「ゼロス様、よろしいのですか?」
先ほどといい、いまといい。
高速馬車を用意させ、王都にもどってきたのがついさきほど。
すぐに岬の砦にむかう、といったゼロスにむかい、セバスチャンが声をかけてくる。
ウィノナという女性はまだ目覚めていないらしいが、
彼女のことで幾度か研究院から何名か話しをききにきたらしいが、
相手はまがりなりにも公爵家。
家主の許可がない限りは中にいれられません、という言葉をきき、
しかたなく彼らはそのまま立ち去って行った、とのことらしい。
ちらり、と元はコレットが横になっていたベット。
いまはそこに連れてこられたケイトが横になっている。
リフィルの治療術もあいまって、どうやら峠はここにだとりつくまでに超えているらしいが。
「しかし。岬の砦、か。リーガル達が無事にお姫様を救出していたらいいのだけど」
もう完全にあとは安静にしているだけで問題はない。
そう判断し、リフィルがぽつり、とつぶやくが。
「あれ?あれは……」
ふとコレットがぱたぱたと扉の外にとんでくる一匹の鳥にきづき、
思わずその窓にと手をかける。
すでにゼロスの屋敷にもどってきているだけのことはあり、
留守番であったセレス達とも当然、ゼロス達は合流を果たしている。
そんな中、コレットが窓枠にちょこん、ととまり、
こんこんとガラスをたたいている鳥にきづき、窓にとちかづいてゆく。
みれば、どうやらそれは魔物のチュンチュン、らしき鳥だが。
その小さな足をずいっとちかづいてきたコレットにむけてくる。
「…手紙?」
みればチュンチュンの足には何かがくくりつけられており、
どうやらチュンチュンはそれをとれ、というかのごとくに足をつきだしている。
片足でたったまま、足をつきだしているその様子はふるふると震えており、
その動作が何ともかわいらしくもあったりする。
ふるふると必死で片足のみで体をささえつつも、片足をつきだしてくるその鳥の足。
その足にくくりつけられている小さな紙らしきものを横にいたセレスがそっと手をだし取り除く。
ようやく解放されたとばかりに、チュン、と一声鳴き声をあげたのち、
まるで、よんで、とばかりに首をふりふりとふってくる。
小さく折り畳まれている白い紙。
その紙をゆっくりとひらくと、そこには見慣れた文字が。
「あ」
思わずそれをひょいっと覗き込んだロイドが声をあげる。
「コレット、セレス、それは誰から?」
「リーガルさん、です。これにかいているのは、お姫様を無事に救出したから、
いま、お姫様をつれて街にもどっている途中だけど。
騒ぎになってはいけないので途中に馬車か何か用意してほしい、とかかれています」
さすがにテネブラエの背に王女をのせたまま街にはいる、というのは避けたいらしい。
もっとも、さすがのコレット達もよもやテネブラエが王女を運んでいる、
などと夢にもおもっていないのだが。
手紙には詳しいことは書かれていない。
だがしかし、文面から察するにあたり、無事に王女は保護ができている。
とみて間違いはないであろう。
「どうやら、岬の砦のほうが本拠、だったらしいな」
ゼロスがそうつぶやきつつ、
「すぐにでる。馬車の用意を」
「はっ」
たしかに、王女を何らかの形で運ぶにしても人目につきすぎる。
ちょこん、といまだに魔物はその窓枠にとまっているまま。
「…ひょっとして、私たちをエミルのところまで案内してくれるの?」
コレットが何かにきづいたのか、そこにいる鳥に話しかければ、
こくこくとうなづくように、ボバリングのごとくに頭を上下にふるチュンチュン。
「お。それ助かるな。エミル達をむかえにいってすれ違いになったんじゃ意味ないし」
そんな魔物の様子をみて、さらり、と納得したかのようにうなづくロイド。
「って、なぜにおふたりとも、魔物がこうしているのにそう納得できるのですの?」
セレスとしてはそんなロイドやコレットの態度が不思議でたまらない。
というか、魔物が害をなさずにちょこん、と普通の小鳥のごとくにそこにる。
というのも不思議に思わずにはいられない、というのに。
「お姫様も心配だけど、なら僕はのこってるよ。ミトスのこともあるし」
ミトスは意識を取り戻してはいるが、失った血の量が量。
ゆえにまだ安静にしておいたほうがいい、というリフィルの意見もあり、
いまだに一応ミトスは別の部屋で横になっていたりする。
ならばなぜに取引につれていった、という突っ込みもありそうだが。
そんな突っ込みをするものはどうやらいなかった、らしい。
もっとも、一人なのをいいことに、プロネーマ達と繋ぎをとっているようではあるが。
ゼロスの指示でミトスの部屋の中に見張りのものはおらず、窓の下、
そして扉の外にそれぞれ見張りをかねた従業員達が待機しているのみで、
何かあればベットの横の呼び鈴を鳴らすように、とミトスには伝えていたりする。
ミトスと従業員達を二人きりにさせないのには当然のことながら理由はある。
ゼロスはミトスがクルシスの関係者だと確信をもっているがゆえ、
屋敷の従業員達がセレスのかわりに人質にとられる、といったような危険を防ぐため、
あえて部屋の中での待機という方法をとらせていないだけのこと。
「じゃあ、僕、このことミトスに伝えてくるね」
とりあえず、今後のこともありこの場にともにいたジーニアス。
そのまま部屋をでてミトスがいる部屋にむかい廊下をすすんでゆくことしばし。
コンコン。
「どうぞ」
かるく扉をノックすると、中からきこえる聞きなれた声。
「ミトス。はいるよ~」
そのままかちゃり、と中にはいれば、ベットからおきあがり、
椅子にすわっているミトスの姿が目にとまる。
「ミトス!?まだねてないとだめじゃない!」
そんなミトスの姿を認識しあわてたようにジーニアスが思わず叫ぶが。
「もう大丈夫だよ」
「でも、ミトスはかなり血を流してるんだからね?安静第一!これは絶対なんだから」
そこまでいいつつも、ふと首をかしげる。
ミトスが座っている椅子。
その手前にある椅子がなぜにひかれている状態になっているのだろうか。
普通ならば机にしっかりと収まるような形になっているはずだというのに。
それとも、ミトスがわざわざ椅子をかえたとでもいうのか。
それにきづき思わずジーニアスが首をかしげるものの、
「うん。心配してくれてありがとう。それで、ゼロスさんたちはどうだったの?
