まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。

pivixさんに投稿していた話の区切りとは変えてあります。容量的に……

今回は、はじめはゼロスサイドの心の試練から。
ようやく、ロイドが心の試練から突破します。
ロイドのあるいみ覚醒シーン。
参考になっているのは、アビスのレプリカ・ルークです。
まだ、七歳児(精神年齢的には)のルークとこの物語のロイド。
あるいみ、同じようなものです。
違うのは、七歳児であったルークは自分でもこれまでいろいろと考えてきてますが、
ロイドはそんな感情すら母親に、不要とおもわれしものは消されていました。
ゆえに、そういった面での成長がまったく成し遂げられてません。
あるいみで、癇癪おこしていたルークと、このロイド。
似たもの同士、なのです。
ルークが心の底からかわりたい、かわらなければ。
とおもったのは、あの惨状シーン。
人にいわれるまま行動した結果、とてつもない犠牲を生み出してしまったから。
ロイドの機転となるのは、コレットの犠牲?と間接的に仲間たちの死をみせること。
大切な人達が死んでしまってしまうという可能性。
それによって促してみました。
それによって、心の底からほんとうに、自分で考えるということを決断させたというわけです。
…あるいみ、この物語のロイドって…ロイドがダイクに保護されたあのときから。
精神面ではまったく実は成長してなかったりするんですよね…アンナの過保護によって……
でも、魂とは肉体にひっぱられるというのもありますし。
逆もまた、然り。
それゆえに、心の試練においてロイドには少しでも成長してもらうことになってました。
アンナがクラトスを助けるために、…消えましたしね……

あと、飛行竜を、楔にするシーン。
いうまでもなく、デスティニーのとあるシーンからです。
…さすがに、リトラーを犠牲にしてのあのシーンはありませんけど。

########################################

重なり合う協奏曲~試練のありかた~

「さってと、次は何がおこるのかねぇ」
というか、心の精霊ヴェリウスの試練。
これまでの自分の行動のことをさすがは孤鈴というべきか。
しっているからこそのこの試練、なのだろう。
試練というよりは、認識、というべきか。
まさか、視点を変えて、自分が経験した出来事を追体験させられるとは。
あの時の妹の心情。
自分が立ち去った後の妹の独白。
それを知ったときには驚いた。
自分はずっと、妹に恨まれている、そうおもっていた。
まあ、共に旅をしていてそれでも兄、としては慕ってくれている、とは理解していたが。
でも、セレスも自分と同じように自分さえいなければ。
そんなことをおもっていたなんて知らなかった。
幽閉された後、自分のことをそれまでのように、お兄様、と呼ばなくなったことも、
自分は恨まれているのだと、そう思っていた。
妹の視点、そしてまさかのまさかの母の視点。
ずっと、心の奥底にと残っていた最後の母の言葉。
あの時はまだ、孤鈴はいなかったはずなのに。
あれは願望なのか、それとも心の精霊ゆえに何かしら死者の思念を受け取ることができるのか。
しかし、そんな様々なことをみせられたとしても、自身の中の優先順位はすでにもう決まっている。
それこそ不動のごとくに。
何があっても妹優先。
その決意だけは変わりはしない。
望むのは、妹が幸せに、平和に暮らせてゆける世界。
あの精霊のおかげで妹は健康な体を得ることができた。
あとは、安心して暮らせる世界さえあれば。
「たぶん、孤鈴コリンのやつは、いろんな視点をみせて感じて知ることによって。
  ミトスのようになりかねないように、っていう考えなんだろうな。これってやっぱり」
自覚はある。
自分とて妹を助けるためにはミトスとおなじような選択を間違いなくするであろう。
そこに大量の犠牲を生み出してしまうかどうかわからないが。
ミトスにとって、大事の前の小事、であったのだろう。
何よりも大切にしている存在がいるからこそミトスの考えもゼロスはわかる。
視点をかえるたび、その最後に自分自身もあらわれた。
いくら自分に何をいわれても優先順位はかわらない。
ゼロスには譲れない信念というものがもはやもう完全にと確立している。
「うん?何かこれまでとは趣向が違ってるな…ここは…?」
何もない真っ白い空間が開けたとおもうと、次なる空間はどこかの洞窟らしき場所。
進んでゆく前方に一人の少年の姿がみてとれる。
そして自分の前方には数名の人影も。
どうやら今回の視点は、こちら側、すなわち数名側からみた視点、となるらしい。
ざっとみれば、おっとりしたタイプの女性に、動きやすい恰好をした黒髪の女性。
そして何となくどこぞの誰かを雰囲気で連想させるような金髪の少年に、
何となくではあるが王族の気品をもっているように感じる男性。
それぞれ共通しているのは、それぞれ剣をもっている、ということ。
どうみても剣を利用しないとおもわれるおっとりとした女性すら大きな大剣をもっている。
少年の背後にはローブをかぶった数名の人影も。


『あそこにいるのは……』
銀髪の男性が、その人影を確認してか声を出す。
声はまるで響くように。
どちらかといえば、自分がその場にいるというよりは、
第三者の視点でこの光景をみているかのよう。
手を伸ばすが、するり、と自らの手は周囲の人々体をすり抜ける。
どうやら自分は実体のないもの、としてこの光景をみている状態、であるらしい。
『リオン!』
そんな中、長い金髪の男性が、手前側にいる少年らしき人物にと声をかけ、
そちらにとかけてゆく様子がうかがえる。
『ここまで追ってくるとはな』
『この声…』
ローブを着込んで、顔まですっぽりと隠すように仮面をつけている男性の声に対し、
眼鏡をかけたおっとりした雰囲気をもつ女性が困惑したような声をだす。
『あんたの正体、もうばれてるわよ。悪趣味な仮面、もうとったら?』
『勇ましいお嬢さんだ』
『あなたが黒幕だったんですね。神の眼をどうするつもりですか?』
『グレバムみたいにモンスターの親玉でも気取るつもり?』
その台詞に思わず顔をしかめる。
モンスター、ということは魔物ということなのだろうが。
だが、何となくだがコレは、あの精霊はかかわっていない。
そう直感で理解できる。
『モンスターを操るなどは、神の眼の本質からすればただの余禄だ
  ふふふ…すべてが最初から仕組まれていたとしたらどうするね?
  グレバムをそそのかし、神の眼を奪わせたのも。
  その後、世界各地を巡らせたのも。すべては私の計画通りだとしたら!』
魔物を操る。
つまるところ、クルシスが魔物を操っていたような”何か”が、
今、彼らがいっている、神の眼とかいう代物にあるのだろう。
内容から把握するにおそらくは。
エクスフィアなどといっていないということは、
古代大戦よりもさらに前の時代の出来事なのかもしれない。
『何だって?』
『どうせグレバムは用が済んだら始末するつもりだった
  私の手を煩わせずにすんだということだ。君達には感謝しているよ』
  あんたのためにやったんじゃないわ。調子にのらないでほしいわね』
『そうやって怒った顔が母親によく似ているな』
ゼロスの前にて、彼らの会話は止まらない。
そもそも、ここはどこなのか。
どこかの洞窟らしき場所、というのはわかるが。
しかし、この光景に何の意味があるというのであろうか。
ゼロスがそんなことを思っていると、
『さて、私には時間がない。名残惜しいがそろそろお別れだ』
『リオン。ヒューゴさんをとめてくれ!
  リオン。俺、わかってたよ。何か策があってこうしていたんだろ?
  なあ、そうなんだろ!リオン!』
『先にいけ。ここは僕がくいとめる!』
どうやらあの少年は、彼らの仲間というか、裏切り者であったらしい。
もしかしたら自分と同じように。
どこに所属するのが一番いいのか、見極めていたのか。
それとも。
『リオン…?』
『リオン君、君は……』
『シャルティエ!おい、返事をしろ!シャルティエ!』
それにしても、この長髪金髪の少年。
どこぞの誰かを彷彿させるような性格だな、と短い間みているだけだがそう思う。
彼と違うのは、とことん相手を信じ切っている、そんな所だろうか。
敵対してきても、迷うことなく仲間だと信じており、
それゆえに戸惑いの表情を浮かべているのがよくわかる。
――仲間だっただろ!
あのとき、救いの塔で、ロイドはそうゼロスにいった。
”だった”。
つまり、過去形で。
でも、この人物にはそれがない。
つまりは心の底から相手を信じている、というのがよくわかる。
それはそうと、気のせい、だろうか?
今、剣から声がしたような?
『リオン。嘘だろ?こんなの。ただの冗談だろ?』
『あんた、自分が何をやっているのかわかってるんでしょうね!』
『わかっているさ。お前たちより、よほどな!』
そんなことを思っている間にも、どんどん状況はかわってゆく。
ついには彼ら同士の戦いに。
その光景は、自分が救いの塔で、ロイド達に剣をむけたときとなぜだか重なる。
やがて、決着がつき、彼らはひざをつく。
それでも、あの時とは違うこと。
致命傷は彼らは少年には追わせてはおらず、視た限り命の別状はないらしい。
彼らは戦闘におよびはしたが、とにかく彼から話しを聞くことを優先したらしい。
命を奪う、というのを目的としてではなく。
『リオン!おい!しっかりしろ!』
『ふんっ。一対一なら、負けはしなかった……』
『馬鹿野郎!どうしてこんなことを!』
甘いというか、ひざをついた相手にとかけよってゆく金髪の少年。
いや、青年というべきなのだろうか。
歳のころならば二十歳にいっているかいないか、というところだろうか。
『坊ちゃんをせめないでください!坊ちゃんはマリアンを守るためにこうするしかなかったんです』
『シャルティエ。お前、いまごろ…』
『シャル。おしゃべりがすぎるぞ』
やはり、剣がしゃべっている。
剣についている水晶のようなものが淡く輝くとともに、声が聞こえる。
そういえば、以前にきいたことがある。
人格を投射する技術を過去の人間はもっていた、と。
その技術を受け継いでいたアルテスタが、タバサに自身の人格を投射したものを入れ込んだように。
だとすれば、あの剣もその口、なのだろうか。
剣を通じて魔術らしきものを使用しているのも今の戦闘でみてとれた。
精霊石。
微精霊達の卵。
たしか、その要となる石は精霊達が羽化した後の石を利用するとか何とかいっていたような。
でも、そんな代物を利用しているのならば、魔術が利用できるのも納得できる。
アイオニトス…石の粒子というか欠片を飲み込んだだけで魔術が利用できるように。
『マリアンって…』
『皆さんもヒューゴ邸であったことがあるでしょう?』
やはり剣から声がしている。
声は、敵対していた少年のもつレイピアのつかについている水晶の部分から。
『ディムロスをもってきた人か!リオン、お前…』
『つまり、彼女を人質にとられたのね』
『じゃからといって、それで己の道を過つとは』
『それでもソーディアンマスターか!』
そして、それとは別に他の人物たちがもつ剣からもそれぞれ異なる声が発せられる。
どうやらこの場には五本ほど、話す剣があるらしい。
この場合は、ある、というかいる、というべきなのか迷うところなれど。
『何とでも…いうがいい!
  僕は、自分のしたことに一片の後悔もない。
  たとえ何度生まれ変わっても、必ず同じ道を選ぶ!』
あ、こいつ、俺様と同類だわ。
自分もセレスを人質にとられれば、間違いなくそうするだろう。
あの精霊がかかわってこずに、ロイド達でなくクルシス側につく。
そう決めた場合。
もしくは、セレスがクルシスに人質として利用されてしまっていた場合。
まちがいなく、あの救いの塔で自分は命を落としていた。
そういう自覚がゼロスにはある。
もっとも、それすらもあの精霊様には見抜かれていたらしく、
おかげであの防御服がぬげなくなってしまっていた、という事がありはしたが。
呆れたような声が少年にと投げかけられる。
なぜ、そこまで、と困惑したような銀髪の男性が声をだしているようだが。
少し考えればわかるだろうに。
それとも、彼には命をかけてでも守りたい何かや、誰かがいないのだろうか。
『この馬鹿野郎!何でそんなに頑固なんだよ!なあ、リオン!お前、間違ってるよ!』
『黙れ!これは僕が自分一人で決めたことだ!』
『だからその、自分一人っていうのが間違いだっていってんだよ!どうしてそれがわからないんだ!』
相談してもどうにもならないこともある。
逆に、それが人質をとっている相手側の耳に入った場合。
まちがいなく人質の命はないであろう。
人質を取られている以上、誰かに相談などできるはずがない。
そうした場合、かならず近くに監視役が潜んでいるはずなのだから。
満身創痍でありながらも、人質になっている人物を助けるために、
彼もまたひくことができないのだろう。
いまだに剣をもつ手は前に突き出されているまま。
『どうして何も相談してくれなかった!どうして一人でやろうとした!
  俺たち、仲間だろ、友達だろ!どうして、どうしてだまってたんだっ!
  一人で抱えて、一人で苦しんで。
  何でお前だけつらいおもいをするんだよ!何でお前だけ傷だらけになるんだよ!
  友達っていうのは苦しい時に助け合うものなんだぞ!どうしてそれがわからないんだよ!』
剣を突き出しているにもかかわらず、剣をおさめ、リオン、と呼んだ少年にと向かっていっている
どうやら、名をスタン、というらしいが…そのスタンの行動にリオンと呼ばれた人物も戸惑い気味。
まさか、武器を構えているのに無防備で近づいてくるとはおもわなかったのであろう。
さらには、敵対の意志をみせているにもかかわらず、彼、スタンはきっぱりと、
リオンと呼ばれている少年のことを、仲間、友達だといいきっている。
口先だけではなく、心の底からおもっているがゆえにできる行動なのだろう。
「ロイド君にも見習わせたたいねぇ。こりゃ」
思わずそう声がもれてしまう。
言っていることは、ロイドとあまりかわりばえはしない。
けど異なるのは、心の底からこのスタンという人物は相手を信じ切っている。
というその点につきるのだろう。
あまりにも甘くて、それでいてお人よしすぎて、戦闘威力を削がれたのか。
それとも時間稼ぎが十分にとれたのか。
リオンと呼ばれた少年が、剣を鞘にと納める。
それを納得してもらったと理解したのか、仲直りの握手を求めるスタンであるが。
それとともに、地震がおこり、洞窟の天井からぱらばらと一部が崩れだす。
どうやらこの地震は先ほど、ヒューゴ、と呼ばれていた人物がおこしているものらしい。
地震のようなものをどうやって、という思いがあるにはあるが。
このメンバーの中で一番幼い、なぜに子供が?というような少女。
その少女が銀髪の男性にうながされ、退路というかやってきた場所、なのだろう。
エレベーターがあるという方向にかけていこうとするが、
やってきたであろう道は完全に天井がくずれ、ふさがり退路がふさがれてしまっている。
それとともに、ごごご、というような大地を響かすような音すらもきこえてくる。
身に釣り合わない大剣をもっている少女の困惑したような声たいし、
その体験から老人のような声が発せられる。
曰く、洞窟が崩れ始めたところへ海水が流れ込んでいるのだろう、と。
であるならば、ここはもしかしたら海の中にある洞窟なのかもしれない。
戸惑い、混乱する彼らに救いの手というか救いの言葉を差し向けたのは、
先ほどまで対峙していたどうもお仲間、としか思えないリオンという少年。
少年がさす先に、たしかにリフトのようなものがある。
非常用のリフトというが、おそらくは荷物運搬用のリフトか何か、であろう。
少年の言葉に従い、全員が急いでそのリフトとおもわれし中にとはいってゆく。
だが、少年一人は別なる場所に。
おそらくリフトを操作するためのレバー、であろう。
その前にとたつのがうかがえる。
そんなゼロスの考えを肯定するかのように。
『リオンも早く!』
『…僕はお前たちとは一緒にいけない。
  リフトを動かすには誰かがここでレバーを操作する必要がある』
ああ、やっぱりな。
同類とおもったからこそ、彼の行動の意味がゼロスにはわかる。
わかってしまう。
自分が彼らとともにいけば、まちがいなく人質の命は…ない。
ならば、少なくとも、人質が助かる可能性がある彼らを逃がしたほうが遥かにいい。
自分の命と、大切な人の命。
どちらを天秤にかけるかなんて、きまりきっている。
『リオン、お前何いってるんだよ!?』
でも、スタンと呼ばれた人物は意味がわからないらしく、
ものすごく困惑したような、あせったような声をあげている。
早くしなければ、ここが危険だ、というのがわかっているがゆえの台詞なのだろう。
『ルーティー、お前の知りたいことを教えてやろう』
『え?』
『ヒューゴの死んだ妻の名は、クリス・カトレット。
  クリストファは…僕の母でもある』
『何ですって…!』
『認めたくないことだが、お前と僕にはまったく同じ血が流れているのさ』
『嘘…でしょ…?』
どうやら、この二人は、姉弟、であるらしい。
たしかによくよくみればよく似ている。
雰囲気も何もかも。
どういう理由なのかはわからないが、どうやら彼らは離れて暮らしていたらしい。
ヒューゴ、というのが先ほどの男性であるならば。
…子供を利用されそうになった母親がどこかに子供を逃がしたところだろうか。
みたところ、歳は一歳か二歳くらい離れているといったところか。
であれば、はじめの子供を何らかの形で母親がにがしはしたが、
二人目の子供は逃がすことができず、もしかしたらそのままなくなってしまったのかもしれない。
『リオン、いいからこっちこいよ!話は後だ!』
『それと、スタン!お前は僕を友達よばわりするが、僕はそんなもの受け入れた覚えはない。
  僕はお前のように能天気で図々しくて、なれなれしいやつが大嫌いだ。
  だから…後はまかせた』
ああ、そうなるよな。
自分が生きることで、大切な人の命が脅かされるのであれば。
でも、彼のようにお人よしの相手にまかせれば。
少なくとも、人質となっているあいての生存率はあがる。
自分が生き残って助けに行くよりもよほど。
リフトを操作するためのレバーを押し倒すとともに、
彼らののっているリフトに鉄格子がはまり、そのまま彼らはぐんぐんと上層していく。
どうやらここはかなりの地下深く、であるらしい。
昇ってゆくリフトのほうから、スタンと呼ばれた人物の叫ぶような悲鳴のような声が聞こえてくる。
どんどんと、鉄柵をたたいているような音も。
というか、視点というか視界が二か所にわけられており、
どちらの様子もこの場にいながらも感じられているという不思議さがここにはある。
『ここもまもなく、水に飲まれる。…つきあわせてすまないな。シャル』
『どこまでもお供しますよ。僕のマスターは坊ちゃんです』
『これで…これでよかったんだろ?…マリアン……』
そうつぶやきつつ、レバーのところで座り込む。
それとともに、轟音とともに海水が一機に流れ込んできて、天上も崩れだす。
まさに、彼らを脱出させるのに間一髪であったというべきか。
やがて、リオンと呼ばれていた少年の体は完全にと水の中に水没する。
それとともにその場の洞窟らしき全体も崩れ落ち始める。
先ほど、この少年が脱出させたものたちはどうやら無事にどこかにたどりついたらしい。
何でも飛行竜、と呼ばれているもののそばにでたらしいが。
ゼロスは知らない。
それとほぼ同じ”生物”が、蘇っていることを。
「しっかし、この光景に…何の意味があるのかねぇ?」
どうしてこのような光景をみせられているのか。
あの少年が自分と同じような行動をとっていたから、なのか。
それとも。
そんなことを思っていると、また視界が反転する。
どうやら今度はどこかの部屋?のような場所らしい。
先ほど、脱出した人物たちが、ヒューゴと呼んでいた人物と対峙しているのがみてとれる。
どうやら、一度は彼らはかったらしいが。
だが、敵であろう、ヒューゴはまったく傷ついている様子もない。
それどころかどこか余裕さをもかんじられる。
傷ついていたはずなのに、その傷もすでにふさがっている模様。
そんなことをおもっていると、やがて、ヒューゴの体が変化する。
正確にいうなれば、彼が使用していた剣が重なり、同化した、とでもいうべきか。
下賤な地上の民。
そんなヒューゴの台詞をきき、スタンと呼ばれた青年が別の誰かなのではないのか?
と問いかけたのがきっかけとなり、ヒューゴの体は別なる姿へと変化する。
『ははははは!降臨だ!天上王たる私が再び現世に降臨したぞ!』
姿がかわり、たかだかにそう言い切るその様は、どうみても先ほどまでのヒューゴと呼ばれていた人物ではない。

