過去と現在、そして未来はつながっている。
もっとも、その未来に関してはラタトスクが干渉したことにより、
これからの未来は確定はしていない。
それでも、これから本来おこりうるべきこと。
近くにラタトスクがいることもあり、魂に刻まれし力が干渉し、彼女は夢をみる。
過去、そして未来におこりしその出来事を――
「しっかし。しいなとゼロスが一緒にもどってくるとは・・・一緒にでかけてたのか?」
それは素朴なる疑問。
結局、昨夜はしいなもゼロスももどってはこなかった。
しいなにいたっては、グランテセアラブリッジで別れて以後、
彼女は思うところがあるしく別行動していたがゆえに、
ようやくもどってきた、という感じが否めないが。
夜明けとともに、ゼロス、そしてしいなが共に屋敷にもどってきたのをうけ、
朝食がすみ、城から派遣されてきたという人物達にそれぞれ体系を採寸されつつも、
横にいるしいなにとといかけているゼロス。
「はん。このあほ神子と一緒にしないどくれ。
あたしは、教皇のやつがどこにいったか、聞きこみをしてたんだよ。
偽物を用意していた時点で、おそらくどこかにとんずらかましている。
そうあたしは睨んだからね」
「なんだ。やきもちか?しいな」
「うっさい!このあほ神子!!」
「あまり動かないでくださいませ。採寸ができません」
「あ、わ、わりぃ。というか、何でこんなことになってるのさ?」
屋敷にもどった直後に城からの使者というものがやってきて、
昨日伝えられたように採寸にきました、といきなりいわれ、
しいなからしてみれば、ハテナマークをとばすしかない。
そもそも、しいなはいなかったがゆえに、祝賀パーティーの実地。
その事実すらしらないゆえに、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが。
採寸していた相手から注意をうけ、あわててゼロスを叩こうとしていたしいなだが、
ふりあげたてをおろしながらあやまっているのがみてとれるが。
一方、
「ここまでさらさらの髪でしたら、女ものの服装でもにあいそうですね」
エミルのさらさらの髪をさわりながら、
エミルを採寸している人物が、ほうっとしたようにそんなことをいってくる。
たしかにエミルの髪のさわり心地は絹糸よりもなめらかでここちよい。
コレットなどはどうやって髪の手入れをしているの?と疑問におもいきいていたほど。
もっとも、エミルのそれらは何の手入れもしていないどころか、
意識するだけでどのようにも変化が可能、なので何ともいえないゆえに説明はしていない。
無難に、何も手入れはしていないよ、といったところ、
なぜか、マルタやコレットからうらやましい、という返事がもどってはきているが。
「まあ、おまかせします。そちらで服をつくるんでしょう?
僕は別に自前のでもいいとおもうんですけど」
ちなみに、常にきている服以外にもセンチュリオン達が監修した服は多々とある。
ついでにいえば、かつてディセンダーとして表にでていたときの服も。
エミルが纏いしそれらは、彼の一部でもあるがゆえ、自在に変化は可能。
ついでにいえば、彼の内部にはこれまでの様々な服などといったもの。
そういったものもいまだにしまわれていたりする。
以前コレットに貸し出した服がそうであったように。
そんなやり取りをしつつも、どうやら採寸もおわったらしく、
「それでは、神子様、わたくしどもはこれにて。
服が仕立て上がりましたら、こちらの御屋敷にとどけるように、と指示がでていますので」
それぞれの特徴を書き込んだノートをそれぞれ手にしつつ、
ぺこり、と頭をさげてくる派遣されてきた人物達。
一方で、
「ったく。肩がこるよ。ああいうのは。
ああ。そうそう。とりあえず、あたしが調べてきたところでは。
教皇らしき人物がガオラキアの森にむかったっていう目撃情報が得られたよ」
心底つかれた、という表情をうかべつつ、そのままどかっと椅子にすわりこむしいな。
椅子にすわり、そして体をすこしばかり投げ出したのち、
目の前にいるリフィル達をみつつしいながそんなことをいってくる。
しいなはあれから、教皇がどこにいったのか一人で調べるため、
いろいろとうごきまわっており、ゆえに昨夜は一度も結局屋敷にもどってはこなかった。
「まさか、あなたがあれからずっと調べていたとはね。まさか、とはおもっていたけど」
しいなが少し調べたいことがある、といってあの場からいなくなったのはリフィルも知っていた。
まさか一晩まったくもどってもこない、とはおもっていなかったが。
「お。しいながそういうのなら、なら間違いないか?俺様も情報があるぜ?
教皇のやつ、何でもとある伯爵家を通じ、
それなりに腕のある傭兵達を数名、やとったらしいぜ?
教皇騎士団もほぼ残っていたものたちは国に制圧されているがゆえ、
教皇の傍にいるのはその傭兵達だとおもうぜ」
しいなにつづき、ゼロスが首をすくめながらいきなりそんなことをいってくる。
「?ゼロス?その情報はいったいどこから?」
「お嬢様がたの社交パーティーという名のお茶会は伊達じゃないんでね」
リフィルがといかけると、ゼロスがさらり、といってくる。
「なるほど。だからあなたは、昨夜、出かけたわけ、ね」
どうやらゼロスが女性達に節操がない、という噂も蓋をあければ意味があるらしい。
リフィルはそれだけの台詞をきいただけで、ゼロスの真意をくみとり、
おもわず感心したようにうなづいていたりする。
たしかに、女性達の交流の場、というものはあなどれない。
それはリフィルとて理解している。
何しろ噂を広めたりするのはたいてい、リフィルがしっているだけでも、
口のかるい女性達が主、とこれまでもおもっていたこと。
実際、イセリアでも一人のおしゃべり通の女性によって、
あっというまにちょっとしたことですらまたたくまに村中に広まっていた。
「…なら、ケイトもそこにいった、のかな?」
「さあな。そこまではこの俺様にも、な」
朝になり、ケイトの姿がみえない、というのもあり。
屋敷のものが総動員してケイトを探したが、結局みつからなかった。
置手紙も何もなく、突如として姿をけしたケイト。
可能性として、父親のもとにむかった可能性が果てしなく高い。
そうリフィル達はふんでいる。
エミルのみはなぜに彼女の姿がないのか理解しているが。
昨夜、クラトスにつれられ、ケイトはウィルガイアにつれていかれている。
ゆえにこの付近にいるはずもない。
それもミトスの命令、で。
しかし、自分がそういった、というのをまったく表情に出すことなく、
「ケイトさんのこともきになりますけど。いまはとにかくコレットのことですよね?」
不自然でないかのごとくに話題をさりげなく変えるようにといってきているミトス。
ちなみに、この場にはいまだに目を覚ましていないウィノナ以外の全員がそろっており、
この場にいないのは、朝方、姿をしていたケイトのみ。
「僕らのほうからは、研究院からブルーキャンドルを預かってきました。
闇の精霊との契約に必要のはずです。かの地はものすごく真っ暗、ですから」
朝、もどってきたのは何もゼロスだけではない。
たまたまばったりとゼロスの屋敷の手前にて、しいなだけでなく、
アステル、そしてリヒターとも合流しているゼロス。
そのまま、四人で屋敷にもどってきたのがついさきほど。
ゆえに、アステルとリヒターをも巻き込んで、服の採寸をうけていた。
いいつつ、懐からブルーキャンドルのはいった容器をとりだすアステル。
どうやら数本、手にいれたらしい。
あの程度の暗闇では暗闇、ともいえないのだが。
エルフ達の血をひくものならば普通に闇夜くらいの明るさ的にはみえるはず。
「闇の神殿はフウジ山脈の南に位置しているからな」
リヒターがなぜか疲れたようにそんなことをいってくる。
どうやら誰かに体を採寸される、というのはあまり慣れてはいないらしい。
「?リヒターさんは、あまり採寸とかなれてないんですか?なんか疲れてるみたいですけど」
「…ああいうのは、慣れないだけだ。
施設では、ああいう人体実験はいつもだったから、な」
「・・・・・・・・・」
リヒターが何かを思いだしたのか顔をしかめてエミルの問いかけに答えてくる。
本当に人は、とおもう。
たしかに非情なることが行われているのは把握しているが。
でなければ、あの付近一帯に負の思念がまことしやかに立ち込めているはずがない。
「とりあえず。皆、準備ができ次第、登城しましょう。
ゼロス、城の中に古代の文献がある、のよね?」
「おう。そのはずだぜ?陛下の許可はえてるから。そのまま書庫にいって問題ないかと」
すでに昨日、その閲覧の許可はうけている。
サイバックにあったミトスの即席を示した資料はかつてロイド達は目にしている。
そこには詳しいことがかかれている資料がなかった以上、
国に納められているという書物にかけるしかない。
永続天使性無機結晶症。
それは一般には百万人に一人という輝石の拒絶反応。
そのようにヒトの間では認識されている。
その認識は謝りであり、逆になじみすぎるがゆえに、輝石と一体化してしまう。
というのが真実、なのだが。
ヒトの目からみてみれば、それが拒絶反応、にみえるのであろう。
エミルはそれらの症状の理由をしってはいるが、
だからといってわざわざ教えるつもりはさらさらない。
リフィルの言葉にうなづくように、ゼロスもこくり、とうなづいてくる。
「では、それぞれ、準備をして、一階の広間にあつまりましょう。
皆、それでいいわね?ダイクの所にもよらないといけないし」
「そういえば、リリーナやタバサがまだあっちにのこってるんだったな」
すっかり忘れそうになってしまうが。
リヒターがぽつり、とつぶやけば。
「そうね。タバサ達のこともきになるし。
それに、ドワーフである彼らにきけば詳しいこともわかるかもしれないもの」
まずは、自分達で調べるだけ調べたのち、彼らに話しをきく。
ある程度の裏付けがあってこそ、今後の対策も立てられる、というもの。
「…そういえば、いろいろとあって忘れかけてたけど。
あっちにタバサとリリーナがのこってたんだっけ」
ジーニアスが忘れてた、とばかりにいってくる。
実際、二人とわかれさほどたっていないのに、ジーニアスたちからしてみれば、
かなりの日数が経過しているように感じてしまう。
それほどまでにいろいろとありすぎた。
「まあ、たしかに。以前、書庫の閲覧の許可もとめたとき。
オゼットに落雷があってうやむやになってたままでしたしね」
あのとき、許可を受けてはいたが、その直後にオゼットに雷がおち、
正確にいえばクルシスからの雷がオゼット地方を襲ったがゆえ、
あのときのリフィル達の懇願はうやむやになったままいまにまで至っている。
さすがに二度も許可を求めたので、今度ばかりはうやむや、とはならないであろう。
「そういえば、あのとき。オゼットにいってミトスを助けたんだよね」
その台詞をききマルタがあのときのことを思いだし、顔をふせる。
「あんな中でミトス、よく無事だったよね。…危機一髪だったけど」
あのとき、少しでもおくれれば、ミトスは確実に燃え盛る柱の下敷きになっていた。
ジーニアスがミトスとであったときのことを思いだし、
ぽつり、と顔色もわるくいってくる。
「え、えっと……」
ミトスは何といっていいかわからない。
そもそも、いまの言い回しだと、自分がオゼットに落雷を命じたときと、
彼らが書物の閲覧の許可をもとめていたとき。
どうやらそれが重なっていたように聞き取れる。
だとすれば、彼らのというよりはコレットの治療方法をミトス自身が後回しにさせていた。
その可能性が浮上する。
完全に結晶化してしまえば姉の器としては役にたたない。
事実、あのとき、ミトスが少しでも降り立つのを遅らせていれば、
リフィル達はあのまま、古代大戦の資料を手にし、すぐさまに動いていたであろう。
アルテスタだけの言葉、だけでなく資料、という裏付けをえて確証をもてたがゆえに。
「騒ぎになってあのときはそのまま、結局調べることもできなかったものね」
それ以後もいろいろとあり、結局、城の資料室には出向いていない。
「たしか、二階にあるっていってましたよね。あのとき、書庫は」
「おう。…まあ、大量にある、からな。あれは」
エミルの問いかけにゼロスが少しばかり遠い目をしていってくる。
たしかに、検索専用のものも何もない状態である以上、
一つのものを探し出すのに時間はかかるであろうが。
「そういえば、ボルトマンの書を探すときも、街の人にてつだってもらったっけ」
ふとエミルが思いだしたかのようにぽつり、とつぶやく。
実際あのとき、あのマナの守護塔の中にある書物の中から一冊の本をみつけだすのに、
あの場に避難してきた街の人々の手をかりた。
「ああ。そういえばそんなことをエミルいってたっけね」
しいなもふと思い出したのか遠い目をしながらいってくる。
まだあれから数カ月もたっていない、というのに。
ずいぶん前のようなきがしてしまう。
それはしいなだけでなく、ロイド達全員も共通した思いらしく、
それぞれが当時を思い出したのか遠い目をしていたりする。
「何だ何だ?」
「私、まだそのときいなかったからわからないんだよね。なんかくやしい」
そんなロイド、コレット、ジーニアス、しいな、リフィルの様子をみて、
ゼロスが意味がわからない、とばかりに首をかしげ、
マルタはマルタであの当時、まだ共に行動していなかったがゆえに、不満の声をあげてくる。
実際、マルタはリフィル達がルナと邂逅したとき、
まだ彼らの旅に同行はしていなかった。
エミルからしてみても、なぜにマルタが合流してきたのか。
いまだにもって理解不能。
あのとき、助けなければよかったのかどうか、それは定かでないが。
…まあ、どちらにしろ。
マルタの性格上、神子コレットのことをしれば、一緒にいく、といっていただろうな。
ともおもう。
でもそういえば、ともおもうのだが。
かつてのときのマルタはコレットと面識がなかった。
それどころかコレットを恨んでいた。
大樹の暴走をひきおこしたのは、コレットが再生の旅から逃げ出したからだ。
そう信じていたがゆえ。
まあ、エミルからしてみれば、精霊としての記憶を取り戻したときにおもったのは、
なぜに自分を起こしにくることなく、勝手にマナを照射したのか。
という思いがどうしても否めなかったが。
ミトスはたしかに、マナを照射する段階の準備ができたら自分のもとにやってくる。
そういっていた、というのに。
ラタトスクはしるよしもないが、ミトスはそのことをクラトスやユアンを驚かそうと、
ラタトスクも共に作業をする、という旨をあえて伝えていなかった。
だからこそ、ユアンはマナの照射ばかりにとらわれていた。
そして、それはいまも実はかわっていない。
マナを照射さえすればどうにかなる、とユアンはいまだに信じ切っていたりする。
世界をも構築するほどのマナを産みだす樹。
それを制御するものがいない状態で芽吹かせればどうなるか。
そこにまで思いはまったくもっていたっていない、らしい。
「まあ、どれくらいの量の資料かわかりませんけど。
皆で手分けしたら、みつかるとおもいますし。
そういえば、アステルさんたちは、資料室でそれらの資料をさがしたことは?」
「あった、とはおもうけど、どこにあったかまではおぼえてない。
目録にはたしかにあるから、まちがいなくそれらについてかかれているのはある。
と断言できるけど。僕は目録にのっていない本を重点的に調べてるし」
まだ誰も手をつけていない書物に真実があるのでは。
とアステルはひたすら目録にない本を探し出してはそれらを研究、翻訳していた。
そんな本の中にのっていたのがの、精霊ラタトスクに関してのこと。
エミルの問いかけに首をすくめつつもこたえてくるアステル。
「だいたい、棚ごとに分けられていますから。それくらいなら僕が案内できますよ」
「たすかるわ。アステル、期待していてよ。
王家がいうところの書庫なんてどれほどの量があるかなんてわからないもの」
それこそマナの守護塔にあった本の山以上にあるのであろう。
下手をすれば王立資料館、とかいてあったあの建物よりも多いかもしれない。
そんな中で目当てのことがかかれている一冊。
それをみつけだすには、書庫の内情を少しでもしっているものが同行していたほうがいい。
少しでも手間と時間を削減するためにも。
テセアラ城。
それは、メルトキオの要、であり、テセアラの王が住まいし地。
城にとはいり、そのままゼロスと兵士達が一言、二言会話したのち、そのまま一行は二階へと。
二階部分の一角に位置している書庫。
そこは書庫、というだけのことはあり、かなりの量がおさめられているのがみてとれる。
天井にまでとどく本棚にはぎっしりと本がならべられており、
それらの本の前には本を出し入れするためのものなのであろう、
脚立や、ちょっとした椅子のようなものもみてとれる。
そのまま本棚にいくつも長い梯子がたてかけられており、
自在にどうやらこの梯子をのぼっては、高い位置の本を出し入れできるようにしているらしい。
それでもさすがは城の中の書庫、というべきか。
部屋の中央部分には一応長机と椅子がおかれており、
そこで様々な調べ物が簡単にできる環境が整えられている。
調べ物をするときに気持ち的に圧迫感をださないためなのか、
本棚の前にはちょっとした区切りとなりし壁があり、
本棚はそれぞれアーチ方のでいりぐちとなっている穴。
その先にぐるり、と部屋を取り囲むように幾重にもつらなっているのがみてとれる。
長机の上には豪華な細工がほどこされているシャンデリアがあり、
これに明かりをともすことにより、夜でも書物がみられるようになっているらしい。
中央の部屋にはちょっとした置物などもおかれており、
マーテル教会でおなじみの女神像。
そういったものすら部屋の隅にみてとれる。
ざっとみるかぎり、支えにしているようなものは何もなく、
かといって、本の手前に保護するためのガラスのようなものもみられない。
ぎっしりと詰められているとはいえ、
すこしばかり揺れが襲えば、これらの本はまちがいなくバサバサと落ちてしまうであろう。
どうやらこれらを作成したものは、マナの守護塔のときにもおもったことなのだが、
そういった地震などといった自然災害。
そういったものをすっかり失念し、こういった本棚をそなえつけているらしい。
「…これ、いったい、何冊あるんだよ…」
茫然と、周囲をみわたしつぶやくロイドに対し、
「たしか、学術資料館が十万冊。ここが目録にあるだけで五十二万冊、かと。
もっとも、目録にない本もかなりあるので実際は百万冊近いかもしれませんけど。
禁書のコーナーを含めればもっといくかもしれませんね」
「「「げ」」」
さらり、とそんなロイドの呟きにこたえるアステルの台詞に、
おもわず短い声をあげているジーニアス、ロイド、マルタの三人。
たしかにこの一角というかこの棟の二階部分は全て書庫となっており、
この二階部分はこのためだけにある、といっても過言でなはい。
「古代大戦のことに触れたものは、そのあたりと、あそこと、あのあたりなんですけど。
それぞれ分野がちがっているので、どこにあったかまでは……」
以前に調べた記憶があるが、それがどこだったかまではアステルも覚えていない。
よくよくみれば、本棚にはいりきらなかったのか、
はたまたどこに戻していいのかわからなくなったのであろう。
いくつかの本が壁際にいくつもつみあげられているのもみてとれる。
「ふぅん」
いいつつも、エミルはてじかにあった本をひょい、と手に取りぱらぱらとめくる。
それは、ざっとぱらばらとめくっているようにみえるが、
実際はエミルはそれらの中にかかれているのを瞬時に読み取っていたりする。
そのまま、ぱらぱらとめくっては、ぱたん、ととじて、また別の本を手にとるエミル。
ヒトがどのようなことを伝えているのか、また伝えようとしているのか。
そこまでエミルは詳しくない。
こういった書物はそういった小さなことを入手する一つの手段でもあったりする。
「エミルが調べ始めてるし。私たちも調べましょう。もちろん、手分けしてね。
アステルが記憶しているところを重点的に、でも他のところに本が移動している。
ともかぎらないから、まんべんなく、ね」
「でも。先生、こんな大量の中から…本当にみつかるんですか?」
「見つけるのよ。何が何でも、ね」
不安そうなコレットにたいし、リフィルがきっぱりと言い含める。
そう、みつけなければならない。
コレットのためにも。
リフィルがきっぱりというと、
「たしかにそうだけどさ。先生。何かこう。
探し物をみつけるような便利な技とか術ってないのかよ?」
「そんな便利なもの……」
そんな便利なものはありません。
リフィルがそういおうとするが。
「え?たしかに術はあるけど」
『・・・・・・・・・・・は?』
さらり、といったエミルの台詞に思わず全員の視線がエミルに向けられる。
その視線はミトスも同様で、おもいっきり目を見開いていたりする。
「え?サーチの術、しらないんですか?」
エミルは首をかしげるが。
知っているはずがない。
そもそも、その術はヒトの世でははるか昔に途絶えて久しい技。
ついでにいうならば、いまはエルフですらつかうものがいなかったりする。
細かなことを指定するに従い膨大なマナを利用するがゆえ、
使い勝手がわるい、といって嫌煙され、いつかは使用が途絶えてしまっている術の一つ。
ちなみに、この術、簡単なものを探すのであれば、それこそ少量のマナ。
すなわち、個人の精神力だけでも使用は可能なれど、
細かなことを特定するに従い使用する精神力、すなわちマナが膨大になってくる。
ついでにいえば、精霊原語で言葉をつむいだほうが威力は増す。
昔は誰もが自在に使用していたので、それこそ気軽に。
小さな子供ですら。
ゆえに、エミルとしては何も不思議にはおもっていない。
もっとも、その昔、というのが彗星で移動している間であったり、
またこの惑星に降り立つ前であったり、という注釈がつくのだが。
ちなみに、これらを特定のものに設定することにより、それなりの技となりえる。
たとえば、お金を探したい場合は、【サーチガルド】、といった具合に。
「そんな術、きいたこともないけども……」
「そうですか?よく使われてたのがたとえばサーチガルドとかなんですけど。
ちなみに、これ、地面におちてるお金を見つけ出す術というか技ですね。
きらきらとお金がひかるからみつけやすくなりますよ。
あと、薬草とかそういったものを見つけ出すのによくつかわれてたはずなんですが」
そんなことをいわれても、リフィル達はきいたことすらない。
「特定のキーワードを入れこんだら、その文章がある本だけでも特定できますけど。
…やってみます?」
そんなエミルの台詞に思わず全員が顔をみあわせる。
こんな大量にある本の中。
たしかに特定キーワードのようなものがある本だけでも特定できれば助かりはするが。
「その場合、どういう感じになるのかしら?」
「あわく光るくらいですかね?それ自体が」
リフィルの問いかけにさらり、といいきるエミル。
「ダメでもともと。やってみてもらえるかしら?それとも何か必要なものがあって?」
「いえ。これは別に」
別に言葉はいらないが、一応やっておいたほうがいいであろう。
ゆえに。
「全てにおけるマナの意思 数多にみちる精霊達よ
我が意思のまま 我が示すものを指し示さん、望みしは原語
精霊石を示す言葉を含む言葉なり いまここに光となりて指し示さんことを サーチ」
エミルがすっと目をつむり、詠唱の言葉と力ある言葉を紡ぎだす。
「「「!?」」」
エミルの言葉とともに、周囲のマナが一瞬のうちに凝縮する。
否、凝縮したように感じられておもわず息をのむリフィル、ジーニアス、ミトス、そしてリヒターの四人。
エミルを中心として、マナが、というよりは、周囲にみちている微精霊達。
それらがまるで波紋を広げるかのごとく一気にひろがり、
そして次の瞬間。
ぽわっ、ぽわぽわぽわっ。
いくつもの本棚が突如として光だす。
よくよくみれば、それぞれ、一冊ごとの本がほのかに光を帯びている模様。
「…ほんとうだ」
光っている一冊を恐る恐る手にとりつつ、そしてまた、
ぱらばらとよりつよい光をはなつページにまでたどりつき、
そこの一部分の文字が淡くひかっているのをまのあたりにし、
唖然とした声をだしているミトス。
ミトスもこの術はきいたことがない。
ゆえに戸惑いを隠しきれない。
「この効果時間、短いですから。とりあえず、ひかってる本、全部とってきたほうがいいかと」
その台詞にはっとなり、
「と、とりあえず。ひかってるらしい本をひとまず全部ここにもってきましょう。
…エミル、その術、いったい誰におそわったの?」
「え?誰って……?」
おそわったのでも何でもない。
以前は誰もが使用していたがゆえにエミルも普通に使ったまでのこと。
もっとも、エミルからしてみれば、わざわざ術を使用しなくても、
自分で創りだすか、もしくはすぐに意識すればみつかるので、
わざわざこういった術にたよることはまずない、のだが。
「まあ。とりあえず、石を含む言葉がこれらの本の中にあるってことは。
この大量の本の中から絞られたったことで。それでいいんじゃねえの?リフィル様」
「あんた、軽いねぇ。たしかにそう、だけどさ」
ゼロスの軽い口調にしいながあきれたようにいうが。
エミルのいま使用した術はしいなとてきいたことがないもの。
しかし、たしかにゼロスのいうとおり。
この大量の本の中からある程度しぼりこめた、というのは幸い、というべきか。
ちなみに、本来、普通の存在達がこの術を使用する場合、
我が意思のまま、というところを、我が意思は求む、といわなければ
世界に漂う微精霊達への語りかけにはなりはしない
エミルだからこそ、我が意思のまま、で通用しているだけのこと。
「でも、精霊石という言葉を含んでるだけの言葉がはいってる本、けっこうありますね」
実際、いたるところで本がひかっている。
ゆっくりとではあるが光はだんだんとうすくなってきており、
たしかにエミルのいうとおり。
この術の効果時間はそうはながくはないらしい。
エミルが意識すれば持続時間の継続は可能なれど、エミルはそこまで求めていない。
本棚一つにつき、最低でも五冊から十冊以上。
アステルが示唆した古代大戦時の資料があるという棚は、ほとんどのものが輝いている。
精霊石、すなわちエクスフィアとよばれしものであり、
また、ハイエクスフィアやクルシスの輝石、とよばれしもの。
本来の呼び名ではいまの人々は呼んではおらず、
それが元々精霊石であることすらしっているものもほとんどいない。
最も、幾度もエミルがあれは精霊石だ、といっていたこともあり、
リフィル達もそれなりに納得せざるをえなくなっているのが実情なれど。
それでも、それらが本来、微精霊達が存在する手前の卵のようなもの。
ときかされても、リフィル達にはピンとこない、というのもまた事実。
そもそも、ずっとエクスフィア、とよばれしものであると信じていたものが、
まさか微精霊達の元だなどと、一体だれが信じられようか。
人は自分で見聞きしたものしか信じない傾向があり、
また、真実を目の当たりにしても信じたくないものには耳をふさぐ傾向がある。
そんなあるいみ典型的な例、といえるであろう。
「…ものすごい数があるな」
ともかく、ひかっている本をかたっぱしから集めてはみた。
いまだに淡く光っている本もあるようだが、時間とともに光はよわくなり、
やがて、始めからひかっていなかったかのように、本は元の様子にもどってゆく。
一人一人があつめた本だけでもかるく十冊以上。
「エミル。いまの術、私たちにも使用できるかしら?」
「え?できるとおもいますよ?やってみます?
