ユウマシ湖から救いの小屋へ。
救いの小屋からは馬車にのり移動したが、この旅は徒歩。
…のはず、だったのだが。
「それにしても……」
「何だかねぇ」
パカッ、パカッ、パカラッ。
馬の蹄の音がこだまする。
「?何か?」
じとめで横をすすむエミルをみて意味ありげにいってくるしいな。
「何か、じゃないよ。なんで森をでようとしたら、馬が待機してるのさ?」
あきれたようなしいなの台詞。
どうやらさきほどのグラスとの会話で自分のことに気付いたらしき野生の馬達が、
少しでも手助けしたい、とばかりに待機していたことには思わずエミルも目をぱちくりさせてしまったのだが。
しかもそんな馬達を率いていたそれをみたときは、あからさまにエミルとしても苦笑せざるを得なかった。
別にセンチュリオン達が命じたわけでも、エミルが命じたわけでもない、というのに。
本当にどこまでも忠実だな、とつくづくおもってしまう。
しかも、それらの馬はエミルの姿をみるなり、一斉にとひざまづいた。
その光景をみて、あきれたような視線をエミルにむけたしいなたちはおそらく気持ち的には間違っていない。
「エミルって、動物さんたちとも仲がいいんだね。魔物さんだけでなく」
「これ、どうみても仲がいい、というレベルじゃないと思う…」
にこにこと、ロイドとともにノイシュにのっているコレットが、横で馬にのっているエミルをみつついってくるが。
その会話をききつつも、ジーニアスがぽつり、とつぶやく。
「うう。なんで私がしいなと…エミルと一緒がよかったよ~。エミル~エミル~」
「ああ。もう、さわぐんじゃないよ!ったく」
ちなみに、ロイドがノイシュにコレットとのり、ジーニアスとリフィル、そしてマルタとしいな、そしてエミル。
三頭の馬とノイシュにて街道沿いを移動している今現在。
その背後にはこの彼が率いる群れ、なのだろう。
数匹以上の馬が一緒に移動してきている、のだが。
あるいみ野生の馬の移動に彼らが便乗しているようにもみえなくはない。
しいなにしっかりとつかまりつつも、文句をひたすらにいっているマルタ。
乗馬経験がない、というマルタがエミルと一緒にのる!
とひたすらにいいはったが、群れのリーダー格、なのだろう。
エミル以外を近づけさせなかったのだからあるいみ仕方がない。
…その容姿がどうみても馬のそれではなく、足が八本あり、あからさまに魔物であったというのがあるにしろ。
「まあいいじゃないか。もどる時間が短くてすむし。ノイシュのやつに全員をのせるのはすこしきついしな。
むりやりに乗ればどうにかなるかもしんねえけど」
「それだとノイシュがロイド、かわいそうだよ~」
たしかに、密着すればどうにかなる、のかもしれないが。
ノイシュにかかる負担はかなりのもの。
もっとも、ノイシュからしてみれば、ヒトの重さなどは微々たるものでしかないのだが。
ロイドがそういい、そんなロイドの言葉にコレットがやんわりと否定の言葉を発している。
『王』
「何だ?」
『どうなされますか?このまま森をつっきれば、どちらにもいくことは可能ですが』
センチュリオンも傍におり、また直接に触れたことでそれは確信をもったらしい。
群れのリーダーたるスプニルがエミルにと話しかけてくる。
「ふむ…」
その言葉にすこし考えこみ、そして
「リフィルさん。この子達がいうには、直接ハイマにもいけるそうですけど。どうします?」
ひとまずリフィルにとといかける。
ちなみに、群れのリーダーであるスプニルに乗っているエミルが一番前をゆき、
その後ろにジーニアス達がのっている馬、マルタ達がのっている馬、
系列的には一番前に一頭がいて、その後ろに二頭、そして三体が二列、
さらにその後ろに二頭、そして、一番最後にまた一頭。
計、十一頭の群れの構成であるらしきこの馬達。
野生の馬は群れて行動をしている、とはリフィルはしってはいたが、
こうして野生の馬が率先してヒトに近寄ってくることすらありえない、
というのに、自分達まで乗せて移動しているこの現状に、あきれる以外の何ものでもない。
魔物をエミルが呼びだせることは知ってはいたが。
そしてまた、野宿のときに野生の動物がよってきていたことも。
しかし、こんなあからさまな態度を動物達がとってきたのを目の当たりにしたのはこれが初だといってもよい。
「そうね。…コレット、あなたはどうしたい?」
「え?そうですね。お馬さんたちが疲れないのでしたら、ハイマまで…かなぁ?
少しでもはやく、ピエトロさんを治してあげたいし。でも、お馬さんたち、つかれない?」
普通の馬の速度がどれくらい、なのかはわからないが。
しかし、何となくだがこの馬達は普通の馬よりも速度が速いような気がする。
それは何となく、でしかコレットからしてみればないのだが。
事実、普通の馬、というよりは、この馬達は、リーダー格の名からもわかるように、
この群れを率いているのは、幻獣スレイプニール。
魔物とはまた違う理に位置している彼らは、普通の生物との子孫を残すことが可能となっている。
さらにいえば、この地上にいるすべての馬の先祖、はじまりの馬といってよい。
その名は、かつてこの子を生みだしたとき、自分が名前をつける!といって、きかなかったエルフの幼子。
マーテルやマルタの先祖であった子供が種族名をセンチュリオンが伝えたところ、
なぜかまんまの名前をつけたからに他ならない。
かぽかぽと八つの足が交互に移動するさなか、
背後にいる馬達もまた、その速度にきちんとついてきているのは、さすが彼の直系である、というべきか。
その容姿は子供達は普通の馬にかわりないというのにである。
「じゃあ、ハイマまでだね。というわけで、スプニル」
『了解いたしました。しかし、感無量です。よもや王をこうして乗せることがあるなどとは』
「……だから、なぜお前達はどいつもこいつも同じ反応を……」
しみじみといってくるスプニルの台詞に、エミルとしてはうなるしかない。
なぜ、ほとんど同じ反応をするのだろうか。
たかが、地上にでてきている、というだけ、なのに。
「…あいかわらず、あなたは、魔物の言葉がわかる、のね……」
背後のほうでリフィルがため息まじりにそんなことをいっているのが聞き取れるが。
リフィル達にはエミルとスプニルの間で交わされている言葉の意味はわからない。
エミルの言葉はわかるにしろ、馬のような何か、がいっていることがわからない。
魔物のようではあるが、マナが魔物とはことなるこの八本足の馬のようなもの。
リフィルはそんな動物は知らない。
あのとき、船上でであったアクアという少女がもつマナともことなるそれ。
『でも、す~ちゃん、元気そうでよかった』
『アクア様。私の子供たはなぜか人間達が乱獲したり、もしくは捕獲しようとしますからね。
なので直系の子達は、なるべく私の保護のもと育てることにしているのですよ』
その能力の高さゆえに、人々はかの血筋の馬により近いものをもとめる傾向がある。
この場にクラトスがいないせいか、姿をけしつつも、
ふわふわとその場にうかび、エミルの真横に浮かんでいるアクアがそんなことをいっているが。
というか、
「…アクア……」
いくらクラトスがいない、とはいえ、今のコレットにもアクアの姿が認識可能のはず。
ロイドの後ろにしがみついている格好となっているがゆえ、
アクアに気づいていないっぽいのがあるいみ幸いというべきか。
ちなみに、一番前にエミルがおり、その次にリフィル、その後ろにノイシュ、
そしてマルタののっている馬が並んでそこにいる。
つまり、少し離れているがゆえに違和感を感じていないのか、そのあたりはわからないが。
大地が産まれ、プロトゾーン達を生み出し、大地において草木が茂り始めたころに生み出せし幻獣たち。
それらはやがて、そこにいきる命の始祖となって、そして今に至る。
幻獣、それを人は聖獣、とも呼び称す。
『それでは、我らはこれにて』
「…お前達もきをつけてな」
『はい。王も…センチュリオン様がた。王のことを頼みます』
言葉とともに、風がふきぬけ、そのまま風のごとくにかききえる。
「きえた?」
その光景をみてぼつり、とつぶやくロイド。
「かなり早くついたわね」
普通に移動すれば、夕方にはなったであろう。
にもかかわらず、すでにハイマは目と鼻の先。
人に騒がれてはいけない、というので近くの街道で降り立った。
それはいい、いいのだが。
「なんか、この前きたときより、草花がおおくないかい?」
先日、ここにきたときには、たしかに赤茶色の土が目立っていたはず。
なのに、なぜだろう。
青々とした草が大地に生えている光景、これは一体?
しいなが地面にかがみこみつつ、地面を確認し、そんなことをいってくるが。
「と、とにかく。いきません?」
あまりこのことに対して追求されたくない。
スプニルとわかれ、背後にいるリフィル達にむきなおり、にこやかにいうエミルであるが。
ポフン。
ぽふん、と姿をあらわしたコリンが、じっとエミルの前にたち、
「・・・・・・・・・」
何やら無言でエミルを見あげてくる。
「コリン?」
その光景をみてしいなは首をかしげざるをえない。
『……余計なことはいわないでね』
ぽそり、とコリンの心にのみ聞こえる声で念のために注意を促しておく。
おそらくこの子は気づいている。
この現象は、自分がかかわっている、ということに。
だからこその注意。
どうやらまだ完全にその自分の本質、本来のありようを思いだしたわけではないようだが。
それでも、日々のマナの摂取によりかなりの力は取り戻しているのがうかがえる。
あとはきっかけ。
自らがその偽りの器を放棄すれば、本来の姿にもどりゆくことが可能となるであろう。
もっとも、もう少しマナが満ちなければすぐの復活、ということには至らないだろうが。
その言葉にビクリ、とコリンは反応する。
精霊である自分に心で語りかけられることができるもの。
そんな存在はことごとく限られている。
契約をしているしいなとすらそんなことは不可能だ、というのに。
やはりあのとき感じた大樹の気配。
そして…原初たる精霊原語。
それらを纏い、また利用していた目の前のこの少年は。
否、ヒトではないのかもしれない。
もしもそうだとすれば、姿形などはどうとでもなるのだから。
そう、自分達のような精霊、すなわち自然界に近しいものならば。
ぴくり、と反応したコリンに気づき、
そのままぽすん、とその頭の上にとかがみこんで手をのせる。
『…早く本来の姿を取り戻せ。…ヴェリウスよ』
それは、いつもコリンが知っている声ではなく、低く…それでいて、どこか重みのある声。
声をきくだけでそう、畏怖の念を抱いてしまいそうなほどに。
この声をいつかコリンはきいたことがある。
けど、それは…いつ?
かすむ記憶の向こうに確かに答えはあると判るのにそれがコリンは思いだせない。
そして、ヴェリウス。
またその名。
ウンディーネにもいわれたその名。
なのになぜだろう。
その名をいわれても、嫌ではないのは。
だからこそコリンは首をかしげざるをえない。
チリン、と首をかしげるとともに、コリンの首元のスズが涼しげな音をかなでる。
「どうしたのさ?コリン?」
「え?あ。うん、何でもない。えっと、ハイマにまたいくんだよね?ピエトロさんってひとをなおしに」
しいなに呼びかけられ、はっと我にともどり、
そのままちょこまかと、しいなの肩にと移動して、くるり、とその尻尾をしいなの首にまいたのち、
すこし首をかしげ、しいなにと問いかけているコリンの姿。
「え?あ、ああ。そうだね」
何か
何かを考えているような、そんな感じをうけるが、それが何なのかしいなにはわからない。
「…しいなは、そしたらどうするの?」
「え…?」
約束というかしいながいいだしたのは、ピエトロを治すまで。
コリンにいわれ、自分のいった言葉を今さらながらに思いだす。
一瞬、言葉につまるしいなをみつつ、
「ねえ。しいな。しいなは彼らと一緒に旅するようになってからよく笑うようになったよね?」
「え?な、なんだい、いきなり?」
いきなりといえばいきなりのコリンの言葉。
ゆえにしいなはとまどわずにはいられない。
「あのね。しいながうれしいとコリンも嬉しい。しいな、それに最近元気になった」
そう、いつもどこか沈んでいたしいなのに。
まるであの神子と一緒にいるときのように、しいなは自然と笑うようになっている。
もっとも、かの神子とともにいたときには笑う、というよりは怒るほうが多かったな。
そんなことをコリンは思うが。
「そ、そうかい?今までとかわらないつもりなんだけど」
「ううん。そんなことないよ。仲間が…できたから?」
それは、かつて、しいながヴォルトとの契約をこなす前までの、活発であったころのしいなの面影そのままに。
しいなは最近、彼らとともに行動するようになり、よく笑い、そしてよく泣いて。
さらにはよく怒り、感情の起伏をよく表すようになっている。
それこそ、あの一件のち、ずっと抑え込んでいるようにみえた感情を。
「あ、あいつらは仲間なんかじゃないよ。…あたしの仲間はあんただけさ」
「いいよ。無理しなくても。コリン、ちょっとさみしいけど、しいなに仲間ができてうれしいから」
「コリン…ありがとう……」
何やら二人の世界にはいっているしいなとコリン。
そんな二人に対し、
「?しいな?しいなは仲間だよ?友達だもん!」
ちょこん、と首をかしげ、それでもしっかりとそんなことをいいきっているコレット。
「って、あんたきいてたのかい!!」
思わず真赤になり、叫ぶしいなに、
「?だってきこえたよ?」
そういえば、耳が異様によくなった、とロイドに説明をしていたときにこのコレットはいっていた。
ならば、今の会話もおそらく聞き取れた、ということ、なのだろうか。
「~~~!そ、それにしてもさ。なんでいきなりこう、雑草というか、
…どうみても草花がいきなり生えてきてるんだい?」
言葉にならない悲鳴をあげ、ひとまず気になっていたことにて話題をかえる。
そんなしいなの言葉に対し、
「雑草はたくましい、とはよくいったものだよね」
抜いても抜いても、それでなくても数日もすればあっというまに庭をうめつくす草。
それを思いだしたのだろう。
どこかうんざりしたようにつぶやいているジーニアス。
「そうね。…前にきたときよりも、確実に大地にマナが含まれているわね」
これも、コレットが封印を解放してマナが蘇っているという予兆なのかしら?
そんなことを思いつつも、大地の土をひとつかみし、しみじみといっているリフィル。
「よくわかんねぇけど。草が数日もしたら生えるのなんてあたりまえじゃないか。
…幾度、村の草刈りに俺達子供が狩りだされたとおもってんだ?先生?」
ロイドが村での草刈り、もしくは草抜きを言い渡されたことを思いだしたのか、
これまたうんざりしたようにそんなことをいってくるが。
「草花の生命力は強いもんねぇ。…雨でもふればあっというまにまた新芽でてたし」
「と、とにかく。先をいそぐよ!ピエトロのやつも心配だしね」
「それもそうね」
今はここで議論をしていても仕方がない。
あれほど、草のくの字もなかったはずの地面を覆い尽くさんばかりの草花。
赤茶色でしかなかったはずの大地は、今や青々とした緑にと包まれている。
草花の新緑の匂いが辺りに立ち込めていることからも、
先日、この地にやってきたときとあきらかに状況がかわっているといってよい。
しいなの言葉にリフィルもうなづき、ひとまず、ハイマに向かう、という道のりを、そのまま一行は進んでゆく。
冒険者が集う村、ハイマ。
この街にもよくよく思えば縁があるな、ふとそんなことをエミルは思ってしまう。
かつての世界においてこの地にやってきたときは、
瘴気の影響で、スキルポリオンや魔物達が狂暴化していた。
…正確にいえば瘴気に侵されて狂っていたことを思い出す。
その原因は、かの石…
おそらくは、あのピエトロとかいう人間が死んだか何かして、あのまま墓の中に埋められたのであろう。
それが大地を通じ、二年、という歳月をえて、この地を蝕んだ。
そういえば、とふとおもう。
あのときも、彼らはピエトロとかいうヒトを助けたのだろうか、と。
目覚めたとき、グラスの気配がなかったことから、グラスは角を彼らに託してはいる、のだろう。
まあ、あのときはアクアの影響でユウマシ湖や、ルイン湖の水が枯れていたので何ともいえないが。
水を失えば、命あるものは困る、とアクアはわかっていたであろうに。
彼女もヒトを許してはいなかった、ということなのだろう。
もっとも一緒にいたリヒターはそのことに気付いてなかったようではあるにしろ。
そもそも、水が枯れているという原因がアクアにある、とすら気づいてなかったようなのだから。
前回きたときはむき出しの赤土がはっきりとみてとれ、
大地も疲弊していたのがうかがえた、というのに。
今はその面影はどこにもなく、青々とした新緑に、地面全てが覆われている。
それこそ緑の山と化しているといってよい。
「…ねえ。姉さん、あれって……」
「ハイマがある山で間違いない、ようだけども…
こんな短期間で緑が復活するようなことがあったのかしら?
