スピカお手製の花と人形が一緒になっているそれを食い入るように見つめているベアトリス。
「何ならあげようか?」
「いいの!?」
オレの言葉にぱっと目を輝かしてくる。
どうやらほしいらしい。
「うん。いいよ。これオレの妹が作ってくれたものなんだ。オレにはまだもう一個あるし」
いって。
「はい。」
そのまま、ベアトリスの手をとり、それを手渡す。
それをとても高価なもののように、両手で包み込みうけとり、目を輝かせて見入っているベアトリス。
そんなに珍しいものかなぁ?
…ここって、もしかしてガラス細工とかあまり一般的でないのかもしんない。
でも、眞魔国ではよくみるけどな?
ガラスの食器とか工芸品もどき?
…城の中だからかもしれないけど。
そんな会話をしてると、やがて、ひとつの曲がおわり。
「おと〜様たちにみせてくる!!おに〜ちゃん!ありがとう!!」
よっぽどうれしかったのか、顔をきらきらと紅潮させて走っていくベアトリスだし。

そして。
「おと〜さま!おか〜さま!あのね!あのね!おに〜ちゃんにこれもらったの!!」
興奮気味に両親に話しているベアトリスの姿が。
「素晴らしかったよ。ベアトリス。さすがは私のお姫様だ。とても優雅に踊れたな。
  …ん?何をもらったって?」
「これ!!」
炎の灯りのしたりでビーズ細工がきらり、と光る。
「これは?」
「おに〜ちゃんの妹が作ったんだって。ね!すごい綺麗!ガラスのくずでつくるんだって!」
そんなことを父親にいっているベアトリスだけど。
やがて、ベアトリスとその両親がオレの前にとやってきて。
「ユーリ殿?いいのですか?こんな高価なものをいただいても?」
「オレまだもってますし。…って別に高価じゃないんですけど……」
というか……スピカにもらった細工物は、捨てることができずにたまってゆくばかり。
というのが現状だし。
「いやしかし…これはガラスで作られているようですし。…しかも色とりどり……」
「別に売り物とか高価なものじゃないですってば。
  オレの妹が…まあ、血はつながってないんですけど。オレの妹がとにかくそういうのが好きで。
  そういったビーズ細工とかリリアンとかに凝ってまして……
  せっかくつくってくれたものだから、捨てるわけにもいかなくて。
  正直なところ、家の自分の部屋の箱の中にたくさんあるんですよ」
事実、そうだし。
オレの言葉に。
「…ビーズ…細工?…リリ…アン?」
「知りません?」
こくり。
とオレの言葉にうなづくヒスクライフ夫婦。
「…う〜ん…この世界、ビーズ細工とかリリアンとか普及してないのかなぁ…?」
だったら、ガラスモノを作るときにでるであろうガラスくずはどうしてるんだろう?
今ベアトリスにあげたのは、形がいびつなガラスくずに似せて作ってあるもの。
整った形のビーズ玉よりいろいろと味が出て、作るのにも張り合いがでる。
「は?このせか…い???しかし…このような貴重なものを……」
「ですから。貴重でも何でもないんですってば。
  それに妹も大切にしてくれる人がもっていてくれたほうがうれしいとおもいますし」
そんなオレの言葉に深々とお辞儀をしてくるヒスクライフさん夫婦。
そんなにお礼を言われるものでもないとおもうけどなぁ?
たかが、ビーズ細工もの。
そんなに凝ったものでもないし。
「ね〜ね〜!!お母様!これとっても綺麗!私にもこんなの作れるかなぁ?」
母親にみせながら、そんなことをいっているベアトリスの姿。
「出来るとおもうよ?それ作ったオレの妹、今九つでこの冬に十になるけど。
  ベアトリスは確か六歳だっけ?細工物は手先の器用さが必要だけど。慣れたら誰でもできるしね」
「本当!?」
「その前に…ビーズ自体が普及してない…となると、問題はそこからか……」
日本ならば、まず百円ショップにすら作成キットがおいてある、というのに。
「これは。あらたな商売になるかもしれませんな。…ビーズ…ですか」
一人何やらつぶやいているヒスクライフさん。
そんな話をしている最中。
ふと、無意識に手を目にとやってしまい。
ごろり。
「…あ゛!?」
ずれた。
「?ユーリ殿?」
「お兄ちゃん?」
「あの?」
思わず目を押さえるオレにと声をかけてくるベアトリス親子。
…あはは。
ずれた。
ずれてしまいましたよ。ええ。
そ〜いえば、コンタクトしてたの、うっかり忘れてたしっ!
「あ。ちょっと失礼。コンタクトか……」
『コンタクト??』
「えっと…目が悪いもので…」
とりあえず、目を抑えてぺこり、とお辞儀をし。
「ちょっと失礼します!」
それだけいって、コンラッドを探して視線をさまよわせる。
一方では、首をかしげている三人の姿もあったりするけど。
こんなところで魔族だとバレたらどうなることか。
…何しろ、黒眼黒髪って魔族だけ…らしいしなぁ。
しかも、ほとんど天然記念物並みに貴重とか。
ついでに万物の霊薬、とまでいわれてるらしいしさ…
目を押さえ、あわてつつも。
不思議がるヒスクライフ夫妻とその娘のベアトリスの前を後にして、コンラッドのほうにいこうとする。
が。
何分、人が多すぎる。
しかも、コンラッドとあの女装オレンジ髪のヨザさんは何かピアノの近くのテーブルで話し中だし。
こちらは、いつコンタクトが外れるかもしれない危険なとき。
コンラッドに言ったところで、こんな人ごみの中コンタクトをつけかえられるはずもなし。
ならば。
とりあえず、部屋にもどってからコントクトを装着しなおすしかないっしょ。
そう思い直し。
「ちょっと部屋にもどりますので。失礼します」
近くにいたベアトリス達にと声をかけ、ダンスホールを後にする。
心配させてもいけないので、手近なテーブルの上にとあった紙の上に。
『コンタクトが外れかけたので部屋にもどります。ユーリ』
と書く。
ちなみに、日本語で。
ヒスクライフさんに申し訳ないけど、『コンラッドに渡してください。』と頼んで部屋にと向かう。
使い慣れた二十四時間制で計算し、腕の時計をみると、ただいまの時刻は夜の十時過ぎ。
時計はブレスレット、と捉えられるだろうから問題ないだろう。
というので常に身につけている。
…時計盤は見せられないけど……
日本語で書いておけば、まず誰にみられても、コンラッド以外には意味不明のはずだし。
というか、絶対に読めないはずだし。
この世界の人たちには…日本語。
オレがいまだにこちらの文字が理解しがたいのと同じように。


