まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。
pivixさんに投稿していた話の区切りとは変えてあります。容量的に……
禁書の記憶イベントにはいります。
なので鬱です。かなり鬱です。
はじめのころはあえてあまりはぶいてません。
階層ごとにこんなことがおこってるよ?的な意味合いで。
もっともその後は、さらり、と進めてゆく予定ですが。
この話では、禁書の中にとらえられてるのは、
あまたなる人々の魂、となっていますのであしからず。
というか、絶対に、あの中にいた敵って、私、かつてあれに取り込まれたヒトの魂のなれのはて。
そうおもってたりするんですけどね(汗
ちなみに、ラストに近づいている証?というわけではないのですが、
ここで、とあるイベント。
改竄せしもの、が加わってきます。
あれ?あれって最終ダンジョンでは?
というそのあたり、それらもシャッフルされているのですよ。
もっとも、この試練はエンブレムのもたらすもの、ではなく、
あくまでも魔族たちが介入した結果、となっていますけど。
さて、この禁書の内容。
鬱です、と公言しているとおり、かなり鬱です。
簡単にいえば、参考にするとするならば、
神坂一先生の作品「スレイヤーズ」死霊都市の王。
あの状態になりはててるとおもってくださいな。
つまり、死んでいるのにいきているようにみえ、
すべては敵~。あれはまだ自我をのこしてましたけど。
こっちもまた自我はのこされてます。
ただ、その自我もくるわされて、残虐性が増してる、という違いはありますが。
(簡単にその小説の内容を説明したら、
とある理由で滅ぼされた町いっこすべての人々が。
魔族の幹部である冥王フィブリゾによってかりそめの命をあたえられ、
主人公たちに生前の姿のままおそいかかってくる、というような内容です。
とうぜん、無害にみえる子供や女性たちすら襲い掛かってきますよ…汗)
だからこそ、ラタトスクはこの中でロイド達の覚悟を図ろうとしています。
ミトス達はみかけにまどわされることなく、それをやりとげましたが。
さて、ロイド達はどう、なんですかねぇ?
ふふふ…
まあ、クラトス、という親ばかがいる以上、ロイドに負担をかけまい。
とするでしょうけどね。
それがいいことなのか、どうかは、
後々のロイドの精神上の成長にかかわってきますが。
ついでにいえば、もうひとりの親ばかさんがでてきます(笑
というか、過剰なる加護は、逆に危険をよびこみまよ~
当人だけでなく特に周囲に。
この父親にして、この母親あり、と、さらり、と流して説明してたり(マテv
あと、この禁書の中において、クラトスはようやく、ある可能性。
それにたどり着いていたりします。
というか、遅すぎる、という思いもありますが。
まあ、無意識のうちにそれはありえないな、とおもいこんでたわけでv
しかし、鬱シーンはなかなかに打ち込みスピードがのってこない…
で、浮気をしてまたすすまない、という悪循環……
そういえば、料理スキットに、ミトスとノイシュスキット…いれたっけ(汗
いや、打ち込みしてくのに、はっときづいたら
メモのほうに以前うちこみしてたスキットがあるので(苦笑
料理スキットのほうはまあ、あれはいつでもいいとして。
ミトスとノイシュは…ねぇ。あれは期間限定だ(滝汗
########################################
重なり合う協奏曲~魔の禁書~
禁書。
そういれている書物はこの世界にはいくつかある。
一つは、ネクロノミコン。
死者すらをもよみがえらせる力をもつ書物、といわれ。
世界に五冊、しかその存在は確認されていない、という。
そのうちの一冊は、つい先日、アビシオンがもっていたのが判明したが。
「……あ」
時間が切れた、のか。
それにしては、短すぎる。
本来、ホーリーボトルの持続時間はまだのこっているはず、なのに。
それぞれの体を、クラトス以外…ではあるが、
とにかく体をつつみこんでいた光の粒子はまるで、周囲にとけきえるように、
やがて、その真っ白い光をどす黒い赤い色に変化させたかとおもうと、
次の瞬間、バシャリ、とした音とともに、足元に血のような水たまりを作り出す。
そして周囲にただよいしは、鉄さびのような何か。
「…う。きもち…わるい……」
「ホーリーボトルがあるなら、とにかくふりまいておけ。
お前たちにはきついだろう。あと、神子達。
せめて翼を展開しておけば、マナで体はまもられるからな」
いわれてみれば、ともおもう。
さっきからクラトスはずっと天使の翼を展開している。
「でも、この付近にいるのは、弱いもの、ばかりなのかしら?」
さきほどから、リフィルたちが何もしていない。
というのにもかかわらず、近づいてきた黒い霧のような何か。
うごうごとうごめき、ヒト型のようでいて、人型でないもの。
それらは、リフィルたちの周囲をとりまく白い光にあたっては、そのまま消えるように薄くなり、
それらをみて、クラトスが常に石を手にしておけ、と忠告し。
その結果、何もしていないにもかかわらず、
石の中に刻まれている数値が、確実に増えていっている今現在。
たしかに、黒い霧のようなそれは、光の粒子となりて、
リフィルの手にしている石の中に吸い込まれていっている。
それは自覚しているが。
先ほどのこともあり、これで本当におそらく、
この黒いヒト型のような何かは、人間たちの取り込まれた魂のなれの果てなのだろう。
ともあれ、そんな魂たちを救済できているのかどうか、リフィルには判別不能。
光がなくなると同時、黒き霧は無造作に攻撃らしきものをしてくるが。
相手は実態のないもの。
ゆえにかなりロイドやジーニアスは苦戦を強いていたりする。
さらにいうならば、クラトス曰く、この中で術などを発揮する場合、
自らの魂における力すら、その封魔の石の力にてマナに変換しておこなってしまうがゆえに、
あまり術の多様もまたすすめられない、という。
つまり、術や技をつかえばつかうだけ、魂の力がそがれてしまう。
そうきかされても、ロイドは意味不明であるらしく、ひたすらに首をかしげていたが。
そもそも、ふつうに切り付けても霧をきっているかのごとく、
まったくもって反応がないばかりか、手ごたえもない相手。
光属性とかいわれても、ロイドはそんなものは使用できない。
それでも、クラトスとリフィルの複合技。
それを目安にし、どうにか対処のできる方法を見つけ出している今現在。
「ロイド。ぼやいてないで、くるわよ!」
「聖なる槍よ!」「貫け!」
巨大な光の槍と化した剣が、襲ってくる敵を一気に刺し貫く。
ちなみに、この技の正式名称は『グングニル』というらしい。
クラトスもよく詳しくはないが、かつてこの地上にいたという、
とある神の一柱、オーディーンといわれているものが使用していた槍。
それを模した技だ、ということらしいが。
オーディーン。
それはさきほどあらわれた少女がいっていたその名前。
つまるところ、簡単にいえば、上司にそれがいるがゆえ、
上司の力だからこそ、敵に攻撃が通じている、といっても過言でない。
そしてまた、上司のもつ力は光属性から闇属性…すなわち魔界特有のものとなっており、
ゆえにさらにダメージを加える結果となっていたりする。
ちなみにこの技、リフィルとそれ以外の剣士三人のうちの誰か。
それらと組み合わせることで発動は可能、となるらしく。
ロイドとリフィル、リフィルとクラトス、ゼロスとリフィル。
各自、それぞれのパターンにて発動が可能。
この一番上にいる層のものたちは、実体化するまでの力がないものたちばかりだという。
ゆえに、リフィルのレイなどでも対処は可能。
もっとも、実体がないがゆえに、ロイドにとってはかなり苦戦を強いられていたりするのたが。
その点、クラトスとゼロスはさすがというか、
その技にマナを上乗せしているがゆえ、相手が実体をもっていなくても、
当然相手にダメージはあたえられている。
エクスフィアを失っているプレセアはといえば、すでに頼れるのは自分の力のみ。
ゆえに、気力にてその力をふるっていたりする。
伊達に永い時、微精霊の影響をうけてたわけではない。
その腕力については、今のプレセアは、エクスフィアを失ってはいてもコレットとほぼ同じ。
斧をふるい、それによって発生する衝撃波にて、
何とか敵をひるませ、戦えるものたちのサポート側に徹していたりする。
そんなやり取りをしつつも、何とか術を発動させつつも、進んでゆくことしばし。
たしかに、クラトスのいうように。
上も下もわからない、足場となっている場所すらも不安定。
移動していれば、いつのまにか、うえに足場らしきものがあったり、
ほんとうに上と下、その感覚がこの場にはない、というのがうかがえる。
足場を中心として重力が働いているらしく、
いくら足場がさきほどいた場所の上にあろうとも、
そのまま元いた場所におちてゆく、ということはどうやらないようではあるが。
そんな、上下左右、まったくわからないような空間は、
長い階段のようなものでつながれており、
それらは、縦三ブロック、横三ブロックづつ。
計、九つのエリアたるブロックにわかれているのがみてとれる。
もっとも、それにすすむのに階段がながかったり、
また入り組んでいたりするがゆえ、どこが縦なのか横なのか。
それすら判別不能のような道なき道?を進んでゆくことしばし。
「…何だ?これ?」
やがて、行き止まりのような場所にとたどりつき、
その場所にこれまでみたこともないような、何かの台座?らしきものがみてとれる。
それは、どっしりとその場に設置してあり、
コレットがふわり、と浮かび上がり中を確認してみるが、
どうやら上のあたりは完全に空洞、になっているらしく。
いってみれば巨大なる盃が台座の上にちょこん、とのっているかのごとく。
つまり、お皿のような盃?のような中には何もはいっていない、らしい。
「大きな…皿?」
みたままを思わずつぶやくロイドはおそらく間違ってはいない、であろう。
この付近には、あれほどいた黒い霧のような何か、はみあたらない。
この区画そのものに、そういったものはみあたらない。
それでも、ちらり、と横をみれば、横にみえている足場付近に、
うろうろとそれらしきものがうごめいているのがいやでも目につくが。
「ここが、第一層目、一階部分の燭台だ。
ロイド。ソーサラーリングで、その台に炎をともせ。
それにより、次なる地下二階に道が開かれる」
淡々としたクラトスのセリフ。
そういえば、このエリアの色は青であったな、とふとおもう。
よくよくみれば、お皿をのせている台座の中央あたり。
そこにスイッチのような、模様のような何か、がみてとれる。
「なるほど。あなたが先ほど説明していた、青のエリア、とはこういうことなのね」
リフィルがさきほどのクラトスの説明をおもいだし、ぽつり、とつぶやく。
たしか、青のエリアは何かのスイッチのようなものに、
ソーサラーリングをあてることにより、道が開かれる。
そう先ほどクラトスは説明してきていた。
この場で彼が嘘をつく必要性は感じられない。
だとすれば、ここが奥に向かうための鍵の仕掛け、なのであろう。
「次からはもしかしたら、形を持ったものがいるやもしれん。心するように」
淡々とつむぐクラトスだが。
「さっきから、あんた、覚悟しておけみたいなことをいってるけど。
いったい、ここには何があるっていうんだ?」
それはゼロスの素朴なる疑問。
「…この書物がどれだけヒトを飲み込んでいるかはわからぬが。
しかし、これだけ、はいえる。
…八百年前。ミトスに命じられたある三名がこの書物を封印したとき。
すでにそのとき、この書物はその力でもってして、
周囲のものたちをかるく判明しているだけで百人近くは取り込んでいる。
それこそ老若男女とわず、な」
それこそ赤子まで。
「その、取り込まれているものたちは?」
「あれから八百年たっている。この中で魔王の力がどれほどであったのか。
それにもよるが、もしかしたら生前の姿をたもったまま、
襲い掛かってくる可能性がある、ということだ」
「…え?それって……」
リフィルの問いかけに淡々と答えるクラトスだが。
その言葉の意味を何となく理解してしまい、ジーニアスがかすれた声をだす。
「――そうだ。見た目は完全にヒトそれでしかないのに。
さきほどのあいつのように、そこまで力はないにしても。
見かけは無害なるヒトが、襲ってくる、ということだ。
躊躇をしていればこちらが殺される。それはよく肝にめいじておけ」
『っっっ』
息をのんだ気配は、ロイド、だけではない。
その意味をさとり、コレットもまた息をつまらせる。
「そんな…まさか、無害なヒトを殺せって…いうことなのかよっ!」
ロイドが思わずくってかかるが。
「無害?何をどうして無害といえる?
すでにこの書物にとりこまれた以上、やつらは魔族の先兵。
身も心も魔族となってしまう前にお前は救いたくはないのか?
魔族の望みは、滅びと滅亡。生を望むわれら生きるものとは相容れぬ。
とまどっていたら、死ぬぞ?」
それは、つまり、見た目が子供でも老人でも。
この場にいる以上は、敵でしかありえない、ということに他ならない。
「で、でも、俺たちみたいに中に入り込んだやつかも……」
「ありえぬな。リフィル、ジーニアス。神子達よ。
お前達ならばマナのありようでわかるだろう。
すでにこの地にいるものが、ヒトではありえない、ということが、な」
彼らはいくら形をもっていても、マナではありえないもので構成されている。
マナとは反属性をもちし瘴気により構成されているその姿は、
魔物でも、ヒトでも、ましてや精霊でもなく。
どちらかといえば、かつてコレット達がであった、
ツァドグ、と名乗っていた風の精霊もどき。
それにより近いかもしれない。
もっとも、アレの場合はウェントスの力にヒトの精神体がはいりこみ、
それを乗っ取っていた結果うまれていたもの、であったにしろ。
「…つまり、マナがマナでない、というわけね?」
「そうだ。神子…シルヴァラントの神子でいうならば。
アスカードの遺跡でであった、あの風の精霊をなのっていた輩。
あれを思い出すがいい。あれもにたようなものだからな」
「…あれ、ですか?」
魔物、でも精霊、でもなくましてやヒトでもなかった、何か。
アスカードの遺跡にて、舞いをまったときにあらわれたもの。
「リフィルたちは、ハイマでみた、あの宝珠。
ピエトロとかいう男性がもっていたあれ。
あれに近い感覚がする、とおもえばほぼ間違いはない」
あれほどの瘴気が、宝珠が壊れただけで、
あっさりと何の痕跡もなく消えていたのはいまだにわからない。
が、すくなくとも、あれにエミルは間違いなくかかわっている。
あのときはそのことにすら気づかなかったが。
何しろアルタミラでは、精霊達にまじりて魔物達も活躍していた。
魔物を使役できるものなど、限られている。
安定しているマナ。
マナの調停を本来していたはずの存在たち。
――センチュリオン、という存在。
まちがいなく、おそらく確実に彼らは目覚めて、いる。
ならばこの異様なまでの二つの世界のマナの安定。
それが説明できる。
できてしまう。
それこそ、ミトスがいうには、調べていたら、マナの調停装置をみつけた。
と彗星の中にあったメインコンピューター。
その中にあったマナの調停装置。
それらと何らかのかかわりがあってもおかしくはない。
何しろたしか、センチュリオン達は、精霊ラタトスクとともにこの世界におりたった、
そうかつてアクアがいっていたのだから。
彗星にあった装置に何らかの仕掛けがしてあったとしても、
それはミトスにもおそらくわからないであろう。
どうしてこんなものがあるのか、当時は不思議におもったが。
もっとも、ミトス曰く、
もしかして、ラタトスクって。センチュリオン達を休ませるためにこれつくったんじゃない?
とかいっていたが。
よもやクラトスもそんなミトスの予測が真実である、など夢にもおもわない。
まして、センチュリオンが目覚めている状態では、その装置が機能しなくなる、など。
理解できているはずもない。
「…あの、異様なまでの不快感、ね」
しいながぽつり、とつぶやく。
あのとき、孤鈴が必至にしいなに危険を伝えてきていた。
結局、まぶしいばかりの光が周囲をおおいつくしたその後、
そんな不快感を感じる気配はきれいさっぱりと消え去っていたにしろ。
「でも、きになっていたんですけど。
ロイドさんの、ソーサラーリングの属性。
…今はたしか、炎、ではなかったのでは?」
たしか光属性ですらなかったはず。
『あ』
すっかり失念していたが。
たしかにプレセアのいうとおり。
闇の神殿にて、闇属性にかえたまま、
ロイドは力の場に、ソーサラーリングをかざした記憶は、ない。
「いや。問題ないだろう。かつてのときも、
ついうっかりミトスがそれをやっていたが。
いつのまにか書物にはいった直後に、属性は変更されていたからな」
あのときも、そういえば、あの声はきこえていた。
だが、あの声は。
「……まさ…か」
そこまでいい、はっとクラトスが思わず目を見開く。
どこかで聞いたことのある声、のはず。
あれは、あの声は。
あのとき、ミトス達と封印をおこなうにあたり、
かの地から、自分達に声をかけてきた、あの声は。
「……目覚めて…いる…と、いう…のか?」
我知らず、つぶやくクラトスの声は、かなりかすれている。
だとすれば。
どうして、彼を、彼らを裏切っている自分達に何の接触もしてこない?
接触…して…
そこまでおもい、ふとクラトスの脳裏によぎるはエミルの存在。
――まさか。
まさか、な。
あの精霊はあの地からうごけない。
そういっていたではないか。
魔族たちを抑えこむのに、あの地を離れるわけにはいかない、と。
でも、ともおもう。
あの精霊ならば何でもできるような気がするのもまた事実で。
今、おもえば、エミルの視線はよくミトスをみていなかったか?
そして自分すら。
あの海賊船の中であらわれた、少女の存在。
センチュリオン・アクアによくにていたあの少女は。
もしも、本当にそう、だとするならば。
「はいはい。どうでもいいけどよ。天使様?
これに炎をともしたら、どうなるのか。
それくらの説明はほしいんだけどな。俺様は」
この親バカ天使、ようやくもしかして、エミル君の正体にきづきかけたか?
そうはおもうが口にはださず、無難な話題をクラトスにふるゼロス。
あの声は、まちがいなく、エミルの…
否、おそらくは、【精霊ラタトスク】としての声、だとゼロスは確信をもっている。
影の中にいるやつも否定も肯定もしてこない、ということは。
というか、そもそも、あの声をきいたとき、
相変わらず、われらが主は甘すぎます。
と影の中でつぶやていたその言葉をゼロスは聞き逃してはいない。
「そうね。クラトス。説明をもとめるわ」
ゼロスの言い分もいちりある。
この階層はさほど困難なくここまでこれたが。
これより先はどうなるのか、皆目不明。
それに、とおもう。
もしも、リフィルが予想していたような事態がこの先に待ち受けているとするならば。
子供たちの心が、心配でたまらない。
最悪、子供たちを守りながらすすんでいくことも考えなければ。
たとえ、子供たちに非難されようと、相手を殺す覚悟でいどまなければ、
この封印をどうにかするなんて到底できはしない。
「…ヘルナイトはよりヒトの心の負をこのむ。
このそうにヒトの魂がよりおおくいたのも、その表れ。
確実に、ヘルナイトを封じているこのエリアには。
…これまでに封印されていた、力なきものたちがいるだろう。
すべて、ヘルナイト達によって魔族たちの駒として、な」
「…子供も、いる、んですか?」
「あいつらが好むのはさきほどみたとおりだ。
ヒトというものは、女子供には油断をする。
そして、女子供の悲鳴をよりヘルナイトはその負の感情を好んで喰らっていた。
…まちがいなく、次なる階層からは、ある程度、
ヒトの姿をたもったままの輩が敵、としてあらわれるだろう。
われらを殺すために、な」
「「「「そんなっ!」」」」
クラトスの淡々としたそのものいいに、
ロイド、ジーニアス、コレット、そしてプレセアの声が、かさなる。
では、どうみても無防備かもしれないそんな人物?を。
殺さなければ、傷をつけなければ先にすすめない、ということなのか?
そんなの…
そんなのは……
「どうにか、できないのかよ!クラトス!」
「無駄だ。というか。ロイドよ。お前は覚悟があってこの中にはいったのではないのか?
魔族と戦う、ということはそういうことだ。
あいつらは、まだこの地にいるものはまだましだ。一度は殺されている、のだからな。
しかし、やつらは心よわき生きているものの心にすらすみつき、
そして瘴気をふりまこうとする。
覚悟がないものは、殺され、相手の力…その戸惑いの心こそが、
やつらの源。戸惑い、苦しみ、悲しみ、そして憎悪。
そういったさまざまな負の感情が魔族の力の源なのだ。
お前がそういった感情をもっている限り、魔族はより力をつけてくる。
お前のその心の弱さで仲間を殺すつもり、か?」
「それは…け、けど、それとこれとは!」
「同じだ。みためがただのヒトを傷つけたくないのなら。
ここにはこなければよかったのだ。それこそやつらのおもいのつぼ。
甘いことばをお前になげかけ、たすけて、といえば。
お前は相手側にたち、われらに簡単に牙をむける可能性があるということだ」
「俺は仲間にそんなこと…っ!」
「しない、といいきれるのか?やつらは幻影をも得意としている。
その心をまどわし、味方を敵の姿にみせることすらも。
そうなったとき、おまえは惑わされない、といえるのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・おれ…俺は……」
「覚悟がないならば、お前は神子をまもっていろ。
ここに入った以上は、もう出口は、ない。
外にいるユアンがわれらを引き上げてくるか。
それとも、この書物の最下層にたどりつくかしないかぎりは、な」
魔族王が閉じ込められているという本をどうにかしないと。
その思いだけで、そこまでロイドは深く考えてもしていなかった。
無防備にみえる相手を傷つけなければいけないなんて、そんな可能性。
クラトスは、彼らはもうヒトではない。
魔族になりかけているのだから、救うには石に封じるしかない。
石にとりこむことで彼らは救われる。
けど、それをするには相手の力を弱くしなければ…つまり、戦う必要があるわけで。
――威勢、だけはいいな。だが、その威勢は本気のものか、仮初めのものか。
中にはいり、お前達はそれを知るだろう。
覚悟があるならば、表紙の石に触れるがいい。
あのときの声はそういっていた。
覚悟。
それは、これを意味していたのか?
