「お兄様…お兄様っ!」
手を伸ばしても届かない。
たしかに鏡の元まで新たなる道はできている。
が、完全に密着しているわけでなく
鏡と行き止まりとの間には見間違えのない隙間があいている。
鏡の中においては崩れゆく空間の中でとにかく出口をさがしつつ、
また狭くなってきているらしき空間の内部にて固まっているゼロス達の姿が見えている。
隙間は手を伸ばしても身を乗り出しても絶対に届かないほどにあいており、
だが、向こう側の音声はしっかりとその場にまで聞こえてくる。
セレスの兄であるゼロスを呼ぶ声のみがあたりにひびくが、
こちら側の声は鏡の向こうには聞こえていない。
…そう、本来ならば。
だがしかし。
「みて!あれ!」
マルタがはっとしたようにとある方向を指示し顔色もわるくいってくる。
たしかに先ほど、エミルにこの空間が不安定になっている。
というようなことをいわれた。
さきほどから何かがピシピシと壊れていくような音も聞こえてはいた。
しかしここまで完全に目視できた形で現実を突きつけられるとは。
空間そのものがぐにゃりと歪み、ゆらゆらと揺らめきを繰り返したとおもうと、
次の瞬間、ガラスが割れるかのごとくに一部の空間そのものがハゼわれる。
足場となっている光の道もぐらり、とまるで地震のように揺れ始め、
たっているのがやっと。
心なしか息苦しくも感じるが、おもわずその場にひざをつくしかないマルタとセレス。
ここで鏡の向こうにいる彼らをほうっておいて逃げることを選択すれば
間違いなく安全にこの崩れゆく空間から脱出することはできるだろう。
けど、それは彼らを見殺しにするも同意語。
そんなこと、マルタもセレスもできるはずがなく、ただただ焦りだけが募りだす。
「…セレス?」
「?何ぼんやりしてるんだい!」
今は少しでも時間がおしい。
どんどん空間は壊れていってしまっている。
正確にいえばどんどん行動できる範囲がすくなくなってきており、
まるで表現するならば何かの球体のような中に自分たちが入り込んでいるのでは?
とおもわれるようなほどにこれまでみえていた空間はかなり狭くなっているのがうかがえる。
先ほどからケイトの容体が好ましくない。
リフィルだけでなく、クラトスもまたケイトにむけて治癒術を使っている今現在。
空間を感じることができるというミュゼ…いまだに
二人羽織りのようになり、ミラと重なっている状態ではあるが。
正確にいえばミュゼがミラの背後…といっても少し上ではあるがかぶさるような形となっている。
元々、ミュゼには肉体はない。
精神体のみの存在であるがゆえ、他者に憑依することも可能。
ミュゼに指摘された空間の揺らぎがある付近をひたすらに何かがないか調べていた矢先、
ふとゼロスがいきなりその動きをとめ、ぽつり、とちいさくなぜか妹の名を呟いてくる。
そんな動きをとめたゼロスにしいなが思わず声をあらげるが、
しいなとて自分で動けるものならば動きたい。
空間の揺らぎを見つけ出すにはそこに何かをぶつけそれが揺らぐか否か。
それが一番てっとり早いらしい。
ゼロスに抱きかかえられている状態でひたすらに周囲に符をばらまいているしいな。
児雷也の上ではなくゼロスに抱きかかえられている状態で
護符を周囲に張り巡らせては揺らめきを探しているそんな中。
いきなり動きをとめたゼロスにたいししいなの叱咤の声が投げかけられる。
「いや、セレスの声が聞こえたような……」
「何いってるんだい。そんな声きこえやしなかったよ。コレット、あんたは?」
「私もきこえてないよ?」
呆れつつもそれでもゼロスはこれでも一応は神子、天使とよばれし存在でもある。
ゆえに同じ神子であるコレットにとしいながといかけるが、
コレットはその問いにふるふると首を横にふる。
「いんや。たしかに聞こえた。…こっちか?!」
――お兄様!
たしかに聞こえている、自分を呼ぶ妹の声が。
「コレットちゃん。しいなのこと頼むわ」
「ふえ?」
「ち、ちょっと!?ゼロス!?」
いきなり自分をひょいっと高々と抱きかかえられたかとおもうと
コレットのほうにつきだされ、思わず抗議の声をあげる。
たしかに昔からゼロスはこんな華奢な体をしていて力があるのはしっている。
ついでにいえばコレットも。
だからといって自分をコレットに差し出す行為はいただけない。
たしかにコレットの力ならばあのリーガルですら軽々と持ち上げるのであるからして
自分程度はかるく抱えられるであろうが。
いきなりしいなを手渡され…文字通り手渡された形になったコレットが
間の抜けた声をあげる最中、しいなの抗議の声がこだまする。
しかしそんなしいなを振り向くことなく、
「セレス…どこだ!?」
まさかあの場に残っていたはずのセレスもこの空間にやってきていたのでは。
そうおもうとゼロスはいてもたってもいられない。
自分と違いセレスは空を飛ぶことはできない。
たとえ護身術の一環として体術をかじっていたとしても。
同じ場所付近をいきなりうろうろしはじめたゼロスをみて唖然としつつも、
「…あいつ、ついにぼけたのかねぇ」
呆れたようにつぶやくしいな。
「いや。もしかしたら本当に奴は妹御の声が聞こえているのかもしれないぞ?」
「この場にいないやつの声をきくなんてことありえるのか?」
そんなゼロスの動作をみてあきれたようにいうしいなにたいし、
ユアンが何かに思い当たるところがあるのかしみじみとそんなことをつぶやき、
そんなユアンの言動に首をかしげつつもといかけているロイドの姿。
「私はマーテルの声ならばどんなに離れていてもわかるぞ!」
「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」
一瞬、ユアンのきっぱりとしたその物言いに何ともいえない空気がよぎる。
そういえば、マーテルファンクラブがどうだのとかつていっていたような。
しかも、マーテルの限定グッズを前に出されては断れない!
といいきったユアンにミトスも同意したあのときのことをおもいだし、
ロイド達は何ともいえない気持ちになってしまう。
「血縁者。そしてより絆のつよいヒト同士はどんなに離れていても通じることがある。
たとえ空間などを隔てられていようとも。かつて僕はそうきいたことがあるよ」
それは珍しくもラタトスクがぽつりと語ったこと。
しつこいくらいにまだかの”間”に訪ねていたときヒトの可能性。
それを信じてほしいとしつこく懇願していたときに
ぽつりとつぶやいたラタトスクの言葉。
「…セレス?」
たしかにこのあたりから声がきこえる。
けども姿はみえない。
ふと思い出すは先刻あの光る道からみていた鏡の光景。
あれはこちら側の声はきこえないが現実の出来事が映し出されていたらしい。
コレットのチャクラムが鏡の向こうの光景…まさか体を鏡の中につっこむとはおもわなかったが。
ともかくあの”鏡”を通じれば映像の場所にむかっていけるというのはきかされた。
もっとも一方通行でしかない道らしかったが。
でもそれは裏を返せばその場所自体に空間の歪みが発生しているということなのでは?
そしてこの付近からセレスの声を感じることができる、ということは。
向こう側ではこちら側の光景がみえているのかもしれない。
それこそ同じく”鏡”に移りし光景として。
けど目の前にあるのは漆黒でしかない闇。
先ほどから気のせいか心ならずとも息苦しくもなってきているような。
事実、巨大蛙、【児雷也】の背にのっているジーニアスなどの顔色は悪い。
空間の崩壊に巻き込まれるより窒息死なんて冗談じゃねえぞ、おい。
そんな考えを抱きつつも、付近に違和感がないか五感を敏感にさせ集中する。
必ずこの付近に”何か”があるはず。
でなければ、こんな切羽つまったような妹の声がこの付近から聞こえるはずがない。
「お兄様!?」
目の前にたしかに見えるのに。
というか手を伸ばせばとどくほどにゼロスの姿がみえているのに。
”鏡”と立っている間の距離がもどかしい。
そうしている間にも周囲の景色がぐにゃりといくつも歪んでは戻り、
さらには崩壊していくがごとくに周囲に浮かびし様々なる調度品。
それらが何もしていないのに突如として割れ、そのままさらさらと消えてゆく様が目にはいる。
足場にしている光の道もそれにあわせて上下左右に揺れ始め、
たっていることすらやっとの状態。
「何とか…何とかしないと……」
さすがにこのままここにいるのはまずい。
それこそ自分たちの命すら危険かもしれない。
かといって鏡の向こうにいる皆を無視して逃げ出すなんてできるはずがない。
真横にて”鏡”にむかってひたすら兄であるゼロスを呼び続けているセレスをみつつ
マルタもまたあせりの表情をみせはじめる。
ここで彼らを見捨ててそのままこの場より立ち去れば自分たちは助かる。
けど、それでは意味がない。
そんなのマルタ自身が許せない。
そしてセレスも、ゼロスを置いてこの場を立ち去ることなどするはずがない。
口にはださないがセレスは間違いなく兄のためならば命すらおしまない。
そうおもっている節がある。
そしてその兄であるゼロスも。
長らくそばにいて二人をみていたからこそ気付けたこと。
当人同士が気づいているかどうかはともかくとして。
「…ママ……」
――困ったときにはこれに願い事をするのよ?
――こまったとき?
――そう。これはね……
――ママ、マルタ、それほしい!
――あらあら。こまった子ね。
でもまだマルタは小さいから、いつか立派な淑女になったらね?
それは幼き日のやり取り。
そしてそのやり取りの結末は、マルタがこのたびに同行することになったあの日。
タマミヤとともに一度街にもどり、正式に旅の同行の許可がもらえたあの日。
母親から託された品。
首飾りにしてあるそれをおもわずぎゅっと無意識のうちにと握り締める。
かつて、ユウマシ湖でユニコーンにも指摘されたそれを。
「…これは?」
ひたすらにケイトに回復術をかけていた。
使い続けて若干疲労の色が見えてはいるが。
大技ともいえるレイズデッド、もしくはリザレクションなどを唱えれば違うのだろうが。
回復術を使い続けており、そこまでの精神力は残っていない。
そもそもあれはかなり集中しなければ間違いなく失敗してしまう。
周囲に感じるマナがそれでなくてもどんどんすくなくなってきている今現在。
心なしか息苦しくすらもなってきている。
まるでどんどん空気がなくなっているかのごとくに。
かつてユウマシ湖にて手にいれた【ユニコーンホーン】の力をつかっていなければ、
ここまで連続してケイトに回復術を唱えることもできなかったであろう。
手にしている杖【ユニコーンホーン】の宝玉が淡く輝いているのにふと気づく。
――…よ、…手よ…担い手よ
ふとなつかしき声がリフィルの脳裏に聞こえたような気がするのは彼女の錯覚か。
どうにかして兄にこちらのことを知らせたい。
先ほどたしか、コレットが鏡の向こう側に武器を投げていたはず。
こちら側から鏡の向こう側への干渉はつまりは可能であるということ。
でも向こう側からこちら側への干渉はできない、そのようなことをエミルはいっていた。
けども。
空間を間接的にも操ることができるというあのミュゼという人がいるのならば。
きっかけさえあたえれば、
それこそ空間を切り裂きこちらとあちらをつなげることもできるのではないだろうか。
しかしそれには正確な片道とはいえつながっている空間の把握が必要なはず。
誰にいわれたのではない、それはふとセレスの脳裏に浮かんだ直感。
ふと、無意識のうちに胸に手をあてていたセレスの手が固い何かにと触れる。
おもわずはっとしてその胸元にさげているそれを握り締め、
シャラリと服の下から”それ”をひっぱりだす。
それはこのたびに同行して間もないころ、兄からといわれもらった首飾り。
これを身に着けてから体がどんどんと健康体になっていったのをセレスは自覚している。
ネルフィスとよばれしそれは、純粋なるマナが凝縮されし結晶。
セレスはそこまで詳しくはない。
かつて、その石が【惑星デリスカーラーン】においてエバーライト、
と呼ばれていたということも彼女は知らない。
別名、どんな願いをもかなえる石。
もっともそれは噂にオヒレがつきそのようにいわれていただけ、なのだが。
ヒトが根源のマナたる凝縮されている力をより正しく使いこなせるはずもない。
それでも根源のマナだけあり、正しく身につけたもののマナを導くことはできる。
そう、たとえばマナが狂い、先天的に体が弱かったり、
もしくは人為的にマナが乱されていたりした場合、
ネルフィスを用いれば確実に”健康体”になることは可能。
そしてセレスがもっているその石はエミルがかつてゼロスに渡した品。
セレスの病弱たる先天的な体の疾患を治すためだけに与えた品。
この石…首飾りを手にしてからセレスの周囲は一変したといってもよい。
少し運動をしただけで息切れすることもなくなった。
そして一番セレスにとって重要なのは、これが兄からもらった品であり、
兄が自分のために治癒の力を秘めた石なるものをみつけてきてくれた。
ということ。
そもそも兄が自らに【クルシスの輝石】を渡してきたのも自分の身を案じてのことだ。
と今のセレスはわかっている。
兄がひたすら自分を幽閉しようとする国家に反論していたこともセレスはしっている。
それでもセレスの実母がしでかした罪がきえるはずもなく。
また自分が兄の幸せを居場所を奪ってしまっていたのだ。
そのように思ったセレスは国の決定に静かにうなづいた。
うなづかざるを得なかった。
でも今はこうして兄のそばにいられる。
家族として兄妹として。
ずっと一人であった自分などに友達もできた。
まるでこの首飾りがすべての幸せを運んできてくれたのごとくに。
もっともその幸せの裏で悲劇がありもしたのだが。
ゼロスやその関係者の尽力もあり、セレスが幽閉されていた修道院の悲劇は
いまだにセレスには伝わってはいない。
兄にこちら側との接点を気付いてもらうには、何かをこちらから投げればいい。
はっきりいってコントロールには自信がある。
それこそ飛んでいる虫などをみずほの里につたわりし箸でつかむ程度には。
…長らく幽閉されていた身ですることといえば限られており、
もっとも脱走することを覚えてからは体調をきにしつつ時折、
物資を運んできた船に密航して王都にまで出向いていたりもしたが。
ともかく、こちらから何かを投げてそれに兄が気づけば、
すくなくともこちらとつながっていることは証明されるはず。
でもそれには、確実に自分たち…いや、自分が投げたものだ、と立証されるものがいい。
きらり、とセレスの手の中で首飾りの細工にはめ込まれている石がきらめく。
これならば、確実に自分からだと兄もわかるはず。
それに、これを投げ込んで兄が気づかないはずもない。
「…お兄様、うけとってくださいませ!!!!!」
ぎゅっと首飾りを握り締め、そのまま首に手をもっていき、
トップを外して首飾りのみにする。
そして一度つよく握り締め、兄にこちらとつながっていることが伝わりますように。
そう願いをこめたのち、きっと鏡をにらみつけつつ大きく手を振りかぶる。
シャラッン。
静かな音をたて、そして淡い青い光の筋をなぜかひきつれつつも、
セレスの意識したコントロールそのままに首飾りは鏡の中へと吸い込まれてゆく――
――お兄様、うけとってくださいませ!
今、たしかに聞こえた。
セレスの声が。
はっとその声がした方向を振り向くとともに、
きらり、とした光がゼロスの視界にとはいる。
すばやくその光の元にとんでいき、流れてくるその光の筋を両手でキャッチする。
つかむとともにひんやりとしつつもどこか温かい感覚をうける固い何か。
両手をひらくとそこにはかつて妹に渡したはずの一つの品が。
自らの手より薄く、それでもかくじつに淡く光る一筋の青い光が虚空へとのび
その光は虚空の最中で忽然と消え失せている。
よくよくみれば光が消え去っている周囲の空間が歪んでいるようにみえなくもない。
「空間の接点…っ!」
思わず叫ぶゼロスの声にはっとした皆の視線が集まる。
「ちょっとゼロス、こんな状況で冗談を…」
「冗談なんかじゃねえ!今、セレスからあいつの首飾りが投げ込まれた!みろ!」
しいながそんなゼロスにたしなめるようにいえば、ゼロスがきっぱりとその言葉を否定する。
ゼロスが突き出した片手より、きらりとのびる淡く薄くかがやく細い光の筋。
「っ!”マナの糸”、か!?」
純粋なる濃いマナを秘めた品を投げたときなどに起こる現象。
マナが少なければ少ないほどその現象ははっきりと目の当たりにできる。
それがより強い形であらわれるのがフィラメント効果とよばれしもの。
物質に含まれているマナが大気中に気化するとき独特の香りをはなち、
それととに火花がちるようなマナの輝きを示す。
孵化手前の精霊石などにもその現象はよくみられ、
精霊石から微精霊達が孵化するときにもその現象はみてとれる。
ゼロスの手から伸びたその光が何なのかすぐに察知し思わず叫んでいるミトス。
そういえば、ちらりとゼロスの手の中にある品は。
かつてゼロスが彼の妹のセレスに送った品であったはず。
しかもその元となった石はエミル…ラタトスクから授かっていたはず。
純粋なるマナが凝縮されし奇跡の石…【ネルフィス】。
自分たちがかつて授かった【石】にもっとも近しい【石】。
ちなみにこの現象は自分たち四人がもっている石を投げたときにも起こり得る。
そしてそれをミトスはよく知っている。
だとすれば。
「あの光が消えている場所がエミルたちのいる場所とつながってるはず!
ミュゼ!あの空間を切り裂くんだ!」
自らがミュゼの力の一部でもあるという剣を先ほどのようにつかえればいいのだが。
今のミュゼはミラとほぼ同化というか憑依状態であるがゆえにそれはできない。
「クラトス、ユアン!ありったけのマナを攻撃にあわせてあの空間に!」
それでも空間同士をつなぐ、もしくは切り裂くというのはかなりのマナを必要とする。
「ミュゼの次元斬で空間に攻撃を加えると同時、皆の攻撃も同時にすれば
すくなくともあちらとの接点がつながる…はずっ!」
短い時間ですぐさまそこまで計算しこの場にいる全員に指示をだす。
それでも、何か、あと少し。
何かもっと…
ミトスがそう思ったその刹那。
『…私の力を貸そう。ミトス・ユグドラシルよ』
「「「…え?」」」
その声はこの場にいる誰のものでもない。
しかし一部のものにとっては忘れられるはずもない…声。
突如として響いたその声はリフィルの元から。
ゆらり、と手にしていたユニコーンホーンから陽炎のごとくの光があふれる。
そしてその光はゆっくりとリフィルの横にて一つの形を作り出す。
透明でありながら、どこか見覚えのあるようなその姿に思わず目を見開くリフィル達。
「あんたっ!?」
死んだはずではなかったのか。
あのとき、自分たちに角を…ユニコーンホーンを託して。
消えていくあの光景も目の当たりにした。
ゆえにその姿をみてしいなが目を見開く。
死んで新たな命に生まれ変わっているはずなのに。
でもこの姿は。
額に角をもちし真っ白な馬…見間違えるはずもない。
「ユウマシ湖の!?」
その姿に見覚えがあるがゆえにコレットもまた目を見開く。
「…僕をも裏切ったユニコーンのグラス、か。力を貸すって?」
「…裏切ったのはそちらであろう。あの御方のやさしさを…
しかし、ここで汝らが消滅するのはあの御方の意思にも反するゆえに、な」
くぐもったような、それでいてどこか響くような声。
ふわりとうかびしは姿を透けさせた全身真っ白な
その額に特徴ありし角をもった一頭の馬。
かつてユウマシ湖で
その命の源といわれている角をコレット、しいな、マルタたちに託し、
目の前で消えていってしまったはずの…ユニコーン。
「君をあの湖に幽閉してたのは。復活した姉様のため。
新しい器もまた永続性無機天使結晶症になっているのは確定だったからね」
ゆっくりとしかし確実にマナを穢してゆく過程でその症状は現れる。
そのために神子は再生の旅の中で恐怖や絶望といったものを味あわせていっていた。
何しろ器に意思がのこっていれば意思が姉の心を拒絶する可能性が高い。
相手の心を完全に封じ込め、そしてけしてしまうための処置。
しかしそのような処置を施した器に姉をいれても、
かつてのように姉が苦しむ姿をみたいわけでなく。
湖に幽閉。
ではあの場にあのユニコーンをとらえていたのはやはり。
リフィルがそう思考をめぐらせつつも、
「話はあとにすべきではなくて?それで?力をかしてくれる、ということらしいけど。
そもそもあなたはあのときにきえたのではなくて?」
「消えたのではない。われの願いはマーテルを救うこと。
ゆえにお前たちに託したその角の宝玉にわれの魂を封じていたにすぎない。
本来、われらは角を失いマナにと還り、そして新たな命として誕生するのだが」
しかしこのわがままは聞き入れられた。
ほかならぬかの御方によって。
「…ラタトスクが絡んでいるってわけか」
「・・・・・・・・」
少しばかり眉をひそめるミトスにたいし、ユニコーンのグラス、
とよばれし実体のない透き通った…どこからどうみても精神体のそれは無言を突き通す。
「われの一族の力の彼らがあの空間の向こうにはある。
我の力と彼らの力を共鳴すればより空間同士のつながりは強くなるはずだ」
ミトスの言葉には答えないものの、淡々としたユニコーンのグラスの声のみが
唖然とするロイドの耳に聞こえてくる。
いやいや、ちょっとまってくれ。
あのユニコーンにみえるあれって…あのユウマシ湖のやつ…だよな?
あのときあのユニコーンはたしかに死んだはず、なのに。
ロイドはいまだに理解ができない。
そんな状況を把握できていないロイドに気づいているのかいないのか。
いや、気づいていても間違いなくこの場は完全に無視されているのかもしれない。
事実、ユアンなどはロイドの混乱に気づいているが完全に無視を決め込んでいる。
「なるほど。ユニコーンの同族同士はその力を共鳴しあうことができるものね」
そんなグラスの言葉に納得したようにうなづきをみせ、
「でも、それはあの子…マルタっていったっけ?
あの子がもっているユニコーンのイヤリング。
たしか今は首飾りにしてるんだったっけ?それを使う必要があるとおもうけど?」
「それに関しては問題ない。それがそののに投げ込まれたということは。
あちらがわもかの”鏡”を通じこちらを”視て”いるだろうからな」
鏡を通じて、ということばにコレットがはっとした顔をむけてくる。
実際、鏡の中に身を投じ、祖母を先刻助けた経験があるがゆえコレットにはわかる。
その意味が。
「…なるほど、ね。聞こえてるんだろ!マルタ・ルアルディ!