何か戻ってきたのはわかってたんだけど」
外が騒がしくなったがゆえに、呼んでいたプロネーマを帰らせた。
ミトスの手前側の椅子に座っていたのはほかならぬプロネーマ。
しかしそんなことをジーニアスが知るはずもなく、
「あ。うん。橋にいたのはエルフの薬で姿をかえさせられたケイトだったよ」
「ケイト、って、たしか、教皇とかいうひとの…?」
たしかそうであったはず。
ここテセアラの教皇の娘であり、ハーフエルフ。
「うん。信じられないよ。あいつ、自分の娘に毒をもってたんだよ!」
ぷりぶりおこりつつも、ミトスの真正面の椅子、すでにひかれている椅子にとこしかける。
「僕らのような子供がうまれるのは、親が異種族と結ばれるから、なのにさ。
なのに、どうして子供をないがしろにするんだろ……」
「…仕方ないよ。人間はどうしても、自分達と違うものに対しては、
すぐに排除しようとする、から」
ジーニアスの台詞にミトスがすこしばかり顔をふせながらも返事を返す。
そう、人はいつもそう。
都合のいいときばかりたより、いざとなれば切り捨てる。
そのありようをミトスは嫌というほどにみてきた。
「まあ、いっても仕方ないんだけどね。あ、あと。エミル達から連絡があって。
お姫様を無事に助けだしたらしくてさ。なのでいまからゼロス達が迎えにいくって」
「…そう。教皇って人はどうなったのかな?」
「さあ?それはもどってきてみないと何とも」
捕らえられていた地に原因となった彼がいたのかいないのか。
そのあたりのことはあの手紙には書かれていなかった。
そのため、問いかけられてもジーニアスはミトスに答えることができない。
そんな会話をしている最中、外が何やらさわがしくなってくる。
ふと窓の外をみてみれば、どうやら出発の準備がととのったらしい。
念のためにケイトの容体をみるために、リフィルもこの場にのこることとなり、
出迎えにいくのは、ゼロスとロイド、そして兵士達の少人数でどうやらむかうのか、
玄関からロイドとゼロスが共にでていっているのが目にはいる。
八人乗りの馬車ゆえに、護衛の兵士は外にいくとして、
エミル、リーガル、プレセア、そしてヒルダ姫。
あちらに四人いる以上、あまり人数を増やすわけにはいかず、
コレットやマルタといった面々もどうやら留守番組、に組分けられたらしい。
もっとも、すでに時刻が遅くなりかけている、という理由もあるのであろうが。
「あとで姉さんが今後のことの話しあいをここでするっていってたよ」
無事に姫を助けだしたあと、今後のことを話しあったほうがいいだろう。
と先ほどリフィルが提案してきており、ジーニアスがこの場にきたのも、
その意見をミトスに伝えるため。
「え。あ。うん。わかった」
近いうちに戻る、とプロネーマには伝えている。
何やら地上がどうなるかわからないから、彼らをとめるべきでは、
などといってきていたが、彼らがやっていることをミトスは止める気はない。
彼らが大地を殺そうとするのなら、それはそれでいいのでは、
という思いもミトスはいまだ捨て切れない。
どちらにしろ、かつて地上は一度浄化させられる寸前であったのだから。
「しかし、姫は目覚めないが…問題ないのだろうか?」
砦をでて、そこからエミルがひとまず皆に救出完了、という旨をつたえるため、
そのあたりにいるチュンチュンを呼寄せて、手紙を託したのはつい先ほど。
念のために馬車を用意して迎えにきてくれるようにかいているがゆえ、
街道沿いを歩いていればそのうち合流できるであろう。
いまだにテネブラエの背の上でヒルダは意識を取り戻してはいない。
そんなヒルダをみて心配そうにぽつり、とつぶやいているリーガル。
魔物が伝書鳩かわりになる、というのに驚きをみせてはいたが、
エミルが問題ない、ときっぱりいいきり、またテネブラエ、となのりしものも、
問題はないでしょう、といわれてしまい、なしくずしてきに納得せざるをえなかったが。
「人の身に魔族の瘴気は堪えるでしょうからね」
何があったのか、砦をでるときに簡単にエミルにといかけた。
何でもヒルダは魔族に操られており、その魔族がいなくなったことにより、
いまはこうして目をさまさないのだ、とはテネブラエの談。
魔族、といわれてもピンとこないが、
これまでも幾度か魔族、となのりしものと対峙しているがゆえ、
リーガルとしては顔をしかめざるを得ない。
「おそらく、王国に入り込み、何かをするつもりだったのでしょう」
国をその手中におさめれば、魔族としても動きやすいであろう。
まさか娘が魔族の傀儡になっているなどとおもわないであろう国王は、
あっさりと他の魔族になりかわられた可能性も。
あのジャミルという魔族は力あるものに従うタイプの魔族であったがゆえに、
さらり、とラタトスクの意見を聞き入れ撤退したが、そうでない魔族達も多々といる。
おそらく彼らは地上を混乱と恐怖におとしいれ、人がかつてのように、
再び別の扉をつくりあげることを期待しているのであろう。
そうラタトスクとしては予測をたてている。
「マナと瘴気は相反する属性をもっていますからね。
この地上にいきている全てのものはマナで生かされていますから。
瘴気をまがりなりにも受け入れさせられて、体が疲労しているのだとおもわれます」
人間、慣れとはすごいもの。
ふわふわと浮かびながらついてくるテネブラエがそんなリーガルの疑問にと答えている。
テネブラエの存在自体をどうやらこういった生き物なのだ、と納得したのか、
始めのときほどの驚愕は彼らにはみうけられない。
…もっとも、一番打ち解けたのが、リーガルもまた肉球をさわったあと。
というのがエミルとしては何ともいえない気もしなくもないが。
「まあ、あの子がきちんと皆に手紙届けてくれるでしょうし。
あとはお迎えをまちつつ、街道沿いをあるいていたらそのうちに合流するでしょ。たぶん」
わざわざ街道をそれて移動していてすれ違ったのでは意味がない。
まあ、案内役にチュンチュンのコルネをつけているがゆえ、その心配はない、とおもうが。
「でも、不思議、です。どうして魔物はエミルさんのいうことをきく、んですか?」
それは前々から思っていた疑問。
ありえない。
こうして普通に歩いていても魔物が襲ってこない、ということも。
一般に知られている常識とは異なることが事実おこっている。
自分の時がとまっている間にそのようにことになったのか、ともおもったが。
どうやらそう、ではないらしい。
だからこそ、素朴なる疑問をぽつり、と呟くプレセア。
「あの子達も僕にとっては家族、だからね」
もっとも、家族、というよりは
エミルにとって魔物達はどちらかといえば我が子同然。
この世界にマナを運搬させるべく生み出した種。
大抵エミルは自ら世界を産みだしたとき、魔物にその役割を担わせている。
直接テネブラエ達がいまのように管理しているときもあれば、
別なる代表者をおいて、ということも。
魔物の王、とよばれるその名は伊達ではない。
大抵、種子をうみだし世界をつくりだしたとき、必ずラタトスクは王となる。
それほどまでに世界にとって魔物、とは必要不可欠なる存在。
「ですから、それは答えになっていない、かと」
「まったくだな」
プレセアの疑念を含んだ声に、リーガルもまたうなづかざるをえない。
魔物を家族、といいきれるエミルはやはり普通ではない、とおもう。
そもそも、先ほどまでいた砦の中ですら、魔物達はエミルに率先して従うような行動をみせていた。
そんな会話をしている最中、ガラガラガラ…
前方のほうから何やら馬車がやってくるような音がきこえてくる。
「どうやら行動がはやかったみたいですね。テネブラエ。彼女をこっちに。
お前は念の為に姿をけしておけ」
「かしこまりました」
その言葉とともに、瞬時にテネブラエが姿をけし、
テネブラエが姿をけしたことから、ヒルダが何もない場所に浮いているようにもみえかねない。
そのままヒルダをちょうどエミルの目の前にあたる位置までゆっくりと卸す。
そんなヒルダにエミルがすっと手をかざすと、
エミルの手から淡い赤と緑の入り混じった光が一瞬あらわれ、
それらの光はヒルダの体の中に吸い込まれるように消えてゆく。
「…う……」
それとともに、ふわり、とヒルダの体がうきあがり、次の瞬間。
ヒルダの体はゆっくりと大地にと横たえられる。
それはほんの一瞬の出来事。
「エミル、いま、お前は何を……」
たしかにエミルの手から一瞬、光りがたちのぼった。
術、というものではなかった、とおもう。
エミルは何も詠唱も何も、力ある言葉も何もいっていなかった。
にもかかわらず、先ほどまで顔色も多少わるく気絶していたヒルダ姫は目をさましかけている。
リーガルが思わずエミルに問いかけようとしたその刹那。
「ピルルルッ」
ふと、上空から真っ白い鳥が舞い降りてくる。
「ごくろう。どうやらお迎えがきたようですよ」
エミルがすっと手をのばしたさきに舞い降りる白い鳥は、
個体の判別はつかないが、おそらくはエミルが手紙をたくした魔物、なのだろう。
ふとみれば、ガラガラとした馬車らしき音はだんだんと近づいており、
そして。
『姫様、ご無事ですか?!』
兵士達のそんな声がきこえてくる。
みれば、街道の先からこちらにむかってくる馬車が一台。
それとともに、馬車がとまり、その中から勢いよくとびだしてくる人影一つ。
「リーガル!エミル!プレセア!怪我とかしてないか!?」
開口一番、ロイドがこちらにきづいたらしく、声をかけながらもかけよってくるが。
「僕らは問題ないよ。そっちも無事、だったみたいだね」
まあ視ていたから知ってはいるが。
ゆっくりと馬車からおりたち、エミル達のほうにあるいてくるゼロスの姿をみつつ、
エミルが苦笑しながらいうと、
「まあな。ん?」
「…う…わ、わたくしは…ここは……」
ゼロスがちょうどエミル達の目の前にたどりついたその直後。
どうやら完全に意識を取り戻したらしく、頭をふりかぶりながら、
ゆっくりとその場におきあがるヒルダの姿。
その表情にはさきほどまであった瘴気の影響はみうけられない。
エミルが直接体に浴びせたマナにより、ヒルダ姫に悪影響を及ぼしていた瘴気の残滓。
その影響が綺麗さっぱりきえている証拠。
なぜに姫が地面に横になっているのか。
と一瞬ゼロスは顔をしかめるが、少し視線をずらせば、
エミルの横に周囲に溶け込んでいるかのような透明な姿のテネブラエ、
とたしかなのっているものの姿がみてとれる。
その存在が傍にいる、ということはおそらくはそれの背にのせてここまで運んできたが、
こちらの気配を感じてあえて地面に横たえた、というところか?
