救いの塔。
それは、この世界にとって救いの象徴。
だが、実際は世界が管理された箱庭になっている、という象徴でもあったりする。
その事実はすべて闇から闇へと葬られ、
今ではそんなことをいえば、そういったもののほうが狂信者扱いされるほど。
それほどまでに四千年、という重みは大きい。
ましてや、宗教、という括りで人々を洗脳していた成果は果てしなく大きい。
この塔が現れていることこそ、救いの象徴。
人々はそう認識として刷り込まれている。
それが偽りだ、と気づくことすらなく。
位相軸をずらしているだけで、この付近の大地から、もう一つの大地。
それと空間がずれている状態で互いに存在していることすら、
ほとんどの存在は知ることもなく一生を終えている。
「…改めておもうと、あいかわらずこの塔ってでっかいよね」
森の中からですらみえる天を突き抜ける塔。
がさり、と森をぬけるとそこに不自然なまでの開けた地があらわれる。
その中心に天を突き抜ける塔がたっている。
この場所はかつて、大樹カーラーンがあった、とされている場所。
そして大樹が枯れたのちには大いなる実りのみがのこっていた地。
そして…マーテルが命を落とした地、でもある。
人は救いの塔はミトスの墓、という認識ではあるが、どちらかといえば、
マーテルの墓、といいかえたほうが正しいであろう。
ぽつり、と空をみあげつつつぶやくジーニアス」
「…ロイド。入口に天使達がいるよ?」
コレットがかなり離れているというにもかかわらず、
その姿を認識し、くいくいとロイドの服の裾をひっぱり、いってくる。
コレットの目には救いの塔の入口。
かつてゼロスが開いた透明なる階段。
その上に天使が数名、入口を守るように武装しているのがみてとれる。
「それは本当かしら?コレット?」
まだ、木々が自分達の姿を隠しているからまだいい。
が、ここから救いの塔までは体を隠してくれるような木々は一切ない。
つまり、ここからでたとたん襲ってください、といっているようなもの。
うまくどうにか撒けたとしても、まちがなく退路はふさがれてしまうであろう。
「まっていたぞ」
ふと、そんな中、きこえてくる声。
「ユアン!?」
がさり、と音がしたかとおもえば、木々の間から姿をみせる見覚えのある姿。
「あんた、クルシスにもどった・・って、そういえば、ケイトは!?」
「止めたのだがな。彼女は自分のすべきことがある、といって。
今だにクルシスの内部に潜入している」
ロイドがいいつつも、はっと何かに気がついたようにいえば、
深いため息とともにユアンが何やらいってくる。
たしか、ユアンはケイトをつれてクルシスに戻った、そう聞いていた。
しかし、ざっと周囲をみるかぎり、この場にケイトの姿はみあたらない。
「いまだに世界を移動するのはマナが不安定で出来ぬからな。
こちら側ならば私は立場を利用していつでも地上に出向くことが可能だが」
そう、ユアンの立場。
それはテセアラの管制官。
地上の様子を視察してくる、とでもいえば誰もとめられるものはいない。
救いの塔を経由するのならばどちらの世界にも移動はできるが、
テセアラの管制官であるユアンがシルヴラァントに赴くなど。
それこそ懸念を抱かれない。
なぜかはわからない。
が、ここ最近、クルシスにいた天使達が自我が芽生え始めている。
それこそ、自分達で物事を判断し考え出すほどには。
これまでは、ただ言われたことのみをタンタンとこなすあるいみ人形、
としかいいようがなかったのに。
それもあり、ユアンとてうかつな行動はできはしない。
「いく、のだな?私としては先に精霊との契約を済ませてほしいものだが……」
「相変わらず、神出鬼没なこって」
そんなユアンの言葉にゼロスが肩をすくめて言い放つ。
もっとも、ゼロスもゼロス。
実はロイドに発信機が取り付けられていることをしりながら放置している以上、
さすがというか何というべきか。
コレットの位置は、その独特なマナにおいて位置は常にクルシスのシステムを使えば把握可能。
もっとも、
いまだにほとんどの機能においてメイン・コンピューターが役にたたなくなっている。
しいていえば、これまで、この四千年使用していたマナの安定措置。
それらが作業すらうけつけず、常に画面をひらいても、
問題なし、というような文字しかあらわれない。
まるで、そう。
停止した待ち受け画面のごとくに、まったくもって操作すらうけつけない。
「それは私も同じ意見ね」
なぜユアンがここにいるのか。
聞きたいことは山とはあるが。
あまりここで騒いでこの先にいるであろう天使達に気づかれるのはもともこもない。
溜息をつきつつもユアンの言葉に同意をするリフィルの気持ちに嘘はない。
リフィルからしてみれば、先に精霊と契約し、そして大樹を復活させれば、
あのミトスとてあきらめざるをえないのではないか。
そんな思いかあるのもまた事実。
「でもさ。今はあっちに戻る方法がすぐにないんだろ?
なら、俺は、俺たちはできるとをしたい」
明日の夜まで待てばもしかしたら、あのときのように。
異界の扉といわれているあの場所からシルヴァラントに移動はできるかもしれない。
けど、それだけ。
いくら大樹を芽吹かせることに成功したとしても、
せかいが一つにもどらなければ意味がない。
大樹が芽吹いた世界によっては、片方の世界。
その世界がマナ不足でそれこそ滅んでしまうかもしれない、その可能性。
それでは、意味がない。
どちらの世界をも犠牲にしないために行動をしているのに、
その結果、どちらかの世界が滅びる、というのならば意味がない。
なら、よりよい可能性があるほうにかけてみたい。
ミトスを説得し、そして世界を統合し、
それから大樹を芽吹かせる。
言葉にしてしまえば、それはとても簡単なこと。
しかし、それが何よりも難しい。
ミトスが協力というか改心さえしてくれれば、
オリジンの封印を考えることもなくなるといってよい。
契約をしているのはミトスなのだから、あえて契約を上書きする必要はない。
「…お前のそのまっすぐさにはあきれるな。あいつの昔をおもいだす。
…まあいい、こっちだ。ついてこい」
そんなロイドの台詞に盛大に溜息をついたのち、くるり、ときびすをかえす。
そのロイドのまっすぐな姿勢はかつてのミトスがもっていたもの。
続く戦乱の中において決してあきらめようとしなかった、
甘いことばかりしかいわなかったミトスの姿と重なってしまう。
かつてのミトスがそうだった。
必ず道はあるはずだ、といって立ち止まることなくすすんでいった。
その結果、誰もか不可能とおもわれていた二つの国の争いを食い止めた。
ユアンとて甘いことをいうミトス達の挫折がみたくて、
そのつもりで共に旅参加していたのに、気づけば彼らの夢を応援していた。
一番の理由はマーテルの存在があったとはいえ。
気づけばマーテルを愛していた。
特別な女性、として意識していた。
だからこそ、ユアンは今のまま、というわけにはいかない。
マーテルが愛した世界を消滅させることだけは、決して。
「ユアン?」
ユアンは何がしたいのだろうか。
その行動の意味がわからずに思わず首をかしげるロイドであるが。
「…そう。そういうこと、ね。おそらく、あの塔とは別に。
緊急用か何かの出入り口を設置している。違って」
それはおそらくこれまで誰もしらなかったであろう場所。
さすがリフィル、というべきか。
全て説明していなくても、その可能性にたどり着き、
確認するようにいってくるその様は、さすがとしかいいようがない。
「その通りだ。もっとも、今はユグドラシルの命令で、
本来ならば直接、デリス・カーラーンにまでいく直通通路もあったのだが。
そちらはふさがれているからな。塔の内部。
エターナルソードがある場所にまでしか移動はできないが……
どうする?いくか?」
塔の中にはいったとして、クルシスの拠点。
彗星にまでたどり着けるかどうかはわからない。
それに、ユアンはとある命令が出ていることもしっている。
まあたしかに、ミトスの言い分もものすごく納得してしまったのもまた事実で。
少しばかり、この前をむいていることしかない子供が、
絶望をしったときにどう行動するのか。
その先をみてみたい、という少しばかりの好奇心。
だからこそ、ユアンはいわない。
ゼロスがうけている命令も、そしてそのさきにまっている罠のこともしってはいる。
いるが、それを今ここでいうわけにはいかない。
「いくにきまってるさ!」
中にはいれるのであれば、それでいい。
「でも、そこからどうやってクルシスにむかう、のですか?」
きっぱりいいきるロイドに対し、こてん、と首を傾げてつぶやくプレセア。
「あ。それなら心配ないぜ?前、ここから脱出するとき。
俺様、ちょこっと仕掛けを施していたからな。
またもしかして侵入するようになるかもしれねえからな」
「…あんた、そういえば、そういうところものすごく用心深かったからねぇ」
そんなゼロスの台詞にしいなはあきれてしまう。
あのとき、自分でもそこまでおもいつかなかったのに。
「仕掛け、とは?神子?」
そんなゼロスの言葉にリーガルがといかけるが。
「ネタ晴らしはおもしろくないっしょ?いってからのお楽しみってね」
「いこう。先生。みんな」
両手をかるくあげ、さらりといいきるゼロスはそれが何かいう気はないらしい。
そんなゼロスの言葉をうけ、なら侵入経路は問題なし。
そう判断し、全員の顔を見渡すロイド。
「話はまとまったようだな。こっちだ」
いいつつ、ユアンがすたすたと森の中を歩き始める。
そこはよくよくみれば、大地が多少踏みしめられたようになっており、
それでもよくみなければ道のようになっているとはみえない場所。
そんな道を進んでゆくことしばし。
やがて、ちょっとした山並みの位置にとたどり着く。
その一角。
小さな洞窟のような場所。
その中にユアンはすたすたとはいってゆく。
そんなユアンにつづき、ロイドを含めた八人も洞窟の中へ。
ひんやり、としたそこはどうやらちょっとした鍾乳洞のような場所、らしい。
が、しばらくすすんでゆくと、さらに地下につづくらしい場所があり、
その先には石でできた階段のようなものがみてとれる。
その石の階段…人工的に削ってできたのであろう雑な階段は、
しばらく降りてゆくと、何やらこれまた人工的な扉のようなものがみてとれる。
その横にある箱のような何か。
それにユアンが懐からとりだしたカードのようなものを通すとともに、
ピッ。
小さな機械音のようなものがし、
【パスコードを入力してください】
そんな声がきこえてくる。
それとともに、パネルのようなものがひらき、ユアンがそのパネルを操作するとともに、
【認証確認。テセアラ管制官。ユアン・カーフェイ様。行き来を許可いたします】
そんな音声とともに、シュッン。
しっかかりと閉じられていた扉が、左右にとひらかれる。
「ここは、この管理カードをもっているものたちしか利用は不可能。
ゆえにこれまで誰にも知られてこなかったはずだ」
こんな場所があったなんて、という彼らの思いをくみとったのか、
ユアンが淡々と聞いてもいないのに説明してくる。
扉をくぐれば、その先は確実人工的だ、とわかるつくりであるらしく、
さきほどまで単なる大地を削っただけであった階段は、
しっかりといくつもの石のブロックが整地され、
さらにその中心にとなる位置には青いブロックで統一がなされている。
そして三、四人くらいは並んで歩けるくらいの幅の階段の横。
その階段の横には時折、丸い何かの装置らしきものがあり、
青い水晶のようなものかはめこまれている装置から、
青白い光が常にはっせられ、薄暗い洞窟の中を青白く照らし出し、
視界を常に確保しているのがうかがえる。
「この先に転送陣がある。そこから救いの塔の【祈りの間】にいける。
もう一つの転送陣は今は機能を停止しているからな」
もう一つの転送陣は直接、デリス・カーラーンにとつづいている。
がそれはユグドラシルの命令でふさがれてしまっている今。
それはまったく起動しない。
「私は私のすべきことがある。
万が一お前たちが失敗したとしても、成功したとしても。
大いなる実りにマナを照射するという為に、
ここ、テセアラでしなければいけないことがあるからな」
さすがにその作業だけ、はクルシスの拠点ではできない。
シルヴァラント側はボータに命令をだしているので、
あちらもあちらでつづがなく作業をこなしていることであろう。
もしかしたら楔が完全に抜けきれないままにマナを照射する必要があるかもしれない。
それは、これまでのロイド達の行動。
そして、ミトスが正体をロイド達にさらした以上、
その可能性が高くなっていだかゆえに、プランBを発動させたに過ぎない。
この場はどうやら人工的に新たに洞窟して掘られたのか、
それとももともとあった場所を利用したのか。
そのあたりはさすがのロイド達もわからない。
階段を下りて少し先、
奥ばったところにいくつかちょっとした長方形の、
どこかでみたことがあるような…レネゲードの施設の中でみた、
おろちいわく、自動で物資が補給される、という機械によくにたものが二機。
ロイド達はしらない。
本来、ここはかつての大樹の麓であり、大樹の
その手前であることを。
もっとも、その転送装置はミトス達の手がくわわり、
移動する場所がすこしばかりゆがめられていはするが、
この地にある自動販売機は、それこそ太古から、
ラタトスクが設置したときからある、ということを。
そしてさらに洞窟の奥に茶色い円陣のようなものと、青白い円陣のようなもの。
それらがみてとれるが。
青いほうはあとから設置されたものであり、
茶色いほうはもともとあったものにちょっと手が加えられているにすぎない。
それこそ本来、今救いの塔とよばれるものがたっていたとき、あの場には大樹があった。
そして大樹の洞、とよばれているそれは、
裏をかえせば大樹の上にも移動ができるような内部にしっかりとした空洞と、
それにみあった構造になっていた。
大樹の中でかつては様々な魔物や動植物たちが生息していたことを
今いきているものたちはまずしらない。
「そこの自動販売機で必要な物資は補給できる。
…その装置は昔からあるからな。ちなみに無料だ」
どういう仕組みなのかはわからない。
が、なぜかこの販売機は無料で品々が手にはいる。
『無料(ですって)(だと)(って)!?』
さすがのユアンの言葉に目を大きくひらいたり、口をあんぐりあけたりするロイド達。
「それはどうやら古代からあるようだからな。そのまま使用しているにすぎん」
「何だと!?ではこの装置は古代の遺産だというのか!?」
「先生、先生。今はそんなことより、いこうぜ?
せっかくだし、必要なグミとか皆でそれぞれもってようぜ?」
無料、というのならば資金を気にしなくてもよい。
みてみればどうやらグミ系統、ボトル系統も充実している、らしい。
ミラクルグミまで無料、というのがありがたい。
とはいえ、一度にかえる数は二十まで、ときまっているらしく、
一定の時間をおかなければ同じものは購入できないようになっているらしい。
その時間がすぎるまで、ここで時間をつぶしているわけにはいかない。
ひとまず必要だ、とおもえる簡単な品。
念のため、聖なる気をまとうといわれているホーリーボトル、
そして体力回復のためのグミや精神力を回復するグミ。
そして、精神力温存のため、状態異常回復のためのバナシーアボトルを購入しておく。
「では、私はいくぞ。私もいそがしいからな」
一通り、彼らが物資を手にいれたのをみとどけたのち、
ユアンがやってきた方向。
つまり、先ほど降りてきた階段のほうにむかっていくのをみつつ、
「ユアン。ありがとう」
「…なれ合っているわけではない。
が、その召喚士はまだ次の契約がのこっているのだ。
できれば死んでほしくはないものだな」
それが今、ユアンにいえる唯一のこと。
ミトスは殺す気ない、というのはわかっている。
でも、万が一、ということもある。
というか、あの罠は罠の裏をかくことが得意であったミトスが考えだしたもの。
おそらく彼らでは逃れるすべはないであろう。
それこそ、ミトスの思惑通り、手の平の上でもてあそばれる光景がありありと予測できる。
コレットの準備が整うまでに何としても。
こちらの準備を終えてしまわなければ。
全ては遅きに徹してしまう。
そんなことをおもいつつも、かるく手をあげただけでそのまま階段をのぼってゆくユアン。
そんなユアンを見送りつつ、
「いこう」
いつまでもここにいてもしかたがない。
ゆえに、ロイドがいえば、それぞれ顔をみあわせ、こくり、とうなづいてくる。
ユアンがいうには、茶色い色の円陣。
その転送装置で救いの塔の内部に移動ができる、らしい。
転送陣を抜けたさき。
ユアンのいうように、本来ならば最上階、とおもわれていた場。
透明な通路のその先にみえているのは見覚えのある床につきささっている剣。
「?」
一瞬、前きたときよりも何かが違うように感じ、
思わずロイドは首をかしげるが。
彼らは気づかない。
前きたときよりも、周囲にみえていた木の根らしきものが、
以前よりずっと増えている、ということに。
あいかわらず棺のようなものが周囲に漂ってはいるが、
すでにその内部に収められていた幾多もの体はない。
しかし、ここまできたはいいものの。
ここからどうやって敵地にまで潜入するべきか。
そうロイドが思いかけたその刹那。
「さってと。ここは俺様にまかせとけ」
全員が転送陣を抜けたのをうけ、一歩前にとあゆみでながら、
自信満々にそんなことをいってくるゼロス。
「そういえば、あんた、仕掛けがどうのって」
そんなゼロスにしいながといかけるが。
ゼロスはたしかにそんなことをいっていた。
この場所に仕掛けをほどこしている、ようなことを。
「おうよ。さっきもいったけどな。こんなこともあろうかと、
前にここへきたときにちょっとした細工をしておいたんだ」
いいつつも、ゼロスはそのまま一人先に進んでいき、
エターナルソード、とよばれている剣が突き刺さっている剣の前にて立ち止まる。
そして。
「コレットちゃん。ちょっとこっちにきて」
いきなり指名され、
「え?う、うん」
「ゼロス。どういう……」
「まあまあ、みてからのお楽しみってね。俺様達、神子なわけ?おわかり?」
戸惑いの声をあげるロイドにさらり、といいきるゼロス。
たしかにコレットもゼロスも神子。
ならば神子の力とかいうもので何かの仕掛けをこの場に施した、というのだろうか。
「ロイド、ちょっといってくるね。大丈夫。だってゼロスがそういうんだもん」
にっこりとコレットにそういわれ、
「あ、ああ。そうだな」
そうだ。
何も不安におもうことはない。
そう自分に言い聞かせ、コレットが自分より目の前に進んでゆくのをみつめるロイド。
ばたばたとちょっとした数段ある階段をのぼりきり、ゼロスの真横にたつコレット。
「ゼロス。きたよ?」
横にいるゼロスをみつつも少し首をかしげつつコレットが問いかけるが。
「おっけ~、おっけ~、ならはじめるとしましょうかね」
いいつつも、ゼロスが剣の前にとあらためてたつ。
ちょいちょい、とコレットを手招きするゼロスをみて、コレットもそんなゼロスの横にと立つが。
ゼロスとコレットが剣の前にたったその直後。
ヴッン。
何かの音のようなものがしたかとおもえば、幾人もの天使がいきなりその場にと出現する。
白き羽や黒き鳥のような翼をもった天使達はそれぞれ武器を手にしているのがうかがえる。
そしてかつてもみたことがある転送陣。
それが剣の真上にと出現する。
かつて、その転送陣にのせられ、ロイド達はデリス・カーラーンにと連れていかれた。
少し高い位置に平行するようにあらわれた転送陣は舞台に並ぶようにとあらわれている。
「え?」
戸惑いの声をあげるコレットに。
「しまった。待ち伏せかい!」
おもわず声をあらげるしいな。
「ご苦労じゃったな」
転送陣の真上。
そこに見覚えのある一人の女性が浮き上がる。
「っ!プロネーマ!」
思わずその姿をみてロイドが声をあらげるが、
そんなロイドをかるく現れた女性…プロネーマは一瞥したのみで、
「神子ゼロスよ。コレットをこちらへ」
「はいよ」
「…え?ゼ、ゼロス?」
とんっと背中をおされ、コレットが天使達の前にと突き出される。
コレットは何が何だかわからない。
それとともにコレットの足元に青い魔方陣のようなものが浮かび上がり、
次の瞬間。
コレットの体は瞬く間にプロネーマの真横にと移動する。
それとともにゼロスの目の前にいた白き翼をもつ天使が一人と、
黒き翼をもつ天使もともにそちらの転送陣らしきほうにと浮き上がる。
「ゼロス!?」
なぜ、プロネーマがゼロスの名をよんだのか。
それがジーニアスには信じられない。
ゆえに思わずジーニアスが叫ぶが。
「ゼロス!?あんた、何するんだよ!!?」
しいなにも何が何だかわからない。
ゆえに、叫ばずにはいられない。
わかるのは、ゼロスの名をプロネーマがよび、
ゼロスがコレットの背を押すとともに、コレットが拘束されてしまった、というその事実のみ。
視線の前には、天使やプロネーマに拘束されてしまったコレットの姿。
そしてそんな残った天使達をまるで従えるようにして目の前に立っているゼロスの姿。
そんな彼らをちらり、と一瞥したのち、
「うるせぇなぁ。寄らば大樹の陰って言葉、しらねえのか?
お前らのしていることは無駄なんだよ。
いいじゃねえか。コレットちゃんだって生贄になりたがってただろ?」
心の奥底ではそれでもいい、とおもっていたことをゼロスは見抜いている。
表情一つ変えることなくタンタンというゼロスの様子からは
悪びれている様子はひとつもみうけられない。
そこまでいわれ、ようやく何かに気づいたのか、
「ゼロス!?まさか、裏切るのか!?」
驚愕したような声をあげているロイド。
その姿がかつてこの場でクラトスがレミエルを倒し、自分達の前に立ちふさがった時。
その時を連想してしまう。
捕らわれたコレット。
そして裏切り。
あのときと状況はよく似ている。
「うるせぇなぁ。俺様がいつもいってる言葉、忘れたのかよ?
俺は、強いものの味方なんだぜ?」
そんなロイドにさらり、と表情一つかえずに言い放つ。
たしかにゼロスはそのようなことをよくいっている。
自分は強いものの味方だと。
そして世の中の女性たちの味方だ、と。
ゆえにゼロスの言葉に嘘はない。
そんな彼らのやり取りをきき、口元に笑みを浮かべ、
「ほほほほ。裏切るとは笑止。ゼロスは最初からわらわたち、
クルシスの密偵としてお前たちの仲間になったのじゃ」
そう、彼らかマーテルの器がこちらに来た時点で、
テセアラの神子につなぎをとったのは、ほかならぬプロネーマ。
「のう、ゼロス?」
さすがというよりほかにない。
これまで密偵だ、というのを気づかれておらず、
あまつさえ信頼関係すら築いていたらしいこの様子に。
ゆえにプロネーマはほくそ笑まずにはいられない。
「…本当、なのか?」
ロイドは信じられない。
信じたくはない。
それでは、まるで、まるで。
クラトスと同じではないか!
クラトスもそうだった。
自分達の仲間、といいながらも、結局はクルシスの手先であった。
ゼロスもそうだ、というのか?
本当に?
