光る道を進んでゆくことしばし。
道からみえる光景は様々な地の様子を映し出している。
共通せしは天使達の姿、そして真っ黒い異形の存在。
そして大きな町になればなるほど、ヒトと人同士のぶつかり合いがが起こっている光景。
暴徒と化してお店などを襲っている人々の姿すら映し出されている。
救いの塔が消えたことにより、人々の不満、そして不安が一気に吹き出し、
暴力という安易な方向に逃げているという理由もあるにせよ。
それはあきらかに見ていて気持ちのいい光景ではない。
ようやく無数に浮かびし鏡の群れ…そうまさに群れといってもふさわしき一角。
その場所を通り抜けるとともに誰ともなくほっとした安堵の息をつく。
それほどまでに世界中で起こっているかもしれない現実。
この場を放り出しすぐにでもそこに駆け付けたい衝動にかられるが、
しかしその中の一つだけを選ぶわけにもいかず。
かといって空中に浮かんでいるそれにはいるためには、
すくなくとも空を飛べるコレットたちの力を借りる必要がある。
ロイドなどは翼がせっかくでたのだからという理由でそのまま飛んでいたのだが、
鏡の向こうの光景をみてはすぐに飛び込んでいこうとするがゆえ、
なぜかユアンがもっててた…何でも街の中でみつけた、らしい。
ロイドの腰にその紐をリフィルがむすびつけ、
まるで小さな子供にするかのように紐にてロイドとリフィルをつないでいたりする。
つまりは、ロイドが飛んでいこうとすれば、ピンと紐がはり、
ロイドはそのまま空中にてつんのめる、という幾度もの経験をしたのちに、
ようやく光る道も途切れた行き止まりにとたどり着いたらしい。
「さてと。この中はもう完全にランスロッドの影響下になってるけど。
覚悟はいい?僕はここでまってるけど」
鏡の前はこれまでとは異なりすことばかり足場がひろく、
丸い円陣を描いたかのような足場には全員が鏡の前にたてるほど。
「?何であんたは先にいかないんだい?」
それは素朴なるしいなの疑問。
「僕がここにいないと。
ここでこの空間抑えてないとこれ、街に広がりかねないよ?」
それはウソではない。
ラタトスクがこの場にいることにより、一部の空間のみが異変化しているだけで、
いまだに他の場所に異常はおこってはいない。
ラタトスクが意図して一部の空間のみに指定しているがゆえ
この異変は城の一角だけにとどまっているが、
ラタトスクが手を離したが最後、異変は街の中にまで簡単に及んでしまう。
これ、といいつつ指し示すは摩訶不思議なる空間。
そんなエミルの台詞に、
「そうか。次元の管理は得意とするところであったな」
「まあ、扉をつくってたくらいだし」
わざわざニブルヘイムと地上との次元を分けたのち、
そして位置の位相もずらして互いの世界を両立させていたのはほかならぬ事実。
ユアンがふと思い出したようにいえば、そんなユアンににっこりと答えるエミル。
「この先は我々だけでいったほうがいいだろう。
魔族達はこぞって精霊ラタトスクを殺すことを執念としているしな」
ラタトスクが死ねば世界は地上は魔界になる。
それこそ大樹カーラーンがこの地に移植されるよりも前の世界の状態に。
もっとも、ユアンもまだ知る由もない。
すでに地下に位置していたニブルヘイムそのものは変化を遂げているということを。
「奴らは目的を達するためならば手段は選ばん。
それこそこの大陸そのものを消し飛ばしてでもけしにくるだろう」
この先にいる魔族があの魔王リビングアーマーとなのっていたものであれば。
それくらいはやってくる。
街が一つ消えるくらいかわいいもの。
最重要たる精霊を消すために彼らがどのような行動をしてくるのか。
最悪な可能性も視野にいれておいたほうがよい。
いくらヒトの姿を模しているとはいえ高位魔族達が精霊ラタトスクに気づかないはずがない。
それでなくてもこの地に精霊がきているとしればどうなるか。
時間はあるいみ差し迫っているといってもよい。
「大陸…そのものって……」
そんなユアンの台詞にかすれたようなマルタの声がマルタが意図するでなく
無意識のうちに紡がれる。
言葉の比喩だ、と笑い飛ばしたい。
でもそれができない真剣さがそこにはある。
「――この先に進めばおそらくは命の保証はできぬだろう。
私とてお前たちを守りつつ戦うことなどできはしない。
自分の身は自分でまもる。それができないのであれば、
この場所でエミルとともにまっているほうが賢明だろう。
…私は先にいく。言葉の意味をよく考えて行動するのだな」
それだけいいつつ、ちらりとエミルに視線をむけたのち、
かるく頭をさげてそのまま振り返ることなく鏡の中へと消えてゆく。
そんなユアンを見送りつつ、
「と、いうわけだ。セレスはここに残れ」
「お兄様!?」
いきなりといえばいきなりのゼロスの台詞。
おもわずゼロスに向かって叫ぶセレスは間違ってはいないであろう。
ここまでともにやってきたのに、この場にのこれ、など。
セレスとしては納得できない。
「あの”中”でも少々厄介だったんだ。お前には退路を守っていてほしいのさ。
いざ、という時のためにな。何かあってもお前の声ならば必ず俺に届く。
万が一、入口が消えてしまってもお前が呼んでくれればそれが目印となる。
だからこそお前はここで待っていてほしい」
たとえどんな場所にいようとも、かならず大切な妹の声は聞こえるはず。
いや、聞いてみせる。
こんな変な空間をつくりあげている魔族がそう簡単に自分たちを逃すはずがない。
今ならばたしかにひき返すことはできるだろう。
けども、先ほど目の当たりにした光景。
人が生きたまま溶かされマナそのものとして利用される。
このままでは大切なヒトすらその実験材料にされかねない。
セバスチャンのことも気にかかる。
おそらくセレスはトクナガのことも気になっているだろう。
もしかしたらもう、と思わなくもないがあれでもワイルダー家に仕える執事たち。
そこらにいるものたちよりもよほど腕はたつ。
異形のものたちにどこまで通用するかはわからないにしろ。
禁書の中にはマルタとセレスはついてこなかった。
正確にいえば彼女たちはみずほの里で留守番をしていた。
あのような悪意に満ちた空間に妹がいなくてよかったとゼロスとしては切に思う。
魔族というものは人の心に隙間をつくり、そこに入り込んでくるという。
それこそおとぎ話だとおもっていた存在は今まさに身近にある。
大切な妹をそんな悪意に触れさせたくはない。
ゼロスがであった偽物のセレスのようなアレを経験させたくはない。
偽物だとわかっていても、大切なヒトの顔で言葉でなじられるそれは、
心を強くもっていたとしてもいつかは壊れてしまいそうで。
実際、延々とあの姿であの言い分を聞かされていればどうなっていたのか。
問答無用で妹の姿をしているアレを切り捨てることができたのか。
ゼロスは今でも時折考えることがある。
おそらくは…何もできないままに相手に殺されてしまいそうで。
自分がそうのなだから、セレスにそんな思いをさせたいと思うはずもない。
まちがいなく、セレスの心を揺さぶるために魔族は自分の姿を利用する。
かつてセレスが思い込んでいたというセレス自身の存在。
その命を否定する形にて。
「でも…」
それでもセレスは納得できない。
すくなくも、退路云々というのであればエミルがここに残るというのだから、
エミルだけで事たりるのではないだろうか。
そんなセレスの思いに気が付いたのか、
「たしかに。ゼロスの言う通りね。おそらくエミル。
あなたはそこまで手を貸すつもりはないのでしょう?」
「まあ、宣言させてますしね。僕自体がその宣言を蔑ろにするわけにもいきませんし」
精霊達は手をかさない、というオリジン達が彼らにいった台詞。
すぐさまにエミルの言わんとするのがそのことであるとリフィルは推察する。
やはりエミルは今現在ともにいてもどちらかといえば傍観者。
いや、監視役というべきか。
「確かに。セレス嬢ちゃんはここにのこったほうがよいだろう。
ワイルダーの血筋は曲りなりにも神子の…マーテル様の器に近しい家系。
つまり血もより濃く呼び合う力もまた強い。
万が一、空間がねじれたとしてもそのつながりで戻ってこられる可能性が強くなる」
それこそマーテルの器としてよりマナが近しい構造になるように、
徹底し血筋が管理された家系。
それはブルーネル家にもいえるのであるが、コレットには姉妹はいない。
母の妹はいるらしいのだが、コレットはあったことすらない。
そもそも姉が不貞を働いて神子が生まれたというその言い分。
それを真っ向から否定し縁を向こうから切ってきたのが実情。
姉の子供はまちがいなく夫であるフランクの子だと主張しても、
輝石を握って生まれた以上、この子は天使の子でありフランクの子ではない。
そういわれ。
それを悲観し命をたったコレットの母親。
それをうけ、絶縁状をたたきつけ、まったくかかわりがなくなっていたりする。
それでもクルシスがある限り、神子の家系から逃れることはできないであろうが。
コレットはそれらのことは知りはしないが、
母が自分のせいで命を自ら断ったというのは知っている。
自分が不義の子、天使の子といわれたばかりに。
真実を知った今ではフランクが実の父親だということを知ってはいる。
でも昔はコレットも自分が父フランクの子ではない、と思い込んでいた。
そのように周囲からもいわれていた。
お前は天使の子であり、十六歳で世界を救う神子なのだ、と。
そして世界を救うとともに死ぬ、ともいわれていた。
そのように育てられた。
それが間違っているなどとおもいもせずに、死ぬためにいきている。
誕生日を迎えるに従い、死ぬ日が近づくんだと怖かった。
…ロイド達がコレットという自分自身を祝ってくれるまで。
そして神託のあの日。
初めて父親が会いに来てくれたのだとおもうとうれしかった。
あの天使レミエルが実の父親だと信じ込んでいたがゆえに。
でも幾度か邂逅を重ねるにつれ、違うのではないのか、とおもっていた。
言葉だけで娘というばかりでレミエルの視線は自らをみていない、と分ってしまったがゆえに。
だからあのとき、救いの塔でロイドにレミエルが父親でないとわかっていた。
そうコレットは心で語り掛けた。
なぜかその心の声は届くはずもないのにロイドに届いていたようだが。
タバサの口から語られるマナの血族の話をきき、
コレットの脳裏に自らの生い立ち、そして再生の旅のことがふとよぎる。
そんなコレットの心に気づいているのかいないのか。
「…儂はこれでもクルシスの中では輝石に携わっていたこともあり、
マナの血族に関することは誰よりも知識は多いとおもっておる。
ゆえにセレスの嬢ちゃんをここに残すのはわしも賛成じゃ」
いまだに意識をひっこめるわけでなく、
アルテスタの人格のままのタバサがそんな彼らに淡々といってくる。
ファイドラの姉アイトラの一件。
すなわちコレットの先代神子のことも当然アルテスタは知っている。
たとえそれがタバサの中にある人格と知識を封じた仮初のものとはいえ。
アルテスタ自らの魂の一部を削り分けられたそれは
ある意味でアルテスタ当人といっても他ならない。
本音をいえばついていきたい。
しかしそこまでいわれては、セレスとしては黙り込むしかできない。
いわばそれは神子であるゼロスと血のつながった自分にしかできないこと。
万が一の時のための道しるべとして退路を確保しておいてほしい。
足手まといとかそういうのではなく、身内だからこそ信じて託せる大切なこと。
呼び合う力というものはセレスにはよくわからないが。
しかし、マナの一族に詳しいという彼の人格がいうのであればそうなのであろう。
こんな状況の中、わざわざドワーフたる彼が嘘をついてくるとはおもえない。
「というわけだ。エミル君。わるいんだけど妹を頼むわ。
それくらいなら別におまえらの規定にひっかかりはしないだろ?」
「まあ、問題はないですけど。じゃあ、セレスさんはここに残るとして。
マルタはどうするの?」
「…え?」
いきなりエミルに話しかけられ思わず返答にこまるマルタ。
「マルタも以前、禁書の中にはいかなかったよね?心構えができてないとおもうけど」
それに何よりも、
「…あいつらって昔から王家の血筋のものを狙っていた節があるしね……」
あのときは気づかなかった。
けど、完全に人格が統合してからのちわかったこと。
当時のあのブルートの変貌はあきらかに魔族がかかわっていた。
ソルムのコアの波動にて精神を狂わせた彼の心につけいり、
その体を操るのは魔族達にとってとてもたやすかったであろう。
ソルムがあのとき自力で目覚めることをしなかったのも、
目覚めることによりラタトスクが目覚めているというのを気付かれないがため。
だからこそあのとき、マルタが孵化の儀式をするために、
ソルムは意識を覚醒させていても孵化をあえてしなかった。
かつて狙われしはブルートの体。
扉の封印が弱まり、一度魔族を受け入れていたブルートは、
魔族達の新たなる窓としては最適ではあった。
魔族に利用される恐れをセンチュリオンが指摘し、あのときはブルートの体は火葬されたのだが。
そのあとに彼らが狙いしはテセアラ王家。
そして今もまたその王家がこうして利用されている。
「この先に待っているのはまちがいなく君たちにとっては死闘。
別にここでセレスとまっていても皆は文句をいわないとおもうよ?」
「…たしかに。ここでマルタに何かあれば。ブルートさんたちが黙っていないでしょうね」
マルタに何かあればブルートが組織をたちあげそれどころか敵対宣言をしてきかねない
おそらくあのマルタの父親の親ばか具合をみるかぎり、
それくらいはやりかねないであろう。
だからこそ、エミルの言葉にリフィルは考え込んでしまう。
もともと、この旅は自分たちだけで進めるはずだったのに。
半ば強制的についてくることになったマルタ・ルアルディという存在。
それもすべてはマルタがエミルという少年に淡い恋心を抱いたゆえ。
しかし今のマルタはエミルが本当は”誰”なのか知っている。
いや、知ってしまったというべきか。
人の少年の姿は仮初のものであり、世界を守りし精霊。
大樹カーラーンの精霊ラタトスクそのものである、ということを。
精霊とヒトの定義。
そのたがえようのない存在の違い。
おそらくマルタの中でいまだに答えはでていないはず。
エミルという存在も、精霊ラタトスクという存在も同一であり、
ヒトあらざるものであり自分たちヒトとは価値観が違う、というその事実に。
瞳の色かかわり雰囲気もかわるアレがより精霊の力に近づけている姿なのだろう。
しかしリフィル達はいまだかつて精霊ラタトスクとしての姿はみたことがない。
他の精霊達をみるかぎり、精霊としての姿かたちというものをもっているはずだが。
なまじヒトの姿に近いゆえにマルタはその想いに踏ん切りがつかないであろう。
そういったマルタの乙女心はリフィルとしてはわからなくもない。
――実ることのない想い。
そんな想いを抱きつけるのはどれほど酷なのかも十分に理解している。
それでも…それでもヒトの姿でいるエミルと少しでもそばにいさせてやりたい。
という想があるのもまた事実で。
矛盾している、とはおもう。
しかし、恋とはそういうものだということをリフィルは身をもって知っている。
リフィルの場合は種族の差…ヒトとハーフエルフという差ではあったが。
心に迷いがあれば必ずそこに隙ができる。
そしてその隙は問答無用で死に直結する。
おそらくこの先の戦いはそんな迷いをもっていれば生き残れないであろう。
たとえそこにあの勇者といわれたミトスがいようとも。
「私は……」
リフィルに見つめられ言葉につまるマルタ。
ここでまっていれば少なくとも安全のはず。
すくなくとも、セレスもエミルもここにいる。
でも・・・じゃあ、皆は?
自分だけ安全な場所にいて?
セレスはここに残るだけの理由がある。
万が一にそなえ、ゼロスとのつながりをもってして道を確保する、という役割が。
「マルタ。あんたは時が時ならお姫様なんだから。
わざわざ死闘に参加する義理もないよ。
お姫様は本来ならば守られるものなんだからね」
暁姫の力。
いまだにしいなの中にはあのときのくちなわの言葉が残っている。
それが意味するこはわからない。
自分が生まれながらに児雷也と共にあったことをいっているのか。
わからない。
だってしいな自身は捨て子であったはずで、
すくなくともかの地の滅んだ島国の皇族とは何ら関係もないはず、なのだから。
でももしも、もとも百歩譲ってその血筋が自分の中にあったとしても、
きっと自分は守られているだけの存在には満足がいかないだろうな。
そんな想いもしいなの中にはある。
けど、マルタは。
しいなの言葉に裏はない。
「世界は一つに戻ったようだし。あんたにはこれからの役割もあるだろうしね」
それこそ王族として。
「自らの目で自分で確かめるか、それともすべてを見守るにとどめるか。
ある意味究極の選択だねぇ。マルタちゃんはどうするよ?」
「わ、私は……」
ゼロスの言葉にマルタは詰まるしか、できない。
「…あれ?」
皆とともに鏡をくぐったはずなのに。
なぜに背後につづくリフィル達の姿がみえないのであろう。
タバサの姿はそこにあるものの、
いるべきリフィル達の姿がみあたらない。
思わずふりむき、入口は扉のようにみえるそれを振り返り、
そして前方、周囲を確認する。
ピシ…パキィィッン!