そう一人で予測をたて、
「姫。ご無事ですか?」
すっとその場に膝をつき、ヒルダ姫と視線をおなじくし、手をさしのべているゼロス。
このあたり、動じない、というかさすがというか。
相手の、特に女性の扱いに手慣れている、といってよい。
ちなみにこの動作、ゼススはよくこけたりした女性たちによくやっており、
ゆえに自然体であるがゆえ動作事態は流れるようにして優雅でかつ嫌味がない。
「ゼロス…?私は……」
すっと自然に差し出されているゼロスの手をとりつつも、その場にたちあがる。
周囲をきょろきょろしてみるが、なぜに自分は外にいるのだろうか。
しかもここはどうみても街の外。
「わたくしは…そうだわ。たしか……」
珍しい鳥が窓の近くによってきたので思わずひきよせられるように窓をあけた。
そこからの記憶があいまい。
次に気がついたのはどこかの部屋で、目の前にはヒルダにとっては叔父にあたる人物がいた。
先の王の子供であり、自分の父の弟にあたる人物。
ヒルダの記憶はそこで途切れている。
ゆえに、なぜ自分がこんなところにいるのかわからない。
視線の先に馬車と、そして背後をみれば、
「ブライアン公爵?」
「ご無事に目覚められまして何よりでございます。姫」
「え、ええ。わたくしは、いったい……」
周囲をみれば、どこかほっとしたような兵士達の姿も垣間見える。
この場にいるのはまちがいなく、父の親衛隊である兵士達。
「そうだわ。わたくしは叔父に連れていかれて……ああ、よくきてくださいましたわ」
そういいつつも、だんだんと事情が呑み込めてきたのであろう。
うっとりしたような表情でそんなことをいってくるヒルダ。
「いや、そんな……」
あきらかにその視線はゼロスにむかっているのだが。
なぜかロイドは自分にむけていわれた、と勘違いしているらしく、
頭を照れたようにかいている。
「ゼロス。あなたならばかならずわたくしを助けてくださる。と信じておりましたわ」
ぎゅっとゼロスの手を握り締め、どこか頬をそめつつも、
じっとゼロスの顔をみながらお礼の言葉をいっているヒルダ。
「というか。ロイドさん。なんで自分にいわれた、と勘違いしたんですか?」
どうみてもお姫様が誰に話しかけたか明らかであろうに。
それがわかるがゆえに素朴なる疑問をロイドにむけているプレセア。
あるいみ純粋、というのは時として残酷。
「うぐっ」
相手がお姫様、ロイドにとってヒルダのようにふりふりのドレスをきているような女性など、
はっきりいって絵本の中くらいでしかみたことがなかった人物。
ゆえに多少舞いあがっていたがゆえに、周囲がみえていなかったというべきか。
あきらかにゼロスにいったとおもわれるそれをロイド自身にいわれた、とおもってしまったのは。
「悪ぃな。ロイドくん」
そんなロイドにゼロスが悪い、とはおもっていないだろうに苦笑しながら何やらいってくる。
あきらかにゼロスはいまのロイドの勘違いを楽しんでいる模様。
「さしずめ、いまのゼロスさんは、お姫様の盾、ってところかな?」
「城までこのゼロスめがしっかりと護衛をつとめさせていただきますよ?姫」
そういえば、プリンセスガードとか何とか以前ゼロスが呼ばれてたような。
それをきいたのはたしかしいなから、だったとおもったが。
それらを思い出し、ぽつり、とエミルがつぶやけば、
その言葉を肯定するかのごとく、うやうやしく騎士の礼をとりつつ、
再びヒルダにむけて片手を旨の前にかざし、うやうやしくお辞儀をしながらいうゼロス。
「ともあれ、姫。馬車に。兵達は一部、砦のほうにいき教皇がいないか探索を。
我らは姫を救助してすぐにでたがゆえ、教皇は発見できなかったゆえな」
『は!』
リーガルの言葉をうけ、あわただしく一部の兵士達が砦のほうへとむかってゆく。
もっとも、かの地にいったとしてもすでにあの場にいた教皇一派のものたち。
それらは全て排除されており、かの地にはいまはもう魔物しかのこっていないのだが。
ざっとエミルがかの地を確認したおりに、あの場には教皇となのっていた人間はいなかった。
どうやらどこかに出かけているらしい。
そんな兵士達を見送りつつも、
「さあ。姫。兵達があなたを城にまでご案内いたしますよ」
「ゼロス。あなたは?」
「わたしも共にまいります。姫を無事に城に届けるまでが私の役目ですので」
「ゼロス……」
うやうやしくヒルダに対し礼をとるゼロスをみつつ、
うっとりとしたような表情をうかべているヒルダ。
こころなしかヒルダの顔がほんのりと赤いのはおそらく周囲の松明のせい、ではないであろう。
「姫。まずは陛下が心配なさっておられるはずです。話しは馬車の中でもできますゆえに」
「ええ。そうですわね。ありがとう。ブライアン公爵。それに神子の供のものたちもありがとう」
リーガルがそういい、ゼロスにエスコートされつつ、馬車にと乗り込んでゆくヒルダ。
ヒルダの手をひく形でゼロスもともに馬車の中に乗り込んでいっているが。
そんな彼らをみつつ、
「…何か、納得いかね~」
なぜ自分達に礼をいわずにゼロスにだけいうのだろうか。
何だか気持ちがもやもやするがゆえに、心のままにつぶやいているロイド。
ロイドはそのもやもやがどうしてそんな気持ちを抱いているのか、
ということに気づいていない。
「さてと。じゃあ、護衛をしつつ、このまま城にむかうとしますかね。
国王陛下に連絡もしないといけないしな。
リーガル。そのあたりの説明はまかせたからな」
「うむ。しかし我は何もしていないゆえにな。姫をみつけだしたのはエミルだしな」
馬車に乗り込みつつも、ふと思い出したようにリーガルにいうゼロスだが、
そんなゼロスにむけてリーガルが淡々と事実のみを言い放つ。
事実、リーガル達は何があったのかしらない。
エミルがあの落とし穴にあえて飛び降りたあと、姫を探してうろうろとしていたところ、
たどり着いた広間でエミルと合流。
そしてそのとき、すでにエミルはヒルダ姫を救助していたあと。
ゆえに、エミルがどういう経緯で姫を助けだしたのか、
当然のことごとくリーガルもプレセアも知りはしない。
「そう、なのか?エミル?」
「え?あ。うん。たまたまだよ」
たまたま、瘴気を追っていたところ、そこに姫がいたことにはかわりない。
「夜ってこともあるし。僕は馬車にのらずについていくけど。ロイドはどうする?」
姫の懇願もあり、どうやらゼロス、そしてリーガルは共に馬車に乗り込む模様。
数名の兵士達がいなくなったがゆえ、周囲を護衛する兵士達がすくないのも事実。
魔物達がおそってくることはありえないが、魔物達以外の脅威。
すなわち、夜といえば夜盗などといったものも闊歩するであろう。
「え?でも、エミル、馬がないぞ?」
すでに砦にむかった兵たちも馬をつかっており、いまこの場にあまっている馬はいない。
「?ロイドこそ何いってるの?普通に馬車にあわせて移動すればいいでしょ?」
「・・・・・・・簡単にいってくれるなぁ」
「そう?難しいことじゃないとおもうけど」
そもそも、馬車のスピードはそうはやくない。
よくて時速数キロから十キロあたり。
高速馬車とよばれしこれらは、フルスピードでもそれでも時速十キロが限度。
ゆえに普通に徒歩でも並行してゆくのは可能。
「ま、持久力の特訓だ、とおもって。ファイト♪それとも、ロイドも馬車の中にいる?」
「…いや、俺も外にするよ」
特訓、という言葉にぴくり、と反応し、しばし考えこんでいたロイドだが、
どうやらロイドもまた外で並行することを選んだらしく、うなづきつつもいってくる。
「では、出発いたします」
そんな会話をききつつも、一人の兵士がそんなことをいい、
合図とともに、ゆっくりと馬車は向きをかえ元きたみちを戻り始めてゆく。
彼らがきたときとは違い、その中にヒルダとリーガルという新たな人物をのせ。
ガラガラガラ。
馬車が揺れる。
やがて、馬車は王城の手前にと何ごともなくたどりつく。
「…ロイド、大丈夫?」
「だ、大丈夫…だ」
なぜかあの程度の距離を馬車と並行していただけだ、というのに、
ロイドの息は多少切れている。
もっとも、ともにいた兵士達が途中でへばりだしたロイドにきづき、
自分の馬にのるか、と提案してきたが、エミルが涼しい顔であったこともあり、
ロイドは何だかまけたくない、とおもい意地をはりそんな兵士達の申し出を断っていた。
結果として王都まで自力で並行、すなわちほぼ駆けるようにしてこの場にやってきたのだが。
さすがに王都の中にはいるとともに馬車は外ほどスピードをだすことなく、
専用の道をとおり、無事にたどり着いている今現在。
がちゃり、と兵の一人が馬車の扉をひらき、
そこからゼロスに再びエスコートされるようにして降り立つヒルダ。
その後ろからリーガルもおりたち、
伝令兵、なのであろう。
姫がもどった、というのをつたえるためにすでに城の中にかけこんでおり、
ヒルダ姫が無事に救助された、というのは国王にもつたわっているらしい。
「姫様、よくぞご無事で」
そうこうしているうちに、城の扉がひらき、そこから数名の人物がでてくる。
「無事にもどりましたわ。父上は?」
「は。謁見の間に。案内いたします。神子様、そしてブライアン公爵様。
そしてお連れのかたがたも、ともにいらしてください、とのことです」
一人の兵士が代表しそういってくる。
「まあ、僕はかまわないけど。ロイドはどうする?先にもどる?」
ちらり、と横にいるロイドをみつつ首をかしげといかけるエミル。
「いや。ここまできたんだ。せっかくだからつきあうよ」
一人でいまからゼロスの屋敷にもどるより、全員でもどったほうが説明が楽。
そういう思いもあり、ロイドも兵士の言葉をうけいれ、
ひとまず彼らとともに城の内部へとはいることに。
「おお。よくぞ無事に…!神子!ブライアン公爵!それに供のものよ!
