世界は原初、混沌に満ちていた。
今にも滅びゆく世界を憂い、大いなる意思はこの世界にマナを恵み与えたおうた。
百年に一度、接近するマナの塊ともいえる彗星デリス・カーラーン。
そのマナの恩恵をもってしてやがて死にゆく星に命が蘇り、
大いなる意思の加護のもと、この地上にあらたな命がおりたった。
それはエルフといわれし
マナの恩恵をうけたこの地にはいなかった生命体。
彼らはマナとともに、自然とともに生きることを誓い、この地に降り立つことを許可された。
大いなる意思は自らの分身としてさらにこの世界に『大樹』をもたらした。
大いなる意思はその力でもってして、この惑星を滅びに導こうとするものたちを地下にと封じ、
この惑星の行く末を見守り続けた。
しかし、時はたち、人々は欲にかられ、マナを枯渇させる技術を生み出した。
多少異なる所があるからという理由だけで受け入れることなくいがみ合い始める人々。
そんな人々のいがみ合いは、封じられていたはずのこの星をもともと滅びに導こうとしていたもの、
魔界ニブルヘイムとよばれし場所に封じられし、『魔族』を地上に呼び出した。
『魔族』は人々の心の欲望や隙間に干渉し、
やがてそんな魔族にそそのかされ、虐げられし人々が反旗を翻した。
虐げられていたものたち、それは狭間のものといわれしハーフエルフ達。
彼らは魔族にそそのかされ、またあるものは手を結び、地上に混乱が満ち溢れた。
そそのかされたものたちは、自らをディザイアンとなのり、地上を混沌の渦へと巻き込んだ。
世界はディザイアンに荒らされ、ついには大樹まで枯れてしまった。
大いなる意思はそんな人々に愛想をつかし、すべて一度”無”に返そうとした。
そんな中、大いなる意思の巫子であり、
また女神でもあるマーテルが父であり母なる存在にと懇願した。
まだ人々に救いはあります。どうか人々に猶予を与えてください、と。
女神は自らの弟を地上に遣わすことを決定した。
自らもヒトの器にて地上にでむき、人々を争いという醜き行いから立ち直らせてみせるから、と。
幾度にもわたる懇願にて、大いなる意思である母であり父でもある存在は、
『ならば、やってみるがいい。その証としてこれをお前たちに預けよう』
預けられたは、大樹の種子。
純粋なるマナと、そして人々の正しき心をうけて発芽する新たなる大樹の実。
人々から争いをなくし、大樹をあらたに芽吹かせることを条件に、女神達は大地にと降り立った。
”神”としての力は天界にとおいて降り立った彼らは旅をくりかえし、
ついには地上に平和をもたらした。
争いの根本となっていた二つの国に停戦協定をむすばせ、
大樹をよみがえらせるためにと尽力をつくした。
だが、ヒトとはやはり愚かでしかなかったのか。
そんな中、マナの塊ともいえる大樹の種子をねらい、
停戦協定を結んでいた二つの国の軍勢が、地上に降り立っていた彼ら…
巫子マーテルと勇者ミトスにと襲い掛かった。
多勢に無勢の中、巫子マーテルは種子をまもり、ヒトの手にかかり命を落とした。
それは地上におりていたヒトとしての器の死。
姉であるマーテルを失いつつも、勇者とよばれしミトスは互いの王を説得した。
彼らが地上で死を迎えること、すなわち大いなる意思による地上の浄化が始まってしまう、と。
信じようとしない国王達であったが、とある島国が水没したことにより、
それが事実で、やがてその脅威が自分たちにも襲い掛かることをようやく理解し
自らの愚かさを互いに自覚した。
器を失ってしまいはしたが、女神としての力が健在でもあるマーテルがそんな彼らにと提案した。
このままでは、地上の大陸すらも海に還ることになってしまうやもしれません。
今、残されているマナでもってして世界を存続させるには、
種子が芽吹くまで世界を一時的に分ける必要があるのやもしれません。
女神マーテルの意思をうけ、勇者ミトスは精霊達の力をかりて世界を二つにわけたもうた。
シルヴァラントとテセアラ、という二つの国に。
だが、それでも世界を存続させるのにはマナがたりず、
ミトスは自らの体を世界にささげ、その力をマナとした。
ミトスを失い、女神マーテルは嘆き悲しんだ。
ミトスの意思はマーテルとは違い、二つの世界を存続させるためにその場にて眠りについた。
弟の意思を無駄にしないためにも、私も力をかしましょう。
ですが、人々の愚かなる行動の結果が今のありようなのも事実なのです。
ゆえに、私はあなた方に試練をかしましょう。
女神がかした試練とは、自らの力がない状態で人々が争いのない世界をつくりあげること。
そして女神もまた天へと消えた。
二つの世界を見守るためにミトスが眠りし場所に塔を作り出し女神もまた眠りについた。
女神マーテルいわく、おおいなる母であり父なる存在もまた今は眠りについている。
それは世界を存続させるため。
『人々から争いがなくなり、平穏が訪れるまで、私も大いなる意思同様、眠りにつきましょう。
しかし、人々から私たちへの信仰が薄れしとき、私たちの力が人々に届かなくなるでしょう。
世界が分かれたことにより、あなた方がまったく交流できないというのも不便でしょう。
ゆえに、限られた時間と時のみ、互いの世界をつなぐ扉をつくっておきましょう』
それは、異界の扉といわれし巨大な石の扉。
月が満ちる扉の上空に位置したときのみ開く扉を。
そして女神もまた眠りについた。
人々が争いをなくし、地上から穢れが取り除かれるその時まで。
だが…愚かなる人々は争いを無くすことはなかった。
それどころか、女神達の力の加護を直接失い、
勇者達が封じた魔に連なりしものたち…ディザイアンたちの封印まで永き時の果てに弱まってしまい、
ついにあるとき、ディザイアンたちが再び地上にと現れた。
それは魔なるものの先兵のようなもの。
彼らが力をつければ大いなる意思が封じている魔界への扉。
その魔界につづく小窓が開かれ、世界は混沌とした瘴気の世界へと逆戻りしてしまう。
だが、それはミトスたちが地上にでむくときに言われたことば。
これが最後の猶予だ、といった大いなる意思の意向にそむく事柄。
長きにわたり、人々が争いをやめず、自らが加護していたものたちまで傍観主義に徹し、
何もしようとしない以上、一度すべてを無にしてゼロから世界を始めるべきだ。
そう主張していた大いなる意思の意見。
女神たちの説得で猶予を得ていたその出来事が現実に引き起こされる可能性。
肉体を失い、聖なる地にてその意思のみで世界を見守っていた勇者ミトスはその危険性に気が付いた。
しかし今の彼には自由になる肉体はない。
それでも世界のために、世界に満ちさせていた自らの気を収束し、そしてひとつの『命』を生み出した。
それは後に天使とよばれしもの。
光り輝くマナの翼をもちしそのものは、精霊の力をかりて天へと続いているといわれている塔。
女神マーテルが眠りし場所に続いているといわれている場所にとのぼり、
女神マーテルにむけて祈りをささげた。
七日続いたその祈りはやがて女神を目指せさめす。
そして女神マーテルは天使と約束を交わす。
『天使よ、そなたに免じてディザイアンを消し去りましょう。
しかし人々から私への信仰が失われたときはこの塔を奪い天へ続く道を閉じましょう。
その時、ディザイアンは復活し世界からマナを奪うでしょう。
もしもそれがいやならば、天使よ。そなたが救いの道をつくりなさい
人々が私を必要としたときは、この塔を私の住む天の世界へとつなぎましょう』
天使はこれをうけて、世界にマナの血族を生み出した。
マナの血族は天使の子。
女神マーテルを目覚めさせるため、ミトスが眠る世界の中心を目指す
世界の中心はミトスの墓
救いを示す塔はミトスの墓石
それは聖地カーラーン
大樹があった場所
かつての大樹の名前を頂いたそこは女神と大地を結ぶ聖なる地。
勇者ミトスの意思をつよく受けしマナを受け継ぎしもの。
勇者ミトスと女神マーテルの意思をよりつよく受け継ぎしものは、
選ばれし証として聖なる石を抱きてこの世界に誕生する。
それは女神マーテルが始まりの天使と別れるときにいった言葉が真実である何よりの証拠。
『二つの世界。シルヴァラントとテセアラ。今は本来あるべき形から、
争いが続くゆえに世界を分けていますが、本来ならば世界は一つであるべきなのです。
人々の心が一つになりて、世界に平和が導けると人々が確信したそのときこそ、
二つの世界に私たちの意思をうけしものが誕生するでしょう。
その証としてそのものには、聖なる石を授けましょう。
二つの世界のその聖なる子供たちが手を携えたそのときこそ。
この世界にあらたなるマナの恩恵…大樹が地上に誕生することでしょう。
ですが、世界に対する信仰を失っている最中ではその子供たちも生まれないでしょう』
天使が生み出したマナの血族の中から
やがて、生まれながらに不思議な力を秘めし石をもつもりがあらわれた。
それは互いの世界にかならず一人。
世代を超えてその力はマナの血族の中にと受け継がれてゆく。
だが、永き時の最中、女神の言葉は次第に全貌ではなくカタコトのみが伝わってゆき、
二人の聖なる子…すなわち、神の子である”神子”が手をとりあい協力する。
という話は永い時間の中で人々の伝承から忘れ去られていってしまった。
それは完全に地上に干渉できなくなってしまわないようにと、
ディザイアンたちが魔族達の力をかりうけて暗躍した結果もたらされた真実。
だが、真実は時の流れにうずもれ、
救いの塔を目指すという伝承のみが互いの世界にとつたわってゆく。
世界からマナを枯渇する原因となった魔科学とよばれしものにすら、
真実を見失った人々は再び手を出し始めた。
ある時、世界を今度こそ滅ぼしかねない魔科学を開発していたシルヴァラント側に対し、
ついに天界が大きく動いた。
それは、女神マーテルを守りしもの。
歴代における天使とよばれた神子たちもその中にと含まれる。
天使達は正しく世界再生をなしとげてはいないものの、
その功績をみとめられ、天へとめしあげられ、女神マーテルにつかえしものとなっていた。
天の怒りは地上をやき、愚かなる行為を繰り返そうとしていたシルヴァラントの王家は滅んだ。
天はいった。
女神マーテルが眠りしときに、マナを枯渇するようなことは断じてあいならぬ、と。
時を同じくし、世界の恩恵を忘れていたテセアラ側にも、
天の子である神子を亡き者にしようとした国そのものに天の怒りが炸裂した。
マナの枯渇を招いたシルヴァラントはそれより長きにわたり神子がうまれぬ、という事態を招いた。
そして…時はながれ、新たな神子が誕生した。
シルヴァラントとテセアラ。
二つの世界に生まれていた神子達は互いに協力し、精霊達の力をかりうけ、
ついに世界を再びあるべき姿に統合するに至った。
世界が一つにもどり、眠りについていた大いなる意思である母であり父なりしものもまた目覚めた。
大いなる意思はいった。
眠りについている最中もどうやらヒトは愚かな争いを繰り返していた模様。
やはり地上は一度、無に還してゼロからやり直すべきなのではないか、と。
それに対し、女神マーテル達は懇願した。
今の世界の人々はすくなくともすべてがわるいわけではありません。
見極める時間を彼らにくださいませ、と。
そして行われる地上の人々に対しての試練。
ヒトとは光と闇を併せ持ちし属性をもつもの。
光が闇に負けることない力を人々が示し終えたとき、その試練は完了する。
試練を終えたのち、それでもヒトに対し懸念を抱いていた”大いなる意思”に対し、
『ならば。今度こそ私たちすべての力をかけても人々を正しく導いてみせましょう』
『女神たる力をすべて地上の人々に分け与え、私はヒトとしての輪廻に入りましょう。
異なるものを排除しようとするのであれば、
あえて私はその異なるものとして生まれ落ちましょう』
試練の最中、姉である女神マーテルを心配し、
二人の神子の力をかりて復活していた勇者ミトスはいった。
『姉、マーテルが地上にいくのであれば、自分もまた同じように。
かつては正しく人々を導くことはできなかったけど、
今度こそ人々を平和な世界に導いてみせましょう。
選ばれしもの、としてでなくただひとりのヒト、として』
姉弟の意思は固く、やがて大いなる意思もそんな彼らの思いに折れた。
だが。
『だが、目に見える力があればまちがいなくヒトは愚かなことを繰り返すであろう。
猶予はあたえる。千年、千年の間にその成果をみせてみよ。
その間、地上から我の力の加護を一切、ヒトには使用できなくさせておこう。
力があるゆえに道を誤るのであれば、力がない状態で正しき状態に導いてみせよ。
我は我の生み出した精霊とともにあらたな世界におもむく。
そこでお前たちの行く末を千年の間、見守ることにしよう』
世界に女神マーテルと勇者ミトスの力がふりそそぎ、地上に奇跡という名の現象がおこりゆく最中、
地上から一切の大いなる意思の加護…すなわち、マナによる加護が立ち消えた。
マナを感じることのできる種族といわれていたエルフたちですら例外ではなく。
『女神さまがたが地上に出向かれるのであれば、私たちも地上にでむきましょう』
女神に仕えていた天界、クルシスに属するものたちも地上へ移動することを願い出た。
『ならば、お前たちもゆくがよい』
地上に降ろされた天使達は、大いなる意思によって、新たな種族としての生を地上でうける。
それは、【フェザー・フォルク】という翼をもちしあらたな種族の誕生。
彼らは地上において、
生まれ変わるであろう女神マーテルとその弟である勇者ミトスの魂をさがしつつ、
地上に再び混乱がおこらぬよう、聖なる地に街を築き、世界を見守る。
それは、聖地カーラーンであり、聖都セレスティザム、といわれし聖なる場所。
そこには、女神たちの長姉たる女神ピックフォードがその体を変化させし銀の大樹が眠っている。
時が満ちたり、世界が大いなる意思の希望にそっていたとき。
そこより新たな歴史が誕生する――
ポカリ。
「ってぇぇ!…って、何だ。リリスか。何だよ?」
「もう。何やってるのよ。!お父さん達はもう用意できてるんだよ?」
呆れたような視線が上のほうから降ってくる。
頭をおもわず抱え、座っている木の椅子からおもわずみあげてみれば、
そこには一冊の本を片手にしている金の髪に水色の瞳の少女が一人。
長いその髪はポニーテールに結ばれており、
表情はあきらかに呆れを含んだ形で座っている彼…
歳のころならば十五、六程度くらいだろうか。
同じ金の髪に水色の瞳をもった、なぜか髪がところどころ跳ねている…
この髪の質はどうやら天然らしい…が。
十二、三にみえる少女のほうは髪を結んでいるにもかかわらず、
つい今しがた、本の角で頭をたたかれた少年のほうは、
その長い金の髪を無造作にと伸ばしたままにとなっている。
「って、うわ!?もうこんな時間か!?まずっ!父さんの鉄槌はくらいたくねぇぇ!」
「…馬鹿スタンなんだから。もう。ほら。手伝ってあげるから」
まったく、誰に似たのやら。
母親曰く、『ロイド似だよ』とはいっていたが。
父親はここまで馬鹿ではない、とおもう。
…たぶん。
「今日はあれほど大切な日なんだっていわれてたでしょ?
