海の楽園アルタミラ。
さすがに先日の今日、ということもあるのか、
いつもはにぎわっているそれがない。
それでも、少しは回復しているのか、
すくなからず、海岸のほうからちょっとした声はきこえてきていたりはする。
「リーガルさまは会長室におられます」
レザレノ・カンパニーの本社にエレメンタルレールにて移動し、
受付のものに来訪の旨をつたえれば、話はうけている。
彼らがきたら案内してほしい、といわれている、といわれ。
エレベーターにのりて会長室へ。
世界有数、というかアルタミラにレザレノあり、とまでいわれている、
ここ、レザレノ・カンパニー。
しかし、その本社でもある建物は会社の規模からしてみれば、かなり小さいといってもよい。
建物の屋上には空中庭園。
ここには、プレセアの妹であるアリシアが眠る墓がある。
ある、といってもアリシアの体は、かつて消えてしまっており、
また、アリシアの魂がはいっていたエクスフィア。
それももはやなく、今あるのは彼女の名が刻まれし墓標のみ。
エクスフィギュアとなりしものは、そのマナの乱れから、
その体を時間とともに霧散させる傾向がある。
それほどまでにマナが乱れ、固定化すらおぼつかなくがゆえなのだが。
かつて、ダイクがロイドの母を埋葬することができたのは、
ひとえに彼女、アンナが永きにわたり微精霊と共存していたからであり、
ゆえにその体がマナに還るのが多少ふつうよりも遅れていたからに他ならない。
でなければ、ダイクがロイドを安全な場所につれていったのち、
彼女の亡きがらをとりにもどり、そのまま穴をほり埋葬したがゆえ。
もっとも、墓を刻んでいる間にアンナの体はマナにと還り、
その体はきらきらとした光となりて周囲に霧散したのだが。
その事実をしるのはダイクのみ。
そこまでダイクはまだ幼かったロイドには教えていない。
ヒトは、否、この世界のすべの【命】において、死ねばマナにと還る。
これが常識。
この期間をかなり早めるべきかどうか、というのが今現在のエミルの考え。
マナをヒトが認識できなくさせるため、元素、というかりそめのもの。
マクスウェルの力のみで構成されている、とヒトが認識してしまえば、
その先にとあるマナにいきつくことはないだろう。
もっとも、元素だけでもヒトはろくなものを発明しないのだが。
しかし、マナを枯渇させられるよりはよほどまし。
元素、つまり物質を粒子にまで変換する装置すら、かつてのヒトビトはうみだしていた。
その集大成ともいえる町が、あの町、トールといわれし場所。
アスカをとらえ、その力でもってして発展していったあの町というかあの国は。
あれを海に沈めてから、マーテルが口をだしてきた。
地上のことには干渉しないでほしい、と。
精霊の盟約までもちだして。
そもそも、アスカが捉えられたときも、マーテルは何もしようとしなかった。
こちらがアスカ救出に動こうとしても、それはやめてほしい、というばかりで。
ふとエミルはかつてのことを思い出す。
それはこの時代からしてみれば遥かなる未来の出来事。
「そういえば。アリシアさんはプレセアの中にいるんだよね?」
「え。ええ。気配は微弱ですが感じています。
でも、いつもは眠っているみたいな感じですけども」
そもそも、あの地にてアリシアが表にでてきてからのち、
たしかに気配は感じるのだが、自らの中にいる、という。
しかし、その気配はとてもかつてよりも微弱で、プレセアとしては不安になってしまう。
あのとき、自分を止めるために姿を現したアリシアは、
そのせいでかなり無理をしたのではないか、と。
「でも、なぜ?」
レザレノ・カンパニー本社に足をふみいれ、
ふと思い出したようにといかけてくるマルタに逆に首をすこしかしげといかけるプレセア。
「ううん。この上にアリシアさんのお墓があったなあっておもって」
いいつつも、ふと上をみあげるマルタ。
実際、この建物の屋上に、アリシアの墓は存在している。
もっとも、その当事者ともいえるアリシアの魂はプレセアの中にいるわけだが。
本気でそのままプレセアの中に居座りて、彼女の子供、として、
次なる生を望む気満々、であるらしい。
エミルからしてみれば、
ヒトの執着もここまでくればあるいみ感心するというかあきれざるをえないが。
それほどまでに、姉と再び家族になりたいのか、という不思議な思いも。
普通は生まれ変わるにあたり、それらの記憶はけしさろうとするというのに。
まあ、中にはとある事情からずっと記憶を受け継いで転生しているものはいはすれど。
「そう、ですね」
マルタのことばに、ぎゅっと胸の前で手を握り締めるプレセア。
そうこうしているうちに、チン、という音が鳴り響く。
どうやらエレベーターが目的の階にたどりついた、らしい。
そのままエレベーターをおり、会長室、とかかれている部屋にとむかっていく。
この階は他の階とまたことなり、廊下にすらふわふわの絨毯がしかれている。
たしか、ここは地下と直結していたな。
ふとエミルは上ってきたエレベーターをみつつ、かつてのことを思い出す。
ここ、アルタミラがヴァンガードに占領され、
そしてマルタが一人、彼らのもとにむかっていったあのときのことを。
この世界ではあのようなことはおこりえない。
おこさせない。
かの地もだいぶ安定をはたしている。
あとはきっかけとともに、彼らをそのまま移住させてやればよい。
後は彼らが好きにするであろう。
そもそも、彼ら魔族をヒトの器に転生、という形で新たに生をあたえても、
結局彼らは同じようなことを繰り返した。
ラグナログ…そういわれているあれは、結局、
魔族たちがヒトの器を得て、
そして再びかつてこの惑星でおこったという過去の戦乱を再び再発させた、といってもよい。
ヒトの器をもマナから切り離したがゆえに、魔族たちは、
普通にヒトの体に居座ることができ、またその器をもってして、
地上に転生を果たしていたあの当時。
それらはヒトの心がうみせし負の力、それを窓とし、彼らはそれをなしとげていた。
それに気づき、彼らを監視するために、
あえてレインの力を分けることにより、彼らを監視、という形をとっていたあの当時。
しかし、力のみを封じていたせいか、
それらも瘴気におかされ、彼らのいいように利用されてしまった。
そして、今思えば、禁書の中に封じられていた魔族たち。
彼らが率先し、ヒトとなりて行動していたようにおもえなくもない。
あのような出来事は二度とこの惑星では起こす気はさらさらない。
そもそも、精霊となりしマーテルの誕生も阻止する気、なのだから。
ふかふかの絨毯の上を進んでゆくことしばし。
やがてつきあたりの部屋の前のプレートに”会長室”とかかれている文字がみてとれる。
どうやらここにリーガル、はいるらしい。
コンコン、と扉をノックすれば。
がちゃり。
逆に扉のほうが開かれる。
そして扉の向う側にいた人物。
その姿をみとめ、おもわずロイド達が目を丸くする。
『クラトス!?』
ユアンとともにゼロスがいうにはアルタミラにと一度もどったという彼が、
まだここにいた、とは驚かざるをえない。
「おまえたちか。どうやらおまえたちも無事だったようだな」
いいつつも、ふとみれば、クラトスの背後にリーガルの姿がみてとれる。
もっともいつもの囚人服のような簡単な服ではなく、
きっちりとスーツを着込んでいるのがみてとれるが。
何か違和感を感じてみれば、いつもしているはずの手枷を今はどうやらしていないらしい。
ちらり、と部屋の奥にとみえる机の上には大量の書類のようなものがつまれており、
その手前にあるテーブルに二つの湯気のたつ紅茶カップらしきものがみてとれる。
ざっと、視線を部屋の中にむけ一瞥したのち、
「ユアンはいないのかしら?」
リフィルがそんなリーガル、そしてクラトスにとといかける。
「あれでもあいつはテセアラの管制官だからな。
今回のことで他にテセアラに被害がなかったか。
それらの情報収集と後始末におわれ、一度あちらにもどっている」
他の理由として、ミトスがこの地にのこる、といったこともあるのだろう。
そもそも、四大天使…今はまだ目覚めぬマーテルを除けば、
ユアン、クラトス、そしてミトスしかクルシスの指導者たるものはいはしない。
そのうちのクラトスは地上にいて、実質最高権力者たるミトスまでもがいない今。
誰か一人は一度はかの地にもどり、指示をだす必要がある、とはユアンの談。
おそらく、ミトスがいない最中に何かをするつもりなのではあろうが。
ユアン、そしてクラトスもまた大いなる実りがある祈りの間への入室は、
許可なくいつでも利用可能となっている。
「まあ、狭い部屋だが入るがよい」
扉の前で立ち止まる彼らにとリーガルが部屋の中から促しをみせる。
「「狭いって……」」
茫然とした声はジーニアスとロイド、ほぼ同時。
どこをどうとれば、この部屋が狭い、といえるのだろうか?
下手をすればイセリアのジーニアス達の家。
あの家よりもこの部屋はかなり広い。
それを狭い、といいきれるリーガルの言葉にロイドもジーニアスも唖然とてしまう。
そもそも、正面には巨大な窓があり、窓からは外の景色が一望できるようになっている。
巨大なガラス扉になっているそのさきにはテラスのようなものがあり、
そこから外にでて外の景色を楽しめるようになっている。
海風をうけてゆっくりしたいときなどは、うってつけであろう。
足を取られそうまなでのふかふかの絨毯。
一歩、足を踏み出して部屋の中にはいってしまえばそこはあるいみ別世界。
会長職にある、というリーガルの執務室、というだけのことはあり、
部屋全体は落ち着いた雰囲気の品々でまとめられてはいる。
海側に面した巨大なガラス戸に、海を一望できるテラス。
そしてその前に執務机らしきものがあり、
どさり、と山積みのごとく書類のようなものがつみあげられており、
おそらくは何か仕事をしかけだったのであろう。
いくつかの書類らしきものが机の上にそのまま広げられているのがみてとれる。
それらはすべて、今回の出来事に対する被害状況の報告、なのだが。
リーガルは自らすべて目を通す、といいこれほどまでの量になっていたりする。
しかも報告は、どうやらこのたびの被害はアルタミラだけではなかった、らしい。
平行するように、首都でも騒ぎがおこっていたらしく、
メルトキオ支店のほうから、その報告が次々にはいってきたのが昨日のこと。
いまだに随時新しい情報が流れてきている今、
リーガルは自在になかなか自由に時間をとれず、
こうして執務室に缶詰状態となっていたりする。
「すごいわ。この絨毯の下にある床は、すべて大理石だわ」
ふと絨毯の下にあるそれにきづいたのか、リフィルがぽつり、と思わずつぶやく。
床、だけではない。
よくよくみれば、飴色に輝いているマホガニー…
たしかあの木でつくられたという机はかなり高級品ではなかったか?
リフィルがまだこちらで生活していたときに、
エルフ達が外資を得るのにそれらの木々をトレントの森から伐採しては、
売っていたことがあるのをふとリフィルは思い出す。
ちらり、と机の上にみえる銀色に輝く万年筆のようなものは、
おそらくプラチナ、なのだろう。
そして、みずほの里で漉かれているという、和紙は、
一枚確かヒャクガルド以上はしたはずである。
それらが小さく切りそろえられ、使い捨てのメモ帳としておかれているそれは、
おそらく特注品、なのだろう。
「あ。あれ、みずほの特産物のひとつ、メモスタンドじゃないか。
リーガル、あんた、みずほの和紙、利用してたのかい?」
ふとしいなも机の上のそれにきづいた、のであろう。
よくよくみればそれらのメモ帳は、
何かの箱?のようなもののそばにもおかれており、
また、紅茶がおかれている机の上にもそれぞれ色違いのそれとしておかれている。
「うむ。みすほの紙は丈夫で、しかもしっかりとしているからな」
そんなしいなの台詞にうなづくリーガル。
「ちなみにわが社ではすべてほとんどみずほ産の紙をつかっているか、
わが社で独自に開発した紙を利用しているか、そのどちらかだな」
「あんたのところは大量生産してるからねぇ。うちは全部手作りだけどさ」
うなづきつつもいうリーガルのセリフに、しいなが首をすくめながらも言い放つ。
どうやら、しいなもレザレノがそういったものをつくっている、
というのは一応知ってはいる、らしい。
部屋の中にある明かりはといえば、クリスタルガラスと金細工のシャンデリア。
壁には何らかの絵がかけられており、中には自然のイラストもみてとれる。
海の中を泳ぐイルカの絵。
きらきらと輝く海面の波の揺らぎももののみごとに表現されている。
すこしばかりの技法を用いているらしく、
ちょっとした角度からは立体的にみえるそれ。
…どうやら、こちらでは【だまし絵】の技術も発達しているらしい。
たしか、一部では【トリックアート】ともよばれていたが。
どうやら今の時代もこれは健在、であるらしい。
ちらり、とそれをみてそんなことをふとエミルがおもっていると、
「すげぇ!なあなあ、リーガル!何でそのイルカ、
飛び出てるようにみえるんだ!?」
「うわ。これすごい。…平面のふつうの絵、なんだよね?」
どうやらロイドとジーニアスもそれにきがついたのか、
部屋の中にはいるとどうじ、その絵の前にとかけよっているのがみてとれる。
「うわぁ。すごいねぇ。これ。今にも泳ぎだしそう」
コレットもコレットでそれをみて何やらそんなことをいっているが。
たしかに、イルカの絵はだまし絵で描かれているがゆえ、
みる角度によっては、ふつうに絵から飛び出しているように錯覚してしまう。
それは錯覚を利用したちょっとした技法。
「…まったく。あの子たちはほうっておきましょう。
クラトス、とりあえず報告してちょうだい。
あれから、何があったのか。あとリーガル、あなたもよ。
あなたもあれから何がどうなったのか、きちんと説明してもらえるのでしょう?」
リフィル達が気づいたときにはすでにリーガルはいなかった。
まあ、あの封印の中に魂のみを引っ張り込まていた、というのだから、
おそらくは肉体である体に戻ったのだろう、とはおもっていたが。
しかし実際に確かめたわけでもなかったがゆえのリフィルの問いかけ。
いまだに、コレット、ロイド、ジーニアスの三人は、
興味津々、とばかりにイルカの絵に釘づけ状態になっている。
そんな三人をみて、リフィルは盛大に溜息をつきつつも、
その場にあるソファーにと腰をかけながら二人に問いかける。
「あんなものが珍しいのですの?」
「うん。珍しいとおもう。でもうちのママ、あれふつうにかいてたしなぁ」
セレスはそんな三人をみて意味がわからない、とばかりに首をかしげ、
マルタはマルタでさらり、と何やらそんなことをいっていたりする。
…どうやらマルタの母親はそういったものを描くことができている、らしい。
その台詞をきき、思わずエミルは溜息をついてしまう。
というか、マルタの母親はいろいろと手をだしすぎだ、とおもう。
そんな人物がよくもまあ、たかが大樹の暴走で死んでしまったものだな。
と疑問におもわなくもないが、まあ予兆も何もない状態で、
おそらくは崩れた建物の下敷きになったとかそのあたり、なのだろう。
マルタはかつていっていた。
マルタの母親は大樹の暴走…マルタはあれが大樹だ、とはしらなかったが。
木の化け物によって壊滅的な被害をうけたパルマコスタ。
そのとき、自分の母親も死んだのだ、と。
かつてアスカードで出会った少年もパルマコスタで父親が死んだとかいっていたが、
それは牧場で、なのかそれともそれが原因であったのか。
結局それは聞かずじまい。
ゆえにそこまでエミルも詳しくはしりはしない。
「みずほでもだまし絵は修行の必須科目、だからねぇ」
そんなセレスとマルタにつづき、しいなも何やらそんなことをいっていたりする。
まあ、ミズホの民はそう、であろう。
実際、里にもそういった絵がいくつも描かれていた。
絵でかかれていた偽物の入口、といった家々などもあったりもした。
みずほだけ、かとエミルはおもっていたのだが、
どうやらそうではなかったらしい。
そんな子供たち三人を横目にしつつ、エミルもまたソファーにと腰をかける。
どうやらあの三人は当分あのまま、あの絵に夢中であるらしい。
一応、アクアから連絡ははいってきてはいるが、
第三者の視点ではどのように解釈されているのか。
それを一応把握しておく必要があるのもまた事実。
「ふむ。ひとまず話はながくなるな。
しばしまて。お前たちにも紅茶をいれてこよう」
いいつつ、リーガルが立ち上がるが。
「?あんた自らが、かい?」
ふとしいなが怪訝そうにといかける。
レザレノの会長だ、というリーガルが手ずから、というのが、
しいなからしてみれば違和感を感じてしまう。
いつもの囚人服に近い服ならばともかくとして。
今のリーガルはきっちりとした服を着込んでいる。
しかもここは、レザレノの本社。
会長、というのならば秘書の一人や二人、もしくはお手伝い。
それくらいはいても不思議ではないのに、この場にそれらしき姿はみあたらない。
「さすがに話が話、だからな、誰も近づかないようにいっている」
リーガルとてしいなの言いたいことはわかる。
が、クラトスが訪ねてきて話をするのに、内容が内容。
従業員を信じていないわけではないが、どこから話がもれるのかわからない。
ゆえに、念には念をいれ、人払いを命じていたリーガル。
その変わり、リフィル達がきた場合は、この部屋に通すように、と。
今現在、この階にはゆえにリーガルの命令によって他に人は一人もいない。
どこで聞き耳をたてられ話がもれるかわからないがゆえ、
この階そのものをいっときリーガルは立ち入り禁止、としていたりする。
「あたしはコーヒーのほうがいいんだけどねぇ」
「ふ。コーヒーなどただの泥水のようなものだ」
