「くっ。とにかく、ヤツラを後方にはいかすな!」
不幸中の幸い、というべきなのだろうか。
今のところ、体力的に倒れた、という話はきかない。
そういうこともあるのであろうが、そこまで自分たちは手が回らない。
「報告いたします!ファブレ伯爵!」
「今度は何だ!?」
次から次へとあがってくる報告。
ゆえに紅い髪の初老の男性は叫ばずにはいられない。
「監視員からの報告です、新たな天使らしき方がこちらにむかってきているとのことです!」
「なぜにその程度のことであせったように報告をしてくる!」
天使達が増えようがどうしようが、今のこの現状にはあまりかわりはない。
まあ、自分たちに敵対するではなく、黒き異形の輩に天使達も敵対しているので助かってはいるが。
だがしかし、彼らは自分たちと協力する、ということはまずしない。
あるとすれば、こちらの方、すなわち人間側から彼らに協力する、といった具合でしかない。
それでも、中には協力することによって、天使達と意気投合するものも多少は現れてきているようだが。
「そ、それが…っ」
報告に走ってきた、部下の様子が何やらおかしい。
どう説明しようか、言葉を選んでいるような。
それでなくても、不可解な現象がおこり、人が異形と化す現象すらおきている。
そんな中で今さら言葉につまるような何か。
紅い髪をもちし男性が顔をおもわずしかめるのとほぼ同時。
ざわざわとしたざわめきが、ファブレ伯爵、と呼ばれた男性の耳にと届いてくる。
それと同時。
「聞け!アルタミラにいるものたちよ!我が名はゼロス・ワイルダー!
テセアラの神子としてクルシスよりの神託を今ここに授けに参上せし!
皆も知っている通り、先の謎の言葉がいっていた、女神マーテル様は、
クルシスの大天使と地上に降りた勇者ミトス達の手によって解放されたし!」
ざわっ。
声は凛として。
みあげれば、アルタミラの上空。
どうやら位置はレザレノ・カンパニーの本社のあったビルのあるあたりか。
今はすでにそのカンパニーのピルはない。
先刻、なぜか材質が水晶のように変化して、はぜわれた。
今、ここアルタミラで残っている建造物はといえば、レンガ、もしくは木造建築くらいなもの。
それらも完全な姿ではなくなっているが。
遠目であるが、響き渡る声を間違えるはずもない。
双眼鏡にてみてみれば、上空にたたずむは間違いなく、テセアラの神子、ゼロスの姿。
「だが!女神マーテル様を救出はしたが、敵はまだ健在!
かつて女神マーテル様がその力をもってして封じていた人々の悪意ある心が産みだせし邪神ユリス!
かの邪神はかつて古代大戦において勇者ミトス達をも苦しめた悪意あるもの…
すなわち魔族にその力を貸し与えている!かのものたちの力の源は、我ら、ヒトによる悪意。
そして、恐怖や絶望、といった負の感情に他ならない!
地上の民が、ヒトがそれらの恐怖を抱くかぎり、ヤツラはいくらでも力をつける!
ゆえに、我は神子として皆に宣言するものなり!
汝らは今、新たな神話の一つとして今を生きている!
人は、負の力、悪意のみで生きているのではない、と皆が心を一つにすることにより、
小さくとも、皆が皆、
強大な敵に立ち向かっている勇者ミトスとその仲間たちに協力することができるのだと!
恐怖や悪意にのまれるな!女神マーテル様の教えを思い出せ!ヒトは皆、平等であることを!
皆が協力し、助け合う心が強くなれば、女神マーテル様の力になる、ということを!
皆が心にしかと刻み込むがよい!一人一人が、新たなる勇者ミトスになりえるということを!
ヤツラにとってはは生の、喜びや慈しむといった慈愛の心こそが弱点であるがゆえに!
皆が慈しみの慈愛の心を用いてこのたびの試練に打ち勝てると俺様は信じている!」
『神子だ』
『神子様だ』
『ゼロス様だ!』
凛として響き渡る声とともに、どこからともなく神子ゼロスを呼ぶ声があたりに広がってゆく。
たかだかと何やら言い切るとともに、ふとその視線がこちらにとむけられる。
そして、そのまま、ふわり、と透き通る羽から光の残滓を残しつつも上空から降り立ってくる見覚えのある姿。
「叔父上。叔父上がここ、アルタミラを防衛してくださっていたのですね。感謝いたします」
自らの実の父親の実弟たる、クリムゾン・フォン・ファブレ。
ふわり、と上空より降り立ち、ファブレ伯爵と周囲に呼ばれている人物の前にと降り立つゼロス。
「神子、いったい……」
困惑するしかない。
というか、何がいったいどうなっているのか。
実の甥が、わざわざ神託、と叫んでいたことからそれに嘘はないのだろうが。
だが、彼…クリムゾン・フォン・ファブレとしては困惑するしかない。
「テセアラの神子として、各地にクルシスからの神託を届けに飛び回っているのです。
この地上に再び勇者ミトスが降臨しております。
かつての勇者の仲間であったクルシスの大天使もまた敵に立ち向かっておりますが。
敵は負の感情を糧とする輩。人々が疑心暗鬼や、恐怖や絶望。
そういった感情を抱く限り、敵にさらなる力をあたえることになりますので。
叔父上達も心当たりがあるのでは?この”敵”はそういった真逆の力に弱い、と」
たしかに、誰か守ろうとしたとき、力がないはずの人々が不思議な金色に近しい力を放った。
という現象がいたるところでみうけられているという報告があがってきている。
「地上にいきるものたちが、恐怖や絶望、そういった類の負の感情をまき散らすかぎり、
いくら今回の騒動をおこしている敵に挑もうとも、彼らは回復してしまいますからね。
逆に、地上にいきるものたちが、生きる希望などを忘れずに常に前向きであるならば。
敵の力を削ぐことにもなるのです。
不敬やもしれませんが、いくらクルシスの大天使様方や勇者ミトスとはいえ、
無尽蔵に回復する輩を相手するのは至極困難、といわざるをえませんので。
ここは、やはりあの声にもありましたように、地上の人々すべての心を一つにする必要性があるかと。
そう、天界側も判断されての私への神託でしょう」
公私をしっかりと区別するゼロスが、”私”というときには、きちんと神子として役目をはたしているとき。
そのことをクリムゾンは知っている。
「一応、上空より目についた街や村などにはこうして天界の神託を告げてまわっているのです」
”あの場所”でみた光景を信じる限り、そうでもしなければ人々の不安や恐怖が魔族に力を与えてしまう。
だからこそ、ヴェリウスの元より、皆に合流するではなく、この方法を選んだ。
テセアラ側ならば自分、という神子の立場が有力となり、
また、シルヴァラント側においても、天使の翼を展開している以上、すくなからず効果はあるだろう。
そう思い。
まあ、それぞれの町などには少なからずクルシスの天使達の姿もみうけられたが。
自身が、クルシスからの、天界からの神託、と告げたことによって、
天使たちも”ユグドラシルからの命”と判断したらしく、率先して人々と協力しあうようになっていた。
もっとも、それはゼロスがはたからみた限り、ではあるにしろ。
ヴェリウスのいる場所をでてからイセリアへ。
少し北上し、小さな港町。
そのまま下って、砂漠地帯にいって、そこにある町へ。
さらに南下しそしてパルマコスタ、アスガード、ルイン、といった具合に。
世界が統合され、これまで見知っている地図というか頭に叩き込んでいた町や村の場所はアテにはならない。
だからこそ視力を最大限に強化して、目についた街や村などにと告げてまわっている。
メルトキオのほうは大々的にミトス自らがデモンストレーションをしているのもあり、
それほど人々に不安は抱かせてはいないであろう。
…もっとも、そこにあったはずの王城が綺麗さっぱりとなくなっている以上、
そしてさらにいえば人々もかなり人の愚かなる行動によっていなくなっている以上。
混乱はあるではあろうが。
一応、上空より飛来して、今の現状を告げてはきた。
セレスのことが気にはなりはするが、そこはセレスを信じるしかない。
セレスをこれまでまもってきた従者ともども。
メルトキオから南下し、さらに惑星を半周し次にむかったはフラノール。
さすがに強行して高速飛行を続けていれば、ゼロスとて疲れてくる。
だが、そんなことはいっていられない。
サイバック、そしてここ、最後がアルタミラ。
大まかな目につく、そして見知った街や村などはこれでまわりきったといえる。
ゼロスとてこの行動が意味があるものになるか。
それはカケ。
でも、何も道しるべがないまま不安になって戦うよりは、ましだろう。
そしてあわよくば、彼らのその”願い”が”力”になることを期待もしている。
ユリス、と呼ばれているかの存在も、心を司る聖獣だ、という。
幾度か聖獣と名乗るものには出会ったことがある。
火の聖獣フェニアに然り、マルタがつれていた、聖獣シヴァに然り。
そして、心を司る、という点ではヴェリウスとユリスはあるいみ同一、といえるのではないか。
それはゼロスの勘。
ヴェリウスは自らを、生と負、その両方の感情を司る精霊だ、そういっていた。
ならば…ユリス、となのったかの存在も”そう”である可能性が、非常に高い。
その比重が、”生”にいくか”負”にかたむくか、その違いだけで。
”負”の比重が高くなっている状態が、邪神、と呼ばれる状態なのだろう。
元々、かの存在は人の心の様々な負の感情、悪意が産みだしてしまったもの。
それをゼロスはあの光景の中で知っている。
そして今は、かの存在はあの精霊の直属の
「これこそが、まさに試練、なのでしょう。かの声のいっていたように。
すべてなる大いなる意志…女神マーテル様がたの母とも父ともいえる万物の意志、の。
ヒトが愚かにも互いに足をひっぱり、害をなす存在でしかないのか。
それとも、互いに協力しあい、互いをいつくしみあえる支えあう存在なのか。
今、まさにヒトは、世界から、大いなる万物の意志より試されているといってもよいでしょう。
人の心が、ありかたが、光によるか、闇によるか…個々が試されているといってもいい」
人のありかたそのもの。
光でもあり、闇でもある。
それが人。
そして人の心。
かつて、オゼットの村のプレセアの家の前で、ある人物がかたっていたことをふとゼロスは思い出す。
――夜があり、昼があるように。
光があり、闇があるように、それを制御してこそ真の人間というものだ。
制御をなしえられるか否か。
この試練の大部分はそこに集中しているのであろう。
ヒトが、今のまま地上にいきていても世界に害をおよばさないか、それとも害を及ぼすしかない存在なのか。
あっさりと地上が浄化されないだけまし、なのかもしれないが。
しかし、戦うすべなどをもっていないものたちにとっては、この試練は強烈すぎるといってもよい。
「試練…か。あの謎の声のいっていたように、たしかにこれは試練、としかいいようがないな」
もしくは天災、とでもいうべきか。
だがしかし、天災、というのも語弊があるだろう。
何しろ、襲ってくる輩は大概、ヒトの体より産みだされているのを目の当たりにしているのだから。
「それと、叔父上には、内密で一応報告しておかなければならないことが……お耳を」
「…わかった」
深刻そうなゼロスの表情からあまりよくないことではある、と瞬時に判断し、
近くにいた部下たちを少し下がるように命じ、その場にゼロスと二人きりとなる。
この現状であるがゆえに、あまり長い時間、話すわけにはいかない。
それは、ゼロスもクリムゾンも十分に把握している。
「――まずは。魔族のたくらみによって、…王城が崩壊、というよりは消滅いたしました」
「――な!?」
あまりよくないことだろう。
と覚悟はしていたが、ゼロスの口から開口一番。
語られた台詞にクリムゾンとしては絶句せざるを得ない。
「国王陛下を害したのは、フィリプ元教皇、です。ヤツは魔族と手をくみ、国王を……」
「・・っ。だから、私がいくども進言していたのに、陛下はっ!!」
自分の実の弟だから。
異母弟だから。
弟がそんなことをするはずが、思うはずがない。
そういってききいれなかったその障害がついに最悪な形で現れたというべきなのだろう。
この場合。
「陛下は…」
ふるふると、ゼロスが首を横にふるのをみて、全てきかずとも察してしまう。
…テセアラ十八世国王は、その命を散らしてしまったのだろう。
しかも、異母弟であるフィリプ元国王の手によって。
ついに、というよりほかにはない。
これまでにも幾度もかのものは、国王の命を狙っていたのだから。
「…姫は?」
「姫の安否もわかりませぬ。ヤツラの人質になっていたのは確かなのでしょうが……」
おそらくは、何となくだが、あのエミルが保護したというあの小鳥。
それが”姫”のような気がする。
それはゼロスの勘。
姿はかわれど、瞳は姫の…ヒルダ姫のものであったことをゼロスはふと思い出す。
鳥の姿であるということは、姿を何らかの形で変えられている。
そう判断してよいであろう。
でもそれは、ゼロスの予測でしかなく、正確なことではない。
ゆえに、ゼロスとしては不確定なことを伝えるまでには至らない。
「――城が消滅し、人々は混乱していましたが。そのほぼ直後。
王都にて、勇者ミトスの再臨、というよりは最降臨する瞬間を王都の人々は目撃いたしまして。
それゆえに人々の混乱は最小限に抑えられていたといってもよいでしょう」
その前に、クルシスの指導者と名乗るユグドラシルがあらわれた、ということはゼロスは省く。
今はそれはさほど重要な問題ではない。
「王都にも天使達がのこり、人々を大天使様がたの命にて導いております。
天使様方は大天使様がたの意志をくみ、人々に負の感情を高まらすことのないよう心がける。
その事を叔父上からも伝えていただければ。
何しろ地上にて負の力がたかまれば、敵対している輩の力を増やしてしまうという事実がありますので。
ですが、逆に地上が希望に満ち溢れれば、敵は弱体化し、再封印、
もしくは今度こそは完全撃破することも可能でしょう。
おそらく、これまで女神マーテル様方が封印という手段をとっていたのは、
当時の地上の人々の心がまとまりきらず、力を完全に削ぐことができなかったのが原因かと」
「…神代の…神話の時代の出来事。か。我らは今、新たな神話の一節になろうとしているのだな」
「しかり。その通りです。叔父上。私は主たる場所に神託を告げ終わったゆえにあちらにおもむきます。
我ら神子の力もまた、女神マーテル様の力になりえる。そうきかされていますので」
おそらく、危ないから、といってもやめないであろう。
この甥は。
神子、として誕生し、人々のために生きることを強いられているこの甥は。
「――わかった。こちらはまかせておけ。…死ぬなよ。ゼロス」
これまで、神子、と呼んでいたその呼び方を、まだ彼が幼かったころ。
神子の儀式を終える前までの呼び方でよぶ。
今、彼に声をかけるのは、神子、としてではなく自らの叔父としての本音。
「――死にませんよ。妹を、セレスを一人にはさせたくありませんから」
自分がいなくなってしまえば、セレスがどうなるか。
それでなくても混乱するであろう今後の世界。
であるならば、自分が側で守らなくて何とする。
ゆえに、ゼロスは死ぬ気はさらさらない。
もう、かつてと現状はまったく異なってしまっているのだから。
神子様。
マーテル様。
天使様。
勇者様。
人々の祈りは人様々。
しかし、ゼロスが行った事は小さいかもしれないが、確実に人々の心にと希望をともす。
自分たちがあきらめて、絶望してしまえば、それは逆をいえば今現在、
強大な敵にと立ち向かっているであろう勇者ミトスとその仲間たち。
さらには女神マーテルまでをも危険にさらす、ということ。
女神マーテルがすでに勇者ミトスとその仲間たちの手によって救い出された。
というのを神子ゼロス…シルヴァラントの一部のものからしてみれば、
お伽噺の月の国の神子だ、というその人物に驚きを隠しきれないが。
だけども、あの謎の声のこともある。
突如としてかわってしまった周囲の地形。
特に旅をしているものからすればその変化は劇的で。
今、自分たちは新たな神話の一つ。
すなわち、後世に語り継がれる神話の一部になっているのだ。
というその思いが人々に絶望、といった思いをゼロスの”神託”もあいまってほとんどのものが抱いていない。
自分たちがあきらめてしまえば、それこそ女神マーテル様達までもが危険にさらされてしまう。
あの謎の声もいっていた。
これは、人々の試練である、と。
一人一人が、できることを。
自分のことだけ、ではなく、協力しあう必要性。
一人では無理でも、人数が集まれば、不可能も可能となる。
ゼロスが伝えてまわった”神託”は人々にとってはあるいみ希望であり救い。
あの声のいっていた女神マーテルが捕えられているという内容。
でもそれも、現代の地上に最降臨した勇者ミトスと、クルシスの、天界の大天使達の手により救い出された、と。
女神が捕えられたというので人々は内心、誰しも口にはしないが不安になり、
中には絶望していたものもいたというのに。
でも、敵に捕らえられていた中でも、女神はその力でもってして、
再び、あの勇者ミトスを地上に遣わしたのだ、と。
自分たち、ヒトは女神に、天に見放されてはいないのだ、と。
そして、自分たちにもできることがある。
それは人々に少なからずの希望をなげかけるには十分すぎるもの。
戦う力をもたないものでも、誰かを思いやり、また戦っているであろう女神や勇者ミトス達を信じることはできる。
否、信じざるをえない。
自分たちが不安になれば、それこそ敵に力を与えてしまうのであるというのだから。
「きけ!我らは今、後世に語り継がれる伝説の物語の一員となっている!
