まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。

pivixさんに投稿していた話の区切りとは変えてあります。容量的に……
今回は、ルインでのイベント回が主、かな?

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重なり合う協奏曲 ~マナの守護塔と海賊と~

「神子様!」
朝方、夜明けとともにどこかできいたような声がする。
「あなたは……」
部屋の扉をあければ、そこには、アスカードで別れたはずのピッカリング祭司長の姿。
「祭司長様?」
一晩やすみ、もう大丈夫、とコレットはいうが本当に大丈夫なのかあやしいところ。
「アスカードにて、牧場が壊滅した、と噂をききまして。いてもたってもいられず。ああ、神子様。ありがとうございます!」
みれば、町の人々も何やらお時儀をしているもよう。
リフィルが懸念して黙っていたのに、どうやらピッカリングの手によりコレットが神子であることが広まってしまったらしい。
「しかも、話しをきけば、マナの守護塔が精霊の封印とか。
  封印を解放してしまった兄弟にはきついお灸をすえておきましたので」
「?」
そういわれてもコレット達には意味がわからない。
「とりあえず、リフィルさん。厨房をかりてサンドイッチもつくってますし。出発しませんか?」
このままここにいても、逆にコレットが気をつかうであろう。
ピッカリングがもどってきて、コレットのことをきき、
町の人に神子であることを伝えていたのは昨夜のこと。
ゆえにあえてエミルは厨房をかり、すぐに出発できる用意は整えていた。
「でも、エミル、まだコレットは…」
しいながいいかけるが、
「このままここにいたら、逆にコレットは町の人達に気をつかって絶対に無理をするよ。
  それより、まだ外で休んだほうがいいと僕はおもうけど」
たしかにエミルのいい分には一理ある。
みれば、町の人々がほとんどあつまってきており、
中にはコレットのいる宿にふかぶかとおじぎだけでなく土下座のようなものまでし、あたまを深くさげているものの姿すら。
「マナの守護塔の扉を開くには三人必要、とか。我らがその役目を担います。
  神子様一行は安心して先にお進みくだされ」
どうやら彼らの中では、今からコレットがマナの守護塔にいくことは確定事項、らしい。
「あんたたちねぇ!昨日、コレットが怪我してるのしってるんだろ!なのに!」
おもわずしいながそういう神官長や、その場にきていた町の人々に叫び返す。
彼らはみていたはずである。
べっとりと血にそまった、コレットの白い服を。
顔色の悪いコレットの姿も目の当たりにしている。
なのに、昨日の今日、というのに、彼らはコレットを一刻も早く再生の試練に向かわせようとしている。
それがしいなとしては許せない。
「しいな。いいの」
「だけど!」
「それが、私の役目、だもん。ありがとうございます。ピッカリング祭司長様」
いまだに顔色は万全ではないというのに、そういいつつも笑みを浮かべるコレット。
「たしかに、扉を開いてもらえるのはありがたいが、それより先は……」
クラトスがいいかけるが。
「それはもう、わかっております。こともあろうに神子様の変わりができるとおもったのか。
  この街の兄弟が精霊の封印の間にまで昨日、いっているようですからな。
  魔物がでてきて彼らはそのまま逃げかえったらしいですが」
そういいつつも、ちらり、と視線をエミルにむけ、
「そこの人がかの場所にいた二人を助けた、ときいております。
  天が偽りの神子を試練の場にむかわせた、とおもわれ天罰を下す前に、神子様の手で一刻も早い解放を」
そんなことをいってくるピッカリング祭司長の台詞に、
「エミル?どいういうことなの?」
リフィルがエミルにたいし問いかけてくる。
「え?えっと。昨日、リフィルさん達と別れたあとのことなんですが……」


「しかし、この先は…」
ラチがあかない。
この場にきているものの中には自警団員であるであろう人間達もいるであろうに。
ボルトマンの書という書物を探している最中。
あきた子供達が扉の仕掛けにきづき、その奥にいってしまったのはついさきほど。
そしていくつかの仕掛けを解除した、のであろう。
大人たちがこの仕掛けが精霊の封印とよばれしものである可能性にきづき騒ぎ始めた。
しかし、だからといって子供達を迎えにいこう、というつわものはおらず。
ほとんどのものがその責任のなすりあい。
神子でないもの、もしくは神子の一行でないものが先にすすんで、
天の怒りをかうわけにはいかない、とほとんどものものがしりごみしている。
「なら、僕がいきますよ」
それでなくてもおそらくルナの護衛を担っているあの子は気がたっているはず。
あの当時は自分達はつよいのだ、だの、魔物達がきてもやっつけてやる、
などと言っていたわりにいともあっさりと自分の力をみたときに、化け物、といっておびえたあの兄弟。
それは町の人にしても然り。
神子様の再生の試練の場の封印をとくなど、バチがあたるだの何だのといって大人組みははっきりいってアテにならない。
そもそも誰がバチをあてるというのやら。
どれだけミトス達は人々を洗脳、しているのだろうか。
本当に。
「しかし、あんたも……」
「大丈夫ですよ。あの子達をここに戻せばいいんでしょ?」
ざっと視て確認したところ、この先の扉の仕掛けを解除しなければ彼らは先には進めない。
とまどう大人たちをその場にのこし、そのまま新たに開かれた奥の扉より奥へとはいってゆく。

「御苦労」
念のためにこの地の仕掛けを解除するように、と命じていたゆえか、
すでに奥にはいれば仕掛けとなっている光を利用した仕掛けはほとんど解除されている模様。
ひとまず周囲に誰もいないこともあり、気配を多少ばかり解放する。
多少でも解放しなければ、ここにいる魔物達は自分が判らないであろう。
それゆえの処置。
子供達が仕掛けをといたのか、魔物達が仕掛けをといたのか、それはどちらでも別にかまわない。
ざっと横にならび、礼をとる魔物達をそのままに、そのまま先にと進む道を進んでゆく。
長い螺旋階段の先、そしてその先にと続く道。
光の道の先にある床の上に二つの青い円陣があり、その先に転送陣らしきものがみてとれる。
どうやら先にやってきた彼らはこの先にまで進んでしまった、らしい。
この先はこの塔の頂上にたしか視たかぎり続いていたはず。
そのまま、その円陣にと足を踏み入れる。

『うわ~!!』
「あ…あ」
移動してみればその場に倒れている大人たちと、腰をぬかしている子供の姿。
倒れている中には子供の姿すらみてとれる。
そして、その先には、空中に浮かびし翼をもつ青い胴体に茶色の鷲の翼。
その足元には光の円陣を常にまとい、その足先には青き透き通った翼をもったそれ。
「…アザトル」
この地にルナがいる以上、おそらくアザトルがいるであろう、とは予測はついていたが。
どうやらアザトルの放つ雷によって、この場にやってきた人間達はうたれてしまったらしい。
「――そこまでだ」
声に力をのせて、目の前にいるルーメンの直属たるしもべのアザトルにと言葉をはっする。
ぴたり。
その言葉とともに、あらたに攻撃をくりだそうとしていた馬のようなそれの動きがとまる。
「まったく。君たちを迎えにいった人達が戻るように、とかいわなかった?何でここまできたわけ?」
それは呆れにも近い目の前の二人に対しての問いかけ。
一方で、こちらのことに気付いたらしく、
『――王?』
戸惑いの言葉を発してくる馬のような魔物、ルナの護衛を任しているアザトル。
『ひとまずこの場はひいておけ。…あとで確認したいことがある』
『――御意』
その言葉をうけ、アザトルはそのまま青き陣の上にと佇み、こちらの様子をうかがうようにと制止する。
「あ、あ。俺達」
「俺達は……」
自分達なら平気だ、そうおもっていた。
実際魔物の姿がみえても何ともなかったし。
だから、止める大人たちの言葉もきかずに、ここまでやってきた。
先があるのならいくべきだ、そういって。
再生の神子とかいうのができるのならば自分達にもできるはずだ、そういって。
倒れ、意識のない人々は一人や二人、ではない。
それでも子供達を護ろうとしたのであろう。
というより、たかが微弱なる雷程度しかおそらくアザトルは発生させてないだろうに。
その一撃をうけて倒れるなど情けないにもほどがある。
「――これにこりたら、勝手なことはしないようにね。
  まずは誰かよんできてもらえるかな?彼らをこのままにしておくわけにもいかないでしょ?」
「「あ、うわぁぁ!」」
エミルが言うのと同時、腰が抜けていたのと、そして恐怖で硬直していた体が解放されたのか、
ころげるようにその場をあとにしてゆくジダとモルの姿。
ざっとみるかぎり、倒れている人々の意識はない。
「ったく。それで。アザトル。現状の報告を」
『――しかし、王がなぜ?』
気配は微弱なれど見間違うはずのない大樹の波動。
ならば、王以外にはありえない。
どうみてもその姿が人の子のそれである、としても。
「少し、な」
少し、といわれても戸惑わずにはいられない。
センチュリオン・ルーメンの報告があり、王がたしかに地上にでられた、という報告はつい先日受け取ったばかり。
それに自分が表にこうしてでられたのは、再生の神子がすくなからず封印の石板を解除したから。
あの檻を抜けて具現化できた、ということが何よりの証拠。
なのに、気配を感じ外にでてみれば、そこにいたのはただの人間達のみ。
とりあえず、かるく試練とばかりに電撃を喰らわしただけでことごとく倒れた存在達の姿。
「ルナはこちらに出てこれそうか?」
「いえ、それは……」
今この場ではおそらく監視の目が光っているはず。
それゆえに。
『――ラタトスク様。監視の目がございます。ここは一度我はひきますゆえ。何とどご自愛のほどを』
それだけいいつつも、再びその姿をかきけしてゆく。
倒された状態ではなく、あくまでも相手が体勢を整えるために撤退したのをかんじとったときにとれる行動。
その行動を今、アザトルは応用しただけ。


「何か、自分達は強いから大丈夫、とかいって。
  大人たちの制止の声もきかずに、仕掛けを解除していった町の子供達がいるらしくて。
  立体映像、とかいうんですかね?それらがでてきて町の人達が動揺しはじめして。
  で、僕がとりあえず、扉の先にいってしまった町の人や子供達を迎えにいったんですけど」
ふと昨日のことを思い出しつつも、それでも嘘ではなく、完全に事実でもない説明をリフィルたちにとするエミル。
嘘ではない。
だけども完全に事実でもない。
仕掛けをたしかに子供達も解除したかもしれないが、エミルの命により魔物達も仕掛けを解除していた。
もっともそれがなければ子供達もよもや頂上にまではたどり着けることはなかったのだが。
エミルはそれに気づいていない。
「つまり、精霊の試練の仕掛けは、町の子供達が好奇心にかられ、解除している、ということなのかしら?」
「そうなりますね。現になにごともなく頂上にまでいけましたし。
  まあ、そこで町の人達や子供達が翼の生えた馬のようなものに攻撃うけてましたけど」
名をいっていないだけで、それもまた嘘ではない。
「翼の生えた馬…光の精霊のガーディアン、アザトルか」
「クラトス。ずいぶんとあなた、詳しいのね」
リフィルの鋭い視線がクラトスを捕らえる。
あのときも、トリエットでの遺跡でもクラトスはガーディアンの名を知っていた。
そういった分野を研究している、というわけでもなさそうなのに、である。
「以前、そのようにきいた記憶があるだけだ」
しかし、リフィルの鋭い視線をクラトスはそれだけいってさらりとかわす。
「しかし、神子がいないのに、試練の魔物が?いえ、神子が石板の封印をといていたから。
  人の気配を感じ、神子達がやってきた、と判断された可能性が高いわね」
クラトスの言葉にリフィルが疑問符を浮かべ、そんなリフィルにさらり、といいはなつ。
あるいみで狐と狸のばかし合いのようにもとれる言葉の押し問答。
「まったく。攻撃をうけた数名はいまだに目覚めぬが。まあ怪我がなかっただけよしとするしかないがの」
事実はかなりの大けがを負っていたのだが、
子供達が誰か助けを連れてくる前に、こっそりとエミルが回復させたからに他ならない。
ピッカリング祭司長の何ともいえない感情を含んだ台詞に、ロイド達も何といっていいのかわからない。
「さあ。神子様。用意ができましたら、いつでも我らに声をかけてくださいませ」
「我らは神子様の試練のお手伝いできませぬが。扉を開くくらいならばできますゆえな」
「――ありがとうございます。ピッカリング祭司長様」


