「ったく」
おもわずがりがりと頭をかく。
おせっかいというか何というか。
「たぶん、あの精霊様の仕業…だろうなぁ」
人が嫌いだといいながらも、どこかお人よし…
…精霊にその言葉が当てはまるのかどうかはともかくとして。
この試練が始まり、あれ以降、エミルとしてもラタトスクとしても、
彼は自分たちの目の前に姿を現してはいない。
他の精霊達はわからないが、
おそらくしいなも召喚できなくなっているのではないだろうか。
「エミル君か、もしくは
眠っているときに見た夢。
それがただの夢だとはおもえなかった。
聞けば、妹も同じような夢をみたという。
その視点はまったく違っていたらしいが。
空を高速で飛行しつつも誰にともなく思わずつぶやく。
「セレスのことはきになるが…まあ、ミラ様やミュゼ様もきたからなぁ~……」
何でも祖父にいわれ、メルトキオに再び降り立ってきたらしい。
いまだにエグザイアは空を浮遊しているらしいが、
彼女たちいわく、しばらくすればかの地は海に降り立つことが決定しているらしい。
爺様の考えはよくわからない、とぼやいていた彼女たちの様子を思い出す。
メルトキオから飛び立ち、目的の場所。
すなわち、イセリア方面へと向かっているのだが。
改めて自身で空を飛べば世界の様子…すなわち、大陸の激変ぶりがよくわかる。
本当に世界が一つになっているのだ、と実感せざるをえない大地の変貌ぶり。
そもそもメルトキオのある大陸が完全にほぼ南の島というよりも大陸、と化している。
距離的にも今後、橋がかけられるかどうかわからない。
グランテセアラブリッジのような大橋をかける余裕は今のテセアラにはない。
カンパニーとてそんな余裕があるかどうか。
ざっと親切にも夢で世界地図らしきものが上空から移されたのちの、
おそらく今というか実際に起きている、もしくは起きたであろうイセリアの聖堂での様子。
だからこそ迷わずに上空を直進できる。
メルトキオの地より飛び立ち、ひたすら北東へ。
そこに目指す位置はある。
雲の真下を飛んでいるのは、雲の真上にはどうやら例の異形のものたちがわんさかいるらしい。
それがわかるからこそ、雲の真下ぎりぎりというよりは、
雲に少しはいり、体が隠れる程度の場所を今現在滑空している。
「お、みえてきたぜ」
視界にはいるイセリアらしき村。
薄い雲の隙間よりその様子がみてとれる。
そしてその先に目的の聖堂らしき場所も。
「…ん?」
ふと、その聖堂から光が立ち上っているのがみてとれる。
その光はまるで雲にむかいまっすぐにのびており、その光は徐々にと薄れている。
それはまるで話にきく神託の光のようで。
事実、自分が儀式をうけるときも似たような光を経験している。
「…クルシスのやつ、か?いや、違うか」
今のクルシスがあのようなことをする理由がない。
というかすでに彗星はこの惑星から離れはじめている。
まるであのセンチュリオン達の隠行のごとく巧妙に隠されているが、
ゆっくりとしかし確実に離れはじめている惑星らしき姿は確認できている。
すでにほぼ月と同じくらいまでの位置というかその手前まで離れているのではないだろうか。
「っと、光が消えるな」
とりあえずどうやら聖堂の上階から光の筋は伸びていた模様。
おそらく、勘ではあるがあの光に飛び込めば、
わざわざ入口から入るより確実に上階、
すなわち”祭壇”と呼ばれている場所にといけるはず。
光が消える直前にそのまま光の中に飛び込み、そのまま一気にと下降する。
光は天上部分のガラスらしき場所をつっきっており、案の定というか何というか。
そのままするり、と遮るものがまったくないかのごとくにふわり、
と祭壇の横手らしき場所にと降り立ってゆく。
祭壇の上に何かの影らしきものがちらりと目にはいる。
その陰は降り立つにつれ、徐々に鮮明にとなってゆく。
「ん?…なんだ、
ふわり、とその場に降り立ち、祭壇の上にふわふわと浮かんでいるようにみえる、
いくつもの尻尾をもつ狐のような”それ”にと思わず語り掛ける。
その姿はかつて、雷の神殿にて見た姿そのもの。
幼い姿であったあのころの
しかし逆をいえばあの天真爛漫であったあの頃の”コリン”とは異なる
どうやらアチラもこちらに気が付いたのか、ゆっくりとその首をもちあげ見上げてくる。
「ゼロス。お久ぶりですね」
それとほぼ同時。
柔らかな声が、ふわりと降り立つゼロスにと投げかけられる。
「な~んか、違和感ありまくるんだよな」
コレが孤鈴だとわかっているからこそ感じる違和感。
あの時、目の前でコリンであったものが消滅し、光となりてこの姿になった光景。
それを目の当たりにしているからこそ理解はしているが。
しかしあの天真爛漫であったころの”コリン”をしっているからこそ余計に違和感を感じる。
おもわずがりがりと頭を無意識にとかいてしまう。
そんなゼロスに対し、コリンは雰囲気から察するにどうやら柔らかく微笑んでいる模様。
”声”だけは強制的に脳裏に響いてきたゆえに幾度もきいてはいはしたが。
ガリガリと頭をかくゼロスの目がふととある物体に目をとめる。
それはこの場にそぐわない水晶の柱のようなもの。
見間違いでなければその中にヒトの姿のようなものがみえるのはゼロスの気のせいか。
しかもよくみてみればその人影はどうもゼロスの知っている人物とよく似ている。
思わず眉をひそめつつ、ソレをよくよくみてみれば、やはりどうみても知っている人物。
耳をふさぐようにして丸まっているその様子は
まるですべてから逃げ出して逃避しているようにみえなくもない。
思わず周囲を見渡すが、他に人影はない。
予想ではここに他の皆がほとんどいるかとおもったのに。
「他のみなさんはすでに私の試練を突破してかの地にむかわれましたよ?」
そんなゼロスの心情に気が付いたのか、というか間違いなく気が付いたのであろう。
というよりは。
「…人の心をさらっとよんでねぇか?おまえさん……」
たしか、この”元コリン”は心の精霊だ、といっていた。
ならば間違いなく人の心の機微を読み取るのはたやすいはず。
コリンの時であってもその実力はある程度はゼロスも認めていた。
それが真なる精霊に戻ったというのであればその能力はおしてしるべし。
「あなたは昔から本心をその心の奥底に隠していましたからね。
当時の”僕”ではそこまで詳しく感じ取ることはできませんでしたが。
あなたの本心と行動、そして口調はいつも異なっているので当然の処置かと」
さらり、と当然のように言い切らないでほしい。
まあ、本音を隠して行動していたこれまでのことをみていたコリンだからこそ、
そのようなことをさらり、といいきるのだろうが。
だからといって許可もしていないのに勝手に自らの心を覗かれるのは面白くない。
以前のコリンであれば、その天真爛漫さからそれも仕方ない、と思えたところもある。
だが、今、目の前にいる”これ”はそんな感覚はうけない。
むしろどちらかといえば何を考えているのかわからない、
王宮内の魑魅魍魎共。
それらから感じる感覚にどちらかといえばむしろ近い。
相手は心の精霊、というのであれば心そのものを司っているのかもしれない。
ならば余計な勘ぐりはむしろコレについては無意味、と考えるべきであろう。
それでも”かつて”をしっているからゆえに余計に違和感を感じてしまう。
むしろよくもまあ、あそこまで、”今”と違い天真爛漫になれたものだ。
とあるいみあきれてしまう。
いや、それを思えば精霊、という存在そのもの自体がそういう体があるのかもしれない。
かの精霊のように。
人あたりのいいほんわかとしたような温和な雰囲気をもつ”彼”と、
世界を司っているともいっても過言でないかの”精霊”と。
一体だれが【同一】であると信じられるというものか。
それを思えばこの目の前の精霊の変化くらいかわいらしいものがあるのかもしれない。
何しろ【心】ほどつかみどころのないものはない。
それを具現化しているような”心の精霊”というのであれば、
むしろどんな面があっても不可思議ではない。
だからといって、勝手に心を覗かれるのをよしとするのか。
といえば答えは否。
眉をひそめつつ、がりがりと無意識のうちに頭を左手でかきつつ、
「まあ、おまえさんにいっても仕方ない、のかもしれねえけど…
それはそうと、ソレ、は何なんだ?」
会話をしつつも周囲を確認しているのはさすがと言わざるを得ない。
常に周囲を警戒し、観察するその癖はゼロスが息抜きすることなく生き抜いてきた証拠。
いつもふざけた言動をしつつも常に周囲の観察を忘れない。
それはもはやすでにゼロスにとって癖となり、生きていく上での一部ともなっている。
そんなゼロスの視界にはいってきたもの。
それはこの場ににつかわしくない水晶の塊。
巨大な水晶の原石のようなその塊の中。
白く鈍く輝くぽつん、と一つだけある固まりの中に、まぎれもない人影が一つみてとれる。
それは水晶の中でまるで小さな子供のごとく、
耳をふさぎ、足を折り、まるで小さくなるがごとくに丸まっている。
水晶の中にぽつん、と真っ赤な固まりがあるようにもみえる”それ”。
それは……
「ロイド…か?」
じっと目を凝らし、よくよくそれのほうを注視してみれば、
それはゼロスもよくしっている人影。
だが、その人影は今、まるですべてから逃げ出し、拒絶するかのごとく、
耳をふさぎ、水晶の中で小さくまるくなっている。
凝視してみれば、間違いなくその姿は見知った少年のもの。
思わず眉を顰め、そしてその視線をそのままヴェリウスのほうへとむける。
言葉にはしていないが、その視線はあきらかに、これはどういったことなのか。
という意味を思いっきり含んでいるのがありありとみてとれる。
しかし、耳をふさぎ、両足すら折り畳み、まるまるようになっているその様子は、
どうみてもただ事、とはおもえない。
まるで…そう。
小さな子供が何から逃げるときに拒絶するときにする姿と思わず重なる。
「彼はやはり、といいますか。何といいますか。
心の試練を自力で突破するどころかできず、
それどころか、それらの心の葛藤からすべて自らの意思で逃避してしまったのですよ」
やはり、という台詞に思わずゼロスの眉がぴくり、と動く。
ゼロスがそんなヴェリウスのほうに視線を向けるよりも早く、
「ゼロス。あなたもしっているでしょう?
その子は異様に精神面が幼く、そして脆かったことを。特に自分のことに関しては」
他人のことならば、それこそ海原のごとく寛容なる心をもっているかのようにふるまうのに、
だがしかし、自分のこととなればほんの小さなことでも動揺する。
精神面がもろい、という言葉をきき、ゼロスの脳裏によぎるのは、
ロイドがあのクラトスが自身の実の父親だ、と知ったときのあのうろたえよう。
自分やコレットには、親が誰であろうと関係ない、というようなことをいっておきながら、
自分がいざ、その当事者になればロイド自身は一体何を信じればいいんだ。
と半狂乱に陥ったのではというほどに取り乱した。
あの取り乱しようをみて、ああ。
こいつは自分たちやコレット、そしてリフィル達に語った言葉。
すなわち、自分は自分でしかない、というのは本当の意味で解っていったのではなかったのだ。
とよくわかったあの時。
それでもその後、まるでその取り乱しようがなかったかのごとくにふるまうその姿は、
ゼロスの目からしても不審に映ってはいた。
「その子はよくも悪くもこれまで、
精霊石…あなた方人のいうところのエクスフィアの中にて入りこんでいた、
その子の母親の思いがすべてのその子の心にかかる負よりの感情。
それらをすべて取り除いていましたからね。
昔の”私”ではそこまで詳しく感じることができせんでしたが……」
そう。
あの時の自分はそこまで詳しく感じることができないほどに力を失っていた。
本来の精霊としての力と記憶。
だからこそわからなかった。
気付けなかった。
その違和感に。
「子供を思う母親の親心。子供を守りたいがゆえに子供にかかりうるすべての負の負担。
おそらくは、この子が幼いころからずっと取り除いていたがゆえの障害でしょう」
親を思う子の心。
おそらく、そばにいられないからこそ、体を失った自分にできることを。
そうおもったのだろうが。
しかし、子供、というものは様々な挫折や痛みを感じ、成長してゆくもの。
その痛みや挫折にて感じる心の葛藤を意図して干渉して消してしまえば
精神的な子供の成長はみられなくなってしまう。
だからこそ、ロイド・アーヴィングという少年は、どこまでも純粋だった。
子供がもちえる純粋さ、そして残酷さ。
ロイドはおそらく気が付いていなかったであろう。
自身がもっていた残酷性には。
だが、他人に悪、といわれそれを排除することを不審にもおもわなかった。
否、思ってもその感情は時をおかずして”アンナ・アーヴィング”の手により消されてしまったのだろう。
ある意味で、目の前のこの子も、そしてこのゼロスも。
親のいろいろな意味では犠牲者、といえる。
ゼロスは子供のためにとおもって母親が突き放したその言葉を真に受けて。
自分はいらない子供だ、とおもい自分を消す方法を画策していた。
自分の死はゼロスには関係ない、と思い込ませ、
産まなければよかったということで自分を恨ませ、逆に生きる意味を与えようとした。
ロイドの母は精神体となり肉体を失って、我が子に気づかれないように、
よかれとおもったのであろう。
ことごとく子供の心にかかる負の負担を取り除いていた。
方向性は違えども、しかしそれが子供にもたらした影響は…いうまでもない。
子供のころからずっと、心にかかる負担をロイドの母親が取り除いていた。
エクスフィアにやどり、そしてオリジンを解放し、
死を待つばかりのクラトスにその魂の力をもってしてクラトスを助けたあの”アンナ・アーヴィング”。
自らの消滅を引き換えにしてでもクラトスを助けたあの彼女。
目の前で起こったあの出来事を忘れたわけではない。
なぜにあんな男をそこまでして助けようとするのか。
あの時、ゼロスからすれば胸糞がわるい。
その思いが強かった。
おそらく、あのミトス・ユグドラシルも。
だからこそ、あのとき。
世界を一つに戻したのだろう、とゼロスは思っている。
事実、ミトスはクラトスがロイドを選んだのをうけて、
半ば絶望にも近しい感情と、エミルが”誰”なのか。
それを理解したからこそ、世界を一つに戻したのであろう、というのもわかっている。
クラトスは放任主義ともいえる身勝手な父親だとゼロスは話を聞いたときからおもっていた。
しかし今の話を聞く限り、あのアンナという女性…
彼女もまた違う意味で身勝手であったのかもしれない。
――子供を大切に思うがゆえに、すべての煩わしく思うその心を封じていた、というのであれば。
だからこそ、ロイドはあそこまで純粋であり、
また物事を深く考えることすらできていなかったのであろう。
それだけ、が理由ではないようなきがするが。
でも、一つだけわかったこともある。
ロイドは直感でその場で行動したり口にしたときだけ、思慮深いのではないのか。
という思いを抱くことがたびたびあった。
それはリフィルもそのようにいっていた。
少し時間がたてばそのことすらよくロイドは忘れてしまっていたようだが。
「彼女がいなくなり、その子の心にかかる負担を取り除くものはいなくなりました。
本来ならばそれぞれの意思で乗り越えていかなければならないその思い。
それらを乗り越え、自らの意思をしっかりもっていなければ、
あっという間にニブルヘイムの住人達に利用されてしまうでしょう。
――だからこそ、その子はいまだにその水晶の中にいるのです」
孤鈴…否、ヴェリウスの説明にゼロスは思わず
「…はぁ…ったく。ロイド君の親はどっちも迷惑をかけてたってか。こいつはそれを?」
「しらない、でしょうね。おそらく子供のころから…いえ、
彼女がしんだその時からかもしれません。ずっと干渉していたのでしょう。
彼女の魂がいれば詳しくわかりますが、今ではそれも……」
そこまでヴェリウスは詳しくない。
この場にアンナの精神体でもいればアンナを通じて”視る”ことが可能なれど。
アンナはその魂の力をもってして、クラトスの命と相成った。
完全にその魂は消滅していない。
ラタトスクが消滅する寸前に保護していることを、わざわざ彼らにいう必要はない。
いずれ、その魂の傷が癒え、彼女は再び転生してくるはず。
その時まで、クラトス達が”今”のままでいるのかどうかは、それは個人次第。
ふるふると首をかるく横にふり、そして。
「この場にやってきた、ということは、ゼロス。
あなたも試練をうけますか?おそらく皆のことが心配でやってきたのでしょうが。
私の試練を突破できなければあなたも、
魔族の傀儡として操り人形とされてしまう可能性がありますよ?」
ヴェリウスが課す試練は心の強さを図るもの。
その試練にいまだ水晶の中にいるロイド・アーヴィングは耐えられなかった。
とある二人の残留思念体ともいえるものたちが、ロイドの深層意識にむかったが、
それでこの試練を突破できる、という保証はない。
むしろ、そのうちの一人など、試練が突破できないような軟弱ものは、
このまま消滅すべき、という感想を抱いている。
実際、心の中で”死んだ”場合、精神が死に、魂のない器のみが出来上がる。
魔族達はあえて”傀儡とする存在”の魂を残し、
その心を奥底に閉じ込め、さらに自分の行いをみせることによって生じる衝動。
それを糧とし、また娯楽という楽しみにする性質をもっている。
いわば、ヴェリウスが施す試練は、そんな魔族達の術に陥らないための最低限の条件。
かつてミトス・ユグドラシル達が受けた試練はさらにそれより強いもの。
デリス・エンブレムを得るための試練とくらべれば、ヴェリウスの施す試練はかわいらしいもの。
だが、そんな試練を突破したあのミトスですら、魔族の術に飲み込まれた。
飲み込まれてしまった。
――姉を大切に想い、慕うがゆえに。
「うけないのであれば、”あちら”にいくことは許容できません」
それでなくても、あの”彼女”すら、相手の手の内に利用されている今。
これ以上、相手の手ごまを増やすわけにはいかない。
心の試練というものがどんなものなのかはわからない。
わからないが。
「試練の後、私の力であなたを皆のもとまで導きましょう」
この言葉が決定打。
ゆえに。
「しゃあねぇなぁ。というか拒否権はないじゃねえかよ」
おもわず頭を片手でがりがりとかきつつも、仕方ない、とばかりに返事を返す。
ロイドのことはきにはなる。