そのユニコーンの飾りを掲げて祈れ!!」
淡い光の筋がむかっている方向。
消えている虚空の先にむかって誰にともなく…否、正確にいえばその空間の向こう側にいるマルタ。
彼女にむかい突如として叫ぶミトス。
そして。
「光が薄くなってるわっ!」
はっとしたようにリフィルが叫ぶ。
たしかにゼロスが手にした首飾りから伸びている光の細い筋がどんどんと弱くなっている。
「時間がない!皆、合図とともに一斉に攻撃を!!」
ミトスがどうして仕切っているのか。
それに関して文句を言い出すものは今はいない。
この場においてミトスの意見がより今できる最大限のことなのだ、
と誰ともなく理解する。
否、理解できてしまうがゆえに。
――聞こえてるんだろ!マルタ・ルアルディ!そのユニコーンの飾りを掲げて祈れ!
鏡の向こう側よりきこえてくるミトスの叫び。
そしてその叫びはセレスの耳にも当然聞こえてくる。
「よくわかんないけど、とにかく、お願い!ユニコーン!」
なぜあのとき消えてしまったはずのユニコーンが姿を現しているのか。
ものすごく疑問な点も多くある。
それでも、自らがもっているこの飾りが彼らを助ける手段の一つになるのなら。
おそらくこの機会を逃せば次はない。
それこそ自分たちでできる力の範囲内では。
ぎゅっと首飾りの飾りのみを服の下よりとりだし、
そして胸の前で両手を使い祈るような形でつつみこみ言葉を発するマルタ。
そんなマルタの手に同じく横から手をのばし、同じように祈りだすセレス。
マルタとセレスの手の中で、ユニコーンの首飾りが暖かな光を発しだす。
『いけぇぇぇぇぇ!!』
その叫びは誰のものであったのか。
ロイドのものであり、ミトスのものでありジーニアスのものであり、しいなのものであり。
ミラの体を借りたミュゼの一撃、空間を切り裂く技【次元斬】の炸裂とともに、
まったく同じ位置にそれぞれ、クラトス、ユアン、ミトス、ロイド、ゼロス、プレセア。
それぞれ六人の攻撃があわさり、それらの攻撃はうねりとなりて
六色の色彩をもつ【闘気】となりて光がきえゆく揺らめく空間へと直撃する。
それとともにその空間にむけ、攻撃をしかけるそのさなか、
その額の角をつきだし何やらいっているユニコーンのグラスの姿が目にはいる。
刹那、まばゆいばかりの光と爆音が周囲を…否、セレスとマルタがいる場所と、
ミトスたちがいるその場所、まったく同じタイミングにおいてふきぬける。
目がつぶれるほどのまばゆき光と耳をつんざくほどの轟音。
一瞬誰もが思わずそのまぶしさに目をつむる。
「――お兄様っ!!」
ふと気のせいではなく確実に聞こえるセレスの声。
「みて、あれ!」
コレットが指差した方向。
いまだにうっすらとではあるがゼロスが手にしている首飾り。
それから伸びている光の筋が空中でとぎれることなく、
いやむしろその掻き消えていた空間の周囲がまるで”空間が割れた”ばかりに
くっきりと異色の様子を示している。
そしてその先にこちらに手を伸ばし必至でゼロスを呼び続けるセレスと、
「皆!!」
どこか泣きそうな表情で叫んでいるマルタの姿が視界にうつる。
「まずい!空間のヒビが修正しはじめている!?」
この場にいるほとんどのものの力をぶつけたこともあり、
たしかに目論見は成功した、のであろう。
片道とはいえつながっていたとおもわれしあちら側。
それとこちら側がつながったのは明白。
ゆっくりとユニコーンの姿が薄れてゆく。
――はやくあの場よりこの空間より立ち去るがよい。この空間は時期に崩れ去る。
それだけいいつつユニコーンの姿は光となりて、
再びリフィルの杖の宝玉の中へと吸い込まれる。
ユニコーンが指摘するように、ひび割れた空間。
ぽっかりと壊れた一部の空間はゆっくりとしかし確実に狭くなっていっているのがみてとれる。
「とにかく、まずはここからでるよ!」
ミトスの言葉に誰ともなくうなづき、
「児雷也!急速前進!!」
「いくぞ!ロイド!」
「あ、ああ…」
しいなが児雷也の頭にまで移動し指示をだす。
そしてまた翼をはためかせ、ロイドの横にとんでいきロイドを促しているクラトス。
――いこう。お姉ちゃん。
「そうね。いきましょう。…アリシア」
脳内に響いてくる妹の声にすこしばかり微笑みつつも、
プレセアもまたその翼をはためかせる。
皆がそれぞれの持前の翼で、あるいは空を飛ぶ巨大蛙にて空間の亀裂に近づく最中も
開かれたはずの空間同士をつないでいる裂け目はどんどん狭くなってくる。
「いっけ~!!」
しいなが大きく叫ぶとともに児雷也のスピードが一気にあがる。
おもわずケイトの上にかぶさり衝撃にてケイトが吹き飛ばされないように抑えるリフィル。
「うわっ!?」
ジーニアスもその衝撃で児雷也の背の上から振り落とされそうになり、
必至でつかみどころのない児雷也の背にとしがみつく。
なんかこういうの、前にもあったな。
あのときも変な光の壁に押しつぶされそうになって、そして…
ふと以前、コレットを助けるために入り込んだ場所でのことをロイドは思い出す。
二人の力で攻撃しその衝撃で壊れた光の壁をすり抜けよう。
たしかにそれは成功した。
だが大きな術を唱えたジーニアスの術後硬直によりジーニアスは逃げそびれた。
ロイドの目の前で無常にも壊れていたはずの穴は再生され、
ジーニアスはあの光の壁の向こう側にととりのこされた。
そのときの何ともいえない自らの考えの愚かさと
ジーニアスの思いに気づかなかった自分のまぬけさ。
それらをふとロイドは思い出す。
形はどうあれ、今のこの状況はあのときに似ていなくもない。
あのときは皆と一人一人、罠によって切り離されていき
最後にのこったジーニアスともその罠によって離れ離れになった。
正確にいうならば皆を見捨てる形でロイドは先に進まざるを得なかった。
それを思い出し、おもわずはっと背後を振り向く。
空間の裂け目に身を投じたその刹那、たしかに空気が確実にかわった。
それと同時、目の前にセレスとマルタの姿がみてとれる。
なぜか二人ともたっているのがやっと、というような状態ではあるが。
よくよくみれば彼女たちの足場となっている光の足場が不安定なほどに揺れている。
ロイドがはっと背後を振り向くとほぼ同時。
リフィル達を乗せた巨大蛙、児雷也がいきおいよく空間の亀裂から飛び出してくる。
それとほぼ同じくして空間の亀裂はさらに小さくなりやがてすぐさまにきえてゆく。
思わず誰か移動しきれていないのでは、と周囲にざっと視線をむけるが、
どうやら皆、無事に亀裂をくぐることができているらしく皆この場にみてとれる。
そのことに心底ロイドがほっとしたその刹那。
「お兄様!よかった!お怪我は?!」
「うお!?セレス!?って、ちょいまて。何この空間こんなに揺れてやがるんだ?!」
ぎっと自分の真横に飛んできたゼロスに問答無用でだきつくセレス。
「そりゃ、この空間を作り出してた大本が”消えた”からね。
ここもそう長くはもたないとおもうよ?」
そんなゼロスに対し、さらりと何でもないようにいいきるエミル。
たっているのもやっとといわんばかりのセレスとマルタにくらべ
エミルは何でもないようにその場に普通にたっている。
よくよくみれば光の道もかなりうねるように上下左右を繰り返し、
どうみてもこの道をとおって普通の空間である城の中に戻れる雰囲気ではない。
おもいっきり足場の光の床がぐんっと強く揺れ、おもわずよろけそうになるセレス。
「おっと!」
そんなセレスを素早く抱きかかえているゼロスに、
「きゃっ!?」
「マルタ、大丈夫?」
マルタも同じく足場をとられおもいっきり体制を崩しそうになるが、
マルタ達を心配しこちらもまた近づいてきていたコレットが
そんなマルタを素早く背後から押しとどめる。
「あ、崩壊がより早くなってる」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・』
「それをもっと早くいえ!」
「何のんびりエミルはそんなこといってるの!?」
「まずいわ!とにかく、ここから出ましょう!!」
さらりといったエミルの言葉の意味を理解するのに一瞬の間がひらく。
そしてその意味を理解し、すばやく叫ぶユアンに、
信じられない、とばかりにわめくジーニアス。
そしてあせったようにいっているリフィル。
「あの光の道は不安定だわ!とべるものはそのまま翼で、
とべないものはこの蛙の背に、異論はないわね?しいな?」
「セレスは俺様が運んでやるからな」
「お、お兄様…恥ずかしいのですが……」
さすがというか何というか。
いつのまにかすばやくセレスの体をひょいっともちあげ、
そのままいわゆるお姫様だっこというものをしているゼロス。
「マルタはどうする?」
「…おとなしくあの蛙にのっとく……」
というかこの場にいるほかの人にあのようにお姫様だっこをされるのも、
また背負われるのも何だかくやしい。
エミルは…おそらく手をだしてはこない。
さみしいけども。
それは何となくではあるが勘。
マルタの言葉をきき、コレットがゆっくりとマルタを児雷也の背にのせる。
それと同時、さらにこの場そのものの空間がより大きく揺れ始める。
それこそ目に見えてわかるほどに、光の道だけではなく空間そのものが揺れている。
そしてその揺れに耐えられないかのごとく、空間にヒビがはいり、
ぱらはぱらと空間そのものが一部、一部確実にきえていっているのがうかがえる。
「いそぎましょう!」
リフィルの言葉に誰ともなくうなづき、
唯一の道しるべともいえる大きくうねる光の道をたよりに
ひたすらにその場を離れはじめる一行の姿。
そんな彼らの姿をしばらく見つめたのち、
「…ま、城にもどっても同じこと、なんだけどね」
ぽつり、とエミルもまたつぶやきつつ、
「さってと」
そのまま何もない空間にとっんと一歩を踏み出すエミル。
エミルが足を踏み出すとともに足場に光が弾け、一瞬にしろエミルの足元に
透明なる光る足場が出現する。
彼らがその場を立ち去ると同時、がらがらとその場の空間そのものが崩れだし、
その先にみえるは不可思議なる…虹色にも近しい空間のみ。
~スキット:いそげやいそげ?あれ?話がずれてませんか?~
ロイド「だぁ!?何だよ!?これは!?」
クラトス「愚痴をいうな!あの空間はたしか空気がないはずだぞ!?」
コレット「?そうなんですか?クラトスさん?」
ユアン「以前、センチュリオン・アクアがいっていたからな。狭間の空間のことは。
我らヒトが生息するための空気というか酸素そのものがない」
ミトス「正確にいえばある場所もあるんだろうけど、ね」
エミル「まあ、あそこはあるいみ無重力空間ですけど、別に問題ないですよ?
ヒトがはいりこんだらちょこっとマナが暴走して窒息して
そのまま体がいっきに膨れ上がって破裂する程度ですし」
ジーニアス「それのどこが”程度”なのさ!?」
エミル「え?だってヒトの子供とかもよくやってるでしょ?
これまでにも幾度もみてきましたよ?蛙に空気送り込んで破裂させるの。
それとあまり変わりないとおもうんだけど」
ジーニアス「大有りだよ!?」
リフィル「…というより、全速力でかけているであろうこの蛙に
なぜにあなたは普通にかるく駆け足程度でおいついてるのかしら…」
さきほど皆が皆必至で空をとんだり、もしくはしいなが児雷也に命じ、
風が肌に痛いほどにスピードがでているはず。
なのにそんな自分たちの真横を普通に何もない空間を移動しているエミルは
すこしばかり駆け足をしているようにもみえるがまったく急いでいる節はない。
それどころか足場もないはずなのに彼が一歩ふみだすたび、
エミルの足元に何もなかったはずの場に光の足場が出現しては消えていっている。
ミトス「…あいかわらずヒトに関してどこかずれてるよね……前のときもだったけどさ」
エミル「?そう?でも実際してるじゃない。特にヒトの子供たち、男の子とかが」
ロイド「…昔、なんか怒られたような記憶が?」
クラトス「お前はストローで蛙に息吹き込んで破裂さして大泣きしたことがあったな。
そういえば……」
もっともその蛙をもったいないといって鍋にしたアンナもアンナだろうが。
それをみてさらにロイドが大泣きしたのをクラトスはよく覚えている。
ジーニアス「ロイド、何やってるのさ!?」
ロイド「俺が知るか!というか俺がいつごろの話だよ!?」
クラトス「三歳になる少し前あたりだったな。あれは。
お前が育てていたオタマジャクシから育った蛙をなんでか
『父さんみたいにとんでみて!』とかいって、
茎でつくったストローをつきさして息を吹き込んでいたな……」
結果、蛙は破裂した。
クラトス「破裂した蛙をみて大泣きするお前にアンナがたしなめ。
今晩は蛙鍋にしましょうとかいいだして……」
ゼロス「……ロイド君。おまえさんも大概すごい幼少期すごしてたんだな……」
クラトス「あのころはアンナも私もクルシスから逃げていたからな」
ユアン「…そういえば。私が訪ねていったときのお前たちの食事。
火にくべられていたのもほとんど魚とかだったが……」
クラトス「うむ。海にもぐってつかまえたのを食材としていた。
だからこそ海辺のあのような小屋に住んでいたのだからな」
食事には困ることがないので。
そもそもロイドはまだ赤ん坊であった。
ゆえに母乳のこともあり食事に困らない場所に居住していたにすぎない。
しいな「あんたら!今はそんなこと悠長にいってる場合かい!?」
コレット「ロイドの小さい頃かぁ。村にきたときよりも小さいころだよね?」
クラトス「…そうなるな」
セレス「…お兄様、それよりも前方が明るくなってきましたわ」
プレセア「どうやらこの空間の出口…すなわち城の中にもどれるよう、です」
みればたしかに前方があかるく、しかもしっかりとした建物の内部らしきものが目にはいってくる。
コレット「クラトスさん。ロイドの昔の話、もっとあとできかせてください!」
クラトス「それは……」
リフィル「気になるのはわかるけども、今はともかく無事に外にでることが先決よ!」
プレセア「…あの異形とされていた兵士のみなさんのこともきになります」
エミル「まあ、体を保っていた瘴気の提供者がいなくなったんだから。
消えるしかないとおもうけどね」
ロイド「消えるって……」
チチ…
マルタ「あなたもこわいの?小鳥さん?」
チチチ……
リフィル「そういえば、マルタ、その鳥かごは?」
マルタ「エミルがもってたんです。この空間に浮いてたとかで」
リフィル「…鳥かごと小鳥、が?」
そもそもこんな空間でそんなものがあったというのがあやしすぎる。
というかヒトを自分たちの道具としていたであろうアレが、
小さな小鳥を見逃したというのだろうか。
ゆえにリフィルが怪訝な表情を浮かべて顔をしかめる。
ケイト「…う……」
ジーニアス「!姉さん、ケイトの容体が!」
リフィル「いけないわ。とにかく彼女をどこかで安静にさせないと!」
このつきさすほどの移動による風はどうやらケイトの体にはよくない、らしい。
プレセア「…いそがないといけないのに何でしょう。この会話は……」
ミラ「このものたちはいつもこうなのか?」
プレセアの独り言がきこえたのか、その視線をちらりとプレセアにむければ
プレセアはどこか遠い目をし、それゆえに隣を飛ぶユアンに語り掛けているミラ。
ユアン「…私にきくな。…はぁ~……」
ミトス「…小鳥…ね……」
※ ※ ※ ※
「…主よ」
「何だい?」
突如として止まった児雷也が珍しくも語り掛けてくる。
目の前にはつい先刻までいたはずなのに、とてつもなく久しぶりにもみえる城の内部。
心なしか壁や床といったすべてのものが色彩がくすんでいるようにみえなくもないが。
不可思議ともいえる空間をぬけ、ようやく普通の城の廊下にまでたどりついた。
しかしその廊下にはいる一歩手前でいきなりぴたりと静止して、
突如として自らの背にのっている主たるしいなにと語り掛けている児雷也の姿。
「このままでは先に進むことはできないのだが……」
多少困惑したような児雷也の台詞に、
「できないって…あ、そうか」
一瞬、何をいっているのか理解できなかったがすぐさまにと理解し思わず腕をくむ。
たしかに、今、しいな達を乗せている児雷也の大きさでは城の廊下には入れない。
というより今でもあきらかに、目の前にある城の廊下と児雷也の大きさ。
確実に児雷也の巨体のほうが遥かに勝っている。
今現在、児雷也の背にはリフィル、ジーニアス、しいな、マルタがのっており、
ついでにいえばケイトはいまだに意識がもどらずに横になっている状況。
児雷也が蛙の姿をしていることをおもってもその背がかなり広いのはいうまでもなく。
どうみてもこのままではこの先に進めそうにない。
「あたしらはどうにかなる、としても…」
児雷也を”戻し”て自分たちの足で移動することは可能。
だが、いまだに意識がもどっていないケイトをどうすべきか。
「定期的に治癒術をかけつづけていないと油断は禁物の状態よ?」
すくなくとも回復の手をとめればケイトの命は保障できない。
それほどまでにケイトの容体はわるい。
今でもリフィルは常に回復術をかけ続けている。
ひとまず一番弱い回復術である【ファーストエイド】を。
連続してかけ続けているがゆえに、リフィルの精神力の消耗は激しい。
すでにリフィルの顔色にもあきらかに疲労の色がかなり濃く表れている。
それでも、ユアンいわく、魔族に体を乗っ取られていたにしては無事なことが奇跡。
乗っ取られていた時間が短かったことが幸いしている、とはいっていたが。
それがケイトにとって幸運なのかどうかは疑問だがな。
そういわれリフィルも思わず返答にこまってしまった。
ロイドなどは無事なんだからよかったじゃないか、とかるくいっていたりしたが。
事はそんな簡単なものではないというのをリフィルはよくわかっている。
今、ここで彼女は命を落としたほうが彼女の身のためなのではないのか。
そんな思いがあるのもまた事実で。
だからといって助かるかもしれないヒトをほうっておくという選択肢がとれるはずもなく。
――私も甘くなってしまったわね。
そんな風に思う自分の心情にリフィルが一人苦笑していることをロイドは知らない。
「では、ケイトは私が運ぼう」
いまだに翼を展開しているままのクラトスがそんなリフィル達にと話しかけてくる。
そのままリフィルの手前にて横たわっているままのケイトをかるく抱き上げる。
体に負担をかけないように抱き上げるその様は、いわゆる【御姫様だっこ】とよばれしもの。
「とりあえず、この蛙からはおりないと」
ぐにょ、というかぷにゅっとした感覚の背の上を移動しているしいなの横、
すなわち廊下に頭を突き出すようにしているそれ…
今現在、完全に”児雷也”が廊下の入口というか切れ目の場所をその巨体の頭でふさいでおり、
その背後に他のものがいる状態となっている。
すなわち児雷也をこの場から横にずらすかどうにかしなければ移動は不可能。
児雷也の頭にのっているしいなにジーニアスが声をかけると、
しいなが児雷也に命じ、その巨体を横にするようにといってくる。
児雷也が横になり、さらに空間にぽっかり浮かぶようにみえている城の内部。
それに平行するようにその巨体をすこし下にとずらすとともに、
「えいっ」
「「あ、ま……」」
そのままぴょん、といきおいよく廊下にむけて飛び降りるジーニアスの姿。
ジーニアスが飛び降りようとするとなぜかエミルとミトスの止めるような声が重なるが。
そんな二人の制止の声より先にジーニアスは児雷也の背から廊下にと飛び移る。
「着地…って、うわっ!?」
そのまますとん、と廊下にと着地し決めポーズ。
が、着地したその廊下の足元が突如として崩れ、
正確にはジーニアスの重みでずぶずぶとまるで沈み込むかのごとくに体制を崩してしまう。
何がどうなっているのかわからないが、あわててそこから抜け出そうとするものの
もがけばもがくほど、さらには床とおもってあわててつかんだその廊下すら、
ジーニアスの手の中でサラリ、と音もなく崩れ去る。
たしかに床をつかんだはず、なのに。
ジーニアスの手の中にあるのはなぜか”砂”。
じたばたもがくたび、どんどんジーニアスの体は”廊下”の下にと埋もれてゆく。
「ジーニアス!」
ミトスが焦ったような声をだしているが。
そんなミトスの声を耳にしたジーニアスはといえば、
そのままぐいっと何か強い力で上方にひっぱりあげられる。
今にも頭まで沈んでしまいそうであったのに。
手をあげてとにかく何かをつかもうとしていたジーニアスの両手がぐいっと力づよく引き上げられる。
バサッ。
それとともにジーニアスの体にまとわりついていたいくつもの砂の粒子がいきおいよくこぼれおちる。
「あ、ありがとう……」
「きをつけてください。どうも城の内部の様子が違っています」
自らの手をつかんでいる相手…自らの上を飛んでいるプレセアにジーニアスがお礼をいう。
皆が一瞬、何が起こったのかわからずに戸惑っているさなか、
すぐさまに行動にうつったプレセアがもがくジーニアスの手をつかみ、
そのまま上空にひっぱりあげたゆえに他ならない。
「ジーニアス。周囲をよくみないと」
そんなジーニアスに対し、さらりといっているエミル。
ちなみにエミルはジーニアスとは異なり、普通に”廊下”の上にとたっている。
「これ…砂?」
恐る恐る、といった形で壁をさわったロイドが唖然とした声をもらす。
「瘴気の影響…か」
「だろうな」
周囲をざっと確認し溜息とともにつぶやくクラトスに、同意するかのようなユアン。
「みたところ、この城全体が朽ちているみたいだね」
本来ならば朽ちて、そしていずれは砂にと還り、大地に還る。
その”朽ちる”という過程をすっとばし、物質から砂にと変換されているのが今の現状。
いうならば、今の城そのものは、巨大な砂のオブジェ、といってもよい。
「砂って……」
ひくっ。
おもわずその台詞にジーニアスの顔がひきつる。
「…なあ、気のせいか?…なんか、ぱらばらと何かおちてきてるような……」
視線の先、すなわち先ほどジーニアスが埋もれた”床”はいまだにずずっと
沈み込むように砂が零れ落ちており、周囲すらも巻き込んでどんどんその流れは強くなっている。
それにともない、天井といわず壁からもパラパラとした細かな何かがこぼれおちている。
近くの壁に手をあてつつ、ふとロイドが天井を仰ぐ。
気のせいではなく、パラパラと細かな”何か”がたしかにおちてきている。
そしてその数はだんだんと多くなり…
「あ、さっきの衝撃でどうにか形をたもってた”ここ”が崩れ始めてるみたいだね」
『・・・・・・・・・・・』
さらり、と何でもないように周囲を見渡しいい放つエミルの言葉に
一瞬、その場にいる全員が無言となりはてる。
それが意味すること、それすなわち……
「な!?とにかくここからでるぞ!…城がくずれる!」
このような現象をかつてユアンはみたことがある。
あのときもランスロッドが、そしてジャミルが入り込んでいた地ではあった。
瘴気に侵され朽ち果てた建物が砂となりてくずれさり、
それに巻き込まれ幾人もの存在が生き埋めになったのをいまだにユアンは覚えている。
そして何だろう。
このデジャヴ、ともいえる感覚は。
周囲が砂となりて崩れるなど、それはまるであのときの、
【飛竜の巣】における出来事のようではないか。
ユアンの叫びとほぼ同時、スズッ…という音とともに、
いっきに床が崩れだす。
そして床にまきこまれるようにして壁もまたひきずりこまれるように崩れだし、
このままでは確実に退路がふさがれてしまうのは明白。
「姉さん!?」
自分はいまだにプレセアに…男としてかなり悲しいものがあるが抱きかかえられている状態。
ふとみればリフィル達のいる空間もどんどんと狭くなっており、
このままでは児雷也ごと空間におしつぶされかねない。
「え…あ」
ジーニアスが叫ぶとほぼ同時、リフィルの体がふわり、と浮き上がる。
ふとみればひょいっといつのまにかユアンに体を持ち上げられ
「時間がない。飛べぬものは飛べるものがそれぞれつれてゆくしかあるまい」
盛大に溜息をつきつついうユアンの姿がリフィルの目前にと見てとれる。
一方、ひょいっとこれまた体がうきあがり、
「…え?」
いきなり体が浮き上がり戸惑いの声をあげているマルタ。
「ユアンさんもああいってるし。ロイドはしいなをお願い」
「あ、ああ、わかった」
どうでもいいが、かるがると自らを児雷也の背から持ち上げているコレットの力に
思わず唖然としいしまうが、よくよく考えればコレットならばたやすいか。
とすぐさまその事実にと思い当たる。
「…コレット、横抱きよりできたらおんぶのほうが……」
マルタとていくら何でも同じ女性同士でいわゆるお姫様だっこをされて移動したくない。
欲をいえばエミルにならばそれをしてもらいたい、というのはありはすれど。
「いそげ!崩れるぞ!」
マルタがコレットに戸惑いの声をあげつつ、希望をつげているそんな中。
クラトスのあせったような声がひびきわたる。
たしかにみれば、天井から崩れてくる砂の数が確実に多くなっている。
それどころか今にも天井ごと崩れ落ちてきかねないほどに。
「しいな、わりぃ!」
「え?きゃっ!?」
「では、私は誘導することにしよう」
自らの背に乗っていた主であるしいなや他のものたち。
それらの姿がいなくなったのをうけ、その場にてその巨体を小さくしている児雷也。
廊下にはいることができないほどに巨体であった蛙の体は、
ちょっとしたそこいらにいるトノサマ蛙程度の大きさにと変化する。
その気になればさらに小さくなることも、また大きくなることも児雷也は可能。
蛙の姿をしているとはいえど、児雷也もまた聖獣。
ゆえに大きさは自在に操ることができる。
たしかにこのままでは危険。
それゆえに、すばやくしいなをさっと抱き上げるロイド。
コレットもまた、マルタをその背に背負い、いきおいよくその翼をはためかせる。
ザザ…
「いそげ!」
彼らがそれぞれ、城の廊下に躍り出たその直後。
勢いよく壁といわず天井が崩れ始める。
しいなをロイドが、セレスをゼロスが、クラトスがケイトをそれぞれ横抱き。
いわゆるお姫様抱っこの形をとり、
ユアンとコレットがそれぞれリフィルとマルタをその背に背負い、
ジーニアスはブレセアにその背後から抱きかかえられるようにしてぶらん、
と所在なく抱きしめられたまま廊下と天井の合間を飛んでゆく。
~スキット:城から脱出時~
ロイド「だぁ!なんかこんなの前にもなかったか!?」
ジーニアス「飛竜の巣のときだね」
しいな「エミルに手渡されてた小瓶であれはああなったんだったけど……」
もっとも、しいなもあんな”カビ”がはいっているとはおもわなかったが。
よりによって無機物を好む”カビ”が瓶の中につめられていたとは。
そのせいで建物といわず、それぞれ身につけていた貴金属類がことごとく
カビに侵され朽ちたのは今でも記憶に新しい。
エミル「でもコレは”あの子”達とは関係ないですよ?