「な~んか、やな感じ」
「だな」
――神子様、神子様、精霊の封印を。
そういわれつつも町をあとにし、まるで崇められるかのようにというかおいたてられるようにマナの守護塔へ。
断ることなど許しはしない、という町の雰囲気は何ともいいがたいもの。
たしかに、三人、この場に残らずにすんだ、というのはたすかるが。
しかし、昨日大けがをしたコレットを心配することなく、封印の解放を。
という町の人々の気持ちがロイドには理解できない。
神子を大切、とおもうならば、まずは体を本調子にもどして、とかいうべきじゃないのか。
そんな思いがロイドの中をふとよぎる。
「コレット、あんたは平気なのかい?まだ顔色が……」
「ううん。大丈夫。ありがと、しいな」
「お、お礼をいうんじゃないよ!あ、あたしはあんたの…」
あんたの命を狙ってるんだよ。
あたしたちの世界を助けるため、いや、今の状態を護るために。
そういいたいが、それ以上の言葉にはなりはしない。
ボルトマンの治癒術は、封印解放がおわったのちに、ピッカリング祭司長が彼らに進呈する、といってきた。
あるいみ、解放をしなければ渡さない、といっているようなもの。
昨日、探し出したのはエミルを含めた町の人達だ、というのに。
しかも、本棚の整理もきちんと判り易く整理整頓なされている、というのに。
ピッカリングからはそれにたいしての御礼の言葉すら町の人になげかけてはいない。
それどころか、神子の再生の旅を成功させることを人々に説いていた。
宿で今、眠っている少女が再生の神子なのだ、と。
そのため、コレットが泊まった日と闇が取り払われた日が同日であったこともあり、
神子の奇跡だ、と人々が勝手な期待をかけていたりするこの現状。
まあこのあたりはあるいみでエミルに責任があるのかもしれない。
彼らが泊まったその日にルーメンを覚醒させたのだからして。
もっともどちらにしても、人々はその効果を神子に結び付けていたではあろうが。
昨日、子供達が仕掛けを解除した、というだけのことはあり。
仕掛けをきにすることもなく、そのまま頂上へ続いているであろう、転送陣のある床にまでたどりつく。
「皆、準備はよくて?コレット、あなたは……」
「私は平気です。先生。いきましょ。町の皆もまっていますから」
リフィルの言葉にコレットとが気丈にもほほ笑む。
今に始まっことではない。
人々は自分、という身を案じているのではなく、神子、というものを求めているのだ。と。
そうでなかったのは、ロイドとジーニアスくらいであった。
誕生日がくるのが嫌だった。
いつも自分が天使になるのが近づいている、といわう大人たちが。
自分が産まれたことを祝うのではなく、天使になる日がちかづいているのを喜んでいた。
だけど、ジーニアスとロイドは違った。
そう、ジーニアス達が村にやってきてからは、自分を神子、としてでなくコレット、としてみてくれた。
そんな人達が、ロイドがいるから大丈夫。
そうコレットは自分自身にと言い聞かす。
「神子の試練…って、いったいどんな……」
話しにはきいたことがある。
神子の試練は異形のものと戦うのだ、と。
しかしその規模をまだしいなはしらない。
「ついたようね」
転送陣にのりこみ、たどりついたはおそらくは、マナの守護塔の頂上。
それまでみえなかった青空が空一杯にとひろがっている。
「うわ~、たけ~」
周囲をみわたし、ロイドが地上を見下ろしいってくる。
どうやらかなりの距離を上ってきたらしく、近くにある山すら眼下にみえるほど。
そして、その視線の先には、この塔よりも高い救いの塔とよばれしものがみてとれる。
「おお、あれは…!」
火の封印でもみた精霊の封印の間。
おそらくは同じ装置であることから間違いはない、のであろう。
「マナが集まってくる…くるよ!」
ジーニアスがそれにきづき、思わず身構える。
が。
集まった光は一瞬、何かの形をとったかとおもうと、瞬くまに霧散する。
「え?」
何がおこったのかリフィル達は理解不能。
それとほぼ同時。
――再生の神子よ。よくぞここまでたどりついた。さあ祭壇に祈りをささげよ。
そんな声がどこからともなく降り注ぐ。
どうやら言葉のみを上空からこの場に転送しているもよう。
「え?え?ガーディアンの魔物は?」
トリエットでは火の魔物がでてきたのに、この封印ではないというのだろうか。
とまどうジーニアスとは裏腹に、少し何やら思案したのち、
「エミル」
「え?はい?」
「あなた、たしか、昨日、子供達がここにきていたときに、魔物が現れた。そういっていたわね」
事実、あのときすでにアザトルは表にでてきていた。
後からきいてみたところ、何でも石板の封印解放の波動は、すぐにさまに伝わるようになっているらしく、
そして最後の頂上にとつづく転送陣。
それが発動されるとともに、ヒトの気配とともに表にあらわれるように、
という仕組みというか枷がかけられている、とのことらしい。
精霊の契約の一端にも組み込まれてしまい、ルナの護衛であるアザトルもまた、
その役目がら他のものに役目を任せるよりは、となしくずしてきにその役割を担っているらしい。
おそらく、アザトルがそうならば、他のものたち。
ノーディス達やハスタールなども同じような状態になっているのであろう。
「え。えっと。はい、あ…なんか馬みたいな姿をしてましたけど」
つい名を呼びそうになり、あわてて言い直す。
自分が名をしっているのはあきらかに不自然。
「おそらくは、封印解放の儀式の鍵となっているのが、コレットによる神託の石板。その解放、なのだろう。
  そして、封印の間にはいれるのは本来ならば神子一行のみ。
  だとすれば、仕掛けなどを解いて屋上にまでいくものは、これまでは、神子しかいなかった。ここまではわかるな?」
いきなり口調をかえ、しばしその手をあごにおきつつ、真剣な表情をしていってくるリフィル。
「それはわかるけどさ」
さすがにそこまでいわれればロイドとて理解ができる。
「おそらく、その子供達は、我々、すなわちコレットと勘違いされたのだろう。
  封印を解放していた以上、神子しかありえない、そうおもい試練のガーディアンがでてきたが」
「そこにいたのは普通の一般人だった、ということ。姉さん?」
リフィルの言葉につづけざまにジーニアスが首をかしげ、
「そして、エミル。お前、ひょっとしてその馬を撃退とか何かしたんじゃないのか?」
エミルの腕が封印の魔物達にたいしどこまで通用するものかわからないが、
しかしすくなくとも、あのアスカードの石舞台にてみたあの剣さばき。
並大抵なものではなかった。
そんなリフィルのといにエミルはただかるく笑みを浮かべるのみ。
しかしそれを肯定、ととったらしく、
「やはりな。つまり、試練は一度クリアされている、と認識されたのだろう。
  だからこそ、試練の魔物がでてこないのだろう。実際に声のみしかきこえないしな」
事実、魔物は現れず、そして空からはトリエット遺跡のときと同じような声がきこえてきている。
「予測はいつでもたてられる。神子、祈りを」
「え?あ、はい」
クラトスに促され、コレットが一歩前にでて、
「大地を護り育む大いなる女神マーテルよ。御身の力をここに!」
その言葉をきき、ピクリ、と思わず反応してしまう。
というか、大地を育むマーテルって…
あいつは、精霊として確立してからも一度もそんなとこしたことはないぞ。
思わずかつてのことを思い出しそんなことを思ってしまう。
というか精霊として確立してから後も、ヒトであったときの精神のままだったがゆえに、
あのような結末をむかえてしまったというより他にない。
そもそもこの時間軸ではマーテルなんて精霊も、ましてや神と名乗りしものもいないはずなのに。
そのあたりも確実ミトスが何らかの情報操作をし、人々にそう信じ込ませた、のだろう。
何しろ民衆の心を操るのに宗教、というものほど楽なものはない。
自分達が信じたもの以外はすべて邪悪、そうヒトは言い切ってしまえるほど、なのだから。
コレットの言葉とともに、コレットの背にあわい桃色の羽が出現する。
どうやらコレットは今現在、アイオニトスを服用した状態になっている模様。
天使化だけするのならばここで止め置いても問題はない、とおもうのだが。
あの当時は天使化、というのは戦力の面からおいても珍しくなかったはず、なのだが。
コレットが翼をだしてもロイド達があまり反応していない、ということは。
それらの成り立ちが忘れられているのか、それともすでにもう慣れたのか。
「「「?」」」
なぜか首をかしげている、コレット、ロイド、ジーニアスの三人。
それとともに、光のマナが封印の祭壇とよばれしもの…いいえて妙というか何というか。
たしかに封印の祭壇としかいいようがない。
封魔の石を砕いてつくられしこの祭壇。
精霊達をこの場に縛り付けておくための――装置。
目の前の祭壇に光が立ち昇り、それはやがて一つの形となす。
「…アスカはどこ?」
ふわり、とうかびし姿をすけさせたその姿は、三日月にこしかけた儚げな印象をうける女性。
三日月のロッドを手にし、その頭の上に環をのせたその女性は、いうまでもなく。
『ルナか』
小さくつぶやいただけなのだが、どうやらこちらに気づいた、らしい。
まあ、肩にレティスがいるがゆえにこちらに気づいたのかもしれないが。
一瞬、目をしばしばちくりさせたのち、そして軽く頭をさげてきたのち、
その視線をしいなにとぴたり、と見据えそんなことをいってくる。
そういえば、ルーメンに繋ぎをとらせにいったときに、
あらたな召喚の資格があるものがいたら契約を考えたいとか何とかいっていたとかいっていたような。
「うわ!?しゃべった!?」
「まさか…月の精霊、ルナか!?ああ、文献にあったその姿のままなのだが!?」
ロイドがいい、リフィルのみが、はっとしたように、目をきらきらさせて何やらいっている。
どうやらリフィルはルナの容姿を何らかの形でしっているらしい。
「ルナって、たしか月の精霊ルナとかいうやつかい?光の精霊アスカと対だとかいう」
伊達に精霊研究所でそのあたりの知識も埋め込まれているわけではない。
しいな達のそんな会話をきいているのかいないのか。
「アスカがいなければ…何もできない。契約も誓いも何も…私の力を取り戻すためにも…お願い、アスカを探して……」
これはまちがいなく、召喚士の資格をもつしいなにどうにかしてほしい、といっているようだが。
まあたしかに、彼女はその資格をもっている。
一番てっとり早いのは、しいなに全員とミトスとの契約破棄を願ってもらえればそれにこしたことはない。
さすれば、今のような枷に精霊達が捉えられる必要もなくなる。
マナの循環、というのも契約のうちであったことから、
今センチュリオン達が全員目覚めた以上、また自分が大樹の変わりをし供給するにしても、
かつての契約は今もなお実行する必要はないといってよい。
一番いいのはミトスのほうからそれらの契約の完了を言い渡してもらうこと、なのだが。
おそらくミトスはそれをしないであろう。
ならば、契約の枷に囚われている彼らに対しては、あらたな人との契約の上書き。
それによって契約の楔から解放してやればよい。
そもそも、一年ごとのマナの循環。
その約束そのものがたがえられている以上、第三者による契約の上書きは実行可能。
契約者の気配を感じて自分からでてきたっぽい。
そもそも自分がここにくる、とはいってない…はず。
まさかルーメンがわざわざ伝えた、ともおもえないし、…昨日のアザトルが何か伝えている、という可能性も否めないが。
消えるとき、再びかるく視線にて礼をとってきたのち、現れた時と同様、ルナの姿はかききえる。
「何?今の?」
「さあ?」
首をかしげるジーニアスとロイドとは対照的に、
「あれはまさしく月の精霊ルナ!
  伝説でしかないとおもったが実在したのか!ああ、現実に精霊の姿をこの目でみれるとは!」
などと一人自分の世界にひたっているリフィル。
それをいうならば、今のコリンとなのっているヴェリウスも精霊には違いない、のだが。
リフィルはいまだにそのことにどうやら気付いていないらしい。
どうもしいなもまた同じ旅の一行に加わっていることもあり、
傍にいるコリン、すなわちヴェリウスにもかつての失われしマナが補充されていっているもよう。
この調子だとしばらくすればコリンは今の偽りの器から本来の姿にもどることも可能であろう。
そんな会話をしている最中、空中から光がはじけ、やがてその光りの中から翼をもった一人の男性が姿を現してくる。
たしか飛行形態のマナの放出すら体の一部分、と器が認識してしまい、翼、として固定した天使化している存在達。
完全にマナを操れていたものもかつての時においても数はそうはいなかった。
ほとんどのものが感情をほとんど失い、いわれるがままの殺戮兵器と成り果てていた。
マナの感覚からして目の前にあらわれたこの男性はどうやらハーフエルフ、であるらしい。
男はそのまま祭壇の上にうかびつつ、
「よくぞ第二の封印を解放した、神子コレットよ!」
コレットに対し、何やら語り始めている。
「はい。お父様」
・・・・は?
一瞬、コレットの言葉に目をぱちくりさせるエミル。
今、コレットは目の前の男性のことを父、と呼んだ。
それはマナの流れからしても絶対にありえない、というのに。
「・・・・・・・クルシスからの祝福だ。そなたにさらなる天使の力を授けよう」
案の定、というかコレットが父、と呼んだことに対してなのか、
しばしの沈黙ののち、淡々と伝言のみを伝えるかのように男はそんなことをいってくる。
「・・・は?はい…?」
それとともに、空中から光が発せられ、コレットの中にと吸い込まれてゆく。
それをうけ、コレットが身につけている精霊石がきしみをあげる。
どうやら無理やりに異なる力を加えることにより、
微精霊達の悲鳴を利用し、その力をコレットの体に普及させているっぽい。
どうみてもコレットが望んで、むりやりに天使化…すなわち、無機生命体化している、というのはなさそうである。
マナの流れは、コレットの器そのものを無機物にとかえるもの。
無理やりに歪め、別なるものに作り変えようとするその力は必ず歪みときしみを生み出す。
「次なる封印はここより南東。終焉を望む場所。かの地の祭壇で祈りをささげよ」
表情一つかえることなくいいはなってくる。
南東、ということはウンディーネの元をおそらくはさしているのであろう。
エミルがそんなことを思っている最中、
「お父様、私、何かご不興をかうようなことをしましたか?」
コレットがそんな彼にたいし、首をかしげてといかけている。
この口ぶりだとどうやら本気で目の前の男を父親、と信じているっぽい。
なぜなのかはわからないが。
「…別によい。そなたが天使になればいいだけのことだ」
それだけいいはなち、現れたときと同様に、その場からかききえる。
どうでもいいが、魔科学による転送をつかうな、と切実にいいたい。
そのための周囲のマナが多少なりとも乱れてしまう。
すばやくかるく目をつむり意識し瞬時に乱れた周囲のマナを整えておく。
本当に、マナを乱さない転移方法などいくらでもあるだろうに。
なぜにわざわざマナを消費し、乱す方法をつかっているのかエミルには理解不能。
――また次の封印でまっている。我が娘…コレットよ。早く真の天使になるのだ。よいな。
消えるとともに、声のみがその場にと響き渡る。
「なんだ、あいつ、あいかわらずえらそ~な感じ」
姿をけしたのに、声だけはそんなことを言い捨てていった男にたいし、ジーニアスが至極もっともな感想をつぶやく。
が。
ぼかっ。
「コレットにあやりまなさい!」
そんなジーニアスにたいし、リフィルが頭を叩いているのがみてとれる。
「いいんです。お父様。レミエル様ってほんとうにえらそうだし」
そしてまた、コレットまでそんなことをいっている姿も。
「…え~と、すこしいい?」
かるく手をあげ、ひとまずきになっていることを問いかける。
「何?エミル?」
そんなエミルにたいし、コレットが首をかしげてきいてくるが、
「今のヒトをなんでコレットが父親って呼んでるの?」
それは素朴なる疑問。
というか親子でも何でもないというのに。
コレットがどうやらあの男を父親、とおもっているだけでなく、みれば周囲の…リフィル達ですらそうおもっている。
それがエミルからしてみれば不思議でたまらない。
「え?あ、そういえば、エミルには説明してなかったっけ?私ね。産まれたときにこの石を握ってうまれてきたの。
  それは天使の子、といわれる証で……」
エミル問われ、そういえば、エミルにそこまで詳しく説明していなかったことをコレットは思い出す。
それゆえに簡単に説明する。
クルシスの輝石をもってうまれた自分は天使の子なのだ、とそういわれている、と。
「は?何それ?でもコレット達のいう括りでいえば、コレットは人でしょ?
  今のあのヒトはハーフエルフでしょ?コレットまったくその血筋でもないし」
まあ古にその血筋があれはすれど、明かに今のものはコレットの父親ではない。
「「え?」」
さらり、といったエミルの言葉に、ジーニアス、そしてリフィルの声が重なるが。
「え?って、リフィルさん達はわかるんじゃないんですか?」
エミルからしてみれば、どうして逆に驚かれるのか理解不能。
というかリフィル達はマナの流れがわかるはずであろうに。
なぜにわからないのだろうか。
天使化しているとはいえ彼らの本質の在り様はほぼかわっていないというのに。
正確にいえば完全に無機物化していない、といってもよい。
すなわち、有機物と無機物、それがそれぞれ半分づつの状態で安定している。
それがさきほどの男のありよう。
あんな中途半端にするくらいならば、アイオニトスの服用だけでもいいであろうに、ともおもう。
まああれも認められるものではないにしろ。
少なくとも、微精霊達が産まれいでた後の石を使用しているので、
直接的に微精霊達に影響がない、というのがかの物質の利点といえば利点。
いうならば、微精霊達が孵化したあとのその抜けがら、すなわち卵の殻、それがヒトがアイオニトスとよびしもの。
いうなれば、微精霊達の力の残滓の力をつかい、マナを紡ぐことができるようになるに過ぎない。
微精霊の力の残滓といえどもその力は強力。
ゆえにマナを使用しマナの翼を生やすことも可能となる。
まあ、滅多に『殻』として残る石はすくないがゆえに、貴重とされているようだが。
それは古においてもいえたこと。
この時代の自身と融合したゆえに、鮮明に遥かな当時のことでも思い出せている。
「いえ、でもあのレミエルという人は天使で…」
リフィルからしてみれば、いきなりそんなことをいわれ、エミルは何をいっているのだ、という思いのほうが強い。
が、なぜだろう。
何となくエミルが真実をいっているような気がするのは、これいかに。
「そうだよ。そもそもあの翼はなら何だっていうんだよ」
「え?マナの固定化だけど」
そこまでいい、
「もしかして、それすら知られてないとか?」
「エミル、お前は……」
マナの固定化。
マナが安定しきらずに、たしかにあのような翼として固定しているのは事実なれど。
さらり、というエミルの言葉にクラトスが思わず警戒心をあらわにする。
今の時代の人は決してしるはずがない、天使化の真実。
「当時の文献とかももしかして伝わってなかったりするのか?」
それは素朴なる疑問。
素の…精霊としてあるときの口調に一瞬もどっていることにエミルは気づいていない。
「それはどういう…」
「え?有名ですよ?というか当時の人々も遺跡にそれらの事実を刻んでいるはずですけど。
  リフィルさんはみたことなですか?かつての争いの記録を刻んだ遺跡とか」
かの時代。
あまりに戦乱が長引くゆえに書物などは後世に残らないだろう。
とかいうよくわからない理由にて、幾人かの学者などが、
こぞって自分達が創りし地下の建物などにそれらの歴史を刻んでいたはずである。
それともそれらの記録も何らかの形で失われている、というのだろうか。
もしくはミトスがあえてそれをしり、それらを破壊しているのか、そのどちらか。
「え?」
遺跡にそういう記述がある。
そういえば、アスカード遺跡の中にもいまだ解読されていない壁画があるという。
いまだ立ち入りが困難な奥に、いくつもの天使達の姿がかかれている壁画がみつかった。
そうリフィルはきかされている。
イセリアにやってきた旅業のものから。
見つかったのは今から五年前。
一度、リフィルとしてはそれを調べてみたいのだが、そんな時間がなかったといってよい。
「そういえば、今、石がどうとかいってたけど。昔よくヒトがやってた手に近いのかな?
  僕がしっている事例なんか、当時の神官なんかが産まれたばかりの子供にとある品をにぎらせてね。
  やれ、選ばれた子だだの何だ、と周囲にいってたりしたことがあったけど。
  そもそも産まれたての子にすばやくまだ手すらきちんと開いててない子の手の中にむりやりものをつかませたりする、
  というのはどうかとおもうけどね」
そのせいで、自分の加護をうけているものでもないのに、大樹の加護をうけた子だ。
とかいって人がどれほどねつ造しまくり、それによっていくつもの派閥が発生したこともある。
そもそも、いくつかの国にわかれたりしたきっかけもたしかそうだったような気がする。
自分達こそ、選ばれたものなのだ、とかわけのわからない理由にて。
神官が産まれたばかりの子供に何かを握らせる。
神子の誕生。
たしかにイセリアでは必ず、しかも神子の家系にうまれしものは、その出産に神官が立ち会うことが義務付けられている。
そして、神官たちがみそぎをしたのち、母親に子供はひきあわされる。
しかし、今のではっきりしたこともある。
今、彼はコレットの精霊石に対し、無理やり力を加え、その力を歪め引き出した。
それは確実にコレットのマナを狂わせてゆく。
どうやら儀式という名をかりて、無理やりにコレットの体のマナをいじっているらしい。
そして、その体のマナの構成を、ヒトのそれから無機質のそれへと変化させようとしている。
その変化がありありとみてとれる。
それは、かつて人が兵器としていた天使達を生み出す過程において行われていたこと。
強制的に微精霊達の力を穢すこにより、その歪みによって変化させてゆく。
本当に、なぜ力の使用だけを目的とするのなら、アイオニトスの服用にしないのだろうか。
それこそかつてのクラトス達のように。
もっとも、アイオニトスの服用と、そして精霊石の利用。
そのどちらもクラトスはかつてはたしているにしろ。
何しろ自分のもとにやってきたとき、ミトスとマーテル以外はすでに、天使化、していたのだから。
盟約を交わした後は、彼らに微精霊が宿っていない”石”を盟約の証の一つとして授けはしたが。
「神子は天使の子、とはいうけど。でも、たしかに。今のやつがコレットの父親、とはおもえないね。
  だっていまのやつのコレットをみる目。完全に道具をみる目だったじゃないか」
今のエミルの問いかけは、しいなも気になりはする。
それはまさに、王立研究院で今現在、研究されていることのひとつ。
四千年前よりも前の遺跡が発見されたらしく、そこに書かれていた壁画の中に、
天使らしき姿があり、その記述が発見された、らしい。
こっそりとしいなに指導していた研究者が教えてくれた事実。
「しいな、あなたまでっ」
まさかしいなまでそんなことをいうとは、それにえにリフィルがたしなみの声をあげるが。
しかし、たしかにリフィルもそう感じていたゆえにあまり強くいえはしない。
が、あの天使を父親だ、とおもっているコレットにはあるいみ酷といえよう。
「あたしは、自分の子を突き放して気にやまないようにした親のことはしってても。
  あえて我が子だ~とかいって慕情に訴えるようなやつは信じないようにしてるからね。
  そういうやつはろくなもんじゃないよ。だいたい語りがおおいんだよ。そういうやつは」
特にとある人物がそういう目によくあっているのを目の当たりにしているからこそいえる台詞。
身内の情に訴えてくるものはろくなものがいない。
そうしいなは思っている。
お前なんかうまなければよかった。
それは、彼女なりに彼を気遣っていったことなのだろう、としいなは解釈している。
どうもあの馬鹿はそれを完全にそのままで捉えているようではあるが。
「リフィルさん達ならわかるとおもいますげとね。その違い。
  たぶん、変な先入観をもってるから気付いてないだけなんじゃ?何しろ僕でもわかるくらいだし」
まあ、自分だからわかる、といってもいいかもしれないが。
しかし、リフィル達にもわかるはず、なのである。
彼らの感覚はここ最近の自らの手料理によって自然との繋がりが強くなっている。
いうなればマナを感じ取る感覚がつよくなっているはずなのである。
なのにそれなのに、アレがわからない、とはどういうことなのか。
おそらくは、思いこみに起因しているのであろう。
「よくわかんねぇけど。まあ、親がいくらいてもいいんじゃないか?
  俺だって育ての親はドワーフだし。実の両親もいるわけだし」
そんな会話にわってはいるロイド。
ロイドは今のやりとりの意味がよくわかっていないらしい。
ロイドの感覚からしてみれば、育ての親とうみの親。
そのどちらも存在しているがゆえ、なのであろうが。
このロイドは自分がそういう立場におかれてもそういうことをいえるのだろうか。
そんなことをふと思う。
「・・・・・・・・・・・・・・」
エミル達の会話をきき、コレットはおもわずうつむいてしまう。
はじめてあったときに父親だ、といわれて嬉しかった。
けど、今、改めてあって何かが違う。
そうおもった。
うまくいえないけど、この天使は自分の父親ではない。
と。
そうおもっからこそ、コレットはエミルの言葉に何もいいかえせない。
「まあ僕がいうことじゃなかったのかもしれないけど。
  けど、まわりにながされて、真実でないものを真実だ、とおもいこまされてたら。
  本当の真実をしったときに傷つくのはコレット、それに皆でもあるんだし」
「とにかくさ。あたしとしては封印が一か所また解放されたのは不本意きわまりないけど。
  ボルトマンの治癒術の書とかいうのをとっとともらってそれからビエトロを助けないと」
そんなエミルの会話にわってはいり、しいながさらり、といってくる。
どちらにしても、封印はまた一か所、解放されてしまった。
しいなからしてみれば、彼らとともに長くいれば決意がにぶってしまう。
彼らが人がよすぎる、というのは嫌でも身にしみてきている。
ずっとこのまま共にいればコレットを殺し…そして、自分達の世界を救う。
そのことができなくなってしまう。
一番いいのは、コレットに再生をあきらめさせること、なのだが。
まだ体調が万全でないというのに
自分の役割を果たそうとする彼女には、その提案は絶対受け入れられないだろう、という確信もある。
コレットの再生をとめなければ、マナが涸渇してしまう。
かといって、コレットを殺したくはない。
それがたとえ、国から命じられたことであるにしろ。
掟としてたしかに依頼者の命令は絶対、とはわかっている。
だからこそ、余計に少しでもはやく、この一行から離れたい。
それがしいなとしての本音。
役目を果たしたときに、自らが少しでも気づかないように。
眠るように死ねる毒ならば、コレットを苦しませずにすむ?
そんなことすら思っているのだから。
「そ、そうだよね。先生。いきましょ。ピッカリング祭司長様にいって、本をもらいましょう」
今はまだ、他に考えることがある。
ゆえにコレットはレミエルのことを考えるのを後回しにし、今やることを優先すべきリフィルにと語りかける。
「え。ええ。コレット…でも、あなた」
道具をみる目。
しいなのいうとおり。
思いだしてみればあのレミエルとなのった天使がコレットをみる目はあきらかにそうだった。
というか、世界再生の真実をしっていて、実の親があんな目ができるのか。
そんな思いが今さらながらにリフィルの中に芽生えだす。
自分でも気がついた。
近くでその表情をみていたコレットはどうおもったのか。
コレットを気遣うリフィルの言葉に、
「私は、大丈夫です」
すこし考えたいこともできた。
今のエミルがいうのが自分にも行われたとすれば。
握って産まれた、のではなく産まれて握らされた。
どちらにしても、神子、として育てるために。
一時目をとじ、自分の中で心をおちつかせ、そしてしっかりとした視線でリフィルに語りかける。
自分達がここにきたのは、あのピエトロ、という人を助ける手がかりをもとめて。
そしてまた、精霊の封印の手がかりを求めて、だったのだから。


