まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。

pivixさんに投稿していた話の区切りとは変えてあります。容量的に……

~おさらい解放順番~
第一の封印:トリエット遺跡
第二の封印:マナの守護塔(アスカード牧場壊滅)
第三の封印:ソダ間欠泉(ウンディーネとしいな契約)
第四の封印:バラグラフ王廟(マルタの目的地)←今ここにむかう前に別の寄り道中

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重なり合う協奏曲~コレットの異変とユウマシ湖へ~


ハコネシア峠を越えた先の街道沿いにとある救いの小屋。
ここはルイン、そしてハイマ、アスカードに移動するいわゆる中間地点といってよい。
どこまでも広くつづく草原の中に位置する救いの小屋は、見晴らしがいいことでも有名。
もっとも、何もない、という理由で倦厭されているにしろ。
救いの小屋の前には花畑や、ちょっとした厩も設置されており、旅人達にも優しいつくりとなっている。
奥の部分には井戸があり、自由に水の使用が認められているらしい。
二階部分が宿屋となっており、一階部分は礼拝堂のみ。
円形の建物は木造でつくられており、天井部分もまたそれようの造りとなっている。
下降する直前、なぜか突如と発生した濃い霧により、一寸先すらもみえなくなり、
それゆえにシムルグが大地に降り立つ姿も目立つことなくすんだようであるが。
「?また霧?」
以前にもこういうことがあったゆえに、リフィルが一瞬、眉をひそめる。
まるで、そう、タイミングを計ったかのような霧の発生。
「ラティス。また何かあったら呼ぶ」
「…おきをつけて」
常にセンチュリオンが傍にいるがためか、レティスの時とはちがい、
自分もついていく、と言いだしてはこないらしい。
背をかがめてもやはり地上との距離は、その巨体からしてどうしても距離がある。
コレットをおんぶなどして移動できないことに、リフィルは何ともいえない気もちになってしまう。
それはロイドとて同じこと。
ロイドも自分がコレットをおぶる、といったが、ロイドはこけそうだし、コレットに怪我をさらにさせたいの?
そうエミルにいわれ、引き下がるよりほかになかった。
たしかに、誰かをかかえたままで高い位置から飛び降りたりしたことは皆無。
たとえ、エクスフィアの力を利用していたとしても、
コレットをオンブ、もしくは横抱きにしたままできちんとバランスがとれるか、
と問われ、言葉につまってしまい、結局のところまたエミルがコレットを、
今度はリフィル達の手をかりて、コレットを背負う形となり、そのままラティスの背から飛び降りる。
「すごい霧だねぇ。まあこのあたりはよくいきなり霧が発生するのはよくあることだけど。
  ここより東にいくとバラグラフ王廟。西にいくと遺跡の街アスカードだ。どちらも観光地としては有名だよ?
  うん?そっちの子…どうしたんだい!?怪我してるのかい!?」
救いの小屋の敷地内にはいると、小屋の前にいた旅の格好をしている男性が、一行に気づき声をかけてくる。
エミルが背負っているコレットの服が血でこびりつき足の部分にいたっては、ひざ部分が痛々しいほどに敗れている。
ざっとみたところ怪我はないようだが、しかし、こびりついている血はごまかせない。
「怪我は癒しの術で治したのだけども。出血がひどかったの。ここの救いの小屋で休ませようとおもいまして」
そんな男性の台詞にリフィルがいう。
「ああ。あんた、癒しの術がつかえるのかい?あのボルトマンが発見したという?」
「ええ。まだ駆け出しですけども」
リフィルの言葉に納得したように男がうなづき、何やらそんな会話をはじめている二人の姿。
「しかし。それはいけない。すぐに休ませてもらうといいよ。
  知ってるとおもうけど、ここの救いの小屋は二階が宿屋だよ」
親切にいってくる男にお礼をいい、そのまま小屋の中へ。
人の姿は小屋の中に一人、二人いる程度で、礼拝堂の前には、
二人の祭司らしき人物がたっているのがみてとれる。
もっとも、そのうちの一人はなぜか普通の服をきているが。
背もたかく、どうみても祭司、という雰囲気ではない。
「この辺りにはユニコーンが住んでいる、という伝説があるんですよ。
  清らかな乙女の前にユニコーンは現れるそうです。時折、ユウマシ湖の湖面にユニコーンの姿が映るとか」
その男性は小屋に入ってきた一行に気づいたらしく、にこやかな笑みをうかべ、かるく挨拶したのち、
世間話をかねてか、気になったのかはなしかけたマルタにそんなことをいっている。
「あ。それはしってます。前にパパ達と一緒にいったとき。湖面にその姿をみましたから」
「おや。しっていましたか。私がいったときはみれないんですよね」
そんな男の台詞にマルタがいい、
「あなた達は旅業の途中、ですか?」
ざっとみたところ、成人の大人一人、しかも女性に、あとは皆子供ばかり。
おそらくこの女性が子供達の引率者、なのだろうが。
「ええ。そうよ」
リフィルがそんな彼の言葉にうなづけば、
「まだいく方向を決めてないのなら、宿があるアスカードがお勧めだよ。
  アスカードの奥にはきちんとした設備の宿屋があるからね。
  入口にある宿屋は小さくて雑魚寝しかできない宿だけど」
そういい、
「こっから北西にいくと希望の街、ルインがあるよ。
  以前なら間違ってもまっすぐ北にいっちゃダメだぜ、というところだけどね。
  以前、ここから北に人間牧場があったんだよ。
  でも、神子様一行がその牧場を破壊してくれたらしいんだ。神子様、さまさまだよね」
その言葉にリフィルは苦笑せざるをえない。
しかし、その牧場で何が行われていたか、といえば笑うに笑えない。
そんな会話をしているリフィル達をみつつも、エミルはとりあえず二階へと。
丸い小屋であるからか、二階部分は吹き抜けの団体部屋となっているらしく。
ベットが四つに、そしてベットが置かれていない部分には、おそらく床で寝るためなのであろう。
毛布がきちん、とおりたたまれ、枕らしきものが積み上げられているのがみてとれる。
宿にとまるための受付嬢、なのだろう。
コレットを背負ったまま、エミルが話しかけると、
「マーテル教」
「え?え?え~と…う、うし?」
まさか、シリトリじゃないよな?
そんなことをおもいつつ、いきなり話しかけられて、戸惑いつつも返事をかえす。
「しいたけ」
「・・・・・・・・・・本当にしりとりなんだ。えっと、け、けむし」
「しらす」
「す?…んじゃあ、すし」
「しか」
「か?かなら、じゃ、かかし」
「…し、ばっかりで責めるなんてずるいわ」
むー、と頬をふくらまし、女性がそんなことをいってくるが。
「エミル、何やってくの?」
みれば階段からあがってきたらしいジーニアスが呆れつつもいってくる。
「え?えっと。この人がなんかしりとりはじめたから」
「だからって、律義につきあったの?」
「え?でも、無視するのも悪いでしょ?」
首をすこしかしげつつ、そんなジーニアスに返事をかえす。
「…は~。ま、エミルだしね。コレットも絶対につきあうだろうけどさ」
なぜかため息を盛大につきそんなことをいってくるジーニアス。
その、エミルだし、という意味は何なのだろうか。一体。
「それにさ。いきなりシリトリをいってきた。ということは、ここにとまるのにしりとりをしないといけない。
  という決まりとかじゃ……」
「そんな決まりがあるはずないでしょ!」
「そんな決まりがあるわけないでしょうが」
「あれ?」
階段を同じく登ってきたらしい、リフィルとジーニアスの声が同時に重なる。
「そうなんですか?てっきり、泊まるのに必要なのかとおもったんですけど」
「まさか、そういう反応をするお客さんがいるとは」
女性のほうもなぜか困惑気味。
なぜだろう。
同じようにため息を目の前の女性までもついているのは。
首をかしげるエミルにたいし、
「…ま、エミルだしね」
「そうね。エミルだし」
「だから、リフィルさんも、ジーニアスもどういう意味?」
なぜかしみじみというこの姉弟。
まったく何だというのだろうか。
「ともあれ。一晩、百ガルドになります。お休みになりますか?」
救いの小屋にとあるベットは四つ。
それ以外はおそらく床に寝ることになるのであろう。
今現在、この場にいるのは彼らのみ。
どうやら他の客はいない、らしい。
「利用できるベットはいくつかしら?」
リフィルが代表し、受付嬢にとといかけるが。
「今のところ今日はベットの空きは二つになっていますが、皆さんは何名様、ですか?」
背負われている少女に、そして同じ銀髪の男女。
おそらく、雰囲気も似ていることから姉弟なのだろう。
そう予測をつけつつもといかけてくる。
「なら、この子をお願い。怪我をしてしまって……」
リフィルがエミルが背負っているコレットを視線で差しつつお願いするが。
リフィルにいわれ、ようやくコレットの服が血で汚れていることに気付いたらしく、
「大変。服も血で汚れてしまっていますね。
  この小屋の裏手に井戸がありますから、服を洗われてはどうでしょうか?着替えはおもちですか?」
ここにくるまでに怪我をしてくるものは結構いる。
魔物に襲われて大けがをおってかろうじてたどりつくものもいたほど。
ここ最近は、なぜか魔物の被害報告はうけていないにしろ。
それこそ、ほぼ救いの塔があらわれたその直後から。
それこそ、神子の恩恵だ、救いの塔があらわれ、
再生の旅が始まった予兆だ、とまことしやかにいわれていたりする。
もっとも、事実はそんなことはないのだが。
センチュリオン達の命により、魔物達は人にかまけている余裕がない。
ただそれだけのこと。
井戸の水をつかい、服を洗ったりするのもまた救いの小屋ならではといえる。
「そういえば、コレットの着替え…まだ、あったかしら?」
コレットの服はマーテル教より授けられたもの、とリフィルは聞いている。
代々の神子はこの服をきるのだ、と。
それゆえにあまり数がなかったような気もしなくもないが。
コレットの家にかえれば着替えはあるのだろうが。
首をかしげるリフィルにたいし、
「何なら僕のをかしましょうか?…以前にちょこっと不本意ながら手にいれたものがありますし」
まあ、以前のカーラーンにおいての服だが問題はないであろう。
なぜか、あのとき所属していたギルドのメンバーが、面白がって女性の服を自分におしつけてきた代物。
あれから数万年どころか億近い年月が経過しているであろうが、
袋の中に入れっぱなしであるがゆえに問題はないはず。
コレットの身長は158センチ。
エミルの身長は169センチ。
十センチ程度の誤差しかないのでコレットにも着用は可能、のはず。
「エミル。この服はどうしたの?」
袋から取り出した真っ白い服。
ちなみに、ポイントとして胸元にリボンがついており、腰のあたりにはとめるめの長めのリボンがついており、
その背中には大きな黒いリボンがこれまたついている。
肩のあたりには肩と首のあたりを保護すべく、ちょっとした肩あて部分が大きくつくられているこの服。
ちなみに名は【アリオンの外套】
かの世界のレベル制でいくのならば、要求レベルは46から。
ちなみにそこそこ防御力ももっており、数値で示すならば93ほど。
ちなみに、この服、術に対する防御性の数値は百を超えている。
コレットの今の服が白なので、白いローブといえばこれくらい。
コレットに紫やら赤の服、あげくは露出の高い服はあまり似合わないであろうがゆえの選択。
「…きかないでください」
なぜ、あのとき。
男性体であった、というのに、皆が皆。
この服もきてみて、と着せ替えじょうたいになったのだろう。
今さらながらに当時のことを思い出す。
センチュリオンや精霊達も似合ってます!と口ぐちにいっていたのも懐かしい。
嬉しくない、とおもったのはおいとくとして。
まだ女性形態ならともかく、男性形態をとっているというのに、
似合っている、といわれても微妙な思いを抱いたあの当時。
おもわず遠い目をするエミルに思うところがあったのであろう。
「ひょっとして、エミル、これ着せられて女装させられたとかだったりしてな」
みれば、いつのまにかロイドやマルタ、そしてしいなも二階にのぼってきているらしく、
壁にもたれかかりつつもそんなことをいってくる。
くるが。
「ええ!?何でロイドがしってるのさ!?誰からきいたの!?」
まさか、センチュリオンの誰かが口を滑らしたとか?
いや、それはないか。
センチュリオン達とロイド達はこの地では面識がないはず。
かつての世界ならばテネブラエが教えている可能性があるにしろ。
ここではまずそれはありえない。
まさか、言い当てられるとはおもわずに、思わず叫ぶエミルをみつつ、
「「・・・まじなのか」」
なぜか、ロイドとしいなの声が同時に重なる。
「…うう。もしかして、ひっかけた?」
その様子から知っていたわけではない、とようやくきづき、
おもわずロイド達を上目遣いにみつつ文句をいうエミルは間違っていないであろう。
どうやら、冗談半分でいっただけ、であったらしい。
「まさか、本当とは。…おまえも苦労してたんだな。うん」
ロイドがしみじみといい、
「…僕も以前、姉さんのお下がりきせられて、女の子と間違えられてたことがあるから。
  …エミルの気持ち、わかるよ……」
ジーニアスがぽん、とエミルの肩をたたきつつもいってくる。
ジーニアスにはどうやらそういう次期があったらしい。
たしか、感覚的に扉が使用されたのは今から十年くらい前のはず。
それを逆算すれば、当時、あの扉を利用したのは、この二人で間違いないのであろう。
眠っていたとはいえギンヌンガ・ガップの入口に設置してある扉が起動すれば、
自然と無意識のうちに判るようにしていたがゆえに大体のところは把握している。
あのとき、移動したのは子供二人だけのはずであったはず。
そこに大人の気配は微塵も感じ取れなかった。
「…あ~。うん。あんたならありえそうだよね。というか。
  女のもの服をきたらあんた、結構かわいいし。今でも髪をおろしたら、どこからどうみても女の子、だし」
なぐさめているか、いないのか。
しいなまでもそんなことをいってくる。
「わかった。エミルって、今時でいう男の娘っていうんだね!ママがパパをそれにしたかったけど、
  パパはいつのまにか、成長期むかえちゃって、その計画が挫折したとかいってたな~
  小さいころはパパに率先して女の子の服をきせてもくろんでたらしいんだけど」
「「…だから、(あんた)(マルタ)の母親って……」」
マルタが目をきらきらさせて、腕をぐっとにぎりしめ、力説するようにいってくる。
そんなマルタの言葉をきき、リフィルがため息をつき、
しいなもまた呆れたようにつぶやき、そんな二人の声は同時に重なっていたりする。
「じゃあ、これは預かりますね。さあさあ。男性陣は外にでてちょうだい。
  コレットを着替えさせないといけないから」
いいつつも、ロイド達をそのまま階段の下のほうにとおしやるリフィル。
たしかに、着替えるのならば、この場にいるのはまずいであろう。
そのまま、押しやられるまま、ロイド、ジーニアス、エミルの三人は階段の下へ。


「コレット、大丈夫かな~」
ジーニアスが心配そうにいい。
「そういえば、エミルのその袋の中、どうなってるんだ?前にも食材とかいろいろとはいってたし」
「さあ。これ前にもらったものだし」
嘘ではない。
もっともそれに手を加えているにしろ。
その前、というのがデリス・カーラーンより前の世界であった、というのを除けば嘘はついていない。
「そんなのくれるひとがいるわけないよ!」
ジーニアスが思わず反論してくるが。
「でも、事実だし」
「姉さんがきいたらそれ怒るよ。おおかたどこかの遺跡から発掘されたものなんだろうけどさ」
「俺はそれより、しいながもってたあの卵みたいなやつがきになったな~。
  なんであんな小さい中に救急箱がはいってたんだ?」
手のヒラサイズのそれをしいなが何かしたかとおもえば、そこにいきなり箱が出現していた。
「ウィングパックとかいってたけど、きいたことすらないよね」
「どこかで開発でもされたのかなぁ?」
「まさか。あんな便利そうなもの、開発してるとしたらディザイアンくらいじゃない?」
「じゃ、しいなはディザイアンからあれをもらったとか?」
「違うんじゃない?しいなの知り合いがおしつけてきたっていってたから。
  なら、その知り合いがディザイアン達から奪っていたのをしいなに、そんなところじゃないのかな」
二階の方からは、気になったらしく、あの服をそれぞれ着ているような声がきこえてくるが。
見たことのない服であったらしく、リフィルなどが、この服の材質は…などといっているのも聞きとれる。
まずかっただろうか?
無難とおもってあの服を渡したのは。
「とりあえず。ロイド、ジーニアス。ここ、食堂とかなさそうだし。外でご飯の支度でもしない?」
「それもそうだな。なら、また薪ひろいか」
「だね」
エミルにいわれ、ひとまず小屋の外へとでることに。


