まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。

pivixさんに投稿していた話の区切りとは変えてあります。容量的に……

さて、今回のアビシオン戦でネックになっているのは、【愛】です。
その一言につきます(そのつもりなのですが、表現できているかどうか
(違う意味での愛とも捕らえることもできますがvあくまでも愛ですよv)
ちなみに、プレセアの変化。
セーラ○ムーンのブラックレディ、あんな感じの劇的な変化です。
それをイメージしてくれれば判りやすいかとおもわれますv
判らない人は?でしょうけどね(苦笑
アリシアがまたまたプレセアを助けるシーン。
自分の中では結構気にいっていたりします(笑
ついでにアリシアが姉やリーガルをからかうシーンも(笑←本編を参考にしてくださいv
私の中のアリシアのイメージって、家族のこととか、
大切な人の為ならばそれこそ毒舌にでも何でもなりそうな気がするんですよね。
というか口先で相手をいいくるめるスキルをもっているようなv
ゆえに、商売人としてはかなりのスキルですv

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重なり合う協奏曲~闇の神殿にて~

『・・・・・・・・』
周囲に沈黙が訪れる。
リーガルの報告によれば、首都から突如として闇がひろがり、
身動きが取れなくなった、という。
そして今ではメルトキオの支社との連絡もぱったりと途絶えている、ということ。
たわいないやりとりのあと、今の状況の照らし合わせ。
そして今後の行動の話しあい。
その話しの段階でリーガルからそのような意見がだされ、
思わずロイド達はだまりこむしかできない。
「マナが狂っているのだろう。
  あの闇の中ではレアバードも使用不能だ。機械類が全て狂うのは確認済みだ」
いまだになぜかいるユアンが腕をくみつつもいってくる。
「でも、こまったわ。ここからメルトキオにでる船は……」
「闇が広がる前に出向いていた船が座礁したらしい。
  今は運航を見送っている状態だ。船の羅針盤すら闇の中では使用不可能になっている」
「…てづまり、ね」
リーガルの報告にリフィルはため息をつかざるをえない。
魔物達はセンチュリオン達がきちんと手綱を握っているから問題はないが。
しかし、それ以外の動植物などが瘴気の影響をどううけるか。
そんな報告をききつつも、目の前にあるココアを一口。
そして。
「でしたら、闇属性の子でもよびましょうか?
  闇耐性もってますから、問題なくいけますし。
  空からの移動となれば、飛竜の一種のイシュラント達が無難かな?
  でもあの子達はそう大きくはないから、一体につきせいぜい二人が限度ですけど」
「…そういえば、エミルっていつもシムルグとかとてつもないものばかり呼びだしてるけど。
  そういった魔物も呼びだせる、の?」
それは問いかけ。
いつもとてつもないものばかり呼びだされていたような気がする。
特にこの旅の最中でいうのならば。
恐る恐る問いかけるジーニアスの台詞に、
「うん。アノコ達は素直だからね」
それに今ならば全ての魔物達が縁を回復させているのでどのコでも呼びだせる。
外に出たばかりのころはまだ契約が生きていた子しか呼びだすことはままらななかったが。
「…イシュラント、だと?あれは王都で機械をつかわなければ、従わすことしかできないあの……」
黄金色にと輝く鱗をもちし飛竜。
その強さは半端なく、その首にヒュプノスといわれし装置をつけることにより、
どうにか支配下において、闘技場で使用されている魔物のはず。
野生のそれらはものすごく獰猛で、出会えば死しかない。
とまでいわれている魔物。
逃げるのもままならず、力もすごいのでまず勝てない。
そういわれている魔物の名がなぜにさらり、とでてくるのか。
機械をあれに身につけたことがあるユアンとしては何ともいえない表情をうかべている。
そもそも、闘技場にて魔物を使いたい、といわれ、
当時の神子からクルシスに打診があり、ミトスに確認してみれば、
ユアンに任せる、といわれ、仕方なくヒュプノスの存在をヒトにつたえた。
それでどうにかしろ、と。
魔科学による魔物をあやつる装置、ヒュプノス。
穢した精霊石、エクスフィアを利用することにより、魔物のマナすらをもくるわせて、
あえて命令主に従わせるようにした装置。
かつて、シルヴァラントで率先して使用されていたその装置のことに関しては、
ユアンほどあるいみ詳しいものはいないといってよい。
リーガルとタバサがもどってきたことにより、一行の人数は十六人ともどっている。
それにユアンとクラトスが加わることにより、十八人。
「群れの一個隊でも呼びだせば、数としてはことたりるとおもいますけど」
「しかし。闇が、ねえ。陛下や姫達は無事、なのか?」
「それはわからない。が、時間とともにおそらく王都も混乱するだろう。
  もしかしたら内乱もおこりかねんかもしれぬ。
  我らはくちなわの持ち去りし書物を探すつもりだ。
  お前達はそのアビシオン?だったか?どうやら顔見知りのようでもあるから、
  そちらをまかせたい」
ゼロスの問いかけにユアンは首をふるしかできない。
そう、王城の中までははいっていないので、
城の中がどうなっているかまでは、ユアンもさすがにつかんではいない。
何しろ闇につつまれ、城への立ち入りが今現在禁止されている。
城の中にはいりこませている同士からも繋ぎがとれない。
渡している無線機すらマナが狂い、使いものになっていない。
あるいみで連絡手段が断たれている、といってもよい。
伝書鳩達もあてにはならない。
方向感覚がくるうらしく、また漆黒の闇であるがゆえ、彼らは飛び立とうともしないらしい。
「アビシオン…本当にあいつ、なのか?」
呪いをうけているんです。
フラノールで彼はロイド達にそういった。
でも、装備品を集めて封印すれば、死の呪いから逃れられる、と。
ゆえに、ぽつり、とロイドがユアンの台詞をききつつもおもわずこぼす。
「そういえば、あれから闇の装備品、なかなかみつからないよね」
ジーニアスも今思いだしたとばかりにそんなことをいっている。
あのときは、探してあげるのが当たり前、というか。
勝手にロイドが安請け合いをしたからなぁ。
そんなことを含んでのジーニアスの台詞。
「…本格的に探すべき、だったのかな」
みつけたのはあのとき。
エミルがバキュラの中からとりだした、あの品くらいのような気がする。
ロイドが知っている限りでは。
もっとも、ロイド達は知らない。
すでにロイド達がもっている以外の品はエミルが完全にそろえてしまっている。
というその事実を。
そしてそれらに宿りし力なき魔族達はエミルの正体というかマナに屈し、
そのまま服従の姿勢をみせている、ということを。
後悔してもどうにもならない。
目先のことだけに囚われていた、というのがよくわかる。
もしも、これまで訪ねた場所でもっとそれらを探していれば。
失念していたのは事実。
必ずみつけてみせる。
そうあのアビシオンという男性にいったにもかかわらず、
ロイドはすっかりそのことを失念していた。
忘れ去っていたといってもよい。
「ま。ロイドは一つのことに集中するとそれまで何をしていたのか。
  綺麗さっぱりわすれちゃうから、仕方ないんじゃないの?
  たぶん、あのバキュラの偶然のようなことでもないかぎり、
  ロイド絶対にわすれてたとおもうし」
ジーニアスもそんなロイドの思いにきづいた、のであろう。
あるいみ慰めにもなっていない台詞でロイドを慰めていたりする。
それはあるいみ、トドメ、といわないだろうか?
思わず他のものがそんな思いを抱く中。
「あのな!ジーニアス!…そりゃ、確かに忘れてたけどさ。
  …俺、ダメだな。あんなに絶対にみつけてみせるって約束したくせに」
なのにコレットやそれ以外のことに気を取られ、彼のことを失念していた。
その自分のうかつさ。
「…俺、いつになったら間違わないように行動できるんだろう……」
それはぽそり、とつぶやかれたロイドが自分自身に対する問いかけ。
「心構えを変えない限りは無理なんじゃない?
  ロイド、いつも口ではいいことをいいながら、実際に直面するまで、
  覚悟できてないというか、直面してもいきあたりばったりっぽいし」
どうにかなる、の精神で突き進むのはいい。
それは別に。
それでもその結果、何がおこるか考えもせずに行動する、というのは頂けない。
ミトスのときはクラトスが指導するまでもなく、ミトスがより多く頭を働かせていた。
こうすればこうなる、という予測をたて、いつも三人…
マーテルはそういったのが苦手であったのか
いつもひっかきまわすばかりであったし、にこにこと三人のやり取りを眺めていたがゆえに、
基本は三人での言い合いによって行動を彼らはかつてきめていた。
エミルがかつてのミトス達の旅を思い出しつつそういえば、
「…反省してる」
うなだれるロイド。
「でも、ロイドは反省してもすぐにわすれちゃうんだよね。…悲しいことに」
というか、少し時間がたてばけろり、としている。
そしてふと思い出したかのように落ち込むのである。
そしてその繰り返し。
やがて、そのおちこむことすらなくなり、綺麗さっぱりと忘れるか、
ま、過ぎたことだからいいか、で自分の中で折り合いをつけているのをジーニアスは知っている。


「…本当に、真っ暗だ」
結局、いい案がおもいつくこともなく。
エミルの提案のまま、飛竜の種族の一種といわれている魔物、イシュラントの背にのりて、
大陸移動を果たしている彼ら一行。
クラトスとユアンは自らの翼がある、といい、彼らは自らの翼で飛んでいたが。
ゼロスとセレス、ジーニアスとミトス、エミルとマルタ、
しいなとプレセア、リーガルとリリーナ、アステルとリヒター、
そしてロイドとコレット、そしてタバサとリリーナ。
それぞれが二人づつ、イシュラントの背にまたがりて、
アルタミラの外れにてエミルがイシュラントを呼び出し、飛び立ったのはつい先ほど。
「…うん。前みたいに闇のカーテンになってるな」
それはかつて、シムルグの背にのりて、ハコネシア峠の先にあった光景。
まさにそれと酷似している。
まだ日も明るいはず、なのに。
その部分だけがぽっかりと暗闇につつまれている光景はあるいみ異様、といえば異様。
どうやらかつてのように完全に上空まで闇に覆われている、というのではなく。
むしろ空からみれば、ドーム状のようにぽっかりと闇が大陸を覆っているのが見て取れる。
もうすこしゆっくりと時間をかけてみていれば、
その闇がじわじわとドーム状のまま、孤を描くように広がっているのが確認できるであろう。
つまるところ、まだ明るい日差しの中、眼下にすっぽりと、
ドーム状のようになりて真っ暗な空間ができあがっている。
そんな異様な光景が視線の先にと展開していたりする。
一つの光りすらもみえない、それこそ闇のドーム。
そうよぶにまさに相応しい光景が眼下には広がっている。
普通ならば夜だとしても王都の光は上空からでも確認できるほど、なのに。
一つの光もみえないことから、中で何がおこっているのか、
それは誰にもわからないであろう。
否、この場においてはエミル以外には、というべきか。
海すらをも巻き込んで広がっている闇のドームは、
このままではその先にあるユミルの森すら包み込んでしまうほど。
もっとも、みるかぎり闇はグランテセアラブリッジの手前で今のところはとまっており、
ゆえにまだ橋のあたりまでは闇は広がっていない。
この起点となっているのは、闇の神殿。
シャドウの分霊体が瘴気によって狂ってしまったがゆえに引き起こされている現象。
救いはシャドウ本体が完全に狂わされているわけではない、ということ。
しかし、かの地にいまだに囚われたままのシャドウには、
狂った自身の分霊体達をどうこうする力はなきに等しい。
「王都の近くへ」
エミルがそういえば、イシュラントはゆっくりと下降を始め、
やがて、闇と光の境目にと突入する。
ボスン、というような音とともに、それから広がるは漆黒の闇。
「うわ!?何もみえないぞ!?」
ロイドが思わずさけびつつも、しっかりと魔物の体をつかむ。
念のため、彼らがおちないような手綱をその首にエミルがかけたのだが、
その手綱をこれでもか、と強くにぎっているロイドの姿が目にはいる。
「リヒター、みえてる?」
「まかせろ。お前はどうだ?」
「僕はだめ。う~ん。眼鏡に暗闇でもみえる機能をつけた魔道具。
  はやいところ開発しないとなぁ」
何やらリヒターとアステルのほうからはそんな会話がきこえてきているが。
どうやらアステルは暗闇でもみえる眼鏡、というものの開発に挑戦しているらしい。


闇。
ひたすらに何もかも包み込む、漆黒の、闇。
リヒターがどうにかブルーキャンドルをとりだし、炎をつけたことにより、
ぼんやりとした明かりでロイド達もようやく視界を取り戻す。
ブルーキャンドルをいれたカンテラにゆらされつつも、
エミルが解散を命じた魔物達は、闇の中にときえさっており、今はもういない。
かろうじてみえる足元につづく道。
それをすすんでゆくと、やがて、ぼんやりとしたみおぼえのある城門らしきものがみえてくる。
「何ものだ!?って、神子様!?」
「おおい!神子様がおもどりになったぞぉぉ!」
兵士達のはっとしたような声と、そしてどこか期待をこめたような声。
「お勤め御苦労さん。ってこりやいったい、何があったっていうんだよ」
ゼロスからしてみても、ここまで闇に閉ざされているなど想像していなかった。
一寸先もみえない、とはまさにこのこと、なのだろう。
照らされている範囲しかみえず、その先に光があっても、闇にかき消されてみえていない。
まさにそんな感覚をうける。
住みなれた町だからこそ暗闇でも間違うことなくすすめるし、
また視力を意識して強化すれば視えなくはないのでゼロスからしてみて不安はないが。
「セレス。暗いから足元にきをつけろよ?」
妹はそうはいかない。
妹は普通の人であり、自分のように天使化を果たしているわけではない。
妹であるセレスを気遣いつつも、門を守っていたであろう兵士にとといかけるゼロス。
「わかりません。いきなり、何ものかが宣戦布告をしてきたんです。
  自分の配下になるならば、何もしない。だが、そうでないのなら攻め滅ぼす。と。
  陛下はそんなたわごとを真に受けるな、と一喝されたのですが。
  それから少ししてこのようにいきなり闇が…神子様、いったい何がおこっているのでしょうか?
  精霊研究院でいうには、闇のマナが異様につよくなりて、
  しかも、マナの計測装置すら狂うほどに安定していない、というんです。
  これもやはり天の怒り、なのでしょうか…神子様をないがしろにしていた、この国の……」
ないがしろにしていたのは国というよりは教皇、なのだが。
しかし、それを見逃したり、もしくは好きにさせていた国。
そんな国に天からの怒りが降り注いでもおかしくはない。
「その元教皇なんだが、どうした?」
「それが…護送の最中に何ものかに、テセアラブリッジ上で襲撃をうけたらしく…」
「奪われた、と」
「…面目次第もございません」
その台詞にセロスとしてはため息をつかざるをえない。
えないが、
「おまえさんたちのせいじゃないさ。しかし、陛下との謁見は可能、か?」
「は。今、城は聖なる炎ともいわれています、ブルーキャンドル。
  そのありったけでどうにか結界をはりめぐらせています。
  ゆえに、闇の中にあらわれる異形のものからもどうにか守り切りきれているのですが。
  ブルーキャドルの在庫もいつまでもつか……」
サイバックに在庫をありったけもってきてもらうように、と使いものをだしたというが。
この暗闇の中、無事にたどりつけたかどうか、それは兵士達にもわからない。
「まずは陛下に謁見を願う。何とか俺達がしてみせる。もうちょい頑張ってくれたまえ」
「は!期待しております!神子様!そしてそのおとものかたがた!」
「…誰がゼロスのおともなんだよ…」
びしっと敬礼してくる兵士の台詞にロイドが何やらぽそり、と文句をいっているが。
「こういうときはゼロスの地位が役にたつわね」
「まあね。俺様、腐っても神子様、だからねぇ」
「?お兄様は生まれながらの神子なのでしょう?
  お兄様が産まれたときにクルシスの輝石をもっていたからこそ。
  お父様が当代の神子の役目を引き継ぐ段階になったのだ、と皆がいっていましたわ」
しかしセレスからしてみれば、今のゼロスの台詞は意味不明。
そもそも、石をもって産まれた以上、ゼロスが神子であることは確定で。
そして、それは、当代における神子の力が失われることを意味している。
もっとも、それもあり、ゼロスの父親はゼロスにまったく目もくれなかったのだが。
したくもない結婚をし、そして子供をつくれば権力、その地位をうばわれる。
そめたのに自分は結婚したのではない。
クルシスにいわれるがままに結婚し、産まれた子供は天使の子供。
ばかばかしい。
そんな思いから、ゼロスにまったく意識すらむけなかった。
自身の子だ、とどこかでわかっていながらも、なお。
…何しろ、ゼロスの母親は俗にいう処女、だったのだから。
そして常に天の采配である夫婦に子ができるまでは、
かならず誰かが夜の営みも近くでみまもっていた。
そして不貞をはたらかないように、必ず近くで誰かが護衛にあたっていた。
ゆえにそんなことは絶対ない、とわかっていながらも。
つまるところ、王族とほぼ同じ扱いの中でゼロスは産まれた、といってもよい。
王族もまた然り。
そういう行為をするときには、かならず『身守り番』という役職が存在している。
国王がダレとどういった行為をしたけっか、御子ができました。
と確実に証明できるように。
…まあ、それらの監視の強さに嫌気がさし、ふらり、と庶民に子を産ませたのが、
今の国王の父親、でもあるのだが。
そしてゼロスが儀式を得て、子供ながらに神子の地位をうけつげば、
先代の神子、すなわちゼロスの父親はお役御免、となった。
恒例として、神子の座をおりたものは、救いの塔で祈りをささげることにより、
その体は天に召される、という言い伝えがあったが。
しかしそれを確認したものはいまだにいない。
成人までは何があるかわからないから、という理由にて生きてはいたが、
それはただ生かされている、というだけのこと。
もしも今の神子に何かがあれば、またクルシスが指定した妻との間に子を。
それが国、または協会、否、クルシスとしての神託であり、絶対的な強制。
それに耐えられず、ゼロスの父親は自ら命をたった。
一番の理由は自分の体が結晶化しはじめているのにきづいたがゆえ。
彼はエンジェルス計画のことをしっていた。
しっていたがゆえに、自身の体がこのままでは輝石化してしまう。
そう判断してしまった。
理解できてしまった。
だからこそ自ら命をたった。
このままでは、自分はおそらく、石、として天に回収されてしまうのだ、と。
一言、二言兵士と言葉をかわし、そのまま堂々と正面入口から町の中へ。
町の中は完全に闇につつまれており、ブルーキャンドルの明かりがなければ、
確実に何かにつまづいてしまうほどの漆黒の闇。
街灯があるはず、なのに街灯の明かりすら闇に呑みこまれてきえてしまっている。
門からまっすぐにひたすらつきすすみ、そして階段を上ったさき。
そこに目指す王城はある。
まず、今の現状をしるために、一行は謁見を目当てに一度、城に登城することに。