未来における子孫たちに、無様な語り継ぎをさせることなかれ!」
『おおおおおお!!!』
人々を導く指導者がいる場所においては、そのような光景が数か所見受けられ。
「あなたたちのその行動が、言動が
女神マーテル様がたの妨げになっているのを恥ずかしいとはおもないわないの!?」
自分たちをだましていた。
ハーフエルフだ、と思い込んでしまった人々の反応にとある女性が反論し。
「種族も何も関係なく、すべては女神マーテル様の御許にて、我らの力を心を団結させよう!」
天の神託をうけ、幾多の場所でそういいだすものがあらわれ。
「お兄様…神子ゼロス様も頑張っているのです。私たちが頑張らなくて何とするのですかっ!」
兄の言葉をうけ、自分が兄の代理だという責任感のもと、人々をさらに導く少女があらわれ。
「コレット、村は我々が守る。だから…無事に戻ってくるのじゃよ」
大切な孫を思う女性が村の人々をまとめつつ祈りをささげ。
アルタミラで、パルマコスタで、サイバックでメルトキオでイセリアで。
やがて、地上より立ち上っていた無数の黒い渦のようなもの。
それらの中に淡い金色の光が混じり始め、やがて黒い渦そのものをも飲み込んでゆく――
「これは…っ!?」
感じるのは数多の強い人々の思い。
信じる心、案ずる心。
でも共通するのはただ一つ。
皆が皆、大切な人々をおもい、そして自分たちの勝利を祈っている。
地上よりいくつもわきだしている黒い渦のようなものとともにまきあがっている金色の光。
光はどんどんと強くなり、やがては黒い竜巻のような渦をも巻き込むように変化していっている。
それとともに上空にかかっている黒い雲にも金色の光のような粒子のようなものが混じり始め、
金の光がより強くなったそこからは、上空より太陽の光が地上に降り注ぐ。
それはまるで、蓋をされていた大地にその蓋に穴があき、
そこから太陽の光や、月の光が一部差し込むかのごとくに。
それらの現象は、町などの上空にてみうけられ、
希望を抱きだした人々のもとにと一筋の光を届けていたりする。
そして、その金色の光は上空を高速で飛行し、雲の上に突き抜けようとするゼロスにもまとわりつく。
感じるのは人々の思い、
神子である自分を信じている人々の思い。
その中には最愛の妹の思いも感じられる。
まるで妹や、人々が側にいるかのごとくに。
「……さすがはラタトスク様ってか」
自分の行動もこのきっかけになっているのだろう。
でも、おそらく、これこそが。
かの精霊が求めていたことなのだろう。
種族をとわず、人々が一致団結し、一つのことを願う、ということこそが。
この試練の最終目的に近しい現象、なのだろう。
おそらくは。
そして、この試練にそぐわないものは、まちがいなく排除されていっているのだろう。
人々を団結させ、そして不穏因子を取り除く。
であるとするならば。
「…俺様があの種子にいれこんだ、あの”何か”もおそらくこれに関係してくるな。絶対に」
それは、ゼロスの、勘。
ゼロスがそう確信するとともに、金色の光がゼロスの体を覆い尽くし、
やがてゼロスの体は金色と白い光の中にと包み込まれてゆく――
ようやく、か。
遅すぎるというか、でもそれでも、手を取り合うことができるのを確認できたのをよしとするべきか。
もっとも、そのきっかけが、ゼロスの言葉によるものだ、というものが少しばかり不満が残るが。
「でもこれもまあ、許容範囲、か」
もはや、この扉は今までの役割とは異なってくる。
新たなる、次元と空間をつなぐ扉、として一応はこの地に残すつもりではあるが。
意識を飛ばし、すべての場所の様子を
主たる村や町といった光景を空中にと映し出している。
すでにもう、エミルとしての姿はといており、
いつも本来よくとっている、精霊形態の中の人の姿へとその姿を
一つの継ぎ目もない、真っ白いようでいて、光の加減によっては銀色にも、金色にもみえる布のような服。
さらり、と伸びている淡く銀色にと輝く身長よりも長い髪。
その長い銀髪もまた光の加減にて虹色にと変化し一定の色とはまったく異なる。
真紅の瞳の瞳孔にその周囲の瞳の部分は、金。
真紅の瞳の瞳孔の中には蝶のような紋章が浮かび上がっている。
しかし。
「…お前も大概、頑固だな。なあ?ウィノナ?」
まさか、彼女がその意志でもって、自分と同じくこの惑星と契約を結ぼうとは。
目の前に浮かぶ鏡のようなもの。
その中に一人の女性が映し出されている。
言葉はその女性にむけて。
『――この大地に降り立つことをきめた私たちがその枷を担うのも当然のことだとおもいますので。
…それに私は信じたいのです。この地におりたつときめた同胞たちのその思いを、その子孫たちを』
「…人々の数多のあつまっていた信仰の念を新たな精霊として組み入れるつもりだったのだがな。
…だが、お前はそれでいいのか?」
かつてのときは、マーテルがそれにあたっていた。
『――あの未来はあなた様がみせてくださったのでしょう?ありえた、ありえるはずの未来。
おそらくは…あなた様が干渉せず、地上にでてこられず、目覚めていなかった場合のありえた未来』
たしかにみせはした。
本来ありえたマーテル、そしてミトスの未来を。
『――私とて、護りの巫子。初代の巫子たるカノンノ様が行っていること。
それと比べれば、私のこの意志などは』
「だが。あいつはあくまでも、念の一部…魂の一部をその役割に充てることを認めただけだぞ?
事実、あいつはそれぞれの惑星で、転生をきちんと果たしている。
だが…お前の、その”契約”はお前が新たな”器”としたものが消え去るまで続く。
…それでお前はいいのか?」
過去の記憶を取り戻させたのは、彼女にそこまでさせるつもりではなかった。
『――私は見守りたいのです。この大地とともに。あの子たちを。同胞たちを。そして……』
「…お前は言い出したら昔からきかなかったからな。かの地、デリス・カーラーンの時から。
…いいだろう。許可しよう。すでに契約はなされてしまっているようだしな」
自分とこの惑星の契約。
その間に彼女が入り込む形になってしまっただけのこと。
『――感謝いたします。全てなる大いなる意志…ラタトスク様』
「まあ、あいつらが種子を芽吹かせなければそれも意味をなさぬがな。
――さて。人々の願い、心をうけ、お前たちはどう対応する?」
あの種子の中に入れ込んだアレは、そういった心にも強く反応する。
強い人々の意志が種子の力になりえるように。
そのための布石でもあったのだから。
「な、これはっ!?」
後方の、退路を守る。
その役割の重要性はよくわかっている。
内部に突入した彼らと連絡がつかないことに不安を覚えはするが。
だがしかし、彼らを信じるよりほかにはない。
「これは…パパ…ママ?」
感じる暖かな力。
地上の光景を映し出しているモニターのいくつもが、
それまで黒い竜巻の渦を地上から吐き出していたはずの光景から、
その黒い渦の中に金色の光が混じり始め、
やがて、金と黒が入り混じったような竜巻となって上空にと巻き上がっている。
きらきらとした光の粒子はここ、自分たちがいるこの”
だが、その金色の光は不快に感じるものではない。
むしろ、どこか懐かしさを感じ、また暖かくもなる気配すら。
竜の中であるここ、内臓部、心臓部でもあるこの空間にまでその光は入り込んでくる。
まるで竜の体をすり抜けてくるかのごとくに。
これまで、黒い力そのものは、竜の体に阻まれて、そんなことはありえなかったというのに。
光に触れると流れ込んでくる、人々の思いや願い。
それらすべては、大切な人達を案じる心などに満ち溢れている。
そして、今戦っている彼らを信じる心も。
「!リーガルさん!みてください!大いなる実りが!」
マルタの声におもわずリーガルも地上の光景ではなくそちらに目をやる。
彼らより、というよりユアンより預かった大いなる実り。
それは今はこの竜の心臓部ともいえる水晶のような球体の上にとおいてある。
ふと気づけば、預かっていた大いなる実りにもいくつも金色の光がまとわりついている。
両親の力というか暖かさを感じてなぜ、とおもっていたマルタであるが、
だからこそ、ふと大いなる実りの変化が目についた。
自分の体にも光の粒子がまとわりついているように、大いなる実りにもまた光の粒子がまとわりついている。
リーガルもマルタの声にそちらに目をむけ、おもわず目を丸くする。
「いったい、何が……」
自分の体にもまとわりついている光の粒子。
粒子から、なぜか会社の、町の、知り合いの人々の安否を気遣うような思いが流れ込んでくる。
だからこそリーガルもまた戸惑わずにはいられない。
そんな二人の反応とは裏腹に、
金色の光はそのまま、流れこむように、小さくなっている大いなる実り…
どうみても小さな水晶の蓮の花にしかみえないその中にと吸い込まれていき、
やがて、水晶の花の中にある赤い蝶のような文様が一際輝くとともに、
水晶そのものも、まぶしい、それでいてどこか透き通った銀色の光にと包まれ周囲を照らしつくす。
――ロイド。
――ミトス。
声は突然に。
ランスロッドより闇が押し寄せるとともに、ミトスとロイド。
それぞれの体より強烈な白い、まぶしいまでの銀色に近しい光がほとばしる。
それらは闇を飲み込むかのごとく、この空間を白く埋め尽くす。
「…姉…様?」
「…コレ…ット?」
「何!?」
困惑したような、ミトスとロイドの声と、驚愕したようなランスロッドの声が同時に重なる。
真っ白い光に埋め尽くされた空間。
何もかも白く染め上げてゆくような、そんな光。
でも、不快感は感じない。
ランスロッドのみはおもいっきり不快感を感じているらしく、何やら自らの頭を抱え込み、
いきなりもだえるように苦しみ始めているが。
『…嘘……』
その声は誰のものだったのか。
あるいは、ランスロッドを除く全員であったのかもしれない。
それほどまでに皆が皆、目の前の光景が信じられずに思わず声を漏らしてしまう。
白い光に埋め尽くされた空間。
リフィル達が対峙していた異形の輩も小さいものはその白い光に飲み込まれては、
黒い靄となって、やがて白い光の中へと霧散していっている。
そしてそれは、再生する気配はみうけられない。
ロイドの体から。
ミトスの体から。
それぞれ強い光とともに、何か球体のようなものが湧き出した。
それはまだいい。
あまりよくないのかもしれないが。
だが、その球体は、やがて皆が皆、忘れようもない姿を形作る。
「マーテル!?その姿は…っ!?まさか種子に何か!?」
いち早く我にともどり、眼下をみて目を丸くして思わずさけんでいるユアン。
ユアンの眼にうつりしは、緑色の髪をもちし、一人の少女。
少し離れた場所に金色の髪の少女の姿もみうけられるが。
でも、今ユアンにとって、今はそんなことはどうでもいい。
「…ユアン。それに、ミトス。クラトス。大いなる実りに問題はありません。
むしろ、私たちがこうしてここにこれたのは、大いなる実りに人々の願いが届いたゆえ。
人々の、たくさんの人々の願いと思いがこうして私たちに大いなる実りを通じてこの場に現れる力を与えてくれた――」
「えへへ。皆…一応、ただいま!っていうのもおかしいけど、ただいま、だね」
声は現れた二人の少女の口からそれぞれに。
そのまま、マーテル、とよばれし少女はふわり、と浮かび上がり、
そのまま一気にミトスの真横にと移動する。
「…ミトス。彼との決着は、私たちの手で今度こそつけましょう。
大いなる実りに集った人々の願いと思いが私たちを一時実体化させてくれています。
あなたも感じるでしょう?地上の人々の思いを、願いを、希望を」
「…姉…さま…?」
「なぁに?ミトス?」
一瞬、ランスロッドが見せた幻影かともおもった。
でも、違う。
ミトスには、
こてん、と首をかしげるその様は、まさにミトスがずっと追い求めていた……
「っ!!姉様!!!!!!!!」
「あらあら。ミトスったら、今は戦いの最中だというのに。でも…仕方ない子ね。
今までよく頑張ったわね。ミトス」
いったい、この現象は何だというのだろうか。
いまだにランスロッドはもがき、苦しんでいる。
どうやらこの光はかのものにとってかなり毒であるらしい。
戦いの最中だというのに、感情が爆発してしまい、そのまま…姉とおもわしき女性の胸へと飛び込むミトス。
そんなミトスを優しくだきしめ、ゆっくりとミトスの髪をなでるマーテル、と呼ばれた女性。
それはいつも、かつてマーテルがミトスを慰めているときにしていた行動。
生前の時、そのままに。
「コレット…なのかい?でも…どうして……」
あのとき。
コレットはたしかに、大いなる実りの中にと吸い込まれてしまっていた。
しいなとプレセアは近くにいたがゆえにその光景をしっかりと目視してしまっている。
「ん~とね。よくわからないんだけどね。えっと。
マーテル様と一緒に種子の中にいたの。でもずっと暖かい力を感じていたんだよ?
私とマーテル様を包み込むような、暖かな力。あの力…エミルのものだとおもう。
だってエミルの気配をさらに強くしたようなそんな感覚だったから。
種子の中にいても私とマーテル様は外の光景が視えていたの。なぜかはわからない。
それが大いなる実りの力なのか、それともエミルの力なのか…
でもね。でも、ついさっき。違う力が流れ込んできたの」
それは地上の人々の強い願い。
強い想い。
「そしてね。わかったの。皆の…地上の人々の願いと思いが、私たちに、マーテル様と私に力を与えてくれるって」
それこそ、一時、実体化できるほどに。
「コレットさん…いきかえった…んですか?」
戸惑うようなプレセアの声は、まさに絶句しているジーニアスの心を代表しているといってよい。
「ううん。死んでるよ。しいていえば、私もマーテル様も。アリシアさんと同じなんだよ。
どちらかといえば、かつての孤鈴と同じような感じなのかな?
大いなる実りに集った人々の願いと思いが私たちを実体化させてくれているだけ。
私もマーテル様も、精神体…魂だけの存在でしか、今はないから」
「コレット…この現象は、一体…いえ、今、あなた、エミルの力っていったわよね?」
はっと我にともどり、しかし気になることをコレット…としかおもえない。
ともあれ、コレットが言っていたことに対し、リフィルが問いかける。
どうみてもこれは、敵の幻、何かではない。
そうリフィルの直感が告げている。
そもそも、敵であるならば、彼らの宿敵でもある精霊の名を使うなどということはしないであろう。
「あ。先生。心配かけてしまってごめんなさい。
うん。マーテル様がいうには、前、マーテル様が私の中に同化したとき。
そのときに新しく大いなる実りの中にその力が追加されたようなことをいっていたけど」
「!?あのときかい!!ゼロスのヤツか何かいれこんだという、”何か”!!」
”その時”で思い出すのは、ゼロスがそのとき。
コレットがクルシスにさらわれ、マーテルの器とされていたあのときのこと。
あのとき、ゼロスは何かをあの中に入れ込んだ、という。
…かのセンチュリオンの指示によって。
その背後にはまちがいなく、エミルの…否、精霊ラタトスクの指示があったのであろう。
それに気づき、おもわずしいなが声をあげる。
「でも、この姿、便利なんだよ~?今、実体化してわかったけど。ほら、みてみて~」
いいつつも、コレットはその姿を透けさせたり、実体化させたりしてみせている。
「…コレット、あなたねぇ……」
死んでいる、というのに何だろう。
この能天気のなさは。
いや、コレットだからこそ、といえるのかもしれない。
おもわずリフィルがこめかみを抑えて呟いてしまうのは仕方ないであろう。
「ロイド」
びくり。
名を呼ばれ、ロイドがびくり、と反応する。
「あの中から、ロイド、でてきちゃったんだ。ずっとあの中で安全な場所でまっていてほしかったのに。
でも…仕方ないよね。ロイドだもん。ロイドは黙ってみていることなんて、できないよね?