ただ、この書物に取り込まれた哀れなるヒトを傷つける覚悟が、お前にはあるか?
と、あの声はいっていた、のか?
ロイドの中で……答えは、でない。
赤、赤、どこまでみても、真っ赤な空間。
この場はまるで、メルトキオの王城で、通された、
【紅の間】と呼ばれていた間に近いほどに、どこからどうみても真っ赤。
周囲の極彩色にちかかった意味不明の空間すら、真っ赤にそまり、
それこそ目がいたくなってしまうほど。
「赤いエリア…ということは。
ここにいるすべてのものを倒さなければ次にはすすめない。ということね。クラトス」
「そういうことだ」
「っっっ」
さらり、とかわされるリフィルとクラトスの会話に、ロイドは言葉をつまらせる。
つまり、ここにもしも……
そんなことを思っている中。
「あ、ヒトだ~」
「めずらしい。ここにヒトがくるなんて?
前にきたお姉ちゃんたち以外初めてじゃない?」
「うん。まだヒトのままだよね?なんか天使体もいるけどさ」
「あれ~?エルフの血族もいるよ?
わ~い、エルフの血族の負の心っておいしいんだよね~」
きゃいきゃいと、何やら手前のほうから、子供たちの声がきこえてくる。
はっとそちらをみてみれば、
年のころならば三歳から八歳あたり。
そんな子供たち、男女とわず、にこやかな笑みをうかべつつ、
…しかしその服はまるて何かがとびちっているかのごとく、
これまた飛散したかのように点々と赤黒く染まっている。
「あらわれたか。相変わらず趣味がわるい。敵だ。いくぞ!」
「て、敵って!クラトス、相手はこど……」
「ぐだぐだいうな!足手まといになる!ひっこんでいろ!」
「そうよ。ロイド。あの子たちをこの石に封じなければ。
この先にはいかれないわ。あなたは、こんなところで死にたいの?」
「けどっ!」
「…あんたは、覚悟ができてないようだね。ここでまってな」
「しいな!?」
クラトスも、リフィルも、そしてしいなも。
きっと目の前の子供たちをみすえ、それそれ覚悟をきめた表情をうかべている。
「ロイドくんは、ほんっとうに甘ちゃん、だねぇ。
けど、その甘さは、時として命とり、だぜ。っと!」
どがっ!
ロイドの真横にいきなり足蹴りをかますゼロス。
「な、なにを……」
ロイドがおもわず声をあげようとするが。
「あ~。ざんねん。このまま、お兄ちゃん、殺せるかとおもったのに~」
にこやかな笑みをうかべたまま、子供がなぜか。
その手に槍をかまえながら、ゼロスにふきとばされた、のであろう。
…しかもなぜかふわり、と空中にうかんでそんなことをいいはなってくる。
コレットのように翼をもっている、というわけではない。
あくまでも自然に。
まるでそこに足場があるかのように。
「ここは、油断をしたらすぐにジ・エンドってな。
覚悟がないやつは、そこでふるえてな。
今みたいに邪魔にならないようにしてくれれば俺様としては大歓迎~」
「ロイド、あの子たち、人間じゃないんだよ!?
見た目はそうでも、でも、あの子たちは子供でもないっ!」
「ひどいな~、天使のお姉ちゃん。僕らは人間だよ?」
「そうそう。元、ね。ねえ。お兄ちゃんたちも僕らの仲間になりなよ?
面白いよ~?だって、簡単にヒトなんて殺せるんだよ?
口うるさい大人たちも、僕らの力であっさりと殺すことができるんだ」
まったく邪気のない様子で、さらり、とそんなこと口ぐちにいってくる。
「私の教え子を誘惑しないでちょうだい!
命を糧とし、彼のものを打ち砕け!セイクリッドシャイン! 」
リフィルがすばやく唱えたその詠唱にともない、
目の前の子供たちの体を瞬間的に閃光が覆い尽くしてゆく。
伊達に、第一階層でレイをひたすらに連射してたわけではない。
どうやら、こつをつかんだゆえに、その上級版ともいえる、秘奥義。
リフィルはそれを習得していた、らしい。
かなりの精神力をこの技は使用する、と感覚的には理解しているが、
このままでは、子供たちの精神面的によくない。
ゆえに、リフィルは一撃必殺、とばかりにこの技を選んで発動する。
フェアリーサークル、という仲間を回復させつつ使用できる技もあるが、
戸惑っている子供たちのことを考えれば、
そちらをしても、それこそ精神力の無駄遣い。
相手を殺すまでもなく、力をそぎさえすればいい。
「封魔の石よ!この場にいる哀れなる魂たちの救済を!!」
『しまっ!!』
子供たちがその場にて倒れ伏したのを一瞬確認したのち、
相手が回復するまでもなく、リフィルがてにした石を頭の上にかかげ、高々に言い放つ。
子供たちがそれをみて、驚愕の声をあげるが。
すでにおそし。
『き…きゃぁぁぁぁ…っ』
それは、悲鳴にも近い声。
声とともに、子供たちの姿は、まるで石の中にすいこまれるように、
黒き粒子となりて吸い込まれてゆく。
『お…母…さん…』
さいごに聞こえたは、子供たちの母を喚ぶ声。
「…どうやら、このエリアは今のような子供。
それを主体にしているエリア、らしい。
油断をすれば確実にころされる、ような、な」
「…ものすごく趣味がわるいわね。しかも、赤の間?
つまり、これからでてくるであろう、いえ。
もしかして子供特有のかくれんぼをしている相手すらみつけだし。
封魔の石にとりこまないと、先にすすめない、ということかしら?」
「そういうことだ、な。ヘルナイトの好みそうなことだ。
覚悟のないのならば、あっさりと自責の念にとりわれ、この地の仲間入り…
魔族の仲間入りを果たしてしまうだろうな」
いいつつも、背後にいるロイド達をみる。
彼らの顔は真っ青。
この場で顔色をあまりかえていないのは、しいな、そしてゼロスのみ。
しいなはそういった命のやりとりの覚悟、といったものは、忍、として一応はそなわっている。
それが、暗殺、という結果、それをなしとげても自分達の世界がすくわれるどころか、
それでもそれは一時のしのぎでしかない。
それをあのとき理解していたからこそ、
しいなはなかなか、コレットを本格的に暗殺、という意志が働かなかった。
そうでなければ、これまでしいなとて人を殺したことがない、というわけではない。
これまでにも任務でいくつも命を終わらせている以上、
相手が敵とわかれば情けは無用。
そして、ここにいるものたちを倒さなければ先にすすめない、というのならば。
そしてそれしか方法がない、というのならば。
しいなは迷わない。
見た目でごまかされるな。
そう、復活した祖父からもいわれたからこそ、今ならば、わかる。
ヒトの姿をしていても、ヒトあらざる何か。
まがまがしい雰囲気を子供たちはたしかにはなっていた。
そんなものを野放しにしておけば、周囲がどうなるか。
そして、理解してしまう。
くちなわのあの変わりよう。
きっかけはおそらく、自分への憎悪。
の憎悪にひかれるように、否、利用された、のであろう。
この禁書のもつ力そのものに。
くちなわの考え、とはおもえない。
世界と、精霊と、そして自分をすべて敵にし自分達が頂点にたつ。
そんな考えは。
だとすれば、くちなわの中にも、すでに魔族がさきほどクラトスの説明のとおり。
…入り込んでいる、とみてほぼ間違いはない、のであろう。
そして、その魔族の放つ瘴気は回りをもまきこんでゆく。
そう、今のアルタミラの出来事のように。
「見た目が子供であるから、力がふるえない。
というならば、お前たちは足手まといだ。
のこしていくのも不安だから、ついてくるな、とはいわない。
が、私の邪魔だけはする、な。これは命がけの行動だ。
子供の遠足ではないのだからな」
「っ」
足手まといだ。遠足ではない。
それは、クラトスに初めてあったときに、いわれた言葉。
イセリアの聖堂で、聖堂にはいるときにクラトスから投げかけられたその言葉。
ここにいるすべてのものを倒さなければ先にはすすめない。
そして、先にすすめない以上、この封印とかいうのをどうにかすることもできない。
だからといって、どうみても子供であるものたちを傷つけるなど。
わからない。
もう、何が正しいのか、それすらも。
「ロイド。ロイドは私がまもるから。
マナを展開すれば、ロイド一人くらいは守れるとおもう」
「コレット…って、お前、それは……」
マナの展開。
それはこの書物をみつけだすときにゼロスがとった方法。
そして、それは。
「だ…ダメだ!コレット!!」
自分の決意のなさ、ふがいなさのせいで、コレットが死ぬかもしれない。
子供を傷つけたくない、そのおもいのせいで、もしもコレットが、
自分をまもって、マナを使い果たして、もしも死んでしまったら?
コレットの言葉にロイドははっと我にともどる。
自分がここでしっかりしなければ。
きちんと答えをださなければ。
コレットはやる。
まちがいなく。
自分を、守るために。
その命すらなげうって。
それだけ、は、それだけは認められない。
世界が一つにもどったとしても、そこにコレットが、
そして仲間たちがいなければ…意味がない!
そして、そんな世界にするためには。
この魔界に通じているという書物をとうにかしなければ。
すべての町がアルタミラと同じようになってしまう。
理屈、ではわかる。
わかるが、気持ちがおいつかない。
――その威勢は本気のものか、かりそめのものか。
ああ、そうさ。
俺はきちんと理解してなかった。
魔王とまでいれているその力を。
そして勇者ミトスとよばれたものが封印するしかなかった。
その現実を。
ただ、その場の流れで、勢いのまま、どうにかしたい。
そう思った心は本当。
けど、覚悟がまったくなかった、というのが今さらながらに理解ができる。
威勢、だけではどうにもならない。
これでは、これでは、コレットを守るといっていながらも、
コレットにたよりきっていたあのときの自分と同じではないか!
しっかりしろ。
ロイド・アーヴィング!お前は、自分はもう間違えない!
と幾度誓えばきがすむんた!
心の中でロイドは自分自身に叱咤を加える。
――何だよ。しいなもクラトスも。
でもさ。間違えたならやり直せばいいんじゃないのかな
ふと、ハイマで救いの塔に向かう前日。
クラトスとしいなにいった自らの言葉を思い出す。
――やり直せるものならばそうするがいい。
――世の中には、やり直しがきかないこともあるんだけどねぇ
それは、あのときクラトスとしいなにいわれた台詞。
そして、今。
今、ここで自分が迷っていれば。
まちがいなく、みんなの足をひっぱるどころか、
自分のこの迷いのせいでみんなを殺してしまうかもしれない。
その恐怖。
わかっている。
わかってるのだ。
本当は。
ここにいるものたちはすべて倒すしか方法がない、ということは。
でも、心か、理屈がおいつかない。
なぜ、無害にしかみえない人間を攻撃しなければいけないんだ、と。
「ロイド!危ない!!」
ふわり、とした暖かな光がロイドの体をつつみこむ。
はっときづけば、いつのまにか。
次にあらわれたのであろう。
目の前に再び数名の子供たちの姿が。
しかも、それらの手にもたれているのは、今度は弓。
どうやら相手は離れた場所からロイドにむけて、攻撃をはなってきた、らしい。
「リフィル。あまり無理をするなよ」
「わかっていてよ。この奥にいくまでに力をつかいはたしてまえば。
魔界の王とかいう輩にまけてしまうから、でしょう?」
「そういう、ことだ!神子!いくぞ!」
「おっけ~!ま、ロイドくんはそうやって、コレットちゃんにまもられてたらいいさ。
お前がそれでいい、んならな。
お前の覚悟ってのはそれだけのことだったってことだしな?
コレットちゃんを犠牲にしても、お前は子供を傷つけたくないんだろ?」
「ち…ちがっ」
「お前のしてるのはそういうことだよ」
ゼロスの言い分は冷たいようであるが、この地においてはそれが正しい。
ロイドの迷いが、戸惑いが皆を危険にさらしている。
それはまぎれもない事実なのだから。
甘やかすだけでは、意味がない。
自分の言動に責任をもってこそ、意味がある。
それをゼロスは身にしみて理解している。
その生まれ持った立場ゆえに。
「ロイド。大丈夫。ロイドだけは絶対に私がまもる、から」
「違う…そうじゃ…そうじゃないんだ!俺が、俺がまもりたいのはっ!」
自分が、誰よりも守りたいのは?
でも、体がうごかない。
コレットの翼が展開する暖かな光。
このまま眠ってしまえば、何もかもが、悪い夢だったのだ。
それでおわるんじゃないのか?
そんな甘い誘惑がふとロイドの心の中をよぎる。
そう。
これは悪い夢なんだ。
ゆえに、無意識のうちに目をつむるロイドの姿がそこにはあるが。
――それをヒトは現実逃避、という。
「しっかりしてよ!ロイド!何のためにテセアラにきたのさ!
こんなところでコレットを死なせてロイドはそれで、いいの!!」
現実逃避にはいりかけたロイドの耳に、ジーニアスの悲鳴に近い声が届く。
はっと目を開いてみれば、コレットは脂汗をうかべており、
ジーニアスなどはもはや涙目。
「コレット!?」
「へ、へいき。大丈夫、だよ。ロイドは私がぜったいに……」
ロイドをかばうようにして、それでも翼の輝きをよりつよくし、
そのマナの多さでロイドを包み込むようにしているコレット。
しかし、コレットはゼロスほどマナのコントロールにたけてはいない。
ゆえに、無駄におおくマナを使い切り、あっというまに限界が訪れる。
ふらり。
そのまま、ロイドを守るようにしていたコレットの体がふらり、とよろけ、
さらにはその姿すら一瞬透けかけてしまう。
「コレット!」
ふらり、とするコレットをあわてて抱きしめる。
「…俺、バカだ、大馬鹿だ!」
迷っていたせいで、コレットが、死ぬ。
このままでまちがいなく。
コレットの体があわくひかり、一瞬その姿がすけてしまう。
それは、体を構成するマナが不足しはじめたその証。
「く…くそぉ…うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
相手は子供、じゃない。
敵だ、敵なんだ。
でなければ、大切な仲間たちが…コレットが無理をして今度こそ死んでしまう!
ロイドを突き動かすは、コレットを本当に失ってしまう、かもしれない。
その恐怖。
しかし、ロイドは気づかない。
その恐怖そのものが、この場にいる子供の姿をしている敵達。
それらの糧となり、より相手を強くしている、というその現実に。
「…ようやく、次の層。で一体目の魔王、なのね?」
「そうだ」
リフィル、コレット、そしてジーニアス。
彼らの姿が透けかけ、そこでようやくロイドも自覚せざるをえない。
姿がすけるのは、その存在の維持ができなくなっている証拠だ、といわれ。
より現実味…仲間が死ぬかもしれない。
その現実味をロイドはようやく理解した、といってもよい。
クラトスにもいわれた。
恐怖を抱くことは、敵をより強くするだけだ、と。
そして、恐怖を抱くロイドの思いでより敵はつよくなり、
もっとも、恐怖を抱いていたのはロイドだけ、ではない。
言葉にしないまでも、ほかのものもいだいていた。
ただ、ロイドはマナを、その気配を感じることができていない
ゆえに、見かけにだまされており、他のものよりもその恐怖の具合が半端ない。
ただ、それだけ。
しかし、それだけのことが、仲間たちにより苦戦を強いていた。
プレセアにしろ、ジーニアスにしろ、リフィルにしろ、
ゼロス、そしてコレットも、相手の気配、
相手が子供ではないナニか、マナではありえない嫌悪感。
それをもっているのは理解している。
理解せざるをえないほどに、相手の気配はまがまがしい。
ロイドがそれに気づけないのは、ひとえに、
ロイドに母親であるアンナな加護がひたすらにかかっているがゆえ。
こういうときの母親の愛は時として障害にしかなりえない。
本来感じることができるそれを、遮断することにより、
本当の意味での判断を誤らせる結果となりえる、のだから。
それでも、わが子を危険な目にあわせたくはない。
そのまがまがしい気配にふれさせたくない。
という母親の気持ちはわからなくはないにしろ。
それでも何とか四層までたどりつき、次なる階層。
そこに、魔王の一体であるという、魔王ヘルナイトとよばれしものが、いる。らしい。
完全に滅ぼすことはできないまでも、力をそぐことにより、
この内部において一瞬でも力をそぎ、具現化する力を失わせること。
それに意義がある、とはクラトスの談。
「まあ、ロイドくんたちはあまり使い物にはならないっしょ」
「あんたもきついこというねぇ。けど、たしかにそう、だけどさ」
ちらり、とロイド達をみつつ、ゼロスがざくり、と切り捨てる。
ここにくるまでにいろいろとあった。
そもそも、ほとんどが女、子供の姿で攻撃をしてくる、というのは。
しかも、どこにでもいるようなふつうの子供の姿において。
しかも、ジーニアスの記憶の中にある姿すら模して相手はその姿をとってきた。
本来ならばロイドの記憶も相手側としては読み取りたかったが、
不可視の力に遮られ、それは断念せざるを得ず、
結果として、ジーニアスの記憶の中にある、
ロイド達、というかこの場にいるものたちに共通している姿を形どり攻撃してきたりもした。
そもそも、セレスの姿をしていたり、マルタやエミル、といった姿。
それらを模してきたときには、
どうしてエミル達がここに?とおもいっきりロイドは油断しまくっていたりしたのだが。
もっとも、ジーニアスやコレットにはそのまがまがしい気配が手にとるようにわかり、
だまされることはなかったのだが。
まがまがしい気配すらをも感じ取れていないのは、
ロイドの母がことごとく、それらの害意を遮断しているがゆえ。
ある意味で、過保護すぎるがゆえの障害がそこにもでてきていたりする。
仲間を、斬った。
仲間ではないが、仲間の姿をしていたものを傷つけた。
それは、ロイドの心にかなりダメージをあたえたらしく、いまだにロイドはうつむいていたりする。
その姿を模しているだけの敵だ、とわかっているであろうに。
それでも、どうやら心が完全においついてはいない、らしい。
そもそも、攻撃しても血もながさなければ、
そこに虚無なる空間があるのみの輩が彼らであるはずがない。
もっとも、エミルに関しては、攻撃を本当に受けた場合、
…コアごと実体化しているがゆえに、光とともにコアに戻ってしまうであろうが。
しかし、それは今ではありえない。
エミルの力が満ちていることもあり、そういった場合、無意識なる結界が発生してしまう。
もっとも、それでヒトではありえない、と知らしめてしまう可能性もあるにしろ。
「今の石にたまっている炎の数は…七百三十、よ」
「できれば八百はほしかったが…しかたがないな」
先ほどの、味方の姿をしたものたちとの戦闘がいたかった。
時間をかけすぎた。
ゆえに、一気に炎の数値が下がったのもまた事実。
「ゆくぞ」
どちらにしても先にすすむ、しかない。
これをどうにかしなければ、アルタミラどころか、世界が危険となりはてる。
今のこのゆがんだ世界。
ディザイアンといった輩や身分制度という人々の不満がたまっているこの世界。
魔族がすこしばかり出てくれば、あっというまに、
人々の心は魔族によってそそのかされてしまうであろう。
――そして、かつての悲劇が、またおこる。
あの精霊がかの地にて魔界との境界をいくらまもっていたとしても、
ヒトが呼び寄せてしまう新たな窓、にまでは手がまわらない。
それこそ、いっていたではないか。
大樹があればどうにかなるのだがな。
これもまた、ヒトが招いた結果だ、と。
クラトスが率先し、転送陣にと足をのせる。
第一階層といわれし最深部。
そこにまちうけているは、魔王…ヘルナイト、とよばれし存在。
「ほぅ。こんなところまでやってくるとはな」
転送陣を抜けた先。
ここは今までの場所、とは違い、足場はたったのひとつ、しかない。
やはり極彩色の上下左右ともわからない空間に、ぽっかりういたような、円形の足場。
その中央にみえるは、ただ一つの影。
影、というか、どちらかといえば紫の塊、というべきか?
紫色のドラゴンのようなものにのっているそれ。
さらにはその乗っている輩はヒト型をしてはいるものの、
その全身がこれまた目がいたくなるほどの原色にも近しい、
紫色の全身鎧…ちなみに、顔すらもすっぽりと、紫色の兜でおおわれている。
はっきりいって、全身どこからどうみても紫づくめ。
そういってまず間違いはないような輩がこの場にみてとれる。
それは、転送陣からあらわれた一行をちらり…とたぶんみた、のであろう。
その目元すらおおわれており、その表情はわからないが。
まあ、みたらみたで彼らは絶句したであろう。
その兜の下にあるは、完全なる骸骨の顔、それ以外の何のもでもないのだから。
「褒美に死をあたえよう。光栄におもうがよい。
われらが宿敵たるテセアラの鬼神クラトスもいるようだしな」
口調がどこか楽しそうでいて、それでいて憎々し気でもあるが。
どことなく、クラトス以外のものは見下しているような、そんな感覚。
リフィルもジーニアスも言葉にならない。
こんな何か。
みたことがない。
たしかに、形をなしているようにみえるのに。
二人が感じているのは、どこまでも吸い込まれそうなほどの、
よどんだ、闇。
「うるせえ!その言葉、そっくくりかえしてやるぜ!」
そんなそれにむかい、ロイドが条件反射的に何やら叫んでいるのがみてとれるが。
そしてまた。
「…紫さん?」
おもわずその姿をみてぽつり、とプレセアがつぶやき。
「うわぁ。すごいね。全身紫だよ。竜さんまで紫だし。
あ、手にしてるひかってるあの剣みたいなものも紫だよ!
きっと、あのひと、紫イモをたべすぎて色がかわったんだね!」
「…コレットちゃん。それ本気でいってる?」
そんなコレットにあきれたように、苦笑しながらもゼロスが問いかけているが。
「でも、よくお婆さまからいわれてたよ?
