If ~もしも…~呪法…~
「……何ですの?あの声……」
「あ。たしかに。声…みたいですね」
いいながらも、思わず足をとめているルルちゃんとウィル。
どこからか、かなり離れた場所からかすかに何かが聞こえてくる。
「…笑い声。だろ?」
そんな二人の疑問に答えるかのごとくに、ランツが顔色も未だにわるくいってくるが。
「?確かにそんな感じではあるけど…でもこれは……」
聞きなれたくないけど聞きなれてしまったあの高笑いとは又違った笑い声。
どこか甲高く…そしてヒステリック的な感じをうけなくもない。
まあ、きちんと聞こえるわけではないから断言はできないが。
そんな私の戸惑いをよそに、
「…おれがみたのは…あれ。なのさ……わらって…いやがるんだ……」
いいながら、体を小さくかたかたと震わせているランツの姿。
いったい全体彼は何をみたというんだろうか。
「なんなんだ?そのあれって……」
そんな私の問いかけに、なぜかランツは答えることなくそのまま無言で奥に、奥にと進んでゆく。
しばらく進んでゆくとやがて大きな扉の前にと私達はやってくる。
「あ。ここ。ここですよ。リナンさん。ララさん。エリーさん。デイミアさんが先刻居た場所で、
私達が地下室に落とされたのは。この部屋に間違いありません」
その扉をみて、ウィルがあたしのほうをみつつきっぱりはっきりといってくる。
ということは、この先にウィルたちというか詳しくはルルちゃんとレナンが説明した例の五芒星があるわけか。
……地下に落とされる仕掛けはまだ健在なのかはともかくとして。
用心にこしておくことはないだろう。
ここにくるに従い、格段にうっすらと聞こえていた笑い声はしっかりと誰の耳にもあからさまにきこえてきている。
しかも、それはどうやらこの扉の向こう側、かららしい。
「…この笑い声…デイミアさんの笑い声ににていなくもないですけど……」
「ですけど。先刻の会話でデイミアさんが高笑いしまくって話しにならなかったアレとは何かちがいますよ?」
…た、高笑い……
その言葉をきくとどうも某金魚の糞をおもいだしてしまうのだが…
考えないようにしよう。
「つまり。この先に青のデイミアって人がいる。ってわけか」
何か尋常でない笑い声である。
耳に響く甲高い声が逆に頭痛すらをも併発しそうなほどの耳につく笑い声。
そんなリナンのつぶやきに、こくりと黙ってうなづくランツ。
「とにかく。開けますわね」
いって、ララちゃんがその扉に手をかけ誰の返事をまつこともなく扉を押す。
ギィィ……
鈍い音とともに、じょじょにひろがっていく扉の隙間から、さらに甲高い狂った笑い声が漏れ出してくる。
室内に一歩踏み出し、ぐるりと周囲を見渡し、そしてララちゃんの視線が一箇所でとまる。
「…あれ。何だ?ゴル?」
口調が猫かぶりでなくなり、呆然としたようにゴルンノヴァに問いかけているララちゃんの姿が見てとれる。
ちらりとランツのほうをみれば、
「おれはここにいるぜ。…あんなもん。もう二度とみたくねえ……」
いって扉の先にはいかないように、さらには中をみないようにとしてつぶやいていたりする。
扉をひらくと同時にさらにつよくなっている腐臭ともいえるもの。
そのまま、リナンやレナンやルルちゃんやウィルと顔を見合わせ、ララちゃんに続いて部屋の中にと視線をむける。
『―――!?』
思わずそれをみて絶句する私達。
…そこに、それは転がっており、いうまでもなく私達は声もなく一瞬硬直してしまった。
それは、一個の巨大な肉の塊。
といっても過言ではない。
いや、過言ではない、というかまさに肉の塊そのもの、である。
むき出しの内臓をこね回してつくりあげたようなその表情は、絶えず脈打ちうごめいている。
じゃっ!
