「猊下!?」 自由になったことと、 アーダルベルトたちの動きが固まっているのをみてヴォルフラムが声をかけるが。 「フォンビーレフェルト卿。先に村にいってて。僕は彼に用事があるから。先にいってユーリを守って」 まあ、もうすでにウェラー卿がいってはいるはずだけど。 そう心で思いつつ、ヴォルフラムにと話しかけるアンリ。 そして、ぱさり。 とフードをとりはずす。 「ですが!?」 「いいから!いって!」 強い口調に逆らえるはずもない。 そのまま、頭をさげて部下たちとともに、村にむけてヴォルフラムは馬をすすめてゆく。 彼らの姿を見えなくなるのを見届けて。 「さってと?フォングランツ卿?またあったね? でもさ〜。君は前世の婚約者を殺そうとしていた。というのは今ので明白だよね。 いっとくけど今のユーリはジュリアさんみたいに君の好きにはさせないよ? そもそも。君は婚約はしていても、彼女のいうことをまったくきかなかったしね。 それでどれだけ彼女が心を痛めていたことか」 ゆっくりとアーダルベルトに歩み寄り。 にこやかに、それでいて有無をいわさない口調でと話しかける。 と、同時に。 パシッ!! アンリがアーダルベルトの前にたったその刹那。 鋭い音とともに、すべての音という音が遮断され。 アーダルベルトは音とともに動きが自由になり、おどろきつつも。 馬上から。 「何!?お前は!?それに今何といった!?何とっ!!」 どうしてここで彼女の名前がでてこないといけないのか。 彼女は二十年くらい前にすでに…… それも、魔族のくだらぬ争いの結果。 アーダルベルトの心の叫びを見越したかのように。 「言葉通りだよ。フォングランツ卿アーダルベルト。 幼い日の行動より、本人たちの意思とは関係なく家同士がきめていた。 ユーリの前世でもあるフォンウィンコット卿スザナ・ジュリアの婚約者にして。 その彼女を苦しめたもの。 婚約破棄となりそうになったときには力づくでわがものにしようとしたもの。 君、本当にユーリをみて何もきづかなかったの? それほどまでに君のこころは曇ってるの?何が真実かを見極められないほどに? そもそも。スザナ・ジュリアがどうして婚約破棄しようとしたか。君はわかってないよ。 僕らの…いや、彼女の運命に関係ないものをまきこみたくなかったからなのに。 それすらもわからない。っていうんじゃ、君、彼女を…ジュリアさんを愛していた。 っていう資格ないよ?ウェラー卿もツェリさんも彼を一目みてすぐに確信してたのに」 そういうアンリの手にはいつのまにか杖が握られていたりする。 「何を馬鹿な!?」 アンリの言葉に狼狽してしまう。 どうして彼女の名前がでてくるんだ? どうして。 それに…… 「馬鹿でも何でもないよ。 ま、僕としてもこれ以上。あの方に害を加えられてもたまったものじゃないからね」 何やら雰囲気から何から何までがこの人物…変わったように感じるのは自分の気のせいか? アーダルベルトはアンリの変貌と言葉にとまどうしかない。 彼にとってはもっとも大切な存在の名前であり、そしてまた。 失った大きさゆえに、すべてをほろぼしてしまおう。 とおもっている彼にとっては。 「殺しはしないよ。シルの精神、というか心に反するからね。 ――すくなくとも、スザナ・ジュリアは君を大切に想っていたのは事実だからね。 それがほっとけないから、というやさしさからだとしても」 どうして彼女の名前が連呼されるのか? 彼…アーダルベルトにはわからない。 術を使おうにも何もできない。 「貴様!?いったい!?」 身動きもろくにできないままに、アーダルベルトが叫ぶと。 「僕?僕は村田健。そして……四千年前の名前は……アンリ・レジャン。」 ごうっ!! 「うわぁぁ〜!?」 アンリが名乗ったその刹那。 アーダルベルトは透明な炎にと包まれる。 そして、彼の身体はその場にと倒れ付す。 「しばし。記憶の中で苦しみをあじわっているといいよ。」 それだけいって、アンリの姿は瞬く間にその場からかききえ。 それと同時に。 『アーダルベルト様!?』 残されていた彼の部下が倒れているアーダルベルトに気づき、 ようやく動けるようになったのに気づいて、あわててかけよる。 だがしかし、アーダルベルトは息はしているものの、意識がない。 そんな彼をつれ、とにかく、わからないままにと、この場を離れてゆく――