ただ、物質が瘴気に侵されて砂に変わっただけで。
朽ちたりする過程でそのあとによく砂化するんですよね……」
そのせいもあり、かつての時間軸においては
今は緑豊かである地も砂漠地帯と成り果てた。
大陸のありようがまるでひっくりかえったかのごとくに。
魔族とヒトによる仕業にて。
コレット「エミルは普通に砂の上走れてるけど大丈夫なの?」
エミル「別に。質量をどうにかすればどうとでもなるし。
それにこういうのって足が沈み込む前に別の足を前にだせば問題ないよ?
それ水の上とかでもいえることだし」
ジーニアス「うわっ。それ昔、ロイドがいいだして実際、海でやって。
おもいっきりおぼれかけたことがあったよね」
ロイド「馬鹿!ジーニアス、なんで余計なことを思い出すんだよ!!」
クラトス「な!?怪我はなかったのか!?ロイド!?」
ロイド「昔もむかし、ガキのころの話だよ!!」
ミトス「…ねえ。ユアン。クラトスってここまで親ばかになったのなんでだろ?」
ユアン「兆候は昔からあったとおもうぞ?」
ミトス「…あのとき、ロイドを徹底的に探すようにいってれば違ったのかな…」
ユアン「…まあ、そうしていればお前のいい手ごまになっただろうな。あの息子は」
どうもヒトを疑うことを知らない以上、ミトスのいい手足になっている姿しか予測できない。
もっとも、今のロイドはダイクに…ドワーフたるダイクの感性のもと育てられたゆえ
そのあたりの感覚も多少異なっているには違いないのであろうが。
ミトス「あのクラトスの息子があそこまで馬鹿って認めたくないんだけど……」
コレット「ロイドは馬鹿なんかじゃないよ?ただ何も考えてないだけで。
おもったことをすぐ口にして実行しようとするだけで」
ロイド「うっ!」
しいな「…コレット、あんたそれ、トドメいってるようなものだから……」
ミラ「…というか、さっきもおもったが、お前たちかなり余裕あるな」
ミュゼ「ものすごく砂がおちてくるのが差し迫ってきているのに緊迫感がありませんわね」
事実、高速飛行で飛んで移動しているがてら…約一名、
普通に走っているエミルがいるにはいるがそれは除くとしても。
すり抜けたちょくご、天井が落ちてくるかのごとくに砂が大量にこぼれおちているのは
ちらりと視線を背後にむければ嫌でもわかること。
階段をもそのまま飛び越えるようにして一気に一階へと躍り出つつ
そんな会話が交わされているあたり、
たしかに余裕がある、といえなくもない…のかもしれない……
※ ※ ※ ※
「
ゴウッ。
ミトスが剣を振うとともに周囲の砂が一気に左右にとわかれゆく。
ひたすらに飛び続け、階段すら飛び越して何とか一階部分にまでたどり着いたはいいものの、
そこにあるはずの大広間はすでに砂がかなり崩れ落ちてきており、
前にも後ろにも引けない状態。
まちがいなくこの先には外につづく扉があるはず。
だが目の前にみえるのはこんもりと盛り上がった砂の山。
それどころか今でも天上から砂がおちてきており、
山となった砂山がだんだん広間をうめつくさんとしている光景。
入口付近を完全に砂山がふさいでおり、かといって今から別なる場所を探すにしても
もはやあまり時間は残されていない。
「道がなければつくればいい」
いったい何をいっているのかわからない。
さらっといいきるミトスの台詞に思わずそれぞれが視線をミトスにむけると同時。
すらりと剣を抜き放ったミトスが目にもとまらぬ速さにて
とある術を扉があるであろう場所にむけて解き放つ。
ミトスの放った剣による衝撃派は目の前の砂の山をものの見事に左右にと分断する。
「
続けざまに放たれた技は魔神剣の上位版ともいえる技。
前方にたたきつけられた強力な衝撃派は一瞬のうちに左右に砂の壁をつくりだす。
そしてこの技のいいところは遠距離までとどく、ということ。
ドゴッン!
ミトスの放った技とともに何かが崩れる音。
そして視界の先に暁色らしき灯りが目に飛び込んでくる。
一瞬にしろ砂山が綺麗にはぜわれ、さらにその先にあったであろう。
おそらく扉すらも今の攻撃でミトスは破壊したのであろう。
気のせいでも何でもなく薄暗かった城の内部から、
外の明るさが嫌でも目にとびこんでくる。
外も確か暗かったはずなのだが、しかし城の中ほどではないのか、
それとも何か他にも要因があるのか。
「いくぞ!」
衝撃波で砂が分かたれ、道ができている間は一瞬。
これまでというかかつてもこのような方法でピンチを切り抜けたことがあるがゆえ、
驚くことなく、すばやく叫び、出口らしき方向にむかって飛んでゆくクラトスと、
そんなクラトスにつづき、
「道ができているのはごくわずかな時間だ。いそげ!生き埋めになりたいのか!」
ユアンもまた叫びつつもクラトスに続くようにしてそのまま前方にととんでゆく。
衝撃波だけでこのようなことができるとは信じられないが、
実際にしている以上、ミトスのその力を疑うことはできない。
「…すげぇ。さすがは勇者…か」
ミトスのしていたことは許されることではない、とはおもっている。
それでも目の前でその実力を目の当たりにすれば驚愕せざるをえない。
さすがはたったの四人で数千年も続いたといわれる戦争を止めた伝説の勇者、
といわざるをえない。
ロイドが…否、男の子ならば誰でも一度は夢にみる、【勇者ミトスのようになりたい】と。
その伝説の一端が目の前で展開されロイドは唖然とつぶやくしかない。
「というか、ロイド、何ほうけてるんだい!あたしゃ生き埋めになるのはごめんだよ!」
すでに皆飛んでいっているのにロイドのみがその場にたちどまっており、
すでにミトスの創造った道はどんどん狭くなっている。
「わ、わりぃ!」
抱きかかえているしいなに叱咤され、ロイドもまたあわてて出口にむけて飛んでゆく――
ズズ…ズゥゥッン…
地響きにもにた音が周囲に響き渡る。
それとともに巻き起こる砂埃。
目の前ではあれほど頑丈にみえたテセアラ城が砂と化し崩れ去っている光景。
すべての無機物という無機物が瘴気にたえられずに朽ちた果てに砂と化し、
それらが一気に崩れ落ちた何よりの証拠。
巨大な砂の塊となって崩れ落ちた砂山は次の瞬間、暁色の炎につつまれ、
炎の中にて光の粒子となりてかききえてゆく。
外が明るい、とおもったのはその光景はここだけでなく
どうやら街のいたるところでおこっているらしい。
いくつもの暁色の炎らしきものがちらり、と視界にはいるが、
この炎には熱量はなく、近くにいてもまったくやけどをする感覚もない。
穢れのみを払う聖なる炎。
ひんやりとした空気と炎による暁色の灯りのみが周囲を照らす。
つい先刻までこの地には小雨がふっていたことを彼らは知らない。
小雨の影響もあり空気がひんやりとしており、
こころなしか空気そのものが澄み渡っていることにも気づかない。
今はまだ。
「ふう、皆、無事か?」
おもわずざっと周囲を見渡すユアン。
城が崩れ去る寸前、外にでたのはわかった。
それまで視野が暗視状態でしかなかったのが突如として明るくなったがゆえに。
だが、すぐに次なる脅威に気づきあわてて上空へと飛び上がった。
すなわち、ここまで巨大な建物が砂となりて崩れるのであれば周囲にその概要をまきちらす。
すなわちそのまま外にでたままではまちがいなく崩れた砂にと巻き込まれる。
「あれ?エミルと…あとロイド達がいないよ?」
コレットに背負われている状態のマルタがざっと周囲をみわたしぽつりとつぶやく。
いまだに他人の背にのって空を飛んでいるという実感はあまりない。
眼下では暁色に近しいオレンジの炎らしきものが崩れた砂を巻き込んでゆらゆらとゆらめいている。
炎とともに砂が上空にと舞い上がり、炎にまかれた砂は青白いような緑色のような光となりて
やがて周囲の大気に溶け込むようにきえていっている。
『・・・・・・・・・・・』
マルタの指摘にそれぞれ周囲をざっと見渡す。
たしかに、浮かんでいる中にロイドの姿はない。
そしてロイドに抱きかかえられていたはずのしいなの姿も。
「っ!?」
クラトスがそれにきづき顔をしかめるが、クラトスの手の中にはいまだにケイトがいるまま。
ケイトを抱きかかえたままロイドを探しにいっても何もできるはずもない。
「あ、あれ!」
ふとロイドの姿を探して眼下のほう、すなわち炎につつまれた砂山みているさなか、
ふと何かに気づいたかのようにコレットが声をあげる。
コレットの視線が向かうさきには、炎の中に何でもないように砂山の上にたっているエミルの姿。
そして砂山…おそらく城が崩れた本体であろう山よりも少し離れた場所にて
薄くつもった砂の中、なぜか異様にこんもりとせりあがっている場所がひとつ。
そんな山にむけて上空をちらりとふりあおぎつつすっとそこにむけてエミルが指をさしている。
と。
「ぷはぁ!し、死ぬかとおもった…」
「児雷也、機転、ありがとね」
それぞれがエミルが指をさしている多少こんもりともりあがった砂山をみているさなか、
その砂山がぐらりと揺れ、おもいっきりザァッ、という音がきこえんばかりに揺れ動く。
それとともにそこかにでてくるひとつの巨体の影とその下のほうからはいでてくる影が二つ。
気付いたときには遅かった。
ようやく出口を抜けたとおもい気をぬいてしまったという言い訳は通用しない。
「!ロイド、後ろ!」
はっとロイドに抱きかかえられているままのしいなが”ソレ”に気付いて声をはりあげる。
ズズッという音とともに背後の城が盛大に崩れ落ちている。
たしかに外にでたようだが、あの漆黒の闇であったはずなのになぜか周囲が明るい。
その疑問よりも先に背後から覆いかぶさるように降ってくる大量の砂。
「しまっ…っ」
「うわっ!?」「きゃぁ!?」
ロイドがはっと背後を振り向いたときにはすでに目前にまで砂が迫っており。
次の瞬間、ロイドとしいなは漆黒の闇にと包まれた。
…何か生暖かいような感覚を感じつつも。
「うお!?何だこれ!?」
生暖かいものに覆いかぶされたときづき、
いつまでたっても息苦しくならないことに疑問を覚え、
おもわず倒れこんだはずみでしいなを放り出してしまっていたらしく、
横に倒れこんでいたしいながゆっくりと頭をふって上半身を起き上がらす所をみた。
手を無意識のうちに上にむけてみれば、むにゅっとした何ともいえない感触が。
そして。
――無事か?主よ。
そんなロイドの耳に聞こえたは、あの巨大蛙の声。
つまり、これは。
思わず見上げてみれば何かに自分たちは覆いかぶさられている状態、らしい。
よくよくみればパラパラと横のほうからは漏れ出したであろう砂が
この隙間に入り込んできているのもみてとれた。
しいなもまた児雷也によって砂が防がれたのにきづいたのか、
とにかくここから外にでられるように、と命令を下し、
それとともに視界が開けた。
それはいい、いいのだが…
「…何だい、これ?…炎…だよね?」
まるでそれこそ伝承にある聖なる炎のごとくにまったく熱量を感じさせない。
児雷也の腹の下からはい出したロイドとしいなが目にしたは、
周囲をおおいつくしている淡き炎。
よくよくみればどうやら自分たちはその炎の真っただ中にいるらしく、
それゆえにそれにきづいたロイドが驚愕の声をあげているのがみてとれる。
「すげぇ!この炎みたいなの、さわっても熱くも何ともないぞ!」
周囲を確実に炎らしきものに覆われているというのにもかかわらず、
まったくもって熱さを感じない。
それどころか炎に触れればどこか気持ちいいという感覚すらある。
『…あ』
ロイドがなぜか自らの周囲にある炎に手をつっこみつつ叫んでいるそんな中。
ふと上空にいるメンバーと、そしていつのまにか集まってきたらしき街の人々。
その中には天使らしき姿もちらほらとみてとれるが。
そんな彼らの視線が一斉に元城のあった方向にむけられる。
正確にいえば、城が崩れ去ってできた砂山。
それを巻き込むようにして発生していた炎がまるで竜巻のごとく空にのぼっていき、
うねりをみせつつのぼっていった炎は周囲を暗闇にしていたであろう漆黒の霧もどき。
それらすらつきぬけ、空高くのぼってゆく。
炎によって穴をあけられた”暗闇”は穴の部分からまるでとけるようにかききえていき、
久方ぶりの本当の空がこの地、メルトキオの人々の視界にとうつりこむ。
「…まぶしい…」
その言葉は誰から漏れ出でたものか。
いくつもそのような声がどこからともなくきこえてくる。
これまですでに幾日たったかもわからないほどに漆黒に包まれていたこの街。
久しぶりに日の光を浴び…といってもどうやらすでに本来の時刻は夕刻であったらしく
空は周囲を埋め尽くしている炎のごとく燃えるように赤い。
視線を東側にうつしてみれば、ゆっくりと空がうすぐらくなってきているのがうかがえる。
空にみえるまるでイワシの群れのような間から一番星らしきものがきらりとみてとれ、
この地が完全にこれまでの”闇”から解放されたことを告げている。
視界がやけに広くなった元城のあった一角においてロイドが目にしたは、
異様ともいえる大きな紫色の”何か”がゆっくりと空にのぼってきている景色。
「…あれ…何だ?」
思わず茫然とロイドがつぶやくとともに、
「ああ。あれ?彗星だよ?」
そんなロイドの疑問に答えるかのごとく、さらに何をいってるの?
といわんばかりにきょとん、とした声にてエミルがさらり、と言い放つ。
「「…彗星って……」」
彗星、ときいて思いつくは、元彗星であったという、デリス・カーラーン。
クルシスの拠点。
そしてユアンいわく、マナの塊。
「そもそも、本来はあの彗星は一か所にとどめ置いておくものではなかったしね。
何のために彗星、という軌道をもってしてめぐっていたとおもってるのか」
「「?」」
そんなエミルの言葉の意味はロイド達のは意味不明。
よもや彗星を通じ、この”銀河”一帯のマナを見守っててたなどと誰が想像できようか。
地平線をまるで覆い尽くすのではないかとおもわれるほどに巨大な”塊”。
紫色をした巨大なる”月”はゆっくりと空にのぼってきているのがうかがえる。
正確にいえばこの惑星そのものが彗星のある方向にむかい動いているがゆえ
そのようにみえるだけ、なのではあるが。
唖然としてそれをみているロイドとしいな。
ふとみればこの場にあつまってきている人々もそれを目を見開いてみているのがみてとれる。
そして。
「…あれは……月?」
巨大なる”月”に目を奪われなかなか気付かれていないようではあるが、
それとは別に空にうかびし二つの球体。
大小の大きさのそれはまるでよりそうようにひっそりと、
夕焼けの空の最中、ぽっかりと空に浮かんでいるのがみてとれる。
かつての時間軸において、二つの世界の名をつけられた”双子の月”。
【シルヴァラント】と【テセアラ】。
片方の月がマナの塊でもあるがゆえ、マナが豊かであったというテセアラの名がつけられた。
人々が唖然としているさなかも炎は竜巻のごとくゆっくりと空にたちのぼっていき、
やがてその片鱗すらのこさず綺麗にその場から霧散してゆく。
「…何か納得いかねぇ……」
思わずぽつりと愚痴らしきものをこぼしているロイド。
「仕方ないわ」
「仕方ないって、先生っ!」
目の前ではかろうじて雨風が防げる程度外観がのこった建物の外壁。
城が消えたことにて人々は混乱し、そして数多といる天使達。
やはり、天の怒りは収まっていなかったのだ。
それは誰が言い出したものか。
神子を罪人として手配したこの国を天界がほうっておくはずもなかったのだ。
以前のスピリチュアの断罪のときのように。
事実、この場に幾多もの天使達がいる以上、人々はそう信じ込まざるを得なかった。
そしてまた。
研究所が張った結界にてこの区画には比較的被害はすくなかったらしい。
が、ロイド達による結界の破壊。
それによってこの区画においても瘴気が充満し被害は広がっていった。
この区画…貴族街、とよばれている区画はまだましなほう。
すくなくとも建物の外観は一応はとどめている。
もっとも内部の装飾品などに関する品は瘴気によって朽ちてしまっているようだが。
「ゼロスの言い分は一理あるわ。あのままではケイトは殺されてしまっていたもの」
それこそ興奮したこの街の民の手によって。
崩れた壁からみえるは、雲の合間からみえる巨大なる紫色の月のようなものと、
そして満天の星空。
まるで先刻までの騒動が嘘のように。
今、この場にゼロス達はいない。
人々の対応にいまだに追われている。
この場にロイドが残されたのはリフィル達の護衛という名目もあるが、
余計なことをさらりと人々にいいだしかねない、というゼロス達の配慮ゆえ。
実際問題、ケイトのことが人々に知られたのもロイドの余計なひと言が原因であった。
余計なひとこと。
――父親が誰だろうと死にかけたヒトをほうっておけっていうのか!?
それは言外に人々の疑問…【ケイト】という女性があの教皇の娘であり、
以前、処刑されるはずであった逃げ出したというハーフエルフである、
と肯定した証。
ロイドの言葉に他意はなく、純粋におもったことを口にしたまで。
でも、言葉というものは時と場合によってはもろ刃の刃となる。
そう、今回の…今の現状のようなときには特に。
「ゼロスだけじゃなくてっ」
「ロイド。時と場合によってウソも必要なのよ?
あなただってあのとき、ドア総督に嘘をついたでしょう?」
娘であるキリアが無事である、とロイドはたしかにドアに嘘をついていた。
規模は違えど先刻のミトスの言葉は似たようなもの。
「私たちは真実をしっている。けど他の人たちは真実をしらないのよ?
