扉を潜り抜ければそこは狭い部屋にて、再び目の前にあるのは転送陣。
その転送陣を抜ければ一番初めにたどり着いたような光景の場所にとたどり着く。
壁や床にはいたるところに木の根がびっしりとつたっており、
足元を気を付けなければ確実に足をとられてしまう。
異なるのは、より注意してすすんでいかなければ、
通路のいたるところに翼を生やした天使たちが、武器をかまえ、
ふわふわと飛んでいる、というのがこれまでとはかなり違う。
つまりは、天使たちが見回りをするほどのどこか、に近づいている何よりの証拠。
天使の目をどうにかかいくぐりつつも進んでゆくことしばし。
やがて再び転送陣らしきものが目にはいり、その場にとみを投じれば、
その先は階段となっており、どうやら地下にその階段は続いているらしい。
その長くつづく階段をおりてゆくと、頑丈な扉が目の前にとあらわれる。
「…くそ。ダメだ」
「たぶん、中からロックされてるんだよ」
扉を開こうとするが、扉はびくともしない。
カギ穴のようなものも見当たらない、ということは、
おそらくはこれも魔科学の一種の何かで扉が閉ざされているのであろう。
ロイドががしがしと扉の隙間に剣を差し入れ、どうにかこじ開けようとするが、
扉はびくり、ともうごかない。
「おそらく、こちらに扉を開く装置がない、ということは中にあるのでしょうけど…」
内部からのロック式の扉。
「どこかに、隠された何かがあるかもしれないわ。手分けして探しましょう」
壁の中に隠されている中にはいるための仕掛けがあるかもしれない。
しいていえば暗証番号式のセキュリティ・システムとか。
リフィルの言葉をうけ、それぞれ顔をみあわせ、周囲の壁、そして床を確認しはじめる。
壁もかなりもろくなっているのであろう。
時折、壁をたたくとぼろり、と壁がもろくも崩れ落ちる。
バラバラと周囲に石が崩れるおとと、ホコリが舞い落ちる。
壁をいくつかコンコンと叩いてはどこかに仕掛けがないか、
もしくは壁の色などにどこか不自然な点はないか。
ひたすらに注意深く目をこらす。
もしかして離れている場所にあるかもしれない、という理由にて、
下りてきた階段付近も調べてみるが、どこにもそれらしきものはみあたらない。
道が続いている以上は、何らかの仕掛けが必ずどこか、にあるはずなのに。
思い込み、とはよくいったもの。
実は階段の途中にあったとある明り取りとなっていた装置の真下。
その真下にスイッチがあったりするのだが。
仕掛けとは扉の付近にあるべきもの。
という変な先入観のせいで、かなり離れた場所にあるそこにスイッチがあるなどと、
リフィルを含めたロイド、ジーニアス、プレセアの三人は気づけない。
「…ふつう、こういうところにはヒントくらいどこかにないのか?」
これまでの遺跡などでもかならずヒントのような文章がどこかに刻まれていたりした。
それをおもい、思わず愚痴をいっているロイド。
たしかにそれらのヒントを見つけ出すまでは面倒ではあったが、
何もない状態で仕掛けを探す出すのはあるいみで一苦労。
しかも地下であるせいかかなり薄暗い。
かろうじてみえるあかりはなぜか壁につたわる木の根から、
淡い光の粒がときおり舞っているからに他ならない。
リフィルやジーニアスいわく、それはマナの光だ、というが。
ロイドにはそれを感じることはできない。
ただ、明かりの代わりになってくれているのでラッキーという程度の認識でしかない。
それがどれほどとてつもなく、またありえないことなのか。
ロイドはそれに気づかない。
気づくことができない。
これらのマナは大地を構成するのに使用されており、
ゆえに、大樹がなくなり、ラタトスクたちが眠ってしまっていた中でも、
大地が消滅していなかった要因であったりするのだが。
そのとてつもない現象を直視しているというのに、その事実にロイドは気づくことはない。
ジーニアスとリフィルはさすがにマナにきづき、驚愕しているのだが。
地下に進んでゆくにつれ、マナがより濃くなってきている。
息苦しいマナではなく、まるでぬるま湯につかっているかのような、暖かな感じ。
それとともに、なぜか感じる嫌悪感。
それはこの地にただよいし、少女たちが抱いていた負の感情。
それらの感情が負の力となりてこの場に漂っている。
そしてそれらの力は木の根がはなつマナによりゆっくりとではあるが浄化されていっている。
もしもこれらの木の根がラタトスクの意思により、マナを解き放っていなければ。
負は負をよびこみ、逆をいえば障気を招き入れる小窓を開きかねないほど、
それほどまでに少女たちの、また少女たちの負を媒介としてはいりこみ
クルシスによって無慈悲に殺された人々の負の思念がこのあたりを覆い尽くしていたであろう。
かつての時、ラタトスクはしらないが、そうであったように。
だからこそ、あそこまでけがれた状態で、かつての時、種子は芽吹いた。
芽吹いてしまった。
それらの穢れをもすべて、かの種子に照射されてしまったがゆえに。
穢れをより多く含んだままの種子。
しかも制御するものすらもいない。
かろうじて必至に少女たちの念を受け止めていたマーテルすら歪んでしまうほどに。
そしてそれらの少女たちの念を何とか受けとめていたマーテルに照射された魔導砲。
それによりマーテルの魂は少女たちのその思念とある意味で融合してしまった。
マーテルの守りそのものが緩くなってしまったがゆえに。
ミトスがマーテルのマナをコレットにそそぎこまなれば、
マーテルの意識そのものすら確実に負の思念体たちに飲み込まれてしまっていたであろう。
そしてそれに気づいたマーテルは、その意識をタバサに入れ込んだ。
コレットの体を媒介、として。
それはロイドたちの知らないかつての未来での出来事。
「…?あれは?」
それぞれが分かれつつ周囲を探索することしばし。
ふと何げなくプレセアがふと扉の上のほうの壁に目をむけると、
そこに小さな隙間、のようなものが目にはいる。
隙間、というよりは小さな穴、というべきか。
それはかろうじて小さな子供がひとり、はいれるか入れないか、くらいの小さな穴。
穴だ、とわかるのはそこから木の根が伸びてきているからどこかにつづいている、
というのが嫌でもわかる。
木の根はその穴からのびて、壁につたわり、床の上にて途切れている。
「もしかしたら、あそこから部屋の中にはいれるかもしれません。やってみます」
そんなプレセアの提案に。
「ダメだよ!プレセア!危険だよ!プレセアがいくなら、僕が!」
ジーニアスが思わず叫ぶが。
「ジーニアスは機械の操作、できますか?」
「うっ」
それをいわれるとジーニアスは言葉につまるしかない。
姉であるリフィルならばともかくとして。
テセアラ人であるプレセアは最低限の機械類の扱いには慣れている。
もっとも、過去と今とては技術がかなり異なりはしているが。
それに、なぜかはわからない。
否、何となくは理解はしているが。
最新型の機械類の扱いなどもなぜか脳裏にとはいっている。
おそらく、アリシアと一体化したことが原因、なのだろう。
アリシアはレザレノに勤めていた。
彼女なりに様々な機械類の扱いも自然と身に着けていたはずである。
そんなアリシアの技能的な知識が自分の中にも流れ込んできたのであろう。
そうプレセアは結論つけていたりする。
事実その通り、なのではあるが。
何しろ幾度もプレセアの体はアリシアが使っている。
そのたびに脳の一部に彼女の知識がのこっており、
ゆえに、自然、プレセアにもその知識が継承されているにすぎない。
「中に入れても、機械を操作できなければ意味はない、です。
大丈夫。…中から気配は、しませんし」
ミミを済ませてみるが、扉の先から何の音もしない。
天使たち特有の翼をばさばさとさせる音も。
ということはこの先には今のところ何もいないのであろう。
もっともいってみないことには何ともいえないが。
「…かなり高い位置にある、わね」
じっとリフィルが天井付近にあるその小さな穴をにらみつける。
どうやら通気口、であるらしいその穴は木の根によって外れたのか、
遮るものはみあたらない。
「ロイド。ジーニアス。私たちがプレセアの足場となりましょう」
それはリフィルの提案。
壁に手をつけ、それぞれがそれぞれの上にのぼり、簡単な人による足場を作成する。
それによって、少しでもプレセアが楽に穴の中にはいれるように。
一番したに誰がいくのか多少もめはしたものの、
どうにかロイドがリフィルに強化の術をかけてもらい、
自分がしたになることをいい、そんなロイドの上にリフィルがのり、さらにその上にジーニアス。
三段重ねとなった彼らをのりこえて、天井付近にある穴の中にとその身を投じるプレセア。
キィ。カシャン。
穴の中はやはりというべきか。
木の根がはびこっており、背負った斧を手前にだし、狭いながらもうまく斧をつかいこなし、
何とか木の根をなぎつつも、ずるずると狭い穴をぬけてゆく。
通気口らしき穴はやはりというかこの先の部屋につながっているらしいが。
それにしても、どうやらこの壁はかなりの幅があったらしい。
すぐにてっきり隣の部屋にいくものだ、とおもったのだが。
ずるずるといくどか這いずりようやく視線の先が明るくなる。
みれば、先には鉄柵がつけられているが。
そんな鉄柵をおもいっきり押し出し、その先のへやを確認する。
やはり、というか部屋の中に敵の姿はみあたらない。
それを確認し、鉄柵を力任せにおしきり、そのまま、部屋の中にと飛び降りる。
ここからはってきた通気口にひとりでまた戻るのは不可能に近い。
部屋の中はがらん、としており、壁の横におそらく制御装置なのだろう。
機械があるのがみてとれる。
そちらにかけよりみてみれば、やはりこれが制御装置であるらしい。
さほどそう問題なく扉を開くことができそうだが。
いくばくかの操作のあとに、手動式にてレバーを引けばいいらしい。
あまりにも簡単すぎる。
しかし、躊躇している時間はない。
パチパチとパネルを操作し、解除スイッチであるレバーを引く。
それととに。
ゴゴゴ…
「!?ダメ!!」
ふとみれば、先につづいているであろう部屋のむこう。
その向こう側と部屋とが遮られるかのように、ゆっくりと天井がおりてくる。
このままでは、まちがいなくこの部屋に閉じ込められてしまう。
何とかしなければ。
あわててその下りてくる天井の壁のほうにプレセアは駆け寄ろうとするが。
つぎの瞬間。
シュルリ。
プレセアの足に何かが突如、として絡まりつく。
「な!?」
思わずはっとみてみれば、それは何かの植物のつるのごとく。
しかもどこかでみたことがあるような。
しかもついさきほど。
ふとみれば、壁の一部に亀裂がはいっており、
そこからわさわさと蔓もどきが湧き出しているのがみてとれる。
それはサボテンのような、何か。
その穴の先に何かがまちがいなくいる、のであろう。
何が、とはいわなくても理解できる。
できてしまう。
ぐいぐいと穴のほうにひっぱられてゆく感覚。
でも、このままでは。
「お願い…届いてぇぇっ」
必至に背中に背負っていた斧を何とか手前にだし、
今まさに天井から落ちてきそうなその真下に斧を突き出す。
蔓を切るのを優先していては天井がおりてきて道がふさがれてしまう。
それだけは何としてもさけなければ。
ここに閉じ込められみなが襲撃をうけるようなことになるのは何としても避けるべき。
ぐいぐいと穴のほうに引き込む力。
その力に何とかあらがいつつも、必至でどうにか抵抗し、ぐっと手をのばし、斧を立てかける。
それとほぼ同時。
ガコッン。
今にも通路をふさいでしまいそうであった天井からおりてきた分厚いかべもどき。
それが斧、という障害物により遮られ、一時その動きを停止する。
ふつうの斧であったらいともあっさりと壊れてしまい、時間稼ぎにすらならなかったであろう。
だがしかし、プレセアが愛用しているその斧はそこいらにある斧ではない。
それは、”ガイアクリーヴァー”。
かつて、最強の斧使い、ともいわれたジーク、つまりはプレセアの父が愛用していた斧。
ラルフ・ドナ・フリードよりプレセアがオゼットにて授かった父の形見。
その威力もさることながら、その強度も半端ない。
つまりはちょっとやそっとの衝撃などではめったと壊れることはないといってよい。
それでも限度、というものはある。
斧一本でいつまでも閉じようとする壁を支えきれるはずもない。
プレセアが斧にてどうにか壁をかろうじて食い止めたその直後。
「きゃぁっ!?」
一気にプレセアの足にまきついていた蔓にくわわる力が強くなる。
そのまま、いっきに壁際に力任せにプレセアは引きずられていってしまう。
「「「プレセア!?」」」
扉が開くのと、プレセアの叫びが扉の向こうより聞こえてきたはほぼ同時。
悲鳴をきき、扉がひらくとともに、部屋の中にかけいれば、
その足元に植物のつるらさきものをまきつけて、
今にも壁の横にとある穴の中に引きずり込まれそうになっているプレセアの姿。
「プレセア!?今、たすかけるからっ!」
その姿をみて、さあっと顔を青ざめさせるジーニアス。
ファイアーボールを唱えようとするが、壁が近すぎる。
へたをすればプレセアまで巻き込んでしまう。
その間にもずるずるとプレセアの体は穴の中に引きずり込まれそうになっている。
プレセアの足にからまりついている植物の根のような何か。
それはさきほど自分たちを足止めしてきた魔物のそれとかさなる。
「今、たすけるっ!」
いいつつも、ロイドがあわてて剣に手をかけようとするが。
「いけない。通路がふさがれてしまうわ」
はっとしリフィルが顔をむけたさきは、今にも壊れそうになっているのか、
みしみしと音をたてはじめている支えとなっている斧。
つっかえ棒のかわりとなっているあれが壊れてしまえば、この場所は完全にととざされ、
この先にすすむことはできなくなってしまう。
「私のことはかまわないで。みなさん、いってください!」
「「でもっ!」」
プレセアの言葉にロイド、ジーニアスの声が、かさなる。
「できるはずないでしょ!プレセアをそのままにしてなんて!
まってて、今、その足にからみついてるそれを…」
「できるはずないだろ!プレセアをおいていくなんて!」
ジーニアスとロイド。
二人の声はほぼ同時。
「リフィルさん、二人を」
「わかったわ」
「先生!?」
「姉さん!?」
リフィルがその両手にて二人の手をつかむ。
「何するんだよ!先生!」
「姉さん!?」
ふんじばり、プレセアのもとに残ろうとするロイドだが。
「ロイド。ここまできてあなたはコレットを見捨てるの?」
「ちがっ……」
冷静なまでのリフィルの視線がロイドを射抜く。
「みなさい。このままではあの支えにになっている斧ももたないわ。
わかるわね?つまり私たちはここで足止めされてしまうの。
そうなればコレットを助け出すことなどできはしないわ。
仕掛けが解除できるより早く、追ってがくるでしょうね」
それこそ、仕掛けが作動したのをうけて天使たちがやってくるであろう。
だからこそリフィルは冷たい、とわかっていながらも厳しいことをいいはなつ。
「でも、姉さんっ!プレセアがっ!」
「…ジーニアス。ロイドさん。あなたたちは優しい人たちです。
でも、やさしさに惑わされて判断を誤るなら、ただの甘いヒトでしかありません。
私なら、大丈夫。まだ短剣もあります。いって!もう、斧がもたないっ!」
みしっ。
鈍い音が嫌でも響く。
本当は小さい音なのかもしれないが、その音だけははっきりとわかる。
「みなさんにはやるべきことがあるはずです。それを忘れないでください。
いってください!もう、斧がもちません!」
みしみしという音はだんだんと激しくなっている。
よくよく斧をみてみれば、ぴしぴしとヒビが無数にはいりだしているのがみてとれるであろう。
「いってください!でないと私、ロイドさんやジーニアスのこと軽蔑します!
リフィルさん、二人を!」
「いくわよ!二人とも!」
ここで二人を促すことができるのは自分だけ。
「でも、先生!」
「判断をあやまるんじゃありません!!!!」
みしっ。
より大きな音が響く。
「姉さん!?斧がっ」
ゆらゆらと、斧が揺れている。
もう、時間がない。
「いそいで!斧が壊れてしまうまえに!」
「プレセア…ごめん、しなないで!!」
ジーニアスが涙をその両目にためつつも、はしりだす。
プレセアとコレット。
本当はプレセアの元にのこりたい。
けど、何が優先されるべきか。
ジーニアスとてわかっている。
その思いをふりはらうように、ジーニアスはかけだし、
今にもつぶされてしまいそうな斧。
その真横をどうにかくぐりぬける。
「くそっ」
ジーニアスが抜けきったのをうけ、ロイドもまたプレセアのほうをふりむきつつも、
「…プレセア…ごめんっ!」
それだけいい、ぐっと涙をこらえかけだしてゆく。
「先生も、はやくっ!」
「ええ、わかって…きやっ!?」
「先生(姉さん)!?」
斧だけで支えられている空間はあまりにもせまく。
リフィルもジーニアス、ロイドにつづき潜り抜けようとするが、
その体が壁と床との間に挟まってしまう。
「ロイド!手をかして!姉さんをひっぱりださないと!」
「あ、ああ!」
このままでは押しつぶされてしまう。
そんなことはさせない。
絶対に。
二人がかりでリフィルの手をつかみ、力任せにおもいっきり引き出すためにと力をふるう。
そんな彼らの様子をながめつつ、
「…何があってもまけたらだめ、です。私も…まけま、せんから」
今にも壁に引きずりこまれそうな力はあいかわらず強い。
必至に手を床におき体をささえていたが、手がしびれてきた。
片手をあげ、腰にさしている短剣をすらり、とぬく。
少しでもこのひっぱりこむ力にあらがうために。
「……ロイドさん。どんなことがあっても逃げないで、戦ってください。
あなたなら、できるはず、です。ジーニアス、あなたも…」
「「ぬけたっっ!」」
ドォォッン!
プレセアの言葉と、ロイドとジーニアスがリフィルを隙間からひっばだすのとほぼ同時。
斧の強度に限界がきたらしく、
それまでささえられていた壁が音をたちてその場にとふさがってしまう。
それはまさに危機一髪。
少しでも遅れていれば、また力加減が弱ければリフィルの下半身は、
まちがいなく、落ちてきた壁の下敷きになってしまっていた、であろう。
「姉さん!?大丈夫!?平気!?」
「え、ええ。私は大丈夫よ」
どうにかおきあがりつつも、ぱたぱたと服のホコリをはらう。
「いきましょう」
すくっと姿勢をととのえ、そういうリフィルに対し、
「プレセア…約束するよ。絶対コレットを助けてみせるって。
そして、誰もが自分らしく生きられる世界を作って見せる」
「あの子も現役の樵よ。短剣ももっていたし、大丈夫よ」
そう、大丈夫。
それはリフィル自身にもいいきかせている言葉。
「いきましょう。そろそろ終着も近いはずよ」
時間があれば今の場所で調べてみたいこともあった。
ちらり、と視線にいれたが壁に地図?のようなものがかけられていた。
そこにはこのあたりのことらしき簡単な地図なようなものがかかっていた。
あれを信じるととするならば、終点はかなり近い。
「うん。そう、だよね。プレセアは、大丈夫、だよね。
しいなも、リーガルも……」
リーガルのほうはかなり不安ではあるが。
ミズホの民が参戦したとしてあの数の天使たちに太刀打ちできるかどうかすら怪しい。
完全にと分断されてしまった向こう側。
そこから彼らの声が断片的にと聞こえてくる。
「さて、私も頑張らないと。やぁぁぁぁっ」
体を何とか引っ張り込もうとする力から片方の手でささえつつ、
もう片方の手で足をからめている蔦にとプレセアは短剣を自らの足にむけて振り下ろす――
~スキット:そのころ…~ロイドたちが塔の地下をすすんでいる最中~
エミル「やっぱり、洞にはあれは必要だしな」
ちらり、と彼らの様子は光景、として、
その場の何もない空間に、スクリーンのごとくとして映像、として映し出されている。
映像にうつりしは、かつての大樹の洞。
今はミトスの手がくわわり、すこしばかり人工物の形状をしている地。
かの地はラタトスクの分身体でもある大樹の根。
それにかこまれている地ともいってよい。
ゆえに道をふさいでいる根はラタスクの意思ひとつで、その動きは簡単に制御できる。
アクア「…だからといって、あれは優遇しすぎでは?
わざわざ彼ら専用の武具を用意なされるなんて」
アクアの呆れたような声。
エミル「そうはいうが。アクア。本来、世界樹の洞は、宝箱を自然に生成するように
もともと理をかつてはひいていたのだから問題はあるまい?」
内部にはいってきたもののマナをくみとり、宝箱の中身をかえる。
ちょっとした修行の場として人々にむけて創り出していた。
ここでもそのようにしていた、のに。
ヒトはもののみごとにそのことを忘れ去ってしまった。
だからといって、やりすぎのような気がするのは、アクアの気のせいではないであろう。
ハヌマンシャフトにオーガアクス、サザンクロスなどといった、
彼らにあわせた武具の宝箱をかの地に設置するなど。
優遇以外の何ものでもないような。
もっとも、斧に関しては、たしかプレセアは父の形見である斧を手にいれており、
それよりも威力が落ちるから意味がないような気もしなくもない。
エミル「ミトスが気づくかどうか。それもあるからな」
ミトスが設置していないような品をこの地で手にいれたことに、ミトスが気づくかどうか。
その実験をも兼ねている。
アクア「……ラタトスク様は本当にミトスがかつてのミトスに戻られるとお思いですか?」
エミル「可能性はあるだろう。…あいつは今、まよっている。
迷っているわが子を導くのも親の役目、違うか?」
まあ、本当はかつてのように、ミトスに種子の命、として入り込まれてもこまる。
という理由もあるのだが。
未来の、かつての記憶をもたないセンチュリオンたちにいっても意味がないこと。
センチュリオンたちに、そのかつての彼らとしての記憶を伝えない、ときめたのはラタトスク自身。
ゆえに伝えるつもりはまったくない。
テネブラエ「…それにしても、なぜあのものたちは、宝箱があるのに。
ラッキー、ですませているのでしょうか?
