この地はまかせろ。
魔族との戦いは我らのほうが慣れている。
お前達は足手まといだ。
ユアンの台詞に、ロイドは言い返したかったが言い返せなかった。
「……ミトス…どうして……」
あの地にまだ自分がすることがあるから、といって残るタバサのことをしったのか、
タバサさんが心配だから、といって共にいくことを拒んだミトス。
そんなミトスを心配し、ぽつり、とジーニアスがその場でつぶやく。
「ミトスなら大丈夫だよ」
あのミトスの目は、魔族にまけるような光ではなかった。
あの地をかつてのような場所にはさせない。
そんな決意がみてとれた。
アクアにもルーメンにもかの地を守るようにはいってある。
ゆえにそう簡単にミトスが奴らの手に堕ちる、というようなことはない、とはおもうが。
それに。
あのくちなわの気配とともに、かの気配が二つにわかれた。
どうやらかの書物をどこかにもっていったらしい。
ウェントスに命じ、その気配は追わせてはいるが。
そんなことを思いつつも、不安そうな表情をうかべるジーニアスに話しかけるエミル。
「それより、何かがおこっているのは間違いない、わね」
町の人々を逃がすにも黒き霧が邪魔をする。
白き霧は魔族の侵入を阻むかのように、
異形のそれらは触れるとともに、溶けるようにときえてゆく。
このままでは、人々が混乱しかねない。
そうおもったその直後。
人々が、ばたばたと倒れた、らしい。
らしい、というのはあの場にのこっていたセレス達からきいたがゆえに、
実際にリフィル達がみたわけではない、のだが。
より濃い白き霧がホテルの中にまでたちこめたかとおもうと、
気づけば、人々は昏睡状態、となっていたらしい。
ホテルの中は今や霧がたちこめ、少し前もみえないほどになっている、とのことらしいが。
まるで、敵対しているかのような、白き霧と黒き霧。
白き霧のほうからは、リフィルにもわかるほどのより濃いマナが感じ取れた。
たしか、魔族の源でもある瘴気とマナは反物質。
相容れないものだ、ときいた。
だとすれば、あの黒い霧が瘴気で、あの白い霧がマナ、なのだろう。
霧の形をとってはいはすれど、瘴気とマナの拮抗。
それがかの地、アルタミラで今、まさにおこっている。
きっかけは、おそらくは【くちなわ】が手にしていた【魔王の禁書】とよばれしもの。
水のマナを多量に感じたということは、マクスウェルが呼びだした、
ウンディーネの力によるもの、なのだろう。
リフィルはそう自分の中で結論づけながらも、
「――みずほの頭領たちが、里にいけ、といったのだもの。
きっと何か意味があるはずよ。この事態をどうにかするための、何かが、ね」
彼らが無意味に里にいけ、といったとはおもえない。
リフィル、ジーニアス、ロイド、コレット、マルタ。
しいな、プレセア、ゼロス、セレス、アステル、リヒターそしてエミル。
十二人にて、レアバードにと乗り込み、
おろちの誘導にて、…おろちもどうやら、ユアン達からレアバード。
それを今、預かっているらしく、おろちは一人でレアバードに乗っているが。
ともあれ、レアバードの機体、七機。
それによって今現在、空を移動している真っ只中。
タバサ、ミトス、クラトス、ユアン、リーガル。
そしてイガグリを始めとしたみずほの民。
彼らはアルタミラにと残っている。
「直接、頭領の屋敷に着陸する」
おろちが前方を誘導しつつ、そんなことを無線機にていってくる。
レアバード同士は、こうして離れていても言葉のやり取りかできる装置が備わっている。
ちなみに、それぞれのっているのは、
エミルとマルタ。しいなとプレセア。アステルとリヒター。
ゼロスとセレス。リフィルとロイド。ジーニアスとコレット。
この組み合わせで乗り合わせていたりするのだが。
ロイドに操縦させれば、それこそやっぱり心配だからもどる。
といいかねないし、コレットは操縦に不安がのこる、というかものすごく不安。
いつもの天然ドジを発揮して機体に何かおこさないか心配だし、
ロイドとともに一緒にしたら、ロイドがいうなら、といってアルタミラに戻りかねない。
だからこそ、一番何か行動をおこしそうなロイドとともに、リフィルは機体に乗っている。
ロイドには操縦させることなく、自らが操縦桿を握ることで、
それらの懸念をひとまずとりはらっている、といってもよい。
この中で、勝手に決まりをやぶり、行動しそうな輩はロイドのみ。
ジーニアスもきちんと状況をわきまえているがゆえに、思っていても行動はおこさない。
が、ロイドは違う。
思いこんだらそのまま行動をしかねないがゆえの、リフィルの判断。
あるいみ、その判断は間違ってはいない、というのが、リヒター達の認識。
そもそも、あまり長い付き合いでもない、というのに、
その性格をあっさりと見極められているあたり、ロイドはかなりわかりやすい。
熱血バカ。
それはゼロスがロイドにつけているあだ名の一つだが、まさにいいえて妙。
熱血ゆえに、後先かんがえない。
考えているのかもしれないが、事態がおこれば思ったまま行動する。
エミルからみれば、旅に同行した直後から比べれば、すこしは事前に考える。
それが身についてきているような気がしなくもない、のだが。
しかし、より頭に血がのぼりでもしたら、それらも何もかんがえないらしく、
そのままおもったまま行動してしまう。
そのあたりはまったくもってかわっていない。
ジーニアス曰く、そんなロイドの行動を、【反省だけなら猿でもできる】といっているが。
「……夜明け、だわ」
地理的に時差はそう二、三時間しかないはず。
アルタミラとオゼット地方。
それでも、夜があけてきた、ということは。
あれからいろいろとあり、緊張していたからか失念していたが、
まる一晩、起きていた、ということに他ならない。
レアバードの中から、
地平線の彼方からゆっくりと太陽が顔をのぞかせてくる光景が目にはいる。
「…世界はこんなにも綺麗、なのに、私たちにできること、はなんなんでしょうか?先生」
その光景をみて、ぽつり、とコレットが呟く。
再生の神子。
そういわれていても、自分は何もできていない。
命をささげるのが正しい。
それで世界は救われる。
そうおもい育ってきたのに、それをすれば逆に世界は破滅する、といわれ。
何が正しいのか、コレット自身もわからなくなっている。
そして今。
かつて、勇者ミトス達が封じた、という魔界における魔族が、
力を取り戻しかけているそのもどかしさ。
魔界の王だ、とユアンはいっていた。
禁書に封じたのは二体の魔界においても実力者であった魔族二体だ、と。
人が、異形に変化するのを目の当たりにしたのはこれが二度目。
一度目はキリアと名乗っていた少女であった。
でも、彼女はもともと、キリアの姿をとっていただけの偽物だった。
しかし、今、アルタミラでおこっている、あれは。
この現実は。
「――そうね。すくなくとも…クラトスやユアンに任せる、しかない、のでしょうね」
リフィルとしてもそれがくちおしい。
暗にあのままいれば、お前達では魔族に呑みこまれてしまう。
そういわれてしまっているようで。
事実、母の真実を知らなければまちがいなく、リフィルは自分の考えが呑まれてしまっていた。
その自覚がある。
そして、真実をしってもなお、母の声でささやかれると、その思いが間違っているのでは。
という思いに陥ってしまう。
母は自分達のことに気付かなかった。
目の前にいたのに、人形を自分、だとおもい、ジーニアスに関しては、
まだ産んでいない、とまで思いこんでいた。
クラトスのあの様子では、かつてもあの光景を目の当たりにしたことがある、のであろう。
あの言葉もきにかかる。
力よわきものが、魔族に変化するかもしれない。
そんな意味のようなことをいっていた。
それはすなわち、遥かなる過去…おそらく、古代大戦。
そうよばれていた最中に実際にそのような現実があった、ということに他ならない。
「――今は、まず。里、にいきましょう」
ふとみれば、おろちの誘導で、それぞれの機体が下降を始めている。
コレットの疑問にきちんと答えられないもどかしさをリフィルもまた感じつつ、
そのまま、リフィルもまた、レアバードの操縦桿を握り締め、
そのまま眼下にみえし、みずほの里にとレアバードの機体を下降させてゆく。
みずほの里。
以前、この地にやってきたのは少し前のはずなのに、ずいぶん前のような気がする。
ここから、コレットを助けるために飛び立ったのはついこの間。
なのに、かなりの年月が経過しているように感じるのは、おそらくロイドだけ、ではないであろう。
あのときは、この地にレネゲードのものたちもいた。
しかし、今は何やらものものしいまでの、女性達の姿が目にとまる。
「おろち!?それに皆さんも!?」
ふと、降りてきた一行に気づいた、のであろう。
一人の女性がなぜか
「カヨか。皆の様子はどうだ?」
「まだ、かなり…大部分の主力メンバーがくちなわとともに出ていってしまったからね。
ミズチのところとかは部隊ごとだし。ヤト様のところも……」
ヤト。
その言葉にぴくり、とリフィルが反応する。
たしかあのとき、そんな名をアレは叫んでいなかったか。
「ヤト様…か。上忍の地位にありながら…ミズチともども……」
「なあ。少しいいか?」
そんな彼らの会話にふとロイドが声をかける。
「?何だ?ロイド殿」
「その、上忍、とか何とかって、何なんだ?」
その言葉に思わず顔をみあわせる、おろちとしいな。
「…そういや、あんたたちには忍の身分とかいうのはおしえてなかったっけね?」
いわれてみれば、そこまでロイドたちには詳しく話していなかったような。
ゆえに、しいながあらためて、ぽん、と手をうちながらレアバードからおりたちいってくる。
「まあ、簡単に説明したら、あたしら忍にも身分ってものがあるんだよ」
「…また、身分…」
テセアラにきて、この身分制度、という言葉をきかないことはなかった。
それこそ、身分云々というのに慣れていないロイドからしてみれば理解不能ともいえる制度。
「簡単にいえば、上忍はそれぞれの組織の頂点にたつものをいうんだけど。
より一番頂点にたっているのが、
あたしの祖父であり、頭領であるイガグリお爺ちゃんだね。
ともあれ、里はいくつもの部隊にわかれていて、それぞれを束ねるもの。
それらの頂点にたつものがいるんだよ。
…ヤトやミズチ、もそれらの一人だったのさ。
彼らは彼らの部下をもち、それらの部下をより上手につかい、頭領からの命令をこなす。
上忍ともなれば、個人で依頼をうけたり、も認められているからね。
頭領がしらない依頼を、ということもありえるんだよ。
まあ、簡単にあんたらにもわかりやすくいえば、上忍は司令官ってところだね。
で、次の身分に中忍っていうのがあって。カガシってやつがいたとおもうけど。
ああいう奴らのことをいうのさ。隊長、組長、とよばれている輩だね。
上忍が司令官ならば、その部下の隊長の役割をもつ身分ってところだね。
彼らはそれぞれ、【組み】を各自でもっていて、組頭として、何人かの手兵を必ずもってるのさ。
そして、行動するときにあたっては、自分も忍術使いとして戦闘にたって陣頭指揮をとる。
まあ、カガシは別だけど、仲には上忍の命令をうけて兵長として働く場合が主だけど。
…中には部下のみを働かせて自らはまったく動かない、って輩もいるからねぇ。
強いていえば、上忍の参謀であり、他面自分自身も実質的な忍術使い。
そういった階級のもの、だね。
んで、次に……」
つらつらと、まるで口早に説明するしいなであるが。
「ちょ、ちょっとまってくれよ。しいな。いきなりそう一気にいわれてもよくわかんねえよ!」
どうやらまだ続くらしいそんなしいなの台詞をロイドがあわてて遮り叫ぶ。
「いえ。しいな。続けて頂戴。上忍、中忍の認識はよく理解できてよ。
他には?敵をしるにはまずはその実情をより把握しておくべきだもの。
ロイド。あなたも難しいことをいわれて、わからない、でなく。
あのアルタミラでの出来事をどうにかしたいのであれば、
きちんと理解し、話しを聞こうとする努力をなさい。
いきあたりばったり、は通用しない相手なのよ?」
「・・・・・・・・・う」
リフィルのいっていることはまさに正論。
ゆえにロイドは黙りこむしかできない。
難しいから、わからないから、といって逃げられるようなもの、ではない。
すでに、事はおこっているのである。
「まあ。とくかく、続けるよ?そして、上忍、中忍、下忍、とつづいて。
そして実際に仕事を果たす役割をもつもの。それが下忍。
まあ、てっとり早くいえば、下働きの忍術使いってところだね。
このあたりがたいてい、一般的に認識されている忍、としての姿だね。
たいがい、下忍はそれぞれに個性や特徴をもっていて、それらに応じた力を発揮するからね。
ここ、みずほには、上忍御三家、といわれている血筋がいてね。
服部、百地、そして藤林……」
「藤林?それはたしか、あなたの……」
しいながそこまでいいかけると、ふとリフィルが何かにきづいたように、しいなにといかける。
しいなの名もたしか、【藤林しいな】そうなのっていた。
まあ、このしいな、という名は【あざな】とよばれし呼び名で真名は別にあるそうだが。
それを覚えているがゆえのリフィルの問いかけ。
「ああ。そうさ。あたしもその御三家のひとつ。まあ、頭領が藤林、だからね。
で、問題はさっきでてきたヤトってやつが、その中の服部家の後継ぎ、なんだよ」
つまりは相当の実力者である、と暗にしいなはいっているに等しい。
「頭領候補であるしいなが説明をしている最中、失礼しますね。
そして、下忍の中には間者、といわれているものたちもいます。
私もそのうちの一人。間者の内でも、生間の役割についています」
「…カヨ。それじゃ。意味がわからないとおもうよ。こいつらには。
まあ、簡単にいえば、間者、つまりはスパイだよ。
間者には五種類あって、
【卿間】【内間】【反間】【死間】【生間】ってやつにわかれてるんだけど」
郷間:その郷人に因りてこれを用うる。
敵国の領民を使って情報を集める。
内間:その官人に因りてこれを用うる。
敵国の役人や要人を買収して情報を集める
反間:敵の間に因りてこれを用うる。
敵の間者を買収・脅迫などして利用。
死間:誑事(きょうじ・偽り事)を外に為し、
吾が間をしてこれを知って敵に伝え利用する。
死を覚悟して敵国に潜入し、ニセ情報を流す。
わざと捕らえられて偽情報を自白する。など、死を覚悟した役目を示す。
生間:反(かえ)り報ずる。
敵国から生きて戻り、情報をもたらす目的で潜入する間者。
それがこのみずほの里の忍の概念。
これらを全てつかいこなす技量が、頭領、そして彼らを束ねしものたち上忍には望まれる。
頭領に関してはいわずもがな。
個性あふれる上忍達を束ねる技量が頭領には求められる。
そして時には非情なる決断をすることも。
「『戦に勝つには敵を知り己を知らなければならない』これが里の絶対的なる信条、なのさ。
だからこそ、あたしらはそれぞれに役割をはたしている。なのに……」
なのに、里をでた彼らはその信条にすら逆らっている。
たしか自分はかつて、契約を失敗し、里のものをかなり殺してしまったも当然。
だからといって、何も関係もない人々にその矛先をむけるなど。
あってはらなぬこと。
それは…それでは、今のクルシスとかわらない。
他者を虐げる、クルシス…ディザイアン達と何らかわらないではないか。
「…次期長であるヤト様がくちなわに賛同してしまったことで。
今、この里もかなり割れてるの。
ちなみに、タイガ様は、百地大牙様、といって。御三家の長よ」
服部家のものは、若いものがことごとくヤトについていってしまっている。
それこそ男性、だけでなく女性も含め。
その子供達すら引き連れて。
ロイド達は知るよしもないが、あの場所で、外にでたとき異様にいたほとんどのものたち。
それはくちなわの口車にのってヤトとともについていった女や子供達のなれのはて。
しいなに…否、かつてのヴォルトとの契約の儀式にて、
かつて家族を、子供を少なからず殺されている彼ら。
そんな彼らは魔族が付け入るには十分すぎるほどの条件を満たしていた。
憎悪を増幅そ、そこで囁きかければいい。
力をもとめ、復讐を果たすか、否か、と。
それは甘いまでの魔族の囁き。
その声に反応してしまったものたちのなれのはて。
「今、平蔵様が残っている一族のものを何とかまとめられているけども……」
それでも、若いものたちがこぞって里を抜けた。
その衝撃は、一族、そして里をもまきこんで、里全体を緊張状態にと陥らせている。
「おろち。平蔵様がおまちだ。くちなわのやつが、入り込んでいた場所が判明したらしい」
「そうか」
里をあげて、とにかく【くちなわ】の動向を調べていた。
すでに世界各地に、レネゲード…すなわちユアンの協力のもと、
シルヴァラント側にまでその捜索の手は広げている。
それでも人材がすくなく、本来ならば退役したはずの存在達の手すらかりて。
「平蔵様は今、どちらに?」
「――頭領の部屋に。頭領達が留守の間は、平蔵様がしきっておられるわ」
「わかった」
カヨ、と名乗った女性とおろちはそんな会話をかわしつつ、
「しいな。きいてのとおりだ。平蔵様のところにいくぞ」
「…ああ、わかってるよ。皆、いくよ」
庭先にレアバードをとめたのち、そのまま廊下にとあがり、その先にとある頭領の部屋へ。
カコン。
ししおどしの音が鳴り響く。
「長老様、入ります」
しいなが、すっとその場にひざをつきつつも、障子の向こうにいるであろう人物に問いかける。
「しいなか。ようもどった。はいれ」
「は」
中からきこえるは、くぐもったような男性の声。
それとともに、しいなが膝をついたまま、すっと障子をひらく。
上座にすわりしは一人の一人の老人。
みごとなまでの白髪を肩のあたりで切りそろえ、
その白いあごひげを胸元あたりまで伸ばしており、
服装は紋つきハカマらしきものをきていたりする。
「無事にマクスウェルとの契約もすませられたようじゃの」
「…はい。ですが……」
その前にひざまづき、しいなが報告を何やらしているが。
「こちらのほうにも進展があった。
里をあげてくちなわの行動を追っておったのじゃが。
あやつの息がかかったものが、サイバックにはいったらしい。
それと前後するように、サイバックの学術資料館。
そこでここ最近、行方不明者があいついでいる、らしい」
夕方から朝にかけ、わかっているだけでも数名。
王都に調査を依頼しようにも、暗闇につつまれ、報告すらもできなかった。
彼らがしっているのは、サイバックに忍び込んでいる間者がいたがゆえ。
「サイバック!?」
その台詞に反応したのはアステル。
まさか、サイバックの名がててくるとは夢にもおもっておらず、
「そ、それで、町の人達は?!」
アステルが思わず前のめりになりつつも、平蔵、と呼ばれし初老の男性にとといかける。
いや、初老、というよりはかなりのお年寄り、というイメージがつよい目の前の人物。
実際、ぱっとみため、マクスウェルと並んでいれば、こちらのほうが年上なのでは?