皆が私たちの昔同様、マーテル教を…女神マーテルを信奉している以上、
あのミトスの言葉はかなり効果があったとおもうのだけど?」
いいつつもリフィルもまた目をつむる。
リフィルの脳裏によみがえるのは先刻の出来事――
「神子様!いったい、何が…っ!」
数名の神官服をきている人物がゆっくりと空中より降りてくるゼロスにきづき、
多少やつれたような表情からすこし緊張した面持ちにかえてかけよってゆく。
それとともにその場にそれぞれひざまづく人々。
彼らはマーテル教の経典の中で一応知る人はしっている。
普通の鳥の翼のようなものをもつ【天使】より、
透き通った翼をもちしものはより【女神マーテル】に近しい天使である、と。
神子であるゼロスが天使の羽をもっている、というのは暗黙の了解でもあった。
だからこその神子。
女神マーテルの御使い。
金髪の少女は以前、国王がいっていたシルヴァラントの神子なのだろう。
だとすれば、この天使達は神子達がよびよせたということか。
この国の現状をみてとり天使が降臨してきたというのであればうなづける。
もっとも、神子達がとりなそうとしていたであろう断罪を下しにきた。
と結論つける存在もいはすれど。
『!?ユグドラシル様!?』
ふわり、と空中より降り立つ金髪の青年の姿をみて天使達が一斉にひざまづく。
空中から地上を見下ろし、そこに天使達の姿をみてとり今のままの姿より
こちらの姿のほうが状況的にふさわしいと判断したミトスは
今はクルシスの指導者【ユグドラシル】としての姿になっている。
ふわりと降り立つ彼ら【天使達】にとっては絶対的な支配者。
この場に四大天使たるユアンやクラトスがいる以上、たしかにいても不思議ではないが。
こうしてかの姿をみることは末端である天使達からしてみれば光栄以外の何ものでもない。
いつのまにかこの場には階段…といってもこの街をおおっていた石畳。
それらはすべて朽ち果て素の大地をさらけだしている…が。
さすがに城の方向から火柱のようなものがたちのぼり、
なにごとかとおもい人々はこの場に集まりだしている。
それでなくても少し前から小雨がふりだしたかとおもうと、
傷ついていたものは瞬く間に癒され、
そして突如として沸き起こった炎に異形の輩はことごとく包まれ光の粒子となりきえていった。
これらのことをおもっても確実に何かがおこっていたのは明白で。
そしてトドメといわんばかりの城の異変。
そして目にはいったは
それまでそびえたっていたはずの城がまるで砂のごとくに崩れ去り、
炎にまかれその砂すらきえてゆく光景。
この地にいた人々にとっては何が起こっているのかまったくもって理解不能。
そもそも突如としてこの地が闇に覆われ、そして異形のものが闊歩しはじめた。
そしてなぜか狂暴化してゆく隣人たち。
王立研究院が何かしらの処置を見出したらしくそれにより少しは被害はおさまっていた。
それでも暴徒と化した人々が店などに押し入り強奪などをしたことにより、
街そのものは全体的に困窮していたといってよい。
ヒトは生きていく上でどうしても何かを摂取しなければ死んでしまう。
食材などが手にはいらない状況だというのに贅沢をやめようとしない貴族たち。
そんな貴族たちの使用人が堪忍袋の緒がきれたのはいうまでもなく。
貴族街も例にもれず暴徒と化した民により家々はかなり破壊されつくしていたりする。
さすがに天使の姿を目の当たりにした人々は今はおとなしくなってはいるが。
「――聞け。地上の民よ。我が名はユグドラシル。クルシスの指導者なり」
地面より少し高い位置、位置的には建物でいえば二階部分よりも少し上。
炎が完全に沈下し砂のひとかけらもなくなったその上に
突如としてふわり、と降り立っているミトスの姿。
雲の合間から差し込む日の光がミトスの背後をまるで後光のごとくに照らしており、
何もしらないものからみればより神秘的な雰囲気をかもしだしていたりする。
クルシスの指導者。
それはすなわち、女神マーテルにもっとも近しい最高位の天使。
朗々と響き渡るその声にざっとその場に改めてひざまづく天使達。
そしてまた、祈るようにその場にひざまづく人々や、
懺悔をするかのごとくに顔色をかえている人々の姿もみてとれる。
いつのまにかこの場にはかなりの人数があつまってきていたらしく、
城に続いていたであろう道沿いにはかなりの人数が集まってきていたりする。
一斉にそれぞれその場にひざをつくようにして頭を大地にこすりつける人々。
本来ならば大地にはここは石畳みが敷き詰められていたはずなのだが、
それらの石すら朽ちたのか素の地面があらわとなっており、
地べたに座ろうものならば確実に汚れるであろうにもかかわらず、
人々がそのような態度をとるのは根底にいつかは天界の裁きが下るのではないのか。
という疑心暗鬼があったがゆえ。
「この地の女神マーテルに仕えるべきはずの教皇の地位についていたものの暴走。
かのものは十数年来にわたりわれらが遣わした使徒たる神子の命を脅かした」
びくっ。
その台詞にあの教皇が裏では神子ゼロスの命をねらっていると暗黙の了解として
しっていた街の人々や神官たちが盛大に体をふるわせ反応する。
「汝らの裁きを本来ならばわれら自らが下すところであったなれど。
シルヴァラントとテセアラ、互いの神子が懇願するがゆえ見逃していたが…
しかし、かのものはその欲から
かつてミトスとその仲間たちが封じた”魔”なるものをこの地上へと呼び寄せた。
その罪は万死に値する。そもそも汝ら地上の民は始祖を同じとしている
存在達をないがしろにしすぎている。
汝ら”ヒト”はエルフたちやハーフエルフを忌諱するが、
もともとこの地にありしわれらを含め始祖たる存在はデリス・カーラーンより
この地におりたったもの。力を放棄したか否かでそのありようが違っているにほかならぬ。
にもかかわらず元をただせば家族ともいえしものたちを汝らは迫害しすぎた。
その結果、”大いなる父であり母”が封じせしものを地上によびよせた。
かつて我らやマーテルが懇願しこの地に救いをもたらしたにもかかわらず、だ」
ミトスの脳裏によぎるはかつてのラタトスクのやり取りと、
ラタトスクにたどり着くまでの様々な出来事。
「――救いの塔にて祈りをささげ、このたびのシルヴァラントの神子は
その試練としてこの地テセアラにとおりたった。
本来、神子が互いの世界に一人づついるのは大樹カーラーンを目覚めさせるため。
女神マーテルは大樹の種子とともに”魔”を封じていたにすぎん。
地上に”負の穢れ”が充満していなければ大樹は問題なく発芽するはずであったが。
結果はシルヴァラントにしろテセアラにしろ”負の穢れ”が充満しすぎていた。
その結果、大樹そのものすら女神とも”敵”に取り込まれてしまっている。
汝らヒトもかの声をきいたはずだ」
――マーテルはすで我がうち。
あの声はすべての存在にときこえているはず。
だからこそ、ミトスはすばやくこの概要を考えつくにいたった。
「われらがマーテルが大いなる父であり母でもあるかの御方と約束せしは、
”地上のものが誰もが平等で平和となりし世界”
ゆえにわれらは地上を見守っていた。ミトスという存在を地上にも遣わせた。
が、汝らヒトはいくら年月がたっても自らの過ちを正そうとしないばかりか、
ついにはこのような出来事までひきおこした。
このままではこの地表は大樹がこの地に降り立つよりも前の世界。
瘴気に覆われた死の大地となってしまうであろう。
汝らが我らの示せし教えを忠実に守っていれば防がれたはず、なのだがな」
「ユグドラシル様。それはマーテル教の教えの中にある、
【すべての命は皆平等】。それを踏まえているのでございましょうか?」
ミトスがしようとしていること。
それをすばやく理解して大げさにその場に片膝をつき、
片手を胸の前にもっていきミトスにうやうやしく頭をさげつつも問いかけているゼロス。
「…何を…」
何をいって、といいかけたロイドは鋭く横目でにらまれたゼロスの視線に沈黙する。
今ここでロイドに余計なことをいわれてこの場をさらなる混乱にさせるわけにはいかない。
「そうだ。テセアラの神子よ。汝は我らの神託にしたがい、
シルヴァラントの神子とともに協力し無事に大義を果たした。
だがお前たちの尽力を地表にいきる”ヒト”が無碍にした。
他者を他者ともおもわず、自らと違うものを認めようとしない排除し駆除しようとするその心。
そしてそんな心の隙をつき封じられていた”死そのもの”がついには表にでてきたにすぎん。
我らが世界をかつて二つにわけしもそれらが再び地表にあらわれようとしていたがゆえ」
「アレ、はヒトの”負の心”を糧とする忌まわしきもの。
そしてヒトの負の心が具現化せし存在。ヒトが負の心を抱くかぎり、
アレは常に力をつけつづける。それには他者を排除しようとする負の心も含まれる」
かつてユリスのことについてはテネブラエからきいたことがある。
本来のユリスは負の具現化していた存在であったがゆえ
言葉もはっせなければ明確なる意思もなかったらしい。
が、ラタトスクやテネブラエによる正しき闇をうけ明確なる意思をもち、
【負を司りし聖獣】となっているらしい。
もっとも、そのあり方から聖獣としてはとらえられず、テネブラエの配下の立ち位置であり
またラタトスクにセンチュリオン達以外では最も近しい存在でもあるという。
かつて、あまりにヒトがかわらないようであればユリスの解放もやむなし。
とラタトスクにいわれたことを思い出したがゆえのこのたびのミトスの狂言。
「マーテルはかの存在をその”愛”の力で封じていたが、
お前たちヒトの愚かさがかのものを地上にと復活させた。
この罪は地上にいきるすべてなるヒトにと共通している」
「あの我らに響いた声の持ち主をどうにかすることはできないのでしょうか?
今いわれた”負の具現”ということは逆にいえばヒトの負の心をもあおる。
ということで間違いはないのでございましょうか?
ゆえに今、世界各国でおきているという現象も関係していると?」
「――そうだ。すでにかの影響にて地上には負の穢れが充満している。
お前たちもみたであろう、ヒトの内部よりも異形のものが発生するその様を。
ヒトが異形となりし様を」
その言葉に幾人もの人々がさらに体をふるわせる。
目の前でそれぞれそのような光景をこれまでこの場にあつまった人々は目撃している。
それに何よりも【上級天使】たる【クルシスの天使】の言葉を疑うわけがない。
それに何よりその【天使】と話しているのが彼らの崇拝する神子、
【テセアラの神子ゼロス】である以上、疑うものがいるはずもない。
「かの存在を再び封じるか、もしくは倒すしか方法はない。
が、肝心なるマーテルはすでにかのものの手のうち。
ゆえにわれは再び地表に”かの存在”を遣わそうとおもう。
すでに我が配下でありマーテルに仕えし天使達は地表にすべて降臨している。
汝らヒトがその考えを改めぬかぎり、今度こそ地表は…いやヒトは死に絶えるあろう。
かつてミトスとその仲間たちが食い止めた惨劇が再びおこりえる」
「お待ちくだされ。そのかの存在、とはいったい……」
「我の分身であり信頼がおけるもの。その名は…”ミトス”」
『!?』
人々がその言葉に驚きおもわずはっと上空をふりあおぐとともに、
ユグドラシルとなのった天使の体がまばゆい光にとつつまれる。
光はやがて青年の体をつつみこみ、一つの球体となりて、
そしてゆっくり小さくなりて地表にその影をおとす。
光は小さな人影となりて、そこからでてくるは金髪の一人の少年。
ミトスもよく思いつく。
かつて天使物語やマーテル教の経典をつくったときにもおもいはしたが。
そんなミトスの姿を認識し、少しばかり口元に笑みをうかべたのち、
「久しいな。”勇者ミトス”よ」
その背に天使の翼を展開させたまま、ゆっくりとそんなミトスの元にあゆみよるユアン。
ザワッ。
天使の一人が目の前の少年を”勇者ミトス”とよびしことは
人々の驚愕をさらにあおるに十分すぎるもの。
「久しぶり。ユアン・カーフェイ。状況は芳しくないようだね」
そういう少年の背からもさきほどの天使と同じ虹色に光る天使の翼が展開される。
――神話の再現。
女神マーテルは地表に勇者ミトスを遣わせた。
今、まさにマーテル教の教えにある出来事が再現されたといっても過言でない。
「お初にお目にかかります。勇者ミトス様。私はテセアラの神子を仰せつかっている
ゼロス・ワイルダーと申します。以後、お見知りおきのほどを。
そして、こちらが…」
「ふえ?!」
いきなり話をふられ、思わず目をぱちくりさせるコレット。
耳元でちいさく、
「コレットちゃん。話をあわせな。自己紹介、自己紹介」
小さくコレットにのみ聞こえるであろうほどの
小さいさえずりをコレットにむけて言い放つゼロスの言葉をうけ、
「え?あ、え、えっと。シルヴァラントの神子、コレット・ブルーネル、です」
何がおこっているのか、というか何をしようとしているのかまったくもって意味不明。
けど、自己紹介といわれ、ゼロスが神子と名乗った以上、
自分もそのように名乗ったほうがいいのだろう。
そうおもい、コレットもまたべこりと頭をさげる。
その目は説明して、といわんばかり多少涙が浮かんでいたりするのだが。
「二つの世界の二人の神子は救いと平和の象徴。
そして今、二つに分かれていた世界は再び一つになりわれらヒトの試練は始まっている。
かつての試練は二つの国における戦乱。
かのときはユリスが現れる前にそれを食い止めることができたが今回は…
改めて自己紹介をしておくね。僕はミトス。
ミトス・ユグドラシル。今回のこの騒動を食い止めるために僕はここにいる」
クルシスの指導者と同じ”ユグドラシル”の名をもつもの。
さきほどあの上級天使は何といった?
たしか”我が分身”といわなかったか?
人々のざわめきが大きくなる。
「ユリスを食い止め、女神マーテルを救い出す」
『お…おおおおおっっっっっ!!』
そこまでミトスとゼロスのやり取りがおわった直後。
人々から何ともいえない歓声の声が巻き起こる。
伝説が今ここに再来した。
女神マーテルは自分たちを見捨ててはいなかった。
勇者ミトスの名を知らないものなどいるはずがない。
かつてその命をマナにしたといわれている勇者ミトスがここに復活した。
神子であるゼロスが明言した以上、そして他の天使達もひざまづいている以上、
疑う要素は…どこにも、ない。
おもわずくすり、と笑みが漏れてしまう。
「実際、ミトスはさすがともいえるわね。
あの天使物語とかもミトスが作成したらしいし。
あの子、平和な次代だと吟遊詩人とかも向いていたかもしれないわね」
ヒトの裏切りさえなければミトスはもしかしたらそんな余生を送っていたかもしれない。
マーテル教の教えにある教典の内容にそうようにして、
真実とウソを織り交ぜての人々への演説。
しかも偶然とはいえ太陽の光による後光もさらにその神秘性をきわださせた。
おそらく子供向けの勇者ミトスを神聖視したあの物語もミトス監修なのではないだろうか。
「このような街が現状になっていながら人々が混乱していないのは。
少なくとも先刻のミトスの演説があったことを忘れてはだめよ?」
「それは……」
リフィルにいわれロイドはだまるしかできない。
ロイドとてわかっている。
ミトスのいっていたことが嘘だとわかっていても、
何もしらないものからしてみればそれこそが真実なのだ、と。
しかも以前、テセアラ国王が民に対して発表した事柄も盛り込んでの演説。
これで違うと声を大にしていえば、人々の批難が逆にこちらにむかってくるのは必須。
「ケイトのことにしてもそう。ミトスやゼロスのとりなしがなければどうなっていたか。
いわなくてもわかるでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・」
あの殺気だった人々の表情は忘れようにも忘れられない。
「…う……」
「!ケイト!?」
ロイドが考え込みまたまた黙り込んだその刹那、目の前に横たわりしケイトがうめき声とともに
ゆっくりと目を開く。
「ここ…は……私は……」
自分はたしか、アルタミラいて、そして…
覚えているのは皆をどうにか逃がそうとしたことと、
自分の意思とは裏腹に恩ある”彼ら”に攻撃を繰り出していた自分自身。
「ケイト。体にどこかおかしいところは感じるかしら?」
一応医者にはみせはした。
医者はかなり渋っていたが。
さもあらん。
何しろかの医者がケイトが”誰”なのかに気づいたのだから。
「リフィル…さん、それに、ロイドさん…?私…生きている、のですか?」
あのまま自分は死ぬのだとそうおもっていたゆえに、
意識が浮上するとともに目の前にリフィルやロイドの姿をみて戸惑いのほうが遥かに強い。
ゴホッ。
あまりにもか細く、それでいて乾いた声を発するとともにおもいっきりせき込むケイト。
「無理をしないで。まだ安静にしていないとだめよ。
ロイド、炊き出しのところにいって何か飲み物をもらってきてちょうだい」
「あ、ああ。わかった」
「くれぐれ、もまだ彼女が目覚めたことは街のヒトにはいわないようにね?」
「…わかってるよ。先生」
いまだ街の人たちが納得していない、というのはわかっているつもり。
さすがにあのような光景を目の当たりにしてケイトが恨まれているというのは身にしみた。
「彼女たちはわたくしにお任せくださいませ」
「…頼みます。セバスチャンさん」
先生とケイトのみをこの場に残して移動するのは不安がある。
が、すくなくもこの屋敷にいる以上、人々が無体なマネをしてくることはない。
そう信じたい。
そんなことをおもいつつも、かろうじて外観を多少のこしている屋敷から外にとでる。
「…スーパームーン…か」
屋敷から外にでたロイドの視界にはいってくるは巨大なる紫の月。
思わずその言葉が自然と洩れいれる。
つい先ほどのことのはずなのに、ずいぶん前のことのようにもおもえる出来事。
その出来事が月を目にするとともにロイドの脳裏によみがえる。
ミトスが街の人々に対し演説したそのあとの出来事が。
「ところでクラトス様。その横抱きにされている方はいったい……」
街の人々が歓声のような声をあげているそんな中。
ふと気になっていたらしく、恐る恐るといった感じで一人の天使がクラトスにと問いかけてくる。
彼らの視線にはいっているのはいまだに横抱きに…
いわゆるお姫様だっこをしている女性の姿。
「魔王リビングアーマーに捕えられていた女性だ。
かなりの大怪我をおっている。瘴気に満ちていたがゆえ
簡単な治癒術でしか応急処置ができてはおらぬ」
いまだに手の中にいるケイトにちらりと視線をおとしたのち、
語り掛けてきた天使とそして困惑したような表情を浮かべている天使達にむけ
淡々と感情がこもっていないような口調でさらりといいきるクラトス。
「この地で何があったのかを知る生き証人でもあるがゆえ、
どこかで安静にして休ませたいのだが。
できれば医者がいれば医者にも診断をしてもらいたいとおもっている」
あのクラトス様が女性を抱きかかえている、というので表情にはあらわさないが
大半のこの場にいる天使達は内心驚いていたりする。
クルシスの天使達はごく一部の存在以外、感情が比較的稀薄になりがちではあるのだが。
すでに彼らにつけられていた【エクスフィア】こと精霊石は彼らの身から消え去っている。
しかしいくら精霊石が取り除かれたとはいえ体が覚えたマナの変動は忘れられることはない。
この地にいる天使達はユアンからエクスフィアが消えていっているという事実。
それを聞かされているがゆえ比較的動揺はあまりしていないが、
それ以外の場所における天使達はといえば
自らがそれぞれ身に着けていたはずのハイエクスフィア。
それらがなくなったことにより少しばかり混乱しているものもいたりする。
ユアンはボータからの連絡、すなわちレネゲードつながりでそれらをしっていたがゆえ
世界中でそのような現象がおこっているというのを伝えており、
またユアンが異変を調べるために地上に降りていたのをしっていた天使達は
そんなユアンの言葉を疑うことなく受け入れた。
もっとも、ユアンが四大天使の一人である以上、
疑っていたとしても表面上は納得したようにふるまわなければならないが。
クラトスの言葉をきき、今初めてききました、といわんばかりに、
「それは…この地にお医者さんはいる?」
自らの前にいるユアンに少し悲し気な表情をしつつも話しかけるミトスの姿。
その姿ははたからみれば、
いかにもその女性を心配しています、というようにしか見受けられない。
「少しまて。ここに医者はいるか!?」
そんなミトスを片手をあげ制するようにして、
いまだに平伏しながらも興奮しているらしき民たちにと語り掛けているユアン。
「は、はいっ!ここに……」
そんなユアンの言葉をうけ、おずおずと不敬ではないのかといわんばかり、
すこし尻込みつつも手をあげてくる一人の男性。
「ではそのほうはその娘をみてやってほしい。あとは安静にできる場所を…」
ユアンがそういいかけたその刹那。
「神子様、セレス様!」
ふと背後にある城につづいている階段があった方向。
そちらのほうから何やら見知った男性が息をきらせつつも走ってくるのがみてとれる。
そしてその場にいる天使達にようやく今気づきました、といわんばかり。
「こ、これは天使様がた!失礼いたしました!
神子様、セレス様、よくぞご無事で……」
その場にすばやく膝をつく。
「「トクナガ!?」」
その姿をみてゼロスとセレスの声が重なる。
それはセレスの付き人でもあったトクナガの姿。
「トクナガ。あなたも無事だったのですね!」
セレスの弾んだような声は彼女の心情を現しているといってもよい。
言葉にはしなかったがこの地におそらくいるであろう彼らのことはセレスも気になっていた。
「ちょうどいい。トクナガ。屋敷のほうはどうなっている?
けが人がいる。屋敷にて休ませたい。
天使様がた、我が屋敷にてその女性を休ませるというのはいかがでしょうか?」
トクナガにちらりと視線をむけたのち、
トクナガの意見を聞くよりもさきに、改めてユアンにと向き直り問いかけているゼロス。
これらのやり取りはいわば第三者にむけてのデモンストレーションのようなもの。
つまりは半ばほぼ演技といってもよい。
もっとも演技の中にも真実は多少含まれてはいるのだが。
「そうだな。テセアラの神子の屋敷であれば問題はなかろう」
ユアンの言葉をうけ、ミトス、そしてクラトスも無言でうなづきをみせる。
そんな中、ゆっくりとおそるおそるといった具合にたちあがり、
クラトスが抱きかかえている女性…
診察させるためにクラトスがケイトをゆっくりと地面にと横たえる。
そんなケイトの女性の横にちかづいてくる男女の姿。
男のほうは医者とさきほどいっていたことから女性のほうは補佐する役割をもっているのであろう。
「失礼いたします…こ、これは!?天使様がた!?なぜこのものがここに!?