だが…逆をいえば、この場にいるかぎり、ある意味で安全、といえるのではないだろうか。
すべてから逃げ出すような軟弱の心では、まちがいなくあの”魔族”とよばれている
ニブルヘイムの住人?達にはかなわない、とおもうから――
「…何、これ?」
「…なんだい、これ?」
思わずというように、ジーニアスとしいなの声が重なる。
どくん、どくん。
壁一面にびっしりと、まるでカビのごとくに赤黒い赤い管のようなものが張り付いている。
ところどころぽっこりと、コブのようなものがあり、
そこから、うめき声のようなものが絶えず聞こえ、
周囲の匂いもまた鉄さびのようなにおいが充満している。
ピシャリ、と歩くたびにこれまた赤黒い液体のようなものが水音をたててゆく。
飛行竜にて直接、敵が本拠地にしているであろう”塔”にと直接突入した。
塔の壁を壊し、そして直接のりつけて中にと入り込んだ。
壁にびっしりとはりついている赤黒い管からは絶えずじわじわと
これまた赤黒いような液体がにじみでて、嫌でもその臭いが鼻につく。
それだけ、ではない。
あるくたびにぴしゃぴしゃという足元からの音がし、
足元にも赤い水溜りのようなものがあり、何ともいえない不快感を嫌でもあおってくる。
そしてまた。
う~…あ~…
などという、どこからともなく聞こえてくるうめき声。
じっと目を凝らしてみれば、壁にはりついている管のところどころにあるコブらしきもの。
それがたんなるコブではなく、ヒトの顔のようにみえるのはおそらく気のせいではない。
それだけではなく、それぞれのコブには表情があり、老若男女、
すなわち、一つとして同じ”顔”のものは存在していない。
それらがすべて苦痛の表情をうかべ、うめき声を発している。
まるで、以前、救いの塔の中でみた、かの樹の化け物のごとく。
いや、それよりもこちらのほうが間近にみえるがゆえに余計に精神に負担がかかる。
耳につく、苦痛にみちたうめき声。
そんな声がいたる所からきこえてきており、歩く女性陣の顔色ははっきりわかるほどに悪い。
「以前、リビングアーマー達を封じたときを思い出す光景だね。これ」
「だな」
そんな中でほぼ平然としているのが約三人。
「…ねえ。あんたたち。なんでこんな中で平気なんだい?」
思わずそんな三人…ミトス、クラトス、ユアンに問いかけるしいなの気持ちは、
おそらくこの場にいる皆の気持ちを代弁している、といっても過言でないであろう。
「昔とくらべたら、こんなのはかわいいものだよ」
「だな。あの時は死者…それこそ老若男女問わず、死体に魔族達が憑依したり、
または死者の魂がとらわれ、ヤツラの手先として襲い掛かってきたからな」
さらり、といいきるミトスに、腕をくみ、これまたさらり、といいきっているユアン。
おもわず、ばっとクラトスのほうをしいなやリフィルがみてみれば、
クラトスはかるくうなづいたのち、
「…我らはデリス・エンブレムの試練でこういう耐性はつけられたからな。
そもそも、私もユアンも、どちらかといえば元は死者を生み出す立場ゆえ
こういう場では平静さを保つことができるのは当たりまえだ。
ミトスにしても然り。…長らく続いた戦乱を収める仮定で様々な経験をしているからな」
それはしいなたちからしてみれば、遥かなる過去のこと。
だがしかし、ミトス、クラトス、ユアン達からしてみれば、昨日のことのように思い出せる。
「私はシルヴァラントの、クラトスはテセアラの軍人でもあったからな。
テセアラにクラトスあり、鬼神、とまで言われていたクラトスだ」
「そういうお前も、シルヴァラントにユアンあり、とまでいわれていたではないか」
狭間のユアン、といえば当時知らないものはまずはいなかった。
そんなユアンの存在により、余計にハーフエルフ達が怖がられるきっかけとなっていた。
だが、逆に力ある存在でもシルヴァラントは徴用する、というのがわかり、
虐げられていたものたちが、こぞってシルヴァラント側にと詰めかけた。
…たとえその扱いが”兵器”としてしか扱われなかったとしても、
少なくとも生活の保障はされていた。
クラトスとユアンの台詞にこの場にいるリフィル、ジーニアス、しいなは言葉に詰まらせる。
「…つい忘れがちですけど。クラトスさんたちは四千年前の古代大戦の英雄…なんですね」
そんな中、ぽつり、とプレセアがつぶやけば、
「…英雄、か。我らはそのように呼ばれる価値は……」
クラトスの顔が思わず歪む。
「とにかく。無駄話をしていないで。早くいこう。
たぶん、これの動力は姉様を取り込んでいる”大いなる実り”だとおもうから。
何とかしてアレを取り返せればこの要塞もどきは保てなくなるはずだし」
クラトスの言わんとすること。
それはミトスがよくわかっている。
判っているからこそ、その言葉の続きを遮る。
後悔はしていない。
でも結局、たしかにラタトスクのいうように、ヒトというものは救いようがなかった。
同じ種族同士ですら、差別し、そして異なるものを排除しようとする。
わかりやすい”悪役”を設けても。
ヒトの本質そのものはかわらなかった。
大規模な戦乱がおこっていないのは、クルシスがそんな芽が出る前に粛清していたからに他ならない。
テセアラで発令された”ハーフエルフ法”には思う所もありはした。
でも、それだけ。
報告はうけたが、積極的にどうこうするように、とは命じはしなかった。
当時、メインシステムのはじき出した結果では、うまくすれば、
シルヴァラント側でより精度の高い、
姉の器になりえる”神子”が生まれる可能性が、九十%以上をはじき出していた。
神子がうまれれば、繁栄しているテセアラは衰退世界となる。
ゆえに、予行練習を行った。
アイトラ・ブルーネルを使って。
最も、その後クラトスが離反するなど予測外なことが起こりはしたが。
でも結局はクラトスは戻ってきた。
戻ってきたクラトスは完全に生気の抜けた抜け殻状態となりはてていたが。
本当ならば、神子が器になっても百年ばかり、衰退世界と繁栄世界を継続させ、
姉を取り除いた大いなる実りにデリス・カーラーンのマナを蓄え、
そして力が満ちたとき、大いなる実りを発芽させ、世界を一つにするつもりであった。
だが…クラトスの様子をみていて、
そこまで世界に…愚かな人間たちに配慮する事はないのでは。
そうおもい…だからこそ、姉が蘇ったら即座に世界を一つに戻す。
そうクラトスにと約束した。
文明が発展した世界と衰退している世界が一つになればどんなことになるのか、
それは簡単にと思い至った。
どうせ同じ人でも見下すテセアラ側は確実にシルヴァラント側を奴隷扱いするであろう。
戦乱をおこした咎をもってして、地上の人々を粛清し、
そして人々が争いをする気概もなくなったころに大いなる実りを発芽させる。
そうしなければ、せっかく発芽させてもすぐにヒトは大樹を枯らすであろう。
そのように当時、ミトスは計画していた。
その計画は誰にもミトスは話したことはなかったが。
地上の人々に関してはもはやどうなってもいい、と思っていたのは事実。
でも、それ以上に絶対に精霊ラタトスクとの約束を反故になどしたくはなかった。
その思いは今でも変わりはしない。
そして、こんな自分でも、ラタトスクは見捨ててはおらず、
逆に一度もこの惑星においては地上にでてはいなかったというにもかかわらず、
地上にでて、自分とともにいてくれた。
自分が勝手に、ラタトスクに対し、友達になろう、と一方通行で宣言していただけ、なのに。
おそらく今回のことは、今いる地上の人々を見極めるための”彼”なりの試練なのだろう。
人々が種族を、立場をこえて手を取り合えることができるか否か。
かつて、ミトス自身はできる、といった。
けども結局、今でも人々はそれを成し遂げてはいはしない。
「…確かに。急いだほうがいいでしょうね。地上の様子はわからないけども…
少なくとも、被害がゼロ、ということは限りなく低い、のですから」
ミトスがそんなことを思いながらも淡々といえば、リフィルもまた思案するようにぽつり、
とつぶやく。
地上の様子は間違いなく思わしくないであろう。
地上にいる知り合い達の安否も気にかかる。
――誰かに頼るのではなく自分たちの力で道を切り開こうとする思いがあるか否か。
おそらく、ラタトスクの思惑はそんなところだろう。
人々が”ソレ”に気づくかどうかはともかくとして。
ミトスはそのことに気が付いている。
そして漠然とではあるがリフィルも。
ジーニアスなどはそのことにいまだ気が付いていないが。
人々のいいところも悪いところもみてきたミトスやリフィルだからこそ、
かの精霊の施した試練に納得してしまう所もある。
だが、経験の浅い子供たちでは、なぜそんなことをする必要が、と逆に憤るであろう。
特に誰、とはいわないが。
あの熱血漢の子供ならば、まちがいなく意味を知ろうともせずに怒るであろう。
そしてよくも悪くも彼に影響されてしまっているジーニアスも。
今は余計な混乱を起こしたくない。
それゆえに、それに気づいたリフィルもまた説明する気はない。
「大いなる実りの力…ねぇ。アレはマナの塊なんじゃないのかい?
魔族とかいう、マナと反属性をもつという輩も利用できるのかい?」
そんな彼らの会話をきき、しいなが顔をしかめつつも怪訝そうにと誰ともなく問いかける。
マナと瘴気は反する物質。
しいなはそう、習ったし聞いているし、この旅でもそのようなことを幾度も見聞きした。
「毒も少量ならば薬となるように、ヤツラは手段をえらばぬ」
「そもそも、マナとは純粋なるすべてなる生命の源。
例えるならば何の加工もされていない原石や鉱石、原液とよばれるようなものだ。
その利用方法次第ではどんな形のものにでも化ける」
ユアンがいい、クラトスがそんなユアンの説明に補足をいれる。
加工次第でどのような形ともなるもの。
それが純粋なるマナのありよう。
純粋だからこそ、どのようなものにも変化する。
より強い力ゆえに、魔族達のもつ瘴気すらも浄化しうる力をもっているだけであり、
浄化された力は反転し、本来のマナへと還る。
「…どうやら、この先、みたいだよ?」
そんな会話をしている最中、上にとつづく階段のようなものが目にはいる。
彼らの会話をききつつ、それに口を挟むでもなく、ミトスが険しい表情をし、
視線の先にとある先のみえないどこまでもつづく真っ暗な闇の中にある階段をにらみつける。
この奥から感じるのは嫌でも見知った瘴気。
間違いなく、この奥に…今回の元凶、ともいえるリビングアーマーこと、
ランスロットがいるのは…明白。
~スキット~救いの塔あらため魔塔?~
マルタ「う~。私も皆についていけばよかったかな?」
ここは、飛行竜、と呼ばれている生物?の中。
じっと待っているだけ、というのはもどかしい。
いや、この塔に近寄ってきているうぞうの輩をパネルとばれるものを通じ、
ひたすら撃墜しながら、ではあるのだが。
操作するたびに外にいる異形のものたちが消滅しては増えてゆく、というのを繰り返している。
リーガル「仕方あるまい。移動手段は確保しておかねば。
皆が守備よく奪還を果たしたのちに立ち去る手段がなくなってしまう」
皆が皆、マナの翼を得ていることに驚きはしたが。
それでも移動手段は確保しておいたほうがよいであろう。
というより、コレが敵の手にわたるほうが遥かにまずい。
だからこそ、皆で突入するのではなく、二人が残った。
あまりに人数が残っても、突入した後の戦力が不安になる。
ゆえに、操作パネルの数である、二人がのこることになり、
操作にたけているリーガルと、これまでリーガルの補佐をしていたマルタが残った。
他の皆の退路を守るために。
マルタ「でも、さ。これって、もう救いの塔、とはよべないよね……」
救いの塔はシルヴァラントの人々にとって救いの象徴でもあったのに。
今やもはやその面影はどこにもない。
そもそも、これが本当にあの救いの塔であったのか、という疑問しか抱かない。
リーガル「これは、もはや救いの塔ではなく魔塔、といったほうがよいだろう」
マルタ「…たしかに」
光と闇は表裏一体。
正義と悪も紙一重。
見方をかえればどちらにも反転するように、救いの塔というありかたも、
真実をしれば救いでも何でもなかった。
救いの塔こそが人々を苦しめていた象徴であった。
だからこそ、マルタは変わってしまった塔の外見に対し何ともいえない思いを抱く。
いだかざるを得ない。
マルタ「…エミル。どうしてるのかな?」
リーガル「…エミルにも思うところがあるのだろう。
世界を構築するというかの精霊、だったのだからな」
マルタ「・・・・・・・・・・・・・・・・」
エミルが精霊。
いまだにマルタは実感できない。
したくない。
まるでエミルが手の届かない遠くにいってしまったかのように感じてしまっているのも、また事実。
~~~
罠ではないのか、とおもうほどの静寂。
否、静寂という言葉はふさわしくない。
階段を昇ってゆくたびに、苦痛に満ちたうめき声が強くなる。
階段だ、とおもっていたそれらはよくよくみてみれば、
いくつにも折り重なった、何かの物体のようにみえなくもない。
というより、それが”何”であるのか考えたくない、というのが本音。
ヒトの手足のようなものがところどころからでており、
しかもそれらが元の形を成していない。
階段、といっても固くはなく、
ぐにゃりと何かの肉を踏んだような感覚が、余計に神経をすり減らす。
それだけでなく、階段を昇っていくに従い、壁などから無数の手のようなものがあらわれ、
手を伸ばし、階段を昇る彼らをつかもうとする。
つかまればそのまま壁にといくつもの手によりたぐりよせられ、
階段の横の壁にとのめりこまされそうになってしまう。
有効などはどうやら火や氷、といった術であるらしく、凍らせ砕くか、炎で焼き切るか。
いつまでこんな光景が続くのか。
少しでも気をぬけば気が狂いそうにもなるそんな光景がしばらく続いたのち、
やがて視界の先にぽっかりとした赤い光のようなものが映り込む。
「「よくここまできたな。何ともしぶといヤツラだ。
ミトス、相変わらず我の邪魔をしに立ちふさがるか」」
女性と男性の声が重なったような声が目の前にいる人物から発せられる。
紫色の全身鎧を着こみ、
頭には何の防具らしきものもつけていないこの場にはそぐわない一人の女性。
だがその表情にはみただけでも認識できるほどに何ともいえない邪悪の笑みが浮かんでいる。
華奢なその姿に毒々しいほどに原色に近しい紫色の鎧ははっきりいって似合っていない。
華奢な体からは黒い靄のようなものが絶えずたちのぼっており、
目の前の女性があきらかに普通でないことを物語っている。
「ランスロッド。お前も大概だとおもうけど?
何でそこまでこの地上にこだわりをみせるわけ?」
そんな女性に向かい、淡々とした口調で、しかしその雰囲気を一転させ、
冷え冷えとするような雰囲気をまといつつ、
そんな”女性”にと逆に問いかけているミトス。
以前から、異様にこの魔王リビングアーマーと呼ばれているこの魔族は
この地上によくちょっかいをかけてきている感がある。
かつての争いの影にも彼が絡んでいた。
そして大樹が枯れる原因となった戦いにも。
たしかに魔族達はラタトスクがこの地にやってきて、
新たな理のもとマナを主体とした大地を構築するまでこの惑星の住人?
…といっていいのかわからないが、とにかく住んでいたことには違いはない。
が、ミトスは以前、センチュリオン達からきいて知っている。
まだ姉が殺される前の千年前に。
魔族達が住まうという、魔界ニブルヘイムも用はもう一つの世界そのもの。
すなわち、今は統合されたが、テセアラとシルヴァラント。
そのように一つの”世界”として成り立っていることを。
元々、ニブルヘイムは瘴気に満たされ、太陽の恩恵も何もかもが得られない状態であったらしい。
そして、ラタトスクが干渉しなければその蝕みはやがて惑星の内部にまでおよび
惑星の存続の危機となっていた、ということも。
なのに魔族達は惑星の存在など関係ないといわんばかりに行動する。
精神生命体となっている彼らが住まいし惑星を失ったときどうなるのか。
そのまま精神生命体として住まうべき地をもとめ果てしない宇宙空間を放浪するのか。
はたまた惑星の消滅とともにその衝撃に巻き込まれて消滅するか。
そこまでの判断はできないが。
彼らはまた再び、この地上すべてを瘴気にみたそう、としていることをミトスは知っている。
今、この大地に住まうものからしてみればそれは許容できることではない。
「「ふん。もともとこの地上は我ら魔族のもの。取り戻そうとして何がおかしい?」」
ランスロッドからしてみれば、地上は自分たち魔族のもの。
という認識が果てしなく強い。
そして、主たる魔族達が新たな忌々しいあの精霊が用意した惑星に移住してしまったからこそ、
この惑星の新たなる支配者になろう、という思惑がある。
かつては地上を取り戻したという実績のもと、魔族の頂点を狙っていたが。
「ケイトは…ケイトは無事なんだろうね?!」
一方で、そんなミトスたちの会話を耳にしつつも
”彼女”の姿をみて、しいなが叫ぶようにと問いかける。
ケイトは完全にその意識も乗っ取られているのか、その全身に闇の霧…
赤と紫が混じったようなもやもやを全身にとまとわせており、
そこに”ケイト”という女性の自我は感じられない。
「みたところ、完全にその体を乗っ取っている、という所なのかしら?」
”前”の時にはまだケイト、の自我が残っていた。
だが、”今”、は?
テセアラ城においてはケイトの自我が抗い、何とか道を作ることができた。
それを危惧してなのか、ケイトの自我は今回は欠片も見当たらない。
その表情一つからしてケイトのものではなく、
完全に相手を見下したような冷たい視線が嫌でも目につく。
「…っ!マーテル!!」
一方。
そんな”彼女”の背後を見上げ、叫ぶユアン。
女性の背後にはいくつもの歪なるヒト型のようなものが折り重なり、
まるで一本の木の幹、のような形状を創り出している。
その中心にまがまがしいほどの黒い霧に覆われかけている
蓮の花の形をした水晶のようなものが垣間見え、
その蓮の花の中心にみえる緑の髪の女性も今まさに黒い靄に覆われかけているようにみえなくもない。
だからこそ異様に目につく。
その異常さが。
それゆえの叫び。
「「ユアン・カーフェイか。喜ぶがいい。もうすぐ聖女ともいわれしかのマーテルは、
大いなる実りとともに我らが瘴気に飲み込まれ、我らの聖女として生まれ変わるであろう。
お前たちとてマーテルをよみがえらせたかったのであろう?