『なぜじゃ…なぜじゃぁぁっ!』
太い大剣よりも老人の信じられないというような絶叫が聞こえてくる。
『そんな…どうしてミクトランが実体化できるの?』
そして、あのリオンの姉だといわれていた女性のもつ剣より困惑した声も。
『我々天上軍の技術力は地上軍の上をいっていたという事だ。
  素材となる肉体と神の眼の力があれば死して後の復活も可能なのだよ!』
…なるほどね。
つまるところ、これはマーテルの体をつくろうとしていたクルシスと同じようなことか。
異なるのは、どうやら自我があるまま、完全にこのミクトラン、と呼ばれた人物は
相手…すなわちヒューゴを乗っ取り、操っていたらしい、ということ。
語られるのは、ベルセリウスと呼ばれていた剣のコア…どうやら人格を投影しているソレ、らしい…
が傷ついたそれに、自分の人格を投射していた、とのこと。
あまりに圧倒的な強さの前に倒れてゆくメンバーたち。
そんな中、トドメをさそうとするミクトランの動きが、なぜだかとまる。
その口から発せられるのは、異なる声。
ヒューゴ、と呼ばれていた人物の声。
『ルーティ…聞こえるか…?時間がない、脱出しろ。
  今からベルクラントを切り離す。そのまま地上へ……』
どうや体の主導権を一時的ではあるがヒューゴという人物は取り戻したらしい。
というか、おそらくは過去…であろうが。
体をのっとるだけでなくその姿まで生前のものにと変化できる同化というのは、
はっきりいって洒落にならない。
もしかしたら、もしかしなくても、これらの出来事にも魔族の力がかかわっていたのかもしれない。
というか、背後にある巨大な水晶のような品。
そこから、何となくではあるが、ハイエクスフィア…すなわち、クルシスの輝石と同じような感じをうける。
それと、魔血玉、と呼ばれていた石。
それらを併せ持ったような、そんな感じを。
『おのれ!ヒューゴの意識が体にまだ残留していたか!小癪な!ヒューゴ…きさまっ…』
『私の意識はもうすぐ消える…その前に…いそげ…』
いいつつも、体の主導権をにぎったまま、水晶の背後にとまわってゆく”ミクトラン”の姿。
『こんな私を…父とよんでくれて…うれしかったぞ……
  お前には、何ひとつ、してやれなかった…の…に…』
『よさんかぁぁ!』
『ありが…とう…ルーティー…無事で……』
一つの体から異なる二つの声が発せられる。
それとともに、再び視界が反転する。
映り込むのは、巨大な剣のようなものが海上におちてゆく様子。
どうや、彼らがいた場所は空中であったらしい
「エグザイア…のわけはないか。あんなのが空中に浮かんでるのか」
しかし、何というか。
「親っていうのは…子供を守る、か。
  まあ、ロイド君の母親のように、守りすぎても成長の妨げにしかならねぇけどな」
子供の命が奪われそうになって…それも、自分の体によって…
だからこそ、無理をしてでも体の主導権をあのヒューゴという人物は奪ったのだろうか。
そして、また視界が反転する。

「ありゃあ……」
思わず眉を顰める。
ひそめざるを得ない。
そこはどこかの部屋の中。
その部屋には無数の棺らしきものがおいてあるのがみてとれる。
透明な蓋のせいで中にはいっている様々な人々の土気色の顔がはっきりと目視できる。
よくよくみれば、彼らの耳が多少とがっていることから、
この棺の中にいるのは、エルフ、もしくはハーフエルフと呼ばれているものたち、なのであろう。
『何で…死人が……』
スタン、と呼ばれていた金髪の男性が茫然としたような声をだす。
『死んでいるというのは正確ではありません。
  よみがえりつつあるのです。…地上のエネルギーを吸い上げて』
銀髪の男性がもっている剣からそんな声が発せられる。
『古の天上人がこんなところで眠っていたとは!
  棺はエネルギーアブソーバーと直結しているのだな。
  スタン、こんなもの壊してしまえ!』
憤ったような声は、スタン、と呼ばれている彼のもつ剣から。
『――ようこそ。愚かな地上の民よ』
それとともに、部屋にどこからともなく別なる声が響きゆく。
『ミクトランじゃな!おのれ、でてこい!』
老人の声が大剣から発せられるとともに、
『私はここだ。逃げも隠れもしない。そのまま奥にと進み扉をくぐるがいい。』
たしかに、この部屋の奥には扉らしきものがみてとれる。
そのまま、それぞれに顔をみあわせ、奥にと進んでゆく一行。
今の一行には先ほどみていた光景よりもなぜだかメンバーが多少増えているようだが。
突き当りまですすんでゆくと、自動で扉がすぅっと開く。
正面奥に、見覚えのある体格のいい男性がたっているのがみてとれる。
その背後には薄紫色の淡い光を放つ、巨大な水晶のようなものが。
おそらくは、アレが、神の眼、と彼らがいっているものなのだろう。
クルシスの輝石よりもまがまがしい何かを感じるアレが。
『ミクトラン!いったいどういうつもり!?』
剣より発せられる女性の声。
『アトワイトの人格か。天上の民をよみがえらせるのだよ。
  治めるべき民のいない王など滑稽なものはなかろう?』
…どうやら先ほどの無数な棺は、かつては彼の民であったらしい。
つまりは、ミトスがしようとしていたようなこととにたようなこと。
それをこのミクトランという輩はしようとしている、いや、いたという所か。
『そのためには地上がどうなってもいいっていうの!?』
たしか、ルーティー、と呼ばれていた女性がミクトランに対してくってかかる。
が。
『遥か古代の時代。戦争を始めたのは地上の民だ。当然の犠牲といってもいい』
『その責任が誰にあるとおもっているのよ!』
『天上の圧政のために地上は犠牲になりかけたのだぞ!』
ミクトランの声に反発するように、それぞれの剣から女性と男性の声が発せられる。
あるいみで、今の現状。
クルシスが地上を把握しているのとかわらない出来事が、
どうやら遥かなる過去にもあったらしい。
彼らの会話から察するに、アメとムチを使い分けるようなクルシスのありよう。
それとは真逆に力のみで支配しようとしていた、というところか。
『言い訳はいくらでもできる。私はただ真実をのべているに過ぎない』
『それは真実の一面にすぎない!天上側の言い分だ!』
どちらの言い分が正しいのか。
そんなことはとらえるものによっては異なってくる。
だけども、何となくではあるが理解できる。
できてしまう。
先ほどの棺の中にいた人物たちはほとんどが、エルフに酷似していた特徴をもっていた。
すなわち、そういうこと、なのだろう。
行き場を失った、虐げられたハーフエルフ達。
そしてその虐げられていた反動が、別なるものにむかってしまった。
彼…ミクトラン、という絶対的な指導者を得ることによって。
ああ、それは。
ミトス・ユグドラシルが彼らの…クルシスの指導者になったのとあまりかわりはしないではないか。
「…悪とは人の心、か」
この世に悪があるとするならば、それは人の心。
エミルがよくいっていた。
昔も、今も、ヒトはかわらない。
かわりはしない、と。
『おまえらはベルクラントという非人道的な兵器で地上を切り刻んだではないか!』
『ベルクラントは報復にすぎん。それにアレは百年来に飛来する彗星を参考にして作られたもの。
  なならば、問う。ソーディアンの開発は人道的、といえるのかな?
  コアクリスタルを創造るために、強制的にどれほどの精霊石を殺しつくした?
  その結果、地上が疲弊したのはお前たち、地上人のせいであろう?』
『何を…っ!』
『所詮は愚かな地上の民。精霊達の重要性をといてもわかるまい。
  まあ、そう興奮するな。せっかくここまできてもらった客人だ。
  それなりのもてなしを用意しているのでな。さあ、感動のご対面だ!でてくるがいい!』
その言葉とともに、彼らの背後よりゆらり、と現れる一つの人影。
その人影をみて、
『リオン!いきていたの!?』
『リオン!生きていたのか!』
歓喜したような声はだがしかし、すぐさまに異変を感じることによって困惑した表情へと変化する。
リオンの顔や体はどす黒く変色し、眼球もどこをみているのか定かではない。
どこからみても、まともではない、というのは一目瞭然。
『生きているときに、ヒューゴのように操れることができればよかったのだがな。
  こやつにかけられていた守りは強固。だが、今やもはや我が傀儡にすぎん』
ミクトラン曰く、リオンには母親の守りが働いていたがために、直接操ることができなかったという。
『生きてるとき・・って…』
目の前には、動いているリオンがいるのに。
でも、その表情は虚無。
困惑したスタン、と呼ばれている青年の台詞をききつつ、
『そう。彼はすでに死んでいるのだよ。今の彼は生ける屍にすぎんのだよ。
  主人の命令を忠実にきくだけの人形なのだよ』
リオンの額に、黒いサークレットのようなものがついているのがみてとれる。
そこから、リオンの体全体を黒いモヤのようなものがつつみこみ、
その体全体をよりどすぐろく染めている。
『いけ!エミリオ!いや、生きる屍よ。ヤツラをころせ!』
殺してくれ、といいつつも、相手にいわれるままに、剣をかまえ、敵対してくるリオンの姿。
定期的に、僕を早く殺してくれ、ととぎれとぎれにいっており、
そのたびに、皆の顔がかなり曇る。
手にしている剣には先刻までみていたような水晶の輝きはない。
殺してあげるのが、彼のため。
とは理屈ではわかるのだろう。
すでに死んでいる、というのだから。
でも、動いて、話している以上、まだ生きているのでは?
と希望を抱いてしまうのも仕方がないといえば仕方がない。
このまま、死体を残していればまちがいなく幾度も利用される。
という、剣達の意見もあいまって、
やがて、少年…リオンの体はスタンと呼ばれていた人物がもっていた剣から放たれる
煉獄の炎のようなもの…おそらく、あれはエクスプロード、であろう。
大火球によって、リオンの体はもののみごとに焼き尽くされる。
皆の、何ともいえない叫びが耳につく。
取り乱すそんな彼らをみつつも、手をパンパンとかるくたたきつつも、
何でもないように。
『いやいや。余興としては面白い見世物だったよ。諸君』
さらっと彼らに対していいきっているミクトランと呼ばれた人物の姿が。
『き…きさま…人の命をもてあそぶなんて、許さない!』
『まだ懲りてないとみえるな。お前ごとに何ができる』
『この間と一緒にしないでよね!』
『ならば、かかってこい!我が力をおもいしらせてやろう』
そういうとともに、背後の水晶があわく、どこか黒味を帯びた輝きをまし、
ミクトランの体にとまとわりついてゆく。
その力はどうやらとても強大であるらしく、
剣を一振りするだけで、目の前にいる彼らをすべて、吹き飛ばせる威力をもっているほど。
『すばらしいとはおもわないか?オーディン殿は天上世界を私にまかせてくれるとおっしゃった。
  選ばれた真なる民だけが、新たな世界を構築してゆくのだ!』
『オーディーン…まさか、ハロルドのいっていた懸念があたっていた、というわけね』
『魔族と天上人が手を結んでいるという、あれかっ!』
『まさか!かつての天上人が利用していた聖核はすべて回収したはずっ!』
『だが、知識はある。コアクリスタルに投射されていた人物の知識が、な。
  聖獣達の力、そして精霊。それらすべての力をも我が手に今度こそっ!』
彼らの戦いが再び幕をあけようとする最中、再び視界が反転する。
その後、どうなったのか。
ゼロスにはわからない。
おそらくは、勝てた、のではあろうが。
それにともなう犠牲は大きかったであろうことは想像に難くない。
真っ黒い視界の中にうつったのは、
あの巨大な紫色の水晶の塊のようなものが、どすぐろく変わってゆく様。
周囲すべてを飲み込みつつ。
そして、視界の端に、なぜだか上空から落下していっているコレットの姿が映り込む。
その体は黒い霧のようなものにおおわれて、やがてその場からかききえる。
そして、次にあらわれたのは、黒い鎧のようにもみえるナニかを纏ったコレットらしき人物の姿。
さきほどのあのリオンのように、完全に相手の駒、として。
そして、コレットの体が粒子となり消滅してゆく様子。
「なるほど。ね。俺様達、神子は自己犠牲があたりまえ。
  そう、教育をうけているが、それはヤツラにとっては悪手、というのがいいたかったってわけか」
先ほどのあの光景が実際におこったのかどうかなどはわからない。
リオンたちの光景は遥かなる過去の出来事、なのだろうが。
コレットに関しては、この光景がみせている幻なのか、それとも。
だがしかし。
パリッン。
何かがハゼわれるような音。
それとともに、周囲がまるで、鏡がわれたごとくにいくつものヒビが入る。
いくつにも亀裂のはいったそれぞれの欠片のような空間には、
さまざまな光景が映し出されているのがみてとれる。
それはまるで万華鏡のごとく。
いくつもの光景が重なるように、それぞれの”枠”の中で展開している。
一つの”枠”の中では、人々から生まれた、黒い何か…幻魔、と呼ばれているそれらが、
やがて地表を覆い尽くし、地表がどんどん生物が住まえる状態ではなくなっていき、
やがて、大地そのものすらもどろどろに溶けてゆく。
その隣においては、そんな大地に光のようなものが降り注ぎ、
それらの大地を覆い尽くしてゆく様子が。
まるですべてに蓋をするかのごとくに。
別なる”枠”では大地をどうやってか浮かせて…エグザイアと似たような仕組みなのか、
もしくは人為的なのか。
おそらくは人為的、なのだろう。
エクスフィアらしき石をいくつも集めては、どういう手段を用いているのかはわからないが、
ともかく一つまとめているのがみてとれる。
やがてそれは巨大な一つの水晶体となりて、そのために幾人もの人々が殺されていっている様子すら。
人為的に人体からマナを吸い上げ、そのすべてをその水晶体にと注ぎ込んでいる。
大地が構築されているあの光景は、この惑星の過去の出来事、なのだろう。
地上からあふれた黒い力がやがて一つの形をなしてゆく。
――大空に邪な心が満ちるとき。災いの獣、降り立ち大地に破滅をもたらす
  人のもつ憎しみや妬み、といった負の感情がユリスを産む……
  ユリスの領域は世界を飲み込み、すべてを消失させる……
世界に負の感情が満ち溢れたときに誕生する。
かつて、かろうじて、それを封じていたものを、当時の人が勘違いをして倒してしまった。
それによって、もはやもうどうにもならなくなってしまった。
この地表が、瘴気の塊となった原因ともいえる遥かなる過去の出来事。
「こりゃぁ…いったい…?」
過去のことだ、とはわかる。
わかるが、だがしかし。
ヴェリウスがそんな過去のことをもしっているのだろうか。
おそらく、これはあの精霊が干渉する前のこの世界の出来事。
――これは、この星の記憶。
「うわっ!?って…女の子?」
ふと、いきなり声がきこえ、ふりむけば。
そこには桃色の髪をした小柄な少女が一人。
「おまえさんは?」
人、ではないのだろう。
――私は、カノンノ。始まりの巫子であり。この星に残っている思念の一部。
  この星は私の、始まりの地の因子を深く受け継いではいない。けど”実り”から芽吹いた場。

たとえ、それがその理がことなっていようとも。
種子と呼ばれるそれから始まったようにみえなくても。
この地を誕生させる原因となった”種”は確かにあるわけで。

「?始まりの…みこ?」
自分たち神子のようなものだろうか。
でも、それにしては違うような。
――この地にラタトスクが干渉してくれたおかげで、私の残滓もこうして少しは話ができる。
「?おまえさん、あの精霊の知り合い…なのか?」
――あの御方は優しい。優しいからこそ、いつも自らが傷ついてしまう。
  今、あなたにみせたのは、この星でかつてあった出来事。
  人々の負の心が、ユリスという存在を生み出した。
  その力によって、この星は瘴気につつまれ、やがて人は人の器をすて、
  魔族、と今ではよばれるものになっていってしまった……