リフィルさん達が紡ぐとするならば。少し言葉がかわってくるかな?
きちんと仕組みと成り立ちさえ理解できれば、力ある言葉だけで発動可能なんですけど。
これ、周囲にいる微精霊達にお願いして、目的のものを光らせてもらう。
そんな簡単な術ですし。ちなみにこの術、誰にでも使用は可能ですよ」
もっとも、その精神力の有無にもよるが。
「本来なら、誰もが自然界にみちている微精霊たちを感じることができるはずなんですけどね」
「いや、エミル、それは無理だろう。そもそも精霊を感じることができるのは。
エルフの血をひいているもの、だけのはずでは?」
「……というか、この大地にいるものの全て、元は全てエルフ達が先祖ですけど……」
つまるところ、全てのヒトは先祖をたどればエルフ達にとたどりつく。
そもそもこの地におりたったエルフ達はそう数はいなかった。
彼らが数をふやしていき、そしていまにいたっている。
わざわざエミルはヒト、という種族をこの地において創りだしてはいないのだから。
自然のなりゆきにまかしたまま、といってもよい。
「あ。それは僕もきいたことがある。この惑星にはもともと、マナがなくて、
エルフ達が移住して、大樹カーラーンを移植したから、
生命がこうしてすめる大地になったんだ、って」
それはかつて、ミトスがアクアやテネブラエたちからきいたこと。
「何?マナは全ての命の源、ではないのか?なのにマナがなかった、だと?」
そんなエミルやミトスの台詞に驚いたようにリーガルが反応してくる。
「精霊ラタトスクがセンチュリオンを統括し、センチュリオンは魔物をもってマナの偏りを正す。
文献から読み解いた僕の解釈はそうなってましたけど」
そんな二人にたいし、アステルが興味深層にエミルとミトスをみてみるが。
「そもそも、魔物がマナを正している、というのが俺からしてみれば信じられないんだけど」
そんな彼らの会話にロイドが疑問をもってしていってくる。
「でも、実際、いつのまにかマナの偏りは修正されていますからね。
何でしたら根拠となった様々な資料をみせるよ?」
「え、遠慮しておく……」
にっこりとほほ笑むアステルの台詞に、ロイドがおもわず何やらひいているが。
一方で。
「あら。興味があるわ。アステル、あとでみせてもらえるかしら」
「ええ。いいですよ」
リフィルはリフィルで逆に興味をそそられた、らしい。
「元々、この世界というか惑星は、マナ、という概念が存在しなかったんです。
瘴気に覆われ、いまにも惑星が滅びそうになっているところに、
彗星、ネオ・デリス・カーラーンよりマナがこの惑星に供給され、
そしてあるとき、エルフ達とともに大樹カーラーンがこの惑星におりたった」
「それは僕もしってるよ。エミル。そして、大樹カーラーンの精霊は、
当時、この地上にいた魔族達を瘴気ともども地下に封じ込め、この惑星の寿命をのばした。
でも魔族達は地上を再び自分達のものにしようとし、常に人々の心の隙をねらってるって」
「?それって、もしかして、魔族とかいう奴らをおいやった、ってこと?何で?」
「マナと瘴気は反物質同士。反発してどちらかがきえるか、強いほうがいきのこる。
それに、魔族達が糧とする瘴気はこの惑星そのものにとっても毒。
瘴気におかされているままなら、きっとこの惑星も長くはもたなかっただろうね」
それは事実。
だからこそ星が悲鳴をあげていた。
「うん。僕も以前そうきかされたよ。だからセンチュリオン達と魔物達が、
元々マナの存在しなかった世界を安定させてるんだって」
そこまでいい。
「…エミルは誰からそれ、きいたの?」
戸惑いを含んだミトスの表情。
普通は知るはずもない。
ミトス達ですら、センチュリオン達からきいてしっていた真実。
「ヒトは自分達に都合がわるい、とおもったらいつも忘れ去ってしまってるからね。
ただ、僕は知っている。それだけ、だよ」
「それ、答えになってないんじゃあ」
そんなミトスに優しくほほえみ、そういうエミルにたいし、
ジーニアスが不満げにいってくるが。
エミルからしてみても、それ以上、どうしてなのか説明するつもりはまったくない。
「古代のことは僕も興味があるんだけど。マナがなかったって。
エミル、ミトス、詳しく知ってたらおしえてくれないかな?
それって文献にものってないし、伝承にもなかなかのこってなくて。
魔界の存在、というのは残っていてもさ」
アステルがそんな二人にたいし、目をきらきらさせて問いかけてくる。
「僕が以前きいた話しによれば、
元々この大地というか惑星にはマナは存在してなかったらしいよ」
センチュリオン達いわく、本来、マナにあふれる世界は、
自分達がうけとった大いなる実りとよばれし種子から誕生する。と。
大樹を核として世界というか惑星が生み出される、と。
しかしこの惑星はそうではなかった。
そのようにミトスはかつてアクアからきいている。
「ネオ・デリス・カーラーンという彗星から降るマナが大地に蓄積し、
マナを産む大樹カーラーンがこの地に植えられてから環境がかわったって」
そして、そのとき、精霊ラタトスクは扉をつくり、魔界と地上とをわけた。
これ以上、魔族達に地上を、というか世界を壊されないために。
いつかは元の理にもどることもあるとはおもうけど、いまはまだそのときじゃないし。
そういっていたかつてのアクアの台詞をミトスはふと思い出す。
「それって、どれくらい前の話しなの?」
マルタがきになるのかそんなことをといかけてくるが。
「さあ?たぶん、最低でも一万年くらいは前じゃないのかな?」
「え~と…どれくらいたつのかなぁ?
いまのヒトが古代大戦ってよんでた戦争が四千年前でしょ?
当時から二千年前が天地戦争って呼ばれた時代があったし。
その前の…うん、約大体七万年前ってところかな?」
ミトスにつづき、さらっと何やら指おりかぞえながら首をかしげていっているエミル。
『・・・・・・・・・・・・・・・』
さらり、といわれたエミルの台詞に思わず全員が一斉にだまりこみ、
驚愕したようにエミルを凝視していたりするのだが。
エミルはそれに気づかない。
さらり、というような台詞ではないとおもうが。
絶対に。
ゼロスなどは、あちゃ~というような表情を浮かべていたりする。
普通、さらっと答えられるような台詞でなはい。
それは言外にエミルが精霊とかかわりがある、もしくは当人だ、といっているようなもの。
ちなみに、エミルがいっている七万年前、というのは。
惑星デリス・カーラーンから、彗星を通じ宇宙空間にただよいし数多の星をみているとき、
この地から助けて、と助けを求められたときを指し示していたりする。
つまりは、始まりの時間帯。
それから百年に一度という彗星の周期をうみだして、百年に一度づつ。
この惑星に干渉していた。
ゆっくりと、当時いた精神生命体達に更生をうながすべく。
結局、彼らは更生することなく、逆に星の命をちじめていっていたのだが。
だからこそ、反物質たるマナをよりおおくこの惑星上にとふりそそいだ。
これ以上、彼らが増長し、この惑星の命を消滅させたりしないように。
「天地戦争。とよばれた戦争があったのは遺跡がみつかったのでしってますけど。
どんな戦争だったのか、いまだにわかってないんですよね」
「うむ。眉つばだ、という意見がもっぱら、だな」
アステルがいい、リヒターもまた同時にそんなことをうなづいてくる。
「…一万年だの、七万年前だの、気の遠くなるような話しだな」
しかし、とおもう。
そんな詳しいことをしっているエミルにしろミトスにしろ。
やはり何かある。
そう確信をもたざるをえない。
ぽつり、とつぶやいたリーガルはその視線をリフィルにとむける。
リフィルもいまの二人のいい分に感じたところがあるらしく、
リーガルの視線にかるくうなづきをみせていたりする。
「ま、昔のことなんかどうでもいいさ。
とにかく、いまはこの本の中からみつけださないと」
うんざりするほどの本の山。
特定の言葉がはいっているかもしれないという本だけでざっと百冊近くある。
ロイドが考えるのは無駄、とばかりにあっけらかん、といってくる。
「ロイドって。いつも難しい話しとかになったらさらっと話題をかえるよね。もしくはねちゃうか」
そんなロイドにあきれたようなジーニアスがといかけるが。
「む。だって、いまは関係ないだろ?いま必要なのはこれらの中かに見つけ出すこと。違うか?」
「…いえ、違わなくてよ。それで、エミル。さっきの術、なんだけど」
「え?あ、はい。そうですね。
紡ぐ言葉は周囲の微精霊や、あとはこの本に宿りし微精霊達にむけて、なので。
それらの微精霊達に語りかけるように言葉をえらんで、
その言葉一つ一つに力をこめて問いかければ、答えてくれるとおもいますけど」
「……それは、かなりの精神力をつかわないかしら?それだと」
「さあ?」
ヒトがどれほどの精神力を利用するのか、そこまでエミルは把握していない。
微精霊達が率先して協力すれば力は少なくてすむし、
またそうでなければ自力の力でのみの検索となる。
「この山の中から探し出すの…むずかしくない?皆、無理してさがさなくてもいいよ?」
そんな彼らにむかい、コレットが何とも申し訳なさそうにいってくる。
この中に本当に自分の症状を治す方法がかかれているのか。
それすらもわからないのに。
こんな百冊以上の中からたったの一つを見つけ出すなど、それこそかなりの重労働。
「何いってるんだよ。コレット」
そんなコレットにロイドがおもわず声をかけるが。
「だって、量が量、なんだよ?ロイドは特に本とかみてたらねちゃうし」
「「たしかに」」
さらっといったコレットの台詞に
思わずうなづくようにして同時につぶやくリフィルとジーニアス。
「だから、ロイドに私は負担を…って、きゃぁっ!?」
こけっ。
本をひたすらにつみあげているほうに歩いていこうとし、
その足元にあった一冊の本にかるくけつまづき、その場にてこけっと、こけてしまう。
コレットがこけた反動で、その場に積み上げていた十数冊の本の山。
それらの二つの山が同時に崩れ、そのままどさどさと本が床にとおちてくる。
「こ、これは!?」
勢いよく崩れた本の中の一冊。
それが偶然にもリフィルの目の前にどさり、とおちて、思わずそれを手にとるリフィル。
驚愕したのはそこではない。
リフィルの目前におちてきた一冊の古びた本。
その落ちてきたときの衝撃で開いたページにかかれている文字。
リフィルはそれをみて目をみひらき思わず叫ぶ。
「これは、天使言語?いえ、エルフの古代の文字ね。まって。皆、おそらく間違いなくこれだわ」
ざっと目にはいった言葉は、クルシスの輝石の浸食。
その一文。
ゆえにあわててリフィルがその本を床からひろいあげ、
そのまま机の上にある本の全てをとりのぞき、
その中央に大きくひろげる。
そして、目をかがやかせ、机の上においた本をむさぼるようにして読み始める。
「…コレットのドジは本当に祝福されてるみたいだね」
コレットがこけて目当ての本がみつかった。
そのことにしいなは苦笑せざるを得ない。
悪運の加護をもちしコレットは当人は知らないが、あるいみ先祖返りといってもよい。
「あ~。変にステラの…」
「え?」
「あ、何でもない」
あの加護をあたえたのは、かつてのステラ・テルメス。
コレットはあの子供に与えた加護がより強くでているといってもよい。
ぽつり、とおもわずその名を紡ぎそうになったエミルの台詞をきき、
首をかしげつつ目ざとく女性の名、というのを感じ取ったのか、
マルタがといかけ、エミルはあわてて言葉を濁す。
「まちがいないわ。これね」
リフィルがざっとむさぼるようによみすすめ、確信をもってそういえば、
「…まさか、このような形で手がかりがみつかるとは、な」
リーガルとてこんな結果は予測していなかった。
「いいなぁ。その運、わけてほしいよ。探し物したりするときらくそうだよね」
「…アステル、そういう問題か?」
そんなコレットの悪運を目の当たりにし、アステルが感心したようにつぶやいているが。
そしてまた、そんなアステルにたいし、リヒターがため息まじりに何やらいっているのがみてとれる。
「いい。読むわよ。
【クルシスの輝石の浸食を防ぐために、マナの欠片とジルコンをユニコーンの術で調合し、
マナリーフで結ぶルーンクレストを作成した。
中枢にマナリーフの繊維を利用することでバグによりクラッキングから…】
…ああ、ここから先は原理になるのね」
そこからは、延々とそれによっての原理らしき言葉がつづられている。
「ええと、つまり。
やっぱりマナの欠片とジルコンと、ユニコーンの角があればいいのかな」
アルテスタがいっていたように。
ジーニアスがそんなことをおもいつつ、指をおりつつ、リフィルに確認をこめて問いかける。
「あとはマナリーフ。ね。このあたりはアルテスタからきいたこととかわりないわね。
どうやら彼のいっていた品で間違いないようだわ。
それらでルーンクレストとかいうものをつくって
要の紋にとりつけることで輝石の働きを抑えることができる。と、これにはかいてあるわ」
原理なども書かれているが、
大まかリフィルが説明しているような内容が、この本にはかかれている。
ちなみに、この本にはきちんと、クルシスの輝石とよばれしものの正体。
すなわち、精霊石に対する普及もなされていたりする。
つまり、精霊石とよばれしその石に宿りし微精霊達を狂わすことによりその力を利用する。
それが後にクルシスの輝石、ハイエクスフィアとよばれしものである、と。
「そんなもの、だれがつくるの?」
それは素朴なるマルタの疑問。
「そりゃ、アルテスタか、ダイクってドワーフじゃねえの?ロイド君、その技術もってないんしょ?」
ロイドがその技術を継承しているのならば、
プレセアの要の紋のように作成することは可能、であろうが。
そして、今現在、アルテスタは国に囚われているが、
その人格はタバサの中にと存在している。
つまるところ、タバサの体でアルテスタの技術が使用できる、といってよい。
マルタの疑問にもっともらしく、ゼロスがすかさず突っ込みをいれてくる。
「コレットさんの体はどうなってしまっているのですか?」
プレセアとしてはそれが気にかかる。
コレットの症状。
それはプレセアにとっても人ごとではない。
いつ、プレセア自身もかかる、ともかぎらない。
それほどまでに自分のエクスフィアはクルシスの輝石というものにちかづいている。
らしい。
らしい、というのはあのケイトがそういっていたがゆえ、なので、
プレセアとしてはあまり実感はないのだが。
もしもそうだとすれば、いまの要の紋では心もとないかもしれない。
それは、不確定要素でしかない不安、ではあるのだが。
「永続天使性無機結晶病、とかいてあるわ。アルテスタの診断通りね」
アルテスタにいわれていた症状の病名。
それがこの本にはかかれている。
リフィルが本に目をおとしつつ、そしてゆっくりと言葉を選ぶように紡ぎだす。
「これには全身がクルシスの輝石になってしまう病気、とかかれているわ」
「っ」
その言葉をきき、思わずマルタが声をつまらせる。
それは、それは、エグザイアできいた、リフィル達の父親。
その父親がなった、という症状そのものではないか、と。
リフィル達はその事実をきかされていないのか、それに触れる様子はないが。
しかし、マルタはあのとき、その事実を聞いている。
マルタだけがその事実をしってしまったのかどうか、マルタにはそれはわからない。
わからないが、あまりのことに誰かにいうこともできずにいまにまで至っている。
それはあの街の住人達からきいた言葉。
十年前の出来事。
それはエグザイアの人々にとって、いまでも心に影をおとしている出来事。
クロイツという人間が、結晶化し、そして狂い、危害をくわえ、
あげくは自殺をした、というその出来事。
そしてそのクロイツもまた、ケイトの実験に利用された一人。
あの母娘のやりとりの中で、マルタはその事実をしってしまった。
――十数年前のあの出来事。クロイツさんが結晶化してしまったあのとき、ね。
そうたしかに、あの娘となのった女性は小さくつぶやいていた。
「とにかく、希望がみえてきたってことだよな。
あとはなら、マナ何とかってやつと欠片を手にいれればいいんだし」
ロイドが目をかがやかせ何やらいってくるが。
本当にきちんと理解しているのかどうかがかなり怪しい。
そんなロイドの言葉をうけ、
「でも。あまり時間はなくてよ。これにかかれているのだけども。
全身がクルシスの輝石になってしまう病気。
永続性天使性無機結晶病は最終段階の皮膚結晶化の発症から。
およそ数カ月程度で全身が輝石になってしまう。とそうかかれているわ。
…完全に皮膚が輝石化すると、次は内臓器官が輝石化して、最終的には……」
そこまでいってリフィルが言葉を区切る。
これをいってしまっていいものか。
しかし、すでにコレットはその症状が表にでている。
皮膚の輝石化、という症状が。
リフィルが言葉を詰まらせたのをみて、悟るところがあったのであろう。
「…死ぬ、んですね」
「!?」
その事実におもいいたらなかったのか、ぽつりといったコレットの台詞に
ロイドがおもいっきり大きく目をみひらいてくる。
「とりつくろっても仕方ないわね。その通りよ。
護符でどこまで抑えられるのか、また抑えられるのかもわからないけども。
でも、時間がない、というのだけは事実よ」
マーテル教の護符というものが効力を発するのかどうかはわからない。
しかし、少なくとも少しは効果があるはず。
そうリフィルは信じたい。
でなければ、これまでの救いの旅。
これまでいた数多の神子の中で同じような病状がでたものがいなかった。
とはいいきれない。
普通、神子の再生の旅は一年以上はかかってしまう。
少しでもそういう懸念があるのならば、病状を緩和する何か。
それらをクルシスが考えていても不思議ではない。
神子がマーテルの器となるべき新たな肉体、というのならば、
救済処置はかならずどこかにあったはず。
コレットは元々死の覚悟ができていた。
だからこそ、リフィルもきついようないいかたかもしれないが、きっぱりと真実のみを口にする。
「そんな……嘘、だろ?」
ロイドが茫然と何やらつぶやいているが。
本当にどうやらそのことにまで考えが及んでいなかったらしい。
「だったらいそごうぜ。かわいい子はより、長生きしなくちゃあな」
あっけらかん、としたゼロスのものいい。
「お前な!こんなときにっ!」
そんなゼロスにロイドがくってかかろうとするが。
「もう。ロイド。いまはゼロスにくってかかってるときじゃないよ」
「うん。いい方はともかく、ゼロスのいってることは正しいよ。
だって、コレットに長生きしてもらいたいっていってるんだし」
「うっ」
そんなロイドにあきれたようなジーニアスと、そしてマルタの声が同時にむけられる。
「本当に。あなたはもう少し考えて言葉をいうのをきちんと学びなさい。
つい昨夜もいったばかりでしょうに」
「…ごめん」
考えなしの言動でミトスを傷つけたのは、つい昨夜のこと。
それを自覚しているがゆえに、ロイドは何ともいえない表情をうかべてしまう。
「ほんと。ロイドって、そのときでは反省したようにみせるけど。まったく凝りてないよね?」
「うん。ロイドの反省って、諺にある”反省だけなら猿でもできる”だよね」
「うっ」
エミルにずぱり、といわれ、
そしてそんなエミルにつづくようにジーニアスもたたみかけるようにいい、
ロイドとしては言葉をつまらすより他にない。
彼らがいっているのは事実だ、とわかっているがゆえに反論もできはしない。
そんなあるいみ漫才のようなロイド達のやり取りをさらり、と無視し、
「残りの材料はどこにあるんでしょうか?」
淡々とリフィル達にと質問をしているプレセア。
「ジルコンは、我が社からすでに取り寄せているから問題はないな」
かなり始めのころにリーガルは社にたちよったときに手にいれている。
「ユニコーンの角はユニコーンホーンがあるから問題なくてよ。
あと、マナリーフはまちがいなくヘイムダールにあるわね。
あれは魔術の触媒、として利用されているはずだもの」
リフィルが思いだしつつ、言葉をえらびらがらリーガルにつづきいってくる。
「?ヘイムダールって、それって姉さん、エルフの里?」
「ええ。そうよ。エルフの隠れ里。ヘイムダール。
子供のころ、たしかその名を聞いた覚えがあるもの。魔術の触媒に利用しているって」
ジーニアスの問いかけにこくり、とうなづくリフィル。
いまだにロイドが多少いじけているのがみてとれるが、
リフィルもまた、そんなロイドはさくっと無視することにきめたらしい。
「陛下の許可をもらっておいてよかったな。やっぱり。
本来、ヘイムダールはエルフ以外の立ち入りを禁止している村だし。
いまじゃ、テセアラ王の許可証をもつものだけが入れるみたいだけどな」
そんな彼らの会話をききつつ、うんうんとうなづき、
俺様、いいことしたよなぁ。
とばかりにそんなことをいっているゼロス。
言葉の端々に自画自賛しているのだろう、という感情がとてつもなく見え隠れしているのは、
おそらく気のせいではないであろう。
「そういえば、何でそんなことをしてるの?」
それは素朴なるマルタの疑問。
なぜに許可証をもっているものでなければはいれないのか。
それがマルタとしては気にかかる。
「いまから十数年前、人間との間にいざこざがあったらしいぜ?」
そんなマルタの疑問にこたえるかのように、ゼロスがさらり、といってくるが。
「…お父様の一件のことね。大きな騒ぎになったもの」
そんなゼロスの台詞をうけ、ぽつり、とつぶやくリフィル。
自分を求めていた、という国の研究機関。
そしてそれに逆らった両親。
リフィルはあのとき、父親が密告された、という認識でしかなかったが。
「それまでは、すくなくとも人も、ハーフエルフも里で過ごすことはできていたもの」
「…姉さん……」
顔をふせ、そういう姉の台詞にジーニアスは何といっていいかわからない。
「私は、何もしらなかった。いえそれはいいわけ、ね。知っていれば、私は…」
家族をまもるために、研究所にでむいていたかどうか。
それはリフィルにもわからない。
しかし、まちがいなく出向いていたかもしれない。
あいつらは、目的のためならば、家族のものを殺すくらい簡単するからな
「おまえたちの両親がお前をまもるために逃げ出したのは当たり前だったのだろう」
そんなリフィルの言葉に思うところがあったのであろう。
めずらしくリヒターがリフィルをねぎらうような言葉をなげかけてくる。
それはリヒターにしては珍しいらしく、
アステルまで珍しい、とばかりに目をみひらいていたりする。
ああ、リヒターはたしかにこういうところがあるからな。
エミルはそんなリヒターを苦笑しながらながめていたりするのだが。
エミル、として記憶がなかったあの当時。
ことあるごとに、理由はともあれ、リヒターはエミルの手伝いをしてくれていた。
時にははげまし、人に虐げられるしかなかった自分に活をいれたのもまたリヒターであった。
彼の言葉がなければ、記憶を取り戻すまでまちがいなくエミルは動かなかった。
そんな変な自覚があるだけに苦笑せざるをえない。
「リヒター…そういってくれてありがとう。
でも、私のせいで定住できずに流浪していたのも事実、なのよ」
そして、母はあのように心を壊してしまっている。
何ともいえない空気がその場に一瞬たちこめるが、
「え、えっと。昨日もらった、エンブレムが活躍するってことだよね」
とりあえず無難な言葉をつむぎだす。
昨日、国王から王家のエンブレムというものを預かっている。
それをもっているものは、国の代表者だ、と。
そんなエミルに賛同するかのように、
「マナリーフは何とかなるとしてもさ。問題なのはマナの欠片だよ
どんなものかすらあたしにも検討がつかないんだけど」
しいながこれ幸い、とばかりにエミルの話題にかぶさるようにいってくる。
しいなからしてみれば、通夜のような雰囲気になるのはあまり好ましくない。
それゆえの機転。
「それは俺にもわかんねえよ。みたことないし」
ようやく立ち直ったのか、はたまたいまのリフィルの会話に思うところがあったのか。
それはわからないが、ロイドもしいなの台詞をうけ、
首をかしげつつそんなことを何やらいってくる。
「マーテル教の経典にこんな一文がたしかありました
母なる大地デリス・カーラーン。
その巨大なるマナは地上にそれらを欠片とふせら、ありとあらゆる命を産みだした」
そんな彼らの会話をききつつ、コレットが思いだすようにして言葉をつむいでくるが。