より濃い瘴気によってマーテルは新たなる魔族と生まれ変わる」」
「ふ…ふざけるな!!」
「ふざけたこというな!」
淡々と紡がれる”ケイト”の声に反論するようにと同時に叫ぶユアンとミトス。
かつて、魔に堕とされてしまったものは幾度もみた。
それはもはや、当人にあらず。
完全に正確も何も人がもつやさしさというものを失ったなれの果て。
「「この娘もいずれは屈するであろう。そして気づくのだ。
我が魔族に加わったほうがしがらみもなく、生きてゆける、ということにな」」
今はまだ、自らの中で絶えず世界からもたらされる負の力。
それらを浴び続けている。
心が壊れ、屈するのも時間の問題。
大いなる実りの中にいるマーテルとて同じこと。
幸運にもあの種子には自分たち魔族に毒となる純粋なるマナを生み出す力はもはやない。
薄いマナしかもたらさない種子だからこそ、穢すことが可能。
うまくすれば、あのラタトスクが行った、
【瘴気を生み出す暗黒大樹】がこれから発芽させられるかもしれない。
わざわざ天敵でもあるラタトスクがしたことを真似するのは癪なれど。
だが、たしかにアレは効率的。
女神マーテルの信仰に染まっているヒトビトはマーテルを抑えてしまえばどうとでもなるであろう。
信仰、というものは裏をかえせば簡単に他者を蔑ろにするものでもある。
宗教戦争、というものがあるのが何よりの証拠。
この今現在の地上においてはそれはないが。
かつてはそれが当たり前として、様々なところで戦乱が勃発していた。
ミトス達がクルシスなどというものをうみだし、一つの宗教に統一するまでは。
ケイトと魔族であるリビングアーマーことランスロッドとよばれしものの声が重なる様は、
あまりにも異様といえば異様にみえる。
だがそれ以上に、今、”ソレ”から語られた言葉に皆が皆絶句せざるを得ない。
もしも、マナを生み出すという種子が穢されてしまえばどうなるのか。
考えるまでもなく、地上のものたちすべてが強制的にまちがいなく瘴気にさらされるであろう。
「あんたは…なんでそこまで地上にこだわるんだい?」
かすれた声で問いかける。
先ほど、ミトスが一度といかけたが、しいなも問わずにはいられない。
どうして、と。
そんなしいなに対し、
「「かつてこの地上は本来であれば我らが支配していたもの。
そして我は地上の覇者となりえたもの。完全にすべてを支配するよりも前に、
あの忌々しいラタトスクの干渉が始まってしまい、我らは地下にと押しやられた。
我らの”世界”ごと、な。我らのものを取り戻そうとして何が悪い?
世界はもともと、我らのためだけに存在するもの。
我らがどう扱おうとそれは当然、であろう?」」
自分たちこそが覇者であり、それ以外はどうでもいい。
そんな考えゆえに、世界を消滅させかけていた彼らはその傲慢さにすら気が付かない。
自分たちの行いが惑星を消滅させる手前までいっていたことにすら彼らは気づけていない。
そして、彼ら魔族が生かされているのは、それでも”自らの内”で誕生した生命体だから。
というこの”惑星”そのものの慈悲であることに、彼ら魔族は気づけない。
気付こうとすらしていない。
傲慢といえば傲慢なるその答え。
支配者、というものはこれだから。
おもわず、ぎりっとしいなは歯を食いしばる。
テセアラの上層部のもつ選民思考。
それらを究極に煮詰めたものがもしかしたら魔族といわれるものなのかもしれない。
肉体すら捨て去り、しがらみのない
よりその考えが強くなっているのであろう。
上にたつものが自分たち以外どうでもいい、とおもうその思考はしいなはよくわかっている。
それこそ嫌、というほどに。
伊達に幼いころからより強い”闇”の依頼を率先してうけていたわけではない。
「今回は…前回の手はつかえなさそう、だね」
おそらく、目の前の”コレ”は同じ手は二度と通用しないであろう。
ケイトの心はより厳重に干渉できないようにされているはず。
かつてケイトの自我を取り戻したあの結界の術はどうも今回通用しそうにない。
このままでは間違いなく、ケイトは魔族に完全に取り込まれてしまうであろう。
「本当にしぶといよね。いい加減に消滅してほしいんだけど。
地上にいる分霊体は今の”ソレ”でさすがに終わりでしょ?」
冷たいまでの底冷えのする声がミトスの口から発せられる。
それはかつて、ミトスが大人の姿を取っていたときに感じた雰囲気とほぼ同じ。
「「ほう。我を斬るか?ミトス・ユグドラシルよ。
我を斬れば、同化しているこの娘も死ぬこととなるぞ?」」
その台詞にジーニアスとプレセアが息をのむ。
だがしかし。
「それが何?お前を野放しにしておくほうがよほど危険だよ?
今さらヒトの一人や二人の命を盾にしたくらいで僕がひるむ、とでも?」
そう、今さら。
一人の命を惜しむことで、どれほどの被害がでるかを思えば選択するのはただ一つ。
どうせもう自分の手はかなりの数の命を奪い血に濡れている。
この場にはいればまちがいなく、助ける方法があるはず、
といってわめきちらすであろうあのロイドという人物もいない。
さらり、と言い放つと同時、手をかざし、その手に光る刃を出現させる。
それは細長い、レイピアの形をした光る剣。
マナをもって創造られたそれは、まちがいなく魔族にとっては毒となりえる品。
ミトスの翼と同じく金色に淡く輝くそれは知らないものがみれば、まさに聖剣、と例えるであろう。
さらり、といいきるミトスの言葉に背後にて息をのむ気配が一つ。
その気配の主がジーニアスだとわかっていても、
ミトスはまったくとめる気も、またとまる気もない。
「どうやら背後のあの”樹”が”奴”に力を与えているようだな」
そんなミトスのやり取りとは対照的に、背後にあるまがまがしい毒々しい色をした
幾重にも重なった人の死体が絡まったような樹の根らしきものをみて表情を険しくし
誰にともなくつぶやくクラトス。
「くそっ。マーテルをあのような目にあわせおって!」
ぎりっと無意識なのか歯を食いしばり、握り締めている両手と、
そして口元からつうっと流れ出ている血に気づいているのかいないのか。
ユアンもまた背後にある樹の根が幾重にもからまり太いそれ…
その中心にみえるは、見間違えのない”大いなる実り”。
それをみて怨嗟にもにた声をだしているユアン。
「こいつは、僕が抑える!その間にクラトスとユアンは姉様を!」
そういうとともに、思いっきり間合いをつめ、一気に”ケイト”にと斬りかかる。
キン、という澄んだ金属音が響き渡るとともに、
視線で追うことができないほどの剣舞がミトスと”ケイト”。
二人の間にて繰り広げられる。
よくよく目を凝らしてみてみれば、どす黒い霧のようなものが、
背後にある大いなる実りを取り込んでいる幾重にも絡まった太い幹にもみえる木の根、
…しいて言えばマングロースの根っこのごとくに幾重にも絡まったソレ。
それから黒い霧のようなものが絶えず湧き出し、それらはケイトにと注ぎ込まれているのがみてとれる。
「なるほど。おそらくは、大いなる実りを取り込んでいるあの樹の根のようなもの。
あれらがマナをどういうわけか穢して逆に魔族達にとっては糧となるようにしているのね」
ケイトのことも気になるが、まずは現状把握が何よりも必要。
感情に流されてしまえば、勝てるものも勝てなくなる。
また、真実がまったく見えなくなってしまう。
思い込み、というものほど真実を覆い隠してしまうのだ、というのを、
これまでの旅でリフィルは嫌というほど思い知っている。
だからこそ、この場にて周囲を注意深く観察していた。
あの黒い靄のようなものが、まちがいなく魔族の力の源に近いものなのだろう。
異形に変化していった人々に然り、エルフの里でみた異形のもの然り。
それを知っているからこそのミトスの台詞、なのだろう。
そんな彼らの会話をききつつ、自身に冷静になれ、と心の中で言い聞かせつつ、
誰にともなくそんなことをつぶやくリフィル。
「我らはまず、アレをどうにかしよう」
「早くあんなまがまがしい気配の中からマーテルを助け出さねば!」
淡々というクラトスとは裏腹に、ユアンは今にも飛び出さんばかりにいきり立っている。
そんなユアンをまるで慣れているとばかりに片手を伸ばし、制しているクラトスの姿。
「炎で一気に燃やしたら楽とはおもうけど、でもそれだと大いなる実りも危険だし……」
「でも。大いなる実りっていうのは大樹カーラーンの種子なんだろう?
大地を構成するとまでいわれている種子が炎程度でどうにかなるもんなのかい?」
ジーニアスのつぶやきに、少しばかり首をかしげしいなが素朴な疑問を投げかける。
「私たちには私たちのできることをしましょう。
プレセア。迫ってきそうな樹の根を切り裂いて道を開けるかしら?」
「やってみます」
いいつつも、すちゃり、と改めて大斧を構えるプレセア。
いまだに、カン、キン、というミトスと”ケイト”が
剣をまじりあわせている音が周囲には鳴り響いている。
ミトスが”ケイト”にまとわりつく黒い靄のような鎧変わり…なのであろう、
ソレを左手に出現させた光る刃をもつ剣というよりはレイピアのようなもの…
によって切り裂いた直後、右手にもったレイピアにてすかさずきりかかり、
そんな彼の二重の攻撃を華奢な体にて両手にて大剣をもちレイピアの攻撃をさばいている”ケイト”。
二人の攻撃はだんだんとスピードを増してきており、
今ではかろうじて目で追うのがやっと。
時折、空中でも刃を繰り広げていることから、
どうやらあの”ケイト”も翼がないにもかかわらず、空を飛ぶことができるらしい。
ミトスのほうはその背に光り輝く翼をもって飛んでいるようだが、
ケイトにはそんな様子はみうけられない。
魔族に体を操られていることにより、そういうこともどうやら可能になっているらしい。
そんな風に冷静に物事をみている自分が嫌になる。
しかし、こういう時だからこそ冷静になれる意思が必要だ、というのもわかっている。
判っているからこそ、常に客観的視点に視野をおくことを重視している。
「何とかしてあの中から大いなる実りを取り返さなくては。
アレがミトスに気を取られているこの間に」
アレが何かをしてくる可能性は極めて高い。
だが、今ならば、アレはミトスの相手で背後の大いなる実りにまでは手がまわらないであろう。
そのためには。
「私たちが補佐するわ。とにかく大いなる実りを」
いいつつ、ぐっと杖を握り締め、
「優美なる慈愛の天使よ 我らにその心分け与えたまえ 光とならん
フィールドバリアー!」
まずは、全体の防御力だけでも向上させるべく、
自身が味方、と判別している
…もしくは認識している範囲内の人物の防御力をまとめてあげる術を展開させる。
そして、
「力とは 破壊の力のみには非ざるなり 語る正義はその拳へと アグリゲットシャープ!」
続けざまに今度は攻撃力をいくばくか上昇させる術を唱える。
タンッ、と地を蹴りほぼ同時に飛び上がるはクラトスとユアン。
会話を交わすことなく視線のみでほぼ同時に行動を開始するのは長い年月ゆえの賜物なのであろう。
ユアンとクラトスが背後の歪なる絡まりあったどす黒いような、
よくよくみればいくつもの人の体が変形したものが絡まりあっているような”ソレ”。
それからいくつもの黒い影のようなものが飛び出し、
大いなる実りに向かっていこうとする二人にとまるでコウモリの大群のごとく、
わっ、という表現がしっくりくるほどに迫りくる。
飛び上がり、マーテルが取り込まれている大いなる実りにむかってゆくユアンとクラトス。
そんな二人にと群がる蝙蝠のようにみえなくもない…
実際は黒い異形の無数の人影のようなもの…らが、リフィルの放った術により、
完全に直撃されることなく、二人の周囲に薄いシールドのようなものがはられ、
それらがはじかれているのが見てとれる。
「ぼ…僕だって!」
ミトスはいまだに戦っている。
姿こそよくよく目をこらしても今はもうおえないが。
剣と剣がまじりあう音と、それにともなう火花のようなもの…がいたるところでみてとれる。
どうやらミトスと魔族リビングアーマー…
この場合は、ランスロッド…とかいうらしい魔族の名でいうほうがいいのかもしれないが…
ともかくあの二人がひたすらに刃をまじりあわせているのはいやでもわかる。
時折、衝撃派のようなものがこの空間内にも伝わってきている以上、戦っていることは明白。
姉が術を放ち、プレセアが姉であるリフィルとしいなと一瞬、顔を見合わせたかとおもうと、
次の瞬間にはその手に大斧をかまえたまま、クラトスとユアンが飛び上がったその足元。
すなわち絡まりあった歪なる見た目は木の根が絡まっているようにみえなくもないそれ…
にむかって駆け出していく。
そんなプレセアに向かって、しいなが符術をここぞとばかりにたたみかける。
「迷律徒労は戦いのいざない 鈴蘭の風刃に滴る空迷絶業 絶衝 風刃縛符!」
しいなの放った符が周囲にいる敵を取り囲み、一瞬その動きを拘束する。
本来、元となっているこの技は敵を符で取り囲み、相手を空中に浮かす技。
ゆえに、空中にいる敵や重い敵には効果はない。
術者の腕次第でその目標は単体にも複数にもなりえる技。
しいなの放った符術は駆け出してゆくプレセアの行く手を遮る異形の存在達。
それらの動きを一瞬にしろ鈍らせるには十分。
そんな彼女たちの動きを目の当たりにし、ようやくジーニアスも自覚する。
今はここで悩んでいる時ではない。
とにかく今は、早くマーテルと大いなる実りを取り戻さなくては。
そしてできれば、魔族に取り込まれてしまっているケイトも。
そこまでおもい、ふとジーニアスの心にいいようのない不安がよぎる。
それは漠然とした不安で、何がどう、というわけではないが。
ケイトの状態をおもうとともに、ふと湧き上がってきたいいようのない不安。
そのつかみどころのない不安の正体はジーニアスにもわからない。
わからないが、だが一つだけ。
一つだけ確実なものがある。
ゆえに。
「悠久の時を廻る優しき風よ、我が前に集いて裂刃となせ サイクロン!」
とにかく今は、クラトスやユアン。
そしてプレセアの進む”道”を確保することが先決。
道を切り開くことの重要性。
ジーニアスは自身が前衛として戦えないことを自覚している。
どちらかといえば後衛。
術に特化して体力も皆とは劣る自分だからこそ自分の役割はわきまえているつもり。
ジーニアスの放った術は味方と認識したものを除き、その効果をここぞとばかりに発揮する。
ジーニアスが目標としたは、むらがってきている蝙蝠のようにみえなくもない、
”黒い塊”の集団の数々。
それらを目標としたジーニアスの放った術はこれでもか、
といわんばかりに周囲にいくつももの竜巻を発生させる。
アレ、に物量があるのかどうかはともかくとして。
案の定、どうやら竜巻の風によって吹き飛ばされたり、はしてないようだが、
だがそれでも竜巻がおこす風の本流に捕らわれいくつもの黒い風の柱がその場に表れる。
無数の黒い
それらはジーニアスの放ったサイクロン…つまりは竜巻にと巻き込まれ、
新たな黒い柱と成り果てている。
そんないくつもの黒い柱の合間をぬうように走り抜け、
プレセアがそう時間もかからずに根本?らしき場所にまでたどり着く。
そして。
「
斧の重みに任せてそのまま大きく斧を振り回す。
連続して同じ個所を狙うことにより、一撃では傷がつくかどうかすらわからなかった
幹らしきものにも、すこしばかりのきしみが生じ、
それとともに、周囲に何ともいえない人の悲鳴のようなものがひびきわたる。
プレセアが幹らしきものを傷つけるたび、どくどくとまるで人の生き血のごとく、
そこから血のような赤黒い何かがわきだし、それらは周囲にプレセアが斧を振うたび飛び散ってゆく。
断末魔のような叫びとともに、幹を構成していたであろう、
そのうちの一つがみしみしと音をたてて崩れるとともに、それが倒れたその直後。
それらは黒い靄となりはて、いくつもの無数の人の顔のようなものに変化したのち、
周囲に霧散するようにときえてゆく。
その光景はかつて禁書と呼ばれていたかの封印の書物の中でみた光景に酷似しており、
幾度同じような光景をみていたとしてもそうなれるようなものではなく、
むしろ傷つけるたびにこちらが悪いことをしているという罪悪感に捕らわれてしまう。
そしてそれは、プレセアだけにいえることではない。
ジーニアスが竜巻にて巻き込んでいる無数の人の形をした黒い存在達。
それらも恨みつらみのようなものをいいながらもいくども風の本流にもまれ、
やがては断末魔のようなものを残してはこちらもまた霧散してゆく様子がうかがえる。
周囲に無数の悲鳴と断末魔のようなものが響き渡る中、
少しでも気をぬけば自分の心が負けてしまう。
それはこの場にいる誰もが口にはださないが感じていることであろう。
こんな状態の中でも動じることなく相変わらず敵のボスといっても過言でない、
魔族と剣を交えているミトス。
そして、それぞれ空中にうかびながらも、プレセアとおなじように、
幹にみえる”ソレ”の中にある大いなる実りを取り戻そうとしているのであろう。
上のほうでもクラトスとユアンがそれぞれ武器を振り回し、
根、もしくは幹もどきを破壊しているのがみてとれる。
ちらりとみれば姉たるリフィルもプレセアも苦渋にみちた表情を浮かべてはいるものの、
それぞれ術、もしくは技を繰り出すのをやめてはいない。
さすがに上のほうにいるクラトスとユアンの表情まではわかららないが。
上と下、そしてジーニアスの放つ竜巻、しいなの放つ符術。
しいなの符術はプレセア、そしてリフィルやジーニアス。
そんな彼らの行動を遮ろうとする数多の影のような異形の存在達。
それらをどうにかはじきとばしており、はじきとばされた一部のものは、
そのままジーニアスのうみだした竜巻に飲み込まれてゆく。
あたりに響くは誰のものともわからない、悲鳴にもにた断末魔。
そして、絶えず場所をかえ、刃をまじりあえる音と、
何かがぶつかって生じているであろう衝撃派。
そんな衝撃派の中心地。
キッン。
衝撃波とともに、固い金属同士が重なり合う音。
虹色の透明な八枚の翼を展開している金髪の少年と華奢な体系をしている一人の女性。
女性のほうには絶えず黒い霧とも靄ともいえるものがまとわりついており、
華奢な体に似つかわしくない赤紫色の全身鎧に身をつつんでおり、
その手には大振りの一振りの大剣が握られている。
「相変わらず趣味の悪いことで」
「『そういうきさまは以前の甘さがきえてるようだな』」
女性の声と男性の声が重なった入り混じったような声。
本当に相変わらず趣味が悪い。
あえて体を乗っ取り操っている人物の顔をみえるように戦うことで
対峙する相手の精神面を削ってゆく戦法。
それを嫌というほどにかつての戦いで知っているからこその少年…ミトスの台詞。
そんなミトスに対し、口元をつりあげつつもまけじと言い返してくるは、
見る限り、ケイトという女性なれど、ケイトにあらず。
「その女性の体をのっとったのはこれが初めてじゃないんだろう?
