「おまえたちどうなってんだ!?こんなのどこが楽しいんだよ!?殺し合いなんて!?
  理由のない殺戮なんて肉食動物でもやらないぞ!?
  おまえら人間だろ!?理性をちゃんともってる人間だろ!?
  何が正しいのか判断すらも出来ないのかよ!?動物だって出来ることだぞ!?」
思わず観客席にむかって叫んでしまう。
「大丈夫か?リック?」
オレがリックに声をかけようとすると。
ピクンッ。
視界の端を一閃の風がよこぎり、
立ち上がろうとしていたリックがピクン、と痙攣してリックの体が倒れこんでくる。
「リック!?」
あわてて、剣を下にとおいて、リックの体を支えるが。
支えきれなくて思わず尻をつく。
「…リック?」
両足の間にある彼の背にはじわりと深紅が広がっている。
思い銀色の矢が白い服のリックの背にと突き立っている。
「リック…何で?」
それをみて観客がすざましい嬌声をあげる。
肩をくみ、踊りだすものまで。
何だよ。
何だっていうんだよ?!
「なんでだよ!?まだ時間はあるんだろ!?それに彼はもう戦えなかったじゃないか!?
  ここまである必要なんかないじゃないか!!人としてどうよ!?こんなの!?」
オレだけは助かる。
というのはこういう意味だったのか?
真っ白になりかけるオレの頭の中で、だけども今はリックを治すことが先。
でないとまだ完全にとどめをさそうとしているのか兵士たちがリックを弓で狙っているのがみてとれる。
魔王の魂というやつが表に出てこようとしている感覚があるけども。
でもダメだ。
オレはそんなことをするためにここにいるんじゃない。
と。
『うううぅ……』
「?モルギフ?」
横においてあった魔剣が何やら断続的にとうなり始め、思わず手にする。
と。
何やらにこ〜と笑い。
大仏と同じ位置の額の黒曜石が強く光る。
と。

「わ〜!!」
「きゃ〜!!」

何やら観客席の最前列のほうで悲鳴が。
そこから薄青いぼやけた球が正確な放物線で落ちてくる。
ピンポン玉ほどの大きさで、そのまますっぽりとモルギフの口の中へ。
「ちょっと!?モルギフ!?今の何!?
  変なものひろって食べたらいけません!ぺっしなさい。ぺって!」
何か犬の拾い食いのような反応を思わずしてしまう。
とにかく、変なものを食べてもらっては困るし。
リックをそっと横たえる。
こういう場合、矢を抜いたりしたら逆に危ない。
なのでこれ以上やが深く刺さらないようにと横向きにと横たえる。
オレの上着を脱いでストッパーにとして。

「大変だ!じいさんの心臓がとまってるぞ!?」
「いわんこっちゃない。もう百重に際なのに最前列で処刑なんかみてるから」
「二番目の若いお姉ちゃんのをみたがってたのに。最初ので死んでしまうなんて気の毒すぎる」
「だけどごらんよ。この満足そうな顔」
「本当だ。女に生き、女に倒れの人生だったけど。
  最後の最後でかわいい少年にも目覚めちゃったのかねぇ」
「罪人はともかく。処刑の人は女の子と見まごうばかりの美人さんだしねぇ」
そんな会話が視線を向けたほうではしているし……

えっと……
どういう感想をもったものか……
思わずこめかみを押さえたくなってしまう。
と。
何やら観客席の入り口に見慣れたオレンジと金髪の姿が出てくるのが目に入る。
あいつらどこにいってたんだよ!?
とオレが思う間もなく。
魔剣がオレの手の中でかたかたと震え始める。
何かいやな予感……
こういうときのオレの勘はよくあたる。
あわてて、グリップをつよく両手でつかみなおす。
額の石の光がどんどん強まり、やがて光が周囲にとほとばしり、天をめざしてかけのぼる。
「まてよ?…ってまさか…おまえ…あのお年よりの命をすって……
  …それでもってこんなところで発動しちゃおうってんじゃ……」
ええと?
モルギフが発動するとどうなるんだっけ?
たしか牛が空を飛んで…ダメだ。
そのインパクトが強すぎて、他が思い出せない。
その間もモルギフは震え続け、観客たちも浮かれている場合ではなくなってくる。
そりゃそうだ。
オレもどうにかしたいし。
処刑どころではない。
あの剣は何だ。
と観客たちの間にざわめきが走り始める。
と。
がばっ!!!
モルギフが思いっきり……吐いた。
「うわっ!?おまえ!?口から何を!?」
どうみても、黄色いゲロ状なものを口から吐き出してるし。
液体。
とは言いがたい。
うっかり身体にかかっても、濡れた感じはまったくしない。
むしろ黄色い光の何か、というところ。
そのまま、空を向き、思いっきりそれを吐き出しているモルギフだし。
それはやがて太い帯となり、ものすごい風が巻き起こる。
まるでちょっとした竜巻だ。
『おえ〜おえ〜……』
何かそんなことをモルギフはいってるし。
って!?
「ぎゃ〜!?まさかおまえ!?
  もしかして十五年以上近く空っぽだった腹にいきなり何か入れたから胃痙攣かぁ!?」
オレが…というか、持ち主が持ち主ならば剣も剣かもしれない。
何か似たもの同士でうまくやれるかも。

「アレは魔剣だ!!ここは焼き払われる!オレたちみんな殺されるぞ!!」
一人が気づき、何やら叫ぶと同時。
もはや、会場はパニック状態に……
ま…普通はパニックになるよねぇ。
パニックに。
オレも半分どうにかしたくてパニック状態になってるしさ……

