まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。

pivixさんに投稿していた話の区切りとは変えてあります。容量的に……

さて…視点をどれからするかな?するかな?とまよいつつの打ち込みです。
視点がいくつかあるので多少、時間軸の変化があります。
つまり同時発生しているシーンがそれぞれあるわけで。
ちなみに、王の間のイメージは、富士見書房のスレイヤーズの覇王グラウシェラーさん。
彼がとある国の国王様に成り代わっていたシーンを参考にしています(マテ
ロイド達視点ではまず元教皇フィリプ、そしてミトス&ミュラーゼ視点ではジャミル、
そしてジャミルが使えしかの禁書の中に封じられてた本体!?がでてきたりします。
ちなみにこのシーンを脳内展開するのに思うこと。
これってあるいみラスボスだよね?状態です。
何しろこの話の一応のラスボス設定のユリスはラタトスクの配下なので、
あるいみ試練という名の出来レース上での戦いですしね…
魔族側は意思をもってやってるのでラタトスクの思惑外のことですし。
前回でもいいましたが、フィリプとの戦闘シーンでディステニー要素がでてきます。
これまで幾度かソーディアン要素があったので、まさか、とおもってた人はいるかと。
彼女は助かったんじゃなかったの!?という突っ込みがあるかもしれませんが、
たしかに助かりはしたけどそれはこの伏線のため!(こらこらこら!
テイルズシリーズって…主人公の周囲が死にまくるのはもはや定番ですしねぇ(こらまて
アビスなんか戻ってきたのはアッシュ(ルークの記憶はあるけど公式ではアッシュといってた)
で、ルーク(レプリカ)はつまり主人公が死んでるわけで…
リバースも王女が死にますしねぇ…エターニアなんてレイスを主人公組が手にかけるわけで…
そういう意味ではマイソロシリーズが直接関係者に手をかける、
というのがないだけあるいみまし、かもしれないですね(苦笑
ちなみにどうでもいい余談ですけど、
私のつくってるマイソロ1さんのディセンダーはラタ様です(まてぃっ!
好き勝手してるからあえて自分が今いる世界に呼び込んだという設定だったり…
だからこそラストですべての世界が再生可能になったという裏設定(こらまてや
あと、問題児シリーズさん、ちまちまっと打ち込みしてるのですけど、
人修羅設定さんと同じようにラタ関係も思いついてたりするのですけど。
そっちはあの世界樹の柱云々、はラタ様が授けたものになってたり。
むかーし、ミトスの懇願でラタが授けてあの世界ができたという設定さんにしてたりします
しかしどうでもいいけど(よくないけど)
亜空間ともいえる異次元さんの様子…文章できちんと表現できてるかなぁ?
しいていえば、OAVさんのユグドラシルがいた王の間。
あの間に近しいような空間とおもってくだされば幸いです。
(周囲にういてるのが瓦礫とかでなく城の備品類という違いのみ)
しかしようやくここまできた!と自分でもしみじみおもったり。
あとはもうラストまで一直線!といえるはず。
テイルズシリーズらしくラストはイベントというか戦闘めじろおし。
いや、大まかなイベントさんは一通りすみましたしね。
原作にあった大小あるイベントも…

さあ、あと残りわずか。がんばって打ち込みします。
ようやく、さらっとではありますが、
統合された世界において何がおこっているのか。
その下りがだせるという…
どうでもいいけど、フィリプの技…レイピアにするかやりにするか……
どうでもいいですけど、今回、一部の戦闘でまともに術詠唱してたりします(笑
さて、前回のあとがきのつぶやきでもいいました、ディステニー要素さん。
…ケイトがぁぁ!?という人にはまずあやまっておきます。
いや、一応敵さんの娘、というのがおもいっきり、
デスティニーの要素とかみ合ってて(ルーティ&リオンのこと)。
なのでこのシーンでケイト登場ははじめから決定事項なのですよ。
ここに関しては分岐点はありません(マテコラ
しかしあいかわらず鬱展開に近いシーンはなかなかに打ち込みスピードが乗りません(汗
ちなみにどうでもいい余談ですけど。
魔王リビングアーマーことランスロッドとの戦いの舞台さん。
いうまでもなくファンタジアのダオス戦でのあの舞台です。
つまりは宇宙空間から惑星がみえる位置での戦いですね。

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重なり合う協奏曲~人の心のありかた~

目の前に見えるは巨大な扉。
本来ならばこの扉の前には常に兵士が門番のごとくにいるはずなのだが。
扉の両脇に控えてる人影は完全に石となり建物のオブジェと成り果てている。
真っ赤な絨毯が敷き詰められた階段の先。
その先にちょっとした広い場所があり左右に続く廊下がみてとれる。
その廊下の先からはこの城の屋上部分に続く短い階段があり、
その先から城の屋上にとでることができる。
屋上には一応見張り櫓のようなものがあり、
常にそこにも兵士が待機しているはず、なのだが。
この現状をみるかぎり、それらの兵士も無事である可能性は限りなく低い。
ギィィ…
鈍い音をたててゆっくりと扉が開かれる。
巨大扉に手をかけると、鍵はかかっていないらしくゆっくりと両開きの扉は開かれる。
扉をくぐった先でまず目にはいったのは
左右に並ぶ大理石のようなものでできている真っ白な柱。
それらが規則的に並んでおり、赤い絨毯はまっすぐに部屋の先にとのびている。
ちょっとした広さをもつその部屋の奥。
そこに数段ほどの気持ちほどの階段らしきものがあり、
その先にあるのは玉座らしきものがひとつ。
そしてそこにこしかけているどうみても見覚えがある人物。
もっとも記憶にある姿と服装は異なっているが
あのふてぶてしい顔は忘れられるはずがない。
かつてのマーテル教の祭司というか教皇としての白い服でなく、
どうみても不釣合いのサイズの伴っていない服をきて、
その背にこれまた似合わないマントを羽織っている男が一人。
その人物はちらりと扉から入ってきた一行に視線をむけたのち、
そしてその視線をゼロスのところで固定したのち。
「謁見の許可も得ずにやってくるとは、あいかわらず常識がなっていないな。神子よ」
いかにも自分がこの部屋の主であるかのような言い回しをしてくるその男性。
「はん。そっちこそ。そこは王座じゃねえのか?
  あんたは王位継承権ははく奪されてるだろうが。
  そんなあんたが玉座に座っていること、
  それすなわち国に対する反逆の表れだろうが」
権力というか玉座に異様なほどに固執し執着していたことはしっていた。
しかしまさかこのようなことまでしでかすとは。
「ふん。あんな男が王であったことが間違いであったのだ。
  私こそ世界を収めるにふさわしい。シルヴァラントとテセアラ。
  二つの世界をすべての世界を収めるにふさわしいのは私以外にはおらぬのだからな」
「…ずいぶんと自信満々なことで。
  民や兵すら軽んじるような奴が王の器のはずないだろうに」
そんな目の前の男…
元テセアラマーテル教会教皇フィリプにむけて吐き捨てるように言い放つ。
「ふん。兵とて所詮はそこいらのごみ屑とかわりはせん。
  王たるわれの役に石像や合成物にて貢献できるのだから感謝すらしてほしいものだ」
いまだに玉座に腰をかけたままこの場に現れた全員。
ゼロス、セレス、しいな、プレセア、マルタ、ロイド、ジーニアス、リフィル、コレット。。
九人をひたりと見据え見下すようにいってくるその言葉に
まったく申し訳なさは感じられない。
むしろ心の底からそのようにおもっており、
自分以外はすべて格下でありどうなってもかまわない。
という態度が言葉の端々から嫌てもみてとれる。
王とは民あってこその王。
そして配下を蔑ろにするようなものは王の器とは到底いえない。
それをこのフィリプという男はわかっていない。
ただ王家の血を引いていれば王の器なのだ、と思い込んでいる。
それは以前からひそやかかにいわれていた。
教皇様は国王様に成り代わろうとしていらっしゃる。
それは民の中では暗黙の事実。
実際、ここテセアラでは国王の発言よりも教皇の発言力のほうが強くなっていた。
そのように教皇が裏で手をまわし邪魔者は排除しまくっていた。
それに何もいわなかったのは、対策を取らなかったのはほかならぬ国王自身。
ゆえにあるいみ国王の自業自得としかいいようがない。
そんなゼロスと元教皇のやり取りをきき、頭に血がのぼったのか、
「人の命を何だとおもってるんだ!?あんたは!」
自分の欲望のためだけに幾度もゼロスの暗殺を命じ、
さらにはしいなをシルヴァラントに送り出したのもしいなをかの地で殺すためであった。
そうロイドはミズホのタイガより聞かされた。
教皇の意見が通り、国王命令という形でしかもしいなが承諾したがゆえに断れなかったと。
しかもここテセアラのハーフエルフたちの待遇悪化の原因となった法律。
それをつくったのもこの目の前の元教皇であるという。
自分の娘がハーフエルフであるというのにもかかわらず、
ハーフエルフを身分の最下層、家畜以下と定めた法律をここテセアラにと蔓延させた。
身分制度というものはいまだにロイドにはよくわからない。
同じヒト、なのになぜにそんな風に思えるのかも。
ディザイアンたちにしてもそう。
どうして同じヒトなのにまるで命をどうでもいいといわんばかりに、
シルヴァラントの人々を苦しめていた。
彼らの言い分は自分たちを虐げていたものたちに仕返しをして何がわるい。
それでもとらえてエクスフィアの苗床としている人々が彼らに直接被害を与えたのか。
といえば答えは否。
中にはたしかにいたのかもしれない。
ハーフエルフというだけで相手を否定しそして傷つけたものが。
ロイドとてハーフエルフは害でしかない、とかつてはおもっていた。
それは知らないからこそ、周囲の考えというか意見に流されていただけでしかない。
分かり合おうとしないからこそ誤解が生じる。
それなのに。
目の前のこの男は実の血がつながっているという家族を何だとおもっているのか。
そしてこの城にて働いていた人たちを。
彼一人では何もできないであろうに。
人はすくなからず助けをうけながら生きているといってよい。
実際こんな大きな建物を一人で維持することはできないであろう。
周囲の協力があってこそ、なりたつものがあるというのに。
それは戦闘においてもいえること。
一人でつっぱしり、幾度皆に迷惑をかけたことか。
仲間がいなければ命を落としていたとおもえることはこれまで幾度もあった。
だからこそ、周囲の手助けというものがいかに大切か。
ロイドはこのたびの中でわかったつもりではある。
自分でも理解できたのに、目の前のこの男は。
ただ、王座とかいうものがほしいだけでこのようなことをしでかしたというのだろうか。
かつてのときですらヒルダ姫を人質にしゼロスの命を狙っていた。
――それでも私の父親なのよ。
ふとケイトの言葉がロイドの脳裏をよぎる。
そこまでおもい、ふと思う。
自分はどうなのだろうか、と。
クラトスが実の父親だとわかり、しかもクルシスの四大天使。
つまりは幹部といわれしマーテル教の中心にもいる人物だというのは、
一応先生の説明で理解したつもりではあるけども。
裏を返せばこれまでシルヴァラントの人を神子というシステムをつくりあげ、
それを黙認しさらにはそれを実行していたはずの人物。
目の前の元教皇は目に見えて人を人ともおもわない態度をとり、
さらにはどうやったのかはわからないが、人を道具としてしかみておらず、
あろうことかあのような異形の姿にまでしてしまっている。
だけども、クルシスはどうなのだろうか。
マナを狂わされたというマーブルやクララ。
マーブルのときはそれがあのマーブルだとは知らずに攻撃をしかけた。
たとえその死が彼女の自爆によるものだとしても、致命傷をあたえたのは、
ほかならぬ自分とジーニアスに他ならない。
人の体にエクスフィア…本来は精霊石というらしいが。
世界に満ちているはずの微精霊達が生まれる前の状態。
いわば卵のようなもの。
エミルが旅の最中、
エクスフィアのことをあの子たち、といっていたのをあまり気にかけなかった。
それがどういう意味をもっているのか深く考えなかったのはほかならぬロイド自身。
おそらくジーニアスたちもそうではなかったのか、とふとそんなことを思ってしまう。
クラトスが実の父親だと知り、狼狽したがどこかで納得している自分の心。
クラトスに感じていた懐かしさの原因がすとん、と心に満ちたといってもよい。
初めてあったときに懐かしさと、それでいてどこか反発心のようなものを抱きはした。
ロイドは気づいていないが、どうしてずっと自分を迎えにこなかったの?
という深層心理の子供ながらの親に対する甘えの反動によって、
よりクラトスに対し反発心を抱いていたにすぎないのだが。
クラトスはこれまで四千年ものあいだ、二つの国の人々を蔑ろにし、
命を命ともおもわない政策に携わってたのは紛れもない事実。
なのに目の前の男ほど憤りを感じないのは、
やはり実の父親だ、とわかったからなのだろうか。
ケイトのいうように、どんな非道なことをしても親なことにはかわりがない。
たとえどんなことをしていようとも、
心の奥底で慕う気持ちは捨てきれないということか。
ヒトの命を蔑ろにしたという視点からみればクラトスのほうがより多いであろう。
にもかかわらず、クラトスに対してそのあたりのことはあまり憤怒を感じない。
実際にそれに携わっているところをみていないからなのかもしれないが。
「――あんただってヒトの親なんだろう!なんでそんなふうにいえるんだよ!」
実の娘すら道具としてしかみていなかった目の前の男。
ロイドの母は死してもなお、魂となりて自分を見守ってくれていた。
なのに。
「アレが私の娘かとおもうと吐き気がする。
  だが、道具としてはたしかに便利ではあるな。
  せっかくランスロット殿から授かったこの力。
  クルシスの手先の神子ともどもここでわれの支配下にその力を使うのもわるくはない」
ぴくり。
その台詞にリフィルの眉が一瞬ゆらぐ。
「ランスロッド…それはたしか、あのリビングアーマーの名、ではなかったかしら?」
たしかクラトス達がそのようなことをいっていたような。
記憶を手繰り寄せ、
リフィルが顔をしかめつつも元教皇たるフィリプをにらみつけ問いかける。
そしてあの禁書の封印の要ともなっていた原因たる魔族。
「そういえば、せっかく地上に分霊を送り込んだというのに、
  以前は勇者ミトスたちに封じられたとかいっていたな。
  もっとも魔界が消滅しかけ地上に出していた配下のものを通じて表にでてきたようだが」
『?』
さらり、というフィリプの台詞に一瞬意味がわからずに思わず首をかしげる一同。

センチュリオンや精霊達によって魔界とよばれしニブルヘイム。
かの地に満ちていた瘴気は別のものにと変化させられていっている。
その過程において瘴気を糧として生きていた魔族達はそこからの撤退を余儀なくされた。
まあ、大まかな魔族達は
ラタトスクが新たに生み出していた新生された”魔界”に移動していたわけだが。
それをよく思わないものは少なからずのこっていた。
そんな中でおこった地上の幻魔の出現。
よくもわるくも幻魔はあるいみ負の感情の権化といっても過言でなく、
むしろ瘴気により近しい存在ともいえる。
つまりは魔族達にとって小さな小窓にもなりえる存在といってもよい。
異様に濃いマナから逃れるために幻魔の中にはいりこんだり、
もしくはその主となっている人の心に入り込んだりと、
この地にのこった魔族達はそれぞれ行動を開始している。
もっともそれらがそれぞれの地において騒動を巻き起こしており、
ネオ・デリス・カーラーンより地上に”戻された”天使達と、
そしてこの地にすまうヒトたちが結果としてともに行動をするきっかけとなっている。
ヒトというものは面白いもので共通の敵がいれば、その敵が強ければ強いほど。
互いのしがらみを超えてまとまる傾向がある。
もっともそれを促す存在がいればこそ、ではあるが。
かならずそういった状態になったとき、
すくなからず声をあげるものはでてくるのは必然。
ハイマの町ではフォシテスとともに彗星に移住していたアリスもまた地上に戻されており、
そんなアリスのひと声でそれまでハーフエルフたちを毛嫌いしていた人々が、
それぞれの家族を大切な人を守るために一致団結をしていたりする。
パルマコスタにおいてはプルートの一喝において。
サイバックの町ではシュナイダー院長の一喝のもと、
アステル達を含めた研究院に所属するものたちが異形のものたちにとたちむかっている。
自分たちに被害がでるのをよしとせず、ヒトを守るつもりではなかったのに、
相手を倒し、ヒトから感謝され戸惑いをみせている”天使達”や
元ディザイアンたちの姿も珍しくはない。
ある意味、閉鎖されているといってもよいこの地にいるロイド達は知らない今の世界の実情。

――忌々しい精霊ラタトスクめ。かのラタトスク・コアさえてに入れば。
そのようにフィリプはかのランスロッドから聞かされている。
彼ら魔族が望みしは安定たる平穏。
その平穏が無に還るという究極のものであるとはいえ、
その過程においてこの世界を自分に任せてくれるというのは悪くない提案であった。
もっとも、ランスロッドとしてはフィリプにそのようなことはいっていない。
ただ、この地をお前にまかせることも考えてやらなくもない。
といっただけなのだが、フィリプが持前の物事を自分本位にとらえる思考にて、
完全にこの世界を自分にまかせてもらえる、と勘違いしているだけにすぎないのだが。
当のフィリプはその勘違いにまったくもって気づいていない。
「まあよい。彼より授かった力をほとんど振うことなく
  ここにいたものはあっさりと駆逐できたのでな。
  この力の肩慣らしにお前たちに手伝ってもらうことにしよう。
  光栄におもうのだな。真実たる世界の王に殺されることを」
いいつつもゆっくりと玉座とおもわれし椅子から立ち上がる。
いってその椅子の横に立てかけていたなぜかまがまがしくも感じる黒い剣。
それを手にしたのちゆっくりと椅子から立ち上がり、
二、三段ほどある階段…といってもかなり低い段差でしかないが…をおりてくる。
フィリプの手にしている剣からまがまがしいまでの黒い靄のようなものがわき出でて、
そのままフィリプの体にとまとわりつく。
「すべての力の源、ラタトスク・コアのありか…はいてもらうぞ」
『!?』
その台詞に一瞬、思わず顔を見合わせるロイド達。
「…この場にエミルがいなくてよかったわね……」
「それについては同感だ」
小さくつぶやいたリフィルの台詞にゼロスもまたこくりとうなづく。
彼の目的もまた精霊ラタトスクにあるとするならば。
というかラタトスクの名を抱き無関係、というはずがない。
だからこそ当事者たる精霊であるエミルがこの場にきていないことにほっとする。
とはいってもミトスと一緒にいるであろうエミルのことが気にならないというわけではない。
「…それより、姉さん……」
「わかっているわ」
そう、わかっている。
ジーニアスが少しばかり戸惑うようにいってくるが、
その意図することはリフィルもまたわかっているつもり。
さきほどのあのまぶしいまでの光。
あの光が満ちたあと、なぜか感じることができなくなっていたはずのマナ。
そのマナがつかめるようになっている、というのはどうやら気のせいではないらしい。

リフィルとジーニアス、いやこの場にいる誰もが知らない。
彼らがいる城全体の空間が不安定になったことにより、
この城そのものがより精神世界面アストラルサイドに近づいており、
ゆえにそういった世界に関するつながりもまた不安定どころか
少しばかり強くなっている、ということを。
それは裏を返せばマナだけでなく精神生命体である魔族達もまた力をつけている。
ということに他ならないというその事実を。

「くるわよ!」
「お前…ゆるせねえ!」
リフィルが相手が身構えたのをみて思わず叫ぶ。
自分の娘すら使い捨てのように扱い、あまつさえ。
無関係な人々を巻き込んだとおもわれる目の前の人物。
もっともその点に関してはクラトスのほうがミトスの指示のもと、
数えきれない命を殺してきたのだが。
心の奥底でその事実に気づいてもあえてそれを考えないようにするロイド。
今はとにかく目の前の敵をどうにかすることが先決。
――それでも、それでも私の父親なのよ。
そう思ったロイドの脳裏に再びケイトの声がよみがえる。
「…くそっ!!!!!!!!」
相手がどんな残虐非道な人物であっても子供にとっては親は親。
剣を構え敵対してきた相手を敵だとおもいたいのに。
ケイトの父親だとおもうとどうしても踏ん切りがつかない。
ロイドが躊躇しているそんな中。
手にした剣を大きく掲げ、思いっきりそのまま凪ぐようにして振り切るフィリプ。
ゴウッ!
それとともに剣の衝撃なのか、それとも剣にそのような機能が備わっているのか、
ちょっとした竜巻のような巨大な風が一行にとおそいかかる。
『うわっ!?』
いきなりの突風に思わずそれぞれ足をその場にて踏みしめるそれぞれ。
「ふふ。さあ、この私の新たなる力の礎となるがよい!」
剣から吹き出した霧のようなそれがフィリプの体にとまとわりつき、
それらは簡易的な鎧のようなものにと成り果てる。
「何…あれ…」
あきらかに感じるまがまがしさ。
しかしこのまがまがしさはどこかで見た覚えがある。
そう、かの闇の神殿で。
そしてあの禁書の中の封印で。
思わずその体に鳥肌がたっていることにきづき体を身震いさせるジーニアス。
あきらかに感じるまがまがしさ。
それはあのヘルナイトやリビングアーマー達と戦ったときと感覚がよく似ている。
しかし相手は人間であったはず。
あれらははじめから魔族といわれていたがゆえ覚悟はしていたが。
「ち。こりゃ、戦って陛下や姫のことを聞き出すしかねぇな。
  たぶん今のこの異変の原因はこいつがかかわっているのは確実だしな」
いいつつも、すらりと剣を抜き放ち、
「セレス、危ないから少しはなれてな」
「いいえ。お兄様。わたくしも戦います!」
兄の気持ちはわからなくもない。
おそらく自分を傷つけたくないがゆえにそういうのであろうが。
「わたくしも神子の血族の一員です!
  この国を危険にさらしている輩をほうっておくわけにはまいりません!」
ワイルダー家の血をひくものとしてセレスはそれを認めるわけにはいかない。
たしかに王家にはセレスも思うところがないとはいえない。
でも、悪いのは異母兄を殺そうとした自らの実母にあるのはわかっている。
自らをかの地に幽閉したのも神子の血族を殺すわけにはいかない、
という苦肉の策であったことも。
だからといって割り切れるものではない。
「ああもう!兄妹でじゃれあうのはあとにしな!
  今はこいつをどうにかしてひとまず倒してから話をきくしかないだろ!」
おそらくこの現象の事情をしっているのはこの目の前の人物しかいないであろう。
しかしだからといって簡単に話をするようなタマではない。
が、目の前の男性があの教皇フィリプであるということに手がかりがある。
あの男は力を見せつければたしかその力に簡単に屈するところがあったはず。
それをしいなは里の情報網にて一応は知っている。
とにかく力をみせつけて、ある程度ぼこぼこにしてから話をききだす。
それしかおそらく方法はないであろう。
しかし彼一人、というのが腑に落ちない。
いつも彼は周囲に誰かをはべらせ、自分から戦うようなことはまずしなかった。
いわば虎の威を借りる狐。
血筋と権力ばかりを振りかざし、実質的には何の力ももたない人間であったはず。
なのに周囲にほかの気配はみあたらない。
よくいう権力をもつものと馬鹿が急にそれまでもっていない力を手に入れた場合、
自らが一番と思い込み暴走する節がある。
だとすれば目の前のこの男もその部類にはいるのかもしれない。
もっともその力の源らしきものがアノ禁書の中で戦った魔族の本体?らしきもの。
そう考えれば目の前の元教皇は警戒するに値する。
実力がどこまで引き上げられているのか。
はたまたどんな力を貸し出されているのか。
まったくもって未知数といえるのだから。