ふつう、疑問におもいませんかねぇ?自分たちが装備できる品。
だ、というその時点で。特にあのロイドは。
他のものは疑問に思い始める気配はありますが……」
しかも、剣とかならばまだいいが、けん玉やら特殊な武器まであるのだから。
不思議におもってもいいだろうに。
イグニス「あ~。たしかに」
グラキエス「唯一、疑問におもっているのはリフィルというものだけですわね」
トニトルス「…しかし、ラタトスク様。あれはほうっておいてもいいのですか?」
エミル「問題はあるまい?ミトスは彼らを殺す気、はないのだから」
エイト・センチュリオン『・・・・・・・・・・・』
その引きはがす手段が問題大有り、のような気がする(のですが)。
そうはおもうが口にだせるはずがない。
エミル「さて。ウィノナの彼女のコードはまだかの地では有効。
ミトスのやつが、彼女を目覚めさせるために種子のマナを利用しているのは、
こちらにとっても好都合。かつての彼女の力の一端。
それを覚醒させるのに都合がいいからな」
テネブラエ「…しかし、巫子姫がこの地におられる、というのには」
エミル「まあ、あいつらがいるからな。魂の根源。
ミトスとマーテルの元が誰かお前たちもわかっているだろう?」
アクア「…それは……」
ルーメン「あのときも、あの子たちは尽力していましたからね。
…だから、あの子たちを信じられた、のに……」
ソルム「…いくら魂が同じでも、生まれ変わった以上別人ではあるからな」
エミル「ウィノナはオリジンの力ゆえに、あれだからな」
エイト・センチュリオン『・・・・・・・・・・・・』
エミル「マーテルにも、ミトスにもかつての記憶をよみがえらせさせるつもりはない。
あの子たちはこの地でうまれた。…かつての記憶をもっている必要はない。
しかし、あのときの功績もある。ゆえに、やり直すチャンスをあたえる。
それがそんなにおかしいか?」
テネブラエ「しかし、それだけ、ではないのでは?」
エミル「さて。お前たち、そろそろお前たちもいそがしくなるからな」
まあ、それはある。
かつては自分を、慕いついてきていったあの子供たちが、
今度はまっすぐに記憶がないにもかかわらず、自分に接してきたあの子たち。
はじめのころは気づかなかった。
自分と友達になりたい、などという変わったヒト。
そのような認識であったのもまた事実。
が、加護を授けて初めてきがついた。
この子たちはあの子たちだ、と。
あの時も彼らは自分の救いの手をかりることはなく、ヒトの争いの中で命をおとした。
今度こそ、守ってやってもいいかもしれない、そうもう気持ちは間違ってはいないとおもう。
かつての時、そうおもっていたのに裏切られたあの衝撃は、
完全にヒト、というものを見限ってしまい滅ぼそう、と決意するほどになった。
あの子たちですらああなのだから、ほかのものは救いがないだろう、と。
そしてそれが確実になったのが、アステルのあのセリフ。
自分たちの責任を棚上げしておいて、命が必要、だなどとふざけたことをいわれ、
そして…かっとなってアステルを殺したあのとき。
まあ、まさかリヒターにコアに戻されてしまう、とはおもいもしなかったが。
いつも、記憶を封じていたとしてもあそこまで気弱ではなかったはず、なのに。
あれは絶対に周囲の環境に違いない、と今でもラタトスクはそうおもっている。
何しろルインの人々はみな、ラタトスクを…エミルを邪険にし迫害していたのだから。
エイト・センチュリオン『(話をそらされましたね)』
エミル「ウィノナのことだ。彼らを転移させるだろう。ヴェリウスへのつなぎは?」
アクア「すんでま~すっ!」
エミル「よし。…さて、世界がどう反応するか、見もの、だな」
すべては今からはじまる。
ロイドたちが、かの地にてルナたちと契約をかわし、
ユアンが当初の彼らの目的のままに、種子にマナを注いだその瞬間から。
※ ※ ※ ※
「「・・・・・・・・・・・・」」
しばし無言の空気があたりにと漂う。
大丈夫。
そう、大丈夫。
プレセアは斧はないがその腰に短剣をもっていた。
プレセアの斧は道をきり開くために犠牲になり、壊れてしまった。
彼女の父の形見でもあったあの斧は。
でも、あのプレセアの足にからまりついていたあの蔦は。
あの蔦のようなあれは、さきほどあらわれた、人の顔を無数にもっていた魔物。
あの魔物がもっていた触手に近かった。
まさか、とおもう。
しいなのマクスウェル召喚であれらはきえたはず。
だからこそロイドはその考えをあわてて首をふって振り払おうとする。
あの場から少し先にすすんでゆけばまたまた行き止まりに転送陣があり、
その転送陣をぬければ、またまた別のエリアらしき場所にとたどり着く。
リフィルも二人の気持ちがわかるがゆえにあえて言葉はかけない。
無言のまま進んでゆくことしばし。
二つ目の転送陣を抜けた先はどうやらどこかの部屋の中、であるらしく。
頑丈な扉が彼らの行く手をあざ笑うかのように、しっかりと閉じられている。
「くそっ!ここまできたのに!ひらけよ!」
おもわずロイドがそのままガンガンと扉をたたく。
しかし、扉はビクともしない。
「ロイド、音をたてるんじゃありません。…どうやら、この装置が制御装置のようね」
というか音をたてれば敵を引き付ける。
それがこの子にはわかていないのかしら?
そんなあきれが一瞬リフィルの中によぎるが、
今はそれを注意しているときではない。
部屋の中心。
そこにどうやら制御装置らしき機械がみてとれる。
それにきづき、近づきつつも、それらの内容をすばやくパネルを操作し確かめだす。
これまでの建物などではこういった装置はかならず壁際にあったのだが。
なぜかこの部屋にはぽつん、と中央にと位置している。
それが何だか不気味にもおもえるが、先につづく扉がひらかなければ意味がない。
部屋そのものは円状になっているらしく、天井もそう高くはない。
この部屋には中央付近にある機械のようなもの以外には何もなく。
それが余計に何かがあるのでは、と勘ぐってしまう。
いや、まちがいなく何かはあるのだろう。
たとえばさきほどの罠を考えれば天井が落ちてきたりとか。
「どうやらここから扉の開閉などを操作できるようね。ここは私にまかせて」
いいつつ、リフィルは操作パネルの前にとたつ。
「先生、早く!」
みなが残り、先にすすませてくれている以上、少しでも時間がおしい。
「姉さん、気を付けてよ!?」
ジーニアスがそばにいても逆に姉の気をちらせてしまう。
ゆえに、ジーニアスはロイドのそばにいることを選んでいる。
何があるかわからない。
というか、敵も何もいない状態で、装置のようなものがあるだけ。
というのが何とも不可解極まりない。
だからこそ、ジーニアスは叫ばずにはいられない。
「せかすんじゃありません。…これが、こうなって…これね」
仕組み的にはそうは難しくはないらしい。
パネルをしばし操作していると、扉の開閉、という項目をみつけ、それを作業する。
ピピッ。
小さい電子音とともに、ゴゴゴ…ロイドの目の前の扉が開く。
「やった!」
「でも、また扉があるよ!?」
どうやら横にスライドして開く扉の形式らしいが。
が、扉の奥にはまた扉らしきものも。
どうやら一筋縄ではいかない、らしい。
ロイドが思わず扉が開いたことに歓喜のこえをあげるが、
すぐさまにジーニアスがその先に再び扉があるのにきづき声をあげる。
それとほぼ同時。
ゴゴゴゴゴ…
突如としていきなり揺れが襲い掛かる。
左右に激しく揺れるそれは、少し油断をすればたっているのもままならないほどの揺れ。
「こんなときに地震!?」
思わずジーニアスが叫ぶ。
たしかに精霊との契約を解放していっているこのかた、
地震が頻繁におこっているのはしっている。
いるが、こんなときにどうして地震がおこるのか、起こっているのか。
と、どうしても思わずにはいられない。
ここはおそらく地下。
地下でこれだけ揺れるのであれば地上がどれほど揺れているのか。
想像すらしたくない。
「うわっ!?」
思わずロイドもよろけそうになり何とか体制を整える。
「きゃっ!?」
それとともに、リフィルの足元もぐらり、とゆれ。
おもわずリフィルはその場に体制を崩して倒れてしまう。
「いたた…!?」
はずみでおもいっきりひざをうったが、思わずはっとする。
目の前のモニターに、注意、という画面が大きくでており、
そして、おそらく部屋の見取り図、なのだろう。
部屋全体を映し出しているらしき画像と、床の一部らしき場所。
それらがぴこぴこと赤く点滅をしているのがみてとれる。
まさか…
リフィルがそう思うとともに、カシャン…小さな音がリフィルの背後から聞こえてくる。
はっとしてそちらを振り向けば、床の一部。
モニターに映し出されている画面の床。
それが赤く点滅している床がきれいに四方に切り取られ、
ゆっくりと床が奈落の底にと落ちてゆく。
思わずはっとして立ち上がる。
今、自分がいる場所も点滅をくりかえしている。
このままではへたをすれば巻き込まれる。
あわててよけるが、それとともに、リフィルの背後の床、
モニターに映し出されている区画は、二か所。
その赤い点滅していた部分がきりとられたかのごとく、床が抜け落ちてゆく。
今ならばまだ、ここから抜け出すことはできる。
が、扉はまだ完全に開ききっていない。
おもわずロイドとジーニアスのほうをみやる。
どうやら抜け落ちた床は装置の真後ろであったせいか、
彼らの目からはどうやらみえてはいない、らしい。
そのことにほっとする。
なら、自分のすべきことを。
リフィルがそう決意するのとほぼ同時。
「先生大丈夫か!?」
「姉さん!?大丈夫!?」
リフィルの短い悲鳴がきこえおもわずふりむくロイドとジーニアス。
「…何でもありません。ちょっとした操作ミスです。
もう、だからせかさないで、といったでしょう?
こういう装置は精密さを必要とするんですからね。
作業手順を少しでもまちがえたら何がおこるかわからないのだから」
操作ミスでも何でもない。
おそらくこれが罠、なのだろう。
えげつないわね、とおもう。
必ず一人はここにのこり、作業をしなければ扉は開かない。
けど、床はおちてゆく。
まあ天使たちは空をとべるのであるからしてこの罠はあきらかに侵入者用とみていいだろう。
リフィルの目の前にうかびし、透明な板のようなモニターは、
それはロイドたちのほうからは何が映し出されているのかは確認することはできない。
一方方向からしかそれにかかれている内容はどうやらみえなくなっている、らしい。
パネルには床がいくつもの区画にくぎられており点滅しているのがうかがえる。
おそらくは、扉を一つ解除してゆくたびに、これらの床が、
点線で囲まれた四角い床ごとおちてゆく仕掛け、なのだろう。
つまり空中を移動するすべがないものはまちがいなく取り残される。
「姉さん?」
あの姉が、操作ミス?
その言葉にジーニアスは不安を感じてしまう。
が、
「先生、しっかりしてくれよ」
ロイドはあっさりとリフィルの言葉、操作ミス、という言葉を信じたらしい。
先生の今の言い回しでは、今の揺れは操作ミスでおこったってことか?
なら、普通の地震じゃなかったってことか。
そうひとり納得しつつ、
「…何もない廊下の先にまた扉、か」
思わずうんざりしてしまう。
扉はたしかにみえているが目と鼻の先、というわけではない。
ある程度進んだ先、一メートル以上廊下がつづき、その先に扉がみてとれる。
それ以外に道らしきものはなく、どうやらここは一本道、であるらしい。
もっとも、その通路にいくつもの扉がこうしてふさぐように設置されているようだが。
「操作パネルをみるかぎり、そこから先は一本道よ。
でもいくつかの扉で仕切られているらしいわ。
一つ一つ扉を慎重に解除していきます。いいわね?
何があるかわからないから、二人とも、きをぬかないで」
この場で操作をするものにすらこんな罠が仕掛けられているのである。
先にすすもうとするものたちにたいし、何も罠が仕掛けられていない、とはいいきれない。
リフィルの台詞をうけ、互いに顔をみあわせこくり、とうなづく。
「いいこと?次の扉をあけるわね」
いいつつ、リフィルか操作パネルにと手をかける。
スイッチ解除の手前になるとともに、再び床の画像の一部が赤く点滅しはじめる。
つまり、次はそこが抜け落ちる、ということなのだろう。
「敵!?今度も操作ミス?」
「まって。ロイド…おかしいよ?あれ」
リフィルが改めて開いた扉の先。
そこに二体の植物系の魔物の姿をみとめ思わずロイドがその手を剣の柄にとかける。
たしかに扉の向こうに魔物が二体、みてとれるが。
魔物はちらり、とこちらを一瞥するだけでむかってくる気配はない。
本来、この地にいる魔物たちはクルシスにより、
特殊なる電波にて操られていたのだが、今ではセンチュリオンたちの絆が回復したこともあり、
また、この地にはラタトスクのマナが満ち溢れている。
ゆえに、彼らがそんなヒトがつくりだせし電波に操られることもない。
もしも、ラタトスクが目覚めておらず、センチュリオンたちとの縁が途切れている状態ならば、
まちがいなく、この仕掛けを解除したとともに、
扉の向こうにいる魔物たちは侵入者を排除せん、と襲い掛かっていたであろう。
天使とよばれる人材が少ないゆえに、ヒュプノスという装置などをもちい、
魔物を侵入者よけにとこの地ではクルシスは利用している。
もともとこの地にいた魔物たちを操ることによって。
が、それらの魔物たちの洗脳はすべて今ではとかれている。
そんな事実をリフィル、ロイド、ジーニアスたちがしるはずもないが。
それとともに、カシャン、再びリフィルの背後の床が抜け落ちる。
「襲ってこない…な」
「こないね」
思わずロイドとジーニアスは顔をみあわせてしまう。
たしかに魔物はいるのに。
というかこういう場合、魔物は襲ってくる場所、なのではないだろうか?
状況的にはそうだ、としかおもえないのだが。
魔物はまったく襲ってくる気配すらみせてこない。
「先生?これって?」
わからないものはわからない。
ゆえに、答えてくれそうなリフィルにロイドは問いかけるが。
「余計なことは考えるんじゃありません。
魔物が襲ってこないのは今に始まったことではないでしょう?」
ぴしゃりといわれ、しかしそれでも。
「それは、そう、だけど」
でも、何か納得いかない。
たしかに魔物が襲ってこないのは今に始まったこと、ではない。
ここにくるまでもそうだった。
でも、何かが。
「とにかく。次、いくわよ」
そんな彼らの疑問をぴしゃり、といいくるめ、次なる扉を開くための操作を開始する。
リフィルとて罠があるだろう、とはおもっていた。
魔物の姿がみえたときには、これが罠か、と思わず舌打ちしたほど。
が、魔物は一向にロイドたちに襲い掛かる気配はない。
これまでもそうだった。
それは…エミルが合流してから、このかたずっと。
まるでそこに何ものかの意思が魔物にたいし命令を下しているかのごとくに。
リフィルのパネル操作に従い、次なる扉が開く。
次なる扉は少し奥まった場所にあるらしく、やはりそこにも魔物の姿が。
しかし、問題なのはそこではない。
次に点滅している床の場所。
思わずそれを目にし目をみひらき、すぐさまに目をつむったのちに、
静かに、それでいて冷静に
「ロイド。ジーニアス、先に扉のほうへむかいなさい」
ふたりにさりげなく今いる場所から離れるようにと指示をだす。
「?あ、ああ」
「姉さん、まさか……」
なぜに先にいけ、というのだろうか。
全部扉をあけきって、全員でむかったほうがいいだろうに。
魔物が襲ってこないのならばなおさらに。
しかし、先生がいうのなら何か意味があるのかもしれない。
もしかしたら、今度は二手にわかれて何かの仕掛けを解除する必要があるのかも。
そんなことをおもいつつ、首をかしげつつも、一歩通路の中にと足を踏み出すロイド。
ジーニアスの中に不安がおしよせる。
おもわずジーニアスが姉のほうに駆け寄ろうとしたその刹那。
ガシャン。
「「…え?」」
二人の目に信じられない光景が飛び込んでくる。
今、まさに二人がたっていた床。
それがぐらり、とゆれたかとおもうと、その床がきれいに四方に切り取られたのごとく、
そのまま床下にとおちてゆく。
それはまるでスローモーションのようで。
しかも、その四方に切り取られた床は一角、ではない。
まちがいなくロイドとジーニアスが廊下に足を踏み入れていなければ、
そのまま足場が崩れ、へたをしたら床ともども下に落ちてしまっていたであろう。
四つの区画がいっきにごそり、と抜け落ちる。
先ほどはリフィルの背後であったので、ロイドたちが気づくことがなかったのだが。
「姉さん!?」
「先生!やっぱり……」
悲鳴に近いジーニアスの叫びと、戸惑ったようなロイドの叫び。
先ほどの揺れは操作ミス、なんかじゃなかった。
それがなぜだか、目の前の光景からすぐさまに理解ができた。
つまり、ここ以外の床もまちがいなく抜け落ちてしまったのだ、と。
「今はコレットを助けることだけを考えていなさい。特にロイド。
あなたは複数のことを同時に考えることが苦手なのだから」
そんなロイドにきっぱりとリフィルはいいきる。
ロイドのジャンプ力ならばあの場から勢いをつければこちらにくることはできるだろう。
そしてロイドはそれをしてしまいかねない。
でも、それではだめなのだ。
「余計なことにきをとられないの。いきなさい。次の扉をあけるわよ!」
魔物が襲い掛かってこないのならば好都合。
ロイドとジーニアスを無事にこの先にとすすめさせることができる。
二人だけでまものと戦闘にでもなったりすればかなり不安がのこるところ。
襲われない、というのがこれほどありがたい、とおもったことはない。
「あいた!先生!次の部屋がみえた…って、先生!?」
リフィルが次に開いたとびら。
それはかなり先にある扉ではあるが、その先、べつなる部屋らしきものがみてとれる。
そしてその部屋の中に見覚えのある転送陣らしきものがあるのもみてとれる。
ゆえに声をふりあげつつも、ばっと背後をふりむくロイド。
背後をふりむけば、そこには硬直しているジーニアスの姿が。
ジーニアスの体が小刻みに震え、ある一点を凝視しているのがうかがえる。
みればいつのまにか、残っていた床が、一枚、また一枚どんどんと抜け落ちていっている。
部屋全体がぐらぐらとゆれている。
あの揺れは勘違い、てはなかったらしい。
ロイドたちのいる場所も微弱なる振動がつたわってきている。
天井もゆっくりと降下しているようにみえるのは、揺れによる錯覚か。
「姉さんっ!!!!!!!!」
悲鳴にちかいジーニアスの台詞。
どんどん床は抜け落ち、もはやのこっているのはリフィルのいる一角しかない。
部屋の床という床は抜け落ち、どこからも姉のいる場所にいける足場はみあたらない。
空さえとべれば話は別だろうが。
「ロイド。ジーニアス。この部屋はもうすぐ崩れ落ちるわ。早くいきなさい」
操作を初めて背後の床がぬけ、そして横のパネルに部屋が崩れることが示されていた。
忠告、と赤い文字で点滅していた。
このまま作業をつづけますか、の文字パネルを実行したのはリフィル自身。
怖くなかったといえばウソになる。
けど、心のどこかではこれでいい、とおもえる自分。
何よりも、必ずあの彼がくるだろう、という予測にもちかい確信と。
自分たち姉弟をみていたあのミトスの目。
おそらくは自分の境遇に重ね合わせていたのだろう、というその想い。
いつ、自分はこう甘くなったのだろう、とおもう。
でも、なぜか確信がある。
ミトスは、絶対に自分を殺しはしないだろう、と。
こんな罠、一行の中で解除できるのは自分しかいはしない。
部屋が崩れるといっても、この装置をいちいち作り直すわけではないだろう。
ならば。
考えられることはただ一つ。
しかし、それらを彼らに説明している時間はない。
モニターに映し出されているさまは、転送陣のある部屋。
そこまですべて仕掛け、として事がおこることが示されている。
転送陣のある部屋は天井がおちてきて、完全に部屋そのものがつぶされる。
それ以外の通路は一度崩れて時間がたてば再生する、という仕掛けになっているらしきこの場。
どんどん揺れが激しくなり、床もぐらぐらとゆれている。
ロイドとジーニアスがいる足元もグラグラとゆれているのがみてとれる。
だからこそ。
「先生!?」
どこかに道はないか。
天井からもぼろぼろと何かがおちてきている。
みれば天井もぐらぐらとしており、今にも崩れ落ちそうにみえるのは、
おそらく気のせいではないであろう。
「姉さんっ!」
ロイドとジーニアスの声が再び重なる。
「早くいきなさい。モニターには転送陣の間も天井がおちてくる、とあるわ。
天井が落ちて通路がふさがれてしまう前に、はやくっ」
そんな彼らにタンタンとそれでいて姿勢をまっすぐにたもったまま、
すでに床が抜けおち完全に孤立無援状態となっているその場所から、
通路にいる二人にと声をかける。
「いやだよ!先生をおいていけるわけないじゃないか!」
「姉さん!僕をひとりにするの!?そんなの、そんなの僕、僕いやだからね!」
ロイド、そしてジーニアスの声は悲鳴に近い。
けど、すでに足場がなくなっており、ジャンプをするにしても、
その距離てきにまちがいなく穴におちてしまうであろう。
ロイドたちのいる足場もぐらぐらとゆれており、踏み切る力も得られない。
もっとも、リフィルのもとにたどりつけたとしても、
それはコレットを見捨て、世界を見捨てる、のと同意語で。
それでも。
「いやだ!先生をおいていくなんて!
