「で、ついたはいいが、今度はこれ、なんだよ……」
うんざりしたようなロイドの台詞。
そこはどこかの小部屋らしき場所。
長すぎるまでの階段をようやく抜けた先。
またまたおかしな空間にとたどり着いた。
だが、特質すべきは、足元も天井も、左右の壁もすべてが鏡である、ということ。
部屋の中央には何かの鎧を着込んだ男性の像、のようなものがあり。
その下にはロイド達には見たこともない文字が刻まれている。
それは古ではルーン文字、といわれしものであるが。
この時代、否、今のこの世界にはそれは伝わっていない。
ルーン文字にて、【王の見つめる先と真実の間にこそ真実はあり】
とその台座には書かれてはいる、のだが。
何かの銅像と、それ以外はすべて鏡の間ともいえるその小部屋。
だがしかし。
「この鏡、おかしいよな?」
「おかしい、といえばここについたときからおかしいじゃない」
ロイドの素朴なる疑問にすかさずジーニアスが突っ込みをいれる。
そう、おかしすぎる。
あれほど長い階段をのぼって、
ようやくどこかにたどり着いたとおもったら。
真っ白い扉のようなものがあり、くぐってみればその先はこの部屋にと続いていた。
さらにいうならば、自分達がやってきたはずの階段。
それはいつのまにか鏡の向う側になっていて、
鏡をくぐって階段のほうにもどろうとしても鏡が邪魔をして、その向こうにはいかれなかった。
つまりはみえているのに元にもどれない状態となっていた。
ならば、とおもい、叩き割ろうとしたところ、
瞬時にみえていた階段がきえ、反対方向の鏡にその階段は映し出された。
しかも、ロイド達の姿が映っている鏡とそうでない鏡が。
たとえば、右側にのみうつっていない、とおもいきや、気づけば一面だけ映り込んでいたり、と。
一定時間というか、いくつか数を数える間に鏡にうつっている光景。
それらがころころとかわっている。
万華鏡。
その言葉を一瞬思い出すが、しかし、ここまで鏡が合わさっていれば、
いくつもの姿が鏡に映り込んでいなければいけないだろうに。
実際には自分達の姿が映りこんでいる鏡にしか、
いくつもの鏡と自分達の姿が映り込んでいない。
しかし、目まぐるしく、さっきまで何もうつっていなかったのに、
いきなり目の前の鏡に自分達の姿がうつりこんだり。
法則性、というものがあるのかどうかすらわからない。
「おそらく。あれが正解の道、なのでしょうけども」
リフィルはリフィルでじっと、鏡の中をみつつ何やらそんなことをいってくる。
そのどれにもうつっているとあるもの。
どの鏡にもなぜか転送陣のようなものがうつりこんでおり、
おそらくはあれがここから出るための仕掛け、なのだろうが。
その鏡にうつりこんでいるそれにどうやってむかうのか。
それがリフィルにもわからない。
と。
「あ、あれは!?」
ふと、しいなが鏡の一枚に目をとめおもわず叫ぶ。
その鏡の向うにうつりしは、ここと同じような空間なれど。
しかし、異なりしは……
「コレット!?」
その姿をみて思わず叫び、だっと鏡の前にかけよっているロイド。
そこには冷たい鏡があるのみで、それにうつっているコレットの姿。
その姿に触れることはできない。
「まってよ。何でリーガルさんまでいるの?」
ロイドにつづき、それをみて思わず顔をしかめてジーニアスが呟く。
コレットとプレセアならまあわかる。
そこにクラトスがいるのも。
おそらく、クラトスが彼女たちを助け出した、のだろう。
しかし、アルタミラに残っているはずのリーガルの姿がそこにあるのは、
明らかにおかしい。
また、敵の罠、と考えるべきか。
それとも。
ただ鏡にうつっているだけの、単なる幻影か。
クラトスからおそらく、今現在、魂だけこの場に引きずり込まれたのだろう。
そう聞かされてもリーガルとしてはあまり実感がわいてこない。
あまりに長い間、魂と肉体が分かれていたり、
また分かれているときに肉体に何かがあった場合、
行き場を失った魂はさまようこととなり、そういった迷魂を魔族は好む、とはクラトスの談。
くわしいな、と問いかければ、昔にたような事例があった。
というだけで、クラトスはそこまでリーガルに詳しく語らなかったが。
「本来ならば、封魔の石をもっていなければこの空間で移動するのは危険なのだが。
おそらく空間そのものが、リンクしているのだろう。
だからこそ、どこかにいる彼女がもっている石の力がお前たちにも影響しているはずだ」
この場にきてから、さまよっている魂らしきものに触れていない。
だとすれば、ここは何らかの力によって生み出されている疑似空間。
かの疑似ニブルヘイムの中にさらに別につくられている別なる空間。
そうみてほぼ間違いはないであろう。
「うわぁ。この部屋。なんだかすごいねぇ」
階段をのぼり、いくつかの廊下らしきものを通り抜け。
そしてたどり着いたとある部屋。
足元も、右も左も天井も、中央にある石像らしきもの以外には何もなく。
ところどころ鏡にカーテンらしきものが、しかも真っ赤な…がかかっているが、
それ以外には何もない部屋。
行き止まり、であるらしく、
どこにも降りる階段も、上る階段も。ましてや転移陣のようなものも見当たらない。
「!ロイド!!ロイド、ロイド、ロイド!!」
きょろきょろとしつつ、
感心したような声をあげていたコレットが、はっとしたように思わず叫ぶ。
叫びつつも、とある一枚の鏡前。
奥ばった場所にある一枚のその鏡の前にだっと駆け出してゆくコレット。
たしかにロイド達の姿が鏡の中にみてとれる。
そこもどうやら鏡の間、らしく、彼らの背後には、この場にある同じような石像の姿が。
そして、この場にはない転送陣らしきもの。
ロイド達の姿とともに、その鏡の中にうつりこんでいるのがみてとれる。
しかし、そのロイド達の姿はぱっときえたかとおもうと、次の瞬間には別の鏡の中にと映し出される。
「これは…何かの仕掛け、でしょうか?」
プレセアが注意深く周囲の鏡を調べてみるが。
鏡というよりは、中には自分の姿すらうつさないものも大多数。
かといって、念のために斧をふってみるが、
まるで水のごとくに斧はそのままするり、とその鏡をすり抜ける。
まったく傷すらついている気配すらない。
だとすれば、この鏡のようなものも幻なのか。
それとも、実際にそういった物理攻撃を受け付けないナニか、なのか。
「?…あの女性は?」
ふとリーガルがとある鏡中。
見覚えのない女性の姿をみとめ、思わず顔をしかめる。
この場にはそぐわない一人の女性。
淡い栗色の髪は肩よりも少し長く伸ばした程度。
その瞳は透き通るような青で、どことなくコレットを連想させる。
しかし、どことなく儚げで、温和な雰囲気をも感じるその女性は。
あきらかに敵、という感じ、ではない。
「…アン…!?」
その姿をみて、クラトスが絶句したような表情をしているのにきづき、
リーガルが思わずクラトスを見つめる。
まちがいなく、クラトスはこの女性のことを知っている。
その口元がゆっくりとうごく。
像を動かして、と。
すっと鏡の中から指さすその行為はとある方向。
つまりロイドたちが映り込んでいるとは反対側の鏡のほう。
「…嘘…だろ?」
思わずロイドが足をとめる。
いるはずがない。
でも、忘れるはずがない。
あの空間で、自分を優しく包み込んでくれていたあの優しいまなざしを。
ロイドは決して忘れない。
「ロイド?」
「この女性は……」
ジーニアスは突如として鏡中にあらわれた女性に警戒を示すが、
それ以上に珍しく茫然としたようなロイドの表情に驚いてしまう。
そしてまた、ゼロスはゼロスでちらり、とロイドとその女性をみつめ、
「なるほど、な」
小さく、呟いたのち一人納得したようにつぶやいていたりする。
みればロイドの手にはめこまれているエクスフィアが淡く輝いている。
――像の向きを、あっちに。あの人にも伝えているから
口元がゆっりとうごき、口の動きでそんな言葉が投げかけられる。
それは、クラトス達が映り込んでいる反対側の鏡。
指さすそこは、何もない、が。
「なんで…何で母さんが鏡にうつってるんだよ!?」
ロイドからしてればそれが信じられない。
そして、おもわずはっと自らの手をみつめる。
気づかなかったが手にはめているエクスフィアが淡く輝いている。
「まさか…母さん…本人?」
ロイドの声が、かすれる。
「ロイドの…って、じゃあ、この人が…?」
ジーニアスはその言葉に驚かざるをえない。
おそらくこのロイドの驚きようは、そう、なのだろう。
ロイドが幻の空間で一緒にいた、というロイドの実の母親。
そしてエクスフィアの中にてずっとロイドを見守っている、という。
もっともそれらもロイドから聞かされただけで、ジーニアスも実際にみたわけ、ではない。
――リフィル先生。うちの子を、あの人の子を見捨てないでやってくださいね?
ふとその視線がリフィルにむけられ、口元がそのように動く。
口元が動いているだけ、なのに。
すっとリフィルの脳裏に響くように、優しい、
それでいて聞いた覚えのない女性の声らしきものがきこえてくる。
おそらく、この声の主は。
「あなたが、ロイドの?」
アンナ・アーヴィング。
ロイドのエクスフィアの中にその魂をとらえられてしまっている、ロイドの実の母親。
そしてまた、かつてエクスフィアが原因で、ロイドの父親、
つまりは彼女の夫の手によりて命を落とした女性。
――あの人なら、きっと。その像が仕掛け。あの人と協力して、ここを…
「なぜ、お前が…私は……」
あきらかに動揺しているクラトスの様子は普通ではない。
「クラトス、さん?」
そんなクラトスに首をかしげ声をかけているプレセア。
そしてまた。
その姿を凝視しては、クラトスと見比べているコレット。
でも、この姿は。
この気配は。
ロイドを包み込むようにしていたあの女性の気配と同じ。
だとすれば。
どうして、クラトスさんがロイドのお母さんのことをしっているの?
コレットはそれが不思議でたまらない。
そういえば、とおもう。
ロイドの家にいったとき、クラトスさん、ロイドのお母さんの墓前で硬直してた。
それはロイドの家にお別れによった、イセリアをたつ前の夜の出来事。
「よくわかりませんが。とりあえず。悪い人のようではなさそうです。
いわれるとおり、像をうごかしましょう。
どうやらあっちも動かしはじめたようですし」
みれば、鏡の向うのロイド達。
というかあっちは率先して動いているのはゼロスらしいが。
ゼロスが像に手をかけているのが鏡の向うにみてとれる。
ある特定の者たち以外には見覚えのない女性。
その女性が指を指示したその方向に、コレット、プレセア、リーガル、クラトス。
この四人組のうちプレセアが石像を指の指し示すようにと動かし、
どうやら台座が動くようになっている仕掛け、であったらしい。
そしてまた。
ロイド、ジーニアス、リフィル、しいな、ゼロス達がいる五人のほうでは、
ゼロスが率先して石像にと手をかけ、これまた、
女性が指さした方向に、その正面がむくようにと動かしてゆく。
キィンッ!
二つの像が互いの位置に向けられたその刹那。
像がゆっくりと動き始める。
それまで腰にさげていた剣を抜き放ち、それぞれの方向にむけ、
その剣をむけるとともに、剣の先から黒い光のようなものが出現する。
その光は反射するようにして、反対側、そして周囲の鏡にとあたりつつ、
あっという間に部屋全体をいくつかの螺旋を描くような模様を描き出す。
そしてそれは、クラトス達がいる場所だけ、ではなくロイド達のいる場所。
二つの場所で同じような現象がおこりゆく。
黒い光の線は、いくつもの線を描き、
そしてそれはやがて黒い光の線による魔方陣…六紡星を描き出す。
その刹那。
パァァァッ。
六紡星の中心となりしとある一点。
その場所に青く輝く転送陣のようなものが出現する。
先ほどまでたしかに何もない、ただの鏡の床であったはずのその場所に。
『これは?!』
誰ともなく思わずつぶやく。
そして、はっと女性がうつっていた鏡をみるが。
その女性は頭を深くさげたかとおもうと、そのままかききえる。
正確にいえば鏡の中だからこそわかったというべきか。
ロイドの手の中に吸い込まれるようにしてきえていった。
クラトス達のほうからも、その女性が鏡にうつりこんでいるロイドの手の甲。
つまりはエクスフィアの中に吸い込まれていったのを目の当たりにし、
思わずリーガルもプレセアも目を見開いてしまう。
エクスフィアの中にはいっていった、ということは。
では、まさか。
でも、とおもう。
たしか、以前ロイドから聞かされた。
ロイドの母もアリシアと同じように異形にさせられてしまい、ロイドの父親が殺したのだと。
だとすれば、アリシアと同じように、
あの石の中にもロイドの母の魂が閉じ込められていても不思議ではない。
ないが。
なぜそのロイドの母親とクラトスが面識があるような反応をしたのか。
それがリーガルにもプレセア、にもわからない。
たしかにクラトスはクルシスに所属している。
ロイドの母はエンジェルス計画とよばれしクルシスがやっていた計画の被験者。
その過程で知り合っていたとしても、今のクラトスの反応は普通ではなかった。
それに。
きのせいか。
たしかに、あの女性の口元はクラトスにむけて、三つの言語を投げかけていた。
すなわち『あなた』と。
それはとても愛しそうな、そんな表情で。
あれはまちがいなくクラトスにむけられていた、とプレセアもリーガルも思う。
そしてコレットも。
どういう、こと?
どうしてクラトスさんをロイドのお母さんがしってるの?
コレットがそんな風に困惑している中。
「とにかく。いこう。この仕掛けは問題ない、とみた」
「そう、ですね」
とにかく、いつまでも行き止まりのここにいても仕方がない。
ゆえにリーガルが先をすすむべきだ、と切り出してくる。
そんなリーガルの台詞にプレセアも同意する。
さすがに死者かもしれない、とわかっていても、
あれだけ幾度かアリシアが出てきた、ということもあり、
あまりこの二人、とくにリーガルとプレセアは驚いてはいない。
エクスフィアに閉じ込められたヒトはそういうこともありえるのかもしれない。
という少し間違った知識が二人の中に芽生えていたりする。
確かに強い思いを抱いていれば、それは可能なれど。
しかし、すべてがすべてではない、ということに二人は気づかない。
まあ、気づけ、というほうが無理があるにしろ。
「今の、本当に、母さん、が?」
さきほとまで何もなかった空間に、黒い光の線がいくつもに伸びたかとおもうと、
床の上にさきほどまではなかった転送陣がひとつ。
はっきりとみえた。
鏡の中に、ではあったが。
鏡にうつった自分の体。
その手にはめている石の中に母の姿がきえていったその姿が。
さきほどまで淡く輝いていた石は今はいつものように変化はみられない。
だとすれば。
「…母さん…俺、また母さんに助けられた、のか?」
甘えていられない、そういったにもかかわらず。
すぐにこう助けられることになったなんて。
なんだかとても格好わるい。
ロイドとしてはそう思ってしまい、何ともいえない思いに囚われる。
「よくわかんないけど。とにかく。行き場はないんだ。
この転移陣らしきものにのってみようよ」
「ま、あっちもどうやらのるつもり、らしいぜ?」
みれば鏡の向うのリーガル達。
彼らもまた次々に転送陣にのってはその姿を消していっている。
「いきましょう。どちらにしても。罠だったとしても。
その罠の先にいる相手を倒さなければ、おそらくこの空間からはのがれられないわ」
リフィルの勘ではここはたしかにあの書物の中なれど。
また異なる別空間なのではないか、とにらんでいる。
この空間をつくりだしているものをどうにかしない以上、
あの本当の封印の空間には戻れないだろう、と。
「ロイド!それにみんな!」
転送陣を抜けた先。
そこはまたまたどこかの部屋の中。
特徴的には部屋の中央には長く白いテーブルがあり、
左右対称に四つづつ、椅子がきちん、と設置されている。
そしてその椅子の後ろにはこれみよがしの、
模様のようにもみえるスイッチらしきものがあり、
転送陣はといえば、上にのってもすでにうんともすんともいわないことから、
どうやらこの転送陣は一方通行のもの、であったらしい。
どうでもいいが、それぞれ、
ロイド、ジーニアス、リフィル、しいな、ゼロスの五人と、
コレット、プレセア、リーガル、クラトスの四人。
計九人がそれぞれ、ふときづけば椅子の真後ろに移動したような形になっているのは、
この椅子に座れといっているかのごとく。
ちなみにクラトスのみはなぜか部屋の奥。
奥というか唯一の扉。
その扉の横に飛ばされているようではあるが。
ちなみに、向き合う形で、扉側からいけば、ロイド、コレット。
ジーニアス、プレセア。
ゼロス、しいな。
リフィル、リーガル。
その順番にてそれぞれの位置につったっている今現在。
コレットが目の前にいるロイドに気づき、嬉しそうに声をあげる。
「コレット!よかった!無事だったか!」
テーブルを回り込むようにして、コレットのほうにかけよるロイド。
長いテーブには真っ白なテーブルかけがかけられており、その上下には蝋燭台。
そしてなぜか白いテーブルの上には二つほど、
真っ赤な花が活けられた花瓶がおかれているのがみてとれる。
「というか。なんでリーガルの旦那がいるんだ?」
ゼロスが多少警戒ぎみに、斜め前にいるリーガルにと問いかけるが。
「それが、私にもよくわかっていないのだ。
クラトスどのがいうには、私の魂だけがおそらく、
この空間に引きずりこまれたのではないか。といっていたが。
私はアルタミラで爆弾解除を行っていたのだが。
爆弾に擬態していたらしき何かにいきなり襲い掛かられてな」
テーブルの下には絨毯らしきものがひかれており、
気を抜けば、ふかふかの絨毯に足をとられるほど。
壁にも蝋燭台が備え付けらており、部屋全体をほのかにあかるく照らしている。
「うん?」
彼らがそんな会話をしている最中。
ふとクラトスが背後をふりむき、そこにある…なぜか、あからさまに怪しすぎる。
といっても過言でない。
なぜか扉の横の壁際。
つまりはクラトスがたっていたまさにその真後ろになぜか立て看板があり、
そこに何らかの文字が刻まれている。
「この文字は……」
クラトスがそれをみて、思わず声をあげるが。
「文字だと!?これは、古代エルフ文字!?」
その声をきき、だっと前にいるゼロス、ジーニアスを押しのける形で、
さらにはクラトスをも押しのけて、そこにある立て看板にだっとかけよるリフィルの姿。
いいつつも、すちゃり、と懐から手帳のようなものをとりだし、
そこに書かれている文字らしきものと見比べ、
「解読するわ。『左右対称のスイッチを下のほうから同時におせ』。これにはそうかいてあるわ」
リフィルがそこにかかれている文字を解読し、少し考え込む素振りをする。
そしてそのまま横にみえている扉に手をかけるが。
がちゃがちゃと音はするが、扉は完全にとしまっている。
「鍵がかかっているわね」
「鍵なら、俺にまかせろ!」
リフィルががちゃがちゃと扉の鍵らしきものに手をかけるが、
しっかりと鍵はかかっているのか、うんともすんともいわない。
それをうけ、ロイドがかませとけ、とばかりに、鍵?らしき錠にと手をかける。
そのままなぜか靴の中に仕込んでいたらしい針金のようなものをとりだし、
がちゃがちゃとしばらく動かすが。
「だめだ。この鍵、たぶんこれ、偽物だ」
どうやらこの鍵でこの扉がしまっているわけではない。
というか鍵穴らしきものはみてとれるが、
針金を入れた感じでは途中の穴が完全にふさがっている。
つまり、この鍵らしきものは完全なる偽物。
だからこそ、ロイドの特技のひとつでもある鍵開けが通用しない。
「イミテーション、というわけね」
リフィルがしばし考え込むようにその場に立ちすくんでいるそんな中。
「魂、ねぇ。じゃああんたの体は、今は?」
「さあな。まあ、あの場にはジョルジュ達もいた。
イガグリ殿からきいたことがあるのだが。
彼もまた十年以上も魂と器が離れていたとか。
おそらく、この私もその状態になっているのではないか、とはおもうのだが。
もっとも、肉体がない、といわれても実感はない、のだが…
たしかに、そう意識してみれば、心臓が動いている気配がないような…」
