やすがいいっ!まとめて成敗っ!」
ぶわっ!!
ユーリが高らかに叫び両手を左右に突き出すと同時る
全ての…というか、水の球体らしきものの中にいるコンラッド・ヴォルフ・アンリ。
彼ら三人以外と、ユーリ以外の全ての馬や人々、といった存在たちは。
ものすごい突風にて空高く舞い上がってゆく。
「命まではとらぬ。今一度自らの行いを反省するがよいっ!」
高々とそんな彼らに向かって言い放っているユーリではあるが。
吹き飛ばされた人々や馬などは、
あれほど強い風にと吹き飛ばされたにもかかわらずまったく無傷。
地面に叩きつけられる瞬間。
地面がとてもやわらかく、クッションのように変化したがゆえに、誰一人として怪我はない。

――これが魔王の力?
その力の大きさに驚愕する。
だがしかし、ここであきらめては、自らの権力復帰は夢のまた夢。
「ええいっ!何をしておる!あの化け物を捕らえんかっ!」
シュトッフェルが起き上がりつつ何やら叫んでいるが。
だがしかし、彼はいつも後先考えず、単純に考えて行動する。
いつもは部下のレイヴンが作戦などを担当していた。
そのレイヴンは未だ、ユーリたちがいなくなったことに気づいて追いかけてきている最中。
この場に当然姿があるはずもなく。
それゆえか。
彼の言葉に答えるものは…一人たりとて存在しない。
兵士達もここまでの力を見せ付けられて…どちらに俗するかは…明白。

ユーリがゆっくりとシュトッフェルのほうにと馬を進めるのをみて。
「動けるものはシュトッフェルを包囲するようにっ!」
同じく吹き飛ばされていたギュンターが味方の兵士達にと指示を出す。
すでにすざましいほどの突風は収まっており、
大地もいつのまにやらいつもの硬い地面にと戻っている。
――自分たちの新たな魔王はこんなことまで一瞬でできるのか。
多くの兵士達はその事実に驚愕しながらも、誰もがそれを誇りに思う。
誰一人としてけが人が出ていない。
それは、昔のように無駄な争いをする気はこの『魔王』にはない、ということを指し示している。
だからこそ。
今までの歴代魔王の中でも初ともいえる、友好和平条約を人間の国と結べたのだろう。
そんなことを思いつつ。
再び昔のような悪夢と混乱を起こそうとしているシュトッフェルを止めなければ。
そう思い、各自立ち上がりそしてシュトッフェルを取り囲んでゆく。

「ええいっ!腑抜けものどもめっ!こうなれば、この私をここから逃がせっ!」
一人叫んで馬にまたがろうとするシュトッフェルだが。
気づけば、自らの兵たちからも非難の目を向けられ、
さらには周囲を国王軍にと取り囲まれている状態。
「くっ」
こんなとき、レイヴンがいれば……
などとも思うがねどうにもなるはずもない。
そうこうするうちに完全に包囲され。
「見苦しいですよ。シュトッフェル」
ギュンターの一言に仕方なく馬から降りる。
そんなシュトッフェルの目前にゆっくりと馬にまたがり近づいてきて。
シュトッフェルの目前にユーリが馬に乗っているまま立ち止まる。
どうやってあの法石をおいてあった部屋から抜け出せた…などと思うが。
聞けるはずもなく。
「フォンシュピッツヴェーグ卿シュトッフェル」
ユーリに名前を呼ばれ、思わずユーリを見上げるシュトッフェルの姿る
「そのほうの行い。まことにゆるしがたし。よって領地にて謹慎を申し渡すっ!」
凛とした高々と響くユーリの声が発せられ。
その言葉に思わず驚きに目を見開くシュトッフェル。
魔王を監禁した。
これだけで、この場で殺されてもおかしくなかったのに。
前魔王の兄。
という立場上。
殺されることはなくても、極刑は免れないか…そう思っていただけに思わず。
「ええ!?それだけでいいのですか!?」
思わず素直な感想を漏らしているシュトッフェルの姿。
そんなユーリの言葉に。
「陛下。それではあまりにも甘すぎますっ!ここはやはり極刑をもってして……」
ギュンターがいってくるが。
「ひかえおろうっ!余を誰だと心得る。口出しをするでないっ!」
きつい口調でいわれ、
「は。申し訳ありません」
思わず押し黙ってしまうギュンター。
この姿のユーリは歴代魔王と比べてみても秀でているのは明らか。
普段のユーリからは想像もつかないが。
「――シュトッフェル。そのほう。
  そのほうの犯した罪により被害をこうむった人々のために今後つくすことを申し渡すっ!」
「被害…ともうされますと。」
「余の目は節穴ではないっ!おぬしのこれまでの行状により、
  強い念を残し、また心残りを残したものが、
  おぬしのそばに常に存在していることを知らぬとおもってかっ!
  ――そのほうには自覚がないようだな。――ならば視るがいいっ!」
ユーリの声と共に。
カッ!!
ユーリを中心として、その場にちょっとした淡い光のドームが出現する。
ざわっ!
どよっ!?
〜〜!?
その刹那。
人々から巻き起こる、何ともいえない声。