「うわっ!真っ暗!」
「ほんとう、真っ暗だねぇ」
噂にはきいていたが。
「というか、外と同じくらいの暗さってどうなんだろう?」
アステル達から託されたブルーキャンドルがなければまちがいなく躓いていた。
何でも一本でもおおくのブルーキャンドルが必要、といわれ、
アステル達が今使用しているものを、といって一行に託した。
ついでにいえば、原因の究明を命じられ、
アステルとリヒター、そしてリリーナは王都に足止めとなっている。
そして暗闇でも動けるタバサもまた、要員、として残されてしまった以上、
何ともいえない思いにつつまれてしまう。
「いえ。闇の濃さはここのほうが強いわ」
フウジ山脈の南。
そこにここ、闇の神殿とよばれし場所はある。
そして今現在、ようやくその場所にとたどり着いたはいいのだが、
やはりというか洞窟の中も漆黒の闇。
「おそらくは、闇の精霊の力なのよ。このあたりに強く影響しているんだわ。
  そして何らかの要因でそれは外にまで影響を及ぼしている」
一本しかないブルーキャンドル。
神殿の中でなくなっては大変、とばかり、ここにくるまではほとんど使用せずに、
何とかたどりついたのがつい先ほど。
なぜかリフィルが先頭にたち、
ずらり、と並ぶようにして紐をとりだしたときには、何ごとか、とおもったが。
暗闇で迷子にならないためのものです、といわれ。
…やってみれば、昔よくやったムカデごっこ。
つまり、縄一本を全員がつかむことにより、道を間違えないようにするための処置、であるらしい。
ちなみに、このムカデごっこ、というのはロイド達がそういっていたがゆえに、
エミルはこれをそうよんでいるんだ、と逆の意味で感心しまくっていのただが。
何しろエミルの認識では、それはかつては【電車ゴッコ】とよばれていたもの。
もっとも、この地表においては今だにそういうのは発展してもいないのだが。
…ちなみに、トールなどが栄えた時代はかの人間達はそういったものをつくりだしていた。
まあ、結果として大地が一度瘴気に包まれてしまい、それらも全て無に還ってしまったが。
それは過去の時間軸であり、今の時間軸からいえば未来の出来事。
「それにしても、暗すぎるだろ、うわっ!」
闇の神殿、とよばれし場所にと足をふみいれた。
いまだにブルーキャンドルはもったいないから、という理由で
リフィルがしっかりと確保しており、使われていない。
リフィル曰く、神殿の内部がどんなものかもわからないのにむやみに他の場所で使うのは、
それこそ自殺行為、ということらしいが。
「うぎゃ!俺様の足がぁ!つうか、ロイドくん、俺さまの足ふんでる、足を!」
今動いているのはロイドのみ。
というか、近づいてきているのはわかっていたが。
ここまであからさまに自分の足をピンポイントで踏んでくるのはわざとか。
わざとなのか!?
そうゼロスとしては思わずにはいられない。
「このままではどうやら先にすすむのは無理そうね」
「リフィル。あんた慎重なのはいいけど、そろそろあれをつかわないかい?」
「ここの神殿の奥がどれほどあるのかもわからないのよ?
  それでなくてもアステルから預かった蝋燭は残りすくなかったもの。
  途中で明かりがなくなりでもしたら。
  私やジーニアスはいいとして…ミトスもみえている、わよね?」
「あ、はい」
「僕も一応、夜目はききますから」
ミトスがリフィルの言葉にうなづき、エミルも同意を示す。
というかエミルの場合は視えないものなど存在しない。
「プレセア、あなたは?」
「…うっすらと、ではあるが、みえて、ます」
いつ自分はこんな暗闇でもみえるようになったのだろうか。
たしかに夜、森の中を出かけることもあったがゆえ、
ある程度の視力の耐性がついたような気はしていたが。
そのことにふとプレセアは疑問におもってしまう。
「…まあ、陛下にここへの立ち入り許可を願ったんだから。
  まずは調べるっきゃないだろうよ」
いいつつも、ゼロスがため息ひとつ。


「おお!神子、そしてその共のものたちよ!よくもどってきた!」
神子がもどってきた、ときき、国王はすぐさま謁見の許可をだした。
「陛下。姫は?」
いつも傍にいるはずのヒルダ姫の姿がみあたらない。
「姫は今、具合がわるいのだ。この闇につつまれてから、
  原因不明の頭痛に襲われておってな…しかし、神子よ。
  いったい、何がおこっている、というのだ?正体不明の輩が、
  この国に宣戦布告のようなことをいってきたかとおもうと、これ、だ。
  元教皇が護送中に行方不明になったのもあいまって、民には不安が広がっておる。
  かがり火や街灯すらもこの闇は呑みこんでしまい、唯一の光源は、このブルーキャンドルのみ」
いって、謁見の間の玉座の横の台座におかれている蝋燭をみるテセアラ十八世。
町に回すほどの量はなく、王宮の所有箇所につかわれているそれは、
今現在、国王命令で研究院に在庫全てをさしだすように、という命令を下している。
それでも、研究所でもないとこまる、という意見と対立しているらしく、
なかなか思うように数があつまらない、らしい。
きちんと管理していなければ危ないものが多すぎる。
というのが研究所からの意見、であるらしいが。
そしてもう一つ。
暗闇のままでは、地下からハーフエルフ達が逃げ出しても、対処が不能、とまでいわれては。
国王としても強くそれ以上はやくしろ、とはいいきれない。
そんな中、兵から神子がもどった、という話しをきき、国王が飛びついたのはいうまでもなく。
「陛下。我らはこの原因をさぐるべく、闇の神殿にいきたいと存じます。
  つきましては、神殿にはいる許可を」
「よい。許す!神子よ。もうお主にたよるしかないのだ。…期待しておるぞ」
「かしこまりました。陛下」


ふとゼロスはここにくるまでの王宮でのやり取りを思い出す。
まあ、この事態を利用して神殿への立ち入り許可を得られたのはよし、とすべきか。
暗闇の中、ここまで進んでくるのにたしかに時間はかかりはしたが。
闇の神殿、といわれている場所はふうじ山脈。
といわれている山肌の中というか洞窟の中にと位置しており、
建物、という形式をとっているわけではない。
といっても内部はあきらかに人工物であることがわかる、
ちょっとした遺跡のような扱いでもあるこの地。
王都メルトキオからフウジ山脈までの距離はさほど、でもない。
エミルはしるよしもないが、かつての時間軸においては、
このフウジ山脈に彼らロイド達のレアバードが不時着し、
そこから彼らが徒歩でメルトキオにむかった、という実績があったりするこの地。
「先生…」
じっとコレットに見つめられ
「仕方ないわね。たしかに、私たちにはみえているけども」
ため息ひとつ。
リフィルが炎を消していたブルーキャンドルにとぽうっと火をともす。
「おお!すげぇ!これなら何とか先にすすめそうだな!」
青く綺麗な光が周囲を照らし出す。
「おおおおお!」
「な、何だ何だ!?」
ふといきなり大声をあげたリフィルの声に、すわ何事か。
と思わず身構えるロイド。
一方、その思いは他もおなじらしく、リフィルをみては周囲を見渡すが、
周囲に警戒するようなものは何もみあたらない。
「なんか、ここ、今までの封印の場所よりマナが不安定な感じがする……」
そんな姉の態度に続くように、ジーニアスが不安そうにぽつり、とつぶやく。
どちらかといえば、そう。
「…うん。そう、始めて火の封印を訪れたあのときと同じような、そんな感覚」
マナが不安定。
あのときにも感じた。
それ以後の封印ではあの不安定さはかんじたことはなかったのだが。
それはジーニアスはしらないが、まだそのときはイグニスが目覚めていなかったがゆえ。
それ以外の封印では、たまたまセンチュリオン達が覚醒しており、
ゆえにジーニアス達が気付かなかっただけのこと。
「先生?」
ふとみれば、リフィルはいったり来たり。
なぜか洞窟の中を進んだ先にある石碑らしきものを目にし、
左右にあるそれを行き来しては、すばやく取り出したメモに何かを書き留めていたりする。
「うげ!?先生、いつのまにか遺跡モード!?これはやばいっ」
それをみて、ロイドが思わず一歩後ろに下がると、
「早くお日様がみたいねぇ。というか。
  どうしてこのあたりだけお日様がとどかなくなちゃったのかな?
  あのときのルインの周辺みたいに」
あのとき、ルインに始めていったあのときも、周囲は闇に包まれていた。
朝おきたら、その闇は取り払われていたが。
原因は不明。
ルインの人々はコレットが神子だ、としり、あの原因もコレットが取り払ってくれた。
違う、といっても聞き入れず、そうときめつけていた。
「ほら、姉さん、もう、先にいくよっ!」
いまだに石碑にかじりつくようにしてみているリフィルの服をつかみ、
ぐいぐいとひっぱっているジーニアス。
「まて。ジーニアス。ふむふむ。…光とともに闇もまたあり?
  これはおそらく、この遺跡に関する何かの文面、なのだ。これを解読すれば…」
「だぁ!それはいってから考えればいいんだよ!」
思わずしいながそんなリフィルにむけて叫びだす。
こうなったリフィルは手がつけられない。
しいなはそのことをシルヴァラントでよぉく学んでいる。
それに、今はいいわけの材料も確保できている。
「ここにくちなわとか、アビシオンとかがきてるなら。
  仕掛けも解除されてるかもしれないだろ?とにかくいってみたほうが」
ぴたり。
しいなのその台詞にぴたり、と動作をやめ、
「ふむ。一理あるか。よし、ではいくぞ!」
「…うわ~。先生、張り切ってるね。私たちも頑張ろうね!ロイド!」
「先生のあれは、はりきってる、というよりここが遺跡だからだろ…」
「おお!この先からの足場もまた違う材質でつくられているな!
  これは、カーボネイトとはまた違うな!ここに刻まれている模様には何か意味が…」
たしかに、足元になるであろう足場には紋様らしきものが刻まれているのがみてとれる。
それまでは普通の洞窟、という感じであったのに、
橋らしき場所より奥は完全に人工物。
そんな様々なものがならんでいるのがここ闇の神殿。
まるで、目をイメージしたかのような模様がいたるところにとみてとれる。
いくつかの巨大な岩にもそれらしき模様が刻まれており、
その先に地下につづくであろう階段がみてとれる。
階段を下りてしばらくいくと、完全に人工物の建物、ともいえるべき場所にとたどりつく。
足場はそう広くもなく、ぽっかり開けた吹き抜けの空間に足場となりし場所がつくられており、
いくつかの水晶の光源らしき台座のような置物が淡い光を周囲に生み出しており、
壁にところどころある紫いろに光る石からも淡い薄紫色の光が放たれている。
「…な、なんだ?これ?」
ふと、ロイドがその水晶の台座の先。
そこにうねうねとうごめくスライムの漆黒版、ともいえるそれにきづき思わず声をだす。
形はスライムのまさにそれ。
その上部分に紫いろの核?にあたるのかもしれない光らしきものがみてとれる。
というか、シャドウのやつ、何やってる。
背後でおもわずエミルがそんなことをおもいつつ、
コメカミに手をあてているのに気付いているのは前をゆく彼らは気づいていない。
「こいつ…魔物、か?スライムか?」
姿はどこからどうみてもスライムの一種。
真っ黒なスライム、などみたこともきいたこともないが。
この旅の中、エミルが呼びだした魔物のほとんどはロイドはしらない。
ゆえにこんなスライムもいるのかもしれない、という思いを抱いていたりする。
「雷の神殿でこれと同じような、金色のスライム、
  ゴールドスライムってやつはいるけどさ。でも、これは…」
しいなもまた思わずその前に足をとめ、まじまじとそれをみつめる。
スライム、ではない。
むしろ、これは。
このスライムのような漆黒のこれは。
「こいつは、精霊だよ!」
この感覚、間違いない。
思わずしいながそれに気づき声をはりあげる。
「え?もしかして、これが闇の精霊シャドウなの?」
コレットがきょとん、とした声でリフィル、そしてしいなをみつつも問いかける。
「なんか。今までの精霊よりもものすっごく力が弱い感じだよね。これ。
  五分の一、いや、それ以下、って感じ。それになんか外より、
  よけいにマナの状態が不安定のような気がする」
「…うん。たしかに。マナがこれ、不安定、だね」
ミトスもそんなジーニアスの台詞にまじまじとそれをみて思わずつぶやく。
たしかにこれはシャドウ。
契約している自分がそう感じるのだから間違いはない。
この感じは。
そうか、シャドウの分霊体。
何らかの形であの場より分霊を外に出すことができたのかもしれない。
しかし、それにしても、とおもう。
精霊炉から精霊が自力で力を外にだすことなど可能なのか?
いや、もしかしたら禁書の力で精霊達が狂わされているのかも。
そんな思いをいだきつつ、おもわずミトスもまた険しい表情をうかべてしまう。
「ふむ。さわれないな」
リフィルが近づき、それに触れようとするが、その手はするり、とすり抜ける。
この場でこれに触れることができるとするならば、契約者であるミトス。
そして彼らの真の王たるエミルくらいであろう。
「中途半端にとけかかった封印から精霊の力があふれ出し具現化したのか?」
じろじろとシャドウの分霊体の周囲をいったりきたりしつつ、
さらにさわれない、とわかっていながらも、いくどもその手をつつこんではひっこめて。
そのたびに感じるマナの不快感を直接感じては顔をくもらせつつも、
リフィルが思案しながらそんなことをいってくる。
まあ、この場合は封印云々、というよりは、確実にテネブラエの影響があるのだろうが。
テネブラエが闇のマナをかき集める過程でおそらくは、
シャドウのマナすらいつのまにかひっぱりだして、精霊炉にいるそれの中に、
もどるに戻れなくなった、というような気がする。
というか自分がここにテネブラエを迎えにきたときも、こいつらはいたんだが。
シャドウのやつ、どれほどの分霊体を周囲にまきちらしていたんだろうか。
あれから大分たつ、というのに。
それをおもうとエミルは思わず無意識のうちにため息をつきたくなってしまう。
おそらく、これ幸い、とばかりに分霊体を分散させたんだろうなぁ。
その気持ちがわかるからこそ、何ともいえない。
囚われている以上、
せっかく外にでられるかもしれない好機をあのシャドウが見逃すはずがない。
「だとしたら。それはシャドウの分霊体ってもんなんだろうし。
  シャドウ本体のところにまで、精霊の祭壇まで導かないと、本体が出てこない。
  っていう可能性のほうが強いね」
「うむ。…ところで」
「…あ、あはは……」
ふとみれば、いつのまにかリフィルのその目の前からするすると統べるように移動して、
そのシャドウの分霊体はエミルの足元にまとわりつき、すりすりと体をすりよせていたりする。
ここで抱き上げてやりたいのは山々なれど。
さすがにそれは目立つであろう。
ゆえにこっそりと触れている場所からマナを提供するだけにととどめておくエミル。
あきらかに、エミルの足元にすりよるようにしているその様は、
どうみても甘えているようにしかみえない。
絶対に。
ぱっと見た目、一瞬、子猫や子犬が足元にじゃれついている光景が、
その場にいる全員の脳裏にふとよぎる。
それほどまでに、そのスライムのような体をくねらせて、
エミルの足元にすりよっている様はあるいみほほえましい。
…その様子が異常すぎる、という現実さえのぞけば。
「まあ、エミルに精霊がなつくのはおいといて」
「おいとくのかよっ!…まあ、エミルだしな。魔物もなつくし仕方ないのか?」
「エミルだもんねぇ」
リフィルの台詞に思わずロイドが突っ込みをいれるものの、
しかしなぜかエミルだから、で納得し、うんうんうなづいているのがみてとれる。
そしてまた、コレットもエミルだから、ですましているのは。
これまでの旅でのエミルの言動によるものといって過言でない。
エミルだから何でもあり。
そんな認識がロイド達の中に無意識のうちにどうやら刻まれているらしい。
さらにリフィルはエミルが、
エルフの語り部のいったディセンダーだと確信をもってしまっているがゆえ、
精霊がなつくのも当たり前。
というような認識であったりするがゆえ、もはや突っ込むことは諦めた。
大樹の分身のような存在ならば、それも当たり前か、という思いがあるとはいえ。
「さっすが私のエミル!」
マルタはマルタで違う意味でエミルをほめているが。
なぜにそこに私の、がつくのかいまだにエミルには理解不能。
前のときもしょっちゅうマルタはこんなことをいってきていたような。
そんな思いがふとよぎる。
「みろ!この結晶を!これはいったいどういうものだ?
  魔科学か?精霊力か?魔科学とはまた異なる、この水晶は一体。
  多面をもちしこの水晶は均等にいや、これは自然界でも結晶体として生み出され…」
ふとリフィルがシャドウの分霊体とエミルから視線をはずし、
その先にあるというかほぼ目の前にありし水晶の置物。
それに目をとめ、今度はそれをまじまじと調べ始めながらそんなことをいってくる。
「姉さん……」
そんなリフィルに呆れたようにため息をついているジーニアス。
「あ。みて。先生、この子、光りにはいれないみたい。
  何か必死でエミルについていこうとしてるのに」
エミルが光のほうに歩いていけば、必死にすりよろうとしては、
それでいて光に躊躇しているのが嫌でも目につく。
「あ~…リフィルさんたち。この光を消す何かをみつけてきてもらえせんか?
  さすがに、こんな態度とられたら、僕、ちょっと…」
ここまでしゅん、となられては、この場に他の人間達がいてもそのまま抱き上げてしまいたい。
しかし、ヒトは精霊に触れることはできない。
契約者、以外は。
ミトスにこの子抱いて、とエミルとしてはものすごくいいたいが。
それだとミトスが契約者であることをロイド達に知られてしまう。
おそらくこれまでの態度からミトスはまだ言うきはないのだろう。
ほほえましかったんだけどなぁ。
かつて、ミトスがシャドウの分霊体たちをなでているあの様子は。
ふと過去のことを思いだし、エミルはそんな思いにとらわれる。
ちなみに、そのときのミトス曰く。
――シャドウって、本体より分霊体達のほうがちっさくてかわいいよね。
である。
それをきき、シャドウがいじけ、ならあなたも小さくなればいいのでは?
とテネブラエがそんなシャドウをからかっていた当時の記憶。
「なるほど。闇の精霊だから光を嫌うってか」
「僕、この子とここでまってますから。皆、きをつけてくださいね」
エミルがそういえば。
「仕方ないね。…たしかに。エミルがはなれたら、その精霊、ものすごく萎れてるし。
  どこからどうみてもさ」
雰囲気でわかる、おもいっきりしゅん、となっているのが。
というか、そのスライムのような体をおもいっきりくねらせて、
まるでいじけているような、それでいて拗ねているような。
そんな雰囲気をうけるのはこれいかに。
ゆえにジーニアスもため息とともにそういわざるをえない。
「じゃあ…光を消して奥にいく方法を探すしかない、ということ、ですか?」
そんな彼らの言葉に戸惑いながらもミトスが意見をいってくる。
ミトスからしてみれば、なぜにシャドウの分霊体がここまでエミルになついているのか。
やっぱり、エミルは…その思いが捨て切れない。
エミルが精霊の関係者、であるならば、この態度は納得がいく。
くるならば契約者である自分のもと、ならばわかるが。
…まあ、契約を反故にし、強制的に精霊炉に封じた自分に
こんなになつく、とはおもえないが。
しかし、契約は契約。
まだ、シャドウとの契約はミトスは途切れていない。
すでに、ウンディーネを始めとし、シルフ、ヴォルトと続けざまに契約を解除、
否、しいなという目の前の召喚士に契約のかきかえをされ、
ノーム、イフリート、セルシウス、といった精霊との契約もすでに途切れている。
契約で今残っているのはマクスウェルと精霊ルナ、そしてオリジン。
この三柱のみ。
精霊アスカは姉マーテルと契約を交わしていたがゆえに、数にはいれられない。
もっとも、一般は精霊アスカともミトスが契約をかわしていた、という認識だが。
始めはたしかにミトスが契約をかわしていたのだが、
その契約の資格を姉にと合意の上に譲り渡した。
姉があまりにも無理をするので少しでもその力の補佐になれるように。
「あ。ならさ。この下にみえている広い場所に他にもいるであろう子達をあつめて、
  封印されている場所、精霊の祭壇までつれていってあげればいいのかな?
  ここにも精霊の祭壇はあるんだよね?ゼロス」
「おうよ。シルヴァラントのそれとたぶんかわらないとおもうぜ。ここのもな」
今でこそテセアラも繁栄世界ではあるが、衰退世界となれば、
それらの祭壇の間にて再生の神子が儀式をおこなう。
それはクルシスによって、定められている神子の使命。
「よし。それじゃあ、いけるとこからいくか。いくぞ!先生!」
「いってらっしゃ~い」
「エミルがここに残るなら、私もここにのこるっ!いいよね!ね!?」
「たしかに。エミル一人でここに残す、というのも危険かもしれないわね。
  マルタとともに誰かのこってくれれば……」
「では、私が残ろう」
リフィルの提案にリーガルが申し出る。
「こんな私でも少しは護衛にはなるだろう。…必要ないかもしれぬがな」
しかし、目を離すよりはよほどまし。
精霊であろうものがここまでなついている以上、確実にエミルには何かがある。
それこそ精霊にかかわる何か、が。
リフィルなどはエミルは語り部のいっていたディセンダーなのではないか。
そういっていた。
ありえる。
ありえるからこそ、無視することはできない。
「って、うおっ!?」
「魔物!?」
ふときづけば奥につづいているのであろうでいりぐちらしき場所。
そこからなぜかライオン?のような姿をした獣のようなものが近づいてくるのがみてとれる。
思わず身構えるロイドであるが。
「あ、ロイド、問題ないよ。え?あ、ありがとう」
それは人の顔にライオンの盾が視。
そしてその背にはコウモリのうな皮膜の翼。
そしてサソリのような毒針っぽい太い節の生えた長い尾。
人のような顔の口からは、鋭く三列にならぶ歯がみえかくれてている。
体全体の色はどちらかといえば薄茶色で、その手はとあるワニの手のごとく。
緑色の鱗におおわれ、その先には鋭い爪が一本生えている。
それなのに、なぜ。
その口元にありえないものをもっているのだろうか。
この魔物は。
どうみても、それは座布団?といるよえな品を、その口にとくわえている。
それをぽとり、とエミルの前におき、ちょこん、とお座りをし、尻尾をぶんぶんとふっている様は。
『・・・・・・・・・・・・・・・』
「とりあえず、いこうぜ。先生」
「そうね」
どうやらこの光景はロイドもリフィルもみなかったこと、にしたらしい。
エミルが良い子、良い子、とばかりになでてやると、
ぐるぐるとノドをならし、体をすりよせらている魔物のはずのマンティコア。
あれはマンティコアではない。
猫だ。
巨大な猫だ。
ちょっとかわっている形をしているだけの猫だ。
そうどこか心の奥底で言い聞かせていたりする。
それほどまでに異様な光景。
「これ、どこからもってきたの?え?前にここにいたひとがもってた?
  …で、座るのなら必要かとおもって?うん。ありがとう。他にもある?
  あったらマルタとリーガルさんの分もおねがい」
どうやらこの地に以前やってきたかわった服装のものがもっていたもの。
それらがこの神殿にはあるらしい。
寝心地がいいので彼らが寝床に使用している、とのことらしいが。
まだどうやら数はあるらしいので、さらり、とエミルが命令を下す。
「まて!エミル!」
さらり、といったエミルの言葉に思わずリーガルが突っ込みをいれるがすでにおそし。
まかせて、とばかりにばさばさとその翼をはためかせ、
この場から飛び立ちて、下のほうに移動してゆくそのマンティコア。
「……リーガル。本当にエミルのことをお願いね?」
その光景をみてリフィルも思わずこめかみに手をあてざるを…得ない。