そんなプロネーマの言葉をきき、コレットも目を見開かずにはいられない。
「嘘でしょう?嘘だよね?そうだよね?」
たった一人の仲間。
同じ神子、という繋がり。
それがまるで否定されたようで、コレットは思わず問いかけてしまう。
ゼロスには違う、といってほしい。
そんなコレットの言葉に答えることもなく
そしてコレットのほうを振り向くこともなくその視線はまっすぐに、
前にいるロイド達六人にと視線をむけたまま、
「俺様は強いものの味方だ。レネゲードとクルシスとおまえら。
はかりにかけさせてもらったぜ?」
あとの一つはいう気はまったくない。
元々、この三つをはかりにかけていたのは本当。
あの精霊様のことをしるまでは。
どう考えても一番強い、どの勢力に従えばいいのか。
考えなくても一目瞭然。
すっと目を細め、いかにも相手を見下しています、といわばかりの態度にて、
右手を腰にあてて、淡々といいきるゼロスの様子にまったく悪びれた様子はみうけられない。
それが余計にロイド達を混乱させ、また衝撃をあたえてゆく。
「なっ!レネゲードにまで情報を流してたのかい!あんたってやつはっ!」
ゼロスの様子からして嘘ではないのだろう。
ゆえに、しいなが思わず叫ぶ。
それならば納得いく。
どうして自分達のゆく先々で時折彼らが待ち伏せしていたかのようにいたのか。
ということが。
「あんたってやつは…あんたってやつは…
いい加減だけど、いいところもあるって思ってたのにっ!」
いつものしいなならば、それがいつものゼロスの演技だ、と気づいたであろう。
が、この状況は、かつてのときとよくにている。
クラトスが天使だったとしったあのときと。
それゆえにしいなの思考はそちらに囚われ、
真意をきちんと見極める目を心をふさいでしまっている。
ゼロスからしてみればそれはありがたいといえる。
この中で唯一気づくとすれば、しいな、もしくはリフィルくらいであろう。
しかし、ここで自分の考え、計画をばらされては意味がない。
リフィルは探るようにじっとみつめてきている。
こりゃ、リフィル様は何かかんづいたか?
ならば、さくっと進めていくのみ。
「おほめの言葉、あ~り~が~と~う~」
しいなの言葉にほぼ棒読みでこたえ。
これ以上、リフィルの視線をうけていればこちらの演技がばれかねない。
ゆえに、しいなにそれだけいい、くるり、とむきをかえ、
ロイドやしいな、つまりは彼ら六人に背をむけ、
プロネーマや天使、そしてコレット達のほうこうにむいたのち、
「結局。マナの神子から解放してくれるって。
ミトス様が約束してくれたんでこっちにつくことにしたわ。
しってるか?ミトス様はマーテル様がよみがえったら、
世界を一つに戻す約束をされているってことをさ」
ロイド達に背をむけたまま、淡々と言葉をはっするゼロスの姿。
『なっ』
それは、ミトスがクラトスに約束したこと。
コレットを、シルヴァラントの神子がマーテルとしてよがえった暁には、
二つにわけていた世界をひとつにもどす。
そう、ミトスはクラトスに約束している。
クラトスが無気力になりてクルシスに再び、
家族を失ったと思い込んで戻ってきたときに、ミトスはそうクラトスと約束をした。
いきなりそんなことをいわれ、ロイド達は絶句せざるを得ない。
「いいじゃねえか。コレットちゃん一人の犠牲で。
お前らも念願だった、世界の統合、それが果たせるんだぜ?」
『っ』
その言葉にロイド、そしてジーニアスは息をのんでしまう。
ゼロスの言葉はまるでかつての再現。
コレットを犠牲にして世界を選ぶか、どうか。
レミエルにいわれたあのときと。
あのとき、ロイド、そしてジーニアス達は世界を選んだ。
コレットを犠牲にし。
「…神子がそんなに嫌か?仲間を売るほどに」
ぎりっとはをくいしばりつつも、リーガルが、深く、重苦しい声でいってくる。
「ああ。嫌だね。その肩書きのおかげでろくな人生じゃなかったんだ。
リーガル、あんただって俺様の事情はしってるはずだぜ?しいな、お前もだ」
「「そ、それは……」」
そんなゼロスの言葉にしいなもリーガルも思わず言葉に詰まってしまう。
ゼロスの事情。
それは知る人ならば誰でも知っている。
ゼロスの母がゼロスをかばって死んだことは、メルトキオのものならば、
誰でもしる暗黙の事実。
表向きには病死、とされていても、あのとき目撃者はかなりいた。
「たまんね~よ。本当。
が、神子から解放されたら、次なる神子はセレスだって約束してもらえたからな。
マーテル様さえよみがえればセレスが生贄になることもない。
つまり、セレスに神子を譲れて俺さまはせいせいするってことさ」
はたからきけは、第三者がきけば、ゼロスの言い分にも納得してしまうだろう。
つまり、マーテルさえ蘇れば、今ような生贄の制度はなくなる。
そして、その制度が亡くなった上で地位とその立場、それを妹に譲り渡そうとしている。
それらのことが少し考えればわかるであろう。
「…っ!嘘だ!俺はお前を信じるからな!
信じていいっていったのは、ゼロス、お前なんだぞ!」
ぐっと手を握り締め、血を吐くような叫びをあげる。
しかし、ロイドはそれに気づかない。
気付くことができない。
ロイドはそこまで深く物事を考えられない。
ただ、ゼロスが裏切っている、それだけしか頭にない。
そんなロイドロイドの言葉を背後にききつつも、振り返ることもなく、
「ばっかじゃねぇの?プロネーマ様、そろそろいきましょうよ~」
最後にハートマークが飛ばんばかりのゼロスの台詞に。
「神子ゼロスよ。お前のこれまでの行動。我らへの忠誠心。
ユグドラシル様はお前もつれてこいとおっしゃったが。
わらわはお前をしんじきれてはいないからの。そのものたちの足止めをしてみよ。
…なぜ、ユグドラシル様はうらぎりもの、そしてその子供を…」
プロネーマとしては形はどうあれ裏切り者を許せはしない。
それがたとえユグドラシルの命に逆らうとしても。
少しでも彼に危害が加わる可能性があるのならば。
排除しておきたい、というのか本音。
それに、あの姉弟は危険すぎる。
ユグドラシル様の決意をぐらつかしかねない。
立場が似ている、とはプロネーマとておもう。
そしてあの姉弟にユグドラシルが自らとマーテルの立場を重ねていることも。
自分が手をだすことはできない。
が、所詮は裏切り者として活動しているものの手にかかったとするならば。
彼女からしてみて何の不都合は…ない。
「へいへい。プロネーマ様のおおせのままにってか。
んじゃ、プロネーマ様は早くコレットを」
ここまで見通されていたか。
それをおもうとゼロスは内心感心せざるを得ない。
さず、というべきなのだろう。
彼女の、プロネーマの動向次第、とはよくいったもの。
ふと昨夜のことがゼロスの脳裏に思い出される。
ここでこのままクルシスに潜入できるのが一番であったが。
でも、それはそれでいい。
言づけていたあれが威力を発揮する絶好の機会。
そんなゼロスとプロネーマのやり取りをきき、ロイドは無力感に否まされる。
信じていたのに。
信じているのに。
でも、この現状は。
声にならない憤りがロイドの中にたまってゆく。
ふるふると体を震えさせるロイドにその場にいる誰も声がかけられない。
あまりのことに誰もが言葉をうしなっている。
リフィルのみはさぐるようにじっとゼロスをみているが。
しかし、背をむけているゼロスからはその表情が読み取れない。
「あとはまかせたぞ。神子ゼロスよ」
「ロイド…ロイド、ロイド~~!!」
そういわれ、コレットもはっとする。
このままでは、ロイドと引き離されてしまう。
自分はまだいい。
けど、ロイドは。
ロイドを悲しませたくないのに。
手を伸ばしてロイドをもとめるコレット体を天使達が押しとどめる。
コレットの叫びもむなしく、
コレット達の体がその場から瞬く間にとかききえる。
――転送。
おそらくは、かの転送陣をこえてクルシスに連れていかれてしまったのだろう。
彼らが消えたのを見届けたのち、
「結局…こうなっちまったなぁ」
その先まで見通せる様に苦笑せざるをえないが。
しかしその苦笑はみるものがみれば自嘲の笑みにしかみられない。
一歩、足を踏み出すゼロスは目の前にいる六人にと改めて向きなおる。
「どうしてだ!ゼロス!仲間だったじゃないか!」
「…仲間、ねぇ。でも、だった、ねぇ。つまり最後まで信じてもらえなかったってわけだろ?」
「何を……」
その言葉の意味がロイドにはわからない。
ロイドにわかるのは、ゼロスが裏切り、コレットが連れていかれた。
ただその一点。
しかし、その小さな言葉の差異にリフィルは目ざとくきづき、はっとする。
敵をだますのはまず味方から。
そんな言葉がふと脳裏をよぎる。
まさか、ゼロスは。
「ま、いいってことよ。実際俺はお前たちをだましていたわけだし?
クルシスの命令でお前らに同行していたのは紛れもない事実だしな。
何で俺様が率先してお前らの旅に付き合うといったとおもってるんだ?
初対面だったっていうのにさ?」
リフィル様、さすがだねぇ。
はっとした表情をうかべたリフィルに目ざとく気づき、
しかしそれを彼らに説明されるわけにはいかない。
ゆえに一歩前にすすみつつも、タンタンとそんなことを言い切るゼロス。
そう、実際、ゼロスが彼らの旅に同行することになったのは、
クルシスからの命令があったがゆえ。
そしてレネゲードのユアン達からも。
ついでにいえばクラトスからも。
「嘘だ、何か、何か他にわけがあるんじゃないのか?!
これもまた、冗談なんだろ?なあ、ゼロスっ!」
「俺はただの半端ものなのよ。楽しくくらせば、それでいい。ただ、それだけだ!」
言葉ともに、ゼロスに背に金色の羽が出現する。
「ゼロス…あんたってやつはっ!」
しいながぐっとはを食いしばる。
「しいな。お前さんもおまえさんだ。
暗殺の依頼をうけておきながら、仲間になりさがっちまって。
もしもイガグリ統領が目覚めていなかったら、おまえさん。
またミズホの民を危険にさらしていたってことがわからなかったのか?」
そんなしいなに対し、タンタンとその目を細めたまま、
現実ともいえる事実を突きつける。
「そ、それは……」
ゼロスの言葉にしいなは言葉につまってしまう。
「まちがいなく、マーテル教、そして国に逆らった、逆賊の意思があり。
国はそう認めただろうよ?お前さんだってわかってただろ?
罪もない女の子を暗殺なんて自分ができるはずないって。
でも、受けたのはしいな、おまえさんだ。失敗したらどうなるか。
わかっていなかったわけじゃないだろう?
それに、今のロイド君の言葉、きいだだろ?
結局、そいつは、仲間だ、と口先だけでいっていても。
何かがあればあいてを切り捨てようとするんだ。
『仲間だった』”だった”っていうのは過去形だろ?
本当に信じているのなら、”仲間だろ”のはずだ。
が、そいつはどうよ?実の父親のときにしても然り。
結局は心の底から相手のことを考えてなんかいないのさ。
そんな奴に未来がたくせるか?俺はできないね」
ゼロスのいっていることはまっとうなる事実。
イガグリが目覚めていたからまだしいなの処置は今の状態ですんでいる。
が、もしも目覚めていなかったら?
しいなの行動は、また里を危険にさらした、と誰もがいうだろう。
今度は里そのものの存続すら怪しくなる、国を相手に逆らったとして。
そして、しいなが死んでもいいという意味合いで、
里のものがしいなに暗殺を持ち掛けたことも。
それらをしっていながら、しいなはコレットに感情移入してしまい、
コレットを助ける方法を選んでしまった。
それが里を、仲間を危機におちいらせる、とわかっていながら。
彼女が封印を解放していき、繁栄世界に続く道を容認してしまった。
「・・・・・・・」
心当たりがあるがゆえに、しいなは黙るしかできない。
そしてゼロスのその物言いにはっとする。
そう、今、ロイドは何といった?
そしてクラトスのときも。
だからこそしいなの中に戸惑いが生まれてしまう。
「ち、違う、俺、そんなつもりじゃ……」
ゼロスの言葉にようやくロイドは自らの失言に気づく。
そう。
何も考えずにいった言葉だからこそ、本質がでるとはよくいったもの。
心の底ではそんなことはない、と完全に信じ切れていなかった何よりの証拠。
「なら、どんなつもりだっていうんだよ?てめえは。
結局、ロイド君はいつも口先だけで、しっかりと相手をみていないのさ。
だから俺様はクルシスにつく。
あのミトス様は約束だけは果たしてくれそうだからな。
いいじゃねえか。マーテル様がよみがえって、世界が統合される。
コレットちゃんの犠牲一つで世界は平和になるんだぜ?
まあ、その結果、世界が、大いなる実りがきえたとしても。
ミトス様はセレスをこのクルシスに迎え入れてくれるっていったしな。
大地が滅んでも、彗星ネオ・デリス・カーラーンは残る。
新たな大地が再生され、また歴史を紡いでいける。
ミトス様はもともとの精霊様の決定。
地上の浄化。それを推進してもいいっておもってるんだとおもうぜ?
どうせ地上は穢れきっちまってる。ミトス様が提案したがゆえ、
精霊様は地上の浄化を見送ってくれ、止めていてくれるだけなんだろうしな」
事実、そうなのだろう。
というかエミルの態度をみていてエミルがミトスを特別視しているのはよくわかった。
ついでにいえばあのミトスも精霊ラタトスクを特別視している。
絶対に。
目の前の彼らがエミルが精霊自身であるときづいているかはともかくとして。
地上の浄化。
その言葉にリフィルが目を見開く。
そしてリーガルも。
そんな二人にちらりと視線をむけたのち、そこまでいってすらり、と剣を抜き放ち、
「さ、御託はいい。プロネーマ様にもいわれたが。
俺はあんたたちをここで足止めしなきゃいけないからな。
ああ、安心しろ。ロイド君。お前はずっとコレットちゃんといられるさ。
何しろお前さんの父親のクラトスが、ミトス様に懇願したくらいだからね。
ロイドの命をたすけてくれ。ってね。いざとなれば、
おまえさんがつけている要の紋を取り外しても、とまでいいきってね。
なかせるねぇ」
「なっ」
「要の紋を取り外したら…それって、ロイドはっ!」
ゼロスの言葉にロイドは絶句するしかない。
その言葉の意味を悟り、ジーニアスが叫ぶが。
「せっかくいきていた息子を死なすのが嫌なんだろうよ。あの天使様は。
どんな形であれ生きていてほしい、とおもうんだろう。
ロイド君が素直にミトス様のいうことをきけばそんなこともなくなるだろうけどな」
ゼロスが嘘をいっているようにはみえない。
ということは、本当にクラトスはそういうことをいった、のだろう。
それが嘘ではない、となぜだか思えてしまうのは、
ロイドを命がけでかばったクラトスの行動をみているゆえか。
「ま、はじめようや。やるからには、お互いに本気で、
それとも、何か?今朝いってたのもうそっぱちか?
お前がいったんだぜ?拳でかたりあう、ってな」
「…ゼロス…、くそっ!」
たしにかロイドはいった。
分かり合えなくても拳と拳でかたりあえばわかりあえる、と。
でも、それはこんなことをこんなことを願っていたわけでは…ない。
しかしそれはあくまでもロイドの言い分であり、
はたからみれば、ならどういうつもりでいったんだ?
と間違いなく問い返されるレベルであるとをロイドは気づいてはいない。
武器をもっている以上、命の取り合い、やりあいになることは、
どう考えてもわかるであろうに。
でも、ロイドはそう言い切った。
ロイドの中では素手で、というつもりではあっても相手はそうは捉えない。
「……輝く御名(みな)のもと
地を這う穢(けが)れし魂に裁きの光を雨と降らせん」
ゼロスのつぶやきに、リフィルがハッとする。
「みな、気を付けて!っ。バリアー!」
「……安息に眠れ 罪深き者よ、ジャッジメント!!」
リフィルかバリアー、と唱えるのと、ゼロスが術を唱えおわるのとほぼ同時。
バチバチバチイッ。
『うわっ!?』
「「きゃぁっ!?」」
「くっ」
ロイド達六人に、ゼロスの放ったジッャジメント。
すなわち裁きの雷、とよばれている術がさく裂する。
ぷすぷすと焦げるにおいがあたりにと充満する。
「本気でかかってきな。その甘いかんがえ。俺様が叩きのめしてやるよ」
そのままついっと剣をつきつけるように、ひざをついたロイド達にいいきるゼロス。
その表情はまるで仮面のごとく。
感情を一切かんじさせることはない。
「ゼロス…どうして、どうしてなんだよっ!」
ロイドはまだふんぎりがつかない。
「本当に、甘いねぇ。ま、甘やかされて育ったロイド君にはわからないだろうがな」
「何を……」
ロイドはゼロスが何をいいたいのかまったくもってわからない。
「親からも否定され、教会からも疎んじられ。
王室からは怯えられて。わかるか?ロイド君?
親にお前なんか産まなけれは゛よかった。そういわれた子供の気持ちが?
ロイド。お前に。お前たちに?
ガキンチョ。お前もだ。姉の愛情をうけて育ったお前にわかるか?」
「「何を……」」
ゼロスの言葉にロイド、ジーニアスの声が重なる。
その言葉にはっとしたような表情をうかべたは、リーガルとしいなのみ。
「…俺のおふくろは、俺を狙った暗殺者の魔法で死んだ。
その暗殺者はセレスの母親が雇ったやつだった。
俺さえいなければ、ってね」
「「っ」」
ゼロスとセレスの関係。
セレスが常にはじめのころゼロスに何かいいたそうにしていたのは、そのことだったのだろうか?
それはロイドにはわからない。
しかし、息をのまずにはいられない。
今、ゼロスは何といった?
セレスの母親が、ゼロスを殺そうとした?
暗殺者を雇って?
理解が、おいつかない。
息をのむ気配をみせたジーニアスとロイドをちらり、と一瞥しただけで、
「やっぱりわからねえよな。
どんな事情にしろ愛情につつまれて育った甘えたガキンチョたちには。
……俺の父、そしてセレスの母親は…先代の神子は愛し合っていたんだ。
なのに、クルシスからの神託で父親は別の女性と結婚…
つまり、セレスの母親の姉にクルシスは神託を下したんだよ。
そして、母と父は結婚して俺が生まれた。
父親はいつも家にはいずに恋人のところにいりびたっていた。
わかるか?必要とされない子供。その気持ちが?おまえらに?
養父とはいえダイクやリフィル様、の愛情をうけて育ったおまえらに・
しかも、俺様を…神子という俺様を生むためだけに母は選ばれ、
俺様がクルシスの輝石をもって生まれたことで母は不貞を疑われ……」
「…それって、コレットと……」
ゼロスの言葉にジーニアスは息をのむ。
それではまるで、村人から伝え聞いた、コレットの母親と同じではないか。
コレットの母もまた、コレットがクルシスの輝石をもってうまれたことで、
フランクから不貞を働いた、と責められ、そして自殺した、という。
コレットの母親が不貞を働き、そして新でしまったというのは、
イセリアに当時からすむものならば誰もがしっている。
が、それを誰もが口しないだけ。
天使様の子を身ごもったのだから、それは誇らしいことなのだ。
これで世界がすくわれるのだからと。
でも、実際にはコレットの母も、ゼロスの母も不貞など働いていない。
出産に立ち会った祭司たちが、赤ん坊に石をつかませ、
いかにも、石をもって生まれてきました、というように演出しただけのこと。
クルシスからの指示で。
「…望まない結婚。そして夫の態度、そして俺さまの誕生。
おふくろは、俺にすらなかなか声をかけてはくれなかったよ。
当時はどうして、とおもっていたさ。けど、わかったのさ。
おふくろが死んだとき。おふくろは俺に最後のことば。
俺なんか産まなければよかった、そういっていきをひきとった。
つまり、俺様はいないほうがよかったのさ。はじめから」
「そんなこと…」
「ロイド君はいったな?生まれてきたことに意味があるって。
なら、生まれた結果、母を、父を、そして妹を。
周囲を悲しみにしか包まなかった俺様が本当に意味があるとおもうのか?
あるわけないだろうが。きっとクルシスは間違えたのさ。
母を、でなくて妹のほうを指定するのを間違えて母を指定したばかりに。
だから、俺は間違えて生まれてきたのさ。
なのに…セレスはまだあのとき、幼かった。
体もよわかった。少し運動しただけですぐに寝込むほどに体が弱かった、んだ。
なのに、国は、テセアラという国はあいつにすべての責任をおしつけた!
俺様を…神子を殺せ、と命じたのはあいつだ、といって。
あいつは体が弱いのに、絶海の孤島にある修道院に閉じ込めて…
潮風すらあいつの体には毒にしかならない、というのにっ」
「…ゼロス…あんた……」
それはおそらくゼロスの本音の心の叫び、なのだろう。
セレスの事情、そしてゼロスの事情をしるしいなだからこそ、
思わずそうつぶやかずにはいられない。
ゼロスにかける言葉もみつからないままに。
それはまるで血を吐くような叫びにもとらえられる。
当時、ゼロスは必至に抵抗した。
セレスがそんなことをすはずがない。
セレスはまだ幼いのだから、そんなことを指示するはずもない。
それでなくても目を盗んでは、お兄様、といって立ち寄ってきていたセレス。
たった一人の、自分を神子、ではなく兄、としたってくれていた大切な妹。
なのに、国は。
セレスが修道院に送られる前日。
ゼロスは何とかセレスのもとに監視をまいてたどりついた。
そこでセレスが誰かに話していた言葉をきいてしまった。
父と、母と、セレスがとれほど幸せであったのか、を。
つまり、自分さえいなければ、セレスは幸せでいられたのだ。
と突きつけられた。
母からいわれた、生まなければよかった。
ああ、自分さえいなければ、皆が幸せになれていたんだ。
と幼いながらにそう理解した。
その場を立ち去ったゼロスはきいていない。
そのあと、セレスが自分のそんな幸せはゼロスの幸せを壊して手にいれていたものなのだ。
と自己嫌悪に陥っていたその言葉を。
「…俺様は、あいつが幸せであってほしい。
俺さえいなくなればセレスが次の神子になる。
そう、クルシスも約束してくれた。
世界が一つなり、マーテルさえよみがえれば、セレスがマーテルの器にされ、
生贄、とされて死ぬこともない。権力と地位をセレスに譲り渡すことができるんだ。
それが、この俺が…あいつから母親を、そして父親を奪ってしまった。
俺様ができる唯一の罪滅ぼし、だ」
父も、自殺した。
全ては自分が正式に神子、として認められてから。
クルシスからの正式な神託をうけたそのほぼ直後に。
これが自分のせいでなくて何だというのだろう。
「・・・・・・・・・」
ロイドはゼロスに何かいいたいのに言葉にできない。
ゼロスがそんな壮絶な人生を送っていたなど、考えた事すらなかった。
あのとき、書物の封印の中で聞こえていたあの声は。
ただ幻が生み出す意味のない言葉だ、とすっかり忘れ去っていた。
そのようなことをたしかに、幻影でもあったセレス。
そんな彼女がたしかにあのとき、ゼロスにそういっていた。
ただの幻だ、と気にもとめていなかったが、
それがゼロスにどんな思いを抱かせているか、ロイドは思ってすらいなかった。
――そもそも、生きているだけで価値がある、というのならば。
ならば、彼らはなぜあの場でしななければならなかった?