ここは一体…
周囲は漆黒の暗闇。
先ほどと異なるのは見上げた周囲は百八十度すべて漆黒で、
星空らしきものがみてとれるというのと、
足元の少し斜め先の下。
そこに青い球体のようにみえるナニかがある、ということ。
足場となっているのは水晶か何かであろうか。
八角のまるで蜂の巣状に文様がいくつもはいった透明な板のような何か。
それらが敷き詰められており足場そのものを構成しているのがみてとれる。
周囲の景色にあっけにとられているそんな中。
突如としてロイドの真横の空間にぴしりと亀裂がはいり、
やがてそれは鏡が割れるかのような澄んだ音をたてて空間そのものが
まるで一枚の鏡であったかのようにハゼわれる。
「まったく。あいかわらず厄介な手をつかってくる相手だな」
「まったくだよ。…って、あれ?」
「な!?ロイド!?」
ヒビのはいったような空間から抜け出してくる影が三つ。
何やらぶつぶついいつつ出てきたはロイドにとっては見慣れた人影。
「うん?お前だけか?他のものはどうした?」
この場に彼がいるのであれば他のものもいるはず。
…まあかの精霊がこの場にきていればそれはそれで大問題ではあるが。
少年と男性、その背後から出てきた金髪の女性がロイドにひたりと視線をむけて問いかける。
「いや。俺と一緒にくぐったはず、なんだけど……」
そんなロイドの言葉にぴくり、と反応し。
「まさか、あの空間をお前たちは無謀にもすすんできたのか!?
あれほど危険だといったのに!!」
がしっとそんなロイドの肩をつかみ、強い口調でいってくる。
「うわ!?クラトス!?って、なんでか道らしきのができてたんだよ!
というかクラトスにしろミトスにしろ何でそんなとこから?」
ひび割れたような空間から姿を現したは、
先にこの場にやってきているであろうクラトスとミトス。
そしてミラの姿。
ミュゼといわれていた女性の姿がみあたらないが。
しかし。
「…あれ?ミトス。それ、もしかして…エターナルソードか?」
ふとミトスが手にしている武器。
それがどうも塔の中で幾度か見たそれに似ている。
いやでもまさか。
「それは姉様が姿をかえたものだ」
「ふぅん…って、はぁ!?」
さらり、とミラにいわれ、思わずロイドは納得しそうになるものの、
すぐさまそれは驚愕の声にととってかわる。
「姉様は間接的とはいえ時空間を操る力をもっているからな。
その身を武器として扱うこともできる」
「まあ、彼女は実体そのものがなかったから、
これもマナの剣の応用で僕のマナを利用して実体化させたものだけどね。
そもそも本物のエターナルソードといわれていた彼には遠くおよばないよ」
『ゼクンドゥス様と比べないでいただきたいですわ』
どこからともなく…おそらく間違いなく目の前にいる少年。
ミトスの手にしている武器からであろう女性の声が発せられる。
「それより、いったい……」
ミトスがクラトスにかわり何やらいいかけたその刹那。
パキィッン!
再び何かがハゼわれるような音が響き渡り、今にも閉じようとしていた空間の亀裂。
その真横に新しき亀裂が発生する。
それと時を同じくするように、さきほど三人が現れた空間の亀裂。
それらがすうっと新たに発生した亀裂に押されるようにとかききえてゆく。
それとほぼ同時。
『うわっ!?』
『きゃっ!?』
まるで押し出されるかのように亀裂の中から幾人かの人影が出現する。
「先生!?それに皆も!?」
亀裂から押し出されるように現れたは、
リフィルを含めた同時に鏡もどきをくぐったはずの仲間たち。
そして一番最後にはじめに扉をくぐったはずのユアンの姿がみてとれ、
「まったく。相変わらずお前たちは手間をかけてくれる」
心底呆れたように何やらいっているのが見てとれるが。
そしてふとようやくこの場に自分たち以外のもの。
特にクラトスとミトスの姿に気づいたらしく、
「ミトス!?それにクラトスもなぜにまだここに?
お前たちは先にアレと戦っていたのではないのか?」
思わず眉をひそめつつ、その場にいる彼らにと語り掛けているユアンの姿。
「技同士が対消滅反応おこしてちょっと次元の狭間に飛ばされていたんだよ」
「ミュゼ殿の力を剣となし、空間を切り裂き今まさに戻ってきたところだ」
そんなユアンの言葉に肩をすくめつつ、
さらりと何やらとてつもない内容のようなことをいっているミトスに、
これまた溜息とともにユアンの姿をみとめ、同じくいってくるクラトスの姿。
「そうか。私はここに先にきたはいいのの。後続がはいってこなくてな。
タバサ…いや、アルテスタと今はよぶべきであろうが。
空間が乱れているというのをききよもやとおもい、
タバサに内包された次元演算装置にて歪みを割り出して出向いてみれば、
案の定というべきかこのものたちが歪みそのものにとらわれていたゆえにな」
ユアンが歪みにとらわれなかったのはその身にデリスエンブレムを身に着けていたがゆえ。
そしてタバサは基本、機械人形。
タバサの機能の中に人工知能に潜入されいいように悪用されないようなブログラムもある。
それはアルテスタの人格が表にでていても有効で、
ゆえに魔族達の空間による精神干渉をレジスト…つまり消滅させた。
ロイドに関しては鏡をくぐったその先で確かに暗闇の空間にではしたが、
その先に光をみとめそこにむかっていけば何の問題なくこの場にたどり着いた。
それはロイドの中にと溶け込んだアンナの魂の欠片が導きし道導。
もっともロイドはそのことにまったくもって気づいてすらいないが。
そんなタバサの姿をみとめ、思わず眉を顰め、
「何しにきたのさ?その人形は」
あきらかに怪訝そうに不機嫌さを隠さずにタバサをちらりとみて言い放つミトス。
「ひとまず謝りはしますじゃ。ユグドラシル様。
じゃが、このタバサとともにいたケイトという女性が魔族に連れ去らわれましてな」
ぴくり。
そんなタバサの口から語られしアルテスタの口調にはたから見てもわかるどに
ミトスの眉が大きく揺れる。
「…その人形はまがりなりにも姉様の姿を模したもの。
そんな姿でその言葉遣い…壊すよ?」
本音としては壊してしまいたい。
しかし、アルテスタの生死がはっきりとわからない今、
無意味にタバサを破壊することははばかられる。
まちがいなく姉を助ける手段はあるとしても、
永きにわたり輝石の中にいた姉がどのようになっているのか。
もしかしたら半精霊化のような状態に精神体が変化しているかもしれない。
そうなったとき霊体を安定させる品を作る知識と腕をもちしは、
ミトスの知識の中でもすでにアルテスタをおいて他にはいない。
「ミトス!よかった!怪我はない!?」
ミトスの姿みとめ、はっとしたように嬉しそうな声をあげ、思わずかけよっているジーニアス。
「ジーニアス、ちょ、ちょっと!?」
パタパタとミトスの体をさわりまくり怪我がないかどうか確認しているジーニアス。
敵意がまったくなかったからであろう。
いきなりそのような行動をとられてもなすがままにさせられてしまったミトスが
珍しくも焦った声を思わずあげる。
そんなミトスの姿をみて、
「…めずらしいな。お前がそんな戸惑った声をあげるなど」
逆に驚いたような声をあげているユアン。
ユアンはミトスが彼らと旅をしていた様子を実際に近くでみていたわけではない。
天使化を果たした年齢時のような年相応ともいえる態度は
それこそかつて共に旅をして世界を救おうとしていたときですら滅多とみることはなかった。
「もう。ジーニアス。いい加減にしなさい」
いまだにパタパタとミトスの体を触り怪我がないか確かめている弟をむんずとつかみ、
引きはがすようにしているリフィル。
「それより、何でみんな一緒にはいったはずなのに?」
それは素朴なるロイドの疑問。
「「「!?」」」
ロイドが改めてリフィル達に問いかけたその刹那。
はっとしたような表情をうかべるミトス、クラトス、ユアンの三人。
そして。
「「「さけ(ろ)(て)!!」」」
そのまま近くにいたリフィルとジーニアス。
二人をかばうように勢いよくその場にと倒すミトスに、
ロイドをかばうようにしてこれまたその場に伏せるクラトス。
「児雷也!!」
この空間でも間違いなく”喚ぶ”ことは可能。
そう確信しているがゆえにその名を咄嗟に”喚ぶ”しいな。
巨大な蛙がその場に出現し背後にいるしいなとプレセア。
二人の前に突如として現れるとほぼ同時。
先ほどまで彼らが立っていたまさに心臓から頭に至る位置。
その位置にいくつもの氷の槍のようなものがなぜかまっすぐにとむかってくる。
ぱかり、と大きく口を開いた巨大蛙の口から炎が吐き出され、
それらの氷は瞬く間にと水にとかえり、びちゃりと足元をぬらしてゆく。
そして。
「ずいぶんとわかりやすい歓迎だな」
その手に武器を構えつつ少し斜め上空をみつつも言い放っているユアン。
その態度はあきらかに警戒をしており、
いつでも術が発動できるようにすでに下準備が終わっていることをうかがわせる。
「…何。あの程度であのミトスたちをどうにかできるとは思ってはおらぬ。
それにどうやら別なるネズミも入り込んだようだしな。
ゆえにねずみたちにふさわしい相手を用意した」
おそらくそこに浮かんでいるのは立体映像のようなものなのだろう。
ユアンの声とともにロイド達もまたそちらのほうにと視線をむける。
何もない空中に豪華すぎるといえなくもない椅子に腰かけている鎧がひとつ。
真っ青なそれでいてとげが鎧そのものにいくつかついているその姿は、
ロイド達も見知っている姿といってよい。
異なりしはロイド達が知っている姿は顔まで完全に兜で覆われていたはずなのに。
そこに兜らしきものはみあたらず、
その鎧に不釣合いなまでの整った青年らしき顔がみてとれるということ。
黙っていれば温和な青年、といっても通用しそうなその顔は
どこからどうみてもヒトのそれ。
一般的な感性でいうなれば、美青年といっても過言でない顔がそこにはある。
もっともその口元に浮かびし笑みはその顔に似つかわしくないほどに
邪悪さにみちており、気配を隠そうともしていない。
「そこにいるネズミには私の分霊がかなりお世話になったようだしね。
だからこそ、君たちにはプレゼントをあげよう」
空中にて完全にその背後が透けてみえている映像のようなソレから言葉が発せられ、
すっと片手が椅子の手もたれからすこしあげられ、
何やら指を鳴らすような動作をしたのがみてとれる。
現れたのは二つの人影。
しかしその姿はつい先ほどまでロイド達が目にしていたもの。
「さて。フィリプ。お前が地表の覇者にふさわしきか否か。
我が配下として地表を任せられるかどうか試させてもらうぞ?」
「気遣いありがとうございます。ランスロッド殿」
配下、という言葉にピクリと一瞬、フィリプとよばれし人影が反応を示すが、
発せられた声にはそういった内面たる想いはみてとれない。
伊達に長年教皇という立場にありて内心とは異なる言語を使っていたわけではない。
ということなのであろう。
「それで?そんな枷が僕に通用するとでも?」
相手の思惑は手に取るようにわかる。
伊達にかつて彼らを封じたわけではない。
空中に浮かぶ”ソレ”に向かって淡々というミトスの言葉はどこか冷たく鋭い。
今さら自分に人質が通用するとでもおもっているのだろうか。
そんな思いが口調からも明らかにみてとれる。
ミトスの言い分に答えるでもなくただ笑みを浮かべたのち、
「まずは新たに入り込んだねずみどもに前座ともいえるプレゼントを渡しておくとしよう、
お前はともかく、そのネズミ達はどうかな?ふふふ……」
ミトスをこれで足止めできるとはおもってもいない。
しかし、他のものであれば話は別であろう。
「お前たちの苦悩がわれにより力を満ち溢れさせる。われを失望させてくれるなよ?」
言いたいことだけ言い放ち、それとともにゆらりと空中に映し出されていた
立体映像もどきが闇に掻き消えるようにと霧散する。
ソレが消えるのとほぼ同時。
「ガァァァァァァァァァ!!」
獣の雄叫びのような声がこの場一体にと響き渡る。
ベチャ。
ズルッ。
透明な足場…漆黒の空間というよりは夜空とでもいうべきこの空間。
今の現状をひとまず気にせずに考えれば
星空の中に浮かんでいる、とも受け取れるこの場。
動くたびに何かがずるり、と腐った臭いとともに何かがその”体”からこぼれおちる。
大きさとしては人間の成人男性、それよりも二回り程度おおきく、
かれらがこれまでみたことがあるものと比べるとるすならば、
クララが変化していた異形となりしエクスフィギュア、その大きさにほぼ等しい。
漆黒の黒い球のようなものがエクスフィキュアと同じように顔の中心にみてとれ、
形そのものはエクスフィギュアのそれと何らかわりはない。
が、その体全体が腐って溶けたように常にずりおちていなければ、という注釈がつく。
「ウソ…だろ?あれは……」
その胸のあたり。
なぜか見覚えのある顔、らしきものがはりついており、
その顔をみて驚愕した表情をうかべるしいな。
そしてまた。
「本気でこの国の王に誰かを成り代わらせるつもりだったってことか」
ちっと吐き捨てるように納得できたとばかりに言い放つミトス。
「そのようだな。しかしテセアラの国王、か」
その姿をみてクラトスもまた顔をしかめる。
テセアラの王家にはクラトスも思うところが多少あるらしく、
彼の中でいまだに王家そのものに関しての忠誠心、というものは残っているらしい。
物心つく前から王家への忠誠を常に教育されていたがゆえ、
身についているといえばそれまでなのだろうが。
それでも国を捨て、ミトスたちとともに出奔したはほかならぬかつてのクラトスの意思。
顔と首の下部分にある張り付いている”ヒトの顔らしきもの”。
その顔にロイド達も見覚えがあり思わず息をのむ。
「陛下!?…くそっ。やはり陛下まて利用していやがったか…」
兵たちがあのようになっていたのでそうではないか、とは懸念していたが。
こう実際に目の当たりにすると、ゼロスとしては何ともいえない気持ちになってしまう。
では、ヒルダ姫は?
今まで彼女の姿はみなかった。
これまで倒してきた異形の中にもしも姫がいたとするならばぞっとする。
「あれは…まさか、テセアラ国王?」
かすれる声はジーニアスのもの。
嘘だといってほしい。
ただ、同じような顔がそこにあるだけだ、と。
しかし現実は非常。
よくよくみれば顔に張り付いている石は黒い、のではなくて赤黒い。
「ディザイアンオーブをはめ込まれた、か」
その姿をみて眉をひそめてぽつりとつぶやいているユアン。
「ディザイアンオーブって……」
それはたしか、かつてハイマで目にしたアレ、だろうか。
あのとき結局何が起こったのかいまだに理解していないが。
わかっているのは、あのあと、ピエトロが治ったということと、
その後異様にハイマの自然が急成長を果たしていた、ということ。
「正式名称は【
エクスフィアが本来は精霊石、とよばれるようにな。
エクスフィアはその正式名が示すようにマナの塊といってよい。
だが、ディザイアンオーブは違う。あれは瘴気と負の塊だ」
手っ取り早い作成方法はヒトの血肉を生きながら凝縮すること。
直接ロイド達は目にしていないが、その痕跡はかつて目にしている。
ほかならぬ絶海牧場の中で。
あの場所でもつくられていた。
そしてアスカード人間牧場でも。
騎士道精神に劣るといい管理者の指示にてイセリア牧場ではつくられていなかったが。
ユアンが理解できていないであろうロイド達にむけて説明する。
もっとも、警戒は説いておらず常にいつでも戦えるような体制をとっている。
「…ハイマの地でピエトロがもっていたあれ。
あれを直接体に植えこまれるとこのような現象となる。
厄介なのは当人の自我があるままに操り人形と化す、ということだな。
あの男はもっていただけ、なのであの程度で済んでいたようだが……」
ユアンにつづき、クラトスもまたにがにがしく顔をしかめて追加とばかりにいってくる。
クラトスがいっているのはかつてハイマにて彼らが経験したこと。
もっともあの時はエミルがその場に漂う瘴気すべてを浄化したのだが。
”力”に取り込まれかけ、そのあと一時期とはいえ気絶していたロイド達は、
エミルが何をしたのかしりはしない。
コリンが大樹の気配に気づき、しいなに助言はしているが、
しいなもその現場をみたわけではないので実際目撃者はいないといってもよい。
「エクスフィアはその強大なる力で体内のマナを狂わせてしまうが。
だがそれ以上に瘴気も増幅する。マナと瘴気は反物質。
そんな物質を直接体に注ぎ込まれた結果が…あれだ」
マナが狂わされエクスフィギュアとなりしものがかわいらしい、とおもえるほどに。
目の前の姿は何ともおぞましい。
もっとも、魔族達にとってはその石は文字通り自らの力を増幅させるもの。
それ以外の何ものでもない。
そこに自らの力を割り込ませ、他人に力を贈与することすら可能。
険しい表情にてしばし異形のその姿をみつめつつ、
「…哀れな。王家のものにとってこれほど屈辱もなかろうに」
クラトスの脳裏にうかびしはかつて仕えていた国王達。
今のテセアラの国王と姫の存在はかつてクラトスが
まだテセアラという国に所属し親衛騎士団の隊長を務めていたころと状況は似ている。
「奴らのやりそうなことだ。大方身内の誰か…この場合はヒルダ姫か?