「あら。聞き捨てならないわね?そもそも、コーヒーに含まれている成分。
代表的なのはカフェインよ。
何かを研究したりするときにはかの成分は目覚ましとしても効果があるし」
「そうだよ。徹夜の任務のときに目覚ましとしてとてもいいよ?」
リーガルの台詞にすかさず反論するかのようにいうリフィルに。
これまたリフィル追従するかのようにいっているしいな。
「いいこと?そもそも、コーヒーに含まれている主な成分。
カフェインの主な作用は、中枢神経を興奮させる効果が確認されているわ。
それゆえに覚醒作用もうながされ、さらには強心作用、
脂肪酸増加作用による呼吸量と熱発生作用による皮下脂肪燃焼効果、
脳細動脈収縮作用、利尿作用など。
とても人体にもいいのよ?それに医薬品にも使われているわ。
眠気、倦怠感に効果が認められているもの」
「まあ、中毒になるほど接種しろ、とはいわないけどさ。
泥水はないとおもうよ?泥水とは」
「たしかに。コーヒーの覚醒作用はみとめよう。
が、紅茶も様々な効果をもっている。例をあげればハーブティーがいい例だな。
さまざまな効能のあるハーブを組み合わせることにより、
より体にいい飲み物を接種することが可能となる」
…どうやら、リフィルとしいな、そしてリーガルによる、
コーヒーか、もしくは紅茶か、という議論が始まったらしい。
「…とりあえず、リーガルさんやリフィルさんたちはおいといて。
クラトスさん。こっちに戻ってきて何があったのか教えてもらえます?」
いまだに、コーヒーのほうがいいだの、紅茶のほうがいいだの。
あげくは、それぞれのいいところ、悪いところの言い合いになっている三人の姿。
よくもまあ、コーヒーか紅茶か、どちらがいいか、というだけで、
そこまで言い合いができるものだ、とあるいみ感心してしまえるほどに、
彼らは饒舌に、彼らがもつ知識をもちい、何やら言い合いを初めていたりする。
そんな彼らをちらり、と横眼でみたのちかるく溜息をついたのち、
ひとまずクラトスにと問いかけているエミル。
「…あれは、ほうっておいていいのか?」
「たぶん、決着つかないとおもいますよ?どっちもどっちですし」
そんな彼らをみて、ぽつり、とつぶやくクラトスに、
にっこりと笑みうかべ、さらり、といいきるエミル。
そしてまた。
「たしかに。で?天使様。あれから何があったのよ?」
エミルの横のソファーにどかり、と座りそのまま足を交差させ、
その手を胸の前で交差させつつも、目の前にいるクラトスにむけてといかけているゼロス。
「…それはそうとして。エミル、何をしているのですの?」
ふと、セレスがエミルの手元にきづく。
いつのまに、というほうが正しいのか。
いつのまにかエミルの手元には八つのコップがおかれており、
しかもなぜだろう。
エミルが手をかざせば、そこからお湯?らしきものがでているのがみてとれる。
よくよくみれば、どうやらエミルがつけている指輪。
そこからそれがでているらしい、というのはみてとれるのだが。
それはあえてエミルが指輪から出るようにしているだけで、
その気になれば意識するだけでコップにお湯をみたすことは可能。
かつてロイドは水がでるようになったソーサラーリングで、
水の封印の地にてあそんだことがあったように、
普通に水の力を宿した指輪はこのように、何かに水をたたえることが可能。
もっとも、エミルがしているのはそんな普通の効果のものではなく、
むしろ、この水そのものがマナの塊に近い、といってもよい。
ついでにいえば、ヒトのマナにあわせてうみだしているので、
この水はどんな水よりもよりおいしく感じる、という注釈がつくが。
水に力をくわえ、ある程度の温度をもたせているがゆえ、
人が口にするのにちょうどいい温度設定にしていたりするのだが。
しかも、これまたどこから取り出したのかわからない、
三角パックらしきもの…どうやら紅茶パックのようにみえるそれを、
それぞれのコップの中につけてゆく。
ちなみに、うち三つのコップの中はからのまま、ではあるが。
「特性ハーブティーです。はい。セレスにマルタも」
「あ、ありがとうございます」
「エミルのハーブティーか。うん、いただきます!」
そのコップはどこから取り出した、とか、そのティーパックはどこからだした、とか。
いろいろと突っ込みたいところは山とあるが。
そもそも、エミルが腰につけているポシェットを探った気配はまったくなかったはず、なのに。
ちなみに、全員の視線がリフィル達の言い合いに釘づけになっている隙に、
さっくりと、その場にてエミルがその場にて創り出しただけ、なのだが。
その事実にゼロス達は気づいてはいない。
マナの流れを感じることのできるジーニアスやリフィルがいれば違ったのであろうが、
いまだにジーニアスはだまし絵のイルカに夢中になっており、
リフィルはリフィルでいまだにリーガルと紅茶とコーヒーについての口論の最中。
ゆえに、一瞬だけ高まったマナの変化にまったくもって気づいてすらいない。
「はい。クラトスさんとゼロスさんも」
「お、おう。たしかに、マルタちゃんのいうとおり。
エミルくんのいれたハーブティーは絶品だからなぁ」
それこそ一度口にしたら絶対に忘れらない味、といえる。
それは飲み物だけにあらず、エミルが手作りしたすべての料理においていえること。
エミルからコップごとてわたされ、素直にうけとり、
それを口にふくむゼロスと、困惑しつつも、うけとっているクラトスの姿。
「さてと。じゃ、クラトスさん、話してもらえます、よね?あと、ミトスは?」
一応エミルは知ってはいるが、そもそもそれを知っていること自体がおかしい。
そう勘ぐられることは必然。
ゆえに、さりげなく首をかしげてクラトスにと問いかける。
嘘をついているわけではない。
そもそも、ミトスはどうしてるんですか?と問いかけているわけではなく。
ただ、ミトスの名を問いかけただけ、なのだから。
「ミトスはジョルジュ殿のもとだ。…今は、な」
一時行方不明になっていたこともあり、また、リーガルすら倒れたという現実があり、
ゆえにミトスも何か体に異変があってはいけないから、医者の診察を。
とひたすらにもとめるジョルジュと、問題ないからそこまでしてもらわなくても。
と断るミトス。
そんな二人の攻防が、実はクラトスがここアルタミラにもどってからこのかたずっと、
実は繰り広げられていたりする。
まあ、それもあり、ユアンがならば自分がいちどあちらにもどる、
といって、デリス・カーラーンに戻っていったのだが。
クラトスとしてもミトスがあちらに戻り、何かの対策をされては厄介。
ゆえにこの場にミトスを足止めできている、というその意味は大きい。
エミルの言葉にすこしばかり言葉を濁し、
「ひとまずでは、こちらにもどって何があったのかを……」
「そうね。話してもらいましょうか」
「だね」
「・・・・・・・・・おまえたち、いつの間に」
クラトスの話がきこえた、のか。
それとも、エミルの入れたハーブティーのいい匂いが三人を正気にさせたのか。
いつのまにか、言い合っていたはずのリフィルとしいな。
そんな彼女たちもまた、こちらにちかよってきて、
そのままソファーにと腰をかけクラトスの話を促していたりする。
「あ、リフィルさんたちもじゃあ、ハーブティー、いれますね」
いいつつも、指輪をはめている手をコップの上にかざすエミル。
その刹那。
こぽり、とコップの中にお湯がみたされる。
「ほう。ソーサラーリングにそのような使い道があったのか」
「便利だねぇ。大量生産できないものかねぇ」
それをみて感心したような声あげるリフィルに、そんなことをいっているしいな。
「無理だろうな。そもそも、ソーサラーリングとは、
かつてドワーフ族が精霊達との盟約のもとにうみだした品だといわれている」
大量生産、の部分をきき、クラトスが盛大に溜息をつきつつもしいなにと言い放つ。
そもそもそんなこと、あのミトスが許すはずも、ない。
かつてのシルヴァラントでもそのような開発がなされてはいたが。
その延長上として生み出されてしまったのが、かのトールハンマー…
つまりは、魔導砲である、としっているミトスならば、そんなことを認めるはずすらない。
だからこそ、クラトスは溜息をつかざるをえない。
もしも、ここテセアラの、否レザレノの技術力において、
かの装置が研究、開発されてしまえば、それこそかつてのシルヴァラント。
あの地で開発されたあれよりもとてつもない品ができかねない。
――ミトスはそれをみのがしはしないであろう。
それこそ、テセアラという国をかつてのシルヴァラント王朝のように、
デリス・カーラーンの雷によって滅ぼしかねない。
かつて、ミトスがそうしたように。
降り注いだ光の雨。
そう、まさに雨、とよぶのにふさわしい。
通信機を用い、二人してデリス・カーラーンの転移装置を起動させた。
ゆえに、サイバックからアルタミラまで一瞬で移動を可能としたのだが。
街にはいると、ひんやり、とした白き霧が深く立ち込めており、一寸先すらみえない状況。
朝焼けの光がそんな霧を橙色にと染めている。
クラトス達が中にはいり、ほぼ丸一日が経過していたことを示すかのように、
ちょうど、この時間は日の出の時刻と重なったらしい。
普通ならばあまりにも霧が深くてみえないであろうが。
しかし、二人の目には町の様子が手にとるようにとみえている。
それは視力を強化したからに他ならないのだが。
精霊石による天使化は、そういった体内機能すらをも切り替えることが可能。
もっとも、そこまで自在に取り扱得られる器は
あれから四千年もたつ、というのにいまだに現れていない。
必ずどこかに何らかの弊害をかかえ、ほとんどのものが属にいう、
【天使化】というものをはたしている。
「クラトス!ユアン!」
二人が町にはいるとともに、ぱたぱたと奥のほうからかけてくる一つの影。
「ミトス」
「ユグドラシル様」
ユアンがつぶやき、クラトスがその場にすっと膝をつく。
そんなクラトスをユアンは眉をひそめ、見下ろしつつ、ぎゅっとその手をつよく握り締める。
あのとき、十四年前にクラトスがクルシスにもどってきてから
クラトスのミトスに対する態度はかつてのもの、ではなく。
あくまでも主従関係である、というのをこうして全面にだしている。
ユアンはそのたびに、一瞬、ミトスが悲しそうな表情をしているのにきづいている。
クラトスは気づいているのかいないのか。
そして、今回の神子がよりマナがマーテルに酷似していたものが生まれた。
というのもあったのだろう。
まさかミトスがクラトスに命じて神子の護衛を言い渡す、とはおもわなかったが。
クルシスにもどったクラトスは、一度は裏切りをみせた、という理由にて、
その身分こそ四大天使のままではあったが、実質デリス・カーラーンに軟禁状態であったというのに。
何かがあればクラトスがプロネーマに指示をだし、
クラトス自らがシルヴァラント側の地表に赴くことはありえなかった。
地上におりる許可をミトスは出していなかった。
だというのに。
監視すらつけずに…いや、監視はどうやら途中からついていたらしい。
よりによってあのプロネーマに。
それをおもうとユアンは歯がゆくもあるが。
彼女はミトスを想っている。
それが悪いこと、とはおもわない。
実際、ユアンもミトスが自分を想ってくれているものがいる、というのをしり、
少しでもかつてのミトスにもどれば、とおもったことすらあった。
しかし、ミトスはプロネーマをあくまでも駒、としてしかみていなかった。
それでも、とおもっていた。
かつて、自分がミトスとマーテル達が甘いことをいうのを目の当たりにし、
その挫折がみたくて旅に同行し、それでもマーテルと両想いになったように。
しかし、ミトスにはマーテルしか目にはいっておらず、
…決定的だったのは七十年前の出来事。
前回の神子、アイトラの出来事。
あの姿は、マーテルの姿そのものだったのに。
…ミトスは顔色さえかえなかった。
レネゲードの組織を強化しはじめ、ミトスを…クルシスをとめよう。
そうユアンが心につよく誓ったのはあのとき、といってよい。
子供をかばって命を落とした神子アイトラ。
その姿は大いなる実りを命をかけて守り切ったマーテルの姿そのものだった。
というのにもかかわらず。
…ミトスは、その姿をみても、やはり失敗だったか。掃除が大変だな。
といってその場を立ち去った。
たしかに、当時、遺伝的に次の神子が器にふさわしい、と
デリス・カーラーンのメイン・コンピューターははじき出していた。
でも、だからといって。
ウィルガイアの管制室。
そこでみた光景をユアンは忘れたわけではない。
そして、おそらくはクラトスも。
救いの塔でのあの光景。
あの光景をみて、ユアンは完全に腹をきめた、といってよい。
必ず、マーテルを助ける…助ける、とはマーテルの完全なる死。
すなわち精神体の…消滅。
あの血の海に横たわる少女の姿は、
まぎれもなくあのときのマーテルそのものだった、というのに。
ミトスはそれをみても何の感情も示さなかった。
あのとき、神子が死んだ光景をみて、ユアンは管制室からでていった。
その光景はあまりにも…あのときのことと酷似していて。
出て行ったユアンの耳にとどいたは、ミトスの…ユグドラシルの声。
掃除が大変だな。
そう淡々とつむがれたあの冷たいまでの声は、いまでもユアンの耳にこびりついている。
ヒトはあまりにも悲しいこと、つらいことなどを見続けていると、
感覚がマヒする、それはユアンとてわかっていた。
わかっていても、心のどこかでミトスならば、という思いもあった。
そしてそれはおそらくクラトスも同じだった、のだろう。
自分がクラトスを説得し、二人でミトスを止めよう。
このままでは大地が、マーテルの愛した大地が、
それこそ精霊の盟約の裏切りにより消滅してしまいかねないから、と。
おそらく、あの光景をみて、クラトスは地上におりた、のだろう。
神子アイトラの護衛をしていたのもほかならぬクラトス自身でもあった。
ユアンそしてクラトスはしらないが、
アイトラの手紙でクラトス、という護衛のヒトがついていてくれる。
というのはこっそり、祭司たちの目をぬすみ、
ネコニンギルドをつうじ、アイトラは妹に手紙を託していた。
心配しているであろうたった一人の妹を想い。
だからこそ、どうかんがえてもあからさまに怪しすぎる登場をしたクラトス。
そんなクラトスの名をきき、少しだけ考える素振りをみせたが、
姉が信じていた傭兵とおなし名のものならば、
とおもい、イセリアの聖堂にてファイドラが護衛を依頼したことをクラトスは知らない。
地上に降りたクラトス。
そしてであった…ロイドの母親、アンナ・アーウィングとの出会い。
そして生まれた子供であるロイド。
地上にいたクラトスをみつけ、会いに行ったときのあの衝撃。
そのときのことをユアンは忘れてはいない。
そして…そのときにクラトスからいわれたその言葉も。
息子の夜泣きがひどくて、海岸へいっている。
そういわれたときのあの衝撃とあきれは、何ともいえないものがあった。
というか、自分達天使体にも子供ができたのか!?
という思いもあったのもまた事実。
そういった性欲、というものは天使化した時点で抑制することができており、
ゆえにその可能性をまったく考えてすらいなかった、のだが。
というか、あのクラトスが子供をつくる行為をした、というのが、
ユアンからしてみれば寝耳に水、ともいえた。
なぜに逃亡生活をつづける。
そうきいたユアンに、クラトスはきっぱりとこうこたえた。
お前と同じだ。ミトスの千年王国を阻止する、と。
たった一人で何ができるとおもっている、というその言葉に、
しかし、クラトスは切り札をもっている、ともきりかえしてきた。
しかしその切り札はクラトス自身の命をかけた切り札といってよい。
あのとき、ミトスが姉の精神を他にうつそう、といったとき、
オリジンの処遇をミトスが即座に考え付き、クラトスが立候補したあの。
ミトスを討つ。
そういったあのときのクラトスは覚悟をきめていた。
おそらく、家族を無事にイセリアに送りととどけられていれば、
今のようにはならなかったのだろう。
クラトスが死ぬか、ミトスが死ぬか、それとも討死か。
いやもしかしたら。
あのとき、そうか、と納得したのは、クラトスが命をかければ、
もしかしたらミトスも正気を取り戻すのではないか?
と少なからずユアンは心の奥底で期待していたのもまた事実。
結局はクラトスの存在がばれ、クヴァルの余計な介入でクラトスの決意は無とかしてしまったが。
家族を守れなかった、その無力感はクラトスから感情、というものを一切奪い去った。
あのミトスですら狼狽し、心配するほどに。
「ランスロッド達は!?」
開口一番、かけてきてそうきいてくる、ということは、
気になってはいるのであろう。
「無事に封魔の魂炎は祭壇にくべられました」
その場にて膝をついたまま礼をとるクラトスをちらり、とみたのち
かるく溜息をつき、そして。
「…そう、よかった。こっちもひとまず決着はついた。
が、忌々しい。首謀者とおもわれる輩はすでにヤトが逃がしたあとだった。
ああ、そうだ。ユアン。テセアラの管制官としてのお前に命ずる。
書物がもたらした影響はどうやらここだけ、ではないらしい。
サイバックにしろ、首都にしろ。影響があらわれている。
すぐにそれらの影響をまとめろ。魔族のやつらに好きにさせるな」
「…かしこまりました」
「ユグドラシル様はどうなさるのですか?」
「僕は……」
膝をついたまま、ミトスにといかけるクラトスであるが。
ミトスが何やらいいかけたその刹那。
「ミツケマシタ、ミトス、さん」
ふと背後からきこえてくる第三者の声。
「…ちっ。まいた、とおもったのに」
その声をきき、舌打ちするミトスに。
「おお!ミトスどの!よかった!ご無事でしたか!