それとも、精霊の封印が三か所解かれた影響なのかしら?」
リフィルも思うところがあるのであろう。
目の前にみえる、かつてきたときにはあきらかに赤茶色の山でしかなかったその山が、
今はその視界に青々とした山並みをみせている、ということに。
まさか、自分とかかわりがある、とはおもわれないよな?
エミルからしてみればそれが気がかり。
そのような感想を抱かせるようなことはしていない、とはおもうのだが。
「あれ?先生、クラトスさんがいます」
コレットが、ふと歩きつつも、その視界の先。
ハイマに入る入口にあたる場所の近く。
「え?どこ?」
ジーニアスにはまだその姿はみえていない。
「前、しいながいたところにクラトスさんがいるよ~」
コレットがそういうが、リフィル達の目にもその姿はうつっていない。
ゆえに。
「コレット。気のせいじゃない?どんなに急いだって、クラトスさんがここにいるはずが」
「…可能せいとして、クラトスが飛竜観光の竜を手にいれて、
ここにまでやってきている、ということもありえるかもしれないわ。とにかく、いってみましょう」
早すぎる。
いくら何でも。
陸路を使えば絶対にこんな短期間であのソダ島からここにまではたどり着けるはずがない。
だとすれば、あとのこるは空の移動。
ここ、ハイマで行われているという飛竜観光の竜をつかえば確かにそれは可能、かもしれないが。
しかしそう都合よく、ハイマの飛竜観光の竜達が近くにいる、ということがありえるだろうか。
リフィルのクラトスに対する懸念がより強くなる。
断崖絶壁ともいえる町にとつづく道。
しかし、かつてこの道を通った時には、赤茶色の土しかなかったそこは、
今は様々な草花に覆われ、新緑特優の匂いが辺りにと立ち込めている。
マナがしかもとてつもなく澄んでいる。
それはまるで、精霊の封印の地に近しいかのごとくに。
「・・・本当にいたよ」
「まじ?」
「お~い、クラトス~!」
その背を背後の山肌にもたれかけさせ、腕をくんでいる見慣れた人影一つ。
その姿をみとめ、ぽつり、とつぶやくしいなに、目をぱちくりさせていっているジーニアス。
ロイドはロイドでその姿をみとめ、ぱっと瞳を輝かせ、手をぶんぶんとふっていたりする。
そんなロイドの声が聴こえた、のか、
「…きたか」
持たれかけていた体をおこし、そのままこちらにむかって歩いてくる。
そんな人影…クラトスの姿をみつつ、
「クラトス、あなたはなぜ?救いの小屋でおちあいましょうといったわよね?」
確認をこめて問いかけるリフィルの言葉はどこか険しい。
「空の移動にてここにまできた。これから移動しようとしたのだが、
よくよく考えれば、神子達もここに必ずくるだろう。そう踏んだまで。入れちがいになりえる可能性があるからな」
事実は、クラトスは一度、救いの小屋にったのだが、すでに一行は出発した、
といわれ、それからルイン湖にむかってもかならず入れちがいになりえる。
しかも、空を移動しているところを神子、とくに今のコレットは視力がよくなっている。
それをみられても厄介きわまりない。
ゆえに、ならば、ユウマシ湖にむかったのならば、かならずここにくる。
そうふんで、ここでまっていたに過ぎない。
すでにエミルはウェントスから念話によってそれらの報告をうけているがゆえ、
クラトスがここにいる、ということに何の疑問も抱いていない。
もっとも、クラトスは自身が空を飛んでいる様子を、
旅業の幾人かに見られている、というのに気付いていないらしいが。
青い光を伴った翼をもった人影が空を飛んでいた、というのはじわじわと、
それでいて、天使をみた、という噂とあいなって、広がりをみせ始めている。
ということを。
地上から確認できたのは、人型の何かが、青き光る翼でもってして、光の残滓をのこして空を飛んでいる光景。
今現在、神子が再生の旅にでている、というのをしっており、
そしてまた、天使の翼は透き通った翼、という伝承がマーテル教の祭典の中にある。
その目撃証言と、その経典の伝承が一致し、
噂は真実となりてあっという間に人々の間にて普及していっていている今現在。
「そっか。ここが飛竜観光の出発場であり、また戻ってくる場所だもんね」
「しかし、よく飛竜が手にはいったな~。というか、近くによくいたよな?」
以前にも、飛竜観光の竜達によって移動したことがあるがゆえ、
ロイドはそんなクラトスの説明にまったくもって違和感を感じていないらしい。
「クラトスさん。大丈夫でしたか?その、あの後……」
意識をうしなってからのことはコレットはわからない。
が、おそらく何かがあったであろう。
「……神子が心配するようなことは何もない」
心配そうにといかけるコレットの言葉にそっけなく言い放つ。
「でも……」
しかし、コレットの気持ち的にはそうではない、と心の内がつげている。
必ず何かがあったのであろう、と。
それは勘。
「そんなことよりさ。とっとといくよ。リフィル、もう問題ないんだよね?」
「え。ええ。今の私ならばピエトロを治すことも可能のはずよ」
クラトスがどうしてここにいるのか。
そんなに都合よく、飛竜がつかまる、とは到底おもえない。
こいつも、どこか胡散臭いかもねぇ。
そんなことをしいなはおもいつつも、ひとまず今優先するべきこと。
すなわち、ピエトロの治療。
ゆえにリフィルにと問いかける。
そんなしいなの言葉にリフィルがこくり、と力強くうなづきをみせる。
「ピエトロさん。よくなればいいな」
「とにかく、いってみるしかないだろ」
コレットがうつむきかげんにいうと、そんなコレットの肩をぽん、
とロイドがたたき、励ますようにと何やらいっている。
「そう、だね。ピエトロさんを助けないと。先生、お願いします」
「できるだけやってみるわ」
頭をさげていってくるコレットにたいし、リフィルはそういうよりほかにない。
もし、ダメならば、ともおもうが、諦めたくはない。
それに、エミルにたよる、というのもやはりどこか間違っている、そう思う、から。
ハイマの宿。
前回、この地にやってきたときより、人がごった返しており、ハイマの宿の前だけでなく、山の頂に続く道にも、
かなりの人の姿がみてとれ、ノイシュがあまりの人ごみに思わず畏縮し震えだす。
「僕、ここでノイシュとまってるから。皆でいってきたらいいよ」
「エミルがここでまつなら、私も!」
マルタがそんなことをいってくるが。
「そうね。じゃあ、エミル。マルタとノイシュをお願いできるかしら?」
「・・・・・・・・ええ!?マルタはいかないの?なんで?」
「何でって、エミルは私と二人はいやなの!?」
「いや、あの……わかりました。…は~」
どうやら断ってもマルタはここに残るき満々、らしい。
ゆえにここは素直にあきらめる以外他にない。
おもわずため息をつくエミルの脳裏に、
『エミル様、もてもてですね』
「…あのな」
影の中からきこえるテネブラエの声。
『陰険!なんであんたがもどってきてるのよ!』
「・・・・・・・・おまえら」
なぜまた影の中で言い争いを初めているのか、この二柱は。
まったく、相変わらず、というか何というか。
『おや。心外ですね。私がラタトスク様の傍にいるのは当たり前でしょう?
我らはラタトスク様の忠実なる
『それはそうだけどさ。でも、ラタトスク様にちかづく害虫がいるのに、あんたまでいるのがむかつくのよ!』
頭がいたい。
マルタどころではない。
なぜにまったく、この二人は、毎回毎回。
言い合いを始めたテネブラエとアクアの会話をききつつも、
おもわずこめかみを押さえてしまうラタトスクは間違ってはいないであろう。
『しかし。アクア。ラタトスク様がこの人間の娘を気にかけるのはあたりまえでは?』
『ルーメン!どういう意味よ!』
『このものは、かつての世界、護りの巫女の末裔でしょう?
それにみたところ、いまだにラタトスク様が先祖にあたえた大樹の加護は健在。
まだその盟約の誓いを破棄していない模様。
だとすれば、繋がりがあるがゆえに気にかけても不思議はないのでは?』
『だからこそ、むかつくのよ!そもそも、あのときだって。
デリス・カーラーンでどれだけ表にでられたラタトスク様に、あの巫女達がまとわりついていたか!』
なぜにかつての話題に移行しているのだろうか。
そもそも、影の中にて言い争うな、といいたい。
たしかに異様にまとわりついてきていたな。
しかも歴代にわたって。
ふと記憶のかなたとなっていた当時のことを思い出す。
『どちらにしろ、今も昔も、護りの巫女だけではない。ヒトがラタトスク様に抱く思いは報われることはない。
ゆえにアクア、お前もそう躍起になることはないのではないか?』
・・・・・・・・イグニスまでやってきてるのはこれいかに?
「エミル?」
思わずこめかみを押さえているエミルの様子に気づいた、のであろう。
リフィルが首をかしげて、問いかけるようにいってくるが。
「え?あ、いえ、何でもないです。僕、じゃあ、ノイシュとちょっとこの先でまってますね。いくよ、ノイシュ」
「あ、まってよ~、エミル!」
移動しようとするエミルをマルタがすかさず追いかけようとするが。
「仕方ないわね。…マルタ。あなたもきなさい」
しかし、そんなマルタをリフィルが制する。
「ええ!?何で!?どうして!?」
悲鳴にちかいマルタの声。
「エミルのこの様子では、頭がいたいのかもしれないわ。
…あなたが傍で騒いだら、なおるものもなおらなくなるわ」
どうやらこめかみを押さえて、自然と顔をしかめているのを頭がいたい、と勘違いされたらしい。
が、それはそれで好都合。
事実は、影の中でいきなり言い争いを初めているセンチュリオン達に原因があるがゆえ、
なのだが。
「エミル、大丈夫?」
そんなエミルの様子を心配してか、コレットが声をかけてくるが。
「え?あ、うん。ちょっとノイシュと頭を冷やしてくるよ」
というか、こいつらは全員頭を冷やさせる必要がある。
それはもう切実に。
そう心の中できっぱりと決意をし、
「じゃあ、僕は入口付近でまってますから」
「そうか?お前もあまり無理するなよ?」
どうやらロイドもまた、エミルが頭がいたい、というリフィルの台詞を信じた、らしい。
エミルは自覚していないが、
こめかみをびくつかせ、険しい表情に近い顔をしていたがゆえに、
その場にいる全員、頭がいたい、というリフィルの意見を素直に信じた模様。
エミルはそのような表情をしている、という自覚はなかったのだが。
あまりにも影の中でセンチュリオン達が言い争いを初めているがゆえ、
怒りを募らせていた、というほうが正しい。
もっとも、そんなエミルのあるいみ内部にて繰り広げられていることを、リフィル達が知るはずもない。
ともあれ、マルタを連れていってくれる、というのならばこれほど好都合なものはない。
それに、頭がいたい、となぜか勘違いをされているらしく、
ノイシュとこの場をはなれても違和感を感じられないであろう。
「いくよ。ノイシュ」
「ワオン!」
ノイシュをともない、ひとまず人気のない場所を目指し移動する。
そんなエミルとノイシュを見送りつつ、
「うう、エミル~。せっかく、せっかくエミルと二人っきりに……」
「は~。この子、とっとと用事をすまさせて、町に戻したほうがいいかもしれないわね」
リフィルが盛大にため息をつきつついってくる。
「どちらにしても姉さん。ピエトロをなおしたら、次はバラクラフ王廟跡でしょ?次の封印は」
「そうね。とにかく、いきましょ」
ジーニアスの言葉にうなづき、
リフィルもまた、その場にいる全員をうながし、宿のほうへと向かってゆく。
「皆さん!治癒術は……」
ハイマの宿にリフィル達がたどり着くと、
受付カウンターの背後にて、父親を手伝っていたらしいソフィアがしいなに気付き、
駆け寄るようにちかづいてきて声をかけてくる。
「みつかったよ」
その言葉をきき、ソフィアは一瞬、泣きたくなるが、しかし今この場には他の客もいる。
それゆえに、彼らを伴い、ひとまずピエトロがいる二階へと。
ちなみにこの部屋。
立入禁止、という木のプレートが入口の扉にかけられており、
他の客がこれはなぜか、ときけば、病人がいるから、とソフィアは答えているらしい。
他のお客に移らないとも限らないのでこうしているのだ、と。
ほとんどの客は素直にそれを信じ、またそうでない客は、
そんな危険なところに泊まるわけにはいかない。
といって宿の中で寝ることを断念し、外で寝ることを選んでいたりする。
「今からためすわ。よろしい?」
部屋に案内され、ベットに横たわるピエトロをみる。
前回、やってきたときよりもあからさまにやつれている。
最近では目を覚ますことも滅多になくなっているらしい。
そう、ソフィアが目を伏せがちにいってくる最中、
リフィルが今の容体を確認したのち、ソフィアに向き直り問いかける。
「ええ!お願いします」
癒しの力は奇跡の力をも呼び起こす。
それがボルトマンの書にかかれている、そうソフィアは聞き及んでいる。
だからこそ、かけた。
ボルトマンの治癒術、というものに。
その手にユニコーンの杖をかまえ、
「彼の者を死の淵より呼び戻せ。レイズ・デッド!」
リフィルの力ある言葉とともに、リフィルの掲げた、白き杖から淡い光があふれだす。
優しい力を感じる白き光は、一瞬部屋全体を包み込み、
やがて、その光りは光の粒となり、ベットに横たわるピエトロの体を中心とし、円を描くようにゆっくりと広がり、
やがて再び、その体の中に吸い込まれるようにときえてゆく。
「…う…ここは…?」
長い夢をみていたような、そんな感覚。
霞んでいたような記憶も、体の重さも感じない。
どこかすっきりとした感じをうけ、ゆっくりと目をあければ、
そこはどこかみおぼえがあるようでないような部屋。
自分が置かれている状況がいまいちよくわからない。
たしか、ルインを出発し、そして…
そして、街道沿いにてディザイアン達に襲われ、そして、そんなときに、誰かが…
「目をさました…!よかった!!わかりますか?ここはハイマです」
ふと、そんなことを思っていると、横から女性の声がする。
ああ、この人はたしか。
自分をずっと看病してくれていた。
それはおぼろげながら覚えている。
「ハイマ…!?じゃあ、ボクはたどり着けたのか!」
思わず声をだすが、しかし長くふせっていたこともあり、
ごほごほとおもわずその場にてむせこんでしまう。
「いきなり声をだしてはだめよ。水差しあるかしら?」
「は、はい、ここに!さあ、ピエトロ」
リフィルにいわれ、あわてて水差しをピエトロにとさしだしているソフィア。
介添えするように、そっと手をピエトロの背にまわし、
飲みやすいようにゆっくりと上半身を起こしてやっているその様子は、すでにもう手慣れているといってよい。
おそらくこれまでも幾度もこうして水を飲ませたことがあるのであろう。
そうリフィルは推測する。
「しいなさんが…この人が助けてくださったんです」
水をのみ、少しは落ちついたのであろう。
それまでせき込んでいたピエトロが落ちついたのを見計らい、
ソフィアが視線をリフィル達にむけてピエトロにと説明する。
「そうだ……たしか、ルインをでてからディザイアンにおそわれて……そこにこの人が…ありがとうございます」
これまでずっと眠っていたというか倒れていたというのに、その声には力強さがある。
それは、定期的にソフィアが少しでも栄養を、
と自力で飲食できない彼にたいし、かいがいしく口移しでもってして、
看病をしていたからそれほどひどく体力が低下していなかったこともあげられる。
もっともその事実は意識のなかったピエトロはしるよしもないのだが。
いまだにソフィアに支えられたまま、上半身をベットからおこしていうそんなピエトロの台詞に、
「何だよ。そんな。いいんだよ。それにさ。
あんたがこうして意識を取り戻したのはこのリフィルのおかげなんだ。礼ならこの人にいっとくれよ」
しいなが照れたようにいい、ちらり、と横にいるリフィルに視線をむけて言い放つ。
実際、しいなが書物をみつけた、としても、癒しの術はしいなはつかえなかった。
だとすれば、癒しの力がつかえる人を探すのにまた人探しをしている中で、
ピエトロの病状が…呪いが悪化していた可能性は否めない。
「そうですか…本当にありがとうございます。これで神子様をおまちすることができる」
目の前のこの二人…銀髪のかなりの美人が自分を助けてくれた癒しの術者、なのだろう。
ゆえに、しいなと交互にみたのち、二人にと頭をかるくさげるピエトロの姿。
「神子様?どういうことなの?」
ピエトロの言葉に、たしかにうわごとで、神子だの、マナだの、死ぬなどと。
ビエトロがいっていたことをソフィアは聞いていたがゆえ、
疑問におもいつつも問いかける。
こうして普通に会話が成立するそれだけでもソフィアは嬉しい。
「ボクが牧場を脱出したのは、神子様にお伝えしたいことがあったからなんです」
まだ無理をしたらだめ。
というソフィアにいわれ、そのまま再び横たえられる。
横になりつつも、自分がどうして無理をしてでも脱出しようとおもったのか。
しかし、恩人である彼女達には説明する義務がある。
そうおもい、ピエトロが口を開くが、
「神子ならここにいるよ」
ジーニアスがさらり、とそんなピエトロにと言い放つ。
「え?あ…あなた、神子様だったの!?」
止める暇もなく、さらり、といったジーニアスの言葉に、リフィルはため息をつかざるをえないが。
いくら何でも不用心すぎ。
ここでジーニアスの頭をたたいてもおそらくジーニアスはその意味がわからないであろう。
あとでしっかりと言い聞かせないと。
そう心の中でリフィルは決意する。
「え?はい。一応そういうことになってます~」
驚きの声をあげるソフィアに、これまた驚いた、のであろう。
先ほど横になったぱかりのピエトロもまた、その片手で自分の体をささえるように、
上半身をおきあがらせて、目を見開いてコレットを凝視する。
「一応じゃないだろ、一応じゃ」
のんびりとにこにこというコレットの台詞にあきれたようにロイドがいい、
「…ま、コレットだしね~」
ジーニアスもコレットだし、ですませていたりする。
何しろ、以前、コレットは、
神子がたくさんいたらそれだけ世界が救われるのが早くなっていいね。
そういって偽神子達の存在すら許容するような発言をしたほど。
その台詞を覚えているがゆえ、誰ともなく同時にため息をついているロイドとジーニアス。
「ああ、マーテル様!感謝します!」
いまだ完全ではない、のであろう。
多少ふらつきつつも、
それでも無理にベットからたちあがろうとするピエトロを何とか押しとどめれば、
しっかりと近づいたコレットの手を握り締め、感謝の言葉を投げかけているピエトロの姿。
「……くそ。何が……マーテル様、だよ」
ロイドからしてみれば、何が女神マーテルだ、という思いが捨て切れない。
女神マーテルの試練、とかいうものでコレットは今、つらい思いをしている、というのに。
そのことを、世間の人々は誰もしらない。
それがロイドを余計にいらつかせてしまう。
「ディザイアン達はエンジェルス計画、というもので何かを復活させようとしています。
魔導砲なる兵器も開発しているとか」
「魔導砲?それは古代大戦のトールハンマーのことか?