を人質にでもとってアレを植え込んだんだろう」
実際、かつて元教皇もヒルダ姫を人質にとっている現実がある以上、
そうではない、といいきれない。
ユアンが眉を顰めいいはなち、
「ところで。アレはまた逃げたようだが。どうするつもりなのだ?」
アレ、といって魔王リビングアーマーことランスロッドが消えた空間をにらみつつ、
改めてミトスにと問いかけているミラ。
今、この場にはミラとミュゼ、そして当然のことながらミトスとクラトスもいたりする。
ミュゼのほうはつい先ほどまで剣の状態と化していたはずなのだが。
力と力のぶつかり合いの衝撃波の影響をうけ、
その擬態ともいえる剣の姿は今現在は溶けてしまっている。
正確にいえばその姿を保つにはかなりの力をつかうがゆえ、
あえて擬態を解いたというのが正しいのだが。
「この先から空間のゆがみを感じます。
おそらく、アレはあの先にいるのでしょう」
空間の歪みを感じることができるは、
ひとえに彼女…ミュゼも、一応はそういった分野を感じることができるがゆえ。
「しかし…ケイトまで奴らの手におちていた…か」
ちらりとその視線を異形のソレの奥にむけ溜息まじりにつぶやくクラトス。
「ケイトはアルタミラの人々を守るために自ら投降してしまったからのぉ……」
「…その姿でその口調、やめてくれないかな?」
そんなクラトスのつぶやきをきき、これまた盛大に溜息をつきいう”タバサ”に対し、
さめた視線をむけて淡々といいきるミトス。
どこをどうみても少女…しかもミトスたちにとっては大切なヒトの姿をしている。
そんな彼女が男性のしかも爺臭い話し方をしていれば嫌悪感の一つも抱くというもの。
”ソレ”を彼女に搭載しているとしったときには驚きもした。
彼がそこまで古の技術に精通しているなど。
報告にもあがっていなかった。
知っていればもっと違うやり方もあったかもしれないというのに。
「…何にしても、彼らを助けることはできない、のですか?」
「そ、そうだよ。クララさんだって助けられたんだし……」
いつ相手が襲い掛かってくるかわからない。
そんな中で悠長ともいえる会話をしている皆にあきれもするが、
このままではラチがあかないとばかり、淡々と現実的なことをいうプレセア。
実際問題、悠長な会話をしている間に”敵”が呪文の一つでもとなえれば、
こちらの不利は明白で。
ゆえにプレセアの意見は間違っていない。
プレセアの台詞にはっとなり、ジーニアスがすがるようなまなざしで、
異形と化している…おそらくは間違いはないであろう元テセアラ国王。
そんな彼とクラトス達を交互にみつつ懇願するように問いかける。
が。
「無駄だ。アレを肌に直接つけられた以上、お前たちもみただろう?
ゆきつく先はあの封印の書物の中にいた輩と同じ末路をたどるしかない」
「助けたければマナを用いて殺すしかない、ということだ」
『…っ』
『そんなっ』
悲鳴はそれぞれ。
「でも、何か方法が……」
「いつまで甘えたことをいってるんだい、くるよっ!!」
クラトスとユアンの説明にしかし納得がいかないとばかりロイドが詰め寄ろうとするが。
しかしロイドが二人に言いつのろうとしたその刹那。
切羽つまったようなしいなの声が響き渡る。
「おおおおおおおおおおおおっ」
雄叫びとも何ともわからないそんな声。
周囲の大気を震わせんばかりの声とともに大きくその両手を広げる【元国王】。
それとともに広げられた手からいくつもの肉片のような塊が周囲にとびちり、
それらの塊はべちゃりと足場となっている水晶のようなソレにおちたかとおもうと
次の瞬間。
それらはまるで生きているかのようにうねりだし、
肉片がもりあがりいくつもの新たなヒト型を形成する。
武器を手にもち鎧を着こんでいるその様はロイド達も見覚えあるもの。
――テセアラ国王の親衛隊。
かの場所で石化していた彼らの肉体とは別に、
体が石化してもなお、王を守らんとした彼らの精神体。
それらの精神体は魔血玉を埋め込まれた王とほぼ一体となり
文字通りの【親衛隊】として常にそばにあるようになっている。
つまるところは死者の魂を【王】の力でもって具現化させているに他ならない。
「――ジャッジメント!」
それらが完全にヒト型となりそれぞれ武器を構えはじめたその直後。
突如として高らかな声が響き渡り、
『がぁぁぁぁぁぁぁ!?』
周囲にいくつもの光の帯にも近しい裁きの雷が降り注ぐ。
はっとしてロイド達がみれば、いつのまにか術を唱えていたらしきミトスの姿が。
漆黒の空間に裁きの雷は絶え間なく降り注ぎ、
問答無用でこの場にいる異形のものとそれ以外のもの。
すなわち…その背後にいる二つの人影にも降り注いでいるが。
「バリアー」
淡々とした感情のこもらない声とともに少し奥のほうにいる二人の周囲に
これまた光り輝く膜のようなものがあらわれ、
降り注ぐ雷の攻撃をことごとく防いでいる様子がこの場にいる全員の視界にはいる。
「まったく、この程度で僕を足止めできると思われていたのなら興ざめだね。
彼女は彼女で完全に操り人形と化しているっぽいけど。…ユアン。彼女はいつから?」
たかがテセアラの国王を異形としてけしかけただけで自分が動揺するとおもったのか。
あの魔王は。
それとも今さらこんな姿をみて自分がかつてのように激怒するとでもおもったのか。
そのあたりはミトスにはわからないが。
しかしこの程度のことでミトスは今さら動じることはない。
もっとも、それはミトスたちに限ったことでロイド達には当てはまらないようではあるが。
「アルテスタがいうには、それほど時間はたっていないはずだが?」
光に貫かれ、どろりと溶けてゆく兵たちを完全に無視し
ケイトとそしてそんな彼女が守っている男…元テセアラ教会の教皇にと視線をむけたまま
背中ごしにユアンにとといかけるミトスの姿。
「なら、まだ彼女だけはどうにかなりそう、かな?」
この場で助けられる可能性があるとすればまだ日がたっていない彼女くらいであろう。
能力の…特に知能面における力は何よりもミトスが望むところ。
それに彼女は恩を売れば決して裏切らないであろう。
本当ならばハイエクスフィアの研究を彼女に引き継いでもらう予定であったが。
ラタトスクが目覚めている以上、精霊石を利用することはこれ以上は不可能。
そうおもってほぼ間違いないはず。
腐ったようなにおいを放ちつつ崩れ落ちる人影。
しかしそこから崩れ落ちたそれからまた再び人影が出現しては
光に貫かれ再び溶ける、そのような光景が目の前にて繰り広げられていたりする。
なまじ完全にヒトの姿をしているだけにヒトの姿が溶けるその様は
はっきりいってみていて気持ちいいものではない。
事実、ジーニアスなどはこみ上げてくる嘔吐感をかろうじてこらえており
そしてまた。
「瘴気とマナは反物質…つまり強いマナの力がアレラの弱点、ということなのね」
冷静にその場を分析しそのようなことをつぶやいているリフィル。
「さすがはリフィルさん。時間をかけるのも面倒なので一気にたたみかけます。
邪魔するくらいなら何もしないでくれる?」
後半部分の台詞は間違いなくロイドに向けられたものであろう。
「ほう、そこのでくの坊とわれらを前にして動じないとは。
さすがは勇者ミトス…いや、クルシスの指導者というところかの?」
「この程度で僕が戸惑うとでも?まあ一部は確実にダメージおってるみたいだけどさ。
でも他者の力をかりてその力が自分のものと誤解しているような輩に
僕が恐れを抱くとでも?」
強大なる力は時として手にいれたものの心を狂わす。
その力は所詮かりものでしかないというのにすべて自らの力だとおもいこむ。
それは人の心がもちし悪い癖。
そのような傲慢な考えは誰もがもっているが大抵は理性という名でそれを押しとどめる。
くくっと笑みをこぼすようにして、こちらを見据えつついってくるは
「ヒヒ爺、つうか人間やめてまでそんなに力がほしいのかよ」
そんな彼に向けて嫌悪感あらわに言い捨てるゼロスの姿。
ヒトであることを捨ててまでも力に固執するその様はあるいみ滑稽を通り越し
哀れ以外の何ものでもない。
「ふん。そもそもこの儂が国王になっておればもっと早くに世界を統一できていたのだ。
それこそクルシスなんぞ関係なく、な」
そんなゼロスの言葉を鼻で笑いつつきっぱりといいきり、
「できそこないの
神子達の相手をしろ。ああ、クルシスの輝石は壊すな、いいな?」
「……はい」
バリアーの術を唱えている目の前の女性にむけていいきるフィリプ。
「ここで時間をくうわけにもいかないからね。速攻でいかせてもらうよ!」
「ミトス、ま…っ」
相手がたとえだれであろうともミトスに躊躇している気配はない。
そんなミトスを止めようとしてロイドが声をかけようとしているが、
「ロイド君。甘いことをいってたら…ロイド君の守りたいやつまで死ぬことになるぜ?」
そんなロイドにむけてあきれたようなゼロスの言葉が投げかけられる。
「ロイド。お前には酷だろう。下がっていろ。決着は私がつける」
「おいおい。クラトスさんよぉ。相手は一応俺様の国の王様なんだぜ?
あんただけに任せられるとおもってか?」
「私とてかつてはテセアラの子爵まで任されていたという立場がある。
道をたがえ、そして魔族に利用されその誇りを穢された王家をとめる。
それも私の役目だ」
いまだに決心がついておらず、どこかで甘い考え。
すなわちこの場の誰も殺さずにすむのではないのか。
そんな考えを抱いているロイドに気づき、クラトスがすっと一歩前にと改めて進み出る。
クラトスからしてみればロイドにつらい想いはさせたくない。
「それをいうなら俺様は公爵だっての。まあ、たしかに。
王家の誇りを守るためにも。ほうってはおけないってか」
すらりと剣を抜き放ち、その切っ先を元国王とおもわれしものにむかってつきつける。
身分というものにはそれなりに伴う責任、というものがある。
そして地位を与えられているものは、上のものを命を賭してでも間違っていれば止める責任も伴う。
かつてクラトスは国王達に意見し結局、意見を対立させたまま国をでることを選んだ。
あれほどの被害がでていたのにもかかわらず、意見を変えようとしなかった。
それどころか被害を大きくさせることしかいわない国王達よりも
非現実なれど理想郷ともいえる理想を述べるミトスに共感して。
クラトスとゼロスが”国王”にむけて剣をむけているそんな中、
だっと間合いをつめたミトスはいつのまに、というべきか。
奥にいるフィリプのもとに駆け寄り、その手にした刃を振り下ろす。
と。
キィッン。
その刃が直前にて別のものの手によってはじかれる。
「ち。邪魔だよ!ケイト!」
「命令により排除、します。ファイアー…」
「遅い!
ケイトが無表情のままファイアーボールの詠唱を始めるが、
それよりも早くミトスの繰り出した高速の剣の付きが炸裂し、
その衝撃は目の前にいたケイトを大きく後方にと吹き飛ばす。
一方、
「ふ。お前とこのような形で共闘する、とはな」
「それは俺様の台詞だっての!」
だっと間合いをつめるように【国王】にむかってゆくクラトスとゼロス。
そんな二人に対し、
「力とは破滅の力のみには非ざるなり
語る正義はその拳へと!アグリゲットシャープ!!」
彼らの意図を察知しすばやく後方支援たる治癒術の一つ。
味方全員の攻撃力を上昇させる補助術を唱え解き放つリフィル。
それとともにこの場においてリフィルが味方、と認識している
すべてのものの足元に魔法陣があらわれそれぞれの体を淡い光が包み込む。
相手が魔族であるとわかった以上、リフィルとて手を抜くつもりはない。
甘いことをいっていればこちらがやられる。
それはかつての禁書といわれし封印の中でリフィルは身にしみている。
ゆえに。
「一条の光、我に集いて奇跡をおこさん
悪を飲み込む聖なる豪雨となれ!…レイっ!!」
リフィルの次なる詠唱が完成し漆黒の空間より
無数の光細いレーダーのような光の光線が降り注ぐ。
敵の力量からして威力は期待できないが、
しかしそれでもそれぞれの敵の視界を遮りまた気をそらすには十分すぎるもの。
「双施連斧!」
一方、溶けては現れるいわば死に兵ともいえしものたち。
それらは肉片のようなものがとびちるとともに数をましており、
いつのまにやら周囲には数多の死兵がたむろしており、
それらにたいし、自らの武器である斧をふりかぶり、
大きく水平方向に武器を高速でふりまわしなぎ倒しているプレセアの姿。
「輝く力、古の雷鼓を持ちて心為す鏡を砕かん、無風冷厳!蛇拘翔符!」
そしてプレセアがうちもらしたそれらの死兵は、
しいなが解き放った符によってそれぞれが攻撃をうけており、
しいなの符が迫りくる敵をそれぞれ攻撃し、
数多に投げつけた符が一定の確率をもってして敵を大きく反対方向にと吹き飛ばす。
「僕だって・・っ」
なぜかわかる。
つい先刻までつかえなかったはずの技が今は、まだたしかにつかえる、と。
だからこそ。
「回復の時、時の満ちたる……」
今、この場でもっとも有効であろう術を。
そうおもい、呪文詠唱を始めるジーニアス。
ジーニアスが詠唱をしているそんな中。
「「瞬迅剣!!」」
「がぁぁっ!?」
「逃げるなよ「「衝波十文字!!」」
高速で繰り出されたゼロスとクラトスの刃がテセアラ王の体にくいこみ、
それとともに二人の複合技である衝破十文字が炸裂する。
クラトスとゼロスがテセアラ王の体を交差させるようにして瞬時にしてつらぬく。
そして、
その間にもジーニアスの呪文詠唱は続いており、
「…たなる大地の息吹をきけ!!エクスプロード!!」
クラトスとゼロスの技が決まったの刹那。
ジーニアスの術が完成する。
巨大なる火の玉が頭上より落下しこの場にいる数多たる敵をやきはらわんとばかり
そのまま足元にむけて解き放たれる。
轟音にも近しい音とむせ返るような熱気があたりをつつみこみ、
そのほぼ直後。
「獅子戦吼!」
すばやく体制をきりかえたクラトスの技がテセアラ王にむけて解き放たれる。
伊達にかつてミトスに剣技を指導し、
そしてテセアラ王家の親衛隊長まで勤めていた実績があるわけではない。
そもそもかつて、四千年前まではクラトスは前線におもむくことは多々とあった。
ゆえに敵を吹き飛ばす系の技も当然のことながら習得している。
クラトスの放った獅子の形の闘気、そしてジーニアスの放ったエクスプロード。
「が…がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!?」
「ひゅ~♪
それは獅子の形をもちし闘気をたたきつけ、
そこに火炎系のしかも上級術に近い技を加えることによって発生する複合技。
紅蓮の炎が瞬く間にテセアラ国王であろう異形の姿を包み込む。
「ロイド!レイシレーゼ!」
まだもう一つ武器が残っていてよかった。
思わずロイドの前に飛び出し唯一残っていたチャクラムをそのままロイドの前方。
正確にいうならばロイドの横から攻撃をしかけてこようとしていた死兵たち。
それにむかって武器たるチャクラムを投げつける。
「…ロイドよ。気持ちはわからんでもないが。お前が今守りたいものは何なのだ?」
「きゃあっ!?」
「!コレット!!」
自分が呆けている間にも皆はそれぞれ戦いを初めている。
それでも敵はかつて自らも見知った相手。
どうみてもヒトでしかない彼らを攻撃するのは戸惑っていた。
その油断は確実に命の危険へとさらす行為。
チャクラムを投げ無防備になったコレットに他の死兵が襲い掛かる。
そんなロイドにむけて冷静なほどに淡々とした【アルテスタ】の声が投げかけられる。
ヒトとして誰かを傷つけたくない、という気持ちは当然の心理。
だけど、それは時と場合にもよる。
まして目の前のヒトの姿をしているものたちはすでに死したものたち。
すなわち死霊といっても過言でない。
ただ生前の姿を寸分たがわずに再現させられているだけの生きる屍。
タバサの姿をした【アルテスタの人格】の言葉とコレットの悲鳴。
さすがのコレットとて左右挟み込まれるように攻撃をうけ、
あわてて空に逃れようとしているが攻撃がかすったらしくコレットの叫びが
ロイドの耳にと届く。
「俺は…俺はっ!…
判っていた。
判っていたはずなのに、なのに。
あの封印の書物の中で油断は味方の…大切な人たちの足をひっぱることでしかない。
と。
なのに目先にみえるものだけにとらわれ、また自分は過ちを繰り返そうとしている。
いや、確実に繰り返していた。
すでに先生もジーニアスもプレセアも…皆戦いに意識を集中させているというのに。
魔族との戦いでの甘えは死を招く。
あの場所でも散々クラトスにいわれたではないか。
あのとき反省した自分はウソだったのか?