というイメージがかなり強い。
「うむ。さすがに原因が不明なこともあり、今はかの地は立ち入り禁止になっている、ときく。
くちなわの手先のものがそこにはいったのちに、その現象がおこっていることもあり。
調べてゆく過程である有力情報が手にはいったようでな。
かの地に、まちがいなく、ヘイムダールで保管されていたはずの書物。
この葉を隠すなら森の中、の諺のごとく、かの地にその書物が隠されたのでは。
という結論に達したののじゃが」
「つまり、サイバックにヘイムダールから盗まれたあれ、があるということですわね」
長老であり、服部平蔵、とか名乗りし人物の台詞に
リフィルが自分自身にも言い聞かせるように、改めてといかける。
「たしかに。あれほどの書物の中に一冊の本を隠すにはうってつけ、なのでしょうけども」
あの大量にあった本の数々。
あの膨大なる書物の中からたったの一冊。
それを見つけ出す、というのは困難に近い。
たしかに、書物を隠すにはうってつけの場所、ともいえる。
かの地を訪れたときのあの本の多さを思い出しつつも、リフィルがつぶやく。
「しかし、今、かの書物に近づくのは危険であろう。
どうやら近づく者全てを取り込む魔の書となっておるらしい」
「?らしい、というのは……」
リフィルがそういえば。
「それは、私のほうからご説明しましょう」
いいつつも、がらり、とその背後にあるフスマをあけてはいってくる一人の青年。
その姿をみて、おもわずエミルが顔をしかめたのに気付いたは、近くにいたゼロスのみ。
真っ黒い燕尾服をきこなし、ズボンもまた真っ黒。
その長き黒い髪はかるく背後でひとくくりにされており、
なぜか頭には黒いシルクハットのようなものをかぶっている。
ぱっとみため、どこからどうみてもあやしいこと極まりない見た目、二十歳前後の青年が一人。
「…何をやってるんだ。あいつは」
ちいさくぽつり、とエミルがそんなことをつぶやいているのにきづき、
コレットもまた小さく首をかしげているが。
その呟きはとてもちいさく、
コレットとゼロス以外にはエミルのそんな呟きにまったくもって気づいてすらいない。
「おお、これはヤミノ様」
「…ですから、私の名前はそれではない。と。…まあ、もういいです。それで。
我々もあれを探索していましてね。
今、あの書物は、かつてミトスとその仲間達が封じた結界がより弱まっている状態です。
かつて彼らはその魂を分けることにて仮初めに魔界の王たる彼らを書物に封じました。
彼らが外にでられないように、その本の表紙に精霊石を設置し、
本そのものを精霊炉の応用にしたのです。
彼らはある御方より聖なる石。封魔の石とよばれしものを授かっていました。
それは聖なる力を秘めた石。魔界をというよりは瘴気を浄化するための聖なる石。
とでもいえばいいですかね。周囲の力をとりこみ、マナに変換する力をもちし石ですので。
彼らはその石が浄化の力をもつまでユミルの水に浸す必要がある、と判断し。
そのようにしていた、のですが…」
その台詞に、
「…そういえば、あのときクラトスがそんなようなことを……」
ヘイムダールにて、ユアンやクラトスが封魔の石がどうとか、といっていたような。
リフィルがそのことを思い出し、ふとつぶやく。
それはそうとして。
目の前のこの男性は【何】なのだろうか。
魔物でも、人でもない、何か。
どこかでこのマナを感じたことがあるような気がするのだが、
リフィルの記憶をたどっても、人型でこのようなマナをもっているものは思いだせない。
「体内のマナを聖なる炎に変える力をももっていますが…まあそれは今は関係ないですね。
ともあれ、それを利用しないかぎり、書物は永遠にあのまま書物、としてありつづける。
かつてどうやらミトスが封印強化に新たな魂を分断しているようですが。
調べたところ、それに使用された三つの魂。
うち一つが消滅したことにより、封印がより弱まってしまっているようです」
内部を探れるのは【彼】ゆえに。
耐性があるからこそできた技。
しかし、かの中にある魂の本体のうち一つはすでに滅んでしまっている。
だからこそ、かつておそらくは封印のほころびがでたときに強化したはずのそれ。
それが再びほつれてきている、のであろう。
その封印強化がいつのころに行われたのか、【彼】とてそこまでつかんでいない。
そういえば、とおもう。
あのときリヒターは封魔の石でかりそめに一時的に扉を封印することができる。
とおもっていたらしいが、かの地に必要なマナは膨大。
いともあっさりと魔族に呑みこまれていたであろうにな、ともおもう。
そもそも、一人の人間を蘇らせるために、魔族と契約をかわした以上、
魔族がそんなリヒターをほうっておくはずがない。
あのとき、理をかえたがゆえにリヒターは魔族達の干渉をうけずにすんだが。
そうでなければ、まちがいなく、彼は…
そんなことをおもいつつ、ちらり、とこの場にいるリヒターをみるエミル。
こいつも、アステルが死んだ場合、あんな愚かな選択をするのだろうな。
一人のためならば他者はどうでもいい。
彼なりにあのとき考えてはいたようだが、それは一時的なものでしかない。
ということにすら考えついていなかったあのリヒター。
――そうすれば、アステルはよみがえり、ラタトスクは死に、世界は救われる。
本気でそうおもっていたあのリヒター。
そもそも、あの世界は自らのマナによってうみだされていたものであり、
自分のコアが破壊されればそれこそ全ては消滅する。ということすらわかっていなかった。
まあ、アクアが説明していなかったのもあるのだろうが。
すこし考えればわかるであろうに、とも思いはする。
何しろ自力で自分のことにたどり着いた彼ら、ならば。
否、おそらくは自分にたどり着いたのはアステルであり、
リヒターはそんなアステルについていってだけ、であったのであろう。
クルシスの輝石に関しても間違った知識にもとづいていた。
装備者の時をとめる、というのは確かに間違ってはいない。
しかし、それは狂った精霊達の力によるものであり、
魔界の瘴気に精霊達が耐えられるはずもなく。
そのようにしても、精霊石が確実に穢され、そして壊れ、
そして、リヒターの魂ごと魔族の餌食、となっていたであろうに。
ヒトがいうところのエクスフィア。
その知識がきちんとしてものでなかったがゆえに、間違った認識のもと行動をしていた彼らたち。
あのときそういえば、ともおもう。
ロイド達ですら間違った認識のもとに動いていたな、と。
さらにはあのクラトスなどは、しっていたはず、なのに。
自分達では精霊達の穢れを払うことができないから、
悪用されてはいけないから、といって宇宙空間にそれらを解き放つことを選択していた。
その結果、それらが他の【世界】にどんな悪影響を与えるか。
それを考えることもなく。
基礎がなければ全ては崩壊する。
そんなことすら…失念していたあの当時。
あのときは、扉をこじあけようとする魔族達を止めるのに必死で。
しかもラタトスク、としての記憶を封じていたがゆえに、そこまで思いもいたらなかったが。
【今】は二度とあのような間違いは起こさせない。
そのために、すでにいくつも行動はおこしている。
すでに、あらたな魔族達の拠点となる魔界となりえる惑星も生み出した。
彼らを束ねるべき、それこそ瘴気の頂点ともなりえる存在すら生み出した。
全ての魔族たちが移住に賛成するかどうかはわからないが、
しかし、やらないよりはよほどまし。
「その、石がなければ、どうにもできないのかしら?」
「そうですね。封印しても、いずれまた、その封印をした要のものが死んだ場合。
いえ、肉体が滅んでしまった場合、というべきでしょうか?
封印が弱まり、次なる時に同じようなことが繰り返されるでしょう」
「そんな!そんなのどうにかできないのかよ!
封印じゃなく、そのマオウ?とかいうのをどうにかすることが!」
それは、すなわち問題の先送り。
そもそも、ロイド達は知らない。
封印が弱まったのは、彼らがマグニスを殺してしまったからだ、ということを。
封印強化は、プロネーマ、フォシテス、そしてマグニスによって施されたもの。
そして、要となりし一人がかけたことにより、
かつてほころびかけていた封印が再び表にでてきてしまった。
だからこそ、今、魔族達がより活発化している、ということを。
そしてまた…マグニスも分けた魂の影響をうけ、より残虐性が増していっていた。
そのことにも起因しているということを。
フォシテスは同族を守りたい意識が先にたち、それらの誘惑をはねのけている。
プロネーマに関しては、ミトスに対する思慕からおなじく。
もっとも、そのことに関してはエミル…否、ラタトスクやセンチュリオン。
彼らとてそこまで詳しくないにしろ。
ロイドの叫びをうけ、
「では。おききします。あなたは、何を犠牲にしても、成し遂げる覚悟がありますか?
魔界の王の一人である、リビングアーマー、ヘルナイトはより強敵です。
かつてのミトスですら一人ではなく、仲間とともに封じることで精いっぱいでした。
あなたはそんな彼らと対峙し、勝てる自身がありますか?
そのためには、何を犠牲にしてもなしとげる、決意が?」
そんな【彼】の台詞にリフィルが思わず顔をしかめる。
まるで、古代勇者たる彼らと面識があるようなその言い回し。
見た目は二十歳前後、の青年なのだが。
何かどこか違和感を感じざるをえない。
「犠牲?」
「あなたが行動しようとするのは勝手ですがね。
あなたの命、またあなたについていった仲間ですら死の危険がある。ということです。
かの魔王達をどうにかするためには書物の封印の中に入り込む必要があります。
そして、そこはあるいみ疑似ニブルヘイム。ヒトの身にはつらいでしょう。
そして…力なきものは、ニブルヘイムにのみこまれ、死んでしまう。
二度と現世にもどれることもないでしょう。それでも、あなたはそれを望みますか?」
「そんなの、やってみないとわからないだろ!