あれはマナを大量に消費し、一発でマナのない荒野…死の大地を作り上げる死の装置」
かつて、クラトスはあれが使用されたのをしっている。
シルヴァラントが開発したあの未完成の実験ですら、一つの街が荒野…否、死の大地と化した。
マナが失われしその大地は、四千年がたった今ですら、いまだに草の一つも生えはしない。
そう、クラトスは認識しているが、
実は、ラタトスクがかの地、ギンヌンガ・ガップより出し時、
その体を写身とし、蝶となり外にでたそのときにふりまかれたマナにて、かの地は今まさに蘇っていたりする。
まるで、ラタトスクがこの世界にて初めて地上にでたことを祝福するかのごとくに。
蝶となり、その光りの残滓として降り注いだ純粋なるマナは大地を潤すのに十分すぎた。
ラタトスクはまったく意図すらしていなかった、のだが。
眉をひそめ、どことなく声色すら低くといかけるクラトスの言葉に、
「詳しくはわかりません。
でもあの牧場ではエクスフィアという物をつかって、まがまがしい実験が行われています。
生きたまま、ヒトが生き血を流されそこから何か別の石らしきものをつくっているのも。
それをもってして彼らは魔物達すらも操っていたようです。
ですからどうか神子様の御力でエンジェルス計画を食い止め、我々をお助けください」
首をかるく横にふりつつも、コレットの手を握り締めたまま、力をこめてコレットに懇願する。
それを止められるのは神子しかいない。
そうおもったがゆえに、ピエトロはあの施設を脱走することを決意した。
いきながら、殺されてゆく人々のために。
「安心しなよ。クヴァルは倒したし。収容されていた人達も助けだしているから。
あの施設もなんでか発生した小規模の火山活動でもう跡かたもなくなってるらしいし」
本当に、あの爆発によって偶発される結果となったのか、
牧場のあった場所から小規模な噴火が起こったときは、ジーニアスからしてみても、信じなれない思いであった。
が、事実は事実。
パルマコスタ牧場にしろ、アスカード牧場にしろ。
パルマコスタ牧場に関しては、かの爆発により、大地が陥没し、
施設は跡かたもなく、陥没した大地に水がたまり、施設はわきだした水に水没し、完全に消滅したといってよい。
そしてアスカード牧場。
こちらも火山活動によって完全に壊滅し、おそらくすでに跡かたものこっていないであろう。
それが神子による、天による祝福なのか、それともディザイアン達を封じる前の現象なのか。
それはジーニアスにはわからない。
わかるのは、ただ一つ。
ディザイアン達の牧場、知られている牧場のうち、
二か所はすでに、自分達が間接的とはかかわったとはいえ壊滅し、すでに跡かたもなく消えている、ということ。
淡々というジーニアスに続き、
「あんたのおかげさ」
ピエトロのおかげ、とはいえないかもしれないが。
しかし、彼が脱出したことにより、かの地の悪業が早く露見し、
あの地における人々も助けだせたといっても過言でない。
「それより、気になるのは、あのあなたがもっていた、宝石、あれは?何だったの?」
しいなに続き、リフィルが気になっていたことを問いかける。
そんなリフィルの問いに、
「あれは、彼らはディザイアンオーブ、と呼んでいました。
まがまがしい実験…生きたまま、人間達を地下の実験施設において、
そんな彼らから拷問にちかいことを繰り返し、生き血をぬいて、
そこに何らかの力をおそらく加えていた、のでしょう。
それらが結晶化したもの、あれがあの宝石、です。
彼らはあの宝石をつかい、魔物を使役し、さらには様々なことに使用していました。
私は、あの宝石を神子様にわたし、このようなものが創られている、
とお教えしようと…そういえば、あの宝石は?」
やはり、ディザイアン・オーブ、というらしい。
クラトスがその名をいっていた。
しかし、そんなオーブの名など、あのときまでリフィルですら知らなかった。
クラトスは聞いたことがある、といったが、どこで、とあのときの追求は止まったまま。
「あれは世の中にあってはいけないものよ。
あなたは、あの宝石がだす毒によって病に侵されていたのよ」
それをいうならば、自分達がつけているエクスフィアもそうなのかもしれない。
しかし、こちらのエクスフィアにはあれほどまでにまがまがしさがない。
しかし、あれは別。
もっているだけで、悪意にもっていかれそうになるほどのあんな悪意の塊ともいえる品。
世の中に出回ればどうなるのか…考えただけでもおそろしい。
まちがいなく、人々は疑心暗鬼をつのらせ、人々の間で争いが始まってしまう。
そう確信をもっていえるほどの品。
「そんな…。では、あの宝石は?」
しかしそこまで説明はしない。
あえてあの石が原因で呪いにかかり、ふせっていた、という言い回しをするリフィル。
「力を使い果たしたのか、僕らをも呪おうとして、そのあと消えたみたいだけど」
ジーニアスの説明に、
「…そう、ですか。え?神子様がたを呪おうと…とは。大丈夫だったのですか!?」
さらり、と聞き流しかけたが、今、自分を救ってくれたという、
銀髪の美女によくにた少年…銀の髪、ということはおそらく彼女の弟、なのだろう。
その少年がいった台詞をもう少しで聞き流しそうになり、
しかしその言葉が意味する重要性にきづき、思わずピエトロが問いかける。
「ええ。何とかね。あなたがあれをもったままだとすれば。周囲にも被害が及んでいたかもしれないわ」
「…何ということ。僕は、神子様に危険物を渡そうとしていたんですか?」
自分が持ち出した品がそんな危険なものだったとは。
下手をすれば神子をこの手で殺してしまっていたのかもしれない。
今さらながらそれにきづき、ピエトロは自分が怖くなってしまう。
世界の希望たる神子を自分が渡そうとした品でうしなった。
それは洒落らならない。
「気にしないでください。でも本当に目が覚めてよかったです。体でおかしいところはないですか?」
震えるピエトロに気付いたのか、コレットが優しくそんなピエトロにと語りかける。
「え。ええ」
問われ、ざっと自分自身で確認してみるが、どこか違和感をかんじるような場所はない。
そんなピエトロの台詞にほっとしつつ、
「無理はしないでくださいね」
いいつつも、ピエトロの傍からはなれ、ロイドの傍へと移動するコレットの姿。
一方、
「でも、あの宝石のこともだけど、その魔導砲、というのもきになるわね。
クラトス、あなたがいうその死の兵器、とは、いったい……」
背後の壁にて背をもたれかけているクラトスに視線をむけ、リフィルが問いかける。
「…昔、とある筋から聞いたことがあるだけだ。死を呼ぶ兵器。トールハンマーのことは、な。
しかし、今ここで気にしていても仕方があるまい」
たしかにここで議論していても仕方ないといえば仕方ない。
聞いた、というかその威力もクラトスは目の当たりにしている。
かの兵器が使用されたとき、クラトスは視察として、かの地に派遣された。
そこでみたのは、町があったともわからない、
草木も何もない、本当に何もない、さつばつとした大地。
大地、と呼ぶのすらおこがましく、おどろおどろしい何かが渦巻いていた地。
それが瘴気だ、と気付くまでそうは時間がかからなかった。
その瘴気に触れ、異形とかしてゆく兵達をどうにか逃した当時のクラトスの記憶。
かの地の瘴気を防ぐのに、大量のハーフエルフ達が生贄、として、
その体からマナをすいだされ、命を落とした当時の記憶。
エルフ達曰く、マナを消費してしまってしまったがゆえ、
大地を構成しているマナがなくなり、大地の下に封じられていた瘴気が噴出した、
そういっていたあの当時。
当時の記憶を思い出し、クラトスは思わず手をつよく握りしめる。
そして、あれが本格的に開発される、そうきいて、ミトス達とともにかの装置を破壊したときのことも。
「とりあえず、ずっとふせっていたのですもの。まだしばらく養生は大切よ」
リフィルの言葉に、
「本当にありがとうございます。何もお礼はできませんが、
せめて今晩はここに泊まっていってください。料理も奮発しますわ」
ソフィアの提案はたしかに魅力的。
「どうする?姉さん?」
「そうね……じゃあ、お願いしようかしら?
でも、私たちが再生の旅の一行だ、というのは黙っていてくれるかしら?」
「え?どうしてですか?皆さん、ここにこられている人達。しればきっと喜びますけど」
「…この子にあまり負担をかけたくないのよ」
本気でピエトロを他人だというのに心配していた少女。
自分よりも年下の。
「それに、あまり騒がれて、次の封印にまでついてこられても、ね?」
かるくウィンクするリフィルの言葉に察するところがあったのであろう。
たしかに、人々がしれば、我先に、封印解放の儀式をこの目で。
といってついていきかねない。
それこそ。
「…それこそ、トリエットの悲劇がおこりかねない、ということですか?」
「その可能性も捨て切れないから、念には念を、ね」
トリエットの悲劇。
そういわれている事柄がここ、シルヴァラントにはある。
それを伝える書物や伝承にはこうある。
【当時の神子ノーラは再生の旅の途中、
再生の儀式を行うため旧トリエットの中心にあったイフリート宮を訪れた。
このとき、ノーラの儀式を遮るように祭司の一人が暴れ出し、クルシスは神の怒りを落としたという。
これが後にいう、イフリートの業火の始まりであった】
と。
そのとき、トリエットにあったオアシスも蒸発し、今の場所に町は移動したのだと。
かの地はかつては緑あふれていた地だというが、
その業火にる影響で、いまだにかの地は砂漠となっているのだ、とも。
懸念は、その騒ぎだした祭司、というのが一般の人々にもあてはまる、ということ。
それでなくても、ソダ間欠泉のこともある。
あのとき、興奮した人々の手により、押しやられる形となって、
コレットはあの階段から転げ落ちて大けがをした。
エミルを神子、と勘違いした人々が、コレットを押しのけて。
我先に、と神子とおもわれしエミルの元に近づこうとしたあげく。
またあのようなことが起こらない、とはいいきれない。
ゆえに念には念をいれたほうがいい。
もしここで同じようなことになれば、今度はあんな規模ではすまない、であろう。
それこそ下手をすれば断崖絶壁から落ちて、今度こそ命を落としかねない、のだから。
「すげ~。救いの塔があんなに近くにみえるぜ!」
ソフィアがお礼、といって宿に泊めてくれることとなり、
今現在の時間も時間。
まだ夕方になるにしても時間がある。
ゆえに、たまにはゆっくりと、というリフィルの意見もあいまって、
今日のところはこの地、ハイマにて休むことになったのはついさきほど。
時間があるがゆえにハイマのある山の頂にと移動してきている
ロイド、ジーニアス、コレットの三人。
「うわ~。ほんとだ」
コレットもその雲の向こうにみえている塔をみつつそんな感想を思わずつぶやく。
少し離れた場所ではクラトスが様子をみるためなのか、
三人の様子をうかがっているのがみてとれるが。
ハイマはもともと、山の断崖絶壁にと作られている村。
宿の裏手にあるこれまた切り開いた足場を移動し、
その途中に村の共同墓地などがある広場をぬけ、さらに急な坂道をのぼってゆくことしばし。
ハイマの頂きはかなりの高さに位置しており、その眼下に雲が流れているのがみてとれる。
そして、救いの塔はその雲をつきぬけ、さらにそれ以上に伸びており、
見あげてもその先がみとおせないほど。
晴れた青空に、流れる雲。
眼下にみえている雲とはまた異なる白き雲が、青空を流れているのがみてとれる。
「しかし、塔のテッペンて、どこにあるんだよ?…だめだ。みえねぇ」
「伝説では、救いの塔は天界と繋がっている、ともいわれてるんだし。
肉眼でみえるわけないじゃない。馬鹿だなぁ、ロイド」
どうにかして視界の先にみえている救いの塔の頂上部分を確かめようとし、
その手を目の上にかざし、目を細めてまで確認しているロイドにとジーニアスが呆れた声を出しているが。
「うん。すごく高いね~」
コレットもまた塔をみあげ、そんなことをいっていたりする。
そんな彼らの視界の先では、
「塔は結界にまもられていて近づけない。遠巻きにぐるりと一周するだけだ。
それでもよければ、一人、一万ガルド」
飛竜観光を行っている人物のうちの一人、なのだろう。
その場に竜を携え、頂上に集まっている旅人達らしきものたちに、
何やらそんなことをいっているのが聞き取れる。
みれば、ロイド達がいる場所とは少し離れた場所に人々がたむろしているのがみてとれる。
「法外だ!」
「おい。たかすぎるだろ!それは!」
「ふざけるな!」
何やらそんな声が人々の内からきこえているのがきこえてくるが。
「嫌ならいいのですよ?それに。です。
別にこっちは乗ってください。と頼んでいるわけではありませんよ?