とりあえず、ミトスをみて魔物達が行動をしない、ともかぎらない。
ゆえに。
『相手がミトスであろうと今この地にきているヒトに攻撃するなかれ』
念話にて、この地にいる全ての魔物にと命令を下す。
マンティコアから預かった座布団をひとまず真っ先にマルタにわたし、
そこに座るようにと地面においたのち、
そのままとんっと壁にもたれかかるようにと目をとじるエミル。
それとともにこの地にいる全ての魔物達にと命令を下すことにより、
別行動となった彼らの身の安全をひとまず保障しておく。
ロイド達はさきほどマンティコアがでてきたほうに歩いていっているがゆえ、
あの先にある空間にたどりついているはず。
そのまま目を閉じ、意識を集中し、ロイド達にと視線を『移す』。
階段の途中の少し上にある空間から先にとすすみ、
力の場にて属性を変更しているロイドの姿が目にとまる。
ここの神殿の力の場はその属性を闇にと変化させるもの。
簡単にいえば闇の光ともいえるものがソーサラーリングより発せられる。
はたからみれば黒い光を手から発射しているようにみえるそれは、
周囲の光りという光を飲み込む属性をもっている。
すなわち、この横にある水晶の光すら、一瞬封じ込めることができるほどに。
この闇の神殿は吹き抜けの空間に建造物が建てられたようになっており、
足をふみはずせば奈落の底にまっさかさま、といえる作りになっている。
ちなみにこの神殿。
かつて、天地戦争時代にこの地に人が建てた神殿のまま。
すなわち、リフィル達がよくいう古代大戦よりも古い時代にたてられており、
ゆえにこの地につかわれている材質も今はこの世界では普及していないもの。


「おかえり~。はやかったね」
というかものすごくはやかった。
どうやら力の場でソーサラーリングの属性だけ変更しここにもどってきたらしい。
「よっしゃ。エミル、たぶんこれでいいとおもうぜ?」
いいつつも、ロイドが手をあげ、ソーサラーリングをそのさきにとある水晶にとかざす。
それとともに、ソーサラーリングより黒い光がわきだして、
それらは一瞬のうちに水晶の明かりをかき消してしまう。
「よっし!ビンゴ!」
ロイドが何やらガッツポーズをしているが。
本当にこれでうまくいくのかどうやら半信半疑、であったらしい。
「んじゃ、俺この先にある水晶の明かりけしてくるから。
  エミルはそいつを誘導してついてきてくれな!おっしゃ!暗闇ビーム!」
よほど面白いのか、無駄に闇の光を発射しながら駆けだしているロイドの姿。
「…ロイドって、ほんとうに子供だよねぇ」
何やらはしゃぐロイドをみて、マルタが何やらしみじみといっているが。
一人で駆けだしていき、この先にある別の水晶の明かりもどうやらロイドは消したらしい。
「ま、とりあえず。僕らもいこっか。――ヒルリバ」
いまだに足元でくつろいでいるシャドウの分霊体に声をかける。
ついてくるように、と言い聞かせることで、ふらふらとするのを防ぐねらい。
その言葉をうけ、こくこくとその体をいくども上下にゆらし、
了解した、とばかりに表現であらわしてくる分霊体。
どうでもいいが、念話すらもできないほどの力の分霊体を解き放つ意味があるのだろうか?
思わずそのことについて疑問におもい首をかしげざるをえない。
そんなエミルの様子をじっとリフィルがみつめていることにエミルは気付かない。
エミルのうしろにちょこまかと、という表現が似合うかのごとく、
必死に遅れてなるものか、とばかり、
足元にすりよるようにしてエミルの歩幅とほぼ同じ速度ですすみだすシャドウの分霊体その一。
階段を下りた先にも水晶があり、そこの水晶の光はすでにロイドが消しているがゆえ、
その前も何の問題もなく通り抜ける。
気配からしてこの先にある階段の仕掛けのくぼみの先。
そこにもどうやら他の分霊体が一体、気配が感じられる。
「――ワイトゥン」
小さい声でぽつり、と”来い”エミルがつぶやけば、ぴくり、と反応する気配がいくつか。
どうやらこの神殿の中に分霊体は五体、今のところいるらしい。
「…どうでもいいけどさ。何で魔物が率先して手助けしてくれてるんだろう?」
ふとみれば、おそらくは仕掛け、なのだろう。
魔物達が率先して何やらうごきまわり、
行く手が困らないようにしてくれているらしき姿が目にとまる。
別にエミルとしてはそんな命令はしていないのだが、
魔物達からしてみれば、王に手間をかせさせて何とする!という思いから、
自発的に仕掛けを解除しているに過ぎないのだが。
それらをみて、ロイドがぽつり、といえば、なぜか視線がじっとエミルに注がれる。
どう考えてもエミルがこの現象にもかかわっているような気がするのは、
おそらくロイド達の気のせいではないであろう。
先ほどの魔物のこともあるし、精霊の分霊体のこともある。
いくつもの階段、さらにはその階段を遮る形の仕掛けもあれば、
仕掛けにより階段の上の段につうじる足場ができる仕掛けもあり、と様々。
階段、ではない急な坂となっている道をわたり、四十五度以上の傾度があるその道は、
気をぬけば滑り落ちてしまうまではないか、というほどの傾斜。
その先に広めの足場があり、さらにそこからはより地下にとつづく傾斜の道が続いている。
傾斜の道と階段の道。
傾斜の道を降りてゆくと、しばらくするとさらに下にとつづく階段にとたどり着く。
「しっかし。自分達で解除しなくていいのは助かるけどさ。
  何でここ、テセアラの神殿って厄介なものが多いんだよ……」
ヴォルトの神殿しかり、セルシウスの神殿然り。
ぽそり、とつぶやくロイドの肩を、突如としてがしり、とつかみ、
「ロイド!」
「うわ!?先生!?」
いきなりリフィルに肩をつかまれ思わずロイドがたじろいでいる様子がみてとれるが。
「ロイド!お前は授業は不真面目なのにいつも着眼点がいい!
  お前は考古学者の素質がある!」
「って先生、また遺跡モードかよ!というか、そんな素質ないってっ!」
「何をいう!ロイド。考古学はいいぞ~?
  いいか、ロイド。この闇の神殿はテセアラの中でも遺跡としての形状を、
  こうしてみてもわかるように、かつてのままの形状を残している稀有なものなのだ。
  みろ!この材質!カーボネイドでも、何でもない。見たこともない材質!
  これは世界の歴史を覆す発見やもしれぬ!
  しかも人の手によってつくられたのに、今の技術ではこんなものの作成は
  不可能といってもよい!つまり、歴史を語る上で、この遺跡はとても貴重なものであり
  テセアラが衰退世界になった場合、おそらくは、
  シルヴァラントよりも封印解放が困難かもしれぬという検証にはもってこい……」
「きゃっ!?」
リフィルががくがくとロイドの肩をゆすりつつ、それでいて、延々と遺跡について語りだす。
と。
コレットが何もない場所でおもわずつまづきこけるとともに、
一瞬、その先にある仕掛けが突如として起動する。
それをみて、ロイドから一瞬手をはなすリフィル。
「でかした!コレット、逃げるぞ!」
「え?あ、う、うん」
ロイドに手をのばされ、ロイドの手をつかむと同時、
その先にある階段を一気に駆け下りてゆくロイドとコレット。
「ああ!まて!二人とも!!」
そんな二人をリフィルが何やら止めているが。
「…リフィルは何をやってるんだい」
そんなリフィルをみてしいなはもはやあきれ顔。


「やっと全部ここまでつれてこれた~」
ようやく、少し下にあるこれまでの足場よりも少しばかり広い足場。
その場所に五体の分霊体達をあつめおわり、一息ついているロイド達。
どうやら分霊体達はこのエリアというかこの階にしかいないらしく、全部で五体。
魔物がまったく襲ってこない、というのもあり、手分けして見落としがないか、
ロイド達は散々さがしつくしたので、おそらくこれで終わり、なのだろう。
そういう思いもあってこそ、やり遂げた、というような感慨深い思いもあり、
ほっとしたようなそんな台詞をいっているロイドの姿がみてとれる。
「というか、エミルがいてよかったね。ロイド」
「だなぁ。たぶんいなかったら、フリーダムすぎる動きだぞ。こいつら」
実際、エミルがいないときにみつけた分霊体は、その動きはまったくつかめなかった。
連れていこうにもどこに動くのかわけもわからず。
しかたなくエミルを呼んできて、そしてここまで連れてきてもらいはした。
何しろ、たしかについてはくる。
くるのだが、まるでそれこそいいわけのきかない小さな子供。
いや、小さな子供のほうがまだまし。
とばかりにいったりきたり、あ、あそこが面白そう~とばかりに、
うろちょろうろちょろ…根気がいる以外の何ものでもない。
エミルさえいれば、素直にあまえるように、
それこそ必死でまるで、子供が母親のあとをついていくように、
まってまって~といわんばかりに必死になっておいかけてくるので、
そんな心配がないといえばないので楽ではあったのだが。
しかし、エミルがいなければあるいみ地獄のようなもの。
ちょっと目をはなせば、ついてくるどころか、ふらふら~とまったく別のところにいこうとする。
近くによればすこしはついてくる、のだが。
こらえ性がないのかすぐにふらふらと移動を開始する。
ゆえにあきらめてエミルを呼びにいったのは…いうまでもなく。
エミルの協力もありて、どうにか五体の分霊体をこの場に集め終わったのがつい先ほど。
「どうやらみるかぎり、これ以上の分霊体はいないようね。
  ならこの五体を最下層にあるであろう精霊の祭壇の間にまでつれていきましょう。
  それでシャドウがでてくるはずよ。ユアン達が先にきているはず、なのだけど。
  いない、ということは祭壇の間の付近にいるのかしら?」
ユアン達が先行してでていっていたはずなのだが。
ユアンとクラトスは自分達の翼でとんでいったので、
先に王都にでむいたリフィル達より早くこの神殿にたどりついているはず。
にもかかわらず、いまだにみえない、ということは。
先に奥にまでいっている、ということか。
たしかに彼らのような翼があれば仕掛けなどをきにせずに、
そのまま下に、下にと飛んで降りることが可能であろう。
この神殿の創りは、ひたすらに階段、もしくは傾斜の道。それらで構成されており、
道を踏み外せば底のみえない奈落におちてしまう。
当然、道の横に手すりも何もなく、暗闇のまますすんでいけば、
まちがいなく奈落の底におちてしまい、確実に命を落とす。
先刻、マンティコア達がもってきた座布団もそんな侵入者というか探索者のものであるらしく、
そういったものが、ここ闇の神殿にはかなりたまっているらしい。
らしい、というのは先ほど魔物達がそういっていたのでエミルはしっているわけだが。
まあ、初日にここに訪れたときも、魔物達がすりよってきて、
いろいろと渡してきたのはエミルとしても記憶にあたらしい。
何しろこのたびはテネブラエが起きるよりも早く、
この地にやってきてテネブラエを起こしたのだから。
まあ、一度この地にやってきているせいか、今度こそ【王】のお手伝いを!
と魔物達が別の意味ではりきっているような雰囲気はともかくとして。
何しろ命令もしていないのに、勝手に魔物達が率先して仕掛けを解除している、のだから。
「でも、まだ下につづいてるんだな。ここ」
ロイドがおもわずうんざりしたような声をだす。
どこまでつづいているのかわからない、地下につづく道。
ここより先は真っ暗で、どうやら今ともしているブルーキャンドルの灯もとどいていない。
「それよりさ。ここ、宝箱がかなりあったよな」
「うん。僕、シャドウダンサーみつけたよ」
それは闇の属性をもちしけん玉。
なぜこんな場所に宝箱が、といいたいが。
ところどころに開かれていない宝箱が存在し、
それらの中には闇属性をもった武器などが収められていた。
これ幸い、とばかりにそれを手にしているロイド達だが。
ゼロスなどは、これって遺跡泥棒…とおもうが、まあいいか。ですませていたりする。
彼らがとった、といわなければいいだけ、のこと。
「宝箱の横に分霊体のシャドウがいたけど、魔物が足場つくってくれて、
  その先まてどうにか連れだせたから助かったけどさ」
本当に魔物さまさまだ、とおもう。
なぜヒトを襲うはずの魔物が手助けをしてくれているのか。
というのはジーニアスももはや考えないようにしたらしい。
「まあ、とにかく、いきましょう」
「だな。しかし、いつまで階段をのぼったりおりたりすればいいんだ?ここ?」
「俺様もこの神殿の最深部まではいったことないからなぁ。わりぃ。ロイドくん」
「仕方ないわ。とにかくいきましょう。進まないとどうにもならないのだから」
視線の先にあるのは、どこまでもつづく、
蝋燭の明かりすら届かないほどの地下につづく傾斜面。


  ~スキット~エミルと分霊体~闇の神殿:長い階段をおりている最中~

コレット「いっちに、いっちに」
ミトス「…コレット、何やってるの?」
みれば、エミルの横で、ぐっと手をりぎりしめ、
体を上下にゆらしながらゆっくりとあるいているコレットの姿がそこにある。
コレット「エミルの後ろを必死でついていっているあの子達を応援してるの。
      ほら、いっちに、いっちに」
たしかに、ちょこまかと必死でついていっている五体の姿はほほえましい。
ほほえましい、のだが。
何といえばいいのだろうか。
ミトス「なんというか、・・・カルガモ親子みたい、だよね」
ジーニアス「あ!そうか。何かににてるとおもったら。たしかに」
まさにそれ。
母鴨のあとをおいかける子鴨のごとく。
コレット「カルガモさんかぁ。あの分霊体、そんな姿になれるのかなぁ?」
エミル「え?姿かえてほしいの?この子達に?いえばかえてくれるとおもうよ?」
コレット「ほんとう!みたいみたい!」
エミル「だってさ」
うねうねうね…
エミルの視線をうけ、五体の分霊体がその体を変化させてゆく。
その後にあらわれしは、カルガモの子供、しかも漆黒バージョン。
簡単にいえばカルガモのコを真っ黒にした何か。
一同(コレット除く)『・・・・』
コレット「うん。かわいい!その子たち、名前をつけないとねぇ」
ジーニアス&マルタ「「そういう問題じゃないとおもう!」」
ロイド「お、名前かぁ。黒っ子ABCDEでいいんじゃないのか?」
コレット「ええ?ぷるちゃんに、ぎょろちゃんに、うるちゃんに…」
しいな「まちなよ!コレット!本気で名前つけようとしてないかい!?」
リフィル「…頭がいたいわ…気つけ薬はないかしら……」
リーガル「…まあ、何だ。…大変だな。引率者も…」
ミトス「…そういえば、前は猫のす…いや、何でもないよ。うん」
前、そういえば、姉様にいわれ、子猫の姿にこれらにさせてたっけ。
ミトスが当時を思い出し、そのことをいいかけ、あわてて口をつむぐ。
セレス「じゃあ、このとろいこは、にぶちゃんですか?コレット?」
コレット「うん。この子だけいっつも遅れてるんだよねぇ。他の子より」
一同(エミル除く)『・・・・・・・・・(見分けがついてるんだ・つくんだ)』
コレット「名前、考えないとなぁ。ね。皆もかんがえようよ!ね!」
ミトス「え、えっと。だふんこれらはシャドウの分霊だから、
     個体の名は必要ない。んじゃないかなぁ…」
姉様と同じようなことをいうんだ。
この子……
そんなことをおもいつつ、ミトスが小さく言葉をつむぐ。
ちなみに、マーテルもなぜか名前をつけていた。
個別ごとに。
コレット「ええ?名前は必要だよ?ね!」
リフィル「はいはい。馬鹿いってないで。とにかく先をいそぐわよ。
      あと気をひきしめなさい。精霊との契約では戦闘もあるでしょうし。
      この先に何があるのかわからないのだからね」
ロイド「でもさ。先生。魔物、おそってこないぞ?」
ジーニアス「うん。襲ってこないよね。というかこっちをむしろ仕掛け解除で手伝ってるよね」
リフィル「そういうことをいってるんじゃありません。
      ここにあのくちなわがきてるかもしれないのよ?アビシオンのこともあるし」
ロイド&コレット「「あ」」
リフィル「・・忘れてたわね。はぁ」
しいな「くっ。くちなわのやつ…いったい、何をするきなんだいっ!あいつは!」
エミル「簡単に考えられるのは、瘴気で人々や魔物を操って人類に戦争ふっかける、
    とかかなぁ。人類だけでなくあのいい分だと、世界にたいして、っぽかったけど」
まあそんなことはさせないが。
そもそもセンチュリオン達がいるかぎり、またコアにもどされないかぎり。
もしくはヒュプノスのような装置で操られないかぎり、
魔物達が彼らの手先として使用されることは皆無といってよい。
ミトス「それだけは防がないと」
ロイド「ああ。冗談じゃないよ。そんなの。あいつ、何かんがえてるんだ?」
しいな「・・・くちなわ・・・・・・・・」
リフィル「いくわよ。…それにしても、地下につづく階段…長いわね……」