ヴォルトの契約についていった里のものはなぜ死ぬ必要があった?
エクスフィアとなったものたちはなぜに死ななければならなかった?
――そうですわ。生きているだけで、生まれているだけで価値がある。
というのであれば。
ゼロスさまをかばってなくなったミレーヌおばさま。
おばさまも、それに自殺したお父様も死ぬことなど、
命を落とすことなどありえませんでしてよ?
それは、しいなとゼロス、互いに互いの幻影の対象。
偽物のおろち、そしてセレスかに言われていた二人にむけられていた言葉。
ただ、ごちゃごちゃ、相手を惑わすようなわけのわからないことをいっている。
そういう認識しかあのときのロイドの中にはなかった。
その中身の内容をまったく吟味というか考えることすらせずに。
「……俺は、セレスが幸せであるために、守るためならば何でもする。
そう、お前たちをここで倒すことすらも、な」
ゼロスの周囲に再び、バチバチ、とした雷が集まってゆくのを感じ取る。
それとともに展開される魔方陣。
どうやらゼロスは本気で次なる術をロイド達に解き放つつもりらしい。
「ゼロス…本気…なのか?」
ロイドの声が、かすれる。
ゼロスの目はそのままロイド達を見据えており、表情一つ崩れない。
「それをセレス嬢が本当に望むとでもおもっているのか!?」
ロイドのかすれるような声と、リーガルの叫びはほぼ同時。
絶対にセレスはそんなことを望んではいない。
それだけはリーガルは断言できる。
残されるものの気持ち。
それをリーガルは痛いほどに理解している。
たとえその残されたものの気持ちが自らが手をかけてしまったからだとしても。
「俺様は、セレスが幸せになってほしいだけだ。
これだけはゆずれねえ。大切な誰かを守るためならば。
セレスを守るためならば、たとえ相手が誰であろうが倒してみせる」
それこそ仲間を、すべてを偽ってでも。
そのために気取られるわけにはいかないし、手をぬくわけにもいかない。
少しでも手をぬけば、悟られる可能性があるのだから。
「ロイド。お前だってそうなんだろうがよ?
さあ、俺を倒さなければコレットちゃんは救い出せないぜ?
そしてミトスも倒さなければ、な。コレットちゃんはマーテルになる」
「っ!ゼロス!」
それは確かにその通りで。
でも。
だからこそ、ロイドはゼロスの名を呼んで抗議するしかできない。
「話し合えばわかりあえる?そんなの、きれいごと、なんだよ。
誰も犠牲にしたくない?話し合えば解決する?
大切なものを守るためには、必ず何かを切り捨て、そしてぎ位にする必要もあるんだ。
世の中そんなにあまいものじゃないんだよ、ロ・イ・ド・くん?
さあて、おしゃべりはここまでだ、いくぜっ!岩砕剣!」
ズガガガッ。
いうなり、ゼロスが手にした剣を床にとたたきつけるとともに、
ロイド達の周囲から幾多もの鋭い木の枝のようなものが床からせり出してくる。
本来、この技は岩を鋭い銛状とし相手を攻撃する技ではあるが、
この場には大地というか地面がない。
ゆえにそのかわりに周囲にみちている木々の根がそのかわり、
とばかりにゼロスの力ある言葉とともに、ロイド達の足元からつきあげる。
『うわぁぁっ!?』
『っっっっっ!』
いきなり足場ともいえる場所からつきあがってくる、
鋭い切っ先をもったいくつもの木の枝のような、何か。
それらは細いものから太いものまであり、油断をすれば一瞬でまるでモズの生贄ができあかる。
それだけは言われなくても理解ができる。
「ジーニアス!?先生、皆っ!」
はっとロイドが振り向けば、それぞれが必至にそれらから逃れようとした、のではあろうが。
いかんせん。
この足場が足場。
この足場はそう広くはない。
つまり逃げ場がないにも等しい。
前にも後ろにも、また左右にも突き上げる木の枝に誰もがなすすべはない。
逃れるすべがあるとすれば、空を飛ぶしかない。
それぞれ交わしきれなかった、のであろう。
服がやぶれ、幾人からは血がながれているのがうかがえる。
さらに、突き出した木々の枝らしきものが、ロイドと他の全員をまるで分担するかのごとく、
それらは木の枝の檻のようになりて、ジーニアス達と分断されてしまう。
木々の隙間からみえるは、傷ついた仲間たちの姿。
ふらふらとしていたり、倒れているのがみてとれる。
「皆!?くそっ…ゼロスぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
やらなければ、やられる。
ゼロスは本気だ。
本気で、俺たちを。
戸惑っていたほうが負ける。
殺される。
だからこそ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」
ロイドの叫びとともに、ロイドの手につけているエクスフィアが、光りを帯びる。
……そう、それで、いい。
そんなロイドの態度に一瞬、ゼロスが口元に笑みを浮かべたのに、
ロイドは気づかないまま。
「ろ、ロイド…それに、ゼロス……」
周囲を木々に囲まれ、自由がきかない。
ファイアーボールか何かでこれらの木々を燃やし尽くしたとしても、
逆に炎に囲まれ自分達が危険におちいる。
木々が体をかすめ、体がいたい。
いたるところに擦り傷という擦り傷ができている。
それでもよろけつつも、何とか体制をととのえて目の前をみれば、
周囲は樹の根にふさがれて、ロイドとゼロスのほうに進むことすらままならない。
ゆえに、ジーニアスは呟かずにはいられない。
そしてその思いはその場にいる誰もが同じ。
今、動けるのは自分だけ。
今ここで、自分の特技をいかさないで何とする。
私は、私はっ。
だからこそ。
「任せてください。でやぁぁっっっ」
すでにエクスフィアは、ない。
でも、このままでは。
こんなの、認められない。
ゼロス君も、ロイドさんも。
二人が戦うのは間違っている。
ゼロスくんの言い分もわからなくはない。
でも、二人が命を取り合うなんて、絶対に。
――うん。そうだね。私も力を貸すよ。お姉ちゃん
あのゼロスからとある気配がしている、ということは命の危険、はないのかもしれない。
けど、だからといって見逃す、ということは断じてできない。
だからこそ、アリシアは姉にと手を貸すことを選ぶ。
たとえそれが、【王】の意図に逆らっているかもしれないとしても。
視えるものがみれば、プレセアの横にアリシアの姿がうっすらとうかび、
プレセアの手にそえるように、斧を一緒にもっているのが視えるであろう。
が、この場でその姿が視えるのはゼロスのみ。
そしてその声がきこえているのもプレセアのみで。
行く手をふさいでいるのはあくまでも木の枝らしきもの。
木々ならば、炎が弱点、に決まっている。
プレセアと、アリシアの姿が、重なる。
淡くプレセアの体が一瞬、光り輝く。
「――塵と化しなさい!奥義…
ほぼアリシアと同化したことにより、簡易的なれど、
一般的にいわれているオーバーリミッツ状態、というものにとプレセアは変化する。
両腕で斧を振りかぶるとともに、その斧のと炎が纏う。
本来、この技は地面に武器を叩きつけ、灼熱の炎とともに振り上げる技。
が、アリシアの協力もありて、床にたたきつけることなく、
直接武器に炎をまとわすことにと成功していたりする。
ごうっ!
まるで蛇のような炎がプレセアが弧月を描くように振り上げた軌跡にあわせ、
周囲を覆い尽くしていた木々をあっという間に燃やし尽くしてゆく。
「
炎をまとい、一瞬崩れそうになる木の枝達だが、瞬くまにと再生をもはたしている。
が、そうは問屋がおろさない、とばかりに、
燃えかけたそれに追撃、とばかりにリーガルが連続して蹴りと拳を突きつける。
「今だ、ぬけろ!」
そんなリーガルの言葉にはっとする。
一瞬、ではあるが一人が通り抜けられるほどの穴が、
囲まれている中にと出現する。
「!ロイド!?」
リーガルとプレセアの連携において、彼らがその木の檻のようなものの中から、
出られるかもしれない目安がたったその刹那。
ジーニアスが思わず前方をみて声を張り上げる。
「うおぉぉ!
それは、
連続にて敵に付きをくりだし、そして流れるように斬り上げから斬り下ろしにとかける技。
「
それとともに、そんなロイドの技に対抗するように、ゼロスの技も炸裂する。
風圧をまとった付きをくりだし、落雷を落とす技。
この一撃をうけたものは、しばらくの間落雷による影響で行動不能になる。
本来ならば、ロイドにその一撃は致命傷。
今、この接近して剣を交えている中で少しでも動きをとめられること。
それはあきらかに敗北を意味している。
が、ロイドに向かうはずの雷は、ロイドの手につけているエクスフィア。
それがさらに淡く輝きを増したかとおもうと、
ロイドの体をよりつよくつつみこみ、それらの攻撃すべてを跳ね返す。
ならば。
「
すばやくゼロスは次の技にと切り替える。
ゼロスの剣と、そしてロイドの剣が交差する。
「くっ」
きぃんっ。
剣と剣がぶつかり合うおと。
「とどめだ。さよならだ、ロイドくん」
いって、ゼロスが剣をふりかぶる。
が、次の瞬間。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
右手にもっていた剣はゼロスに確かにふさがれてしまった。
けど、ロイドは二刀流。
つまるところ左手にもっている剣が、手がまだあいている。
それをおおきく振りかぶる。
それはまるでスローモーション。
ロイドに今にも振り下ろされそうであったゼロスの刃。
しかしそれよりも早く、ロイドの左手にもっていた剣が、
ゼロスの体をおもいっきりとらえる。
――虎牙破斬。
それは、あくまでも片剣だけでもなしえる技。
流れるように斬り上げたのち、斬り下ろしとつなぐ剣の技の一つ。
つまりは、ロイドのその技は、右手にもっている剣だけでなく、
左手、にも有効、といえるわけで。
ドシュッ。
…その場に、真っ赤な何か、が飛び散ってゆく。
何かを切り裂くような鈍い手ごたえ。
そして、ぴしゃり、と自らの体にかかる、生温かい何か。
「ゼロ…ス?」
今、ゼロスはあきらかに、自分にとどめをさそうとしたその直後。
一瞬、手をとめた。
それこそ本当ならばゼロスの攻撃のほうが一瞬はやかった。
それは剣を交えていたロイドだからこそ理解ができた。
なのに。
よろり、とよろけて後ろにさがるゼロスの姿が、スローモーションのようで。
ゼロスの胸から肩にかけ、どくどくと流れている赤黒い何か。
「それでいい。これが答えだ。ロイド君。誰かを犠牲にしなければ前にすすめない」
「!!!」
ロイドがあわてててを伸ばすが、
ゆっくりと、まるで悪夢のように、どさり、とゼロスが目の前にと倒れてゆく姿がみてとれる。
ゼロスの周囲に広がってゆく赤い何かの液体。
ぽたぽたと自らが左手に握った剣からおちている…赤い、何か。
「ゼロス!あんたっ!」
それとほぼ同時。
ジーニアスが叫んだと同時、分断されていたジーニアス達も、
どうにか木の檻から脱出でき、あわててロイドの横にとかけつける。
彼らが目にしたは、茫然とたちつくしているロイドと、そして横たわるゼロス。
どちらが勝ったのか、は一目瞭然で。
「やはり、なりそこないの神子では役不足であったか。
プロネーマ様のご命令だ、あとかたなくきえされ」
シュッン。
それとともに、先ほどコレット達が消えてった魔方陣。
そこから数体の天使達が突如として出現する。
まるで、そうゼロスの戦いぶりを監視しており、
まければすぐに行動できるように待機していたかのごとくに。
「あ、あ、俺が、俺かゼロスを…?!」
自分がしたことなのに、状況が理解できない。
否、したくない。
仲間を、仲間だ、と信じている、といった相手に、今、自分は何をした?
ゼロスは本気で本当に自分を殺そうとしたのか?
なら、どうしてゼロスは直前で刃をとめた?
直前で刃をとめたゼロスと、とめることなくふりきったロイド。
どちらに非があるのかはいうまでもない。
がくがくと、状況を理解してゆくにつれ、ロイドの体が震える。
自分は、今、何をした?
ゼロスを…殺そうとした?
否、殺しかけている?
「あ…あ……」
ゼロスをきったときのあの鈍い感触がロイドの手から、
感覚から離れてくれない。
「しっかりしなさい!ロイド!今は敵のほうが先決よ!」
そんなロイドの葛藤に素早くきづき、リフィルがぴしゃり、と言い募る。
ゼロスの傷を治したい。
が、この臭いは?
一瞬リフィルが顔をしかめる。
が、今はそれどころではない。
と。
ボフン、ボフンッ!
周囲にいくつもの煙が立ち上がる。
そしてその直後。
天使達と、そしてロイド達の前にでてくる数名の見慣れた変わった服装をしている誰か達。
「みんな!?どうしてここに!?」
それは独特なる服装。
忍服、とよばれているその服に身をまとっている彼らは、ミズホの民以外にはありえない。
「それより、くるぞ!」
数名のあらわれたミズホの民はまるで一瞥しただけで状況を理解した、のであろう。
戦闘に邪魔になるであろうゼロスを抱きかかえ、
数名にてゼロスの体をあっという間に後方にともってゆく。
「すごい血だ!」
「止血は!?」
「無駄だ。もう……」
「っ」
そんな声がゼロスを背後に移動したミズホの民たちからきこえてくる。
その言葉にさらにロイドは強くよりつよく自らの手を握り締めてしまう。
いまだにロイドの両手には剣が握られているまま。
強く握り締めているせいで、グリップと手の平がかすれ、
ぽたり、としずかに血がながれおちる。
剣を手放したい。
でも、できない。
まるで体が硬直してしまったように、ロイドの体はいうことをきかなくなっている。
「仕方ないわ。体制を立て直しましょう。ロイドは今は戦力にはなりえないわ!」
今の状態のロイドに何をいってもおそらくはつうじない。
この充満している血の臭いが、ヒトの血のそれではない、といっても、
おそらくまったく聞き入れる余裕はないだろう。
それは、リフィルだからこそわかること。
ヒトを手にかけたことが実はある…といっても盗賊とかいう輩であったが。
だからそ、その差異はリフィルには、わかる。
「しっかりしなさい!ロイド・アーヴィング!
そんな状態ではコレットを助け出すことはできなくてよっ!」
だからこそ、リフィルはそんなロイドに叱咤の声をかけるしかできない。
というかこの場でそれ以外にどういえ、というのだろうか。
「おろち、一体……」
しいなはどうして、おろちがこの場にいるのかがわからない。
しいなが疑問を投げかけるのとほぼ同時。
天使の中でもより豪華な鎧と兜をまとっていた女性。
その手にもつ剣もまた特殊で、まるで碇のような刃をもちしそれ。
兜はどこぞの冠のようにみえなくもない。
真っ白い翼に鈍く光る金色の兜。
そして白い戦闘服の前にはマーテル教の紋章のはいった前掛けがかけられている。
「プロネーマ様のご命令だ。あとかたもなく消え去れ」
いいつつ、そのほかの黒い翼をもった天使達にむかって、
すっとその天使が手をふりあげるとともに、一斉に天使達が攻撃体制にとはいってくる。
ロイド達は知らないが、その豪華な恰好にみえる服装をしているのは、
ゲートキーパー、とよばれし、クルシスの中でも、
というよりは見張りの中でもより地位が上に位置する天使の一人。
他の意識と自我をもたない天使達とことなり、ある程度自分達で自我を持ち、
そして考え実行することができる、よりヒトらしい天使、といえるもの。
「まずいわ……」
まだ、さきほどのゼロスによる攻撃の傷をいやしていない。
まずは全員の傷をいやしておくべきだった、とおもうが。
しかし、今さらいってもそれはしかたがない。
「しねっ」
いって、天使達が攻撃を仕掛けてきたその直後。
「……喰らいな」
え?
背後のほうからぽつり、とかすれるように聞こえてくる声。
「まずいわっ!?」
前と後ろ。
こうなっては逃げ場がない。
それでもどうにかしなければ。
リフィルがあわてて防御術を展開しようとしたその刹那。
「シャイニング・バインド」
無慈悲にも、背後からゼロスの声にてその術が放たれる。
思わず覚悟をきめ、目をつむるリフィルではあるが何もおこらない。
いや、それどころか。
「何っ!?ちまよったか!テセアラの神子っ!!」
ばちばちと、光りを帯びた聖なる鎖、とよばれているそれらに拘束されている天使達。
そんな彼らの姿が目にはいる。
そして次の瞬間。
バチバチバチイッ!
「「「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっつ!?」」」
そんな天使達、三体にむけて聖なる光が直撃する。
聖なる光に貫かれ、どさり、とその場におちてゆく天使達。
だが、ゼロスの技の威力は半場がなかった、のであろう。
その体は真っ黒に焦げたとおもうと、まるで光に飲み込まれるかのごとく、
その場から何ごともなかったかのように、
光にとけこむかのごとくにきえてゆく。
「お、おのれっ!テセアラの神子、せめて、プロネーマ様に…あああああっ」
しかし、報告しようにも、体を拘束されている彼ら天使達にはすべがない。
ゲートキーパーとよばれている天使の一人。
すでにヒトであったころの名を忘れてしまったその天使は
ゼロスにむけて恨みの言葉を放つとどうじ、光の中にときえてゆく。
一体、何がおこったのか理解不能。
だが、今の術はあきらかに、コレットでもクラトスでもない。
そもそも、二人とも今、ここにはいない。
ならば、こんな術を放つことができるのは、ただ一人。
こんな威力のある術をはなてるのなら、ゼロスは問題ないんだ。
そうロイドはどこか心の奥底でほっとしつつも、
しばし唖然としたのち、
そしてはっとしたように、ミスホの忍たちに囲まれているゼロスのほうへとかけよってゆく。
「…ゼロ・・・ス?」
元気に立っているのだろう。
そうおもったのに、ゼロスはその場に横たわっているまま。
ゆえに、思わずロイドのこえはかすれてしまう。
どうして?
今、たしかにものすごい威力の術で自分達をたすけてくれたじゃないか。
ゼロスの顔色はものすごく真っ白で。
どくどくと周囲にながれでている赤黒い何か、もとまっている気配はない。
「ゼロス、あんた、どうして……」
どうして、どうして、そんな体で。
おそらくは、瀕死。
まごうこなく瀕死。
血の気がまったくもってみあたらない。
茫然としたような声をだすしいなの声がきこえたのか否か、
何かをいいたいのに、それより先の言葉がロイドの口からはでてこない。
自分の元に彼らが近寄った気配を感じつつ、
「…これでいい。あきあきしてたんだ。生きてるって…とに」
「話すな。死期をはやめるぞ」
おろちの淡々とした声。
その声がどこか遠くに感じたロイドはおそらく気のせい、ではないだろう。
今、おろちは、何、といった?
ゼロスが…死ぬ?
どうして、誰が…誰がゼロスを傷つけた?
それは、…それは、俺がゼロスを斬りつけたからっ。
「いいんだよ。…コレットちゃんな。
地下の大いなる実りの間って呼ばれているところだ。ちゃんと助けてやれよ」
かすれたように紡がれるゼロスの声。
その声にはいつものゼロスのような張り合いはない。
か細く、注意していなければききとれないほどの、か弱い声。
ゼロスの普段をしっていれば信じられないほどに弱弱しい声。
「っ!今さらそんなことをいうなよ!なら、何で、どうして!
何で俺たちと戦おうとしたんだよっ!ゼロス!」
いいたいことは山とある。
どうして剣をとめたのか。
どうして、今、自分達を助けたのか。
あきらかにほうっておけば、背後からふいうちすれば、
天使達と協力し、自分達をどうにかできたであろうに。
でも、ゼロスの攻撃は天使達にとむけられた。
ゼロスの口の付近はは血をはいたのか、赤い何か、でそまっている。
「俺は…間違えて生まれてきたから、さ。
でも…俺がいなくなれば、セレスも少しは喜んでくれるだろうし…
何よりも…セレスが神子になればあいつの立場も保障される」
「まさか…まさか、お前、そのために……っ」
そのために、どうして自らの命をなげうってまで。
たしかに、セレスのことを先ほどゼロスはもちだしていた。
けど、こんなの間違っている。
ゼロスをここまで追いつめて傷つけていたロイドがいえることではない。
とわかっている。
わかっていてもいわずにはいられない。
「…覚えておけよ。ロイド。大切なものを守るためには、
自分の身を…ましてや仲間の身すらを犠牲にする必要もあるんだ。
誰も犠牲にすることなく目的を達することなんてできはしないってな」
言いたいことはいいきった、とばかりに。
ゼロスの目がゆっくりと閉じられる。
まるで虚空をさまようがごとくに視点が定まっていなかった瞳が。
「ゼロス!?」
悲鳴にちかいしいなの声。
が、ゼロスの手をにぎっていたおろちが、ふるふると首をよこにふる。
それとともに、ぱたり、とおちるゼロスの手。
しっかりと閉じられたゼロスの瞳。
「嘘…でしょう?」
どうしてこんなことになったの?
ジーニアスとて茫然としてしまう。
ゼロスが…死んだ?
殺したのは、誰?
ロイドが…ゼロスを、殺した?
その事実がジーニアスは信じられない。
動揺しているジーニアスはとあることに気づけない。
そう、根本的なとあることに。
「…ゆけ。神子は我らがここでうけもとう。
お前たちは先をいそげ。…コレットがさらわれた、のだろう?」
おろちが、ゼロスを背後にしつつ、ロイド達をふりむきながらいってくる。
「そうだけど、おろち。なんだってあんたたちが、ここに……」
あまりにもタイミングがよすぎるおろちたちの介入。
「投げ文があったのだ。お前たちが最後の戦いに挑もうとしている、と」
だからこそ、ミズホの民にて利用していた飛竜の背にのりておろちたちはやってきた。
「それより、いそげ。コレットがさらわれたのだろう?
神子は我らにまかせておけ。…きちんと送り届けるゆえに、な」
どこに、とはいわない。
その言葉にロイドははっとしてしまう。
ゼロスを送り届ける?
助ける、のではなくて?