好きにすればいい。でも、これを逃したら次に塔をおがめるのは何十年後になるやら」
あるいみ上から目線の台詞。
「あのおっさん、商売人には向いてないね」
そんな会話が聴こえたのであろう、ジーニアスがあきれたようにぽつり、とつぶやく。
みれば、ジーニアス達がしっている人物ではなさそう、だが。
おそらく、彼らの仲間のうちの一人なのであろう。
「ああ、普通に飛竜を借りるのであれば時間ごとに金額が指定されますからね。
この場合は、救いの塔だけでなく様々な場所に移動が可能ですが。
こちらのほうは、一日、十万ガルドとなってます」
『法外すぎるだろ!』
そんな会話が何やら向こうのほうからきこえてくる。
「…エミルにいってた千ガルド、というのがかわいくみえてくる金額だよね。というか、払う人、いるの?」
「いるんじゃねえか?実際、俺達も乗せてもらったわけだし。あの飛竜に」
よもやそんな金額をだして借りていた竜だとは夢にもおもわなかったが。
「でも、ここからおちたらひとたまりもないだろうね~」
「不吉なこというなよ。というか、コレット。
転ぶなよ?転ぶなよ?絶対この頂上ではころぶなよ!?」
幾度も幾度も念をおすロイド。
コレットはよく何もないところで転ぶ。
ここで転んでは洒落にならない。
そのまま反動でこの崖から落ちたりでもしたら洒落にならない。
コレットにいくら翼があるとはいえ、咄嗟的に翼が展開できるかどうかも怪しすぎる。
「しかし、ほんと。最終目的地はあそこなんだよね?
雲の下にいくつもの山脈が連なっているのをかんがえれば。
たしかに、飛竜で塔の近くにいくのが近道だろうね」
救いの塔はどうみても、雲の下に連なりし、山脈のはるか向こうにみえている。
再生の旅の最終目的地は救いの塔、だといわれている。
再生の旅は、救いの塔を目指す旅、ともいわれているゆえに、
当事者でなくても一応、マーテル教の経典をしるものならば誰でもしっている。
「あと、いくつの封印があるんだろ?」
「わかんない」
ロイドの至極素朴なる疑問。
コレットにもそれはわからない。
ジーニアスもわからないがゆえに首をただ横にふるしかできない。
「マナの守護塔にあった精霊の書物には、精霊さんたち、八人と、さらに四大精霊をまとめる精霊さんと、
さらには精霊の王とかいうのがかかれてたっぽいけど。
そもそも、トレントの森とかかかれてても、きいたことがない地名だったし」
この場にしいながいれば、その地名に反応したであろうが。
しいなは、この場には一緒に移動してきていない。
視界の先に救いの塔をみつつ、先日手にいれた書物の内容をおもいだしつつ、コレットがロイド達にと説明する。
そんなコレットの台詞に、
「昔の本なんでしょ?地名がかわってるだけなんじゃないの?」
ジーニアスが首をかしげてといかける。
たしかあの本は古代大戦時代にかかれたとか何とかいっていたような。
それゆえの問いかけ。
「うん。多分そうだとおもう。だってあの本、古代大戦時の話しを元にしてるみたいだし」
ならば地名がかわっていても不思議ではない。
そもそも、アスカードですら当時は違う地名であったのだから。
きになるのは、なぜお月さまの名であるテセアラ、という地名がのっていたのか。
ということ。
しかも、そこには国、の名前としてシルヴァラント、という名も載っていた。
と。
ぶるり。
そんな会話の最中、ジーニアスが手を交差させるようにして自ら抱きこみ体を震わせ
「そろそろ寒くなってきたみたい。宿にもどろうよ」
事実、吹きつける風が夕方にちかづくにつれ、だんだんと冷たさを伴っている。
みれば、幾人かのさきほどまでどなっていた人々も、
一人、二人、と崖を降りていっているのがみてとれる。
「たしかに。コレット…あ」
ロイドもおもわず風の冷たさにぶるり、と震え、コレットに意見を求めようとするが、
はっととあることに気付いて言葉を詰まらせる。
コレットは、感覚がなくなっているのである。
ならばこの風の冷たさも何もかもわからないのであろう。
事実、コレットはきょとん、とした様子で寒がっているそぶりは何もない。
「えっと。その前にエミルをさがしにいかない?」
ロイドがいいたいことはわかるが、コレットは笑みをうかべたまま、
とりあえず、ここにくるまで出会わなかったエミルの話題を口にする。
「そういや、あいつ、頭がいたいっぽかったけどなおったのかな?」
「どうだろ?」
そんなコレットの言葉にロイドが首をかしげ、ジーニアスもまた首をかしげざるをえない。
完全に、コメカミをおさえ、険しい顔をしていたエミルの様子に、頭がいたかった、と信じ込んでいるらしい。
事実はまったく異なるのだが。
マルタはなぜか、ソフィアが料理をするといった時、自分も手伝うといって厨房にはいっていたりする。
マルタからしてみれば、エミルに自分の手料理をたべてほしい、という思いがある。
もっとも、きちんと容量などを計らずに料理をしようとするマルタをどうにかとめようと、
ソフィアが厨房にて四苦八苦していたりするのだが。
コレット達三人はその事実に気づいていない。
もし、ジーニアスがマルタの料理もまた、姉と同じような腕だ、とわかっていれば、まちがいなくとめた、であろう。
「そういや、しいなは?」
マルタのほうは料理をつくる、という理由があるのでわからなくはないが、
そういえば、先生だけでなくしいなも別行動をしてるよな。
ロイドはふとそんなことをおもい、首をかしげ思わずつぶやく。
「しいな、どうするんだろ?…たしか、約束ではピエトロさんを治すまで、といってたけど」
「さあな」
ぽつり、とつぶやいたジーニアスの台詞に、
今さらながら、しいながいっていた台詞をロイドもまた思いだし、思わず顔をそむけてしまう。
「…ビエトロさんが治ったから、また僕たちの敵、として挑んでくるのかな」
「……さあな」
しいなが本当は優しい心の持ち主だ、というのはこれまでの旅でロイドもわかっている。
なのになぜ、コレットの命を狙う、というのか。
それがわからない。
「しいなに理由をきいたら教えてくれるかな?」
「わかんねえけど。たぶんあいつは、途中でほうりだすなんてことはしないだろうし。
マルタのこともきになるだろうから、次の封印まではついてくるんじゃないのか?」
しいなは確か、マルタのことも気にかけていた。
それゆえのロイドの台詞。
「「「・・・・・・・・・・・」」」
しいながこれからどうするのか。
それはしいなにしかわからない。
そのことに気付き、三人は自然、無言となってしまう。
せっかく友達になれたのに、というコレットはおもうが。
でも、あそこが、私の…
視線の先にみえている救いの塔。
あの地が全ての終わりの場。
怖くない、といえばウソになる。
けど、いずれはあの場にいく必要がある。
…ロイドが住む、大切な人がすむこの世界を救うため、に。
「ったく」
ゆっくりと椅子にと腰掛ける。
目の前ではなぜかぐったりとなっているセンチュリオン達が数柱。
「すこしはこりたか?おまえら?」
ギンヌンガ・ガップの中の最深部。
淡き光がほとんど何もない、といって過言でない部屋の中を照らし出す。
封印の扉の前にと設置してある一つの椅子。
その椅子にこしかけつつも、累々としてくたり、としているテネブラエ達をみやる。
「自業自得ですね」
「だよね」
その光景をみて呆れたようにいっているトニトルスとソルムの姿。
ついでなので、こちらに戻ってきたのちトニトルスを迎えにいって今にいたる。
と。
どくん。
突如として感じるあふれるほどの力。
力が一気にあふれだす。
「どうやら、ウェントスが最後の
それにより満ちる世界の力。
全ての力が繋がった。
それとともに、目の前の空間の一部がゆらり、とゆらぎ、
その直後、その場にこれまでいなかったものが出現する。
緑の光りを纏い、それでいて白と緑の色が入り混じった猫のような、虎のような姿。
その尻尾は蛇のような形をしており、その先は二つにわかれているが、
その足元には緑の小さな羽のようなものがついており、足そのものをおおいつくしている。
その背中には緑と白の入り混じった鳥の翼らしきものが四枚ほど。
ぱっと見た目は猫のような虎のような姿といってよい。
「さて。エイト・センチュリオン」
『はっ!』
椅子にこしかけ、その体を椅子の背もたれにもたれかけ、
かるく足をくみつつも、目の前にいる八柱の
あららためて呼ばれたことによって、
さきほどまでぐったりとなっていたアクア達もまたどうやら復活した、らしい。
今のエミルの姿はたしかに姿はエミルなれど、その瞳の色がことなり、緑の瞳は今は深紅となっている。
纏う雰囲気もどこか近寄りがたいもの。
「お前達も完全に力をとりもどしたようではあるしな。
今一度、この地の封印を強化したのち、お前達にあらたな命をあたえる。
…地上のマナ、特にヒトどもがつかえるマナの量を制限する。
一定以上のマナを使用しようとすれば、自らの器のマナを消費するように、ヒトに限ってその理をひきなおす」
マナを無意味に消費するのも、また愚かなことをしでかすのもまたヒト。
ならばそのように、少しの枷をかけてやればよい。
「彗星内部の簡易的マナの安定装置は停止した。
今後、お前達がかつてのようにマナの調停にあたることになるが。
まずは、マナを水準地まで互いの地……特に大地を満たす必要がある」
いいつつも、ざっとそこにいる八柱たる
「テネブラエ」
「は!」
闇をまといし犬のようなその姿。
「ルーメン」
「はい」
光をまといし白鳥。
「アクア」
「はいっ!」
ヒトの少女のようでありそうでない青き色を湛え元気よく手をあげてくる。
「イグニス」
「はっ」
炎を纏いし尻尾が二つの炎の鳥。
「ウェントス」
「ここに」
白き体に模様をたたえた虎のようなその姿。
「ソルム」
「はいっ!」
見た目は亀、なれどその背の甲羅は透き通りし水晶の結晶のごとく。
「グラキエス」
「は」
見た目は白き着物をきこなしているうらわかき女性。
「トニトルス」
「御膳に」
ひょろり、とした長い蛇のようなその体。
その長き体は中央にある水晶のようなものを包みこむようにし、
ふわふわと水晶を軸にするかのごとくにういている。
一柱、一柱名を呼ぶとともに、その場にひざまづくセンチュリオン達。
ざっと八柱達、エイト・センチュリオンを見渡したのち、ゆっくりと椅子から立ち上がり
「まずは、この扉の封印を強化する。皆、位置につけ」
『身心のままに』
エミル…否、ラタトスクの合図とともに、
エイト・センチュリオン達から八つの光りがほとばしり、
その光りは、扉にはめ込まれている紋様のはいった八つの模様のはいったそれぞれの石の中にと吸い込まれてゆく。
それは彼らのあるいみネオ・コアにちかい代物。
扉の封印をうみだしたときに、あえて作りだした彼らの力の媒体の一つ。
「…封印の強化はなった。ゆけ」
その言葉をうけ、八つの光は瞬く間にと霧散する。
「あとは、種子、か」
力が全て繋がったことにより、どこに種子があるのかようやくつかめた。
どうやら彗星内部のとある部屋に安置されており、
そしてその場所はあの塔とどうやら繋がっている、らしい。
しかも塔の中にはみおぼえのある気配すら。
「本当に、ありがとうございました。でも、ルインは大丈夫だったのですか?
僕を匿ってディザイアン達に襲われたとか話しが聴こえてきましたけど……」
夜。
ソフィアの好意にて、ハイマの宿屋にとまることにしている一行。
「それは問題ないさ。被害は最小限に食い止められているからね」
あむり。
ソフィアのつくりし、雑炊をたべつつもしいなが答える。
病み上がりでもあるピエトロのために、ソフィアが用意した食事。
もっとも、ピエトロ以外には普通の料理、野菜炒めらしきものも食卓にでているが。
「皆さんのおかげで助かったこの命。ボクを助けてくれた皆のためにつくそうとおもいます。
ルインの人々にもお礼にいかないと」
「神子様とは知らず、失礼いたしました。でも神子さまは私が思っていた以上にすばらしいかたです!
あの?口にあいませんか?」
「…ねえ。ソフィア、このスープ、つくったのって…ソフィア?」
一口、だされているスープを口にふくみ、ジーニアスがぴたり、と制止し、恐る恐るといかける。
「いえ、マルタさんが頑張ってつくられてましたけど、何か?」
「…味見した?」
「いえ?でも、完璧だ、と彼女はいってましたけど……」
「って、コレット。体にわるいからやめとけ!」
どうみても完全に塩味。
というか、むしろ塩。
スープというより、塩の塊をたべているかのようなスープである。
再びゆっくりとではあるが、スプーンをお皿にいれ、
口にいれようとしているコレットをあわててとめているロイド。
味を感じない、とはいっていたがここまでしょっぱいものすら平気だとは。
「…コレット、無理してたべないほうがいいよ?」
「そういえば、姉さんとマルタは?」
「エミルを探して料理もってくって外にでたっきりだよ?」
昼間、コレット達がエミルを探したがどこにいるのかはわからなかった。
ノイシュはいたのだが、ノイシュにきいてもノイシュが話せるわけでなく。
おそらくどこか涼しい場所で休んでいるのでは、というリフィルの意見。
ならば、壁画の間の当たりがあやしいが。
かの間はまだ奥があるらしく、その奥にまではいっていれば、ロイド達ではわからない。
まあ村の入口にいる見張りの人物がいうには、村がそんな子供がでた形跡はない、
というのでおそらく村からはでていない、とはおもうのだが。
「…あら?ごほっ」
マルタさんは自信作だ、といっていましたけど。
いいつつも、スープを初めて口にふくみ、その場にてむせこみはじめるソフィアの姿。
「…マルタさん、味見をされなかったのかしら?これは、危険ですね。塩が多すぎます」
「…失敗、なのかな?まさか…姉さんと同じよう…なんてことはない、よね?」
「あはは。まさか…まさか、な」
「「「・・・・・・・・・・・・」」」
同じく席につき食事をしていたクラトスまでも加わって、ジーニアス、ロイド、クラトスが思わず沈黙してしまう。
これまでの旅でそういえば、マルタは包丁をもったことがないとか何とかいっていたが。
何となくだが食事の用意をマルタにさせなかったのは正解といえるかもしれない。
そういえば、エミルはマルタが手伝うといっても、
それとなくかわし、別の用事を頼んでいたような気もしなくもない。
料理が上手な人は、下手な人を見分けることができるって前にきいたことがあるけど、
エミルもその勘でもしかしてマルタのことに気付いてた…とか?
そういえば、姉さんが料理しようとしてもエミルはどうにかそれを回避しようとしていた。
今さらながらにそのことをふと思い出す。
「皆さんのおかげで、こうしてピエトロも無事に回復しましたし。
神子様のおかげで、ディザイアンの脅威も去りましたし」
あとのこるは、イセリア地方の牧場と、海にあるという牧場。
もっとも、彼らはしらない。
あるいみで、海にあるといわれている牧場はほとんど壊滅状態、というか、
ディザイアン達はいるにはいれど、そこに囚われているヒトはすでにもういない、
ということを。
「「うわ~、海だ~」」
「海ね」
「海だな」
毎回思うのだが、なぜにわざわざ感動するのだろうか。
しかも、コレットの声とマルタの声が思いっきり重なっていたりする。
結局、エミルがもどってきたのは朝方。
どこにいっていたのかリフィル達がといかければ、
すこし頭を冷やしてきていた、とはエミル談。
もっとも、エミルは嘘はいっていない。
センチュリオン達の頭を冷やしていた、という【誰の頭を】という言葉をいれていないだけ。
そもそも、エミルは自分の頭を冷やしていた、とは一言もいっていない。
が、コメカミを抑えるようにしていたエミルのあのときの様子から、
どこか涼しい場所で休んでいたのだろう、と勝手に人は予測する。
「そういうけどさ。先生、前回きたときは、地下からだろ?で、戻るときは空からだったし」
たしかにロイドのいうとおり。
前回、この地にやってきたときは、アスカードの地下遺跡からこの場に移動し、
さらに戻るときですらシムルグによって空の移動となっていた。
つまり、このあたりの景色をゆっくりみる時間はほぼ皆無であったといってよい。
ハイマを出発し、街道沿いをひたすら東へ、東へと。
途中の救いの小屋にて一晩すごし、朝早く出発し、ようやくながい山道をこえ、
その視界にときらきらとひかる海がみえてきている今現在。
長い山道をぬけきれば、視界に広がる広大なる海。
「先生、海だぜ?」
「わかっていてよ」
ロイドがここぞとばかりにリフィルの弱点とわかったがゆえかリフィルにと話しかける。
いつも、言いくるめられたり怒られる意図返しのロイドはつもり、なのだが。
リフィルの水嫌いの原因を知らずにそうするのは、
まだその精神が子供である、といっても過言ではない。
ロイドは死に直面した出来事を記憶を失う、ということで自我をたもったが、
リフィルはそれを覚えており、それゆえに水そのものがかつての出来事を彷彿させ、
トラウマとなっている、というのに、である。
ロイドもかつてのことを覚えていれば、まちがいなくトラウマを抱えていたであろう。
しかし、ロイドは記憶を失ったことにより、それらの現象はその身に起こっていない。
「ここを渡らないと王廟ってところにいけないんだよね?」
マルタがなぜリフィルが戸惑い気味なのかわからずに、首をかしげてそういうが、
「うん。以前ここにきたときは、アスカードの遺跡からここにつながる道があって。
そこから王廟跡地にいったんだよ~?
