みしっ…みしみしっ。
ゴォゥ…
外から聞こえてくるは何とも不吉なる音。
山脈を超え、そして少しばかり海をも越えて…どうやら地形的に
やはり以前、船でたちよったときにもおもったが確実にかわっている今の地表。
かつての地図というか大地の感覚はもはやアテにはならない。
「…先生、これって……」
「うわぁ。聖堂が綺麗な石になってる~」
周囲を見渡し唖然とするロイドとジーニアスとは対照的に、
のんびりとこの場にそぐわないようなことをいいつつも、
てしてしと近くの壁を叩いているコレット。
強くなってきた雨風の対策の一環として聖殿の中にはいってからのち、
リフィルは肩にさげていた鞄よりロイド達を表にだした。
小さくなれる制限時間がすぎ、それぞれが元の大きさにもどり、
改めて周囲を見渡したロイド達が唖然としたのはついさきほどのこと。
すべての旅の始まりはロイド達にとってはここから、といってもよい。
この場にてコレットが神託をうけ、そして旅だった。
しかし、これはいったいどういうことなのか。
たしかにこの聖堂は石造りではあった。
だが、こんなに透明なあきらかにクリスタルといった形ではなかったはず。
足元から感じる無機質な石の感覚は以前とくらべ果てしなく冷たい。
それどころか。
扉を開くにあたり少し力加減をまちがえれば、
扉ごと砕け散ってしまうようなそんな感覚をうけた。
そして内部においてもことごとく水晶化しているといっても過言でなく、
透き通った壁から外の様子が垣間見えている。
吹き荒れる風とたたきつけている雨。
建物の中にいるはずなのに、外の様子が透けてみえるなどこれいかに。
しかもさきほどからみしみしと音がしている。
風もとても強く吹いているらしく、音もまた建物?の中にいるのにはっきりとわかる。
ガラス…とおもいたい。
それがガタガタと音をたてており、いつ割れてもおかしくはない状況。
さきほども近くにあった燭台をおもいっきりロイドが何の気なしに、
というか興味津々でさわりまくったところ、おもいっきり壊していたりする。
それでなくても細いそれはクリスタル化といっても壊れやすい結晶化であったらしく、
それはもうもののみごとに砕け散った。
今立っているこの場も強く飛び上がり足元を蹴るようにしただけで、
ピシっとした音とともにヒビらしきものがはいっていたりする。
すなわち、あまりに強い衝撃はあきらかに不都合でしかなく、
下手をすればこの建物が崩れ、内部に閉じ込められる可能性も。
「ちょ。コレット!たたいているそばから壁にヒビがはいってる、はいってる!」
そんなコレットの動作をみて、顔色をかえて思わずさけんでいるジーニアス。
実際、コレットがたたいた壁におもいっきり亀裂がはいり、
ぴしぴしとその亀裂はのびていたりする。
吹き荒れる風とさきほどから響いてくるみしみしという音。
いつ何どきこの建物が崩れてもおかしくはない。
…聖堂が壊れるなど何の冗談といいたいが、現状その可能性が最も高い。
「とにかく、上層にいきましょう。どうやらゆっくりもできないようだしね」
興味津々でてしてしと壁などをさわりまくっているコレットを
必至にとめているジーニアスに、きょろきょろと周囲を見渡しているマルタの姿。
マルタもイセリアの聖堂の話はきいたことがある。
というか、以前、家族で旅業にでたときに一度、両親が許可をもぎとり
この一階部分にまでははいったことがある。
まあその許可というのが大量のお金を村長に渡したがゆえの許可であることをマルタは知らない。
ちなみに、聖堂見学をして村を出発して森の中をとおりかかったとき、
ディザイアンらしきものに襲われはしたが。
なぜかその手にムチをもっていた母がもののみごとに彼らを蹴散らした。
ちなみに法術もおまけとばかりにお見舞いして。
ワイロにて聖堂に入れたことを知られないために、
イセリアの村長が彼ら家族をディザイアンにうったがための襲撃であったが。
しかし結局、蹴撃者は撃退され、村長はあんなに強い輩だとはきいていない、
と逆に賠償を請求され痛い思いをしたりもしている。
そんなイセリアの裏の話は当然のことながら村人も、ましてロイド達も知る由もない。
カツン。
無機質に響き渡る音が今は何ともいえない。
ひんやりとした空気もそうだが、すべてが水晶化し半透明になっているこの建物。
その先では吹き荒れている風がみてとれ、いったい外がどうなっているのか。
そもそもこれだけ雨が吹き荒れてイセリアの村がどうなっているのか。
などいろいろと思う所もある。
聖堂そのものは、小高い丘の上に存在しており、その背後には山々が控えている。
山があるゆえに風の被害は多少は緩和されている。
山といってもどちらかといえば崖のようなものであり、
その崖の上には普通に平地が存在している。
この場にくるまでの聖堂につづく長い階段もまた大地が結晶化しており、
気をぬけば足をすべらせてしまいそうなほどであった。
入口から入りすぐにあるのは円状の空間。
左右と手前に階段があるものの、左右の階段は何があったのか、結晶化して崩れたのであろう。
中段あたりが崩れており、しかもいつ他の段も崩れておかしくないようにみえる。
初めてこの地にやってきたとき、前方の階段の上には封印があった。
それはソーサラーリングによって解除できるという封印であり、
この聖堂の中に安置されている指輪をもちい、先にすすむことが可能となった。
一度封印がとかれたその先は今では誰もが立ち入ることが可能。
石室ともいえるかつてはどこかひんやりとしたその空間は、
今ではへたに外がみえているゆえに逆にいつ建物そのものに押しつぶされるかわからない。
そんな奇妙な緊張感を抱いてしまう。
「…なあ、先生…ここ、転移陣があった場所…だよな?」
部屋の最奥。
通路を超えたその先にある円形状の床に設置されている青白き台座。
しかしその青い輝きをもっていた台座は今は沈黙をたもち。
それどころか完全にその台座も水晶化しており、
どちらかといえばその台座から水晶の結晶がすこしばかり突き出していたりする。
「そうね。…上層にいくためにはこの転移陣を通るしかないんだけど……」
いいつつも上をみあげる。
透き通った天井に本来みえるはずのこの建物の上層部分というものはない。
半透明のそこにひろがるは空に広がる雲ではなく白く輝くようにみえる天井のみ。
どうやって上にいくべきか。
困惑するロイドの姿をみつつもリフィルも何といっていいのかわからない。
こういう時、皆が皆、ほとんどリフィルを頼るのは、
リフィルの教師たる姿を尊敬しているゆえか。
しかし、ここまできたのに、という思いもなくはない。
そのままそっと…しかし、いくばくか躊躇した後に転移陣の上にとある水晶の結晶にと触れる。
触れても何も問題はないのか、それとも何かがおこるのか。
それでも何か行動しなければどうにもならない。
ソーサラーリングの機能を小さくするものに変えている以上、
衝撃波を指輪の力で発生させるわけにもいかない。
そもそもこの水晶の結晶を壊しても下にあるであろう転移装置が起動するのか。
その可能性は果てしなく低い。
…エミルのもっていた指輪は自在に”力の場”なくとも変化可能であったようだが。
エミルの正体を知った以上、それも当然でしかない。
リィィン…
リフィルが水晶の結晶に触れたその刹那。
どこからともなく澄んだ鈴の音が響き渡る。
それとともに。
――よくきましたね。試練をうけしヒトの子らよ。
汝らが真に我が試練をうけようというのならば、新たな道を切り開きましょう
声とともに、リフィルが触れた水晶の結晶…どうみても紫水晶の結晶体が淡く輝きをみせ、
リィィン…
再び澄んだ音色が響くとともに、水晶から発せられる輝きが天井部分にむけて斜め方向、
正確にいえば斜め上方向にとむかってゆく。
光の帯は螺旋をえがきつつ、次の瞬間。
その場に何ともいえない光の階段、としかよべないような代物が出現する。
天井部分あたりは淡い光につつまれており、その先がどうなっているのかはわからない。
恐る恐る、といった感じで現れた光の階段の一部をそっと触るジーニアス。
触るとともに光が周囲に弾けるようにひろがるが、
光そのもので構成されているらしき階段に変化はみられない。
さわった感覚はどちらかといえば、
間欠泉において試練の場でみうけられた、あの”道”に近しい感じをうける。
そっと、足を片方のせてみるが、足元はしっかりしておりつきぬける感じはうけない。
しいていえば足をのせているその足元から光の粒が舞い上がっているくらいか。
「…どうやら、これをのぼってこい、ということなのでしょうね」
すでにあの”声”はきこえない。
溜息とともにリフィルがつぶやき、それとともに表情をひきしめ、
ジーニアスの横からすっと前にでたしいなが光の階段に一歩、足をのせる。
「あたしは先にいかせてもらうよ。…あの子がまってるんだ」
しいなにとって、心の精霊ヴェリウスはたとえその姿がかわろうとも、
孤鈴であることには違いない。
そもそも孤鈴のあの姿が仮初のものだったと雷の神殿できかされた。
本来の精霊としての力を取り戻した孤鈴に会うのはしいなにとっても重要なこと。
共に旅ができなくても、あの子は心で思い続けているかぎり、
自分と共にあるのだ、そういってくれていた。
その孤鈴が招いている。
それを拒否する考えはしいなからすればまったくない。
『…あ』
呟きがもれたのは数名。
そのまま光の階段に足をかけ、光の粒を周囲にまきちらしながら
しいなはそのまま階段をのぼってゆく。
天井にそのままぶつかる、とおもったその直前。
そのまま光る階段の上部に展開されている白い空間の中にしいなは吸い込まれるようにきえてゆく。
「…どうやら問題はない、ようね。何があるかわからないわ。
皆、気を引き締めていきましょう」
もしかしたら、すでに”精霊の試練”それも”心の精霊の試練”が始まっているかもしれない。
いや、そうおもっていたほうがいいだろう。
その場にいた、ジーニアス、マルタ、コレット、ロイド、プレセアの顔を見渡しつつ言うリフィルの言葉に、
それぞれが多少緊張した面持ちでこくり、とうなづく。
心の精霊の試練というのならば、確実に精神面における試練の可能性が高い。
それこそあの封印の書の空間で経験したあれらのように。
そしてまた、テセアラ城の中で経験したあれらの出来事のように。
階段の幅はそうひろくはない。
ゆえに、一人、一人がのぼるしかない。
しいなが先にいった以上、ここでまっているというわけにもいかない。
「あ、私、いきますね」
順番をどうするべきか、とリフィルが悩んでいる中、コレットが次に階段に足をかける。
そのまま駆け上がるように階段をのぼっていき、
あっというまにコレットの姿もまた光の中へとかききえてゆく。
「あ、コレット、まてよ!」
「もう。二人とも…まってよぉ!」
いつもならば、ロイドが率先していき、そのあとにロイドがつづき、ジーニアスが。
という光景なのだが、今回はなぜかコレットが先にと進んだことに首をかしげつつも、
そんな二人をおいかけるようにジーニアスも続いて光の階段を駆け上る。
コリンがこの先にいる。
そうおもうと、この先に何がおころうとも怖さはない。
いまだに戸惑っているように見える仲間たちをちらりとみたのち、
自らが率先して階段に足をかけたのは。
心のどこかでコリンにあいたいという思いがあったがゆえ。
そもそもコリンの声をきいてしまえば、会いたいという思いはごまかしきれない。
コリンの本来の姿は、心の精霊だ、という。
そして、他の精霊達やあのエミルの言葉を参考にするならば、
心の精霊としての試練がこの先に待ち受けているのかもしれない。
それでも、しいなはコリンに会いたい。
たとえ姿はかわってしまっていようとも。
あの甲高いかわいらしい声と容姿でなくなっていようとも。
コリンであることには違いないのだから。
駆け上がる階段の先。
天井付近に近づいたと思われたその矢先。
視界が一瞬、真っ白にと染まる。
「…ここは…」
先ほどまで水晶化した建物の中にいたはず、なのに。
見覚えのある光景に思わず目をぱちくりさせる。
ふわりとただよってくるなつかしい畳の匂い。
嗅ぎなれた大地特有の匂いと、どこからともなくきこえてくるパチパチ、
という炎によって薪がハゼわれる音。
自身がどうやら今、たっているのは、台所付近であるらしい。
育ったこの場所をしいなが見間違えるはずもない。
周囲にはせわしなく働いている女性たちの姿がみえるが、
そんな彼女たちはしいなに気づくことなく、そのまませわしなくうごいている。
「そっちの準備はどう?」
「こっちは万全よ」
「ああ。しいなお嬢様が明日には精霊との契約に赴くにあたり、
準備は万全にしておかないとね」
「不穏な動きがあるという報告もある以上、気を付けないとね……」
「まったくだわ。契約主の資格があるというのはエルフの血を引いているからだ。
とかいう馬鹿な輩たちの言い分にはあきれ果てるしかないわよね」
「そもそも、始祖姫様もそのお力をもっていたというのに」
記憶にある侍女たちは、かなり若い。
かるく十歳くらいは若返っている。
「統領と副統領は人払いされてまで何を話し合っておられるのかしら?」
「確実に明日のことでしょう。
副統領も自らもいくといってなかなか折り合いがつかなかったようだしね」
「…ねえ。しいなお嬢様って、本当にただの”拾い子”だとおもう?」
「まさか。お嬢様の素質は私たちなんかに及ばないほどに高いわ。
おそらく、国の目をごまかすため、じゃないかしら?」
「だよねぇ。なのにあの馬鹿達は…何考えてるのかしら?」
この場にいる彼女たちはそういえば、
あの時以降もしいなに周囲とは違い友好的であった。
むやみに非難するでもなく、きびしく、そして優しくもあった。
副統領や彼女たちがいなければ、しいなは確実に精神が折れていた。
四面楚歌ともいえるすべての人々がしいなに敵意と非難をむける中、
そういった人々にしいながどれほど救われたか。
しいなを神子であるゼロスの元にという話をもっていったのも、
そういえば彼女たちの中の一人ではなかったか?
そんなことをふと思い出す。
「さてと。そろそろお二人にお茶を差し入れにいってくるわ」
「きをつけて」
どうやらある程度の時間がたてばお茶を、といわれていたらしい。
そういえば、お二人が話し合いをされるときはいつでもそうだったな。
遥か昔に失われてしまった懐かしき光景。
今は再びその光景がみれているのかもしれないが、旅にでている自分では見られないもの。
しかし、これはいったいどういうことなのだろうか?
あきらかに、自分はあの階段をのぼった。
コリンがまっているであろう場所を目指して。
なのに、今自分がいるのは。
おそらくは過去のミズホの里。
しかもまちがいなくここは、イガグリの、統領の屋敷。
あ、とおもったその矢先。
自らの体をすり抜けるように、お盆にお茶の用意をした女性が廊下のほうにでていくのがみえる。
自分の体をすり抜けられたことにも驚愕するが、
だがそれ以上に、この光景が幻のようなものだ、と実感がもてた。
たしか彼女たちは”見鬼”の力が果てしなく弱かったはず。
ゆえに幽霊のような精神体でいる自分に気が付いていないのか。
はたまた、しいな自身がみている”過去”の残像ゆえか。
普通には”視る”ことのない力を大なり小なりミズホの民はかつてもっていたという。
統領であるイガグリがここに里を作り上げた当初はそういった力をもつものが
ごくわずかとはいえいた、とそう教えられた。
しかし、今現在、しいなが把握している限り、そういった力をもつものはまずいない。
しいなは知らない。
その力を危惧した国にそういった彼らが率先して捨て駒扱いされ、
殺されていったという事実を。
なぜこのような状況になっているのか。
すくなくとも、あの二人ならば何かしらの打開策がみつかるかもしれない。
そもそもこのままずっとここにとどまっていても解決策がみつかるわけでもなし。
草履をぬぎ、そのまま屋敷の中へとはいってゆく女性の後をおうように、
しいなもまたその背後にとつづいてゆく。
靴を脱がないととおもったその刹那。
自らの足から靴の姿がかききえる。
やはり、今の自分はどちらかといえばアストラル体に近いらしい。
教えでは精神体…アストラル体は自らの意思にてその姿を変化させることが可能だ、
という。
実際、あまりに強い念をもって死んだものたちの精神体が変化し、
悪意を振りまく悪霊などに変化する、というのはミズホの民にとっては常識。
カコン、と静かに聞こえてくる音と、水の流れる音。
廊下を歩くその横に広がる中庭。
かつて、ここからレアバードにのってコレットの救出にむかったのが、
ついこの前のようでいて、それでいてかなり昔のことのように感じられる。
しずしずと歩くミズホの民の一人の後ろについてあるきつつも、周囲を注意深く観測する。
やはりここは、まちがいなくイガグリの屋敷。
「失礼いたします」
すうっと、思考にひたっていたしいなの目の前で、
廊下にひざをつき、襖障子をひらいている姿が目にはいる。
そこは、統領、イガグリの部屋。
統領であるイガグリと、副統領であるタイガが面と向かい合ってすわっているのがみてとれる。
「ごくろう。お茶はそこでいい」
「かしこまりました」
片手をあげ、タイガがそういえば、三つ指をたて畳に頭をさげ、
そのまましずしずと退出してゆく侍女の姿が。
やがて、その姿が完全に見えなくなり気配が遠のいたのを確認してか。
襖の近くにおかれていたお茶のはいったオボンを部屋の中へといれるタイガ。
そして、こぽこぽと陶器のコップにお茶をそそぎ、
タイガみずからがイガグリに手渡している姿が目にはいる。
しいなもまた、部屋の中にそっとはいっているのだか。
ふたりがそんなしいなに気づいている気配はない。
「ついに明日、ですね。しかし、安全面が心配なのですが……
いえ、統領を信頼していない、とかではないのですけどね」
コップを両手でもちつつも、タイガが何やら盛大に息をはきつつ
上座…その背後には掛け軸のかかった壁と、
ちょっとした花がいけられている床の間らしきものがみてとれる。
「今回、無事に精霊との契約がすめば、あの子の出自を里のものに発表しようとはおもう。
精霊の加護がえられれば、いくら国とて無碍にはできまいて」
「私はまだ早すぎるとおもいますけどね。
たしかに。姫の立場を公にする必要はある、とはおもいますけど」
…え?
あたしの出自?
おじいちゃんも、タイガ様も、何をいって?
いきなりの話に困惑したしいなの様子に気づくことなく…
いや、おそらくこれは、過去の光景、なのだろう。
しいながそんな過去の光景をこうして映像としてみているだけで。
つまり当然のことながら、目にうつっている二人が”しいな”に気づけるはずもない。
「我が祖国。皇家の血筋はもはや、あの子しかのこっておらぬ。
我らが真にお仕えすべき、聖なる名、凜の名をひきつぎし”林檎姫”しかの」
「それはわかっております。だからこそ、念には念をという理由で、
わざわざ拾い子などという嘘をもちいて育てている理由も。
その血筋ゆえに国に目をつけられる可能性。
もしくは愚かな反逆者をもつものが、あの子を利用しかねない、という理由も」
「里のものを信頼しきれないというのも悲しいものだが。
しかし、あの子が女の子である以上、
その血を自らのものにという愚か者がでないとも限らぬからの」
……何を…いって…
目の前で二人が何を会話しているのかしいなには理解できない。
「我らが祖国、ジパングの正統なる後継者。
そんな姫にたいし、今の扱いは心苦しいものもありますけども」
「…御身の安全には変えられぬじゃろう。
事実、あの御方がたも国に殺されてしまったしの…口惜しいことに」
「…われらの力が及ばず、でしたからね…
御子を託され、御子を守るのにわれらも精一杯でしたし…」
そして国の目をあざむくために、拾ったのだ、とまで嘘を口にした。
そんな会話が二人の口から発せられている。
「しかし…」
「何じゃ?」
「どうも不安がぬぐえないのですが。テセアラ側の動きもきになります。
諜報員の話によれば、教皇がよからぬ動きをしている気配もあるとのことですし」
「じゃからこそ我も同行するのよ。よりにもよって雷の精霊、とはの。
大地の精霊ノームでもよかろうに」
「氷の精霊はかの大地まで移動する手段が必要となりますからね」
「まあ、里の半数以上をともなって、姫の護衛を兼ねているのじゃから。
姫の御身には傷ひとつつけないと約束しようぞ」
「…まあ、その言葉は疑っていませんけどね。統領……」
何なの?何なの、この会話は?