塔から降りてゆくと、まっていました、とばかりにその場にいた祭司たちが話しかけてくる。
封印は解放された、ときくと、町に伝達にもどるもの。
そしてまた、
「あの、祭司長様、本は」
「おお。これでしたな。これが神子様がもとめし、ボルトマンの書です」
コレットがおずおずというと、一冊の本を取り出してくる。
そしてまた。
「これは、本を整理していたときにみつけたものらしいのですが。
  古代パラクラフ王朝時代の精霊の巡礼、といった内容が記されている書物がみつかりましてな。
  神子様の旅の役にたてれば幸いなのですが」
いいつつ、一冊の分厚い本をだしてくる。
年代もの、なのだろう。
もしくは幾度も写本しているためなのか、表に【写】という文字が題名の下に書かれているが。
「たすかりますわ」
スピリチュア書がない以上、精霊に関する情報は皆無といってもよかった。
ここに書かれている場所が封印とはかぎらないが、確かめてみる価値はあるであろう。
ゆえにリフィルがお礼をいいつつも、その書物をうけとる。
「さて。私は神子様が封印を解放した、と町の人々に伝えてまいります。
  神子様がたも、あとでルインにお立ち寄りくださいませ。歓迎会をいたしますので」
いいつつも、ピッカリング祭司長もまたこの場をあとにしてゆく。
この場にのこっていた扉を開くための三人の街の人がいなくなり、後にのこされしは、一行のみ。
「先生」
「ピエトロを治す方法はわかるかい?」
リフィルがぱらばらとボルトマンの書をめくり、コレットはコレットで精霊の巡礼といわれている書をめくっている。
写本であるそれはおそらく幾度も書き換えられた、のであろう。
コレット曰く、天使言語でかかれている、らしい。
パラパラとざっと書物を流し読みをしたのち、リフィルが手にしている本をパタン、ととじる。
コレットはそのあたりにすわり、じっと本をいまだにみていたが、
リフィルが本を閉じたのにきづき、リフィルのもとにとちかづいてくる。
リフィルとコレットが本を読んでいる間、手持無沙汰だったのだろう。
ジーニアスとロイドは先ほどの光景にたいし、何やらいろいろと話しており、
クラトスはクラトスでじっとエミルを見つめていたりする。
あのときの言い回しからして、エミルは天使化、という生体兵器のことをしっている。
神子達にその事実を今、知られるわけには、いや、知られたとしたらそれは。
コレットを器にするにはエミルの存在はクラトス、否、クルシスにとっては危険といってよい。
だからといって、エミルをこの旅から追い出す理由もみあたらない。
それこそ、逆にクラトスが疑われてしまいかねない。
そもそも彼が同行してからこのかた、一度も魔物に襲われていない。
それが驚愕に値する。
エミルがパルマコスタで使用した、あの木の棒のようなもの。
あれに何か原因があるようにおもえてならない。
魔物が襲わない、それは、まるで…まるで、そう。
大樹カーラーンの杖でつくられた、また大樹の力が宿るという世界樹の杖のごとくに。
あのときは、マーテルのもつあれに大樹の力を宿した、のだが。
あれはすでにあの当時、力なきものとかしていたがゆえの処置。
魔族達を封印するというので四人に加護をこめたエンブレムを渡したが。
そういえば、あのエンブレムをもっていればそう簡単にやられることもなかっただろうに。
そのあたりにもマーテルが害された、というのは裏があるのかもしれない、とふと思う。
もっともエンブレムを渡すにあたり、きちんと心の試練は彼らにはうけさせた。
なのに今のこの現状は、とつくづく人の心とはわからない、とおもってしまう。
エミルがふとそんなことを思っている最中、
「何とかあのユニコーンに接触できないかしら。
  この治癒術の書だけではピエトロの呪いを完全に解除するのは難しそうだわ。
  何とかユニコーンの角が手にはいれば問題ないのだけど」
リフィルがざっと確認したのちに、ため息とともにいってくる。
どうやらそこにかかれている内容だけでは足りない、らしい。
「あの湖にもぐって、ってのはどうだ?」
ユウマシ湖の底にいたユニコーン。
その力が借りられればおそらくまちがいなく呪いは解ける。
そうきっぱりというリフィルの言葉に、ロイドがそんな意見をいってくる。
「何馬鹿いってるんだよ。ロイド。息がつづくはずないでしょ」
どこまで深いかはわからないが、確実に息がつづかない。
もっとも、とある世界の時代においてはそれらを補助する術なども開発されていたが。
もしくは酸素を含んだ品物など。
そもそもあのとき、マナを頼らなくする世界にする云々、といったのは。
他の惑星でそのような理をもって育てていた世界があったがゆえ。
それにもともと、この地はマナを主体にした世界として惑星は構築していなかった。
マナはあくまでも補助で、マナを元にして世界をつくったのは事実なれど、
その後の理は異なるもの。
この地におりたったときにその理を変えはしたが。
それはこの地におりたったときの記憶と、この惑星を創りしときの記憶。
かつてのことを思い出しながらも目をつむり、
彼らの会話を少し離れた場所でしずかにきいているエミルの姿は、うとうとと眠りかけているようにみえなくもない。
「何とかならないのかな?」
そんなロイド、ジーニアス、リフィル達の会話をききつつも、
しばし下をむいていたしいながやがて決意したようにゆっくりと顔をあげる。
そして。
「…方法は、なくはないよ」
それまでだまっていたしいなが思いきったように口を開いてくる。
「どういうことかしら?」
リフィルが怪訝そうに問いかけると、
「・・・・こっちの世界にいるはずのウンディーネを召喚して水のマナを操ればいいのさ」
「ウンディーネって精霊の?」
「精霊を召喚するったって召喚士がいないじゃないか」
コレットとジーニアスの言葉はほぼ同時。
「・・・あ、あたしが。…まだ契約はしていないけど。契約さえできれば・・・召喚できるよ」
顔をふせつつもそういうしいな。
その声は多少震えている。
やはり、かつてヴォルトの神殿を訪れた契約の資格をもつ子供。
というのはこのしいなで間違いがないらしい。
しいなの様子をみてエミルはそう確信する。
「うわ~、しいなさんって召喚士だったんだ~」
コレットがすごい、すごいといいつつ目をきらきらさせていい、
「符術士だよ!・・・・召喚もできるけどさ」
その視線におもわず顔をそむけつつもぽつり、とつぶやくしいな。
「召喚士は途絶えて久しい、ときいていたけれど……じゃあ、あなたの傍にいた、コリンといっていたあれは…」
「あれってひどい!僕はこれでも精霊なんだからね!」
リフィルのものいいに抗議する、とばかりに、
ぽふん、という音とともに、その場に姿をあらわしているリスのような姿をしたコリンとよばれしもの。
「ええ?!精霊!?この変な動物が!?」
「変とは何さ!変とは!」
ジーニアスの言葉にくってかかっているコリン。
何だろう。
…ヴェリウスのやつ、記憶がないほうがもしかして感情豊か?
何となく生み出した直後のヴェリウスのことをふと思い出してしまう。
あの当時、よくテネブラエ達にからかわれては…考えないようにしよう。
そこまで思いだし、ふとかるく頭をふりつつ、その考えを取り除く。
そんなエミルの思いに当然誰も気づくことはなく、
「いろいろとあるんだよ。どうするんだい?いやならあたしも無理にとは……」
「精霊。ふむ。実興味深い。ならば、その魔物でもないマナのありようは。やはりマナの塊と感じたこの感覚は……」
しいなが意を決していっているのに、リフィルの興味はどうやらコリンに移ったらしい。
「いや。先生、ユニコーンの角は必要なんだろ?」
何やら話しが脱線しそうな気がする。
それはもうひしひしと。
ゆえにあわててロイドがリフィルに話しを元にもどすべく問いかける。
「ええ。そうね。ピエトロを治すにはどうしても必要よ」
いいつつ、一緒にいるのならば、このコリンとかいう精霊を調べられるかしら。
などとぽそり、といったリフィルの言葉がきこえたのだろう。
「僕、姿けすからね!研究材料なんて拒否するからね!」
いって、ふたたびぼふん、と姿をけしているコリン。
一方で、
「らしいんだ。たのむよ。しいな」
「しいな、お願い」
手を目の前でばん、と叩いていってくるロイドに、両手をくむように祈るようにいってくるコレット。
「わ、わかった。でもウンディーネの居場所を探さないと……」
敵、とみなしている彼らからお願いされる、というのは何となく居心地がわるい。
ゆえにたじろぎつつもそういうしいなの台詞に、
「旧トリエット跡では火の封印を解放したあとイフリートが出現した。
  ならば水の封印をみつけて解放すればいいのではないか?」
「水の封印。ここに、それらしきものがかかれてました~。清廉の乙女は常に水がたたえし場所に、と」
コレットが先ほどまでみていた書物をゆびさしいってくる。
古代バラクラフの時代といえば、まだかろうじて、少しばかりは精霊の巡礼があったころ。
そもそも、風の聖域に近しいという理由でたしかあの地に建物をヒトはたてたような。
そんな記憶がふとエミルの中に蘇る。
「水、といえば、間欠泉、かな?」
「そういえば、あのとき、岩がごろごろしてて展望台とかいうところにもいけなかったよね」
「ふむ。いってみる価値はあるだろう」
しばし考え、ぱっと思うところがあったのか、ロイドがいい、ジーニアスが何かに気付いたようにいってくる。
まあ、あのときはアクアの癇癪の結果、島全体にほぼ岩がごろごろしていたゆえに、
展望台とかいう場所にも行かれなかったのだろうと説明をうけないまでも容易に予測ができてしまう。
「…え、エミル?空の移動をたのめないかしら?」
そんな彼らの会話をきき、なぜかずざっと顔色をかえて、エミルに何やらいきなり話しをふってくるリフィル。
「?リフィルさん?」
たしか、彼女はあまり空の移動は多様しないほうがいいとか何とかいっていたような気がするのに。
しかもそういってくる顔色は悪い。
血の気がひいている、とはまさにこういう顔色のことをいうのだろう。というほどに。
「そういえば、あそこにいくのにたらいがどうのとかいっていたよな。
  そもそも、遊覧船乗り場から俺達あのときいかなかったし」
「たらい、というのが気になるよね。たしかに」
「あの話しをきくかぎり、面白そうだから私、そのタライとかいうのであそこにいってみたいです~」
ロイド、ジーニアス、コレットの台詞。
三人の台詞をきき、さらにリフィルがさっと顔を青ざめさせる。
「…とにかく、外にでましょ。ええ、話しはそれからよ」
タライにのって移動する、など冗談ではない。
ゆえにリフィルがすばやく話しをきりあげ、そしてその場を後にしようとする。
「あ、これ、どうしよう?」
「もっていってもいいんじゃないの?」
「一応、もっていって許可をもらえればそれにこしたことはないでしょう。さ、いきましょう」
何だか話しをはぐらかされたような気がしなくもないが。
たしかにリフィルのいうとおり。
いつまでもここにいても仕方がない。
それゆえに、リフィルの言葉に従い、この塔を後にすることに。