「…のんきだねぇ」
何やらそんな会話をしているゼロスとリーガルの姿がそこにはあるが。
一方で、
「よかった。ロイドさんたちも無事だったんですね」
罠によって離れていた全員がここにて合流したのをうけ、
プレセアがどこかほっとしたような声をだす。
「よかった!プレセア、へんなことされなかった!?無事でよかった!」
しっかりと、ジーニアスがプレセアの手をにぎりしめ、心底安心したように、
そんなプレセアに再開を喜んでなのか声をかけているが。
「…ジーニアス?その、手につけてたエクスフィア、は……」
いつもジーニアスが常につけていたはずのエクスフィア。
握られたジーニアスの手にはそれがみあたらない。
あるのは、石を失っている要の紋、のみ。
「え?…あ。プレセアと同じ、だね。これ」
そんなプレセアの台詞にジーニアスが苦笑をうかべ、
要の紋のみとなった手をぎゅっともう片方の手で握り締める。
プレセアもまた、あれからずっと、要の紋。
つまりロイドがつくりし十字架のようなそれのみを胸につけている。
まあ、闇の神殿からこのかた、あまり日数もたっていない、というのもあり、
それらにゆっくりと対処したり考えたりする時間がなかったといえばそれまでなれど。
プレセアからしてみれば、要の紋を取り外すのは何か違和感を感じ、
それでなくてもずっと石を胸につけていた。
石がなくなった違和感と、不完全なる要の紋。
それまでとってしまっては、何だか自分が自分でなくなってしまうようで。
すでに石はないというのに、そのままずっと、身に着けたままでいたりする。
ジーニアスもまた、つい先ほど石を失ったばかりであり、
すぐに要の紋を取り外そう、という気分にはなれていない。
「再会を喜ぶのはあとよ。おそらく、椅子の後ろにある模様のようなスイッチ。
ここに書かれているとおりならば、それがカギなんでしょう。
同時に押していく必要があるようね。しいな、協力してくれるかしら?」
「はいよ。こういった仕掛けをとくのもあたしらの専売特許だからね」
リフィルの言葉をうけ、しいなもまた、部屋の隅。
リフィルとは反対側の壁際にと移動する。
リフィルもまた立札とは反対側の壁際にと移動する。
「合図とともにのっていきましょう」
「はいよ」
そのまま、ゆっくりと、リフィルとしいな。
机を挟んで左右にたち、ゆっくりと扉のほうへと歩みだす。
掛け声とともに、二人同時にスイッチの上にのるとともに、ピロン、というどこからともなく音が響く。
ちなみに、この仕掛け。
間違った場合は、ぶ~という音が鳴り響き、この場に敵が出現する。
という仕掛けになっていたりするのだが。
リフィルとしいなの息のあった、しかも声をかけあっての行動に、
失敗することもなく、下から上へ順番に、一つも逃さずにスイッチを押し終える。
ガコッン。
それとともに、さきほどロイドがどうやってもあかなかった扉。
それがまるで何でもないかのように、ガコン、という音とともに、そのまま外に向けて開かれる。
「罠、かしら?」
「さあ、でも、いくしかないんじゃねえの?」
リフィルがそれをみて警戒を含め思わずつぶやくが。
そんなリフィルにゼロスが首をすくめつつも言い放つ。
たしかに、先にすすんでいくしか道はない。
「今後は離れないように。慎重に行動していきましょう」
敵が、魔族がどんな行動でてくるかがわからない。
ここはどうみてもどこかの建物の中、にしかみえない空間。
「しかし、こんな空間は我らの封印ではつくっていなかったのだが……」
クラトスの困惑したような声と。
「じゃあ、この中にいる魔族の誰かがもこの空間を創り出している、ということね」
すばやくそのことに思い当たり、リフィルが思わず腕をくむ。
判断材料が足りない。
ものすごく。
幻にしては、触れた壁の材質は石特有のひんやりした冷たさをもっている。
「お、…先生。この先、ま~た階段、なんだけど……」
ひょっこりと、あれほどリフィルが注意するように、といったにもかかわらず。
好奇心まけたのか、それとも母のこともあって何かで気を紛らわしたかったのか。
ロイドが開かれた扉の向うにひょいっと首をのぞきこむようにして内部を探る。
ロイトの目にうつりしは、そこはまたまた階段の部屋。
簡単な短いジグザグの階段があったのち、
その上のほうにさらに上につづく階段らしきものがみてとれる。
壁の向う側の上につづいているらしき階段はここからではどこまで続いているのか。
それはロイドにも理解不能。
というかまた階段!?という思いのほうが果てしなく強い。
「今は九人いるのよね。なら三人一組になりましょう。
かならず別れないように気をつけて」
今、この場にいるのは、リフィル自身を含め、ロイド、ジーニアス、しいなにゼロス。
そしてコレット、プレセア、リーガル、そしてクラトス。
全部で九人。
三人づつでわれば三組となり、ちょうどきりがよい。
階段の幅はさほど広い、というわけではないが。
三人一組で警戒しつつあがっていくほどにはどうにか幅がある。
どうやら扉の先にある場所は、この部屋からしてみれば、次なる階につづく中部屋、であるらしく、
壁にひとつづつ、気持ち程度蝋燭台がそなえられ、その炎がゆらゆらとゆれている。
炎の明かりのみが周囲を照らし出している薄暗い部屋の先。
階段をのぼりきったさきに、壁に上につづく階段があり、
今度は蝋燭台、ではなくランプの明かりが上につづく階段の間。
その付近をほのかにてらしだしている。
その先は薄暗く、先に何がまっているのか階段を上ってみなければここからではわからない。
「うわ!?」
階段をのぼりきり、やはりまたどこかの部屋というか廊下らしき場所にでて、
きょろきょろとしているそんな最中。
どうやらここは廊下の一角らしく、目の前の扉。
そして少し先の奥にもう一つの扉らしきものがみてとれる。
階段を一度のぼりきった先にも小さな部屋ようなものがありて、その扉をくぐったその先の空間。
その空間に入ったとほぼ同時。
ふと、どさり、という音とともに、目の前に何かが天井からおちてくる。
そう、まさに落ちてくる、という表現がぴったり、というべきか。
「な、何だ!?こいつら!?」
その姿をみて驚愕したような声をあげるロイド。
それは数人ほどの人影。
「な!きをつけろ!そいつらは魔の一員!ドゥームガードとモンクソルジャーだ!」
その姿に唯一見覚えのあるクラトスが思わず叫ぶ。
「きをつけろ!こいつらは接近戦、もしくは魔術もどきをつかってくる!
ストームとかもつかってくるぞ!」
しかも、闇属性の。
目の前にいるのは、ピンク色の髪をした鎧をきこんだ少女が二人と、
なぜかむきむき筋肉質の、しかもその手になぜかハンマーをもっている、
もひかんがりの男性が二人。
ピンク色の髪の少女の頭には、まるで羊のつののようなものがはえており、
あからさまにヒトではないことを物語っていたりする。
「こいつらは挟み込む攻撃が得意だ!まずは壁際にたたきつけて、
それから光属性の攻撃をたたきこむしか方法はない!
物理攻撃はこいつらにはあまり効果はない!」
多少はあるが、しかしロイド達の腕、では必殺、とまではいかないであろう。
「だぁ!しばらく敵がでなくなったとおもったら。いきなり今度は戦闘開始かよ!」
「…というか、あのむきむきマッチョ、きもちわるいっ!
何あれ、何あれ!?何でもひかん頭に猫耳ついてるの!?」
ロイドが叫び、ジーニアスがクラトスが、
モンクソルジャーた、といったそれを指さし、何やら叫んでいるジーニアス。
まあ、叫ぶ気持ちもわからなくはない。
ないが。
「趣味だろう。あいつらは大概相棒にネコ型の魔物をつれている。
いないやつらは自分にああやって、猫耳やしっぽをつけているのだ」
そんなジーニアスに淡々と答えているクラトスの姿。
趣味、といいきっていいものかどうかすら怪しすぎる相手の格好。
「かぁ。目がくさるねぇ。まだ、こっちのかわいらしい女の子のほうならまだしも」
どうみても、むきむき筋肉質の、しかもモヒカン刈りをしているような、
ついでにいえば服もぴちぴちの道着のようなもの。
それを着込んでいまにもはちきれそうな、
みているたけで多少暑苦しくないか?というような男が二名。
そんなそれらがその頭に茶色や白の猫耳もどきをつけていれば、
何ともいえない気持ちになってしまうのはわからなくもない。
この中で動揺していないのはクラトスくらいであろう。
クラトスはかつてそういった姿をしている輩を見慣れている。
見慣れているがゆえに、動揺しているそぶりはない。
ないが、ロイド達からしては、それは何ともいいがたい。
というか視界的にも受け入れられない。
ゼロスのいった目が腐る。というその物言いに、
言葉にしていなくてもほぼ全員の思考が同感、とばかりに一致する。
「クラトス。これらもこの地に囚われたもののなれの果て、かしら?」
「間違いなくそうだろう。もっとも、書物に封じられてからなのか。
それそもそれ以前なのかはわからないが、な」
クラトスの返事をうけ、リフィルがすっと懐にと手を伸ばす。
懐の中よりとりだせしは、『封魔の石』とよばれる品。
すでにその石の中の数値が五百を切りかけている。
「ちょうどいいわ。とにかくひたすらに彼らを倒して、この中に封じていくわよ。
このままでは石の数値が枯渇してしまうから気になっていたのよね」
すでに数値は四百を切っている。
「うわ。リフィル様、シビアだねぇ。ま、どっちにしても。
あちらさんはこっちを倒す気まんまんのようだし?やるっきゃないか」
いいつつも、ゼロスがすらり、と剣を抜き放つ。
狭い廊下ゆえに、そう乱戦はのぞめない。
「って、姉さん!あれ!」
ふとみれば、わらわらと、奥につづいているであろう扉の奥。
そこから同じような格好をしているものが行く人もでてくるのがみてとれる。
中には杖?のようなものを構えた神官っぽい服をしている少女の姿も。
ことごとくおなし゛ような髪型をしており、
異なるのはその頭にまいているバンダナの色と、腰にまいている帯の色くらいであろうか。
それは魔族の中ではソーサリス、とよばれし魔に属する闇の住人。
かつてはヒトであったものが魔にとらわれ、魔族とかして姿がかわったそのなれの果て。
まだ異形ではなくヒトの姿のままかわったといえばいいかたはいいのかもしれない。
しかし、彼らの心の奥そこにはヒト、としての心がのこっているものもいる。
そして自分が非道なことをするたびにその心が悲鳴をあげ、
それらの悲鳴と叫びこそが、より魔族の力となっているという悪循環を生み出している。
「リフィル。やつらは詠唱を得意とする!術を封じろ!」
「わかったわ!サイレンス!」
それは、以前ユニコーンの角でもあるユニコーンホーン。
それを手にいれたあとに覚えた技。
相手の詠唱、すなわち呪文を一時的に封じる技。
力量によっては完全に封じることも可能なれど、
今のリフィルの力では、一度の詠唱につき、広範囲にわたった敵にわたり、
この空間では三十秒ほど相手の技や術といったものを封じるのがやっと。
「術と技を封じます!みんな、いっきに畳みかけなさい!ここで石の数値を稼ぐわよ!」
「先生、何か違うような気がするのはきのせいか?」
「きのせいよ」
何かが違う。
絶対に。
というか敵に対して、数値を稼ぐ、とはいわない。
絶対に。
しかし、リフィルからしてみれば、石の中の数値がひくければ、
階層をはじめのころ…すなわち入口付近にまで戻されてしまう。
クラトスからそのような説明をうけている以上、
すでに八百の数をきっている現状を打破するのにうってつけの状況、ともいえる。
相手が術や技を主体としてくる敵ならば、
その力を封じている間に敵を倒し、石の中に吸収してしまえばいいのだから。
狭い通路だというのに、敵はわらわらとわいてくる。
なぜか敵が落としたアイテムの中に、
ルーンボトルらしきものがあったのが、かなりきになりはするが。
あれは買ったとしても高級品。
ちなみに店で買ったとするならば、三千五百ガルドから十万ガルドはくだらない。
とある魔物が落とすといわれているアイテムを変化させる特殊な液体をもちしボトル。
ついでに、アルタミラのカジノで交換はできるが、それでも必要枚数は五百枚。
つまり、ガルドで買ったとするならば、二十五万ガルド必要となる高級品。
ゆえに、それらをすかさず集めるように指示をだしているリフィルはさすがといえばさすがといえよう。
この空間で手に入った品がどうなるのかはわからないが。
まさかアイテムまで消えるということはないだろう、というリフィルの判断。
階段の途中にあったりした小部屋などなぜかあった宝箱などから、
フィートシンボルなどといった品。
戦士の紋章ともいわれており、装備すれば攻撃力が十%上昇する。
といわれているアクセサリなども手にいれたりもしている以上、
それらの品がここからでたとたんに消えてしまう、というのはかなり悲しいものがある。
なぜにこんな場所にこれみよがしに宝箱があるのか?
という疑問は別として。
正面にみえている扉をくぐれば、そこはちょっとした広い部屋にと続いており、
これまた階段がみえてはいるが、これまでの部屋とは多少趣が異なっている。
扉の前にはあからさまに怪しいような床の模様が違うところがあり、
そこを警戒しつつつついてみれば、
ガコン、という音とともに目の前の扉が開かれる。
が、そのおそらくはスイッチなのだろう。
それから重みをなくしたとたん、扉は閉じられ、
剣でたたこうがリーガルが蹴りをはなとうが、
まるで見えない壁があるかのごとく、すべての攻撃ははじかれてしまう。
つまりは、そういうこと、なのだろう。
きちんとした仕掛けを解除しなければ、裏ワザでは先にはすすめない、
ということに他ならない。
「ここに誰かがのこるか、何かおかないと、先にすすめないようね」
幾度か罠かもしれない、とのったりおりたりしてみるが。
そのたびに敵ででてくる、とかではない。
どうにかこの部屋にいる敵はほぼ一掃した、のであろう。
石の数値も減ったり増えたりで、それでもようやく千近くまでたまっている。
「仕掛け、なら、何かどこかにそれらしきものがあるんじゃないのか?」
「わからないわ。少なくともここにはないということは。
入口の近くにあった階段の上の階、そこに何かがあるかもね」
「あれ?先生、この上、なんか穴があいてますよ?」
ふとコレットがきょろきょろと周囲をみわたし、
そしてすぐこの仕掛けの真上の位置。
そこにぽっかりと天井が一か所開けているのがみてとれる。
「私、確認してきます」
いいつつ、コレットがふわり、と翼を展開するが。
「まてまて。コレットちゃん。こういうことは、男の役目ってな」
いいつつ、そんなコレットをおしとどめ、ふわり、とゼロスが浮き上がる。
ぽっかりと開いている穴は、どうやら上の階に続いていたらしい。
周囲をみるが、やはりここも建物の一室らしく、かといって他人の気配は感じられない。
否、唯一…
「これは……」
ふわり、とその奥にとみえるとある何かに視線をとめ、
そちらにうかびつつもちかづいてゆく。
この場にそぐわない、女性の石像が一つ。
ぽつん、とそ部屋の一角におかれている。
まるで今にもすぐに動ぎだしそうなそれは、芸術品、といっても過言でない。
「…とりあえず、これをもっておりますか、ね」
持てないほどの重さ、ではない。
そのままパタパタと翼をうごかしつつも、それをふわり、ともちあげ、
そのまま穴の開いた場所から皆が待っているであろう下にとむかっておりてゆくゼロスの姿。
「なあ、先生、これって……」
その姿をみてロイドが顔を青ざめさせる。
あまりにもリアルすぎる、ゼロスが上の階につづいていた、という場所からもってきた石像。
今にも動き出しそうなそれは、どうみても。
「…おそらく、この場に捕らえられたヒト、なのでしょうね」
そっと石に触れてみるが、たしかに多少のぬくもりはある。
「ディスペル!!」
全ての状態以上を解除する、という術を唱えるが、
それらはその石像に吸い込まれるようにきえていくようにみえ、
バチンッ!
その手前でまたたくまにと霧散する。
まるで見えないナニかに阻まれたかのごとく。
それとともに、石像から黒い霧のようなものが一瞬たちこめ、その光を抑え込んだのがみてとれる。
「これは、呪い、ね。この人、石化する呪いにかかっているんだわ」
「そんな…どうにかならないんですか?」
リフィルの台詞にコレットが困惑したような声をあげる。
「おそらくは、魔王の呪いだろう。魔王を倒さぬかぎり。
また、このものもこの地に囚われつづけるだろう」
クラトスもまた石像を確認しつつもそんなことをいってくる。
「どうにもならないわ。今は。とにかく、私たちは先にすすみましょう。
この人にはここの鍵となってもらって」
それはつまり、この石像とかした人をつかって、自分達は先にすすむ、ということ。
「そんな!先生!この人を見殺しにするのかよ!」
「ロイド。今優先すべきことを考えなさい。
こうしている間にも、外の世界ではどんなことになっているかわからないのよ?
今、私たちがすべきことはなに?」
「でもっ!」
まただ、とおもう。
誰かを犠牲にして、どうにかしないといけないなんて。
「この人をつれていく、というのは……」
「無理ね。それに、おそらくは……クラトス」
いまだに何かいいかけるロイドにたいし、ぴしゃり、といいはなちつつ、
スイッチの上においていた石像をすこしずらし、その変わりにその上にのるリフィル。
それとともに、目の前の扉ががこん、とひらかれる。
リフィルの視線をうけ、説明されなくても理解した、のであろう。
クラトスが石像を扉のほうにもっていこうとするが、
バチッン!
まるで何かにはじかれたかのごとく、
クラトスはふつうの扉をくぐることができた、のに、
石像はみえないナニかにはじかれたように、
そのままごろん、とリフィルのほうにと飛んで転がってくる。
「やはり、ね。この人は呪いでここから動くこともできないのよ」
まさか、とおもったが。
リフィルの直感はどうやら正しかったらしい。
つまり、ロイドがいくらこの彼女をつれていきたくても、
今の段階では彼女をこの部屋というかこのエリアから連れ出す手段は皆無に等しい。
「私たちができるとは、この空間を浄化し、この人も解放してあげること、よ」
「…くそっ」
誰かを見捨ててまで先にすすまなければいけないなんて。
その事実にロイドは何ともいえない思いを抱いてしまう。
この石像は触れればほのかに温かいのに。
石化していても生きている、のに。
念のためにパナシーアボトルを使ってみても、何の変化もみられない。
「時間がおしいわ。いくわよ」
そのまま、再び女性の像をスイッチの上におき、扉をひらいたリフィルが、
いまだに石像の前でとまっているロイドにと言い放つ。
この甘さはロイドの美点なのかもしれないが。
それは時と場合による、というのがこの子はまだわかっていないのかしら。
全てが助けられるわけではない。
時としては切り捨てなければいけないことがある、というのは。
この子はあの救いの塔でそういうこともあるのだ、とわかったのではなかったのか。
大人になったとおもったけど、まだまだどうやらそのあたりの思考は、子供のままね。
そんなロイドをみて、リフィルは盛大に溜息をついてしまう。
「で、また、スイッチ、なのね」
扉をくぐった先は小さな部屋となっており、扉が一つとスイッチが一つ。
それをみてリフィルが深く溜息をつくと、
「ん?リフィルさま。また上に穴があいてるぜ?」
「あ、ほんとだ」
ジーニアスもそれにきづいた、のであろう。
上のほうをみあげ、そこにある穴らしきものをみて思わず
目の上にてをあて天井をみあげるようにと首をもたげる。
「この先、おそらく仕掛けがあるだろうけど、上にリフィル様たちがついたら、
俺さまよんでくれたら、俺さまここからとんであがれるぜ?」
「そんな。じゃあ、ゼロスを一人でここにのこすってこと?」
「コレットちゃん。あのな。こんなところにコレットちゃんを残すわけにはいかないだろ?
かといって、天使様はここの唯一の経験者。
いるのといないとではダンジョンクリア率が違うだろうしな」
いいつつ。
「さあ、ロイドくん。どうするよ?
みもしらないひとを憐れんでおまえさんはそこにのこるかい?
