「……力を持たぬ船に限って襲い、壊し奪うの悪行三昧……」
声も口調もかわっている。
「正々堂々と勝負もせず。卑怯な手段で押し込めてはか弱きものまで脅し。
  己の所有といいたてる。盗人たけだけしいとはこのことであるっ!」
きっと正面を見据える彼の瞳の色は黒。
見間違いでもなく、髪も瞳も黒い…双黒。
その姿をみて誰もが絶句する。
そう、海賊に限らず、乗客や船員たちですら。
「海に生きる誇りをなくした愚か者どもめ!命を奪うことは本位ではないが。
  今回ばかりは情け無用!てめえらまとめて冥府魔道におくってやるっ!」
ユーリの言葉と共に、振動は段々と大きくなり。
それとともに、言葉とともに、さらなる突風がユーリを中心にと吹き荒れ。
その突風は海賊たちのみを叩き伏せる。
そして。
「成敗っ!!」
ユーリの言葉と同時。
キャビンの入り口付近にいた海賊の部下たちが悲鳴を上げる。
振動と音の原因が判明したがゆえに。
それらが、
ふわり。
と浮かび上がると同時に。
ザバァァ!
高らかな水しぶきの音。
そちらに視線を向けた人々が思わず絶叫する。

「…ここは、人間の領域なんだが…要素の制限は?」
ヴォルフラムのつぶやきに。
「…陛下にはないのかもしれない……」
コンラッドがつぶやく。
まあ、確かに、コンラッドはその原因は何となくは判ってはいるが。
視線を向けた先では、
海水で出来た巨大イカが海賊たちを器用につかんで空中に高々と掲げ始めている。
コンラッドはヴォルフラムにかけより、こうなった状況のユーリを止めることなどは不可能。
ゆえに、見守るしかないので見守っているのだが。

「わ〜きゃ〜!ぎゃ〜!!」
海水巨大イカに捕らえられた海賊たちの目に更なる恐怖ともいえるモノが視界にと映りこむ。
みれば、デッキを埋め尽くしていた骨といわず残飯のすべてが浮き上がり、
海賊たちのみに攻撃を仕掛けながら数箇所に固まっていき。
それらはやがて数体の、どうみても骸骨模型と成り果てる。
ちなみに、ひとつのサイズは二階建ての家程度。
それらはうろたえる海賊たちにとむかってゆく。
さながら地獄絵図…といっても過言でないかもしれない。
何しろ、無数の骨という骨が生き物のようにうごめいているのだからして。
それらが数箇所にと集まっていき、束になり、どうみても骸骨を形成しているのだ。
しかも、どうしてその横に、まるでともし火のごとくに、火がちょろちょろとついていなければならないのか。
しかも、青白い炎が。
更には。
「うわぁぁぁ〜〜!!!」
叫び声に目をやれば。
薄透明な布のようなモノにぐるぐる巻きにとされて、空高く上っていっているものの姿も。
それらは船客には目もくれることなく、海賊たちのみにとむかってゆく。
ちろちろとした炎が女たちにとかけられたロープを燃やし、女たちを解放する。
ちなみに、彼女たちはその炎で熱さをまったく感じることなどはない。
更には。
「…傷が……」
海賊たちによって傷を負わされていた人々のそれが。
風がなでたかとおもうと、見る間にと治ってゆく。

魔力は魂がもつ資質。
それを持ち合わせたものだけが、自然界の要素と盟約を結び命令し、操ることで魔術は本来扱える。
だがしかし、ここは神を崇める人間の領域。
普通ならば、魔族に従う粒子は極端に薄い。
ゆえに、それほどの使えるはずがない。
というのが一般論。
だが、それは通常でのこと。
それらをまったく気にすることなく力を使える。
といわれているのが、ユーリの母親の種族でもある『天空人』。
最も…ユーリに関してはそれが原因ではない。
根本的に彼の魂の下にはすべての力が従うのが当たり前であるがゆえに。

どうみても骸骨集団達は、やがて、マストから落とされた海賊の頭にとむかっていき、彼を高々と持ち上げる。
動くたびに骨がとびちり、又ばらばらになっては固まり。
すでに海賊の仲間は骨もどきの中にととりこもれ、もはや絶叫状態。
他の乗客や乗員が静かなのは、ほとんどが遺骨や巨大海水イカを目にして気を失っているが為故。
気を失っていない人々は、固唾をのんで、とにかくそれぞれの家族と身を寄せ合い固まっている。

「こっ!こいつ悪魔だぁ!あくまだぁ〜!!!」
海賊の頭は恐怖の絶叫を上げているが。
「悪魔?この正義の文字、忘れたとはいわせねぇ!」
そんなユーリの言葉と同時に、なぜか高々と空高く掲げられている海賊の頭の目の前には。
船のランプの明かりが飛んできて火文字で『正義』の二文字が。
この世界の存在にその文字は読めるはずはないのだが……