俺は…俺はもう、誰にも犠牲になってほしくないんだよっ!!」
――仲間を犠牲にする必要もあるんだ。
ゼロスの言葉がふとロイドの脳裏をよぎる。
そんなの間違ってる。
ゼロスが命をかけて伝えたあの言葉。
でも、でも、こんなのはっ。
「犠牲?いつ誰が犠牲になんてなったのかしら?」
ロイドの言葉にリフィルはかるく笑みをうかべる。
そう、これは犠牲ではない。
リフィルの直感がただしければ、おそらくは。
私もゼロスのことをいえないわね。
この子につらい選択をしいているようなもの。
でも、ロイドならば、弟ならばきっと理解できるはず。
それに。
「私はロイド。あなたの理想を信じた。
私たちが狭間のものでもあるがままにうけいれてくれる。
そんな世界をつくりという、あなたの理想を信じたのよ」
それはかつてミトスが唱えていたこと。
精霊も魔物もハーフエルフも。
あるがままにいきられる世界を。
それがかつて、ミトスが精霊たちと契約をかわしたときに交わした言葉。
ミトスが、マーテルがつねにいっていた言葉。
そしてそれはミトスたちはラタトスクにもしつこくいっていた。
そんな世界を必ずつくってみせる、と。
「…それは、私にとっての。いいえ、世界にとっての希望。
その実現のために、私はここにいるの。ここまで一緒にやってきたのよ」
おそらく、かつての勇者ミトスもそうだったのだろう。
あの禁書の封印の中での勇者ミトスがそうであったように。
「世界を救うことができたって、先生が死んだら何もならないだろ!」
「そうだよ!姉さんがいない世界なん…て……」
叫ぶロイドとは対照的にジーニアスの声はだんだんと小さくなってゆく。
姉を失う。
現実味としてつきつけられたその恐怖。
ふとミトスのことが脳裏をよぎる。
ミトスはかつて、姉を失った。
その姉をよみがえらせるために……
「いいえ。それはちがうわ。あなたたちが生き続けるかぎり。
私もまた生き続けるのよ。あなたたちの心の中で。
ロイド。あなたの理想が息づく世界で私の心は生き続けるわ。
でも、あなたの理想がついえたら、それは私の希望が。
世界の人々が心の奥底では望んでいる真の世界のありかたへの希望。
それらも死んでしまうということ。
希望を失っていきつづけるのは死ぬより辛いことではなくて?」
「そんなの…そんなのわからないよっ!」
どんどんと揺れははげしくなり、ロイドたちもきをぬけばたっていられないほど。
リフィルがいる場所は天井もどんどんとおりてきており、
天井からはいたのようなものがバラバラとおちてきているのもみてとれる。
リフィルがいる部屋全体がゆれるとともに、
ロイドたちのいる場所も壁といわず床や天井までも激しくゆれている。
「――わからないのなら。人がいきる、ということがどういうことなのか。
これからの人生で学び取りなさい。あなたへの最重要課題よ。
…そして、それがあなたの先生としての最後の教え、です」
ここで次に会ったとき、というのはたやすい。
けど、ロイドはもろい。
でも、その脆さでは。
ミトスのように道を間違えてしまいかねない。
ならば。
ゼロスのことをいえないわね、とおもうが、きびしいことをつきつける。
真実は違うだろう、とはおもうが百%確実ではない。
このまま自分が死んでしまう可能性がないわけではないのだから。
だからこその言葉。
「さあ。もういきなさい。先生のいうことはきくものよ。
…ジーニアス。ロイドをお願いね?」
「姉さん…いこう!ロイド」
姉をこの場にのこしていくこと。
でも、自分が今ここでロイドをひっぱっていかなければ。
ロイドはまちがいなくふんぎりがつかなく、足止めをくらってしまうだろう。
それでは、ここまで命をかけてきたみんなに申し訳がたたない。
何のために、ゼロスは死んだ?みなはひとりで危険な場所にのこった?
そして姉も。
「でも、ジーニアスっ!」
「ロイド!目的を見間違えないでっ!」
ぐっと自らの手をにぎりひっぱろうとするジーニアスに抗議の声をあげようとするが、
そんなジーニアスの顔をみてロイドははっとしてしまう。
辛いわけがない。
今まさに、死にそうになっているのはジーニアスの実の姉。
ジーニアスにとっては育ての親でもある唯一の。
「ジーニアス。これから先はあなたがロイドを導いてあげてね」
「わかったよ。わかったから…姉さん、しなないでっ!」
いいつつも、ぐっとロイドの手をにぎりしめ、そのままかけだすジーニアス。
「先生!?…俺、俺、わすれないから!先生のことっ!
だから…だから、先生!しなないで!!」
ジーニアスに手をひかれ、こけそうになりながらも、通路をかけぬける。
そんな彼らの姿をみおくりつつも。
「あとはたのんだわよ。私のかわいい生徒…そして、ジーニアス……」
走馬灯、とはこういうのをいうのかもしれない。
ジーニアスがうまれたそのとき。
そして異界の扉からシルヴァラントにながされて、イセリアにたどりつき、
自分たち姉弟が村にエルフ、ということでうけいれられ。
そして…旅立ち。
それらの思いでがリフィルの中をかけめぐる。
転送陣ある部屋はリフィルがいうようにどんどんと天井がさがってきており、
このままでは転送陣ごとふさがれてしまうであろう。
駆け抜けてゆく中、より揺れが激しくなり、ロイドたちが今かけぬけたばかりの通路の床。
それらすらが崩れ落ちてゆくのが振り返るその視線にうつりこむ。
天井も崩れているのかもくもくとたちのぼる砂煙のようなもので向こうがみえない。
たったひとり残されたリフィルの姿を認識することも、
たちのぼるホコリにて目にすることができはしない。
「先生!?」
それとともに、大きな轟音とともに、背後の通路が一気に崩れ落ちる。
思わず叫ぶロイドだが。
それとほぼ同時。
ジーニアスが転送陣にと足をふみいれる。
「…くそっ。先生ぃぃぃぃぃぃっ」
どんどんおちてくる天井。
頭をかがめるようにして、ロイドもまた転送陣へ。
彼らが消えるとほぼ同時。
ずぅぅっん。
鈍いおととともに、今まさに、ロイドたちが転送したその場にと、
その部屋の天井がおりてきて、その部屋の床全体を押しつぶしてゆく――
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
沈黙が、いたい。
誰が仲間を犠牲にしたくない、だ。
結局、自分は…コレットのためにみんなを見殺しにしているようなもの。
その事実がロイドの胸につきささる。
そして今度は先生まで。
「……とうとう、ふたりっきりになっちゃったね」
ぽつり、とそれまで無言であったジーニアスがぽつり、とつぶやく。
ジーニアスも沈黙がいたたまれない、というのもあるし、
また、もしも姉が死んだとするならば、それはミトスが姉を殺した。
ということにほかならなく。
ジーニアスの中で様々な葛藤が生まれている。
この罠をつくったのはミトスなのか、それとも。
そんな思いがぐるぐるとジーニアスの中をかけめぐり、
ジーニアスも自分の感情が理解できていない。
この塔の中にはいってからいろいろとありすぎて。
思考力がおいつかない。
無言で、ただひたすらにはしりつづけた。
転送陣をぬけ、そこにいる天使たちの目をかいくぐりつつ、
次なる転送陣へ。
がらん、とした開けた場所にいつのまにかたどりついていたらしく、
周囲には二人分だけの足音と、ジーニアスの声のみが静かに響く。
なぜかこの場には天使や魔物、といったものがみあたらないのがきにはなるが。
だからこそ、何かをジーニアスはいわずにはいられない。
「…ああ。そう、だな。…リーガルも、しいなも、プレセアも、先生も…
俺を、俺たちをコレットを助けるために先にとすすませてくれた」
あえてゼロスのことにロイドが触れないのは、いまだに認めたくないがゆえ。
自分がゼロスを殺してしまったその事実を。
仲間を信じる、といっておきながら信じ切れていなかった自分に嫌気がさしてしまう。
けど、今はコレットをたすけなければ、という思いで何とかその自分に対する嫌悪感を封じている。
天使たちにひとりで…いや、あれをひとり、といえるのかはわからないが。
ともかく、精神体となりしアリシアとともに、無数の天使たちの中にのこったリーガル。
深い穴の上に宙づりになったままのしいな。
植物のつるのようなものに体をからめとられ、閉鎖されそうになる、小部屋にのこったプレセア。
そして、リフィル。
足場が崩れるというのをわかっていながらも通路をひらききり、道を切り開いた。
「みんなのためにも…絶対にコレットをたすけださないと」
「うん。そう、だね。あ、ロイド。あそこ」
泣いてばかりはいられない。
もう、ロイドをフォーローするのは自分しかいない。
姉のことはたしかにきにはなる。
けど、それを今いうべきことではない、とジーニアスは理解している。
ふとがらん、とした開けた通路の先。
その先にすでに見慣れた青白い光がたちのぼっているのがみてとれる。
さきほどの転送陣を抜ける前までは無数に天使達の姿がみてとれた、のに。
まったく姿もみあたらないのに不思議におもいつつも、
転送陣があるであろう部屋のほうに、二人顔をみあわせすすんでゆく。
と。
ふと、彼らが転送陣のあるまに足を踏み入れようとしたその刹那。
ロイドとジーニアス。
二人の目の前に半透明のガラスのような何かが突如として展開される。
その展開とともに小さな、シュン、という音が周囲に響く。
思わずそれにふれてみるが、それはどうやら固い何か、であるらしく。
念のためにロイドがガンガンと剣をぬきはなちたたいてみるがびくともしない。
「くそっ!そこに道があるのにっ!」
おそらく、あの転送陣が最後なのかもしれない。
「どこかに、仕掛けを解除する装置があるはずだよ」
そうジーニアスがいい、周囲の壁を探索しようとしたその刹那。
ゆっくりと、その光の壁らしきものが、彼らのほうにとむかってくる。
「うわ!?何だ!?」
ジュッ。
何かが焦げるような音。
はっとしてみれば、扉がせまってくるとともに、光の光線のようなものが、
壁の手前に発生しており、それにふれたロイドの首にまいていたマフラーが、
一瞬にして焼き切れる。
つまり、その光線にあたれば、無事ではすまない、ということなのだろう。
光線によって切り離されたロイドのマフラーの一部が、
迫りくる光の壁のようなものに触れるとともに、
今後こそ、ジュッ!とした音とともに一瞬にしてマフラーの断片は消失してしまう。
「こっちにくるよ!」
「やばい!にげろ!」
たしかまだ通路は他にもあったはず。
ならばあの場所にむかう道は他にもあるかもしれない。
ゆえにもときた方向。
ついさきほど通り過ぎたばかりの四方に道がのびていた広い空間。
そこまでたどりつき、他の道、そのままマッスグにすすんでいたところを、
右のほうにかけだすが、その道の先にも同じように、
青白い光の壁のようなものが突如としてあらわれる。
「くそ。こっちもか、なら…っ」
「ロイド!みて!」
なら、他の道を。
そうロイドがおもったその刹那。
ジーニアスの声が、ひびく。
この場所はちょうど十字路の中心となっており、がらんとした広い空間をたもっているが。
それぞれの四方。
それらすべての道に光線をともなった光の壁らしきものがあらわれて、
それらがゆっくりと中央、
つまりロイドたちがいる方向にむかってきているのが嫌でもわかる。
それらの光の壁は、ゆっくりと、しかし確実に。
四方からだんだんとロイドとジーニアスの元にとせまっており、
完全に逃げ場がふさがれたことを暗に示している。
もと来た道にも光る壁は出現しており、仕掛けを解除しようにも、
すでに迫りくる壁により、どこかにあるかもしれない仕掛けの一部。
それらを探し出す時間もない。
魔物も天使もいなかった理由。
おそらく、この仕掛けで十分に侵入者をとらえ、排除できるがゆえ、なのだろう。
ロイドたちは気づいていないようではあるが、転送陣がある先の部屋。
その手前の入口付近の足元にちょっとした仕掛けがほどこされており、
それをふむことにより、この仕掛けは起動する。
大体、先をすすもうとするものは、その先にみえている転送陣。
つまり、先がみえたことに安心し、そちらに無意識とはいえ進もうとし、
周囲、とくに足元の注意がおろそかになる。
そしてそれは、さきほどリフィルを残してこの場にきたジーニアスとロイドにとって、
先にすすむことを優先に考えていたがゆえに、当然のごとくにあてはまっていたりする。
つまり、その視線の先に転送陣。
すなわち先にすすむ道がみえたことにより、そちらにばかり気を取られ、
周囲の注意力が一瞬にしろ失われたに等しい。
「だめだ…かこまれちゃったよ!」
ジーニアスが思わず叫ぶ。
この十字路になっている中心。
その場に完全に光る壁の仕掛けに囲まれたにも等しいこの現状。
だんだんと近づいてくる壁は通路をぬけ、彼らのいる場所にとくると、
それぞれの壁がまるでくっつくようにつながりて、
まるで二人を取り囲むかのごとくのちょっとした箱型の形にと変化する。
二人のいる場所が広い場所だからか、せまってくる壁のスピードが、
少しばかりおちているようにみえなくもないが。
そしてまた、壁同士がくっつくことにより、壁の手前にはしっていた光の帯。
先刻、ロイドの服の一部でもあるマフラーを切り裂いた光はすっとかききえる。
それはロイドはしらないが、レーザー光線、といわれている代物であり、
へたをすればヒトの体ですら簡単に切り裂く威力をももっている。
「くそっ!」
ガキィィッン。
「ってぇっ」
思いっきり剣を抜き放ち、目の前の迫りくる壁にと突進し切りかかる。
が、壁はおもいのほか頑丈であるらしく、逆にロイドのふるった刃がはじかれてしまう。
まるで金属と金属があわさったかのような音をたて、
逆に切りつけたロイドのほうがその反動で手がしびれてしまうほど。
「僕もやってみるっ」
いいつつ、ジーニアスが武器であるけん玉を身構えるが。
ちなみに、ジーニアスが使用しているのは先ほどこの塔の中でみつけた武器。
なぜにけん玉が宝箱の中にあったのか、ものすごく疑問なれど。
「いや、たぶん。ひとりの力じゃ無理だ」
自分の力でもはじかれたのである。
魔術にこの光壁が耐性がないともかぎらない。
へたにもしも魔術がはじかれて自分たちのほうにむかってきてしまい、
この囲まれた状態で術が反射しまくって飛び交う中に取り残されてしまう可能性もなくはない。
一瞬、ロイドの脳裏にジーニアスの放ったファイアーボールが壁にはじかれて、
自分たちが逆にそのファイアーボールに翻弄されるところ。
そんな光景がふとよぎってしまう。
やってみて、それが実際になってしまえば洒落にはならない。
ゆえに。
「こうなったら、俺とお前で同時に攻撃して、あの壁をぶちぬくぞ!
ひとりの力でむりでも、二人なら!」
そんなロイドの提案に、思わず目を丸くして、
「そんなこと、できるの?」
そう簡単にいくかどうか。
それに、問題も、ある。
ジーニアスは基本、魔術専門。
威力の高い術はそれなりにそのあとどうしても硬直時間、というものを必要とする。
つまるところ体が一瞬硬直してしまい、あるいみ無防備になるに等しい。
万が一成功したとして、穴があいたとして。
あいたまま、ならばいい。
が、すぐにふさがるような穴ならば、まちがいなく硬直した自分は取り残される。
自分はそこまで運動神経はよくはない。
そんなジーニアスの思いに気づくことはなく、
「ドワーフの誓い、第十六番!為せば成る!だ!」
このまま、この壁に囲まれて、そのまま押しつぶされるのか、
それともとらえられるのか。
それはわからない。
でもそれは、コレットを助け出すことができなくなる、という意味をもっている。
そんなことを認めるわけにはいかない。
ならば、少しでも可能性があることを。
何もせずになげくより、やって後悔したほうがいい。
…本当はやってその後悔、というのをすることもないほうがいいのだが。
「どうせ失敗したら、あの世いき、もしくはとらえられるのかそれはわからない。
とにかく、全力でいくぞ!」
さきほど、マフラーの切れ端がたどった末路。
あれを信じるとするならば、あれに押しつぶされれば自分たちはまちがいなく死ぬ。
こうしているうちにも、どんどんと一つになった光る壁は、
今では壁、というよりは箱、のようなものになりて、
どんどんその幅をせばめつつ、二人の元にせまってきている。
まるで中にいるものたちをそのまま圧縮しおしつぶさん、といわんばかりに。
「…ぷ。あはは。ロイドらしいや。いいよ、やろう」
いつもそう。
何ごとも何かをしでかし、失敗してはその後始末はジーニアスの役目だった。
それはイセリアにいたときから、ロイドとであってからずっと。
そもそも、イセリアの村人にすらいわれたくらいである。
ロイドをフォローしてくれる子がきてくれてものすごくたすかるわ、と。
為せば成る!といっておきながら、とんでもないことになったのは、
一度や二度、ではない。
それでもそのドワーフの誓いを実行しようとするロイドの姿勢に、
当時のジーニアスはあきれもしたし、懇々と言い含めもした。
もっとも、リフィルを交えてもなおらなかったロイドはあるいみつわもの、といえるだろう。
本当は怖い。
おそらく、この光の壁にはまちがいなく再生能力があるだろう。
どうみても、化学…もしくは魔化学の産物。
つまるところ、一瞬道がひらけても、その隙間を瞬時に走り抜けるしかない。
そして、ジーニアスにはそんな瞬発力も体力も、ない。
すでにここまでくるのにかなりの体力をつかっており、
気力でどうにか進んでいるこの現状。
そのことにロイドは気が付いていないようだが、ジーニアスはあえて、
ロイドにその疲れをみせないようにしているがゆえに、
気付いていないのも仕方がないといえばそれまで、なのだが。
普段のロイドならば気が付いた、であろう。
そんなジーニアスが無理をしている、ということに。
が、これまでもいろいろとあり、ロイドの思考力は狂わされている。
仲間を見殺しにして先に進んでいる以上、とにかく早くコレットをたすけて、
マーテルの器とされるのを防がなければ。
そのことにばかり気を取られ、ジーニアスのそんなちょっとした変化に気づけない。
気付くことができない。
「目標は、転送陣があるあの壁だっ」
どんどん壁はせまってきており、早くどうにかしなければ、
剣をふるう隙間すらなくなるほどに光る壁にかこまれてしまうであろう。
今ならばまだその余裕はある。
すらり、と双剣を抜き放つ。
ジーニアスもまた、先ほど手にいれたばかりの武器【サザンクロス】を身構える。
もっとも、武器、というよりはどこからどうみても”けん玉”以外の何ものでもないが。
ジーニアスにとって、けん玉こそが武器であるがゆえ、武器といって差し支えはない。
ジーニアスがけん玉を身構えたのをみて、
「いいか、一、二の、三、でいくぞ!」
ロイドがいいつつも、目の前の壁をみつめる。
どんどんと壁はせまってきており、最初で最後のチャンス、であろう。
「…ロイド」
そんなロイドにジーニアスが思わず声をかけるが。
「……ううん。何でもない。僕のほうは準備は完了だよ」
おそらく、すぐに穴があいたとしてもふさがる。
そして、自分の手をひいて駆け抜けたとすれば、穴がふさがり、
へたをすれば壁の中に閉じ込められてしまうかもしれない。
ならば誰を優先すべきか。
ジーニアスはいいかけた言葉をすばやく自らの心の中にとしまい込む。
魔術を扱うには必ず待機時間、というものが発生する。
それはどんな術においてもいえること。
その時間か長いかは人それぞれ。
全力で、もしくは威力が強ければつよいほど、その時間はかなり長い。
もっともそれらの不都合は特訓というか修行で克服できるのだが。
当然ジーニアスはそんな修行をしたことはない。
だからこそ、イセリアを出発したとき、ジーニアスは初歩的な魔術しかあつかえなかった。
もっとも、かの地を抜けるにあたり、魔物などとの戦いにおいて、
その戦術は比較的向上し、村をでたときよりも強くなってはいるにしろ。
禁書とよばれていた書物の中で術を多様しはしたが、
それでも術の硬直時間について訓練するような暇はまったくなかったといってよい。
そして一瞬、憂いの表情を浮かべたジーニアスの変化に気づくこともなく、
「よし!いくぞ!いち、にの「「さんっ!」」
最後の言葉だけは二人同時。
それとどうじ、だっとかけだし、一気に壁にと切りかかり、
「
「フレイムランス!!」
駆け出し、光る壁に連打をあびせつつ衝撃はとともに剣をたたきつけるロイド。
そしてまた、すこしばかり術をアレンジし、炎のやりをそんなロイドの真横にと出現させ、
ロイドが剣をたたきつけているその瞬間にあわせるかのごとく、
ジーニアスの放った術が炸裂する。
ロイドの放った衝撃波。
そしてジーニアスの放った魔術の衝撃。
一瞬、壁にひびがはいり、そこをすかさずロイドの連撃がきりつける。
パッリィィッン。
鈍い、それでいてすんだ音とともに、一瞬、光る壁の一部。
その一部にちょうど人ひとりが通れるかどうか、というほどの穴があく。
「やった!いくぞ!ジーニアス!」
光る壁の目の前にて連撃を浴びせていたロイドがそれにきづき、
後ろにいるであろうジーニアスに声をかけつつそのままその穴を潜り抜ける。
ロイドは気づかない。
自らの背後でジーニアスが目をつむり、硬直しているというその事実に。
ロイドの目の前にはさえぎるものもない、その少しさきにみえている転送陣の姿。
「ほらみろ。うまくいっただろ?」
後ろについてきているはずのジーニアスに満足そうに声をかける。
「ロイドの作戦にしては上出来だったよ」
「…え?」
すぐ真後ろ、もしくは横からきこえるはずのジーニアスの声が、
どうしてすこし、いやかなり後ろからきこえてくるだろうか。
まさか、いや、気のせいにきまってる。
恐る恐る振り向くロイドの目にはいったは、
「…唯一の誤算は、僕の運動神経のニブさ、かな」
振り向いたロイドの目にはいったは、穴のあいていた光る壁。
すなわちシールド、とよばれているそれらの穴が瞬時にふさがってゆくさまと。
そして、がくん、と光る壁に囲まれている中で、ひざをその場についているジーニアスの姿。
少しでもロイドの可能性を高めるために。
より威力のある術をつかった反動。
中級魔術の下りにはいっている【フレイムランス】は通常の、
ファイアーボールなどよりもかなりの精神力をくらう。
そして、精神力は精神面にも所以する。
ついさきほど、姉を残してきたばかりのジーニアスは精神面をどうしても、
心の奥底から冷静にたもつことができず、そんな中での術の使用。
つまり、心が乱れているままの術の利用は通常の倍以上の精神力を使用してしまう。
それをしっていて、ジーニアスは術を使用した。
まだ、ファイアーボールならばここまでの疲労感はなかっただろう。
が、より確実性をたかめるために、確実に穴をあけるために。
ジーニアスは初級魔術よりも中級魔術を選んで唱えた。
「へへ。失敗しちゃった」
あわてて壁にとかけよるロイド。
「ジーニアス!?おまえ、どうして!…くそっ」
がんがんと、剣でたたくが、先ほどよりも頑丈になったのか、
さっき切りかかったときよりも、たたくたびに手がしびれる。
一度、破壊されたシールドはよりその厚みをましており、二度と同じ手は通用しない。
「いって。ロイド」
「何を…ま、まさか、お前、俺を逃がすため…に?」
さきほど、ジーニアスがいいかけた言葉。
そしてたしか、今、ジーニアスがはなったのは”フレイムランス”とかいわれている技。
それはたしか、よくわからないが、かなりの威力をもつかわりに、
かなりの力を消費するようなものであったような気がしなくもない。
ロイドは魔術のことに詳しくはないが、あれを所得したとき、
たしかジーニアスがそのようなことをいっていたことをふと思い出す。
だったら。
そこまでおもい、すうっと自らの血の気がひいてゆく感覚がロイドに襲い掛かる。
つまり、さきほどジーニアスが何かをいいかけたのは。
いいかけたのは。
ロイドが何をいいたいのか気づいたのであろう。
ロイドに気を遣わせてはいけない。
これ以上。
きっとロイドは自分をせめている。
ゼロスに手をかけ、そしてリーガルをあの場にのこし、
そしてしいな、プレセア、そして姉をのこしてきたロイド自身を。
「ち、ちがうよ。それはちがうっ」
だからこそ、ロイドの考えを否定する言葉を紡ぎだす。
この場でそれは説得力がない、とわかっていても、
ロイドにこれ以上、心の負担をかけないような言葉しかジーニアスはいえない。
選んだのはジーニアス自身。
ロイドを先にすすませるために。
リーガルのいうとおり、だとおもう。
ロイドにしかコレットは本当の意味では救えない。
まちがいなくコレットは自分が犠牲になってすべてがまるくおさまるのなら。
そういってわが身を投げ出してしまうだろう。
そんなコレットを止められるのはロイドだけ。
ロイドの言葉にだけはコレットは反応する、そういう確信がジーニアスの中にはある。
「嘘だ!こうなるとわかって…わかってたんだな!だったら、何で!」
何でそのことをいわなかった!