みんなはこの先にすすもうっていうのにさ?」
「…いくよ。くそっ。…助けられなくて、ごめんっ」
いまだにこの部屋にはいってこようとしないロイドにむけて、ゼロスが淡々と言い募る。
本当に、この天使様の子供は甘すぎる。
この甘さは好ましいのかもしれないが、こういう場合では他人の足をひっぱるだけ。
というのがまだわかっていないのだろうか。
このお子様は。
ゼロスのそんな思いにきづくことなく、
無念そうな声をあげ、ようやく扉をくぐりこちらの部屋へとやってくるロイド。
「ゼロス、あたしもこの場にのころっか?」
「お、いいねぇ。しいなと二人っきり。
こんな狭いところで男女がすることといった…」
「ああもう!仏心をだしたあしがバカだったよ!リフィル!
こいつは殺しても死にゃしないよ!いこう!」
しいながゼロス一人でここに残すのは心配、とばかりにいいかければ、
ゼロスがおちゃらけたように、そんなことを言い放ち、
それをきき顔を真っ赤にしたしいなが叫び、
そのままドンっとゼロスを押し、問答無用でゼロスを床上のスイッチの上へ。
カチャリ、とひらかれた扉をぷんぷん怒りつつもこの部屋を後にする。
「あの場までいったら呼びかけるから。ゼロス本当にきをつけてね?」
「おう。俺様のことより、コレットちゃんもきをつけてな?」
「うん」
「…ゼロス、本当に一人で大丈夫なのか?」
「他人のことですぐに決められない相手が一緒にいるほうが俺様としては、
命の危険があるとおもうんで、一人のほうが気楽だからな」
「お前、そんな言い方…っ!」
「いや。神子のいうとおりだ。この地では甘さは命取りになる。
ロイド。お前はここにくるまでにそれがわかっているのではないのか?」
「それは……」
ゼロスのものいいに、ロイドがかっとしつつ文句をいおうとするが、
そんなロイドにぴしゃり、とクラトスが言い放つ。
「そもそも、ロイド君。ここにくるまでに相手が子供の姿だからって。
傷つけるのはまちがってるとかいって相手をかばって。幾度攻撃くらってた?ん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
事実なので何ともいえない。
たしかに足をひっぱりまくっていた自覚があるだけに。
でもやはり、子供の姿をしている相手を傷つける、というのは、
どうも心理的には受け付けず。
敵をかばおうとしたこともこれまで数知れず。
…その結果、仲間がその敵に傷つけられ、リフィルやクラトスによる治癒術のお世話になる。
そういった経験をここにくるまで幾度もしている。
だというのに。
覚悟、したはず、なのに。
でも、心と体がついていかない。
「…俺、甘いのかな」
「そうね」
「そうだな」
「そうだね」
「ロイドは甘くないよ?ロイド生クリームついてないもん」
「いや、コレットさん、甘いの意味が違うとおもいます」
ぽつり、とつぶやいたロイドに対し、容赦なくリフィル、クラトス、ジーニアス。
彼ら三人の声がかぶさり、
そしてまた、どこかぼけたコレットの声がその場にと響き渡る。
そんなコレットをあきれたようにみつつも突っ込みをいれているプレセア。
「とにかく、いきましょう。…この空間の主をみつけないと、ね」
「ロイド。真に助けたいものを見誤るな」
「わかってる。わかってるよ…」
そう、わかっている。
わかっているのだ。
でも、実際に無害にみえるただのヒトがあらわれれば、考えるよりも先に体が動いてしまう。
攻撃がさく裂しようとした相手を助けようと体が動いてしまう。
当然、相手は助けられてありがとう、というような相手ではない。
ありがとうといいつつも、攻撃をしてくるような輩たち。
この場、魔族にとってそれはいいかも、としかいいようがない。
何しろ勝手に頼んでもいないのに自分達の身をかばい、
彼らの仲間を傷つけやすくしてくれるのだから。
「さて、と。あいつらがいなくなったところで。
そろそろあの精霊様が何を考えてるのか。
おしえてくれるかねぇ?闇のセンチュリオンさんよ?」
全員が扉の奥にむかい、気配がなくなったのをうけ、
ゼロスが虚空にむけてぽつり、とつぶやく。
刹那、ゆらり、とゼロスの影が、揺れる――
「しかし、鍵を手にいれるまでが大変だったよ…」
うんざりしたようなロイドのセリフ。
どうにかゼロスのいるところにつながっているであろう場所。
そこにまでたどりつけた。
その間、敵が落としたなぜか手鏡などを使い、
部屋の中にあった異形の何かが映り込む鏡。
それに合わせ鏡をしてみたところ、鏡中に入り込むことができ、
その中にはなせかこれまたいくつかの宝箱などもあり。
いくつかそんな仕掛けを調べていった中に
スペクタクルを使用してみれば、『黄金の鍵』とよばれし、
鈍く金色に輝く不思議な鍵のようなものを手にいれた。
まあ、その仕掛けの中には記憶力を頼りにするような、仕掛けもあったが、
それはジーニアスの記憶力のよさもあり、すんなりとその仕掛けはクリアできた。
どうやらこの鍵をつかえば、どういう仕組みなのかロイドもわからないが、
すくなくとも、偽物の錠だ、とおもっていたそれの解除ができるらしい。
「ま、ロイドには難しい仕掛けだったかもだね」
ゼロスに今まで何があったのか説明しているロイドにむかい、
ジーニアスがちゃかすように、そんなロイドに言い放つ。
「それにしても、ここの魔物は強い、わね。
いえ、魔物、というよりは元人間、なのでしょうから魔人というべきかしら?」
下半身が完全に失われたようなヒトもあらわれた。
石の中の数値は減ったり増えたりで、それでもまあ、敵の数が半端ない。
相手も見境なくこちらをつぶしにかかってきている、とみるべきであろう。
「私としては、なぜこの空間で、食べ物が宝箱にはいっていたのか。
それがものすごくきになり、ます」
そもそも、なぜにプルーンとか、そういった類の品が、しかもわざわざ宝箱にはいっているのやら。
ゆえにプレセアの素朴な疑問は誰も口にしないだけで、
それを目の当たりにした全員が全員、心の中ではおもっていること。
腐っているわけではなく、みずみずしいままで宝箱の中にはいっているそれは、
あきらかに異質、としかいいようがない。
ちなみに、説明は歩きつつおこなわれており、
この間にも絶え間なく敵の蹴撃はみうけられている。
やがてようやく、廊下、というよりは部屋らしき場所にとたどりつく。
それはいくつもの階段、いくつもの扉、いくつもの鏡を超えた先。
怪しすぎるその部屋は、床が六ヶ所、四角いタイルに覆われており、
この部屋にある唯一の扉は黄金の鍵をつかっても開かない。
「これは、もしかして、四方八門封術の紋章かい!?」
その扉に刻まれし紋章をみて驚いたような声をあげているしいな。
「しいな、これに見覚えがあるのかしら?」
「あ、ああ。みずほにつたわりし、古の術の一つだよ。
昔は陰陽術ともいわれていた術の一つで。
四人一組で執り行われる儀式というか封印解放なんだ。
四人がたしか四つの正しき方向にむいて、
念じることを鍵とした封印、だったとおもう。
あたしも巻物でみただけで実際にやったことがあるわけじゃないけども」
しいなが記憶をたよりに、扉にかかれている文字と紋様らしきそれをみつつ、
全員をみわたしいってくる。
「四人、ね。なら、しいな、ジーニアス、リーガル、手伝ってくれるかしら?」
「うむ。わかった」
「僕も?」
「あなたは精神統一にたけているからね。
リーガルは気のつかいて。念じるのも気の使い方も似たようなものだし」
ロイドはどうも雑念がはいりそうで却下。
この術が天使に対応しているかどうかもわからないので、クラトス、コレット、ゼロスも却下。
だとすれば、残りは限られてくる。
プレセアは表情にはだしていないが、ヒト型の敵。
特に女性や子供を倒すたびに傷ついたような表情を浮かべている。
だからこそ、心に迷いがありかねない。
ゆえにリフィルがこの三人を選んだのはあるいみ消去法といってもよい。
扉のすぐ手前にリフィル、その背中合わせにしいな。
そしてその左右にリーガルとジーニアス。
それそれが壁の方向にむき、扉が開くようにと念じはじめる。
彼らがたっている場所から淡い光が立ち上り、
その光は四つの筋となり、そのまま一つにまとまり扉にとむかってゆく。
そして、光が扉に触れるとともに、扉の錠が鈍くかがやきだし、
そして。
ガチャリ。
という音とともに、扉がぎぃっと開かれる。
それはまるでその先に招くかのごとく。
誰が手をふれた、というわけでもないのに自然に。
「おそらく、この先にこの空間の主がいるはずだ。心してゆくぞ」
クラトスのそのものいいは、かなり険しい。
たしかに、この奥から今までより強い気配を感じられる。
それこそまがまがしい気配が三つ。
「リビングアーマー様の邪魔はさせん!」
扉をくぐり、その先はちょっとした階段となっており、
その階段をふさぐようにしている三つの人影。
それらは階段をふさぐようにし、
その手にもっている、ムチを、バチッという音をならし階段の横にある手すりにたたきつけながら、
扉をくぐってこの場にやってきたロイド達のほうをむき言い放つ。
「こやつらはムチを使ってくるぞ!きをつけろ!あと詠唱にも!」
「まかせて!私はひたすらに術を封じるわ。敵を倒すのはあなたたちにまかせるわ!」
術を相手が使ってくるのならば。
ならば術を封じてしまえばいい。
その間、ひたすらにリフィルはほかの術がつかえないが。
相手の力をそぐことを優先させなければこの先生き残れない。
「そうはいっても、リフィル。この場所は狭すぎる。
全員で攻撃するのには難しくないかい?」
事実、彼らは階段の途中に陣取っており、完全に行く手をふさいでいる。
階段からおりてくればまだしも。
そのまま階段の途中にいることから、攻撃するにしても、足場もまた不安定。
しいなの指摘は至極もっとも。
階段はどうやら彼らが塞いでいる場所しかなく、
それ以外に上につづく道はみあたらない。
彼らの背後には扉があり、
おそらくこうして門番?のようなものがいる以上、
おそらくこの先にこの空間の主たる何か、がいるのであろう。
「まあ、あいつらを中階段の踊り場からどうにかしたにおとそうや。しいな」
「はいはいっと。ったく、人使いあらいねぇ」
いいつつも、ゼロスと顔をみあわせ、そのまま、たんっと地をけるしいな。
ゼロスもトッンと足元をけりて、そのままふわり、ととびあがる。
彼らの跳躍は階段など使用せずとも上にみえている次なる階。
この場を一階とするならば二階部分にすばやく移動し、
そして、相手を挟み撃ちにする格好を先手必勝、とばかりに確保したのち、
「
「
打合せをしているわけでもない、というのに息もぴったりに、
まずはしいなが符術において相手の体を、
まき散らしたいくつもの蛇のような符にてその動きをからめとるようにして封じ、
彼らが一瞬、身動きがとれなくなったその刹那。
ゼロスによる強い衝撃派を伴った攻撃が、彼らの背後からたたきつけられる。
「「「なっ!?」」」
まさに先手必勝、とはこういうことをいうのであろう。
いきなりのことで、なすがままにそまま階段下に吹き飛ばされてゆく三体の”何か”たち。
「さっすが俺様のハニー。わかってるねぇ」
「あんたとの付き合いも長いからね」
相手が何をいおうとしているのか、ちらり、とみられただけで理解できた。
だからこそ、相手にけどれられることもなくあっさりと技が通用した、といってもよい。
「よっしゃ!いっきにたたみかけるぞ!」
ゼロスの言葉にはっと我にともどり。
「あ、ああ!」
はっとしたように、ロイドもまた、あわててその手に剣を構える。
そのほぼ直後。
「サイレンス!!」
リフィルの術封じの力ある言葉が響き渡る――
そこは、最上階、なのであろうか。
毒々しいまでの紫色の原色に近い絨毯が敷き詰められ、
左右にはガーゴイルのような翼をもちし異形の石像。
そんな石像の柱がいくつにもわたり左右対称に並んでいる。
その中心には紫色の絨毯がその先を誘うように敷かれており、
その視線の先。
少しばかりの階段の上にみえるは一つの椅子。
椅子、というよりはそれはまるで玉座、というべきか。
そう。
どことなくこの部屋の雰囲気は、テセアラ城でみた謁見の間。
その空間にどことなく似通っているな、とふとロイド達は思ってしまう。
しかし、それよりもまず目につきしは、
「きさまがこの空間の主だったのか!?どういうことだ!?」
その姿をみて何やら叫んでいるクラトスの姿。
この部屋にあるのは、石像とそして上のほうにある大き目の椅子。
その椅子に腰かけているは、
これまた全身鎧姿の一つの人影。
どっしりと椅子にその体をもたれかけているようにみえるそれは、
あきらかに、ヒト、ではないのであろう。
しかし、その姿形だけ、でいえばヒトに近い。
しかしその大きさがふつう、ではない。
かるく大人の二人や三人分くらいの身長はあるのではないか。
というほどに巨大な影がそこにはある。
どうにか、ゼロスの先手必勝の技がひかったこともあり、
あまり苦戦することなく、敵を退け、見えていた扉をくぐったさき。
これまでとはうってかわった、あきらかに人の手が加わりし部屋。
そんな場所にとたどり着いている今現在。
そして、クラトスはといえば、その部屋の奥まったところにある一つの椅子。
どこからどうみてもそれは玉座、とよぶにふさわしい。
どっしりと細工もこれたまた見事な、漆黒の椅子にすわっているひとつの影。
その影に向かって叫んでいる。
それは全身、青いような鎧でその身をつつんでいる何か。
ヒト、なのだろうが、しかしその顔まですっぽりと兜におおわれており、
その表情はまったくみえはしない。
椅子の横には盾らしきものが立てかけられており、
その盾の色も青なれど、しかしその盾についている、
何かの獣のような顔が、おもいっきりぎょろり、とやってきたロイドをにらんでいる。
まるで水牛のような鋭い二つの角をつけた兜をかぶっているそれは、
こちらにゆっくりと視線、なのだろう、その顔らしきそれをむけ、
「ほう。クラトス・アウリオンか。ひさしいな」
まるで旧知の挨拶、とばかりにそんなことをいってくる。
そして。
「ネズミが入り込んでいる、とは報告をうけていたが。
貴様とは、な。あの忌々しきミトスはいないようだが」
その手を顔らしきものにあて、何やらそんなことをいってくるそれ。
「何なの…この、まがまがしいまでの、気配はっ」
これまでの気配とはうってかわり、そこにあるのは漆黒の闇。
そう、まさに闇とよぶにふさわしい何か。
たしかにヒト型の何か、なのかもしれないが。
リフィルやジーニアスの感覚からしてみれば、
それこそ底なし沼のごとくそこの見えないどす黒い闇がそこにある。
そのようにしか感じられない。
マナを感じることができるからこそわかること。
マナの欠片も感じられず、あれに触れればただではすまない。
それほどまでの何かを抱擁している、何か。
「こざかしいネズミどもが。この我の元にたどりつけたとは、一応ほめてつかわそう」
あきらかに上から目線のその台詞。
「天使様よぉ」
ちらり、とゼロスがクラトスをみれば、
「こいつが、この書物に封じている魔王、…リビングアーマー、だ」
ぎゅっとクラトスがその手をつよく握り締める。
彼がここに、この空間にいる、ということは。
それほどまでに封印が緩んでいる、のであろう。
この内部において彼が自在に自らの空間を出し入れできるほどには、
力が回復されているとみて間違いない。
強く手を握り締めつつも、きっとそれをにらみつつも、ゼロスの問いかけに答えるクラトス。
「なるほど、ね。敵の親玉ってか」
もっとも、彼の背後にもまだいるらしいが。
とにかく、この封じられた禁書の中では一番の大物とて間違いない。
そうおもいつつ、じっと相手を油断なく見据えるゼロス。
そしてまた。
「よくわかんねえけど…お前がこの本に封じられたっていう、最後の魔物、か?」
「でもおかしいよ。クラトスさんの説明じゃあ、層がどうとか……」
「いえ。おそらく間違いないわ。たぶん。
この封印の中でアレは力を蓄えていたのでょう。
だから、封印の中であっても自分の世界ともいえる空間を生み出せるまで、
そこまで封印は弱まり、そして魔族も力を回復している。
…だから、あのように外にまで影響を及ぼすことができているんだわ」
ジーニアスのつぶやきに、リフィルが少し考えて答えをはじき出す。
「いかにも。我はリビングアーマー。魔界の王の一人なり。
しかし、入り込んだネズミども。お前たちもここまでだ。
ここまでたどり着いた情けだ。我自らの手でお前たちに引導を渡してやろう」
いいつつも、ゆっくりとそれはたちあがる。
魔族リビングアーマー。
それは、この封じられた書物において、要、ともいえる魔王の一柱。
その名をランスロッド。
かつてのこの惑星における人の伝承では、裏切りの騎士、として呼ばれていた。
魔族、否、魔王となりしかつての主神となのりしオーディーン。
それに使えし古の魔族の一柱。
彼らはもともと、マナの恩恵をうける前の世界のこの惑星の住人であり、
また、この惑星の命を縮めている当事者たちの一人。
クラトスはそこまで詳しくはないものの、
しかし、古からの魔族の一柱である、ということは、
彼を封印するにあたり、センチュリオン達から聞かされた。
もっとも、ミトス自身はギンヌンガ・ガップにてラタトスクより知らされてはいるが。
精霊達とて魔族の事に関しては詳しくない。
すでに魔族達を封じたのちに、精霊達はラタトスクの手によって生み出された。
魔族のことを正確にしっているのは、ラタトスクくらいといってよいであろう。
エルフ達にしても、すべてが完了して地上におりたったがゆえに、彼らの内情を詳しくはしらない。
知らされてはいない。
「ここから先へは進ませぬ。我はこの封じられた本の中で力を蓄え、
やがて人の世に、その心に悪が蔓延したとき、
この檻から解き放たれ、真の意味で我は地上の覇者となる」
ヒトの心、とは強いようでいてもろい。
ミトスがなぜここまで短い間に封印が、と懸念するのも当然で。
新たに封印強化に利用した三人の魂。
特にそのうちの一人に原因があったりする。
他者を他者とはみなさずに、常に見下しているその傲慢なる心。
その心は魔族にとってはここちよいものであり、
そしてまた。
彼らの本体が地上において数多の命を奪い、そして恨みをかっていることにより、
切り離された分霊ともいえる彼らにもその恨み辛みの一部が伝わってきていた。
つまりは、封印の強化をしたつもりではあるが、
逆にミトスはこの地に封じている魔族に力を注ぐような決定をしてしまったといってよい。
マグニスやフォシテス達がかの地に拠点をかまえ、はや数百年以上。
つまり、それだけの負の心が彼らを通じこの地に流れ込んだことにより、
この地に封じられているリビングアーマー達はじっくりと、しかし確実に力を取り戻していっていた。
封印強化は一時的な措置でしかなかったという現実にミトスは気づいていない。
まだ強化する相手をディザイアン、という組織のものにしていなければ、
こうまで短い期間に封印が緩む、ということもなかったであろうに。
もっとも、まだマグニスを利用していたという点ではよかったのであろう。
何しろクヴァルやロディルに関してはミトスは気づいていなかったようではあるが、
魔族と契約を交わしてしまっていたのだからして。
たとえそれがかりそめの契約、だとしても。
封印の鍵を授かったものがそんなものをしていれば
内部から封印を壊してください、といっているようなもの。
しかし、当然この場にいるロイド達はそんな事情を知るはずもない。
わかるのは、目の前のこの鎧の巨人もどき。
これをどうにかしなければいけない、ということ。
「やらせるかよ!」
いいつつも、ロイドがすらり、と剣を抜き放つ。
そしてリフィルが杖を構え、クラトスもまた、その剣を抜き放ち、
何やらつぶやくとともに、その剣に光のようなものをまとわせる。
「こいつは光以外のすべての属性に耐性をもっている。
ゆえに、無属性の攻撃か打撃、光属性のものでしか攻撃は通用せん。気を付けろ!」
「死ね!お前がここで死ねば、お前の中にいるオリジンもわれらの手の内に!」
その台詞にぴくり、と反応するリフィル。
オリジンは封じられている。
それはウィルガイアに出向いたときに聞いた台詞。
クラトスのマナにてオリジンは封じられている。
ヒトのマナによる檻。
「
先手必勝、とばかりにクラトスによる技が繰り出される。
大きく前に一歩ふみだしつつ、床に剣をたたきつけるとほぼ同時、
衝撃波が発生し、そのままその波は相手にむかって突き進む。
そのまま、その衝撃波にて吹き飛ばされるのであろう。
普通ならば。
が。
「あまいっ!」
ゴウッ!