※ ※ ※ ※


傾斜面を超えた先に続くは、今度はこれまた急激な階段。
それらをくだってゆくことしばし。
やがて次なる階層らしき場所にとだとりつく。
いくつかの石碑が足場の四方に設置されたそこは、それ以外の何もなく。
周囲の壁すらも何もなく、ただ周囲には漆黒の闇がひろがっており、
足をふみはずせばまちがいなく、そのままどこまでもおちてしまう、のであろう。
ひたすらに下に、下に続く階段をおりてゆくことしばし。
「…あれ?クラトスさん、それにユアンさん?」
ふとみれば、その階段の先にみおぼえのある姿が二つ。
ゆえに思わず声をあげるエミル。
その先は精霊炉…彼らが精霊の祭壇、とよんでいる場所があるはず、なのだが。
なぜにその手前のここで彼らがまっているのだろうか。
「きたか」
腕をくみ、ちらり、と全員を一瞥したのち、
「遅かったな。しかし、この先にはすすめなくなっている」
いって顔をしかめてくる。
そんなユアンの台詞に。
「すすめない、ですって?」
「不可解な封印結界がなされている。本来はありえないものだ。
  これまで調べてみたが、どうやら特定の波動でしかとけないらしい」
そこまでいい、ため息をひとつつき。そして。
「こいつと話していて、結論がでてな。ロイド」
「あ、な、なんだ?」
いきなりユアンに話しかけられ、思わず身構えるロイド。
散々、ユアンにその身柄をもらいうけるだの何だの、といわれているロイドとすれば、
身構えてしまうのは仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが。
「アビシオンというものから、お前はネビリムの鍵、といわれるものを預かっているそうだな?」
「あ、ああ」
どこからその情報を、ともおもうが。
しかし、預かっているのは事実。
「闇の装備品ってやつを集めるって約束したんだけど。まだ集まってなくて」
というか失念していた。
もしかしたらこれまで訪れた場所にもあったかもしれない、というのに。
「あれはマナに反応するのではない。マナとは異なる反応だったからな。
  お前のもつその鍵ならばあの結界を解くことができるやもしれぬ」
ユアン曰く、この階段の先の途中に、不可視の結界がある、という。
その先に進むこともできず、飛んでいこうにもはじかれてしまうらしい。
どうやら地下につづくその一帯そのものに膜のような何かが張られてしまい、
先にすすむことがまったくできなくなっている、という。
ネビリムは闇。
そしてその闇の波動に反応し、かの封印がとけるといわれている鍵をもっているのならば。
その結界をとくこともできるかもしれない。
それゆえにこの場でロイド達をまっていた。
「結界…たしかに、何かある、といっているようなものね。
  ユアン、本来、この神殿にそんなものはもともとあってのことなの?」
「いや。ない」
リフィルがユアンにといかけたのは、ユアンがここテセアラを管理する立場だ。
といっているがゆえ、ユアンに封印の場のことはきいたほうがはやい。
と判断したがゆえ。
今でこそおもうが、クラトスはシルヴァラントの封印に関して詳しすぎた。
封印の獣の名をしっていたり、その特徴をしっていたり。
しかし管理する立場であれば、今おもえばそれらの違和感も納得せざるをえないこと。
リフィルの問いかけにユアンは即答をはたす。
そう、本来ありえるはずのないものが、この場にあらわれていることが、それこそ異変。
「とにかく。この先に精霊の封印の間がある。
  おそらく、奴はそこで何かをしようとしているのだろう」
もっとも、精霊が精霊炉に封印されている以上、外からは手だしができないはず。
それゆえに邪魔をされないために結界をはった。
そうみたほうが無難であろう。
それがこの地にていろいろと調べた結果、クラトスとユアンがたどり着いた結論。
しかし、ネビリムの装備品はアレと同質のものである以上、
それらをもっていれば、あの結界もとけるかもしれない。
これはかけ。


「うわ。本当に何かみえない壁がある!?」
ユアン達にうながされ、階段をおりてゆくその途中。
その先はたしかにみえている、というのに、視えない壁があり、そこから先にはたどりつけない。
念のためにとばかり、ユアンが翼を展開し階段の横の漆黒の空間からいこうとしても、
やはりそこにも見えないかべ、があるらしく、ユアンの体は完全にとはばまれる。
「うわ?!ネビリムの鍵が振動してるぞ!?」
ふとロイドが懐で何かが振動しているのにきづき、あわててそれをとりだしてみれば。
かつてフラノールでアビシオンから預かった例の鍵が、静かにぶるぶると震えている。
「ロイド。それをその見えない壁にむかってかざしてみろっ!」
クラトスの強い口調をうけ、
「あ、ああ」
ロイドが恐る恐る、というように、鍵を手にもち、その前にとつきだす。
それとともに。
パッン!
何かがハゼ割れるような音とともに、それまでどうやっても通り抜けることのできなかった、
何かに阻まれていたはずの手がするり、とその先にまでとおりぬける。
「どうやら。クラトスとユアンの予測が正しかったようね。
  皆、気をひきしめて。この先、何があるかわからないわ」
「エミル。お前はその分霊体達とともにここでまっていろ」
「え?どうしてですか?」
リフィルの問いに、きょとん、と首をかしげるエミルであるが。
「たしかに。そのほうがいいだろう。
  相手はおそらくは、魔族、つまり瘴気をもっている。
  奴らは精霊達ですら狂わせる。それはシャドウの分霊体だろう?
  今度は鳥の子供にしているようだが。
  かつてマーテルに懇願されミトスはそれらを子猫の姿にしていたからすぐにわかった」
さらり、と何やら暴露をしているユアン。
そして。
「分霊体は瘴気に弱い。それらが狂わされる結果になりかねない。
  かといって、分霊体だけを残しておくのは危険だろう。
  あの地上付近の一階部分は光があったがゆえに魔族の手がはいらなかったのだろう」
魔族は光にもよわい。
特にあの光は光のマナをもちいた光。
ゆえにシャドウの分霊体達はあの場に逃れていた。
あの場ならば狂わされることもないがゆえに。
「…ミトス。お前もエミルとともにここでまっていろ」
「え?どうして……」
ユアンの台詞に思わず抗議の声をあげるミトスであるが。
「エミルを一人にするき、か?」
ユアンとしてはミトスをつれていきたくない。
というか、ミトスが闇に完全に呑まれてしまえば全てがおわる。
彼らはミトスの命を必要にねらっている。
それこそ魔王の封印を施した要がミトスであるがゆえ、
ミトスが死ねばその封印も弱まり、いずれは消えてしまう。
それをクラトスもユアンも理解している。
理解しているからこそ、連れていくわけにはいかない。
今のミトスは簡単に堕ちてしまいそうだ、という危惧があるがゆえに。
「そうだ。お前はここでまっていろ」
ユアンにつづき、クラトスもうなづきをみせる。
クラトスの思いとておなじ。
ミトスとエミルを二人っきりにさせるのは危険かもしれないが。
この先にミトスをつれていくほうがよほど危険。
クラトスの懸念はミトスの心が魔族に呑みこまれてしまうかもしれない。
ただ、それだけ。
「エミルとミトスだけをここで待たせるのは危険、ね。なら…」
「なら、俺様がセレスと一緒にここでまってるぜ。なら問題ないだろ?
  それに、この先何があるかわかんねえんだ。
  セレスの身に危険が及ぶかもしれないのなら、俺様は護衛にまわるっと」
「あんたが抜けるのはいたい、といいたいけど、無難かもね。
  マルタ、あんたもここでまってな。この先にはあたしらだけでいくから」
「う、ううん。私もいく。治癒術を使える人は一人でも多い方がいいでしょ?」
ゼロスがこの場にのこる、というのならば、治癒術がつかえるものがすくなくなる。
リフィルだけでは大変だろう。
たしかクラトスさんも使えたはずだけど、それは初歩の初歩だけだったはず。
ならば、治癒全体が一応つかえる自分が行かなくて何とする。
たしかにエミルとこの場にのこる、というのは誘惑として申し分ない。
でもそれで、治せるはずの彼らが怪我をし、もしも命をおとしでもしたら…
それはマルタからしても悔やんでも悔やみきれない。
「クラトスさんたちもそういってるし。それとも、ミトスは僕とここにいるの、いや?」
「…そ、そういうわけじゃない、けど」
「…たまには我らをたよれ。ここは任せた。いくぞ」
いつもミトスは自分で何かをしようとしている。
それはぽつり、とでたクラトスの本音。
その台詞に一瞬ミトスが目をみひらき、
そしてふにゃり、と笑みをうかべたことにきづいたは、傍にいたエミルのみ。
うん。
ミトスってクラトスに頼られるの結構すきだったもんね。
おもわず、ぽんっとミトスの頭に手をのせて、そのままなではじめるエミルにたいし、
「え?えっと、エミル?…何やってるの?」
いきなり頭をなでられ、とまどわずにはいられない。
それはエミルとしても無意識の行動。
よくマーテルがミトスにやっていた行為。
これをやればミトスはおちつきをみせていた。
それをしっているからこその行為。
そんなミトスの台詞に。
「ここで皆を一緒にまっていようよ?ね?」
「…う、うん」
にっこりとエミルにいわれ、
ミトスとしてはそれ以上、強くいえることができなくなってしまう。
魔族がかかわっている。
それがわかっているのに、まっていなければならないなんて。
でも、ともおもう。
わかっている。
分霊体がここにいる以上、このシャドウの分霊体達が狂わされてしまえばどうなるのか。
それはミトスはかつて身にしみてよくわかっている。
わかっているからこそ、クラトス達は無難な選択をしたのだろう、と。
ミトスならば光の術が使用できる。
それは魔族に対してかなり有効なる術。
ここに残していくのは足手まとい、というのではなく。
信頼しているから。
――たまには我らをたよれ。
それは、ミトスが一人で彗星におもむこうとしたあのとき、
地上のことを、大いなる実りの警護をどうしようとまよっていたミトスを後押ししたクラトスの台詞。
その台詞もあり、ミトスは彗星に一人でおもむいた。
地表でよもや人間達が自分達に牙をむき、大いなる実りをねらっている。
そんなことは露にもしらず。
大樹復活の任、がんばってくれ。
そう、二代勢力の国王からいわれていた。
だというのに。
その言葉すら嘘であった。
ヒトはミトスを地上から離すことにより、好機、とばかりに行動を開始した。
すなわち、それぞれの陣営こそが大いなる実りをもつのにふさわしい、とばかりに。


ミトスとエミル、そして分霊体。
そしてゼロスとセレスをその場にのこし、一行はひたすらにつづく地下につづく階段を下りてゆく。
下っていくことしばし。
やがて、ぽっかりと開けた空間らしき場所にとたどりつく。
「アビシオン!?」
その部屋の中央。
そこにみおぼえのある姿をみつけ、思わずロイドがさけぶ。
その人物はその先にある精霊の祭壇のほうにむいており、
足音にきづいたのかゆっくりとふりかえってくる。
その姿は間違えようもなく、ロイド達がフラノールで出会った、
呪いを一族でうけている、といっていたかの男性。
見間違えるはずもない。
異なるのはあのとき、どこかつらそうであった表情には、
苦痛の気配も何も感じられない、ということくらいか。
どこにでもいるような普通の青年。
「やあ、あなたたち。あなたがたをお待ちしていましたよ」
やんわりと笑みをうかべるその表情は、とても晴れやかで。
なぜに本当にこの場にいるのか、まったくその笑顔はこの場にそぐわしくない。
「なぜ、あんたがこんなところにいるんだ?」
ロイドの問いかけに、
「ここは闇の神殿。あなた方には説明していませんでしたかね。
  全ての装備品がそろったとき、封印をする、とわたしは説明しましたよね」
たしかにそういわれた。
全ての装備品をそろえて封印してしまえば呪いはとける、と。
「ああ、けど…」
「封印の儀式を施すのにはここがいいんですよ。この闇に満ちたこの場所が、ね。
  あなた方をまっていたのは、あなた方があつめた闇の装備品。
  それをここで受け取るためですよ。渡してくれますよね?」
そういわれても、ロイドは何といっていいのかわからない。
「わるい。まだ全部の装備品は集まって……」
そう。
あつまっていない。
全ての闇の装備品といわれるものはそろえていない。
「いいんですよ。前にあなたがたにあずけた鍵と剣だけでもわたしてもらえませんか?」
それは有無をいわさぬ口調。
それでもにこにと笑みをうかべたままいっているがゆえ、
相手が何を考えているのかがまったくもってわからない。
というか、呪いをうけて旅に出るのもきつい、といっていた彼が。
どうしてフラノールからここ、闇の神殿にまでやってきているのか。
「たしか。フラノールから王都に直行する船便があったわね」
リフィルがふと思い出すようにぽつり、とつぶやく。
ならば彼がここまでたどり着けていてもおかしくはない。
ないのだが、リフィルの警戒度は最高値。
彼のマナが、よどんでいる。
否、マナがマナでなくなっている、そんな違和感。
ヒトのマナの乱れなど滅多なことではわからないはず、なのに。
その違和感は確実に目の前のアビシオンらしき男性から。
「あ。ああ、けど……」
ロイドが不振におもいつつも、でも預かっていたものだしな。
とおもいながら、剣と鍵を素直にアビシオンにとちかより渡そうとするが。
「!ロイド、まちなさい!」
「ロイド、まて!」
止める声はリフィルとクラトス、ほぼ同時。
「ありがとうございます。これでようやく私の生涯をかけた望みが叶うのですね」
うっとりと、止めるまもなくロイドが渡し終えた剣をいとおしそうに抱きしめたのち、
その表情を恍惚の表情、といわんばかりにゆるめたのち、そんなことをいってくる。     
「数は揃っていない、けど、これで十分。
  『私が力を取り戻してから』装備品を手にいれても……」
声はまるで重なるように。
アビシオンのものと、そして女性のような声。
その二つがアビシオンの口から同時に発せられる。
それとともに、アビシオンがすっと片手を目の前にかざす。
刹那、ぶわり、と闇の渦ができたかとおもうと、その渦はやがて一つの塊となして、形をなす。
それは一冊のどこからどうみても本らしきもの。
特徴的なのはその表紙に六紡星らしきものが金色で描かれている、ということか。
「!?あれは…まさか、ネクロノミコン!?
  闇の禁書、ともいわれているあれをどうして彼が!?」
ネクノロミコン。
それは近代、否世界、過去をかえりみても類をみない、
ともいわれている伝説の魔導書。
リフィルがそれにたどりつくことができたのは、その特徴的なまでの表紙。
黒き表紙に六紡星。
それがネクロノミコンの特徴、としてほぼ認識されている。
闇に通じた様々な秘術などがかかれている、といい、
中には死者を完全に呼びもどす…それこそ肉体を失っていても…がかかれている。
ともいわれている。
レイズ・デットでも死者はたしかによびもどせるが、
それは一定の時間の間ならば、そこにまだ体があれば、という注釈がついている。
ともかく、アビシオンと認めた青年が手をかざすとともにあらわれた一冊の本。
ネクロノミコンの特徴をもちし表紙をもったそれは、
ふわり、と手でもっていないにもかかわらず、黒き霧につつまれるようにして、
そのまま何もない空中にうかんでいる。
アビシオンが手をかざすと、これまた手もふれていないのに、
ぱらはらと本がめくられてゆく音がする。
アビシオンの後ろにみえるは、みおぼえのある精霊の祭壇。
おそらくそこに闇の精霊シャドウがいるはず。
しかし、彼が祭壇の前にいる以上、祭壇に近づけそうもない。
リフィルが驚愕の声をあげているそんな中。
ふわり、とアビシオンの体がそれこそ前振りもなく、詠唱すらもしていない。
というのにもかかわらず、黒き霧につつまれるかのようにして、空中にふわり、とうきあがる。
それこそコレット達が天使の翼を展開しうかびあがったときのごとく。
しかし、アビシオンの背には当然そんなものははえていない。
ただ生身の体でふわり、と空中にうかびあがり、
その体はある程度浮かび上がるとともに停止する。
それとともに、パタリ、と浮いていた本が床におち、
開かれたページからより黒き霧のような何かがたちのぼり、
その真上にいるアビシオンの体を包み込んでゆく。
「ああ、あふれる。これが魔将ネビリムの力!『私はようやく復活をはたす』」
霧につつまれ、その体をいとおしそうにとだきしめているアビシオン。
彼がもっていた剣はふわり、と彼の目の前にうかんでおり、
これまた何か術をかけている気配の欠片もない。
ぶわり、と霧につつまれ、アビシオンの体が変化してゆく。
くすんだような黒い髪は燃えるように赤くそまり、その髪の長さすら。
それは少し離れている場所にいるロイド達にもわかる劇的な変化。
「な、何だ、何がおきたんだ!?」
ロイドは目の前でおこったことが意味がわからない。
自分が鍵と剣をわたした。
借り物なのだから、返してほしいといわれれば、返すしかないから。
そこに違和感を感じなかったというのは嘘になる。
そして、なぜ先生とクラトスが止めようとしたのかもロイドはわからなかった。
だからこそ、そのまま素直にいわれるままに二つの品を目の前のアビシオンにわたした。
だと、いうのに。
「っ。ネクロノミコンは死者を復活させる術がかかれているというわ!
  それこそ遥か昔になくなったものですら!まさか……」
リフィルの声はかすれている。
マナが、乱れ、くるっている。
常に脳裏にひびくは、ヘイムダールできいたあの声。
自分をそのまま絶望のどん底にひきこみかねない、母、そして人々の怨嗟の声。
「『そうです。今。魔将ネビリムは復活する!この人間(私)の体を核として!』」
二つの声はほぼ同時。
一気に闇がはじけ、巨大な力が吹き荒れる。
「っ。ネビリムはリビングアーマーの第三の将ともいわれた輩だ!くるぞ!」
思わず身構えるユアン。
すでにクラトスも剣を抜き放ち、戦闘態勢をとっている。
ユアンもその武器を手にかまえ、いつでも攻撃ができる体制。
ふわふわとうかびしアビシオンの姿は、もはやアビシオンであらず。
その髪は深紅にそまり、体全体から黒き霧が吹き出でている。
「あなた達には感謝していますわ。
  まあ、装備品がそろわなかったのは誤算ですが。
  でもそれ以上に、ああ、あの御方の力にふたたびめぐりあえた。
  愛しのランスロッド様に。ならば我が力を封じた武具など後回しでいいでしょう」
うっとりとしたような、女性の声がアビシオンであったその体からつむがれる。
装備品がそろわなかったのが誤算。
さすがにそこまでいわれれば、
「まさか…俺達を始めからだましていたのか!?」
「私たちを…だましていたんですね」
ロイドの声とコレットの声はほぼ同時。
ロイドには声はきこえていないが、常にそれぞれの脳裏には、
彼らを闇に落そうと囁きかける声がつねにと響いている。
ユアンはそれらを一喝し、逆にマーテルとの思い出を思うことにより、
なぜかその黒き思念はユアンから逃げるように近くにいる別のもの。
すなわちユアンの間横にいるプレセアのほうに移動していっているようだが。
きっと表情をかたくして、にらみつけるロイドの視線をうけ、
しかし、何をいっている、とばかりに、
「だます?人ぎきがわるい子どもですね。しつけがなっていないわ。
  私が私のものを取り戻そうとして当たり前でしょう?
  それに、この子は私の子孫。私のかわいいかわいい子供達の末裔。
  私の為に、力を、そして命を差し出してくるのは当然の権利」
かつてのネビリムの子供達。
それこそが、アビシオンのいっていた、歪められた勇者の一族、といわれしもの。
本来は勇者、などではない。
武具に力を分散したのも先祖である彼女がクルシスにより消滅させられないがための苦肉の策。
「それに、この子は願っていた。この子だけじゃない。一族すべてのものが。
  魔族の眷属である自分達が、住みやすい、自分達の世界を取り戻すのだ。と。
  この私がネビリムの力を取り戻し、
  この世界を、間の秩序にもとずく暗黒の世界にかえることを。
  私が力をとりもどせば、我らが主であるリビングアーマー様の封印を解くのもたやすい。
  今度こそ、リビングアーマー様がたをときはなち、世界を暗黒の世界に!
  あははは!まずはおまえたちが、その始めの贄となるがいい!」
高らかに高笑いをしつつ、そういう声にはもはやアビシオンの面影はない。
「それに、いまいましい天使どもが二人。ちょうどいることだし。
  お前達をころせば封印はよわまる。ミトスは…いないようだが。
  彼さえ殺してしまえば封印の解除などたやすい、というのに。忌々しい」
近くに気配は感じる。
感じるが手だしができない。
より強いマナを感じる。
自分など近寄っただけでそれこそこの仮初めの体から追い出され、
下手をすれば消滅させられるほどの強きマナを。
このマナには覚えがある。
これは、大樹のマナ。
大樹の気配そのもの。
大いなる実りが実っていない今、そんなマナがあるはずかない。
ないのだが、見間違えるはずもない。
そんなことをおもいつつも、きっとその視線はクラトスとユアンにとむけられる。
彼…否、彼女、ネビリムにとってクラトスとユアンは憎い相手に他ならない。
何しろ愛し仕えていた魔族を封じた当事者達。
「それに、お前をころせば、オリジンの封印もとける、あははははっ!」
そう高らかに笑うが否や、すっと手をかざしたアビシオンの手に、
それまで浮かんでいた剣がすっときえたかとおもうと、
いつのまにか剣を手にし、そのままふわり、とロイド達のいる足場にと降り立ってくる。
「さあ。儀式を始めましょう?私たちの世界を邪魔するものは闇に滅してあげる」
そういう笑みをうかべた口元からもれるは、血のような真赤な唇。
「きをつけろ!奴は術にもたけている!
  以前、かたっぱしから奴は精霊石をとりこんでその力を悪用している!」
それはすなわち、精霊石の力を穢し、とりこむことにより、
彼女もまた魔術全般がつかえる、といっているのにすぎない。
殺さないまでも狂わし、取り込まれている精霊達は、
もはや普通の精霊というくだりではなく、
むしろ暗黒精霊、ともよべしものにと変化してしまっている。
彼らが糧とするはマナではなく、瘴気、として。
その存在そのものが、穢れをより濃くうけたことにより、
そして元人であった彼女の手によりその理が契約という名のもと書き換えられてしまっている。
本質すらをも書き換えることができるもの。
それが、人がもたらす精霊の契約――
かつての時間軸でロイド達が大樹の苗に名をつけ、
その根本からありかたをかえてしまったときのように。