でもね?あの中で…私がいったことは紛れもない本心、なんだよ?
ロイドには危ないことをしてほしくなかった。ロイド。たぶん、まちがいなく。
私があの種子の中で感じていたことは、ロイドもきっと伝わっているんだよね?
…ロイドが生きていない世界に私にとっては意味がないっていっていたのは本当だよ?
だから…無理はしないで。ロイドは私が守るから」
あの中。
それで思い出すは先刻のこと。
あのヴェリウスの心の試練。
「コレット…何で……」
でも、あれはコレットの幻、のはず。
なのにどうして、このコレットがそのことをしっているのだろうか。
それとも、このコレットもまたあの時のように。
自分の心が都合のいいようにみせている幻、とでもいうのだろうか。
ロイドにはわからない。
そんなロイドの心をわかってか、少し困ったように微笑みながら、
「ヴェリウスはね。心の精霊。文字通りすべての心の精霊、なんだよ。
生きているものも、死んでいるものも。すべてのこの地表にいる命の。
そして大いなる実りはそれらをも包み込む、母なる実り。
私にも伝わってきたんだよ?ロイドのあの思い」
ロイドを守りたい。
そう思う心が、かの精霊に通じたのだとおもう。
まるで夢をみるかのごとく、自分はあのとき、ロイドと対面していたのだから。
「――皆の、地上の人達の願いと心。それがあるからこそ今、私とマーテル様は今、ここにいる。
皆にも伝わるでしょう?この金色の思いが、願いが」
白い光に交じってきらきらとした光の粒子もまた飛び交っている。
光に触れれば、それぞれの粒子に込められた思いや願いが自然となぜか伝わってくる。
それは、見知った人のものもあれば、見知らぬものたちのものもある。
でも、それらすべてが、神子、そして女神マーテル、そして…勇者ミトスにとむけられている。
そして、今戦っている彼ら…今、ここにいる自分たち全員にむけられたものだ。
そう自然と理解する。
理解できてしまう。
まるで、自分たちのそばに、見知らぬ人達や、見知った人々がいて願いを届け、
その力が防壁となるかのごとくに。
眼をこらせば、人々の願いが、そこに人々の姿となりて、
皆を守る盾となっているのに気付いただろう。
そしてそれは、彼ら…コレットたちの周囲だけではない。
むしろ、上空にいるミトス達の周囲にもその光景はみうけられている。
「――そういうこったか。ってこんなチャンス逃してどうするのよ?勇者様?
ってことで…喰らいな!ディパイン・ジャッジメント!!」
さらり、と白い空間の中、紅い髪がなびく。
ここにいるはずもない、またまた別の声。
その声とどうじ、頭を押さえてもがいているランスロッドの足元に、
魔法陣らしきものがうかびあがり、力ある言葉とともに、
無数の光の雨がランスロッドめがけて降り注ぐ。
「いやぁ。思いの力ってのはあなどれないわ。この俺様を一瞬でこの場にまでつれてきたんだからな」
もしかしたら、エミルの…もとい、かの精霊の力なのかもしれないが。
でも、それはないであろう。
かの精霊は、この試練には自分たち精霊は力を貸さない、といっていたのだから。
だとすれば、やはりこれは人々の思いが起こし得た奇跡とでもいうべきか。
もしくは、種子にもともとそのような力も宿っていたのかもしれない。
精霊の、かのラタトスクの力を直接使うのではなく、もともと備わっていた種子の力。
その種子の力が人々の願いに応じ、自分がいれこんだあの”何か”によって増幅されたのだとすれば。
精霊達にとっては、直接力を貸した、という範囲には収まらないのかもしれない。
何しろ、アレを入れ込んだのはこの試練が始まるよりも前、だったのだから。
「神子?どうして、お前が……」
困惑したようなクラトスの声。
眼下にいるコレットといい、ゼロスといい。
クラトスは戸惑わずにはいられない。
「大いなる意志の導きってところかな?というか人々の思いの導きとでもいうべきか?
いちおう、おもたる町や村、そういったところには、あんたらの事。
というかテセアラで演説したあの神託もどき。あれをつたえてきたから、あしからず~」
そんなクラトスに対し、ひらひらと手をふりつつもおちゃらけた様子で答えるその様は。
「って、今度はゼロスかい!?というかあんた、今までどこにっ!?」
上空にいる紅い髪の見覚えのある青年の姿をみとめ、
コレットの出現で戸惑っていたしいなが思わず声をあらげてしまう。
「ちっちっ。しいな。今はそれどころじゃないだろ?
まあ、簡単にいえば、テセアラで勇者様が演説したあの内容。
あれを主たる町や村に伝えてたわけ?人々に不安を与えている今回の一件の救いにはなるっしょ?」
「…ああ。だから、なのね。こうして皆の心がこの場に集まってきているとおもえるのは」
混乱するのはリフィルも一緒。
ではあるが、さすがはリフィルというべきか。
すばやく聞こえてきたゼロスの言葉の意味を理解し、この現状の大本を理解する。
どうして見知らぬ人達の思いまでがこうして漂ってきているのか。
その謎が、まさにとけたといってよい。
「――やつら魔族にとって、人々の希望という心はまさに毒、なんだろ?
そして、ユリスももともとは人々の心がうみだせし聖獣。
ヴェリウスと同じく心の精霊のようなもののはず。であるならば。
かのユリスがつかさどっているのは、負の感情だけではなく、生の感情も、と思うのが道理っしょ?」
その誕生が、負の心からになるものだとしても。
かの精霊が…ラタトスクが干渉している以上、そのように変化していても不思議ではない。
「地上に負の心が満ちていれば、ユリスの負の力の側面が増大する。
でも…逆に、生の力がみちれば?地上から人々の感情といった力を吸い上げていたのがこいつの失敗さ」
しかも。
「人にとって、どんな感情が、負の側面をもつのか、生の側面もつのか。それは人それぞれ。
であるからこそ、すべての感情を地上から吸い上げていっているといってもいい。
ただ、今回の出来事で地上の人々が負の側面…恐怖や絶望。そういった側面を強く出していたにすぎない」
それはゼロスの勘でしかないが、おそらく間違いなくあっている。
だからこその、人類の試練、なのだろう。
「――例えるならば、これこそが
あの声が示した通り」
ああ。
本当に。
人と魔族。
人々がもっている、果てしない欲望。
おそらくは、今回の出来事において、そういった輩はことごとく排除されていっているのだろう。
…異形と化し、もしくは自らの黒い分身をつくりだし、その分身を倒されることによって。
そして残るは、自分自身をきっちりと自制でき、また周囲と協力しあえる
「…まあ、もともと、ラタトスクは互いに争いをやめない人間たちを見限っていたから……」
そんなゼロスの言葉に、マーテルに抱き付いていたミトスがマーテルから名残惜しそうにはなれ、
そんな彼らの会話にと割って入る。
元々、種子を発芽させてもヒトには試練を化す。
そういわれていた。
今回のような規模であったのか、それはミトスにはわからない。
だけども、かつてセンチュリオン達からきいたことのある、
共通の敵をつくることによって手をとりあえるか否か確かめる。
そういった方法をこれまでの”世界”において幾度かとっていたという。
「ミトス。皆の思い、地上の人々の強い願いと思い。
あなたならこのみんなの”力”をどうすればいいのか。わかるでしょう?」
「そう。だね。姉様。…でも、姉様……」
「なぁに?」
ぬくもりはあった。
でも、心音はなかった。
たしかにそこにいるのに、姉はやはり、人、としてはまだ死んでいる状態なのだろう。
いや、この場合は霊体…すなわち、[[rb:精神 > アストラル]]体が実体化している、というべきか。
しいていえば、精霊達と似通った存在。
「ううん。何でもない。…今度こそ、長きにわたる因縁の決着をつけよう。ランスロッド」
「馬鹿な・・・なぜ。人間とは互いに憎しみ合い、互いを蹴落とし、他者を利用する。
それが本質のはずなのに、なぜ、こんな…っ」
金色の光はいまだにランスロッドの動きを鈍らせている。
ランスロッドからしてみれば、地上の人々のこのような思いはありえない事。
人の本質は、自分たちのように、破壊と殺戮。
すなわち自分たちさえよければいい。
それがあたりまえ、のはずなのに。
まとわりついている、なぜだかこの場に伝わってきている人々の思念は。
その真逆をいくもの。
他者を信じ、助け合い、そして…この場にいる皆が皆、ミトスやマーテルといった面々を案じている。
そしてその勝利を信じている。
本質的にヒトを信じることなどはしない。
それがヒトのはずなのに。
簡単に他者を裏切るのがヒトのはずなのに。
それなのに、なぜ。
なぜにこんなに人々の思いがほとんど一致団結できるのか。
「――終わりだ。ランスロッド。…ロイド!剣技をあわせて、いくよっ!!
君の手にした無の力は、この”力”を束ねることも可能のはずっ!
周囲の思いの力にあわせて、力を融合して解き放って!」
ランスロッドが弱体化している今こそがたしかに、テセアラの神子の…ゼロスのいうように好機。
姉がいつまで実体化できるのかはわからない。
けども、姉の前で無様な姿などみせられるはずもない。
そもそも、かのものとの決着は以前、自分たちがきちんと果たせなかった事でもあるのだからして。
「ロイド。私が手助けするから。頑張ろう?ね?」
ミトスの言葉をうけ、ロイドのそばにいたコレットが優しく微笑む。
ロイドの手をそっと握り、コレットが上空へと促す。
ロイドもそんなコレットにつられ、よくわからないままにと飛び上がる。
コレットに脈はない。
心音もない。
でも、コレットは今、ここにいる。
肉体を失ってもなお、自分のそばに。
触れられた手は暖かい。
心音もなく脈もないことを自覚してから、本当にコレットが肉体を失ってしまったのだ。
というのをロイドは嫌でも自覚せざるをえない。
たしかに、今、コレットは自分のそばにいる、というのに。
ヒト、としての定義とは何だろう。
ふとそんなことを、珍しくもそんなことをロイドは思ってしまう。
生きていても死んでいても、たしかにそこにいるのであれば、
アリシアのように、それは生きている、といってもいいのではないか、と。
コレットの体の周囲にはきらきらとした光の粒子がまとわりついている。
それらは皆、コレットを信じ、また案じている人々の心そのもの。
この場に集った、地上から集められた人々の願い、という心そのもの。
無の力はこの周囲の力を束ねることができる。
そういわれても、ロイドにはよくわからない。
だけども何となくだが理解ができる。
なぜ、なのかはわからないが。
おそらく勘ではあるが、周囲のこの白い光と金色の光。
それを集める感覚で、極光剣をはなつ、ということなのだろう。
何故そう思うのかはわからないが。
ミトスの手にものすごい力が集ってゆく。
マーテルを起点として、その力がミトスに注がれているのが傍目にもわかる。
世界中の人々の祈りの起点はほぼひとつ。
女神マーテル、という存在にとむけられている。
ゼロスによって、女神マーテルが敵の手から救い出された。
という情報は、人々の間に自然とあっというまにひろまっていった。
それほどまでに、世界中にマーテル教の教えというものは根付いている。
信仰の力、というものは使いようによっては時としてこうして利にもなりえる。
もっとも、大概はその力は様々な世界によって他者を虐げる事に使われているが。
ロイドもミトスほどではないが、コレットから力がそそがれているのがみてとれる。
それは細かな光の粒子の奔流といっても過言でない。
「皆、二人の力が収束するまで、あの敵を足止めするわよ!