そうおもうと自分自身が情けない。
そして今もまた、生きた人にしかみえない彼らにけおされ、
また敵が見知った相手でもあるということに戸惑っていた自分。
そんな自分をまたコレットはかばって…そして攻撃をうけた。
今までもこうして自分をかばってコレットは幾度怪我をしただろうか。
誰よりも守りたい女の子のはず、なのに。
なのにそんな彼女を自分が傷つける原因をつくっている。
コレットの足元に攻撃がかすりそこから一筋の血がながれだしている。
並み居る周囲の敵を即座に回転斬りにてきりこみ、そのまま闘気を叩きつけてこの場より吹き飛ばす。
「コレット!大丈夫か!」
「うん。ロイドこそ平気?」
「……ごめん。俺………」
「ロイドが無事ならそれでいいの。でもきついのなら無理しないで、ね?」
コレットのほほえみが、つらい。
ここでコレットたちにまかせたしかに何もせずにいるという手段もあるだろう。
だけど。
「…なあ。あいつらを助けるには…倒すしかない、のか?」
「そうじゃのぉ。…ケイトの嬢ちゃんだけはまだ時間はさほどたっていない。
まだ瘴気の完全影響にはとらわれておらんじゃろうが、他のものは……」
つまり他のものは助かる見込みがない、ということ。
背後にてそう淡々といいきる【アルテスタ】。
「さて、儂も体を動かすとしようかの。
幸いにもこのタバサの体には様々な戦闘術を組み入れてあるからの」
武器は手にしていないがこの体がある。
機械でできたこの体は誰よりも頑丈で、そして脆い。
「連牙弾!!」
いうなり近くにいた死兵にむけ拳による五連打からさらに威力が強いとおもわれし
正拳をそのまま相手にと叩き込む。
「……は?」
思わずその光景にぽかんとするロイドであるが。
「なぁに。このタバサの中にはモンクの技も一通りインプットしておる。
しいていえばリーガル殿の技に近しい技が、の。
もっとも使用することがあるとは、食材の確保以外にあるとはおもいもしなかったがのぉ」
食材の確保って…
そういえば、アルテスタの家は村からかなり離れていた。
食材などの確保はどうしていたのかといわれれば納得はする。
するが……
「ち。しぶといな」
「仕方あるまい。魔の瘴気に操られている以上、そう簡単には倒れはせんだろう」
ぽかんとするロイドの耳に舌打ちするゼロスの声と
そして淡々と何やらいっているクラトスの声が届いてくる。
ミトスのほうをみてみれば、ミラとミュゼがケイトと対峙しており、
ミトスはフィリプ元教皇と対峙しているのがみてとれる。
ミトスの技は早すぎてロイドの視界にもはっきりとはとらえ切れていない。
カン、キン、という武器同士が織りなす音が周囲にと響き渡っている。
「我が術を以て汝のあるべき姿をかたらん外套の下に眠るる姿を!散力符!」
「狐月閃!」
「「共闘!幻魔月詠華!!」
そんな中、しいなとプレセアの術が完成する。
しいなが巨大なる月の幻影をその場に突如として生み出したと同時、
プレセアがその月ごと一刀両断にするかのごとく一か所にいつのまにやら集めていた
数多なる死兵たちをもののみごとに駆逐する。
「…みんな、すごい」
思わず唖然としてしまう。
目の前に浮かびし鏡の中にて繰り広げられているはこの先で行われている戦闘光景。
約一名、何やら甘い考えを抱いていたのか足手まといになりかけていたものもいるが。
「というか、男なんだからコレットはきちんと守らないと。何やってるの?あいつ?」
ロイドが守りたいのはコレットのはず。
なのに彼自身がコレットを傷つける機会を誘導して何とする。
「チチ……」
「…そういえば、エミルさん。その鳥かご、どうしたんですか?」
何ともおもっていなかったが。
いつのまにかエミルの足元には小さな鳥かごが一つあり、
その中では黄色い小鳥が小さく悲しそうにさえずりをあげている。
「ここにういてたからね。それよりそろそろあっちは決着がつきそうだね」
この場にのこっているはエミルをはじめとしたセレスとマルタ。
皆とともにいきたいのも山々なれどしかしセレスをここに一人残す…
まあエミルがいるとはいえ…ゆえにマルタはこの場にとどまることを選んだ。
確実に生気がないとはいえどうみても生きている人間にしかみえない”敵”。
そんな彼らに自分が挑めたかどうか、というのはいまだにマルタにはわからない。
「たぶん、ヒルダ姫の部屋にいた子がこの空間に飛ばされていたんじゃないのかな?」
嘘はついていない。
実際に本来ならばこの鳥かごはヒルダ姫の部屋にとあったはずの品。
このような空間になったと同時、この場所に放り出されていたのもまた事実。
「この子はならば無事だったのですね」
「無事、といえるかどうかはわからないけどね」
「でもみつけて保護してるんだ。エミルって優しいね」
「放置してたら嫌でもこの狭間の空間で餓死するしかないしね」
目の前の鏡ではヒトとおもわしき…エミル曰く彼らはもう死んでいるものたち、
であるらしいが…を倒していっている仲間たちの姿が映し出されている。
斬りつけるたびに血などがでないことからヒトではない、
という現実を突きつけられはしているが、でもこれはまだ優しいほう。
本来の彼らはあんな死兵などではなく屍ごと利用する。
つまり傷つければ血がながれ、相手の動揺をさそうかのごとくに。
それをしていないのは先にフィリプがアレラを利用していたゆえに、
すでにその器たる体が別なるものに転用されていたからに他ならない。
――ぐわぁぁぁぁぁぁっ!
そんな会話をしている最中、鏡の中より絶叫に近い声がきこえてくる。
はっとみてみればどうやらゼロスとクラトス、
そしてなぜか天使術を発動させたらしきロイドとコレット。
四人によるカルティット・ジャッジメントが炸裂し、
それと同時にリフィルのセイドリック・シャイン。
そしてジーニアスのインディグネイト・ジャッジメント。
さらにはプレセアの
ユアンとミトスの複合技らしきグングニル。
巨大な光の剣と化したそれがフィリプ元教皇の体を貫く光景が映し出され、
そしてまた、いくつもの雷をうけ体の再生能力が耐えられなくなったのであろう、
ぼろぼろと土人形が崩れるかのごとくにそのばに脆くも崩れ去り、
崩れさると同時にさらり、と塵と化して周囲に溶け消えている国王の姿がみてとれる。
「お…お…おのれぇっ」
「ウソでしょ?!」
思わず悲鳴に近い声をあげるはジーニアス。
たしかに巨大な光の剣がフィリプ元教皇を貫いたのはこの目で確認した。
なのに体全体が焦げたようになりながらもなぜにまだ彼は生きていられるのか。
「いや、効果はあたえているはずだ」
その証拠にミラとミュゼと相対していたケイトはぷつり、と意識を失い、
どさりとその場に倒れこんでいたりする。
それはケイトにまでわける力がそがれた何よりの証拠。
黒くまとわりつくような霧がフィリプの持ちし武器と、
そして胸元あたりから彼の体全体をまとわりつくようにとおおっていき、
その霧のような靄のようなそれらはまたたくまにフィリプの傷をいやしてゆく。
ユアンの指摘をうけうなづくように、
「ある程度のダメージをあたえれば力の供給源がわかるとはおもってたからね。
おそらく、あの剣と胸元にある石。あれらが鍵というか”契約の証”だね」
「だろうな」
魔族との契約、特に不死の契約を結びしものが必ずもっているもの。
それは自らの体に身に着けていたり、また隠し持っていたりするのだが。
フィリプがその身につけたままというのは自分がもっていたほうが誰にも奪われず、
また壊される心配がないから、といういわば彼自身の意思によるもの。
もっとも、近くにおいていたほうが力が増す場合がある、
とジャミルにもいわれたことが起因となっているにしろ。
そこまではこの場にいる誰もが知りようがない。
「証を二つ、というのは厄介だな」
「そうだね。同時にしかも同等の衝撃を加えて破壊しなければ、
互いが互いを干渉しあい、証は破壊されることはない」
もっと厄介なのはダミーたる偽物を用意されていた場合。
その場合偽物を傷つけたらそれらの攻撃は攻撃した相手にと跳ね返る。
証を彼がもっていると仮定し、それでもぎりぎり傷つけることはかなわない。
その一歩手前の状態にと先ほどの技の威力はかなり抑え込んだ。
確実に目の前の【契約を結びし不死のもの】を倒すために。
すでにこの場にのこっているは、フィリプ元教皇と、そして気絶しているケイトのみ。
国王とそれに伴う数多の死兵たちは塵となりかき消えた。
それこそ痕跡のひとつものこさずに。
消え去る最後の瞬間、
――どうか、ヒルダを……
塵となりし消えゆくその瞬間。
たしかに聞こえた国王の声。
助けられなかったという後悔。
もしもあのとき、先にこの国にくることを選んでいれば違う結末になっていたかも。
そのことがどうしてもロイドの脳裏から離れない。
あのとき、この国のことを優先していればこのようなことにはならなかったのでは。
そんな後悔がどうしてもロイドの中にと押し寄せる。
あのような姿になってもなお、あの国王は娘であるヒルダ姫のことを案じていたのだろう。
それこそ消滅する寸前まで。
体は魔族に操られ自分の自我ではどうしようもなかった状態で。
「何で…何でなんだよ!あんたの実の肉親なんだろ!何でっ!」
「何をいう。最終的に手を下したのは貴様たちだ」
血を吐くようなロイドの叫びに淡々と答えるフィリプ。
そうしている間にもどんどんと彼の傷はふさがっていっている。
「回復スピードよりもダメージをあたえつつ、証を破壊するしかないね」
「だな」
ロイドの血を吐くような叫びは意にも留めずすちゃりと剣をかまえなおし、
フィリプにつきつけつつも言い放っているミトス。
「つまり、あたしたちはあいつの動きをとめて気をそらせばいいってことかい?」
「できたら攻撃も加えたほうがいいわね。牽制をかねて」
ロイドの叫びは理解できるが今はまだそんなことをいっている悠長な場合では…ない。
いくらドジが過ぎるといってもしいなもまたみずほの民。
本気の戦闘に関してはほぼ油断することなく的確な判断を下す能力を持っている。
「あたしが奴の動きを何とかして一時とめる。その隙に…っ」
「…みずほの民の力をかりる、というのは癪だけど。
次のこともあるし、お手並み拝見、かな?暁姫の血を引きし存在」
「?またそれかい?いったい…何か勘違い……」
そんなしいなの言葉にすこし自嘲めいた笑みをうかべいいはなつミトスに対し、
しいなとしては困惑せざるをえない。
自分は捨て子。
それはゆるぎない真実、のはずなのに。
だから、自分はそんな高貴なる
…最後のみずほの民の女王であったという姫の血をひいているはずなどない。
統領の孫という理由でそういわれているのであれば断固として違う。
そう断言できる。
ミトスはしいながその血筋であることをしっている。
伊達に彼女たちと旅をしていたわけではない。
彗星ネオ・デリス・カーラーンのもとに戻りしとき、
手にいれていたしいなの髪の毛によりそのマナの情報はつかんでいる。
すなわち、しいなが正真正銘かの滅んだはずの大陸の皇族の血をひく生き残りである。
ということを。
「足止めはならユアンと君たちにまかせた。いくよ、クラトス!」
「ああ!」
気絶したケイトをすばやくゼロスが抱き上げ後方にいるタバサにと託しており、
念のためにとリフィルがそんなケイトにと眠りの術をほどこしている。
万が一、再びおきあがり自分たちに敵対されないように。
「「
しいながフィリプの動きを一瞬とめ、
その隙にユアンが相手の気をそらすべくまたさらに動けなくする用途をもってして
エアプレッシャーを解き放ち、大気の圧力でさらにその場にとどめ置かれるフィリプ。
そしてコレットによるスターダスト、ジーニアスによるグラビディ。
さすがにしいな、ユアン、ジーニアスによるその場にとどめおかんとするばかりの攻撃。
そしてコレットたちによる広範囲にわたるあるいみ目くらましにもつかえる攻撃。
反撃する機会すら失ったフィリプの隙をつきクラトスとミトスが目配せし
同時にだっと間合いをつめる。
間合いに一瞬のうちに入り込んだクラトスとミトスは片方はフィリプの胴体。
正確にいえば胸元のあたり、そして片方はその手にもたれし武器にとむかい
同じ個所にむけて幾多もの刺突きの雨をあびせかける。
それはミリ単位の誤差もゆるされぬ攻撃。
彼らの攻撃はもののみごとに一か所のみに集中し、
ピシッ…
とどめとばかりに同時に突き上げる動作を二人がすると同時、
パキィィッン……
何かがハゼわれるような前兆のような音が無意味に響き渡る。
「お・・お…なぜ……」
ずるりとその場にと崩れ落ちる元教皇。
先ほどまで若々しかったその姿は何かが割れるとともに
あっという間に老け込んでいき倒れ伏した元教皇のフィリプの姿は
ある意味見るにたえない姿とかしている。
ふくよかなまでの肉はごっそりと削げ落ち別人のごとく骨と皮。
まさにそういうにふさわしいまでにあっというまに姿をかえた。
ずるりと動くたびにぼろりと体の一部が先ほどの国王のように土くれのように脆くも崩れ去り、
さらさらとした砂に成り果てているのが嫌でもわかる。
「転移魔法陣。あきらかに罠、ともとれるけども」
そしてそれと同時にあらわれた足場の中心の巨大なる魔法陣。
転送陣であるのは一目瞭然で、これがどこにつながっているのか。
罠なのかそれとも魔王リビングアーマーのもとに誘うものなのか。
よくよくみれば転送陣らしきものは部屋の中央だけでなく、
東西南北とおもわれし場所にそれぞれあらわれており、
あきらかに何らかの仕掛けがあります、といわんばかりの仕様となっている。
周囲に突如としてあらわれたそれらを確認しつつリフィルが思案の声をだし、
いまだ気絶しているままのケイトは今現在タバサがその背にせおっており
いまだに目を覚ます気配はない。
「哀れだな。…今、楽にしてやる」
このまま放っておいてもまちがいなく朽ち果てる。
生きたまま体が朽ちてゆくそのままにこの場に放置しておくというのも一つの手。
「テセアラの神子として元教皇フィリプ。貴様に断罪を下す」
ダッン!
冷たいほどのゼロスの声がその場にと響き渡り、何かを断裁する音。
ドサリと何か重たいものが胴体から離れた音とがするとともに、
さら…サラサララサラ…
首と胴体、それぞれ分けられたそこからまるで砂のごとくにその体は消え去ってゆく。
その場にこんもりとたまっていた砂はしみだした血を吸い赤くなっていたものの、
それらもまるで床に吸い込まれるかのように何もなかったかのごとくにきえてゆく。
「死体ものこらない、なんて……」
「我々の体はマナにて構成されている。反物質たる瘴気におかされれば
力の弱いものが消滅してしまうのは当たり前だ」
それでも目の前の彼はケイトの父親であった。
そしてあの国王も国王という身分の前に一人の父親であったのだ。
それを思うとロイドはいたたまれない。
まるではじめから存在しなかったかのように何ものこらないなど。
そんな悲しく寂しいことはない。
「うわ!?なんか足元に模様がうかびあがったよ?」
魔法陣らしき一つを調べていたジーニアスがふとしたはずみで
その横にある小さな石柱らきもの。
それに手を触れると同時、突如として五つの魔法陣がひかりだし
八角形の形をしていた足場となっていた水晶のような足場のそこに
いくつかの線のような、それでいて模様のようなものが突如として浮き上がる。
「これは…もしかしたらこれと同じ模様、なのかもしれないわね」
念のためにリフィルが絵らしきものが浮かび上がってきた足場。
人ひとりがのれるほどの八角形の形をしたその上に足を踏み入れると
シュッ、という小さな音とともに左右の足場が入れ替わる。
よくよくみてみれば中心にある魔法陣を起点として
正方形に枠らしきものもあらわれており、
いろいろと調べてみればどうやら正方形の枠の中のみの足場の床だけ動くらしい。
中心にある魔法陣らしきものの中にはよくよくみれば女性の絵らしきものがかかれており、
それがヒントになっている可能性は低くはない。
「この場に及んでパネル式の仕掛け…か」
それが意味することに気づきユアンが盛大に溜息をつき、
「おそらくこの仕掛けを解除すればあいつの場所に誘われるんだろうね。
…前のときもあいつの前にいくときに似たようなものがあったよね……」
ユアンに続きどこか呆れたようにミトスもまた誰にともなくつぶやいてくる。
「動かせる床板は一度につき一枚のようね」
しかも何一部真っ白になった床もありその場所にのみ床板が動かせるらしい。
「これは床板のパネルを動かして絵を完成させることで仕掛けは解除されるはず、よ」
「…めんどくせ~……」
簡単なようでいてそれは結構難しい。
このような細工物の玩具を幾度か木々の破片にて創造ったことがあるゆえに
面倒くささを瞬時に悟りぼやいているロイド。
「でも、面白そうだよね。先生、私やってもいいですか?」
「おそらくリセット装置もあるはずよ。他にも何か仕掛けやヒントがあるかもしれないわね」
コレットの言葉を否定する要素はない。
「内臓しているサブコンビューターにて計算をはじき出す。
コレットの嬢ちゃんたちが失敗したときのためにな」
一方でその背にケイトを背負ったまま、じっと模様をみつめている【タバサ】。
「まあ、気分転換にはいい・・・かも、だね」
何しろ彼らにとって見知ったものを殺したも同然。
ゆえにこの仕掛けはある意味気分転換にはうってつけ。
肩をすくめつつそういうしいなに
「ま、どちらにしろ。ヒントそのほかがないか。俺様達は周囲を探索しようぜ。
いつまた敵の襲撃があるかもわからないんだしな」
どちらにしてもパネルを動かせるのはパネルが一枚づつしか動かせない以上、
何人もそこにいてもしかたがない。
ならばそれぞれできることをやるしかない。
~スキッド:パネルの仕掛け~
ロイド「だぁぁ!めんどくせえ!」
コレット「あれ?こっちの絵柄が間違っちゃった」
ジーニアス「ロイド!その模様は右じゃなくて左!」
ゼロス「…お子様だねえ」
ミトス「ああもう!それをそこにまわしたら、こっちの板があわなくなるだろ!?」
しいな「で、結局皆総出とはいわないまでもあれにかかりっきりになっちゃったね」
リフィル「仕方ないわ。ここからでることもできない以上、あれを解除するしかない、もの」
プレセア「…だんだん模様が複雑になってくればそろえるのも大変だとおもいます」
リフィル「リセットさせてはじめからやり直させるべきかしら?」
ミトス「ああもう!だからそうじゃなく!もういい!僕のをみてなよ!」
ゼロス「お、どうやらユグドラシル様がきれたようだぜ?」
クラトス「…なぜに私をみていう。テセアラの神子よ」
ゼロス「別に~」
ユアン「ミトスはこういう手の罠は得意であるからな。
はじめからミトスに任せておけばよかったものを」
ゼロス「…おいおい。ユアンの旦那。そういうことは先にいうべきなんじゃあ…」
タバサ(アルテスタ)「ピ。計算完了。っとどうやらさすがというべきか。
ユグドラシル様が完成させるようじゃな」
一同『あ……』
幾度も失敗していたが一度ミトスがリセットの石碑に触れ、
文字通り絵の配置を一番初めに戻したかとおもうとあっというまに正しき絵柄にそろえてゆく。
ゼロス「さしずめ絵合わせ名人ってところか?」
クラトス「その称号はかつてミトスはすでに持っているが?」
しいな「もってんのかい!?」
ユアン「うむ。昔探索した遺跡の中に罠だらけの場所があってな。
なぜかそこを攻略したミトスにそのような称号が贈られたことがある」
リフィル「昔…とは?」
クラトス「四千年前のことだな」
ユアン「あのときはことごとくマーテルが罠にひっかかって大変だったな……」
クラトス「なぜにあからさまに怪しいものに触れまくっていたのか。
いまだに私としては理解しかねる行動であったがな」
しいな「…あんたたち、昔いったいどんな旅してたんだい……」
リフィル「遺跡だと!?そんなすばらしいものがあるというのか!?