「…あ〜あ……。この場にいる全員に視えるようにしてるよ……」
それを視て、ため息とともにつぶやくアンリに。
「あれは……」
思わずそれを視て、目を見開くコンラッド。
そしてまた。
「うぷっ!」
あまりの光景に思わず吐きそうになっているヴォルフラム。
「――あの魔王は成仏していない魂までをも他人に視せることができるのか……」
シュトッフェルにまとわり付くように、何千、何万と憑いている人々の姿。
彼らは全て、先の戦争により亡くなった人々なのだが。
中には、当の本人は成仏しているのに、恨みの念だげかこの場にある。
というものすらも。
それらを視て驚きつぶやいているグウェンダル。
すでに死んだはずの人々の姿が…人々の視界にと入り込んでいる。
「このものたち全て。先の戦いにより失わなくていい命を落としたもの。
  このものたちが悔いなく生まれ変るように供養し、人々に対して償いをするがよい。
  そのための領地での謹慎処分である。依存はないな?
  フォンシュピッツヴェーグシュトッフェルよ」
この魔王は…いったい、どこまで知っているのだ?
確か何も知らないのではなかったのか?
そんなユーリの言葉に、戸惑いを隠せないシュトッフェルだがる
助けてくれる人は……いない。
「――わかり…ました」
自分にすがりついてくるかのような、数多のすでに死亡しているはずの人々。
…しかも、死亡したときの姿のままで。
精神上、こんなものをずっと視せられていては心臓にもわるい。
「うむ。心せよ」
そんなシュトッフェルの言葉をきき、かるくうなづき。
すっと上空にと手を掲げ。
そして。
「風をつかさどりしシラルークよ。
  我が意に答え、かのものに携わる地に満ちるよどみを浄化し吹き飛ばせっ!
  炎をつかさどりしフレイアンよ。かの不浄なるよどみを全てやきつくしせらしめんっ!
  水をつかさどりしニルファーレナよ。
  その癒しの力にてかのみのたちの傷をいやしたまわんっ!
  大地をつかさどりしアスライードよ。未だ眠りにつけぬものたちに導きをあたえたもうっ!」
そんなことを叫んでいるユーリの姿がそこにあったりするのだが。
それをうけ。
「…本当。無意識ってユーリに関しては怖いよね……」
ぽつりとつぶやいたアンリの言葉に。
「?猊下?」
顔色もわるく問いかけているヴォルフラム。
だが、その問いにアンリは答えるわけでなく、空を見上げてため息をつくばかり。
ユーリの声とともに、この場を中心にして。
シュピッツヴェーグ領内を主として淡い銀色の光が広がってゆく。
「今後も人々のために。ということをゆめゆめ忘れ忘れなきように。これにて一件落ちゃ……」
ぐらっ。
「陛下っ!?」
シュトッフェルにそう言い放つ途中でユーリはそのまま、くらり、とよろけ。
そのまま馬上より落下してしまう。
が。
それをすかさずに受け止めているコンラッドの姿が、その場にて見受けられていたりする。
アンリの指示と、自分の勘で、ユーリの背後に控えていた甲斐があった。
というもの。
そうコンラッドとしては内心ほっとしているのだが。
そんなことは他の兵士達にはわかるはずもなく。
いや、今兵士達もそんな細かいことに気を取られている場合ではない。
というのが正しいのかもしれないが。
そんな中で。
「う〜……。やっぱりごくたま〜に無意識に四大精霊召喚…やっちゃうね……ユーリは……」
一人ぶつぶつとつぶやいているアンリ。
そんな彼の言葉は、未だ何が起こったのかわからずにどよめいている人々の耳には…届かない。



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