「いつかこれくらい大きな船を自分の力で動かすことが僕の夢なんです。
  …あれ?お客さん?胸に何か光るものがついてますよ?」
指摘されて、ふとみれば。
茶色くて小さいガラスがボタンの脇にとしがみついている。
ということは何?
今までのオレってめがねを頭にのせたまま、めがねを探している人と同じレベル!?
「あ…あはは。灯台下暗し……だね。一緒に探してくれてありがとう。えっと見習い君」
「リックです。お客さん」
「あ?そうなの?じゃあリック。本当にありがとう。いろいろと大変かもしれないし。
  理不尽なこともあるかもしれないけど、自分を見失ったらダメだよ?
  正しいことに間違わずに進んで池る勇気をもって。本当の意味での船長になれるように祈ってるよ」
オレの言葉に、リックの動きがとまる。
…何か知っているのか?
と小さくつぶやいているが。
でもオレにいえるのはこの程度。
とにかく。
『はしご』に何か意味があるらしいので部屋にもどってコンタクトを入れなおしてからいってみよう。
そのまま、右目を手で覆ったまま、部屋にとかけこむ。
何か時間的に急いだほうがいいような気がして。
あまり下手なことはいえないし。
だからといって、ほっとけない。
なら自分に出来ることをするっきゃないし。
それが人の心の『気』…つまり、『オーラ』を視れる特技を持ったオレの役目だとおもってるし。
それを踏まえて、いい王様になって人々を幸せにすることが出来れば……
いや、しないといけないし。
まだ仮免すらももらえない、名前ばかりの王だけど。
そのまま、部屋の扉をあけて、その前で片方のこっていたコンタクトもついでにはずす。
左右の視界が異なっていたら何か見にくいしね。


「聞いてくれよ。ヴォルフラム。コンタクトがすっとんじゃってもうびっくりでさぁ」
いいつつ、流し台にと向かう。
水の中にコンタクトをいれて、水洗い。
そして、そのまま小さな筒のような小物の中にといれておく。
洗浄液とかでもあれば楽なのに。
というか、衛生的にもそれだと問題がないし。
でもないものは仕方ないので、とにかく水洗いをするしかない。
「…踊ったのか?」
風呂から出た直後なのか、服は着替えているものの、頭になぜかターバンを巻いている。
「お前…なんつ〜格好してるんだよ?」
いくら何でも、いつもの服にターバンはないっしょ?
ターバンは。
しかも、こいつの服は軍服のようないでたちだしさ。
「踊ったのかときいてるんだ!」
険のある声。
眉間のしわ。
腕組したまま仁王立ち。
やばい。
何か怒ってる?
この状況は…わがまま注意報発令中ってか?
「そりゃ踊りますよる踊りにいったんだしさ。お料理教室にいったわけでも。
  映画の試写会にいったわけでもないんだし。それがどうしたの?何か怒ってるし?」
「この尻軽!」
「はぁ?」
男にむかって尻軽ってどういうこと?
「ああ。フットワークが軽いってことか?確かにオレまだまだだよなぁ。
  チームももうちょっとこう、動きをスマートにしていったら……」
動きだけは練習でどうにかするっきゃないしなぁ。
あれは一種の勘みたいなものがあるし。
「でもさ。尻は軽いにこしたことはないよ。オレはまだまだだけどさ。
  セカンドの送球も早くなるし。盗塁するのも早くなる」
オレの言葉に。
「裏切り者!といったんだ!」
何か顔を真っ赤にして、手元のマクラと、ついでにターバンをはずしてオレにと投げてくるし。
「はぁ!?いつどこで、誰がどのようにしてうらぎった!?
  何時何分難病!?オレは誰だって裏切らないし。この先も多分裏切りません!
  裏切るときは信念が折れるときだし、裏切ればどうなるかもわおってる!
  それでもお前は裏切れるっていうのか!?」
おしい。
あともう少しで五段活用!
そんなオレのまくし立てに。
「いいか!?確かにお前は外見だけは、ソフィア様ゆずりで上等だ!
  だが、その中身はといえばとんでもないへなちょこだからな!
  目をつける輩も多いだろう。しかしいちいち取り合ってどうする!?
  いくらかわいいからって貞節も何もなしでは貴族の伴侶として認められないぞ!?」
意味のわからないことをいってるし。
「ちょっとまて!お前のほうがかわいいだろうが!オレのは女顔っていうんだよ!
  って、その貞節って何だよ!?」
オレがヴォルフラムに叫び返すとまったく同時。

ド〜ン!!
グラグラグラッ!!