「……あれ?」 「あ!お兄ちゃん!よかったぁぁ!」 気づけば、なぜかオレは草むらの上に引かれた布の上に横たえられており。 横には心配したような顔の子供たちと、当惑したような顔の大人たちの姿が。 「あれ?オレ?」 オレいったいどうしたんだっけ? まだ小さい女の子が何か斬られそうになって…そして……ダメだ。 そこから先は記憶にない。 何となく視線を向けた先の村においては。 「…あれ?村が燃えてない?」 なぜかまったく家々が燃えた形跡すらもない。 そんなオレの至極当然な疑問に。 「覚えてないのか。お前は」 何だかふてぶてしい声が。 見れば。 「あれ?ヴォルフラム?」 どうしてこいつがここにいるんだろう? しかも何かその手に布をもって。 「住民の話ではお前が元通りにしたらしいぞ?」 「オレが!?んな馬鹿な!!?出来るわけないじゃん!?」 思わず腹筋運動よろしく飛び起きる。 ズキッ! 「って!!」 頭が思いっきり痛い。 ついでに何でか身体全体もふらふらする。 まるで長距離を猛ダッシュで走った後と同じような状態によく似ている。 でも何もオレしてないのに?何で? 「まったく!お前ときたら前代未聞のへなちょこだな!」 「…何だよ。へなちょこって……」 あまりの頭の痛みと身体のだるさに完全に言い返す気力もない。 「へなちょこだからへなちょこだというんだ」 オレの抗議の声に即答し。 「人と話している最中にいきなり消えて。しかもあろうことに単身、紛争地帯にいくなど。 無謀をとおりこしてへなちょこだ。といっているんだ!」 何かそんなことをいってくるけど。 ?は? 「というか。お前がオレをここによこしたんじゃないのか?」 「僕がそんなことをするかっ!というかできるかっ!」 じゃ、何でオレ、城の中からこんなところに移動してたわけ? 世の中、不思議なこともあるんだなぁ。 そんな会話をしていると。 「もう大丈夫なんですか?おきられても?」 コンラッドが何やらコップをもってオレのほうにとやってくる姿が目にはいる。 「あ。うん。何かものすっごい身体全体がつかれてるっぽいけど」 オレの言葉に。 「陛下はここでみんなと休んでおいてください。はい水です」 「ありがとう」 差し出された水をこくこくとのむ。 何だかとっても喉がかわいていたようだ。 「ヴォルフラム。陛下をたのむぞ」 「いわれなくてもわかってる!」 そんなやり取りをしつつ、コンラッドは何やら村のほうへいってるけど。 どうやら捕らえた襲撃してきた人々から理由というか事情を聞いているらしい。 というか…何がどうなったわけ? とりあえず、しばらく身体を休めていると周囲の様子がよくわかってくる。 泣き叫んでいる子供もいれば、なぜかオレを遠巻きにみている大人たち。 そしてまた、なぜかオレにとお礼をいってくる人の姿も…… しばらく休んでいると身体もだいぶ楽になり。 じっとしているのも何なので、別にオレ自身としては怪我してる様子でもないし。 周囲の空気をすってくる。 といって村人たちの集団からひとまず抜け出す。 なぜかヴォルフラムもついてきていたりするけど。 集団からでると、その視界の先にテントが張られているのが目に入る。 何となくテントのほうにと向かってあるいてゆくと。 「ユーリ?お前こんなところで何してるの?…ってもう身体はいいの?」 見ればアンリがなぜか手桶をもって立っていたりするし。 「うん。っていうか。ここって救護テント?だったらオレにも何か手伝えることない?」 「おいっ!」 オレの言葉になぜか抗議の声を上げているヴォルフラム。 「人手はいるけどさ…ユーリ?ほんとぉぉに。身体大丈夫?」 本気で心配そうにアンリがいってくるけど。 「くどいな〜。平気だって。別に怪我してるわけではなさそうだし。 何か動けるものは何かしないと。で、オレ何すればいい?」 オレの言葉にしばし考えるそぶりをして。 やがて、ため息とともに、 「わかったよ。とりあえず中にギーゼラって娘がいるから。その子に聞いて。僕はこれもってくから。 術を使えばはやいけどそれだと恐れる人もいるからって手作業だからね」 いってテントの中を指し示すアンリの姿。 おそらく、火の粉と雨を避けて張られたテントなのであろう。 体育祭の救護テントを彷彿させる。 だが、屋根の下はそんなのどかな雰囲気ではない。 二十名以上のけが人が横たわっていたりする。 魔族も人間も関係なく、次々と運ばれてくる負傷者たち。 テントの中では青白い肌の女の子が一人で忙しく動き回っている。 そういえば、青い肌の子は癒しの一族だ。とギュンターがいっていたのを思い出す。 つまり、衛生兵なのだろう。 この彼女は。 この国では男女の区別なく戦地や職についているらしい。 その点では妙に進歩的ともいえるよな。 そんなことをおもいつつ。 「あのぉ?何かオレに手伝えることってあります? アンリが多分君にだろうけど聞いてみろって…」 オレの声に、女の子は顔をあげ、そしてオレをみて何やら仰天してるし。 外見はヴォルフラムくらいだけど、きっとオレより年上だろう。
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