ならばもうその女性の体はもたないはず。
もっとも、彼らはそんなこと露にもおもっていないだろうけどね」
すでにこの女性は幾度も魔族に体を乗っ取られ操られている。
彼ら魔族は瘴気の塊といってもよい。
彼らの精神体は完全に瘴気の塊と成り果てている。
そして、自分たちの体を構成しているものは、マナ。
マナと瘴気は反物質、つまりは相反するもの。
穢れたマナのゆきついたさきにあるものが瘴気。
人の欲が生み出した穢れ。
四千年という時間の中で様々に調べ検証し、そして彗星のメインシステムでも確認している。
短い時間に瘴気におかされたならばまだどうにかなる。
だが…幾度も、しかも高濃度の瘴気に侵された体がどうなるのかは…明白で。
魂までもが瘴気に穢され、魔族に堕とされてしまう可能性が大。
いや、すでに魔族になりかけているのかもしれない。
いくらこの彼女がエルフの血族であったとしても、
半分の血しかない彼女では魔族の瘴気に耐えられるとはおもえない。
救う方法は純粋なるマナによる浄化しかない。
だが、瘴気に侵された体にソレをする、ということはそれすなわち肉体の消滅を意味する。
まちがいなく彼らにそれをいえば他にも方法があるはずだのなんだのと、
戦いの邪魔をしてくるであろう。
だからこそミトスは何もいわない。
説明するつもりもない。
「『ふん。だが…ヤツラはどうかな?』」
にやりとした笑みをケイトであったものが浮かべるとほぼ同時。
バチバチバチィ!
周囲に黒い稲妻がいくつも発生し周囲にと乱れ飛ぶ。
「!フィールド・バリアー!」
ふと感じたはてしなく嫌な予感。
ぞわりと体にまとわりつくような悪寒を感じすかさずリフィルが術を展開したその刹那。
真っ黒い稲妻がいくつも上空より周囲に降り注いでくる。
「くっ」
杖をもつリフィルの手が震えるほどの重い衝撃。
「うわっ」
「きゃっ」
両手で杖を支え、頭上にかかげ、何とか術を保とうとするリフィルの耳に悲鳴のようなものが聞こえてくる。
「っ。新手かいっ」
短い悲鳴はどうやらジーニアスとプレセアのものであったのか、
ちらりと視線をリフィルが周囲にざっとむけてみれば、
リフィルの広範囲における術にて多少緩和されていはするものの、
どうやら黒い稲妻の攻撃の余波をうけたらしくジーニアスが膝をつき、
プレセアもまた斧をしたにして息をつく。
咄嗟的なのであろう。
自らの周囲に符をはりめぐらせ、稲妻を防いでいたらしいしいなが上空をにらみつつも叫んでおり、
リフィルも視線をあげてみれば、そこにたたずんでいる一つの人影。
全身を真っ黒なローブで覆い、顔も深いフードでかくれており、
その顔は確認できない。
身長は百六十あるかないか、というくらいだろうか。
上空にいるので確実にはいえないが。
だが、その姿を目視したとたん、リフィルの中に何ともいえない嫌な予感がつきぬける。
それは直感。
大いなる実りが取り込まれている歪なる樹の根もどき。
それらを取り囲むようにして、降り注ぐ黒い稲妻もまた絶えず降り注ぐ。
まるで稲妻の檻のごとく。
黒い稲妻の檻によって大いなる実りには近づこうにも近づけない。
今、まさにもう少しで大いなる実りのそばにたどり着こうとしていたユアンであるが、
稲妻に阻まれ、その行く手を遮られ顔をしかめそれでも必死に黒い稲妻の檻をぬけようとしており、
そんなユアンの行く手をはばむかのような黒い人の形をしたものに、
蝙蝠のような翼をもった異形のものが無数に近づこうとしているが、
それらはどうにかクラトスの剣裁きと術でかろうじてユアンに近づけていない。
大いなる実りの周囲で繰り広げられている戦闘。
そして地上ではわきでてくるこれまた異形のものたちを大斧をふりまわし蹴散らしていたが、
そんなプレセアの元にも容赦なく黒い稲妻は降り注ぐ。
稲妻は剣をまじりあわせていたミトスと”ケイト”の間にも容赦なくふりそそぎ、
今にも突きをくりだそうとしていたミトスはばっと背後にと飛び下がる。
両手にそれぞれ鋭い鈍く光るレイピアと、虹色にとにぶく光る”光の刃”を構えたまま、
目の前にいる自らと同じく空中に浮いているままの”ケイト”から視線をはずさずに
警戒をとくことなく、その視線をちらりと大いなる実りの近くに浮いている人物にとむけるミトス。
その目は一瞬見開かれるが、すぐにその眉をひそめ苦虫をつぶしたような表情をうかべるが
すぐに険しい表情をうかべるとともに、
「ジーニアス、リフィルさん、そこから離れて!」
眼下にいるリフィルとジーニアスにむけて何かに気づいたかのように声を張り上げる。
ミトスの声にてはっと上空をふり仰いだジーニアスたちがみたものは、
今まさに、彼らの頭上に塊のように集まっている黒い雷。
それらがバチバチという音とともに今まさに二人のいる頭上から降り注ごうとしており、
その威力はどうみてもその真下にいる彼ら姉弟が無事ではすまないレベルにみえる。
いくらリフィルが治癒術にたけており、フィールドバリアーなどを展開していても、
まちがいなくその威力にまけて少なからず…否、まちがいなく致命傷を負うであろう。
目の前にいる宿敵ともいえる相手のこともきになるが、あの姉弟のこともきにかかる。
今から急いで降り立ってマナによる防壁を張って間に合うか否か。
それでもどうしても、かつての自分を想起してしまうがゆえに見殺しになどできはしない。
「くっ」
そうもらした声は誰のものなのか。
ほぼ同時に幾人かが同じような声を一瞬もらす。
ジーニアスたちのほうに一瞬、気を取られたミトスのそんな隙を見逃すはずもなく。
ケイトの体を借りたままのランスロッドから剣が鋭く突きつけられる。
カッンッ!
その一撃をすばやく剣を顔の前で交差させて防ぐミトス。
その間にも黒い塊となった稲妻のようなそれは大きさをまし、
バチバチという音とともに眼下にいるすべてのものにむかって落下してゆく。
スピードそのものはそう遅くないはずなのに。
ミトスを含めたクラトスやユアン。
そしていまだに黒き存在達と攻防を繰り広げていたジーニアスたちからみれば、
まるでスローモーションのごとく、その球体の稲妻はゆっくりと降りてくるようにみえる。
それはほんの数秒にもみたない時間、のはずなのに。
間に合わない。
それは誰しもの脳裏に思い浮かんだ事。
障壁を展開しても防ぎきれるかすらもあやしいのは傍目にもあきらか。
できうることは、稲妻の威力をどうにか拡散させることくらいか。
いや、それすらも怪しいが。
プレセアやしいなもまた、その威力を感じ取り対策を講じようとするが、
いい案が浮かぶはずもなく。
精霊達の力を借りられれば話は違うのかもしれないが。
あの時より精霊達の力は召喚不可能となっている。
精霊達の力、と一瞬思い、しいなは今さらながらに心のどこかでこれまで
精霊にたよっていた自分に気づき何ともいえない気持ちになってしまう。
「まずいっ」
クラトスがその威力に気づき、眼下にいる彼ら…
この場合は障壁を張ることのできるリフィルの側にいるジーニアスより、
少し離れた場所にいるしいなの安否がきにかかる。
プレセアはこの根もどきの真下にいるゆえに、
おそらくはうまくすれば木の根もどきが壁となりあまり被害をうけないですむであろう。
それは希望的予測だ、とわかっているが。
下手に自分たち…自らとユアンの合同でアレに攻撃をしかけたとしても、
アレの威力が半減する未来がみえない。
それどころかまちがいなく威力が増してしまう。
それはかつて魔族達が行っていた戦いぶりをしっているからこその予測。
そうこうしている間にも、無情にもソレラは上空より降り注ぐ――
襲い来るのはかなりの衝撃…のはずなのに。
思わず覚悟してしかし術の発動は絶やさないままにぎゅっと目をつむっていた。
目をつむろう、とおもったわけではない。
だが、無自覚にもどうやら自分は目をつむってしまっていたらしい。
そして。
「――ミトス、あなたっ…」
姉であるリフィルのどこか焦ったような声。
「…え……ミト…ス?」
いつまでたっても襲ってこない衝撃。
そして焦る姉の声を耳にしゆっくりと目を開き…そして自分が目をつむっていたのだ。
というのを今さらながらに自覚するジーニアス。
リフィルの視線は少し斜め上をむいている。
かざしている杖が心なしか少しばかりカタカタと震えているのはおそらく気のせいではないであろう。
そんな姉の視線をなぞるように視線を動かしたジーニアスがみたものは。
自分たちよりも少し上に浮いているミトスの姿。
遥か頭上で敵のボスともいえる魔族…忌々しいことにあのケイトに憑依している…
とにかくそんなかつて禁書と呼ばれていた書物の中で一度はやりあったことのある相手。
そんな魔族とミトスは激闘を繰り広げていたはず…なのに。
ゆえに自然とかすれた声が無意識にも漏れ出してしまう。
「「…ほう。さすがは勇者、といわれたことだけのことはある。
すでに精霊との契約が断たれているにもかかわらず、
自らのマナだけでその術を使いこなすか」」
女性の声と相も変わらずにくぐもった声が重なったようなそれでいて、
どこか相手を侮蔑したような声が視線の先よりも上のほうから投げかけられる。
だらり、と垂れ下がった右腕を左腕で支えるようにしており、
その左手には無数の黒い靄のようなものが巻き付くように渦巻いている。
その左手から漏れ出しているようにみえる黒い靄のようなものと大樹の根もどきから
彼らがいる場所からでもわかるはっきりと目にみえる黒い”何か”。
それらがあわさり、抑えている手とだらり、と伸ばした手を支えているらしき左手らしきもの。
よくよくみないとそこに手があるのかどうかすらもわからないほどに濃い闇がそこにある。
「伊達に長い間、力と向き合っていたわけじゃないからね。
自分のマナのみで術を発動させる方法もとっくにわかってるさ」
そんな相手に対してどこかこちらもまた自重するようにいっているミトスの姿はといえば、
これまで展開していた”天使の翼”と一般には言われていた…信じられていた…ともいう、
とにかくそれを一体全体どうやったのか。
どうやらジーニアスやリフィル、そして少し離れた場所にいるしいなやプレセア。
そんな彼らをまるで巨大な翼で覆い尽くすようにその翼をかなり巨大化させており、
おぼろげながらではあるが、ミトスが自分たちをあの攻撃から助けてくれたのだ。
とジーニアスは嫌でも理解する。
一体どういう原理なのかはまったくもってわからないが。
「「――これだから、ヤツの加護をうけているものは厄介なのだ。
一瞬とはいえこの私の時すらをも止めうることができるのだからな」」
『……え?』
その言葉に思わずミトスのほうを見上げるジーニアスであるが、
どうやらその戸惑いは他のものも同じであるらしく、
ふとみれば同じように戸惑いをうかべたままでミトス、そして”彼”を困惑したようにと眺めている。
この場合、”彼”というべきか”彼女”というべきか悩むところであるが。
器となっているケイトという女性の意識がないのであれば、
彼、もしくは魔王、と呼ぶほうがふさわしいであろう。
それは自らのマナを代償にした術。
本来ならばかつては息を吸うように扱えていた術。
しかし今は精霊達の契約による加護がない。
正確にいえば精霊オリジンの、というべきか。
それともエターナルソードの、というべきか。
かの剣との契約もまた、世界が一つにもどったときに消えてしまっている。
もっと正しくいえばおそらくは精霊オリジンが解き放たれたあの時に。
でも、今の彼…ミトスでもかつての術の行使は可能。
永い、とてつもなくも永くもあった四千年、という年月をもってしてため込んでいたマナ。
かつて精霊ラタトスクより授けられた”石”がその力をため込むことを可能としていた。
だからこそできる技。
姉であるマーテルを救うために様々なことに手をつけていたミトスだからこそできる事。
「――僕がこの術…”タイムストップ”をつかえるのはとっくにしってたはずだろ?ランスロッド?」
それでも足止めできるのはほんの数秒。
でも…それで充分。
自分のマナを膨大に消費する結果とはなるが、二度と裏切りたくはない。
自分たちから加護を取り上げる、ということも可能であったはず、なのに。
いまだ完全にかの精霊からの加護だけ、は取り除かれてはいない。
ラタトスクの意図が完全にわかるわけではないが少なくとも見限られてはいない。
のだと思いたい。
切実に。
そうでなければとっくにこの世界はかつてかの精霊が決意していたように”地上は洗い流されている”。
まだ自分にこんな行動が…自分の命を削るような真似をしてまで他者を助けよう。
そう思える行動がとれることに自分自身のことながら自嘲ぎみになってしまうが。
力量によっては本来この術は六秒程度の時間停止、が限度、といわれているが、
ミトスはその鍛錬と努力によって十数秒までかつてはその力を伸ばしていた。
最もそこにはエターナルソードとの契約、という経緯があったからこそともいえるが。
しかし、今のミトスでは魔王相手となるとさすがに四秒程度しか時間を止められない。
マナを急激に消費したことにより体に嫌悪感を感じはするが、
だがしかし。
この程度のことが何だというのであろうか。
かつての戦いの時を思えばこの程度のことはどうってことはない。
そして。
「でも…今の一瞬で十分だよ」
いいつつも、ちらりとその視線を姉がいるであろう方向にと視線をむける。
こちらが何をいわなくても、彼ならば。
癪に障らないわけではないが、姉に関してのことならば彼は異様に行動力がありすぎる。
ありすぎて空回りすることのほうが大概多いが。
「
それと同時、周囲にユアンの声とともに轟音にも近しい雷の音が響き渡る――
伊達に長い付き合いのわけではない。
ミトスがどのような行動をするのか、かつてのミトスの行動を思えば予測は十分。
自分たちにむかってくる数多の黒い木の根もどきもその一瞬は動きをとめる。
ほんの数秒ほどの周囲の時間停止。
仲間以外のすべての”もの”の時をとめる術。
その一瞬の隙を見逃さず、すばやく飛び上がり、
自分たちを襲ってきていた木の根の株にもみえる塊にと飛翔し一気に武器を突きつけ技を解き放つ。
それは武器を突き刺した周囲に電撃を発生させ衝撃を加えるもの。
ましてや相手は木の根もどき。
その性質は木の根と人の魂…すなわち精神体にも近しいもの。
ゆえに雷系の技はよくとおる。
ユアンの放った電撃により、周囲の根っこもどきが一気にと雷によって焼け切れてゆく。
それらが朽ちるたびに人の悲鳴のようなものが聞こえているようではあるが。
雷の性質に”浄化”というものも含まれる。
ゆえに魔族によって無理やりに捕えられていた数多の利用されていた魂も、
その雷の光によって浄化され、この場より消失してゆく。
正確にいうならば完全に浄化され、次なる段階へとすすむ道へと向かってゆく。
雷はいわば聖なる光。
特に瘴気に覆われているこの場ではその威力を十二分にと発揮する。
もっとも、瘴気がまだ薄い相手だからこそ威力が十二分に発揮されるわけなのだが。
絶叫にも近しい声なき声が響き渡ると同時、
ユアン達を襲っていた木の根のようなそれは、ぼろぼろと崩れ去り、
やがてそのまま初めから何もなかったかのように霧散し
それこそ黒い霧のようなものにと一瞬変化したのち、そのまま周囲に溶け消えてゆく。
雷に打たれ、周囲を覆っていた木の根が一時期に消失する。
「マーテル!!」
そして木の根が複雑に絡まりあっていたその中心。
淡い青い光を発する蓮の花のような水晶がその場にとあらわになる。
マーテルの魂を内部に宿したそれこそが、かつてミトスたちがラタトスクより授かった”大いなる実り”。
すでに種子にはマナを生み出す苗木を還す力はないが。
そんな事をミトスやユアン達が知る由もない。
人が抱えるには大きな華のような種子。
種子、というよりはどちらかといえば水晶の華、にもみえなくはない。
水晶のようなそれの中では祈りをささげているような緑色の髪の少女の姿が見てとれる。
普段はそのまま両手を伸ばしたような形でその内部に閉じ込められている形ではあるが、
一時的とはいえ意識が浮上し”器”に仮初にでも憑依し、
さらに”とある力”の助力もあり内部にいる”魂”の自由が多少でもきくようになり、
その結果として彼女と種子を取り込まんとしていた瘴気に必至に抗っていたがゆえ、
マーテル、とよばれしその少女の”魂”は祈るような形で静かに種子の中で眠りについている。
「今そこから助け…っ」
今そこから助け出す。
そういいかけ手を伸ばしたその刹那。
気配を感じ、すばやく手にしているダブルセイバーを目の前にて振り切る。
それと同時。
キッン。
とした音とともにどこからともなく飛んできたとある”もの”をダブルセイバーがかろうじてはじく。
それは真っ黒い円形状の”何か”。
その”何か”が何であるのか飛んできた方向に自然と戻ってゆくそれをみて思わず顔をしかめるユアン。
種子の上に先ほどまではいなかったであろう人影がひとつ、みてとれる。
大きさはさほど大きくない。
しかしユアンはその人影の背格好と、そして投げてきた獲物
…すなわち武器をみて顔をしかめざるを得ない。
あいかわらず悪趣味な。
”彼女”をもともとはじめは殺すつもりであった自分が思うことではないかもしれないが。
それでもそう思わずにはいられない。
”マナが異なる”がそれは”彼ら”によって操られているものの特徴といえば特徴。
それでもその”器”を乗っ取られてはないのはさすがは”最適な器”として誕生しただけはある、
というべきか。
全身を漆黒の
その人影が誰なのか理解し、舌打ちしたのち、だがしかしこの状態になってはすでに助かるはずもなく。
感じるのは身を包んでいる漆黒の鎧そのものがすべて瘴気の塊である、ということ。
そこに微弱の意思を感じないということは純粋にアレは”アレ”の力の一部とみるべきであろう。
戻っていく真っ黒い円盤型のようにみえなくもない、輪っかのような武器…