わかっていたら、ジーニアスのもとにもどり、手をひくなりして、
無理やにでも穴をくぐったのに。
自分ひとりが先に穴をくぐる、のではなく。
すぐうしろからジーニアスもつづくもの、とばかり信じ込み、
穴があいたのをみてさっと穴をくぐりぬけたのはほかならぬロイド自身。
そうこうしているうちに、どんどん壁はせまくなり、
ついにはジーニアスの体を取り囲むかのように小さくなっている。
先ほどよりどんどんその狭さは狭まっている。
いつのままにか天井にかかっていたその先も、
幅が狭まるごとに天井の手前に光があらわれ、
それこそ箱、といっても過言でない形になりて、だんだんとその幅を狭めている。
簡単に言えば四角い箱のまるでふたのごとく。
どんどんとジーニアスをその中にとじこめんばかりに小さくなっていっている。
ロイドがさらに手をだそうとするが。
バチッ。
「うわっ!?」
先ほどまでなかった光りの筋のようなものがシールドの外にと展開される。
あきらめもわるく、再び切りかかろうとしたロイドの剣が、
もののみごとにその光の筋にあたるとともに、
カラッン…
「ウソ…だろ?」
つきだしたロイドの片方の剣が、もののみごとにきれいさっぱりと切り取られる。
それこそ、柔らかな材質をさくっと包丁か何かでたちきったかのごとくに。
その場にカラカラと切り離されてしまった剣の切っ先がころがってゆく。
救いはジーニアスがいる中にその光の帯のようなものがあらわれていない、
ということか。
これでは、うかつに近づけない。
「ジーニアス…くそっ!何とか…何とか、そうだ、仕掛けの解除がどこかにっ」
ロイドはあきらめきれない。
そんなロイドに対し、
「いって、ロイド!」
「何を……」
ジーニアスは何をいっているのだろうか。
ロイドの思考が一瞬、麻痺する。
そんなロイドに笑みを浮かべ、
「ロイドだって…立場が逆なら、同じ事をしたんじゃない?」
そう、かならずやっていた。
ロイド、だけではない、きっとコレットも。
なぜかいつもよりも術をつかった披露が激しいのは、精神的負担からか。
それでも、息をつきつつも、上目づかいで何とかロイドの顔をみつめつつ、
「…いつだって、困っている人をみると、ほうっておけなくてさ。
あとさき考えずに飛び出しちゃって」
あのときもそうだった。
たしかに自分がどうにかして、といったこともあるだろうが。
それでも、普通はディザイアンに攻撃をしよう、などとはおもわないだろう。
しかも、ロイドは気づかれたディザイアンを切り捨てた。
その結果、助けようとしたマーブルは異形にさせられ、そしてイセリアの村は。
近づくな、といわれていた牧場に不用意にちかづき、
そして中にいた人と交流をもっていたのはジーニアス。
いつもはロイドがそのきっかけだった。
いつも、ロイドが何かを率先して行っていた。
たとえみなが忌諱するようなことでも、ロイドは自分から率先しておこなっていた。
人が困っていたらすぐにたすける。
人のいうことを疑わず、相手の言葉をうのみにし。
それは甘すぎる、とおもう。
実際にそれで痛い目をみたのは一度や二度ではない、というのに。
それでも、ロイドはその態度をあらためようとしなかった。
ドワーフの誓いにある、だますよりだまされろ!の精神のごとく。
そんなロイドにあきれもした。
でも、それ以上に。
「でも、そんなロイドが僕の憧れだったんだ」
ロイドに感化されて、牧場に近づいた。
そしてであったマーブル。
そしてその結果もたらされたのは。
でも、だからといってマーブルと出会えたことを不幸にはおもえない。
自分のせいで殺してしまったようなものなのに。
思ったことをすぐ口にする。
疑問におもったことはすぐにいい、ダメなものはダメ、という。
当たり前のことを当たり前、といいきれるのがどれほど大切か。
もっともそこには何も考えていないからこそいいきれる、というのがあるにしろ。
でも、だからこそ、ジーニアスはそんなロイドにあこがれた。
思ったまま、自らの心のまま行動することができるロイドのその生き方、に。
ずっと種族を偽って、人々の目を恐れて生活していたジーニアスにとって、
それは新鮮であり、そしてありえない人間、としてうつりこんだ。
なのに勉強は嫌いで授業中はすぐに寝て、姉におこられてもへこたれず、
夜更かしをしては授業でねる、そのくりかえし。
あの姉の折檻をうけても授業中居眠りできるその根性にあきれもしたし、
またあこがれもした。
第三者がきけばそれは違うのでは?ということですら、
それほどジーニアスの目にはロイドが自由にいきており、新鮮にうつっていた。
自分も、心のおもむくままにいきられれば。
でも、自分はハーフエルフで。
そんなことはできはしない。
だからこそ、よけいにロイドに憧れを抱いた。
ロイドが自分たちをハーフエルフ、と知ったとき、でもジーニアスはジーニアスだろ?
といってくれたとき、ジーニアスがどれほどすくわれたか。
おそらくロイドは気づいていないんだろうな。
そう心の中でおもいつつ、
「僕も、ロイドみたいに…ロイドみたいになりたかったんだ」
「お前……」
「さあ、はやくいってよ!手遅れにならないうちに!」
「ふざけるな!お前をおいていけるはずなんかないだろ!
絶対にどこかに仕掛けを解除する場所がどこかに…」
「いってったら!僕は、僕はロイドと違って臆病なんだ!
いざとなったら体が震えてきちゃって…最後に、カッコ悪いところ見せたくないんだ」
最後って。
その言葉にロイドは息をのむ。
最後?
何が?
誰が、何の最後、だって?
ロイドは理解できない。
したくない。
「いって!ロイド!次の仕掛けが軌道するその前に!
第二、第三の仕掛けが軌道しないとも限らない!コレットをたすけるんでしょ!!
いけよ、いけったら!いけぇ!ロイド・アーヴィング!!」
ジーニアスがロイドのフルネームをいうことなど、まずありえない。
けど、ロイドを促すには。
その間にもどんどんと光の幅はせまくなり、
ついにはジーニアスのほぼ真横にまでせまっている。
たっていることすらままならないほど、
天井からも光の壁はおりてきて、ジーニアスは立ち上がることすらできはしない。
つまり、完全に閉じ込められ、
このままでは光の壁にジーニアスは押しつぶされてしまうであろう。
光に押しつぶされるのか、それともこのまま閉じ込められて天使たちにとらえられるのか。
それはジーニアスにはわからない。
が、仕掛けが作動した以上、次なる仕掛け、もしくは追ってがこない、ともかぎらない。
その前に。
「いって!ロイド!」
「…っ、バカやろうっっっっっっ!」
ジーニアスの言葉にロイドが叫ぶ。
叫ぶがそんなロイドの耳に、ヴッン、とした音がひびく。
みれば、再び道のむこうに先ほどとおなじような光の壁が。
このままでは、また光の壁に阻まれてしまう。
時間は、ない。
ジーニアスをたすけたい。
しかし、助け出すための仕掛けを探す時間はのこされていない。
優先するのはジーニアスか、それとも先をすすむべきか。
「いって!ロイド!!!!!!!」
「ジーニアス・・・・ごめんっ!!!」
光の壁がおりてくる。
その真下をすんでのところですばやくその下をくぐりぬけ、
何とか再び閉じ込められるのを回避する。
光の壁は再びジーニアスのいるほうこうにとむかっており、
しかしその光の壁はこの場にいるヒトに反応しているのか、
二つわかれ、ロイドのほうにもせまってくる。
ロイドが後ろ髪をひかれる思いにて転送陣にのるのと。
光の壁が天井からおりてくるのは、ほぼ同時。
ロイドが転送陣を無事に抜けたことを目にし、ほっとしながら。
「…大好きだよ。僕の…一番大切な友達…どうか、ロイド、コレットを助けて。
そして、ミトスを……姉さん……」
自分はこのままつぶされて死ぬのか。
それとも。
ばちばちと視界にはいる光の帯。
おそらくは、レーザー光線。
さきほど、ロイドの剣をあっさりと両断したところをみれば、
人ひとり、しかも子供ひとりを切り刻むことなどわけはない。
それを目にし、ジーニアスはゆっくりと目をとじる。
後悔がない、というのはウソになる。
でも、心の奥底ではほっとしている自分もいる。
ミトスが本当に非道なことをしているのをみなくてもすむ。
そんな安心感。
そんなジーニアスにむかって、いっきに光が収縮してゆく――
――…覚えておけよ。ロイド。大切なものを守るためには、
自分の身を…ましてや仲間の身すらを犠牲にする必要もあるんだ。
誰も犠牲にすることなく目的を達することなんてできはしないってな。
ゼロスの最後の言葉が、脳裏をよぎる。
くそ。
くそくそっ。
「何が…何が誰も犠牲にしたくないだ!くそっ!みんな…ごめんっ!!!」
走る。
ただひたすらに。
誰にいうでもない。
それはロイドの血を吐くような叫び声。
何かを犠牲にして何かを助ける、なんてことは間違っている。
ずっとそういっていた。
そしてそんなときになったら自分がみんなを助ける、とも。
でも、その結果は。
いざとなったとき、それができたかといえば答えは否。
リーガルは天使がたむろする中にのこり、しいなは穴におちかけ、
プレセアはあのあと、あの場にとりのこされてどうなっただろうか。
そして先生。
あの部屋は崩れる、そういっていた。
どちらにしても無事であるはずが…ない。
誰も犠牲にすることなく、目的を達することなんてできはしない。
ゼロスの言葉が脳裏からはなれない。
はなれてくれない。
そして、
――世界を二つにしなければ大地が滅ぶ、
一つのままだと大地すべてが消滅し、海に還っていた。
世界を二つにわけていれば世界は、大地は存続できるが、そうしなかった場合は。
でもそれは、マナを交互に使用するという前提であり、
かならずマナが少なく枯渇した世界、すなわち衰退世界ができあがってしまう。
――そんなのはまちがっている。
どちらかが犠牲になるような仕組みなんて。
ずっとそういっていたし、おもってもいた。
このような世界を、世界を二つにわけたことそのものがわるいことなのだ、と。
そのせいで、みなが苦しむ世界になってしまっているのだ、と。
そう、思っていた。
でも、それは逃げでしかないのだ。
それがいやでも実感できた。
できてしまった。
世の中はきれいごとだけではまわらないのだ。
そんなことはない。
ずっといっていたのに、でも今のこの現状は。
何かを成し遂げるためには犠牲もひつよう。
そんな犠牲があってなしとげるようなことなどまちがっている。
今までの自分ならば絶対にそういっていた。
でも、このザマはどうだ?
コレットを連れ去られ、自分の手でゼロスを殺し…
そして、結果として仲間をみんな見殺しにした。
してしまった。
皆の命とコレットの救助。
ロイドはコレットの救助を選んだのだ。
仲間の命をみごろしにして。
それがいやでもわかってしまうからこそ、
「…くそぉっっっっっっ」
叫ばずには、いられない。
ロイドは気づかない。
その叫びは敵をおびき寄せるものでしかない、ということに。
この場において魔物たちが天使たちを無力化していなければ、
まちがいなくロイドはその叫びによって位置を把握され、
ひとりしかいないにもかかわらず、攻撃をうけていたであろう。
が、この場にいる天使たちはすでに魔物たちによってエクスフィアをうばわれ、
あるいみ無力化しており、何かあれば帰還せよ、
という命令を忠実にこなすため、この場に天使たちの姿はみあたらない。
それがロイドにとってあるいみ救いといえば救いであろう。
そうでなければロイドはたった一人のまま、
この場を本来ならば見回っていた天使たちに攻撃されている。
どれくらい走っただろうか。
涙で前がみえない。
自分の甘さに、これまでいっていた言葉の軽さに自己嫌悪に陥ってしまう。
誰かが傷つくのはいやだ、誰かが犠牲になるような世界は間違ってる。
ずっとそうおもっていた。
目的のために誰かが、何かが犠牲になるなんて。
でも、現実はどうだ?今のこの現状は?
「俺…本当に何もしらなかった、んだな」
否、知ろうとしなかっただけ、なのかもしれない。
エミルにもいわれていたのに。
必ず、何かを選ぶときには何かを切り捨てるしかないことを。
そしてリフィル先生にも。
でも、そんなの互いが助かる方法をみつければいいじゃないか。
とかるくいっていたそのときの…これまでの自分をなぐりつけたい。
リフィルがいっていた”現実は非情なのよ”その意味を遅すぎるがようやく理解できた。
コレットを助けるためにみながその体をもってして、命をかけて先にすすませてくれた。
皆をたすける?
それどころかみんなの命を自分が危険にさらしたも当然じゃないか!
この救いの塔にこよう、といったのはロイド自身。
だからこそ、ロイドのうけている衝撃は果てしない。
ゼロスに甘い、といわれたその意味がようやく現実、として実感できた。
遅すぎるよな。
そう自分自身で自嘲してしまう。
どれくらい無我夢中でひとりで駆け抜けただろうか。
「ここは……」
がむしゃらにはしって、みえた転送陣にのったまでは記憶にある。
転送陣を抜けたさき。
そこもぽっかりと底がみえない穴があいており、
そこに一本の橋のようなものがかかっているのがみてとれる。
そのまま足をかけるとともに、がらり。
足元の床の一部が突如として崩れ去る。
「くそっ。ここから先は一方通行ってわけか」
それに、何だろう。
壁の両脇にあからさまに何かの仕掛けっぽいものがみてとれる。
何か足元の橋が崩れるだけではない仕掛けがある、のだろう。
それでも、先をすすむしかない。
意を決して足を踏み出す。
刹那。
左右の両脇にみえている四角い何か、からいくつものやが定期的にと発射される。
一定期間、きちんとした周期によって放たれるそのやの起動。
足元が崩れさえしなければ、その一瞬の合間をぬって移動するのも可能であろうが。
しかし、体の重みでなのか、足場がぐらつき、そんな悠長な時間はあたえられていないらしい。
ならば、ここはいっきに走り抜けるしかない。
そのまま、剣をすらり、と抜き放つ。
せめてもの小さな抵抗。
飛んでくるやをどうにか剣でさばきつつ、この場を駆け抜けてゆくしかない。
すうっと息を吸い込んで深呼吸。
「よし、いくぞ!」
いつも答えてくれていた誰か、の声はもはやない。
足を踏み出すたびに崩れてゆく足場。
そして左右から飛び出してくるいくつもの矢。
どうにか抜き放った剣…片方の剣はさきほどぽっきりと折れてしまい、
まああれは折れた、というよりは切り取られた、というべきであろうが。
カンッ、キンッ。ガラガラ…
どうにか剣にてとんでくる矢をさばきつつ、それでも足をとめはしない。
そんなことをすれば崩れる足場とともに落下していってしまうであろう。
何とか必至で駆け抜けつつもやをさばき、やがてようやくまともな足場にたどりつく。
ほっとしたその瞬間。
目の前にある階段らしきもの。
さらにその階段の上には大きな扉のようなものがみえている。
その階段がある台座部分の一部がかぱり、とひらき。
正面にいるロイドにむかって一本の矢がはなたれる。
「ぐわっ!?」
崩れる床と矢の罠を通り抜け、ほっと一息をついていたがゆえ、
ロイドは警戒を怠っていた。
罠が他にもあるかもしれない、ということを完全に失念していたというか、
まったく考えていなかったといってよい。
そもそも、注意をしていれば、足元の床。
そこに不自然な青白い光の帯のようなものが、
橋もどきを渡り切ったさきにあるのがみえていただろうに。
それをふむことによって、罠が作動した。
ロイドが周囲の確認を怠っていたがゆえの自業自得、ともいえるもの。
矢はまっすぐにロイドの胸元を貫いてゆく。
――もう、ロイドはいつも注意力散漫なんだよ!
倒れるロイドの脳裏によぎりしは、ジーニアスの言葉。
ああ、そうだな。
いつもそう。
――ロイド、あなたはもうすこし落ち着いて回りをよくみるということをしなさい
――あんたは危なっかしいからねぇ。罠があってもきづかずに突進していきそうだよ
ロイドの脳裏にそれぞれ、リフィルやしいなの声が、よぎる。
本当にそうだ。
俺、一つのことをおもっていたら他のことが目にはいらないんだな。
倒れるロイドの目にはいったは、あきらかに怪しいとおもわれる、床の青い線。
ロイドの足はその線を思いっきり踏んでいる。
人は一つのことをやりとげたとき、そこにかならず隙と油断ができる。
こういう仕掛けは遺跡などといった場所ではよくあること。
リフィルにもこれまで散々いわれていたのに、注意をしていなかったのはロイドの落ち度。
まっすぐに飛んできた矢はまるで時がとまっているかのようにゆっくりとみえたが。
それは感覚、として感じるだけで実際にはそうではない。
「…俺、どうして…いきてる…のか?」
確実に今、正面から放たれた罠の矢は自分の胸をつらぬいた。
それこそ対応するまもなく。
なのに、どうして?