ぐらり。
塔をでて少し歩いたその直後。
「コレット!?あんた、大丈夫かい!?」
ちょうど位置的にはコレットの前を歩いていた形であったからか、
前のめりに倒れ込むコレットを受け止める形となったしいなが、かろうじて倒れ込むコレットを支え思わず叫ぶ。
「大丈夫…」
「大丈夫って、あんた、すごい熱じゃないかっ!」
ふと何か違和感を感じ、コレットの額に手をあてれば、ものすごい熱がでているのが嫌でもわかる。
大丈夫、といっているのに息も多少荒い。
どこをどうみても大丈夫ではない。
あてた手からもわかるほどに、コレットの体はものすごく熱い。
いつからこの状態になっていたのかはわからないが、
しかしコレットの体調が塔を登る前から万全でなかったのもまた事実。
「熱って…うわ!?コレット、ひどい熱だよ!?」
「うん。平気。大丈夫だから…」
ジーニアスもつられ、コレットの額に手をあて、その熱さに驚愕の声をあげる。
「ちっとも大丈夫じゃないじゃないか!姉さん!」
「大変だわ。とにかくすぐに休ませましょう」
町までに戻る時間すらおしい。
「野営の準備だな」
リフィルの言葉にクラトスがいい。
「ええ。それにしても、封印を解放するたびにこうだとするとコレットもつらいわね。さしずめ天使疾患とでもいうのかしら」
偶然、とはおもえない。
それゆえのリフィルの言葉。
天使化への変化は痛みを伴う、そうたしかレミエルは始めの封印のときにいっていたが。
それにしても、とおもってしまう。
「ちょっとまちなよ。リフィル。前にもコレットがこんなふうになったことがあるような」
その言い回しからして、前にもにたようなことがあったかのような言い回し。
それゆえにしいながきになり問いかける。
「火の封印を解放したあと、コレットは倒れたんだ。そのときも熱が…」
ジーニアスのその言葉に。
「封印?そのあとにって……」
封印解放の儀式にそんな副作用があるなど、しいなは知らない。
ゆえに思わず言葉をつまらせざるを得ない。
「私なら、大丈夫。ごめんね。すぐに治るから。これが私の試練なんだし……」
「もう。おまえ、謝るの禁止な」
「えへへ。ごめんなさい」
「とにかく。今はゆっくりと横になったほうがいいわ。
  ある程度動けるようになったら暖かくしたほうがいいのでしょうけど……」
そうこうしている間、熱で意識がもうろう、としたきたのであろう。
コレットの意識はそのまま遠くなってゆく。
「コレット!?」
ロイドの声がコレットの耳にきこえるが、それすらもだんだんとかぼそくなり、
やがてそのままコレットの意識はぷつり、と途切れてしまう。
「ひどい熱。…これも天使化における試練、だというのかしら。でも……」
「今は安静にしておくしかなかろう」
マナを変化させる過程で必ずおこるのが、拒絶反応ともいえる高熱と痛み。
クラトスはそれをしっていながらそれを説明する気配はない。
マナの歪みを修正するのはたやすいが。
しかし、コレットが自分の試練、とかいっており、自ら受け入れている、ということに違和感を感じてしまう。
「リフィルさん。あの、一体、どういうことなんですか?試練?」
それをうけるのが辺りまえ、と認識しているらしきコレットと、そしてそれを受け入れているっぽいリフィル達。
エミルのといかけに、リフィルはただ、静かに首を横にふる。
コレットがうける試練は自分達が代わりにはなれないのだ、とばかりに。


天使化における第二段階の症状。
高熱とそして狂化。
かつての人々は天使化させられる段階で、その精神を狂わせていたものが大多数。
コレットの体内のマナが、歪に歪められた精霊達の力によって狂わされている。
これほどまでにマナが乱れている、というのにリフィルやジーニアスは気づいていないのか。
それとも体内におけるマナの変化など、彼らは見抜くことができないのか。
どちらにしろ、このままほうっておくわけにもいかない。
一番いいのは、手っとり早く、コレットの内部に捉えられている中級微精霊達を解放すること、なのだが。
少し目をつむり、コレットの深層意識の中に意識をむけてみれば、
コレットの強い意思により、微精霊達が身動きとれなくなっているのがみてとれる。
解放するのなら、問答無用、というよりは、ゆっくり時間をかけたほうが後の副作用も最小で済む。
ロイド達が野営をしている間、かるくおかゆなどをつくり、
また、熱でうなされているコレット様に熱さましの効果のあるハーブティーをつくっておく。
水差しにより、ゆっくりとコレットの口にとふくんでいけば、
ゆっくりとではあるがそれをのみこみ、やがて荒かった息が整いはじめてゆく。
「…本当に、ヒトが願ってくれれば楽、なのに」
それは本音。
自分が率先して力を人に使う、というのはあまり好ましいことではない。
しかし、願いをうけて、その願いを少しばかり補佐するならばさほど問題はない。
というのに、このコレットは自分ですべてを背負うとしている。
我が身に起きている変化に気づいているであろうに。
コレットの体内にて暴れるようにしていた微精霊達もまた、
マナの提供をうけ、どうやら少しはおちついたようにみえなくもないが。
ようやくおちついた横になっているコレットをみつつ、ぽつり、とつぶやく。
「ねえ。この子はどうしてこうなってるの?マナが歪んできてるよね?」
心配そうにその横に、ちょこん、と姿をあらわしているコリン。
「かつてヒトが開発したアレを覚えていないのか?」
それは問いかけ。
ヴェリウスもあれにはかなり嘆いていた、というのに。
「よくわかんない。アレって?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・仮初めの器の影響か?」
どうやら本気でわからないらしい。
可能性として、仮初めの器に精神体がはいっているがゆえに記憶にないのか。
それとも、記憶がない状態で誕生当初の性格にもどっているらしいのが原因か。


「あ」
ふと、ヒトの気配を感じ、そのままぽふんと煙とともに再び姿をけすコリン。
それと同時。
「エミル。コレットの様子はどうかしら?」
薪を広いにいっていたリフィルがこの場にともどってくる。
結局のところ、町に戻るよりもここで野宿したほうがいい。
そう提案したクラトスの言葉のままに、マナの守護塔の近くにて野営の準備をしている今現在。
コレットを横たえ、そのコレットの看病にエミル、そしてしいながこの場に残ったのだが。
しいなは、熱があるコレットが少しでも寒くないように、とそのあたりにある葉っぱなどをかきあつめ、
さらには、ひとっぱしりして、町から毛布をかりてくる、といって今この場にはいない。


あるいみ絶対安静が必要だ、というのに
神子が封印を解放したのだから、神子様にもこの祝いの席に同席してもらいたい。
と町の人々がいい、しいながその言葉にきれている、という光景が街にて繰り広げられているにしろ。
何しろ、人々はコレットが熱をだした、ときいても。
祭りに参加すれば熱なんてふきとびますよ、と聞く耳持たず。
しいながぷちん、と切れてしまうのもあるいみで仕方がないこと。
熱があり意識がないコレットをあるいみどんちゃん騒ぎの中にほうりこもうとしている町の人々。
しいなの一喝にも、人々はなぜ怒鳴られているのかすら理解していない。
神子が祝いの席に同席して何がわるい、とばかりの態度。
その態度をみて、しいなもまた腐れ縁の人物のことを思い出す。
たしか、かれもまた具合がわるくても、そのようにして様々な場所にかりだされていたことを。
いっても無駄とばかりに、そのあたりの壊れている家から毛布や布団のみをとりだし、さっさとその場をあとにする。


ふわふわとした感覚。
ぎしぎしと痛む感覚がふと、何か救いあげられるかのようにふわり、と包まれた。
自分であって自分でない、そんな感覚。
周囲には青い光の球が点滅しつつ浮かんでいる。
――あなたは、私たちの力を悪用するの?それとも……
ふとそんな声がコレットの心にと響いてくる。
悪用?私はそんなことは思っていない。
私が望むのは、ただ、世界の…ロイドの幸せ。
皆が幸せである世界。
たとえそこに自分がいなくても。
だから私は天使になる。
大切な人がいる世界を護るために。
そうおもいつつ、手を伸ばす。
しかし伸ばしたはずの手は自分の手ではなく、まるでそれは幻のごとく。
これは夢?それとも。
そんなことを思うコレットの心に、
――王の力が私たちを正気にもどしてくれる。ねえ、あなたはどうしたいの?
再び問いかけられるような声。
王?
ねえ、あなたたちがいう王って…なあに?
――あなたは、自分の意思で、石の精霊になりたいの?
それは、どういう…意味?
しかし、コレットの問いにその声は答えることなく、青き光はさらに点滅し、
やがてその球体はどんどん多くなり、やがてコレットの全員を包み込んでゆく。