ヒルダを無事に助けだしてくれて礼をいう」
がたん、と謁見の間にある玉座からたちあがり、
ヒルダを迎えるためにと玉座の台からおりてくる国王の姿。
ぎゅっとヒルダの手を握っているのをみるかぎり、一応は心配はしていたらしい。
自分の娘を海に流したのもこの人間だというのに、本当に人というものはわからない。
エミルはそんな男性の姿をみてそんな思いにかられてしまう。
子供を心配しているそぶりをみせている彼の思いも本当。
しかし、子供を産まれてすぐに海に流した彼の思いもまた真実。
ここまで極端な二面性をもつ存在。
光と闇、狭間の存在とはいえここまで極端な例もあるいみ珍しいといえば珍しい。
「…だから、供じゃないんだって」
ぽつり、とロイドがそんなエミルの横でつぶやいているが。
「教皇はまだ見つかってはおりませんが。
会議の結果、教皇は改めて罷免され、尋問することが決定いたしました。
明日にでも教皇の手配書を国中に手配する予定です」
国王にかわり、補佐官である大臣がそんなことをいってくる。
どうやら今回のことでこの国王も身内の情、という甘さを捨て去ったらしい。
「…あの。それって遅すぎませんか?」
エミルがぽそり、とつぶやくのも無理はない。
というか、国王に毒をもっていたりしていた、というのがわかっていたというのに。
いまだに教皇の立場を罷免していなかった、というのが驚愕に値する。
あきらかに甘すぎる処置としかいいようがない。
だからこそ、あの人間は自分に強い態度はとれない、と思いあがっているのであろう。
「…かえすことばもない」
エミルの言葉に首をすくめそうつぶやくテセアラ十八世の表情は、
どこか疲れたような感じがみえる。
「でも。それって。当人はみつかっていないけど。
一応は教皇の件は片づいたってこと、なのか?」
「体面的にはそうだろうね。あとは当人を見つけ出して捕らえればおわり、かな」
ふとロイドが何かにきづいたのか、そんなことをいってくるが。
ちなみに、一応国王の前、というのもあり、
ロイドがたったまま相手に対し声をかけようとしていたがゆえ、
エミルはその場にちょこん、とロイドをうながし正座をしていたりする。
いくら相手が国王だから、といってエミルは礼をとる必要性を感じていない。
しかし一応、ヒトがいう身分というのもは理解しているがゆえ、
すわることにより、相手の目線からかなり低くなったにすぎない。
「そういうことですな。兵を派遣し砦をくまなく探させる予定です。
国をあげて教皇を探すがゆえに、これで教皇も強い行動はできなくなるかと」
国王にかわり、横にいる大臣がそんなエミル達に説明するかのようにいってくる。
エミル達の目の前には、国王の横に並ぶヒルダの姿がみてとれるが。
そのまま、ヒルダは国王に促されるまま、その先にある玉座の横の席。
そこにと腰を下ろす様子がみてとれる。
ヒルダが座ったのをうけ、国王もまたふたたび玉座に腰をおろしているが。
そして、椅子にこしかけ、その背をふかく椅子に預けたのち、
「……我が実の異母弟、ということで私はあいつを優遇しすぎたのかもしれぬ」
それは盛大なる深いため息とともにつぶやかれた十八世の呟き。
「いまさら、ですな。陛下」
そんな陛下にむけてあきれたような視線をむけているゼロス。
そう、いまさらといえる。
そもそも、これまでの教皇の態度はそんな国王の優柔不断が原因といってよい。
かつての法律などの強制施行にしても然り。
「……わしは、ゆえに考えを改めることにした
教皇のようなものにつけいらせぬ為にも、今一度、
教会と神子と手を携えて施政を行いたい。どうじゃ、神子。協力してくれぬか?」
ヒルダが浚われ、考えていたこと。
自分が血をわけた兄弟と争いたくない、という思いから、
そして権力争いに巻き込まれるのはごめんだ、と放置していたけっか。
唯一残されていた一人娘の命が危険におちいった。
その前には自分自身の命すら。
だからこそ、迷っているときではないのだろう、と決断する。
遅すぎる、と誰もがいうであろう。
それでも、彼としては弟を信じたかった。
その弟がそんな兄である国王の気持ちをまったくわかっていなかった。
というのが問題、であろうが。
そもそも、彼もそういったことをきちんと口にしていれば問題なかったであろうに。
口にださないがゆえに、彼もまた増長し、そしてついには魔族と手を結ぶにいたった。
その不釣り合いな欲に呑みこまれるままに。
「そいつは、こいつらとの旅が終わってからの話しだな。
私はまだ新たな天からの試練の途中。それは陛下にも伝えたはずですが」
「それは、たしかにそうじゃが」
…どうやら、いまだにゼロスは以前リフィルがいった嘘、ともいえないが、
とにかく真実ではないが完全に嘘でもないいまの実情。
すなわち、精霊との契約はクルシスからの新たな試練、という設定。
その設定のままつき通す気まんまん、であるらしい。
そしてまた国王も神子ゼロスにいわれるがまま、その内容を信じているっぽい。
クルシスもわざわざ不利なことを国に神託、として下す必要はない、と判断してなのか。
それとも、ミトスがともにいるがゆえに、そこまで干渉する権限をもっていないのか。
もっとも、テセアラの管制官がユアンということもあり、
ユアンは不利になりそうなことはまちがいなく国には伝えないであろう。
ゆえに彼らが真実をしならくてもおかしくはない、のだが。
「ただ、これだけはいっておく」
国王が深くため息をついたのをみはからい、ゼロスが意を決したように何やら言葉を発する。
「何じゃ?」
神子がこれだけは、というのはめずらしい。
ゆえに思わずゼロスを凝視するテセアラ十八世。
「教皇が施行したハーフエルフ法を何らかの形で撤廃してくれ。それだけは強くいっておく。
マーテル教の教えとあの法律は矛盾している。
全ての者に愛を、という教えに真っ向からはむかっているようなものだ。
だからこそ、あえて天はこの国に新たな試練を授けたとも思えますので」
上手にマーテル教の教えとあわせ、うまくごまかしながら、
それとなく正論に近い提案をしているゼロス。
たしかに、マーテル教の教えは全てのものに愛を。
全ての命は等しく平等である。というものがあるらしい。
にもかかわらず、ここテセアラでは身分制度、という差別が横行している。
そして、身分制度のもっとも顕著なる例は、いまゼロスがいったハーフエルフ法、であろう。
ハーフエルフを匿ったものは問答無用で死刑。
ハーフエルフが罪を犯した場合も即死刑。
そして、ハーフエルフは家畜よりも下の身分であり、人権等存在しない。
それがハーフエルフ法、といわれているものの代表する法律の一部。
それ以外にもハーフエルフ達にとっては死ね、といっているような法律がまかりとおっている。
それが、いまここテセアラの現状。
「神子が、そのようなことをおっしゃるとは。だって、あなたのお母様は……」
ヒルダがそんなゼロスの言葉に驚いたように言葉を発する。
彼女からしてみればゼロスがハーフエルフをかばうような発現をした。
それが信じられない。
「たしかに。俺様の実の母上はハーフエルフに殺されましたが。
だが、だからといって全てのハーフエルフが悪だ、というわけでもないでしょう。姫
人間の中にも盗賊や人殺し、そういった輩は多々といる。
そういう面でいうなら、なら人も底辺の身分におかねばならない。
そういっているようなものですよ」
ゼロスのいい分はまさに正論。
どちらかといえばただのヒトのほうが非情なることを平気でしでかしている。
「それは…たしかに、そう、なのでしょうけども」
それでもヒルダは理屈では納得できても理解ができない。
ハーフエルフはけがらわしいもの。
そういって物ごころつくころから教わってきていた彼女にとって、
ゼロスの言葉は受け入れがたいもの。
「人間の中にも悪い人間もいればいい人間もいる。
ハーフエルフだから、という理由で全てを差別する、というあの法律は、諸悪の根源。
私としてはそうおもうのですよ。陛下、姫」
ミトスがかたくなに、自分の行いを見直そうとなかなかしないのも、
この国の実情が根柢の一つにあるであろう。
彼が諦めてしまえば、全ての同胞たちが意味もなく殺されてしまう。
そうおもうがゆえに、ミトスはまちがいなく止まれなくなっている。
何しろいまはクルシス以外にハーフエルフ達を受け止められる場所。
すなわち生きていかれる場所、というものが存在しないのだから。
「すぐに…とはいかぬ。差別の根源は深い。
しかし…前向きに考えよう弟があのような行動に走ったのも、
もとは異種族を認められぬ我が王家の罪でもあったのだろうしな」
それは疲れたような、つぶやくような国王の台詞。
エルフと恋におちたがゆえに、王家の籍を抜かれた。
子供までもうけるとは何ごとだ、と。
それでも父が死に、たった一人の弟でもあったことから、即位した十八世が便利を計った。
「なら、俺様もこいつらとの旅がおわったあとのことは前向きに検討するさ」
それはあるいみ狐と狸のばかしあい。
する、とはいいきっていないが、あいまいですませているこれらの行為は、
相手のこれからの行動を探り合う、という意味合いをももっている。
「神子様。いい忘れておりましたが。
このたび、姫様が無事にもどったことをうけまして。
姫様の御無事と神子様の無実の証明。
またその権限の復権を祝い、祝賀パーティーなるものを開くことに決定いたしました」
どうやら姫が無事にもどってきたら、このようにする。
という話しあいはすでにきまっていたらしい。
大臣のそんな台詞をきき、
「まあ。それはとてもすばらしいですわ。爺。それにお父様」
「うむ」
その台詞をきき、目をきらきらとさせるヒルダ。
そして、そのきらきらした視線をゼロスにとむけたのち、
「神子様も当然、参加してくださるのでしょう?」
それは期待をこめた視線。
「このたびの祝賀パーティーは。神子が無事で健在であることを知らせるのと、
王家と神子の繋がりを強調するためのパーティーでもある。
神子はもちろんのこと、供のものたちも姫の件では存分に働いてくれたようじゃ。
それに、シルヴラァントの王女のお披露目、という意味合いをももっておる。
本来ならばこちら側の王家からもそちらのように誰か派遣するのが筋合いなのだろうが。
いかんせん、こちらには旅にでても問題ないようなものがいないのでな」
「その点はシルヴァラントの王女、というものはすばらしいですな。
旅、というあきらかに不自由な行動を文句もいわずに同行しているなど」
「あ…あはは…」
マルタを過大評価しているらしき国王と大臣の台詞にロイドは乾いた笑いをあげるのみ。
いや、マルタは絶対エミルがいるから、だとおもうぞ?