スプレットに飛燕連脚ひえんれんきゃく獅吼旋破しこうせんぱ
武器の技を繰り出しつつも、その合間に術を炸裂させてくる。
詠唱時間も短く、ひたすら相手をダウンさせ、息をつかせないようにする。
そうしなければ、大技が繰り出され、あっという間に全員が追い詰められてしまう。
リフィルとマルタがフィールドバリアーをはりて、何とか威力を抑えているが、
相手の力がよりつよく、ほとんどが押されている状態。

「…それにしても、エミルくんよぉ」
「はい?」
目の前にて簡単なかまどをつくりて今現在はちょっとした食事の用意の真っただ中。
必要な薪などは気付けば魔物達がいつのまにかもってきており、
ゆえに問題はないといえばない。
ここは確かに洞窟の中にある神殿の中なれど、吹き抜けの空間でもあることから、
ここでこうして火をつかっても、煙がこのあたりにたまる、ということはありえない。
リフィル達がたった一つしかないブルーキャンドルをもっていってしまっている以上、
灯りとなりしブルーキャンドルはここにはない、のだが。
そのかわりというかどこからかふよふよと
ロイド達の様子を視つつ・・・も、
疲れてもどってくるであろう彼らのために、ちょっとした料理をつくっている今現在。
「何で今ここで料理なわけよ?」
ゼロスとしては意味がわからない。
まあ、わかるといえばわかるのだが。
エミルいわく、皆つかれてもどってくるだろうから、
少しでもここで休憩して外にでたほうが楽でしょうし。とのことらしいが。
意味がわからない。
というか、休憩ならば別にこの神殿から外にでてからでもいいのでは、とか。
地下のほうから聞こえてくる叫びやら術やら、何かがものすごく炸裂する音やら。
とにかくものすごいことになっているのだろうな。
というのが予測できるだけに、ゼロスとしてはひくひくと顔をひきつらせたいところだが、
いつも通りのポーカーフェイスを発揮して、エミルに静かに語りかけているにすぎない。
「でも。つかれますよ?絶対に。体の傷はリフィルさんやマルタ。
  それにクラトスさんたちの癒しの術でどうにかなっても。
  精神的疲労だけはどうにもなりませんしね」
そもそも、魔族との勝負はあるいみ精神勝負。
つまるところ、肉体の疲れはどうにか癒しの術で何とか癒せても、精神的な疲労はそうはいかない。
ちなみに、このレシピでつくった効果は、TP、HP。
つまりは生命力、精神力、共に中回復程度の力をもっている。
そこにマナを注ぎ込んでいるので効果のほうはいうまでもなく。
中回復どころか完全回復にいたるほどの効力をもったものが出来上がりかけていたりする。
「まあ、それはわかる。わかるんだがな?」
しかし、なぜにカレー?
食材をきり、煮込み、そしてその横ではくつくつと、
どうやらアルタミラかどこかで買った、のであろう。
レザレノ特性、炊飯器、とよばれしものがそこにあったりする。
しかし、これは元々エクスフィアを使用してつくられていた品のような。
しかし、エミルのもっているこれにはそれらしきものはみあたらない。
というか、むしろこんな大きめの炊飯器があったか?
とおもえるほど。
ちなみにこれは一升炊きであるらしく、
今現在、ロイドを始めとした、
ロイド、コレット、ジーニアス、リフィル、マルタ、
しいな、プレセア、リーガル、そしてゼロスにセレスにミトス。
エミルを含めれば全部で十二人。
リリーナ、アステル、リヒター、タバサが王都に残されている以上、
たしかにいつもよりは人数は少なめ、といえば少なめではあるが。
十二人でこの炊飯器で炊ける量はすこし少ないのではないか、という思いもいなめない。
「まあ、簡単でいいんですよ。本格的なのじゃなくて。
  これはまあ、おやつの代わりのようなものですよ」
「…おやつにカレーって食べるものじゃないとおもうんだけど」
エミルがいうと、ぽつり、とミトスがいってくる。
「?そう?僕のしってたこは、いつもおやつかわり、といって、
  カレーたべてたこもいれば、何にでもミソつけてたべてたこがいたけど」
本当に。
マーテルとの盟約がなければ彼もどうにかできたのに。
彼が先に国とかかわってしまったからこそ、手だしができなくなってしまった。
先に自分の元に訪ねてきてくれていれば、
地表の人間達と接触をもつまえ、ならば何とかできたであろうに。
次元震を感じ、調べた結果わかったのは、惑星デリス・カーラーンからの使者。
マーテルの盟約があったがゆえに手だしができなくなってしまったかつての世界。
彼女の消滅とともに、解き放った力は、新たな種子を産みだし、
そしてそれとともに、あの力はかの地にもおくったはず、なのだが。
あの時間軸ではきちんとあの力はとどいていたのだろうか。
あの子、ノルンに。
「カレーの中にもミソいれてたなぁ。そういえば、あの子」
ふと、たまたま地上をみていたときに目撃したミブナの里の少女。
マナの切り替えを全ておわらせ、新たな世界となったとき、
みずほの里の民はその名を改めた。
ミブナ、と。
リヒターもあのとき、地上に解放したのち、かの里に身を寄せていたのを知っている。
彼はギンヌンガ、ガップに残るようなことをいってきたが、それをよしとはしなかった。
ヒトが選んだ歴史。
元の理にもどしたその結果を。
自分達精霊はもうヒトの世界にかかわらないがゆえ、これからはヒトが紡ぎだしてゆくのだ。と。
まあ、しばらくは、あの当時地上は混乱していたようだが。
何しろ忽然と、それまで使用できていた力がまったくもって使用できなくなった。
それはエルフにしても同じこと。
一時期、彼らからもマナを切り離したことで、
彼らもそのありようを見直さないかぎり、彼らがマナを紡ぐことを禁止した。
というか、千年たってもマーテルが守護するユグドラシルはマナを産みだす力をまだ蓄えていなかった。
まあ、実際はマナから切り離した、といっても、
マナから原子を産みだし、それを世界の構築にあてていたので、
あまり変わり映えはしないといえばしなかったのだが。
完全に元の理にするにはまだ惑星における力が不十分であったあの世界。
すでに自らに全てを託して消えてしまったあの世界は。
まあ、今さらいっても仕方がないこと。
決めたのはあの地上にいたものたち。
そして、自らを滅ぼそうとしていたヒトを助けようとしていた気持ちをふみにじったのも、
また、地上にいたものたち。
それに巻き込まれた数多の命はたまったものではなかっただろうが。
それでも残るものはあったはず。
かの惑星の本来の理をもってして、爆発をむかえ、新たな惑星が誕生したであろう。
そして、新たな歴史がそこからまた紡がれているはず。
まあ、過去にきてしまい、歴史をかえた以上、完全に時間軸がことなり、
やがてかの歴史は分岐点、として別れ、そして下手をすればきえてゆくであろうが。
【自ら】の【枝】の【一角】として収まれるか否かは、全てはかの世界の努力次第。
「「「ミソって……」」」
ぽつり、とつむいだエミルの台詞に何ともいえない表情をうかべるゼロス、セレス、ミトスの三人。
カレーにミソ?それはありえない、とおもう。
というか、エミルのいっているそのヒト、味覚は大丈夫(なの・か)?
思わずそんな思いを三人が三人とも同時に抱いていたりするのだが。
おそらくそれは他のものがきいても同じ感想を抱くであろう。
「僕らは皆が無事にもどってくるのを信じて。
  そして暖かい料理で迎えてあげる。それくらいしかできませんし。ね?」
「いや、ねっていわれてもなぁ。ミトス?」
「…う、うん。言いたいことはわかるけど、さ」
エミルもやっぱりどこか天然?
ミトスとてそう思わざるをえない。
えないが。
「…うん。とてもおいしい」
やはり、とおもう。
あえて味覚を閉じてもエミルのつくった料理はしっかりと味を感じる。
それは在りえないこと。
しかし、そのありえないことが実際におこっている。
この調子では、おそらくは天使化させてゆく過程のシルヴァラントの神子ですら、
エミルの料理はまともにたべることができていた、のであろう。
本来ならば味覚をうしない、食物など口にすることもできなくなっていたはず、なのに。
そして、睡眠すら、も。
エミルが手渡していたというラベンダーのハーブのポプリ。
完全に睡眠機能を停止させていたはずのミトスですらあらがうことができなかった。
それこそミトスですら信じられないくらいに爆睡してしまっていた。
そんな深いに眠りについたことなど、…とある場所以外ではありえなかったのに。
常にどこか警戒し、意識は覚醒させていた。
にもかかわらず、あれは、そんなものすら無視し、完全に爆睡に陥らせた。
それに昨日のあの花火。
あれは、あの線香花火は、かつてミトスがとあるものからもらったものと、
ほぼというかほとんど作りはおなじだった。
デリス・カーラーンに戻り、分析にかけてみればはっきりするかもしれないが。
あきらかに、あれと同じ材質でつくられている、とおもえたのはどういうことなのか。


エミル達が階段の上のとある足場にてそんな会話をしている同時刻。
エミルが料理をつくりだし、すでに一時間は経過している。
その間、いまだにロイド達は、アビシオンとの戦いに決着がつかず、
すでにほとんどのものが疲労困憊をみせはじている。
用意していた回復アイテムもすでに底をつきかけている。
グミすらも残りわずか。
まず始めになくなったのが、精神力を回復させるといわれている、
オレンジグミやパイングミ、といった面々。
それでもそれがなくなると、貴重ともいえるミラクルグミなども徹底的に消費した。
さすがに長時間の戦闘は体に負担がかかり、ある程度つかれてくれば、
クラトスとユアンが率先して時間を稼ぎ、彼らの体力を回復させる。
その繰り返し。
しかし、なかなか隙ができない。
強力なる技でも連続してたたきこめればいいのだが、
相手はそんな隙をだしてはこずに、逆に連続して技や術を繰り出してくる。
その繰り返し。
「く。このままでは…ユアン、時間を稼げる、か?」
このままでは、ロイド達の体力がもたない。
体力、というか精神面的にも。
ならば、ここは攻撃の手が一瞬とまってしまうが、大技にかけるしかない。
繰り出してくる剣技をはじいては、術の攻防戦。
幾度これを繰り返しただろうか。
すでに後ろではほとんど戦力になっていないロイドたち。
かろうじてリフィルとマルタが必死に回復術を唱えているが、彼女達の疲労も半端ない。
大技をだして、この神殿にあまりダメージを与えたくなかったのだが。
そうもいっていられないらしい。
「しかし、危険ではないか?背後の精霊炉にあたったらどうする?」
「何、大精霊を捕らえている品だ。そう簡単には壊れはせん」
ユアンの指摘にすかさずきっぱりと否定の言葉をつむぎだす。
ちなみに、一度、アビシオンことネビリムから距離をとり、
それぞれが防御にてっし、今現在、二人の技でネビリムを吹き飛ばしたその直後。
「私がいいたいのはそうではない。
  あれは封魔の石をつかっているというのを忘れるな。
  あれは周囲のマナすらその力にするぞ?
  下手をすれば装置が起動し、我らのマナをすいかねん」
周囲のマナを吸収し、その力を我がものとする。
それが封魔の石の特徴。
そしてマナをもたぬものにとっては精神力を奪い去る。
つまるところ、魔族達にとっても天敵に等しい石。
それが封魔の石。
精霊石よりも魔族達、精神生命体達にとっては脅威度は高い。
「あの装置をどうにか利用できれば…」
しかし、そのためには、装置の近くにいく必要がある。
装置を逆流させれば、よりつよい力をもちしものから、あれは力を取り込もうとする。
しかし、アビシオンの姿を核として出現している目の前のネビリムは、
たしかに前ほどの強さは感じない。
感じないが、この場での術や技の威力がそう発揮できないのは、
かの装置がそれらの力を吸収しているからに他ならないことにユアンは気づいている。
これがまだ、封印状態ならば問題なかったのだが。
ここ、テセアラは常に精霊達の状態は解放状態のまま。
つまり、精霊炉も常に起動していたままの状態。
ゆえに、ここでいくら術を使用しても、また技を使用しても、
その威力の半分以上が精霊炉につかわれている封魔の石に吸い込まれてしまっている。
そしてそれは、目の前のアビシオンにおいてもいえること。
本来、彼女がはなつ技は一撃で地表を焦土にかえることができるほどに強力。
しかしその直撃をうけてもロイド達が無事なのは、
リフィルやマルタのフィールドバリアーの効果もさることながら、
封魔の石が背後にあることにより、その力が吸い取られているからに他ならない。
しかし、このままでは。
クラトスやユアンはいい。
そして神子もあまり疲れはみえていない。
が、問題なのはヒトでしかない彼ら。
すでに疲労困憊が見え始めている。
リフィルとマルタの精神力がつきてしまえば回復も、そして補助術もままならず、
目の前の敵に負けてしまう未来しかみえてこない。
ならば、ここはやはり大技でいっきに決める必要があるだろう。
すでに感覚的に一時間以上は経過しているはず。
これ以上は、皆の…ロイドの命にもかかわる。
そうおもったがゆえのクラトスの台詞。
「しかし、奴も息がきれてきている。ここでたたみかけるしかあるまい」
いくらネビリムの魔力がどこからか補給されていて無限のようにみえても、
核として出現しているものがヒトである以上、限界がみえはじめている。
すでに始めのころとことなり、技にもきれがなく、
また連続した大きな術もさほどはなってこなくなっている。
そして今でも。
吹き飛ばされてすぐに技を繰り出してきたというのに。
こうして一瞬の隙がうまれている、ということは。
おそらく器にしている…彼ら魔族は精神生命体。
つまるところ依代となりし器が必要となる。
そして器がなくなれば、彼らは自らの力で具現化するか、
もしくは撤退を余儀なくされる。
それはクラトスもユアンもかつての経験で身にしみて理解している。
理解しているからこそ、ここいらで勝負をかけたい。
というクラトスの思惑もユアンにはわかる。
ゆえに。
「…わかった。まかせろ」
いいつつも、ちゃきっと手にした武器を改めて構えなおすユアン。
「ふっ。ここしばらくなまっていた体にはいい刺激だ、まったく」
「…違いないな」
それは笑み。
かつて、戦場で武器を交えあっていたもの同士であるからこそわかる笑み。