まるで、まるで、自分が、かの某国の……
林檎。
その名はしいなの”真名”。
里の本来の掟ならば、自らの家族、すなわち生みの親と、統領、
そして将来伴侶となりえるものしかしらないはずの”真名”。
しいなにも、その”真名”はあたえられている。
ほかならぬミズホの里の統領たるイガグリ自身から。
しかし、しいなは知らない。
その名そのものが、本当にしいなの実の両親がしいなに名付けたものである。
ということを。
――ひどいとおもわない?
「…え?」
二人の会話の意味が解らずに…いや、本当はわかっている。
うすうすは感じていた。
時折、タイガも祖父も自分にたいし、下出にでてくることがあった。
それでも、間違っていることはまちがっている、と厳しく接してくれていた。
どこの子ともわからない自分をまるで本当の孫のように、家族のように。
――でも、そうじゃなかった。彼らは生まれを知っていて。
ずっとだまってた。ひどい裏切りだとおもわないかい?
「…あた…し?」
はっとどこかで聞いたような、それでいて違和感のある声にふりむけば、
そこには見慣れた姿の女性が一人。
その恰好も何もかも、しいなが嫌というほどに思い知っている…自分自身。
そうとしか思えない人物がそこにいる。
――彼らは両親のことをしっていた。それでいて拾ったなんて嘘をついて。
恩義を感じて彼のために頑張っていたあたしをきっと笑ってたんだよ。
「違うっ!そんなことは…おじいちゃんは、タイガ様は……」
――なら、どうして?里の皆に冷遇されていたときも。
手を差し伸べてくれなかったの?
黄金の国とよばれし太古の祖国。彼らはそこの皇族の血をあたしがひいている。
とわかっていて何もしなかったんだよ?
「皇族…あたし…が?」
凜、の名を受け継ぐものよ。
そして生まれながらにいたとおもわれし、”児雷也”の存在。
里の、というよりは民の守り神ともいわれ、巻物の中でしかみたことのなかった存在。
そして、あのとき。
あの空間でみた、かの”姫”の姿。
自分の出生に何か秘密があるのでは。
そう心のどこかで思っていたのは…事実。
事実であるがゆえに、否定しきれない。
今、見聞きした統領と副統領の会話が嘘だ、と否定しきれない。
それどころか、心のどこかでそれが真実であると認めてしまっている自分の心。
――彼らが必要としているのは、ミズホの民にそだてられた”しいな”なんかじゃない。
ただ、血をひいている、という理由の”林檎姫”なんだよ。
象徴たるものがいる、というのは里のもの。
里の本質は主に仕えるというもの。
その教えはしいなとてわかっている。
わかっているつもりである。
しのびとは、自らの主のために命をつくし忠誠をささげるものであるべし。
そう里の掟の中にもあるのだから。
――都合のいいお飾り。里の人たちが態度を翻したのは身をもってしってるはず
そう。
たしかに。
あからきに、祖父であるイガグリの目覚めとともに、
それまでしいなに冷遇していた里のものたちの態度は激変した。
中にはこびへつらっているのではないか、というような男たちもいた。
そんな彼らに、イガグリもタイガも表だっては何もいうことはなかった。
――真実を隠し、真実をしっただけで態度をかえるものたち。
あなたがおとなしくしないとわかった彼らがどう行動してくるのか
あなたは考えないようにしているだけじゃないの?
「…姫には血筋を残してもらう必要がありますからな。
今の里のものはあまりにも血がうすくなりすぎてその力もふるまえませぬ」
「まったくじゃの。じゃが、しいなはまだ幼子じゃ。
いずれは優秀たるものの子を宿してもらう必要があろうともな」
「候補はあのふたり、ですかな?」
「そうじゃ。おろちとくちなわ。能力的に申し分はない。
今回の一件が無事にすめば婚約という形を話してみるのも一貫じゃろう」
背後にあらわれた”もうひとりの自分”としかみえない”しいな”の前で、
イガグリとタイガの会話は進んでゆく。
――彼らは結局、こちらの気持ちなんて考えてない。
ただ、血筋を残したいという気持ちだけ。
心の底から”あたし”をおもってくれているわけじゃない。
「…っ、やめてっ!」
これ以上、聞きたくない。
思わず耳をふさいでしまうが、しかし彼女の言い分にも一理ある。
里のものの態度が激変したのもしいなは身をもってしっているし。
そもそも、これまで自らの血筋に疑問を思わなかったのか。
といえば、答えは”否”なのだから。
――どうせ今いる彼らもいずれは裏切るよ。
だって、そもそもはじめはあたしは神子であるコレットの命を狙っていたんだから
だから、裏切られるのは当然だ。
たしかに。
神子であるコレットの命を狙って近づいた。
今ではコレットのことは大切な友達としてみているが。
それを彼らが本当に心の底から許しているか…といえばしいなは答えられない。
ヒト、とは心の奥底では本当は何を考えているのかわかりはしない。
信頼していたタイガとイガグリでさえこんな会話をしていたのだ。
と”みせられた”以上、なおさらに。
…ああ。
なるほどね。
たしかに、あの子は【心の精霊】なんだね。
おそらく、これはしいなの心に対しての試練。
そして、この光景はまぎれもなくかつて本当にあったのであろう出来事。
心を司るという精霊であるコリンならば、
タイガやイガグリの心情を覗き見ることなどたやすいはず。
そんな彼らのかつての心情を自分にみせることによって、自分がどんな結論を導きだすのか。
それが”試練”なのだろう。
そして、目の前の”自分”。
おそらくこの”自分”は目をそむけようとして封じ込めていた自分の感情。
それが形づいたもの。
すべて否定し、一時とはいえ客観的にこの光景の意味を考えようとして、
しいななりにこの”光景”の真実を見極める。
――ねえ。しいなはそんなに弱くないよ!
ふと、かつて、コリンがよくいっていた言葉がしいなの心にふとよぎる。
真実を知ってしまった。
けども…それがどうだ、というのだろうか。
「――たしかに。裏切られるかもしれない。けど、あたしは…
あたしはそれでいい、とおもってる。あたしは…今の自分の心に嘘はつきたくないから」
タイガやイガグリが自分をどのようにおもっていたのか。
それでも…赤ん坊である自分を育ててくれたという事実には…かわりない。
――それが自分の心に嘘をついていることだとおもうけど?
あきれたような”自分”の台詞。
「…なら、ならあんたもあたしのそばで、あたしの中でみているがいいさ。
あたしは後悔はしない。いやするかもしれないけど。
そのとき、そのときの選択に誇りをもっていきていきたいから」
――馬鹿みたい。
馬鹿でもいい。
でもそれが自分の結論。
本当に自分が皇族…つまり、ミズホの民の前進となったかの国の
いわゆる”王族”の血を受け継ぐものであったとしても。
でもだからといってそれがどうしたと思う。
あのマルタですら、シルヴァラントの王家の血を継いでいるというのだ。
なら、自分が”その程度”で動揺していては、忍の名が廃る。
しいながもうひとりの自分に手をのばし、その体に触れるとともに、
再びあたりに光が溢れる――
まぶしい。
天井部分にぶつかる、とおもったその刹那。
視界全体が真っ白い光に塗りつぶされる。
ふとコレットが目をあけてみれば、そこはなぜか村の中。
あれだけあったはずの竹林がもののみごとになくなっている。
それどころかディザイアンの襲撃にあい焼け落ちたという家々すら元のまま。
きょろきょろと周囲をみれば、どうやら村の中。
しかも葡萄畑の近くにたっていたらしい。
「・・・、・・・から・・・・私は……」
先ほどまで聖堂の中にいて、階段をのぼったはず。
そう思い首をかしげるコレットの耳に聞き覚えのある声がきこえてくる。
きょろきょろと周囲をみるが、他の皆はみあたらない。
どこか村そのものも霞がかかっているかのような。
でも、この光景…
何となくだが覚えがあり、一瞬コレットは硬直する。
それは忘れようにも忘れらない幼き日。
あの日も…
体を多少硬直させつつも、
ふらふらと無意識のうちに記憶の中にとある場所にとその足をすすめてゆく。
「あんたも大変だな。フランク。他人の子を育てなければいけないなんてな」
「父親が天使とわかっていながら父親役をしなければいけないあんたに同情するよ」
あの日はいつものように、神官たちから教えをうけたあと、
外にいるという父親にそろそろお昼だからと声をかけにとむかっていた。
聞こえてきたその言葉に硬直したのをよく覚えている。
そそれは数日後にせまった、三歳の誕生日をむかえる少し前の日のこと。
「そもそも、彼女との結婚も神託によって、だろ?」
「結婚前から天使と通じていたのやもしれな」
「いや、それはないだろう。結婚の儀式のまえ。
穢れなき乙女かどうかは、教会の手によって確認されたようだしな」
「村人も幾人か立会人になったというし」
「それにしても貧乏くじをひいたな。まあ、誕生日がすぎれば。
無邪気におまえさんを父親とはよばなくなるだろ。
父親のこともきかされるだろうしな」
集まっていたのは村人の中でもまだ若い青年たち。
家庭をもっているものもおり、それぞれが父であるフランクに声をかけている。
「どうせ育てるとしても十六までだ。
きちんと育ておわったら、天界より何らかの加護か褒美があるだろうしな。
世界のための”神子”を育てる、という役割を担わされたんだ。
神託に逆らうわけにもいかないしな」
「たしかに。まあ、今度こそ世界再生をはたしてくれれば問題はない」
「再生を立派に果たした神子を育てたとなれば、フランク。
お前の将来は約束されたものにもなるってか」
「それまでせいぜい、偽りのいい父親を演じるさ。
ファイドラ様もこちらを気遣ってくれているからな。
娘が不義を働いたことでな」
あはははは。
笑い声がこだまする。
三歳になる直前にきいてしまった父親たちの会話。
そして誕生日の儀式にて、自らの運命を、役割を知った。
演技云々という言葉の意味はあのときはわからなかったが、
あのときの彼らの会話を忘れることはできなかった。
そしてその意味を正確に把握したとき、何ともいえない気持ちになった。
でも…それを口にだすことも、表情に表わすこともできなかった。
実の娘ではない自分をたとえ偽りとはいえ愛情をもって育ててくれている恩。
偽りだとはおもいたくはないほどに、よくしてもらっていたがゆえに。
「…あ……」
忘れようとしていたあの日の父親と村人たちの会話。
――偽りの愛をむけていた彼らを、あなたは本当に許せるの?
たとえ、今、そう思っていたことが嘘だとわかったであろう今でも。
人の考えなどそう変わるはずがない、というのに。
どこからともなく声がきこえる。
振り向いたその先にいるのは。
「…わた…し?」
そこには見間違えるはずのない、自分とまったく同じ姿をした少女が一人。
――あの人たちは、ううん。あのひと達だけじゃない。
あなたが死ぬのを今か今かと待ち構えていたのよ?
あなたの苦しみなんて、あなたが苦しめば苦しむほど自分たちの苦しみがなくなる。
そういってあなたをおいつめているだけのひとたちを。
救おうとする価値なんかあるの?
それはわかっている。
シルヴァラントの人々が自分にすべての苦しみやつらさをおしつけようとしていたのも。
自分が怪我などをするたびに、自分たちの罪がそれではらわれる。
そう信じ切っていた。いや、そのように教えられていた。
マーテル教の教えのひとつ。
神子は民のかわりとなりてその身をもって様々な害意から守る存在。
その身代わりとなりし害意は再生の旅により効果をもたらすであろう、と。
――あなたは、彼のために命をすてようとしていたけど。
けど、あの彼はあなたのことをどう思っていた、のかしらね?
「ロイ…ド…」
その言葉とともに、そんなもう一人の自分の背後から、
見覚えのある姿がゆっくりと近づいてくる。
そしてもう一人の自分の横にたち、
「やめてっ!!」
あの微笑みをもう一人の自分にむけ、こちらには冷めた視線をむけてくる。
「自己犠牲が好きなら世界のために命をおとせよ。
あのときだって俺はお前に死ねといっただろ?」
「…あ……」
それとともに目の前に、救いの塔での光景が映像のごとくにうかびあがる。
あのとき、ロイドは世界を選んだ。
それなのに。
そのあとの出来事でロイドは自分を救った。
――ほんとうに?救われたとおもってるの?
馬鹿みたい。あなたが体をささげなかったせいでどれだけの犠牲がでたの?
「何を考えているのかわからないお前より、こっちのコレットのほうが、
俺、すきだな。コレットは二人もいらない」
「ロイ…」
――そう。私は一人で十分。あなたは心の奥底で世界のために死ぬのはあたりまえ。
そうおもってるんでしょ?なら、死ねばいいじゃない?
にこやかに微笑む”自分”と”ロイド”が見つめ合う。
それはどうみても。
コレットのみたことない、いや、見たいとおもっていたロイドの心からの笑み。
そしてその瞳の中に見え隠れするのは…純粋なる恋慕の光。
「やめてっっっっ!!」
ロイドが生きていることが、自分にとっての幸せ。
そう、ずっとおもって命をささげる決意をしたのは。
自分が決してロイドと結ばれることはない、としっていたから。
死んでロイドの心に少しでも残ればいい、とおもったあるいみ自己満足の心。
でも、それは偽物の自分とロイドが一緒にいる光景をみたいがため、ではない。
ロイドはあんなことはいわない。
――本当に?ヒトは、心の奥底では何を考えているのかなんてわからないのよ。
この世で一番怖いもの。それは人の心でしかない。
あなただって…しっているでしょう?
この世に悪があるとするならば、それは人の心。
マーテル教の教えの中にもあるその言葉。
――安心して。あなたはあのときのように、その心を閉じ込めていればいい。
わたしがあなたのかわりに表にでるから。
”私”は二人もいらないの。
「あなた…は…」
目の前の”自分”も、たしかに”自分”なのだろう。
ずっと心の奥底にと閉じ込めていた自分の本音の部分。
ロイドのそばにいたい、ひとり占めにしたい。
どうして自分だけが人々の犠牲のような生贄という人柱にならなければいけないのか。
好きで神子として生まれたわけじゃない。
好きな人とわらって、そして家庭をもちたい。
友達だってつくりたかった。
そんな自分の願望が形となったのが…おそらく、目の前の”自分”。
いいたいこともいえずにいつも口を閉じていた自分とちがい、
いいたいことをはっきりという”理想の自分”。
好きで神子として生まれたわけではない。
自分がうまれたことにより、母を追い詰め死に追いやったという負い目。
それは今ではすべては人々の誤解でしかない、とわかっているが。
周囲が”そう”おもい、自分もまたそうおもっていたのは紛れもない事実。
そう思うことが、亡き母をさらに追い詰めているかもしれないとわかっていながらも。
母を追い詰め殺してしまった自分は幸せになる権利などない。
そう思い、自分の心をも物心ついてから殺してきた。
目の前の”自分”は自分がかくありたかった姿。
ストン、とその考えに思い至り、コレットの胸がちくり、と痛む。
…それは、コレットが心の奥底で望んでいても決してかなえられるはずがない。
そうおもっていた理想の自分にそういわれ、言葉につまることしかできない。
でも、それでも。
「それでも私は…っ」
自らの心が閉じられて封じられてしまっていたあのころ。
どれだけロイド達に心配をかけたのか。
目の前の自分が自分の本心だとしても、ヒトというものは、
本心と建て前は別物としてふるまわないといけない。
本能のままつきすすめば、それこそ理性がなくなった獣のごとく。
「私は、今、私のすべきことを精一杯するだけです。
たとえ、それで自分が命を落とそうとも。それで皆が幸せになる未来が訪れるのなら」
そう。
皆が…ロイドが幸せになれる未来があればそれでいい。
たとえ本当はロイドに疎まれていようとも、自分の心に嘘はつきたくないから。
――馬鹿みたい…
「うん。私、馬鹿だから。でもあなただってそう、でしょう?」
呆れたような自分に手をさし延ばすと、相手もまたあきれつつも手をのばしてくる。
コレットと”コレット”の手が合わさると同時、周囲に光が溢れてゆく――
「うわっ!?」
あまりのまぶしさに思わず声をだす。
目の前できえていった、しいなとコレット。
しいなに続いて階段をのぼっていったコレットにつづき、
自身もまた階段をかけのぼってはみたが。
天井部分にさしかかるとともに視界が真っ白い光にと包まれた。
あの階段が転送装置に近いものがあるのならば、そのまま聖殿の最上部。
かつてコレットが神託をうけた…あのときは神託と信じて疑わなかったが。
偽りの神託をうけたあの場所にたどりつくはず。
おもわず目をつむり、そしてまぶしさがなくなり目をひらいてみれば、
そこはなぜか見覚えのある光景。
悲鳴と叫び、そして何かが焼けるようなにおいが周囲に充満している。
焼け落ちている家々。
そして武器を手に村人たちを追い回している…ディザイアンたちの姿。
「…なっ!」
何でディザイアンたちが村を。
とおもいかけよろうとするが、体はまったく動かない。
それどころかみえている村人たちもこちらにまったく気づいている様子はない。
次々に焼き討ちにあってゆく家。
「ははは!燃えろ、もえちまえ!」
焼き討ちした家をみて高笑いをあげているディザイアン。
そして。
「おい、まだ生き残りがいるぞ」
一人のディザイアンがとある方向をみて何かいっている。
これは……
この光景は覚えがある。
というか忘れられるはずがない。
ディザイアンが視線をむけたその先。
そちらにつられ、ロイドもまた視線をむける。
「…あれは…俺と…ジーニアス!?」
村の奥…記憶がたしかならば、あの日。
コレットの家で、コレットが残した手紙を読んだあの日。
轟音とともにコレットの家を飛び出し目にした光景。
誰も自分には気づかない。
それどころか視線の先に”自分”までがいる。
「殺せ!クズどもは皆殺しだ!!」
そんな視界にはいる自分とジーニアスにディザイアンたちが何やらいってくる。
「おまえら…ゆるせねぇ!!」
みえている”もうひとりの自分”が怒りのままに木刀を構える。
”自分たち”がディザイアンと戦っているそんな中。
ふと横をむけばそこには別なる光景がひろがっている。
村の入口近くの光景。
さすがにここまでくれば、この光景は”あの日”の幻影だというのが嫌でもわかる。
判らないはずがない。
あの日。
コレットが旅立ったあの日の午後。
イセリアの村にディザイアンたちが襲撃してきたあの日の光景。
それが今まさに、ロイドの目の前で、
まさにいま、行われているかのごとくの光景が広がり繰り広げられている。
目の前でディザイアンたちに殺されていく人々。
見知ったものもいる。
必至に学校を守ろうとしている村人も。
「ロイド・アーヴィング!でてこい!」
そんな中で聞こえてくる”声”。
”声”の主はディザイアンたち。
そして。
「くっ。また村を襲いにきたのか、いい加減にしろ!」
そんな彼らのもとにかけつけてくる”自分”と”ジーニアス”。
「何をいってるんだ?」
呆れたようなディザイアンの声。
あのときはお前たちこそ何をいっているんだ、とおもった。
けど、今ならばわかる。
コレットを襲ったのはレネゲードであり、
彼らレネゲードはまったく村には危害を加えていなかった。
あのときの自分は何もみえていなかった。
ただ、目に映ることしか信じていなかった。
今は違うのか、といわれれば自信はない。
けども、あのときよりは少しは物事を考えられるようになっている。
そう思いたい。
「たわごとだ。ほうっておけ」
ロイドがそんなことを思っている中、
左手に巨大な筒?のようなものを装備している人物が村の中、
村の入口付近にある広場にとすすみでてくる。
「聞け、劣悪種ども。我の名はフォシテス。ディザイアンが五聖刃の一人。
優良種たるハーフエルフとして、劣悪な人間どもを培養するファームの主」
「…ハーフ…エルフ…」
そんな現れた、イセリアの近くにある【人間牧場】。
その主だという”フォシテス”の言葉をきき、
記憶の中…だとおもう、ジーニアスが声を震わせる。
あの時は、ジーニアスは怖がっているんだろう。
そうおもっていた。
けども、おそらくはそうではないのだろう。
あのとき、自分は知らなかったが、ジーニアスもまたハーフエルフ。
自分たちと”同じ”だといわれ動揺していたのではないのか。
あらためてまるで第三者の視点のようにこの光景をみせつけられ、
そういった考えにふと至る。
…?