さきほど連絡がありました!リーガルさまも目覚められたようです!」
ぱたぱたと、走ってくる気配が数名。
そちらに視線をむけてみれば、
たしか今現在、レザレノの社長代理をしているとかいうジョルジュとなのりし人物と、
そしてまた、かつてマーテルの器、としてうみだされた自動人形の姿が。
「――クラトス。僕はうごけない。
しかしやつらは報告を求めるだろう。うまくごまかしつつ説明しておけ」
「御意に」
クラトスがうなづいたのをうけ、
「タバサさん。それにジョルジュさんも。え?リーガルさんに何かあったんですか?」
しらじらしい、とおもう。
まちがいなく、ミトスは現状をしっていたであろうに。
それをきき、おもわずクラトスはぎゅっと手を握り締める。
相手にみられれば違和感を感じられるがゆえ、彼らの姿がみえる寸前、
クラトスは立ち上がってはいるが、その手はつよく握り締められていたりする。
爪がクラトス自身の手のひらにとくいこんでいることに、クラトスは気づいていない。
「あれほどいた異形のものはなぜか溶けるようにきえてしまいましたし。
しかし油断は禁物、です。あなたが無事でよかった。
あなたの身に何かあれば、私はリーガルさまに申し訳がたちませんし」
「すいません。あまりの濃い霧で道に迷ってしまってて……」
「無事で何よりです。あなたがたも、ひとまずホテルのほうへ……」
「私はこれで失礼する。用事ができたのでな」
霧の中からあらわれ、ホテルにいざなおうとする彼らにたいし、
ユアンがくるり、と踵をかえす。
たしかに、ミトスのいうように被害がここだけ、ではないのならば
きちんと把握しておく必要があるだろう。
そして…あのとき。
光とともにきこえたあの声。
あの声は、やはり。
――ご苦労だったな。
本がもえつきたあの一瞬。
たしかにきこえたあの声は。
だからこそ、時間がない、とおもう。
それに、どうしてあのタイミングで。
あの声がきこえたのとほぼ同時にどうしてあの子供があの場にあらわれたのか。
まさか、とおもう。
あの子供のマナはあきらかにヒト。
精霊のそれ、ではない。
精霊の気配、ましてや加護をうけている気配は感じられない。
が、だがしかし。
彼の配下たるソルムはそういった気配すらをもごまかす幻影にたけていたのではないか、と。
時間が、ない。
全ての精霊の契約が済んでからにしよう、とおもっていたが。
そう悠長なことはいっていられないかもしれない。
しかしそのためには準備がある。
ミトスの申し出…一度あちらにもどれ、というのは、
そのための準備をするのにまさにうってつけともいってよい。
システムに気取られてしまえば計画は水の泡。
だからこそ、ユアンはこの命令を好機、ととらえる。
この調子では彼らはしばらくこの地に足止めをくらうであろう。
ならばそれまでに、最低限の準備をあちらでも整える時間がある、ということ。
精霊アスカとルナの解放。
それとともに同時に大いなる実りにマナを照射すべく。
大樹を芽吹かせれば、いやでもわかるであろう。
あの精霊が起きているのかどうか、ということは。
「私も詳しいことはわからない。光につつまれ、気が付いたら学術資料館の一角にたっていた。
ユアンとともにひとまず、あらわれたエミルにお前たちを託したのち、
この地、アルタミラにやってきたからな」
コップに手を一瞬かけるが、すぐにコップを机の上においたまま、
クラトスが腕をくみながら、いつのまにか言い合いをやめたらしい、
リフィル達にむかって説明を開始する。
あれからほぼ一日たっているのに気づいているのか、とクラトスが問えば、
リフィルはわかっている、ともいう。
リフィル曰く、ここにくるのがおくれたのは、
ロイドがなかなか目をさまさずに、彼をおいて移動する、
というのが躊躇されたからだ、という。
その言葉に一瞬、クラトスが眉を動かしたのにきづいたは、
リフィル、コレット、ゼロス、そしてエミルの三人、のみ。
コレットはロイド達とともにいまだに絵に夢中になってはいるが、
彼らの会話をきいていないわけ、ではない。
もっとも、興奮し、絵に夢中になっているロイドとジーニアスは、
そんな彼らの会話はまったくもって耳にすら入っていない。
「サイバックと、ここアルタミラはかなり離れているとおもうけども。
やはり空を飛んできたのかしら?」
それはリフィルなりの素朴なる疑問。
クラトスはこれでも天使。
しかも、クルシスの四大天使、という幹部の一人だ、という。
いまだにその実感はないが。
「いや。デリス・カーラーンの転送システムを利用した。
この地は彗星デリス・カーラーンの支配権の中にある。
ゆえに、かの地で把握できる場所に座標さえわかっていれば、
どんなに離れていても瞬間的に転移は可能だ」
「…魔科学の技術、ね。とても興味深いわ。
その転送技術、魔科学でなければむりなのかしら?」
「どうかな?まずはすべてをマナの状態にまで一度分解し、
さらにそれを再構築する必要がある。
われらが生まれたときには、普通に地上にも転送装置があったが、
かつての技術でもそれらは開発はできなかった」
クラトスのいっていることには嘘はない。
大樹が枯れ、マナが少なくなっていたあの世界では、
それよりも前の動乱のときのように、マナを大量に消費する魔科学。
それらはあまり発展してはいなかった。
それでもシルヴァラントもテセアラも属国に銘じ、
より相手より有利にたつべくその開発、研究をやめなかった。
――あまりにも愚かなる、ヒト。
マナがたなりなければ、それこそヒトや魔物すらさらい、
そこからマナを取り出してまで、彼らは研究を続けていた。
本当に、愚か、としかいいようがない。
そして…ヒトはマナを切り離しても、にたようなことをしはじめた。
魔科学と科学を組み合わせ。
あのとき、マナを切り離しただけで認識できないようにする。
そこまでの理をひかなかった。
それがそもそもの原因だったのかもしれない、と今だからこそラタトスクは思う。
マナを認識できなければ、精霊も認識できず、
かの地にアスカがとらえられ、あの地で魔科学が再び発展していくこともなかった。
エミルが目の前でそんなことを思っていることなど、当然クラトスは気づかない。
「しかし、デリス・カーラーンのマナは豊富。
かの地にはそういった設備がかなりのこっており、
さらには無から有を生み出すシステムすらあるからな」
あれがあったからこそ、今のクルシスがあるといってよい。
その台詞にぴくり、とエミルが反応する。
やはり、あの装置類をミトスは使っていたのか、と。
そうではないか、とおもったが。
…かつてあの地にすまうもののためにつくっていた装置がアダとなったか。
あれは魔科学、ではなく純粋に自らのマナを物質化できるように、
ちょっとした簡単なシステムというか装置を設置していたのだが。
とうやらそれを悪用されてしまったらしい。
そもそも、この地におりたち、彼らをみとどけたのち、
自分はふたたび、どこかに世界をあらたに創るべく、
彗星とともに宇宙空間を旅するつもりであった。
彗星に残されている数多の動植物のために、あれはそのままにしておいた、のだが。
どうやらそれが裏目にでてしまった、らしい。
まあ、地表にある自然を手付かずのままに残していることは評価できるが。
ミトスが手をくわえたのはどうやら彗星内部のみ、であるらしい。
「興味深いわ。たしか、デリス・カーラーンは巨大なマナの塊の彗星、とか」
「そうだ。ユアンからきいていたか。そのとおりだ。
母なる星、彗星デリス・カーラーン。
正確にはたしか、ネオ・デリス・カーラーン、といったか。
本来、エルフ達の故郷である惑星。
そこから新天地をもとめ彗星に移住したものたちがそう名付けた、という。
彗星に大樹カーラーンが移植され、いや、移植、というのはおかしいか。
大樹の精霊ラタトスクの手により彗星にうつされし大樹カーラーン。
元々の惑星にはかのものの力によって株分けされた新たな大樹がのこったという。
たしか、その名を……」
そこまでいい、はっとクラトスは思わずエミルをみる。
救いの旅の最中、ぽつり、とそういえば、その名をエミルはつぶやいたことがなかったか?
あのときは何ともおもわなかったが。
ノルン。
惑星デリス・カーラーンにのこっている、というもう一つの大樹の精霊。
「彗星には大樹はないのかしら?」
「ない。たしか、かつてミトスがラタトスクから聞き出したのは…
あれも精霊の力の一部、らしいからな。必要なかったのだろう」
そして、そんな力があるにもかかわらず、地上をほうっておいたのは、それは。
「?でもどうして。その精霊さんは、そんな巨大なマナがあるのなら。
すくなくとも、古代大戦とよばれていた争いをどうにかできたのではないのですか?」
セレスの疑問は至極もっとも。
そんな巨大な塊ともいえるマナがあるのならば。
「…かの精霊は、あまりにも愚かな争いを繰り広げるヒトに失望し、
すべてを無にし、世界を海にて還したのち、
再びゼロから世界を再構築するつもりだったようだからな」
セレスの質問に盛大に溜息をつきつつクラトスがこたえる。
「それをしり、ミトスが必至に説得し、大地の存続、という盟約をとりつけた、のだが……
その条件こそ、それが大樹を芽吹かせること」
その前提、として大戦の終結、というものがあった。
「……今の現状をあの精霊がしってしまえば、どう行動してくるのか。
それは私たちでも予測はつかない。
盟約をたがえた、という理由で地上の浄化を行いかねないのもあるしな」
「その精霊はどこにいる、のかしら?」
「ギンヌンガ・ガップだ。しかしあの地は我ら大樹の守りをもちしもの。
それ以外のものははいりこむことはできはしないぞ?
かつてわれらが出向けたのもセンチュリオン達や精霊のみちびきがあってこそ。
普通、かの地にはいりこんだものは、問答無用で排除されるらしい。
その奥にある魔界の力を悪用されぬためにも、な。
そして…その入口は、ここより北にある異界の扉、だ。
だからこそかの地は二つの世界を結ぶ」
「二極…そう、そういうこと、なのね」
クラトスの説明にリフィルが考える素振りをみせつつぽつり、とつぶやく。
かつて、二極説をききはした。
まさか、あの地がそのような場所だ、とはしらなかったが。
精霊が住まう地につづいているといういわば、裏の聖地。
ヒトに知られていないのはその危険性ゆえ、なのだろう。
魔界の扉、境界をまもっているという精霊ラタトスク。
よく深い人がその力をしればこぞってその力を手に入れようとするだろう。
それこそ…あのアビシオンやくちなわのように、
魔族の力を、よりつよい力をもとめ。
「あの?クラトスさん?それ、今の状況には関係ない、ですよね?」
余計なことを、ともおもうが。
まあ、今現在、いくらクラトス達でもあの地にはいりこめば、
とある罠が発動し、彼らも最奥まではたどりつけはしない。
そのような罠を設置してある。
大樹の加護を、世界の加護をもちしもの、
デリスエンブレムをもちしものを石化する、というちょっとした罠を。
「そうそう。俺様達が知りたいのは。
その精霊様、のことでなくて。あれから何があったのか、なんだけどよ?」
エミルの言葉に続き、ゼロスもそんなクラトスにと問いかける。
なぜここでクラトスがそんな話をしたのかゼロスにはわからない。
が、おそらくあの声に原因があるのだろう。
彼らはどうも精霊ラタトスクと面識がある模様。
そしてあの声が、精霊、としての声ならば。
…エミルくん、ほんっとどこか抜けてるところがあるよな。
そんなことをふとおもい、内心溜息をつくゼロス。
たしかに、あのテネブラエという闇のセンチュリンがいっていたように、
主…エミル様はどこか抜けていますから、という言葉も納得できる。
そもそも、ロイド達と一時わかれていたあのとき。
地上では甘くなられるからとか何とかとか、つぶやいていたテネブラエのセリフは、
しっかりとゼロスは捉えている。
テネブラエは内心で呟いたつもりであり、
まさか口にだしていた、とは今だに気づいていないのだが。
「そう、だったな。話が脱線したな」
クラトスとしては無意識なれどどこかで話してしまいたかったという気持ち。
それもあり、この場にて話してしまったに他ならない。
あの声は。
まちがいなくあの声は。
あの間で、ラタトスクの間で、封印の間で、ミトス達とともにきいたあの声。
まちがいなく、あの光の中できこえたあの声は、精霊ラタトスクのものだった。
これは確信。
世界を覆っていた異常気象。
…エミルの同行とともに収まった異常。
これまであまり考えないようにしていた偶然の一致とはいいがたい様々な現象。
魔物を使役でき、かのシルムルグすら使役し、
さらには精霊達とクラトス達ですら知らない言語と話すエミルという少年。
ふと、思い出すはミトスが精霊と交わした、という約束。
地上世界を一緒に旅をしようよ!
そうミトスはいった、という。
大樹を復活させたあかつきには、皆で世界を旅をしよう、と。
でもしかし、その考えはクラトスは脳内で否定する。
あの精霊がこんな状態であの地ほうっておいて地上にでてくるはずもない、と。
だとすれば、やはり精霊の何らかの意図をうけた何者か。
かつてセンチュリオン達からきいた、ディセンダーという存在は、
大樹がない以上、依代となりしものがない以上、ありえるはずもない、ともおもう。
しかし、ならば、
これまでの旅で時折、息すら苦しくなるようなあの空気は何なのか。
という説明がつかない。
…ある一つの可能性を持ち出せば全て解決してしまう。
だけど…どうみても、そう、だとはおもえない。
というか、絶対にあの精霊はここまでお人よしではない。
断じて。
その思いがクラトスの思考を鈍らせている。
よもやヒトに模したとき、その傾向がつよくなることがあるのだ、
という事実をクラトスが知るはずも、ない。
クラトスから語られる言葉はリフィル達がみずほできいたこととほぼ同じ。
クルシスの天使が介入し、この異変の手助けをしていたことや、
人々がひかりとともに、一年以内に行方不明になっていたものたちが、
突如として気絶している状態にしろあらわれた、ということ。
それ以前に行方不明になっているのもは、あいからず行方不明のまま、らしいが。
くちなわとともに里をでたものたちも、次々とアルタミラや、
首都メルトキオ、サイバックなどでみつかった。
そうリフィルはロイドが目覚めるより前に服部平蔵達から聞かされている。
それらの内容とクラトスが語る内容はほぼ同じ。
それが当事者視点なのか第三者が介入した視点か、の違いだけ。
しばし、クラトスによる今の現状の説明ガ、リフィルたちにとなされてゆく――
みずほの里からアルタミラへ。
「ジーニアス、リフィルさん!みんな!よかった、無事だったんですね」
「み、ミトス…?」
リーガル、そしてクラトスから説明をうけ、空中庭園にとむかったはいいものの。
そこにいる少年の姿をみて思わず足をとめてしまう。
そんな彼らにそちらのほうが気づいたのか、
ほっとしたような表情をうかべつつジーニアス達のほうにとかけてくる人影ひとつ。
金の髪がふわり、と海風にとなびく。
リフィルはリフィルでその姿を見て何か考え込む素振りをみせ、
コレットはその姿をみたのち、困惑したような顔をうかべているのがみてとれるが。
皆が皆、思うことはほぼ同じ。
あの場でであったあのミトスと、このミトスは同一人物なのであろうか。
おそらく、そうなのだろうが。
しかしだからといって、完全なる確証、というものが少したりないがゆえの困惑。
もっとも、ゼロスとエミルは元々それをしっているので、
他のものと比べて困惑したような素振りはまったくみられないのだが。
そしてまた、マルタとセレスもあの場にはいっていなかったがゆえ、
なぜにリフィルやジーニアスがいつもと違う反応をしているのか理解できていない。
「そういや、あの場のミトスとこのミトス、そっくりだよな」
服も装飾品も何もかもそっくり。
そっくり、というかほぼうり二つ。
ロイドが駆け寄ってくるミトスをみてぽそり、といえば。
「おいおい。ロイドくん。世の中、そっくりの人間は三人いるっていうんだぜ?
あの英雄様は四千年前の記憶なんだろ?
現代でもそっくりなものが三人はいるっていうんだし。
実際、そっくりなものがいても不思議じゃないだろ?
いい例がそこにもいるしな」
「?」
いいつつ、エミルをすっと指さすゼロスの姿。
そんなゼロスの様子をみて、すこしばかりちょこん、と首をかしげるエミル。
事実、世の中には似た人間が三人はいる、とまことしやかにいわれており、
ドッペルゲンガー、すなわちもう一人の自分と出会えば死んでしまう。
といったような都市伝説すらあったりする。
シルヴァラントそんな伝説があるかどうかはわからないが、
しかし、似た人物が三人いる云々、というのはかわりないであろう。
ゼロスとしては別にミトスの正体がこの場でばれてもかまわないとはおもうが、
一応、ミトスの正体を気取られないように、と以前命令をうけているのもある。
ゆえに、その命令通りに、無難な、それでいて納得できるような嘘をいっているに過ぎない。
「あ~。いわれてみれば。エミルとアステルはうり二つだもんねぇ。
髪の長さや雰囲気はまったく違うけど。だまっていた双子で通用するしね」
ゼロスの言葉に思うところがあったのであろう。
しいなが苦笑ぎみにそんなことをいってくる。
うり二つも何も、もともとそれはラタトスクがアステルの姿を模した、からなのだが。
当然そんなことをしいな達は知らない。
確かに世の中、似た人間は三人はいる。
それはまことしやかにいわれている噂。
事実としてエミルとアステルはまったく関係ないであろうに、
髪の長さや雰囲気以外ではうり二つといってよい。
実際、しいなもエミルをみてアステルと勘違いしたほどなのだから。
そんな彼らの様子をみつつも、
「みんな、どうかしたの?」
ちょこん、と意味がわからない、とばかりに首を傾げ、
一行の前にかけよってきたミトスがきょとん、としつつも問いかけてくる。
これが演技だ、と見抜けるものはそうはいないであろう。
おそらく彼らはあの地で過去の自分に出会ったはず。
しかし、こちらが指示をしたわけではないのに神子のこのいいようは。
たしかに助かりはするが。
事実、彼らがそのことをいってくれば、ミトスはそう切り出すつもりだった。
言い訳も考えている。
ものすごく嬉しそうに、そんな、古代の勇者とそっくりなんて、うれしい!
とか何とかいえば、単純なロイド達のこと。
いともあっさりとだまされるだろう、という確信もあった。
だが、それらを表情に微塵もあらわすこともなく、
皆の態度がわからない、とばかりに
首をかしげ何もしらない演技をしているミトスの姿がそこにはある。
「そういえば、男の子にミトス、と名付けるのはよくあること、なので。
名と姿がたまたま偶然にも一致してても、不思議ではない、と?」
そんなゼロスのものいいに、プレセアがかなり疑問におもいつつもといかける。
プレセアもあの地でであった勇者ミトスを忘れたわけではない。
が、ゼロスの言い分も一理あるな、とおもうのもまた事実。
しかも、現代にすら似たものは三人いる、といわれているのに、
彼らは四千年前の人物。
まあ、その四千年前の人物がいまだに生き続けている、というのは、
クラトスやユアンをみるかぎり、それはもう決定事項、なのではあるが。
「…ええ。そうね。そういうこともあるでしょう」
リフィルはそんな彼らの会話をききつつ、無難な返事をぽつり、とつぶやく。
そもそも、ミトスを介抱したときに、ミトスの旨にエクスフィアがあることは、
リフィルはかつて確認している。
もし、あの石がエクスフィアはエクスフィアでも、
クルシスの輝石こと、ハイエクスフィア、とよばれているものだとするならば。
ミトスが同行するようになってからのち、
コレットをクルシスが率先して奪いにこなかった、というのもきにかかる。
おしむべきは、あちらの相手はこちらのマナを見極めることができたのに、
あちらのマナはこちら側からはわからなかった、という点であろう。
あの地にいた彼らはあくまでも精神体。
器、というものが存在しておらず、ゆえに、器のマナの形をリフィルとてつかめはしなかった。
そもそも、マナのありかた、というのは魂、そして器が一体となってあるものであり、
魂だけでいけば、はっきりいってすべての命が同じマナをもっているといってよい。
魂そのものに区別、というものはラタトスクは創り出していない。
つまり、生前が動植物であったりするものもいたりする。
もっとも、そういった前世における記憶というものはまず引き継ぎをせずに、
生まれ変わるのが定番、だが。
ウィノナのようにある契約というか盟約のもと、魂を持続させている、というものは例外なれど。
「ま。そういうこったな。プレセアちゃんのそっくりさんもきっといるぜ?