でもそのときには、封印を解放するのに必要な石板がなかったから。
封印の解放はできなかったんだけど」
そんなマルタに簡単にコレットが説明している様子がみてとれる。
「?アスカードの地下遺跡?」
そんな話しはマルタは聞いたことがない。
ゆえに首をかしげるが。
「…あれ?先生、あの橋の先になんか船がとまってます~」
コレットが視線の先。
この大陸から王廟のある島へとつづく橋の先に船が停船しているのにきづき、
その手を目の上にあてつつも何やらいってくるが。
少しそちらを視てみれば、とある紋章を掲げた船が一隻ほど。
武装しているっぽい人物達の姿と、何やらみおぼえのある人間の姿も。
もっともあの人間を覚えていたのは、あのアリスという少女があまりも印象に強かった、
というのもあるにしろ。
細面のひょろり、としたその人間は、どうやら誰かを待っている、らしい。
「王廟に向かうのであれば、あの向こうにある橋を渡ってゆく必要があるな」
クラトスが淡々と何やらそんなことをいってくる。
この先、王廟跡地。
橋の前に案内版らしきものがたっているのがみてとれる。
目の前には海、そして背後には森と、その森の先には山々が連なっている。
橋を渡り、その先にある山脈の麓につづく道を進んでゆくことしばし。
やがてひときわたかい山脈の麓に巨大な建造物の姿がみてとれる。
「?なんか武装している人が……」
遺跡の入口にあたる場所。
そこに何やら武器を構え、鎧を簡易的ながら着込んでいる人間の姿が数名みてとれる。
その姿に気付いた、のであろう、ジーニアスがぽつり、とつぶやけば、
「マルタ様!!」
その人間達がこちらに気付いたらしく、一人がかけよってきたりする。
「…げ。パパの親衛隊だ……」
マルタがその姿をみて、ずざっと一歩、あとずさっているが。
「…マルタのお父さん、親衛隊なんているんだ……」
「いても不思議ではないわ。マルタの血筋を考えればね」
ジーニアスがぽそり、といえば、すかさずリフィルがそんなことをいっている。
一部の存在達だけが知っている、とはいえ、かつての部下が常に仕えていても何ら不思議ではない。
「ちょっと、ホーク!何でここにいるの!?」
マルタがなぜかエミルの背後に移動し、その背の後ろにかくれつつも何やら目の前の男性。
ひょろり、と背がたかく、その顔もすこし面長。
その髪はなぜかとがった二つ山の帽子のようになっており、その顎には髭。
…うん。
やはりあのときの人間、だよな。
たしか、アリスにおもいっきり叩かれていたはずの人間。
アリスにはたしかホークン、とかよばれていた。
あのときはヴァンガードの戦闘部隊とかいうものに所属していたとおもうが。
…本来はどうやら、ブルートの親衛隊、であったらしい。
目の前にいるヒトをみつつ、エミルがそんなことを思っている最中、
「ブルート様の御命令です。遺跡の中では何があるのかわからないので。
マルタ様をお守りしろ、と。しかし、遅かったですね?
いつこられるのかわからないのでここに船体を停泊させ、
マルタ様がたの御到着を、日々お待ちしておりました」
いいつつも、胸の前に手をかかげ、各自けい礼してくる男たち。
何か違和感がある、とおもえば。
背後にいる人間達が以前のように仮面をつけていない、ということに今さらながらにようやくきづく。
ヴァンガードに所属していたときの人間達は、その顔をたしかほとんどものが、
よくわからない仮面で覆っていたはず、なのだが。
そして、ぴしっと改めて敬礼しつつ、
「失礼いたしました。再生の神子様御一行でございますね。
私は、ブルート・ウル・ルアルディ・シルヴァラント殿下にお仕えしています、
ホークと申します。背後のものは我が部下。
我らが姫の御同行を認めていただいたとお聞きしております。
我らが悲願でもある首飾りを手にいれるのに御協力くださる、とか」
「「「・・・・・・・・・・・・」」」
しかもその視線はエミルにむけて。
「…神子はこっちだよ?」
また間違えてる。
あの間欠泉のときにしても然り。
たしかに、ノイシュの横にいる、というのとマルタが背後に隠れた、
というのがあるのかもしれないが。
ロイド、ジーニアス、しいながいっしゅん無言となり、
ジーニアスがしばらくの無言ののち、コレットを指差し訂正する。
「…なあ。やっぱり、エミルの髪であそんだのが原因じゃないのかい?」
しいなが呆れたように、ため息をつきつつもいってくる。
ちなみに、今のエミルの髪はほどかれており。
ふわっふわの髪を一応、横をみつあみであみこんで、気持ち程度まとめているだけ。
しかも服の上にローブを纏っていることから、どこからどうみても、だまっていれば女の子…としか映らない。
ちなみに、エミルのローブは足元まで隠すほどで、その中にもっている剣すらもみえないほど。
十人が十人、コレットとエミルが並んでいれば、
…何となく雰囲気的に皆が皆、エミルが神子だ、と勘違いしてしまいかねない。
そんな雰囲気がたしかにエミルにはある。
実際は全ての縁をセンチュリオン達が完全に紡ぎ終え、
本来の力にくわえ、こちらの世界での力も満ち足りている今現在。
隠していてもそこにいるだけで、自然界はエミルを歓迎する。
否、祝福しているといってもよい。
何しろ直接、自らの産みの親がそこにいる、のだから。
周囲にただよう微精霊達にしても然り。
しかもその肩に姿をかえたセンチュリオン達がいればなおさらに。
意識していないのに周囲の大気が浄化されているがゆえ、自然と纏っている空気が普通とは異なっている。
気配のそれはまちがいなくヒトのソレにしている、というのにもかかわらず。
「え?」
ジーニアスの台詞に、おもわずエミルとコレットをみくらべる、ホーク、となのったその男性。
「ついでにいえば、その子。エミルは男の子だよ」
「…みえないでしょうけどね。特に今の髪型だと」
リフィルもあまりに似合うので止めなかったので何ともいえなくなっている。
しいなとリフィルの交互の説明に、
「え?あ、し、失礼しました!しかし、ほんとうに?」
「あ…あはは……」
「そうだ!エミル、女の子になればいいんだよ」
「あのね…コレット……」
がくり、とおもわず肩をおとすエミルは間違ってはいないであろう。
そんな会話をしている最中。
「では、貴殿たちは、この娘の護衛、という立場でここにいる?と?
我らはスムーズに封印の儀式を執り行う必要がある。あまりに大人数で移動するのは……」
クラトスが何やらいいかけるが。
「まって。クラトス。あるいみで都合がいいかもしれないわ」
リフィルがすこし考えたのち、クラトスの言葉を片手をあげて制し、
「おそらく、ここの封印にも、これまでと同じような仕掛けがあるはず、よね?
ロイドのもつソーサラーリングでしか解除できない仕掛けならばともかくとして。
あの地下遺跡のようにボタンなどの仕掛けだとすれば、
彼らにその仕掛けをといてもらえばこちらも動力がすくなくてすむわ」
かの地下遺跡においては、仕掛けのスイッチの設定を解除するのに、
いったり来たりをくりかえし、かなりの時間を所要した。
あの遺跡からこの場に繋がっていたことを考えれば、同じような仕掛けがあっても不思議ではない。
「我らは皆さまがたの盾。何なりとお命じください!」
びしっと再びけい礼してくる男たち。
「…何だかなぁ」
「…パパ。絶対に公私混同してる……」
ジーニアスがつぶやき、マルタがぽつり、とつぶやいているが。
「…ノイシュ。お前をここにはのこしてはいけないからな?わかってるな?」
「…くぅん」
おそらく、この人間達はコレット達をまっているようなことをいっていたであろう。
そもそも武装したものたちが待っていること自体、何かある、といっているようなもの。
それに彼らは気づいているのかいないのか。
敵意がない以上、ならば保護対象、というのにもきづくであろう。
そして、今、ヒトが信じている事情では、保護する対象ひ一つ、
すなわち再生の神子の一行でしかありえない。
エミルが横にいるノイシュにぽそり、とつぶやけば、ノイシュはただうなだれるのみ。
「皆さま方は我ら、シルヴァラント騎士団が誠意をもってして護衛してみせます!」
…どうやら、正式名をシルヴァラント騎士団、というらしい。
ホークの背後にてぴしり、とけい礼する四人の男たち。
どうやら、ホークを含めて五人ほど、この場に派遣されてきているらしい。
「…シルヴァラント王朝の血筋がまだのこっていた、とはな」
クラトスがぽそり、とつぶやく。
ミトスはあの血筋は消そう、といいだしたのがいつだったか。
かの王家の血筋が奇跡を起こせることにきづき、
それはマーテル教の教えを疑問視されかねない、といいだしたのは。
そんなことをおもいつつ、クラトスがじっとマルタをみつめるが。
おそらくクルシスの粛清からも逃れていたのであろう。
その身をそっと時期がくるまでひそめることで。
救いの小屋から東にむかっていった先。
海の向こう側の小島に位置している場所にあるといわれているかつての王朝跡地。
「何だかつよくなってない?ロイド」
カン、キン、と剣が混じり合う音がする。
大人たちはすこし打ち合わせがあるとかで、
ホークという人物を踏まえ、リフィルと何やら話しこんでいる模様。
「うん。最近あまりむちゃしなくなってるよね。クラトスさんのアドバイスのおかげかな?」
その待っている間、ロイドはそこにいた、
ホークがつれてきたという騎士団となのりしものと手合わせをしている今現在。
何でも最近は魔物との戦いもないし、今自分がどこまでやれるか確認したい。
そんなロイドの意見もあってこそ。
やがて、手合わせがおわった、のであろう。
それぞれが、手合わせにたいしお礼をいい、
少しくつろいでいる一行のもとに戻ってくるロイドにたいし、
ジーニアスとコレットが口ぐちにそんなことをいっているのがみてとれる。
「はい。ロイド」
「あ、サンキュ~」
少し休憩、ということもあり、暖かい飲み物をいれていたエミルが、そんなロイドにコップを手渡す。
「私は何もしていない」
クラトスは神子の護衛、ということもあり、少し離れた位置にて、
周囲を警戒しつつそんな彼らを身守っているらしいが。
「そんなこと…ないぜ」
クラトスの言葉にロイドが顔をそらす。
「へえ。めずらしくロイドが素直だ」
「よかったね。ロイド。いい先生に出会えて」
ロイドが認める、などあまりないというのに。
いつもどちらかといえばすぐさまに反発する。
少しは成長した、ということなのであろう。
「いや、私には人を教え導く資格はない。
…私はかつて、私を師と呼んだものが、苦悶の上に堕ちてゆくのを救えなかった。それは、私の罪だ……」
「・・・・・・・・・・・・・・・・なら」
なら、どうして。
どうして、ミトスを止めることをしなかったんだ!?
おもわずそんなクラトスの言葉をきき、叫びそうになりながらぎゅっと手を握り締める。
クラトスが説得すれば、もしかしなくてもミトスは……
ミトスはクラトスにはなついていた。
それこそ、姉以外ではクラトスだけを信用していたほどに。
クラトスが誠心誠意をもってしてミトスを説得すれば、あの子もあそこまで堕ちることもなかったであろうに。
それこそ、かつての心がもっていた光の輝きを失うまえにどうにかなっていたであろう。
「……なら、どうして救おうとしなかったの……」
それは、ぽそり、としたエミルの呟き。
そんなエミルの言葉に思うところがあったのだろう。
「……私が、愚かだったのだ。あの子についていくこと。
それが最善、とおもってしまった。昔も…そして、あのときも」
ユアンが決定的にミトスと結別したあのときも。
あのとき、まだ自分もミトスをいさめれば違ったのかもしれない。
「エミル?クラトス?」
ロイドはその意味がわからない。
ゆえに、すこしうつむいたクラトスと、なぜかこちらもまたうつむいているエミルをみつつ、
首をかしげるよりほかにない。
「……どこかで間違っている、とはわかっていたはず、なのにな」
それは自嘲に近い、クラトスの呟き。
そんな中。
「話しはついたわ。さあ、準備はよくて?」
「あ、先生。何の話しをしてたのさ?」
「マルタの目的の品がどこにあるのか。どこまで情報があるのか、それらを確認していたのよ。
品物があるという場所の地図を彼らがブルートさんから預かってきていたみたいよ。この地図は助かるわ」
リフィルがその手に羊皮紙にてかかれている何かをみつついってくる。
そこには簡単な遺跡の内部の間取りらしきものがかかれている模様。
いくつかに折りたたまれているそれには、
どうやらこの建物の内部の構造がかかれている、らしい。
とりあえず食器類を片付けてひとまず建物の近くへと移動する。
目の前にある建物は年月が経過しているとはいえ、いまだにその風貌をある程度保っている。
「中央に階段がみえるでしょう?あの階段を上って祭壇に地図を奉納するのよ」
いつのまにか手にしていた石板をコレットに手渡しつつもリフィルがいうが、
「はい。先生」
そのまま素直にリフィルから石板をうけとり、階段へとちかづいてゆくコレットの姿。
「俺達もいこう」
そんなコレットにつづき、ロイド達もまた階段へ。
コレットが祭壇にちかづくと、石碑の文字のかかれている板が、
勝手にぱかり、とはぜわれるかのように左右に移動し、ちょうどコレット達がもっている、
パラクラフの石板と同じ程度の空間と、その下にくぼみが出現する。
「おもったとおりね。どうやらパラクラフの地図に反応しているようね」
おそらく、あの石板が何かのカギであったのだろう。
そう予測をつけていたがゆえのリフィルの確信めいた声。
以前、この地にやってきたとき、あの石碑にコレットが手おいても何もおこらなかった。
それを考えれば、石碑と石板が必ず必要な封印、であるのであろう。
「コレット、そこのくぼみに石板をさすのよ」
「はい。先生」
コレットがいわれるままに、現れたくぼみに石板をはめこむと、
やはり間違っていなかったのであろう、もののみごとにくぼみと石板の大きさが一致する。
かちり、とした音と、そして。
ガコン。
何かがせり上がってくる音。
みれば、石碑の前の床ががこん、と穴があき、そこから一つの台座が姿を現す。
「神託の石板だ!」
それをみてジーニアスが思わず叫ぶ。
「やっぱり。ここが封印なんだな」
ロイドも半信半疑ではあったが、神託の石板がでてきた以上、それは間違いはないのだ。
と確信せざるを得ない。
「…ここも、封印……」
しいなも思うところがあるのだろう。
何やら考え込みつつもぽつり、とつぶやく。
「コレット、手を」
「あ。はい、じゃあ、手をおきますね」
リフィルにうながされ、コレットがいつものように
神託の石板の上にある、カーボネイドでつくられし、黒き石の上の手形にと手をおしつける。
ゴゴゴ…
音とともに目の前の分厚い石の扉がゆっくりと横にと移動し、
それまで閉じていた道が目の前にぽっかりと姿をあらわす。
「おお。これぞまさしく!」
後ろのほうでは、ホーク達が何やら感激したようにいっているが。
「まったく。なんでパパは彼らをよこしたんだろ?」
いまだにマルタは不満があるらしく、ぶつぶつと文句をいっているのがみてとれるが。
どうやら彼らがここにきている、のがマルタ的には不満、らしい。
「おお~、何かわくわくするぜ。なんか探検隊の気分だな!」
開いた入口からはいると、ひんやりとした空気が体をつつみこむ。
これまでの場所とは異なり、この場はどうやらあまり劣化していないらしく、
まだ周囲の柱も形をきちんと保っているのがみてとれる。
「…お前はいつも最初だけは威勢がいいな」
きょろきょろと周囲をみわたし、興奮気味にいっているロイド似たいし、
あきれたようにいっているクラトス。
「…この子のこれは誰ににてしまったんだ?」
ぽそり、と小さく何か呟いているにしろ。
「?…あれ?風のおとがする」
クラトスの呟きを捉えたがゆえに、コレットが首をかしげるが、
遺跡でもある建物の中にはいったというのに風の音をとらえ、
首をかしげきょろきょろと周囲をみているコレット。
そしてまた、
「おお!すばらしい!これほどまでにたくさんの石板が!」
こちらはこちらで完全に遺跡モードに陥っているリフィル。
王廟跡地、というだけのことはあり、かつての風習にて、
様々な出来事を刻んだ石板が壁にとはめ込まれていたりする。
それをみてリフィルは完全に興奮気味。
…ここでこれなら、あの神殿跡地にいったとしたら、このリフィルはどうるなるんだ?