それは、遥かなるこの惑星の大地の記憶。

――今のユリスは、テネブラエの力によって、かの眷属となっているからこそ自我がある。
  ヒトが、かつてのように負の感情のみをまき散らすのであれば、
  …地上から一度、再びヒト、という生命が消えてもおかしくはない。
知り合いなのか、という問いかけに、その少女は答えない。
そして、少女が視界を移すは。
おそらくは、今、おこっていることなのだろう。
そう思うのは、さきほどみた飛行竜のようなものの中にいる人物たちをみて。
「あれは…」
ユアンの手にしている、小さな蓮の花のような水晶のようなもの。
その中に、マーテルらしき人物の姿と、それに重なり合うようにして、
背をあわすようにしてコレットらしき姿もみてとれる。
マーテルと同じだ。
小さく、そう簡単にユアンがつぶやいているのもなぜだかわかる。
彼の口の動きから。
そして、彼らがみているその視線の先。
そこには、脈打つような巨大な黒水晶にもみえなくないようなものが空中にと浮かんでいる。
それこそ、今、みせられた、ユリスとかいうものが生まれた時の光景のごとくに。
飲み込まれてしまった末路は今でも視界の端にと映り込んでいる。
どろどろに溶けたような溶岩にみえなくもない、どすぐろいような海のようなもの。
かろうじてあるとおもわれし大陸はどすぐろく、そこに命の欠片もみあたらない。
正確にいえば、草木一つすらみあたらない。
――人の心はもろくもあり、でもとても儚くも尊い。
  地表の人々の心が一つになれば、かの領域も突破できるでしょう。
…一度、瘴気にのまれる前に、この大地がそれを成し遂げたように。
最後の言葉は小さくも儚く。
次に視界に映り込んだは、見たこともない人々が…おそらくは過去の人々、なのだろう。
それぞれが祈りをささげている様子。
それこそみたこともないような種族のようなヒトガタのようなものもいる。
それぞれの祈りによって金色の光がたちあがり、それは大地を染め上げてゆく。
それとともに、大きく、何かが再び割れるような音。


まぶしい。
ゆっくりと目を見開く。
目の前には、どこか苦笑したような雰囲気をもつ、ヴェリウスの姿が。
「どうやら、この惑星の意志がゼロス。あなたに過去をみせたようですね。
  そう。ユリスとはかつて、この星の人々が生み出してしまった負の感情の結晶体。
  負を具現化した精神体。今でこそラタトスク様のお力で、テネブラエ様の眷属となってはいますけどね。
  でも…だからこそ。人の心のありかたを試すのには、十分すぎる試練」
「アレ、が人の感情から元、生まれたもの、ねぇ」
先ほどまで視ていた光景で、それがどんな結果をもたらすのか。
人の感情が異形のものと変化し、人々にと襲い掛かる。
幻魔、と今では呼ばれているらしいが、かつてはバイラス、とあの当時の人々はいっていた。
「今、あのランスロッドはユリスの力を取り込んで、というか譲り受け、簡易的なユリスになろうとしています。
  地上の人々が疑心暗鬼にかられ、負に打ち勝つ方法を自ら見出さない限り、
  アレ、は無限に力をつけてゆくでしょう」
つまりは、ついこの間、響いたあの声はそういうこと、なのだろう。
疑心暗鬼に陥り、また人を陥れ、もしくは利用しようとしているようなものたち。
自分たちさえよければ、他人などどうでもいい。
テセアラの腐った一部の貴族や上流階級のものにみられていたその思考。
「んじゃあ、俺様はいくわ」
「あら。彼らのところに、でないのですね?」
「アレラをみせつけられちゃあなぁ。俺様にできることをするっきゃないでしょ」
今、地上は連絡網が断たれ、ほとんどそれぞれの区域が分断されているといってもよい。
皆が皆、不安におもっているはず。
それでなくても、唐突に世界が一つになり、さらにはこれまで見知っていた大地の様子。
それらもまったく様変わりしている今現在。
死ねば、妹のためになる。
などとは、もう今ではおもわない。
むしろ、今それをしてしまうと、魔族達のいいコマを増やすようなもの。
さきほどみた光景のように、自分が妹に…あの光景では、姉に、ではあったが…
唯一の家族に剣をむけるなど、ぜったいにあってはならない。
気になるのはコレットのことではあるが。
あの種子に取り込まれている以上、何かがあったのは明白。
もしかしたら死にかけていたところを、ヤツラに利用されかけたのかもしれない。
それは勘でしかないが、でもそれが正しいのだ、と何となくだが直感する。
ちらり、といまだに水晶の中にと閉じ込めれているままの、とある人物のほうにと視線をむける。
自分がどれほどの時間、あの試練というか光景を感じていたのかはわからない。
けども。
「ま。こいつには荷が重かったってことでしょ。
  所詮は本質では何も考えていないお子様だったってことか」
断固たる信念、そして決意があればどんな光景をみせられたとしても、
ヒトは絶対にそれを打ち勝つことができるはず。
できなければ、ヒトとはそれまでのこと。
これまでの彼の言動でもわかってはいた。
人…自分たちや他人には心に響くようなことをいっておきながら、
自分がその立場になればおもいっきり狼狽し、さらには混乱していた。
しかも、混乱するのはその一時だけで、時間がたてば何もなかったかのように。
反省もしていないようにも垣間見えた。
それらも、今ならばわかる。
ヴェリウスがいっていたように、彼の…ロイドの母親の過剰なまでの保護があったからなのだろう。
子供の心によくないとおもえば、率先してかの母親はその感情を取り除いていたのであろう。
それでは、子供の心は、ヒトの心は成長しない。
いつまでたっても子供のまま。
わがままばかりで、自分に不都合があれば癇癪をおこすか、狼狽するかのどちらかでしかない。
酷かもしれないが、ロイドにとってはこのほうがいいであろう。
何しろ、今まさに、コレットもマーテルと同じ…
すなわち、大いなる実りと同化してしまっているのならば。
ロイドがその感情にまかせ、どんな行動をしてくるか。
ミトスは、かの精霊の干渉によって、その過ちをみとめ、やり直そうとしている。
だが、ロイドは?
感情がきちんと発育していない彼ならば?
周囲だけでなく、他者を、下手をすれば国すらをも巻き込んだ混乱を起こしかねない。
それどころか、あの精霊が完全に人に見切りをつけてしまうかもしれない行動を起こしかねない。

…事実、かつてロイドは他者の…ユアンにいわれるまま、
世界を破滅に導きかねない行動をとっていたのだが。
それは、ラタトスクが経験した遥かなる未来であり、ありえたはずの歴史。

彼のこと。
コレットを助けるためだといわれれば、深く考えもせずにその考えに賛同してしまうだろう。
それはこれまでともに旅をしていたからこそわかること。
いくら母親の加護がなくなったとはいえ、その本質がいきなりかわるとはおもえない。
「とりえず、俺様は…アレをどうにかするために。
  人々の心に希望をともしにいきますか!」
テセアラで自身、神子ゼロスを知らないものはいない。
シルヴァラント側においては、天使の翼を出していれば口先でどうにでもなる。
そう。
かつて、コレットの生地である、イセリアで演説?したように。
バサリ、と天使の翼を展開し、そのままとびあがる。
まずは、近しい場所にあるイセリアに出向くべきであろう。



――大丈夫だよ。ロイド。ロイドは私が守るから
違う。
そうじゃないんだ。
俺は、…俺はっ!
『どうしてそんなにうろたえてるの?もともとロイドが望んでいたことでしょう?』
視界が真っ暗にそまる。
今がどうなっているのかすら、わからない。
先ほどのあの光景も信じられない。
というか信じない。
それが事実だと何となくだが漠然と理解しているというのに、信じたくない。
「コレ…っ」
『だって。ロイドもジーニアスも。先生も。あの時。
  私が天使になることを望んでいたでしょう?私の死を』
それとともに展開するのは、あの時の、初めて出向いた救いの塔での光景。
幾度も、エミルに忠告をうけていたのに。
偽りの真実だ、と。
それでも世界のためにはコレットが死ぬしかない、とコレットを見捨てたあの時の光景。
『それに、ロイド達はマーテル様を見捨てて大いなる実りを発芽させることにしたんでしょう?
  死ぬのがマーテル様だけでなく私もくわわっただけ。はじめにもどっただけ。
  私が生まれてきた意味を実行しているだけ』
「違う!俺が望んでいたのは、望んでいたのは…っ!」
あの時だって知らなかった。
いや、しろうとすらしていなかった。
真実は、きけばすぐそばにあったというのに。
『世界は一つにもどった。ならロイド達が望んでいたことはもういいんでしょう?
  互いに搾取されるような世界ではもう、なくなったんだから。
  ただ、互いに滅びる世界になった、ただそれだけ』
精霊の楔を抜くことによって、そして世界が一つもどったことによって、
マナを搾取しあう重なり合った世界という障害はなくなった。
『人は、いつも犠牲の上に世界を成り立たせている。私もただそのうちの一人なだけ。
  だって…私は、死ぬために生まれてきたんだから』
種子を目覚めさせなければ、世界は滅ぶ。
大地は存続するかもしれない。
けど、そこに、ヒトが生き残れるかといえば、答えはわからない。
『世界の人々の心の欲が、闇が、負が、魔族をこの地に呼び寄せ、
  そして、負の具現化ともいえるユリスすら呼び起こした――』
真っ黒い視界の中で映り込むは、いくつもの見知った場所…だとおもう。
見知った顔の人々が、変わり果てた町並みや村の中で、
必至に異形のものたちと敵対している様子。
だが、足を引っ張り合うような真似をしているのもいるのも事実で。
逆にヒト同士の小競り合いすら始まっている始末。
まとめる力というか意志がある者がいる場所ならばまだいい。
でもそうでない場所は、隣人同士で疑い、争いにまで発展してしまっている。
『ユリスは人の心の負をより、よびさます。
  ねえ。ロイド?そんな負の結晶体ともいえる彼女を生み出したヒトが生きる価値はあるの?
  滅んだほうが世界のためだっておもったことない?
  私は、ロイドのために世界を存続させようとおもってた。
  でも、それは正しかったのかな?ロイドはこのままでいいじゃない。
  だって、ここにいれば、すくなくとも。ロイドは死ぬことはないんだから。
  ここはロイドの心の空間。ロイドが望めばどんな優しい空間でも作り出せるんだから』
それこそ、かつてのロイドのお母様のように。
『ロイドはこのヴェリウスの心の空間で優しい時間に包まれていたらいいんだよ。
  世界の人々がどうなろうが。だって…ロイドには関係ないことなんでしょう?
  大丈夫。先生たちだって、死んでも心はしなずにロイドの元にもどってくるだけ』
…死?
誰が?
次の瞬間。
ロイドの周囲には横たわる、見知った姿がいくつもあらわれる。
それらはすべて、恐怖におののいた顔をし、その体は傷だらけ。
眼をむき、でもそこに…命の息吹は…ない。
『ロイドは危険なことはしなくてもいいんだよ。ずっと、ずっとここにいればいいの。
  たとえ、皆が、世界中の人々が死んでも、ロイドだけは私が守るから』
「お前…コレットじゃないな!コレットの姿をした偽物め!」
『ううん。私は私だよ。私の心の奥底の本音。
  だって、考えてみて?ロイド。どうして私はマーテル様の体に素直にならなかったの?
  世界が滅ぶかもしれない、とおもっていたのに?
  だって、それはロイドが望んだからなんだよ?私に死んでほしくないって。
  あの時だって、そう。ロイドが望んだから、私は天使になることを選んだ。
  ――私にとって、世界とロイド、どちらを選ぶといわれたら、断然ロイドなんだよ?』
たとえ、それで世界を敵にまわしたとしても。
いくつもの積み重なるようにしてみえる、見知った人影。
その人影はすべて、恐怖の表情を張り付けており、生きている気配すら感じられない。
これまでロイドが出会ったすべての人々の姿が、そこにはある。
『ゼロスもそう。ゼロスが大事なのは、妹さん。
  そういう意味では、私とゼロス。似たものの神子なんだなっておもったもん』
ゼロスは妹のために、自身の死を望んだ。
神子、という立場を妹に譲るために。
真っ黒い、何もない…というのにはおかしい。
そこには、動いているのは、ロイドとコレットの姿しかない。
その足元には無数の見知った顔だちの死体がいくつもころがっている。
真っ暗な空間の中、ゼロスに接触するプロネーマの姿が映し出される。
全ては、妹のために。
『ロイドはここで、安全な場所でゆっくりしていて。
  彼らには私が話しをつけるから。だって、私の望みは、ロイド。
  ロイドがロイドらしくいきていることだから。
  エミリオさんはロイドを殺してもいいようなことをおもってるみたいだけど。
  それは私は望まないから――だらかね?ロイドは。ロイドのままで。
  私がマーテル様とともに種子をよみがえらせるその時までここにいたらいいんだよ。
  すべての戦いは先生や、他の人達にまかせて、安全な場所にいたらいいの』
「俺は…俺はっ!!!!!!!!」
コレットのいっていることは理解できる。
理解したくないが、してしまう。
できてしまう。
コレットは手段はどうあれ、自分を守ろうとしているのであろう。
これが、コレットなのかはわからない。
けども、コレットがいつもいわないおそらくは本音に近い言葉なのだろう。
いつも、誰かに守られていてばかりの自分。
コレットを守るためにと無理やりに合流した旅でも。
自分のせいで幾度コレットが命の危険にさらされただろうか。
自分がよかれ、とおもった要の紋にしても、コレットをより苦しめた。
『ロイドは責任を感じなくてもいいんだよ?だって、戦いにロイドは向いてない。
  だから、私はロイドにはずっとイセリアでまっていてほしかったのに。
  ロイドがこのたびの戦いに加わっても。私と同じように。
  彼らの人形にさせられてしまう光景しかおもいつかないんだもの。
  だから、ロイドは戦いがおわるまで、世界が安定するまでここにいたらいいよ。
  ここは、時間も何もかも、肉体の時すらをもとめうる心の空間、なんだから――』
コレットの声に反応してか、次にうかびあがるのは。
リフィルやジーニアスといった面々に、剣をむけているロイド自身の姿。
確かに、ジーニアスたち、なのに。
化け物め、といいつつも彼らを切り倒していっている…自身の姿。
『ロイドだったらあっさりと、だって相手の幻影にまどわされるでしょう?
  特に自分に関してのことだったら』
甘い言葉であっさりとまちがいなく、相手側に捕らわれてしまうだろう。
『禁書の中でも、だってロイド…いつも皆の足をひっぱってたもんね』
次に映し出されたは、以前の禁書の中での戦い。
相手の姿形にあっさりとだまされ、幾度も仲間たちを危険にさらさせたあのときの。
『だから、ロイドは安全なここにいて――』
コレットがそういうと同時。
―――うわぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!
どこからともなく、聞き覚えのあるいくつもの悲鳴のようなものがロイドの心にと届いてくる。
「先生!?皆!?」
はっと、ロイドが視界をあげれば、
そこには、黒い水晶のようなものが発した、衝撃派?か何かなのだろうか。
その波動によって、翻弄されている仲間たちの姿が。
なすすべもなく、あのミトスですら、壁らしき場所にたたきつけられている。
ただ、あの水晶体がひかって発した、衝撃のようなもののものだけ、で。
――このまま、あいつに滅ぼされちゃうなんていやだよ!
ジーニアスの悲鳴のような声がきこえる。
体をささえようとしたのだろう。
でも、小さな手で床を押して立ち上がろうとするが、
よほどの衝撃だったのか、バランスがとれず、そのままジーニアスはあおむけにと逆に転がってしまう。
――特攻、しかあるまい。…ミトス、いけるか?
――天使達を総動員すれば、あるいは…
  けど、それだと逆にたぶん、アレは力を増すよ。
  今、かろうじて天使達が各地の手助けをしているから、ヤツが生み出す脅威に持ちこたえているようなもの
  ”無”の力ならばかろうじてあれには対抗できる。
  でも、僕らが使いしは、”マナ”と”意志”の力。
――無茶な。”無”の力など。かつての研究でも結果はだされていた。
  どんな種族のものでも扱うことなどできはしない!
  反動によって消滅してしまうぞ!
――するしかないでしょ。人の、地表の人々の心が一つにならないかぎり。
  他者を思いやる心をもたないかぎり、アレは常に力をもちつづけるはず。
  …狭間の力をもつものは、ここにはいないわけだし、ね
「…狭間…?」
本当の意味での、狭間のもののくせに。
かつての、ミトスにいわれた言葉が今さらながらにロイドの心によみがえる。
――私がいこう。…アンナも許してくれるであろう。
――それならば、私が
――いや。これは、私がすべきことなのだ。
  妻に、アンナに命をもらったのは、この時のためだったのかもしれない
何を、いっている?
特攻?
――すべてのマナをときはなちつつ、あれに穴をあけるつもりなのね?クラトス、あなたは?
――元は、私が早くにミトスを止められなかったも原因だ。
  ミトスに魔族の手が、魔族が干渉していることに気づかなかった、わたしの、な
すべてのマナを解き放つ。
今、たしかにリフィル先生はそういった。
…よりによって、クラトスに。
――どうせ、オリジンの解放時に死ぬつもりであった命だ。
  アンナも、ここにはいないロイドを守るためなのだ。…文句はなかろう
「あ…あ…ああああっっっっっ!!」
また、自分のために?
自分をまもろうとして、クラトス…父さんまで?
母さんだって、そう。
ロイドはここで安全な場所でまっていたらいいのよ。
ロイドさえ無事ならいいの。
「…違う、そうじゃ…そうじゃない!俺が…俺が望んでいるのはっ!!!!!」
自分だけ助かればいい。
そんなわけはない。
そこに、大切な人達もそろっていなければ…意味がない。
ああ、そうか。
そうだったのか。
だから、ミトスはあんなクルシスなんてものをつくりあげて。
大切な人…姉であるマーテルをよみがえらせようとしたのだろう。
大切な人が笑って過ごせる世界を再び取り戻すために。
「もう、誰も…誰も失って…失って、たまるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
それは、ロイドの心の底からの魂の咆哮。
それとともに、ロイドの体が、光り輝く――