封印とかいうのをしても、また同じようなことが繰り返されたら意味がない!」
「ちょっ。ロイド、もう少し考えてから物事をいってよね!」
そんなロイドにジーニアスが思わず叫び返しているが。
「俺達は絶対にしなない!絶対に!」
「…根拠のない自信、ですねぇ」
きっぱりいいきるロイドに、目の前の【彼】は苦笑する。
「まあいいでしょう。覚悟があるならば、これを授けましょう。
これが……【封魔の石】です」
いって、差し出されるそれは、手のひらにすっぽりとおさまる、
まるで水晶の結晶のようにもみえる、鈍く輝く青白い光をたずさえた石。
まるで、ロイドの返答を予測していたかのように、懐にしまっていたのであろう。
布のようなものにつつんでいたそれを、ぱらり、とひらきつつも、目の前にと差し出してくる。
「――もしも、かの書物の封印の中にはいる、というのであれば。
マルタ殿。貴殿はのこられたほうがよろしい」
「そんな、どうしてですか!?」
「あなた様に万が一のことがあれば、…下手をしましたら。
シルヴァラントのブルート殿が、魔族に魂を売り渡しかねないからですじゃ。
そうなれば、あなたがたが世界を一つにもどしたとき。
かつてのように、シルヴァラントとテセアラ、二つの勢力の争いが再発するでしょう。
レネゲードの協力もありて、我らの間者はあちらの世界にもいっております。
ブルート殿はマナの血族の皆さまと協力し、国の再興を唱え、
シルヴァラントの人々がそれをうけいれた、とききますじゃ。
そんな王女になるあなたが、テセアラで命をおとしたとしましたら。
…どうなるか、わかるでしょう?」
「・・・・・・・それは……」
父の自分への溺愛ぶりを知っているがゆえに、マルタは言葉につまるしかない。
「――どうせ。ロイドは止めてもいくのでしょうし。
教え子を勝手に一人でいかさすわけにもいかないから、しかたないわ。
私も同行しましょう。エミル。
あなたはマルタが不安にならないように共に残っていてくれないかしら?」
「え?」
リフィルの言葉にエミルは思わず目をぱちくりさせてしまう。
というか、なぜに自分にそんなことをいってくるのだろうか。
このリフィルは。
「ああ。それはいいですね」
「……おい」
リフィルの言葉にすばやく同意を示す目の前の【青年】を
ぎろり、と睨みつけるエミルの視線に、なぜか視線をわざとらしくそらしたのち、
「テセアラの神子はどうおもわれます?」
なぜか話題をかえようとするかのごとく、ゼロスにそんなことをといかける【青年】。
「そうだな。エミル君が残るってのにも、マルタちゃんがのこるも賛成だな。
よし、セレス、マルタちゃんが一人で不安でないように、お前ものこりな」
「お兄様!?」
「セレス。これは重要な役目だ。それに、お前がまっていてくれてる。
とおもったら、俺もおいそれとどうにかなろう、とはおもわないさ」
ゼロスの言葉に非難をあげるセレスの頭にぽん、と手をのせ、
くしゃり、とその頭の髪をなでるゼロス。
「――あいつらがどう動くかもわかんねぇ。そのときは、セレス。
お前がその公爵令嬢として、ワイルダー家の娘として、しっかりと、な」
「…お兄様…わ、わかりましたわ。でも、お兄様、必ず無事にもどってきてくださいませ!」
ぐっと涙をこらえつつも、ゼロスの言葉に同意するセレス。
「じゃあ、さっそく……」
「まちなされ。せいてはことを仕損じる。といいます。
おそらくあなたがたはゆっくりと休養すらとってはおらんじゃろう。
まずはゆっくりと鋭気を養い、せめてゆっくりと睡眠だけはとられて行動するがよかろうて」
「…そうね。晩餐会から今までずっとほぼ休息をとっていないもの。
相手は未知数の敵。少しでも体力の不安は取り除いておくべきだわ」
「リフィル様の意見には大賛成~」
「…私も、それには賛成、です。私も同行、します」
「プレセアは危険だよ!だって…」
そもそも、今のプレセアにはエクスフィアが、ない。
「いえ。いかないといけないような気がする、んです」
それはプレセアの本能的な勘。
ネビリムの影響を少なからずうけている以上、大本となっている根源。
それをどうにかしないかぎり、再び操られる可能性がある。
それを本能的に危惧しているがゆえのプレセアの台詞。
ジーニアスの悲鳴にも近い言葉にも、プレセアは淡々と、
しかし、きっぱりと言い切っていたりする。
「では、候補者だけでむかいましょう。
…ロイドはどうせダメだ、といっても一人ででもいくでしょうから。除くとして」
「どういう意味だよ!先生!」
「あなたはなら、いかない、という保障があって?」
「うっ」
自力で移動する手段があれば、ロイドはまちがいなく一人でつっぱしっている。
レアバードがそれでなくても外に出しっぱなしている以上、
感情のままに突っ走らない、とはいいきれない。
それをみこし、目の前の畳の上にすっとおかれている石を、
そのまま手にし、懐にとしまっているリフィルはあるいみさすがというより他にない。
ロイドがそれを手にすれば、すぐにいこう、といって一人で行動しかねない。
さすがに教え子、だけはあり、行動をよく把握している。
きっぱりと、それでいて断言されるようにいわれ、ロイドは言葉につまってしまう。
しかし、いわれて考えてみれば、あの石を手にし、
すぐに何もかんがえずにレアバードに乗り込んでサイバックにいこう。
とおもっていたのも紛れもない事実であり、
ゆえに何も言い返せない、というのはこういうのをいうのであろう。
結局のところ、ゼロスやリフィル、そして長老だ、という服部平蔵の意見もあいまって、
この地、みずほの里にてエミル、セレス、マルタの三人が留守番をすることにし、
アステルとリヒターに関しては、サイバックのことが気になっているであろうが、
その気持ちこそが魔族につけいる隙をあたえる恰好の獲物。
あなたたちがともにいけば、まちがいなく魔族にいいように操られる可能性があるでしょう。
…知り合いを心配する不安なこころに魔族はつけいりますからね。
そういわれ、二人もしぶしぶながら同行を断念した。
それ以外の全員、
ロイド、ジーニアス、コレット、リフィル、しいな、ゼロス、プレセア。
この七人でサイバックにとひとまず休んだのちに向かうことに。
「…で?いいわけは?」
よほど疲れていた、のであろう。
それぞれが用意された食事を食べて、風呂にとはいったその後。
まるで倒れるようにして眠りについている今現在。
「――エミル様……」
「ったく。たしかに俺はあいつらにあれをどうにかさせよう、とはおもっていたが。
しかし、それは、今、ではないだろうに」
そう、まだ、彼らとともにミトスがいる。
「……彼らがあの中にいるミトス達とであってしまえば。
せっかくミトスが彼らと絆されかけているのを無駄にしかねないぞ?」
あの当時。
ミトスにはなかなか心を許せるものがいなかった。
なぜか自分には異様になついてきていたようなもおもえなくもなかったが。
彼が信頼していたのは、姉、そしてクラトス、そしてユアンのみ。
そして…死んだ、というウィノナ、という女性のみ。
それらのことはミトスによって
うんざりするほど延々と聞かされた世間話でラタトスクは把握している。
それでも、ロイド達には心を許しかけているのは傍でみていてわかっている。
かつての気持ちを取り戻しかけているというのに。
そんな中で万が一、彼らに否定されるようなことを投げかけられれば。
自暴自棄になったミトスが何をしでかすか。
いくらエミル…否、ラタトスクとて予測がつかない。
カコン。
昼間の最中、ししおどしの音のみが周囲にとひびきわたる。
中庭の中にある小さな池のほとりにて。
視線にて誘導し、今現在この場に【彼】を連れだした。
「そもそも、何だ?あのヤミノ、という名は?」
どこからつっこめばいいものか。
「まあ、お前のその姿はなつかしくもあるが、な」
ほんとうに、なつかしい。
ディセンダーとして普通に世界をめぐっていたときに、
なぜか【執事として使ってください】といっていたあの当時。
そもそも、記憶がない自分のもとにやってくるな、と切実にいいたかった。
もっとも、そのときの意識のみを沈めて、自らの意識を表にだし、
おもいっきりどなりつけたのは、一度や二度、ではありえない。
「で?どうなんだ?テネブラエ?」
リフィル達は気づいていなかったようなのであるいみほっとしなくもないが。
この形態は、テネブラエの人間形態。
黒い燕尾服に黒いシルクハット。
ついでにいえば、なぜかその手には黒い杖。
これが基本、彼がヒトの姿をとったときの形状。
どこまでも黒一色なのは、闇にこだわりがあるから、とは当事者談。
「しかし。さぐってみましたところ。
どうやらミトスはどれくらい前なのかはわかりませんが。
しかし、すくなくともこの千年の間のあたり、でしょうね?
感覚的にそのような感じがいたしましたから。
とにかく、その間に封印強化をとある三人の別なるもの。
彼らの魂を裂いて強化を施していたようなのですが。
うち、強化を担当したものがどうやらすでに死んでしまっているようなのですよ」
「…まて。まさか、その強化を担当した、というのは……」
「はい。中にて確認いたしましたが。
あの、パルマコスタ牧場、とかいう場所にいた、マグニスとかいうモノでした」
「…ちっ。面倒な。それで?ミトス達に変化、は?」
「中にいるものたちは、かつてのまま、でしたが。
どうやら、ミトス達の力をもってして、階層をさらにわけ、
より深く、あのものたちを封じている模様です。
しかし、ラタトスク様?もしかして自らがどうにかなさろう、となさっていたでしょう?
わかっておられますか!?奴らの目的はあなた様、なのですよ!?
あなた様のその身、コアを一度でも破壊してしまえば、
この地のマナは全て崩壊する。奴らはそれを無意識に感じ取っているのですよ!?」
それはわかっている。
だからこそ、奴ら魔族は必要なまでに自らの命を…コアを狙ってくる。
完全に殺すことができない、というのは本能的に彼らもわかっているはずである。
しかし、依代としているコアが一度でも破壊されれば、
そのときのそのコアを核としてつくりだしている世界は崩壊する。
それにそもそも、この世界のマナでつくりし大地は仮初めのもの。
いずれ安定すれば理をもとにもどし、惑星そのものにゆだねるための仮初めの処置。
だからこそ、仮初め、であるがゆえに、とてももろい。
もっとも、もろい、と感じているのはラタトスクのみで。
他の存在達からみれば、もろいも何も、ありえない、と異口同音にいうだろうが。
そもそも、無から有を生み出すことができる【ラタトスク】という存在が規格外。
というか、もともと、【無】でしかなかった【場】に様々な【世界】を産みだしたのも。
「別に、コアと実体とを分けてはいれば…」
「なりません!やはりそのおつもりでしたね!!!!!!」
コアさえ無事ならば問題ないのだから、何も問題ないだろうに。
それに、あの中にいるミトスとも話してみたい、というのもあったのだが。
「そんなことになりましたら、皆を総動員してでも!
いえ!精霊達だけでなく、まだ眠っている聖獣達もおこして阻止しますからね!」
「…おい」
たしかに、聖獣たちはまだ眠っている。
彼らの力をヒトに悪用されないために。
彼らは戦争の悪化とともに眠りについた。
何しろよりつよく負の影響をうける聖獣たちである。
というか、聖獣たちの主であるゲオルギアスがより敏感、というのもある。
元々、この地にいたらしき聖獣たちを姿をかえて蘇らせたもの。
それが聖獣たち。
自分達精霊がこの地から立ち退いたあと、この地を古代のように、
それこそまだ魔族達がうまれるよりも前に管理していたように、
彼らにその権利は譲り渡すためにうみだしている存在。
水の聖獣、シャオルーン。
地の聖獣ランドグリーズ。
風の聖獣ウォンティガ。
闇の聖獣イーフォン。
火の聖獣フェニア。
光の聖獣ギリオーヌ。
そして、そんな聖獣たちを束ねし王、それがゲオルギアス。
ちなみに、一番魔族達を恨んでいたりもするがゆえ、
かつて天地戦争が始まった時代など、
人間など滅ぼしてしましましょう、やはりゼロから生み出したほうがいいのでは。
移住してきたものと今いるものでは世代も考えも違うのですから。
とよりいってきた、という実績すらある。
…まあ、そのせいでかつての時間軸のとき。
自分が人を滅ぼせ、と命令していたあのとき。
率先して魔物だけでなく動物達もまたヒトにたいし暴力的になっていたのだが。
まってました、とばかりに賛同したことを知ったのは、
フェニアを供にしてからのち。
そして、そんなゲオルギアスをおちつかせるために、【オルセルグ】を産みだしていたようだが。
それは聖獣たちが彼の目や耳をつうじて、人の世界を観察するために創りだされた存在。
あの旅の最中でその彼と出会うことはなかったにしろ。
「…ゲオルギアスはまだ早い。
あいつは確実に、やっぱり全てをゼロから生み出したほうがよろしいでしょう。
と確実にいうぞ?あいつは」
…まあ、かつてヒトを滅ぼせ、と命じた自分がいうような台詞ではないな。
と思わず苦笑せざるをえないが。
でもまあ、彼のいい分もわからなくはなかった。
あのとき、まだ理をひきかえなおすにははやかったのだ。
その結果、人々はユグドラシルを枯らし、再び魔族をうけいれた。
受け入れかけていた。
マーテルの精霊の盟約がなければ、とっくにあの国はトールのときのように滅ぼしていたというのに。
トールに捕らえられたアスカのこともあった。
それでも、それらをもちだしても、人の世界に私たち精霊がかかわるのは間違っているとおもうんです。
とかたくなに意見をまげようとしなかったあの精霊マーテル。
たしかにいい分はわかる。
わかるが。
しかし、その結果、放置したヒトがつけあがり、何をしでかしていったのか。
より彼女のほうがわかっていたであろうに。
それでなくてもあのとき。
ヒトがおこせし争いの結果、ラグナログ、とよばれしものがおこり、
一時地上のほぼすべてが瘴気と化してしまったのだから。
それなのに、そんなことをいうマーテルに精霊の自覚はあるのか、とものすごくいいたい。
あのときの結果、しかたなく精霊達を自らの世界にとりこむことで、
属性精霊達は何とかことなきをえたが。
あの結果、世界にただよっていた微精霊達が全て死んでしまったのもまた事実で。
本当に、世界を守ってゆく、持続させてゆく、という概念が抜けていた。
あのマーテルは。
やはり人の意識集合体として人工的にうまれた彼女だからこそ、
精霊として、世界を管理、守っていくもの、としての自覚が皆無であった。
といわざるをえない。
見守るだけで、いつかはわかってくれる。
そう。
ただ見守るだけで、そこに何の努力もせずに。
逆に下手なことをしでかし、世界を危機にとおとしいれた。
そもそも、再び魔科学が発展したのも、マーテルがいらないことを伝えてしまったがゆえ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何だかかつてを思い出したら頭がいたくなってくるような気がする。
やはり、ぜったいにあのマーテルを意識融合体の精霊、としては認められない。
いや、精霊、としてだけならばいいかもしれないが。
断固として、新たなる世界樹の精霊、としては認められない。
断じて。
しかし、彼女が精霊となった暁には、より彼女の言動で、
ヒトが大混乱する様子しか思い浮かばないのはこれいかに。
「…しかし。あいつらが本当にあいつらをどうにかできる、とおもうのか?」
「まあ、問題はないかと。というか、確実に。
あのものをあの地にほうりこめば、クラトスも移動するでしょう?」
「だな」
というか、移動しない、という光景がおもいつかない。
まちがいなく、息子を心配し、クラトスは行動する。
ユアンもまあ、クラトスが今死んでしまえばどうなるのか。
あの言い回しからして懸念しているゆえに、おそらくついていく、だろう。
「…そのためには、ミトスを同行させないようにするのが必要、だな。
ミトスは状況が不利、とわかればそれこそかつてのように。
自らの魂をまた割ってでも封印をしようとするだろう」
そして、今の心が揺れている状態のミトスがそれをしたならば。
そこに魔族が付け入りかねない。
「――ミトスは火薬類の扱いにもたけています。
それとなくあの地にいるものたちを誘導すればよろしいかと」
「…そうする、か」
ただ、一言。
ささやいてやればよい。
火薬類の扱い詳しいか、と。
それはあの付近に力を張り巡らせているアクアにでもいえばすぐにことたりる。
「――まあ、何とかなる、か?」
たしか、以前の時間軸で、ロイド達が魔王の禁書とよばれしあれを燃やした。
そうたしかに、あのときハイマでジーニアスはいっていた。
ならば、ロイド達はあれをどうにかする力があった、ということに他ならない。
あの時間軸の彼らと今の時間軸の彼ら。
その実力の差異のほどはよくわからないにしろ。
「――テネブラエ。他の奴はあの中にははいりこめぬ。
お前がそれとなく、彼らを誘導しろ。ゼロスの奴に姿はみられるだろうが。
まあ、ゼロスもそう簡単にはお前のことはばらしはしないだろう」
問題はコレット、だが。
まあ、おそらく、あの中にはいってしまえばそんなことを気にしてなどいられない、はず。
「――かの中にとらわれている魂、の数は?」
「…やはり、探ってみましたら、かなり増えております、ね。
おそらく、この四千年、という間にかなり取り込んだものか、と」
「…そうか。それらをなるべくかの石に取り込み解放させるように、それとなく、な」
「――御意に。それはそうと、くれぐれ!も御自らあれに入ろうとなさらないように!」
「しつこいぞ。…しかし、まあ、少しの干渉くらいは、いい、か」
ここでじっとまっている、というのも何である。
ならば。
「……ヒントくらいはあたえる、か」
それこそ、
かの本につけている精霊石を通じ、声をつたえるくらいは、問題はない、であろう。
「気をつけて」
目の前にレアバードに乗り込んでゆく七人。
ノイシュも危険だ、という理由にて、今回ばかりはここ、みずほの里にてお留守番。
ノイシュもまた魔族達の恰好の核となりえし生命体。
そもそも、ノイシュにはいまだに恐怖、というものがこびりついている。
やさしかった相手が突如として自らを殺そうとしたその恐怖。
それはいまだにノイシュを縛っていることを、エミルは知っている。
それでなくてもあの当時…クラトス達に保護されるまで、
ノイシュはその種族のこともあいまって、人々に狙われていた。
他の個体が海に還る選択をした以外で、あの当時生き残っていたのは…
地上においては、ノイシュのみ。
「お兄様、絶対に無事にもどってきてくださいよ!