「あ……」
「ゆけ!時間がおしいのだろうが!」
ふらり、とゼロスに近寄ろうとするロイドだが、
喝をいれるかのごとくのおろちの言葉にびくり、とその場にと立ち止まる。
「…いきましょう。時間がおしいわ」
「先生!でも!」
「間違えないで。ロイド。私たちの目的は、何?
コレットはもう連れ去らわれてしまったのよ?」
「それは……」
「おろち…そいつを、たのめる、のかい?」
「まかせておけ。そろそろ見張りのものも目覚めるころだ。
ここにあらたな追手がきかねない、お前たちはいそげ。
いつまであの転送陣が起動しているかどうかもわからぬぞ?」
すっといいつつもおろちが示したその先には、いまだに浮かんでいる転送陣である魔方陣。
魔方陣がいまだにある、ということは起動はしている、のだろう。
「いこう。コレットを助けに」
「でも……」
ロイドはまだ決意がつかない。
本当に、ゼロスは死んだのか?
冗談だよ、といって目をさまさないのか?
目の前のゼロスはびくり、とも反応していない。
ぱたり、と床に放り出されている手もびくり、ともうごいていない。
それがロイドに嫌でも事実をつきつける。
ゼロスは死んだ…自分の攻撃によって命を落としたのだ、ということを。
「しっかりしなさい!ロイド・アーヴィング!
そんなことではコレットを助け出すことなんでできはしなくてよっ!」
先ほどもいったが、再びリフィルが叱咤する。
ああ、なるほど。
これはあの子がここまでするわけね。
おそらく、こんなロイドの弱さを看破しての行動、なのだろうが。
しかし、やりかたがえげつない。
…後でしっかりとお仕置きをするっ!
そう心にきめるが、今ここでネタ晴らしをしたとしても、
それはロイドの為にはならない。
だからこそ、リフィルはそのことに気づいていながらも言葉を閉ざす。
この臭いは、人の血ではなく、別の何かのものである、というその事実に。
「…作動、しているのでしょうか?」
背後にはゼロスを取り囲んでいるミズホの民やおろちたちの姿がみてとれる。
いつまでもここにいてもどうにもならない。
コレットはすでに連れていかれてしまっている。
プレセアも何ともいえない気持ちになりつつも、そのまま祭壇のほうにと足を一歩むけてゆく。
今は何かをしていたほうが気が紛れる。
人を殺す。
人を殺した。
かつて、プレセアはアリシアの幻にまけ、リーガルを殺そうとした。
あのまま、もしもリーガルさんを殺していたとしたならば。
自分はどうおもったのだろう?
わからない。
そしてふとおもう。
リーガルのことを。
妹を手にかけたリーガル。
死してもなお、リーガルがアリシアを愛しているのはわかっている。
…まあ、意識を表にだしてきたアリシアとリーガルが、
周囲すらきにせずに、おもいっきり二人の世界にはいったような会話をするのはともかくとして。
祭壇らしき上にいまだに展開している青い魔方陣は。
それそのものが転送陣。
かつて、プレセア達はこの転送陣にのせられて、
天使達に捕らえられ、そしてデリス・カーラーンにと連れていかれた。
牢にいれられ、そしてそんな自分達を助けにきたのは……
「…してる、みたいだな。ゆこう」
プレセアの言葉に、リーガルが台座の上にとびのりつつも、
用心ぶかく罠がないか周囲を確認する。
しかしどうやら罠のような気配は、ない。
「いきましょう。ここはミズホの民たちにまかせましょう。
ここにいつまでもいたら、追手がきかねないわ」
入り口にいた見張りの天使達が応援を呼びかねない。
それぞれがゼロスのことについて触れることはない。
皆が皆、仲間であったゼロスの死に衝撃をうけているのがうかがえる。
ロイドもふとしたはずみでゼロスをきったときのあの鈍い感触を思い出してしまう。
直前で刃をとめたゼロスと、そのままふりきり、ゼロスに致命傷をあたえた自分。
どうして、どうして俺はあのとき、あのまま刃をふりぬいたんだ?
仲間を誰も失いたくない、とそういっていた、いたのにっ!
自分でいっておきながら、自分で仲間の命を奪った。
その事実はずん、とロイドの心に重くのしかかる。
転送陣を抜けた先。
そこは以前、通り抜けてきたとはまた別の場所、であるらしい。
周囲の壁や床にはいくつものびっしりとした樹の根らしきものがみてとれる。
ここは、地上なのか、それとも地下なのかもわからない。
が、ゼロスの言葉を、命をかけて最後に伝えてた言葉を信じるとするならば、
ここはおそらくは地下。
信じる、といっておきながら、結局自分はゼロスを信じ切れていなったのだ。
あの攻撃にも意味があったのだろうに。
それを理解せずに、ゼロスを本気で攻撃してしまったのは、あきらかにロイド自身。
なら、ゼロスの言葉を今度こそ信じるべき、なのだろう。
今度こそ間違わないために。
遅すぎるとはおもう。
取り返しのつかないことをしてしまった、という自負もある。
けど、今ここで立ち止まっていては、今度はコレットまで失ってしまう。
それでも、いわずにはいられない。
「…俺たち、ゼロスの言葉の真意を…いや、俺っていつでも考えていたのかな?」
俺たち、ではない。
自分が、というべきだろう。
いつも、冗談ばっかりいっているゼロスを自分は軽くあしらっていなかったか?
それは誰にともつぶやくわけでもない、ロイドの独白。
「何がだい?あいつの言葉がいちいち裏切りものの言葉だって。
疑っていればいいっていうのかい?!」
ロイドの気持ちはわかる。
自分がゼロスを殺してしまったことにたいし、心がおいついていないのだろう。
けど、しいなとてそれは同じ。
ゼロスの真意を見抜けなかった自分にいらいらしてしまう。
ゆえに自分に対する憤りもあいまって、
おもわず強い口調でそんなロイドの独り言に思わず言い返すように反論してしまう。
わかっていたはず、なのに。
自分だけは。
ゼロスがあんな能面のような顔をして何かをいうときは。
彼は必ずその裏で何かをたくらんでいる、ということをっ。
なのに、自分は……ゼロスの言葉をうのみにした。
その裏に何があるか、など考えもせず。
ゼロスにたしかに術ははなたれた。
だが、敵すらも一撃で消しずにみするといわれていたゼロスの術にしては、
あまりにも威力がちいさすぎる。
それだけで本気で自分達を殺そうとしているのではない、
と少し考えればわかったはず、なのにっ。
だからこそ、しいなは自分がゆるせない。
あの場においてゼロスをしんじきれずに、責める言葉をいった自分自身が。
ぎゅっと強く手をにぎりしめるしいなもまた、
ロイドとおなじく、罪の意識にさいなまれてしまっている。
また、あの時と同じ。
自分がきちん判断しなかったがゆえに、ゼロスを…
たったひとりの外部の理解者を死なせてしまった、と。
成長してる?どこが?
これじゃあ、あの七つのときの自分と何もあたしはかわっていないじゃないかっ!
しいなはそう思わずにはいられない。
「…違うよ。俺、いつもおちゃらけていたあいつの…
いや、今おもえばあいつがおちゃらけたことをいうのは。
何かしら、空気が重くなったときだったとおもう。
でも、そんなあいつの本有の気持ちにまったく気づいてすらやれていなかったんだなって……」
また、ゼロスがへんなことをいいだした。
そんな認識かもっていなかった自分に嫌気がさしてしまう。
「そうね。これまでゼロスは、空気をかえるために、わざと道化を演じていたのは否めないわ」
それについてはリフィルも同意せざるをえない。
そして、今も。
「…そう、だね。今さら遅いけど。ゼロスは…もう…セレスに、何ていったらいいのさ……」
リフィルにつづき、ジーニアスがうつむきつつもぽつり、とつぶやく。
そう、妹であるセレスに何といえばいいのだろうか。
ゼロスのバカ!
セレスはあんなにゼロスのことを慕っていたじゃないか!
でもそこまでおもい、ふと思う。
もしかしてゼロスはあのときから。
セレスたちにあの場でまっているように、といったときから。
これを予想してたのではないのか、と。
自分はあの場で自分達に殺されることを想定していた、とするならば。
マルタやセレスにその姿をみせたくなかったのかもれない。
…何と傲慢ともいえる自己満足、なのだろうか。
そんなの、そんなの誰も願ってすらもいないというのにっ。
でも、もうその文句をいいたい当事者はどこにもいない。
ゼロスは…死んでしまったのだから。
自分達の目の前で。
「あたしは…そんなあいつのいいところをしっていたはず、なのに。
…頭に血がのぼっちまって。
あたしはあのとき、あいつの真意を見間違えちまってた。
本当にゼロスがあたしたちを裏切った、はじめから裏切っていたんだって。
でも、あいつは……」
クルシスから命令があった、というのは事実だろう。
その立場上、ゼロスが断れるはずがない。
でも、自分達を本気で助けようとしてくれてたゼロスの行動に嘘はなかった。
そう、思いたい。
しいなもまた、そういわざるをえない。
おまけ、すきっと(あるいみネタバレ)
~ロイド達が転送陣から先に向かったのち~
ゼロス「いやぁ、ロイド君、ある程度腕あげてるなぁ。
俺様に本当に一撃を加えられるなんてさ。
というか、あ~あ、俺様の一張羅が台無し~。
この服、かなり気に入ってるんだけどなぁ。
まあ、同じデザインのがロイドくんほどでもないけど、
あといくつかあるにはあるが、屋敷にあるからなぁ」
ロイドのあれはありすぎだ、とおもう。
というか私服すべてが同じデザイン、とはいったいどういうわけなのか。
ダイクの家でロイドのクローゼットをみたときにはゼロスも呆れてしまったほど。
おろち「…お前からうけたというか預かったという投げ文にはあきれたぞ?
敵をだますのはまず味方から、とはいうが……」
忍A「まったく。しかし統領のご命令だからな。神子に従うように、と」
忍B「何でも統領の命の恩人がやってきてお願いされたとか何とかいっていたな」
ゼロス「…あいつら、どこまでアフターケアも万全なのよ……」
その言葉にゼロスはがくり、とうなだれるほかはない。
というかどこまで御見通しなのか。
あの精霊様は。
おろち「しかし、それはすごいな。我らでもそれはお前の血にしかみえないぞ?」
ゼロス「力作だっていわれたからねぇ。うげ、内臓までこれはいってやがる。
…手がこんでやがるな……」
おろち「…それを神子に渡したものがきになるぞ、果てしなく……」
そんなおろちの言葉にゼロスは苦笑するしかない。
まあ、たしかに力作だ、といっていただけのことはある、とおもう。
あのしいなすら完全にだましきったのだから。
リフィル様はどうやら気が付いてたっぽいけど、
こっちの意図にきづいて何もいわないでくれてるっぽいしな。
そうおもうとリフィルのその思いやりにゼロスは苦笑してしまう。
こりゃ、あとでしっかりとお説教がまってやがるな。
そう自覚せざるをえない。
忍A「しかし、しいなも勘違いしたまま、でいいのか?あれ?」
おろち「修行がたりぬ、ということだ。死人と生者の見分けもつかないとは」
忍B「…あの状況ではしかたないのでは?」
おろち「あまい!あいつは次期われらの統領だぞ!」
忍A「でも、姫君でもあらせられる。本来あるべき世界ならば、
城の中にて守られる立場の御方だ」
おろち「それでも、だ。かつての民はそのちからを恐れられ絶滅されかけたという。
何としても皇族の血を絶やすわけにはいかぬ!
というわけで、われらは姫の護衛に陰ながらあたるぞ!」
ゼロス「…あいつも愛されてる、ねぇ。はぁ。ま、俺様も行動するとしますか、ね。
…ったく、アイオニトスを手にいれて、あとはミトス君を…
…ほんっと、あのエミルくんとミトスとの間に昔何があったんだか」
おろち「?どういうことだ?」
ゼロス「何でもない、独り言っしょ」
というか、この地はあのウィノナが目覚めればどうにかなるから。
といっていたテネブラエの言葉にきにかかる。
いったい、彼女は何だ、というのだろうか。
わからない、何もかも。
わかっているのは、自分の偽装した死によって、
ロイドに少しは自覚をうながせた、ただその一点のみ。
※ ※ ※ ※
「…神子は、セレス嬢のために命を投げだしたのであろう。
今は共に旅ができているとはいえ。
セレス嬢の母親がハーエルフに依頼して、
幼かった神子を暗殺しようとした。その事実は覆らない。
そして当時、表向きに発表されたのは、
セレス嬢が自ら神子になりたいがゆえに、
神子に暗殺者をさしむけた。という公式発表だ」
まだ幼いセレスがそんなことができるはずもないというのに。
けど、国はそれを正式に発表した。
しかも、大々的にお触れとし、そしてセレスを幽閉し、
実行者であるハーフエルフ、そしてセレスの母親を公開処刑した。
ギロチン、という大衆の面前で。
そのとき、セレスの年齢は発表されていない。
だからこそ、何もしらないものはその嘘を信じている。
国が発表したその事実のみ、を。
神子の異母妹が神子を殺そうとしたのだ、と。
だからこそ。
「…神子、という立場をセレスに譲ることによって。
それらの世間声。不満声を抑えるつもりだった、ということかしら?」
そこまでリフィルはこの国の内情に詳しくはない。
たしかに騒ぎがあったことはしっている。
けど、ヘイムダールにはそんなに詳しい事情までははいってはこなかった。
ゼロスとリフィルは一歳違い。
そして、その騒ぎがあったとき、リフィルはまだヘイムダールにいた。
リフィルが里を追われたのは十一の時。
ヘイムダールはよくもわるくも閉鎖されている隠れ里。
ゆえに、人間世界の世情など、噂としてもはいってくるはずもなく。
「…おそらくは、な。それこそ命をかけて、セレス嬢を守ろうとしたのだろう。
神子がかばわれたという実母にいわれたあの言葉。
あれは上流社会のものの中では、知っているものは知っている。
【お前などうまなければよった】とな。
神子の実母は神子をかばって魔術に倒れたのち、
血まみれで神子をかばい切ったあと、こときれるまえ、
神子に手をのばし、そうつげていきを引き取った」
その言葉にジーニアス、そしてプレセアがぴくり、と反応する。
そして、ロイドも。
では、やはり。
先ほどゼロスがいっていたこと。
そしてあの封印の書物の中で偽物のセレスがいっていたあれらのことは。
「それは……なあ、それって本当…なのか?」
親にかばわれ、そして死ぬ間際にかけられた言葉が。
産まなければよかった、なんて。
そんなの、悲しすぎる。
想像もできない。
が、ゼロスは実際にそれを体験した。
体験してしまった。
雪の日がトラウマになり、白い雪が今でも真っ赤にみえるように。
かすれるように問いかけるロイドは無意識ながら、
自らの手をぎっゅと強く握り締めてしまっている。
それこそ手袋の上からも爪が手のひらに食い込むほどに。
赤い手袋だからこそあまり気づかれず
また、ゼロスの返り血のせいで、その臭いも気づかれていないが。
ロイドの手袋の下の手の平は血で染まってしまっている。
「…悲しいことにね。事実だよ。だから、あいつは雪をきらう」
たとえそこに、母親なりの、ゼロスを責めるのではなく、
自分をかばってしんだという罪悪感を持たせないためという意識があったとしても。
もう少し言い方、というものがあったとおもう。
本気でもしかしたらそうおもっていたのかもしれないし、
ゼロスをおもいやって、あえて突き放したようにいったのかもしれない。
死人に口なしである以上、その真意はしいなとてわからない。
その事実をしったとき、ミズホの民のものにくちよせを頼もう。
そうおもったこともあった。
が、そのときすでにしいなは里のものにきらわれていた。
里のものを大多数殺した死神、として。
ゆえに頼めるはずもなかった。
「…あいつは、メルトキオが雪になるたびに、旅業、と称して。
温かい地方に長期滞在していたんだ。バカだよ…あいつは。
あいつは本当に大馬鹿だよっ!
いくらセレスの為だっていったって。
あいつが死んだら…死んでしまったなんて。
あの子に何ていえばいいのさっ!!」
それはしいなの血を吐くような叫び。
しいなもセレスを気にいっている。
いくらお兄様をたぶらかす女狐!といわれつっかかってこれらていても。
それはしいなからしてみればかわいらしい嫉妬、にもみえてた。
なのに。
自分達がゼロスを結果として殺してしまった、なんてどうしていえる?
そんなしいなの叫びに誰もこたえられるものはいない。
劇薬、とはよくいったもの。
たしかに、ゼロスの行動はしいなを含め、
それぞれ自身を顧みる結果、となっているらしい。
その方法はともかく、として。
ゆえに、リフィルは溜息をつかざるをえない。
「…もしかしたら。ゼロス君ははじめからそのつもりだったのもしれません。
セレスさんとともに旅をしていたのは、最後の思い出つくり、のつもりで」
ぽつり、とそれまで黙っていたプレセアが口を開く。
「そんなっ」
その言葉にジーニアスが短い声をあげる。
そんなの、そんなのって。
まるで、それはコレットと同じような思考ではないか。
「…ありえる。わね」
その言葉に思わずリフィルも納得してしまう。
はじめは本当にそうだったのかもしれない。
あんな品、ゼロス一人で用意できるはずがない。
レネゲードから?いや、違うだろう。
ならばどこから?
そこまでおもい、ふとリフィルの脳裏に浮かびしはエミルの姿。
まさか、ね。
そうおもうが、今ここにいない、いまだに戻ってきていないエミルのこと。
それがどうしても脳裏から離れない。
そしてゼロスのあの態度。
――ミトス様はもともとの精霊様の決定。
地上の浄化。それを推進してもいいっておもってるんだとおもうぜ?
どうせ地上は穢れきっちまってる。ミトス様が提案したがゆえ、
精霊様は地上の浄化を見送ってくれ、止めていてくれるだけなんだろうしな
なぜにあのとき、あの場でゼロスは精霊の話題をだしてきたのか。
そこにきっと、意味がある。
「…あたしも、結局。あいつのそばにいながら。
あいつのことを何もわかってなかった。…は、ざまぁないよね。
挙句はあいつにたすけられて……」
天使達を攻撃したのはまちがいなくゼロスであった。
最後の力、だったのだろう。
瀕死の状態なのに、助けるためにそれこそ上級魔術をつかってきた。
だからといってあんな別れ方、あたしは望んでいなかった!
そういいたいが、それは暗にロイドを責めることになる。
というのもしいなはよくわかっている。
まるで自分がヴォルトと契約をかわしにいき、一緒にいった仲間たちが死んだとき。
言葉が通じない、また相手の気持ちがわからないがままの結果。
その点では似ている、のかもしれない。
でも、ゼロスを手にかけたのは、かけてしまったのは…
だからこそ、しいなはそれ以上はいえない。
これ以上いえば、ロイドをせめてしまうことになってしまうから。
「……俺。忘れない。このてであの時。
ゼロスをきったときのあの感触……あいつは…
あいつは、振り下ろす寸前、その刃をしっかりととめてきたのにっ!」
それがロイドとしては、自分が情けない。
ゼロスのあの行動の意図をきちんと図っていなかった自分が。
もしかしたら、どこかでみていたあの天使達をおびき寄せるための演技だったのかもしれない。
もう、でもそれもゼロスに確かめることすらできない。
なのに、それに気づくことなく、ゼロスの言葉をうのみにして、
ゼロスがクラトスのように自分達をはじめから裏切っていたんだ、
そうおもい、剣をふりきったのは…紛れもないロイド自身。
信じている、といったのに。
そうロイドはゼロスにむかっていったのに。
――結局、そいつは、仲間だ、と口先だけでいっていても。
何かがあればあいてを切り捨てようとするんだ。
『仲間だった』”だった”っていうのは過去形だろ?
本当に信じているのなら、”仲間だろ”のはずだ。
が、そいつはどうよ?実の父親のときにしても然り。
結局は心の底から相手のことを考えてなんかいないのさ
あのときのゼロスの言葉。
それがロイドの心の中に突き刺さっている。
そう、信じているといいながら、結局自分はゼロスを、
仲間を信じ切っていなかったんだ、と。
その結果…本当は裏切っていなかったかもしれない仲間をみずからの手で殺した。
殺してしまった。
「もう、俺は間違えないっ」
幾度この言葉をいっただろうか?
なのに、いつもいつも、終わってから間違っていたことにきづいて、
そしてこの言葉をいっては、そしてまた過ちを繰り返している。
けど、もう、二度と。
「もう、もう二度と…二度と仲間を…友達を自分の手で傷つけるのは…嫌だっ!」
いまだに覚えている。
あのとき、あの独特なる肉の感触。
飛び散る血。
いくらふりはらっても、おちない血、いやおちてはいるのだろう。
が、その血がいくらふりはらっても剣にいつまでもこびりついているかのよう。
あのとき、ゼロスは自分に剣をふりかぶっても、
一瞬動きをとめたその隙に攻撃をたたき込んだのはまちがいなくロイド自身。
気づこうとおもえばできたはず。
あのとき、攻撃を振り切るのではなく、攻撃をとめることも。
でも、結局、ロイドの攻撃はゼロスを血まみれにし倒す結果となった
どさり、とたおれたゼロスに周囲に満ちたあの血の匂い
嘘偽りのないその事実は、ロイドがゼロスに致命傷を負わせたのだ、
と嫌でも思い知らしめた。
拳で語り合う?
武器をもっていれば命のやり取りになるなんて、少し考えればわかるじゃないか!
あのとき、そういった自分をおもいっきり殴りたい。
いくらロイド自身の中では素手での殴り合い、としておもっていても。
こちらが武器をもっていれば相手はそうは捉えない。
そんなのは…当たり前、なのに。
「…おしゃべりはそこまでにしなさい。
…魔物の姿もあるのよ?襲ってこられたらひとたまりもないわ」
ちらほらと植物系の魔物らしきものがみてとれる。
こちらに襲い掛かってくる気配は感じないが。
今、もし襲ってこられたとするならば、
すくなからずゼロスのことにて動揺しているロイド達におそらく勝ち目はあまりない。
ああ、本当に。
戻ってきたら、何というべきかしら。
でも、本当に戻ってくるのかどうかも怪しい。
彼があのような覚悟をした、ということは。
おそらく命をかける何かをこれからするつもり、なのだろう。
だからこそリフィルは何ともいえない思いに囚われてしまう。
せめて、かけつけてくれたミズホの民たちが、
あれ以上、彼を危険なことから遠ざけてくれる。
そう、信じたい。
改めて周囲を見渡せば、壁にいくつもの木々の根なのか、
植物のつるなのかわからないような何か、がはびこっている。
そしてまた、壁もかなりもろくなっているのか、
かなりひびらしきものが壁全体に走っているのがみてとれる。
移動した先の転送陣のその真横。
そこにもやはり転送陣であるのだろう円陣のようなものがあり、
しかし今は起動していないのか、その上にのぼってもうんとんすんともいいはしない。
どうでもいいが、周囲にみえている花の姿をしたような魔物達。
それらの蔓の一つがまるでボクシングとかつて呼ばれていた遊び。
それに使用されるボクシンググローブのごとくに丸くなっているのだろう?