さがせばロイドくんやがきんちょのそっくりさんも」
「うげ。俺のそっくりって……」
ゼロスのセリフに一瞬、幾人も自分のそっくりさんがいるのを想像し、
思わず顔をしかめているロイド。
そういえば、かつてはデクスがソルムの力でロイドにばけていたな。
ふとゼロス達の会話をききエミルはそんなことを思い出すが。
あれもあるいみで、そっくり、のうちにはいるのであろう。
「きっと、そっちのロイドのそっくりさんは、ロイドみたいにバカじゃないね」
「何だと!?どういう意味だよ!ジーニアス!」
「ロイドみたいな単純バカが何人もいたら世の中間違ってるよ」
言えてる。
さらり、というジーニアスのセリフに、言葉にしなくても、
ほぼこの場にいるほとんどのものの心が一致する。
しかし、ゼロスの今のものいいで、ロイドはそれで納得してしまったようではあるが、
リフィルはたしかに、そういうこともあるだろう、とはいっても、納得はしていない。
ミトスがもしも、本当にあのミトス・ユグドラシルならば。
そしてまた。
ちらり、とエミルとミトスをみつめるリフィル。
これまで、時折、エミルはミトスのことをしっているような素振り、そんなそぶりが時折あった。
ロイド達は気づいていなかったようではあるが。
エミルのマナはたしかに人のマナ。
しかし、世界を生み出すほどの力をもっている精霊ならば、
しかも、おそらくマナを生み出すこともできるであろう精霊ならば。
それらに擬態することも簡単のはず。
事実、世の中には、自然界にいきる動植物でも周囲に擬態したりするという生き物はいる。
そして、あの中で聞いた、ミトス・ユグドラシルの言葉。
精霊ラタトスクと、地上を旅をする、と約束している。
たしかにそう、あの彼はいった。
精霊は約束をたがえることは絶対にない。
それは不変、ともいえる定義。
だからこそ精霊の契約は絶対で、精霊もまた二重契約なんてものは絶対に交わさない。
常に契約する相手は一人のみ。
ヘイムダールで勇者ミトスの名が禁忌とされていた理由。
それは精霊と契約しているにもかかわらず、勇者ミトスが精霊を裏切ったから。
あの当時まだ幼かったリフィルはその意味をあまり深く考えなかったのだが。
今ならばわかる。
精霊との契約のたびに、エミルが精霊と交わしていた言葉。
あの意味不明な言葉の旋律。
でも、もしそうだとするならば。
エミルの考えもわからないが、このミトスの考えもわからない。
コレットを姉の器にしたい、とおもっているというユグドラシル。
でも、コレット達とともにいる彼も演技をしているようには思えない。
まるで、彼らといるときには、素のミトスの本質が現れているかのごとく。
それすらも演技でしかない、というのだろうか。
わからない。
ちらり、とリフィルがリーガルに視線をむければ、リーガルもかるく首を横に振る。
リーガルとてあの地でミトスをみたがゆえ、
ゼロスのいうように、他人の空似、それだけではない、と確信をもっている。
いるが、確証がないのもまた事実で。
でも、もしもそうだとするならば。
壊滅したオゼットの村で怪我の一つもなく、
服が全く汚れもせずにあの地で彼が倒れていた、というのがうなづける。
うなづけてしまう。
わざとあの地で倒れる格好をとり、何らかの目的で旅に同行しているのだ、と。
そういえば、ミトスも一緒に旅をしよう、といいだしたのは誰だったか。
アルテスタがいればアルテスタに預けるという方法もとれたが。
アルテスタは自ら兵士たちに自主をし、あの家は今や無人。
「そういえば、ミトスは大丈夫だったの?
きけば、ミトス、このアルタミラでいっとき行方不明になってたって」
あの場にいなかったマルタは勇者ミトスの姿を目にしていない。
だからこそ、疑問におもうこともなく、素直に聞き及んだ話。
すなわち、この地においてミトスがいっとき連絡がつかなくなっていた。
その話をきき、心配したようにと問いかける。
目の前にいる以上、問題はなかった、のであろうが、確認のための問いかけ。
「あ。うん。あまりに霧がふかくて。みんなとはぐれちゃったんだ。
でも、問題ないよ。きみたちは?」
「私は、エミルとセレスといっしょにみずほの里でまってたから」
ミトスにとわれ、首をすくめつつも答えるマルタ。
「そう、なんだ」
ならば自分の姿をあの場でみていないのだろう。
だからこそ、こうして今までと同じ反応、ということか。
内心ミトスはそれゆえに納得する。
一方で、
「そっか。世の中そっくりさんはいるってことなんだよな。うん」
「・・・・・・・・・・・・・・」
ミトスが予測していたとおり、とはいえ。
あっさりとゼロスの言い分を信じ、それで納得しているらしきロイドの姿。
一人、うんうんうなづき、そして。
「あのな。ミトス。封印の書物の中で勇者ミトスにあったんだけど」
ぽん、と手をたたき、いいこと思いついた、とばかり。
これをミトスにいったらどんな反応をするのかな?
という多少のいたずら心をこめつつも、
さらり、と当事者たるミトスにむけていきなり確信をついたことを言い出すロイド。
「勇者ミトス?僕の名前の由来ですね。それが?」
「そいつ、お前にそっくりだったんだ!すごい偶然だよな!」
「そうなんですか?でも僕、うれしいです。古代の英雄にそっくりだなんて」
さらっとあの中でミトスにあったことを暴露しているロイド。
それをきき、思わずこめかみに手をあてているリフィル。
そんなリフィルのようすをちらり、と横眼でみつつも、
無邪気に、それでいて心の底から嬉しそうにと演技をしつついっているミトス。
伊達に国家と渡り合っていたわけではない。
ミトスのこの演技を見抜けるものはそうはいない。
もっとも、仲間であるユアンやクラトス、そして姉のマーテルならば簡単なれど。
「ほんとうに偶然ってあるんだなぁ。服もにてたし」
いや、似てたのではなくてまったく同じだったのでは?
役職がらリーガルは他人の服などにも目ざとい。
あの場できていたミトスの服と目の前のミトスの服はあきらかに同じ材質。
もっともあの地において材質とかいうのが正確なのか、という疑問はありはしたが。
そもそも、精神力さえつよければ、個人でも何かを生み出せるような空間。
そんな理解不能の空間だったのだから。
それをユアンから戦いの最中きかされたとき、リーガルとて唖然としてしまったが。
強い意志さえあれば、ここでは何でもできる。
もっとも制限はありはすれど、このように。
といって、無の空間から突如として武器を取り出した。
それこそ、掲げた手の中に、突如として武器が出現したといってもよい。
ついでに、ミトスが意識しただけで巨大な砂時計が現れた、というのもあった。
ミトス曰く、あの地は強く念じればたいていのものはそうして実体化、
つまりは物質化させて手にすることができる、らしい。
それが疑似空間でもある魔海ニブルヘイムの特徴。
意志の力がそのまま力になる、とのことらしかったが。
そのあたりの詳しい理屈まではリーガルもわからない。
何となくだが理解はできるが。
そしてそれはリフィルとて同じこと。
ちなみにプレセアはあまり深くそこまで考えておらず、
そういったものだ、という認識であったりする。
ロイドに至ってはあの地で説明をうけてもまったくもって理解すらしていなかった。
そのせいなのかはわからないが。
ロイドはいともあっさりと、ゼロスのいった他人の空似説。
それを完全に信じ切ってしまったらしい。
ヒトを疑うことをしないロイドゆえ、といえばそれまでだが。
少しは思慮というか疑問に思うことも必要だ、とおもうのは、
おそらくリフィルやゼロスといった面々だけではないであろう。
事実、ミトスも思惑通り、とおもっていながらも、
内心、だから、ロイドって本当にクラトスの子供なの?
とかなり疑問におもっていたりするのだが。
そんな彼らの心情にまったくもってロイドは気づいてすらいない。
「そうなの?でも、とりあえず。みんなが無事でよかった。
こっちは何かいろいろとあったし。ヤトって人は死んだらしいけど。
でも、原因となったくちなわって人は行方不明だって」
ロイドの台詞にすこしばかり首をかしげ、
とりあえず無難な、というか彼らが知りたいであろうこと。
まあ、このあたりはクラトス、もしくはリーガルから説明をうけているであろうが。
しかし、今のミトスは彼らがそんな説明をうけていた、というのを知らないことになっている。
この屋上にきてたまたま彼らと出会った、という表向きはなっているがゆえ、
ミトスはそんな彼らにと説明する。
そのことより、彼らが抱いている懸念を少しでも薄くするために。
そういって、
「アリシアさんのお墓まいり?」
彼らがここにくる、とすればそれしか思い当たらない。
ないが、根性だな、ともおもわずにはいられない。
エクスフィアを失っても根性で妹の体内にとどまっているアリシアの魂。
普通は依代となりしものがあったとしても、時とともにその力を失うのに。
しかし、アリシアは身内に、みずほ流でいえば取り憑いたがゆえに、力は失われてはいない。
むしろ、彼女の目的のために姉の体を姉が眠っていたりする間に使っている。
実際、アリシアが姉の体…しかも成長している姿にて
リーガルにエスコートされて舞踏会にでたこともあり、
上流階級にはまことしやかに、あのブライアン公爵が相手をみつけた。
というような噂が流れていたりする。
それとともに、ようやく国王陛下の懇願もあり、牢からでてきているらしい、とも。
そんなミトスの問いかけに、
「ああ。そういえば、ミトスはどうしてここに……」
ロイドがミトスに改めて問いかけようとしたその刹那。
「ああ、やはりみなさん、こちらでしたか」
ロイド達にとっても聞き覚えのあるこえがきこえてくる。
一瞬、その姿をみてプレセアが顔をしかめるが。
そもそも、この人物がいらないことをしたから、
という思いはどうしてもプレセアからしてみればぬぐい捨てきれない。
アリシアをヴァーリに引き渡したのはこの人物だ、という。
つまりは、エクスフィアの実験体になるとわかっていても引き渡した相手。
自分のように納得してというかわかっていて、ならばまだいいかもしれない。
けどおそらく、妹はそれすらわからないままに。
そうおもえばどうしても好きになれ、というほうがどうかしている。
面とむかって二人きりになればプレセアは彼に問い詰める自信がある。
身分が違う、というのはわかる。
わかるがどうして引きはがすのに、そんな実験につかわれ、
命すら危ういとわかっていたであろうに、ヴァーリなどに引き渡したたのだ、と。
彼さえ余計なことをしなければ――
その思いは決してプレセアの中で消え去ってはいない。
この人物がアリシアを引き渡しさえしなければ、
自分はこうしてリーガルを恨むこともなかっただろう、とおもう。
そしてリーガルも。
愛していた、という。
妹を、アリシアを。
殺したのをずっといまだに悔いているように。
プレセアとてそんな状態になってしまえば、そうするしかない。
そうおもうだろう。
異形の存在。
自我を失い、無関係な人々を手にかけてゆく大切な人。
止めるためには、殺すしかない。
元に戻す方法すらわからない状態、では、これ以上罪を重ねる前に、いっそ自分が。
そうおもえる。
それはわかる。
理屈では。
でも、だからといって、許せるはずもない。
たとえそうだとしてもたった一人の、母が死んでずっと大切にまもっていた妹を。
殺された、ときいてはいそうですか、といえるほどにヒトができているともおもえない。
でも。
それもすべては、目の前のこの初老の人物がアリシアをヴァーリに引き渡したがゆえ。
しかも、家族が面会にきている、などと嘘をついた卑劣なる罠で。
彼は知らなかったはずがないのである。
エクスフィアの実験体にされたものがどんな末路をたどるのか。
まちがいなく知っていた、とおもう。
第三者達がいる手前、面と向かっては強く批難してはいないが。
ゆえにその声をきき、おもわずプレセアが顔をしかめてしまうのは仕方ないといえよう。
「えっと。たしか、ジョルジュさん、でしたっけ?」
たしかそんな名前であったはず。
といかけたエミルの言葉に、
「ええ。ちょうどよかった。みなさんおそろいのようですね。
実は、このたびの出来事で民に何か異変があっては。
というリーガルさまの意向もあって、皆に健康診断を受けていただこう。
という話になっておりまして。簡単な精密検査ですね」
「「え?」」
さらり、といわれたセリフに思わずエミルが小さく言葉を漏らすとともに、
なぜかエミルと同様に、ミトスも小さく同じく声をあげているのがみてとれる。
おもわずまじまじと同じく声をあげたミトスをみるエミル。
エミルからしてみても声が一致したのは想定外。
そういえば、とおもう。
…ミトス、注射嫌いだったっけ。
ふと、かつてのことを思い出す。
刺す魔物などには、針をもってる輩のせいか、
なぜかちょっとした技でも倒せるであろうに広範囲にわたる術で蹴散らしていた。
もっとも、精霊達と契約してゆく過程で、魔物達をこれ以上失うわけにもいかないゆえ、
魔物達に彼らを攻撃することなかれ、と一応命じてはいはしたが。
デリス・エンブレムを授けたのちは魔物達はミトス達に襲い掛かることは一度もなかった。
さすがに、自らの力の波動を感じ、攻撃するな、といった相手の特定。
それができたようだ、と当時おもったものである。
「あ、あの?ジョルジュさん?精密検査って……」
何だろう。
記憶の中で、ぐふふふふ。と笑いつつ、注射器をもつ彼女がよみがえる。
――ディセンダーの血肉ってどうなってるのかしらね?うふふふふ。
といって、自分にかつてにじり寄ってきたあの研究者たちは……
結局、あのときは自分のマナに装置が耐えられず、装置がことごとく壊れてしまい、
彼女たちが絶叫して事なきをえた、のだが。
「クラトスどのがいうには、この地をおおっていたのは瘴気というではありませんか。
しかも、マナにとって瘴気は毒。我らの体はマナでできていますからな。
何かの異変があってから、ではおそいですし。
とりあえず、血液検査や身体検査。それらを主体に……」
「あ、僕、ちょっと用事を思い出した」
「あ、僕も」
別に今する必要はないが、逃げる口実にはうってつけ。
ミトスはまあ…血液検査、ときき、一瞬顔色がかわったのみると、
…やはりまだ注射か嫌い、らしい。
エミルからしてみてもそれは御免こうむりたい。
たしかに今のこの姿は人の姿を模している、とはいえ。
マナの保有量とか内部の構造とかまではこと細かに模してはいない。
外見と、簡単な特徴だけは違和感ないように姿を模しているが。
ゆっくりと一歩さがりつつ、この場から逃げだそうとしているミトスの姿。
エミルもまたそのままエレベーターのほうにくるり、と向きを変えようとし、
「たしかに。精密検査は必要かもしれないわね」
逃げようとしたのにきづいたのか、がしり、とそんなエミルの手をしっかりにぎり、
にっこりとリフィルがそんなことをいってくる。
「り、リフィルさん?」
何か嫌な予感がするのは、エミルのきのせいか。
「せいみつけさって何だ?蜜って、はちみつの一種か?」
『・・・・・・・・・・・・・・ロイド(さん)(くん)』
精密検査の意味がわからないのか、本気で真顔でそんなことをいっているロイド。
思わずそんなロイドをまじまじとみてしまう。
というか。
…この十七年。
ロイドは何を学んでいたのだろうか?
ちらり、と手を握っているままのリフィルをエミルがみれば、
リフィルもまた残った片方の手をおもいっきり額にあてている。
みれば、
「ロイドって……」
何やらぶつぶつとつぶやいているミトスの姿すら。
まあ、本当にあのクラトスの子供なのか?と問いかけたい。
ものすごく。
おそらくこの場にクラトスがきていたとしても同じような反応をしたであろう。
エミルだけでなくミトスもそうおもっているのであろう。
ほぼ実は二人の考えは内心一致していたりするのだが、
当然その事実にミトスは気づかない。
リーガルとまだ話があるとかでこの場にきていないようだが。
「はちみつかぁ。ロイドがとってくるはちみつおいしかったよね。
ダイクおじさん特性、はちみつ漬けのオレンジおいしかったなぁ」
「そういや。おやじ。今年もつくってるのかな?砂糖とはちみつのオレンジ漬け」
ロイドの台詞にふとコレットが反応し何やらそんなことをいってくる。
というか話が脱線しているのではないだろうか。
「で、でも。ジョルジュさん。全員をということはかなり人数いるんでしょ?
僕は別に、直接魔族たちにかかわったわけでもないですし。
闇の神殿でも、封印解放の儀式でも。直接出向いてはいませんし」
そう、あの闇の神殿でもエミルはマルタ達とともに階段の上でまっていた。
そしてまた、リビングアーマーたちの一部を封じたあの空間にもはいっていない。
ちなみにマルタやセレスに多少影響をあたえていたとおもわれし魔界の瘴気。
それらはなぜかみずほの里の周囲のマナ。
精霊達やセンチュリオン達が浄化しまくっていたがゆえ、
それらの残滓もまた二人の体内から綺麗に取り除かれていたりする。
あの地にほぼ一日いたリフィル達もかなりの瘴気が浄化されているはず、なのだが。
そうでなければとっくに瘴気の影響をうけて体調を崩している。
それほどまでに、マナと瘴気とは相反するものであり、だからこその反物質。
より強いほうが残り、消滅するか、もしくは対消滅するか、そのどちらかでしかない。
「僕よりも他のひとを優先してください、ね?」
無難な台詞にて一応ジョルジュにいうエミル。
実際、自分より人々のほうが何かある可能性のほうが高いのだから。
「そういや。あのときもエミル、あの場にいなかったもんな」
そんなエミルの言葉に思うところがあったのであろう。
ロイドがしみじみといってくる。
あのとき、闇の精霊で、エミル達は階段の上でまっていた。
アビシオンとの戦いにエミルは参加していない。
エミルが降りてきたのはすべてがおわり、闇の精霊との契約時。
「リーガルさまよりお聞きいたしました。
皆様はのこり、光の精霊との契約をすますのみとか。
ここを拠点にしてそれぞれ体を休められるのもよろしいかと」
その言葉に思わず顔をみあわせるロイド達。
「そういえば……」
これまであまりおもってもいなかったが。
たしかにいわれてみれば。
闇の精霊と契約を終え、あと残るは光の精霊アスカと月の精霊ルナの契約を残すのみ。
「いわれてみれば。あと少しで世界はクルシスの楔から解放されるのね。
闇の神殿からこのかた、魔族、という予想外のものがでてきて忘れていたけども」
一番の目的。
それは精霊の楔を解放し、それとともにユアンたちレネゲードが大いなる実り、
そうよばれているものにマナを照射し大樹をよみがえらせる。
そうであったことを思い出す。
忘れていたわけではないが、いろいとありすぎてすっかり失念してしまっていた。
「いわれてみれば。そうしたら、世界はどうなるんだろ?」
しいなもまた、すっかり失念していたらしい。
リフィルの台詞にその場にて考え込むように顎に手をあて考え込みだすしいなの姿。
それぞれがアリシアの墓の前で話すような内容でもないとおもえなくもないが、
そもそも、この墓はあるいみで空であり、故人をしのぶ場所でしかない。
アリシアの魂そのものはプレセアの内部にいるのだから。
「ま、普通に考えたら世界はバラバラになっちまうんじゃねえのか?