闇にと沈むデッキを歩くうちにだんだんと全身の緊張がとけてくる。
あれは精神的にもよくないとおもう。
…ごみの…というか、食べかすが散らかる上での踊りとかはさ……
誰も片付ける人がいない、というのもオレにとってはかなりの驚愕以外の何ものでもないし。
波は緩やかな黒いうねりで船腹をなでたり、たたいたりしている。
しばし、海面をみていると心が落ち着いてくる。
そういえば、華やかでまぶしいあの場所にも、
というか、この船のどこにも、『黒』という色は見当たらなかった。
…落ち着く色なのに。
ということは、この世界には醤油すらないのかもしれない。
…そういや、この世界の食べ物って塩と胡椒とかでほとんど味付けされてるよなぁ…
あとはスパイスとかで。
…今度、眞魔国内部で生産…提案してみてもいいかもしんない。
だって大豆はあるんだしさ。
遠くで炎がちらり、とゆれる。
シルドクラトからずっとついてきている護衛船だろう。
右目の痛みがつよくなり、このままでは眼球自体もかなり危険。
早く部屋にもどって取り外そう。
そのまま、小走りに走り、角を曲がり。
「あ!すいません!」
薄明るい廊下に入ろうとしたときに、思いっきり誰かとぶつかった。
その衝撃が決定打。
「あ〜!!…落ちた!」
おちたし。
「申し訳ありません。お客さま。どこかお怪我でもされましたか!」
「うごくな〜!!」
相手のほうもみずに、思わず叫ぶ。
条件反射で相手がとまる。
「オレは産まれて初めてコンタクトを落とした。そして今。産まれて初めてコンタクトを探そうとしている。
  ランプは床を照らしてくれ。足元にないことを確認したらそ〜と膝をついて手でさがせ」
いいつつも、オレも目をこらして床をみる。
…割れたらそれまでだしなぁ……
予備はあまりない、と聞いてるし……
「は。はい。あの?でもコンタクトってどういうものなのか…」
「小さなガラスのようなもの」
とりあえず、コンタクトの外れた黒い右目を人前にさらすわけにはいかないので。
右手で右目を覆って、左手だけで床をなでる。
「あのぉ〜?顔を怪我でもされたんですか?」
足元をランプでてらしつつ、おそらく船員の一人だろう人が声をかけてくるけど。
「そうじゃないよ。…って、あれ?今朝の?」
見ればそこにいたのは、朝殴られていた見習い船員だ。
…何か朝より、その身に纏う悪いオーラがさらに強くなってるんですけど……
でも聞くわけにはいかないしなぁ……
「朝もへんなとこみせちゃって。夜もこんな。…本当にすいません。
  仕事で見回りだったんですけど誰かいる、とは思わなくて」
人の目を見ながらそらすのは、嘘をついているか、やましいことがある証拠だ。
「う〜ん。ま、コンタクトを落として探すのは現実社会や少女マンガでよくあることだし」
漫画の中では遅刻覚悟で探してくれた相手と恋に落ちてるらしいけど。
んなことがあるわけないってば。
現実的に考えてもさ。
「こんな夜に一人で巡回?大変だね。
  でもいろんな苦労して初めて人の命を預かる職につけるってものなのかもね。
  でもいくら指導でも、顔が腫れ上がるまで殴らなくてもねぇ。せめて、平手打ちだよ。平手打ち」
…オレはそれで男と婚約するハメになったけど。
いくら何でも人間世界でまでそうではないだろう。
命を預かる。
のとろこで、ピクリ、と体が反応しているそばかす少年。
「あ。あのときはオレがうっかりはしごをおろしちゃって。
  あ、乗り降りするはしごの出し方を教わってたんですけどね。
  だから怒られてもしかたないんです。覚えることはたくさんあるのにオレ、頭わるいから」
下をむいたまま、いってくる。
はしご。
の言葉で彼のオーラの色がさらにどす黒く染まる。
「顔が腫れ上がるまで殴られても?」
「見習いのころはみんなそうですから。船乗りは誰でも同じです。
  オレなんか最初の航海からこんなすごい船にのれて幸せです」
思わず手をとめてまじまじと少年をみる。
嘘はいっていない。
嘘は……だけども。
何かが違う。
それは何だ?
といわれたら、言葉にできないけど。
こんなオーラの色というか、色どころか感覚も始めてだ。



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