紫芋をたべすぎたら、全身紫になるから。二個以上はだめだって」
「……コレット、たしか、紫イモが好きだったよね……」
それは、ファイドラ様がまちがいなく、コレットの食べ過ぎを牽制しがてら、
そう嘘をついたんだとおもうな。
心の中でそうおもいつつも、ジーニアスががくり、とうなだれる。
何だろう。
これからもしかしたら死闘を繰り広げるかもしれない、というのに。
コレットこの緊張感のなさは。
さきほどまで不安定なまでに透けたり、実体化していたコレットの体。
今は完全に実体化を保ててはいるが、コレット曰く大丈夫。
と当人はいっているが、ジーニアスとてコレットの大丈夫。
ほどあてにならないものはない、と身にしみて理解している。
「…クラトス。あいつが、魔王、なのかい?ヘルなんとかっていう」
「ヘルナイトだ。魔王、ヘルナイト」
しいなの台詞にタンタンとクラトスがこたえるが、
かといって、警戒態勢をといているわけではない。
この場にやってくるまで、クラトスから聞かされた相手の情報。
何でも以前、戦ったときに、スペクタクルで情報を入手しているらしい。
大まかに数値にあらわせば、
HP:88000
TP:9800
弱点は光。
耐性をもっているのは、炎、雷、闇属性、であるらしい。
つまるところ、炎をつかったこれまでロイドがよくつかっていた、
炎属性をまといし攻撃は相手には通用しない、ということに他ならない。
ここにくるまで、大概ロイドは炎属性をもちし攻撃。
鳳凰天駆を用い攻撃していたのだが。
その攻撃が通用しない、ということを暗に意味しているといってよい。
そもそも、ロイドが魔族に…つまりは瘴気の塊である、
この地にいる精神生命体達に通用する技、といえば。
それくらいしかなかった、というのもまた事実。
ジーニアス達の技は、マナを使用していることもあり、
ゆえにふつうの攻撃でも相手にダメージを与えられていた。
しいなは、伊達に符術使い、というわけではなく、
形のないものの相手。
そういったものにたいする攻撃手段も一応、訓練の中で叩き込まれている。
闘気系の技も精神体は有効であるらしく、
ゆえにプレセアはおもに獅吼滅龍閃()をつかいて、
獅子の形をした闘気を相手にたたきつけ、敵をダウンさせ、
その隙にリフィル、ゼロス、クラトスらがレイやジャッジメント。
などといった技を相手にたたきこみ、ここまでどうにかやってこれていた。
「んじゃまあ、さっききめたメンバーでいこうや」
エリアによって、どうやら戦うメンバーの人数が限られているらしく、
時にはひとりでしかたたかえない場所もあったりもした。
ひとりということは、仲間の増援が望めないわけで。
クラトスがいうには、これから先もそういうエリアはある、という。
もっともそういった場所はクラトスが今のところうけもってはいるが。
さきほど、クラトスからこのヘルナイトの特性をきいたときに決定した戦闘メンバー。
本来ならば三人のはずであったが、クラトス曰く、
封印強化により、戦闘に参加できるのは四人までにはなっているはずだ。
つまり、それ以上で戦おうとしても、はじかれ、
それこそランダムで戦闘メンバーが選ばれてしまう、らしい。
ならば、はじめから戦闘するメンバーをきめて挑んだほうがはるかにまし。
「ええ。わかっていてよ。しいな、みんなのことをお願いね。
この子たち、さっきのことがどうもまだひぎずってるみたいだから」
「はいよ」
戦うは、回復役をかねてリフィルは当然のことなれど、
戦力として、クラトス、ゼロス、そしてプレセア。
この四人。
プレセアの相手をダウンさせる技は一瞬でも相手をひるますのに便利という理由から。
ジーニアスがなら自分が、と申し出ていたが、
術の詠唱に時間がかかる魔術士は、相手に時間と攻撃の余裕をあたえるようなもの。
クラトスいわく、彼は接近戦を得意とするらしく、
すこしても隙があれば全体攻撃をかねた剣の乱舞をしてくる、らしい。
ならば、ロイドでもいいのではないのか、という意見もありそうだが、
いまだに迷いが、さきほどの…味方のふりをした敵を倒したその衝撃。
それが抜け切れていないロイドでは逆に敵にのみこまれかねない。
そんなクラトスの意見もありて、このメンバーにと決定した。
「いくわよ。ゼロス、プレセア、覚悟は、いい、かしら?」
「俺様はいつでもおっけーだぜ。リフィル様」
「わたしも」
プレセアからしてみれば、怖くない、というのは嘘になる。
けど、なぜか負ける気がしない。
さっきから体の中がぽかぽかと温かい。
プレセアは気づいていないが、プレセアの中にて、
アリシアが必至に姉をまもろうとして力を放っている証拠であったりするのだが。
「――ゆくぞ!」
「さあ、血のうたげの始まりと洒落こむかの」
クラトスの声と、ヘルナイトの声が、重なる。
「…始まった、か」
「?何が、ですか?」
「ううん。別に」
すでに時刻は昼。
昼餉の用意はこの地にてお世話になっているから、という理由にて、
エミルが率先してつくりあげた。
「う~ん。あいかわらずエミルの手料理、おいしいよね!
女の子として自信なくしちゃうよ。私」
あむり。
エミルのつくりし…エミル曰く、すし、らしいが。
里のものがこれは、玄人がつくったものよりもうまい!
と絶賛していたそれ。
一口さいずでたべやすいから、という理由でつくったらしいのだが。
ここは、みずほの里。
テネブラエをゼロスにつけているがゆえに、
かの地の内部の様子はエミルには手にとるようにとわかる。
やはり、覚悟がしっかりとなっていなかったな。
ロイドの様子をみてあきれざるをえないが。
しかし、あれは確実に、彼女の影響がつよい、とおもう。
いくら、わが子を守りたいから、といって。
これまでにもおそらくは、そういった外部から感じるであろうさまざまなもの。
それらをひたすらに遮断し、守り、慈しんできたのであろう。
さらにそれに加え、ロイドがもちし特性。
ヒトでも精霊でも、ましてや魔物、でもない。
どの種族にも属さない、完全なる中間なるもの。
だからこそ、その精神がどの理にも属さないがゆえに、
ロイドの精神はあるいみ不安定、といってよい。
精神はどうしても器にひきずられてしまうもの。
半精霊であり、そして半ヒトでもありしもの。
あるいみ、エルフとヒトとはまた異なる存在。
否、ハーフエルフとよばれているものたちですら、
元は一つのエルフ、という存在であったのをふまえれば、
ロイドはあるいみ、ありえない存在、といってもよい。
この地においては、とくに。
かつての世界ではたしかにそういうものたちはいた。
精霊とヒトが心をかよわせ、その血と力をうけつぐものたち。
そういったものは生まれていた。
しかし、永き時の中にてそんなものたちは、力におぼれていき、やがて自滅の道をあゆんでいった。
そのときどきのその始祖ともいえる精霊達がそんな子孫の姿をみて嘆き悲しむ。
そんな姿をみたくないがゆえに、狭間なるものがうまれないように。
そのように理をひいていた、というのに。
しかし、何ごとにも例外というものが存在した、のであろう。
クラトス、というその身にアイオニトスを宿せしものと、
時間をかけて微精霊達に体を融合させられていたアンナという女性。
互いがヒトたる属性をもっていたがゆえに、
生まれたといってもよいロイド、という一つの命。
一般的に狭間なるもの。
ハーフエルフとよばれているものたちは、別に狭間、でも何でもない。
もともとは同じエルフという種が、
この地におりたったヒトが、その力を放棄し、自然とともにいきることを選んだ。
自然とともにいき、自然のめぐみのみでいきてゆく。
そう選択したがゆえに魔術、というその力を放棄した。
それが、一般にいわれているヒト、の始まり。
けど、ヒトは気づいていないだけ。
遥かなる昔にはその血筋であったがゆえに、
きちんと条件さえみたせば、誰でもその力を再び使用できる、というその事実に。
「ハンバーグとかもあうでしょ?」
「うん。たしかに」
何でも里のも達いわく、こういう使い方は気づきもしなかった。
とのことらしいが。
スシのシャリの上にのせているのは、海鮮類はともかくとして、
卵やハンバーグ、そういった数多の品々もつかっている。
ちなみに、定番ともいえる軍艦巻きもいうまでもがな。
「これ、どうやってつくるの?エミル?」
「簡単だよ?まずはね」
あちらに意識をむけつつも、といかけてくるマルタの質問にとこたえるエミル。
用意するものは、あまりそう多くはない。
用意するもの。
御櫃(おひつ)
飯台(なければボール)・・・最初に水でぬらして拭いておく。
うちわ
しゃもじ
1合お玉と軽量カップ
米・・・3合
寿司酢・・・米3合に対して寿司酢120ml.(1合お玉で3分の2)
(注:120ml.=120cc 計量はml.と㏄どちらも同じ。)
寿司酢は、一度にたくさん作るととても美味しくなるといわれているらしい。
砂糖が混ざりにくいので、使う前日に作っておきましょう。
多めに作って空き瓶に入れ、冷蔵庫で3ヶ月くらい保存可能。
白砂糖・・・・150グラム
塩・・・・・・50グラム
酢・・・・・・220ml
これらをよ~く混ぜる。
砂糖が溶けるまで混ぜそして1日置く。
この配合で、多めに作って保存しておくことをお勧め。
米3合の寿司酢の配合で説明すれば、
白砂糖・・・・・55グラム
塩・・・・・・・・・18グラム
酢・・・・・・・・・82ml.
合計で120ml.の寿司酢が出来る。
「で、次に、この下部分のシャリ、といわれているごはんはね?」
①飯台に炊きたてゴハンを入れる。
3合分のゴハンは、すこし固めに炊飯して、炊き上がったら飯台にのせる。
②熱いうちに寿司酢を上からかける。
ゴハンが熱いうちに、調合した寿司酢を上からかけます。
(3合のお米に対して120ccの寿司酢。残った寿司酢は保存)
直後にゴハンにしゃもじで縦に切れ目を入れる。
③ゴハンをひっくり返しながら混ぜる。
ゴハンに切れ目を入れた後、手早く混ぜる。
酢が上から下へ落ちていくように、底からひっくり返しながら混ぜる。
④ゴハンを片方に寄せて、切るように混ぜる。
⑤うちわで扇ぐ。
混ぜるとき、混ぜすぎるとねばりが出てしまうので
さっと切るように混ぜること。
③から⑤の混ぜるところは、時間にすると約1分。
次にゴハンを全体に広げ、うちわで扇ぐこと約10秒。
⑥最後に
うちわで風をあてて冷ますことで、酢が浸透。
ひっくり返してもう一度、うちわで扇ぐこと10秒。
そして御櫃に一度しまう。
このあと、すぐに使うとべちゃべちゃになるので、
2時間くらい置いて落ち着かせておくと、丁度よくなる。
使い終わった飯台は、さらしで綺麗に水拭き。
「できたら、二人一組でやったほうが楽、かもね」
エミルはその気になれば、意識しただけで、
風なども使用が可能。
ゆえに、別に手がつかれたり、ということはまずありえない。
というか、適度に水分を抜く行為すら、意識すれば、一瞬のうちにそれが可能。
ゆえにエミルのつくりしものは、マナが凝縮されたようになり、
ゆえにどの食べ物においても、異様なまでに過剰ともいえるマナがある。
もっとも、料理をしているのがエミル…
否、ラタトスクだということもあり、食材になっているさまざまな具も、
【王】につくってもらえてる!とよりはしゃいだ結果、ともいえるのだが。
「でも、お兄様たち、大丈夫、でしょうか?」
セレスが手をとめることなく、窓の外をみながらそんなことをいってくる。
ここは、大広間。
せっかくだから全員で食べたほうが食事はおいしいし。
というエミルの意見もあいまって、
エミルのつくったスシの数々は、きちんとした容器にいれられ、
それこそ市販のものと変わり映えがしないほどにきちんと整えられている。
あるいみ、きちんとしたお店から取り寄せた、といっても、何ら不思議はない出来栄え。
というか。
「…それにしても、エミル。このイクラ、どうしたのですの?」
このあたりには、イクラなどうっていないような気がするのだが。
「ああ。それ?ゼラチンを利用してつくってみてるだけだよ?」
『は?』
さらり、といわれたエミルのセリフに、
その場にいたマルタとセレスだけでなく。
そのほかのみすほの民からの間の抜けた声が発せられる。
リフィル達がヘルナイトと戦っている同時刻だ、というのに。
あるいみ、残ったこちら側。
エミル、セレス、マルタ。
そしてリヒターとアステル達は平和、といっても…よい。
その身よりも巨大な紫色にとかがやく、大剣もどき。
そんな大剣を振り回しつつ、竜の背にのりて突進してくるそのさまは、
言葉に言い表すと、魔物であるドラゴンライダー達ににている、のかもしれない。
彼らもまた、その武器を獲物とし、竜にまたがりて攻撃をしかけてくる。
間合いにはいればすぐさまに攻撃させられる。
かといって、詠唱を始めようとしたその隙をつき、
一気に間合いをつめられ、これまた攻撃をされる。
ゆえに、何とかそれらの攻撃をかわすか、
もしくはガードしつつ、相手の懐にはいる必要性がある。
「瞬迅剣!!」
ちかよってきたヘルナイトにむけて、クラトスが前方にふみこみ、突きをいっきにくりだしてゆく。
リフィルのほうにちかよりかけていたヘルナイトを、その技によって離れた場所にと突き飛ばす。
「レイ!」
その直後、詠唱をしていたリフィルの技が完了し、ヘルナイトの周囲に無数の光線が降り注ぐ。
「俺様の本気、みせてやるよ!喰らいな!ディバイン・ジャッジメント!!」
それとともに、ゼロスの詠唱もおわったらしく、ヘルナイトの足元に魔方陣が展開され、
それとともに、無数の光の雨がヘルナイトめがけて降り注ぐ。
きらきらと、ゼロスの背にひかるは、金色にちかしい天使の翼。
そのまま、プレセアと顔をみあわせ、
だっと一気に間合いをつめ、
「獅吼滅龍閃!」
プレセアによって獅子の形をした闘気がヘルナイトにたたきこまれる。
相手が闘気により吹き飛ばされたその瞬間。
その隙を逃すことなく、
「「瞬迅剣!」」
ゼロスとクラトスによる同じ攻撃がさく裂する。
それとともに、複合特技である技が使用可能となりて、視線の交差は一瞬。
「逃すか!」
「逃げるなよ!」
「「衝破、十文字!!」
クラトスとゼロスか同時に叫び、
二人の剣がヘルナイトの体を交差するように駆け、貫いてゆく――
ぎゃぁぁぁ!
断末魔が周囲にこだまする。
それとともに、ゆっくりと、その姿をけしてゆくヘルナイト。
「や、やった…のか?」
背後にて何もできないもどかしさをいだきつつも、
見守っていたロイドがぽつり、とつぶやく。
「一時的、ではあるがな。完全には消滅していない。
攻撃をうけ、具現化する力を一時的に失ったまでだ。
あのものたちの本体そのものは魔界にある。
やつらは分霊体としてこの地上に呼び出されているにすぎないからな。
しかし、これで次なる層にすすむことができる。
次の第二層はプロネーマ、フォシテス、マグニス達が
封印強化を行い、出来上がった空間のはず。
さすがの私とてどのようなものになっているかは皆目がつかん」
自分達が封印したそれらは、大体頭にいまだにはいっているが。
それ以外。
かれらがどのような仕掛けをもってして封印強化をしたのか。
どこかそれが漏れるかわからないから、という理由から、
ミトスは彼らにそのことについては口外しないように、と口止めをしていたはず。
「フォシテス…って、やつか!」
はっとロイドがその名をきき、思い当たったらしく、思わず叫ぶ。
イセリアの村をおそってきた、イセリアの近くにある人間牧場の主。
そしてまた、あのマーブルを異形にした張本人。
「マグニスって、パルマコスタ牧場の…だよね?」
とまどったようなジーニアスの台詞。
ジーニアスの脳裏によぎるのは。
パルマコスタにて、処刑をおこなおうとしていた彼の行動。
ヒトを豚だ、といいはなち、ヒトの命を命ともおもわない行動をしていた。
「プロネーマとかいう女性はまあわかるわ。
彼女は五聖刃の長といっていたもの。でも、どうして残りのふたりは?」
「…フォシテスはハーフエルフにとっては英雄だ。
かつて、テセアラの地において、国がハーフエルフを虐殺したことがあった。
フォシテスはそんな同胞を助けるために一人、
テセアラ、という国そのものに戦いを挑んだ。
虐殺事件にかかわった、首謀者の人間を一人残らず殲滅させた。
ディザイアンの…否、ハーフエルフ達にとっての英雄、だ。
そのハーフエルフを、そして愚かな人間を粛清した、
という功績がみとめられ、封印強化の役目をユグドラシル様からうけおった」
リフィルの問いかけに淡々とこたえるクラトス。
「…きいたことがあるよ。ハーフエルフ狩り。
今よりもひどかったらしいよ?
それこそ、噂ですこしでもハーフエルフだ、とでもあがったら。
問答無用で八百長にちかいハーフエルフ裁判、というのがおこなわれ。
彼らは公開処刑…いきたまま火あぶりになったっていうね。
もしくは、公衆の面々で串刺しにされたり、とか…」
「ひどい……」
しいなが顔をふせていえば、これっともまたうつむきながらもぽつり、とつぶやく。
「何だよ…それっ」
「それが、テセアラで起こった真実、なのさ。
けど、そんな都合のわるい話はテセアラではほとんど知られていない。
知られているのは、フォシテスっていう凶悪な輩が、
国の上層部のものたちを殺しつくした、という事実だけが伝わってるのさ」
――ヒト、とは愚かなるもの。
自分達の都合のいいことだけを後世につたえ、都合のわるいことは覆い隠す。
そして罪を相手になすりつけ、自分達はわるくない。
そう言い放つのである。
それは今も昔もかわらない。
そうでないヒトもいるが、そういうヒトがいるのも、また事実。
「フォシテスは英雄、といわれている。
…われらが四英雄、といわれているようにな。
騎士道精神にあふれ、同志には優しく、敵には鬼神のごとく対したという」
それはクラトスにもいえること。
クラトスは味方にはやさしかったが敵には容赦がなかった。
ゆえに、敵地において知られていたクラトスの通り名は【テセアラの鬼神】。
「…第三者の目からみれば、とんでもない悪党なのかもしれないけども。
けど、彼に助けられたハーフエルフ達にとっては、まさに英雄、なんてしょうね。
…エルフの里でも彼は一部のものたちからは英雄しされていたもの」
あのとき、殺されたのは何もハーフエルフだけではなかった、という。
魔術にちかしいものをつかえるものはすべて。
つまるところ、エルフも被害にあっていた、という。
そんな自分達を助けてくれた相手をエルフ達はハーフエルフだから。
という理由だけで非難していたが、
彼に助けられたものはきちんと分別をわきまえていた。
リフィルの言葉にうなづきつつも、
「…そうだ。だから戦いは悲しい。どちらにしても命のやり取りにはかわりがないのだからな。
勝つ、ということは相手の犠牲と憎しみを生むことだ。
…争いとは、戦争とは、そういう悲しみしかうみださぬもの。
そしてそんな悲しみに魔族たちはつけいり、
この地上をもかつてそうであったというように、魔界にしようとしている」
「…よくわかんないど。
けど、お互いを認め合える世界に俺たちが生まれていたら…
こんなことにはなっていない、のかな?」
「…難しいだろうな。ミトスはかつてそれを目指した。
人も、魔物も、精霊も、生きとしいけるすべてのものが、
共存し、わかりあい、そして手をとりあっていきていける世界。
あの子は…彼は、それを望んでいた。
どんな苦難にあってもそれをあきらめようとはしなかった。
…マーテルが殺されてしまった、あのとき、までは」
『・・・・・・・・・・・・・』
クラトスのセリフに誰もが何もいえずに思わずだまりこんでしまう。
「まあ、世の中から差別なんてものはそう簡単にはなくならないさ。
そして差別のゆきつく最終的なものが、殺し合いってな」
「…そうね。ゼロスのいうとおりね」
「…たしかにね」
さらり、とゼロスが沈黙をやぶりそういえば、
リフィルも顔をふせつつも、同意、とばかりにぽつりとつぶやく。
そしてそれはしいなにもよくわかる。
「…俺は、よくわかんねぇ」
「ま、ロイドは難しいことはわからなくて仕方ないよ」
「どういう意味だよ!ジーニアス!」
さらり、とジーニアスにいわれ、ロイドがむっとして思わず叫ぶが。
「ロイド。じゃれている間があるのならば。その燭台に炎をとっととともせ。
はやくしないと、またヘルナイトが具現化する力をとりもどすぞ?」
このままではロイドとジーニアスによるおいかけごっこ。
場所をわきまえずにはじまりかねない。
そう判断したクラトスがあきれつつもロイドを促す。
ヘルナイトの消滅?とともに、その中央に燭台というか、
今度は篝火台のようなもの。
…どこからどうみても、松明をともすそれ、にしかみえないものがあらわれ、
どうやらそこに炎ともすことにより、この先。
つまり、これより奥に進むことができる、らしい。
「なんというか。緊張感がないねぇ」
「ま、いいんでないの?ようやくロイドくんもある程度たちなおったようだし?」
ジーニアスの言葉がきっかけなのか、
それとも、今のクラトスの言葉で思うところがあったのかはわからないが。
すくなくとも、味方の姿をしたものを害してしまった。
とうじうじしているよりは、今のほうがはるかにまし。
この先、どんな困難が待ち受けているかわからない以上、
ロイドのあの態度はほかの者たちを危険に巻き込みかねないもの。
「ゆくぞ」
クラトスにいわれ、むっとなりつつも、ロイドが篝火台にと火をともす。
それとともに、その足場の右上部分。
そこにひとつの転送陣があらわれる。
次なるエリアはプロネーマをはじめとした三人が、
ミトス達が行った封印を強化し、生まれた、という封印の場――
第二層。
その層はこれまでとは異なり、どちらかといえは知能をたよりにした空間、といってもよい。
先ほどとはうってかわった頭脳勝負ともいえるその空間。
あいかわらず敵はでてくるが、
この層というかエリアにおいては、どうやら完全にヒト型の何か、というものはあらわれず、
むしろ、異形のものにちかしいものが大多数。
どちらかといえば、ロイド達も見慣れている魔物の姿を模したもの。
そういった敵がおおく、攻撃するのにもあまり戸惑いは感じない。
これまでにたまった石に記された炎の数。
封魔の魂炎、というらしきそれの数値は【1313】
階層二にあたる、フロアの十エリア。
何とか仕掛けを解除…もっとも、この仕掛け。
ここにくるまてさまざまなものがあったりした。
ジクソーパズル形式のものがあれば、なぜかチェスゲームのようなものがあったり。
仕掛けはさまざま。
面倒であったのが、踏んでは絵の位置をいれかえてゆく、パズルゲームのようなもの。
何しろ指定時間内にできなければ、始まりの位置にともどされる。
というあるいみちょっとした鬼畜仕様であったりもした。
「くそ!あの豚ども!こしゃくな真似しやがって!」
『!?』
転送陣を抜けたその直後。
ロイド達にとっては聞き覚えのある声がきこえてくる。
といっても、この声の主はプレセア、そしてゼロス、しいなはしるよしもない。
あのとき、しいなはあの町にはいなかった。
ゆえに、彼そのものとしいなは面識がない。
「落ち着け、マグニス」
そんな声につづき、これまたロイドとジーニアスが聞き覚えある声が。
おもわず顔をみあわせるロイドとジーニアス。
声のしている視線の先。
そこには見覚えのある人影がみっつ、たしかにみてとれる。
「嘘…どうして……」
たしかにあの時、死んだはずじゃあ?