思わず唖然とした声をだす。
胸に突き刺さっているやはたしかにそのまま刺さっているのに。
しかし痛みがまったくない。
おもわずやが刺さっている部分に手をやれば、ごつん、と何か固いものが手にふれる。
とりあえず矢を引き抜き…痛みも何もない、のは気のせいではなかったらしい。
矢を抜いた直後にリフィルの言葉がふと脳裏をよぎる。
――いいこと?何かが刺さってけがをしたときなどは。
不用意にその品物をぬかないのよ?失血死、ということもありえるのですからね
それに無理やりに引き抜いたりすることで逆に傷を広げてしまうもの
旅の最中でもいわれ、そしてイセリアの村にいたときに、
森であそんでいたときにロイドの足を木が貫通し、そのときにいわれたことば。
その木をひきぬこうとしたロイド、そしてそれをとめたジーニアス。
今のロイドの行動、つまり自分に刺さっているかもしれないものを引き抜く行為は、
かなり褒められたものではない。
人はかなりの大怪我などのときには感覚がマヒしてしまい、
それが命に直結する可能性もありえた。
たしかに矢は何かに突き刺さってはいた、のだろう。
矢を何かから引き抜くような感覚はたしかにした。
そこまでおもい、はっとする。
「これは……」
心臓部分にあるポケット。
その中には見覚えのある木彫りのうさぎ。
「これは…コレットがくれた、うさぎの……」
いつもはズボンのポケットにいれていたが。
今日にかぎって、この救いの塔にくるまえに、コレットが今日はうさぎさんはここ。
といって、ロイドの胸ポケットに出発前にいれてきていたそれ。
雪うさぎの横には矢でつらぬかれたあとがくっきりとのこり、
ぴしぴしとその衝撃でなのだろう、ヒビがはいっているのがみてとれる。
どうやら今の一撃。
矢の一撃をこの雪うさぎの木彫りがうけとめ、ロイドの体には傷をつけなかったらしい。
――ロイドは私がまもるね。
ふと、そんなコレットの声がきこえたような。
「…コレット。今、助けにいくからなっ」
そばにいないときでも、自分をこうして助けてくれた。
コレットが朝、出発前に胸ポケットにこれをいれてくれなかったら、
自分はまちがいなく今の矢によって倒れていたであろう。
いつも自分は誰かに守られている。
守られて…守られて、そして先にすすむことができている。
そのことにこれまでまったく気づいていなかった。
ヒビの入った雪うさぎを模したという木彫りの像は役目を果たした、
とばかり無残なほどにひびがはいりまくっている。
もっとも、元の素材が神木であるゆえか、原型をきちんとまだとどめているが。
ぎゅっとその雪うさぎの像を握りしめ、きっと目の前をみつめるロイド。
ロイドの前には巨大な扉らしきものがみえている。
おそらく、目的の場はあの扉の奥、なのだろう。
本来ならばその扉はいつもは周囲の壁の色と同じ仕掛けがほどこされており、
ぱっとみため、そこに扉があるとはわからない。
が、なぜかその扉の中央。
そこに一本の剣が突き刺さっており、思わずロイドは首をかしげてしまう。
その剣に手をかけるとともに、
シュッン。
完全に閉まり切っていなかったのか、閉じられていた扉が音をたてて開く。
「…どういうこと、だ?まさか、罠?」
罠、としかおもえない。
あきらかに、ここに何かありますよ、というような壁というか扉に突き刺さっていた剣。
そしてその剣に手をかけるとともに開いた扉。
あきらかに、何かありますよ。
さあ、はいってください。といわんばかり。
というか罠以外に何だというのだろうか。
だからといって、どうやらここ以外に先に進む道はないらしい。
すでに退路は断たれている。
ならば、先に進みつづけるしか方法はない。
それに、足元におちている一本の剣。
「…くそ。きにしててもしかたねぇ。これ、つかわせてももらうか」
どちらにしろ、双剣のうち一本の剣が途中でおれてしまい使い物にはならない。
こののち、何があるかわからない。
ゆえに折れた剣の代わりにすべく、床におちている剣を拾う。
ロイドは知らない。
その剣はユアンがこの地を立ち去るときにこっそりと、
ミトスが完全に扉を閉じきってしまうことを想定し、
あえてある程度扉が閉まるような場所に剣をつきさし、
ちょっとしたつっかえ棒がわりにしているのだ、ということを。
つまり、万が一、ミトスがこの扉をロックしたとしても、
この剣があるゆえに、完全にかぎはかからない。
部屋の内部のほうからはしまったようにしかみえないので問題はない。
まあ、きちんと調べれば、異物が挟まっているというエラー文字があらわれて、
このちょっとした細工に気づかれる可能性はかなり高いが。
それでもやっておかないよりはまし、という感覚でそのようにしている、ということに。
「俺をここまで導いてくれたみんなのためにも…コレットを助け出す!」
でなければ、みんなに申し訳がたたない。
精霊との契約より先にこの塔にきて、クラトスとミトスと話したい。
そういったのはロイド自身なのだから。
そんな自分があきらめることなどできはしない。
自分の提案でコレットを危険にさらし、みなの命までも。
そしてコレットがマーテルになってしまえば、ユアンの意見がただしいとするならば。
世界すらをも危険にさらしてしまう。
そんなことは、させない。
させるわけにはいかない、絶対に。
この場に誰か第三者がいるわけでもない。
が、あえて声をだすのは自分自身に叱咤をかけるため。
あるいみ発破をかけるため。
剣をひろったのち、そのまま、息をすいつつも、扉の奥へとロイドは駆け出してゆく。
その先は長い通路のようになっている、らしい。
通路の先にぼんやりと、次の部屋らしき光景がみえてくる。
天井は何ともいえない紫色の色がゆらゆらとゆらめくドーム状の何か。
そんな光景がみてとれ、そこにはなにもうつしだされてはいない。
がらん、とした部屋の中。
その真正面。
その手前に青白い輝きをもつ巨大な花のようなものがみてとれる。
そしてその中にひとりの女性の姿も。
その手前にはカプセルのようなものがひとつあり、そしてその少し横には透明なつつ。
青いハスの花のような手前にあるカプセルっぽい筒状のようなものには、
いくつもの何かはわからないがとにかく機械らしいなにかがまとわりついており、
その中に誰がいるのかまでは確認できないが。
もう一つのほう。
そちらのほうは、ゆらゆらとカプセルの中に見覚えのある女性がゆらめいているのがみてとれる。
その姿はかつての光景。
飛竜の巣、といわれていたあの場所でコレットがカプセルに入れられていた姿。
その姿とほぼ重なる。
何かの液体の中につかっている彼女はしっかりと目を閉じており、
生きているのかどうかは遠くからではわからない。
よくよくみれば、青い花のような何かの真下。
そこからいくつものコードらしきものがのび、
その真下のカプセルもどきにつながっているのがみてとれるのだが。
ロイドにはそこまでみえていない。
わかるのは、なぜかはわからないが、青い花のような何か。
それから何か光が常に真下にあるカプセルのようなものに注がれていっているということ。
そしてその手前。
ロイドにとって見間違えようのない人物がたっており、
じっとその花のような何かに視線をむけてたっているのがうかがえる。
床にはいくつものみたことのない模様のようなものがはしり、
それらが定期的に青白く点滅している。
目の前のほうで花のような何かで目をつむっている女性。
その姿にもロイドは見覚えがある。
タバサがアルタミラでたしかあのような服装をあのイベントのときにきていたはず。
緑の髪もタバサによくにている。
近くにいかなければその表情などは把握しきれないが。
そんなロイドの耳に、とあるつぶやきのような声が聞こえてくる。
その言葉はっとし、今はほうけている場合ではない。
改めて自らを叱咤したのち、ロイドはそちらのほう。
すなわち、彼らがいるほうこうに、視線の先にみえている先へと駆け出してゆく。
天井部分は透明なガラスでドーム状にておおわれており、
そのガラスの向こうには紫色にゆらゆらとゆらめく光が常に移動しているのがみてとれる。
そのドーム状の天井を支えるようにいくつもの柱があり、その柱は灯篭の上部分。
すなわち、逆三角形のような形をし、それらの三角の柱の中には、
青く光る棒のようなものがみてとれる。
そしてそんな柱の下にはこれまた紫色の足場となっている場所があり、
それらの下にはいくつもの四角い黒い細かな文字のような模様のようなものがかかれた物質。
それらがいたるところにつみあがっているのがみてとれる。
そしてそんな部屋の中心。
その中央にぽっかりとうかんでいる青白い光をともなった巨大な花のような水晶のような何か。
「…いよいよだ。姉様。この体は姉様の固有マナに一番近いんだ」
そういい、見上げているのは、真っ白い服に身をつつんだ、
金色の髪に青い瞳をもちし美青年。
それは自らの姿を青年の姿にかえたミトス・ユグドラシル自身。
見上げながら青白い光を放つハスの花のようなものの中にはいっている姉にと声をかける。
姉の精神はかつてのまま。
生きていた当時のままに、大いなる実りの中にてこのようにずっとその実体を保っている。
おそらくは、姉がつけていた精霊石…ラタトスクからもらった特殊な石。
それの影響もあるのだろう、そうミトスは踏んでいる。
答えはもどってこない。
とはわかっている。
わかっていながら、ちらり、と横のカプセルにと目を移し
「早く姉様。目覚めてください。ウィノナ姉様もまってますよ?
ええ。まちがいなく、私たちの…僕たちのウィノナ姉様が。
ウィノナ姉様も姉様に会いたがってるんです。ですから、はやく……」
応急処置は済ませた。
あとは目覚めを待つばかり。
しかしあれからまだ、ウィノナは目覚めない。
この場は大いなる実りのマナにあふれている場所。
かの水は大いなる実りのマナが液体化したもの。
すでに傷はふさがった。
あとは、彼女の目覚めをまつばかり。
だからこそすっと目をとじ、そして。
「…今まで何度も失敗したけど、今度は絶対にうまくいく。
そうしたら、そうしたら、今度こそ…」
いって、実りの中にいる姉の姿をみあげるミトス。
そうすれば、姉がよみがえり、今度こそ。
しかも、今度はウィノナ母さまもいる。
姉がいて、母さまがいて。
これほど喜ばしいことがあるだろうか。
微精霊たちを悪用しているという自覚はある。
なぜだろう。
ここ最近、胸が、いたい。
前は痛くなってもすぐにそれらは忘れることができていたのに。
ミトスは気づかないが、それは禁書が消滅したがゆえ、
それまでは魂の一部があちらにいることもあり、
そちらから瘴気が魂の中に流れ込んでいたがゆえ、感覚がマヒしていたゆえに、
深く考えることもなくそのまま世界を破滅においやる行為を率先しておこなえていた。
が、もう、問題となっていたものはない。
封じた魂のかけらが瘴気に侵されなかった分、逆に本体のほうが時間をかけ、
ゆっくりとではあるが穢され狂わされていっていた。
しかしそれらの穢れはエミルの…ラタトスクの手によって取り払われた。
だからこそ、ミトスはかつての、かつてラタトスクたちと約束をかわしたときのミトス。
あのころの心に果てしなく近づきかけている。
でも、それもすべてはおわる。
姉がよみがえりさえすれば、何もかも。
姉をよみがえらせたのち、厳選したヒトを無機生命体化させ、
あとは滅ぼしてしまえばいい。
必要のないのはテセアラ、という国。
姉さえよみがえれば、さばきの雷をおとしてしまえば、ただそれだけでいい。
そして世界を統合すれば、ヒトは勝手に争いを始めるであろう。
かつて自分たちが尽力し停戦をさせたのに、結局それはうわべだけでしかなかったのだ。
それは姉を殺されたときにいやでも思い知った。
技術を、戦いを放棄する気配をみせなかったシルヴァラント、そしてテセアラの両国。
八百年前、あろうことかついにシルヴァラントでは一年ごとにマナがよみがえる。
それを逆手にとり、再びトールハンマー…魔導砲まで開発してしまった。
どこまでも、世界にはびこる害虫でしかヒトはないのだ。
自分が牧場を生み出したのは間違っていなかった。
そう確信がもててしまったあのとき。
光は姉のマナが今回の神子の体に問題なく注ぎ込まれている証拠。
「マナの充填が終了したようです」
ふと、黒き翼をもちし天使のひとりがその場にいるもう一人。
プロネーマにと何かを伝達し、プロネーマがミトスにと語りかけてくる。
ミトスはその背に翼をだしており、ふわふわと空中にと浮いている。
「よし、やれ!」
目をつむりつつも、指示をだす。
これでいい。
心のどこかで、間違っている、とおもいつつも、でもこれですべてが丸くおさまる。
この少女一人の犠牲で姉がよみがえり、そして世界を統合して、
そして大樹をよみがえらせるその前に。
かつての約束。
約束した。
大樹を目覚めさせる前にかならず報告にかの地を訪れる、と。
ラタトスクは今の地上をみて何というだろうか?
やはり、ヒトはおろかでしかなかっただろう、といいそうな気がしなくもない。
でも、気になるのはエミルの存在。
まさか、とおもう。
でも、それならどうして。
どうして自分にそのことをいってこなかったのか?という疑問もある。
もしも、エミルが地上にでたラタトスク自身だとするならば。
かつての世界ではよくラタトスクは人の姿を模して地上にでていた、という。
この世界では一度もしたことがないが。
それはかつて水のセンチュリオン・アクアがいっていたこと。
微精霊たちを穢し使用していることにたいして怒られはするだろう。
もし、彼がすぐにやめろ、というのならば、それはそれでいいとおもう。
そのかわり、やっぱりヒトはすべて助けるべきではなかったのだ。
その自分の考えを伝える必要があるとはおもうが。
かつてそれは自分がラタトスクに懇願し、止めてもらったこと。
――心あるものを一部でものこし、浄化したとしても、また同じことの繰り返しだからな。
かつて、そのようにいわれた。
それをしつこく懇願して撤回してもらえたときのあの喜び。
あれを忘れたわけではない。
というかついこの間まですっかり記憶の奥底に封じてしまっており、
考えすらもしなかったが。
――犠牲がでる世界なんて間違っている!
ふと、ミトスの脳裏にロイドの言葉がよぎる。
それはかつて、ミトスが信念としていた言葉。
誰もが犠牲にならないで、幸せに暮らせる世界をつくるため。
ミトスたちは翻弄した。
だが、結果はどうだ?
姉を殺され、宗教、というアメとムチで人民を把握しても、
結局、ヒトは差別を、争いを、そして犠牲を強いることをやめなかった。
自分たちが手をくださなくても、彼らは率先し、
人体実験などというものを互いの国においておこない、
やめる気配すらなかったあの当時。
そして…今も。
今でこそシルヴァラントのほうは八百年というマナの停滞もあり、
それらの技術はすっかりと忘れ去られてしまったようだが。
「コレットを返せ!!」
ミトスの脳裏にロイドの言葉がよぎるのと、
幻聴?にもきこえる現実の声がきこえてきたのはほぼ同時。
「!?」
思わず声のしたほうをミトス、そしてプロネーマともども振り返る。
みれば、扉の向こう。
そこからかけてくる見覚えのある赤い服。
「ロイド!?きさま、どうやって、この部屋へ……」
この部屋にははいれないはず。
その手前であの罠によってロイドを生け捕りにしていたはず、なのに。
どうやってこの中にはいってきた、というのだろうか。
あの通路から。
「ここのカギはクルシス幹部にしか開けられないはずだ」
つまり、ここを開閉できるのは、ミトス、クラトス、ユアンしかいない。
クラトスはあれ以後、部屋であるいみ軟禁しているのでありえない。
ユアンがわざわざ彼らに手をかす道理がない。
…まあ、唯一の例外もあるかもしれないが。
彼らはそんなものでユアンをつる、というようなことすらおもいつかないだろう。
リフィルを除いて。
「そんなこと、どうだっていいだろっ!」
そのものいいに、ロイドはおもわずくってかかる。
まるで、その言葉がここまで仲間を見殺しにしてきた。
そのことを指摘されているようで、だからこそとっさ的に否定の言葉を紡ぎだす。
「俺は絶対に認めてないからな!お前のその身勝手な千年王国の夢なんて!
絶対に俺がここでつぶしてみせる!」
そこまでいい、その手を剣の柄にかけるが、そのまま一瞬その場でとまり。
そして。
カラッン。
「……何のつもりだ?」
剣を手にはかけた。
が、しかし。
そのまま一瞬動作をとめたのち、腰にさしている剣をそのまま鞘ごと、
床にとカラン、と転がすロイド。
「俺は、お前を絶対にとめてみせる!でも、それは命の取り合いなんかじゃ、ない!」
ジーニアスのためにも。
それに、それに何よりも。
「友達が間違った道に進んでいるのを止めるのは友達としての俺の役目だ!!」
もう、二度と。
二度と仲間をこの手で殺すのは、もう。
ゼロスを手にかけ、そしてこれまで仲間を見殺しにしたことで。
ロイドはこれ以上、たとえそれが本当は敵だったのだ、としったとしても、
もうこれ以上、仲間を失うことを恐れている。
でも、ゼロスのときもある。
自分が武器をもっていれば、相手も命の取り合いを前提にしてむかってくる。
ならば。
ならば先にこちらが武器を手放してしまえばいい。
その結論にいたったがゆえに、武器を手放した。
先生達がいたら、甘い、無謀、とかいわれるんだろうな。
そう自覚はしている。
いるけど、もう、これ以上、誰にも犠牲になってほしくは、ない。
もう、仲間だ、友達だ、と思っている人を。
そんな相手を自らが傷つけるのは、もう、絶対に…いやだ!
武器を手放すというリスクよりも、そっちのほうがロイドにとっては怖い。
また、その手で友達を殺してしまうその恐怖のほうが。
あのとき、リアルに感じた肉をきる感触。
飛び散る血。
倒れるゼロスの姿はいまだにロイドの脳裏にこびりついている。
自分がゼロスを殺してしまった、と。
ゼロスを信じるといっておきながら、信じ切れておらずに殺してしまった仲間。
何が誰も犠牲にしたくない、だ!
自分で仲間を犠牲にしてどうする!
その思いはずっと、ロイドの中にくすぶっていた。
そして、ここにくるまで、たどり着くまでにその思いは完全にと爆発した。
もう、たとえどんな形であっても誰も、それは敵であっても殺したくはない、と。
誰も犠牲にしたくはない、と。
当然そんなロイドの心情をミトスたちが知るはずもなく。
剣を何をかんがえたのかはしらないが、床にころがし無防備になったロイドにと、
問いかけるミトスの台詞に答えたロイドの台詞に思わず目を丸くしてしまう。
「……お前はバカか?」
「バカですね」
思わず、そんなロイドの言葉に顔みあわせ、そういってしまうミトスとプロネーマ。
おそらくその気持ちは間違っていない。
というか、他のものがいても、間違いなく同じことをいうはずである。
敵の目の前で武器を手放すなど、バカ以外の何ものでもない、と。
「命の取り合いではない、だと?では、お前は何をしにここにきたのだ?」
「もちろん!コレットを取り戻して、お前と拳で語り合うためにきまってる!
おやじもいってた!頑固ものには全力で拳同士でかたりあえってな!!」
「「・・・・・・・・・・・・・」」
頭痛がする、というのはこういうのをいうのかもしれない。
ロイドのまっすぐさというかあるいみバカさは旅の中で理解していたつもりだったが。
ここまでとは。
「…ドワーフに育てられたという障害か?」
ゆえに、おもわずぽそり、と
こめかみをおさえつつ、つぶやくミトスの気持ちは、まあわからなくもない。
ちなみにその思いはかつて、ラタトスクがロイドに感じた思いとほぼ同一であったりする。
というか、たしかにドワーフたちの心情というか彼らの性格。
彼らはたしかに力、そして技術がすべて、そういう種族ではあるが。
あるがそれをバカ正直に実践しようとするものがいるなど。
ふつうはおもわない。
というか思えない。
その気持ちはどうやらプロネーマも同じであるらしく、
ミトスともどもおもいっきりその手をこめかみにあてていたりする。
ひくひくとプロネーマの眉がけいれんしているのは何も見間違えではないであろう。
「…まあいい。武器を捨ててこちにら投降するのなら好都合。
プロネーマ。ロイドをとらえよ。そのものからはいろいろと得られることもあるだろうしな。
何しろ初めて生まれた天使体と実験体との間に誕生した子供だ。
無機生命体化がなかなか進まないそのあたりの起爆剤になるやもしれぬ」
そう。
ロイドを研究することにより、
よりスムーズに選ばれしものたちを変化させることができるかもしれない。
その思いもあり、ミトスはクラトスの提案をうけいれた。
つまり、ロイドを殺してほしくはない、というその提案を。
「は」
プロネーマとしては、神子のやつ、しくじったのか。
という思いがなくはない。
ユグドラシルの命にそむくのはわかっていても、彼らの始末。
それを神子にそれとなく示唆したのに。
しかし、目の前で命令に背くわけにもいかないだろう。
ゆえに、かしこまりつつも、一歩前にと歩み出る。
と。
ドゴッンッ。
刹那、ロイドとプロネーマのその間。
その間に突如として、炎の小さな塊のようなものがとんできて、
思わず一気にそれぞれ後ろにと飛び下がる。
「……え?」
この攻撃は、いったいどこから。
そうおもい、ふとロイドが視線を上にむければ、そこには信じられない姿が。
自分は夢をみているのだろうか?
おもわず目をみひらき、そしてごしごしと目をこすり、ふたたび凝視する。
おそらくは、大いなる実り、なのだろう。
青白い輝きをもつ巨大なハスの花のようなそれ。
その上の足場らしき場所。
天井付近にある柱の真下。
そこにみえる人影五つ。
幾度もごしごしと目をこする。
自分の都合のいい、幻なのか。
だって、みんなは、ジーニアスは…
「ロイド!!」
そんなロイドの心情をわかっているのかいないのか。
もう、二度と聞くことができないだろう。
そうおもっていた親友の声がロイドの耳にときこえてくる。
「み…みんな!?どうして…無事だったのか!?」
それは信じられない奇跡。
そう、奇跡としかロイドはおもえない。
それとも、自分は幻をみているのだろうか。
「どういうことだ?!プロネーマ!」
「わ、私も…」
その姿をみて思わず横にいるプロネーマにと叫んでいるミトス。
ミトスに叫ばれ困惑しつつ、
そして。
「マリア!どういうことじゃ、これは!?」
ふと、その場になぜかいる天使のひとりマリアにと声をかける。
淡く赤い髪を肩のあたりまでのばしている、真っ白い翼をもつし天使。
なぜ彼女がここにいるのか。
彼女の担当はここではなかったのに。
あるとすれば自分に何か報告をしにきた、としかおもえない。
いつのまに、彼女がこの場にやってきたのかもわからないが。
しかし、プロネーマの問いかけにマリア、と呼ばれた天使はその手に杖をもったまま、
ただその場にて微笑むのみ。
「ええい。どういうことじゃと問うておる。
お前にはブライアン公爵をとらえたのち、
他のものたちの管理を任せていたはずじゃぞ!」
だまっている彼女にむけて、いらだち紛れに叫ぶプロネーマ。
しかし。
「『ええ。おかげでたすかったわ』」
「…おぬし?」
マリア、の声ではない。
マリアの声に何ものかの声がかぶさっているような。
「その声…え?」
ロイドは逆に困惑を隠しきれない。
そしてまた。
「…ほう」
その意味にきづき、興味深そうにまじまじとマリア、と呼ばれた天使をみているミトス。
「いったろ。メインイベントまでには間に合ってみせるって」
そんなロイドにウィンクひとつして、そのまま、
たんっと足場をけりて、その場から飛び降りるしいな。
「私と同じ苦しみを背負いたくなかったのだろう?」
とある真実をしったがゆえに、これ以上、という言葉をもう用いていないリーガル。
「せっかく新しい世界ができようとしているのに、それを見逃す手はないわ」
「先生…」
淡々といつもの口調でいってくるその言葉に、ああ、先生だ。
あの場所からどうやってなのかはしらないけど。
無事だったんだ。
その事実がじわじわとおしよせてきて、おもわずロイドは涙ぐんでしまう。
「まだ…戦えます。戦えるかぎり、あなたのそばに、います。
ロイドさんは…どこかそそっかしい、ですから。ほうっておけません」
というかひとりで放っておけば何をしでかすかわからない。
手のかかる子供、とはよくいったもの。
「へへ~ん。どう?みなおした?」
ロイドにたいし、どこかいたずらが成功した、というような表情を浮かべつつも、
「って、ロイド!何武器を手放しちゃってるのさ!?」
ふとロイドが足元に武器をおいているのにきづきおもわず叫ぶ。
「…私たちがいないと何をしでかすかわかったものじゃないわね。この子は」
それにきづき、リフィルも盛大に溜息をもらす。
「…ロイドさん、ヒトはそれを自殺行為、といいます」
「うっ。ともかく、俺はここに傷つけあいにきたんじゃない!
ミトスと、クラトスと話し合いをするためにきたんだ!
こっちが武器をもってたら話し合いにもならないだろっ」
あのときの、ゼロスのように。
思わずそんな彼らの責めるような、そしてあきれたような口調に視線をそらしつつ、
そんなことをいっているロイドであるが。
あきらかに目が泳いでいる。
…どうやら少しは自殺行為、という自覚はあった、らしい。
そんな会話の最中、それぞれが今現在いる場所。
そこからゆっくりと飛び降りてくる。
その真下にはいくつもの四角い何かブロックのようなものがあり、
それらを上手に移動すればロイドたちのいる床にまでたどりつくのはわけはない。
「はい。ロイド。まったく、何剣をしたにおいてるのさ」
あきれたように、その場にあった剣をひろいあげ、ロイドにそれを手渡そうとするジーニアス。
「ジーニアス。それにみんなも、どうして…というか、どうやって」
特にリーガル。
あんなにいた天使たちをどうやって退けたというのだろうか。
「『それについては私が説明するわ。この体の持ち主の人の記憶を読み取ったし』」
「…なあ?その声…アリシア…だよな?」
目の前にふわふわと浮かんでいるのはどこからどうみてもクルシスの天使のひとり。
のはずなのに。
なぜにその口からアリシアの声が、しかも別の誰かの声とかさなるようにきこえてくるのか。
「『ええ。そうよ。この人の体を借りさせてもらってるの』」
「いや、借りてるって……」
ロイドには意味がわからない。
ちらり、とリフィルをみれば、盛大に溜息をつきつつ、
「この子ったら、他人の体を乗っ取ってるのよ…まったく……」
「……というか、アリシア。お姉ちゃんはそれ、あまり許してないですからね?」
盛大に溜息をつきいうリフィルに、プレセアもなぜか溜息つきつつも何やらいってくる。
他人の体に憑依し、その体を操る霊。
人はそれを悪霊、という。
「『あら?でも、この体にしたから、この人がカギもってたのもあって。
かんたんにあの牢屋からでることもできたでしょう?』」
「…牢屋?」
まったく話がみえてこない。
というか、意味がまったくつかめない。
「まさか…そのほう、マリアの体を乗っ取った別なる精神体かえ!?