いったいどこに!?」
しいな「やばっ。リフィルの遺跡スイッチがはいっちまったよ!」
ユアン「すでにないぞ。アレは戦乱によって完全に大地ごと消滅させられた」
クラトス「魔導砲の試し打ちのために実験によって滅ぼされた大地にあったからな」
プレセア「・・・・・・・・・」
リフィル「魔導砲だと!?きさまらクルシスがしたのか!?」
クラトス「いや、あれをつかったのはシルヴァラント側だな」
ユアン「自分たちがしておいてその罪をテセアラになすりつけ。
さらなる戦争の言いがかり原因にしていたようだがな」
リフィル「何という偉大なる歴史の損失を!!!」
しいな「…ほら、リフィル。正気にもどんな」
ゼロス「いや、しいなこりゃしばらく無理だろ」
ミトス「できた!」
コレット「すご~い。ミトス、絵をそろえるのはやかったね!」
そんな会話の最中、どうやらミトスによって仕掛けは解除されたらしく
そんな声がきこえてくる。
それとともに。
一同『…あ』
その場全体を淡い光が包み込む。
※ ※ ※ ※
淡い、それでいて赤黒い光が周囲を包み込む。
結局のところ絵合わせの仕掛けはミトスが解き、
もっともその前にロイド、コレット、ジーニアスたちによる
ちょっとした絵合わせの騒動がありはしたが。
ガコン、という音とともにこの何もない空間…星空空間に浮かんでいるようなこの場所。
この場所に唯一場違いなほどに二つほどそびえたっていた白い石柱と石柱の間。
そこに光の筋が伸びたかとおもうとそこから赤黒く輝く階段が上にむけてのびてゆく。
その階段は途中で途切れたようになっており、その先には空間が歪んでいるかのような
空気が渦をまいているようなモノがぽっかりとうかんでいるのがみてとれる。
「この先に魔王リビングアーマー…ランスロッドが待ち構えているはずだ。
足手まといになるようなものはここでひきかえせ」
その言葉が誰にむけられたものなのか、嫌でもロイドは理解する。
理解できてしまう。
「リフィルさんとジーニアスも危険だから戻ったほうが……」
この先は何がおこるかわからない。
そもそもあの魔族は魅了の攻撃すら得意とするところ。
その心に少しでも迷いがあればアレはそこに付け込んでくる。
「ミトス、そうはいかないようだぞ」
クラトスとてロイドをこの先に進ませたくはない。
ゆえにミトスの意見には大賛成、なのではあるが。
だがしかし、すぐさまにその表情を険しいものにと変化させる。
ガラ…ガラガラ……
どこからともなくきこえてくる何かが崩れゆく音。
ふとみればロイド達が入ってきたであろう光る扉のような鏡のような何か。
そのようなものが浮かんでいるそちらの足場がゆっくりと、
まるでスローモーションのごとく八角形の足場の一つ一つがこぼれおちるように
漆黒の宇宙空間の中に崩れるようにおちていっている様子が目にはいる。
一つが崩れればそれはまるでドミノのごとく。
だんだんそのスピードはましてきており、
「まずい!皆早くあの階段へ!」
ユアンがあせったように促せば、いわれずともなくそれぞれが走り出しているのがみてとれる。
足をもつれさせそうになるジーニアスの手をリフィルがひき、
必至にジーニアスを誘導するように走っており、
タバサは崩れゆく足場をひょいひょいと飛びながら…
その背にいまだに気絶しているケイトを背負ったまま、
どうにかこうにか階段のもとにまでたどりつく。
このままでは足場そのものがすべて崩れ落ちてしまう可能性が高い。
逃げ道をふさがんとばかりだんだんと足場全体が崩れ落ちてくる。
空を飛べる一部のものはまだいい。
が、この場には空をとべないものもいる。
そうこうしているうちにも足場が崩れる速度はだんだんと早くなり、
気が付けば今たっている場所の足場すらぐらぐらと揺れ始めていたりする。
『~~~っ!』
誰からともなく声にならない声がその場にと響き渡る。
ぎりぎりのところで皆が階段をかけあがり、紫色によどむ渦に身を投じたその刹那。
それまで皆がいた空間は音を立ててくずれさり、
やがて崩れたそれらは漆黒の空間に溶け消えるようにと掻き消えてゆく――
それはまるで万華鏡。
右も左もそして頭上も足元もすべて鏡で覆いつくされた空間。
アルタミラの遊園地にあるとある遊具にはいったことがあるのならば、
まちがいなく【ミラーハウス】という言葉がでてくるようなそんな空間。
「まるでミラーハウスだねぇ」
一歩ふみだせばそこは鏡で映り込んでいる仲間の姿も鏡の中で。
自分がどこにいるのかすらもわからない。
自分の姿も幾重にも映り込んでおりおそらく皆も同じような状態なのではあろうが。
鏡に映りこみし仲間の姿はみえるものの、周囲に仲間の気配はない。
一緒に同じく渦に飛び込んだはず、なのに。
しかし、なんだろう。
鏡に囲まれているせいかこう何となく居心地が悪い。
先ほどから無意識のうちに鳥肌がかなりたっている。
違和感。
「な!?」
その違和感の正体に気づき、愕然とするしいな。
鏡の向こうにうつりし自分自身の姿。
なのにどうして、鏡の向こうにうつる自分の姿は自分と異なる動きをしているのか。
しいながその違和感に気づくとともに、鏡の中のしいながにやりと笑みをうかべる。
それこそ邪悪、といっても過言でないくらいに。
「…っ!ジャッジメント!」
それは無意識からでた言葉。
紛れ込んだ場所は鏡に囲まれたある空間。
仲間たちの姿も鏡に映りこんでいたが、あれは決して仲間たちではない。
あんな、あんな冷酷な表情を彼らが浮かべるはずはない。
鏡の中の仲間たちから投げかけられたは彼を批難し否定する言葉。
ジーニアスやコレットの口からも自分を拒絶する言葉が投げかけられた。
そしてこの場にいるはずのない村人たち、そして養父であるダイクからも。
剣を取り出しそんな鏡の中の”人影”にきりつけるが鏡はびくともせず、
逆に手がしびれるほど。
囲まれ、自らのこれまでの行動を責めるようにいう彼らにたいし、
ロイドが無意識にとったは自らのマナを展開し天使術といわれし技を放つこと。
ロイドがそう叫ぶとともにあたりが白い光にと包み込まれる。
ガシャァァァァァン!
周囲からいくつものガラスが割れるような音が響き渡る。
「ありがとう。タバサ。助かったわ」
「マスターにも頼まれましたので」
それぞれが息をこころなしか切らせ顔色が悪い。
「そうか。お前たちはアレをもっていないから罠に入り込んだのだな」
魔族が最も得意とする空間に。
息を切らしていたロイドがふと我にともどったは聞きなれた声がそばから聞こえてくると同時。
「あたしのほうは、児雷也が意識に語り掛けてくれたからね」
しいなの周囲にあらわれたのは、しいながかつて殺してしまった。
そうおもっているかつての里のものたち。
そして統領や副統領というものたちもあらわれた。
――やはりお前など拾って育てるのではなかったわ。
そういわれた言葉がいまだにしいなの中には残っている。
それはおそらく敵がこちらを惑わすために”影”が言った言葉なのだろうが。
それはしいなの根底にある不安。
――おまえさぁ。俺に好意をむけるのやめてくれない?気持ちわるい。
そしてコレットもまた心なしか顔色がわるい。
ロイドではない、とわかっていてもロイドの顔でその声でそういわれ。
もう、聞きたくない!と耳をふさいだコレットに容赦なくその声は耳にと響いてきた。
無意識のうちに天使術を放ってしまったらしく、
その悪意ある言葉の攻撃からはどうやら逃れることはできたようだが。
――姉さんが適合なんてしたから私も父さんもこんな目に。
プレセアの前で展開されたは、エクスフィギュアと変化してゆく妹と、
生前の姿からどろりとその姿をとけさせて屍となってゆく父親の姿。
――しっかりして!姉さん!それは幻よ!
自らの中でアリシアが語り掛けてこなければ、プレセアはまちがいなく
打ちのめされてその悪意ある言葉の中に取り込まれてしまっていたであろう。
ジーニアスも顔色が悪い。
姉に否定され、ロイドやミトスにも否定の言葉を投げかけられた。
それがたとえ幻影でしかない、とわかっていても。
当人の姿でその声で面とむかって…鏡の中からとはいえなげかけられた。
「ま、俺様としては悪趣味、としかいいようがなかったけどな」
やれやれ、といわんばかりにゼロスが両手をかるくあげて何やらいっている。
というか同じようなことが二度も通じるとでもおもっているのか。
あのときと違うは母の姿もあらわれたこと。
それでも妹ではない、としっかり認識し剣を大きくふりかぶった。
その攻撃にマナを上乗せするようにと意識して。
「ほう。まあ、お前たち三人にアレが通用するとはおもわなかったが。
しかし、機械人形にはアレらの幻影は通じないというのは盲点だった」
改良の余地があるな。
そんな言葉を含ませつつ、くつくつとした笑みを含んだ声がそんな彼らの前方から聞こえてくる。
唯一取り込まれなかったタバサはその内部に搭載されている機能をつかい、
それぞれが取り込まれている空間の歪みを察知し、
そこにホーリーボトルを投げ込んだ。
ホーリーボトルの聖なるマナにて歪みが一瞬目に見える形で具現化した刹那、
おもいっきりそれらのいくつかの歪みの空間に攻撃をたたきつけた。
もっとも少しばかりいくら人格投影しているだけの仮初の人格とはいえ、
核としている宝玉の力をもつかってしまったがゆえアルテスタはタバサに次なる命令をくだし、
ひとたびの眠りにとはいっている。
少しの時間さえおけばすぐに覚醒できるほどの短い休息なれど。
「相変わらず本当にいい趣味してるよね。ランスロッド」
そういうミトスの手には輝く光の剣のようなものが常に握られており、
またその背にもマナの翼が展開されているままの状態となっている。
ミトス、ユアン、クラトスも当然のことながら皆と同じ空間に一度は飛ばされた。
ユアンとクラトスはすぐさまにその罠を突破すべくデリスエンブレムを掲げ、
それらのまやかしを無効化…正確にいえば破壊した。
ミトスは得意としていたマナの剣を展開させてそれらの幻を打ち破った。
そこは何とも言い難い空間。
周囲は相変わらず漆黒の闇というか宇宙空間なのではあるが。
背後に抱くは青き惑星。
漆黒の空間の中にまるでぽつん、と切り取られたかのようにどこかの部屋が一つ。
浮かんでいるようにしかみえないその光景はあるいみ異様といえば異様。
ミトスの言葉にそれぞれがはっと我にともどり改めて前方をみやるロイド達。
そこにはちょっとした細かな細工が施されている椅子にすわりし一人の男性が。
「で?オーディンはこの一件にもかかわってるの?」
「しかり。この地はかつてミッドガルドとよばれし地。
我が王がこの地のものをどう扱おうと問題はなかろう?」
「――いつまでも昔の概念で動く君たち魔族って、本当に滑稽だよね」
「そもそも、かつてラグナログを引き起こし、
地上を瘴気に満ち溢れさせたのもお前たちの争いが元である、
我らはそう聞かされたがな」
今の状況がほとんど把握できていないロイド達とはうってかわり、
淡々とすっとその光る剣先を相手につきつけるようにむけたまま
冷静に言い募っているミトスと、そして溜息とともにそんなことをいっているユアン。
「今、地上にいるモノは彗星より移住したエルフたちの末裔。
お前たちには直接かかわりもなかろう。
もっとも…贄により大方オーディンをよみがえらせる気であった。
そんなところか?」
すっと目を細めそういいきるクラトス。
「お前たちが天界人といわれていること。それ自体があの方を侮辱しているにほかならない。
天界、アースガルドの唯一神はただ一人、オーディンに他ならないだろう?」
「よくいう。かつてロキと共謀してオーディンを陥れた輩の台詞とはおもえぬな」
それらの事情はかつて彼らはセンチュリオン達から聞かされている。
センチュリオン達は主であるラタトスクから、
この惑星で起こったことを聞かされたにすぎないのだが。
オーディンだのアースガルドなど、はっきりいって理解不能な言語が先ほどから飛び出している。
それはミトスたちがこの四千年で完全に葬り去った古の伝説。
かつては神話、として長らく語り伝えられていた伝説の内容。
もっとも、永き時を得たのち、それらの神話は最悪にも現実として形を帯びた。
すなわち、再び地表が瘴気に覆われる、という現実を伴って。
このころより暗躍していた彼らはこれよりのち、
千年ののちにマナが切り離された世界にてさらなる暗躍を繰り返し
そしてその結果にとたどり着いた。
ヒトは幾度も同じ過ちを繰り返すもの。
たとえそれがヒトから魔族、といわれているものにかわっていたとしても、
愚かな考えや行動、そういったところは変わりがない。
厄介なのはただのヒトであったときよりも他者を…世界を巻き込んでの自殺願望。
それに近しいものが彼ら魔族にはある、ということであろう。
「さて。ここまでたどり着いたお前たちにはわれ自ら名乗りをあげるとしよう。
我は魔王リビングアーマーと呼ばれし存在。
ランスロッド・ベンウィッグ。アースガルド神オーディンに仕えし影なり!」
その名が表にでることはまずない。
彼はあくまでも影のものとしてオーディンにと仕えていた。
オーディンに仕えしヴァルキュリア三姉妹たちと比べれば彼は裏。
彼女たちが表で活動するならば彼は常に裏の役目を負わされていた。
だが、ロキにいわれた。
自分のような力をもつものが影に徹している必要もないのでは、と。
どうせオーディンはもう長くはない、と。
それはまだヒトであったころの彼の記憶。
裏切りを許すかわりに我が駒に。
精神生命体としてよみがえったときに言われたその言葉は文字通りランスロッドを縛っている。
別なる名、リビングアーマーという呼び名を与えられたことにより、
完全に”縛られて”しまったといってもよい。
名を名乗りつつ、ゆっくりとくつろいでいたようにみえる椅子から立ち上がる。
「…神?」
神、という単語に思わず顔をしかめるジーニアス。
彼らが神、といっておもいつくは女神マーテルしかない。
しかしその女神マーテルという存在はクルシスによるねつ造であった。
「かつて彼らが勝手に決めてそのようによんでいたにすぎん。
まだこの地に大樹が降り立つ以前、この地はいくつもの国にと別れていたらしい」
それはまだこの地に精霊すらも誕生する遥かなる前のこと。
高度なる技術をもってして空に浮かばせた大陸に住んでいた彼らは、
自らの住まう地をアースガルドとよび、地上をミズガルズ…ミッドガルド、
ともよんでいた。
彼らは自らのことをアース神族、すなわち地球の神と名乗っていた。
地上と天界…空に浮かびし地を人々はいつかそのように呼びだしていた。
…をつなぎしは、転移陣でもありし、ビフレストともいわれる光の橋。
天界にもいくつかの大陸があり、氷におおわれし場所や暑さを主体とする場所。
そのような場所にはそれぞれ支配者がおり、
ニヴルヘイムやムスペルヘイム、などとも呼ばれていた。
「奴らはその技術でヒトの魂を使役する術を編み出していたようでな。
素質ある人間をあえて殺し自らの戦力としていた、らしい」
そして人間たちはそれを誉れあることだ、と永き年月による情報操作により信じ込まされていた。
ある意味、ミトスたちがおこなっていたマーテル教のそれとさほどかわりはない。
「お前たち姉弟にはわれらも期待をしていたのだぞ?