飛べる人達は援護を!アステルとリヒターはここで援護をお願い!」
「わかりました!できることはすくないですけど、相手のいやがらせならまかせてください!」
「…アステル。…何をするつもりなんだ、何を……」
「愛とか友情とか、そういうのが相手が苦手なんだったら。
…マーテル教の讃美歌を流そうかと」
「・・・・・・・・・・・・・おい」
というかよくもまあ。
あの建物やら機械やらがことごとく結晶化して壊滅してゆく中、アステルは確保できていたというべきか。
アステル曰く、何となく嫌な予感がして、そういった類のものを入れていたものは、
ほとんど、とある布で包んでいたらしい。
何でもその布はとある魔物の吐き出す糸からつくられている布、であるらしいが。
それは、以前、ノームの神殿においてエミルが利用したとある液体。
その幼体が吐き出す糸からつくられしものであり、
また、かの地のあらたな橋をつくりだすのに使われた糸でもあったりするのだが。
リフィルの言葉にアステルが答え、
そんなアステルの台詞にリヒターがこめかみを抑えて何やらいいかけようとするが、
だが、今はそんなお小言をいう暇はおそらくないであろう。
自分とアステルは飛べない。
なぜだか、リフィルやジーニアス、プレセアやしいな、といった面々は飛べるようになった。
そうアステルは聞かされている。
かの飛行竜の中での意見交換で。
心の精霊の試練をうけたのち、飛ぶことが可能になった。
そういっていたので、アステルとしてはこの一件がおわれば自分もその試練とやらをうけてみたい。
そうひそかにおもっていたりする。
ウィングパックも本来ならば使い物にならなくなっているのが実情。
だが、抜け道、というものはあるいみどこにでも存在する。
そう、アステルがしていたように。
魔物の一部を使用することによって、
アステルのもっているそれらは今のところ使用不可能とはなっていない。
~~♪
アステルがウィングパックから取り出した、再生機によって、そこからこの場ににつかわしくない、
いや、あるいみではふさわしいのかもしれない。
勇者ミトス、女神マーテル、そして古代の英雄たち。
そういった面々が集まっているこの場においては。
ともあれ、マーテル教が公式にも認めている讃美歌の一つをその場に大音量で流し始める。
それは、テセアラに、シルヴァラントに。
すんでいる場所は違えども、必ず一度以上は聞いたことのある人々にとってはなじみのある曲。
隣人を敬い、愛し、協力し、そして平等であれ。
そういった意味合いをもった歌。
「お。いい具合にBGMもかかったことだし。いっちょいきますか」
流れてくるのは、ゼロスにとってはもはやおなじみといえる曲。
ゼロスは幼きころから常にこの曲を聴いて育ったといっても過言でない。
いいつつ、ゼロスが、パン、っと両手の手のひらを、
右手を握り締め、左手でそんな右手をうけとめるように、ぱん、とたたく。
一方。
「ユアン」
「わかっている。ミトスの力が収束するまで、我らが足止めを完全にするぞ!」
何がどうなっているのか、クラトスにもユアンにもわからない。
わかるのは、この空間にただよっている金色のこの謎の光。
それらがどうやら人々の願い、という力が形になっているものだ、という何とも不思議なもの。
そして、ゼロスのいうように、ひるんでいるというか、一瞬とはいえ弱体化しているであろう
ランスロッドを今度こそ仕留めるのにはまたとない好機。
ゆえに、クラトスがユアンに視線をむければ、すべてをいわずとも、ユアンはその意図を察する。
威力を高めれば高めるほど。
力を収束させればさせるほど、相手に対して致命傷をあたえられるはず。
うまくすれば消滅させられる可能性すら。
しかしそれには力をかなり凝縮させる必要がある。
ミトスに集まっていっている力は、ミトスのマナを操る応用によって、
今、新たな剣、として収束、再生されていっている。
それは、白と金と、虹色にも近しい色合いをした光る刀身。
エターナルソード、とよばれていたかの精霊の剣の形態に近しいものへと。
ゼロスのマナの翼がより一層、強く輝く。
「いくぜ!…リフィル様、よっろしく~♪」
「まかせなさい!正義を理となす尊き光よ……」
ゼロスの言葉をうけ、リフィルが詠唱を開始する。
その詠唱の意図をすばやく察するクラトスとユアン。
それは術や技が複合したときに発生し、使用できる技。
ちょうど、リフィル以外、ここには剣士ともいえるものが三人いる。
ならば。
「
「
一気に間合いをつめ、ユアンが空破衝を放ち、クラトスが魔神閃空破を解き放つ。
そして。
「一条の光、我に集いて奇跡をおこさん、悪を…」
ゼロスがサンダーブレードの詠唱を開始する。
それはリフィルが詠唱を始めるのとほぼ同時。
リフィルのレイの詠唱、ゼロスのサンダーブレードの詠唱。
ユアンが、クラトスが、リフィルとゼロスの詠唱が終了するとともに、
それぞれの術と技の力が収束し、まじりあう。
そして。
「くらえ!神の一撃!」
「神の一撃、うけてみろ!!」
「聖なる槍よ!!」
「貫けぇ~!」
ゼロス、クラトス、リフィル、ユアンの声が同時に重なる。
彼らの声にあわすかのごとく、力が収束し、
ランスロッドの頭上にとてつもない大きな雷をまといし槍が出現する。
「つっ。オーディンの本来の力の模倣とは小癪なっ!」
ランスロッドがそれに気づき、何やらわめいているが。
「お前さんが裏切った上司の力をうけるんだな」
「いくよ!…
相手が術の攻撃範囲から逃れられないように、すかさずしいなもまた技を解き放つ。
すでにもう術の発動条件の一つである、飛び上がる、ということはクリアしている。
そもそも、今現在が浮いている状態。
ゆえに、手裏剣に炎をまとわせ、そのまま立て続けにランスロッドにむけて投げ放つ。
本来ならば、三発、立て続けになげるものであるが、
しいなが今、投げた手裏剣は十発。
しいなが纏わせた炎は、なぜか白い。
しいなの周囲には里の人々の思いが、願いがまとわりついている。
そんな人々の願いが、想いがしいなにこの空間にただよっている力を利用することを可能としている。
だがしかし、それだけではない。
姉の詠唱をうけ、すばやくジーニアスも姉たちの思惑を察知し、自らも詠唱を試みる。
複合技が可能であるならば。
ならば、自分もその技に便乗すればより敵ダメージをあたえられる。
ゆえに。
「囁きの風に身を委ね、威風と通ずる杓杖を……」
リフィルの詠唱から少し遅れはするが、ジーニアスも素早く詠唱を開始していたりする。
ジーニアスが唱えているのは、インティグネイト・ジャッジメントの詠唱。
リフィルのレイの術とジーニアスのこの属にいうTタイプ、とよばれている上級術は
術があわさったときに別なる力を産みだすといわれている。
「いっけぇ!プリズム・ミックススターズ!!」
リフィル達四人が解き放った複合技の”グングニル”。
そのグングニルと呼ばれている上空に発生した巨大な槍にと、
リフィルとジーニアスの技が合わさって発生した術、プリズムミックススターズによって生まれた光球。
一抱え以上もあるであろう、巨大な七色の星、といっても過言ではないほどの大きさの塊。
それらが槍の周囲をとりまき、一気にグングニルの発動とともにランスロッドにむけて解き放たれる。
収束してゆく、二つの光の塊。
ミトスの手には、巨大な一振りの大剣として。
ロイドの手には、黒と白の色彩をもつ輝きのふたふりの剣として。
「…これで、終わりだ!ランスロッドっ!…次元斬!!!!!!!!」
よくわからない。
わからないが、コレットの導きのまま、いわれるままに周囲の力を集めるように意識した。
コレットいわく、皆の悪い心といい心。
その両方をロイドはつかえるはずだよ、ということらしいが。
左手にもっている黒く鈍い輝きをもつ黒い剣はあきらかにまがまがしい。
しかし、対する右手にもっている白い剣はみているだけで心がなぜか浄化されるかのごとく。
「…極光波ぁぁ!!」
互いの両手にもっている剣を交差させ、そのまま力を解き放つ。
光と闇。
生なる感情と負の感情。
互いに反するその力。
ロイドの手により、それらの力はまじりあい、反発するがゆえに強大な力を創り出す。
ミトスが技を解き放つよりもロイドが術を解き放ったのがほんの一瞬ほど早い。
「なっ…ば…馬鹿なぁぁ!!なぜ、相反する力が…っ!!ぐおぁぁっっ!!」
ロイドの放った、黒と白が入り混じった光の波は、
またたくまにランスロッドを、リフィル達の放った技ごとのみこんでいき、
技に対抗していたランスロッドは対応が遅れてしまう。
それどころか、少しでも気をぬけば、ランスロッドはすぐさまに、
クングニルのもつ聖なる槍にとその本体である精神体ごと貫かれてしまう。
それほどまでに、この”力”は、自分たち魔族にとって反する力が含まれている。
それに追加するような、ロイドによる不可能、ともいえる、本来ならばありえない、
生と負。
光と闇。
その両方の特性を持ち合わせた光の衝撃派。
それによって、ランスロッドのもつ力が、相反する力によって封じられてしまう。
その直後。
「馬鹿な・・馬鹿な…ユリス様の力を得た、私は、我は…無敵…がぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
強大なまぶしいまでの光の波が、攻撃が。
一気に間合いをつめたミトスの手から解き放たれる。
次元斬。
技の名のごとく、すべての次元すらをも切り裂く技。
ランスロッドの本体ともいえる精神体そのものが、その力によって切り刻まれる。
そんな切り刻まれたランスロッドそのものを、クングニルの力が、
プリズムミックスターの力が、のみこんでゆく――
「空間がっ!!」
ようやく、長い、長い因縁が決着した。
わかる。
今、まさにランスロッドがその精神体ごと消滅した、ということが。
ランスロッドの力によって支えられていた空間。
それらがぐにゃりと歪み、不安定な空間へとなりかわっていっている。
至るところから、空間そのものが消滅していっているのもみてとれる。
――皆、急いでこっちに!!
足場が不安定になり、今にも空間に飲み込まれそうになっていたリヒターとアステル。
そんな二人はといえば、すばやくマーテルに促されたミトスと、そしてユアンが抱き上げ助けだしている。
彼らの耳にと、聞きなれた、リーガルの声が聞こえてくる――
「姫様!?」
「ヒルダ姫様!?」
一方。
メルトキオのとある一角。
「私は……一体……そうだ。私は……」
兄から預かっていたというか、エミルから預かったというべきか。
小鳥の入った鳥かごが、突如として淡くかがやいた。
空にひろがる黒い霧がさあっ、と霧が晴れてゆくかのごとくきえてゆく。
それとほぼ同時に。
鳥かごがかがやき、そしてまぶしい光とともに、そこにありえない人物の姿があらわれた。
これまで行方不明になっていて、生存も絶望視されていた、この国。
テセアラの第一王女であるヒルダ。
ランスロッドの呪いによって、小鳥に姿を変えられていたヒルダは、
ランスロッドの消滅とともに、その呪いがとかれ、本来の姿を取り戻す――
「おお。おお。コレット…やったのじゃな」
気になるのは、なぜか感じた、コレットたちの姿。
まるで、自分たちが側にいるかのごとく、彼らの戦いが感じられた。
でも、コレットの姿が透けたりしていたのはどういうことなのか。
もしかしたら、もうコレットは…
そうはおもうが、今はそれよりも。
「――皆のもの!神子が、コレットが、皆の力をあわせ、絶望の根源を打ち破ったぞ!!」
『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
イセリアにて。
ファイドラの宣言が、戦っていた人々に喜びの感情を爆発させる。
晴れてゆく空。
まぶしいまでの太陽の光が村を、大陸を包み込む。
夜である場所は、二つの月の輝きが、優しくそれぞれの大陸そのものを包み込む。
そして、その月とともに、この惑星から離れてゆく彗星もまた、
人々の眼には第三の月、としてとらえられる。
だが、惑星から離れていっている以上、彗星ネオ・デリス・カーラーンからは、
マナの粒子が流れ出しており、それは彗星を示す尾となりて、夜空、そして昼間の空を彩っている。
それはまさに幻想的、といってふさわしき光景。
空をおおっていたまがまがしい力。
そして、それとともに、周囲に発生していた黒い異形のものも、まるで苦しむかのようにきえていった。
つまりは、神子が、勇者ミトスが、女神マーテルが。
かの戦いにおもむいていたものたちが、敵に打ち勝ったという何よりの証拠。
それゆえに、種族を問わず、協力し、敵と戦っていたものたちは、我知らず手を取り合い素直に歓喜の声をあげる。
天使達とて例外ではない。
ユグドラシル達が敵に打ち勝てた、というのがわかるがゆえに、素直に喜びを表していたりする。
もはや、天使達の中には、人間たちを下賤なもの、といってあなどるようなものはまずいない。
そういう輩は自らの黒い感情にのまれ、異形とかし、同胞、そして人々によって、
直接的に、また間接的に駆除されてしまっている。
協力しあう、ということが根本的にできなかった場所は廃墟同然と化している。
すでに、町並みや村、といった形はもはやない、といっても過言でない。
それでも、人々の歓喜の声は鳴りやまない。
まるで、大陸全体を揺るがすかのごとくに。
崩れてゆく空間。
そんな空間の中を泳いでくる一匹の竜。
退路を守っていたはずの飛行竜が、彼らのもとにとたどり着く。
空間が壊れ始めたことによって、
空間に下手をすれば飲み込まれてしまうかもしれない仲間たちを救出すべく。
中にいるリヒターとマルタとて異変は感じ取っている。
この空間を進むにつれ、飛行竜の体がどんどん小さくなっている、ということを。
常に体内に保有されている水を体にまとわりつかせていることによって、
体を構成しているベルセリウムに含まれている水分。
それらがすくなくなっていっている、ということを。
今、彼らが内部にいる飛行竜はもともと、
小さい幼体からユミルの水をたらふくのみ、一気に成長した姿にすぎない。
それゆえに、水がなくなればどうしてもベルセリウムのみの体に戻ってしまう。
つまりは、一抱えくらいしかない大きさへと。
「「…え?」」
少し前に、その巨体を目撃しているからこそわかる。
まだ、人が乗り降りするのには、それなりの大きさをたもってはいるが。
あきらかにその巨体が小さくなっている。
きらきらとした水の粒子…霧のようなものが常に飛行竜の体にまとわりついており、
いまだに少しばかり白い光の残る空間の中、その水はきらきらとした輝きをもっている。
空間の消滅とともに、彼らの周囲にまとわりついていた数多の金色の光。
それらもまた、周囲に溶け込むうようにきえてしまっていっている。
それでも、それぞれの体にまとわりついている光の残滓はまだ消えていない。
唖然とした声をだしたのはしいなとジーニアス。
リフィルなどは、それを確認し、何やら考え込むようにその手を顎にとあてている。
『これ以上、小さくなってしまうまえに、早く!』
声はどこか切羽詰まっている。
おそらくは、内部にいるであろう、リーガルとマルタも気が付いているのだろう。
でなければ、小さくなって、という言葉がでてくるはずもない。
どんどん空間は破壊されていっている。
それこそテセアラの王城で、ランスロッドと戦ったあの時のように。
「きゅ~♪」
くるくると、体の周囲を飛び回る、子猫程度の大きさの翼をもった鈍い銀色の輝きをもつ生物がひとつ。
「どうにかまにあったか」
「うわ~。森の水を飲む前の大きさにもどっちゃったよ。この子……興味深い」
どんどん小さくなってくる体から全員が脱出し、
近くにみえた雲よりも高い位置にあるどこかの山にとおりたった。
少しばかり平らになっている位置に無事に皆が皆、
ミトスをはじめとした、ユアン、クラトス。
そして飛行竜の中でまっていた、マルタとリーガル。
戦いに赴いていた、リフィル、ジーニアス、しいな、プレセア、アステルとリヒター。
そして、後から合流したロイドとゼロス。
ミトスはミトスで、実体化ができなくなったのか、はたまた自分でといたのか。
透けている、精神体となっている姉のそばで少しばかり悲しそうな表情を浮かべていたりする。
「この姿って、面白いんだねぇ。みてみて~。ほら、体をすり抜けられるよ~」
「…コレット。みていてあまり気持ちのよくないものだからやめときなさい」
一方で、こちらもまた実体化がとけているコレットはといえば、
おもしろがって、近くにある木々、もしくは近くにいるロイド。
ロイドの体をすり抜けて、苦虫をつぶしたような、それでいて迷子のような。
何ともいえない表情をうかべているロイドを体をすりぬけて、
ロイドの顔の真下、から顔をのぞかせ覗き込むように時折していたりする。
どうやら自分が他人の体をすり抜けたりできるのがなぜか面白いらしい。
そんなコレットを溜息とともに窘めているリフィル。
そんな中で、リーガルはといえば、ほっとした声をだしつつも、
周囲をくまなく、眼下にある山の端。
すなわち絶壁よりも見渡し、ここがどの付近なのか見定めようとしていたりする。
もっとも、大陸が、というか世界が一つになってしまっているのもあり、
リーガルが知っている地形とはかわってしまっているので確実にどこ、とはいえないが。
「ベルセリウムの無機生命体である竜、か。たしかに興味深いが…しかし、ここはどこなんだ?」
アステルが小さくなってしまった竜体をみて興味深そうに観察している一方で、
リヒターはリヒターでアステルにいっても無駄だ、と悟っているのか、
リーガルと同じように崖になっているであろう端より周囲を見渡していたりする。
眼下、というかすぐ真下、といっても少しばかり距離はあるが。
雲が静かに流れていっている。
空をみあげれば、透き通るような青空が。
太陽と、そしてそんな空には月らしきものが二つ、浮かんでいるのがみてとれる。
大きさはことなれど。
さらに、尾らしきものをひいている、巨大な彗星のような何か、の姿も。
「くっ。…デリス・カーラーン。ついにかなり離れてしまっているか……」
飛行竜の中から脱出するにあたり、当然のことながら大いなる実りであるはずの種子。
それは持ち出している。
蓮の花のようなそれは、以前みたときとはくらべ、やわらかな白い光を常にはなっており、
それらの中にいる、コレットとマーテル。
二人の姿がそれにあわせて淡く輝いているようにも垣間見える。
デリス・カーラーンの…巨大なマナの塊であるかの地のマナがなければ。
この種子を目覚めさせることはまず不可能に近い。
ドッン!
ユアンがそう声を漏らすと同時。
地の底から突き上げるような振動が、この場にいる全員にと襲い掛かる。
「なっ!?地震かい!?」
しいなが声を荒げるが。
「いや。そうではない。…大地に限界が来ているのやもしれぬ。
お前たちは失念しているようだが…このように、種子は発芽はしていないのだからな。
だが、大地は一つに戻ってしまっている。忘れたわけではあるまい?