そこまで思い、これまで自分は難しくそこまで考えたことがあったか?
ふと自分の思考力に疑問をおもいつつも、
しかし目の前に展開される”記憶の中の景色”から目を離せない。
「ロイドよ!お前は人でありながら不可侵契約を破る罪を犯した。
よって、きさまとこの村に制裁を加える」
「契約違反はそっちも同じだろ!神子の命を狙ったくせに!」
”自分たち”の背後には焼き討ちにあい、そしてまた、
ディザイアンたちに追い立てられたのであろう村人たちの姿。
イセリア牧場の主、フォシテスの言葉に”ジーニアス”が反論する。
そんなジーニアスの台詞に顔を見合わせ笑い始めるディザイアンたち。
あのときはただ、こちらを馬鹿にしてきて笑っているとしかおもえなかった。
「われわれが、神子を?ふはははは!なるほど。奴らが神子を狙っているのか」
それでも、その言い回しから疑問に思い聞き返しはしたが、
彼らはそれにこたえることはしなかった。
「劣悪種に語ることは何もない。それよりもきさまだ。ロイド。
貴様が培養体F192に接触し、
われらの同士を消滅させたことはすでに照会ずみなのだからな」
「何ということだ!牧場にはかかわるなとあれほど念をおしたのに!」
そんなフォシテスの台詞に”村長”が”ロイド”にむかって言いつのる。
姿が見られていないから大丈夫。
能天気にそんなことをおもっていたあのときの自分。
リフィル先生にもいわれたよな。
牧場には離れた位置から観測できる装置がある、と授業でもおしえたはず、と。
コレットたちと合流したとき、なぜそうなったのか説明したとき、
呆れたようにいわれた台詞。
授業なんてきいていても必要がない。
そうおもい、授業中は興味のないときはほとんど寝ていたり、きいていなかった。
無知は罪である、とクラトスにいわれもしたが。
今、あらためてこの光景を目にすれば、その言葉が意味することが嫌でもわかる。
「…この後は…や、やめろ!」
この後、何がおこったのか。
それを思い出し、思わず叫ぶ。
が、記憶の中の光景らしき”彼らや自分たち”は自分の声が聞こえていないらしい。
「やめてくれ…たのむ!!」
おもわずかけより、フォシテスになぐりかかるが、
そのこぶしは、すかっとフォシテスの体を素通りする。
自分のもとにいって、戦うなとさけび肩をつかんでとめようとしても、
その手はむなしくすり抜けるのみ。
「きさまの罪にふさわしい相手を用意した!」
「な、何だ?!こいつは…っ」
”自分”が驚愕の声をあげる。
「さあ、引き裂かれるがいい!」
「や…やめろぉぉぉ!!」
フォシテスの言葉に思わず叫ぶ。
頼む、やめてくれ。
現れた緑の一つ目のような異形の化け物…と当時はおもっていたそれが、
ヒトであることを知っている今、叫ぶしかない。
戦ったらだめだ、だめなんだ!
彼女を救う方法があるんだ!
そう声をいくど”自分”に語り掛けてもまったくの無反応。
「くそ!」
「ロイド、僕も協力する!」
「ダメだ!ジーニアス、たのむ、俺もとまってくれぇぇ!」
叫ぶが眼前の光景は無情にも過ぎてゆく。
相手に攻撃をしかけている自分。
さらにタチがわるいのは、そのときの”自分”は。
ここにたどりつくまでに倒したディザイアンの武器を手にしていた。
…つまり、木刀ではなく真剣を手にもって。
「…人殺し!」
「…人殺しって……」
何をいって、といいたいのに言い返せない。
今、目の前にて展開された光景は。
あのときの。
知らなかった、ではすまされない罪の記憶。
”自分”とジーニアスの攻撃で傷つく”彼女”の姿。
そして、自爆して体を木っ端みじんにした彼女…マーブル。
それとともに、ロイドの真後ろに見覚えのある姿が突如として出現し、
冷たい声をなげかけてくる。
「ショコ……」
なぜここに、彼女が、ショコラがいるのかなんておもいつかない。
けども、突きつけられた言葉を否定することもできない。
あのとき、自分が彼女の祖母を…
たとえ姿がかえられていたとしらなかったとはいえ結果的に殺してしまったのは事実。
「かえして!お婆ちゃんをかえしてよ!
あなたがディザイアンなんかにかかわりさえしなければ!
何が神子様の仲間よ!この…人殺し!
あのときだって、私たちが襲われたのもあんたたちのせいよ!」
それとともに視界に展開されるのは、
旅行の一行、であろうか。
老若男女を加えた一行が、彼女の案内にて街道を歩いている最中、
突如としてディザイアンらしきものたちに襲われた。
これは、街にてマグニス様にたてついた報復だ、といわれつつ。
「何が今目の前で困っているひとをたすけることができなくて
世界再生ができるかよ、よ!あんたのせいであんたのせいで!
死ななくてもいい人達や、被害にあわずに済んだ人達がどれだけいるとおもってるのよ!」
ロイド達にかかわったからという理由で襲われた。
あのとき、エミルがいなければ。
まちがいなくショコラ達はディザイアンたちの牧場に連れ去られてしまっていただろう。
「お婆ちゃんの仇なんかを信じた私がばかだったわ!
街の今の様子もあんたが何かをしたからでしょう!
神子様の旅が失敗したのも、すべてあんたが旅に同行していたせいよ!!」
眼前の光景が、イセリア村での光景から、パルマコスタの光景にかわる。
なすすべもなく傷ついていく人々。
”黒い何か”に襲われるもの、突如として異形の姿となりし人々。
「全部あんたのせいよ!!」
「お、俺は…俺は……」
そしてうつしだされるは。
雷の精霊との契約時の光景。
しいなをかばい、消滅するコリン。
そして契約後、あらわれた水の精霊ウンディーネの言葉をきき、
自らがいった、精霊と契約していけば世界が助かるのではないのか。
という仮定の言葉。
光の精霊アスカ達と契約を交わしたとたんに発生した異変。
「ぜんぶ…全部あんたが、あんたのせいよ!!
知らなかったなんていわせない!!!!!」
崩壊してゆく大地。
水に埋もれてゆく町並み。
叫ぶショコラの背後にこれまで出会った様々な人々の姿があらわれ、
それらすべての人々がロイドにむけて冷たい視線をあびせてくる。
「あ…あ…う…うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
あからさまな殺意のこもったその視線。
その中には養父であるダイクや実の父親だというクラトスの姿すら。
さらにいえば仲間たちの姿すらある。
それらはすべて侮蔑や嫌悪といった隠しようのない表情をうかべてにらんでいる。
そんな人々の視線をうけ、その場にて頭をかかえうずくまり、
ロイドはただただ絶叫をあげるしか…できない。
「…うわ!?」
前をいく、しいな、コレット、ロイドの姿が光とともに消えたのはみえていた。
階段の先に転送陣ような効果があるのだろう、と覚悟はしていたが。
視界をさえぎるほどのまぶしさに襲われるとはおもってもいなかった。
次に気が付いたのは、瞼の先のまぶしさがなくなったころ。
いったい何がおこったのか。
転移陣でも作動したのか。
ふと気が付くと、どうやら自分はどこか別な場所…
しかもどこかの建物の中にいるらしい。
独特の木造建築による木の匂いが鼻につく。
どちらかといえばじめっとした匂い、とでもいうべきか。
「……なんだよ。リフィル」
「…ごめんなさい」
ふと、視線の先にほのかな明かりがみえ、そちらにと無意識のうちにあるいてゆく。
そこにいるのは二人の人物。
一人はよく見知った見覚えのありすぎる姿と、そして。
もうひとりはたしか自分が幼いころによく遊んでくれていた男性…のような。
「君と一緒にいろいろと遺跡めぐりをしてみたかったんだけど…」
「でも、そのために弟を…ジーニアスを施設に預けるというのは、私には無理だわ」
施設に預ける。
その言葉でびくり、とジーニアスの体が硬直する。
「しかし、いくらエルフとはいえ、まだ君の弟は幼い。
旅をするにしても世の中には危険が満ちている。
施設のほうが安全ではないのかね?」
「それでも…私たちがヒトでない以上、あの子が迫害されない、という保証はないわ」
「…たしかに。ヒトは自分とは異なるものを迫害する傾向があるが。
だからといって、君が犠牲にることでもない。そうだろう?リフィル?」
「…あなたの気持ちは嬉しいわ。けど、私は誓ったの。
あの子をひとり立ちできるまで育て上げる、と」
だから、あの子と離れてあなたと一緒になることはできないわ。
そういう姉の声はかなり震えている。
「だって、あなたは弟も一緒に、というのはダメなのでしょう?」
「危険な場所などにもいくからね。足手まといである以上、
命の危険がある以上、それは認められないからね。少しの油断が命取りだ。
世界各地にある遺跡に赴くというのはそれだけの危険性を帯びている」
どうやら話題は自分のことらしい。
「それはわかっているわ。でも…私には弟がすべて、なの。
あなたとともに世界中を遺跡調査するというのはとても魅力的だわ。でも……」
「まあ、君の弟思いは今に始まったことではないから。
断られるのを覚悟しての提案だったけど、そうもきっぱりいわれる、とはね」
「……ごめんなさい」
向かい合い、話しあっている二人はまったく自分に気づいていない。
しかし完全に話の内容はわからないまでも、
今、姉が何をいわれていたのかくらいは嫌でもわかる。
つまるところ、自分をどこかの施設…おそくは孤児を預かるどこか…に預け、
共に旅を…つまりは世間一般でいうところのプロポーズまがいのこととを
この目の前の男はしたのであろう。
でも、それを姉は断った。
自分も一緒にいなければ意味がない、そういった趣旨を込めて。
頭を下げた姉の姿が目にはいるとともに、視界が一瞬真っ暗になる。
――あの子さえいなければ…いえ、そんなことを考えてはいけないわ。けど…
姉の独白のような声がジーニアスの耳に聞こえてくる。
弟さえいなければ、彼が弟も一緒でいいといってくくれば。
――君は弟の奴隷か小間使いか何かかい?
それとともに、あの男性の声も。
そして、次にジーニアスの目にはいったのは、
何かを抱きしめて肩を震わせてないている姉の姿と。
そんな姉の姿を少し離れた場所からみつめている幼き自分の姿。
この光景はよく覚えている。
いつもよく遊んでくれて、そしていろいろと物事をおしえてくれた”お兄さん”。
その彼がいなくなり、その朝、姉が静かに泣いていた。
そして姉はジーニアスに気が付くと、ただジーニアスを抱きしめて。
ただただ”ごめんなさい”と謝るばかりであった。
いきなり優しかった”お兄さん”がいなくなり、姉を責めたのはよく覚えている。
姉にとっても初めて心許せたはずの相手に立ち去られたのはとてもつらかっただろうに。
まだ幼かったあのときの自分はそこまで気づくことはできなかった。
――いつもいつも、”僕”がいるから、姉さんは迷惑していた。そう思わない?
ふと、背後からどこかできいたことのあるような声がし思わずふりむけば、
そこには幼きころの自分の姿が。
自分はたしかにここにいるのに、背後にいるのもまちがいなく自分だと、
なぜか断言できる。
――いつも、僕の勝手で姉さんに迷惑をかけ、居場所を奪ってる。
あのときだって…
もうひとりの”自分”の声とともに目の前の光景が一転する。
絶対に外にでないように、といわれていた。
それなのに、他の子供たちにつられ外にとでた。
小さな村、今はもうなくなってしまったその村は、
かつてディザイアンたちの襲撃をうけ滅んでしまったはずのその村。
治癒術をつかえるという理由で村人たちは警戒をしながらも受け入れてくれていた。
少し離れた場所にあるという人間牧場。
それがどんなものかとものすごく興味もあった。
誰がいいだしたかなんて覚えていない。
子供だからという言い訳も通用しない。
でも、本当にディザイアンなんて悪人はいるのか、という話題となり、
なら確かめにいこうぜ、といいだしたのは、
あの村でもリーダー格であった一人の子供。
――あのときだって、僕は姉さんから村の外にいってはだめだ。
子供たちだけならば特に、といわれていたのに。
この後、何がおこったのか、嫌でも覚えている。
鉢合わせとなった盗賊。
攻撃されそうになった”友達”をかばい、咄嗟に使用した”魔術”。
それをみて、盗賊達が、こいつハーフエルフだ、といいだし逃走した。
助けたはずの友達だとおもっていた子たちからの恐怖の視線。
だましてたんだな!
そういわれたあのときのショックは今でもジーニアスはよく覚えている。
村に戻った子供たちがそのことを親にいい、
エルフだというが、ハーフエルフもエルフもかわりない。
ディザイアンに通じているかもしれないものを村にはおいておかれない。
そういって、姉ともども村を追い出された。
皆、恐怖の視線にて自分たちに敵意をむけてきていた。
つい先刻まで遊んでいた子供も、自分に石をなげてくるありさまで。
――村からでないように、という言いつけをやぶったから、村をおいだされた。
いいつけをやぶって、姉さんの居場所を奪ったのはこれだけじゃないでしょ?
目の前にて展開されるは、これまで、ジーニアスがしでかした…
悪気はなかったかもしれない。
けども結果として、魔術を使うということは、イコール、ディザイアンの証、
という風潮が強いシルヴァラントにおいて、人々の恐怖と不安は払拭されなかった。
魔術が使えることを隠し、姉が法術士であるということだけを表にし、
人々の生活の中に紛れ込んでも結局は、ジーニアスが魔術をつかえる、
というのが発覚し、迫害の対象となっていった。
パルマコスタを追われたときも、妬みなどもあったのであろうが。
結局はジーニアスの言動から、ハーフエルフ、ディザイアンの仲間だ、
といわれはじめて追い出された。
――なのに、また言いつけをやぶった。
わかっていたはずなのに。
絶対に近づいてはいけないという人間牧場。
それに興味本位だけで近づいた結果、ロイドを巻き込み、
村人たちにまで被害を及ぼし、そして…
――ねえ。君が”僕”として生きている意味があるの?
ただ、そこにいるだけでヒトの迷惑になる”君”が?
マーブルさんだって、”僕”とかかわらなければあんな目にあわなかっただろうに
目の前では自らの前で自分たちをかばい自爆するマーブルの姿。
――好奇心旺盛。でもそれはヒトに迷惑をかけてもいいっていう言い訳じゃないでしょ?
「――僕は……」
そうだ。
改めてこれまでの現実をつきつけられれば、
自分の行動の結果、周囲に害を振りまいていた。
イセリアに移住してからは、その行動のすべてがロイドに振り回され、
周囲もジーニアスはロイドの被害者のような認識であったがゆえ、
ジーニアス自身も自らのそれまでの行動をほとんど失念していた。
失念してしまったがゆえに…牧場に近づくなど、好奇心を優先させてしまった愚かな自分。
――”僕”さえいなければ、姉さんも、そしてロイドも。苦労せずにいただろうにね。
弟など、いなければよかったのに。
自分の声と重なるように、どこからともなく姉の疲れ切った声がこの場に聞こえてくる。
姉ならば決していわない、と信じていても、
でも心のどこかではそうおもっているのでは、と恐れていた言葉。
――”君”はいないほうがいいんだよ。”君”の変わりに僕が”君”になってあげる。
”君”だって…好きな人達には笑っていてほしんいでしょ?
でも、”君”の存在は、君の行動は大切な人達を傷つけるばかり
だから、君はいらない。
目の前の小さな自分はいつのまにか自分と同じ年齢の姿にとなっている。
ああ。
そうか。
目の前でこれまでの出来事と、自分の行動を振り変えさせられるような映像をみせられ、
そして改めて小さな自分であった”自分”が成長し、
今の自分と同じ姿をとったことで、この”場”の意味を改めて悟る。
ここは、精霊の試練の場、なんだ。
心の精霊ヴェリウスの、精霊の…試練。
自らの心に向き合うこと。
それはとてもたやすいようでいて、とても困難である。
それをジーニアスは知識としてもしっている。
おそらく、目の前の”自分”は心の奥底で理想としている”自分”なのだろう。
心のどこかではずっと恐れていた、姉に、友達に、
周囲の人々に忌諱されることを。
かつて、ロイドにいった台詞。【ロイドのようになりたかった】。
その言葉に嘘偽りはない。
自分の感情を隠すことなくまっすぐに表現するロイドはまちがいなくジーニアスの理想。
その…はず、だった。
けど、そんなロイドも彼自身のことで心を乱されたとき、信じられないほどに狼狽していた。
そんな姿はロイドなんかじゃない、と心のどこかでジーニアスが思うほどに。
それはあるいみ理想のおしつけ。
そして…おそらく、その理想を実体化したようなものが、目の前の”自分”。
このまま自分の意識を閉ざしてしまえば、”理想の自分”が”表”にでるのだろう。
自分はただ、深淵の底からその光景をみているだけでいい。
それはなんと…ある意味で甘美なる誘惑。
でも。
それではダメなのだ、と思う。
ロイドがよくいっていた、自分はかわりたい、と。
そして口にはしないまでも自分もそうおもっていた。
かわらないといけない、と。
「確かに、僕は口では利己的なことをいいながら、人に…特に姉さんに迷惑をかけてきた。
姉さんだけじゃない。僕の言動で傷つけた人もかなりいる。
知らず知らずに見下し、傷つけてしまっていた人もいる」
これだからヒトは、といつも見下す発言をしていた自分。
他人が差別をするのだから自分も差別をして当たり前。
そうおもっていた。
でも、それは…自分たち、ハーフエルフをただ、ハーフエルフだから、
という理由だけで迫害し、差別する”ジーニアス曰くの愚かなるヒト”とかわらない。
それこそ、ディザイアンたちと同じではないか、とおもう。
「だからこそ。僕は、逃げたくない。よくわからないけど。
今回のことで、僕は成長できるような気がするから。
ううん。成長できなくても、何かのきっかけがつかめるような気がするから」
たしかにすべてから逃げて自分の心に閉じこもってしまえばそれはそれで楽だろう。
そして理想の自分が”表”にでれば、周囲にとっても幸せかもしれない。
でも、それではだめだ。
――それで、周囲を傷つけるようになっても?