そもそも、精霊の楔?だってか?それがなくなったとしても。
世界をわけている力がなくなっちまうわけじゃないんだし。
ま、いいんじゃねえの?今より状況が悪くなるとはおもえねえし」
しいなの言葉に首をすくめつつも、さらりといいはなつゼロス。
この精霊様が何を考えているかはわからないが。
おそらくユアン達がいっている大樹にマナを照射するとき。
そのときにすべてがわかるのだろう。
そうゼロスとしては踏んでいる。
そんなゼロスの言葉にむっとした表情をうかべ、
「あんた。どうしてそんなに気楽でいられるんだよ。
気にならないのかい?バラバラになった世界のあとのこと……」
しいながそういいかけると、両手をかるくあげ、
「そうだなぁ。どうせだったら俺様はキュートなハニー達がたくさんいるほうが。
どっちにしても、これまでだって二つの世界に接点はなかったんだ。
大樹がよみがえらなきゃ、どちらにしても互いの世界とも消滅。ちがうか?
いくらマナを切り離したとしても位相軸とかやらで世界がつながってる。
それには違いないんだしな。影響はどっちの世界にもあるだろうぜ?」
「そ、それは……」
ゼロスの言葉はまさにそのとおりで、しいなは言葉につまってしまう。
「ま、マナの移動がなくなっちまうという点じゃあ。
どっちの世界もマナ不足で大地ごと、消滅ってとこだろうぜ?
今の世界は限りあるマナを交互に利用しているっていうんならなおさらにな」
「そんなことはさせない!」
さらり、というゼロスのセリフに、ロイドがぐっと手を握り締める。
「させないっていうけど。ロイド、どうするつもりなのさ?」
そんなロイドに首をかしげつつもといかけるエミル。
ミトスならば必ず道を見出して言葉にしていたのに。
ロイドにはそれがない。
ただ、いやだから、きにいらないから。
といってダダをこねている子供とロイドの言い分はかわらない。
「だから、大樹の種子とかいうのをよみがえらせて……」
「でも。ロイド。レネゲードの人たちがいってたよね?
それをしたらマーテル様は消滅するって」
マルタの言い分は至極もっとも。
「それは……、マーテルって人も助けてみせる!」
「どうやって?」
ほぼ全員からそんなロイドにあきれたような視線がむけられる。
「ど、どうやってでも!」
「根拠のないいいぶんだねぇ。ロイドくん?いっとくけど。
言動には責任、というものが発生するんだぜ?」
冷めたようなゼロスの視線にたじろぎつつも、きっぱりいいきるロイドだが。
やれやれ、とばかりにゼロスが淡々と言い放つ。
「今の状態では、女神といわれているマーテルを犠牲にするか。
大樹そのものを犠牲にするか、どちらかしかえらべないのよ?ロイド?
あなたがどちらも犠牲にしたくない、という気持ちはわかるけども。
でも、見誤らないで。マーテルを選べば世界は死滅するのよ?
レネゲードに言われたことを忘れたわけではないでしょう?」
そんなロイドにぴしゃり、とこれまたリフィルがいいはなつ。
「それは……」
その台詞にロイドは黙り込むしかできない。
時間は残されていない。
ロイドはよくわからないが、互いの世界が安定したマナになっている。
それならそれでいいのでは、とおもっていたが。
しかし、それが最後のもしも力で、その力がつきたときこそ、
世界のおわり、みたいな説明をされているのもまた事実。
あのときもそうだった。
コレットか世界か。
あのとき、ロイドは世界を選んだ。
でも、それは偽りでしかなく、コレットを犠牲にしても、世界はたすかりはしなかった。
今だからこそいえるが。
でも、今回ばかりはそうはいかない。
必ずどちらかが犠牲になるしかない。
種子の中にマーテルの魂が入り込んでいる以上は。
ユアン曰く、大いなる実りとマーテルは融合してしまっているがゆえ、
このままではマーテルの意識が大いなる実りをくいつぶしてしまい、
マーテルが目覚めればそれこそ大いなる実りは失われてしまう。
そして大いなる実りが大樹として芽吹けば、その力によってマーテルは消滅する。
そのようにロイド達はユアンから説明をうけている。
どちらにしても、もう時間は残されていない。
互いの世界で異様なまでに安定しているマナ。
これがユアンのいうように、種子の最後の力、だとするならば。
そして種子が力を失ってしまえば、どちらの世界も消滅してしまう。
精霊ラタトスクというものはこの現状をどうおもっているのであろうか。
ユアンやクラトスがいっていたように、
やはり地上をすべて無に、海に還すつもりでヒトの行いをただみているだけなのだろうか。
「しいな。精霊にそのあたりのことをきけないかしら?」
どちらを犠牲にするか、といえば世界と個人。
もちろん、一人の犠牲で世界が助かるならば、世界をとるにきまっている。
かつて、コレットがシルヴァラントを救うために自分が犠牲になることを認めていたように。
ふと、精霊と契約しているしいならば、何か聞き出しているのでは。
そうおもい、リフィルがしいなにといかけるが。
「無理だとおもうよ?前にそれとなくきいたけど。答えらない。っていわれたし。わからないって」
実際、ラタトスクは精霊たちにその考えを伝えているわけではない。
ゆえに、精霊達もラタトスクが何を考えているのかまで詳しいことはわからない。
ゆえにいくら契約者たるしいながきいても、わからないものはわからない。
予測はつくがきちんとしたことを確信していえるわけではないので、
精霊達が嘘をいっているわけではない。
しいなと契約しているがゆえに、ラタトスクもあえて精霊達にはつたえていない。
精霊の契約をもってして、契約者として命ずる。
そういわれてしまえば精霊達は断れない。
それをしっているからの処置。
そもそもそのような理をひいたのがラタトスク自身であるがゆえ、
そのあたりに関してはぬかりはない。
「ま、最後の精霊と契約する前に、
俺たちの身の振り方、というのを考えたほうがいいかもしれねえな」
「たしか、世界を二つにわけているのは、魔剣の力だったわね。
勇者ミトスに精霊オリジンが預けた剣の力で世界はわかれている。
ならば、精霊オリジンと契約し、その魔剣の力でもってして、
世界を一つにもどしてもらう必要があるでしょうね。
どちらにしても、世界を切り離しているままでは、たしかに位相軸でつながっている世界同士。
マナの楔を切り離したとしても、
へたをしたら、互いの世界が次元の間に飲み込まれて消滅しかねないわ」
ゼロスの言い分は一理ある。
一理どころか合理にかなっている。
「つまり、先生、どういうことなんだ?」
そんな二人の会話の意味がわからずに首をかしげるロイドに対し。
「つまり、大樹を復活させることができたとしても。
へたをすれば世界は分かれているままでしょう?
どうにかして世界を一つにしないかぎり、
片方だけの世界に大樹が芽吹く、というのもありえないでしょうし。
大樹が復活したとしても早めに世界を統合しなければ。
互いの世界に悪影響がでかねない、ということなのよ。
つまり、精霊オリジンの協力が必要、ということね」
「でもさ。たしか、デリス・カーラーンでオリジンは封印されているって…」
幹部のかたがオリジンの封印にかかわった。
そのように彼らは話していた。
世界を切り離す。
ただそれだけで世界がたすかるというようなものではない。
もともと一つの世界をむりやりにゆがめているのだから、
その無理やりに二つにわけている世界をつないでいる精霊の楔。
それが抜けたとき、世界はどうなるのか。
それとも、大樹がよみがえったとき、世界は自然と統合するのか。
それすらもすべて未知数。
ジーニアスがかつて、かの地できいたことを思い出しぽつり、とつぶやく。
あの地にいた天使達がたしかにそんな会話をしていたことを思い出す。
「どちらにしろ。すぐに結論がでる問題ではなさそうね」
あと、残りの契約は精霊ルナとアスカのみ。
すでにアスカとの約束は取り付けている以上、ルナのもとに出向けばすべてが終わる。
けど、本当に?
何かを見落としている。
その何か、がリフィルにもわからない。
「仮に世界が切り離されたとして。
世界を行き来できる確率はどれくらい、になるのかな?」
ジーニアスがふと視線をさまよわせながらぽつり、と何やらいってくる。
ただ、ヒトが移動する手段を失うだけではあるが、
そんな彼らの会話をエミルはただ黙ってきいているのみ。
どうりで、とおもう。
かつてのとき。
なぜにあそこまで大地が悲鳴をあげていたのか。
おそらく、一度マナのありかたすら見直すことなく、精霊と契約を交わしたのだろう。
自分が目覚めたとき、大地が悲鳴をあげていたのが何よりの証拠。
たがいの世界のマナを均すことなく統合された世界は、より歪みを顕著にあらわした。
そしてヒトが大量に穢した微精霊たちによる負の穢れ。
あのとき、自分がヒトを滅ぼせ、と命じなくても、
おそらく、ヒトは自滅していた、とつくづくおもう。
もしくは、テネブラエの管理下にとあったユリスが暴走し、地表が負で満ち溢れるか。
どちらにしても…あのとき、自分のもとにきたあの二人は、
そこまで考えてすらいなかった、とおもう。
でなければ、ヒトの行いを棚にあげて、世界を構成する大切な命です。
といいきるはずもない。
一部にはそういうものもいるかもしれないが、
あのとき、アステルを殺さずに、自分は関与しない、といって。
とりあえずセンチュリオン達だけを目覚めさせ、
好きにさせてヒトが自滅するのをまてばよかったのかもしれない。
過ぎ去ったことなのでいっても無駄だろうが。
あのときほうっておいても必ず人はあの幼き苗木を手にいれようと、
争いをまた初めてしまっていたであろう。
事実、自分がマナの切り離し作業の最中、テセアラの国はそのような行動を初めていた。
自分達こそ大樹を扱う、管理下におくのがふさわしい、と。
疑心暗鬼がたかまり、そしてまた扉の封印が壊れかけていたあのとき。
すでにあのとき、リヒターの影響でいくばくかの魔族たちが地表に出てしまっていた。
契約したリヒターという器を通じ。
リヒターをあえてあの地にとどめたのは、魔族と契約した事実がかわるわけではない。
彼を地上にもどしてしまえば魔族のいい傀儡となるのが目にみえていた、というりゆうもある。
だからこそ、彼を宿り木に、という提案をしたのだから。
この様子では、そこまで彼らは考えることなく、契約をし、
そして大樹の種子を発芽させようとしたのであろう。
自分ですら穢れによってその位置が完全につかめないほどに、
負の穢れにおかされまくってしまっている大樹の種子を。
そんなことをすればどうなるのか。
考えもしていない、というところ、なのだろう。
そして、ユアン。
自分を迎えにもこずにマナを照射したがゆえ、大樹は制御を失い、
しかも膨大なるヒトの思念による穢れによりて暴走したのであろう。
今回はそれを利用して、いくつかの理をこの世界に解き放つつもりではあるが。
「わからないわ。だけと、これだけはいえるわ。
かなり低い確率にはなりそうね。おそらくレアバードでの移動は無理ね。
救いの塔と、異界の扉。それぞれからの移動は可能、でしょうけども」
でも、とおもう。
「…一度、改めて異界の扉、そして救いの塔を調べてみるべきかもしれないわね。
いざ、というときの道の確保のために」
しばし考え込みつつもリフィルがつぶやく。
「…テセアラの様々な町を回ってみませんか?
ここで考えるより、いろいろとまわっていろいろと話をきいてみたほうが。
もしかしたらいい案も浮かぶかもしれません。
それに、最後の精霊はシルヴァラントにいます。
レアバードが使えなくなってしまえば、しいなさんはテセアラに戻れません。
シルヴァラントにも異界の扉はある、のですか?」
「いえ。そんな場所、きいたことすらないわ」
あるのかもしれないが、リフィルはそんな場所をきいたことすらない。
というかシルヴァラントのものも知らないであろう。
というか、あの地と同じ大地がシルヴァラント側にもある、
とはリフィルは思えない。
実際にあの大地そのものはシルヴァラント側にはなく、
ただ、位相軸でつながった空間がパルマコスタのはずれにつながっているのみ。
しかし、それをヒトが知るはずもない。
おそらくミトスですらわかっていないであろう。
プレセアの台詞にリフィルが首を横にふるが。
「どちらにしても。みなさん。しばらくここアルタミラにご滞在ください。
ボータとかいう人からの伝達なのですが。
今回のことでマナが乱れ、レアバードの転移装置がしばらく起動できない。
ということらしいです。移動だけは問題ないらしいのですが。
空間転移?ですか?それらを必要とするマナが乱れている、と」
もっとも乱れている理由は今回のこれが原因、ではないのだが。
理の下地をつくっているがゆえ、不安定になっているに過ぎない。
かの地のメイン・コンピューターはセンチュリオン達が目覚めたことにより、
マナを管理、もしくは操るシステムは停止している。
必至で機能を回復させようとしている人々の姿は視てとれるが。
たかがヒトがあれのシステムをどうこうできるはずもない。
そもそもはじめから、センチュリオン達が眠っていた場合。
という理のもとにあれはつくりだしているのだから。
しかし、それを知るはラタトスクとセンチュリオン。
そして当時いたエルフ達のみであり、今の人々が知るはずもない。
そんなジョルジュの言葉に思わず顔をみあわすリフィル達。
それはすなわち、しばらくはあちら側に移動ができない。
つまりは最後の精霊との契約ができない、ということを意味している。
「たしかに。世界が行き来できる方法がわからない以上。
あたしがあっちに取り残される可能性は高いだろね」
「でもさ。救いの塔がどっちにもあるんだし。そこから移動できないのかな?」
それは素朴なるコレットの疑問。
あの塔がどちらの世界にもあり、またどっちの世界からも同じ塔にいけるのならば。
あの塔から移動ができるのではないか。
そうおもってのコレットの問いかけ。
「難しいでしょうね。おそらく、あのときもそうだったけど。
入った場所から、しか入口はみあたらなかったわ。
あそこも位相軸がずらされて認識できないようになっているのでしょう。
…それこそ、おりてくるときにみたあの空間のように、ね」
ウィルガイアから救いの塔をおりるときにみたあのとある部屋での光景。
ほぼ中心においてシルヴァラントとテセアラ。
両方の景色がみえていたあれは。
重なり合うようにして存在している世界。
まさにそれを視覚にて捕らえらた空間といってもよい。
「とりあえず。移動ができないんなら、一度テセアラの町をまわってみるか。
もし移動できなくなったときのためも考えて。
その間にみんなの気持ちを固める時間にもなるだろうし」
それに、ここを拠点にしてもいい、といっているのだから。
ロイドのその物言いに、
「私たちと一緒にシルヴァラントにくるか。それともテセアラに残るか、だね」
コレットが首をかしげつつ、ロイドに追従するかのようにいってくる。
「ま、どっちにしても。しばらくここテセアラであしどめなんだろ?
何か方法がないかいろいろと探してみよう。
どっちかを犠牲にする、なんて……」
「そう簡単にみつかる、とはおもわないけどね。まあ好きになさい。
どちらにしても、行動をすでに起こしている以上。
最後の精霊との契約は必要不可欠、なのだから。
このまま、というわけにはいかないでしょうしね」
そんなリフィルの言葉をうけ。
「…このまま、というわけにはいかないんですか?」
それまで黙っていたミトスが口をひらき、リフィル達の会話にと割って入る。
姉か、世界か。
それをきかれたらミトスは姉を選ぶ、
でも、ラタトスクを裏切りたくはない。
大丈夫。
姉をよみがえらせても、種子は消えない。
姉様が種子の力をのっとってまでよみがえるはずがない。
だから、姉様をよみがえらせて、種子をめぶかせても。
そう、ミトスは思うのに。
この不安は何なのだろう。
二つの世界で異常なほどに安定し、しかもマナの歪みがなくなっている。
マナを切り分けて使用していたときにも、
かならず、互いの世界にいない精霊の属性のマナ。
それがすくなからず不足していた、というのに。
今現在はそれがない。
あちら側にもでむいたミトスだからこそ、それだけは確信をもっていえる。
デリス・カーラーンの装置はいまだに復活した、という報告はうけていない。
なら、誰が、どうやってマナを安定させているのか。
…それは魔物にきまっている。
でも、微精霊達がそれぞれ少ない世界で、どうして。
精霊石を大量に使用することにより、世界に微精霊がすくなくなっている。
それはミトスとて自覚していた。
いくらマナを整えようとしても、画面にエラーがでて、
調整するための微精霊がたりません、というような記載がでてきていたのをミトスは知っている。
しっていても、問題ない、といってずっと目を背けていた。
ヒトは平等。
だから、地上を浄化するのはまってほしい。
絶対にヒトはかわることができるから。
ヒトはそこまで愚かではないはず、だから。
ヒトは大なり小なり可能性を秘めている。
だから。
そういってラタトスクを説得したのはほかならぬミトス自身。
あのときラタトスクがミトスにむけて放ったことば。
――では、愚かでないのならば、なぜにヒトはついに大樹をからした?
その言葉にミトスは、それでも、といってきかなかった。
しつこいほどに。
だからこそ、ラタトスクは当時折れた、のだが…
そしてミトスもそれをしっている。
そこまていうのなら、やってみるがいい。
そういわれたときの嬉しさをミトスは忘れては、いない。
最近、やけに当時の夢をみる。
火の精霊と彼らが契約を交わしたときにふとおもったこと。
自分は間違っているのではないか。
その思いはたんだんと強くなってきている。
これ以上、彼らとともにいたら、自分が自分でなくなってしまう。
いや、それこそ自分をしたってついてきてくれたものたちをそのままに、
かつての理想をもう一度、という思いにすら囚われてしまう。
「世界はつないだままにしておけないの?