彼女が誰なのかしっているのですか!?」
横たえられた女性…ケイトの横にまでたどりつき、その顔をみたとたん、
男性の顔が一瞬歪められ、そしてふり仰ぐようにしてユアン達にと問いかける。
「このものは捕えられていたのではなく、あの教皇の手先なのでしょう!」
ざわり。
ぎゅっと手をつよく握りこぶしをしながら叫ぶ男の体は多少震えている。
それは今にも殴りかかりそうなほどに激しいまでの憎悪。
「何だよ。それ、ケイトだって好きで加担してたわけじゃないぞ!
彼女は娘っていうだけであいつに利用されていただけで!」
ザワッ!
そんな男の言葉をきき、それまで黙っていたロイドがいわなくてもいい台詞を言い放つ。
それはあるいみトドメともいえる言葉。
「教皇の娘だって?あの処刑から逃げた逃亡犯の?」
「あの娘が提案したという事柄で私の娘はっ!」
「俺の父親だって!」
それはここテセアラにおいては今では一般的となっている忌まわしき行事。
【適合率を調べる】。
それが何の適合率なのかは民には詳しく知らされていない。
しかしそれに適合し、兵につれていかれたものは誰ひとりとして戻ってはこない。
そう、誰一人、として。
「…余計なことを……」
おもわずぽつりと小さくつぶやくユアンの気持ちはわからなくもない。
ロイドが余計なことをいわなければこの場を何とかごまかすつもりであったのに。
父親、そして娘とくれば、ここテセアラで今ではしらないものはいるはずがない。
教皇の娘がハーフエルフであり処刑寸前に牢獄から脱獄した、というのは、
人々の間にはすでに知れ渡っていたりする。
殺気だち、それぞれ立ち上がる人々の顔にはあきらかなる殺意が含まれている。
「なんだよ。あんたたち。ケイトが誰の娘でも関係ないだろ?!
それとも何か?大怪我してる人をあんたたちはほうっておけるのか!?
父親が誰であろうと死にかけたヒトをあんた達はほうっておけっていうのか!?」
そんな人々にむけロイドがまたまた言い放つが、それはあるいみ人々をあおるようなもの。
「天使様方はしらないのですか!その娘のせいでどれだけの犠牲が!」
「噂によればその娘は教皇の命令で非人道的な実験をしていたといいます!」
「九年前のアルタミラの事件もその娘がある使用人に実験したからだとききました!」
「あの事件では私の母が!」
「父親が!」
九年前のアルタミラの事件。
そういえばそろそろもう旅にでてから一年はたつ。
アルタミラの事件といえば思い当たることは一つしかない。
「人間が化け物になって人々を襲い尽くしたのを知らないのですか!?
その娘はそれに加担していたのですよ!なぜ罪人を助けようとするのです!」
それは人々にとっては悲鳴にも近しい叫び。
家族を、親戚を、そして身内、知り合いを失った人々の心からの叫び。
「それだけじゃない!その娘が提案した適合者の探索で、
これまでどれだれのヒトが行方不明になったかっ!!」
つまるところそれだけ【エクスフィア】の苗床として実験させられていた人々が
かなりの数にのぼっているといってもよい。
ハイエクスフィアの人工的な制作実験までは人々は知らないものの、
サイバックにつれていかれた人々が二度ともどってこないというのは常識中の常識。
そしてかの処刑が交付された際、彼女が非人道的な実験を繰り返しており、
なおかつハーフエルフであり、同胞である仲間をかくまい逃がした罪にて
近日中に処刑する、と公布があった。
教皇はあれは彼女の独断だ、といってすべての罪を娘であるケイトにかぶせたようだが。
――お姉ちゃん…
「…大丈夫、だよ…アリシア……」
心の中に聞こえてくるは自らを心配する妹の声。
人々が何をいっているのかわからないプレセアではない。
それより、
「…あなたのほうこそ平気なの?」
彼らがいっている化け物は変わり果てたアリシア自身であることは疑いようがない。
知っていたつもりであった。
妹が異形となりて人々を傷つけたということは。
それでもその被害者らしき人達と面とむかえば話は別。
アリシアも被害者であるから罪はない、といえればどれほど楽か。
でもアリシアが手をかけた事実はかわらない。
今にも殺気だち、この場に天使達がいるにもかかわらず襲い掛かってきそうな人々。
そんな彼らに対し、
「静まれ!」
凛、とした声がその場にと響き渡る。
「けが人であることは疑いようがない。けが人の前には敵とか何も関係はない」
それはかつてミトスがよくいっていた台詞でありマーテルもいっていた言葉。
ミトスのきっぱりとしたその声をうけても人々の興奮は収まらない。
「皆の気持ちはわかる。けど、彼女は生き証人でもある。
この地で何があったのか、彼女に詳しくきく必要がある。
それにここでお前たちに彼女を害させるわけにはいかない。
お前たちの手を汚させるわけにはいかない。
彼女にはしかるべき公式な場にて罪を償わす必要があるゆえにこの場は収めてくれないか?」
そんな人々にたいし、ゼロスがかるく頭をさげる。
ザワリ。
再び人々の間にざわめきがおこるが、それは神子であるゼロスが頭をさげたゆえ。
「…神子様がそういわれるのでしたら……」
「あ、頭をおあげくださいませ!神子様!」
神子であるゼロスがここまでいう以上、自分たちが私怨で動くわけにはいかない。
それほどまでにここテセアラでは神子であるゼロスの人望は熱い。
「テセアラの神子ゼロス。
この場に彼女を残していては興奮した民たちが何をするかわからない。
屋敷とやらに彼女をつれていきそこで診察を」
「了解いたしました。トクナガ!聞いてのとおりだ。
彼女をつれて屋敷に帰還する!」
「治癒術をつかえるものが必要でしょう。私もおともいたしますわ。
ロイド、あなたもついてきなさい」
「え?お、俺!?」
なぜに指名されたかよくわからない。
ないが、確かにこの場にケイトをおいておくわけにはいかないであろう。
トクナガに案内されケイトをゆっくりと抱きかかえ、
リフィルとロイド、そしてセレスとともにその場をたちさる彼ら達。
そんな彼らの姿を見送りつつも、
「さてと。そろそろ夜になるし。今後の話し合いをしようか?」
このままでは完全に夜になる。
それまでにこれからのことを話し合う必要がある。
ミトスの声がその場にと響き渡ってゆく――
あたりにくすぶっている炎が沈静化してゆくにつれ、
ゆっくりとではあるが夜の帳がおりてきているのが嫌でもわかる。
貴族街。
そういわれているはずのこの場所はなぜかほとんどの家屋が壊れてしまっており、
中にはおそらく火事になったのであろう瓦礫がそのままの屋敷すら。
「こりゃあ、いったい……」
周囲を見渡し、かつては整備され塵一つ落ちていなかったはずの道。
その道も石畳がところどころ消え去り、素の大地をさらけだしている。
周囲に生えていたであろう木々もいくつか焼け焦げ、ほとんど枯れ木状態といってもよい。
「暴動がおこったのでございます。
この地が再び闇に包まれたのち、他所との連絡も行き来も途絶えてしまいまして。
それでも貴族の一部のものたちは贅沢をやめようとせず……」
この街は自給自足をしていたわけではない。
ほとんどの物資は他所からの輸入に頼っていた。
橋が壊れてのちそれでなくても物資が不足気味であったにもかかわらず、
贅沢になれた一部の貴族たちはその浪費を止めようとしなかった。
しわ寄せをうけるは身分の低い民たち。
つもりにつもった不満はついに爆発をみせた。
威張ることしかできない貴族たちは暴徒と化した民の前になすすべはなく、
民が暴徒と化したは研究院が結界を張るといい民を強制にひきたてていったのも
きっかけの一つ。
研究所の地下による【ヒトのマナ】による結界はたしかに魔界の瘴気をくいとどめた。
だが、人々の心まで食い止めることはできはしない。
「神子様のお屋敷はさすがに天の怒りを恐れたのか、
ここまでひどい被害にはあってはおりませぬが……」
その他の屋敷などはかろうじて土台がのこっているだけという場所もある。
「ひでぇ…こんな……」
以前、この場所を見知っているからこそこの光景が異様なことはロイドにもわかる。
かつてその町並みに興奮したあの綺麗な町並みは今は面影すら残っていない。
「身分制度という枷で抑圧されていた民衆がついに堪忍袋の緒が切れてしまったのね」
一人ではてきなくても大人数であれば。
人数がいれば怖くないとばかり、ヒトはその行動をどんどん過激にしてゆく傾向がある。
「まあ、もともとかなり鬱憤がたまってたようだしな」
そんな人々の話をきき、どうにか融通をゼロスは采配していた。
それもあり、身分の低いものに施しをする神子など神子にあらずと教皇をはじめとした
権力と貴族階級にがんじがらめにされた頭の固い一部のものがゼロスを疎んじていた。
「さっきもあのままだと興奮した民衆が何をしでかしていたか……」
先ほどのことを思いだしゼロスが盛大に珍しくも本気で溜息を吐き出しつつもぽつりとつぶやく。
「民衆の前にクルシスの天使達が動いて大惨事になっていたでしょうね。
ジャッジメントでも放たれればそれこそ終わりだわ。
街一つくらい彼らは滅ぼしうる力をもっているでしょうし」
しかもあの場にはミトスもいた。
そしてミトスを…ユグドラシルを恐ろしいまでに信奉している天使達も。
「ロイド。あなたはもうすこし場の空気、と読むことが必要よ」
「そうそう。俺様がどうにかごまかす前にロイド君がいった台詞のせいで、
こいつが教皇の娘であるケイトだって肯定してしまったようなもんだしな」
まだロイドの言葉がなければ他人の空似、とでも逃げ道はあった。
「何だよ。それ。俺、へんなことをいったつもりは……」
「ヒト、として確かにあなたのいったことは正しいかもしれない。
前にもいったわね。誰かが傷つくのはいやだ、困っている人を放っておくのはいやだ。
たとえ親が誰であろうとも子供には関係ない。あなたの言い分もわかるわ。
けどね…世の中、そう人々はとらえないのよ。
特にケイトは父親である教皇の命令で何をしていたのか。
ロイド、あなただってきいたでしょう?」
「そもそもプレセアちゃん達姉妹が実験体にさせられたのもケイトがかかわっているしな」
「ケイトというのは教皇の娘のことでしょうか?
彼女の意見もあって【適合率の検査】が法に組み込まれたと聞き及んでおりますが」
「前からそんな話はでていたがな。どうにか却下してたのを…
あのアルタミラの騒ぎの混乱でいつのまにか法として教皇のやつが強行してやがった
ゼロスが気づいたときにはあとのまつりで。
それでも何とか被害を最小限にとどめようと動きはした。
「身内を、まして知り合いを失う原因となった人物。
そんな人物が目の前にいて、関係者たちが黙っていられるとおもって?」
「でも、けが人なのに……」
理屈はわかる、わかるけども納得がいかない。
「じゃあ、ロイド。あなたに立場を置き換えて説明するわね。
もしも、あなたの母親を死なす原因となったあのクヴァルが。
あのとき踏み込んだとき大怪我をしていたら、あなたは許せるの?」
「許せるはずないだろ!それとこれとは話が違うだろ!先生!」
「根本は同じよ。さきほど叫んでいた人たちは大切な人を失った。
原因となった”誰か”を恨むのは当然でしょう?」
ましてやそれが混乱を引き起こしたとおもわれし教皇の娘であるというのであればなおさらに。
「感情のままにすぐに口にだすその癖はどうにかなさい。
あなたはすぐに周囲の意見に流され、おもったまま口にしてしまうわ。
たしかにあなたの利点かもしれないけども。
相手を疑うことをせずにそのまま口にするということは、
逆をいえばあなたをはめようとしてウソを吹き込みあなたを悪人に仕立て上げる。
それすらもあっさりと可能であるという現状を理解なさい」
まちがいなくロイドは誰かに何かをいわれれば鵜呑みにし、
たとえそれが嘘であろうともウソをしんじ、
そして無実のものを批難する言葉を投げかけかねない。
それが違うとわかれば謝りはするだろうが、
そもそも謝れば何もかもが円く収まる、というように世の中は甘くできていない。
「リフィル様、きびし~。でも確かに。ロイド君はあっさりと、
誰かにだまされてそれを鵜呑みにしそうではあるな」
「感情のままに口を開こうとする以前に、一度口をつぐんで考えることをしなさい。
時には黙っていることが混乱を阻止することもあるというのを肝に銘じなさい」
今のままではロイドは何か取り返しのつかないことをしでかしかねない。
たとえば、ロイドの行動のせいで命を落としたイセリアの民。
その中には家族をもっているものもいた。
夫を失い残された妻と子もいる。
今のロイドならば子供が悲しんでいるからといって自分が父親にかわりになる。
とかありえないとおもうが言い出しかねない。
自分が彼らの父親を殺すきっかけをつくったという理由で。
リフィルは知らない。
この場にエミルがいれば苦笑するしかなかったであろう。
何しろ事実、かつてロイドはそのようなことをしでかしている。
そしてそれをエミルは知っている。
「そうね。まずはクラトスのように寡黙になってみなさい。
言葉を飲み込むことを覚えれば少しは回りが客観的に見渡せるはずよ?」
「あの親ばか天使の真似はあまり推奨できないんじゃないかね?リフィル様~」
「見本がないよりはましよ。少なくとも、ロイドはクラトスの実の息子なのだから
その気になればマネくらいできるのではなくて?」
「…神子様、リフィル殿。セレス様。お屋敷につきましたでございます」
そんな会話を交わしているさなか、どうやらゼロスの屋敷にとたどりついたらしい。
屋敷も完全なる状態というわけではなかった。
ひとまずケイトを横にし、そして一応医者の診察を受けさせた。
医者はかなり渋っていたが、ゼロスにいわれ仕方なく、というように診察を終えた。
途中、補助をする立場であろう女性がナイフを振りかざし、
ケイトに突き刺そうとしたりしたというちょっとした騒ぎはありはしたが。
いくらどんな悪人であろうとも医者である以上は患者をみる役目がありますから。
そういっていた男の台詞がいまだにロイドの耳にとこびりついている。
悪人。
ケイトのことを彼はそういった。
ケイトのしていたことはいわばシルヴァラントにおけるディザイアンの小規模版。
実際に彼女がそのような実験をしている現場をみたわけでないゆえに
ロイドは自らがそのことをあまり考えないようにしていたことに今さらにがらに気づかされる。
壊れた窓から見える巨大な紫色の月にみえる何か。
巨大な月のことを【スーパームーン】と確かいったっけ。
勇者ミトス物語の中でもでてきた巨大な月。
――巨大な月が現れし日、ミトスとその仲間たちは精霊達の真なる王との謁見に挑む。
それは勇者ミトス物語の一文。
「あれ?ロイド?」
パチパチと火花が周囲にと散っている。
巨大なちょっとした鍋が即席のかまど…石を組み合分げてつくられたものだが。
燃料となりし木々の枝はこの街に生えている樹の枝にて十分にことたりる。
ラタトスクにより保護がかけられているゆえに木々が死滅するということはなかったが、
それでも瘴気の影響もあり、今では冬の装いに近しいほどに木々の葉は枯れ果てている。
中には一部の枝や幹を瘴気の影響とヒトによって傷つけられた影響で
朽ちさせてしまっている木々もありはすれど。
天使達の報告によればこの街の居住区における家という家はほとんどその現状をたもっていないらしく、
唯一、その痕跡を残しているといえばこの先にとある”闘技場”だけらしい。
並んでいる人々に鍋でつくった料理を配っているのはコレットをはじめとした女性陣。
ナベからオタマですくい…このあたりは彼らが野営の道具をもっていたのが
幸いしたというべきか。
この地におけるそういった必要不可欠なる品々も瘴気によって朽ち果てており、
実際問題として今この町は極端な資源と物資不足に陥っている。
中にはすすり泣いている人々の姿もその場はみてとれるが。
彼らはこのたびの一件で知り合いを、そして身内をなくしたものばかり。
何しろ目の前で身内や知り合いが異形と化してゆくさまを彼らは目の当たりにした。
そんな彼らを容赦なく討伐したのが”天使”ということもあり、
彼らとしては文句をいおうにもいえないのが現状。
オタマをかまえてそれぞれになぜかいまだにもっていたらしい、
以前、アルタミラにて購入していたであろうココナツの実を割った容器。
それらにつくったスープを配っていたジーニアスだが、
なぜか少し考え込むようにして近づいてくるロイドにきづきふと顔をあげて話しかける。
ジーニアスの台詞に人々を慰問するかのように声をかけてはなぐさめていたコレットもまた
ふと顔をあげ、
「ロイド!」
ぱっと顔を輝かせ、とてとてとロイドのそばにとかけよってゆく。
「きゃっ!?」
あわてて駆け寄ったためか、足をもつれさせ、その場におもいっきりつんのめり
その場に突っ伏すようにこけそうになるコレットだが、
「コレット!?」
コレットがコケるのはいつものこと。
ゆえにコレットが体制を崩した直後、無意識のうちに体をうごかし
何とかコレットが地面にダイブするように倒れこむのをかろうじて防ぐ。
「えへへ。ありがと。ロイド」
「お前なあ…」
ロイドの胸の中でいつものように笑みを浮かべお礼をいうコレットにたいし、
ロイドは苦笑しかない。
そしてそのままコレットを正しく立たせそのままきょろきょろと周囲を見渡し、
「あれ?父さ…クラトスとかユアンは?」
それにミトスとエミルの姿もない。
てっきりここにいるものとばかりおもっていたのに。
この場にいるのはコレットをはじめとしたマルタとしいなとミラ。
ミラのほうはどちらかといえば食べるほうを優先しているように見えなくもないが。
そして街の人たちなのであろう女性陣などが食事の采配を手伝っているのがみてとれる。
ゼロスとセレスはあのゼロスの屋敷にいたのでこの場にいないのはまあわかる。
「もう、ロイド。クラトスさんのこと、ちゃんとお父様っていわないとだめだよ?」
「うっ……」
言いかけてはいつもどうしても最後まで”父さん”と素でいえていない。
そんなロイドの心情に気づいているのがにこやかにロイドに語り掛けているコレット。
「そ、それより。先生にいわれて飲み物か何かとりにきたんだけど……」
出来れば軽いものがいいだろう。
もっとも、今配られているはずの料理も軽い部類にはいるはずだが。
様々なハーブや薬草などがふんだんにつかわれた体に優しいスープが今現在配られている。
エミル提供の品なのでその効果はいうまでもなく。
というか以前、嫌というほどにエミルのつくりし料理の効果はロイド達は身をもってしっている。
「エミルは周囲をみてくるっていってたよ?