マリアの意識をどうした!」
「『あら?失礼なおばさんねぇ。そもそもこの人、あまり自我なかったし』」
「そういう問題かえ!というかおばさんとは何じゃ!おばさんとは!」
…何か突っ込むところが違うような気がするのはロイドの気のせいだろうか?
いや、というか、体を乗っ取る?
誰が?
アリシアが?
……天使の体をつまりは…乗っ取った?
「『正確にいえば乗っ取ったというより、一時的に憑依をしているだけよ?
私の力だとあまりながくはむりだもの。心がほぼ閉ざされているから、
可能であって、あとは…』」
あとは、この天使体の女性がみにつけていた精霊石の協力による結果といえる。
しかしそこまでアリシアは説明する気はない。
というか、そこまでの説明はむしろ止められている。
姉の体から抜け出したとき、そのように【王】の声が聞こえた以上、
まちがいなく説明しようとしても言葉がつむげないであろう。
「『まあ、簡単にいえば、疑似的な憑依。そこのミトス・ユグドラシルが、
マーテル・ユグドラシルをコレットさんの体にいれようとしてるような。
そんな感じかしら?』」
「姉様のそれとおまえのそれを一緒にするな!」
思わずそんなアリシアの台詞にミトスが反論する。
「『あら?一緒じゃない?私は私の意思でこの人の中にとりついたけど。
でも、そのマーテルさまはどうなのかしらね?』」
どうみても第三者が無理やりにマナをコレットの中に移し替えているようにしかみえない。
「そんなことより。ロイド。あんたなんで武器を手放してたりするんだよ?!」
「いや、そんなことって…」
思わずつぶやくロイドは間違っていないであろう。
というか、アリシアなのか?本当に?
この天使が?
体を乗っ取るなんて、まさにそれはコレットが今まさに。
マーテルにされようとしているそれとかわりがないじゃないかっ。
激しく言いたい。
けどそれよりも先にしいながロイドにくってかかる。
「いや、だって、話し合いをするのに武器は必要ないし。
ミトスだってこっちが武装してなかったら何もしてこないだろ?」
「「あまいっ」」
さらり、というロイドの台詞にしいな、そしてリーガルの声が重なる。
「ミトス。僕、信じてた。ミトスは僕らを殺そうとはしないって。
だって、僕も閉じ込められてすぐに天使たちにどこかれつれてかれたし。
いったさきにみんないたし」
連れていかれたさきは、どこかの牢屋らしき場所。
かつてとらえられていたそれとはまた異なる場所ではあったが。
牢屋、というよりはどこかの部屋の一角、とでもいうべきか。
別れたみながその場にいたのに驚いたのは記憶に新しい。
少しうるんだ瞳でジーニアスに見つめられ、思わず視線をそらすミトス。
「私のときも天使がとらえにきたわね」
そんなジーニアスつづくように、リフィルがふと何やらいってくる。
おそらく、ミトスは自分たちを傷つけるつもりはなかったのだろう。
それにしては、あの仕掛けは少しばかり大きすぎるような気もしなくもないが。
「…プロネーマ。どういうことだ?ロイドにいうことをきかせるために。
この者たちをたしかに生きてとらえておけ、とはいったが?」
ジーニアスとリフィルからあえて視線をずらしつつ、
さらにプロネーマにと問いかける。
「私は確かに命じておきました。彼らは例の部屋に閉じ込めていたはずなのですが…なぜ。
そもそも、マリアにたしかにかぎはわたしてはいましたが……」
しかし、彼女ひとりで彼らをここにつれてこれるはずがない。
というかこの部屋にはいることすらできないはず、なのだが。
「しかし。この娘の体を姉様に使用させない、というわりに。
お前たちはその娘がその他人の体を利用していることを何ともおもわないのだな。
こちらがしようとしていることと、お前たちがしていること。何の違いがある?」
どうやらプロネーマにもわからない、らしい。
この部屋にはいるためには、自分たち三人の力がないと不可能。
正確にいえば、この地にはいる許可を得ているもの。
それはこの地はもともと、かつての大樹の最深部。
ゆえに大樹の加護、もしくは許可がないものは踏み入ることすらままならない地。
多少塔をつくったときに手をくわえてはいるが、基本的にその事実はかわっていない。
この地にたどりつくまえにとおるあの長い廊下。
きちんとした資格があるものが開いた状態でなければこの地にたどり着くこともできはしない。
ユアンが開いた状態のまま、完全に扉を閉じていなかったがゆえに、
ロイドはこの場にたどり着けているのだが。
その事実をミトスは知らない。
そしてリフィルたちはある人物に導かれこの場にとたどりついた。
それこそリフィル以外は化けて出た!と騒いだりもしたのだが。
一緒にいた女性にたしなめられ、彼への説教はひとまず後回しとなっている。
さめたような視線がロイドたちを射抜く。
所詮きれいごとをいっておきながら、彼らがしていることもかわりはしない。
ミトスがコレットの体にマーテルを憑依させようとしているように。
実際にアリシアもまた他人の体をこうして乗っ取っているではないか。
よくもまあ、ただのヒトが他人の体を乗っ取るとなどできたものだ。
と逆に少しばかりそのあたりのことも研究してみたいという思いがふとよぎるが。
アリシアも、プレセアもエクスフィアがない状態でどうやって。
たしかに昔から意思のつよき霊は他人の体にとりついて操ることができる。
というのは実証されてはいたが、実際にまのあたりにしたことは、ない。
その相手が魔族などといった状態では目の当たりにしたことはありはしたが。
「…今は大事な時期だ。プロネーマ。お前のミスだ。…わかるな?」
今ここで邪魔されるわけにはいかない。
あと少し。
あと少しで姉はよみがえる。
今ここで装置を停止させられるわけには、いかない。
ユグドラシルの、ミトスの言葉はすなわち、時間をかせげ、といっているのと同意語。
「…御意にございます。おのれ。マリアの体はかえしてもらうぞえ?
うすぎたない劣悪種などにあっさりと体を乗っ取られおって……」
そういうプロネーマの声にはあきらかに憎悪がこもっている。
ロイドたちは知らない。
プロネーマがマリア、とよんでいるその天使をどれほど大切にしていたか。
かつてプロネーマが保護し、育て、そしてその優秀さからクルシスに目をかけられ、
プロネーマがディザイアン階級に甘んじている中、
クルシスの天使として選ばれるようにしたのは、ほかならぬプロネーマ自身。
彼女には自分たちのように他人の命をもてあそぶ場所はふさわしくない。
お母様、お母さま、としたってくれていた彼女を推薦したことを今でも悔いていない。
クルシスの重要な施設などの警備を任されるようになっている彼女を特別におもっている。
そんなことを彼らは知らない。
知る由もない。
たしかにマリアは人見知りが激しく、強くいわれれば断れない性格かもしれない。
だからといって、それにつけこむように体を乗っ取るとは。
これだから、人間は。
そうプロネーマは思わずにはいられない。
プロネーマが指をならすともに、その背後に二つの影が出現する。
大きな鎌のようなものをもったそれは、ヒトのようで人にあらず。
その顔はのっぺりとしており、表情というか顔そのものが存在していない。
首につけられている鈍く光る石の首飾りのようなもの。
それが異様にと際立っている。
それは、イドゥンとよばれし、亜魔族のひとつ。
とある実験の過程にてその体の内部に魔族が入り込んだものを、
それを利用できないか、と実験の過程でエクスフィアをとりつけることにより、
制御可能となりしもの。
エクスフィアがあることにより、その内部から抜け出すこともできず、
また、器となったのがヒトの体ということもあり、マナによってマナの檻となり、
あるいみ使い捨てのような感じになってはいはするが、
毒も少量ならば薬となる、というミトスの実験のあるいみ一つの成果ともいえる。
力なき魔族ゆえにこのようにして操ることが可能なれど、
少しでも自我があるような魔族ならばこうはいかない。
それこそ、他のものたちのように完全にいいようにもてあそばれてしまうであろう。
これらもまた、ミトスの魂がゆっくりと瘴気に穢されていく過程で、
ミトスが生み出したもののひとつ。
エクスフィア…精霊石の力によって瘴気が抑え込まれているがため、
そのマナの瘴気に周囲があてられることもない。
少しでも瘴気に適合できなければ、器はまたたくまにと無にかえる。
ゆえに、イドゥン、と彼らがよびしそれらはそう数はおおくはない。
その黒いヒト型のような何か、はその大きな鎌をふりまわし、
一体はプレセアに、そしてもういったいはリーガルにとその鎌をむけてくる。
彼らはマリアの体にいるものを、アリシア、とよんだ。
たしかそれは、あの桃色の髪の少女の妹であり、
ヒトとロディルが人間に命じてやらせていた被験者のうちの一人の名であったはず。
ロディルの一件があり、そのあたりを一応プロネーマは調べさせている。
ゆえに、そのあたりの事情も半ば把握しているといってよい。
「『リーガルさま!?お姉ちゃん!?』」
「おのれ!いい加減にマリアの体からでぬか!この悪霊め!」
「『悪霊ですって!?』」
「悪霊以外の何だというのじゃ!その体はマリアのものじゃ!かえせっ!」
そんなプロネーマとアリシア…なのだろう、天使の体をのっとり、
表にでているアリシアの言葉に思わずロイドはひるんでしまう。
今、アリシアがしていることは正しいことなのか?
今、アリシアがしていること。
それはミトスがコレットにしようとしていることとまったくもってかわりはないじゃないか。
その思いゆえに、ロイドはひるんでしまう。
なのにどうして。
どうして先生たちはアリシアに何もいわないんだ?
プロネーマの口調からロイドでもわかる。
彼女にとってあの天使は何か思い入れがあるか、知り合い、なのだろう。
すっかり失念していた。
ディザイアンたちにも、クルシス側にも大切な人、というものは存在している、
というその事実を。
その事実を改めてつきつけられているようなこの現状。
自分がコレットを取り戻したいように。
彼女もまた、マリアとよばれている天使を取り戻したいのだろう。
そうおもうとロイドは身動きがとれなくなってしまう。
ここで、彼らを攻撃するのは正しいことなのか?
迷いが生じる。
ジーニアスから手渡された、剣が、重い。
重く感じてしまう。
無理やりに押し付けられたようなふたふりの剣。
ここまで剣を重く感じたことは、これまでにあっただろうか?
とロイドが思えるほどに。
そんなロイドの戸惑いを知ってか知らずか。
「相手になろう!でやぁ!裂蹴撃!」
リーガルの気合いのこもった蹴りが大きくふりかぶってきた斧を構えた相手。
その相手にと直撃する。
その衝撃派にて、リーガルの蹴りのあおりをうけて、一瞬後方にと吹き飛ばされるイドゥン一体。
「
そしてまた、自らの斧を床にたたきつけるように…
この斧はこれまでプレセアがつかっていた斧ではなく。
この地において宝箱から所得した斧。
リフィルがウィングパックの中にいれていたそれを合流したときにうけとっていたもの。
その斧を床にとプレセアがたたきつけるとともに、
その衝撃で一瞬表面がはがれた床の一部が無数のがれきとなりて、
そのがれきの破片が前方にむけてときはなたれる。
この技は本来、地面に武器をたたきつけ、生田の岩片を前方にと飛ばす技。
この地は地面ではなくふつうの床であるがゆえ、
岩の破片、というよりは床に使用されている一部の材質が壊され、
それらが前方にと音をたてて飛んでゆく。
「おのれ…水に飲まれろ!スプラッシュ!!!!」
素早く術を唱えたプロネーマの言葉に伴い、
ロイドたちの周囲というか足元に魔法陣が展開し、
その魔法陣から湧き上がるように、足元から巨大な水柱が発生し、
その場にいる全員を瞬く間にと飲み込んでゆく。
『うわ!?』
『きゃぁっ』
『くっ!?』
水流に飲み込まれ、一瞬水の勢いとともに空中に放り出されるロイドたち。
やらなければ、やられる。
それまで攻撃をしかねていたロイドもようやく鞘から剣を抜き放つが。
でも本当にそれでいいのか、という思いがある。
「やってくれたな!」
術には術を。
だからこそ。
かといって、おそらくあれが大いなる実り。
ちらり、とハスの花のようなそれにと視線をむける。
へたな術は大いなる実りに傷をつけてしまうかもしれない。
だからこそ。
「氷結よ 我が命に答え 敵をなぎ払え!」
炎の技は危険。
というかこんな狭い部屋の中で炎をつかってしまえば、酸欠とかになったら洒落にならない。
「フリーズランサー!!」
ジーニアスの詠唱によりて、いくつもの氷の槍が出現し。
それらはまっすぐに、プロネーマのほうにむかって突き進む。
この技は回避は不可能。
しいていうならば、攻撃をうけ耐えるしかない。
この技には追尾機能もついており、何かを貫通しなければ術の威力が消えることもない。
ジーニアスの目の前に出現した十六本の氷の槍は、
詠唱をした術者のジーニアスの心のままに、
そのまま一気にプロネーマにむかってつきすすんでゆく。
ドガッ。
グサッ。
一瞬、何がおこったのか、みながみな、理解できなかったといってよい。
目の前にはプロネーマをかばうようにして抱きしめているマリア、とよばれていた天使体。
その背にはジーニアスの放ったいくつもの氷の槍が突き刺さっている。
「『きゃっ!?』」
それとほぼ同時。
悲鳴のようなものとともに、突如としてそれまで入り込んでいた体から、
何かの強い意志に拒絶されるようにはじき出されるアリシアの精神体。
「マリア!?マリア、しっかりするのじゃえ!!」
プロネーマも一瞬、何がおこったのかは理解できなかったが。
すぐさまに理解する。
無意識のうちに伸ばした手につくのは、ねっとりした生暖かい血。
「おかあ…さ……」
「しゃべるでないぞえ!今、回復をっ!」
娘は、マリアは自分をかばったのだ。
すぐさまに理解し、今は戦闘中だ、というのにもかかわらず、
すばやくその場にマリアの体を横たえて、回復術を唱え始める。
それでも血は、止まらない。
「なぜ…なぜにわらわをかばった!!」
「おかあさん…力になりた……」
「ええいっ!しゃべるでないっ!」
硬直してしまう。
一体、何が。
目の前の光景はあきらかに、敵のはず、なのに。
でも、自分の放った術をあの天使がかばって。
「…なんだかはじかれちゃった。あの人の体、けっこういい線いってたのに……」
むー、というような表情をうかべ、ふわふわとただよいながら、
プレセアの横にともどってきているアリシアの姿。
その姿は透けており、生きているものではない、ということを物語っている。
「…お母…さん?」
その言葉に思わず茫然とした声をだすジーニアス。
そんなジーニアスにむけて、
「うん。なんかあの子、あの人の娘さん、というか養い子だったみたいだよ?
体のっとってたときにそんな知識があったし」
しれっという内容ではない。
子が親を助けたい、とおもうのは道理。
たとえそれが心がなかった、閉じられていたとしても。
無意識のうちに体が、心が反応し、その強い思いは体を乗っ取っていたアリシアをはじき出した。
親が子を助けたい、とおもうように、子もまたおやの役に立ちたい。
そうおもう。
相手は敵。
なのに。
「おのれ!!!わがマリアに何てことを!」
忌々し気につぶやかれるその瞳からはあきらかなる、殺意。
…敵にも大切な人がいる。
それが家族であり、仲間であり、そして譲れない誰か、でもある。
あきらかに敵意の視線をむけらられ、おもわずびくり、とジーニアスは委縮してしまう。
プロネーマを攻撃するつもりだった。
けど、そのプロネーマを、敵をかばって、あの人は。
アリシアに体を乗っ取られていた状態で。
それでも、母親を…自分の母をかばったその行為。
その事実にきづき、ジーニアスは愕然、としてしまう。
自分の放った術があるいみ無関係な人を傷つけてしまった、というその事実に。
無関係ではない、のかもしれない。
相手もクルシスの一員なのだから。
それでも、母をかばったその行為は敵だからという理由すら凌駕してあまりあるもの。
「…ごめん。お姉ちゃん。私、これ以上、体もたずに実体化してるのむり。
またお姉ちゃんの中にもどるね」
「アリシア!?」
この状況についていかれずに、他のみなの攻撃の手もやんでいる。
すでに、プロネーマとともに攻撃をしかけてきていた異形の何か。
それらは倒れており、倒れるとともに霞のごとくに黒い霧となってかききえている。
すうっとプレセアの中にときえてゆくアリシア。
「しっかり、しっかるするのじゃぞ!ユグドラシルさま、マリアが・・っ」
回復の手をとめてはマリアが死ぬ。
でも自分の力ではこれ以上の癒しは。
ユグドラシルにすがるのは間違っている、というのはわかっている。
それでもプロネーマはすがらずにはいられない。
「まずいっ!あれをみろ!」
その光景から目をそらしたリーガルがふと目にしたもの。
それは種子の中のマーテルの体がだんだんとうすくなり、
そこから下にむけて注がれている光がだんだんとつよくなっている光景。
誰かが大切なものをかばい傷つく光景は、リーガルとてみたくない。
たとえそれが敵、といわれているものであっても。
その光景をみて、リフィルも何ともいえない表情をして、
しいなもまた、何ともいえない表情を浮かべていたりする。
戦いは悲しみしかうまない。
まさにそう。
人を傷つければそこにかならず悲しみがうまれ、そして恨みが生じる。
ロイドもその光景から目をはなせない。
自分たちがしたことで、今まさに。
誰かの命が失われようとしている。
それも、誰かをかばって。
彼女がプロネーマをかばったあの光景は、かつてロイドがコレットにかばわれたとき。
クヴァルの攻撃をコレットがかばったとき、その光景と重なってしまう。
彼女たちもこれまで、たしかにディザイアンとして、あまたの命を犠牲にしていた。
その事実にはかわりがない。
だからといって、実際に目の前で自分たちが相手の身内、もしくは知り合いに手をかけるか否か。
第三者の立場として見聞きするのと、当事者になるのと、では当然感覚も違ってくる。
そして感じる感情も。
あからさまに、家族?かもしれない相手を傷つけ恨みの視線をむけられたことにより、
一瞬、ロイドやジーニアスはひるんでしまう。
しいなはそういう視線には慣れたくはないが慣れてしまっている。
そして、リーガルもその立場中、恨みのこもった視線、
というもののあしらい方、というものは身に着けている。
プレセアのほうは妹、アリシアのことでそれを気にしている談ではない。
そんな中でのリーガルの言葉。
リーガルの台詞に、マリアとよばれし天使を抱きかかえていたプロネーマも、
はっと頭上をふり仰ぐ。
花のような何かの中にいた女性の体が一際輝いたかとおもうと、
その光はよりつよくなり、そのまま下にある筒のようなものにと吸い込まれる。
そして、それとともに、ゆっくりと。
筒のような何かを覆っていた様々な装置のような何か、がプシュウ、
という音とともに取り除かれる。
それとともに、その中にいる存在の姿がより鮮明にとみてとれる。
その中に横たえられていたのはコレットで。
透明なガラスのようなカプセルの中に横たえられていたコレットは、
その胸の前に腕をくみ、じっと目をつむり横たわっているのがみてとれる。
ゆっくりと上にともちあげられていくカプセルを閉じていたであろうふた。
完全にふたが開ききったその中に、目を閉じよこたわっているコレットの姿がみてとれる。
それはまるでスローモーションのようでいて、一時時間がとまっているかのごとく。
思わず誰もが息をのむ。
ぎゅっとプロネーマが自らの腕の中にいるマリアをよりつよく抱きしめるのとほぼ同時。
ゆっくりと、閉じられていたコレットの瞳が開く。
幾度かぱちぱちと瞬きを繰り返したのち、ゆっくりとそのカプセル状の中より起き上がる。
思わずかたずをのんで見守っており、またコレットが無事であったことにほっとするロイドたちであるが。
だが、しかし次の瞬間。
そんなロイドたちの思いはいともたやすく打ち砕かれる。
いつもなら、目覚めたコレットは真っ先にロイドの名を呼ぶだろうに。
目をひらいたコレットはロイドたちにちらり、と視線をむけただけで、
そのまままっすぐにユグドラシルの前にと歩み出る。
コレット、なのにコレットではない。
何かが、違う。
そう、何かが。
「コレッ…ト?」
困惑したようなロイドの声が、かすれる。
「姉様…っ!やっと、目覚めてくれましたね」
自らの目の前で立ち止まったコレットにむかい、感極まったように話しかけるミトス。
そんなミトスをじっとただコレットはその瞳でみつめるのみ。
「嘘…だろ…コレット…ウソだろっっっっつ!」
ロイドは信じたくはない。
目の前のコレットは、たしかに姿形はコレット、なのに。
でも、コレットではないとでもいうのだろうか。
信じたくない。
そんな、そんなことは。
しかし、そんな叫ぶロイドにコレットはまったく反応を示さない。
「『ミトス…あなたは、なんということを……』」
それは、コレットの声であり、そしてまたコレットの声とは違う声。
コレットの声とかさなり、別の女性の声があきらかに重なっている。
右手を胸の前におき、左手をすこしばかり差し出すようにして、
困惑したように、目の前の青年に”コレット”は語り掛ける。
その声にジーニアスが思わず一歩後ろに退くさまをみせる。
コレットなのに、コレット、ではない。
それはまさにアリシアが先ほど他者の体をのっとっていたかのごとく。
当事者とおもわれし声と誰かの声がかさなっている。
アリシアの場合は彼女と、そしてその天使の声が重なったような声、ではあったが。
では、この声は。
コレットのマナにかぶさり、感じるこのマナの持ち主は。
リフィルも思わず目を見開く。
遅かった、という思いがある。
そして、ちらり、と視線の先にとある大いなる実りをみる。
ユアンのいうように、もしかして力を完全に使い果たしていたとするならば。
しかし、この地は他にもマナがあふれており、探ろうにも探ることができない。
ジーニアスだけではなく、プレセア、そしてリーガルとしいなもまた目を見開く。
もしかして、という予感はあったとしても、
目の前で知り合いの体で他人の声が紡がれる、というのはかなり衝撃的なこと。
しかしそんな彼らの様子に、”コレット”はまったく気にかけた様子もそぶりもみせない。
この場にロイドがいるにもかかわらず、ロイドのことはみえていない、
もしくは初めからしらない、とでもいわんばかりに。
「姉さま?ああ、この体のことですか?」
いきなり、何ということを、といわれ困惑するものの、すぐさまに思い当たる。
姉はこの姿を知らないはず。
成長した自分の姿を。
でも、すぐに自分だ、とわかってくれたのがとてもうれしく、また泣きたくなってしまう。
「クルシスの指導者としてふさわしくみえるように。
成長速度を速めたんです。まってください。今、昔の姿にもどりますから」
ミトスがいい、すっと目を細めたその直後。
「マーテル…様。ユグドラシルさま…どうか、どうか…マリアを……」
「ええい!姉様との邂逅を邪魔をする…姉様?」
ミトスが目をとじ、その姿を元の姿。
つまりは十四、五歳の少年の姿に変化するのとほぼ同時。
それまで声を失っていたプロネーマがはっと我にともどったように声をあげる。
ミトスがそんなプロネーマに声をあらげ、そのまま手を大きく掲げるが、
そんなミトスの手をゆっくりとつかみ、ふるふると首を横にふる”コレット”。
だからこそ、ミトスは困惑した言葉を紡ぎだすしかできない。
「『怪我をしている人をほうってはおけないわ。そうでしょう?ミトス?