手にした盾をかざすとともに、盾の中心にとある何かの獣のような顔。
それらがかっと目を見開き、そして、
かぱっとその大きな耳元までさけているような口をかぱり、とあける。
その顔はしいなたちみずほの里にありし、龍の掛け軸の龍の顔のごとく。
「うわ!?あれいきてるのかよ!」
ただの模様、彫られただけの模様だ、とおもっていたのに。
ぱかり、とあけられた彫刻のようなその動物の口からごうっ、
という音とともに息のブレスのようなものがはきだされ、
その息はクラトスの放った衝撃波とぶつかり、
それらは干渉しあうようにぶつかったかとおもうと、それらは四方に飛び散ってゆく。
「奴に詠唱をさすな!が、やつにはサイレンスはきかぬ!
とにかく、壁際に追い込んで、動きを封じるぞ!
聖なる鎖に抗ってみせろ!シャィニング・バインド!」
はじめから飛ばしすぎでは?とおもわなくもないが。
相手は魔族。
しかも、魔王の名すらもっている実力者。
ゆえにクラトスは慢心するつもりはさらさらない。
全力で挑まなければあっというまに足元をすくわれてしまうことは、
クラトス自身が一番よく理解している。
それとともにクラトスの背に輝く翼がより青く輝きをまし、
相手のクラトスの足元を中心に魔方陣が突如として展開される。
そこから伸びた聖なる光は鎖となりて、相手の体に一気にまとわりつく。
それとともに、魔方陣から伸びた光はある程度の高さにまで届いたとおもうと、
次の瞬間。
クラトスを中心とし、聖なる光が部屋全体にと降り注ぐ。
「くっ…」
術を放つクラトスの体がぐらり、とゆれる。
相手の抵抗力が半端ない。
「やれやれ。天使様だけに任せるわけにはいかないっしょ。
俺様もやりますかね。俺様の本気…みせてやるよ。喰らいな!
……シャイニング・バインド!」
クラトス一人の技ではどうやら相手を拘束するのは難しい、らしい。
ならば、重ね掛けて拘束してしまえばいいだけのこと。
ゼロスの声とともに、ゼロスの背にも金色の翼が展開する。
そしてゼロスの足元にも魔方陣が展開し、
クラトス同様、相手の体を聖なる鎖で拘束する。
「俺様とこいつが抑えているあいだに、いっきにたたみかけろ!」
「いわれなくても!」
ゼロスの言葉にロイドがぐっと剣を握り締める。
「…くそっ」
「ファーストエイド!」
物理攻撃も一応はきく。
しかし、属性攻撃でロイドに通用するような攻撃はない。
実際、鳳凰天駆などをつかったが、逆にそれは相手の体力を回復させた。
つまりクラトスのいうように、無属性、もしくは光属性の攻撃でなければ、
相手により力を回復させてしまう、ということにほかならず。
ならば、というのでひたすらに技を連打し、相手をクラトスのいうように、
どうにか壁際にまで追いつめたはいいものの。
相手の一撃をうけ、ロイドが一瞬、その場にがくり、と膝をつく。
ぽたり、とロイドの手から血がしたたり落ちるが、
その血はまるですうっと床にきえるようにと吸い込まれてゆき、
その直後。
毒々しいほどの赤い魔方陣がリビングアーマーの下にと出現する。
それとともに、パリッン、と何かがはぜわれる音が空間にとと響き渡る。
ロイドが怪我をしたのをうけ、すばやくクラトスが回復術をかけてはいるが。
「く…ふはは!これはいい!どうやら。お前の血肉、でも。
この封印は解除できるようだな、お前のその血肉、我のもとにささげてもらうぞ!」
この場にいるクラトス以外の誰も理解できない。
リビングアーマーの下に展開したその魔方陣は、
魔族たちが使用するものであり、そしてまた。
彼らの力を封じているはずの枷、その一つが確実に壊れたことを意味している。
クラトスがこの場を封じている一人であるがゆえ、
血縁者であるロイドの血肉もまた、封印解除をする効力をもっている。
この封印は解除できるようだ。
その言葉にはっとしてロイド、そしてクラトスをみるリフィルとゼロス。
ゼロスはなるほど、といった表情をしており、
リフィルもこういった封印とかは、血縁者の血肉で解除するのが定番。
というのを知識としてしっているがゆえ、はっとした表情になってしまう。
つまるところは…そういうこと、なのであろう。
「な!」
「ロイド!下がれ!」
刹那。
いきなり攻撃をロイドのみに限定し、いきなり剣をつきだしてくるリビングアーマー。
そんなロイドの前にすかさずわってはいり、キンっという音とともに剣を防いでいるクラトス。
「クラトス!?」
「ここは私がおさえる!お前たちは光属性の攻撃を!」
いいつつも、繰り出されてくる剣をかわしつつも、クラトスが相手をどうにか押しとどめる。
すでにこの空間にはリフィルの展開したフェアリー・サークルが起動中。
しかし、たしかに味方の体力を少しづつ回復させているがゆえ
長引く戦いに有利といえば有利なれど。
こちらばかり体力を消耗し、逆に相手は力をつけてゆく。
つまり、時間をかければかけるだけ、相手に有利。
ならば。
「命を糧とし、彼のものを打ち砕け!セイクリッド・シャイン!!」
フェアリー・サークルを一時的に解除し、すばやく次なる術を唱え解き放つ。
ゴウっ!
リフィルの声とともに、相手の頭上に魔方陣が展開し、
その魔方陣から光の閃光が、真下にいるリビングアーマーめがけて降り注ぐ。
それはフォトンによりちかい攻撃ではあるが、
威力は格段に異なる。
光属性のこの攻撃は、聖なる槍で相手を攻撃するホーリーランスよりさらに上位の技。
ホーリーランスが七本の槍を生み出し、複数用の敵に特化している技なれば、
この技は単体の敵に有効な技、といえるもの。
「御許に仕えることを許したまえ…響けんそうれん…あ……」
リフィルが攻撃に徹するのであれば防御が必要。
ゆえに、味方全体の攻撃力と防御力をあげようと、
コレットがホーリーソングの詠唱を始めた、はいいのだが。
本来のホーリーソング詠唱は、
『
つまり、今コレットがいった台詞は、
『響け”ん”』
ン、が余計なのもあり、て、また
おもいっきり詠唱が間違っていたりする。
「間違えちゃった…失敗、失敗~……あれ?あれれ?」
おもわず戦闘中だというのに小さく舌をかわいらしくぺろりと出すコレットだが、
だが、次の瞬間。
間違えた詠唱、にもかかわらず。
敵の真上に魔方陣が展開し、
その魔方陣から巨大な十字架の光がリビングアーマーめがけて降り注ぐ。
それをみて、コレットも思わず目を丸くせざるを得ない。
そしてまた。
「「・・・・・・・・・・」」
なぜ、失敗したのにこの術、
しかもどうみてもジャッジメントが発動してるんだ?
おもわずその場にて固まるクラトスとゼロス。
しかも、彼らが得意とする技より威力が高いようにみえるのはこれいかに。
どうみても、通常の五倍以上の威力をもっているような気がする。
その証拠に。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!お、おのれぇぇぇ!」
必至にその十字架を盾で防ごうとしているリビングアーマーなれど、
ピシ…ピシピシ…パァッン!
その威力に耐えられなかったのであろう。
ピシ、という音とともに盾に亀裂がはいり、
そのまま光となりて、盾はそのまま砕け散る。
「盾をあいてはうしなった。ここから一気にたたみかけるぞ!」
半ば唖然としているクラトスとゼロスにかわり、
リーガルがとっさ的に叫ぶとともに、
一気にのけぞる敵、すなわちリビングアーマーに対し間合いつめ、
「
一気に間合いをつめるとともに、相手に連続し回し蹴りを三連続し叩き込む。
しかしそれに続き、相手がひるんだその一瞬。
「
次なる技を炸裂させるリーガルの姿。
相手が盾を失い、茫然としているその一瞬をついた連撃。
月を描くような回転斬りをだっんと飛び上がり、相手の頭にとたたきこむ。
そして連続し、散華猛襲脚(さんかもうしゅうきゃく)にて追撃する。
空中から斜め下に飛び込み決着を放ち、そのまま再び、
はじめに行った技を連続して繰り出し、そして。
「逃さん!うけてみよ!
それはリーガルがこの地にて習得した秘奥義の一つ。
闘気を纏って相手に連続攻撃を叩き込む技。
こころなしかリーガルの体全体が光っているようにみえるのは、おそらく気のせいではないであろう。
リーガルは意識していないが、魂そのものを魂炎とかしマナとし燃やしているがゆえ、
魔族にはより効果的なダメージを与えることができていたりする。
「おのれ!こしゃくなぁぁぁぁ!」
リビングアーマーが叫ぶとともに。
バチバチバチィ。
『うわ!?』
『きゃあ!!』
悲鳴とともに、周囲に黒い稲妻が部屋のいたるところにと降り注ぐ――
「や…やった…のか?」
――ぐぉぉぉっ!
そんな何ともいえない断末魔のような叫びが周囲に響き渡る。
いったいどれほどの時間を戦っていたであろう。
しかしようやくその戦いにも終止符が打たれた、らしい。
誰ともなくつぶやくその声は、ロイドのものであり、またゼロスやしいなのものであったりと様々。
それとともに、ぐにゃりと、それまで硬かったはずの足場。
その足場がぐらり、と歪み、一瞬足を取られそうになってしまう。
「みて!」
はっとしたようにジーニアスもこれまた満身創痍、といった感じで、
思わず周囲を指さしながらさけびだす。
たしかに今までいたのはどこかの部屋の一室。
しかもどうみても謁見の間のような場所、であったのに。
それらの景色がすうっとまるで幻のごとく透き通るように消えてゆく。
みえているすべてのものが透き通り、それらはやがて、
ぐにゃり、と鏡に飲み込まれたかのごとく一瞬にしてその姿を変貌させる。
――まだ、終わらぬ。我らを封じたものたちが、お前たちを消滅させるだろう。
やつらがお前たちにまけたとすればそれこそわれらの好機!
しかし、やつらは負けぬだろう。何しろわれらを封じた…
あのものたちの手によりて消滅するがいい!くははははっ!
ボロリ。
そう、まさしくボロリ、というべきか。
その巨体がまるで土のようになったかとおもうと、またたくまにぴしぴしと全身にヒビが入り、
そして土人形が崩れ落ちるかのごとく、その場にどしゃり、という音とともに、
跡形もなく崩れ去る。
崩れ去ったその直後、風もないのにその土はふわり、と浮かび上がり、
周囲に高らかなそんな声のみのこし、やがてその土の残骸すらも、
周囲の極彩色の空間の中にときえてゆく。
「どうにか勝てた…けど。どういう、ことだ?」
息が途切れる。
どうにか勝てた。
というか回復してくる敵など厄介極まりなかった。
というかこちらを攻撃し傷をつけられば相手が回復するなど。
そんな敵もいるのだ、と初めてしった。
「封じたもの…まさか、勇者ミトス?」
戸惑ったようなジーニアスのセリフ。
「まさかとはおもうけども。勇者ミトスが本当にでてくる、ということかしら?」
だとすれば、この中にあのユグドラシルがいる、とでもいうのだろうか。
わからない。
クラトスはといえば、真っ先にロイドになぜかキュアをかけたのち、
それぞれに回復術をかけており、そんなロイドやジーニアス、
リフィルのつぶやきには割って入ってきていない。
「でも。たしかに、まだ本から出られません。
空間は…始まりのあの変な空間にもどったよう、ですが」
実際、さっきまでいたどこかの建物の中といった光景はもはやどこにも残っていない。
周囲にあるのは、極彩色の上も下もわからない不思議な空間。
「つまり、続きがある、ということなのだろうな。…転送陣も現れたことだしな」
プレセアにつづき、リーガルもまた盛大に溜息をつきつつも、
すっととある場所を指さしながらいってくる。
先ほど、リビングアーマーが崩れ落ちたその一角。
そこに先ほどまではなかった…いや、あったのかもしれないが。
とにかくみうけられなかった陣らしきもの。
青白い光をたたえた転送陣らしきものが、視界の端にとみえている。
「おそらく。プレセアのいう通りだわ。
これで終わりならば、この世界を燃やす仕掛けがあるはずだもの。
――そうでしょう、クラトス」
おそらく、この世界のことをよりしっているであろうクラトスに、改めてリフィルが問いかける。
もっとも、先ほどまでいた空間のことはクラトスも知らなかったようだが。
「……まさか、ここまでやつが力を取り戻していたとは……
そうだ。しかし、時間はない。あのような空間までやつが作り出せた。
ということはそこまでアレも力をためこんでいるということだ。
リフィル、数値は……」
「残りはぎりぎり、かしら?八百一、よ」
「確かに、ぎりぎり、か。
次なる階層は第四層。最終層だ、そこでわれらの魂の一部が、
この世界の封印を守っている。最深部にこの世界を燃やす仕掛けが設置してある」
リフィルの言葉をうけ、考えこむそふりをみせるクラトス。
もしもここで八百をきていれば、まちがいなく始まりの階層にと戻されるところであった。
かろうじて助かった、というべきか。
つまりこの先にいく資格はまだある、ということ。
「いこう。しかし、この空間では精霊をよべない、というのがきついねぇ」
「仕方なかろう。ここは魔族の空間。
精霊達にとって魔族の瘴気は毒だ。魔族にとってマナが毒なようにな」
しいなとしてみれば、精霊達の攻撃もたよりたいところ。
が、精霊達の力が使えない以上、自力の技で何とかここまできているのもまた事実。
「ま、いいげとね。昔、あたしも精霊の力なんてつかえなかったんだから」
コリンは精霊、というよりはむしろパートナーであり、友達であった。
たしかに足止めや探索などには孤鈴はむいていたが。
戦力、としてしいなは孤鈴を利用、もしくは使用したことはない。
「いこう。ここから先は最後の封印。こころせよ」
クラトスの言葉に誰ともなくこくり、とうなづく。
残りの封印の鍵は、あと一か所。
最後の層、だという階層、第四層。
先ほどまでのあの異空間でありながらも、どこかの建物であったかのような空間。
それではなく、この書物の中に入り込んだときと同様の、
右も左も上も下もわからないような不思議な空間。
ひたすらに赤きエリア、すなわちすべての敵を倒さなければ先に進めない。
しかも、敵を倒しきり転送陣が出現しても、再び敵が出現し、
それらもすべて駆逐しなければ転送陣が軌道しない、というあるいみ鬼畜仕様。
階層では四階にあたる、というこの場所。
これまではその階層の大体十五エリアくらい進んだのちに、
ボスともいえる敵との戦闘になっていた、のだが。
この最後の層はそれらしきものはなく、ただひたすらに戦闘がつづき、
ようやく十九エリアにまでたどり着いている今現在。
しかし、きになるのは先ほどから、極彩色の空間にまぎれ、先ほどまでいたどこかの建物らしき幻。
それらが浮かんではきえている、ということであろう。
クラトス曰く、あれが実体化したときこそ、
ふたたびあれ…リビングアーマーが実体化する力を取り戻したときだ。
それまでに何としてもこの書物を浄化しなければ、ということらしい。
「この先が……」
「そうだ。リフィル、数値は?」
「今は二千百五十よ」
減っては増えては、の繰り返し。
疲労がたまっていないわけではない。
なぜかこの空間でも料理ができ、それらで回復していなければ、
まちがいなくあっというまに挫折していたであろう。
ひとまず、時間はないのは事実なれど、体力、精神力がなくては意味がない。
最後の階につづくであろう転送陣の間。
そこにてひとず料理をつくりて休息をとり、
そして体力、気力とも回復したのち、それぞれ顔をみあわせたのち、
覚悟をきめて転送陣にと身を躍らせる。
そこはこれまでとはまったく異なる空間。
空はまるでオーロラのごとく光り輝いており、黒い霧と拮抗するかのようにゆらめいている。
足場も今までとはことなり、どちらかといえば、青を基準とした虹色、といったところか。
転送陣を抜けた先。
その視線の先にたたずむ三つの人影。
それらは転送陣からでてきた彼らにきづいた、のであろう。
「うん?我々…ではない、ようだな」
青い髪をした青年が、ロイド達をざっとみつつ、そんなことをいってくる。
『ユアン(さん)!?』
思わずその姿をみて声をだしているしいな、コレット、リーガルの三人。
そしてまた。
「嘘…」
茫然とその三人の人影のうちの一人。
大人に交じり、一人だけいる金髪の少年をみて、目を見開いているジーニアスの姿。
「でもさ。クラトスはいるよ?ってことは、クラトスの弟子、かな?
そっちの人たちは同胞っぽいし。姉弟、かな。
…姉様に会いたい…うう」
ジーニアスが驚愕で目を見開いているのに気付いているのかいないのか。
その場にてがくりと肩をうなだれさせ、
何やらそんなことをいっている目の前の金髪の少年。
「お前だけじゃないぞ!マーテルにあいたいのは!
ああ、きっと、私の本体はいまごろマーテルと…くうっ」
「何いってるのさ!僕の本体がいるかぎり、
姉様とユアンをふたりっきりになんてさせてないからね!
僕はまだ、姉様とユアンの婚約を認めたわけじゃないんだからぁ!」
『・・・・・・・・・・・』
え~と。
この場合、どう反応すればいいのだろうか。
ロイト達をほっぽって何やら言い争いを初めているらしき目の前の人物たち。
どこからどうみても、彼らが見知っている姿、そして声でしかありえない。
しかもそんな二人がぎゃいぎゃいと、
しかも、内容がマーテルとかいう女性…それは、あのマーテル、なのだろうか。
マーテル教の女神、といわれている、あの。
困惑しているロイド達とは裏腹に、
「まったく。お前ら、いい加減にしないか。
…しかし、魔族の幻影、ではないようだな。まちがいなく私の本体、のようだ」
それまで黙っていた向う側にいるどうみても【クラトス】が、
溜息まじりに、それでいて二人をちらり、と一瞥したのち、
ロイド達とともにいるクラトスのほうに視線をむけてそんなことをいい放つ。
「う。ごめん。クラトス。ユアン、姉様の件ではあとでみっちりと!」
「望むところだ」
そんな会話をきき、向う側のクラトスがこめかみに手をあて、
盛大に溜息をつく様子がみてとれる。
おもわず自分達のそばにいるクラトスと相手を見比べるロイド達。
まあ気持ちはわからなくもない。
こちらのクラトスもまた同じように溜息をつき、こめかみに手をあてていたりする。
かわらない、とおもう。
彼らはあのときのまま。
この地にいるのは、まだマーテルが死ぬ前の、
ミトスがまだあきらめていなかった前をまっすぐにむいていたあのときの自分達。
そのときの魂と記憶の欠片。
「とりあえず、ま、誰でもいいか。
まずは、初めまして。僕はミトス。ミトス・ユグドラシル」
その名に息をのんだのはしいなとプレセア、そしてリーガルの三人。
「ミトス!ねえ。僕だよ!ジーニアスだよ!というか、ミトスがどうしてここに!?
ミトスもアルタミラに残ってたはずでしょ!?
まさかミトスもリーガルさんみたいにこの場にひっぱりこまれたの!?」
にっこりといわれ、耐えきれなくなったのであろう。
ジーニアスが一歩前にでながらも、そう名乗った少年にむかい思いっきり叫ぶ。
そう、ミトスはアルタミラに残っていた。
危険だからというのに、自分にもできることがあるかもしれないから。
といって。
まさか、ミトスもリーガルと同じように、その魂をこの場にひきずりこまれたのだろうか。
そう、思いたい。
可能性としてある可能性が高いとはいえ、認めたくない、というのも本音。
だからこそ、そう、だといってほしい。
そんな期待をもこめてのジーニアスの叫び。
目の前にいるのは、共に旅をしているミトスそのものといってもよい。
その服装も、その腕のバンドも、何もかも。
声も容姿も何もかも、あのミトスとうり二つ、というよりは同一人物。
まさにそう、としかいいようがない。
でも、今、目の間の少年はこう名乗った。
【ミトス・ユグドラシル】だ、と。
それはクルシスの指導者の名であり、そしてまた勇者ミトスとよばれている人物の名。
そんな銀髪の少年の必至な叫びをきき、すこしばかり首をかしげ、
「?えっと、きみは?」
こちらのミトスからしてみれば、相手は初対面。
いきなりそんなことをいわれても意味がわからない。
というか、アルタミラ、とは何だろうか?