ロイド!お兄様の素敵な体に傷一つでもつけましたら、
わたくし、力のかぎり、あなたをうちのめしますからね!」
「何で俺限定、なんだよ!」
きっぱりと、それでいてロイドに指をつきつけていうセレスの台詞に、ロイドが思わず叫んでいるが。
「じゃあ。リヒター、エミル達をお願い、ね?
マルタもどこか暴走しそうなところもあるし。
セレスにいたってはどこか世間ずれしているし。
それはエミルにもいえることだけど」
「…?僕、世間ずれしてないですけど」
『してる(から)(とおもう)(だろ)!?』
「?」
リフィルの言葉にエミルが答えれば、なぜか異口同音でほぼ全てのものが一斉に、
否定の言葉をなげかけてくる。
それがエミルからしてみれば解せないことこのうえない。
「まかせろ。アステルのほうは…まあ、暴走しかけてるから、あれは無理だ」
「…そういや、アステルさん、ここの薬草学を学べる!
といって、嬉々として薬草園にむかってましたっけ……」
珍しい薬草がある、という話題の最中にそれにアステルがくいつき。
忍といわれているものたちがどんなものを扱うのか。
いいつつも、自らがもっていた様々な薬草に関するレシピ。
…それがまあ、なぜか毒系とか、多少方向性が異なる品であったのが気にはなるが。
中には多少精神を狂わせる効果?をもったようなものもあったような気がするのはこれいかに。
ともかく、それらをだして、これらを今改良中なんです。
といったアステルの台詞に、みずほの里の幾人かがめを輝かせ、
なぜかそのまま薬草座談、となりはてていたりする。
結果として、そのままなぜかそちらのほうにいってしまい、今この場に…
つまり、見送りの場にいなかったりする、という現実があったりするのだが。
リヒターの台詞にエミルがそれをおもいだし、ぽつりとつぶやく。
何でもいろいろな薬草類を組み合わせ、新しい何かをつくりだすこと。
それがアステルの趣味、らしい。
…それでどこぞの誰かを連想したエミル…否、ラタトスクは間違っていないであろう。
かつての惑星においてもそういったものがたしかにいた、のだから。
おもわず遠い目をしつつぽつり、とつぶやくエミルに対し、
「…まあ、あいつはそういった実験が生きがいになっているからな」
いいつつ、リヒターもどこか達観した様子。
そういえば、ハーブ類の話しとかになったとき、
あのとき人柱を申し出てきていたリヒターもそんな遠い目をしていて言葉を濁していたな。
とふとおもいだす。
おそらく触れられたくなかったのだろう。
不思議におもいつつも、あまり気にならなかったので問いかけもあの当時はしなかったが。
「お兄様。もどってくるまでに、みなさんに体術をマルタと一緒にならっておきますわね」
「お、おうっ。…というか、セレス、本当に体…平気なのか?」
「はいですわ。不思議と本当にものすごく体の調子がいいのですの。
それに、王都にて晩餐会に出席する前、セバスチャンが呼んでくれたお医者様がいうには。
信じられないくらいに今は健康体です。といってくださいましたわ」
「そ、そうか。しかし無理はするなよ?」
おそらく、お世辞、とかではないのだろう。
その言葉にゼロスはほっとしつつも、ちらり、とエミルをみる。
――エミル君には借りができちまったな。
こりゃ、クルシスやらレネゲードやら、いっている場合でもないな。
ま、どちらにしろ、選択肢はもう一つ、しかないんだけどな。
もしも、かの精霊がその気になれば、世界が滅ぶ。とわかった以上。
クルシスだのレネゲードだの、ロイド達だのの思想に左右されている場合、では、ない。
「いくわよ。目的地は、サイバック!自動操縦にしているわ。
あのような異形のものが現れない、ともかぎらないわ。
皆、こころするように」
リフィルが強い口調で、それでいて険しい表情でいうその言葉に。
ロイド達残りの六人がはっと息をのむ。
すっかり失念していたが、その可能性もなくはない、というその事実。
つまりは…精霊マクスウェル曰く、殺すしか救う方法はない、という異形のものたち。
――元はあきらかに人であったものたちを手にかける、ということ。
くちなわについていったものだけ、とは限らない。
クラトスのあの言葉から察するに…無関係なものすら、巻き込まれている可能性。
その可能性は…なくはない、のだから。
七人をそれぞれにのせた、四機のレアバードが浮上してゆく。
万が一、のことを考え、残りの二機はここ、みずほの里にと残し、
四機にてロイド達七人は、魔王の禁書、とよばれているそれをどうにかするために、
サイバックへと向かってゆく――
「…何、これ?」
おもわず茫然、とした声がジーニアスの口からもれだす。
気持ちわるい。
サイバック、という町をまるで取り囲むように、
どすぐろい霧のような何か、が町全体を覆い尽くしている。
アルタミラではまだ白い霧があった。
が、ここにはそれがない。
「これは…周囲のマナが、穢されて、いる?」
リフィルもそれをみて顔をしかめぽつり、とつぶやく。
と。
「何者だ!?」
ふと町の入口にあたる場所。
そこにいた兵士らしき人物が、その武器を交差させ、
中にはいらすまい、として入口をふさいでくる。
それはまるで、かつて雷の神殿にたちよったときの騎士団達の行動のごとく。
「何があった?ここで?」
一歩、ゼロスが前にでてといかければ。
「何を…って、これは神子様!?ご無礼を!
ただいま、ここ、サイバックは外出禁止令とともに、危険区域、として。
一般人の出入りを禁止しております!」
ぴしり、と敬礼しつつ、ゼロスをみて姿勢をただしていってくる兵士の言葉に、
思わず顔をみあわせる、リフィルとゼロス。
「一般人の出入り禁止って…」
ロイドがかすれた声でといかければ。
「この先にみえる黒き霧、あれが何なのかはわかりませんが。
とてつもなく危険なもの、というのは確かなようです。
それらの霧に触れたものは例外なく狂暴化し…
ホーリーボトルで正気に戻すことは可能、なのですが、いかんせん、在庫が……」
ゆえに、全ての民に、というわけにもいかず。
ホーリーボトルにて霧を退けられる、としったものたちが、
こぞってそれらを買い占めた。
王立研究院の薬学部では今まさに、必死にホーリーボトルの制作をしている、
ということらしいが、おいつくはずもなく。
「地下に閉じ込められていたハーフエルフ達も例外なく狂暴化していまして。
いきなり地下で魔術を解き放った、という話しもききおよびます。
ゆえに、今は完全に地下への出入りが禁止されておりまして」
それで彼らが死んだらどうするのだ。
という意見がなくもないが。
では、殺されるかもしれないのに、
お前達はハーフエルフごとにき料理をもっていくために、死んでもいい?というのか?!
そういわれ、なかなか行動におこさない人々。
実際、黒き霧にあてられ、ほとんどのハーフエルフ達が狂暴化している、といってもよい。
まるで、まるでそう。
かつて、この地であった、ハーフエルフ達の反乱。
国の伝承にものこっているとある出来事のときのごとく。
ハーフエルフ達は身分の最下層。
だから死んでも関係ない。
それが…ここ、テセアラでの一般的な考えであり、そして幼きころから刷り込まれている現実。
「何かこの状況を打破できることがないか。
と資料を何かさがしにいかれた研究者達も、
なぜかことごとく資料館にむかったところ、行方不明になっておりまして」
それすらも、ハーフエルフ達の仕業だ!
と今、ここサイバックでは疑心暗鬼が広がっている。
彼らが地下から何かをしでかしているにちがいない。と。
全てのハーフエルフを殺せ!という声すらではじめている今現在。
国、からの報告はまだない。
伝令を飛ばしたはず、なのに。
しかし、彼らは知らない。
飛ばしたはずの鳩もまた瘴気にやられ、異形とかしてしまい、
手紙をとどけることすらできなくなっている、というその事実を。
何とかいまはありったけのホーリーボトル。
それをまくことにより、回避しているが。
時間とともにそれも難しくなってくるであろう。
ハーフエルフ達が決起でもすれば、ぞっとする。
それがこの地にいるほとんどのものが抱く危惧。
何しろ彼らは魔術がつかえる、のである。
ヒトがつかえないそれを使用できる。
それはヒトにとって脅威以外の何ものでもない。
「神子様、いったい世界で何がおこっている、のでしょうか?」
首都が謎の闇につつまれた。
その報告をうけたほぼ直後のこの街での異変。
全ては教皇が神子を手配にかけてからおこっているこの現実。
さらにいうならば、オゼット村の壊滅。
グランテセアラブリッジの故障。
そして、神鳥シムルグの出現。
いくら神子が許す、といったとはいえ、天はやはり関係者を許していないのでは?
そういった気持ちが兵や民の中に芽生えているのもまた事実。
何しろ、ここ、サイバックは教皇の命令でとある実験をおこなっていた、という。
その実験内容までは発表されていないが。
オゼットの村は神子を騎士団に引き渡そうとした、という旅の行商人の証言があり、
そのことで天の怒りをかい、天の雷をうけたのだ、というもっぱらの認識。
そして…王都。
教皇をそんな状態まで野放しにしていた国そのものに、天は怒っているのではないか、と。
誰もが不敬罪、といわれ捕まったり、処刑されたりするのをおそれ口にはしていないが。
ある程度の事実(神子の手配、そしてオゼット村の壊滅等)をしっているものからすれば、
いつ、かつての伝承にある【スピリチュアの悲劇】それが再びおこるのか。
それが怖くてたまらない。
伝説ではその結果、この世界にマーテル教の経典にありし、【ディザイアン】が復活し、
次なる神子の誕生まで、世界は困難になった、というのだから。
人々に正しい知識、衰退世界と繁栄世界。
そこまで詳しい発表はなされていない。
大半のものが、シルヴァラントは月の民、そうおもっていたりする。
もっとも、上層部、または研究にたずさわるものは、
レネゲードの介入もあり、真実をしっている、のではあるが。
「陛下に命をうけ、この異変を解決するためにきた」
「神子様御自らですか!?しかし、それは危険ですっ!」
「これは俺様の役目なんでね」
「「神子様……」」
感極まったかのような兵士達の台詞。
兵士達からしてみれば、誰にでもへだてて平等にせっしている神子は憧れの的。
身分を問わずに接してくれるその様は、
まさに伝承にあるマーテル様の御使い、としてふさわしきもの。
多少、その行動に意義をとなえる上のものがいる、というのもしってはいるが。
その広き懐にて神子と接したものはそんな噂などきにもかけていない。
だからこそ、神子ゼロスはここ、テセアラで民に人気がある。
それはもう果てしなく。
「…神子…か」
ロイドがすっと視線をおとす。
きっぱりと自分の役目、といいきるゼロス。
そして、その姿は、コレットとかぶる。
これは、自分にかせられた役目だから。
封印解放の最中、つらい目にあってもそういってほほ笑んでいたコレット。
コレットの笑みが儚いような、それでいて温和の笑みだとするならば。
ゼロスのそれは…全てのものを安心させるような、笑み。
有無をいわさずに、安心できるような、そんな笑み。
コレットの場合は…何となくこう、不安はあるが、でもまあ、いいか。
とおもわせるような笑みであるが、ゼロスの場合は圧倒的な力のもと、安心できる。
そんな違いはあるにせよ。
シルヴァラントとテセアラ。
神子としてうまれたもの。
ぎゅっと思わずロイドは手を握り締める。
どうして、全てを一人におしつけて、それで安心しようとするんだ。
そんな理不尽さ。
でも、とおもう。
自分とて、そうだったのだ。
と今さらながらに思い知らされる。
コレットが、世界を救ってくれる。
そうコレットにたよりきっていた自分。
その自分の心と…ここ、テセアラの人々の心は同じなんだ。
と改めて思い知らされてしまう。
すべて、神子にまかせておけばどうにかなる。
…その甘え。
神子がどんなつらい目にあっていようが、関係なく。
ただ、全てを神子にまかせ、自分達はその加護にありつく。
…ああ、俺ってほんとうに、あのときも、そして今も。
よくコレット達のことをきちんとみていなかったんだな。
今さらながらにそのことに思い当たり、ロイドは何ともいえない気持ちになってしまう。
そして、ジーニアスもまた。
世界がことなれど同じ神子同士。
いつも、おちゃらけているようでいて、神子、というその責任の重み。
ゼロスは理解しているようにみえる。
いつも、もしかしておちゃらけている様子。
それすらも、しいながいうように、よくよくかんがえれば、
場の空気をかえるために行うことがおおくないか?と。
いつも、ゼロスにつっかかり、文句ばっかりいっていた自分だが、
改めてふとそんなことをおもってしまう。
もしかして、ゼロスもそのおちゃらけた態度の下にいろいろとためこんでいるのでは、と。
コレットがそう、すべてを頬笑み、自らの中にためこんでしまっているように。
そういえば、とおもう。
セレスもお兄様があんなに感情的にいいあっているの始めてみましたわ。
ジーニアスはお兄様の止まってしまった感情を取り戻させてくれているのですわね、と。
かつてそういわれたことがあった。
それは、セレスと合流し、ゼロスにからかわれ、それにむきになり、
ジーニアスが言い返していたそのときに。
船の中、ではあったが。
まだそのときは、セレスはゼロスをかたくなに、神子様、とよんでいたが。
そのときは何ともおもわなかった。
けど、今ならば何となくだが理解ができる。
できてしまう。
ゼロスもやっぱりコレットと同じ神子、としてうまれているんだ、と。
いや、コレットよりも周囲が大変だったのかもしれない。
身分、というものが決定的にもある中で。
天使の子、として、公爵という国王に続く、否、世間的には国王より上の地位。
そんな相手が小さな子供。
かなりなめられたりしただろう。
でも、ゼロスはそれらをあしらう統べをみにつけた。
身に着けざるをえなかった、のだろう。
ジーニアスが全てにあきらめて逃げたのにたいし、ゼロスにはそれが許されなかった。
自分を偽ることすらも。
すべては、神子、という立場ゆえに。
ジーニアスはあるいみで逃げた。
ハーフエルフ、という誇りを隠し、エルフと偽ることで、姉とともに人々にとけこもうとしていた。
そして、友達ともいえる相手ができても、ロイドにすらそれをひたかくしにしていた。
嫌われるのがこわいから。
その理由で。
それをジーニアスは自覚している。
自覚しているからこそ、逃げることの許されなかったゼロスにたいし、
どうしてもこう、思ってしまう。
「「…つよいな。ゼロスも…コレットも」」
「ふえ?」
はからずとも、つぶやく声は、ロイドとジーニアス、ほぼ同時。
そんな二人の声がきこえ、コレットがきょん、と首をかしげていたりするが。
ロイドやジーニアスがそんなことを思っている最中。
どうやらゼロスと兵士の交渉はどんどん進んでいっていたらしい。
やがて。
「わかりました。御武運を!これ、少ないですが!」
いいつつも、ホーリーボトルを八つ、わたしてくる兵士の姿。
「ホーリーボトルの持続時間中は黒き霧の影響はうけつけません。……ご武運を」
はっときづけば、何やらそんな会話がきこえてくる。
「まかせときな。話しはついた。町にはいるぜ~」
いいつつ、ひらひらと手をおいで、おいでとふるゼロスはいつもの様子で。
「あんたらしいね」
そんなゼロスをみてしいなはあるいみ苦笑ぎみ。
どんな困難なことがあっても、ゼロスはそのおちゃらけたような態度で、
あるいみ相手を油断、もしくは安心させる。
それはゼロスの政敵にもいえたことで。
あっさりと油断したあいてはゼロスの策におちていっていた。
「とりあえず、一人、いっこな。どうも町の中、洒落にならない状態になってるらしいし」
ゼロス曰く、今兵士からきいたことによれば。
今、町の中はあるいみ戦場に近い状態になりかけている、という。
いたるところにあるく人々の体から黒き霧のようなものがわきだし、
目につくもの全てを破壊しつくすものもいれば、
中にはいきなり街中で殺傷沙汰もおこっている始末。
全ては王立研究院の地下にいるハーフエルフ達がわるいんだ!