というか、なぜにここまで魔物がうろうろとしてるのにこちらに見向きもしないのだろうか。
まるで、魔物達はじっとこちらを探っているのか、じっとみたのち、
そのままふいっと離れていっているのがうかがえる。
そんな疑問がどうしてもみなの心に浮かんでしまう。
それほどまでに魔物たちは彼らにまったくもって見向きもしてこない。
どうや道は一本道のようではあるが、
進んでゆくにつれ、いくつかの道にと分かれているらしく、
足元に注意をしつつ進んでゆくことしばし。
やがて十字路にとたどり着く。
しかし、右側の通路は太い木の枝?のようなもので行く手がふさがれており、
進むとすれば、左か直進しか選べない。
本来、この地下は、この地はもともと大樹があった場所。
大樹の洞、元の惑星においては世界樹の洞、
ともいわれていたとあるダンジョンの一つでもあった場所。
そこにミトスが作り出した塔の一部があわさって、
ちょっとした空間にと変化してしまっていたりする。
つまるところは、これらの壁の後ろにはびっしりと、
地上では枯れてしまった大樹の根がからまりあっており、
また、壁などにつたってみえる木の根も大樹の名残。
「これは……」
そっと壁に手をつき、リフィルが驚愕の目を見開きつつも思わずつぶやく。
この壁にある木の根らしきものからはマナを感じる。
それこそ凝縮されたような、マナが。
そんな姉であるリフィルとは対照的に、
「……何だか、胸がざわざわする」
なぜかはわからない。
が、この地下…とおもえる場所に移動してからなぜか、
ふと漠然とした不安のようなものがジーニアスの中にと生まれていたりする。
ゆえにぽつり、とつぶやくジーニアス。
先ほどの今だから、という理由もあるのかもしれない。
目の前で、仲間だ、とおもったヒトをこれまた仲間が殺してしまった。
という何ともいえない思いゆえの不安かもしれない。
「ジーニアス?どうかしたのか?」
そんなジーニアスの様子に気づいたのか、リーガルが気遣うようにと声をかける。
リーガルは気づいていない。
先ほどのゼロスの真意を。
リーガルにはマナはわからない。
だからこそ、仲間であったはずのゼロスが目の前で死んだことにより、
ジーニアスが何らかの精神的動揺を浮かべているのではないか、と気遣っての台詞。
「え?あ。…何でもない、とおもう。しいていえば…不安…かな?」
そう、言葉にするとするならば、不安。
その一言につきる。
「根拠のない不安は杞憂です。頑張りましょう。ジーニアス。
先はこれから、きっと長い、です」
まだ、転送陣を抜けたばかり。
そんなジーニアスの言葉にプレセアが気遣い声をかける。
アリシアも姉に真実を伝えようとするが、何かに遮られたように、
それをつたえようとすれば、その意思が閉ざされてしまう。
それは、この周囲に満ちているマナが真実を伝えるのを認めていないがゆえ。
この地はある意味でラタトスクのマナに満ちている、といってもよい。
そもそも、ラタトスクとて、すぐにあれの真実を教えてしまっては意味がない。
とおもっている。
どういう方法をとるかはゼロスに丸投げではあったが。
まあ、テネブラエに任せたのでそう変なことにはなっていないだろう。
というのがラタトスクとしての意見。
もっともそんなことをこの場にいる誰もが知るはずもない。
「…不安。か。まあね。ゼロスの事があったあとだし…たしかに。気になっちまうよね」
ゼロスのいっていたあの言葉。
仲間を犠牲にする必要もあるのだ。
あの言葉がどうしてもしいなの脳裏から離れない。
「…大丈夫さ。いざとなったらみんなで力を合わせればいい。……そうだろ?」
一人で何かをしようとしたらいつもロイドは失敗する。
さっきのゼロスのことでもそう。
もうすしまって、みんながあの木の檻のようなものから脱出し、
そしてみなで戦っていれば、すくなくとも違う結果であったかもしれないのに。
なのに、自分は先走り、そのままゼロスに向かっていった。
今思えば、ゼロスの攻撃はかなり力が加減されていたのではないか、とそうおもう。
そもそも、ジャッジメント、という技はそんなに生易しいものではなかった、とおもう。
そこまでおもい、ふと首をかしげる。
なぜ、そんなにあの技をみたことがないのに、そう思えるのか?と。
それはロイドの記憶の奥底にのこっている、クラトスが幼きロイドをまもるため、
ロイドを傷つけたものによくジャッジメントをつかっていた。
その光景を目の当たりにしているがゆえ、幼心に焼き付けられているからに過ぎない。
「うん。そう、だね。そう、だよね」
ロイドの言葉にジーニアスはうなづくが。
でも、なぜだろう。
この先にいったら、取り返しがつかなくなるような。
「んで?リフィル。どっちにいくんだい?まっすぐか、それとも左か。
どうやら右手はいけないようだしね」
おもいっきり木の枝が通路をふさいでいる。
乗り越えて先にいくにしても、少しばかり隙間が小さすぎる。
子供ならばどうにか通り抜けられるではあろうが。
「よ~し」
『?』
なぜかロイドが片方の剣をさやごと抜いて、その場にとん、とおく。
「こまったときの剣たのみっ」
「…ロイドさん、それをいうなら、困ったときの神頼み、です」
またまたいつものごとく諺をいいまちがえているロイドに対し、
プレセアがすかさず訂正をいれてくる。
『・・・・・・・・・・・・・・はぁ……』
言いたいことはわかる。
わかるが、これが本気でいっているのだからどうにもならない。
「…このたびがおわったら、しっかりと諺も新たに教えこむ必要があるかしら?」
「…姉さん。ロイド、絶対に覚えないよ……」
誰ともなく顔をみあわせ、盛大に溜息をつかずにはいられない。
「お」
カラッン。
そんな会話の中、ロイドが腰から抜いた鞘つきの剣をその場において、
ロイドが手を放すと同時、剣はそのまままっすぐの方向にと倒れてゆく。
「よっし。まっすぐだ!」
「…ま、いいけどね」
どちらにしても、左かまっすぐか。
どちらかに進まなければどうにもならない。
もはやジーニアスはロイドの行動に対し、あきらめが入っている。
不思議となぜかこの方法でいけば、ロイドはほぼ半々の確立で間違うことはないのだが。
もっとも、以前、村の外でこの方法を用い迷子になったこともある以上、
完全に信用しきれるはずもない。
剣のみちびき?のままに、ひとまず、どちらかに進まなければ先にはすすめない。
ゆえに、ロイドが今、剣で調べた?方向。
すなわち、まっすぐそのまま曲がらずに進んでゆくことに。
足場となっている道には木の根がはびこっており、
気を抜けばそれらの木の根に足をとられころびそうになってしまう。
注意深く足元に気を付けながら進んでゆくことしばし。
やがて、まっすぐしばらくすすんでゆくと、先に続いているのであろう。
扉?のようなものがみてとれる。
そのままその扉を押してみれば、どうやら開き扉であるらしく、
ギィっという音ともに扉が開かれる。
扉をくぐったさきは広い空間となっており、しかし、足場となる場所。
それらがちょっとした幅などで区切られており、
ジャンプなどをして移動しなければどうやら先にはすすめないらしい。
「よ~し。って、うわぁぁ!?」
勢いをつけて、少し離れている足場にジャンプする。
それはいいのだが、着地したとたん。
まるでシーソーのごとく、ロイドが着地した床はあっというまに、
ロイドが乗った重みで傾いてしまう。
「ロイド、こっちにもどってきて!」
このままでは、ロイドがこのしたにみえている穴。
この部屋はたしかに足場となっている床はあるが、
それ以外はどこまでつづいているのかわからない、
ぽっかりとひらけた穴がどこまでも地下深くに続いているのがみてとれる。
そこすらみえない闇が待ち構えているといってもよい。
「お、おうっ!」
このままでは、へたをすればこのそこがみえない闇の中に落ちてしまう。
ゆえに、あわててロイドもどうにか注意しつつも、
力を踏みしめ、乗っていたその足場のそれからジャンプする。
運動神経がないものであれば確実に間違いなく、落ちてしまうであろう。
それでも、ジーニアスたちの場所には移動できない。
ならば、このしたにみえている足場にどうにか着地する、しかない。
ゆえに、おもいっきり飛び降り、どうにかことなきをえるロイド。
ロイドがジャンプし、下にみえている、
といってもそんなに離れてはいないが…に着地するとともに、
ゴゴッ、という音とともに、床は再び水平にともどりゆく。
「…どうやら、この床は中央で支えられているだけ、のようね。
ふつうに移動したのでは、天秤のごとくに傾いてしまうわ。
何とか重さを平均にして、動かないようにしないと、この道の先にはいかれないわね」
道はどうやらこの天秤というかシーソーもどきの床しかない。
それ以外はぽっかりとした空洞のようなものになっており、
空を飛んで移動するなならばともかくとして、ふつうに移動はできないであろう。
ここにコレットかゼロスでもいれば、翼をだして、
一人ひとり移動する、ということも可能かもしれないが。
今、この場にコレットはいない。
そして、ゼロスは……
「つまり。先生、どういうことなんだ?」
リフィルたちのいる場所にまで何とかもどり、そんなリフィルにとといかけるロイド。
周囲にいる魔物たちが襲ってこないのがあるいみ幸い、といえるのか。
こんな場所で襲われればもののみごとに真っ暗な穴のそこに叩き落されかねない。
魔物たちは魔物たちで王の命令をこなしているで、
人間たちなどにかまっているひまはないだけ、なのだが。
「はぁ。つまり、シーソーのようなものよ。私たちの重さで道が傾いてしまうのよ」
ロイドには天秤の原理をいうより、遊び道具で説明したほうがてっとり早い。
教師としての立場からしてみればなさけなくはあるが。
「つまり、何か重石になるようなものが必要ってことだね。姉さん」
「そういうこと、よ」
それも自分たちが移動しても問題ない程度の。
「じゃあ、二手に分かれて片方が重石になるってのは……」
先ほどあの道にのった感じでは、どうにかよじのぼれば何とか反対側にいけるはず。
もしくは、かぎづめのようなものがついた紐、でもあればいいのだが。
手ぬぐいを裂いて簡易的な紐をつくり、その先に手裏剣の一つでもある、
かぎづめ状のものをつくりだせばたしかにロイドの意見もこなせるだろう。
ふとしいなはそうおもうが、だがそれでは。
ふと、しいなが何かに気づいたのか、すっとその場を離れてゆく。
「ロイド。それでは合流するときにどうにもならない。別な手を考えたほうがいいだろう」
そう、たしかに片方のものはそれでいいかもしれない。
重石になっているものがその場に残っている以上、
その残された人々と合流するにあたり、どうしても不都合がでてしまう。
重石となっているものが動けばすぐに床は傾いてしまうのだから。
どうみても先にすすめるであろう道はこの対面上。
つまり、床が傾いてしまえばしたにみえている別の床にとたどりついてしまう。
「あれ?しいなさん?」
ふとプレセアがしいながどこかに移動しているのにきづき、
声をあげるのとほぼ同時。
「なあ。あそこになんか岩の塊がつるされてるんだけど。
リフィル、あれを落としたらそっちはどうにかならないかい?!」
この場所はいくつかの小さな階段につながれ、足場がいくつかにわかれている。
それこそ、幾重にもなっている某キノコのごとくに。
「…ああ、でも、あそこにいくまでの足場がない、ねぇ。
たぶん、やっぱりいまの床をつかってしたの足場に対岸上にいって、
そこで調べてみる必要がありそうだね。…あたし、ちょっと調べてくるよ」
いいつつも、ひょいっとその場から飛び降りる。
「しいな。ひとりはあぶないわ」
リフィルがいうが。
「こういう隠密作業というか調べものはあたしらの専売特許さ。まかしときな」
しいながシーソー状の床に降り立つとともに、
当然、ぐらり、とゴゴゴ、という音とともに床は傾く。
しかし、その傾いた床をものともせず、しいなはかけあがり、
中心より先にいくとともに、逆の方向に床はかたむいてゆく。
「ちょっとそこでまってておくれよ!」
「あ、おい、しいなっ!…くそ。先生。俺たちもいこう」
ひとり単独でしいなを行動させるわけにはいかない。
「そうね。…ここは全員で行動したほうがいい、でしょうね」
ここは敵の本拠地。
何があるのかわからない、のだから。
天秤もどきのシーソーともいえる床。
その床を使用し、対面にみえている場所にと移動するものの、
やはり、確実に先につづく階段らしきものがみえる場所。
その足場にはどうやらたどり着けはしないらしい。
周囲にはなぜか巨大なチューリップ?のようにみえなくもない、
植物らしき魔物の姿が大多数みうけられているにもかかわらず、
魔物たちは彼らの姿をみれば、すっと反対側にと移動していき、
戦闘にすらなりはしない。
「…助かりはするけど、何だか……」
何だかまるで、誰かが自分たちを攻撃するな、とでも魔物にいっているかのごとく。
エミルがいるときなら理解したくないが、何となくだがわかる。
なぜか魔物はエミルになついていたのだから。
でも、それが精霊ラタトスクのエミルが関係者とするならば。
アステルがいっていたが、大樹の精霊ラタトスクは魔物たちの王でもある、という。
そんな関係者に魔物たちが襲い掛かるはずもない。
「うわっ!?」
「ジーニアス。きをつけなさい。なぜかこの床はかなりヒビがすごいわ」
かなり床にがたがきているのか、ひびがはいり、
足場となっている床のおうとつも激しい。
「…どこかで地図でも手にはいればいいのだけど……」
しかし、ないものはしかたがない。
ひびわれに足をとられこけそうになっているジーニアスをあわてて支えているリフィル。
結局、先にいったしいなと合流できたのは、
しいなが少しばかりの仕掛けを解除したのち。
しいないわく、この先にすすんでいってみたら、
先ほど曲がらなかった道にたどついたらしく、
そこに扉があったので、その扉を開く仕掛けが手前にあったので、
それを解除したところ、あの転移陣のもとにこの場からたどり着くことが可能となった。
とのことらしいが。
「しっかし、宝箱があったりするのが何だかラッキー、だよな」
ロイドが探索中みつけたらしき宝箱。
その中身のことをいいつつもそんなことをいってくる。
たしかに、少しいった奥の部屋。
なぜか宝箱があり、開いてみればこれまたなぜか武器がはいっていたりした。
「というか、なんでけん玉まであるんだろ?」
というか、けん玉を武器にしていたものが他にもいたのだろうか?
ものすごく疑問ではある。
あるが。
「…まあ、助かる、けどさ」
ロイドがあえて明るくいっているのは、無理をしている。
というのがジーニアスにはわかる。
わかるが、無理はしないで、とはいえない。
さきほどのゼロスのことがロイドに重くのしかかっているのだろう。
それがわかるからこそ、ロイドの空元気に付き合うのもまた役目。
とばかりに、ロイドのそんな元気さはあるいみ空元気であるにもかかわらず、
あえてジーニアスはそれに対して踏み込まない。
床や壁にはびっしりと木の根がはびこり、壁や床はいたるところにひびわれて、
あまり人の手がはいっていないのか、
前回救いの塔に潜入したときと、まったく周囲の様子が異なっている。
先ほどの岩の塊。
あの場所の横のほうにも足場がみえていたことから、
どこからかはあの場所にたどり着くことができるのであろうが。
それとも、あれをどうにかしなくても、ここから先にすすんでいけるのだろうか。
「あ。そういえば、さっき扉の仕掛けを解除したとき。
こんなもんみつけたよ。これはリフィルが装備できるんじゃないのかい?」
スペクタクルズで一応確認はした。
その名もヘヴンリーローブ。
薄緑色のワンピースのようなそのローブは、
天国の名を関する、といわれている品であるらしい。
それはかつての、デリス・カーラーンにおいて、ヘブン、という言語は、
天国を意味していた。
「…不思議なつくりね。縫い目がまったくみつからないわ。それに、これは?」
伸縮自在、というのだろうか。
手を通してみてもまったくきつい、とかそういうのを感じない。
「あと、これも」
「…だから、何でこんなに武器防具がここにはあるの?」
しいなが取り出したのは、一つの鎧。
それはスターメイルとよばれしそれ。
何だかおかしい。
絶対に。
「まあ、いいじゃないか。武器とか購入したらたかいし」
「おそらく、これらは古代の遺跡の名残、なのでしょうね。
というか、どうしてクルシスがこんなものをおいていたのか。
そのあたりはわからないけども。何かの理由があるのでしょう」
そんなジーニアスの疑問何のその。
さらり、とそれですませているロイド。
そしてまた。
リフィルが思案しつつもいってくる。
この地、救いの塔がいつつくられたのか。
それはリフィルにはわからないが、何か宝箱のようなものを置く必要。
それらがあるとするならば、訓練などに利用していた形も否めない。
「もっとも、武器はともかく、防具はきがえるところがないけどね」
『・・・・・・・・・・・』
さらり、というジーニアスの台詞に思わず全員が黙り込む。
たしかに、いつ敵がおそってくるかわからないのに、
着替えるために無防備になるなんてことはできはしない。
みつけた、としてもウィングパックの中にいれこんで、
のちに使用する以外に今はできはしない。
武器のほうはともかくとして。
「あそこに、何か細い、道、があります」
ふとプレセアが道の先にこれまでの床とは違う場所をみつけ、ふとつぶやいてくる。
たしかにプレセアが示した先のその床は。
これまでのとは何かがちがい、何かのパネルというか板のようなものをつなぎ合わせ、
どこかとつないでいるようにしか見受けられない。
その先は薄暗く、どうなっているのかはわからないが。
すくなくとも、その道はそう短い区間に設置されているわけではないようである。
先ほどから階段を下りたり登ったり。
しかし、リフィルやしいなはそれらの階段の数をきちんと把握している。
そろそろもしあの岩のあたりにたどり着く道があるとするならば、
この階のどこかに道がなければおかしい、とおもっていたところ。
「いってみましょう」
リフィルの言葉をうけ、プレセアがみつけた道にと一行は足をむけてゆく。
「さっすがしいな!」
「…ほめたって何もでやしないよ?」
たしかに、目的の岩がなぜかぶら下がっている場所の手前にはたどりつけた。
だが、かなり離れており、
それらの岩はどうやら、蔦のようなものよって、
天井からのびる縄のごとくにからまった蔦のようなものにからまり
その結果、ぶら下がっていたようだが。
どうやってそれをしたに落とすか、という話題となり、
しいながまかしときな、とばかりに手裏剣を投げはなった。
それらはもののみごとに、岩をつるしていた縄もどきのあまたの蔦をざっくりと分断し、
ドォン!という音をたてて、つるされていた岩はしたにと落ちた。
覗き込んで下を確認してみれば、先ほどのシーソーもどきの床。
どうやらびったしその場にそれらの岩はおちたらしく、
あるいみ目論見どり、といえるのだが。
ちなみに、はたから見ればつくられたようにみえたそれ、ではあるが。
それらはもともとこの地にあったものの名残。
つまりは、大樹の洞があったころの名残といえる品。
塔そのものが、洞の空洞にミトスが彗星の中にあるとある装置を使って建てたこともあり、
もともとあった洞のなかの仕掛けもそのままのこっていたりする。
もっとも、そんな事情をこの場にいるものたちはしるはずもない。
それが蔦がからまって縄のようにみえているのか、もしくは木の根が絡まってのものなのか。
ラタトスクが目覚める以前はそれらの周囲に木の根もからまり、
燃やす、しか方法はなかったのだが。
今はそうではなく、しいなの投げた手裏剣だけで何とかとうにかできたに過ぎない。
そんな会話をしつつ、先ほどの部屋へ。
どうやら、ぴったし、シーソーもどきの床の上に石はおちているらしく、
すでに床は傾いているのがみてとれる。
そのまま、石をよけつつ、足場となっている床というか橋もどきの上へ。
中心をこえれば案の定、というか再び足場がぐらり、とゆれるが。
片方に石がのっているがゆえに、バランスがとれた、のであろう。
完全に足元がしたに下がることもなく、目の前にみえている反対側。
その場所にと移動が可能となっているのがみてとれる。
そのままそれぞれ顔をみあわせつつも、
橋と床。
少しの隙間があるゆえに、注意深くひとりひとりジャンプする。
彼らが全員床からとんだのと同時、再び床がかたむき再びななめになっているのがみてとれるが。
つまりは、もう後戻りはできない、ということ。
そこに足場はもうない、のだから。
「…これで、先にすすむしかなくなった、な」
「ええ、そうね」
もう、後戻りはできない。
ぽつり、とつぶやくリーガルにリフィルもうなづかざるをえない。
「いこう。先生」
どうやらこの先はそう難しくはないらしい。
床の先にみえるは上につづく階段。
それより先の上には足場らしきものがみえないが、
ぼんやりと、青白いような光がここからでもみてとれる。
「あの光は…おそらく、転送陣がありそうだね」
その光をめざとくみつけ、しいなが眉をひそめながらぽつり、とつぶやく。
ここからどこに通じているのか。
何だろう。
ジーニアスではないが、この胸騒ぎ、は。
その胸騒ぎの理由は、しいなにもわからない。
それは、しいなの中に流れている血が警鐘をならしている、ということにすら。
階段を上り、その先にある青い光をはなつ転送陣へ。
転送陣のさきにも階段がつづいており、階段をおりきれば、
巨大な扉のようなものがみてとれる。
手をふれれば、ぎぃ、という何ともいいがたい音とともに扉が左右にひらかれる。
どうやらこの扉は左右に開く開き扉、であるらしい。
扉を抜けた先はこれまでとは別空間のごとく。
ドーム状となっている筒のような広い空間。
そしてざっと上をみあげてみればそれらのドーム上となっている壁。
その壁の奥にちょっとして奥行があり、
そこにいくつもの何かが並んでいるのがみてとれる。
まるで人形のようないくつもの天使の像?のようなものがはめ込まれているのがうかがえる。
それらは腕を胸の前で交差しており、目をつむり、ぴくり、とも動いていない。
それらが見上げるかぎり、ずらり、と
周囲の壁に一定の間隔をもってして、上下にとひたすらつらなっているのがみてとれる。
もしも、あの天使たちが目覚めて、襲ってきたら。
おもわず、それをみて、ジーニアスはごくり、とのどを鳴らしてしまう。
階段の上にいるがゆえに、それらの姿が目にはいる。
階段を下りてしまっていれば、そのことにすら気づかなかった、であろう。
先に注意深く周囲を確認した甲斐がの場合は正しかった、というべきなのか。
それは誰にもわからない。
「…慎重にいきましょう。…彼らに気づかれないように」
リフィルもそれにきづき、全員をみわたし注意を促す。
もし、あの天使たちが目覚めおそってくれば勝算は限りなく…低い。
「うわ?!」
慎重に周囲を気にしつつすすんでいると。
ふとロイドが踏みしめた床の足元が突如として淡くかがやく。
それにきづき、思わずロイドが叫ぶがすでに遅し、とはこのこと。
上ばかりをきにしており、足元の注意がおろそかになっていたのは否めない。
床に魔法陣のようなものが刻まれており、
ロイドがそれを踏んだことにより、魔法陣が起動し、淡い輝きをはなっている。
それとともに。
カラーン、カラーン、カラーン……
突如としてその場になりひびく鐘の音。
よくよくみれば、天使たちの間にいくつもの鐘がつらなっており…
それはまるで、アスカードの地下遺跡の鐘の連なりを連想させる。
おごそかな、それでいてドーム状になっているこの場に響き渡るかのごとく、
鐘の音が突如としてなりひびく。
ロイドが踏んでしまった魔法陣は侵入者よけのもの。
それをふむことにより、鐘の音がなりひびき、この場にいる天使たちに侵入者をつげるもの。
それを防ぐためにはその手前で侵入者よけの魔法陣を解除、
もしくはその魔法陣をよけて進む方法があるのだが。
知らないものはまずこの魔法陣の罠にあっさりとかかる。
何しろ床の模様とあまりかわりばえがしないがゆえ、
それが魔法陣であることをその手のことに詳しいものでなければわかりはしない。
鐘の音。
それはこの場にいる天使たちの目覚めの合図。
腕を交差させ、ねむっていた天使たちが、ひとり、また一人と目覚めてゆく。
そしてその翼をはためかせ、わらわらと壁のいたるところからわきだしてくる。
「な!?天使!?」
「しまった。今のはおそらく侵入者対策用の罠なのよ!」
リフィルがざっと床をしらべて声をだす。
周囲の模様とよくにているが、一か所だけあきらかに色がことなる。
魔法陣のような模様がきざまれし床の一部。
そこに本物の魔法陣が組みいれられていたのであろう。
「あの無数の天使たちがこっちにおりてくるまえに、ここを通り抜けるわよ!」
このドーム状の場所の先に先につづく扉がみえる。
どうにかあそこまで、反対側にまでたどりつけることができれば。
真っ白な鎧に身をつつんだ、黒い羽根の天使たち。
彼らの目は虚無で、まるで琥珀のごとく。
その両手にはそれぞれ剣が握られており、彼らが双剣を扱うことを示している。
天使たちの服装はみな統一されており、
表情も虚無であるがゆえほとんど同じような天使にしかみえはしない。
というか、髪型までしっかりと統一されている、というのは、どういうことなのか。
ヒトは危機に陥ったときとてつもなくどうでもいいようなことをふと考えてしまう。
ロイドもまたその典型で、思わず無数の天使たちをみて、
そんな感想をふともってしまう。
「あんな数の相手の天使を相手になんてできないわ!