「やっぱ、はしっこっておちつくよね」
「「え?」」
小屋の前にとある花畑。
どこで火を起こしていいのか確認しようと話しかけたところ、その男性はにこやかにそんなことをいってくる。
その台詞に思わず顔をみあわせているロイドとジーニアス。
「え?って、君たちはだめなの?おかしいなぁ。なんでだろ?」
「まあ、狭いところとか、そういう場所を好む存在はいますしね。あと、暗闇とか」
どこぞの忠実なる僕がふと思い浮かぶ。
まあ確かに暗闇は落ちつくが。
しかし、始めの初期のころをどうしても暗闇にいれば思いだしてしまう。
何もなかった。
自分だけの意思がそこにあるだけで。
センチュリオン達を生み出し、多少は違ってきていた当初の記憶。
すでにあれからどれくらいの時がたっているのかすら覚えていないほどの
遥かなる過去の記憶。
「あの。僕たち、食事の支度をしたいんですけど。どこでやればいいですかね?」
「ああ。それなら、そこの薪おきばに薪があるから。あと、この裏に小川があるから、そこですればいいよ。
  ちなみに、旅業者用にきちんとカマドは設置されているよ?」
どうやら、わざわざ人為的にかまどをつくる必要性はないらしい。
「ちゃんとレンガでかまどがつくられて、さらに鉄の網も救いの小屋の中で、一枚、百ガルドで貸出されてるよ。
  あと料理機材とかもね。品物によって値段は違うけど」
きけば、鍋などといった代物も貸出しているらしい。
旅業をするのに少しでも手軽でいたい、という人々のための対策のようではあるが。
たしかに、身軽でいたいものにとっては助かるであろう。
ヒトがつかいしお金が必要、ということ以外は。
「あ。エミル様!」
「「…え?」」
ふと聞き覚えのある声。
その声にふりむけば、たしかアイフリードの船の中であった水色の髪の女性の姿が。
「アクア」
なぜにわざわざ姿を人のそれに模してでてきているのだろうか。
この子は。
思わずコメカミにてをあてて思わずつぶやくエミルにたいし、
「エミル様達がのられていたタライはきちんとオルカ達に運ばせましたので!」
「それはいいけど、なぜに姿を現している?」
いくら今、クラトスがいない、とはいえ。
彼のこと、翼をもちいいつやってくるかわからない。
「それは大丈夫です!ウェントスも気になっているらしく、
  空の魔物達に命じ、何か異変があればすぐに連絡がくることになってます。
  それより、エミル様。食事の支度をされるのですよね!手伝います!」
「…好きにしろ」
「はい!すきにします!」
もはやもうため息をつくしかない。
「あれ?えっと、たしか、船の中であった、えっと……」
「アクアとかいったっけ?」
ジーニアスが名前を思いだそうと首をかしげ、ロイドがそういうが。
「失礼な人間ね!勝手に名前をよばないでよね!」
「じゃあ、なんてよべっていうんだよ」
「そりゃ、かわいい女の子とか、謎の美少女、とか」
きっぱりといいきるアクアにたいし、
「まったく。あなたは何をしているのですか。何を」
ふと、虚空より第三者の声がこの場にと響き渡る。
「げ!陰険!!何でここにいるのよ!」
直後。
闇が収縮し、そこに見慣れた姿が出現する。
「「ま、魔物!?」」
思わず身構えるロイドとジーニアスにたいし、
「失礼な。魔物風情と一緒にしないでいただきたい。私はセ…」
「テネブラエ!」
センチュリオン、と言いかけたテネブラエの言葉をすばやく遮る。
それでなくても、彼らはたしかあの船の上で彼らのことをきいているはず。
余計な情報はあたえたくない。
「申し訳ありません。エミル様」
しゅん、とうなだれるそんな犬のような猫のような姿をみつつ、
「あはは。怒られてる。いいざま~」
「アクア。あなたもおそらく怒られる対象ですよ?」
「え?」
みれば、そんなアクアの前では、腕をくんでいるエミルの姿が。
「…ふたりとも?」
「「す、すいません!」」
その声は果てしなく低い。
この声のトーンはあきらかに、機嫌がわるくなっている証拠。
それゆえにすぐさま二人同時に謝ってくる。
「あ。ロイド。ジーニアス。僕、この子達と話しがあるから。あとでね。……二人とも、こい」
「「…はい」」
そのまま、二人をひきつれて、その場をあとにするそんなエミルを唖然とみつつ、
「どうも、あの魔物みたいな犬もどき、エミルの知り合いみたいだね」
「というか、あのアクアって子、どうやってここにきたんだ?そもそも、あの船の中でもきづいたら消えてたし」
「…あの子も魔物、なのかなぁ?エミルがよく魔物を呼びだす見たいにさ」
「さあ?でもマナのありかたは、魔物でも、それに精霊でもなかったよ?」
どうみても人でしかないようにみえるが。
しかし、魔物の中には擬態をするものもいる、とロイドもジーニアスも習っている。
しかし、マナのありようが魔物でも、ましてや精霊でもありえないものであった。
それは、アクア、と呼ばれていた女の子にしろ然り。
そして、テネなんとかとよばれていたあの黒い動物もどきにしても然り。
あんなマナ、彼ら以外でジーニアスは感じたことすらない。
「まあ、エミルの知り合いっぽいし。あいつにどんな知り合いがいても、
  なんか俺、エミルだから、で済ませられるような気がする。
  あのシムルグともエミルのやつ、知り合いだったし」
「・・・どこからどうみても、あの鳥って神鳥なのにね。
  でも、神鳥なんかじゃない、て当の鳥から否定の言葉ももらってるし」
「「・・・・・・・・・・・・」」
そんな会話をかわしつつ、しばし見つめ合ったのち。
「気にしないことにするか」
「そうだね」
どうやら、今のことは見なかったことにした、らしい。
そのまま、
「川があるっていうんだから、魚とろうぜ、魚」
「まずは場所を確保しようよ。旅をしているのは僕らだけじゃないみたいだし」
そんな会話をかわしつつ、ロイドとジーニアスは小屋の後ろにあるという川のほうへとむかってゆく。


「それで?まあ、今はクラトスのやつがいないからいいものを。
  テネブラエ。お前もだ。用件があるのならいつもの念話でいいだろうに」
腕をくみつつも、目の前にしゅん、となっている二柱にと問いかける。
いくら問題のクラトスが今いないから、といってまさか姿を現してくるなどとは。
クラトスはテネブラエの姿も、そしてアクアの姿も見知っている。
とくにアクアに関しては人間形体をとっていた姿をも知っているはず。
彼らがセンチュリオンである、としられればそれこそ厄介極まりない。
井戸から少し離れた宿の裏手。
その場にアクアとテネブラエをともない移動したのちにと問いかける。
「はい。ソルムとも相談いたしまして。ラタトスク様。
  あの地にてつくられていた全ての魔血玉デモンブラッドは回収を終えました。
  念のために品物がなくなったことに気付かれぬよう、まったく別のものを変わりにおいてはいますが。
  かの地に囚われている存在達にもやはり精霊石が埋め込まれております。
  また、かの地にて捉えられていた我らが配下の魔物達の解放もすみました。
  一応、直接御報告をしたほうがいい、とおもいまして」
ソルムとテネブラエは、海底につくられているという人間牧場とかよばれし場所。
そこに潜入させていた。 
「ふむ……つまり、かの地の施設をどうするか、か」
「はい」
これまで消滅させた二つの施設と同じようにするならば。
被害者といえるものたちをあの場から取り除き、
それこそ海底火山でも爆発させればよい、とはイグニスとイフリートの意見らしい。
たしにあるいみでは手っとり早い。
「かの地の責任者となのっているものは……」
「あの人間は野望が強いようですので。下手をすれば仮契約すらおこないかねないかと。
  すでにテセアラとよばれし場所のとある人間が、仮契約をおこなっております。
  その人間とどうやらつるんでいるもようです」
「まったく、ヒトとはどこまで愚かなのだろうな。
  …魔族との契約。その対価が何かをしらず、自分の欲のためだけに力をもとめるとは」
本当に、いつの時代のヒトというものは。
テネブラエの報告をきき、思わず深くため息をついてしまう。
「それと、気になる情報をつかみましたので。かの施設の責任者、ロディル、というのですが。
  どうやら、エミル様とともにいるコレットという人間を手にいれようとしているようです」
「コレットを?」
エネブラエの報告におもわず眉をひそめる。
「はい。あの人間がもつ、精霊石を狙い、また彼女を魔導砲の動力源にするつもりらしく」
「…過去の過ちと同じことをするか。この時代のヒトも……」
人を動力源とし、そのマナをつかい、兵器を起動させる。
かつてのデリス・カーラーンにおいてもその方法がとられたことがあった。
一度の攻撃につき、動力源とされた器はマナとなり、
そのマナすらをも喰らいつくされて、完全に消滅してしまっていたが。
「そうだな。テネブラエ。そこに捕らえられている人間達を扇動し、彼らを脱出させることは可能か?」
「はい。配下をつかってよいのであれば」
「ならば、アクア。お前もいけ。かの地は海底にある。
  お前の眷属が活躍するだろう。その地にとらえられている全ての命の解放を命じる。
  精霊石はお前達がとりのぞき、我のもとにもってこい。彼らの穢れを取り払い、彼らを孵化させる。
  解放した人間達は、そうだな、手ごろな場所においとけば、あとは逃げだした存在達で何とかするだろう。
  そこまで我らが手助けする必要性もないゆえにな」
まあ、位置からしてパルマコスタ付近に移動させておけば、あとはそれぞれどうにかするであろう。
自分達はただきっかけとなる風をふかすのみ。
それが精霊としてのありようでもあるがゆえの台詞。
「わかりました」
「エミル様、それって今から、ですか?」
アクアが首をかしげてといかけてくるが、
「早いほうがいいからな」
自分がいってもいいが、今彼らの傍から離れるというのは何かあります、
といっているようなもの。
好ましいのは彼らが完全に眠ってから後、行動を起こすこと。
まあ、騒動をおこしてもすぐのすぐ、というわけにはいかないであろうが。
「うう。邪魔ものがいない間にエミル様と二人っきりを味わおうとおもってたのに…」
アクアが何やら小さくそんなことをいっているが。
「とにかく、ゆけ。何か変化があればすぐさまに報告を――」
いざとなれば、それこそ分霊体をつくりだし、行動することも視野にいれるべきであろう。
それゆえのエミルの言葉。
「「はい」」
彼らにとって命令は絶対。
そのまま二人の姿は瞬く間に周囲にとかききえてゆく。


「あら。エミル」
「え?…あ、リフィルさん」
テネブラエとアクアが姿をけしたほぼ直後。
木々の向こうにある井戸のほうから聞きなれた声がきこえてくる。
みれば、リフィルが井戸の傍にやってきているらしい。
今の会話はよもや聞かれていなかったよな?
そんなことを思いつつも、
「リフィルさん。コレットは?」
「え、ええ。あなたの貸してくれた服をとりあえずきさせて。今はしいなとマルタに任せてきてるわ。
  私はコレットの服を洗うために井戸の水を取りに来たのだけども」
たしかに、みればリフィルの手には洗うために借りた、のであろう。
洗濯桶がもたれているのがみてとれる。
そういえば、コレットの服を洗濯するには、井戸の水を使うとか何とかいっていたような。
「それにしても。エミル。あの服は何?」
「え?……あ~…なんか、僕に絶対に似合うからとかいって、…あるいみ、着せ替えばかりさせられてたことが……」
ちなみに、なぜか女性形態をとっていたときにしても然り、わざわざ男性形態をとっていたときにしても然り。
なぜに毎回、地上で実体化したときにはそのようなことになったのか。
一度や二度でなかった、というのがあるいみ悲しい。
…事実だけに。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・あなたの知り合いって……」
どこか遠い目をして、傍から見ても哀愁ただよわせてつぶやくエミルの様子に、
リフィルはただそういうよりほかにない。
まあ、その着せ替えをした、という人物の気持ちもわからなくもないが。
エミルは絶対に女装が似合う、というか女の子で十分にまかりとおる。
それこそそこいらの少女よりも絶対にかわいい、といいきれてしまうのが、
リフィルからしてみても何ともいえない。
ついでにいえば、纏っている雰囲気から、
もしもエミルが女の子の格好をし、コレットと並んでいれば、どちらが神子?と人々が思った時、
おっとりのほほんとしているようにみえるコレットよりは、
何となくそうはみえないのに時折感じさせる近寄りがたい雰囲気を持つ…ようにみえる、
エミルのほうが神子である、と人々は認識してしまうであろう。
それこそ、さきほどのソダ間欠泉のときのように。
「そういえば、ロイド達と一緒ではないのかしら?」
「え?ああ。ロイドとジーニアスならこの裏手に流れている川に魚をとりにいく。といってさっき移動していきましたよ。
  この後ろにはキャンプ用の設備が整っているらしく、
  また、食器等もお金を払えばこの小屋にて貸しだししてくれるらしくて」
あまり深くそのこそに追求するのは何となくかわいそうな気がし、
とりあえずきになる無難なところをといかけているリフィル。
リフィルからしてみれば、あの服につかわれていた材質はみたこともないもので。
しかもかなりのマナを感じた。
術に対する防御性もあの服だけでかなりのものではないのだろうか。
それは手にしたからこそわかる勘。
それらのことを聞きたかったのだが、どうやら聞ける雰囲気ではない、らしい。
あんな服をぽんぽんと他人・・・まあ、似合うから面白がって、のあたりだろうが。
ほい、と他人に渡せる知り合い、というのもきにかかる。
最も、リフィルは知らない。
それがこの世界でのことではなく、別なる世界、すなわち惑星における出来事である。
ということを。
そんな会話をしている最中。
「あれ?エミル、ここにいたんだ」
ふと、またまた聞きなれた声は背後から。
みれば、どうやらこの場にしいなもまたやってきた、らしい。
「あれ?しいなさんだけですか?」
首をかしげ、戸惑い気味にといかけるエミルにたいし、
「え?ああ。あのマルタってこは、今さらながらにショックがでたんだろうね。
  そのまま、少し横になったかとおもったらそのままねちゃってね。
  …おそらくあんな大けがをみたのは初めてだったんじゃいのかい? 
  だから、張りつめていた緊張が解けたとたん、疲れがきたんだとおもうよ。
  話しをきくかぎり、あの子はどうも深遠のお嬢様、というか。
  親ばかとしかいいようがない両親に護られてたっぽいしね」
やれやれ、とばかりにしいながいってくるが。
そういえば、かつてアリスがマルタが護られているのが当たり前、と思っている、とか何とかいってたな。
ふと今さらながらにそのときのことを思い出す。
「まあ、きちんと宿屋にいるんだ。問題はないだろうよ」
それに何より、ここにいる彼らはコレットのことに気付いていなかったもよう。
もしも神子だ、と知られていればゆっくりと休ませることすらできなかったであろう。
そんなしいなの含みを込めたいい分に、
「そんなものなんですか?」
「エミル。あなたは何ともないの?」
「え?いえ、別に……」
もっと悲惨といえる光景を
幾度もヒトがひきおこしていた光景を、これまでもう数えるのもばからしいほどに見続けてきているがゆえ、
あれくらいのことでは動じるはずもない。
「そう。あなた、剣の腕もたつようだから、いろいろと実戦の場をみてきた、のでしょうね」
実感がないが、戦争が頻発していた時代、戦争にいったヒトはその心をまひさせる。
といわれていたと幼き日にみた書物でみたことがあるがゆえのリフィルの台詞。
戦争は、ヒトの心を狂わせる。
そう、かの書物にはかいてあった。
幾度も人を殺してゆく最中に、だんだんと命を奪うことにたいし、
嫌悪感を抱かなくなり、あげくはそれにたいし喜びすら感じてしまう、と。
たしかに戦時中は、ヒトがかってにつくりし掟とやらで、
どれほどの敵・・・すなわち、命をほうむったか、で褒章などがもたらされていたという。
人をころし、お金が・・・名誉が手にはいる。
それゆえに、ヒトは狂ってゆく、とも。
ゆえに、エルフ達は戦争を嫌悪している。
それこそマナを歪ませる原因に他ならないから、という理由もあってだが。
一番の理由は、命をないがしろにしているから、という理由にて。
しいなもそんなリフィルの言葉に何か思うところがあった、のであろう。
「まあ、隠密行動を主体とするあたしたちがいうのも変かもしれないけどね。
  でも、本当に神様がいるなら、そんなことをするあたしたち人間をどう思ってるのかねぇ」
さらり、と自分達の正体をいっていることにしいなは気づいていない。
リフィルはそのものいいから、やはりこのしいなは特殊な訓練をうけている何ものかだ。
というのを確信するが、それに関しては今ここで突っ込みはしないらしい。
「……神、というのがあなた達ヒトが誰をさす、のはわかりませんけど。
  でも、これだけはいえます。運命、というのもは、産まれおちた瞬間から、あなたたちヒトに託されているもの。
  ゆだねられている、といってもいいですね。
  そして、歴史は紡がれていきます。それがどんな結果になろうとも。
  ……それを誰かが強い力でもってして故意に動かしたりしたら、必ずどこかに歪みがしょうじてしまうでしょう」
そう、今のように。
エミルのすこし顔をふせていうそんな呟きにたいし、
「まあ、それも一理あるかもね。
  なら、今もどこかで自分が作りだした人間達の泣き笑いをどこかでみてるってことなのかねぇ」
しいなのいい分はまさに図星。
彼らがいう神が、世界をつくり、ヒトを生み出したものだ、というならば。
その神はまさしくエミル…否、ラタトスク自身といってよい。
事実、傍でみている。
これまでもずっと見守っていたといってよい。
「……だまってみていることしかできないのもつらいものがあるとおもいますよ。
  …精霊達とてそう。だからこそ、契約の誓い、というものがあるのだと。
  …そのヒトの強い願いを誓約とすることで、少しだけそんな人の手助けをするために。
  そのために愚かな誓いなどでは精霊達はヒトに力をかしたりはしません。決して」
そして行動をうつすとき。
それは大概、エミルが…ラタトスクとして行動するときは、粛清をするときに限られていたといってよい。
それこそもう、救いがないと判断し、大地を、世界を護るために。
ディセンダー、としての名と形をとっていたのも世界を見極める為に他ならなかった。
ここではその形態を一度もとったことがなかったにしろ。
「ああ。それはしってるよ。というかそう習ったしね。
  だから精霊はヒトの純粋な思い、強い願いの誓いをもってして契約となす」
精霊は私利私欲の願いでは動かない。
逆に精霊の怒りをかうであろう。
それが精霊研究所の研究員達の認識。
そしてそれは、しいなのかつての一件においても確信されたといってよい。
あるいみ、その過程が事実であった、と証明されてしまったのだから。
みずほの民の三分の一、という命の犠牲をもってして。
しいなも当時のことを思い出したのか、多少、顔を伏せていってくる。
「…それでも、ヒトはかわってしまうんですよ。しいなさん。
  そのとき、たとえ真実の心でいっていたとしても、…人は、簡単に変わってしまう……」
そう、マーテルを殺されてしまいかわってしまった、というミトスのように。
繋ぎをとったノームにしろ、セルシウスにしろ、シャドウにしろ。
嘆いていたことにかわりはない。
…ヴォルトは、まあもともと人間不信であったがゆえか、さらにひどくなっていたようだが。
そして、これまでにおいても。
自然を護る、といいつつも、簡単に変わってしまった人々の心。
そのうつりかわりを嫌、というほどに知っている。
きちんと共存できていたとおもった世界においても、
やはり欲にかられたヒトがあらわれ、自然をないがしろにしてゆくありさまを、
これまでも延々と目の当たりにしてきたがゆえのエミルの台詞。
「「エミル?」」
そんなエミルの様子に何か思うところがあったのか、
しかしエミルのそんな心情など、当然リフィルもしいなもわかるはずもなく。
ただ、首をかしげてとまどうのみ。
「・・・たしかに。人はかわってしまうわね。変わらぬ心の証明とかできればいいのに」
このエミルのものいいから、これまで、ヒトに幾度も裏切られたことがあったのだろう。
そうリフィルは確信をもってしまう。
魔物を使役し、共にいるのがあたりまえ、と考えているような子供。
…その子供を大人たち、さらには周りがどうあつかおうとしたのか。
考えたくないが考えついてしまうがゆえのリフィルのつぶやき。
「…変わらぬこころの証明…か」
リフィルの心の証明。
という言葉をきき、思わずぽつり、と言葉をもらす。
おまえたちがならば大樹を見事よみがえらせたとき。
お前達がいうその理想が現実となったとき。
それをもってお前達のいうことを、その心が真実であると我らはみとめることとしよう。
それらのことをもってして我との盟約とせん。
あのときの約束。
あのとき、ミトスに投げかけた言葉。
その言葉は裏切られた。
あのとき、あのときあの子はこういったのに。
――人間をなめないでよね!
と。
――僕らはやるといったらとことんやるんだから!
と。
なのに。
「……僕、ちょっとコレットの様子をみてきますね」
いいつつも、その場をはなれ、小屋のほうえとあるいてゆく。
そんなエミルの後ろ姿をみおくりつつ、
「…あの子もこれまで、どうやらいろいろとあったようね。それに、しいな、あなたも、ね」
ウンディーネとの契約のときにいっていたしいなの台詞。
命を落とすことだってある。
あの言葉には実感がこもっていた。
もしかして、しいなはそのような経験があるのかもしれない。
それはリフィルの勘でしかないものの。
「…そういうあんたこそ、ね」
しいなもまた、思うところがあったのだろう。
彼らは、エルフだ、といっているが。
しいなは、実際のエルフ達をしっている。
髪でかくせるほど、彼らの耳は小さくは…ない。
だとすれば、おのずとリフィル達姉弟の正体は限られてくる。
それに、あのとき、アスカードにてハーレイとかいうハーフエルフもいっていた。
おいおい、俺が同胞を見間違うはずがないだろう、と。
すぐに訂正をしていたようだが、こちら側でも差別が著しい以上、
おそらく彼はジーニアス達をおもいやり、気をきかせてそういったのであろう。
それくらい簡単にしいなとて予測がつく。
「とりあえず、これをとっとと洗濯してしまいましょう」
「あ、なら、あたしは、お風呂の用意をするよ。ドラム缶があるらしいから、簡単な五右衛門風呂でもつくるさ」
「あら。たしか文献にあるとあるお風呂の名ね?」
「あんたもしってたのかい?」
「ええ」
もっとも、鉄でつくられたものではないにしろ。
岩をくりぬいたり、木でくりぬいたりしてつくられているドラム缶もどき。
それらを利用した風呂は、あるいみ簡易風呂、として庶民の家に普及しているといってよい。
それは、シルヴァラントでもテセアラでも同じこと。
きちんとした風呂場をもてるような家は、そこそこ裕福、
もしくは余裕のある家においてしかここ、シルヴァラントではありえない。
そして、テセアラはそういった細かな場所まで身分制度によって、
どこまで手にしていいものかそうでないのか、というのすら事こまかに決められている。
貧民街に住まうものたちは、風呂を家にもつ、ということすら許されていない。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
それぞれに思うところがあるがゆえ、しばし二人して無言になったのち、そのまま、リフィルはすべきこそ。
ひとまず、そのまま井戸の水をくみつつ、洗濯桶にと水をくみ、しいなはしいなで、風呂に水をためるべく、
井戸の横にあるバケツにともくもくと水を汲みはじめる。
しばし、そんな光景が井戸の前にて繰り広げられてゆく――