チャクラムを無言で握り締めるその人影を認め、
その視線をちらりと自身の後ろの下のほうにいる彼ら、にと一瞬むける。
どうやらまだ彼らはこの展開に気づいていない模様。
知らないのならば知らないままのほうがよい。
それに、彼女にとってもこのまま、というのは不本意であろう。
まちがいなく、アレ、は意識を絶対に器の内部に残しているはず。
器の自由をきかなくさせて。
変異していないということは、下級のものが憑依しているのではないということ。
ならば、何らかの形でその器を利用されているとみた。
この場にやってきた時点でそういえば彼らの中に彼女の姿は見当たらなかった。
そして外に大量にいるであろう魔族とそれにかかわるものたち。
彼らがこの場に無事にやってきていることからも省みて…おそらく、間違いなく彼女は――
「あれは――……」
大いなる実りの上に浮いているようにたっている小柄な人影。
ちらり、と眼下にいるジーニアス達や少し離れた場所にいるしいなやプレセアにと視線をむけるが、
どうやらまだ彼らはその姿に気が付いていないらしい。
でもおそらく確実に時間の問題、であろう。
まったく、本当に。
いつの時代も魔族というものは。
かかわったものの間近いにいるものを利用する。
それがたとえ、死に瀕していたり、死んだものですら。
少し前もたしか、みずほの民のくちなわ、というものが魔族によって利用され踊らされていた。
当人は踊らされている、という自覚はまったくなかったらしいが。
ぎゅっと胸元にと手をあてる。
ほとんどのエクスフィアが消滅している今現在。
今でも自分たちの胸元にはまだ”これ”がある。
かつてラタトスクよりさずかった”それ”が。
周囲のマナを変換し、そして自分たちが利用できるようにされたそれ。
かつてラタトスクと盟約を交わした証のその”品”が。
この場に満ちているのは瘴気なれど、だけども自分のもっているマナを利用することは可能。
感覚的に以前より自身のマナを感じ取ることが少しばかり難しくなっているようだが、
その理由も大まかなれど理解はしている。
「――いっきにケリをつけるよ。――シャイニング・バインド!」
まだ上にいるランスロッドはこちらを警戒しつつも攻撃をしかけてこない。
おそらく”彼女”を出したことで自分の優位を確信しているのか愉悦の感情が見てとれる。
口元が歪なほどにつりあがり笑みを浮かべているのが何よりの証拠。
先ほどの自身によるマナの翼の展開と、この術。
かなりの自分自身のマナ…言い換えれば生命力を消費する。
だがこんなことは以前はよくあったこと。
それこそラタトスクと盟約を交わす前などは血を吐くことなど日常茶飯事であった。
だからこそ必然的に術を紡ぐ時間を短くし利用する手段をもちいるすべを身に着けた。
無詠唱からの術の発動による威力の格差を極力なくす術をも身に着けた。
クラトスが使用していた術をミトスなりに改変し極めた”術”。
敵、と定めたものを一瞬拘束したのち、マナにて生み出した光の刃で攻撃する技。
ミトスの台詞とともにこの場全体を覆い尽くすほどの巨大な魔法陣が
マナを放出させて翼を展開させている今現在。
その威力は通常よりもより高く発揮される。
今展開させているマナの翼は本来いつも展開させるマナの翼と違って枷などはかけていない。
むしろそのような暇はなかった。
少しでも威力をそげばまちがいなく、
敵であるランスロッドの攻撃はジーニアスたちに降りかかっていたであろう。
ゆえに、手加減はしない。
さらにいうならば、”あれ”を彼らに気づかれてはさらに厄介なことになる。
彼らはどういう理由があっても間違いなく…
伊達に姉の器として彼女をずっと見ていたわけではない。
瘴気の鎧によってその肉体がおおわれていようとも見間違えるはずがない。
かろうじて存在が保てるかどうかというほどの稀薄なマナ。
そしてミトスはそのようなマナの状態になることをよく知っている。
よりあるいみで濃いマナをもつ彼女がどうして、とおもわなくもないが。
だが、それが肉体が消滅しかかっていたのであればあの状態も納得できる。
かつての姉のときは近くにあった大いなる実りの力もあってかその最悪は防がれた。
だがしかし姉の精神体…魂が種子の中に取り込まれ入り込んでしまうという事となった。
そして…神子、という立場は少なからず…
否、確実に”クルシスの輝石”とよばれしものにその魂の一部を吸収される。
自分たちが…というよりも自分が長い年月でそのようにした。
散々嫌い、嫌悪していた瘴気の歪みの手前の”負”と呼ばれる力を利用して。
今はそんな捕らわれていた数多の魂もかの存在の手により解放されてしまっているが。
クルシスの輝石がもっている機能も失われている可能性もある。
が、それはあくまでも憶測できちんと確認したわけではない。
「『何…きさま…本当に…ぐわぁぁぁぁぁぁっ』」
相手が油断しているこの一瞬。
敵である魔族ランスロッド…対外的には魔王、を名乗っていたようだが。
魔法陣より幾重にも光の鎖のようなものが出現し、
それらは一瞬のうちに、上空にいるランスロッド、そして
それと同時、鎖を通じ、高密度ともいえるマナによる光りの刃…ミトスのアレンジによって、
その刃はどちらかといえば槍、のような様式をしているが…が四方八方より、
それら二体にと降り注ぐ。
瘴気とマナはいわば反物質ともいえるもの。
そして、魔族であるランスロッドはもともとが瘴気の塊と化した生命体。
たとえ他者の体…すなわち器の中にその精神を潜ませていても、
鎖を通じて直接内部に注ぎ込まれたマナの力を退けられるはずもなく。
それゆえに苦痛にみちた絶叫をその場にと響き渡らせる。
絶叫が二か所から放たれていることにすら気づけないほどの大音量の絶叫。
この空間すべてに響き渡るほどの絶叫は少なからずとも声が反響していたこともあり、
一部のものにしかその声がさらに重なっていることに気づかれていない。
「ちょ…ミトス、ケイトがっ…」
その体をかきむしるかのごとく絶叫をあげているケイトの姿を乗っ取っている敵をみて
思わずジーニアスが声をかける。
それほどまでに相手が苦しんでいるのが嫌でも見てとれる。
敵、とはわかっていても相手は知り合い。
父親に認められたくていろいろ許せないことに手を染めていたとしても、
それでもどこか共感できる部分があったがゆえに憎み切れない相手。
さらにはかつて彼女はその意志力で自分たちを助けてくれたこともある。
「――ムダだよ。彼女の体はどちらにしても、もう持たないんだから」
そんなジーニアスの心情を知ってか知らずかぽつり、とミトスがちらりとジーニアスにと視線をむけたあと、
そのまま視線をまっすぐにケイトの姿をしたモノにと視線を定めたまま言い放つ。
持たないって……
そう言いかけるジーニアスであるが、その理由はすぐさまに判明する。
「『おのれ…おのれ…ミトス=ユグドラシル!』」
何ともいえない怨嗟の声。
それと同時、手を伸ばしたケイトであったそれが、ぼろり、と真っ黒にと染まり、
そのまま朽ちるようにともろく崩れ去ってゆく。
それは手だけでなく、よくよくみれば鎖が巻き付いていた個所から崩れ去っており、
まるで焼け焦げた燃えカスのごとく、黒いただの塵のような塊によってかろうじて
ヒト型をたもっているというような形へと変貌してゆく。
そこにもはやケイトであったという面影はどこにもない。
ケイトの体であったそれはぼろぼろと崩れるようにと真っ黒にと変化し、
それはやがて黒い影のような塊だけのものにと変貌してゆく。
あまりの事にジーニアスもリフィルも頭上の光景から目を離せない。
それゆえに、少し離れた場所でどのようなことが起こっているのか理解していない。
だがしかし、大いなる実りのより近くにいたしいなやプレセアはそうはいかない。
それぞれに木の根もどきを駆逐していた手前、より大いなる実りの近くにと彼女たちは位置している。
ゆえに、大いなる実りの上に現れた謎の小柄な人影も目視していた。
新たな新手…とはおもったが、しいなもプレセアもなぜか嫌な予感が突き抜けた。
先ほど、あの人影が投げた武器は…彼女たちからしてみればいまだ一人しか使い手をみていない。
それでもありえない、という思いと、まさか、という思い。
なぜ、あの小柄な謎の人影が投げた武器が…チャクラムであったのか。
かつて魔族について説明されたことを思い出す。
彼らはヒトを人として扱わず、ましてやその体をも乗っ取ることがあるという。
その余波にも近い現象は以前彼女たちは目の当たりにしている。
まさか、とおもっていた。
思わず敵を薙ぎ払いつつも凝視していた”ソレ”が突如として空中に広がった魔法陣。
それによって発生したであろう光の鎖に絡み取られ、光の槍のような刃で華奢な体を貫かれ、
遠目からも苦しんでいるのが見てとれたその直後。
何ともいえない絶叫とともに華奢な体から黒い”何か”が一気に剥がれ落ちていき、
そのままその体は支えを失ったごとくゆっくりその場から落下してゆく様が目に入る。
プレセアやしいなの目にはそれはとてもゆっくりで。
まるで時がゆっくりになっているかのように錯覚してしまう。
されどそれは現実で。
大いなる実りの上のほうから先ほどの攻撃…おそらくは、あのミトスによるもの、なのだろう…
をうけたであろう、小柄な人影がゆっくりと力なく落ちてくるのをただただ眺めるしかできない。
体を動かそうとしてもそれぞれ体が金縛りにあったかのごとくに動かない。
そこから落ちてくる金の残滓を認識したくないかのごとくに。
小柄な体から剥がれ落ちてゆくように消え去ってゆく黒い靄。
靄のようなソレがその小柄な体を覆っていた鎧にみえたものだ、と鈍った思考の中で理解する。
いや、理解するというよりは理解してしまった、とでもいうべきか。
黒い鎧の下より現れたのは真っ白い服。
そして、さらり、と落ちてくるときに嫌でも目にはいる長い金髪。
それはほんの数秒にも満たない時間のはず、なのに。
やけに長く感じてしまうのはやはり信じたくはない、という思いが強いからであろう。
なぜ、どうして。
かつてのときのように今度はついに彼女の偽物が?
そんな事をもふと思うがしかし心のどこかでは、彼女が本人である、と理解している。
否、理解せざるを得ない、というべきか。
今、敵対しているのは、人の命を命とも思わない”魔族”という存在。
禁書とよばれし書物の中で、そして”黒い異形”を目の当たりにしたことがある彼女たちだからこそ理解する。
理解してしまう。
ここにくるまで助けられなかった彼女。
自分たちを守るためにある術を唱えた彼女。
そして…雲の狭間に落下していったはずの……彼女。
死んだ、などとは思いたくなかった。
けど、だからといってこんな再開はしたくなかった。
ケイトに続いて彼女まで。
「「コレット(さん)……?」」
かすれる声はほぼ同時。
プレセアとしいなの茫然とした声はどこか現実味を帯びていない。
動きたいのに動けない。
目の前で繰り広げられている展開についていけない。
それは本当に一瞬で。
そんな中、周囲にたむろしていた邪魔をしていた”敵”そのものがひるんだ一瞬の隙をついたのであろう。
すかさず、幾重にもかさなった木の根のような…マングローブの絡まった木の根を彷彿される
それらをかいくぐり、
その中心にて黒き靄につつまれかけている蓮の花のようなもの。
あわく青白く輝いているようにみえる”それ”にと急接近しているユアンの姿。
そして。
「マーテル!!」
ユアンが蓮の花にと手を触れるのと、そこから落ちている小柄な人影を一緒に移動していたクラトスが、
その小柄な体が完全に落下するその直前に受け止めているクラトスの姿も垣間見える。
それは本当にそれぞれ一瞬のことであり。
ユアンが蓮の花のようなそれ…すなわち、大いなる実りに手を触れるとともに、
その中心にて目をつむっていた女性の口が気のせいか、ちいさく動く。
それはほんのごぐこくわずかで。
それでも間近にいるがゆえに、いくら水晶越しでも見間違えるはずもなく。
「マーテル、今そこから助ける!」
ぐっと、水晶に触れた手に自身の生命力を集中させ触れた場所より大いなる実りへと、
自身の生命力を流すユアン。
それとともに、大いなる実りを中心として淡く、とても淡い薄青い光が溢れだす。
「……う……」
ゆっくりと目をあける。
自分の意志で、言葉がでることに驚くしかない。
この感覚はかつてのあのとき。
救いの塔にて自我を失っていたときに感じていた感覚とよく似ていた。
違うのは、あきらかに今の現状のほうが不快感と、罪悪感が強かった、ということ。
「……神子………」
誰かが、落下する自分を受け止めてくれた。
ぼんやりとかすむ、視界にはいったは、見慣れた人物。
「クラトス…さん。すいません…私、皆に最後まで迷惑…でも…よかった…
ミトスに…ありがとうって…いっておいてください。
おかげで私が皆を…傷つけることがなかったって……」
体が消滅してゆく感覚は味わっていた。
マナが稀薄になっていくのはこういうことなんだ。
と、落ちてゆく中でそう認識していた。
胸元のクルシスの輝石が淡く、輝いていたようにも思えるが。
だけども、その刹那。
周囲に異形のものが取り囲み、そして一瞬のうちに体が黒い何か、につつまれた。
気付いたときには、体の自由がまったくきかず。
自身の体を覆い尽くす、不快感しか感じない、くろい”何か”。
体を覆っている、”何か”が、自分の体を操ろうとしている。
抗おうにもあらがえない。
それは、コレットは知る由もないが、魔物たちがヒュプノス、と呼ばれている装置。
それで操られているときの感覚にとよく似ている。
「魔族との戦いでリヴァヴィウサーを唱えるとは、無茶なことを……
お前のその輝石は、ミトスのそれ、とも我らのそれとも異なるというのに」
あの旅の最中で、それ以降もおそらくエミル…否、ラタトスクは彼女に加護は与えていないであろう。
与えているとすれば、このように魔族が表面だけ、とはいえまとわりつくことができるはずがない。
うっすらとうつるクラトスの表情は、何ともいえない表情をしていて。
それが、困ったとき、何ともいえない事があったときに浮かべるロイドの表情にとよくにている。
「クラトス…さん。ロイドを…頼みます。ロイド…強いようでいて、弱いから…
誰かが側にいてあげないと…」
「それ以上、話すな。神子。体の崩壊が早まる」
崩壊、というよりは瓦解、というべきか。
事実、クラトスが抱きしめているコレットの体は光り輝き、粒子のごとくに細かくなっていっている。
――・・・・
ふと、何かの声がする。
「…マーテル?」
それは、頭上から。
ふと、クラトスが見上げると同時。
淡い光がクラトス達のいる場所まで包み込む。
――あなたが死ねば悲しむ人がたくさんいるの。私にできること、それは……
体を包み込んでいる暖かな力。
その力が自身に与えられている”石”と呼応しているのがよくわかる。
”力”を使用すればこの種子は本来の役割をほぼ果たさなくなるだろう。
けども、だけども、
本来の大樹はすでに、芽吹いている、ということが。
そして、この種子はどちらかといえば、
かつていっていた試練にかかわりし存在になっている、ということが。
自分の覚悟が足りなかったのだろう。
死にゆく神子と呼ばれている少女たちの魂をずっと保護してきていた。
それによって、種子が少女たちの思念によって変質してしまいそうなのを抑えていた。
自分が誰かに憑依などをすれば違ったのかもしれない。
けど、それはできなかった。
誰かを犠牲にしてなんて、どうしても。
だけど、あの少女たち…アリシアと呼ばれし少女をみているとふと思う。
あの機械人形をミトスがもってきたときに、仮初でも憑依していれば、と。
コレットの中に魂の欠片があったがゆえに、
古の技術だ、という”コアクリスタル”の技術も一応把握はしている。
それは、今、まさに。
かの精霊から託されたこの”石”に自身の魂が保護されているのとほぼかわりはしない。
大いなる実りと、”石”は、基本的な力でいえば同一といってもよい。
マナを周囲に散布するか、ためこむか、だけの違い。
元となっている精霊ラタトスクの力そのものに違いはない。
ミトスに語り掛けようにも、少しでも気をぬけば、
幾多もの取り込んだ魂達の怨嗟が種子を穢す恐れがあった。
あの子に魔族が干渉し始めているのはわかっていた。
でも、悲しみに暮れていたミトスには自分の”声”は届かなかった。
おそらくは、か細いその声は、魔族ジャミルの干渉によってはじかれていたのであろう。
――その子は、私が……
短い間とはいえ、彼女…コレットは、ラタトスクのマナを豊富に受け取っている。
それは魂においても、肉体においても然り。
ほぼ毎日のように、かの御方がつくった料理を食べていたのは伊達ではないはず。
事実、彼女が身に着けている精霊石の微精霊達はまったくくるってなどいない。
穢されてもいない。
それなのに、彼女の体が疾患に陥ったのは、彼女が無意識ながらもそれを選んでしまったがゆえ。
自身を包む込み、かの精霊の暖かさ。
干渉しない、といいながらも、加護は健在。
まちがいなく、あのとき、この種子の内部にいれられた”力の欠片”が関係しているのだろう。
本当に、どこまで視とおしているのか。
この現状をも把握していたのか、それとも…
大いなる意志そのものともいえる、かの精霊の思いはわからない。
けど、これまでの少女や少年たちは助けることができなかったが、彼女なら。
王たるラタトスクのマナをおおく受け取っている彼女ならではこそできること。
かつて、自身が意図するでもなく、この大いなる実りの中に
淡い、淡い光が周囲を覆い尽くす。
周囲、といっても、種子がある場を含め、半径イチメートル弱、といったところか。
球体のように広がったその光は、種子の下にいたクラトスとコレットの体をも覆い尽くす。
「…マーテル…さま?」