みな、あの向こう側の扉までいそぐわよ!」
あんな数の天使たちにかてるはずもない。
というかまちがいなくこちらの精神、体力がつきる。
ならば、ここは彼らをどうにかまいて、先にすすむのがベストというもの。
黒き羽根の天使たち、それにつづき白い羽根をもつ天使たちもまた、
上のほうからあらわれる。
だんだんとふえてゆく天使たち。
中には杖のようなものをもっているものすら。
たからかに鳴り響く鐘の音。
「とにかく、奥の通路まではしるんだ!」
リフィルにつづき、リーガルが叫ぶ。
リフィルとリーガルが一瞬、アイコンタクトをとったことに、この場の誰も気づかない。
リフィル、そしてリーガルの声をうけ、
とにかくひたすら、天使たちの攻撃が繰り出されるまえにこの場を走り抜けなければ。
天使たちはこちらを様子見しているのか攻撃してくる気配がみえない。
が、ひとりの天使がすっと手を挙げたと同時、
杖をもっている天使たちが詠唱を初めている声が聞こえてくる。
「いそいで!!」
リフィルのその声にはっとし、そのまま無数に天使が頭上にまうドーム状の広間。
その広間をとにかく全力で駆け出してゆく。
ドーム状の広間の橋にはいくつもの石でできているらしき柱がみうけられる。
ロイドたちがどうにか広間をかけぬけるのと、そして攻撃が繰り出されたのはほとんど同時。
どごっ!!
ふと、背後から何かの音、がした。
とにかく全力で走っていたがゆえ、背後のことなど気に掛ける余裕はなかった。
が、もくもくと何かの埃のようなものが今、抜けきったはずの扉の向こう側。
そこからたちのぼってくるのはどういうわけか。
しかも、はっとしてみれば、この場にリーガルの姿がみあたらない。
「リーガル!?」
みてみれば、なぜか崩れた…否、なぜか、ではない。
それはリーガルがロイドたちを追いかけさせないがために、
自らが破壊した石柱によって、通路が完全にふさがれたにすぎない。
リーガルの足蹴りにより壊された石柱は、もののみごとに
通路でもある扉。その行く手を完全にとふさぎぎってしまっている。
つまり、それが意味すること。
それは、リーガルがロイドたちとはちがい、あの広間に、
天使があまたといる場所に取り残されてしまった、ということ。
「リーガル!?」
かろうじてみえる柱の隙間からみえるのは、天使たちにむかうようにたっているリーガルの姿。
そして無数の天使たち。
「ここは引き受けた。はやくいけ!」
そんなロイドの声に振り向くこともなく、天使たちを見据えたまま、淡々といいはなつリーガル。
ロイドは何がおこっているのか理解不能。
そしてジーニアスも。
「何いってるんだよ!そんなことできるわけないだろ!!」
リーガルの言葉にロイドが思わず叫ぶ。
そんなことをすれば、リーガルがどうなるのか。
考えなくてもいやでもわかる。
いくらリーガルとてあの数の天使に無事でいられるはずがない。
つまり、まっているのは…死。
ロイドの脳裏にうかぶのは、自らが手にかけてしまったゼロスの姿。
血まみれの中によこたわっていたゼロスの姿と、リーガルの姿が、かぶる。
「わかっているはずだ。今は一刻を争う。
コレットを本当の意味で救えるのは、お前しかいないのだぞ!」
あの子は心の奥底ではゼロスのいっていたように、自分が犠牲になってもしかたがない。
そうおもっているふしがある。
そしてそんな彼女の考えを唯一変えることができるのは、ロイドしかいない。
そうリーガルはこの旅の中でより深く理解している。
ロイドにしか、本当の意味でコレットは救えない。
ロイドのためにコレットが命を投げ出してもいい、とおもっていることは、
リーガルはいやというほどに理解せざるをえなかった。
当事者であるロイドは
そんなコレットの特別なる想いにまったくもって気づいてすらいないようだが。
そんなコレットの想いはすべてをなげうってても、アリシアとともにありたかった。
そうおもっていたリーガルの心。
それに通じたものがあるがゆえに、リーガルはよく理解できている。
「(リーガルさま!?)」
悲鳴にちかい声が、ふとしたはずみでプレセアの口から紡がれる。
「アリシア?!」
アリシアの悲鳴というか切なる想いがプレセアの中にとおしよせる。
愛する人を失いたくない。
その強いおもいが。
「わかってる…わかってるよ!でも、仲間を犠牲にして先にすすんでいくなんてっ!」
ここでリーガルひとりを残して先にすすむ、ということはそういうこと。
だからこそロイドはそんなことが認められるはずがない。
「それは違う。私は…私は、かつて大切な人を守ることができなかった。
だから、今度こそ守りたい。大切な仲間を。…コレットを守ってやってくれ!
それができるのは、ロイド…お前だけだ!」
大切な人を失う悲しみ。
そんなのは、自分ひとりで十分。
「(リーガルさま…お姉ちゃん、ごめん!)」
「アリシア!?」
何か決意したようなアリシアの声。
それとともに、プレセアの体が、一瞬、光る。
それとともに周囲にある木々の根があわくがやきをみせ、
緑色のような光の粒がほのかにたちのぼる。
淡い金色にもみえる暖かな緑色の光。
それらはプレセアの周囲にまとわりつくとともに、やがてそれは一つの形をなす。
「アリ…シア?」
姿はすけてはいるが、その姿はかつてレザレノ・カンパニーの空中庭園で。
アリシアと邂逅をはたしたまさにその姿そのもの。
姿はすけてはいるが生前のアリシアのその姿。
「アリシア、あなた、どうして……」
「ここは、私の力になってくれるものがあるから」
こちらの想いに協力してくれて、王には感謝もしきれない。
自分ひとりでは無理やりにこうして外にでたとするならば、
確実に消滅してしまう危険があった。
が、周囲の大樹の根のマナの影響もあり、その心配はなくなった。
「…リーガルさまには私がついてます。お姉ちゃんたちは、コレットさんを」
「でも!」
「大丈夫。…ねえ。わかって、お姉ちゃん。私は…リーガルさまを失いたくはないの。
それに、リーガルさまがいない世界にいつづける意味も……」
「アリ…シア……」
「アリシア!?お前はプレセアたちとともにいくのだ!
私は、お前が再び生きられる世界のためならば!」
「リーガルさまのいない世界なんて意味がありません!」
それだけいいつつも、プレセアが何かをいうよりもさきに、
そのままするり、と実体をもたないアリシアは、
何でもないかのようにがれきの山をすり抜け、リーガルの真横に出現する。
「リーガルさま、私はあなたとともにいます」
「アリシア……」
何だかおもいっきり二人の世界にはいっている。
絶対にはいっている。
天使たちもあきれているのか、攻撃をしようとしていた手がとまっている。
というか、敵にほぼ囲まれている状態で、見つめ合う二人は完全に二人の世界。
はっきりいって場の空気を読んでいない、としかいいようがない。
かろうじてロイドたちは離れており、そんな二人を直視しているわけではないがゆえ、
その砂糖を吐きそうな甘い雰囲気を直接目の当たりにしているわけではないのだが。
「アリシア!?あなた…っ」
「大丈夫!私はお姉ちゃんにリーガルさまの子として私を生んでもらうまで!
絶対に消滅なんてしないから!リーガルさまもころさせなんかしないから!」
「まだそれいってるの!?」
思わずそういうアリシアに突っ込みをいれるプレセアは間違っていない。
絶対に。
というか妹はこの場の空気を何だとおもっているのだろうか。
「…とにかく、いきましょう。先をいそぎましょう」
とりあえず、リフィルはそんな二人の様子を見なかったこと、にしたらしい。
あるいみ懸命な判断、といえる。
どうやって、プレセアの中から精神体として実体化しているのか。
とかいろいろとつっみ処は多々とありはするが。
おそらくは、この壁にいくつもつたわっている木の根が原因、なのだろう。
この木の根からは膨大なるマナを感じるがゆえに。
「っ。リーガル。死ぬなよ!あんたと同じ苦しみを背負うのは…
また背負うのは、俺、いやだからな!」
ゼロスにつづいて、リーガルまで。
こんなの、こんなの、間違っている。
でもたしかに、時間がないのも事実で。
ここで戸惑っていればコレットはマーテルになってしまうかもしれない。
どちらを優先させなければいけないか。
ロイドもわかっている。
わかっているのだ。
だからこそ、
ぐっとつよく手をにぎりしめた手のひらからは、
ぽたぽたとじんわりと手袋をつうじても血がにじみだしている。
ついさきほど、リフィルに回復術をかけてもらったばかりだ、というのに。
「転送陣があるわ。いそぎましょう。それに、リーガルなら大丈夫よ。
そう、大丈夫。…ミズホの民もいるのですもの」
彼らもそのうちにかけつけるはず。
彼ひとり、ではない。
リフィルとてそうおもいたい。
「そう、だね。おろちたちがきっとかけつけるさ」
そんなリフィルの言葉にしいなもうなづく。
それは希望的予測。
「いきましょう。ロイドさん。…コレットさんを助けないと」
あの妹は一度決めたことは決してくつがえしは、しない。
「ふ。難しいことをいう」
「リーガル様。私はいつでもあなたのそばに…」
「そう、だな」
「リーガルさま…」
「アリシア…」
立ち去ってゆくロイドたちの足音がとおのいてゆく。
そんな彼らのほうにふりむくことなく、アリシアと見つめ合っているリーガル。
というか、敵である天使たちにかこまれている、というこの現状で、
完全に二人の世界にまたまたはいりかけているのはこれいかに。
『だぁぁ!おまえらぁぁ!いい度胸だぁぁ!』
ふと堪忍袋のおがきれた、のであろう。
数名の天使たちが、びしっとリーガルとアリシアに指をつきつけいいはなつ。
そして、はっとしたように。
「あれ?われらは今、というか今まで何をして?」
まるでそれは長い眠りからさめたかのよう。
数名の天使たちが戸惑いの表情を浮かべていたりする。
それはこれまでずっと押さえつけられていた彼らの自我。
それが表にでてきた何よりの証拠。
まあ、ラブラブ空間ともいえる光景をみせつけられて、
切れて自我を取り戻す、というのは何とも言い難いが。
「そうだわ!リーガルさま。今の私だからできることがありますわ」
「アリシア?」
しかしそんな天使たちにおかまいなしに、アリシアがにっこりと、
リーガルの手を…透けて実体化しているとはいえ、完全にものをもったり、
つかんだり、はできないが、…包み込むようにしてにっこりと微笑み、
「精神体であるからこそ、他人に憑依することもできるとおもいます。
あの自我もってるひとたちならともかくとして。
自我もってないひとの体をのっとることくらいは」
「しかし、それは……」
「リーガルさま、私もリーガルさまのお役にたちたいのです。
今のままではこの無数の天使たちに対抗するすべもありません。
でも、肉体さえてにはいれば…それに、リーガルさまに直接触れたい…」
「わかった。しかし無理はするな?」
「ええ。まずはそうですわね。リーガルさま。
あの杖をもっている天使を行動不能にしていただけますか?
あの女性はこの中でもスタイルいいですし!
リーガルさまのそばにいてもすこしはゆるせますし」
「?あ、ああ」
『というか、無視するなぁぁ!』
…叫ぶ天使たちの気持ちは、まあ、わからなくは…ない。
もしもこの場にリフィルがいれば、間違いなく突っ込みをいれるだろう。
アリシア、人の体を、それが天使、とはいえ乗っ取る発言をするなんて、と。
あるいみそれは、ミトスがコレットの体をもちい、
マーテルをよみがえらせようとしているのとほとんど同じといってもよい。
つまるところ、人の体をのっとって、自由に行動しよう、
といっているのも同意語、なのだから。
言葉とともに、わらわらと上空から天使たちがありのごとくにむらがってくる。
「いくぞ!アリシア!」
「はい、リーガルさま!」
そんな天使たちにむかってゆく、人影ふたつ。
転送陣を抜けたさき。
そこもやはり木の根がびっしりと床や壁につたっている、
さきほどまで移動していた場所とさほどつくりはかわらない。
「しずかにっ」
リフィルが珍しく低い声で思わず全員にと話しかける。
はっとみれば、奥のほう。
そこに数体の天使たちがふわふわと浮かんでいるのがみてとれる。
彼らはまだこちらには気づいていないようではあるが。
気づかれればまちがいなく攻撃をしかけてくるであろう。
「こっちのほうにはいないようね」
みれば、下側の通路には魔物の姿はみえるが天使の姿はみあたらない。
ここまで魔物たちは襲ってくる気配もなかったことから、
おそらくは問題ないのだろう。
リフィルたちは知らないが、魔物たちは天使たちには襲い掛かっていたりする。
それは天使たちがみにつけている精霊石。
それらを解放というか魔物たち自身がとりこむがために。
精霊石を奪われた天使たちは無力化する。
本来、精霊石たちは魔物たちとともに成長してゆく理もあらかじめもっている。
ゆえに、ただしき宿主に精霊石たちから移動するがゆえ、
それまでの宿主となっていた母体に影響はない。
つまるところ、マナが乱れ、異形化したりする、という悪影響はおこらない。
もっとも、無力化されてしまう、という点では否めないが。
精霊石たちの穢れはすでにラタトスクが大樹の根を通じ、
少しづつ浄化していたがゆえに、精霊石たちに負の穢れはたまっていない。
ゆえに、微精霊たちも素直に王の命令にと従いをみせる。
天使たちがいる方向と魔物たちがいる方向。
しかも、魔物たちがいる方向。
魔物たちの間から、見覚えのある青白いような光がみえている、ということから、
おそらく下側、つまりはここよりも左側の位置。
そこに次なるエリアにむかう転送陣があるのであろうことがうかがえる。
「いいこと?声をなるべくたてず、音もたないように。
魔物たちが襲ってこない、ともかぎらないけども。
今、この場であの天使たちと戦うのはあまりにもリスクが高いわ」
さっきの今である。
ゼロスのことにつづいて、リーガルまで。
まちがいなく子供たち、とくにロイドやジーニアスは動揺しているはず。
しいなはその役目というか立場がら、そこまでではないだろうが。
迷いは戦いの中では死を意味する。
ならば、戦いをできるだけ回避し、先をすすんだほうがいい。
天使たちに気づかれないように、注意をしつつ奥の部屋へ。
やはりというか魔物たちはかなりの数がみうけられるというのに
リフィルたち五人には見向きもしない。
転送陣のその奥になぜかまた宝箱があり、その中には服のような何かがはいっており、
「これ…文献につたわる巫子服じゃないか?!」
しいながおもわずそれをみておもいっきり首をかしげていたりする。
「…考えていても仕方がないわ。とにかく、先をすすみましょう」
ここでじっとしていても、天使たちに気づかれて攻撃をうけてしまう。
それより、さっさとこの転送陣を抜けて先に進んでしまったほうがいい。
魔物たちは襲ってくる様子はない。
ゆえに、それでも一応注意をしながら、さらに先につづいているであろう転送陣へ。
「ここは……」
「すごい…何、ここ?」
思わず唖然としたような声がリフィル、そしてジーニアスの口から紡がれる。
転送陣を抜けた先。
そこはどうやら階段の一角、であるらしく、が、問題なのはそれではない。
らせん階段のようになっているその中心。
その中心にいくつもの大小様々の木々の根が絡まり階段の中心にと鎮座している。
はたからみれば、木々の根がからまり、太い幹にもみえる根が階段の真ん中。
しいて言えば、その根があるがゆえ、周囲に階段をつくったのではないか。
とおもえるような、そんな場所。
「先生?ジーニアス?」
ロイドはなぜ二人が唖然としているのかがわからない。
「すごいわ。この木の根…さきほどの壁にあったものとはくらべものにならないわ」
より近くにあるからこそわかる純粋なるマナ。
「…アステルがいってたのって、真実だったんだね……」
――大樹の根が残っているからこそ、大地は存続しているとおもうんです。
アステルは確かにそういっていた。
ジーニアスはそんな馬鹿な、とおもってはいたが。
しかし、これを目の当たりにしてしまえば、そうはいえない。
純粋で、とてつもなく濃いマナは。
「?なんでだろ?今、あたし、この木の根みたら、一瞬。
エミルのことが脳裏にうかんだんだけどさ?」
この木の根から感じる暖かさ。
それはエミルとよく似ている、というか瓜二つ。
まあ、同一であるというかそもそもこの根はエミルの分身体のようなものなのだから、
同じ感覚を感じてもそれは不思議ではまったくない。
しかしそれをこの場にいる彼らはしらない。
「たしかに、この木の根は何だか暖かいです。それと同時に、何だか、怖い、です」
暖かさと畏怖のようなものをこれから感じてしまうのはなぜなのか。
プレセアもしみじみとそれをみつつ思わずつぶやかずにはいられない。
「おそらく。これは間違いないわ。この救いの塔は、
かつて、大樹カーラーンがあった場所にできているといわれているわ。
この木の根は…大樹、カーラーンの根、のはずよ」
「これが……」
リフィルがそうきっぱりと断言し、
その言葉に驚きつつ、ロイドもまたまじまじと改めてその木の根をみやる。
改めてその木の根に意識をむける。
刹那。
ふと、この場にいるロイド、ジーニアス、リフィル、しいな、プレセア。
五人の脳裏に青空のもと、青々と枝を広げる巨大な大樹。
そんな光景がふとよぎる。
まるで、今彼らが今まさに、草原におりたち、その木々を見上げているような。
そんな一瞬錯覚に陥ってしまう。
それは、雲をつきぬけんばかりの巨大なる大樹。
彼らがみたその姿は、かつての惑星デリス・カーラーンにおいての、大樹カーラーン。
世界の軸となりえる”世界樹”としてのあるべき姿。
この惑星においてはラタトスクはそこまで木の高さを大きくしていない。
『今…のは…』
思わず、誰ともなく言葉が漏れてしまう。
澄み切った青空、そしてすがすかしい新緑を含んだ風。
そして雄大にそびえたつ巨大なる…樹。
すべての生命の源。
ああ、たしかに。
見ただけで、なぜかすとんと納得できるその優美さ。
「地上の大樹そのものは枯れてしまっているけども。
この根そのものはどうやらいきているようね。
ああ、だから世界から完全マナが消えることはなかったのね。
大樹が枯れた、といわれている数千年前からこのかた、ずっと……」
ユアンは種子から漏れ出すマナで、といっていたが。
おそらく、種子とこの根。
互いが互いに必要、なのだろう。
種子がもしも失われてしまえばこの地下にのこっているこの名残ともいえる根もどうなるか。
かんがえるだに恐ろしい。
もしも、これらの根まで枯れてしまえば、もう地上に未来は、ない。
そんなことを思いつつも、それは口にせずにぽつり、とつぶやくリフィル。
「…どうやら、これはしたにおりていく螺旋階段になってるらしいね」
太い、いくつもの木の根がからまりあい、
太い木の幹だ、といっても過言でないその周囲をめぐるように、
どうやら階段はかけられている、らしい。
「?したのほうに…誰か、います?」
ふと、プレセアの瞳が、その視線において下のほうに、金色の残滓をちらり、ととらえる。
「とにかく、いこう」
いつまでもここでこうしてこの大樹の根だ、というものに見惚れていてもしかたがない。
今は一刻もはやく、地下にある、という実りの間にたどり着かなければ。
ひたすらに、どこまで続いているのか、といえるほどの螺旋階段。
ところどころ、木の根は横にのびており、頭上が低い状態で階段が連なっている場所もあり、
どうにか頭上をきをつけつつも進んでゆくことしばし。
やはり、というか階段の上にも魔物の姿はみうけられるが、
こちらに対し、一向に襲い掛かってくる気配はない。
足がだるほどの長い螺旋階段。
救いは、そこいらに四方八方に中央から伸びている木の根。
それに触れればなぜか体があたたくなるような感覚とともに、
体力などがみなぎり、失われかけた体力が補充できる、という点であろう。
どうやらこれらの根にはそういった効能、もあるらしい。
もっとも、かなり太い根っこでなければその効果はあらわれる気配はないが。
リフィルいわく、純粋なまでのマナの塊であるがゆえ、
自分たちのマナか活性化されてのことなのであまり多様すれば、
逆に体力が余計につかれかねない、ということらしいが。
つまるところは、そのときはいいが、時間がたてば後遺症のごとく、
体全体がだるくなってしまう、という副作用が考えられる、とのことらしい。
そんな会話をしつつもようやく眼下に階段の終着点らしき場所。
すなわちようやく床らしきものがみえてくる。
床のあたりは中心には木の根はなく、その少し頭上で木の根はいくつもの枝にとわかれ、
四方の壁をつきやぶらんばかりにのびているのがみてとれる。
「ようやくついたぁ」
「…まって、ロイド、誰かいる!」
ロイトがうんざりしたようにつぶやくと同時、
ジーニアスがはっとしたように思わず身構える。
確かにここは床のようなつくりというか、まともな足場となっているが。
しかし、この床全体もいくつかの柱?ぽいものの足場であるのか、
足場となっている床の周囲はどこまでつづくかわからないぽっかりした穴がみてとれる。
救いの塔、とよばれている塔はどうやら天をつきぬける塔、だけでなく、
地下にすらどこまでものびているのかわからない塔のつくりであるらしい。
それがいやでも思い知らされる。
ゼロスのいっていた地下の実りの間、とよばれるところまでどれくらいおりていけばいいのか。
それすらもわからないほどに。
階段を降り切ったその先はたしかにまともな足場となっている場所もあるが。
その先に続く道らしきものはみあたらず。
唯一、中心…すなわち、細い橋のようなものがかかっている場所。
そこから反対側の通路らしき場所にどうやら向かうことができるらしいが。
その中心になぜかいるはずのない人影ひとつ。
見覚えのある白い服に、なびく金色の髪。
その後ろ姿は彼らにとってもとてつもなく見覚えのあるもの。
『コレット!?』
おもわず、しいなとロイドの声がかさなるが。
「違う、…でも、似てる?いったい……」
「…マナが、探れないわ。…そうか、ここの濃いマナの影響、ね」
周囲に大樹の根がはぴこっているからか、相手のマナがわからない。
困惑したようなジーニアスの台詞に、リフィルが周囲をざっとみつつ、おもわず舌打ちをする。
たしかに後ろ姿はコレットそのもの。
その来ている服も、神子がきる再生の神子としてのもの。
その声にゆっくりとこちらをふりむいてくる年頃の少女。
ふわりとその金色の髪が風もないのに一瞬たなびく。
その顔もとてつもなく見覚えのあるもの。
ゆえに、思わずその場にいるリフィルですら一瞬声につまる。
「コレット!?無事だったのか!?」
思わずそんな彼にロイドがかけよっていこうとするが。
「まちな!…ちがう。違うよ。ロイド、そいつは…コレットじゃないっ」
そんなロイドをすっとしいなが思わず手で制す。
「何いってるんだよ?どうみても、コレット……」
その顔も服装も、雰囲気も。
どこをどうみてもコレット以外の何ものでもない。
なのにしいなは何をいって…
いつものロイドなら違いに気づいた、であろう。
が、コレットを心配しているあまり、またゼロスやリーガルのこともあり、
ロイドは今はまともな思考をしていない。
だからこそ、その違いに気づけない。
気づくことができない。
「そうね。コレット、ではないわね。あなたは、誰?」
「あら?人になをきくときはあなたたちからいうべきではないのかしら?