パキン。
焚火の中で、乾いた音がする。
みれば、小さな薪がはぜわれたらしい。
ゆっくりと目をひらく。
「…あれ?」
どうやら自分は横になっていた模様。
マナの守護塔をでて、それから…それからの記憶がコレットの中ではあいまいで。
ざっと周囲をみれば少しはなれた場所でロイド、そしてジーニアスが眠っているのがみてとれる。
リフィルは少し離れた場所で、本を手にした姿勢のまま、こくり、こくりと船をこいでいる。
ロイドとジーニアス、そしてリフィルの姿はみえるが、しいな、そしてエミルの姿がみあたらない。
すこしみれば、火の近くにクラトスの姿がみてとれる。
あれほど重かったはずの体が軽く感じられるのが気にはなれど、
そのまま、ゆっくりと起き上がり…なぜに毛布がかけられているのかはきになりはすれど。
毛布を丁寧にその場にたたみ、クラトスの元へとゆっくりと立ち上がり近づいてゆく。
「…火にあたるといい。ロイド達ならもう寝ている。しいなとエミルは周囲の見回りにいったがな」
コレットが目を覚ましたのに気付いたのであろう。
クラトスが薪をくべつつも、コレットのほうをみて声をかける。
ゆっくりと足音をたてないようにとクラトスのほうにちかづいていき、そのままちょこん、とクラトスの横にとこしかける。
パチパチとする火の音のみが周囲に響き渡る中、
「…よかった。ロイド、心配しちゃうから。
  きっと、ジーニアスにもリフィル先生にも、しいなにもエミルにも心配かけちゃいましたよね」
なぜだろう。
熱によって浮かされていたためか、あるいはそのときに爆睡でもしたのか。
夜だ、というのにコレットにはまったく眠たい、という感覚はない。
もしくは気がたかぶっているからなのかもしれないが。
「そういえば、クラトスさんはねむくないんですか?」
大体、野宿のときにはいつもクラトスが寝ずの番をしているような気がする。
エミルはといえば、いつものように見回りにでているらしいが。
今回はどうやらしいなも一緒に、のようではあるが。
「…一晩くらいはどういうこともない」
クラトスはそういうが。
かつて天使化しているクラトスは、睡眠を制御する力をもっている。
すなわち、睡眠機能を停止させてしまえば、眠らずともまったく問題ない。
天使化…体の一部、あるいは指定した場所を無機物化することにより、
生命体が本来もっている機能を停止させることを可能とした技術。
眠らなくても仕える戦力を、という概念のもとに生み出された…人体兵器。
「なんか、気がたかぶってるのか、私もねむくなくて……」
「…あれほどの熱がでたのだ。しかたあるまい。熱のほうはもういいのか?」
「なんか、大丈夫みたいです」
あれほど苦しかったのに、今はそれがみあたらない。
何となく、体の中で暴れていた何かがなりをひそめたような、そんな感覚。
その何か、はコレットにはわからない。
「…旅はどうだ?」
「え?たのしいです。不謹慎ですかね?本来は祭司様がたと旅をするはずだったのに。
  でも、ロイドがいて、リフィル先生がいて、ジーニアスがいて。
  そして、しいなやエミルまで加わって。…とても、楽しいです」
この時間がずっと続けばいい、とおもうほどに。
楽しい時間が長いほど別れはつらくなるだろう。
だからといって、一度楽しさを味わったゆえに、今さら手放せない。
ならば、最後まで最初で最後の最高の旅の思いでを。
それがコレットがだしている結論。
しかしこの旅のきっかけは、ディザイアン達により祭司たちが殺されたことに起因している。
それを忘れたわけではない。
が、それがなければコレットはこんなに楽しい旅を味わうこともできなかった。
そう理解しているがゆえの台詞。
「…不謹慎ですよね。わかってるんです。この幸せは祭司様がたの犠牲の上にあるものだって。
  でも…私、今、幸せなんです。そう、生きていてよかった、と思えるほどに」
「幸せ、か」
誰もがコレットにすがり、犠牲を強いているというのに。
コレットは幸せだ、という。
そのように育てられたとはいえ…そのような仕組みをつくりだしたのは、クルシスであり、
そして止めることをしなかった、クラトスの責任でもある。
クラトスが己が目をそむけた結果おこりえている事実を突き付けられているようなもの。
「……まやかしの幸せ。か」
「クラトスさん?」
ふと、クラトスの呟きをコレットがききとがめ、首をかしげる。
「クラトスさん。私がいなくなったあとも、ロイド達を護ってあげてください。…私には、それができない、から」
クラトスもあの場にいた。
リフィルにファイドラが説明をするときに。
だからこそのコレットの台詞。
クラトスはその言葉に何もいえない。
人々が種をまいたとはいえ、このような世界にしてしまったのは、他ならないクラトス達、なのだから。
「あ、私、すこし風にあたってきます」
そういい、その場をたちさるコレットをクラトスは止めることはできない。
まだ、クラトスの中では結論がでない。
このまま、ずるずるとやはりミトスのいうがままになるのか。
それとも、かつての決意のままにミトスを相討ち覚悟でとめるか。
もしくは、ロイドに全てを託すか。
かつてのミトスのまま、まっすぐに前をみようとする、自らの息子に。
このままエミルを同行させていれば、いずれは、エミルの口から天使化の真実が語られるかもしれない。
古代大戦の最中に開発された、人体兵器のことが。
クルシスが長年にわたってその事実をしるものを排除してきたというのに。
あの言い回しでは、どうやらそのときの記録をのこした遺跡がまだどこかに残っているらしい。
そもそも、あのアスカードの下にあった遺跡ですら、クラトスは知らなかった。
おそらく、他にもクルシスが把握していない遺跡、というのはいくつもあるのだろう。
そして、そのうちのどれかをエミルは知っている。
そしてそこでおそらく、真実を知りえているのだろう。
そうでなければ考えられない。
天使とよばれしものが、実はかつてヒトが生み出せし生体兵器である、と知っているなどとは。
もうひとつの可能性。
こちらは考えるだに怖くなってしまう。
エミルがもっていたあの枝が、精霊の加護をうけたものであるかもしれないという可能性。
マナを一気に扱えるものなど、当然範囲は絞られる。
クルシスですら把握していなかった世界の異常。
マナの異常、そして、マナを司りし本来の役目を担うそのもの、それは……
「…精霊ラタトスク……あなたは、この現状をみて何とおもうのか」
それはクラトスの独り言。
ミトスを信じ、種子を託し、自分達にデリスエンブレムという加護をあたえたかの精霊は。
まだ、魔界の扉を護り眠りについているのだろうか。
もしも目覚めれば自分達の行動をどう思うのか。
ヒトはやはり信用できない、といい、地上の浄化を果たしてしまうのだろうか。
一度、無に還しあらたな世界を、と。
ミトスがかの地に出向いたときヒトは愚かゆえにそれもありえる。
そのようなことをいっていた、のだから。
何でもミトスが精霊を説得したとは当時いっていたが。
直接にあったわけではない。
かの封印の間にて、光の中にうかびしものとただ対話がかわせたのみ。
心に響くような声であった。
あの間にいったのはたったの一度。
それ以後はマーテルとミトスが幾度もあの地を訪れていた。
納得してもらったんだよ、といっていたミトスのあの笑顔。
それでも、種子を自分達に託したあの精霊は、このありようをどう思うのか。
やはり、ヒトは愚かでしかなかった、とおもうのか。
それとも。
「……かの精霊が目覚める前に何としても、世界を一つに戻さなければ……」
この思いのみはユアンとも一致している。
ミトスは、マーテルがよみがえれば世界を元に戻す、といっている。
そして、種子を蘇らせる、と。
しかし、ユアンは……
よもや、との当事者が自分の傍にいる、などとクラトスは夢にもおもっていない。
すでに賽は投げられているのだ、ということをまだどの人間達も気づいてすらいない。
クラトスがそんな思案に陥っているそんな中。
ふと、ロイドが夜だというのに目をさます。
ひんやりとした空気。
「あれ?クラトス?」
「おきたのか」
きょろきょろみれば、クラトスがいつものように火の傍にいるのがみてとれる。
「また、あんた寝ずの番か?」
「護衛として当然のことだ」
しかし、クラトスばかりにねずの番をさせる、というのも気がひける。
かといって、以前自分もおきていようとしたが、眠気にまけて寝てしまったのもまた事実。
「あれ?エミルやしいなは?それにコレット…そうだ、コレット!?」
コレットが横になっていた場所にコレットの姿はない。
それにきづき、ロイドがあわてて声をあげるが。
「神子なら心配いらない。少し風にあたってくる。といってこの先にいっている。
  このあたりには魔物の気配もないゆえに心配はなかろう。
  しいなとエミルは周囲を見回ってくるといって今はここからはなれている」
ロイドの質問に淡々と答えるクラトスだが、
「けど、コレットはまだ病み上がりじゃないか!熱はさがってたようだけど!」
エミルがつくりし熱さましの薬なのかよくわからない飲み物を口にしたのち、たしかにコレットの容態は安定した。
だからといって、熱がさがりました、だから歩きまわっても平気です。
というわけにはいかない。
クラトスの言葉をきき、ロイドはあわててコレットを迎えにいくべく立ち上がる。
彼女はいつも無理をする、とわかっているがゆえの行動。
それだけいいはなち、コレットが移動した、という方向にとかけだしてゆく。
そんなロイドの後ろ姿をみつつ、
「私は…どうすべきなのだろうな……アンナ……」
クラトスのつぶやきは、ただ、パチン、とした再びはぜわれた火の音にとかき消されてゆく……


「…コレット。おきてたのか。ねてないとだめじゃないか」
少し離れた場所。
マナの守護塔がかいまみえるすこしなだらかな丘の上にそっとたっているコレットの姿をみつけ、
ロイドがそんなコレットにと話しかける。
佇むコレットの後ろには月灯りによってくっきりとその姿がシルエットとして描き出されている。
「ロイド」
ロイドの声に気付いた、のであろう。
コレットが振り返る。
「調子が少しよくなかったからって。だめだぞ。まだねてないと。風邪はまごのもと、というんだしな」
「ロイド。それをいうなら、風邪は万病のもと、だよ」
あいかわらず言い間違いをするロイドの言葉をきき、くすり、と思わず笑みを浮かべて訂正するコレット。
ロイドの声をきくと、不安が消えてゆくような気がするのでコレットとしては安心できる。
「どうした?目がさえたのか?」
「え?あ。うん。ちょっと考え事してたせいか、寝つけれなくて……」
そういうコレットの横にそっと並び、コレットと一緒に空をみあげる。
そこには、つい先日まであったという闇は嘘のようになく、満点の星空がみえている。
「悩み事とかか?あ、でも俺なんかじゃ悩み相談にならないよな~」
いつも、ロイドは逆に悩みを大きくしている、とジーニアスによくいわれている。
それゆえにロイドはおもわず頭に手をやり無意識のうちに髪をかきみだす。
「え?えっと。たとえば、今日。レミエル様がちょっと怒っていたような気がしたとか」
「そうか?いつもあいつは無愛想だろ?まだクラトスのほうが表情がわかるってもんだとおもうぞ。
  イセリアの聖堂にしろしかり、トリエット遺跡にしても然り」
エミルはあのレミエルのことをハーフエルフだ、といっていた。
そして、ジーニアス達がどうしてわからないのか、とも。
思いこみで判るものもみえなくなっているのではないのか、と。
そして、さきほど、ぼつり、とクラトスがつぶやいた、まやかしの幸せ。
その意味。
エミルがいった意味とそれは何となくだが同じことをさしているような気がする。
それはコレットの勘。
「とにかく。お前、病み上がりなんだから。ちゃんと寝てなくちゃだめじゃないか。まだ顔色わるいぞ?」
コレットの顔をのぞきこめば、こころなしかたしかに顔色が青白い。
それはおそらく月灯りのせい、というわけではないであろう。
「うん。もう少したったらちゃんと寝るから」
「でもなぁ」
これっとの返事はあてにならない。
というかいつも無理をする、というのはこれまでの経験でロイドはよくわかっている。
「ほら。クラトスさんだっておきてるし。エミルなんか見回りにいってるし」
少し離れた場所では、ノイシュの横で火の番をしているクラトスの姿がみてとれる。
「そういやそんなこといってたな。クラトスはまあ、寝ずの番をしてるんだろうからいいけどさ」
それだけいいつつ、
「とにかく、お前はねるんだ。
  少しでも横になってないと、きちんとなおるものもなおらないぞ?ものすごい熱だったんだからな」
いいつつも、コレットの手をにぎり、コレットを横にすべく、コレットを伴い火の傍へ。
「…うん」
素直にロイドに手をひかれ、そのまま寝ていた場所にと戻るコレット。
そこに畳まれている毛布をひろげ、コレットをその場に横たえたのち、
「よし。じゃあ、おやすみ」
ぽんぽん、とコレットの頭をなでて、ロイドはコレットの傍から離れてゆく。
みればどうやらクラトスの元にいっているらしい。
「うん。おやすみなさい。…私のぶんも素敵な夢をみてね。ロイド」
横になってもすい魔は襲ってこない。
目をつむってもまったくねむくならない。
だけども、いつかは目をつむっていればいつのまにか眠れるのかもしれない。
そう想うが、まさか、という思いもある。
トリエットの火の封印の解放では、味覚がうしなわれた。
試練は、ヒトとしての何かが失われてゆくものだ、そう祖母から聞かされている。
しかし、エミルがつくりしものは味覚を感じている、というのがいまだに不思議なれど。
二つ目の封印で人としての機能が失われるもの。
それは何なのか、コレットにはわからない。
しかし、不安もある。
ねむくならないのは、もしかして、睡眠がとれなくなってしまったのでは、というその不安。
それでも、気がたかぶっているときには誰しもそんな経験はあるときく。
だからこそあえて横になりつつも目をつむる。
朝、ロイドの前で何ごともなく笑っていられるように。
ロイドに心配をかけないために。


「しっかし、なんだっていうんだい」
ぷりぶりしたしいなの口調は、どこか憤っている。
「しいなさん?」
「あ。わるい。あんたにいってもしかたないんだけどね。なんだってこう、誰も神子、というだけで無理難題を……」
こちらにしろ、あちらにしろ。
どちらの世界の神子も心をさらけだせる相手はいないのだろうか。
こちら側の神子はすくなくとも、誰にいうことなく自分で背負いこんでいる。
そして、しいなのしる神子は、自分自身が道化を演じることにより、そのことを隠している。
「たぶん、宗教を利用して、人心をコントロールしてるんだとはおもうんですよね。
  よくヒトがやることではありますし。その時々の権力者などが。
  宗教、といういかにも救いがありますよ~みたいなことをいって人心をコントロールすることとは。
  …ほんと、いつの時代においても…ね」
コレットの熱もさがり、あのままあの場にいても仕方がないというか。
あのままあの場にいれば、自分が正体を隠していることなど忘れ、そのままクラトスに詰め寄ってしまいそうで。
だからこそ、あえて周囲を見回ってくるといってあの場を後にした。
しいなも思うところがあったのか、ともにきていることがエミルからしてみれば誤算にしろ。
『ですね。どの世界のヒトもいづれも同じことを繰り返しますからね』
しみじみとした声が念話によってきこえてくる。
「…ルーメン……」
たしかにルーメンのいうとおり。
本当にどの世界においても、いつの時代も何と人は愚かなのであろうか。
『ルナが解放されたようですので、一応、今の現状の説明をかねてるのですが』
光の力もほとんど満ち初めている。
まだ目覚めさせてほんの数日もたっていない、というのに。
そこまでいいつつも、ふと視線を上空にとうつす。
パタパタパタ。
小さな白き鳥が上空より飛んできて、そのまま肩へ。
右肩にレティスが常にとまっている状態で、そのまた左肩に白き鳥。
「……両肩に鳥がいたらそれこそおかしいとおもわれるだろうが……」
ぽそり、とおもわずつぶやくエミルの言葉がきこえた、のであろう。
「あんた、ほんとうに動物にすかれるんだね。というか夜なのに、鳥?」
みため、チュンチュンとよばれし魔物にちかいが、大きさはかなり小さい。
どちらかといえば、スズメ程度の大きさしかない白き鳥。
しいながそれにきづき、何やらいってきて、そしてしばし考えたのち、
「なあ。あんた、エミルは。どうしてあの子達と一緒にいるんだい?」
きになっていたこと。
あのロイドやジーニアスという子供達は神子コレットと同じ村出身のようだが。
クラトスに至っては護衛、さらにリフィルは彼らの教師。
このエミルという人物との接点がまったくもってみあたらない。
それになぜだろう。
このエミルという少年はどこかであったような気がしているのもまた事実。
それゆえのしいなの台詞。
雰囲気、そして服装、さらには髪の長さ。
それらが異なっているゆえに、しいなは研究院でであった少年によく似ている。
というその事実に気づいていない。
「そう、だね。始めは誘われたのもあるけど…一番は」
「一番は?」
「……話しをしたい子がいるんだ。彼らとともにいたら、あえるような気がして」
「?」
何らかの形でミトスは確実に彼らに接触してくるであろう。
話しを聞く限り、救いの塔、かつて大樹があったあの場所にたてられているあの塔。
あのあたりがあやしいかもしれない。
彼がまだ、種子を発芽させる心構えがあるのか、それとも。
それによって盟約の継続の有無を考える必要性がある。
しかし、かの地にあのような塔をつくっている以上。
その考えがないのでは、という思いもあるのもまた事実。
「話しをしたい子って?」
エミルの言い回しはしいなには理解不能。
というかどうして神子一行についていればその人物とあえる気がするのか。
それすらもわからない。
ゆえに首をかしげつつもといかける。
「そういう、しいなさんは、どうして?」
「あ、あたしは!あたしは…ピエトロの呪いをといたら、またあのコレット…神子とは敵同士、だから」
「しいなさんは、それでいいの?」
「よくないよ!よくないけど…あ、あたしにも都合ってもんが!」
共に旅をしていて彼らがとてつもないお人よしであることはよくわかった。
しかし、彼らをとめなければしいなの世界が今度は衰退世界…マナのない世界になってしまう。
豊かさに慣れた人々がそんな目にあえば、どうなるのか。
おのずと行き着くさきは目にみえている。
だからこそ、しいなもまた止まれない。
止めることができない。
「ねえ。しいなさんは、どうして今の世界がこうなっているのか、考えたことはある?」
「え?いきなり、何を」
いきなりそんなことをいわれても。
ゆえにしいなはとまどうしかない。
「どうなの?」
「それは……」
いわれてみれば、どうしてこんな世界になっているのか。
マナを奪い合う、砂時計のような世界。
これまで考えたことはなかった。
そもそも、マナを搾取しあっている世界などということすら、
レネゲード達から情報がもたらされるまで知らなかった世界の真実。
さあっ。
風が二人の周囲を吹きぬける。
決めるのは人。
世界を二つにわける、と提案し、実行したのもまたヒト。
それを許可したのは自分達なれど。
が、そこにどういう意味があったのか。
そこにいきる存在達がしならなければ、意味はない。
幾度も同じ過ちを繰り返してしまう。
そう、かつての時のように。