「うむ。さきほどエミル達がいっていた内容のそのまま、だな」
さきほど、エミルとミトスの口からそのようなことが語られたばかり。
そしてそれはマーテル教の経典にもかかれていること。
「つまり、それってやっぱりデリス・カーラーンにあるってことなんだよな?」
確認するかのようなそんなロイドの問いかけに、
「…ネオ、が抜けてるんだけど」
あの彗星に移住するにあたり、人々がかの彗星に名をつけたもの。
本来の彗星の名はそれまでは異なっていたが、移住するにあたり、ネオ、がつけられた。
移住したものたちにとっては次なる母なる大地になるのだから、と。
もともとの大地の名をとり、ネオ、すなわち次代、という名をつけたかつての記憶。
いつの時代からどうやら、彼らの認識はかの彗星の名は、ネオ・デリス・カーラーン、
ではなく、そのままデリス・カーラーン、
すなわち。
かつての惑星のままの名前と混合してしまっているらしい。
「敵の本拠地ってことか」
リーガルが難しい顔をしてそんなことをいってくるが。
そんな会話をききつつ、何か思いだしたらしく、はっとした表情をうかべ、
「敵、といえばさ。きになる話しをきいたんだけど」
しいなが、おそるおそるといった具合になぜか手をあげてそんなことをいってくる。
それはいまここでいう必要があるのかどうか迷っている、そんな感じをうけなくもない。
「何かしら?しいな?」
しいなの態度に思うところがあるのであろう。
リフィルがそんなしいなの言葉の先をうながすべく声をかける。
「いや、今朝、王都にもどってきたとき。子供達からきいたんだけど。
昨夜のこと、子供達が、夜、天使をみたっていうんだよ」
「天使?」
と誰ともなくつぶやき、その視線をゼロスとコレットにむけているロイド達。
「それがさ。きらきらと光る青い翼をもっていたっていってたんだけど」
そこまでいってしいなが顔をしかめる。
青い翼をもっている天使。
それで思い当たる天使といえる人物は彼らには一人しか思い浮かばない。
「青い…」
「翼?」
「…っ、クラトスか?!」
ジーニアスがぽつり、とつぶやき、マルタが首をかしげ、
そして、はっときづいたように思わずさけんでいるロイド。
あのとき、救いの塔でみたクラトスの翼。
それはいまだにロイド達の脳裏にこびりついている。
「可能性はあるとおもうよ。クラトスだったとしたら。
なぜクラトスがこんなところにいたのかもきになるし。
それに、ケイトのこともあるしね……
彼女が外に出たのを誰もみたものがいないんだよ
排水溝の出口からでたものもどうやらいないらしいしね。
あそこにも念のためにどうやら兵士は見回りとして、見張りについてるらしいし」
しいながきいたところ、あの日、夜にあの出口からでたものも、
また門くぐったものもいなかったらしい。
それ以外の場所から外にでていれば定かではないにしろ。
「セバスチャンのいっていた、探してもケイトがみつからなかった。
その言葉をいまおもいだしてさ。もしかしたらって……」
「可能性、はなくはないわね。
ケイトはクルシスの輝石を人工的に生み出す実験をしていた。
それがクルシスの耳にはいったとしたなら……」
「なら、どうだっていうのさ。先生」
リフィルにといかけるロイドの声は無意識、なのであろう多少震えている。
「捕らえられた、可能性もなくはないわ」
「「そんなっ」」
悲鳴に近い声をあげたのは、マルタとコレット、ほぼ同時。
「調べてみる必要があるかもしれないわね。
もしも、そうだとするならば。ケイトは強要されて、今度はクルシスで。
エンジェルス計画を実地しかねないもの」
「…それって、私のような被害者が増える、ということ、ですよね」
「…母さんの被害者がまた……」
ぽつり、とつぶやくプレセアの台詞に、
ロイドがぎゅっとその手につけているエクスフィアを手の甲ごとにぎりしめる。
「どうする?ダイクの家にたちよったあと、
エルフの里に行くか、それとも、敵の本拠地にのりこむか」
「ケイトのこともある。敵の本拠地にのりこんでみよう」
「そうだな。懸念事項ですませられればいいが。もしもしいなの懸念があたっていれば。
それこそまたアリシアの悲劇が繰り返されかねない」
「きまり、ね」
クルシスの拠点、とよばれる場所にいくのに不安がないわけではない。
しかし、だからといってもしかしてクルシスに囚われたかもしれないケイトをほうっておく。
そういうわけにもいかないであろう。
懸念だけですめばいいのならば、真実とするならば。
本家ともいえるクルシスの技術がくわわった実験がどんな結末をむかえるのか。
それはリフィルとて考えたくはない。
レアバードを利用し、再びシルヴァラントへ。
結局のところ簡単に準備をすませたのち、ひとまずダイクの家へむかい、
そこにてコレットの護符をつくってもらう、というので話しはまとまった。
その後に、敵の拠点だというクルシスに向かう、というので話しはまとまっており、
救いの塔からおそらくかの地にはいけるはず。
ゆえにシルヴァラントからいけない場合はテセアラ側からいってみよう。
ということにて話しはまとまった。
「お。ロイド、それに皆も、もどってきたのか?」
ふと、聞きなれた声がする。
ダイクの家に近い場所にレアバードをおろし、家にむかっていた今現在。
ふと、目の前から聞きなれた声がし、ふとみれば、森の中からでてくるダイクの姿が。
そしてまた。
「あら。みなさん」
そんなダイクの背後から、なぜかリリーナの姿もみてとれる。
その手には籠らしきものがもたれており、内部には様々な山菜らしきものがいれられている。
「アステル。それにリヒターも。久しぶり。もどってきた、ということは。
無事にベルセリウムは手にはいったのかしら?」
希少なる生きている鉱石、とダイクやアルテスタからリリーナはきかされている。
マナが豊富にある場所でしか生息していない、とも。
「うん。もどったよ。リリーナのほうは問題なかった?」
そんなリリーナにアステルが気づかうように声をかけるが。
「こちらは別に。ああ。そうそう。皆さんがいない間にこちらもそれなりに情報をあつめてみましたわ」
たまたま、このあたりに旅の一座だという一行が訪れ、
そこで会話の最中、精霊アスカのことを耳にはさんだ。
「まあ、立ち話も何だ。家にこい」
たしかにこのままこの場にて立ち話をしていても意味はない。
「あ、親父。ベルセ何とかってやつを手にいれたんだけど……」
「おう。そうか。念のために、そこの嬢ちゃんとお前のぶん。
コレットちゃんだけじゃなくてつくっておいたほうがよさそうだしな。
小さな欠片でもあれば十分にあれは事足りるからな」
タバサを核として現れているアルテスタからきいたところ、
あのプレセアとかいう桃色の髪の少女もまた、疑似的なクルシスの輝石。
それに近いものであるらしいという。
つまり、ロイドのもちしエクスフィアと同じような過程でつくられているものだ、と。
ならば、クルシスの輝石によってあらわれるという症状が、ロイド達にでてもおかしくない。
ゆえに、ダイクと【アルテスタ】は彼らが戻ってきた場合、
最低でも三つの護符をつくることを決めていたりする。
もっともそんなことをロイド達がしるよしもないのだが。
彼らが出かけたのち、ダイクはアルテスタの人格ととことんはなしあっていたりする。
そして、その結果、アルテスタがクルシスでおこなっていたこと。
また、村人を人質にされ、再びエンジェルス計画に手をかしていたこと。
そしてロイドの母親もその実験に利用されていたことなど。
姿形は違えども、ダイクにとってアルテスタは同族。
たとえその姿が人工的な人形であり、いま話しているのは、アルテスタの記憶と人格。
それを投影しているいわば分身のようなものでしかない、とわかっていても。
一人でこの地に住んでいたダイクにとって同族との邂逅、というものはかなり新鮮。
かつてはかの鉱山に同族はかなりいたのだが、あるときを境に彼らはいなくなってしまった。
ダイクもあのときさそわれたが、自分は地上にとのこることを選んだ。
その選択にダイクとしては後悔はない。
もしも自分が地上にのこっていなければ、あのままロイドは死んでしまっていたであろう。
否、ノイシュがどうにかしていたのかもしれないし。
もしかしたら自分が彼らを保護したのち、父親がやってきたのかもしれない。
あのとき、たしかにあったはずのロイドの小さな靴。
それがあの場からなくなっていたのだから。
それはもしも、でしかない。
しかし、アルテスタの口から、ロイドによくにた男性のことをきかされた。
クルシスからの使いだ、といったその人物。
特徴をきけばきくほどロイドによく似ていた。
そしてそれは、ロイド達とともにというか、神子の護衛として雇われていたはずの人物。
あのクラトス、という人物とかなりかさなった。
あの日、アンナの墓に小さな花がそえられていた。
ダイクがそなえたわけでもなく、そしてロイドがそなえたわけでもない、というのに。
そして、あの始めて彼がここにやってきたとき、
彼がじっと墓の前でたっていたのをダイクは知っている。
まさか、とおもう。
もしかして、あのクラトス、という人物は、ロイドの…と。
それは憶測でしかないが、しかしそうおもってみれば二人はとてもよくにている。
その赤みがかった髪も、そしてその面影も。
当人に確認したわけではない、が。
ダイクがそんなことを思っているなど当然気付くはずもなく、
「そうなのか?親父?」
首をひたすらにかしげてダイクにといかけているロイド。
そんなロイドの頭をくしゃり、となでつつ。
「まあ、今晩はゆっくりしていけ。すくなくとも、護符をつくるのに一晩はかかるからな」
すでにエンジェルアトボスの殻でつくりし糸は作成しおえている。
必要な材料も彼らがもってきたベルセリウムでことたりる。
そんな二人の会話をききつつも、
「あとで皆さんに、私が調べた精霊アスカに関しての情報らしきもの。それもお伝えしますね」
「助かるわ。でもよく情報が手にはいったわね」
精霊アスカに関してはとことん情報がないといっても過言でないというのに。
「そういえば。精霊ってのは一つの場所にずっといるってもんでもないんだね。
精霊の神殿にいつも精霊がいたから常にそんなものばかりとあたしはおもってたよ」
そんな彼らの会話を聞き、しいなが首をすくめていってくる。
「あれはどちらかといえば、あの場に捕らえられていたから、じゃないの?」
事実、精霊達はあの場に契約、という楔をもってして捕らえられていた。
かつてのクレーメルケージのように完全に自由を奪い力だけを使用する。
そのようなものでなかっただけましといえばましなのであろうが。
しいなの台詞にエミルがさらり、とそんなことをいってくる。
「そうね。おそらくはそうなのでしょうけど。 それにしても、実に興味深い存在だわ。
何とか捕獲して調べることができれば……」
「あ、あんたねぇ!そんなことはせないよ!コリンはそういうのが大っきらいだったんだから」
「・・・リフィルさん。
そんな知的好奇心の末に世界が滅びかねるっていうの失念してません?」
何かを思案するように、それでいて目をかがやかせていってくるリフィルにたいし、
しいながおもわずくってかかる。
一方でそんなリフィルにあきれつつもエミルが念のために忠告をしておく。
かつてトールの民達はアスカを捕らえ、その力を利用した。
リフィルがいっていることは、それの再現、否、この時代からいえば、
それを偶発しかねない意見といってもよい。
「わかっていてよ。わかっては。わかってはいるんだけども。
精霊、という存在にたいし、学術的興味が……」
「・・・・・・・・・・・・・」
リフィルのそんな台詞にエミルは黙り込むしかできない。
というか、そういえば自分が精霊とわかったあのときも、
リフィルはいろいろと質問してきたな。
あのときの自分には答えられる記憶がまったくなかったので、
それらの質問はすべてテネブラエにマルナゲにしていたが。
「…はぁ。それでこれから契約する他の精霊や、アスカが逃げ出したりしなけりゃいいんだけどね」
「あら。精霊をしることは、世界をしることよ」
「…リフィルさん、ほどほどにしておいてください、ね?」
あまり度をこえる、と判断できるようならば、いくらリフィルとてエミルは容赦するつもりはない。
まあその前にかなりつよいお灸をすえるつもりではあるが。
だからこそ一応、忠告をかねてエミルはいっておく。
「精霊アスカ、か。以前にもいったけど、リンカの木。その群生地。
それをみつけださないことには、ね」
あのとき、絶海牧場をでたあと、精霊アスカからいわれた台詞のこともある。
――あなたがたが見事、私を呼び出す方法をみつけ、
儀式にのっとって呼び出したのであれば、ルナとともに契約は交わしましょう
あのとき、去り際にそう精霊アスカとおもわれし光る鳥はそういってきた。
リフィルがあのときの台詞を思い出しながらそんなことをいってくる。
「ノヴァって人達からきいたのですけども」
道すがら、ぽつり、とつぶやくようにいってくるリリーナ。
何でもノヴァという人物はここシルヴァラントでは知る人ぞしる有名人、であるらしい。
そう一言注意をいれ、
「旅から旅をしているらしいんですけど。そのときに、彼らが光る鳥らしきものをみた、と」
「ノヴァ。有名な生物学者、ね。たしか旅から旅をしているとか。
彼の発表した世界の動物のまとめはたしかにすばらしいわ」
リリーナの言葉に思うところがあったのか、
「私もあってみたいものだわ。その学者に」
「次はトリエットの砂漠のほうにいくとかいわれていましたけど。
何でも砂漠で目撃されたという巨大ミミズらしきものを調べにいくとか」
リフィルが感心したようにつぶやけば、それにこたえるようにいってくるリリーナ。
いつのまにか歩きながらもダイクの家についており、中からあらわれるタバサの姿。
「うん?もどったのか?」
しかし、タバサの口から発せられるは、あいかわらずアルテスタのもの。
「…あいかわらず、違和感がすざましいよな。それ」
理由は一応きかされたが、タバサの顔でアルテスタの声がでる。
それにたいしかなりの違和感を感じてしまう。
ミトスなどはおもいっきり顔をしかめていたりする。
ミトスからしてみれば、姉の顔で他人の声がでるのが許せないのであろう。
無意識なのであろうが、ぎっとその手を強くにぎりしめているのもみてとれる。
ロイドがそんなタバサにたいし、呆れたようにいえば、
「うむ。意識を表にだすときは、タバサに負担をかけないように、
彼女の人工知能はスリープ状態にしてあるからな。
この子の人工知能はいまだに成長途中。あまり負担をかけたくはないからな」
「…なら、わざわざその子に人格投射したコアをいれなくてもよかったんじゃあ?」
それこそ以前のように武器とかでも代用はできたはず。
ぽつり、とつむぐエミルであるが。
「わしの手足となりえるものがこの子以外にもありえなかったからな。
それに、おまえさんたちに人格をいれたこの子がいることにより、
何か手伝えることがあるかもしれぬ、とおもった結果じゃな」
そういう【アルテスタ】の言葉に嘘はない。
アルテスタなりの罪滅ぼし、といったところなのであろうが。
マーテルの顔で他人の声、しかも男性の声がでている、というのは、
何ともいえない思いを抱いてしまうのは仕方がない。
絶対に。
おそらくこの違和感はよりミトスのほうが強いのであろう。
ちらり、とエミルがミトスをみてみれば、必死に耐えるかのような表情を浮かべていたりする。
「まあいい。それより、おまえさんたちが手にいれたという、ベルセリウムを。
さっそく作業にとりかかるとしよう。
伸ばすのはさすがにわしでなければできないからな」
否、そこまでの心が育っていない、というほうが正しいが。
マナはその器である肉体で紡ぐ、とうよりはどちらかといえば心で紡ぐもの。
世界との繋がりを指し示すもの。
そうでない場合、器である我が身にてそのマナを行使する、という方法がとれなくもないが。
しかし、機械であるタバサにはそれはいまだに技術的にも、
また彼女の心…すなわち精神的にも不可能。
ベルセリウムを薄く延ばしてゆく過程でどうしてもマナを纏う必要がある。
それ以外に関しては道具だけでことたりるといえばことたりるのだが。
だからこその分担作業。
ダイクが鉱石を伸ばし、そしてタバサの体をつかい【アルテスタ】が作業する。
それはロイド達がいない間に二人できめた作業工程。
「親父。作業の過程をみていてもいいか?」
「かまわんが。邪魔だけはするなよ?」
「ああ!先生、ってわけで、俺」
「はいはい。わかりました。とりあえず、リリーナ。
あなたがノヴァ博士からきいたということをおしえてくれるかしら」
どうやらロイドは譲るきはないらしい。
ならば、いまできること。
それはリリーナが手にいれた、という精霊アスカの情報を聞き出すのみ。
ロイド達が出かけていった翌々日。
何でもこの少し先にある開けた場所に馬車がやってきた、らしい。
リリーナが周囲を探索がてらにそれにきづき、ちかづいたところ。
そこには小さな子供とその両親らしき姿があり、
子供達がリリーナに気づき、リリーナのほうにとかけよってきた。
「誰?」
「だあれ?」
ちょこん、と首をかしげる子供達の姿が何ともあいらしい。
「おや。お客さんとはめずらしい。何か用かな?」
馬車には梯子がかけられており、簡易的な住まいにしているのがみてとれる。
馬車とはいえその歯車は大きくできており、
どんな大地も進めるようにと工夫がされているらしい。
「私はこの先の小屋で厄介になっているものですわ。あの、あなた方は……」
戸惑い気味にといかけるリリーナに対し、
「このあたり、ということはダイク殿のところかな?」
「え?あ、は、はい」
どうやら目の前の男性はダイクのことをしっているらしく、
どこかすこしばかり緊張していたリリーナはほっとその肩の力をぬく。
ここに残る、といいはして残っているものの、あるいみここは自分の知らない見知らぬ土地。
緊張しない、というのは嘘になる。
みればどうやら親子なのか一族なのか。
子供らしき姿が数名。
「私たちは世界の動物を見ながら旅をしているんだ。動物学者なんだよ。
私はノヴァ。この子達は私の子供達さ。妻とそして両親。家族で旅をしてるのさ」
「学者……」
その言葉にリリーナは思わず感心してしまう。
ここ、シルヴァラントには王立研究院のように組織だってそういう機関はない。
そうきいていた。
ならば、この目の前の人物は個人の力でそういった行為をしているということなのだろう。
「すばらしいですね。学業のために諸国を旅をするなんて」
それはリリーナからしてみればうらやましくもあり、
そして研究機関に所属している彼女には絶対にできない自由な行動。
常に外に調べにいくにしてもそれなりの手続きを得てでなければ外にはでれない。
たしかにハーフエルフ達ほど厳しくはないが、
かといって、いつでも簡単に許可がされる、といったものでもない。
リリーナはその時にはしらなかったが、ノヴァ、となのったその人物は、
ここシルヴァラントではしらないものがいない動物学者としては有名。
細かな挿絵をほどこしたそれらは、シルヴァラントの人々にとても重宝されている。
「はは。そんなことはないよ。いろいろと珍しい生き物をみるのが好きなだけさ。
それでスケッチをして、それらをまとめたものを発表しているにすぎないよ」
そんなリリーナの言葉に苦笑しながら、そんなことをいってくるが。
「あのね。あのね。私たちね。大きな光る鳥もみたことがあるんだよ!」
小さな女の子がそんなことをいってくる。
きらきらと目をかがやかせ、家族以外のひとが珍しい、のであろう。
リリーナの傍にまとわりつきながら、小さな女の子がそんなことをいってくる。
「え?」
リリーナが子供に言葉に思わず首をかしげると、
「ああ。あのときのことか。
この子達が歌をうたっているときにね。なんだか光る鳥があらわれたんだよ」
苦笑しながらもそんなリリーナにいってくるノヴァ。
そして、
「もっとも、私は直接その姿をみたわけではないんだけどね。
息子、つまりこの子達の両親にきいたほうがいいよ」
どうやらこの子供達はこのノヴァという人物にとっては孫、にあたるらしい。
見かけはそう年をとっているようにはみえないのだが。
孫がいる、というのはおそらくそういうことなのだろう。
もしかしたら、エルフの血がはいっているのかもしれないともおもうが、
それをリリーナは口にしない。
エルフの血がより強くでているものは、成人ともに成長速度が遅くなる。
そうリリーナは見知っている。
だからこそハーフエルフはヒトから嫌悪される。
自分達だけが年をとり、相手がまったく年をとったようにみえない。
そんな些細な理由にて。
そんな会話をしている最中。
「お父さん、誰か…おや。これはめずらしい。この付近に人が?」
ノヴァよりも少しばかり年のわかい、おそらくはこの男性が彼の息子、なのであろう。
それを肯定するかのように、
「あ、お父さんだ~」
何やらそんなことをいいつつ、あらわれたまだ若い青年、
年のころならば二十歳かそこいらくらいであろうか。
そんな男性の足元にがしっとしがみついている子供が二人。
「どうやらこのおひとはこの先のダイクさんのところの客人のようだよ。
あとからご挨拶に向かおう、とはおもっていたんだけどね」
「ああ。あのドワーフのダイクさん。ですか。
ちょうど、馬車の様子もみてほしかったですしね」
旅の最中、馬車に不都合がでている可能性もあるがゆえ、
せっかくこのあたりまできたので、腕のいいダイクにみてもらおう、
とおもい彼らはこの付近で野営をすることにした。
もっともそんな裏事情をリリーナがしるよしもないが。
「どうやらこのお嬢さんは、お前達がみた光る鳥のことがしりたいらしいよ」
そんな父親の台詞に、
「ああ。あれですか。あれはオサ山道でしたね。
頂上付近で野営をしているときに光る鳥があらわれたんですよ」
いいつつ、彼は語りだす。
その日はとても風がつよく、頂上付近に生えていた木々が、
不思議な旋律をかなでるかのように、その木の実が揺れていた。
風により揺れる実はまるで歌のようであり、旋律のようであり、
娘達もいたくきにいって、その音にあわせて何やら口ずさんでいた。
「あれはおそらく、リンカの木、なんだろうね。一年前のことだったんだけど。
けど、もうあの木はなくなっちゃってたみたいだしね」
しばらく後にあの地にいってみたが、あったはずの木はなくなっていた。
それをみて娘達がとても残念そうにしていたのを彼はよく覚えている。
おそらくは誰かに伐採されたのであろう。
何しろきりかぶ、しかのこっていなかったのだから。
「という感じで、ノヴァという人達からいろいろときいたのですけども」
そのとき、記念、といって子供達から木の実を預かった。
それはリンカの木の実とよばれるものであり、たしかにふれば不思議な音がする。
中にあるおそらく種のような何かが音を出す原因になっているのであろうが。
これらは研究所にもちかえり研究しようとおもったがゆえに、
リリーナはその木の実をわってなかを調べるまではしていない。
そういいつつも、懐に手をつっこみ、
「一応。重要とおもわれるところはまとめておきました。
彼らが光る鳥、おそらくは精霊アスカ、とおもわれます。
その存在に出会ったときの状況ですね。
出会った場所はオサ山道の頂上。そしてリンカの木。
おそらく、その日は風がつよかっというので、
リンカの木の実がかなでる音が旋律となって綺麗な音をかもしだし、
風にのり遠くにまで運ばれていた。これらが重要な点かと。
あと、彼らがこれまで旅をしていたなかであのような木には二度とであっていない。
ともいっていましたけど」
リリーナが家の中にひっこんでしまったロイドやダイク、そしてタバサ達以外。
すなわち、リフィルをはじめとしたジーニアス、コレット、マルタ。
しいな、プレセア、リーガル、ゼロス、セレス、ミトス、エミル、アステル、リヒター。
計十三人にと説明する。
作業の邪魔をしては何だ、というので彼らは家の中にはいることなく、
こうして外にあるダイクがつくったのであろう、
ちょっとした木のテーブルをはさみ、これまた木でつくられた椅子にすわり、
そんな会話、すなわち情報交換をしている今現在。
「リンカの木がのこっているとすれば、それこそ人がはいらないような山奥、かしら?