ようこそ。お客様?というべきかしら?この奥に通すわけにはいかないのだけど?」
ころころと笑みを浮かべつつそんなことをいってくるその少女の笑みは、
たしかにその顔も何もかもコレット、なのに、まったく違う。
コレットの笑みがすべてを包み込むようなそれであれば、
この少女の笑みはどこか仮面のようにも感じられる。
さすがにその笑みをみて、ロイドも理解する。
目の前のこのコレットによくにた少女はコレットのようではあるが、コレットではない、と。
つまりは、そっくりさん、とでもいうべきか。
リフィルの台詞ににこやかに答えてくる少女であるが。
「この先は実りの間。大樹の種子が安置されている場所。
余計な人間を通すわけにはいかないの」
パチン。
そう少女がいって手をかるく鳴らすとともに。
ザワッ。
周囲にいくつもの何かの植物のような根が周囲からわきだしてくる。
それはあきらかに周囲にある木の根のそれではない。
ザワザワ、ワサワサ、とした音が周囲からきこえてくる。
みればかなりの数の植物系の魔物らしきものが、壁をつたい、
少女の周囲にあつまってきているのがうかがえる。
「これは…まさか、魔物!?」
これまでまったく魔物は襲ってくる気配などなかったのに。
しかし、この根から感じるマナは。
さすがに自分たちの真横にまでくればそのマナのありかたはわかる。
ゆえにリフィルはおもわず叫ばずにはいられない。
「まってくれ!俺たちはどうしても、この先にいかないといけないんだ!
コレットを助けるためにっ」
目の前にいる人物はどうみてもコレットに瓜二つ。
ロイドはそんな人物とは戦えない。
戦うことなどできはしない。
だからこそ、説得をするためにしぼりだすようにと声をあげる。
「?助ける?何をたすける、というの?コレットというのは、もしかして。
今回の再生の神子のことをいっているのなら。
あなたたちこそ何をいっているの?我がブルーネル家の悲願。
それを邪魔するというの?」
「何を、いって?」
ちょこん、と首をかしげる少女の台詞の意味はロイドにはわからない。
「…まって。今、あなたは何といったの?」
聞き間違いでなければ、目の前のコレットにそっくりな少女は、たしかにこういった。
我がブルーネル家。
そう、目の前の少女はいわなかったか?
「そういえば、誰?といわれましたわね。初めまして?
私は、アイトラ。アイトラ・ブルーネル」
「な?!」
その言葉にリフィルが言葉につまる。
リフィルはその名を知っている。
イセリアにたどりつき、かつてファイドラからきかされた、先代の神子の名。
「ブルーネルって…どういう、こと?」
困惑したようなジーニアスの台詞。
同じ苗字。
コレットと瓜二つともいえる少女。
クラトスがあのとき、彼らと初めてイセリアの聖堂でであったとき。
コレットを一目みて今回の神子だ、と判断したのにもわけがある。
あまりにもコレットは先代にふり二つであったがゆえに、見間違えるはずもなかった。
「まさ…か。ファイドラさまの……」
リフィルがかすれる声で問いかければ、
「あら?妹をご存じ?…きっと、あの子は成長しているのでしょうね……
今はあれからどれほどの時がたったのかはわからないけども……
私が、いいえ、私たち神子が果たせなかった夢。
それを今回の神子がようやく果たそうとしているのよ?邪魔はさせないわ」
その言葉とともに、少女の背後に巨大な何かの植物らしき魔物が出現する。
頭には巨大な真っ赤にもみえるバラの花のような何か。
そしてそのしたにあるのは人の顔。
その顔はいくつもの少女たちの顔にみえなくもない。
顔がいくつもあつまったその中央。
そこにつぶらな黒い目、もしくは口のようなものがみてとれるが。
それ以上に花らしきものの下にある無数の顔はすべて少女のもので、
それぞれが目をつむってはいるが、あきらかにふつう、ではない。
そんな少女たちの顔を包み込むようにして、
花弁?のようなものが円いその体をつつみこんでおり、
そこからサボテンのような細い触手のようなものがいくつも伸びているのがうかがえる。
一際大きな…一般的な容姿からすれば、【デリリアス】とよばれし魔物に近い。
女王とよばれ、気品のある姿をしているといわれている魔物。
そしてその魔物には、とある言い伝えもあったりする。
すなわち、その魔物には死んだ女性の魂が宿っている、と。
無数にある少女たちの顔はいくつも重なり合っており、
よくよくみなければそれが顔である、というのがわからない、
ぱっとみるかぎりは単なる模様。そうとしかみえないというのが救いといえば救い。
もしも確実にそれらが無数ともいえる人の顔だ、と認識したとするならば、
誰しもその場にて固まってしまうであろう。
「妹って…まさか、姉さん、この子……」
その言葉にジーニアスもようやく気づいたようにはっとなる。
「…まさか、先代の神子…先代の神子は死んだ、そうきいたわ」
かすれる声でつぶやくリフィルに。
「ええ。そうね。死んだわ。正確にいえば殺されたのだけどね。
神子の旅はつらかったわ。けど、私は子供が犠牲ならない世界。
誰もが幸せになれる世界。それを望んで旅だったのに。
でもね?最後の最後に、天使さまであるレミエルは、何をしたとおもう?
こともあろうに、私が助けたかった子供を殺そうとしたのよ?
私が神子としてたびたったのは、これ以上子供たちが犠牲ならない世界をつくるため。
意味もなく子供には罪もないのに迫害されるハーフエルフたちを助けたかったから…」
ハーフエルフ、というだけで生まれながらに迫害され差別されていた子供たち。
そんなのは間違っている。
だからこそ救いの手をさしのべた。
再生の旅が成功すれば、彼らにも居場所ができる、そう信じて。
「あの子は私を助けようとしてすこし抵抗しただけなのに」
ほぼ精神が壊れてしまっていても、本能として体が動いた。
結果、子供をかばい、命を落とした。
「先代は、ディザイアンに殺されたって……」
「あら?私を殺したのは、私の護衛にあたっていた祭司、そしてレミエルさまよ?
まあ、さまをつけるのもおかしいともおもうけど。
でも物心ついてずっといわれていたことを覆すのも簡単ではないものね」
くすくすくす。
ジーニアスの戸惑ったような声にくすくす笑いながらこたえてくるその少女。
本当に、先代の神子なのか。
それは彼らにはわからない。
が、ここまでコレットにそっくり、というのであれば、何かしらの関係があってもおかしくはない。
…まあ、世の中にはたしかにそっくりさん、というものはいる、
というのはエミルとアステルをみていればよくわかってはいるつもりだが。
「今、ここにいるのは私たち神子が抱いていた残留思念が形になった別なる存在。
私たちの魂そのものは、すでにとある理由で浄化していったわ。
けど、私たちが抱いていた強い思いはこうしてとどまった。
でもね?そんな私たちの想いも無駄ではなかったの。
ならば、といってこうして新たな体をあたえられることになったのだもの」
魔物たちが少なくなっている今。
マナを紡ぐ手足はより多いほうがいいし、使えるものはつかってしまえ。
の精神といえばそれまでだが。
それほどまでに彼女たちの念…思念はおおきかった。
ならば、それらを利用してしまったほうが手っ取り早い。
彼女たちの念を無理やりに浄化させるより、またとどまらせておけばどうなるか。
負の念はより強い負の念を呼び込んでしまう。
が、その属性をもたせた存在、として確立させてしまえば。
そんな心配はまったくなくなる。
逆にそれらを浄化するいったんにもなりえる。
かつて、この塔を浄化したとき、彼女たちのあまたなる念。
それらの念をこの地にある大樹の根の力をもちい、
新たな魔物として生み出したのはほかならぬラタトスク自身。
まだ魔物、として再生して間もない彼女たちは、
どちらかといえばヒトであったころの想いがつよい。
「私、たちって…ひっ」
いわれ、ジーニアスははっとなる。
無数にある、何かの模様?にみえていたそれ。
それらが無数の人の顔である、ということに気が付いて。
がくがくと知らずひざが、震える。
「邪魔は、させないわ?私たちが目指していたものの先。
ようやくその先がわかるときがきたのだもの」
自分たちはすべて失敗、といわれた。
その先に何がまっていたのか、誰もが知りたかった。
本当にマーテルさまがよみがえれば何もかもがうまくいくのか。
そんな疑問をもっていたものも多々といた。
が、自分たちの体ごと棺の中に封じられ、
体の中に精神体…つまりは、魂すら閉じ込められ。
ずっと、無意味なほどに塔の中を漂っていた。
せっかく解放されたのである。
自分たち…というか、自分たちは残留の思念体でしかない、というののも理解している。
が、その残留思念体である自分たちに道をつくってくれた【王】には感謝しきれない。
すっとアイトラ、と名乗った少女が手を挙げると同時。
刹那。わらわらとその場に無数の同じような植物の魔物らしきものがあらわれる。
その数…無数。
「なあ、コレットの身内なんだろ?なら、コレットを助けるのに協力し……」
よくわからないが、この少女もブルーネル。そう名乗った。
ならば、コレットの身内、なのだろう。
たしか、ゼロスが以前いっていた。
神子の家系はその血筋を残すためにいろいろな場所にちらばっているはずだ、と。
ロイドはイセリアにいるコレットたちしかしらないが。
天変地異などがおこったときの対処のために、クルシスからの天界からの指示で、
血族は様々な場所にいるはずだ。
ゼロスがかつていっていた台詞をロイドはふと思い出す。
…なぜその一族のひとりがここにいるのか、はわからないが。
死んだ云々、といわれてもロイドにはピンとこない。
というか目の前の少女はあきらかにいきている。
なのに、死んだとかいわれても、理解できるはずがない。
アリシアのように姿が透けている、というわけでもないのだから。
「あなた、何をいっているの?私たちの家系の本願。
それこそが、マーテルさまの復活なのよ?
あなたがいっていることは、私たちの悲願を否定することなのよ?
あなたは、私たちが生まれながらにずっといわれていたこと。
それを否定するつもり?」
さめきったような視線がロイドにとむけられる。
コレットの顔で、声はちがえどもそれは冷たいまでに見下ろす視線。
そんなに冷たい視線をむけられたことはロイドは一度たりとてない。
コレットの視線はいつも、ロイドにむけられていたときは暖かかった。
が、目の前の彼女からむけられるその瞳はあくまでも冷徹で。
「それとも、あなたたちも、これまでの祭司さまたちのように。
天使さまがたのように。私たちを必要ない、といって殺すのかしら?
失敗品だ、とそういって?
ねえ?なら、私たちが再生の神子として生まれてきた意味は何?
何なの?命を捨てるために生まれて、信じていた祭司さま、天使さまにころされて。
ねえ?そしてあなたたちも私たちをまた、ころすの?」
「・・・・・・・っ」
信じたくは、ない。
が、目の前の少女が嘘をいっているようにはみえない。
先代の神子だ、と先生はたしかにそういった。
そして、ファイドラ婆ちゃんのことを妹だ、とも。
たしか噂で先代の神子はファイドラ婆ちゃんの姉という人であったはず。
そこまでいわれ、ようやくロイドの頭が回転しはじめる。
目の前の少女の台詞がようやく実感がもてはじめたといってもよい。
それは今から七十年前。
前回の神子が失敗してしまったがゆえに、コレットがうまれたとき、
二度と神子を失わないために不可侵条約が結ばれた、とも。
そう、ロイドは聞かされた。
だからこそロイドは絶句してしまう。
目の前で語られる、否、おこっている光景がうけとめきれない。
「ここにいるみんなは私の先祖。代々の神子。
この八百年、いいえ四千年の間、この救いの塔にとらわれていた代々の神子。
ちなみに、ブルーネル家だけではないわ?ワイルダー家の神子もいるわよ?」
『っっっっ』
その言葉にジーニアス、ロイド、しいなが言葉につまる。
その名は、その名は。
ゼロス・ワイルダー。
テセアラの神子ゼロスの家名。
つまり、彼女の言葉を信じるとするならば。
ブルーネル家、ワイルダー家。
テセアラとシルヴァラント。
二つの国の二つの神子。
代々の神子がこの場にいる、ということにほかならない。
それがたとえ当事者である魂本体でなく彼女たちの残留思念にすぎなくても。
事実、すべての浄化を望んだもの以外は魔物にと生まれ変わっている。
ほかならぬ、かつてラタトスクがこの場にやってきたとき、その力を解放したあのときに。
「…あそこ。みて、ください」
ふとみれば、彼女たちの向こう側。
橋の向こう側に扉?のようなものがみてとれる。
それにきづき、プレセアがすっとその先を指さす動作をおこす。
おそらく、あそこから先にすすむことができるのだろう。
しかし、それにはここを通りぬける必要がある。
ここを通り抜けるには、目の前の少女をどうにかするしかない。
戸惑いの表情を浮かべるロイドたち。
それとともに、ゆっくりと、それまで閉じていた、
魔物たちの表面に重なっていた無数の少女たちの瞳、がひらく。
それはあまたとある無数の…目。
たくさんの少女たちの冷たいまでの虚無ともいえる瞳がロイドたちを射抜く。
「あ…あ……」
それはまるで、ロイドをせめているようで。
ロイドはそう感じてしまう。
ゼロスを殺してしまった自分をせめている瞳だ、と。
人は後ろ暗いところがあれば、他人からの視線を自分なりに解釈するフシがある。
つまりは、後ろ暗いところがあればあるほど、視線をうければ、
よりその後ろ暗い部分をより意識してしまう。
その視線は自らをせめて向けられているものだ、と誤解し解釈してしまう。
ロイドにとって今、触れられたくないこと。
それは、ゼロスをその手にかけてしまった、という事実。
そして…リーガルを見殺しにしてしまったという事実。
知らずロイドの体が硬直してしまう。
ジーニアスも思わず体が震えだす。
「…仕方ない、ねぇ」
そんなロイド、ジーニアスの姿をみてしいなは溜息をつかずにはいられない。
おそらく、この子たちにはこのものの相手は無理だろう。
彼女が先代の神子、というのは事実なのだろう。
どういう理由かはわからないが、
代々の神子とおもわれし少女たちは魔物となってしまったらしい。
たしかに、ミズホの里の言い伝えにもあるが。
深い後悔などというより強い念を残したものは、
魔物に変化し世界をさまようことがある、と。
いい例がレイスやデュラハン、といった魔物たち。
ゾンビやグールたちもその典型、といってもよい。
世界にはそういった魔物が結構、例をあげればあふれている。
「ここはあたしにまかせな」
いいつつ、しいなが一歩前にでる。
「しいなさん?」
しいなが何をしようとしているのかわからずに、思わずプレセアが声をかけるが。
「あんたたちにはこいつらのあいてはきついだろ?
それに、彼女たちを殺すのも抵抗がある、違うかい?」
まちがいない。
おそらく、目の前の少女がいっているのは事実。
目の前の魔物たちは少女たちの魂のなれの果て。
いや、彼女の言葉を信じるならば、
少女たちが抱いていた、強い想い、念の結晶ともいえる思念体、なのだろう。
魂と念とは異なる
本来は一体化しているはずのものではあるが、念の暴走、というのはよくあること。
それをしいなはミズホの里で育っているがゆえによく知っている。
そして理性を失ったそういった念は周囲に被害しかまき散らさないことも。
目の前の少女たちの思念体は理性を失っているようにはみえない。
おそらく、いまいっている言葉がすべての真実なのだろう。
彼女たちは自分たちの役目…マーテルをよみがえらせる。
その役目を果たすことなく命をおとした。
自分がやり残したことがまつその先を知りたい、とおもう心は間違っていない、
と誰しもがそうおもう。
そしてそれはしいなとて同じこと。
けど、ここで躊躇するわけにもいかない。
だからこそ。
「あんたたちは下がってな」
そういうしいなの言葉に。
「しいな、何をするつもりなの?しいな、あなた、まさか……」
「まあ、まかせときなって。…あたしが合図をしたら。
あんたたちは、この場を駆け抜けるんだ。いいね?」
リフィルの言葉に首をすくめつつも。
「あはは。死ぬ気はないよ?いいかい?いくよ!」
「いいこと?しいな?あなたを失えば、精霊との契約ができなくなるのを忘れないで」
「…きついこというねぇ。ま、わかってるよ。まだルナとアスカとの契約がまだだしね」
大いなる実りを芽吹かせるのに、精霊の楔とよばれしものが邪魔をしている、という。
そして残りの精霊はアスカとルナ。
とらえられている精霊はルナだけではあるようだが。
しいなもそれを忘れているわけではない。
だからといって、この場を切り抜けるのにこれ以上の方法が思いつかない。
ロイドやジーニアスにはあきらかに迷いがみえる。
リフィルは前衛として戦えるタイプではない。
プレセアと自分だけでこの数の魔物とやりあうのはいささか無理がある。
だとすれば、自分に今、できることを。
自分にしかできないことを。
だからこそ。
「大丈夫だって。老成なる元素を統べし者よ……」
リフィルの言葉にこたえつつ、すばやく胸の前でいくつもの印をくみつつ、
懐より一枚の符をとりだし言葉を紡ぐ。
それは四大元素を総べる長。
この場を切り抜けるのに、よりうってつけともいえる存在。
「……契約者の名において命ず!!出でよ!マクスウェル!!っ…」
ぐんっと何かが削られてゆく感覚。
ヴォルトたちを召喚したあのときとはくらべものにならない。
気を抜けばすぐさまに意識を失ってしまうほどに、ぐんぐんと、自分の中の何か、が削られている。
しいなの中からごっそりと何かが削られてゆく感覚とともに、しいなの頭上に、光が、はじける。
「ほっほっほっ。これはまた。このような場所に呼び出すとは。何用かの?」
「あら。マクスウェルさま。今はお忙しいのではないかしら?」
にこやかに、目の前の少女が現れたひげを生やしたどこからどうみても、
どこにでもいる初老の老人らしき人物にと声をかける。
その老人がふわふわとザブトンのような何かにのって浮いている、
というのを除けばほとんどヒトのそれとかわりはない。
もっとも、その座布団のしたに半球体のような何か、がみてとれるが。
その体よりも大きな杖のようなものもかなり目立っている。
「そうはいうがのぉ。契約を交わしている以上は絶対な理。
おぬしらとてわかるじゃろう?」
「ええ。それはわかっていますわ。魔物として再生したときに組み込まれていますもの」
そう、新たに生をうけたときに根本的な理は本能、として刻まれた。
「マクスウェル!そのこたちを足止めしておくれ!」
「ふむ。まあ、倒すわけにはいかんからのぉ。…おこられてしまうしの」
おこられ?
一瞬、その言葉の意味をはかりかね、ロイドたちが首をかしげるが。
「まあ、そういうことじゃて。おぬしらの気持ちもわからなくもないが…ま、ひとまずは」
いいつつも、ふわふわとその場にうかびし老人…精霊マクスウェルがすっと手を掲げる。
刹那、いくつもの光の球体がその場にと出現する。
「マクスウェルが相手を足止めしているあいだに、みな、走りなっ!!!」
しいなの言葉とともに、いくつもの光の球体がその場にとはじけ、
あたり一帯がまぶしいまでの光にと包まれる。
ドンドンドン!
いくつもの光の球体が周囲にあたるたび、一瞬にて物質は無と化してゆく。
マクスウェルは万物を原子をつかさどる。
この地にて物質化していたそれらがマナにと還り、
周囲にありし大樹の根にとマナに還った元物質たる光は吸い込まれてゆく。
まぶしいまでの光の中。
その光にひるんだらしい少女、そして魔物たちの横をすり抜けて、
一気に橋を駆け抜けるロイドたち。
そしてその直後。
ドォォォン!