「ふはは!これが力だ!」
技の名を叫ぶでもなく剣を振るたびに巻き起こる真空波。
魔神剣に近しい衝撃のようではあるがその威力は半端ない。
その真空の刃をかろうじてさけてはいるが、
それらがあたった大理石の柱などはすっぱりと切り取られ
その柱の長さを段々と短くしており天井を支える柱としていくつか機能しなくなっている。
一方、ただ剣をふるっているだけなのに、その体に満ちるような新たなる力。
その力に酔いしれるかのように幾度も幾度も剣をふりかぶるフィリプ。
今まで試し切りと称して合成物化した兵たちにその刃をむけていたが、
すべてが一撃にておわってしまい、物足りなさを感じていた。
しかし、どうだろう。
この神子を含めた一行は、自らの一撃をかろうじてよけきっている。
幾度も剣を振い衝撃波を飛ばすがそれらを紙一重でかわしきっている神子達の姿。
剣を握る手に力がこもる。
彼とて一応は王家の血をひくもの。
いくら庶民の血筋のもとに生まれたとはいえ父親が王である以上、
自らも力をつけるべきという信念のもと彼なりにかつて様々な剣技を習いはした。
もっとも剣の腕はあまり才能というか資質がなかったのかあまりのびなかったが、
それでも初級の技は剣技、そして槍ともに一応習得してはいる。
ヒュンヒュンと剣を振りつつも、しばらくしててが馴染んだのであろう。
「お前たちがこないのならば、こちらからいくぞ!」
いって、大きく剣をさらに振りかぶるとともに、
その手の中の剣であったそれが細見のまるでレイピアのように一瞬のうちに変化する。
フィリプが得意とするのは剣よりどちらかといえば槍や細見のレイピアといったもの。
ちなみに昔彼が愛用していたのは槍であったりするのだが。
それをしっているものはもはや彼の粛清という名の排除によって、
今現在、彼が成り代わっているテセアラ国王と娘であるケイト。
その二名しかその事実をしらなかったりする。
槍に関しては才能があったのかかなり上級あたりまで技を収めており、
もっともそれを使用することはめったとありはしなかった。
かつて妻とともにオゼットにと隠居生活のようにしていたとき、
その技が生活の上で役にはたったが。
それらの事実をしっていたオゼットの人々も今はもういない。
「旋月刃!」
武器の形状がかわったその刹那。
それまでただやみくもにと武器を振り回していたフィリプの雰囲気が一変し、
きちんと身構えたのち再び槍状にも近くなったその武器を大きくふりかぶる。
ブンッ!とした音とともに武器が薙ぎ払われ、
それとともにこれまでよりも強い衝撃派が一気に全員にとおそいかかる。
『うわっ!?』
『きゃ!?』
『なっ!?』
悲鳴はそれぞれ。
咄嗟に腕を交差させてその衝撃派にたえようとするもの、
足をふみしめその場にとどまろうとするもの。
様々なれどその一撃の重さはこれまで以上。
いや、禁書の中で感じた一撃より重く感じるというのはどういうことなのか。
ぶわっと巻き起こった風によりその場から一瞬吹き飛ばされる。
警戒はしていたものの、
相手があの教皇ということもあり少し気をぬいていたこともある。
耐久性のないものであれば
いともあっさりと体全体が切り刻まれてもおかしくないほどの衝撃。
ドン!ドンドン!
「「くっ!!」」
そのまま吹き飛ばされるかのように背後の石柱に打ち付けられる。
吹き飛ばされたジーニアスを素早く抱きかかえ、
そのダメージがないようにしているリフィルに、
同じくセレスをだきかかえ、セレスの身代わりになっているゼロス。
どうにか必至で足を踏みしめ、その手を交差させ吹き飛ばされるのを防いでいるロイド。
それでも必死で足を踏みしめているがゆえか、衝撃派によって、
足元の絨毯におもいっきり引きずられたような跡をつけつつ後退していたりする。
一方、プレセアは咄嗟に手にした斧をがっと絨毯をつきつけるように床にとおしつけ、
吹き飛ばされるのをどうにかこうにか防いでおり、
「きゃっ!?」
吹き飛ばされた反動にてその背に翼をはやし、
天井付近に吹き飛ばされていっているコレットの姿。
「あ…ありがとう。助かったよ。児雷也」
「ゲコッ(主を守るのは当然)」
吹き飛ばされたしいなを守るように、召喚したのでもないのに
いきなりその背後にあらわれて、その巨大な体でしいなを守っている児雷也。
はたからきけばゲコ、としかきこえないが、
しいなにはきっはりと児雷也の声が脳内にてきこえており、思わずしいなは苦笑してしまう。
「あ、ありがとうございます。お兄様……」
「けがはないか?セレス?」
「は、はい」
「もう、あったまきたぁ!何なのよ!あいつ!」
こちらはこちらで吹き飛ばされた場所にて妹を気遣っているゼロスに、
そんなゼロスに少し照れつつ答えているセレス。
そしてまた、同じように吹き飛ばされ…こちらはしいなの真横にいたがためか
たまたましいなの背後にあらわれた巨大な蛙、児雷也にぽすん、と埋まったのち、
おもいっきり怒りをあらわに何やらさけんでいるマルタ。
そのままどうにか体制を整え、その手にマルタが好んで使用する武器。
戦輪スピナを太もものガードルにつけていたそれを手にとりすちゃりと身構える。
相手の威圧感よりも、好き勝手してくる相手の行動に怒りのほうが先にくる。
それでなくてもエミルのことで頭の中が混乱していたというのにこの状況。
体を思いっきり動かして自らのこのごちゃごちゃした気持ちをどうにかしたい。
一方でしばらくセレスの体を簡単にぱぱっとさわり、怪我とかないのを確認したのち、
「こりゃ、洒落になりそうにないな。ひとまず先手必勝。おい、ガキンチョ」
「な、なんだよ!」
姉にかばわれていたのにきづき少しばかり顔をあからめており、
どうにか姉の腕の中から逃れ体制を整えていたジーニアスにゼロスの声がかかる。
「術はいけそうか?」
「あ、うん。今はなんかつかえそう」
先ほどまでまったくマナを紡げる気がしなかったが。
しかしなぜか今ならば。
「よし。ならリフィル様とがきんちょはどうにか奴の目をくらませてくれ。
  マルタちゃんとセレスとプレセアちゃんは奴の足止め。
  ロイド君と俺は奴に大技をたたきこんで奴の動きをとめる。オッケー?」
「…何でお前が仕切ってるんだよ……」
そんなゼロスの言葉にあきれてしまうが。
「たしかに、それも手ね。アレはたしかに危険だわ。
  それにしてもゼロス、あなたがセレスを使おうとするなんてね」
「いや、こいつやられっぱなしいやがるし。ほうっておいたら自分で特攻するだろうし」
まちがいなくする。
絶対にする。
だったら、ある程度妥協し、それで安全を確保しておいたほうがよい。
「しいな。お前もいけそうか?」
「まかしときな」
先ほどまで現れていた児雷也を消したのち、
しいなもまた相手を油断なくみつめて言い放つ。
「よくわかんねえけど、とにかく一気に畳みかけるってことだよな?」
「ま、そうなるな。もっともロイド君にそんな力がないっていうなら……」
「やるにきまってるだろ!」
力がないなら他の方法を考えるけど。
そうロイドに発破をかけるがごとくいいかけたゼロスの言葉を遮るように、
ロイドがすかさず反論する。
このようにいえば必ずロイドはのってくるとわかっているがゆえのゼロスの誘導。
しかしロイドはゼロスに誘導されたことにまったくもって気づいていない。
一方でその挑発に気が付いたジーニアスは呆れたようにロイドをみているが。
ちらりとリフィルに視線をむければゼロスの言わんとすることを察したらしく
こくりとうなづき、
「たしかに。それでいきましょう。ジーニアス。いいわね?」
「よくわかんないけど。たしかにあれはなんか直接触れたら危険って感じがするし。わかった」
あの剣に直接ふれれば危険。
なぜかそう感じる。
ならば相手の視界をふさぐのが有効であろう。
一番いいのは相手の手からあの武器を取り上げること。
何となくだがあれはあの闇の装備品に近しいような気がするがゆえの直感。
あれも持ち主を操る性質をもっていたという。
似たような感覚をあれからうける以上、あの元教皇が操られていても不思議ではない。
「最後の話し合いはすんだかな?では、いくぞ!」
「きますっ!」
ゆっくりと、武器を携えたまま近づいてくるフィリプ。
その姿をみてプレセアが身構える。


「優美なる慈愛の天使よ、
  我らにその心分け与えたまえ、光とならん!フィールド・バリアー」
リフィルの詠唱とともに全員に…といってもフィリプ以外ではあるが。
淡い光がそれぞれの体を包み込むる
味方全員の防御力を一時的に底上げする治癒術のうちの一つ。
「影織り刃、死ぬも生きるも影為す運命
  風穴に通ずる経路をたつ!蛇拘符!」
リフィルの詠唱とほぼ同時、しいなが懐より取り出した符をフィリプにむけて解き放つ。
一枚しかなかったはずのその符は敵、すなわちフィリプの近くに近づくとともに、
その数を分裂するかのように増やしていきそれはまるでヘビのごとく。
フィリプの体をぐるりとヘビが締め付けるかのごとくにその動きを一瞬拘束する。
本来無詠唱でもしいなは術を繰り出すことはできるが相手の力量が未知数。
ゆえに万全を期して詠唱そのものから紡ぎだす。
詠唱をするのとしないのとではその拘束具合の威力が多少ことなってくる。
つまり相手を確実に拘束したいのであれば詠唱をしたほうが確実といってもよい。
そしてそれはしいなだけでなく他の術などにおいてもいえること。
「力とは破壊の力のみには非ざるなり 
  語る正義はその拳へと…アクリゲットシャープ!」
相手の力が未知数である以上、基本の補佐たる術は必須。
ゆえに先ほど防御力を一時的に向上させたのにつづき、
次は攻撃力を一時的にあげる治癒術を展開し味方全員にかけるリフィル。
「大地に染みわたる怨念の御霊、汝をとどめ置く束縛となれ!グラビディ!!」
しいなの符術によって一瞬相手がひるんだすきを見逃さず、
ジーニアスもすばやく詠唱を紡ぎだす。
その術は重力を操りし術。
しいなの符術だけで相手を足止めできるとはおもえない。
目の前の元教皇からはあの禁書の中で対峙した魔王とかいう輩に似通っている。
いや、どちらかといえば闇の神殿にてその体を豹変させたアビシオンに近いというべきか。
つまり普通のこれまで戦ったような敵とは格が違う。
それでなくてもあの禁書の中にいた数多の魔族とかいう輩たち。
あれよりも強い力を感じるのは気のせいであってほしいがおそらく間違いはないのであろう。
しいなの蛇拘符、そしてジーニアスの重力によって、
一瞬フィリプががくり、とよろけるそぶりをみせたその直後。
「星の記憶に眠る聖印を死の記憶と共にきざまん、骸の灯火、フォトン!」
すばやく術詠唱を紡いだマルタの術がそんなフィリプの頭上から炸裂する。
ちなみに詠唱には簡素化したものもありはするが、何となくまともな詠唱をしなければ、
確実に術が通じない、という直感のようなものがはたらき正統なる詠唱をしたのちに
力ある言葉を解き放つマルタ。
マルタの力ある言葉の解放とともに
フィリプの頭上から光の柱のようなものがフィリプめがけて降り注ぐ。
「一条の光、我に集いて奇跡をおこさせん
  悪を飲み込む聖なる豪雨となれ!レイ!!」
それにたたみかけるように、セレスもまた術を詠唱する。
少しでも兄の役にたてればとおもいなぜか自力で学習していた結果、
扱うことができるようになっている魔術のひとつ。
本来、その気になれば素質が少しでもあるものであれば
この世界においては術を紡ぐことは可能。
エルフの血をひくものでなければ魔術はつかえない、といわれているが。
そもそもこの地にいる今現在のすべてなるヒトたる種族の元は
惑星ネオ・デリス・カーラーンから移住してきた民にすぎない。
つまるところ、誰もがその素質をもっているといってもよい。
その身にアイオニトスを取り込んだわけでもなく
魔術をつかえるようになってしまった妹。
ゼロスがより妹を心配する要因となったものの一つ。
爆砕斬ばくさいざん!」
そしてまた、プレセアは両手で斧をしっかりともち、
そのまま床に武器をたたきつけ、周囲になぜかころがりまくっている石柱の残骸。
それらを思いっきり反動とともに負吹き割り、
それによって所持た石礫が前方にむかって問答無用で炸裂する。
フォトンの光と、そしてプレセアの放った技による攻撃。
その過程にて一瞬、フィリプの周囲の視界が遮られる。
「「空破衝!」」
ゼロスが技を解き放つのと、ロイドが一時おくれ技を解き放つのはほぼ同時。
そして
「いくぜ!」
ゼロスの掛け声でゼロスが何をいわんとしているのか察し、
ロイドもすばやく技の構えをとり、
そして。
「「衝波、十文字!!」」
だっと一気にフィリプとの間合いをつめ、相手が攻撃できないその隙をつき、
そのままフィリプを交互から交差するようにかけ、そのまま剣を振り払う。
とにかく相手にダメージをあたえ、動けなくしてからこちらを有利にもっていき、
もしくは回復をしてやるかわりに情報を、というのがゼロスの目論見。
あの元教皇は自らの命がかかればあっさりとこちらのいうことをきくだろう。
というちょっとしたたくらみもありはするが。
とにもかくにも先手必勝。
相手がどんな力をもっているのか未知数であり、
こんな場所にいる以上、普通ではなくなっているとおもったほうがよい。
ロイドとしてはケイトの父親を傷つけたくはないが、
ここにくるまで見た光景をみるかぎり、話し合いでどうにかできる相手ではない。
それくらいは理解できている。
そしてまずは相手の行動をひとまず封じる必要がある、ということも。
だからこそ、皆が相手を足止めしたその直後。
攻撃を叩き込んだ。
ゼロスと自分との攻撃をうければすくなくともすぐには行動不能になるはず。
すくなくとも手ごたえはあった。
もっともゼロスのほうはどうかわからないが、
無意識のうちに手加減してしまった自覚がロイドにはあるが。

「ウソ…だろ?」
きまった、とおもったのに。
ふと振り向けばそこには何でもないようにたっているフィリプの姿。
ロイドとゼロスの攻撃によるものであろう。
ざっくりと十字の形に切り裂かれた切り傷がその体にしっかりと刻まれていはするが、
振り向いたロイドが目にしたは、それらの傷がすうっとウソのようにきえてゆくサマ。
しかも流したはずの血まで傷同様にきえていっているのはどういうことか。
回復術を唱えたという形跡はない。
まるで、そう。
まるで自動的に回復がかかったというよりは、時間がまきもどったかのごとくに。
ぞくり。
そこまでおもい、ふと悪寒がよぎる。
そんなまさか、ありえない。
時間を操作するなどと。
たしかに時間を一時的に止める術や道具があるのはしっている。
だけども時間を巻き戻す技も道具もロイドは知らない。
時間を司る精霊の力を使えばそれは可能なのではあるが。
ロイドはそこまで詳しくない。
さらにいえば遠い未来…この世界では再び発展するかどうかもわからないが、
とある国が自力で時間移動の技術を作り上げたりしはしたかが。
「お遊びはおわりか?ならばこちらからいくぞ?」
まるで何も攻撃などうけなかった、といわんばかりのフィリプの態度。
そのまま手にもった武器を構え、
「円月・蔦」
フィリプが技の名を呼ぶとともに、その体はその場にて回転し、
ぐるぐると回転した状態でしかも武器をもったまま、
そのまま武器をぐるぐると自らの身とともに回転させながらその場にいるロイド達にとむかいくる。
この技は主に槍の技としては奥義の分野にはいるものであり、回転し周囲の敵切り裂く技。
『うわっ!?』
『きゃぁっ!?』
『ちっ!!』
ただ回転させた武器を相手にたたきつけるだけでなく、
相手を追い込み一か所にまとめたのち、トドメとばかりに力をたたきつけ、
そのままその衝撃によってこの場にいた一行すべてが吹き飛ばされる。
ツウッ。
カスッタだけだというのに。
しびれるような感覚と、そしてかすった風の刃であろうそれがあたった場所からは、
まぎれもなく一筋の傷がはいり鮮血が多少、それぞれながれおちていたりする。
「水の御心に熾きて、その癒しの加護を我等に、清き羽衣で包まん!ナース!」
ダメージは少ないようでいてそれでもしびれるような感覚からして普通ではない。
ゆえにすかさず味方全体を回復できる術を唱えるリフィルに、
「水の司りし清浄の力をこの手に解放の印をきざまん!リカバー!」
しびれはおそらく麻痺の状態異常の症状に近い。
ゆえに状態異常回復の治癒術を唱えているマルタ。
リフィルの回復術とマルタの状態異常解除の術によって何とかよろよろと
吹き飛ばされたそれぞれがそれぞれの場所からたちあがる。
といっても一か所にいつのまにかあつめられ吹き飛ばされていたがゆえ、
吹き飛ばされた場所もまた同じ場所でしかないのであるが。
「…そういや、あのヒヒ爺、昔は槍の使い手としても結構そこそこなが通ってた。
  ってきいたことがあるな……」
ゼロスが神子となったときにはすでに教皇の地位にいたがゆえ、
彼が自ら武器を手にしているのをみたことがなかったので眉唾とばかりおもっていたが。
槍術の技をつかえるということは、
すくなくともある程度の腕はある、ということなのだろう。
いつも裏でいろいろと画策し自分は安全な場所にいてのうのうとしていたがゆえ、
てっきりただの噂というか教皇の経歴を飾るためのウソだとおもっていたのだが。
実際、教皇の地位につき権力をふりかざしはじめフィリプは自ら鍛錬していない。
今こうして技を繰り出せているのも手にしている”もの”の力によるところが強い。
「とにかく、動きをとめないと……」
リフィルが立ち上がりつつもぱたぱたと服を払う。
それぞれがそれぞれ、回復を得て多少ふらつくものの立ち上がり、
目の前のフィリプに改めて対峙する。
重力系統で動きをとめることができないのならば。
しいなの蛇拘符は一応効果があったようにもみえた。
ならば。
「落ちよ、混迷に誘いし赤い鉄槌!ピコハン!!」
ゆっくりとこちらに近づいてくる相手にむかい、マルタがすかさず術を唱える。
その言葉とともになぜか巨大なハンマーがどこからともなくあらわれ、
フィリプの脳天を直撃する。
どんな生物であれ肉体がある以上、脳に衝撃を加えられた場合、
一瞬動きが鈍るか、もしくは気絶するかのどちらか。
まあ当たり所がわるければそのまま死亡することもざら。
そんな強い衝撃をうけ、一瞬、フィリプの動きが弱まる。
いまだ!
その隙を逃さず、
空破衝くうはしょう
ロイドの鋭い突きがひるんでいるフィリプを吹き飛ばす。
「その刃に髪の怒りを吸いし堕ちたる剣、制裁の雷牙!サンダーブレード!」
双旋連斧そうれんしょうふ!」
詠唱を省略しフィリプにめがけだっと間合いを多少つめ、
そのまま勢いのまま大きく斧を振りかぶるプレセア。
それは巨大な斧を連続して振り回し相手を攻撃する技。
「「いくぜ(いきます)ユニゾン!雷旋豪転斧らいせんごうてんぶ!!」
それはゼロスとプレセアの合わせ技。
プレセアの振り回す斧にゼロスのサンダーブレードが重なり、
その攻撃そのものが雷の電撃を含んだ一撃となりて敵にと襲い掛かる。
「がっ…だが、あまいわぁ!」
確実に捕えたはずなのに。
ゼロスとプレセアの攻撃をもってしても、やはり傷がついたかとおもうと、
すぐにその傷がふさがってゆく光景が目にはいる。
「月影刃!」
「しまっ…っ!」
武器を手にし一瞬のうちに間合いをつめ、回復役を先につぶすべきだ、と判断したのだろう。
突如としてリフィルの目の前にとまわりこむフィリプ。
この技は高速で間合いを詰めたあと、リーチを生かした鋭い突きを放つ特技。
あわててリフィルが術を唱え、そしてロイド達がそれを防ごうとする最中、
無情なまでにフィリプの攻撃がリフィルの眼前にとせまる。
それはまるでスローモーションのごとくリフィルの目にとまる。
高速で突き出された刃は確実にリフィルの心臓を狙っている。
間近でよりつよく感じる瘴気にあてられ、リフィルの体が一瞬硬直する。
その硬直をフィリプが見逃すはずもなく。
「「先生!!」」
「姉さん!」
ロイドとコレット、そしてジーニアスの声が重なる。
フィリプの繰り出した刃がリフィルの胸を貫く様をそれぞれが一瞬幻想する。
そんな中。
「…虚ろなる神話の崩壊とともに!」
『え?』
声は背後から。
この場にいる誰のものでもない、第三者の”男”の声。
ありえない声がこの場に浪々と響き渡る。