――「がぁぁぁぁぁぁぁぁ『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ』!!」

一刻の後、何ともいえない悲鳴のような叫びが、神殿の中に大きく響き渡ってゆく。

「やったか!?」「やったのかい!?」「「やったの!?」」
のけぞり、その場に倒れふすアビシオンの姿をみて、
思わず同時に叫ぶ、ロイド、しいな、ジーニアスとリフィル。
クラトスの放った奥義、によりて直撃をうけたアビシオンはどさり、と床にと倒れ伏す。
それとともに、アビシオンの体からどすぐろい霧のような何か、があふれ出す。
『くっっっっっ』
それとともに、その場にがくり、と膝をつく、ロイド、クラトス、ユアン以外のほぼ全員。
「な、何だ?どうしたんだよ、皆!?」
ロイドは何が何だかわからない。
ロイドにはこの【声】は聞こえていない。
ヘイムダールでもきこえた、それぞれを追い詰め、そして非難し、
否定するようなその声は。
それらは全力でロイドの母、アンナがロイドを守っているからであり、
あわくロイドの手につけられているエクスフィアが輝いているのにロイドは気づけない。
「まずい!皆、心をつよくもて!下手をすれば魔族にそのままつけいられるぞ!」
ここにくるにいたり、デリス・エンブレムを手にしている自分達はまだいい。
それゆえに思わずユアンが声をはりあげる。
クラトスにもエンブレムは渡してある。
エンブレムの加護の力にて、魔族の力は精神干渉は防がれている。
しかし、他のものは…
ロイドのみは干渉されていないのは、ロイド自身が自分をゆるせない何か。
もしくは自分を否定する要因をもっていないのか、
それとも何らかの原因があって、のことなのか。
そこまでおもい、ふとユアンは
ロイドの手もとのエクスフィアがあわく輝いているのに思わず目をとめる。
よくよくみてみれば、その輝きはロイドの体を包み込むようにしており、
そしてその輝きはよくよく目を凝らして視れば一人の女性らしき姿を形とっている。
「!」
その姿はユアンとてみおぼえがありすぎる姿。
しかし、横にいる友はその姿にはきづいていない、らしい。
なら、視えているのは自分だけ、なのだろうか。
やわらかな慈愛の頬笑みを浮かべた澄んだ空の色をした瞳の女性。
――アンナ・アーヴィング。
ロイドの母親であり、そしてクラトスの妻でもあるその女性。
彼女がまるでロイドをしっかりと守るかのように、
しっかりとその体を背後から抱き締めているのがみてとれる。
といってもぼんやりとその輪郭がみえているだけ、なので、
ユアンの気のせい、ですましてもおかしくはない光景。
クラトスも、そしてこの場にいる誰もそれに気づいていないのか。
それとも、そちらにまで考えが及んでいないのか。
【人影】にはじかれるようにし、ロイドにもむかっていった黒き霧は、
またたくまにと霧散する。
しかし、それ以外のものにむかっていった霧は、
それぞれの体にまとわりつくがごとくに、彼らの体をおおいつくしている。
あの現象はクラトスもユアンも覚えがある。
あの霧は、それぞれの負の思念を魔族がより強く思い起こしてしまうもの。
それぞれが一番触れてほしくない、また考えようにしていない負の思い。
それを引き出してしまい、そしてその声にまけたが直後。
完全にその体はその力に傀儡、として利用されてしまう。
「……呼んでいます。
  ネビリムが、私たちの魂を喰らって…闇の住人にしようと、している」
ふらり、とその場から一歩前にとすすみでるプレセア。
その表情はどこか虚無。
「いかん!プレセア!その声に耳をかたむけるではない!」
クラトスの叱咤の声とほぼ同時。
ぶわりっ。
プレセアの体にまとわりついていた黒き霧が一瞬大きく膨れ上がる。
「『ふ…ふははは!この娘の孤独、この私の体に相応しい!
  これほどまでの闇を秘めているとは!ああ、すばらしい!
  やはり、器にするなら女の子がいいわよね!』」
それとともに、プレセアの口から、プレセアではない声が紡がれる。
それはさきほど、アビシオンの口からもれていた女性の声、まさにそのまま。
それとともに、リフィルやジーニアス。
マルタ、コレット、しいなを包み込むようにしていた黒き霧も、
まるでプレセアの内部に吸い込まれるかのようにしてプレセアにとまとわりつく。
「な、何がおこったんだ!?プレセア!?」
ロイドには何が何だかわからない。
いきなり倒れたアビシオン…倒れてその体から黒い霧のようなものがでてきた。
とおもえば、その髪の色も赤、ではなくロイド達が見知っていた色にともどりゆき、
終わったのか、とおもえば今度は自分とクラトス、ユアンを除いた全員が、
その場にがっくりと地面に膝をつき。
苦しい表情をうかべているその現象をロイドは理解ができない。
彼はいまだに気づかない。
ロイドに影響がないのは、ロイドの母がその精神体でもってして、
ロイドを包み込むようにして守っているからだ、というその事実に。
そしてそれにはクラトスも気付いていない。
クラトスは妻…アンナに対する負い目から、視える目をもっていながら、視えていない。
暗き思念はその心の目すら狂わせる。
ユアンは第三者の視点、であるがゆえにその姿が視えている。
「『すばらしい!でも、この姿はいだけないわね。私に相応しき姿、それは…』」
ぶわり。
さらに闇が強くなる。
プレセアにまとわりつく闇がより濃くなり、
まるで渦を描くかのごとくプレセアの周囲を黒き霧が竜巻のごとくに収束する。
ふわり、とのびてゆく桃色の髪は深紅にそまり、
そして薄い空色の瞳は金色にと染まり。
すらり、と伸びた手足に、不自然なまでの黒い霧のようなものが、
布のごとくにまとわりついている。
彼女がもともと身につけいた服は、それはベストのようにとなりはて、
かろうじてその身にまとっているだけ、といった形となり、
ころん、ところがるは、元々プレセアが身につけていた靴等。
それは、誰しもが見慣れたプレセアの姿、ではない。
「…アリ…シア?」
思わずリーガルがその姿をみて声をかすれさす。
いや、アリシア、ではない。
アリシアよりももっと、大人の女性。
その面影をそのままに、年のころならば二十歳をかるく過ぎた妙齢の女性。
豊かな胸元には黒き霧がまとわりつき、それは黒き布のごとくに、
その悩ましいまでにでるところはでて、きゅっとしぼられているその四肢を、
もののみごとに隠している。
すらり、と伸びた手足に、細いウェストに、でるところはでている、豊かなる胸。
そしてその髪はさらり、とどこまでものび、深紅色にと染まっている。
左右で結んでいた髪はそのままに、その髪がのびたことにより、
髪そのものが体を覆い尽くしているといってもよい。
髪型からいえば、マルタのそれに近い、といえるであろう。
両脇の頭で結ばれたそこから伸びているる長い髪。
深紅にそまりしツインテールの長き髪。
「『どうやら微精霊達の影響で体の成長速度がとまっていたようだけど。
  ああ、すばらしいわ。この娘、私の体にとても相応しい』」
それは歳相当なるプレセアの本来の姿。
二十八だ、という本来あるべきはずのプレセアの姿。
ヒトは外見だけにだまされがちで、真実から目をそらそうとする。
この姿こそが、本来彼女があるべき形で成長していたはずの姿であり、
魔の力の影響で閉ざされていた肉体が一気に成長を果たしたにすぎない。
しかしそれは魔の力で成長したものであり、偽りの姿。
偽りでありながら真実の姿にちかしいその姿は、
プレセアの年齢、二十八歳という女性であることをしっかりと物語っている。
「ププププレセァァ!?」
その姿をみて驚愕の声をあげているジーニアス。
どうやら先ほどまで脳内をかけめぐっていた村長や、
母親達からの非難やジーニアス自身を否定する声。
それらの声すら吹き飛ばすほどの衝撃であったのか、
ジーニアスの声とともに、かすかにまとわりついていた黒き霧も、ばっと音を立てて霧散する。
「これは…興味深いわね。プレセアの閉じられていた時間が。
  もしかして魔の力をもって、急激に成長した、ということなのかしら?」
リフィルもまた学術的興味、ゆえか、ふと冷静になり、
そんなプレセアをまじまじとみつめていたりするが。
リフィルが声に負けなかったのは母の思いがわかっているからこそ。
わかっていても、声は、それはあなたの都合のいい考えなんじゃないの?
じゃあ、なぜあなたのお母さんは、あなた達をさがさずに、
自分の心に閉じこもっているままなの?
げんにあなた達に気付くことすらしなかったじゃない。
声はそのようにリフィルにとささやきかけていた。
しかし、それらの【声】よりも、リフィルはプレセアの変化。
そちらのほうに興味をひかれた、らしい。
強く感じたり思ったりすることは、魔族達の誘惑から逃れるには有効な手段。
もっとも、その思いが魔族よりであった場合はろくな結果にはなりはしないが。
つまりは、魔族の傀儡になりえる可能性がより増えてしまう、のだが。
「ふむ。プレセアが時間を止められていた時間はたしか…」
そんなことをいいつつ、リフィルはリフィルで何やら考え込み始めていたりする。
「ああもう!リフィル!あんたはそんなことをいってる場合かい!
  どうみても、プレセアのやつ、あの【ネビリム】とか名乗った女にのっとられてるよ!あれ!」
しいなもそんなリフィルの態度にはっと我にともどり思わず叫ぶ。
こういった変化はしいなは幾度かみたことがある。
里でも幾度か【とり憑かれた】ものを視たことがあるがゆえ。
しかし、この変化は劇的だろ、ともおもうが。
でも、それだけプレセアの本当の姿が今の変化している姿だ、ということなのだろう。
本来ならば、今年で二十八、否もう少しで九になるはずのプレセアは、
その身体を十二の歳で止められてしまっていた。
エンジェルス計画、というものの被験者に選ばれてしまったがゆえに。
「プレセアって成長してもものすごい美人…」
そんなプレセアをくいいるようにしてみつめてぽつり、とつぶやいているジーニアス。
ほのかにその顔が赤く染まっているのはおそらく気のせいではないであろう。
「…う。いいなぁ。プレセア…」
コレットはコレットでなぜか自分の胸をじっとみては、
そしてプレセアのそれとみくらべて、ぽそり、といっていたりする。
気にしているところが違う。
という突っ込みをするようなものは今この場には…いない。
「お前達!そんなことをいっている場合か!
  あのままでは、あの娘、完全に魔族の手下に取り込まれるぞ!
  あの急激な体の成長は魔の影響。体にも負担がかかる!
  下手をすれば彼女の体が耐えられずにマナが霧散するか。
  もしくはマナそのものがかきかえられ、完全に体そのものをのっとられるぞ!」
そんな彼らに強い口調でユアンが言いつのる。
「『あはは!さすがは、勇者ミトスのその仲間。
  シルヴァラントの英雄、ユアン・カーフェイ。
  あなたはには恨みがあるのよ?私の体をミトスとともに滅ぼしてくれて。
  かわいい、かわいい私の子達が私の分霊を保管してくれていたから、
  私はこの地表でも消滅することなく、こうして復活ができた』」
いいつつも、いまだに精霊炉…すなわち、精霊の祭壇の前に倒れ、
ぴくり、ともうごかないアビシオンにと視線をむける。
プレセアのはず、なのに、その表情はとてつもなく冷たい。
「『この娘。とてもいいわ。妹を殺された恨み。父を助けられなかった苦しみ。
  死んだ父にきづかずに放置していた後悔。
  周囲から取り残されてしまった時間にたいする拒絶。
  それに、ああ、とても【おいしい】わ。
  妹を殺した相手を殺したい、憎みたい、けど妹が愛した人。
  そしてその人が悪い人ではないから、というその葛藤。
  すばらしいわ!これほどまで負の心に満たされている器なんて!』」
プレセアの口から発せられているものは、プレセアの声にあらず。
否、プレセアの声も重なっている、とおもうべきか。
「『さあ。私からのプレゼントをあげる。
  この私にその体を与えてくれたお礼に、あなたに妹の仇をとらせてあげましょう?
  さあ、武器をとって』」
「…かた…き……」
重なっていた声が、別なる女性の声にと変化する。
それは大人になっている本来のプレセアの声。
「『そう。目の前にいるのは、あなたのにくい仇でしょう?
   大切な、大切な妹さんだったのでしょう?
   なのに、彼はあなたの妹さんを殺した』」
それは囁き。
甘き囁きであり、真実であり…そして、プレセアの心の奥底にずっとわだかまっていた。
その真実。
妹が懇願したから。
大切にしていた人だ、としったから。
そうわりきったつもり、だった。
でも、完全に割り切れているか、といえばそうではない。
彼が、リーガルが妹をその手で殺した、という事実が覆ることはない。
殺すことをせずにどこかに捕らえていれば。
幽閉でもしてくれていれば、妹は生きることができたはず。
たしかに妹は異形となって罪なき人を殺してしまったかもしれない。
それでも、生きていてほしかった。
その思いはずっとプレセアの心の中でくすぶっていた。
あれからアリシアの声がきこえない、というのもプレセアにその思いを募らせていった。
そして、それはヘイムダールでのあの声。
あの声で自分自身の心を視てみぬふりをしていたプレセアに嫌でもそれをおもいおこさせた。
あのときの声は、アリシアは、どうして仇をうってくれないの?お姉ちゃん。
と悲しそうに問いかけていたのだから。
本当のアリシアでない、というのはわかっている。
けど、本当に?
そんな中、先ほどまたきこえてきた、妹の声。
自分はいきたかった。
なのに。
そう訴えていたその声は、確実にプレセアの心を蝕んだ。
この一行の中でより強い闇をもっていたのはプレセア。
そしてしいなとコレット。
ジーニアスも負の思念はもっていはするが、彼女達ほどでは、ない。
クラトスがデリスエンブレムを身につけていなければ間違いなく、
妻であるアンナの声でずっと責め続けられてしまっているであろう。
それほどまでにこの闇の空間における魔の囁きは、濃い。
「仇・・・妹の。リーガル。さん。アリシアの願い、です。死んで、ください」
いって、すっとプレセアが手をかざすとともに、その手の先に、
プレセアの武器ではない、【ネビリムの剣】がまるで始めから彼女の武器、
とばかりにすっぽりとおさまりゆく。
プレセアの耳にはずっと、さあ、お姉ちゃん。私の仇を。
そういうアリシアのささやきがずっとつづいている。
彼が生きていたら、私は生き返ることができないんだよ?
そんな声すらも。
生き返る。
ネビリム様達の力をつかえば、私は生き返ることができるんだよ?
それは、甘き囁き。
死者を蘇らせる。
たしかにさきほどリフィルはいっていた。ならば。
すでに死んでいる妹がよみがえる。
その可能性は…なくはない。
それが間違っているとはわかっていても、なお。
プレセアにとって、大切なのは、大切なのは……
「私は、あなたを殺してアリシアをいきかえらせる!!」
「いかん!かんぜんに魔にささやかれ心がのみこまれたか!?」
強く叫び、おおきく剣を振りかぶる。
その剣にばちばちと黒き霧が収束してゆく。
その様子をみてユアンがさらに警戒をつよくし、武器を素早く構えなおす。
「邪魔するものは…アリシアの復活を妨げるものは……」
「まずいぞ…やつにあの闇をはなたさせるな!クラトス!精霊炉をどうにかできないか!?」
「無理をいうな!ここから我らがさがるとあれをどうやって防ぐ!
  リフィルやマルタの晶術程度ではあれは防ぎようがないぞ!」
そう、全力で防がなければ、全滅は、必死。
クラトスとユアン、その背に淡くかがやく天使の羽が出現する。
マナが吸い取られるかもしれない。
その先にある精霊炉に。
そんなことをいっている場合ではなくなった。
全力で、どうにかしなければ。
天使の翼とよばれしものは、そのマナを体内に放出することにより出現するもの。
つまりは無造作にマナを周囲に放出しているに過ぎない。
そしてそれは、反属性をもつ魔族にとっては致命的。
が、背後の精霊の祭壇…あれは精霊炉は封魔の石でミトスがつくりあげたもの。
つまりは周囲のマナ、そして他の力…精神力すら取り込む性質をもっている。
つまるところ無尽蔵にひたすらマナが搾り取られてゆく、といっても過言でない。
「し、ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

―――だめぇぇぇぇぇぇぇぇ!お姉ちゃん、ダメだよ!

プレセアが叫び、剣を振り下ろそうとするのと。
そこに響いた第三者の声は、ほぼ同時。
ぴたり、とプレセアの振り上げた剣が目の前の影の手前で制止する。
目の前に光とともにあらわれし一つの影。
それはまたたくまに、プレセアにとって、
そしてこの場にいるほとんどのものがみおぼえの姿にと一瞬にして形をとってゆく。
「…お姉ちゃん。心を強くもって……」
ぎゅっとそのま現れた姿のまま、プレセアにとだきつくその少女。
なぜかメイド服をきこんでいるプレセアによく似ているその少女は。
「…そんな…まさか…」
その姿をみて驚愕の表情をうかべているリーガル。
あのとき、あの本社の空中庭園で。
消えたはずのアリシアがどうしてここに。
というかまた会えた、という思いと、まだ成仏できていないのか。
という複雑なる思いがリーガルの中で絡み合う。

いきなり光とともに現れたプレセアによくにた面影をもつ女性。
十七、八ころの面影をつ女性がどれだけの間、プレセアに抱きついていた、であろう。
あまりのありえない光景に思わずその場にいる誰もが我をわすれて茫然としてしまう。
どこか虚無で狂気に包まれていたプレセアの瞳にゆっくりと光がもどってくる。
そして。
「私は……」
今、目覚めた、とばかりに茫然と思わずプレセアは声をつむぎだす。

今、何を。
私は、今何をしようとしていたの?
頭が、痛い。
それだけではない。
それに、この手は?
見慣れた自分の手、ではない。
ふとみれば、ふわふわと目の前に浮かんでいるのは。
しかもかなり近い位置で、それこそ目と鼻の先にうかびしみおぼえのある懐かしき顔。
「…アリ…シア?」
何がおこったのだろうか。
たしか、自分は、自分は。
頭が、いたい。
それにしても、?視界がおかしい。
なぜジーニアス達を見下ろすようになっているのだろうか。
それにリフィル達をみあげることなく、なぜ同じ高さの視線なのだろうか。
そこまでおもい、さらり、とのびている髪にときづく。
桃色と、赤色が入り混じったかのような長き髪。
自分の髪はここまで長くはなかったはず。
いったい。
そこまでおもうとともに、
「『こざかしい。そのまま素直に我にその魂をゆだねればいいものを』
  …っ!?この声…」
自分の口から自分でない声がもれいでて、おもわずはっと自分の手を口にあてる。
違和感。
「…え?」
ふと、目の前にうかんでいるアリシアの瞳に映っている女性。
お母…さん?
アリシアの瞳の中には、プレセアとアリシアの母によくにた女性がうつりこんでいる。
きょろきょろと思わず背後をみるが、
アリシアがみつめている方向。
そこには精霊の祭壇があるのみで誰もみあたらない。
ならば、アリシアのこの瞳に映っているであろう、
歳のころならば三十手間くらいのこの女性は…
しかし、きになるのはそこではない。
はっと自分が口元に手をあてるとともに、
アリシアの瞳の中の女性の姿も、またその手を口にあてている。
それこそプレセアの真似をしているかのごとく。
「うるさいわね!おばさん!とっととお姉ちゃんの中からでていってよね!」
「『な!?いうにことかいて、おばさんですってぇぇ!?』
  …って、私の中で何がどうなってるの!?」
自分の口からつむがれる自分でない台詞。
そして、頭にひびくような別人の声。
さすがにここまでくればプレセアは困惑せざるを得ない。
というか自分の身に何がおこっているのだろうか。
それこそ理解不能。
「おばさんでしょ?それともおばあさんのほうがいい?
  死んでまで精神体になって、魔族に変化してまで。
  お姉ちゃんの体はしなびたおばあちゃん魔族にはふさわしくないの。
  さ、でていった、でていった!
  というわけで、ユアンさん、クラトスさん。ついでにコレットさん。
  一気にお姉ちゃんに天使?とかいうマナをたたきこんでくださいな!」
「「「いや、ちょっと(まて)(まって)」」」
くるり、と向き直り、そういってくるその少女は。
面影はプレセアによく似ている。
思わず同時に声をあげる、ユアン、クラトス、そしてマルタはおそらく間違っていない。
「というか。アリシアさん。あのとき成仏したんじゃないの?」
マルタの困惑した声。
というか、あのときアルタミラで。
あんな劇的な邂逅?を果たしたはずの彼女がどうしてまたここに現れているのだろうか。
ついでにいえば別れもすましたはず、なのに。
生きては、いない。
その姿は完全にかつてのあの時同様、おもいっきり透けている。
さんざん、リーガルとのろけ合戦のようなことをしておいて。
今またあらわれているこの意味は。
「お姉ちゃんの危機だもん。姿をあらわすよ。
  というか、お姉ちゃんの中にいたらそのおばあちゃん魔族がはいりこんできてね。
  私のような魂でしかない存在には魔族は危険信号なんだよね」
「『誰がおばあちゃんだ!この小娘が!』」
「ふふ~ん。四千年以上も世界に漂ってるおばあちゃんにいわれたくないんだもんね!」
いって、ベー、と舌をつきだすその様は、はっきりいって生者そのもの。
「とっととお姉ちゃんの体からでていってよね!
  そもそも、お姉ちゃんのその体はリーガル様と結ばれて、
  私を産んでくれるためにとっても大切なんだから!」
「ちょっとまちなさぃぃぃぃぃぃい!」
「ちょっとまて!アリシア!」
「だ、断固拒否!拒否ったら拒否!プレセアはリーガルなんかには渡さないんだから!」
さらり、といいきるアリシアのその台詞に。
間髪いれずにプレセア、リーガル、そしてジーニアスの悲鳴にも近い声が同時に重なる。

先ほどまでの悲壮感とは一転。
何だろう。
これは。
おもいきり空気がかわった。
そうとしかいいようがない。
アリシア、という名はたしか、プレセアの亡くなった妹の名のはず。
そしてそこにいるのがそのアリシア、ということは。
おそらくは精神体、すなわち魂、いうなれば幽霊ともいえるアストラル体。