お前たちには説明したはずだ。ミトスがかつて、世界を二つにわけたわけ」
そんなユアンの声に、はっとした表情をうかべるのは、リフィル、ジーニアス、しいなの三人。
「あの状態でも、一度は大樹が発芽した、とかの精霊が判断している以上。
今ある大地が消滅する、ということはありえないとはおもうが…
だが、あの精霊は、大地の上にいきるものたち、そこにあるものたちへの被害がでない。
とはいっていない」
それこそ、突き上げる頻度はだんだんと高くなってきている。
ぐらぐらと縦にゆれ、やがてその揺れは細かく、横にと振動し始める。
「!ロイド、先生!」
「!ミトス、ユアン、クラトス!」
そんな中、声をあげたのは、コレットとマーテル。
ほぼ同時。
「「あれは……」」
そんな二人の声にきづき、二人が指差す方向に目をむけた彼らのみたものは。
彼らの視線よりも少し上に浮かんでいる一人の女性。
思わず、傍らにいるマーテルと、その女性を幾度も見比べてしまうのは仕方がない、といえよう。
着ている服装や、髪の色は異なれど。
浮いている女性は、まさにマーテルの色違い、といってもいいほどに瓜二つ。
まるで、マーテルから、負の力があふれ出して分かれてしまったかのごとくに。
「改めて、初めまして。といったほうがいいのかしら?私はユリス。
聖獣ユリス。かつてこの地に生きていた人々の心が産みだせし存在。
魔族達が、神とあがめ、以前は聖獣の王に封印されていた存在。
精霊ヴェリウスが心を司る精霊ならば、私という存在は、心を具現化したような存在。
さあ、その種子を私に渡してくださいな。私がその種子を発芽してさしあげましょう。
――暗黒の大樹、として」
その声も、動作も、何もかもが、マーテルとほぼ同じ。
違うのは、浮かべる表情が、マーテルが慈しみにみち、慈愛にあふれていると感じるのであれば、
目の前の黒いマーテル、と表現してもいいであろう彼女から感じるのは、ただ冷たさと、
そしてなぜかはわからないが、恐怖以外の何ものでもない。
その恐怖の正体はわからない。
わからないが、でも何となくではあるが嫌悪感をこの場にいる誰もが感じてしまう。
そう、誰もが。
「黒い…マーテル様?」
コレットも困惑せざるを得ない。
魂だけの存在になっても困惑とかできるんだ。
などと心のどこかでコレットはそんなことをふと思う。
「!?そうだ、思い出した!」
ふと、マルタが何かを思い出したのか、はっとしたようにいきなり叫ぶ。
「前に、きいた。まさか、新生マーテル教にいる、女神マーテル様って…っ!」
それは、以前、元教皇がというか、噂できいた、新たなマーテル教のこと。
確か、噂では実際にかの教団には女神マーテル様がいるとか何とか。
そう、以前きいたような。
「なるほど、ね。あの魔王との戦いが最終試練、というわけでなく。
俺様達の真の最終試練はあんたってわけかい?――ユリスさんよぉ?
かつて、この世界が瘴気に覆われる原因となった、
人々の心が、負の感情が産みだしてしまったユリスさん?」
ゼロスの声はどこか皮肉じみている。
「あら?ああ。あなたはヴェリウスの心の試練で過去の光景をこの星から、惑星の意志からみせられたのかしら?
でも、私を産みだしたのはまぎれもなく、地上にいきていた人々の心、そのものよ?
人だけ、じゃあない。そんな人に絶望し、恨んでいた地上のものすべてものものたちの」
当時のこの惑星は、今のような理ではなかった。
誰もが、その可能性を実現できるだけの理をこの惑星はもっていた。
それこそ思いの力が奇跡を起こす、と誰もが信じていたほどに。
「そして、今の私の姿はまさにこの地上の人々の思いが形づいたもの。
地上の人々の信仰というか想いは、すべて、マーテル、という一人の女性にむけられている。
私がその姿を形づくるのは何ら不思議ではないでしょう?
――私、という存在そのものは、本来ならば心のありようそのもので、不確定なものなのだから」
それこそ、意識しなければ、みるのもによっては、ユリスの姿は千差万別にうつるであろう。
かの聖獣、
「あなたに種子を渡した場合はどうなるのかしら?暗黒の大樹、という表現もきになるのだけども?」
そんな中で、リフィルは相手の真意を確かめようと、少しの違和感をもみのがすまい、
として相手を観察しつつ、相手をひたり、とみすえて問いかける。
ゼロスのいっていたこともきになるが、だが魔族達がかの存在を神、とあがめていたこともある。
そのあたりは後々、ゼロスに何をみたのかきいても遅くはないはず。
ゆえに優先順位を間違うことなく、
リフィルはユリスとなのった黒いマーテルの姿をしたものに問いかける。
ふわふわと浮かんでいた女性はゆっくりとではあるがおりてきており、
今では彼らのほぼ目線と同じ高さまでおりてきていたりする。
もっとも、距離はかなり離れており、
この崖?の上から飛んで近づかなければたどり着けないほどに距離が開いてはいるが。
しかし、距離的には百メートルも離れていない。
「そうね。暗黒大樹、といってもいろいろとあるわ?
大いなる意志様が、新たに生み出した、惑星の大樹。
とある惑星においては人々の心の負を吸い取り浄化させる役割をもたせられているもの。
――私が発芽させるのは、すべての感情をとりこみ、力となすもの。
すばらしいでしょう?感情という感情がなくなってしまえば。
私もその方向性が変わることもなく、ずっと不変でいられる。
――ミトス。あなただって目指していたでしょう?すべてのものの感情がなくなった世界を」
たとえその果てに滅びしかないのであったとしても。
ころころと、笑みをうかべつついう様は、まったく邪気を感じさせない。
だというのに。
何だろう。
彼女が話すたびに、周囲の温度が下がるようなこの感覚は。
「――すべてもの、いきとしいけるものたちから感情、生きるという心を取り除けば。
争いも、悲しみも、何もかもがなくなる、本当の意味での清い世界。無の世界が訪れるのよ?
すばらしいでしょう?今、いきているものは、ただ生きて、寿命を全うするまで、
苦しみも、悲しみも、喜びも病も何もかも心配することなく、ただ寿命まで生きられる。
当然、誰かを思いあうこころ、といったものも不要だからこそありえない。
当然、差別などといったものもなくなるわ。だって…誰もがただ生きているだけ、なのだもの」
生きている限り、感情は産まれる。
それは、人だけではなく、精霊、動植物にもいえること。
ユリスはいっていないが、その吸い取る対象は、実はヒト、に限っている。
いつも愚かな事をするのは、ヒトであることを、
負の感情から生まれたユリスは十分に理解している。
『なっ…っ』
差別がなくなる。
それはたしかに魅力的、ではあるだろう。
病気も差別も、苦しみもない世界。
聞くだけならば何と素晴らしいことか。
ゆえに、その場にいたほぼ全員の声が短くも無意識のうちに重なってしまう。
リヒターは産まれと、そしてかつて家族を自らのわがままで死なせてしまった。
という負い目から。
アステルは家族に半ば売られてしまったという思いから。
今ではアステルはわりきっているものの、やはりそう親に捨てられたというのは
簡単に割り切られるものではない。
リフィルとジーニアスからしてみれば、ハーフエルフという立場であるがゆえに、
これまでずっと様々な経験をしてきた。
ゆえに、その理想、だけならば思わず賛同してしまいそうになってしまう。
ロイドですら、その台詞をきき目を見開く。
「ミトス。あなたが目指していたのはそういうことでしょう?」
「――僕は……」
改めていわれてみれば、感情も何もかもがなくなった無機生命体。
でも、無機生命体にも感情があり、心がある、というのをミトスは理解した。
理解できてしまっている。
だが、目の前の女性のいうことを実践すれば、それこそそれらの感情が取り除かれ、
本当に静寂、でしかない世界が訪れる、ということなのだろう。
「ふざけるな!では、私が強くマーテルを愛して、想う心すらなくなるというのかっ!?
ミトス。惑わされるな!お前がマーテルを姉として、家族として大切にしようとする心。
それらもそいつのいっていることであるならば、すべてなくなってしまうということなのだぞ!!」
「…ぶれないな。ユアン。相変わらずお前は」
そんなユアンに苦笑まじりにクラトスがつぶやくが。
かつての戦いにおいても、ユアンはこのように、マーテルへの愛を認識したのち、
このように敵に対してきっぱりとよくいいきっていた。
「誰かを思いやる、という心すらなくなってしまう、というのは。それは…もう、ヒトではない、とおもいます」
ぽつり、とプレセアがそうつぶやく。
そう。
それはもはや、ヒト、といえるのであろうか?
心を封じられていたかつての自分をプレセアは思い出す。
「あら?そうかしら?管理された世界。感情も何もかもがない、静寂な世界。
ただ、死ぬそのときまで、ずっと心がないがゆえに穏やかにくらせるのよ?
感情が発生しないがゆえに、当然、それらを糧とする魔族達も残っているものも消滅する。
もしくは、新しい世界にあきらめて、彼らも移動してゆくでしょう。
それに、あなたたちに手がある、とでもいうの?
すでに、彗星ネオ・デリス・カーラーンはこの惑星の重力圏を離れたわ。
マナの塊であるかの彗星の力をつかわずにどうやって種子をめざめさせるというの?
束ねる時空の精霊ゼクンドゥスの力もなくて」
事実、あれほどまでに地表を覆い尽くさんとしていた彗星は、もはや普通の星、
というか月よりも少しばかり小さくなっている。
それだけこの惑星から離れてしまった、ということなのだろう。
「いいえ」
「――方法はありますわ」
皆が皆、事実を突きつけられ…もっともロイドだけはよく理解していないものの…が、絶句しているそんな中。
静かな、コレット、そしてマーテルの声が響く。
「私、ミトスに直接授けられた石。これは周囲の力を取り込んで様々な形に変換させしもの。
クラトスとユアンのそれは、もともとの精霊石を少しばかりかえられたみたいだけども。
でも、私とミトスの石は違う。
この石は…かつて、かのラタトスク様から授かった、いわば、純粋なるマナの塊、ともいえるのだから」
「そして。ロイドの力があります。ロイドならば、まだ満ちている世界の人々の心。
その心を集わせ、集めることができるはず」
人々の心の力とは、いわば無の力といってもよい。
「!そうか!無の力で強い願いをあつめ、それらを束ね、それをマナに変換すればっ!」
「無茶だ!それはたしかに机上の理論では可能かもしれない、とかつてはいわれていたが。
実際に試したものはいないのだぞ!?
そもそも、無の力の使用は種のもつ理にはじかれ、個体の消滅をも示唆しかねん!」
ユアンがはっとしたようにいえば、すかさずクラトスが反論する。
「クラトス。お前はみないようにしているだけではないのか?
たしかに、そいつはお前の息子だ。だが、生まれが生まれ。
我ら、天使化したものと、天使化しかけていた被写体…アンナとの間に生まれた子。
アンナもあるいみで、半天使化状態であり、彼女もまた歳をとることがなかっただろう?」
「それは……」
「そんな中で生まれた、そいつは。どの種にも属していないはずだ。
忘れたか?これまで一度たりとて、我ら天使化を果たしたものは、子をなすことすらできなかったのだぞ?
人工的にしろ、自然にしろ?すべて、器と精神体が崩壊していった。
かつて、我らの国…テセアラとシルヴァラントがしていた実験をお前が知らないはずがなかろう?」
「っ!しかし、それではロイドの身に…っ!ロイドがするくらいなら、私が!」
「お前がすれば、お前はその肉体どころか魂を消失させるだろう」
「!?」
さらり、といわれた実験という台詞。
どの種にも属さない。
ときどききいた、ロイドのありよう。
「…ああ。だからこそ、天使達のあらたな種の名前。あの時エミルが問いかけてきたのね……」
おそらくは、地上に送り返す予定の天使達のこともあったのだろうが。
ロイドのこともあったのだろう。
どの種族にも属していない、というのであれば。
新たな種族の名が必要となってくる。
地上に降りた天使達と、ロイドをおそらく”同じ”種にエミルはするつもりなのだろう。
おそらくは、あの問いかけをきいた、フラノールでのあのころから。
いや、それよりも前におそらくは、決定されていたことなのだろう。
地上にすべて送り返されているという、天使達。
そして、彗星に移住していたドワーフ達。
ユアンとクラトスのやり取りをきき、リフィルはそう理解する。
理解できてしまう。
「――それこそ無駄よ。だって、人々の望みは、今言ったことに当てはまるもの。
人は皆、根本的には静かな暮らしを望んでいるのよ。
あなたたちのいう、人々の願いも、私の今の”言葉”をきけば…どうなるのかしらね?」
さあ。選びなさい。
人間たちよ。
地上にいきるものたちよ。
私の手にゆだねるのであれば、死するまで苦痛も何も感じない、感じることもできない、
静かなる無という静寂をあたえましょう。
誰もが、他人、というものを認識することもなく。
当然、家族、という概念もなく。
愛も、苦しみも、憎しみも、友情も、すべてというすべての感情がなくなりし静寂な世界の中で、
死するその瞬間まで穏やかに暮らす。
私にその願いをゆだねれば、私はそれを成し遂げましょう。
「いいえ。ユリス。それは違います。人は、人とはそれは生きている、とはいえません。
喜びも、悲しみも、苦しみも。愛も、友情も。全てがあわさっての、ヒト、なのですから。
私は、人々を信じています。感情をなくさずとも、皆が皆、協力しあえる、と。
私がこうして表にでてこれたのも、人々の願いゆえ」
そんなユリスにと、静かなマーテルの声が投げかけられる。
一体、何がどうなっているのか。
全ての元凶は完了したのではないのか。
だけど、これは。
世界中の人々の脳裏に突如として浮かび上がってくる、どこかの光景。
教典の中にある、女神マーテルと瓜二つな女性が、二人。
一人は、温和な女性。
近くに、神子達…テセアラでは、ゼロスを、シルヴァラントではコレットを。
世界が統合しているとはいえ、かつてそれぞれの世界と言われていた場所にすまうものたちは、
神子達の姿をみとめ、察する。
察することができる。
あれこそが、女神マーテルなのだ。と。
人を信じる、といった慈愛に満ち溢れている女性こそが。
では、もう一人は?
黒い、かの女性は…
まるで、これまで敵対していた、他者から、知人から。
湧き出していた別なる黒い”同一人物らしきもの”ではないのか。
「喜び、悲しみ、そして互いをいつくしみ、協力する。
今の現状の人々は、協力しあうという心。互いを信じ、尊重しあう心があるはずです」
それこそ、この争いを通じて、人々は実感したはず。
そうであるはず。
あってほしい。
それはマーテルの願望であり、希望。
「貴方のいう世界では、未来はありえません。親が子を、師が弟子を。
愛情をもってはぐくむというその概念すら貴方は消し去ろうというのですから」
それは、一世代だけの平穏。
そこに先はない。
今いるものが死ねば、それまで。
まちがいなく、子が新たにうまれいでる。
というのは、それをしてしまえばなくなってしまうであろう。
ユリスがそれを指示、もしくは指定しない限り。
「あら?それでも、人は平穏をもとめるのよ?だって…所詮、人、というものは。
自分たちさえよければいい、のだから。
あなたはそういうけど、世界中の人々はどう思うのかしら、ね?
大いなる実り、大樹を発芽させなければ、すくなからず地表は今のありようをたもてないでしょう。
各地で地震が頻発しているのが何よりの証拠。
大地は今のまま存続したとしても…そこにいきるものたちはどうなるかしらね?
大樹を発芽させるほどの力は人々の思いが、力が皆一つにまとまらなければ成し遂げられない。
それほど、世界を支える力というものは強大不可欠。
人々にそんな心が、気力があるとおもうの?皆、自分だけが、自分たちだけがよければいい。
そう思うのが、人、なのに」
未来をみずして、自分たちだけが安定した、安らぎをえるのか。
それとも、今のまま、苦痛をもった感情をもった生き方をするのか。
彼らは知らない。
この世界の誰も、ラタトスク以外には知る由もない。
かつて、クラトスが宇宙空間で解き放った穢された精霊石。
それらから孵化した微精霊達が、集合体とあいなって、
今、まさにユリスがいったことをとある惑星において実践していた、というその歴史を。
大量の微精霊達の集合体であるがゆえ、かの精霊達が干渉し始めた時間軸。
そこから、時間への介入も可能であったかの惑星。
ヒト、の力と、そして微精霊達の集合体…フォルトゥナが産みだせしヒトの姿をせし二人の聖女。
そのうちの一人。
そして聖女がみとめし人物とその仲間たち。
彼らの手によってそれらの歴史はなかったことにされた、ということを。
「マーテル。あなたは所詮、人々を信じるばかりで何もできはしないのよ。
あなたの説いいていた、人々は皆、平等。隣人に愛を。
それすらも人々はずっと守ってすらいないのでしょう?
そんな人々を守る必要がどこにあるの?
あなたが、そんな人々の心のありかたを認めて見守るというのであれば、
では私は見守るだけでなく、人々からそういった感情すべてをけしさって、
静寂な生、をそんな人々に与えてあげましょう。
あなたと私は、いわば光と闇。ねえ。マーテル?人々はどちらを選ぶかしらね?」
「私は、人々の心を、ありかたを信じています。人はみな、わかりあえる、と」
「――綺麗ごとね。でも、そうね。種子を渡すつもりがないのであれば…
仕方ないわね。では力づくでも渡してもらいましょうか?