それらの一部が盛り上がり、肉でできた小さな蛇を随時生み出し、
そしてそれらは体の半分ほどがでてきた時点でアーチを描き、肉塊の一部にくらいつき、
それを食い破りながら肉塊の中に再び没してゆく。
そんなことがその肉塊のいたるところにておこっている。
蛇が肉をくいやぶるごとに、甲高いというか狂った笑い声がさらにたかくなってゆく。
…そして、私達を絶句させたのは。
その肉の塊の中央にぽっかりと確実に人の顔…女性の顔らしきものがあったがゆえ。
「……あれ…デイミア…さん…です……」
「…間違い…ないな。」
かすれるようにいっているルルちゃんとレナン。
「…あれが?」
思わず確認のためにウィルをみると、ウィルも口元を押さえながらも無言でうなづいてくる。
青のデイミア…って、女性だったんだ。
そこにも驚くが、だがしかし……
『
『かなり下手だけどね。』
言葉を失う私達のみみにと、ララちゃんの腰と私の腰のあたりから別の声が聞こえてくる。
「「「……やっぱり……」」」
以前、兄ちゃんやルナさんと一緒にいったデイルスの王宮。
あの中で道にまよった私とリナンとレナンは以前これと似たようなものをみたことがある。
それゆえに、それが何かすぐにわかった。
だけど…信じたくなかっただけ。
「?ラウ…それって……」
「たしか。ディルス二世。英断王が魔族にかけられた呪法…の名前…ではなかったですか?」
伊達に、国政にというか国家に携わるものと、そしてまたレゾの血筋。
今のゴルンノヴァの言葉の意味を的確に捉え、呆然とつぶやくようにいっているウィルとルルちゃん。
今の声が『誰』のものなのかあまり追求する余裕もどうやらないらしい。
ま、この二人、一応あのとき、魔王との戦いの一件のときに、ゴルンノヴァとアルテマの声は聞いてるし。
…説明はきちんとしてないけど。
私もララちゃんもリナンもレナンも。
英断王として灘たかった、ガイリア国王、ディルス二世。
ディルス=ルォン=ガイリア。
その彼がかつては聖域として存在していた、そしてまた、千年前の降魔戦争より後。
魔族の本拠地とすらいわれているカタート山脈にいるという、水竜王により封印された『北の魔王』。
その魔王を倒すために五千以上の精鋭部隊をひきつれて、討伐に向かったのは今から二十年ほど前のこと。
そして、彼と兵士達は誰一人としてもどってこなかった。
おそらくは北の魔王によって返り討ちになったのだろう。
というのが世間一般での噂というか常識。
だがしかし、本当のところは違っている。
ディルス国王は戻ってきたのである。
たった一人だけ。
夜があけて詰めた兵士たちが謁見の間に現れたとき、
それがいつの間にか届けられているのに気がついたらしい。
王の玉座にころがる、大きな肉の塊に。
それらは自らが産んだ肉の蛇に食われながら哀願したらしい。
『殺してくれ。』と。
ディルズ王の声で
人間には扱えぬ闇の呪法で変わり果てた英断王のなれの果ての姿……
人の力や、普通の方法ではいくらいたたまれなくなり殺そうとしても、それは不可能。
それゆえに、助けることも、楽にすることもままならず、
重臣たちと兵士達はこのこと一切口をつぐんで城の地下の一室に幽閉し。
…かつて迷子になった私達がそれを目にしたのはまったくのもって偶然ではあるが。
兄ちゃんとルナさんから後からきいたことだが、私達はあれからしばらく寝込んだらしい。
今でもガイリア城では夜になると殺してくれ…と哀願するディルス王の声が、
どこからともなく通風孔を通じてか城の中を駆け巡っているらしい。
この呪法をかけられたものが死ねるのは、術者が滅びたそのときのみ……
かつてのことを思い出し、思わず顔をしかめるのは当然の反応だとおもう。
今目の前で青のデイミアと呼ばれていた人がかけられているのもそれとまったく同じ呪法であるのは明白。