そうはおもうが口にはしないあたり、すこしはロイドもまた場の空気。
というものをわかってきた、という証、なのであろう。
「そのほうたちにばかり、天からの試練をおしつけておるのは心苦しい。
この祝賀パーティーではシルヴァラントの神子も含め、
それぞれ優雅に過ごしてもらいたいという思いもこめておる」
「衣装に関してはご心配なさらずに。明日にでも神子様の屋敷に、
王家専属のデザイナー達を派遣いいたします。
そこで採寸をうけてください。あなた方全員分の衣装はこちらでつくり用意いたしますので」
どうやら否定される、という考えは綺麗さっぱり失念しているらしい。
まあ、権力をもっている上にたつもの、というのは自分本位でものをかんがえ、
断られる、という考えを始めからおもってもいないのだから、
このいい分も彼らからしてみれば当たり前、といえば当たり前、なのであろう。
「出来上がった服は神子の家にとどけさせる。
これから各、家柄のものたちにその旨の手紙を各自送るゆえ。
祝賀パーティーはいまのところ十日後を予定しておる」
「祝賀会の日取りが完全にきまりましたら、おってご連絡いたします」
「…陛下。俺様達が旅の途中っていうのをわすれてませんか?」
「何、神子よ。ときには休息も必要、じゃぞ?」
「たしかに。ミトス達のこともあるしなぁ」
でも、ともおもう。
コレットの症状はこの時でも進行しているかもしれない。
そうおもうとロイドは何ともいえない気持ちになってしまう。
「では。陛下。この城に保管されているという古代の文献。
それらの閲覧を許可ねがえますでしょうか?それとエルフの里への出入りの許可を」
「うむ?それはかまわんが、旅に必要なこと、なのか?」
「はい」
「あいわかった。大臣」
「は。これを」
いいつつも、一歩前にでて小さな紋章のようなものをうけわたす。
「それを身につけているものは、王家の代表者、という意味をもっておる。
それをつけていれば問題なくエルフの里にもはいれるはずじゃ」
テセアラ王家の紋章を刻まれたエンブレム。
それは、あるいみ国の代表者という立場を示すものであり、
これをもっているものは、たいていの立ち入り禁止場所に入れる許可を優先的に所得できる。
「念の為に一筆かいてもほしいんだけどな。俺様としては」
「…わかった。あとで届けさそう。ともあれ、皆のもの、大義であった。
疲れたであろう。きょうのところはゆっくりとやすむがよい。
本当に皆には感謝しておるぞ」
無事に娘がもどってきた。
さらわれた、というのをきいたとき、命は絶望ししていたのに。
これも罪か、ともおもった。
かつて王妃の子供を優先するために同時期にうまれた側室の子を捨てた罪か、と。
ヒルダが誘拐されるまではおもいだしもしなかったというのに。
姫がいなくなれば、血筋は教皇しかのこりませんぞ。
という言葉をうけ、かつてのことを思いだした。
それはうまれてすぐの赤子を海にとながした当時のことを。
ゼロスの屋敷。
「…そう」
今現在、皆がそろっているのは食堂の一角。
ゼロスの屋敷の中にありし、食堂の間にあつまっている全員。
無事に戻ったゼロス達から経緯をききつつも、用意された食事に手をつけている彼らたち。
ウィノナという女性はいまだに目をさまさないらしいが、
ケイトのほうは意識をとりもどしているらしく、
安静、そして彼らの安全面を考えて部屋で食事をさせることとなっているらしい。
ケイトがどんなにあらがおうと、教皇の娘、という立場は覆らない。
そして、彼女が教皇の指示のもと、クルシスの輝石の人為的な制作。
エンジェルス計画を実行していた、というその事実も。
ウィノナも彼女の計画の被害者の一人。
プレセア、だけではない、ウィノナ、そしてそれ以外にも
かなりのものに、ケイトはいわれるまま、人体実験を繰り返していた。
今現在、ケイトをあえて泳がせて、教皇の一味を一網打尽にしよう。
という意見も上層部の中ではいわれている。
かならず、神子の元にいても抜けだし、接触をはかるはずだ、
もしくは相手のほうから接触をもってくるはずだ、と。
そのため、ゼロスの屋敷の付近にはかなりの数の兵士達がそれなりに配備についている。
エミルは彼らへの説明に魔族がどのようにかかわっていたか、までは説明していない。
もっともテネブラエが口をすべらせてリーガル達にいってしまっていた以上、
そこに魔族がいたということは伝えてはいるが。
結局のところ、ミトスの部屋で全員があつまりこれからのことを相談しようとおもっていたリフィルだが、
時間も時間ということもあり、ならば食事時にすればいい、という結論にいたったらしく、
こうして今現在、食事をしつつ、これまでの経緯などの説明をうけていたりする。
「とりあえず。ベルセリウムが手にはいったのだから。
一度、ダイクの所にもどって護符を作成してもらいましょう。
たしか、以前城の中に古代の勇者達の文面がある、ときいていたから。
ゼロスが許可をとってくれた、というのだからそれも調べることにして」
「あるな。たしかに」
リフィルの台詞にゼロスがうなづきをみせれば、
それに満足したように、リフィルもまたうなづき返し、
「そこで念のために古代のことを調べてみましょう。
以前、ユウマシ湖でいっていたユニコーンの言葉もきになるし」
マーテルと同じ病。
そうたしかにあのとき、あのユニコーンはそういった。
ならば、古代の文献に何かのこっているかもしれない。
ゆえに、再度確認をこめてそんなことをいってくるリフィル。
「その城からの使いの人がくるのは明日、なのよね?ゼロス」
「そういってたな。まあ、こっちの都合もあるしな。早めにくるとおもうぜ?」
旅の途中、というのは言外にいってある。
いくら国王とてよもやクルシスの試練だとおもっている旅を中断させるような時間帯。
そんな時間帯に派遣などはしてこないであろう。
「ならば。それが済み次第、一度先に城にたちよったのち、
それからダイクの家へ。皆もそれでいいわね?」
リフィルがざっとそれぞれ席についている全員を見渡す。
いつのまにかリフィルが指揮をとっている形になっているが、
それに不満をもらすものはいない。
「ウィノナさん、いつ目をさますのかな?」
ぽつり、とそれまでの会話をしばらく黙ってきいていたコレットが心配そうにぽつりとぶやく。
いまだに彼女は目を覚ましていないらしい。
「そういえば。ミトス。あのときどうして彼女の名をよんだの?」
あの一瞬。
たしかにミトスは彼女の名をよび、そして彼女をかばった。
「……前、僕と姉様を助けてくれた人に彼女、よくにてたんです。それで…」
「ミトス。その人は?」
「ロイド!」
顔をふせ、ぽつり、とつぶやくミトスに首をかしげつつといかけているロイド。
そんなロイドの言葉をうけ、たしなめるように叫んでいるジーニアス。
「…あ、わりぃ」
そういえば、ずいぶん前になくなったようなニュアンスの言葉をいっていた。
それをすっかり失念してまた聞こうとしていた自分にようやくきづき、
罰の悪そうな表情をうかべるロイド。
「…ごめんなさい。僕、すこし、外の空気、すってきますね」
いいつつも、椅子からたちあがり、入口のほうへと歩き出す。
途中、ゼロスと擦れ違うときに、小声で、
「神子、外でまっている」
ゼロスにのみ聞こえるような超小声でささやき、そのままパタン、と外にでてゆくミトスの姿。
「ロイドの馬鹿!ミトスの気持ちも考えてよね!」
「わ、わりぃ。俺、そんなつもりじゃあ……」
ミトスが部屋をでていったのをみて、ジーニアスが思わずロイドをどなりつける。
「ロイド。あなたはもうすこしデリカシー、というものを考えなさい。
あなたが何でもないようにいった言葉でも時として相手を確実に傷つけるのよ?」
「…はい」
ロイドの先ほどの台詞は、どうみても死者を…おそらくは何らかの事情があって、
しかもあの言い回しからして目の前で死んだであろう人物を思い起こさせるようなもの。