コレットのもうみえなくなってきている目に移ったは、
優しく、それでいて少し悲しそうに微笑む女神マーテルの姿。
女神、というのは偽りだというのはわかっていても。
ずっとそのように教えられ、またそのような立場にいたコレットはどうしても女神、としか思えない。
彼女の思いも、生き様も、そしてやさしさも。
それこそ、物語の中にあるように、まさに女神にふさわしい。
彼女をいちど、その身に受け入れたことがあるからこそ、コレットはそう思う。
ああ、こういうのをいっていたんだろうね。
エミルは。
人は、よく象徴をつくっては、宗教などというものを作り上げる。
時折というか、よくエミルはそんなことをいっていた。
偽りの宗教。
でも、その偽りの中でも正しきこともあるわけで。
全ての命は皆平等。
その教えはいいとおもう。
エミルは、そうもいっていた。
まさかエミルが精霊ラタトスクだ、などとは思いもしなかったが。
でも、それをしったとき、すとん、と納得もできた。
ああ、私の中でときおり聞こえてくる”声”の子たちがいっていた”王”というのは、
エミルのことだったんだ、と。
マーテルがそっと、手を伸ばしてくるのが
コレットもまた、かすむ意識の中、無意識にそんなマーテルにと手を伸ばす。
「…神子?」
体が光の粒子となりて崩壊してゆく。
しかし、その光は瘴気に侵されたものとは異なり、淡い金色の光と緑の光を含んでいる。
瘴気に侵された体は完全に体が砂となりて無と還る。
砂からマナへ、すなわち
コレットの伸ばされた手は、上空にある、今まさにユアンが触れられたばかりの大いなる実り。
そちらほうにとむいている。
「…ロイド……ごめんね…クラトスさん、ロイドを……」
「っ!神子!」
――クラトス。ミトスを…あの子を……
その様は、マーテルが死したあの時。
あの一瞬をクラトスにと思い起こさせる。
クラトスの腕の中。
コレットの体全体が光につつまれ、やがて、コレットの伸ばされた手も光につつまれる。
それらはすべて、光の粒子状となりて、きらきらと一筋の光となりて、
そのまま上空へとむかってゆく。
まるで、そう。
何かに導かれるように。
まるで、あの時のように。
粒子が大いなる実りに触れそうにになるその刹那。
より強い、淡い白い光が一瞬、あたりをさらに覆い尽くす。
「これは……マーテル…それに…シルヴァラントの神子…?」
まぶしい光の中でも、ユアンは大いなる実りから手を放すことはなかった。
感じたのは、内部にいるマーテルがシルヴァラントの神子に手をさしのべる動作をしたこと。
これまで種子の中でマーテルが動く動作などみたことがなかったというのに。
両腕を胸の前でくみ、眠ったようにマーテルは常に種子の中にいた。
まぶしいまでの光の後。
触れていた冷たいようでどこかぬくもりを感じる固い感触が突如として小さくなった。
光の粒子をすべて取り込み…ユアンもまたこの現象に覚えがある。
それは、かつてマーテルが死して、大いなる実りにその粒子となった体ごと吸い込まれたあの時。
あの時の現象にとよく似ている。
そう思う。
全ての粒子を取り込んだとおもわれしその刹那。
大いなる実りがより強く輝き、そして気が付いたときには大いなる実りはいつもの大きさ、ではなく。
それこそ手の平にまで収まる大きさへと変化しているのがはっきりとわかる。
その小さな、蓮の花のような内部に、小さな、本当に小さな。
しいていえば、力の場で体を小さくしたかのようなマーテルの姿と、
そしてシルヴァラントの神子であるコレットの姿が。
互いに背を合わすようにして、同じような格好にて内部に取り込まれているのがうかがえる。
それこそまるで合わせ鏡のごとくに。
かつてこの世界にあった、双子の女神の像を模しているかのごとくに。
なぜ、いきなり大いなる実りが小さくなったのか。
それはユアンには判らない。
いや、何となくではあるが、理解する。
理解できてしまう。
近づいたときに、はっきりとわかったが。
種子の中にはこれまでなかったはずの、なぜか赤い蝶、のようなものが混じっていた。
そんなものは、これまでにはなかったはず。
そして、赤い蝶、で思い出せるというか連想できるは。
「…あの精霊が何らかの処置を施していた…か」
考えれるのはあの時、しかない。
あの時、テセアラの神子が、大いなる実りのそばに”実りの間”に現れた。
というあの時しか。
しかも、あの時、あの神子は、センチュリオンからとある品をも預かっていたという。
あのテネブラエ特性の防護服を。
であれば、センチュリオンを通じて何らかのものをかの種子の近くにもっていっていても何ら不思議はない。
その処置が何なのか、まではわからないが。
でも、今みるこの小さな、間違いなく大いなる実り…なのだろう。
手のひらサイズまで小さくなったこの種子は、間違いようがなく。
ついでにいえば内部にあったはずの蝶のような、”何か”は、
今はその種子を包む込みかのごとくに台座、のような形をとっている。
それこそこれだけでは、水晶によって蓮の花を模した置物、で通用するかのように。
ユアンがしっかりと、その種子を両手で包み込むようにしてしっかりとつかむと共に。
一気に周囲を覆い尽くしていたであろう、黒い靄のようものが突如として晴れてゆく。
まるで、そう。
大気に溶け消えてゆくかのごとくに。
「『おのれ…忌々しきは大いなる意志めっ!番人めっ!!
我らが神よ、邪神ユリスよ!我に力を!』」
朽ちてゆく体。
そして周囲に満ちるは間違いなく、自分たちにとっては毒ともいえるマナ。
おそらくは、あの精霊が何かの対策を種子に施していたのであろう。
そうでなければ、あの大きな種子があっさりと、小さくなるはずなどない。
たとえそこに人の思念体がはいっていたとしても、である。
もはや、もう後はない。
すでに、ニブルヘイムはこの地、惑星にはない。
主たる同胞たちは、忌々しいことにあの精霊が新たに生み出した新天地。
そちらのほうにと移動してしまっている。
ニブルヘイムに満ちていた瘴気もかの精霊の指示によってか、
センチュリオン達によってまとめられてしまい、あの地に自分たちの糧とするものはない。
でも、それが何だというのだ。
かつて自分たちが生み出し、そして崇めていたという邪神ユリスの存在が確かに感じられる。
だからこそ願う。
自身の主であるオーディーンですら、かの地に移動してしまった。
プルートに負け、実力差を思い知ってしまったがゆえに。
もっとも、あのオーディーンがあのまま配下でおわる、ともおもえないが。
しかし、決定的だったのは。
プルートがそれぞれの支配者であったものたちに、それぞれの領地を分け与えた。
ということであろう。
あくまでも全体的にプルートは見守り、秩序を守るという立場を貫く、らしい。
そのありようは、かつて彼らがまだ”神”と呼ばれていたころの形式のまま。
そこに、”生きた人”がいないだけで。
他の生命を生み出したいのならば、いうように、とまでいわれているらしい。
だからといって、忌々しき大いなる意志が用意した箱庭ともよべる場所に何の意味がある。
知識欲だけは貪欲なオーディーン。
でもそれは、時として自分たちにすら不利へと働く。
かつて、この惑星が瘴気に覆われるきっかけとなったあの戦いのときのように。
自分たちが変質してしまったあの時のように。
それを思い出す、思い出せてしまう、というのが何とも忌々しい。
それもすべては、大いなる意志たるかの精霊、ラタトスクの力ゆえだ、と理解できてしまうがゆえに。
ゆえに、願う。
主君、として仕えていたオーディーンはもはや主君にあらず。
今、自分が主とあがめるは、かの”邪神ユリス”のみ。
ランスロッドは知らない。
信じようとしていない。
邪神ユリス、とよばれし負の顕現化ともいえる存在もまた、
精霊ラタトスクの配下である闇のセンチュリオン・テネブラエの直属の配下である。
ということを。
力を求める、ということは、すなわち。
これまで以上にかの精霊達の思惑通りになっている、ということを。
「『がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!』」
何ともいえない絶叫とも咆哮ともいえない声が響き渡る。
それと同時。
ケイトの体が、パンッ、という音とともにハゼわれる。
それこそまさに、はじけた、というかのごとくに忽然と。
その体全体から吹き出された黒い霧のようなものは、大いなる実りのあった木の根もどき。
そちらにむかっていき、木の根そのものをとりこむかのごとくにその霧は肥大してゆく。
「ユアン!姉様…種子は!?」
「大丈夫だ!あの精霊が何かの処置をやはりしていたらしい!小さくなってはしまったが、無事だ!」
そっと両手で包み込むようにして、ばっとその場を飛び上がるユアンに対し、
即座にミトスが反応して問いかける。
「…そっか。…ああ、あの時、そういうことだったんだ」
あの時。
なぜ、テセアラの神子が種子の背後というか死角から出てきたのか今さらながらに理解する。
ここまで先を見通していたのかはわからない。
いや、かのラタトスクのこと。
未来がみえる、といっても納得してしまう。
ラタトスクとしても、ここまで魔族がちょっかいをかけてくるとはおもってはいなかったゆえに、
あるいみで、あの時、マーテルを保護するためと種子を守るためにと言づけた行為が功を得たともいえる。
「よしっ。姉様と種子は確保!皆、一端、ここから離れるよ!
奴は、間違いなく、この空間ごとというか”この場”ごと同化するつもりだ!
内部に取り込まれる前に脱出するよ!クラトス!」
ああ。
本当に。
僕達はいつも、君に、ラタトスクに守られているんだよね。
あの子、シルヴァラントの神子であるコレットもそう。
あの光景は間違いなく。
姉が種子に取り込まれたときとほぼ同じ。
であれば。
コレットも間違いなく無事であろう。
ここまで姉と同じような道筋をたどるとはミトスとて思ってもいなかったが。
先ほどの光につつまれ、そして残っていた異形の輩も種子を失った木の根にまとわりつき、
今現在、彼らに対して攻撃をしかけているものはいない。
ミトスの言葉をうけ、しばらく自らの手をじっとみていたクラトスであるが、はっとしたように、
「しいな。プレセア。その場からすぐに離れろ!我々はミトスとともに退路を開く!
この場から少しでも早く、脱出せねば、ヤツの体内ともいえる内部に取り込まれてしまうぞ!
お前たちは、まだ自身のマナをうまく操って体に防御を施すのは無理であろうっ!リフィル!」
「っ!優美なる慈愛の天使よ、我らにその心 分け与えたまえ、光とならん!フィールドバリアー!」
飲み込まれてしまう。
その言葉に瞬時にして、何をしたらいいのか高速で思考を回転させ、
できうれば素早さを向上させる術もいいかもしれないが。
だがしかし、防御を上げるほうを優先する。
「皆、急いで!ミトスのいうように、一度、離脱するわよ!」
「で、でも、姉さん…」
ケイトはいったいどうなってしまったのか。
というか、ここで追撃をかけておいたほうがいいのではないのか。
ジーニアスとしては、何がどうなっているかがわからない。
そもそも、飛んでくるユアンがそっと両手で包んでいるのが、
もしかしてあの大きな、大いなる実りであったものだったというのだろうか。
だとすればなぜ小さくなってしまっているのか。
聞きたいこと、言いたい事はたくさんある。
「急いで!ジーニアスも!奴の内部に取り込まれたくないでしょ!」
みれば、木が異様にうねっている。
ついでにいえば周囲の空間そのものも。
「ミトス、できるか?」
「任せて。以前、ミュゼの力を使ったときに予測が確定してるから」
それでなくても、自力で多少の力は使用可能となっていた。
この場は空間も少しばかり歪んでいる。
その力を利用すればわけはない。
「時空蒼破斬!!」
生半可な力では、この場の力に負けてしまう。
それゆえに、周囲の力を”石”にと集める。
あの時、石が一時傷ついてしまっていたが、今はもう石は完全にと戻っている。
今思えば、この石を修理できるなど、ラタトスク以外にはいないはずだったのにとつくづくおもう。
ありえないことはありえない。
自分がよくいっていたかつての台詞。
ラタトスクが地上にでてきていることこそが、ありえないことはありえない。
そのまさに典型的な例ともいえたのだろう。
ユアンがしっかりと小さくなった大いなる実りを持っているのを確認しつつ、
問いかけてきたユアンに即座にと答えるミトス。
そのまま、技を解き放つ。
エターナルソードがあれば、次元斬だけでも十分だが、
今はもう、かの精霊との契約は切れている。
威力を少しでもあげ、空間を一時的に切り裂き、こじあけるためにも、
あえて、時空蒼破斬を選び、使用する。
ミトスの手に握られているのは、ミトスの身長よりも大きな一振りの光る剣。
ミトス自らがマナを剣と化して振う剣。
この空間はあくまでも魔族がつくった空間であり、すなわちマナは弱点となりえる代物。
そんなマナでつくった剣にて放たれた技は、通常の剣を振うよりもより威力を増大させる。
巨大な一振りの大剣より発せられた衝撃派は、文字通り、
空間を切り裂き、魔族によってつくられていた異次元空間すらをも切り裂き、
そこにぽっかりとした穴をあける。
さらには、続けざまに放たれた虚空蒼破斬…これはミトスのアレンジ、
すなわち改善が含まれてはいはするが、
ともあれ、次元斬にて切り裂かれた空間に金色がかった…本来のこの技は、
闘気、を利用しているがゆえに、蒼い光、になるはずなのだが。
ミトスがこの技に上乗せしているのは純粋たるマナ。
それゆえに、淡く金色がかった衝撃波状の光の固まりが発生し、
ミトスが切り開いた空間をさらにこじあけるかのごとくに追撃する。
「いくよっ!」
それとともに、ミトスが先陣をきるかのように、ぽっかり開いた空間にと突入してゆく。
感覚で、間違いなくこの空間を切り裂けた、という手ごたえがある。
さらにはあの空間の先が外につながっていることも何となくだが理解できる。
おそらくは、間違いなくラタトスクが絡んでいるのであろう。
心なしか胸元にネックレスとしてつけているデリスエンブレムが温かいような。
彗星がこの惑星から離れていっているのはわかっていた。
そして、ふと気が付いたとき、自身が罠として分けていたはずの、かつてもらったデリスエンブレム。
それがいつのまにか自身のポケットにとはいっていた。
ついでに、一言添えられて。
”もう、分けるな”
ただ、一言。
それが誰の言葉なのか。
理解してしまって、思わず目を点にしたあと、一人で笑ってしまったが。
この試練には手をかさない、といいながらも見守ってくれている。
それがとてもこそばゆく、そしてうれしい。
自身が四千年もの間、ラタトスクを、精霊達を裏切っていた。
と認識している。
にもかかわらず、まだ自分を信じてくれている。
いや、この場合は自分たちはやり直すことができる、と信じてくれている、というべきか。
もう、自分はやり直すにしても遅すぎる、そうおもっていた。
誰かの手によって、輝石を壊してしまって、自らの体内のマナ、魂のありかた。
そのすべてでもって、大いなる実りに命を吹き込もうとおもっていた。
一番いいのは、姉もよみがえり、種子も無事であること、であったが。
本当に、君は。
不器用なやさしさ、というか、すべてを包み込むかの如くのやさしさというか。
そして、当然のことながら過酷さももっている。
伊達に本来ならば世界を無から有に創り出す精霊ではない、ということなのだろう。
そもそも、この宇宙の成り立ちも元をただせばラタトスクが始めた、
というのだから呆れもするし、納得もする。
この惑星においてはその力にかなり枷のようなものをかけている、
とかつてセンチュリオン・アクアがそんなことをいっていたのを思い出す。
自分があの時、契約したい、といいだしても、彼はそれを断ったであろう。
今、ラタトスクが契約しているのは、この惑星そのもの。
惑星の存続。
この惑星が望む限り。
かつての命あふれる惑星を。
かつてのこの惑星がどんな惑星であったなんか知りはしない。
でも、この惑星は、命あふれる星、という意味合いで、
そこに住まうものたちにはかつて、”地球”と呼ばれていたらしい。
地球、血の球。
でもそこに住まいしヒトが、大地を疲弊させ、大気を汚染し、負をまちきらし、
結果としてこの惑星は瘴気そのものに包まれてしまった。
だからこそ、百年毎に接近する彗星において、この惑星を彗星の軌道周期にいれ、
マナを注がせ、再生を促していたのだ、と。
この地にエルフたちが移住したのも、この惑星との話し合いの結果ではあったらしい。
どんな話し合いが行われのなかなんてわかりはしない。
彼は魔族を消滅させようとはしなかった。
彼らもまたこの惑星にて誕生した生命体だから、と。
この惑星も、共にいきることを望んでいるから、と。
だからこそ、ニブルヘイムなどという場をつくり、封印し、
彼らが大地とともにいきるように[[rb:戻れる > ・・・]]まで。
ニブルヘイムのことをきいたとき、珍しくラタトスクがそう話してくれたことがある。
しつこいくらいにギンヌンガ・ガップを訪ねて行っていたあの時に。
ユリス。息とし生けるものの負が具現化した存在。
今でこそユリスには自我というものがあるが、かつてはそのありようのまま。
破壊と破滅、消滅をまきちらしていたらしい。
ラタトスクがこの地に干渉し始め、まずかの負の聖獣たるユリスに自我を与え、
そしてテネブラエの直属の眷属にしたのだ、と。
それをいったのもまた、アクアが話の中で、ぽろり、と漏らしたことなれど。
人々を団結させ、自覚させるには、ユリスのありようがうってつけ。
まあ、人々の負の感情を糧とするのであれば、たしかにうってつけであろう。
何しろ、負の力が高まるにつれ、かのユリスは無敵、ともいえるのだから。
かつて、そんなのどうやって倒すの?