「グランドクロス!!」
その第三者の声とともに十字の光がフィリプを切り裂く。
『ユアン(さん)!?』
思わずはっとしてそれぞれが入口である扉のほうをふりむけば、
そこには術を唱え終わったなぜかユアンの姿が。
そして。
「みな、さがれ!!」
そのユアンの後ろにこれまた見覚えのある女性の姿。
が、その口調は女性のそれではなく、これまた見知った”男性”のもの。
ちなみに声もその男性のものであり、すくなくとも今”表”にでているのが、
彼女ではない、というのは声だけでも一目瞭然。
「ツイン・ボム!!」
その姿からは似つかわしくない少し深みのある男性の声で何かをさけぶとともに、
その懐からとりだした…爆弾?っぽいそれをフィリプにむけて投げはなつ。
「こざかしい!…何!?ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
現れた人物…街に残っていたはずのユアンがなぜかこの場にあらわれたのも驚きだが。
だが、それ以上に、なぜ。
「なんで…タバサがここに?」
茫然としたようなロイドが思わず声にだす。
その声はこの場にいた誰もが抱く思いを代弁したようなもの。
アルタミラにのこっていたはずのダハサがなぜここに。
しかもどうやらアルテスタの人格が今は表にでてきているらしい。
ユアンならばまあわかる。
そもそもテセアラの町にいたのだから、異変を感じ取り城の中にもこれるであろう。
けど、タバサは。
「ありがとう。たすかったわ。ユアン」
「…嫌な予感がしてきてみれば…タバサから報告をうけたときには驚いたがな」
なぜか”タバサ”が投げた爆弾っぽい入れ物のような何かをそのまま武器を薙ぎ払い
その中にあった液体?のようなものが体に触れるとともに
それまで攻撃をうけても叫びもしなかったフィリプが身もだえているのがみてとれる。
あのままではまちがいなくリフィルは刃をうけていた。
それを自覚しているからこそ助けてくれたユアンにとお礼をいう。
「今はそんなことをいっている場合ではない。おそらく、やつは……」
「ひっ!…な、何…あれ…」
”タバサ”が警戒しつつ相手を見据える。
おもわず、ひっとしたような声をもらすマルタ。
みれば液体もどきがかかった場所。
じゅうじゅうと何かがとけるかのように煙がおこったとおもうと、
フィリプの肉が焦げそこから骨らしきものが一瞬みえるが、
しかしそれ以上に黒い霧がその傷を覆い隠すとともにみるまに肉が盛り上がってゆく。
「…やはり、契約済み、か、やっかいな」
「魔族との不死の契約。よもや伝承でなくこの目でみるとは……」
ちっとその光景をみて舌打ちするユアンに、
どこか何かをしっているかのような”タバサ”の口調。
「契約って……」
ロイドがそんな彼らに問いかけようとする。
ユアンがここにいる理由は心配になったからという理由でわかりはするが、
どうしてタバサがここにいるのだろうか。
「というか、今の、何?」
「相手が魔族だというのはわかっていたからな。
  マナを凝縮した液体をアレにつめておったのじゃよ」
さらり、という内容ではないとおもう。
ジーニアスの素朴なる疑問にさらりとこたえる”タバサ”にジーニアスは何ともいえない思いとなる。
というかこの姿でアルテスタの口調はいまだになれない。
タバサの中にアルテスタの人格を封じた”核”があるがゆえにこうなっているのだ。
というのは理解しているつもりなのだが。
「あなたは、どうしてここに……」
そう問いかけるリフィルの疑問は他のものにとっても同じこと。
「それは…」
”タバサ”がいいかけたその刹那。
「こざかしい。だが、この儂に手傷をおわせられたことはほめてやろう。
  ゆえにお前たちには特別手当をだすとしよう」
完全に傷がふさぎ切った…というかいまだに肉がとけては再生を繰り返しているが。
「――いでよ。我が愛しき道具ケイトよ!」
ゆらり。
フィリプの言葉とともに、周囲の闇が一瞬揺らぐ。
やがて闇が一つの人影となし、そこからこれまたありえない人影が出現する。
『ケイト(さん)!?』
それはタバサと同じくアルタミラに残っていたはずのケイトの姿。
なぜ、どうして。
タバサだけでなく、ケイトまで。
「さあ。我が道具よ。敵を排除せよ!」
「……はい」
抑圧のない、感情のこもっていない声。
暗い光を帯びた視点の定まらない瞳がロイド達を見据える。
「どうして、どうして、ケイトさん!?」
その姿をみてコレットが多少取り乱したように語り掛けるが。
「――え?」
一瞬、小さくケイトの口元が動く。
それは瞬くような短い間。
光のともっていないケイトの瞳に一瞬光がやどり、その口元がちいさく何かをつむぎだす。
それは声にならない声。
――逃げて。
口元をそう動かしたその直後。
「――地下に眠る無常の水脈、地上に引き出して竜の血とならん。ダイダルウェーブ」
ざっぱぁぁぁぁぁぁぁん!
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』
すばやく詠唱をおわらせ、ケイトがロイド達にむけて手をつきだす。
それとともにケイトを中心としたわきあがった水が、
まるで津波のごとくに一行にと押し寄せ、そのままロイド達を洗い流す。
そしてその波はちょうど、ユアンとタバサが開け放っていたままの扉。
その唯一の出口にとむかっていき、おもいっきりその場にいた全員。
玉座の方向にいるフィリプとケイトを除き、すべてを巻き込んでゆく。


「――逃したか。まあいい。奴らは恐れるに足らずというのはわかった。
  くるがいい。神子よ。シルヴァラントの民よ。
  この世界を支配するのはこの儂だ!くははははははははは!!」
相手の攻撃がまったくもって通用しない。
それがわかったがゆえに絶対者のごとく高らかに笑い声をあげ、
波に洗い流されてゆく一行に追い打ちをかけるでなくそんなことをいいはなつ。
「さて。我が道具よ。これからもお前には役にたってもらうぞ」
「――はい」
「娘としては欠陥品だが。道具としてはこれほど使い勝手のいいものはいないな。
  死んだとしてもそのまま使い続けることができるとは。
  まさにランスロッド殿様々、ということか。くはははははは!」
しずかに自らの横にたたずむ実の娘たるケイトをみてそんなことをいうフィリプ。
そこにはかつて、娘をいつくしんでいた父親としての姿はどこにもない。
ただ、実の娘すら便利な道具、としてしかみていないのがありありとみてとれる。
そんな彼のつぶやきを視ているは、少し離れた場所にいるラタトスクのみ――


「皆、無事?」
「な…何とか…」
いったいどれほどの威力だったというのだろうか。
波にさらわれ、そのまま階段すらころげおち、気づけば波とともに一階部分にまで流されていた。
階段に幾度かうちつけたのか体の節々が多少いたい。
リフィルが心配した声をだし、それぞれに回復術をかけてゆく。
マルタもリフィルにともない、回復術をかけ、
一方ゼロスはゼロスで率先してセレスに回復術をかけたあと、
女性陣を優先し回復術をかけている姿がめにつくが。
「それはそうとして。何でユアンがここに?町にのこってただろ?
  あと、タバサはどうして…」
「私が指揮をとっているところにタバサが飛んできてな……」
「うむ。儂が説明しよう。儂…というかタバサとケイトがアルタミラにのこった。
  リーガル殿達とともにな。それはおぬしたちもしっておろう?」
おもいっきりあいかわらず違和感がありまくる。
タバサの姿でアルテスタの口調。
「ええ。それはわかっているわ」
実際、トレントの森に出向くまえ、あの地でわかれたのは記憶に新しい。
だからこそリフィルはうなづき、他の全員もおもわずうなづく。
「リーガル殿の協力もあって、不足していた電力源が確保でき、
  レアバードの疑似的ともいえる新たな動力源もどうにかなりそうであったそんな時。
  奴らが現れたのじゃよ」
『やつら?』
思わず顔をみあわせるロイドを含めた一行はおそらく間違ってはいない。
「うむ。闇に本来はすまうものたち。魔界に属するものたち。魔族達が、な」
『!?』
それは一方的な蹂躙。
幻魔とよばれし異形のものたちが一気に姿をかえていった。
それらはレッサーデーモンとよばれし亜魔族の一種。
通常の攻撃などまったく意にも介さないそれら。
そして自我ある頭に角の生えた魔族がそれらを統括しており、
彼らが要求してきたは、ケイトの身柄。
なすすべもなく蹂躙されてゆく人々。
ファブレ伯爵を含めた力あるものが対応するもののその数は多勢に無勢。
そんな蹂躙をみて、ケイトは自ら彼らのもとにと投降した。
…町の人々の安全を約束させ。
「このタバサの体には高速飛行能力も備えておる。
  リーガル殿にも頼まれての。ケイト殿を救出にきたわけじゃよ。
  念のため、ケイト殿には発信機を取り付けておったのが功を奏しての」
なぜそんなものをケイトにつけていたのかという疑問はありはすれど。
いくらリーガルがハーフエルフに寛容とはいえ法律は法律。
ゆえに上司にも内緒でかの地に属するハーフエルフたちは居場所がすぐにわかるように。
一応最低限の枷がかけられている。
発信機もそのうちのひとつ。
他の場所のように閉じ込められていないだけまし、といえばましなのだろうが。
「城のほうから見覚えのある光がほとばしったからな。
  …ミトスのやつは契約はきれたはず。なのに次元が乱れた感じをうけた。
  城に向かおうと飛び立ったところ、ちょうどタバサがやってきてな」
”タバサ”につづき、ユアンがこたえる。
エターナルソードとの契約は途切れたはずなのに。
城のほうから感じた次元の揺らぎ。
その場を下級天使達にまかして城に乗り込もうとしたユアンの目にはいったは、
とんでくるタバサの姿。
事情をきき、二人して城の中にはいり。
そして
「間一髪、といったところか」
もう少し遅れていればまちがいなくリフィルがあの男に殺されていた。
そのことに多少ながらほっとした表情をみせるユアン。
ユアンは別にリフィルを嫌いではない。
むしろその聡明さは素晴らしいとおもっている。
ただの人間の中においておくにはおしい、とおもえるほどに。
「じゃが。あの男はどうやら魔族と完全なる不死の契約を交わしておる。
  マナの濃縮液であのダメージをうけたのが何よりの証拠」
「厄介だな。契約を交わしているものはどんなことをしても倒すことはできん。
  契約を交わした魔族本体か、契約のかなめとなりし核を壊さない限りはな」
それが魔族と契約をかわした不死の体をもつものの制約。
力を分け与えた魔族が消滅すれば不死もとぎれる。
「…ところで、あいつらの姿がみえないが?」
「え?あ、ああ。ミトス達がいるであろう場所が変な空間になってて」
「クラトスが向かったのだけども…あちらも気になるわね」
変な空間、としかいいようがない。
そもそも城の中なのにまるで宇宙空間のようにみえるあの場所はこれいかに。
しいなの言葉に、
「…変な空間…だと?この地でやはり次元の乱れが起こったということか?」
だとすれば、かかわっているのはあの精霊か、それとも別の要因か。
「ケイトさん…あのとき、たしかに一瞬、逃げてっていってた……」
「おそらく、まだ操られて間がないゆえに自我がのこっているのじゃろう。
  じゃが時間をおけばおくほど、彼女の自我は魔族に取り込まれてしまう。
  それこそ死んだあともゾンビとして使役されないほどにな」
それが魔族の一番厄介なるところ。
伝承でしか伝え聞いていなかったが実際にこう目の当たりにすれば。
「――かの御方が魔族達を封じていたのがわかる、というものじゃな」
「…奴は試練、といっていた。魔族も元もはヒトであったという。
  今のヒトが同じ過ちを…同じ道を繰り返すのかどうか、見極めているのやもしれぬな」
”タバサ”のつぶやきに盛大に溜息をつきつつユアンがつぶやく。
その可能性は…かなり高い。
そうユアンはふんでいる。
魔族が地上に現れた、ということからして。
「ケイトを助けないと!」
「待ちなさい。ロイド。このまままたあの男の元にいっても意味がないわ」
「けど、先生!」
このままでは、ケイトが。
あの男はケイトのことを道具、とよんでいた。
「今、あたしたちがいったとしても。逆にケイトと戦わされるだろうね。
  つまりへたをすればあたしたちの手でケイトを殺すことになりかねないよ」
「「「そんな!?」」」
ロイド、コレット、マルタの叫びが同時に重なる。
「ありえるわね。とにかく、あの男の不死?だったかしら。
  それを打ち砕くのがまず先ね」
あんな肉が溶けているさなか、肉が再生してゆく様子を目の当たりにすれば、
不死なんてありえない、という考えはリフィルの中からきれいに払拭されている。
ゆえにその知性をふるに回転させ、
「核、といっていたわね?どんなものかわかるのかしら?」
「伝承によれば宝石であったり石版であったり。様々で形はきまっていないらしい。
  おそらくは契約したものと、契約した魔族の思惑によってきまるのでは」
「われらがかつて対峙したときは宝玉とそして武器であったな」
それはユアンにとっても忌々しい記憶。
「次元を狂わせるほどの力がおこったということは。
  リビングアーマーのやつが再びでてきている可能性がかなり高い。
  お前たちがかつて封じた魔界の禁書。
  あれに封じていた分霊か、もしくは本体か、そこまではさすがにわからぬがな」
ぴくり。
その言葉にかつてのことを思い出し、あの場にはいっていた全員の体が一瞬反応する。
あの中に入っていなかったマルタとセレスは意味がわからないが。
「…つまり、魔族と再び戦う、ということね」
「そういうことだ。…急いだほうがよいだろうな。
  …今のあいつはそうやすやすと相手に取り込まれたりはしないだろうが。
  あいつが魔族に取り込まれたらそれこそ事だ」
ユアンのいう”あいつ”が誰を示しているのか。
一瞬、その意味がわからずに首をかしげるロイド達。
「…奴らは昔からわれら、大樹の加護をもちしもの。
  デリスエンブレムを持ちしものを狙っていた。ミトスにしてもわれらにしてもそう。
  あのときの…マーテルが死んだあの事件もまた魔族の干渉があったとのちにわかった」
それはミトスがオリジンを封印し、さらに時がたってからわかったこと。
「よくわかんねぇけど。またあいつをふっとばせばいいってことか?」
「…ま、ロイドらしいよね」
「ま、ロイド君だしな」
難しいことはよくわからない。
けど、わかることもある。
つまり、あの封印の中でたたかったあれが再びどうやらいるらしい。
ならばすることはただひとつ。
またあの時のようにアレを倒せばいい。
いとも単純明快なロイドの言葉にあきれたようにジーニアスがつぶやき、
ゼロスもまた首をすくめつつも苦笑しながらいってくる。
「奴らのこともきにかかる。まずはクラトスと合流するしかあるまい」
「でも、ユアン。クラトスの位置はわかるのか?」
「私を誰だとおもっている。念のためにクラトスにも発信機を仕込んでいる」
クラトスがどちらにつくかわからない以上、不足の事態に備えるため、
こっそりとユアンはクラトスに発信機をとりつけている。
これまではマナが乱れ、それらの観測ができなかったが。
あの光が周知にみちたのち、なぜかそれらが観測可能となっている。
タバサと合流するまえボータと連絡がついたのはユアンにとっても朗報。
だがわざわざそれを彼らにいうつもりはユアンにはない。
いつ、どこからミトスの耳にはいるかわからない以上、警戒は必要なのだから。
「いつまでもここでこうしていてもしかたないわ。
  クラトス、そしてエミルたちに合流しましょう」
おそらく、すべての鍵はあちらにある。
それはリフィルの直感。
そしてその直感は…間違っては…いない。


右も左もわからない空間。
だけどこの空間には覚えがある。
これは次元の狭間。
救いの塔をもってして隔てた二つの世界の間に生まれし空間。
その空間とそれはとてもよく酷似している。
一歩間違えれば次元の狭間にとりこまれ、二度と地上には戻れないであろう。
感じる勘のままに、そのままふわふわと浮かびながら突き進む。
ロイド達にはああいったが、不安がないわけではない。
だけども。
世界はクラトスの望んだように再生された。
二つに分けられていた世界は一つにもどった。
ミトスが世界を戻したのは、おそらくこれ以上、精霊ラタトスクを裏切りたくはなかったのだろう。
そうクラトスは踏んでいる。
そもそもあのエミルが精霊自身など。
関係者であるだろう、という予測はしていた。
が、まさか精霊そのものだとはおもってもみなかった。
…まあたしかに、魔物をあっさりと使役していたり、
絶対に人には屈しないはずのシムルグを使役していたりと疑う要素は満載だったわけだが。
しかし、
「…われらが裏切っていたのをしっていてなお、あの態度…か」
大いなる母。
世界を創造りし存在。
母なる存在。
すべてなる命の源。
大樹の精霊。
魔物の王。
慈愛と非情さを兼ね備えているというのはセンチュリオン達の会話からも予測はしていた。
問答無用で自分たちに裁きを与えられることも覚悟していたというのに。
ミトスとの約束があるから、というのは本当にあの精霊の本音なのかどうかもわからない。
「…精霊は約束…契約を重んじる…か」
精霊は決して裏切らない。
そのように存在そのものに理が引かれているらしい。
まあ、その理というものをつくったのもかの精霊であるらしいのだが。
決して覆ることのない絶対的な掟というか生命体に刻まれている約束事、
とでもいうべきか。
まあ、かつてのときもヒトを信じていないと言い切っていただけのことはある。
そもそもシルヴァラントにてもエミルはいつもいっていた。
ヒトは信用できない、と。
かの精霊がその気になればあの歪んだ大樹もどうにかできるだろうが、
それをしない、ということは。
世界をというか地上を浄化するかわりにヒトを見極める方向にかえたとみるべきであろう。
実際、ヒトの試練、と心に響いてきたあの声の主もそういっていた。
思い出すはエミルと初めてであったときのこと。
ありえるはずのない現象。
そもそもあのときからおかしかったといえばおかしかった。
なぜパルマコスタ牧場にディザイアンたちが一人もいなかったのか。
捕えられていた人々と、そしてマグニスしかいなかったのか。
あの場で彼が現れたのはおそらくその前にあの施設の中に侵入を果たしていたのであろう。
常に自らには背後を見せないようにしていたのも、
裏切っていたのをしっていたがゆえ、とおもえば納得もいく。
そして魔物たちがエミルがいるときまったくもって襲ってこなくなったのも。
真実、自分たちが自らを裏切っているのか否か。
それを見極めるためにともに旅をしていたのだとおもえば納得もいく。
…精霊自らがあの地からでてくるなどおもってもみなかったが。
そんなことをおもいつつ、右も左も上下すらもわからない摩訶不思議な空間。
漆黒の闇の中にいくつもの虹色のような光…オーロラのようなものがはしり、
ところどころ、城の調度品であったのであろう品々が浮いている摩訶不思議な空間。
「あれは……」
やがてそんな中、視界の先がぼんやりと光っているのがみてとれる。
どちらにしてもいくしかない。
そのまま光のほうにむかい、クラトスは翼をはためかせそちらのほうへと向かってゆく。