ユアンさんとクラトスさんはミトスがつれていっちゃった。
天使の皆もついていってたから今後の話し合いとかじゃないのかな?」
その言葉に思わず眉を顰めるロイド。
ミトスが今後、天使達にどのような指示をするのかがつかめない。
まあ、マーテルを助けたいという思いは貫くであろうが。
そもそもマーテルを助ける、イコール、コレットを器とするのであれば
頑固としてミトスに立ち向かうつもりであるが。
そんなロイドの様子に気づき、すこしばかり悲しい表情を一瞬浮かべるものの、
「とにかく、ジーニアスにいってくるね。
…あまり皆に聞かせる内容じゃないとおもうし」
リフィル先生がそういったということは、すなわちケイトが目を覚ましたのであろう。
が、ケイトが間接的にかかわっていた事件にて命を落としたものがいるのも事実。
もっとも今回の騒動にて異形と化していたとはいえ、兵を手にかけたのは間違いようがなく。
それをしった彼らの家族が自分たちに向ける感情がどんなものかは想像に難くない。
天使の使いとして認識されている自分ですら人々に時折
何ともいえない視線をむけられているのが今の現状。
この地にいた天使達にも同じような視線がむけられていた。
翼を見せていたロイドにも同じような視線が注がれることは間違いなく、
コレットとしてはそんな視線をロイドに感じてほしくはない。
まあ、ロイドがそんな人々の視線の意味にきづくかどうかはともかくとして。
そのままパタパタとした足取りで
いまだに料理を人々によそっていたジーニアスに近づいてゆくコレット。
そして、一言二言会話を交わしたのち、近くにいたしいなに何かをジーニアスがいい、
しいなが用意していたとおもわれし小さな鍋をジーニアスにてわたし、
それを手にしてコレットとともにパタパタとロイドの元にとかけよってくるジーニアスの姿。
「ロイド!」
「ジーニアス。それ……」
「あ。うん。姉さんたちがおなかすいてるかもとおもって用意してたんだ。
そろそろもってこうかな、とおもってたんだけど……」
もっともそれをする前にさきにロイドがこうして出向いてきたわけだが。
「ジーニアス。リフィル先生たちによろしくね」
「?コレットはいかないのか?」
「街の人たちをほうってはおけないから……」
彼らには帰る家もない。
今回の一件で消えたのはどうやら城だけではなかったらしく、
家屋という家屋もことごとくほとんど壊滅するか、砂と化してしまっており、
それらも炎にまかれ街の中はほとんど更地をさらけだしている。
さほど寒くもなく暑いというわけでもないので凍死したり、
また熱射病といわれしものにかかる人々はいない、とおもいたいが。
それでも彼らの寝泊りする場所は必要不可欠。
身分が低いという民たちはこの現状に文句は今のところ表だっていっていないが、
すくなくとも自分たちは上流階級のものだ、といっているものたちはわめき始めている。
もっともそんな彼らはピシャリと冷ややかな目で
自分のことしか考えていない愚かもの、というような内容の言葉を天使にいわれ、
守る価値もないようなことまでいわれ、さらにわめいているものも。
実際、形だけでもヒトを守るような行動をしろとユアンにいわれていなければ、
彼ら天使達は人々の混乱をそのままみてみぬふりをしたであろう。
彼ら天使達にとって、ほとんどのものが抱いているのは、ヒトは劣悪種である。
ということ。
そして天使となった自分たちは選ばれしものだ、とかたくなに信じている。
さきほどのミトスの演技のこともあり、
天使達はあからさまにそのような態度をとりはしていないが。
今、候補にあがっているのは彼らを闘技場に移動させるということ。
すくなくともあの場所は今この場に生き残っている人々を収容できるほどの規模はある。
観戦席や舞台、さらにはその内部とかの地は全体的に石でつくられていたせいか、
このたびの瘴気の影響はあまりうけていないのか完全に壊れてはいない。
もう少ししたら彼らをそこに案内しようという話がでていた以上、
ジーニアスだけならともかくコレットまでついていくわけにはいきはしない。
「先生たちによろしくね」
「お、おう」
「コレットも気を付けてね」
天使であるコレットに何かしてくる輩がいるとはおもえないが、
我を失ったヒトが何をするかは予測がつかない。
特にコレットはシルヴァラント側の神子。
ここテセアラ側からしてみればテセアラを衰退世界にしてしまうきっかけ。
そうおもわれていたはず。
先の国王の演説でそれらの懸念は払拭されている、そう信じたい。
~スキット~
ロイド「それにしてもすごい大きい月っぽいやつだよな~」
ジーニアス「というか、僕としてはアレ以外にあっちのほうがきになるよ…」
ゼロスの屋敷にむかってゆく最中、どうしてもみえるのは夜空に浮かぶ星と月。
ジーニアスが示したのは巨大な紫色の月に隠れて気付かれていないが、
見慣れぬ青い月のようなものが、いつもの月の横に並んでみてとれる。
まるで寄り添うように。
ロイド「そういや、なんか月の横にもういっこあるな……」
ジーニアス「ミトスはあれをみて少し目を見開いていたけど」
ロイド「う~ん…エミルにきけばわかるかな?」
ジーニアス「…教えて、くれる…かな?」
ロイド「さあ?でもそれくらいら教えてくれるんじゃないのか?」
かの月はマナの塊ともいえる第二の月。
この地が再びかつてのように存続の危機にならぬよう、
大樹が復活した暁には彗星のマナで創造るように、
そのようにラタトスクがネオ・デリス・カーラーンにほどこしていた。
それをロイド達は…知らない。
そして、空に浮かびし二つの月は未来において
世界が二つにわけられていたことを忘れないように、
それぞれの名がつけられる、ということも。
今はまだ、彼らは知らない。
知る由も…ない。
※ ※ ※ ※
周囲には人影すらみあたらず、そこにあるのは人影が二つのみ。
完全に素の大地をさらけ出しているその場所は、かつては貧民街、とよばれていた場所。
「とりあえず…というところか」
天使達にそれぞれ指示をだし、なぜか一息つきつつもいいはなつ。
そんなユアンに対し
「しかし、この地にあのものたちがいる、ということは…本当に……」
クラトスがこめかみに手をあてつつもぽつりとつぶやく。
「あのものたちの言い分を検討するにあたり、まず間違いないだろう」
頭が痛くなる、というのはこういうのをいうのかもしれない。
「クルシスに属していたすべてのものが地上に…か」
幾度目かわからない溜息がそれぞれ知らず知らずのうちにふともれる。
確かにかの彗星に勝手に移住していたという自覚はある。
彗星の内部にあったあからさまなる人工物。
それに少し手を加え、居住区にしていたのはほかならぬ彼ら。
「先刻、試してみたがようやく連絡がついた」
「…それで?」
「まだマナが乱れて完全ではないにしろ、
やはり各地で下級天使の姿が見受けられているらしい」
ミトスに気づかれているかはわからないが、
だがしかし、今の現状を把握しているであろうレネゲードに連絡をとるのは
何を差し置いても重要とおもっていた。
闇が取り払われ、ようやくボータと連絡がとれたのがユアンとしては兆候。
「民を闘技場に案内したのち、私はミトスにいわれたように、
シルヴァラント側に散ったであろう天使達と接触をはかる」
このままでは天使達が何をするかわからない。
そもそも彼ら天使達は命令が下りそれを忠実にこなすように教育されている。
ほとんどが自我というものが稀薄であり、
あるいみ機械のごとくに動くだけ、の天使達が多かったりするのだが。
しかしそれは穢された微精霊達の力の影響をうけ自我が稀薄になっているだけにすぎない。
そして今、クラトス達四人がもっているラタトスクより授かりし特殊なる”石”。
それ以外のヒトが”エクスフィア”とよびし”精霊石”は
ごく一部を除きほとんどヒトが手に触れられる状況ではなくなっている。
ほとんどのものが微精霊として孵化するか、
はたまた無と還る、もしくはラタトスクがセンチュリオン達に命じ、
それぞれの微精霊達の卵は今現在、魔物たちの体内において休息をとっている。
そして精霊石の物質化を解く理を敷き終えたゆえ、ヒトが新たに石を手にすることはかなわない。
いまだにゼロスやコレットが”クルシスの輝石”と呼ばれしものをみにつけているは、
一重にラタトスクが干渉しているからに他ならない。
ラタトスクの意思一つで二人が身に着けし石も陽炎のごとくに掻き消える。
もっとも、それらの事実をいまだにヒトは気づきもしていないが。
人々が認識しているのは、エクスフィアが突如として消えてしまった。
ただその一点につきる。
「私はしばらくここを拠点にしようとおもう。テセアラベースのほうも気になるが……」
しかし、ボータからの連絡ではあまり芳しくない報告でもあった。
動力源としていたエクスフィアが消え去り、
かろうじて自家発電にて施設は起動可能らしいが、
だがしかし、施設内部にも草木が浸食し始めているらしい。
その影響でレアバードの発着設備が完全に壊れてしまい、
復旧の目安は今のところたっていない。
いつもならばかの地からレネゲードに連絡をつけては指示をしていたが、
ミトスがこの地にいる以上、あまりうかつなことはできはしない。
少なくとも、自身がレネゲードの党首だとしられるのは今はまだ好ましくない。
「…もっとも。アレをみるかぎり、彗星が離れていっている…ということは。
そういうこと、なのであろうな」
自分たちを含めた全員が彗星の立ち入りを閉ざされたということなのだろう。
かの地にあった施設などもこの調子では無に還されている可能性が遥かに高い。
「…四千年…か」
ユアンの言葉にクラトスも遠ざかっているのであろう
【彗星ネオ・デリス・カーラーン】に視線をむける。
理由はどうあれ、四千年も過ごしていたかの地。
一番初めにミトスがしたことは、彗星が離れてしまわないように
”塔”をかの彗星の中にあったメイン・システムのとある機能にて創り出すこと。
あのとき、ミトスはエターナルソードに対し、
【準備が整うまで彗星を上空にとどめ置くために力をかして。
大樹を目覚めさせるためにも】
そういって、協力をとりつけていた。
ミトスがいった準備とは、マーテルをよみがえらせるための準備。
しかしそれをしらないものがきけば大樹をよみがえらせるために思いついたのだろう。
そうとしかおもえなかったであろう。
実際、精霊達もそのようにおもっており…
ミトスによって精霊炉に封じられるその瞬間まで、ミトスのことをそう解釈していた。
あのオリジンですら。
オリジンがなぜに彗星をとどめ置いたのに種子を発芽させないのか、
といってきたあのとき。
話はトレントの森で話すとミトスがいい、そこにてオリジンを罠にはめ、
クラトスの生体マナをもってしてオリジンを封じ込めた。
クラトスがその生体エネルギーたるマナを解放しないかぎり、解けない封印として。
それは精霊達に対する決定的な裏切り。
空をただよっていた飛行都市エグザイアはその時から彼らが認識することはできなくなった。
おそらく、オリジンが封印されたことにより、マクスウェルが対策をとったのだろう。
小癪な、とミトスがこれまでのミトスでは考えられないほどに顔を歪ませていた
かつてのことは今でも昨日のことのように思い出せる。
かの精霊が眠りについたのは、大地を存続させるためともう一つ。
眠りにつくことによって、マナを最低限のみ世界にゆきわたらせ、
そしてそれ以外のマナをかの精霊がためこみ、
新たに芽吹いた大樹が滞りなく世界を満たすための処置だ、と。
センチュリオン達が眠りにつく前にこっそりとセンチュリオン・テネブラエがいっていた。
センチュリオン達もそんな主の思いをうけ、
自らがコアと化すことによってマナの反転作用を利用して、
足りないマナを補足するといっていた。
たかが百年そこそこ、問題はない、
魔物たちがそれくらいの期間ならば自分たちの指示したとおりにマナを循環させる、と。
しかし、百年が過ぎ、二百年…千年がすぎ、
それまで保たれていたはずのマナは偏りをみせはじめた。
センチュリオン達の力の供給が断たれ、完全に”卵”の状態になってしまい
マナの反転作用すらできなくなった。
ミトスはセンチュリオン達をも手のうちにしようとしていたが、
彼らがどこにいるかわからないゆえに手出しできなかったといってよい。
精霊達に問いただしもしていたが、精霊達は無言を貫くばかりで
彼らの【祭壇】の位置は絶対に口にはしなかった。
たしかそれは、世界を二つにわけて千年ばかりしたころのことだったような。
永き時に埋もれそらの事実すら忘れてしまっていたが。
いや、忘れたかったのかもしれない。
精霊達の真なる王ともいえるかの王のことも。
センチュリオン達のことも。
ミトスがかわってしまったということを受け止められなかったように。
ユアンですらマーテルのために、という言い訳で目をそらしていた現実。
クラトスにしてもしかり。
そして時ばかり流れ、今のような世界ができあがった。
「…クラトス、われらは今後どうなると思う?」
「…さあな。すべては”大いなる意思”のままに……」
すべての決定は精霊ラタトスクにある。
大いなる意思、すべてなる母であり父、世界を見守りし存在、魔物の王。
予測はしていた。
あのエミルが精霊ラタトスクの関係者なのではないか、と。
当人?とは夢にもおもわなかったが、というかその思いはあえてクラトスは振り払っていた。
しかし魔物をあのように扱うことができるのは、
かの精霊の関係者以外にはありえないこともわかっていた。
地上が完全に洗い流され浄化されるということはない…と思いたいが。
今回の騒動…魔族ですらかの精霊の手の平の上で転がされているのではないか?
とどうしても思わずにはいられない。
実際、手の平というか利用されており、またこれをきっかけに
地上に残りし残留魔族達をどうにかしようとしていることにはかわりはない。
クラトス達はそんな事実を当然知る由もないが。
「大いなる意思…か。ヤツとあの精霊はどのような判断を下すのか……」
ミトスがかの精霊に対して執着のような心をもっていたのは知っている。
ユアンとて未来永劫、たった一人で世界を見守っていると知ったときには
その精神力に唖然としたほど。
ヒトと精霊との精神力の違いといえばそれまでだが。
どちらにしても、ミトスとあの精霊が交わした盟約。
大地の存続という盟約がなければあの精霊が目覚めた時点で地上は浄化されていただろう。
あの精霊が万が一にも目覚めるよりも早くに何とか大樹を目覚めさせておきたかったのだが。
そのためのレネゲード。
ミトスがかつてのミトスではない、と見切りをつけ、自分なりにマーテルを救おうとした組織。
ユアンとクラトス。
それぞれに思うところは多少の違いはあれど根源は一つ。
すべてはかの精霊の思い一つにて世界はかわる。
良くも悪くも。
そしてそれは、ミトスや自分たちに限ったことではない。
すべての命あるものにも関係してくる現実――
澄み渡るほどの星空。
まるで今にも落ちてくるのではないのか、とおもわれるほどの紫色の球体。
あの大きさからしてすでにとどめ置いていた距離から
確実にこの惑星から離れていっているのであろう。
エターナルソードとの契約もきれ、あの惑星にわたる手段は無きに等しい。
利用していた魔科学による転送術も念のために起動させてみたが、
うんともすんともいわなかった。
あの小鳥、もしかしたら…とおもっていたが、
自身のマナの塊でもある翼をあえて触れるようにしてみたが変化はなかった。
だとすれば、あの”女”がまたあのような姿を取っているということはないであろう。
しかしあの小鳥から確実に小さいながらも魔族特有のマナではありえない力を感じるのも確かで。
だとすれば、”魔族の呪い”をうけている可能性が比較的高い。
それはかつて、ピエトロというものが陥っていた症状と似通っていながらも、
そのあり方が少しばかり異なるだけの代物。
彼としてもロイド達の話の端々でそのような男がいた、というのしか知らないが。
クヴァルがこちらに黙っていろいろとしていたのはしっている。
取るにも足らないものだ、と放置していた。
クヴァルとロディルがお互いに協力関係を築きつつも足の引っ張り合いをしていたのも知っている。
所詮はその程度の存在達でしかない、とおもっていたのもまた事実で。
マグニスなどは実力がすべてという考えだったゆえに制御しやすかった。
何よりもロディルにしろクヴァルにしろあとから迎え入れたもの。
しかもこちらから出迎えたのではなくあちらから接触を試みてきた。
元々、クヴァルに関しては八百年前、シルヴァラントにてエクスフィアの研究をしており、
同胞である輩たちもかなり殺していっていたのも知っていた。
彼がかの魔導砲開発にかかわっていたことも。
魔導砲はマナを喰らいつくすもの。
また同じようにされてはたまらないという理由もあり、監視をかねて迎え入れた。
プロネーマがきちんと手綱をとり、フォシテスもいればどうにかなるであろう。
そう踏んで。
見下ろす石づくりのドームはどこか殺伐とした雰囲気を感じさせる。
それも当然か、ふと知らずうちに自嘲じみた笑みを浮かべてしまう。
かつて、ここは闘技場というよりは公開処刑所でもあった。
それは今でもかわりはしないが。
ヒトや魔物を命ともおもわない命のやり取り。
それをテセアラという国は見世物、として繰り返していた。
今でもそれはあまりかわらないようだが、それでも敗者、イコール、死。
ではなくなっているだけすこしはまし、といえるであろう。
かつては負けたものすらも控えていた兵たちによって狙い撃ちにされ死を迎えていた。
シルヴァラントにもかつてあったが、それは試運転をしたらしき魔科学によって開発された
魔導砲。
その暴発にてその施設は壊れた…正確にいえば消し飛んだ。
どちらの国も高い知識をもつエルフ、もしくはハーフエルフを欲していた。
従属させるため、だけに。
その扱いはヒトをヒトともおもわない扱い。
それでもまだそのころはかろうじてかの地にハーフエルフも住んでいた。
村から外れた場所でひっそりと。
それでも”森”で生活はできていた。
だんだんマナが感じられなくなっていき、そしてあの事件。
自分たちをかばって命を落とした【ウィノナ】の存在。
そして必至にたどりついたテセアラにおいてうけた扱い。
その結果、目の前で罪なき命が失われていったときのあの絶望。
いつのころからだっただろう。
自分もまた一番嫌悪していたそんな”命を蔑ろにする輩”と同じ思考になっていったのは。
どこか心の奥底で違うと感じていながらも、それが正しいのだ。
それしか方法はないのだ、とひたすらに信じて突き進んでいた。
自身が前線へでなくなっていってからその考えはどんどん歪になっていったように思う。
報告と映像だけで知らされる結果と自身が見聞きし感じたこととでは、
どうしてもとらえ方が違ってしまう。
それを自分はわかっていたはず、なのに。
それでも自分の生き方が間違っていた、とはいいたくない。
間違っていたとはわかっていても、それではこれまで自分が虐げて殺してきた数多の命。
それらを侮辱する行為にもなってしまう。
「…なぜ、姉様は殺されなければならなかったの…?」
それは誰にともなくつぶやいた彼…ミトスの本音。
「ウィノナ姉様のときだって……」
姉マーテルは大樹の種子を守ろうとして、ウィノナは自分たち姉弟を守ろうとして。
そして…転生を果たしているウィノナもかつてのように自分たちのために命をかけた。
彼女が合間にはいってこなければまちがいなくタバサを直接攻撃して壊していただろう。
なぜ、タバサを壊すのを彼女が邪魔したのか、それは今でもミトスはわからない。
目覚めたウィノナからも詳しい話はきいていない。
そういえば、彼女は今、どこにいるのだろうか。
あの地にいたすべてのものが地上に戻されたというのであれば、
あの地にいたはずの彼女もまた地上に送り届けられているはず。
コロシアムともいわれる闘技場の特別席。
石の壁にはめ込まれていたであろうガラスはすでになく、
がらん、とした空洞をその場にてさらけだしている。
周囲を照らすためのいくつかの灯りも半ば壊れこれではきちんと機能しないであろう。
すべての闘技場全体を見下ろせるほどの一番、建造物の中で高い位置。
大理石で創造られている石がここは特別席なのだ、と嫌でも知りえることができる。
天井部分は崩れ落ちており、ぽっかりと夜空がそこからみてとれる。
目にはいるは二つの月。
「…アレってやっぱり、アレ…なのかな…?」
ぽつり、とつぶやきつつも思い出すは”彼”と盟約をかわしたときの事。
そうつぶやいたその刹那。
「そう。どんな形であれ、お前は種子を一応は発芽させたゆえにな」
人の気配などまったくなかったというのに。
それでも驚きは感じない。
低く、それでいてどこか心地よいようでいて圧倒されるかのような声が聞こえてくる。
かつて聞きなれていた声に近くも遠くもあるようなその”声”は。
「…ラタトスク……」
ゆっくりと振り向いたミトスの目にはいったは、月明かりの元たたずんでいる一つの影。
いつものエミルとしての雰囲気ではなく、
その雰囲気はまさに”かの地”においてよくあっていたときとよく似ている。
緑の瞳は真紅に染まり、その瞳の中には”彼”を示す紋章がちらりと垣間見える。
「先刻もいったが、すでにかの地はこの場所より解き放たれた。
まあ、そのあたりはお前にもかつて説明したとおもうが?」
夜の闇に溶け込むようでいて、そこにいるだけでその存在が際立っている。
ゆっくりと近づきつつも問いかけられるその言葉は、
かつての”彼”とのやり取りを思い出すには十分すぎるもの。
大樹をよみがえらせたとしても、ヒトはまた同じことを繰り返す。
かつて、ミトスにいったことは、ギンヌンガ・ガップにやってきたアステル達にいったことと同じ。
ヒトは世界にとって害虫でしかない。
かつてお前たちの意見を受けいれこの地に移住したときも彼らはいった。
今度は力に頼ることなく、自然とともに生きていく、と。
なのに、結果は。
幾度も繰り返される戦乱。
力を何のために手放したのか代を重ねるごとにヒトは忘れていった。
そしてエルフとよばれし存在達も。
力を放棄するといいながら、その力を手放すことはなかった。
そしてそれぞれ、エルフとヒト、といつのまにか区別してヒトは呼び分けるようになり、
元は同じであるというのにハーフエルフ、という言葉すら生まれ出た。
何のことはない。
ハーフエルフといわれしものたちは、エルフの血がはいることにより、
そのもともともっていていた”力”が少しばかり触発されてよみがえっただけだ、というのに。
だからこそ、精霊石が孵化したのちの残滓…ヒトはそれをアイオニトスと呼ぶが。
それらを取り入れただけでヒトもマナを紡げるようになる。
元々となった祖先がかつては自らが生み出していたマナの子であるがゆえに。
マナを認識できないように理を書き換え、
あえて本来この惑星がもともともっていた理にもどしても、
結局ヒトは過ちを繰り返していった。
魔族が天界と呼んでいた場所は空に浮かびしマナの塊。
シルヴァラントと名付けられたマナの衛星。
地下深くに閉じ込めていた魔族達や瘴気は長い年月の間に浄化されるはず、
であったにもかかわらず。
ヒトは愚かにも戦乱を繰り返し、逆に瘴気を増やしていった。
あまりにひどかったがゆえに、大地に関しては理をすこしばかりまた変えていた。
というのにもかかわらず。
だからこそ、マナが少なくなり大地の存続が一部怪しくなりかけ、
地下より瘴気が噴出してゆく、という現象があのときおこっていた。
世界樹のふもとで村をつくった彼らも世界樹が何たるかを忘れ去っていた。
ダオスを封じていたは、古のエクスフィアを研究してつくられたとある石。
精霊達を石に閉じ込め、穢し、ヒトが無理やりに扱えるようにした品。
そしてあろうことかダオスをもそれをもって封印した。
四人の人格と魂の欠片をそれに封じることによって。
結局、ヒトの本質はかわりはしない。
しなかった。
いつの時代も同じことの繰り返し。
この時、もっと厳しく対処し、こののちもあのようにしなければああはならなかったかもしれない。
だからこそ、時間を移動してきたこの”時”は、かつてのようにならないようにと動いている。
そして、もっとも確認したかったのは……
「ミトス。なぜにわれらとの盟約、そして契約をたがえた?
結果はどうあれ、歪んだ形で種子は発芽は成し遂げてはいるが。
我が目覚めずに大樹が歪んだ形で発芽すればどうなるか。
お前がわからなかったはずはあるまい?」
それこそ問答無用で大地は滅ぶことをミトスはわかっていたはず。
制御するものがいない大樹は逆をいえば諸刃の刃でしかない。
あのとき、種子に大量のマナが照射され、種子が消えかけたあの衝撃で、
自身はたたき起こされた。
種子を失うわけにはいかないとたまっていたマナをすべて種子にと注ぎ込んだ。
その結果…力の大半をかなり失ってしまったのだが。
何しろ寝起きで咄嗟的に行ったこと。
ゆえに力の加減が正しく配分されなかった。
自身の分身としての力までかの再生した種子に持たせるよりも前に、
別の力…内部に入り込んでいたマーテルの干渉にて
形だけよみがえった種子ごと持ち去られてしまった。
世界から消失してゆくマナ。
それを支えるのが精いっぱいで、気づけば再び気を失っていた。
次に目覚めたときにはすでに自分と大樹とのつながりが途切れてしまっていた。
調べてみれば新たな大樹はヒトにより新たな名をつけられ
つながりを断ち切られ、そこにマナを生み出すはずの樹は存在していなかった。
ミトスの魂の気配をもちし小さな苗木と、
数多のヒトの精神体を感じるマーテルの姿をした存在と。
――ミトスたちに裏切られたのだ、と理解しヒトに絶望した。
ミトスならば、彼のようなものがいるならば、ヒトはまだ信じてもいいのでは。
そうおもっていたのに。
ミトスたちは最悪な形で自分を裏切った。
自身の存在すら告げることなく、いかにも自分たちが新たな守護者だ、
といわんばかりの態度をとっていた。
彼らが自分に気づき次にとる行動として、
そこまでの裏切りをするのであれば自分たちをコアにして
扉に封印する方法もとるのでは、とおもいあえてセンチュリオン達を目指せさめなかった。
どちらにしても世界のマナは薄すぎて、
センチュリオン達の反転作用をもってしてもマナはことたりなかった。
なのに、マーテルは…ユアンもマーテルのいわれるままになり
その結果、何がおこるか考えようともしなかった。
自分がヒトを駆逐しろと命じなくても彼らはどちらにしても、
あのロイドにいって自分たちを封じようとしたであろう。
かつて、ミトスが精霊達を精霊炉に封じ、クラトスのマナで封じていた時のように。
それが理解できたからこそ…理解できてしまったからこそ…
精霊達がどのような状況であったのかは、状況を把握してゆく中で嫌でもわかった。
信じたくはなかったが。
”目”を通して確認してみれば、たしかに”祭壇”の周囲に”アレ”はあった。
オリジンとマクスウェルにつなぎをとってみても、戻ってきた答えは無言の肯定。
精霊達が自分のことを当時、しいなにいわなかったのは、
マクスウェルやオリジンが精霊達にいわないように、と命じていた。
彼らも懸念はしていたのであろう。
ヒトの精神集合体となったマーテルが自分たち…
センチュリオン達を疎み、封印しようとするのではないのか、という予測という懸念を。
事実、あのときも自分たちを封印すればどうにかなる、
と楽天的な考えをマーテルもユアンもしていた。
自分たちを封印すればマナを調停するものがいなくなり、
どちらにしろ世界は滅ぶ、ということすら考えもせず。
「…それは……」
目をそらすことなくじっと瞳をみつめられ、問いかけられ言葉に詰まってしまう。
「マーテルの精神体が我が授けた石の中に臨時的に保護された、というのはわかる。
そもそもそのように保障をかけておいたからな。
しかし、我はこうもいったはずだな?