それが理解できたがゆえにロイドはしゅん、とうなだれるしかない。
「ミトスって、たしかお姉さんも亡くなってるんだよね」
「…うん」
「……人間たちに裏切られて殺されたらしい、けどね」
ぽそり、といったエミルの台詞に。
『え?!』
それは初耳、とばかりに同時に声をあげるコレット、ジーニアス、ロイド、マルタの四人。
「…ここ、テセアラでは珍しくはない、か」
リーガルがにがにがしく顔をしかめてつぶやき、
「エミル。それ、ミトスからきいたの?」
といかけるジーニアスにたいし、エミルはすこしばかり笑みをうかべたまま。
聞いた、とも聞いていない、ともいっていないが。
その表情をみて、おそらく何らかの形できいたのだろう、とジーニアス達は勝手に納得する。
せざるを得ない。
まちがいなくエミルは真実をいっている。
そう確信がもててしまったがゆえに、何ともいえない気持ちになってしまう。
「ここ。テセアラでハーフエルフがいきてゆくのはとてもつらい。
神子が先ほど陛下に懇願したハーフエルフ法、のせい、でな」
リーガルが深いため息とともにそんなことをいってくる。
事実、あの法律のせいでハーフエルフ達は安住の地を得られていない。
彼らにのこされているのは、死か、もしくは幽閉ともいえる研究所での生活か。
はたまた実験体として秘密裏に利用されるか、そのどれか、でしかありえない。
「…何で人間達は僕たちをそう邪剣にするの?僕らが何をしたったいうのさ……」
「ジーニアス……」
ぎゅっと手をにぎりしめ、いまにも泣きだしそうなジーニアスに、
ロイドは何といって声をかけていいのかわからない。
「っと。なんだか暗くなっちまったな。んじゃ、俺様は……」
そんなことをいいつつ立ち上がるゼロス。
「あれ?ゼロスくん、どうかした、んですか?」
そんなゼロスにプレセアが首をかしげつつといかけるが。
「俺様は俺様の用事があるってね」
「「用事って……?」」
きょとん、とした声をだすマルタとコレット。
何かにきづいた、のであろう。
「…先刻の女人、か?」
深いため息とともにぽつり、とリーガルがつぶやくが。
その台詞にはっとしたような表情をうかべるロイド達。
たしか、ゼロスはすれ違った彼女達にこういっていなかったか。
あとで家にむかう。と。
「俺様、女子供との約束だけ、は違えないようにしてるからね。んじや。また。
俺様がいないからってさみしがるんじゃないぞ。ハニー達。セバスチャン、あとは頼んだぞ」
「おまかせくださいませ」
「セレス。夜更かしせずにきちんとねるんだぞ~」
「お兄様!?」
セレスが止めようとするものの、そのまま何でもないように、
手をひらひらとさせて食堂からでてゆくゼロスの姿。
「…ゼロスにも何か考えがある、んでしょうけど……」
わざわざ女性の家にいくだけ、とはおもえない。
だとすれば、情報収集、とみるべきか。
リフィルがそんなことをおもいつつつぶやくが、
「皆さま。皆さまのお部屋の準備もととのっております。
お食事がすみましたら、湯あみののちに、ごゆっくりお休みくださいませ」
聞けばそれぞれ部屋があてがわれているらしい。
セバスチャンのそんな台詞に思わず顔をみあわせるロイド達。
夜はまだ始まったばかり。
カサリ。
外の空気はひんやりとしてここちよい。
小さく虫の鳴き声などもきこえており、さすがは王都でも屈指の大邸宅。
ゼロスの屋敷から外にでて、その手をそっと空にとのばす。
その手は四千年前とかわらなぬ小さな手であり、
その手の間からみえる星もあまりかわりばえしないようにみえている。
それでも、あのときといまとではかなり異なっている。
そのことにミトスは何ともいえない気持ちになってしまう。
眠れないときは星を数えるんだ。
そうクラトスにいったのはいつのことだったか、とふと思い出す。
エルフの里で産まれたミトスには心許せる友、というものは存在しなかった。
唯一といっていい楽しみは夜の森で木にのぼり、星をながめるのみ。
ウィノナと知り合い、狩りをおしえてもらうその時間もミトスは好きだった。
ふとかつてのことを鮮明に思いだしてしまい、おもわず顔をしかめるミトス。
そのまま、とん、と近くにある庭の木にと体をもたれさす。
神子が出てくるまで少しの時間があるだろう。
ころあいだ、とおもう。
ここは、砂糖で創られた蟻地獄、のようなものに近しい。
オゼットに降臨し、単純であろうクラトスの息子達をだまして懐にはいりこんだ。
誤算はそのまま彼らとともに旅をすることになったことと。
そして……
「エミル…か」
エミルをみていれば何だか心が、
痛むはずがない、とおもっている心がときおり、ちくり、と痛むような気がしてしまう。
エミルに見つめられていれば何もかも見透かされているような気がしてしまう。
魔物を使役できる、というエミル。
普通の人間でそんなことができるのは、魔族と契約したものならばいざしらず。
そうでない、とすればセンチュリオンの加護をうけたもの、
もしくは精霊ラタトスクの加護をうけしものか。
ミトスとてラタトスクの加護、という名のデリスエンブレムを受け取っている。
それを身につけていれば不必要に魔物との争いは避けられる。
たしかに、あれをうけとってから、魔物達との戦闘は避けられてはいた。
ほんのすこし。
ほんの少しだけ様子をみて、そして排除しよう、とおもっていた。
姉の器を利用するのに不必要でしかないのだから、と。
なのに、あのセイジ姉弟の境遇はあまりにも自分と姉。
自分達姉弟の境遇によくにていた。
エルフの里、ヘイムダールで生まれ育ち、そして追放されたところも。
ジーニアスがロイドを信用しきっているのも、ミトスにとってのクラトスのようなもの、なのだろう。
というのも説明されていないが、嫌でも理解できてしまう。
ミトスにとってクラトスとはそういう人であった。
始めて自分を自分としてみてくれ、そして導いてくれた、ヒト。
ハーフエルフでも何でも関係ない、といってうけいれてくれたヒト。
なのに、そのクラトスは、妻と子ができたからといって自分を捨てた。
否、あの女にたぶらかされてしまった。
ミトスはそう、おもっている。
戻ってきた時のクラトスはかつてのクラトスではなく、抜けがらの人形でしかなかった。
なのに、いままた。
死んだとおもわれていた息子が生きていたことにより、また再び自分をクラトスは裏切ろうとしている。
それがミトスからしてみれば許せない。
ロイドをさくっと殺せないのは、クラトスと自分、そしてジーニアスとロイド。
その関係がよく似ているから、なのかもしれない。
そうわかっていても、心のどこかで納得がいかないのもまた事実。
そして、それ以上に。
彼らの旅に同行していておもったこと。
それは、まるでかつて自分達が四千年前。
世界を、戦争を終結させようと行動していたあの当時の旅。
その旅によくにている。
否、似すぎているといってもよい。
そして、タバサ、という存在。
かつてクルシスでつくり、廃棄したはずの
マーテルの体を人工的に作る研究の一貫でつくられたそれ。
自動人形の姿は若いときのマーテルを参考につくられたもの。
しかし、結果として人形にマーテルの心が宿ることはなかった。
ゆえに計画は中断した。
その破棄したはずの人形が新たな
あまつさえ、なぜかこの旅に同行することになってしまった。
傍に姉そっくり…違う、とわかっていても面影は同じ。
ゆえに、つい四千年前にもどったのではないか。
と錯覚してしまうほどの、甘い時間。
違うとわかっていながら心を開きそうになってしまう。
いまは別行動をしているからいいようなものの、
もし、姉の姿と同じタバサと、あのウィノナ姉様と同じ姿をした女性。
二人が傍にいれば、ミトスは自分の心をごまかしきれる確証がない。
全ての原因、ともいえないが、まちがいなくクラトスの息子。
ロイドがこれらの経緯に結果として干渉もしているのであろう。
何も考えていないようでいて、皆をひっぱってゆく光。