それは不思議な空間。
虹色の光と金色の光、そしてそれらを包み込むような漆黒の闇。
その空間すべてにいくつもの銀色に輝く鏡?のようなものがみてとれ
それらは亜空間ともいえる場所にふわふわとういている。
そしてそれらの鏡の中ではいくつもの映像というか光景がうごきまわっており、
近づくとそこから”声”らしきものも聞き取れる。
ふわふわと飛んでゆく最中、クラトスの真横に一枚の鏡が唐突にと目にはいる。
「これは……」
思わずその鏡をみてクラトスは絶句せざるを得ない。
そこに映し出されているのはまちがいなく”外”の光景。
おもわずはっと周囲をみれば、すべての鏡の中に映し出されているのは、
どうやらすべて異なる場所の景色、であるらしい。
そして。
「――ほう。ここにきたのはクラトス。お前だけか」
深く、それでいて響き渡るような第三者の声がそんなクラトスにと投げかけられる。
はっとして声のしたほうをみてみれば、
無数の鏡の浮かぶそんな中。
その中心ともいえるある場所に不釣合いなほどにぽかり、と浮かんでいる椅子が一つ。
そしてその椅子に腰かけ足を組み、片手を顔にあて、
もう片方の手は虚空にむかい突き出されており、
小さくくるくると指を回転させているのがみてとれる。
そしてよくよくみれば指をくるりと回すごとに、
鏡の位置がそれぞれ変化していっているのがうかがえる。
「まあ、様子は視てわかっていはしたが、な」
くくっと笑うようなその声にクラトスとしては思わず固まってしまう。
その姿はエミルの姿のままなれど、いつもは大体結んでいる長い金髪はそのままに、
いや、いつもよりも長くみえる。
無造作に伸ばされた長い金髪は座っている彼の足元よりものび、
周囲にまるで彼を中心に円を描くように広がっている。
足場という足場はないが髪がまるで足場を構成しているかのごとく。
見慣れた緑の瞳ではなくクラトスをじっと見上げるようにみつめているその瞳の色は真紅。
「ラタト……」
声にならない声がクラトスの口から洩れいれる。
周囲をみればどうやら彼は一人だけでここにいるらしい。
ヒトリ、という言い方は彼に当てはまるのかどうかはともかくとして。
「ああ、これか?」
くくっと笑いつつ、周囲にある鏡をすっと指さす。
そこには無数の様々な光景が映し出されており、
その大多数がなぜか町や村などといった場所が映し出されている模様。
「彗星から地上に移動させたものはその縁の強い場所に送り返したからな。
  お前たちがかつていった、『わかりあえる』ことが本当に実現可能か否か。
  まあこれもあるいみ試練のひとつのようなものだな」
特に視た限りパルマコスタに関してはその影響は半端ない。
何しろパルマコスタはマーテル教の街といっても過言でない場所。
そこに突如として光とともにマーテル教の教本にとある、
天の使いたる”天使”が出現すればどうなるのか。
異形のものに恐れていたものたちにとってそれはあるいみ女神マーテルが救いをもたらした。
そう勘違いにもほどがある考えを抱いた人間たち。
しかし、基本、どうやらあの地にいたものたちはヒトを人ともみていないらしい。
幻魔を葬るにあたり、周囲の被害も考えずに普通に攻撃を繰り出している。
クララやブルートがそんな彼らに話し合いという場を設けようとはしているが、
彼らがそうそう人の話をきくはずもなく。
――なぜにわれらがお前たちのような愚かなるものの手助けをしなければならぬ?
そういわれ、かなりのショックをうけているパルマコスタの人々。
それでもそれは自分たちの信仰が足りないからなのだ、とかってに思い込むあたり、
信仰の力というものはあるいみ根強い。
「ハイマのほうは救いがない、としかいいようがないがな」
かの地に移動した一部のものたち。
この地にリビングアーマーのランスロッドが具現化したがゆえか、
かつて配下の者がいたあの地もまた多少の影響をうけている。
一番の要因はあのグエンドたる魔族を呼び込むきっかけとなった人の魂たち。
それらが濃すぎるマナにとあてられて、幻魔の姿をかりて復活していることであろう。
そこに移動してきたあのものたち。
まあこの地でまたあのものたちを目にするとはあまりおもってもみなかったが。
アリスとデクス。
かつて自分たちが手にかけた人間達。
まああのままあの場所にほうっておいても邪魔以外の何でもないので、
ついでにあのままあの場所で死なれても彼らの魂はあるいみ強い意志があった。
かといってあのまま放置して魔物化させても扱いが面倒。
ゆえに蘇生術をそのあたりにいた魔物たちに命じてかけさせて、
外にとほうりだしたかつての記憶。
そういえば結局かれらはあのままオゼットにとでむき、
ケイトとともに村の復興に手をかけていたようだが。
どうやらこの”時”ではあのものたちはイセリア牧場にいたらしく、
フォシテスに逃がされる形でウィルガイアにと移動していた。
縁の強い場所に送り出したこともあり、彼女たちはハイマに当然いきついたようだが。
そもそもヒトが天使達とよばれる存在とともにいるというのに彼女たちに批判的な人々の態度。
まあともに出向いたものの手により幻魔化したものから当時の真実が語られたようだが。
それでも人々は彼女たち…アリス達を非難することをやめなかった。
それどころか幻魔や現れた亜魔族たるレッサーデーモンの襲撃から助けられても。
感謝するどころか非難しそして迫害した。
その理由もこじつけで、彼女たちがきたからこのようなことになったのだ、と。
彼女たちがくるよりも前にそのような現象になっていたというのにもかかわらず。
一部のものはそんな彼女たちを擁護していたようだが、多勢に無勢。
もっともそれにあきれ、その場から立ち去ったそののちに駆除するものもいなくなり、
わが物顔で闊歩する幻魔たちに
そういった輩たちはこぞってやられていっているわけではあるが。
鏡に映りしは主要ともいえる知られている町や村。
小さな港町から大きな首都まで。
当然のことながらここ、メルトキオの町らしき様子も映し出されている鏡がみてとれる。
ロイド達はといえば階段をのぼっているらしく、何らしかの会話をしている様子。
そして。
「…あれは…ジャミル?!」
ふとクラトスがとある鏡に視点をむける。
そこに映し出されているのは忘れようにも忘れられない女魔族の姿。
処刑され、生首になってもなお高らかに笑い声をあげきえていったかの魔族。
あのときと寸分変わらぬ姿で鏡の中にと映り込んでいる。
そしてそんなジャミルに対峙するようにたっているのは、
「…あれは…ミトスと…それと…」
「ミラとミュゼが融合した姿。たしかマクスウェルのやつはミュラーゼとか何とかいっていたな。
  何、ただ近くにそれぞれ隣接していた次元空間が融合し、
  ともに同じ空間に放り込まれているまでのこと」
本来ならばミトスとジャミルはそれぞれ一騎打ちのような形で亜空間で戦っていた。
しかし力と力のぶつかり合い、ミラージュの放った攻撃と魔族の放った攻撃。
その反発する力の反動で空間がよりねじまがり、二つの空間をつなげた結果、
今現在、ミトスはミュラーゼと合流した形となっている。
そしてまた、その反動はジャミルの背後にいた輩もこちら側にとひっぱりだしてきている。
「ちなみに、それぞれの場所にいきたいのであれば。
  そこらに浮かんでいる行きたい場所の光景がうつっている鏡。
  その中にはいればそこに移動は可能だが?それは【扉】でもあるからな」
この場に無数に浮かぶ鏡は【扉】の役割をもはたしている。
つまりそれぞれの場所に行きたい場合、その鏡の中にその身を投じればよい。
目の前の精霊には聞きたいことがある。
「いくなら早くしたほうがいいぞ?ロイド達があの人間のもとにむかっているようだが。
  あの男はどうやら完全なる契約を結んでいるようだからな」
「…何?契約…とは、まさか……」
「いつの時代も人とは愚かなものだ。そうおもわないか?クラトス?
  その魂を永遠に魔族に属してまでなぜにそのようなものを求めるのか」
契約を交わした人の魂は未来永劫、契約を交わした魔族のものとなる。
その魔族がたとえ滅んだとしても道ずれに消滅してしまう。
助かる確率はほんのわずかにも満たないといってもよい。
にもかかわらず、なぜにヒトは不老不死をもとめるのか。
長き時間がもたらすその結末をわかっていない、としかいいようがない。
「――お前とユアンは我の元にきたときにはすでにお前たちのいう【天使化】を果たしていたな。
  まあ、国に属する以上、上の同行には逆らえなかったというのはわからなくもないが。
  だからこその、エンブレムと石であったのだがな」
クラトスとユアンもまた本来あるべき姿にもどれるように。
自分との約束を果たしたあとはその満ちた力によってそれが可能のはずであった。
なのに。
エンブレムに関しては魔族を封印するだの言いだした彼らにたいし、
きちんと負の心に打ち勝つ力があるか否かを見極めるためでもあったのだが。
あの試練を乗り越えたというのにこの始末。
これだからヒトの心、とはとらえどころがない。
「まあ、今さらいっても仕方のないことではあるがな」
そもそもこの試練が終われば彼らのような【天使化】したものにも新たな理と種を授ける予定。
すなわち、今の彼らのような無機生命体化というような現象は不可能となる。
あまり種を増やすつもりはなかったのだが。
かつて自らがこの地にやってくるよりも遥か昔。
翼をもつし種族がこの地にもいた以上、あまり問題はないであろう。
もっともそれらの種族はヒトの手により絶滅してしまったようではあるが。
自嘲気味にそういわれても、クラトスには何ともいえない。
というか返答にこまる。
目の前の精霊を裏切っていたのは事実であり、他の精霊達すら裏切っていた。
なのに弾糾されるわけでなく、こうして生かされている以上、
何ともいえない気持ちになってしまう。
「不死の契約を結びしものと対峙しても確実に体力がつきるのは目にみえているからな」
そういう最中、ロイド達がかの部屋にたどり着いた光景が鏡の中にと映し出される。
鏡の向こうにみえるは、ここテセアラのマーテル教の元教皇。
その手にまがまがしき武器をもっており、あきらかに普通ではない感じをうける。
そしてまた、別なる鏡の向こう側にて、
「あれは…なぜ……」
光景的にアルテミラだろうか。
ぼろぼろに壊れた町並みや、それらの修繕を指揮している赤い髪の人物。
そしてまた、別なる鏡の向こう側においてはユアンの姿らしきものもみてとれる。
それらを目にし思わずクラトスがつぶやくものの。
「今、この場には主たる場所の様子を映し出しているからな」
クラトスの疑問に答えるかのように何でもないよにさらり、といいきるラタトスク。
実際、今この場にはこの世界において多少変わったことがおこっている場所。
人の住まう地からそうでない場所まで幾多もの場所の光景を映し出している。
そうこう話している最中にロイド達が何やら話し込み、
そしてそのまま戦闘にともつれ込む様子がみてとれる。
「契約を交わしていることに気付いていないようだな」
「…くっ」
ロイド達もきにはなるが。
しかし今ここであちらにとびこんでもできることはない。
不死の契約を交わしているといっている以上、いってもどうしようもない。
それに何よりも。
「…ユアン。任せたぞ」
ユアンがなぜか飛んできたタバサと合流し城にむかっている光景もみてとれる。
ならば、ロイド達はユアンに任せても問題ないであろう。
ロイド達のことはきにかかるが、しかし自分がいってもどうにもならないのもまた事実。
この鏡に飛び込めば相手のところに出られる、というのはウソではないはず。
そもそも精霊はウソをつけない。
まあ真実をきちんといわないという場合もありはするが。
さあ、どうする?といわんばかりの精霊ラタトスクの態度をみつつ、
ちらりと一瞥のみをむけたのち、そのままその向きをミトスたちのほうにむかって突き進む。
そんなクラトスをみやり、
「ほう。この場においてミトスを選ぶ、か。いやこの場合はジャミルを、というべきか?」
クラトスのことだからてっきり勝ち目がないとわかっていても
ロイド達のところに向かうとおもっていたのに。
これだからヒトの心とは本当につかみづらい。
「まあいい。すくなくとも、ミトスとあのものだけでは不安でしかないのも事実であったしな」
片方は方や実戦経験が圧倒的にたりない。
そしてもう片方は彼らにたいし少なくないわだかまりをもっているはず。
マーテルが死亡した原因にも結局彼らは絡んでいたらしい。
この空間においては立ち入ったものの感情自体がダイレクトに伝わってくる。
いわば意思の力が強ければ強いほど力になる空間といっても過言でない。
クラトスがそのまま鏡にむかって入っていったのを確認し、
おもわずくくっと再び笑みを浮かべるラタトスク。
「ロイド達がやってくるのはもう少し後のようだな。
  …とりあえず、うるさく言われるのも面倒、か」
しばらくの間椅子を具現化させて座っていたが。
彼らがこの場所にやってきた場合、何やらいろいろといわれかねない。
ヒトが本当に魔族の行動を阻むことができるのか。
かつてのミトスたちは封印、という手段をもってしてそれをおこなった。
では、ロイド達は?
どちらにせよ。
「この地に残りし魔族はそう数はいないからな」
この地に直接干渉してくるような魔族はアレとアレくらいなもの。
「…ユリスの元に彼らが出向くとき、プルートにも経験をつませる、か」
負けるとはおもっていない。
そもそもプルートに勝つ、ということは一つの世界そのものに勝つということ。
彼らがどのような力をつけようとも、それがかなうはずがない。
世界を消してしまおうという心づもりでない限りは。


まばゆいばかりの閃光。
おそらくは、相反する力が炸裂したがゆえなのだろう。
ぐにゃりと空間が歪んだかのような感覚。
突如として感じた浮遊感はかつて魔族と戦ったときに感じたもの。
すばやく翼を展開させ、くるかもしれない衝撃にと身を守る。
目をつむり衝撃に唱えるが、目をつむっていてもわかる不快なる感覚。
そして瞼を通じ感じるまばゆいばかりの光。
光を感じるとほぼ同時、とてつもない浮遊感を感じ取る。
ミトスがそんなことをおもっている一方、
「な…ここは!?」
「これは…同化もとけてしまっていますわね」
先ほどまでアークナイト達と戦っていたはずなのに。
しかも同化していたはずのその身が再び完全にと別れている。
そもそもここはいったいどこなのか。
「くっ。さすがは勇者ミトス、というわけかしら。
  それに…どうやらアークナイト達は負けてしまったようね」
ミトスがふと目をあけて横をみれば結界によって隔てられてしまっていたはずの、
たしかミラとミュゼとか名乗っていた女性たちの姿が目にはいる。
同化云々の意味はよくわからないが、すくなくとも彼女たちも何かしらの敵と戦っていたらしい。
それは目の前から聞こえてきたジャミルの言葉によって把握可能。
思わず声の主をみてみれば、体半分がぽっかりと消え去り、
それでもまだヒト型を保っているのはさすがというよりほかにない。
綺麗にえぐられたように体が頭から半分になりつつも、
それで普通に声をだしている様はまさに異様、の一言につきなくもない。
相手が魔族でありこれくらいは当たり前とわかっているミトスは動じないが、
「「なっ……」」
そんな光景を目の当たりにし思わず絶句した声をだしているミラとミュゼ。
普通、体の半分がきれいに消え去っても生きているものもいなければ、
普通に会話できるものなどありえない。
まだ下半身と上半身が切り離されている状態で、ならば少しはわかるような気もするが。
完全に頭から足の先まできれいさっぱりと二等分にされたかのごとく、
消滅してそこにいる様は何ともいいようがない。
しかしその姿にも驚愕するが、いったいここはどこなのだろうか。
あきらかに城の中、ではありえない。
足場にしているその場所は改めて見下ろせば蜂の巣状の模様をいだきつつ、
それでいて水晶のごとくの透明さをほこっており、
足場がきちんとあるのかどうかすら一瞬まよってしまうほど。
周囲をざっとみれば漆黒の闇の空間が広がり、星空のようなものがみてとれる。
しかしそれ以上に。
「あれは…」
「丸い…惑星?」
以前、祖父によって外につれだされ見せられた光景。
この世界の真実の姿ともいってもよい、世界…否、惑星という名の姿。
なぜにうずまく雲を張り付けたような青い少し楕円形の球体がみえるのだろうか。
少しくすんだような青い色は青空なのか、それとも海の色なのか。
そして特質すべきはそんな惑星…以前祖父からきいたその名称。
その少し上らしき場所に大小の小さなこれまた球体のようなものがみてとれる。
そして星を覆いつくさんばかりの大きさの”何か”がゆっくりと、
星らしきそれから離れていっている光景がそこにはある。
それは今現在実際におこっていること。
とある時代においては衛星軌道上といわれていた高度からゆっくりと、
その楔を解き放たれ、彗星があるべき軌道にもどっていっている。
どうやら今いる場所は一応足場らしきものはあるらしい。
といってもいる場所も円形状の白い何かに取り囲まれ、
ここから出ればそれこそ真空空間ともよべる宇宙に投げ出されかねないが。
「こんな舞台を用意する、というのは…お前か。ランスロッド・ベンウィッグ」
かつて人であったころは円卓の騎士ともよばれ、とある国の王に忠誠を誓っていたはずの騎士。
かの魔族を封印するにあたり、そのあたりの知識はラタトスクから聞かされた。
彼ら魔族もかつて、精神生命体化する前は普通の人であり、
世界が瘴気におおわれ、彼らはその器を捨て去ったのだ、と。
ゆっくりとではあるがその体を再生させていっているジャミルの上空。
そこには見上げたさきに何もない空中にひとつの椅子があり、
ミトスにとっては見覚えのある青い鎧姿の男性の姿が目にとまる。
「かの書物の中で蓄えた力はぎりぎりのところで我が本体に送ったゆえにな。
  久しいな。ミトス・ユグドラシル。
  お前に封じられし分霊はどうやらお前の仲間とおもわしきものたちに倒されてしまったがな」
あの一行の中にクラトスがいた以上、彼らもまたこのミトスの仲間であろう。
そうある意味間違いではないが間違っている認識をしているそれが口を開く。
忌々しそうに見上げてそういうミトスの視線にはあきらかに嫌悪感が浮かんでいる。
かつて自らの魂すらをもわけて封じた魔族。
魔界の実力者の一人、魔王を名乗っていたその力は伊達ではない。
「知り合い…なのか?」
知り合いらしき、それでいて因縁があるような会話をしているミトスにたいし、
少しばかり首をかしげといかけているミラ。
「あれは何というべきなのか。あきらかに不快感を感じますわね」
視界にいれただけで本能ともいえる部分が避けろ、といっているかのような。
決してヒトというよりは自分のような精神体にも相容れないもの。
下手に近づけば取り込まれ、二度と抜け出せなくなるかのごとく。
ミュゼの言葉にミラもうなづかざるをえない。
あきらかに格が違う。
あの先ほどまで対峙していたアークナイトとも、そして目の前でジャミル、とよばれている女性とも。
そうこう話している最中、
体が縦に真っ二つになっていたはずのジャミルの体が再生をはたし、
普通の人のそれとまったくかわりがない状態にと変化する。
そしてそのままうやうやしく上をむきつつもうなだれ。
「申し訳ありません。無様な姿をおみせいたしました」
ジャミルがランスロッドと呼びし青い鎧姿のそれにむかいその場にてひざをつく。
「――よい。お前ごときにあのミトスを仕留められるとはおもってはおらぬ」
ぴくり、とその台詞にジャミルが反応するのがみてとれるが。
「かの精霊が直接出てきたのは想定外であったな。ジャミル」
「…申し訳……」
「もう少しでわれらのもとにミトスの魂を引き込むことができたのであるがな」
そんな彼らの会話にミトスがより険しい表情をうかべおもいっきりにらみつける。
「やはり…やはりお前たちが姉様を!」
「何をいう。われらは何もしてはおらぬ。ただ人の王たちに進言したまで。
  『大いなる実りはマナの源。それをむざむざと見逃すのか』とな」
ついでにいえば、実りを芽吹かせようとするものたちは邪魔でしかないのでは。
彼らはその功績をもってしてお前たちの地位を脅かすつもりなのでは。
そのようにそっと配下のものに命じてささやきかけただけ。
それでなくても権力者たちから逃げていたミトスたち。
どこの権力にもくみしないことから、彼らが第三の勢力を作り上げるのではないか。
と危惧していたそれぞれの国の上層部にとってそのささやきは脅威とうつり、
そしてその力の巨大さに恐れを抱いていた。
しかし民の中でミトスたちは勇者として浸透してしまっており、
無償で人助けをする民の味方として認識されてしまっていた以上、
表だって手出しはできなかった。
ミトスたちが大いなる実りと呼ばれているものを発芽させ
大樹カーラーンをよみがえらせてしまえばそれを手にすることは難しくなる。
大樹は地に根付きしもの。
しかし種子は持ち運びが可能の品。
しかし精霊すべての助力を得ているミトスと正面からぶつかるのはあるいみ自殺行為。
そんな中で彼らはミトスが大いなる実りのそばから離れることをしった。
表向きは停戦協定を結んでいたそれぞれの国の上層部達は、そのことをしり、
互いが互いに利用しあおうと画策しあった。
つまりは、シルヴァラント側はテセアラ側が種子を求めているという偽情報を真実となし、
テセアラ側はシルヴァラント側が種子をもとめ戦いを起こそうとしている、と。
それらを防ぐために軍勢をくむ、という大義名分のもと、その計画は実行された。
ミトスが彗星におもむき、彼らの戦力がそがれるその日を狙い。
そしてそれをそそのかしたのも当時、それぞれの国の上層部に入り込んでいた彼の手下たち。
ジャミルのような上位魔族達は見つかり処刑されてしまっていたが、
それ以外の下っ端を力を欲してばかりの国に入り込ませるのにはいたって容易でしかなかった。
ミトスはどんなことをしてもその心を砕けさせようとはしなかった。
ならば、その心の支えになっているものをヒトに殺させて、
その隙をつくようにジャミルにミトスの姉であるマーテルのふりをさせれば、
いともたやすく堕ちるのではないか、そう提案してきたはほかならぬジャミル自身。
そして…その計画は彼ら魔族にとって面白いほどに成功した。
しかし完全に成功とはいかずに、ミトスは完全に堕ちきることはしなかった。
しかし精霊王オリジンを封印させたのは彼らにとっては朗報ともいえた。
ゆっくりと、時間をかけてミトスの精神を侵すことにより、魔族本来の目的を。
地上すべてを再び瘴気におおい、再び魔族達による楽園を。
ミトスが忌々しいことにマナの塊たる彗星を上空にとどめ置いたことにより、
あまり力のない魔族達は封印されるか、もしくは表だって活動することができなくなった。
よくて人の心の隙間にはいりこみ、折をみてはささやき行動させるくらいで。
計画は順調であったはず。
力に酔いしれた”天使化”というものを果たしていったものにも、
力こそすべてであり他者は劣る生物でしかないという考えをゆっくりと根付かせた。
時間はかかるであろうが、彼らにとって時間とは無限にあるもの。
それに何よりも世界の加護をもちしもの魂を手に入れられるかもしれない。
そんな好機をあせって逃したくはなかった。
だからこそ数千年という年月をかけてゆっくりと堕としていたはずなのに。
あの精霊が直接表にでてきてすべては狂った。

もっとも、彼らは知る由もない。
ラタトスクが表にでてこなくとも最後の最後にミトスはその意思において、
自らの魂を彼らのもとにくみするのではなく、
精霊ラタトスクの手助けとなるべく種子と融合し自ら苗朴となったことを。
違いはあのときはミトスはロイド達の手より命をおとし、
そしてその魂は新たなる苗朴となったという点であろう。

「我が同胞たちはよりにもよってあやつが作り出した新たなる魔王。
  暗黒精霊であるプルートに従いこの地を去ったが。与えられた地に何の意味がある」
だからこそ一緒に移動しなかった。
いくら自分たちの王というかトップにたつにふさわしい力を有していても。
その創造主があの精霊ラタトスクであり、かのものもまた、
暗黒大樹とはいえ彼ら魔族にとっては忌々しいマナを生み出すマナの顕現。
マナではなく瘴気を生み出すという点で異なるだけで本質はかわらない。
自分たちの力で得てこそ意味がある。
どういうわけか今、地上には負の力が蔓延しかけている。
あの歪んだ形で発芽している大樹が人々の負の心をあおっているのかどうかはわからないが。
だけども、かつて自分たちが神とあがめていた負の結晶ともいえる魔神ユリスが現れた。
かのユリスもまた精霊ラタトスクの配下に下ったと眉唾ばかりの伝承がありはしたが。
ほとんどの魔族達はそんなことを信じてはいない。
信じていないからこそ、かの神の”声”を聴いたときに歓喜した。
この地もかつてのような魔族達にとっての楽園。
この地にのこったかいがあったとおもったのはいうまでもなく。
魔神の力をつかえばあの精霊ラタトスクを排除することも夢ではない。
それどころかかのものの力の源だといわれているラタトスク・コアを手にいれ、
自らが世界の創造主になることすら。
それこそが彼、ランスロッドの究極の目的。

思いっきりそれは無理であり、もしくは無謀でしかないということに彼は気づいていない。
そもそもコアは彼ら魔族でもってしても扱いきれるものではない。
ヒトの精神だけでなく、いうまでもなくコアは魔族すらをも狂わせる。
文字通り、世界そのものの力に”ただの一個体”が耐えられるはずもない。
それは肉体をもちしものでも精神体だけであるものでも同意語といってよい。
そもそも”世界を構成しうる力”に普通の”魂”が耐えられるはずもないのだからして。

しかし、自分たち魔族こそが生命の頂点であると疑っていないランスロッド達からしてみれば、
そんな考えを微塵も抱くはずもなく。
すべての命は自分たちの餌であり道具でしかない、と見下している。
餌は餌らしく、自分たちのおもうがままにしていればいいというのに。
よりによって自分たちの力とは反する力で地底深くに封じられてしまった。
しかも時間とともに自分たちの中から何か抜け出すような感覚。
それは長き時の中で穢れてしまった彼らの魂を浄化する働きであったのだが。
それを拒否しのこっているのが魔族達の上層部ともいえる実力あるものたち。
もっとも、この地にやってきたかの精霊の真実をしり組した魔族もいるにはいるが。
「我は巨大な力を秘めし”ラタトスク・コア”を手にいれ、
  名実ともに世界の覇者となる。邪魔はさせぬぞ。今度こそ。
  ミトス・ユグドラシル!ここが貴様の墓場となろう!」
そこまでいい放ち、そして。
「ジャミル。そこの邪魔者二人はお前にまかせる。今度こそ始末するがよい」
「は!」
その言葉にジャミルがうなづくとほぼ同時。
「…うん?」
突如としてミトスたちの背後が一瞬輝く。
それはこの場を構成している壁の一部。
その一部が淡く銀色に光り輝いたかとおもうと、次の瞬間。
その光の中より一つの影がこの場にと躍り出る。
「きさまは・・っ!」
「クラトス!?」
なぜにクラトスがここにいるのか。
というかロイド達と一緒にいたはずではなかったのか。
その姿をみて一瞬ミトスの中に様々な感情がかけめぐるが、
次にミトスが感じたのはいいようのない嬉しさ。
やはりいざとなったらクラトスは自分を選んでくれた。
その事がミトスの心を少なからずとも軽くする。
クラトスはもう自分のことなど何ともないのでは、とおもっていたがゆえになおさらに。
たとえそれがかつて因縁があった魔族が絡んでいたからだとしても。
ロイド達をおいておいて自分のもとにきてくれたことはまぎれもない事実。