ふと、かつてマルタ達とともにネコニンギルドで依頼をうけていった、とある遺跡のことを思い出す。
あの当時の記憶の上書きはされていないが、その直前までの記憶が上書きされたからか、
やけに異様に鮮明に思い出せているのはいいことなのかどうかはわからないが。
クラトスの呟きはおそらく親であるがゆえの心配、なのであろう。
「ああ。何がかいてあるのだ!?さぞここにある石板はすべて貴重なる資料なのだろうな!
よし、ぜひともここは解読を……」
「先生~。今はそんな場合じゃないだろ?」
「もう、姉さんったら」
そんなリフィルをみて呆れていっているロイドに、手を横にひろげつつ、
すでに悟ったような表情をしていっているジーニアスの姿がそこにはあるが。
「この風さん、どこからふいてきてるんだろ?」
コレットが少し前にすすみ、遺跡の中の通路を吹き抜けている風に気づき、
風の冷たさはわからないが、髪がなびくゆえに建物の中だ、
というのに風がふいているのは嫌でもわかる。
ゆえに首をかしげてそんなことをいっているが。
「そういえば、ここ、遺跡の中なんだよね?なんで風がふいてるんだろ?」
マルタもそれにきづいたのか、首をかしげ、
その指をすこしなめて風向きを確認してしきりに首をかしげているのがみてとれる。
「この先に燭台みたいなのがあるみたいですけど、
この風だとおそらく火をつけてもきえちゃうでしょうね」
入口からはいり、右に進んでいけば、そこは行き止まり。
が、そこには一つの燭台があり、炎がともせる状態になっているものの、
風がちょうど吹きつけているがゆえに、火をともしても風によって炎はすぐに吹き消されてしまう。
少し先をすすみ、それを確認したのちにそういえエミルの言葉に、
「ふむ。ならばこの風もまた、試練のうちの一つ、仕掛けの一つ、というわけか。
ここは、王廟跡地、というだけのことはあり、古の王家の墓でもある。
ゆえに、盗掘よけに様々な罠が仕掛けられていて必然」
ブルートから手渡された、という羊皮紙にはいくつかの、×印がほどこされており、
ほとんどの場所に×印のようなものがついているのがみてとれる。
もっとも、それは簡易的につくられているのであろう、簡単な間取りを記したもの。
でしかないようではあるが。
「うわ。ここの罠は洒落になんないね。この左側の床、気をつけないと。
気をぬいたら串刺しになっちまうよ?」
しいなが、床にあるそれにきづいたらしく、指をさしていってくる。
コッン。
ちかくにある小石をその床にある金属っぽい場所…何かあります。
といわんばかりに穴のあいているそこに石がふれるとともに、
ガシャン!
いくつもの鋭い針が床よりせりだし、今しいなが投げた小石をそのままはじけとばす。
おそらくそれが人であればひとたまりもなく、足を踏み入れた直後。
串刺しになっているであろう。
「しいな、この先の階段の上にもおなじような仕掛けがあって先にすすめないよ」
どうやらコリンにこの周囲を探らせていたらしく、
ちょこまかとしいな肩にのぼりつつそんなことをいっているコリンの姿。
人工的な精霊の器、とはいえ姿を消すことができるがゆえ、
ある程度、物質干渉をうけつけないくらいの干渉程度はできるらしい。
本来、精霊とは精神体であるがゆえに、実体化さえしていなければ、
物質的な干渉はまったくもってうけつけない、のではあるが。
「とすれば、この前にある罠がある道を抜けてゆくしかないってこと…だね」
しいなが指差した道の先。
そこには一定期間において、壁から無数の針がついた壁がせりだして、
左右からせりだし、その内部にいるものを押しつぶさん、とばかりに動いている。
「…まっすぐに進んでゆけばまちがいなく串刺し、だな」
クラトスがいいつつ、近くにある手ごろな大きさの瓦礫をつかみ、
その壁の一部がせりだしては引っこんで、と繰り返している道にと無造作に投げ放つ。
それまで、ゆっくりとであったはずの針がおそろしいまでのスピードで、そのまま投げられた瓦礫を粉砕する。
「こういう場所には必ず仕掛けを解除するための隠れ通路とかがあるはず、なのだが」
おそらくは、この石板のどこかにそれはある、のだろう。
無数にならべられている壁に埋め込まれた石板の中のうちの一つに。
「しかし、この中からそのスイッチを見つけ出す時間はおそらくかなりかかるだろう。
ならば、ゆっくりと、罠を意識しつつ進んでいくほうが賢明ではないのか?
幸い、こちらには手にいれたこの遺跡内部の見取り図らしきものもあるようだしな」
それがなければどこが行き止まりで、どうつづいているのか、
わからずにがむしゃらに進むしかなかったであろう。
背後のほうではその罠を目の当たりにし、固まっているノイシュの姿もみてとれる。
地図には三角などの印もついており、
よくよく見比べてみれば、それらが何の罠をさしているのかは一目瞭然。
「ふむ…地図によれば、隠し部屋がいくつかあるようだが。
パラクラフの地図にはこの部屋の地図は描かれていなかった。
ということは、おそらくこの地がマルタが目指している隠し部屋、なのだろう」
いいつつも、地図の一点をゆびさすリフィル。
「慎重にすすむしかあるまい。みたところ動きに周期性があるようだしな」
少しでも気をぬけば、確実に串さしになるほどの罠。
クラトスのいうとおり。
事実、定期的に無数の針のついた壁は、定期的に出入りを繰り返している。
「この羊皮紙にかかれている言葉でいうのならば。
汝、その御足を眠りし神々に気取られることなかれ、とかいてあるわ。
汝、神々の裾をふむことは、神の怒りにかられるであろう、とも。
とすれば、忍び足、もしくはあの穴のあいている場所を飛び越えるか。
おそらく、あの床からとびでる罠はどうにかしてやりすごすことができそうね」
「そういや、普通にあれに石をなげてみても、石はすどおりするってことは、
あの穴のあいている色の違う部分の床さえふまなけりゃいいんじゃないか?」
実際、石が色違いの石にあたるとともに、ものすごい早さで床から針がつきだしている。
ロイドのいい分はたしかに最も。
「よ~し、なら俺がやってみてやる!」
「ロイド!あぶないわよ!」
「まて。ロイド。お前がやる必要はない。私がやろう」
「え?でも」
「こういうのもまた雇われている私の仕事だ。そちらのものたちに任せるわけにもいかないだろう。
この距離を飛び越えられるとすれば、エクスフィアを装備している私達くらいだろうからな」
ジャンプ力がたりずに床に足をつければまちがいなく串さしになってしまう。
ロイドがいうと、クラトスが自分が、と名乗り出てくる。
そんな二人の会話をきいていたらしく、、
「すこしまってちょうだい。さっきの燭台の横にたしか文字が刻まれている石板があったわ。
あそこに何かヒントがかかれているかもしれないわ」
クラトスのあるいみ命をかけたその提案にリフィルも頭が冷えたのか、
少し考え込んだのち、何やらそんな意見をいってくる。
「でも、先生。こんなに薄暗いんだし、文字なんかみえないだろ?」
実際、灯りの一つでもなければ、文字はみえないであろう。
「あ、なら先生、私がよみます。文字は何語ですか?」
「古代言語、パラクラフ文字でかかれているからあなたにも難しいかもしれないわ。
そうね、文字解読の一覧表は手帳にしてもっているから、…風さえとめられれば、灯りもともせるのだけど」
そんなリフィルのものいいに、
「ならば、我らが風よけとなりましょう。それくらいならば我らにでもどうにかできるでしょうし」
入口付近で待機していたホーク達が何やら提案してくるが。
「そうね。なら、お願いしてもいいかしら?
この先に、燭台らしきものがエミルがある、といっていた先なのだけど」
そこにたしかにパラクラフ文字がかかれた石板がはめ込まれていたが、
薄暗いせいで、しかも燭台に炎がともせれば読めたであろうが、すぐさまに火はきえてしまった。
ゆえに、完全にその文字は読めていない。
「ロイド、あなたは荷物の中からカンテラをだしてちょうだい。彼らを風よけにして、文字の解読をしてみるわ」
「わ~ったよ」
ロイドとしても、クラトスに危険を冒してほしくはない。
少しでもそこにヒントがあるのならば、それにこしたことはない。
「って、あれ?エミル?うわ、エミル、お前いつのまに!?」
ふと気付けばエミルがいない。
きょろきょろとみてみれば、エミルはいつのまにか、つきでてくる壁の向こう側にたっている。
「あ、上手にさければここ、通ることができますよ~」
かつてこの場はリヒターとともに通ったことがあるゆえに、タイミングをエミルは覚えている。
ゆえに、何のきがねもなく、ついでにノイシュをともなって、その先にまで移動できていたりするのだが。
やろうとおもえば仕掛けの動きそのものの時を止めることもたやすいが、エミルはそこまではしていない。
「エミルのやつ、いつのまに……」
「へぇ。あのこ、根性あるじゃないか」
ロイドが唖然としてつぶやき、しいながしみじみとそんなことをいっているが。
「エミル!あなたは何て危険な…すこしそこでまってなさい!ええと…何と……」
ホーク達の体そのものを風よけにし、カンテラをとりだしそこに火をともす。
ゆらゆらと揺れるカンテラの灯りが、
入口から右手にはいった突き当たりにある壁に埋め込まれし石板の文字を浮かび上がらせる。
それもやはり、表の入口の鍵としてつかった、古代パラクラフ文字でかかれている。
手元にある解読表にしている手帳とみくらべつつも、リフィルが石板をにらみ合うことしばし。
「ここには、こうかかれているわ。【精霊とそれに仕えし風。聖印を刻んだ先にあり】
しかも、番号が書かれているわ。一。とおそらく、
この遺跡の中にこんな石板がいくつか壁に埋め込まれているのでしょう。
そして、この横に松明となりえる燭台があることをかんがえれば、
燭台の横にこういうヒントとなる石板が壁に埋め込まれている。
そう考えていいでしょうね。…この羊皮紙にも、なぜか松明の模様がかかれているし。
おそらく、それはこれらの石板を示しているのでしょう」
事実、地図にはいくつかの松明らしきものが描かれている。
そして、エミルのいるあたりにも地図によれば松明が描かれていることから
おそらく、あのあたりにもヒントとなりえる石板があるのであろう。
「まず、エミルがいる場所までいってみましょう。
あの子達があそこまで怪我なくいっている、ということは。
動きさえよんでゆっくり気をつけていけば、
この動く針の壁を避けて移動してゆくことが可能ということですものね」
実際、すでにエミルが向こう側まで移動していることから移動できない、というわけではなさそうである。
「あ、じゃあ、僕、この先もちょっと様子みてきますね。ノイシュ、なら君はここで皆をまってて」
「わおん!」
おそらくこの先もまだ仕掛けは多々とあるであろう。
ゆえに、それでなくても壁がせりだす間をとおるのはノイシュとしては怖かった。
自らの周囲に王が防御となる水と風の膜を張っていたことに気付いていたとしても、怖いものは怖い。
エミルの言葉にすかさずうなづくノイシュをみやりつつ、
エミルはその先にある階段のほうへとむかってゆく。
「この石板は…第三の石板、のようね」
「何てかいてあるんだ?先生?」
「少しまちなさい。何何…
【3:王を讃える聖印は神の御座から豊穣の大地を流れ神の威光から安息の大地をめぐる
世界の中心で青き風邪姫が誕生せしとき、聖印は完成するものなり】」
位置的には、入口からはいり、まっすぐいった突き当たりの壁。
そこが二番の石板、ということは、
おそらく右手にいったところの石板が一番であったことから、
左手に進んでいったさきに二番となる石板が壁に埋め込まれているのだろう。
そうリフィルは何となく予測をつける。
「あ、先生。ここにも石板があります~」
このあたりは仕掛けがない模様。
それゆえに、さきほどエミルがのぼっていった階段をコレットとロイドもまた、
気になったらしく登っていっていたのだが、
おそらくエミルがどうやったのかはわからないが、燭台に炎をともした、のであろう。
ちなみに、今リフィルがみているそこも風がひどく、炎がともらないことから、
またリフィルの背後にホーク達が肉の壁となり、カンテラの灯りを保たせている。
「何だと!?」
その声に、リフィルがすかさず階段をかけのぼる。
これまでの燭台に炎はともっていなかったが、おそらくエミルが灯した、のであろう。
燭台の炎にてらされ、その横にある石碑が赤々と照らしだされている。
「ふむ。これもやはり…ここには番号はふられていない。が、何かのヒントなのであろうな。
【青き風姫が守りしもの。神の御座から豊穣の大地をぬけ安息の大地に降り立ち神の威光を仰ぐ】」
石板の意味はわからないが、しかしたしかにそう書かれているのがみてとれる。
「そういえば、エミルは?」
「あ、さっき、あそこの階段をのぼっていったのみました~」
コレットが指し示す視線の先。
再びせり出す壁の針というトラップの先にたしかに、階段らしきものがみてとれる。
その両脇には燭台の炎がともっていることから、おそらくエミルが火をつけたの、のであろう。
「ふむ。いってみたほうがよさそうね。皆、十分に気をつけなさい」
せり出す壁の法則性をみひわめつつも、慎重に罠をすりぬけ階段がある場所へ。
「なんか、コミカルだよな」
一定の期間をもってして、出入りを繰り返している針のついた壁。
それをみて、ロイドがぽつり、とつぶやく。
「針に刺さりかけて何がたのしいのさ!」
そんなロイドの台詞に思わず反論しているしいな。
ロイドが法則をみやまり、幾度針の直撃をうけそうになったことか。
そのたびに、クラトス、もしくはしいなが自分のほうにひっぱりこみ、何とか事なきを得ている今現在。
「そうだ。お前は注意力がたりん」
しいなに続き、クラトスまでもそんなロイドに注意を促すかのごとくいってくる。
「そんなことないけどさ。だってさ、ずっとまってるのも退屈で…」
「それで串刺しになったらどうするのさ!命は一つしかないんだよ!」
実際、かつてこの場所に訪れたもの、なのだろう。
床にあるはずのないぼろぼろに朽ちた剣などが転がっていることから、
この罠の犠牲となったものもどうやら過去にはいたらしい。
その骨も何も残ってはいないが。
そんなロイドにしいなが思わず怒鳴っているが、それはロイドの身を心配しているがゆえ。
何しろ目の前でロイドが串刺しになりかけたことは一度や二度ではない。
「でも先生。ここの雰囲気って、あのアスカードの地下遺跡とよくにてますよね」
コレットが感じていたままのことをつぶやけば、
「王廟の中にこんな仕掛けがあるなんて。なんか不思議。
それに、年月がたってるのにまったく劣化してないみたいだし」
マルタもまた不思議におもうところがあるらしくそんなことをいってくる。
普通ならばぼろぼろになるよね?
そんなことを呟きつつもマルタがつんつんとそこにある風車らしきものをつつく。
「何で雰囲気がにてるのかなぁ?」
コレットが首をかしげるが、
「…このあたりは、以前、大きな国があった、ときく。
様式がにているのはその国の領土がそれだけ広かった、ということではないのか?