「それでも…僕は!」
逃げたくない。
――ばっかじゃないの?…でも、それが僕、なんだろうね……
「そう。だね。僕は馬鹿だね。でも…お互いさま」
呆れたような自分の表情に苦笑のようなものがうかぶ。
ゆっくりと自分に近づくジーニアス。
ジーニアスと”ジーニアス”の手がどちらかともなくのばされる。
二人の右手と左手が重なり合うとともに、周囲に光が溢れてゆく――
暖かなそれでいて真っ白な光につつまれる。
「あれは…私…?」
たしかに光の階段を上っていたはずなのに。
目にはいってくるは、見おぼえのあるどこかの家の中。
そこには白骨化しかけた…完全に腐臭しかけている父のそばで、
ただひたすらにもくもくと作業をしている自分自身。
それは、自らが心を失っていた時に実際にあったこと。
父が死に、それでも死んだとわからないのか、死体に料理を差し出し、
そして日々同じことを繰り返していく自分自身。
なぜにこんな光景が目の前においてみえているのか。
一瞬、目をそらしたくなるが、しかし自分がそうしていたという自覚もある。
自我を取り戻したときには、すでに父は埋葬されていた。
だけども…死んでからずっと父を埋葬していなかったということは、
今、目の前で展開されている光景は実際にかつてあったという事実に他ならない。
しいなが、コレットが、ロイドがジーニアスが。
そしてリフィルと自分。
マルタには残るように先ほどリフィルが言い含めていた。
リフィルと自分。
どちらが先にいくかで、結局、リフィルが先にいったのは、
いまだ何か言いたそうなマルタの言葉をきかないようにするためだったのか。
それはプレセア自身にはわからない。
心の精霊であるがゆえに、心を試す何らかの試練があるかもしれない。
そのような話はリフィルの推測としてきかされていた。
皆が皆、階段の先に吸い込まれるようにきえていった光景も目にしていた。
ゆえに必ず何かがある、とは身構えていたが…
――腐敗していく父親を埋葬するでもなく日々を過ごしていた私を村人がどう思ってたのか。
”私”ならいわなくてもわかるわよね?
「…え?え?…お…姉ちゃんが…二人?」
ふと気づけば真横から声がする。
「アリ…シア?」
ふと視線を横にむけてみれば、幾度もその先にいるもう一人の”自分”と、
自らを交互にみている大切な”妹”の姿が。
「それに…この光景…何…何なの?お姉ちゃん……」
アリシアの声には不安と、そして困惑が刻まれている。
アリシアとてこの現状は理解不能。
いきなり自らが滞在している深層心理の奥深く。
”心”の空間が光につつまれ、気づいたときには姉がいた。
そしてなぜかこのような光景が繰り広げられている。
”ここ”は、プレセアの心の中。
深層心理の奥深くにある、プレセア自身の”精神”の空間。
プレセア、そしてアリシアは知る由もないが、
プレセアの”精神”そのものにアリシアが今現在”同居”しているがため、
本来ならばプレセア一人の試練のはずが、アリシアをも巻き込む状態にとなっている。
ヴェリウスとしても本当ならば彼女一人に試練を加えたいところなれど、
精神に同居している存在がいる以上、一緒に試練を与えたほうが都合がよい。
それに何より、このもうひとりの”精神体”はすでに”王”により、
来世がほぼ決定しているといってもよい存在。
ならば後々の憂いとなりえるかもしれない不安要素は今のうちに、
彼女たち自身の手で乗り越えてもらっておいたほうが都合がよい。
――ねえ。アリシアもそうおもわない?そこの”私”は、
パパがあんなになってたのに、何もしようとしなかったんだよ?
死体にご飯をたべさせようとし、まるで生きているようにお世話したのち、
毎日のように木を伐りだし、そして売りにいく。
「…お姉ちゃん…これ……」
「…本当の…ことよ……」
嘘だといってほしい。
けど、姉から戻ってきた言葉は肯定の言葉。
「私は…ずっと心がない状態だった。だからパパが死んでることにも気づかなかった。
…ロイドさんたちが要の紋で心を戻してくれたけど。
そのとき、すでにパパはロイドさんたちが埋葬してくれていた」
それが意味することは、彼らが埋葬するまで、
ずっと父はあの家にいた、ということ。
家の中にはいったとき、たしかにこびりつくようにあったあのあまったるい匂い。
腐敗を通り越した死体は時として甘ったるい匂いを発生させる。
ベットや家屋にこびりついた匂いはそう簡単にとれるようなものではない。
うっすらとではあるが覚えている。
たとえうっすらとでもあるが覚えているがゆえに、
目の前に魅せられている光景はプレセアにとっては心が痛い。
力を求めた結果、結局何も救うことができなかった。
アリシアのことだってそう。
心を失っていた自分はアリシアのことを思い出しも、手紙を送ることさえしなかった。
…アリシアからは定期的に手紙は送られてきていた、というのにも関わらず。
心を失い、ただ定められたことだけをするだけの”生”。
望んでいたわけではないが、結果としてすべてを傷つけた。
父もあのように、死してなお、朽ち果てていく過程を放置されていた。
心を失う、ということは、様々なことからあるいみ目を背ける、ということ。
喜びもなければ悲しみもない。
それこそただ生きているだけ。
小さな生命体ですら必至に生をいきているのに、心を失った体にはそれがない。
それこそ、プログラムされた動きのみをする機械仕掛けの人形のごとく。
アルタミラにてその試作品をみているからこそよくわかる。
そして、あのタバサは確実に”心”をもっていたといいきれる。
目の前でどんどん腐ってゆく父親。
そしてそんな父親に何もしていない…正確にいえばしてはいるが。
それは食事をもっていっては寝床を整える、という決まり切った行動しかしていない。
自分はあんな状態であったのに、父親に対して何もしていなかったのか。
改めてその真実を突きつけられ、プレセアは心が張り裂けんばかり。
姉がエクスフィアによって心を失っていたのはしっていた。
いや、知ったというべきか。
姉の心の中に同居するようになり、その真実を知り得た。
エクスフィアの…微精霊の力にたえられず、肉体が暴走した自分と、
心を…精神体をそのまま封じられてしまった姉と。
エクスフィアの内部にいたからこそ、その力の差はアリシアは自覚している。
ちっぽけな人間ごときの魂など、微精霊達の力の前ではなきにひとしかった。
それでも意思力のみでどうにか自我を保っていたかつての自分。
それぞれが胸の痛みを感じている最中。
ゆらり、と腐りかけた父親の体がおきあがる。
そして多少骨が見えかけている手を伸ばし、
――なぜ、なぜ私を見捨てた?
それはプレセアとアリシア。
二人にとっては聞き覚えがありすぎる”声”。
――アリシア…なぜ、なぜもどってこなかった?
手紙をだすだけで、実家に帰ることは一度もなかった。
ブライアン家はそのあたりの融通はきいていたというのにもかかわらず。
奉公にきている以上、優先すべきはリーガル様のほうです。
そういって、かたくなに帰ろうとしなかったアリシア。
手紙を送っても返事がないことで、何らかの異変を感じ取っていたにもかかわらず。
ただ、自分がお慕いする人のそばにいたい、そんな理由から。
かつて、リーガルに語った、手紙の話。
あのとき、自分は何らかの不安を感じ取っていたというのに。
便りがないのは元気な証拠。
そういって何の対策もとらなかった。
よそ者であったがゆえ、家によりつく村人がいなかったのも不幸といえば不幸だったのだろう。
そのような状態になっていたにもかかわらず、村人たちはよりつきもしなかった。
父親の姿がみえなくなっている、というのに気付いていたにもかかわらず。
苦痛に歪んだような父親の姿は、プレセアとアリシア。
姉妹にとって正面から見られたものではない。
二人とも、父親に対しては罪悪感をもっている。
アリシアは不安を感じていたのに、その不安から目をそらし続けたという罪悪感。
プレセアなどはそばにいながらもいくら心を失っていたとはいえ、
そのようになっていた父親を放置していた自分に対しての嫌悪感。
おそらく、これは自分に対しての試練でもあるのだろう。
精霊達の真なる王。
世界の根源たる王の。
自分の心と…根底にある後悔などと向き合うこと。
おそらくこの光景の意図はそこにあるはず。
それがわかっていても、変わり果てた父親の姿を目の当たりにし、
どうしても体が動かない。
これは幻である、とわかっていても。
アリシアとてこれが幻でしかないというのはよく理解している。
何しろ”今”、父親はその姿を変えた”存在”として新たな生をうけている。
そしてそのことをアリシアは知っていても、姉たるプレセアは知らない。
知っている自分と知らない姉。
知らない以上、目の前のこれが幻と理解していても、
真実、父親が自分たちを恨んでいると捉えてしまっても不思議ではない。
そんなアリシアの考えを肯定するかのごとく、
プレセアはその場にひざまづき、両手両足を床につけ、
ひたすら、父親の姿をしているそれにむかって
”ごめんなさい”と謝り続けている姿が目にはいる。
そんな姉や自分にむかい、ゆらりと”ソレ”はおきあがり、
腐った肉をポタポタとおとしつつもどんどん近づいてくる。
その口からは、自分たちに対する恨みつらみにもおもえる言葉が常になげかけられ、
真実をしっているアリシアの心をもえぐってくる。
父がこのようなことをいうはずはない。
でも、もしかしたら。
心の奥底では本当に父はこのようにおもっていたのではないのか?
そんな思いがどうしても捨てきれない。
ゆらゆら、ずるずると近づいてくる”父親の姿をしたもの”。
その手が今まさに、自分たち姉妹にふれるか、とおもったその刹那。
突如として視界を覆い尽くす白い”何か”。
そして。
「娘たちの心の奥底にある後悔や不安を具現化させているとはいえ。
さすがにこれは許容範囲外であるからな」
深く、そしてとても落ち着いた声がその”白いなにか”から発せられる。
片手に大きな白い盾をもち、その方に大きな一振りのなぜか斧をもち。
…本来ならばそこでもっているのはこの種族的には剣なのだろうが。
やはり使い慣れているものがいいという理由から、
”王”と”闇のセンチュリオン”からの許可をもぎとっていることをアリシアは知っている。
「…え?」
それまでうなだれ、手足をついて懺悔の言葉を紡ぎ続けていたプレセアが、
その”声”をきき思わずその顔をあげる。
目の前にいるのは異形の”何か”。
真っ白いというか銀色に近い全身鎧のようなものに覆われているそれは、
見た目だけならば、確か【クルセイダー】と呼ばれし魔物の姿そのもの。
――何のつもり?”パパ”?
そんな”それ”に向かい、歪んだ顔をし声をなげかけるもう一人の”プレセア”。
「大切な娘たちを守るのに理由がいるのか?」
まあ、それでお叱りをうけても本望だ。
淡々と言葉をつむぎ、そして少し苦笑しながらも言葉を紡ぎだすその”声”は。
姿は違う。
けども、”判る”。
暖かな気配もすべて記憶にあるままで。
「…パ…パ?」
唖然とした声をだすプレセアに、
「これって、私たちの試練なんでしょ?怒られない?」
父がこの場に現れたのにさほど疑問におもっていないらしいアリシアの声。
そんなアリシアの姿に一瞬、違和感をもつものの、
しかし目の前にある衝撃はそんな違和感すら吹き飛ばすほど、
プレセアにとっては重要すぎる。
なぜ、どうして。
父は自分が殺してしまったようなもの。
力を求めるのではなく、父の回復を願っていれば。
力を求めたばかりに、父はそのまま死んでしまった。
目の前にて繰り広げられていた幻という名の光景は、
真実、かつておこった出来事なのだとプレセアは嫌というほどに思い知らされた。
「娘を守るのに理由はいらぬだろう。それに…
プレセアの異変は私にも原因があったがゆえに、な」
死してなお、娘のことを心配し常にそばにいたがゆえ、
より精霊石の微精霊達に歪みが生じてしまった。
当時はそんなことには気づかなかったが、今ならば”わかる”。
プレセアがあそこまで心を完全に閉ざされてしまったのは、
自分が死してなお、そばにいたことも原因であった、と。
「…どうして…パパが……」
「何。ご慈悲をうけた、とでもいっておこう」
それが【誰に】なのか思い当たり、思わずプレセアは目を見開く。
いまだにもう一人の”プレセア”は、忌々しい表情をして、
突如としてあらわれた、【白き異形のもの】をにらみつけている。
この空間…偽の”実家”にあって、似つかわしくない白い姿。
半ば銀色に光っているようにもみえるその姿は、
魔物というよりはどこか神々しさのようなものすら感じてしまう。
もっともそれは、プレセアの心が感じるうしろめたさのものからなのかもしれないが。
――馬鹿みたい。自分を見捨てた娘たちのために、わざわざあの御方に逆らうの?
へたをしたら、存在ごと消されるかもしれないのに?
影たる”プレセア”はその行動が理解できない。
”王”の慈悲から魔物に転生しているとはいえ、”王”の意思にさからえば、
それこそ存在ごとの消滅もありえるかもしれないのに。
それなのに、この”元人間”はこの場にあらわれた。
この”影”はプレセアの心の闇でありながら、心の精霊の心をも代弁せしもの。
ヴェリウスからしてみれば、子を思う親の気持ちというものはとてもここちよいもの。
時としてその思いは狂気になれど。
それでも親子の愛情は種族を超えて思うところがある。
ヴェリウスの代理として仮初とはいえ自我を持たされているプレセアの深層心理。
その奥底にある人格は、それらの思いもうけ、思いのままを口にする。
この試練は自らの強い心で乗り越える、というのが大前提。
だが、時としてこのように横やりがはいることもある。
それは大概、その試練をうけしものの血筋のものの意思力。
「子供のために命を落とすのを忌諱する親はいないだろう?
娘たちには私のせいで苦労をかけた。いくら試練とはいえ、
私の死した姿をもってして娘たちに心理的な苦痛を与えるのは私の望むところではない」
たとえそれが、娘たちが心の奥底で懺悔していることだとしても。
親としてそれを許容できるはずがない。
きっぱり言い切るとともに、手にしていた白銀の大斧をおもいっきり振う。
その刃に叩き潰されるように、
目の前にいた”腐敗したジーク”の体がぐしゃり、とつぶれる。
どろり、とした液体が床にひろがり、それはやがて振り下ろした斧の刃に
吸い込まれるかのようにきえてゆく。
白銀の大斧の刃が赤黒くそまり、そこからポタポタと赤黒い何か、が滴り落ちる。
「お前たちの心の闇はすべて私がひきうけよう。
これが今の私にできるせめてもの親としての務めだ」
自らが体を壊したことによって、大切な娘たちの人生を狂わせた。
倒れたとき、意地を張らずにかつての知り合いにたよる方法もあったのに。
それをしなかったのは、ほかならぬジーク自身の意地によるもの。
誰かにたよるということは、自らが封印したかつての技を表にだしてしまう。
かならずたよったものはその見返りとしてその”力”を要求してくる。
それを危惧し、行動を起こさなかったがために、子供たちの未来はねじまげられた。
すべての責は自分にある。
ゆえに、自らの願いがとおり、魔物として転生させてもらったことには感謝している。
たとえこの行動により、自らの存在意義が失われてしまおうとも。
娘たちを守れるのならば。
今の自らはいわば精神体のようなもの。
精神体であるこの魔物としての力は意志力にその力を左右される。
「…パパ…なの?…本当…に?」
膝と手を床についたまま、信じられないというようにかすれた声で語り掛けるプレセア。
なぜ、どうして。
そんな思いが去来するが、言葉がすぐにでてこない。
――親がでばってきたら試練にはならないよ?
「わかっている。が、私の娘たちはそんなに弱くはない。私はそう信じている」
あのような状況になりながらも、自我を失うことなく石の中で自我を保ち続けたアリシア。
時間に取り残されたことを目の当たりにしても絶望することなく前に進んでいったプレセア。
すべての原因は自分の愚かなわがままから発生してしまったこと。
病にふせっても、他者の手を…救いを求めることは可能であったというにもかかわらず。
しいていえば、自分が死んだあとのことしか”彼”に頼むことしかしなかった。
自分が死んだあと、ではなく生きているうちに何とかしていれば、
二人の不幸は防げたかもしれない。
その思いがプレセアとアリシアの父であるジークを突き動かす。
その強い念ゆえに成仏することなく、常にプレセアのそばにいた。
あのとき、”王”の慈悲で魔物として転生を果たしても、その思いに代わりはない。
目の前の彼女もまた”娘”。
プレセアの心の内にある、深層心理。
その思いが具現化している存在。
傷をつけるということは、文字通り、プレセアの…娘の心を傷つけるということ。
だからこそ。
「この空間そのものを壊し、二人を外に送り届ける。
それが親として…私ができるせめてものことだ。
――プレセア。アリシア。みておけ。私があみだせし暗黒術の一つ…」
この技はあまりに強力ゆえに他者にみせたことはない。
技の威力を追及していくうちに、偶然にみつけだしたとある技。
特にとある技との組み合わせが半端ない。
背後にいるプレセアとアリシアに視線をむけることなく、
そのまま、滴る汁のようなものをたぎらせたままの大斧を改めてにぎりなおし、
どうでもいいことではあるが、片手で大斧を振うその姿はまさに屈強の騎士。
そうとしか言い表せられない。
「――我が道を突き進め!秘儀…スパイラルドライバー!!」
娘たちには自分たちの道を突き進んでほしい。
この技を編み出したときは、自分の力に酔いしれていた。
そのまま白い大斧を片手にもち、
空中を錐揉み回転しつつ、そのまま”プレセア”の頭を飛び越える。
その先にあるのは白い空間。
本来ならば、一度助走をつけて走りこむのだが、
今のジークにはそれだけの身体能力に近いものがある。
瞬発力により、助走に近しい力をもってして、”プレセア”の頭をとびこえ
そのまま目の前のどこまでもつづいている…家の壁にみえるその向こう側。
そこには無垢なる白い空間がどこまでも続いていることを彼、”ジーク”は知っている。
「次空斬!」
それは、空間を間接的に切り裂く技。
さらにこれを昇華したところにあるのが次元斬とよばれし時空剣、
といわれる技となるのだが、そこまでジークは知りはしない。
ヒトの身にてそれに近しい技を編み出していることがどれほどのものか。
当時のジークはそのことが周囲に与える影響をまったく考慮していなかった。
ある意味で自らの”気”そのものを武器にのせ振うその様は、
次元斬そのもの、といっても過言ではない。
今のジークにとって、気とは生命力そのもの。
魔物の一種である【クルセイダー】となった彼は、
いわゆる魔族と同様の精神生命体に近い。
気を使用する、ということはすなわち生命力を使用することと同義。
「――パパ!?」
何がどうなっているのか。
プレセアには理解不能。
しかしそんなプレセアの叫びとは裏腹に、
ジークより繰り出された衝撃が空間の一部にたたきつけられる。
「…プレセア。アリシア。愛してるよ」
かなりの力を振わなければこの空間を破壊することは不可能。
だけどもやめる気はまったくない。
ここに娘たちを閉じ込め、愛娘達に精神的苦痛を与えたくない。
たとえそれが心の試練だとわかっていても。
娘たちこのような試練をうけなければ状況を打破できないほど弱くはない。
そう信じているからの行動。
ふりかぶった大斧がみしみしとした音をたてる。
しかしその刃を振り下ろすそぶりはまったくみえない。
上手にこの空間のみ破壊しなければ、娘の深層意識すら傷つけてしまう。
破壊というよりは自らに取り込む感覚で”力”を振う。
――それって、ただの親ばかでしかないでしょ?彼女たちの試練はどうするの?