「…ミトス。お前はあの約束すらも忘れてしまっているというのか?」
ぽつり、と自然にもれだす言葉。
人の心は移ろいやすい、とはいうが。
裏切られたあのときの衝撃。
大樹との繋がりがたたれた衝撃。
あわてて気配をたどってしったは、新たな名をつけられた、力なき樹と、そこにやどりしみおぼえのある気配の魂。
姉弟とともに、自らが護り、そして大地を繋ぎとめる楔でもある樹をうばったのだ。
そう理解するのに時間はかからなかった。
まだ、この時間帯ではかろうじて自らと種子の繋がりが感じ取られる。
彗星に意識をむけてみれば、ミトスもまだ種子に魂を移動させてはいない。
もっとも、種子のある位置だけは、数多とある負の雑念らしきものに遮られ、
確実な場所を捕らえることがまだできてはいないにしろ。
ヴェリウスはどうおもうだろうか。
人の心を司りし精霊、ヴェリウス。
ヒトが多くなったに従い、ヒトの心の思いの強さなどといった念をあつめ、そして生み出した、かの精霊。
常にヒトの心と寄り添う会うために生み出せし精霊。
が、人々はそんなヴェリウスの存在すらないがしろにしていった。
今ではおそらく、ヴェリウスのことを知っているものは、エルフ達くらいなのではないだろうか。
そのエルフ達ですら、自らが選ばれしものだ、などという傲慢な考えのもと、
また思考のもと、傍観しているのだから罪はない、とばかり、
あるいみ自然との共存、というその根柢なる役目を放棄している。
それは、あの世界から移動するときにかわした盟約をエルフ達が破棄していると捉えても過言でない行動。
何も自分達はかかかわっていないのだから、世界に何がおこっても自分達はしりません。
が、それをおこしたものは批難し、断罪します。
…そんな傲慢な考えが今のエルフ達の中には産まれている。
それこそ、かのかつての天地戦争の時代以後、その考えはよりひどくなっているっぽい。
「…まあ、我がすること。それは道を示すこと、くらいしかないが、な」
それで決めるのは人。
世界を存続させるのか、はたまた滅亡させるのか。
ミトスが大地の存続を優先しないのならばこちらもこちらで行動に移す必要がある。
どちらにしても、大地の存続、世界は優先させるべき事柄。
そして、一番の目的は、
人の精神集合体であるがゆえに、決定的な決断をも先送りにしたあげく、
なげくばかりで、何もしなかった精霊マーテルが力のよわき樹の精霊として宿ること。
あのとき、マーテルがロイドに名をつけさせたことで、それは決定的となってしまった。
マナの切り離しをしたのちに、かの地に移動し、ユグドラシルからよみとった事実。
マナを感じなくして世界を存続させるのがよしなのか、
それとも、かつての世界のように、マナがなくなり、世界が滅亡する、
とあからさまにわからせたほうがいいのか。
どちらにしろ。
「……なぜに、ヒトはいつも自らがすまう地を穢すことを選択するのだろうな」
それは独白に近い呟き。
かならず、といっていいほどにそんなヒトがでてくる。
そして、それをとめようとするものたちも。
世界の記憶をあえて継承させない世界においてもまた然り。
光と闇、その属性を持ち合わせる存在、として生み出すからなのか。
それは、いまだにラタトスクからしてもはっきりとは分からない。
光にも闇にも属するもの。
それが、ヒト…狭間のもの、なのだから。
それゆえに、ヒトは可能性がある。
どちらにも属さないが故に、どちらにもその運命を自らの心においてつかみ取ることが、
その意思の強さにおいて選ぶことができるがゆえに。
そのように、うみだせし…存在もの
可能性の塊。
それが、ヒト、なのだから。


「コレット。もう、平気なのか?」
夜になり、コレットもようやく目をさまし。
服が自分が今まできていたのとは違うのに驚いたようだが、
リフィルから、着替えを借りたのよ、とそういわれ。
誰から借りたのですか?先生。
とコレットがといかければ、リフィルとしいなはあからさまに視線をそらし、
コレットはただひたすらに?マークを飛ばすしかなかったが。
ジーニアスなどはぽん、と無言でエミルの肩に手をおいていたほど。
コレットが目をさました、という報告をうけ、ひとまず全員で部屋の中にと集まり、そして、その場にて、
この建物の後ろにとある簡易キャンプ場にて食事の用意をしているけども、
コレットはここで食べる?それとも移動する?
そうといかけたエミルの台詞に、もう大丈夫だから、移動して食べる。
といって、この場に移動してきたのがついさきほど。
すでに完全に日は暮れており、ほ~ほ~とした梟のなきごえが辺りにとこだましている。
今日、ここにとまっているのはどうやら彼ら一行だけではなく、他の旅業者も幾組かはいるらしい。
それでも三、四人、という程度でしかないが。
ロイド達のように、合計七人プラス、動物一。
というような大所帯の旅人はどうやらいないらしい。
もっとも、そのうちの一人はヒト、ではないのだが。
さらにいえば、クラトスが合流すれば、これにプラス約一名となるのだから、
かなりの大所帯、ちょっとした旅業ツアー一行である、といっても疑われないであろう。
ちょこん、と簡易的につくられているバーベキューのかまどの前に設置されてある、
岩をくりぬいてつくられたとみられる石の机に、
その前にはこれまた岩をがんがんと削ってつくったのであろう岩の椅子。
その上にもうしわけない程度におかれている布は、
この場を利用する客にたいし、救いの小屋が貸しだしている座布団一式。
曰く、腰を冷やさないための手段の一つ、であるらしいが。
「う~ん、いい匂い!」
じゅーじゅーとした何ともいえない匂いが充満する。
「怪我によって血が失われたんだから、しっかりと、それなりに体力つけないとね」
「あ、うん。ありがとう?」
にっこりとジーニアスにいわれ、コレットは少し首をかしげてお礼の言葉を紡ぎだす。
匂いが、感じられない。
ジーニアスがいい匂い、といっているのにコレットはそれに気づけない。
だからこそ首をかしげざるをえない。
「あ、コレット。先に、とりあえず、はい。これ」
「え?エミル?」
いきなりエミルにコップをてわたされ、とまどうコレットに対し、
「今まで横になってたんだもん。先に飲み物を体内にいれたほうがいいよ」
「ああ。たしかに。脱水症状とかにもなりかねないしね」
エミルの言葉にしいなもまたうなづく。
何ものまずくわずでいきなりお腹にものをいれても、
逆に体がうけつけないことが多々とある。
それをしいなは身をもってしっている。
そういう訓練もまたしいなはうけている。
ロイドにうながされ、席のひとつについたコレットにエミルからさしだされるは、
バーベキューの匂いは感じない、というのに、あからさまに匂いがわかる飲み物。
「エミル?これって?」
「カモミールとエキナセアを入れたミックスハーブティーだよ」
「エキ?」
カモミールはきいたことがあるが、エキナセアとかいうハーブはきいたことがなく、コレットは首をかしげるが。
「そのハーブは私もきいたことがないわね」
どうやらリフィルもしらないらしく、興味深そうにいってくる。
今日はコレットに体力をつけさす名目もあり、一応基本的にはバーベキュー一式。
といっても、食べるものが偏らないため、
また、体を温めるために、エミルが別にスープをつくっているにしろ。
「エキナセアはキク科のハーブですよ。ちなみに、主な作用は免疫強化、抗炎症作用、抗アレルギー、発汗。
  免疫力を高めるだけでなく、発症した症状に対しても症状を和らげる働きをする。といわれていますね。
  あ、でもきをつけないといけないのは、キク科の植物にたいしアレルギーとかもつ人は
  利用をさけたほうがいいかもしれません」
中にはマナがあわない、という存在もいるがゆえの言葉。
「カモミールはいうまでもなく。主な作用は鎮静、鎮けい、消化促進、発汗、利尿、などといった効果がありますよね。
  ちなみに、保湿成分なども含まれていることから、肌などの乾燥などにも強いですよ。
  寒いときの肌荒れなどには効果的ですね」
「ハーブにおける自然の体における作用は色々と研究されていることの一つだね。しかし、エミル、あんた詳しいねぇ。
  というか、自然化学部門の研究者でもそこまで詳しいかどうか怪しいものだよ」
エミルの言葉をうけ、しいながいってくるが。
「とりあえず、暖かいうちにのんで。すこしは気分も落ちつくとおもうから」
「あ、ありがとう」
「エミル。私も頂いていいかしら」
「あ、あたしもいいかい」
エミルがコレットにうながすと、リフィルとしいなもいってくる。
どうやら、保湿成分、肌荒れにきく、という言葉に反応しての言葉らしいが。
机の前にいくつもの食材はすでにお皿にいれていつでも焼けるように、
それぞれきちんと串にさしており、一口サイズの細工をほどこしてある。
「しかし、あいかわらず、だよな~、これ」
「あるいみ、でもシュールだよね」
串にはこれでもか、というほどに精密な動物などが彫られていたり、また形がととのえられている野菜の数々。
どうやったのかしらないが、肉とおもわれしものまで、
それぞれ形をつくっているのがみてとれるのが何ともいえない。
はっきりいって毎回おもうが、こう細工を目の当たりにすれば、食べるのがもったいないほど。
それゆえに、串にさされている野菜をみてロイドやジーニアスがつぶやくのは、あながち間違ってはいないといえる。
「・・・・あれ?」
「?どうしたの?コレット」
「ううん。何でもない」
こくん、と手渡されたハーブティーを飲むたびに、なぜか体がかるくなっていくような、
何というか、体の中にあった余計なものが取り除かれてゆくような。
そんなふわり、とした感覚にコレットはおちいり、おもわず声をだす。
それは、無理やりに歪められ、負という穢れによって狂わされかけていた、
微精霊達が正常な状態にもどってゆくがゆえの感覚。
それとともに、それまでまったく感じなかった、微弱なる匂いがゆっくりとではあるが、
たしかにバーベキューの網のほうから感じ取れ出してくる。
これって、やっぱり…?
きのせい、ではない。
まちがいなく、エミルが手渡してきたこのハーブティーが感覚が一時期にしろ戻った。
そう確信をもっていえる。
「さ、おかわりはかなりあるから、ゆっくりたべてね」
エミルの言葉をかわきりに、
「お、これもうやけてきてるぞ!コレット。しっかりたべろよ?」
「といいつつ、ロイド!何さきに肉ばかりとってるのさ!」
「早いもんがちだろ!」
「ああ!何で僕のお皿に野菜ばかりのっけて
  コレットの皿には、焼けたお肉ばかりのせてるんだよ!ロイドの馬鹿ぁぁ!」
ロイドはいいつつも、コレットのお皿にこれでもか。
といえるほどに焼けたお肉をのせていっている。
そのかわりに、ジーニアスのお皿には同じようにのせているが、そちらのほうは野菜ばかりを乗せている。
「コレット。しっかり肉くって、しっかり体力つけとけよ」
「う…うん」
こんなに食べられないよ、ロイド。
そういいたいが、善意から、というのがわかっているがゆえに何ともいえない。
「あ、ノイシュ。おいで、おいで~」
「きゅ?」
「ノイシュ、はい」
コレットに手招きされ、肉のついた串をさしだされる様子に、
ノイシュは戸惑い気味に、コレットと、そしてエミルを交互にみやる。
「コレット、ノイシュ用はきちんと焼いてるからいいよ?」
「え?でも……」
「串ごとあげて、もしもノイシュが串をまちがって食いちぎって。ノドにでも刺さったら大変でしょ?」
「うげ。魚とかのとがったものがノドにささると、あれいたいんだよな~」
戸惑いの声をあげるコレットにたいし、エミルがいうと、
自らが魚の骨をのどにつきさしたことを思いだしたらしく、ロイドがしんそこうんざりした声をあげてくる。
そんな会話をしている最中。
「お。いい匂いがしてるね」
「皆さんもどうですか?食事は大人数のほうが楽しい、ですしね」
どうやらその匂いにつられた、のだろう。
他にいた旅のものたちもまた、わらわらとちかよってくる。
「うん。そうだね。食事は大人数のほうがたのしい、よね」
お祝いをされても、それは神子としてみられるだけで、一個人、として見られていたわけではない。
「私はコレットがいいのだったらいいですけどね」
「そういえば。明日はどうするんだい?クラトスのやつを合流するまでまつのかい?
  あのソダ間欠泉からここまでくるのには数日はかかるとおもうけど」
あむり。
しいながしっかりと火のとおった串にさされた野菜を口にほうばりつつも、横にいるリフィルにとといかける。
「うん?あんたたち、他にもつれがいるのかい?」
そんな会話がきこえた、のであろう。
この宿にとまっている別の恰幅のいい女性が話しかけてくる。
「え、ええ。ソダ間欠泉で別行動になりまして。私たちだけが先にこちらまできたのですけども」
「ああ。ソダ島からかい。たしかに、竜車をつかっても二、三日はかかるし。
  まあ、飛竜でもつかまえられればすぐに合流できるだろうけど。
  このあたりで飛竜観光をしているのはハイマだけだからねぇ」
そんな女性の言葉に。
「ちょっと前までは原因不明の異常気象というか闇で飛竜観光も停止していたけど、少し前に復活したらしいからね」
続けていっている別の女性。
その言葉をきき、苦笑するしかないリフィル達。
リフィル達はその原因をしっている。
というより、飛竜達をおちつかせたとかいうのはほかならぬエミルであり、何をしたのかはわからないが、
飛竜達がエミルに従っていたのを、リフィルはその目で確認している。
「それで?あんたたちも旅業、ということは、マナの守護塔かい?旅業の巡礼地の定番の地だからね。
  そういえば、ルインがディザイアンにおそわれたとか噂をきいたけど、実のところはどうなのかねぇ?」
そんな女性の言葉に、
「ああ。それは事実みたいですよ。私は今日、ルインからもどってきましたけど。
  何でも神子様一行が助けてくれたようです。
  それで、町の人々は神子様がたの恩を忘れないために、
  募金をつのって銅像をたてる、とか話されてました」
がたんっ。
「あれ?エミル?どうしたんだ?」
「な、何でもない、何でもないよ。あはは……」
ここでそうくるか!?
シチューをかき混ぜていたエミルがおもわず、その場につっぷしてしまう。
そのためにどうやらすこしばかり音をたててしまったようであるが。
たしか、あの銅像は町の恩人だからとかいう理由でたてられたとか何とかいっていたが。
ルインの壊滅を阻止したのでもうあれは建てられないだろう。
そうおもっていたというのに。
「…うげ」
銅像、という言葉をきき、かつてエミルのいったこと…像をみてお辞儀をされる云々、
という言葉を思い出したらしく、ロイドが何ともいえない声をだす。
みれば、ジーニアスも苦虫をつぶしたような顔をしているのがみてとれるが。
リフィルなどはおもいっきり、食事をする手前の姿勢で固まっていたりする。
「まあ、見積もりからして数十万ガルドかかる、というから、挫折するだろうけどね。あはは」
続けていわれたその台詞にほっと胸をなでおろすロイド達。
あからさまにほっとしているロイド達をはためにみつつ、
いや、ロイド。
あの街の人々、お金がかかってもするような気がするぞ。
あの異様なまでのロイド信仰をしっているがゆえにエミルは思わず内心つぶやいてしまう。
そもそも、ロイドの名をかたって、かの地を攻撃してきたマーテル教の幹部をなのっていたあのワードナー。
彼がロイド様のために云々、という言葉をきいてすら、
ルインの人々はロイドを信じ、信仰することをたしかやめていなかったはず。
だとすれば、確実にやる。
もうまちがいなくやる。
面倒すぎるけど絶対にやる。
それはもう変な確信。
もっとも、自分がそうおもったことでそれが理として確定してしまってもはたはた困るが。
そんなエミルの心情は当然、誰も知るよしもなく。
「先生。とりあえず、ユウマシ湖にいきませんか?」
そんな会話をききつつも、コレットがロイド達のようにがつがつ、ではないが。
ほそぼそと食事をしつつ、リフィルにと話しかける。
ボルトマンの治癒術、そして、水の精霊。
その二つがそろった以上、あのユニコーンを助けられるはず。
それゆえのコレットなりの提案。
「うん?じょうちゃんはあの湖にいきたいのかい?たしかに、あそこは綺麗だけどね。
  なら、明日の昼前に竜車の馬車がここにくるはずだから。
  それにのっていけばいいよ。希望者は途中下車できるからね。
  ちなみに、竜車の馬車がむかうのはルインだよ」
「あら。それは助かりますわ。運賃はおいくらなのかしら?」
「たしか、一人あたり五十ガルドじゃなかったかい?」
リフィルにといに答えてくるその女性。
と。
「しかし、うまいな、これ!よ~し、とっておきのお酒を奮発だ!」
「ちょっとまってください。この子達はまだ未成年です。 お酒はこまりますわ!」
「かたいこというなって。姉ちゃん、がはははは!」
お酒をとりだし、ロイドに進めている男性にたいし、
リフィルがそれにきづき、あわててとめているが。
「この酒は自家製だからアルコール度数はお勧めだぞ~」
「それって、密造酒……」
ジーニアスがそんな男性の言葉にぽそり、とつぶやく。
「のめのめ。兄ちゃん。のんだら頭がよくなるぞ」
「そんなわけないでしょ!」
「あと、酒には胸を大きくする効果もあるんだぜ?」
「え?本当ですか?!」
「ほんとう!?」
その言葉にコレットとマルタが即座にくいつく。
「だまされないで!コレット!マルタ!嘘にきまってます!って、ああ!?」
リフィルがとめるまもなく、マルタがぐいっと、さしだされたお酒の入ったコップをいきなりのみほしていたりする。
「おお。姉ちゃん、いいのみっぷりだなぁ」
「ちょっと!あんた、子供になにのませてるのさ!」
「あはははは。私はこどもじゃないも~ん。ね~、エミル~」
「…マルタ、酔ってない?」
どうやら、今の一杯でかんぜんに酔っぱらってしまったらしい。
「あはははは。ジーニアスもほら~、のめのめ~」
「ちょ、ちょっと、マルタ、やめてよね!っ・・・うぐっ!」
マルタに絡まれて…どうやらマルタは酔っぱらうと絡み上戸になるらしい。
あはあはと笑いつつも、ジーニアスの背後からだきついて、
コップになみなみとお酒をついだそれを、ジーニアスの口におしあてているマルタの姿。
「ちょ、ちょっと、マルタ、あんた何やってんのさ!」
「…頭がいたいわ」
そんなマルタをしいながひきはがし、リフィルが頭をかかえておもわずうなる。
「…あるいみ、カオス?」
ぽつり、とそんな光景をみつつエミルがつぶやくが、おそらく間違ってはいないであろう。
マルタはさらにターゲットをジーニアスからコレットに移動して、
「あはは。コレット~。いっしょに胸おおきくしよう~」
「むね・・・そうだよね。しいなみたいになりたいよね」
「なあ、お酒っておいしいのか?」
「おう。坊主、お酒をのんだらつよくなれるんだぞ!」
「本当か!」
「ロイドまでだまされるんじゃありません!!!!!!!
  というか、マルタ!あなたはいい加減にしなさい!ってコレットまで何のんでるの!?」
気付けば、胸がおおきくなる、という言葉を信じてか、コレットまでお酒を口にしているこの現状はこれいかに。
ぴきり。
「あなたたち、いい加減にしなさ~い!!」
あるいみ混沌と化しているそんな最中。
リフィルの堪忍袋の緒がきれたらしく、その場にリフィルの叫びが響き渡ってゆく……