聖都に及ばれしてるのに、遅刻だなんてしたら笑い話にもならないよ?」
金の髪に淡い水色の瞳。
兄と自分に共通しているのはそのくらいだ、とつくづくおもう。
自分はここまで熱血バカではない、と断言できる。
というより、兄の面倒をみていたら逆にしっかりしてしまったという思いがある。
…それとあの両親の面倒というかフォーロー。
あの二人は天然なのかほうっておけば物事や話がどんどん脱線してしまう。
私がしっかりしなければ。
と幼いながらに思ったほどに。
「お。おう。それだよ。その聖都ができるきっかけともいえる伝承。
それを見なおしてたんだよ」
いいつつも、木の机の上にある一冊の本を指さすスタン、と呼ばれた少年。
そこには一冊の分厚い本が開かれており、
ぱたん、と少女が本を閉じればその表紙に、
【世界再生紀】と金の縁取りのかかった文字が書かれている。
「母さんたちが世界を”再生”させてから千年…か。なんか実感わかないよな」
ぽつり、とつぶやく兄であるスタンの台詞にリリスと呼ばれた少女も思わずうなづく。
千年。
それは一体どれほどの時間なのだろうか。
そして自分たちの種族。
【フェザーフォルク】と呼ばれし翼をもちし種族の名称。
一部では、そんな彼らのことを【ハイエルフ】と称するものもいはするが。
かつて、というより千年前までは、天使、と一般的に認識されていたという。
クルシスという天界の組織にいた女神マーテルに仕えし天使たち。
彼らが女神マーテルが地上に”下った”ことにより、
女神に仕えし天使たちもまた、地上に降り立ち発生した種族だ。
そのように世間的には認識されている。
いいつつも、少しばかり意識をする。
それとともに、ふわり、とその背に青く輝く透明の翼のようなものが出現する。
両親より…というより父親から受け継いだ、というべきか。
意識をすれば自在に動くそれは、
フェザーフォルクと呼ばれている中でも”上位種”
と呼ばれている一部のものたちのみがもつ”翼”。
大概の【フェザーフォルク】達はほとんどが、
その背に鳥の翼のようなものを保有しており、
こうして自在に出し入れができるようなものではない。
「――お~い!何やってるんだ!そろそろ出発時間だぞ~!!」
そんなことを思っていると、二階の窓から外で叫んでいるのであろう。
聞きなれた声が聞こえてくる。
「ほら。お父さんがよんでるし。もう。早く準備してよね!お兄ちゃん!」
「お、おう!」
何かいつも妹に尻にしかれているような気がするのは…気のせいか?
そんなことをおもいつつも、あわててその場をかたづけて、
あらかじめ準備しておいた旅の準備…といっても、
その背に一振りの大剣を担ぎ、マントを羽織るくらい、であるが。
「荷物はもったし。よし、大丈夫」
アセリア歴千十年。
テセアラとシルヴァラント。
そう呼ばれていた世界が一つに併合し、あれから千年あまりの時間が経過した。
彼らには実感のない、過去に起こったという争い。
女神マーテル達が世界に自らの世界を振り分けたのち、
それぞれの種族があつまり、世界は新たな歴史を紡いでゆく意味合いをもってして、
新しい世界の始まりを示すべく、世界に新たなる”名”をつけたという。
それが【アセリア】。
シルヴァラントには王朝、というものがなかったという。
ゆえに、シルヴァラントの象徴ともいえる神託の村といわれていたイセリアと、
そして、繁栄世界といわれていたテセアラ。
その二つの名前を併せ持った、新しい【世界】の名。
アセリア歴五百年ごろまでいろいろとあったらしいが、
自分たちが生まれたころには世界は安定していたゆえにはっきりいって実感はない。
実感はないが、自分たちの両親がそんな騒動の最中の中心人物のうちの一人であった。
というのも事実であり、若いままの両親の姿に何の思いもないわけではない。
両親とも成人したのち、老化がぴたり、と止まっているらしい。
不老長寿の種族…それが、自分たち【フェザーフォルク】と呼ばれし存在。
自分や妹は自力で出し入れできる光る翼をもっているが、
同じ種族の中でも翼が固定化したままで生まれるものもおり、
そういうものたちは、翼人種、とすらいわれていたりする今現在。
かつてこの世界には数多の魔物などが存在していた、らしい。
らしい、というのは一般的な意見。
マナ、と呼ばれし世界に満ちる神秘な力。
その力は今では原子、と呼び称されているものと混同されているが。
しかし一部のものはマナという根底たる”世界の力”を忘れたわけではない。
一般的な人々は、原子論、というものを主体とし、
『世界という物質は極めて小さく不変の粒子から成り立っている』というものが今の世界での常識。
千年、という時間はあまりに長く、また短い。
だがしかし、かつて世界に満ちていたという”マナ”というその力。
その力は今ではおとぎ話の一つ、としてたかり継がれている。
マナが感じ取れなくなり、また紡げなくなってはや千年。
しかしその千年で人はたくましくも新たな可能性を見出した。
マナが消滅した…と思われていた…実際はどうやら”ヒト”のみが感じられなくなり、
また紡げなくなっただけ、らしいが…ともあれ、当時は世界に数多とある大量の木々。
何でも魔族、といわれるものが女神マーテルを亡き者としようとし、
かの女神を捕えたとき人々が魔族に蹂躙されないようにととらえられている状態において
女神が大地に加護を施したときに生まれいでた大量の木々…というらしいが。
とにかくそう言い伝えではなっている。
それらがあったからこそ、荒廃してしまった世界からどうにかなったのだ、と。
そしてそのことは、学校といわれる学びの場などにおいても教科書に項目としてのっている。
だがしかし、真実とは何なのか。
ごくごく限られたものに限る…一部の一族のものや、ごくごく一部の存在に関して…
ではあるが。
真実は確実に口伝、という方法でそれらのものにと語り継がれている。
形に残すことは許されておらず、代々口伝えによって伝えることのみが許されている真実。
そしてこの世界にとって最も重要、とされている場所。
聖地、セレスティザム。
女神マーテルがかつて降り立ち、
そして姉にあたる別の女神が、神としての力を凝縮させたという聖なる大木があるという地。
女神マーテルとその弟だという勇者ミトスは”ヒト”として幾度も輪廻を繰り返している、という。
その時々に迫害されている種族へと自らが望んで、それらの迫害を費やすために。
もっとも、当時から生きているものたちからしてみれば、
それらはねつ造された真実という歴史、ということはほとんどのものが知る事実。
そのねつ造された歴史に一役かっているのもまた、女神マーテルをあがめている、
といわれている世界有数の宗教の教義によるもの。
まあ、父親曰く、女神マーテルなんてものは実際にはいなかった、らしいのだが。
そのマーテル当人だ、といわれている女性と面識があるスタンとよばれた少年…
いや、年齢的には少年というか青年、というべきか。
ともあれ”彼”からかしてみれば真実といわれている歴史も、
両親やその知り合いから聞いている”真実”も実際にはピン、とこないというのが実情。
「まったく…あ。彗星、ネオ・デリス・カーラーンがもうあんなに近くにみえてる」
ふと空をみれば、くっきりと昼間でもわかる彗星の姿が。
長い尾をひく、その彗星は、昔、この惑星の上空に四千年も繋ぎ止められていた、という。
彗星を繋ぎ止めておくなど、そんなことができるのか、またできたのか。
という思いがないわけではない。
当時を生きていたものなど、もうほとんどが限らられてしまっている。
「そういや、ひさしぶりにクラトスさんにもあえるんだよな」
「もう。お兄ちゃん。クラトスお爺様、でしょ?」
「…いや、リリス。クラトスさんは見た目、わかいから、わかいから!」
「それは、私たち種族にいえることでしょ?
私たち、フェザー・フォルクていわれている種族は、
エルフと違って成人後、歳をとらないらしいんだから」
エルフたちは時間とともに歳をとる。
でも、自分たちの種族にはそれがない、という。
実際に、同じような透明の翼をもっている人達が歳をとっているのをリリスはみたことがない。
数が少ない、というのもあるのだろうが。
「…見た目、二十歳そこそこのクラトスさんを、おじいちゃん、とよぶのは…なんだかなぁ。
何か違うような気がするし」
「でも、お爺様、おじいさまってよんだらものすっごく喜んでくださるよ?
アンナがいれば、とかおばあさまの話になっちゃうのが困りものだけど」
「歳、といえばお父さんとお母さんもそうじゃない。
お母さんたちの知り合いの皆もいってたじゃない?
お父さんたち、てっきり子供のつくりかたをいまだにしらなくて、
ずっとこのまま子供ができないのかとおもってたって」
何しろ歳からいけば千をこえて初めて子を授かったという。
フェザー・フォルクという種族の平均寿命はわからない。
ユアン祭司長曰く、地上におりた自分たちがどれほどの長寿なのかはまだわからない。
とのことらしいが。
…何でも天界にいたころは、寿命、という概念がなかった、という。
ヒトから天使にかわったという、二人の両親。
父親のほうは、天使とヒトとの間にうまれた子であるらしいが。
ともあれ、そんな両親から生まれている自分たちの寿命がどれくらいなのか。
当然、リリスも、そして兄であるスタンも把握していない。
「お~い!おいてくぞ~!」
「あ。お父さんがよんでる、ほら、お兄ちゃん、いくよ!」
「お、おう!父さん、今いくよ!!」
読んでいた本を本棚にとしまい込む。
これは神話。
でも、両親からすれば、実際に体験したという出来事が書かれている本。
そして、今から向かう場所こそが。
その中心となった、聖地セレスティザム。
マーテル教の総本部でもある、聖地。
「やはり、ここからは空気が違うよなぁ~」
移動方法は、空の移動。
飛行するたびに受け継がれている光の翼がきらきらとその残滓を空中にと残す。
聖地がある山脈。
その山脈をこえるとともに、あきらかに空気が一変する。
何というか、自然豊かというか。
これより下では、もより世界ではみられなくなったという伝説の魔物たち。
大樹を守るべくいるのだという魔物たちが自然と大地を闊歩しているのであろう。
ちなみに、魔物たちがみうけられるのは、この聖地がある場所と、
それと水鏡ユミルの森、とよばれているかの森の内部でしかありえない。
学者たちいわく、その二つの聖域は失われたといわれているマナが濃いゆえ。
ともいわれている。
聖地、セレスティザムはわかりはするが、なぜにユミルの森。
という意見もあったらしいが。
古代の学者。
千年前ほどにいたレイカーという学者の残した文献によれば、
ユミルの森にある湖には大樹の根がぴっしりと表面にあらわれているという。
実際、調査をしたものも、不可思議な力をもつ現象を認めざるをえなかった。
もっとも、それを利用したり、なにかよからぬことをたくらもうとするならば、
その地にいる魔物たちによって襲われてしまい、ゆえに調べるだけにとどまっているらしいが。
何しろ発達した科学技術といわれる武器類では、魔物たちは倒せない。
つまり、とある場所で今現在、普及していっている、銃器、といったものは通用しない。
そして、そういったものを利用した武器類は、それらの空間ではことごとく用をなさなくなってしまう。
下手をすれば壊れ、それどころか朽ちてしまうともいわれている。
数百年ばかり前、
愚かなとある国が聖地にむけて開発したというミサイルをうちこもうと発射したことがあるという。
それらのミサイルはどういう原理なのか、発射と同時にそのまま空間が歪んだかとおもうと、
そのまま発射場にともどってきた。
まるでそこに、天の意志が存在している、というかのごとくに。
ただの神話。
マーテル教が伝えている神話の内容を眉唾のものだ、と信じていたものたちがおこなった暴挙。
そのせいなのか、かの地からは自然がどんどん失われ、今ではほとんどが砂漠化し始めてしまっている。
軍部のものの暴走、であったらしく、当時の国王をはじめとした皇族、そして民の一部は、
とある別の大陸に避難しており、今ではそこにあらたな都市を建設している、ともきく。
これより先は、あるいみで魔境の地。
きちんとした巡礼街道沿いであるならば、魔物たちは決して人々を襲いはしない。
だが、魔物たちのテリトリーにはいったりすれば、話は別。
人と、魔物。
そのすみわけがきっちりと明確に認識できるのもこの地の特徴、といえるであろう。
「お。飛行竜がとんでる」
ふとみれば、自分たちよりも上空。
そこに銀色の巨体をもつ大きな竜のようなものが飛んでいる。
それこそが、セレスティザムが所有…というか、セレスティザムに生息している、という。
特殊な生態系をしているという竜の一体。
何でも意志をもつ鉱石が竜の姿をしている生命体、というが。
いまだに学者たちの間でもその生態系は謎にみちている、とのことらしい。
手前をとんでゆく、両親の姿。
蒼い羽根と桃色の羽。
見た目、二十歳そこそこでしかない両親なのに、というか、家族だ。
といってもほとんどのものが信じられない、という表情をうかべられてしまう。
ちなみに、両親の知り合いなどは、あんたら、ようやく子供かい。
てっきり、ロイドって、いまだにそういった知識もってないとおもってたよ。
とまで、いわれたことがあるにしろ。
…何でもきけば、両親は、…十八近くになるまで、ずっと子供はコウノトリが運んでくる。
というのを本気で信じていた、らしい。
ついでにいえば、結婚までかなりの時間がかかったというのもきになるが。
ずっと一緒にいるからという理由で、そういったことに父親がおもいあたらなかった。
というのだから兄妹としてはあきれもする。
おそらくは、ウィノナ様にいわれてはっぱをかけられなければ、いまだに両親はそのままであり、
自分たちはうまれなかったかもしれない、ともおもっていたりする。
まあ、ほぼだまされた状態で結婚式にこぎつけられた。
と父はいっていたが。
ちなみに、母もいきなり結婚式、と言われ、それが自分のことだとしって驚いた。
ともいっていた。
…どれだけ両親の知り合い達が気をもんでいたかがわかる、というもの。
スタンの台詞に、
「みて。お兄ちゃん!聖地セレスティザムがみえてきたよ!」
妹が示したさきに、そこに白く輝くドームのようなものと、
その内部にこれまた白く輝きをみせる町並みがみてとれる。
そして、傍目からもしっかりとわかるほどに、巨大な銀の大木も。
それこそが銀の大樹。
新たに千年前、芽吹いたという大樹カーラーンにかわりし、新たなる世界樹。
世界をまもりし、世界の要たる樹。
「お。きたな。スタン!」
「あ。クレスさん!お久しぶりです!」
騎士見習いである、スタン・エルロン。
聖樹騎士団の見習い隊員であり、ついでにいえば、父の剣術の教え子の子孫、であるらしい。
アーヴィング流、と始まりの流派というか父がつかっている剣技はそういわれているが。
そこから分岐し、より人々をまもり、また自身を守るためにと分家した流派。
それが、このクレス、とよびし青年が所属しているアルベリン流、とよばれている剣術派。
「あれ?ミントさんは?」
きょろきょろと、いつもならば彼の近くにいるはずの白い服の金髪の女性の姿がみあたらない。
ゆえに、疑問におもったリリスが問いかければ、
「ミントなら、お母さんであるメリル司祭と今は奥にいってるよ。
マーテル様達から今回の儀式についての説明がなされるんだってさ」
この地には、幾人ものマーテル様候補、というものがある。
つまりは、女神候補、ともいえる。
女神に仕える巫子を目指す少年少女もいれば、
逆に女神の生まれ変わりの可能性があるという少年少女たちもあつまっていたりする。
それらは強制、ではない。
個人、そして家族がのぞめばこの地はそういった人々をうけいれ、そして力の使い道を指導している。
実際は、女神の生まれ変わり、というものがいるはずもない。
というのは関係者以外は知りえない極秘事項。
何しろ、伝説の女神マーテル、そして勇者ミトスはまだ実は”生きて”いるのだからして。
そして、ミントという女性。
それは、巫子セイジというものがひろめた法術使いの一人であり、
かつてはそれらは治癒術、といわれていたもの。
今では一般的に法術、という呼び方が普及されており、その治癒の力は人々に希望を与えている。
もっとも、私利私欲でその力を利用しようとした刹那。
それらの力は使用できなくなってしまう、という摩訶不思議な現象をももっている術でもあるのだが。
いわく、聖獣ユニコーンに、その力を乞うことによって、力をかしてもらい術が行使される。
ということらしい。
「そっか。今日は各地からお偉いさんとか、そういった人たちもやってくるもんねぇ。
…うちのお父さん、粗相しなきゃいいけど……」
「…ま、まあ。リフィル師匠がきっと、どうにかしてくれるよ。…たぶん」
あのスパルタの教育だけは勘弁してもらいたい。
というのがスタンとしての本音。
ロイドのようにおバカな子にするわけにはいきません!