二人はまだわかる。
が、たしかにあのとき。
あのパルマコスタ牧場で、爆発に巻き込まれ、彼は死んだはず。
なのに、死んだはずの五聖刃のひとりたる、
幻影のマグニス、とよばれていた人物の姿がたしかにみてとれるのはどういうことか。
しかし、彼らはどうやら転送陣にて移動してきた彼ら八人に気づいていないのか、
「これがおちついていられるか!
このマグニス様ともあろうものが、ニブルヘイムの豚どもに閉じ込められちまったんだぞ!」
苛立ちをかくそうともせず、声をかけてきた、
その左腕に巨大な大砲もどき?をつている男性に、
見覚えのある男性…パルマコスタ人間牧場の主であったはずのマグニスが、
相手にくってかかっているのがみてとれる。
「だからこそ、おちつけ、といっているのだ。
このまま魔界に住み暮らすわけにもいくまい」
「そうじゃ。おちつけ。せっかくわらわ達は封印強化の任を果たしたのじゃ。
これでユグドラシル様がわらわ達の中から五聖刃の長をきめてくださる」
イセリア牧場の主であるフオスティスと名乗っていた男性がいえば、
そんな会話にわってはいるかのように、
これまたロイド達も見覚えある女性が、
そんな二人にちかよっていき、そんな言葉を投げかけているのがみてとれる。
そして、そんな二人を…というか、特にマグニスを、というべきか。
ともかく、
「ここで焦っては脱出などできないぞえ?」
まるで子供をあやすかのごとく言い聞かせているさまがみてとれるが。
「わかってる!だから、早くこんなところを……」
そんな彼らをみつつ。
「?どういう、ことなんだ?あれ?」
「たしか、あのものたちが地上にもどってきたとき。
彼らは言い合っていたとかいっていたからな。
そのときの記憶がこの地に閉じ込められた魂に刻まれ、
おそらく、永遠にその時を彼らは繰り返している、のだろう」
すでに自分達の本体が脱出していることすらきづかずに。
自分達が分けられた魂の一部である、ということにすらきづかないままに。
ずっと、同じときを幾度も再生するかのようにくりかえす。
彼らがこうして姿をあらわすきっかけとなるのは、
転送陣が起動したとき、とミトスがそのようにこの封印には仕掛けをほどこした。
それは自分達がわけた魂たちにもいえること。
と。
『!?』
彼らが何かにきづいたのか、はっとその場にたちどまり。
ようやくというか、今さら、というべきか。
その視線を転送陣のいまだに前にいるロイド達にとむけてくる。
「何だぁ?こなところに劣悪種…と、ハーフエルフ、だと?」
「きをつけろ。魔王たちの幻影かもしれぬ。
というかクラトス様がおられる以上、その可能性が高い」
「魔王たちのしそうなことよな。よりによって、
四大天使の一人、クラトス様の姿を模してくるとはのぉ」
ちらり、とロイド達をみて、そしてクラトスをみて、何やらそんな言葉をいいだしているその三人。
「?クラトスさんって幻影だったの?」
「違う」
本気できょとん、と首をかしげ、横にいるクラトスにといかけているコレットに、
即座に否定の言葉をだしているクラトス。
「何で、死んだはずのマグニスがいるのさ!?」
ジーニアスの叫びに。
「この地の封印は、魂を割いてというか分けて行われている。
つまり、そこにいるのは、あの三人達の魂の一部、というわけだ。
…本体が死に、ゆえにあの三人がかけていた封印がとけかけたのだろう」
封印が解除されるよりも先にコレットがマーテルの器になるゆえに、問題はないだろう。
あのときには、そうおもっていたのに。
これはあるいみクラトスの誤算、といってもよい。
あのとき、そのきになれば、クラトスはマグニスを助けることができたのだから。
「何だかあのひとたち、私たちのことも覚えてないみたい?」
コレットからしてみれば、それが不思議でたまらない。
「幻影だとすれば、かなりうるさい幻よのぉ」
プロネーマがあきれたように…というか、
ロイド達が知っているプロネーマより、目の前の女性のほうが、若干若くみえなくもない。
とにかくそんなプロネーマが一行をみつつそんなことをいってくるが。
「ええい!面倒だ!この豚どももかたづけちまおう!文句はねえだろうな!」
「しかり。クラトス様の姿を語るなと、言語道断。異論はない」
マグニスの台詞に即座にフォシテスが反応する。
どうやら、まともにいまだにクラトスは天使の翼を展開しているがゆえ、
すぐに四大天使の一人だ、と理解しているらしい。
もっとも、今のクラトスのかっこうにも原因があるのであろう。
ロイド達とかつてともにいた姿、ではなく。
クルシスの幹部、としての服装にクラトスは身をつつんでるのだから。
「くるわよ!」
リフィルがいまだに緊張感があまりないロイド達に注意を促す。
どうやら相手はこちらを幻、ときめかかり、
また、よりによって魔王がつくりだした敵、と見定めた、らしい。
「クラトス、何とかできないの!?」
「話をきく、とはおもえぬな。叩きのめしたほうがはやい」
「・・・・・・・・・・・・結局、そうなる、のね」
たしかに。
相手がいくらクラトスに敬意を払っているのがみてとれたとしても。
そのクラトスが偽物、ときめてかかっている彼らには、何をいっても寝耳に水、であろう。
第一の封印。
プロネーマ、マグニス、フォシテスとの戦いが、開始されてゆく――
「リーガルさん!」
ロイド達が、プロネーマ達、ディザイアンの幹部となりし、
かつての魂の欠片と戦っているそんな中。
ここ、アルタミラにおいても状況は一変。
さきほどから、どうも相手が強くなってきているような気がする。
そしてまた、それに伴い、白い霧もより濃くなってきている。
まるで、黒い霧に拮抗しているかのごとく。
みずほの民からの悲鳴のような声。
「な、しまっ!!」
とにかく、これは異常。
必ず敵がつよくなっている理由があるはず。
町に仕掛けられている爆弾を解除しつつも、
ふとタバサがその気配にきづき、思わず叫ぶ。
「それは、爆弾、では!」
しかし、すでにおそし。
手分けして、とにかく知識があるものは、
爆弾の解除にあたっている今現在。
今、彼らがいるのは、居住区画とよばれし区域。
爆弾はおもに居住区画と商業区画に多くしかけられており、
すでに、娯楽施設の中にあった、遊園地にしかけられている爆弾は、
すべて解除、取り除きが完了しており、
あと残すはこの区画のみ。
爆弾とおもい、近づき解除しようとしたその刹那。
ぶわり、と爆弾に擬態していたらしき、黒き霧が、
一気にぶわり、とまるで風呂敷のようにひろがりて、
そのまま、目の前にいるリーガルに覆いかぶさってくる。
『リーガル(様)(さん)!!』
「っっっっっっっっ!」
聞こえるは、同じく爆弾解除にあたっていたジョルジュ達の声。
その声とともに、リーガルの体はすっぽりと、
そのまま黒き霧の風呂敷のようなそれにと包み込まれ、
あわてて他ものが近づいたときにはすでに遅し。
ドサリ。
その場にたおれるリーガルの体。
「こ、これは!?」
駆けよたタイガがはっと息をのむ。
倒れたリーガルから感じる気配。
それはタイガにとってとても慣れ親しんだものとほぼ同じであったがゆえに。
「でも、クラトス。あれでよかったのかしら?」
リーガルの身に何がおこったのか。
当然、禁書の中に入り込んでいるリフィル達が知るはずもなく。
先ほどのことについてクラトスにと問いかけているリフィルの姿。
リフィルはまだわからない。
何とか、プロネーマ達にはかてた。
最後にクラトスからあれから八百年近く経過している、といわれていたが。
マグニスはそれを認めようとはしなかった。
リフィルがとりだした封魔の石をみて、プロネーマ達は納得していたようだが。
封魔の石が完成したがゆえに、幹部であるクラトスがこの場にきている。
なぜ劣悪種とともにいるのかは不明なれど。
しかし、彼らはそんなことを口にすることなく。
どうやら本当の魔王によって生み出された幻影、ではなく、
クルシスの四大天使の一人だとうクラトスとみとめ、
封魔の石が完成したのでこの書物を処分しにきた。
そのことばに素直に従った。
もっとも、マグニスはなかなか納得していないようではあったが。
「これより先はここの大本、リビングアーマーの支配地だ。
あいつらには、あのままあの地にいてもらわねばならん」
万が一、失敗したときのために。
しかし、ともおもう。
みずほの民がみつけた、というこの封魔の石。
リフィルがいうには、里にきていた全身黒ずくめの男から預かった、とのことらしい。
この石が自分達が授かっていた石なのかどうか、そのあたりはわからないが。
「さて、この扉の先。ここよりは、完全に疑似とはいえ。
その空気も何もかもが、魔界ニブルヘイムと同じになっている。心せよ」
これまでの階層とはことなり、転移陣をこえたさきは、
ちょっとした石のドーム状となっており、
ぽつん、とドーム状の柱がたっている足場があるだけで、
その先に扉がひとつ、これまたさきも何もない、というのに。
ぽっかりとそこに浮かんでいたりする。
「しかし、こんなエリアはつくっていない、はずなのだが?」
クラトスが周囲をみつつも、怪訝そうにぽつり、とつぶやく。
そう。
こんな場所はつくっていなかったはず。
でも実際にこうしてこの場ある以上、これが現実。
「…この先、何があるかわからん。私が先陣をきる」
念には念をいれたほうがいいであろう。
特に、ありえないことがおこっているのが判明した以上。
「な、なんだ!?」
これまでは異なり、赤のフロアだ、というのに扉をくぐったその先に。
敵の姿がひとつもみられない。
ただ、かろうじてせまい通路らしきものがあり、とにかくそこは一本道。
その道を通らなければどうやら先には進めない、らしい。
しかたなく、注意深く、道をわたっていっていたその直後。
突如として足元に魔方陣のようなものが浮き上がる。
「!ロイド!」
ドッン。
それはとっさ的の判断。
おもいっきり魔方陣の光が展開するよりもはやく、
コレットが思いっきりロイドをその場から突き飛ばし、
光の円陣の外にと突き飛ばす。
「いけない!罠だわ!」
リフィルが叫び。
「しまった!この空間にもやつはあれを設置していたのか!?」
クラトスのあせったような台詞。
念のために先導していたことがどうやら仇、となったらしい。
背後にいた全員…ロイドはどうやらコレットに突き飛ばされ無事、のようだが。
しかし、それ以外のメンバー。
リフィル、コレット、ジーニアス、ゼロス、しいな、プレセアの六人は、
そのままその場にと囚われる。
青き光は一瞬のうちに六人を包み込み、光の壁となりて、
ロイドとクラトス。
そしてほかの六人の間を遮断する。
「…ロイド。ごめんね?また迷惑をかけちゃう」
光のむこうから、コレットがロイドに申し訳なさそうに声をかけているが。
「うわ!?これって……ロイド!」
ロイドにむかい、手を伸ばすが、そこには光の壁があるのみで、
ジーニアス真横にいたはずのコレットが、光とともにその場からかききえる。
それをみて、ジーニアスもまた焦った声をだすが、時すでにおそく。
ジーニアスもまた、その場からその姿を掻き消してゆく。
「私たちのことより、この罠を回避する方法を…クラトス。ロイドを頼んだわよ」
信用しているわけ、ではない。
でも、すくなくともクラトスは、ロイドにだけは誠実である。
そうリフィルは踏んでいる。
どうやらこの罠に巻き込まれなかったのは、みたかぎり、ロイドとクラトスのみ。
ならば、先に進むためにも、この罠の回避方法を探る必要がある。
このフロアはほかのフロアとはことなっている。
そもそも、クラトスがはじめに説明したような間取りのフロア、ではない。
「あたしのことはきにすんな!それより、はやく魔王を…っ」
リフィルがクラトスに声をかけ、クラトスが無言でうなづいたのをみてとり、
安心して微笑んだその直後、リフィルもまた、その姿をその場からかきけしていき、
それにつづき、しいながロイドにむかって語りかけるが、
しいなもまた、それだけいうとともに、その場からいきなかききえる。
「く、くそ!これ、どうにかならないのかよ!」
とにかく、これをどうにかしなければ。
どんどんとみんなが、仲間が消えてしまう。
必至になりて、ガンガンと剣を抜き放ち、光の壁のようなものにたたきつけるが、
光はまるで頑丈な板のごとく、あっさりとロイドの剣を弾き返す。
「これはまさか…おい、天使様!これもしかして、例の罠ににてるやつか!?」
はっとしたようにクラトスをみつつゼロスが叫ぶ。
「忌々しいが…そのよう、だな。
そもそも、あれはミトスがこれを参考にしてつくりあげたもの。
こちらのほうがあるいみで元祖、ではあるが。
まさかまたこれを利用していたとは…あなどれぬな。リビングアーマー」
かつて、クラトス達はこの罠を突破するために、
そもそもこの空間はかつて、好んでリビングアーマーが作り出していた、
疑似空間。
すなわち、彼のテリトリーでもある結界の空間にほとんど近い。
おそらく、この書物に封じられている中でも、
こんな空間を作り出すまでに力が回復してしまっているのであろう。
回避する方法は、魔族にとっては反物質ともいえる、
マナの加護。
すなわち、大樹の加護が必要となる。
もしくは、その先にまちうけている精神を砕く幻想を突破するか。
「ゼロス!みんな…くそぉぉ!どういうことなんだよ!クラトス!
みんなはどうなっちまったんだよ!」
何が何だかわからない。
いきなり、仲間たちが次々にきえていった。
それどころか……
ゼロスの姿までその場からかききえる。
そのまま、がしっとクラトスの服をつかみ、がくがくとゆするロイド。
目の前でおこったことが信じられない。
信じたくはない。
「おちつけ。彼らは殺されてはいない。
やつは力あるものを好む。おそらくはどこかに幽閉し、精神をおり。
自分の先兵とでもするつもりなのだろう。
この空間はどうやらやつが得意としていた結界空間に近いようだしな」
この空間は、ミトス達とともに作り上げた空間、ではない。
むしろ、どちらかといえば、リビングアーマーのテリトリー内といってもよい。
精神をことごとくおり、人間不信にさせ、自らの駒とする。
それがこの先に封じている魔王がもっとも得意とし、またよくおこなっていたこと。
「っ!これがおちついていられるか!」
がしり、とロイドがさらにクラトスをつかむ手に力をこめるが。
「おちつけ。といっている。
お前のその怒りが、この空間を支配しているやつの力になるのだぞ?
お前は、お前のその冷静さを失った感情のせいで、仲間をより危険にさらすつもりなのか?」
「…くそっ!」
淡々というクラトスにたいし、ロイドは怒りを覚えしまう。
が、理屈ではわかっている。
この怒りもまた、魔族の力になっしまうかもしれない、というのは。
それでも、心がおいつかない。
目の間で仲間たちが消えてしまったその事実。
間近にある、死。
「ゆくぞ」
「いくって、どこにだよ?」
「かつてのやつのしていることだとするならば。
ここはやつの屋敷を模した空間というのがよりつよい。
その中のどこかに彼らは捉えられているはずだ。幻影、という苦痛の中に、な」
そのまま、すたすたと歩きだす。
クラトスの目にはその先に転送陣らしきものがみえている。
おそらくは、彼のより深いテリトリー内にいざなうための仕掛け、であろう。
自分達を消滅させにきたものたちを取り込み、
そしてできうれば仲間にするか、そうでなければ確実に消滅させるために。
~スキット;仲間はどこに?/ロイド&クラトス以外行方不明中~
ロイド「くそ!俺はまた、またコレットを助けられなかったのか!それにみんなも!」
クラトス「おちつけ。ロイド」
ロイド「あんたは、何ともおもわないのかよ!」
クラトス「・・・・・・・・・・・」
ロイド「くそっ」
その涼しい顔がよけいにロイドをいらだたせる。
まるで自分は関係ない、とばかりに表情一つすらかえないクラトスに、
ロイドは苛立ちをつのらせる。
クラトス「だから落ち着け。お前がそうあせり、負の感情を抱くことにより。
この空間をつうじ、魔族たちは力をたくわえてゆくのだぞ?」
クラトスからしてみれば、これにかかわるのは二度目。
否、三度目に近い。
一度目はラタトスクによる加護の試練、別名【精神の迷宮】とよばれし地にて。
そして、二度目は加護をえて挑んだ魔族との戦い。
そして今。
ゆえに初めてであるロイドより、おちついているのもあるいみ当然。
クラトス「…こんどばかりは、ユアンのやつに感謝、だな」
いいつつも、そっと胸元にと手をのばす。
もしも、これをもっていなければ。
あのものたちと同様に、クラトスもまたあの罠に囚われていたであろう。
万物の加護が宿りし万能の加護。
【デリス・エンブレム】
ミトスはこの力をもちい、彗星内に仕掛けをほどこしているようだが。
しかし、それをとめなかったクラトスにしろユアンにしろまた同罪。
マーテルとミトス、二つのエンブレムがあるからこそなしえた技。
クラトス「とにかく。おちつけ。
やつはそう簡単にはころしはしない。
あいつは、力あるものが自分の心にまけて堕ちていくのをみるのが、
忌々しいまでに好きなやつだからな」
ロイド「…ずいぶん、くわしいんだな」
クラトス「やつとはミトス達とともにたかったからな。
しかし、倒すことはできず、こうして書物に封印、しかできなかったが」
ロイド「・・・・・・・・・・・なあ、本当に。
あの勇者ミトスが、クルシスの、ディザイアンの親玉なのか?
俺、まだ信じられないよ……」
ユアンやエルフの語り部からそのようにきいたとしても。
勇者ミトスの英雄譚にあこがれて育った立場からしてみれば、
勇者ミトスが人々が苦しむような世界をつくりあげている。
そんなことが信じられない。
信じたくはない。
そもそも、世界をつくりあげている、ということすらいまだにロイドは半信半疑。
クラトス「…ミトスはかわってしまった。いや、そうさせたのは…
今はそれをいっているときではない。とにかく、急ごう。
精神が砕けてしまえば、取り返しがつかぬ」
ロイド「というか、精神が砕けるって……」
そこまでいいかけ、ふとロイドの脳裏によぎるのは、
リフィルやジーニアスの母親だ、というバージニアの姿。
彼女は精神を病んでいた。
人形を娘、とおもいこみ、生んだはずの子供もまだうんでいない、と。
そしてひたすらに幸せであった記憶とともに生活していたあの光景。
ロイド「…先生や、コレット達が、ああなる…そんなの、みとめられるか!」
あれでは生きている、とはいえない。
周囲に目をむけることがなく生きているなど。
ロイドは認めたくは…ない。
クラトス「足手まといにだけはなるな。怒りはやつらをより強化させる。
やつらと対峙するときには幸せな記憶を呼び覚ますのだ」
ロイド「あんたたちはどうやってかったんだよ?」
クラトス「…ユアンのやつが……」
ロイド「は?」
クラトス「ユアンのやつが、散々、マーテルののろけをいいはなってたんだ!
それに追従するかのように、ミトスまでも賛同して!