「しかり。娘たちはこのような試練をうけずとも、状況を乗り越えられるさ」
死して魔物となった自分にできることを。
たとえその結果、自身の存在が消滅することになろうとも、
愛する娘たちの”心”を守れるのならば、まったくもって悔いはない。
”プレセア”の言葉に答えるように、より強い”力”がジークの体を覆い尽くす。
クルセイダーとよばれし魔物とかわりしジークの体がまばゆい白い光に包まれる。
「「――パパ!?」」
そのまぶしさに思わずさけび、それぞれ父親とおもわれし”それ”に手をのばすが、
その手はどこまでもとどかない。
プレセアとアリシア。
二人の視界を一瞬のうちに真っ白い光が塗りつぶし、
どこからともなく、パキン、という何かがハゼわれる音が聞こえたかとおもうと
二人の意識は一瞬、遠くなってゆく。
そのまま光に飲み込まれるように、プレセアとアリシア、
そしてジークを含めたその空間そのものが、真っ白い光に塗りつぶされてゆく――
まぶしい。
一瞬、あまりの白さに目をつむる。
そしてゆっくりと目をひらけば、いつのまにかそこは外。
ひんやりとした空気と、そしてやわらかな光がかんじとれる。
ふと何気なしに空をふりあおげばそこにあるのは満天の星空と、
空にかかる大きな満月。
ふと、その満月から地上にむけて一筋の光が降り注ぐのが目にとまる。
そして視界の先に巨大な石柱らしきものも。
「ここは……」
おもわず息をのみこむ。
「…さま…お母様、どうして…っ!」
そして次に聞こえてきた”声”に思わずリフィルは驚愕する。
どこかできいたような。
「…いかないと……」
ほとんど無意識に声の聞こえてきた方向にと足をむければ、
やがて見覚えのありすぎる巨大な石柱と、
その中心に小さな赤ん坊を抱きかかえている一人の少女の姿が目にとまる。
そして少女が声をかけているのは少女によくにた…
それでいて、今の自分とほぼ瓜二つの女性が一人。
「お母様、なぜ…っ!」
小さな少女が腕の中の白い布につつまれた赤ん坊をだきかかえつつも、
視線を女性のほうにむけて叫ぶ。
ああ。
この光景は。
忘れようにも忘れられない、あのときの。
だまってただ涙を流していた”母”の姿がそこにある。
少女…かつての自分とまだ赤ん坊でしかなかった弟。
二人の足元には魔法陣。
光はだんだんつよくなり、このままこの光は二人をシルヴァラントに連れ去るであろう。
これは過去の光景。
リフィルとジーニアスが、頼るものもいないまま、
特にリフィルに関してはまだ自力で立つこともできない赤ん坊のジーニアスをかかえ
シルヴァラントにて放浪することになった始まりの記憶。
「―――…。リフィル。ジーニアス」
あのとき、母、バージニアはただ涙を流すのみで何もかたらなかった。
いや、そのはずた。
ゆえに、聞こえてきた”母”の言葉にリフィルは完全に思考が停止する。
――あなた達は邪魔なのよ。あなたたちなんて産むんじゃなかったわ。
それはかつて、母の幻影に突き付けられた言葉と同じ。
でも、それがどうした、ともおもう。
そんな言葉はもう幾度かきいた。
心を砕いてしまっている母の姿を認識している以上、
いくら本当に母がそのようにおもっていたとしても、
自分たち姉弟を思い、シルヴァラントに逃がしたと微塵も今では疑っていない。
「心の試練…というわけね。でもおあいにくさま。
私はもう心を決めているの。すでにあのときに、ね」
死を覚悟したあのときに。
ロイド達を先にすすませたあのときに、すべてリフィルの中では決着がついている。
これは自らの心の奥底でいまだにくすぶっている恐怖。
本当は母に、父に捨てられたのではないのか、という漠然とした不安。
生きる、ということは常に何かを学ぶことでもある。
それをリフィルはロイド達教え子に解いたつもり。
当事者たるロイドがそれを理解しているかはともかくとして。
「だから、今さら”私”が何をいおうとも。私の心は揺るがないわ」
背後に感じる気配。
それは勘ではあるが自分自身。
勘にともないふりむけば、案の定というべきか。
そこにいるのは”もうひとりの自分”の姿がみてとれる。
――さすが、私というべきなのかしら?でも、本当に?
この運命から逃れたいともおもっているのも事実でしょう?
「運命なんて…所詮は自らが切り開いていくものよ。
生まれも育ちも、関係なく、ね。私は教師よ。
教師というものは、ヒトの将来性をも導く役割をもつもの。
私はそんな自分の教師という立場に今ではすごく誇りをもっているわ。
誰に何をいわれようとも、ね」
そりゃあ、あまりに出来のわるい教え子の行動に頭を悩ますことが多かったり。
というちょっとした事柄はあるとはいえ。
死を眼前にして、ロイド達に語ったその言葉は、そのままそっくり自分自身にも通用される。
ハーフエルフの寿命は千年。
他人を導き、そして自分自身も見つめなおす機会が得ることのできる”教師”という立場。
「――私の望みをかなえるためにも。ここで挫折するわけにはいかないの」
目の前の心の影というか、奥底でくすぶっていた自分の”心”が何をいいたいのか。
相手というか”自分”がいわなくても嫌でもわかる。
あのとき、走馬灯のようにこれまでの人生が脳裏をよぎった。
そのときに抱いた思いすら、
人は死を前にすれば悟りを開く、という話をきいたことはあったが。
自分にも適応されるとはあのときまで夢にもおもっていなかった。
コレットを助けるため、一人一人、犠牲になっていったあのときまで。
…よもやあのときはゼロスがおもいっきり芝居というか暗躍していた。
などと思いもしていなかったが。
相手がこれから何をしかけてくるかも、だからこそわかる。
だからこその先制攻撃。
この”光景”をみせてきた以上、あのときの。
自らが昏い海に投げ出されたときのことや、シルヴァラントに移動してからの出来事。
そして、弟がいなければ、と幾度もおもった出来事。
それらを確実に目の前の”自分”は映像としてもちだして、心を折ってくる。
だからこその先制。
――…後悔は、しないの?
「後悔なんて。いつもしているわ。でもヒトはいつ死ぬかわからないのだもの。
だからこそ、今できることを全力で、私は出来うるかもしれないことを行動に移すだけよ」
一度はあきらめた命。
だから、何も怖くは…ない。
「あなたは”私”。私の中で私のこれからを見ていてちょうだい」
自らの心の弱さが生んだであろう、深層心理に宿っていたとおもわれる自分自身。
ゆっくりと近づき、もう一人の自分を抱きしめる。
――ほんと、馬鹿……
「…ええ、わかっているわ」
この生き方が正しいかなんて自分でもわからない。
きっと誰も自分の生き方が正しいか否かなんて明言することはできない。
けども、ヒトは正しいとおもったことを選択し、それでも日々生きていく。
抱きしめた”リフィル”がぽつりとつぶやくとともに、光の粒子が周囲にとあふれ出す――
「えっと……」
何があるか危険だから、あなたはここでまっていて。
そういわれ、しいな、コレット、ロイド、ジーニアス、そしてプレセアに続いて、
リフィルもまた光の階段をのぼっていった。
天井付近に近づくとともに、まるで光の中に吸い込まれるように
彼らの姿はことごとくきえていった。
おそらく、否、確実にこの先に心の精霊ヴェリウス。
かつてのコリンがいるはずだから。
しかし精霊である以上、精霊の試練がある可能性もなくはない。
そうリフィルにいわれ、少し戸惑ったのは事実。
しかしだからといって、ここに一人っきりで彼らを待ち続ける。
というのも何となく間違っている、と思う。
ミシミシとさきほどから聞こえてくる音と。
そして不安をあおるかのような盛大なる唸り声のようなものをあげる風の音。
ひんやりとした冷たい空間に一人残されると、
まるで自らの体も冷たい無機物に同化してゆくような感覚にと襲われる。
ごうっと聞こえてくる音に思わず身震いしつつ、周囲を見渡す。
すでに全員階段をのぼりきってこの場にはおらず、この場には一人きり。
「まっててっていわれたけど…ここのほうが危険、よね。うん」
この先でまっているのがあのコリンならば。
すくなくとも何がおこるかわからないここよりは、この先のほうが安全。
精霊の試練とはいうが、よもや一人でそんな試練をうけることもないだろう。
第三者がその考えをきけば楽観的すぎる。
そんな考えを抱きつつ、
「私も皆のとこにいこっと」
そのままその足を光の階段にとかけてゆく。
ふわっとした感覚とともに一歩ふみだすたびに光の粉が舞う。
一瞬、その光景にひるむものの、みしみしと聞こえてくる今にも壊れてしまうのでは、
とおもわれる周囲の壁の音を思えば自然と足並みも早くなる。
天井付近に差しかかり、そのままさらに一歩足を進めた刹那。
マルタの視界が真っ白な光にと包まれる。
「…ねえ。あんた、何様のつもり?」
…え?
ふと気が付けば、そこはどこかの街の中。
いや、正確にいえば宿屋の前。
しかし問題なのはそこではない。
なぜ目の前に籠らしきものをもった自分自身がいるのだろうか。
そしてそんな”自分”の前には見覚えのありすぎる男性。
そしてその背後には、
「ねえ。いったいどうしたの?」
「ああ。この前いってた子がまたきてね」
「また~?」
甘ったるしい声がする。
背後には長い黒髪の少女が三つ編みにしてあきれたような視線をむけてきている。
…これ、は…
この光景はマルタは覚えがありすぎる。
「きゃはは。ラキちゃん、もてもてだねぇ」
「簡便してくれよ。そもそも何で絡まれてた子を助けただけで、
ここまで毎日のようにつきまとわれなきゃいけないんだよ」
そもそも、通行の邪魔だったから助けただけで意図なんてなかったのに。
そんなつぶやきも聞こえてくる。
「君、何か勘違いしてない?そもそも毎日毎日。いい加減に迷惑なんだよね」
しかも、周囲には自分の恋人だとか風潮している節があるともきいた。
そんな思いが目の前の”男”から伝わってくる。
「何?助けられて、相手が自分の王子さまとかでもおもったくち?
重い子だねぇ。まあ、甘やかされて育った子みたいだし?きゃはは」
「まったく。付きまとわれて、しかも変な噂をたてられてこっちは迷惑なんだよ」
もう、二度と顔をみせないでくれ。
そういわれ、そのまま二人は宿の中にとはいってゆく。
その先からはチェックアウトをするという旨もきこえてくる。
これ以上、変な子に付きまとわれるのはごめんだ、という言葉とともに。
それとともに。
「ああ。あの子ねぇ。なにか思い込みが激しすぎるところがあるからね。
でも権力者の子供だから、皆表だってはいえないのよ」
宿屋の従業員らしき人物の声がきこえてくる。
その言葉をうけ、”自分”は手にもっていた籠をその場におとし、
そのまま強く手を握り締めてかけだしてゆく姿が目にとまる。
いつも、この人こそ自分の運命の相手。
そうおもい、自分なりに尽くしたつもりでも、いつもいつも呆れられ、
さらには相手には特定の人がいたり、とからまわり。
でも、自分にもいつか王子様が現れて、自分の理想のままの旦那様になってくれる。
そうおもっていた。
――ほんと、世間知らずもいいとこだよね。ねえ。そうおもわない?
毎回、毎回、ひとめぼれのようなことを繰り返し、おもい、うざいといわれても、
それでもその考えを改めしようとしなかったのは、ほかならぬ自分自身。
後から自分をふった彼らにたいし、父であるブルートが何かしらのことをしていた、
というのを耳にはしていたが、自分をふった罰だ、と気にも留めなかった。
――ねえ。考えたことある?だから私の周りには人が寄り付かなくなってたんだって
よりついたとしても、いつもこびへつらっていた人々と、どこか一線を置かれていた。
――私が近寄っていった人達がどうなったか、考えたことがある?
気付けばいなくなっていた。
当人たちが立候補したのでもないのに、ディザイアンたちの討伐隊に組み込まれ、
そして二度ともどってはこなかった。
娘に近づく害虫なのだから、駆除しなくては、というブルートの行動があったがゆえなのだが、
それにすらマルタは気づくことなかった。
マルタが振られた男たちがディザイアン討伐隊にくみこまれ、街をでてゆく様子。
目の前の光景がめまぐるしく回転し、それらの光景が映し出される。
そしてこのたびのエミルのこと。
神子のつれだという理由と、ドアの死亡。
それらもあって、工作をすることができずにマルタと妻に説得されるまま、
マルタの旅を容認した父親の様子。
自分の父親がそのようなことをしていたなんておもいもしなかった。
というか、ドア総督がディザイアンにかかわっていると予測していながらも、
わざと彼らを駆り出した様子が嫌でもみてとれる。
マルタの前ではいつも優しい父親がそのようなことをしていたなんて。
そんなの信じたくはないが、目の前の光景はその可能性すら否定する。
これが本当にあったことなのか、マルタには理解できない。
――パパは私に近づく人達をわかっていながら死地においやってた。
勝手にこっちがつきまとっていた人にたいしても、ね
ただ、コケて手助けしてくれた人を運命の人とおもいつきまとっていた自分。
そんな彼もまた、気づけば街からいなくなっていた。
あなたのせいよ!となじられたことも幾度かある。
そんな女性も気づけばいつのまにかいなくなっていたが。
親ばかもここに極まれり。
第三者がそれをしれば間違いなくブルートの行動には異議を申し立てたであろう。
だが、決められた一定数の人数を牧場に差し出さなければならなかった。
その人数に娘に近づく害虫をわりあてていただけ、とブルートはきっぱりと言い切るであろう。
――あなたがかってに神子達の旅についていって。
何かがあったら、パパはどうしてたかしらね?
いつも回りのことをかんがえず、自分勝手に行動して
相手の迷惑すら考えたこともないでしょう?
自らの理想を相手におしつけるだけで。
自分の考えを相手に押し付けるだけで自分の考えや理想と少しでも違えば相手を否定する。
通っていた学校においてもその片鱗はみせていた。
ゆえに周囲もマルタを肯定するだけにとどめ、あまり強くいわなくなっていった。
――自分の言動が、相手をどれだけ傷つけ、不幸にしていたか考えたことある?
さきほどから声がする。
目まぐるしく目の前にてかわってゆく光景。
自分の行動には責任をもちなさい。
旅にでて、リフィルからいわれていた台詞を思い出す。
こわい。
けども。
声のするのは自分の背後から。
おそるおそるふりむけば、そこにいるのは”もう一人の自分”。
――自分の思い通りにならなければ認められない哀れな私。
ねえ。そんなあなたが誰かのそばにいる資格なんてあるの?
知らなかったではすまされない。
いや、本当はしっていたはず。
自分を振った彼らがディザイアン討伐隊にくみこまれ、もどってこなかったのも。
自分を振った罰だ、としかおもっていなかった当時の自分。
父であるブルートも、かわいいお前を袖にしたから天罰が下ったのだ。
そういっていて、その通りだ、としかおもっていなかった。
けども、こうして客観的に自分の行動をみせつけられれば、
どちらが間違っていたのかは明白。
「私…は…」
そんなの私の好きなエミルじゃない!
勝手に助けられただけで自分の王子さまといってつきまとい、
自分の考えと違うことをしただけで、エミルを否定していた自分を思い出す。
エミルにもいわれた。
自分の理想を押し付けているだけだ、と。
リフィルにも遠まわしに、少しは周囲を見渡したほうがいい。
そのようなことをいわれたことがある。
――神子の旅の中で命をおとして、パパに世界を憎ますつもりだったの?
それとともにまた、画面がかわる。
それは、もしもの、ありえたかもしれない光景。
旅の一行の中には、自分も、エミルの姿もみられない。
光の精霊達との契約が終わった直後に暴走する大樹。
マルタは知らない。
それはかつて、本当にあった、本来ならばありえた未来というか現実であることを。
安定を失い、マナを照射され歪んだ形で発芽した大樹は瞬く間に大地を覆い尽くす。
その過程において、様々な村や街が壊滅的な被害をうけてゆく。
――ねえ。もしも神子様一行の行動の結果、パパやママがしんでたら?どうしてた?
もしも、マルタに試練をうけさせることがあるとするならば、
自分が目覚めていなかった場合、ありえたかもしれない未来をみせるのも一つの手。
そういって、ありえたかもしれない未来の光景をヴェリウスはラタトスクから預かっている。
その光景を垣間見たとき、ヴェリウスは思わず絶句したが、
しかしありえる、と納得したのもまた事実。
精霊ラタトスクはすべてなる父であり母であり、世界の王。
その気になれば未来をも見通せる。
それをしっているからこそ、違和感をまったくもってもたなかった。
よもや、それが
本来ならばこの”世界”がたどりべき運命だったなど、ヴェリウスも夢にも思わない。
暴走する大樹によって壊れてゆく町並み。
壊滅してゆくパルマコスタ。
そして、命を落としてゆく人々。
その責任をすべて”神子”におしつけた世間の発表。
テセアラとシルヴァラントにおける差別の発生。
それはありえたかもしれない、もうひとつの未来。
コレットと共にいたからこそ、コレットのせいではない、とわかる。
そもそもきちんと情報を得ないまま、精霊と契約したのが一番悪い。
それは今の現状でもわかっていること。
でも、それをしらなかったら?
家族がそれで死んでいたら、自分はコレットにたいしどんな態度を、
再生の神子一行を恨んでいてもおかしくはない。
すべて自分でしろうとせずに、与えられた情報だけで判断して。
流されるままに、きっとすべてを憎んでいただろう。
父か母、どちらかが生き残り、復讐をいいだしても止められる自信はない。
弾圧されるシルヴァラントの人々。
しかも今度はディザイアンの手ではなく、テセアラの人々の手によって。
ありえない、とはいいきれない。
むしろあの選別意識のひどいテセアラの人々ならそれをしかねない。
だからこそ、みせられている光景が真実にならない、とはいいきれない。
その中にエミルの姿は当然ない。
意図的にエミルは自分、そしてテネブラエのことを省き、
それ以外の世界のかつての様子。
その光景だけをヴェリウスに一部託したにすぎない。
――今、世界はひとつになった。けど、本当にそれで救われるの?
それにかかわっておいて、自分は関係ない。
非難してくる人達の声にたえられるの?
世界なんて一つにならなければよかった。
再生の旅は失敗したのだ。
何が再生の神子だ、と口ぐちにいう人々の姿に。
そして息子の命を奪われたものの絶叫。
それらの光景がめまぐるしくぐるぐると回転するかのようにマルタの眼前にて展開される。
そして、また視点がかわり場面はパルマコスタにともどってゆく。
そこは、おそらく”今”のパルマコスタ、なのだろう。
周囲に生えていたはずの木々は結晶化し、さらには吹き荒れる風によって粉々にこわれ、
それによって逃げ場をもとめ走り回っているヒトビト。
街の仲間だとおもっていた人々が目の前で異形と化してゆく光景。
――私たちが余計なことをしなければ、こんなことにならなかった。
そう、おもわない?