といって、よく家にきては、ほぼ強制的に家庭教師の役割を担てくれている一人の女性。
もっとも、その女性こそが、世界につたわっている、法術の始祖、としったときにはたまげもしたが。
まあ、一番驚いたのは両親、であるだろう。
…何しろ父は、あの聖地セレスティザムの騎士団長であるアオリオン団長の一人息子であり、
さらに母はといえば古のシルヴァラントの再生の神子であった、というのだから。
そのときの驚愕は、クレスも、そしてリリスも。
しったときにはしばらく信じられない、と実際、しばらくは信じてはいなかった。
…何しろ爺馬鹿、ともいえるあのクラトス、となのっていた人物が、
そんな大層な人物だとはおもいたくなかった、というのもある。
ついでに母は母で天然がはいっており、父と母を二人にさせておけば、
よくもまあ、昔これで無事に二人で旅ができてたよな?
と子供ながらにおもうほど。
「リフィルさん、か…」
そんな二人の会話をきき、クレスは少しばかり顔をふせる。
ミントから聞かされている。
たぶん、おそらくは。
私はそろそろ寿命が近いとおもうのよね。
天使化をしているとはいえ、私もまたハーフエルフ。
ハーフエルフの寿命は、平均約千年。
私はとっくにその千年をこえてしまっているから、と。
でもまだ、自分の死期はみえないし、ウィノナ様もそういっていないから大丈夫だとはおもうけど。
でもだからこそ。
そろそろ自分の死後のためにいろいろと手をうっているのよ。
そう、ミントはリフィル・セイジという女性より聞かされているらしい。
「とにかく。ようこそ。聖都セレスティザムへ」
聖地、聖都、呼び方はさまざま。
大概のものは、その場にいなければ、聖地、とよび、その場にいけば、聖都、といいかえるのが一般的。
マーテル教の象徴でもある聖なる地ではあるが、
そこにすまいしものにとっては、自分たちがすんでいる都、には違いない。
それゆえの使い分け。
父と母は何でも今回の儀式の話があるらしく、すでに奥にとはいっていっている。
スタンとリリスは久しぶりというのもあり、こうして知り合いがいる、
騎士の訓練場にやってきて、今現在話している真っただ中。
「それにしても。クレスさんは忙しくないんですか?」
今日は大事な日のはず。
彼らのような見習い騎士でもおそらく警備に駆り出されているだろうに。
それゆえのリリスの疑問。
「いや。いそがしいよ?でもさ。君らの案内を俺、たのまれてるからなぁ。
何でもロイド師匠の子供だから、ロイド師匠の昔のように何をするかわからないかもしれないから。
よく見張ってく…もとい、保護するようにっていわれてさ」
「…それ、いったの絶対。ジーニアス先生でしょ?間違いなく……」
この地、セレスティザムで教鞭をとっている、ジーニアス・セイジ。
ちなみに学院の学院長であったりもする。
何でも彼いわく、昔、さんざんロイドに…つまりは彼らの父に振り回された経験があるらしい。
「まあ、この聖都に邪なものが入り込むなんてことはできないからねぇ。
特にどういった理屈なのかはわからないけども、銀の大樹をよからぬことに利用しよう。
そうおもってたりすると、いつのまにかはじかれて、気づけば外にはじき出されていたりするからねぇ」
実際、これまでもそういったことが幾度もあり、もはやそれは常識と成り果てている。
町などにおいても、悪さをしようとするものならば、問答無用で外にだされてしまう。
まあ、悪さ、といってもかわいらしい悪戯程度ならばどうにか許容範囲らしく、
そうそう町の外に放り出されることはないのだが。
ちなみに、この都での親が子にいってきかせる定番は、
そんな悪い事をするような子は都に二度とはいれなくなりますよ!であったりする。
実際、改心し心の底から悔い改めることをしないかぎり、この都に入ることはできはしない。
その点もあって、治安に関してはこの都市は安定している。
「でも今日はいろいろな場所からいろんな人がくるから。
その防壁も少しばかり緩めているらしいけどね。そう発表があったし」
もっとも、完全に悪意をもっているものは確実にはじかれるらしいが。
クレスとて、そのあたりはいったいどうなっているのかはわからない。
けども、この都市というか聖地ではそういう不思議なことがよくおこる。
そもそも、この都市がある付近一帯のみ、伝説とまでいわれている魔物たちの姿が認識できたり。
一番の謎、なのは教皇様、なのだろうが。
教団長はよく顔をみせるが、教皇は滅多と顔を見せないので有名。
噂では、勇者ミトスの生まれ変わりと認定されたものが教皇になっている。
という眉唾ものの噂もあるが、真実はよくわからない。
そんなことをおもいつつも、クレスがそう、スタンとリリスにと説明する。
「ま。ともかく。俺の役割は君達の護衛と、あとは都市案内ってわけだ。
どこかみたいところがあったら案内するよ?」
そう、にっこりとクレスに微笑まれ、おもわずスタンとリリスは顔を見合わせる。
ぴょこ、ぴょっこ、ピョッコピョコ♪
そんな擬音がものすっごく似合いそうな摩訶不思議な動物が一匹。
目の前には、廊下をぴょこひょこととびはねつつも、なぜか歩いて?いる不思議な生物が。
まんまるい体は若葉色で、お腹のあたりのみは真っ白。
兎をものすっごく丸くして、さらにまるっこくしたようなそんな容姿、といえなくもない。
体長は、一メートル、くらいだろうか。
いや、もしかしたらそれよりももう少し小さいかもしれない。
とにかく体長と横幅がほぼ同じくらいで体系はとにかくひたすらに丸い。
そんな体にあるのかないのかわからないような手足がちょこん、とついており、
頭の部分の左右には、たらり、とたれている長い耳らしきものがみてとれる。
そして尻尾があるくたびにゆらゆらとゆれている。
まるで楽しんでいるのか喜んでいるかのごとくに。
「なあ。リリス、あれ、何だろう?」
どうみても、生きているぬいぐるみ。
そう表現したほうがしっくりくる謎の生物。
「か、かわいいっ!何あれ、何あれ!わたし、あれ、かいたい!!」
みたこともない不思議な生物を目の当たりにし、スタンがいえば、
リリスはといえば、目をきらきらとかがやかせ、何やらそんなことをいいだしていたりする。
「?二人とも、何いってるんだ?何もいないぞ?窓の外になにかいるのか?」
スタンとリリスが廊下の先をみて何かいっているが、クレスの眼には何もうつらない。
ゆえに、窓の外をもみてみるが、そこに何かがとんでいる様子もない。
フェザー・フォルクの人々はものすごく視力がいい、というので窓の外に何かみえているのか。
ともおもうが、二人の視線は廊下のほうにむかっているまま。
「?クレスさん、何いってるんですか?ほら。あれ?なんか謎の生き物が。
なんか全身がまるっこくて、お腹のあたりだけが白い、変な生物が。
ほら、あそこに」
そういい、スタンが指さすが、やはりクレスの眼にはみえない。
「?何もいないようなんだけど……」
指をさされても、そこには何もみえない。
それまでどうやらご機嫌でとびまわっていたその謎の生物が、
ふと進行方向にいるクレスやスタン、そしてリリスに気づいたらしく、
ぴくり、と耳?らしきものを動かし、その動きをとめる。
そしてまるっこい体全体を横に揺らすようにし…どうやら首をかしげているつもり、
なのかもしれない。
そして、しばらく左右に揺れたのち、ゆっくりとではあるが、
廊下の右端へと移動する。
その移動につれ、当然、スタンとリリスの視線もそちらにむきつつ、
「ほら。スタンさん。あれ、あの子!お兄ちゃん、つかまえよう!
つかまえてお母さんたちにかってもいいかきいてみよう!」
リリスがそういい、兄の服の端をしっかりとつかむ。
「いや。リリス。冗談抜きでスタンさんに見えてないみたいだし。
もしかしたら、新手の魔物なのかも…この中にいるってことは害意はない魔物なんだろうけど…」
「とにかく捕まえてみればわかるって!」
「クルルっ!?」
リリスがそういい、その謎の生物のほうにむけて駆け出すとともに、
どうやら不穏な空気を察したのか、そのままくるり、と方向をかえ、
その謎の生物もいきなり走り始める。
「…あの変な生き物、クルルってなくんだ……というか、リリス、まてって!」
かわった鳴き方だなぁ。とおもいはするが
それよりも、走り出したリリスをまずは止める必要がある。
ゆえに、スタンもあわててそんなリリスをおいかける。
「あ、ちょっと、二人とも!?いったい何が何だっていうんだよ??何もいないよ~!?」
どうやらこの兄妹の眼には何かがみえているらしいが、クレスの眼にはいまだに何もうつらない。
もしかしたら、幽霊?
魔物の幽霊?まさか。
霊体がみえないのは、まだまだ修行がたりない、といわれている所以であり、
騎士見習いから正式な騎士へとあがれない理由のひとつ。
騎士団が主に討伐しなければいけないのは、幻魔、とよばれし人々の悪意から生まれいでる。
という異形のもの。
でもそれは普通の人々の眼にはうつらない。
うつらないが、それが出現すれば、周囲に害悪をまきちらす。
判りやすい例などは、いきなり花壇の草花などが枯れ果てたりするなど。
ゆえにそういうときには、騎士団に出動要請がくる。
ほうっておけば、人が異形になってしまう、という事例もでてきたりする。
もっとも、異形にみえるものもいれば、いきなり人がかわってしまったようにみえるだけ。
つまり、そういった面を感知できるか否かで印象もかなりかわってくる。
まあ、マーテル教団から配布されている、とある品を使えば、
見えないはずのものをみることができる、というのもあいまって。
一応、幻魔の仕業なのか、それともそうでないのか。
その見極めは可能。
それらの品は各所にあるマーテル教の神殿でいつでも購入ができる。
ちなみに値段は手頃な10ガルド。
絶対につかまえてみせる!
そういきこんで、廊下を走る。
右に、左に謎の生物はかなりのスピードでかけてゆく。
まけずと、リリスもその足をはやめつつ、ちらりと後ろをみれば兄とクレスもどうやらついてきている模様。
廊下を走ってはいけない、と注意をうけそうなきもするが。
だがあの謎の生物を捕まえるほうが何よりも先。
何しろみたこともない生物であり、ここはけっこう神殿の奥に近い。
そんな中に魔物が入り込んでいるなど、これまできいたこともない。
ゆえに、つかまえてから、一応報告したのち、飼えるかどうかうかがいをたてるべきだろう。
リリスがそうおもい、新たなる角を曲がったその刹那。
「
何か誰かの声のようなものがする。
原語なのか、それとも何かの歌詞なのか、よくわからない言葉なれど。
「…え、あれ?」
角をまがってみれば、そこには、あの謎の生物を抱き上げている一人の少年がおり、
少年はどうやらその生物にむけて何やらかたりかけて?いるらしい。
まったくきいたことのない言語らしき旋律なれど。
抱き上げている少年はみたことのない人物。
柔らかな金髪は右に三つ編みにされており、腰のあたりまであり、
その頭のてっぺんに、ぴん、と一本あるくせ毛のようなものが印象深い。
服はすっぽりと体を覆うマントというかローブのようなものをはおっているらしく、
どのような服をきているのかは、傍目にはわからない。
ぱっとみため、歳のころならば、十四かそこら、くらいであろうか。
みれば、あの謎の生物は、すりすりとその人物に抱かれたままで、
その体を少年?にとこすりつけているのがみてとれる。
どうやら甘えているようにもみえなくもない。
だとすれば。
「え、えっと。その謎の生物…あなたの?」
とりあえず、捕まえようとおもっていた謎の生物に飼い主がいるのならば。
捕えようとしていたのを謝る必要があるかもしれない。
そんなリリスの台詞に気づいたのか、ちらり、とリリスのほうをみ…
おもわず、その真紅ともいえる紅い瞳にリリスはひるんでしまう。
リリスをちらり、とみたのち。
「…
何やらまたわからない旋律が。
その旋律にあわせ、
「クルル、クルルゥゥ!」
何やら抱かれている謎の生物が、くるくるとないている。
…どうやら、それがあの謎の生き物の鳴き方、であるらしい。
しばらく、その謎の生物と、そしてリリスのほうに視線をむけたのち、
何かにおもいあたったのか、それとも思い出したのか。
「…
何か、一人納得したのか、何やらうなづき、そして瞳を一瞬つむったかとおもうと、
「えっと。すいません。この子が、何か?」
次に瞳を開いたときには、先ほど紅にみえたはずの瞳の色は緑で。
あれ?