と暴徒とかしている人々が、今や研究院をとりかこみ、
研究院そのものは、鍵をかけ、研究所にと閉じこもっている状態、らしい。
兵士達が何とかそれらをどうにかしよう、とするが。
方法は、ただひとつ。
なぜか狂っている人々を正気にもどす、しかないのだが。
その方法というものがホーリーボトルの使用。
はっきりいって数がたりない、たりなすぎる。
その現状。
これらがたったの数日もたたないうちに、このサイバックにおこっている異変だ、という。
ロイド達は理解しようもないが、この地ではあまたのハーフエルフ達の怨念、
そして虐げられたものたちの思念、
さらには穢された微精霊達のあまたなる悲鳴と、その残留思念。
それらがかたまりて、よりおおきく【負】の連鎖が発生しているといってもよい。
このまま、数日ほうっておけば、
この町を核として、あらたな魔界の窓がひらかれかねないほど、
この街の空気というかただよっている負の思念は、魔族にとってもここちよいもの。
ゼロスはなぜか自らの影のなかにいつのまにかいる、とある存在から、
いきなり話しかけられ、それらを理解しているが。
というか、なぜに自分?とおもったが。
曰く、【あなたならば、別に意味のないことを他人にはいわないでしょう?】
そういわれ、思わず苦笑してしまったのは、空の上。
この地、サイバックにたどりつくまでの、レアバードの上においての出来事。
「んじゃまあ。これらの原因となってるっていう。
というか確実にそうだとおもわれし、書物ってやつと対面するとしますか、ね」
それぞれに一本づつホーリーボトルを手渡して、ゼロス自らがばしゃり、
とホーリーボトルの中身を頭からかぶる。
一般的に、聖なる気をその内部の水がもっており、
その聖なる気で自らを邪気からまもる。
といわれているその品は、ある程度、自分より力の弱い魔物達をよせつけない。
という定評をもっていたりする。
実際はより純度の高いマナが水に溶けているだけのものであり、
あるいみでユミルの水にちかかったりする。
あまり知られてはいないが、ユミルの森にもこの液体と同じ効果があったりするのだが。
きらきらとした、白いマナの粒子がゼロスの体をつつみこむ。
そしてそれは、使用したもの、つまり体にかけたものを一定時間の間、
その光の粒子がまもっているのだ、という認識がなされている。
しかし、それも一時のことで、ある一定の時間をこえれば、それらの効能は失われる。
旅業等、旅をするときには必需品、といわれているそれら。
ちなみに価格は大概の道具やなどにもおいてあり、基本二百ガルドほど。
きらきらと、白く光る粒子に体をまとわりつかせつつ、町の中にはいってゆくと。
つい先日きたばかりだ、というのに、街全体が薄暗く感じる。
実際によどんだようにある黒き霧のせい、というのもあるが。
露店でにぎわっていたはずの広場はひっそりとしており、
ちらり、とみれば壊されたのであろう、露店らしき残骸が嫌でも目にはいる。
きらきらと同じような光をまとった兵達らしき姿はみえるが、
一般の人々や、いつもみる白い白衣をまとった人々の姿はみあたらない。
危険なので、一般人は外出しないように、という命令がでているらしいが。
それでも黒き霧の影響をうけたものは、外にでて、破壊の限りをつくす、らしい。
すでに町の中にある牢は満杯で。
かといって、ハーフエルフ達を幽閉している鉄の扉と鉄格子。
それらを開けるにはあまりにも危険、という意見もあいまって、
ハーフエルフ達は完全に鉄の扉と鉄格子。
それらをがっしりと施錠されてしまい、外にでることすらままならなくなっているらしい。
それをきき、あの隠し通路はどうなってるんだろう?
とふとロイドはおもうが、今はそれを確認している場合では、ない。
敬礼してくる兵士達をゼロスが退かせ、人がいなくなっている、という資料館の中へ。
どんより、とした空気があたりをつつみこんでいる。
人っ子一人いない資料館…しかもかなり広い、というものは。
あるいみでちょっとした何ともいえない雰囲気をかもしだしている。
感じるのは周囲にありし本の匂いと、何ともいえない居心地の悪さ。
ずきずきと頭が痛むように感じるのは、おそらく、リフィル、しいな、コレット、
そんな彼らの気のせい、ではない。
この場でその痛みを感じていないのは、ロイドのみ。
それでも、コレットはロイドをみて首を多少かしげていたりするが。
ロイドの背後に、【誰か】がいる。
それは淡い輪郭ではあるが、まるでロイドを抱き込むようにして、
そして慈しむようにして全てからまもっているかのようで。
ふとみれば、ずっとロイドの手につけているエクスフィア。
それが淡く輝きをはなっているのもみてとれる。
ふと、その人物と視線がまじり、コレットがじっとみていると。
その人物…柔らかな雰囲気をもつであろうその女性はやさしくほほ笑み、
そしてその口元をゆっくりと動かすのがみてとれる。
――この子を、おねがいね?コレットちゃん
自分のことを、しっている?
声ではないが、口元の動きで何をいっているのかはわかる。
「あなた、は?
われ知らず、小さくつぶやくコレットに対し。
――私は、アンナ…
「え?」
「コレット?どうかして?」
「先生…いえ、何でも。何でもないです」
アンナって、まさか、ロイドの…?
コレットが戸惑い、思わずおおきく言葉を発すると、
手前をあるくリフィルがコレットを心配そうにみながらといかけてくる。
ふとみれば、にっこりといまだに笑みをうかべている、その淡い輪郭の女性。
もしかして、この人が、ロイドの?
そういえば、とおもう。
エクスフィアはその石の中にその装備者の魂を封じ込めるのではなかったか。
あのアリシアのように。
だとすれば…
そうか。
何となく、すとん、とコレットは納得してしまう。
これまで、きっとロイドが危険な目にあいそうになっていたら、
ロイドのお母さん…石の中にその魂をいれているにもかかわらず、
ずっとこうして守ってたんだろうな。と。
そして、それにロイドは気づいていない。
死んだはずの母親が自分を、ロイド自身を守ってくれている、いうその事実に。
「…コレットちゃん。わかっててもいわないほうがいいっていうこともあるぜ?」
そんなコレットの態度にきづいた、のであろう。
ゼロスがじっとコレットをみながら、さらり、と何でもないように言い放ってくる。
「…うん」
その言葉に、ああ、あの姿。
ゼロスにも視えているんだな。
と説明されていないのに、これまた何となく理解し、素直にうなづくコレット。
自分に視えないのに、そこにいる、といわれても。
それこそロイドを混乱させてしまうだけ。
「…それより、姉さん、この大量の本の中から、どうやって。
その危険きわまりないだろう書物さがすのさ……」
うんざり、したかのようなジーニアスの台詞。
頭がいたい。
がんがんする。
少し気をぬけば、その痛みの中にきこえてくる声。
その声が鮮明になってしまうかのごとく。
まだ、ホーリーボトルを使用しているからこの程度で済んでいるが、
そうでなければ、いともあっさりと、ジーニアスもまた、
母、そして…ジーニアスの中で最もおそれている姿となりて、彼を非難してくるであろう。
それこそ、ロイド達の冷たい視線をもってして。
それは幻影、でしかないが、信頼している相手からのそんな視線は、
いくら幻、でしかないとはいえ、ヒトにとってはこたえるもの。
そして、ジーニアスにもっとも有効な手段。
たった一人の姉が自分のせいで殺される、そんな幻すらみせつけられてしまうであろう。
それらはすべて、その魂を闇にといざなう、魔族のささやき。
「方法はあるぜ?」
さらり、といいきるゼロスの視線に、思わず一同の視線が同時に重なる。
「本当かい!?ゼロス!?」
「ああ。まあ、これはあるいみオフレコみたいなものなんだけどな。俺様達のこの翼」
いいつつ、ぱさり、とゼロスがその背に天使の翼を展開する。
「これ、天使の翼っていわれてるけど。実際は体内のマナを外に放出し、
それを飛行能力というわかりやすい形でこうして翼の形をしているだけでな」
「?ずいぶんとくわしいのね?ゼロス、あなた」
そんなゼロスの説明にリフィルがおもわず眉をひそめる。
「ユアンのやつがいってたぜ?」
実際はいってもいないが。
その説明をうけたのは、影の中にいる【彼】より。
「そういや、ユアンさんも天使の翼もってたね」
その台詞にコレットが思い出したかのようにぽつり、とつぶやく。
「ま、あいつはクルシスの四大天使の一人っていうらしいしな。
まあ、ともかく。これはあるいみでマナを無造作に放出してるってわけだ。
で、魔族の扱う瘴気ってやつは、マナと反属性をもってる。
ってことは、だ。マナをより強く展開していけば、相手もまけず、と力をましてく。
黒き霧がより強くなったそこに、目的のものがあるって寸法さ」
何でもないようにさらり、といいきるゼロスに対し、
「本当か!そりゃたすかる!ゼロス!ぜひともやってくれ!よくわかんないけどさ!」
ロイドが嬉々としてそんなゼロスの言葉に同意する。
が。
「ダメだよ!ゼロス!そんなことをしたら、ゼロス…っ」
コレットがその台詞をきき、顔色をかえてすばやく叫ぶ。
「コレットちゃん。大事の前の小事ってね」
「でもっ!」
さらり、とゼロスにいわれても、コレットからしてみれば納得できない。
天使の翼にそういう利用法があるのならば、
自分もそれができる、ということのなに。
ゼロスにばかり、押し付ける、というのはコレットからしてみれば納得できない。
「?どうしたっていうんだよ。コレット。便利な方法があるんだろ?なら……」
「…ロイドって、平和だねぇ。この意味、あんたにはわかってないんだろ?」
きょとん、とし、なぜ反対しているのかわからない、とばかりに、
コレットにといかけるロイドにたいし、しいながやれやれ、とぱかりにぽつりとつぶやく。
「まあゼロス。あんたはいい始めたらきかないのはいつものことだけどさ。
でも、ゼロス?あんたの体に負担がかかるようなら、あたしも賛成できないよ?」
つぶやきつつも、しいなもまた、じっとゼロスをみすえ、きっぱりといいきる。
「おい、なんだよ。しいなまで。何で便利な方法があるってゼロスがいってるのに……」
そんなしいなたちの会話の意味は、ロイドには理解不能。
というか、ゼロスがこの本の山の中から探し出す方法がある、というのに。
なぜに反対しているのかすらも理解ができていない。
「あのね。ロイド、私たちの体って、何でできてる?」
「は?」
いきなり、顔をふせたコレットにとわれ、意味がわからない、とばかりに首をかしげるロイド。
「あたしたち、いや、この世界にある全てのものはマナで構成されている。
それはあんたもわかってる、よね?」
コレットにつづき、ロイドにもわかりやすく、しいなが説明を開始する。
「あ、ああ。なんか実感ないけど、先生がそんなこといってたし」
いまだにロイドはすべてのものがマナでできている、という実感がない。
マナ、といわれてもピンときていないのが実情。
「それが?」
ゆえに、ピンときていないがゆえに、ロイドには意味がわからない。
「…私も、翼だすたびにわかってたんだけど。
この翼って、体内のマナを外に放出するときにでるみたい、なの。
だからほら、私もよく無意識によく翼だしてたでしょ?
本来は常に器だけにとどまるマナを無理やりに外に放出する。
マナの扱いが不安定になっていたから、こけただけで翼でてたりしたし…」
それは、コレットが翼を得てしばらくは、いつのまにか翼を展開していたときのこと。
まだ、世界の真実すらわからず、封印解放の儀式を執り行っていたときのこと。
だからこそ、反動でコレットはよく翼をだしていた。
パルマコスタの総督府で、そしてこけたはずみなどで。
今でこそ、ある程度コントロールはできているが、
それでも、ふとしたはずみで無意識に展開していたりするがゆえのコレットの台詞。
「…翼を出しつづけていたら、
下手をしたら、体内のマナが涸渇しちゃうかもしれない。んだよ」
いいつつ、コレットがすっと顔をふせ。
そして。
「そして、それらをおぎなっているのが、このクルシスの輝石の力。
…でも、ゼロスがいま、いってることは…」
「だから、何だっていうんだよ?」
ロイドにはコレット達が何をいいたいのかまったくもって理解不能。
というか、マナを外に放出?
何それ?
状態で、完全に理解ができていない。
まあ、自らの体がマナで構成されている、と自覚をもたないロイドであるがゆえ、
理解がとぼしくなってもおかしくはない。
ないが。
このあたりもまた、
リフィルの授業をしっかりときいていれば、避けられていた知識の障害、なのだが。
いかんせん、ロイドはリフィルの授業はことごとく眠ってまともにきいていない。
聞いていたとしても、きれいさっぱり忘れてしまっている。
「ロイド、あんた、学校でならわなかったのかい?リフィル?」
あまりにも理解していないロイドにあきれつつも、
しいながリフィルに問いかけるが。
「…はぁ。なげかわしいわ。きちんと生命学で教えたのだけど。
またきいていなかったのね。いいこと?ロイド?
人の体、いえ、全てのものを構築しているマナ、には限りがあるの。
マナが固まり、それぞれの形をなしている。
そのマナの塊から無理やりに力を引き出す。
つまり、個体からマナを外にむけて放出する、ということね?