こみ上げてくる吐き気をどうにか必死にこらえる。
兄ちゃんとルナさん曰く、普通の人間という器にいる以上、決してつかうことができない呪法。
らしい。
ならば…この技をデイミアに使ったのは……魔族、セイグラム……
外の空気の何とおいしく感じることか。
それはどうやらリナンやレナンやウィルやルルちゃんも同じ意見らしい。
私達はデイミアの屋敷から逃げるうに転がり出ると、夜の空気を胸いっぱいにとそれぞれに吸い込む。
「……で。説明してくれないか?」
しばしの間ののちに、ランツがこちらにときいてくる。
「あれが何だったのか。わかったんだろ。あんた達。その表情からして……」
彼とて半ばわかっているはずだ。
あの顔をみれば、…いや、信じたくないのかもしれない。
そもそも、彼とてデイミアの顔をしっていた…という保障はない。
私やリナンとてデイミアの顔はしらなかったんだし。
レナンとウィルとルルちゃんが知っていたからあれがデイミアだ、と確信がもてただけ。
「…まあ…な」
力なくランツの問いかけにうなづきながら、
「あれは…かつて青のデイミアだったもの。
魔族にしか使えないという呪法で、変わり果てた姿に成り果ててるが。
あの中央に張り付くようにしてあったあの顔…あれはデイミアの顔らしいし…な」
そうつぶやくリナンの台詞に、無言で顔色もわるくこくりとうなづくレナンとウィルとルルちゃん。
二人は先ほどまであのデイミアと話していたのだ。
それゆえにその衝撃もかなりのものだろう。
そんな私たちの説明に、
「ちょっとまて。あれが…人…だった。っていうのか?しかも…青のデイミア?
じ…じゃぁ、おれたちが相手にしようとしているのは……
人間をあんなものにかえちまうほどの力をもった……魔族ぅ!?」
どうやら彼は今の今まで気づいていなかったらしい。
幾度もあっていたであろうに。
彼の声がひときわ高くなり、
「ち…ちょっとまてよっ!ま…まさかとはおもうけど、あんたらひょっとしてっ!
魔族相手にことをかまえる気なのか!?」
「いや、かまえるも何も、つい先日もシャブ何とかってやつと戦って倒したばかり……」
「「「「「ララ(さん)(ちゃん)!!」」」」」
さらっと爆弾発言するララちゃんをあわてて押しとどめるリナンとレナンとルルちゃんとウィルと私の五人。
と…とにかく、今のララちゃんの発言に深く突っ込まれないうちに。
「と。ともかく。私達がこの一件に首を突っ込んだのも。
そもそも二体の魔族がちょっかいをかけてきたからだし。
売られた喧嘩は千倍以上にしてかえせ。これが家訓なんでね」
『ど~いう家訓(なんですか)(なんだ)』
さらっという私の台詞に、ウィルとルルちゃん。
そしてランツの声が一致する。
どうやら今のララちゃんの発言に関する突っ込みはないようである。
…下手につっこまれたらそれこそ面倒。
……何しろ欠片の一つとはいえ…魔王…倒したのは事実だしなぁ~……
誰も信じないだろうし、面倒ごとになるのが嫌なので魔道士協会には報告してないけど。
そもそも、魔道士協会自体も、いまだに魔族の存在そのものを疑っている。
というのが現状だし。
…こちとら、物心ついたころから兄ちゃんとルナさんの特訓のせいでそのあたりは事実だと認識はしているが。
しばし、私のいった台詞に突っ込みをいれつつも。
しばらくしてはた、ときづいたらしく。
「って!ちょっとまてっ!い…いいいま、二体の魔族とかいわなかったか!?」
「いったけど」
さらっと肯定するこちらの台詞に面白いまでに目をむいてくる。
…ついでにその魔族が純魔族であり、一般に知られているレッサーデーモン達よりとは格が違う。
というのも教えておくべきだろうか?
そんなことを思っていると、
「じょ…冗談じゃないぜっ!そんなもん相手にした日にゃあ、いくつ命があってもてりゃしねえ!