それはかつてミトスがそうであったかのように。
ミトスが諦めてしまった、その光りをそのままに体現している子供。
ふと、ミトスがそんなことを思っている最中、ゼロスが屋敷からでてくるのがみてとれる。
そのまま無言でゼロスを裏庭にと促すミトス。
そんなミトスに気付いたのか、ゼロスもまた、
そっぽをむきながらもミトスにつき従うようにして移動を開始する。
「この辺りまでくれば、コレットの耳でもきこえないかな?」
伊達に庭が広いわけではない。
裏庭にはちょっとした林もどきがあり、その中にはいっているミトスとゼロス。
ゼロスが屋敷をでたところ、少し離れた場所にてミトスがまっており、
そのまま無言のままここ、裏庭の木々の中にまで移動している今現在。
いつものミトスの口調とは異なり、すこしばかり低い声。
コレットはすでに天使化へ確実に突き進んでいる。
あの症状を乗り越えてしまえば、完全に天使化を果たすであろう。
天使化を果たすか、もしくはそのまま結晶化するか。
かつてのマーテルと同じ経緯をたどっているシルヴァラントの神子コレット。
彼女は意図していまだ聴力を調整、ということはできないであろう。
だからこそ、念には念をいれておいたほうがよい。
「へいへい。用心深いことで。
あのチビとの友情ごっことはそんなに楽しいのかい?ユグドラシル様よ」
「へぇ。名乗ってないのにきづいてたんだ」
「そりゃ、わかるっしょ。ミトス・ユグドラシル。
クルシスの最高責任者。まさかご本人様が降臨しているとは誰もおもわないっしょ。
あのロイド君達は気づいてないようだけどな。チビにしても然り、だ」
ミトスのそんないい分に苦笑しながらも、両手をすこしあげて、
まるでお手上げ、というかのごとくのポーズをとりながらもそんなことをいっているゼロス。
「お前にはわからないよ。神子。お前は薄汚い人間なんだから。
たとえいびつとはいえ天使化しているお前でも、ね」
男児の神子も天使化させるのは、その子供に耐性をもたすため。
そのせいかマナが似通っているもの以外の間になかなか子供はめぐまれない。
異種族同士の婚姻、もしくは子をなすということは、そう簡単に恵まれるものではない。
疑似的に天使化させたものとより近いマナをもちしものをかけあわせ、
よりマーテルの器にふさわしく、また力をよりなじみやすいようにするための処置。
名前で気づかれている、とはおもわなかったが。
しかしそれはそれで好都合。
そんなゼロスの言葉をかるくあしらい、ゼロスを見下すように淡々とつむぐミトスの様子は、
さきほどまでジーニアス達と会話していた様子とまったくもって異なっている。
「ははは。違いない。
だが、あんたのお仲間にも薄汚い人間様がいらっしゃったんじゃありませんかねぇ?」
「仲間、ね。たしかに仲間だったよ。四千年前までは」
ミトスの脳裏にうかびしは、四人でファンダリアの花を探しにいったときのこと。
――まったく。お前達のおひとよしにはあきれて言葉もない。
ふとミトスの脳裏にうかぶのは、あのときのユアンの台詞。
――私は腹をたてているんだ。
なぜ我々が人間のためにファンダリアの花を探してやらねばならないのだ!
あのとき、困っている人達をほうっておけない。
そうおもい、探したというのに。
なのに、人間達はやはり自分達がいるせいで病気になったなどと言いがかりをつけてきた。
あのころは、無条件にユアンもクラトスも信じていた。
四人ならば何でもできる、そう信じていた。
なのに。
「あのころは僕の味方だ、とおもっていたんだけどね。
オゼット風邪の流行のときも僕に力を貸してくれたし。
ユアンにしてもそうさ。僕らの偽善を暴くなどといって。
大見えをきって旅についてきたっていうのに。姉様と婚約までこぎつけてっ」
「…天使様よぉ。なんか話しがずれてないかい?」
「同じだよ。…ねえ、クラトス?」
呆れたようにいうゼロスの言葉に答えるかわりに、
横手のほうの木の茂みをみつつもそんなことをいいだすミトス。
「!あの天使様がいるのか?ったく、またロイド君のストーカーかよ」
「いつまでかくれんぼしてるつもり?そこにいるのはわかってるんだよ」
ミトスの言葉に観念した、のであろう。
がさり、と茂みをかきわけ、姿を隠していたつもりのクラトスがその場にと現れる。
どうやら屋敷の敷地内まで彼はついてきていたらしい。
クラトスがこっそりと一行をつけまわしているのをしっていたゼロスですら、
思わずあきれざるをえない。
「…立ち聞きかい?クルシスの天使様も品のよろしいことで。
というか、俺様、あんたに屋敷の立ち入り許可あたえてないぞ?不法侵入だぜ?」
ここはゼロスの屋敷の一部。
ゆえに許可なきものはどうとりつくろっても不法侵入の何ものでもない。
「不法侵入、というのは受け入れよう。だが品のなさはおまえほどではない」
「…何だと?」
ふっと頬笑み、そんなゼロスに切り返すようにいっているクラトス。
そんなクラトスにむかって言葉にてつっかかっていっているゼロス。
そんな睨みあう二人をしばし見つめつつ、
「新旧の裏切り者が顔をそろえたってわけだ。お人よしのロイドが知ったらどう思うかな」
「「・・・」」
にこやかにいわれたミトスの台詞に、クラトスとゼロス。
二人は同時に言葉をなくす。
どうやらクラトスは息子に裏切り者だ、とばれるのがこわくて。
ゼロスのほうは何となくいまはまだ知られたくない、とおもうがゆえに黙りこんでしまう。
そんな二人をみてミトスは思う。
結局のところ、この二人はヒトがいいのだろうと
そういう人間は簡単に利用されて捨てられたる。
そう、かつてのミトス達自身のように。
「……ユグドラシル様。ここで、何を?」
そんな空気を払拭するつもりなのか、
一瞬だまりこんでいたクラトスがミトスにたいし口をひらいてくる。
その台詞に思わず顔をしかめるミトスの姿。
「それは僕の台詞なんだけど。クラトスこそこんなところで何をしてるのかな?
ロイド達をうまく誘導して疾患の治療法。あれを誘導するように、といってなかった?
まさか、十数年ぶりに再開した息子かわいさに、余計な世話をやいている。
なんてことはないよねぇ?夜よくやってきてはロイドの毛布なおしてたりしてるようだけど?」
「っっ」
ミトスがクラトスに命じていたのは、彼らに疾患の治療方法。
それをそれとなく伝えて、その品を手にいれさせる、ということ。
もっとも、それを建前にしてクラトスが神木を手にいれたっぽいことも、
ミトスはすでにつかんでいる。
伊達にロイド達とともに旅をしているわけではない。
「まあ、あのロイドの寝相の悪さは何ともいえないから別にいいんだけどね。
…どうやったら、あんなに毛布をいつのまにか木の上にとかなげとばせるんだか」
「それは…私も謎です。あれだけは。…幼いころからああだったので……
まだ、いまのほうがましかと。幼いころはきがついたら。
いつのまにか自力で木のてっぺんとかに眠ってたはずなのに移動してたりも……」
「「・・・・・・・・・・・・・」」
ミトスが呆れたようにいえば、ここぞとばかりに、
なぜか盛大にため息をつきながらクラトスがそんなことをつっこんでくる。
どうやらロイドの寝相の悪さ。
それは幼いころから、であるらしい。
ちなみに、木のてっぺんにいたのは、寝ている間に、
無意識のうちに生誕からうけつがれていた翼が展開し、
無意識のうちに飛んでいたがゆえ、なのだが。
その事実をいまだクラトスは知らない。
妻であったアンナは気づいていたが、クラトスがきづいたときがおもしろそう。
という理由で教えてはいなかった。
そして、いまではエクスフィアとほぼ同化しているアンナが、
そんなロイドの力を抑えていることもあり、ロイドが羽を展開したことは一度たりとてない。
「ロイド君の幼少期って……」
ぽつり、とつむぐゼロスの言葉にミトスも何か思うところがあったのだろう。
というか、どうやって小さな子供が樹の上に?まさか?