レアバードでかたっぱしから探していく、しか手はないかもしれないわね」
リフィルが盛大にため息をつくが。
「でも、先生。リンカの木、のこってるんでしょうか?」
「…わからないわ。わからないけども。
おそらく、精霊アスカがいった儀式、というのは、歌、なのよ」
そして、そのきっかけとなるのがリンカの木の実が奏でる旋律なのであろう。
「しかし、かりにリンカの木をみつけたとしても。
枯れていたりしてはどうにもならないのではないか?
テセアラでは可能性はあるかもしれないが」
リーガルのそんな言葉に、
「いや。テセアラでは残っていない可能性のほうがたかくねえか?
リンカの木は材木、としても価値がたかかったからな。
おそらくかたっぱしからヒトは伐採してると俺様はみたぜ」
テセアラにも飛竜、というものは存在している。
それこそ人が飼いならしているものたちが。
そんな彼らの背にまたがり、空を移動していれば、すくなくとも。
人の手がはいっていないというような場所はあまりないのではないか。
それがゼロスの懸念。
「シルヴァラントには一年前まで、たしかにオサ山道に木々があった。
というのならば、ちかいものがのこっているかもしれなくてよ。
でもその場合、まちがいなく山奥、になるのでしょうね」
リフィルがいいつつ盛大にため息をつく。
どちらにしても、全ての精霊と契約をするにあたり、
精霊アスカとの接触はさけられないもの。
月の精霊ルナのいる場所はわかっているが、
かのルナはあのとき、アスカがいなければ契約ができない。
そのようにいっていた。
そして、アスカもまたルナとともになら契約をするようなことをいっていた。
「枯れていたとして。先生の癒しの術で何とかならないんですか?」
コレットが疑問におもったのか、首をかしげてそんなリフィルにと問いかける。
「わからないわ。実物をみてみないことには。
癒しの術を強化するものの媒体はユニコーンホーンでいいとして。
あとはリンカの木の生命力を引き出すものが必要ね。
以前なら、エクスフィアの欠片でもいいとおもえたけども」
しかし、エクスフィアが元々は微精霊達の卵といえるものであり、
また、微精霊達を穢して使用しているとしったいま、そういった面で使用できるのかかなり怪しい。
あやしすぎる。
「治癒の力、ですの?前にセバスチャンが私にわたしてくれた、この石。
治癒の力が秘められているといわれている石、とききましたけども」
いいつつも、首からさげていた首飾りをしゃらり、と取り出し、
手前にかかげるセレス。
「いっとくが。セレス。それを渡すというのは却下だからな」
すかさずセレスが何をいわんとしているのか察し、ゼロスがそんなセレスに注意を促す。
冗談じゃない、とおもう。
セレスが今現在健康でいられるのは、まちがいなくその石の恩恵。
そんなものを手放せば、セレスがまたどうなるのか。
ゼロスとしては考えたくもない。
「まあ、精霊石の欠片でも十分だとおもいますよ?
土と水の属性をもちしものならば、疲弊した大地の力になるでしょうし。
大地が死にかけているのは、そこにやどりし微精霊達。その力が涸渇してるからでしょうしね」
エミルの言葉に嘘はない。
エミルからしてみても、ほいほいとネルフィスをヒトに渡そうなどとはおもわない。
それこそかつてのように、誤解が誤解をよみ、
何でも願いをかなえてくれる石、などといった伝承がひろまっては面倒極まりない。
「セレス…それ、どうしたのかしら?」
注意深くそれをよくよみてみれば、ものすごいまでのマナの力を感じる。
そんな石、これまでリフィルはみたことがないといってよい。
いままできづかなかったのは、偶然なのか。
はたまたセレスがつねに服の中にそれをいれていたからなのか。
まるで、そう。
あのとき、エミルが枝のようなものをとりだし力を行使したかのごとくの強いマナ。
それをたしかにそれから感じ取ることができる。
そんなリフィルに首をかしげつつ、
「前、お兄様からいただきましたの」
「まあ、お守りの一つ、だな。こいつは体がよわいからな。
かたっぱしから体にいい、というのは試しまくってたからな」
ゼロスの言葉に嘘はない。
それがエミルから手渡された、というのをいっていないだけ。
「よくそんなものをみつけだしたわね」
「リフィル様、俺様のこと何だとおもってるわけ?
俺様これでも神子なわけ。テセアラでは国王の次に権力あるわけ。
こういったかわったものを手にいれるのもツテをたどれば何とかなるわけよ」
もっとも、そのツテ、というのがエミルになっていたわけだが。
エミルのことをツテ、とするならば、ゼロスの言葉に嘘はない。
実際、体によさそうなものはかたっぱしからゼロスはそれとなくセレスに試していた。
セレスには気づかれていない、とゼロスはおもっていたが。
実はバレバレであったそれらの行為。
ゼロスはトクナガがみつけだした、といっておけ、といっていたがゆえに、
実は完全に筒抜けであったという事実をいまだに知らない。
「なるほど。たしかにあんたはあやしげな健康食品だの、
あやしげな品などいろいろと取り揃えてたものね」
どこか納得したようなつぶやくしいな。
「でもさ。可能性としてだけど、一年くらい前にそのオサ山道に木があったっていうのなら。
その付近を飛んでみればまだのこっている可能性もなくはないかい?
たしか、あそこ、通路になっていたのはほんの一部だっただろ?」
しいなとしてはあまりあの場所のことを思いだしたくはないが。
何しろコレットの命をねらいにいって、そのまま穴におちてしまった経験がある。
あのあたりの山脈は延々と砂漠地帯とこのイセリア地方。
それらを区切るかのように山がつらなっていることから、
他にも木々がのこっている可能性はなくはない。
そんなしいなの言葉をうけつつ、
「そうね…とりあえず、これがすんだら、ここにいくつもり、だけども」
いつのまにか、懐からシルヴァラントの地図をとりだし、テーブルの上にと広げるリフィル。
そこには簡単な地名などが描かれているが、地系まで詳しく描かれてはいない。
「ここからだと、こういったほうが、救いの塔に近いのだけども」
事実、海をこえていったほうが、救いに塔にいくのならば遥かに早い。
海路ならば時間ははかるであろうが、空での移動ならばそうではないであろう。
「なら、どうせなら、そのオサ山道付近を飛んだのちにいくのでも問題ねえんじゃねえの?」
ゼロスとしては、これ以上、セレスがもっている石のことにふれられなくてほっとする。
あの石はとてつもない力を秘めている、というのはゼロスとて理解している。
完全なる治癒の力をもった石など、あのときまでゼロスもきいたことすらなかったのだから。
少しかんがえれば、エミルの力というか、精霊にかかわりがある石なのだろう。
それくらいのことは嫌でも理解ができる。
理解できるがゆえに、
セレスの身に危険が及ぶかもしれないような言動はゼロスとしては極力避けたい。
ああいっておけば、どこかでゼロスがみつけだしたものをセレスにわたした。
そう彼らは勝手に誤解するだろう。
そう、あのユグドラシルですら。
ケイトがというか教皇が行っていた実験、
もしくは国が行っている実験の過程で偶然にもつくられた品だ、と誤解してくれればなおさらよし。
リフィルが、とんとん、と指し示した地図は、オサ山道があるオサ山脈といわれし場所と、
そして、救いの塔がある、といわれているとある場所。
それぞれの主要大陸とは異なりはすれが、海を越えて、というか障害物のない空での移動。
ならばクルシスからの干渉さえきにかけておけばどうにでもなる、というもの。
「きまり。ね。なら、コレットの護符を手にいれたら。オサ山脈付近の上空をとんでみましょう。
そこでそれらしきものがみつかったら降りて調べてみる、ということで。
少しでも精霊との契約のとっかかりはつくっておいたほうがいいものね」
リフィルのその提案に誰も否定することなくうなづくジーニアス達。
「救いの塔…かぁ。なんだかこの前のことなのに、ずいぶん前のようなきがするね」
ぽつり、とつぶやいたマルタの台詞に、ジーニアスとリフィルは顔をしかめてしまう。
「そう、だね。私、あそこでずっと死ぬんだっておもってたから」
マルタの言葉にコレットもうつむかざるをえない。
あのときまで、たしかにコレットは言葉を話すことも、感覚すらうしなっていたが、
たしかに自我というものはまだあった。
ゆえに周囲で何がおこったのか、周囲が何をいっているのか理解をきちんとしていた。
レミエルの言葉にうなづき、儀式らしきものをうけたあとから記憶はほとんどないが。
「それか、先に調べにいきます?
ダイクさん達のさっきの言葉でいうのなら。どうやら今日のところはここで足止めみたいですし。
オサ山脈付近にリンカの木があるかどうか、くらいは調べにいけるのでは?」
きょとん、とし首をかしげていうエミルにたいし、はっとした表情をうかべるリフィル達。
「そうね。たしかにそれもいいかもしれないわね」
「しかし、レアバードをそうそうつかっていては、クルシスにみつからないか?」
リフィルの台詞にリーガルが懸念の台詞をいってくるが。
「何でしたら、どの子かよんで調べにいくのでもいいですけど」
「…エミル。だから、ほいほいと魔物を呼ぶ、というのはいわないでちょうだい。
たしかにそれはかなり魅力的な案ではあるけどもね」
「レティス達で騒ぎになるっていうのなら、イズィンプラ達を呼ぶっていうのも手ですけども」
「…まちなさい。エミル」
さらりというエミルの台詞に思わず頭をかかえるリフィル。
それはたしか伝説の怪鳥、といわれている種族名ではなかったか。
魔物の一種であるが、その巨体は神鳥シムルグにも匹敵するとまでいわれている、
伝説の魔物。
伝説の巨鳥。
かの魔物がおとせし羽は巨鳥の一枚羽とよばれ、かなり重宝されるときく。
ちなみに見た目は鮮やかなる鎧をまとったような茶色い姿をしており、
ゆえに、空飛ぶ武装鳥、とまでいわれているほど。
「でも、フェニックス達だと、リフィルさん達、たぶん火傷しそうですし」
何やらさらり、ととてつもない台詞がでてきたようなきがするが。
この台詞は全力でリフィルはきかなかったことにする。
そもそも、なぜに神鳥シムルグと同じような扱いである伝説の聖鳥の名がさらり、とでてくるのか。
「エミルって………」
そんなエミルの横ではミトスが何かいいそうにしているのがみてとれるが。
そんなミトスににっこりとほほ笑み、
「あの子達は基本、きちんと話せばいい子達だからね」
にっこりときっぱりといいきるエミル。
『いや、それは答えになってない(から)(でしょう)(だろう)(とおもう)』
そんなエミルの台詞に間髪いれずにその場にいる全員がエミルに対し突っ込みをいれてくる。
エミルとしては何故に彼らがそういうのか理解できず、ただきょとん、と首をかしげるのみ。
「…せめて、エミル君。飛竜あたりで妥協しとこうや。な?