「コレット?もう平気なのか?」
「え、うん」
リフィルの雷がおち、ひとまずお開きとなり、
というか、子供達にのますんじゃないよ!
とその場にいた女性陣達がきっかけとなった男性をある意味袋叩きにし、
後片付けは自分達がやるから、といってロイド達を先にと宿にともどしたのがつい先刻。
マルタはあのまま、しいなに絡んだのち、そのまま、こてん、と眠りについた。
コレットも一気に呑んでいたのをリフィルがみていたがゆえ、
マルタともども、ほぼ強制的に宿屋に連れてもどったのだが。
寝つかれなくて、外で星をみあげていたロイドがふと気配にきづけば、コレットが救いの小屋がでてくるところ。
ロイドが外にいる、とはおもわずに、コレットは曖昧ではあるが素直にうなづく。
ベットでもいくつか確認してみたが、
エミルのつくりしものいがい、まったく感覚も何もかも感じなくなっている。
そのことにきづき愕然とし、何となく外にでたくなったゆえに
そっとその場でねているマルタをおこさないようにベットをぬけだし、今に至る。
「あれだけ出血してたんだ。それに、あのお酒、かなりつよかったようだしな。そうだ、ちょっとまってろ」
たしかまだお湯が残っていたはず。
それを思いだし、コレットにひとまず小屋の前でまっているようにといい、そのまま小屋の裏手へと。
ロイドの姿がみえなくなり、コレットもまた少し移動する。
しん、としずまりかえっている夜の静けさ。
なのに、虫や鳥といった小さな声までも今のコレットにはしっかりとききとれる。
それこそこの小屋の裏手に流れている川の音すらまでも。
そのまま無意味に手をつねる。
が、やはり感覚はない。
そのことにやはりため息をついてしまう。
本来ならば、エミルのつくりしマナにより、微精霊達の歪みは修正されている。
にもかかわらず、コレットの状態が改善されていない理由。
それはコレットが無意識ながら、微精霊達とコレットが盟約を交わしてしまったがゆえ。
微精霊達の台詞に、コレットは無意識のうちに、こう、こたえた。
私の変化は、天使への試練。全ての苦しみは世界を救うために必要なこと。
もしもあなた達が私のことをおもうならば、私にその試練をうけさせて。と。
その試練をうけないと、ロイドが…世界が守れないから、と。
それをきいたとき、微精霊達が悲しみの声というか、あなたはそれでいいの?
とといかけた、というのに。
コレットは意識下において微精霊達に答えてしまっている。
ゆえに、微精霊達は本来ならば自分達が狂ったせいで歪んだ肉体…
そのマナの在り様をコレットが願うがゆえに、ヒトが願うがゆえに訂正することができない。
人の願いは精霊達を盟約、もしくは誓約、という形で縛り付ける。
それこそ、コレットは自らが精霊と契約を交わしてしまっている、といってよい。
その願いは、変化を修正しない、という事柄で。
当人はその事実に気づいていないにしろ。
そのまま、そっと扉の前から移動し、小屋の横にある少し開けた位置に移動し、そのまま空をみあげるコレット。
おそらく、しいなたちは気づいてしまったかもしれない。
たしかにあれほどの大けがで痛みを感じていなかったのも事実。
えぐれた肉。
でも、痛みがなかったがゆえに自分のことではなかったような、あの感覚。
あのとき、しいなの手当てをうけている最中でも、
コレットはまったく何も痛みも本当に何も感じなかった、のだから。


コレットが自分の体におこっている異変に関していろいろと思っている最中。
かさり、という足音が近づいてくる。
その足跡の主は確認しなくてもわかる。
振り向いたコレットがみたのは、両手にコップをもっているロイドの姿。
「ロイド?どうしたの?それ?」
二つ、ということは自分とロイドの分であろうが、違う場合もあるかもしれないゆえのコレットの問いかけ。
「たまには二人っきりで話しでもしようとおもってさ」
「ロイド…うん」
そういえば、二人っきり、というのは旅にでてこのかたなかったような気がする。
常に誰かが傍にいた。
今、リフィルも小屋の中におり、この場にいるのはノイシュ、
そしてロイドとコレットのみといってよい。
他の客達も夜中、ということもあり皆、それぞれ眠りについている。
「これ、ホットコーヒー」
ロイドが差し出したそのコップには、たしかに茶色い液体がはいっている。
「ありがとう」
そのまま素直にコップをうけとり、お礼をいうコレットに対し、
「熱いからきをつけろよ?」
ロイドがそんなコレットに注意を促すが。
「うん。あつあつだね」
コップを手にしたまま、にこにこといっているコレット。
しかし、その様子にロイドはすこし眉をひそめ、
「嘘。それ、アイスコーヒーなんだ。冗談でいったのに」
「え?」
ぴたり。
ロイドの言葉にコレットが思わず制止する。
「あの場にのこってたおばちゃんたちに氷をもらって冷やしてもらった」
「そ、そうだよね。冷たいもんね。ロイドが珍しく冗談いうから。
  私もつきあわないといけないか、とおもっていっただけだよ?」
事実、さきほどまで夕飯を食べていた場所には、一緒に食事をしていた人々が、けっこう酔いつぶれ、
中にはあの場で一夜をすごすものもいるらしく、数名あの場にのこっている。
だからこそ、ロイドの言葉にコレットは違和感を感じられない。
ゆえにあわてて、訂正をいれる。
そして、一口、ロイドのもってきたそれを口に含むコレット。
じっとそんなコレットをみているロイドにコレットは気づいているのかいないのか。
だがしかし、そんなコレットの言葉とその様子をみてロイドは視線を伏せ、
「…嘘。本当はホットなんだ」
「…え?」
ホット、それともアイス。
どちらが真実?
しかし、今のコレットは、ロイドから手渡されたこのコーヒーがどうなのか。
それがわからない。
ゆえに、思わず手にしていたコップをがしゃん、とおとしてしまう。
地面にコレットが落したコップから、コーヒーが染みてゆくが。
一口飲んだというのに、どちらともわからない。
さきほど、エミルから手渡された飲み物はたしかに味も温度もわかった、というのに。
やはり、エミルのつくりしものだけが特別、ということ、なのだろう。
「…やっぱり。お前いつからだ!?何にも感じなくなってるじゃないか!」
ちなみに、ロイドがもってきたコーヒーは、ホットでもアイスでもない。
適温な温度となっているコーヒーであるがゆえ、暖かいとも、冷たいともどちらともいえない代物。
手にしていたコップをそのあたりにおき、がしっとコレットの肩をつかんでゆさぶりつつもといかける。
そんなロイドの台詞に、
「そ、そんなことない……」
コレットが否定の言葉を発しようとするが、
「嘘つけ!昼間、怪我したとき、もう感覚がなかったんだろ!
  あれだけ肉が削げて赤身がでてたのに、いたくない。平気だなんて、おかしいだろ!」
そう。
おもいっきり肉がえぐれ、下手をすれば骨までみえるのではないか。
というほどにぱっくりと、傷口はえぐれていた。
傷口を洗っているときですら、コレットは微動だにしなかった。
ちょっとした傷でも、いつも平気、といいつつも、いつも泣きそうな顔をしていたコレットが、である。
それでおかしい、とおもわないほうがおかしい。
「そ、それは、我慢してただけで……そんなことない」
ロイドの指摘にコレットの声は震えてしまう。
気付いてほしくなかった人に気づかれた。
それがコレットにとっては衝撃的。
「あんなに血をだしてるのに。おかしすぎるだろ!」
血でそまっていった桶の水。
いくら治癒の術で怪我を治した、とはいえ、しばらく怪我の痛み、というものは神経系にのこってしまう。
そう、手足をうしなったものが、すでに手足はない、というのに痛みを感じてしまうように。
「…バレちゃったんだ……」
顔をふせ、観念したように、ぽつり、とつぶやく。
「最近、お前、あまりメシくってないし……」
あのトリエットの遺跡を過ぎてから、コレットはあまりたべなくなった。
しかし、パルマコスタでエミルと合流してからは気のせいだった、
と思いこもうとしていたが、しかしどうやらそうではない、
とようやく気付いた。
「た、食べてるよ?ほら、エミルが作ってくれた時、ちゃんとおかわりしてるでしょ?」
「…エミルのときだけな。それ以外、お前まったくたべてないじゃないか。それに嫌いなものまで食うようになったし」
普通に宿でだされた食事などは、コレットはほとんど手をつけていない。
食べてもすぐに吐いてしまうがゆえに、食べられない。
それでもロイド達に心配をかけまいと、無理に食べては吐いて、を繰り返していたのだが。
「そういうロイドだって、エミルがつくったトマトの入った料理たべてるよね。ほら、いっしょ、ね?」
しかし、食事すらできなくなっている、というのを悟られるわけにはいかない。
だからこそ、ロイドの事例をだしてコレットがいうが、
「エミルのあれは原型をとどめてないからいいんだよ!というかトマト特有の生臭さとかまったく感じないし。
  だけど、お前、野菜炒めのピーマンとかも平気でたべてるじゃないか!
  それに…それだけじゃないぞ?お前、ちゃんと寝てるか?」
トリエット遺跡に入る前は、野菜炒めのピーマン苦手~
といっては、涙目になっていた、というのに。
「寝てるよ~。えへへ。ほら、目も赤くないし」
それがコレットとしても気にはなる。
あまり寝ていないはずなのに、まったくねむくもならなければ、目の下に隈ができるわけでもない。
「もう、俺に嘘をつくな!お前、昔から嘘をつくとき、愛想笑いをするんだ。お前、きづいてなかっただろ」
それは、自らの心を押し殺し、他人に心配をかけまいとし、
笑っていれば相手も心配しない、とおもったがゆえの、コレットの幼いころからの自衛手段。
それがいつのまにか嘘をつくときのあたりまえの行為になっているに他ならない。
癖になっている、というべきか。
「ち、違う……」
それでも、ロイドには気づいてほしくなかった。
自分のことで、心配をかけたくなかった。
自分のことは、いつも笑っている姿を覚えていてほしかったからこそ、コレットはとまどわずにはいられない。
「……なあ。コレット。俺はそんなにたよりにならないのか?
  俺が、お前にすがってたからか?いつもお前が神子だからお前が世界をすくってくれる。
  そういってお前にばかり負担をかけさせてたから…お前はお前でしかないのに。
  俺、無意識のうちにお前にたよってたから、だからたよりにならないから相談してくれなかったのか?」
コレットを護る。
それは口先ばかりで、いつもコレットにすがっていたのだ。
ようやくそのことを、あのときの、コレットの怪我をみて、そして何も感じなくなっている彼女をみて自覚した。
パルマコスタで自分のいったあの台詞を今は取り消したい。
コレットが、神子が世界を救ってくれる。
そうではなく、コレットと俺達で世界をすくってみせる。
そういうべきだったのに。
あの言い回しでは、コレット一人に全てをおしつけている、としかとらえられない。
事実、コレットはまちがいなくそううけとめているだろう。
そもそも、コレットはそのように育てられた、と常々いっているのだから。
「ち、違う、違うよ!だって…心配かけたくなかったから……」
ロイドを頼りにしていない、なんてことはない。
それどころかその逆。
ロイドがいなければ、コレットはこの旅にいくことすら決意できなかったであろう。
もっとも、気持ちとはうらはらに、まちがいなく無理やりに祭司達に連れられて
何ごともなければ旅にでていたではあろうが。
それほどまでに、幼き日、コレットが産まれおちてからの人々の期待の重さは、コレットは身をもって知っている。
「何があったんだ?いったい。お前の身に」
いまだに肩をつかんでといかけてくるロイドの問いに、コレットはただ弱弱しく首を横にふるしかできない。
「わかんない。本当にわかんないの。わかんないけど…最初におかしくなったのは火の封印を解放したときだよ。
  急に何もたべたくなくなったの。食べものや飲み物を飲んでも味がしなくなった」
そう、それこそいきなり。
「…味がしない?」
その意味はロイドにはわからない。
しかし、ならばたしかにうなづける。
先ほどのあのコーヒーにはかなりの量の砂糖をいれていた。
そのためか、今、足元には夜だというのに蟻が集まってきているのがみてとれる。
疲れた時には甘いものが一番、とばかりに大量に砂糖をいれてきた、のだから。
なのに、それを一口のんでも、コレットは甘い、とも何ともいわなかった。
つまり、それは味を感じなくなっていたがゆえ。
「無理してたべると戻しちゃうから、あんまり食べないでいたんだけど。…いつまでたってもお腹がすかないの。
  でも、でもね。エミルの料理は本当に封印解放の後、初めて味を感じたの。
  だから、勘違い、そう自分に言い聞かせてたんだけど・・・けど、ダメなの。
  なんでかエミルの料理や飲み物は味がわかるのに、
  他はまったく……体がうけつけないの。無理してたべるとそのまま全部もどしちゃう」
しいなの傍にいるコリンとかいう当人の自己申請だが、精霊だ、というコリンという動物。
彼がいうには、エミルの料理にはマナが多々と含まれている、という。
それが何を意味するのかコレットにもわからない。
「それって……エミルの料理だけ、なのか?」
たしかに、エミルの料理はこう食べたり飲んだりしただけで、
普通よりもすぐさまに力がわいてきたり、何らかの効果を感じていたが。
リフィルやジーニアスなどは、魔力が回復してる、と唖然といっていたことすらあった。
「うん。わかんないけど。ジーニアスやあのコリンって子がいってた。
  エミルの料理は普通よりも多くマナが含まれてるって。
  その関係なのかもしれない…私はよくわかんないけど」
こ~ちゃん、とよんで、コリンだよ、としつこくいわれ、
結局折れて、そのままコリン、という名前呼びとなったのは、間欠泉の洞窟を抜けるとき。
「次の封印を解放したら、こんどは全然ねむくならなくなった。
  始めの日は気がたかぶってるから、とおもったんだけど……目をとじても、どうしても寝れなくて……
  エミルが気付いたのか、睡眠効果のあるハーブティーを入れてくれた日以外、
  私はまったく寝れてない…なんでそれで寝られるのかもわからないし。
  でも、これだけはいえる。あれがなかったら私は絶対に眠れないんだって……」
エミルが入れてくれる、ハーブティー。
曰く、睡眠効果のあるラベンダーを利用しているというその飲み物。
それを飲んだ日以外はまったく寝つかれない、といってよい。
それを飲んだときだけ、なぜかこてん、と深いねむりにつけている。
そのとき、何かの夢、誰かに何かを語りかけられているような夢をみているような気がするが。
その内容をコレットは覚えていない。
「そして、この封印でとうとう何も感じなくなって……階段から転げ落ちたのに、まったく痛くなかったの。
  しいなが、いたくないかい、といってきても、まったく何もかんじなくなって…
  足の傷がかなりなことになってるのはわかっても、なんか痛くないから他人ごとのような気がして……」
目の前で自分の足の傷をしいなが手当てしているのに、それが自分の傷ではないようなそんな感覚。
普通ならば、ひどい怪我や、ヒトが怪我したときなど、ぞわり、とした何ともいえない鳥肌がたっていた、というのに。
その感覚すらあのときはおこらなかった。
何となく、造り物の怪我をみているような、そんな不思議な感覚。
「どうして・・・どうしていわなかったんだ!
  いや、何で俺はそんなお前の状態に気づくことができなかったんだ…くそっ!」
常に傍にいた、のに。
後から合流したエミルのほうが気付いていた、というのも癪にさわる。
いや、癪にさわる、というよりは、自分自身が情けない。
一晩ねただけで回復した、とおもいこんでいた。
コレットがよく笑みを浮かべていることに気付いていたのに。
その笑顔の裏の苦痛をロイドは気づいてやることができなかった。
それが、くやしい。
エミルはなぜか気付いた、のであろう。
だからこそ、毎日のように自分が料理を、といっては、
宿にとまったときですら、自分が少しでも料理を手掛けようとしたのかもしれない。
それはあくまでも憶測で、本当に料理が趣味だから、という理由なのかもしれないが。
「だって、これが天使になるってことなんでしょ?私に課せられた試練、なんでしょ?
  そしたら、これくらいでうろたえてちゃだめなんだって思って。
  ……できればエミルの料理も遠慮したいんだけど。試練にならないとおもうから。
  けど、せっかくつくってくれたエミルにも悪いし……」
だから、無意識のうちに、体を元に戻すことを拒否している。
それこそ微精霊達との盟約、という契約を無意識下にて交わしてまで。
「冗談じゃないぞ!これが天使になる!?
  食べなくなって、眠れなくなって何も感じなくなることがか!?」
「あ。でも目はよくなったの。すっごく遠くまで見えるようになったし。
  音もね。小さな音までよく聞こえるよ。…聞こえすぎて少しつらいけど」
自分が何も気づいてやれていなかったことのいらだちからか、
ロイドの声はさらに大きくなってしまう。
そんなロイドに張り付けたような笑みを浮かべたまま、そんなことをいっているコレット。
その言葉にロイドは思いだす。
あの暗闇で、コレットは見えるはずのない灯りや大地をきちんと捉えていた、ということを。
あのルインのあたりを襲っていた原因不明の暗闇。
足元すらみえず、つきだした手すら暗闇でみえないほどの漆黒の闇の中、
コレットはたしかに、大地をその視線でとらえ、そのままあの鳥の上から飛び降りていた。
そして、ルインの街の灯りすら。
「…ごめん。今まで俺、全然気づかなくて…ごめん。たぶん、エミルのやつは気づいてたんだとおもう。
  だから、毎日、自分が、と食事係りを率先しようとして……
  あいつは気づいてたんだ。お前が自分の料理、もしくは飲み物ならば口にできるって。
  なのに、俺、まったくそんなこと気付きもしないで……」
それどころか、毎日エミルに作らせるのはわるい、というジーニアスの言葉に同意し、
エミルがしぶるのに食事係りを変わったことすらある。
そういえば、そのとき、コレットはほとんど口にしていなかった。
いや、していたのだが、そのあと吐いてしまっていたのであろう。
ロイド達に心配をかけないように。
「…みんなには、いわないでね」
「どうして!?」
「だって、せっかく一緒に旅をしてるんだもん。楽しくしていたいから。だから、ロイドも気にしないで」
「……馬鹿野郎」
いつもそう。
コレットは自分のことをさしおいて、ヒトの心配ばかりする。
もっと自分を大切にしてほしい、のに。
そのまま、たまらなくなり、そのままコレットを自らに引き寄せる形で抱きしめる。
コレットの体は暖かいのに。
なのにどうしてコレットが神子として産まれただけでこんなつらい目にあわなければいけないのか。
神子として産まれたからそれが当たり前。
大人たちは口ぐちにそういっていた。
ロイドもそれが当然、とおもっていた節がなかったとはいいきれない。
「…ごめんね。ロイド。せっかくロイドが私の為に泣いてくれてるのに。
  すごくうれしくて、泣きたいくらいなのに……私、もう涙もでないよ。…ごめんね」
つまり、コレットは泣きたくても、涙すらでなくなっている、ということ。
いつも泣きそうになっては涙をこらえていたあの時とはわけが違う。
くそっ。
俺は何て、何て無力なんだっ!
自分が嫌になってしまう。
そのまま力強くコレットをさらに抱きしめる。
何もしなければ自分が泣いてしまいそうで。
しかし、ロイドに泣く資格はない、とおもっている。
気付かなかったのは…気付いてやれなかったのは、あきらかにロイドの落ち度、なのだから。