残った、とはいったい?
だからこその問いかけ。
「嘘!?ミトス、まさかひっぱりこまれた衝撃で、僕のことわすれちゃったの!?」
ジーニアスとしては信じたくない。
ないがゆえに、その可能性にかけたいというおもいもありてそんなことをいっている。
本当は心の奥底では違う、とわかっていながらも。
そういわずにはいられない。
そんな必至な少年の姿をし申し訳なさそうに、
「ごめんね?えっと…君…もしかしたら、きみは本物の僕と友達なのかもしれないけど。
というか、僕にも同年代の友達できてるんだ。いいなぁ。本体の僕。うらやましい」
その声には心の底からうらやましい、という思いが感じられる。
そして。
「とりあえず、改めて説明しておくね?
ここにいる僕たちは昔の記憶でしかない存在なんだ。
簡単にいったら、昔、この地を封印するために切り分けた魂の一部でしかないんだ。
だから、今の僕の本体、つまり僕本人がどうしているのか。
どうすごしているのか、とかそういった記憶はないんだ。
だから、ごめんね?僕は君のことを知らない」
腕の前で手をあわせ、かるく首をかしげ、
ごめんね、というそのさまは、無邪気そのものといってもよい。
「え?それって……」
自分のことを知らない。
魂をわけた?
たしかに、クラトスから自分達の魂をもってして封印した、とはきいた。
じゃあ、やはり、やはり目の前のこの少年は、勇者ミトス、なのだろうか。
あの冷徹なまでの視線をあびせてきたあの青年と同一の。
しかし目の前の少年からはあの青年と同じような感じはまったくしない。
それをいうのならばともにいるミトスにしてもそう、といえるのだが。
ジーニアスは知らない。
ジーニアスの前ではミトスはそんな素振りをみせていないが、
ゼロスの前ではしっかりと本質をあらわしている、ということを。
困惑し視線をさまよわせるジーニアス。
ロイドもまたわけがわからない。
なぜミトスそっくりの…どうみてもミトス当人がここにいるのだろうか。
この奥にいるのは、勇者ミトス…あのユグドラシルではなかったのか?
ロイドもまた困惑を隠しきれず、いくども目の前のミトスと、
そして目の前にいるクラトス、そして横にいるクラトスに、
幾度も幾度も視線をさまよわせていたりする。
「ともあれ。封魔の石をどうやらもっているようだな。
だとすれば、封魔の石がようやくできあがったのか。クラトス」
その声はロイド達のほうにいるクラトスにむけて。
ミトスにかわり、どうみてもユアン、とおもわしき男性がそんなことをいってくる。
「?どういうことだ?たしかに石はもっているけど」
たしかヘイムダールでも石がどうとかクラトスとユアンはいっていた。
そしてこの場においては、リフィルがもっている石。
その中に記されている数値こそが力の目安になるようなことも聞かされた。
いまだにロイドはきちんと理解していないにしろ。
「受け取ったとき、私たちは詳しく説明をうけていないわ」
リフィルが懐から布にくるまれた石をとりだし、
目の前にすっと突き出すようにして、目の前の三人にと問いかける。
情報は少しでも多いほうがいい。
だからこそリフィルは嘘はいっていない。
実際、これを受け取ったとき、手渡してきたテネブラエ…
リフィル達はそれがテネブラエだ、とは気づいていなかったが。
テネブラエはリフィル達に詳しく説明していない、のだから。
「…はぁ。クラトス。お前がいながら説明していないのか?まあいい。
お前が肝心なことを言い忘れるのはよくあることだからな」
そういって、二人のクラトスを交互にみてそんなことをいってくる【ユアン】。
「「…ユアン。お前にだけ、はいわれたくないぞ」」
そんなユアンの台詞にクラトスがぽつり、とつぶやく。
さすがに同一人物、というべきか。
タイミングも口調もまったくもって異口同音。
二人のクラトスの声が一致する。
「あはは。たしかに。でも、あれ?
そっちのこ、あれ?クラトスの弟子ていうより…あれ?って、ええ!?」
ふとミトスが何かに気づいた、のであろう。
目をみひらきまじまじと、自分達のほうにいるクラトスと、
そして対面しているクラトス、そしてその視線はロイドにむけられ、
「…意外…意外すぎる展開だよ……」
何やらちいさくぶつぶつとつぶやき始めるそのさまは、
何をいっているのかロイド達には聞き取れていない。
が。
クラトスに子供ができてるなんて…
そう小さくミトスが呟いたその言葉はコレット、そしてゼロスの耳に聞こえている。
そして当然、この場にいるクラトスにも。
「…え?」
困惑したように、クラトスをみつめるコレット。
クラトスさんの子供?どこに?
まさか…
ミトスの視線をたどればその視線の先にいるのは、ロイド、そしてその後ろにリーガル。
リーガルのはず、はない。
だとすれば、だとするならば。
そんな…まさか…
コレットは困惑してしまう。
でも、もしもそうならば。
どうしてクラトスさんは、何もいわないの?
それに、そういえば、とおもう。
あのクヴァルがロイドの母親を非難するようなことをいったとき、
誰よりも激怒していたのはクラトスではなかったか、と。
かちり。
とこれまでにいくどもあったパズルのピースが当てはまる。
これはおそらく勘違い、とかではない。
現実のこと。
自分がレミエルを父親だと思い込んでいたのとは異なる、完全なる現実。
ロイド…それをしってるの?
ううん。
ロイドの様子からして…気づいて…いない?
まちがいなく気づいていない。
クラトスが…ロイドの実の父親である、というその可能性に。
そんなミトスの様子に気づいた、のであろう。
「うん?クラトス、お前いつのまにしょ……」
お前、いつのまに所帯をもって、子供まで設けていたんだ?
地上ではどれほどの時がながれたんだ?
というか、天使体となったわれらも子供をつくれたのか?
などという質問をしかけたユアンのセリフは、
「御託はいい。それより、ここにくるまでにリビングアーマーと戦った。
やつはこの封印の空間の内部にすら、自分の空間を創り出せるまでに力を蓄えている。
ここにくるまでやつの空間と封印の空間がせめぎあっていた」
それ以上はいわさない、とばかりにクラトスがぴしゃり、
とユアンの言葉をさえぎり、一歩前にでつつ、
目の前にいる過去の魂の一部である自分達三人にむけて言い放つ。
そんなクラトスの態度に一瞬首をかしけるものの、
しかし、すぐに盛大に溜息をつき、
「うん。そうなんだよね。だから僕たちもここから動くことができなかったんだ。
あいつ、どうやってなのかしらないけど。ここ最近、異様に力をつけてきてるだよね」
疲れきったように、ミトスがクラトスの言葉に答えるようにいってくる。
そんなミトスの言葉につづき、ユアンもまた顔をしかめ、
「というか。我らの本体が送り出してきた封印強化を担うものたち。
やつらがきてしばらくしてか不思議と奴らは力をつけはじめた」
溜息まじりにそんなことをいってくるユアン。
そう。
それまで自分達だけでどうにか抑えていたのに。
外で何があったのか。
魔族の動きが活性化を初めてしまい、
それに気づいたのであろう本体が封印強化を担う輩を送り込んできたのはいい。
いいが、一時はたしかによかった。
しかし、どれほどの時がたったのか、ここではきちんと把握できないが。
確実にそれまで以上に内部にて彼らは力をつけ始めた。
それこそこの最奥部の封印の間に届いてくるほどに。
「そうなんだよね…だから、彼女たちはあそこから下層に移動させたりせずに、
あの場にとどめおいてたら、なんでかずっと同じ記憶ばかりを繰り返すようになっちゃって。
…あれじゃあ、あまり封印としての役割を果たせないというか何というか。
僕の本体に問いたいんだけど、もっといい人材、いなかったのかなぁ、って。
あの人たち、あまり封印の役目にふさわしくないような。
もしくはイフリートにでもいってどうにかできなかったのかなって」
ユアンにつづき、ミトスも盛大に溜息をつきながらいってくる。
ミトスからしてれば、瘴気が増えているのならば、イフリートの浄化の炎。
それで一時にしろどうにかなるだろう、という考えのほうが強い。
このミトス達はまだ世界をわける前の存在。
そしてまた、精霊達をとらえるよりも前の魂の一部であり、
自分達が、否、ミトス自身が精霊を封じてしまっている、など夢にもおもわない。
思えるはずもない。
そして契約が破棄されている、ということすらも。
「……何かがあったのだろう。地上で何がおこっているのか我らは知らぬからな。
ともあれ、そっちのわが本体が説明していないようだから、私からいおう。
というかなぜに説明していないのだ?
それは魔界を浄化するための聖なる石。
それが浄化の力をもつまでユミルの水にひたしておく必要があった」
もう一人のクラトスが、彼らにかわりそんなことをいってくる。
「うん。あそこはラタトスクの力が、大樹の力が満ちてるからね。
ラタトスクに教えてもらったんだよ。あそこならいいって」
『?!』
さらり、と目の前のミトスと名乗った少年の口からその名がでてきて、
思わず顔をみあわせるロイド達。
「ラタトスク…ですって?」
まさかここでまた大樹の精霊だ、というその名をきくことになろうとは。
問いかけるリフィルのセリフに。
「うん。僕ら人間が呼び寄せてしまった魔族だから、僕らの手で解決するって。
そういったときに、ね。
この封印は聖なる石ができるまでのかりそめの封印なんだ。
あれ以上、魔族たちが地上で好き勝手しないための。
でも、ラタトスクを知らないの?」
「あの精霊はあの間からでないだろう」
「でも、動けないことはないって、テネテネ達はいってたよ?」
「…お前、その呼び方、あいつは嫌ってただろうが」
「いいんだよ。ジジブラエが嫌だっていうんだから」
首をちょこん、とかしげていうミトスたいし、クラトスがぽつり、とつぶやく。
クラトスの台詞にさらり、というミトスにたいし、これまたユアンが突っ込みをいれている。
事実、かつてテネブラエはミトスたちにジジブラエとよばれたことがあり、
しばらく丸一日ほどその件で言い合いをしていたことがあったりする。
結果、当時、とある村にたちよったときにいたとある研究者。
その人物がいった、テネブラエのあだ名、テネテネ、でおちついたのだが。
それをきき、うなだれ、しばらくギンヌンガ・ガップにもどり、
ラタトスクに愚痴をいっていたことをミトス達は知らない。
――まちがいなくあのときのミトスですよ。あの言い回しは。
影の中からぽつり、とつぶやくように、そのでいて脳内に響くようなその声に、
ゼロスとしては苦笑せざるをえない。
「つまり、仮の封印、というわけね。この書物は」
リフィル達は今のミトス達のやり取りの意味はわからない。
わからないが、やはり鍵を握っているとおもわれしは、精霊ラタトスク。
どこにいるかわからない、というかの精霊。
そんなリフィルの確認を込めた問いかけに、
「その通りだ。さすがわが同胞。話が早い。
しかし、封魔の魂炎を扱うにはより強靭な精神力を必要とする。
われらの力をもってしても、魂をわけて封じるのがやっと。
だからわれらはここに記憶と魂の一部を残し、
こうしてこの場で魔王を焼き尽くすものが表れるのをまっていた」
うなづきつつもそんなリフィルのセリフに同意を示すユアンの姿。
「僕たち本体は大樹カーラーンを復活させるというラタトスクとの約束。
その大切な使命があるから。体ごとここに残るわけにはいかなかったんだ。
だから、魂の一部とそれまでの記憶でしかない、
簡単にいえば幻に近い僕たちでしかないけど許してね?」
「われら本体がこなかったのが気にはなるが。
クラトスがいるのだ。まあわれらの本体も認めている実力者なのだろう。
それに、天使化しているものもいるようだしな。
さあ、我々に力を示せ。封魔の魂炎でこの禁書を焼き尽くせるだけの力があるのか、
その覚悟と力のほどをみせてみろ!」
ミトスにつづき、ユアンが高らかにいってくる。
「僕ら三人に対して、きみたちもより有効とおもえる三人で挑んできてね?」
にっこりと笑みをうかべそいってくるミトスに対し、
「三対三ってわけか」
ゼロスが小さくつぶやくようにいえば
「その通り。そっちの私から聞いているかもしれないが。
その三人にその力がなければこの場から消滅するだけだ」
「まあ、クラトスがいてユアンがいないってことは。
たぶんユアンが外にいて、何かあったらひっぱりあげるようにしてるんだろうけど」
クラトスにつづき、ミトスがすっと上をあげてぽつりとつぶやく。
「しかし、それは危険だ。この空間も不安定になっているようだな。
あの黒い靄のうなものは、まぎれもなく魔族たち。
この結界そのものも破られかけているのてはないのか?」
クラトスがすっと視線を上にむけ険しい表情で淡々と言い放つ。
さきほどから、上のほうで、オーロラのような光と黒い霧のような何か。
それらがぶつかりあっては、きえていっている。
よくよくみれば、黒い霧が下に移動しようとし、
光の壁がそれを阻んでいるのがみえるであろう。
「時間がないのは事実なんだよね。
でも、クラトス。忘れたわけじゃないでしょ?
僕らの力で封魔の台座は封印されてる」
「しかし、お前たちがその気になれば、戦わずともそれは可能、ちがうか?」
「それはそうだけど」
でも、といいたげに、
「でもさ。その子たちもここまでやってこれたんでしょ?
強い相手と手合せしてみたいなぁ、とかおもったり?」
「お前は…はぁ。しかし、私としても未来の自分がどこまで腕をあげたのか気にはなる」
いいつつ、もう一人のクラトスがじっとクラトス自身をみつめてくる。
「っ」
「ま、そういうことらしいぜ?天使様。戦わずにはいられないってな」
勝つにしても負けるにしても。
「まあ、たしかに時間もないし。力試し、だけにするよ。
かっても負けても、魂炎がなくなったら意味ないしね。えっと、数値は?」
「ええ、二千五十・・・だったのだけど、減っている、わね」
気のせいか。
これまでよりこの空間というかこの場所においての数値の減りが異様に早い。
だからこそ、おもわず石をまじまじとみつつもつぶやくリフィル。
それは気のせい、でも何でもなく。
この空間そのものが、瘴気、すなわち魔族たちと拮抗している何よりの証拠。
「この空間をもやし尽くすのに最低でも千五百はほしいからね。
…うん。五分勝負にしよっか」
いって、ミトスがすっと手をかざすとともに、その場に巨大な砂時計が表れる。
たしかにこの場にやってきたのが自分達よりも強い、というのが理想なれど。
しかし、今回の機会、すなわち封魔の魂炎を祭壇にくべなければ。
自分達で封じる力ももはや限界に近い。
なぜにここまで魔族が力をつけているのかミトスにはわからない。
しかし、これを解き放つわけにはいかない。
断じて。
「ねえ。君たちは本当の僕、つまり本体の僕をしってるんでしょう?
僕は、僕たちはちゃんと大樹カーラーンを再生できてる?
ハーフエルフは少しは受け入れてもらえるようになった?」
自分達以外がここにきた、というのも気にかかる。
クラトスはいるようだが。
マナのありようからして一人はどうみてもクラトスの子供。
あのクラトスが所帯をもっている、ということに驚きを隠し切れないが。
ふわり、とうかびしちょっした大き目の砂時計。
それを手にとり、
「よいしょっと」
そのままその横にとどん、と設置しながらも、振り向きつつ、
視線を銀髪の少年にむけてといかける。
「え?う…うん……」
ジーニアスはそんなミトスの言葉に思わず言葉につまってしまう。
目の前の彼は、自分が地上でどんなことをしているのか。
本当にこのミトスがあのユグドラシルなのか。
今の状態をみるかぎり、どうみても信じられない。
だからこそ、ノドに何かがつまったようなものいいになってしまう。
カーラーンは復活していない。
それどころか、へたをすれば種子は消滅してしまう、という。
そんなジーニアスの様子をみて、勘違いをしたらしく、
「ふんっ。まだ迫害されているようだな。人間どもめ!」
ぎゅっとユアンが手をにぎりしめ、何やら言い放っているが。
『・・・・・・・・・・・』
そんなユアンの様子に何もいえないテセアラ組。
事実、テセアラのものたちは、ハーフエルフを迫害し、シルヴァラントにしても然り。
ハーフエルフだから、ディザイアンがハーフエルフだから、
だからハーフエルフはすべて悪だ、という認識がまかり通っていたりする以上、
彼らの言葉に違う、とは言い切れない。
ロイドとて、母がディザイアンに殺された、ときいたときは、
ハーフエルフだから、という理由ですべてのハーフエルフが悪い。
そう思い込んでいた時があった。
相手を知らずに種族だけで差別するのはよくない、とわかっていたはずなのに。
「おちつけ。ユアン。そこの姉弟たちはハーフエルフなんだろう?
そして天使化しているものが二人はいるが、あとの一人は天使化の途中か?
しかし、それ以外のものは人間だろう。
共に行動している以上、少しはかわったのかもしれぬ」
「そうかな?クラトスの関係者だから、という可能性も高いよね?
クラトス。だって、僕と姉様のことをしってても、僕らについてきてくれたもん」
それは、始まりの記憶。
クラトスが国をでてまでミトス達とともに旅にでた始まりの時。
「えっと、そこの真っ赤な服きてる君」
「え、お、おれ?」
真っ赤な服って、とはおもうが、いきなり話をふられ、ロイドは戸惑わずにはいられない。
そしてクラトスもまた。
ミトス、まさかいらないことをいうのでは?
という思いが捨てきれない。
おそらく先ほど言いましから、ミトスは気づいたはずである。
ロイドと自分のマナが似通っているその事実に。
「うん。真っ赤な服の君」
「俺の名はロイドっていう名前がある!というか、真っ赤なって」
「たしかに。あんたの印象は赤、だよねぇ」
「だな」
ロイドがそんなミトスにムキになっていいかえすが、
実際、服も靴も何もかもが赤いがゆえに、どうみても初対面の印象は、
赤、という色が根強く残る。
「ロイドっていうんだ。うわぁ。ものすごく懐かしい名前だね。
……というか、名づけのセンス……」
「「・・・・・・・・・・・・・・」」
ちらり、とミトスにみられ、二人のクラトスは何ともいえなくなってしまう。
いえない。
ミトスが言いたいことはまあわかる。
旅の最中、助けた犬の名前にマーテルがロイド、とつけて。
結局命をおとしたクラトスになついていた小さな子犬。
子供が生まれたとき、とっさにそのときのことを思い出し、
無意識のちに、その名をつむぎ、アンナがいい名前ね、と名前をつけてもらえた。
と勘違いし、ロイド、という名が決定した、という裏事情を当然ロイドは知らない。
過去のクラトスは、あの犬の名を自分の息子に未来の自分はつけたのか?
とおもい、何ともいえない思いになりて、
今現在のクラトスはクラトスで、まさかつぶやいたその名を、
そのままアンナが気に入るはとおもわなかったからな。
などとそんな思いを抱いていたりする。
まさか、それは過去の犬の名前だ、といいだす暇もなく、
結果として子供の名前はロイドに決定してしまったというかつての記憶。
そんな事情を知るのは、この場においてはクラトスのみ。
ロイドのエクスフィア、精霊石の中にてまどろむアンナも知らない事実。
「ま、いっか。名前に罪はないものね。
ねえ。ロイド。それに、えっと、銀髪の僕と友達だっていう、えっと…」
「ジーニアス。ジーニアス・セイジ」
「ジーニアス?いい名前つけてもらったね。
それって古の大賢者の名前だよ?君のお母さんいい名前をつけてくれたんだね」
古代大戦とよばれるよりも前。
エルフ達の中でもより力があったという魔術士の名。
今の世ではヒトの伝承にすら伝わっていないその名前。
「そっか。ロイドにジーニアス。もしも、もしもだよ?
僕たちがまだカーラーンを再生していなかったら手伝ってくれる?