話をきけば、もうその鎖は一本なんでしょ?
ふたつの世界のマナも安定してるんでしょ?だったら……」
だったら、このままで。
ミトスの言い分はジーニアス達とてわからなくない。
たしかに、世界のマナは今、安定している。
でも、この安定こそがたしかにジーニアスも不安に感じてしまう。
そもそも、互いの世界のマナを搾取しあい、交互に利用しなければ世界の存続が難しい。
そういう理由で世界は二つにわけられた、と説明をユアンからうけた。
にもかかわらず、二つの世界のマナは安定している。
ユアンの説。
大いなる実りに限界が近づいている。
その説の信憑性がより増しているといってよい。
もっとも、真実はまったく異なっているのだが。
そもそも、ラタトスクが足りない部分をうみだして、
センチュリオン、そして魔物達に運ばせているがゆえ、
これに関しては大いなる実りは関係していない。
そもそも、あれはすでにマナを生み出すまでの力を保有していない。
「でも。ミトス。それだったらシルヴァラントとテセアラ。
二つの世界がお互いに傷つけあうままになっちゃうんだよ」
そんなミトスの台詞にジーニアスが顔をふせ返事をかえす。
「…そう、だよね。ごめん。わがままいって」
いって、そのままだっとかけだし、そのままミトスはエレベーターへ。
「ミトス!?」
そんなミトスをあわてて追いかけていっているジーニアス。
しかし、ジーニアスがたどり着くよりもさきに、
ミトスののったエレベーターは下降を初めてしまう。
「っ」
はっと階を示す文字をみればどうやら下におりているらしい。
「僕、ミトスをおいかける!」
いって、そのまま非常階段のある方向にとかけだすジーニアス。
「ロイドさんたちは、シルヴァラントとテセアラを切りはなす、のですか?」
『タバサ!?』
いつのままに、という思いがある。
そういえば、タバサもここアルタミラにのこっていた一人ではあったが。
その存在はほぼロイド達の中では空気になりかけていたといってよい。
「おお。タバサどの」
ジョルジュが驚いていないところをみれば、
どうやらジョルジュとともにタバサはここ、屋上にやってきていたらしい。
これまで姿がみえなかったのは、この奥にある建物。
唯一、この空中庭園の中にとある小さな部屋。
そこからでてきたようにみえたので、その中で何かをしていたのであろう。
「マナを完全に切り離してしまえば。
二つの世界は互いに二度とせっしょくできない世界になってしまいます」
タバサのそんなものいいに、
「おとぎ話と同じですね。月に住むテセアラの人々とはあえない……」
コレットがふとその顔をふせる。
シルヴァラントでは月に住むものはテセアラ人といわれており、
テセアラ側ではシルヴァラント人といわれている勇者ミトス物語の一端。
「?月にすむのはシルヴァラント人では?」
「あっちじゃ、月はテセアラなんだよ。
こっちの月がシルヴラァント、っていわれているように」
首をかしげるセレスに、さらりと横から説明しているしいなの姿。
「ジーニアスはもしかしたら、こっちに残る、というかもだね」
マルタがジーニアスが駆け下りていった非常階段。
そちらをみつつもぽつり、とつぶやく。
「そういえば、ミトスさんのご両親もご家族ももういないんですよね?
…家族の思い出がのこった地から離れたくない、とおもうのは…仕方ない、とおもいます」
すでに身内がいないのならば、ミトスもともにシルヴァラントにいけばいいのでは。
そんなことをふとおもうが、そう単純でないのはセレスが身をもってしっている。
今でこそこうして唯一の肉親である兄とともにいることができているが。
本来ならば母が兄を殺そうとした罪。
その罪がセレスにむけられ、セレスはあの修道院に監禁されていたのだから。
あのころのセレスは何もしらなかった。
自分の存在が、母が兄の家族を追い詰めていたということを。
そして母の暴挙。
許される、はずもないのに、でも、兄は。
自分を大切におもってくれていた。
たった一人の大切な妹だ、と。
それでも、素直になれなくて、冷たい口調を投げかけていた自分。
兄の母を殺す原因となってしまった自分が兄に愛されたい。
仲良くしたい、とおもうのは間違っている、そう自分に言い聞かせていた。
兄がいる場所が自分のいる場所。
今でこそセレスは声を大にして言い切れる。
でも、おそらくはそうはいかない、のだろう。
神子の血筋、というものはそれほどまでに、重い。
ゆくゆくはクルシスからの神託により結婚相手も決められる。
そう、かつて両親が引き裂かれ、母の姉と父が結婚することになったように。
「仕方のないこね。今日はここアルタミラでゆっくりしましょう。
レアバードがこちらにある以上、あの子達もよそに移動などできないでしょうし」
もっとも、ここアルタミラからでている定期船。
それにのれば移動は可能であろうが。
リフィルもまた立ち去っていったジーニアスのほうをみてかるく溜息をつく。
「どちらにしても。最後の精霊との契約は大変になるはずよ?
何しろ精霊アスカとルナ。同時契約、なのだから」
そんなリフィルのセリフにそれぞれが顔をみあわせる。
「…どうにかできない、のかな?…誰かを、マーテルを犠牲にしなくてすむ方法」
マーテルはもう、死んでいるのだ。
今のマーテルは意識だけが引き止められている状態だ。
ユアンの言葉がロイドの脳裏をかけめぐる。
でも、とおもう。
同じく死んでいるアリシアとて、あそこまで生きているのとかわらないではないか。
そこに肉体がないだけで、彼女はきちんと喜怒哀楽がある。
彼女もまたもともとはエクスフィアに魂が囚われていた一人。
なぜか魔物の力によって、その魂は解放されているようではあるが。
「わからないわ。…サイバックにでもいけば、何かわかるかもしれないけども。
精霊研究の一環の中で何かヒントがある、かもしれない」
「本当か!?先生!」
その台詞にぱっとロイドが目を輝かす。
「精霊研究所ならわが社でも研究部門はありますが?
何でしたら資料室の謁見許可をだしましょうか?」
そんな彼らの会話をききつつも、ジョルジュがそんな意見をいってくる。
「ぜひにお願いするわ」
リフィルからしてみればこの申し出はありがたい。
おそらくあるだろう、とはおもっていたが。
おそらく企業機密とやらで閲覧などはできないだろう、そうおもっていた。
サイバックなどといった王立研究院はあくまでも研究機関。
そしてここ、レザレノはそれらの研究結果を応用し、実用的なものを生み出す機関。
机上の理論と実際との誤差。
そういったものはどうしても実在する。
それにエクスフィアやマナを使用し様々な実用品を生み出しているこの会社ならば。
もしかして何かいいアイデアが浮かぶかもしれない。
それこそロイドのいっていた、マーテルの魂と種子をわける、何か、が。
もっともそれは可能性として限りなく低い。
そんなものがあれば、とっくにクルシスが行っていたであろう。
でも、何もせずにいるよりは。
することをやって、それでもダメだったならばあきらめもつく。
完全に納得できないにしても、することはやったのだから、
と自分に言い訳がたつ、というもの。
「そういえば、改めてきいてみるけど。
マルタちゃんたち、テセアラの印象、これまでどううつってる?」
とりあえず、いつまでも空中庭園にいてもしかたがない。
リフィルはジョルジュとともに、資料室という場所にでむいており、
タバサは念のために一行の案内をジョルジュにと頼まれていた。
何でもここ、アルタミラの地図をタバサの中に、アルテスタの人格がインプットした、らしい。
自分の人格の投影とは違い、ただタバサの人工知能の中に、
それらの知識を追加するだけ、なのでここにある装置類でもことたりた、とはタバサの意見だが。
人格の投射。
それにここ、レザレノの研究員がかなり興味をしめしている、とも。
それをきき、エミルが顔をしかめたのにきづいたは、その場においてはゼロスのみ。
唐突、といえば唐突なゼロスの問いかけ。
今現在、一行はひとまずホテル・レザレノにむけてすすんでいる最中。
いまだにミトスをおいかけていったジーニアスはもどってきていない。
リフィルは研究室にいってしまい、今現在いるのは、
ロイド、コレット、マルタ、しいな、プレセア、ゼロス、セレス、エミル、タバサ、この九人。
リーガルはまだ仕事がある、といってそのまま会社に残っている。
クラトスはユアンとの連絡があるといって、少しでてくる、といって今はいない。
「すごいよな。何でもかんでも発達してるって感じで。あの動く床にしても、階段にしても」
「…俺様、ロイド君にはきいてないんだけど?」
そんなゼロスのといかけに、なぜか答えているのはロイド。
「でも、だからって。ロイド。面白いといって動く階段を逆走はやめてよね。
はずかしかったったら」
「そうそう。正面からヒトにぶかって怪我でもさせたらどうする気だったんだい?」
「うっ」
マルタに冷めた口調でいわれ、
さらにおいうち、とばかりにあきれながらしいながとどめとばかりに言い放つ。
事実、外にでるまで、レザレノの会社の中にあった動く階段。
エスカレーターと呼ばれしそれをロイドが面白がり、
逆走しはしりぬけ、そこにいた第三者に迷惑をかけたのはつい先ほど。
守衛のものにとがめられ、注意をうけ、そして今にといたっている。
リーガルさまのお知り合いとはいえ、度がすぎましたら立ち入り禁止処分をさせていただきます。
そこまでいわれ、ロイドもようやく反省したようではあるが。
というかそこまでいわれなければ、やめなかったロイドもロイドといえる。
何しろ他のみんなか注意をしても、おもしれぇ!といってやめなかったのだから。
その場にまだリフィルやジーニアスがいれば実力行使として止めたであろうが。
エミルがあきれはて、注意をしようとしたその矢先。
騒ぎをききつけて守衛がやってきて、ほぼ追い出される形で外にでている今現在。
自分に非があったのはあきらかで。
ゆえにロイドは言葉につまるしかできない。
面白くて興奮して周りを気にしていなかったのは事実。
しかしだからといって、他人に迷惑をかけていい、というわけではない。
「ほんと、ロイドって子供ですわよね」
「うっ」
ぐさり。
セレスにまでいわれ、がくり、とその場におちこむロイド。
「でも、テセアラって、裕福だ、とたしかに私もおもうよ。
そもそも、シルヴァラントじゃ、水をつかうにも、水桶主体なのに。
ここは蛇口?とかいうので何とかなってるし」
ついでに衛生面に関しても、特にここアルタミラは水の技術が発達しているらしく、
生理現象時にたちいった設備などにマルタは目をみはったほど。
大概、水場から桶で中にまで水をはこび、
水瓶に水を常にためておいておかなければいけないのに。
どこまても違うシルヴァラントとテセアラの技術力の差。
この状態で世界がもしも一つになったとしたらなば。
その技術力の差は歴然であり、へたをすればシルヴァラントのものたちは、
テセアラのものの言いなりになってしまう可能性があるかもしれない。
そうマルタはここ最近危惧を抱いている。
しかも、シルヴァラントには王朝、といったようなまとめる場所すらない。
それはすなわち、見下す要因、としてはうってつけ。
便利さになれたヒトがその便利性を手放すはずもなく、
そしてその便利性をもとめ、人々が自分達の意見すら曲げるであろう。
そんことは容易に予測がつく。
実際に目にしたからこそ理解する。
必要ない、とおもっていた。
どうしてリフィル達が自分をシルヴァラントの王女だ、というのか。
王家なんて、そんなものは関係ない、と。
たしかに血筋はそうかもしれないが、シルヴァラントにはそういったものはないのだから。
でも。
仮初めでもそういったものがあれば、すくなくとも見下される要因は一つはへる。
ここ、テセアラでは身分差別というのもがまかりとおっている。
今でこそハーフエルフ達が最低の地位、とされているようだが。
もし、ここにシルヴァラントのものたちがはいってくれば?
誰しも怖い力をもったものを虐げるより、
力のない、それでいて抵抗しないものを選ぶであろう。
虐げる対象として選ぶのならば、誰でもそうする。
それがヒト、というもの。
愚かなるヒトの弱さなのだから。
「…メルトキオでみた、貧民街。そこよりうちのほうが貧しいし」
ぽつり、とつぶやくマルタの言葉がすべての心情を物語っている。
メルトキオにある貧民街。
そこに住まうものたちよりも、シルヴァラント人のほうがあきらかに貧しい。
どこが、といえばこたえにつまるが。
シルヴァラントは基本、自給自足。
もっともパルマコスタのような大きな町ではきちんと商業の町、として成り立ってはいるが。
それでも服ひとつをとっても、あきらかにかの地のものより、
シルヴァラントのものたちの服がどれほどみすぼらしいか。
もっとも、マルタはいまだに気づいていないが。
麻などでつくられているシルヴァラントの人々が主にきている服。
それは実はテセアラでは逆に自然素材、として高級品、としてあつかわれている。
というその事実に。
「でも、マルタが女の子でよかったですわ」
「え?」
ふと、いわれたセレスの言葉にマルタは首をかしげる。
「今の陛下にはお子様はヒルダ姫様しかおられません。
もし、どちらかが男女であったならば。
世界が統合したあかつきには、政略結婚、という言葉が必ずでていましたわ」
「あ~。たしかにてっとりはやいね。二つの国の絆を強めるという名目もあるし」
セレスの言葉にしいなも思わず納得してしまう。
結婚、というのはそれほどまでに政治的な意味合いがつよい。
とくに、ここテセアラの上層部では。
それが当たり前となっている。
そして特に神子の家系においては。
クルシスからの神託によって必ずそのあいてはきまっていた。
中には神託がないまま、というものもいはしたが。
本家のものはそうはいかない。
「そんな!私はエミルと結婚するんだから!」
「僕、誰ともそんなことする気ないんだけど?
たぶんマルタは僕に理想像をみてるだけなんじゃないの?」
「そ、そんなことないもん!」
「だって、これまでのマルタの言動、おもいかえしてみてよ?
僕ならそんなことしないとか、そういったこと幾度いった?」
実際、このたびの中でマルタがそんなことをいったのは数知れず。
エミルらしくない、といわれたこともたびたび。
それはつまり、相手をきちんと見ていない証拠。
「おいおい。エミルくん。もうちょい女の子にはやさしくだねぇ」
「でも、そろそろマルタも自覚もたないと。
すくなくとも、ブルートさんたちは王朝を復活させるつもりだとおもいますよ?
そんな中で王女となったマルタが夢見がちのままだったら、
どんな人に利用される、とおもいます?
あっさりと、それこそシルヴァラント、という国はこんどこそ消滅するでしょうね」
かつてのように拮抗している勢力ではない。
それこそ好機、とばかりにテセアラはまちがいなくシルヴァラントを吸収するだろう。
あのときですら、互いの領土を自分達のものに、としようとし
争いをやめなかった勢力達なのだから。
「…私、王女になんてなりたくない……」
「ま、マルタちゃんはそれでいいんじゃねえのか?
たぶん、おまえさんの両親は強制はしないとおもうぜ?
もしもおまえさんの両親が国をたちあげたとしても。
王位継承権を棄権すればいいだけ、なんだからな。
…俺様はそういうことはできないけどな」
神子、としての立場はそうやすやすとはどうこうできるものではない。
クルシス、の神託でもありて代替わりの神託でもくだれば別だろうが。
それほどまでに、クルシスの、マーテル教、としての威力は絶大。
「しっかし。エミル、あんた、マルタのことどうおもってるんだい?」
「マルタ、ですか?そう、ですね。手のかかる末っ子…かなぁ?」
実際手がかかるというか目がはなせない、という点では間違っていないとおもう。
「エミル。もう少し女の子の気持ちというものを考えてあげてくださいませ。
マルタさんはエミルさんが好き、なのでしょう?どうみても」
「マルタは恋に恋してるだけだよ?絶対に。
そろそろ現実を見据える時期に来てるともうんだけど。僕としては」
セレスの言葉にきっぱりといいきる。
でなければ、またマルタはヒトの悪意に飲み込まれ、その命を落としかねない。
だからこそ、早めの忠告が肝心といえる。
あのときは自分が魔物を使ったのが悪かったのかもしれないが。
それがなくてもマルタにいいようにいいよって操ろうとした輩がいたのをエミルは知っている。
だからこそ、もうすこしマルタはそういった面では自分で考えてほしい、とおもう。
そのあたりはあるいみでマルタとロイドは似ているかもしれない。
相手を無条件で信じてしまう…マルタの場合は優しくされたりしたならば、
そのあいてが自分の運命の相手!といって走りだす傾向があるのだが。
そういった違いはあるにせよ。
それに、とおもう。
マルタを人殺しにはさせたくはない。
あのとき、マルタは自分をかばい、救えたかもしれないアリスを手にかけた。
アリスも必至だったのだろう。
迫害される世界の中で、自分の居場所を追い求め。
その方法を間違えてしまっていたようだが、彼女なりに頑張ったのだ、とはおもう。
一番の原因は彼女の幼少時期に魔族クエンドがかかわった、というのが大きいのだろう。
そのクエンド本体の核となっていたものはすでに消滅させており、
アリスとデクスもフォシテスという輩に一応保護はされている。
まあ、あの場所が牧場、といわれている場所だ、というのはともかくとして。
視るかぎり、あのフォシテス、とう輩は身内となりし仲間には優しい。
気になりすこし調べてみれば、ハーフエルフの中では英雄視すらされている。
そしてエルフの中ですら。
かつてここテセアラでおこった大量なエルフやハーフエルフの国による虐殺事件。
それを当事者を殺すことにより解決した英雄、として。
「エミルのバカ!嫌い、嫌い、だいっきらい!!」
捨て台詞のようなことをいい、だっとかけだしてゆくマルタ。
「あ、マルタ、まって!」
そんなマルタをあわてて追いかけてゆくコレット。
「もうすこし、エミル。お前も考えていってやれよな」
あきれたような言葉がロイドからエミルにむけて投げかけられるが。
「そろそろマルタにも自覚もってほしかったからね。それに……」
――契約するよ。
あのとき、ギンヌンガ・ガップに自分をコアに戻してして封印しよう。
そうおもっていたあのとき。
ラタトスクの人格を封じた以上、自分も封じられるべきだ。
そうおもっていたあのとき。
今考えればどちらも自分であったのだから、封じるも何も。
あるいみで意味はなかったのではないか、とおもえはしたが。
それを可能にしたのが、ヴェリウスの協力、だったのだろう。
マルタにここ、アルタミラでそういった言葉に嘘はなかった。
もっとも自分がコアになって扉を封印したら世界が滅ぶ、とは思ってもいなかったが。
あのときはラタトスクとしての記憶を封じていたがゆえ、そこまで思いはいたらなかった。
でも、あのとき自分と契約したからこそ、
マルタはヒトとして生涯を全うできなかったのではないか。
という思いも否めない。
自分と契約している相手だから、というので魔物達も当然敬意を払う。
そして…ヴァンガードの総帥の一人娘。
魔物を使役できる。
それは…人々の疑心暗鬼を強めていった。
そして、その結果……
マルタには生きていてほしい。とおもう。
マルタだけ、ではない、ミトスにも。
だからこそ、ここ、過去にきた以上、彼らを絶対に救いたい。
それは誰にもいっていないないラタトスクとしての本音。
センチュリオン達すらしらない、過去の…この時間軸からいえば未来の出来事。
そして、救いたいのはマルタとミトスだけでなく、この世界も。
結局人は世界樹ユグドラシルを枯らし、結果として瘴気に世界は覆われた。
マナを切り離して数億年もたっていなかった、というのに。
たかが数十万年、という短い期間にて。
「でも、もうすこしいいようがあるとおもうけどねぇ。
手のかかる末っ子って…あるいみとどめだろ、あれ」
しいなとしてはマルタに同情せざるをえない。
というか。
「エミルはマルタのこと、何ともおもってないのかい?」
大切にしている、とはおもうのだが。
だからこそしいなはエミルに問いかけずにはいられない。
エミルにとってマルタとはどういう感じなのか、を。
「僕にとってはマルタはたしかに家族、ですけど。
でも、たぶんしいなさんたちがおもっている家族、ではないとおもいますよ?」
どちらかといえばマルタはセンチュリオン達の扱いに近いとおもう。
センチュリオン達とマルタ、どちらを選ぶかといえば当然センチュリオンだが。
でも、あのとき。
純粋に自分を求めてくれたことで、力が多少戻ったのもまた事実。
あれがなければ、リヒターにコアにされていたままだっだろう。
そもそも、ずっと自分は目覚める気などはまったくなかった。
コアにもどったのも、力を失ったから、ではない。
このままコアにて眠っていれば勝手に人は滅んでいく。
そうおもったからこそ、コアにともどった。
あれ以上、愚かなヒトと会話をしていたくなくて。
どちらにしろコアになっているままだと、勝手にヒトは滅亡するだろう。
そうおもっていた。
事実、魔物達にもそのように命じていたがゆえ、
寝ている間にすべてはおわっている、はず、だったのに。
――助けて!ラタトスク!
