アメリアの恋心 第17話
「いや~、あんた達にも、いろいろ世話かけたみたいだなぁ。」
セイルーンのとある客間には、第二王女アメリアと半年ほど前にその夫になったゼルガディスと、
一組の男女が、のんびりとお茶を飲んでいた。
アメリアとゼルガディスは、帰国してすぐに、ささやかながらも式を挙げた。
事の全てを話すわけには行かないが、魔族の絡んだ騒動がまたおきる気配があることをフィリオネル殿下に言い含め、
王族としては実にしめやかな式が行われたものである。
リナ=インバース等に向けての招待状は、途中ゼロスが握りつぶした。
式事体を延期する事も可能ではあったが、何分けじめと言う事で、大臣等に押し切られた結果だった。
とは言え、公式に発表されたのは当然だが、
ここしばらくのデーモン頻発事件も重なって、自国はともかく他国でまで人々の話題にのぼることはほとんどなかった。
アメリアがデーモン討伐隊を率いたのは当然の事だが、あくまでもそれは名目で、
実際に隊を指揮し、さらにその先頭に立ったのはゼルガディスであった。
人としても、彼ほど戦い慣れている者はそうそういなかったし、
ゼルガディス自身も、彼の存在意義を知らしめる必要があったからだ。
彼も、それをわかっていたので、他人から見れば無謀、
リナやアメリアに言わせればいささか地味な作戦を繰り広げ、
その功績で、名実共にアメリアの夫としての地位を確立した。
かと言って、ゼルガディスとしては公務に携わる傍ら、
火竜王の残党の始末をつけなくてはいけなかったわけで、多忙を極めていた事もまた確かである。
幸か不幸か、レゾの仕込みのおかげで、帝王学やその他、
政治や経済、礼儀作法について新たに勉強しなおす必要は全くなく、
むしろ、最初についた家庭教師が舌を巻くほどの知識の深さを披露したものである。
おかげで、家庭教師とやらは初日で必要なくなった。
昼はセイルーンで公務の時間に費やし、夜は夜で魔族や神族と共同で、
火竜王の残党を叩きに叩いて、ようやく一件落着したのが、ほんの一ヶ月ほど前の事である。
とはいえ、なによりゼルガディスを煩わせたのは、当然のごとくアメリアである。
公表する事ができないとはいえ、仮にも彼女は身重の身であったし、
かと言って大人しくしようと言う気はさらさらない。
ほんの数日留守にするゼルガディスと、
「一緒に行ったらだめですか?」
「・・・駄目だ。」
「大好きなんです・・・ゼルガディスさんが大好きなんです。」
「俺も・・・だ。アメリア。」
「大好きです、ゼルガディスさん。」
「知ってる。」
「すぐに帰ってきてくださいね。寄り道したら駄目ですよ?危ないことしたら駄目ですよ?」
「・・・気をつける。」
「絶対絶対、すぐに帰ってきて下さい。約束です。」
「わかってる。」
「っもう!ずるいです、ゼルガディスさん!!」
「笑ってくれ、アメリア。すぐに帰ってくるから。」
「これ、お守りにしてください。」
彼女のトレードマークであるアミュレットの片割れを差し出して、
「きっとゼルガディスさんを守ってくれます。」
そう言って、ゼルガディスの手にアミュレットを押し付け、
「わたしの代わりに連れて行ってください。
それに、もしゼルガディスさんが浮気とかしたら、それでわたしわかりますからね!」
泣きはらした赤い目でガッツポーズをして、
「おい・・・お前はどーゆー目で俺を見てるんだ?」
「いいですか、ゼルガディスさん!ゼルガディスさんはとっても女の子にもてると思うんです!
だってわたしがこんなに大好きなんですから!
もし、一人で旅してる間に素敵な人がいたらどーするんですか!?そんなの許せません!!
むっきーっっっ!!!」
「・・・・・・・・・・・」
「だから、ささっと行ってささっと帰ってきてください!