もものすごい音がし、おもわずはっと振り返れば背後。
つまりは今駆け抜けたばかりの橋が支えを失ったのか、
音をたてて崩れていくのがみてとれる。
「しいな…しいなは!?」
はっとそばをみてみればしいながいない。
「あっちにっ」
プレセアが思わず指をさす。
みれば、橋の向こう。
そこになぜかひざをついているしいなの姿が。
「しいな!?大丈夫か!?」
そんなしいなにきづき、ロイドが声をかけるとともに、
「…橋が、おちてしまったわね。…通路がたたれてしまったわ」
リフィルが冷静に周囲を確認する。
唯一、といってもよかった向こう側とこちら側をつないでいた橋。
それらがぽっかりとなくなっている。
彼らの目の前にあるのは、
無慈悲にもひろがる、ぽっかりとどこまでつづいているのかわからない巨大な穴。
おもわず一歩前に踏み出そうとするが、ぼろり、ともろくも足場が崩れる気配がし、
はっと思わずあとずさるとともに、ぼろっと床があっというまに崩れていく。
「…今のマクスウェルの攻撃で床が分子化してもろくなっているのね……」
万物はたしかにマナから構成されてはいる。
が、マナを形にしているもの。
それが分子、といわれているもの。
文献ではマクスウェルは物質をマナに還すことすらできる。
そのように書かれていたはず。
ならば、今しいなが召喚したマクスウェルは文字通り、
この場の物質をマナにと還した、のであろう。
もしかしたら魔物たちすら。
しかし、それにしてはきになることをいっていた。
――倒すわけにはいかない、と。
なのに、なぜに魔物たちの姿が、みあたらない?
リフィルにはそれがわからない。
いつのまにかあれほどいた魔物たちの姿はない。
そして呼んだはずのマクスウェルの姿も。
「…あ、ああ、何とか、ね」
立っているのもやっと。
というよりは、ものすごいまでに精神力が削られた。
気力をふるって何とかたっているが、気を抜けば確実に気絶する。
そう自覚しているが、マクスウェルが消えたのが何よりの証拠。
自らの中に精神力がこれっぽっちものこっていないのをわが身のことながら感じ取る。
どうやら四大精霊の長を召喚するにはものすごい精神力を消耗、するらしい。
ぜいぜいと息が、きれる。
それでも、ロイドたちに心配をかけまいと、何とか声をはりあげる。
「今のがマクスウェルの力、なのか?なんかぴかっとひかったとおもったら、
あのじいちゃん、みかけよりつよいんだな」
マクスウェルの攻撃は、いくつもの大小様々の光の球体。
それを相手にとぶつけるもの。
その光にふれれば相手に耐性がなければもののみごとにマナにと還される。
「…ロイド。マクスウェルは四大元素の長なんだよ?強いにきまってるでしょ?」
そんなロイドに思わずジーニアスがあきれた声をだす。
「でもなぁ。あの爺ちゃん。エグザイアでであったあの爺ちゃんだし?」
ロイドの感覚ではどうも長老、といわれていたマクスウェルの印象のほうが強い。
そもそも、マクスウェルとの契約時。
その場にロイドたちはいなかった。
あの場にむかったは、エミル、マルタ、しいな、そして数名のみずほの民。
そしてアステルとリヒター。
ゆえに、あの場にロイドはいなかった。
実力などを目の当たりにする機会がこれまで皆無であったことは否めない。
アルタミラなどでたしかにマクスウェルはでてきてはいたが、
その実力の発端のようなものをみることはほとんどなかった。
少し前のアルタミラの騒動においても、マクスウェルは現れてはいたが、
なぜか様子をみているだけで彼が行動するようなことはなかったようにおもう。
そもそも、あの場をおさめたのは、水の精霊ウンディーネであった。
「まあね。けど、もう一度マクスウェル召喚、はむりだよ。
というかたったの一回の召喚であたしの精神力が全部もってかれちまったよ…」
いいつつも、
「わるい。ちょっとあたしは休ませてもらうよ。
このままじゃ、動くことすらままならないからね。
少しやすんで、あんたたちに必ずおいつくから……」
心配をかけないようにこうしてたっているのもやっと。
本当うならばそのまま座ってしまいたい。
「しいな、本当に大丈夫、なのか?」
しいなが休ませてほしい、というなんて。
その事実にロイドは驚きを隠しきれない。
これまでのしいなは、どちらかといえば無理をしては行動する、というイメージのほうが強い。
そのしいなが、である。
「大丈夫だって。あんたたちは先を急ぎな。かならずおいつくから」
「おいつくって。どうやって……」
周囲をみるが足場はどこにもみあたらない。
というか。
今のマクスウェル召喚の衝撃というか余波なのか。
螺旋階段すら途中からぽっかりと消失してしまっている。
つまり、戻ることすらままならなくなっていることを暗に示しているといってよい。
ここから移動するにはどこか別の通路を見つけ出す必要がある、ということに他ならない。
でも、ここにくるまで他に通路はみあたらなかった。
「大丈夫さ。精神力さえもどれば、手段はいろいろとあるからね」
いって。
「心配ないって。ただ、マナが空っぽになっただけで、あたしはこんなに元気!」
彼らに心配かけまい、として何とか気力を振り絞り、
あえてその場にてジャンプをし、ピョンピョンと飛び跳ねる。
たしかにそれは、反対側にいる彼らに元気さをアピールするという点ではいいかもしれないが。
しかし。
グラッ。
『あっ』
しいなの足元。
その床も先ほどリフィルが踏もうとした床と同じくかなりもろくなっている。
つまるところ。
「って、きゃぁぁっ!?」
『しいな(さん)!?』
思わずその場にいるロイドたちの声が、かさなる。
おそらく元気さをアピールするため、なのだろう。
飛び跳ねたしいなの姿。
が、そんなしいなの足元の床からパラパラと何かが零れ落ちる。
次の瞬間。
ガラガラガラッ。
しいなが今にも踏みしめて着地しようとしたその足場。
それがもろくも崩れ去る。
かろうじて保っていた床はしいなが飛び跳ねた衝撃によって、
トドメ、とばかりに崩れ去り、しいなが着地しようとした床は、もののみごとに消失してしまう。
いくら疲れていたとはいえ足元をよくよく確認もせず飛び跳ねたしいなに完全に非があるのだが。
そのまま今にも穴に吸い込まれるように落ちるか、とおもわれたしいなではあるが、
瞬時に壁にはえている木の根をがしっととっさ的につかむ。
「しいな!?まってろ!今、すぐに助けに…っ!」
しいなの今の姿は穴の中に足場も何もなく宙ぶらりんに浮いている状態。
このままでは、しいなが危険。
しいながつかまっている木の根もとてもほそく、
いつまでしいなの重さにたえられるか、はわからない。
「…プッ。ハハハハハッ!」
おもわず笑い出してしまう。
何だろう。
いつも自分は肝心なところでツメがあまい。
そこのみえない穴。
足元が崩れそうなのがわかっていたのに。
そこまで思考がまわらなかったとはいえ、だからこ笑わずにはいられない。
ヒトは不思議とどうしようもなくなったとき、自暴自棄になるか、
もしくは現実逃避をしているのかいきなり笑い出したりすることがある。
しいなもまたその例にすぎず。
なぜかふと、その脳裏にロイドたちと初めてあったときの光景がよぎり、
思わず笑い出してしまう。
そんなしいなの様子に思わず顔をみあわせるロイドたち。
どうみてもピンチにしかみえないのにいきなり笑い出すとは。
しいなはもしかして、気が狂ったのではないのだろうか?
そんな心配すら浮かんでしまう。
「しいな?あなた、どうかして?」
そうおもわずといかけるリフィルの気持ちもわからなくはない。
横では姉の言葉に賛同するかのように、ひたすらに首をかしげているジーニアスと。
「何わらってるんだ!笑いごとじゃないだろ!
くそ、あっちに戻る道は・・どこにもないっ!」
唯一あった橋はもうない。
上にみえている螺旋階段の一部。
それにどうにか飛び乗れたとしても、向こう側につづく階段すら、
ぽっかりと切り取られたように消失しまっている以上、
向こう側にいく手段が閉ざされているに等しい。
壁際の道も少し進もうとすればぼろり、とくずれ、あきらかに先にすすめそうにない。
というか足を踏み出しただけで、ぼろぼろと床が崩れてゆく。
空を飛んでゆくくらいしか、しいなのいる場所にむかっていく手段はない。
そして今、空を飛べるようなものはこの場には…いない。
焦りをみせつつも、そんなことを叫んでいるロイド。
「いや…ふと思い出したのさ。あんたたちと初めてあったときのこと」
その台詞に思わず顔をみあわすロイドとジーニアス。
そういえば、あのときも。
しいなは足元を確認せずにとびだして、コレットがこけたはずみで倒してしまったスイッチ。
それによってたしか、そのまま階段を伝うことなく坑道の出入り口から落ちてしまった。
それはずいぶん前のことのようでいてとてもなつかしい。
――この中に、マナの神子はいるか!
そういわれ、突如としてオサ山道にてあらわれたのが、しいなであった。
「あたしって、よっぽど落とし穴に縁があるのかねぇ。
あのときもほら、足元をないがしろにしておちたわけだしさ」
そこに何かがあるのは注意深くみればわかっただろうに。
今でもそう。
足元がもろくなっているのに気づいていたはずなのに。
から元気をみせるために強く床を蹴ってしまったがために、足場が崩れた。
「いいからじっとしてろ!何とかして今、そっちにいくから!先生、何か方法は!?」
自分では何も思いつかない。
「難しいわね。ここからも向こう側がどうなっているのか、みえないもの」
じっとしたをこらしてみるが、穴の中はまっくらで、その先がまったく見通せない。
「余計なお世話だよ。ロイド。あんたははやくコレットを助けにいきな。
あたしは大丈夫。微弱ではあるけど、この木の根は癒しの効果もってるようだし。
このまますこしぶらさがってたら体力も回復する。
そうしたら術をつかってどうにかするさ」
「何いってるんだよ!しいな!ほうっておけるはずないだろ!?」
そんなしいなの台詞にロイドが叫ぶ。
「心配いらないさ。あのときだってそうだったろ?
あたしは地の底からはいあがってあんたたちと戦った。
今は一刻を争う。ちがうかい?コレットがマーテルになっちまったらすべては終わる」
「それは……」
その言葉にロイドは言葉につまる。
「…しいな。本当に平気、なのね?」
「ああ。リフィルもさっき確認しただろ?これは大樹の根。
直接こうして触れているからか、少しづつ力はもどってる。
でも時間がかかりそうなんだ。必ずおいつくから。
あんたたちは先に。時間がない、そうだろ?リフィル?」
時間がない。
それはたしかにその通りで。
「わかっていて?しいな?あなたがいなければ精霊の契約ができないのよ?
残りの封印はあと一つ。それをどうにかするまであなたを失うわけにもいかないの」
「リフィル…あんたねぇ。こんなときまでそっちの心配かい?大丈夫だって。
あたしはこれでもミズホの民だ。安心しなよ。
だから、メインイベントまでには必ず間に合ってみせるから。
ただ、さっきもいったようにちょっと休ませてほしいだけ、さ。
精神力が回復……マナが回復するまで、ね」
片手でぐっと壁につたっている細い木の根をつかみつつも、
反対側にいる彼らにと淡々といいきるしいな。
本当は、手がもうしびれている。
が、それを彼らにいうわけにはいかない。
それに、気になっていることが別にある。
ロイドたちはまだ気づいていない。
わさわさと、何かが下のほうでうごめいている。
「…本当、だな?」
「絶対さ。だから、あたしの見せ場、のこしといてくれよ?」
じっとリフィルはしいなをみるが、そんなリフィルの視線をしっかりとうけとめる。
今ここで、目をそらせばリフィルに気づかれる。
無理をしていることを気取られるわけにはいかない。
「…わかったわ。いきましょう。ロイド」
「でも、先生!」
「姉さん!?」
まさか、リフィルが納得するなど。
というか、つまりあんなぶらさがっているままのしいなをあのままにして先にすすむ。
ということなのだろうか。
そんなの、そんなのは。
「しいなもあれでもミズホの民よ。こういう対処の仕方も心得ているはずだわ」
様々な危険に陥ったときの対処も心得ているはず。
あんなに細い木の根でマナが補給できるかはわからない。
ふと、リフィルはかすかな音をふととらえる。
暗闇でよくみえないが、何かがざわざわとうごめいている音がしたのほうから。
それはゆっくりと這い上がってきているような。
もし、もしもリフィルの予測が正しい、とするならば。
…おそらく、魔物たちはまちがいなく、しいなには手出しはしないというか、
絶対に命まではとらない、はず。
何しろまだ、あのルナが解放されていないのだから。
あの自分たちが祭壇、とおもわれているそれにとらわれているらしき精霊たち。
勘、でしかない。
が、これまでの精霊との契約で、まるで精霊たちがまっていたようにすぐに表れたのは。
もしもリフィルの勘が正しい、とするならば、
まちがいなく魔物たちはしいなを殺すことはないだろう。
…エミルが精霊ラタトスクの関係者だ、というのならばなおさらに。
「いくわよ」
「あ、先生!しいな、本当に本当、大丈夫なんだな!?」
「しつこいねぇ。というか、さっさといきな、ほらほら。
あたしらは、何もない状態でがけを上ったりする修行もしてるんだからね。
体力さえ回復すればこれくらいの壁はよじのぼれるさ」
それは真実。
そう、体力さえ、回復すれば。
マナが、精神力が失われたとともに体力もごっそりと減っている。
それほどまでにマクスウェルの召喚の代償は大きかった。
たしかにノームのいうように、自分の力にみあった時間しか精霊たちを今後召喚できない。
という何よりの証拠、なのだろう。
そもそも、これまでの精霊召喚で
あまり負荷なく呼び出せていたほうがあるいみ不思議だったのかもしれない。
しいなの言葉をきき、
「…わかった。まってるからな、絶対、絶対だぞ!」
しいなをあのままにしておきたくない。
けど、時間がないのも本当。
しいなが大丈夫、というのだから、それに従うよりほかにない。
あちら側に向かう手段もみつからない今。
仲間が言う言葉を信じなくて何とする。
その思いゆえに、ロイドは後ろ髪を引かれるおもいにて、
リフィルがむかっていった方向にとかけだしてゆく。
ちらり、としいなを気遣うようにいくどもふりむきつつ、
プレセアもまた、そんな彼らのあとをおいかけてゆく。
彼らの後ろ姿が扉の奥にきえてゆくのを見届けつつ、
「……あたしってバカだねぇ。最後まで意地っ張りで。
こんなときくらい、女の子らしく甘えて助けてもらえばいいのに…
って、そんなのあたしの柄じゃないけどさ」
でも、今は時間がおしい。
手がだんだんとしびれてきた。
このつかんでいる根から体力が回復されるほどマナがでている。
というのは真っ赤なウソ。
けど、実際に根っこで体力が回復した現象をさきほど彼らは目の当たりにしている。
だからこそ、このウソが気づかれる可能性は果てしなく低かった。
気づかれるとすればリフィルだけだったのだが。
このまま、手をはなしてしまえば、したにみえているわさわさと待ち構えている何かたち。
あの中に突入してしまう、だろう。
そしてリフィルもおそらくあれらに気づいた、はず。
「…どこまでやれるかわからないけど…やるしかない、ね」
意識が、かすむ。
けど、やれるところまで、やるしかない。
まだ、少しでも力があるうちに、覚悟をきめる、しかない。
「…ロイド、しっかりやりなよ。必ず、コレットを……」
きっと真下をにらみつつも、手をはなす。
手を放すとともに懐に手をいれ、符をかまえ下を見据える。
そんなしいなの体は深い闇の穴の中にと、そのまま吸い込まれるように落下していき、
それとともに、しいなの体が無数の植物のような蔓のようなものに瞬く間におおわれて、
一気にしいなの体は深い闇の中にとひきずりこまれてゆく――
~スキット:しいなと別れたのち~
ロイド「…しいな、大丈夫、かなぁ。本当に」
リフィル「あれでもあの子はみずほの民よ。
何もない壁などをつたう訓練もしているはずよ。
私が幼いころにみた書物には忍者はするすると断崖絶壁。
それすらものぼりきる、とかかれていたわ」
プレセア「私もみたこと、あります。忍者は神出鬼没。
分身、とかいうのもできるらしいです」
ジーニアス「分身!?しいな、そんなことができるの!?」
ロイド「すげ~。…でも、しいながそんなのしたのみたことないぞ?」
ジーニアス「できたとしても機会がなかったんじゃ?」
プレセア「…私としては、彼らの変装がとてつもないのでそうみえたのでは、かと」
リフィル「そもそも、ミズホの民のことは今も昔も神秘のベールに包まれているもの。
一説にはかの民はかつて天地の現象まで操るすべをもっていたというわ」
ジーニアス「…というか。何でしいな、足元がもろくなってるのに、わざわざとびはねたんだろ?」
プレセア「…さあ?」
リフィル「…あの子、どこかまえから抜けてるところがあるから、気づかなかったのでしょう」
ロイド「でも、先生。本当にしいな、大丈夫なのかな?」
リフィル「あら?あなたは仲間を信じる、のではなくて?ロイド」
ロイド「それは……」
リフィル「信じましょう。それにしいながいなければ。
最後の精霊との契約ができないもの。
それはあの子もわかっているはずよ?」
ジーニアス「でも、それってしいなさえどうにかすれば、
…僕らには何もできない、ってクルシスが思うかも、ってことだよね?」
ロイド「・・・・・・・・・・やっぱり、今から戻って…」
リフィル「ロイド。今、大切なのは、何かしら?
もどって、しいながもうあの場から脱出していて、時間を無駄にするき?」
ロイド「・・・・・・俺……」
リフィル「リーガル、そしてしいなを信じなさい」
プレセア「…何だか妹がとんでもないことをしているような気がするんですが……」
リフィル「とにかく、いきましょう」
今はただ、先にすすんでいくしか道はない、のだから。
pixv投稿日:2014年10月26日某日(Hp編集:2018年5月6日(日)開始
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##################################################
あとがきもどき:
~~豆知識~救いの塔&デリス・カーラーン~
敵情報:
魔物図鑑No246
ゲートキーパー
HP;27000
MP:1200
耐性:光
ソードエンジェル
魔物図鑑No:109
HP:7890
MP:130
~~~~
さて、今回の話。またまた鬱展開です。
が!一番この鬱シーンでもやりたかったというか決定事項でもあった、
アリシア&リーガルのイベ?もどきについに突入!
ひさしぶりにラブラブ感がだせてるかな?
というか、この鬱シーンの中でゆいいつのあるいみ救いといえば救いのシーンです(苦笑
あと、別名、アリシア、それを人は悪霊といいますよ?の突っ込み回でもあります。
ネタとして「アリシアは恋する悪霊?の称号を手にいれた!」状態です(笑
あと、転送陣の位置とかダンジョンの構造。
ところどころシャッフルしてたりかえてたりします。
ご了解ください。
ちなみに、この救いの塔のパターンさん。
実はいくつもの話を進めていくうちに思いついていたりします。
でもって、打ち込みするときの気分で、よし、このルートにしよう!
の状態でやってたり。
いや、ルートかえても基本同じですし(苦笑
多少、それぞれの台詞が違うだけ、で。
ま~~えのほうで、ちらっと救いの塔のルート?いったような、いってないような?
もしいってたとしたら、あれ?順番違うような?
と思った場合、あ、それで順番がちがうんだな、と納得してください(懇願
なんでかやってたら(打ち込みしてたら)いろんなルートがふと思い浮かぶんですよねぇ。
基本軸同じなまま(苦笑
まあ、アリシア&リーガルのやり取りはかわってないですが。
というか、あれはいれなればのちにたどりつけないという(こらまて
あと、しいなの回が多少というかかなり変更はいってます。
いや、だって彼女もあれでもミズホの民。
忍者、ですしねぇ。(しみじみと
ちなみに、原作ゲームは、リーガル→しいな→リフィル→プレセア→ジーニアス
でしたが。
この話では、リーガル→しいな→プレセア→リフィル→ジーニアス。
と、プレセアとリフィルの場所がシャッフルされてます。ご了解ください。
ちなみに、しいなの救助、ヴェリウスが助け出すというパターンもありましたが。
そっちはおもいっきりラタさまの計画が暴露されかねないので没になってます(笑
あと、プレセアの斧
見直しててあれ?とおもったんですけど。
うぎゃぁ!?フリードの正式名いれわすれてる!?あはは(汗
なので、この回でフルネームいれときます…
たぶん、あれよんでたひと、あれ?斧授けたの、ラルフって人じゃあ?
と思った人がかなりいただろうなぁ(しみじみと
プレセアのところはゲーム展開とほぼというかまったくかわってないです。
鬼畜使用にもプレセアが落ちてくる壁をささえてロイドたちをくぐりぬけさせ、
ロイドたちの目の前で壁に押しつぶされる、という、
何とも鬼畜使用の何ものでもないパターンもふとおもいついてたのですが。
(そのときはおちてくる直前にプレセアの真下の床がぬけてプレセアは穴の中におちて無事)
ロイドたちの目にはそれがわからずに、目の前でつぶされた、とみえたりする。
というおもいっきりもう鬼畜仕様何ものでもない、というパターンも思いついてたり。
…さすがにそれはロイドの心だけでなくジーニアスの心もおるので没にしました。
…いじめたい(まて)場合だとそれもあり、かもしれないけど。
というか、エクスフィアがのこってたら間違いなくそっちのパターンを採用してました(マテ
今のこの話のプレセア、すでにもうエクスフィアないですからね(苦笑
が、一応注意です。
こちらの話では、原作ゲームと比べるとあの救いの塔さんのシーンさん。
かなり変更加わってます。例をあげればミトスはもともと、
ロイドひとりだけのこす(と予測してた)ので、
みなをとらえて、いうことをきかなければ~みたいな感じで、
つまりはアメとムチ、ですね。
原作ゲームのときはすでに大樹暴走あとだったこともあり、
たぶん、ミトス、ジーニアスやリフィル以外はたすけなくてもいいや、
のような感覚になってたような気がします(笑
たぶん、原作ゲームでは、ゼロスいきてたとき、ゼロスがぱたぱたととんで(マテ)
助けたのではないか、とよそくしてたり。
しいなの場合は、もしもコリンイベ(ヴェリウス復活)やってたあとだとしたら、
ヴェリウスが助けにきてたりしたら胸熱です(笑
それをおもうとその展開も思いついたのですが、
さすがにそれはしいななにも気づかれる展開なのであえて没…すこしもったいない?(苦笑
ま、でも。
意識もうろうとして穴の底に落下してゆくしいなに、ヴェリウスのこえがして。
(しいなは死の間際の幻聴とおもってる)
しいな、あなたはまだここで死ぬわけにはいかないのです。
といって、気絶したしいなをヴェリウスが背中でささえ、(つまりはうけとめる)
そんなしいなをゼロスが助け、になってたんですけどね。
そのシーン、って(でも没~v
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