我らが主体としていた世界樹ユグドラシルの名を継ぎしものよ」
かつてこの世界にも一応、大樹というべき世界樹はあった。
もっともその世界樹もヒトの手により消滅してしまっていたのだが。
ユグドラシル、という名には【命の輝き】という意味が込められている。
ちなみに、カーラーンに込められた意味は【原初の源】。
ある意味で原初たるラタトスクがつかさどるにふさわしい名といってもよい。
ユアン達の説明ににやりと笑みをうかべ、ミトスをみつつも言い放つランスロッド。
「だが、彼らは滅んだ。彼らの間でおこせし大戦によって、
この地も生命体が住めない瘴気の塊と化した末に、な。
しかし一部のものたちは肉体である器をすてこのようにして魔族といわれしもの…
すなわち実体のない
瘴気にて穢されているかいないか、本質がかわっているかいないか。
違いとしてはただそれだけのことでしかないが、その小さな違いが決定的な違いをもたらす。
「――奴らは、穢れの果てにいきつくなれの果て、といったところだ、な。
お前たちもみただろう。負に穢された人間がどうなるのか、を」
その言葉にはっとするロイド達。
マナがまだ地上世界を覆っているがゆえ最悪な事態にまではいたっていないが、
文字通り、今の状態は地表が魔界化してもおかしくない要素は、下地はすでにできている。
「瘴気に覆われ、生身の生物が過ごせなくなっていたこの惑星。
そこにマナを注ぎ込み、再び生物が住める世界にしたのは……」
「…それが大樹カーラーン…いえ、精霊ラタトスク、ということかしら?」
それはまさに神話の遥かなる過去の出来事。
彼らがどうしてそんな古の過去をしっているのか。
おそらくかつて何らかのやり取りがかの精霊達とあったのであろう。
「いまいましき”大いなる意思”か。
あのものが彗星を通じこの地に干渉さえしてこなければな。
しかもわれらを封じこんだ張本人」
アレをヒトといっていいのかどうかかなり語弊があるが。
クラトスやユアン、そしてリフィルのやり取りをききつつも
忌々しいといわんばかりに盛大に顔をゆがめ吐き捨てるようにと言い放つ目の前の男性。
番人、大いなる意思、世界の守り手、いろいろと異名はありはするが、
今もっとも彼らがいうにふさわしいは”番人”という言葉がしっくりくる。
封印の担い手であり、境界の番人。
しかしすでにかの地を閉ざしている必要はもはやない。
本来ならばマナの濃い地上にでてくること自体、魔族達にとっては致命的。
しかし今はたしかにマナはより濃いものの、
それ以上に地上に負の力…魔族が最も好む力があふれている。
依代にできる器も地上のいたるところにおり、
かの地に移住しなかった下級魔族達も器に入り込めるほど。
そもそも何かの器に入り込まねば下級魔族は瞬く間にマナの影響で消滅する。
反物質というのはそういうもの。
より力が弱いほうが当然のことながら消滅する。
そして均等に等しき力の場合は対消滅が発生する。
すべては無より有となり、そして有から無にと還る。
そして”大いなる意思”とはそのすべてを生み出せし存在。
認めたくはないが認めざるを得ない。
自分たちがどのようにしても成し遂げられない世界の創造。
それをかの精霊はいともたやすく、それこそ片手間にしてしまっているのだから。
…しかも自分たち魔族を移住させるため、だけに。
だからこそ、そんな力をもつ源ともいえる【ラタトスク・コア】。
それを何としても手にいれたい。
そうすればオーディンにも勝る力が手にはいる。
かの場にあの精霊がいる限りそれは不可能とおもわれていたが、
かといって【センチュリオン・コア】を手にいれるためには、
それこそマナのより濃い場所に出向く必要もあった。
ヒトを使用すればそれも可能であったかもしれないが。
そもそもあの地にはいることができるのはかの精霊が許可を出しているもののみのはず。
両方のコアを手にいれることにより絶対的な力を。
それが根底にある望み。
「――まあいい。舞台はそろった。さて。今度こそ決着をつけるとしようか。
先ほどのお前の攻撃でわれの鎧は消滅してしまったゆえに、な」
先刻のミトスの攻撃にてランスロッドか纏っていた青き鎧は消し飛んでいる。
それこそミトスの放ったマナの攻撃にたえられず、対消滅をおこしている。
ゆえに今現在、目の前の魔王と名乗りし男は鎧といったものを纏っていない。
その身からどすぐろい靄のようなものが立ち上っていなければ、
ヒト、といっても通じてしまうほど、目の前の男の姿はヒトのそれとかわりがない。
それはかつて彼がまだヒトであったころの姿を模しているからに過ぎないのだが。
「――くるぞ!」
クラトスの叫びとほぼ同時。
「この世界は私のものだ!死ね!虫けらども!」
圧倒的なまでの力があたり一帯を覆い尽くす――
「え?え?な、何がおこったの?!ねえ!」
目の前にあったはずの鏡が突如としてぶれたかとおもうと、
次の瞬間、ハゼわれた。
一瞬、何がおこったのか理解できずに唖然とした声をあげるマルタ。
「あ。向こうの空間が均等が崩れて壊れたみたいだね。
だからこの入口も連鎖するように壊れたみたい」
「壊れたって…皆は大丈夫なの!?」
ただ見守るしかできない、というのがここまでつらいとは。
何がおこっているのか見えるだけに、この場にとどまった自分の決断がうらめしい。
かといってあの場にいれば間違いなく皆の足をひっぱってしまうだろう。
「あ、あれをみてくださいませ!」
セレスも唯一の”道”ともいえる鏡もどきが壊れたことに動揺をみせるが、
すぐさまに少し離れた場所にとある空間に浮かびし数多の鏡。
その中の一つに目をとめ、そちらにといきなり駆け出してゆく。
無数に浮かんでいる鏡の中の一つ。
そこによくよくみれば無事であるらしき皆の姿が映り込んでいるのがみてとれる。
それはどこかの部屋の中のようにみえなくもないが、よくわからない。
少し足場から離れているがゆえ確実にその映像を完全にみることはできない。
何が起こっているのか、”音”も聞こえない距離にそれはあり、
少し見上げる形でそれを目にしなければ視界にも入り込まない位置にそれはある。
「皆!?」
「お兄様!?」
視線の先にある鏡の中、無数の黒き球体が両手をかかげた青年の頭上に浮かび、
それらはその青年の先にいる皆の…その場にはミトスとユアンの姿もみてとれるが。
無数の爆膜にも近しい黒い球が彼らの頭上より降り注いでいる。
「――はじまったよう、だね」
まあ、アレもかなり力をそがれているようだが。
そもそもすでにこの地に彼らの源となりし瘴気はない。
あるにはあるが、根源にもしていたかの地はすでに変化を遂げている。
彼自身が生み出せし瘴気でこの地はまだあふれてはいるが
すでに”外”からの需要も断たれているといってもよいこの状況で、
それでも力を振うのは彼らにとっての”傀儡”を求めるゆえか、
それとも彼の生来の性格ゆえか。
悲鳴をあげるマルタとセレスとは対照的にぽつりとつぶやくエミル。
まあ、しかしどちらにしても。
「……本当、ヒトの考えることはいつの時代もわからないよ…ね」
先ほどアルテスタから言われた言葉がふとよみがえる。
許可を出した以上、その望みは叶えるつもり。
しかし、彼はわかっていない。
ソレをすることにより、他のものにどんな心境をあたえるのか、ということを。
「…それにしても、彼女はいつの時代も彼女だ、ということか」
おもわずぽつりと声が漏れ出す。
セレスとマルタが視ている場所よりも遥か上空。
そこにも一つの鏡があり、そこにとある光景が映し出されている。
それはとある森の中らしき光景であり、
一人の女性がその場にいるエルフたちを説得している光景。
よりゆかりがある地にあの場にいたものたちは転移している。
そして彼女にとってゆかりがあるのは、いうまでもなくヘイムダール。
いまだにあの地にいるものたちにはマナの使用は許していない。
あの地にあっても幻魔すら生み出している彼らはある意味救いようがないといってもよい。
「…御子、としての心構えは健在、か」
本当に彼女は、とおもう。
そもそも始まりの時、オリジンの力をその身に宿らせたのも。
ヒトの思いというものはどこまでも強いといわざるをえないその証明がそこにはある。
『くっ……』
降り注ぐ闇の散弾。
「皆、無事!?」
「何とか…」
ふらふらとする体を何とかその場からゆっくりと起こす。
「足場が……」
先ほどまで見えていた部屋らしきそこは、闇の球が触れたところが
ことごとく虫食いのようになっており、
そこには漆黒の空間が広がっている。
目に見える形で足場という足場はなく、しかしきちんと立っていられる。
という摩訶不思議なる空間がそこにはある。
「!?ケイト!?」
タバサが背負っていたはずのケイト。
しかし今の攻撃でその背から投げ出されたのか、離れた位置にとたっている。
立っていることから意識を取り戻したのか、ともおもうがしかしその様子がおかしい。
その目は虚無でその視線は定まっていない。
「さて、挨拶代りのお遊びはおわりだ。
せっかくここまできた客人だ。それなりのもてなしを用意しよう。
お前たちがわれの傀儡をここまで運んできてくれたがゆえに、な」
にやり、とその口元に笑みを浮かべるとともに、
すっとケイトがその手に漆黒の剣のようなものをもって立ち上がる。
そしてその切っ先はおもいっきりロイド達にとむけられており、
「ケイト!?くっ!目をさませ!」
「あはは!無駄なことだ!せいぜい我を楽しませるのだな!」
「…ころし…て……」
抑制のない声でケイトの声がその口から紡がれる。
「そのものが死んでいたほうがわれにとっては余興としては面白かったのだがな」
死んでいたとしてもよみがえらせ、彼らにぶつけるつもりだったのだから、
まさかわざわざ道具をこの場にまでもってきてもらえるとは。
ランスロッドからしてみれば笑いが止まらない、とはこういうこと。
「さあ。我を楽しませよ!戦いの前の余興としてな!」
「くそ!あんたは人を何だとおもってるんだ!」
「われらが魔族の贄であり玩具でしかないが?」
『っ』
ロイドの叫びにさらりとこたえられ、しかしその台詞が嘘偽りのないものだ、
と理解したロイド達は言葉につまるしかない。
「その程度で僕がひるむとでも?」
「ミトス。お前はそうでも他のものたちはどうかな?」
「だ、ダメだよ!ミトス!ケイトを攻撃するなんて!」
にやりと笑みをうかべたランスロッドの言い分を肯定するかのように、
ジーニアスが泣きそうな顔をしながらミトスにと言い放つ。
「無駄だ。そやつは主人であるわれの命令を忠実にきくだけの人形だからな。
お前たちがそいつを殺していれば生きる屍として対峙させる予定だったのだが」
くつくつと笑うその姿は何とも言い難い。
つまるところ、目の前の男は、魔王は…
「さっすが魔王様。非人道的ってか」
自分たちがケイトを殺していてもそうでなくてもどちらにしても。
目の前の彼は彼女を自分たちにむけての刺客として使用するつもりだったのだろう。
だからこそ、わざわざアルタミラからここまで連れてきたのだ。
それが嫌でも理解でき、さすがのゼロスですら舌打ちしつつも吐き捨てる。
「……コロシテ…オネガイ……」
「ああ。安心しろ。完全に自我は失わせてはいない。
その娘が片言でいっているは本心だ。もっとも、その体は我の操り人形でしかないがな」
涙を流しつつも、それても剣を構え一気にその剣を振り下ろす。
ケイトが剣を扱えたのか。
そんな疑問を抱くまもなく、ケイトが放った剣圧はロイド達にと直撃する。
「ケイト…さん?」
茫然としたようなプレセアの声がやけに響く。
「コロシテ…ワタシを…ハヤク……」
彼らをこの手にかけたくない。
自分が彼らに…プレセアに殺されるのであればそれは本望。
父のいうなりになり彼女を、彼女以外の数多のヒトを実験体としこれまで殺してきた。
ここで彼らに殺されることが自らの罪の償いというのならば。
ヒトと触れ合うこともなかった自分だが短い間とはいえヒトと触れ合えた。
語り合えば分かり合えるというのもアルタミラの研究員たちと会話してわかった。
ヒトの可能性、未来を信じることができる。
自分がそれを目にすることはかなわなくても。
これまで多数の命を自分のエゴのために犠牲にしてきた。
そんな自分が未来をみてみたいなんて夢を一時的にも抱いたのがそもそもの間違い。
ならば、ここで彼らの…プレセアの手にかかり仇を討たれるのが一番よい。
自分が彼ら、そしてこれ以上のヒトをこの自由の利かない体において傷つけるよりは。
「ゆけ。ケイト。いや操り人形よ。奴らを殺せ!
しかし完全に体を操っているのに面白いものだな」
片方の目から一筋の涙がケイトの瞳から流れているのをみて
さも面白そうに笑みをうかべていいはなつランスロッド。
ロイド達から発せられる憤りの負の感情はそのまま魔族であるランスロッドの糧となる。
嫌悪や憎悪、そういった感情こそが彼らにとっての【食事】。
悲しみ、苦しみ、憎悪、殺意などといった負の感情をよりよく抱くはヒト以外にはない。
ゆえに彼ら魔族にとってヒトとは自分たちの餌を生み出す器という認識でしかない。
そしていい玩具…道化でしかない、というのがほとんどの魔族にとっての認識。
中にはそうではない魔族はいはするが。
「ケイトっ!目をさませ!」
「ふはは。ムダだ!いったであろう?そのものは我の操り人形だ、と」
「…やるしかない、わね」
「「先生!?」」
「姉さん!?」
戸惑う彼らとはうってかわり、少し表情をくもらせつつ淡々といいだすリフィル。
そんなリフィルに悲鳴に近い声をだしているロイド、コレット、ジーニアスの三人。
「やるしかない、んだろうね。ケイトのためにも。
あたしたちだけじゃあない、この様子だとこいつは彼女を使って何をするやら」
しいなも顔をしかめつつも、しかしこの場においてはそれ以外はないことを理解する。
「お前たちには荷がおもかろう。私がやる」
クラトスがいいつつ一歩前にでたその刹那。
「――
感情のこもらない淡々としたケイトの声がその場にと響き渡る。
その両手にしっかりと漆黒の剣を構えそのまま勢いのまま振り下ろす。
クラトスが繰り出した剣とケイトが繰り出した剣が一度交わるが、
それとほぼ同時。
クラトス、そしてロイド達の足元に鈍く輝く魔法陣のようなものが出現する。
「まずいっ!」
それが何を意味するのか。
クラトスがあわてて翼を展開しその場から逃れ、そして。
「お前たち、そこから逃げろ!」
いまだに戸惑っているらしきロイドのほうへあわてて飛んでゆくクラトス。
クラトスがロイドの元にたどり着くよりも早く、魔法陣がかがやきだす。
『うわ!?』
『きゃっ!?』
悲鳴はそれぞれ。
それぞれの足元に出現した魔法陣から漆黒の闇の炎が突如として噴出する。
それは、本来ならば剣で切り付けたのち、
相手の足元に魔法陣を出現させ闇の炎で相手を滅する技。
だがケイトの使った技は多少アレンジがきいているらしく、
敵、と認識されたすべてのものの足元にその魔法陣は出現していたりする。
それでなくても先ほどの攻撃で足場という足場が不安定であったというのに。
あわてて足元に出現した魔法陣から逃れるが、逃れた先にそこに足場となるべきものはない。
いくつも同時に噴出した闇の炎はかろうじてのこっていた床のような足場。
それすらもまたたくまに闇の中にと飲み込んでゆく。
飛び退いたはいいが、そのままがくん、と着地する場所もなく
意味もなく落下する感覚が襲い掛かる。
「うわ!?って、皆!?」
それは本能的なものというべきなのか。
落下の感覚で無意識の中でその背に翼を展開し空間の中に浮かぶロイドに、
「児雷也!」
落ちる。
そう思った直後、聖なる獣…この場合は蛙、というべきか、を召喚しているしいな。
それはしいなの直感。
そもそもミズホの里につたわっている巨大蛙の絵巻物は、
おもいっきり空に浮いているのではとおもわれるほどに雲の中を飛ぶ様子が描かれていた。
ボスッン。
ぐにゃり、とした感覚がリフィル、ジーニアスの体を包み込む。
そしてまた。
『――お姉ちゃん!』
プレセアもまた落下する感覚に思わず身構えるものの、
次の瞬間、自らの内部から聞こえてきた声におもわず目を見開く。
『――私が導くっ』
何を、と問いかけたい。
だけどもするり、と頭の中にというか体に感じるとある力。
その力の流れを本能のままに、内部でアリシアが導いているのを感じ取る。
それとともに、ふわり、とした浮遊感。
「プ…プレセ…ア?」
唖然とした声は少し斜め下の方向から。
ふとみれば巨大蛙の上にぽすん、としいなとともに乗っているジーニアスの姿が。
「…え?…わたし?」
背中が心なしか暖かい。
「なるほど。たしかその娘は
ヒトが人為的に生み出そうとしていたハイエクスフィアの実験体だったな。
マナの翼を用いることも可能、ということか」
自分の身に何が起こっているのか理解できていないプレセアの耳に、
納得とばかりにつぶやくユアンの声がきこえてくる。
はっとみれば、ケイトのその背には漆黒の鳥の翼のようなもの…蝙蝠に近いそれ、
ではあるが生えており、完全に部屋という概念のなくなった漆黒の空間にと浮かんでいる。
周囲をみれば、ミトス、ユアン、クラトスはマナの翼を展開しており、
ゼロスとコレット、そしてロイドすらもその背に輝く翼をもっている。
周囲をざっと見まわすプレセアの視界に見覚えのない乳白色の輝く翼らしきもの。
それは信じられないことにプレセア自身の真後ろにあるようで、
『――お姉ちゃん。マナの調整は私にまかせて』
「…アリシア?」
アリシアの気配をより強く自らの中に感じ取る。
それと同時、自らもコレットたちと同じように信じられないことにマナの翼。
…天使の翼を生やしたのだ、とおぼろげながら理解する。
ハイエクスフィアの実験体として永き時を精霊石とともに過ごしていた経験は伊達ではない。
永きにわたる時間は確実にプレセアの肉体にも影響を及ぼしていた。
そう、彼女自身の時を止めてしまっていたほどに。
自力で翼を出すことも本来ならば元々できたのだが、
そのやり方をプレセアは知らなかっただけ。
姉が奈落の底ともいえる漆黒の空間に放り出されそうになり、
内部よりアリシアが手助けしたゆえに、
その隠されていたプレセアの能力が顕現したにすぎない。
目の前で見えている光景が半ば信じられない。
あのプレセアに天使の翼が。
たしかにプレセアはケイトによって人為的にハイエクスフィアを創造る実験体とされていたが。
でもすでにプレセアが身に着けていた石はない、というのに。
なのにプレセアは天使の翼を発現させた。
一度中途半端に天使化したものは、石を失っても元の体にもどらないのだろうか。
そんな考えがふとジーニアスの中によぎる。
乳白色色の輝く翼を得たプレセアは漆黒の空間の中で異様に目立つ。
この場にいる中で自力で空を飛べないのはこれでリフィル、ジーニアス、
そしてしいな、つまり自分たちだけ、ということになる。
タバサもその身に翼を展開しており、ふわりと虚空に浮かんでいる。
「こりゃ、後方支援しか無理っぽいね」
児雷也の体にのっていなければおそらくどこまでも落下していきかねない。
足場のない空間というものほど不安定なものはない。
ぼやきつつ、しいながふとみればロイドの元に駆け寄ろうとしていたクラトスが、
改めてケイトのほうにむきなおっているのが目にはいる。
どうやらロイドが自力で浮くことができたのをみて
当初の目的通り、ケイトをまずどうにかするほうに方向性をきめたらしく臨戦態勢をとっており、
「足場をなくして動きを封じようとしてもムダだ」
すちゃりと相手に剣をつきつけきっぱりと言い放っていたりする。
しかしケイトのほうは無表情のままで、カタコトで殺して、としかいってこない。
「足場を無くした程度で僕らがどうにかなるとでも?」
一方で呆れたような声は少し離れたところから。
みればケイトを飛び越え、一瞬のうちにランスロッドの正面に移動しているらしきミトスの姿が。
ミラのほうはといえば重なるようにしてミュゼが折り重なっており、
ミュゼの背から翼のようなものが生え、
重なっているというかミラにいうなれば憑依しているというべきか。
ともあれミュゼの力にてミラもまた浮いており、ミトス同様、
ランスロッドの目前にと移動していたりする。
「とっとと済まさせてもらおう。この場所の異変はお前のせいらしいからな」
「そうですわ。あまり長引かせるとお爺様の説教がまってますもの」
ミラとミュゼとしてはとっととこの茶番劇を終わらせたいところ。
自分たちをこの地によこした祖父…マスクウェルの意図はよくわからない。
ないが少なくとも時間をあまりかけては
間違いなく祖父による説教というなのお仕置きがまっている。
そんな彼らの物言いに対し、
「何。いっただろう。余興だ、と」
「――
余興、と魔王と名乗りし彼がいったその刹那。
淡々としたクラトスの声が空間内に響き渡る。
みればクラトスのもつ剣が炎に包まれており、
そのまま一気に間合いをつめてケイトをきりつけ、
それと同時に剣にまとわせている炎をケイトにたたきつけている光景が飛び込んでくる。
炎の攻撃をうけ、一瞬背後にさがるケイト。
この攻撃は攻撃手と攻撃されたものの間合いが一瞬生じる技でもある。
一瞬、ケイトが背後に移動したその隙をさらに畳みかけるようにして、
「
次なる攻撃がクラトスから繰り出される。
ケイトが反撃してくる隙をあたえずに畳みかけるその様は、
まさに先手必勝の戦法に等しき行為。
翼をもちいまるでジャンプしながら斬り上げ、
そして落下するようにしてケイトにむけて刃を振り下ろす。
一撃は確実にケイトの体をとらえ、そして次なる一撃はケイトの持っている漆黒の剣。
それにむけて振り下ろされる。
ピシッ…ピシピシ…
パァッン!