つまり、中身がスカスカになって…
そして、下手をすれば個体そのものの維持もできなくなる」
しいなの台詞に、リフィルは情けなくなってしまう。
あれほど、きちんと学校で教えた、というのに。
この教え子は、まったくもって理解していない。
その現実に。
マナの大切さ、それを幾度となく教えていた、というのに。
こめかみに手をあてながらも、ロイドにもわかりやすく言葉を選びながら、
リフィルはあらためてロイドに説明せざるを得ない。
あれほど、この五年間で幾度も話題にのぼった授業内容だ、というのにもかかわらず。
「…え?」
固体そのものの維持ができなくなる。
その言葉に不安を感じ、ロイドがおもわず目を見開いたその刹那。
「簡単にいったら、マナを外に放出しづけたら、死ぬってことさ」
「な!!!!!!!?」
さらり、としいなにいわれ、今度こそロイドは絶句する。
「な、なら、なら、今、ゼロスかいったことは……」
ロイドの声が、かすれる。
自分は、まさか、ゼロスが死ぬ、といっていたのに、いともあっさりと、
笑みをうかべ、やってくれ、といってたのか!?と。
「普通、マナを外に自らの意志で放出したりすれば助からないわ。
でも、神子達はそれをなしとげている。
おそらくは、クルシスの輝石の力、なのでしょう。
でも、ゼロスがいまいった方法だと、どれほどのマナを利用するかわからない。
つまり、下手をすれば……」
「…ゼロスが…死ぬ?だ、ダメだ!ダメだ、そんな方法、絶対に!」
さずかにリフィルにそこまでいわれれば、ロイドとて理解する。
いや、よく理解できていないが、死ぬかもしれない、といわれ、
それでも笑顔でやってくれ、なんていえるはずがない。
「そうだよ。ゼロス。ゼロスがやるなら……」
コレットがそういうが。
「コレットちゃんは、翼をえて、まだ一年もたってないだろ?」
「う、うん……」
といか、そそも数ヶ月程度しかたっていない。
本来、再生の神子の旅路は一年くらいかかるもの、といわれているが。
エミルの協力もあり、さくさくと旅路がすすんでおり、
ゆえにイセリアを出発して約半年程度しかたっていない。
「俺様はもう、この翼とは十年以上もつきあってる。
自分でその制限ってやつはわかってるさ。それに、ここはテセアラ。
この地を守るのは…俺様の役目ってね」
「ゼロス!?」
にっと笑みをうかべていうゼロスの言葉は、嘘偽りなく、本気でそうおもっている。
そうみてとれる。
つまるところ、これはテセアラの神子である自分の役目だ、
そうコレットにいっているに等しい。
その言葉にコレットは言葉につまり、ロイドはロイドで悲鳴に近い声をあげていたりする。
なぜ、テセアラだから、ゼロスがやる必要があるんだ。
とおもうが。
「俺様はこれでも神子、なんでね」
さらり、といわれ、今度こそロイドは絶句せざるを得ない。
神子としての責任の重み。
これまでわかっていたようで、わかっていなかったその現実。
それを改めて突きつけられたに等しい。
「…あんた、本当に大丈夫、なんだろうね?」
「なんだよ。しいな。心配してくれるのか?さっすが俺様のハニー。
心配なら、こう俺さまにこうキスのひとつでもしてくれたら、
俺様、気力でがんばっちゃえるんだけどな~」
「こ、このおばかぁぁ!!あんたは…あんたは、こんなときにまでっ」
命の危険があるかもしれない、という方法を提示していながらも、このおちゃらけよう。
これらの言動は自分達を不安にさせないがため、だ。
と伊達に永い付き合いのわけではない。
ゆえにそれを理解してしまい、しいなは思わず叫んでしまう。
「まあ、いって…」
チュ。
「…はい?し、しいなさ~ん?」
何か、今、ほっぺに生温かいものが触れた、ような?
おもわず、ゼロスが目をみひらき、横にいるしいなを凝視する。
まあ、いってみただけさ。といいかけたゼロスからしてみれば、
信じられない何か、が今、おこった。
「今のは餞別だよ!いいかい!黄泉の国なんていくんじゃないからね!
このままだと、この地にそれこそ古の伝説にある黄泉の国の入口がひらきかねない。
ゼロス、まかせたよ」
そういいつつも、しかし、今の唇のやわらかさは嘘ではない。
というのを物語るように、しいなの顔はかなり赤い。
「お、おい!しいな!」
なぜ、しいなは、ゼロスが死ぬかもしれないようなことをいっているんだ!?
ゆえにロイドは思わず抗議の声をあげ、ゼロスのほうにかけよろうとするが、
「まちなさい」
「何でとめるんだよ!先生!」
「あなたは、現状を理解しているの!?このままでは、この街どころか。
全てが危険なのよ!アルタミラで何がおこってるのか忘れたとはいわせないわよ!」
「そ、それは……け、けど!」
誰かが犠牲になるしかできない、そんなの。
そんなのって。
「おいおい。ロイドくん。俺様はそう簡単にはしなないってね。
さあって、俺様のハニーのものすっごい愛をもらったことだし!」
「誰が!愛だぁぁ!」
ゼロスのいい分にしいながおもいっきり怒鳴っているが。
はっきりいって、命がかかっているかもしれない、というのに、このやり取りはない、であろう。
ゆえに、
「…なんか、命がけの方法っていう感じじゃない、よね」
おもわずぽつり、とづふやくジーニアスの気持ちはわからなくもない。
「まったく、です」
そんなジーニアスにぽつり、とプレセアまでが同意していたりする。
どこからどうみても、あるいみ夫婦漫才に近いゼロスとしいなのやり取り。
ロイドはそのまま、リフィルのその手をつかまれ、ゼロスに近づくことを遮られていたりする。
「この建物というかこの付近にあるのがわかってんだ。
マナの放出具合もそれにあわせればいいってだけのことさ」
…伊達に、幼きころ、きちんと習得しなければ、
それこそ出し入れも困難になる、ときかされ、必死で習得したわけではない。
…実際に、そのマナが固定化してしまっていた天使の姿をみていたからこそなおさらに。
まあ、そのときはマナ云々、というのはわからなかったが。
習得過程で、ゼロスはその真実に自力でたどりついていた。
それに確証がもてたのは、さきほどの【テネブラエ】からの肯定の言葉。
いいつつ、ゼロスが大きく手を挙げるとともに、
やわらかな、金色にきらきらと輝く光の粒子が、
ゼロスの翼とともに、建物全体…正確にいえば、本棚のあるあたり全体、にと広がってゆく。
「これね」
金色の光りにつつまれる中。
一部のみ、よりどす黒い霧がたちこめていた本棚の区域。
よくよく目をこらすと、それは一冊の本らしきものからその霧はまきあがっていた。
不快感をものすごく感じるものの、直接ふれるのは危険、と判断し、
これまたホーリーボトルの水でぬらした布を手にし、
その布をつうじ、その本を本棚より取り出すリフィル。
本来ならば、本を水でぬれた布でもつなどもってのほか!
とリフィル自身がいうところなれど、
今回ばかりはそんなことをいっている場合ではない。
下手に直接に手にもち、何がおこるかわからないような代物。
いくらリフィルとてそのあたりのわきまえ、というのもはもっている。
まがまがしさを感じる、一冊の本は。
取り出して机の上におけば、その机すらも黒き霧につつまれ、
やがて朽ちたようになり、ぼろり、と崩れさる。
どうにか布の上におくことにより、周囲にというか下にまで霧が移動しない、
というのがわかったからいいものの。
そうでなければ、直接手にしていたらどうなっていたことか。
一見したところ、普通の本。
いや、本とは異なる何か。
表紙と裏表紙には特殊な紋様のようなものが刻まれており、
それらの紋章をみておもわずリフィルは顔をしかめる。
それは、ラーセオン渓谷の語り部の家でみた、タペストリー。
大樹の精霊とその
それらを示しているといわれている紋様。
曰く、【セフィロトツリー】といわれしその紋様。
それらが表紙と裏表紙に刻まれており、そしてそれらの紋章部分には、
色違いの小さな石らしきものがはめこまれており、
しかも、中央部分にはよりおおきめな赤き石のようなものがみてとれる。
「この、石は……」
リフィルがそっとその石にとふれる。
と。
――封魔の石をもつものよ。汝らにとう。汝らはこの本を浄化しにきたものか。
それとも、封印しにきたものか
『え?』
どこかできいたような。
でも、それがどこであったか思いだせないような、重く、それでいて、どこか威厳のある。
そんな声がどこからともなくきこえてくる。
周囲から、のような気もすれば、本の中から、のような気もしなくもない。
この声、どこかで。
この感じは…
そうそれぞれがおもうが、その答えはでないまま。
否、約一名、すこしばかり眉をひそめている存在はいはすれど。
「浄化、よ」
声の主はきになりはすれど、おそらくこの問いに答えなければ、先にとすすめない。
――然り。汝らは覚悟があるか?
中にはいってしまえば書物にとりこまれ、汝らもまた魔族に取り込まれるやもしれぬ。
かのミトス達ですら魂をわけることでこの中に封じることがやっとであった
「ミトス…って、じゃあ、これも勇者ミトスが封じたもの、なんだ」
話しはにきいていたが。
しかし、こんなまがまがしい気配をもつものすらをも封じることができた勇者ミトス。
…クルシスの指導者。
その力のありように、ジーニアスはもおわずつぶやかずにはいられない。
「ごちゃごちゃうるさいな!浄化ったら浄化なんだよ!
封印してもまた同じようなことがおこるんだろ?なら、これをどうにかしないと!」
そんな【声】に対し、ロイドが叫ぶ。
誰に叫んでいるのかわからない。
わからないが、これをこのままにしておくのはよくない。
それは直感で、視ただけでもわかる。
何しろ普通に机においただけで、机がぼろり、と崩れるような代物。
そんなもの、どうかんがえても普通ではありえない。
どうにかする方法があるならば、封印、という物事を先送りにするのではなく、
今どうにかしておくべき。
それがロイドのもっている持論であり決断。
――威勢、だけはいいな。だが、その威勢は本気のものか、仮初めのものか。
中にはいり、お前達はそれを知るだろう。
覚悟があるならば、表紙の石に触れるがいい。
…ミトス達がつくりあげた、仮初めの空間。疑似空間たる。
仮そめのニブルヘイムにといざなわれる。
最下層にて封魔の石の聖なる炎を燭台にともすことにより、
封印はときはなたれ、この本は浄化される
声はそこまで。
どこかできいたことがあるような声、なのに。
しかし、誰もがそれを…否、約一名、どうやら確信しているようではあるが。
ともあれ、ゼロス以外の誰もその声の【主】に気づかない。
気づけない。
でも、今はそれよりも。
「いこう、先生!みんな!」
迷いもなく、そのまま本の表紙の石にとふれる。
「あ、ロイド!まちな…っ」
まちなさい、というまでもなく、ロイドの手が石に触れると同時。
シュッ。
ロイドの体がまるでその石に吸い込まれるかのごとく、その場からかききえる。
まるで、始めからこの場にいなかったかのごとくに。
「っ。いきましょう。あの子一人だと、何をしでかすかわからないわ。
皆、覚悟はいい、わね?」
ゼロスの様子にいつもと違う変化はない。
ないが、あれだけのマナを放出して平気なのかどうか。
それはリフィルにはわからない。
ゼロスは大丈夫だ、というが、ゼロスもコレットと同じところがある。
おそらくは、大丈夫でなくても、他者を安心させるため、あえて大丈夫、といいきるだろう。
特にゼロスは自らの感情を隠すことにたけている。
リフィルが全員をみわたしつついうと、
「ここまできたら、つきあうしかないだろ?ほうってはおけないよ」
「…はい。全ての根源は、おそらく、きっと、この本、です」
この本をどうにかしなければ。
この異変は止まらない。
しいながいい、プレセアもリフィルの台詞に同意する。
「私は、ロイドが心配だし。それに、ほうってはおけない、から」
コレットもこくり、とうなづく。
「ジーニアス?」
「え?あ、ぼ、僕もいくよ」
ジーニアスがきになっているのは、魂をわけた。
さきほどのあの声の言葉。
その意味はどういう意味なのかがわからない。
でも、もしかしたら。
僕はとてつもない真実をこの中でしるのかもしれない。
予感はしている。
確証もしかけている。
けど、信じ切れていないのも…また、事実。
「いきましょう」
リフィルの声に従いて、それぞれが石の上にと手をのせる。
刹那。
六人の姿が六人とも、その場からかききえ、
後にはテーブルの上におかれた、布の上におかれた本が一冊、淡い輝きをたもつのみ。
「――格が違うんだよ!!インディグネイト・ジャッジメント!」
『ぎゃぁぁぁぁ!!』
海の上を飛ぶ無数の異形の何か。
かつては、【レッサーデーモン】、そして【ブラスデーモン】と呼ばれしものたち。
「さすがだな。ミトス」
「ふん。そういうユアンも腕は鈍ってないようだね」
さすがに、魔族相手に力を加減するつもりはさらさらない。
魔族との戦いは、一撃必殺。
ほかにも目があるかもしれないがゆえ、姿は成人のそれ、にかえている。
術の発動とともに、あまたにわたり、発生する、雷、そして断罪の剣。
周囲の敵を一掃するこの技は、ミトスがより得意としている技。
「プロネーマ!そっちは!?」
「はい。こちらのほうは、ひとまず制圧が完了いたしました」
自分達だけでは手がたりない。
ゆえに、プロネーマに連絡し、クルシスから、戦力となりし、
戦闘部隊たる天使たちをこの場、つまりは【アルタミラ】に呼び寄せている今現在。
いまだに、この地にいるほかの観光客達は眠りについている。
それこそ摩訶不思議なる力がかかっているかのごとく。
しかし、それはそれで好都合。
白き霧につつまれているものたちは、異形に変化することがない。
ならば、今いるものたちだけをどうにかすれば、この場はしのげる。
「・・・まて。今、報告がはいった」
ふと、ユアンが手をとめ、その耳元につけているインカムにと手をあてる。
どうやら、ユアンの部下から何らかの報告がはいってきた、らしい。
「…みずほの民が、禁書のありかをみつけた、らしい。
…って、何だとぉぉ!?」
報告をうけつつも、おもわずその場にてユアンが叫びだす。
「?どうしたの?ユアン?」
ここしばらく、というかかなりの年月にわたりユアンとは意見が対立していたが、
やはり、こういう戦いのときは、やっぱりかつての同士であり、仲間なんだよな。
とミトスに改めてその事実をおもいおこさせる。
ゆえに、かつての感覚のまま、ちょこん、と首をかしげてといかけているミトス。
「――ロイドたちが、何の対策もないままに、その禁書のもとにいった、らしい」
「え?って、まさか、ジーニアス、たちも!?」
その台詞にミトスがおもわず目をみひらく。
魔族のささやきの怖さ。
それはミトスがより強くわかっている。
ジーニアスたちは、おそらく、これまでハーフエルフということで、かなりの迫害をうけていたはず。
そして、少しでも迷いがあれば、やつらはその心の隙にはいりこんでくる。
「・・・ミトス。ここはまかせた。
機動部隊やみずほのものがいれば、どうにかなるだろう。
だいたい、雑魚は一掃したようだしな。
あとは指揮官をこの地でとっているやからをどうにかすれば……」
おそらく、この白き霧がある以上、これ以上、雑魚である、
レッサーデーモンたちが増える可能性は皆無に等しい。
この白き霧から感じるは、純粋なる水のマナ。
浄化の力すらをもっているこの水のマナは。
ユアンたちがとてつもなく、よくかつてみしっていたもの。
口にはださなが、こんなものを扱える存在など限られている。
水の精霊、ウンディーネか、もしくは水のセンチュリオン・アクアか。
そのどちらか、でしかありえない。
実際、マクスウェルがウンディーネを召喚していることから、
ウンディーネがやっている、という可能性はなくもないが、
大樹がない状態で、ここまで大規模なる力をつかえるのか。
といえば、答えに窮する。
「禁書がみつかったら、僕も……」
ミトスが言いかけるが。
「お前は、あの封印の要、だ。お前にきづけば魔族が何をしてくるかわからん。
あの場は我らにまかせ、お前はこの地にのものをたのむ」
「・・・・・」
ユアンの言い分はわかる。わかるが。
「でも…」
ジーニアスたちまでむかった、という。
封魔の石なくして、あの地にはいりこんでしまえば。
どうなるか。
ミトスたちのときは大樹の加護があった。
ホーリーボトルを使用したとしても、そう時間はかせげない。
まだ、低い階層のあたりならばそれも可能、であろう。
だが…
「お前は、この地にいるものが、ほかにも影響をあたえないようにしておいてくれ。
…クラトスのやつ、いつのまにか先にいったようだな」
どうやら、ユアンだけ、ではなくクラトス、にも連絡がいった、らしい。
そちらのほうは、みずほの民、からではあったようだが。
天使の一人が伝令、として、クラトス様がサイバックという地にでむかれました。
という報告にやってくる。
「クラトスが!?」
その言葉にミトスが叫び、ぎゅっとおもわず手をにぎりしめる。
やっぱり、クラトスは自分よりも、あのロイドのほうが・・・
自分を裏切るきっかけとなった女の子供。
自分に一言も断りもなくむかった、という事実は
ミトスをある意味で追い詰めるには十分すぎる理由。
「この地を、魔界にするわけにはいかん。それはお前とてわかるだろう?