そもそも、ユアンのやつにマーテルのことを語らせたら、
それこそ寝食すら忘れて延々と語り続けるというのに!」
ロイド「…よくわかんねえけど、何となくきついってことだけはわかった。
…ユアンって……」
クラトス「…魔族たちも、そんな幸せ一杯ともいえる生のオーラには耐えられなくなったらしくてな。
というか、魔族をその場に正座させ、
延々とマーテルのよさを語っていたユアンのあれにはひいたぞ。この私とて」
ロイド「あ、あんたたちの昔って……」
クラトス「…昔のこと、だ。遠い、昔の、な」
ロイド「…なあ、四千年も生きるって、どんな感じ、なんだ?」
クラトス「・・・・・・・・・・・とにかく、いくぞ」
ただ、無下にいきているだけ、だった。
その心にひかりともしてくれた女性をうしない、子もうしない。
けど、自分の探し方がわるかっただけ。
あのときあきらめずに探していれば。
でも、息子はきちんとここにいる。
この熱血具合はミトスによくにている。
ロイドは何も考えずに行動しているようだが、
ミトスはすべて計画にもとづき、よりよい行動をとっていた。
そのあたりのさはあれど。
それに、とおもう。
ロイド達といるときのあのミトスのあの笑顔。
それはこの四千年、ミトスからは失われていた、素の笑顔。
ならばまだミトスにも救いが…取り返しがつくのかも、しれない。
ミトスがそれを認めるどうかはともかくとして。
認めないのであれば、ミトスを導いた当事者、として。
かつての決意のままに、ミトスと刺し違えても止める必要がある。
すでに、必要な材料はすべてそろえおわった。
ロイドにエターナルソードを利用させるための道具は。
そのためには自分の命をかけなければならない。
その前に懸念されていたこれをどうにかできる。
それはクラトスにとってはあるいみで好都合。
これさえどうにかしてしまえば、心残りは確実に一つ減る、のだからして。
※ ※ ※ ※
「…何だ?ここ?」
先ほどとはまったく異なった空間。
空間、というよりはどこかの建物の中。
そういって過言でない。
さきほどまでは周囲が右も左もわからないような、極彩色の空間であったのに。
転送陣を抜けた先には、しっかりと壁もあり、そして廊下もある。
ざっと周囲みてみれば、必要最低限らしき壁にかけれているランプすらみてとれる。
特徴的なのは、その視線の先。
長くつづく廊下?らしきその横に、壁一面に、
柱ごとに巨大な鏡のようなものがずらり、とならんでいるその様子。
はっきりいって今までの空間と、すべてにおいて異質をはなっている。
「クラトス、ここは……?」
ふと後ろからつづくであろう、クラトスの姿が、ない。
たしかにいっしょにほぼ同時に転送陣にとはいったのに。
「…まさか、別々に飛ばされ…た?」
ロイドの声が、かすれる。
だとすれば。
ここにいるのは自分だけ。
みんながどこにいるのか、その安否すらわからない。
そういえば、とおもう。
いつも必ず誰かがいた。
完全にこうしてひとりっきりになったのは…
――お父さん、お母さん、どこ~!?
もう、好き嫌いいわないから、トマトもきちんとたべるから!
幼き日。
母と父の姿をもとめ、森の中に分け入ったあのとき。
ふとロイドの脳裏にそのときのことがよぎる。
あれからずっとダイクが、そしてノイシュが、村の人たちがいた。
レネゲードに誘拐されていたときも、近くに誰かはいた。
…見張りのもの、ではあったが。
「…とにかく、いこう」
ここで一人、悩んでいてもしかたがない。
「いちばん、怪しいのは、あの鏡、だよなぁ?やっぱり」
異様すぎるといえば異様すぎる、ずらり、と並んでいる姿見の鏡。
かなり先までこの廊下はつづいているらしく、どうやら一本道。
いくつもの石の柱は規則的にとならび、
そしてまた、壁につけられているランプの明かりのみが、周囲をやわらかくてらしだしている。
「まずは、鏡を一枚一枚、試してみる、か」
何しろどうやらここは廊下しかないのか、階段も何もみてとれない。
ならば、怪しいとおもわれる鏡をしらみつぶしにさがしていくしかない。
そうときまれば即実行。
しばらく鏡の前をゆっくりといったりきたりすることしばし。
「…ん?」
ふと、何か違和感を感じる。
それは幾度目かの往来の末。
それが何かがわからない。
わからなかったが、よくよくみてみれば、その違和感は一目瞭然。
「…何で、この鏡、俺の姿がうつらないんだ?」
そう。
他の鏡はきちんと姿がうつっていた、のに。
この目の前の鏡には姿がまったくうつりこんでいない。
「いったい…」
それは無意識なる行為。
そのまま、ロイドが無意識のままに鏡に手をあてる。
刹那。
カッ!
まぶしいまでの光が、ロイドの体をつつみこむ。
「しまっ!!」
ロイドが叫ぶがすでにおそし。
光は、またたくまにロイドの体をつつみこみ、
…そして、静寂が訪れる――
…さい…おきなさい。
「起きなさい!ロイド・アーヴィング!!」
スコォォン!
「ってぇ!…え?」
何か額にものすごい衝撃をうけた。
「まったく。あなたときたら…相変わらずなんだから。
立ったまま寝られる、なんて器用ねぇ」
あきれたような口調が投げかけられる。
「って、あれ?先生!?え?あれ?先生!無事だったんだ!
みんなは、ゼロスは、しいなは、プレセアは…!」
はっと横をみれば、どこかに連れていかれたはずのリフィルの姿が。
ゆえに思わず叫ぶロイド。
それとともに、バシャン!
…バシャン?
あれ?
なぜ自分の足元に水桶が二つ、ころがっているのだろうか。
「寝ぼけてるんじゃありません!まったく。いったいどんな夢をみていたんだか。
ロイド、あなたがこぼしたその水桶の水はきちんとふいておくように」
あきれたようなリフィルのセリフ。
それだけいいつつ、リフィルはそのまま前のほうにとあるいてゆく。
「?あれ?ゼロスってテセアラの?ゼロスの来訪は来月だよね?」
「だね」
あれ?ここは。
何だかとても見覚えがある。
ありすぎる。
「…何で……」
目の前にいるのは、見慣れた子供たち。
「何で…ここは、イセリアの……」
イセリアの学校。
リフィルがたっているのは、まちがいなく学校の教室の教壇。
そして自分の足元にころがっている水桶と、木の床にひろがっていっている水。
これから引き出されるのは、まさか。
「もう、いいわ。じゃあ、今の答えを。ジーニアス。あなたが答えて」
「はい。姉さん!」
その言葉とともに前のほうにすわっていたらしいジーニアスが立ち上がる。
「ジーニアス!?お前も無事だったのか!よかった!」
「…ロイド、どんな夢みてたのさ。まったく」
ジーニアスのほうにはしりより、がしっと手をつかむ。
そんなロイドにむけられたのは、あきれたようなジーニアスの視線。
「ロイド。あなたはあなたがこぼした水桶の水の後始末をなさい。まったく」
そんなロイドにむけて、リフィルがあきれたようにつぶやき、
くすくすとした笑いが周囲の子供たちから発せられる。
「かつての古代大戦は勇者ミトスによって聖地カーラーンで停戦されました」
「そうね。よろしい。その後、勇者ミトスは女神マーテルとの契約によって、
戦乱の原因であるディザイアンを封印しました。
しかし、封印が弱まり、ディザイアン達が活動を再開してしまい…」
ぞくり。
いいようのない悪寒。
このセリフは。
この授業は。
「今日はマナの神子が……」
今日は預言の日です。
マナの神子がマーテル様からの神託をうける日よ。
それは、このたびの始まりともいえるあの日の記憶。
まさか、時間をさかのぼった?
それとも、これが夢?
けど、夢だとわかっていても、コレットがつらい目にあうのがわかっている。
世界再生の旅の始まり。
あの日の記憶。
ここからすべてははじまった。
コレットがレミエル、となのったあの天使の信託をうけてから。
「だ、だめだ!コレット!神託なんかうけにいったら!
そうしたら、お前は天使になって、苦痛をともなって!
世界再生の旅なんかにいったらだめだ!!」
はっとしつつも、コレット…なぜここにコレットがいるのかわからない。
みれば、リフィル先生もいる。
コレットもジーニアスも。
ゼロス、しいな、プレセア、そしてクラトス。
この四名の姿はみえないが。
「ロイド!いい加減にしなさい!いつまで寝ぼけているの!?まったく。
いつものあなたらしくないわよ?」
コレットの肩をがしり、とつかみ、
何やら切羽つまったように叫ぶロイドにたいし、
リフィルがそんなことをいってくる。
周囲にいるほかの子供たち。
かつてロイドとともに学びの屋で学んでいた、イセリアの子供たちも、
なぜかそんなロイドを驚いたようにみている姿がそこにはあるが。
ロイドはそのことに気づかない。
「ロイド、大丈夫?なんか顔色わるいよ?」
自分の肩をがしり、とつかみ、そんなことをいってくるロイドにたいし、
その手をそっと優しく上からつかむようにして、
逆に、ロイドのそんな顔を覗き込んでいるコレットの姿。
そしてまた。
「世界再生?ってロイド、本当にどんな夢みてたのさ?
世界はもうとっくに再生されてるじゃない」
あきれたようなジーニアスの言葉がジーニアスの席のほうから、
ロイドにむけてなげかけられる。
「…は?」
しかし、ロイドにはジーニアスのいっていることのほうが理解不能。
ゆえに、思わず間の抜けた声をだしてしまう。
「まったく。本当にいつまで寝ぼけているのかしら?
あなたにしては珍しいわね。このことはあなたのほうが詳しかったのに。
まあいいわ、授業の続きをしましょう。コレット。あなたが続けてちょうだい」
そんなロイドをみて盛大に溜息をついたのち、
授業をつづける、とはかりに、コレットにその話題をふっているリフィル。
「はい。先生。本当ならば、今日、この日、私の十六の誕生日のこの日。
衰退世界であったこの世界に信託がくだるはずでした。
でも、今から十四年前。大いなる実りとなっていた勇者ミトスが復活をはたし、
女神マーテル様も目覚められました。
そして、二つにわけられていた世界は一つに融合をはたしました」
「はい。よくできました。勇者ミトスは女神マーテルとの約束に従いて。
聖地カーラーンに大樹カーラーンをよみがえらせ。
天界にすまいしものたちとともに、その地に聖なる都を築きあげました」
「・・・・・・・は?」
こんなの、しらない。
こんな事ロイドの記憶にはない。
「勇者ミトスと女神マーテルは。
愚かなるものといわれていた、ディザイアン達がうまれたのは、人々が狭間のもの。
といわれているハーフエルフを差別したのがすべてのはじまり、となげき。
少しでも彼らの苦しみと、そして人々の偏見をなくすため、
あえて自分達もハーフエルフとして転生しこの世界によみがえる。
そういいのこし、力のすべてを世界にゆきわたらせ、消えたといいます。
聖都にいる天使たちはそんな女神を見つけ出すのが役割とし、
また、ハーフエルフに混じるであろう女神を傷つけないように、
治安維持にも尽力をつくしている、といいます。
いい例がテセアラね。あの地はハーフエルフの差別が著しかったというわ。
けど、彼らの努力でそのなりはひそめている。
今のようにおちついた世界になったのは…。ジーニアス。答えて」
そんなロイドの戸惑いは何のその。
コレットに続くようにリフィルが追加説明をし、
そしてその続きをジーニアスにとふっているのがみてとれるが。
「はい!世界が統合されていろいろとあったけども。
そもそも、シルヴァラントとテセアラの文明の差は歴然としてて。
でも、テセアラの神子とテセアラの公爵ブライアン公爵の経営する、
レザレノの力によって、シルヴァラントも復興をとげました。
多少のごたごたはあったけど、今から五年前。
ようやく、この地にも王朝というものが復活し、
あからさまな国がない、という意味での差別はなくなりました」
「はい。よくできました。
パルマコスタに八百年前の王家の末裔がのこっていたのは授業で教えたわね?」
・・・・・・・・・・・これは、いったい?
こんなの、ロイドは、しらない。
しらない、はずなのに。
なぜだろう。
これがあたりまえ
これが真実なのだ、とうような気になってしまうのは。
「…先生。ロイドの顔色がわるいみたいなので。
ロイドを保健室につれていってあげてもいいですか?」
リフィルが授業をつづけている最中。
コレットがすっと手をあげ、リフィルにといってくる。
先ほどから、ロイドの様子がおかしい。
ロイドこそこ授業はとても詳しい当事者、のはずなのに。
このコレットからしてみればそれか当たり前であり、
今のロイドのほうがあきらかに挙動不審。
つまりは、おかしいというか、体調が悪いようにしか見受けられない。
「そうね。たしかに今日のロイド・・・いえ。
目がさめてからのロイドはおかしいわね。
そもそも、ロイドのほうがこれに関しては詳しいのだから」
「たしかに。ロイドってぬけてるよね~」
「ま、ロイドだし」
どっと、教室にいた子供たちから笑いの声がわきあがる。
平和な光景。
「ロイド、いこ」
「…あ、ああ」
何が何だかわからない。
混乱するロイドはそのまま、コレットに連れていかれるまま、
学校の中にある、という保健室に手をひかれつれていかれることに。
「…なあ、母さん。父さんは?」
「まあ。ロイドったら。まだねぼけてるの?
今日、なんかあなたの様子がおかしいからってリフィル先生が呼び出ししてくるわけね」
くすくすくす。
そういって笑うその様子は、幻影、とは到底おもえない。
それに、そっと顔にふれられた手は温かい。
そもそも、保健室かいうのつれていかれ…
ロイドの記憶に学校にそんなものはなかった、というのに。
何でもクルシスの寄付でそういった設備は充実している、らしい。
何でクルシスが?
ときけば、当たり前でしょう?
とあきれたような視線を保険医だ、という女性からむけられたが。
そしてしばららくしてやってきたのは、ロイドには見覚えのない女性。
おもわず、誰?といかければ、
なぜか盛大におどろかれ。
そして。
「…一時的な記憶喪失、かしら?」
「たしか、授業中に居眠りして黒板消しを頭でうけたとききますけど」
なぜかそんな会話を神妙な様子でしている二人の女性。
どこかなつかしく、そして優しげな雰囲気をもつ女性だが。
しかし、彼女にふれられれば、ロイドはとてつもなくなつかしくなり、
するり、とその言葉がもれいでた。
すなわち、母さん、と。
言葉にしてしまえば当然で。
なぜに自分はわからなかったんだ?とう思いのほうがつよい。
そこまでおもい、はっと手をみてみれば、
自分の手にはきちんと母の形見のエクスフィアがつけられており…
もう、何が何だかわからない。
結局、今日のとこは様子をみるために家にもどったほうがいいでしょう。
その言葉もありて、ダイクの家にもどってきたのはついさきほど。
ロイドの様子がおかしい、ときき、
ダイクもすぐさま寝床の用意をし、
大丈夫だ、というロイドの意見はききいれられず、
まだ昼間だ、というのにベットに横にされた今現在。
「父さんは、私とあなたをここ、イセリアに届けたのち。
やることがあるからってもどったでしょう?」
しゃりしゃりと、ロイドのため、なのだろう。
ベットの横にある椅子にこしかけ、リンゴをむいている母アンナの姿。
そういえば、母さんってこんな姿をしていたっけな?
幼き日の記憶がロイドの中にとよみがえる。
父親の姿を思い出そうにもなぜか霞がかかったかのように思い出せないが。
「もどった?それは……」
「だから、こんな世界になったのよ。
父さんはやりとげたの。ずっとあの人は悔やんでいたもの。
弟子を止められなかった、といって」
「…弟子?」
というか、答えになっていない。
「あなたが三つになるかならないかのときに。
私とあなたはここ、イセリアに移住したのよ。
あのひとは、すべての後始末がすんだら迎えにきてくれるっていうけど。
あのひと、まじめだからきっと、なかなか抜けられないのね?
でも、毎年異様なほどに荷物とどいてるでしょ?あなたにも」
「…そう、いえば」
そんな会話の最中。
ないはずの記憶がまるで濁流のようにロイドの心の中にとおしよせる。
毎年、ロイドの誕生日、そして母アンナいわく、結婚記念日。
さらにはアンナの誕生日。
そのたびに異様なほどの花束と、どうでもいいような品がごっそりととどけられ、
そのたびに、自分達だけではどうにもならないから、
といって、村人たちに分け与えていた日々の記憶。
三歳から十七歳にいたるまでの膨大なる時間の記憶。
それがまるで当たり前で、それでいてここで生活、いや、生きていたんだ、という実感。
「…母さん、俺……」
あれは夢、だったんだろうか。
先生が、ジーニアスが、コレットが。
次々消えていったあの記憶は。
今、この世界は平和で。
以前は新マーテル教とかいうものが何やらしでかしたことがあったらしいが、
それもクルシスの手と、そして女神マーテルの親神の手によりて、
何でも精霊達の真なる王、とのことらしいが。
精霊も女神も、その【王】が生み出し、勇者と女神の懇願もありて、地上に猶予を与えた、という。
ともかく、その王の粛清もあいまって、
今では表立って、あきらかに争いを起こそう、というものはもはやいない、らしい。
ハーフエルフに対する差別もまた、
女神と勇者が自分達がハーフエルフとなりて、世界を、ヒトを見定めるから。
そう【王】に懇願することにより、ヒトは生きることを許された、というが。
そのあたりはロイドにもよくわからない。
ないはずの記憶。
なのに、するり、とはいってくるその記憶は。
まるでこれまでの日々のほうが夢で、こっちのほうが現実だ、
とでもいうかのごとく。
あまりにも鮮明すぎるほどに、ロイドの中にと記憶、としてよみがえる。
――ロイドは気づかない。
この空間こそが、アンナが望み、ロイドの心を守るためにつくりだした、
かりそめの優しい空間である、ということを。
そして、かつてのアンナがクラトスとともに望んだ世界である、ということを。
現実のロイドの体は光につつままれ、薄い水晶に閉じ込められ、
魔族による攻撃、すなわち瘴気から守られている、ということに。
平和。
平和すぎる光景。
この世界はとても平和。
すでに世界は一つになっており、クルシスが地上にいることにより、
天使達の怒り、そして【王】の怒りを恐れた人々は、
表だってはかつてあったような差別などということを口にすることはなくなった。
ロイドが三歳の時に、すべての世界は元にもどった。
ゆえに、衰退世界と繁栄世界。
そんな制度はもうのこっていない。
世界もなぜか壊滅的な被害をうけた、というテセアラ王国。
その新国王の協力のもと、復興の兆しをみせている、という。
この世界では神託が下ることは結局なかった。
コレットの誕生日は普通にお祝いされ、聖堂が光る、ということもありえなかった。
つまり、コレットが天使化することもなく。
ゆえに、再生の旅にでてつらい思いをすることもない。
また、ロイドがレネゲードにさらわれたり、
またディザイアンがおそってくるようなこともない。
世界が一つになるとともにディザイアン達は女神の慈悲のもと、クルシスに引き取られた、という。
彼らももともとは被害者なのだからという理由から。
今は、聖地にて、聖なる都の建設に携わっている、とのことらしいが。
恨んでばかりでは先にすすめない。
復讐はより強い復讐を招きかねないゆえに、認められない。
そう天界クルシスより、天界、としての最後の神託が女神より下った、という。
そして女神マーテルは自分達の力を世界にわけあたえ、
よみがえった勇者ミトスとともにその力をマナにとかえて世界にとけた、と。
その魂はどこかのハーフエルフとしてうまれ、
人々が本当の意味で手をとりあえる世界になっているか確かめる。
という【王】との約束のもとに転生する、という言葉をのこし。
たしかにイセリア、なのに。
ロイドの知っているイセリア。
しかし、もう一つロイドの中に自然に浮かんできた記憶にあるイセリア。
どちらもイセリア。
このイセリアは王都メルトキオでかつてみたように、かなり衣食住が充実している。
素朴なる街並みを望む人々の手によりて、あまり近代化はされていない。
とのことらしいが、家の中にはいればそれこそ、便利な品がいくらでも並んでいる。
かつての村で村人たちからもどこか神子というだけで特別視されていたコレットも。
ここではふつうの女の子のように扱われ、
人々にそういった神子だから、という扱いはみられない。
なぜかロイドにたいしては大人たちは一歩ひいたように接してきているのが、
ロイドからしてみれば少しばかり気になりはすれど。
どうやら皆の中で、ロイドはなぜか一時的な記憶喪失におちいっている。
という話でまかりとおってしまっているらしい。
何でももともとのロイドはもっと勉強もでき、分別をよくわきまえていた。
とかそういわれても。
というか、なら今の俺がわきまえてないってことかよ。
そうおもったのは一度や二度、ではない。
翌朝になっても、そのまた翌日になっても、この夢は冷めない。
来月になると、テセアラからの使者としてみすほの里の統領がやってくる、らしい。
しいなが?!といえば。
記憶ないのにしいなだけはおぼえてるんだ。とジーニアスにあきれられたが。
この世界は、とても優しい。
ジーニアスもリフィルもここでは、ハーフエルフ、ということを隠していない。
むしろ、ハーフエルフだから、というのを誇りにし、
また村人もそのことをとても歓迎している様子がみてとれる。
何でも女神が生まれるかもしれない血筋がこの村にいつくのは大歓迎。
とかいう理由、らしいが。
そのために、リフィルのファンクラブの中には、誰がリフィルとつきあうか。
それで争奪戦もおこっているとか何とか。
…大概、そんなチャレンジャー達はなぜかリフィルの家にでむき、
手料理をふるまわれ、みながみな、挫折している。
とロイドは聞かされたが。
それをきき、ロイドとしては苦笑せざるをえなかった。
先生の料理、あれは料理じゃないからなぁ。
思わずそういったロイドに、あれ?何でロイドしってるの!?
と逆にジーニアスにかなり驚かれていたものの。
ここにいるジーニアスはロイドの知っているジーニアスではない、ということ。
マーブルの名をだしても、それってだれ?と逆にとわれてしまった。
つまり、あの悲劇はここではおこってもいない。
当然、ともいえる。
すでに現況となったディザイアンの施設。
それが十四年前になくなった、というのだから。
ロイトが三歳のとき。
世界は激変した。
二つにわかれていた世界が一つもどり、そして今。
知らない、はずの世界。
でも、たしかになぜか記憶にある世界。
これまで、じゃあ自分が育っていたあの世界は?あっちが夢?
そうおもいたくなってしまうほどにこちらの世界は平和で。
コレットもつらい目にあっていなければ、誰も悲しんでいない。
そんな世界、ロイドがのぞんだ、誰もが苦しむ必要のない世界。
というものがたしかにここ、には存在している。
死んでしまっていたはずの母の手料理をたべ、
目がさめたら大量になぜか枕元に荷物がとどいており、
まあ、あの人ったらまたロイドに贈り物なのね。
そういわれ、父からの贈り物だ、といわれ、おもわずひいてしまったのは、
この一週間で一度や二度、ではない。
というか、自分の父親って…とおもわず思わずにはいられないほど。
そのたびに、アンナとダイクが村にもっていっては、
いつもやっている、らしいのだが品物をくばりまくっていたりしたのだが。
甘い、とてつもなく優しい世界に甘んじて、気づけばいつのまにかはや十日。
もう、このままこれでいいんじゃないか。
そうおもっていた。
…今朝、までは。
――ロイド!助けて!