しかし、そういった疑問はやるべきことをしてから、でも遅くはないのではないか?」
古代の、まだ世界が二つに分けられる前よりこの王廟はある。
ゆえにクラトスのいっていることはあながち間違ってはいない。
そもそも、今の世界のありようは、
当時の二つの国の領土、もしくは同盟国などを目安とし、
世界を二つにわけている以上、同じような構造の建物が視落としとはいえ残っていても不思議ではない。
ほとんど、かつてのことを連想させる遺跡の数々は、
ミトスの命で破壊されたとはいえ、やはりみおとされている遺跡や、
もしくは見逃されている遺跡があるのもまた事実。
「…クラトスさんって、なんか口やかましいとかいわれない?せっかく、こう、雰囲気を読まない、というか」
そんなクラトスの言葉をきき、マルタがそういうが。
「あ。わかった。クラトスさん。もしかしてもう加齢臭がでる年頃とか?」
ジーニアスがちゃかすように珍しく冗談まじりでそんなことを言い放つ。
と。
「?クラトスさんからはカレーの匂いなんてしないよ?」
加齢臭をカレーの匂い、と勘違いしたコレットが首をかしげつつも、
ジーニアスにたいし首をかしげ逆にとといかける。
「あれ?カレーがどうかしたの?」
あの部屋からでて、ロイド達のもとにもどってくれば、なぜか話題はカレーの話題。
一応、念のため内部を確認したのち、リフィル達と入れちがいとなりつつも、
ノイシュを連れてくるために階段かおりたのはついさきほど。
なぜ罠を抜けた先でロイド達はその場にとどまり、カレーの話しなどしているのであろうか。
今日、カレーが食べたい、という話題にでもなったのだろうか。
それゆえに首をかしげつつ、コレット達にと問いかけるとエミルに対し、
「あのね。ジーニアスがクラトスさんからカレーの匂いがするんじゃないか。とかいうんだけど」
「?しないよね?あ、でもするとしたら、
その場合、カレーは甘口なのかな?辛口なのかな?それとも中間の中辛?」
ん?
なんかこんな会話を以前にもしたようなことがあるような。
気のせいか?
コレットの問いにこたえつつも、何やら聞き覚えのあるような会話のような気がする。
それはもうはてしなく。
ゆえにそれを思いだそうとおもわず首をかしげるエミルだが。
「どうなんだろう?あ、でもクラトスさん。大丈夫ですよ~。
もし、匂ったとしてもカレーの匂いっていいにおいだから大丈夫ですよ~」
にこにこと、邪気のない笑みをうかべ、クラトスにいっているコレットの姿が目にはいる。
「ねえ。コレット?加齢臭とカレー匂いは違うとおもうんだけど?」
そんなコレットにたいし、マルタがおそるおそる、といったように何やらいってくるが。
「そう?何がちがうんだろ?」
「カレーのルーの種類、とか?」
そこまでいい、はっと思いだす。
そういえば、この会話は。
マルタとコレットとテネブラエでアスカードの地下にいったときの会話に近いのだ、ということを。
そういえば、結局、あのときの答えは何だったのだろうか?
暖かいカレーだったのか、それとも冷たいカレーだったのか。
エミルがふとあのときの会話を思いだしていると、
「わかった!クラトスさんのカレーはきっと甘口なんだよ!」
コレットがぽん、と手をたたき、断言したようにいってくる。
…何だか話しのながれがあのときのままのような気がするのはエミルの気のせいか。
「甘口?クラトスさんは例えるとしたら、中辛じゃないのかなぁ?」
どっちにつかず、という意味で。
自分達精霊を完全に裏切るのか、それともかつての約束を果たすのか。
魔族の封印が解除されていない、というのを考えれば、
完全無欠に世界を、この大地を消滅させたい、というのではなさそうだが。
「ううん。きっと、甘口カレー入りのシュークリームなんだよ」
エミルの言葉にコレットがいえば、
「…私からそのような匂いがしている?というのか?神子?」
困惑したように、自分の体から匂いでもでているのか、ときになるらしく、
腕を顔の前にもってきてすこし確認しているクラトスの姿がみてとれる。
「…クラトスまでも本気で受け取らないでちょうだい」
そんな会話がきこえた、のであろう。
リフィルがこめかみに手をあてつつも何やらいってくるが。
「そういや、その場合、そのカレーって暖かいのか?冷たいのか?」
ロイドも気になるらしく会話に割ってはいってくる。
「…な、何?このボケ合戦…オチは?」
マルタがなぜか以前とおなじようなことをつぶやいているのがみてとれるが。
「はいはい。コレットもエミルも。それより、姉さん、何かわかった?」
放っておいたらどんどんと話しがずれる。
絶対に。
それゆえにジーニアスがころよいところで軌道修正をかねてリフィルにと問いかける。
「エミル。あなた、今あの階段から降りてきたわね。あの先には何があって?」
「え?はい。なんか部屋があって、風車がいくつかありましたけど」
「間違いないわ。そこがおそらく、この遺跡の封印の要、よ」
リフィルの問いにエミルが答え、リフィルが確信をもって言い放つ。
「それで、エミル?あなたはなぜ?」
「え?ああ。あの部屋は安全そうなので、ノイシュをつれてこようとおもいまして。
あの子、一人じゃここまでくるのも心配ですし」
いいつつも。
「じゃ、僕はノイシュのところにもどりますね」
一応リフィル達にと話しかけ、
さきほどノイシュを残した場所にまでエミルはひとまずもどってゆく。
しばし、せり出す壁の周期を確認し、絶対に大丈夫、というタイミングをもってして、
せり出す針の壁の通路を通りぬけることしばし。
再び針山がせり出す壁を通り抜けた先。
両サイドの燭台に炎がともされ、その間には階段がみてとれる。
地図と見比べても、この先がおそらく大かかりな仕掛けの部屋、なのだろう。
その部屋から封印の部屋、もしくはマルタ達が目指す、聖なる部屋にいくことが可能。
部屋と部屋が線にて結ばれていることから、おそらく間違いはないはず。
そのように地図には描かれている。
「こ、これは!?」
「うわ。なんだ、この部屋?」
「なんで、風車がいくつもあるの?」
なぜか階段を上った先の部屋の中央には、五色の風車が台座におかれ設置されているのがみてとれる。
中央に青き風車があり、その左右に取り囲むように、
四角と手前の右側から黄色、左側に白、そして黄色の後ろに緑、白の後ろには赤。
それぞれの色をもちし五台の風車がこの部屋にはある。
それらの風車が部屋の中央に描かれし、四角の模様の中に設置されているのがみてとれる。
中央の風車がある位置の床石のみが白く模様らしきものがついており、
それ以外の四角い模様の床石も、周囲の石とは材質がことなっているらしく、
色がまったくといっていいほどに異なっている。
「地図によれば、この奥が封印の間のようよ。
そして、この中央の風車のところにおそらく隠し通路があるのね。
ここから、マルタのいう隠し部屋にいける、そう地図にはのっているわ」
羊皮紙でいうならば、ここが仕掛けの要ともいえる部屋。
あいかわらずというか、この遺跡の中にも魔物の姿はみえている、というのに、
魔物達が襲ってくる気配は欠片もない。
そのことにやはりリフィルは疑問を抱かざるを得ないが。
「これも仕掛け、なのかなぁ」
コレットがそこにある風車をみつつ首をかしげそんなことを呟くが、
「たぶんね。おそらく、風があったんだ。
雰囲気的にあのアスカードの遺跡の地下の場所ににてるとかんがえても。
この風車を風にて何らかの法則によって回すことによって仕掛けが解除されるんじゃないのかい?」
しいなもまたこの部屋にまでたどりつき、周囲を確認しつつそんなことをいってくる。
この部屋に他にしかけらしきものはみあたらない。
リフィルが手にいれた地図が真実ならば、まちがいなく、これが鍵、なのだろう。
「…ふ…くくくくくっ」
小さく震えだしたリフィルに気付いたのはクラトスとしいな、そしてエミルのみ。
ノイシュなどは、そっと壁際に避難していたりする。
そんなリフィルの変化に気づいていなかったらしく、
「ここは他のところに比べても明らかに遺跡だよな」
壁からせりだしてくる針山の壁、といい。
何かの暗号っぽい言葉といい。
マナの守護塔がすべての仕掛けが解除されていたがゆえ余計にそうおもう。
あるいみ地雷ともいえることをいっているロイド。
そんなロイドの呟きに、
「そうだ!ロイド!よいところに目をつけたな!」
がしり、とロイドの肩をつかみ、目を異様にらんらんとさせ嬉々としていい放つ。
「げ!リフィル先生!いつのまにまた遺跡モードになってたんだ!?」
ロイドが自分の発言の失敗に気づくがそれはあるいみ後の祭り。
つまり、リフィルからは逃れられない、ということ。
視線でジーニアスに助けをもとめるが、ジーニアスもそっと壁際に避難していたりする。
「変な名をつけるな!」
「は、はい」
こういうときの先生には逆らったらダメだ。
それゆえにロイドは反射的に答えるが、どうやら逃れることは難しいらしい。
それにきづいたのか、盛大にため息をついているのがみてとれるが。
「というか、遺跡モード…いいえてるよね……
……うちらのところは学者モード、という言葉があるけどさ。もしくは研究馬鹿」
「うむ」
ぽつり、とつぶやくしいなの言葉に、クラトスまでもがうなづいているところから、
どうやらクラトスもまた、リフィルのこの変化には係わらないほうが無難、そう判断しているらしい。
「ここは王廟というだけであって過去の王族の墓になっている。
だから盗掘を防止するためのトラップがあるのだ!ロイド、他に遺跡といって有名な場所をあげよ!」
「えええ!?」
なぜいきなりそんな話題になるのだろう。
ロイドが驚愕の声をあげる。
「何をいう!ここ、パラクラフ遺跡と、そして有名な遺跡は授業で教えただろうが!」
リフィルの言葉にロイドは言葉をつまらせる。
どうやらロイドは覚えていないらしい。
というか、俺でも覚えてるんだがな。
ふと、エミルはそんなロイドの様子をみて思わずそんなことを思ってしまうが。
「えっと……」
あからさまに視線をずらし、ジーニアスに助けをもとめる視線をおくっているロイド。
「はい!先生!パルマコスタの南のカシミラ山地にある王朝跡地です!」
「旧王朝、八百年前にこのあたりにあった、シルヴァラント王朝の神殿遺跡の一つだよね」
元気よく、そんなロイドにかわり、コレットが手をあげ、
そしてジーニアスが首をすくめ、コレットの言葉に追加するかのごとくに説明する。
「そ、そう、それだ!」
「……あんた、苦労してるんだねぇ」
あからさまに視線をさまよわせているロイドの様子から、覚えていない、
というのにしいなも気付いた、のであろう。
リフィルに何やらねぎらいの声をかけているが。
あのとき、まだ記憶がよみがえっていなかったあの時。
マルタにいった台詞をふと思い出す。
『ヴァンガードはテセアラ人からシルヴァラント人を守る為に戦っていて、
テセアラの味方のロイドを敵視しているって。
でも、シルヴァラントを救うために八百年も前の昔の王朝を復活させて何意味があるの?』
と。
あのときは何ともおもわなかったのだが。
もしもその八百年前にあったという王家のものが、マルタ達の先祖ならば。
その王家もまた自らの加護をうけし血筋であったことは否めない。
彼らがいうところの太陽の家系と月の家系。
まちがいなくマルタ達の家系は月の家系とよばれしもの。
「そういえば、マルタはたしか……」
ふとジーニアスが隣にいるマルタに確認するかのように問いかければ、
「パパがいうにはね。大衆には強い指導者が必要だって。特に今はまとめる組織も何もないでしょ?
世界再生後にはそれが絶対に必要なるからって。
でないと、偽神子のような人達や、ヒト浚いとか盗賊とかやっているような人達。
そんな人達もその街からでてしまえば、裁かれることなく、また同じことを繰り返してしまう。
なら統一した法を整備する組織が必要だって。…パパがいうことにも一理あるんだよね。
…その目的が私やママを王女や王妃にしたい、という根柢がなかったら、だけど」
ジーニアスが言いたいことに気付いた、のであろう。
ゆえにマルタが首をすくめてそんなジーニアスにと答えているのがみてとれる。
「……マルタは王女様になりたいの?」
あのときの彼女は、父親が王様になりたい、といっていたのを馬鹿らしい。
そういっていたが。
今の彼女はどう思っているのだろうか。
そんなエミルの問いかけに、
「わかんない。けど、たしかに、罪を犯した人がそこから逃げればまた同じことを繰り返す。
それが続いているのは確かだし。
ママがいうにはね。国を復活させても、政治に関しては、民に移行すればいいんだっていってた。
統率者は民の民意の象徴でしかないからって。
国とは、民あってものであり、王とは民が安全に暮らせる礎をつくる存在でしかない。
そういっていたんだ」
そう屈託なく苦笑しながらいうマルタの言葉に嘘はないらしい。
「たしかに。統一政府のようなものは必要、でしょうね」
そんなマルタの声がきこえた、のであろう。
ロイドの肩をしっかりとつかんでいたリフィルがようやくロイドを解放し、
すこし思案するかのようにそんなことをつぶやいているが。
「そうか。こっちにはそんな組織がまったくないんだよね」
しいなが何かにおもいあたったの、しいなもまたぽつり、とつぶやく。
あのときは、思いもしなかったのだが。
シルヴァラント王朝がミトスの手により滅ぼされた理由。
それは、マーテルと同じ血筋、護りの巫女の血筋に気づいたから、ではないだろうか。
かの血筋はあきらかに、はたからみれば奇跡をおこすもの。
恐怖と甘い言葉で民衆をまとめようとしていた彼にとって、
かの血筋は危険因子でしかなかったのかもしれない。
かつてのミトスならばそんなことは思いもしなかっただろうが。
人は、目に見えない奇跡を起こすかどうかもわからないものよりは、
目の前の奇跡を実際におこせる人物を崇拝する。
それこそその人物を祭り上げてでも。
強力な力の前に、ヒトは一致団結する傾向がある。
それこそ、共通のかなわない敵があらわれたとき、それまでいがみあっていた者通しが手をとりあうほどに。
もっとも、その敵がいなくなったあと、
その好意的な関係がつづくかどうかは、これもまたヒトの手にかかっている、のだが。
エミルがそんなことを思っている最中、
「とにかく、ここの風車が何らかのカギとなっているのは確かよ。
さきほど、番号が振られていた石板。おそらくあれに意味があるのよ。
一番から二番、三番、と書かれている順番でおそらく鍵の答えはあるはずよ」
「だとすれば、あの罠のどこかにあるその石板、とやらを探す必要がある、か」
「そうね」
リフィルの言葉にクラトスがうなづき、さらにそのクラトスの台詞にリフィルがすなづく。
「…うげ。あの中をさがすのかよ」
そんな彼らの会話をきき、ロイドが心底いやそうな声をだしているが。
「では、それは我らが探索いたしましょうか」
ホークとよばれし人物がそんなことをいってくる。
この人間達、あまりこちらに話しかけてこないゆえに、
何となく影が薄いような気がするのは、エミルの気のせいか。
「あら?あなたたち、パラクラフ文字を解読できるのかしら?」
『うっ』
どうやらできない、らしい。
「しかし、大勢でこの遺跡の中をあるきまわっても、
いつ何どき、罠にひっかかって怪我をするだけならまだしも、串刺しとなり命をおとされても困るだろう。
行動に不安がある子供達はこの場において、我々だけで調べてくるとはどうだ?」
クラトスの問いかけに、
「あら。クラトス。あなたはパラクラフ文字がわかるのかしら?」
「…以前、かじったことはある」
それこそ、文字をしらなければ、ここ、シルヴァラントの管制官はつとまらなかった。
かつての世界を管理するために必需品であったがゆえに、クラトスはそのときの文字は知っている。
「マルタ、あなたは何か聞かされてないかしら?」
「よくわかんない」
「たとえばでいいのよ。たとえば、あなたの家につたわる子守唄、とか
そういうのはないかしら?かわった旋律の」
リフィルの言葉にしばし考え込み、
「そういえば、ママが教えてくれた歌があります」
「今ここでいえるかしら?」
「え、はい。
『世界は巨人なり。赤き左手は神の御座。緑石の右手は神の威光
白き左足は安息の大地。黄球の右足は豊穣の大地。瑠璃の体は青き風姫なり
青き風姫はめぐりし聖印の証なり。印をもとめし乙女よ。
大樹の加護のもとにその誓いをはたしたもう』
こんなよくわかんない歌なんですけど」
マルタのその言葉をしばし考え、
「おそらく、その歌はここに関係しているものね。
赤、緑、白、黄色、そして青。でてくる色の風車がここにはあるわ」
「いわれてみれば」
たしかに、中央に青い風車。
そしてその風車を取り囲むようにして、赤、緑、白、黄色の風車がそこにある。
「これまでと同じような仕掛けだとすれば、この風車を順番に回せば仕掛けが解除されるのか?」
「ロイド!」
「え?」
「すばらしい着眼点だ!おそらくそれに間違いはないだろう。
しかも、みてみろ。この風車の台座にはスイッチのようなものがついている。
おそらくきちんとした手順でこの風車を回すことにより……」
リフィルが再び遺跡モードにと突入し、何やらいいかけているが。
「でもさ。姉さん。ロイドのもってるソーサラーリング。ソダ間欠泉で、属性、水になってるんだよ?