君たちなら一緒に大地を再生してくれる気がするんだ。
それに、僕の友達なら、ラタトスクにも紹介したいし。
約束してるんだ。カーラーンを再生したら一緒に地上世界を旅をしようって
きっと君たちもラタトスクと仲良くなれるよ。
彼、ちょっと口わるいけど、根はとても優しいもん」
「…約束?あなた、そんな約束を精霊、としているの?」
その言葉にぴくり、とリフィルが反応する。
「うん。まあ、すきにしろ、といわれたけどね。
でも、否定はされてないから、それってオッケーってことでしょ?
だって、ラタトスクってずっと封印の間で地上を視ているだけだっていうし。
いくら魔族たちを見張るためだっていっても、休息は必要でしょ?
大樹さえよみがえればそんなにずっとあの場所にいなくても問題ないらしいし。
姉様と僕と、クラトスとユアン。姉様にも紹介したいよね。
姉様、僕に友達いないの心配してたし。
ロイドは…うん、まあ、姉様びっくりするんじゃないのかな?
というか姉様もしってるのかな?」
「?」
そういうミトスの言葉の意味はまったくもってロイドにはわからない。
「僕らは絶対に大樹を復活させるよ。そう、絶対に……」
その結果、たとえマーテルを犠牲にすることになったとしても。
そうしなければ世界が滅ぶ、と聞かされている以上、
ジーニアスはマーテルと世界ならば、世界を選ぶ。
だからこそ、マーテルのことはいわないまでも、
大樹を復活させる、という言葉だけは確実にいえるがゆえに、
力づよくも目の前にいるミトスの姿をしている少年にときっぱりと断言する。
ミトスの姿をしている、というか、まちがいなくミトス、なのだろう。
自分達とともにいる。
信じたくはない、けども。
リフィルはリフィルでしばし何やら考えこんでいるそぶりが見受けられるが。
一方、ゼロスはゼロスで、
「…なるほど、ね」
小さくそんなことを呟いていたりする。
どうしてエミル君が自分自身を裏切っているであろうあのミトスとともにいるのか、
ずっと不思議におもっていたが。
そんな約束をしていたのならば、ならば話は別。
精霊は必ず約束を果たす、つまり約束した以上、それを嘘には絶対にしない。
だからこそ精霊の契約は絶対、といわれているゆえん。
盟約にしても然り。
すきにしろ、といった、と目の前の彼はそういったが。
そういった以上は、約束した、とあの精霊が捉えていても何ら不思議は…ない。
「とりあえず、三人ほど選んでね。力試しだけはさせてもらうから」
「んじゃまあ、俺様立候補するわ」
「え?君が?天使化してるよね?君?」
「まあ、扉の番人のこともあるから、な」
ぴくり。
その台詞にミトス、クラトス、ユアンが反応する。
それはとても小さく紡がれた言葉であり、ロイド達には聞き取れていない。
コレットも聞こえているが、その言葉の意味はわからない。
「それって……」
「俺様にしばらくつきあってもらうぜ?古代の英雄さん?」
「英雄って?」
いわれ、ミトスはきょとん、と首をかしげる。
「ん?天使様よぉ。こいつらは、いつの時代に魂をわけたんだ?」
「――古代大戦の締結の前、だ」
「なるほど。だからピンとこないってわけか」
ならば、英雄、とかいわれても意味がわからない、であろう。
クラトスの言葉に納得したようにうなづくゼロスに、
「え?僕たち、あの争いを停戦できたの?本当に!?
なら、あとは大樹を芽吹かせるために世界を存続させるだけってこと?」
「お前の提案か。大地全てを今の状態で存続させるため。
限りあるマナで何とかするために、彗星飛来まで一時的に位相をずらす、というあの」
「うん。案はラタトスクにもいってるんだけどね。
ちなみに大戦をどうにかできたら考えてやるとはいわれてるけど。
でも、そっか。ならあとは彗星飛来をまつだけなんだ。
あ、だから君たちがきたのかな?彗星飛来が近いなら、僕らもいろろいと忙しいだろうし」
にこやかにいわれるミトスの言葉にロイド達は何ともいえない気持ちになってしまう。
何をいっているんだ、といいたい。
いいたいが、目の前の彼らは真実を知らないのであろう。
あきらかに理解していないのが見て取れる。
今までのロイドならば、相手が理解していなくても、
まちがいなくくってかかっていたであろう。
それをすぐにしないだけ、多少は成長した、という証ともいえる。
この空間内おいてよくもわるくも、少しは考えて物事の行動を起こす。
ということが理屈ではなく命がかかったことにより、
ようやく本格的に理解できたらしい。
「とりあえず。じゃあ、僕の相手はそっちの赤い髪の男性でいいのかな?」
「わりいな。ロイドくん。ここはいかせてもらうぜ?」
「ゼロス?」
「おまえ、さっきの怪我と体力、まだ完全にもどってないだろ?」
「うっ」
先ほどの戦い。
リビングアーマーとの戦いで、なぜか相手は率先的にロイドを狙い撃ちにしてきていた。
たしかに怪我は回復術でことなきをえているが、失った血はそう簡単には戻りはしない。
だからこそ、ゼロスの言い分にロイドは言葉を詰まらせてしまう。
ロイドからしてみれば自分が戦いたかった。
しかし、たしかに完全な状態でないのもまた事実。
「では、私は本体と。自分と手合せなんてできる機会はまずないからな」
「ずるいよね。僕も自分がきたらやってみたかったんだけどな。自分との戦い」
「では、私の相手は……、そこのなぜか手錠かけてるやつ」
「私、か?」
ユアンがふと視線をリーガルにとめる。
「なぜ手錠をしているのかはわからぬが。
女子供を相手にするわけにもいかぬしな。お手合せ願おう」
ゼロスがミトスと対峙するならば、
あとのこっている人物はといえば、ほとんどが女や子供ばかり。
残りの大人、といえばリーガルくらいしかいなく、いわば消去法。
「じゃ、はじめようか。五分間の一本勝負を」
ミトスがいうとともに。
パキィッン。
空間が、音とともに隔離され、
それぞれがそれぞれの空間にと隔たり、第三者の介入ができない空間が出来上がる。
つまるところ戦いの様子はみることができるが手出しはできない。
ミトスとゼロス。
クラトスとクラトス。
ユアンとリーガル。
それ以外のものは、音とともになぜか四角い見えない壁、のようなものにおおわれ、
外に出ることすらままならなくなってしまう。
ちなみに、なぜかそこには椅子とテーブルまで透明な何かでつくられたらしく、
水晶よろしくロイド達の前には突如として設置されていたりする。
「…つまり、私たちにはここにすわって観戦していろ、ということ、ね」
リフィルがどこか疲れたように言い放つ。
つまりはそういうこと、なのだろう。
なぜゼロスが自分から言い出したのか、それもリフィルからしてみれば気にかかる。
「めずらしいよね。あいつが自分から戦う~とかいうの」
「…ゼロス、やさしいから。ロイドがかなり血を失ってるの気にしてるんだとおもう」
しいながいえば、コレットが少し顔をふせ、ぽつり、とそんなことをいってくる。
実際、一行の中でロイドは狙い撃ちにされてしまい、かなりの傷をおったのはつい先ほどのこと。
その都度、リフィル、クラトスにより回復はされていたが。
ロイドが血を流すたびにリビングアーマーの力が、
より強くなっていたような気がするのは、リフィルの錯覚か。
「うおっ?!」
どれくらいの時がたったであろうか。
すでに一夜はあけてしまった。
じっと、内部にはいっていった彼らをまちつつも、様子をうかがっていたそんな中。
突如として、目の前の机の上に置いてある本からゆらり、と揺らめくような炎が立ち上る。
「やった、のか!?」
ユアンがおもわず、ばっと立ち上がり、目の前の本をにらみつける。
本の中から立ち上る炎はだんだんと大きくなりて。
やがて、本そものが完全に炎にとつつまれだす。
それとともに、内部からいくつものきらきらとした金色の光が湧き出して、
それらの光は炎の中から飛び出すかのように、
そのまま近くに飛び出してはやがてそれはそれぞれの形を成してゆく。
老若男女。
まさにそう、としかいいようがない、
先ほどまではこの場にいなかったさまざまな人間たち。
そんな彼らが、ここサイバックの学術図書館の一角に、
突如として床の上に出現した形になっている今現在。
これらのものたちは比較的この書物に囚われ日にちが浅いもの、なのだろう。
だからこそこうして肉体ごと無事に外に出てこれているといってよい。
魂炎の浄化の炎は、マナを再構築する力をももっている。
そうかつてユアン達はセンチュリオンから主の伝言、という形で聞かされた。
内部で何がおこっていたのか、それはユアンにはわからない。
が、炎はだんだんと大きくなりて、
やがて、天井を突き抜けるように一気に炎が燃え上がる。
その炎は空を這うようにし、四方八方にむかってゆく。
この炎は浄化の炎。
ゆえに無関係なのものは絶対に燃やすことは、ない。
昼間だ、というのに、空に這うようにしてひろがった炎の明かりが、
町全体、否、サイバックを中心とし世界に円を描くようにひろがっていき、
各地にてまだ昼間だというのに、夕焼けのような明るさに覆い尽くされてゆく。
世界に柔らかな光が降り注ぐ。
それはあまりに幻想的で、人々は一瞬見入ってしまうほど。
そして、わかるものにはわかる。
この光は浄化の光そのものである、ということが。
世界に満ちる浄化の光。
世界すべての場所において、ちなみにこの光は、
位相軸にて隔てられている二つの世界。
その二つの世界にも均等に広がっており、
ゆえに事情を知らないシルヴァラントのものたちからしてみれば、
何かよくないことの前触れなのではないか。
そんな不安をもちつつも空を見上げていたりする。
世界のいたるところで魔物達が空をふりあおぎ、
中には遠吠えのごとく鳴きだす魔物達の姿すら見受けられていたりする。
空に広がった光ははじけるように細かな光粒となりて
やがて空からゆっくりと雪や雨のごとく降り注ぐかのように、
そのまま地面にむけて降り注ぐそのさまはまさに幻想的。
昼夜問わず世界のいたるところでみられるその光景は、
地上にいるがゆえにわかるものであり、空からは視えてはいない。
「う…ここは?」
ふと目をさますと、そこはどこかの部屋の一室。
「は!?そうだ、みんなは!?」
何があったのかわからない。
しかし、何となく違和感を感じてしまう。
「…あれ?ここって……」
床に直接敷かれている布団。
たしか、見えているこれは、畳、とかいうのではなかったか?
だとすれば、ここは。
がらん、とした広い畳の間。
その中央にぽつんと、どうやら布団は一組だけ敷かれていた、らしい。
そしてどうやら自分はそこに寝かされていた、というのを理解する。
「あ、きがついたかい?ロイド」
周囲をみていると、がらり…と、これまたどうみても、
とある場所でしかみたことのない、障子戸があけられる。
ここまでくればもう間違いはない、のだろう。
ひょっこりと、障子戸がひらかれ、そこからあらわれたのは、
やはり、というか予測通りというべきか。
「しいな?ここは……」
部屋にはいってきたしいなに、戸惑いつつも問いかけるロイド。
「みずほの里、さ」
いや、それはわかる。
わかるのだが。
「あ、ロイド、おきたんだ。ほかのみんなは先におきてたのに」
ひょっこりと、声をかけてきたしいなの後ろから、
みずほでまっていたはずのマルタが顔をだしつつ声をかけてくる。
だとすれば、やはりここはみずほ、なのだろうか。
頭が重い。
なぜに自分はここにいるのだろうか、という困惑がロイドに襲い掛かる。
それともまた、幻影の空間に囚われている、とでもいうのだろうか。
困惑するロイドではあるが、やがてゆっくりと思考がクリアになってくる。
「…俺は…そうだ、俺たちは、あのとき……」
多少、まだ思考がぼやけるが、ゆっくりとだが記憶がよみがえってくる。
それでもなぜこんな所にいるのか、というのかわからないが。
「びっくりしたよ~。エミルが何か外を見回ってくるとかいって出て行ったおもったら。
もどってきたらロイド達がみんな小さくなって、しかも気絶してるし。時折体も透けてたし」
マルタが何やらそんなことをいってくるが。
「え?」
ロイドにはその意味はわからない。
そのままマルタは部屋にはいってきて、
ちょこん、とロイドが寝ている布団の横にちょこん、と正座をしているが。
「あのね…?」
おそららく理解していないのだろう。
まあ、マルタも正確にしっているわけではないが。
しかし一応説明はされている。
ゆえに、エミルからきいた説明の内容を、改めて目覚めたロイドに説明しはじめる。
そのためにマルタはここにきた、のだから。
――エミル様。
ふと、念話にてテネブラエからの報告がはいる。
どうやら無事にテネブラエは”あの場”のミトス達の魂との接触。
それに成功したらしい。
意識をむけてみれば、ゼロスがうまく誘導したのか、
あの地のミトスとテネブラエがゼロスをうまく隠れ蓑として話しているのがみてとれる。
どうやら一対一での決着のようなことを申し出たのか、
ゼロスとミトスが戦っており、
その合間にテネブラエとミトスが会話をしているようではあるが。
本来ならば、あれを浄化させたときに、
かの地に囚われていた魂もすべて、元あるべき場所にもどるように設定しているが。
しかし、今の現状が現状。
ゆえに、テネブラエに命じ、彼らの魂を一時保護するように、と命じておいた。
おそらくテネブラエ達にはなぜにそういったのか気づかれているのだろう。
我ながら甘い、とはおもうが。
かの魂は保険。
だからこそ、テネブラエをゼロスにつけた。
ゼロスならばわざわざそのことを他のものにはいわないだろう。
そう確信がもてたからこそゼロスを選んだわけだが。
どうやらこちらが説明していないのに、ゼロスはさすがというべきか。
こちらの意図をくんだのか、それともテネブラエがゼロスにいったのか。
そのあたりはわからないが、
しかし確実に”あの場”のミトス達との意思疎通ができたことは好ましい。
「僕、ちょっと周囲を見回ってきますね」
マルタ達は今現在精神統一中。
座禅をくみ、精神を統一することにより、精神を鍛える、というみずほの修行の一環。
なぜかみすほの女性陣たちから、ダイエットにもいい、ときかされたらしく、
セレスもマルタも率先してそれに参加していたりする。
「しかし、危険では」
ふと、里の入口にいる見張りの人物に声をかけると、不安そうにそんなことをいってくる。
「大丈夫です。ちょっと空から見回るだけですし」
いいつつも、かるくぴ~と口笛を鳴らす。
刹那。
ばさり。
羽音とともにゆっくりと、森の奥からあらわれる影一つ。
その体はほぼ緑色の羽でおおわれており、
首元、そしてその下半身にある二本の脚は二足歩行に適しており、
その足先の鋭い鍵爪は四本にと別れており、
とげのように鋭い羽におおわれた尾がすらり、とのびている。
「きたか」
『およびですか?王?』
「ルグゥゥゥ……」
はたからきけば、何かのうなりごえをあげているしかきこえないであろうが。
ちらり、とこの場に他のものがいるのをみてとり、
どうやら人語を話すのは控え、彼らの言語で語り掛けてくる。
「レティス達でもよかったのだがな。
しかし、飛行能力でいけばお前のほうが手っ取り早いからな」
それは事実。
レティス達もたしかに飛行能力は高いが、
しかし、なぜか彼らを呼んで移動しただけで、ヒトは勝手に噂を捏造する傾向がある。
これまで幾度か呼んだだけなのに、人々の間で、
ものすごく彼らヒトにとって都合のいい噂話、として伝わっているこの現状。
呼び出したのは、ワイバーンロードのラギ。
あまりヒトには知られていないが、ここガオラキアの森は、
彼ら飛竜たちの巣があるエリアも存在している。
簡単に言えば、飛竜たちにとっての巣のコロニーがあるといってよい。
ヒトの解釈でいうならば、集落が点在しているという表現になるであろう。
このラギはこの付近を束ねる長の子供であり、次期長の役目をおいしもの。
そのまま、とっんと大地をけりて、上空にとどまっているラギの背にと、
ふわり、と飛び乗る。
「ちょっと、周囲をこの子でみてきますね」
「え、エミル殿!?」
何やら下のほうから声がきこえてくるが。
そのままエミルが乗るとどうじ、バサリ、とラギは空中へと飛び上がる。
「どちらまで?」
「――サイバックだ。サイバックでわかる、か?」
魔物達が人のつくりし地名というか町名がわかるかどうかわからないがゆえの問いかけ。
「しかし、今あのあたりは、例の書物の影響が…王をあんな危険な場所にお連れするわけには」
すでに空に飛びあがり、周囲に人の気配ないゆえ、なのだろう。
普通に人語を介していってくるこのラギ。
その言葉からは、ありありと心配である、という感情がみてとれる。
センチュリオン達といい、精霊達といい。
さらには魔物達までなぜにここまで心配するのだろうか。
「問題はない。さきほどテネブラエから報告があったからな。
あと少しもすればかの書物は浄化の炎によって燃やし尽くされる。
問題は、中にはいっていた人間たち、だな」
おそらくかなりのマナを消費してしまっているであろう。
あの書物に封じていた魔族たちがどこまで力をつけているか。
それにもよるだろうが。
「かの書物が浄化されるとき、その影響が及びし範囲において、
あの炎は影響をあたえるように、ミトス達に預けた石にはそのような理をもたせてある。
この調子ではおそらく、それとともに世界に浄化の光が降り注ぐだろうしな」
それにより、世界各地に広がっている精霊石たち。
精霊石にも浄化の光が行き届くはず。
狂った精霊達を一瞬でも意識を取り戻させることも可能となるであろう。
完全にそれを目的、というわけではないので、
完全に穢れを取り除く、ということはできはしないが。
しかし、狂わされた微精霊達の意識を正気にもどすだけでも意義はある。
全ての精霊との契約をさせる前に、かの書物がでてきたのはあるいみ重宝といえる。
わざわざ下地をこちらでうみだす必要性が一つはなくなったのだから。
「かしこまりました」
ばさり。
その言葉とともに、西にむかって飛来してゆくラギの姿。
その姿は周囲の景色に溶け込むようにして、人々の視界にははいらない。
もっとも、雲の上をとびし姿を認識できるか、という点でいえば、
周囲にとけこむ擬態の能力をふつうに使用しなくても問題ないような気もするが。
キラキラと、暖かな光をもつ光の粒が空よりふりそそぐ。
サイバックにつく直前。
どうやら、ちょうどいいタイミングであったらしく、
かの書物の内部にて、石が封印の要たる祭壇にくべられたらしい。
視えるものがみればわかるのだが、
サイバックの学術図書館より白く光る様々な魂もまた空中にと解き放たれている。
それらはすでに器を失っていたものたち。
かの地に長きにわたり捕らえられていたものたちの魂。
彼らの魂が穢されていたそれらはどうやらテネブラエがかの地ですべて吸収したらしい。
ゆえに今解き放たれているのは、穢れから解き放たれたまっさらな魂たち。
ウェントスの力によりて、彼らはしばしこの世界をめぐることとなる。
風となりて世界をめぐり、そして次なる生の器にと転生を果たすこととなる。
かつてのときは、魂たちを収容する界もつくっていたのだが。
今、この地ではまだそれらの界はつくっていない。
成仏、昇天、とヒトはそれぞれの地域によって言い方は様々なれど、
大気に一度は還る、という意味ではあながちその言い方も間違ってはいない。
周囲には霧の影響、すなわち瘴気の影響を少なからずうけていた、のであろう。
いたるとろの大地や様々な場所に、その光をうけ、その場にて気絶しているものの姿が目にとまる。
奥にいけばいくほどどうやら気絶しているものが多いようではあるが、
そちらをわざわざ構うつもりはまったくない。
街を守っていたであろう兵士たちもまた、多少の影響をうけていたらしく、
浄化の光に影響をうけたらしく、その場にて気絶しており、
街にはいるのに何ら不都合も感じることなくすんなりと町の中にと入ることしばし。
いつもならばバザーの売り子や店の呼び込み。
そういった声がゆきかっているサイバックの広場。
きらきらと空中より光が降り注ぐのと、そしてまた、
右手にみえる建物より空に舞い上がるようにして立ち上っている光の帯。
その帯を視界にいれつつもそのまま、サイバック、学術資料館にと足を踏み入れてゆく。
「く……」
中で何がおこっているのかわからない。
が、まだ中にはいったものたちは出てこない。
本はいまだに形をそのままに、ゆらゆらと炎につつまれ、その光は天井すらをも突き抜けている。
しかし、封印の鍵の役目はなくなったのであろう。
体の中から何かがすっと抜けたような感覚がする以上は、
確実に封魔の魂炎がかの祭壇にくべられ、内部から浄化の炎でもやしつくしていはず。
ならば、中にはいった彼らもまた出てくる、とおもうのだが。
ついでにいえば、中にいるかつての自分達の魂の一部も。
「…中でやつらの身に、何か?」
クラトスに何かあったとするならば、それならばオリジンの解放がなされているはず。
しかし、その気配はない。
他のものはどうでもいいが、みずほのしいなだけは無事でいてほしい。
彼女以外に今のところ精霊と契約をはたせるものはいはしない。
残る精霊はアスカとルナ。
シャドウとの契約も終えた、ときく。
ならば、あと二体の精霊と契約を交わせば精霊の檻は壊すことができる。
そうなれば、大いなる実りにマナを照射し、目的を果たすことができる。
が、彼女が楔を完全に破壊しなければ、その方法もとれはしない。
今は一本の鎖のみで、しかも片方のみでつなぎとめられている状態の種子に、
マナを注ぎ込めばどんなことになるのか、いくらユアンとて予測がつかない。
目の前にて燃える本に手をかざすが、その炎はすり抜けるばかりで、
本すらもつかめない状況はまつしかない、というのを物語っている。
いるのだが。
「あれ?ユアンさん?」
はがゆい思いをしている最中、ふとこの場にありえない声がきこえ、
おもわずはっと入口のほうをふり仰ぐ。
ユアンが振り向いたその先に、なぜかこの場にいるはずのない金髪の少年の姿が。
たしか名をエミル、といったはず。
だとすれば、このものはあの封印には入っていかなかった、のだろう。
しかし、なぜ。
タイミングがタイミング。
やはり、危惧しているとおり、彼はかのものの関係者なのだろうか。
わからない。
が、すくなくても、この少年がセンチュリオンにかかわりがある。
これだけはユアンもまた確信をもっていえる。
何しろ彼はかのシムルグすら使役している、というのだから。
あの魔物はヒトのいうことなどぜったいききはしなかったというのに。
そして、ハイマや異界の扉のあの現状。
ハイマの地もあれほどマナが枯渇して、赤茶けた大地でしかなかったというのに、
そして異界の扉。
今やあそこは鬱蒼とした森へと変化してしまっている。
あまりにも普通ではありえない。
しかし、もしも、かの精霊にかかわりがあるものならば。
それらすべてが解決してしまう。
でも、それにしては自分達に…精霊を裏切っている自分達に何もしてこない。
それがユアンからしてみればあるいみ不気味で仕方がない。
少しばかり眉を顰め、こちらを怪訝そうみてくるユアンの様子に思わず苦笑せざるをえない。
おそらく、なぜ、とかいろいろなことをおもっているのであろう。
そんなユアンの様子をみてかるくくすり、と笑みをうかべたのち、
「マルタやセレスとみずほの里でまってたんですけど。
ロイド達なかなかもどってこないし。ちょっと周囲を見回りにでてたら、
何かここから光がたちのぼっているのを目にしまして」
嘘はいっていない。
元々ここにくる気ではあったが、光が立ち上っているのを目撃したのもまた事実。
「周囲、というが、ここからみずほとはかなり……」
かなり距離が離れているのだが。
まさかここまで見回りに?