「…まさか、再び対峙することになるとはな。
  …気配からして分霊というよりは本体、か。魔王ランスロッドよ」
「あら。クラトス。私のことは無視かしら?」
「黙れ。ジャミル。すべての原因はお前たちにあったのだな」
彼らの会話は鏡の向こうから聞こえていた。
ミトスが豹変した理由。
それにこの魔族達がかかわっていたとようやく確信をもって知り得た。
それに気づかなった己の無力さ。
ミトスのこと。
心配をかけまいとして一人で戦っていたのであろう。
なのにそんなミトスの心に気づかず、
ミトスが変わってしまったとなげくばかりで行動しようとしなかった自らの愚かさ。
ミトスに何が起こっているのか確認しようとすらしなかった。
ミトスがいうことがすべて正しいのだ、と自ら思い込むばかりで。
間違った行動をとりつつも、それにずっとしたがっていた。
第三者の干渉があるなどと夢にもおもわずに。
「ミラとミュゼといったな。魔族との戦いの経験は」
「あまり。しかし遅れはとる気は…ない!」
「同じくですわ!」
クラトスの問いに間髪いれずにこたえるミラとミュゼ。
「ランスロッド様。今一度私にチャンスを」
「よかろう。お前の忠義、見届けてやろう」
「感謝いたしますわ」
彼らをこの場で倒せば自分の印象もよりよくなるであろう。
そうなれば、彼の正妻の地位を確保するのも夢ではない。
「クラトス!」
「わかっている。ミトス、油断するなよ!」
ミトスが叫ぶとともにクラトスも身構える。
何をどうすればいいのか、わざわざ口にしなくても互いに互いがわかっている。
それはかつて共に世界を救おうとしていたときにはよく見られていた光景。
クラトスとミトス。
ミトスに剣を教えたはクラトスであり、ゆえにクラトスとミトスの息はとてもあっている。
そしてそれは時を得た今でも…変わりはない。


「さすが、だな」
思わず感心してしまう。
ミトスとクラトスの息はものの見事にあっている。
何もいわずに呼吸があっているというべきか。
二人の戦いをみてどうやらミラとミュゼの認識もどうやら向上しているらしい。
戦いを始めたミトスたちの様子をみつつ思わず誰にともなくつぶやきがもれる。
「ひとまず最低限の思惑は成功、か」
すでに新たな惑星を創造った以上、近いうちに精霊達を移動させるつもりではある。
マクスウェル曰く、かつてそのようにいっていたこともあり、
彼女たちを後継者として育てていたというのだから別に問題はない。
オリジンとのつなぎは封印によってとれなかったものの、
ゼクンドゥスとのつなぎはとり、ミュゼにある程度の疑似的な力も芽生えさせていたらしい。
ミラとミュゼを二人でひとつのマクスウェルとするか、
もしくは片方をオリジンの役割とするかは、オリジン自体と話し合う必要がありますがな。
そのように飛空都市エグザイアでマクスウェルからきいている。
懸念とすればかの閉じられた地しかしらないゆえに、
実戦経験というか対人経験がとぼしい、という点か。
おそらくマクスウェルが彼女たちをこの地に送り込んだのもそのあたりのことがあるのであろう。
いくらすべての今いる魔族達を消したとしても、いずれまた誕生するともかぎらない。
魔族という存在はいわばヒトの限りない欲がそれぞれの形すら変えてしまった存在。
本来あるべき理に戻したとしたとして、また自らが介入する前のようなことがおこらない。
とも限らない。
ゆえにミラとミュゼには魔族がどのようなものか。
身をもって感じてほしかった、というのも一つ。
そしてミトスたちがどのようにして彼らと対峙していたのかというのをみてもらうのが一つ。
一応、最低限の目的は今のところあの二人に関しては果たせたといってよい。


ランスロッドから力の供給を無尽蔵に受け取れるあの空間は、
いってみればジャミルにとっては力が満ちる空間ともいってよい。
というかわざわざこの星の外の空間の一部をきりとり自分のフィールドにしているらしいが。
なぜにそんなことをと思わなくもない。
だが、ふと思いもする。
そういえばかつてのとき、ダオスにあの場を提供したのもまたかのランスロッドであったはず。
まああの地を利用することなくダオスは”城”だけ使用したのち、
そののちヒトの手により封印されてしまったのだが。
ほかならぬ魔族達の手により再び穢されし精霊石によって。
意識をそちらにむけてミトスたちの様子をみつつも椅子から立ち上がり、
ゆっくりと城の内装がいまだに残っている場所にまで歩いてゆく。
歩いてゆくたびに足元に光る道のような足場ができ、背後に道を連ねてゆく。
何もなかったはずの空間に浮かび上がる光の橋、とでもいうべきか。
やがていまだに原型を保っているままの城の内部にとたどり着く。
背後をみれば淡く光を放つ小さい道がつづいているのがみてとれる。
この道沿いの一番奥。
そこに今、ミトスたちが戦っている空間とつながる鏡を設置してある。
道をたどってゆく最中、今世界で起こっている様々な場所がみようとおもえばみれもするが。
鏡の中に飛び込まない限り、その場所にはでることがないので問題はないはず。
…まあ好奇心旺盛な彼らが他の鏡の中に入り込まないとは完全に言い切れないが。
しかしすくなくとも多少の距離は道からあけて鏡は配置してある。
そもそも道から踏み外せばどこまでもおちてゆくのかわからない空間にはまってしまう。
さらにいうなならばこの空間は空気も薄く、余計な行動は彼らにとっては命取り。
ミトスとクラトスがミラとミュゼの協力を得てジャミルと戦っているそんな中。
どうやらロイド達のほうもひとまず決着がついたらしい。
傀儡とされたにもかかわらずいまだ自我をかろうじて保っているケイトが、
あらがいつつも彼らをダイダルウェーブにて洗い流したのが”視て”とれる。
その波に飲み込まれ勢いのままどうやら一階部分にまで彼らは流されているらしいが。
不死の契約のかなめとなりしは彼らは気づいていないようだが、
あの人間がもっていた剣そのものが核たるべきもの。
つまりは、彼の不死性を打ち砕くためにはあの剣を砕く必要がある。
剣と彼の首から下げている首飾り。
その二つが合わさっての”契約の核”。
つまるところ、剣を砕くと同時に首飾りの”石”をも砕かないかぎり、
あのフィリプなるヒトの不死を砕くことはまずできない。
「地上の試練のほうは…まあ許容範囲だろう。ユリスのやつがかなりはじけてるようだが」
いったいテネブラエはどのような命令したのやら。
そろそろセンチュリオン達ももどってくるはず。
地下にあった数多の瘴気が完全に消え去り、別なるものに変化したのが感じ取れる。
立ち上がったその直後にすでに先ほどまで座っていたはずの椅子は
はじめから何もなかったかのようにかききえている。
「しばらくここで彼らをまつか。…こっちにむかってきているようだしな」
術の波により一階まで流されているロイド達。
ユアンやタバサから説明をうけつつ移動してきているようではあるが。


~スキット~ダイダルウェーブで流され、ヒルダ姫の私室に向かい中~

ロイド「というか、何であいつすぐに傷がふさがるんだ!?」
タバサ(アルテスタ)「まちがいなく魔族と不死の契約を交わしておるのじゃろう」
ユアン「だな。契約を交わしたものを倒す方法は限られているからな。
     不死の契約を交わした場合、当人の魂を別なるものに封じるのが主流らしい。
     魔族によってはその身につけている装飾品がそうであったりするらしいが。
     アレと契約を交わしたのがどちらかにもよるな。
     ジャミルだと宝石類や小動物に封じている可能性が極めて高い。
     魔王リビングアーマーだとそれこそ何に封じているか予測がつかん」
そもそも魔王自らが不死の契約を交わしていたのはかつてのときもあまりなかった。
マルタ「どうでもいいけど。タバサの姿でアルテスタさん。その口調やめてくれないかな…」
ジーニアス「うん。なれないよね……」
タバサ(アルテスタ)「今はなしているのはあくまでも儂の人格のコピーにすぎぬからな。
            魔族に関してはわしらドワーフも言い伝えで知っている程度じゃし」
ゼロス「どっちにしても、あのヒヒ爺をどうにかするのには魔族をどうにかしなきゃいけない。
     というこったろ?あの禁書のように」
ユアン「そうなるな。しかしあの封印の中にいたのはあくまでも魔族達の一部。
     いわば分霊体にすぎぬ。ここにきているのが本体だとすれば苦戦は必至だぞ」
ロイド「そんなの、戦ってみないとわからないだろ!」
ユアン「ミトスの腕がおちていなければまずまずいけるとはおもうが。
     かつてのときはマーテルの補佐もあってかろうじてだったからな。
     クラトスがそっちにいっているらしいが、あいつは補助術はあまりつかえぬからな」
マルタ「でもミラさんたちもいるし?」
ユアン「…精霊マクスウェルに育てられたという娘、か」
リフィル「とにかく。いきましょう。元教皇があのようだと、
      エミルたちが心配だわ」
ゼロス「いや、エミル君はどっちかといえば見守るだけだとおもうぜ?」
精霊達が手を出さないといった以上、それは間違いなくエミルにも関係してくるはず。
ジーニアス「ミトス。大丈夫かな……」
ユアン「アレの腕がおちていないのであれば問題はないだろう。
     あいつはそもそもかつてはたった一人ですべての精霊達と契約を交わした奴だ」
しいな「そういや、ノームもそんなこといってたっけね。
     ミトスは一人で戦ったようなことを」
ユアン「そうだ。精霊の力を求める勢力陣をわれらが足止めしている間にミトス一人で出向いたのだ」
マルタ「…勇者、ミトス、か。なんかまだ実感がわかないんだけど……」
そもそも四千年前のおとぎ話の人物がまだ生きているということですら驚愕に値する。
タバサ(アルテスタ)「…ああ、かの御方か。生きとしいけるものの試練でもあるのだろう。
    これら、いやこれからおこりえることも含めてすべて」
ユアン「ミトスが盟約をひとまず破棄していないというだけ朗報か?
     いまだに地上が浄化されていないということは、
     ミトスはかつての約束を破棄するようなことはいっていないのだろうしな」
タバサ(アルテスタ)「そうであればとうにこの地上は海にと還っておるじゃろうて。
    その事実はわしらドワーフにも伝わっておるからな。
    勇者ミトスの懇願で地上の浄化が見送られた、という下りは」
ユアン「…今はとにかく、できることをするしかあるまい」
プレセア「…エミルさん、何を考えてるんでしょうか?」
しいな「さあねぇ。まあエミルにもエミルなりの考えがあるんだろうけど。
     …少なくとも問答無用で地上の命を浄化しない、と信じたいよ……」
ロイド「でもさ。そんなことできるのか?」
一同「(今さら何いってるんだか)」
呆れたような視線がロイドにむけられる。
リフィル「できるでしょうね」
ユアン「できるな」
タバサ(アルテスタ)「当然じゃの」
しいな「精霊達も元をただせば精霊ラタトスクに生み出されたって説があるくらいだしね」
それをいっていたのはアステルだが。
そういえば。
しいな「そういえば、アステル達はどうなってるんだろ?」
ゼロス「サイバックもどうなっているのかは確かに気になるな。
     もしもここメルトキオにきていたとしたら、無事かどうかもあやしいがな」
すくなくとも、あの水槽もどきに入れられている可能性もでてきてしまう。
この地でなくサイバックにそのままいると思いたい。
ユアン「…ヒトとは愚かだな。再び生きたものよりマナを取り出すことをするなどと。
     どんなに時間がたっても所詮ヒトとはその程度、ということか」
リフィル「…耳が痛いわね。でもすべてのものが愚かでない、私はそう信じたいわ」
ユアン「あのミトスですら変わってしまったのだ。信じても裏切られるだけだとおもうがな」
リフィル「でも・・・ミトスは再び変わった。いえ変わろうとしている。違うかしら?」
それはまちがいなくエミル…否、ラタトスクの存在があるからこそ。
ユアン「…かの精霊があの封印の扉の間から出てきていること自体が驚愕だがな。
     そもそも、あやつがあの地を離れたからこそ魔族が表にでてきている。
     とかじゃないだろうな?」
タバサ(アルテスタ)「まあ、扉の封印はとかれてはおらぬじゃろう。
     そうであれば地上はあっという間に瘴気に包まれておるわい。
     もっとも、この地は瘴気に包まれてしまっておるようじゃがの。
     飛んできたかぎり、他にここまで強い瘴気は感じなかったぞい?」
マルタ「…だから、タバサの姿でその口調って……」
セレス「…確かに……」
ゼロス「とにかく、いこうぜ。ヒルダ姫の私室に、さ。うん?あれは……」
ふと視界の先に見覚えのある金色の髪が目にとまる。
…どうやらエミル一人がぽつん、と立っているらしい。
マルタ「あ!エミルだ!エミル!!」
ジーニアス「あ!マルタ…って、走ってっちゃった……」


※ ※ ※ ※


「エミル!!」
ふとみればユアンとタバサと合流し、こちらにむかってくる皆の姿が。
こちらの姿が目にとまったのであろう。
なぜかマルタのみが駆け寄ってきているのがみてとれるが。
「あれ?皆?あっちのほうはもういいの?」
判っているが一応といかける。
視て知ってはいるが自分が視ていることは彼らは知らないはず。
それゆえの問いかけ。
「クラトスが先にきたはずなのだけども?」
この場にいるのはエミルのみ。
マルタがエミルに駆け寄り、しかし何と声をかけていいのかわからないのか、
戸惑っている間に他のものもエミルのそばにとたどり着く。
そんなエミルに何と声をかけるべきか、また話かけるのか迷っているマルタにかわり、
リフィルが気になっていることを問いかける。
先ほどエミルの姿はみえなかった。
でも、今ここにエミルはいる。
たしからクラトスはこの先の空間に向かっていった。
相変わらず視線の先には摩訶不思議な空間が広がっており、
どうみてもそこは城の中、とはいいがたい光景がみてとれる。
「…あれ?さっきまでなかった道ができてるよ?」
ふとコレットがそんな漆黒の摩訶不思議なる空間。
そんな空間の中にきらきらと光る細い道のようなものを目にし、少しばかり首をかしげる。
「ああ。なんかこっちに戻ってくるときに移動したらできたんですよね」
自分が創造ったわけだが。
嘘はいっていない。
そもそもラタトスクのマナに反応し道がこの場に簡易的に創造られただけ。
その証拠にかろうじて二人がすれ違えれるか否かという幅しかその道にはない。
そんなエミルの言葉に思わずそれぞれが顔を見合わせる。
そして。
「エミル。この道の先はどこにつづいてるのかしら?」
「今、ミトスたちがいる場所ですね。さっきクラトスさんもそこに入っていきましたし」
”入って”の意味がよくわからないが。
「道ができているということは私たちでも先に進める、ということね」
「まあ、道から外れない限りは大丈夫でしょうね。飛べない人でも。
  もっとも、道を踏み外したらそれこそどうなるか保障できませんけど」
もしもここにエミルがいなければまちがいなく次元の狭間にて迷い続けることになるでろう。
そしてその結果、意味するのは紛れもなく”死”。
「少しきく。ミトスとクラトスは今、何と戦っているのだ?」
おそらく目の前の精霊は確実に知っている。
だからこそのユアンの問いかけ。
「ニブルヘイムから出てきたランスロッドですね。あとジャミルもいますけど。
  契約を通じ、本体ごと地上にでてきているようですね」
それはウソではない。
彼らが本来いるべき魔界ニブルヘイムそのものが、
彼らが住むには不可能になった、というのをいっていないだけ。
かの地はセンチュリオンや精霊達の尽力もあり、とある変化を遂げている。
いまだにそれは瘴気を含みしマグマだまりなれど。
かの地を覆い尽くしていた瘴気そのものはすべて回収された。
以前のときはラグナログの結果、ソレをうみだしたわけだが。
アレが再び精霊として誕生するか否かはそれもまたヒト次第。
かつてと違うのはあのときは地上を覆い尽くした瘴気を回収し生み出したあの時とは違い、
魔界に満ちる瘴気そのものを回収した、という点のみ。
「魔王リビングアーマーが直接に、か」
さらりといわれたエミルの言葉に思わずユアンが眉をひそめる。
「それって、あの封印の書物の中にいた、あいつ、か?」
「ロイド達は一応、アレの分霊体と戦ってるんだったっけ。
  かつてミトスたちがその魂をわけて封じたその本体。
  この地を拠点として地上を自分たちのものにしたがってるみたいだね」
素直にかの地に移住していれば、消滅させるまではいかないものを。
ロイドの言葉に内心の思いは表情に出すこともなく、さらっといいきるエミルの姿。
「…とにかく。行きましょう。アレが相手だとすれば。
  クラトスとミトスたちだけでは不安だわ」
アレが分霊体とかいう分身だとするならば、その本体はどれほどのものなのか。
警戒をあらわにし、全員を見渡すリフィル。
「ああ。いこう!」
そんなリフィルに大きくうなづき、ロイドが一歩足を踏み出す。
エミルの横をそのまますり抜けて、摩訶不思議な空間の中にふわふわとうかぶ、
光る足場らしきものに戸惑いつつも一歩踏み出す。
「なんか、水の封印思い出すね。これ」
「…そういや、似てるね」
一方、コレットはコレットである意味間違ってはないが場違いなことをいっており、
ジーニアスもそういえば、とばかりに足元のそれをみていたりする。
「ふむ。興味深い。この足場の材質は一体…光のみの足場、のようだが……」
「足場は狭い。飛べるものは飛んでいったほうがよかろう」
リフィルがかがみこみ、それを調べるのを視界の端にとらえ、
溜息をついたのち、至極まっとうなことをいっているユアン。
それに周囲に誰かが飛んでいれば万が一足場を踏み外したとしても対処がすぐにできるはず。
こういう点の配慮はユアンは今も昔もかわっていない。
もっとも、それにあわせてドジを踏むというのもまたかわっていないのだが。
ユアンの言葉にうなづきつつ、ふわりとゼロスがその背に翼を展開し、
そのまま亜空間もどきにその身を躍らせる。

真っ先に足を踏み出したロイドを先頭に、一本道でしかないその光の道もどき。
一番後ろからゆくは、エミルと、そしてアルテスタの人格が表にでているままのタバサ。
ロイドの真後ろにジーニアスが続き、そんなジーニアスの後ろにはリフィル。
セレスとしいなはほぼ並んでいはするが、セレスの真横には常にゼロスが飛んでおり、
セレスが足をふみ恥すた場合に備えている。
コレットはふわふわと飛びつつもロイドの真横を飛んでおり、いわば先陣を切っている状態。
足を踏み出すたびに光がはじけるその光の道を彼ら一行は進んでゆく。
その光の道の先に何が待ち受けているのか、それを知るのはエミルのみ――


シャラン。
という音が聞こえてきそうなほどに、足を踏みしめるたびに光の粒子が周囲に舞う。
ここは確かにいまだに城の中、のはずなのに。
その痕跡は今やどこにもない。
後ろのほうからアルテスタとエミルが何やら話している声がきこえているが、
その言葉は解読不能に等しい。
それらはドワーフたちの間で使用される彼らのみの大地の言語。
普通の人間などに伝わっているはずもなく。
他者との交流を遮断したエルフたちもすでにその言葉を忘れ去って久しい。
ロイドは幼き日に養父であるダイクからそのような言葉があるというのは聞かされてはいるが。
ダイクもまたヒトの中で生活していたがゆえ、ロイドにその言葉自体は教えていない。
深刻な表情をし何かをいっている”タバサ”に対し、あきれたように、
それでいてしばらく幾度か言葉を交わしたのちにエミルがうなづいているのが、
飛んでいるコレット、ユアン、ゼロスの視界にふとうつる。
いったい彼らが何を話しているのか。
言語がわからないがゆえに理解不能。
ちらりとユアンをみればユアンもまた首をかるく横にふっており、
どうやらユアンもその言葉がわからないというのが暗にみてとれる。
そもそもかつての古代大戦と呼ばれていた時代もドワーフたちは絶滅しかけていたといってもよい。
マナが枯渇し大地の加護が失われていき、
ドワーフたちはこっそりと、山の中というか地下に隠れ住んでいた。
今でこそモーリア坑道と呼ばれしそこは、かつてのドワーフたちの拠点の跡。
天地戦争と呼ばれていた時代はかなりのドワーフたちでにぎわい、
かの地を気に入りマクスウェルなどもあの地に自らの降臨を示す石版などを置かさせていた。
ユアン達が生きていた四千年前の世界においてその地はすでに、
今のように遺跡扱いになってはいたが。
四千年前。
地上に瘴気がゆっくりとではあるがヒトの手によりて小窓が開き、
その結果、地下部分に瘴気が湧き出したのも一つの理由。
今、かの地にはドワーフたちはいない。
ドワーフたちのもつ技術力に目をつけた国の上層部達は、
ハーフエルフやエルフだけでなくドワーフ狩りをも開始していた。
ドワーフたちがミトスに従っていたのは何もミトスがオリジンと契約を交わした。
という理由だけではない。
戦争を止める尽力もさることながら、ドワーフたちを利用しない、
ドワーフ狩りをどうにかそれぞれの国にあきらめさせた。
そういった点もある。
いわばドワーフたちにとって、ミトスたち四英雄とよばれしものは種族にとっての恩人。
しかし永い年月の間にドワーフたちがもっていた技術力は今やほとんどすたれてしまっている。
唯一、かつての技術力に近しい力をもつのはここにいるアルテスタのみ。
それを考えればどこまでドワーフたちの技術力が退化しているのかというのがうかがえる。
その技術を放棄するにいたった理由もそれらの力がヒトに悪用されるから。
ならば生きていくに不自由しない程度に力をのこし、それ以外を放棄していった彼らの選択。
その選択自体にラタトスクは文句はない。
そもそもかつて空を飛びし空中戦艦などが誕生したのも、
結局はドワーフたちの力をヒトが悪用していったがゆえ。
大樹が枯れ木のようななってしまった大本の結果。
完全にその枯れ木すら消えてしまったのはトドメとなった魔導砲であるにしろ。
「…まあ、ヒトはいつの時代も自らの首を絞めるだけにもかかわらず、
  他者を巻き込むからな。…お前の言い分はわかった」
「…感謝いたします」
盛大に溜息とともに、それまでの言語から共通言語にかわり
そんな会話がされている台詞が前のほうを歩く彼らの耳にととどきゆく。
しかし、やはりというかヒトというものは。
あの短い間にそのような話がでているなどとは。
いや、ヒトであるがゆえ、なのであろう。
目の前に技術の結晶ともいえる機械人形がいて属にいう研究者たちがほうっておくはずがない。
いくら世界が混乱に陥っていたとしても、ああいう輩は我が道を進んでゆく。
そしてその結果、世界にとどめをさしかねないものを生み出してしまう。
かつての惑星デリス・カーラーンでもそうであったように。
そして歴史は繰り返されるとはよくいったもの。
ダオスがこの地に来訪するきっかけとなったのもまたそういった輩たちの行いゆえ。