僕の術でも一つ一つの風車を回す。なんて器用な芸当は難しいよ?」
「ふむ。しかし、この遺跡はおそらく、アスカードの地下の遺跡のそれと同じ系統。
ならば、この遺跡の中にも風の力場がある可能性があるな。
まずはそれをさがしつつ、石板を探してゆくしかあるまい」
たしかにジーニアスのいうとおり。
ロイドのもっているソーサラーリングはソダ間欠泉において、その属性を水にかえているまま。
ならばその属性を風にしてやる必要性があるであろう。
ジーニアスのいい分ももっともであるがゆえに、リフィルはすこし考えこみ、
「おそらく。ここが仕掛けとすれば、この近くにあるであろう。
そういえば、この階段を上る前、道の先にまた今度は下り階段があったな。
そのあたりを調べてからでもおそくはあるまい」
どうする?
とばかりにロイド達をみやるリフィルの台詞に、思わず顔をみあわせているロイド達。
結局のところ、どうやら二手にわかれ、石板、そして力の場を探すことにしたらしく、
ノイシュをここにひとりのこしておくわけにもいかない、という理由にて、
マルタとエミル、そしてノイシュ、そしてマルタの護衛としホーク達数名が、
この部屋にと残り、あとの残りのメンバーは、それぞれ仕掛けのヒントをさがしに再び遺跡の中にと繰り出してゆく。
「え~みる!」
「え?何?どうしたの?マルタ?」
壁にもたれかかり、意識を世界に向けている最中、
傍にいつのまにかやってきていたらしいマルタがすりよってくる。
「エミルはどこの産まれなの?ねえねえ」
今までそういう話題をふる機会がなかったがゆえに、ここぞとばかりにマルタが問いかける。
「マルタ様。異性にそう近づかれては……」
「何よ!いいのよ!エミルは私の恩人で、王子様なんだから!」
腕をからませてこようとするマルタをさらり、とかわしつつ。
「あ、えっと、ホークさん、でしたよね?」
「え、あ。はい。えっと…」
「エミルです。あのですね。
以前、僕たちがパルマコスタにいたとき、その、マルタ、男の人に数名絡まれてましたので、
そのあたりの治安とか今はどうなってるんですか?」
ドアがいなくなった、ということもあるのだろう。
それにもまして、ドアが人々を裏切っていた、という噂がまことしやかに広まっている模様。
ざっと確認して視たかぎり、そういった疑心暗鬼という負の力が、
かの町に今現在、少しづつではあるが蓄積していっている。
そういった人々の不満はブルートがどうにかその人柄において抑え込んでいるようではあるが。
やはり、彼はかつてはソルムのコアの影響でその心を狂わせてしまっていたらしい。
本当は常に人々…すなわち、民を思いやる心にとあふれている。
かつて、彼らの先祖と交わした盟約。
それは、全ての命に平等に愛を。
というもの。
そして、世界にそむくものには制裁を。
今もなおその盟約の言葉が彼らに受け継がれているかどうかまではわからないが。
しかし、まだ盟約の証たる品を破棄、もしくは失っていない、ということに驚かざるをえない。
あのとき、マーテル達ですらすでに盟約の品は、かの杖しかかろうじてのこしていなかった、というのに。
まあ、彼らの先祖が契約を交わしたのがユニコーンであった、ということもあるのだろうが。
それにしても、である。
「何と!?それはまことですか!?マルタ様!」
思わず声をあらげるホーク。
エミルとなのりし少年がいうには、マルタは誰かにからまれていた、らしい。
しかも、パルマコスタで。
ホークからしてみればそれは驚愕せざるをえないこと。
あのマルタに対する親ばかぶりのブルートの行動をしっているものは、
大体マルタにかかわろう、とはしない、というのに。
というか、話していただけでその当事者をどうにかしよう、
と興奮してしまう彼の性格をしらない馬鹿がいた、ということにも驚きである。
だとすれば、そういうのをまったくかんがえないであろう、
パルマコスタの問題児達に絡まれていた、と考えた方が無難であろう。
彼らは痛い目をみなければまちがいなく何かをしでかす。
それはまちの人々の共通した認識。
「え…えっと……」
ここでうなづけば、まちがいなく一人で外出するのにもパパは絶対におともをつける。
とかいいだしかねない。
そう確信がもててしまうがゆえにマルタは口ごもるしかない。
「そのとき、たまたま偶然それを目撃してほうっておけなかったから、
結果的に助けた形になっちゃったんですけどね。…なんかそのせいかなつかれちゃって……」
苦笑しつついうエミルの言葉を聞く限り、おそらく間違ってはいないのであろう。
悪い子、ではないのであろう。
何しろ再生の神子とともにいる、のだから。
しかし、それがあの親ばか
…部下達ですらそう認識しているブルートの耳にはいればどうなることか。
ホーク達からしてみれば、そちらのほうが考えるだにおそろしい。
「それは、マルタ様をお助けくださりありがとうございます」
「もう、ホーク!エミルは私の王子様なんだから!
せっかく二人っきりになれるのに邪魔しないでよね!」
「…どうにかなりません?」
「…申し訳ありません。マルタ様はその、思いこみが激しい方ですので……」
さらり、とかわしたというのに、ホークと話しているエミルの傍によってきて、
がばっとエミルの手を両手でつかみ、問答無用で腕を組んでいるマルタがそんなことをいってくる。
『ちょっと!そこの人間!ラタトスク様から離れなさい!』
『おやおや。本当にもてもてですねぇ』
「…おまえら」
影の中から聞こえる憤った声はアクアのもの。
テネブラエのほうはあいかわらず面白がっているっぽいが。
あのお仕置きではたりなかったのだろうか?
特にテネブラエに関してはそう思わざるを得ない。
思わず低くつぶやくエミルは間違ってはいないのであろうが、
「いつもコレット達が傍にいるんだもん。今こそ猛烈にアタックを!」
そんなマルタの台詞がきこえた、のであろう、
この場にいる男たちが盛大にため息をついているのがみてとれる。
どうやらこういったマルタの反応は今に始まったことではない、らしい。
しかし、初対面のときからこの様子で、よくもまあ無事に生活できていたな。
そんな思いも抱かなくはないにしろ、両親、そして周囲のものが守っていた、のであろう。
「マルタ様。あまりにしつこいと、いつものように重い、といわれますよ?」
ぴくり。
ホークのため息まじりの言葉にマルタがぴくり、と反応し、ようやくしぶしぶながら腕を離してくるが。
「エミル…私って、重い?」
「?マルタの体重くらいなら、平均体重くらいじゃないの?」
それほど筋肉とかがついているわけでもないし。
手をなぜか胸の前でくんで、うるうるとした瞳で見あげてといかけてくるマルタの姿。
「…エミルさん、といいましたよね。重いの意味が違います」
?
そんな会話をしている最中。
「お!ソーサラーリングの性能がかわったぜ!」
何やら大きな声が階下のほうからきこえてくる。
「何かあったみたい。僕ちょっといってくるね。ノイシュはどうする?」
「わおん!」
ここで待ちます。
そう答えるノイシュをそっとなで、
「じゃ、ここにいる人達をお願いね。…念の為、ソルム」
『ここに』
名を呼ぶと、その場にゆらり、と出現してくるソルムの姿。
ちなみに姿は消している状態なので彼らの目には映っていない。
『――彼らの姿が監視の目からみえないように幻影を』
封印解放の儀式とかいうなぜかコレットを天使化させる儀式。
その儀式の最中、あきらかに監視されている視線がみてとれる。
念には念をいれておいたほうがいいであろう。
特にあるいみで無関係な彼らは必要ない、と攻撃をしてきかねない。
もし、先ほどエミルが抱いた懸念が当たっていたとすれば、
今のミトスが…信じたくはないが、何をしでかすかわかったものではない。
ユアンはユアンでどうやら仲間を集い、ミトスに反抗しているようだが。
それでもその反抗組織のリーダーがユアン自身である、とはミトスに気取られてはいないらしい。
もっとも、
どうやらテセアラ側にシルヴァラントのことをおしえたのはユアン達であるらしいが。
それはセンチュリオン達が魔物達から集めた報告からも判明している。
「あ、エミル!私もいく!」
「あ、マルタ様!」
「わふっ」
「もう、ノイシュ、入口をふさいで邪魔しないでよっ!」
マルタが部屋からでそうになると、ノイシュがその巨体にて階段の前にたち、
マルタが部屋からでるのをその体にて阻止してくる。
そんなノイシュにマルタが文句をいっているが、マルタ一人で罠のある外にだせば、
注意深さが足りないマルタは確実に罠の餌食になってしまうであろう。
それこそ誰かと一緒に出ない限り。
「何かさけんでたけど、どうしたの?」
階段をおり、そしてロイド達がいるであろう、右側の通路すすんでいき、
その先にある階段をおりた先。
燭台に灯された炎がゆらゆらと周囲を照らし出している。
どうやらロイド達はちょうど、階段の増したにある壁に埋め込まれた石板の前、にいるらしい。
ゆらゆらとした炎にてらされ、壁に埋め込まれている石板の文字。
【偉大なるパラクラフ王クレイオ賛成は残して風王に再生されん 王、三界を駆ける精霊とともに天をめぐる】
その文字があわく照らし出されているのがみてとれる。
やってくるエミルに気付いた、のであろう。
「あれ?エミル。マルタは?」
「マルタなら、ホークさん達とあの部屋でノイシュとまってるよ。
どこにまだ罠があるかわかんないし。マルタも一人暴走しそうなところがあるし」
「ああ。マルタ、なんとなくしそうだよね」
エミルがいってるら私も~とかいって、
せり出す壁をまえに突き進もうとした先ほどのことがあるがゆえ、ジーニアスも苦笑せざるをえない。
「そっか。あのな。エミル、やっぱ先生達がいったとおりだぜ!
この先にソーサラーリングの性能をかえる場所があって」
「力の場に設置されている変換装置だね。いまだにあれって誰がつくったのか。
学者達の中でも議論をよんでいる品だよね」
ロイドがいうと、ジーニアスが肩をすくめつついってくる。
「ここのは風は何につかうのかな?あの地下遺跡は鐘を鳴らすのにつかったけど」
コレットが首をかしげれば、
「たぶん、さっきの部屋の風車を回すのにつかうんじゃないの?」
「おし!じゃあ、これであの部屋にもどって、かたっぱしから順番に、あの風車をまわしてみようぜ!」
「ちょっと!ロイド!幾通りの組み合わせがあるとおもってるのさ!」
「成せばなる、だ!」
「あのねぇ!せめて、姉さん達が探しにいってるヒントをまってからでもいいじゃない!」
何やらロイドとジーニアスが言い合いを初めているが。
…答えを知っている、といったほうがいいのだろうか?
この場合。
たしか、順番的には、赤、黄、緑、白、青の順だったような気がする。
まあいいか。
たしか人間の格言にもあったはず。
行動することに意味がある、と。
------
風車、配置位置
I 赤 緑 I
I 青 I
I 白 黄 I
------
一人、はりきり、腕をあげ、先ほどの部屋にともどってゆくロイド。
「あ、ロイド、まって~」
そんなロイドの後ろをあわてておいかけていっているコレット。
「…エミル。ロイドを止めてよ」
「むり」
ジーニアスが助けをもとめる声をだしてくるが、ひとまず却下しておく。
まあ、運がよければ、正解の順番に彼らもたどりつける、であろう。
「…な~、まだ正解にならないのか?」
部屋にある五つの風車。
ロイドが手にしているソーサラーリングにて部屋に戻ったのち、
風車をまわしては、その奥にある扉が解放されたか否かを調べている今現在。
「ロイドがいいだしたんでしょ。もう」
どうやら幾通りかを試しただけで、ロイドはもう飽きてしまったらしい。
「…は~」
幾度目かの順番を試したのちに盛大にため息をついているロイド。
「…ため息つかないでよ。僕も滅入っちゃうよ」
そんなロイドにつきあっていたジーニアスがそんなロイドにと言い放つ。
「…先生達も戻ってこないし。本当にあるのかなぁ…石板……
しかし、試練って考えたやつ陰険だよなぁ。何の意味があるんだろう?」
どの封印の場にも仕掛けがあった。
マナの守護塔に関してはロイド達は自力で仕掛けをといたわではないにしろ。
「僕にきかないでよ。もっともここに関しては、これ、墓を護るため、というか。
試練とは関係ない仕掛けなんじゃないの?」
墓、というわりに、棺らしきものがないのがジーニアスからしてみればきになるが。
それでも、すこし風の民、といっていることを考えれば、
当時の人間達がどのように埋葬をしていたか、くらいは予測できるであろうに。
彼らの会話をききつつも、ノイシュの傍で壁によりかかっているエミル。
「でも、扉がひらかないで、宝箱とかでてきたね~」
「あの壁が壊れたのにはびっくりしたよね」
そしてまた、そんなロイドとジーニアスの会話をききつつも、
そんなことをいっているコレットに、思いだしたようにいっているマルタ。
実際、とある組み合わせをしたときに、この先、封印の間。
そうかかれている扉の前に別の扉が上部よりあらわれ、
それが壊れたかとおもうと、そこから宝箱がでてきたのはついさきほどのこと。
「……たしかに、ロイドが一通り、風車を回している最中、宝箱が出てきているけどさ」
ジーニアスが疲れたように呟くのとほぼ同時。
「「「あ」」」
ロイド、コレット、ジーニアス達がそんな会話をしている最中も、
ロイドは怠惰的とはいえ、風車を順番に回すことをやめてはいないらしい。
と。
とあることにきづいたのか、ロイド、ジーニアス、マルタ、コレット、
四人の声が同時にかさなる。
「あれ?そこの中心の風車の台座が……」
ほのかに、風車の台座の一部が光っている。
コレットが目ざとくそれに気付き首をかしげているのがみてれとれるが。
「何だ、これ?…スイッチ?」
「ちょっと、ロイド、確認もせすに押したら!」
カチッ。
ヴッン。
ジーニアスが止めるまもなく、
ロイドが風車に設置されているボタンをかちり、と押してしまう。
と。
鈍い音とともに、そして。
ガコン。
「うわ!?」
ロイドのいる床がいきなり動きだす。
「ロイド!?」
コレットが叫び、
「それって、もしかして移動式の床なんじゃないの!?」
ジーニアスがそれにきづいたのか何やらいってくる。
「ということは、この先にも何かがあるってことか!いってみようぜ!」
「姉さんたちをまたないと!って、ロイド、まってってば~!」
「…元気だなぁ。いこっか。ノイシュ」
「あ、エミル、まって~」
「マルタ様、おまちください!」
動きはじめる床にあわててとびのるジーニアス達。
ノイシュとともにエミルもその場に移動すれば、マルタまでもがついてくる。
あるいみ、その部屋にいたほぼ全員…というわけではないにしろ、
ホーク以外は二名ほど。
残りの三名はどうやら間に合わなかったらしい。
そのまま、ロイド、コレット、ジーニアス、マルタ、エミルにノイシュ。
そしてホーク他二名。
九名をその床にのせたまま、青き風車を中心としたその床は、ゆっくりと下降してゆく。
pixv投稿日:2014年2月8日某日(Hp編集:2018年4月22日(日)
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あとがきもどき:
精霊登場までやったら、かなり長くなったので区切りました。
これでも大分、piさんのときよりは、一話の容量増やしてるので話数が大分減ってはいるんですけどね…