目のやり場に困ってしまうネグリジェ姿で、ツェリ様はオレの腕を抱え込む。 「ごめんなさい。陛下。そんなつもりはなかったのよ。壊れるなんて思ってもみなくって」 ぷにぷにとした胸の感触があたり、ほとんど夢心地。 魔剣は船室の中央にどす黒い塊となって横たわっている。 「モルギフ?」 『う〜……』 一応返事はあるので生きてはいるらしい。 剣に対して、生きている、とかいうのはおかしいけど。 「あまりにも不細工でかわってるでしょ?この子。だから陛下がこの子をつれていく前に。 あたくしのお部屋にかざっておこうとおもったの。運ぼうと手をかけたら、この子が……」 ツェリ様にとって、魔剣はペットのようなものですか? この子。 何て呼んでるし。 「この子が咬んだのよ」 そんなツェリ様の言葉に、 この場にやってきている、オレ・ヴォルフラム・コンラッド・ヨザックが思わず脱力する。 「…ビビビッ。ってなりはしなかったんですか?」 コンラッドが問いかけるけど。 「いいえ。それは大丈夫。でもあたくしびっくりしてしまって。この子を落としてしまって。 そうしたら元気がなくなってしまったの。多分これが取れてしまったせいじゃないかと思うのよ」 いってツェリ様は手の平の中にと持っている小粒納豆くらいの大きさの黒曜石をみせてくる。 「石?…なるほど。つまりこれが魔剣の力の源。ということか」 ヴォルフラムは何か納得したようにいってるけど。 右手の親指をそっと、剣のツバにかけ、裏側をそっとなぞってみる。 と。 ――もしも額の石を失って…… 「え?」 脳裏に文字がひらめき思わず驚く。 ――もしも額の石を失って、私がただの剣と成り果てても。 魔王の忠実な僕としておそばにおいてほしいのよ。 「って!?なぜに女言葉!?」 思わずびっくり。 「?どうした?ユーリ?」 オレの叫びに問いかけてくるヴォルフラムだけど。 「何か文字が刻まれてたみたい……けど、何で女言葉……」 でも。 そう。 ウィレムデュソイエイーライトモルギフ。 額の石が力の源ならば、それがないのならそばにおけるよ。 むしろそのほうが新たな災いを呼ぶこともないし。 ……もしかして、こいつ、オレが火山に封印しようとしているのを知ってて、自ら石をはずしたとか? …真相はわからないけど。 ツェリ様が持っている石をつまみ。 そしてくるり、と向きをかえ。 「ヨザック!」 「は?」 いきなり名前を呼ばれて戸惑っているヨザックの姿。 オレンジ色の髪が濡れている。 多分シャワーを浴びていたんだろう。 「この石をおまえに預ける」 「はぁ?」 オレの言葉に目を点にしているヨザックの姿。 「この石はモルギフの力の源。だからこそ、誰も思いつかないような場所にと捨ててほしい」 そんなオレの言葉に。 「捨ててって……」 戸惑うヨザックに。 「何を考えてるんだ!?ユーリ!?おまえは!?」 つっかかってくるヴォルフラムに。 「そうよ。陛下。いい首飾りになるとおもうわ。陛下の瞳と髪によく似合ってよ?」 ツェリ様までそんなことをいってくるけど。 「この石がなければ、モルギフはただの剣となる。 ならば剣を持って帰っても周囲に脅威を与えるどころか、伝説は伝説だった。 そう伝えることで新たなる更なる力を呼び起こすこともなくなる。だからこそ。だ」 オレの言葉にふっとほほえみ。 「母上。ヴォルフ。陛下のご意思ですよ?」 いってオレの手から石をとってヨザックにと渡しているコンラッド。 それをうけとり。 「…いいのかい?オレがこれをもって姿を消して。他国の王に売りつけちゃったらどうすんの? それとも逆にオレが眞魔国の誰かに渡したら?」 そうオレにと問いかけてくるけども。 「グウェンダル。とかに?」 オレの言葉に目を見開くヨザック。 「それが眞魔国のためだとおもうならそうするがいい。ただし」 「ただし?」 「オレはおまえを選んだ。この人選を間違いにしないでくれ」 じっと相手の目をみて、そらさずにと問いかける。 どうか瞳に決意の力がこもっていますように。 しばし、ヨザックはオレの顔をみて、ふっと笑みを浮かべ。 「拝命つかまつります。ユリティウス陛下」 いってうやうやしくお辞儀をしてくる。 彼はオレを試そうとした。 それは国を思ってこそ。 ならば、そういう人にこそあの石を預けたほうが、絶対に今後問題とならないはずである。 何よりも国のことを思っている。 そういう人だからこそ。