「何だかなぁ」
次なる目的地は、ウンディーネがいるかもしれない、いるのかどうかも不明だが。
とりあえずは、ソダ間欠泉。
そう意見も一致し、ひとまず先にすすむためにも、まずは旅の準備などは必要。
消耗した食料などを町にて必要最低限確保してすすむという話しでまとまったのだが。
町に近づけば、なぜか町はお祭り騒ぎ。
一行の姿をみて、人々はあっというまに彼らを取り囲み、
そしてコレットはそのまま人々に囲まれて、身動きがとれない模様。
病み上がりだから、というリフィルやロイドのいい分もきいているのかいないのか。
コレットも一人一人がお礼をいってきているのを馬鹿丁寧に一人一人うけているがゆえ、
どうしてもロイド達はといえば手持無沙汰となってしまう。
コレットが街の人々に開放されそうにないことをうけ、
ロイド達にリフィルが資金を渡し、必要なものをこれで買いそろえるように、といってきたのはつい先ほどのこと。
エミルはエミルで相変わらずというか、先日、エミルが予測していたとおり、というか。
またたくまに女性陣に取り囲まれ、料理の手ほどきを懇願されており身動きがとれない状態。
しいなは子供達の面倒をなぜか自然と、というか集まってきた子供達を無碍にもできず、
結果としてしいなは子供達の守に徹していたりする。
クラトスはコレットの護衛、そしてコレットを一人にしておくわけにはいかない。
ゆえにリフィルとクラトスの傍にのこると、結果として動けるのはジーニアスとロイドのみ。
御祭騒ぎ、ともいえる町の中。
シノア湖から流れし川を利用してつくられているこの街は、いくつかの橋によって区切られている。
簡単にいえば、川にある中州を利用して町がつくられている、といってよい。
そして、この地より海にもまた続いている。
湖と海、そして山の幸。
それらがこの街、ルインを発展させている源といってよい。


「お。船がある」
「もう。ロイド、姉さんに頼まれた買い物はどうするのさ」
あきれつつジーニアスがつぶやく。
桟橋の一角に、船が横付けされており、その船にロイドが近づき言葉を発する。
そんなロイドに対しジーニアスがあきれまじりにつぶやくが、
「うん?なんじゃ。今、この船は白塗り中じゃから、まださわったらだめじゃぞ」
船の前にいた初老の人物が、近づこうとするロイドにきづきそんなことをいってくる。
「すげぇ。これってヨット?とかいうやつじゃねえのか?」
船体を真っ白にぬられたちょっとした大きさのある船。
その白い帆は今はたたまれており、しずかに残橋にと横づけされている。
「イズールドでみた船よりまともだね」
パルマコスタにまでのせてもらった船より一回り以上も大きい。
大きめな帆は今は折りたたまれており、
船室につづくのであろうちょっとした場所もけっこうゆとりがあるようにみえなくもない。
全長からして約八メートル弱、といったところか。
「お。お客さん、お目がたかい!」
そんな会話をしている最中、船の中より一人の男性が現れて、ロイド達にいきなり話しかけてくる。
「今ならこの船を三千ガルドで販売中だ。どうだ。かってみないかい?」
左右にわかれた羽つきの帽子。
すこし太ももあたりがこんもりした白いズボン。
白い手袋に申し訳なけ程度にはおっているベスト。
ベストの下には何もきていない、らしい。
もっとも胸のあたりからさらしらしきものをまいているのがみてとれるが。
その赤き髪がクラトスのそれとおもいっきりかぶっている。
「ええ?この船が三千ガルドだって?」
ロイドがきらきらとした表情で思わず驚愕の声をあげ、
「船の相場ってもっと高いはずだけど……」
ジーニアスがあからさまにあやしい、とばかりにぽつり、とつぶやく。
「すげ~。この船を手にいれたら、俺達、自力で海にもでられるってことだよな!?」
三千ガルドくらいならば今のロイドの手持ちでも可能。
そもそも、買い物をするために二万ガルドほどロイド達は渡されている。
「もう、ロイド。でも誰が船を操縦するのさ。いっとくけど僕も姉さんもできないよ?」
どうも、ロイドはこの船の値段をきき、購入するきになっているようだが。
操縦するものがいないのであれば、それは宝の持ち腐れ。
というか、本当に売買しているのかどうかすらあやしすぎるほどの格安すぎる値段。
「でもさ。ジーニアス。たったの三千ガルドだぜ?お買い得ってやつだろ?
  どうせ今からソダ島にいくんだし。船があったほうが便利だろ?」
「そりゃ……」
ヨットの特徴は、風を利用して動くがゆえに風上の方向(風位)へ進むことができない。
しかし風位に対して最大およそ45度の角度までなら進むことができる。
進行方向と風上方向との間を成す角度と、理論帆走速度と風速の比を示したものを帆走ポーラー線図と呼び、
性能を示す指標の一つとなる。
このヨットはどこまでの性能をもっているのかはわからいが、大きさ的にるある程度の性能は備えているであろう。
だからこそ、いくら中古とはいえ三千ガルドなんて絶対にありえない。
しかしそれらの説明をロイドにいって、ロイドが理解できるか、といえば答えはおそらく否。
そして、ジーニアスはロイドが言いだしたらきかないことをよく知っている。
どうやってロイドを諦めさせようか。
そんなことをジーニアスが思っている最中も、
「この船は、今イズールドではやっている水上別荘ってやつもかねてるんだ。
  いうまでもなくきちんと操縦さえできれば海にもでれるぞ?どうだ?かわないか?」
男はロイドにたいし、これでもか、というほどに口上をのべてくる。
というか、子供である自分達にかわないか、といっている時点であやしさ爆発。
胡散臭いこと極まりない。
そもそも、いくら中古とはいえ軽く百から二百ガルド以上でなければおかしい。
それこそまともな船ならば。
その台詞に思わず顔をみあわすロイドとジーニアス。
「そんなのはやってたっけ?」
「僕らがいったときは、魔物がでるから漁ができないとかいわれてたし。はやっててもわからないかも」
イズールドにはたしかにロイド達は出向いたが。
あのときは、雪に加え、さらには魔物がでるから、といって断られた。
結果としてある依頼をうけることにより、とある猟師の人物に船をだしてもらえたのだが。
「まあ、とにかく。だ。かわないかい?船はあとこの一隻しかないから早いものかちだよ~
  どうだい?将来のスイートホームつくりのために?いざとなればこの船で海上で生活することも可能だぜ?」
ロイドがその気になりかけている、というのにきづいたのか、男が口早にそんなことをいってくる。
「将来の、ねぇ」
「大好きなあのことラブラブできちゃう空間だぜ。さ、かいなって。
  これさえあれば、どんな場所にも自由自在。旅券がなくても海を渡ればもんだいなし!」
「よし、かった!」
「ちょ、ちょっとロイド!?」
まさか、本当に買う、というとはおもわずに、そういうロイドをあわててジーニアスが止めようとするが。
「よ~しよ~し。それじゃ、さっそく契約書を交わそうぜ!」
いって、ばんばんとロイドの肩をたたき、船の内部へロイドをいざなうその男。
「おっと。そこの兄ちゃんはそこでまっててくれな。なぁに。契約書を交わすだけだからな」
いいつつ。
「いやぁ。いいかいものしたねぇ。兄ちゃん。見る目があるぜ。その服もいかしてるしな」
「そ、そうか?」
うわ。
そんな会話をしつつも、船室にはいってゆくロイドと男の姿。
「ど、どうしよう」
どう考えても胡散臭すぎる。
姉たちを呼びに行く。
かといって、ここにロイド一人を残していく、というのはあまりにも危険。
とまどうジーニアスの耳に、船内より何やら談笑する声がきこえてくる。
やがて。
「よし。これが契約書だ。なくすんじゃないぜ?じゃあ、またな。はっはっはっ」
本当に契約を交わしてしまったのか、はたまたお金を払ってしまったのか。
おそらくは間違いなくお金を払ってしまった、のであろう。
船室からでてきたロイドにと、男が何やら紙らしきのもを手渡してくる。
そのまま、男はロイドの肩をバンバンたたきつつ、ロイド達の横をすりぬけ町の中へときえてゆく。
「…なんか、胡散臭い。ロイド、ちょっとその契約書みせてよ!」
「え?お、おう」
ロイドをつれて船の船室にはいっていったとき、自分もといったのに、ここでまたされた。
ロイドが手にしている契約書らしきものをみてジーニアスがいってくる。
ジーニアスにいわれ、素直にロイドが今もらったばかりのそれをジーニアスに手渡す。
が。
「これは!やっぱりロイド、だまされてるよ!」
その契約内容をざっとみたあと、やはり、という感じでしかないが、ジーニアスが憤りの声をあげる。
というか、サインするときに契約内容を確認しなかったのだろうか。
このロイドは。
まちがいなくしなかった、のだろう。
面倒だからいいや、といってそのままお金だけはらってサインした。
その光景がありありと浮かんでしまう。
その場にいなかった、というのに。
「へ?どういうことだよ?」
ジーニアスにいわれても、ロイドは意味がいまだに理解できていない。
「ここをみてよ。賃貸契約書ってかかれてるよね?
  ロイドはアイフーリードという人物からこの船を三千ガルドで借りたことになってるんだよ!」
「な、なんだって!?」
ここにきてようやくロイドも買ったとおもったものが借りたことになっている。
という事実にようやく気付く。
たしかにジーニアスにいわれるとおりみてみれば、
契約書、とおもわしきそれの上には、でかでかと、『賃貸契約書』とかかれている。
何でこれでだまされるのさ。
とジーニアスからしてみれば頭をかかえたくなってしまう。
と。
その契約の対象者の名にふともう一度視線をむけ、
「…あれ?アイフリード?って、ああ!?」
「うお!?ど、どうした?ジーニアス?」
いきなりまたまた叫ぶジーニアスにたいし、思わずロイドが一歩さがりつつもといかける。
どうでもいいが、残橋で騒いでいる、というのに町の人々は無関心。
というより、ほぼ街全体が御祭騒ぎになっているがゆえに、
いたるところで騒いでいる人々がいるので、ちょっとやそっとのことではきにしない。
というべきか。
「今の人がアイフリードなんだよ!イズールドのライラが手紙をわたしてくれっていってた!」
「今のやつがアイフリードか!ちくしょう!ジーニアス!あいつを探しにいくぞ!」
「あ、まってよ!ロイド!」
くしゃり、と契約書をにぎりしめ、駆けだしてゆくロイド。
そんなロイドの後をあわててジーニアスは追いかけてゆく。


噴水広場に駆け込んできたロイドの姿はきょろきょろしており、何ごとか、といった様子。
「あ、ロイド」
「ロイド、ジーニアス。頼んだ買い物はおわったのかしら?」
「えっと……」
コレットがロイドにきづき、リフィルが二人にきづき声をかけるが、あからさまに視線をそらすロイドとジーニアス。
ふと、ロイドが手にしている紙らしきもの。
ぴん。
それはもうリフィルの第六勘。
「かしなさい!」
「「あ!」」
ロイドとジーニアスが隠すまもなく、あっというまに紙はリフィルのもとへ。
ロイドの手から奪い取る形でそれを手にし、ざっとその紙面にリフィルが目をとおす。
怒られないうちににげるぞ。
むりじゃない?
それでも、だ!
視線にての会話は一瞬。
こっそり、そろ~り。
じわじわと、ゆっくりと後ろにさがりつつ撤退をはじめているロイドとジーニアス。
「ろ~い~ど~?じ~にあす~?これは、どういうことなのかしらぁ?
  あれほど、無駄遣いはしてはだめだ、といったでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
刹那。
噴水広場にリフィルの怒涛にもみた大声が響き渡る。
「にげるぞ!」
「うん!」
それはもう条件反射といってよい。
そのままだっとかけだすロイドとジーニアス。
が。
「にがしません!フォトン!」
「「うげっ!」」
すばやく術を発動させ、二人を足止めしているリフィル。
術を受け、その場におもいっきり地面にからめとられているロイドとジーニアス。
「リフィル。いったい、何を…」
クラトスがさすがに術はないだろう、とおもい、リフィルに声をかけるが、
無言で、つい、とリフィルが手にしている洋皮紙をクラトスにとつきだすリフィル。
「何なに?この船を三千ガルドによって賃貸契約を結ぶものと…は?」
さすがのクラトスも意味がわからずに思わずかたまってしまう。
そこには、この船を契約者に賃貸する旨と、契約者の名と施行主の名が。
すなわち、どうみてもどこからどうみても、賃貸契約書。
しかもでっかく上にそうでかでかとそうかかれている。
「どういうことなのかしら?」
にこり、と笑みを浮かべているが、その表情は完全に笑っていない。
「え、あ、あはは。いや、俺としては、三千ガルドで船をうってくれるっていうから…」
「僕は止めようとしたんだよ?!姉さん!」
「おだまりなさいっ!」
本日二度目の叫び。
触らぬ神にたたりなし、とはよくいったもの。
そんなリフィルの剣幕に何ごとかあった、と気付いたのであろう。
あれほどコレットに群がっていた村人たちが、そっと、一人、一人姿をけしてゆく。
誰しも騒動にすき好んで巻き込まれたくは……ない。