さっき、瞳の色…紅だったよね?…見間違い?でも…
それに、言葉。
今度はわかる。
「あ。えっと。すいません。そのこ、あなたの?」
「ええ」
「あ。えっと、君は…ここの騎士見習いか、何か?」
それともどこかの今回招かれている人達の連れなのか。
護衛、ではないだろう。
どうみてもこの子は華奢すぎる。
「いえ。違いますよ」
「じゃあ……」
もしかしたら、参拝者がまよってここまで入り込んでしまったのかもしれない。
もしかしたらペットを探して迷い込んでしまったという可能性も。
「あ、あのね。この付近は…」
関係者以外は立ち入り禁止になっているの。
そう、リリスがいおうとすると。
「お~い!リリス。まったく、で、あの謎の生物は…って、誰?」
「クルル?」
「知り合いかって?まあ、直接にはあってはいないけどな。
しかし……」
人の子とは成長が早いな。
しかし、の後に小さく紡がれた言葉はあまりにも小さくて。
でも、近くにいるリリスの耳にはしっかりとその言葉は聞き取れる。
「あ。お兄ちゃん。あの謎の生物、この人のペットだったみたい」
「クルル、クルル!」
「この子はペットじゃなくて家族なんですけど。だから、その姿はやめたほうがいい、と……」
「「?」」
「クルル~……」
「いや。気にいってるのはしってるから。ものすっごく。
それで神殿をうろつきまわってるのも聞かされてるから。
まあ、姿をかえて様子をみてまわる、というのは仕方ないにしても」
どうやら会話が成立しているっぽい。
というか、神殿をうろつきまわっている、といっているが。
やはり、この人はここの神殿の関係者なのだろうか。
それにしては、幾度かここにきたことがあるが、こんな人も生物もみたことがない。
「えっと。君は?あ、名前を聞くのにはまず自分から、だったね。
えっと。俺はスタン。で、こっちが妹のリリス」
「うん。知ってるよ。ロイドとコレットの子供でしょ?
ほんっと、よくあの二人…子供、できたよねぇ……
…本気でロイドって、子供の作り方…わかってなかったのに……」
「「え?父さんたちの知り合い?」」
いきなり両親の名前がでてきて、逆にスタンとリリスは戸惑わずにはいられない。
それにしても、こんな人物、リリスとスタンには心当たりがない。
少なくとも自分たちが物心ついてからこんな人物にはあったことがない。
というか、この人物の見た目は十四かそこら。
それにしては、父と母を呼び捨てにしている。
しかしそれはなぜかとても自然で、年上を呼び捨てにしている、というのではなく、むしろ。
二人のことをよくしっているから、というようにも感じられる。
「えっと。君は……」
リリスがそう改めて問いかけようとすると、
「ようやくおいついた。スタン。リリス。神殿の廊下は走ったらだめだよ。
って、どうしたんだい?そんなところでつったって?」
どうやらクレスもおいついてきたらしく、二人にそう忠告してくる。
「口うるさい上司や神官たちにみつかったらうるさいよ~」
事実、しつこいくらいのお説教がまっている。
だからこそのクレスの忠告。
「あ。クレスさん、この人…」
「?何いってるの?」
「「え?」」
リリスがクレスにこの人物をしっているかきこうとするが、
逆にクレスはきょとん、と首をかしげるのみ。
「いや、この人のこときこうとおもったんだけど……」
「いや。誰もいないでしょ?」
実際。
クレスには、そこには誰もいない廊下がみえているのみ。
「は!?ま、まさか、あなた、幽霊!?」
「あはは。違うよ。まあ、今は実体化してないし、力をか~~なりおとしてるから。
一定の力をもっていない人達にはみえないかな?今の僕らは。
…騒ぎになっても面倒だったから、実体化はまだしてないんだよねぇ」
リリスがおもわず、ずざっと後ずさるが、
そんな彼女にたいし、片手をひらひらさせて、否定してくる金髪の人物。
というか、少年なのか少女なのかよくわからない。
それでも、リリスが少年、と判断したのは、今とは異なる、少し低い声をきいたがゆえ。
あのどこか委縮してしまうようなあの声の主が女性であるとはおもいたくはない。
今ははじめの雰囲気はどこにいった、というような感覚をうけるが。
「いやいや。ちょっとまて!リリスちゃん!まさかそこに幽霊がいるのか!?」
「いや、この人?どうやら幽霊ってのは否定してるけど…
っていうか、実体化してないって…どういう意味?」
クレスがそう言いかけたその矢先。
「――ラタト…じゃない。エミル、いたぁぁ!
というか、くるならくるってもっと早く連絡ちょうだいよね!
というか、オリジンから連絡あって、皆びっくりしてるんだからね!!」
何やらクレスや、そしてスタン、リリスにも聞き覚えのある少年の声が。
ふとみれば、廊下の先。
どうやらこの廊下の先は十字路、になっているらしく、
その一方から一人の少年がこちらにむけてかけてくるのがみてとれる。
「あ。ミトス。久しぶり。
というか。何一方的にいつもいつもしつこく相変わらず手紙おくってきてるわけ!?」
「だって。君、あれからまったくなしのつぶてじゃない!」
「いや。だって僕が宣言したでしょ?だから他の子たちもこっちにはきても干渉してないはずだし」
「ネコニン達にしつこいくらいに懇願して、
根負けしたネコニン達がセンチュリオン達につなぎをとって、
なんでか僕のところに毎度、毎度手紙がおくられてきてるのはまあいいけど。
でもさ。…君、前とほんっとかわってないよねぇ。
しつこいくらいにあの場にきたときと。近況報告のつもりなんだろうけど。
…マーテルさんとユアンさんについての愚痴とか、クラトスさんについてのこととかばっかりじゃない。
君の様子とかほとんどかかれてないしさ」
何やらいきなり話をし始めた。
いや、というか。
…何で勇者ミトスと、というか教皇様とこの少年?が知り合いなわけ?
それゆえに、真実をしっているスタンとリリスは困惑せざるをえない。
その一方で。
「あれ?ミトス君?…君、誰と話してるの?」
クレスの視界からは、一方的に知り合いの…クラトス騎士団長の知り合いだ、
というこのミトスという少年が虚空にむけて何かいっているようにしかうらない。
「…エミル。君、力どこまで抑えてるの?このクレスさんにもみえてないみたいだけど?」
「いやぁ。今回は僕だけじゃないからね。
あの子たちは当然だけど。どうしてもこの子もきたいっていったから。
念には念をいれてるんだよ」
ひょいっ、といいつつも、手にしている謎の生物をかかげる、エミル、と呼ばれた少年。
どうやら、会話を聞く限り、この少年の名は、エミル、というらしい。
「その子…え?…何で、君やウィノナ母様と同じ気配がしてるの?」
「ノルン。挨拶を。僕が今のところ加護を授けている四人のうちの一人でミトスだよ」
「クルル?」
「うん。まあ、姿戻しても大丈夫かな?ミトスは僕らのこともしってるし。
というか、テネブラエやらアクアが君のことも話してるし」
「では……」
「「は?」」
というか、今、あの謎の生物が人の言葉を話さなかった?
そう聞こえたゆえに、おもわずスタンとリリスは顔をみあわせる。
ふわり。
まさに、ふわり、といった様子でエミル少年の手からその謎の生物は浮き上がる。
そのまま、トンッ、と床に降り立つとどうじ。
その姿がゆらり、とゆらめく。
「「は…はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」
その光景が信じられず、思わず叫ぶスタンとリリス。
ふわりと降り立つとともに、その謎の生物の姿がゆらめき、
そのゆらめきはなぜか一瞬のうちにヒト型となり、
トン、っと床に足をつけたときは、完全にそこには謎の生物、ではなく。
まったく見慣れない女性がひとり、そこにたっていたりする。
「初めまして。お父様が加護を授けているミトス・ユグドラシル殿。
私はノルン。かつてお父様が惑星デリス・カーラーンにおいて、
新たに株分けした大樹カーラーンに宿りし、世界樹の精霊。
今回は、あのウィノナ姉様が私と同じ立場に完全になる、というので。
お父様にむりをいってつれてきてもらいました。
もっとも、この私はあくまでも分霊体であって本体の私そのものではないですけど」
「ノルンの核はあの樹そのものにしちゃってるからねぇ」
緑色の長い髪に、その額には木の葉でできたような髪飾りをしており、
その背には白鳥のような、というかこの地にいるフェザー・フォルクと呼ばれている種族。
元、天使、と呼ばれていたものたちよりも綺麗な真っ白い大きな白鳥のような白い対の翼。
裾のひろがったふわふわのスカートのようなものをはいており、
そのスカートは幾重にもかさなって。まるで花のつぼみのごとく。
足元はつぼみのようにすぼまっているスカートの先にある真っ白いフリルのような、
布のようなものにてみえそうでみえない。
あきらかにどうみても普通のヒト、ではありえない。
というか。
今、このいきなりあらわれた女性は何といった?
今、精霊、といったような……
「とりあえず。気配が漏れないようにノルンの周囲には結界ははってるけど。
元が元だからねぇ。ノルンはまだまだ若いし」
「…お父様とくらべないでくださいませ。
これでもお父様がこちらの惑星と契約をむすばれてのち、
あの地を見守ってきている実績はあるんですのよ?」
「それでも。何しろノルンは何があっても自分でためこむ癖もあるからね。
直接自ら、愚かなるものに裁きをあたえることも戸惑うほどに優しいし。
…そのために、ノルンが消滅とか、大樹が枯れたりしたら、元もこもないのに。
君は僕らと違って、大樹が消滅したら惑星も消滅してしまう。
君もそれまでで、…マナとなりて僕のもとに還ることになるんだよ?」
「…エミル。親子の会話はとりあえず、後回しにして。
とにかく。ウィノナ母様や姉様も心配してたよ?
えっと。初めましてだね。ノルン。君のことはよくラタトスクやアクア、
それにテネブラエから昔よくきいてたよ」
「…ミトス。お前にノルンのことを話したのはそれほどないはずなんだが?」
「でも、話してくれたじゃない」
「それはそうだが……」
何だか口調がいきなりかわったように感じるのは、リリスとスタンの気のせいか。
いや、それよりも。
「「…親子ぉぉぉ!?」」
そっちのほうがびっくりする。
というか、今、彼女は自らを精霊、と名乗らなかったか?
惑星デリス・カーラーンとは、彗星ネオ・デリス・カーラーンと何かかかわりがあるのだろうか。
そもそも、彼の元に還る、ってどういう意味!?
聞こえてくる会話のどれにも突っ込み要素が満載過ぎる。
すぎるが、相手はこの神殿の最高責任者であるミトス・ユグドラシル教皇。
一部では、法王、ともいわれているマーテル教会における最高責任者。
そんな彼と親し気に話している、ではこのエミル、という少年は。
「いや。あの?いったい何がどうなってるんだ?」
一人、まったく何がとうなっているのか理解できていないクレスとしては戸惑わずにはいられない。
何か大きな力らしきものがいきなり目の前にあらわれたような感じはした。
でも、それだけ。
まるで、そう。
初めて銀の大樹と対面したときのような、そんな感覚をうけてはいる。
いるが。ただそれだけ。
相変わらず、クレスの目には、スタンとリリス、そしてミトスの姿しかうつっていない。
「でも。ノルン。あの姿はいったい?」
そんなクレスの疑問は何のその。
ミトスはミトスで気になっていたことをノルンに問いかけていたりする。
「うふふ。あの姿でわたくしの神殿をあるきまわっているのですわ。
世界樹のそばには緑の聖獣がいる、とまでいわれていますのよ?」
「…君の娘さん、たしかに君の娘だよね」
「どういう意味だ。ミトス」
「言葉のままだよ。あ、でも君のように外にでていかないだけましなのかなぁ?」
何しろミトスは、ディセンダーとして外にでまくっていた。
というラタトスクの昔をセンチュリオン達から聞かされている。
この地においては、あの時。
それまで一度も外にでたことはなかったという彼が外にでたのは――
彼が、ラタトスクがいたからこそ、自分も、姉もこうして今、ここにいる。
おそらく、彼が眠っていたままであったならば、このような世界にはなっていなかっただろう。
きっと、自分は命をおとし、姉は姉で変質してしまっていた未来がまっていたはず。
ウィノナ母様にあうこともなく。
外にでたのは、うぬぼれかもしれないが、自分のためだったのかもしれない。
そう、ミトスは今でもおもっている。
事実、ラタトスクはミトスの意見を常にあの旅の中でもきこうとしていたのだから。
「それだけは頑固としてとめられていますの。神殿の皆さまに。
わたくしの世界はなかなか、人々の争いがなくなりませんので」
ミトスが過去のこと、というか昔のことを思い出しつつもそういえば、
ノルンはノルンで自らの境遇をさらり、とのべる。
先代のようにディセンダーを産みだすことも可能なれど。
でもそれを一度やって、人に殺されてしまってからは、ノルンはなかなかつぎに踏み切れない。
そして、それをしっているからこそ、ノルンを祀る神殿側としては、
ノルン、そしてそのかかわりのあるものを外にだすのは極力さけたい。
それらはすべて、世界樹の、ひいては世界の安定力を削ぐことになってしまうがゆえに。
「だから。幾度もいっているが。そういう輩の場所はさっさと浄化しておくべきだ、と」
「一応、マナの制限はしているのですわよ?でもそれ以外の方法で争うのですよね。
昔のように魔科学を利用してではなく、普通の科学力での戦いなどで。
もっとも、それで人口が一時期かなり減ってしまい、
今ではそういった科学力というものもほとんど失われてしまっていますが」
「まあ、我とてミトスの懇願がなければあの時、地上を全部浄化するつもりだったからな。
もしくはやるだけやらして、あらたに大地に蓋をして、
あの時の地上をもニブルヘイムに含める、という手段もとれたわけだが」
「すみわけはその点、きちんとしていましてよ。…お父様がこの地のことを、
かの彗星を通じて教えてくださっていたのもありましたから。
自らの枝の葉ごとに、境界をわけて、一応世界はわけておりますの」
「それが無難だな」
何やら会話がとてつもない内容になってきているような。
というか、意味がわからない。
いや、理解したくない。
「ま。ともかく。ウィノナ母様もノルンにはあいたがってたし。
ラタ…でなかった。エミル。どうせ君もウィノナ母様のところにいくんでしょ?」
「そのためにわざわざ精霊界からでてきたからな。
時は満ちた。ウィノナの生み出せしマナにて新たなる命が生まれいでる。
それによって、我がマナを制限していた枷は、ウィノナのマナにおきかえられ、
ゆえに、お前たちにも再びマナを感じることができるようになるだろう」
「あ。新しい精霊の誕生ってそういう意味ももってたんだ。
あ、だから。オリジンがやってきたのは」
「他のヤツラも全員こさせてるぞ?…引継ぎもあるしな。心構えとか」
「納得」
何やら会話をしているようだが。
クレスとしては、そこに何もない、誰もいないようにしかみえない以上理解不能。
でも、何となくだけども気配らしきものがある。
というのはわかる。
なぜどうして、銀の大樹と面していたときのような感じをうけているのかはわからないが。
「う~ん…何か虚空にむかって延々と独り言をいってるようにしかみえない…
やっぱりきちんと瞑想とかは大事なのかなぁ……」
「…クレスさん、きちんとしてないんですか?」
そんなクレスにあきれたようにリリスが問いかける。
リリスとしては、ミトスと、そしてエミルと名乗った人物との会話。
そんな二人の会話を理解するのを放棄したらしい。
というか深く追求したら何となく怖そうで、無意識のうちにクレスのほうにと意識をむけたわけだが。
「いや。体を動かしてるほうが楽というか…やってたら寝ちゃうというか……」
「だから。いつまでたっても見習い、なんですよ。
霊体…つまり、精神体がみえなければ、幻魔ともたたかえないんですよ?」
「いや。わかってるんだけどさ…見習いに配布されてる幻魔がみえるようになる品でつくられてる眼鏡。
それをいつまでもかけて討伐に赴くのも何か違うとはおもってるけどさ」
薄いガラスのようなそれは、スペクタクルズ、とよばれている品に近い。
それを利用してつられているのが特殊な眼鏡。
かけていれば、みえないものも視えるようになる。
すなわち、実体のないものがみえるようになる品であり、
そういった輩を自力でみることのできないものからすれば必需品ともいえる。
スペクタクルズとよばれる品は、千年前ほどは普通に一般的に普及していたらしいのだが、
今ではそれも利用できるのが、この聖地一帯のみ、というのであまり重宝されていない。
「集気法っていう技をつかえばみえるんじゃあ?」
「一時的には、だけどね。あれは何でも周囲の大気をとりこみ、力にするらしいから。
でも、ここではそれをやったら逆に体力がついていかないんだよなぁ。
全力疾走したかのような大きな力がいきなりあつまっちゃうから」
それだけこの地の大気というか自然に力がある、ということなのだろうが。
聖域といわれている区間からでなければ、おいそれとその技は使えない。
彼ら兄妹とクレスがそんな会話をしている中でも、ミトスとエミルの会話は何やらつづいている。
やがて。
「とにかく。僕もそう離れるわけにはいかないし。
というか、ユアンが機転をきかせてくれてるから今は大丈夫だけど。
エミル、一応、姿はみえるようにしたほうがよくない?君だけでも?」
「う~ん…ノルン。どうする?」
「あの姿からいきなりお姉様の前でかわって驚かせようとおもったのですが…
いきなり現れても驚いてくれるかしら?ウィノナ姉様……」
「…お前、ウィノナにはなついていたからなぁ……」
「よし。きめましたわ!お父様!姉様が面倒をよくみてくださっていたころの姿になりますわ!」
「なら、こちらも一応、実体化しておく、か。ノルン、気配の漏れ出しには十分注意するように」
「は~い!」
そういうと同時、二人の体が、あわく、輝く。
「「「うわっ!?」」」
その輝きは、さすがのクレスとて感じられる。
「な、なにだ、今の輝き…って…誰?その二人?」
輝きは一瞬。
一瞬、雷が空にひかったのではないのか、というほどのまぶしい光。
目をつむり、そして目を見開いたクレスの眼に、
誰もいないと認識していたはずの場所に、歳のころならば十四かそこらの、
金髪の少年か少女かよくわからない人物と、緑色の髪のかわいらしい、三歳か四歳くらいだろうか。
緑色の縁のはいった、スカートのすそのひろい、まるで葉っぱをいくつにも重ねたような。
そんな感覚をうけるかわった服装をしている少女が一人。
「あ。かわいい」
「うふふ。お父様、この姿で私をうみだしてくださいましたからね。
知識の吸収にあわせて成長するように」
ミトスのその言葉をうけ、にっこりと幼女が微笑む。
その口調は幼女らしからないが、子供が背伸びしている、ともとらえられ何ともほほえましい。
「…いや、父…って…はぁ!?」
おもわず、そこにいる長髪金髪の人物とその少女をみくらべるクレス。
そして、理解する。
さきほど、リリスとスタンが叫んでいた意味を。
歳のころならば十四かそこらにみえない人物を、こんな幼女が父とよんでいれば。
たしかに、親子!?と叫びたくもなる、というものであろう。
「ノルン。移動はどうする?手をつなぐ?それともだっこ?かたぐるま?」
「……きいてたように、ほんっと、君、ノルンちゃんには甘いんだね……」
今の姿ならば、ちゃんづけのほうがしっくりくる。
というか、アクアがノルンちゃん、とよんでいた意味がよくわかる。
そんなエミルの言葉にミトスとしては苦笑せざるを得ない。
「じゃあ、手つなぎで!せっかくこうして分霊とはいえあの世界からのはじめてのお出かけですもの!