「わ〜!!やめろ!モルギフやめろって!どうすりゃいいんだよぉ〜!?」
止め方なんて習ってないぞ!?
彼が口から吐いた液がかかったところで人体に影響はない。
だがパニックに陥っている人間達はわれ先にと逃げ出そうとして将棋倒しになっている。
「わ〜!!やめろって!けが人でたらどうすんだぁ〜!?」
オレの叫びはどこにやら。
モルギフはとどまるところを知らないし。
「こんな力なんて聞いてないよ!?わー!人に怪我さすなってば!つうかとめろって!!」
とにかく必死で人に当たらないようにと空にと向ける。
と。
「ユーリ!!」
聞きなれた名前を呼ばれ、思わず涙が浮かんでしまう。
柵を乗り越えてその声の主は客席から飛び降りてくる。
珍しくこちらに血相をかえて走ってくる。
「コンラッド!!」
思わずうれしい声がこんなときだというのにでてしまう。
いや、こんなときだから…かもしれないけど。
「陛下!?どうしてこんなことに!?」
「近づくとあぶない。…うわっ!?」
コンラッドが邪魔しにきた。
と捕らえたのか、はたまた上を向いているのがつらくなったのか、…おそらく後者。
モルギフは強い力で向きを買え、その嵐のような風をコンラッドのほうにと向けてるし!?
「わ〜!!やめろって!!つうか人に害をなすなってばぁぁ!!」
――名をよべ。
「…え?」
叫ぶオレの脳裏に文字が閃く。
もしかして……柄に何かほってある!?
手が、というかバットタコが剣の柄にと触れている。
――私の名をよべば出来るかぎるのことをしよう。我が名は……
「……ウィレムデュソイエイーライトモルギフ!」
「ユーリ!?」
コンラッドが手で顔をかばいつつ驚きの声を上げてくるけど。
「吐くならエチケット袋の中にしろぉ!!」
ドッヒャン!!
力をこめて地面にと叩きつける。
当然剣はいまだに鞘にと収まったままだ。
どひゃん。
と歯切れのいい擬音とともに、モルギフは胃痙攣を必死にととめている。
開きっぱなしだった口が一文字にと結ばれて、眉間にしわまで寄せている。
何かみていていじましい。

「コンラッド。大丈夫?」
風がおさまったのをうけて、オレのほうにと近づいてくるコンラッドにと声をかける。
どうやら大丈夫そうだ。
「どんな魔術をつかったんですか?」
「オレはだから魔術はつかえないって。何もしてないよ。何か柄の部分に文字が彫ってあったみたい。
  その文字が電波のように頭に閃いたのでそれを口にして読んだだけだよ」
そんなオレの言葉に少し驚いたような顔をして。
「ともかく。話はあとでゆっくりと聞きます。
  ヴォルフとヨザックが道を確保しているはずです。今のうちにここから脱出しないと」
そういってくるコンラッドだけど。
「でもリックが……。コンラッド、リックを!怪我してるんだ。早く医者にみせないと!」
オレの言葉にうなづき、コンラッドはリックにとかけよっていく。
そのまま、コンラッドがリックをかえ。
「急いで!」
「あ。うん」
ともかく、モルギフを腰にと差してオレもコンラッドにと続いてかけだしてゆく。
みれば、先ほどの奥さんが呆然とオレをみているし。
そして。
「…あんた魔族だったの!?」
何か驚いてるし。
「よくオレにもわかんないんですけど……」
オレの素直な言葉に。
「普通の子供じゃなかったの!?あんな澄んだ目をしていたのに!?それにその剣!!
  人を殺める意思はあんたにはなかったようだけど、それはっ!」
オレがずって剣を抜かなかったのを知っているらしくそんなことをいってくるし。
あ。そ〜だ。
「オレも知らなかったんだって。というか、これ危険すぎるからどっかに封印しとかないとなぁ。
  火山の火口の中にでも。あ。それよりコンラッドお金ある!?
  さっきのオレだけのお金じゃ、息子さんの治療費足りないかもしれないから。
  お金ここにおいとくね!息子さん、早くよくなるといいね!」
「急いでください!」
「わかったって!早くリックも医者にみせないとやばいし!」
とまどう奥さんの前にコンラッドからもらったお金がぎっしりと入った袋をおき、
「親切にしてくれてありがとう!」
それだけいってかけだしてゆく。
きっと彼女はとまどっているだろう。
オレの言葉と。
そして、罪人のリックを医者にみせる!
とかいっている時点で。
まあ、魔剣をもっていた、という時点でとまどってるようだけど。
彼女が客席にい、ということは、きっと棄権したんだろう。
お母さんが息子のためとはいえ、その手を血で汚したらいけないよ。
うん。

走って控え室までもどると、ヴォルフラムとヨザックが待ち構えているし。
二人とも何かいいたそうだ。
だが、今は話している場合じゃない。
「これを着てください。この混雑で馬は使えません。港ではなくマリーナまで兵士らしくしててください」
とりあえず、モルギフの顔の部分を布で覆う。
何だかまだ苦しそうだ。
吐くものはきちんとはかないとつらいのは判るけど。
「がんばって吐しゃ物はのみこんどけよ」
オレの薄情とも思える台詞になぜか涙なんかを流してるし。
ふとみれば、リックは見慣れぬ金髪の男性が抱えている。

どうやら魔族らしいけど?
「陛下。おはやく」
「あ。ああ」
促され、とにかく、そのままその場を後にしてゆくオレたち一行。



戻る  →BACK・・・  →NEXT・・・