ときいたことがある。
ユリスが顕現しているだけで、人がもつ憎しみや妬み、という感情が増幅されるらしい。
負の感情は、どんなときでも生まれるもの。
そのありかたから、ユリスは光の力も、闇の力も使いこなせるという。
ユリスは、人々の負の感情を元にした、”ユリスアイ”というものを使いこなすという。
それらすべてを破壊し、本体に一定の力を与えれれれば問題はない、らしい。
ユリスアイ、は地上の域とし生ける存在達が抱えている負の感情。
それがある限り、無限に生み出せるという。
一番いいのは、地上の命あるものたちが、すべての心を一つにすること。
というが。
それがどれほど難しいことなのか。
ミトスにはよくわかる。
わかってしまう。
一度、ユリスが具現化すると、
人々のもつ心の負がよりたかまるがゆえ、ユリスを退けても、人々の心の中にはその記憶が残る。
ユリスの力は人の心の奥底でおもっている感情をもさらけ出す。
その結果、疑心暗鬼がたかまり、争いに発展するのか。
はたまたそれらの感情をも自分たちの存在だと認め、手を取り合うことを望むか。
手を取り合うことを選んだとしても、結局人というものは。
時とともにそのことを忘れてしまう、と。
ああ、だからこその試練なんだ。
とつくづく思う。
おそらく地上では、今でこそ異形のものが…幻魔、とよばれし負の具現化した存在。
それらがいるがゆえに表だっては目立ってはいないだろう。
そもそも、負の感情が爆発したものからそれらが生まれ出ているのは明白。
間違いなく、このランスロッドもその影響をうけているのであろう。
基本、精神生命体の魔族とはいえ、彼らもいわば、”生きとし生けるもの”の定義に当てはまる。
多分、まちがいなく。
…このたびのこの出来事で、地上にて害にしかならない輩とそうでない輩。
それらを分別し振り分けるつもりなんだろうな。
と漠然とながらも理解する。
理解できてしまう。
かつての自分であれば、それは忌諱することなれど。
今はもう、ヒトはすべて善良でもなく、また話し合ってもわからない輩がいる。
そのことを嫌というほどに知っている。
自分もそのように手を汚してきた。
まだ、すべての地上、もしくは人の粛清でない、というだけましというべきか。
あるいみで、昔の聖書…四千年前にとあったとある宗教の一節。
それに近しい事柄ともいえるのだろう。
もっとも、アレは地上すべてが大洪水に覆われて、心ある存在と、
一部の生命が船で大洪水から逃れられたというものであったが。
…実際に昔、そういうことをかの精霊はしたことがあるらしい、
というのはミトスはセンチュリオン達からきいて知っている。
「でもまあ…まずは、こいつとの因縁の決着、だね」
忌々しい。
常にこのランスロッドが地上にて暗躍していた。
ジャミルに自分を陥れるように示唆したのも間違いなくこのランスロッド。
今の”彼”は借り物の力に酔いしれている別物。
この”塔”の力を取り入れるということはそういうこと。
これもまた、ラタトスクの力そのものである、と間違いなくランスロッドは気づいてすらいないであろう。
ここまで、いいように手のひらの上で踊らされている、という事すら。
切り裂いた空間に身を躍らせつつも、ぽつりとつぶやく。
ちらり、と背後というか横をみれば、ユアンも同じく真横を飛んでおり、
そして少し離れた場所にクラトスと、そしてプレセアとしいな、そしてリフィルとジーニアスの姿もみてとれる。
クラトスはどうやら近くにいたしいなとプレセアを促し、この空間に飛び込むことを指示したらしい。
リフィルとジーニアスはまちがいなく自分の言葉が聞こえていたから、であろう。
ともあれ、今は早くここからでなければ。
ランスロッドの内部に取り込まれるなど問題外。
ミトスがそうつぶやくとほぼ同時。
――皆、無事!?
突如として第三者の声が聞こえてくる。
声はこの空間の少し先から。
それとともに、周囲に水蒸気のようなものがぶわっと前方から広がってくる。
ふとみれば、視界の先に黒光りするような何か、が見てとれる。
――アステル。何かやばそうだ。早く離脱しないと!
――いやでも。皆を回収してからでないと!
――飛行龍の結界もそうはもたないぞ!
それとともに、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
視界の先にみえるのは、まちがいなく、あの飛行龍の頭部分。
どうやったのか、というかあれだけいた外の敵をすべて蹴散らしたのか。
――リーガルさん!急がないと、これ以上は危険です!
そんなことをおもっていると、今度は別の声…マルタの声が聞こえてくる。
どうやらそれらの声は響くように聞こえていることから、
他の皆にも聞こえているのであろう。
「え?この声…アステル達…かい?」
「リヒターさんに、リーガルさん、マルタさんの声も聞こえます。
それに、この先に飛行龍の頭みたいなのがみえてるんですが……」
戸惑いの様子をみせるしいなとプレセアの声もまた、ミトスの元にときこえてくる。
「…そういえば。あの飛行龍が大きくなった原因…ユミルの森の水をふんだんに飲んだから。
といっていたな。そしてあの体を形成しているであろうベルセリウムは水分を多分に含んでいる。
ユミルの森の水は、豊富なマナを含んでいる。あるいみで瘴気に対しての切り札ともいえる。
ゆえに、瘴気に包まれているであろうこの場にも突入することができたのではないだろうか…」
一方で、リフィルが何やら一人つぶやき始めているのがうかがえる。
「うわっ!?姉さん!?何でこんな時に遺跡モードになってるのさ!」
そんなリフィルをみて、ジーニアスが思わず目を丸くしつつ何やらいっているが。
「なるほど。確かに、今の状態ではあの場所が安全地帯、というわけか。
ひとまず、飛行龍にいって、体勢を整えるよ!
あいつは、おそらく…っ」
ミトスにはあのランスロッドが何をしようとしているのか。
大体予測はついている。
ゆえに、はやくこの奴の内部になりかけているこの場所から撤退したい。
奴は生きたまま取り込むということをしでかしかねない。
というのがよく理解できてしまうがゆえに。
「で、結局、どういうことなのさ?」
とりあえず、ミトスに促されるまま、この場にやってきた。
先ほどのあの光景も気にはなる。
だが、そんなしいな達…おそらく、あの人物が[[rb:誰なのか > ・・・・]]気付いているだろう。
少し離れた場所にいたリフィルやジーニアスは別としても。
大いなる実りにより近くにいたしいなとプレセアが気づいていないはずがない。
それゆえに、無言でそっとユアンは手にしていた小さくなった大いなる実りを二人にみせた。
二人が一瞬、息をのみこんだのはつい先ほど。
小さな、蓮の花のような大いなる実り…どうみても小さな水晶のようにしかみえないそれ。
それの中には本来ならばマーテルとおもわしき女性の姿しかなかった。
そう、しいな達は記憶している。
だが、その中に。
もう一人、見覚えのある金の神の少女がまるで祈るような姿で取り込まれているのはどういうことなのか。
そんな二人に気づいたのか。
小さく。
「…マーテルと同じだ」
それだけいって、ユアンもまた、リーガル達のほうにと歩いていった。
今現在、全員がいるのは、飛行龍の中のメインルーム、と呼ばれている中心地。
「それは僕たちが聞きたいんですけど。しいなさん。
えっとですね。僕たちは、この飛行龍で外にいた輩を排除していたんです」
主に手作りの”フィリアボム”という爆弾などを使用して。
ちなみに、この爆弾、ラタトスクのことを調べている最中に見つけ出したとある文献。
なかなか解読が難しくはあったが。
何でも古代、古代大戦とも呼ばれていた時代よりもさらに昔。
そのこにあったという戦いの中で書かれた文献の写本であったらしく、
フィリア・フィリスという人物が開発したという様々な道具のことが記されていた。
それをアステルなりに開発し、そして作り出してアステルは今現在利用していたに過ぎない。
ともあれ、どうやら攻撃してきているらしき黒い何かに覆われている様々な輩たち。
天使達も一部、黒い何かに捕らわれてはいた。
だが、アステルが利用する、ユミルの水を利用したいた品を利用することにより、
どうにか理性を取り戻すことはできた模様。
口先三寸で、君達の指導者が今現在、あの中で敵の首領と戦いにおもむいている。
そういって、天使達を味方につけ、
倒しても、倒してもわいてでてくる黒き異形のものたちと戦っていたのだが……
「倒しても、倒しても、まるで、塔の化け物と化していたそこから力が補充されるかのごとく、
本当にきりがなくて、さらは数も増えていくし…
そんな中。ついさきほど、なんですけど。いきなりその力の補充が途切れたんです」
それどころか、周囲にいる数多の異形のものたちを”アレ”はいきなり吸収し始めた。
脈打つ塔であった”何か”。
敵対していたすべての黒い異形のものがそれにと吸い込まれていくというよりは、
どんどん取り込まれていっていった。
「姿もかわっていって…まるで、卵のごとくの球体に変化していって……
そんな時、その漆黒の卵もどきの中から光がみえたんです。
これは、皆に何かがあったに違いない。そうおもって、リーガルさんに頼んで、
飛行竜をその光の筋の中に突入してもらったんですけど……」
そして、合流した。
アステルが、しいなに説明しているそんな中。
「みて、あれ!」
映し出されていた外の光景らしきもの。
空中にホログラム…そういう概念は、一部のものを覗いて彼らにはないが。
ともあれ、映像として外の光景が映し出されている場所…
少し頭上にありし、浮かんだ垂れ幕にまるで映し出されているかのような光景…
その垂れ幕もまた透き通っていて実際に物量があるわけではない…とは理解できるが。
ともあれ、それに映し出されている光景を片方の手を口にあて、
そしてもう片方で指さしつつもこの場にいたマルタが声を出す。
今、この場にいるのは、
元々、この飛行龍にと残っていた、リーガル…彼は主にこの飛行龍の操縦、として、ではあるが。
そして、アステルとリヒター、そしてマルタ。
この四人。
対して、あの中に突入していたのが、
ミトスを筆頭にした、ミトスとクラトス、そしてユアン。
そして、リフィル、ジーニアス、しいな、プレセアたち。
マルタが指差したその先においては、黒い力が一か所にとどんどん収縮していき、
やがてそれは空中に浮かんだ、巨大な卵のようにと成り果てる。
それらが、どくん、どくんと脈打つようにと振動し、
さらにはよくよくみれば地上のいたるところから黒い力のようなものが吸い上げられているのがうかがえる。
吸い上げられている黒い力はいくつかの束にとまとまり、
まるで黒い竜巻のごとくに姿をかえ、黒い球体もどきの中にと吸い込まれてゆく。
そのたびに、どくどく脈打つようにみえる黒い塊。
地上においては、突如として敵対していた黒い何か、がもだえ苦しんだかとおもうと、
”黒い何か”に姿をかえ、空にと吸い上げられてゆく様が各地のいたるところにおいてみうけられていたりする。
”黒い何か”は瞬く間にと地表のすべてを覆い尽くすかのごとく、
漆黒の黒い雲のごとくに地表全体を光届かぬ世界へと変貌させていたりする。
黒い雲もどきから、いくつもの竜巻のようなものが巻き起こり、
そしてその黒い何かは、卵もどきに力を与えるかのごとくにどんどん吸収されている。
この場に、かつての大戦。
天地戦争、と呼ばれたかつての大戦をしっているものがいれば、思うことは同じであろう。
これはかつての出来事と酷似している、と。
吸い上げているのが、マナ…すなわち生命力でなく、感情…それも”負”に分類するもの、
という違いはあるにしろ…である。
「奴は…ランスロッドは地上の負のすべての力。
それを吸収して実体を創り出そうとしているんだとおもう」
伊達に魔族と永い間戦ってきていたわけではない。
間接的にしろ、ジャミルの影響をうけていたミトスだからこそ理解する。
理解できてしまう。
「これまで、ヤツラ魔族は、地上に実体をもって出てくることは困難だったんだ。
…ラタトスクが地上と魔界…ニブルヘイムを完全に隔離、分断していたからね。
けど、さすがというか何というか…
どうもラタトスクは魔界すべてを別なる世界に移動したらしいんだ」
「別なる世界…とは、いったい?」
「僕も詳しくはわからないけど。あいつのいっていたことを総合して判断するに。
どうせラタトスクは新たな惑星を、別なる種子によって創造したんじゃないのかな?
そこの理はおそらく、僕らの世界、マナが理となっている世界ではなく、
瘴気が理となっている世界。魔族達が普通に暮らせるような世界」
『・・・・・・・・は?』
ミトスのいっていることは、皆目理解不能。
ゆえに、説明をうけていたリーガル、そしてその話をきいていた他のものたちの目も一瞬、点になる。
「いや。ちょっとまってよ。ミトス、世界をつくるって、そんなことできるはずが……」
困惑したようなジーニアスの声。
「できるよ。そもそも、ラタトスクの本来は、大樹の精霊。
正確にいえば、世界ごとに違うらしいけど、世界樹の精霊、とも呼ばれていた存在。
ラタトスクは種子、という手段をもちいて世界の”種”を創り出して、
数多の惑星…すなわち世界を作り上げていった当事者なんだから。
今、ラタトスクがこの惑星にいるのは、この惑星に懇願されているから。
以前、アクアからきいたんだけど。
ラタトスクは誰とも契約を結んでいないわけじゃぁ、ない。
今、ラタトスクが契約しているのはこの惑星そのもの、なんだよ。
この惑星の存続。あるべき姿に戻るまで。この惑星が瘴気におおわれ消滅しかかっていたのをうけ、
ラタトスクが…彼が、この惑星に加護を与えているのに過ぎないんだ。
君達は実感ないかもだね。僕だって話をきいたときには唖然としたくらいなんだから。
何しろ…この世界というか宇宙すべてがラタトスクが生み出した、なんてさ」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?』
話しが壮大すぎる。
というか、本当なのだろうか。
というよりは理解できない。
というかしたくない。
それが、あるいみでこの場にいるものたちの総意、ではあるだろう。
ミトスもそのことをすっかり忘れていた。
おそらく、無意識のうちにジャミルの干渉があったのだろう。
そう思う。
でも、今はもう、思い出している。
「まあ、ラタトスクの正体について理解できないというのはわかるからおいとくとして」
『おいとく(のか)(のかい)(の)(のですか)』
声はいくつも重なって。
「ともかく。ラタトスクはそこに、魔界にいた魔族達を移住させたんだとおもう。
もっとも、当然のことながら、ラタトスクの決定に不満をもつ因子もいるはずでしょ?
あのランスロッドを始めとして。たぶん。
今現在、この惑星にのこっている魔族達はそんな決定に反旗を翻している魔族達。
精霊達もラタトスクが新たに創造ったであろう別なる”次元の界”に移動している。
そんなような事を以前、いっていたことからもして。…ふりわけにかかってるんじゃないの?