「しかし、アレをどうにかしなければ……」
忌々しい。
アレはどんどん地表の力を吸い上げている。
「あの、黒い竜巻のようなものは、一体……」
映像越しにもわかる、地表から何かを”アレ”が巻き上げているというのが。
そんなジーニアスのつぶやきは、この場にいる一部の存在達の心を代表しているといってもよい。
「あれは。地表の人々の負の思念を、あいつが吸い上げているんだよ。
  魔族が糧とするのは、人々の負の思念。
  そして…ユリスとは本来、かつての人々の負の心が結晶化した存在。
  そうだね。ヴェリウスが心を司る精霊であるならば、
  ユリスはまさに。負を司る聖獣、といってもいいとおもうよ。
  負とは、心に直結している。いわば、心の精霊の聖獣版、だね。
  産まれが負が結晶化したという誕生の違いはあれども」
「地表に負の力がたまればたまるほど、アレは力をつけてゆく。
  逆に…思いやる心などといった、生の力がみちれば、あれの力は格段にとおちる。
  ユリスの力を取り込んだとはいえ、所詮は魔族。
  ヤツラ魔族の本質からは逃れられないはず」
そんなジーニアスの疑問にミトスが答え、
忌々しいとばかりにユアンが舌打ちをしながらも追加説明をする。
「っ!リーガルさん!正体不明のエネルギー反応が!あの黒い球体からです!」
「まずい、衝撃がくるぞ!!」
この飛行竜を動かしている核だとおもわれる水晶体。
それに手をかざしつつ、何かの空中に浮かぶパネルのようなものを操作していたアステルが、
その横で作業をしていたリーガルにと焦った声をだす。
それとともに。
ドクンッ。
一瞬、空中にと浮かんでいる黒い水晶体のような、卵のようなそれが強く脈打つ。
それとともに、空気が振動する。
まさに、振動する、という表現がふさわしく、黒い衝撃派のようなものが発せられる。
「防御展開!」
「ダメです!威力が・・・っ!」
『うわぁぁぁぁっ!?』
『きゃぁぁぁぁっ!?』
振動は、飛行竜の中にいた全員にも伝わり、そのまま彼らはその場から吹き飛ばされる。
まさに、立っているのも困難なほどの衝撃派。
ミトスですら、かろうじて持ちこたえようとしたのであろうが、
壁にと激突しているのがその衝撃のすさまじさを物語っている。
「皆…無事か?!」
クラトスも壁にたたきつけられたらしく、頭をふらふらさせつつもたちあがり、
部屋の中にいる全員にと視線をむけつつもそんなことを問いかける。
「さすがに世界中の力を吸い込んでいるだけはある。さすがの攻撃力だね」
ふわり、とうきあがりつつも、すぐさまに体勢を整えているのはミトス。
そして。
「うう…このまま、あいつに滅ぼされちゃうなんて、いやだよ!」
倒れこんでいた衝撃から、立ち上がろうとするが、かなりの衝撃をうけたのか、
手で体を支えようとしても、逆に体がふらつき、あおむけに転がってしまうジーニアス。
ジーニアスの脳裏に浮かぶのは、まけてしまう、という恐怖。
それゆえに、無意識にそんな言葉をいってしまう。
「ジーニアス?大丈夫?…ファーストエイド」
そんなジーニアスを心配してか近くにかけより、回復術をかけているミトス。
「アレが今よりも力をつけるより前にたたく必要があるわね」
頭がふらふらするのか、でもそれでも何とかたちあがりつつも、
きっと空中にと浮かんでいる外の光景でもある黒い水晶もどきをみながらも鋭い視線で言い放つリフィル。
「でも、あれは不可解なエネルギーで覆われています。
  ユミルの水でもあのエネルギーを突破できるかは……」
アステルはアステルでふらつきつつも、すでに新たに飛行竜のパネル装置らしきものにと触れている。
「…特攻、しかあるまい。…ミトス、いけるか?」
それは、かつて魔族との戦いで行っていた戦術の一つ。
ユアンの問いかけに、
「…天使達を総動員すれば、あるいは……
  けど、それだと逆にたぶん。あれは力を増すよ。
  今、かろうじて天使達が各地の手助けをしているから、
  ヤツが生み出す脅威に持ちこたえているようなもの
  ”無”の力ならばかろうじてあれには対抗できる。
  でも、僕らが使いしは、”マナ”と”意志”の力。
  かつての魔族との戦いとは今回のアレは規模が異なる」
天使達をそれこそ捨て駒、として、特攻させれば一瞬ではあるが、
中心にたどり着く道をつくることはできるであろう。
だが、それは果てしない悪手であるとしかこの現状ではいうしかない。
「無茶な。”無”の力など。かつての研究でも結果はだされていた。
  どんな種族のものでも扱うことなどできはしない!
  反動によって消滅してしまうぞ!」
扱いを間違えれば、自身を含め、周囲すらをも消滅させてしまう力。
それに酷似した術に、ブラックホールというものがある。
あれも制御をまちがえれば術者、そして周囲すら飲み込む危険な術。
そして、ユアンはかつての時代。
遥かなる過去、シルヴァラント王国に席をおき、
そういった研究にも携わっていたがゆえにその危険性を理解している。
「するしかないでしょ。人の、地表の人々の心が一つにならないかぎり。
  他者を思いやる心をもたないかぎり、アレは常に力をもちつづけるはず。
  …狭間の力をもつものは、ここにはいないわけだし、ね」
ロイドが、狭間の存在だ、とわかったときから可能性は考えていた。
あの力を同調させたときに、”それ”は確信した。
何ものにも属していないからこそ、”彼”は”無”の力を使うことができる。
また、どの種族の力をもその気になれば使うことができる、と。
心の強さと、その意志の力において。
大概は、それぞれの種の理によって拒絶反応をおこすが、ロイドにはそれがない。
だからこその狭間。
人の心が、人のありかたが、光と闇。
その両方をかえそなえているように。
なにものにもなれ、また何者にも属さない存在。
ロイドならば、机上の理論といわれていた、”無”の力を扱える可能性がある。
それは確信。
自分と、姉ならば、無の力を使えないことはないだろう。
…ラタトスクから預かった石の力を総動員すれば。
それこそ石が壊れる覚悟で。
しかしそれでは、相手にたどり着く前に力がつきる。
「…私がいこう。…アンナも許してくれるであろう」
「クラトス!?」
地表の人々を見殺しにしても、天使達に総動員をかけるか。
でもそれは、逆にアレに力をあたえてしまう。
であれば今いる自分たちでどうにかしたほうがいい。
それはわかっている。
わかっているが。
まさか、クラトスがそういってくるとはおもわなかった。
いや、クラトスだからこそ、といえるか。
「それならば、私が」
そんなクラトスにユアンが声をかけるが、クラトスはふるふると首を横にふり、
「いや。これは私がすべきことなのだ。
  アレはもともとは、人の心の負によって力を得てしまったもの。
  人である私が責を負うのは必然。
  この場で道をつくれるのは私だけ。
  …妻に、アンナに命をもらったのは、この時のためだったのかもしれない」
アンナはそうではない、というだろうが。
でも、仕方ないわね。
といって、許してもらえるという確信がクラトスにはある。
何よりも。
「…すべてのマナを解き放つつつ、アレに穴をあけるつもりなのね?クラトス。あなたは?」
リフィルの言葉に息をのむ気配はミトスとユアンを除いた全員から。
「元は私が早くにミトスをとめられなかったことも原因だ。
  ミトスに魔族の手が…魔族が干渉していることに気づかなかった、わたしの、な。
  ミトスならばそんなことはない。と心のどこかで慢心していた。
  ミトスのすることに間違いはない、とな」
それこそ盲目的に。
ミトスのその心情を図ろうともせず。
その意見だけで、ミトスのいうことも一理ある。
正しい、とおもい、したがってしまった。
この四千年、いつでもその考えは訂正可能であったにもかかわらず。
そして…かの精霊に判断を仰ぎにいく、という方法もとれたにもかかわらず。
何もしなかった。
ただ、言われるままに行動するだけで。
「どうせ、オリジン解放時に死ぬつもりであった命だ。
  アンナもここにはいないロイドを守るためなのだ。…文句はなかろう」
「まずいぞ。アステル…アレがゆっくりと移動をしていたのは把握していたが…
  近くにどうやら村らしき場所があるようだ」
大地はかつての様子か様変わりし、何もかもがかわかってしまっている。
ゆえに、どこがどうなっているかというのはわからない。
だけども、ヒトの反応というものは、このモニターにも反応するらしく、
近くにいくつもの生命反応が集まっているのがうかがえる。
映し出されているのは、この付近の地形、らしきものなのであろう。
その一点に、いくつもの生命反応がみてとれる。
モニターを確認しつつ、リヒターが苦々しいような声を漏らす。
「この地形は…地形からして、…そうか。ヤツはまず、聖堂をたたくつもりか。
  あそこは、心の精霊ヴェリウスがいるはずの場所。
  ヒトの心が一つなるのを一番よしとしないやつらしい判断だな」
ユアンはユアンでその地形から、今いる場所の上空がどのあたりなのか。
漠然とではあるが理解したらしく、腕をくみつつもそんなことを言い放つ。
「ヴェリウス…コリンがいる場所って、
  まさか今、あたしらが浮遊しているのは、イセリアの近くってことかい!?」
いつのまに。
というより、アレの攻撃対象がヴェリウス…すなわち、コリンである。
ということのほうにしいなは衝撃をうけおもわず叫んでしまう。
「報告で、あの地でヴェリウスらしき姿が確認されたというのはきいているからな」
レネゲードの報告は伊達ではない。
「っ!皆、またアレの動きがっ!」
「また衝撃がくるぞ!皆、かまえろっ!!」
アステルのあせったような声。
それとともに、リーガルがその場にいる皆に注意を促す。
みれば、どくん、とよりつよく、卵のような黒水晶もどきが脈打っている。
より先ほどより強く、”ソレ”が脈打つように振動し、
そして、次の瞬間。
再び、力を解き放つ。


「―――極光壁!!!」
虹色の光が、周囲を包み込む。
正確にいうならば、”物体”を包み込むように。
アレを解き放たせてはならない。
聖堂から飛び上がり、目にはいったは。
上空にと浮かぶ、不気味なほどの黒い、卵のような球体。
その近くには鈍い銀色の竜?のような姿もみてとれる。
直感的にそう判断し、さきほど手に入れたばかりの力を使用する。
この術の名は、自分を追い詰めていた”レイス”という人物が教えてくれた。
かつて、彼は自身の命をかけてこの技を使用したことがあるらしい。
狭間のもの、というのがよくわからない。
でも、”君ならば反動なくこの力はつかえるはずだ”。
そう、いわれた。
ぶっつけ本番。
体がふらふらする。
それでもあの場を飛び出したのはほかならぬ自分の判断。
どうやら自分はヴェリウスの心の試練とやらで、ずっと水晶の中に閉じ込められていたらしい。
ヴェリウス曰く、自分の心に閉じこもっていたのは自分だけだ。
そういわれ、より自分がなさけなくなった。
自分の心に目をむけてみれば、確かに今まで感じられなかった力がある。
心の力は、時として肉体にも影響する。
心がつよくなければ、魔族からしてみれば恰好の獲物になってしまうという。
だからこそ、自分の心に閉じこもってしまったロイドをそのままに、皆、戦いに赴いた、と。
簡易的に時空の地平線を創り出し、防御するというこの技は、
アレンジ次第では、相手の力をも封じることが可能。
だがそれは、相手の力量にもよって、用をなさない場合もある。
そう、あの”彼”はいっていた。
ドンッ!
という音とともに、障壁を展開したその直後。
卵もどきから巨大な衝撃派のようなものが発せられる。
ビリビリと障壁につつまれているその内部で卵が振動しているのがみてとれる。
おそらくは、自身の放った衝撃によって、逆にダメージをうけているのであろう。
であれば、追撃をかけるのみ。
今、この場にいるのは自分一人。
でも、それが何だというのだ。
これまで、自分はずっと皆の足を引っ張っていた。
ならば、道をつくるくらいしなければ。
でなければ、再び皆にあわせる顔がない。
すっと、両手をのばす。
その手に握られているのは、虹色の剣と、漆黒の剣。
それぞれが鈍く輝きを帯びている。
あの心の空間の中において、みについた自身の武器を生成する技。
もっとも、武器があっても、あのリオンとかいう人物にはまったくかなわなかったが。
「――極光剣!!!!!!!」
周囲に展開していた障壁の力を逆にと取り込み、攻撃力となす。
剣と剣を合わせたそこから、それこそ極彩色の光が溢れだし、
そのまま、光の刃となりて、球体のほうにとむかってゆく。


防壁展開がまにあわない。
そう思って身構えたその直後。
何やら信じられない声が、モニター…空中に浮かんでいる画面から聞こえてきた。
それぞれが、はっとしてそちらをみれば。
飛行竜と卵…もう、アレは黒水晶とてもよぶべきか。
水晶のように透明でありながらも、漆黒の艶をもつ卵のようなそれ。
ソレは、今でも脈打ちつつ、周囲から黒い力をとりこみつつどんどん大きくなっている。
方向的には、さきほど村がある、と指摘した場所であろうか。
そちらの方向に浮かんでいるひとつの人影。
その手に鈍い輝きをもつ漆黒の剣と虹色の輝きをもつ剣らしきものが握られている。
らしきもの、というのはどうみても普通の剣というよりは、
ミトスが利用していたような、力において生み出している”マナの刃”それに近いような。
だが、問題なのはそこではない。
見間違えようのない、ツンツン頭に、真っ赤な服。
『…ロイド(さん)!?』
その姿をみて、偶然にも全員の声が重なる。
「どうして、あの子が……」
困惑したようなリーガルの声。
たしか、リフィル達の説明では心の試練とやらに耐えられず、
自分の心の中に閉じこもっていたのではなかったのか。
「あの子があの人々の負の要素盛りだくさんの試練を突破した?…ありえないとおもうのだけど」
それはリフィルの心からの本音。
「可能性とすれば、心の試練において、みちまったのかもだね。…コレットが死んだことを」
マーテルと同じ状態だとするならば。
コレットは死んだ、といっても過言でない。
肉体もすでにない。
マーテル同様、その魂が、精神体が小さくなった大いなる実りの中に保護されているだけで。
それこそミトスがやろうとしていたように、宿る肉体がなければ、死んでいるといってもよい。
「それか、コレットさんも今は精神体、つまり魂だけの存在のはず。
  妹のように、ロイドさんに離れていても何らかの干渉をしたのかも、です」
自身の中にいる、妹のアリシア。
今はかなりの負担がかかっているのか…どうやら先ほどまでの戦いにおいて、
アリシアはアリシアなりに姉を守ろうとして何らかの力を発揮していていたらしい。
それゆえか、今、アリシアは眠りについているのを、プレセアは感じ取っている。
しいなの言葉に、プレセアが少し顔をふせつつも淡々と紡ぐ。
「まずいわ。それだと、あの子が次にすることは…ああっ。もう、あの子はぁぁ!!
  まったく成長していないじゃないのっ!!」
リフィルの予測を裏付けるかのごとく。
どういう力を得たのかは不明だが、衝撃派をことごとく抑え込んだ。
それまではいい。
だが、次に攻撃に転じ、
そのまま切り開いた、欠けた漆黒の球体の中に突っ込んでいこうとしているロイドの姿が目に入る。
「…まずいね。あの力が、もしも”無”の力であるならば。
  ロイドが奴に利用されたら事だ。…この飛行竜をあの穴につっこめさせれる?
  せめて、顔というか首だけでもいい。あの球体が修繕する前に楔を打ち込みたいんだけど」
ロイドが復活してきたことは予定外ではあったが想定内ではあった。
あの心の試練…自分がかつてうけたような試練のようなものであるのかはわからない。
だがしかし、しいなのいうように、大切だ、とおもっていたシルヴァラントの神子…
すなわち、コレットが死んだことを目の当たりにしたのであれば。
いくらあのロイドとて自分の心の中に閉じこもっているままではないだろう。
自分をせめて、ただ悔いて心に閉じこもるような輩ならば、それこそもう救いようがない。
「…どこまでほんと、ラタトスクはみとおしてたのかだよね」
姉や自分には、ラタトスクが特製した”石”があった。
姉が蘇る方法も、ミトスはもう確信といっていいほどにつかんでいる。
では、コレットは?
おそらく、ではあるが。
コレットは無意識のうちに自身の体を無機物にとかえていっていた。
それこそ自分の務めなのだ、とばかりに。
微精霊達がくるっておらず、力が暴走していないにもかかわらず。
それらはまちがいなく、ラタトスク…否、エミルとして彼らに振舞っていた料理の恩恵、であろう。
真なる王がそばにいて、微精霊達が狂うはずもなく。
しかし、彼女の体が結晶化してしまう現象がおこっていたのは、
まちがいなく、それはコレット自身が無意識のうちにのぞんでしまっていたから。
精霊は基本、望まなければ、その力を振わない。
間接的な干渉はありはすれど。
コレットが種子に飲み込まれてしまったのも、まちがいなくそれが原因であろう。
で、あるならば。
コレットもまた、姉マーテルと同じような復活の条件なのだろう。
もっとも、これは予測にすぎないのでミトスはまだ誰にもいってはいないが。
魔族がここまで暗躍するのを予測していたのか。
まあ、センチュリオン直属の眷属を出してきている以上、
ラタトスクの中では予定調和、なのであろう。
ポツリ、とつぶやいたミトスの小声は、ユアンにのみとらえられ、ユアンがピクリ、と反応する
一方で。
「それは可能とおもわれます。でもこの巨体をあれに突入させるには難しいかと……」
「それでもいいよ。とにかく。再び、アレが卵として、密閉状態にさせないことが理想なんだから。
  アレはおそらく、密閉した空間で力を凝縮してより力をつけようとしてるんだとおもう。
  でも、そこに穴をあければ?すくなくとも、これ以上の力を凝縮させられる問題がなくなる」
アステルの即答に、ミトスは満足そうにうなづきつつも、自身の予測を打ち立てる。
まず、間違いがないであろう。
地上の負の感情をあの内部で濃縮、凝縮し自身の力にするはず。
しかし、それが可能なのは密閉された空間であるからこそ。
「理想は、首の部分だけあそこにうちこんで、この胎内の入口は封鎖して、…こんな感じだね」
「ああ。なるほど。これならば……」
器用というか何というか。
自身のマナをもちい、空中に簡単な絵をかきつつも、自身の考えを示すミトス。
そのミトスの描いた空中の模様というか絵をみて、納得したようにうなづき、
「リーガルさん!」
「わかっている。時間がない、…いくぞ!!」
すでに、ロイドはいくども剣を繰り出しては、その光の斬撃にて球体を幾度も切り裂いている。
どうやら、あの技は一度で七回くらいの斬撃を繰り出すもの、であるらしい。
すでにロイドは球体の近くまでせまっている。
事は、時間がおしい。
アステルの言いたいことをさっし、リーガルがふたたび、
飛行竜を操作するために、ふたたび”水晶”にと触れる――