自分の足であるいていたいですわ!」
「迷子にだけはならないようにね?
さっきも降ろしたとたん、いきなり走り出したでしょ?危ないからね?」
分霊?とか意味のわからない台詞がクレスの耳にきこえてくるが。
クレスからしてみればまったく意味がわからない。
精霊のありかた、というものはスタンとリリスはリフィルからもきいていることもあり、
何となくだが理解できてしまう…リリスはしっかりと理解しているが、
スタンのほうは、本当に何となく、でしかないが…とにかく、乾いた笑いをあげるしかできない。
この子、精霊っていうの隠す気…まったくないような。
そんな危惧すら抱いてしまう。
でも、他の大樹の精霊、だというのであれば。
というか、大樹カーラーンの精霊、というのはラタトスク、という存在ではなかったのか。
そういえば、さきほどミトスがエミルのことをそう呼んでいたような…
そして、このノルンと呼ばれている少女が父、とよんでいる。
それを総合すると……
何かとてつもないことに気づいてしまい、リリスとスタンは思わずその場に硬直してしまう。
会話の内容か察するに、あの謎の生物が一匹?で走っていた理由は、
どうやら彼が抱いていたか何かをしていたのをおろしたとたん、
いきなりひとりで走り始めた結果、であったらしい。
「とにかく。いこっか。あ、ノルンちゃんの説明、どうしよ?」
「僕の娘でもあるんだから、それでいいんじゃないの?」
「君、今の姿の年齢、わかってる?どうみても十四かそこら、でしかないよ?」
「でもこの姿のほうが楽だし。わざわざ姿を成長させる意味もないし」
「…まあ、そこはうまく僕が説明するよ。で、君の立ち位置はどっち?」
ミトスの問いかけは、直接の問いかけではないが、エミルには理解可能。
「伝承のほうだよ。だからこっちの姿。
あちらのよくとる人間形態に近い姿はなんでか精霊達に却下されちゃったんだよねぇ。
よくわからないけど、新しく生まれる子が絶対に恐縮するとか何とかで」
「あ~…君のあの姿。気配おさえてても、畏怖の感情、自然といだくものね」
銀の髪の精霊形態の姿をしっているがゆえの、ミトスの台詞。
「それに。この姿のほうが、まだ当時いきてたエルフの民もしっているものもいるだろうし、ね。
どうせ今回の儀式に彼らも一部、やってきてるんでしょ?」
「あの時の長老は代替わりしちゃってるからねぇ。
というか、あのあと大変だったんだから。エルフたち絶望しまくってたよ?」
あの一件ののち。
エルフ達だけではない。
エルフの血族といわれる、ハーフエルフ達ですらマナを紡ぐどころか感じることもできなくなった。
世界から、大樹の精霊から、大いなる意志から。
完全にみはなされたのだ、とエルフたちはかなり絶望していたのをミトスは思い出す。
なぜかあのとき。
銀の大樹が芽吹いたときに、ウィノナが彼らをつれてきていがゆえ、
彼らがおちつくまで、出来たばかりの”都”というべき場所に彼らの住処を提供しようとしたが、
彼らは考える時間がほしい、といって、ユミルの森のほうへともどっていった。
森の中にはいることができず、森の外に小さな集落をつくり、それは今でも続いている。
それでも、少しづつ、森の中にはいれるエルフがでてきている、ということは、
少しは自然を敬う、ということがようやく本当の意味でエルフたちも理解しはじめたのであろう。
自然は力はそこにあってあたりまえ。
そのようなエルフたちは認識でしかなかった。
ゆえに、その考えが自分たちこそ最高なのだ、という傲慢さにいたった。
石に意識を集中し、自然を感じようとすればミトスにはそれは感じ取れた。
姉のほうは、何となくわかる、といい。
いわく、おそらくは姉はながらく大いなる実りの中に魂がいたがゆえ、だろう。
とはいっていたが。
とにかく、マナを利用した様々な技術なども利用不可能となったあの当時。
町や村、といった生活空間がことごとく消失してしまっていたがゆえ
そちらの復興のほうに手がかかり、そういった方面での混乱はすぐにはおこらなかったが。
混乱が起こり始めたのは、復興がある程度すすんでからのち。
もっとも、それらもマーテル教の発表で人々を納得させることに成功したわけだが……
「盟約を先にたがえ、こらちに喧嘩をうってきたのは彼らだよ?
そもそも、あのときまで力の利用を認めていたけどさすがに許容範囲はこえたからね」
「あの騒動でことごとく地上の施設とかがなくなってたから。
マナが消失したとわかっても大騒動にはならなかったけど…
元テセアラ側はその知識をもってして技術を復活させようとしてもできなかったようだけどね」
「まあ、自分の生み出してたマナを一切、マナのままでは使えないようにしたからね」
いやあの。
…自分が産みだした…マナ?
さらり、とかわされる会話の内容にクレスは目を丸くするしかない。
「とにかく。僕が案内するよ。ユアンも気をもんでるだろうしね。
あ、彼ら、僕が連れていくけど、別に問題は…ないよね?
というか、何で君、彼らとともにいたの?
この二人、たしかロイドとコレットの子供でしょ?
そっちの人はここで騎士見習いをしてるクレスって人だから知ってるけどさ」
この子供の姿、というか十四程度の姿で聖都をうろうろとしているときに、
クレスとはミトスは面識がある。
まあ、この神殿の中でもうろうろとしているので、
クレスからしてみれば、巫子見習いか何かだろう。
そうおもっていたのだが、一度手合せをしてその考えは改めさせられた。
どうみても強そうでないのに、手も足もでなかった。
クレスの父、ミゲール曰く、あのクラトス団長と互角にわたりあえるのだから只者じゃない。
そうとまでいわしめている少年。
それがこの、ミトスである。
「いや。たまたま出会っただけだよ。別に一緒に行動していたとかじゃないし」
事実、たまたま出会っただけでしかない。
おそらくは、ノルンの姿がみえてしまったがゆえ、興味本位でおいかけていた。
そんな所、なのだろうが。
「そうなんだ」
「それにしても。ミトス、君、僕をみつけるの、はやかったねぇ」
「君にもらってたデリスエンブレムがあるからね。共鳴する感覚をつかんで急いできたんだよ。
あっちの姿は見知った人もいるから、こっちに姿をかえてね。
もっともこの方法はまだ君が僕らから以前くれた石をとりあげてないからできることだけど」
それがなければ、気配を隠しているラタトスクを見つけ出すのは困難といわざるをえない。
何しろセンチュリオン達ですら気配を隠している主を見つけ出すことは難しい。
そういわしめ、かの地…彗星のとある場所に彼の位置を示す地図を作り上げていたくらいなのだから。
「それは、君達だけ、にあげたものだからね。取り上げたりはしないよ。
…君達が自主的に僕に戻すとかしない限りは、ね。
だって、それないと、絶対にミトス。君、無茶をしそうだし?」
「うっ!?」
「自分を人工的に精霊化させて世界を見守ろうとか君、いいだしかねないし?」
「うぐっ!?」
「君、いまだに世界の調停ばかりに気をかけて。…結婚とか考えてないでしょ?」
「あ、相手がいないから…というかそんな暇ないから、ないからっ!」
「はぁ…あのプロネーマさんですら結婚したのに。というか君以外とよくくっついたなぁ。
と君から手紙受け取ったときおもったけどさ」
そのプロネーマももはや、もう、いない。
天使化をはたしていなかった彼女はハーフエルフとして、その寿命を全うした。
その義理の娘であるマリアはまだ健在なれど。
「絶対、マーテルさん、君を心配してるでしょ?」
「ううっ。エミルにまでいわれたぁ…よくいわれてるよ。それ。
でも、でもまだ、地上はおちついたわけじゃないし?争いの火種はなくならないし?
…それくらいしないと、四千年も約束を違えていたんだから皆に顔向けできないしね」
最後の言葉はミトスの本音、なのだろう。
相変わらず真面目、というか何というか。
「皆、君の自己犠牲は望まないとおもうけどなぁ…僕も含めて。
そりゃ、君が皆を裏切っていたのは事実かもしれないけど。
でもそれは、君だけのせいでもなかったわけだしね」
すくなくとも、魔族の干渉があった以上、それはミトスだけの責任ではない。
というか、ミトスが魔族の干渉を自分一人に押しとどめていたがゆえ、
精霊達も狂うことがなかったといってもよい。
「今、当時で生きてるのって…関係者ではヴェリウスの試練を突破した人達くらいかな?」
「リヒターさんはまだ生き残ってるよ。…かなり歳をもうとってるけど」
試練をうけたものは、成人後、歳をとってはいないが、
当時、成人していたものはそれから後、歳をえていない。
そうでないものは普通に歳をとっていっている。
ちなみにプレセアも試練をうけてはいるが、もともとの姿。
すなわち、成人した姿になってから姿はかわっていない。
「あとはゼロスさんたちかな?皆、今日はここにくるからね。
ちなみに、君がくるのをしっているのは、ユアンと僕と、そしてクラトスくらいだから。
まだ他の皆には連絡してないんだ~。驚かせようとおもって」
「…相変わらずだよね。ミトスも。まあ、僕も驚かせようとおもって事前に連絡しなかったわけだけど」
そんな二人の会話に、第三者ともいえる、クレス、スタン、リリスはただそこにいるだけで、
どうやっても会話に割って入る余裕などない。
というか、当時って。
四千年って?
事情を完全に知らされていないクレスとしては、頭の中に?マークが飛び交っていたりする。
「とにかく、いこうよ。あ、スタンさんとリリスさんはまたあとで。
ロイド達と一緒に儀式に参加する許可もらってるんでしょ?」
「え、あ。うん」
そう短い言葉しかスタンとしては発せられない。
「それじゃあね。いこ。エミル」
「あ。うん。じゃあね。君達」
そういい、ミトスにうながされ、ミトスがやってきた方向にとあるいてゆく三人の姿。
そんな三人の姿をしばし茫然とながめつつ、
やがて。
「…なあ、いったい何がどうなってるんだ?というか、今の彼らの会話って…?」
「…クレスさん、気にしたら負けだとおもいます。たぶん」
「うん。俺もそう思う」
困惑した声をあげるクレスにとリリスがいい、スタンも何となくだがそうおもい、
そんなリリスに同意する。
このあたりの勘は、この兄妹はよくあたる。
事実、真実をしれば混乱どころか下手をすれば発狂まちがいなし、であろう。
何しろマーテル教の根底にある教義。
それすらをもあるいみ覆す真実、なのだから。
「それにしても、あの子。ミトス君。今回か家族ときてるのかな?