夢の中で聞こえたジーニアスの声。
きえてゆく仲間たち。
そして、お兄ちゃんたち、しんで?
そういってきた子供たち。
あれらがすべて夢であった、とはおもえない。
それに、不思議なことに。
こっそりと、ロイドはこの先にあるであろう場所にいこうとした。
つまりは、牧場があったあたりに。
しかし、ロイドの家と村、そして聖堂。
そこまでは行き来ができるが、それ以上の移動はなぜかできなかった。
まるで見えない壁に阻まれているかのごとく。
つまるところ…こちらのほうが、夢。
幻の空間。
村から出ていかなければ、生活圏からでていかなければ
絶対にきづかないほどに、甘く、とてつもなく巧妙なる…罠。
罠、にしてはあまりにも世界が暖かすぎる。
望んでいる世界をみせるなんて、
魔族が、クラトスかいっていたような魔族たちがするだろうか。
そんな疑問もありはすれど。
「ロイド。どうかしたの?」
そんなロイドの様子がおかしい、とおもったのだろう。
ここはたしかに幻の世界なのかもしれない。
けど、このコレットもまたやさしさは本物と同じ。
「なあ。コレット。俺、いかないと。俺がいるべきなのはここじゃないんだ。
俺をまってくれているお前、それに先生、ジーニアス。みんながいる。
俺だけここでぬくぬくと一人安全に、というわけにはいかないよ。
だから、俺、いくよ」
コレットには意味がわからないかもしれない。
けど、ロイドにはこれ以上はいえない。
このいくら幻とはいえ目の前のコレット、お前は偽物かもしれないだから。
なんてことはロイドの口からいえはしない。
「――うん。何となくそんな気がしてた。いくんでしょ?ロイド」
しかし、そんなロイドの言葉を否定するでもなく、
まるで肯定するように、コレットは顔をふせつつも、ロイドをじっとみつめていってくる。
はじめからわかっていた、とばかりに。
と。
「…ロイド。あなたはずっとここにいてもいいのよ?
ここにいたら、あなたをずっと守っていられる。
つらいことはすべてあの人たちにまかせて、ね?
ここであの人たちをまちましょう?」
いつのまにやってきていた、のだろう。
コレットの背後に母、アンナの姿が。
そこまでいわれ、ようやくロイドは思い当たる。
「…この世界…母さんが…つくりだした…のか?」
まさか、とはおもう。
けど、もしかして、という思い。
「ここは、あの人と私、そしてあなたとあのお方が望んでいるであろう。
何よりも近い世界。ここにいるかぎり、あなたは何にも傷つけられることはないわ。
あなたの体は私がまもる。だから、あなたはここにいなさい。
魔族なんてものたちのことはわすれて」
それは、とてつもない甘い誘惑。
けども。
けど、それでは。
「母さん。ごめん。それは認められない。俺、いかないと。
絶対、みんな、俺をまってる。それに、コレット。
コレットはまた俺を助けてくれた。俺をつきとばして……」
ロイド、危ない!
あのとき、コレットが突き飛ばしたからこそ、ロイドはあの罠から逃れられた。
今、彼女たちがどうしているのか。
ここでロイドがぬくぬくと幸せに過ごしていたその時間。
時間にして十日間も。
クラトスは相手は殺しはしないといっていたが。
自分が決断するのが遅れたせいで、仲間たちの身に、コレットの身に何かがあれば。
ロイドはそれこそ自分が許せない。
どこかおかしい。
とおもいながらも、母がいて、誰もが笑っていられる世界があって。
それに甘んじてしまった自分自身が。
「俺が甘かったから。覚悟がなかったから。
だから…母さんはこんなまやかしの世界をつくってくれた、んだよな?」
まやかし。
そういったとたん、ぐにゃり、と周囲の景色が、ゆがむ。
それまであった村の姿も、空も大地もなにもかもがなくなり、
まぶしいまでの白い空間にいるのは、母アンナと、そしてロイド。
この二人のみ。
きらきらと二人の周囲に舞う白き点滅を繰り返す光があるのがきにはなれど。
「…あなたも、あの人の子、なのね。
いきなさい。ロイド。でも、覚えておいて?
私は、いつでも石の中から、あなたを見守っている、ということを。
時間はきにしないで。この空間は現実のものとはちがう。
まだ、間に合うはずよ。現実の時間では一時間もたっていないから――」
悲しそうな、それでいてどこかうれしいような。
子供が親離れをするのがさみしいときに浮かべる顔。
でも、つらい目にあわせたくもない。
そんな感情が表情からありありとみてとれる、いわば泣き笑いの表情。
そんなアンナの言葉とともに。
あの鏡に触れた時と同様。
周囲をまばゆいばかりの光が覆い尽くす。
あまりのまぶしさに目をあける。
ふときづけば。
さきほどまでいた村の気配はどこにもない。
はじめに鏡にふれ、まぶしい光につつみこまれた。
あの異様に長い廊下の壁にずらり、とならんだ鏡のある空間。
「…母さん……」
ぎゅっとエクスフィアをつけている左手を握り締める。
ずっと、守られていたのだ。
それが理解できた。
あの暖かなぬくもりは、たしか夢であったのかもしれないけども。
あれももしかしたらありえたかもしれない現実。
みなが笑いあえていた世界。
救いの塔も、神子という制度も何もない。
否、あったが、すべては終わったという優しい世界。
「――いこう。母さんや、コレット。それにジーニアスに先生。
それにおやじにも。約束したんだ。絶対にみんなを助けるって」
ロイドのその顔には、これまであった、どこか甘えというか楽観的。
そういったものが確かに抜けきっていなかったのだが。
その甘さが今ではきえている。
あの甘いまでの優しい空間でずっとすごせていれば、たしかに楽なのかもしれない。
母がいて、親父がいて、父は離れているといっても、
必ず手紙や荷物を異様なほどにおくっきて…
「あ。そういや、母さんに父さんの名前…きくの、わすれた」
というか、後始末だの何だの。
そんなことをいっていたような。
結局、あまりにもいろいろとありすぎて、あまりにもあの世界が平和で。
すっかり聞きそびれていたにしろ。
「なんか、周囲の感じがかわった、な」
さきほどと同じようでいて、何かが違う。
その違いは、先ほどは壁ごとに鏡があったが。
今度は一区画枚にどうやら鏡が設置、されているらしい。
だとすれば、さきほどの鏡のように、これにもしかけがある、のだろうか。
ふと、ロイドがそのうちの一枚の鏡にと目をむける。
「こ…これは!?先生!?」
どんどんと、鏡の中にうつっているその姿をみて、おもわず鏡をたたきつつロイドは叫ぶ。
鏡の中にみえるは、間違いなくリフィルの姿。
その姿が後ろ姿、という注釈はつくが。
しかし、どんどんと鏡をたたいても、鏡にうつっているリフィルは、ロイドに気づきそうにない。
リフィルの目の前にも鏡、らしきものがあり。
鏡の向うになるのかわからないが、部屋、らしきものがあるらしい。
ばっと背後をみてもそのような部屋はみあたらない。
だとすれば、これは鏡、というよりは、ガラスのような何か、ということなのだろうか。
「リフィル先生!それにジーニアス!?」
はっときづけば、いつのまにかリフィルの横にジーニアスの姿もみてとれる。
そして、ドンドンとガラスをたたくロイドの視線の先に、リフィル達の目の前の鏡のような何か。
その奥に二つの人影があらわれていくのが目にとまる。
「お…母…さま?」
「…どうして、村長が……」
いきなり、わけのわからない空間にとばされた。
ここには何もない。
ただ目の前には巨大な鏡のようなものがあるだけで。
救いは弟のジーニアスも同じ場所に飛ばされた、ということだろうか。
何かあるとすれば、めのまえの巨大なる鏡のようなもの。
注意深くみていたリフィルの目に、
その鏡らしきものの中に、リフィルにとって、見覚えのある姿が映し出される。
ジーニアスも気絶から目をさまし、戸惑い気味に声をだす。
いつのまにか、リフィルの目の前にはバージニアが。
そしてジーニアスの目の前にはイセリアの村長が。
それぞれ、鏡の向うにたっているようにみえるのはこれいかに。
戸惑いの声をだす、リフィルとジーニアス。
これも、おそらくは魔王の罠。
だからこそ。
「……気を付けて。幻よ」
横にいるジーニアスに注意を促すリフィル。
しかし、そんなリフィルの声をまるであざわらうかのように。
というかこちらの声がきこえている、のか。
「ワシが幻だとおもうのか?」
リフィルも、そしてジーニアスにとっても聞き覚えのある、
イセリア村の村長の声が、鏡の向うにいる人物から発せられる。
その声はまさに村長のそれそのもの。
「これだから、ハーフエルフは愚かというんだ」
見下したようなその言い方。
「まったくもってけしからん!
そもそも、あのときもいったが。追放したものが勝手に村にもどり。
あげく神子は盛大に失敗して。命惜しさに逃げ出すなどとは!
おまけに、エルフと思っていた連中はハーフエルフだったとはな。
大方、あのとき、村をおそったディザイアンを手引きしたのもお前たちだろうが」
「な!?」
その台詞にジーニアスが反応する。
「ジーニアス。ごまかされないで。これは幻影、よ」
そもそも、本物の村長は、たしかゼロスの演技によりて、
かなり懲りたようにおとなしくなっている、と聞き及んだ。
目の前の村長は、ゼロスのあの演技。
すなわちクルシスの使いを名乗ったあの演技をみるまえの、
あくまでも他者を見下し物事をいってくる村長のまさにそれ。
「はん。やはりハーフエルフだな。
互いにかばいあい、自分達の罪をみとめようとしないか。
そもそも、あのようなドワーフに育てられたよそものや、
お前たちのようなハーフエルフが神子の旅についていったのがそもそも失敗の原因。
まったくよくも善良なわしら人間をひどい目にあわせてくれたものだよ。
わしらは神子が世界を再生するのを日々まっていたというのにな。
そもそも、神子を守るためにディザイアンと協定を結んでいたのに。
おおかた、その神子をねらって、きさまらはディザイアンが送り込んでいた刺客なんだろう。
神子の旅をわざと失敗させるための、な」
「この、いわせておけばっ!」
「ジーニアス。熱くならないの。相手は幻、幻なのよ」
おそらくは、自分達の心の奥底にある相手に対する不信感。
それがこうしてひっぱりだされ、利用されているのであろう。
「…リフィル。哀れな子。
私の、エルフの血を半分しか受け継げなかった汚れた子供」
「…っ!お母様…っ!」
目の前の母親は幻。
そうわかっていても、母の姿をしたものから、母の声で。
あらためてそういわれれば、リフィルは言葉につまってしまう。
幻だ、これは魔王がみせている幻影なのだ。
と理屈ではわかる。
わかるが、心が悲鳴をあげる。
ずっと、あの日記をみるまで、自分達は親に捨てられた。
そうおもい育ってきた年月は伊達ではない。
しかも、肝心な母親は自分をみても正気にもどりはしなかった。
人形を自分とおもいこみ、生んだはずのジーニアスすら、まだ生んでいない、とおもいこみ。
そもそも、年が離れているのだからありえない、ということにすらきづかずに。
「ハーフエルフはこの世界に不要の存在だ」
バージニアの姿をしたそれに続き、イセリアの村長の姿をしたものが、そんなことをいってくる。
何だよ。
何だよ、あれ!
「先生!ジーニアス!耳をかしたらだめだ!」
ガンガン。
「くそっ!」
目の前で起こっているのがみえている、のに。
二人は自分にきづくことなく、目の前の光景に飲み込まれかけている。
あんなことを自分たちの母親からいわれれば、どんなにつらいか。
今ならばロイドもわかる。
伊達にあの夢の空間で、母親の愛を精一杯感じたわけではない。
母親、というものは、死んでも子供を守るもの。
ロイドの母が死してもなお、ずっとそばで石の中から見守っているように。
そうして、あのとき、ロイドの心が死んでしまわないように、
彼女がつくりだした空間にロイドの心を避難させていたように。
「そんなこと、ない!」
ジーニアスが思わず村長もどきの言葉に反論する。
だがしかし。
「あなたたちが疎まれし間のものだからこそ。私はヘイムダールを追われたのです」
村長もどきにつづき、バージニアもどきまでもがそんな肯定の言葉を投げてくる。
「…っ!それなら、どうして私たちをうんだの!
追われたくないのなら、私を引き渡せばよかったじゃない!」
リフィルを狙って国が動いたから、かの地から追われる結果となった。
そこに第三者の意志が加わっていたのかどうかまではリフィルは知らない。
けども、リフィルの聡明なる頭脳をテセアラという国が欲し、
そして彼女の身柄を望んでいたのは紛れもない事実であった、と。
王立研究院に所属しているアステル達からもその裏付けはとれている。
本当に疎んでいたのならば引き渡せばよかったのである。
また、子供をつくるような行為をしなければよかったのだ。
もっとも、エルフの血が強くでるかどうかは、
その時々による、とかつてまだリフィルが里にいたころ、そのような話をきいたことはあるにしろ。
それは、ジーニアスがお腹にたしか宿った、とそうきかされたころのこと。
「仕方がなかったのだろう。だから生まれたあとに捨てられたのだ。
そもそも、無理やりに子供をつくらされたのではないのか?」
「クロイツは愚かな男だったわ。私を無理やりに力づくで……
子供が宿ったときには絶望もしたわ。
けど、エルフの血だけをうけつぐかもしれない。
そうおもっていたのにあなたは汚れた血をうけついでうまれた。
あなたを国がもとめてる、とわかって、
お金になるとおもったクロイツはまた私をむりやりに……」
「もう、やめてぇぇ!」
嘘だ、とわかっている。
仲睦まじい両親の姿はいつもみていたから。
でも、本当に?
もしも自分の前でだけ、そのようにふるまっていて、
本当は母がそう、父がそうだったとするならば?
一瞬浮かんだその懸念はリフィルの中で瞬く間に大きくなってゆく。
この空間は精神世界面に近い空間。
魔界ニブルヘイムとほぼ同じ空気をやどせし空間。
少しの懸念もより大きく、生者の不安をよりおおきく揺り動かす。
「消えなさい。この世から……」
「死んでしまうといい。お前たちがいきていることに意味などない」
冷たいまでに見下したような視線が、
目の前にみえる村長もどきとバージニアもどきから投げかけられる。
「消えなさい」
「死ね。一刻もはやく!」
畳みかけるように投げかけられる二人のセリフ。
「…どうして…人間もエルフも…
僕たちを邪魔者扱いするの?好きでハーフエルフに生まれたんじゃない。
僕たち子供は親を選べない。なのに……」
「生まれてきたことが罪なのだよ。邪魔なのだよ。ハーフエルフは」
「好きで…こんなふうに生まれたわけではないわ。なのに……」
魔族はヒトの心をえぐるのが得意。
たしかにその通りだ、とおもう。
幻だ、とわかっていても、心が揺れ動く。
それが母の言葉、母の姿をしているものからなげかけられれば特に。
「仕方がないの。純血ではないあなたがわるいのよ」
「…ハーフエルフは生きているだけで、疎まれ、差別される。
私たちは好きでそのように生まれたわけじゃあ……」
「僕たちは…生きていることが罪だっていうの?」
「そのとおりよ」
「そうだ。だから死ね」
リフィルがつぶやき、ジーニアスもぽつり、とつぶやく。
そんな二人にたいし、村長とバージニアの声が同時に重なる。
と。
――迷わされてはだめ、よ?ジーニアス。そしてそのお姉さん
ふと、この場にありえない、第三者の声がその場にと響き渡る。
「「え?」」
戸惑いの声をうかべる二人耳に、聞きなれない…否、
ジーニアスにとって、とても懐かしい声が、きこえてくる。
ふとジーニアスがはっと自らの手をみつめる。
ジーニアスにつけている石がものすごく光かがやいている。
そして、その光はまるではじけるようにして、
やがて、光の粒となり、その場にふわり、と一つの形をつくりだす。
「マーブル…さん?」
茫然としたようなジーニアスのセリフ。
そこには、かつて牧場にいたマーブルの姿。
服装は、ジーニアスがみたことがない、ふつうの服にかわっているようだが。
――ごまかされないで?あなたたちの両親は。
あなたたちをとても慈しんでいたでしょう?日記にその証拠があったでしょう?
あの人は、他の人には反応しないのに、リフィルさん。
あなたには反応示した、のでしよう?
温和な初老の女性の笑みが、この場にいるはずのない、
かつて、ジーニアスとロイドの行動の結果、命を落としたはずの女性。
なぜに彼女がここに。
「マーブルさん、どうし…て」
――ジーニアス。私のもう一人の大切な孫。
この地は、精神世界面に近しい空間。
私に力をかしてくれたのは、ともにある微精霊たち。
彼らを助けたい。
このまま、魔族のおもいかままにされたくはない。
――ならば、あなたには覚悟がある?
問いかけれたその言葉の意味。
たとえ、自分が微精霊たちの力の大きさに押しつぶされたとしたとしても。
大切な、かわいいあの子がそしてこの地にいる幼き魂たちが救われるのならば。
自分がこうして石に魂を封じられてまで存在していた価値がある、というもの。
――ハーフエルフは悪くないの。悪いのは差別をしてしまう、ヒトの心。
人はみな、怖いのよ。自分達と違う力をもつものが。
自分達と異なるときを刻むものたちが。
だからこそ、おそれ、排除しようとする。
なのに、ヒトと交わろうとする。
それは、かつて一つの種であったがための無意識の行動。
「でも…」
「私たちは……」
マーブルにあえた嬉しさ。
そして逆に、やっぱりマーブルさんもこの石に閉じ込められていたんだ。
その罪悪感。
目の前の母の姿をしている女性と、イセリアの村長の言葉。
それらがジーニアスの中をかけめぐり、何ともいえない気持ちになってしまう。
リフィルはマーブルのことをしらない。
ただ、弟が牧場で気にかけていた女性であり、
そしてまたパルマコスタの道具屋のショコラの祖母であり、カカオの母である、ということしか。
――悪いのは、自分とは異なるものを認めることができない心。
心の弱さ。あなたたちは、その困難に打ち勝つことができる。
私は、そう信じているわ。私の、大切な…
「マーブルさん!?」
姿を現しているマーブルの姿がよりつよく輝きを増す。
――この地に有利なのは、マナの強さ。
私の魂の力を、リフィルさん。あなたのもつ封魔の石に託すわ。
それによって、微精霊たちも私という魂から解放される。
そういいつつ、微笑み。
――さあ。ジーニアス。あなたのお友達と、リフィルさん。
あなたの教え子がまっているわ。
「「え?それって……」」
それが意味すること。
教え子、そして友達。
そんなの、そんなの一人、しかおもいうかばない。
「ロイドがいるの、どこ!?」
――鏡の幻は、私の最後の力で…ジーニアス。
あのときもいったけど、あなたにあえてよかったわ。
どうか、私たちの力をも加え、魔族の手から世界を守ってちょうだい
カッ!
パキィィン!
言葉とともに、真っ白いまぶしいまでの光が、あたり一帯を覆い尽くす。
――ジーニアス。短い間だったけど。あなたと旅ができてうれしかったわ。
ショコラによろしくね。
――王様をミトス達のように裏切ったりしないでよね!
光の中、二人の耳にきこえたその声。
一つは、マーブルらしき女性の声と。
もう一つはいくつもの声がかさなったかのような、不思議な声。
それこそきいたことがないような、小さな子供のような、声。
「うわ!?」
真っ白いまでの光。
思わず目をつむってしまう。
それとともに、パキィン!
何かが割れる音。
ふとみれば、目の前の鏡が割れている。
否、目の前にあったとおもった鏡は、よくよくみれば、そこはただの壁で、
鏡があったのはロイドの背後。
「!先生!?ジーニアス!?」
よくわからないが。
直感でその先に二人がいる。
そう確信がもて、そのまま迷うことなく、割れた鏡の中にと身を躍らせる。
「二人とも!無事か!?」
鏡を抜けた先、その場にたたずむ二人の姿を目にし、ほっとロイドは息をつく。
けがをしている様子もなく、どこか二人とも唖然、としているようだが。
「よかった。ごめん。おそくなって」
本当に。
あの空間で十日も過ごしていたから。
母は時間が異なっている、とはいっていたが。
内心では不安だった。
「ロイド……」
このロイドも幻?