たしかこっちでも、飛竜をつかった飛行はあるんでしょ?リフィル様」
「え、ええ。そうね」
たしかにハイマでそのようなことをやっている。
ゼロスのいうように、それならばすくなくとも目立つことはあまりないであろう。
…たぶん。
どうもエミル君、絶対にずれまくってるよな。
これもヒトとの認識の差、か。
ゼロスはそうおもわざるをえないが、しかし、ぽん、とミエルの肩をたたきつついってくる。
ここでもしもミトスにエミルの正体がもしかしたら精霊当事者だ、
と確信をもたれたりしたならば、いくらゼロスとてミトスの行動が予測ができない。
それでなくてもいまでも予測ができないのに、そんな危険な橋を渡りたくはない。
だから、ゼロスとしてはなるべく自重をしてほしい、のだが。
エミルがまったく無自覚でやらかしてくれるので、ゼロスとしては気のせいではなく胃がいたい。
それこそ心の底から。
おそらくその思いをセンチュリオン達に暴露すれば、彼らも全て同意するであろう。
そしてそれは精霊達においてもいえること。
この場において、精霊達、そしてセンチュリオン達とそういった意味で、
ゼロスは同じ立場にいる、といってよい。
「調べにいくとしても、少人数でいいでしょうね。
アスカはすぐに契約、とならないのだから、しいなはともかくとして。
戦闘メンバーも必要ないでしょうし」
万が一、樹をみつけ、樹をよみがえらせたとしても、
アスカやルナがいうには、ふたりそろわなければ契約をしない。
といっていることから、精霊の契約にともなう戦闘。
それはおこらない。
それはもう確信をもってリフィルはいえる。
「あたしはいったほうがいいだろうね」
「ええ。そうね。あなたしか資格をもっていないのだから。
コレットは、護符をつくる過程で当人が必要かもしれないからのこりなさい。あとプレセアもね」
おそらく、ダイク達はプレセアの護符もつくるきなのだろう。
そうリフィルは解釈している。
事実その通り、なのだが。
「飛竜達を呼ぶなら、なら僕も一緒にいきますね」
「なら、エミルがいくなら私も!」
すかさずマルタが立候補しつつ、すちゃっと片手をあげてくる。
「ゼロスはどうする?」
「セレスが疲れてるかもしれないからな。ここで大人しくまっとくわ」
それに、ゼロスとしてはレネゲードと繋ぎをとりたい。
「リンカの木はきになるので、僕もいきます」
「アステルがいくなら、私もいくか。もしかして治癒術が必要かもしれないしな」
治癒術を仕えるものは一人でもおおいほうがいいかもしれない。
アステルの申し出にリヒターがため息をつきながらもそんなことをいってくる。
「じゃあ、出向くのは、僕とリフィルさんと、マルタとしいな。
あと、アステルさんとリヒターさん。この六人でいいですかね?」
「あまり大人数でいっても何でしょう。護符のこともあるもの。
というわけで、残りの人はここでしばらく留守番をしていてちょうだい」
「む~。僕もかなりきになるけど。姉さんがそういうのなら」
不満はあれど、たしかにあるかないかもわからないものを探しにいく。
そのために全員でこの場をはなれる、というわけにはいかないであろう。
いつ不測の事態がおこらない、ともかぎらないのだから。
「リーガル。あとはまかせたわ」
「わかった。まかされた」
リフィルの言葉にこくり、とうなづくリーガル。
「じゃあ、善は急げ、ね。いきますか」
「え?もういくんですか?」
「こういうのは早いほうがいいのよ。捜索するのに時間がかかるでしょうしね」
リンカの木がみつからなければ、精霊アスカと繋ぎがとれない。
何となくエミルにいえばそれらも解決しそうな気がするが。
しかし、リフィルの直感がつげている。
この点にかぎっては、おそらくエミルは手助けをするつもりはないだろう、と。
それはなぜかはわからないが、漠然とそれだけは確信をもって断言できる。
不思議なことに。
それはリフィルに流れている血がなせる技。
精霊は基本、本来ならばヒトがしようとすることに率先してまじわらない。
そう血が訴えているがゆえの本能的な勘。
リンカの木。
それはかつては世界のどこにでもみられ、
そしてかつてはエルフの里でも聖なる樹、としてあがめられていた品。
しかし、いつのころからかエルフの里ですらそれらの木々は伐採され、
トレントの森の奥深くにあったはずのそれすらなくなり、テセアラ側では絶滅してしまっている木。
本当に人は愚かでしかない、とおもう。
エルフにしても、その木がより弓などの材料にいいから、
といい問答無用に伐採していけばどうなるのかわかりきっていたであろうに。
にもかかわらず、彼らは便利性だけをもとめ、絶滅にとおいやった。
かろうじてこちら側、シルヴァラントにおいて山脈頂上付近にみられはするが、
それすらもマナの涸渇でいまはある意味、休眠状態になりはてている。
リンカの木の特徴としてあげられるのは、完全に木の根まで伐採されなければ、
どうにか再生を果たす、というものがあるというのに。
本当に、それらの木の根もまたエルフ達にとっては魔術の媒体。
それに便利だから、といって彼らは根っこごと乱伐してしまっているらしい。
自然とともに生きる、と明言しているエルフが聞いてあきれる、とはこういうのをいうのであろう。
だからこそ、すでにエルフ達も見切りをつける段階なのではないか。
そうラタトスクとしては思っている。
彼らは自分の力のみに酔いすぎ、自分達のため、という大義名分。
それだれのもとにいったいどれほどの犠牲をだしているのか。
それすらきづいていないエルフ達。
だというのに、自分達には関係ない、とばかりに傍観をつらぬいている。
かの品に関してもそう。
テネブラエから忠告をうけている、というのにもかかわらず。
彼らはこれ、といった処置、もしくは対処をしている様子はまったくみられない。
「マルタ、そんなにくっつかなくても……」
「え?何で?」
六人、というので二人のりでいけば三体ですむ、ということもあり。
始めはエミルがそれぞれ一体づつ呼ぼうとしたのだが、
リフィルがあまり大所帯でないほうがいい、というので。
しかたなく、三体のみを抜粋していたりする。
もっとも、群れごと呼んだので、誰が彼らを乗せるか、で飛竜達がちょっとした騒動。
…まあ、それはエミルの一喝にて収まりしたが…がおこったが。
そんな些細なことを得て、今現在、三体の飛竜の背というか首の付け根付近にまたがりて、
ダイクの家から南に下り、オサ山脈に移動している今現在。
ちなみに、それぞれエミルとマルタ、リフィルとしいな、リヒターとアステル。
それぞれそのような組み合わせで飛竜にのっており、
結果としてエミルとともにのっている後ろにいるマルタがぎゅっとエミルを抱きしめていたりする。
マルタの顔に異様に笑みがうかんでいるのはリフィル達の気のせいではないであろう。
もっとも、それにエミルは熱でもあるの?と逆に不思議がっている。
というかなりちぐはぐな状態がでてきてしまっている、というのもあるが。
まあ、体は熱くないので熱はないようだけど。
そんなことをおもいつつも、
マナをそれとなく扱い、飛んでいる最中にも彼らが空中の冷気にて被害をうけないように、
ちょっとした薄い風の膜をつくりだしていたりするエミルの行為、
それはほんの些細な行為であるがゆえか、リフィル達には気づかれていない。
飛竜の背に以前のったときはもっと風がつよく吹きつけたはずなのだけど。
とリフィルは思っているが、しかしあのときは人に飼われていた飛竜。
こちらは正真正銘の野生。
そのあたりに何か答えがあるのかもしれない。
そんな風に解釈していたりする。
よもやエミルが何かしでかしている、など夢にもおもわない。
否、無意識のうちに思わないようにしている、というべきか。
そんなこまかなこと、普通はできるはずがない、のだから。
「この下がオサ山道、といわれている辺りですね」
バサバサと飛竜達に空中でとどまるように指示をだし、空中にてその場に立ち止まる。
眼下には山脈の中にある道らしきものがみえ、険しい道のりがみてとれる。
「あれ?あそこに何か……」
ふと、眼下にありえないものがみてとれる。
それは街道から少しはなれた先。
山頂に近い付近にみえしは、その場にありえるはずのない人工的な何か。
「?何だろ、あれ?」
エミルの台詞にそれにきづいたのか、マルタもじっと眼下をみつめて首をかしげる。
あえてエミルが指摘したのは、おそらく彼らはいわないと気付かないがゆえ。
ここには、視力のいいゼロスもコレットもいない。
二人がいればその視力でみつけだすことは可能であろうが。
ヒトというものはなぜか目の前にあったも結構見過ごすことがある。
ゆえにあえて、それとなく進言したまでのこと。
「リフィルさん。あれ、少しきになるから、降りてもいいですかね?」
横にいるリフィル達にエミルがといかければ、
「ええ。そうね。確かにきになるわ。あれは竜車?のようにもみえるし」
しかし、あんな場所で休むというのはありえない。
竜車にひかれている馬車?なのだろうか。
よくもまあ、険しい山道をあれでのぼってこれたな、と感心してしまう。
あきらかに誰かがそこで生活しているかのような馬車らしきものがみてとれる。
よくよくみれば、近くには洗濯物らしきものの姿すら。
それは小型の竜車版、というべきか。
さらによくみてみれば、山の麓にそれよりも大きな馬車らしきものがみてとれる。
だとすれば、この山の上にあるのはその一部、とみるべきか。
「とにかく、降りてみますね。何か情報があるかもしれませんし」
視るかぎり、どうやら家族連れ、らしい。
害はまったくなさそうである。
「降りれそうなところに」
エミルの言葉をうけ、三体の飛竜達がこくり、とその長い首をうなだれさせ、
ゆっくりとそのまま山の頂上付近にと下降してゆく。
そんなエミルと魔物である飛竜の様子をみつつ、
「やっぱり、エミルと魔物って言葉、つうじてる、よね?」
「そのよう、だな」
アステルがぽつり、と前にいるリヒターにとといかけているのがみてとれるが。
リヒターからしてみれば信じられないといってよい。
何かの機械などをつかってならばともかく。
どうみても魔物達は率先してエミルのいうことに従っている、のだから。
もしかしてこの調子だと、エミルが人を襲え、とでもいったりすれば、
それこそ問答無用で魔物達はその命令をこなすのではないか。
そんな思いがふとよぎる。
もしもそんな能力をヒトがしったとしたらなば。
それこそヒトはエミルを害、として迫害をはじめるか、
もしくはその力を欲のため、力のために利用しようとするであろう。
リフィルがよくそういった懸念を含んだ言葉をいっているのをリヒターは知っている。
たしかにこの力はありえないほどに強力すぎる。
エミルのいうことには無条件でどうやら魔物達は従う、ようなのだから。
「何だ、驚かさないでくれよ」
いきなり、飛竜が下降してきたのをみて、
子供達、もしくは自分達が餌と認識されたのでは、と子供達を馬車の中にとあわてていれた。
しかし、降りてきた飛竜達は彼らに目もくれることもなく、その背からそれぞれ二人づつ。
降りてきたのをみてほっとする。
おそらく、ハイマの飛竜観光の利用者、なのであろう。
かの観光はある程度の資金をだせば、救いの塔以外の場所にも移動が可能。
そのように彼らは知っている。
「あ。えっと。すいません。なんか頂上付近に人工物みたいなものがみえたので。えっと……」
「ああ。私はアルドインという。子供達、大丈夫だから出てきてもいいよ」
その言葉とともに、小さな子供が二人、恐る恐るといったように馬車からひょっこりと顔をだす。
エミルの言葉に簡単に自己紹介したまだ若い青年が
馬車の中にいえば、そこから顔をだす二人の子供。
「お父さん、問題ないの?」
「ああ。どうやら飛竜観光を利用していた旅業者さんたちだったよ」
どうやら勝手に彼らは勘違いしているらしい。
しかし、そんな勘違いを正そうとせず、
「失礼。私たちは実はリンカの木、とよばれるものを探しているのだけども……」
「ああ。それなら、そこにみえている切り株がかつてそうだったものだよ」
いいつつ、すっと彼が指をさしたさきにみえるはいくつかある朽ち果てた切り株達。
それらをみてエミルはふと目をつむる。
リンカの木の生命力そのものはどうやら失われてはいないらしい。
いまは彼らは休眠状態にあり、マナを活性化さえさせればこれらは蘇る。
しかし、蘇ったとしても苗木として、であろうが。
もっとも、ラタトスクのマナをうければそれこそ問答無用で一気に成長を果たしてしまうであろう。
「しかし、リンカの木を探しているとは、奇特だねぇ。
リンカの木の実でもさがしているのかい?」
苦笑しながらも、アルドイン、となのった青年は六人にたいし笑みをむけてくる。
どうやら害はない、と判断されたらしい。
たしかに、白衣をきている人物が二人。
うちの一人は眼つきはわるいものの、眼鏡をかけているがゆえによくよくみないと、
その眼つきの悪さはわからない。
そして、エミルとマルタはどこからどうみても子供でしかなく。
しいなに関してはかわった服装だ、とおもうが、
その無駄に目立つ胸元が、害はない、となぜか強調しているかのよう。
「いえ。木、そのものを探しているのです。実は私たちは学者、でして」
リフィルの説明は半ば嘘ではない。
実際、リフィルは自分を学者、しかも遺跡専門の…とおもっている。
そして、アステルとリヒターに関しては学者の卵というか、
アステルに関してはテセアラで五本の指にはいる、とまでいわれている、
正真正銘の精霊研究の一任者。
「ああ。なるほどね。だからそっちの人達は白衣をきてるのか」
さらり、とリフィルの台詞をどうやら納得してしまったらしいこの人物。
ふとみれば、安心したのであろう。
子供達は馬車からおりたち、きゃいきゃいと周囲をはしりまわっていたりする。
そして、
「ねえねえ。お兄ちゃん、お姉ちゃんたち、この魔物さんにさわっても大丈夫?」
何やら目をきらきらさせて、飛竜達に興味深々の模様。
「問題ないよ。…怪我させたりしたら、わかってるよね?」
こくこくこくっ。
それはもう勢いのごとくというべきか。
エミルがにっこりと子供達にいい、そしてその視線を飛竜達にむけてそういえば、
ものすごい勢いでその長い首を上下にふる三体の飛竜達。
「わ~い!」
その言葉をうけ、さすが子供、というべきか。
遠慮がない、というべきか。
その背によじのぼったり、べたべたさわったりして、
いつのまにか子供達は飛竜で遊ぶ、という選択をしているらしい。
小さな子供というものは何ごとにも興味を持つ。
そんな子供達の様子をはらはらした様子で、
「あ、あの。あれ、大丈夫、なのかしら?」
おそらくは子供達の母親、なのだろう。
不安そうにエミル達をみながら問いかけてくる。
金髪のどこか優しそうな雰囲気をもつ女性であるが、
かなり腕がたつ、というのはその雰囲気からみてとれる。
腰には小さな短剣がつけられており、どうやらポイズンソードとよばれしそれは、
時折一撃で致命傷を追わすことができる、といわれている武器の一つ。
ゆったりとした青い服のローブをその身にまとっているのがみてとれる。
「大丈夫ですよ。あの子達は」
怪我をさせたらどうなるのか、彼らは嫌というほどにわかっているはず。
好きで【王】の怒りを買うようなものは滅多に存在しないであろう。
中にはその力を侮り敵対してくるようなものもいたりはするが。
それはあくまでもラタトスクとしての本質を知らないもの。
すなわち魔族達の中でも力におぼれているものか、
もしくはヒトの中でも欲にまみれたものくらいしか存在しない。
ラタトスクがその気になれば彼らは一瞬で消滅させられる、ということら知らずに。
魔物達、そして精霊達とてラタトスクには絶対服従。
彼らは創造主たるラタトスクに刃向かうことはまずありえない。
もっとも、瘴気や負に侵されていた場合は自我を失っており、
時としてはむかうような行動をしてはくるが。
「サラ。問題ないとおもうよ。ハイマの飛竜観光はよくしつけられているという話しだからね。
このあたりで飛竜をつかっている、ということはハイマだろうし」
というか、それ以外、それを商売にしているなどきいたことがない。
よもやアルドインはしるよしもない。
そこにいる飛竜達はれっきとした野生の存在である、ということを。
「あなた。そうかもしれないけど。でも飛竜は雑食で人もたべる、のよ?心配だわ」
不安そうなサラ、と呼ばれた女性の言葉にリフィルは苦笑せざるを得ない。
たしかに彼女のいっていることは事実であり、
リフィルとてなぜ野生の飛竜がこうしてエミルのいうことを素直にきくのか。
いまだに信じられない、という思いが捨て切れていないのだから。
「しかし。リンカの木ねぇ。僕らは父親と一緒に家族で旅をしてるんですけど。
あ、父親のいる竜車は山道を抜けられないので麓でまっていますけどね。
ここにきたのは、子供達が木に新しい芽がでてないかきになる。といったのもありまして」
それはイセリア地方でこの話題がでて、一年たったんだから、
新しい芽がめぶいてないかな?といった子供のうちの一人、
メイ、という名の少女の言葉に発端している。
メイの言葉もあり、なら調べにいこうか、といった理由で彼らは今、ここにいる。
「僕らがとおっているのは、街道、でしかないですけど。
ここ、オサ山道以外ではハコネシア峠とハイマ、ですね。
ハイマはある時を境に緑豊かな土地に変貌してますし。
これも神子様の再生の旅が順調、な証拠なのでしょうね」
あれほど赤茶けた土しかなかったハイマ一体が、息を吹き返すがごとく、
しかも短期間で緑に覆われたことはかなり有名。
「そうでしたわね」
ちらり、といいつつもエミルをみる。
あの状態はハイマにて、ピエトロの病を治したあとから。
あのとき、何があったのかリフィルは覚えていない。
何かとてつもない悪意に呑みこまれるような感覚と、意識をうしなう感覚。
全てを憎むように誘導してきたあの声は、いまでもおもいだせばリフィルは身震いしてしまう。
あの声に呑みこまれていれば、おそらく自分が自分でいられなくなっていたのであろう。
そんな確信すらもっている。
力を発散しただけであの逃げられないような感覚から逃れることができるのだろうか。
時間とともにそれは疑問となった。
そしてたどり着いたのは、あのとき、エミルが何をかしたのでないのか。
ということ。
実際、しいな曰く、ものすごい光に周囲が包まれた、といっていた。
ならば可能性としてはなくはない。
もっともエミルにきいても説明してくれそうにもおもえないので聞くにきけない。
という現状がいまにまで至っているのだが。
「でもさ。ここにリンカの木があったってことは。
この付近にまだあの木が生息してる可能性あるってことだよね?リフィルさん」
「ええ。そうね。マルタのいうとおりよ」
「リンカの木をみつけたら、精霊アスカを呼び出せるかもしれないんですね!楽しみです!」
「…アステル、気が早いぞ……」
そんな会話をききつつも、アステルが目をきらきらさせながらいってくる。
「とりあえず。ついでだから話しをまとめてしまいましょう。
この付近にまだリンカの木が生息している可能性があるとして。
これまでに検証している話しなどを念のためにまとめてみるわね」
「えっと。飛竜でこの付近にあるかもしれないリンカの木をみつける。ですよね?」
マルタが少し首をかしげつつも、そんなリフィルの言葉に返事を返す。
そもそもここにきたのは、その木をみつけるためのもの。
あえてこの場で確認をとろうとするリフィルは慎重としかいいようがない。
「あと、音に関係あるとするなら、旋律を運ぶ、というのも必要ですね」
アスカを呼び出すための旋律。
それは文献にもかるくのってはいるが、どんなものかわからずいまだに研究対象の一つ。
ゆえにマルタの台詞につづき、アステルがうなづきつつもいってくる。
「音を運ぶのなら、風の精霊シルフがいるから。シルフに頼めば何とかなるだろ」
そんな彼らの会話にうんうんうなづきつつ、しいなも確認するかのようにいってくる。
実際こうして改めて説明をされれば、何をすればいいのか確認にもなって一石二鳥。
そんなことをおもいつつ、こたえるしいなに続き、
「あとは、もし木がかれていたらどうするか、だな」
リヒターがぽつり、とつぶやきつつ、
「俺やリフィルの癒しの術で何とかなればいいのだが。
マルタもたしか癒しの術がつかえたのだったな。エミルは……」
「使えますよ?」
というか本気でつかえばこの世界ごと活性化してしまう。
下手をすれば嬉々としてシルヴァラントだけでなく、テセアラ中の植物達。
それが活性化してしまいかねない。
一応使うとすれば力をおさえるつもりではあるが、
何しろただマナを少しばかり解放しただけであのハイマ、そして扉の入口。
異界の扉とよばれし場所のある島のありようである。
エミルとしてはあまり力を彼らの前で行使したくない、というのも本音といえば本音。
自分が手をだすのはたやすい。
しかし、できればヒトの手でどうにかしてほしい、という思いが否めない。
「木の実、でもあればどうにかなるのだろうけども……」
リフィルがそうつぶやけば、そんなリフィルの呟きがきこえた、のであろう。
つんつんと、リフィルの背後からリフィルの服の裾をつかむような感覚が。
ふとふりむけば、そこには金髪の少女がちょこん、とたっており、
どうやら先ほどまで散々飛竜に触れて遊んでいたのだが飽きた、らしい。
「お姉ちゃんたち、木の実がほしいの?」
つんつんとリフィルの裾をひっぱっている少女のその台詞に。
苦笑しつつもその場にしゃがみこみ、
「ええ。でもないものねだりだもの」
視線をあわすようにして、それでいてにっこりと少女にむけて頬笑みかけるリフィル。
このあたり、さすがに学校で様々な年齢の子供達を相手にしていた、
というわけでなくとてつもなく子供の扱いに手慣れているな。
そんなことをふとエミルは思ってしまう。
子供というものは上からの目線に無意識に構えて警戒してしまう。
ゆえに同じ目線にたつことにより、子供の不安を和らげる効果もある。
…エミル、否ラタトスクなどはかつて、それが面倒だったので、
そのまま対象者をうかせ、自身と同じ目線にして言い聞かせていたこともあったほど。
それは遥かなるかつての記憶。
「ならね。これ、あげる!」
いって少女が差し出したのは、どうやらポケットの中に常に一つはいれている、らしい。
小さな丸っこい木の実らしきもの。
「これね、不思議な音がするの!綺麗な音がする木の下で皆でひろったんだよ!」
少女が小さな手でその木の実をふれば、鈴の音のような、不思議な音がころころと奏でられる。
「でも、これはあなたの宝物なんじゃないの?」
リフィルの問いかけに。
「まだいっぱいメイはもってるの!