クラトス団長の知り合いの子どもってことらしいけど……」
「「あ…あはは……」」
その言葉から、クレスがいまだ、ミトスの正体を知らないのだ、と悟り、
スタンとリリスは乾いた笑いをあげるしかない。
「と、とりあえず。クレスさん、案内よろしく」
「え?あ。うん。そうだね。じゃあ、改めて神殿内部の案内にいこっか」
何かどっと疲れたようなきもするが。
とりあえず今は、この兄妹にこの神殿の中を案内していた最中。
ならば、自分は自分の役割をこなせばよい。
扉の前にて警備をしていた担当のものが、びしっとミトスの姿をみとめ敬礼をする。
そして、二人いる片方のほうが、
コンコン、と扉をたたき、
「失礼いたします!ミトス様、お連れの方とともにもどられました!」
何やら高らかに扉の向こうにむかって宣言する。
扉はそこそこの高さと大きさがあり、
そこには樹と天使のような模様が刻まれている。
そしてその上には、樹らしきものを取り囲む葉っぱでできた輪っかのような文様らしきものも。
エミルが扉に書かれている細工模様をしげしげと眺めている最中、
「おはいりなさい」
声が扉の奥からかけられ、ゆっくりと扉が左右にと開かれてゆく。
どうやらこの扉は両開きタイプのトビラ、であるらしい。
ギィっと外、すなわち彼らのいる方向にと開け放たれる扉。
どうやらこの奥はちょっとした広さの部屋になっているらしく、
部屋の左右の壁には天上まである本棚らしきものがみてとれる。
緑色の絨毯…けっこうやわらかな絨毯で、足をふみだせばすっぽりと、
足がうまってしまうのではないのか、というほどにやわらかな毛糸が使われている。
どうでもいいことではあるが、ここは靴を脱いで行動するような建物ではないゆえに、
こういったものは掃除などが大変のはず。
ヒトとはこういったところでよくわからないムダともいえる物をよくおくよな。
そんなことをふとエミルは思ってしまう。
部屋の一番奥には机が一つあり、書類らしきものがつみあげられている。
そしてそんな机の手前にたたずんでいる一人の女性が。
「あなたたちは、しばらく席をはずしていただけますか?」
「いや、しかし……」
緑色の髪の女性にそういわれ、警備をしていた人物は何やら戸惑ったような声をだす。
「内密の話があるのです」
そういわれても、いくらあのミトス様が案内してきたとはいえ得たいの知れない人物なのは確か。
さらには小さな子供までいる始末。
ゆえに、警備担当である彼らからすれば戸惑わずにはいられない。
「マーテルさんも元気そうですね」
「というか。…ラタ…でなかった。エミル様。もっと早くにご連絡くださいませ。
あら?そちらの子は…あなた様や姉様と同じような気配を感じますが……」
穏やかな笑みを湛えているその女性はそうたしなめつつも、
しかたがないわね、というような表情をしていたりする。
「あ。さすがにあれだけの年月、種子の中に魂ごといたからわかるんだ。
この子はノルン。惑星デリス・カーラーンにおいて。
僕の後継者になってる子だよ。といっても、今のこの子は分霊体だけどね」
マーテルがこちらの会話をあまり知られたくないようなことをいっていだかゆえ、
エミルは自然な感じで彼らがかつて使用していた言語を紡ぎ、会話を繰り出す。
天使言語、ともいわれていた原語の元となったこの言葉は。
今ではたしか、一部のものしか使用していない、と一応報告は受けている。
ならば、普通のヒトであるらしきこの警備担当のものがこの言語をしっているはずがない。
ゆえに、内密の会話、というのもこれならば可能のはず。
彼らの仕事をわざわざ取りあげるというか、警備担当個所から遠ざける必要性もない。
「えっと。とりあえず、君達は担当の警備場所にもどっておいてね」
「はっ。失礼いたしました!」
とりあえず扉をあけ、ミトスとエミルと、ちいさな幼女。
この三人を部屋に招き入れていた彼らはミトスにいわれそのままかるく敬礼したのち、
そのまま再び扉から外にでて、その扉をゆっくりとしめてゆく。
おそらく、このまま再び、扉の外で警備を始めるのであろう。
事実、扉から外にでた彼らは、そのまま再び、扉の左右にとわかれ、
そのままの姿勢で警備を初めていたりする。
「まあ。では、その御方が…初めまして。ですわね。私はマーテル。
マーテル・ユグドラシルと申します。ラタトスク様には本当にお世話になっておりますわ」
「うちの世界樹の巫子の家系の方ですわね。初めましてですわ。わたくしはノルン。
つたないながらもお父様の…ラタトスク様の後継者をつとめさせていただいております。
本体に影響のないように今のわたくしと、本体の意識は切り離しておりますが、
本体にもどったとき、わたくしのこの経験も本体に継承されるので問題はありませんわ」
核ともいえる、樹、というか惑星そのもの。
今のノルンは、かの惑星の命の場そのもの、といって過言でない。
ゆえに、分霊体の意識を完全にきりはなし、一応惑星そのものに影響がでないように処置がされている。
もっとも本体にもどり、融合したときにはその記憶も経験もすべてひきつがれるというか、
完全に融合を果たすのであまり問題はない。
あるとすれば、本体から離れている以上、世界樹…世界を構成し守り抜くその膨大な力。
その力が一部しか扱えない、というところだろう。
もっとも、ここにすべてのうみの親たるラタトスクがいる以上、そんな力が必要になるとはおもえないが。
にこやかに、ころころと笑みをうかべつつ、互いに挨拶をするその様子は、
エミルの姿をしているラタトスクからしてもとてつもなくほほえましい。
ノルンの、否、惑星カーラーンにも新たな理はひきおえている。
かつてのような事が再び起こりえない、とも限らないので。
必要以上の力を使用しようとした場合、
それを示唆したもの、もしくは使用しようとしたもの。
それらからマナを吸い上げる、場合によっては魂の力すらも、という理を。
それによって、たとえかつてのように魔導砲が開発され使用されたとしても、
ノルンの宿りし”大樹”が枯れるような事は今後、ありえなくなっている。
枯れるとすれば、かの世界に負の力が満ちたときくらいかもしれないが。
それもあわせ、かの地には負の精霊をもうみだした。
ついで負を浄化する海の精霊も。
それによって、ノルンが人の手により枯れる、ということは今後なくなるであろう。
不測の事態などがおこらぬ限り。
ラタトスクがこの過去の世界に戻ることになったきっかけともいえる出来事。
それらすべては、かの惑星が滅びに瀕したからに他ならない。
もっとも、それがなくてもまちがいなく、世界樹は枯れてしまっていただろう。
愚かにもマーテルがライゼンという人物に魔界の存在と、
そして魔科学の存在を教えてしまったがゆえに。
ヒトに請われたから、といって教えることではないとおもう。
でも、人が望むのだから、とマーテルはそれをした。
それによって何がおこるか、深く考えもせずに。
世界樹ユグドラシルの精霊、となのっておきながら、世界をまもる。
という自覚がまったくなかった。
ゆえにあのようなことになったのだろう。
一度、地上が瘴気にみちたときにこりたとおもったのに、マーテルはそうではなかった。
だからこそ、この過去の世界でラタトスクは動いた。
マーテルが人工的に精霊となって樹の守護についてもロクなことにはならない。
そうわかっていたからこそ――
実際、この千年。
ちょっとした分史世界をいろいろとつくってみたが、やはり結果は皆同じ。
すなわち、マーテルが精神集合体となりて精霊となったとしても、
世界を守る覚悟などは全く芽生えはしなかった。
分史世界をつくるにあたり、規模は小さくして様々試してみているが、
とある分史世界においてはマーテルが消滅したのち愚かにも人が人工的にまた精霊という存在をつくりだしたり。
とほんとうにマナと直接かかわりのある世界のままにしていれば人はロクなことをしていない。
今回、きちんとした引継ぎがなされたのち、
それらの世界に渡れるアイテムを、オリジンを引継ぎしものに渡すつもりではあるが。
それらをどう扱うかは、それを手にしたもの次第。
もっとも、それらを使い、過去を改変した場合、
そのものは二度と、この世界にはもどってこれなくなるのだが。
過去をかえようとするものはおそらくその事実には気付きもしないであろう。
しかも、過去、といっても同じような歴史をたどっている分史世界の一つである、ということにすら。
それによって、新しい分史世界…大樹カーラーンの枝の一つに葉っぱが一枚、新たに生えはするが。
ただそれだけのことで、こちらにはまったく影響はない。
むしろ、そういうことをしようとする輩がこの地から排除されるという点を含めれば、
それはそれで問題もない。
「そういえば、マーテルさんは話し合いの場にいなくてもいいの?」
視る限り、どうやらユアン達は、各国などの代表者。
このたびの儀式に招かれている人々と話している最中らしいが。
ミトスも姿を大人に変えて…あいかわらずかの石の扱い方がさすがとしかいいようがないが。
ともあれ、大人の姿にて、マーテル教会の、最高責任者、すなわち教皇、
もしくは法王、ともよばれているらしいが…
ともかく、教会を統治するもの、として話し合いの場におもむいていたらしい。
もっとも、今はユアンに任せ、こうして自分を迎えにきているわけだが。
「わたくしの伝承としてはあくまでも、人として転生を繰り返している。
という教義になっていますからね。
もっとも、あれからまだ千年あまり。それでも人々の間にかの伝承はどうにか根付きましたが」
それでも、エルフやハーフエルフ達といった当時からいたものたちからしてみれば、
かの伝承というか教会からの公式発表に懸念を抱いているものも少なくない。
特に真実をしっていたエルフの一部のものたちなどは。
名目上は、マーテルの立場とすれば、女神マーテルの力というか、
その力をある程度うけついでいる可能性がある巫子の一人であり、
その力がより強いがゆえに、枢機卿の一人となっている、という形であるらしい。
ちなみに、巫子頭は滅多と姿を現さないが、きちんといることはいる。
もっとも、その巫子頭を務めているのがあのウィノナであることに、
エミルとてしては、自らこの星と契約し精霊となったにもかかわらず、
あいかわらず真面目というか、もともとの役割をこなそうとするその行動にあきれるしかない。
ちなみに、枢機卿として正式に発表されているのは、
騎士団長であるクラトスと、マーテルの生まれ変わりの可能性が一番高い少女。
そういう形となっているらしき今のこの教団のありよう。
もっとも、マーテルの生まれ変わりどころかマーテル本人、なのだが。
ミトスがかつて考え出した偽りの教義ゆえに、そのように人々に認識、させているらしい。
「僕の場合は、ユアンが、機転をきかせてくれてるからね。
このたびの儀式で銀の大樹に祈りをささげるために瞑想する必要があるとか何とか。
そういった言い訳をたぶんしてくれてるとおもうよ?」
姿を消すとすれば、それらしき言い訳が必要となってくる。
そして、その言い訳であるならば、誰しもが納得するであろう。
事情を知る存在達には、時と力が満ちた。
そう伝えてはいる。
新しき歴史の始まりだ、とも。
そのための儀式であり、また彗星が最も近づくこの日でなければできないのだ、と。
彗星と、新しき歴史。
かつてを知る[[rb:存在 > もの]]ならば、まさか、とおもいつつも一つの可能性にいきつくであろう。
――大いなる実り。
その存在に。
エミルの問いかけにマーテルが答え、ミトスがさらっと自身のことをも説明してくる。
「そっか。まあ、でも、よく人々の感情を制御できたよね。ミトスも。
まあ、一部はそうでないものはいるとしても。
それでも、精霊達が生まれいでるほどの力がたまるの、結構早かったよね。
銀の大樹が人に枯らされることもなく」
「…不穏因子は徹底して取り除いていっていたからね。もしくは早期の粛清」
それでも、とある国は争いをやめようとはしなかったのだが。
その結果、かの国があった大地は今ではもはや完全に砂漠化し始めていたりする。
王家のものが別なる場所に亡命し、そこにあらたなる国…というか、首都を遷都したためか、
のこったものは別なる国をなのり、そして今に至っている。
たかが千年。
されど千年。
すでにもう、かの地は当時の面影をほとんど残してはいない。
もっとも、その国に影響されたとある北の国が最近きな臭くなってきているようではあるが。
ヒトとは豊かさをもとめ、他者のもつものを略奪しようとする。
千年、という時間はヒトに、かつての心構えというか、忠告を忘れ去らせるには十分すぎたらしい。
…もっとも、あまりにひどい場合はそういった考えを持つ輩は、
ことごとく負が具現化し、幻魔を生み出すか、もしくは自らが異形と化すか。
と成り果てているので、手遅れ、というほどに戦乱が広まっていないだけ。
かの地が砂漠化してしまったのは、自然のエネルギーを自分たちで操ろう。
と何を考えたのかそんな装置を創り出し、自然界の反発をくらってしまったがゆえ。
その装置は地下のマグマを地表に呼び寄せた。
結果、かの地は完全に火山地帯になってしまっている。
かの地が砂漠化するのは、かつての出来事よりも少しばかり早くはあるが。
人は愚かでしかない、という典型的な例、ともいえる。
結局、理をかえて、世界の現状をかえたとしても、
人がいきつくところはどうやら同じような行動、であるらしい。
「マーテル教団があるがゆえに、まだこの世界は保たれているみたいなものだしねぇ。
特にこっちの大陸側は。元、メルトキオも名前がたしかかわったんだっけ?」
「うん。首都そのものを遷都したからね。あの国も。
かつてのトリエット砂漠付近に新しい町と、国の名前もそのときに彼らかえたしね」
世界に混乱がおこったのは、他ならぬ、自分たち王家の責任でもある。
そういって、ヒルダ女王が筆頭になって、遷都したのち、国の名前も改めた。
曰く、女神マーテル様のみ使いともいえる神子をないがしろにし、
さらには害そうとする王家の一員のものを擁護したから混乱がおこったゆえ、
これまでの行いなどを一新するために、新たな国の名に改名したらしい。
「かつてのパルマコスタ付近が砂漠化し始めているのとは対照的に、
あのトリエット砂漠は今ではもう、砂漠であったことが信じられない状態になってるしね」
もはや、その面影はほぼない、といっても過言でない。
時折、その面影がのこっている場所はあるが。
あの灼熱の砂漠地帯はかの地にはもうみあたらない。
まあ、世界が一つにもどるに従い、
かの地は属にいう砂漠気候地帯から亜寒帯湿潤気候と砂漠気候が入り混じった大陸へと元に戻った。
かなり南寄りにあったはずの大陸は、大陸の統合というか世界の統合に従いて、
元々の大陸の位置、すなわち北側にともどっている。
それゆえの気候変動。
ほぼかわりがない大陸、といえばフラノール地方くらいであろう。