「あんな細かい文字によく気づかれましたね!!」 王城にともどると、ギュンターが感心の声をあげる。 何でも剣を立てかけて、…といっても誰も触れないのは同じなのでオレが立てかけたんだけど。 しばらくしたら誰でもモルギフに触れるようになっていた。 一つの例外を除いて。 鞘から剣を引き抜くのだけは、オレ以外の誰にもできないらしい。 まるで十二国記小説の本来の水偶刀なみだ。 「陛下。モルギフのツバの裏には文章が刻まれておりました。 『我が名をよべ。されば限界を超えよう。我が名はウィレム・デュソイエ・イーライト・モルギフ。 もし額の石を喪失し、わが身が凡剣と成り果てても、 魔王の忠実な僕であり、戦場でともにうちはてん。』――と」 「ええ!?そういうふうに読むものだったの!?」 オレはものすごく子供向けにようやくしていた。 「あと。モルギフはお申し付けどおり。城の宝物庫の中にと保管しておきました。 人間達の世界にも『魔剣はただの伝説。実際はただのうなるだけの剣だった。』 と広めてあります。すぐに広まることでしょう」 そういってくるギュンター。 せっかくの最終兵器を無効にした、というのにギュンターは責めもしない。 オレたちが無事ならばそれだけで幸せです。 何ていってくるし。 過保護な母親みたい、とおもっていたけど、何かが違う。 どちらかといえば孫に目がない曽祖父のような人だ。 だけども王佐としての職務に関しては非の打ち所がない。 オレの考えを伝えるや否や。 すばやく動いて情報が『漏洩』するようにと、 口コミ噂を利用して人間たちの世界にと魔剣のことを広めた。 バカバカすぎるからこそ、逆に人間はあっさりと信じるという。 伝説が伝説だけに。 ま、それは一理ある。 やっぱりオレ…つまり、トップより周囲のほうが頭がいい。 国政とはこういう仕組みになっている。 というのは知っていたけど。 「しかし、文字を解されない陛下が触れられただけで頭に文字がひらめく。 というのは興味深いですね。やはり下々の魔族とは違って高貴な御力を授かっていらっしゃる」 などと感心した声をだしてくるギュンターだけど。 「というか。アンリがいうには、蓄積言語を引き出されたとき。 前世の能力も一緒に引き出されただけだそうだけど?」 ツェリ様は、モルギフのかわりに、リックをのせたまま、また旅にとでていった。 治療がすんだら、今度こそ、本当の船乗りへと彼は一歩近づくだろう。 豪華クルーザーの見習い船員として。 シュバリエがきっちりと指導してくれるだろう。 ヨザックは魔剣の心臓ともいえる石をもってシルクラウドで船をおりた。 どこにいくのかは誰にも告げないままに。 ここ、眞魔国にもどってくる間の船の中。 ちょっびし夜に、シルクラウドにともどるまでの船の中で彼と話しをしたけども。 …で、面白いことを聞かされたし…… つまり、オレの前世とかいう彼女のこと。 どうやらやっぱり、オレの前世はジュリアさんとかいう人らしい。 オレの魔石の元の持ち主。 彼女がアーダルベルトと婚約するハメにとなったのは。 五歳のとき、両親に連れられていったグランツ城にて、 失礼なことをいったアーダルベルトに対し、おもいっきり平手打ちをかましてしまったらしい。 ……おひおひ…… ってオレと同じかいっ!? まだ五歳であるがゆえに、当然まだそういったしきたりなどは教わってなかったらしい…… な…何か似たものどうし? で。 親同士が面白がって、婚約者。 としたらしい。 ……か、過去でもオレは同じことをしてたんですか? ヨザックは笑ってたけど。 生まれ変わってもそういうところはどうやら変わりがないらしい…… オレってもしかして進歩がない? ……あぅ…… オレが城にもどると、なぜか国を挙げての歓迎モード。 だからぁ。 何でここまでお祭り騒ぎみたくになるのかなぁ?
「ああ!?」 思わず夕食に出された食事をみて固まってしまう。 オレがもどって、しかもモルギフをもっての凱旋。 というので厨房係が腕をふるって歓迎料理を作ってくれたらしいのだけど。 「おすしっ!!」 思わずびっくり。 「オレが教えたんですよ。陛下がたべたがっているからって。 サシミのやり方は勝馬殿に教わってましたし。 それにジェニファーさんからはスシ飯の作り方とかも教わってましたからね。 主に散らし寿司とかの作り方を。基本はスシ飯をつくるのは同じでしょ? 何しろつかまって教えられましたからねぇ……昔……」 どこか遠い目をしながらいっているコンラッド。 ……あの養父母たちならやりそうなことだ。 「あれ?でもこの世界、お酢はあるの?」 「酢はありますよ?でも醤油がないですけど。」 がくっ! スシ、といったら醤油でしょ? お刺身にも。 「何しろあれは色が黒ですからねぇ」 などといっているコンラッドだけど。 …今度生産を提案してみよう。 大豆はあるんだからできるはず。 あっちから簡単醤油の家庭の作り方。 の本でも持ってきてみたらいいかもしんない。 「ま、いっか。わ〜い!この国でおすしを食べられるなんて!…あ、でも生でも平気?」 「大丈夫でしたよ?」 ……ということは、もしかしてまた毒見を? …何か悪いような…… 「とにかく。いっただきまぁす!」 日本のおすしとは少し違うけど。 大きさとかスシネタとか。 あとはサシミとか。 同じなのは卵とか、イカやタコらしきものはほぼ同じだし味もほぼ同じ。 もくもくと、ほくほくしながらお刺身をたべる。 まさか眞魔国でおすしを食べられるとは思ってもみなかった。 …今度、国民の皆さんにも奨励してみよっかな? 醤油の生産がはじまったらさ。 けっこう、おすしとかって海外には人気あるしねぇ。 日本の国土料理、だというのに。
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