この前、白衣のそこのお兄ちゃんたちと同じような格好をしてるお姉ちゃんにもあげたんだよ!」
いって少女が指差すの、リヒターとアステルの二人。
白衣をきているお姉ちゃん、というのが誰かはわからないが。
何となく、ふとリリーナなのではないか、とリフィルは思う。
たしか、リリーナ曰く、ノヴァ博士は家族とともに旅をしている。と。
ならばこの家族達はノヴァの家族であっても不思議ではない。
山の麓のほうにみえた大きめの馬車のほうにノヴァ博士はいるのであろう。
おそらくは。
「そう、ありがとう。でももらってばかりもわるいから、そうね。なら、これと交換しましょうか」
いいつつ、リフィルが取り出したは、アルタミラで購入したキューティーミトン。
ちなみに価格は千八百ガルド。
「いいの!?お姉ちゃん!?」
「ええ、あなたの宝物をくれたお礼、よ」
こげ茶色の手袋の上にかわいらしい熊の刺繍が立体的にほどこされたそれは、
たしかにかわいいもの好きな小さな子にはかなりうけるであろう。
小さな女の子の手には大きいかもしれないが。
子供、というのもは案外早くそだつもの。
かわいかったので購入したがけっきょく、装備することなくもっていたがゆえ、
ならばという理由からそれを手渡しているリフィル。
「ありがとう!お父さ~ん!お母さ~ん!お姉ちゃんがこれくれたぁ!」
ぱっと目をかがやかし、木の実と交換にてわたされたそれをぎゅっとにぎりしめ、
満面の笑みをうかべて両親のほうにとかけだしてゆくメイとなのったその少女。
どうやらかなり気にいった、らしい。
子供用のものもあの地では売られていたが、さすがにそれはリフィルはかっていない。
ジーニアスに、とおもったが全力で拒否された。
「まあ、こんないいものを。いいのですか?みたことないものですし。手作り、なのでは?」
「いえ。こちらこそこんな素敵なものをもらいましたので」
母親がお礼をこめて、娘からそれをみせられ近づいてくるのがみてとれるが。
そんな母親にとリフィルがにこやかにと返事をかえしている。
リフィルとメイの母親であるサラが互いにお礼の言い合いをすることしばし。
やがて、どうやら折り合いがついた、のであろう。
「さて、と。いまもらったリンカの実もあるし。
エクスフィアか他の何かで成長を促進して
ユニコーンホーンで癒しの術を強化すれば何とかなりそうね」
がらり、と態度をかえて、全員をみわたしいってくるリフィル。
このあたりの切り替え具合はさすが、というか何というか。
あまりの切り替えようにエミルとしては苦笑せざるをえない。
「あと地の精霊の力、ですね。
大地が疲弊していたら、栄養ある大地にしないといけませんし」
しかし、そんな切り替えをするような相手にはおそらくは慣れている、のであろう。
さらり、とリフィルの言葉に賛同するかのように、その手を顎にかけながらもいってくるアステルの姿。
「そうね。栄養のある大地は必要不可欠だもの」
「地の精霊はあたしの仕事だね。まかせときな。エクスフィアは……」
「あ、僕がもってますよ」
「あら、いつのまに」
「前、アルテスタさんからもらってたものがありまして」
これは嘘ではない。
アルテスタの家で傷ついた精霊石達をみつけたとき声をかけてもらっていた。
それはアルテスタが国に出頭する前の日であり、ロイドが必死で要の紋をつくっていたあのときに。
すでにエミルがもっているそれらは抜けがら、でしかないが。
媒体としては文句のつけようがない。
「じゃあ、後は歌、か」
ぽつり、とつぶやくマルタに対し、
「リンカの木がよみがえったらそれで笛をつくればいいんじゃないのかな?」
アステルがマルタにつづくかのようにそんなことをいってくる。
実際、ミトスがもっていた笛もリンカの木の実でつくられていたものだ。という。
ならば新しい木の実で笛をつくれば問題はなくなるはず。
「でも、ここにはロイドはいなくてよ。プレセアも」
そう、ロイドがともにいれば、ロイドに頼む、という方法もとれるであろうが。
プレセアはその細工の腕を仕事にしていたらしいので腕は保障できるであろう。
「僕がつくりますよ」
ここにいるのはアステルとリヒター。
リヒターの腕は…まあ、以前のことを考えてもお世辞にも器用、とはいえない。
それはもうあの千年の間で身にしみた。
だとすればそれよりも過去であるいまのリヒターがあのときよりも器用、
ということは絶対にありえない。
ゆえに却下となり、アステルのほうは、何となくそういう作業にむいてない、
というか、いらないことをしでかしかねないような気がひしひしとする。
「え?あなたが?」
ゆえに、消去法で自分くらいしかいないか、とおもいエミルが立候補するが、
そんなエミルの言葉に逆に驚いたようにリフィルが目をみひらきいってくる。
エミルが率先して手伝う、というのがリフィルからしてみれば珍しい。
「これでも僕、器用なんですけど」
不器用、とでも思われているのだろうか。
ゆえに首をかしげ、そんな彼らにといかけるエミルであるが。
「いえ、それはもう十分すぎるほどにわかってるわ」
「エミル、ものすごい器用だものね」
「だな。あの料理の細工は見事、としかいいようがない」
「エミルのあれは芸術だよねぇ」
「だねぇ。食べるのがもったないないくらいに」
口ぐちに、リフィル、マルタ、リヒター、アステル、しいながそんなことをいってくる。
どうやら不器用、とは思われてはいないらしい。
ならなぜに驚いたのだろうか。
それがわからずにエミルはひたすらに首をかしけざるを得ない。
「…なら、エミルにお願いしましょう」
「ええ。それくらいなら」
ここにロイドがいれば自分がつくる、といったであろうが。
ロイド達はダイクの家に残してきている。
ならば動けるのはエミルくらいであろう。
消去法から仕方がない、とわりきったらしく、リフィルがため息まじりにいってくる。
エミルからしてみれば、これくらいならば別に干渉にはあたらない。
実際、かつて彗星にいたころや、かの惑星にいたころは、
そういった道具などを自らつくっては子供達に分け与えていこともあるのだから。
「じゃあ、あとはリンカの木を探しにいくだけ、だね!」
それが一番の問題といえば問題だが。
エミルはどこにあれらがあるのかわかっているが、
それを知っている、というのはあきらかに不自然であるがゆえ、
彼ら自身にみつけてもらおう、とそんなことをおもっていたりする。
そんなエミルの心情を当然知るはずもなく、元気よくマルタがそんなことをいってくるが。
「ふむふむ」
「うわっ!?びっくりした。何?おじさん」
突如としてそんな会話をしている最中。
マルタの背後でいきなり声がして、思わずその場にとびあがらんばかりに驚くマルタ。
はっとふりむけば、少し離れたところにいたはずのアルドインの姿が。
どうやら会話の最中、話がきになったらしく、近くまでやってきていたらしい。
「いやあ。ごめんごめん。驚かしたかな?ごめんね。
いやね。面白い話しをしているな。とおもって。
いまの話し、できたら君たちがそのアスカらしき鳥を呼寄せるとき、
僕たちや父もつれていってくれないかな?」
驚くマルタにわびをいれたのち、何やらそんなことをいってくるが。
どうやら、光る鳥という存在にかなり興味をひかれているらしい。
もしくはもう一度じっくりとみてみたい、とおもっているのかもしれないが。
「それなら。いずれはアスカと契約しなきゃいけないんだし。
契約がすんだあと、あんたたちの前で召喚するのでいいんじゃないのかい?」
彼らを連れていくとなるとそれでなくてもどこにまだあるかわからないリンカの木。
それに、ともおもう。
契約するときはおそらくはマナの守護塔。
あんなところに一般人をつれていこう、とはさずかのしいなとておもわない。
それほどまでにあの場所は危険であり、また小さな子などは、
あの長い階段をふざけて転げ落ちたり、ともかぎらない。
ゆえに彼の提案はしいなとしても許容ができない。
精霊を見たいだけなのならば、契約後に呼び出したところをみせればいい。
まあ、わざわざ見せる必要性もあまり感じないといえば感じないが。
しかし、彼の娘からは木の実を分けてもらった恩がある。
いくらひきかえ、といってももしも見つからなかった場合。
どこかにその木の実を埋めて樹を育てる必要もあるであろう。
それを考えればおそらくはアルタミラでかったのであろう手袋程度の対価では、
あまりに安すぎる。
受けた恩はわすれるな。
これはみずほの里の掟の一つ。
だからこそ、あのときしいなは、アスカードで、コレットに偶然とはいえ助けられた形となったがゆえ、
恩を返すため、という理由にて同行することにしたのだから。
そこまでおもい、ふと顔をしかめるしいな。
掟、でおもいだすはくちなわのこと。
いろいろとあってすっかり忘れかけていたが、彼の行方もしれはしない。
頭領にいうべきなのか、しかし告げ口、というのはしいなは好きではない。
ゆえにいまだに迷いがすてきれない。
里を裏切っているというのはあきらかではあるが、
これまでくちなわとおろちには散々しいなは助けられてもきた。
その裏でくちなわがそんなこと…自分を仇だ、と考えている、など夢にもおもわずに。
「何と。あなたは滅んだといわれている召喚士、なのですか?」
しいなの言葉に驚きの声をあげるアルドイン。
「…符術士、さ。でも召喚の資格ももってる。ただそけだけだよ」
そういえば、とおもいだす。
ここ、シルヴァラントでは召喚士は滅んで久しい、と。
たしか、ユウマシ湖でリフィルがそういっていた。
まあ、テセアラでも珍しく、ゆえに召喚の資格があるとわかったとたん、
しいなに対する態度が里のものにしろ国の研究機関のものにしろ、
がらり、とかわってしまった幼き日。
召喚の資格をもっているのは誇らしかった。
あの日、あのときまで。
里のものをまきこんで、祖父まで目覚めぬ状態にまでしてしまったあのときまで。
それでも、資格をもっていたからこそコリンにあえた。
そして、ここにいる彼らにも。
だから、しいなはよかった、ともわるかった、ともいえない。
でも、少なくともこれだけはいえる。
昔のように、召喚の資格。
それをもっていることを悔いてはいない、と。
「それはすばらしい。できましたらお願いいたします。
父は精霊の姿もぜひともみて絵にしたい、といっていましたので」
そんな台詞をきき、
「では、やはりあなたのお父様はノヴァ博士、なのですか?」
リフィルがやはり、といった口調でアルドインにとといかける。
「何と。父をご存じなのですか?」
「いえ。知識だけで実際にお会いしたことは。
でも、博士の発表しているさまざまな書物には助けらておりますわ」
「それは父がきいたら喜びますね」
子供達に教える資料にしても、そして旅をする資料にしても、
彼が発表している様々な書はとても旅業のものたちにも役だっている。
そして一般のものたちにも。
「父に伝える意味もあり、いまのあなたがたがまとめた情報はメモしておきますね。
もし、何かあればまたききにきてください。
僕らは竜車で世界を旅してまわっているので。どこかにいるとおもうので」
「それって、探し出すのに時間かかる、わよね?」
確か、彼らはケイト曰く、竜車で世界中、といってもシルヴァラント内だけ、だが。
を旅している、という。
どこにいるのかわからない。
それでなくても少し前まではイセリア地方にいたはずの彼らはいまここにいる。
まあ、イセリアからここまでさほど距離が離れていないといえばそれまで、なのだが。
「はは。しかたありませんよ。広域での通信手段は限られていますからね。
それかネコニンギルドの手紙配達でもいいですよ。
彼らはどこにいてもその仕事を全うしてくれますからね。いやはや、とてもたすかります」
そこまでいい。
「そういえば。ご存じですか?イセリアの北にある島に、そのネコニン達の隠れ里があるそうですよ。
以前、アイフリードさん達につれていってもらったことがありましてね。
もしも機会があればぜひとも一度たちよってみたらよろしいでしょう。とても心がなごみますよ」
「ええ、覚えておきますわ」
社交辞令のようなその会話。
というか、彼らは隠れているつもりでも、たしかに来るもの拒まずの性格。
ゆえに里の位置を完全に把握されてしまっているのであろう。
「さてと。じゃあ、そろそろ私たちはこれで」
とりあえず、いつまでもここにいても仕方がない。
必要な情報はある程度は手にいれた。
ゆえに、リフィルがエミルをみつつ、
「じゃあ、続けてこの付近の探索をしましょうか。もちろん、空から、ね」
そんなリフィルの言葉にそれぞれがこくり、と無言でうなづく。
目指すは、この付近にあるかもしれない、とリフィル達がおもっている、リンカの木。
山の合間にあるちょっとした開けた高地。
この場にたどりつくには周囲の山をこえてか、もしくは空からしかくることが不可能。
周囲の山々も険しく、そう簡単に超えることはできないであろうほどの険しい山肌。
シルヴァラントベースとよばれるレネゲードの施設。
そしてトリエット砂漠、それらのほぼ北東、北東に位置するこの場所は、
ざっとみわたすかぎり元々森林地帯であったのであろうに、
ほとんどの木々が枯れてしまい、ちょっとした草原のようになっている。
そしてその開けた高原の中心部分。
そこには小さな湖があり、そこに何やら枯れたような木々が群生しているのがみてとれる。
しかし、おしむかな、大地はかわききっており、木々の周囲には草の一つもみあたらない。
「おそらく、これね」
山間にある空からでなくてはとうてい入り込めないであろうちょっとした高原。
そこに飛竜にて空からおりたち、かれはてた樹に手をあてながらみあげつついってくるリフィル。
枯れてはいるが、おそらくは間違いない、のであろう。
そういえるのは、からからに乾ききった木の実らしきものがそのあたりに転がっているがゆえ。
どうやら木の実もあまりに大地が乾ききっているがゆえ、
芽吹くことなくそのまま干からびてしまったらしい。
そしてその木の実の特徴は、
さきほどリフィルがメイという子供からもらったものとほぼ同じ。
ゆえに、リフィルもおそらくこれがリンカの木だろう、と予測する。
枯れ木に手をあててみるが、そこに樹がいきているような感覚はない。
どうやら完全に枯れてしまっているのか。
それでもかすかに注意深く手をあててマナの流れをみてみれば、
かすかではあるがマナが流れているのがみてとれる。
それは水のマナ。
だとすれば、まだこの木々はいきている、ということに他ならない。
「ええ。間違いですね。これはリンカの木々、です」
「エミル、あなたは……」
「?」
エミルが断言したのをうけ、リフィルが何やらいいかけるが。
エミルはリフィルが何をいいかけたのかわからずにただ首をかしげていたりする。
そもそも、枯れた木をみてどうしてすぐに断言できるのか。
しかし、いまはそんなことを追求している時ではない。
「じゃあ、この付近にこれをうめますね」
いいつつ、エミルが地面にうめこみしは、はたからみればエクスフィア。
しかし、実際はそうではない。
すでにそれらはアイオニトスとよばれしもの、すなわち精霊石の抜け殻へと変化している。
そしてそれとともにこっそりと、共にネルフィスをも地面にとうえておく。
こうすることにより、リフィル達の使う術がより効果的に発せられ、
自分にまで治癒をかけてほしい、とはいってこないであろう。
それゆえのエミルの行動。
いいつつ、木々の根元にそれらをかるくとん、とつけるだけで、
それらの石はまたたくまに地面にすいこまれるかのようにきえてゆく。
ちょうどエミルの体で死角になっているがゆえ、
リフィル達からしてみれば、エミルがかがみこみ、あなをほってうめている。
そのようにしかうつらない。
「じゃあ、リフィルさん、マルタとしいなさんもお願いね」
エミルが一通り、木々の根元にそれらをいれこんだのち、リフィル達をみながらいってくる。
どちらにしても、ようやくみつけだした木々である。
朝、メルトキオを出発し、といっても朝のうちに王城からの使者。
それらによって体の採寸を計られたあと、ではあるが。
それからすぐにテセアラからシルヴァラントにむかい、
そしてダイクに家にとむかったのちに、リンカの木をさがしにきていた。
探している間にかなりの時間が経過していたらしく、すでに太陽は真上に近い。
「あいよ。まかしときな。いくよ!
気高き母なる大地のしもべよ 契約者の名において命ず 出でよ ノーム!」
「よんだぁ?」
しいなの言葉をうけ、突如として地面から光がたちのぼり、
淡く茶色に光ったかとおもうと、次の瞬間。
空中にノームの姿が出現し、のんびりとした声をかけてくる。
あいかわらず、ぷっくりとしたもぐらの姿ではあるが。
そういえば、なんでかマーテルがうみだしたマナによって誕生したノームは、
どこぞのキノコのようだったな、とふとラタトスクは思い出す。
それをいえば、シルフ達もまた違う形で誕生してはいはしたが。
それでも結局、あのときですら、
マーテルには統括精霊というものを産みだす力は最後の最後までやどらなかった。
その覚悟がなかったがゆえにそこまでの力がでなかったのであろう。
仕方がないので、マクスウェルとオリジンがそのまま継続して管理をしていたあの当時。
「ノーム。ここの大地を元気にしてやってくれ」
エミルがふとかつての時間軸のことを思い出している中、
しいなが召喚したノームにそんなことをお願いしているのが目にはいる。
「お安い御用。って…スウムワン ウティ ウス ヌンディヤ バンルル?」
お安い御用。
といいかけたのであろう。
しかし、何かにきづいたのか、
ちらり、とラタトスクをみながら首をかしげてといかけてくるノーム。
「ウス ドインス ムイティ テティティンディ」
しいなの言葉をうけ、同意をしようとし、
ちらり、とエミルのほうをみて、いいのかどうかといかけてくるノームに対し、
エミルもまた、かまわない、という旨を返しておく。
別にこの程度は許可を求めなくても問題ないというのに。
律義というか何というか。
そのため、些細なことで同意を求めてきたノームにたいし、
かるくため息をついたエミルの様子に目ざとく反応しているリフィル。
いま、エミルとノームが何を会話したのかはわからない。
しかし、相変わらずわからない原語でエミルは精霊と話している。
それはもう確信をもっていえること。
ラタトスクの許可をえて、ノームもまたこくり、とうなづき
「んじゃあ、このあたり一帯の大地を活性化させるよぉ」
わたわたとしたように、そのかわいらしい両手を大げさに大きく広げるノームの姿。
ノームの言葉とともに、地面全体が淡く突如として茶色にと輝きだす。
やがて、どこからともなくぽこぽこと小さな草花が生え始める。
それは大地を司りしノームだからこそできること。
もっとも、これよりも上の力をソルムは行使できるのだが。
「すごい…」
その光景をみてマルタが思わず感心した声をあげる。
さきほどまで確かにこのあたりの大地には草一つすらほとんどはえていなかったというのに。
この木々がある付近の土は草もはえておらず、むき出しの地面のみがひろがっていた。
そこに小さな泉らしきものがある、というのにもかかわらず。
土を手にしても、乾いた砂がぱらり、と崩れるのみで水気すらも含んでいなかった。
まるで砂漠地帯の砂のごとくに。
だというのに、いまの一瞬で、瞬く間に緑豊かな大地にと変化した。
精霊の力の巨大さ。
それをまざまざと目の当たりにしたがゆえにマルタはおもいっきり目をみひらく。
たしかに精霊が世界の自然を司っている。
そうは知ってはいても実際にみるのとではまた異なっている。
知識としてしっているのと実際に体験するのとでは重さが違う。
「また、エミルと精霊の不思議なやりとり、かい?ともかく。オッケーだよ。リフィル」
たしかに、またまたエミルとノームは何らかのやり取りをしていた。
その意味は相変わらずわからないが。
まるで、そう。
いま、ノームはエミルに何らかの伺いをたてたかのようなあのタイミング。
ゆえにしいなとしては疑問に思わざるをえない。
精霊との契約のとき、常といっていいほどにいまの旋律の言葉らしきものはきいている。
だからこそ不思議におもう。
いったい、エミルがいっている言葉、そして精霊達と通じている言葉。
彼らは何の言葉を話し、
そしてエミルはなぜに精霊と意思疎通ができているのだろうか、と。
「ええ。マルタ、準備はいいかしら?」
「うん。まかせといて」
念のためにマルタと話しあい、リフィルとマルタ。
二人同時に別々の術をかける、という話しはさきほどすましたばかり。
「ユニコーンホーン、力をかして!
彼の者を死の淵より呼び戻せ!レイズ・デッド!!」
「大いなる癒しをいまここに!キュア!!」」
リフィルがレイズ・デットを唱え、マルタがキュアを詠唱する。
リフィルの手にした杖と、マルタの手にした杖から膨大な光がほとばしる。
「――
二人の言葉をうけ、エミルがぽつり、と小さくつぶやく。
それとともに、大地にさきほどエミルがうえたネルフィスなどが瞬く間に反応し、
その場にいくつもの光の柱をつくりだし、
光の柱はやがて、辺り一帯を飲み込むかのように、リフィルとマルタだけでなく、
その場にいる全員をつつみこむように、円を描くように周囲にとやわらかに広がってゆく。
「すごいすごい!本当に木々がよみがえったよ!ね!リヒター!」
やわらかな光の中、変化は劇的。
かれはてた木々に新芽が芽吹き、いまにも朽ちそうであった木々の幹は、
みずみずしく若返り、そして新芽は一気に成長をはたし、
ざあっとその枝を広げた木々からいくつもの葉っぱがよみがえる。
ぱっと見た目、リンカの木は柳の木とよばれている種目によく似ている。
たれさがった枝にいくつもの小さな葉がなり、
それとともに、花が一気に咲き乱れたかとおもうと、いくつかの花々は
一気にそのままかれはてたのち、すぐにその場に実をつける。
周囲にきらきらとした金の粉のようなものがまっているが、
それらはリンカの木の花粉であり、風にのり、花粉は別の花にと受粉する。
本来ならばこれらの役目は小さな魔物や虫達の役目、なのだが。
今現在はどうやら周囲にみちる風の微精霊達の力によりて運ばれている模様。
新しい枝がまたたくまに伸び、香る若芽がどの木々にも芽吹いている。
「すごい…樹液のめぐる音が聞こえるみたい」
おもわず自分も治癒の術をかけた、とはいえあまりの劇的な変化をまのあたりにし、
茫然としたような声をあげているマルタ。
さきほどまではただの枯れ木、でしかなかったというのに。
光がおさまったそこにあるのは、みずみずしく若返った、
それでいてさきほどまで枯れていたという様子すら微塵みもみせない木々の姿。
「そうね」
リフィルも自分でしておいて、ここまでの劇的な変化を目の当たりにし、驚かずにはいられない。
レイズ・デットの力とはここまでの威力があるものなのか。
たしかに死者をも蘇らせる術、としてボルトマンの書には書かれていたが。
こういった自然のものに役立てるような記述は一つとして存在しなかった。
「うん。すごい。半信半疑だったけど。一気に木々がよみがえってる」
…アステルはどうやら半信半疑、であったらしい。
つまるところ本当にここまで枯れ木がよみがえる、とは思ってすらいなかったらしく、
おもいっきり目をきらきらさせてあちこちかけまわっていたりする。
「精霊の力、とはやはり強大、でも、この力は治癒の力もあって?
それとも、ノームの力があってこそ?」
どうやらアステルの中で研究者モードにはいってしまったのか、
その場にたちすくみ、ぶつぶつと何やらつぶやきだす。
「目の当たりにしたらすごいね。これは」
しいなも感心した声をあげざるをえない。
さっきまでたしかにここは、枯れ木しかなかったというのに。
いまは足元にすらわかわかしい草花が生えている。
これらはノームの力の影響か、それともいまのリフィル達の術の影響か。
「じゃあ、僕は手ごろな木の実をとって笛をつくりますね。
リフィルさん達はそのあたりで時間つぶしててください」
「そういえば、そろそろおひるだね。じゃあ、昼の用意でもしとこうか」
「…リフィルさんやリヒターさんにはつくらせないでくださいね?しいなさん?」
「そりゃ、あたしもしにたくないからね」
「「どういう意味(かしら)(だ)」」
リフィルの料理のおそろしさはエミルはよく理解しているつもり。
それとなくこの旅の最中、できるだけリフィルには料理を作らせないようにはしていたが。
リヒターにしてもほぼ同じ。
おそらくまちがいなくどっこいどっこいの腕だ、そう確信をもってエミルはいえる。
でなければ、あのとき、カンベルト洞窟でリヒターの料理をかつてたべたとき、
…コアにもう少しでもどりかけるようなことにはならなかったはず。
あのまま、リヒターが解毒の術をほどこさなければ、
本能の自己防衛が働き、ラタトスクとしての力が目覚めていたであろうから、
どちらがよかった、ともいま思えばいいきれない、のだが。
エミルの台詞にしいなが首をすくめていい、
そんな二人にリフィルとリヒターが同時に何やらいっくてる。
「ともかく。リフィルとリヒター。あんたたちは薪をあつめてきておくれ。料理の材料は……」
「そのフードサックの中にはいってるの好きにつかっていいですよ」
いいつつ、エミルが一つのフードパックをしいなにとぽん、と放り投げる。
本来、エミルにしか使用できないその使用許可を誰でもに指定したまで。
たしか中にはそんなに変なものは入れていなかったので問題ない、であろう。
たぶん。
「それは、もしかして古代にあった、という食料をいれる袋!?
エミル、それどこで手にいれたの!?」
アステルが、きらり、とその名称をきき、目をかがやかせてきいてくるが。
「え?えっと、昔、人からもらって……」
ちなみにこれをもらったのは、かつての惑星デリス・カーラーンにおいてギルドに所属していたとき、
必要だから、といって無理やりにもたされた。
使うことがなかったのですっかり失念していたのをつい今しがた思いだしたがゆえ、
それとなく自らの内にしまっていたそれをさも腰につけているバックからとりだしたかのように、
そのままぽん、としいなに手渡したまでのこと。
このフードサックのいいところは、一度いれてしまえば、次元を隔ててしまわれるがゆえ、
小さく折り畳める、という便利な面があったりする。
そもそも、食材をいれていれば歩くごとにHPが自然回復。
というちょっとした自らの加護がかかっている品。
まさかそれを自分に手渡されるとは当時はおもわなかったな。
そんなことをおもいつつも、思わず苦笑をもらしてしまう。
そんなエミルの態度をみつつ、
「エミル、いったい誰からもらったの!ねえ!」
アステルがいまだにここぞとばかりにせめよってくるが。
「えっと、もらったのは。アンジュ・セレーナってヒト、ですけど」
ちなみに、世界樹の巫女をしていた女性でもあったりする。
ゆえにエミルは嘘はついていない。
嘘は。
この惑星でもらったヒト、とはいっていないのだから。
「きいたことがない名ね」
リフィルがうつむき、
「僕もきいたことがないです」
「個人的な遺跡ハンターか何か、かしら?」
だとすれば、遺跡からそういった古代の品をみつけだしていたとしても不思議ではない。
そんなリフィルやアステルの盛大なる勘違いを訂正することなく、
「とりあえず、僕、これらの木々から使えそうな木の実をつかって笛をつくりますね。
たぶん一刻もすればできるともいますから。
みなさんはそれぞれ、時間をつぶしておいてくださいね」
もう一度念のためにエミルはそんな彼らにといっておく。
その気になれば一瞬で、ということもできるが。
それはあきらかに不自然。
一応、きちんとした作業をする過程をみせておいたほうがよいであろう。
もっとも、エミルのきちんとした、という過程は、
それこそ見えないほどのスピードで細工を施すがゆえ、
普通、の範囲内に収まっていないのだが。
それにエミルはまったくもって気付いていない。
「それはそうとさ。エミル。これ、いついれた品だい?」
助かりはするが、エミルがこんな品をつかっているところなどみたことがない。
「え?えっと……」
「まさか、一月以上前、とかいわないよね?」
「…えっと。それ以上、前、です」
「却下!古代の遺物か何かしらないけど、そんな古い食材つかえないよ。これかエミルにもどしとくね」
「え?いいんですか?」
「いいも何も!まさか一年以上前、とかいいそうだし」
「…すいません。それより前です」
『・・・・・・・・・・・・・・・』
しいなとエミルのやり取りをきき、その場にいた全員が思わずだまりこむ。
それは何というべきか。
中にはいっているものもさすがに腐っているのでは?