正気か!?あんたらっ!?」
「ほっといたほうがこっちとしては確実に命がなくなるし……」
ランツの台詞に素直な感想をふともらしてしまう。
もしここで、自分には関係ない。
とでも放り出そうでもしたならば、後々郷里の兄ちゃんにどんな目にあわされるか……
はっきりいってあまりの怖さに考えたくもない。
「何いってるんですかっ!えっと…女性の天敵さんっ!
だからこそ今きっちりと悪をたたいておく必要があるにきまってますっ!」
「こらまてっ!何だ!?その、女性の天敵っていうのは!?」
「このまえ、ララさんやルルさんやエリーさんにちょっかいかけようとしていたのはあなたですっ!
それ即ち、女性の天敵に他なりませんっ!姉さんもいってましたっ!
そういう輩には遠慮はいらないっ!と!」
「どういう姉だっ!そりゃっ!というか、オレはランツって名前があるんだっ!」
きっぱりはっきり言い切るウィルに思わず突っ込みをいれているランツ。
「…どこか論点がずれてません?」
そんな二人のやり取りをききながら、ぽそりとつぶやくルルちゃん。
「なあ、エリー?それはそうとこれからどうするんです?
ある程度ゴルの力も回復したからあの魔族の居場所も検索しようとおもえばできるとおもいますけど」
そしてまた、ララちゃんが横でそんなことをいってくるけど。
「ま。たしかに。今はあの魔族を…というか。まてよ?
…ウィル!たしかタリムのところに評議長と一緒に一度いった。とかいってたよね?」
ふと、先ほどのレナンとウィルとルルちゃんの説明を思い出し、すっと血の気が引いてゆく。
デイミアがあのような状況になっていた。
ということは、間違いなく、魔族と契約しているのは例のハルシフォム評議長本人。
というのは明白。
では……自分を幽閉していたもう一人の相手をそのまま何もせずにほうっておくか?
……否。
「「「まさか!?紫のタリムが危ない!?」」」
ルルちゃんもリナンもレナンもそんな私の考えを悟ったのか、はたまた同じ考えにいたったのかそれは判らないが、
口元に手をあてて叫んでくる。
「とにかく!タリムのところにいそぐぞ!」
間に合ってくれればいいが。
そんなことを思いながら、くるりと向きをかえ、走り出そうとする私達に対し、
「お、オレはこのヤマからはおりるからなっ!い…いや、何もいうなっ!何もいわなくていいっ!
あんたらは、オレのことをフヌケだとか思ってるんだろうが、そりゃあそれでもかまわねぇっ!
けど、忠告はしておくぜっ!やめとけっ!悪いことはいわねえからっ!
死んじまったらなぁぁんにもならねえからなっ!いいな!やめとけよっ!オレは止めたからなっ!」
いうなりじりっと後ずさりながらそのまま、くるりと向きを変えて走り出す。
…街の出入り口があるほうこうにとむかって。
「いいかっ!美人さんが三人もいるんだから、絶対にやめとけよっ!」
そう声をあげ、そのまま彼の姿は夜の闇にと姿が消えてゆく。
「あ。にげた。…ま、いっか」
あっけらかんといっているララちゃんではあるが。
まあ、たしかに。
あの彼がいてもはっきりいって足手まといどころか邪魔になることはうけおいである。
「「とにかく!いそぐぞっ!」」
「え?あ…あの?エリーさん?レナンさん?リナンさん?ルルさん?一体?」
…どうやら、ウィルはまだ事態がよくわかっていないらしい。
…というかっ!
何であっさりとハルシフォムをこちらの相談なしに開放したんだよっ!