「え?だっていったよね?お姉ちゃん、私を産んでって」
「だからって、何でリーガルさんの名前がでてくるの!?」
たしかにいわれた。
あの空中庭園で。
アリシアが消えるときに。
でも、これはない、とおもう。
劇的な再開…感動の再会、ではない。
これは断じて。
「だって、リーガル様とお姉ちゃんが結ばれたら。
  私はリーガル様をお父様ってよんでずっと一緒にいられるもの!
  恋人としては一緒にいきることができなかったのなら、
  今度は父娘として傍にいても不思議ではなし!しかも一生!」
「~~!私の意見は!?ねえ、私の意見は?!アリシアぁぁぁ!」
何だろう。
この妹、絶対に強くなっているような気がする。
死んでいるはず、なのに。
なのに、あの時も感じた脱力感がプレセアの体に襲いかかる。
あのアルタミラの空中庭園でも感じた脱力感。
「まて!アリシア!私はお前を娘にしないといけないのか!?」
「…リーガル。あんたも突っ込むところ間違ってないかい?」
「…まったくだ」
そんなリーガルに思わずしいながつっこめば、
ふとみればその横ではこめかみに手をあてているユアンの姿がみてとれる。
「じ、冗談じゃないよ!アリシアさん!
  リーガルさんとプレセアの歳の差考えてよね!」
「何いってるのよ。ジーニアス君だっけ?
  お姉ちゃんは今年で二十九歳だよ?そしてリーガル様は三十三歳。
  この秋で四歳になられるけど。そんなに歳ははなれてないよ?」
「そ、それはっ!」
まさに正論。
ゆえにジーニアスの反論はアリシアのものすごいまでの正論で説き伏せられる。
五歳差、はそれほどまで、ではない。
まあ、その点アリシアとはより大きな歳の差があったわけ、なのだが。
「ほらほら、リーガル様。おばあちゃん魔族のせいとはいえ。
  お姉ちゃん、成長したら美人でしょ?美人でしょ?
  リーガル様の傍にいても違和感なしなほどに!うん。美男美女!」
「僕は絶対にみとめないんだからなぁぁ!」
ぐっとなぜか今はプレセアに触れることができている…
あまりにも驚き、そして精神的に疲れているがゆえ、プレセアはその事実にきづけない。
アリシアにその体を触れられている、というその事実を。
今のプレセアの体は魔族であるネビリムによって一時的に成長しているもの。
すなわち、精神生命体が具現化しているそれにほぼちかしいものでもある。
ゆえに精神体…すなわちアストラル体であるアリシアにも触れることが可能。
ぐいぐいとプレセアの体を押し出すようにリーガルの前につきだすアリシア。
そしてひたすらにわめいているジーニアス。
あるいみでカオス。
いろいろな意味で。
先ほどまでの緊張感は一体どこにいったのだろうか。
そんな空気がここにはある。

「…アリシア。ものすごく説明もとめたいんだけど。ものすっごく」
何だろう。
頭が別の意味でずきずきする。
そうおもうプレセアはおそらく間違っていない。
「『冗談じゃないわよ!この娘の貞操はランスロッド様にささげるのよ!
    せっかくの生娘なんだから!』って、あなたは何なんですかぁぁ!?」
さらり、と何やらこっちはこっちで自分の中でわめいている女性らしき声。
ついでにいえば自分の口から発せらる別人の声。
自分の中に、誰か、がいる。
さすがにここまでくればプレセアとて理解する。
「何いってるのよ。お姉ちゃんを魔族の生贄のようなことをさせるはずないでしょ!
  お姉ちゃんの貞操はリーガル様のものよ!
  私がささげるはずだったものをお姉ちゃんにしてもらうんだから!」
「それこそまちなさい!というか、アリシア、あなたは何を口走ってるのよぉぉ!」
プレセアはもはや涙目。
この妹、暴走してないか?
つくづくそう思わずにはいられない。
たしかに幼いころから一つことのに集中すれば、ちょこっといきすぎる?
というようなことがなかった、とはいえないが。
「『ふ、ふざけるなぁ!せっかく若い体を手にいられるのに!
  そんなおじんにこの体を、だと!?』」
「あ!リーガル様のことを馬鹿にしたわね!
  リーガル様ほど素敵な人はいないんだから!
  婚約するまでは私に手はださないっていって、キスもかるいものだげたったし!
  手をつないだときに真っ赤になったりして、とってもかわいくて!」
「『私の前でそんな生の気、惚れ気全開にするでない!わざとか!わざとだな!きさま!』」
「リーガル様のことならいつまでもかたってあげられるよ!
  そしてお姉ちゃんにもリーガル様の素敵さをわかってもらって。
  ぜひともお姉ちゃんに私を産んでもらって、
  リーガル様をリーガルお父様ってよんでいちゃいちゃするんだから!
  それが私の次の人生の目的よ!」
「…アリシア。それものすごくお姉ちゃんとしては阻止します。ええ、阻止しますとも」
アリシアの台詞にプレセアが思わずコメカミに手をあてうなるようにつぶやくが。
「…これは、どういったことになるのかしら?クラトス?」
「…私にきくな。…どうやら、あの娘。
  …本気でプレセアとリーガル殿の娘に転生する気満々のようだな」
強き意志のもと、転生先を選べる、という話しはきいたことがあるが。
これは何といっていいものか。
リフィルの問いかけにクラトスも何ともいえない表情をうかべてしまう。
というか。
あの魔将ネビリムがたかが十七程度でしんだ死霊に振り回されている。
この光景をいったいどう表現すればいいのだろう。
「ふふ~ん。リーガル様が私にそっくりなお姉ちゃんを気にかけているのはしってるんだよ?
  そしてその気にかけるのがいずれは恋に!
  あ、そうだ。魔族を体から追い出す方法でいい方法、お姉ちゃん、しってる?」
にっこりとほほ笑まれ、そういわれるが。
何か嫌な予感がする。
果てしなく。
「お姉ちゃんが昔、読んでくれたように、恋人のキスでお姫様が目覚めるように。
  魔族もキス、が苦手なんだよ。というわけで
  さ、リーガル様。お姉ちゃんから魔族を追いだすために、
  こう、お姉ちゃんとぶちゅっとキスを!」
「まて!アリシア!なぜにそうなる!」
「ええ~?リーガル様はお姉ちゃんが嫌い?
  このままだとお姉ちゃん、ネビリムっていうおばあちゃん魔族に体のっとられるよ?」
「『だ・か・ら!誰が婆だぁぁ!』」
「反対、反対、絶対に反対!キキキキスなら、ホボボボクがっ!」
ジーニアスが何やら反論の意をいっているが。
「うわぁ。王子様のキスで物事が解決、なのかぁ。すごいね。ロイド」
「よくわかんねえけど。
  プレセアの体がのっとられるっていうんなら。
  キスのひとつやふたつ、やってもいいんじゃないのか?リーガル」
「…ロイド、あんた、乙女心がわかってないねぇ。この場合は男心か?」
そんな会話をききつ、コレットがのほほん、といい。
ロイドがあっさりと同意を示し、
そんなロイドの台詞にしいなが呆れたように言い放つ。
「でも。たしかに。それが有効ならば。
  このままではラチがあかないわね。
  プレセア。蚊にかまれたとおもって、うけいれなさいな」
「リフィルさんまでそんな!?」
「じゃあ、あなたそのままでいいの?」
「そ、それは……」
自分の中に知らない誰かがいる。
おそらく先ほどまで対峙していた相手を操っていた相手なのだろう。
「さ。リーガル。さくっとやってしまいなさいな。
  戦闘をせずにどうにかできるのならばそれにこしたことはないわ」
いいつつも、リフィルまでもがリーガルをぐいっとプレセアのほうにと押し出してくる。
リフィルとアリシアがそれぞれ、リーガルとプレセアを手前に押し出した形となり、
自然と向き合うプレセアとリーガル。
いつもはかなり見あげるはずのその姿が、今ではあまり見あげるほどはなく。
さすがに自らの体を見下ろせば、そこには成長している手足と胸元。
ここまでくれば自分の体がなぜか急成長している、ということは疑いようがない。
「ささ、そのまま、ぶちゅっと」
「ふふ。興味深い。それで本当に体内にいるであろう魔族が取り除かれるのか!?」
アリシアがあおり、リフィルはリフィルでなぜか遺跡モードに突入中。
「『い…いゃぁぁ!あのおかたいがいとキスをするなんていゃぁぁ!』」
「「「あ」」」
なぜか叫びとともに、プレセアの体から黒い霧があっという間に抜け出たかとおもうと、
それはその先にある床におちたままの本の上に逃げるように固まってゆく。
そしてそれを目の当たりにした、ロイド、マルタ、しいなの声が同時にかさなる。
そんな中。
「よし。作戦通り。お姉ちゃんの体からおばさん魔族おいだしたっと」
あれ、作戦だったの(か)(かしら)?
きっぱりといいきるアリシアのその台詞に疑問を抱いたのはほぼ全員。
「…でも、おしかったなぁ。もう少し離れるのがおそかったら。
  お姉ちゃんとリーガル様、キスできてたのに……」
「アリシァぁぁぁ!」
ぽそり、とつぶやいた声がきこえた、のであろう。
もはやプレセアは涙目になっていたりする。
「リーガル様、またお会いできてよかったです。で、さっきの話し、考えておいてくださいね?
  お姉ちゃんはものすごいお得物件ですよ?
  お姉ちゃんに変な虫がつくくらいなら、リーガル様とくっつけたほうがよほどましです!
  で、リーカル様とお姉ちゃんと私で新しい家族になりましょう!」
「「だからっ!なぜにそうなる(の)(んだ)!?」」
ぐっと手を握り締めるような動作をしてきっぱりといいきるアリシアの台詞に、
リーガルとプレセアがほぼ同時に突っ込みをいれる。
ちなみにリーガルとプレセアが並んでいてもまったももって違和感がなく、
事情を知らないものがみれば、お似合いのカップル、とまちがいなく誰もがいうであろう。
それほどまでに今のプレセアの姿はどちらかといえば妖艶であり、
それでいてどこか幼さすら残しているがゆえに、男としては守ってあげたくなるような。
そんな雰囲気をもっていたりする。
「さてと。あまり私もずっと外にでてたら消滅しちゃうし。
  お姉ちゃんの中にもどるね。安心して。お姉ちゃん。
  あのおばあちゃん魔族によってお姉ちゃんの狂わされたマナは私が責任をもって治すから」
そういいつつ、にっこりと、プレセアの正面にたち、
「お姉ちゃん。大好き。ずっと、ずっと、ず~~と。私の…大切な………」
「アリ…シア……」
ぎゅっとプレセアの体をアリシアが抱きしめるとともに、
プレセアの体が淡く白くそれでいて金色にと輝く光にと包まれてゆく。
きらきらとした光りの粒子。
それらはプレセアとアリシア。
二人の体を瞬く間に包み込み、一瞬二人の姿がかききえるが、
次の瞬間。
その光りがはじけるように、その場に一人の少女の姿があらわれる。
先ほどまでの姿、ではない。
それはいつもの十二歳のころのプレセアの姿、として。
「アリシア…ありがとう……」
――ずっと、一緒だよ。お姉ちゃん。
  私を産んでくれるまで、絶対に死んだらいやなんだからね!
ぎゅっと胸に手をあてると、心の中に響いてくる優しいアリシアの声。
どこまで本気なのか冗談なのか。
かなり疲れはした。
ものすっごく。
でも。
それでも。
ずっと傍にいるよ。
お姉ちゃんの傍に。
そういってくれている思いは本物であると示すかのように、心の中がとても暖かい。
『お…おのれぇ!たかがなりそこないの死者が!私の邪魔をするなど!
  こうなったら、他のものの体をのっとってでもっ!』
プレセアからはじかれるようにした闇は本の上にとどまりて、
それらはゆらゆらと闇をまといし人の形をなしたのち、
何やらそんな声らしきものをつむぎだす。
力なき以上、核とするものがいない状態では、
物質化、すなわち具現化する力すら失っている。
「!しいな!イフリートだ!イフリートを呼べ!」
ぶわり、と再び闇が本の上にと収束する。
それをみてはっと我に戻ったのか、クラトスが思わず叫ぶ。
「そうか!あの本が仮初めの本体、か!イフリートの業火の炎でかの書物を燃やしつくせ!
  でなければ、またすぐにあいつは復活をはたす!」
クラトスがさけび、ユアンも何かにきづいたかのように思わず叫ぶ。
この場でこの状態を切り抜けることができる、のは。
イフリートと契約せし、みずほの里のしいな、のみ。
何というかあまりの展開にあっけにとられていたが。
そういえば、まだ問題は解決していなかったのだ。
と嫌でも現実に引き戻されたといってもよい。
「イフリートの炎は魔を浄化する力をももっている。やれ!いそげ!
  あいつが力を回復させ、次なる誰かに乗り移るそのまえに!」
「よくわかんないけど、わかったよ!
  灼熱の業火を纏う紅の巨人よ 契約者の名において命ず 出でよ イフリート!!」
声がつよくなってくるとともに、先ほどまで感じていた頭痛。
すなわち、脳裏に響いてくる声がだんだんと強くなる。
そんな頭痛に悩まされつつも、しいながすばやく印をくみ、
懐から符をとりだし、精霊イフリートを召喚する。
「――契約者よ。この私に何か用か?」
それとともに、周囲に炎が渦巻いたかとおもうと、
そこに屈強の体をもちし火の精霊、イフリートが出現する。
「…ふむ。魔族、か」
現れただけで理解ができる。
この場に満ちているのは、瘴気。
「くっ、イフリート…だと!?我の器を…」
うねうねと、黒き霧が本の上にてうごめく。
「!しいな。ネクロノミコンよ!あれをどうにかすれば!」
さきほどから、あの黒き霧…おそらくはあの魔族となのった、魔将ネビリム。
その依代か何か、なのだろう。
だとすれば、それにきづき、リフィルが声を張り上げる。
いくら違う、とわかっていても母が自分を非難し否定する声は聞いていていいものではない。
むしろ本当にそうなのかしら?と迷いかねないほどの、拒絶の声。
「そうか。依代ってことだね。イフリート!
  あの本をあんたの業火の炎でもやしつくしてくれ!」
「――承知」
ゴウッ!!
しいなの言葉とともに、本の真下から、突如としてマグマがふきあげ、
それらは炎の竜巻のごとく、いっきに空にむけてつきあがる。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ、お、おのれ…おのれ、ミトスの仲間…
  そして、いまいましい精霊めっ!しかし、私は滅びない。
  滅びない、ランスロットさまぁぁっっっっっっ」
何やら霧のほうから声がし、それらは女性の形を黒き霧のまま形状し、
そしてそれは炎の中に呑みこまれてゆく。
そして、次の瞬間。
ふっ。
始めから何ごともなかったかのごとく、影が消え去り、
それとともに、床に置かれていた本もまた、ぼろり、と黒き霧の塊になったかとおもうと、
次の瞬間、一気に周囲にと霧散する。
それまでリフィル達を悩ませていた囁き、という名の声もそれとともに聞こえなくなってゆく。
「あああ!貴重なネクロノミコンが!せっかくの研究材料が!」
リフィルがそれをみて、思わず何やら声をあげているが。
「「先生……」」
「姉さん……」
ロイドとコレット、そしてジーニアスの声が同時に重なる。
「プレセア?大丈夫?」
ふと、コレットが気付いたように、プレセアに駆け寄るが。
おそらくは自衛本能、なのであろう。
今現在、コレットの背には天使の翼が展開されている。
それは少しでも魔族の干渉をふせぐため、コレットが本能的にしていること。
翼を展開するということはマナを放出するということであり、
ゆえに瘴気を退ける効果をもっている。
瘴気とマナは相反するもの。
反物質同士。
それをコレットは完全に理解している、というわけではないにしろ。
もっとも、クラトスやユアンはそれを理解しているがゆえ、
その背に翼を展開しているのではあるが。
「我が用はすんだ」
それだけいい、イフリートは現れたときと同様にその場からかききえる。
「…すいません。私、なんかまた皆さんにご迷惑をおかけしました」
いいつつも、自らの体を確認するかのように、幾度か手をにぎったり、
そしてそのてを顔にあてたりしているプレセア。
先ほど、何らかの干渉があったといえど、姿がかわっていた。
すなわち成長していた、という現実が消えるわけではない。
「プレセア。あなた、体のほうは平気かしら?とにかく、今は体を…」
リフィルがいつのまにか我にともどり、プレセアの体を調べ始める。
魔族に乗り移られていた場合、どんな後遺症がでるのか。
予測がつかない、ということもある。
ピシッ。
…ピシ?
ふと、何かに罅がはいったような、そんな音が空間内にと響き渡る。
ピシピシ…パァァッン!
それはほんの一瞬のこと。
リフィルがプレセアの傍によるのとほぼ同時。
音が何やら響いた、かとおもうと。
次の瞬間。
「…え?」
乾いた声は誰のものだったのか。
プレセアも自分の目が信じられない、のか思わずたちすくんでいたりする。
プレセアの胸元につけられていたエクスフィア。
それが音をたて、あっという間に周囲にと霧散する。
きらきらと輝くその光りは、そのままプレセアの体を上から下まで、
まるでお別れをいうかのごとくに廻ったかとおもうと、
そのままふっとその場から光の粒は消えてしまう。
おもわず、ぺたん、とその場にすわりこむプレセア。
今、みたのは気のせい。
そうおもい、胸に手をあてるが、そこにあったはずの石はない。
「…魔族の瘴気にたえられなかったか。
  エクスフィア。それは微精霊達の集合体。
  魔族の瘴気にはとても弱い。力のつよいものが生き残る。
  お前のそれは、おそらくは……」
それはユアンの予測、でしかないが。
実際は違う。
一度、プレセアの体そのものが魔族の干渉、とはいえ急激に成長したがゆえ、
プレセアの今現在の器、というものに縛られていた微精霊達。
彼らが解放されたにすぎない。
そしてプレセアが元の姿にもどれたのは、アリシアの願いと、
そしてそんなアリシアの願いをうけて微精霊達が協力し、
彼女の体を再構築したからにすぎなかったりする。
もっとも、プレセアはいまだ気付いていない。
微精霊達が直接再構築したことにより、彼女のその器である身体そのものに、
【アイオニトス】とよばれしものが干渉している状態となっている。
ということを。
――すなわち、プレセアもまた、完全にクラトスと同じようになってしまった。
ということに。
「しかし。どうにかなった。か。あのネビリムにしては力がよわかった、な」
「ここだからだろう。精霊炉に力を吸われていたのだろうな」
彼女の力はかるく大地一つをたやすくほうむる。
それがわかっているがゆえのユアンとクラトスの台詞。
「だが。ここに禁書はなかった」
「…そのよう、だ。我らは探しにいくしかなかろう」
「だな。というわけで、我らは上でまっている奴らに報告と。
  あと、禁書を完全に探し出すためにここをでる」
ユアンがいえば、そのまますたすたとそのまま先にと進み始めているクラトス。
「クラトス!まて!ったく。
  …そうだ。みずほのしいなよ。…シャドウと契約をついでにしておけ、いいな」
「え?あ、ちょっと!」
ふわり、とうかんだかとおもうと、クラトスのあとをあわてて飛んで追いかけていっているユアン。
二人がいってしまったことにより、この場に残されたはロイド達のみ。
いまだにプレセアは自分の身に何がおこったのか。
理解できず、否、したくなくてぺたん、とすわりこんでいる。
エクスフィアが、きえた。
自分の時を、時間を、心をずっと止めていたあれが。
恨んでいなかった、といえば嘘になる。
でも、力をもとめたのは。
あれがあったからこそ、自分は樵、として、力をふるえていた。
それも自覚している。
自覚しているからこそ、何ともいえない。
いくらさわっても、そこにはロイドがつけた要の紋がのこっているだけで、
そこに石の気配は欠片もない。
はたからみればエクスフィアはひび割れて壊れた、そうみえる、であろう。
しかし、現実は微精霊、とはいえ常にエミルのマナを受けていた。
ゆえにかなりの力をすでに蓄えており、魔族にその身体が支配されるとともに、
それを機会にアリシアとともにその身体から抜け出した、にすぎない。
そして、身体の再構築とともに、そのまま彼らは石から孵化し、
世界に溶け込んでいったにすぎなかったりするのだが。
当然、この場にいる誰もそんな事実にたどり着けるはずもなく。
ただ、残されている結果は、エクスフィアを失ったプレセア、という現実がそこにある。
「あ、わ、私…私…いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ぷ、プレセア!?おちついて!おちついて!ね!」
「ちっ。仕方ないねぇ」
トッン。
くたっ。
ようやくエクスフィアがなくなった。
それが実感でき始めたのであろう。
プレセアが叫んで取り乱し始める。
エクスフィアを失う。
それは力を失うに等しい。
嫌っていた石でああるが、その恩恵で力を得ていたのもまた事実。
そんなプレセアを必死でジーニアスがなだめようとするが。
このままでは、プレセアが壊れてしまう。
それこそ精神的に。
そう咄嗟に判断したしいなが、すっとプレセアの背後にとまわり、
そのままプレセアの首筋に手套をあてる。
それとともに、くたり、と気絶するプレセア。
この手套、力加減がかなり難しい。
難しいがみずほの里の民であるしいなにはそれが可能。
「リーガル。プレセアをお願いするよ」
「あ。ああ」
なぜに自分にいってくる?という思いはあれど。
しかし、プレセアのエクスフィアがなくなったのは事実。
気絶しているプレセアに先ほどの面影がよぎる。
成長したプレセア。
アリシアも、きっと、成長すればあのような美人になっていたのだろう。
「ちょっと!しいな!プレセアに何するのさ!」
そんなしいなにジーニアスが何やらくってかかるが。
「そうはいうけどね。こういうときは気絶させるのが一番いいんだよ。
  混乱し錯乱し、プレセアがそこから飛び降りでもしたら。あんたどうすんだよ?」
「・・・・・そ、それは……」
そこ、としいなが指し示したのは、それこそ底のみえないとこしえの闇。
そうとしかみえない、足場の先。
本当にこの洞窟はどこまで底が深いのか。
おそらくここが最下層だ、とはおもうのだが。
しかしどうみてもこれよりも奥がある。
漆黒の闇につつまれ底がみえない、というのもひとつの恐怖。
まるで、黄泉の国にいざなう闇のごとくに。
「それにしても、契約、ねぇ。
  たしかに、するしかないんだろうけど。…あんたたち、体力は平気、かい?」
「…するしかないでしょう。またここにあえてくる、という労力は避けたいわ」
しいなの台詞にリフィルが盛大にため息をつきながらも返事を返す。
それに、とおもう。
「もう、ブルーキャンドルの残りもすくないわ」
みればかなり蝋燭は燃え尽きかけている。
かろうじて外にでるまでもつかどうか。
それもあやしい。
そして、国をあげてブルーキャンドルを回収していたことを考えれば、
次にくるとき、まちがいなく光源が確保できない。
ならば、光源が確保できている今、このときしか契約をする時がない。
「シャドウって、闇の精霊、なんだよね?」
マルタにはプレセアの気持ちはよくわからない。
そもそも、マルタはエクスフィアをつけていない。
リフィルやロイド、ジーニアス、プレセア、といった面々はつけている。
それをしってはいるが、どうやってエクスフィアがつくられているのか。
それを彼らからきいているのに、それを利用しよう、という思いは、
マルタの中にはこれまで一切芽生えなかった。
たしかに昔は、人の力を高めてくれる道具なんて、そんなずるい品をもってるなんて。
そう思っていたときもあった。
しかし、だからいって、ヒトの命でできているようなもの。
そんなものを利用してまで強くなりたくない、というのが本音。
彼らにきいたことはないが、どうにもおもわないのだろうか。
ともおもわなくもない。
ヒトの命を糧として強くなって、それであなたたちはそれでいいの?と。
そんな思いは心の奥にとしまいこみ、気になっていることをといかけるマルタ。
「ええ。そうね。闇の精霊、よ」
そんなマルタの台詞にリフィルが答える。
リフィルもまた、プレセアの石がきえてしまったことで何か思うところがあるのか、
ひたすらに自らの石を無意識のうちにさわっていたりする。
「闇の精霊。かぁ。じゃあ、こいつと対になってるのは、光の精霊なのか?先生」
「そうね。ロイド。あなたにしては正解よ」
「俺にしてはって……」
すでにクラトスとユアンはこの場にはいない。
彼らをこの場にのこし、さっさと上にもどっていってしまった。
「ルナはアスカをつれてこいって確かいってたな。っておもってさ。
  そして、たしかアスカもルナと一緒なら、といったんだよな?」
「ええ。その通りよ。ここで契約を結べば封印で解放されていないのは、
  月の精霊ルナ。つまりはマナの守護塔を残すのみ、よ」
ロイドの疑問にリフィルが淡々と答える。
しいながプレセアを気絶させたのはあるいみ正解だ、とリフィルもおもう。
錯乱したプレセアがもしも走り出してしまえば、
そしてこの場から飛び降りようとしてしまえば。
抑えきれる自信が、ない。