それは、まぎれもなく自分にのみむけられた、純粋なる、願い。
まあ、一番の原因は、なぜにリヒターにテネブラエが捕まったのか。
と切実に記憶を取り戻してからはおもいはしたが。
そもそも、あのままコアを壊されたとしても自分は死ぬことはなかった。
ただ、この世界全てが、自分がうみだしたそれらが消えるだけであり、
時間とともに自分はすぐに再生をはたしていた。
もっともそのときにはすでに地表におけるほとんどのものが死に絶えている状態で、
ではあるにしろ。
それでも…いい、とおもったのもまた事実で。
この地にエルフ達を移住させたのが間違っていたのだろう。
いくら改心していたといえど、彼らは所詮、彼らの母星を壊しかけたヒト、だったのだから。
そしてその末裔ともいえるクラトス達はまた同じ過ちを繰り返してくれた。
かの彗星から移住したものたちが、失われた技術を提供してしまい、
…惑星デリス・カーラーンにふたたび魔科学が再発した。
ダオスがやってきたとき、介入はできなかったがその記憶はよみとった。
再びかの地で魔科学が発展し、ノルンが消滅の危機に陥っている。
そうしったときのあの衝撃。
でも、ダオスが先にヒトの世界と接触してしまい自分はダオスとつなぎをとることができなかった。
マーテルとの精霊の盟約、によって。
「まあ、エミル君に男女のことをわかれ、というのが無理なのかもしれねえけどな?
もうちょい、マルタちゃんことも考えてやれや」
「?考えてますよ。だからこそそろそろマルタにも自覚もってもわらないと。
ゼロスさんだってわかってるでしょう?
世界が一つになったとして。このテセアラ、という国が。
シルヴァラントの人たちをどう扱うのか、そのあたりの予測は」
「…まあ、な。へたをしたら昔にあったという奴隷制度。
それらを復活させよう、という動きがあってもおかしくねえだろうな」
かつてハーフエルフ達をそのように扱っていた時期があったという。
ある事件をきっかけにその制度は廃止されたが。
「僕としてはこれ以上、マナを消費するような争いが起こってほしくないんですよね」
まあそのあたりの理も書き換えるつもりなので。
マナをより使用しようとしたものは、その身を破滅に導くことになるだろうが。
「俺、マルタとコレットをおいかけてくる!」
いいつつ、ロイドも走り出す。
「とりあえずホテルもみえてきましたし。僕、ちょっと海岸にいってきますね」
ふと気配をたどればどうやらミトスが海岸にいる模様。
ついでにいえばジーニアスがミトスを探してうろうろとしているのが視てとれる。
何やらまだ何かいいたそうな彼らをその場にのこし、
エミルは一人、海岸におりる道のほうにと足をむけてゆく。
「もう。どこいっちゃったんだろ?」
階段を駆け下りたが、やはりエレベーターのほうがはやかった、らしい。
エレメンタルレールをつかい、レザレノ本社から出て行ったまでは聞いたのだが。
それ以後の足取りが不明。
アルタミラもかなりの広さ。
追いかけたまではいいが、当人がどこにいるのかがわかないのならば意味がない。
「ジーニアス?」
そんなことを思いながら途方にくれていると、ふと背後のほうから聞き覚えのある声が。
「え?エミル?何で…?」
なぜにエミルがここにいるのだろうか。
というか、レザレノの会社にいたはずじゃあ?
そうふとおもうが、しかしあれからミトスを探してだいぶたっていたことを思い出す。
おそらく、皆あの場から移動している、のであろう。
しかし、エミルの背後に視線をむけるが、そこに他の人の姿はない。
「他のみんなは?」
とりあえず、きになるがゆえにといかける。
「みんなはたぶん、ホテルに向かってるとおもう。僕ちょっと、海岸にいこうとおもってね」
この先はコテージなどを借りているものしか立ち入らないという、砂地というかビーチがある。
以前、ここにきたときにゆっくりした地でもあるのだが。
エミルからしてみれば、ジーニアスがミトスを探しているのに、
近くにいるのにそっちに気づいていないがゆえに声をかけたまで。
何やらゼロスが少しばかり面白いことを企んでいるようだが。
別に害があるわけでもないのでひとまず放置しているに過ぎない。
まあ、気分転換、というものもヒトにとっては大切、なのだろう。
きっと。
「海岸へ?」
そういえば、とジーニアスはふとおもう。
自分も落ち込んだときなど、よく海の近くにいたときは、
人気のない海岸にしばらくいたことがなかったか。
エミルの言葉にはっとしつつ、
「僕もいってもいい?そこにミトスがいるかも」
「いいよ。じゃ、一緒にいこうか」
どちらにしても向かう先にミトスがいるのは事実、なのだが。
気配をたどれる、というのをジーニアス達にはいっていない。
まあ、その気になればどこにいても探そうとおもえば誰でも、何でも視ることが可能なれど。
さすがに騒ぎがおさまりそんなに日にちがたっていない、というか。
たったの一日しかたっていない、というのもあるのであろう。
おそらくいつもはにぎわっているであろう砂浜は、
さほど人もおらず、波は静かに押し寄せてはひいている。
ここ、アルタミラについたのが昼すぎであったのもあるのであろう。
リーガルやクラトスの説明をうけていたからか、あとすこしで夕暮れ時にとはいる時間帯。
ゆっくりとではあるが海も夕焼け色にとそまりかけている。
海に沈んでいくように見える太陽は、いつの時代もその光景はかわらない。
「・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・」
しばらく進んでゆくと、先のほうから話声がきこえてくる。
どうやらプロネーマとミトスが映像を通じ、プロネーマにミトスが指示をだしているようだが。
一方では、プロネーマがお戻りください、といっているのも聞き取れる。
おそらくは、彼女からしてみれば、自分達とともに、
ミトスもまたデリス・カーラーンにともどる、そう思っていたのだろう。
が、ミトスはこの地にのこった。
まあ、いきなり消えれば騒ぎになる、とおもってではあろうが。
「……から、…装置…」
とぎれとぎれに聞こえてくる声にジーニアスが気づいたらしく、
「あれ?なんか人の声が…って、ミトス!?」
ふと、声のしている方向。
そちらをみれば、探していた人物が。
その声にぴくり、と反応し、視線の先でミトスがすっと手をふるとともに、
ミトスの目の前に浮かんでいた映像がすっとかききえる。
そのまま、ミトスのほうにとかけよっていき、
「よかった。探してたんだよ?」
ほっとしたように、それでいて心配したようにミトスの手をにぎり、
心底安心した、というように話しかけているジーニアスの姿。
そして、きょろきょろと周囲を見渡し。
「あれ?今、ミトス、誰かと話してなかった?」
たしかに、もう一人、誰かの声がしていたような気がするのだが。
声はとぎれとぎれでよくきこえなかったが。
何か聞き覚えがあるようなそんな声が。
誰かがいる、とてっきりおもったのだが。
ミトスの周囲にはだれもいない。
ゆえに、きょろきょろと周囲をみつつ首をかしげてといかけているジーニアス。
ミトスが話していたのは、立体映像で姿をみせていたプロネーマであり、
当然、この場所に直接いたわけではないので、探してもみつかるはずもない。
「ジーニアス。それにエミルも。ううん、僕一人だよ?」
ジーニアスが首をかしげているのをみてどうやらプロネーマの姿。
そして会話は聞かれていなかったらしいことにほっとする。
しかしそのほっとした表情を表にだすことなく、
「ごめんね?いきなりあそこから立ち去って」
おそらくは、探していた、という台詞から、自分をジーニアスは追いかけてくれたのだろう。
それがミトスからしてみれば、何ともこそばゆいような。
不思議な感じがしてしまう。
しおらしく、それでいて少し顔をふせジーニアスに謝るその姿は、
はたからみれば、落ち込んでいるようにみえなくもない。
ミトスがプロネーマに指示をしていたのは、
とにかく、なぜかエラーをおこし利用不可能となっているマナの調停装置。
それをとにかく修理するように、という指示なのだが。
修理も何もセンチュリオン達が目覚めている以上、
かの装置はけっして動くことはありえない。
どうやらミトスはそのことにまで、は気づいていなかったらしい。
たしかにそこまであの装置に説明、として組み込みもしていないので、
使用だけ、は可能だろうが、細かな設定まではわからなかったのであろう。
ジーニアスはきこえていなかったが、エミルはどんな話をしていたのか。
手にとるようにわかっている。
ゆえにそんなことをふと思わざるを得ない。
「ううん。僕のほうこそ。ねえ。ミトスはどうするの?その……」
「どっちにのこるか、ってこと?
僕は姉様の思い出の地から離れたくはないから……」
「そっか。で、でも。大樹が復活して世界が一つにもどったら、きっといつでもあえるし、ね?」
顔をふせそういうミトスにジーニアスがあわてたようにいっているが。
「でも、世界を一つにって、できるの?」
できるはずがない。
オリジンと契約しているのも自分だし、
エターナルソードの契約、ましては他者が契約するための証たる指輪。
あれもすでに壊している。
クラトスがあれを再びつくろうとしているのはしってはいるが、
しかし、そのためにはクラトスの命と、そしてオリジンとの契約が必要。
おそらく、オリジンの封印をとくとともに契約も解除されてしまうだろうが。
でも、あのオリジンが再び人と契約を果たす、とはおもえない。
そして、契約の証というか契約に必要たる指輪がない以上、
エターナルソードと改めての契約などできはしない。
だからこそ、絶対に無理だ、という意味合いをこめてミトスは問いかける。
できれば彼らにはこのまま今回の一件からひいてもらいたい。
あのコレットさえ姉の器になればすべては丸く収まる。
「それなんだけど。僕、話し合いでどうにかわかってもらえないかな。そう、おもってるんだ」
そう、あの地にいたミトスがあのユグドラシル、というのなら。
そして目の前にいるミトスが本当にミトス・ユグドラシルならば。
きちんと話し合えばきっと、ミトスもわかってくれるはず。
でも、だからといって、当人に面とむかって聞こうと思うとどうしても勇気がわかない。
違うよ、といわれるかもしれない。
嫌、それより、何でそんなことをきくの?
とかいわれ、ミトスに嫌われたくはない。
そんな思いがジーニアスの中にてひしめきあっている。
「まあ、話し合い、というジーニアスの意見には僕もある程度は賛成かな?
そもそも、しつこく、しつこくものすっごくしつこくいえば、相手も折れるとおもうしね」
それこそあのときの自分のように。
苦笑しつつも、ふとあのときのミトスのしつこさをおもいだす。
くどい、と幾度いっただろうか。
それでもしつこく、しつこく、ほんとうにうんざりするほどしつこく訪ねてきたミトスとマーテル。
時にはミトス一人で、そういえばクラトス達と出向いてきたのは、
それこそ本当に数えるほどであったようなきがはてしなくする。
ほとんど、ミトス一人でやってきてたり、マーテルとミトスのみで訪ねてきていた。
「…エミル。なんかそのものすっごくしつこく、という言葉に実感こもってない?」
そんなエミルの苦笑じみた言い回しにひっかかりを覚えたのか、
首をかしげつつジーニアスが問いかけてくるが。
「うん。僕にも覚えがあるからね。もう、ほんとうにしつこくて…
……決定してたことを覆したことが、かつてあったからね」
「?それって?」
意味がわからない、とばかりにジーニアスが首をかしげるが、
そんなジーニアスにエミルはただ微笑むのみ。
あのとき。
しつこいほどに自分に懇願してきたミトスの心。
あれが偽りであった、ともおもえない。
たしかに四千年、という年月の中で、ヒトからすれば永き時間。
自分達にとっては短い時なれど。
ヒトの心はかわってしまう。
うつろいやすいもの。
でも、それでも変わらないものもある。
そういった、あのときのミトスの言葉に嘘はなかった。
そうおもう。
嘘をついておらず、ひたすらに純粋にまっすぐに、自分をみつめていってきたあの言葉は。
だからこそ…ミトスをかつてのような目にはあわせたくはない。
何があったのかはわからないが、
種子にその魂を宿し、あらたな苗木として誕生しながらも、
結局はヒトの手によって枯れてしまい消滅してしまったかつてのミトス。
ミトス、としての意識は最後まで現れることはなかったにしろ。
まだ、間に合う。
ミトスはこうしてミトスのまま、生きている。
「きちんと話すのは大切だとおもうよ?
言葉にしなければ分かり合えないこともある。
わかってくれているつもりでもわかっていない。ということもあるからね。
もっとも、これはとある人の受け売りなんだけどね」
かつての世界でそういわれたことがある。
何ごともきちんと言葉にしなければ伝わらないのだ、と。
それはまだ、この惑星に移住する前。
かつての惑星、デリス・カーラーンにおいて。
そして、ヒトは死んだのもの言葉も知りたい、と願う。
何を求め、何を欲しているのか、また迷ったときの道しるべの言葉を求め。
「まあ、相手がいらいらしてたら、話そうとしても、話をきいてもらえないかもしれない。
ついでにいえば、何を意味不明なことを、といって攻撃されるかもしれない。
ま、それを実際にやったことある僕がいうのも何だけどね」
「え?エミルが?そんなことしたことあるの?」
「あ~、うん。前に…ね」
前、というかこの時間軸からすれば未来、なれど。
散々自分達精霊を裏切っておきながら、何かあれば頼ろうとする。
そのあげくに自分達ヒトは必要な構成員だ、
などとぬかすその台詞に、かちんときたのもまた事実で。
アクアとともにやってきたからこそあの中にくるのを認めたが。
やはり認めるべきではなかったのだろう。
結局、リヒターの手により扉の封印が狂い、魔族が世界に解き放たれ、
再び地表が瘴気におおわれたあげくに、世界樹ユグドラシルの消滅。
世界からマナをきりはなし、元のこの惑星の理にもどしても、結果としてヒトは世界を滅ぼした。
「さんっざん自然を蔑ろにしまくるくせに、人間は必要不可欠な存在だ。
なんてことをいわれたことがあってね。何様のつもりだっておもって。
つい、かっとなったことが。そもそも今もそうだけど。
ヒトって自然を壊すばかりで何も自然にたいし何かしてるわけでもないよね?
精霊石にしても然り、そんなことをすれば自然のマナが狂うとわかっているのに。
微精霊達を穢すだけ穢してここテセアラでは利用できなくなった。
必要がなくなったから、という理由で大量廃棄もされてるっぽいし」
ほんとうに、ろくなことをしていない、とおもう。
こちら側の人々は。
シルヴァラント側とされているほうでは、逆に精霊石たちが穢され、
ヒトでも使用できるように勝手に命という血で精霊達を狂わせ、
その力を悪用できるような状態にして大量生産しているというこの現実。
「ね?ミトスもジーニアスもそう、おもわない?
どうしてヒトは、自然をいつもいつも壊すことしかしないんだろうね?
時折おもうんだよね。…世界にヒトは必要なのかどうかって」
世界を壊すのもヒト。
しかし、世界を再生させようと努力するのもまたヒト。
光と闇、互いの属性をもたせている間の存在。
その力を、心を、命をきちんと正しくつかえば、
世界と調和して生きてゆくことが一番たやすい存在(もの)として生み出しているのに。
なのにどうして、ほとんどヒトは間違った方向にすすむのだろうか。
「エルフとか、ハーフエルフとか、人間とか。
かってに種族が異なるからって差別しまくるばかりで改善しようともしてないし。
…きちんと協力することもできるのに、それすら放棄しちゃってるし」
「「・・・・・・・・・・・」」
エミルが何をいいたいのかはわからない。
が、言いたいことは何となくだが理解できる。
できてしまう。
ゆえにジーニアスもミトスも黙り込むしかできない。
――そんなにヒトが必要、ともおもえないのだが?今の状態をみるかぎり?
ならば、地表を一度浄化しおまえたちも生まれ変わったほうがよくないか?