体の重心をかけた落下しつつかけた攻撃はものの見事にケイトの剣を砕くには十分であったらしく
剣だというのになぜか鏡が割れるかのごとく一気に黒き剣は崩れ去る。
崩れるとともにかけた欠片はなぜか虚空にとけていき形の破片すら残していない。
「ありが……」
それとともにケイトの体から血が噴き出す。
それは袈裟懸けに切られたクラトスの攻撃によって生じた傷。
剣が消え去るとともにケイトの背の翼もすうっとかききえ、
そのままケイトは支えを失ったかのようにとその場から落下してゆく。
「余興としては面白い見世物になるとおもったのだがな。
さすがはクラトス。テセアラの鬼神とまでいわれた男ということか。
敵対したものは容赦なく殲滅するのは今でも健在らしいな」
クラトスがケイトを攻撃した。
その事実にロイドはかなりうちのめされるが、でもそれ以上に。
「おまえ…人の命を…人をもてあそぶなんて許さない!」
「憤るな。雑魚が。所詮お前ではミトスの足元にも及ばん。
雑魚には雑魚の相手をしてもらうとしようか」
いいつつも、パチン、と指を鳴らすランスロッド。
刹那。
漆黒の空間の中、いくつもの人影らしきものが出現する。
「児雷也!」
ポスッン。
落下してゆくケイトの真下。
あわてて児雷也に命じ、その真下にと移動するしいな。
しいな、ジーニアス、リフィルの中心にケイトの体がどさりとおちてくる。
流れ出る血は致命傷に近い。
「ケイト!しっかりして!どうして…どうしてこんなっ!」
そんなケイトに駆け寄るようにして声をかけているジーニアス。
「このままじゃあ…ケイトがっ」
ケイトに関しては思うところはいろいろとある。
けども、最後まで誰かに利用されて命を落とすなど悲しすぎる。
「私に任せなさい!ジーニアス、あなたは治癒術をかけている間、敵を近づけさせないで!」
「敵って……」
ジーニアスがつぶやくとほぼ同時。
周囲にいくつもの異形の影が出現する。
「早くなさい!」
おそらく血の流れ具合から一刻を争う。
すばやくケイトをその場に横にしその場にとかがみこむリフィル。
児雷也の巨体は彼女たちを乗せてもまだ余裕があり、
かといって蛙という器である以上、とっかかり部分も何もなく。
「くるよ!」
しいながいうのとほぼ同時。
その手に槍をもった緑色の姿をしたヒトとトカゲを合わせたようなひょろっとした体。
そんな容姿をしているものが一斉に彼らがのっている児雷也にむけて突進してくる。
「う…リフィル…さん…ごめんな…さい……」
「話さないで。致命傷は免れているようだけど……」
おそらくわざと致命傷は避けたのだろう。
けども重症なのにはかわりがない。
リフィルの回復術をうけ、どうにか血はとまり傷はふさがりはした。
けど、内部まではまだ完全にふさがっていない。
ただ出血が止まっただけ。
「私は…大変なことを…してしまいました……
皆は…アルタミラの皆は無事…なのでしょうか……」
あのままではアルタミラの人々が殺されていた。
だからこそケイトは自ら進み出た。
彼らの目的は自分だというのだから、人々を守るのに戸惑いはなかった。
「無事らしいわよ。タバサがここにいるのが何よりの証拠」
タバサは連れていかれたケイトを追ってここまでやってきたといっていた。
「…よかった…あいつは…父を使って…地上を自分のものにしたいらしく…
ラタトスク・コアと魔導砲、そして彼ら魔族の力があれば地上制覇はたやすい…と」
当然のことながらケイトは断った。
けど。
断れば彼女の知り合いすべてを殺しつくす。
そういわれ、彼女は差し出されてきた黒い剣を手にするしかなかった。
「…剣を…手にし…体が…いうことをきかなくなって……」
剣に操られている。
その言葉が一番しっくりくるといってもよい。
「…父は…地上の王にしてやらないでもない、といわれ嬉々として賛同してて……」
「話さないで…ケイト?」
そこまでいって気力がつきたのか、がくりと首を横にして意識を失うケイト。
治癒術を使う手は止めてはいない。
「…どうやら大丈夫のようね。まだ息はあるわ。けど…
早く医者にみせないと危険なことにはかわりはないわね」
失った血はどうにもならない。
だからといって治癒術を止めるわけにはいかない。
治癒術を止めた直後、じわじわとケイトの傷がふさがったはずなのに
再び開いているのが嫌でも目にとまる。
――事は一刻を争う。
「くそ!次から次へと!」
周囲に現れた異形のあからさまに敵とおもわしき存在達。
緑と灰色の姿をし、その背にもった翼にて周囲をとびまわり、
それぞれが武器としてスピアをもっているそれら。
ロイド達は知る由もないが、それは地上に瘴気があふれ出したとき、
魔界よりあらわれし異形のものたち。
グレイデーモンやネビロスといわれている輩たち。
世界樹ユグドラシルが枯れかけていたときには、
それらの輩は精霊の神殿にまで入り込んでいた。
ヒトの命を何ともおもっていない魔王と名乗りし輩に一撃をくわえたかったが、
それ以上に自力での移動手段がないしいな達のもとにそれらがむかい、
さっと血の気がひく思いであわてて救援にと駆けつけた。
「先生が治癒術をかけている間、何とか時間を稼がないと……」
「そうだね」
いいつつも、むかってきた敵をざんっとヒト凪。
コレットもまた先ほど無くしたというかなぜか鏡の向こうに移動してしまったチャクラム。
それ以外にももっていたらしく、そのチャクラムをもってして
巨大蛙に襲い掛かろうとしている敵達を薙ぎ払っている。
一人でもこの場からかければすぐさまに敵は巨大ガエルを攻撃するであろう。
蛙の上からはしいなやジーニアスが技や術を使って応戦しているのが目にはいる。
「…きりが…ありません…これは……」
すでに何体の敵をなぎ倒したであろうか。
なぜか致命傷を負った敵は闇にとけきえるようにきえるが、
一時もおかずにすぐさま別の敵が出現する。
プレセアもその背にマナの翼を展開させつつも多少疲労がみえるような口調でいってくる。
「…インプットされた知識からみちびきだされるに。
おそらく、大本の敵をどうにかしなければ、
これらは絶えず少なくなることはないとおもわれます」
それは力があるものがかつて生み出したというとある技というか術。
アルテスタもドワーフ族に伝わりし伝承でしっていたがゆえ、
タバサの知識の中に一応念のために入れんでいたに他ならない。
蛙を中心に四方に展開するように、ロイド、コレット、プレセア、タバサ。
それぞれが取り囲むように迫りくる敵を何とかなぎはらっている今現在。
ちなみにタバサは基本、どうやら体術を得意としているのか、
「
空を優雅に飛び回りつつ三連続の空中回し蹴りを放ち
トドメとばかりにサマーソルトを叩き込んでいる姿が目にはいる。
さらに間をおかず、
「
一時間合いをとったかとおもうと、今度は斜め下にといる敵にと目標を定め、
空中から斜め下のほうにむけて流星のごと急降下攻撃を繰り出しては敵を殲滅していたりする。
~スキット;落差の激しいエミル側~魔王と雑魚?敵との攻防最中~
マルタ「何あれ、何あれ、何あれ!?」
かろうじて離れた場所にある鏡に映りこみし光景。
音声はみえないが映像は暗闇の中光っているがゆえによくうつる。
セレス「ああ!?お兄様!?あんなに多勢に無勢で!?」
視界にうつりし鏡の向こうで展開されているは、
無数の異形の存在達と攻防戦を繰り返している皆の姿。
セレス「…それはそうとして、エミルさん、何してるんですか?」
エミル「え?なんかさっきからセレスさんやマルタ、叫びぱなしっだから。
ノドかわいてるんじゃないかとおもって」
どうでもいいがこんな状況でこの場で…どこから材料や、
それを作る道具などを取り出したのか、などと突っ込みどころは多々とあるが。
たしかエミルは無限の鞄もどきをもっていたことを今さらながらに思い出す。
それに古にはあったというフードサックなるものも確か所有していたはず。
それはいいのだが、なぜにこの場においてミキサーを取り出し、
しかもそこに果物をかたっぱしから入れ込んで果物のミックスジュースを作っているのか。
エミル「のまないの?」
セレス「いただきますわ」
マルタ「そういえば、のどかわいてる……エミル、気がきくね」
セレス「…お兄様にも飲ませて差し上げたいですわ」
もっとも、あんなに多勢に無勢の敵と戦っている中、何かを飲んだりする余裕はなさそうだが。
マルタ「(ごくごく)それにしても、あの敵達、いっこうに減る気配ないよね?」
セレス「(ごくごく)ですわね。あれだけお兄様たちが殲滅しているのに」
エミル「あの空間はたぶん、一定の敵が確実に常にいるようになってるんじゃないのかな?」
マルタ「何その鬼畜仕様!?」
セレス「…お兄様たちの体力が心配ですわ……」
マルタ「ミトスたちのほうは…あ、ミトス一人があいつと対峙してる」
セレス「クラトスさんたちは周囲でお兄様とともに敵を殲滅していますわね」
マルタ「ロイド達のほうは…リフィルさんがケイトさんに治癒術かけてるっぽいし」
セレス「たぶん、そうなのでしょうね」
クラトスがケイトを切り裂いたところは映像としてみた。
そして落下してゆくケイトをしいなが呼び出したとおもわれし蛙で受け止めたのも。
エミル「おかわりいる?」
マルタ&セレス「「いただきます(わ)」」
あちら側は湧き出してくる”存在”に対処に追われているようだが。
こちら側はそんな光景をただ見守るのみ。
※ ※ ※ ※
「ったく、こりゃ、キリがないな」
ぶん、と手にした剣を一振りする。
剣に纏われている炎が小さな火の粉を周囲にまき散らす。
そしてそのまま、
「
剣に炎を纏わせたままそのまま翼で優雅に周囲をまいつつも
回転するように周囲に群れてくる敵にと斬りつけるゼロスの姿。
文句をいいつつも敵をなぎ倒しているその様はさすがとしかいいようがない。
体術も交えて自由に動き回りつつも敵をこれ以上よせつけないという気迫がある。
「
「罪、贖、罰、不浄を照らす光とならん、汝に与えし光の抱擁!ジャッジメント!」
バチバチバチィッ!
クラトスの放った一撃とその直後に敵に降り注ぐ電撃。
それに追従するかのようにユアンの放った天使術が重なるようにして電撃を降り注がせる。
倒しても倒しても敵は一瞬のうちに暗黒の塵のように変化して
次の瞬間には少し離れた場所から倒した数だけの敵が突如としてわいてくる。
「
多勢に無勢で戦うときはいつもこの状態であった。
この場に姉がいればそれこそかつての戦いのまま。
クラトスとユアンが先陣をきり、雑魚を引き付け自らが中心にと乗り込み決着をつける。
かつてはクラトスばかりを気にしていたゆえに、自分のような子供は気にかけられず、
ゆえに相手の隙をとらえることができた戦法。
クラトスやユアンに思うところはあれど、その戦力においては信頼している。
ユアンもあれでかなり腕はたつ。
だからこそ自分のほうにむかってくる雑魚を気にすることなく
目の前の主力ともいえる敵にと向き合える。
回転斬りにて竜巻をその場におこしつつ目の前の敵、
魔王リビングアーマーことランスロッドに切りかかるミトス。
「何の!消えてしまえ!ブラックホール!」
ミトスの放った竜巻はランスロッドが唱えた術によって発生した漆黒の渦。
それに吸い込まれるようにしてきえてゆく。
本来この技は敵を引き寄せて連続してダメージを与えるものなれど、
「蒼光なる光陣よ闇に染まりし外法の者に安らぎの光をあたえん!