悲鳴や叫び、そして嗚咽といった”声”がマルタの耳に突き刺すように響いてくる。
――あのとき、コレットの邪魔さえしなければ。今のようにはならなかったのに
映し出される次なる光景は、あの救いの塔での出来事。
コレットが心を無くしたあの光景。
「でも、コレットを犠牲にしても世界は…っ」
――本当に?すくなくとも、ユグドラシルは…あの彼は、
マーテル様が目覚めたら、世界を一つにするという約束をしていたみたいだよ?
次に映し出されるは、ユグドラシルの姿のミトスが、クラトスに約束をしている光景。
おそらくは、デリス・カーラーンの中、なのだろう。
玉座?の間っぽいようなものにすわったミトス…否、ユグドラシルが、
目の前にひざまづいているクラトスにそのような趣旨をいっているのがみてとれる。
――ねえ。”私”が旅に同行していても意味があるの?
ただ、”私”は余計に自体を悪化させただけ、だとおもわない?
もしも、自分が彼らに無理やりに同行しなければここまでにはならなかったのではないのか。
そんな言葉が”自分”から投げかけられ、マルタは動揺せざるをえない。
ありえない、そんなこと。
とはいいきれない。
言い切れないからこそ…怖い。
もしかしたら、今のこの現状は…考えたくはないが。
自分がひたすらにエミルに強制的に付きまとっていたことにも起因しているのかも。
――”大いなる意思”に対し、”私”はどんな言葉を投げかけていたのかしら、ね?
そんなマルタの考えに同意するかのように、とどめとばかりに
”自分”から肯定するような”声”が投げかけられてくる。
「私は…私は……」
否定できる要素がない。
自分のこれまでの行動をかえりみれば余計に。
エミルが精霊であったとしったときも一時はエミルを心の中で否定してしまった。
そんなのは自分の好きなエミルであるはずがない、と。
精霊はヒトの悪意には敏感だ、と契約の資格をもつしいなはいっていた。
なら、今の現状は自分のこれまでの行動も影響しているのでは。
おまえのせいだ。
あなたのせいよ。
これだから、世間知らずのお嬢様は。
その場にて崩れ落ちたマルタの耳に幾人もの”声”がなげかけられる。
それは見知ったものであったり、見知らぬ人々の声であったり。
気付けば”自分”の前、せいかくには自分の周囲に行く十人もの人々がとりかこみ、
それぞれが非難と侮蔑の視線をむけてきている。
先ほどまでみえていた景色はそこにはなく、ただ真っ暗な空間に、
人々が自分を取り囲んでいるようにうかびあがり、それぞれが否定的な言葉をむけてくる。
…マルタは気づかない。
それはマルタが深層心理で自分こそが人々に疎まれているのではないのか。
という思いが実体化しているだけだ、ということを。
パキッン。
何かがハゼわれる音とともに、視界が一瞬、反転する。
「「あ…あれ?」」
思わず声をだすのはほぼ同時。
「やはり、ね」
それとともに、溜息まじりの声もきこえてくる。
どうやら声をだしたのは、ジーニアスとしいなの二人であり、
よくよくみれば、自分たちは円形状の天井が果てしなくたかい、
とてつもなく見覚えのある空間にたっていることがみてとれる。
困惑した様子できょろきょろと周囲を目にしているプレセアの姿もそこにはあるが。
「って、ロイド!?それにマルタ!?」
自分たちがどこにいるのか。
一瞬、周囲を見渡したジーニアスが目ざとく目にしたは。
漆黒の水晶のようなものにとらわれているロイドの姿と、
こちらは紫水晶の結晶のようなものにととらわれているマルタの姿。
ロイドのほうはうづくまるように、耳をふさぎ、
何もききたくないといわんばかりの拒絶の姿勢のまま水晶内部にとらわれており、
マルタのほうは両手両足を床につけるような恰好で頭をうなだれた様子のままに
水晶の中に閉じ込められている。
そしてまた。
茫然としたように、小さく、
「…パパ…」
何かをつぶやいているプレセアの姿も。
「…おそらく、二人はまだ心の試練に捕らわれているのでしょうね。
…違うかしら?コリン…いいえ、ヴェリウス、と呼ぶべきかしら?」
チリィィン…
部屋の中央にある丸い円卓のような台座。
精霊達をとらえていた精霊の祭壇に近しい形をしているが、
しかしここのそれにはそんな機能がもたれていない。
これまで精霊の祭壇をみてきたリフィルだからこそ、それがよくわかる。
ただ、これはそれらの形を模しただけの試作品、のようなものなのかもしれない。
もしくは、精霊の封印の祭壇はこのような姿をしている、と。
神託の場にて教えるためにあえて同じような形をとったのか。
ジーニアスが驚きつつも、水晶にふれ、それぞれロイドやマルタの名を叫ぶが、
水晶の中の二人に反応はみられない。
リフィルがそういい、
「…コリン?」
気配を感じ、しいながその名を呼ぶとともに、
さらにリィィン、という鈴の音が響き渡る。
それとともにいくつもの光がはじけやがて、その光が円卓の中心にと集まり、
一瞬、部屋全体をてらさんばかりのまぶしい光にと包まれる。
台座の上。
そこにそれまでいなかった”何か”が出現する。
ふさふさとした青と紫と緑が入り混じった色彩をもつ尻尾。
その顔は狐のようであるが、狐にあらず。
足も三色が入り混じったような色をしており、つまさきのみが、
どこか光沢をもつ水色のような青さの毛にておおわれている。
その姿は、かつて雷の神殿にてであったときのまま。
首元にかつてコリンがつけていた鈴に近い首輪のようなものをつけており、
それが唯一、孤鈴であった面影を残しているといっても過言でない。
――よくきましたね。しいな。そしてみなさん。
「ねえ。コリン、ロイドとマルタはどうなってるの!?」
どこか落ち着きがある、かつての甲高いコリンの声とは違う”声”が、
コリンの口から発せられる。
正確にいえば彼らの脳裏に響いてくる。
コリンの口元はまったくもって動いてはいない。
ただそこに、円卓の台座のようなものの上にふわりと浮かんでいるのみ。
――彼らは心の試練にそのままとらわれてしまっています。
私は心の精霊。各自の精神の強さを求めしもの
そんなコリンの声に、おもわず盛大に息をつき、
「…つまり、ゼロスのやつが危惧していた通りってわけ、だね」
ロイドやマルタがどんな精神的なダメージを負う光景をみたのか。
それはしいなにもわからない。
けども、ゼロスが危惧していたように、ロイドの精神はたしかに脆い。
それはあきらかに事実なのだろう。
――私の試練に打ち勝つ資格がないものは、魔族の傀儡になるだけです
その点、あなたがたの深層心理にある”思い”を自ら乗り越えたあなた方は
魔族達と対等とはいいがたいとも戦う資格を得たといってよいでしょう
つまるところ、心の精霊の試練に打ち勝つ”強い心”がない限り、
アレラに挑むことは不可能だ、と限外にヴェリウスは言っているに等しい。
「…どうにかならないんですか?」
コレットもまた心配そうにロイドの入っている水晶の前にたちつつ、
そっとその水晶をなでつつ、顔のみをヴェリウスにむけて問いかける。
――私の試練は各自の精神の強さを図るもの。
当事者がそのことにたいし打ち勝つ意思がない限り、そのままです
「一つきくわ。この水晶は壊れるようなことは?」
――対外的な力では壊れることはありません。
リフィルの言葉に淡々と紡がれるその言葉。
「そう。それならばいいわ」
「いい、って姉さん!?」
「先生?」
ふう、と息をつき、きっぱりいいきるリフィルに驚きの声をあげるジーニアスとコレット。
「少なくとも、彼らはとらわれている限り、死ぬことも、
誰かに利用されることもない、ということなのでしょう?」
――ええ。彼らが自らのこころに打ち勝たない限り。このままですね
「自分の心は自分で乗り越えるべきもの。というわけね」
――そうです。悲しみや苦しみ、そういったものをただ知っているだけではだめなのです。
必要なのは、自らの意思でそれを乗り越える力。
そして、ここにいるあなたがた、リフィル、コレット、ジーニアス。
そして…しいな、あなた方はその資格を得ました。
あなた方ならば、この”力”を使いこなせることができるでしょう。
プレセア…あなたはあなたの父親によって試練を完全には受けていません。
それでも感じたことはあったでしょう?
その言葉にプレセアははっとする。
やはりあれは、父親であったのだ、と。
何がどうなったのか。
いまだに理解できないが。
「…ヒトは生きているかぎり、悲しみや苦しみといった感情をいだくこともある。
けども、ヒトはそれを自ら乗り越えていかなければならない。
あなたの試練はそれぞれの心の奥底で恐れていることを乗り越える意思があるか否か。
そういうこと、なのね」
だからこその心の精霊。
伊達に幾度かにわたって多様なものを経験しているわけではない。
幻としてあらわれた、鏡の中のかつての”母”もおそらくは似たようなもの。
理解してしまえば、あとの予測は簡単。
すべてはそれぞれの”自らの心”と向き合うことが要因だ、と。
プレセアの父親という言葉に思うところがあれど、感じていたことを口にするリフィル。
ヴェリウスの言葉から、プレセアの元にはあの死んだ父親が何らかの形でかかわっている。
そんな光景が繰り広げられていたのだろう。
どんなことがおこったのか、それはリフィルに知る由もない。
「じゃあ、ロイドは……それに、マルタも」
そんな姉の言いたいことを何となく察しジーニアスもまた戸惑い気味に問いかける。
ジーニアスとてこれまで姉であるリフィルとともに様々なことを経験している。
それこそ、今一瞬見せられた、他者からの悪意をぶつけられたことも数しれず。
「おそらく。どちらにしてもその中にいる限り、安全は保障されているようなもの。
あなただってみたでしょう?あのケイトですら操られるのよ?
ゼロスのいっていたように、自らの心に打ち勝つことができなければ。
それこそ本当に敵の傀儡にされかれないわ。
マルタのほうは、この子は封印の場に一緒にいなかったから。
どういう試練なのかは何となく予測はつくけど…ね」
ちらり、とそれぞれ水晶の結晶のようなものの中に捕らわれて?いるらしき
マルタとロイドをみつつかるく息をはきつつもいいきるリフィル。
マルタはどちらかといえば思い込みが強すぎる傾向がある。
そしてその思い込みを人に押し付ける傾向も。
おそらく、そのあたりの何かを強調した光景をみせられているはず。
もっとも、少なくとも彼ら精霊の真たる王であるエミルを使っての光景は、
確実にみせてはいないであろうが。
――あなたがたに試練を乗り越えた証の祝福を与えましょう。
困惑したようなコレットの台詞にリフィルが答えるとともに、
彼の疑問にこれ以上答えることはないのか、淡々としたヴェリウスの言葉が紡がれる。
それとともに、きらきらとした光がこの場にいるしいな、リフィル、
コレット、ジーニアスの体にとまとわりつく。
その光はそれぞれの体の中に吸い込まれてゆく。
それとともに感じる不思議な感覚。
これまで無意識に使っていた力を意識的に利用できるような。
自らの生命力の証であるマナをつかえるような、そんな不思議な感覚。
――あなた方が望むのであれば、かの地にまで道を示しましょう。
その言葉とともに、ヴェリウスの頭上。
その空間がゆらりとゆらぎ、とある光景が映し出される。
それは、漆黒の翼をもった天使達や、角や羽といった人あらざる姿をしたものたち。
彼らが空を覆い尽くすほどにとびかっており、
そんな中、彼らに対峙している見覚えのありすぎる三つの影。
「「クラトスさん、それにユアンさんにミトス!?」」
「あれって、クラトスにミトスにユアンじゃないかい!?」
その姿を認め、思わず叫ぶジーニアスとコレット。
そしてしいなもまた目を驚愕に見開き思わず叫ぶ。
そこに映し出されているのは見覚えのある人影が三つと、
そんな人影が異形のものたちと複数相手に戦っている様子。
空中戦らしく、ほとんど倒しても倒しても、敵はどこからともなくわいている。
――彼らは今、かつてできなかったことを成し遂げようとしています。
しかし、彼らの真の敵は……
その言葉とともに、足元にあった床がゆらりとゆらめき、
そこにいくつもの光景が映し出される。
それはどこかの町並みのような場所。
どこか切り立ったがけのような場所もあれば、街の中のような場所も。
見知っているようで、知らないようなそんな場所。
壊れきった家々。
あったであろう、巨木などの痕跡。
さらには完全に結晶化した木々に覆われている山の中の集落。
そんな街や集落に黒い小さな球体のようなものが多数あらわれ、
よくよくみれば、それらの球体には一つの目にみえなくもない模様のようなものがみてとれる。
それらが人々の近くによるとともに、ヒトがいきなり異形化してゆく。
そんな現象が足元において展開されている光景の中にて繰り広げらている。
それはまぎれもなく、悪夢としかいいようがない。
映像越しではわからないが、それらの球体は幻影を纏っており、
目にしたものの望み、もしくは”すがりたい何か”の姿をうつしだしている。
心を乱し、そして自らのことしか考えていないものたちにそれらの”声”はきこえてくる。
汝達は選ばれしもの。我が力を授けるにふさわしい。
それはみるひとによって、天使の姿であり女神の姿でもあり。
それがまさしく魔族のささやきとは知らぬものたちは、
こぞってその言葉をうけいれ、そしてそのまま魔族の傀儡になりはてる。
中にはそのまま低級魔族の器とされるものたちすら。
自分たちで現状を切り開くのではなく、第三者にまかせればいい。
そんな考えのものがそんな幻想にあっさりとつかまってゆく。
魔はある意味、人の心の負がうみだしているような存在。
心を強くさえもてば、ヒトはそれに対抗しうる力をあらかじめもっている。
そもそも完全に負の局面にまけてそちら方面に至ってしまったのがほかならぬ魔族達。
肉体をかつて捨て去ったことにより、魔族達はそこまでの力はない。
逆に負の方面での力は増しているが。
そして、今。
――歪んだ形で発芽しかけた実りのマナは、どのような姿にも変化します。
かの種子が彼らの手元にあるかぎり、この光景は惑星全体に及ぶでしょう。
しかし、精霊達に直接手出しは無用、という”お達し”もかかっている。
この程度の試練にヒトが打ち勝てる要素がなければ、
どちらにしても、ヒトは確実にかつての過ちを繰り返すだけ。
それに何より、今のこっている魔族達は、
新たな世界への転移を拒んだどちらかといえば利己的なものたちばかり。
ヒトと魔と、一気に同時に試練とともに粛清を。
ある意味でたしかに効率がいいかもしれないが、王が決めたことに否とはいえない。
すくなくとも、ヒト以外の”命”は確実に守られている以上、
一度すべて世界を無にもどして作り変えるといったかつての決断よりはよほどよい。
…それがヒトにとって幸せかどうかは別として。
おそらくは、これが妥協点なのだろう。
ヴェリウスとてわかる。
このままの状態で、世界が一つにもどっているとはいえ、
確実に発展していたテセアラ側のものたちが、シルヴァラント側のヒトを迫害する、と。
ヒトだけではない。
そこにいるすべての生物を何かしらの形でテセアラ側のものたちは蹂躙しかねない。
大地はそのままに、そしてヒトも。
だがしかし、
それらすべてを一度”無”にしてしまえば、表面上は平等となる。
要ともいえるドワーフも、あるドワーフの取引により、
その力というよりはこれまでの技術力が失われることが確定している。
すくなくとも、誰かを迫害するよりも手を取り合っていきていくよりほかにはない。
万が一、ヒトがドワーフを捕え強制的にその技術力を使用しようとしたとしても、
肝心なる技術力が失われている以上、ヒトの思惑通りにはなりはしない。
きちんと説明をうけたわけではないが、”王”の考えがわからないわけはない。
むしろ、ある意味で後世における犠牲を今まとめることで、
極力、ヒトによる被害を抑えているともとれる今回の処置。
あれほどヒトをかつて憎んでいた王の処置からしてみれば甘いかもしれないが。
それでも、かつてミトスたちの懇願により、ヒトを今一度信じてみよう。
そうおもった王の心情もまたヴェリウスは理解している。
精霊達は、そんなミトスに裏切られ、ヒトを信じられなくなっていたようだが。
それでも、”王”の決定に異議を唱えるはずもない。
”王”が、”彼”をどうするのか。
それはヴェリウスにもわからない。
わからないが…彼女たちのそばにつけていた以上、
もしかしたらこのようなことも予測していたのかもしれない。
あの空間で力を放出した彼は、今は実体化できるまでの力を無くしている。
おそらく、この後、テネブラエ様でもくるのだろう。
そんな予測はあるがそれをヴェリウスが口にすることはない。
ヴェリウスがそのようなことを思いつつ、
口にだした言葉はリフィル達にとってとても聞き捨てなならないもの。
いまだに見えている光景は、あの三人ですら大量の異形の”何か”に苦戦している様子と、
中にはその異形の中に黒き翼の天使らしき姿もちらほらと垣間見えている。
問題なのは、天使達の中にかつてみた、ドアの娘にばけていた、
”キリア”の姿に近しいものたちの姿もある、ということ。
あの”キリア”は明らかに普通のハーフエルフではなかった。
それは同じハーフエルフだからこそ、リフィルとジーニアスはよく理解している。
今しがた、ヴェリウスがいったこともきにかかる。
【歪んだ形で発芽しかけた実りのマナは、どのような姿にも変化します】
たしかそんなことをいっていた。
しかしそれは裏をかえせば、もしかしたら。
魔族にとってマナは猛毒に近しいものだという話であったが、
それすらも克服できるような形になっているのではないだろうか。
それはとてつもない不安。
マナはすべての命の源。
今はそのありようを変えてしまっていたとしても。
魔族達とてもともとは、マナから発生した命。
もしかしてもしかしなくても、歪んだ形だというあの大樹もどきが発する”マナ”は、
彼らにとっても有利に働くのかもしれない
よくよく映し出されている映像をみてみれば、
ミトスたちのそばにもかなりの数の天使らしき姿が垣間見える。
それでも敵対している数は減るどころかその数を増やしていっている模様。
ミトス、クラトス、ユアンによる攻撃でかなりの数の”敵”らしきものが
墜落していっているのに、それ以上に”敵”の数が多すぎる。
いや、墜落したり四散したその直後、そこからいくつもの”黒い何か”があらわれ、
それらはあれよあれよというまに黒き異形の姿のものにと成り果てる。
黒い何かが形づくるその直前。
たしかに塔のようなそこから黒い霧のようなものがそれらにむかって注がれている。
「あのままじゃあ、いくらあの人達でも……」
そんな光景をみつつ、おもわずつぶやくプレセア。
幼きころ、母や父から聞かされていた勇者ミトスとその仲間たちの武勇伝。
あの話が真実ならばあれくらいの戦力差はどうにかなるのかもしれない。
けども相手は多勢に無勢。
そして。
「いこう。姉さん!このままミトスやクラトスさんを放ってはおけないよ!」
何気にさらり、とユアンの名をだしていないのは、信頼度の差ゆえか。
幾度か共同戦線をはったとはいえ、いまだ、ジーニアスは完全にユアンを信じ切れていない。
そもそも、はじめコレットを殺そうとしたのがほかならぬレネゲードたち。
ミトスが彼らの総まとめであったとしっても、
一度、仲間であり友達として認識してしまったジーニアスからしてみれば、
優先度はミトスのほうが高くなる。
それは無意識によるあるいみ差別。
しかしそのことにジーニアスは気がついていない。
「惑星全体に影響が及ぶってコリンもいってるし。
たしかにアレはどうにかしなきゃならないものだけど。
あれってどうみても空、だよね?彼らは空を飛べるからいいものの」
児雷也に頼むというのはおそらく無理であろう。
先ほど、この地にくるまでも、手伝いはこの地にたどり着くまで。
そういわれた。
映し出されている光景の中に”聖獣”と呼ばれしものたちや、
”精霊”達の姿がないこともきにかかる。
まあ、ミトスがすでに精霊達との契約が途切れているから召喚ができない。
そういう理由があるのかもしれないが。
ジーニアスにつづき、しいながいえば、その視線をヴェリウスにむけ、
「あそこまで私たちを移動させる、とあなたはいったわね?