そんな感覚が否めない。
まあ、それをいうならこれまでエミルが自らの内部に入れていたのをすっかり忘れていた品々。
そちらのほうも使用していたことがあるので、くさっていたりする、
ということはまずありえない、のだが。
「…そこに小さな湖あるし。魚いるみたいだから。あたしが魚とってくるよ。
アステル達はここは山だし、なんか食べられそうなもの付近からさがしてきておくれ。
エミルのあの中にはいってるのはいくら何でも昔の品すぎるから」
しいなが盛大にため息をつきながらも、エミルが手渡したフードサックをエミルの手にともどしてくる。
「え、えっと。すいません?」
問題ないとおもうんだけど。
そういえば、どこぞの世界では賞味期限とかいうものをつくって、
それから一秒でも過ぎたら食べられない、とか意味不明なことをいっているヒトもいたことがあったな。
ふとこれまで創りし世界の一つのことを思い出しつつエミルはひとまず言葉を発する。
「いいよ。あんたは善意から、なんだろうけど。けど、その中にある食材。
つかおうとはおもわないようにね。特に人間に対しては。
中には胃が丈夫なヒトもいるだろうけどさ。お腹こわしたら洒落にならないからね」
それはしいななりの善意の忠告。
~スキット・リンカの木の麓。食事風景・料理編~
しいな「だぁぁ!何でただ、魚をやくだけなのにリフィルは失敗するのさぁぁ!」
リフィル「あら?おかしいわね?」
アステル「ちょっとまってください。それ、毒のある樹ですよ!
そんなのに魚さしたら、僕らしんじゃいますよ!リフィルさん!」
リヒター「うむ。このキノコはかわっているな」
アステル「って、リヒター、それ、ニギリドクタケぇぇ!!」
しいな「ああもう!あんたら、あつめてきた食材はかしな!
なんでこんなところでサバイバル知識が必要となるんだい!ったく」
エミル「…なんか、あっちのほうは賑やか、だな……」
※ ※ ※ ※
二時間後。
「で、できたはいいけど、誰がふく?」
結局、リフィルがやはり自分がつくる、といいだし、
何やら少し離れた場所では多少に騒ぎがあったようだが。
もくもくと作業していたエミルはそんな騒ぎにはかかわっていない。
どこか、しいながげっそりとかなり疲れたように見えるのは、
しかしおそらく気のせい、ではないのであろう。
エミルが作り上げたのは、横笛、そしてミトスがもっていた笛と同じつくりの品。
そしてまた、そんな大きな実がなっていたか?
というほどちょっとした大きさのある実一つをくりぬいてつくったとおもわれしオカリナ。
計それらの三つ。
出来上がった三つの笛を手にし、皆が休憩している場所にと持ってきたのはつい先ほど。
そういうエミルにたいし、なぜか視線が全員エミルのほうにむけられる。
「…え?もしかして、僕、ですか?」
全員の視線をうけ、おもわず自分自身をゆびさすエミル。
皆の視線がエミルが吹けばいい、とさすがにいっているのにきづき、
エミルとしては戸惑いを隠しきれない。
「あなたがつくったのだもの。試し吹きをするのにもいいでしょう?」
「まあ、いいですけど。なら、こっちのほうをつかいますね」
いってエミルが手にしたのは、一緒につくった、という。
というかそんな大きな木の実があったのか?
というような大きさのリンカの木の実をくりぬいてつくられた、オカリナの笛。
やはりオカリナを取り出したとき、皆が皆、そんな思いにかられるのか、
不思議にひたすらと首をひねっていたりするのだが。
ちなみにこのオカリナの材料となっている木の実は、
ラタトスクがちょっぴしマナを供給し手ごろな大きさまで育てたに過ぎない。
つまりは、もともと樹になっていた、というわけではない。
「…何となく、エミルが吹いたらシルフの力は必要ないような気がするけど。
とりあえず、呼ぶよ。
山海を流浪する天の使者よ 契約者の名において命ず 出でよ シルフ!」
しいなの言葉に従い、突如として光がはじけ、その場に三つの影があらわれる。
しいなからしてみれば、何となくエミルが吹くのならば、意味もなく、
何の小細工も必要ないのではないか、というような気がしてしまう。
それはなぜ、なのかはわからないが。
「よびましたか?契約者よ」
しいなの言葉とともに、さあっと風が吹き抜けたかとおもうと、
リンカの木々の間に見慣れたシルフ三姉妹の姿が出現する。
「ああ。シルフ達。いまからエミルが笛をふくから。その音色を風にとばしてくれ」
「「「え?」」」
戸惑いの声は三人同時。
そして。
「えええ!?ほんとう!ラッキー!役得!」
ぐっとその台詞に強く手をにぎりしめ、ガッツポーズをしているユーティス。
本気でどうやらそんなことを思っているらしい。
「本当だよね。だって、お……」
「フィアレス?」
「…ご、ごめんなさい」
つい、王の音がきけるなんて!といいかけたフィアレスは、
ぎろり、とにらまれたエミルの視線にきづき、あわてて口を閉ざしてしまう。
「いえあの…効果ですぎませんか?」
そしてまた、ユーティス、フィアレスとは対照的に、
心配そうに、それでいて何か懸念しているようにいってきているセフィー。
「抑えるけど?」
「「「・・・・・・・・・・」」」
抑える、といわれても。
その意味はしいな達にはわからない。
ゆえにシルフ達三姉妹は首をかしげざるをえないが。
でも、ともおもう。
とてもなつかしい、と。
かつて大樹がまだ健在であったとき、扉の間から彼が気まぐれで歌う歌は、
精霊達にとって、否世界にとってとてもここちのよいものであった。
ラタトスクからしてみれば、あれらはただの暇つぶし、でしかなかったのだが。
正確にいえば、センチュリオン達にせがまれて、とでもいうべきか。
「でも、これは重大任務ですね。お任せください!あ、ウェントス様にも協力をあおぎましょう!」
「「「様?」」」
さらり、というセフィーの台詞にしいな、マルタ、リフィルの声が同時に重なる。
「ああ。それはいですね。というか、エミル様が吹かれるのですか?」
「…いつきたのさ。お前は」
ため息をつかざるをえない。
たしかにいまここには、ミトスはいないが。
だからといって、そう簡単に姿をみせていい、といったわけではない。
いつのまにか、エミルの間横に出現しているウェントスにため息ひとつ。
それは緑の光りを纏いて、
それでいて白と緑の色が入り混じった猫のような虎のような姿。
その尻尾は蛇のような形をしており、その先は二つにわかれているが、
その足元には緑の小さな羽のようなものがついており、足そのものをおおいつくしている。
その背中には緑と白の入り混じった鳥の翼らしきものが四枚ほどみてとれる。
それがセンチュリオン・ウェントスが通常とっている姿であり、
いまこの場にあらわれたウェントスも寸分たがわない姿をしていたりする。
「何だか嫌な予感がする、とテネブラエがいいまして。
エミル様はおひとりにしていたら何をしでかすかわからない、と」
そんなエミルの問いかけに、きっぱりと、
エミルの横にちょこん、とすわりながらも、エミルをみあげていってくるウェントス。
その声は少しばかり深く、それでいてどこかすみきっており、
かといって、甲高いというような声でもなく、どこかしみわたるような声。
「…おい。…あいつ、あとで覚えてろ」
実際、常に傍にいるはずのセンチュリオン達がいなかったのをいいことに、
というかストッパーがいなかったから、というべきか。
これまでにもラタトスクはかなり危険な言動などをしでかしていたりする。
それを危険な言動、とラタトスクが自覚していない、というのがかなり厄介極まりないのだが。
「…なあ。エミル。それって、もしかして、白虎……」
どうみても、その容姿は真っ白な虎。
みずほの里にありし、西を守護している、という風の虎、白虎のようにみえてしまう。
しかも言葉を話しているし。
しかも気のせいでなく淡く輝いているようにみえるのはこれいかに。
「私はエイトリオン・ホワイトのウェントスといいます」
「ってまだそのネタをひっぱるのか!おまえらは!」
きっぱりと、そんな問いかけたしいなにたいし、いいきるウェントスに、
おもわずがくり、とその場から崩れそうになり、あわてて体制を整え、思わず文句をいっているエミル。
どうやらセンチュリオン達はいまだにそのネタを継続中、であるらしい。
「いいじゃないですか。エミル様は司令官、それで」
「…あのな……どこを育て方まちがったんだろう……」
ぽつり、と意味もなく小さくつむがれた言葉をききとれたのは、近くにいたリヒターのみ。
ゆえに、ぴくり、とその眉を動かしていたりする。
「それより、エミル様?そのオカリナを吹かれるのですか?」
「まあな。久しぶりだが」
「ですね。皆も喜びますよ。きっと」
くすり。
その皆、というのがこの地にいる全ての魔物、そして動植物だ、とわかるがゆえに、
エミルとしてはくすり、と笑みをうかべざるをえない。
エミルが無意識とはいえいくら力を抑えたとはいえ奏でる旋律は、いいかえれば大樹の旋律。
世界の加護ともいえるその旋律を喜ばないものはいない。
「ウェントス。ならついでに、いいな?」
「はい」
まあ、せっかく戻ってきたのである。
それゆえに、そのまま問いかけたのち、そのままひょいっとウェントスの背にこしかける。
横に腰かけたままのエミルをのせて、ふわり、とウェントスは浮き上がる。
それはいまからエミルが奏でる旋律をより遠くにまで飛ばすために。
~♪
澄み切った音色が周囲にと響き渡る。
それは一度も聞いたことのない旋律。
まるで力がわいてくるような。
気のせいか、ざわざわと周囲の木々、そして草花もその旋律にあわせて動いている。
そんな感じをうけてしまう。
それはリフィル達の気のせいでも何でもなく、実際に草花は旋律にあわせ反応していたりする。
草花だけ、ではない。
その旋律を耳にした全ての動物や魔物はその瞬間、ぴたり、と動きをとめ、
それぞれが空をじっと見あげる動作をしていたりする。
この行動はシルヴァラントとテセアラ。
同時に全ての動物や魔物達においてみうけられていたりする。
もっとも、この場にいるリフィル達はそんな動物や魔物達の態度を知るはずもない。
海にいきている生物たちも、海面に顔をだせるものは顔をだし、
まるで喜びを示すかのごとく、それぞれ鳴き声をあげていたりする。
そんな不思議な光景が、エミルの吹く旋律にあわせ、全ての場所において見受けられ。
しばらく、エミルの奏でる心が温まるような、それでいて何かを思い出すような。
そんな望郷の念がかられるような旋律が終わるとほぼ同時。
バサッ。
大きな羽音がこの場にと近づいてくる。
そして、ゆっくりと音が近づいてきたかとおもうと、その影は
エミルが浮かびし空中の間横でぴたり、と制止したのち、
「懐かしい音色ですね。お久ぶりでございます」
エミルにむけて、その三つの頭をぺこり、と下げてきているのは、
以前、絶海牧場から脱出したときにみたことのある精霊アスカ、そのもの。
「アスカか」
「しかし、大丈夫、なのですか?いまのは」
「問題ない。ソルムにはすでに伝えている」
植物達がいきなり急成長しないように、とソルムには申し入れている。
ゆえに、成長はするであろうが、急激、ということはないであろう。
目の前にやってきた二つの頭をもちし光る鳥。
その体は炎のごとく、翼の羽部分は真赤にひかり、
それ以外は太陽の夕焼け、もしくは朝焼けの光りのごとく橙色にと輝いている。
そしてその尻尾は紫色と青色に輝いておりとても神秘的。
そして二つ爪の鋭い二本の足は大地を踏みしめるかのごとく。
光の精霊アスカをみつつ、その手にもっていたオカリナを懐にしまいつつ、
エミルがウェントスの背に横にすわったままで話しかける。
「用があるのは、我ではない。あのものたちだ」
いってエミルが示すのは、眼下にいるしいなたち。
エミルとの距離はだいぶ離れているがゆえ、というかエミルはかなりの高さにまで舞いあがっており、
ゆえに、リフィル達はエミルがアスカとどんな会話をしているのかききとれない。
かろうじてみえるのは、
アスカがあらわれ、エミルに頭をさげているらしき姿のみ。
「判りました。それでは、また後ほど」
再びエミルに頭をさげたのち、ゆっくりとアスカは降下を開始する。
「――私を呼ぶのは、だれ?」
ゆっくりと降下していき、そしてリンカの木のてっぺんにその身をゆだねるアスカ。
その巨体はリンカの木とあいまって、はたからみれば一枚の絵。
「なんか、エミルと上で話してたみたいだけど…
と、ともかく。アスカ。あんたの力が必要なんだ。
前にきいた儀式云々にそってないかもしれないけど。
あんたの力をかしてほしい。あたしと契約をしてほしいんだ」
あのときいわれた条件を満たしているかどうかはわからない。
けど、こうして精霊アスカはやってきた。
だからこそしいなは懇願する。
契約をするために。
そんなしいなの台詞をうけ、
「以前にもいいましたが、私はルナと共でなければ契約はいたしません」
静かな、それでいて淡々としたアスカの言葉がその口から発せられる。
正確にいえば、しいなたちの脳裏に響くような声であり、
そのくちばしのような口から語られているようにはまったくみえない。
そんなアスカの言葉をきき、
「月の精霊ルナはマナの守護塔にいたわ。
ルナとの契約のときにあなたを呼ぶから。
そのときにそこのしいなと契約してもらえないかしら」
しいなにかわり、リフィルが一歩前にでつつもアスカにとといかける。
「リフィルのいうとおりさ。マナの守護塔でルナと一緒に契約をするから」
そんなリフィルにつづくように、じっとアスカをみあげつつ、
しいなが視線をずらさずにアスカの返事をまっている様子がみてとれる。
そんな光景をふわふわと上空にウェントスの背にすわったまま、
エミルは見下ろすようにして見守っていたりする。
「では、時がくれば私はルナのもとにいきましょう。
いまルナは精霊炉に囚われている状態です。早い解放を望みます」
アスカは精霊炉に囚われていない。
だからこそ、それがいえる。
そしてまた、アスカはミトスと契約をしているわけではない。
そのことが、その真実をいえる一端、ともなっている。
「精霊炉?」
何やら聞きなれない言葉がでてきて、首をかしげるしいなとリフィル。
よくよくみれば、アステルは何かにきづいたのか、はっとしたような表情を浮かべている。
どうやらあの様子ではテセアラでは精霊炉、その記述がどこかにのこっていたのかもしれない。
あれの技術も継承させては面倒きわまりない。
あのミトスですらあれを悪用しよう、と思い立ってしまった代物、なのだから。
「…あなたがたが、祭壇、とよんでいるもの。それは我ら精霊を捕らえる装置。
封魔の石をつかっているがゆえに囚われた精霊は抜け出すこともできません」
その気になれば抜けだすことはできはするが。
それは契約、という楔が邪魔をしている。
例外的にシャドウはその性質を闇と同化できるという性質を利用して、
分霊体を周囲にはなっているようではあるが、
それでも完全なる分霊体がつくれているわけでもなく、
ゆえにやはりかの神殿からは外にでれないほどの力しか今現在はもっていない。
それも全ては精霊炉に精霊達が契約のもと囚われてしまっているがゆえ。
もっとも、しいなとの契約とともに、彼らはそれから解放、されてはいるにしろ。
「封魔の石。きいたことがある。周囲のマナを取り込み力とする石、だっけ?」
アステルがとまどったように、それでいて目をきらきらさせていってくるが。
それはかつてミトスが施したもの。
封魔の石で封印の土台をつくり、それを精霊の祭壇、として配置していた。
そこにそれぞれの属性の精霊を閉じ込めて。
あれはもともとはなかったものであるからおそらくは、
マーテルが害されたあとにミトスが作り上げたものなのであろう。
ミトスならばそれくらいはたやすかったであろう。
精霊研究に協力し、そして精霊と契約を果たしていたミトスだからこそ思いついたといってよい。
もっとも、一時期精霊研究所にいたからこそおもいついたといえる行為。
そんなアステルの台詞に答えることなく、
「――では、時がくれば、わたしはルナがいる所に出向きましょう。
あなたがたが少しでもはやくルナを、そして仲間達を解放してくれるのを祈っています」
それはアスカとしての本音。
同族である精霊達が捕らえられているこの現状。
それを打破できるのならば、それにこしたことはない。
しかも、それが王の指示、なのだから、断る要素はまったくない。
「ああ。それでいいよ」
「では、そのときに」
しいなの言葉をうけ、肯定の言葉を発し。
それだけいいつつ、現れたときと同様に、ばさり、とアスカは飛び上がる。
そして、一声ピルルっといななき、そしてエミルの目の前でぴたり、ととまり、
再び礼をとったのち、そのまま太陽の中にきえていくかのように飛び去ってゆく。
そんな精霊アスカを見送りつつ、
「しいな、あれでよかったのかしら?」
この場でどうにかして契約を、といわなかったのは前回のことがあったがゆえ。
それにいまは少人数。
まあエミルがいる以上、何となくどうにかなるような気がひしひしとするが。
やはり、精霊とエミルには何かがある。
あきらかに精霊はエミルに対し何か思うところがあるらしい。
それはいまのアスカの動作、そしてさきほどのシルフ達、
さらにいえばノームの態度で確信がもてたといってもよい。
そんなリフィルの疑問をうけ、
「契約はしてくれるっていうんだから。あせっていまする必要はないだろ?
いま、戦力になりそうなの、はっきりいって前衛、エミルしかいないし」
実際、戦力になるであろう前衛となりえる剣をあつかうメンバーは、
いまこの場でいうならばエミルしかいない。
リヒターもかろうじて前衛にはいれるかもしれないが、その武器は斧。
アステルに至っては武器があるのだろうか?という疑問がのこる。
そもそも、アステルが率先して戦っているところをしいなはいまだみたことがない。
リフィルにしても、回復が専門で、攻撃がフォトンとか限られた術しかない。
というのは戦力的にどうか、ともおもう。
だからこそ、焦る必要はない。
「ルナとアスカは共に光に属する精霊。
ルナのほうは月の明かりを司っている、といわれていますし。
アスカのほうは太陽の光り、ですしね」
アステルが何か思案するように顎に手をあてつつつぶやけば、
「そうね。ルナがマナの守護塔に捕らえられている以上。
おそらく、ルナに精霊の楔の役目がかせられてしまっているのでしょう」
「ああ。また折をみてマナの守護塔にいって、精霊アスカとルナ。
二体同時に契約ってことにどうやらなりそうだよ」
リフィルの台詞にしいなが苦笑しながらいってくる。
「でも、結局、二体の精霊から同時に試される、ということになるわけね。気が重いわ」
それでなくても一体の精霊との契約だけでもかなりの力を使う、というのに。
二体同時、などどんな試練になることか。
「ま、なるようになるさ。というかしないといけないし」
「しいな。あなた本当にかわったわね」
以前ならば、精霊との契約にしりごみをしていた、というのに。
ここしばらくのしいなは逆に精霊との契約を率先しておこなっている。
そのかわりようにリフィルが感心した声をだす。
「それより、用事がすんだなら、そろそろもどりませんか?」
すでに昼食をたべたあとはかたずけおえている。
ふわふわと、いまだにウェントスの背にのったまま、
ゆっくりと上空からおりたってきたエミルがふわり、ふわりと空中にういたまま、
リフィル達を見下ろしつつもそんなことをいってくるが。
「エミル。あなた、空中でアスカと何を話していたの?」
何か確実に会話をしていた。
その内容まではわからなかったが。
しかし何か会話をしていたっぽい雰囲気はあった。
しかしそんなリフィルの問いかけにエミルはにっこりとほほ笑むのみで、
「とりあえず。もどりません?皆もまってるでしょうし」
「…たしかにそう、だけどさ」
「……仕方ないわ。話しはもどってから。皆を含めてから、にしましょうか。
残っている皆にもアスカの協力が得られたことを伝えないといけないし」
どうやらエミルは答える気はないらしい。
ゆえにリフィルは深くため息をつき、戻ることに同意する。
たしかにもう昼はすぎている。
いくらリーガルに頼んでいる、といってもリーガル一人で全員を見守りきれるか。
そう考えれば不安ものこる。
しかも、近くにはディザイアンの本拠地たる人間牧場もあるのである。
アステルとリヒターが一緒にきている以上、彼らが勝手にかの地に珍しいというか、
テセアラにはないから、という理由で調べたい!と特攻していかないだけまし。
といえばましとはおもうが。
「僕はこのままこの子で移動しますから。マルタ、あの子にそのままマルタ一人でのってね」
「えええ!?むぅ。エミルと一緒がいいのにぃぃっ」
エミルとしてはウェントスが現れたのは計算外、ではあるものの、
また帰り際にマルタに背後から抱きつかれてはたまったものではない。
ゆえにこのままウェントスでの移動を決意する。
「仕方ないわ。一度、もどりましょう。ここでの用事はすんだのだから、ね」
それにしても、周囲の草木が何やらざわざわとざわめいているのはなぜなのか。
マナがあきらかにざわついている。
あまりここに長居をしては何かに巻き込まれる可能性もなくはない。
そんなことを思いつつも、リフィルが全員をみわたしいってくる。
エミルがかるく、パチン、と指を鳴らすとともに、
それまで大人しく少し離れていた場所で待機していた飛竜達。
それらが一斉にはばたき、リフィル達の目の前にその無防備な背をむけてくる。
どうやらのれ、といっているらしい。
「いきましょう」
リフィルが始めに飛竜の背にのりこみ、
それにつづき、アステル、そしてマルタたちもまた飛竜の背にのりこんでいき、
全員がその背にまたがったのを確認したかとおもうと、
一斉に、ばさり、と飛竜達はその翼を展開する。
王から命じられているのは、彼らをイセリア地方のとある森の付近にまでつれてゆくこと。
ラタトスクからの命であるがゆえに、飛竜達は彼らに危害を加えることもなく、
そのまま、高速飛行において、その翼を展開し
やがて彼らの姿は空の向こうにきえてゆく。
彼らが飛び立ち、その姿が見えなくなるのとほぼ同時。
ざわっ。
リンカの木、そして周囲の草花がいきなりざわざわと風もないのにざわつきをみせ、
そして次の瞬間。
それらは一気にまたたくまにより大きく成長を果たしてゆく。
そしてその光景はその場、だけでなく、ゆっくりと。
しかし確実にオサ山脈を中心として、周囲にと広がってゆく――
「…無事にアスカとは出会えた、のか」
彼らが出かけて数時間。
どうなっているのか気にはなっていたが。
無事にもどってきた彼らをみてほっとしたようにリーガルがいってくる。
無事に何事もなくダイクの家の近くの開けた場所におりたった飛竜達は、
エミルになでられたのち、現れたときと同様、その場から飛び立っていった。
いつのまにかエミルの傍にいたあの白い虎のような何かも姿がみえなくなっており、
実際は影の中に潜んでいる、のだが。
ひとまず、何があったのか全員に今現在説明している真っ只中。
何でもダイクはタバサ、否、この場合はアルテスタ、というべきか。
ロイドはその作業光景をみて身につけたい、という思いから、
二人とともにずっとあれから作業場に閉じこもっているらしい。
「でも、本当にオサ山脈にリンカの木があったんだ」
「ええ。枯れていたけども、どうにか治癒術などでどうにかなったわ」
あれほど劇的に自然が再生するものなのか、と驚きはした。
どうも自分達の力だけ、ではあれは絶対にありえない。
ジーニアスの台詞にリフィルがうなづきをみせ、
「では、次にアスカと対峙するのは…」
「ええ。マナの守護塔とよばれている地ね。
そこで光の精霊アスカと月の精霊ルナ。二体の精霊と契約を交わすことになるわ」
「ってことは、最低二体の精霊と戦えってことか。
なら、リフィル様。ルナとアスカとの契約は一番後のほうがよくないか?