大丈夫よ。ミトス。あなたを信じてついてきてくれたひとに対し粗相をしてはだめよ?』」
今、まちがいなく、弟はこの女性たちに対し、無意識なのかもしれないが、
攻撃をしようとしていた。
かつてのミトスならば絶対にそんなことはするはずもなかったのに。
”コレット”の体を通じ、目覚めた”マーテル”はそんな弟であるミトスを窘める。
自分が死に、精神体になってから弟をいさめるものはいなかったのだろうか。
否、いなかったのだろう。
あのクラトスですら、自責の念にとらわれ、ミトスの暴走を許してしまっていたように。
動かない、声がつうじない、それが何とももどかしかった。
「『彼の者を死の淵より呼び戻せ レイズデット』」
すっとそんなプロネーマの横にひざをつき、そして祈りをささげるような恰好をするとともに、
とある言葉を紡ぎだす。
刹那。
プロネーマを中心として淡き光の魔法陣が展開し、
その魔法陣が淡く輝いたかとおもうと、それらの光はプロネーマが抱きかかえている女性。
その女性の中にと吸い込まれてゆく。
それはとても暖かなる光。
リフィルが使用する術よりもはるかに高いマナの性能をもっているのは一目瞭然。
それは死者の魂すら呼び戻す術といわれている法術、もしくは治癒術といわれている中では、
一番高度、といわれている治療術。
ジーニアスの放った氷の槍につらぬかれ、その背にいくつもの穴があいたようになっていた女性は、
その女性の体から見る間に傷がふさがっていくのがみてとれる。
そして、それにつづき。
「『聖なる恩恵を…キュア』」
続けざまにそういうとともに、よりつよい光が、一瞬、はじける。
「お…おお…おおっ」
「おかあ…さん?」
それまで今にも死にそうで土気色になっていたマリアの瞳に血の気がもどる。
思わず感極まった声をあげるプロネーマ。
ゆっくりと目をひらいたマリアがはじめに紡いだのは、
幼きころ、彼女がプロネーマを読んでいたその言葉。
「よかっ…マリア…よかっっっっっっ」
おもわずこの場にユグドラシルがいることも、よみがえったマーテルがいるのもわすれ、
ぎゅっと義娘を抱きしめる。
そんなプロネーマたちの様子を優しい笑みを浮かべながら見つつ、
「『ミトス。だめでしょう?けが人がいるのなら、早く癒してあげないと?』」
諭すように、それでいて、振り向きながらもミトスに語り掛けている”コレット”の姿。
「しかし、姉様……」
「『しかし、も、でもでもないでしょう?』」
なぜよみがえった姉に怒られなければならないのだろうか。
しかも、プロネーマたちのせいで。
おもわずきっとミトスはプロネーマたちをにらみつけてしまうが。
コツン。
「『こら。もう、ミトス?あなたはいつからそう聞き分けのない子になったのかしら?
かつてのあなたなら、私が危ない、といっても、戦場においても、
敵味方とわず、誰にでも癒しの術を施していたでしょう?
そのときの思いを忘れてしまったわけではないのでしょう?』」
かつてのミトスは、戦いの中にあっても他人を思いやる心を忘れてはいなかった。
敵、味方をとわず、傷ついたものには手を差し伸べていた。
たとえその結果、幾度裏切られようと。
まあ、それらの行為もあり、ユアンがあきれ、そんな偽善は続くはずがない。
とか何とかいいだして、結果として彼らの旅についていくことになったあの当時。
思わず、頭にかるい何かがあたったような気がし、
おもわずミトスは頭をなでる。
それは、かつてよく姉がミトスをおこるとき、
かるくミトスの頭をたたいては窘めていた行為そのもの。
それゆえに、おもわずミトスはじわり、と涙が浮かんでしまう。
姉がよみがえった嬉しさにミトスは違和感に気づいていない。
涙腺などという生体機能も止めているはず、なのに。
それらの生体機能がふつうにヒト、として作動している、というその違和感に。
「『…ミトス。私はずっと、あなたをみてきました。
うごかぬ体でただなすすべもなく。あなたがしてきたおろかな行為を。
どうして、どうして私たちが守ろうとした命を蔑ろになんてしはじめたの?
ミトス、あなたはとても優しい子。どうして…エンブレムはどうしたの?』」
魔族を封じるときに忠告された。
その方法だと万が一にも分けた魂の影響が、本体にもでかねない。
それもあり、必ず常にそれをみにつけているように、と。
まあ、弟が心配のあまりあのとき、弟に自分のそれを託した自分がいえることではない。
とはおもうが、どうしてもそう問いかけずにはいられない。
「エンブレム?それって、姉様、デリス・エンブレムのこと?あれは……」
あれは。
そういえば、どうして、自分はあれをわざわざわけて、
あの地にたどり着くためのカギ、としたんだっけ?
ふとなぜかそんな疑問が今さらわいてくる。
あのときは、それをしてあたりまえ、そうおもった。
手放すことを何ともおもわなかった。
どうして、自分はあれを手放すようなことをしたんだろう?
あれはせっかく、せっかくラタトスクが自分たちにくれたもの、だったのに?
ふと思ってしまった疑問は果てしなく、ミトスの中で広がってゆく。
「『忘れてしまったわけではないのでしょう?
私たちが古の大戦を、あの争いを食い止めたのは、
人と、エルフと、狭間のものと、そして魔物や精霊たち。
生きとしいけるものがみながみな、同じように暮らせる世界を夢見たからでしょう?
なのに、微精霊たちの卵である精霊石を穢すような行為をしてまで、どうして…』」
「姉様?新しい体をせっかく用意したのに、いきなりどうしたの?姉様?
やっぱりそれでは気に入らなかったの?」
目覚めたばかりだというのに、姉は何をいっているのだろうか。
いや、いっている意味はわかる。
自分だって、わかっている。
エミルにいわれて、今さらながらに自覚してしまっている今では。
微精霊たちを犠牲にしているのは間違っている、とわかっている。
でも、このままでは差別はなくならない。
種族の差があるかぎり。
だからこその千年王国。
でも、本当に?
種族の差がなくなれば、差別はなくなる?
――なくならないよ。
心の奥底で声がする。
理屈と本能ではなくならない、と理解していても、
やってみなければ、わからない、という思いもあるののもまた事実で。
でもどうしてようやく目覚めたばかりの姉様がそんなことをいってくるの?
やっぱり他人の体はいやだったの?
たしかにこの子は姉様の体のそれよりかなり違ってるけど。
そんな思いがどうしてもミトスの中からぬぐい捨てきれない。
姉が今いっている言葉は、新しい体になじまないがゆえ、
かわりに自分にそんなことをいってきているのだ、と。
「『ミトス。そうじゃない。そうじゃないのよ。私の言葉をきいて?
あなたのしてきたことは間違っている。
私は…誰かの命を犠牲にすることを望んではいません。あなたもそうだったでしょう?』」
だからこそ、あれほどしつこく、大樹の精霊に懇願に赴いたのだから。
「『これまで、あなたがしてきたこと。今、あなたがしようとしていること。
すくなくとも、私たちが目指してきたものとは違います。
私はミトス、あなたにいっていたはずよね?絶望するならば静かに暮らしていきましょう、と』」
あきらめない。
あきらめたりはしない。
絶望し、あきらめてしまったらそこですべてが終わりだから。
そうかつてミトスはいっていたのに。
なのに、どうして。
「『ミトス。あなたのしてきたことは間違っているわ。
これでは、何のために私たちは世界の存続を願ったの?
……少なくとも、私たちが目指してきたものとは違います。そうでしょう?』」
精霊オリジンや他の精霊を封じる原因となったのは。
そうミトスが決定したのは。
大いなる実りの中にて薄れる意識の中でマーテルはそんなミトスの叫びを聞いている。
自分が殺され、この種子の前にてミトスがしばらく閉じこもっていたことも。
マーテルは覚えている。
でも、声がかけられなかった。
ミトスにあのとき、自らの声はとどくことはなかった。
悲しみにとらわれたミトスはそんな小さな声をきくことはかなわなかった。
「…間違ってるって?姉様が僕を否定するの?」
どうして?
どうして、姉様がそんなことをいうの?
どうして……
僕は、姉様のために。
姉様のためだけにっ。
ミトスがそう思い始めたその刹那。
「『違うわ。ミトス、思い出してほしいの。もう一度、昔のあなたに…
あなたは、間違えてしまった。けど、やり直すことはできるでしょう?
だから、ミトス……』」
「やれやれ~。ほんっと、きいてたとおり、マーテル様とは口下手なんだなぁ」
”コレット”の台詞と、第三者の声はほぼ同時。
『え?』
この場にいるはずのない、第三者の声が聞こえてくる。
その声にこの場にいるほぼ全員の声が、重なる。
おもわず、ばっと全員が上をふり仰ぐ。
それはありえないはずの第三者の声。
もう二度と聞けるはずがないはずの声。
声がしたほうこうは先ほどジーニアスたちが飛び降りてきたあたりの近くから。
「俺様登場ってな~。おまっとさ~ん」
ふわり、と赤い髪がなびく。
そしてロイドにとってとても信じられない声も聞こえてくる。
ロイドはこれでもか、というほどに目を大きくみひらいている。
信じられない。
本当に?
それとも、みずほの民が変装した姿なのだろうか。
それだとすれば何ともタチのわるい変装、としかいいようがない。
ふわり、とながい髪をその片手にてかきあげているいるはずのない人影。
そんな人影がなぜか、大いなる実りの真横。
その場所にすくっとたっているのがみてとれる。
あきらかに眼下では困惑したような何ともいえない表情をうかべ、
口をあんぐりあけているロイドの姿がみてとれる。
そして、マーテルが宿りしコレットと、ミトスの姿も。
とりあえず…と。
マーテル様が一応一度抜けたこれに、預かってたこれを入れて、と。
――近くにいってコレをすこしかざすだけでいい。
そういわれていたとおり、【それ】をかざすだけで、すうっと、
その小さな蝶の飾り物のような何か、は大いなる実りとおもわれしものの中にと吸い込まれてゆく。
これでとにかく、頼まれていたことの一つはこなした。
というか、絶対に俺様をこきつかいすぎだろ!あの精霊様は!
いや、あの精霊様というよりは、あのテネブラエとかいうやつは!というべきだろうけど!
そうはおもうが、それを表情に表わすことはなく、
「弟を心配するのはわかるけど。その言い回しだと。
ミトスくんを否定するようにしかとらえないぜ?
そいつはどうもネガティブな思考になってるっぽいしな~」
眼下をみつつ、ひらひらと手をふりながら、いかにも自然体にと言い放つ。
本当に、たしかに、あの子は口下手ですからねぇ。
そういっていたあのセンチュリオンの言葉の意味が嫌でも理解できた。
というか、今のミトス君にあの言い方は誤解してください。
といってるようなものだろうが。
そうおもうがゆえに、口をださずにはいられない。
「…ゼロス!?」
ひらひらと、何やらおちゃらけたようなその言い回しは。
間違えるはずがない。
でも、どうして。
どうして、あのとき、あのときたしかに、ゼロスは、自分が。
ロイド自身が殺してしまったはず、なのに。
だからこそロイドは叫ばずにはいられない。
そしてまた。
「なぜ、テセアラの神子が!?」
プロネーマも驚愕にみちた声をはりあげる。
これまで、ミトスとマーテルとのやり取りに口をはさむわけにもいかず、
かたずをのんでこの場の行方を見守っていた、というのに。
あのとき、足止めを命じ、テセアラの神子は死んだのではなかったのか?
ブロネーマもまた困惑を隠しきれない。
たしかに、プロネーマが見ていた映像でも、血を流し倒れるところまで、
たしかに確認した。
ほかならぬ、ロイドというものの手により、神子は致命傷をおったはず。
あれほどの出血では命が助かっていたともおもえない。
なのに。
どうして。
「神子様!」
ふと、そんなゼロスの真後ろ。
そこに見覚えのある人影が一つ。
『ケイト(さん)!?』
その姿をみて目を見開いたのは、ロイドだけではない。
信じられない、とばかりにリーガルだけでなくプレセア、そしてリフィルも目を見開く。
ゼロスの背後からかけてくるようにくるその青い髪の白衣をきているその女性は。
なぜにケイトがここにいるのだろうか。
たしかに、ユアンにつれられて、クルシスに出向いているとか何とかきいてはいたが。
しかし、その彼女が、なぜ、ここに。
そんな彼女をひょいっと抱き上げ、そのままその場からふわり、と飛び降りる。
ストン、とケイトを自分の横におくとともに、その視線をミトスのほうにとむけるゼロス。
そして。
「ほんっと、無茶するねぇ。マーテル様?ってか」
今の状態で、自力で他人にその精神体を憑依させるのは、
その魂の力すらを枯渇しかねない。
本当に、どこまでお見通しなんだか。
つくづくあきれてしまう。
おそらく、これを種子に近づけるときには、
マーテルはコレットの体に憑依している可能性がある。
そうたしかに昨夜、そのように聞かされてはしていたが。
「『あなた、は?たしか、テセアラの……?』」
困惑したような声が”コレット”の口から発せられる。
「無理やりにその精神体を憑依させた場合、その精神体に異常がでる。
これは、まあ王立研究員の実験結果でもわかってることなんだけどな。
まあ、だからこそ、より近いマナの器をつくろうとしたんだろうけどな」
より近いマナの器にすることで、その拒絶反応をなくす。
たしかにミトスはその拒絶反応をなくすために、あえてマナの血族を、
その血筋を管理しそしてより姉のマナに近い体をもつものを生み出すように、
婚姻などを管理していた。
「あんたの魂に負荷がかかる前に、わるいが、元にもどってもらうぜ」
本当に。
人使いが荒すぎる。
そのまま懐より小さな何か、を取り出すゼロス。
「何をする!?」
それが何なのか気づき、思わずミトスが声を荒げ、そして。
「マナの神子から解放してほしかったんじゃないのか!?裏切るのか!?」
などという声がゼロスにむけてミトスから発せられる。
「裏切るとは失礼な。
いっとくが、あのままマーテル様をコレットちゃんの体にのこしてたら。
マーテル様はあんたの大切なお姉様ではなくなるかもしれないんだぜ?」
「何を……」
その台詞にミトスは思わず眉をひそめる。
この神子は何をいっているのだろうか。
その意味がミトスにはわからない。
まあ、わかれ、というほうがこの場合は酷であろう。
ふつうは絶対にわかるはずもないのだから。
「『…確かに。私の魂の力はより弱まっています。
この子は私を受け入れてくれる心があったからこうして話すことができていますが。
私は、この子を説得できたら、もう消えてしまってもいい、とおもってましたが』」
「姉様!?何をいってるの!?テセアラの神子、どういうことだ!?」
なぜ、このテセアラの神子、たしかなをゼロスといったか。
自分の今の状況を知っているのだろう。
ゆえに、マーテルは困惑してしまう。
今はどうにか最後の力を振り絞り、この少女の体に憑依を果たした。
それが危険であることは承知であることも、
一度抜け出せば再び種子の中に完全に戻れないのもわかっている。
だからこそ、今の本体ともいえる石をあの中にと残している。
本体と精神体の分離。
以前、アクアがいっていたことの応用。
ぶしつけ本番で試しているがゆえ、その力加減がマーテルにはわからない。
しかし、きになることがもう一つ。
何かこの少女の中にはとても懐かしい力の残滓のようなものを感じる。
そう、とてもなつかしい、何か、が。
それが何なのかがマーテルはわからない。
それに、不思議なことに、この少女の中の微精霊たち。
彼らがまったくくるっているような気配がみえないことにも困惑してしまう。
いくら要の紋にて抑えられているとしても、
人為的に狂わされ穢された微精霊たちの穢れをそう簡単に浄化できるはずはないのだが。
「マーテル様の精神は石の中に同化してる状態なんだろ?
本体と精神体を切り離すなんて、危険ってこった」
もっとも、それを聞かされたときは、目をぱちくりしてしまったが。
というか、主がいってたのですが、といわれたが。
ここまでお見通しだと、もう手の平で踊らされている、としかいいようがない。
ゆえに思わずゼロスは苦笑してしまう。
が、その言葉の意味はミトスにはわからない。
「わるいな。あんたがあんたでなくなるのはあまりよしとしないんでね」
あれをヒト、とはいえない。
かといって、完全にそのことをいえもしない。
よしとしないものがいる。といってしまえばそれまでだが。
しかしそれでは。
というか、自分たちのことはあまり知られないようにどうにかあなたならできるでしょう。
とは何という無茶ぶりを要求してるんだ。
と激しくいいたい。
ものすごく。
もう、いっそのことあの精霊様のお達しだ、といってしまいたい。
そんなゼロスの思いは当然、この場にいる誰もがわからない。
わかるはずもない。
ミトスにとってゼロスのそんな言葉は意味不明。
というか、姉が姉でなくなるなど。
こうして、姉はきちんとシルヴァラントの神子の体をつかってよみがえったではないか。
という思いのほうがはるかにつよい。
予測された拒絶反応らしきものも今のところはみられていない。
まあ、まだよみがえったばかりだから、というのもあるかもしれないが。
ミトスがゼロスの言葉に思わず眉をひそめているその一瞬。
そんなミトスの隙をゼロスが見逃すはずもなく。
そんなミトスの目の前で、コレットの胸元に見覚えのある何か、がすばやく装着される。
それは、ここクルシスで保管していたはずのとある品。
コレットがもともとつけていた品ではなく、クルシスに召し上げられたものがつける品。
それは、かちり、とコレットの胸元につけられている石の周囲にとはめられる。
はめ込み式のブローチもどきのそれは、ハイエクスフィア用の”要の紋”。
ゼロスがコレットにそのブローチもどきを装着するとともに、
一瞬、コレットの胸につけている石が淡く、輝く。
――あなたが、このまま受け入れていたら、マーテルは本当の意味で消滅するよ?
コレットの心の中に、声が響く。
自分が犠牲になり、マーテルさえよみがえれば、世界が一つになるのなら。
それで皆が救われるのなら。
そうおもい、体を受け渡していたコレットにとって、それは衝撃的ともいえる【声】。
時折、無意識の深層意識の中にて語り掛けてくるその声の主の正体。
おそらく、それは自らがつけている輝石に関係しているはず。
意識を自らの意思でより深いところにまで閉じ込めていたコレットをゆさぶるには、
十分すぎるほどの【声】の内容。
どういう?
そう思うとともに、コレットの意識が、突如として強い力にて引っ張られてゆく。
「ゼロス…お前…お前どうして…生きてたのか!?」
だって、あのとき、ゼロスは、確かに。
はっと我にと戻り、思わず叫ぶロイド。
自らがゼロスを手にかけたあの感触は今でも覚えている。
そして血にまみれ、倒れたゼロスの姿も。
「生きてたって、勝手に俺様をころすなっつうの。
まあ、俺様のせっかくの服が台無しだけどな~」
みればたしかに、ゼロスの服にはばっさりと何もものかにきられたような跡。
そんなあとがみてとれる。
切り裂かれた布は簡単に応急処置とばかりに縫われているようだが。
「ま、とりあえず。ほれっ」
いいつつ、ぽいっとズボンのポケットから何かを取り出し、
ぽん、とそんなロイドにむけて何かをほうりなげるゼロスの姿。
放り投げられたそれをあわててロイドがキャッチすると、
そこにはちょっとした手のひらに収まる程度の何かの石のようなものがみてとれる。
不思議な色彩をはなつその石は見る角度によって様々な色合いにみえなくもない。
「そいつをドワーフの技術で生成するんだ。
人間でも、エターナルソードをつかえるようになるらしいぜ?
それと、そのときに発生した粉をのむのが前提条件だけどな」
虹色に不可思議に鈍く輝くようにもみえるその石は、ロイドの手の中におさまるとともに、
ゆっくりとその輝きを失ってゆく。
よくよく目をこらせば、
細い光がロイドの中に手の平を通じ吸い込まれていったのがわかるであろうが。
しかしロイドはそれに気づかない。
唯一気づくであろうミトスもまた、きっとゼロスをにらみつけているがゆえ、
その小さな出来事に気づいていない。
「……粉?」
その台詞にピクリ、とミトスが反応する。
粉を飲み込むなんて、それが意味することは。
アイオニトスを粉末にして天使化を果たす方法しか思いつかない。
では、今、テセアラの神子がロイドに投げたのは。
保管室で保管していたアイオニトスかっ。
そのことに思い当たり、きっとあらたにミトスがゼロスをにらみつける。
「おお。怖い怖い。こうでもしなきゃ、俺様はあれを手にいれられなかったからな」
というか、あの親ばか天使さまにも頼まれたのもあるしな。
そうはおもうがそれをゼロスは口にはしない。
「…お前…まさか、これを手にいれるために、わざと……」
わざと、自分たちを裏切ったふりをしたんじゃあ。
あのとき、たしかにゼロスはプロネーマとともに移動しようとしていた。
それはまあプロネーマに遮られていたようだが。
でも、もしもこれを自分に渡すために、ゼロスがあのような行動をしたのだ、とするならば。
――信じてない証拠だろ?
あのとき、いわれたゼロスの言葉が今さらながらにロイドに重くのしかかる。
あのとき、ゼロスを信じずに攻撃したのは、まちがいなくロイド自身なのだから。
どうやってゼロスが助かったのか。
そもそも、ミズホの民がゼロスはもう、といっていたではないか?