それはどういう手段をとるつもりなのかしら?
レアバードとかでもおそらくは、彼らの足手まといにしかならないとおもうのだけど?」
何となくだがあの場所では、レアバードは機能しないような気がする。
そもそも、レアバードが水晶化してしまえば墜落するしかない。
しかし、ヴェリウスはたしかにあの場にまで送る。
そういった。
つまるところ何らかの飛行手段をこちらに与えるつもりなのだろう。
そうでなければたどり着いたその瞬間、上空から落下して終わってしまう。
――ええ。あなたがたはわかるはずです。
あなた達に芽生えている”力”の使い方が。
内なる力に意識をむけてみてください。
すでに祝福は与えおえている。
穢された精霊達によるものではなく、純粋なる祝福。
マナから直接構成されている肉体が、今現在、その本質を変化させていっている。
それは”王”の決定。
そして切り離される過程にて溢れるマナ。
それを利用した祝福。
すでに天使化しているコレットにはすでに”王”からの祝福がかかっている。
”自らの生命力”によって”翼”をもつことのできる”祝福”が。
コレットが気づいているかどうかはともかくとして。
ヴェリウスにいわれ、思わずそれぞれ顔を見合わせたのち、
誰ともなくかるく目を閉じる。
それぞれが無意識のうちに自らの中に芽生えた新たなる”力”。
それを感じ取っての行動。
体の中にある暖かな”何か”。
そしてそれをどうすればいいのか。
その感覚は一度かつてプレセアは感じたことがある。
以前、闇の神殿にて。
それに近しい感覚がたしかに体の中に。
感じる本能のままに体の中に芽生えている”力”にと意識をむける。
暖かな、それでいてどこか冷たくも感じるその”力”。
パキン、と何かが割れる感覚とともに、ふわりと何かが解放されるような、
そんな不可思議な感覚がそれぞれの体の中をかけめぐる。
ふわり。
体が軽くなるようなそんな不思議な感覚。
しいていえば、レアバードにて一気に飛び上がった時のような。
体全体がほのかに淡く光っているようにみえるのは、それぞれの目の錯覚か。
一瞬、目をこすり、改めてそれぞれや自分自身の体をみてみるが、
それは目の錯覚でも何でもなく、たしかに体そのものが淡く光輝いている。
コレットの体も淡い桃色の光に包まれ、その背には見慣れた天使の翼が展開している。
いつもの翼と少し違うように感じるのはコレットの体そのものが淡く輝いているゆえか。
「ね、姉…さん?それ……」
ふとその視線を横にむけてみれば、姉の背にありえないもの。
銀色にもみえなくもない、薄く輝く鳥の翼のようなもの。
クルシスの天使達よりもかなり大き目のその翼は、生息している白鳥の翼のごとく。
「そういうジーニアス、あなただって」
姉にいわれ自らの背後をみてみれば、
たしかにジーニアスの背にも光り輝く白鳥のような翼のようなものがみてとれる。
それが自らの体の一部のごとく意思のまま動かすことができることに、
何となくだが理解できおもわずジーニアスは困惑してしまう。
「うわ~。しいな、綺麗~。先生たちも綺麗だけどしいなはまた別だよね?」
「…これって…羽衣かい?」
自分と姉の背にある光翼のようなものをみて困惑した声をあげているジーニアスとは対照的に、
コレットのほうは多少、高揚したような声で、
その瞳をきらきらさせてしいなをみて何やらいっているのが視界に入る。
プレセアは…とおもい、ジーニアスが視線をむけてみてみれば、
プレセアのほうはコレットと同じような光る翼。
かつて闇の神殿でみたときのような光輝く、色合いは薄桃色のそれ…
コレットの翼よりも薄く淡い印象を抱く翼をその背に八枚、背負っている。
しかしそれ以上に気になるのは、プレセアの真横に、
薄く、それでいて透き通るような姿の一人の少女の姿が”視える”ということ。
「アリ…シア?」
「ずっとじゃないけど、一時的に表にでられるようになってるみたい」
といっても、お姉ちゃんの”力”を介してのもののようなので、
あまり多用したらお姉ちゃんに負担をかけるようになりそうだけど。
自らの横にふわりと浮く”妹”の姿に困惑したような声をかけているプレセアに、
そんなプレセアに対し、どこか苦笑したようにこたえている”アリシア”の姿。
しかし何よりも特徴すべきは、これまでみたアリシアの姿とは異なり、
どうみても今のプレセアの見た目に近しい姿。
すなわち十代前半くらいか十代よりも少し手前の姿にて姿を現しているということ。
それはプレセアの記憶の中にある、奉公にと出向いていったころの姿のまま。
リフィルとジーニアスが銀色に近しい透き通る翼に困惑している最中、
コレット、しいな、プレセアもまたそれぞれその現象にと直面し何といっていいのかわからない。
ただ一ついえること。
それは、それまで使えていた力がどこかが違う、という感覚。
コレットはこれまで使用していた天使の翼の展開における力の感覚が、
これまでとは違うことを認識せざるをえないし、
プレセアはプレセアで心のどこかでコレットのように、
また神子であるゼロスのように自身も翼を出せるのではないのか。
そんな感覚が常にあったことを認めざるを得ない。
他人にはいったことはなかったが、たしかに自分の体が変化していっているのは、
自分自身だからこそよくわかっているつもりであった。
しかし、改めて自らの意思で感じるままに力に意識をむけただけで、
こうして属にいわれている天使の翼らしきものを自分が展開できたという事実は、
プレセアの心にあきらかに困惑した感情を呼び起こさせる。
自らの力の一部にてアリシアがこうして姿を現せていることも、
プレセアの困惑により拍車をかけている。
自分だけならばまだわかる。
わかりたくはないが、永きにわたり身につけていた”エクスフィア”。
その力が多少なりとも体に変化を及ぼしているであろうことは薄々感じていた。
自我を取り戻してからゆっくりとではあるがプレセアの身長はのびている。
それは微々たるものなれど。
十年以上にわたり影響をうけていた自分はともかくとして、
なぜにジーニアスやリフィルまで、翼らしきものが現れているのであろうか。
それともこれが、さきほど心の精霊ヴェリウスのいっていた”祝福”なのだろうか。
プレセアは知らない。
この場にいるしいな、そしてジーニアスやリフィルも知らない。
今、この地上にいる人族とよばれしものたち。
さかのぼり、この地上に移住した”デリス・カーラーン”に住んでいた民。
かつての彼らは自らの力を翼状態にして飛行することが可能であったことを。
アリシアはそのことをかつてセンチュリオンから聞かされているゆえに、
その力が先祖返りのごとくよみがえったとしてもさほど違和感なく受け止めている。
そもそも、死んだはずの自分が精神体のみで”生きて”いることこそが、
あるいみ奇跡のようなもの。
エクスフィアの中で自我を失い、ただそこにいるだけの存在になるのだろう。
だからその前に、リーガルに…愛するものに自分を閉じ込める”石”を破壊してほしかった。
もっとも、それは”王”の介入により、アリシアにとってはよりよい方向へとかわっているが。
ヴェリウスが彼らに与えた”祝福”。
それは本来ならば彼らが本能的にもっていた”力”。
それを呼び覚ましたにすぎない。
しかしそれは知っている存在からの視点にすぎず、
それを知らないものにとっては、この現象は信じられない、の一言につきる。
「これは…いったい……」
困惑した表情をめずらしく浮かべているプレセアと同じく、
コレットに瞳をきらきらさせて話しかけられているしいなもまた、
困惑ぎみにつぶやかざるを得ない。
自らの体におこっている異変。
異変、というべきか。
なぜか、光の衣のようなものを自身が纏っている。
その光の衣はよく祖父の家でみていた先祖の姿とほぼだぶる。
巨大蛙、”児雷也”の背にまたがりし、始祖といわれし”姫”の姿。
大きな蛙も印象ふかかったが、薄く虹色にかがやく”衣”とよばれし、
マフラーのようにみえなくもない長きそれ。
それを体にまとっていたはずの絵の中の姿と、
視界にはいる虹色にと輝くようにみえる薄い布のようなもの。
それがどうみても同一のようにみえるのは目の錯覚か。
しかし、目をきらきらとさせて自身をみているコレットの瞳には、
あきらかに掛け軸にかかれていた”秘伝の絵”の”それ”に匹敵する。
おもわずごしごしと自らの目をこすり、みなおしては、
自らの腕や背にまとっているようなものにと意識をむけなおす。
さわってみれば、ふわりとした感覚とともにするり、と手はその”衣”をすり抜ける。
それだけではなく、意識してみれば、ありえないはずなのに、
ふわりとしいな自身の体が足場としている床から浮き上がる。
自らの力だけで”飛ぶ”ようなことは”術”を用いても不可能であるはずなのに。
でも、”わかる”。
この”衣”は自らの”力”であり、自在に”空を翔る”ことが可能である、と。
それこそ、かつて”国”を興したといわれる、
ミズホの民にとっては始祖とも、始祖神ともいえる”巫子姫”のごとく。
【林檎】。
”凜”の名を受け継ぎし、ミズホの民の正統なる”王”。
あの幻の中で見せつけられた現実が、やはり事実であるのだと嫌でも思い知らされる。
自らこそが、ミズホの民の皇族の血をひく最後の”姫”である、と。
児雷也を使役できたことといい、そしてこの”天の羽衣”。
自分が自分でなくなっていくような、不安な感覚。
しかしそれは目の前のコレットとくらべれば何でもないじゃないか。
という思いからしいなは自身の中の困惑を瞬時に断ち切る。
目の前で”ヒト”としての感覚を失っていくコレットの様をしいなは目の当たりにしていた。
それに比べれば自分のこの悩みは何と贅沢な部類だろうか。
しかし、コレットはその不満を一切口にしたことはない。
死ぬとわかっていながらも、それが自分がすべきことだ、とあきらめていた。
そんな彼女を暗殺するためにシルヴァラントにわたっていたしいながいえる立場ではない。
「そういう、あんたこそ。…何か、体に違和感とか…ないのかい?」
いつものコレットならば、普通に翼のみを展開させているはず。
しかし、今のコレットの体も自分たちと同じように、
微々たるものなれど体全体が淡く光かがやいている。
ジーニアスやリフィルが纏う光は”銀”。
対するコレットが纏う光は”金”。
ふとみれば、プレセアは淡い桃色の光を纏っており、
たいするしいな自身は虹色に近しくも感じる不可思議な光を纏っているのにようやく気づく。
その光は自らが発しているものと身にまとっている衣が発しているらしく、
自らの視界も淡い光につつまれている、そんな不思議な感覚。
自分の血筋に関する衝撃的な真実と、今おかれている現実。
ロイドもこんな気持ちだったのかねぇ。
いまだに水晶らしきものの中でうずくまっているロイドにちらりと視線をむけ、
おもわず自嘲じみた笑みをもらす。
自分は自分。
そう他者に自分やゼロス、コレットによくいっていたロイドは、
どのような幻を見せられているのかはわからないが、
いまだに自らの”心の幻”の中から出てくる気配はない。
つまり、ゼロスの危惧していたように、ロイドは精神的に脆くもあった。
という証拠なのだろう。
そんな脆い精神状態のまま、他者の精神をより操ることにたけているであろう魔族。
そんな魔族との本格的な戦いに連れていくわけにはいかない。
あの勇者といわれていたミトスですら堕ちてしまっていたことからも。
ロイドが敵にまわるだなんて、考えたくもない。
――どうやら、力の使い方はわかったようですね。
それは、あなたがたが本来奥底にもっていた力そのもの。
今の地上の人々が忘れ去ってしまって久しい力、そのうちの一つ。
それぞれが困惑した感情を抱く中、淡々としたヴェリウスの声が、
この場にいる彼らの意識を現実にと引き戻す。
――その力があれば、飛行を主とするアレラとも対峙することも可能でしょう。
もっとも、あなたがたがアレラと対峙する決意がかわっていなければ、ですが。
ヴェリウスがそういうとともに、天井があるであろう場所。
今しがたまでおそらくは、魔族?とよばれしものたちと戦っているのであろう
ミトスたちを映し出していた天井付近の光景。
その映像が一つのものではなくいくつかのものにとわけられる。
それはしいなにとって見慣れたモニター表示のようなものであり、
ジーニアスたちにとっては、ディザイアンたちの牧場でみたスクリーン表示に近しい。
テセアラ城の中でみた、いくつもの鏡の中に映り込む映像とはまた異なる”それ”は、
四角いいくつものまるで”窓”のように空中にと浮かんでいる。
映像の中には見知った顔のものもいる。
中には戦っているものに対し、文句ばかりいっているものの姿すら。
家という家、家というよりは街とでもいうべきなのだろうか。
その面影はそれぞれの”窓”の中には見当たらない。
むき出しになった地面と。
おそらくそこに何かがあっただろう何かの土台らしき跡。
周囲にみえる木々は結晶化しているものもあれば、
完全に割れてしまったのか、いくつもの破片を周囲にまきちらしており、
あのハイマの地ですら周囲の木々が水晶化しているらしく、
その光景はまるで無機質なる森というか山といった光景に近い。
そこに見知った顔がなければそこがハイマや、見知った街や村だとわからないほどに。
地上を蹂躙するかのごとくに闊歩している黒い異形のものたち。
わめき散らす人々が黒い霧にのみこまれ、異形と化していく様子も映し出されており、
それが今まさに、世界各地で繰り広げられている光景なのだ、と。
いわれるまでもなく何となくだが理解する。
正確にいえば理解できてしまった、というべきか。
――悪意は悪意を呼び込みます。人間たちが真実、何が大切なのか気づかぬ限り。
彼らは気づかない。
気付くものが出てくればそれでよし。
しかし気づくことができないものは、あるいみ終わっている。
”王”が危惧する、ヒトは過ちを繰り返す。
それを体現している存在達。
文明を一度破壊しても、ヒトは結局幾度も同じ過ちを繰り返す。
この地に移住したものたちは、その危険性をもっともしっていたにもかかわらず、
その子孫たちは、かつて暮らしていたという惑星を壊滅状態にまでおいこんだ
とある技術を再びよみがえらせた。
そして一度は封印されたそれを再び時とともによみがえらせ、
魔族…この惑星にいた本来の種族たる彼らにつけいらせることとあいなった。
”王”が対処せずにいたならば、この惑星も残りの寿命はそう長くなかったであろう。
”王”がマナにて再構成させた後に
”王”はすでに決定を下した。
離れた場所からこの惑星を見守る、というその決定を。
だが、愚かなる存在が残っている限り、同じ過ちを必ず繰り返す。
それぞれがそのことに気づき、過ちを過ちとして、
自らの罪を認めればそれでよし。
そうでないならば……
ヒトは確実に精霊達が立ち去ったあと、
少なからずヒト同士の争いにより滅びの道を歩むことになってしまうだろう。
それこそこの惑星を再び巻き込んで。
悪意は悪意を呼び込む。
その言葉はやけにそれぞれの心の奥底にとひびいてくる。
誰しも悪意をむけられて心穏やかでいられるはずがない。
それこそ悪意をむけてくるものを見下し、悪意を倍にして返す。
そう考えるものが大多数であろう。
ジーニアスも思い当たることがあり、おもわず目をそらしてしまう。
ヒトが自分たちを拒絶するから、だから自分もヒトを見下す。
エミルにもかつて指摘されたこと。
無意識のうちにそうして何がわるいのか、という思いにて生きていた。
その思いがより強くなった実例が、クルシスという組織といえよう。
力ですべてを押さえつけ、宗教という枠で、アメとムチを同時に使い分けていた。
その規模は違えども、混乱と恐怖が人々の間に伝染していく様子が、
みえているそれぞれの景色からいやでも見てとれる。
ここまではそれらの映像の声まではきこえてこないが。
映像の中の見知った人物や仲間たち。
リーガルやゼロス、そしてリヒターやクララ夫人。
街や村といった外観がことごとく失われていはするが、
見知った人々がいる、ということは、そこが”そう”なのだろう。
本来ならばそこにあるはずの街や村の面影はなくなり、
それぞれが異形の”何か”と戦っている。
目の前にてヒトが異形のモノに変化していっていく様子もいくつかの映像の中に見受けられる。
――アレ、が”実り”を利用しているかぎり終わることはないでしょう。
その言葉とともに大きく頭上に映し出されたは、
歪なる巨大な樹のようなその中心に淡い輝きを放つ蓮の花のような水晶のようなもの。
かつてそれを彼らはみたことがある。
他でもない、救いの塔に突入したときに。
【大いなる実り】。
大樹カーラーンの種子にして、マナをうみだせし希望の”種子”。
そこから淡き光がたちのぼり、そしてそれは”ケイト”の体にまとわりつき、
それとともにケイトの体からどすぐろい霧のような形状となり広がっていっている。
遠目からでもその”霧”をうけた異形のものが強化されていっているのは一目瞭然。
つまり……
「…ようは、大いなる実りをあれらから取り戻すしかこの混乱を収める方法はない。
そういうこと、なのよね?」
改めて確認の意をこめてその視線をヴェリウスにとむける。
――ええ。改めて問いましょう。あなた方はどうしたいのですか?