愚かなるヒトは、特に権力者と呼ばれしものたちは、
種子の存在をすれば自分たちのひとり占めにしようとするだろう、ともな」
種子をミトスたちに託すにあたり、権力者たちにはその位置を教えない。
それを肝に命じるように、ともいっておいた。
信用ができるとおもわれしヒトも必ずといっていいほどに裏切りをみせる要素はあるから、と。
「…え?」
何かいま、とてつもないことをいわれたような。
保障?
ラタトスクの言葉をきき思わずミトスが目を見開く。
「ああ、お前たちにはきちんと説明はしていなかったからな。
そもそも、後が少しでも保障されているとしればお前たちが手を抜く可能性もあったからな」
一度肉体が滅びたとしても精神体が無事な限り終わりではない。
それはラタトスクがヒトの身でどうにかしてみせる、といって、
しかも自らの魂すらをも分けることを提案してきたミトスたちにかけた保険。
自らの魂を割ってまでヒトの行いはあくまでも自分たちの手で始末を。
その姿勢と心根にうたれ、ちょっとした保険をかねて【石】を渡した。
ユアンとクラトスはすでに【石】を身に着けていたがゆえ、
一度それを完全に浄化、孵化させたのちにすことばかり”創り変えた”。
精霊石のままであれば、ヒトの魂は微精霊達にのまれ自我すら失ってしまったであろう。
かつても今現在もヒトが利用している精霊石ことエクスフィアと呼ばれしそれと同じように。
「ヒトの器はどちらにしても精神体の入れ物にすぎん。
もっとも、器と魂の結びつきがなくては”生身ある命”とは成り立たぬがな」
片方のみの結びつきがきれれば魂こと精神体はその器から抜け出し、
器という枷から解放される。
その器という枷を無くした生命体が精神生命体たる魔族達のような輩たち。
「種子に刻まれていた記憶を読み取った。
なぜにマナを注ぎ込みマーテルの魂を保護する最中、我が元にこなかった?
お前とてわかっていたはずであろう?
より密度の高い純粋なるマナをそれでなくても不安定な精神体に注ぎ込んでいけばどうなるか」
それこそかつてヒトが実験として人工精霊を生み出したときのごとくに。
マーテルのその本質そのものがゆがめられてしまうというのをミトスが気づかなかった。
とは思えない。
「オリジンもマクスウェルもその可能性はわかっていたはず。
なぜ彼らに相談することなく、オリジンや精霊達の封印という方法をとった?」
しかもご丁寧に封魔の石を土台としてまで。
「――”今”はどうあれ、かつても地上などどうでもいい、とおもったのか?」
”視て”知っている。
クラトスがロイド達に協力するにあたり、地上などもうどうでもいい。
とかの地…彗星の内部においてミトスが叫んでいたことは。
それはすくなくとも自らとの盟約を破棄するととらえられなくもなかった。
それでもそれをしなかったのはミトスから直接言われたわけではなかったゆえ。
「返答はいかに?ミトス・ユグドラシルよ。
…大方お前のことだ。彗星の飛来するときをわざわざ時の権力者たちに教えたのであろう?
『世界が蘇るその時を民に知らしめるためにその情報を』とでも言われたのではないのか?」
民のため、ときけば間違いなくミトスは戸惑いつつも、
それでも教えるなと止めていたにもかかわらず、教えかねない。
ヒトが言いそうなことは大体予測がつく。
そしておそらくは、種子が本当に存在するのかどうか確認させてくれ、
とでもいってきたのであろう。
千年以上にも及んでいた大戦。
マナが枯渇し、かつてのような大規模な争いまでには至らずとも、
それでも愚かなヒトは争いをやめようとすらしていなかった。
そんなよくにかられた【権力】というものをもったヒトが、あっさりと改心などするはずもない。
それでもミトスはヒトの心を、彼らの言葉を信じたかったのであろう。
いくら裏切られてもヒトを信じることをやめようとしなかったミトスであるがゆえ。
「…確かに。ラタトスクのいうとおり。
期日を彼らは…互いの国の代表者がきいてきた。あのとき……」
巨大なマナの塊だという彗星、ネオ・デリス・カーラーン。
その飛来によってもたらされるという地上への純粋なるマナ。
かつて彗星からマナが注がれ今の大地がはぐくまれたようにその力は膨大。
今のままでは大地が滅ぶ。
百年ごとに飛来する彗星のマナを利用することにより
大樹カーラーンが復活すればマナに困ることはない。
それまで一時的な処置として世界を二つにわけるという提案をし、
そしてミトスは二つの勢力陣にそれを示唆したのち、
二つの世界を位相軸をずらすという巨大な力をもってして実行した。
その結果、互いの勢力は巨大な力をもつミトスたちを自分たちの陣営にとりこもうと
それぞれの勢力から彼らは手配をうけた。
戦争を終結させた功労者にもかかわらず。
表向きは戦争を終結させた勇者ミトスに褒賞をという明記をもってして
国中にミトスたちを保護するように、という内容をもって。
裏を返せば何としてでも彼らを捕獲せよ、という権力者たちの強い意思の現れ。
接触を避けていたミトスたちがそれでも彼らと接触をしたのは、
世界を一つに戻すにあたり、話は通しておいたほうがいい、
というマーテルの意見もあって、その報告にと出向いていった。
そしてその場で当時の国王、そしてそれに連なる存在達が願い出たは、
世界が救われる前にその根源となるべき種子をみたい、という内容。
そして…ミトスはそれを受け入れた。
元大樹のありし大地の中。
本来ならば大樹の根に種子は守られていたが、彗星が近づいてきたこともあり、
ミトスたちは種子を地表にと移動させていた。
よりよくマナを種子に彗星から照射し確実に芽吹かせるために。
そして、事はおこった。
マナの塊だという彗星と、マナを生み出す樹の種だという大いなる実り。
そしてミトスのもちし精霊達の力。
それらをわが物にしようと人々が…国家ぐるみで戦いを仕掛けてきた。
「僕は実りにマナを照射するために大地を離れてた。
その隙をついて、人間たちが……」
どうしても細かな作業は彗星からでなければできなかった。
逆をいえば彗星からならばどんな場所にもピンポイントでマナを照射できた。
そしてそれをミトスはラタトスクから聞かされていた。
彗星への立ち入り許可もそれゆえにもらっていた。
大いなる実りへマナを照射するにしても一時ではなくかなりの量が必要。
ゆえに一時的に彗星をこの惑星付近に繋ぎ止める必要もあった。
数日もあればその作業は完全に完了するはず、であったのに。
しかし、襲ってきた人間たちは多勢に無勢。
しかも陽動隊と本隊までわけての徹底ぶり。
念のためにと種子のそばに残っていたマーテルが…
マーテルのマナを目印にしてミトスはマナを種子に照射する予定であった。
だが、結果は。
「ハイエクスフィアが姉様の体の時間を止めてくれてた。
姉様がヒトの手によって命を落としてもなお」
特殊なエクスフィアであることは何となくだがわかっていた。
それでも天使化できた以上、それをヒトにしられれば面倒なことになりかねない、
と他のものが使用しているそれらと呼び名を同じにしていた。
――それも時間の問題だ。マーテルのエクスフィアは人間の攻撃によって傷ついた。
再生機能もいずれは停止する。ハイエクスフィアに宿った精神もやがて蝕まれる
それが天使体の死であることはわかっているだろう?
三日三晩、
大いなる実りと同化したマーテルの前に座り続けていたミトスに投げかけられたクラトスの言葉。
それが通常の天使体といわれているものの末路。
いくらあの精霊から授かった石といえどそれに違いはないだろう。
そのときのクラトス、そしてユアンもそう信じていた。
よもやその石に自己再生能力が備わったり、普通の精霊石とは違う、とは思いもせずに。
ラタトスクより石を授かるより前、
彼ら…ミトスとマーテルもハイエクスフィアを身に着けようとはした。
だが、先にマーテルに副作用の症状がでて、結局最後までには至らなかった。
ラタトスクより石を授かったときも戸惑いはしたが、
それには副作用はない、といわれたこともあり、素直にそれを受け取った。
実際、一般に利用されている”石”とは異なり、
副作用…味覚や痛覚がなくなることはまったくなかった。
逆に自分の意思でそれらを閉じることは可能なれど。
「…大いなる実りのマナが姉様の体の崩壊を止めてくれていた。
姉様が大いなる実りと同化してしまっていたから……」
おそらく何としてでも種子を守らなければという思いからだったのか。
それとも身につけていた石がラタトスク縁のものだったからなのか。
それは今でもミトスはわからない。
どちらかといえば両方の偶然が重なった結果、姉マーテルは
大いなる実りにその体ごと融合してしまったのであろう。
まるでそれは大いなる実りが姉の体を優しく包み込むかのごとくに。
じっと目を見つめられ、あの時のことを思い出しつつ言葉を紡ぐミトス。
あのときの絶望は時を得ても消えることはない。
「ハイエクスフィアが崩壊する前に姉様の精神体を新しい器に入れ替えることができれば。
姉様が本当の意味で死ぬことはない。だから……」
「だからといって精霊達を、ましてやオリジンを封印する必要もなかっただろうに。
なぜにわれのもと、もしくはオリジンかマクスウェルに相談すらしなかった?」
一言でも相談していれば違っていただろうに。
融通の利かないオリジンはともかくとして、
マクスウェルならば自身のもとにいって相談してみろくらいなことはいいそうである。
それがわかるからこそ、思わず深く溜息をつきつつラタトスクとしては言わずにはいられない。
そもそもあの時、自分の元にくればすべては解決していたはずなのに。
”目覚めて”いる最中の”我が子”達はたとえその肉体をうしなえど、
そのマナの構造をすべて把握しているゆえに再生は可能。
たとえ異なる惑星であったとしても、”大樹の記憶”もとい”星の記憶”
さえあれば、無から復活させることもできるのだから。
かつてとある世界において、すべての世界をとりこんだ輩の内部から、
取り込まれたすべての”命”をそのままの形で再生させたように。
まあ、あの世界において精霊はあまり生み出してはいなかったが。
「大いなる実りが大樹としてよみがえれば、同化した姉様も養分として消えてしまう。
彗星のマナを照射し発芽させるよりも先に姉様をよみがえらせたかったんだ。
ほんの少しだけ、大樹が蘇る時間は先になるかもしれない。それでも……」
「だからいったであろうに。ヒトとは愚かでしかないと。
だからこそ、種子の存在とその位置は教えるな、とも。
ヒトとは簡単に他人を陥れ、そしてその真実をねじまげ
自分たちの正統性を主張するものなのだからな」
自分たちの利益…そして思想のためには平気でヒトを…他者を虐げる。
それがヒト。
ミトスですら魔族の瘴気に狂わされていったのであろうが例に漏れてはいなかった。
マーテル教と世界再生の旅というのが何よりの証拠。
――ミトス。お前の気持ちはわかる。だが、時は満ちた。
大樹を復活させねば世界は滅びるのだぞ?
ミトスがそういったとき、クラトスがミトスに対しいった言葉。
――滅びないでしょ?そのために精霊達に頼んで世界を二つにわけたんだ。
大地を存続させるために。
少ないマナでもすべて守りきることができるように。
「でも…僕はあのとき、信じたかったんだ。あんなことになるなんて……」
わかっている。
彼らの笑みの中にどこか歪なものを感じてはいた。
それでも大樹さえよみがえれば、そう思い、
また姉の意見…世界が新しく再生をはじめるのに彼らにも知る権利がある、
といった趣旨のことを受け入れ…そして大樹の種子が安置されている場
かつて大樹カーラーンがあり、停戦条約を結んだあの地に案内した。
いつどうやって大樹をよみがえらせるのかと問われ、素直に答えた。
飛来した彗星に移動して、マナを照射する準備をする、と。
いつ出発するのかもきかれ、素直に答えたあのときの自分。
それをあれからずっとミトスは悔いている。
その言葉の裏で二つの勢力陣の上層部があんなことを考えていたなど夢にも思っていなかった。
いや、思いたくなかったというほうがミトスからしてみれば正しいのだが。
「大樹を目覚めさせなければ世界は二つに分けられたままになってしまう。
それはわかってた。大樹なき状態で世界を一つにもどしても、
その先には大地の崩壊というものしかまっていないのも」
そしてラタトスクによる地上の浄化も行われてしまっていただろう。
「――永遠じゃ、ない。そう、ほんの短い間だけ。
姉様を助ける間だけ。姉様の精神体を移す器をつくったら
そうしたら大樹を目覚めさせて世界を戻すつもりだったんだ。
でも・・・器はなかなか完成しなかった」
それどころか、愚かなるヒトはまた争いを繰り返しだしていた。
門の一つとしていたかの地から互いの世界に行き来できることがわかり、
そこからかつての停戦協定すら無視し侵略を開始しようとしていた。
表向きは互いが互いに、彼らが勇者ミトスたちを害したゆえの報復、といって。
自分たちが行ったことをそれぞれになすりつけて。
「…姉様を殺したのは…殺したのは互いの国の上層部の思惑だった。
彗星ネオ・デリス・カーラーンと大いなる実りを独占したくて
僕らをだまして襲撃してきたのはそれぞれの”国”の人間たちだった。
しかも自分たちの罪をなかったものにしてそれを口実にしてまた争いを行い初めていた」
あれほどヒトに絶望したことはない。
しかも勇者ミトスを害し、
それぞれの国が互いの国が種子を奪ったと公言してしまったゆえ
民すらも国からの発表を信じ、開戦一直線の雰囲気が出来上がっていた。
それでもそれを知るまでは、人々にほんの少しの時間だけ我慢をしてもらうだけ。
そのつもりであった。
その思いすら踏みにじったのは互いの国の権力者たち。
彼らも本当にマーテルを殺すつもりはなかったのだ、とあとからミトスは知った。
傷つけ、ミトスを脅し、ミトスがもちし力すらわが物にしようとした権力者たち。
すべての精霊の、ましてや”精霊達の真の王”、”大いなる意思”の加護を得た
その力をわが物としようとしたゆえの行い。
「まあ、愚かな欲というものにおぼれたヒトが行いそうなものでしかないな。
それはお前とてわかっていたであろうに?」
だからこそミトスはどちらの陣営にも積極的に加わることなく第三の勢力として
戦乱を止めようとあがいていた。
精霊達の力はあくまでも抑止力であり、ヒトの争いには決して使用することはなかった。
「しかし、それでもなぜに”封じる”という手段をとった?」
何が起こったのかミトスの言葉から容易に予測はつく。
所詮、ヒトとはそんなもの。
特に自分たちが一番すぐれている、と互いに思い上がっていたかの国のものであれば。
ゆえに放置しておいても彗星が飛来するよりも先に
それぞれの国は疲弊し百年、もしくは数百年もしないうちに確実に滅びを迎えていたはずなのに。
ミトスはかつてそれをヨシとはしなかった。
すべての命を救いたい、と。
「オリジンはあれでも固いところがあるが。
マクスウェルに話を通せばわざわざ封印という手段を取らずともよかったであろうに」
というかマクスウェルならば絶対に面白がってミトスに手を貸す。
そもそも大地を空に浮かすにあたっても、マクスウェル自らが率先して名乗りをあげた。
別にそれはシルフ達でもできたことだというのにもかかわらず。
オリジンはどちらかといえばあのときもヒトに絶望し見限っていた。
ラタトスクが地上の浄化をヒトに好きなようにやらせたのちにすればいい、
といっていたのをセンチュリオン達からきき、それもやむなし、
そのほうが世界のためにはいいかもしれない、と当時は思っていた。
しかしミトスの真摯なる訴えにまだこのようなヒトがいるのならば、と心を動かされた。
ラタトスクに関してはあまりにしつこいがゆえに情がわいたというほうが正しい。
幾度も幾度も裏切られ、それでも前を向いていきていた様を”視て”いたゆえに、
しつこいくらいの懇願にラタトスクは折れた。
「それは……」
あのとき、そこまで思いつきもしなかった。
いや、思いついてもそれはしたくなかった。
「……君に…ラタトスクにヒトを幻滅してほしくなかったんだ……」
そう、たとえマクスウェルに話を通して芽吹きの時間への猶予が与えられても。
ラタトスクの元にその状態でいけば、
ヒトとはいったとおり所詮その程度の輩であるとお前とて思い知っただろう?