突き上げるような衝撃が、船全体を覆ってゆく。
……一体何!?
はっ!?
まさか!?
「まさかタイタニック号の二の舞!?氷山か!?」
救命胴衣はどこだっけ?!
オレはベットの下を覗き込むけどそこにはなし。
ゆれは一度だけで終わったようだけど。
…やっぱりぶつかったのか?
ホールやダイナーの方角から悲鳴と大勢の足音が聞こえてくるし。
パニックになっているのが、離れていても手にとるようにとわかる。
「やっぱりタイタニックぅ〜!?きっと氷山にぶつかったんだ!!」
「航路は暖流だぞ?」
「暖流でも氷山にあたったんだよ!!」
そういえば、沈むとしたらあの楽団。
タイタニックの楽団よろしく、最後まで音楽をひいてくれるのかな?
「ぼ〜としてるな!ヴォルフラム!コートと最小限の荷物もって!救命具身につけて逃げるんだよ!
  あ、救命胴衣がみつからなかったら、コートを救命具がわりに出来るし!急げ!
  そういや、コンラッドは!?」
そういや、彼はまだダンスホールだ。
……大丈夫なのだろうか?
とにかく、合流して、早く海に飛び込むか、救命艇にのらないと。
海にとびこんでも、すぐに後ろからきている巡回低がひろってくれるだろう。
…問題はオレの髪。
とりあえず、タオルで髪を隠すしかないか?
とにかく、コートをもって、戸惑うヴォルフラムをうながし、外に出ようとすると。
バンッ!
「ユーリ!ヴォルフ!!」
壊れるくらいに乱暴に扉をあけて、コンラッドが部屋にとかけこんでくる。
彼らしくなく表情がこわばり、袖には酒をこぼしたとおもわれるしみが。
「よかった。無事にもどってたんだな。手紙をうけとってたものの心配だったが……
  ヨザは大丈夫とはいってたが」
オレとヴォルフをみてほっと息をついているコンラッド。
「あ。手紙うけとってくれたんだ。ってヨザってあの、ニューハーフ風呂の?
  ってそんな場合じゃなくて!早く逃げないと!
  なあ、やっぱりこの船沈むの!?まさかもう沈みかけてる!?」
そうなったら急がないと危険だ。
船が沈むときにもっとも恐いのは、船が沈むときに発生する渦に飲み込まれること。
「何のことです?」
「タイタニックだろ!?」
オレの言葉に、ああ、という顔をして。
「氷山ではありませんよ。陛下。タイタニックのようにはなりません。
  ですがそれ以上にまずいことになっています。ヴォルフラム!」
「何だ?」
「剣はあるか?」
「ある!!」
船酔いと不機嫌で青白かった頬が、目に見えて興奮の色にとかわる。
剣を振るえるのがそんなに楽しいのだろうか?
ということは。
は!?
まさかよく海の伝説にあるシークラーケン!?
つまりは、人食い巨大イカとか。
この世界、何があってもおかしくないとおもうし。
まさか、高波に剣で対抗する。
なんてことはない゛たろう。
…それとも、剣と魔法の世界。
というくらいだから、この世界、そういう『技』ってあるのかな?
ヴォルフラムの言葉にうなづき。
「よし。じゃあ二人ともここにかくれて」
「何すんだよ!?」
コンラッドはオレたちをクローゼットに押し込み、すらりと腰に挿した剣を引き抜く。
刃を背にして肩膝をつき、オレたちをクローゼットに押し込めてから。
クローゼットを閉めつつも、低くいってくる。
「冷静に聞いてください。この船は賊の襲撃をうけています」
「…ぞくって……」
「海賊にきまってるだろうが!!」
オレのつぶやきに、すかさずヴォルフラムの突っ込みが。
「そうです。もうかなりの数が突入してきている」
「じゃ、コンラッドも早く隠れなきゃ!」
オレの言葉に。
「何いってるんですか?こういうときのために俺がいるんです」
見ているほうが息がつまりそうな笑みを浮かべ、すぐさまに、扉にと手をかける。
「できる限りデッキで食い止めます。この部屋は逃げた後だとみせかけるから。
  足音がしなくなるまで我慢してください。決して短気を起こさないように。
  あなたに何かあれば、万一のことがあれば、ギュンターも国民も泣きますからね」
「あんたは?」
「俺?」
「泣いてくれるんだろ?」
オレの言葉にふっと笑みをうかべ。
「そのときには違う場所で再開しているよ。」
…それってどういう?
「僕も戦うぞ!」
そういうヴォルフラムを片手で制するコンラッドに対し。
「僕の腕を信じてないのか!?」
「信じてるさ。だからこそるヴォルフ。陛下のことを」
「うっ……」
そういわれては、さすがのヴォルフラムも反論できないだろう。
そのまま、オレの横にと座り込む。
「コンラッド!だけど!」
オレの叫びに。
「俺がもどれなくても許してください。それじゃあ!いいですね。ヴォルフ。陛下をたのんだぞ」
「わかった。」
もどれない…って…そんなのダメだ!
オレが叫ぶよりも早く、クローゼットが閉められる。
甲板へと遠ざかる靴音はあっという間に周囲にと飲み込まれる。
かなり気になる言葉を残してコンラッドは戦場にといってしまった。
…まさか、コンラッド…死ぬ気じゃあ……
オレの許可なく死ぬなんて許さないからな!コンラッド!
いや、許可あっても死ぬなんてダメだけど!!

外から聞こえてくるのは、悲鳴や叫び声。
そして、剣のぶつかり合う音。
一緒についてきていたはずの巡視船はどうなったんだろう?
それ以前に気がかりなのは、コンラッドや他の乗客たち。
「大丈夫だ。ウェラー卿はああみえて、眞魔国一の剣の使い手だ。海賊などに遅れはとらない」
オレの心配事を察してかコンラッドがいってくる。

そして―――

花瓶の割れる音や、耳を覆いたくなるような泣き声と叫び声。
それらが、だんだんと静かになり、あたりに静けさが訪れる。
さながら、とある洋画のよう。
隠れていた子供が外にでると、そこには誰ものこっていない。
あんなに騒がしく激しかったのに。
敵も父親ももういない。
そんな風景。


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