「…事態は深刻だったみたいね」
「……ああ。もっとひどかったみたいだ」
ロイドが小屋からでてきたとき、一階のとある部屋に二人はいた。
すでにそれは、ロイドがこの小屋にたどり着く前、
コレットが目を覚ますまえに提案してきていたがゆえ、そっと子供達を起こさないように移動していたにほかならない。
小さな窓の傍。
そのままゆっくりとその窓の傍からはなれ、二階にとあがる。
今の二人の会話は、窓の外にて行われていたがゆえ、二人…リフィルとしいなには聞こえている。
「…あの子、いつも自分のことは後回しで人のことばかり気にしていたから……」
「…神子ってのは…ったく、本当に大馬鹿ものばかりだよ」
リフィルが顔をふせていい、しいなもまた顔をふせてぽつり、とつぶやく。
「それで?あんたがあたしに聞きたいことがある、とかいってたのはどうすんだい?」
「…またにするわ。今はそんな気分にはなれないもの」
「…あたしも、だよ」
神子を犠牲にする世界の仕組み。
神子だけでない、命を犠牲にするこの世界。
「そういえば、エミルのやつは?」
「少し前に見回りにいく、といってでていったきり、まだ戻っていないけども」
エミルはあの食事会のあと、見回りにいってきます、といったのち、いまだにこの場には戻ってきていない。
よもやリフィル達とて想像できるはずがない。
センチュリオンや魔物達とともに、海底にあるとある牧場に
かつてのパルマコスタ牧場と同じく潜入している、などということは。
前回と同じく気配を精霊のそれ、にしているのでシステムにもまったく感知されていなかったりするのだが。
当然リフィル達はしるよしもない。
「…こういうとき、エミルのハーブティーがほしいよ」
「奇遇ね。あの子のハーブティー。よくきくもの」
なぜかはわからないが。
ハーブに含まれている効用をおもいっきりエミルは引き出している。
それは幾度か口に含んだがゆえにいえること。
さきほどのハーブティーにしても然り。
「・・・あたし、少し外の空気をすってくるよ。リフィル、あんたはどうするんだい?」
「そうね。少し私も考えをまとめたいからしばらくおきてるわ。一階の礼拝堂で、ね」
ひんやりとした空気は考えをまとめるのにうってつけ。
いまだにロイドとコレットは外からもどってくる気配はない。
おそらくコレットは話しを自分達に聞かれた、とおもうと畏縮し、そしてさらに謝ってくるだろう。
これ以上、コレットに心身における負担をかけたくない。
そのまま、リフィルは再び階段の下へ。
そんなリフィルを見送りつつ、
「…あの子を犠牲にすることなく、世界を……」
ぽつり、と誰にともなくつぶやくしいな。
世界を一つにもどすまで。
ウンディーネがいったあの言葉。
一年ごとのマナの循環であったという精霊との契約。
だとすれば、もともとこの二つの世界は一つの世界であった、ということ。
なぜに二つの世界になっているのかはわからない。
しかし、精霊達もしっている、ということは必ずそこに何か答えがあるはず。
ふとみれば、先ほどまでいたロイドとコレットの姿がみあたらない。
どうやら先ほどまでいた場所から移動した、らしい。
移動したとすれば、この裏手の川のあたりか。
考えていても仕方がない。
ぽそり、とつぶやきつつも。
「コリン!夜の見回りにいくよ!」
「うん!しいな!」
そのまま、コリンを肩にのせ、しいなもまた小屋を後にし、夜の闇にと繰り出してゆく。


「…しかし、テネブラエ?」
「はい?何か?ラタトスク様?」
先刻、後片付けは彼らがやるから先に宿におもどり、という人々の意見もあり、
解散し、ならばとばかりに見回りに行くといって別れてやってきたはこの場。
パルマコスタより南南西の位置にとある絶海牧場、とよばれる場。
パルマコスタを出発し、そのまま大陸を回り込むように南に進んでいった先にある、
とよばれている施設のうちの一つ。
ここもまた、人間牧場、とよばれている場所であるらしい。
この地にて、アクア達からの報告で、魔導砲が開発されている、
ときいており、また魔血玉デモンブラッド()の開発もこの地でもまた行われている。
もう一か所行われていたアスカードの人間牧場の施設は壊滅させたが。
ざっとみるかぎり、こちら側においてかの石をつくっているのは、あの地と、そしてこの地のみ。
だからこそ、こうして時間がとれたので自らやってきた、のだが。
テネブラエが人の姿を模して、捉えられていた人のふりをして、
人々を扇動する形でこの施設からの脱出を促しているのは別にいい。
そのように命じた、のだから。
それはいい、いいのだが。
「…アクア。なぜテネブラエはセルシウスの姿なのだ?」
移動して目にしたは、なぜか姿をセルシウスのそれにかえ、人々を施設からのがしているテネブラエの姿。
「さあ?私はともかくしもべちゃんたちに指示をだしてましたし」
人々が施設から逃げ出している、というのに、
この場にいるおそらく施設につとめているのであろうヒトは、その事実にすら気づいていない。
皆が皆、どうやら幻惑術にはまっているらしく、何もない場所にたいし、攻撃などをくりだしているのがみてとれる。
あげくは、何もないからの容器らしきものを延々と装置で運んでいたり、と様々。
この場にいるヒトの目には、おそらくそこに何かがあるようにみえている、のであろう。
彼らの都合のいい幻をみて、それを信じ込んでいるらしい。
まあそれは別にかまわないのだが。
だからなぜにセルシウスの姿で人々を陽動がてら導いている?
それが何ともげせない。
「ああ。この姿ですか?消去法です」
「消去法?」
なぜにそんな言葉がでてくるのだろう。
「精霊達の姿を借りるのは結構効果的ですよ?
  そもそも、精霊と同じ姿のヒトがいる、と人々は勝手にその姿をしっているものは解釈しますし。
  それになにより、セルシウスの場合、姿を借りた、といっても言い含め…もとい、説得するのが容易ですから」
…いま、あきらかに言い含める、といいかけてなかったか?こいつは。
おもわずじと目でテネブラエをみるエミルに対し、
「それに、もし彼女のもとに説明を誰かが知らずに求めにいっても。
  彼女は面倒だとすぐにこおりづけにして何ごともなかったようにするでしょう?」
「それはたしかにそうだが……」
面倒なことがあればすぐにセルシウスは相手をよく氷漬けにする。
「姿をとるとすれば、フィアレス、もしくはセルシウスが楽なんですよ。
  あの二人だと、何か他のことさせとけばすぐに疑問とかわすれますから」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」
だからといって、わざわざ精霊の姿…しかもなぜセルシウスの姿をとる必要が……
……あるか。
絶対これは意図返しだろ。
とあることを思い出し、すかさずそんなことをふとおもう。
たしか、テネブラエもこれまで、セルシウスが負に呑みこまれたとき、
説得にいったあげくに幾度か氷漬けにされていることがある。
絶対にそのときの仕返しにちがいない。
ああ、それでか。
あのとき、アルタミラでテネブラエがセルシウスの姿にかえて、見張りの人間達を退けたのは。
というか、なぜにあのときいた、他のものたちはあの姿に突っ込みをいれなかっのだ?
セルシウスの姿をしらなかったのだろうか?
たしか、あのとき、世界再生の旅において彼らは精霊全てと契約を交わしていたはずだが?
なぜにあの姿にあのとき誰もつっこみをしなかったのだろうか。
今さらながらにあのときのことをふと疑問におもってしまう。
もっとも、今となってはその疑問にこたえてくれるものはいないにしろ。
「さすが陰険。セルちゃんに氷づけにされてること、まだ根にもってるのね~」
アクアがぽそり、と何やらいっているが。
テネブラエはどうみてもセルシウスの姿をかり、
好き放題、のりのりの様子にて何やらやっているのはこれいかに。
「……まあ、これくらいの反抗ならいいか」
まあかわいらしい抵抗、なのだろう。
大地に被害が及ぶわけでもない。
ゆえにあまり深くはひとまず考えないでおくことに。
「さて。この地における人々の救出はあれで全部、か?」
どうやらわざと侵入しているらしきモノの姿もみえなくはないが。
彼らは幻惑の術が完全でないのか唖然としているのがみてとれるが。
「それより、ラタトスク様、いったい何を……」
「何。すこし、この地のプログラムとやらをいじっただけだ」
ここにいる人々は別に問題はない。
術で幻を見続けるかぎり、異変に気付くことはないであろう。
彼らの中では今までと同じ日常が繰り広げられているのだから。
しかし、機械においてはまた別。
ゆえに、機械にもそのように認識されるように、ちょっぴしそのブログラムに干渉を施しておく。
ヒトがいうところのウィルスのようなもの。
それをメインコンピューターそのものに組み込むだけでそれは成し遂げられる。
みたかぎり、ここのシステムはネオ・デリス・カーラーンとは完全には繋がっておらず、
というか繋がっている場所もあるが、魔導砲に関しての設備は完全に独立しているもよう。
しかし、このマナの逆転装置はいただけない。
よくもまあ、こんなものを考えついたというか、
おそらく基本をおもいついたのはミトス、であろう。
対象のものをとある容器の中にいれることにより、
そのもののマナを別の場所にとりだし、それをもってマナの檻とする。
その装置がこの施設の中のとある場所に設置されている。
ここを管理していたヒトの心を読んだ子がいうには、
この中にコレットをいれ、コレットのマナを侵入者に使う計画を相手は立てていたとか。
「それで?皆を逃がしたあとは、ここは他の施設のように破壊いたしますか?」
「いや。しばらくこのままにしておく。
  …やつらがいつ、ここのまやかしにきづくのか、それをみるのも一興とはおもわないか?」
そこに捉えた人々がいる、と幻惑によって信じ込み、ひたすらに行為をつづけるもの。
作られてもいないのに、作られた、と認識されるシステムの変化。
この施設の異常にミトスが気付いたのならば、その場にて術を解除し、
ミトスの反応を確かめてみることで、今の彼の様子がある程度はわかるであろう。
どうやらいまだに、かの彗星内部では、マナの安定装置がとまった、
というその事実をミトスにまで上げてはいないようではあるが。
というより、ユアンがどうやらその報告はまだあげるべきではない。
まず原因をつきとめて、それからあげるべきだ、と
その場の責任者達にいっている様子が手にとるようにわかる。
中にはクラトス様に連絡を、といっているものもいるらしく、さすがにシルヴァラントのことでもあるからか、
今現在、すこしばかりクラトスと繋ぎをとるために、伝令兵らしきものが、クラトスの元に訪れているらしい。
だとすれば、クラトスが合流してくるのはもう少し先になるであろう。
彼らの話しをざっと視て確認するかぎり、クラトスはここ、シルヴァラントの管制官、というものを務めているっぽい。
そして、ユアンはテセアラの。
ざっと、意識をロイド達のほうにむけてみれば、どうやらロイドはコレットに、今の現状を聞きだしたらしい。
というか本気で気づいていなかった、というのに呆れざるをえないが。
あれほどマナが狂っていた、というのに。
なぜに傍にいながら気付くことができなかったのであろうか?
彼もまた、その資質をもっているはず、なのに。
「こんなものか?」
とりあえず、この地のシステムに干渉し、簡単な仕掛けをほどこしておく。
この仕掛けは、もしこの場にある何かの装置をつかおうとしたとき、その仕掛けは作動する。
あるいみ罠・・・トラップのようなもの。
「あまり遅くなっても怪しまれるかもしれぬな。アクア、あとのこの地の始末はまかせたぞ?」
「はい。お任せください。関係者以外は立ち入れないように、水の檻をつくればいいんですよね?」
「ああ」
ちょうどここは、海の中。
ならば、海水をつかい、ちょっとした結界ともいえる檻をつくってしまえばよい。
この中にはいってきたものに対しては、同じような幻惑がかかるように。