そういいかけたユアンの言葉を遮るかのごとく。
ごうっ!
突如として、これまで以上に書物の炎が一気に大きさを増してゆく。
その炎は書物の上で小さな竜巻を起こすかのごとく、
一気に天井すらをつきぬけて、さらに巨大な炎の柱をつくりだす。
爆発までの炎の中から、いくつかの光がはじけ、
その光はやがて床の上におりたち、やがていくつかの人の形をなしてゆく。
もっとも、二つほどその姿がかなり透けたり実体化したり、
とかなり点滅しているのがみてとれるが。
そしてほとんどのものが横に倒れるように姿を現す中で、
唯一、たった状態であらわれている人影ひとつ。
「クラトス!無事に浄化ははたせたのか!?」
唯一、出現とともに立った状態で現れた、意識のある人物、
すなわち現れたクラトスにユアンがあせりつつもといかける。
ちらり、とみえている光がおさまるとともに姿をあらわしているものたちは、
どうやら許容範囲というか想定内であったらしく、あまり驚きをみせていない。
かの空間は疑似的、とはいえニブルヘイムと同様。
つまりは瘴気にみたされている空間。
マナでつくられている彼らヒトの器にはきついものがあるといってよい。
まあ、テネブラエの報告によれば、約一名がかなり消耗してるのは、
どうやら血縁者ゆえに封印をとく鍵と利用されかけ、
かなり怪我を負わされ、血とマナを吸い取られた結果のようだが。
周囲には光とともにあらわれた、
リフィル、ジーニアス、ロイド、しいな、コレット、プレセア、ゼロスといった面々が。
「ああ、無事に、な」
クラトスの歯切れが悪いが、確実に浄化は完了したのを示すかのように、
目の前にある書物がさらに輝きをまし、それはやがて炎の中に掻き消えるようにきえてゆく。
燃え尽きる、というよりは溶けた、という表現がしっくりくるように、
書物は光となりて、炎の中にと解け消える。
それとともに、それまで空を覆い尽くしていた炎の雲もゆっくりと薄くなり、
きらきらと輝く光の残滓のみが世界各地にと降り注ぐ。
「ってて。ったく、きついぜ、これは。うん?エミル君?」
ユアンとクラトスが話ているそんな中。
ゆっくりと起き上がりつつも、ふとエミルをみながら呟くようにいうゼロス。
真っ先に気づいたのはどうやらゼロスらしく、頭をふりかぶりつつも、ゆっくりと床から起き上がる。
道理で、とおもう。
あのとき、光とともに聞こえたあの声は。
――ご苦労だったな。これでこの本のまがまがしい気にあてられるものもなくなるだろう
彼がこの場にいた、のならば、あの声もまたうなづける。
そう一人ゼロスは納得しつつも、周囲をざっとみわたすが、
どうやら他のものは気絶している状態、であるらしい。
他のものはまだ気が付く様子はなく、完全に気絶しているのがみてとれるが。
こころなしか姿が透けかけている約一名はともかくとして。
「…ところで、なぜに貴殿がここにいるのだ?」
じっと、完全に透き通った姿をしているソレをみとめたのか、
ユアンが怪訝そうに、ふわふわと浮いた状態になっている…
はたからみれば、ユアンは何もない虚空に話しかけている、としかみえないであろう。
「それが、私にもわからぬのだ」
そんなユアンの問いかけに、実体をもたないままふわふわとその場にうきしは、
あの場にて精神体のままひっぱりこまれていたリーガルの姿がそこにはあるが。
「おそらく、魔族たちが引っ張り込んだのだろう。しかし、早く体に戻らねば、危険だ」
魔族が介入し無理やりに精神体と器である肉体を分けたのであれば、
引きはがした魔族たちの力を失った以上、
器とのつながり、それも不安定になっても不思議ではない。
そう判断したがゆえのクラトスの言葉はあるいみで的をついている。
強制的に引きはがされたがゆえ、リーガルの魂の尾はしっかりとは根付いていない。
それこそとある時間内に体にもどらねば、確実に死を迎えるであろう。
もっとも、器が残っている限り、その中に再び精神体を入れ込むことは可能なれど。
よく目をこらし、ようやく視えるリーガルの姿にクラトスが淡々といいはなつ。
と。
「!?ロイド!?」
ふと今さらながら、姿が透けかけているロイドにきづき、
はっとしたように、倒れているロイドにかけよっているクラトスの姿。
どうやら今の今までロイドの状態に気づいてすらいなかったらしい。
かの空間でもその兆候はみえていたはずなのだが。
それでなくてもきちんとした【理】をもっていないからだは、
マナを大量に奪われ、その形を今や不安定にもゆれさせている。
かろうじて保っているのは、ロイドの身につけている精霊石。
かの中にいる微精霊達もがアンナとともに力を注いでいるからにすぎない。
彼らの補助がなければロイドの体はいともあっさりと無に還っていたであろう。
種、としての【理】がないがゆえに、もともとロイドの体は不安定。
それにロイドや他のものは気づいていないようではあるが。
もっとも、体だけではなく、それゆえに精神も安定しておらず、
ゆえに決定的な判断がとぼしくなっている、という欠点も。
同じような天使体といわれしものたちは、元ともきちんとした理をもって、
その構造を変化させているものたち。
ゆえに、ここまで歪にはなってはいない。
そのまま、ロイドの横に座り込み、手をかざし、何やら初めているクラトスの姿。
どうやらロイドに自らのマナを分け与えるつもりらしく、
クラトスの手からマナがロイドにむけて注がれてゆく。
「かの書物が消えた今、お前がそのままそいつにマナを注いで死んだとしても。
私としてはかまわないのだが?」
「ロイドを死なせるわけにはいかん。…ユアン。以前にもいったはずだ。
しかし、私もまだ死ぬわけにも」
「…たしかに。お前のいったところから例の品はすでにこちらで保管している。
いるが、お前は本気なのか?こちらとしては望むところだが」
そう。
ユアンからしてみれば望むところといってよい。
クラトスが死ねばオリジンの封印は解放される。
「こちらも以前いったはずだ。彼は我らの言葉には耳をかたむけないだろう、とな」
「・・・・・・・」
ユアンとクラトス。
二人にのみつたわる会話。
もっとも、エミルとしては彼らの動向を常に気にかけていてよく視ているがゆえ、
彼らが何をいっているのかは瞬時に理解する。
クラトスはロイド達にオリジンと契約を結ばせる気であるらしい。
そのためにかつてのエターナルリングを再生させようと、道具までそろえている。
問答無用でオリジンを封印した自分達の意見は聞き入れてもらえないだろうが、
きっとロイドならオリジンも話をきいてくれるはずだ。
そうクラトスはユアンにと話している。
そんな予測のもとにクラトスはどうやら動いている、らしい。
エミルとしてはさくっとオリジンの封印を解除してもらいたいのが本音なのだが。
そもそも、なぜクラトスのマナにてオリジンの封印をほどこしたのか。
そのあたりの事情をいまだにエミルは完全にはつかんでいない。
「とりあえず、みんなかなり消耗してるみたいですし。
ひとまず、体の安定を図るためにも、小さくなっててもらいましょう」
「「は?」」
エミルの言葉の意味がわからず、思わず同時に首をかしげるリーガルとユアン。
そんな彼らをさくりと無視しつつも、
そう言い放ったのち、エミルがすっと手をかざす。
刹那。
エミルの手から淡い光が発生したかとおもうと次の瞬間。
その場にいる全員の体…ゼロスとクラトス、そしてユアン以外の体をつつみこむ。
「あ、リーガルさん。強く体に戻ろう、と念じてみてください。
器である肉体とのつながりがと切れていなければ、それで戻れるかと」
唖然としているクラトスとユアン、そしてリーガル。
床にたおれている面々の体は小さくなりて、
たしかに体を小さくすれば、体を構築しているマナも極力凝縮するがゆえ、
そう簡単に剥離はしない、であろう。
しかし、それは器と精神体のかかわりを熟知していなければできない技。
ミトスはそれらのことにも詳しかった。
だからこそ、マーテルの精神を別の器に、という可能性も思いついた。
かつての時代より、精神体を自在に器から切り離す実験というもは行われていた。
それこそ当時かつてあったとある島国では、
それらを可能にしていた種族がいたがゆえ、それを可能にすれば、
戦力になるだろう、という理由で様々な国が研究を重ねていた。
そのためにかなりの命が犠牲になっていたあの当時。
目の前には、エミルの放ったソーサラーリングの力によって、
その体を小さくしている六人の姿がみてとれる。
メルトキオの地下にありし力の場にて、この属性の力に変換可能である
というのはユアンもクラトスも知っている。
いるが、そういえば、と今さらながらクラトスも思い出す。
エミルもなぜかソーサラーリングをもっていたのだ、と。
「念じる、とは?」
「体とつながりがあると、ひっぱられる感覚があるとおもいますけど?」
いわれてリーガルもまた目をつむり、体に戻る…
というか体がない、というのは今まで実感をあまりしなかったが。
どうやら外にでたとたん、自分の体が透き通り、
さらに重さも感じない、ということはやはりクラトスの言っていた通りであったのだろう。
あの空間ではふつうに肉体があるように感じられたので、
精神体のみだ、といわれてもピンときていなかったのだが。
エミルにいわれ、目をつむり、体にもどれるように強く願う。
半ば半信半疑ではあったが、たしかにどこかに引っ張らるような感覚が。
「その感覚にあらがわずにそのまま流れに身をまかせれば、元にもどれるとおもいますよ?」
にっこりというエミルにたいし、
怪訝そうな表情をうかべ、
「エミル、といったな。なぜにそこまで詳しい?
ふつう、肉体と精神体とが離れた場合の対処はあまり知られては……」
探るようなユアンのその物言いに、
「そうですか?よく知られているとおもいますけど?
じっさい、みずほの人たちは、ふつうにしってますよ?」
聞いたわけではないが、エミルはしっていることは知っている。
そんなユアンに対しにっこりと、これまたさらり、といいはなつエミルの姿。
「ああ。たしかに。みずほの民は古の陰陽術とかいうのにたけているようだしな。一部のものは」
エミルのその物言いに納得してしまう。
たしか、さきほどこのエミルはみずほの里にいた、といっていた。
ならばそこでそういった知識を何らかの形でしったのであろう。
ユアンは自分の中でそう結論をつける。
ふとみれば、どうやらクラトスがある程度のマナをロイドに注ぎ終えたらしい。
それまで不安定なまでに姿が透けて点滅していたロイドの体は、
今は完全に実体化し、一つの個体、としてそこにある。
そのかわり、クラトスががくり、と床に足をついているのかみてとれるが。
「とりあえず、体と魂の剥離による影響は彼らに負担かけてるでしょうし。
ひとまずみんなをみずほに連れてもどりますね。
みんなが気が付いたら僕らもアルタミラに向かいますから」
「わかった。では、まっているからな」
みずほの民ならば、あの空間で疲弊した彼らを助ける手段があるかもしれない。
ゆえにリーガルも素直にうなづきをみせる。
だとすれば、
「私もでは、あちらに戻ろう。…流れにその身をゆだねる、だったな」
これでほんとうに体に戻れるのかどうかはわからない。
しかし、このままというわけにもいきはしない。
ゆえに、ダメ元、とばかりに感じる流れにそのままその身をゆだねるリーガル。
それとともに、ぐいっと何かにひっぱられる感覚が。
リーガルがその身を感覚のままにゆだねたその刹那。
リーガルの姿がその場からはじめからいなかったのごとくに掻き消える。
「とにかく、中で何があったのかはきになるが。
クラトス。お前にもあいつに報告のためにきてもらうぞ?」
あいつ、というのが誰を指しているのかは一目瞭然。
「…わかった」
膝をついていたクラトスが、ゆっくりと立ち上がる。
多少ふらついているのをみるかぎり、かなりのマナをロイドに分け与えた、らしい。
このままこの場とどまっている、というわけにはいかない。
書物が消えたことにより、アルタミラにも変化がおこっているはず。
ゆえに、ユアンはクラトスを引き連れて一度アルタミラにもどるといい。
エミルはエミルで、一人だけ意識をたもっているゼロスとともに、
小さくしたロイド達をつれ、みずほの里へともどることに。
「…で、ロイド達はエミルが小さくして、ここに連れてもどったんだけど。
何か魂と肉体の疲労が半端ない、っていう話なんだけど。
そのあたりの詳しいことはよくわからないんだけどね」
マルタの説明は、外に見回りにでていたエミルが、
空での移動の最中、謎の光にきづき、その発生源らしき場所。
そこにいくと、どうやらサイバックであったらしく、
封印の書物からでてきたらしきロイド達をみつけ、
そのままでは体に負担がかかりそうだ、とみてとり、
体を小さくさせ、あまり体に負担をかけないようにして、
ここ、みずほにまで全員を連れてもどった、らしい。
それが昨日のこと。
丸一日、どうやらロイドは懇々と眠っていた、とはマルタの談。
他のものは数時間後には目をさましたのだが、
ロイドだけなかなか目を覚まさなかったらしい。
マルタも詳しいことは聞かされていない。
またエミルも説明していない。
ゼロスとエミルの説明から、たまたまエミルが光を目にし、
サイバックに様子をみにいったらすでにすべてがおわっていた。
そのようなことしか聞かされていない。
まあゼロスの説明もありて、外にでたらエミルがいて、
エミルの協力もあって、皆の体を休めるためにここにつれてきた、といわれては。
マルタ達からしても納得せざるをえないというもの。
まあ、ただの見回りなのにサイバックまでいったのかとか、
何で見回りにいくのに声をかけてくれなかったのか。
とマルタとしてはエミルに言いたいことは山とはあれど。
事実、マルタはエミルになぜ声をかけてくれなかったのか、とつめよってはいる。
エミルはそんなマルタに修行の邪魔したら悪いとおもって。
とさらり、といい、がくり、とマルタがうなだれた、という出来事がありはしたが。
そこまでマルタはロイドに説明もしていなければする気もない。
ちなみに全員目覚め、そしてみずほの者がいうには、
アルタミラにいる里のものからの定期報告もあり、
アルタミラの謎の霧もすべて消え去った、とのことらしい。
しかし、町が受けた被害は尋常ではなく、リーガル達は後始末に追われているとか。
ホテルの中で眠っていたものたちは、
それら全ての事柄をある程度イベントと思い込んでいたものが大多数であり、
真実だ、としり人々の間に今さらながらに動揺が広がっている、らしい。
しかし、きになることもある。
みずほの民の連絡では、かの地に天使達が現れた、という。
魔族との戦いに天使たちが介入していた、と。
つまりそれはクルシスが介入していたことを意味している。
クルシスが何を考えているのか。
それをきき、リフィルもしばし考え込んでしまったらしいが、
結局答えはクラトス、もしくはユアンに聞かなければわからないだろう。
という結論に至ってはいる、らしい。
ざっと大まかな説明をうけ、
「…そうか。俺、そんなに眠ってたんだ……」
何だろう。
何となく体がいつになく軽いような。
説明をうけ、起き上がったロイドは思わず首をかしげてしまう。
何かいつもよりも格段に体が、軽い。
なぜなのかわからないが。
ロイドは気づかない。
それはクラトスのマナがロイドの体になじんでいるがゆえであり、
アンナのちからもほぼすべて、ロイドの中に注がれた結果である、ということを。
「あ、ロイド。よかったぁ。ロイドだけなかなか目を覚まさないから、心配してたんだよ?」
それに、ロイドが気づいていたのかどうかわからないが。
あの地において、ロイドの体のみがよく透けるように消えかけていた。
それをジーニアスは目の当たりにしている。
コレットの体も似たようになっていたが、コレットのつけているクルシスの輝石。
それが淡く輝くとともに、コレットの体は元の姿へ、
つまり完全なる実体化のそれにともどってはいた。
マルタ達とともにこの場にやってきたロイドの姿をみて、
ほっとしたように、そんなロイドにと話しかけているコレットの姿。
どうやら皆、一室にあつまっていたらしく、
部屋にはいるとともに、一斉にその顔がロイドにとむけられた。
部屋にはいってきたロイドにたいし、ほっとした口調でコレットがいうとほぼ同時、
「ロイドって、ほんと、ねぼすけだよね。
そもそも、以前のトリエットでも一番遅くに目がさめてたし」
それはロイド達がリフィル達に合流した翌日のこと。
イセリアの村を追放され、ロイドがレネゲードに捕らえられ、
コレット達の協力にて脱出できた翌日のこと。
「?」
しかしそんな彼らの会話の意味は、そのときその場にいなかった、
エミル、しいな、そしてマルタ、ゼロス、セレスにはわからない。
「う。と、ところで。みんなで集まって、どうしたんだ?」
この場にはアステルとリヒターの姿もみてとれる。
「ちょうどいいわ。ロイドもおきてきたことだし。今後のことを話し合っていたのよ」
今まで寝ていたロイドは今の現状をよく理解していない。
「みずほの民の情報収集能力で判明したのだけども。
アルタミラでの異変はどうにか収まったらしいわ。
といっても、人々は混乱していて、リーガルも一時期昏睡状態になった。
こう報告があったらしいけども、
おそらくあの場に魂が引っ張り込まれたからなのでしょう。
アルタミラの無事と、リーガルが目覚めた、
という報告が伝書鳩の報告でもたらされたらしいしね」
あの地に残っているタイガやイガグリからの報告では、アルタミラを襲っていた魔族たち。
それらが謎の空から降り注いだ光にふれて、苦しんでいったかとおもうと、
それらは光に溶けるようにきえていった、という。
異形とかしていたらしき元人は、空から降り注いだ、まるで光の粒のような雨もどき。
それにふれるとともに、体を淡く光らせたかとおもうと、
その体から黒い何かがぬけだして、光とともに元の姿にもどり、
ばたばたと地面に素体となっていたらしき人々は倒れ伏した、という。
イガグリの報告では、ユグドラシル、と呼ばれる天使が今回の異変に介入してきて、
街の混乱を収める協力をしてくれた、とのことらしい。
しかも、天使達がこぞってユグドラシル様、とよんでいたことから、
おそらく、彼こそがロイドたちからきいた、クルシスの指導者なのではないか。
というような旨も書かれていた。
イガグリ達は直接、クルシスの指導者なるものをみたことがない。
ゆえに、当人かどうかはわからないが、と注記、として書かれていたが。
しかし、天使達がそんなふうによぶのは間違いなく一人しかいないはず。
とはリフィルの意見。
そしてまた、くちなわの姿はみあたらず、彼に賛同していた仲間。
つまりは、里から抜け出した一味のうち、
ヤト、と呼ばれし存在をユグドラシルが一対一の戦いで打ち取った、という。