「お。なんだ、さっきの坊主じゃねえか」
ロイドの説明をきき、リフィル、そしてクラトスが頭をかかえたのはいうまでもなく。
その人物を探さなければ、という理由にて、人があつまりそうな場所。
すなわち、食堂にと足を運ぶ。
その途中でしいなとエミルとも合流したのだが。
みれば、食堂の一角にて、昼間からお酒らしきものをのんでいる人物が。
その人物は扉から入ってきた一行をみるなり、そしてロイドの姿をみてそんなことをいってくる。
「てめえ!アイフリード!」
すでにこの食堂にいる町の人々も出来上がっている、らしい。
神子様の幻影がみえる~とかいっていることから、どうやらまともなものはいないらしい。
というか昼間から酔っぱらって何をしているというか呆れざるをえない。
「あれ?よく俺の名をしってたな」
「いや。契約書に名前あったし」
そんな男性、アイフリードに思わず突っ込みをしているジーニアス。
「さっきはよくもだましてくれたな!」
ずんずんと、男に近寄り、憤慨した様子でどなるロイド。
だがしかし、
「おいおい。契約書を確認しないあんたが悪いんだろうが」
アイフリード、と呼ばれし男性はそんなロイドの言葉をさらりとかわす。
「まあ、契約、というのは絶対だしね」
特に自分達のような精霊達にとっては。
そのせいで、次なる契約の上書きをするものがいなく、精霊達はずっと契約の楔にしばられている。
ミトスがその契約の誓いを破っている状態なのにもかかわらず、である。
このあたりの理も少しばかり考える必要があるのかもしれない。
たとえば、誓いがたがえられたときに強制的に絆を解除する、そのような理をもってきてもいいかもしれない。
このあたりのことは、他の精霊達の意見もきいてみたほうがいいであろう。
契約と盟約は似ているようで異なるにしろ。
自分にかけている誓約は力の大きさから変えることは考えてはいないが。
それでなくても自分をコアにしてその力を我がものに。
というのは、目覚めている自分は従える、もしくはどうにかすることができないのなら、
とある魔族がおもいついたこと。
それを人に伝えたにすぎない。
リヒターと契約したデミテルも何というか。
そういえば、かの時代、ライゼンにちょっかいをかけていたのもたしかデミテルであったような。
もっともそれは後からマクスウェルから聞いたのだが。
ダオスに魔物達が従っていたのは、
あくまでもダオスがノルンの加護をうけしものであり、大樹の気配を纏わしていたがゆえ。
そういえば、とおもう。
こちら側がおちついたら少しばかり里帰り、というわけではないが、あちらに移動してみるのもいいかもしれない。
誰がすきこのんで我が子が窮地に近いうちになるのをほうっておけるだろうか。
…といってもこの時代からは数万年後にしろ。
心構えとか、もしくはマナの制限とか。
教えておくのとおかないのとでは、かの時代における危機を乗り越えるきっかけになるであろう。
「…エミル。どっちの味方なんだよ」
きっぱりといいきるそんなエミルの台詞にロイドがうらみがましくいってくる。
「でも、契約内容は大切だよ?相手が契約内容の誓いとかをたがえていたりするのなら別として。
  そういうのがないのなら、どうしても契約は施行されるからね。それは君たちヒトにとってもそうなんでしょ?」
契約の施行、そして誓い。
その言葉から連想されるは、精霊の誓いと契約。
それゆえにクラトスがぴくり、と反応する。
たしか、国というものがあったと場合は司法によってそれらのことが決められ、
そしてその法律によってヒトは裁かれていた、はず。
そんなエミルの台詞に、
「エミル。そのいいまわしだと、ヒトじゃないものがいってるみたいにきこえるよ?」
「え?そう?」
事実、ヒトではないのでまったく問題ないのだが。
ジーニアスの台詞にすこしばかり首をかしげるエミル。
「ま、いいけどね。たしかに。きちんとした契約書があるのに。それを実行とかしなかったりしたら、それこそ契約不履行。
  とかいって、逆に訴えられてもおかしくないし。その街の人達が動くかどうかは別として」
「そうね。国でもあれば別なのでしょうけど。ここ、シルヴァラントにはそういうまとめる組織や機関がないから、
  どうしても町や村ごとの対応にはなるでしょうね。そんな訴えがあったとしても」
「…国、か」
しいながそんなジーニアスとリフィルの言葉をきき、ぽつり、とつぶやく。
その組織そのものが厄介な法律を通した場合、民からしてみればどうにもならない。
あの法律が成立しなければ、あそこまでひどくはなっていなかったという思いはある。
しいながすこし顔をふせていることに気づくことなく、
「そういや、なんで国がないんだ?」
今さらといえば今さらのロイドの言葉。
ふと、今の話しをきいて思うところがあったらしい。
「ロイド?あなた、授業で何をきいていたの?何を?!
  かつてはきちんと国はあったのよ。でも、ディザイアン達によって国は滅ぼされてしまったの。
  一節には、王家のものが生き延びて、ディザイアン達がいなくなるのをまっていて身をひそめて期をうかがい。
  いつか王国の再興を、という噂もあるようですけどね」
リフィルの言葉でマルタのことを思い出す。
たしか、マルタもパルマコスタ王朝の末裔、そういっていた。
何でも父親がその直系だ、と。
王家の証なるものをあのプルートはもっていたというし、リフィルがいうのはおそらく彼らのことなのであろう。
「今日からここ、シルヴァラントの歴史をロイドにはおさらいしてもらいましょう。
  そうね。まずは、古代パラクラフ王廟の憲法の百カ条まで。まずはレポートにまとめてもらいましょうか」
「うげ!?せ、先生、それはっ!」
リフィルの言葉にロイドがおもいっきりあわてているが。
どうやらかつての時代のそれらの法律は、遺跡からなのかある程度は把握されているらしい。
「あら。パルマコスタ憲章の元になった法律よ?なら、同じくパルマコスタ憲章も」
「ふえてるし!」
ロイドが悲鳴に近い声をあげる。
「うわ~。ロイド。いいな~。お勉強か~」
そんなロイドにコレットがにこにこと話しかけているが。
「よくねぇぇぇぇぇ!」
おもいっきり絶叫しているロイド。
何やら話しが脱線している。
それはもうものすごく。
「あの。えっと、アイフリードさん、でしたよね?」
「おう。おまえさんは?」
「あ、僕、エミルといいます」
どうも彼らにまかしていては話しが脱線しまくり先にすすめない。
ゆえに、おずおずとアイフリードにと話しかける。
「この契約書なんですけど。三千ガルドで賃貸契約、とかかれてますけど。
  ロイドは今、旅をしているので、滅多に船は使用できないとおもうんですよね。
  あと、きになるのは、ここ、なんですけど。
  月ごとにより、とかかれているのは、もしかして、月毎に三千、ということですか?
  たしかに、月借りというのはありますけど。
  まあ、船を月で三千でかりる、というのは安い方とおもいますが。
  けど、毎月、ロイドは絶対にここにこれるともかぎりませんし。払えませんよ?」
事実、契約書には、月ごとに三千ガルドを支払う旨という項目がある。
どこぞの惑星では移動する手段…すなわち、車のスペースを借りるのに、万単位必要なところもある。
月で三千、というのはたしかに破格。
大概は、数時間でそれくらいになる、というのに。
例をあげるのならば、あれくらいの大きさの船でいえば、大体三時間程度で二万から四万辺りが相場であろう。
あの船が十人乗りである、と想定して、であるが。
というか、この人、まちがえて、万のところを千、とかいたんじゃあ?
という思いがエミルからしてみればぬぐいきれない。
「ふむ。たしかに。毎月払えないかもしれない、というのならたしかに困るな」
エミルの言葉にしばし思案し、
「よしよし。わかった。それじゃあ、こうしよう。俺と一緒に新しい契約をしよう。
  俺と一緒に七つの海を冒険しようじゃないか」
しばし思案したのち、ぽん、と手をたたき、何やら別なことをいってくる。
「どういうことだよ?」
いまだに頭をかかえていたが、アイフリードの言葉にようやく正気にもどって問いかけているロイド。
「俺は、今、導師スピリチュアが残したといわれている伝説の財宝を探しているんだ。
  それに協力してくれたらあの船はくれてやるよ」
その言葉に思わず顔をみあわせるリフィルとクラトス。
そして。
「ちょっとまちなさい。ロイド。話しをきくかぎり、この男、信用にあたいしないのよ?」
「うむ。リフィルのいうとおりだ」
その台詞はほぼ同時。
すかさずリフィルとクラトスの声が同時に重なる。
「ドワーフの誓い十八番。だますよりだまされろ、だ。とりあえず信じてみるさ」
「は~。まったく。…この子、イセリアからでたら詐欺師にひっかかって破産するタイプね」
リフィルがあきれつつも首をふり、
「しっかりと財布のひもや、簡単にサインや拇印をおさぬように言い含めるしかあるまい」
クラトスもまたため息まじりにそんなことをいっている。
「よ~し。じゃあ、契約書をかわそう」
「ま、またかよ」
いいつつも、先ほどまでかわしていた、という契約書をそのまま懐にいれたのち、
次なる契約書、なのだろう。
今度は別の紙を取り出してくる。
どうやら腰の鞄にいくつかの契約書もどきをいれている、らしい。
「今度は私も確認します。ロイドにまかせていたら不安ですからね」
いっても無駄。
ならば、きちんと確認する必要がある。
また、だまされてはどうにもならない。
先ほどの洋紙は羊皮でつくられていた紙であったが、今度のは薄いタイプの紙らしい。
リフィルが机の上におかれたその内容をみて、どこかに不自然な点がないか、じっくりと内容を確認する。
そこにかかれている内容は、宝探しに協力します、という旨。
それ以外に不自然な箇所はみあたらない。
「問題ないようね」
リフィルの言葉をうけ、
「よし。サインするぞ」
いって、手渡されたハネペンにてインクをつけたのち、契約者のところに名を書き込んでゆくロイド。
名をかきおえ、契約書を取り交わしたのち、ロイドにとその契約書が手渡される。
と。
「よ~し、さっそく出発だ。いくぜ。野郎ども!」
いって、かたん、とたちあがる。
そんなアイフリードに、
「な、なんだよ。いきなり」
いきなり、椅子から立ち上がったアイフリードの行動に怪訝な声をあげるロイドに対し、
「きまってるだろ。今からおまえらはコノアイフリード様の子分だ」
「「「はぁ?」」」
その声は、ジーニアス、ロイド、しいな、ほぼ同時。
「ちょっとまて!俺達は宝探しに協力するだけだぞ?!」
何やらまた雲行きがあやしい。
それゆえにあわててロイドが叫ぶが。
「そう思うのが素人の浅はかさよ。ちゃんと契約書をみてみろよ」
ちっちっちっ、と指をふりつつもいってくる。
いわれるままに、今手渡されたばかりの契約書をみてみるが。
「…ねえ。ロイド。この契約書……」
「あ。この契約書。海賊志願書になってるよ?」
思わずそれをみて目をぱちくりさせてつぶやくエミルは間違っていないであろう。
そしてまた、コレットもその契約書の上の項目に気付いたらしく、そんなことをいってくる。
「そんなバカな!?」
リフィルが驚き、その契約書を奪い取り確認するが、たしかに項目はそうなっている。
さきほど確認したときの内容とは異なるもの。
「…おおかた、契約書が二枚つづりにでもなっていたのだろう」
ため息とともにクラトスがつぶやいているその声は、どこか疲れた感じをうける。
「・・この子はこれでこの先大丈夫なのか?」
などそのまま何やらぶつぶつ言い始めているのがきになるが。
まあ、気持ちはわからなくもない。
しいなも何ともいえない顔でそんなクラトスとロイドをみていたりする。
「つまり。ロイドは知らないうちに二枚目のこれ。海賊志願書にもサインしちゃった。ってことみたいだね。
  机の上においていたときに、契約書が重なってたんでしょ。で、複写形式になってて、ロイドは知らずにサインした、と」
よくもまあ、他者の目の前で正々堂々…といえるのかもしれないが、成功させている目の前の彼はあるいみいさぎよい。
きちんと契約書を手にとり確認していればその違和感に気づけたであろうが。
「はっはっはっ。これで契約成立だ!」
たからかに笑うアイフリードにがくり、と肩をおとしているロイド。
「…化かし合いはあっちのほうがうわてってか?」
しいながぽつり、とつぶやき、
「まあ、契約をかわしてしまっちゃったし。
  それにこれには皆、とはかかれてないし。サインしたロイドだけ志願したでいいんじゃない?」
たしかにそこには、一行を含む、とも何ともかかれていない。
下記にサインしたとおり、海賊志願を申請いたします。アイフリードの部下となります。
といった内容しかかかれていない。
「それもそうだね。なら、海賊に志願したのはロイドだけでいいってことかい」
「じゃない?」
さらり、と何でもないように会話しているエミルとしいな。
「たしかに。これにはかかれていないわね。ああ、教え子が海賊…頭がいたくなってくるわ」
わざとなのか、ふらり、とよろけるふりをしているリフィル。
「さ。野郎ども。そんなチャラチャラした服は着替えちまいな」
そんな会話をききつつも、
ごそごそと、足元においていた荷物のなかから、一つの包みを取り出し、ぐいっとロイドにおしつける。
「うわ?どうして俺だけ?これ何だよ」
「海賊の服だ」
「何で俺だけ!?」
きっぱりといいきるアイフリードにたいし、ロイドが抗議の声をあげるが。
「…わりいな。資金不足なんだ。代表してお前が海賊だ」
「・・・・・・・・・・」
「よかった。僕、この歳で犯罪者の仲間入りはしたくないもの」
「あたしはみずほの民だから海賊とかにはなれないしね」
ぴくり。
さらり、といったしいなの言葉にクラトスが反応する。
しいなは、自分が今いった言葉にあるいみで失言が混じっていることにきづかない。
気付いていない。
「ああ。でも潜入調査とかには服は必要かも」
「潜入?しいな、すご~い。どこかに潜入とかできるの?」
「え?あ、ああ。あたしたちの得意とするところさ。
  ディザイアンの服も手にいれてるからいざとなれば奴らの内部に侵入もできるよ」
コレットの言葉に、これまたさらり、といっているしいな。
すなわち、しいなはそういった組織にくみしている、と自分から暴露しているようなもの。
しいなは暴露したことにまったくもって気付いていないが。
「ほらほら、着替えてくる」
ばんばんとロイドの肩をたたきつつ、いってくるアイフリード。
「まあ、しょうがないし。ロイド。着替えてきたら?」
「そうそう。郷にいれば郷にしたがえってね」
エミルとジーニアスの台詞に、がくり、とうなだれ。
ぬぎっ。
ぼかっ!
その場でいきなり服を脱ぎ始めるロイド。
そんなロイドにすかさずリフィルの鉄槌が振り下ろされる。
「ロイド!こんな公衆の面前で服を脱ぎだすんじゃありません!せめて、奥の部屋とかで着替えてきなさいっ!!」
リフィルのいい分は至極もっとも。
「え~?ここでいいじゃんか~」
「よくありませんっ!」
「ロイドって…ほんと、周囲の空気よまないよね」
あきれたようなジーニアスの台詞。
リフィルにすごい剣幕でいわれ、しぶしぶながら奥の部屋をかり、着替えることにしたらしいロイド。
ロイドが着替えてくるその間、
「へ~。アイフリードさんは、海を活動の場にしてるんですか」
「おう。この前までにあった闇もだけど、異様に海に魔物がふえちまってな。
  まあ、普通のもんたちは、魔物にびびってやったけど。
  魔物はたしかに増えていたがなぜか攻撃してこなかったからな。
  おかげで、ここ、ルインにまで何ごともなく到着できるか。とおもったらあの闇だろ?
  数隻の船が座礁してしまってな。あの船もそのうちの一つさ。どうにか簡単に修理はできてるんだがな」
エミルの問いかけにそんなことをいってくるアイフリード。
そういえば、しもべ達に命じ、情報を集めていた、
とアクアがいっていたので、その関係で海の魔物達が活性化していたのだろう。
「それはそうと、ロイドはもう、お金をはらってるんですよね?」
「お、おう。が、あれは始めの契約違約金としてこちらがもらうからな。かえせねぇぞ?」
どうやらお金は返すきはないらしい。
「まあ、それはいいんですけど。アイフリードさん達は、ならパルマコスタにむかうんですよね?」
「おう。今日もあっちにいく便が昼過ぎにあるが、どうかしたのか?」
ききたかったのはまさにそこ。
くるり、と振り返り、
「リフィルさん。彼らにパルマコスタにまで連れて行ってもらってはどうでしょう?
  ロイドが払ったお金は、船賃、ということにするとして。
  どちらにしても、ソダ間欠泉にいくにはあちらにいく必要があるでしょ?
  ここからだと、空路、もしくは海路をつかったほうがあっちにいくには早いですし」
エミルの提案に、
「あ。それいい。三千ガルドも無駄にならないし」
「え?…海?」
リフィルがさっと顔をあおざめさせる。
「ふむ。たしかに。空路よりは海路のほうがいいかもしれぬな。
  しかし、ここからだと絶海牧場のディザイアン達が危なくないか?」
クラトスのそのいい分に、
「あいつら、最近海の魔物がおおいせいか、なりをひそめてるんだよ。
  主に空路を利用してやがり、海路にはディザイアンのデの字もないからな」
海に魔物がおおいのならば、空を利用すればいい。
とばかりに、実際、飛竜達を移動手段にしているらしい。
彼らに捉えられている飛竜達も近いうちに全員解放する必要性があるであろう。
彼らには何の罪もないのだから。
「もしいくのなら、俺の自慢の船。カーラーン号がもどってくるから、それでつれてってやれるぜ?」
ぴくり。
カーラーン号、その言葉にびくり、とエミルが反応する。
「何で大樹カーラーンの名?」
エミルが気になりといかけるが。
「うん?お。お前にはわかるか。
  聖地カーラーンでなく、大樹の名をかりたのはな。そりゃ、マナの恩恵をうけるためにきまってる!
  大樹カーラーンはマナを産む母なる大樹、といわれていたしな」
「ああ。あの伝説の」
ジーニアスがぽつり、とつぶやく。
伝説でも何でもないのだが。
「船の質は保障するぜ!何っていっても大金はたいて、腕のいいドワーフにつくってもらったしな!」
「腕のいいドワーフって…」
「イセリア地方にすんでいるドワーフに頼んでな。完成まで数年かかっちまったが」
「「・・・・・・・・・・・・・・」」
イセリア地方にすむドワーフ。
それが誰をさしているのか…いうまでもなく。
「こんなところでダイク叔父さんの話題をきくとは」
ぽつり、とジーニアスがもらすが。
「そういえば、前、ダイク叔父さんが、海のちかくで大きな船をつくってる。って村の人がいってたことがあったな~」
当時のことをおもいだし、コレットがそんなことをいってくる。
彼らがそんな会話をしている最中。
「お待たせ~」
どうやら服を着替え終わったらしい。
ロイドが奥の部屋から戻ってくるのがみてとれる。
頭に白い布…バンダナのようなものをまき、上着はベストのみ。
基本、緑と、そして黄色い線を主体とした申し訳程度に体をおおうベスト。
腕にまかれているのは草であまれし籠手。
靴はしっかりとしたつくりで険しい山道などでも問題なさそうなもの。
なぜかそれまでつけていた長いマフラーの色か白から赤になっているのがきになるが。
『・・・・・・・・・・・・・』
その服をみて、全員が何ともいえない表情となる。
「何だ?不満か?」
「…意外とわるくねえな。この格好」
いいつつも、くるり、とその場で一回転。
「おお!何だよ。話しがわかるなぁ!坊主!」
アイフリードがロイドの言葉に気をよくし、ぱんばんとロイドの肩を再びたたく。
「……ロイドのセンスって……」
ジーニアスがつかれたようにいい、
「……ロイド。私が……」
私が育ててやれなかったばかりに。
そんなことを思いつつ、盛大にため息をついたのち、
「すまない。ロイド」
本気で頭をさげているクラトスの姿。
「クラトス。あなたが謝る必要はなくてよ。この子は昔からこうなのですもの。
  でなければ同じ服を毎年、毎年ダイクにつくらせるものですか。しかも同じ服を何着も、毎日着回してまで」
クラトスの気持ちはリフィルからしてもわからなくはない。
ないが、ロイドの服のセンスのなさは今にはじまったことではない。
何しろ同じ服をリフィルがイセリアに移住して毎日着ていればなおさらに。
聞けば、同じ服を何着もつくってもらっており、毎日一応着替えているらしい、のだが。
それをきいたときは、村人の誰もがあきれてしまったほど。
ちなみに小さい子を含めて、である。
「というか、なんだってあんたがロイドに謝るのさ。ロイドの父親でもあるまいしさ」
頭をさげているクラトスをみて、しいながさらり、と言い放つ。
実際、実の父親、なのだが。
どうやらロイドを含め、まだ誰もそのことに気付いてはいないもよう。
というか、マナがこれほどまでに酷似しているのに、
なぜリフィルにしろジーニアスにしろ気付かないのだろうか。
エミルからしてみればそちらのほうが理解不能。
「そ、それは……」
しいなの言葉にクラトスがいいよどむ。
そんな中、
「よ~し。さっそく捜査にむかってくれたまえ!」
「くれたまえ、ってどこへだよ」
ロイドの突っ込み。
「きまってるだろ。マーテル教会関係をかたっぱしから探すんだ」
きっぱりといいきるアイフリードはまったく悪びれてもいない。
「俺達だけにはたらかせるつもりかよ!?」
ロイドのそんな抗議の声に、
「仕方ないだろう。先日まであった闇で船は座標してしまったしな。
  俺達は町の人達の食糧調達などでここからはなれられないんだから。
  俺達ののこった船はパルマコスタとの食料運搬とかでうごかせないしな」
だから、情報収集はお前達にまかせた、とばかりにきっぱりといってくる。
「?パルマコスタにいってるのかい?さっきもそんなこといってたけど、あんた」
「おう。闇が取り除かれてどうにか航海も可能になったしな。
  ここからいくにはディザイアン達の絶海牧場もあるが、
  ディザイアン達に見つからない航海ルートというものもあってだな。
  まあ、ようは、こことパルマコスタを俺達が今現在はつないでるってわけだ」
「しかし。さきほどのエミルの言葉には一理あるな。
  ここから海路をつかえば、たしかにソダ島にまでは早いだろう。
  パルマコスタにて旅の道具を買いたすことも可能になるしな」
クラトスが話題をここぞとばかりにかえようとそんなことを言い放つ。
これ以上、親云々の話題をふられ、自分がついボロをだしかねない。
それゆえの話題変換。
「もしいくなら、出発時は鐘で知らされるからな。そのときにさっきの桟橋にまでやってくればいい。
  じゃあ、諸君、検討をいのる。はっはっはっ」
いいつつも、そのままその場をあとにしてゆくアイフリード。
唖然とそんな男性の後ろ姿を見送るものの、
「あのぉ。今のひとのお勘定……」
『・・・・・・・・・・・・・・・・』
「あ、あいつぅ!」
どうやらお金も払わずにこの場をあとにしたらしい。
ロイドが憤慨した声をあげるが。
「おや?これは神子様ではありませんか。神子様がたからお金はもらえません。
  では、あのものも神子様がたの連れですかな?」
「え、あ、は」
「違います」
はい、といいかけたコレットをすかさず遮りきっぱりといいはなつリフィル。
ここでコレットがみとめ、これから先も神子の一行の連れだから、
といって無銭飲食をどうどうとされてはたまったものではない。
「とりあえず、でもはらっときますね。彼にこれから、パルマコスタにまで運んでもらう、という話しがつきましたので」
エミルがいうと、
「ああ。彼らの船でいくのでしたら安心ですね。彼らはあれでも海賊ですし。腕はたちますから」
いくらですか?
といえば、代金は二千程度らしい。
それゆえに、鞄からお金を取り出しはらっておく。
そもそもエミルはパルマコスタでとある鉱石を売り払いお金にしているものの、
基本、お金をつかうことが皆無といってよい。
なぜか鉱石を売り払ったときに二十万ちょいもらっているがゆえ、かといってお金をつかうこともない。
ゆえに出費に関しては気にしていない。
エミルが素直にアイフリードの飲食代を払うのをみて、
「エミル。あなた、甘やかすのはよくないわよ?」
リフィルがため息まじりにいってくるが。
「え?でも。パルマコスタにまで運んでもらうんですし。
  ノイシュを含めて、僕にリフィルさんに、コレット、ジーニアス、ロイド。
  それからしいなさんにクラトスさんでしょ?これくらい追加でだしても、乗船賃としてはそんなものじゃないですかね?」
「エレメンタルカーの利用が一万ちょいだからたしかに問題はないかもしれないけどさ」
ぽそり、としいながそんなことをいってくる。
「エレメ?」
ジーニアスがその言葉に首をかしげるが。
「な、何でもないよ!そう、何でもないさ。あはは」
失念した、とばかりに笑ってごまかしているしいな。
「スピリチュアの財宝かぁ。なんだか楽しそう。ね。ロイド。救いの小屋とかいろいろとまわってみようよ。
  ここにかかれてる内容は、きいたことのない地名がおおすぎて。
  地図もあるんだけど、私たちがしってる地図とはまったく違うんだもの」
手にいれた書物にかかれている地図は、コレット達がしるものとはまったく違うもの。
本来あるべき大陸の姿が描かれているといってよい。
「たしかに。私もみたけども。地図としては役にたたないわよね。
  そもそも、雷の神殿?それに闇の神殿、とかきいたことすらないもの。それに、この大陸」
本の下のほうにあるちょっとした大陸。
「こんな大陸があるなんて、きいたこともないわ。そもそも、今の地図とまったくこれは異なっているもの。
  …信憑性からしてみれば、この本にかかれている内容は、果てしなくあやしいわね」
リフィルからしてみればそういうよりほかにない。
何しろまったく、世界地図、とよばれしそのありかたか異なっている、のだから。
「しかし。くそ~。アイフリードのやつ、俺達をはめやがったのか!」
ロイドがいまさらながらにそんなことをいっているが。
「ああ。まったく。とんだ詐欺師だよ!けど、ジーニアス、あんたもなんで始めのときにとめなかったのさ」
あきれたようなしいなの声。
「止めようとはしたんだけどね……」
ジーニアスとしてもため息をつかざるを得ない。
「二枚つづりになっていた契約書に気づけなかったのは私もうかつだったわ。
  もっとも、詐欺にひっかかるほうも悪いのだけど」
リフィルもまた、盛大にため息をつきつついってくる。
「なんだよ。リフィル。そりゃまるで、泥棒するやつより、される方の奴のほうが悪いみたいな理屈だよ」
そんなリフィルにしいながいうが。
「あら。私はひっかかるほうも、といったでしょう。
  とにかく、契約書を交わした以上、宝探しとやらにつきあわないと。
  スピリチュアが残したというのだから精霊の封印にも関係してるかもしれないしね」
スピリチュアの書を閲覧できない以上、もしかしたら何かの目安にはなるかもしれない。
そんなリフィルの言葉に、
「この本にかかれている地図、私たちが知っている地図とはまったく違うんですけど。
  それについては、リフィル先生、どうなんでしょうか?」
「そうね。わからないわ」
コレットが手にした写本のそれにかかれしは、世界が二つにわけられるまえの世界のありよう。
すなわち、まだ世界がミトス達によって二つにわけられる前の大陸のありよう。
「けっきょく。その精霊の巡礼でもわかんねぇってことなんだよな。はぁ。なんとかの書を閲覧できればな~」
「もう。ロイド、だ・か・ら!スピリチュア書だってば!」
何やらわきあいあいと会話をかわすロイド達。
「とりあえず、せっかくだし。ロイド達、何かここでたべる?」
「そうだな……」
「いえ。まずは情報を手にいれましょう。祭司様がいついなくなるかわからないのですもの」
今はまだピッカリング祭司長はもどってきているが、いつまた旅の続きにでてしまうかわからない。
ならばまずは情報収集が先決。
何しろ、手にいれた精霊の書が役にたたない、とわかったのだからなおさらに。