あの場に赴くというのであれば手を貸しましょう。
あくまでもたどり着く手段、という点でのみとなりますが。
それ以外は手をかさない。
否、貸したくてもそれはできない。
そんなヴェリウスの心を知ってか知らずか。
「私はあの場にいくわ。あなたたちは…どうする?」
「決まってる。僕もいくよ!姉さん!」
ロイドやマルタのことはきになるが、それ以上に。
友達が苦戦…というかあんな大多数の”敵”と戦っていると知った以上、
ただそれをみているなんてことはできはしない。
「あたしもいくよ。アレをどうにかしない限り、現状打破はできなそうだしね」
ジーニアスにつづき、しいなもまたとある一点をみつめつつもしっかり答える。
しいながみている方向にはミズホの里らしき場所が映し出されており、
そこでもかなりの異形の何かとミズホの民たちが戦っている様子が映し出されている。
中にはミズホの民同士で争っているようにみえる光景もあるが、
敵対している里のものの体にはどすぐろい霧のようなもやのようなものがまとわりついている。
仲間同士が争う姿など、たとえ映像ごしでもしいなとしてはみたくない。
「ここにいてもどうにもなりませんし。
何よりも状況を打破するためにここにきたわけでもありますし。
まずは、ケイトさんに乗り移ったアレをどうにかして、
彼らの手から大いなる実りを取り戻さないことには」
ユアンがかつて説明していたことを信じるとするならば。
早く正しい形で大樹を芽吹かさなければ、大地そのものの存続が危ぶまれる。
始めた以上は最後まで。
クルシスという組織はもはやなきにひとしいが、
罪もないものたちがこのままでは今までよりも苦しめられることは必須。
ちらりと視界にはいった映像には、
元オゼットの住民たちがほとんど異形の何かに変化していっていたり、
もしくは黒い靄のようなものにつつまれ、第三者に襲い掛かっている様子も。
リフィルの言葉をうけ、ジーニアス、しいな、そしてプレセアが肯定するようにいい
それぞれうなづきをみせる。
そもそもこの場にきた以上、心構えはしていた。
世界がこのようになっているとは完全に予測はしていなかったが。
すくなくとも、メルトキオの様子から、他の場所も何かがおこっているであろう。
そのことは予測していた。
さらに、ケイトの体をのっとったあの魔族が立ち去った後に聞こえたあの”声”。
あの”声”を信じるとするならば、マーテルすら彼らの手の内に捕らわれている。
ということ。
実際はマーテルをも取り込んでいる大いなる実りが相手の手の中にあるから。
それゆえにあのようにいったのであろうが、真実を知らないものがきけばどうなるか。
そんなのは考えなくてもわかりきっている。
マーテル教の経典のおしえの中にある敵対勢力が女神マーテルを捕えた。
そう考えるのが一般的のはず。
そして、ゼロスによる以前のテセアラ王の演説。
あの演説がどこまでひろがっているかはわからない。
ないが、まちがいなく”神子”に今回の出来事を結びつけるものはでてくるはず。
つまるところ、シルヴァラント側においては神子の再生の旅が失敗した。
ととらえられてもおかしくないこの現状。
何もかも神子であるコレットに…それこそ自分たちの苦痛や葛藤。
そういったものすら押し付けていた人々がこの騒ぎをどうとらえるのか。
あまりに長引けば、神子であるコレットを批難し、
神子にすべての責任を押し付けようとする輩がでてこない、ともかぎらない。
今は見る限り世界中が混乱しているのでそこまで考える余裕が人々にないようだが。
まちがいなく、そのようにおもっているものは少なからずいる。
今回の騒ぎを収めたとしても、それで人々の不満の矛先が収まるのか。
それに関しては不安が残るが、すくなくとも何もしないよりはまし。
それぞれが決意を決めたように視線をヴェリウスにとむけてくる。
心の精霊であるヴェリウスには彼らの心の葛藤は手にとるようにわかっている。
そもそもここは、ヴェリウスの領域。
もっともヴェリウスからしてみれば、”心が視えて”いるなどいうつもりは微塵もない。
それぞれの心の葛藤はそれぞれの心でのみしか決着をつけられない。
ヴェリウスはそんな心をすこしばかり後押しするのみ。
中には完全に自らの心の中に潜んでいた恐怖などにのまれてしまうものもいるが。
しかしそれを乗り越えてこその”生”。
これだからヒトは。
王が完全にヒトを見限ることなく、いくつもの世界において”ヒト”を生み出している。
ヒトは無限の可能性を秘めている。
ヒトの思考、思いは無限大。
自ら立ち止まるか、それとも前を突き進んでゆくか。
停滞するものもいる。
それでもヒトが最大限にその思いと力を発揮するのは、いつでも他人が絡んだときのみ。
よくもわるくも。
心の精霊として生み出されたヴェリウスはそのことをよく知っている。
否、生み出されたときにヒトの感情のありようは、あらかじめおしえられていた。
誕生した直後などはあえてヒトとともに生活をしていた…というか、
言われてしていたこともある。
孤鈴、としてのあの姿はしいなとともにいたときだけではない。
それこそヴェリウスが誕生してまもないころ。
似た姿にてネオ・デリス・カーラーンの民とともに生活していたこともあった。
それはヴェリウスにとっても遥かなる記憶。
どの種族の理にもあてはまらないものがどういう答えを選ぶのか。
しいなとともに近くでみていた自らだからこそ、彼の不安定さは理解しているつもりではある。
もっとも、ここまで撃たれ弱い、というのはある意味で情けなくもありはするが。
子を思う親の…特に母親の気持ちというのはわかっている。
わかってはいるが、さすがに彼女はやりすぎたといわざるを得ない。
おそらくは幼きころからずっと、”彼”の心の負担を取り除いていたのだろう。
それも”子”に気づかれないうちに。
子供というものは挫折や失敗を通じて成長してゆくもの。
痛さを自らしらなければ、他人の痛みがわからないように。
もう一人の彼女は優しい両親のもとで愛されそだっていたがゆえか、
あまり他者からの拒絶をわが身のものとして感じなかった節がある。
彼女のほうはあまり気にしてはいない。
親の愛情というものは時として時空をも超え奇跡を起こす。
今、彼女の状態を完全に知りはしないはずなのに、
あの二人は異変を無意識のうちに感じ取っている。
あの両親ならば選ぶであろう。
娘を救うためにできることを。
それはすなわち、シヴァとの盟約に含まれしないよう。
それをすれば盟約は破棄扱いになるとわかっているはず。
だが、心の機敏は離れていてもヴェリウスにはわかる。
”シヴァ”もあるいみ、ヴェリウスとは同胞。
かの聖獣も本来のありようは、心をも司りし聖獣であるのだから。
最後に残りし古き盟約に縛られし聖獣も解放される時が近づいている。
これも”王”の意思なのか。
それとも…
どちらにしても、自分たち精霊はこの騒動の後、この地を離れることが決定している。
この地が本来のありように戻るために。
「…深く考えてもしかたありませんね」
ぽつり、と小さくつぶやいたのち、
「では、道を開きましょう。これより後はあなたたちの力次第……」
改めてしいな達にと向き直り、その顔をかるく天井というか空のほうへとむけ、
「――ディンルンエスン」
ただ一言。
遠吠えのように放たれるどこかで聞いたことのあるような旋律を含んだ声。
その言葉の意味はいまだにリフィル達にはわからない。
かつては精霊言語といわれし言葉。
”解放”という意味を含んだその言葉。
――澄んだ声色が響き渡る。
~ルイン~
「いったい何が起こってるというのだ…っ!?」
「文句をいわない。今はともかくこの状態を乗り切るのが先でしょ!?」
本当に、これだから多少権力という名の力をもっている輩がいうこととは。
降りしきる雨とともに結晶化し壊れていった家々。
空から降りてきた数多の異形のものたち。
外からきたよそ者である自分たちでもその愚かさがよくわかる。
かつてお世話になった夫婦がいなければとっくにこんな村など見捨てているところ。
でもそれをしてしまえば自分の中で納得がいかない。
あきらかに嫌悪感を含んだそのマナのありよう。
彼女自身がいたあの場所にはいなかったが、
この近くの牧場の主はそういった輩をよく使っていたという。
自分たちを拾ってくれたというか保護してくれた人物曰く、
仲間を道具として扱う”あいつ”とは相いれない。
ととある話の中でいっていたことをふと思い出す。
家々はもろくも攻撃によって結晶化した”物”から壊れてしまったが、
避難所としても使用したことがあるというこの”塔”はかろうじて無事。
術を使用しハーフエルフとわかり人々に恐れられはしたが、
今目の前にある脅威と助かる可能性のあるほう。
どちらを選ぶかは明白で。
もっとも、中にはハーフエルフなど信じられるはずがないといって、
かたくなにこばみ、そして並み居る異形のものたちに単独挑んでいったものもいるが。
この地にともにきた”同胞”達もまた、この”塔”を守るために力を貸している。
この地は”彼ら”にとっても重要な地。
たとえこの場から精霊が解き放たれていようとも、
この地が”光のマナ”に満ちたいわば”聖地”のようなものであることは疑いようがない。
まあ、そんな聖地の近くにある村を幾度も襲ったというのも、
”彼”にとっては嫌悪の対象であったらしいが。
デリス・カーラーンに”彼”によって送られていた彼女たちではあるが、
気が付けばなぜか”外”にと飛ばされていた。
一番近いとおもわれる牧場にいってみたがそこには建物のあった痕跡すらなく。
そんな中、空より無数ともいえる嫌悪感をたっぷりと含んだ異形の生き物らしきもの。
それらが飛来してきた。
本能的にも理解できたそれは、彼らがもつマナとは相反するもの。
いくどか”雇い主”から聞かされたこともあり、
そしてまた以前にその気配を”彼女”はよく見知っていた。
【力がほしいか?】そう語り掛けてきた声の主もまちがいなく似通った気配をもっていた。
その気配は魔物さえ狂わせる。
狂わせた魔物を従わせることすらもできたその”力”。
嫌悪すらする。
破壊と殺戮、そして滅びを主体とすると”雇い主”からそうきいた。
そんな輩の力にたよっていた自分も。
「ああ。何ということだ。すべての災いは神子様が背負い浄化してくださったのではないのか」
塔の中…塔そのものもこれまでの石の塔ではなく、
どこからどうみても不透明な水晶のような物質になりかわってしまっている。
きになるのはこの塔にいたはずの魔物すべての姿がみえなくなっているということ。
本来ならば封印されているはずの扉なども、
かつて神子達が封印を解除していたためか開け放たれており、
その先の道まで移動が可能となっているこの”マナの守護塔”。
その一階部分にある大量の本も結晶化してしまっており、
すでに書物としての機能は果たしていない。
それを目の当たりにしたマーテル教の司祭達はかなりおちこみはしていたが。
人の生き死によりも書物のほうが大事といいはった彼らに啖呵をきったのは、
本来ならばいうべきはずの村人たちではなく。
外からきた”自分”であったことにも嫌悪感がつのる。
どいつもこいつも、マーテル様、神子様、と。
なぜに他人に頼るばかりで自分から行動しようとしないのか。
それどころか……
「そもそも、他人の災いを第三者が引き受けられるはずもないでしょ?
本当にあんたたちって馬鹿?馬鹿としかいいようがないんだけど?」
「な、神子様を馬鹿にしているのか!?」
「馬鹿にしているのはそっちでしょう?神子、といえども人の子。
なのにきけば大怪我をおった神子を手当てするどころか封印の儀式に送り込んだ。
って私はきいたけど?あんたたちのその行動によって
もしかしたら神子は命を落としていたかもしれないわね」
大怪我をおってあきらかに大量出血していると見た目にもわかる神子を手当てするでもなく。
無理やりに歓迎の場にひっぱりだし、そして封印の儀式に挑ませたのはほかならぬ村人たち。
否、この地方のマーテル教の司祭達とでもいうべきか。
その報告をうけたとき、”彼”がかなり呆れていたのを”彼女”は知っている。
「そもそもマーテル教の教義にも神子が他者の痛みを変わりにうけもつ。
なんてことは書かれてないのに。案外これまでの再生の旅の失敗。
それはあなたたちのような他力本願の神子の痛みを思いやることもしらない輩たち。
そんなあなたたちが原因だったんじゃないの?」
マーテル教そのものは”彼女”は信じていない。
というか真実を知った今では余計にヒトというものの愚かさがよくわかっている。
天使といわれるものたちといても、人々の差別じみた視線はかわることはなかった。
逆に子供たちはあまりそんなことはなかったが。
「な、何だと…っ!?」
「何と罰当たりな。これだからハーフエルフは…」
「どっちが罰当たりなんだか」
本当に見捨ててしまいたい。
というか文句をいう暇があるならば一匹でもおおく仕留めろとかなりいいたい。
文句をいいつつも、教わったとある術を絶え間なく解き放つ。
それは精神体により効率的にダメージを負わせることのできる術。
「あ、アリスちゃん!あ、あれ!」
「何よ!デクス!」
アリス、といわれた金髪の少女がひょろりと背の高い青年の声をうけ、
どこかいらだち紛れに反射的に答え振り返る。
振り返った先のあるいみ腐れ縁ともいえる青年は何やら空にと指をむけている。
空から異形の不快感を感じさせるものが降下してきているこの現状でこれ以上何があるというのか。
しかし、デクスと呼んだ男性の様子はただ事ではない。
塔の…かつては塔であったそれ。
マナの守護塔とよばれていたその塔は今やゆっくりと壊れかけている。
風がふきあれるたびにみしみしといい、外壁からく崩れ去っているのが現状。
それでも何とか一階部分は頑丈につくってあるのか今のところ問題はない。
今のところは、という注釈はつくが。
すでに意味をなさなくなっている書物置き場。
そこにあったはずの書物のすべては結晶化し、
ただの水晶のごとくの置物のようになりはてている。
ルインの街のマーテル教の祭司たちの主たる役目はマナの守護塔の中にある書物。
その管理があげられる。
その書物が使い物にならなくなったというのを認識してか、
いつもはあまり騒がない祭司もまた多少攻撃的にとなっている。
もっとも、もともとが少ない人数でマナの守護塔の管理を押し付けられていたのもあり、
不満が爆発した形となったといっても過言ではない。
「な…何だというのですか…あれは……」
言い合いの最中、それまで文句をいっていた初老の男性もまた
外にでて空を見上げると同時に絶句しかすれたような声をその場にてもらす。
見上げたそこ。
どんよりと暗く、昼間だというのにも日の光が一筋もささないほどの暗い雲。
そこから無数の灰色や黒い”何か”が湧き出していたはずの”それ”。
それが不気味にいくつもの色に変化し鈍く輝いているようにみえるのは目の錯覚か。
まるで雲そのものというよりは雲の上にてまぶしい光がいくつも点滅しているかのごとく、
暗き雲がいくつもの波をうつように、虹色に近い形でうねりをあげている。
それはあまりにも幻想的でもあり、またまがまがしくもある光景。
この世の終わりがきた、と誰かが口にすればそれを信じてしまうほどに。
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真っ白い、気づけば何もない空間。
その中で自らを批難する声のみがこだまする。
目をむければ真っ白な空間から批難の声の主の声が浮かんではきえてゆく。
その中にはこれまで自らがうけたことのある声。
すなわち知り合いの姿も。
村人の姿や、養父の声。
さらには実父であるクラトスの声は、耳を抑えるロイドの心を締め付ける。
――足手まとい。子供の遠足ではない。
それはかつてクラトスからロイドに投げかけられた台詞。
あのときは、ムキになってなぜにそんなことをいわれるのかわからなかった。
ただ、自分は足手まといなんかじゃない、と意地になっていた。
合流したときですら、そのように思っていたが、
それまで幾度もそのようなことを他の人からいわれたことは幾度かあった。
しかし、より強い…とおもわれるクラトスにいわれムキになっていたことは否めない。
実際、旅の最中、リフィルにもロイドはいわれたことがありはする。
――あなた、クラトスの言葉にのみ過剰に反応していない?
クラトスはクラトス。あなたはあなた。ロイド、あなたはまだ子供なのよ?
と。
それにも否定し、自分はもう子供じゃない、といいはなち、
呆れたように溜息をつかれた。
ジーニアスには、ディザイアンにつかまってた以上、言い返せないとおもうけど。
とこちらも呆れたようにいわれた砂漠の夜。
その時は落ち込みはしたが、すぐにそのことすら忘れていた自分。
ロイドの心の負荷をなくすため、ロイドの中でアンナが干渉した結果なのだが。
ロイドは当然、そんなことは知りはしない。
小さなころから過保護ともいえるほどにロイドの負荷を干渉しては消していっていた。
その干渉がなくなった今、ロイドはそれらの負荷を自分自身が乗り越えるしかない。
元々、ヒトとは生きていく中で自らが学び、そして成長してゆくもの。
それを思えばたしかに、リフィルのいうように、ロイドは本当の意味で子供といえる。
ずっと親の保護のもと、過保護という名の檻の中にはいっていた”子供”。
そしてそれをロイドは知らない。
ここまでヒトの言葉が鋭く心に響くなど。
これまで気にもとめなかったのにどうして、という混乱。
いや、気にしてはいた。
けど、少し時間がたてば、過ぎたこととしていつもいつのまにか思考からなくなっていた。
時折思い出したようにそのことを反省することはありはしたが。
しかしそれすらも時間がたてばロイドの中から綺麗さっぱりと消えていた。
ジーニアスやリフィル、そしてあのしいなにすら、ロイドってある意味脳筋だよね。
といわれていたほど。
その言葉の意味もわからずに、まったく見当はずれのことをいって呆れられてもいた。
――ロイド君は足手まといになる。
そのような言い回しをしてきたゼロス。
こんな他人の言葉で狼狽している自分を顧みれば、たしかにその通りでしかない。
それがわかっているのに心がおいつかない。
一度考え始めれば、すべてのヒトが実は自分を批難していたのでは、
という思いがどうしても捨てきれない。
それに呼応するかのように、周囲から聞こえてくる批難する声も増加してゆく。
他人は他人、自分は自分。
そういっていたのは自分であったというのに、いざ自分がそのような立場になると、
人々の批難の声がどうしても耳から離れない。
その現実を突きつけられるたびに、自分は他の人に対し言葉ではいいようなことをいっていて、
実は親身になっていなかったのだ、と嫌でも思い知らされる。
実際、このように言葉を投げかけられている状態は、
いくどかコレット、そしてジーニアスたちにむけても見たことがあった。
でも、ヒトの言葉などきにするな、自分が正しいと思ったことをしているんだから。
そうロイド自身がいっていたはず、なのに。
その台詞すら、ジーニアス…のおそらく当人なのか幻なのかはわからないが、
その口から発せられ、蔑んだような表情がロイドにと先ほどからむけられている。
それはまるで、ディザイアンたちやクルシス達が自分たちをみているかのごとく。
価値などない、と見下さんばかりの視線。
ディザイアンたちからその視線をうけたことはあったが、それは相手がディザイアンだ。
という理由もあり、憤りの感情のみが先だっていた。
知り合いや普通のヒトから向けられる罵倒や視線がここまできついとは。
特にリフィルやジーニアスといった仲間たちからの視線がロイドの心をがりがりとえぐる。
この場にいる彼らは幻だ、と心のどこかでわかっているのに。
もしかしたら心のどこかでは自分のことを彼らはそのようにおもっていたのでは。
そんな思いがわきあがってくる。
その中にはコレットの姿すらあり、ロイドの心をよりえぐる。
もう、何も考えたくない。
耳をふさぎ、その場にまるまりうずくまる。
それはすべてを拒絶する行為。
深層心理においてのこの行動は実際のロイドの体にも影響しており、
水晶の中でロイドがうづくまる原因となっていたりするのだが、
”外”の状況を今のロイドが知る由もない。
pixv投稿日:2015年9月27日某日(Hp編集:2018年5月6日(日)開始
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あとがきもどき:
今回は、ほとんど心の試練の内容、でおわります。
ちょうどキリがいいので……
豆知識:
秘奥義:
スパイラルドライバー
空破特攻弾の秘奥義。
出典:ディステニー2
利用者:ロニ=デュミナス
一度画面外に走り去り、より威力とヒット数を増した空破特攻弾をおみまいする。
空破特攻弾(くうはとっこうだん)
空中を錐揉み回転して頭から突撃するトンデモ奥義。
見た目にたがわず性能もややネタの域で、クリーンヒットする敵があまりいない。
下手をすれば背の低い敵を飛び越して敵陣に突っ込んでいくため、
システムの都合上、何も考えずにこの技を使うことは自殺行為に等しい