「エミル。でもあなた、昨日は助かったわ」
「え?」
昨夜、見回りにいっていたらしいエミルが戻ってきて、
まだ起きているリフィル達をみて、気がたかぶっているのなら、ハーブティーでもいれましょうか?
とエミルが提案し、結果として、エミルのつくりし、ミックスハーブティー。
このたびいれたハーブは、エルダーフラワー、カモミール、そしてラベンダー。
その三つの種類を混ぜたハーブティーであったらしいが。
マスカット葡萄のような甘い芳香を含んだそのハーブティーは、気分を落ちつかせるのに十分すぎる効果があった。
外からもどってきたロイドとコレットにもそれをのまし、コレットとマルタのみが同じベットにて。
それ以外の全員は床で一夜を過ごし、そして今にいたる。
さすが、エミルのつくりしハーブティーの効果はすさまじく、全員が爆睡できた、ときづいたは、すでに夜があけてから。
そもそも、目がさめればすでに日がのぼっており、しかも、エミルが用意した、という朝食の匂いで目覚めたほど。
いきなりリフィルにお礼をいわれ、きょとん、と首をかしげるエミルに対し、
「夕べのことよ。あのままだとおそらく眠れそうになかったからね」
ウィンクひとつして、エミルにと語りかけるリフィル。
だからこそのお礼。
一番の理由は、コレットが眠れていた、ということにほっとする。
念のために確認をしてみたが、あの寝息は嘘ではなかった。
だからこそ安心し、リフィルもまた眠りにつけた。
「そうですか?いつでもいってくださいね?ハーブはいつでも手にはいりますし」
まあそのために彼らにそれとなく、違和感がないようにハーブティーを差し出したのだが。
どうやらエミルの意図はリフィル達にはまだ知られていないらしい。
「そのハーブはどうやって手にいれてるんだい?このあたりじゃ売ってるところもあまりないだろうに」
しいなが少し首をかしげつつといかける。
たしかに、あの場には旅の行商人もいはしたが、ハーブも扱っていたにはいたが、
その種類はあきらかにエミルが使用していたものではない。
「え?お願いしたらもってきてくれますよ?そのあたりにいる子たちが」
そんなしいなの問いかけに、首をかしげ、さらり、といいきっているエミル。
事実、エミルがいえば、魔物達はこぞってハーブをもってくる。
実際はする必要がないので、自らハーブを創りだしているのだが。
お願いすればもってくるのは間違いがないのであながち嘘ではない。
ただ、実際にはお願いしていない、という事実をいっていないだけ。
「「・・・・・・・・・・・・・」」
エミルのいうお願い。
それすなわち、魔物にお願いしたのだろうか?
そんな思いがリフィルとしいなの中に芽生え、思わず無言となりはてる。
もしもそうだとすれば、他にも人の目があるここにていうことではない。
「そういえば、皆さんはルインにまでいくんですか?」
一方、同じ馬車内にいた別の客にコレットが首をかしげてといかける。
今、一行がいるのは、ルインに向かう、という竜馬車の中。
竜に引かれて移動する馬車は、頑丈、そして安全、という理由から結構利用度は高い。
それ以外には、直接、竜にのるという竜車、というものもあるにしろ。
「そうだよ。ディザイアン達の人間牧場がなくなったときいたからね。 
  ディザイアンをきにすることなく、旅業ができるなんて。本当に神子様さまさまだよね」
うんうん。
その場にいた他の客たちまでも、その人物の台詞にうんうんとうなづいているのがみてとれるが。
しかし、この場にいる客達は、コレットが再生の神子だ、ということに気づいていないらしい。
まあ、今のコレットの服はエミルに借りた服のまま。
たしか防御性も高いから、そのままコレットがきていたほうがいいよ。
というエミルの言葉をうけて、そのままアリオンの外套をきているコレット。
ゆえに、その首元にあるクルシスの輝石とヒトが呼びし石はみえていない。
コレットが神子である、と認識されるのは、その石、もしくは羽をだしたときに限ってのこと。
ならば、その原因となるものがみえないのならば、コレットの身も安全なのではないか。
というリフィルの意見もあいまって、結局のところコレットはリフィルに強く言われ、
出発前に着替えを断念し、今にいたるのだが。
ある意味でリフィルの目論見通りといってよい。
神子だ、と知られなければ、コレットが人々に群がれることもない。
「あんたたちは?みたところあんたのような美人さんが子供達の引率なんて大変だねぇ」
どうみても成人している…一人は成人しているのかいないのかあやしいが。
ともあれ、大人の年齢に近いことはうかがえる。
まあ格好からしておそらくは、まだ成人していないのかもしれないが。
普通、成人をはたしたら、胸元がはだけたような服はまずきない。
そういう格好をするのはあるいみ若者の特徴といってよい。
どうみても、マルタにジーニアス、コレット、ロイド、さらにはエミル。
マルタなどはざっとみるかぎり、歳のころは十四にはまずみえない。
よくて十二、三、といったところか。
ジーニアスもまた十一で、あるいみマルタとあまり年齢は離れていない。
ロイドとコレットに至っては十六と七でこれまた一つしか年は離れていない。
ざっと一行をみるかぎり、一行の保護者、とおもわしきはリフィルしかいない。
ゆえにねぎらいをかねてそんなことをいってくる別の客。
「この子達が旅にでるときに、この子達の親からも頼まれましたから。
  それに私としてもかわいい教え子が心配でしたので」
その言葉に嘘はない。
神子の再生の旅につきあってくれ、と頼まれた、というのをいっていないだけ。
コレットやロイドが教え子である、というのは本当。
達、といっているが、リフィルが頼まれたのはコレットの家族から。
それとマルタの父親のみ。
そこにエミルのことを含んでいなくても、きくものがきけば勝手に勘違いをしてくれる。
リフィルもあえて、相手が勘違いするようにいっている、のだが。
当然そんなことをこの場にいる他の第三者達がしるよしもない。
「教え子、ということは、あんた教鞭をとってるのかい?
  いいねぇ。あんたたち。こんな美人さんに教えてもらえるなんて」
どうやらリフィルは女性の目からみても美人、の部類にはいるらしい。
よくヒトがいうところの美意識、とはいまだにエミルはよくわからない。
そもそも、時代とともにその時代においての美人、というのはおもいっきり異なっている。
その時代における平均値の顔が美人だ、という意見もあるらしいが。
「まあ、先生は美人だよなぁ。…ファンクラブもできてるし。…怒るとこわいけど」
「何いってんだい。こんな女神様のような先生を怒らせるようなことしたらだめだよ?」
「女神様、か」
「……くそ」
何が女神マーテルだよ。
女神、といって連想するは、女神マーテル。
しかし、その女神の試練でコレットの体は、今。
それを思うとおもわず悪態をつきたくなるロイドに、しいなも思うところがあるらしく、短く言葉を区切っていたりする。
「ああ。しかし、襲撃の心配をしなくていい、というのはほんとうにいいねぇ」
「ここ最近は魔物の被害もきかないしね」
街道沿いを堂々とすすめる、というのはかなり時間的にもたすかるし、
かといって揺れなどにおける分野でもかなり助かる。
そんな会話をしている最中、別の客がそんな会話をしているのが聞き取れるが。
「ユウマシ湖まではどれくらいかかるのかな?」
ジーニアスが馬車の窓から外をみつつそんなことをぽつり、とつぶやく。
こうして馬車での移動、というのをあまりしたことがないがゆえ、
ジーニアスからしてみれば結構好奇心がうずいているらしい。
以前、乗ったときにはほとんど道から外れた山道であったことも起因しているのであろう。
「おや。あんたたちの目的地はユウマシ湖なのかい?」
「え。ええ。噂のユニコーンがみれるか、とおもいまして」
その言葉もまた嘘ではない。
そんなリフィルの台詞に、
「しってる!ユウマシ湖には綺麗なお馬さんがいるんだよね!」
それまで黙っていた、おそらくは大人たちの会話についていかれなかったのであろう。
馬車にのっていた七歳くらいの女の子がそんなことをいってくる。
「ああ。ユウマシ湖のある森にはユニコーンが昔からすんでいる。という伝承もあったねぇ。
  たしか、ときおりユウマシ湖の湖面にユニコーンの姿がうつることがあるとかないとか」
ちなみにこの馬車にはリフィル達を含め、子供もいれると計十三人が乗っている。
一行が七人、ということを考慮すれば、他の客が六人同乗しているこの現状。
ノイシュは竜車の後ろからついてきているっぽい。
「ユニコーンか。しかし、伝承では女神に仕えているとはいえ。
  女性、しかも清らかな乙女にしかあわないとは、何とも贅沢な馬なこって」
「あんた、馬じゃないだろ。馬じゃ」
「な~にが清らかな乙女しか、だ。あんな男のてき、馬で十分だ!」
どうやら子供の両親、なのだろう。
父親とみられし男性がそんなことを言い放っているが。
というよりは、正確にいうならば、心が清きもの、であり。
いつのまにかその意味をヒトがかってに彎曲して捉えているだけ、なのだが。
なぜに生殖行為の有無、というようにヒトは彎曲してとらえたのかエミルからしてみれば理解不能。
逆をいえば、母たるものとなった女性のほうが出会える可能性は高い、といえる。
子供を護ろうとする母親の気持ちは、はてしなく強い。
「何で清らかな乙女とかいうのでないといけない、というので男の敵なんだ?」
「なんだ。兄ちゃん、しらんのか?清らか乙女ってのはなぁ。男をしらないって意味だ!」
「?普通は皆しってるだろ?父親いるんだし」
「それに、村の人達の中にも男の人はいるから、あったことない、というのはおかしくない?」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・』
首をかしげて真顔でいうロイドと、そしてこれまた首をかしげていうコレットの言葉に、一瞬、馬車の中に沈黙が訪れる。
「その年でまだ女をしらんか。兄ちゃん」
「む。だから、俺を教えてくれてるの先生だし。女の人はみたことあるって!」
意味が違う。
ロイドの叫びにその意味を捉えたものの心の内が満場一致で同意する。
「あんた、そんなのだと、結婚して子供つくるときどうするのさ?」
あきれたような別の女性の台詞。
「?何いってんだよ。おばさん。親父は結婚したら、コウノトリとかいうのが赤ちゃんつれてくるっていってたぞ?」
「私は、おばあさまが、こうのとりがキャベツもってきて、そのキャベツの中かに産まれるってききました~」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・』
真顔でいうロイドとコレットの表情に…どうやら迷いは一切ないらしく、本気でそのように信じているっぽい。
「・・その手のことも教えるべきかしら?いえ、でも……」
リフィルはリフィルで何やらおもいっきり頭をかかえ、ぶつぶつと言い始めているようであるが。
「…その年でコウノトリだの、キャベツだの信じてるのに驚愕だよ。あたしは」
しいなが呆れたようにぽつり、とつぶやくが。
「え?子供ってキスでできるんでしょ?パパとママがいってたもん」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
マルタの台詞にさらに大人たちがだまりこむ。
やがて、ぽん、と一人がリフィルの肩にと手をおき、
「・・・あんた、こんな子供達の教鞭とるのは大変だろうけど、がんばれな」
どこか憂いをこめていってくる。
「…お気づかいありがとうございます」
リフィルの声がどことなくつかれているようにきこえるのは気のせいか。


街道沿いから少し離れ、東側に位置している森の中。
それなりの標高の山がつらなりしその麓にある森の中に湖は存在している。
山に降り注いだ雨が湧水となり湧き出している湖は、枯れることのない湖、としても有名。
この湖が枯れる時、それは水が完全に不足する、とまでいわれているほど。
「よ~し。一度ここで休憩するぞ~」
森、といっても街道からすぐ横にあるがゆえ、街道沿いで休んでいても、歩いてでもみにいける距離。
もっとも、すこしなだらかな坂を登る必要があるにしろ。
休憩、という言葉で馬車がとまる。
少しこの場にて休んだのち、彼らはルインへと出発するらしい。
「では、お世話になりました」
「あんたたちはやっぱりルインにいかないのかい?」
なぜか夫に制裁を加えていた女性がリフィルにといってくる。
「ええ」
というより、またいけばそれこそ町をあげての大騒動になってしまうであろう。
「まあ、ここ、ユウマシ湖も観光名所だけど。まあ、ゆっくりと精神を落ちつかせるのにはいいところだよね。
  特にディザイアン達がいなくなったし」
幾度も幾度も彼らが口にする、ということは、
よほどディザイアンと呼ばれし存在達が、この近くからいなくなったのが嬉しいのだろう。
今のところ、新たな施設をつくるためにミトスが何か行動を起こすように命令した、
という感覚もなければ、あの地にいる魔物達からの連絡もない。
その場にておもいおもいにくつろぎ始める人々に短い間ではあったが、
馬車の中で同行したこともあり、かるくお礼をいい、そのまま湖へとむかってゆく。