……こちらもまさか、デイミアの屋敷の中に閉じ込められている。
とはおもってもいなかったから、私のミス、ともいえなくもないが。
てっきり、ハルシフォムの屋敷のどこかに彼はいるもの。
とおもってたし……
そんな会話をしつつも、私達はふたたび。
元きた道…すなわち、タリム屋敷のほうにむかって六人ではしりだしてゆく。
『――な……』
思わずそれをみて硬直する私達。
どうやらリナンやレナンやウィル、そしてララちゃん、ルルちゃんといった面々も同じ気持ちというか思いらしい。
玄関の扉を開いたその奥。
タリム低はすでに墓場と化していたりする。
むせ返る血臭。
数時間前までの人の息吹すらまったくもって感じられない。
まさに、海、としか表現しようのない血溜まりの中に倒れ伏している傭兵たちの面々。
その中には先ほどまでおそってきていた狼もどきや大男もどきの姿も含まれているが。
こみ上げてくる吐き気を何とかこらえつつも口元にと手をあてる。
幾度も修羅場はくぐってはきているが、この強烈な血の臭いだけにはどうしてもなれることはできない。
もっとも、これがよい香りだなどと思うようになっているとすれば、それはそれでかなり危ないが。
タリムが雇っていた傭兵たちがところかしこと屋敷の床の上にと倒れ伏している。
すでにほとんど事切れているのは明白。
「奥にいってみましょう」
こういうのに慣れているのか、そのまま少し表情をゆがめただけで奥にと率先して進んでゆくルルちゃん。
もしかしたらレゾの元で動いていたときにいろいろとこういうこともあったのかもしれない。
何しろ白のルルティス…って、かなり非道という噂もいくつかあるし。
もっとも、私も人のことはいえないが。
ブーツが泥を踏むような嫌な音をねちゃりと立てる。
それがまだ乾ききっていないことからそれほど時間がたっていない。
というのがよくわかる。
「…すこしでも息があるひとがいれば…復活(リザレクション)で回復できるのに……」
ウィルが転がっている人々に目をやりつつ、ぽつりと無念そうにいっているのが聞こえるが。
それは回復魔法系においてもっとも高度な回復魔法。
死にかけている人ですら復活させられることからその名前がついたらしい。
もっとも、リナンとレナンはそれは使えない。
覚えようとおもえば覚えられたが…いかんせん。
それに伴う
それは単なる目安にしかすぎない、とは兄ちゃんやルナさんからかなり仕込まれてわかってはいるが。
それでも、言葉にするのとしないのとでは効果は歴然。
また…覚えなかったのには理由がもうひとつある。
んなもん覚えた日には、それが使えるからってルナさんがさらに特訓のレベルを上げてくるのはうけおいっ!
……それゆえに覚えていないのが現実なんだけど。
私は特訓は嫌だけど、一応覚えたけど。
言葉すくなに強烈な今だに新しいらしい血の臭いが立ち込める廊下を進んでゆくことしばし。
やがて、長くつづく廊下をわたり、開け放たれたロビーの扉をくぐり……
びたっ。
その場で足をとめる私達。
転がる家具と、傭兵たちの死体の中に倒れている男が一人。
まだ息があるらしく、おなかを押さえて低くふめいている。
そして…その男の傍らにとたたずんでいるのは……
「ロッドさん!?」
思わずその姿をみて叫んでいるウィル。
血に染まった抜き身の剣をひっさげてそこにたたずんでいるのは、
私達にタリムの護衛の話を持ちかけてきたあのロッド本人に他ならない。
ちらりとララちゃんに視線をむけると、こくりとうなづくララちゃん。
どうやらアレは魔族がロッドの姿に変わっている。
とかいうのではないらしい。
そんなウィルの言葉にこちらに気づいたのか、抜き身の剣を目の前にと移動させ、
ぺろりと軽く刃についた血をその自身の舌でなめとり、
「これで、ようやくお前たちと戦えるな」
などといってくる。
…まさか…こいつ……
「どういうこと?これは?」
そんなこちらの問いかけに、いとも悪びれもなく、
「味方のままでは。お前たちとはたたかえん」
いって、彼は血刀を一振りし、こびりついている血の球をふりおとす。
壁の燭台にかけられた明かり(ライティング)の光を照り返し、薄紫にと輝く刀身。
「…なるほど。それで…か」
彼のいわんとしたことを察したらしく、声に多少の怒りとも何ともいえない含みを込めてつぶやくルルちゃん。
「白のルルティス。そして戦乙女のララベル、閃光のエミリア。さらには盗賊殺しのリナンとレナン。
お前たちと戦える機会などそうはない。だから俺はタリムを離れ、ハルシフォムについた」
…やっぱり、こちらのことはすでにしっていたか。
そして、ちらりと視線をウィルにむけ。
「セイルーンの王子よ。別に俺はセイルーンと事を構える気はない。だが。邪魔をするならば容赦はせん」
などといってくる。
どうやら、こいつ、ウィルの身元もわかっているらしい。
「あなたっ!自分が何をいっているのかわかってるんですかっ!?というか!