私のありかたは、人のこころのありかたそのもの。
さあ、ヒトの心の、光がかつか、闇がかつか、
あなたたちは私という、世界中の人々の、いきとしいけるものたちの心、にかてるかしら…ね?」
その光景は、地上にいきるすべてのヒトに。
エルフも、ハーフエルフも、ドワーフも、天使も。
人が、種族、とかってに差別していたものたちすべての脳内にと映し出されている。
まるで、そう。
自分たちがまさに今、その場にいるかのごとくに。
黒い女性が、選びなさい、と語ったその後から、まるで夢をみているかのごとく。
白昼夢、というべきなのだろうか。
だが、皆が皆、同じ光景をみている、というのはありえるのだろうか。
母と子が、家族が、知り合いが、近くにいる隣人が。
何がおこったのか理解できずに互いに自然とその光景について会話を交わす。
「…ミトス…くん?」
その中に、見知った少年をみつけ、戸惑った声をあげるクララ。
コレットを見知ったものは、コレットの名を、コレットの連れであった人々を。
ゼロスを知るものは、ゼロスの名を。
だけども、わかることがある。
あの黒い女神マーテルのような女性。
かの女性は人々に何かを選ばせようとしているのだ、と。
そして、それに神子や女神は反発しているのだ、と。
静寂でしかない、喜びも悲しみも苦しみも、当然差別も何もない、静かな世界を、
平和な世界を望むか。
それとも。
「――ヒトの未来は、ヒトによって紡がれてゆくものです。
だからこそ、様々な可能性が産まれゆくのです。
あなたのそれは、その可能性すらも無くしてしまいます」
マーテルの中にある、人を信じるという気持ち。
数多の神子達も、基本的には人々を信じていた。
信じていたがゆえに、世界への生贄としっていながらも旅立った。
全てのものを助けたいがために。
マーテルは知る由もない。
その思いが、マーテルの想いが、少女達の思いと混じり、融合してしまったがゆえに、
いくらラタトスクがいさめようが、その考えを捨てようとせず、
ラタトスクにヒトの世界への干渉を精霊の盟約を持ち出してまでとめてしまったということを。
そして、人に請われるまま、情報をあたえ、結果的には世界を混乱と消滅に導いてしまった。
ということを。
それは、ラタトスクが何としてでも防ぎたい、ありえた歴史。
ありえる未来。
「だけども。人に心があるかぎり、感情があるかぎり、必ず苦しみや絶望はうまれてしまう。
だからこそ、感情を取り除いた人々が生きることこそが絶対に幸福にいきられる世界。
私は確かに負の心でもって生まれてきています。
けども、そんな人々も始めは皆、平和を心の底では望んでいたのです。
だからこそ――かつて、地上を一度、無にと戻し新たに始めるという方法を私は選んだ」
それは本能的なものであり、そこには感情という感情はなかったけども。
あのままであれば、まちがいなく。
この惑星をも飲み込んで、すべてが無へと還ったはず、なのに。
全てなる大いなる意志の御許へと。
でも、この惑星の意志はそれを望みはしなかった。
それどころか、大いなる意志へと助けをもとめた。
そして…その声に、大いなる意志は答え、そして今があり、ユリス、という”個”を自身は得た。
争いも、苦しみも、差別もない平和な世界。
それは何と甘美なる言葉だろうか。
誰もが心の奥底では望んでいはするが、誰もがあきらめている事。
ゆえに、その光景を、やり取りを”視せられて”いる人々は戸惑うしかない。
何が正しいのか。
その平和な世界を止めようとしている女神マーテルの言い分は正しいのか。
でも。それでも。
「…お母さんのことを好きだ、ということまでわすれちゃうの?私、それはいやだよ~」
我が子が、子供ゆえの純粋さで素直な感情を漏らす。
それで、はっとその前提にあるものをようやく気づかされる親たち。
そしてまた。
「冗談。たしかに、平和な世界。それはすばらしいかもしれない。
けど、それだと…君を大切に思う僕の気持ちはどこにいくの?
君を思う気持ちがなくなるなんて冗談じゃない」
「そうね。――私もそんな平和は認められないわ」
恋人同士が、親友同士が。
甘い言葉に誘われそうになるが、だけども最も大切だ、とおもっている人々を思うことにより、
その甘美なる誘惑をはねのける。
今、世界に無事であるものは、協力しあう大切さ。
それを見に染みて、生きていることを実感している存在達ばかりゆえに。
「――そんな私を危惧したのか、私はかつて封印された。
私は人の心の具現化。人々の心があるかぎり、私は決してきえることがない。
でも、こうして今、私は再び解放された。
人に心があるかぎり、あなたがたが”私”という”形”を産みだすかぎり、
私は決して消えることがない。あなたたちは私には勝てないわ。
私が破壊と絶望を望む形によっていたのは魔族達の心がつよかったゆえ。
けど、その強い想いを抱いていたランスロッドは、もう、いない――」
そして他の強い力をもつ魔族達も。
すでに、この地にいる魔族達は弱いものばかり。
そしてそれらすらも、このたびの一件で、ほとんどが消滅させられてしまっている。
中には人の中に入り込んだものもいる。
けどそういったものは、それらの人間たちのもつ負の感情を増幅させ、
負の具現化たる幻魔をうみだし、自滅においやられてしまっている。
「…ごちゃごちゃうるせえな!あんたのいってることはよくわかんねえ!
けど、これだけはいえる!感情がなくなってしまうなんて冗談じゃない!!」
それまでずっと黙ってやり取りをきいていたロイドが我慢しきれなくなって口を挟む。
思い出すのは、感情を失ってしまったコレットの姿。
そしてプレセア。
ラタトスクが干渉していたがゆえに、ロイド達のしっている天使達はほとんどが自我をとりもどしかけていた。
ゆえに、天使といわれているものたちが、そんなロイドのしる、
いわゆる生きている人形状態であったことを、ロイドは知らない。
「とりかえしのつかないこともあるとおもう。実際にそういうことは多いんだとも理解できてる」
嫌でも理解してしまった。
嫌というほどに。
これまで、口ではいっていても本当に心の底から理解していなかった自分自身にも。
でも、それでも。
「それでも、俺たちは、ヒトは未来にむけて歩いていける。
たしかに、差別や迫害といったものはなくならないのかもしれない。
けども、そこにいる、というのを認めることはできるはず。
小さなことかもしれないけども、互いが側にいる、それを認識するだけで。
少しばかり距離をおいて認めるだけで、必ず違う結果が生まれるはず。
始めから排除するんじゃななくて、認めることから始めることで、人はかわれる。
さっき感じた皆の思いが、種族を、生まれを関係なく協力しあっていたように。
あんたのいってることは、はじめからすべてを否定するだけ。
感情がなくなれば平和になる?冗談じゃない!
ヒトは、笑って、泣いて、喧嘩して仲直りして…おいしいものをたべて、おいしいっていって。
うれしいことがあれば、その嬉しさを仲のいい友達や家族と共有して。
それが、ヒト、として生きるってことだ!あんたのそれは、ヒトとして生きるとはいえない!」
ずっと、考えていた。
どうして自分は本気でそういうことを考えようともしなかったのか。
ただ、流されるままで。
注意を幾度うけても流していた。
その結果、引き起こされたイセリアの悲劇。
コレットの今のありかた。
よくわからないが、目の前のユリスとなのった女性のいうことをきけば、
感情がなくなってしまうというのだから後悔とかもないかもしれない。
けど、感情がある状態からその顛末を考えれば、絶対に後悔するのがわかりきっている。
「――誰かを大切におもう。そんな心すら踏みにじる、消してしまおうなんて冗談じゃないっ!」
人の悪意。
それを身にしみた。
これまで口先だけでしかなかったのだと、あの空間でロイドは思い知った。
自分の行動が、言動がどれだけ人々を傷つける要因となっていたのかも。
自身を非難してくる人々の声の中には、あのパルマコスタのティアと名乗っていた女性や、
…ゼロスが殺してしまったという子供の母親の姿もあった。
知らなかった。
知ろうとすらしなかった。
それゆえに自身が口にだしたことばがどれだけ、彼女たちを、人々を傷つけていたのか。
「――人は、ヒトであるからこそ、過ちもおかす。
けど、感情があるからこそ、それを踏まえて成長してゆくこともできる。俺はそう、信じてる!」
自身が成長、といっても意味をなさないのかもしれない。
口さきだけで、まったく省みようとしなかった自分には。
けども、いわずにはいられない。
「――そう。その子のいうように。私もヒトの可能性を信じています。
人が人であるかぎり、過ちをおかしても、必ずそれを教訓によりよい未来をつむげる、と」
そんなロイドの台詞にマーテルが賛同を示す。
ああ。
そうか。
そうだったのか。
あの時。
コレットの体に一時的に姉を憑依させたあのとき。
姉が自分を間違っている、といっていたその真意をようやく完全に理解できた。
自分がしようとしていたことは、まさに目の前のユリスのいっていることとあまり変わり映えはしない。
感情をすべて殺した、静寂なる世界。
でも、そこに、家族を…もっとも最愛な人を思う心すらをも失って。
それで生きている、といえるのだろうか。
自身がしようとしていたことはそういうこと。
もしもなし得ていたとしても、無機物にも心は宿る。
それを今のミトスは知っている。
ゆえに、いずれは自身の考えにそむくものもでてきたであろう。
それこそ、本来のヒトらしさ、をとりもどすべく。
「――私も認められないわ。たしかに、人に感情があるかぎり、
地上から、争いも苦しみも、差別も何もかもがなくなることはないでしょう。
けども、それ以上に、互いを大切に思いあう心、協力する心。
それらをも持ち合わせることができる。
今回の異変によって人々が協力しあえたように」
リフィルは教師、という立場を誇りにおもっている。
それは、未来にむけて子供達に教えをとく立場であると同時に、
子供たちが紡ぎ出す未来をも垣間見ることができるから。
だけども、今のユリスの意見を採用してしまえばそれはできない。
「――平行線ね。でも、世界の人々はどう、かしらね?
人々が私の意見を望むかぎり、心があるかぎり、私はあなたたちに決して負けないわ。
あなたたちが、私の意見を間違っているというのであれば、
あなたたちにとっては、私は悪。闇、なのでしょう。
人の心の闇がかつか、それともあなたたちのいう、人を信じるといった光がかつか。
さあ…どっちかしらね?」
その問いかけは、幾度もおこなわれたこと。
ユリスに限らず、様々な”敵”達によって。
「「――くるぞ!」」
緊迫したような声は、クラトスとリーガル、ほぼ同時。
それによって、彼らの周囲の空間が、目に見えて切り替わる。
それは、何ともいえない空間。
ふと気が付けば、自分たちはどうやら上空、に浮かんでいる状態らしい。
足場も何もない。
けども、何もないはずなのに、しっかりと足がつけている。
どうやら透明な足場のようなものがそこにはみえないもののあるらしい。
眼下に見えるのは、あれはもしかしたら大陸、であろうか?
流れる雲らしきもの。
そしてその合間に大陸らしきものがあり、海らしきものも垣間見える。
それこそ以前、救いの塔を降りていたときに見た光景にほぼ近い。
どうやらかなりの上空、に自分たちはいるらしい。
これが現実なのか、それとも幻想…幻なのかはわからないが。
だが、何となくだがこれはおそらくは現実。
この光景そのものが現実、だと誰も何もいわないが何となくだが理解する。
今、目の前の、聖獣ユリス、と名乗った”女性”は”人の心の光がかつか、闇がかつか”。
そういった。
であるならば、もしかしたらこの光景は、地上からも何らかの手段をもってして、
自分たちが対峙している様子を人々が認識できるのかもしれない。
それは、勘、でしかないが。
「アステル!お前は戦闘力はほぼないんだから下がっていろ!」
「アイテム要員、回復要員ならばまかせて!アイテムを全部使い切るつもりで援護するよ!」
おそらくはここが正念場。
ランスロッドと呼ばれていた魔族もまた、おそらくは大いなる意志の意のまま、であったということなのだろう。
大樹カーラーンの精霊。
魔物の王。
マナを司るもの。
そういった面でしかかの精霊をみていなかったとも思う。
これは、あの声のいうように、本当に人への最終試練、なのだろう。
ヒトが、人であるがままに生きようとするのか。
それとも、ユリスのいうように、無と静寂の未来のない世界を望むのか。
どちらにしても、一応大地の存続は成し遂げられるのであろう。
ヒトが地上に、大地に次世代まで生き残れるかどうかはともかくとして。
リヒターの問いかけにアステルが素早く反応する。
そう、簡単な初期の術しか使えない自分は間違いなく役立たず。
この場にいる皆とくらべ、自分は防御力もほぼなきに等しい。
死んでしまうかもしれない。
でも、それが何だというのだろうか。
強い意志で、精神体…魂だけでも姿を保つことができる。
それはシルヴァラントの神子と女神マーテル…女神でも何でもない、らしいが…
が証明している。
人の心の強さがユリスの、”ここ”の力となるのならば。
強く思えば、肉体の消滅など怖くは…ない。
完全に怖くないわけではないが、すくなくともひるむ要素にはなりえない。
「この戦いが、本当に最終決戦、になるわね。希望、あるいは絶望になるのか。
私たちには二つの道しか残されていないわ」
種子を自分たちが発芽させられるか。
それともユリスが発芽してしまうか。
静寂を望むものにとっては、ユリスこそが希望であろう。
ヒトであろうとする自分たちのほうが絶望…悪、ととらえられるかもしれない。
でも、それでも。
「…ユリスを倒し、世界を希望の光で照らしだすか。
私たちが戦いに敗れ、あるいみで世界を消滅させるか…ほんと、両極端だねぇ。こりゃぁ」
リフィルの台詞にしいなが続けざまに、やれやれ、とばかりに手をかるく左右にひろげ首をかるく横にふる。
「絶望…この場合は、静寂、と希望、といったほうがよいだろう。
世界の運命を左右する二つの分かれ道、というわけか」
「それでも…私たちがつかみ取るのは、希望、だとおもいます。
明日、生まれてくる子供たちが笑いあえるように。子供たちが未来を笑って生きられるように」
リーガルにつづき、プレセアもまたぽつり、とそんな自身の感想を漏らす。
感情がなくなってしまうとするならば。
…今、身ごもっている妊婦達は、子供を産むこともできなくなるであろう。
出産には多大なる精神力と、そして忍耐を必要とする。
でも、感情がなくなってしまえば、そんな力をひねりたせるはずもなく。
…母子ともに死が間違いなくまっている。
感情がなくなるのであれば、下手をすれば、食事をしよう、という心すらもを失って、
人々はひもじい、お腹すいた、という思いすらいだかずに衰弱死してしまう可能性すらも。
だからこそ、プレセアもまたそんな未来は認められない。
「俺は、これまでずっと、口さきばかりで。自分がそう思っているとおもっても。
本当に心の底からおもっているわけじゃなくて。
結局、根本的なところは自分を守ることしか考えてなかったんだとおもう。
もしかしたら自分では気づいていないけど自分のために、皆に聞こえのいいような、
都合のいいようなことばかりをいっていたのかもしれない」
あの試練の中で感じたのは、ロイド自身のこれまでの生きざまのありかた。
「だけど、俺、馬鹿だけど。何が大切で、何を本当に守りたいのか。
言い方は間違ってるかもしれないけどようやくわかったような気がするんだ。
それこそ今度は忘れないほどに」
もっとも、これまでロイドがそういうことを忘れていたのは、すべては母、アンナによる干渉によって。
なのだが。
ロイドはその事実にいまだに気づいていない。
「だからこそ。俺は、あんた、ユリスのいっていることは認められない!
ヒトは、ヒト同士で支えあって、時には喧嘩したり対立したりしながらも、
常に認め合って、影響しあって生きている、といえるとおもうから!」
『あのロイド(くん)(さん)がまともなこといってる!?』
驚愕の声はほぼ全員。
「くっ。ロイド…成長したのだな」
クラトスなどは、なぜかその目にうっすらと涙を浮かべていたりする。
「…うわ~…母親の干渉がなくなったロイド君……
…さらに熱血おバカに磨きがかかってないかい?こりゃ?」
これまでも熱血馬鹿だとはおもっていたが。
母親による感情の抑制といった干渉がなくなった影響がこう、だとは。
ゆえにゼロスとしてもいわずにはいられない。
「す、すばらしいわ!ようやく私の教育が実ったのね!