ぞわり。
何ともいえない不快感。
自分がこの球体のようなものに飛び込んだそのほぼ直後。
自分が飛び込んだというか開けた穴に突如としておおきな竜の頭のようなものがつっこんできた。
そして。
バチン!
と先ほどたたかれた、頬がいまだに痛い。
頬の痛みと、ぞわりと体といわず感覚的にかけぬける不快感。
ミトスの言い分。
――今は、ロイドを説教しているときじゃあない。
その言葉がなければ、まちがいなくリフィルはロイドをたたいたあと、
そのまま説教コースに突入していたであろう。
それでなくても、たたくとき。
――何をまた一人で単独行動をしているの!?
と、おもいっきり、それこそブン!という音がきこえるほどに、
リフィルはおおきく手をふりかぶって、ロイドの頬をおもいっきり平手打ちにした。
いまだに、ロイドの頬には、リフィルの手形がくっくりと残っている状態。
クラトスが回復をしようとしたが、リフィルににらまれて断念したのがつい先ほど。
――どうしてもっと早くにこれなかったの!?
そういう、ジーニアスにロイドは何もいえなかった。
いう資格がない、とロイド自身もおもっている。
自分が心に閉じこもっている間、皆がどんな思いをしていたのか。
つくづく、これまで自分は口ばかりで心の底から相手のことを思っていっていなかったのだな。
そう実感させられた。
その時にはそうおもっても、それはおもっただけで。
ただ、思ったことを口にしているだけで、完全に共感していっているわけではなかったのだ、と。
ミトスにもいわれた言葉が耳に痛い。
――僕たちの邪魔をするようならば、飛行竜の中でまっててよね。
そう、つい先ほど言われたばかり。
「というか。足場らしき場所があること自体が、もう罠でもありますよ。
  といってるようなものですよね。ここ」
周囲を興味深そうにみつつも、さらりと何やらいっている金髪の青年。
というか。
「…アステル。今からでもおそくないから、戻る気はないのか?」
もはやもう、あきらめモード、とでもいうべきか。
深い、深い溜息をつきながら、そんな金髪の青年…アステルにと忠告している赤髪の青年リヒターの姿。
漆黒の黒水晶のような卵のような物体の内部。
その内部は濁った茶色のような色と、黒がいくつにも入り混じった、何ともいえない色でとおおわれている。
「まさか。これも貴重な研究材料!
  ここが、人々の負の思念が結晶化しているのであれば。
  新たな動力源として、負の力を変換して使用する方法も視野にいれるべきだし。
  いや、それより負をある程度は取り除く研究をしたほうが有意義、なのかな?」
負を動力源にすれば、たしかに効率はいいだろう。
そこからさらなる負が連鎖して発生してしまう恐れがあるが。
塗装されていない、土の道のようにもみえる、薄く淡い光を茶色く放つ道らしきもの。
淡い光を放つ板のようなものにもみえなくもない道。
そこを進んでいる一行。
板、といっても幅はそれなりにあるらしく。
ある程度横にひろがってもまだまだ余裕が感じられる。
しいていうならば、馬車二台分くらいの幅があるであろうか。
先頭に、しんがりを務める、といって、クラトスが前にとたち。
そのクラトスのすぐ後ろにミトスとユアン。
そしてミトス達の後ろにリフィル、しいな、プレセアと続いている。
さらにその後ろにはロイドとジーニアス。
マルタもこようとしたが、万が一のことを考え、
今後のことも考えて、マルタはリーガルとともに飛行竜の中にてお留守番。
戦いの中で、マルタに何かがあれば、
それこそシルヴァラントとテセアラの間で争いが起こりかねない。
というリフィルの説得のたまものといえる。
事実、自分のために両親が古き盟約?というのまで破棄し助けてくれた。
というのを理解しているマルタとすれば、そんなリフィルの言葉にしぶしぶながらも納得せざるを得なかった。
それでも、リーガルの後方、すなわち退路を保つのも立派な務めだ。
という言葉がなければ、無理やりにでも同行してきていたであろう。
そして、そんな彼らの一番最後にアステルとリヒターが続いている。
周囲は相変わらず重苦しい空気にと包まれている。
かつて、テセアラ城の中で、禁書の中で感じた空気よりも遥かに重い。
そこにいるだけで、全身に鳥肌がたつような。
気分が悪くなるような。
そんな重苦しい空気がこの場にはある。
進んでいくことしばし。
やがて、いきなり通路が狭くなる。
そして、その狭い通路を遮るかのように、巨大な石碑のようなものがみてとれる。
通路の横を飛んでいくのは危険であろう。
事実、翼を展開して飛ぼうとしてみたが、この場の空気のせいなのか。
体からいっきに体力がごっそりと削られていった。
正確にいうならば、マナをいっきに削ぎ取られたとでもいうべきか。
とにかく何があるのかがわからない。
敵にたどり着いたはいいが、すでに満身創痍でした。
では話にならない。
石碑は見上げるほどに高く、そこには何らかの文字らしきものが刻まれている。
その文字は鈍く緑色にと発光しており、それがさらに不気味さを醸し出している。
「これ、壊せるの?」
ジーニアスの素朴なる疑問に対し、
「いや。ジーニアス。これは、石碑でありながらも、扉、だよ。
  以前、魔族がにたようなものをつかっているのをみたことがあるからね。
  この光る文字に意味があるんだ」
壊せば逆に周囲に瘴気がまきちらされるという厄介な代物。
しかも間違った文字を選んでも、その文字にあわせた罠がまっている。
「――クラトス。ユアン。同時にいくよ」
「「わかっている」」
しかも、正確な文字を同時に特殊な方法。
つまりはマナを指先にこめてあてて破壊しなければ、罠は作動する。
それこそ無差別に。
ミトスが示したのは三つの模様。
ミトスいわく、それは文字だというそれら。
石碑の前にとミトス達がたち、ミトスの合図にて
クラトスとユアンが同時にその文字らしきものにと指先をあてる。
左右や上下にある模様…つまり文字には触れないように気を付けつつ。
ミトス、クラトス、ユアンが文字をマナにて破壊したその刹那。
ガコン。
という音とともに、石碑が下に下がるかのごとくに、沈んでいく。
「なるほど。こういう仕掛けもあるね。興味深いわ」
本当ならばいろいろと調べてみたい。
その思いはアステルも同じであるようで、おもわずリフィルとアステルは顔を見合わせる。
石碑のあった場所をくぐると、これまた空気が一遍する。


~スキット~※合流~

バチンッ!
ぶんっと大きくリフィルの手がふれ、ロイドの頬をおもいっきりたたく。
その反動にてロイドが一瞬後方にさがるほどに。
ロイド「ってぇっ!」
リフィル「あなたという子は!なぜいきなり一人で突入しようとしているの!」
ロイド「でも…」
リフィル「でも、じゃあありません!あなたは皆を危険にさらせたいの!?
      あなたは簡単に相手に操られる可能性があるのよ!?」
ミトス「ほうっておきなよ。リフィルさん。無自覚お子様には何をいってもムダだとおもうよ?
     僕らの邪魔をするならもどってといってもどうせロイドはきかないでしょ?」
ロイド「…っ」
しいな「まあ。ロイドにはいっても無駄、というのは同意だけどね。
     でも、ロイドまで敵にまわって刃を交えるのはごめんこうむりたいね。あたしとしても」
ロイド「敵って……」
プレセア「今回の敵は、相手の心の隙などをついてくる敵です。
      ロイドさんはあっさりとだまされるとおもいます。
      禁書の中でもそうであったように」
ロイド「・・・・・・それは・・・・・」
クラトス「…少し、ロイドにいいすぎなのでは…」
リフィル「あら?クラトス?ロイドが相手の幻影にまどわされないとでもいうつもり?
      この子はまちがいなく、相手にあっさりと組み込まれるわよ? 
      だから、心の試練を突破できていなかったあの子をあのままにしたのだから」
ミトス「リフィルさんの気持ちはわかりますけど。今はロイドを説教している時じゃあないですし。
     敵にまわったらまわったで、問答無用で攻撃しても文句はないってことでしょう?
     どうせロイドは何も考えてないんでしょうし」
リフィル「そうね。この子にはいっても無駄なのよね…」
ロイド「・・・・・・・・」
ユアン「ついてくるならくるでどうせもどれといっても無駄だろう。
     我らの足だけはひっぱるな」
ロイド「・・・・・・・・・わかってるよ」
ミトス「僕たちの邪魔をするつもりなら、飛行竜の中でまっててよね」
どうやらこれまでの積み重ね。
それもあって自分の周囲に対する認識がどれだけのものか。
今まではあまり気にすることはなかったが。
今のロイドにはかなり心に突き刺さる――


※ ※ ※ ※ ※


わ~わ~。
ぎゃ~、うわぁっ!?
何やら悲鳴のようなものが周囲に満ち溢れている。
どうやら道を進んだその先。
そこはどうやらどこかの町?のような場所らしい。
らしい、というのはみたこともないような町の光景としかいいようがない。
そびえたつ、塔のようないくつもの建造物らしきもの。
いたるところに火の手らしきものもみてとれる。
でもそこに、熱量などは感じられない。
視界にはいるは、ひしめく人影。
その人影は思い思いにそれぞれ、手に武器らしきものを手にとって、
周囲の人々にとむかっていっているのが見てとれる。
お前たちさえいなければ!
自分の邪魔をするな!
などという声があちこちから。
「これは……」
その光景を丘?のような上からみて困惑したような声をあげるクラトス。
彼らが道からでたのは、町より少し高い位置にある丘のような場所。
ここからならば町全体が見渡せる。
町、といっても規模はそう大きくはない。
しいていうなれば、パルマコスタ程度くらい、であろうか。
しかし、みるかぎり、町以外には何もない。
「たぶん。この内部というか、ここは世界中の負の感情を集めている場所でもあるから。
  …あそこにいるのは、世界中の人々の負の感情の念の塊ってところかな?」
そこに本人の魂があるのかはわからないが。
まあ、あってもなくても、することはひとつ。
「先に進む道らしきものがみあたらない。ということは…
  厄介だな。あの空間と同じく。あの場にいるものたちすべてを倒す必要性がありそうだな」
「ああ。うん。ランスロッドのしそうなことだよね。ほんと」
「「倒すって……」」
我知らず、ロイドとジーニアスの声が重なる。
「あれって、まさか……」
「しいなさんやリフィルさんは気づいたようですね。
  たぶん。あの人達は世界中の人々の負の感情が実体化したものでしょうね。
  ここは、世界中の人々の思念を集めている場所でもありますし」
リフィルの険しい表情と、しいなの小さなつぶやきをうけ、
ミトスが丁寧にとそんな彼女たちにと説明を促す。
離れていてもわかるほどに、聞こえてくる人々の怒号と悲鳴。
ついでにいえば何かの破壊音らしきもの。
このまま、あの場所につっこんでいけば多勢に無勢。
まちがいなく、あの場にいるものたちに取り囲まれてしまうであろう。
「あのままだと、新しい魔族に、つまりはランスロッドの眷属化させられて、
  強制的に魔族に変化させられる可能性もあるし。一気にいくしかないか」
この場に満ちている力をあつめてとりこみ、変換させれば自身の力の消費は少なくてすむ。
負の力とて、所詮は同じ”力”を元に生み出されているもの。
どの力でも取り込める”石”をもっているミトスからしてみればそれは不可能なことではない。
だけども。
「…クラトス。ユアン。三人で一気に、技を同調させてあの場所ごと駆逐するよ。
  念には念をいれて広範囲の術や技がつかえるなら皆の力をまとめたいところだけど…
  ジーニアスには無理だろうしね。ジーニアス、見た目が人に対し力を振うのはよしとしないでしょ?」
「いえ。まって。ユニゾンアタックではどうかしら?
  クングニルならば、威力を調節すれば、あるいは……」
力の入れ具合によっては、あれは広範囲の威力をも発揮する。
ミトスの言葉にリフィルが提案をしてくるが、
「いえ。リフィルさんたちには負担が大きいとおもいます。
  できるだけリフィルさんには力を温存しておいてほしいんです。
  …敵との戦いにおいて、僕らは回復役に徹することなんてできないでしょうから」
攻撃に転じていれば、回復がどうしてもとぼしくなってしまう。
それはたてまえ。
自分たち、四人…今、この場には姉はいないが。

特殊な石をもっている自分たちとは異なり、他のものたちがこの空間で力をつかってしまえばどうなるか。
おそらくは、この空間は、力と精神力が直結しているはず。
精神力が弱まってしまえば、この空間では命取りにもなりかねない。
「ちょ、まさか、あの人達を攻撃……」
「ロイド。あなたは黙っていなさい。覚悟がないなら冗談抜きでリーガルやマルタのところにいきなさい。
  それとも、何?あなたは禁書の中のようにまた私たちの足をひっぱるつもり?
  あの時だって、あなたは敵が人の姿をしているから、という理由だけで。
  さんざん、私たちの足をひっぱって皆の命を危険にさらしたわよね?」
「そ、それは……」
ロイドがそんな彼らの会話に割って入ろうとするが、
そんなロイドにピシャリ、といいきるリフィルの姿。
事実であるがゆえに、ロイドは言葉につまってしまう。
「前にもいったわよね?誰かを傷つけるのはいやだ。そういう貴方の考えは尊いとはおもうわ。
  でも、それは時として皆の、周囲の人々の命を危険にさらすのだ、というのを幾度もいうけども理解しなさい。
  できないのであれば何もしないで。後方で、おとなしくまっていなさい。退路を守るのも立派な務めなのだから」
ロイドは、安全な場所にいればいいんだよ。
ふと、先ほどあの空間の中できいたコレットの言葉がロイドの脳裏によみがえる。
「何事にも優先順位、というものがあるのよ。救いの塔で、私たちが、
  あなたたちに先をまかせて、それぞれ死を覚悟したあのときのように」
「…っ」
いわれるまで、すっかり忘れていた。
あのときの、ロイドの中に芽生えたあの感情。
なぜに忘れていたのだろうか。
あのとき、嫌というほどに思い知ったはずだったのに。
皆が無事だったとわかっても、あの時の思いが消えるとはおもえないのに。
「俺……」
「とにかく。いくよ。クラトス。ユアン。最大広範囲の攻撃で、あの場所を」
「わかった」「やむおえまい」
うなだれて、それでも何かをいいたいのか、手をぎゅっと握り締めているロイドをそのままに、
あっさりとそんなロイドを無視し、ミトスがクラトスとユアンにと話しかける。
かつて、まだ世界が争いにみちていたとき。
そして、クルシスという組織を立ち上げた当時。
四人、もしくは三人でこうして戦いに赴くというのはよくあった。
いくらここ最近、そういう経験がないとしても。
身についている勘というものは、そうそう衰えるものではない。
特に、今のように生死をわけるような場合では。
眼下にいる人々…思念体、とでもいうべきか。
それらは魂をもっているのか、それとも念だけの存在なのか。
そんなものは、わからない。
わかるのは、あのまましにておけば、まちがいなく。
アレラは奴の手足になる駒として、魔族になってしまうということ。
そのまま、それぞれ顔をみあわせ、ばっとその場から飛び上がる。
幸運というべきか。
眼下にいる人々は飛び立とうとする気配はない。
眼下のほうにて何やら見覚えのあるような、クルシスというよりは、
ディザイアン階級に属していた輩のような姿も垣間見えるが。
だが、今この場においてはそんなことは些細でどうでもいいこと。


体が重い。
身に着けている石から常に力というかマナを取り出し、
体の周囲に薄いマナの膜を張る存在によってその鈍くなりがちな体の重さを緩和させる。
町らしき場所の上空にたどりつけば、眼下に無数の人影がみてとれる。
彼らはこちらには気づいているのかいないのか。
自分たち同士で争うことに忙しいのか、上空まで彼らのざわめきがとどいてくる。
おそらく、視聴力をあげていなくてもきこえるのではないか、とおもえるほどに。
ここにいるのはまちがいなく、魂、もしくは念だけの実態のない存在達のはず。
であれば、通用する技も限られてくる。
完全に町…なのだろう。
かつてみたことがある、遺跡のようなもの。
二国間の戦いの最中にいくつも消えていった過去の残像。
かつて、人類はそびえたつ塔のような建物をいくつも建造する技術をもっていた、という。
その技術力もマナの枯渇などで衰退してしまっていたらしいが。
昔は宇宙空間にまで飛び立てるほどの技術が発達しかけたこともあったとか。
しかしそれらはすべてはもはやお伽噺の中でしか知りえない事。
町の規模はさほど大きくはない。
ある程度の高さまでいけば町全体が把握できる。
大きさ的にはパルマコスタ程度くらいであろうとおもわれしその上空にと移動し待機する。
そして、一定の距離をたもちつつも、それぞれが、三角形をつくるかのごとく移動する。
どうやら人々らしきものが暴れているのは町のほぼ中心地帯であるらしい。
町の外れにはさほど人影はみあたらない。
それぞれが、視線で顔をみあわせたのち、術式を展開させ、
「「「ジャッジメント!!」」」
まったく同時に術を解き放つ。

トリプル・ジャッジメント。
ミトス、ユアン、クラトスの放った雷のその技は、遥か上空より街中へむけて解き放たれる。
威力をそれぞれに増幅させているその雷は、本物の稲妻のごとく、落下してゆく最中にいくつも枝分かれし、
轟音をたてて、街中を直撃する。
『うわぁぁぁぁぁぁあ!?』
『ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?』
様々な悲鳴のようなものが周囲にこだまする。
三点より放たれた雷は、疑似的な町の中心を起点にしていくつにも枝分かれして落雷した。
雷の余波をうけ、その体を青白い炎につつまれ燃え始める人影が多数。
雷は古来より、神の雷、とも呼び称されるように、聖なる力をもっている。
とよくいわれている。
ミトス達が解き放つ術はよりマナの濃度の濃い技ということもあり、
半ば瘴気に侵されているというか、ほぼ瘴気の塊と化している”それら”にとっては天敵に他ならない。
眼下において、人の姿をしたものたちが、青白い炎につつまれつつも、きえてゆく。
ぼろぼろと崩れさるかのごとくに。