ユウマシ湖にたどりつくと、あいかわらず太陽の光りにと反射するかのように、
その湖面にユニコーンの姿が映り込みゆらゆらと揺れている。
そしてユニコーンの上には幾匹かの魚なども泳いでいることから、
ユニコーンがこの湖の底にいる、というのがうかがえる。
あいかわらず、身動き一つせず、じっとユニコーンはしている模様。
というよりは、眠っているというか眠らされている、というべきか。
グラス、と問いかけても反応はない。
それほどまでに深く眠ってしまっている。
周囲にある水の檻に関しては、何かのカギが必要らしいが。
それを探れば、どうやら特定のマナに反応するように封印がかけられているらしい。
「よし。頼むぞ。しいな!ウンディーネで俺達を運んでもらってくれ」
ロイドが湖のほとりにたち、振り向きつつもしいなに言うが、
「え、あ、ああ」
しいなが前にでようとすれば。
「少しまって。ユニコーンは清らかな乙女しか近づくことができない、といわれているわ。
  だとすれば、ロイドとジーニアスは無理ね」
「?姉さん?何でエミルははいらないのさ?」
「…何となく、その子は大丈夫なような気がするのよね…なんでか」
リフィルもなぜそう思うのかわからないが、しかし妙な確信をもっていえてしまう。
それはリフィル達のもつ本能的な勘。
「女だけしか近づけさせないなんて。あの馬、えりごのみするなぁ」
湖面にうつりしユニコーンのグラスをみてロイドがいうが。
そんなロイドの言葉に思わず苦笑してしまう。
そんなエミルをみつつ、
「エミル。あなたはどうするの?」
「僕もまってますよ。コレット達であそこまでウンディーネに運んでもらっては?」
グラスの封印を解くには、どうやらコレットのマナが必要らしい。
ざっと確認したかぎりどうやらそれで間違いがないらしい。
特定の距離に対象のマナが現れることで、かの封印は解き放たれ、グラスもまた覚醒を迎える。
「じゃあ、姉さん達だけで……」
ジーニアスがいえば、
「私は残らせてもらうわ。コレットとマルタの二人でいっていらっしゃい」
「ちょ、ちょっとまちなよ!あ、あたしにはあ、あたしは資格なしだっていうのかい!?」
リフィルの言葉にしいながすかさず反論する。
「「「資格?」」」
コレット、マルタ、ロイドの声が思いっきりかさなるが。
「三人して声をそろえるんじゃないよ!」
「あ~…そういうこと。しいなってしょ……」
ぼがっ。
「なぐるよ!」
「殴ってからいわないでよね!」
馬車内のやりとりで、
清らかな乙女の意味がわかったらしいジーニアスが、しいなをからかうようにして何やらいいかけるが、
すかさず顔を真っ赤にしたしいながおもいっきりジーニアスの頭をたたく。
「なんで先生はいかないんだ?」
「大人だからよ」
「「「?」」」
ロイドの質問にさらり、とこたえるリフィルの答えに、
さらに疑問符をうかべ、同時に首をかしげているロイド、コレット、マルタの三人。
「まあ、エミルが大丈夫というのはわかるような気が……」
ジーニアスがぽつり、あたまをいまだに抱えつつつぶやけば、
「たしかに。エミル、スカートはいたらまったくの女の子だよね!私より女の子だし!」
「・・・・・・・・うれしくないよ。コレット・・・・・」
邪気もまったくなくいわれてもうれしくはない。
「え?じゃあ、姉さんって…いったいいつ……」
ジーニアスが戸惑いの表情をうかべるが、どうやらジーニアスはそのことを知らなかった。
らしい。
まさか、僕を育てるために、姉さん…
などと変な勘繰りを初めていたりするジーニアスに気付いた、のであろう。
「いっときますけど。ジーニアス。あなたが懸念していることではなくてよ?ほら、昔その…いたでしょう?
  私と共同で遺跡調査していた彼が、その……」
「ああ。あの人。姉さん、あの人とてっきり結婚するのかとおもってたのに……」
ジーニアスも一緒でいいから一緒にすもう、と彼はいったが。
リフィルはそれを断った。
彼を自分達という枷で縛りつけたくはなかったがゆえ。
「「「?」」」
そんなリフィルとジーニアスの会話の意味はロイド達三人には理解不能。
さらに首をかしげ、はたからみれば、頭の上にハテナマークがとんでいるのでは?
といえるほどにきょとん、としているのがみてとれる。
「と、とにかくさ。じゃあ、召喚するよ!」
しいなもその意味、に気付いたのであろう。
真っかになりつつも、そのまま湖のたもとにたち、
清廉せいれんよりいでし、水煙の乙女よ!契約者の名において命ず。いでよ、ウンディーネ!」
「おお。かっこえ~!」
「「うわ~」」
ロイドの声と、コレット、マルタの声が同時にかさなる。
「しいなって、本当に召喚士だったんだ」
ジーニアスがつぶやけば。
「疑ってたのかい!?契約しただろ!?」
「いや、あの契約は何というか、エミルが何かしたっぽいし」
うんうん。
ジーニアスの台詞になぜかリフィルまでもがうなづいているのはこれいかに。
「…それは否めないけどさ」
しいながぽつり、と呟いたその直後。
湖の上に水のマナが収縮し、やがてその場に一人の女性が水面の上に姿を現し、
ちらり、とエミルのほうに視線をむけ、かるく頭をさげたのち、しいなに向き直り
「契約者、しいな。私に何の用件ですか?」
やわらかな、ウンディーネの声がその場にとひびきわたる。
「あ。ああ。お願いなんだけど。たのむよ。ウンディーネ。
  あたしとコレット、そしてマルタをユニコーンのところにつれていってくれ」
ユニコーンのもとにいく、といったとき、マルタは自分も、といってきた。
マルタ曰く、確認したいことがあるとか何とかいっていたようではあるが。
それゆえのしいなの台詞。
それは、今朝がた、しいながマルタから頼まれたこと。
「わかりました。では、三人とも湖へ」
その言葉とともに、しいな、コレット、マルタの体を、あわい水のような薄い膜が包み込む。
そのまま、三人は水の上を滑るかのごとく、そのまま湖面の上を進んでいき、
やがて、ユニコーンの姿がみえているあたりまでくると、ぴたり、と制止する。
檻が、解き放たれる。
それにくわえ、檻を覆っていた倒木が、ゆっくりと別れていき、
永き眠りから目覚めたグラスがゆっくりと顔をあげ、そこに見知ったマナを感じ取り、そのままゆっくりと浮上する。
コレット達の目の前の湖面が泡立ち、
やがて。
バシャン!
盛大な水音と、そして湖面の水が波打ったかとおもった直後。
浮上してきたユニコーンが、湖面の上にと姿をあらわし、
ぶるる、とかるく体を震わせたのち、しっかりとその四肢を湖の上へと踏みしめる。
『…?マーテル…か?』
おだやかな声が、コレット、しいな、マルタの心にと響いてくる。
「マーテル?女神マーテルかい?」
しいなが首をかしげ、
「いいえ。私はコレット。彼女が……」
「しいなだよ」
コレットとしいながいえば、
『マーテルではない、と?そんなはずあるまい。この気配。そしてこのマナ。
  盲いた私にもはっきりとわかる。お前はマーテルだ』
断定したようなユニコーンの声…なのであろう、心に響いてくるその台詞。
まあ、気持ちはわからなくはない。
あのとき、マーテルもなぜか自分もミトスが天使化するのなら、
といって希望してきたあげく、精霊石に心をうつしすぎ、
その体そのものを変化させていきかけていたあのときのマナ。
今のコレットのマナはそのときのマーテルと非常によくにている。
それは自らが望んでというか相手を受け入れたがゆえにおこる現象。
この声はどうやら、ロイドやリフィル、ジーニアスには聞こえていないらしいが、
当然エミルにはグラスの声は聞こえている。
「私?」
コレットが首をかしげ、自分を指差すが、そしてその視線をマルタとしいなにとむける。
『そうだ、私が生かされてきたのは、目覚めたマーテルの病を救うため。お前は同じ病を抱えているではないか』
「!わかるのかい!コレットが病んでいるって!」
「ユニコーンさん。なら、コレットの病気がなおせるの?
  ママがいってた。ユニコーンは癒しの力の象徴だ、って」
しいなが思わず驚きさけび、マルタがそんなことをいってくる。
『…お前は、古の盟約と我らの先祖による契約をかわせし血筋のもの。か』
マルタをみてユニコーンがいい、
『おどろいた。まだかの盟約の血筋は途絶えていなかったのだな。
  …マーテルが最後かとおもっていたが…そうか、まだ途絶えてはいなかったのか』
何やらしみじみとそんなことをいってくる。
「?あんた、この子のことをしってるのかい?」
「?」
しいなとコレットが首をかしげると、
『そのものの先祖は大樹の加護をうけ、我らの先祖と契約をかわせしもの。
  そのものが身につけているユニコーンの首飾りもその契約の証』
服の下にあるがゆえに、普通はわからないはずなのに。
マルタが旅にでるときに母から預かった品。
ユニコーンをかたどったペンダントトップがついた首飾り。
「これ?ママがお守りだって……」
マルタが首からそれをとりだし掲げるが。
『そうだ。かつて我らの先祖がそれと、我らの象徴ともいえるユニコーンホーンをお前の先祖に預けていたはず。
  その首下がりと、指輪と、対となす首飾り。それらは……』
「あ。それならママ達からきいたことがある。その三つをもってして王家の証となさん。と。
  たしか、御先祖様がその癒しの力でもって国を起こしたときの証だとか」
『…では、お前はシルヴァラント王朝の末裔、ということか。
  おどろきだ。護りの巫女の血筋が途絶えていなかったということに』
何やら話しが脱線している。
はてしなく。
「ちょっとまっとくれよ。マルタのこともきになるけど。
  けど、それより、あんた、今、コレットが病んでるってわかるといったよね!?」
どうやらこのままでは話しが脱線し、本題にはいれない。
ゆえにしいながおもわず会話をさえぎり問いかける。
『わかる。自らと理が異なるものを受け入れようとし、
  その結果、本体たる器のマナが異常ならざるものとして暴走している。
  このままでは、そのものは、かつてのマーテルと同じく…』
また、マーテル。
マーテルもコレットと同じようなことがあるようなその言い回し。
それゆえに思わずしいなとマルタは首をかしげるものの、しかし今はそれを気にしているときではない。
「コレットを助けてくれ。ユニコーンの常にはそういう力があるんだろ?」
「一定時間内の死者すらも蘇らせる奇跡の力がある、ママから私はそうきいてます」
しいな、そしてマルタが交互にそんなことをいっているが。
そんな二人の会話をききつつも、しばしうつむいたのち、
「・・・あの、私はいいんです」
おずおずと、否定の言葉を口にするコレットの姿。
「「コレット!?」」
しいなとマルタの声が同時に重なる。
マルタとて、コレットの体に何か異変がおこっているような感覚は受けている。
それに、病んでいる云々、としいな達がいっている以上、おそらくは何かの病気、なのだろう、ということも。
自分が癒しの力を使いこなせれば治すことも可能かもしれないが、今のマルタにはそこまでの力はない。
どちらかといえばリフィルのほうがその力は上。
まあ、うちのママにはかなわないだろうけど。
マルタはふとおもう。
何しろ母親は、失いし手足すら復活させる奇跡を起こすことができるのだから。
「私は再生の神子になるために産まれてきたからそれでもいいんです
  だけど、必ず人間に戻してあげるって約束した人がいるから……その人は助けてあげたいんです」
そう、そのように育てられてきた。
物ごころつく前からずっと。
幼少期にそのように教え込まれたコレットであるがゆえ、自己犠牲以外の選択は思いつかない。
否、思いつくことができない。
『…お前は、お前の為ではなく、他人の為に、約束を交わしたものをたすけるために。だからここにきた、というのか。
  …そうか、お前は再生の神子だったのか。…ミトスが始めた、あの…』
「「「え?」」」
『彼女は望むまいに。なのに、あやつは……我の角をさずけるには問題はない。が』
「が?」
『護りの巫女の末裔たる少女よ』
「え?え?私!?」
いきなり話しかけられ、戸惑いの声をあげるマルタ。
『…我が、心身と、そして命をそなたに授ける。…それで、マーテルを救ってやってくれ……
  彼女は今のありようをきっと嘆いている……』
「それは、どういう……」
ミトスが始めた。
そして、マーテルが嘆く。
ウンディーネがいっていた言葉とどこかかぶるその言い回し。
しいながといかけるが、
『…しかし、コレット、といったな?』
「え?あ、はい」
『その服は…アリオンの外套、ではないか?』
「あ。なんか、エミルがそんな名だっていってました~」
『エミル?』
その言葉に首をかしげるユニコーンにたいし、
「ほら。あそこにいる金髪の子だよ」
しいなが指差せば、木にもたれかかっている金の髪の人間の姿が。
だがしかし。
『・・・・・・・・・・・!?』
傍にいる気配は疑いもなく、センチュリオン、そしてシムルグのレティスのもの。
センチュリオン達がたかが人の傍にいる、などはありえない。
――グラスか。どうやら完全に起きたようだな。
直後、グラスの心に響いてくる声。
『…まさか……なぜ、あの御方が……』
地上にでている?
かつてのデリス・カーラーンでは地上にでていたことがある、とはきいたことがかつてあったが。
なぜに、王が、大樹の精霊であり、世界の王が人の姿を模して地上へ?
その困惑は隠しきれない。
「「「え?」」」
――我のことはそのものたちはしらぬ。否、教えてはいない。余計なことはいうな。いいな
震えるような声でつぶやくユニコーンの台詞に、しいな、コレット、しいなが同時に首をかしげるが。
直後に響いてきた声におもわず首をうなだれる。
『――御心のままに。……護りの巫女の末裔よ。
  汝が我を使いこなせない、とおもうのならば、お主が認めたものに我を託すもよし。
  …どうか、マーテルと、そして……そして……』
そして、かの御方を、どうか。
言葉とともに、ユニコーンの体が眩しいばかりの光りにと包まれる。
まばゆい光は、ユウマシ湖全体を包み込むように広がり、やがて、その光りは一つの形となり収縮してゆく……


あまりの眩しさに目を閉じてゆっりと目を開けば、
そこに一本の杖らしきものが浮かんでいるのがみてとれる。
真っ白いねじりがついた何かの角のようなその上には、赤い宝玉らしきものの姿も。
「これ…ママがもってる……」
『――そう。これが我らの心身全てをたくせし、ユニコーンホーン。
  本来の我らの人に託せし力のありかた……かつてかの御方より授かりし力……』
あまりに人がマナを狂わすことをしまくったがゆえ、ラタトスクがユニコーンに授けた力の一つ。
マルタがそのみおぼえのある杖をみてぽそり、とつぶやけば、
コレット、しいな、マルタの心にユニコーンの声が響いてくる。
「ち、ちょっと!?あんたはいったい、どこに!?」
声はすれども姿はない。
「…ユニコーンさん?」
コレットが、その杖から声がしていることにきづき、恐る恐る声をかけるが。
『……本来、我々にとって角は命そのもの。
  だが、私はマーテルを助けたい。ゆえに我の体をもそなたたちに託す。
  あの子はきっと、弟のしでかしたことに心をいためている。だから、どうか……』
「「「弟?」」」
声はだんだんとかすれてきて、やがて、淡い光とともに、その白き杖はゆっくりとコレットの手の中へ。
「ちょ!?ユニコーン!?」
『……どうか、私の恩人を…マーテルを、どうか……』
かつて、怪我をしたところを救ったことがあるマーテル。
それはまだマーテル達がエルフの里にすんでいたころのこと。
それ以後、ずっとグラスはマーテルにつき従っていた。
恩をかえす、とばかりに。
そのことをラタトスクもまた知っている。
知っているがゆえに何ともいえない。
しいなの叫びもむなしく、声はかぼそくなり、やがて完全にとかききえる。
「まさか…死んじゃった…の?ママがいってた。ユニコーンの角は、ユニコーンの命そのものだって。
  ママがもってるあの杖ももとはユニコーンの命そのものなんだって。だとすれば、これも………」
コレットの胸の前にふわり、と浮かんでいる白き杖。
それをみてマルタが声をふるわせつつもそうつぶやくと、
――案ずるな。私から新しい命が誕生する。その新しい命がおわるとまた新しい命がうまれる
  我々はそうやって生き続ける。マナがあるかぎり、永遠に。永遠に生き続ける……
風にのるかのように、三人の心にユニコーンの声が響いてくる。
やがて、声は完全にきこえくなり、あとにのこるは、ただ静寂……


「…もどろう」
「…うん」
おそらく、マルタのいっていたことは事実、なのだろう。
ユニコーンは死んだ、のだ。
この白い杖のようなものを自分達に託し。
きになるは、マーテルを救ってやってくれ、という言葉と、
弟のしでかしたことに心を痛めているはず、というユニコーンの言葉。
どういう?
女神マーテルの弟?
判断材料が少なすぎる。
「しいな…大丈夫?」
「……な、何でもないよ」
きづけば自然と涙がでてきていた。
ユニコーンの角。
その角がもつ命のおもみ。
なのにテセアラは、角目当てにかつてユニコーンを乱獲していた、ときく。
それこそまだ子供のユニコーンまでも。
「…ウンディーネ」
しいながぽつり、といえば、三人の体は水面を統べるように湖のたもとへとむかってゆく。
そこにウンディーネの姿はみえないが、力は貸してくれている、ということなのだろう。
姿がみえていればきいてみたくもあったのだが。
マーテルの弟、とはいったい何なのか。
それに…ユニコーンがいっていた、あの御方。
そこに何かの意味があるような気がする。
エミルをみた後にいっていたことから関係があるのかもしれない。
「三人とも、大丈夫だったか!?」
岸にもどってきたロイド達は、三人がユニコーンとどんな話しをしていたのかは分からない。
「しいな?…ないてるの?」
しいなの目には涙がたまっている。
それはおそらくジーニアスのきのせい、ではないのだろう。
「ユニコーンが、この杖をくれたの」
コレットがそっと、両手でもった白き杖…捻じりを含んだ三角錐のような、
角のようなそれをそっと前にとつきだしぽそり、とつぶやく。
「この杖は、ユニコーンホーン。
  ユニコーンの心身を具現化し法術…癒しの力に対して強力な力を宿すもの。
  けど、その代償は、ユニコーンの命と、そしてその体。
  この杖はユニコーン、そのもの。命、そのもの。…ママに、きいていたとおりの…」
――すごい綺麗。ママ、それ私にちょうだい!
――マルタ、これはね?ユニコーンの命そのもの、なのよ?
――?命、そのもの?
幼き日の母との会話。
目の前でそれを目の当たりにし、その意味が今ならばマルタもよくわかる。
「杖?角ではなくて?」
リフィルがいうが。
しかし、三人の様子に追求は今することではない、とおもったらしく、首をかるく横にふり、
「…そう、では。ユニコーンは死んだのね。
  あの眩しいまでの光りは、おそらくユニコーンの最後の命の輝きだったのね」
岸だけでなく、ユウマシ湖辺り一帯を覆ったのではないか、とおもえるほどのまぶしき光。
おそらく、遠くからもあの光りは確認できたであろう。
「リフィル!あんたはしってたのかい!?」
そんなリフィルの言葉にしいながおもわず顔をあげて叫び返せば、
「ユニコーンは、角を無くすとしんでしまう。死ぬことでまた新しいユニコーンが誕生する。
  だからユニコーンは死と再生の象徴なのね」
リフィルが首をふりつつもいってくる。
生と死。
不死鳥フェニックスは死して灰の中から蘇る、といわれているが。
ユニコーンはその体を捨てることにより、新たな命を生み出す、ともいわれている種族。
そうリフィルは認識している。
「……新しいユニコーンがうまれるんですか?」
その言葉にコレットが手にもっていた杖とリフィルとを交互にみつつも問いかける。
「そうね。もうすでに産まれているかもしれないわね」
「…産まれているといいな」
そんな会話をしているリフィル達。
だがしかし、彼女達の願いは今のところはかなわない。
というか。
どこまで、グラスはマーテルを心配しているのだろうか。
とつくづく思ってしまう。
本来ならば、かの杖にその意識の一部をのこしたまま、魂は次なる器に転生する。
そのはず、なのに。
よほど、マーテル達のことが心残り、なのだろう。
転生することなく、
かの杖の宝玉にその魂を宿しているのがエミルからしてみればまるわかり。
まあ、グラスがいるのならば、後で何が自分が眠ったあとおこったのか。
聞いてみるのも一つの手、ではあるであろう。
目をつむりつつ、木にもたれかかり、エミルがそんなことを思っている最中、
「……俺達も、せっかくユニコーンが命と引き換えに託してくれた角を大事につかわないとな」
ロイドが何ともいえない思いを抱きつつも、ぽつり、とつぶやく。
形だけ残して命をおとす。
それはまるでエクスフィアを連想させてしまう。
エクスフィアの成り立ちを牧場にて知っているがゆえのロイドの戸惑い。
「と、とにかく。そうだよ!コレット!これで元の体にもどれるかもしれないよ!」
ジーニアスもコレットが痛覚を感じなくなっている、というのにはうすうすきづいている。
コレットが嘘をつくとき、いつも愛想笑いをしていることも。
味を感じなくなっているのでは?という疑問もぬぐえない。
何しろトリエット遺跡を出発し、ジーニアスがめずらしく味付けを失敗し、塩辛い料理をつくってしまったときですら、
コレットは気にせずにそのスープをのんでいた、のだから。
それで気づかないほうがどうかしている。
そのときは、コレット、無理してのまないでいいよ!といったのだが。
顔すらしかめずに飲んでいたことを考えれば、あきらかにおかしい、とあとから気付いたのもまた事実。
そして、決定的であったのは、あの怪我。
あれほどの怪我なのに、コレットはまったく痛みを感じていなかったようにおもう。
いつも、ヒトが怪我をしただけで、自分の怪我のことのように、顔色をあおざめさせていたコレットが、である。
おかしい、と気付かないほうがあきらかにどうかしている。
気付いていないのはおそらくコレットくらい、であろう。
だからこそ、コレットを気遣いそういうジーニアスの台詞に、
だがしかし、
「…うん。でも、今はいい」
「「え?」」
「「どうして(さ)!」」
戸惑いの声はマルタとジーニアス。
そして叫びはロイドとしいな。
その四つの声はほぼ同時。
「今はまだ世界を再生する途中だから。だからこれはピエトロさんや、他に困っている人がいたら使ってあげて」
「…そんな…」
昨夜、コレットの体に起こっている異変を聞かされているがゆえ、ロイドは言葉をつまらせる。
「大丈夫。ちゃんと世界を再生したらこれを使わせてもらうから…ね?
  それに、私は再生の神子として産まれてきたんだもの。
  この体の変化も天使へとかわる試練なんだもの。…投げだすわけにはいかないから」
始めの台詞に関して、コレットは気づいていないだろう。
自然に愛想笑いを浮かべていた、ということに。
ゆえに、コレットのそのいい分がうそだ、とロイドはすかさず見抜くが、今は追求できる雰囲気ではない。
「……わかったよ」
いざとなれば、問答無用で治してやる必要があるかもしれない。
コレットは…まちがいなく、自らの体の異変を治す気は・・・さらさらない。
そう、ロイドは気づいてしまった。
それが自分に課せられた試練だ、そうおもい、あえてそれを受け入れている。
「先生。これを」
コレットがいいつつ、そっと手にしていた
白き三角錐の形をした、ねじりがふくまれし、長い角のような、
その一番てっぺんに赤き宝石がうめこまれたそれをリフィルにと手渡す。
杖も長さがあるがゆえ、両手でリフィルの差し出す格好となり、
そのまま両手でリフィルもまたその杖をうけとめる。
手にするとともに感じる膨大な、それでいて強力な癒しの力。
手にすればわかる。
この角は、エクスフィフどころではない。
リフィルのもつ癒しの力をかなり高めてくれる、ということが。
それこそ極限まで。
ふと、脳裏に浮かぶ癒しの言葉。
その言葉は、先日みつけたボルトマンの治癒術の書の知識とあいまって、
その術の理論と、その効能がすぐさまリフィルの中にて、形あるもの、として構築されてゆく。
「どうやらこの角のおかげであたらしい治癒術を身に付けたようだわ
  まっていて。コレット。あなたの望み、きっとかなえてあげるわ」
今の自分ならば、あのとき。
エミルがクララに使用したような、強き癒しの術。
レイズ・デッドの使用が可能であろう。
それはもう確信。
だが、あのときの言葉とは異なる旋律が脳裏に浮かんだ。
その言葉が力の発動の力ある言葉なのだ、と理解できたが。
だとすれば、あのとき、エミルがつかったあの言葉は?
それはまだリフィルにはわからない。
精霊と会話していたっぽいエミル。
あの言葉は、エルフの里につたわりし、祭りにおける神聖なる歌の旋律。