…それとも、お前はあきらめるの、か?」
「そんなわけない!」
あきらめる。
その言葉の意味をさとり、思わず叫び、はっと口元をおさえるミトス。
「そう。我らはあきらめるわけにはいかない。
マーテルの望みは、大地の存続。
かの精霊にお前が懇願し、そして与えられた猶予。
それを忘れたわけ、ではないだろう?」
本来ならば、地上はすべて、海水にて洗い流される予定であったという。
それをどうにかミトスとマーテルが説得し、そして条件・・・
地上の戦争を終結させることにて、その決定を見送ってもらったあの当時。
約束は、種子をめぶかせる、というもの。
その約束をミトスは忘れているわけではない。
――友達なろうよ!
そういったあの言葉にうそ偽りはない。
そして。
――君に世界をみせてあげたいんだ!一緒に旅をしよう!
そういったその言葉も。
うそ偽りのない真実。
でも、それには姉がいてこそ実行するにふさわしい。
姉マーテルさえよみがえれば、種子を発芽させ、そして、ラタトスクを呼びにいく。
それですべては終わる、はず、なのに。
この不安は、何なのだろう。
ユアンのいっている台詞。
姉のエクスフィアが大いなる実りを食い尽くす。
この世界のマナの異常は大いなる実りが最後の力をふりしぼっているからでは?
その予測。
デリス・カーラーンのメインコンピューターですら、この異変は把握できていなった。
その違和感。
「――封魔の、石、は……」
クルシスで管理していたはずの、石すら行方不明になっていた、という。
「今、連絡があった。みずほの民がどうやらどこからかみつけていたようだ。
どうやらロイドたち一行に手渡したようだ、とな」
連絡をしてきたのは、レネゲードの一員なれど、
それをミトスに説明する気はユアンには、ない。
はたからみれば、ユアンもまた、
クルシスにおける部下を動員し、動いているようにみえるであろう。
「不測の事態のために、二人は必ず必要だ。
かの中には我らの魂の一部がある。ゆえに、外に異物をひきだすのも可能だ。
クラトスが内部にはいっても、いざとなれば、やつらを外にひきだすことができる」
それが、封印をほどこしているもののあるいみ特権。
外から手がくわえられるのは、封印をほどこしているもののみができる技。
だからこそ、約八百年ばかり前、
ミトスはプロネーマたちに命じて、封印の強化、という技を利用できた。
「――ミトス。お前がマーテルをよみがえらせたい、という
そのあたりに関してのことは今はいわん。
が、精霊ラタトスクとのお前が交わした約束をわすれるな」
「・・・忘れない、よ」
ユアンの台詞に、ぎゅっと手をにぎりしめるミトス。
いつのまにか、ラタトスクの名がでたためか、その姿はいつもの姿。
すなわち、十四歳ごろの姿にともどっていたりする。
ふと、なぜだろう。
ラタトスクの名がでたときに、一瞬エミルの顔が脳裏をよぎったのは。
…似ても似てつかない、はず、なのに。
なぜか、今、一瞬、ミトスの中で、エミルとラタトスクの姿がかぶった。
事実、それが真実、なのだが。
ミトスはそれに気づかない。
気づけない。
ヒントはいたるところにある、というのにもかかわらず。
「では。私はいく。ここはまかせたぞ」
その言葉とともに、ユアンの姿が、何かインカムを通じいうのと同時。
光となりて、その場からかききえる。
魔科学による位置の転送。
「……僕は……」
「ユグドラシル様!敵の実行者とおもわしきものの位置が判明いたしました!」
「・・・わかった。今いく」
ユアンが消えるとほぼ同時。
プロネーマがあわてたように報告にやってくる。
プロネーマとてかつて封印の強化を実行した身。
ゆえに魔族の脅威、というものは身にしみて…理解している。
「ほぅ」
おもわず、くすりと笑みがもれる。
あの地にミトスが尋ねそうになれば、
センチュリオンたちに命じてでも、何とかそれを阻止させよう、とおもっていたが。
「……さすがは、ユアン、か」
くすり。
おもわず笑みがこぼれでる。
「?エミル?」
「あ、何でもないよ。それより、マルタたち、がんばるね~」
目の前では、みずほの民より、体術をならっているマルタとセレスの姿。
柔道に空手、といった基本的ともいえる体術をならっているその様子は真剣そのもの。
そういえば、かつての時間軸。
ヒトがマナの恩恵すらわすれて、文明を発達させていたあの当時。
これらの武術などに段位とかいうのができてたな。
そんなことをふと思い出す。
リヒターも後学、とばかりに習っているが、さほど真剣さはみられない。
アステルのほうは、受身とかにかなり興味心身、のようではあるが。
どうやら相手の力を利用して、逆になげとばす。
そういった技にかなり興味がある、らしい。
エミルの様子にきづいたのか、ふとマルタが首をかしげつつもといかけてくるが。
そんなマルタににっこりと笑みをうかべ、
逆にマルタたちをねぎらうような言葉を投げかけているエミルの姿がここ、
みずほの里の中にある修練場の畳の間にて見受けられていたりする。
「というか。エミルさん。すごすぎですよ」
「あはは」
伊達に、いくつもの世界で、それぞれの職を極めているわけではない。
エミルはその気になれば、体術も何もかも、すべてにおいて完全に使用可能。
ただ、使用することがないがゆえ、滅多にそれを利用しないだけで。
基本、剣ひとつ、もしくは気合でことたりる。
しかし、そんな事情をみずほの里のものがしるはずもなく。
教えてもいないのに、いともあっさりと彼らに勝っているエミルにたいし、
尊敬の念を抱かずにはいられない。
しかし、そんな里の忍達の尊敬のこもった声すらも、
エミルはかるく笑うことでさらり、と交わす。
さて。
ロイドたちは、あの地にて、何をつかむか?
犠牲の上に何かが成り立つなど、まちがっている。
常にロイドはそういっている。
しかし、必ず選ばなければならないこともある。
それを彼らはあの中で知るであろう。
そうでなければ、まっているの、死、なのだから。
「……ここは……」
石にふれ、気づけばどこかの見慣れぬ場所。
周囲は何ともいえない意味不明な空間が広がっている。
そらも、大地も、何もみえない。
ただ、足場となりし場所が、右も左もわからない。
不可思議な、それこそ迷彩色とでもいうべきか。
そんな空間がひろがるなかに、ぽっかり、とうかんでいる。
きらきらと光るホーリーボトルの効果によって発生している聖なる光。
それらがまるで、何かとぶつかっているかのように、ジュッとした音が鳴り響く。
よくよくみれば、周囲にただよいし、迷彩色の霧のような何か。
それと光が反発し、そして中に…すなわち、光の中にいる自分のもとにこようとしているそれ。
それらを光がさえぎっている、というのが感覚的に理解ができる。
「これは…まさか、擬似的ニブルヘイム…なの?!」
ふと気づけば、いつのまにかやってきたらしい、リフィルが周囲をみわたし、
驚愕にみちた声をあげている。
――擬似空間たる、かりそめのニブルヘイム。
さきほどの【声】はたしかにそういっていた。
「先生。そのニブルヘイムってのは……」
「ロイド、この前、それを説明しようとして、ロイド逃げてたじゃないか」
そんなロイドにあきれたようにいっているジーニアス。
実際、ロイドはそれを説明しようとした、アルタミラの地下にて、
リフィルの説明から逃げだした、という前科をもっている。
なのに今さら、といえば今さらの問いかけともいえなくもない。
「…まったく、あなたは。いざ、何かを目の当たりにしなければ。
きちんと話をきく、という気にならないのね。いいわ、説明するわ。
ニブルヘイム…魔界、とは」
魔族が住まいし瘴気に侵されている地、ともいわれている。
かつて、この地に大樹が移植されるまで、
そしてまた、彗星の百年ごとのマナがこの惑星にもたらされるまで、
この惑星は、瘴気におおわれた惑星だった、そうエルフの伝承にはある。
百年ごとにちかづく彗星のマナで瘴気は押さえ込まれていき、
消滅をまつばかりの惑星は、息を吹き返した。
といっても、リフィルたちはそこまで詳しくはない。
また、エルフたちもそこまでの真実はしらない。
だだ、この地がもともと瘴気におおわれており、
マナによって大地がうまれ、そしてそこにエルフが大樹とともに、彗星より移住した。
その事実しか、知られてもいなければ、語られてもいない。
魔族にとってマナが毒であるように、マナにとっても瘴気は毒。
マナと瘴気はいわゆる反属性。
つまり、反物質同士といってよい。
つまりは、力の弱いほうが、相手に飲み込まれ、
また、力が拮抗していれば、互いに対消滅をおこしてしまう。
魔族が地表で長く活動できなかったり、
また、依り代たる器をもとめるのにはここに理由がある。
魔族はマナがあるかぎり、地表においては長く活動できない。
だからこそ、あえてマナの器を穢し、自分達にあまり負担がないようにしたのち、
それを核、として地表世界に介入する。
それが魔族が行う一般的な行為。
が、魔族にも力の上下、というものが存在する。
それこそ、上位魔族ともなれば、自力のみで、具現化し出現することが可能。
そして、そんな上位魔族を封じているものこそ、
それこそ精霊ラタトスクの存在。
彼のつくりだした魔界の扉、ギンヌンガ・ガップの最深部。
そこにある【ラタトスクの間】と呼ばれし場所にて、
精霊ラタトスクは、魔界との境界をまもり、
地表に魔族が出入りしないようにみはっている、といわれている。
センチュリオンとラタトスク。
彼らの力によりて、扉はまもられている。
かつての時間軸においては、魔族がリヒターをそそのかし・・・
その理由は、ラタトスクによって殺された、彼の親友。
【アステル・レイカー】を復活させる、というもの。
一時的にしろコアにもどり、力をうしない、
センチュリオンすら覚醒していなったがゆえに、扉の封印がよわまった。
その隙間からリヒターに魔族が取引をもちかけた。
親友をよみがえらせるかわりに、ラタトスクを殺せ、と。
お前も親友の仇をとりたいだろう、と。
リヒターはそれを承諾し、魔族とこともあろうに契約した。
ラタトスクを殺し、自分が永遠に扉を封じる人柱になれば、世界は魔界になることもないだろう。
そういった認識のもと。
そもそも、その認識そのものが間違っていたことに、
結局、リヒターは最後まできづくことはなかった。
ラタトスク・コアの破壊。
それは、ラタトスクが生み出しているすべてのものの消滅。
それを意味していた、というのに。
彼はそれを理解していなかった。
どちらにしても、もしそうなったとしても。
惑星そのものと交わした盟約がある以上、
一度は認めた以上、コアを壊されても、世界が滅びかけたのち。
ラタトスクは再び再生し、それから惑星との取引にはいっていたであろう。
ヒトがやはり、世界の存続を否定した。
それでも、まだヒトを、魔族を存続させることを望むか否か、を。
結局のところ、世界からマナを切り離し、
直接、マナに関係ない、本来の理にもどしても、
やはりヒトはおろかにも破滅の道をたどっていった。
その結果、一度目は世界すべてがことごとく瘴気におおわれ…
世界樹ユグドラシルの生み出すマナでは、瘴気をおさえこむことなどできはしない。
あくまでも、世界すらうみだせる力をもつラタトスクが生み出すマナだからこそ、
それらが可能になってただけ、のこと。
しかし、ヒトはおろかにも力をもとめ、地表にて魔族を召喚し、
そして、結果として地表が瘴気におおわれ、
そして起こった、かつてのヒトの伝承いわく【
そんなことがあった、というのに、
ヒトの世界には干渉しないでほし、とかたくなに、
精霊の盟約のもと、そうラタトスクにいってきいた精霊マーテル。
その結果、どうなったのかはいうまでもなく。
結果として、ヒトは世界樹ユグドラシルを枯らしてしまった。
今のこの時間軸では未来にそんなことが起こる。
など誰もおもっていないであろう。
それを経験したラタトスクのみが知る、だけで。
センチュリオンたちにもそんな未来の記憶はない。
ラタトスクがそれを継承させてはいない。
その気になればできるが、ラタトスクはそれをよしとしていない。
だからこそ、ラタトスクは今、自ら行動を開始している。
かつてのような時間軸…世界を疲弊させないために。
「魔界、ニブルヘイムの魔族とよばれしものたちは。
あらゆる手段をもちいてヒトの世界に侵攻しようとたくらんでいる。そういわれているわ。
おそらく、この伝承をクルシスは利用した、のでしょう。
ニブルヘイムの魔族を、ディザイアン、というものにおきかえて」
そして、長い時間ともに、魔族の定義は地表ではうしなわれ、
ディザイアン、という存在が真実だ、と誤認されていった。
中には、ハーフエルフと魔族は同一だ、とおもっていたものすらいる始末。
ディザイアンがハーフエルフだから、ハーフエルフもまたディザイアンに他ならない。
ハーフエルフは害悪、でしかない。
こんな認証が世界でまかりとっているのは、そんな誤認も一役かっている。
つまり、世界に害にしかならない魔族、なのだから。
ハーフエルフは害にほかならない、と。
そんなことはありえない、というのに。
ハーフエルフとて、必ず生まれるかぎりは両親が存在する。
しかし、魔族にはそれがない。
彼らは力あるものが部下を自らの力で生み出すことが可能。
「瘴気に地表が覆われてしまえば、どんな命も生きてはいられない。
大地も何もかもがすべて、この周囲にあるような景色、になってしまうのでしょうね」
リフィルがロイドに説明しつつ周囲をみわたしながらそんなことを言い放つ。
これが、擬似空間といえど、ニブルヘイムのそれだ、いうのならば。
迷彩色のみにいろとられた、何もない、空間。
足場がなければ、右も左も、おそらく上も下もわからない。
そんな空間。
こんな世界に地表がなってほしくはない。
「あら、お客様?めずらしい」
ふと、リフィルが説明をしているそんな中。
どこからともなく、第三者の声がきこえてくる。
はっとその声にふりむけば、そこにはふりふりの服をきた、
歳のころならば八歳か九歳。それくらいの少女がふわり、とういている。
「…何、あれ……」
しかし、ジーニアスは絶句せざるをえない。
見た目はたしかにかわいらしい女の子。
なのに、なのに。
このどすぐろいナニかはいったいナニなのか。
マナ、ではない。
マナではありえない。
吐き気すらもよおすほどに、どすぐろい、ナニか。
「ちょうどいいわ。どうやらあなたたち。正者のようだし。
ねえ。その魂、私達の王様にくれない?」
にっこりと笑みをうかべるそのさまは無邪気そのもの。
だがしかし、すっと伸ばしたその手に出現するは、巨体なる大きな剣。
不釣合いなほどに、巨大な剣をくるくると肩にまわし、
「あと少し。あと少しでようやくはじめの封印の状態にもどれるの。
もっとも、もっと人間の魂、そしてその悲鳴と苦痛。
永遠に、我らの王にささげてちょうだい?
この地にはいってきたのならば、その覚悟はあるのでしょう?」
「な、ナニをいってるんだ?」
にっこりとナニやらとてつもないことをいっている少女。
そう、少女にしかみえない。
どこにでもいる、かわいらしい、少女。
「!ロイド!その場からはなれなさい!!」
リフィルの叱咤が飛ぶと同時。
ズバァァン!