「スピリチュアの財宝ですか?たしか、スピリチュア様が初めて旅業をなさっていたとき
  両手につけていた腕輪がかなりの値打ちのものだったときいておりますね」
祭司長達はどうやら教会にもどっていた、らしく。
教会にでむき、スピリチュアの財宝のことをきくと、一人がそんなことをいってくる。
そしてまた、
「そういえば、スピリチュア様の七人の弟子の子孫が旅業をしておりました。
  七聖者の子孫である彼ならばその財宝とやらも存じ上げているかと……
  たしか、救いの小屋を回っているとのことですので、いずれ巡り合えるやもしれませぬな」
聞けばやはりというか、一度町にもどってきたものの、
やはりまだ旅業の途中なのでこれからまた出発する、というピッカリング。
まあ彼が戻ってきて町の人にいらないことをいったがゆえに、
コレットが再生の神子だ、と町の人々に知られてしまったのであるが。
そんなピッカリングの言葉に、
「七聖者の子孫ですか?ああ、アウグスト大祭司のことですね」
思い当たるところがあるらしく、もうひとりの祭司がそんなことをいってくる。
礼拝堂にちかいルインの教会。
外ではいまだにまだ御祭騒ぎの余韻が抜け切れていないようではあるが、
この場には他の街の人はやってきていないらしい。
「アウグスト様が七聖者の子孫だったのですか?」
そんな彼らの言葉に首をかしげるコレット。
「しってるのか?」
ロイドの問いかけに、
「祭司の方は、一度は必ずおばあ様のもとで修業をするから」
ゆえにコレットとも当然面識がある。
というか、神子であるコレットに必ず修業にきた彼らは面通しされる。
「アウグスト様なら旅業の最終地でスピリチュア様からお預かりした宝物を納める。
  とおっしゃっていたらしいですな。たしかパルマコスタに向かわれたとか」
その言葉に顔をみあわせるロイド達。
どちらにしてもこれから向かうはパルマコスタ。
と。

カラ~ン、カラ~ン……

どこからともなく鐘の音がなり響く。
「おや。そろそろ船の出発時刻のようですな。神子様がたもいかれるのでしょう?」
「おきをつけて」
どうやらこの鐘の音が出発の合図というか集合の合図になっているらしい。
とりあえず聞くべきことはきいた。
それゆえに、待ち合わせ場所でもある、ロイドが一番始めにだまされた、という残橋にとひとまずむかってゆくことに。
目指すは、パルマコスタ。
そしてソダ間欠泉。



pixv投稿日:2014年1月7日某日(Hp編集:2018年4月22日(日)

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あとがきもどき:


※町の人々のシーン。しいなが町に戻ったときにさらり、と流したシーンについて※
クラトスの贖罪をよんで、もう一つ実は思いついたシーンがあったのですが。
そちらのシーンはあまりに村人たちが神子、というものをあるいみ神聖視というか、
コレットという人をみていない、というシーンであったのでさらりと流す感覚で、
と、以前に考えていたもののほうをとりいれました。
ちなみに、贖罪をよんでおもいついたのは、
町に戻る→倒れているコレット→倒れているのが神子の試練ときき、やれめでたい。
とかいってロイドたちの心情を無視し、村人たちがお祭り騒ぎになるという。
で、しいな&コレットが街の人々にたいし怒る。といったシーンも思いついてました。
祭司たちは神子が死ぬための生贄、としっている以上、
そして町の人々も、おそらく、神子、という立場でみて、
生身の人間、というのを絶対に失念してるような気がしたんですよね。
切実に。
事実、天使の子、としてコレットはロイド達以外には疎遠にされてたっぽいし。
漫画版のコレットの過去話しみてさらにそれを強くおもってたりという裏事情。


※参考にした船のレンタル価格※
十人のり。クルージングボード。
        平日    土日祭日  特別日
三時間
10月~5月 27,000円   31,000円  37,000円
6月~9月  30,000円   35,000円  42,000円
6時間
10月~5月 45,000円   52,000円  60,000円
6月~9月  48,000円   55,000円  63,000円