「あの人達……」
ここからでもよくわかる。
町のような場所が青白い炎につつまれた、ということが。
ミトス達が放った術は、確実に町の中心地らしき場所にと直撃した。
離れていても聞こえてくる悲鳴。
おもわず顔をそむけて、耳をふさいでしまいたくなるほどに。
ぎゅっと手をにぎりしめ、顔をしかめるロイドが小さくつぶやくそんな中。
「負の測定装置も、やはりこの中ではまったく役にたたないなぁ」
ふとみれば、その横で、何か小さな箱?のようなものをもちつつも、アステルが何やらいっているのがみてとれる。
「あら。アステル。それは?」
「ああ。町などで被害が多発していたので。マナの測定装置を少しばかりアレンジして。
  負という輩に反応するようにしてみたんです。負、というよりは瘴気、というべきでしょうか?
  マナと瘴気は反物質、といわれてましたし。反転させれば応用は可能、とおもいまして」
事実、これでけっこう、役にはたった。
アステルがさらり、とリフィルの問いかけに何でもないようにと言い放つ。
「ヒトから黒い異形の存在が現れるときも少なからず、瘴気の高まりがみうけられましたしね。
  それで事前にそういう傾向がある人達を捕えたりして対策を施していたんです」
黒い異形のものがあらわれてからの対処ではそれこそ対応がおいつかない。
であれば、その兆候をとらえ、それを防ぐことも必要となってくる。
わかっているのといないのとでは対策のとりようが全く異なる。
「実際、マナの測定装置はまったく役にたたなくなってましたしね。
  エルフの血脈の人達がマナを感じ、紡げなくなっただけでなくて。
  マナの測定装置もまったく用をなさなくなっていたので、いわば転用ですよ。転用」
つかえないものを大事にもっていても仕方がない。
むしろ、使えるものを転用したほうが、被害も最小限でおさえられる。
「黒いヤツラがあらわれてそれを駆除してしまえば、それをうみだした当事者とおもわれし人々。
  そんな人々まで死んでしまっていましたからね」
研究者たちの間では、それこそ、伝説にあるドッペルベンガー、とよばれているものに近いのでは。
というのが定説になりかけていた。
定説、といってもあらわれてそうまもないが。
それでも、事実、ソレに傷をつければ、生み出した当人もまた傷を負う。
かといって、それで躊躇していれば、その黒い輩は周囲に被害をまちきらす。
被害を最小限に。
中には、黒いものと同化して、完全に異形となってしまうものもいた。
天よりやってきたとおもわれし、天使達の協力というか、彼らの存在がなければどうなっていたか。
考えたくもないが、まちがいなく、人々は生き残ることすら難しかったであろう。
おそらく、今も。
天使達からしてみれば、自分たち、ヒトを助けようとしているのではないのかもしれない。
彼らいわく、自分たちにとっての、ユグドラシル様にとっての”敵”を駆逐しているだけ。
そういっているのをアステルはきいた。
それでも、対抗手段がほぼ皆無に等しい人々にとって、天使達の存在は救いになっているといってよい。
中には、天使達と協力し、それをなしとげているものもちらほらと現れ始めていた。
「――今、外では、様々な種族が、ヒトが、エルフが、ハーフエルフが、天使が、ドワーフが。
  本当に、さまざまな種族が協力し、今回の異変に対処しています。
  これこそが、あの声のいっていた、試練の意味なのかな、とも僕、おもうんですよ。
  人は、必ずわかりあえる。
  けど…ヒトはそのことを忘れてしまって、実行すらしていなかった現実への」
飛行竜にて飛んでいるとき、地上の様子もみようとおもえばみれた。
映像として地上の様子を映し出してみたところ、
そこには様々な種族のものたちが協力している様子がみてとれた。
中にはそうではない場所もありはしたが。
そういったところは、もはやもう、廃棄された場所といってもいいほどに荒廃してしまっている。
そして、残されていた黒き異形のものたちが、魔物たちと戦い、負けてきえてゆく様も。
これまで、ハーフエルフだからという理由で、さげずむような扱いをしていた研究院達ですら、
この異変にあたって、ようやくその考えを少しでも変えてきている、そうアステルは感じている。
「――ヒトは、共有する強力な”外敵”がいれば、協力し、互いにすすむことができる。
  戦いを通じ、お互いをしり、誤解などをも解くことも」
そんなアステルの言葉をきき、ぽつりとリヒターが誰にともなくつぶやきをみせる。
それは、政治面であったり、日常であったり、様々な場面においてもいえること。
あの場にて、地下室にて閉じ込められ、そして自分のわがままが原因で両親を失った。
自分たちハーフエルフをヒトとはみない研究者たち。
狭い、限られた空間の中でそういう話は幾度もきいた。
周囲は、すべて、敵。
いつ、裏切られるかわからない。
いつ、殺されてしまうかわからない。
そんな中で知り合った、アステルという人物。
いくら注意をうけても自分たちのいる区域…すなわち地下にまで幾度もやってきていた。
ウィノナの存在にも助けられていた。
彼女の優しさがどれだけ自分たち、ハーフエルフの救いになっていたか。
リヒターの言葉にはそういった様々な感情をもふくまれている。
「そうね。…そうなのかもしれないわね」
生命の危機に瀕しなければ、そうできない、というのがヒトとして悲しいが。
でもそれが、ヒト、というもの。
基本的に、他者を心のどこかで見下し、そして他人とくらべ、優越感にひたり、安心する。
自分はまだ、恵まれている、と。
中には、そういう人々に施しをし、自分はかわいそうな人達のために頑張っているんだ。
と欺瞞ともいえる優越感をもつものもいるであろう。
「…今回の戦いがおわれば、ヒトはどうなるんでしょうか……」
ぽつり、とプレセアが素朴な疑問を誰にともなくつぶやく。
映像からして、疑心暗鬼が高まっている人々が、そう簡単に今後、かわれるとはおもえない。
プレセアたちは知らない。
プレセアたちが飛行竜からでて、この場所にやってきている中。
ゼロスはゼロスで自分にできることを、という信念のもと。
単身にて、様々な場所に飛行していっては、天使、そしてそれぞれの町や村の人々に対し、
マーテル様の指示、とばかりにこれまたうまく、上空より演説してまわっている、ということを。
「ああ、本当に……」
地上の浄化は確かに、見送ったのかもしれない。
でも、たしかにこれは、ヒトの、人間に対しての試練にふさわしいというべきか。
それとも、やりすぎ、というべきか。
否、世界からしてみれば、やりすぎ、ではないのであろう。
今回のことを通じ、かわろうとしなければ、まちがいなく、今後、生きていくのすら難しい。
それどころか、他者を傷つける要因になるのは目にみえている。
だから、なのだろうか。
まちがいなく今回のこの一件は、人々が今後、世界にとって生きていくのにふさわしいのか否か。
そういう問いかけでもあるのであろう。
世界にとって、よくエミルのいっていた、害虫、害悪と認識された、
否、そういう要素のあるものは、まちがいなく今回の一件で命を落とすであろう。
そして。
隣人を、知り合いを、図らずとも手にかけるようになってしまった人々の”心”には、
罪悪感がすくなからず残るはず。
ヒトは、罪悪感を抱いていれば、自然と自分自身にも卑屈になり、また他人にも優しくすることが可能となる。
精霊の試練、というよりは、まさに、この世界そのものの試練といってもいいであろう。
ヒトが、この世界に生きていてもいいのか否かを問う、試練。
「…この決定は、旅の中において感じたことも含まれているのでしょうね……」
あの時。
コレットの意見もあって、彼…エミルが同行することになったあのとき。
自分たちとともにいて、エミルは人の愚かさを幾度もみていた。
だからこそのこの決定、なのだろう。
「…あ」
リフィルが誰にともなくつぶやいていると、ふと横からジーニアスの短い何ともいえない声が聞こえてくる。
みれば、町の中心地らしき場所で立ち上っていた青白い炎は眼下というか、
視線の先にある町らしき場所全体をつつみこみ、周囲を青白く照らし出している。
炎がゆっくりときえてゆくと、ぽっかりとそこに空洞のようなものが出現する。
まるで、そこには元から何もなかったかのごとくに。


~スキット~~めずらしいね?~

ロイド「・・・・・・・・・・・っ」
プレセア「それにしても、めずらしいですね。ロイドさんが騒いでません」
しいな「まあ、騒がれても面倒だしね。いいんじゃないのかい?」
アステル「あの場にいるというか、この空間にいるであろうヒトの姿をした人達って。
       どういう原理なんだろう?…研究したい……」
リヒター「アステル…お前なぁ……」
リフィル「本当。魔族という輩は厄介ね。…町にいたであろうすべての人達を”消す”
      それが鍵となって次なる階層…つまり奥に進める道ができる、ということね。
      禁書の中でのあの出来事のように」
すでに、いつのまにか聞こえていたはずの悲鳴のような声は聞こえない。
ジーニアス「ここも、あの中と同じように覚悟をしなくちゃってことなんだろうね。
       でも…ミトスにばかりつらい役目を僕、押しつけたくはないよ……」
リフィル「ミトスはミトスで考えているのでしょう。
      それに、私たちがいても、というかロイドが側にいたら足をひっぱるでしょうしね。
      ミトスはそれを懸念してるのよ。たぶん」
しいな「あの時も、ロイドは、散々、相手の容姿にだまされては足をたしかにひっぱってたしねぇ。
     ミトスの懸念もまあわからなくはないけど」
ロイド「・・・・・っっ」
リフィル「仕方ないわ。この子が変わろうとしないんだもの」
ロイド「・・・・・・・・・・・俺は・・・・・・・」
リヒター「変わりたいといっておきながら、かわろうとしない。か。
      口先だけのお子様か?」
アステル「リヒター。もう。言い方ってものを考えようよね」
リヒター「だが。危険と隣り合わせの場所でこういう輩は皆の命をも危険にさらすぞ。絶対に」
アステル「ついてきてるってことはその覚悟はあるってことだとおもうよ?
      僕だって、一応覚悟はしてるもの」
リヒター「…お前だけは絶対にしなせないからな?」
アステル「あはは。ありがとう。リヒター。でも、世の中…絶対はないんだよ。多分」
ロイド「・・・・・(俺は…そう。あの時もずっと皆の足を引っ張って…)」
これまでの自分の行動と、そして結果。
あきらめれている、というのがこれほど心にくるとは。
注意しても無駄。
そう、言外にリフィルの言葉から感じられる。
ロイド「(これまでもそう。かわりたい。かわらないといけないんだ、というばかりで。
      でも、すぐにそのことを忘れてしまって、時折思い出しても実行には移さないで…
      …先生がもう、あきれて注意すらしなくなるのも当然…か)」
プレセア「…でも、本当。ロイドさんが珍しいです。
      いつもなら、というか必ず。何も考えずに飛び出していきそうなのに」
しいな「確かに」
ロイド「(…俺の評価って…でも、事実そうだったとしかいえない……)」
ジーニアス「ロイドが静かなのはいいとおもうけど。…もう、コレットのような思いはたくさんだもん」
しいな「…コレット、どうなっちまうのかねぇ……」
リフィル「…コレットはマーテルと同様、大いなる実りに同化してしまったわ。
      こればかりはわからないわね。…ゼロスが”入れた”とおもわれしもの。
      それが彼女たちの魂を保護してくれることを祈りましょう。…それしかできないわ」
ロイド「…コレット……」
リヒター「いっておくが。そばにいなかったというお前に何かをいう権利はないぞ?
      大切なものをそばで守れなくて、何が男だ」
アステル「リヒター。いいすぎ。側にいても不足の事態ってものはいくらでもあるわけなんだし」
リヒター「こういう輩ははっきりいわないと絶対に気づかないからな。
      どうせはっきりいっても時間がたったらすぐに忘れそうだが」
アステル「リヒターったら……」
ロイド「・・・・・・・・・・」
ジーニアス「でも。プレセアのいうように。ロイドがおとなしいよね。
       やっぱりロイド、戻ったほうがよくない?」
しいな「そうだよ。あんたはもどってな。今ならまだひきかえせるんだしね」
プレセア「そうです。マルタさんとリーガルさんたちとまっていてもらったほうが」
ロイド「…俺……」
リフィル「とにかく。ロイドのことはおいておいて。行きましょう。…時間がおしいわ」
おそらく、あの空いた穴が、さらに奥にとつづいている”道”なのであろう。
ロイド「(今までの積み重ね。…か。俺はいつも皆の足を引っ張ってばかりだ。でも…)」
でも、だからといって。
だからといって、それじゃあ、といって安全な場所にいる、というのも間違っている。
そう思うから。
もう、後悔だけはしたくない。
そう、幾度自分に言い聞かせただろうか。
そのたびに、すぐになぜか忘れてしまっていて…
自覚していたはず、なのに。
でも、何かのきっかけがなければその思いすらをも忘れてしまっていたことを思い出しては、またすぐに忘れてしまう。
その繰り返し。
変わりたい。
変わらなければ。
これまでの自分の言動を省みても、周囲が、皆が自分をもはやあきらめの境地でみている。
というのがわかってしまう。
わかってしまった。
あの空間にて、皆に投げかけられていた言葉こそ、仲間たちの奥底にある本音であるのかもしれない。
ロイド「…変わらないと…な」
それは、ロイド自身、自分自身にむけての独り言。


※ ※ ※ ※ ※


長い。
どこまでもつづくのではないか、とおもえる、漆黒の階段。
ぽっかりと空いた穴の中にあったのは、穴の先にとつづいている一本の階段。
周囲には何もなく。
階段のみがあるだけで。
真っ暗な空間に、ただぽっかりと。
階段のみが、暗闇の中、異様なほどに不気味に黒く浮かび上がっている。
歩くたびに息苦しい。
翼を出していれば息苦しさはたしかになくなるが、それ以上に体に感じる疲労が激しい。
アステルのもってきていたホーリーボトル。
それらを振りかけることによって、体の嫌悪感などはどうにか抑えられているが。
ホーリーボトルの数にも限りがある。
あまりにも街中で続いていた戦いのため、数が限りなくすくなくなっているという。
アステル達からきく町の、外の様子。
ああ、本当に。
自分があの中で。
人々の誹謗中傷をうけてもう、何もききたくない、とばかりに自分自身に閉じこもっていた中。
外でそんなことがおこっていたなんて。
いや、それはいいわけ。
散々、いわれていた。
自分はそういった面ではあっさりと、敵につかまってしまう、と。
でも、そんなことはない、と楽観的におもっていた自分。
面とむかっていわれる悪意があそこまでくるものだとはおもいもしなかった。
これまでもそういうことはあったのかもしれないが、でもすなくなとも。
自分はそういうことを気付くことはなかった。
いや、気づいていたのかもしれないが、すぐにそういったことは忘れてしまっていた。
本当に、自分は何もしらない、知ろうとしないお子様だったんだ。
そう、つくづく実感せざるを得ない。
そして…その結果。
本当に、本当に大切なものを、今度こそ、失ってしまったという喪失感。
マーテルと同じ状況になっているというコレット。
安全を期して、ユアンがもっていた大いなる実りは、リーガルにと預けられているという。
曰く、あの飛行竜の中にあれば、いくら魔族とてそう簡単に手出しはできないから。
という理由にて。
実際に目にしたわけではない。
皆とてコレットのことを気にしていないわけではないであろう。
ただ、今起こっていることを解決しようと、それを先に優先しているだけで。
先生が前にいっていた。
口をつぐんで、少しばかり考えることを覚えなさい。
といっていた意味が、今さらながらに理解できた。
遅すぎる。
そう自分でもおもう。
どうしてきちんともっと早く、何が本当に大切なことなのか。
判断しようとしなかったのだろうか。
わかっていたはずなのに。
目先のことだけに捕らわれていては、大切なものを失ってしまう。
そう、幾度もいわれていたはずなのに。
長い、階段の途中でいくども人影があらわれた。
すべて、ヒトの姿をしたままで。
その姿は全身が黒い、といっても過言でなかったが。
女性の姿であったり、子供の姿であったり。
あるいは…見知っていたはずの人の姿であったり。
階段の幅がそう広くなく、二列状態にて進んでいる今の現状。
先陣をきっているのは、ミトスとクラトス。
一番後ろに、ユアンとしいなが控えている。
躊躇なくそんな人々を切り捨てていっている、クラトスとミトスたち。
背後からやってくる輩も、ユアンとしいなが対処している。
この空間に取り込まれてしまった以上、楽にしてあげなければ、
彼らはまちがいなく、新たな魔族と成り果ててしまう、とはクラトス談。
禁書の中でもいわれたその言葉。
生きていればそれだけでいいんじゃないのか。
そう、思いもする。
けども、その生が、ただ、他者を虐げるためだけに。
恐怖と破壊、そして破滅をもたらすためだけの生なのであれば。
それは生きる意味があるというのであろうか。
死ぬことに意味はない。
そう、本心から思っていた。
魂だけになっても、自我を失っていないアリシアのように、生きていればそれでいいのでは。
とも。
でも。
心の奥底で、人々を苦しめたくないとおもいつつも、苦しめるしかできない生でしかないのであれば。
それこそ、あの時の。
…ケイトのように自分の意志に反して誰かを傷つけるだけの生でしかないのであれば。
何が正しいのか。
正しくないのか。
正解はないのかもしれない。
どんな状況になってもただ、生きていたいと望むのであれば、魔族になることも許容できるだろう。
でも、逆に。
誰かを犠牲にしてまで生きていたい、と望まないのであれば。
この場にいるものたちは、どういう信念なのかはわからない。
判るのはひとつ。
彼らは自分たちを、殺そうと、仲間にしようとしているということだけ。
本能のまま、衝動のままに動ける生に何ら問題があるのか。
そう、いってくるものもいた。
自分たちがしていることは、正義、ではないのであろう。
生きていたいと望む存在達からしてみれば。
正義という言葉は嫌い。
見方によっては、それは正義ではなくて、単なる悪意にしかならない。
自分がよかれとおもってしたことが、相手をさらに追い詰め、傷つける。
それこそ自分がよかれとおもっていた正義のおしつけ。
でもよくよく考えてみれば、今までの自分の言動は。
自分の考えを押し付けるだけで、周囲の言葉にながされるまま、
そのとき、正しいとおもったままを口にし、そして実行していなかったか。
知らない、知りえることでも、まったく真実を知ろうとする努力もせずに。
授業のことだってそう。
幾度も、幾度もディザイアンたちの技術については教えられていたはずなのに。
自分には関係ない、とばかりに、教えられてもすぐに忘れてしまっていた。
狭い価値観で、それこそが正しいとばかりに自分の考えを振り回していた。
あの時も。
パルマコスタでの冷たい、ティアと名乗った女性の言葉。
そして町の人々の冷たい視線が思い出せる。
自分は今まで、きちんと真実を知ろうともしなかった。
偽りの真実の中で満足して。
再生の旅の中でも、幾度も偽りの真実といったことをエミルにいわれていたというのに。
それを疑うことも、深く考えることもせずに。
ただ、思ったまま、思ったことを行動にし、口にして。
あの空間で、コレットとおもわれし人物にいわれたことが思い出せる。
自分の言葉が、コレットをどれだけ追い詰めていたのか。
自分の行動がどれだけ、コレットを危険にさらしていたのか。
コレットだけではない、一緒にいる皆すべてにいえること。
だから、なのだろう。
自分は、一行の中の一番中央付近にといる。
これ以上、皆の足手まといにさせないために。
余計なことをこれ以上させないために。
ついてくるなら仕方がない、とばかりに。
これまでの自分であれば、そんな皆の思いにすらきずかずに、
敵がでてきたらすぐさまにでていって、それが人の姿であるならば、
まずは話し合ってみようとか皆の命を危険にさらす行動をしていたであろう。
そう、嫌でも自分自身が確信してしまう。
かわらない、といっていてもそれが行動でしめさせなければ。
これまで、幾度もいっていて、実行にうつしていなかった自分。
皆が、またいっている。いつものたわごとだ。
そうとらえてしまうのも…仕方がない。
そう、認識が今ではできてしまう。
これまでは、逆に皆のそんな行動に憤りをみせるだけであっただろう。
それも自覚している。
自分はこんなにいろいろと深く考える性格だっただろうか。
あの時からだ、とおもう。
母が、自分の中から、そばから…エクスフィアが消えてしまったあの時、から。
不快感を感じたとき、直後に感じていた、暖かさ。
あの暖かさは、まちがいなく、母の力によるもの、だったのだろう。
でも、今は、というかあの時からそれがない。
だから、なのだろうか。
自分がここまでいろいろと悩み、忘れることなく、考えることができているのは。
でも今。
いえることは、ただひとつ。
コレットをどうにかして助けたい。