地上、すべてを洗い流すことはしないかわりに、生き残っても害があるものか、そうでないものか」
そこまでいいつつ、一息ついて、
「愚かな考えをもつものがいては、どうせ争いはなくならない。
今回のことで、人々が一致団結して協力することを覚えればよし。
そうすることができないものは、世界に危害を加えかねないと判断されてもおかしくはない。
実際、そこにとてつもない脅威があるのに協力できない輩は邪魔でしかないしね。
そして…アレ、は負の聖獣だというユリスの力を授かり、
地上すべてのそんな輩たちの”感情”を吸い上げているんだとおもう」
ついでに命も、というのはこの際、おいておく。
そんな輩が力を失ったとき、周囲のものがどう反応するか。
答えなどきまっている。
興奮した民に殺されるに決まっている。
「…僕はかつて、皆が同じ種族になればそんな問題は解決できる。そうおもってた。
でも、よくよく考えてみればそれも違っている、とわかっていたはずなんだ。
テセアラの現状をみてもそれは顕著だったしね。
同じ、人同士で身分というものをつくり、差別する。同じ、種族であるにもかわらず、だ。
心があるから、心を無くしてしまえばいい。ともそうおもった。
けど…それではだめなんだ、ともわかったんだ。
…ラタトスクが介入してこなければ、僕は自分のこの間違った考え。
それに気づいていながらも、たぶん、きっと。
君達と敵対したまま、それでいて君達に討たれることを選んだだろうね。
僕のこの体を構成しているマナと、ラタトスクからもらったこの石。
そして僕の魂。それらすべてをもってして種子に新たな命を吹き込むために」
世界を一つにもどしても、種子が死んでいては意味がない。
姉が何らかの方法でよみがえったとして、そこで種が死んでいては意味がない。
それこそ本当に、姉が望んでいた本来のこと。
大地の存続。
それすら不可能となってしまう。
それこそ、かつてのラタトスクの決定通り、地上すべてが浄化されてしまっていたであろう。
文字通り、洗い流されることによって。
最も、ミトスは知る由もない。
また、知るはずもない。
かつて、実際、そのようなことがおこりえて、
その時、ラタトスクは地上を浄化させる以前に、魔物たちに命じて、
人を駆逐しろ、という命令を下していた、ということを。
発端になったのは、かつてミトス自身がいった台詞を愚かな人がまた同じような事を繰り返した。
それが理由となって。
かつての時間軸のことがあるからこそ、ラタトスクはここまで自ら率先して人々に介入した。
かつてのようなことが起こらないように。
何しろ以前のときは、この惑星での出来事が、この惑星だけにはあきたらず
他にも多々と渡り影響を及ぼした。
惑星デリス・カーラーン、そして穢れた微精霊達の卵が孵化してしまったことによって起こされた出来事。
精霊石の塊が衝突してしまった惑星の末路。
それらすべてを改善するために。
「…僕が宿っている石を破壊されたとしても、君達の石があるしね。
誰かの石にその力を移動させておいて、種子が近づいたときに力を移動させればいい。
どうせクラトスのことだから、僕がいなくなったら、
ロイド達にオリジンを説得させて契約させてただろうし。
それでもって、責任を感じて~とかいって、天使達すべてをネオ・デリス・カーラーンに移動させて、
そのままもう後はしりません、とばかりにこの惑星からでていってただろうしね」
事実、クラトスがマナの檻を申し出たときにも、
自分と同じヒトが、きっかけとなったのがかつての自身の配下でもあったという理由から、
申し出ていたことがある以上、ないとはいいきれない。
というか、クラトスなら絶対そうする。
そういう妙な自信がミトスにはある。
「いや。それはちょっと無責任じゃないのか?さすがのクラトス殿でも……」
リーガルがそんなミトスに対し、クラトスをフォローしようと口を挟むが。
「…いや。確かに。私ならそういうであろうな。
私たち、天使がいては地上の人々の未来にさしかわる、とかいいかねない。
というか…いうな。ロイド達がいれば問題ない、と判断して」
「姉様は…たぶん、きっと、その時には、人工的な精霊になっちゃってるんだとおもうから」
今だからこそわかる。
姉が、姉でなくなる。
――マーちゃんが、まーちゃんでなくなってしまうから。
そういっていた、ウィノナ姉の言葉の意味が。
自分の魂というか命が宿った種子を姉が見捨てれるか…答えは、否。
「で、あれば。私はマーテルを守るために、地上にのこるが、
マーテルを守るためだけに存在しているだろうから、地上に干渉はせぬな」
「…ユアンならそうだろうね」
それは、ありえたはずの歴史。
本来たどるはずであった、未来。
「エミルの真実がどうかはこの際、おいておくとして。
あの魔族はいったいどうなったというの?あの卵のような球体は、一体……」
まるで、生まれる前の卵のごとく、アレは鼓動をしているようにもみうけられる。
エミルの、というよりは精霊ラタトスクの真実もかなり気になりはするが。
今はそれよりも、目の前の出来事のほうがかなり大事。
ケイトはおそらく…間違いなく助かってはいないのであろう。
「そうですね。…リフィルさんたちは、魔族のことをどこまで理解してますか?」
とりあえず、それがわかっていなければどうにもならない。
「魔族・・・精神生命体であり、かつて大樹の精霊が魔界に閉じ込めたというのは
古の文献から判断できていますけど」
リフィルの問いかけに、ミトスが少し考えるようにと顎に手をあてたのち問いかければ、
そんなミトスの問いかけに、アステルが少し首をかしげつつも答えを返す。
「まあ、間違っていないけど…確かに、ヤツラは精神生命体。
でも、幽体のようなアストラル体、と呼ばれているような輩とも異なってる。
ヤツラは力を外部から取り込んで、それを自分の糧として、実体化することができるんだよ。
これまでは、ラタトスクの結界もあって、分霊体としてしか地上に干渉できなかったようだけど。
でも、今は違う。今のヤツは本体で間違いないんだとおもう。
だからこそ、惑星規模で人々から負の感情を搾り取ることも可能になってるんだとおもう。
もっとも、そこに負の聖獣ユリスの力があるからでもあろうけど」
あと、ついでにラタトスクが許可をしているからだろうけど。
そうはおもうが、それは口には出さない。
それはわざわざいう必要性はない。
「たぶん、ヤツはあの力をつかって地上の人々から負の感情…
主に人を見下したり、陥れたりするようなそんな輩たちからしぼりとっていってるんじゃないのかな?
アレ、に触発されてそういう輩はまちがいなく、負を具現化させてしまってるだろうし」
その負の具現化ともいえる幻魔たちが吸収されてしまえば、核となっている人物は…いうまでもない。
「それらの力をつかって、完全な実体化をもくろんでいるんだとおもう。
目的は…この地上を支配すること、だろうね」
「ヤツラの目的は地上すべてを悪意で満たすこと。
不安、殺戮、裏切り、戦争…それらすべての負の要因がヤツラの力の源。
事実、以前、ヤツラによって幾度もこの地上が戦乱に陥ったようにな」
ミトスの言葉につづいて、ユアンが追加とばかりに追従する。
「以前もそれで、戦乱が激しくなったという実績もあるしな」
「まず、あの時は分霊体であるヤツらをどうにかしないとどうにもならなくなってて。
先にあいつらを封印してから、その後、戦争を収めるのに結構苦労したよね……」
「まったくだ。疑心暗鬼になっている人間たちほどやっかいなものはない」
当時のことを思い出しているのか、ミトスが珍しく溜息をつき、
そしてクラトスもまた、これまた珍しく顔をしかめつつもそんなことをいってくる。
そんな彼ら三人の会話はこの場にいる皆には理解不能。
いや、理解はできる。
でも、したくない。
古代の英雄や、勇者と呼ばれていた人物たちがそこまでいう出来事など。
「奴を弱体化させるためには、地上の人々がそれこそ、ヤツを倒すために、
心を一つに、願いを一つにする必要性がある。けど…今の地上でそれが可能だ、とおもう?」
「…首都メルトキオならば可能かもしれないわね。ミトス、あなたのあの演技が生きてるとおもうから」
それこそ、神話の再現ともいえたあの光景は。
あの地にいた人々には希望を抱かせているであろう。
今の彼らの言い回しからしてみれば、あの魔族をどうにかするには、
まず人々の負の思念をどうにかしなければならないらしい。
でも、そんなことは…まず、不可能というか実現できるとはおもえない。
今、地上では様々な地が孤立し、さらには連絡をとることすら不可能となっているはず。
「ユミルの森の水を盛大に噴射してもダメですかね?」
「それはすぐに穴が埋まってしまうだろう。常に水を噴出しその水の中から内部に突入する。
それならば可能だが。…この飛行龍はそういうことはできそうか?」
「いや、それは難しいかもしれぬ。それでなくてもここにくるまでかなりの内部の水を消耗している。
実際、この飛行龍の体もはじめとくらべかなり小さくなっている。
あまり、この水砲はあてにしないほうがいい」
ユアンの言葉にリーガルが少し考えつつも言葉を発する。
事実、どうも水をつかったあの攻撃はベルセリウムの中に含まれている水分を使用していることもあり、
すでに今の飛行龍の体は一回り近く小さくなっていたりする。
これ以上、多用してしまうとそれこそ、乗り物、として不可能となってしまうであろう。
内部にいるからこそ、外にみちている瘴気を遮断できているといっても過言でない今。
それこそ外で常に瘴気を気にしていてはこちらの体力がまずもたない。
「うわぁっっ!」
どんっ、と勢いよく吹き飛ばされる。
この空間は間違いなく、真実ではないのであろう。
彼ら曰く、精神の空間。
心の間。
自分はこんなところでいったい何をしているのだろう。
コレットが、術を使って落下してゆく様子をみた。
それだけではない。
自分がここで閉じこもっている間、皆がいったいどんなことをしているのか。
自分の感情や心すらも制御できないものは、足手まとい。
そもそも、剣の腕すら未熟な輩があの地にいって何とする。
突きつけられる辛辣ではあるが、あるいみ正しい彼らの言葉。
仲間たちだけではない。
まるで見せつけられるように地上の様子すら、意識するだけで、
この場では手に取るようにどんなことがおこっているのかわかってしまう。
というよりは、以前にみたあの、テセアラの王城の中のいくつも浮かんだ鏡の中の光景のごとく。
地上では異形の輩と人々がたたかっており、いくつもの悲劇がおこっている。
小さい子供ですら、友達を、親を助けようと懸命に立ち向かってゆく様子すらも。
なのに、自分は?
自分は、いったい何をしていたんだ?
人々がそんなに頑張っているとはまったくしらず。
自分の殻にと閉じこもって。
もう、何も考えたくない、とばかりに心を閉ざして。
幾度、彼らに吹き飛ばされただろう。
体がまったく使い物にならなくなるほどにぼろぼろにもなった。
だが、それは自分の…ロイドの心が弱いからだ、とそういわれた。
ここは、現実でありそうでない世界。
心の強さがすべてを決定づける世界。
怪我もすべては心が弱いがゆえに、そうなっている、と思い込んでいるに過ぎない。
事実、そう意識してみただけで、立てそうにないほどの大怪我が一瞬にて完治した。
血が、流れる。
視界がかすむ。
目に血が入っては…そこまでおもい、またまた首を横にふる。
幾度もいわれたではないか。
これはすべては自分の心が弱いがため。
この程度すら乗り越えることができないのであればあの場所にいく資格もなければ、
目の前のレイピアのような話す剣をもっている”彼”曰く、
彼らのそばにいる意味もない、という。
ついでにいえば、このまま本当の意味で心を殺してしまったほうが彼ら、
そして自分のためだ、ともいいきる始末。
ここでは、自身の心の強さがどのような形にでもなり得て現実化する。
そのことに、ロイドはまだ気づかない。
肉体が疲弊しているとおもっているそれすら、思い込みであることに。
この空間でみせられる光景すらをも突破できないのであれば、
そんな心の弱さにつけこんで、魔族はからなず幻影をみせてくる。
それこそ、敵を仲間とおもいこませることも容易。
感情の起伏に近しいもの、といえば、痛みが一番てっとり早い。
立ち向かっていっては、あっさりと相手の剣術にいなされてしまう。
自分は強くなったとおもっていた。
けども、まったくこの現れた、レイスとリオンと名乗った彼らには手だしすらできない。
ミトスにかてたから、と自分は強い、と心のどこかでおもっていた自分のことを理解する。
ミトスにもいわれたというのに。
あれは、ミトスがクラトスのことを気にしてしまったがために生じた隙。
その隙をただ、ロイドがついただけだ、と。
でも、勝ちは勝ちだ、自分はミトスより強いんだ。
そう心のどこかでそう思っていた自分に彼らと対峙することによってようやくロイドは自覚する。
それは無意識におもっていた自分の心。
相手の技量すら見極められないとは嘆かわしい。
しかも、それをしっただけで、心が折れるとはな。
そう冷たい目をむけ、淡々といわれたのはつき先ほど。
いや、もうどれだけの時間がたっているのか。
それともそんなに時間はたっていないのか。
それすらロイドにはわからない。
――ロイド……
「…え?」
ふと、声が聞こえた。
それも、脳内に。
まるで、響くように。
――ロイド…私がいなくなっても、幸せになってね……
それは紛れもない、ロイドが間違えようがない声。
「コレ…ッ…ト?」
おもわず、はっとみあげたロイドの視界にはいったのは。
なぜか、漆黒の鎧?のようなものをみにまとい、
そしてクラトスに抱きかかえられているコレットの姿。
だが、その漆黒の鎧は何かとてもまがまがしい。
――魔族との戦いでリヴァヴィウサーを唱えるとは、無茶なことを…
お前のその輝石はミトスのソレ、とも我らのそれとも異なるというのに……
映像から聞こえる、というか感じるクラトスの”声”。
――クラトス…さん。ロイドを…頼みます。ロイド…強いようでいて、弱いから…
誰かが側にいてあげないと……
――それ以上、話すな。神子。体の崩壊が早まる。
…崩壊?
誰が、というか、どうしてクラトスがコレットを抱きかかえている?
いや、そもそも、どうしてコレットがあの場所に?
クラトス達の少し斜め頭上に大いなる実りらしきものがうかがえる。
歪なる木の根のようなものに囲まれているが間違えようがない。
信じたくない。
だけども、クラトスが抱きかかえているコレットの体は淡く光り、
ゆっくりとではあるが確実に細かな粒のような光にと変化していっているのがみてとれる。
「ちっ。本当に、魔族達はタチがわるいな。
これが、お前が自分の心に閉じこもった結果だ。
レイシス。お前の子孫はマーテルと同じ道を歩んだようだぞ?こいつのせいでな」
「何を…いって……」
マーテルと…同じ?
「本当にへどがでるな。何が守るだ。お前はいつも口先ばかり。
結局、お前は自分がかわいくて、口さきばかりで他人のことなどはどうでもいいんだろう。
お前が仲間とおもっているヤツラも、あの少女のことも」
「少なくとも、僕は守るべき人を間違えたつもりはない。
たとえ、世界を、仲間を、唯一の身内を敵にまわしても。
それでも大切な…愛する人を守るために僕は命をもかけた。
だが、貴様はどうだ?やはり、殺しておくのが無難、か」
「こらこら。リオン。あの子の望みは自分が死んでもその子が生き残ることだろう?」
レイシスなのか、レイスなのか。
おそらく、レイシスが名で、レイスは愛称のようなものなのかもしれない。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
目の前にいるこの二人の男性の会話をロイドは理解できない。
というかしたくない。
「しったことか。こいつがミトスのようなことをしでかさない、と誰がいえる?
あの子は、コレットは大いなる実りに吸い込まれた。かつてのマーテルのように、な。
すでに肉体は失われた。残っているのは彼女の精神体…すなわち魂のみ」
何を、いって…理解したくない。
ふと、ロイドの視界にうつる映像が一瞬、白く染まるかのごとくに真っ白になると同時。
次に映り込んだは…マーテルの背に寄り添うようにして背を向かい合うようにして、
…蓮の花のような水晶にみえる種子の中に取り込まれている…コレットの姿。
「お前が狭間の力を使いこなし、そばにいれば今回の出来事は防げたかもしれないことだ。
これまでだってそうだ。お前はいつも口先ばかりで選択を間違え、あの子を傷つけてきた。
これ以上、過ちを侵さないために、世界のためにもここで心ごと殺しておいたほうがためになるだろう」
「やれやれ…あの子の場合は、自己犠牲が当たり前、として育てられているのもあるにしても。
でもまあ、魔族に取り込まれることがなかっただけは幸い、なのかな?
魂さえ無事であるならば新たに生まれ変わることも可能ではあるからね」
リオン、と呼ばれた黒髪の男性の台詞に肩をすくめつつも、
溜息まじりにそんなことをいっている金髪の男性。
産まれ…変わる?
誰が?
でも、それは…
「ロイド・アーヴィング。お前があの子を、コレット・ブルーネルを殺したようなものだ」
「ち、ちが……」
「違わない。お前が自分の心に閉じこもりさえしなければ。
これまでだって、お前はいつもあの子に傷を負わせてきただろう?
すべてはおまえの責任だ」
いつも、ロイドをかばい、コレットが怪我を負っていたのは紛れもない事実。
「コレ…ッ…あ…あ…ああああああっっっっっっっっっっ!!!!!」
――間違えたらやり直したらいいだろう?
――やり直せるものならな。
――世の中にはやり直せないこともあるのよ。
マーテルと同じ。
大いなる実りの中に…見間違いでも何でもなく、コレットが確かに取り込まれている。
かつて、クラトスにもいわれ、しいなや、リフィル先生にもいわれた言葉を思い出す。
そのとき、自分は、何といった?
やり直す?
…どうやって?
――マーテルはすでに死んでいるのだ!!
かつてのユアンの台詞が嫌でも思い浮かぶ。
マーテルと同じ…すなわち、コレットは…自分がいなかったがために…死んだ、というのか?
「こいつがあのスタンの子孫だなんて認めないぞ。この僕は。
あいつは馬鹿ではあったけど、あきらめるなんてことはしなかった。
だが、こいつは口先ばかりで何もしようとはしない。何もかも他人まかせで、な」
「ふむ。スタン君やカイル君のように熱血バカ、ではあるけど。
だけどね。ルーティー君の子孫でもあるわけだよ。彼は?」
「はん。あの守銭奴の姉なんてどうでもいい」
「…本当。素直じゃないよね。まあ、どちらにしろ。
自分から動こうとしないで、後悔だけに捕らわれるようじゃあ、
到底、魔族どころかユリスにもかてない。
ここで後悔しつつも、君の仲間たちがどうなるのかみているのも一つの手ではあるよね。
君は口ばかりで、仲間たちがどうなろうと、そばにいなくても平気なんだろう?
この空間すら突破できないくらいなんだしね」
頭をかかえ、絶叫するロイドにと、冷たくもそれぞれ言葉が投げかけられる――
pixv投稿日:2018年月日某日(Hp編集:2018年5月6日(日)開始
Home TOP BACK NEXT
##################################################
あとがきもどき:
~一言メモ~
私、薫の中の感覚設定。
シンフォニアの時代にて、穢れた精霊石をクラトスが彗星とともに宇宙にもってでて、
それを解き放っていたはずです(実際、宇宙で棄てるようなことをいってたし)
いや、あれって、穢れた状態の大量の精霊石。
それをラタトスクにみられるわけにはいかないから、すててしまえ。
の感覚だったんだとおもいます。…クラトスならやりかねない。
ラタトスクの怒りというのはわかっていたはずですからね。
だからこそ、記憶失っているときのエミル(ラタトスク)と会話したとき、
戸惑っていたよようにもみえるんだとおもいます(映像越しでしたけど)
でもって、捨てられた数多の微精霊達の集合体
(おそらく微精霊だけでなく、力ある精霊の卵もあったはず)
らが、集合してできてしまったのが、神の卵。
その卵の欠片が、デスティニーの世界というか惑星に衝突したわけですね。
で、生まれるレンズ。
デリス・カーラーンの魔科学発達においてもまちがいなく、
…クラトス達、移住していた天使達がかかわってるとおもうんですよ。ええ。
それもあって、なりきりでは、試練と称してこの世界にあの二人をノルンは送りこんだのかなぁ。
とも(ラタトスクの存在もあるでしょうけど)
マーテル達を試す意味でも。
つまるところ、クラトスのあの判断によって、
…最低でも二つの惑星に影響をあたえたわけですね。
シンフォニアの物語通り、となると。
そんな感じで自分の中では世界観としてはつながっていたりします。
ついでに、同じようなことが、このシンフォニアの世界の過去にあったがゆえ、
間接的とはいえ微精霊達の卵の欠片を利用していたデスティニーの世界の人々。
おもいっきり無意識のうちに影響をうけて同じようなことをしでかしていたりする。
というような気がします。
いや、精霊って、本来ならば世界の記憶、というものももってるとおもうんですよね・・潜在的に。
Home TOP BACK NEXT