ぐるぐるとロイドの中で思考がめぐる。
「そうさ。ったく、敵をだますにはまず味方から、というけどさ。
ミズホの民までまきこんでのあの嘘はいただけないよ。ったく」
それをしったとき、しいなはあきれもしたし、怒りもした。
オロチにたしなめなければ、まちがいなくゼロスをタコ殴りにしていた自覚がある。
まだその怒りの鬱憤がはたせたわけではないにしろ。
「私たちがあのあと、天使たちにつかまって、一つの部屋に幽閉されているところに、
ゼロスがケイトとともに、オロチたちとやってきたのよ」
カギは、天使の体を乗っ取ったという【アリシア】がもっていた。
なぜかそこから抜け出すのに閉じられていた扉など、
ゼロスが何かをかざすとともに、閉ざされていた仕掛けは解除され、
この場までリフィルたちはスムーズにとたどり着けた。
まあ、そこに、アリシアの演技、そして途中まではゼロスの演技があったにしろ。
ゼロスの登場が遅れたのは、この品をオロチたちから受け取らんがため。
少しばかり溜息をつきつつも、リフィルが困惑しているであろうロイドにと説明する。
まあ、あの部屋の中で体を乗っ取ったというアリシアとリーガル。
二人のやり取りにあるいみあきれて精神的に疲れた、というのもあるにしろ。
「ゼロスくんの協力で、ここまで私たちはやってきました」
そんなしいな、リフィルにつづき、タンタンとプレセアが言葉を紡ぐ。
そんな彼女たちの会話をききつつ、かるく首をすくめ、
「でも、だましてたのは本当だぜ?おまえらと図りにかけていたのは本当だ」
まあ、結局選んでいるは一つ、だが。
彼らを選んだ、とは言い切っていないので、ゼロスはウソはいっていない。
まあ、ここでウソをいっても問題はないが。
あえてそれをいわないのは、ミトスにそれとなく第三者の介入をにおわせたいがゆえ。
というか、俺様をおまえらの事情に巻き込むな!とゼロスはものすごくいいたい。
切実に。
精霊様とミトスとの間にかつて何があったのかはしらないが。
二人で話し合えばそれですむことなのに、なぜに自分をまきこむのやら。
まあ、ゼロスにとってはそれは悪いことではなく、
むしろセレスに健康体というどんなことをしてもかえせないほどの大恩をもらった以上、
断ることなどできはしない、というのはあるにしろ。
「それに、まあそれもあって、今まで散々足をひっぱってきたからな。
クルシスやレネゲードの奴らに情報を流してな」
情報を流していたのは事実。
もともと、エミルたちの存在をしるまでは、ロイドたちとレネゲード、そしてクルシス。
この三つのどれが一番従うに値するか。
それを見極めていた。
もっとも、エミルに関して確信をもったのちは、もう選択の余地はなくなってしまったが。
その言葉をきき、リフィルが再びこめかみにと手をあてる。
ひくひくとこめかみがひきつっているのはおそらく気のせいではないであろう。
「あほ神子にはいろいろと言いたいことはあるけどさっ」
しいなのその吐き捨てるような言葉がまさにその心情を表しているといってもよい。
そんな彼らのやり取りに一瞬あっけにとられつつも、
「は!?ユグドラシルさま。マーテル様がっ」
ふとみれば、マーテルの…というより、コレットの体が淡く輝いている。
プロネーマの声にはっとミトスがコレットをみれば、
コレットの胸につけられている輝石が点滅をはなち、
それとともに、コレットの体もまた淡く光り輝いている。
それとともに、大いなる実りの中にて小さな光が呼応するようにと点滅を繰り返す。
その光こそ、マーテルがその身をというより精神体を魂を宿している石。
かつて、ラタトスクよりうけとりし、特殊なる精霊石。
それは微精霊たちの卵、というよりは、彼らのためにだけにつくられし石。
すでに天使化を果たしていたクラトスとユアン達には必要とおもえなかったので、
マーテルとミトスのみラタトスクが与えた品。
「姉様!?」
プロネーマの言葉と、ミトスの叫びがほぼ一致する。
「『もう、時間がない。この子の意識が覚醒してしまう。
ミトス。私の最後のお願いです。私が抑えている間に種子を発芽させて、
どうか、世界を元の姿に…』」
異様に種子に入り込んでくる様々な思念。
それが大いなる実りにあまりよくない影響をあたえているのはわかっていた。
でも、なぜかここしばらく、それらの気配が薄まっている。
今ならば。
今、しかない。
自分の存在をかけてでも、かつての約束を果たす必要がある、とそうおもう。
でなければ、本当にヒトとは救いようがない、と確定されてしまいかねない。
あれほどかよいつめて、許可を得たのに、考えをどうにか保留してもらえたのに。
それでは、意味がない。
最近感じるマナが極端に少なくなっていることもきにかかる。
「『ミトス。私の最後のお願いです、どうか……』」
その言葉とともに、ひときわ、コレットの体が輝くとともに、
がくん、とその場にコレットが一瞬崩れ落ち、その場にとひざをつく。
「いやだ!姉様!いかないで!僕をひとりにしないでっ!」
「『…こんなことになるなら、エルフはデリス・カーラーンから
離れるべきではなかったのかもしれない……
そうしたら、私たちのような狭間のものは生まれおちなかったのに……』」
――どうしても、といってきたのは、お前たちヒトだがな。
「『…え?』」
ふと、響いてくるようなその声に思わず”コレット”が戸惑いの声をあげる。
「?今の…何?」
その声はこの場にいるものにも、突如として脳裏に響いた。
誰のものともわからない、不思議な声。
希望したのは、かの地に移住していたエルフたち。
そして力をすぐに捨てるものと、そうでないものたちにわかれたのがすべての始まり。
そもそも、この惑星に降り立つにあたり、すべての力を放棄してでも、
この星とともに自分たちはやり直したい、といったからこそ許可を与えた。
なのに、いまだにエルフたちはその力を放棄するでもなく、その力に甘んじている。
いつかは彼らもその約束を果たすだろう、とおもったのに。
結局彼らは約束を果たさないままに、あのときをむかえてしまった。
だからこそ、もう悠長にまつようなことはしない。
ヒトがおろかなことしかくりかえさない、とわかっている以上。
かつてと同じ道はこの世界ではたどらせない。
たしかに、誰かの声がきこえたような気がした。
幻聴、といってしまえばそれまでだが。
でも、どこかできいたことがあるような。
思わず周囲を見渡すが、ここには自分たち以外にはみあたらない。
みれば、リフィルたちも困惑したように周囲を見渡しており、
唯一、ゼロスのみが崩れ落ちるコレットを支えているのがみてとれる。
今の声の主が気にならない、というのはウソになる。
でも、今はそれ以上に。
「コレット!?」
ロイドからしてみればコレットの様子が気になって仕方がない。
「姉…様?姉様っっっっっっつ!」
ミトスが手を伸ばすとともに、よりひときわコレットの体が輝き、
そこからすうっと光の粒のようなものが抜け出したかとおもうと、
それらの光はハスの花のような水晶のようなものにと吸い込まれていき、
再び、一際その花もどきが光をはなつとともに、その内部に再び女性の姿が浮かび上がる。
それは、成功した、とおもっていた姉マーテルが再び種子の中に戻ってしまった。
そう思い知らせるには十分すぎる光景。
「姉…様?…ふ…ふふふ。そうか。姉様は、デリス・カーラーンへ帰りたかったんだ。
そう、だよね。あの彗星は僕たちエルフたちの故郷、だものね」
かつて、センチュリオンたちからきいたことがある。
彗星は、本来の惑星デリス・カーラーンにも周期的にめぐっている、と。
彗星に移住したものたちのすべてなる母なる惑星。
もっとも、そこはラタトスクが新たな精霊を生み出し、
ノルン、という大樹の精霊にあとを託したらしいが。
「…おいおい、まさか、ここまでオミトオシってか?」
昨夜、言われた言葉がゼロスの脳裏をよぎる。
――わが主がいわれるには、ミトスは結構あれで傷つきやすいところがあるから。
マーテルの言葉を曲解して彗星とともに大地から去ろうとかいいかねない。
ということなんですよね。まあそんなことは主は認めるつもりはないらしいですが。
あのユグドラシルが傷つきやすい?
その言葉にかなりゼロスとしては首をかしげはしたものの、
しかし、それはたんなる言葉のあやだろう、とおもっていたのだが。
ゆえに、ミトスの様子おもわずぽつり、とゼロスはつぶやいてしまう。
ならば、自分が今すべきこと。
それは。
ミトスが確定的な言葉をいうよりもまず先に。
「――ウィノナ・ピックフォード・サリウム・キチェ・イフ・カーラーン!」
このなに何の意味があるのかはわからない。
けど、とりあえずは彼女を目覚めさせるには名を呼べばよい。
そのようにもきいている。
これさえすませば、一応ここでの自分の役割は、
頼まれたことは一通りこなしたことになる。
『ゼロス(くん)?』
いきなり、何かを叫んだ…どうやらウィノナの名前?っぽいが。
しかし、それにしては、なぜにその最後にカーラーン、がついているのだろうか。
カーラーン、とは大樹の名、ではなかったのか?
直訳すれば、カーラーンの巫子姫、という意味合いをもつその名。
それは彼女の魂の根源となっている真名。
ちなみに、ウィノナ・サナタリウム・ピックフォード。
そのような名で基本的には彼女は呼ばれていはしたが。
時とともに、それらの名は短縮され、いつのまにか、
ピックフォード、という名だけを彼女は名乗るようにとなっている。
もっとも、名を呼んだゼロスも、この場にいる誰もそんな事実を知るはずもない。
おもわず、ロイドやプレセアたちの視線がゼロスに注がれる。
コポッ。
懐かしき名。
それとともに、濁流のように流れ込んでくるこの少し先の未来の記憶。
彗星に、惑星にもどろう。
母なる星へ。
そういって、ミトスが種子ごと移動をしすべてを投げ出そうとするその姿。
そしてそんな彼を阻止しようとして立ちふさがる人々の姿。
だめ。
ダメ、それは、それだけは。
そして、阻止するためにと殺されるミトスと。
その結果もたらされる、遠い未来の出来事。
なぜにあの子達が殺されなければならないのか。
いつもヒトを信じては裏切られ。
それはかつてのかの御方を連想させる。
ヒトというものはいつもおろかでしかない。
そういっていたその瞳に言葉に悲しみがこもっていたのを知っている。
そんなことは、させない。
絶対に。
今度こそ、自分が守りたいのは、守りたいものは。
「…ウィノナ…母さま?」
姉をよみがえらせるのに失敗し、姉の言葉にその思考をめぐらせているさなか。
淡い、光が周囲を照らし出す。
ウィノナを入れているカプセル全体が、淡く、それでいて青白く輝いている。
それとともに、液体の中にはいっているウィノナの周囲にいくつもの気泡が出現する。
それは、あきらかに目覚めの兆候。
そんなウィノナの様子に気づき、思わず声をだしているミトス。
青白い光はより輝きをまし、やがてそれは白色の光となりて、
まるでウィノナの入っているカプセルから波紋を広げるように部屋全体へと広がってゆく。
「な、なんだ!?これ!?」
「うわ!?」
「な、何がおこってるんだい!?」
「これは……」
「識別、不能、です」
光が、集う。
真っ白い、天井も床も何もかもわからないほどに光に押しつぶされ戸惑いを隠しきれない。
戸惑いの声はロイドだけではなく、他のものからも発せられる。
「これ…は?」
そんな中、ふと意識が浮上するかのようにコレットの意識が覚醒する。
心の中によぎるのは、先ほどまで自らの内部にいたマーテルの悲しみ。
弟を大切におもいつつも、弟を止めてほしい。
そんな切実なるマーテルの想いがコレットに痛いほどに伝わってくる。
真っ白にと塗りつぶされてゆく空間。
「みんな!」
「コレット!」
その言葉はコレットのもの。
それゆえに、ロイドがはっとしたようにコレットをみつめる。
「ミトス。お願い、これ以上、エルフやヒトや世界を傷つけるのはやめて!
マーテル様の想いが私の中に残ってるの。ね。やり直そう?
ミトスならできるはず。マーテル様もそう望んでいるもの」
「黙れ!お前に何がわかる!この出来損ない!」
ミトスとしてはなぜ、という思いがつよい。
この少女の意思はたしかにマナにて封じたはず、なのに。
実験の過程で当人の自我が残っている場合、
どうしてもその器となりし肉体の精神体のほうがより優先順位が高いのか、
どんなことをしてもその当人の意思を上書きしてまで他者が乗り移る。
というのができない、というのはかつての世界。
まだ戦争がくりかえされていた時代、テセアラとシルヴァラント。
互いの実験施設の結果で判明していた。
ミトスはそのことをしっている。
当時も素体となりし自我を消してその上に別の何かを憑依させる、
という実験がいくつもおこなわれ、そのつど失敗していた。
だからこそおもいついた、神子、という新たなる器のシステム。
より副作用をなくすために、より近いマナをもった器を作り出すために。
だからこそ婚姻を完全にと管理した。
確実に姉のマナに近づけるために。
それなのに。
どうしてこの少女は自我を浮上させ、姉をはじきとばしているんだ!?
その想いのほうがかなりつよい。
かといって、殺してしまうわけにもいかない。
そのものの自我というか魂を殺してしまえば肉体も死ぬ。
だからこそ、封じる、という手段をもちいていたのに。
この少女が、コレットが目覚めなければ姉はその体からはじき出されることもなかったのに。
目の前で一度、その体に憑依をしたのをみているがゆえ、
よりその想いはどうしても強くなってしまう。
あのまま、姉にその体をゆだねていればいいものをっ。
そのための神子だろうがっ。
なのに、この子は、この神子は、コレットは。
だからこそ、出来損ないと叫ばずにはいられない。
役目をきちんと果たすことができないものは、役立たずでしかなく
出来損ない以外の何ものでもない。
本当に?
心の奥底でちくり、としたそんな自分自身の声がしていることにふたをしつつ。
「わかるもん!いってたもん!これ以上、ヒトやエルフを苦しめないでって、ないてたもの!
自分のせいで弟がって、悲しんでいたもの!」
意識の覚醒とともに痛いほどにつたわってきたマーテルの想い。
この真っ白い光の空間は何を意味しているのか。
それはコレットにもわからない。
けど、今、ミトスにこれをいわなければきっと後悔する。
「このままでは、弟はミトスはラタトスク様を悲しませてしまうって!」
『ラタトスク…(ですって)(だって)?』
コレットの言葉にロイドたちが一瞬顔を見合わせる。
どうしてここで今、大樹カーラーンの精霊の名がでててくるのだろうか。
「そんなことはない!ラタトスクはもともと地上の浄化をしようとしてた!
僕らの懇願でそれを先送りにしてくれてたけど、
僕が地上を見捨てても、仕方ないなっていってくれるもんっ!」
まあ、確かに仕方がないな、というよりはやはり言った通りだろうが。
といわれるような気もしなくもないが。
しかし、それはミトスが交わした約束を破棄する、という新たな約束が必要となる。
かつてかわしている盟約はいまだに健在。
だからこそ、ラタトスクは強硬手段に移れない。
その盟約がなければとっくに、こまごまとしたことをせずに、
地表すべてを、彗星の中にいる異分子をすべて洗い流してしまっている。
ミトスはその前提に気づいていない。
否、気づこうとしていない。
かつてのミトスならば少し考えればその考えに思い至っているであろうに。
今のミトスはそこまでの心の余裕がないといってもよい。
目の前で姉が復活したかとおもえばまた失ったその悲しみは、
ミトスの判断能力を鈍らせてしまっている。
「ラタトスクの口癖は、人間など滅んでしまえばいいんだ。自業自得だ、だったもの!」
たしかにそれはその通りで。
しかしそれは、ロイドたちにとっては聞き逃すことはできないこと。
本当に大樹の精霊はそんなことをいっていたのだろうか。
しかし、考えてみれば大樹をからしたのも、戦争をやめなかったのも人であり、
ヒトに幻滅していても確かにおかしくはないのかもしれない。
真っ白い空間の中、顔を見合わせるロイドたちとは対照的に、
ふと何やら考え込むそぶりをし、その手を顎にあてたのち、
「ああ。そうか。世界を統合して、僕らが一度ここから離れれば。
何もかも問題はないんだ。たかが百年。僕らにとっては一瞬だけど。
そうすればけがらわしいヒトも、エルフももう存在できなくなってるだろうしね」
今は種子と、彗星のマナによって大地は保たれている。
しかし、その両方がなくなり、そして彗星を元の軌道にもどしてしまえば。
次に飛来する百年後には、今の地表はおそらく原型をたもっておらず、
かつてラタトスクがいっていたようにすべてが海にと還るはず。
なら、それもわるくない。
そんな思いがふとミトスの中をよぎる。
「いつも甘いことばかりで、その現実に目をむけない君たちにもいい薬になるでしょう?」
「ミト…ス?」
ミトスのいっていることがジーニアスにはわからない。
「世界を一つにもどす。そういっていたのは、君たちでしょ?
いいよ。一つにもどしてあげる。
そのかわり、僕は彗星ネオ・デリス・カーラーンとともに、
姉様とともに、母なる星にと旅たつから」
世界を一つにしてしまえばマナ不足で大地の存続は難しい。
そしてヒトはかってに争いをはじめて滅んでいくだろう。
テセアラという国がシルヴァラントの人々をほうっておくはずもない。
この真っ白い空間に何が意味があるのかはわからない。
でもわかるのは。
ウィノナの目覚めがすぐそこにせまっている、ということ。
すっとミトスが両手を横にと無造作に広げる。
それとともに、ゴゴゴ…という音が周囲にと響く。
白い光に塗りつぶされ、よくよくみなければわからないが、
部屋全体がどうやら振動している模様。
そしてそれとともに、ふわり、とウィノナの入っているカプセル、
そして大いなる実りがゆっくりと上昇を開始する。
それが意味すること。
つまり、ミトスは大いなる実りとともにこの場を立ち去ろうとしている。
その事実にきづき、ロイドたちは困惑を隠しきれない。
そんな中。
「ロイド。わかってんだろうな。ここで大いなる実りを失ったら。
レネゲードの、世界の期待を裏切るんだぜ?」
そういうゼロスの目はじっとロイドを見定めている。
何かを犠牲にする覚悟ができたのか。
それとも、甘いことをいうままで、すべてを巻き込み破滅を選ぶのか。
実力がともなわなければ甘いことをいうだけで、すべてを巻き込んでしまう。
まあ、別に種子がここから彗星に移動してもかまわない。
アレを内部にいれたことにより、いつでも種子に手出しはできるのだろう。
なぜにすぐにしないのか。
おそらく、あの精霊様は”人”を試している。
見極めている。
存続させるにふさわしいのか、否か、を。
「あたしたちみずほの民もだまっちゃいないよ。
ミトスの今の言い回しだと種子をもってどこかにいっちまう発言っぽいしね」
種子と彗星。
どちらも失われてしまえば、世界の再生どころではない。
それどころか、先ほどミトスが叫んでいたように、
世界すべてが一度、大地がすべて海にと還るかもしれない。
世界の成り立ちをより深く理解していれば、地表が瘴気に覆われてしまう。
その事実にも気づくであろう。
「あれがなければ大樹の発芽もできないわ。
へたをすれば地表は海にかえるどころか瘴気に覆われてしまう」
唯一、この場においてそのことにすぐさまに思い当たり、
はっとしたようにと叫ぶリフィル。
やはり、何が何でも反対すべきだったかもしれない。
先に精霊の楔をぬいて、大樹を発芽させておくべきだった、と。
後悔するが、すでにそれはどうにもならないこと。
「マナがないと…大地もしんでしまいます」
「お前が目指しているのは世界の統合。ならば……」
「わかってる。ミトス!お前はそれで本当にいいのか!?
お前がかつて目指したのは、そんなことなんかじゃないんだろう!」
勇者ミトスの物語。
物心ついたころからきかされ、誰もが憧れる英雄譚。
どんなにつらい目にあってもくじけずに、そして世界に平和をもたらした。
さいごにはその身をもってして命をささげ世界を救ったといわれている勇者ミトス。
そのあたりの最後はねつ造というかあきらかにウソだ、と理解しているが。
「薄汚いヒトの世界などしるもんか!クラトスの子のくせに…
僕を裏切ったクラトスの子のくせにしったような口をきくなっ!」
きっと怒りにみちた瞳がロイドにとむけられる。
その視線にロイドは一瞬、ひるんでしまう。
「ロイド!こうなったら、やるしかないよ!こいつには何をいても無駄さ」
いいつつ、しいなが符を構える。
本当に?
話し合うことはできないのか?
「ミトス!一対一の勝負だ!俺は武器はつかわない!
お前を殺したいわけじゃないんだ!」
「あんたはまだそんな甘いことをいってるのかいっ!」
そんなロイドに思わずしいなが叫ぶ。
これを甘い、といわず何とする。
しかし、ロイドにとっては甘い、といわれても。
ここで、自分が武器をとってミトスに挑んでしまえば、何かが壊れる。
それが何か、はロイドにはわからない。
「邪魔をするなら容赦はしないよ?…クラトスの懇願もあって。
お前は生かしておくつもりだったけど、邪魔をするつもりなら容赦は、しない」
ミトスの視線がロイドを射抜き、すっとミトスがその手を頭上にとかざす。
刹那。
いくつもの虹色を帯びた光の剣のようなものが頭上にと出現する。
「――終わり、だ」
「いけない!フィールド・バリアー!!」
ミトスが手を振り下ろすのと、リフィルが術を繰り出すのはほぼ同時。
そして。
「これは…っ!?」
ふと第三者の声がするのもほぼ同時。
おもわず、はっとそちらをみれば、扉の向こうからこちらにやってきている人影一つ。
それとともに、
まぶしき虹色とも白き極光のような光がその場にいるすべてのものを包み込んでゆく――
pixv投稿日:2014年10月26日某日(Hp編集:2018年5月6日(日)開始
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あとがきもどき:
~豆知識:技:プレセア~
爆砕斬(ばくさいざん)
爆砕斬とは、地面に武器を叩きつけ、数多の岩片を飛ばす技のこと。
斧を地面に叩きつけ、発生したいくつもの石礫で前方を攻撃する特技。
振り下ろした斧の攻撃が無属性で、そのほかは地属性。
プレセアの特技では唯一の複数ヒット技
岩片はリーチがあり、敵に当たっても貫通するので、
自分の前方に何体も敵が固まっている場合は巻き込むことが出来る。
ヒット数は6とあるが、一体に全段当たることはほとんどなく、4程度が普通。
~ジーニアス~
フリーズランサー
フリーズランサーとは複数の氷の矢を飛ばして攻撃する術。
対象となる敵がいる方向に向かって、貫通する氷の槍を16発連続で放つ。
かなり離れての使用が可能。