…その方法があるのか、なんてわからない。
ミトスですら、四千年のも時をかけて、マーテルを助け出す方法がみいだせなかった。
否、みいだしてはいた。
他人の体を器にする、という方法を。
けど、ロイドはその方法を選ぶことができない。
本心では、それでコレットが助かるのならば、とおもいもする。
けど、否定したそれを自分がコレットのためにするのは、間違っている、ともおもうから。
他に方法があるのか、そんなことはわからない。
けど、自分にできることはあるはずである。
新たにつかえるようになった、この不思議な力にて。
時折、真っ暗な空間から不意うちとばかりに攻撃がしかけられてくる。
それこそ敵意をもって。
そういう輩はほとんどが、小さな子供の姿であったり、知り合いの姿をしていたり、と。
信じられないことに、皆が皆、違う姿にみえているという”敵”。
とにかく、ただひたすらに。
あまり戦闘力がないであろう、アステルのこともある。
それに、皆が極力、安心して戦えるように、ロイドとしては、ただ防壁…極光壁を繰り広げるのみ。


どれだけの距離を歩いただろうか。
どれほどの”敵”を葬っただろうか。
本当に、心が折れそうになってくる。
そのたびに、心に響いてくる、甘いささやきのような、その声にゆだねてしまいそうな。
このまま、仲間になってしまえば、すべての望みはかなう。
そんな声が、心が折れそうになるたびに聞こえてくる。
心が強くなければ、飲み込まれてしまう。
その事が、今さらながらに強く意識できている。
それでも、時折。
自分たちの仲間になれば、コレットも助けられる。
ロイド、私を見捨てるの?
そんなコレットの姿をしたものが、脳裏をかすめるようにうかび、負けそうになる。
それは甘い誘惑。
「ねぇ…ミトスもあんな声をきいてたの?」
「?ジーニアス?ああ。心を強くもってはじかないと、すぐにヤツラはつけいってくるからね。
  そうだね…姉様が死んで、ずっと、僕にあの声はきこえていたよ。
  ヤツラの仲間になれば、姉様もすぐによみがえらせることができるって。
  でも、僕は…姉様を、残虐性をもった、魔族としてなんてよみがえらせたくなかった。
  あの優しい姉様が、その手で人々を苦しませるってわかっているのにどうして声に耳をかたむけるの?」
「以前も、そうやって。ヤツラは親しい人をよみがえらせるっていっては、
  甘い言葉で、自分たちの眷属ともいえる魔族を増やしていっていたんだ。
  よみがえった親しい人に、願った人を殺させたりして、
  心の中で蘇った人達が嘆いているのを、それをよしとして、それを餌、としてね。
  それがわかってて、どうして声に従おうなんておもえるとおもうの?」
それでも、親しい人をよみがえらせたい。
それがたとえ人外だとしても。
当時、そうおもって、殺されていった人々を幾度ともなくみた。
「今のこの現状なんて。昔とくらべたらまだかわいいものだよ。
  こんなのは、かつて日常的によくおこっていたんだもの。
  争いの中で、互いの国の上層部が隠し通していた事だから、知られていなかっただろうけどね」
古代大戦、といわれていたあの時代。
魔族の暗躍もあってそれほどまでに、世界は疲弊していた。
「気を抜けば、昨日までの知り合いが、あっさりと自分たちを国に売り渡す。
  それこそ、些細な食料や金品のために。シルヴァラントでも、テセアラでも。
  国の上層部は、人々をただの戦いの燃料、使い捨ての道具、としかおもっていなかったから。
  それでも…生きていくために、人々はそんな中で生活していた。
  僕らが戦いを終結させられることができたのちも、そんな人々の疑心暗鬼はなくならなかった。
  …日常的に、小競り合いのようなものは、国規模ではなくなっただけでおこっていたんだよ。
  世界を二つにわけたことでその小競り合いは小規模に収めることはできたけど」
それは、当時の、世界を二つにわけたばかりの直後の出来事。
「古代の真実、ですか。意図的に破棄されているようで今の時代をいきる僕らは知りようがないんですよね」
「人々が馬鹿をまたしないように、徹底的に破棄したからね」
アステルの言葉にさらり、とミトスが言い放つ。
「真実は、時として、人にとって毒となる。
  特に。自分たちの力を誇示しようとしている国や人にとっては、な」
そして、新たな信仰対象を広げ、一つの宗教のもと、争いを無くそうとしていた当時としては、
その判断は間違っていなかったといってよい。
平和になった人々が、古代の歴史をしれなくなったのは損失だ、となげいたとしても。
当時の世情からしてみれば、それを残すことによって新たな戦乱を招くほうが。
ミトスにつづき、ユアンもいえば、アステルは何ともいえない表情をうかべるしかない。
「…歴史的損失、といいたいところだけども。当時からしてみれば、
  危険因子は取り除いておかなければ、新たな戦乱になりかねなかったのね……」
リフィルとしても、歴史的価値というものはわかっている。
でも、その結果。
その歴史というか、資料を残すことによって、争いが終わらないのであれば。
平和であるからこそ、いえる、価値だの何だのといえる、ということなのだろう。
ディザイアン、という脅威がそこにあるとしても。
その脅威すらもクルシスにて管理していたものであると知った今だからこそ実感がもてる。
シルヴァラントが衰退世界に八百年も突入することになったという過去の出来事。
それほどまでに、やはり愚かにもヒトは力をもとめ争いを繰り返そうとしたのだろう。
文献にも、資料にも、ましてや遺跡にも当時のことはお伽噺の一節としてしか残っていないが。
「無駄話はそこまでにしておけ。…おそらく、舞台の一つについたようだぞ?」
そんな悲しをしている最中、すっとクラトスが前方を指さす。
みれば、どこまでつづくのかと思われた長い階段がようやく終わりをみせるらしい。
前方に巨大な円形状の足場のようなものがうかがえる。
まちがいなく、何らかの罠が待ち構えている場所、であろう。



巨大な、何もない、円形状の空間。
闘技場などを思い出しもするが、周囲に壁という壁もなく。
ただ、あいかわらず、足場があるだけで周囲は漆黒の闇にと染まっている。
そして、漆黒の空間の中。
見上げたその先に違和感がある場所が一か所みてとれる。
空間の上に浮いている四角い部屋のようなもの。
漆黒の空間の中で、その四角い部屋のような場所だけが異様に浮いている。
その一角だけは、きちんとした様々な装飾品のようなものがあり、
ついでにいえば、真っ赤な絨毯までが敷かれている。
絨毯の先には、数段の階段のようなものがあり、その奥に一つの椅子らしきものがみてとれる。
左右とその背後には、壁、のようなものがあり、壁にはいくつもの絵画?のようなものがみてとれる。
最も、それらの絵画のようなものは、よくよくみれば、
どれもこれも眼をそむけたくなるようなものが書かれている。
無数の人々とおもわれしものたちが、死体のようにつみかさなっている様。
無数の骸骨や骨がつみかさなり、その上に椅子のようなものがおかれている様。
そして…と、いくつもある絵画らしきものは、どれもこれも嫌悪感を抱かせる品でしかない。
そして、数段ある階段の上。
一段、高くなっている場所の中心。
その背後に何かの模様のようなものというか、剣と剣があわさり、
その剣と剣の間に人間のような絵柄がかかれている垂れ幕?のようなタペストリーもどき。
その手前にある一つの椅子。
その椅子にどっかりと、何か黒っぽいものがうごめいているのがみてとれる。
それは、どくどくと脈打ちつつも、ゆっくりとではあるが形状を絶えず変化させている。
『――無粋な。我が進化が終わる前にやってくるとは。
  まあいい。お前たちの血肉をもってして、我が新たな再生を祝うとしよう』
どくどくと、その赤黒いといっても過言でない塊が震えたとおもうと何やら聞き覚えのある声が。
それはつい先刻まで、リフィル達が戦っていた相手の声。
みれば、壁という壁からいくつもの管?というか紐のようにもみえるものが椅子の上にある物体?
にむけてのびており、それらも、まるでいきているかのようにどくどくと動いている。
おそらくは、その管のようにみえるそれから何らかの形で力をうけとっているのであろう。
そう見ただけで簡単に予測がつく。
『まだ我が力は完全ではない。ゆえにお前たちの絶望と恐怖を糧とすることにしよう』
どろり。
”ソレ”がそう言い放つとともに、手?であろうか。
どろどろに溶けているようにもみえる、手のようなものを伸ばしたかとおもうと、
そこから、黒い塊が一つ、その手から零れ落ちる。
そして、その零れ落ちたそれは、ドシャリ、と彼らのいる足場へと上よりおちてくる。
それはうねうねといきているようにと動き、やがてそれはヒト型となる。
『――さあ。踊るがよい』
”ソレ”は、ありていにいえば、黒い塊のようなヒトガタ。
だがしかし、それはきちんとその本質を見極められるものがそう表現するしかないだけで。
しいていうならば、魔物の”リターナー”に近しい外見ともいえる。
その背が異様にとがりせりあがっておらず、ほとんどヒト型に近しい、というのを除けば。
「「…嘘……」」
重なった声は誰のものか。
息をのむ気配がいくつか。
そんな中。
「皆。だまされないで。まやかしよ。おそらくは。
  それぞれの心の中にある、今一番、罪悪感を感じている相手。
  それを”アレ”は映し出しているというか、それぞれが”そう”みえているだけだとおもうわ」
ここに、”彼女”がいるはずもない。
「悪趣味、だねぇ。さすがは恐怖と絶望、混乱を好むという魔族っていうわけかい」
リフィルの指摘に、しいなが吐き捨てるようにと言い放つ。
いわれて、心を落ち着けて、”彼女”が”彼女”ではありえない。
そう、強く思うとともに、その姿がゆらぎ、次には異なる姿にと”みえて”くる。
「でも、先生、あれはどうみてもコレ……っ」
目の前にいるのは、見慣れた金髪の、少し儚い感じをうける少女の姿。
「…ロイド。これをもっておけ」
下手をすれば、攻撃の邪魔をしてくる。
それどころか、危惧していたこと。
相手の姿形にまどわされ、敵側にまわってしまう可能性。
それがおもいっきりでてきた。
それゆえに思いっきり溜息をついたのち、クラトスは懐にいれていた、とある品をロイドの手にと押し付ける。
鈍い金色のようなブローチのような、エンブレムのような、”何か”。
「たしか、それは、デリスエンブレム、っていっていたわね」
その”何か”に見覚えのあるリフィルがクラトスにと話しかけると、
「そうだ。このエンブレムは、万能の加護といってもよい。
  様々な状態異常等を完全に防ぎきる。…当然、心理的な罠、などもな」
ミトスが魔族に惑わされていったのも、かの加護の力を分断し、手放してしまったからなのだろう。
今だからこそ、クラトスもそれが理解できる。
「…何でこん…え?」
押し付けられるようにして、手渡される”それ”。
おもわず、ロイドがクラトスに文句をいいかけるが、だがそれよりも先に言葉につまってしまう。
目の前にいたのは間違いなくコレット、であったはずなのに。
なぜ、コレットの姿をしたものが、真っ黒い、しかも、その体がどろどろにとけているような。
動くたびに、べちゃり、という音がしそうなほどにどろどろにとけているような漆黒の体。
そして異様に伸びている長い手。
口はどちらかというとかなりさけたようになっており、
その口の中からは、真っ赤な”何か”が常に滴り落ちている。
眼…といえるのかはわからないが、金色に光る眼のようなものが三つ、顔らしき場所についており、
耳らしきものは、異様にとがり、伸びている。
「ロイド、いったい、どうし…え?…何、あれ?」
困惑した様子のロイドの様子をいぶかしみ、ジーニアスがロイドに近づき、
何のきになしにロイドの手にしている”デリスエンブレム”と呼ばれた物に手をふれれば、
ジーニアスの眼にも、さきほどまで確かにコレットであったはずの姿が、まったく違うものと成り果てる。
人のようでいて、人ではない。
まさに、異形の何か、というべきか。
「それは、様々なまやかしなども打ち負かす。
  …お前には、特に必要だろう。お前がもっておけ」
淡々というクラトスに対し
「ああ。確かに。ロイドだったら見た目にだまされて、敵を守ろうとしかねないものね。
  まあ敵対してきたらきたで僕は容赦なくたたくつもりだけど。
  この程度で惑わされていたら魔族と戦うことなんて無茶もいいところでしかないしね」
さら、といいきり、ミトスがすっと手を前に突き出すと同時、
その手に虹色にと輝く、一振りの剣が現れる。
「コレ、は間違いなく、やつの分身。であれば。本体をたたかないことには、ね。
  攻撃は二手にわかれたほうがいいね。
  アレを倒さないかぎり、まちがいなく、これは無限に増殖し、再生もするはずだから。
  かといって、同時に戦わないと、本体がコレを回復させたり、
  また、本体が邪魔する可能性もあるからね」
こういう場合。
というよりは、本体があり分体がある場合。
基本となる核となる本体を先にたおさなければ、どうしようもない。
どんどん増援を呼ばれる結果となってしまう。
「中には、核となるものを複数設置することによって同時にたたかないと無限に再生する。という輩もいるからね」
事実、元教皇がその方法をとっていたのだが。
核、というよりは契約の石とよばれしものを複数設定することによって。
「僕とクラトスとユアンは、あっちね。皆はこっちを」
「って、あんたたち、三人だけで平気なのかい?」
てきぱきと敵の中にあって指示を出す様は、さすがというより他にはない。
そんなミトスの指示に、しいなが心配しつつ問いかけるが。
「連携のとれないほうが、戦いの中では厄介だからね。
  しいなさんたちは、アレが、僕らのほうにちょっかいかけてこないように足止めしてくれれば。
  さすがに離れている場所の敵を同時に攻撃とかできないからね」
以前は魔族が絡んでいたときのみ、精霊の力をも利用させてもらっていたが。
今はそれはできない。
ついでにいえば、しいなの精霊の契約も、世界を二つに戻したことによって
その協力を得られない状態となっている。
もっとも、精霊達はこの試練には手を貸さない云々のようなことをいっていたこともあり、
精霊の力に頼る、ということはまずまちがいなく、難しかっただろうが。
「――クラトス。絶対防御ともいえるエンブレムをロイドに渡しても大丈夫だよね?いけるよね?」
「問題ない」
「ロイド。机上の理論でしかなかったが。お前がどうやら手したらしき”無の力”。
  それによって皆の回りに防壁を展開しておけ。すくなくとも。
  そうすることによって皆の生存率は上がる」
ミトスがクラトスにといかけ、そんなミトスにクラトスが答え。
ユアンが淡々とロイドに言い放つ。
「”無”の力…って、極光術のことか?」
「極光術かどうかはわからぬが。お前が使っていたあの力は。
  以前より論理されていた力に酷似していたからな。
  闇でも光でもない。狭間の力。本来ならば種がもつ理の影響もあって、
  肉体そのものが耐えられない、というのが研究結果であったのだが……」
だが、ロイドはその”種”という隔たりというか、”種”そのものが定まっていない。
「でも、アレを展開している間、さっき使用した感覚で言ったら俺、動けないと思うんだけど……」
「いえ。ロイド。できるのであれば、防御に徹して頂戴。
  私の力はまちがいなく、この敵達には通用しないわ。安全な方法をとりましょう。
  それでなくてもこの空間は、息をするだけでも息苦しいのだから」
フィールドバリアーを唱えたとしても、この空間でどれほどの効果があるものか。
一応、皆の防御力をあげるためにも唱えるつもりではあるけども。
個人だけであるならば、フリントプロテクトで十分すぎるであろうが。
しかし、かといって、ひとりひとりにそれをかけていっていては敵もまってはくれないだろう。
『――さあ。踊るがいい』
上空よりそんな声が投げかけられるのと同時、目の前にいる異形の”何か”が攻撃をしかけてくる。
異様に長い手をぶん、と振り切ると同時に、周囲にたっているのも困難なほどの衝撃派が発生する。
「優美なる慈愛の天使よ、我らにその心分け与えたまえ、光とならん!フィールドバリアー!」
それと同時、素早くリフィルが詠唱を済ませ、それと同時に全員の足元にと魔法陣が現れる。
淡い、光が全員を包み込み、光はそれぞれの体にまとわりつき、
簡単な防御を担う鎧のような役割を担う。
「ダメ元、いっきま~す!え~い!ツイン・ボム!」
「お、おい、アステ…っ、まったく。陽流・甲ようりゅう・きのえ!」
アステルに何をいっても無駄、というよりは補佐に徹したほうがいい。
怪しげな様々な薬をつくっているのはしっている。
これまでにもその怪しげな薬でさまざまな現象を引き起こしていたことも。
今、アステルの使用した薬の瓶のようなものは初めてみるが。
どうせアステルのこと。
とてつもなく物騒な代物であることには違いない。
それが”敵”に通用するかどうかはともかくとして。
それゆえに、溜息を一つついたのち、アステルに迫りくる衝撃派を切り裂くことを選ぶリヒター。
相手に敵意があるとわかっていたがゆえにすぐに対応できるが、
これがフイをつかれていたりすればどうなるか。
それを考えるたびにリヒターは心が寒くなってしまう。
自分が対応を読み間違えること。
それはすなわち、アステルの危機に他ならない。
アステルのほうに攻撃がこないように、すばやく武器を交差させ…
ちなみに、リヒターは今現在、片手剣と斧をそれぞれ片手づつに装備しており、
それゆえに、斧と剣を交差させ再び迫りくる衝撃派を二つの武器を振り下ろす衝撃派によって切り裂き、
それと同時にリヒターの技もまた、相手に対し衝撃派を繰り出してゆく。
いわば、衝撃派を衝撃派でもってして相殺させてゆく。
アステルの投げた数個の瓶のようなそれは、敵にとむかっていき、敵が手を振ると同時にハゼわれるが、
中にはいっている液体はそのまま、敵にと降り注ぐ。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
アステルの投げた液体が体に降りかかると同時、
黒き体より液体が降りかかった場所からモヤのようなものがわきいでて、
ソレ…リターナーもどきより何ともいえない悲鳴のようなものが発せられる。
「うん。さすがにユミルの森の水を原料にした薬品はこいつらにもきくみたいだね」
「…お前は何をつくってるんだ、まったく……」
あの町に現れた黒い異形と戦うために、アステルが試行錯誤していろいろとやっていたのはしっている。
いるが、今使用した薬品はリヒターも初めて目にするもの。
「命の灯火の終わりを告ぐ、終焉の闇と共に打ち砕かん!:幽幻翔符ゆうげんしょうふ!」
リヒターの作った一瞬の隙。
その隙を逃さず、しいなが詠唱を素速くとなえ、それと同時にしいなの体の周囲にいくつもの、
符…すなわち、四角い紙が出現する。
それはしいなの”力ある言葉”とともに解き放たれ、
一瞬ひるんだ”敵”の体にとまとわりつく。
しいなの今、放った符術は敵の攻撃力を一定時間さげるもの。
相手が相手だけにどの程度効果があるかは不明だが。
だが、やらないよりはまし。
「天空の風よ降りきたりて竜とならん、サイクロン!!」
敵がまき散らす黒い霧のような靄のようなもの。
それはよくないものだ、と直感し、それらが自分たちや上空にいったミトス達にむかないように、
あえて風の術をつかい、それらを蹴散らすことを選ぶジーニアス。
ジーニアスの放った風は、いくつもの竜巻をその場に発生させ、
まき散らされる”黒い空気”そのものを周囲にと霧散させてゆく。
一度、力が一時ほど使用できなくなっていたからこそ、術のありがたさがよくわかる。
もっとも、術を使うと今まで以上に疲労感をより強く感じてしまい、
気をしっかりもっていなければ、気を失うか動けなくなってしまいそうだが。
「!双旋連斧そうせんれんぷう!」
何か嫌な予感がし、すばやく手にしていた大斧を握り締め、ぶんっと大きく周囲に振りかぶるプセレア。
それと同時、周囲に黒い靄があつまり、別なる”何か”としていくつも出現しようとしていたそれらを、
すばやくプレセアは形になる前にと霧散させる。