シャイニング・バインド!」
なぜか発生した漆黒の渦を光の鎖で拘束し、
ものすごい速さで詠唱を唱え力ある言葉を解き放っているミトス。
周囲のものを吸い込まんとする闇の力はミトスよって生じた光の力によって相殺され、
パキィッン、という音とともに対消滅をおこし何ごともなかったかのような空間が取り残される。
「
そのままだっと間合いをつめるようにして翼をはためかせ、
相手の間合いに入り込み技をしかけているミトス。
「っ。ワープ!」
この空間はある意味、ランスロッドの力でできた空間といってもよい。
つまるところ彼の力に満ちた空間であり、
ゆえにこの空間において咄嗟的に自らの体の位置を変換させることが可能。
ミトスの攻撃をうけるのは得策ではないと判断したのか、
そのまま少し離れた場所にと移動するランスロッドの姿。
敵をなぎ倒してもなぎ倒しても次から次へとわいてくる敵。
敵を切り裂くそんな中で目にはいるは一人でランスロッドと互角以上に戦っているミトスの姿。
クラトス、ユアン、ゼロスはそんなミトスに襲い掛かろうとしている
自分たちが今、相対している敵と同じような容姿のものを相手にしており
ミトスの増援に手をかせる余裕もどうやらないらしい。
あちらもあちらで敵を倒すたびに敵はどこからともなくわきだして
一向に敵の数が減ったようには見受けられない。
どれほどの敵を切り捨てたのか、だんだんと息が上がってきているのを嫌でも自覚する。
巨大蛙の上ではジーニアスとしいなが肩で息をつきつつも、
自分たちが撃ち漏らした敵を何とか術や技でなぎはらい
治癒術をかけているリフィルに近づけまいとばかりに奮闘している様子が目に入る。
それでもわいてでてくる敵は衰えることはない。
この空間にいる限り、力の供給源であるものがいる限り、
この空間には常に一定の数の敵が湧き出すようにランスロッドは指定している。
もっともそんなことをロイド達は知るはずもないが。
だが、一人。
「…今、ですっ」
魔王の一柱であるリビングアーマーがミトス・ユグドラシルと幾度も攻防を繰り返している。
その光景は攻撃をくりだしつつも常に確認していた。
近くに彼らがいる以上、やろうとしていることはつかえない。
だからこそ、魔王が離れた位置に移動するその一瞬の隙をつくべく
常に警戒はとかないでいた。
ランスロッドが突如として移動したはミトスからもましてや自分たちからも離れた位置。
上空高く移動したランスロッドは何やら詠唱を初めている。
「来たれ、死の翼よ…」
赤い光がランスロッドの体を包み込む。
急激にたかまりし魔力はその技がかなりの威力であることを物語っている。
「ブラッ…何!?」
ガシッ。
ブラックウィング、力ある言葉を解き放とうとしたまさにその刹那。
突如として何かにきつく抱きしめられたような感覚が。
はっと背後をみてみれば、そこには自らの背後から抱き付いてくる一つの人影。
力で振りほどこうにも振りほどけない。
「おのれ!機械人形ごときが我の邪魔をするかっ!?」
「これ以上、あなたのすきにはさせません」
淡々とした言葉がタバサの口から紡がれる。
それとともにより強く力を込めてランスロッドの体を強くつかむ。
タバサの体を気のせいかバチバチと電撃のようなものが纏っているようにみえるのは
ロイド達の気のせいか。
一体、タバサは何をしたのだうか。
何かの呪文を唱えた直後、突如として彼女の姿はランスロッドの背後に移動した。
ロイド達は知る由もない。
そしてタバサとその中にあるアルテスタの人格すら。
それはこれより遥かなる未来、エドワード・モスリンが開発していたとある術。
時空間を飛び越えるその過程においてあみだした空間そのものを移動する術。
アワーグラスの時を止める性質を研究課程でみつけだしていたドワーフ族の秘術。
というべきものは、遥かなる時をこえ、一人のヒトの手により蘇っていたというその事実を。
ロイド達にわかるのは、タバサがランスロッドの体を拘束している、
というその事実のみ。
「「…まさか?!」」
タバサの体をバチバチと電撃が走るのを目にし何をしようとしたのか察知したのであろう。
驚愕に近い声をいまだに並み居る敵をなぎ倒しつつも顔だけタバサ達にむけ
声を発しているクラトスとユアン。
「…タバサ?」
一体タバサは何をしようとしているのだろうか。
ザンッと迫りくる敵をなぎ倒し、そちらにと視線をむけるロイド。
「きさま…っ!それをすればどうなるかわかっているのか!?」
ランスロッドとしては拘束から逃れようとするがびくともしない。
タバサの体をまとっているのは純度の高いマナ。
自らの体の構成をあえてマナに変換することにより、
タバサの体そのものがマナの塊になっており、
瘴気の塊でもある魔族であるランスロッドはそれにあらがえない。
本来ならばヒトの手によりし作られた…といってもドワーフたちによって、だが。
たかが機械人形のマナなど精神生命体たる魔族にはさしたる脅威でも何でもない。
だがタバサの内部にあるとある【核】が彼女の力をより増幅させている。
そしてその効果にランスロッドもまた覚えがある。
かつて遥かなる昔、古代大戦と呼ばれるよりも遥かなる前。
天地戦争、と呼ばれていた時代にヒトの科学者が作り上げたとある兵器。
対象者の人格を高密度に収縮したアイオニトス…
微精霊達が生まれ抜け殻となりしそれらが凝縮された石。
それに人格と意識を投影することによってその被験者となりしものと相互反応をおこし
その能力を増幅させてゆく代物。
あのときはヒトは”剣”を用いたようではあるが。
アルテスタとしてもこのような使い方をタバサにさせたくなかった。
だけども魔王ともいえる存在が出てきた以上、
そしてアルタミラで科学者たちが話している会話を聞いてしまった以上。
このままタバサを自由にさせていても彼女にまっているのは苦痛でしかない。
彼女をつくった手前、いくら投影されている人格とはいえ決めた以上、
彼女とともに最後をむかえる。
それが【アルテスタ】にとっての
「あなたがた魔族は精神生命体。それも瘴気の塊ともいえる精神体。
ゆえに高濃度のマナの攻撃にはとてももろい」
淡々と感情のこもらないタバサの声のみが無常なほどに周囲に響き渡る。
その間にもわいてでてくる敵の数は途切れることなく、
タバサのほうにも背後から攻撃を仕掛けようとしてくるものの、
タバサの体にまといし電撃のような何かの膜。
それにはじかれるようにして瞬く間にと消滅しては再生を繰り返していたりする。
「まさ…か…」
「あ…あああああっ!」
記憶が蘇る。
その光景はジーニアスやロイドにとってはまさに過去の再現ともいえるもの。
彼らの心にわだかまっているイセリアでの悲劇の再現。
タバサがしようとしていること。
信じたくはないが、だけども、まさか。
かすれるような声と悲鳴にも叫びにもにたロイドの叫びがこだまする。
「くそっ!たかが操り人形め!」
「ミトスさんやロイドさんたちの住むこの地を好きにはさせません」
必至ではがそうとしているらしいが、タバサの力にはかなわないらしい。
ふと振り向いたその笑みは悲壮に満ちたものでも何でもなく。
「…みなさんのおかげでヒトの心というものがわかったような気がします。
…さようなら……」
そう。
彼らと触れ合い、ただに人形であった自分に感情というものを理解させてくれた。
これまでの彼らとの旅がタバサの記憶回路の中に走馬灯のごとくにかけめぐる。
ああ、これが死を目前としたときにヒトが陥るという走馬灯、というものなのでしょうか?
タバサはそうおもうが、まったくもって怖くはない。
むしろ自分の力がこれから先悪用されてしまうほうがもっとこわい。
だからこそ…アルテスタに、自らの製造者に意識の中で語り掛けたのだ。
自分の力を魔族の王にむけられないか、と。
「や…やめろぉぉぉ!」
背後から拘束してくるタバサから逃れようともがくランスロッド。
ランスロッドとしては珍しく声をあらげ抵抗した叫びをあげているが
タバサの体はどんどん輝きを増してゆく。
優しく微笑むとともにタバサの体がランスロッドに抱き付いている状態でまぶしく光り輝く。
それはこの漆黒の空間すらをも染め上げる光。
カッ!
ドォォォッン!!!!!
光が一気に収束しタバサの体を起点としまばゆいばかりの光と、
そして盛大なる爆発音が亜空間にと鳴り響く。
キラッ…
漆黒の空間であったはずの空間そのものがまぶしく白い極光に染め上がる。
『がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』
そしてまた、それと同時、無数に出現していた異形の輩たちが悲鳴とともに
光に包まれたとおもうとその体を一瞬のうちに黒く染め、
そのままパリッン、とした音とともに崩れ落ちる。
崩れ落ちた細かな破片は光の中に溶け込むようにきえていき、
あれほど苦戦していたのが嘘のように
あっというまにすべての”敵”の姿がその場から掻き消える。
何がおこったのか理解不能。
いや、理解はしている、ただそれを認めたくないだけ。
「っ!タバサ~!」
悲鳴にも近しいロイドの声のみがむなしく響き渡る。
「そんな…どうして…どうして、こんなっ!」
「…おそらく、やつはお前たちの疲労をみてとったのだろう」
天使化している自分たちですら厄介な数の敵。
ジーニアスやしいな、そしてあまり表面上はぱっと見た目わからないプレセアすら
すでに疲労の色が見え始めていた。
だからこそタバサは機会をうかがっていた。
魔王が…ランスロッドが離れた位置に移動するその瞬間を。
「人形が…余計なマネを……」
これでは自分が一気に相手にとどめをさしきれなかったから自爆したのだ、
といわんばかりの行動ではないか。
ミトスの胸に飛来するのは何ともいえない焦燥感。
アレは人形、とわかっているのに、それでも。
最後に皆をみて微笑んだその姿はかつての姉の笑顔のそのままで。
「今はそんなことをいっている暇はありません。空間が揺らいでいます」
ミラの背後にとりついたような形をいまだにとりつつも、周囲をみわたし言い放つミュゼ。
ちなみにミラとミュゼの今の姿はあるいみで二人羽織りのような姿にみえなくもない。
たしかに、空間がぐにゃぐにゃと異様なほどに歪み始めている。
形をとどめていない、というのが一番しっくりくる表現。
「とにかく、ここからでなければ。しかし…次元の歪みが多すぎますっ」
ここまで目に見えてわかるほどに狂った次元にへたに手をくわえれば。
それこそ次元の狭間に放り出されたり、まったく知らない別次元。
下手をすれば”異世界”にすら放り出されかねない。
ゆっくりと、まるで鏡がハゼわれるように空間に亀裂がはいり、
どんどんその亀裂から空間そのものの光景。
すなわち星空がこぼれおち、何もない漆黒の空間がどんどん広がりをみせている。
それゆえに次元を多少なりとも把握し操る力をもっているがゆえ、
冷静に皆に語り掛けているミュゼ。
「――このままでは、ここに取り残されて私たちまでも消滅してしまいかねないな」
「そんな!?」
淡々とそんな姉の言葉をききつつも冷静に予測結果をいいきるミラ。
そんなミラの言葉をきき、コレットが悲鳴のような声をあげる。
タバサが命をかけて相手を倒したのに、それこそ自分たちをおそらく助けるために。
なのにそんな自分たちがここで消滅してしまっては。
それこそ命をかけたタバサに申し訳がたたない。
「…あ…これ……」
ふらり、と児雷也の背の上で一歩足を踏み出したジーニアスの足元に、
コツン、と何やら固いものが触れる。
それはちょっとした片手にすっぽりはいるかはいらないかというほどの小さな球体。
蒼き色をもつそれには目に見える亀裂がはいっており、
でもそんな宝石のようなものをジーニアスはみたことがない。
「それは…アイオニトスの凝縮石?」
マナの在り方からしてアイオニトスであることにはかわりがない。
無数のアイオニトスを凝縮しおそらく人為的に固められたのであろう石。
古の文献にてマナの特性をいかし、ヒトの人格を封じ込めたこともあるといわれているそれ。
もっとも、それは人格を投影したものと、投影された人格。
それぞれが干渉しあい、力を増幅させるが副作用として力が暴走し
時として周囲を巻き込む力になりかねないのがわかり封印されていたかつての技術。
そもそもエクスフィア…精霊石を利用しようとヒトがもくろんだのは、
かつてそのようなことができたという事実が国の上層部にと伝わっていたゆえに、
かつての技術に近しいもの…つまり精霊石そのものの力は強すぎるが
そこに宿りし微精霊達をあえて血で穢すことによりその力を利用する。
そんな考えに国の研究者たちはたどりついた。
そして数多のハーフエルフやエルフたちが実験体とされ、
そしていきついたのが、ハイエクスフィアとよばれし存在。
クルシスにてアイオニトスや精霊石を取り扱っていたがゆえその違いは一目瞭然。
だとすれば、今ジーニアスが手にしたものは、
やはりタバサの中に搭載されていたというアルテスタの人格を投影していた”核”であろう。
もっともちらりとみるかぎりヒビがはいりもはや使い物になっていないようだが。
すなわちそれが示すこと。
石の中に封じられていたアルテスタの人格の…消滅。
「「きゃ!?」」
まぶしいまでの光が見守っていた鏡の中より発せられる。
その光は自分たちのいる場所まで巻き込んで目をあけていられないほど。
マルタとセレスの声が重なりそれぞれが思わず目をつむる。
――来たか。本当にお前はそれでいいのか?
目をつむっている彼女たちは気が付いていない。
光とともに鏡の中よりすうっと青白い球体が近づいてきたかとおもうと
ぴたり、とエミルの眼前で停止しているというその事実に。
その球体にむけて思念のみで語り掛ける。
その瞳はいつのまにやら真紅にかわっており、腕をくみつつといかけるは
先ほどまでのエミルとは別人なのではないのか、とおもえるほど。
いまだにあたりにはまぶしき光が満ち溢れ、マルタもセレスもそのことに気づいていない。
――はい。わがまま、とはわかっておりますが、どうか……
「…まあ、許可を出した手前、許しはするが……」
そのことばとともに、目の前の青白い球体が突如としてゆらいだとおもうと
次の瞬間、そこには髭を生やした一人のドワーフの姿が出現する。
「人格だけでなく魂すらも切り分けるとは、な」
すでに本体ともいうべき彼…アルテスタと別れたあのときに気づいてはいたが。
姿を透けさせ、どこからどうみても精神体でしかないそんな【アルテスタ】の姿に
苦笑をうかべるエミルにたいし、すっと手を指し延ばす【アルテスタ】。
そこには別の小さな淡く輝く球体がちょこん、とにぎられており、
その球体の中には小さな少女らしき姿が垣間見える。
「――お前の覚悟、ききとどけた」
よりによって対価をあのような形で差し出してくるとは。
話をきいたときにはあきれたもの。
でも彼の言い分もわからなくはない。
過ぎたる知識と技術は時としてヒトを過ちの道にと招き入れる。
ダイクと会話しすでに自らのもっている継承している技術と力。
それが今の世界においては遺物ともいえるほどのものである。
そのことをより強く彼は認識した。
だからこそ。
――感謝いたします。大いなる父よ……
その言葉とともにアルテスタの姿が淡くかがやきだす。
「…あれ?…アルテスタ…さん?」
ようやく視界に目がなれたのか、恐る恐る開いたマルタの目にとびこんだは
なぜか姿を完全に透けさせている【アルテスタ】の姿。
――儂の残された力であの場所にまで道をつくる。あとは嬢ちゃんたちにまかせたぞ
ゆっくりと目を開いたセレスの目にもそんな【アルテスタ】の姿が目にはいる。
「「?」」
目の前のアルテスタが何をいっているのかわからない。
そもそもなぜ姿がすけているのか、聞きたいことは山とある。
だが、それを聞くよりも先にアルテスタの体が一瞬にして光り輝き、
そしてそのままはじけるようにと光の粒となりて掻き消える。
「「え!?」」
何がおこったのかマルタとセレスには理解不能。
キラキラとアルテスタが弾け発生した光の粒はゆっくりと、
しかし確実にとある足場を形成しはじめる。
それはマルタ達の足元にある光の道とよくにたもの。
その道はまっすぐに、マルタとセレスがかたずをのんで見守っていた
兄や仲間たちが映り込んでいた鏡の元にまでつづいている。
それとどうじ。
「…どうやら始まったよう、だね」
ピシッ…ピシッピシ、ミシッ。
何ともいえない何かがきしむよう壊れる寸前のような音がどこからともなく響きだす。
「始まったって…エミル?」
何となく聞くのが怖い。
けど聞かずにはいられない。
「彼らがランスロッドを撃退したから。
その力の余波で生まれたこの空間も消滅を迎えるってことだよ。
まちがいなく皆のほうも空間が壊れ始めているはずだよ?」
その言葉にはっとしてそれぞれが鏡のほうをふりむくマルタとセレス。
ゆっくりと光が晴れるようにして再びみえるようになったそこには、
先ほどまでの攻防戦が嘘のようにしずまりかえっている光景が。
「消滅って…お兄様!」
新たにできた道は安全。
それは直感。
消滅、という言葉をききそのままだっと鏡にむけて駆け出すセレス。
「あ!セレス、まってよ!」
そんなセレスをあわてておいかけてゆくマルタ。
そんな二人を見つめつつ。
「…まったく。これだからヒト、というものは。
よりによって対価としてドワーフ族が継承してきた技術面のすべて。
彼が継承していたすべてをさしだしてくるとは、ね」
それは欠片であるアルテスタだけのことではない。
アルテスタ本体にもいえること。
そして――あのダイクにも。
アルテスタの提案を受け入れたことにより、
本当の意味でこの地上からドワーフ族がもっていた神秘の技術。
それが失われるというその事実を…まだ、誰も知りはしない。
~スキット:タバサが自爆したのち~
ロイド「くそっ!俺に力がもっとあれば!」
ジーニアス「…タバサ……」
ユアン「対消滅、か。自爆装置をそういえばアルテスタは搭載させていたな」
クラトス「感傷にふけるのはあとにしろ!今はこの崩れる空間から脱出するのが先だ!」
ミトス「…忌々しい終わり方をして……」
手助けなどされなくても自分がどうにかできたのに。
ロイド「そんな言い方はないだろ!?タバサは命をかけて…っ」
ミトス「アレは姉様の姿を模した機械人形。命なんてものはないよ。
意思があるようにみえたのもすべてはプログラムに過ぎないんだから」
ロイド「おまえっ!」
リフィル「話はあとにしなさい!とにかくここからでなくては!」
ゼロス「そうそう。ロイド君だってここでこの空間と一緒に自滅したくないだろ?」
ミトス「ミュゼ。空間の揺らぎをあちこちから感じるけど、わかる?」
ミュゼ「ありすぎてどこが出口なのか探れませんわ」
ミラ「姉様にわからなければすまない、私もわからない」
リフィル「…ケイトの体がこれ以上はもたないわ。
はやくゆっくりと休めないと……」
ミトス「たぶん確実出口はあるはずだよ」
というか、出口というかこの場の出来事を”彼”が視ていないはずは…ない。
pixv投稿日:2015年6月2日某日(Hp編集:2018年5月6日(日)開始
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あとがきもどき:
~技豆知識~
魔人滅殺闇(まじんめっさつえん)
出典:テイルズオブデスティニー
技主:リオン・マグナス(エミリオ・カトレット)(ジューダス)
剣で斬りつけ、相手の足元に魔法陣を描いて闇の炎を噴出させる奥義
突進突きを放ち魔法陣を展開、闇の炎を投げ入れてシャルティエの力で増幅させる。
出始めに鋼体があり、非常につぶされにくい良性能な術剣
ちょこっと裏設定:
ミトスたちが戦っていた攻防の光景。
OAVさんの救いの塔に向かうシーンで無数の天使があらわれましたが、
アレをすべてファンタジアに出てきた【グレイデーモン&ネビロス】におきかえて、
さらには戦闘シーンの周囲の光景をファンタジアの最終決戦。
ダオス戦の第二形態のときの周囲が宇宙空間になってる。
あの状態を連想(夢想)していただければ幸いです。
文章で表現してるつもりだけど絶対にできてない自信があるので(他力本願
でもって、OAVではレアバードを利用してましたが、
空をとべないのはジーニアス、リフィル、しいなの三人のみなので、
三人はしいなが召喚した巨大蛙の児雷也(ファンタジアでスズが召喚する蛙)
に乗ってる状態となってたりします。
ちなみに、この空間。
敵(この空間においてのボス)を倒さないかぎり、
敵が召喚した雑魚的は倒しても倒してもすぐに再生し数が減ることはありません。
…つまるところ大本をたたかないかぎりおもいっきり無限ループで、
しかも魔族が相手なので敵は体力に限界はありません。
つまり、何がいいたいのかといえば、体力に限界がくるのはロイド達…
タバサはそういう空間を魔族が得意としていたという知識を一応
アルテスタが情報として入力しているゆえ、一番確実なる方法をとりました。
すでに魔王と戦うにあたり、覚悟しており、
ゆえにそのこともありアルテスタが光の道すがらラタトスクに懇願していたとある事。
それに関わってくる、という裏設定となっております。