そういわれるのが怖かった。
否、確実にいわれていたという確信がある。
実際、あのときミトスが訪ねてきていれば、間違いなくラタトスクはそういったであろう。
そして
「…だって、姉様がヒトに殺されたって君がきいたら……
地上の浄化はあきらめてくれていたにしても、国は滅ぼしていたかもしれない、
…それだけは僕、嫌だったんだ」
「…まあ、確かに。あのときお前がわれの元にくればその選択をしただろうな」
どちらにしても文明という文明は一度破壊してしまっていたであろう。
それこそあのカビでも使えばいともたやすい。
「お前は相変わらず突拍子もない選択をするな。クラトス達もなぜにとめなかったのか」
ミトスはその思考からか時折、斜め上を突き抜けて変わったことをする傾向があった。
そしてそれをして場を収め、混乱を収拾する実力も兼ね備えていた。
エルフの里で得ていた知識はミトスにより様々な視点からでの未来予測を可能にさせていた。
未来予測云々はどちらかといえばウィノナの言葉の影響もあったであろうが。
罪をかぶるとしても自分が、ヒトの愚かな行為でラタトスクが傷つくようなことはあってはならない。
ミトスの心の奥底にあった思い。
最近ではほとんど忘れてしまっていたが、おぼろげながらも覚えていた譲れない願い。
――いつもラタトスク様は実行なされるとき口にはだしませんが、
無意識なのでしょうか。悲しい表情をされているので。
かつてそれはセンチュリオン達がいっていた台詞。
それを今でもミトスは覚えている。
――わが主にとって、自らのマナで生み出したすべての命は我が子ですからね。
世界の存続のため、とはいえ…いつも愚かなことをするのは、
どの世界においてもヒト、という種族でしかありえないのですが……
世界を混乱させるのもヒト。
また、世界を守ろうとするのもヒト。
たからこそ、ラタトスクは自ら動き決断する。
生かすべきか、やり直すべきか。
時には自らが記憶を封じ、ヒトにまぎれることによって。
時には自らの変わりともいえる代理者を生み出して。
センチュリオン達からミトスはそれを聞かされて知っている。
エルフの里というよりは、ウィノナから聞かされていた大樹の伝承。
大樹の分身、ディセンダーという存在。
世界が危機に陥ったとき、現れるという大樹の化身。
「――互いの国々が再び愚かなことを考えないように思いついたのがマーテル教。
宗教の残酷さと恐ろしさは僕らもよくわかっていたから」
自分たちが信じるものこそすべで他は悪でしかない。
盲目的に信仰しているヒトビトの恐ろしさをミトスはよく知っていた。
何しろ、根源となっていたテセアラとシルヴァラント。
何しろエルフたちはかの戦争を宗教戦争、と呼んでいたくらいなのだから。
一般の民ですら、あの神を信仰しているものは信用ならない、
と公言してはばからないものすらいたあの時代。
「一つの宗教のもとに皆をまとめてしまえばあのような悲劇はなくなる。
大樹をよみがえらせたとしてもまた争いがおこればそれこそ意味がない」
精霊達を封じようとおもった要因はそこにもある。
偽りの宗教をヒトすべてに信仰させるのにどれだけの時を要するか。
姉が復活するのが先か、宗教が行き渡るのが先か。
たとえ姉が蘇るのが先でも、ミトスには姉を説得する覚悟があった。
このままではまたヒトが争いをしかねない。
何しろマナを独占するために攻撃をしかけてきたような輩たち。
そして…そんな状況の中、たとえ大樹を復活させたとしても、
これまで以上にラタトスクに負担をかけてしまいかねない。
ラタトスクのこと。
ヒトが争いをしなくなるまでマナを制限するとかいいだしかねない。
もしくは文明そのものをヒトは盟約によって滅ぼしはしないだろうが、
一度無に還すとかいいだしかねない。
そうもミトスは判断した。
その判断はある意味正しい。
「……僕が君の元を訪ね、姉様のことを伝えたとして。
絶対に文明を滅ぼすくらいは君、したでしょう?」
「したな」
当時の思いをミトスが口にすればそれに対しラタトスクは即答する。
そもそも地上の浄化をしないでほしいとミトスがいってきたとき。
大樹を復活させてもどうせまたヒトは争いを繰り返すだろう。
そうも予測していたゆえに、地上すべてにかの”カビ”を降り注がせるつもりでもあった。
思い上がっているヒトにたいし、今一度、大地とともに生きる。
その意味を解らせるために。
ミトスにその考えをラタトスクは説明したことはない。
センチュリオン達にもその考えはラタトスクは伝えていない。
そもそもあのとき、一度地上が瘴気に覆われてしまったあのとき。
実際、ラタトスクはそれを実行した。
まあ、ルナが住み着いていたとある塔や海底に沈んでしまったとある街は
それらの被害をうけることはなかったようだが。
そして自分たち精霊に頼り切ってその考えを捨てさせるため、
直接この惑星にかかわるのではなくそろそろ本来しようとおもっていたこと。
新たな惑星の創造、それを行おうともおもっていた。
直接、認識できる形で自分たち精霊という存在がヒトに愚かな考えを抱かせるのであれば、
一度、自分たちが離れることにより、ヒトに自覚を促すこともできるのでは、と。
そう思い。
理すら本来の形にかえ、魔界そのものも新たな”惑星”を生み出し、
そちらにすべて移動させるつもりで。
ミトスの計画が、大樹が蘇ればラタトスクはそれを実行するつもりであった。
”今”はすでにその惑星類はすでに創造ってしまっているが。
「君にそんなことはさせくなかった。
それなら…罪は僕らが…僕がかぶって、すべてが解決したあと。
君を起こしにいって大樹をよみがえらせれば…そう、思ったんだ。
でもそれにはどれほどの時間がかかるかもわからない。
精霊達にもきっと反対されるのはわかっていた。だから……」
「だから、封印したというのか…」
相変わらず自分一人で背負い込もうとするその本質はどうやらやはり変わっていなかったらしい。
そのことにあきれつつ、やはりミトスはミトスであったのだな。
と思わず苦笑しつつも溜息まじりにつぶやくラタトスク。
どこまでもお人よしで自分が罪を何でもかぶろうとする。
かつて【オゼット風邪】がとある地域で蔓延したときも。
魔族の瘴気に侵されながらもミトスは自らが巨悪をかぶることを受け入れていた。
だからこそ魔族達に付け入られてしまったのだが。
姉を殺された苦しみや恨み、そういったものを毎晩のように夢として
時には幻覚としてみせられて。
心の奥底で、他者を踏みにじる苦しさに対し、視て見ぬふりをし
その思いを考えをクラトスやユアンにも気取られないようにして。
そうしてこれまでミトスは生きてきた。
瘴気に侵され、それらの”理性”が薄くなっていたとしても。
表面上でみればミトスは完全に変わってしまったとみえていた。
ユアンやクラトス、二人ですら勘違いというか思い込むほどに。
それを決定づけたは、コレットの祖母の姉たるシルヴァラントの神子アイトラの一件。
ミトスはあの光景をみて何も思わなかったわけではない。
ただ、永い時間の中で完全に感情を封じ込め、
何でもないようにふるまうことが当たり前になってしまっていただけ。
それでも…クラトスならばわかってくれる、と心のどこかではおもっていた。
そう信じていた。
クラトスが実の息子であるロイドの生存をしり、自分を裏切る行為をみせるあの時までは。
いや、クラトスがクルシスを離れ、地上に降りたあのときまでは。
ユアンがいつのころからかレネゲードと名乗るクルシスにはむかう組織。
それに接触しているのでは?という思いはあった。
よもやユアン自らがその組織の発起人、とまではミトスは思ってはいない。
まがりなりにも義理とはいえ兄になる予定だった男。
心の奥底で口にはしないが信用していたゆえに。
だからこそ、あっさり、ユアンが”マーテル限定グッズ”につられ
レネゲードに協力したというその内容にうなづいた。
それなら仕方ない、と。
ミトスは知らない。
ラタトスクも知らない。
かつての時間軸…ラタトスクがこの時間に逆行してくる以前の本来あった歴史。
そのとき、ミトスはユアンがレネゲードの党首としり、
壊れたようにくるってしまった、ということを。
執拗なまでにユアンを蹴り続けた。
姉の婚約者であり義理の兄になるべきはずの心の奥底では、
口にはださないがこっそりと、義兄さん、と呼ぶ練習をしていたミトスにとって、
その裏切りはとてつもなく許せるものではなかった。
クラトスに続いてユアンまで。
ユアンがレネゲードとつながりがあるのはロイド達と行動をしていたとき。
ロイド達を絶海牧場から助け出した後、
ミトスが乗っていたレアバードはレネゲードから借りたと咄嗟に嘘をついた内容。
それをきき、リフィルが報告がてらなら返したほうがいい、と判断した結果。
ロイド達の会話の内容から当時のミトスは理解した。
理解してしまった。
あのユアンがレネゲードにかかわっている、と。
狂ったように幾度もユアンをいたぶるようにして蹴り続けたは、
そんなミトスの心情を現していたということをあの当時、
あの場にいた誰も気づきはしなかった。
クラトスはロイドをかばい、気を失っていたが意識があっても
クラトスもミトスの心の奥底を理解しようとはしなかったであろう。
変わってしまった、と思い込んでいたがゆえに。
「クラトス達にはそんなこといってはいない。
ただ、姉様をよみがえらせるために彗星のマナを利用する、としか。
彗星のマナを使うことによって姉様を大いなる実りのマナを使わずとも
守ってあげられるからって…そう、いったんだ」
さえずるように聞こえてくるあの”声”に確かに惑わされたのもあるかもしれない。
けども、あのときはクラトス達には表向きの理由を説明し
納得させたほうがいい、そう思ったのもまた事実。
――マーテルは死んだのだ。人間どもに殺された。
確かに今は眠っている状態ということもできるかもしれんが、
それは大いなる実りと同化してしまったからにすぎぬ。
このまま放置すればマーテルのハイエクスフィアが
大いなる実りのマナを喰らい尽くすぞ。
そうなれば今度こそマーテルは消滅し大いなる実りも消滅する。
ユアンの言葉がミトスの脳裏によみがえる。
「だからといって、よりによって封魔の石をつかうとは……
アレはたとえ大精霊と呼ばれているものたちですら、
一度とらえられてしまえば外からの外部干渉がないかぎり
契約に縛られているかぎり、あいつらでもあらがうことはできぬであろうに」
大精霊達のマナは膨大。
封魔の石を加工し、さらに発展させていったものが、
かつて開発されていた【クレーメルゲージ】という代物。
かの品は大精霊すら捕獲する。
そして捕えられたが最後、外部干渉以外にその力を外に漏れさすことはない。
アレも利用によっては友好的なれど、いつの時代もヒトはそれを悪用し、
精霊達の力を我がものにしようとする。
かといって、アレはある意味で魔界を封じるために必要不可欠でもあった品。
ヒトは知る由もないが、完全に魔界との扉…
すなわち接点が完全に解放されないのは、かの石を利用しているからにすぎない。
世界のマナが石…大地の奥底に設置している層にゆきわたり、
それが封印の役割の一端を担っていた。
かの扉は出入り口にすぎず、ある意味ではニブルヘイムごと、
”封魔の石”でもってしてふたというか囲いをつくったに他ならない。
だからこそ、理を元にもどしていたあのとき。
世界のマナが薄くなり、取り込めるマナがなくなりかけたあのとき、
一部の大地にてその”壁”が緩み、瘴気が地上にと噴出した。
ラグナログの時は愚かなるヒトの手によりいくつもの小窓が開かれてしまい
それゆえに”壁”が破壊されないまでも地上が瘴気に覆われてしまったのだが。
「精霊炉の土台として封魔の石が使われていたことから、
お前がかかわっているのは一目瞭然ではあったが……」
それにしても、とラタトスクとしては思わずにはいられない。
さらにいえばあれは特定のマナにしか反応しないようにと設定がなされていた。
「精霊達は世界を存続させてゆく上で完全に封印するわけにもいかなかったし。
何よりも大いなる実りすら求めてきたヒトが精霊達の力をもわが物に。
そう行動しないともいいきれなかった。
特定のマナにのみ反応させる装置を生み出すことによって、
精霊達が他に利用されないようにして世界の存続を継続させた上で、
オリジンが干渉してこないよう、オリジンに対しては
マナを供給する天使体と封魔の石を魔術で結び付けてマナの檻を完成させた。
天使体の命でつくるマナの檻だからこそ、理論上は永遠に消えない封印になる。
実際にそうなっていたしね」
さすがはミトスというべきか。
おそらく、ミトス一人でその方法に思い至ったのであろう。
マーテルが害されたそののちに。
精霊研究に協力し、そして召喚を習得しさらにはたった一人で
大精霊とよばれしものたちとの契約を成し遂げていたミトス・ユグドラシル。
そもそも世界を分割するという考えもミトスが思いつき、
そしてオリジンや自分にも提案してきたこと。
限りある少ないマナの状態で世界を存続させてゆくために。
「だから、なぜそこで封印、という手段をとったのだ…
お前たちが頑張っていたのは知っている。
いくら”俺”とてそんなお前たちを蔑ろにするようなことはしなかったというのに」
自分の元にそのとき訪ねてきてくれれば何とでもできた。
彼らはそれまで、自らを犠牲にしてまで世界につくし、否、世界の存続につくしていた。
マーテル一人くらいよみがえらせることはわけはなかったというのに。
私利私欲で彼らがそれまで精霊達の力を利用したことは一度もなかった。
そう、一度も。
だからこそ、ミトスたちに裏切られたと知ったとき、信じられなかった。
あのミトスですら裏切りをみせた以上、ヒトというものが完全にもう信じられなかった
それこそもうヒトとは完全に世界に巣食う性質の悪い害虫、としかおもえなかった。
もっとも、そのとき訪ねてきていたとしても、
マーテルをよみがえらせたのち、何らかの地上に対しての処置はしていたが。
ミトスが約束を果たした以上、ヒトと大地の存続、という約束は果たした上で。
すべての文明力を無に還す、という形で。
「だって、君のところにいったら、絶対に君が何かするとおもったし。
大樹をたとえよみがえらせたとして、
君がヒトに何らかの手をだせば、ヒトがまた大樹によからぬこともしかねない。
僕らが…ううん、罪をかぶるのは僕だけでいい。そうおもったんだ」
ミトスの語る思いに偽りはない。
ラタトスクをみつめつつも、ふとその視線を空にとむける。
ぽっかりと浮かぶ、紫色の巨大な月のようにみえている彗星。
「マナの檻は…クラトスから申し出たんだ。僕がそれをしようとおもってたんだけど」
マナの檻を作るということは、逆をいえば封印を解くとき、
マナの供給源とした天使体が死にかねない、ということ。
だからこそ、ミトスはその役割を自分で担おうとおもっていた。
マナの供給者が死ぬか、体内のマナを体外に拡散させる必要がある以上、
ミトスが提案し…そして実行した封印方法はそれほどまでにリスクが高かった。
――だから、私がやるといっているのだ。
マーテルが目覚めたとき、ミトスとユアンがいなければ話になるまい
――クラトスだっていなくちゃこまるよ
「…僕は自分を封印の鍵にするつもりだった。
でも、クラトスは
【どうせ誰かを犠牲にしなければならないのなら、やはり自分が一番だ】
そういって譲らなかった。人柱となるのならどんな時も生き残れる強さが必要だろう。
そういって」
――私なら自分の命は自分で守れる。それだけの腕はあると自負しているつもりだ。
――ふざけるな!私でもミトスでもその条件は同じではないか!
当時のやり取りが鮮明にミトスの脳裏にと再生される。
――だが、私は人間だ。人間のあやまちによって今回のことが引き起こされたなら
すべてが終わってオリジンを目覚めさせるときに失われる命は、やはり人間のものだろう
クラトスがヒトのしでかす行いに心を痛めていたのは知っていた。
自分の同胞が申し訳ない、とよく口にもしていた。
そのたびに、クラトスはクラトス、他人は他人だよ。
そういっていたのはほかならぬミトス自身。
そしてそれは、ロイドの口癖ともかぶる。
――死ぬと決まったわけではない。普通の人間ならば
マナを放射すれば危険だが、天使体なら精霊維持機構が働く可能性もある。
私を信じてくれ。
「僕は…納得できなかったけど、クラトスも譲りそうになかった。
僕が背負おうとおもったものをクラトスが引き受けてしまったんだ」
「…なぜそこで、ユアンもクラトスも止めずに
我が元にくるべきだ、といわなかったものか」
本当に。
もしくは彗星が接近した時点で自らが目覚めていれば違ったのか。
「…お前たちが訪ねてくるまで力を蓄えるべく眠りにつくのではく。
彗星の接近とともに目覚めるようにしておけば…
お前たちの行動もまた違ったものになっていたのだろうな…
お前たちがそのような行動をしたのもわれの責任でもあるわけか」
永い年月を得たゆえに、そして当時の出来事が鮮明に上書きされ思い出されるたびに
そうおもわずにはいられない。
ミトスたちがこのような世界を作り出すそのときに、
自分が目覚めていれば違ったのではないのか、と。
「ううん。違わなかったとおもう。僕は君には負担をかけたくなかった。
たぶん、君が目覚めてても決着がつくまで眠っていてもらう方法をとったとおもう」
それこそラタトスクの怒りをうける覚悟でコアに戻してしまっていたかもしれない。
そういう自覚がミトスにはある。
「あくまでも僕ら”ヒト”の手ですべての決着をつけ…君の元にいくべきだ。
そう、そう思ってたんだ……
コレットが姉様の器になってすべてが終わったらそうするつもりだった。
そのときに受ける怒りなどはすべて僕が引き受けるつもりで」
そのときに自らの考えも伝えるつもりではあった。
種族が違うという理由で差別がおき、争いがおこるのであれば
今自分がしようとしているようにすべてを一つの種にしてしまえば争いはなくなる、と。
もっとも、それをしても争いはなくなることはない、と確実に言われていたであろう。
「微精霊達すらをも利用して…か。
たしかにヒトの精神体ごとき微精霊達に取り込まれてしまうであろうが…」
天使体となるということは、ある意味で人工的な半精霊体になることと等しい。
ヒトが争いを繰り返すのであればヒトでないものになればいい。
おそらくミトスはそのように結論づけてしまったのであろう。
そんなことはありえるはずがない、というのに。
「魔族という前例がある以上、お前がそう思うとは思わなかったがな」
魔族達にも器はない。
精神生命体という、ある意味で統一した種族ともいえる。
しかし、その魔族の現状は実力こそすべて、力こそすべての実力主義の世界。
他者を簡単に陥れ、そしてふみつける。
負にとらわれ、そしてその負と同化し歪んだ形の負として”いきて”いるかつての【地上人】達。
「それは……」
いつのころからかそれは考えなくなっていた。
いや、あまりにも愚かなヒトの行いを目にし、
種子が目覚めないことをうけ、国々がさらに争いをし始めたあのとき。
ミトスの心はある意味、他者に対しては凍り付いたといってもよい。
結局、ヒトは変わらない。
変わろうとしない。
変わろうとしないものには何をどうやっても無駄なのだ、と。
ならば、それを変えてみせよう。
自分が悪といわれようとも絶対者となって。
この世界はすべてが平等。
その思いのもとにかつて行動していた。
けど、最愛の姉を殺され、ヒトはラタトスクがいっていたように
救いようがないものは救いようがないのだ、と思い知らされた。
ヒトとエルフ、あるゆる命、運命、何もかもが決して平等はなりえない。
だからこそ自分が変えよう、とおもった。
本来ならば精霊ラタトスクがしたかもしれないことを自分がする。
そもそもこれはヒトが始めたことであり、ラタトスクにばかり負担をかけるわけにはいかない。
罪は自分が負うだけでいい。
絶対的な力のもとに人々を管理し支配する。
時の流れの中でそれにあらがうものもでるかもしれない。
でもそれは、すべての命が協力しなければ自分にたどり着けるはずもない。
自らが世界における悪となることで世界が本当の意味で一つになれば。
そう思い設立したクルシス、という組織。
表向きには虐げられるハーフエルフたちを受け入れる組織として。
しかしミトスのその根底たる思いすらかつては打ち砕かれた。
ミトスを止めようとしたかつてのロイド達は真実を自分たちの胸の内にのみとどめ、
世界に真実を伝えようとはしなかった。
混乱を恐れ。
その結果、世界が統合されたのち、テセアラ側のシルヴァラント人の差別が始まった。
野蛮人、そう蔑んで、迫害し、
それこそかつてのハーフエルフ迫害よりもひどい行いを一部のもの
…特にテセアラのマーテル教会のものがしはじめた。
その裏にはその当時、いまだ投獄され身内だからという理由で処罰されていなかった
元教皇の存在があったりしたのだが。
救いの塔がなくなりクルシスがなくなったことにより、
神子の発言力が極端に重要視されなくなっていたのもひとつの原因。
記憶を失っていた状態にて、テセアラ人がどれほどの王暴さをみせていたか。
それをラタトスクは知っている。
力づくで村に住まう女性を連れて行こうとしたテセアラの貴族。
王都という衆目がある中で平気で老婆を罵倒し、蹴り飛ばしていたマーテル教の神官。
それらはミトスの本意をユアンもクラトスも…そしてロイド達も気づくことなく、
真実にふたをした結果もたらされた出来事。
――僕は幾度でもこの道を選ぶ。そう、幾度でも。
ミトスが消滅するとき、ロイド達にいった言葉の真意。
その真意にロイド達は気づかなかった。
気付くことすらしなかった。
完全に覚醒していなかったラタトスクもそのときのミトスの言葉は知りはしない。
精霊達はそれを知っていてもそれを”王”に伝えることすらしなかった。
彼らも沈黙をたもってしまっていた。
最後の最後で、精霊達はミトスの本意というものにようやく気付いた。
けど…それはあとのまつり。
精霊達とて思うところがあったのであろう。
自分たち精霊がミトスの本意にもっと早く気づいていれば
クラトスやユアンにかわり何らかの忠告、もしくは意見ができたのではないのか、と。
だからこそ…ラタトスクの命を彼らは把握していても、
契約者たるしいなにすらそのことを打ち明けることはなかった。
”王”の力を知られ、ヒトがこれ以上”王”を追い詰めることになりえるから、と。
…もっとも、精霊達のそんな思いに反し、ラタトスクは記憶を失い、
エミル・キャスタニエという人格として彼らに合流してしまっていたのだが。
それはラタトスクがかつて経験した遥かなる過去の出来事であり、
この地においても何もしなければたどり着いていたであろう未来。
「…微精霊達まで利用することに戸惑いがなかったわけじゃあない。
けど、いつまでたってもヒトは争いを止めようともせず、
マナを無駄に消費する魔科学の研究もやめようともしなかった。
世界を二つにわけているままでも、なお」
そして実験に利用されるはいつもハーフエルフ、もしくは罪なき力よわきものたち。
絶対的な、それでいてヒトとは違う力が必要だった。
人々にクルシス、という天の組織、女神マーテルに仕えしものたちがいるのだ、
と知らしめるために。
いつのころからか微精霊達の悲鳴すらミトスにはきこえなくなっていた。
そしてそれを不思議にもおもわなかった。
じわじわと魔族の瘴気にミトスもまた侵されていたゆえに。
今だからこそわかる。
ラタトスクはそんな自分の中にたまっていた瘴気を旅の最中に何らかの形で
ゆっくりと浄化したのだろう、ということが。
「――僕が初めて”扉”からギンヌンガ・ガップに出向いたときも。
月が最大に見える日…【スーパームーン】の日、だったね。
そして君から大いなる実りを授かったあの日もまた」
だからだろうか。
素直にこれまで隠し通していた心情をこうして言葉にできているのは。
月は満ち欠け、そしてヒトの精神にも作用する、といわれてもいる。
巨大な月にみえる彗星は当時のことをミトスに思い起こさせるには十分すぎるもの。
彗星の今のありようは、かの月を連想させる。
楕円軌道によってこの惑星の周囲を巡っている衛星、それが月。
月の地球への最接近が重なることのより、地球上からみた月の円盤が最大にみえる現象。
それを今の彗星のありようは連想させる。
その呼び方はかつてからあった占星術に由来せしもの。
自分たちが彗星を軌道上にとどめ置いたのち、
地上においてその現象はみうけられていない。
正確にいえば、”救いの塔”にかけている”術”によって認識阻害をされていた。
「…ミトス。お前はマーテルをよみがえらせたのち、
今のような組織をいったいどうするつもりだったのだ?
種子の消滅という可能性もありえる、という考えに目をつむってまで」
たしかに、ミトスが初めてやってきた日も。
種子を授けた日も月が地上というかかの”扉”の地から大きく見える日であった。
意図したわけでなかったにしろ。
pixv投稿日:2015年7月26日某日(Hp編集:2018年5月6日(日)開始
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あとがきもどき:
あとがきというか一言突っ込み
~城と化した城からの脱出~
ちなみに、城から脱出のときの光景は、
やはり剣圧で海とか何かを真っ二つに切り裂く。
そのお約束光景が脳内にては展開されてるので読んで下さる方も
それをあてはめてもらえればうれしいかと
…某映画の(題名わすれた)逃げる最中砂の壁が崩れてくる展開ですv
海がぱかっとわれる某聖書のシーン、あれを砂におきかえてください(マテ)
~ゼロスとミトスのやりとり~
この二人って案外、ウソつき同士のこともあり、
示しあわせをしていなくてもその場の状況におうじ
相手のウソにいいようにのっかって話をすすめるイメージがあったりします。
あるいみ、ミトスとゼロスによる茶番劇(笑
でも真実をしらない民からすればそれがすべてですv
真実しってるロイド達からしてみれば何ともいえない想いでしょうけどね。
~リフィルのロイドへの説教?~
この説教、本筋というか原作でもあったんじゃないかな。
と私的にはおもってます。
時間率でいえば、ロイドが馬鹿やってポールのお母さんにプロポーズしたあたりで。
ぜったいリフィルのお説教あったとおもうんですよね。
で、それもあって、ロイドは少しは耐える(笑)ことを覚えて、
ラタ騎士での何もいわない寡黙をつらぬけたんじゃないかな、とおもったり。
シンフォニア時間軸のままのロイドだと、ユアンに危険性とかいわれても、
ぜったいお人よし全開してぽろっと真実いってそうですし。
でもラタ騎士ではそれがなかったということは、少しはそういった面でも成長した
で、その成長にポールの母親に対するプロボーズ事件がかかわっているのでは。
と私的にはおもってます。
リフィル、絶対にかなりお説教したとおもいますしね(苦笑
この話ではその説教さんがすこしばかり前倒しになったとおもっていただければv
引き合いにだされたのがポール母とミトス、という誤差はありますがw
~~~
ようやくここまできたなぁ…と自分でもしみじみとおもったり
あと残ってるイベントもどきはヴェリウスの件くらいですか(苦笑
さてさて、ようやくのやくで、ラタトスクとミトスの本格的な会話がはいりましたv
これまで少しづつは会話してたけど、”ラタトスク”として
完全に腰を据えて会話した、というのはほとんどなかったのもありますがv
小出し、小出しではラタ様、ミトスに問いかけてはいましたけどね(苦笑
あと、クラトスの贖罪から、ミトスが精霊達を封印に至った経緯?
それを取り扱ってます。前にもちらり、とだしましたけど
今回はラタトスクとの会話の中でミトスが思い出す、という形式です。
思い出すというよりは、ミトスがかつて考えていたことを
ラタトスクにその心情を打ち明ける、といったほうが正しいですが。
それに踏まえ、ロイド達側にとっては急転直下ともいえる出来事がおこります。
まあ、ジーニアスがタバサが自爆したあと
拾って?いた石からみなさんは連想をすでにもうしてるかとv
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