かの大陸のある場所はほとんど統合後もかわっておらず、
ツンドラ気候、と昔呼ばれていた気候のまま…すなわち、いまだに氷と雪の世界のまま。
「ミッドガルドとキムラスカ、名前を決めるにあたって、いろいろと意見がわかれたみたいだけど。
今のところ、首都の名前がミッドガルド、国の名前がキムラスカ、でおちついてるよ。あの国は」
千年、という時間帯でいえば、とてつもなく人からしてみれば長い時間。
しかし、ミトス達からしてみれば、千年という時間はあっという間であったような気もする。
あの四千年の間よりもより充実していたといってもいい。
本来ならば、このような充実した時間があの時。
大いなる実りを初めて発芽させようとしていたあの時。
姉が殺されずに発芽を成功させていればこのような充実した世界が訪れていたのやもしれない。
それは、もしも、でしかない。
だが、当時、もしも種子を発芽させたとしても、そうはならなかったであろう。
…自分たちを理屈をつけて手元におき、支配し管理しようとしていた互いの国家があった以上、
再び今度は大樹そのものの所有権を強調して争いがおこっていた可能性が高い。
そして、もしもそうなってしまった場合。
まちがいなく、ラタトスクは原因となった二つの国を滅ぼしてしまっていただろう。
そう、ミトスは確信がもてる。
もしくはマナを制限し、ヒトがマナを利用できなくするか。
マナが利用できない、という点では今でも同じだが。
施設や道具といった様々な便利なものがあり、いきなり使用できなくなったというのであれば、
たしかに混乱きわまったであろう。
だが、あの試練のとき。
ことごとく、そういった施設や道具。
そういった文明に関するものは、ことごとく消滅してしまっていた。
それこそ文字通り、結晶化したり、朽ちたりして、使い物にならなくなってしまっていた。
町、というまともな形をもっていたのが、あのとき”具現化”された、この場所だけだった。
それもあって、聖なる地、というイメージを人々にもたせ、
こちらが提案し、正式に発表した新たなる神話、それを人々は信じたわけだが。
「セレスさんの子孫が今の国主だったっけ?たしか?」
「うん。ゼロスは結局、いまだに独身だからね。皆にいろいろと僕と同じくいわれてるっぽいけど」
あれから結局、ゼロスは誰とも添い遂げることなく、いまだ独身のまま。
ちなみに、リフィルはなぜか意気投合したという、リヒターと十数年後にと結婚した。
リフィルは歳をあれよりとっていないが、リヒターは異なる。
ゆえに、事情をしらないものは、リヒターとリフィルが一緒にいれば、
お孫さん、もしくは娘さん?と勘違いをしているらしい。
ヒルダの子供と、セレスの子。
その二人が結婚し、つまりはワイルダー家の家系の血がかの王家にと取り込まれたといってよい。
神子であったゼロスの血を重んじているがためか、
紅い髪をもって生まれたものを、第一王位継承者とかの王家は定めていたりする。
紅い髪に緑の瞳をもって生まれた子はより重宝されるらしい。
それはセレスがもっていた、特製であり、神子の血筋である証で、
ゆえに女神マーテル様に忠誠を誓っています、という王家なりの証、らしい。
「それでいえば、あの召喚士…しいなさんもいまだ独身なんだよね。
現人神、と里の中では崇められてるらしいけど」
「ああ。それは知ってる。というか里の位置を彼ら、かえてるしね。
児雷也から打診あったし。許可したのは自分だし」
かつてのミズホの里は、ガオラキアの森の近くというか、その付近にあったが、今は異なる。
今、かの里は、トレントの森の中にと位置している。
しかも最深部近くに。
一番の理由は、児雷也がつい、ぽろりと、大樹カーラーンがかの森の中に今はある。
といったようなことをしいなにいってしまったのがすべての発端。
しかし、しいなはそれを他者に、つまりは誰にもいっていない。
銀の大樹を元クルシスがまもるなら、自分たちはならば、
大樹カーラーンを今度こそ、人の手でまもりぬこう。
そう決意し、児雷也に近くで守れないかどうか、問いかけたらしく、
児雷也からセンチュリオン、その経緯で自分のところにその問いあわせがきたのは
あの試練からしばらくたってから後。
「あ。やっぱり君が許可したんだ。あそこ、でしょ?」
説明してもいないのに、どうやらミトスはかの場所に何があるのか気が付いているらしい。
そんなミトスにただ口元に笑みをうかべ、否定も肯定もしないでおく。
かの地にこの大地を大地至らしめている大樹カーラーンはある。
この星が惑星が、星、として命をきちんと寿命をむかえられるように。
マナが豊富であるがゆえ、人があまりに愚かな行動をしつづけるのであれば、
ヒトはかの地を認識することすらできなくなるであろう。
「そろそろ時間になりますわ。ウィノナ姉様のもとに行きましょう。
エミル様はいかがなさいますか?」
時間をみて、どうやらそろそろ儀式の時間がせまっているらしく、マーテルがそういってくる。
「そうだね。ならミトスとマーテルさんと一緒にいこうかな?
この姿だから、ディセンダーとして紹介してもいいよ。
ヒト型形態の精霊としての姿はとることないから。というか、精霊達に却下されたんだよねぇ。
何でも僕のあの姿だと、ウィノナから誕生する子たちが絶対に委縮してしまうからって」
「「…ああ。納得(ですわ)」」
なぜかそういえば、ミトスもマーテルも納得とばかりにうなづきをみせる。
姿かたちなどどうとでもなるがゆえ、別に納得するような要因でもないとおもうのだが。
ちなみに、マクスウェルやオリジン曰く、彼らが気を抜けば、あの姿の場合、
なぜか自身、ではなく宇宙空間そのもの、がみえることもあるらしい。
「…君のあの姿、神秘的だものね。でも、何か優越感…皆…ロイド達も君のあの姿。しらないんだよね?」
「見せていないからな」
精霊、というのは彼らはしっているが、エミル、としての姿しか彼らにはみせたことはない。
かつてのときですら。
「いつまでこちらにご滞在に?」
「用事が住めばまた戻るぞ?我らの力はヒトには過ぎたるもの。
ウィノナがこれより産みだせしは、人の思いと願い、すなわち信仰によって形づくられしもの。
人の在り方次第で、かのものたちは力をつけるも、弱くなるも、この地上にいきるものたち次第」
マーテルの質問に完結に一応答える。
そう。
長居をするつもりはない。
精霊達も、今回があるいみ特例、のようなもの。
タイミングをあわせ、彼らを召喚というか呼び寄せることになっている。
全ては、新しき精霊達の誕生。
そのために。
ざわざわ。
みたこともない存在も多々といる。
ちらりと上をみてみれば、この場所を望める部屋にもかなりの人数がどうやら集まってきているらしい。
かなりの警戒を一応は敷いているのであろう。
上空にも翼をもちしものたちがかなりの数見受けられる。
それでも一応、体裁もあるのであろう。
この部屋というか、この場所…すなわち、銀の大樹が生えている、いわば中庭のような場所。
神殿の最奥にとある銀の大樹のあるこの空間の真上には警備しているものはみあたらない。
この空間そのものに、ウィノナのうみだせしマナによる結界が張られている、というのもあり、
マナを視ようとすれば、この場所そのものがドーム状の結界につつまれているのが視てとれる。
伊達に永らく、かの惑星において、巫子姫の立場にあったわけではなく、
そのあたりの仕組みなどはウィノナは完全に掌握しているはず。
惑星デリス・カーラーンのゼグンドゥスの力というか加護をもえていたウィノナ。
かつての時は、ノルンが力を失いて、セグンドゥスなどといった精霊達まで消えてしまっており、
ウィノナの力もおそらく弱まっていたのであろう。
あの時は結局、ウィノナの転生体に出会うことは一度もなかったが。
マーテルによる余計な盟約のために。
やはり、ディセンダー、として紹介するのであれば、それなりの演出が必要だよね!
というミトスの意見もあいまって、自分とノルンの姿は普通の存在にはみえなくしていたりする。
もっとも、意識するだけで、姿をみせようとするものと、そうでないもの。
それらの仕様は可能なれど。
「あ。きちんとミュゼとミラもいる」
あの二人がいなければ、今回の儀式は完全ではなくなる。
ミラ達には事前に夢でマクスウェルとオリジンのほうから話しがいっている。
それゆえか、二人の顔はどことなく緊張にあふれている。
儀式の場となっているこの場所。
周囲は高い白い…水晶の壁と、さらにその背後にはそびえたつ山脈の崖。
ここはいわばあるいみで天然の要塞、といってもよい。
銀の大樹も多少の大きさはありはすれど、大樹カーラーンほどではない。
世界樹、といえど、この世界のこの樹はかなり小さめ。
ゆえに、雲を突き抜けるほどの高さもない。
高さ的には百二十メートルそこそこ、といったところ。
ヒトの身長がニメートルもほとんどないのを考えると、成人したものが、五十数名ばかり、
縦に高く並んだ高さくらい、といえばわかりやすい。
それでも大木であることにはかわりがない。
太い幹に、しっかりとした枝についている光に反射してきらめく銀色の葉。
生命力にあふれていることから、人々の信仰が、祈りがいまだ衰えてはいない証拠であると物語っている。
かの大樹のありかたは、人々の信仰と祈りに直結している。
人々の心と願いを元とし、それを核として、それらの力を糧としこの大樹は芽吹いた。
みれば、かつて共に旅をしていたものたちもいる。
プレセアは完全に大人の姿となっているが、当時見たときの大人の姿でほぼかわっていない。
かわったとすれば雰囲気、くらいであろう。
当時のメンバーでこの場にいないのは、アステル、そしてリーガルくらいか。
しいなとゼロスは何やらあいかわらずじゃれあっているようだが、
さすがにこの場にくるまでにはそのじゃれあいをひとまずはとめているらしい。
皆が皆、当時よりかなり雰囲気がかわっている。
どちらかといえば、しっかりと落ち着いたような。
そんな雰囲気をもっている。
あのロイドやコレットですら、少しばかり落ち着いた雰囲気になっていることから、
ヒトにとっての千年という年月がどんなものか、というのがよくわかる。
マルタの姿もみてとれるが、周囲にいるのはおそらくはマルタの子孫、達なのだろう。
マルタも大人の女性になっている。
かなり落ち着きをみせた雰囲気をみせており、
それらの雰囲気はかつての世界のマルタにはなかったもの。
「お父様、あのかたたちが?」
「うん。今回うまれる子たちの統括精霊となる子たちだよ」
その在り方は、精霊でありながら、人、となる。
人とともにありし精霊だからこそ、マクスウェル達がきめたこと。
もっとも、かつてからそのことは考えていたらしく、ミラを自身の後継者に…
すなわち、この惑星から離れたのちに指定することを考えて育てていたというのもあったにしろ。
ノルンの姿は、いまだに子供の姿のまま。
あの動物の姿は今はしていない。
ミトスいわく、ウィノナ母様を、姉、とよんで参加するならば、子供の姿のほうがいいんじゃない?
という意見が採用された結果ともいえる。
大人の姿…かつてのクルシスの指導者としてのユグドラシルの成人男性の姿になったミトスとともに、
そしてまた、巫子として正装したマーテル。
この二人とともにこの地にとやってきた。
ミトスの服装もかつてとはことなり、白を基準とした儀礼服のようなものを着こなしている。
深い紫色のマントに純白のローブ。
その純白の法衣には銀の装飾が施され、
また、マントにも銀の糸にて装飾…すなわち、模様らしきものが刻まれている。
それはこの都のいたるところでみうけられる。
どうやら、マーテル教そのものの、シンボルマーク、して扱われているらしい。
かつてのとき…千年前とはその模様が一新されているらしいが。
ちなみに、自身も一応は、ディセンダー、としての服装へと変えてはいるが。
そんなことをおもっていると、
ざわり、と会場…といってもいいであろう。
この場にあつまっていたものたちが一瞬、ざわめく。
どうやら、奥の扉よりはいってきた、ミトスとマーテルをみてざわめいているらしい。
法王様だ、ユグドラシル様だ。
という声がいたるところできこえてくる。
銀の大樹ユグドラシル、そしてマーテル教の教団長となりし法王、もしくは教皇とよばれしものは、
代々、その名をうけつぐことになっている…ということになっているらしい。
「――教団長様、巫子頭様、お待ちしておりました」
そんな自分たちのもとに、これまたおそらくは正装、なのだろう。
白を基準とした銀の縁取りのあるそれでいて動きやすいかつて、
国というものにつかえていたとき、戦いにおもろくときに着ていた服によく似ている…
ともかく、そんな服をきこんだクラトスが、一瞬、こちらをみて目をみひらき、
しばし、自身と横にいるノルンをみて、珍しいことに一瞬、唖然としたのち、
だがすぐに我にともどり、うやうやしく、マーテルとミトスに対し礼をとりながらいってくる。
それでもきになるのか、視線はちらちらと、こちらとノルンにむけられているが。
「クラトスさんもかわらないねぇ。ミトス」
「でもないよ?最近は、爺馬鹿になってるもの」
「それ、もとからでしょ?クラトスさん、ロイドにものすっごくかまってたもの。親ばか全開で」
「…まあ、そうだけどね」
歩きながら、ちいさな小声でミトスと会話を交わす。
ミトスもどうやら長い年月の間、クラトスとロイドのありかた。
すなわち親子関係、というものにたいし、どこか割り切りをつけたらしい。
クラトスに護衛をされる形にて、クラトスを先頭にし、ゆっくりと銀の大樹のほうにとあるいてゆく。
キラキラと地面が反射し、周囲を適度に明るく照らし出している。
この場所に敷き詰められている小さな砂のような石は、銀の大樹の葉が細かくなった代物。
ゆえに地面も当然銀色であり、よりこの地の神秘性を高めている。
銀の大樹の前には、こちらも正装、なのだろう。
ユアン、そしてゆったりとした白を基準としたふわり、とした感じの法衣を纏ったウィノナの姿がみてとれる。
「司教枢機卿様、司祭枢機卿様。騎士団長、
および巫子頭である、ユグドラシル様とネオ・マーテル様をお連れいたしました」
マーテルの生まれ変わりの可能性がある、ともわれしものに与えられる名。
それこそが、ネオ・マーテル。
実際は、伝承となっているマーテルそのもの、なのだが。
そのあたりもミトスがいろいろとどうやらやっているらしい。
みれば、なぜかユアンもウィノナも固まっている。
ウィノナなどは、幾度も自分と、ノルンをみくらべては、え?と小さく言葉を紡いでいる。
「ノルン。声も普通の人にはきこえないようにしてるから話しても平気だよ?」
そう。声も普通のものにはきこえない。
かつての関係者以外には、自分たちの姿も声も、今はみえないであろう。
「本当!?お久しぶりです!お姉様!お父様にむりいって、分霊体としてきました!!