皆が皆、戦っているというのに、自分は。
クラトスから預かった、この護符?なのだろう。
護符…デリスエンブレムといっていたか、をもっていれば、相手の姿ははっきりとわかる。
だがしかし、これを手にしていなかったときに相手の姿はコレットにみえていた。
しかも、声もコレットのもの、そのままに。
それゆえに、一瞬躊躇していたロイドであるが、皆が戦い始めたのをうけ、はっと我にともどり、
気合いをいれるために、自らの頬を、両手でパン、と挟んでたたく。
そして。
相手がどうやら再び、衝撃派らしきものを繰り出すつもりなのか。
大きく手をふりかぶったのをみとめ、
「俺だって…負けられるかっ!極光壁!!!」
とにかく、今度の衝撃派は防御しなければ。
それは自分だけでは意味がない。
全員の目の前、正確にいえば敵と自分たちの間にと、新しく使えるようになった、
ミトス達いわく、無の力とかいっていたが…を展開させる。
ロイドの展開した防壁により、一瞬、それぞれ、敵味方とわず、すべての行動がとまりゆくが、
だがしかし、それはほんの一瞬のこと。
力の入れ具合、また方向性によっては攻撃に転ずることもできる。
と何となくだが直感する。
この力はまだまだ未知数。
それでも、自らの直感を信じ、ロイドは使用している。
光の壁があらわれ、敵の衝撃派をことごとくはじいてゆく。
だが、それはいいことなのか悪いことなのか。
はじかれた、衝撃派に含まれていた黒い靄がいくつも分散したかとおもうと、
それらはまたまた別の敵の姿にと変化する。
大小様々。
グールのような姿をしている黒いものもいれば、虫のような姿をしているものも。
さらに小さい輩は多数で連帯して襲ってくる。
厄介もって極まりない。


「厄介ね。…攻撃によっては分裂し、増殖してゆく。攻撃方法が限られるわね」
倒しても、倒しても、その欠片から新たな敵が現れる。
しいなが、符で細かな敵を集め、一か所に集まったところにて炎と光の術で一掃する。
どうやら、この敵の弱点は炎と光、であるらしく、
それ以外の攻撃ではほとんど攻撃のたびに逆に敵が増えてしまう。
敵の体力というか精神力は無限なのか、自分たちは疲れてゆくのに敵はまったくそのそぶりはない。
むしろ、どんどん増えてゆく、という悪循環。
敵を一か所に集められたとしても、すぐさまそれらの敵は一つにまとまり、合体してしまう。
そして、合体する数が多ければ多いほど、どうやら力も増すらしく、
術をあびせてもきいている気配はない。
ついでにいえば、敵を攻撃するたびに、その敵の元、になっている”力”なのかどうかはわからないが。
誰かの不満らしき”負の思念”が直接攻撃した相手にと流れ込んでくるのが厄介極まりない。
冗談抜きで心を強くもっていなければ心が折れてしまいそうなほどの思念もあった。
まるで自身が経験したかのごとくに、直接心に響いてくるようなそんな思念の数々。
まやかしだ、とわかっていても心が負けそうになるものすら。
それで共感してしまえば、体から”何か”がごっそりと抜き取られてゆくような、そんな感覚。
アステルがまさかとおもい、スペクタクルで確認してみれば、精神力がごっそりと削り取られているとのこと。
精神力がつきれば、術は使えない。
もっぱら、あまり戦闘要員にはなりえないアステルが、術を主体とするリフィルやジーニアスに、
手持ちのグミなどを配っては、敵を止めるために”謎の薬”を利用する。
という方法がとられ始めて、いったいどれだけの時間がすでに経過したことか。
救いがあるとすればそれは上空の、コレの本体ともいえる敵であろう。
ミトス、クラトス、ユアン。
彼らは連携をとりつつも、ほとんど相手に攻撃を繰り出させることなく常に攻撃を繰り出している。
しかも、初手にて”彼”にまとわりついていた管?のようなものをすべて切り離し。
おそらくは、そこから力を取り込んでいる、と判断したのであろう。
しかし、敵もさすがというか何というか。
こちらが倒した敵の一部の力は上空にと舞い上がり、
確実に本体に吸収されているのがみてとれる。
そしてよくよく目をこらしてみてみれば、小さく分離した”敵”が周囲というか、足場となっている横の空間。
暗き空間より別の”黒い何か”を集めては上空にむけて解きはなとうとしていたりする。
もっとも、それらの大半は、ジーニアスやしいなの術や技にてかろうじて防がれているようだが。


「ちっ。しぶといね」
「そういう。貴様こそな。さすがは勇者とよばれていただけのことはある。
  ジャミルのやつめ。お前を堕としてみせるといっておきながらこの始末とは」
「どちらにしても。僕は君達の思い通りになんてはならないよ。
  ある程度は思い通りになっていたかもしれないけどね。
  それでも…絶対に譲れない思いというものは揺るがないから」
相手もさすがは、元、騎士、と生前というか人であったころは呼ばれていた存在というべきか。
彼ら魔族とよばれしものも、もともとはかつては自分たちと同じような”ヒト”であったという。
世界が瘴気につつまれ、彼らは”器”といえる”肉体”を捨て去り、”精神生命体”とあいなった。
瘴気に包まれた世界にて、糧とするものを瘴気といったものにかえることによって、
変える、というよりは変質、というべきか。
かつてのこの惑星の理においては、生命が生きるために自らそのように変質、もしくは進化することが可能であったらしい。
それはマナが基本となり、完全に制御というか整えられている”理内”でないからできること。
しかし、それでも彼らは忘れていることがある、としかミトスとしてはいいようがない。
いくら、その本質が”マナ”でないにしても。
この”世界”というか”宇宙”そのものが、彼の…ラタトスクが産みだしたものである。
ということを。
そしてそんな彼の力のみが凝縮され、自分たちのためだけに作られているこの特製の石。
周囲のどんな力すらをも取り込むことが、実はできる。
その取り込んだ力を制御するのは石を扱う当事者がする必要性はあるものの。
いわば、この石の力は”無”の力そのもの。
無は、有の力なりえ、また、有の力は無にもなりえる。
どんな力にも応用、もしくは転用可能。
もっとも、コレは特別製らしく、授かった自分たちのみしか使用することはできない。
とこれをもらった当時にいわれているが。
さすがは、魔界ニブルヘイムの中にあって、魔王の一角を名乗っていただけのことはあるというべきか。
それとも、この空間の”力”を取り込んだことによって得た力なのか。
剣の一撃一撃の重みが先刻よりも重くなっている。
それこそ、かつての戦い…四千年前よりも。
幾人にも分裂しては攻撃を繰り出してくる。
それと同時に行動の邪魔をするためであろう、小さな黒い球体のような虫のような物体すら。
それらには黒い羽根と虫のような足のようなものがついており、ランスロッドの周囲を飛び回っている。
ミトスとクラトス、そしてユアンの放った一撃によって、
肉球の中にといたであろう、ランスロッドはすでにその正体を現している。
それでもまだ力は完全に取り込めていないのか、はたまた同化がすんでいないのか。
おそらくは両方、なのだろう。
ランスロッドが動くたびに、その体からボタボタと黒い塊が落下してゆく。
その落下したものは、下にいるリフィル達と戦っている輩に吸収され、
それらに力をあたえたり、もしくは新たな物体となりて攻撃に転じていたりする。
「オーディンが新しい世界にいったからって、主のとりかえとはね。ランスロッド。
  そうやって、自身の信念をもたない君は、たとえどんな姿になっても頂点にはたてないよ」
かつて主を裏切り、そしてまた。
さすがは別名、裏切りの騎士、というべきか。
すでにこれで、三度目のミトスが知る限り裏切りのはず。
もっとも、かつて彼と戦うことになったときに、そのあたりの詳しいことをラタトスクから聞いただけだが。
「信念など何とでもなる。力こそがすべて。かつて人であったときの王がそうであったようにな」
それはもはや、彼ら魔族の中でも一部の者しか覚えてすらいない太古の記憶。
「力と恐怖で押さえつけ、その感情を糧とすることが何がわるい?
  逆をいえば、ミトス。お前がしようとしていたこと。その計画とほぼかわりはすまい?
  お前はすべての感情をなくし、争いも苦痛も何もない世界をつくろうとした。
  恐怖と絶望に彩られた世界。ただ生きているだけの虚無の世界。
  方向性は真逆なれど違いはなかろう。いや、我らのほうが人々は求めるやもしれぬな。
  力さえあれば、他者を虐げ、君臨することも可能。日々生きるということが実感できるのであるからな」
人は自分のため、生きるためならば何でもする。
それこそ、他者を虐げることくらい平気でするであろう。
自身が生きるために他者を殺すことすらも。
それはかつて”彼”が”人”としていきていたときの経験談。
「――確かに。人は愚かで救いようがないかもだね。でも…絶望と破壊に彩られた世界は認められない。
  そんな世界が好きならば、新たな世界に君もいけばよかったんだよ」
新しい世界がどのようになっているのかまではミトスにもわからない。
「ふん。番人などにあたえられた”王”に仕えるなど、認められるか。
  移住したヤツラもヤツラだ。よりにもよって番人に下ったようなものなのだからな。
  我らが魔族が神、魔神ユリス。ユリスこそ我らの神、そして仕えるにふさわしい」
そのユリスもまた、ラタトスクの配下であることを、目の前の”彼”は知ろうとしない。
否、認めようとしていない、というほうが正しいのか。
「この領域は、我が神、ユリスの空間。ゆえに、お前たちに…勝機は、ない!
  何しろこの空間そのものが、人の心を現しているのだらかな!
  人々が恐怖や絶望、破壊と殺戮。その心を持つ限り、我らに負けはない!」
そして、その力にゆだねた輩はやがて、自分たちのよい駒となりえる、傀儡となり、
その肉体が滅んでも魂はいい駒となりえる。
新たな下っ端の魔族、として。
地上がどうなっているかなどは、わからない。
これが試練という以上、人々が互いに協力し手を取り合うということを本格的に学ばなければ。
目の前の輩のいうように、こちらの体力が消耗するばかりでたしかに勝機はないだろう。
けど。
「――僕が率いていた、天使達をあまり甘くみないでほしいよ、ね!」
今の天使達は感情がもどってしまっている。
でも、だからこそ。
ユアンやクラトスを通じ、彼らにくだしている命令。
様々な町や村などにちっている彼らは人々を簡単ではあるが助けてはいるはず。
そして、マーテル教の教え。
宗教による思い込み、というものはそう簡単に覆るものではない。
マーテル教をしっかりと信じ込ませている人々ならば。
そんな天使達に対する反応も確認しなくても予測は可能。
形はどうあれ、彼らは人々を一致団結させるであろう。
…その過程が、天使達が人々に対し、彼らが信用にたらない、というようなことをいったとしても、である。
この現状でそういわれ、絶望するか、彼らに認められようとするか。
それは個々の心次第であろうが。
ながらく感情を失っていたものたちが、感情を取り戻したとき、どうなるのか。
だけども彼らとてわかるはず。
今、何をすべきか、ということくらいは。
「ほざけ。…お前たちは、我らには、かてん!」
そういうと同時、ぶわり、と闇がより一層こくなり、彼を中心にさらに漆黒の闇が広がってゆく。


pixv投稿日:2018年7月○日某日(Hp編集:2018年5月6日(日)開始

Home    TOP     BACK    NEXT


##################################################

あとがきもどき:

ちょこっと補足:ただいまの戦闘(同行)メンバー
(古代勇者組)
ミトス・ユグドラシル
クラトス・アウリオン
ユアン・カーフェイ

リフィル・セイジ/ジーニアス・セイジ
藤林椎名(しいな)
プレセア・コンバティール
アステル・レイカー
リヒター・アーベント
ロイド・アーヴィング

飛行竜の中で待機:
リーガル・ブライアン
マルタ・ルアルディ

その他
ゼロス・ワイルダー/村や町を飛び回って人々に宣託(神託?)中
セレス・ワイルター/兄の名代としてメルトキオで奮闘中
天使達/ユグドラシルの命もあって一応人々を救済中
コレット・ブルーネル/肉体も消滅してマーテルと同じく大いなる実りの中に取り込まれ中
ラタトスク(エミル)/地上の人々が一致団結できるか否か、見極め中


~~~~

一言メモ:
ロイドのあるいみ覚醒シーン。
参考になっているのは、アビスのレプリカ・ルークです。
まだ、七歳児(精神年齢的には)のルークとこの物語のロイド。
あるいみ、同じようなものです。
違うのは、七歳児であったルークは自分でもこれまでいろいろと考えてきてますが、
ロイドはそんな感情すら母親に、不要とおもわれしものは消されていました。
ゆえに、そういった面での成長がまったく成し遂げられてません。
あるいみで、癇癪おこしていたルークと、このロイド。
似たもの同士、なのです。
ルークが心の底からかわりたい、かわらなければ。
とおもったのは、あの惨状シーン。
人にいわれるまま行動した結果、とてつもない犠牲を生み出してしまったから。
ロイドの機転となるのは、コレットの犠牲?と間接的に仲間たちの死をみせること。
大切な人達が死んでしまってしまうという可能性。
それによって促してみました。
それによって、心の底からほんとうに、自分で考えるということを決断させたというわけです。
…あるいみ、この物語のロイドって…ロイドがダイクに保護されたあのときから。
精神面ではまったく実は成長してなかったりするんですよね…アンナの過保護によって……
でも、魂とは肉体にひっぱられるというのもありますし。
逆もまた、然り。
それゆえに、心の試練においてロイドには少しでも成長してもらうことになってました。
アンナがクラトスを助けるために、…消えましたしね……

あと、飛行竜を、楔にするシーン。
いうまでもなく、デスティニーのとあるシーンからです。
…さすがに、リトラーを犠牲にしてのあのシーンはありませんけど。
ちなみに、どうでもいいですけど。
とあるサイトさんの詠唱表を参考にしてるんですけど、
そこって・・詠唱と術の名はあっても、効果表記がないんですよね。
なので、そのサイトを保存して、メモ帳をひらいて、自分なりに追加をしていっていたり。
特にしいなの符術って…効果記載ないと不便ですしねぇ(マテ)