所詮、エルフ達もかつて過ちを繰り返したものとかわりがない。
今のありようを見る限りは、一度やりなおすことも必要だろう。
ふと、ミトスの脳裏に浮かぶのは、ラタトスクに言われた言葉。
ギンヌンガ・ガップの奥の間で。
初めて訪ねていったときに言われたその言葉。
世界の浄化。
全ての大地を海にと還し、無から有を、ゼロから生み出す、といわれたあのときの衝撃。
その衝撃をミトスは忘れたわけ、ではない。
「……ヒトも案外悪くない、とはおもうよ。おもうけど。
それって、ごくごく一部、でしかないんだよね。
それに、そうおもってる相手ですら……」
自分達を裏切っている。
最後の言葉は言葉にすることなくエミルは飲み込み、最後まで紡ぐことはない。
「エミルって、まだヒト嫌い、本格的には治ってなかったんだね」
ぽつり、とジーニアスは深いため息とともにそういわざるをえない。
エミルがヒトは信じていないから。
そういうのは今に始まったことではない。
それこそ世界再生の旅、といわれていたあの旅の最中でも、
エミルはよくそんなことを口にしていた。
「心の底からヒトを好きになれる要素があったら教えてほしいんだけど?
ヒトはよくもわるくもかわるもの。ジーニアスだって。旅のはじめのころはどうだった?
ことあるごとに、これだからヒトは、っていって相手を見下した言い方してたでしょ?
相手のことを知ろうともせずに。
まあ、ジーニアスだけじゃないけどね。ロイド達だってそう。
相手がハーフエルフだから、という理由だけで、悪、ときめつけてたし?
そもそも、考え方がおかしいよね?
ディザイアンとかいう輩がハーフエルフだから、ハーフエルフは悪だ。
そういうんだったら、それこそそこいらにいた、盗賊やら夜盗といった野伏りたち。
彼らはほとんど君たちの定義でいえば人間、なのに。
なのに、そんな彼ををほうっておいて、人間は悪くない。そういってる。
……ばかばかしいったら」
それこそ、被害的には盗賊や夜盗、属にまとめていわれている、
シーフ、とよばれしものたちの被害のほうが多いだろうに。
そんなものたちのことは棚にあげ、すべてはハーフエルフのせいだ。
そういいきっていたシルヴァラントにすまうものたち。
相手を知ろうともせずに否定し、排除するしかしないヒト。
そもそも、彼らが自然界の声をきかなくなった、きけなくなったのも。
そんな傲慢な考えから、その声が届いているというのに聞けなくなっているだけ。
それにすらきづくことなく、逆に精霊達を狂わせ、
微精霊達を悪用しよう、と利用する道を選んだ愚かなる人間たち。
それのどこに救いがあるのか聞かせてほしい。
説明できるのならば。
まあ、無理であろう。
そもそも、この地におりたつとき、彗星に移住するとき。
彼らがいったあの言葉すら、エルフ達はたがえている。
そもそも、この地におりたつにあたり、
自分達の力をつかえなくなっても、自然とともにいきていくことを選ぶから。
この世界を選ぶ、この世界を救い、ともに再び生きていきたい。
そういったその志を覚えているエルフ達はおそらくもはやいない。
「どうして、ヒトって矛盾した行動をいつもとるんだろうね?
それが自分達の首をしめる、とわかっていても」
ミトスにも問いかけたい。
あれほど自分達ハーフエルフの扱いを嘆いていたというのに。
なぜ、ディザイアン、なんてものをつくりあげ、
それらがハーフエルフの集団だ、などという括りにしたのやら。
しかも、勇者ミトス物語、もしくはマーテル教の伝説。
それらにも、愚かなるもの、ディザイアン。
そのように登場させるなど。
しかも、あれらにはしっかりと、狭間のもの。
として明記がなされていた。
それでなくても差別をやめようともしないヒトがそれを認識してしまえば、
どうなるかわかっていたであろうに。
「…久しぶりに、エミルの人間否定の言葉きいたような気がするよ。
でも、たしかに。エミルの言う通り、なんだろうね。
僕もほかの人間とかわりはしないって今は自覚したけど。
いつも僕もこれだから人間は、って相手を見下してたのは事実だし」
しかもそれが当たり前、とはかりにおもっていた。
姉にどうしてそのたびにたたかれるのか。
それすら理解できなくて。
正しいことをいってどうして怒られるのさ。
そんな認識しかなかった、とおもう。
気づいてしまえば些細な、それでもそれがすべての原因なのだ、ともおもう。
誰だって、自分を見下して嫌いです、といっている相手。
そんな相手がいくら表面で仲良くしよう、協力しよう。
といって、信頼するはずもない。
だからこそジーニアスはそうつぶやかずにはいられない。
「差別、というものは心が生み出すもの、だからね。
見た目や外見、生まれや育ち、そんなものを持ち出しても意味がないのに。
そもそも、すべては同じマナからうまれし命。どこに違いがあるのか、といいたいよ」
例外、というものはあるが。
人工的に自分達の存在そのものを狂わせ、ゆがませ、微精霊達の力を悪用し、
まったく異なる存在となっているもの。
かつてのヒトが、生体兵器、とよびし無期生命体化したという人間たち。
あえてそれをしっても、それらに理はもたせなかった。
彼らが死ねばそれまで、魂すら残らないようにした。
自分達が悪用していた微精霊達にその魂が吸収され、浄化してしまうように。
一度、甘い汁をすいかけたものの魂はそう簡単には戒心しない。
それは利用している間の生き様をもってして、利用されている微精霊達がその行方を決めていた。
狂わされてもそのように新たに理を追加していたがゆえ、
微精霊達は孵化する手前でもそれを忠実に実行していた。
もっとも、それに気づいたヒトがその力を防ぐために、
要の紋と今ではよばれている、微精霊達の力を防ぐ品物。
それらを生み出してしまった、というのもあるのだが。
本来ならば、天使化しているクラトスに子供ができるはずもなかった。
しかし、長い時間をかけて半ば融合してしまっていたのであろう。
おそらくロイドの母親のアンナ、という女性は。
そしてクラトスの中にものこっていたヒトの部分。
それらがうまく融合してしまい、生まれるはずのない命が誕生した。
ヒトでもない、微精霊でもない、ましてや天使体でもない。
どれにも属さない存在、として。
もっとも、天使体、といわれているものは基本一代限り、でしかない。
いくら同じ状態になっていても、下手にその力が散在し、
悪用されてもたまらないがゆえに、子供ができるようにはしていない。
それでも時折、ロイドのような例外、というものが誕生することがある。
その都度、新たな種とするか、それともその代のみにするか。
それはその生き様をみて大概決めているのだが。
どちらかといえば、ロイドはミトス達のいう天使体、に近いであろう。
アンナの力でその力は抑えられているようだが
生まれながらに自らの体内のマナを操る力はもっている模様。
アンナの力がなければ、ロイドもまた、そのまま翼を展開し、
他のもののように、マナを固定化させ、鳥のような翼をもったもの。
そうなっていた可能性が高い。
そして…そのことに、当事者たるロイドはいまだに気づいていない。
過保護もそこまでくればあるいみあきれる以外の何でもないが。
そもそも、肉体を失ってもなお、子供を守ろうとする母親のその強い思い。
その気持ちはわからなくもないが、
それに微精霊達まで協力している、というのが何ともいえない。
そのせいで、ロイドの【感性】が定まりをみせていない、というのに気付いていないのであろう。
「そもそも、すべての命には、思いやりの心、というものがあるんだから。
ヒトはそれを忘れてというかそのことに振り向こうともしてないんだよね。
動植物たちをみてもわかるだろうけど。
あの子たちは違う種族のものでも、何かあれば協力してるよ?」
それこそ、他種族の子供を保護したり、育てたりするものもいる。
マクスウェルが保護しているあの二人のヒトも、一人は精神体となっているが。
生まれてすぐに海にながされた彼女たちを、
クジラたちが保護していたがゆえに、マクスウェルが保護できたといってよい。
しかし、ヒトは協力しようとおもえばそれこそ簡単にできるのに。
互いに足をひっぱりあい、相手を蹴落とし、乏しめようとする。
そんなことを主にしでかす。
そういう人間たちばかりではない、というのはわかっている。
いるが、権力というものをもった人間たちが大体そのような傾向にあるのもまた事実で。
そういったものはさらに、自分達が選ばれしもの、
だから他ものは雑にあつかっても問題はない。
そんな馬鹿げた思考に囚われていたりする。
そう、それこそエルフたち、ハーフエルフ達の思考とそのあたりはほぼ同じ。
自分達は特別なのだ。
そんな意味のない根拠もない自身。
別にラタトスクとしては【特別】そんなものをうみだしてすらいないのに。
「ま、ジーニアスやミトスにいっても意味がない、かな?
でも、考えてほしいんだよね。今一度。
それは君たちだけじゃない、ロイド達にもいえることなんだけどね。あと、全てのヒトにも」
「…エミルって、なんかお話にでてくる哲学者みたいな言い回し時々するよね」
そんなエミルの言い分をききつつ、ジーニアスは苦笑せざるをえない。
時々、エミルはこういうところがある。
常に客観的な立場からものをいうことが。
それこそ、個、としてでなく全、として全体をみてものをいうことが。
もっとも、言葉通り、想像通りの【全なる存在】なのだから当たり前といえば当たり前なのだが。
「――心に、色はない。んだよ?」
――バカバカしい。そもそも差別をするのもお前たちの心だろう?
心に色はない。といったものがかつていたが。その通りだとはおもわないか?
エミルの言葉に、ミトスの脳裏にあるとき言われた言葉がよみがえる。
それは幾度も来訪し、かなり言葉を交わす間がらになっていたとき。
ふと言われた言葉。
「…それは……」
それは、その言葉は。
どうして、エミルがラタトスクと同じ言葉をここで、いうの?
ミトスの表情に困惑、といったものがふと浮かぶ。
――いい言葉ね。それ
そしてそれに賛同し、微笑んでいた姉の姿もミトスの脳裏によみがえる。
「……あ」
ふとミトスが視線を海にむけてみれば、いつのまにか太陽は地平線にとかかり、
ゆっくりと海全体が夕焼け色にとそまっている。
「そろそろ日が沈むね。ミトスもジーニアスも宿にもどらない?」
「エミルは?」
「僕はもうちょっと、このあたりを散策してから戻るよ」
今後のこともある。
それに、あの彼女は。
どうやら目覚め、しかも無理をいってこちらに向かう気、でいるらしい。
あの地からあれをつかって移動してくる、ということは。
明日か明後日、それくらいになるであろう。
彼女がミトスを改心させるきっかけになってくれれば、ともおもう。
彼女には、あえて未来の記憶を【視せた】。
大樹となりしミトスの魂を宿した樹。
そして精神融合体となりしマーテルの今後。
そして…彼らの消滅。
それにいたる、すべて、を。
そして、あのときの【ダオス】の行動も。
「おじいちゃん!?タイガ様!?」
エミルが少し別行動をして、海岸にいく、といい。
結局、そんなエミルを見送ったのち、残された一行はホテルの中へ。
ホテル・レザレノ。
アルタミラの入口付近にある、室内も大部屋から個室、
さらにはスイートルームといった各部屋が存在し、
それぞれに応じて各種、部屋に応じた金額が設定されている。
また、展望台をかねた食事処は自由に誰でも出入り可能となっており、
アルタミラを一望できる、ということもあり、ちょっした有名スポットのうちの一つ。
彼らがホテルのロビーに入るとともに、そこに見慣れた人影が三つ。
ロビーの中央にある円状の受付の前。
そこにたっている人影をみて思わず声をあげているしいな。
たしかに祖父たちはまだここにいる、とはきいていたが。
しかし、たしか里をでるとき、里に彼らはもどる、といっていたような。
服部様はそんなことをいっていたのに。
それゆえにしいなは驚かざるを得ない。
しかもなぜ、ここにおろちもいるのやら。
「しいなか。待っていたぞ」
「?待っていたって……」
気のせいか。
統領でもある祖父の顔がすこしばかり険しいような。
くちなわが逃げた、というのに何かかかわりがあるのだろうか。
その場にいるみずほの里の統領イガグリ、そして副統領のタイガ。
彼らは互いに顔をみあわせる。
こころなしか表情が険しくみえるのは、おそらくしいなの気のせいではないのであろう。
「うん?リフィル殿、それにエミル殿達はいないのか?」
ざっと周囲をみて、そこにエミルやリフィルの姿がないのに気付いたのであろう。
タイガが少し首をかしげてといかけてくる。
たしかに、全員がこの町にはいったという報告をうけていたはずなのだが。
「先生はジョルジュとレザレノの資料室だけど。
ジーニアスはミトス探しにいったまままだもどってこないし。
エミルはちょっと海岸にいってくるってさっき海のほうに」
すでに駆け出していたマルタはロイドとともにこの場にやってきており、
マルタを慰めるのにロイドの無自覚天然タラシ…とはゼロスの談だが。
ともあれロイドにもいわれ、あきらめたらそこでおわりだろ?
という何とも無責任極まりないことをロイドがいったがゆえに、
マルタはエミルに対する思いをあきらめる、とかではなく、
これより先もより強くアタックしていけばいいよね!
とほぼ前向きにとらえて今に至っていたりする。
エミルからしてみれば、マルタにあるいみ発破をかけた、のだが。
どうやらその思いはマルタには届いていない、らしい。
マルタの脳内で都合よく変換されてしまうその性格。
それをエミルからしてみればどうにかしてほしかったのだが。
自覚してほしかったのに、ロイドの一言で意味をなさないものになっていたりする。
ひんやりとした水の匂いは、このホテルの特徴、ともいえる。
海の水をひいている床は、いくつかの小魚らしきものが気持ちよく泳いでいるのがみてとれる。
ちょろちょろとした水が人工的につくられた滝から、床にむけて流れているのも特徴的といえる。
いつもより、水のにおいが強いようにロイド達もまた感じるが。
ゆえに多少首をかしげつつ説明しているジーニアス。
が、目の前にいる彼らにその意味…マナの在りようがわかるはずもない。
「そうか。リフィル殿にも話をしておきたいところだったのだが……」
リフィルが今はいない、という言葉にあからさまにがっかりきているのが窺える。
しかし、事は急を要する。
いつまでも彼らとてここにいるわけにはいかない。
「まず、とりあえず、リーガル殿が部屋をとっている。そこで話そう。しいなもそれでよいな?」
だからこそ、今いるものにだけでも話をつたえるべく、
タイガ、そしてイガグリが交互にじっとしいなをみつめつつ言ってくる。
「あ。ああ。けど、おじいちゃん?一体……」
何だろう。
あまりいい予感がしないのは。
困惑した様子のしいなに、そしてまたさすがに不信感を抱いたのであろう。
ロイドもまた首をかしげつつも、
ひとまず彼らにうながされ、彼らは最上階のとある一室。
最上階にとある小さな小規模な会議室。
彼らがリーガルにとってもらった部屋、というのは、
普通の客室、ではなくどうやら会議室、のことであったらしい。
ともあれ、会議室のあるエリアにむけて、彼らはエレベーターにて移動することに。
ホテル・レザレノの内部にある会議室。
ここは旅業者や業者などが会議をするのによく利用される、という。
景色もいいことから、そこそこ人気、であるらしい。
ちなみに、値段的には三時間で一万ガルドほど。
もっとも、今回はリーガルの善意で貸してもらっているがゆえ、
イガグリ達はお金を払う必要はないのだが。
「王都に潜入させている草から連絡がはいった。くちなわのやつが現れたらしい」
「あいつ、首都に!?」
タイガの言葉におもわず、がたん、と座っていた椅子から立ち上がるしいな。
「これ、しいな。おちつかんか。問題なのはそのあと、じゃ」
「…牢に入れられていたはずの教皇騎士団達の姿がみえなくなったらしい。
まちがいなく、くちなわが手引きをして脱獄させたのだろう」
『な!?』
教皇は護送される途中、グランテセアラ・ブリッジにて逃げられたはず。
それでも、騎士団の一部はとらえ、牢にいれていたはずなのだが。
その人物達が脱獄した、という。
「教皇とくちなわが何かを企んでいるのは明白。
お前たちにも少なからず何らかの接触があるはずだ」
その台詞に顔を見合わせるロイド達。
たしかに、確実に何らかの接触をしてくるであろう。
平和的、とはいえない方法で。
「やれやれ。あのヒヒ爺も」
呆れたようにつぶやくゼロス。
「狙われるとしたら、俺様かコレットちゃんだろうな。
あいつは前からクルシスの輝石をほしがってやがるしな」
どういう方法をとってくるかはわからないが。
「うむ。王都でもそのことを踏まえ、警備体制を厳重にする、ということだ」
おそらく、民には国の上層部が隠していても伝わるであろう。
それでなくても、ここ最近、いろいろとおこりすぎている。
不可解な闇につつまれたり、それはもういろいろと。
民の噂を統合するにあたり、すべては元教皇が神子に手配をかけたから。
というのが一般的な考え、であるようだが。
そんなことをおもいつつも深くうなづくタイガ。
「われらは情報をもとめ、また今後のこともあり、一度里にもどる。
つなぎには今後、おろちをつかわせる」
「わが弟のしでかしている不始末は。わが家名のためにも俺が始末をつけねばな」
背後にひかえるようにして唯一たっていたおろちが、
タイガの言葉をうけ、こくり、とうなづく。
ちなみに、前方にタイガとイガグリがすわっており、
向き合うようにしいなたちが二列にならんで座っている状況。
そして入口ふきんにおろちがたち、見張りと護衛をかねていたりする。
「くちなわ…やつは、いったい、何を……」
しいなはそんな彼らの言葉にぎゅっと手を強くにぎりしめるしかできない。
自分を恨んでいるのはしかたない、ともおもう。
でも、それで他人を巻き込んで迷惑をかけるのはどうか、とおもう。
彼はしいなが里を窮地に陥れた、といっていたが。
この現状ではどうみても、くちなわ自身の行動が。
全ての”みずほの民に叛意あり”と国にとおもわれてもおかしくは…ない。
pixv投稿日:2014年9月20日某日(Hp編集:2018年5月6日(日)
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あとがきもどき:
このあたりから編集が話数とかまたがってたのが一つ、もしくは二つ途中、になってきてます。
理由として、Pixvさんの投稿文字が三万文字に変わったあたり、というのが一つ。
いや、あっちも文字的にはキリの悪いところでくぎってたりしてましたからね……