お姉様が私のあるいみ後輩になるのをしって!」
ぴっと、なぜかその額に手をあて…いわば、敬礼、のような恰好をし、
高らかに言い放つノルン。
そんなノルンの姿をみてか、
「……ノルン様…あなたという子は……」
小さく、あきれたようにつぶやくウィノナは、だがしかし、完全には呆れているわけではなく。
ああ、かわらないな。
というような感情が苦笑している様子からもみてとれる。
一方で。
「……父?後輩?」
小さく、意味がわからないらしく、ユアンはユアンでつぶやいているが。
「…あれ?あれって、もしかして……」
「…というか、あれって…見間違いでなかったら、…エミル…だよな?」
というか、あの横にいるあの緑の髪の子供は何だろうか?
声は離れているのできこえない。
あの出来事から、たしかに聴力や視力はよくはなった。
だけども、周囲からしてみてもさほど突起しているというほどではない。
よくて、ああ、視力や聴力がちょっといいんだ、という程度。
簡単にいえば、当時のエルフたちがもっていた視力や聴力。
それに似通っているといってよい。
つまり、さほど人とはあまりかわりはなかった。
いわく、ミトス達もかつてほどの視力や聴力は失われた、という。
もっとも、ミトスに関しては意識すればそれは可能、といっていたが。
ユアンとクラトスはミトスほどにはできない、といっていた。
いわく、託されている石の性能、にもよるのだろう、とも。
ミトスがもっている”石”は、かの精霊が特別にあしらえた品。
かつてはマーテルももっていた、という。
そういえば、マーテルもまた復活したときにその胸元に石があった。
コレットにしても然り。
マーテル曰く、かつてもっていた石とはまた性能がこれは違っている。
とあの当時たしかいっていたはずだか。
コレットの戸惑いの声に、ロイドもまた困惑しつつもそういわざるを得ない。
あれから一度も姿をみせることのなかったエミル。
というか、当時のまま。
まったく姿も何もかわっていない。
いや、エミルの正体が実は精霊だったというのを考えれば、姿形などはどうにでもなるのだろう。
だが、あの横にいる女の子は何なのだろうか?
遠目からして、どうやらエミルと親しい関係、らしいが。
周囲をみれば、そんな彼らというか二人に気づいているのは一部のものたち、
すなわち、当時の関係者であったものたちだけらしく、
それぞれが何やら目をみひらいているのがみてとれる。
「エミル…だよね?姉さん?あの子…」
「で、しょうね。でも他の王族の皆とかも気づいてないことから…何かしてるのでしょうね」
この場にいるのは自分たちではない。
地位や権力といったものに縛られていないがゆえ、リフィルやジーニアスはロイド達と合流した。
この場にいるのは、今、この世界においてもっとも重要視されているといってもよい、王族や皇族達。
なぜか地上におりて…というか、おちて?いたというべきか。
かつてのエグザイアと呼ばれていた地は、今や点在する島国として。
ミラとミュゼを開国の祖、とし、神とあがめ…アクアヴェイル公国、として、
今ではいくつかの国にわかれ、それぞれの国をおさめる領主が島々を管理している、という。
ちなみに、その名ではあるが、当時の人々の間でアンケートをとり、
それらを統合し、はなしあってきめたもの、であるらしい。
かの国は誰でもうけいれる、が、平和を乱すものは容赦はしない、というらしい。
一時、かの国は完全にマーテル教関係以外においては鎖国状態をつらぬいたこともありはしたが。
害意をもつものは、いっさい、かの国には立ち入れなくなった時期があり、
…今でもそれは緩和されてはいるが続いているが…
ともかく、かの地は、あるいみで、第二の聖地のようなもの、とまでいわれていたりする。
それは、ここ、聖地セレスティザムもまた、悪意をあるものをはねのける力をもっているがゆえ。
人知を超えた力が働いている、と誰もが納得せざるを得ないがゆえ。
プレセアは国の、ブライアン公爵、として参加しており…
結局のところ、プレセアはアリシアの計略…というか外堀うめにまけてしまい、
というか気づいたらどうにもならなくなっていた、というほうが正しい…と、ともあれ、
リーガルがかなり年配になってから、ではあったが、二十年後くらいにと結婚した。
周囲が散々、身をかためてください、といってリーガルが困っていたのをうけ、
プレセアが折れた、というのもある。
しいなに仕えているという、児雷也からとある術をきき、プレセアはそれでアリシアを産みだした。
それは、女性にしか使用できないという、とある術。
仙術、ともかつてはいわれていたらしい。
自らの新しき体を自らの中ではぐくむ、というその術は、
プレセアにとってはアリシアをよみがえらせるのにとてつもなく魅力的であり、
ゆえにプレセアはその術を何とか所得した。
いわば、自らのクローンのようなもの。
そこに魂はなく、本来ならば自らの魂をその新しき器の中にいれこむ、という術なれど。
すなわち、自らを生み落した場合、母体となった体は消滅する、というのがその術のほんらいのありかた。
それは魂を新しき体に移動するがゆえ、魂を失った体が消滅するにすぎない。
かつての理、のままであったならば。
理をかえる、というエミルの意味は当時はよくわからなかったが。
さすがに千年もあれば今ではそれは嫌でもわかる。
何しろ、かつては命を失ったものは時間をおけばマナにとかえり、何ものこらなかったのに。
あれから後は、命を失っても、その骸も、その残骸もすべてのこされたままとなったのだから。
たしかに、時間とともに消滅はする。
だが、それは消滅、というよりは分解、というほうがしっくりくる。
段階をえて、自然にとかえりゆく。
とある方法によって、リーガルの血筋はたしかに残されはしているが。
ヒト、とはたしかにいろいろと考えつくものだ、とおもってしまう。
人工授精、など、かつてのときは思いも至らなかった。
しかし、リーガルの、というかレザレノ社はそれらの技術を確立し、やり遂げた。
正確には、アリシアが、というべきか。
そもそも、あるいみでプレセアの分身体として誕生したにもかかわらず、
あることにきづいて、肉体のころから魂から干渉し、ヒト、として生をうけたアリシア。
基本となる理はそのまま。
すなわち、決して異種族同士の間で子供はうまれない、という理はそのまま。
そのことに気づいていたアリシアのとった処置がその方法であったらしい。
当時、文明という文明は確実に滅んだといってもよい。
建造物も何もかも、あの時すべて失われてしまった。
けども、その知識、だけはのこっていた。
残されていた人々に。
知識あれど技術力がともなわない。
それらを試行錯誤しながらも、人は復興を果たしていった。
千年、という時間は長いようで短い。
しかし、復興における時間は百年ともかからなかった。
人のたくましさを垣間見た、ともいえる。
もっとも完全に世界が復興を果たすころにはリーガルやアステルはすでに亡くなっていたが。
新たにリーガルもアステルも試練をうけてみてはどうだろう。
という意見のもとに、ヴェリウスのもとにむかってはみたが…
聖堂はすでに崩れており、そこにはもう、何もなかった。
建物があった、という痕跡がすこしばかりのこっていただけで。
今ではそこに、新しき建物がたてられ、世界再生の始まりの場、として神聖視されている。
「今回、ミトスから重要な儀式があるからどうしても、といわれてきたけども…」
けども、それが何なのか、詳しくはリフィルも、ジーニアスも、
ましてやロイドもコレットも聞かされていない。
身内、といえどこの場にははいれないらしく、
それぞれ貴賓室、といわれているこの大樹がみえる部屋にと各員、案内されている。
役職などについていないロイド達がこの場にいるのは、
当時、世界をひとつにし、再生をはたした一行の一員であるがゆえ。
「しっ。ミトスの話しがはじまるわ」
そんな会話をしている最中、ミトスがすっと一歩前にでているのがみてとれる。
どうやら、教団長、としての挨拶が始まる、らしい。
「皆さま、本日はお忙しいところをはるばるここ、セレスティザムまでお越しいただきありがとうございます。
なぜ、本日この地より招待状が届いたのか。皆さまは不思議におもわれているかもしれません。
空をごらんください。千年前、この地より飛び去った、四千年の間この地にてとどまっていた、
彗星ネオ・デリス・カーラーンが再び、この惑星の軌道上に本日、接近いたしました」
おもわず、その台詞につられ、いくばくかの人々がソラをみあげる。
たしかに、彗星らしき、巨大な星?のようなものが、蒼い尾をひき、ソラにあるのがみてとれる。
まだ昼間、だというのにくっきりと。
実際、彗星が接近する、というので一部ではもりあがっていたのはしっている。
その彗星が、かつてこの惑星に命を吹き込んだ元となった彗星だ、というのだから、
神話としかおもっていなかったものたちにとって、興味深い現象といえる。
もっとも、彗星が定期的に接近するのにあたり、そのような神話というか、逸話がうまれたのだろう。
そういいきっているものも中にはいるが。
そういった輩は真実を真実とみとめたくなく、
今現在発達している科学、とよばれる力のみを重要視しているものたちばかり。
そういった輩は、ここ聖地セレスティザムは時代遅れの場所、ともいいきっていたりする。
いつの時代もそういった愚かなものはやはりあらわれるわけで。
それなのに、マーテル教の恩恵にはあずかろうとする人の卑しさがよくよくみてとれる。
「千年前、我ら人類がそれまで手にしていた力。それらが失われました。
今の世ではみなさんは、科学、という力を、元素を元にした力を利用していますが、
かつては、マナ、とよばれし命の源とよばれし力を利用していました。
ですが、今の人類はその力を感じ取ることも、また利用することもできません。
すべてなる命の源のマナは、文字通り、すべての源。
ですが、そういってもみなさんは理解不能でしょう。
今現在の地表のありかたは、すべては元素を元にして存在している、と証明されているのですから」
元素記号、というものがある。
すべての物質は、それらからなっている、ととある科学者が発表し、
そして今ではそれが定説となっている。
だが、それらの元となる力がある、というのは一般には知られていない。
「女神ピックフォード様が銀の大樹の精霊として御眠りなり、地表を安定させてはや千年。
そして、今。彗星の接近にともなって、女神サージェリウム様より神託が下りました。
新たな、時、新たな時代が、本日より始まる、と」
女神ピックフォード。
それは、女神マーテルの姉神、と教典ではつたえられている女神。
教典では、かの女神は、目の前にある銀の大樹と一体化し、精霊化し、
この大地を、星をまもっている、という。
熱心なマーテル教の信者以外はそんな眉唾の話はまったく信じてすらいないが。
それでも、この地が特別なのは一目瞭然でもあり、
科学では証明できないこともあるのだ、というこの地は示しているといってもよい。
「すべての始まりの彗星。そして、女神の目覚め。
この場にかつての”同士”達が集ったのもまた大いなる意志のお導き。
神託によりて、これより、聖なる儀式を執り行いたいとおもいます。
皆さまは、新しき歴史の証人、としてこの場に招待されました。
ヒトの新たなる可能性の生き証人、として。
儀式を執り行いしは、司祭枢機卿、ウィノナ・ピックフォード!」
ミトスの高らかな宣言。
リィン…
それとともに、どこからともなく鈴の音のようなものか響き渡る。
それが合図であったかのように、ゆっくりとウィノナが銀の大樹の前にとおどりでて、
そして、ゆっくり目をつむったのち、やがて、すっと目をみひらく。
そして、そのままその両手をソラに…すなわち、銀の大樹の頂上のほうにむかってつきあげる。
まるで、大樹を包み込むかのごとくに。
たかだかに両手を空にむかって掲げるウィノナ。
その掲げたウィノナの頭上から、まるで図ったように、太陽の光が降り注ぐ。
銀の大樹とウィノナのみをまるでスポットライトを照らしているかのごとく、
周囲よりより強い光にと包んでゆく。
太陽の光に反射し、きらめく大樹の葉と、ウィノナの来ている服がまるで溶けこむかのごとく、
ウィノナの姿すら、光にのみこまれての幻想、なのだろうが。
銀の大樹と一体化しているかのように透けているように誰の目にも映り込む。
…事実、ウィノナは力を集中させるに従って、実体化を一瞬、といているのだが。
その幻想的な光景にその事実に真実を知るもの以外、気づくものはいない。
あまりの幻想的すぎる光景に、皆が皆、そのような錯覚に陥っているのだ。
そうそれぞれ無意識のうちに納得していたりする。
真実を知る一部のものたちですら、その神秘的な光景に思わず目を奪われてしまうほど。
それほどまでに幻想的で神秘的な光景。
「――さあ。新たなる始まりの時。新たなる人の、この地にいきるものたちの希望をこめた道しるべ。
今こそ目覚めたもう。大いなる頤使、聖なる宇宙、聖なる意志よ!
その慈悲深き御心、我らこの地におりたちし新たな道をあゆまんとするものたちに希望をあたえたもう!
――大いなる実りよ、今、ここに!!」
――新たなる実りを、新しき命と
それとともに、この場にいる誰もの脳裏に不可思議な声が聞こえてくる。
まるで、心に直接響いてくるかのごとくに。
声を聴くだけで、まるでひれ伏してしましたくなるような、そんな響きをもった”声”が。
エミルの姿を認識できるものがいて、その口元をみれる場所にいるものならば気づいたであろう。
その声は、まちがいなく、エミルの口から紡がれたものである、ということが。
エミルが紡ぎ出した言葉は、この場にいる全員、
否、この儀式を見守っている全員にと聞こえている。
儀式がある、と知っているものたちをも含めた、ほぼ世界中にいるものたちすべての心へと。
新しき命とは何なのか、[[rb:理 > ことわり]]とは何なのか。
そんな疑問が沸き上がるよりもよりはやく、銀色の光が、より強く、
ウィノナの掲げている手の中心。
銀の大樹とウィノナの掲げている手。
その中間地点、少しばかり見上げる場所にいっきに光が収束してゆく。
まるで、そう。
この場のというか世界中の光という光がこの場にあつまってきているのではないか。
というほどに、光が粒子となり収束してゆき、やがてその光がはじけ、その場にこれまでになかったもの。
すなわち、銀色の光につつまれた、とある品が現れる。
pixv投稿日:2018年11月18日某日(Hp編集:2018年5月6日(日)開始
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##################################################
あとがきもどき:
とりあえず、この回にて全部編集しおわってから分割、ですね。
量が量です
~~
豆知識:
枢機卿等のこの話の立ち位置
マーテル教会
教団長(法王/教皇):ミトス・ユグドラシル(ネオ・ミトスとも呼ばれる)
司教枢機卿:ユアン・カーフェイ
司祭枢機卿:ウィノナ・ピックフォード(実は銀の大樹の精霊なれど上層部一部のものしか事実をしらない)
助祭枢機卿:クラトス・アウリオン(兼・聖樹騎士団長)
巫子枢機卿:マーテル・ユグドラシル(ネオ・マーテルともよばれる)
※巫子枢機卿、というのはこの話だけのオリジナルです。
現実のカトリック教会においては、こういう役職は、上記の四つだけです。
恒例のメルクニス語変換案内:
うわっ。いきなりどうした?
UWA. What happened suddenly?
ルバエ。バアエク アエププンムンド ソドヅムルヤ?
みえているのか?
Seen NO or?
スンンム ミ イディ?
ああ、そうか。道理で
Yes. Do you meet? By the reason.
ヂ ヤイオ ドゥンティ ブヤ ティアン ディンエシム
~~~~
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