「…コレット。本当にいいのかよ。ユニコーンの角をつかわなくて」
ロイドとしてはコレットにつらいおもいをさせたくない。
どうしてコレットばかり、という思いがぬぐいきれない。
それゆえにコレットが心変わりをしないか、といくばくかの望みをかけて、
「お前がとってきたんだろ?」
とってきた、というよりは託された、とうべきか。
淡い期待をこめて再度といかける。
「うん。私の体は天使になろうとしているだけだから……」
「けど!」
でもお前、満足に食事もできない、満足にねむれない。
…それでいいのかよ!
コレットに口止めされた以上、それ以外の言葉はロイドの心の内で叫ぶのみ。
本当は叫んでしまいたい。
けど、それをコレットは望んでいない。
リフィル先生もしいなも、昨晩の話しをきいていたはず。
でも、先生が何もいってこない、ということは俺がいうわけにもいかないしな。
そんな思いがロイドの中にはあるにはある。
「それが、天使になるつてことだとおもうから。
  だって…私は天使になって世界を救うために…今まで生きてきたんだもの」
ロイドのいいたいことがわかった、のであろう。
そして、物ごころついたころからそのようにいわれている。
三歳の誕生日にコレットは自らの運命を祭司長達からきかされた。
そのためにお前は産まれたのだ、そういわれた。
どこかで、すとん、と納得してしまった幼き日。
どうして、腫れ物のように父親が自分を、どこか一線をおいたようにして接してくるのか。
村の人々がどうして自分にまとわりつきつつも、子供達はさけるのか。
全ては、自分、というものをみているのではなく、神子、というものをみていたのだ。
と、まだ幼いながらも納得してしまったあの当時。
幼き日にそう思いこまされた子供の心はそうそうかわることはない。
顔をすこし伏せてそういうコレットの言葉に対し、
「違う!コレットはコレットとして生きるために生まれてきたんだ。
  …そうだろ?なのに……間違ってる!誰かが犠牲になるなんて、そんなの間違ってる」
しかし、ロイドはそんなコレットが歩んできた人生を知らない。
周囲がコレットにむけていた感情、そしてどこか避けていた様子、
それらをみても、なぜなんだろ?と子供心におもっただけ。
そもそも、避けている、というのはあまり気付いていなかったといってよい。
だから、ダイクに連れられてあの村で、コレットとであってこのかた、
ロイドは周囲に止められようとコレットをよく連れ出しては遊びにでかけた。
ロイドにとって近しい年の子供はコレットが初めてであった、ということもあったにしろ。
ダイクがおちついてロイドをイセリアにつれていったのは、
ロイドが四歳のとき、そしてコレットが三歳のとある日のこと。
一番近くにいながら、周囲がコレットにむける感情を理解していなかったといってよい。
「ごめんね。でもありがとう。ロイド」
ロイドが自分のことを心配していっているのはしっている。
嬉しいのに涙もでない自分をもどかしくおもいつつ、そんなロイドにと返事をするコレット。
そんな二人の様子をみつつ、
「天使って・・・なんなんだろうね」
ぽつり、としいながおもわずつぶやく。
こちらに来てからいろいろなことを知った。
天使の試練により、人間としての感覚を失ってゆく、シルヴァラントの神子コレット。
さきほどユニコーンのいった、護りの巫女、などという単語は、しいなは知らない。
しかも、ミトスが始めた、とたしかにユニコーンはいっていた。
ミトス、とはあの勇者ミトス、なのだろうか。
たしかに、勇者ミトスが命をおとしたのち、この再生の旅は始まった、のだろう、とおもう。
しかし、何かがおかしい。
そして…エクスフィア。
人の命を糧とし生み出されし石。
マナにかわる便利な燃料、ヒトの能力値を限界まで高める石。
一度、疑い始めればきりがない。
そんなしいなの言葉に、
「分からない。…ただこのままじゃ、コレットが辛すぎる。何でコレット一人がつらい思いをしないといけないんだ?」
ロイドもしいなの言葉に同意する。
「ねえ。マーテル様っていうのは女神様、なんだよね?」
そんな彼らの会話をこれまで黙ってきいて、すこしばかり考え込んでいたマルタが口をひらく。
その顔にはありありと疑問がうかんでいる。
「うん。そのようにいわれてるね。どうしたの?マルタ?」
マルタが何か考え込んだ様子でいってくるその姿に、ジーニアスはマルタをみつつ首をかしげてといかけるが。
「…女神様も病気になるの?ユニコーンがいってたの。自分はマーテルの病を治すために生かされていたって」
何か違和感を感じたがゆえのマルタの台詞。
「そんなこといったのか?けど…う~ん。わかんねぇけど、なるんじゃねえのか」
ロイドはグラスと三人が交わしていた会話をしらない。
しらないが、何となく、病気になった、というのならそう、なのだろう。
すんなりとそう思い、そんなことを口にする。
「「そんな馬鹿な」」
すかさずジーニアスとしいなが反論するが、
「でもよ。コレットが天使になるってことを考えれば、人間と天使はにたようなもんってことだろ?」
いわれてみれば、である。
思わずコレットをみているマルタとジーニアス。
「たしか、天使は女神マーテルにつかえている、だったよね?姉さん?…?姉さん?」
姉に確認をしようとリフィルをみれば、リフィルはさきほどから、その手を顎にあてて何やら考えているもよう。
「え?ええ、そうね。そういわれているわね」
女神が病気になる。
そのために生かされている。
ユニコーンホーンに触れたとき、ユニコーンの願いがリフィルにと伝わってきた。
弟がしでかしているこの世界のありようを、とめてやってくれ、と。
マーテルはそんなこと望んでいない。と。
その言葉を考えていけば、女神マーテルの弟、というものがいる、ということ。
その弟が何らかのことをしているのだろう。
この世界のありよう、というその意味。
ウンディーネがいった、二つの世界、シルヴァラントとテセアラのありよう。
もう少し、もう少し何かきっかけがあれば、ヒントがあればつかめそうなのに。
あと少しで公式が解けそうでとけないようなそのもどかしさ。
少しのきっかけで全ての疑問が氷解しそうなのに、それができない。
そんなことを考えている最中、ジーニアスに問いかけられ、はっとしたように答えているリフィル。
「そんなもんかねぇ。神さまが風邪をひくなんて。なんか胡散臭いこときわまりないじゃないか。
  あのレミエルってやつにしてもそうだしさ」
あのレミエルは胡散臭いこと極まりない。
コレットをみる目があきらかに道具、しかも使い捨てのそれをみる目であることも。
しかもあの目線は完全に自分達を見下していた。
「ま、たしかにな」
たしかに胡散臭い。
ゆえにロイドもしいなの言葉に同意する。
そんな中。
「…エミル」
「え?はい?何ですか?リフィルさん?」
いきなり何かを思いついたように、エミルに視線をむけ、
「あなた、以前、マナの守護塔で知られていないのか、とかいっていたわね?あの意味は何?」
あのとき、マナの守護塔で、エミルはそういっていた。
古代における戦争、そこにおそらく意味がある。
遺跡にそのようなことが書かれているようなことをエミルはそういっていた。
その遺跡がどこにあるのかリフィルはわからないが。
エミルはおそらく、何かをしっている。
あと少しのきっかけ。
その答えをもとめ、エミルにと問いかける。
そんなリフィルの質問に対し、
「う~ん、僕が教えてもいいですけど。でも真実をしったとして、リフィルさん達はどうするんですか?」
おそらくリフィルは近いところまで真実にたどり着いている、のだろう。
まあここまでいろいろとヒントがあり、気づかないほうがおかしいのだが。
しかし、ヒトは思いこみによって、真実から遠ざかる傾向がある。
「どう、とは?どういう意味かしら?」
リフィルはエミルの質問返しの意図がわからない。
「言葉のままですよ。信じ込まされている偽りの真実をそのまま貫くのか。
  それとも、その偽りを壊すことを選択するか。…あなたたちヒトがそれは決めることですし」
できれば、ヒトの手が初めたことは人の手でどうにかしてほしい。
自分達のような精霊が…力あるものが手を下すのではなく。
「?エミル、その言い回しだと、前にもいったけど、なんだか人じゃないみたいな言い回しにきこえるよ?」
そんなエミルの言い回しに、ジーニアスがあきれたようにいってくるが。
「僕はどっちでもいいよ」
「よくないとおもうけど……」
僕らみたいにハーフエルフでもないのに、わざわざ差別されるようないい方をしなくても。
そんな思いもありジーニアスはいっているのだが。
実際、エミルはヒトではないので、エミルの言い回しに嘘はない。
「そうですね。…僕が少し説明するとすれば。…かつて、とある国が開発した、生体兵器。
  …僕がヒントをあたえるとすれば、そこくらい、ですね」
「生体…兵器?」
何だか物騒な台詞がでてきた。
果てしなく。
エミルの台詞に思わず顔をみあわせる、ジーニアス、リフィル、しいなの三人。
ロイドはその生体兵器、という意味がわからないのか首をかしげているのがみてとれるが。
「…エクスフィギュアもそのうちの過程の一つ…本当に、ヒトとは愚かでしかないというか。
  人為的にマナを狂わせ、その自我をも奪い、兵器となす。リフィルさん達もみましたよね?パルマコスタで」
なぜに微精霊達を利用しよう、とするのだろうか。
本当にヒトとは愚かな、とつくづくおもってしまう。
しかも微精霊達をむりやりに束ね、人工精霊などという器をもつくりだそうとする。
ヴェリウスが本来の力と記憶を失っているのも、
歪に歪められてつくられた人工的に器に入り込まされた、もしくは入り込んでいる結果、なのだろう。
かつてヒトがいう魔道士達につくられし人工精霊達も被害者といえる。
元は精霊になるはずだったのに、ゆがめられ、精霊になりきれないものたち。
だからこそ、彼らに魔物、という役割の理をあたえ、世界の一部に組み込んだ。
「それは……」
ドアがいっていた、妻クララの変わり果てた姿だ、と。
あのとき、エミルがその姿を元にもどしていたが。
あの姿をおもいだし、リフィルは言葉につまるしかない。
「…マーブルさん……そうか。かつての戦争を勇者ミトスがとめるまで。
  戦争の原因となっていたのがディザイアンなら……当時もあんな人がたくさんいたってこと…なのかな?」
ジーニアスはマーブルを思い出し、手につけているエクスフィアをそっとなでる。
戦争の原因がディザイアン、というのがあかきらかにミトスが加えたねつ造、なのだが。
その事実にまだジーニアス達は気づいてすらいない。
「とりあえず。これからどうします?ユニコーンホーンも手にいれたようですし」
「あたしとしては、とっととピエトロのやつを治してあげたいんだけど」
「先生。私もしいなの意見に賛成です。ピエトロさんを治しにいきましょう?」
エミルの言葉にしいながこたえ、そんなしいなの意見にコレットも賛同する。
「ピエトロさん?たしか、皆がいってたディザイアンの呪いにかけられたとかいう?」
マルタは簡単ながら、ピエトロのことを聞かされている。
ユニコーンにあいにいく、といったときに簡単なる説明はうけている。
「そうね。あの呪いが伝染するもの、という可能性も捨て切れていないものね」
あのとき、たしかに黒い霧に包まれた。
その直後、自らの中に、怒り、悲しみ、そういった感情があふれてきたことをリフィルは覚えている
そこから先の記憶はあいまいで、気づけば床にと倒れていたあのとき。
「では、まず先にピエトロを治しにいきましようか。マルタ。あなたの目的の王廟はあと回しでもいいかしら?」
「え?もちろん!エミルと一緒ならどこまでも!」
「「「・・・・・・・・・・・・・」」」
「ねえ。あんた、自分の目的、わすれてないかい?」
「…わすれてそう、だよね」
リフィルの言葉にきっぱりといいきるマルタの台詞に、思わずだまりこむ、ジーニアス、リフィル、しいなの三人。
あきれたようにつぶやくしいなに、やれやれ、といいつつもぽつり、といっているジーニアス。
「じゃあ、これでピエトロさんはなおるんですね。…よかった」
コレットがしんそこほっとしたようにいっているが。
「…ハイマ、か」
…あ。
まずいかもしれない。
…でも、何とかなる…か?
ふと、今のハイマはおもいっきり緑に覆われていることをふと思い出す。
たかがあの程度の干渉であそこまで緑が復活するなどとは。
ソルムに元の赤土色の大地であるように彼らに幻影をみせておくようにいうべきか。
「…ん~……」
「?エミル?どうかしたの?」
すこし口元に手をあててしばし考え込んでいるエミルに気付いた、のであろう。
首をちょこん、とかしげコレットが話しかけてくるが。
「え?あ、えっと……」
何と答えていいのかエミルにはわからない。
馬鹿正直に今のハイマは緑…すなわち、草花に覆われています。
と誰がいえようか。
「わかった。クラトスのことだろ?あいつ、いつごろ合流するんだろ?というか、クラトスのやつ、合流できるのか?」
ソダ間欠泉にて別れたクラトスのことをエミルが考えている、とおもったらしく、ロイドがそんなことをいってくる。
「そういえば。姉さんが僕らの旅券も全部もってなかったっけ?なら、クラトスさん峠をこえることできないんじゃあ……」
ふとジーニアスがリフィルに全員分のもらった旅券を預けていたことを思い出し、
リフィルをみつつそんなことをいっているが。
「あら。クラトスは元は傭兵、なのでしょう?ならばもともと、通行証の一つくらいもっているはずよ?」
もっていなければおかしい。
それがない、とすればクラトスのいっていた傭兵、という言葉も嘘ということとなる。
あのとき、リフィルがあの場にクラトス一人を残した理由。
クラトスが傭兵だ、というあの言葉にも疑問を感じていたがゆえ。
あれほどまでに腕のたつ傭兵ならば、すくなくとも噂くらいはきいたことがあるはず。
なのに、まったくきいたことすらなかった。
再生の旅が近づいている云々で仕事にありつけるかもしれない、とおもった。
というのもあからさまにとってつけたようないいわけのようにも聞こえた。
…よもや、クラトスが自力で空による飛行ができ、峠越えなどはたやすい、などとリフィルは夢にも思っていない。
そんな彼らの会話をききつつも、エミルは内心ほっと胸をなでおろす。
どうやら話題はクラトスにとうってかわったらしい。
だからといい。
「…それで、解決したわけではないんだがな」
おもわずぽつり、とつぶやいてしまう。
さて、本当に、どうしよう?
「…ま、なるようになる、か」
彼らのみの感覚をごまかしたとしても、あの地にいるものたちのそれまでかわるわけでもなく。
というか、それをするならあの地のものたちの感覚までいじる必要がある。
それは果てしなく面倒。
やろうとおもえばすぐにできるが、そこまでしてやる必要性もないか、とも思う。
ゆえに何もしない、という考えにおちつくエミル。
あの程度の自然の復活は別にどうということはないだろう、という思いがあってのこと。
「なら、次の目的地は、ハイマでいいかしら?」
「先生~。クラトスのやつをまたなくてもいいのかよ?」
「あら、普通にあの場からどれだけ徒歩で急いだとしても。 
  最低、六日はかかるのよ?飛竜でもつかえば一日でつけるでしょうけど。竜車でも三日はかかるわ。
  でも、ここから一度、救いの小屋にもどり、ハイマにむかうのであれば、そんなに日はかからないでしょう?」
ざっと計算しても、クラトスが合流するまでにピエトロを治しておくことは可能。
ここ最近、否、あのパルマコスタ以後、まったく魔物による襲撃もなく、またディザイアンの脅威も去っている今。
旅をさえぎる危険物、といえば盗賊などといったヒトによる武装集団くらいであろう。
それに、とおもう。
なぜだろう。
クラトスが共にいれば、コレットの身に危険が迫るたけでなく、ロイド達にも危険がせまるような、この焦燥感は。
エルフの血の直感は馬鹿にならないのよ?
かつて、幼き日に母からいわれたその言葉。
たしかに血による直感にいくどもリフィルは救われた。
「でもな~」
クラトスがまだ合流してきていないのに。
そんなことをおもいつつ、しぶるロイドの台詞に、
「わかった。ロイド、さみしいんだ!ロイド、なんかクラトスさんになついてるもんね」
ジーニアスがそんなロイドにちゃかすように言い放つ。
「ロイドとクラトスさんってなんか親子みたいだよね」
コレットがのほほんとそんなことをいっているが。
というかそれが事実のだが。
いまだ彼らはその事実を知らないらしいが、クラトスもなぜにいわないのだろうか?
コレットもどうやら真実をいっている、ということに気づいていないらしい。
それがエミルからしてみれば不思議でたまらない。
「たしかにそうだよね。トマト嫌いのところとか」
「…嘘をつくときに無駄に無表情になるっぽいところとか、かしら?」
しいなにつづき、リフィルまでもがそんなことをいっているが。


とある場所にて。
「…はくしゅっん!…いかんな。…感覚を閉ざすべきか」
いつもは普通に移動していてもくしゃみなどしたことがないのに。
「いそがねば、な」
なぜくしゃみがでたのかその意味にきづかず、ひたすらに上空を移動している青き翼をもつ人影一つ。



pixv投稿日:2014年2月8日某日(Hp編集:2018年4月22日(日)

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あとがきもどき:

今回は、コレットの体の異変と、ユウマシ湖のユニコーン回でした。
ボルトマンルートなので、コレットの体の異変発覚のあたりを少し変えてあります。
ラタ騎士をやったときにおもったんですけど、ピエトロの墓の中にあった、
デクスが壊したあの石って…やはり、絶対にピエトロが持ち出したといわれてた石に関係あると思うんですよね……