城の作りとしてはそう距離はないはずなのに。
周囲にいくつもの扉のようなものやおそらくは城に置かれていた調度品なのだろう。
それらが漆黒の空間の中浮かび上がっており…しかもバラバラに。
歩いている足場となりし光る道はうねうねと曲がりくねったように螺旋状にとなっている。
うねうねと曲がりまくる光の道。
上にも下にも続いているその道はもしも離れて進むものがいれば、
あきらかに上下が逆転した状態でそれぞれ歩いているのがみてとれたであろう。
しかし幸か不幸かロイド達はその事実に気づいておらず、
足を踏み外さないように足元を確認しつつ進んでいる今現在。
「…あ…」
カツン。
進んでいるさなか、ふとその背が近くに浮いていたちょっとした花瓶にとあたる。
漆黒の空間だというのに調度品などとおもわれしそれは、
道が淡く輝いている効果もあるせいかほんのりと光っているかのよう。
先頭をゆくロイドの肩がその花瓶に触れるとともに、ぐらりと花瓶が傾き、
それはまるで何かの台座から落ちていかんばかりにそのまま漆黒の闇の空間の中。
ロイド達の眼前をそのまま真下むけて落下してゆく。
すぐに闇にのまれその花瓶の姿は認識できなくなっていくが、
まてどもくらせどどこかにそれが落ちきったらしき何かが割れる音は聞こえてはこない。
「見た通りの深淵の闇…といったところかしら?」
もうこの場所は城の中とは確実にいえない。
それを認識しリフィルが小さく溜息をつきちらりと背後にいるエミルに視線をむける。
この空間の真実をおそらくエミルは知っているであろう。
聞いて教えてくれるかどうかもわからないが、すくなくとも確実に知ってはいるはず。
そうおもうとどうしても溜息が無意識のうちに漏れ出してしまう。
「…うわ。落ちたらこれ怖いね」
音がしないということはどこまで深いのかがわからない。
調度品類が浮かんでいることから無重力状態に一瞬近いのではないのか。
そんなことを思ってもいたがどうやらそうではないらしい。
ジーニアスがおもわず下を覗き込むようにしてぽつりと呟く。
どこまでも底がない。
奈落の底、というのはこういうのをいうのかもしれない。
ジーニアスが足元の下のほうを覗き込んでいるそんな中。
「あれ?あっちのほうが何かあかるいよ?」
あきらかに足場となっている…といってもコレットたちはマナの翼で飛んでいるがゆえ、
足場そのものは進んでゆくための目安のようになっているにすぎないが。
ふと道の続いているその先がぼんやりと明るく光っているのにきづき、
そちらのほうをみつつもコレットが首をかしげる。
その視界に見えるということは、すくなくとも目印である”足場”を見失うことはない。
そうおもい、首をかしげつつも、ぼんやりと光がみえるその方向に
パタパタと翼を進めてゆく。


それはある意味では幻想的ともいえる光景。
無数の鏡っぽいものが暗闇にいくつも浮いており、
ちなみに鏡の大きさは統一されており、等身大の姿鏡といわれしそれらが浮いている。
なぜに鏡と断言できないのかといえば、
一つ一つのそれらになぜか景色のような光景らしきものが映り込んでおり、
それらがまるで実際に目にしているかのように動いているからに他ならない。
「…おばあ…様?」
ふとその中の一枚。
とある鏡もどきの前にたち、唖然とした声をあげるコレット。
近くにいけばなぜか”声”らしきものも聞き取れる。
無数ともいえる鏡の中。
そこに映し出されているのは懐かしきイセリアの風景。
イセリアは無数の異形のものが攻めてきており、
それらのほとんどが村人たちに対し、激しい憎悪を抱いているのが、
映像越しだけでも見てとれる。
ラタトスクがほとんどの精霊石を浄化、そして孵化させたことにより、
精霊達にとらわれていた数多の人の思念。
それらも同時に解放され世界にと解き放たれている。
エクスフィアとヒトが呼びしそれらの苗床にされた人々の思念体。
精神体ともいうそれらは今の地上にあふれるマナの力を取り込み、
あまりにも強い思念を残せしものたちは新たなる変化を遂げている。
すなわち…強い思いを残したものは、この”世界”においてはとある魔物にと変化する。
それこそゾンビやスケルトン、レイスやスペクター。
本来、それらの魔物は闇属性に属する魔物として世界の理に組み込まれはするが、
このたび、精霊石の中に取り込まれていた数多の人の思念体。
それらが変化して生まれた魔物たちの一部に関しては
ラタトスクは放っておくように、という指示も出している。
そもそも中には復讐を果たせば自らの存在意義を見失い、自然と消えてしまうような輩が大多数。
まあ中には世界そのものというかヒトに対してかなりの恨みを抱いているものもいはするが。
特にヒト、としての自我を残しているものほど扱いが厄介なものはいない。
テネブラエなので言いくるめられるようなことはないとはわかっているが。
余計ともいえる気苦労はさせたくない、というのがラタトスクとしての本音。
まあ、他にも少しは人々にとらわれていたものたちの気持ちを考える機会。
そういったものを含ませる、という狙いがあるにせよ。
ゴーストやファントムといった魔物もそれぞれの個所にみうけられ、
それらがヒトの言葉で恨みつらみをそにいる人々に語り掛けている。
それはイセリアだけでなく他の町や村などにおいてもいえること。
もっとも、テセアラ領にある町や村においては、
その恨みの出方が多少異なっているようだが。
思わず茫然とした声をだすコレットの目前では、
鏡のようにみえる姿見…でもコレットの姿はうつることのないそれ。
その向こう側にイセリアの姿がいまだに映し出されていたりする。

――どうして?どうして私(僕)達を助けてくれなかったの?どうして?
――私(僕)達はお告げのとおり、きちんと旅業をしてただけなのに、なのにどうして?
力は比較的弱いといわれているゴーストたち。
それらから紡がれるは比較的幼い子供たちの声。
家族とともに旅業にこの地、イセリアにとやってきて、
そして村長の策略により、ディザイアンたちにと売り渡されてしまった子供たちのなれの果て。
殺される間際。
エクスフィアを取り出すためにその体を機械にて圧縮される直前。
よりにもよってディザイアンたちはイセリアの真実をぶちまけた。
すなわち、イセリアの不可侵条約というものは、
お前たちの中にもいるとおもうが、旅業などのものを変わりにわれらに差し出す、
それによって村人の安全を保障するというものだ、と。
それをきき絶望に近い感情を抱くもの、
もしくはなぜに自分たちが他人のためにこのような目にあわなければならなかったのか。
そんな感情を抱きつつも、彼らはベルトコンベアーによって装置の中へと吸い込まれ、
そしてその生涯を閉じた。
魂は消えることなく石の中に閉じ込められる、という死してもなお終わらない苦痛。
その始まりとともに。
パルマコスタに関してはある意味ひどいといっても過言でない。
かの地において処置を施されるものたちは、装置に放り込まれるその直前。
ドアの真実を聞かされて絶望の中にて命を落としていっている。
総督がいずれは自分たちを助けてくれる。
そう信じていた人々にとってそれは絶望以外の何ものでもなく。
イセリアの村は近くにいても自分たちを助けてもくれなかった村の人々に対して。
そしてパルマコスタに関しては自分たちを裏切っていた総督府。
そのもののありかたや、もしかして他のものたちはドアのことをしっていて、
自分たちを人身御供に差し出したのではないのか、という疑心暗鬼。
ある意味でパルマコスタのほうが被害は大きいといえなくもないであろう。
何しろ義勇兵としてディザイアン討伐に参加していた数多なるものたち。
それらの思念体も自分たちが捨て駒というか生贄とされていたことを知り、
憎悪をもってして魔物として再生を果たしていたりする。
サイバックなどに関しては現れているものがほとんど元ハーフエルフのものたち。
理不尽に虐げられ死亡していた人々の思念体。
それらが世界に満ちたマナに触発され、実体化しており、
またサイバックの中で行われていたエクスフィアの人体実験。
それらに利用されたハーフエルフ達の思念体。
それらは新たな魔物…ドルイドなどに変化して町自体を襲撃していたりする。
正確にいえば町というよりは王立研究院を重点的に。
術を扱うそれらに対抗するために、地下に幽閉していたハーフエルフたち。
彼らを借り出す状態にまであるいみかの地もまた追い詰められていたりする。
そんな中であまりそういった面での被害がでていないのは、
小さな港町イズールド。
かの地から連れ去らわれていたものたちは、ほとんどが海の民。
そして海の民というか漁業を生業として生計をたてているものたちは、
基本的に仲間意識がより強い。
かの地に戻りしその地出身の元人間たちは、異形の姿となってもなお、
仲間たちを助けるためにかの地に”戻って”いたりする。
滅びの町と化しているオゼットなどは、
天使達によって自分たちが殺されたことをうけ、
天使、そして今まで以上に他者を疎む心に蝕まれ、
これまた魔物として再生をはたしており、かの地は今現在、
そういったアンデット系の魔物にあふれる地となりはてている。
そういった様々な場所の光景が鏡の中に映し出されており、
その中でコレットが凝視しているのは目の前にみえているイセリアらしき光景。
幻、で片づけるにはあまりにも生々しいその光景は、
コレットの心を揺さぶるには十分すぎるほど。

――牧場にいるものなんてどうせ死んでしまう運命じゃない!
かつて、そういった言葉がロイドにと投げかけられた。
そして先日。
”彼ら”の犠牲の上に自分たちの安全が保たれていたことを知った。
中には家族でイセリアを旅業にて訪れ、村長にはめられ、
ディザイアンたちにつかまったものも大多数。
殺された人々にとって、それが村長一人の独断だ、といわれても、
はいそうですか、と納得できるものではない。
先日はまだ神子達が戻ってきていたがゆえ、襲撃もどうかなった。
イセリアという村にすむ人々に対して恨みをもっているとおもわれし異形のものたち。
謎の光に包まれたのち、天使がなぜか降臨してきたが、
かの天使達は村人たちには興味がないとばかりにどこかにいってしまった。
実際は聖堂と呼ばれし場所に強制転移させられたものたちは移動したに過ぎないのだが。
かの地には簡易的な転移装置があり、デリス・カーラーンへの道がつながっている。
もっとも、すでにその道は閉ざされており、またその道そのものも消滅しているがゆえ
それを起動させようにも動きはしないのだが。
強制転移で地上におろされた存在達は当然そんなことを知る由もない。
ちらりと背後を振り返れば、一か所にと固まり震えている子供たち。
救いの塔があった方角にはすでにそれらしきものはみあたらない。
それどころか空を突如と覆った不可思議な現象。
それはゆっくりと遠ざかっていくかのように、今では昼間だというのに、
真昼の空にぽっかりと紫色の月のごとくに浮かんでいるのがみてとれる。
救いの塔の消滅、そして天使の降臨。
巨大地震になぜか右側にあったはずの海が左側にと変わっている点。
この付近は大陸の端であったはずなのに、大地の様子すらかわってしまっている。

「でやぁぁ!」
ブッン。
掛け声とともに何かが唸るような音が響き渡る。
そして。
「何をぼさっとしてやがる!」
声をかけられはっとする。
「力がないなら子供たちのところにでもいっとけ!
  ああ、くそ!きりがねぇ!どれほどの思念に恨まれてやがるんだ!?」
悪態をつくかのような髭を生やした小柄な男がそんなことをいってくる。
男に声をかけられた二、三名の村人たちは声をかけられはっと我にともどりゆく。
そう。
今はそんなことを思っている場合ではない。
「この地が不可侵条約を結んだのがコレットが生まれてからじゃからのぉ……」
「…つまり、コレットの嬢ちゃんの年齢分。
  その年月の人々の思念がへたすると襲ってくるってことかよ」
小柄な男の背後にてその手にチャクラムを手にしている初老の女性が、
そんな男性にと語り掛け、その言葉をうけがしがしと頭をかいている男の姿。
「しかし。ダイク殿がいてくださってたすかりますじゃ」
「そういうファイドラ殿も腕のほうはあまり鈍ってはおらぬようじゃの」
「ほほ。この老婆がこうして武器を手にとることになろうとはのぉ。っと」
いつもはその手に杖をもっているそこには杖はなく、
変わりにチャクラムが握られており、投げ放たれたそれは、
今まさに子供たちのいる場所に向かってこようとしている異形の輩。
それらにむかって飛んでゆく。

目の前でみえている光景に思わず目を見開く。
鏡の中で展開されているは祖父であるファイドラと、そしてロイドの養父たるダイクの姿。
そして周囲には村人たちらしき姿もみてとれる。
中には、自分たちには力がない、と嘆くばかりのものに、女性陣が叱咤して、
「嘆いてばかりで何もできない腰ぬけかい!あんたたちは!男なら少しは自ら動いてみな!」
などといっている光景も。
あるいみ女性のほうがイザというときにはたくましい。
そういう表現がまさにぴったりといえなくもない光景がそこにはある。
…なぜかフライパンやオタマを手にし異形の魔物のようにみえるそれらと戦っている女性たち。
ある意味それは異様な光景といっても過言ではない。
鏡に映し出されている光景そのものは、少しばかり視点が高いらしく、
それらの付近一帯の様子まで見渡すことができている。
「皆、すごいな~……」
何というかたくましいというか。
フライパンやオタマでなぜに戦うことができているのだろうか。
村人の男性たちはそんな女性陣にほぼ強制されるかのごとく、
近くにあった木の枝…周囲に生えている竹などを斧などできりとり、
簡単な竹やりもどきをつくって応戦しているのがうかがえる。
思わずつぶやいたコレットであるが、ふと視界にとあるものをとらえはっとする。
ダイクと会話しつつも自らに教えを施してくれた武器、チャクラムを手にした祖母。
そんなファイドラ達の背後。
今現在彼女たちがいるその場所は村の中に生えまくっていた竹林を伐採していないのか。
それとも伐採してもしても生えてくるのか、そのあたりはコレットのはわからない。
真実は後者なれど、ともあれファイドラ達の背後にある竹林。
その竹林の足元にこれまた人の身の丈ほどもある草がどうやら生えており、
ちょっとした死角のような場所がいくつもできあがっている。
そしてファイドラ達の背後にも当然そのような場所が出来上がっており、
コレットがはっと目を見開き、
「――危ない!おばあ様!」
それは単なる映像でしかないかもしれないが、思わず声を張り上げる。
ファイドラ達の背後、おそらく彼女たちの視界では死角になっていてみえないのであろう。
あきらかに弓、そして杖らしきものを構えたヒト型の何かがみてとれる。
そしてそれらはこともあろうに狙いをファイドラに向けており、
口元が動いているようにみえるのは詠唱か。
咄嗟的にコレットは懐に入れているチャクラムをとりだし、
目の前の光景が鏡もどきの中で展開されている、ということすら失念し、
そのまま思いっきり”みえて”いる敵にむけ、その手の中のチャクラムを投げ放つ。
普通に冷静に考えればチャクラムはそのまま虚空をとび、
再びコレットの手の中に敵を倒すことなく戻ってくるであろう。
もしくは目の前の鏡もどきを壊すにとどまるか。
だが、コレットの放った攻撃は鏡を壊すわけでもなく、
そしてまた虚空に吸い込まれるようにとんでゆくでもなく。
「……ふえ?」
思わずコレットが素で呆けた声をだす。
それもある意味では仕方なく、コレットのチャクラムは
そのまま吸い込まれるように鏡もどきの中にきえていき、
チャクラムは鏡の中に取り込まれたかのように、
今まさにファイドラに攻撃しようとしていた異形のものの姿を確実に捕え

「「ぐわっ!?」」
鏡の中よりそのような声がコレットの耳にときこえてくる。

「これって……」
もしかして。
武器が鏡の中に吸い込まれた、それが意味することはすなわち。
もしかしたらこの鏡をくぐればこの景色の場所にいけるかもしれない。
その可能性。
思わずコレットが鏡にむかい手をのばさんとしたまさにその直後。
「パパ!?」
「ニール!?」
悲鳴にも近い声がコレットよりも少し低い位置から聞こえてくる。
マルタの悲鳴に近い声と、そしてロイドの焦ったような声。
目の前の鏡から思わず視線を下げたコレットが目にしたは、
これまたコレットと同じく、しかし足場となっている光道からは少し外れた高い位置。
視界にははいるが手をのばしても足場からは決して届かない。
位置から察するに大人の目線上。
イチメートルくらい離れた位置に浮かんでいる一枚の鏡もどき。
コレットが周囲に浮かんでいる鏡に気を取られていたのと同様に、
ロイド達もまた足場をすすみつつ、この”鏡”の浮かびしエリアにとたどりついている。
コレットがイセリアの光景に目を奪われていたように、
ロイド達がそんなコレットに声をかけなかったのは、一重にそこに浮かんでいるいくつもの光景。
それらに目を奪われていたからに他ならない。
コレットの位置からはロイド達が何をみているのかはわからない。
どうやらこの鏡は背後からみれば普通の鏡の裏のようにみえ、
つまりいくつもの板のようなものが浮かんでいるようにしか映らない。


――危ない!おばあ様!
この場にいるはずのない大切な孫娘の声。
「…コレット?」
思わずファイドラが周囲を見渡すとほぼ同時。
シュン、と何かが風を切る音がする。
それと同時。
ジャラン!というものすごく場違いな音も響きわたる。
「「ぐわっ!?」」
ファイドラ達の背後。
そこに大人の背丈ほどもある草が生い茂っているその奥。
完全に死角ともいえるその草が大きく揺れたのち、
ドサリ、と何かが倒れ伏す音が二つ。
「ちっ。風下だったから気づくのが遅れたか。
  …うん?何だ?こりゃ…こりゃあ…」
そちらに目をむけ歩いてゆくダイクが目にしたは、なぜか地面におちた一組のチャクラム。
その特徴あるどうみても遊具のようなそれには見覚えがある。
たしかコレットの嬢ちゃんがつかっていたはずの武器ではなかったか?
ファイドラが手にしているチャクラムとは形状が違う。
というかなぜにコレを武器として作ったのか。
ルインの店で売られていたらしいか激しく問いかけたい。
「ダイク殿……」
「話はあとだ。くるぞ!」
ガサリと茂みをかき分けてファイドラが遅れてやってきて、
ダイクが手にしているソレをみて思わず目をみひらく。
どうしてそれがそこにあるのか。
少し前、この村にもどってきたとき孫娘にみせてもらったそれ。
変わった形のチャクラムであったゆえに覚えている。
ダイクが手にしているはどこからどうみても、
遊具としかいいようがない属にいう”タンバリン”と呼ばれしそれに近い品。
異なるのはそれが遊具ではなく武器として少しばかりカスタマイズがされているところであろう。
ちなみに、ロイド達いわく、ルインの街で四万ガルドで売られているらしい。
トレントの森以降、コレットはこのつぎなる武器。
スターダストリングを使っており、すでに本来この武器は使われてはいない。
にもかかわらずにコレットがこれをすぐさまに手にとったは、
少しでも暗くなりがちな一行の気を紛らわそうとしたからに他ならない。
…もっとも、使おうとしてすぐにリフィルに止められたのであるが。
何しろ敵地の真っただ中でタンバリンのジャンジャンする音を響かせれば、
ここに敵である自分たちがいます、といっているようなもの。
あるいみ敵に音という目印を与えることにほかならない。
それゆえに却下されていたのだが。
たまたますぐに取り出せる位置、
すなわちいつも使用していたスターダストリングの上に収めていたそれ。
それをコレットがたまたま手にとり、鏡の中に向けて投げ放ったに他ならない。
もっともそんな事情をファイドラ、そしてダイクも知るはずもなく。
わかるのは、なぜかこの場にふさわしくもないタンバリンもどきが二つ。
地面に転がっていたというその現実。
なぜにダイクがそれをもっているのか。
このイセリアにはたしかにタンバリンとよばれるものはあるが。
それとはあきらかに形状が異なっている。
もっとも、これならば子供たちにも自衛の手段として持たせてやってもいいかも。
といっていた村人の女性たちもいはしたが。
しかし、こんなのを子供たちにもたせたら昼夜問わず、
子供たちは音をたてまくりうるさいに決まっている!
というものすごく納得できる意見がでて、一応は見送られたはずのそれ。
ここイセリアにあるのはたしか学校にある品だけのはず、なのだが。
まあ武器屋の主人などは、面白そうなどといって考えているらしいが。
一瞬のうちにそんな様々なことがファイドラの脳裏を駆け巡る。
先ほど聞こえた孫娘の声といい、ダイクが手にしているタンバリンもどきといい。
しかしたしかに、今は話をしている場合ではないのであろう。
目の前に倒れているは魔物らしきヒト型の異形のものが二体。
それらの体が一瞬、黒い霧となりやがて二つの影をつくりだす。
一度、実体化していた器を失い、力がそがれたのかどうかはわからない。
倒れていた魔物とは異なる姿にと変化した二つのソレは、
どこからどうみてもゴーストとよばれし魔物の姿。
もっともその色が真っ黒、という点では
もともとこの付近にいた魔物たちとは明らかに異なっているが。
「とにかく、こいつをたおしちまうぞ!」
今、襲ってきている魔物のようなものたち。
姿かたちは魔物なれど、しかしすべてのそれらが人語を介していることから、
普通の魔物ではない、というのは明白で。
『なぜ、なぜ私たちだけがあんな目に…私たちはイセリアの生贄じゃない!』
ほとんどの魔物と化したそれから口にだされる言葉はみな同じ。
すなわち、皆が皆、イセリアの村長によってこれまで
ディザイアンたちに引き渡されていた人間たちのなれの果て。
十六年…いや、もう七年というべきか。
毎月決まった数の人員を提供していたという。
それこそパルマコスタのように。
イセリアはあるいみ旅業の聖地ともいえし場所。
ゆえにかならず旅業をするものは必ずこの地に足を延ばす。
そして旅業にきたものたちを村長はディザイアンたちに引き渡していた。
村人たちに気づかれないよう、村の外で、彼らに嘘の安全なる道をいい。
イセリアという村そのものに対しての安全を確保するための生贄。
ゆえに今、この村を襲っているおそらくはそういったものたちのなれの果て。
なのだろう、元人間たちの言い分はわからなくもない。
知ろうともせずに、牧場にとらえられたものは自分たちとは関係ない。
捕えられたものは死んであたりまえ。
条約があるのだから自分たちがかかわらなければ何も問題ない。
そのように真実を知ろうともせずに彼らを見殺しにしていたのは、ほかならぬ村人自身。
ゆえにそれらの言い分、恨み辛みはわからくもないが。
だからといって、おとなしく殺されるわけにも、また傷つけられるわけにもいきはしない。
生きているものは生きているものなりに守りたいものがある。
逆を言えば殺された、生贄として差し出された彼らにも守りたいものがあった。
それを踏みにじったは……