今のロイドの言い回し、どこも自然で、本当に間違っていないわ!
あのロイドが、ロイドが難しい言語をなんなく操るなんてっ!」
リフィルはリフィルで、ロイドが小難しいことをいって自分の考えをのべたことに対し、
いろいろな意味で感極まっていたりする。
「・・・・あなたたち、これから戦いが始まる、というのに随分のんきね……」
そんな彼ら一行の様子をみて、あきれたようなユリスの声がぽつりと響く。
まあ、確かに。
これから世界の人々の運命をかけた一戦が始まる。
というのに、確かに緊張感の欠片もない。
でもこれこそが、彼らをしるものであれば、彼ららしい、といえるのであろうが。
――大空に邪なる心が満ちるとき、災いの獣降り立ち、大地に破滅をもたらす…
それはかつてこの惑星に伝わっていた伝承。
かつて、この地にいた聖獣、とよばれしものたちの王がその力をもってして封印していたもの。
だが、当時の人々の負の思念より、その封印は解き放たれ、
とあるでき事によって、封じていた思念そのものが人々の心へと飛び散ってしまった。
今でこそかつてのように、ユリスが暴走することはない。
ない、とわかっていても、当時のことを目覚めている聖獣達はどうしても思い出してしまう。
あの時ですら、聖獣の王ゲオルギアスも勝てなかった。
地上に負が満ち溢れ、それらの力をわが物としていたユリスには。
あの時はかろうじて、実体化したユリスを当時の一部のものたちが食い止めた。
だが、ユリスの思念は人の心にそのまま潜み…そして世界の破滅へとつながった。
今の現状は、まさにこの惑星にとっては最古の、それでいて終わりでいて始まりの記憶の再現。
そういっても過言ではない。
その事実を知るは、この地に滅びることなくのこった聖獣達と、
そしてすべてを知る惑星の意志、大いなる意志たるラタトスクとその直属の僕たるセンチュリオンのみ。
だからこその試練。
かつて、この世界を崩壊にまでおいやったその現状に近しい状態にすることによって、
ヒトがどのような選択を果たすのか、の。
ヒトという種が、一度無となりて新たに再生しなおすか、今のヒトであるがままに再生するか。
それは人の…この惑星上の人々の心次第。
「――ネガティブバースト」
あまりに、場違いともいえる会話にあきれ、先制して攻撃をしかけたのはユリス。
このまま、ほうっておけば間違いなく彼らは会話を脱線させて、
今が戦いの場であるという空気すらかえてしまうであろう。
ユリスの放った攻撃は、黒い衝撃派となって、前方にいる彼らのほうにと突き進む。
直撃をうければまずまちがいなく、行動不能におちいってしまうであろうほどの力を感じる。
事実、ビリビリと術を解き放っただけだというのに空気が振動しているような感覚が、
その場にいる全員にと感じ取れ、その衝撃がどれだけのものか、嫌でも理解ができる。
「!いけない!」
その攻撃にあわせ、マーテルがすっと両手を突き出す。
その手に光が収束し、そこに何やらロイド達にとって見慣れたような一本の杖?のようなものが出現する。
頂上に球体のようなものがつき、その左右に木の葉のようなものがついている、一本の杖、というかロッド。
それはマーテル教の聖書にかかれている、女神マーテルがもつとされる、神聖なる杖。
杖から発せられる強く白い光が、押し寄せる黒い霧のような靄のような力を分散させる。
地上の人々の負の力の結晶ともいえる、負の力の波動。
しかし、今のマーテルは人々の希望ともいえる力にて実体化している存在。
互いに反する力であるがゆえ、力負けしたほうが消えてしまうというリスクも負っている。
「ユリスの力は私が抑えます。コレット。あなたはロイドの力を補佐してあげて。
今のユリスを完全に倒すことはできない。けども、力を削いで実体化を解かすことはできる。
それは、先ほどのように人々の心の力、にかかっているのですから」
「姉様がユリスの力を抑えるなら。僕はこの周囲にみちている力を少しでもとりこむよ。
それらをマナに変換して、リフィルさんたちにわけあたえる!
そうすることによって、ここでも術が使えるようになるはずだから」
他者へのマナの供給。
それはミトス達だからこそ出来うること。
伊達に、マーテルをよみがえらせるために、様々な研究、実験を繰り返していたわけではない。
「では、我々が、ロイドが力を集めるまでの時間稼ぎ、というわけか」
「わっかりやすいねぇ。けど、悪くはないね」
リーガルが、瞬時に彼らの計画を察知し、
しいなもまた、そんな彼らの計画に気づきすばやくすかさず印をくみ、
「邪の象徴なる証を我が手に 恐怖の旋律をその首に這わせん!蛇拘凄符 !」
印を組んだのち、残っているありったけの、相手を符をユリスにむけて投げ放つ。
印を組むことにより、無地なる紙にと印が自然と刻まれ、術に応じた用をなす。
すでに規制の符は使い切っており、かといって、あらたにつくる暇もなかった。
即席の効果でしかないがゆえ、きちんとした手順でつくった”符”よりは効果は劣る。
でも、相手を一瞬、ひるませるというか、敏捷律…すなわち行動を妨げるのには十分。
そして。
「魔力の結晶を 慈悲の光として与えん 癒しの加護を我らに包まん!チャージ!!」
ミトスよりとある術の詠唱が紡がれる。
チャージ。
術者のもつ精神力を他者に分け与える術であり、
本来ならば、他者に移動する際に周囲にも霧散してしまう力があるがゆえ、
分け与えようとする精神力…この場合、魔力、とでもいったほうがいいのかもしれないが。
ちなみに、スペクタクルズの表記では、これらの力のことは、TP、と表示されていたりする。
ともあれ、この術、本来ならば、一対一が普通というか一般的。
だが、ミトスはかつての長き戦いにおいて自ら、術などの言葉の意味をもかみくだき、
自分なりに新しい技などを編み出していたりする。
これは新しい技、というよりも少しばかり本来の技に改造をくわえしもの。
ナース、と呼ばれる上位の癒しの術、仲間全体を回復させる術と、
精神力を回復させる技をあわせたミトス特製の術。
ちなみに、この術。
普通の人々がつかえばあっというまに魔力が枯渇する。
分け与える量にもよるが。
いちはやく、石の特性にきづき、周囲の力をも取り込み利用していたミトスだからこできること。
まあ、その思い当たったきっかけ、というか行動理由が、
この石って、ラタトスクの力の結晶っていってたけど。
そういえば、世界のすべてって、ラタトスクのマナでできてるんだよね。
当然僕たちも。
なら、共鳴させて力を集めたり、逆に霧散させることもできるんじゃないのかな?
という思いつきで開発にいたったのだから、
ミトスがかつてどれだけ精霊研究などといった分野にたけていたのかがわかる、というもの。
「これは……」
先ほどまでの戦いで失っていた体力が回復してゆく感覚と、精神力が回復してゆく感覚。
みれば、ミトスの体が淡く輝いており、よくよく目をこらせば、
ミトスは周囲の大気をあつめているようにみえる。
周囲の大気がミトスにあつまり、ミトスがそれをどうやっているのか変換し、
それらを力となしてどうやら周囲に分け与えている模様。
困惑したような声がリフィルの声がふともれる。
どうやらその思いは他のものも同じらしく、
それぞれが自分の手や、体を一瞬確かめるようにしているのが垣間見える。
「今の私のもっているこの杖では高度な回復術が使用できないのがいたいわね…
あの杖は、私が内部に入り込んだとき、その性質もあいまってか、
種子に融合というか取り込まれてしまったもの」
あくまで、今、マーテルがもっているのは、マーテルのイメージを具現化し、
実体化させているだけの代物。
かつて、マーテルがラタトスクの手がくわわった、とある杖…
世界樹の杖、とも大樹の聖杖、ともいわれていたその回復力には到底及ばない。
こうして、反する力を抑え込むだけの力はかろうじて保てているが。
杖そのものにラタトスク曰く、カーラーンの葉を直接いれこんだ。
といっていたとおり、かの杖においてマーテルは回復術において右にでるものはいなかった。
もっとも、悪用されても何なので、それは石をもつお前たちにしか使えない。
ともいわれていたが。
…事実、欲をだした当時のとある人間がそれを奪おうとして手にしたとたん、
マナをすべてすいあげられかけてミイラになりかけた、という逸話があったりする。
もっとも、彼らは気づいていないが、ミイラどころか体が完全消滅してしまったものもいるのだが。
彼らが気づいていないのは、杖のみが残された場合、
そのあたりにいた魔物たちがこっそりと、ミトス達のいる場所に運んでいたからに過ぎない。
そういう事がおこりえたのは主に当時の貴族、とよばれる上流階級のものに場所に招かれているとき。
ではあったが。
武器などは預けて謁見するように、といわれ、断れるわけがない。
もっとも、クラトスにしろユアンにしろ、立場が立場ゆえ、彼らに関してはそういうものたちも、
強くでれなかった、というのもあるが。
人々の思いの力の後押しもあって、こうして実体化できてはいるが、
それでもやはり肉体をもっていた当時には及ばない。
それでも、弟のそばにいる、それに意味がある、とマーテルは理解している。
自分の声が届かなかったがゆえに、弟は道を間違え始めてしまった。
その考えの軌道修正ができなかった。
それこそ四千年も。
精霊達に見限られても、世界に見限られてもおかしくはない、だというのに。
かの精霊は、大いなる意志は、すべてのうみの親でもあるという、かの御方は。
そんなミトス、そして自分たちにも慈悲をこうしてあたえてくれている。
約束を違えていた自分たちである、と自覚しているのに。
このやさしさがとてつもなく、うれしく、そして痛い。
自分たちが犯した罪を柔らかな真綿にてしめつけてくるかのごとく、じわじわと罪を自覚せざるを得ない。
その思いは、マーテルだけでなく、ミトスとて同じ。
自分が勝手に一人で、口約束というかいいきっていただけだ、というのに。
ラタトスクは、自らのいった、一緒に地上を旅しよう。
その言葉を、約束、ととらえ、それを果たそうとしてくれていた。
事実、果たしてくれた。
おそらく、あの旅の中、自身がエミルがラタトスクである、と気づけば彼は答えてくれたであろう。
自分に勇気がなかったから、それらがきけなかっただけ。
クラトスにしても、エミルが普通でなく、もしかしたらラタトスクの関係者なのかも。
そうおもいはしていたが、よもやラタトスク…精霊そのものだ、とはおもいもしなかった。
かの精霊は、あの”間”から絶対にでてくることはありえない。
そう思い込んでいたのもあるにしろ。
ユアンにしてもそう。
まあ、確実に関係者たりえる存在だ、と理解はしていたが。
…そうでなければ、あそこまで魔物を従えたりなどとできるはずがない。
「姉様はそばにいてくれるだけでいいんだよ。それだけで僕は僕らは勇気がもてるから」
姉が失われたわけではない。
いや、実際は完全によみがえったわけではない。
でも、今、姉はこうしてそばにいる。
それはすなわち、何らかの形において姉が完全によみがえる可能性を示唆している。
姉だけではなく、あの娘、コレットも。
おそらくは、種子の発芽、それに関係しているのだろう。
たぶん、ミトスの予測ではあるが、種子の発芽にともない、
何らかの形にて、姉とコレットは再び肉体を得て蘇る可能性がある。
そうミトスは踏んでいる。
でもそれはあくまでもミトスの予測であり、確定、ではない。
…まあ、ほぼ確信はしているが。
しいなの放った符が、一瞬、相手…敵対している”ユリス”の動きをとめる。
その隙をついてか、マーテルの放っていた力が、ユリスの周囲にとひろがり、
ユリスと、彼らの間に光の壁?のようなものが出現する。
マーテルが放ったのは何のことはない。
いわば、バリアーの変化版。
すわち、敵の周囲にバリアーを張ることによって、その力の流失を防ぐ、という代物。
防げるのは術をかけたものの力量にもよる。
それでもある程度の力が、相手の術が防げることにはかわりがない。
「…いきます!…奥義!翔舞烈月華!!」
相手がマーテルの繰り出したバリアーにつつまれ、力を削がれ、
さらにはしいなの符術にてその動きを一瞬とめられている。
それはあるいみで絶好の攻撃のチャンス。
一番いいのは、時間をかせぐためにも、相手をダウンさせるのが一番だが。
おそらく、この”敵”にはそういった技は通用しないであろう。
ならば。
近距離からひたすらに攻撃を繰り出すのみ。
月を描くように斧を振り上下させ、きりかかり、さらに勢いよく飛び上がりながらも再びもう一度、
月を描くように斧を振り上げ…すなわち、狐月閃を繰り出す。
この奥義の特徴は、秘儀、とよばれている技をもあわせもっているがゆえの奥義といえる。
すなわち、切りかかる回数が最低でも五回以上はあり、
ついでに、弧を描くようにふりきるゆえに、周囲に敵がいても巻き込める。
「飛翔…天襲舞!!」
プレセアがだんっ、と足元にある不可視の床もどきをけって飛び上がるとともに、
プレセアの攻撃が終わるその直前。
入れ替わるように、リーガルもまた、その攻撃を相手にと繰り出す。
プレセアの攻撃につなげるかのように、リーガルの攻撃。
ユリスは今現在、足場より少し浮いているがゆえ、どうしても空中戦対応のものになってしまう。
もっとも、それは飛べないものに限ってのことであり、
自由に飛ぶことのできるものは、そういった枷は存在していない。
間髪いれず、間をおかずに繰り広げられる攻撃。
動きを一瞬、止められているユリス…その姿がマーテルの姿であるがゆえ、
客観的にはマーテルに攻撃をしかけているようにみえなくもないが。
ミトスとしては、相手が”敵”であるとわりきっているので動じていない。
そもそも、同じ姿をしている別人、というのはかつて、そしてタバサで慣れてしまっている。
魔族達はかつても知り合いや、人のよさそうなものに姿をかえて、人を誘惑していた。
特に力のあるものは。
「守護方陣!!」
ミトスの高らかな声が響く。
本来ならば、この技は個人限定。
ついでにいえば、技をつかったもの、のみの。
だがしかし、ミトスはその術の特性をも把握しきり、自分なりにとアレンジをくわえている。
精霊達とかつて、一人で戦い、勝利し、精霊達にみとめられたミトスの力量。
精霊術や様々な当時伝わっていた職業、というものの術をも自分なりに研究し、
そして開発、利用できるようにしていたミトスだからこそ。
基本的には、ミトスは魔法剣士、という立ち位置ではあったものの。
その結果、ミトスは様々な技を利用できるように、当時…古代大戦時代でもなっていた。
それらはすべて、クラトスと出会ってからミトスが自身なりに努力した結果といえる。
職業によって、仕様できる術が異なる、というのは古の文献にとのこっていた。
とある遺跡から、職業の転職、という項目を見つけ出し、ミトスなりにと解釈し、
そして実用化にいたっていたりする。
もっとも、それらの知識をもとめ、大国がミトス達に注目しはじめた。
という経緯がありもしたが。
だがしかし、注目されはじめたからこそ、ミトス達は長きにわたる争いを、
戦争を停戦させるに至れたといってもよい。
国の思惑としては精霊達と契約を結んだミトスを我が陣営内におきたいがゆえ。
そして、人々に救いをもたらし希望をあたえていた、ミトス、という英雄を国の象徴とするため。
ミトス達がハーフエルフだとしるものは、秘密裏に処理されていた。
ミトス達はハーフエルフ、としてでも、エルフとしてでもなく。
人族よりあらわれた、英雄、勇者なのだ、と国は人民にと思い込ませた。
だからこそ。
彼らがハーフエルフだ、エルフの血をひくのだとしったとき、人々は彼らを忌諱した。
自分たちをだましていたのだ、と。
彼らが自分たちをヒトだ、といったわけではない。
だが、国がそういっていたというのに、ちがっているというのは。
国すらをもだましている。
そう思い込んで。
この場にいる全員、ミトスを含めて、ではあるが。
ミトスが剣を上に掲げるとほぼ同時、
それぞれの体の周囲に淡い光の円状の壁?のうなものが出現する。
本来ならば、この技は、大地というか足場に剣をつきたて発動させる技。
だが、ミトスは大地を、空気にとらえ、そしてそれを成し遂げている。
いわば、剣を掲げてみるものがみれば、祈りをささげているようにもみえるであろう。
それぞれの足元に空中に浮かんでいるものを含めて、魔法陣が展開される。
この魔法陣に攻撃などが振れた場合、魔法陣による障壁がそれらの攻撃を反射、
もしくは威力を低減させる効果をもつ。
この場には、足手まといになりかねない、戦う力をもたないものもいる。
どこの誰、とはいわないが。
ゆえの障壁。
まちがいなく、彼が、もしくは誰かが傷ついたりすればロイドは集中力をたもてないだろう。
それゆえのミトスの判断。
すくなくとも、これにてユリスの衝撃派は緩和され、即死する、というようなことにはならないだろう。
…もっとも、勘ではあるが、ユリスは全力、ではいどんでこないような気がひしひしとする。
ユリスにとって、全力でなくてもヒトからすればそれは致死攻撃になりかねない、というのもあるだろうが。
攻撃をうけ、まちがいなく、相手は反撃してくる。
それがわかっているからこそのミトスの行動。
「!?リキュールボトル、乱れ舞!みなさん、急いでつかってください!」
ミトスの行動が何を意味するのか。
念には念を。
すばやくアステルが取り出した、リキュールボトルをいっきにそれぞれに投げ渡す。
といっても、遠くにいるものにはそうはいかないが。
より近くにいるリフィルやジーニアスといった彼らにはその使用は可能。
ジーニアスが二つうけとり、一つは自分に、もう一つはロイドにすばやく中身をふりかける。
本来ならば、これらは飲み干すものなれど。
体に直接振りかけても一応効果はありはする。
もっとも、持続時間などがかなりすくなくなっしまうが。
それと欠点といえば、服までリキュールボトルの原料ともなっている、
成分に含まれているアルコール分…すなわち、お酒臭くなってしまう、というところだろう。
「…エタニティーワールド!」
攻撃をうけつつも、ユリスがリーガルの蹴りが繰り出しおわったその直後。
蹴りと蹴りとの合間のほんの一瞬の間。
その間をもってして、とある言葉を紡ぎ出す。
ヴッンッ!