あなたがこの人たちを殺めたんですか!?なぜ!?」
そんなロッドに対してウィルが悲鳴に近い声で問いかけてるけど。
「なぜ?…理由は一つ。邪魔だから。だ」
いとも完結な答え。
ふうっ。
「…ウィル、レナン。それにルルちゃん。まだ生きてる人がどうやらいるみたいだから。
手分けして回復おねがいできるか?リナンとララちゃんはタリムを探してくれる。ここは任せといて」
部屋の奥のほうからうめき声のようなものが聞こえているということは。
まだ斬られてまもない人々もいるらしい。
そんな私の言葉をうけ、
「…わかりましたわ。さ、ウィルさん。レナンさん。手分けして負傷者を手当てしましょう」
「解った」
「しかしっ!」
「ウィル。今は生きている人を助ける人が先決。…わかるよな?」
抗議してこようとするウィルをどうにか言い含めるリナン。
しばし、ウィルは私達やそしてロッドに視線をむけながらも、やがて視線をおとし、
「……わかりました」
ウィルとてわかっているはずなのである。
何を一番優先させるべきなのか。
「しかし。剣の道を究めるには何をしてもいい。というのは気にいらないわね?
まあ、私もいろいろとやってはいるけど。やるならしっかりと苦しませずにしたし。」
ロッドに対して言い放つ私の台詞に、にやっと口元に笑みをうかべ、
「では。まずは閃光のエミリア。貴殿がこの俺の相手。というわけか。願ってもない。
剣の腕でいくならば、おまえのほうが
そこの戦乙女のララベルや白のルルティスや盗賊殺しのリナンとレナンより
遥かに勝っているのは明白だからな。…まいるっ!」
いいながらも、剣をひたりと身構えるロッド。
「ここは私に任せて。リナンたちはリナンたちの役目をしてちょうだい。」
「まかせた!」
「頑張ってくださいね。」
「心配は余計だと思うけど気をつけろよ。」
「エリーさん!気をつけてくださいねっ!」
「…まあ、エリーさんのことですから問題ないでしょうけど……」
そんなやり取りをかわしつつ、皆。安全地帯である奥の部屋に行ったのを見計らい。
「皆、奥に行ったことだし。それじゃ。やりましょうか?」
言い放ち剣を構える私。
「いくぞ!」
言いながらも、ロッドが奔る。
「結構早いわね。でも私には敵わないわよ?」
「速さでおまえに勝てるとは思わん。」
「そう。でもこっちは、ゆっくりしている暇は無いからさっさと決めさせてもらうわよ。」
「望む所だ。」
キィンッ!!
刃と刃が合わさる音。
「分が悪いわね」
言いながらも不適な笑みを浮かべる私。
「初めてだ、本気になれる相手と出会ったのは」
ロッドもまた笑みを浮かべていた。
初めて彼が見せた笑顔ー
それは、この場にそぐわない、満ち足りた優しい笑顔だった。
「行くわよ」
私は、両手で剣を握りしめ、正眼に構えた。
無言で身を沈め、片刃の剣を右肩にかつぐような構えをとるロッド。
勝負は一瞬だった。
私の一撃がロッドの脇腹をまともに薙いでいた。
「…強いなあ…あんた…」
満足げな笑みを浮かべながら私をーー自分を倒した戦士を見つめていた。
「いつかもう一度――あんたと戦ってみたいもんだなあ~」
子供のように無邪気な顔で彼は言う。その顔には、もはや死の影が濃い。
「私はもうごめんね。」
ミもフタも無くいう私。
「そうか~~残念だなあ」
ふうっ……彼の体から気が抜けた。
それがロッドの黒の戦士の最後だった。
ー続く?ー