どうしよう。
このまま武器が吸い込まれたのであれば自分も中に、
いや、イセリアに戻れるのではないのか。
そんな思いがコレットの脳裏をよぎる。
そんな中。
「くそ!あいつら、何だっていうんだよ!」
「…まずいわね。アレは……」
何やら再び憤ったようなロイドの声。
そして少しばかり困惑したような、思案するようなリフィルの声がコレットの耳にと聞こえてくる。
祖母たちの様子もきにはなる。
でも、どうやらロイド達の言葉からあちらもまた何か尋常ではない光景。
それを目の当たりにしている可能性が遥かに高い。
いや、間違いなく何かとんでもないことがおこっている。
それを鏡を通じてみているのであろう。
ニールの名前やマルタがパパ、と呼んでいた時点でおそらくは、
それがパルマコスタに関するものだ、というのはかろうじてわかるが。
しかしここからでは何を彼らが目にしているのかは確認のしようがない。
「…おばあ様…気を付けて……」
祖母たちのこともきにはなる。
けども、ロイド達が目にしている様子もきになりはする。
ゆえに後ろ髪をひかれる思いにて、ゆっくりとコレットは目の前の鏡から距離をとり、
ロイド達の横にむけて、ふわりとその翼をすすめることに。

「これって、どうなってるんだろ?」
鏡の向こうにみえるのはパルマコスタの町並み。
いや、周囲に無数に浮かんでいる鏡の向こうには様々な光景がみてとれる。
近づけばしっかりと向こう側の声も聞こえてくることから、
これがたんなるお飾りの何かではないのは明白。
ふわりと鏡の前に浮きつつも首をかしげるコレットに対し、
「おそらく、次元が狂っているのだろう。
  かつて雷の神殿もこのような状態になっていたことがあったらしいしな」
これがかの精霊の仕業なのか、それとも異なる反する力同士がぶつかった影響なのか。
次元が歪む、空間が歪むという現象は魔族と戦っているときにはよく見られた光景。
ロイド達が目にしていたのはコレットの予測通りというべきか。
そこにはパルマコスタらしき場所がみてとれる。
場所、というのは語弊があるかもしれないが。
すくなくとも、彼らが見知ったパルマコスタの町並みでないのは明白で。
木々などでつくられていたはずの家の姿はみあたらない。
それどころかアルタミラでみたように、
あれと同じ木々が街の至るところに生えているのがみてとれる。
かろうじてパルマコスタだ、と断言できるのは
見覚えのある総督府の建物と、そして見覚えのある人物がいるからに他ならない。
それほどまでに町並みは一変してしまっており、
生えた木々によってパルマコスタの石畳はことごとくハゼわれてしまっている。
飛竜にて移動したときよりも悪化しているようにみえるのは、おそらく気のせいではないであろう。
「ユアンと同じく俺様も周囲をざっと飛んでみてまわったけど。
  どうやらここに浮かんでいる鈍くかがやく鏡もどき。
  それらは様々な場所を映し出しているようだな」
中には今現在、この街メルトキオの様子すら映し出されていた。
コレットの素朴なる疑問にユアンが溜息まじりに答えるとともに、
周囲を飛んで見て回っていたらしきゼロスもまたふわり、とそんな二人の横にと飛んでくる。
「パパ!?クララ夫人!?」
そんな中、さらなるマルタの悲鳴のようなものが響き渡る。
「いけない!」「いけません!」
おもわずはっとした声をあげるは誰のものなのか。
コレットやリフィル、そしてしいなやプレセアといった女性たちの声が思わず重なる。
鏡の向こう側に展開されている光景。
パルマコスタと思わしきそこは、以前よりも厄介な状況にどうやらなっているらしい。


「く!皆、おちつくんだ!」
「これがおちついていられるか!ブルートさん!
  まさかブルートさん、あんたもドア総督と同じだったのか!?」
詰め寄る人々。
人々の顔にはあきらかな怒りが浮かんでいる。
そして。
「ぎゃぁぁ!」
「…許さない…信じていたのに、よくも……」
どこからどうみても骸骨兵。
しかし異なりしは骸骨があるはずの部分。
そこだけがそれぞれ人の顔をしっかりと形どっている、というところか。
体全体は骨でしかないのに顔だけが生前のまま。
あきらかにそれは尋常ではない。
「とにかく皆のもの、おちつ……」
「あんたは…あんたは家族が犠牲になっていないからそんなことがいえるんだ!
  何がドア総督だ!義勇兵だ!クララ夫人、あんたもだ!あんたが…あんたさえいけなれば!」
それは身内を殺された存在達の偽りなき本音。
総督府から募集された義勇兵として家族を、仲間を取り戻すべく、
戦いにおもむきながら、殺され、
そして捕えられエクスフィアの苗床として殺された人々のなれの果て。
たしかにパルマコスタ牧場はかつてラタトスクの手により崩壊した。
しかしそこに残っていた数多の残留思念。
魂そのものはラタトスクの手により浄化の道を歩んでいるが。
強すぎるまでの残留思念はこの地にととどまっていた。
世界にみちるマナの力を得て、それらは今現在地上へと実体化を果たしている。
死の間際、あるいは死んでからのち真実をしった数多のものたち。
それらの不満は当然のことながら彼らをずっとだましていたものへとむけられた。
すなわち、パルマコスタの総督たるドアへとむけて。
だが、すでにドアはしんでおり、彼らの不満のはけ口は当然のことながら
ドアにもっとも近しいであろうものたちへとむけられる。
総督府に所属するものたちしかり、そして…
一番の原因となったであろう、ドアの妻たるクララへむけて。
発端はこの地に降臨してきた数多の天使達の一部がいった台詞。
――その人間を救うためにドアとかいう輩がディザイアンに協力しておいて、
  我らによく意見できたものだな。下賤なるものよ。
それは完全に見下したような天使の声。
この地に異形のものがおしよせてきて、どうにか撃退していたそんな中。
空からふってきた光からあらわれしは、彼らがあがめる天使そのもの。
正確には女神に使えし天の御使い。
天使が自分たちを助けにきてくれた、と思った人々ではあるが。
しかし天使達はそんな人間たちには目もくれもしなかった。
それどころか、すがるように近づいたものを無慈悲にも攻撃した。
ニールがそんな天使に懇願するように意見すれば、戻ってきたは先ほどの言葉。
その言葉の意味が何を示すのか。
静かに語られしその言葉は大きいものではなかったが、やけに皆の耳にと響き渡った。
今、天使達は何といった?
ドア総督がディザイアンに協力していた?
――ディザイアン風情に街ごとしておいて。よくもわれらを信心している。
  といえるものだ。信仰心があるのであれば、
  その御魂をマーテル様にささげるがよかろう。
とどのつまり、死んでしまえ、といっているにも等しき天使の台詞。
魂ごと”喰われた”ディザイアンたちの残留思念はすでない。
かつて牧場が壊滅させられたとき、魂ごと”喰われて”いなければ、
まちがいなくこの場にディザイアンたちの抱いていた残留思念も含まれていたであろう。
実際、ここパルマコスタ以外においては、
死んだはずのディザイアンたちが…主にごく一部なれど。
地上におりたった天使達にむけ敵意を現し攻撃している残留思念体もみてとれる。
天使階級といわれている彼らからしてみれば、
組織の下っ端たる使い捨てのディザイアン階級のものに利用されていた愚かなる劣悪種達。
そのような認識でしかない。
そしてパルマコスタは自分たちのある意味、正確な駒でなければいけない地。
なぜに使い捨てたる駒にもおとる輩に助けてほしいといわれ、
助けてやる必要性があるというのだろうか。
それがこの地に降り立った…なぜいきなり地上に降ろされたのかもわからない。
そんな中で彼ら天使がすることといえば大概はきまっている。
彼ら天使が地上におりたつとき。
それは人々にたいする見せしめという粛清を下すとき。
ごくごくまれに異なることはあるにしろ。
今のように多人数にて地上におろされる、というのはそれ以外にはありえない。
しかし正確な命令をうけたわけではなく、ゆえに率先して人々に手をだしてはいない。
それだけがあるいみ救いといえば救いといえるが。
しかし異形のものに襲われているものたちをみても、
天使達は無表情のまま、あるいはそれらの光景を笑って空より見下ろすばかりで、
その光景は信心深い人々の心にどんどんと負の心を蓄積させてゆくには十分。
そして…人々の心は爆発した。
今のこの状況はドア夫人たるクララがいたから。
彼女を助けるためという名目でドアがディザイアンたちに協力したからだ、と。
自分たちの家族、仲間、友達は殺されたのに。
どうして発端となったクララが無事なのか。
先日の出来事も人々の心の不満をあおるには十分すぎるもの。
結果、パルマコスタは今現在、人民とそれを阻止しようとしている総督府の関係者たち。
本来ならばありえてはならないはずの争いが勃発していたりする。
その中には当然、異形のものたちの姿もみえており、
まさにあるいみでは三つどもえの戦い、といえなくもない。
ブルートをはじめとしたヴァンガードに所属するものたちの一部とて、
クララに思うところがあるらしく、暴徒の一員に下っているものもいたりする。
総督府のものたちは民を傷つけるわけにはいかず、
かといって黙ってやられるわけにもいかず。
それでなくてもまことしやかにドアが裏切っていたのではないのか。
という噂が出回っていた中、よりにもよって
彼らが信仰しているほかならぬ天使達によってそれが肯定されてしまった。
人々の不満は当然、真実をしって街のものを殺していたといっても過言でない
総督府という存在そのものへとむけられる。
先日の一件にしろあきらかに総督府のものたち、
そしてまた神子とともに戻ってきたブルートも何かを隠していた。
それをしっているがゆえ、人々があっという間に疑心暗鬼になったのはいうまでもない。


「…何だよ…何だよ、あれはっ!」
あんな状態だというのに。
異形の何かが手あたり次第に誰かを傷つけている。
正規兵たちは暴徒と化した人々を抑えるのに精いっぱいで、
そんな輩に対処が追い付いていない。
世の中で何よりも怖いもの。
それは人の心。
残留思念というそれは、よりつよい心が念となりて世の中にとどまりしもの。
ヒトほど強欲でそしてあきらめの悪いものはいない。
自分たちの行動が逆に自分たちの安全を脅かしている。
などとだまされていたとわかった街の人々はそのことに気づかない。
気付こうとしない。
ヒトがヒトの足を引っ張っている。
異形のものに追い詰められているのではなく、
あきらかに街の人々の手により追い詰められているブルート達の姿。
その背後にはクララ、そしてニール達の姿もみてとれる。
クララなどは自分が彼らに裁かれてそれで気が住むのであれば。
そんなことを言い出している声すらロイド達の耳にときこえてくる。
伊達に鏡との距離がさほど離れているわけではないゆえか、
映し出されている光景の音声をもまるで実際にみているかのようにきこえてくる。
これが単なる映像、とはおもえない。

「ママ!?パパ!?」
「危ない!マルタ!」
ぐっと手を握り締めるロイドとは対照的に、
よほど鏡の向こうというか中に映し出されててる両親が心配なのであろう。
身を乗り出しそこに手を伸ばそうとして足場を踏み外し、
それこそ奈落の底におちそうになるマルタをあわてて抱き留めているしいな。
おそらく目の前で展開されているこの光景は真実の光景なのだろう。
事実、ちらりと背後を振り返りエミルの表情をしいなはうかがってみるが、
エミルの表情にはどことなく呆れと達観のようなものがみてとれる。
その表情からはいかにも、
”人間は信用ならない”といっているかのようで。
実際にエミルはそのようにおもっているのだが。
状況をきちんと顧みることなく自分たちのたまった憤怒を誰かにぶつけ、
そしてそれを正当化させる。
古今東西、ヒトはそのようにして罪なき存在を虐げてきた。
たとえその人物がそんな人々を救ったものであっても、である。
中には王家の血筋と総督府が手をくみディザイアンと協定を結んだがゆえに、
毎月一定の生贄が必要となっていたのではないのか。
そのような声までとびだしてきている始末。
疑心暗鬼になっている人々はあっさりとその言葉をうのみにし、
その怒りの矛先をルアルディ夫妻にまでむけていたりする。
興奮した人々にはブルートの制止の声もとどかない。
上空ではそんな人々を冷やかにみている天使達の姿。
天使達が止めに入らないということが、すなわち通じていた真実に他ならない。
などと誰かがいいだして、不満はクララだけでなく、
総督府という存在そのもの、そしてブルート率いるヴァンガードそのものにもむけられる。
ドアを失い、人々を守るためにとあえて名目した組織名。
結局、歴史はかわれど組織そのものが生まれない、ということはなかったらしい。
かつてのヴァンガードは虐げられるシルヴァラントの民をテセアラの民から守るため。
それは古の王家直属の専属部隊の名であり、それにちなんでつけられた。
もっとも、ブルートなどは反対していたが周囲に押し切られる形にて。
新たな拠点を創造るどころではなくなっているこの現状。
そんな光景を目の当たりにし、マルタが咄嗟的にとびださんとするのはわからなくもない。
ないが、この足場から落ちてしまえばどこまでいってしまうのかはわからない。
まあ、ゼロスなどがそれを許すはずもなく、必ず受け止めるであろうが。
「はなして!パパとママが!?」
「あれはただの映像!しっかりしな!」
ただの映像でないことはしいなにもわかっている。
いるが、わめくマルタを落ち着けるためにあえてそのようにいうしいな。
そして眼下で愚かな争いをみている人間たちをみて薄ら笑いをあげている天使達。
そうこうしている中にも状況は悪化をたどっているらしい。
完全に追い詰められ、人々を害することもできず、
逆に相手を殺す気満々の街の人々。
信じていたものに裏切られていたというその事実は、
組織に属していた、もしくは自分たちが信じていたすべての上層部のものたち。
その彼らも裏切っていたに他ならない。
というヒトが陥りやすい間違った思考のもと、人々は殺気だっていたりする。
そしてその殺気を元にして新たなる幻魔もいたるところにて発生しており、
パルマコスタそのものがあるいみ地獄絵図ともいえる光景にと成り果てている。
それは先日の事件とはくらべものにはならないくらい悲惨なるもの。
「あぶねぇ!」
それは無意識の行動。
興奮した民衆には窘めようとするブルートの言葉は届かない。
むしろ興奮が興奮を呼び、十数名が一斉にとその手に武器をかまえ、
追い詰めているブルート達にむかってその刃を振り下ろす。
「ロイド!?」
ロイドが何をしようとしているのか気づき
あわててロイドを止めようとするジーニアスだが、
ロイドの手をつかもうとしたそれはするり、と虚空をつかむのみ。
とにかく彼らを止めないと。
その思いだけで足場を蹴ったロイドの背には当人が無意識のうちに展開せしマナの翼。
クラトスと同じ色の青い翼が展開しており、
そのまままっすぐに鏡のほうへとむかっていき…
「こ…この馬鹿者ぉぉぉぉぉぉぉ!」
ロイドがその体半分を鏡の中に吸い込まさせたその刹那。
ようやくはっと我にともどったのか、がしり、とそんなロイドの下半身をつかみつつ
「ええい!神子たち手伝え!この馬鹿者をひきずりだす!
  こんな次元の狂った中にその身を投じたらどうなるのかわからないのか!
  この馬鹿は!!」
がしっと今にそのままその全身を鏡の向こうにもっていきそうなロイドをつかみつつ、
その顔のみを背後にむけ、ゼロスとコレットにむかって叫ぶユアン。
「ロイドの羽って、クラトスさんと同じ色だよね。やっぱり親子だからかなぁ?」
「…いや、コレットちゃん。今はそんなことより。
  ユアンのいうように、ロイド君をひきずりだすのが先決じゃ?」
この鏡が何なのかはわからないが。
すくなくとも、次元云々が絡んでいるとなれば生身の器でとびこめばどうなるのか。
下手をすれは次元の狭間に体が挟まれ、体半分が消滅する、などということもありえる。
それがわかっているがゆえのユアンの叫びと、あきれたようなゼロスの台詞。
気持ちはわかる。
このような光景をみせられてあのロイドがおとなしくしていられるはずがない。
ということも。
だからといってあきらかに怪しすぎる鏡の中に躊躇せずにその身を投じようとするのはどうか。
みればリフィルは思いっきりこめかみに手をあてており、盛大に溜息をついているのがうかがえる。


「くっ!」
興奮しているからがゆえか話にならない。
だからといって守るべき民を傷つけることなどできはしない。
傷をつけたが最後、やはりディザイアンとつるんでいたのだ。
と余計に人々の興奮をあおることは必須。
完全に血がのぼっているのか、メリアの治癒術におけるひとつ。
眠りの術もまったく通用していない。
いや、まったくというには語弊があるであろう。
少なくともざっとみるかぎり数名はその場にて倒れこみ寝息を立てているのがうかがえる。
だが、それ以上に無防備になったそんな民たちにむけ、
どこからともなくわきだしている黒い色をもちし異形の輩。
それらが襲い掛かろうとしているのが何よりも問題。
それをうけ、余計に憤りをみせている街の人々。
無防備にさせたところを狙うなど、という言葉も投げかけられており、
意図したわけではないが完全に街の人々から敵認定をされていたりする。
頭に血が上った人間というものは、その考えの間違えに気づくことはない。
それどころか同じ思考におちいったものたちと手をくみ、
団体、としてその間違いのもとに行動を起こす。
それこそ皆がしているのだから、皆がしようとしているのだから問題はない、と。
自分たちを守ってくれると信じていた天使達はそんな彼らをみて薄ら笑いをうかべ、
完全な傍観を決め込んでいる。
それどころかこの争いをたのしんでいるのか隠すことなく笑っているものすらも。
天使達がとめることがない、というのが余計に人々の勘違いをあおっており、
余計に暴徒と化したものはどんどん暴走していっており、
中には数名でたったひとりの正規兵たちに暴行を加えているものたちすら。
契約獣の力を借りれば手っ取り早いのではないのか、という考えもふとよぎるが。
守るべき民を聖なる獣の手により傷つけるというのはあきらかに間違っている。
しかしその戸惑いが今の現状を生み出し、怒りに染まった人々はブルートの声などききはしない。
いつのまにか壁際に追い詰められており、周囲はぐるりと興奮した人々に取り囲まれている。
武具屋から強奪した…これもまた団体にて襲撃し奪った防具や武具を手にした人々。
それらが目を血走りさせつつも今にも襲い掛かってこようとするこの光景は、
自分たちがどうしてこんなものたちを守ろうとしていたのか?
という疑念を抱かせるには十分すぎるもの。
ここまで、か。
ここで殺されるわけにはいかない。
民を傷つけたくはなかったが、話をきいてもらえぬ以上、やむをえまい。
――正義の目的のためならば手段などは些細な問題。違うか?ブルート?
かつてドアにいわれていた言葉がブルートの脳裏をよぎる。
何が正義なのか。
信じていたマーテル教はファイドラ達から偽りであることをきかされた。
マルタが名付けたという”聖獣タマミヤ”からは、
かつてのシルヴァラント王朝を滅ぼしたのはクルシスであると聞かされた。
幼きころから信じていたマーテル教の教義。
それらが根底から覆された。
アイフリードの船でここパルマコスタにどうにかもどってこれたのは、よかったのか悪かったのか。
救いは今この場にすでに娘たちがいない、ということだろう。
あのままイセリアの地にいればこのように知り合いでもある人々と、
敵対することもなかったかもしれない。
しかし、あの混乱の中無理をいって戻ってきたのはほかならぬブルートの意思。
イセリアをでてひたすらに北上しそしてパルマコスタにとたどり着いた。
パルマコスタを拠点とする伝書鳩。
その鳩を解き放つことにより、わざわざ海路を確認した上で。
戻ってきてちょっとした事件がありはしたが、
娘や神子達は無事に飛竜にて飛び立っていったのちにこのようなことが起ころうとは。
ぎゅっと手にしている杖を握り締める。
覚悟をきめるしかない、のであろう。
ゆえに。
ちらり、と妻のメリアに視線をむければ、こくりとうなづく様子がみてとれる。
つまりは自らの心のままに。
その視線がそう物語っている。

「ウールヴダリル!」
躊躇していては守るべきヒトまでも巻き込んでしまう。
しかし自分が守るべき民を傷つけたくはない。
ならば使える技はただ一つ。
ゴウッ!
ぎゅっと杖を握り締めたブルートの全身からエネルギーが放出され、
そのエネルギーはブルートを取り囲んでいたすべてのものたち。
正確にいえばブルートの周囲にいた敵味方問わずすべてのものへとむけられる。
それは王家の血筋に引き継がれている技の一つ。
ウールヴダリル。
それは全身からエネルギーを放出して周囲の相手を吹き飛ばすという代物。
マルタにもブルートはこの技の存在、そして自らの力のことはいっていない。
知っているのはブルートの妻たるメリアのみ。
それ以外にも王家の血筋はさかのぼればエルフの血脈だと示す証ともいえる、
本来ならばエルフの血筋をひくものでなければつかえない魔術。
そういわれているソレもブルート、そしてメリアは使用可能。
ハーフエルフだといわれないために、それを代々人前で行使していないだけ。

かつてのブルートはこの攻撃にあわせ、
当時もっていたソルムのコアの力をもちい、ラグナレッグなどの地属性の攻撃をも併せ持っていた。
狭い建造物の中での戦いは厄介といえば厄介であり、
また当時のエミルは完全にラタトスクとしての自我を取り戻していなかったこともあり。
マルタを実の父親と戦わせたくないという思いで全力がなかなかだせなかったのだが。
今まさに鏡の中で展開されているは、かの地で実際におこっていること。
かつての出来事…今の時間からいえばありえたかもしれない未来の出来事。
そのことを思い出し、すこしばかり自嘲じみた笑みをもらすエミル。
いくら当時ソルムのコアの波動にて心が乱されていたとはいえ、
深層心理の奥底では力を認めていたがゆえあのような行動をあの人間はおこしたのだ。
完全に力と記憶を取り戻したエミルはそのことに気づいてはいた。
もっとも、気づいたからといってどうにもしはしなかったが。
そもそもずっとかの地、扉の前で理の変更と魔界の様子を見守っていた。
しかし、ともおもう。
吹き飛ばされ、周囲にそれぞれひざをついたり、倒れる人々が、
たったあれだけの威嚇でとどまるとはおもえない。
そもそも人間というものは、後のことを考えず思いついたことを実行しようとする。
そう。
かつて自らをコアにして扉に封じれば世界は守れる。
そう愚かな考えに至っていたロイドやユアン、そして精霊マーテルのように。
そもそも精霊マーテルはマナを調停する力をもっていなかった。
さらにいえばマナを正しく生み出す力すら。
そんな中で自分を封じたとしてもマナ不足で地表は確実に滅んでてたであろう。
あの当時、ユアンもロイドもその可能性にまったくもって気づいてすらいなかった。
たとえそのきっかけが
あのミトスと同じようなことをいってきたアステルという人間。
その人間たちの言葉に切れて魔物たちに人を滅ぼせと命じた理由があったにしろ。