「な、何ですの!?今のは!?」
さすがのセレスもおもわずびくり、と体を硬直させてしまう。
それほどまでに断末魔の叫び。
まさにそれにふさわしかった。
とまどっている中、しばらくすると、また何か悲鳴のようなものが地下のほうから聞こえてくる。
階段の先は漆黒の闇が広がっているばかりで何がおこっているのかセレスには理解不能。
「「あ」」
呟いたのはほぼ同時。
エミルとミトス。
二人の声が同時に重なる。
それはちょうど、この地下にてイフリートが召喚され、
書物が業火の炎で焼き尽くされたのとほぼ同時。
感じていた瘴気が綺麗にかききえた。
マナの歪みが取り除かれた。
それにきづき、思わず素で声をあげているエミルに、
常にマナの流れに気をくばっていたがゆえ、きづいて声をあげているミトス。
「誰かこっちにくるよ?とりあえず、僕、様子みてくるね」
「危険ではないのですか?」
そういい、たちあがるエミルにセレスが心配そうに声をかけるが。
「大丈夫だよ。この奥にあった瘴気は消えたみたいだし。
  それに、この子達を送り届けないといけないしね」
いまだに、もののみごとにチョコン、とその場にすわりこみ、
真っ黒い鳥の姿のままで待機しているシャドウの分霊体達をみつつ、
そんなセレスににっこりとほほ笑みかけながらもいいきるエミル。
「たしかに、この奥から感じた嫌な気配はなくなってるけど。けど、エミル…」
どうして、ハーフエルフでも、否、エルフの血をひいていないのに、
そんなマナの流れが確実につかめているの?
ききたい。
けど、きけない。
聞いてしまえば、取り返しがつかないようで。
ゆえに、言葉をいいかけ、そのままのみこみ。
「…ううん。何でもない。けど、一人では危険じゃあ?」
言葉を飲み込み、別の言葉を紡ぎだす。
そんなミトスに対し、
「大丈夫だよ。ちょっといってくるね。あ、カレーの番、よろしく~」
すでにあとは小火でまぜるだけ。
ご飯もすでに炊きあがっている。
いいつつ、
「ヒルリバ」
こくこくこく。
分霊体達に声をかけると、こくこくとそのかわいらしい首を上下にふりつつ、
もののみごとにちょこまかと、エミルの背後にならぶ五体の分霊体。
「じゃ。ゼロスさん。あとはよろしくです」
「おう、任されたぜ」
おそらく、エミルくんにも何か考えがあるんだろう。
そうおもうからこそ、ゼロスも止めない。
ゼロスとセレス、そしてミトスをその場にのこし、エミルもまた階段をゆっくりと下ってゆく。


光源も何もない漆黒の空間。
しかし、エミルにはそんなことは関係ない。
普通にそこにある光景は視えている。
そしてそれは背後についてきているシャドウの分霊体達においてもいえること。
「どうやら、イフリートを呼び出し、業火の炎で焼き尽くしたか…
  みるかぎり、ランスロッド達の気配は…もう、ないな」
少し前まではたしかにあった、のだが。
ロイド達が地下にたどり着く直前くらいにその気配はかききえた。
「…我の気配にきづいた、というわけではない、とおもうのだが…面倒だな」
自分に気付いたのならば、確実に彼らは自分を狙ってくる。
扉の封印を守っているのは自分…精霊、ラタトスク。
彼らはことあるごとに扉を破ろうと、
地上にでようとしていることをラタトスクは身をもって知っている。
かの地の封印はびくともしないはず。
そんな簡単な封印強化は施していない。
彼らが扉に近づけば、逆にその瘴気というか精神力が扉にすいこまれ、
弱体化してしまうであろう。
そのように魔界側のほうには理を敷いた。
進んでゆくことしばし。
やがて、前方から誰かが歩いてくるのがみてとれる。
その姿はだんだんとゆっくりと確実のものとなり。
「…あれ?クラトスさんに、ユアンさん?」
誰かはわかっていたが、一応わからなかった、というように声をかける。
前から歩いてきたのはユアンとクラトス。
ロイド達の気配は背後に続いていない、ということは。
このままシャドウとの契約に望む気なのだろう。
「エミル、か?…ミトス達はどうした?」
ユアンが少し顔をしかめ、エミルの背後をじっとみる。
しかし階段から誰かが他におりてきている気配は、ない。
「いえ。気配が正常にもどったっぽいから。
  この子達をつれていこうとおもいまして。ユアンさん達は?」
「…我らはまだ調べる必要があるからな。例の品はここにはなかった」
でしょうね。
といいかけそうになる声を何とか押し殺し、
「そうなんですか?まあ、ミトスたちも心配してたみたいですし。
  簡単な説明くらいはしてあげてくださいね?
  ミトス達にもその権利はあるでしょう?」
特にミトスは自分で決着をつけたがっていたようにみえた。
だからといって、魔族に取り込まれてしもうかもしれない彼をおいそれと、
エミルもまた近づけたくはない。
ユアンとクラトス、そしてエミルはこの件に関してのみは利害が一致している。
「ああ。わかった。…しかし、お前は何も問いかけてはこないのだな?」
「きいたら教えてくれるんですか?」
「・・・・・・・・・いや」
「でしょうね」
おそらく間違いなく、といかけても絶対に答えなどくれはしない。
なぜ、四千年もミトスをとめなかったのか。
止めようとしなかったのか。
あの子が精霊石を利用しよう、といいだしたときにどうしてとめなかったのか。
いいたいことは山とある。
そのとき、少しでも止めようとしてくれれば。
それとも、その声すら耳をかたむけられないほど、
ミトスはそのとき、狂っていた、とでもいうのだろうか。
わからない。
けど、ミトスのあの台詞を、言葉を信じたい。
――精霊達には悪いとおもっている。
彼はあのとき、たしかにそういった。
すくなくとも…罪悪感をまったくもたずにしているわけではない。
だからこそ、まだ救いはある。
ミトスの意識もまだ、ここにある。
あのときのように、すでに意識も記憶も何もかもなくし、
若木の命、としてやどっているわけではないのだから。


一言、二言のみクラトスとユアンと言葉をかわしたのち、
そのまま再び階段をおりてゆく。
しばらくすると。
「じゃあ、呼びだすよ」
しいなのそんな声がしたのほうからきこえてくる。
「我が名はしいな!シャドウと契約を望むもの!」
凜、としたしいなの声が聞こえてくるが。
「…何もおきない、ね」
「おきないな」
目の前の祭壇は、しぃん、と沈黙をたもったまま。
しいなが凜、とした声で高らかに言い放つが、目の前の祭壇らしき場所からは、
何の応答もない。
「おそらく…シャドウの分霊体がいないから、ね。
  かれらをここにつれてこないと、シャドウもでてこれないのかもしれないわ」
リフィルがしばしその様子を確認したのち、何やらそんなことをいっているが。
「って、それって上までいってあの子達をつれてくるってことですか?先生?」
コレットがそんなリフィルの言葉に問いかけるが。
「そう、なるわね」
そんな彼らの会話がきこえてくるが。
「問題ないですよ」
『エミル!?』
この場にいないはずの声。
たしか上でまっているはずのエミルの声がなぜかきこえてきて、
はっとふりむけば、階段の方からこちらに近づいてきているエミルと、
その背後にこれまたちょこまかとついてきている分霊体達の姿がみてとれる。
エミルがちらり、と背後に目をむけ、そのまますっと手を伸ばし、
祭壇のほうに示すとともに、五体の分霊体達は、
一体、一体、まるでエミルに頭をさげるようにして、
そのままちょこまかとそれぞれ、祭壇の上にと移動してゆく。
そしてやがて五体の精霊が一つになったかとおもうと、
黒き球体に一瞬のうちに変化し、それとともに、祭壇の中央から黒き闇が吹き出でる。
「マナが…くるよっ!」
ジーニアスがはっとしたように身構え。
「やはり、分霊体が必要だったか。しかし、エミル、なぜここに?
  お前はあそこでまっていたのではなかったのか?」
リフィルの口調もどうやら遺跡モードとよばれるものにかわっているらしく、
背後にいるエミルにそんな問いかけをしてくるが。
「何か空気がかわったみたいでしたし。
  あの子達を元の場所に送り届けないといけなかったのもありましたしね」
それは嘘でなはい。
というか、前回ここにきたときも、分霊体は送り届けたような気がするのだが。
たしかにあのとき、シャドウにマナは補充した。
補充はしたが。
テネブラエの力ももどり、シャドウの護衛につかせていたヴルームも力がもどり、
たしかに闇での移動が可能になっているであろうが。
そんな会話をしている最中も、やがて、精霊炉の上の闇が、はじけ、
それはやがて一つの形を成してゆく。

それは人の姿をしてはいるが、人にあらず。
上半身のみは人の姿を闇でかためたごとく。
しかし、その腰あたりから下は流れるようなフォルムにて、
よくよくいえば、上から水をおとしたときに、ばしゃり、と広がったかのような形状をかもしだしている。
そして、肩から伸びた腕は異様におおきな三本のかぎ爪のごとくにとがっており、
胸の下あたりには巨大な目玉のような模様。
そこから除く紫と赤い色を宿した瞳がじっとこちらをみつめており、
その下に肋骨のような骨と、肩や手を覆うかのようないくつかの骨。
それが闇の精霊シャドウ。

シャドウは装置の中心に現れるとほぼ同時、
その巨大なる右手を胸の前にと折り、
「――ウ エププルウンド ティディイオブルン ティイ ワイトゥン」
かるく頭をさげたのち、そんな言葉を紡ぎだす。
まったくだ。
とつくづくおもう。
しかし、まあ、気持ちはわからなくもない。
ゆえに。
「エルティアイオガ エ フンンルウムグ ウス クムイバム
  ……ビウル エ ドングディン」
語りかけてくるシャドウにむけて、エミルもそんなシャドウにと返事を返す。
シャドウがいってきたのは、エミルにむけて、
御足労をおかけしました、という恐縮なる言葉。
対してエミルが返事を返したは、気持ちはわかるが、ほどほどに、
という意味合いを込めた言葉。
まあ、とりあえずは。
「しいなさん。シャドウと契約する、んですよね?」
「あ、ああ」
絶対に、今またエミルのやつ、シャドウと何か話してただろ。
これは確実に。
これまでの精霊との契約の場でもこういったことはみうけられたが。
しかし、あいかわらず何を会話しているのかしいなにすら理解不能。
「契約…我、ミトスと契約しているもの……」
すでに新たな契約をもってして楔からの解放を。
という命令はラタトスクは下している。
先ほどとはことなり、多少カタコトになりつつも、
淡々とくぐもったような声をつむぎだしてくる目の前のシャドウ。
そんなシャドウに対し、
「我が名はしいな!闇の精霊シャドウと契約を望むもの!
  シャドウがミトスとの契約を破棄し、我と契約することを望む!」
たからかに、あらためてしいなが言いつのる。
「…た…」
「ウス ティアンディア エムヤ ムンワンススウティヤ?」
戦え、とシャドウはいうつもりだろうが。
必要はないだろうに。
そもそも、
「あれを退けたのはこの人達、でしょ?」
テネブラエがいなければシャドウとて確実に瘴気に狂わされていた。
まあ、それをみこしてテネブラエにこの地での力を強化させているのだが。
今現在、テネブラエはこの奥にある祭壇にて、闇の力を増幅させつつ、
それらをシャドウにとむけている。
ゆえにシャドウもこの地に魔族たちがやってきてもその瘴気に狂わなかったに過ぎない。
「――スウムワン ウティ ウス ヌンディヤ バンルル?」
戦って、力を見極めるのもたしかに必要。
しかし、別に戦わなければいけない、という理をひいているわけではない。
用は、彼らが納得すればいいだけのこと。
「ウス ドインス ムイティ テティティンディ」
よろしいのですか?とといかけてくるシャドウにたいし、かまわない、
という旨を返しておく。
もっとも、決めるのはシャドウなれど。
「……資格、魔族、退けた…ゆえに、認める……」
しばし無言になったのち、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。
そして。
「……新しき…誓いを……む
「えっと。戦わないでも資格を認めるってこと、かい?」
てっきり、連続しての戦いを覚悟、していたのだが。
どうやら戦わなくてもいい、らしい。
ゆえに拍子抜けしつつもといかけるしいなに対し、
「…エミル、あなた、今、シャドウと何を話していたの?」
このシャドウの態度は間違いがない。
あきらかにエミルに何かをいわれたから。
そうとしかおもえない。
「ただ、瘴気をリフィルさん達が退けた、ということを確認してもらっただけですよ?」
その言葉に嘘は…ない。
「よくわかんないけどさ。戦わなくてもいいなら、助かるよ。
  えっと。二つの世界がお互いに犠牲にしなくてもいい世界をつくるために
  あんたの力をかしとくれ」
「……承知」
しいなの言葉にこくり、とうなづくとともに、
その姿は再び闇の塊となりて、ゆっくり球体になったのち、
それはふわり、と浮かび上がったかとおもうと、
しいなの頭上にまで移動し、やがて闇が収縮するとともに、
一つの形をなして、ゆっくりとしいなの手の平の中におちてゆく。
それは一つの物体の形をしているとある指輪。
シャドウとの契約の証であるアメジストの指輪。
それとともに、その場からシャドウの姿がかききえる。
「え、えっと。なんか事務的なやつだったねぇ。
  まあ、あれとの戦いのあとに戦わなくてもたすかったけどさ」
しいなからしてみれば、精神的にも疲れていたがゆえ、
たしかに助かりはした。
したが。
一体、エミルはシャドウと何を話していたのだろうか。
その思いのほうがはるかに、強い。
「?よくわかんねえけど。これでシャドウと契約、できたのか?」
ロイドにも何が何だかわからない。
戦闘があっていつもは契約を、になるはず、なのに。
たしかに助かりはするが。
さきほどのネビリムとの戦闘ですでに疲れ切っていた身としては。
「…とりあえず、そこにころがってるアビシオンさん、でしたっけ?
  彼をつれていきませんか?彼にはいろいろと聞かないといけないこともあるでしょうし?」
いまだに祭壇の前にはアビシオンが気絶して転がっているまま。

それぞれ思うところはあれど、たしかにエミルの言うとおり。
結局のところ、しいなが取りだしたロープでぐるぐる巻きにしたのち、
そのままノイシュを大きくしその背にのせてゆくことに。


pixv投稿日:2014年8月18日某日(Hp編集:2018年5月6日(日)

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あとがきもどき:

メルニクス語変換案内

御足労をおかけしました→I applied trouble to come
ウ エププルウンド ティディイオブルン ティイ ワイトゥン

気持ちはわかるが→Although a feeling is known
エルティアイオガ エ フンンルウムグ ウス クムイバム

ほどほどにな→Boil a degree.
ビウル エ ドングディン

必要があるか?→Is there any necessity?
ウス ティアンディア エムヤ ムンワンススウティヤ?

よろしいので?→Since it is very well? →
スウムワン ウティ ウス ヌンディヤ バンルル?

かまわん→It does not matter.
ウス ドインス ムイティ テティティンディ


  ~Wikiより~
ネクロノミコン:
ネクロノミコン (Necronomicon) は、
怪奇作家ハワード・フィリップス・ラヴクラフト
の一連の作品に登場する架空の書物。
ラヴクラフトが創造したクトゥルフ神話の中で重要なアイテムとして登場し、
クトゥルフ神話を書き継いだ他の作家たちも自作の中に登場させ、
この書物の遍歴を追加している。
架空の魔道書。
複雑多岐にわたる魔道の奥義が記されているとされ、
それ故か魔道書そのものに邪悪な生命が宿ることもある。
完全なものは世界に5部しか現存していないと設定されている。
現代においては魔道書物の代名詞的存在として
様々なメディアでその名前を目にすることができる。