わたしを連れて行ってくれないんだから、それくらい当然です。」
「・・・・・・・・・・・」
「でもって、早く帰ってきてくれないと、わたし干物になるまで泣きますからね?」
「・・・・・干物?」
「そうです!」
というような会話が交わされていたのは、王宮のメイド達の間では結構有名な話である。
実際、岩と針金のゼルガディス見たさに遊びに来ていた幻影宮にいるはずのパールが、
すぐに彼と合流して、アメリアの心配の種はいくつか消えたのだ
が、それでも自分が動けないアメリアとしてはさぞかし鬱憤が溜まったらしく、
王宮内で正義を知らしめるのに、東奔西走していたらしい。
予想していたとはいえ、ゼルガディスをガックリとさせるには充分だった。
何はともあれ、彼の舌鋒は鋭く他国の外交官を圧倒していたし、
統率力も独自のカリスマ性を発揮して期待以上の成果を見せ、
一戦士としても魔導師としてもその実力は群を抜いていたし、
さらにあのアメリアを拳骨一つで大人しくさせるとあれば、宮廷内の官僚としても、
ゼルガディスの前科の事などすっかり忘れて、それこそ小躍りして喜んだ。
「まあ、レイスの間抜けさ加減には呆れるが・・・リナには悪い事しちまったよな。」
お茶をテーブルに置き、男はぽりぽりと頭を掻いた。
男の名をルーク、女の名をミリーナという。
彼等は、この世界ではすでに死んでいたが、その本質は、この世界の母、金色の魔王の四人の腹心だった。
レティウスの一件でこの世界に転生していたのだが、
あろうことか魔王シャブラニグドゥのミスで、その身に魔王の欠片を受けたあげく、
記憶と力を封じていたばかりに暴走する結果になり、リナ=インバースに倒されたのだ。
とはいえ、この辺りは金色の魔王のシナリオどおりに進んだ事で、
大きな目で見れば、首尾よく事を運んだとも言えるのだが、
何よりまだ記憶を取り戻していないリナの慟哭を想うと、胸が痛くなった。
彼等は、人としての生を終え、また本来の管理者としての仕事に戻り、
今後の相談もかねてゼルガディスとアメリアに会いに来たのだった。
「リナさん達は、もうすぐゼフィーリアへ着く頃ですよね?」
アメリアが言うと、
「ああ。そこでルナが俺達の事を話すだろう。近々セイルーンに来るはずだ。」
と、ゼルガディスが頷いた。
「あいかわらず、手回しのいい事で。」
そう言ったのは、ルークである。
「じゃあ、あなたが変わりにやったら?」
「ミリーナ~。」
いらぬ一言を言った為に、即座にミリーナに小言を言われ、さらにさっさと無視されて、ルークはしくしくといじけ始める。
「あの人のことは放っておいて、こちらで話を進めましょう。」 「そうだな(ですね)。」
リナの封印は大分弱まっている。
記憶はともかくとして、デモンブラッドのタリスマンを飲み込んだので、キャパシティがかなり上がってきている。
あとは、何かきっかけを与えれば、封印は完全に解けるだろう。
だが、レティウスが動く気配は今のところない。
であれば、封印の解除をそれほど急ぐ必要はないのだが。
「ミリーヌさんとルーカスさんは、どうしますか?」
「わたし達も、こちらにいるわ。カウリスはともかくとしても、念のためにリナに張り付いてた方が妥当だと思うの。
あなた達は、セイルーンからはなかなか動けないでしょう?」
ミリーナの言葉に、アメリアが考え込む。
本質はどうあれ、アメリアとゼルガディスは現在はセルーンの王家の人間である事に変わりはない。
国事を優先しなくてはならない立場だった。
「そうですね。一応、新婚旅行をかねてしばらくお休みを貰ったんですけど、
一度幻影宮に帰ってあちらの仕事もしないと・・・あと、いざ最終決戦ってなった時のために、
赤の世界の結界を張る準備をしないと。」
「内側の結界は・・・わたしとルークでなんとかするわ。外側の結界はあなた方に任せてもいいかしら?」
「承知した。」
ゼルガディスが頷く。
「アメリアとわたしは、もともと戦闘ができるタイプには創られていないわ。
アメリアも、少なくとも身体のことは大切にしなさいね。一人の身体じゃないんだから。」
「お前さん達は、リナの前にいつ姿をあらわすんだ?」
ふと、ゼルガディスが訪ねると、
「早い方がいいでしょうね。リナ達がセイルーンに来た時には、わたし達も来るわ。
死んでるけど・・・それはそれで話しを合わせるしかないわね。」
と、ミリーナは言う。
リナ達の目の前で死んでいる以上、ルークとミリーナがリナ達の前に姿をあらわすのは、都合が悪い。
だが、自分達にそれができない以上、辻褄を合わせてもらってでも傍にいてもらわなくてはならないのも事実だった。
「エル様の存在は知っているのだから、わたし達については真実を話すつもり。
あなた達についても、話すんでしょ?しばらく幻影宮いて貰う事はできない?」
「それは可能だが・・・そうだな。せめて結界の準備ができるまでは、こちらにいない方がいいな。」
「そうですよね。レティウスは幻影宮には来れないですし・・・でも、そうするとわたし達はどうします?」
「俺達は、行ったり来たりだな。次元回廊を常時接続にしておいて貰うほかない。」
「じゃあ、わたし達も、一緒に幻影宮に行ってもいい?こちらで動かない方が都合がいいのだけど。」
「まあ、あっちの事はユエリアとユーシアに任せておけばいいか。わかった。向こうの用意はさせよう。」
「じゃあ、とりあえずはリナさん達がセイルーンに着いてからですね?」
「わかったわ。リナ達が着いたら呼んでちょうだい。ほら、ルーク。帰るわよ。」
ミリーナの言葉が空に溶ける前に、二人は姿を消した。
「幻影宮・・・賑やかになりますね。」
冷めてしまったお茶を入れなおし、アメリアは息を吐いた。
「これからが本番ですよね。」
「そうだな。まあ、何を言っても始まらない。やるしかないんだ。」
ゼルガディスは立ち上がり、アメリアを背後から抱きしめる。「お前は、無茶をするなよ。」
お前の分は、俺がいくらでも無茶をするから。
言葉にはせず、ゼルガディスはそう思った。
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