少しでも実力をつけたほうがいいだろ?精霊との戦いにむけて」
この場にあつまっているのは、ロイド以外の全員。
そんなゼロスの台詞に、
「ええ。そうね。そうしたほうがよさそうだわ。残りの精霊は、シャドウ、ね」
「ブルーキャンドルがありますから。闇の神殿は問題なく入れるかと」
すでにウンディーネ、シルフ、ヴォルト、イフリート、
ノーム、セルシウスといった面々とは契約を交わしている。
「時間があれば、できたら風火水土の精霊と契約をすませたから。
エグザイアにむかってマクスウェルと契約もかわしておきたいけど。
リフィル。救いの塔にいく前に契約を済ませてもいいかい?」
「あら。めずらしいはね。あなたからそういってくるなんて」
「何しろ敵の本拠地、だろ?聖地、といわれていてもさ。さすがにクルシスは。
なら、少しでも戦力があったほうがいいか、とおもってね」
侵入先でどんなことがあるかわからない以上、すこしでも戦力は温存しておきたい。
それがしいなとしての本音。
「でも、もし、彼らがマクスウェルを探してたら。
しいなさんがマクスウェルと契約してるって知ったとしたら。
しいなさんまで捕獲対象になるとおもうんですけど」
「…その可能性がある、か」
「それ以上に、しいなが死ねば契約をするものがいなくなる。
逆にクルシスがしいなの命を狙ってくる可能性もあるな」
実際、マクスウェルはミトスの目につかないように、ずっと空を漂っているらしい。
それをエミルはマクスウェルからきいて知っている。
そんなエミルの言葉にしいなもおもわずうなってしまう。
たしかに、かの地はもともと勇者ミトスと契約をかわしてあのようになった。
そう町長、そして長老と名乗った彼らはいっていた。
にもかかわらず、他の精霊とちがい、どこかに閉じ込められたりしていないのは、
おそらくは彼らは空という場所を移動することでその追求を逃れているのだろう。
そう何となくしいなは予測する。
そしてそんな予測ができるこそ、いまのエミルの懸念が現実になりかねない。
という可能性にふと気付く。
「…先にマナの欠片を手にいれてから、のほうがよさそうだね。
たしかに、あいつらがマクスウェルを探してたとしたら。
それこそ相手からしてみれば鴨がネギをしょってやってきた、になっちまうし」
そんな彼らの会話をききつつ、
「あの。エグザイアって、理想郷、のことですよね?
ハーフエルフにとっての楽園の地、とかいわれている」
「たしかに。ミトスのいうように。そのようにいわれている、らしいわね」
「その話しはこの俺もきいたことがある。
そこはハーフエルフが唯一虐げられない理想の地、だとな」
両親がかの地に移住できないか、と昔はなしていたのをリヒターはきいていた。
そのときは意味がわからなかったが。
「無事にマナの欠片を手にいれたのち、ならばマクスウェルにいきましょう。
闇の神殿も気になるけども。マクスウェルがいる地は常に移動しているから。
空を移動しつつ、エグザイアが先にみつかればマクスウェルへ。
そうでなければ闇の神殿へ。という形にしましょう」
そこまでいい、
「…エルフの里で何かあるかわからないから、
戦力はしっかりとそろえていったほうがいいでしょうしね」
簡単にマナリーフを譲ってもらえればそれにこしたことはないが。
不測の事態の時のためにある程度の戦力は確保しておいたほうがいいであろう。
「クルシスの拠点、かぁ。天界、といわれている場所なんだけど。
でも、どうなんだろ?聖地、としてふさわしい場所、なのかなぁ?」
ぽつり、とマルタがきになるらしくそんなことをいってくる。
「というか、マルタ達にとって、聖地ってどんなイメージなの?」
ちなみにかの惑星は地表は緑豊かな大地に覆われていたりする。
内部に居住施設をつくってあるがゆえ、視るかぎり、彼らはその居住施設。
それらしか使用していないっぽいが。
せっかくある地表の自然はほとんど手つかずのままらしい。
さすがにそこまで手をつけていればラタトスクとしても許容範囲を超えていたので、
それが手つかずである、というのはラタトスクからしてみればいうことがないが。
何しろかの惑星の地表には様々な惑星などから保護した生物というか、動植物達。
そういったものが生活している場。
いくらミトスだからといえ、
絶滅しかけていたので保護した彼らを再び本当の意味で絶滅させていたとするならば、
まちがいなく、エミルはいまだからこそ確信をもっていえるが、
完全にミトスを見限っていた可能性が高い。
そしてまた、彼らが無事のままである、ということが、
ミトスが本当に全ての命を無機生命体化に、といっているのではないのではないか。
そうおもえる原因の一つ。
何しろ普通に彗星の地表にはこの惑星と同じく、自然が普通に存続している、のだからして。
ちなみにかの彗星の動力源というか、力の核となっているのは、
ラタトスクが生み出した、彼自身の分霊体ともいえる、ネコ・コア。
それを彗星の中心部分に設置しているがゆえ、
ラタトスクがどうにかしないかぎり、かの惑星は消滅することはまずありえない。
あるとするならば、大量のマナを使用され彗星の耐久性がもたなくなったりした場合。
その場合はさすがにラタトスク自らがセンチュリオン達とともに赴く必要があるであろうが。
それは、もしも、の話し。
ちなみに彗星上に保護しているそれらの生命体達はといえば、
それぞれ適切な惑星などをみつけ、そこに移住させていたりもした。
もっとも、それらは四千年の間滞ってしまっている状態になってしまっている。
かの彗星はことごとく惑星に接近しては、そこに住まうものたちが、
近くにある惑星にきれいれば移住ができるようにと理がひいてある。
その理の存在自体にミトスは気づいていないようではあるが。
ラタトスクもかつてそこまで詳しくは教えてはおらず、ゆえに知らなくても不思議ではない。
「まあ、僕としてはクルシス、という組織を別に否定しよう、とはおもわないけど」
「何で?エミル?クルシスがやってることは……」
「でも、逆をいえば、クルシスがあるからこそ。
いまの地表にいくつもの宗教とかヒトはつくりあげてないんでしょ?
…ジーニアス達はしらないかもしれないけど、
ヒトがうみだした数多の宗教とかによって行われる戦争って、とてつもなく厄介きわまりないからね」
宗教戦争ほど厄介なものはない。
自分達が信じているものが全てだ、といってまったくもってゆずりもせず、
また他が信仰しているものをたやすく貶めたりもするのだから。
その点、一つの宗教だけならばそんな心配はありえない。
もっとも、時とともにその宗教そのものが分離してまったく変わった形のものに、
いくつかかわってしまう、ということもこれまで多々とありはしたが。
その点でいけば、ミトスの情報統制は成功している、といってもいいのだろう。
宗教というもので人々の心をつかみ、そして敵をもねつ造する。
アメとむち。
ほめられたものではないが、かつてのように宗教戦争。
そういったものを排除もしているという功績は認めてもいいとおもう。
「え?宗教って、だってマーテル教だけ、でしょ?」
「いまはね。でも昔はどうだったのか。ジーニアスだってわからないでしょ?
みずほの民の人達がいい例だよ。彼らは自然界における全てのものを信仰してる。
そうでしょ?しいなさん」
「え?あ、ああ。そうさ。自然界のものにはそれぞれ神々がやどっている。
正確にいえば神々、というよりは精霊だね。この場合は。
あたしらはそんな数多の精霊達を信仰し、そして四大聖獣とよばれしものを信仰してるからね」
そこまでいい。
「しかし、エミル。あんた、みずほのことに詳しいねぇ」
思わず呆れたようにいうしいなは間違っていない。
絶対に。
「宗教戦争…か」
その言葉にぽつり、とミトスがおもわずこぼす。
なぜエミルからそんな台詞がでてきたのかわからない。
が、ミトスが生きていた時代もそういうのがあった。
いまは宗教、といえば長き時の調整によってマーテル教、しかなくなっているが。
「教えは僕はいいとおもうんだよね。そもそも、生きることは旅である。
それは実際にそう、だとおもうし。あと全ての命が平等、というのもさ」
あの概念は、ミトス、そしてマーテルが常にいっていたもの。
「…命…心に色はない、か」
「え?ジーニアス、その言葉は?」
一瞬、ぽつりとつぶやかれたジーニアスの言葉に反応するミトス。
その台詞はよく姉であるマーテルがいっていたもの。
「うん。前、エミルからきいたことがあるんだ。
エミルも前、そういっていた人をしっていたんだって」
「僕の好きな言葉の一つ、だけどね。ねえ、ミトスもそうおもわない?」
「う…うん」
ジーニアスにいわれ、にっこりと笑みをふくんでエミルに同意をもとめられ、
ミトスとしては思わずうなづくしかない。
というか、エミルはいったい誰からその台詞をきいた、というのだろうか。
こんな世界の中で。
「そういえばさ。前、フラノールでもいったけど。
皆にとっての、天界というか、聖地のイメージって、あれからかたまった?」
「…まだいってたの?それ?」
それはエミルがフラノールの雪まつりに参加するときに、彼らにといかけていた台詞。
あのときは、雪でそのイメージをした様々なものをつくりはしたが。
ジーニアスがそんなエミルに呆れたようにいってくる。
「でも、楽しくない?そういう場所を想像するのって」
「たしかにそう、だけど」
たしかに想像するのは楽しい。
想像するだけならば何も問題はない。
それこそ、想像上だけならば裏切られることもない。
そう、産まれてこのかたずっと信じていたクルシスに裏切られていた。
そもそもマーテル教の経典の教えそのもの、ディザイアン云々。
その教えが間違っていたとしったいま、ジーニアスはあるいみ何を信じていいのかわからない。
それでも、マーテル教を完全に見放しもできない。
それは物ごころついたころからずっとそのように教育されていた以上、
そう簡単にヒトの心のよりどころがかわれるはずもない。
ゆえに。
「なら、エミルのイメージする聖地ってどんな場所なのさ?」
逆にエミルに問いかける。
「僕?僕は……」
すぐに思い立つのは惑星デリス・カーラーンにおける聖地、とよばれていたあの場所。
大樹を守るようにして建てられていたあの神殿とその街並み。
セレスティザム。
そうよばれていたかの地。
そして、争いが始まる前は、人々はその聖地を訪ね巡礼の旅、というものが存在していた。
目をつむればいまでも思い出す。
そこに暮らしていた人々、そして自分を…大樹を、世界樹と当時はいわれていた自分の分身。
樹をあがめていた人々のことを。
「とても、綺麗な場所、だよ。白を基調とし、整えられた街並みの中。
その中心部には大樹が祀られてる。そんな場所、かな?」
『…ラタトスク様……』
その台詞にウェントスも気付いたのか、影の中よりラタトスクにむけて念話がとんでくる。
いま、主がいったのは、かつての聖殿のことである、と。
「聖樹騎士団、というヒト達がいて、大樹を常に守っている。そんな場所、かなぁ」
「あら。いい名前ね。でも、大樹を守る存在、ね。たしかに必要、かもね。
大樹を蘇らせたとしても、欲にかられたヒトが大樹に何かをしない。とはいいきれないもの」
「うむ。下手をすれば大樹のその膨大な力をもとめ、
ないとはおもうが、伐採しようという愚かなものもでかねないしな」
リフィルがエミルの台詞にうなづき、リーガルもまたそんなことをいってくる。
「大樹の周りにそういったものがあれば、誰かれとも近寄れないけど。
でも、たしかに安全、ではあるわね」
「…でも、それでも世界で消費されてしまうマナの影響はどうにもなりません、けどね。
直接的な被害、というのもはなくなりますし」
実際あのときも時折そういう愚かなものはいた。
それらのものたちは、あっさりと騎士団達につかまっていたが。
「大樹復活の暁にはそのような組織も考える必要があるかもしれないな」
「あら、てっとり早く、大樹の周りにいまエミルがいったように。
大樹を中心として新たな街をつくり、そこを聖地とする、というのも手かもね」
大樹が復活したから、といってすぐに平和になるともおもえない。
もしかして復活したばかりの木々をねらってよからぬたくらみをするものがいないとは言い切れない。
というかむしろ必ずそういうものはでてくるはず。
「…問題は山積み、というわけね。世界を統合し、大樹を復活させる。
それだけでは終わらない、ということ、ね」
リフィルが盛大にため息をつき、
「人々はマーテル教の真実をしらぬ。
ならば大樹をその象徴とし、あらたな神殿を、という理由でどうにかなるかもしれぬが」
「それは私たち個人でやれるようなものではないわね」
「…規模が規模、だからな。我が社でもそのようなものがつくれるか否か。
会議にとおればそういう施設に着手できるかもしれぬが」
「……一番いいのは、いまいるクルシスの人達が、それらを運営、もしくは管理。
それが手っとり早いような気がしますけどね」
「でも。エミル。それじゃあ、意味が……」
「でもね。ジーニアス。クルシスがいま、大いなる実りを管理してる。そうきいたでしょ?」
実際にそれはエミルも確認している。
「それはそう、だけど」
「それに、聞いたところによれば、かの地にいるのはハーフエルフ達だっていうし。
エグザイアだけじゃ、彼らの受け皿というのは小さすぎるよ。
彼らだって、何か守るべきものがあれば居場所というものに価値を見いだせる。
そんな気がするんだけど、どうかな?」
そういうエミルをゼロスはじっと見つめていたりする。
なるほど、ともおもう。
しつこくいままでそういったことをきいていたのは。
それらをふまえているから、か。とも。
お優しいことで、ともおもうが。
「でも、クルシスはこれまでにかなりの人を…」
「なら、彼ら全員を殺せ、そうジーニアスはいうの?」
「そ、それは……」
「死んだ人の命にあわせ、彼らを殺せ。たしかに考えを改めないものもいるかもしれない。
でも、そうでないひともいるかもしれないでしょ?
組織っていうのはね。上が考えていることをけっこう下のものはしらないものなんだよ。
それに、それをいうなら、いまいるヒトだってそう、だしね。
たぶん、テセアラでは薬の開発とかでかなりの人体被害もでてるんじゃないのかなぁ」
それこそ安全性が確認されない薬などは身分の高いものは使用しないであろう。
ならばかならず人体実験。
そんなものが必要となってくる。
そんなエミルの台詞に、
「…耳がいたいわ。たしかに。テセアラではハーフエルフをつかって。
そういった様々な実験が繰り返されているわ。…一般の人々はしらない、けどね。
だからこそ、ハーフエルフを捕らえたものには高額な報酬が支払われるのよ。
彼らの体そのものに価値がある、そう国が認めているからね」
「…何だよ。それ、何なんだよ!それ!テセアラって!」
リリーナの言葉に、ジーニアスがガタン、と椅子からたちあがり思わずさけんでいるが。
「ハーフエルフ、だけではない。…身分の低いものもその実験に使用されている。
……しかも、親がその報酬めあてに子供を売り飛ばす。そんなこともざらだからな」
リーガルがぽつり、といまいましげにそんなことをいってくる。
そう、それが今現在のテセアラの現状。
それが身分制度というものがもたらしている障害。
本来、投薬などをする相手には許可をもとめ実地するのが通常であろうに。
テセアラではそれがない。
そして数多の犠牲の上に安全性が認められたものだけ、が世間にでまわる。
人々はそしてそれらが犠牲のうえに安全性が認められたものだ。
というのをしらずに使用してゆく。
「ここにロイドがいたら絶対にいうでしょうね。間違ってるって」
ロイドがいないのがあるいみ幸いなのかもしれない。
絶対にロイドはこれらの現状にくってかかるであろう。
リフィルも何となく、テセアラでのハーフエルフの現状。
そして貧民街、という台詞をきいていたがゆえに、そういったことは覚悟していた。
ゆえにジーニアス達ほど驚きはない。
「…テセアラって、裕福にみえてるけど、裏では非道なことも平気でおこなわれてるんだね」
表からはみえない裏の事情。
ゆえにマルタが顔をふせぽつり、とつぶやく。
シルヴァラントではありえない。
シルヴァラントの脅威といえば、ディザイアン。
ディザイアンの恐怖にさらされているか、それとも裏でそういったことが行われているのを知らずに、
日々すごし、いつかそれに巻き込まれてしまうかもしれないとおもうのか。
どちらが平和なのか、見た目だけではわからない。
彼らのいい分はまさにその現実をつきつけているといってよい。
特にテセアラではそれらの非情なる行為をたしなめるべき国が、
それを許可し率先しているのだから余計にタチがわるい。
「うん。パパ達が本当に国を復興させる、というのなら。そういった面でも注意してもらわらいとね」
「マルタ。その思いはわすれないでね」
「?う、うん。えへへ。エミルに褒められちゃった」
じっとエミルにみつめられ、そういわれたマルタは照れたように笑みをこぼす。
「…ところで。みなさん。ロイドさん達が、というかダイクさんたちが、
護符をつくるまでまだ時間がかりそうですが、どうしますか?」
そんな会話をじっときいていたプレセアが首をかしげつつ皆にとといかけてくる。
もう少しすれば時刻は夕刻になり、やがて夜になるであろう。
おそらく、この様子では護符ができあがるのは明日。
「そうね。今日のところはそれぞれゆっくりと体をやすめましょう。
明日、護符を手にいれたら、救いの塔にいってみましょう。
そこからクルシスの本拠地にいける転送陣があるはず、よ。
あのとき、レミエルはあの場所からコレットを
デリス・カーラーンにつれていこうとしていたのだから」
あれからそんなに時はたっていない、というのに。
もうずいぶんと前のような気がしてしまう。
「でも、先生。私のことより、先に精霊と契約したほうが……」
「コレット。あなたの体が優先、よ。それに敵の本拠地に捕らえられているかもしれない。
あのケイトっていう人のこともあるし、ね」
本当に捕らえられているのかどうかわからないが。
しかしすくなくとも情報くらいはあるであろう。
忽然と姿をけしたケイト。
そしてその日、目撃されていたというクラトスらしき天使。
それが無関係、とはリフィルにはどうしても思えない。
pixv投稿日:2014年8月14日某日(Hp編集:2018年4月22日(日)
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あとがきもどき:
そろそろ、エミルが何を目指しているのか、ラスト付近でもでてきましたが。
エミルが考えているまはまさにそのとおり、です。
居場所がないならつくってやればいいんじゃない?みたいな感覚です。
よりどころがないがゆえに、彼らクルシスの民は、
ミトスの人柄にひかれてすがっている、というのもありますしね。
たしかに、非道なことをしているクルシスかもしれないけども、
テセアラもやってることは同じようなものなので、
粛清するならほとんどの人間殺さないといけないし、みたいなノリです。
つまり、面倒、というのがその心の奥底にひしひしとみてとれるというv(マテ
魔物達に命じてせん滅させてもいいですが、魔物達への被害も尋常じゃないでしょうしね
それらもあってのラタ様の決定だったりするのですよ。ええ(苦笑
甘い?いいえ、あるいみ拷問ですよ~、生きる、ということは試練、なのです。
あと、次にでてくるクリスタルパヒーの生体。
あれ?ちがうんじゃあ?とおもわれるかもしれませんが。
あれみたとき、ほぼすきとおってるからどうみてもこれ、水晶生命体だよな。
とおもったのは事実なので、その自分で感じた設定にしてあったりします。
なのでそれをついでにミトスの勘違い指摘に役立てようかと。
なぜにこの場でだしてきたの?という疑問もあるかもしれませんが。
ミトスとゼロス、そしてクラトスのやり取りをきいていたがゆえ、の判断だったりするのです。
レジェンディア…戦闘システムは厄介ですが、曲は文句なし、ですよね。
おわった~とおもっても話しがづづいていたときには驚愕以外の何ものでもなし…
グリューネさぁぁん……(マテ
とある個人サイトさんのイラストでみたことがあるんですが。
あるいみ、記憶失ってるときのラタ様(エミル)とグリューネ。似てます、よね(笑
ほんわか状態。そして覚醒状態のあのかわりようがv(即効お気に登録済み
そういえば、この逆行シリーズのこの話し。
完結させます、と公言しているがゆえに、
いい加減にまともな題名、考えたほうがいいですかねぇ。
シンフォニアシリーズってどうしても協奏曲とか、
はたまたイシュタル伝説のような感じのものとしか思い浮かばないのですが。
その、でも、このイシュタル…ラストのあるいみネタバレなんだよなぁ。
切実に。
ちなみに、以前、これを考えてたときにおもいついてた題名。
イシュタル伝説~光と闇の世界再生~
でしたけど(まんまv)
いや、光と闇の協奏曲、というのは別のシリーズでつけてる題名ですから、
それは却下にしたんですよね。切実に。
イシュタルはセフィロトか悩んだんですけどねぇ。
大樹=セフィロトの樹、のようなきがひしひししますし(マテ
何かいい題名おもいついたら、
一気にこの逆行ラタ様シリーズの題さん、かえるかもしれません?
でもこのままラストまでいってしまうという可能性もおおいにあり…
題名って、いつもおもうのですが、難しいですよね(しみじみと
そういえば、ふとおもったんですけど。
みなおしてたら、シンフォニアって…
二度目の塔に突入のとき、…クラトスの台詞が、プレセアってでてたんですね(苦笑
新作でかってるからなのか、それとも増産ではそれらなおっているのかな?
”神子には、デリス・カーラーンへきてもらわねばらなない”
あの台詞の名前コメントがなぜかプレセアになっているvv
これって初回生産版、だけなのかなぁ?増版?モードでは修正されてることを希望
あと、救いの塔の内部の様子。
まったく同じなので、以前救いの塔にはいったときと同じ説明。
それにしていたりしますので、あしからず。
いや、内部構造同じだし。
つまり、一度目の救いの塔突入回、ですね。
あと、さらり、と流してますが、リリスが教えること。
それは、あるいみ【腐】です。意味がわかる人にはわかるかとv←マテw
かつて一時、センチュリオンのアクアがそれにはまり、
ラタが苦労した、という裏設定があったりするのですよ。
天地戦争時代よりも前にw
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