その死体はイガグリ達も確認し、当人であることを認めた、らしい。
しかし、そこにはくちなわの姿がみあたらなかった、という。
おそらく、隙をみて移動していた可能性が高い、とも報告には書かれていた。
そしてタイガとイガグリはしばらく、アルタミラにとのこり、
リーガル達に協力しアルタミラの混乱を極力収める手伝いをする。
手紙にかかれていた内容をかいつまんでロイドに説明してゆくリフィル。
すでにその手紙は里のものは把握しており、今この場にその手紙自体はのこっていないが。
すでにその手紙は服部平蔵の手に、すなわちみずほの長老の一人の手にとわたっている。
ロイドが目覚めたのは昼より前らしく、いまだ太陽はさほど高くはない。
里のものは今後もくちなわがどこに移動したのか調べをすすめるらしいが、
ひとまず、魔王の禁書、といわれているそれの脅威はなくなった、
とみてほぼ間違いない、とのことらしい。
「光る、雨?」
そんな説明にロイドは首をかしげざるをえない。
たしか、さきほど説明してきたマルタもそんなことをいっていたような。
ゆえに、一通り説明を聞き終え…話半分でほとんど理解できなかったにしても、
一応今の状況は簡単にと把握はできた。
よくわからないが、ともかく、どうにかなった、ということなのだろう。
よく理解できない、といえ゛余計にリフィルからさらに詳しく説明がなされるであろうが、
ロイドとしてはそれは避けたい。
ゆえに、わからないがわかった、とばかりにうなづきをみせ、
少し気になったことをつぶやき首をかしげる。
「どういう力が働いたのかはわからないけども。
私たちが書物の封印の中で施した封魔の魂炎。あの浄化の力が、
どうやら地上世界にも影響を与えたらしいのよ。
つまり、私たちがあの祭壇に炎をくべたのと同時、
あのとき、突き上げるように高く燃え盛った炎は覚えていて?」
「…ああ、覚えてるよ」
というか、結局、クラトスも過去の自分にまけ、
ゼロスもリーガルもミトス、そしてユアンにかつことはできないままに時間切れ。
しかし、実力をある程度確かめるのが目的だったから、といって、
相手が自分達より弱い、というのに多少失望した様子はみせていたものの、
どこかあのミトスはこころなしか、ゼロスとたたかったのち、
表情が綻んでいたような気がするのはロイドのきのせいか。
実際は気のせいではなく、テネブラエとの会話にて、
ラタトスクが目覚めているのをしり、さらには自分達を気にかけてくれているのをしって、
あるいみでミトスがにやけていたからに他ならない。
もっとも、ミトスもまたそういった感情を表にだすようなことはしないので、
そこまで詳しいことを他者に悟られるようなことはしはしないが。
ミトス、ユアン、クラトス…過去の彼らの魂の一部であるという三人に見守られながら、
彼らとともに、リフィルがもっていた封魔の石を彼ら三人がまもっている、という祭壇にとくべた。
その直後、まばゆい炎が祭壇からたちのぼり、周囲を金色に染めていった。
そこまでの記憶ならばロイドにもある。
それよりさきの記憶がない。
爆発的なまでの炎はすべてを包み込むように一気に広がっていき、
高く燃え上がったかとおもうと、次の瞬間には、ロイド達自身すらをも飲み込んだ。
そんな光の中で、聞こえたのは、何ともいえない叫びと断末魔のようなもの。
それらの悲鳴にも近い声は、ロイドの耳に今でもこびりついている。
そしてまた、
――おのれっ、いまいましきは番人めっっ。
そんな声が虚空から聞こえてきたのち、そこからさきの記憶がない。
「あなたは、あの光につつまれて、真っ先に気をうしなってしまったのよ。
…一番初めに姿が透けかけたのもあなただったしね」
ロイドを気遣いロイドの手を握ろうとしたコレットがその事実に真っ先にと気が付いた。
ロイドの体が透けて、あるいみで剥離しかけていることに。
それは、さきほどまでコレット自身がおこしていた現象でもあったがゆえに、
コレットには理解ができてしまった。
ロイドの体が消えかけている、ということが。
意識を失ったロイドを必至で抱きしめていたコレットがいたことを、ロイドは知らない。
クラトスは光に包まれたと同時に気を失い、そこで何があったのかは気づいていない。
そしてまた、光とともに、かの三人はテネブラエが保護したがゆえ、
当然ロイド達の視界にははいっていない。
そしてそのことに気づいているのはゼロスのみであり、
ゼロスはそのことをロイド達に説明していない。
光がだんだんとつよくなり、周囲を光が覆い尽くすとともに、
リフィル達の体も光とともに、剥離するような形となりて、
やがて、どこかにはじき出されるような感覚とともに、リフィル達もまた気を失った。
気づいたときのは、みずほの里で。
きけば、エミルが彼らを小さくしてここまで運んできた、とのこと。
エミルがいうには、見回りにいった先で光を目撃し、
サイバックにいってみたら、皆が倒れていたので運んできた、ということらしいが。
そして何よりも、エミルとゼロス・・・あの中で唯一、ゼロスだけ、が気絶していなかったらしい。
そのことにリフィルは疑問を抱かなかったわけではないが、
しかし、クラトスとユアンがそのままアルタミラに向かった、というのは、
エミルではなくゼロスの口からきかされた。
彼らは書物の封印のことの顛末をクルシスに伝える必要もあるがゆえに、
一度アルタミラにもどる、といったらしい。
そして、アルタミラに現れていた、というユグドラシルという青年。
つまり、ユアンにしろクラトスにしろ、かの地にユグドラシルが
つまりはクルシスの指導者がいたことをしっていた、ということに他ならない。
彼らが呼び出したのか、それとも…そのあたりもリフィルとしては気にかかる。
何よりリフィルが心配なのは、天使達がアルタミラをオゼットの二の舞にするのでは。
そんな懸念がどうしても捨てきれない。
実際は保留、といったところなのだが。
今の段階でみせしめ、として別なる場所を滅ぼすにしても、
それはタイミング的に世界を混乱させたのが自分達クルシスだ、
と人々にしられるのは、マーテル教の教えを広めていくうえで不都合極まりない。
まだ、それよりは、命じて止めている衰退世界と繁栄世界。
そのシステムの切り替えをし、ディザイアンが復活した、としたうえで、
そのようなことをしたほうがマーテル教の教義の上でも合理的。
その考えもあって、
ミトスはリフィルが考えているようなことは、今のところ起こす気はない。
今はまだ。
しかしそれを知るのはミトス当人だけであり、
当然リフィル達がそんなミトスの心情を知るはずもなく、
ゆえに懸念してしまうのは道理、といってもよい。
「エミル達がいうには、サイバックも何か大変みたいなんだよね」
エミル曰く、あの場にはロイド達以外も、ところせましと学術資料館の床のうえ。
そこにたおれていた、という。
ついでをいえば資料館の外にも人々が倒れていた、といっていた。
その説明をうけているがゆえ、アステルが大きく息をつきながらもつぶやきをみせる。
そして。
「僕とリヒターはそれもあって、一度サイバックに戻ることにしたんだ。
リフィルさんたちがいうには、しばらくはアルタミラにいるっていうし。
研究所のみんなのことも気にかかるし、ね。
まあ、一番の理由はそんな状態の中できちんと僕らの給料がでるのか。
というか僕らがふつうにこうして出張していてもいいのか、という確認もあるんだけど」
ひとまず先に確認さえしておけば、彼らとこのまま合流していていいのか否か。
アステルからしてみれば、今後ある、という精霊との契約。
しかし、組織に属している身ならばこそ、最後の精霊との契約。
その儀式に立ち会うことは不可能だろうな、というのも理解はしている。
精霊と契約をかわし、すべての精霊の楔をときはなてば、
おそらく世界を一つにもどさないかぎり、互いの世界の行き来が難しくなるであろう。
それは、アステルにしろリヒターにしろ、
そしてリフィル達ともはなしあったが、その可能性がかなり高い。
そういった意見にとおちついている。
もっとも、それはロイドか目覚めるよりも少し前まで話されていた内容で、
ロイドは彼らがそんな会話を交わしていたことは説明されていないので当然知る由もない。
マルタとセレス、そしてエミルがお世話になった、というので。
昼も近くなり、お礼に私が料理でも、とリフィルがいいかけ、
それをきき、顔色も真っ青にしロイドとジーニアスが何とか説得し、
結局、ジーニアスがなら僕が、といって申し出て、
みずほの里にお別れをするまえに、ジーニアスが料理をつくることになったのはついさきほど。
といっても、すべての料理、ではなくて。
ジーニアスは一部の料理を里のものとともにつくっただけ、なのだが。
そこでちょっとしたやり取りがあったものの、
里のものが統領たちがもどってくるまでまっていれば、という意見をやんわりとことわりつつも、
今現在、統領屋敷の庭にでていたりする。
庭には飛竜が数匹、ちゃっかりと居座っており、
…どうやら、エミルが昨日使用したワイバーンロードが気を利かせ、
配下のものをこちらによこした、ようなのだが。
ついでにいえば、昨日のラギもこの場にいたりする。
まあ、かれらたちが現れたときちょっとした里のものが混乱したりもしたのだが。
「しかし、話にはきいておりましたが」
何ともいえない表情をうかべている、平蔵と名乗っている人物が、
しみじみとちょこん、とお座りをしているワイバーン、
すなわち飛竜たちをみて何やらそんなことをいっているが。
「エミルの魔物使役、なんか久しぶりにみるような」
「そういえばそうだね」
何かいろいろとあり、ものすごく久しぶりのような気がする。
ロイドがぽつり、といい、ジーニアスもそれに同意する。
そもそも、あの禁書の中であった出来事すら、夢のようで。
眠っていても、自分達が手をかけた女子供たち。
それらの悲鳴がこびりついていて離れない。
本当に、ああするしか方法はなかったのか?
いまだにロイドの中では答えはでていない。
それに、あの中にいたものたちはどうなったのか、というおもいもある。
それらを聞くためにも、ユアン達に聞く必要がある。
というリフィルの意見には同意するが。
ロイド達は知らない。
あの中に閉じ込められていたものたちは、一年以内であったものたち。
それらはマナを再構築され、ふつうにあの中から脱出できていることを。
しかし、それ以外のものたちは、魂だけの存在となりて、
普通に新たな次なる生にむかうために魂の記憶の浄化にはいっていることを。
つまり、大気中に解き放たれている、ということを。
中には家族を心配し、家族のもとへむかったものもいはするが。
そんな裏事情を当然、ロイド達が知るはずもない。
唯一しっているエミルが説明していないのだからそれは当然といえば当然なれど。
「じゃあ、一応、何かわかったら、連絡するから」
「ええ、お願いね」
結局のところ、アステルとリヒターは一度、サイバックに戻る、という。
サイバックで何か情報がはいるかもしれないので、
リフィルが何かわかれば何らかの手段で連絡がほしい、
とそんな二人には伝えてある。
「じゃあ、いきましょうか。ラギ」
「るぐわぁぁっっつ!」
エミルがぽん、とラギの体をたたきつついえば、
群れを率いているワイバーンロードのラギが高らかにいいななく。
それとともに、それぞれのワイバーン達が、その頭をたれ、
それぞれが自らの体にのりやすいような体制をとってくる。
「そういえば、ラギって、そいつの名前、か?」
ふとロイドがきになったらしく、唯一巨大なる飛竜・・・
しかも見かけも他とは違う、にひょいっと飛び上がり、
その背にのったエミルにとといかける。
「うん。かわいいでしょ?」
かわいい?
さらっといわれたエミルのセリフに、ほぼ全員の思考・・・
この場にいるみすほの里のものたちの気持ちも一致する。
「ラギちゃんっていうんだ。名前ないならつけようとおもったのに……」
否、約一名、別の意味でしょんもりしているものもいるようだが。
「魔物達はみんな、もとから名前はあるよ?
きみたちヒトがそれぞれ、個体名を親からもらっているように、ね」
それこそ、みずほの民のように、真名、そして呼び名、というものがある。
ラギ、というのはそのうちの呼び名のほう。
真名を相手に知られてしまえば、その名でもってして縛ることすら可能となる。
そう、かつてとある島国の民が、真名をもってして、その呼び名をかえ、
名でもって、相手を縛り使役していたように。
みずほの民が本当の名を隠す、というのはそのあたりの名残、なのだろう。
そもそも、しいなが孤鈴を使役していたのにも、
名をつけて縛ったから、という理由が一番大きい。
しいなはそのことに気づいているのかどうか、それはエミルにもわからないが。
「いきましょう」
今、アルタミラがどうなっているのかわからない。
けど、いつまでもここ、みずほの里でのんびりしているわけには。
それにくちなわのこともある。
どこかに逃げたというくちなわ。
彼がこのままおとなしくしている…とはリフィルには思えない。
バサリ。
エミル達をその背にのせ、ワイバーン、
ひとくりりにして通常、飛竜、とよばれている魔物達が一斉にと庭から飛び立つ。
この群れの数はおよそ十二体。
ワイバーンロードのラギを含め、十三体。
ゆえに、ロイド、コレット、ジーニアス、マルタ、セレス、プレセア、
しいな、ゼロス、エミルの九人とリヒターとアステルの二人。
そんな彼らを運ぶのに何ら問題はない。
ひとまずくるり、と空中にて旋回し、
サイバックの上空を通ったのちにアルタミラにむけて出発するため、
それぞれ二人一組、エミルのみは一人でラギにまたがりて、そのまま、みずほの里をあとにする。
バサバサとした羽音が、周囲にちょっとした砂埃をまきおこすが。
それも一瞬のこと。
やがて彼らはそのまま、飛竜たちの背にまたがりて、そのまま大空にと飛来する。
目指す地は、アルタミラ。
――禁書を燃やしたのち、どうなったのか確認すべく。
~スキット~ ~みずほの里、ロイドが目覚めた後の食事時風景~
ロイド「うめ~!ジーニアスのつくった料理はいつもうまいよな!
料理の秘訣を教えてくれよ」
ジーニアス「それは火加減。僕が料理するときはいつもファイアーボール!なんてね」
しいな「なるほど。あたしの料理は火力が弱かったのか。
こんどイフリートを召喚してみよう」
ジーニアス「冗談なのに」
エミル「というか、あのコはそんな細かなこと難しいとおもいますよ?」
基本、おおざっぱな性格なので、豪快にしでかすだろう。
それこそおそらく料理はケシズミとなり残らないはず。
しいな「あのこ?」
マルタ「エミルって、魔物にしても精霊にしても、よくコってよぶけど。
何かいみがあるの?」
エミル「え?別に意味はないけど。ならマルタたちもコってよぼうか?」
マルタ「…遠慮しておく」
ロイド「…右におなじく。
なんかエミルにそういわれたら、俺、立ち直れないような気がする」
コレット「でも、ジーニアスもだけど、エミルの料理もすごいよねぇ」
しいな「あれはすごい、というよりもはや芸術だろ。絶対に」
一同(エミル除く)『同感』
エミル「え?」
彼らがなぜうなづくか理解できない、という表情でその場にこてん、と首をかしげるエミル。
コレット「ジーニアスの料理がおいしいとするなら。
エミルの料理は魔法の料理だね!」
ロイド「なんだ。エミル。魔法使いだったのか?エミルもならハーフエルフ?」
エミル「え?違うけど」
もっとも、エルフ達を産みだした親、という意味では似たよなうものかもしれないが。
リフィル「もう、馬鹿なことをいっていないで。
しいな、こんど私が料理するときにはイフリートをかしてもらえないかしら?」
しいな「え?そ、それは…」
ジーニアス「しいな、絶対にかしださないでよ!姉さんのことだから精霊を解剖する!
とかいいだしかねないし!」
アステル「解剖!?それは興味深い!リフィルさん、するときには是非に!」
エミル&しいな「「やらせないから!!」」
リヒター「…まったく、静かに食べることもできないのか。こいつらは」
セレス「でもにぎやかでたのしいですわ」
ゼロス「ま、お通夜みたいにしんみりするよりはいいんじゃねえのか?」
それに、まあ、エミル君にとっては本当に全ての命が我が子みたいなものなんだろうしな
ゼロスはそうおもうが、それを口にはだしはしない……
マルタ「でも、みすほのおいしい料理ともお別れかぁ」
セレス「でも、いろいろと勉強になりましたわ。
お兄様、わたくし、ここでまっているあいだ。
いろいろとおそわったのですわよ!」
マルタ「だよね!そこいらの暴漢とかいてもやっつけられるよね!」
セレス「ええ!」
ゼロス「…エミルく~ん、俺様のかわいい妹たち、いったいここで、何を……」
何だろう。
妹がすこしばかり違う世界にいってしまったような。
エミル「え?ああ、護身術の一つともいわれてる体術をいろいろと学んでましたよ?
そうですね。簡単に説明したら、武道家とかの技ですかね?」
リフィル「あら、それは興味があるわ」
しいな「ああ、急所つぶしとかの」
男性一同『え!?』
コレット「きゅ~しょ?給食?」
しいな「いや、違うから」
エミル「まあ、技が増えるのは別にいいのでは?」
ゼロス「たしかに、そう、そうかもしれないが、何というか……」
ジーニアス「…あきらめなよ。ゼロス」
ぶつぶついうゼロスに、ぽん、と手をおくしいなに、
そんなゼロスをあきれたようにみていっているジーニアス。
わきあいあいとしながらも、
みずほの里の一室にて、食事をする彼らの姿が見受けられてゆく――
pixv投稿日:2014年9月20日某日(Hp編集:2018年5月6日(日)
Home TOP BACK NEXT
##################################################
あとがきもどき:
~豆知識~
名:ホーリージャッジメント
使用者:コレット・ブルーネル
聖なる裁き
ホーリージャッジメントとは、
ホーリーソングとその力で大幅に強化されたジャッジメントが
同時に発動する天使術。
通常の5倍近い威力を持つ上、
ホーリーソングの味方全員の攻撃力・
防御力を一時的に増加させる効果も健在とその効果は絶大
味方全員の攻撃力と防御力を60秒間10%上昇
コレットがホーリーソングの詠唱を間違え、
ホーリーソングとその力で大幅に強化されたジャッジメントが同時に発動する。
無事?に禁書イベ完了しました~
今回は、書物からでたあと、何があったのか。
そのあたりをラタ様視点からと、大まかな説明回?もどきです。
でも、戦闘あたりは前回もいいましたが、
アルタミラで全員が合流してから、回想状態になるので、
あの地で、ミトス、ユアン、クラトスと何があったのか。
それはまだあとになります。