振り下ろされた少女の剣技によって生じた衝撃派が、ロイドのいた場所ごとなぎ払う。
「ロイド!」
そんなロイドをすばやく抱きかかえ、横にととんでいるコレット。
もしもコレットがロイドを抱き変えてとんでいなければ、
消滅した足場ごと、ロイドはいともたやすく殺されていた、であろう。
完全に、足場が消滅、してしまっていたりする。
「見かけにだまされないで!あの子は普通ではないわ!マナがヒトではありえない!」
「あら。あなた、エルフの血族?まあ、これはすばらしいわ。
あのいまいましい、ラタトスクがつれてきた、異界の末裔。
私はヴァナ。かつての地表では女神フレイヤ、とよばれていたもの」
『な!?』
その言葉に思わず絶句するリフィルたち。
今、女神、といわなかったか?
「ラグナログの後、私達はこうして、精神体としてあらたな正をうけた。
すばらしいとおもわない?器にとらわれず、
自分の力だけでこうして存在できるというそのすばらしさ。
いずれは、ランスロッドの力をもってこの地表に力をもどしさえできれば。
私達の王、オーディーン様が再び復活されることもできる。
そうすれば、あなたたちヒトなど、私達の供物、でしかないのだから。
だから、今ここで、私達の王のためにしになさい?」
かつての彼女達の定義。
オーディーンをはじめとした彼女達の世界。
彼らにとって、ヒト、とは死んだのち、自分達の戦力となりえる、ただの道具。
そのひとことにつきた。
彼女達はそれぞれ、住処を隔てており、ヒトが住まいし地を【ミズガルズ】と呼んでいた。
そして、彼女達のすまいし場所をこうよんでいた。
すなわち、【天界・アスガルド】と。
今の地表にいるものたちは知らない、であろう。
魔界にいる魔王などをなのっているものは、
かつて、この世界において、神、と自らが名乗っていたものたちだ、ということを。
彼らが【負】に狂い、世界は破滅の道をたどっていっていた、ということを。
ラタトスクがこの世界に干渉しなければ、
彼らとともにこの世界は惑星ごと消滅していた、ということを。
「何だよ…、何なんだよ!それは!」
ロイドが思わず叫ぶが。
「無駄だ。そいつには何をいっても、な」
ふと、この場にありえない、第三者の声が、ひびく。
「クラトス・アウリオン。三つの封印の鍵のひとつ。
あなたが自らきてくれるなんて。鍵を開放してくれるってことかしら?」
「誰が。ロイド、見かけにだまされるな。そいつは魔族。
魔族の中でも中級魔族といわれている者だ。
はじめからお前のような大物がでてくる、とは。な」
声のほうをふりむけば、なぜかこの場にやってきているクラトスの姿が目に留まる。
クラトスはどうやら目の前の少女と面識、があるらしい。
少女がいまいましげにクラトスをみつつそんなことをいっているのが目に入る。
ロイドはリフィルにヒトではない、といわれても、
その姿がどうみても少女であるがゆえ、どうしてもその認識を覆せない。
どこかどうみても、無害な…まあ、武器はもっているが、
小さな女の子、でしか見た目ではありえない。
そんな少女…ヴァナ、となのったそれにむかい、クラトスが淡々といいつのる。
「リフィル!封魔の石をもっているな!」
「え、ええ」
「私がやつを切りつける。弱った隙にそれをかざせ!戸惑うな!」
いいつつも、ダンッとそのまま足場をけり、とびあがり。
そして。
「
ダンっと足場をけったのち、回転しながら上昇し、
そのまま、その少女の頭上に移動したかとおもうと、
躊躇も何もせず、そのまま少女にむけて、その抜き放った剣を斜め下にむかってつきおろす。
「きゃっ!?」
一瞬、あわてて防御をとろうとするが、クラトスのその背にマナの翼が展開され、
そのマナを防ぐために気をとられ、そのままクラトスの技の直撃をうけてしまう。
そのまま、剣にたたきつけられるようにして、足場となっている場所に、
どさり、とおちるその少女。
「いったぁぁい!かよわい女の子に何するのよ!」
「ほざけ。お前達魔族はその姿かたちをどうとでも自在にあやつれるだろうが。
その姿をすれば、我らがひるむ、とおもってか?あいかわらずタチがわるい。
子供の姿ならば、こちらが手をぬく、でもおもっていてか?」
「…ち。さすがはクラトス。でも、その子達は、どう、かしらね?」
にやり、とそんなクラトスの言葉に笑みをむけるそのさまは、
たしかに子供が浮かべるえみ、ではない。
「お、おい。クラトス。そんな子供に何すんだよ!?」
ロイドはロイドであっさりと、敵の思惑の中にはいりこんでしまっているらしく、
いきなり攻撃をしかけたクラトスにたいし、不満そうな声をあげていたりする。
しかも、半ばクラトスにつっかかるようにしていっているのであるからして、
あきらか、相手の術中にとはまっている。
「よくみろ。ロイド」
そんなロイドの様子にかるく溜息をついたのち、
そのまま剣をしまうことなく、少女を指さし、ロイドにもわかるように、
きっぱりといいきるクラトスの姿。
「…え?…何、だ?あれ?」
クラトスにいわれ、そちらをみてみれば。
きりつけられた少女の肩はぱっさりと傷らしきものがひろがっているが。
しかし、本来ならばそこから流れるのは赤い血。
なのに、そこにはうつろなる、漆黒の暗い空間がひろがる、のみ。
どすぐろい黒い何かが切られた場所をうごめいている。
そして、それらはうねうね、とうごき、またたくまに傷をゆっくりとふさいでゆく。
だからこそ、ロイドは唖然とするしかない。
それは、ヒトではありえないことが、事実、少女の体におこっている。
血もでることなく、ましてや体の中身がない、など。
そんなことがありえるはずもない。
「ちっ。さすがにマナを上乗せされた攻撃はきく、わね」
忌々しそうにそういうその姿は、子供、のそれではない。
むしろ邪悪さをより表に突起しているといってもいいようなそれ。
「あいつらには、物理攻撃はきかん!きくのは、マナを上乗せした攻撃。
つまり、精神的な攻撃のみ、だ!もしくは属性でいうならば光!」
そう叫ぶや否や。
「輝く御名の下、地を這う穢れし魂に、裁きの光を雨と降らせん。
安息に眠れ、罪深き者よ。ジャッジメント! 」
間髪いれず、クラトスによる詠唱が完了し、周囲に裁きの光が降り注ぐ。
「き…きゃぁぁっ!」
「リフィル!今だ!封魔の石を!」
「え、ええっ」
意味がわからないが、しかし、ここはクラトスに従ったほうかいい、のであろう。
ゆえに、すばやくリフィルがその懐より、
みずほの里でうけとった、【封魔の石】をあいてにむけて突きつける。
「い…いやぁぁぁぁ!!!!わ、私は、私は……オーディン…さ…ま」
光にのみこまれ、その姿の存続すらままらなくななっており、
あるいみで、グロテスク以外の何だ、というのだろうか。
たしかに、ヒトの形はたもっているまま、なのに。
ところどころ裂けたような、顔などは半分となり、体もひきちぎられたようになり、
しかし輪郭はひとのそのまま。
かろうじてヒトの姿をたもっている部分以外は黒い空間につつまれているその異様なる姿。
リフィルがクラトスにいわれるまま、そんな相手に石をむけるとともに、
淡い輝きが石をおおったかとおもうと、
その光は少女の…ヴァナの体をつつみこみ、
やがて、少女は光の粒子となりて、黒い粒子のようなものになったかとおもうと、
そのまま、石の中にと吸い込まれてゆく。
「い、今のは……」
困惑したようなリフィルの台詞。
「その石は浄化の力をももっている。
瘴気に侵されている魂すらも、元に戻す力が、な。
といっても、使えば使うほど、その力は弱くなるか強くなってゆく。
石に数値が刻まれたのがわかる、な?」
「え、ええ、いわれてみれば……」
それまでなかった石の内部に、天使言語の数値がたしかに刻まれている。
そこには、なぜか【プラス3】という表記と、
そして数らしき文字【103】が刻まれている。
つまり、プラス、となっている、ということは元は百、であったのであろう。
「この内部では、その石に内包されている力のみが解決法となる。
この地にいるものと戦闘をし、その時間によって増える力もまた異なる。
この地にいるものは、お前達がもっとも油断をする姿、として現れるだろう。
躊躇をしていれば、すぐに死ぬ、ぞ?」
「・・そんな・・・・・・」
「た、たたかわずにどうにか…」
ロイドがクラトスの言葉に何かいおうとするが。
「無駄だ。というか。ロイド。お前はこの中にいるものたちを助けたくはないのか?」
「え?」
その言葉はロイドにとって理解不能。
「この地にとらわれているものは、魔族にとらわれ、瘴気におかされているといってよい。
とらわれた魂は未来永劫、魔族の傀儡となりはてる」
それは、心あるものですら、自在に意のままに、ゾンビのごとくに操ることができる技。
魔族がもっとも得意とするこの技は、ロイドたちがヘイムダールでみたまさにそれ。
「奴らの力はあるいみで強大。しかし、今のように一瞬でも力をそぐことにより、
その石の中に取り込むことが可能となる。
その石の中に取り込まれた魂はやがて浄化をはたし、本来あるべく姿にもどりゆく。
簡単に説明すれば、それに取り込むことにより、
魔族たちから開放できるのだ。それ以外に魔族たちを救う方法は、ない。
そして、魔族に取り込まれた魂も、な。
この中にいるのは、すべてもはや魔界の魔族たちにとりこまれた哀れなる魂。
そいつらの力をそぎ、その石に封じることで、
彼らは本当の意味で救われる。永遠の牢獄から開放されるのだ」
「…なるほど。そのためには、まず相手を殺すか、
もしくは完膚なきまでに痛めつけなければ、
それもなしとげられない、というわけね?クラトス」
「そうだ。そして、取り込んだ魂の数はそのまま石の力となる。
この中に封じた魔王ごと、この擬似世界を浄化する力にとな」
リフィルの問いにクラトスがこくり、とうなづく。
「つまり、相手をともかく倒して、これに封じていく、しか方法はないってか?」
「そうだ。ついでに時間をかれれば、石の力もまた失われる。目安として……」
この擬似空間には、ソーサラーリングを利用しなければならない、燭台が存在する。
もっとも、この中にあるのは燭台、というよりは、
どちらかといえば、篝火台のようなそれ、ではあるが。
しかし、その燭台に火をともすのにも、封魔の石の力を利用する。
ソーサラーリングを一度つかうごとに、石の力を数でいえば【10】。
そして、戦闘においては、そのかかった時間におうじて、数値が加算されもすれば、
逆に長くかかればより力が失われてしまう。
目安となりし戦闘時間はおよそ21秒。
それをこえれば、二秒ごとに確実にひとつづつ、力は減ってゆく。
そして、燭台にむかい、ソーサラーリングを使うと、燭台に炎が灯る。
それにより、加算される数値は【30】。
そしてまた、この擬似空間にはいくつかのエリアがあり、
いわく。
――フロアの形は毎回ランダム。
全てのフロアは縦3ブロック、横3ブロックの9ブロックで構成されている。
――フロアのどこかにあるワープポイントに入ることで次のフロアへ進める。
――各フロアには3種類の攻略法があり、背景の色によって変化する。
・青のフロア:どこかにあるスイッチにソーサラーリングの炎を当てると道ができる。
が、それとともに倒した敵が同じ数だけ復活する。
・赤のフロア:敵を全部倒すとワープポイントが出現する。
・緑のフロア:特に仕掛けはないが、やはり敵がフロアにいた数だけ復活する。
そして、この擬似空間でいえるのは、
戦闘にはいってしまえば、絶対に逃げられない、ということ。
階層は、各フロア、1~5、6~10、11~15、16~20に分かれている。
かつては15フロアまでだったが、以前、封印がよわまり、
追加として封印の強化をおこない、フロアがふえているらしい、ということ。
そして、おそらくは、フロア5にて、魔王の一人、ヘルナイトがおり、
次のフロア10の階層では、封印の強化をおこなった、三人のディザイアンたち。
おそらく彼等の魂の一部がそこにいるはずである、ということ。
そして、次なるフロアにて、この禁書に一番つよく封じる必要のあった、
魔王【リビングアーマー】、その魔族そのものと戦闘になるであろう、ということ。
そして、一番最下層にて、封印をした自分達三人。
そんな自分達と戦闘になり、この封印を浄化するに値する力をもっているか、
試すことになる、ということ。
そして、数値が八百以上なければ、フロア15には進めず、
フロアの11に戻されてしまい、0になれば、死がまっている、ということ。
淡々とつむがれしこの封印の具体的なる説明。
かつて、この封印をミトスとユアンとともに施したクラトスだからこそ、
ここまで詳しい説明が可能、といえる。
そうでなければ、意味のわからないまま、この中にはいり、
この空間そのものにとらわれ、魔族のあらたな手先となってしまうであろう。
pixv投稿日:2014年8月18日某日(Hp編集:2018年5月6日(日)
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あとがきもどき:
このシーン、かくにあたり、ふとおもいだすのは。
禁書の記憶をひたすらに延々とやってて。
ぎゃぁぁ!しんだぁぁ!またはじめからかぁぁっ!
と絶叫していた日々のことです。ええ。
…だって、あそこ、セーブポイントがないんですよ!?
しかも、炎たりなかったら、なぜか階層もどされるし…
で、ようやくたどりついたその先で。
戦闘メンバー選択ミスで死亡・・・またはじめからかぁぁぁぁぁぁ!(絶叫
うん、もうね?
なのでひたすらにlvは200以上にしてからでないと二週目からは挑んでません(笑
しかし、二週目以降、始めから最終最強装備近くでいったらまあ楽なこと、楽なことv
グレードがさくざくとかせげた当時の記憶(笑
クラトスルートののみは、いっこセーブは保管してます。
いや、一度しかやってないし。上書きはもったいないし。うん。
…シンフォニアまで母にセーブデータけされてたら、ないてたぞ。
いや、他のでもないたけどさ…
…ユニパック版、セーブポイント追加されてないかなぁ。無理なんだろうなぁ(遠い目
さて、ロイドの扱い、ひどくない?という意見もあるかもしれないですが。
…おもいだしてくださいな。ええ。
この時点でロイド、九九すらいえないんですよ?!(公式設定)
つまり、学歴、ほとんどないに等しいです。
というかまともに授業、きいてません。
なので、おもいっきり無理解、だとおもうんですよ。ええ。
リフィルが嘆くのも意味はない、と。
ことあるごとに、お前はこの五年何をならってきたんだ!とリフィルがいってるように。
リフィルからしてみれば、五年間。
みっちりと教え込んだはずなのに、覚えてすらもらえていない。
というのは、教師としてなさけなくあるとおもうんですよね(←苦労してる先生…
リフィルだけでなく、実の親であるクラトスすら嘆くほどの学歴のなさ、ですよ!?
学校にいっているにもかかわらず!←ここ重要
そもそも、村の小さい子供にすら学歴というか知識でまけてるロイドって…ロイドって。
小さい子にすら、ロイドはお勉強はできないけど、といわれるほどの知能なんですよ!?
だから、ねぇ(遠い目……
なので、絶対、ロイド、一をいって十を知る、でなく、
十までいっても理解がまともにできておらず、
その先の答えまで説明しないと理解できない、と私はおもってます…
それこそ、リフィル曰く、ロイドは下手にかんがえるより、
直感でものごとをしたほうがまともだ、といいきっていたように(スキットより
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