ユリスの声に従い、ユリスを中心にした、ちょっとした巨大な魔法陣が展開される。
そこから感じ取れる力。
その意味をすばやく察し、
「っ!わが身に集いし、大いなるマナよ。今こそすべてを切り裂け!…次元斬!!」
本来ならば、エターナルソード…ゼクンドゥスの加護のもと、発揮させる技。
永き時の間に、ミトスは簡易的なれど、完全ではないにしろその技の模倣に成功している。
その魔法陣が意味する力。
すなわち、時間を操る力。
自らがよく利用していた、タイムストップ…時を止める術だ、とすばやく判断し、
魔法陣そのものを次元斬にて壊そうとするミトスの判断は確かに正しい。
今のあの人間…アステルとかいう人間の機転によって、
リフィルやジーニアスはどうにか時間停止の術の範囲からは逃れるだろう。
だが、魔法陣の大きさから、この場にいるすべてのものが対象内、とみてほぼ間違いない。
ミトスの言葉に従い、ミトスの手の中に巨大な闘気とマナでできた一振りの大剣が出現する。
そのまま、その剣をもちい、大きく飛び上がり、そのまま空中に展開された魔法陣…
すなわち、ユリスの頭上にと一瞬のうちに間をつめたのち、その剣をおおきくふりかぶる。
ミトスが魔法陣を次元斬にて叩き割るのと、術が発動するのはほぼ同時。
その余波をうけ、間近にいたプレセアとリーガル。
この二人は一瞬のうちに、その体内時間を停止させられてしまう。
ミトスがすばやく魔法陣を壊したがゆえ、範囲はそうひろくなく、
より近くにいたもののみに術は発動をきたしている。
このままでは、まちがいなく。
リーガルとプレセアにユリスが攻撃をしかけるであろう。
そうなれば。
実際、ちらりとミトスがみてみれば、ロイドが集中力をかき、
プレセアとリーガルのほうを凝視しているのがみてとれる。
おもわず駆け出しそうになるロイドをどうにか押しとどめているコレットがいなければ、
せっかくこれまで集めたであろう力が霧散してしまうことは間違いない。
本当に、大局がみえていない、とおもう。
目先のことだけにとらわれ、全体がみえていない。
少しは以前よりはましになった、とはおもが。
それでもどうやら、これまでつちかってきていた性格はすぐには治らないらしい。
「ロイド!今は皆を信じて、今は力をあつめることに集中して!
この場を崩せる力を集められるのはロイドだけ、なんだよ!」
コレットの声が高らかにその場に響く。
そんなコレットの言葉をうけ、はっと駆け出しそうになるロイドが押しとどまる。
「皆が戦ってくれてるのは何のため?…ロイドのためでしょう!?」
「…くそっ!皆…ごめん。頑張ってくれっ!」
周囲にある力はあまりにも多く、そして強大で。
いくらそれらの力をあつめることができる、といわれているロイドとて、その力の大きさに翻弄されてしまう。
それこそ、濁流の中にたった一人、放り込まれてしまったかのごとく。
それぞれが異なる性質をもっている…と何となく直感でわかるさまざまな力。
それらをどうにか自身の力で一つにまとめる。
それがどれほど困難で難しいのか。
直感的に使用するのと、意識して集めるのとではわけが違う。
「転移…蒼破斬!!」
近すぎる。
リーガルとプレセアがいる位置が。
いくらコレットにいわれたとはいえ、彼らが傷ついた場合、まちがいなくロイドは自らの役目を放棄する。
これまでロイドのそばで感じたのは、その時、その場のみでおこっていることに集中する傾向がある、ということ。
それも意識せずに、無意識のうちに。
さきほど、とてそう。
何も考えずに一人でこの空間に突進しようとしたのだろう。
その後に、何がおこりえるか考えもせずに。
このあたりは、母親の加護が外れた影響というか、
これまでそういったことをふまえ、自らが心から反省せずに成長していた障害、というべきか。
それでも小さい子供よりはすくなくとも、少しは考えられる心をもっている、というのがまし、といえばましなのかもしれない。
…もっとも、その小さい子供でも聡明な子供などはもっとかしこく行動するであろうが。
ゆえに、そのまま今、集めた力を応用し、すばやくユリスの目前にと空間転移し、
その直後に剣をふりぬき、蒼い衝撃派とともに、ユリスを後方にと吹き飛ばす。
それでもまだ万全ではない。
再びユリスが術を唱えそうな気配を察知して、間髪いれずに再び次元斬を繰り出すミトス。
そのまま、次元斬より魔神双破斬にときりかえ、相手の術の詠唱時間をあたえないようにする。
自身が無詠唱で術や技を使用でるからこそ、少しでも相手に隙をあたえれば、
それこそ相手のおもうがままであろう、ことはミトスには明白。
よってそのまま、魔神双破斬を繰り出し、すぐさま次元斬にときりかえ、
と幾度もそれらの攻撃を連鎖して、今いる位置よりも奥側のほうへ、ユリスをどんどんと追い立ててゆく。
「一条の光 我に集いて奇跡をおこさん、悪を飲み込む聖なる豪雨となれ!レイ!」
「罪、贖、罰、浮上を照らす光とならん、汝に与えし光の抱擁、ジャッジメント!」
「――空破衝!!」
「――天空の風よ おりきたりて竜とならん…サイクロン!!」
リフィルのレイとクラトスのジャッジメント。
それぞれの術があわさり、ユリスの頭上で新たなる力にと変換される。
それは、福音、とよばれし技。
リフィルの放った光属性の攻撃と、クラトスの放った、天使、としての攻撃。
それらがユリスの頭上で融合し、ユリスの体にと降り注ぐ。
それだけ、ではない。
リフィルの詠唱で何の術を放つか察したゼロスがすばやく飛んで近づき、
ミトスの少し斜め背後に移動したその直後。
空破衝を解き放つ。
それは本来らば強力な突きを繰り出し、相手を吹き飛ばす技。
しかし、ゼロスがこの技を解き放ったのは、何もそれが目的、ではない。
技のタイミングは、リフィルが術を解き放ったのとほぼ同時。
それにより、空破衝によって生まれた衝撃派と、リフィルの放ったレイの光。
それらがあわさり、別なる力をその場にと生み出す原動力となる。
リフィルの放った光の攻撃は、ゼロスの放った技の衝撃派とあわさって、
まさに、敵を…ユリスをぬらぬかん、とする巨大な光の槍をその場に顕現させる。
さらに、姉の詠唱をきき、術の発動のタイミングにあわせ、これもた自らもタイミングをあわせ、
術の詠唱をし、とある風の術を解き放つジーニアス。
ロイドが集めている力の影響なのか、この場の影響なのか、はわからないが。
だがしかし、まったくこの場では再び術が紡げない、というのはどうならないらしい。
そして。
「――いっけぇ!プリズミックスターズ!!」
リフィル一人の術の詠唱だけで、複合技ともいえる力を同時に三つ、解き放つ。
そしてまた。
「――連牙爆砕迅!!」
まったくうごけなくなっているプレセアとリーガル。
そんな彼らの前にとだっとかけだし、前にと躍り出て、
少し先にミトスによって追いやられた”敵”にむけ、
リヒターがその手にもっている大斧をおおきく、足元にむけて振り下ろしたあとに振り上げる。
ちょうど周囲には先ほどアステルが投げた、リキュールボトルの殻、
すなわち、いくつもの瓢箪がころがっている。
まともな足場はないが、それらを敵になげることにより、少しは相手の注意がそらせるはず。
本来のこの技は足場となっている地面を砕き、その欠片を相手にあびせる技、なのだが。
いかんせん、ここにはそういった、大地、のようなものはない。
かといって、今たっている足場というものも、本当に足場なのかどうかもあやしい。
少なくとも、透明の床、などリヒターはこれまであまりみたことがない。
何しろ質感すらも感じさせない透明な床、である。
空を飛ぶすべがないものは、いつ自分がこのどこまでもつづいているのかわからない暗闇に、
放り出されるのではないか、と不安を抱くであろう。
「――魔皇刃!」
リヒターの技にともない、ユアンもまた、技を繰り出す。
その構えで相手がどんな技を利用しようとしているのか。
伊達に経験豊富なわけではない。
そして、強大な敵に関しては、ひとつの技でもいくつも複合効果をもたせる技や術が重宝する。
そのことをユアンはよく理解している。
ユアンの振り下ろした武器…ダブルセイバーは衝撃派をともない、まっすぐにユリスにむかってゆく。
武器を振り下ろすとともに、地面をつたい、敵に衝撃派を繰り出すこの技は、
あまり威力はないが、だが遠く離れている敵などに対し、牽制、という意味合いでの効果もある。
その衝撃波はリヒターの繰り出した技の力と融合し、
リフィル達と同様、別なる力をその場に生み出し、もう一つの力となす。
二つの力は一部融合し、一つの球体となりてユリスにと襲い掛かる。
ユリスの体が闘気を凝縮した球体にと閉じ込められ、その内部にて互いの技が炸裂する。
それとほぼ同時。
リフィル達の放った術と、複合技や術もまた、ユリスの頭上などから降り注ぐ。
それは示し合わせてはいないというのに、まさに息のあった攻撃、といってもよい。
幾度も小さな爆発音と、大きな爆発音が一瞬のうちに周囲をうめつくし、
ユリスの周囲は近づくこともままならないほどに視界をも覆い尽くす攻撃の余波で生まれた、のであろう煙にと包まれる。
pixv投稿日:2018年8月○日某日(Hp編集:2018年5月6日(日)開始
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あとがきもどき:
一言メモ~
魔神閃空破:
魔神剣と閃空烈破を組み合わせた奥義
闘気をまきあげて衝撃派でトドメをさす
空破衝:
強力なツキで敵を吹き飛ばす技
極光波:
TOEにて、主人公のリッドが使用できる極光術の一つ。
ラスボス戦でのみ使用可能の技。
敵の闇の力を封じることができる。
~~~
・・・あれ?・・あれれ?
ちなみに、飛行竜からおりたった山。
…あれぇ?…自分、これ思いついたとき、普通にトイズバレー鉱山のある山か、
もしくは、ファンタジア時間軸の世界樹がある付近にしてたよな?
脳内映像では、そこから元、救いの塔のあった森とかもみえるような感じだったんだけど…
雲も眼下にあって……
と、そこまでおもって、ふと疑問。
・・・・あのあたり、高い山って…あったっけ?あれ?
・・・・・・・・・・・ps版を起動して確認すべきか?
というか、PSP版…かってなかったっけ?あれ?状態・・・
それが解決しないと、打ち込みが~(汗)
いや、四千年ちょいで地形がかわる、というのもねぇ。
…ラタ様の力には不可能はないけど。
でも基本、砂漠地帯が雪原地帯になったり(トリエット砂漠がどうもヴァ。ハラ平原になってるし)
アスカードあたりが、砂漠地帯になってるし(地図からいけば)
…でも基本的な大陸の形とかはかわってない、んだよな・・
山…どうしよっかな…
展開的に、精霊の森(世界樹、救いの塔があった場所)付近がいいんですけどねぇ……
展開的に、座標が高い山が好ましいんですよ…ええ汗
…皆さまの動画みて確認してみるかな(他力本願・・・
それかお休みの日にPS2起動してレアバードで上空飛行ひたすらしてみるか・・・
でも、世界統合後の飛行はできないんですよねぇ・・・
・・・・何でラタキシではフィールドなかったんだろう?
やはりファンタジアをみてみるべきか?
・・・ゲームボーイ版はたしかあったよな・・・電源・・はいるかなぁ(汗
PSP版のフルボイスはかってないんですよね。
(といいつつ、これ打ち込みしてる最中、五百円であったので購入してプレイ開始しました
2018年7月16日
→序盤をプレイしてて、あ。ここでいっか。で、決定。
ユークリッドに抜ける手前の山。あの頂上、雲が下にあるし、そこにしました)
ちなみに、ユリス戦にいくまでの、あの間。
ゲームでいえば強制イベントです。
ゆえに、普通に卵崩壊からムービー流れて移動したあげくのそのまま戦いに突入です。
ちなみに、ムービー的には、ユリスが現れるあたりまで。
そこから、問答無用のイベント開始の、会話オンリーになって、そこから戦闘、の流れになります。
すなわち、その間、ゲーム的には当然、セーブとか何もできません(笑
ゲーム、としての画面でみれば、ですけどね(苦笑
ユリスの立ち位置。
リバースのユリスでありながら、
デスティニー2の、フォルトゥナがうみだせし、エルレインの考え、そのものです。
だけども、エルレインのそれとは違うのは。
わざわざ、子孫を増やす必要性はないよね?
今が平和ならばいいよね?
状態なので、当然、ユリスの提案を受け入れた場合。
そこに、ヒト、の未来はありません。
何しろ生殖能力という本能という心すらもが取り除かれてしまうがゆえに子供が当然うまれるはずもなく。
今をいきるものたちが死んでしまえばそれまでだ、という。
この物語の設定というか裏設定とすれば、ミトスや数多の人々、少女たち。
そんな彼らの感情が入り込んで、穢されてしまっていた精霊石。
永らく彗星に保管されていた精霊石はそんなミトスの強い想い。
世界を平和に。
無機物な世界に。
そんな思いをもしみこませてしまっています。
瘴気の影響もあり。
で、穢された状態で、宇宙にときはなたれ、無数の精霊石が集い、融合し結晶化したもの。
そこから誕生したのが、フォルトゥナ、という時間軸の流れとなっています。
無数の微精霊達の集合体であるがゆえに、フォルトゥナはその世界への時間への干渉。
それが可能となっていたりしました。
だからこそ、あの物語が生まれてしまったわけですね。
…一番の原因は、あの惑星にフォルトゥナが隕石、としてその一部が落ちてしまったことが原因ですが。
つまりは、あの惑星に欠片が融合してしまったわけです。
この物語においては、ラタトスクの干渉がはいりまくったがゆえに、デスティニーの世界はおこりえません。
何しろ、宇宙に解き放たれるという精霊石そのものがはじめからなかったことになるのですから。
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