「くそ!ついに正体をあらわしたな!このばけものめ!」
誰がいいだしたのか。
その言葉はブルートにむけられて。
ヒトは自分たちにない力をもつものを化け物といい、そして恐れ迫害する。
吹き飛ばしただけでは時間稼ぎにもならない。
話をきちんと聞いてもらうにも、力を示すしかない。
ブルートの中で力を行使すると決めた以上、もはや迷いはあまりない。
ゆえに。
「ニザフィヨル」
淡々とした次なる力ある言葉がブルートの口より紡がれる。
ブルートのもちし杖が一瞬、闇の濃さにと包まれたその刹那。
いくつもの闇の光球のようなものが杖の周囲に発生し、
それらが倒れてよろよろと立ち上がる人々の真横、
もしくは眼前にと降り注ぐ。
本来、この技は敵に直接攻撃を仕掛ける技なれど、
ブルートが意識して直接当たらないようにコントロールとていたりする。
普通の人間が魔術を扱えるはずがない。
それが人間たちの間につたわっている常識。
あきらかに技術ともいえる技ではない、魔術的な”何か”。
「だましてたのか!この……」
このハーフエルフ!!
闇の光球によってブルート達に近づくこともままならない。
そんな人々の口からその言葉が紡がれようとするその刹那。
「な、何だ!?あれ!?」
驚愕に近い声がどこからともなく発せられる。
そのざわめきはすぐにひろがり、人々の視線はとある一点をむいている。
空の虚空の一角。
そこにぽっかりと、なぜか赤い物体がみてとれる。
それはどうみても人の顔であり、上半身であり、
しかし問題なのはそれが胸の下あたりからすっぱりと切れている、ということ。
はたからみれば何もない虚空に突如として人の上半身が突き出している、
そのようにしか垣間見えない。
スペクターやレイスといわれている魔物ではなく、完全に人の形をしているそれ。
「あれは…まさか…神子様…の?」
あまりにも異様といえば異様なる光景。
思わず唖然とするものの、一人の人物がその顔に気づき愕然とした声をあげる。
それとともに。
「こんな時に何を同じ仲間同士で争ってるんだよ!」
上半身しかないそれから、ある意味では聞き覚えのある声が周囲にと響き渡る。
その直後。
「うわっ!?」
小さい叫び声とともになぜか空中にてじたばたしはじめるその上半身。
そして。
ぬっ、としたような音がするのではないか。
とおもえるほどに、そんな彼の横からこれまた別なる人影…
こちらはよりによって上半身どころか顔のみ、ではあるが。
見覚えのある少年の体がぽっかりと突き出している部分から、
なぜか青い髪の男性らしき顔がぬっとつきだしてくる。
そして。
「この馬鹿!すこしは考えて行動しろ!」
「でも、ユアン!」
何やら上空で言い争っているような声。
そしてまた。
ざわり。
『ユアン様!?』
それまで傍観に徹していた幾人もの天使達から驚愕に満ちた声が紡がれる。
どういう原理なのか、いつものような立体映像通信なのか。
それにしては頭だけ、というのはどういうことのなか。
そんな困惑に満ちた天使達の声に気づいた、のであろう。
その視線を首だけでざっと周囲を見渡したのち、
「追手沙汰する!四大天使の名のもとに命ずる!
  とにかくこの地の混乱を鎮めておけ!いいな!王家の血は絶やすな!」
『はっ!』
「お前はこっちだ!」
「あ、ちょ…ユア・・・っ」
すっと頭と同じく手のみが虚空よりつきだし、天使達にむけてざっとふられる。
いくら下っ端であってもクルシスの四大天使たるユアンの顔を知らぬものはまずいない。
そしてその声を知らないものもいはしない。
本能的にその声というか命令をきき、天使達が一斉に礼をとる。
ユアンとてかつてはシルヴァラントに仕えていたもの。
ミトスは完全に滅ぼす気満々であったが、
その一族の一部が生きながらえることができたは一重にユアンによる裏の介入
…すなわちレネゲードの働きがあってこそ。
なぜに上司であり四大天使様が?
この場にいてこれまで傍観を決め込んでいた天使達であるが。
すぐさまに命令の最優先順位を確認する。
今、四大天使たる幹部のユアン・カーフェイは王家の血は絶やすな。
そういっていた。
ならばシルヴァラント王家の血筋に何ら利用価値がクルシスとしてあるのだろう。


「いきなり何すんだよ!ユアン!」
「それはこっちの台詞だ!この大ばか者!
  どうみてもこれは普通じゃないだろうが!体が空間に挟まれ分断されても
  文句はいえないのだぞ!」
ユアンを筆頭にきづけば腰のあたりにコレットがしがみつき、
ゼロスはゼロスでロイドの足をつかんでおり、
どうやら力任せに引っ張り出されてしまったらしい。
ロイドとしてはまだまだ彼らに言いたいことがあったのだが。
ユアンに文句をいいかけるが、すぐさま逆にユアンより怒りの声が突きつけられる。
「そんなこといったって…って、あれ?
  でも今の光景、どうみてもただの映像じゃあ……」
「お前は。人の話をきいていなかったのか?
  おそらくこれはどういう理由なのか次元が彎曲され、
  それぞれ異なる地が鏡の中の光景のようにしてうつしだされているのだろう」
もっともこんなことができるのはこの場においてはヒトリしかいない。
しかしユアンはそれを口にはしない。
この目の前のどうも何も考えていない大馬鹿ものにいっても意味がないどころか、
逆に問題がさらに大きくなってしまうような気がするがゆえユアンは説明するつもりはない。
「あれ?でも今、ロイド、あの鏡の中にはいりこめてた…よね?」
「ここにあるのはあくまでも一方通行の道もどきだからね。
  ロイドがあのまま鏡の中にはいりこんでたら、
  ロイドはそのままパルマコスタに放り出されてただろうけど。
  ちなみに、完全に潜り抜けていなかったからこっちにもどってこれたけど。
  そうでなかったら向こうからこの空間にくることは無理だよ?
  次元の関係であっさりと器たる肉体が分断されるから」
それこそギロチンのごとく。
一方通行でしかない道は、いくらこちらから手をのばし、
こちらに引き入れようとしてもそれは鋭い刃となりて、
向こう側にいるものの体を容赦なく切り裂く刃となる。
茫然とつぶやくジーニアスの声がきこえたのであろう。
さらっと何でもないように、それでいてとてつもない重要なことをいっているエミル。
「つまり、ここにういている光景は、今まさにそれぞれでおこっていること。
  ということですか?エミルさん?」
プレセアの視線はとある一枚の鏡にむけられており、
そこにはアルタミラで別れたリーガルの姿と、
ゼロスの親戚だといっていた赤い髪の男性の姿が映し出されている。
それ以上に彼らの目の前にて薪をくべられ燃やされているそれら。
それらが何であるのか理解したくない。
炎の中にみえしはあきらかなる人影。
ケイトを連れ去るにあたり襲撃にあい、死んだものたちを火葬している光景が、
今まさにアルタミラにおいては執り行われていたりする。
悲しみにくれる人々の鳴き声が映像を通じて嗚咽とともにきこえてくる。
いまだに文句をユアンにいっているロイド達をさらりと無視し、
エミルにと問いかけているプレセアは
ある意味で状況を彼女なりにきちんと分析しようとしているといってもよいであろう。
そしてそんなエミルの説明をきき、
「…つまり、ここにある無数の鏡のようなもの。
  これらにうつっているのは地上で実際に今現在おこっていること。
  そういうことかしら?エミル?」
少しばかり考えるそぶりをみせ、確認をこめてエミルに話しかけているリフィル。
「まあ、そういうことですね。
  この空間そのものが次元がねじれているためにこんな状況になってますが。
  どうやら光と闇、さらには不完全ながら亜次元を操りし力。
  それらが合わさってこのような空間になっているようですしね」
実際、この空間そのものはそれが原因といってよい。
ミトスたちの攻撃の余波によって生まれし次元の狭間。
鏡もどきをつくりだしたのはエミルなれど、
エミルはウソはいっていない。
ただ、目の前の鏡を作り出したのは自分である、
というのをいっていないだけで、空間そのものに関してはウソはいっていない。
「つまり、あの鏡をくぐればパパ達のところにもいける…の?」
ロイド達がいいあっていてよくみえないが。
どうやらなぜか天使達が父達の味方をし始めたらしく、
マルタの懸念した最悪な父母が害されるという状況はかろうじて免れたらしい。
それでも心配なことにはかわりなく、マルタもまた確認をこめてエミルにと問いかける。
「まあそうなるけど。でも一度くぐったらヒトは二度とここにはたどり着けないよ?
  今でもこの地に君たちがいるのはオリジン達の力があってこそ、なんだし。
  本来、今この地は完全に瘴気を纏いし闇に閉ざされた地になっているからね」
それこそ闇の結界とでもいうべきか。
実際のところ今この地、すなわちここメルトキオのある大地、
切り離されたこの島というか大陸においては外部からの侵入。
それが通常手段だと一切断たれているといってもよい。
瘴気の結界は文字通り、この世界のマナを主体としている生命体にとっては致命的。
そもそもより濃い瘴気に触れれば最後、その肉体たる器は溶けてしまう。
それこそより強いマナをもちしものでないかぎりは。
もしくは一時的にホーリーボトルの力を借りてではなければ、その結界を超えることはまず不可能。
時間とともにこの闇は確実に地表に広がってゆくであろう。
文字通り、この大地すらとびこえて他の大陸もまきこむべく。
もっともそれは何もせずにほうっておいた場合。
おそらくこちらが行動しなくてもミトスがアレとの決着を果たすであろうが。
心の中でそのようなことを思いつつ、事実のみを口にするエミル。
そして
「まあ、ここをほうっておいて気になるところにいきたい。
  というのならとめないけど」
「…その場合はどうなるのかしら?」
「この地で力をつけたランスロッドが地表に干渉し始めるってところかな?
  あの幻魔たちはすくなくとも、どちらかといえば魔族よりだしね。
  魔族達の意思に従うある意味下っ端に成り果てるし。
  ここの影響もあいまってあのように無数に幻魔たちが生まれ始めているのも事実だし」
曲りなりにも魔王の一柱を名乗っていた魔王リビングアーマー。
影響はじわじわと疑心暗鬼が広がっている人々の心にと出始めている。
動植物、そして魔物に関してはすでにラタトスクの加護下にはいっているがゆえ、
彼らにはまったくもって影響はないが、ヒトは別。
彼ら人が本当にこのままの状態で存続させるに値するのか否か。
それを見極めるための試練であるがゆえ放置しているといってもよい。
彼らが目先のことだけを考え移動するならするで所詮はそれだけの人間でしかなかった。
ということ。
いくら端末をどうにかしたといえ、大本をどうにかしなければどうにもならないのに。
それすら見極められないということは試練を乗り越える力がなかった。
ただそれだれのこと。
ピクリ。
そんな会話をしている中、ふとエミルが目をつむる。
そして。
「…ああ、奴の考えそうなこと、だよね」
思わず自然と口にだす。
意識をむけていた先のひとつ。
ミトスたちとの戦いに少なからず変化があった模様。
たしかにミトスだけでなく、クラトス、そしてミラとミュゼもいるにはいるが。
「さて。と。皆はどうする?どうやらこの先では
  あのランスロッドが道具にしている人間たちを呼び寄せたみたいだけど?」
すっとエミルが指し示すは、道の先にとある、唯一道の先にとある鏡のようなそれ。
その鏡だけはその先の様子は映し出されておらず、
漆黒の闇の光景がひたすら映し出されつつ、
暗い空間の中にあって黒と銀、色をまぜつつ不可思議な扉のような鏡のようなそれ。
何と表現していいのかわからない何かが道の行き止まりらしき先にみてとれる。
「人間って……」
セレスのかすれを含んだその台詞ににっこりと、
「さっきも皆を待っているときに”視て”たけど。
  ケイトさんと、たしかその父親ってひと、だったけ?
  王の間からランスロッドが呼び寄せたみたいだよ?」
「…エミル、わかるの?」
くすっと笑いつつ何でもないようにいいきるエミルにたいし、マルタが不安そうな声をあげる。
「ミトスにしろクラトスさんにしろ。少なくとも加護を与えているからね。
  その気になれば簡単に…ね。当然ユアンさんたちにもいえるけど」
もっとも理由はそれだけ、ではないのだが。
そんな中。
「加護…デリス・エンブレムか」
どうやらロイドへのお説教…ロイドは納得していないようではあるが…
をすませたらしきユアンがふわり、とそんな彼らの横にと飛んでくる。
「まあね。ミトスのあれはなんでか分けられていたようだけど」
彗星にいた異物達を地上に送り返したとき、
ついでになぜか機能がわけられてたかのものもミトスのもとへと送り返している。
なぜ力を分断させ鍵のような役割をアレにもたせていたのか。
ミトスに問いただしたいところなれど。
とりあえず、今はまだその時ではない。
「で。リフィルさん。ロイド達にもきくけど。どうするの?」

ロイドの本音としては困っている人々のところにすぐにでもかけつけたい。
たけども、ユアンにもいわれてよく周囲をみれ、といわれみてみれば、
鏡に映りしほとんどの場所が異形のものに襲われており、
中には人間同士が仲間内で争っている光景も。
ハーフエルフなんてものがいるからこんなことになったんだ。
と聞くに堪えない暴言をはき、数の暴力で襲い掛かっている人々。
そしてそれに呼応するかのように大量に発生している黒き幻魔の数々。
混乱がおこっているのはパルマコスタだけではない。
さきほどまでコレットが飛んでいたあたりにはイセリアの光景すらもがあった。
困っている人を助けるのに理由はいらない。
そうロイドとしてはいいたい。
いいたいが、今ここで別なる場所にいくということは、
あのケイトを見殺しにするも同意語。
そしてあの筒の中で消えていった人々の犠牲は何だったのか。
このまま先にすすむか、それとも数多とある鏡の中の一つを選び移動するか。
それはあるいみ究極の選択のようで、しかも道は一つしかない。
無数にある鏡のうちの一つを選んだとしても、必ず後悔するのは目にみえている。
そして…自分たちがいかなければまちがいなく何となくではあるが、ケイトの命はないであろう。
そう漠然とではあるがロイドは予測できてしまう。
クラトスもミトスも大事の前の小事、といいきり
ほんきで彼女がむかってきたとするならば容赦など一切しないだろう。
それどころか信じたくはないが盾とされた彼女ごと敵を攻撃しかねない。
「…いこう。先生。皆。この先へ。
  この先にあの封印の中の魔王がいるっていうのなら・・・
  きっと、今度こそ決着をつけないといけないんだ、とおもうから」
それにミトスとクラトスをこのままにはしておけない。
しばらく目をつむり、自らの中での考えをまとめ、
他の場所を見捨てることになるのを承知しつつその考えを口にするロイド。
これまでのロイドであればどこも見捨てたくはない、
とダダをこねるばかりで具体的な策も意見もださず、
思いついたまま近くにある鏡の中に身を投じていたであろう。
それこそ先ほど、問答無用でパルマコスタの光景が映し出されている鏡。
その鏡の中にその身を投じたように。
そんなロイドの考えをきき、少しばかり驚いたように目を見開き、
そしてすぐに柔らかな笑みをうかべ、
「そうね。今は私たちにできることをしましょう。
  少しは成長しているのね。ロイド。あなたも」
「…たしかに。これまでのロイドならこの鏡の向こうの全部をたすけるんだ!
  とかいって具体策もないままに飛び込んでいきかねなかったよね」
「生きている、ということは選択の連続、です。
  何が正解なのかは誰もわかりません。
  けど今すべきなのはこの先にすすむことだ、と私も思います」
リフィル、しいな、プレセアがそれぞれそんなロイドにと語り掛ける。
たしかに鏡の向こう、つまりは今おこっているらしき様々な場所の異変。
それもきにはなる。
けども、アルタミラにいたはずのケイトがこの地に連れてこられていた理由。
そしてあの書物の中に封じられていたという魔王が地表におりたったかもしれない。
その事実。
あれほどの空間を作り上げる輩が解き放たれればどうなるのか。
ミトスとクラトスが向かっているとはいえ人数は多いほうがいいであろう。
たとえそれが自分たちが彼らにとっての足手まといにしかならないにしても。
すくなくとも、むかってくる雑魚をどうにかするくらいは自分たちにできるはず。
できうればこのようことを起こしているらしき魔王となのりしそれを今一度殴り飛ばしたい。
どの街や村を選んでも必ず後悔する。
ならこれまでやろうとしていたことを優先するという考えにいたるのは至極当然といえば当然。


「壊れちゃえ!」
ふと場違いともいえる甲高い少女の声らしきものが聞こえてくる。
はっと声のしたほうをみてみれば、
そこには一枚の鏡があり、その中に人影がいくつもみてとれる。
その場には似つかわしくない、なぜかその手に小さな杖のような何か。
鞭にもみえなくもないそれをパシリ、と片手でもう片方の手にあてつつも、
自らの周囲らしき場所に爆弾っぽい何かをまき散らしている光景が。
それが爆弾とわかるのは、その黒い球のようなものが当たると同時、
それらがあたったものがもののみごとに爆発しているがゆえ。
「アリスちゃん!平気かい!?」
「うるさい!馬鹿デクス!あんたはとっととこいつらを片付けなさいよね!」
「アリスちゃんのためだ!Dシュトラール!」
その掛け声とともに剣をななめに払い、だっとかけだし
目の前にいる数多の異形のものたちを薙ぎ払っている一人の男性。


『・・・・・・・・・・・・・』
え~と、あれは何なのだろうか。
というかあの少女はなぜにあんなものにすわっているのだろうか。
椅子がわりにしているらしきそれはあきらかに人間のそれ。
「……あ~……」
その光景を思わず目にし、エミルとしては小さくつぶやかずにはいられない。
というか襲ってきた盗賊を調教し自らのしもべとしているのは彼女らしいというか何というか。
「なあ、先生、あれって……」
「世の中には気にしないほうがいいということもあるのよ」
「デクス…だと?ではあれがフォシテスのいっていた、
  なぜか趣味の悪い香水をつけている人間の男、というわけか」
ちらりとそちらに視線をむけ、どこか納得したようにうなづいているユアン。
というか、このころからあの鼻をつくような香水をつけていたのか。
あれはレザレノの製品だといっていたが、入手手段はどうしたのか。
ふとした疑問がエミルの中をよぎるが、今の時間率でエミルと彼女達に面識はない。
ゆえに。
「…まあ、世の中には変わった人もいるってことだよ。うん」
それだけいってすこしばかり視線をそらしているエミル。
「うわ。あの子、椅子人間にしてる人を鞭でたたいてるよ…女王様?」
その光景を目にし、おもわず少しひいたようにぽつりとつぶやいているジーニアス。
「え?あの子もなら王家の血をひいてるの?」
「いや、コレット、それはもののたとえだからね…
  でも・・・あ~、うん。みるかぎり女王様…だね」
何ともいえない空気が一時一行を包む込む。
ある意味では尻尾があればかんぜんに振っているのではないのか?
というような青いすこしばかりひょろ長い男性を叱咤しているようにみえる淡い髪の少女。
「…あの子、見た目はかわいいのに……」
思わずつぶやくジーニアスは間違っていないであろう。
何しろ鏡の向こうで自分のことをアリスちゃん、と呼んでいるその少女。
しかも自分が美人だ、ときっぱりといいきっている様子が映し出されている。
どうやら彼らはハイマからルインに向かっているようではあるが。
そこまでエミルは説明してやるつもりはない。
むしろユアンが彼女を知っていた、ということに驚かざるを得ない。

実際、一時期かつてアリスもディザイアンたちの牧場に保護されていた。
もっとも折り合いがわるくそのまま彼女は魔族の力をもってして抜け出したのだが。
そのことをエミル…否、ラタトスクは知らない。
もしも声だけでなく臭いまで伝わっているとするならば、
間違いなく全員が顔をしかめたであろう。
それほどまでにあの香水の匂いがひどかったのをいまだにラタトスクは覚えている。
このころからあの香水つけてたのか…
そうも思うし、だとすれば通販とかいうので香水を買っていたのではなく、
むしろ初めからしっていたから手をだした、というべきなのか。

「…まあ、よくわからない人たちの様子はおいといて。いそがないの?」
とりあえず、下手にこの光景をみていたら思わず無意識のうちに何かをつぶやきかない。
その自覚があるがゆえ、あえて先を促すエミルの姿。

「そうね。いきましょう」
しかし、彼女たちの特徴が、イセリア牧場から助け出した人々。
その人々がいっていた特徴ににていたのはリフィルの気のせいか。
女子供に対し、とても優しいディザイアンの女の子がいた。
リフィルはそう聞かされた。
その特徴があきらかに鏡の向こうの少女の姿によくにている。
…まあ、ディザイアンの仲間を鞭でたたいて椅子がわりにしていた。
という話は半ば冗談半分で聞いていたが。
…もしも当人だとするならば、かの人たちの話は完全にどうやらねつ造ではなかったらしい。




pixv投稿日:2015年3月28日某日(Hp編集:2018年5月6日(日)開始

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あとがきもどき:

今現在、世界中で何がおこっているのか。
そのざっとした内容がようやくでてきました。
この世で一番、恐ろしいもの、それは人の心。
それをあるいみ象徴している光景、ともいえるのです……
さて、戦闘にはいるのに、セレスが合流しないというのは確定だったのですが、
マルタに関してはいつものごとくに選択ルートとして両方考えてました
で、打ち込み気分によってどっちにするか決めてます。
結局参加しないほうになったのは、スキットを入れたいから、という理由だったり(苦笑
どうでもいいですけど、神子の血族って、
公式では結局発表されなかったですけど、
ゼロスにしろコレットにしろあの世界の中でいったい血族。
どこにいたんですかねぇ…特にシルヴァラントは危険地帯が多すぎるかと。
ルインは問題外として、パルマコスタは定期的な人員をさしださないといけないし。
やはり物語にはでてこなかった小さな村、とかですかねぇ…
トリエットてもないとおもうのは、ディザイアンが家を破壊してたりする行為。
それをしていたりするがゆえにありえないかな、とおもったり。
もっとも、ユアンが拠点としていたレネゲードの支部がトリエット地方、
つまりは砂漠にあったことからあの町に血筋のものがいても
あるいみおかしくはいのかな?とは思ってはいますけど。
そのあたりは公式的には結局どうなんですかね(苦笑
まあ公式もそこまでのことは考えてないのかもしれないですがw