今まで目の前にいた村長、そしてロイド。
もう、ジーニアスも何を信じていいのかがわからない。
「なんか俺のときも迷わされるような場所だったけど。
でも、よかった。二人とも無事で。さあ、いこうぜ。
まだ他の奴らをみつけてないんだ。クラトスともはぐれちまったし」
そういいつつ、小さく溜息をつくロイド。
そんなロイドをみつつ、
「?ロイドあなた、どこかかわった?」
ふとリフィルがじっとロイドをみつつもその違いにと気づく。
何がどう、というわけではない。
ても、何となく今までのロイドと何か、が違う。
まるでこれまで甘さがみえた子供のひな鳥が、
ようやく巣立ちをみせたかのような、そんな些細な変化。
「さ、いこう。先生もジーニアスも。みんなをみつけないと」
ロイドがいいつつも、すっと手をのばす。
と。
「無駄よ。リフィル。あなたはまた捨てられる」
なぜかひび割れている鏡。
そこに先ほどまでみえていたバージニアの姿はない、というのに。
声だけがこの空間にときこえてくる。
「ハーフエルフである限り、あなたは世界で疎まれ続けるの」
その声にジーニアスは思わず顔をふせるが。
そんなジーニアスの肩に、ぽん、と手をおくロイド。
「ロイドは…きてくれたわ。私たちをおいて先にいくこともできたはずなのに」
それこそクラトスがいたのだから。
自分達をおいてでも、どうにかできたかもしれない。
「いや、だって。先生が石もってるじゃないか。
先にいっても意味ないだろ?それにみんなでいかないと意味ないし」
そんなリフィルの台詞に何やらみもふたもないことをいっているロイド。
「…ぷっ。あはは!とりつくろったりしないところは。
うん。ロイドに間違いないね」
たしかに、姉であるリフィルが封魔の石をもっている。
持っている以上、たしかにロイドの言い分は正しい。
正しいが。
ふつう、もしも目の前のロイドが魔族がだまそうとしているのならば。
そんなにあっさり、ストレートに物事をいいはしない。
ゆえに思わずぷっと笑みとともにそんなことをいっているジーニアス。
「どういう意味だよ。それ?ったく。
でも、この空間もなんか気分わりぃな。
というか、ハーフエルフだの何だのって。そんなの関係ないだろうに」
そう。
今までロイドが過ごしていた世界は逆にハーフエルフが神聖視されていた。
特に小さな子供が。
何でも十四歳以下の子供たちは、勇者ミトスや女神マーテルの生まれ変わり。
その可能性があるから、というよくわからない理由にて。
そして、村の噂でロイドは親たちがこぞって、
自分達の子供に男の子ならミトス、女の子にはマーテル、
とつけていた、ときいたとき、おもわず乾いた笑みを浮かべてしまったのもまた事実。
なぜかあの村にはリフィル達以外にもハーフエルフ達がいて。
ここにはアンナ様達家族がいるから、とよくわからないことをいっていたが。
「また、裏切られるわ。ハーフエルフだから」
「ああもう!ごちゃごちゃうるせえな!
というか、あんたなんなんだよ!バージニアさんの声をかたって!
そもそも、自分の姿や声で相手に向きなおれないほどに、
あんたはそこまで弱いってことなのかよっ!
魔族っていうのもそんな力しかもってないんだな。
誰かの姿を借りて、でしかしかも言葉でしか攻撃してこれないなんて」
「…ロイド。事実かもしれないけど。
…まあ、あなたに、周りくくどいことを説明しても、あなたには無理、でしようね」
そんな教え子のいともストレートなる台詞にリフィルは苦笑してしまう。
が。
しかし。
「…何、だと?この…この、私が弱い、というのか!?」
ロイドの言葉は逆に精神生命体である魔族にたいし、とても有効なもの。
ロイドは意図していたわけではないが。
つまるところ、誰かの姿をかりれないほどに、お前はよわいんだろう。
ロイドはそう意図していったわけではないが、
はっきりいってそういっているのに等しい。
そして、ロイドの言葉を認めることは、すなわちこの空間を作り出している魔族。
リフィルとジーニアスをどうにか貶めようとしていた魔族にたいし、
ものすごいまでの有効なる手段となりえていたりする。
つまり、ロイドの言葉を認める、ということは、自分が弱い。
とみとめること。
それはすなわち、精神生命体である魔族にとって致命的、ともいえること。
だからこそ、演技をすてて、素の口調で言葉が漏れ出でる。
「母の姿を借りて私たちの心を惑わせし魔族にいうわ。
たしかに、母が私たちを捨てたのは事実よ。
でも、それは私たちの血のせいじゃない。
それを疎む世界とその視線に耐えられなかった母の弱さ。
母も一緒にあのとき、一緒にシルヴァラントに父とともに移動する、
という方法はいくらでもとれたはず、なのだから」
それをしなかったのは。
囮の役をかってでていた、というのは。
シルヴァラントにわたってさえしまえば、追求の手はのがれられていただろうに。
けど、両親はそれをしなかった。
伝説の地シルヴァラントでも、差別はテセアラほどではないが、
絶対にある、ともしかしたら確信をもっていたのかもしれない。
子供だけならば、それでも大人たちが憐れみどうにかしてくれるかも。
そんな淡い期待もあったのかもしれない。
と今のリフィルだからこそ、そうおもう。
「私は、そんな母の心の弱さを恨むことはやめたの。
恨んでも、時間はもどらないもの」
そう、プレセアのように。
ヒトの手によりて、時間がとめられ、その命を実験につかわれてしまっていたプレセア。
さらに、先の出来事によりその原因となったエクスフィアもきえてしまった。
それでも、彼女は前をむいている。
エクスフィアがない以上、この地に、封印の書物の中に一緒にくる。
というのは危険だ、とわかっていても。
彼女は立ち止まることをしていない。
ならば、教える立場でもある自分がくよくよ後ろ向きでいて何とする。
彼女は本当ならば二十八歳だ、という。
二十五歳であるリフィルとそう年齢はかわらない。
たったの三歳違い。
エルフだから、ハーフエフだから、ヒトだから。
それは、逃げ、でしかないのだ。
それがこの旅でよくわかった。
それに。
「私の恨みは、母に父に抱いていた恨みは。
世界にたいしてもっていた恨みは、私を何も変えてはくれなかった」
いつも、ハーフエルフだから仕方がない。
そう言葉をのみこみ、エルフと偽り、弟とともに生きてきた。
はじめから堂々としていれば、自分達が間違っていない。
そういいきれていれば、すこしは違っていたのかもしれない。
また、声をあげていればかわっていたのかも。
はじめはたしかに認められないかもしれないが。
しかし、ヒト、とはかわるもの。
…そう。
勇者ミトスとよばれたものですら、姉を失い、自暴自棄のようになってしまった。
というように。
ヒトとは簡単によくもわるくもかわってしまう。
悪い方向にしか思考をむけられなければ、物事もどうしてもそちらにむいてしまう。
ロイドをみていて特にそうおもう。
彼はいつも前だけをみていた。
もっとも何も考えていない、という部分もあるにしろ。
何とかなる、してみせる。
その結果、何がおこるかその結果おこる被害などを考えることなく、
そのときにおもったことを実行する。
それがいい、とはいわないが。
しかし、悪い、ともいいきれない部分があるのもまた事実で。
だからこそ。
「世界を変えるためには。まず、自分自身が率先してかわっていかなければ。
変わっていける、やり直せるのだ、と示さなければ。きっと未来は開けないから」
それはリフィル自身に言い聞かせるような言葉でもある台詞。
そう。
自分がかわらなければいけない。
ミトスの真実を、姉を殺されて、ということをしった今ならばよくわかる。
自分とて弟のジーニアスを殺されでもしたらそうなるかもしれない。
でも、だからといって周囲を巻き込む、というのは間違っている。
その間違いすらを誰もとめることがなかった結果が、今のクルシスのユグドラシルなのだろう。
リフィルはそう判断している。
そして、それを気づかせてくれたのは。
気づいたのは。
「私は…ハーフエルフに生まれてよかったのよ。
ロイドや大切な仲間に出会えたのはそのおかげなのですもの。
それに、ハーフエルフでなければ世の中の矛盾点。
それに気づくこともできなかったでしょう」
「くっ。たった一人の介入でそんな結論に至るとは…
いまいましきは狭間のもの、か。しかし、貴様の弟はどうかな?
本当に貴様たちハーフエルフがまともに暮らせる世界がある。
そうおもっているのか?ハーフエルフに生まれてよかったなどと。戯言を」
狭間のもの?
それは自分達のことをいっているようにはおもえない。
まるで、まるでロイドのことをいっているような。
リフィルがその言葉に疑問を覚え口にするよりも早く、
「…そう。だね。人間が僕たちを嫌うから、僕も人間が嫌いだ。
ずっとそうおもってた。けど、それは違うっておもうんだ。
エミルもいってた。心に色はない。
姿形なんてどうにもなるように囚われて何になるんだって」
そういいつつも顔をふせる。
でも、とおもう。
この旅でジーニアスも自覚した。
「けど、僕がそうおもっているのは、
それじゃあ僕らを、ハーフエルフを嫌悪してるヒトと何もかわらない。
人間が僕たちを嫌うから僕も人間が嫌いだなんて。
その思考だと、僕もヒトを差別してるんだって。
…僕も同じだったんだ。僕も差別をしていたヒトたちと。
ハーフエルフを嫌う人みたいに、人間とかエルフってだけで腹がたってた。
ずっと、ヒトだ、というだけでヒトくくりにして見下してた。
その人をよくしりもしないのに、ヒトだから、という理由で。
一緒に旅をしてきたロイドや、他のみんな。
ヒトの中にもいい人はたくさんいるのに
僕はそれに目を、耳をふさいでたんだって」
どうせヒトは裏切るから。
ロイドのこともそうおもっていた。
だからこそ、ずっとハーフエルフであることをいいだせなかった。
エグザイアで自分達がハーフエルフだと知られてしまったが。
そうでなければ、もしかしたら。
ディザイアン達に正体をいわれていてしまったかもしれない。
自分から言い出すことができなかったせいで、とんでもない結果になっていたかも。
「僕が気づこうとしなかっただけ、なんだ」
これまでも友達とおもっていても必ず一線をひいていた自分自身。
今思えば、だからよそよそしい態度だったんだな!ハーフエルフめ!
みたいな言葉を投げかけられたこともあっような気がする。
それはジーニアスが仲がある程度いい、とおもっていたヒトから投げかけられた言葉。
まだ、イセリアに移住するまえに投げかけられた言葉。
「僕が知り合ったみんなは、きっと僕のことを好きでいてくれている。
とおもう。なのにそれから逃げていたのは、きっと僕が弱かったから。
でも、それじゃあ…これまでのままじゃあ、
余計に嫌われちゃう。だから、僕も姉さんと同じ。変わる。
変わりたい。かわってみせる。自分達がかわらないと、周囲もかわらない、そうおもうから」
「――ばかめ。そんなものは幻想だ。
あのプロネーマ達というものたちの記憶からよみとったが。
あのミトス達ですらヒトに裏切られたのだろう?
われらの主をこの地に封じ込めたものたちですらヒトに裏切られたのだ。
なのに、お前はヒトをしんじる、のか?戯言を」
すでに、その声は村長のもの、でもバージニアのもの、でもない。
くぐもったような、別の【何か】の声。
「…ミトスは大切なお姉さんが殺されてしまって。
くじけてしまったのね。大切なことをみうしなってしまった。
心が弱くなってしまった。精神的な支えを失ってしまって。
誰もが強いわけじゃない、のはわかっているわ。
誰もが疎まれることに耐えられるわけでもない、ということも。
でも、誰かが声をあげなければ、実行しなければ」
おそらく、勇者といわれていたミトスも同じ気持ち、だったのではないだろうか。
同じハーフエルフであった、というミトス・ユグドラシル。
自らの魂をわけてまで、魔族をこの書物の中に封じ、
たったの四人だけでながらくつづく二つの国による争いを停戦させた。
リフィルが言葉にはしないが、弟の存在を支えにしているように。
おそらく、ミトスもまた、姉の存在を心のささえにしていたのだろう。
そして、ともに行動してくれた仲間たちも。
でも、その仲間たちはミトスをとめることなく、逆にミトスが考え付いた行為。
それを助成する立場をとってしまった。
マーテル・ユグドラシルをよみがえらせる。
その甘い誘惑にまけてしまい。
誰しも大切な人が生き返る方法があるのなら、よみがえらせることが本当にできるなら。
すがってしまいたい、というのはわかる。
そこにきちんと魂が見える形であるのならばなおさらに。
「――こざかしい。ならば、主の意見には逆らうことになるやもしれぬが。
ここで倒し、おまえらの器だけでも傀儡としてもらいうける!」
パリィン!
その声とともに、この場の空間そのものがハゼわれる。
「お、おのれぇ!たかが人間魂の分際で!
この魔族ブラギの言葉をすべてだいなしにするとは!」
魔族ブラギ。
かつて、この地上において、詩の神、といわれていた、アース神族といわれていた神々の一人。
はじめにでてきた女神フレイヤと同僚でもあった神々の一人。
しかし、その神々も負に侵され、今では魔族の一員となりはてている。
彼らの概念は、自分達に逆らうものがすべてわるい。
彼らは、神々、とは名乗らない。
地上を、世界を取り戻したあかつきに、再び神々名を名乗るときめている。
彼らにとって、魔とは今現在、地上を支配しているマナの一族そのもの。
マナで構成されているすべての命。
そしてその要となりし精霊ラタトスクという存在。
蜂の巣状の模様に仕切られた足元の床は透明。
さきほどまでいた空間の痕跡はどこにも欠片もみあたらない。
周囲はどこまでも漆黒の闇が広がり、足元の床も透明であることから、
感覚的にまるで漆黒の闇の空間の中に浮いているような感覚にとおちいってしまう。
目の前にいるのはひげをはやした、
どこか雰囲気的にはダイクにも似た屈強な体をもちし男性。
が、その姿は異様、というか。
テセアラにいればこの格好はまちがいなくピエロだ、というだろう。
その顔は白い白粉にてぬりつぶされ、いくつかのペイント、
とよばれし文様がかかれている。
星の形やハートの形などさまざまなそれ。
なぜかその手にもちしは巨大な漆黒のどうみても琴。
かつて、ブラギはその知恵と流暢な会話と言語の技巧とを知られていた。
ゆえに、人心をうまくとらえることも、また惑わすことも簡単なこと。
ブラギからしてみれば、あの空間で。
このハーフエルフとおもわれし姉弟をこちら側。
すなわち魔族に取り込むつもりだったのに。
でも、すべてはただのエインフェリアにもならない力のない老婆の魂。
それによって阻まられた。
ただの道具にしかすぎない人の魂に邪魔されたことにより、
よりその怒りはましている。
「…っ!くるわよ!」
リフィルがはっとし、身構える。
…どうやら、戦いは避けてはとおれない、らしい。
「フィールドバリアー!」
即座にリフィルによって詠唱された術が展開される。
約一分間、味方全員の防御力を一時的にあげる術。
相手は魔族。
防御力があるにこしたことはない。
しかも、リフィルやジーニアスはどちらかといえばあまり防御力がない、
どちらかといえば後衛タイプ。
ゆえに、この術の選択はあるいみ当然。
そして、すばやく次なる術を詠唱し、
「アグリゲットシャープ!」
リフィルの術により、ロイド、ジーニアス、リフィル。
三人の防御力だけでなく、攻撃力も一時的にと約一分間の間、約十%分上昇する。
一方、相手はふわふわと浮かんでおり、
大地を這うような攻撃。
すなわち、魔神剣などはあまり通用しない。
ゆえに。
「獅吼旋破!!」
ロイドの技が炸裂する。
まずは空中にいる敵をダウンさせ、床に叩き落とすのが先決。
この技は手加減具合によってはかなり先まで相手を吹き飛ばすことが可能。
しかし、この空間は壁、というものがみあたらない。
ふつうの獅子戦吼ならば、どこまで相手が吹き飛ぶかわからない。
ゆえに、リフィルがアグリゲットシャープをかけたその直後。
というか、リフィルがその術をかけたのは、ロイドが敵にむかい、
だっと一歩を踏み出したまさにその瞬間、といってよい。
何の打合せもしていないのにもかかわらず、連携がとれているのは、
ひとえにこれまでの旅の結果というべきか。
それとも、リフィルの先見ぶりをほめるべきか。
「うぉぉぉ!」
という叫びとともに、そのままだっと飛び上がるように、
くるくると回転しつつ、浮いている敵、魔族ブラギ、となのったそれを、
回転斬りによってその体をまきこみ
そのまま闘気をたたきつけ、床の上にとたたきつけるように吹き飛ばす。
ロイドの叫びとともに、ロイドの手の平につけられているエクスフィアが淡く輝き、
ロイド自身は気づいていないが、その体全体が淡い光につつまれ、
視るものがみれば、ロイドの体全体をやさしく、姿のさだまらない女性のような影が、
包み込んでいるのに気付くであろう。
が、この場にいるリフィルにもジーニアスにもその姿はみえていない。
その姿が見えているのは、この場においてはブラギのみ。
それはつまり、アンナの思いが、子供を見守る愛がマナとなりて、
ロイドの体全体を包み込んでいる何よりの証拠。
つまるところ、魔族にとっては反物質。
「ぐわっ!」
おのれ!エインフェリアにすらなれない軟弱なる魂ごときが!
そう心の中で叫ぶが、ロイドの今の攻撃は、
アンナの手助けもあり、マナが加えられた攻撃そのもの。
ゆえに、瘴気を糧としている彼ら魔族にとってはかなり致命的。
文句をいう声すらだせないほどの衝撃が、ブラギの体を斬りきざむ。
魔族との戦いは一撃必殺。
躊躇せずにとにかく攻撃あるのみ。
そして相手が反撃してくるまえに倒すのが基本。
クラトスがそういっていた。
実際、クラトスは魔族となのった相手にそのようにしていたことを思い出す。
ここで前衛ができるのは自分のみ。
先生、そしてジーニアスの詠唱時間を稼げるのは自分だけ。
ならば。
相手が詠唱の邪魔ができないほどに足止めしてしまえばよい。
なぜだろう。
するり、とどんな技をつかえばいいのか、ロイドの脳裏に浮かんでくる。
――ロイド。
優しい母の声とともに、自分がどうすればいいのか。
それらが手にとるように理解できる。
それを使いこなせるかどうかは、自分の腕次第。
エクスフィアの中に囚われたままで、ずっとおそらく自分を見守っていてくれた母。
「…あ……」
ロイドが敵を足場にたたき伏せたとほぼ同時。
ジーニアスかふと声をもらす。
何か違和感を感じていた。
術を使おうとして、今までの感覚がないことにきづき、はっとしつつおもわず手をみつめる。
そこにつけていたはずのエクスフィア。
それがなくなっている。
なぜ、とおもうがすぐにその原因にと思い当たる。
あのとき、マーブルがいった言葉。
つまり、それは石の力をつかって、あの場から自分達を助け出そうとした。
いろいろとあれからつづいて石が消えていたことに気づくのが遅れた。
どうしよう。
どうすればいい?
エクスフィアなしで、僕は戦えるの?
戸惑うジーニアスに気づいているのかいないのか。
「秋沙雨!」
左手の一刀にて連続して八回ついたのち、そのまま、だっんとジャンブするかのごとく、
おもいっきり敵を真上にあげるようにと切り上げるロイド。
その直後。
「レイ!!」
リフィルのレイがさく裂する。
無数の光線が足場めがけて降り注ぐ。
一応、敵味方判定がきく技でもあるがゆえ、
近くにいるロイド、そしてジーニアスにその攻撃があたることはない。
敵にあたるのはせいぜい数本といった程度かもしれないが、
光に弱いという属性をもつ敵ならば、これで十分。
移動を妨げる、という意味合いでもこの技はあるいみ都合がよい。
「ジーニアス!あなた、何をしているの?!」
ふと、背後にいる弟にと声をかけているリフィル。
声をかけつつも、次なる詠唱。
時間的にそろそろ防御と攻撃力の補佐の術がきれることもあり、
すぐさまそちらの持続時間延長のための詠唱にはいっていたりするのは、
あるいみさすが、としかいいようがないが。
「姉さん。僕、エクスフィアが……」
エクスフィアがないから、戦えない。
そういいかけたジーニアスに
「あのマーブルっていう人の思いを無駄にするつもり?あなたは?
それに、エクスフィアがなくてはたたかえない?甘えないの。
ここで負ければ、あの人も私たちも、魔族の傀儡になりかねないのよ?
それに、プレセアを見習いなさい。彼女はエクスフィアを失っても。
自分の意志でこの封印をどうにかするために同行してきているのよ?
あなたは、プレセアをも見殺しにするつもり?」
「!」
冷めたような、それでいて冷徹なまでの姉の言葉にジーニアスはハッとする。
どちらかといえば、何かで頭をおもいっきりなぐられたような。
そんな感覚。
そうだ。
プレセアはエクスフィアを闇の神殿で失ったのに。
なのに、エミル達と残ることをよしとせず、ここにやってきているんだった。
しっかりしろ。
ジーニアス。
こんなんじゃ、こんなんじゃ、ずっと彼女に子ども扱いされてるままでおわってしまう!
プレセアの大人の姿をみているからこそ、余計にその思いは強い。
彼女にとってたしかにまだ十四でしかない自分は確かに子供、なのかもしれない。
でも、そんなのはいやだ!
それに何よりも、アリシアのいっていたように、リーガルにとられるのはもっといやだ!
プレセアもまた、この場にやってきて、どこかに連れていかれているはず。
彼女もまた自分達のようなあんな精神攻撃をうけているかもしれない。
プレセアのほうがよりきついかもしれない。
成長速度をとめられ、時間から取り残され、たった一人の妹をも失い。
そして、当人はあまり記憶にないようなので救いかもしれないが、
死んだ父親とともに家ですごしていた日々。
もしもその光景を、魔族たちにみせられたとするならば。
それに。
マーブルさん。
エクスフィアの中に閉じ込められていながらも、自分を助けてくれた。
エクスフィアがないから、なくなったから戦えない。
というのは、あるいみであとを託してくれた彼女の思いすら否定してしまうこと。
「しっかりしなさい。ジーニアス・セイジ。
あなたは、お母様…バージニア・セイジとクロイツ・セイジの息子なのよ!」」
姉にぴしゃり、といわれ、ジーニアスは自らの両手で、自らの顔をパン、とたたく。
自分の目を覚まさせるために。
何よりも自らの甘えを取り除くために。
「うん。姉さん。僕、まちがってた。そう、だよね。
ここで弱腰じゃ、相手につけいらせてしまうだけ、なんだよね」
エクスフィアなしでどこまでできるかわからない。
けど、やるしかない。
魔族の思い通りになんてさせはしない。
何よりも、ここからはやくでて、プレセアを助けにいきたい。
その思いがジーニアスを弱気であったそれから立ち上がらせる。
「天光満ところに我はあり、黄泉の門開くところに汝あり、出でよ神の雷… インディグネイション!!」
ゴウッ!!