「…?こいつらユーリにあったことがあるのか?」
コンラッドにしがみつきつつ、つぶやくヴォルフラム。
内心、こんな悪趣味な魔術は始めてだ。
などとはおもっているが。
だが、同時にいくつもの術を具現化させているユーリの魔力の大きさにも驚かされているのもまた事実。
まあ、火と水。
両方を操ったことにより、かなり常識はずれの力をもっている。
とはおもっていたが…しかも、無意識で瞬間的に瞬間移動するほどの力の持ち主なのであるからして。
ユーリは。
ヴォルフラムの言葉に。
「いやぁ。その辺は簡便してあげて」
といって苦笑いするしかないコンラッド。
昔から、というか以前もそうだったが。
やはり時代劇。
「…小さなころから陛下…時代劇ファンらしいですからねぇ〜……」
いって遠い目をするしかないコンラッド。
あのときもそうだった。
時代劇口調だったよな…などとコンラッドは思い出してしまうが。
それはまあ、仕方ない、といえば仕方ないであろう。
悪魔、というよりは事実はこの世界ではユーリは正真正銘、魔族の王なのだが。
つまりは魔王。
海賊船のデッキの上で、
開放され、とにかく事を見守っていた女性たちが、遠くで投げられた光に歓声を上げる。
それと同時に汽笛の音。
「船よ!!シマロンの巡視船よ〜!!」
ユーリの爛々と輝く両目が会場の灯りを確認する。
あちこちで乾いた軽い破裂音がし、海賊たちを飲み込んだまま、骨軍団は骸骨形態から崩れ去る。
灯りは近づき、船の真横にやがて移動してくる。
「己の悪行を悔い、極刑をもってつぐなう覚悟をいたせ!おって沙汰を申し渡す!」
そう、海賊たちにと言い放ち。
そのまま、ユーリの体は前のめりにと倒れこむ。


「ユーリッ!」
それをみてあわてて駆け寄るコンラッドとそれに続くヴォルフラム。
それとほぼ同時。
ドヤドヤと船にと乗り込んでくるシマロンの役人たちの足音。
「これを。」
ふとみれば、いつの間にやってきていたのか、ヒスクライフと娘のベアトリスの姿が。
「え?おい……」
いきなりカツラをとられ驚くヴォルフラムだが。
「早くこれで彼の髪を」
言いたいことを察してコンラッドがユーリの頭にヒスクライフのカツラをかぶせる。
「あの?いいのですか?」
「あなた方は魔族だったのですね」
そういわれ、はっと身構える。
だが、そんなヴォルフラムとコンラッドの二人をみて軽く笑みを浮かべ。
「どうにもしませんよ。あなた方は…というか、この方は我らの恩人だ。
  ……よもや、まさか双黒の魔王だとはおもいませんでしたが……」
ヒスクライフの言葉に、ヴォルフラムが剣にと手をかけようとするが、そこに剣は今はない。
「身構えなくても大丈夫ですよ。…ですが、ユーリ殿の髪は目立つでしょう?」
「おに〜ちゃん。大丈夫なの?どうしたの?」
コンラッドに抱えられているユーリを心配そうな顔でみて言ってきているベアトリスの姿。
甲板はざわめきたっているのでこちらのほうまではあまり気にされていない。
もしくは遠巻きにこちらを見ている人々の姿が垣間見える程度である。
今、彼らにとって最も重要なのは、ユーリではなくて海賊たち。
彼らはまだ骨にうずもれているものの、気絶しているだけなのだからして。
ユーリのことも気がかりではあるが。
だがしかし、自分たちを助けてくれた…というのは、いくら彼らが魔族に対して恐怖していようがそれは判る。
「少し眠っているだけだよ。それよりヒスクライフ殿。あなた方は離れたほうがいい」
「ウェラー卿!?」
「我らはおそらくつかまります。…この現状ですしね」
そんなコンラッドの言葉に。
「しかし…それではあなたたちが……」
このままでは魔族とわかった彼らが捕まるのは明白。
ゆえに心配しつつもといかけるヒスクライフに対し、
「大丈夫です」
きっぱりはっきりいいきるコンラッド。
「みすみす捕まるのか!?ウェラー卿!?」
「ヴォルフラム。今は陛…いや、ユーリの身の安全が第一だ。
  あれほどの力を使ったんだ。今のユーリの体への負担は並大抵ではない。
  つかまっても人間たちには何も出来ないよ。牢屋にでも入れて本国へ…というところだろう。
  ユーリの目が覚めるまでに逃げる方法をきめて、それから実行したほうがいい」
それだけいって、少し離れたところにいる、オレンジ色の髪の人物に目配せしているコンラッド。
ユーリはまるで死んだようにと眠っている。
巨大な力を使った肉体における負担の大きさを物語るように。
「…それは……」
「だろ?今我々に出来ることは……」
何よりも優先すべきは。
ユーリの身の安全の確保。
ヴォルフラムが言葉につまり、コンラッドが言いかけると同時。

「うごくなっ!!海賊たちはどうした!!」

そんな会話の中。
役人たちがユーリたちのいるデッキにとあがってくる―――



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