ターゲットを中心とし、魔方陣が展開し、その魔方陣に激しい雷が突如として降り注ぐ。
それは巨大なる電撃の柱。
「ぐわっ!?」
マナによる攻撃。
ゆえに、武器となりえる琴を構えたブラギであったが、
いきなりのその攻撃に思わずその場に膝をついてしまう。
「虎牙破斬!」
それは直感。
あの琴を相手に使わせては危険。
そう直感的に判断し、即座に琴とブラギ。
つまりは、ブラギが琴をもっている手を重点的に狙い、ロイドの技が繰り出される。
「っ!」
カラッン。
まさか腕を狙ってくるとはおもわずに、つい手にしていた琴が手から離れてしまう。
「しまっ!」
あの琴がなければ。
思わず手放した琴のほうに駆け寄ろうとしようとするが、
その直後。
「いくわよ。ジーニアス」
「はい。姉さん!」
「「プリズミックスターズ!!」」
それは、姉であるリフィルと弟であるジーニアスが得意とする技。
複合技ともいえるそれは、かなりの威力をほこる技。
七色の球体のような星のようなそれが、敵の周囲を飛び回り、
敵を連続し、最低でも三十回以上は連続して攻撃する術。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
その攻撃をうけ、おもいっきりのけぞるブラムの姿。
攻撃をうけるたび、その体がぽっかりと穴があき、
そのあいた穴からは向う側がみえている。
当然のことながら、血も何もながしていない。
ただそこには、虚無なる穴がいくつもあいているのみで、
体のいたるところに穴があきまくっている、という何とも異様なる光景。
しいて表現するならば、穴あき昆布のそれ、にちかいかもしれない。
その姿がヒト型であるという違いはあるにせよ。
「驟雨双破斬!!」
散沙雨と虎牙破斬を組み合わせたロイドの技がさく裂する。
エミルがともにいて戦いをあまりしていなかった彼らではあるが、
ここにきて、さまざまな敵と戦うことにより、嫌でもその技術力はついている。
何しろエリアなどによってはすべてを幾度かたおさねば、
先にすすめないような場所もこれまでにもあった。
ゆえに短期間ながら彼らの技の熟練度は気づかないうちにとあがっている。
つまり、幾度も技を繰り出すことにより、自然、その上にあたる上位の技。
それらも無意識のうちに獲得している今現在。
ちなみにこの技、使い勝手がいいことに秋沙雨から連続して繰り出すことができ、
つまり、敵が反撃するのを封じつつ、攻撃をしかけることが可能たる奥義の一つ。
「お…おのれ…」
「まだ倒れないのかよ!?」
思わずロイドが叫ぶのもしかたがない。
完全に原型をとどめていないというのに、相手は倒れる気配がない。
それどころかゆっくりとではあるが、確実に、その姿が元通りにともどってきている。
このままでは、こちらの魔力というか精神力がつきかねない。
ふと、ジーニアスが何となく視線をよこにむければ、
そこにはさきほどブラムが転がした琴が一つ、透明な床の上にところがっている。
が、よくよくみてみれば、
目の前のブラギより、あの琴のほうがより黒い何かが強い。
まさか。
その感覚はジーニアスには覚えがある。
闇の神殿にて、ネクロノミコンの上にただよってたネビリムとなのった魔族。
それの気配とことごとく近い。
たしかにブラギからもその気配はする。
まさか。
思考は一瞬。
「イラプション!!!!!!」
ジーニアスの力ある言葉に従い、琴の真下。
すなわち、透明たる足場にと魔方陣が展開し、
直後。
魔方陣からつきあがるかのように、溶岩流の火柱が吹き上がる。
ジーニアスの呼び出したマグマは瞬く間に琴をつつみこむ。
一瞬、琴の姿していたそれが。
瞬く間にとその姿をブラギにと変化させるが。
「しまっ…ぎ…ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
この術は地下にある、といわれているマグマを呼び出す技の一つ。
マグマを溶岩流となし、対象のものに吹き上げるようにしてたたきつける技。
魔方陣が展開するのは呼び出す範囲と、それ以外に被害が及ばないように、
その魔方陣で簡易的な結界が張られるのではないか、というのが一般的な理論。
瞬く間にブラギの体はマグマにつつまれ、そして絶叫とともに、
マグマと拮抗するかのように、どす黒い炎のよなものをだしつつも、
やがて、三度目に吹き上げたマグマの中に飲み込まれるようにして、
叫び声とともにその姿をかきけしてゆく。
魔方陣がきえ、マグマがおさまったその刹那。
パキィィン!
何かが割れるような音ともに、ロイド達の視野が一瞬、まぶしい光にと飲み込まれる。
「やったか!?」
「み、みたい。ともあれ、ロイド。遅くなったけど、迎にきてくれてありがとう」
あまりのまぶしさに一瞬目をつむり、
そして目をあけたそこは、さきほどの空間ではなく。
ロイドがもともといた、鏡がいくつもつづいている廊下の一角。
さきほどジーニアスとリフィルがいた空間、でもない。
リフィル達が見えていた場所にあったであろう鏡はなくなっており、
その先に上に続く階段がみてとれる。
どうやらあの仕掛けは階段を隠す目的でもあった、らしい。
しばらく周囲を警戒するが、どうやら敵はいない、というのがわかり、
ほっとした声をだすロイドに、
そしてあらためてほっとしつつも、ロイドにむきなおり、お礼をいっているジーニアス。
お礼をいいつつも、そっとなくなっているエクスフィアをつけていた手の甲を、
別のもう片方の手でぎゅっとにぎりしめていたりする。
ジーニアスの手の甲にあったはずのエクスフィアはやはりなくなっており。
あれは夢ではなかったのだ。
マーブルが魂となってもなお、命をというか魂をかけて自分を助けてくれたんだ。
そうおもうとジーニアスは何ともいえない気持ちになってしまう。
自分のせいであんな目にあったと恨んでも仕方がない、とおもうのに。
でも、彼女は自分を助けてくれた。
それも二度も。
マーブルさん。ありがとう。
エクスフィアにとりつけていた要の紋だけが、
そこにかつて石がはめ込まれていた、というのを物語っている。
「気にするな。仲間だろ?俺たち。それに親友だしな!」
「うん。そう、そうだね」
きっぱりといわれ、ジーニアスは何だか泣きたくなってしまう。
悲しいから、ではない。
うれしくて。
でも、今はそんな余裕をもっているときではない。
「…どうやら勝てたみたいね」
リフィルが注意深く周囲を確認したのち、
ロイド達のほうにもどってきながらいってくる。
「ああ。先生とジーニアスのおかげさ。
それに、次の階につづく階段みたいなのもあらわれたし」
この謎の建物のようにもみえる空間がどこまでつづく、のかわからない。
けども。
「たぶん、コレットも、しいなも、ゼロスも、プレセアも。
ここのどこかに先生やジーニアス達みたいに捉えられているとおもうんだ。
早くみつけないと。先生、ジーニアス。手伝ってくれ。頼む!
俺はみんなを助けたい。助けたいんだ!」
いいつつ、二人にむけてロイドはおもいっきり頭をさげる。
いつもならば、ロイドはお願いするよりも、一人で先走り、
それにジーニアスが仕方がないとばかりついていき、リフィルもあきれつつもついていく。
というのがこれまで、だったのに。
なのに。
「あなた…やっぱりかわったわ。何があったの?」
今のロイドは一歩確実にひいたのち、きちんと分をわきまえているようにみえる。
みえるがゆえに、リフィルは聞かずにはいられない。
子供はすぐに大きくなる、とはいうが。
ことわざの一つに、【男子三日あわざれば括目してみよ】とあるがごとく。
三日もたっていないにしろ、ロイドのこの変わりようは、リフィルでも驚きを隠しきれない。
実際はロイドは母の創り出した空間で十日間という時間を過ごしており、
ゆえにそのこともあり、自身を戒め、さらには悔いており、
もしも本当にあのままあの場にのこっていれば。
あのままぬるま湯の空間にいたことで、
先生達を助けるのすら間に合わなかったかもしれない。
その負い目がよりロイドを少しながら成長させていたりする。
ロイドにはその自覚はないにしろ。
「…別に。ただ、俺、今まで甘えてたんだってわかったんだ。
もう、甘えない。これまで、ごめん。先生。
俺、いつも言葉ばっかりだけで、結局先生にもみんなにも、
甘えてたんだなっておもいっきり思い知らされたんだ」
そう、甘えていたんだ。
そう思う。
いつも、自分が先走り、フォーローしてくれていたのだと。
コレットやジーニアス。
あの世界でもそうだった。
記憶が混濁している、記憶喪失だ、とおもわれているロイドに、ジーニアスもコレットも優しかった。
まあ、リフィルのみは、記憶喪失なら学力はどうなったのかしら?
といってひたすらにロイドに追試のようなものをうけさせ、
ロイドがことごとくこたえられず、まさか学力まで低下してるの?!
といって嘆いていたのがロイドからしてみればかなり気になるが。
というか、あの世界の自分の定義はもともとどんなだったのだろうか。
と、ロイドとしては激しく気になるところである。
そもそも、あの空間はロイドの母、アンナの希望が具現化していたもの。
つまり、母アンナが望みし子供の姿があの空間のロイドの本来の姿。
としてあの地にいた者たちには記憶、として刻まれていた。
アンナが記憶の空間の中につくりだしたかりそめの人々、とはいえ。
「…ロイドもあんなへんな誘惑みたいな声がきこえたの?」
そんなロイドの言葉にジーニアスは思わず目を見開いてしまう。
というか、ロイドがあんなような状態。
つまり、誰かに非難されるようなことがおもいつか…つくか。
思いつかない、とおもいかけ、そういえばこれまでにもよくあったか。
とすぐさまに考えを覆しているジーニアス。
その規模が小さいものだ、としても。
もしも、ラタトスクがもともといた時間軸であるならば、ジーニアスはこうおもったであろう。
自分達と同じように、ロイドはショコラ、そしてマーブルさん。
そしてイセリアの死んでしまった人々。
彼らに責められる幻をみせられてしまったのではないか、と。
ショコラはそもそもエミルに助けられており、
ゆえにここではロイドがショコラに糾弾されるようなことも起こりえなかった。
イセリアの悲劇はそのままあったにしても。
もっとも、かつてのことなどジーニアス達は知らない。
知っているのはラタトスクのみ、だけなのだから。
「……似たようなもの、かな?」
そんなジーニアスの言葉にロイドは苦笑しつつもかるく答える。
あからさまに非難してくれたほうがまだましだった、とおもう。
そこにおぼれてしまう。
溺れてもいいか、とおもってしまえるまでの優しい空間。
そのままそこにいたい、とおもえるほどの優しいあの空間は。
あるいみで救いであり、そして猛毒ともいえる空間でもあった。
母かいて、父もどこかにいて…あのプレゼント攻撃にはあきれたが。
リフィルがいて、ジーニアスがいて。
そして誰もが差別されない世界で、ハーフエルフも差別されず。
そんな優しい世界。
たしかにあの世界は、ロイドが望んでいる世界。
誰もが犠牲になることのない優しい世界。
それを具現化したような世界であった、とつくづく思う。
たとえそれが幻だ、とわかっていても、そっちが現実だ。
と現実逃避をしてでも溺れてしまいたいほどに。
ロイドの苦笑はこれまでもこどもっぽいそれではなく、どこか艶をもったようなそんな笑み。
だからこそリフィルは苦笑してしまう。
いい意味でもあり、そして少し寂しくもあるそんな笑みを浮かべつつ、
「そう。あなたもいろいろとあったのね。
…子供だ、子供だ、とおもっていたけども。
ロイド。今のあなたのその目は、大人のそれになっているわよ」
「え?」
「ふふ。なんだかさみしいわね。手のかかる教え子が育つのも。
とにかく、ごめんなさい。迷惑をどうやらかけたみたいね。それで、他のひとは?」
そう。
いつまでたってもずっと子供で。
手のかかる本当に子供だったのに。
村にたどり着いてからこのかた、手のかかるもう一人の…弟。
そんなもう一人の弟がこうして大人の階段を上ろうとしている。
それがいいことなのかはわからない。
が、いずれはのぼっていくであろう階段。
こんな戦いの中で上っていくのはあまり好ましくない、とはおもうが。
しかし、ロイドももう十七。
本来ならば男子ならば結婚してもおかしくない年齢にと差し掛かっている。
いうなれば、十七にもなって、九九もいえない…はともかくとして、
そういった面々の知識がなさすぎる、というのがかなりの大問題といってよい。
しかし、それを教えるにしても、ロイドが自覚するにしても。
まずはしっかりと学問におけるカリキュラムをしっかりと教え込まねば。
そうリフィルは自分自身に言い聞かせつつも、
ひとまずそれは後回しにし、ロイドに他の人のことについて問いかける。
リフィルが何をいっているのか、ロイドにはよくわからない。
これまで、ずっとあなたは子供なのだから。
といわれていたのに、いきなり大人になっているといわれても。
ゆえに意味がわからず首をかしげるロイドに苦笑しつつも、
ひとまず迎にきてくれたであろうロイドに謝ることとお礼を同時にいい、
そしてほかのメンバーの様子をといかける。
「あ、まだみつけてないんだ。
クラトスがいうには、たぶん別々にどっかの空間に閉じ込められてるんじゃ。
みたいなことをいってたんだけど」
実際、ロイドはクラトスとなぜか別れ別れになってしまった。
ほぼ同時にあの先にあった転送陣にのったというのに。
今もここにはクラトスの姿はみあたらない。
「…そう。急いだほうがいいわね。今の魔族だけなのかもしれない。
けどそうでないなかもしれない。
…自分にとって大切な人からの否定の言葉は自分自身をも否定しかねないわ」
たとえ、それが偽物、とわかっていても。
ジーニアスの相手が村長になったのは、
ジーニアスがより強くなぜかふと思い浮かべたのがイセリアの村長だったがゆえ。
イセリアの村長。
そういえばゼロスのあの演技からこのかた、ずっと元気がなかったな。
とふとおもってしまったがゆえの結果といえる。
そうでなければ、ジーニアスがもっとも信頼している相手。
ロイドの姿にて相手はジーニアスを否定する言葉をなげかけてきていたであろう。
そして…ジーニアスはまちがいなくそれに耐えられなかった。
あるいみで、ふとジーニアスがそれを思い出したのは、
マーブルによるジーニアスを守りたい、がゆえの深層心理のあるいみ操作。
もっとも、ジーニアスは今後、その事実を知ることないであろう。
これからも、ずっと。
「結局、あの魔族ブラギってやつ、何だったんだろう」
それはロイドの素朴なる疑問。
ヒト型のそれをいくら攻撃しても、ゆっくりと、しかし確実に。
相手は再生をみせていた。
にもかからず、ジーニアスの術一つであっさりと決着がついたのは。
「マナ…ううん。クラトスさん曰く、あれが瘴気っていうやつ?
マナであえりえない、どすぐろい何か。吐き気すらするおぞましい気配。
それがあの琴からよりつよく発せられてたんだ。
闇の神殿でアビシオンがネビリムってやつに体を操られていたように」
そう。
あのときの気配と似ていたから気づけた。
まさか、とおもったがどうやらビンゴであったらしい。
つまるところ、自分達が攻撃していたのはあくまでも分身で。
あの琴そのものがあの魔族の本体であった、ということ。
分身をいくら攻撃しても本体が無事なのだから、相手は疲れることもない。
いくらでも本体から力が補給され、それにきづけなければ、
まちがいなく自分達は力をつかいはたしていた可能性が遥かに高い。
少し前に似たような事例を実際に経験していたからこそ気づけたこと。
「?」
そういわれてもロイドにはよくわからない。
だけども。
「ってことは、あのブラギってやつをいくら攻撃しても。
何もこたえてなかったようにみえたのは。
あの琴自体をどうにかしなければ意味がなかったってことか?」
よくわからないが、直感にてそんなジーニアスにと問いかける。
「ロイドにしては珍しい。たぶんそうだとおもうよ。
実際、あの琴をマグマで…マグマって何かはロイドわかってるよね?
火のマナが凝縮しているあれは、
魔族だ、となのっているやつにとって、致命傷だったんだとおもうよ。
たしか、魔族って、マナとは反物質同士。
つまり、対消滅すらありえる、相反するものどうし、らしいし」
実際により強いほうが勝ち残る。
マクマとてイグニスが目覚め、そしてイフリートが解放されていなければ、
あそこまでの威力はもっていなかったであろう。
ジーニアスは当然そんなことを知る由もないが。
基本的に世界にある属性物質は大精霊達がつかさどっている。
そうジーニアスは信じているがゆえに、
そこにセンチュリオン、という役割をきちんと理解できていない。
まあ、かつての古代戦争時ですらその役割は忘れ去られて久しかったがゆえ、
ジーニアスだけを責めるわけにはいかないであろう。
そもそも、あのミトス達ですら、当時そのことを知らなかったのだから。
「よくわかんねぇけど。あの琴をマグマで消滅させたから。
相手もいなくなったってか。どうやらここの仕掛けは、
あの敵を倒すことにより、次なる階への階段が出現する。
という形だったみたいだけど」
この長い廊下の端にはなぜか中が空洞の鎧が二つあり、
その真横にあった鏡がわれ、その先に階段が出現しているのがみてとれる。
まるではじめからそこに階段があったのかのごとく、
さきほどまでそこに鏡があったという痕跡すらのこっていない。
「とにかく。いきましょう。…どうやら、いくしかないようだものね」
元にもどる道はみあたらない。
あるのは先にすすむ階段、のみ。
リフィルの言葉をうけ、ジーニアスとロイドがこくり、とうなづく。
どちらにしてもここでじっとしていてもどうにもならない。
先にいかなければどうにもならない、というのもまた事実なのだから。
ロイド、リフィル、ジーニアス、三人が合流し、
そのまま二階につづいているであろう階段にと足を踏み出してゆく。
pixv投稿日:2014年9月20日某日(Hp編集:2018年5月6日(日)
Home TOP BACK NEXT
##################################################
あとがきもどき:
ロイドが過ごしていた世界。
それはあり得たかもしれないもう一つの世界。
いうなれば、まあアンナの思いとこれまでの経験の記憶のもとに、構成された偽りの世界、ですね。
分史世界の地域(地区)限定版、みたいなものです。
一部以外の場所にはいかれない、あるいみ箱庭、です。
でも、もしかしたらこの世界のほうが現実になっていたかもしれない。
そんな可能性を秘めている世界です。
クラトスがアンナとロイトをイセリアに送り届け、
そして、アンナの忠告というか意見もありて、ミトスと決着をつけにいくまえに、クラトスが、
すべての真実をラタトスクにつたえに言った場合にありえた世界、です。
その場合、ラタトスクはクラトスによって目覚め、
そしてクラトスから四千年も自分達を裏切っていたことをしり、
でも、命をささげてもいいが、それはまってくれ。
ミトスをとめたい。けじめとして伝えにきた。
といわれ。
ミトスの真意を見定める、といってラタ様、クラトスと同行(マテ)
で、結果として、マーテルはよみがえります。
え?器はどうしたかって?
その場合は、かつてマーテルとミトスがやってきていたときに、
こんなところじゃさみしいよね!といって、
ほぼむりやりにおいていっていた、ミトス&マーテルの髪の毛を使った人形。
それをラタトスクの間にむりやりにおいていっていたことから、
マーテルの髪の毛つかい、新しい器つくりだし、
そこにマーテルの精神ラタトスクが実りの中からひっはぱりだして、
そのまま強制的に移動させたりしています(笑
つまり、いきかえったわけですね。マーテル。
姉がよみがえったことにより、ミトスも正常なる思考にもどり、
かつての精霊の盟約と契約のままに世界統合、種子の目覚め。
そんな世界となってたりします。
ロイドがいた夢の世界はそんな世界の流れの時間で生み出されるはずであった。
あるいみありえた世界のありかた、です。
またヒトが愚かなあらそいをするかもしれない、というので。
クルシス&ディザイアンごと、聖地カーラーンを中心にし、新しい町をつくりあげ、
そこを聖なる都、とすることにし。
ディザイアンの伝承をつくりあげたせいで、ハーフエルフの扱いがかなり危険。
なら、女神と自分達がハーフエルフになった、と嘘(もともとそうだし)を、
人に伝承させればいいじゃないか、ののりで、またまた捏造神話をつくりあげ
結果、あんな世界伝説。
つまり、女神と勇者はその力を世界にわけあたえ、
その魂はハーフエルフとなりてヒトの世界を見守るためにおりたつ。
という伝言をのこし、きえていった。
そんな伝承というか物語をつくりあげてマーテル教をつうじ普及してたり。
ちなみに、アンナがこの考えにいたった理由?
簡単ですよ~?
何しろ、エミルがそれっぽいことを散々いってましたからね。
聖地があるとしたらどんなところ?って。
アンナともにいる微精霊達も、王が何かいってる。
とかいっているのきいてるので、アンナはエミルのことにはきづいてます(笑
でも、ロイドがみたこの世界。
本当に夢の世界でおわるのか、それとも…ふふふv
まあ、私がかく物語。
みなさん、たぶんまちがいなく、あ、なるほど。
こういうことだったのか。と理解されるかとv
でも、このあたりにまでいくのに、本当に何話になるんでしょうかねぇ(苦笑
ちなみに、どんな感じなのかな?というひとは。
たしか、公式ででた話のアンソロジーさんのどれか。
それに似たような話があったようななかったような・・(うろ覚え
とにかく、平和な世界であることはまちがいない、です。はいv
さて、このイベントさんを経て。
ロイド、あるいみ本格的に覚醒の道をたどりますv
ある意味で迷いがふっきれた、という点ですね。
まあ、この迷いさんは、このイベント(禁書)おわったら、
さらにロイドの心をかき乱すイベントがまってるわけですが(苦笑
人生とはうたれ強くあれ。
ぬるま湯しかしらなければ、他者の痛みすらも言葉ではいっていても、
真実理解をしかねない、というまさにあるいみ体現者。
でも、種、としての理をきちんとロイドはもってないから(存在的に)
きちんと定まらない、というのが一つの難点……