という思いが一瞬よぎるが、それだとおかしい。
いくら天使化しているものと、エクスフィアに寄生されているもの。
その間にうまれたから、といってうまれついてマナを操り、
翼を展開できる力をもっているなどと。
ならば、いまのロイドがその力を利用していないわけがない。
ゆえに一瞬脳裏に浮かんだ考えをすぐさまミトスは否定する。
その考えが実は真実である、ということに気づかぬまま。
「とりあえず。私はシルヴァラントの神子の永続天使性無機結晶症を観察しておりました。
ユグドラシル様の命令のとおり、
彼らに例の品を誘導させるべく機会をうかがっているまで」
実際、クラトスはミトスにそう命じられているので、嘘はいっていない。
機会をうかがうといいつつも、ロイドの世話をそれとなくやいていたり、
また指輪をつくる材料を手にいれるためにうごきまわっているのは別として。
「都合のいいいいわけだね。一応いっておくけど。テセアラ側の管理はユアンの仕事だよ」
そう、クラトスはあくまでもシルヴァラントの管制官。
そしてここテセアラはユアンの管理下。
「それはわかっておりますが。ユアンは忙しく、最近あまりテセアラへ降臨していないようでしたので。
私が地表にでむいたことにより、ユアンの仕事がたまっているのが一因かと」
「まあ、クラトスの仕事もユアンにおしつけてるし?あいつは忙しくさせとかないと。
僕にいろいろとうるさいことをいってくるしね。
でも、クラトス?僕はおまえに勝手なことをしてもいい、とはいっていないよ?」
プロネーマがユアンが信用できない、といってきていたが。
信用できないのはいまにはじまったことではない。
いつのころからかユアンは自分にたいし否定的な考えを直接いってきだしていた。
このままでは、マーテルも、種子も失われてしまう。と。
精霊との約束を反故にするつもりなのか、と。
そんなことはありえない、というのに。
姉を蘇らせ、そして大樹を芽吹かせる。
それのどこが精霊との約束を裏切っている、というのだろうか。
あのとき、姉マーテルを蘇らせるために
オリジンの封印に同意したユアンの台詞とはおもえないかわりぶり。
「・・・・・・」
ミトスの台詞にクラトスはその場にて黙りこむ。
事実、ユアンが自分の仕事をおしつけられて、かなり大変な目にあっている。
それを知らないクラトスではない。
もっとも、ユアンがいそがしいのはそれだけ、が理由でないこともクラトスは知っている。
「だんまり、か。まあいいよ。クラトスは僕の師匠だからね。もうすこし見逃してあけるよ。
はやいところ、ロイド達にマナリーフ、あとマナの欠片を手にいれさせるんだね。
アルテスタがあんな技術力を隠していたのは何ともいえないけど…
二人も技術を継承しているものがいれば、こちらにも都合がいい、しね。
それに、クルシスでつかえたのがアルテスタ一人だったのを考えれば、
ダイク、そして記憶人格であるもう一人のアルテスタ。三人目安がついた。
というのは重宝、だしね」
見逃す、といっているが実はそうではない。
実はすでにクラトスの動きは逐一プロネーマに見張らせている。
ゆえに、クラトスの動向は定期的にミトスの耳にとはいってくる。
なかなかロイド達と離れる機会がないゆえに、
頻繁に連絡がとれないのが玉にきず、ではあるが。
クラトスが自分をまた裏切ろうとしている。
それはミトスの中ではすでに確定事項。
「んで?クルシスのおふたりさんよ。
さっきかり、俺様を丸無視で話しをすすめてっけど。
俺様に用がねえなら、さっさと俺様もここから帰らせてもらえねえかな」
用がないのによんだのだろうか。
このクルシスの指導者様であり、偉大なる勇者様は。
そんな嫌味を含めながら自らの頭をかるくかきつついうゼロス。
「文句ならクラトスにいってよね。神子の、公爵家の敷地だというのに、
こんなところにかってに現れるのがいけないんだから」
「たしかに。その天使様は不法侵入だしなぁ。
…ほ~んと、目ざわりなんだよねぇ。ちょろちょろと」
「…ふっ」
そんなゼロスの言葉をうけ、クラトスが薄い笑みを浮かべる。
「…何笑ってんだよ」
「失敬。神子があまりに子供なのでな」
「いってくれるじゃねえかよ。おっさん」
クラトスの台詞に再びゼロスがクラトスにくってかかろうとするが。
ゼロスからしてみれば、どうして親が子を利用しようとしているのか。
守ろうとしてやらないのか、それがどうしても許せない。
それどころかこの親は確実に息子を裏切っている。
親が子を振り回す。
それは一番ゼロスが嫌悪していること。
しかし、クラトスはどうしてゼロスがこうまでして自分につかっかかってくるのか、
それがまったく理解できていない。
ゆえにクラトスからしてみればゼロスの苛立ちは意味不明。
意味不明、だからこそうるさく感じて仕方がない。
「二人とも。言い争いなら後にしてくれる?
ゼロスはともかく、僕があまり屋敷から離れていると心配されるからね」
「まあ、俺様は心配されないが。たしかに。
特にガキンチョ達が心配して、探しにでてくる、という可能性はいなめないな」
ミトスの台詞にゼロスもこればかりは同意する。
あのロイドやジーニアスのこと。
やっぱり心配だし、探してくる。
といいかねない。
否、確実にいう。
時間がたてばたつほど、彼らが外にでてくる可能性は高い。
「ま、でも。ついでにクラトスにも話しておこうかな。コレットのことなんだけど。
とりあえず、処遇を今後のことも決めたから、その報告と次の使令」
「うん?永続なんたらでコレットちゃんはつかえないっていう話しじゃなかったのかい?」
「いま、その治療のために動きまわってるんでしょう?
僕もそれとなく協力するつもりだよ。あと残りはマナリーフ、そしてマナの欠片。
マリナーフはエルフの里にクラトス、お前が受け取りにいっておいて。
お前の言葉ならばエルフの里の長老も耳をかたむけるだろうしね」
そして、それとなく、古代大戦の資料のことも、リフィル達にともちだした。
王家にそういったものがあったような話しをきいたことがある。
とうまく話しを誘導し。
結果として、ゼロスが許可をもぎとったこともあり、リフィル達はそれらの資料。
それを明日調べにいく、というので話がまとまっていた。
クラトスがロイド達と直接接触をもっている気配はまったくない。
クラトスがロイド達の裏をおしえて共闘しているそぶりはない。
あるとすれば、あのロイド達のことである。
あっさりとミトスを信じ切っているのだから、そのことをいってくるだろう。
それがない、ということは、クラトスはクラトスで一人別行動をとっているということ。
つまり、ロイド達はミトスの、否ユグドラシルの思惑を知らない、ということ。
それだけはミトスはしっかりと断言できる。
「…御意に」
「へいへい。ざぁとらしいことで」
ミトスにたいし、礼をとるクラトスをみて、呆れたようにちゃかすゼロス。
そんなゼロスにむけて、ミトスがいきなり剣を構えて攻撃する。
それまで腰に武器も何もさしていなかったというのに。
ふっと手をかざしたその先にあらわれるひとつの長剣。
それはマナを操ることにたけたミトスだからできるわざ。
自らのマナの一部を剣となし、そして武器としているに過ぎない。
「おわ!?何すんだよ!」
ミトスが放ったのは魔神剣。
すばやくその衝撃派をかわし、いきなりであったがゆえに文句をいうゼロス。
「へぇ。なかなかいい身のこなしじゃない。
さすが、あちこちに出没していい顔してみせてるだけのことはあるね」
「ふんっ」
さらり、といわれるミトスの台詞にゼロスは何ともいえない想いをいだきつつも、
それでもいきなり攻撃はないだろう、とおもってしまう。
まあ、秘儀といわれる技でないだけまし、とおもうしかないのであろう。
ふてくされ、腕をくむゼロス、
そしてミトスにたいし礼をとっているクラトスをみつめつつ、
「いまからする話し、もしもどこかへ筒抜けになったりしたら、
そのときはお前もお前の妹も命の保障はできないよ。
傍にいるんだ。いつでもチャンスはあるからね」
「エグイ話しだなぁ」
きっぱりと、ゼロスの顔をみつつ断言するミトスの表情に嘘はない。
確実に話しがもれれば命に保障はしない、とその表情そのものが物語っている。
ゼロスが妹を大切にしているのはしっている。
そう、自分にとって姉が大切であったように。
ゼロスも妹をその命をかけて守りたい、そうおもっていることをミトスは見抜いている。
だからこそ、ミトスはセレスの命をおどしにかける。
彼はおそらく自分の命に価値を見いだしてはいない。
が、それ以上に大切な命がかかれば、かならずいうことをきく、と。
そしてゼロスがケネゲードにも通じているのはしっている。
彼なりに妹がどうすれば生きられるのか、考えた末なのだろうから、
それをミトスは傍観している。
そこまでがんじがらめにして、いい駒を失うのはもったないない。
その思いもあるがゆえ。
「ユグドラシル様。コレットをどうなさるおつもりですか?」
何ごとかを思案していたクラトスがふと顔をあげ、ミトスにと問いかける。
このままでは、下手をすればロイドの命があぶない。
それはクラトスが感じた本能的な勘。
「ウィルガイアへつれていく。いや、連れてきてもらうってところかな。
どのみちロイド達はマナの欠片を手にいれようと救いの塔までくる。そこを捕らえるんだ」
明日、王都の資料室で彼らは確信をもつであろう。
古代英雄、すなわち自分達のことがかかれている資料。
あれには疾患に対する治療法が簡単にかかれているはず。
永続天使性無機結晶症を治すための装置というか要の紋。
それらの復元の方法は、ジルコンはマナリーフ。
それにマナの彼らをドワーフの技術でみくあげ、
ルーンクレストというハイエクスフィアの補助装置を作成する。
補助装置、というのは要の紋の別名。
すでにジルコンを彼らは手にいれている。
マナリーフもエルフの里にあるようなことをきいたはず。
ならばあとの残りはマナの欠片のみ。
現在、マナの欠片はクルシスの中枢であるウィルガイアにしか存在しない。
そうミトスは認識している。
「何故、いまなのですか?」
なぜだろう。
そうきいてくるクラトスの視線は、
どこかミトスに憐れみをもっているような。
実際、クラトスはミトスがこのままロイド達とともにいて、かつての心を取り戻してもらえれば。
そんな淡い期待を抱いてもいた。
それなのにこのようなことをいってくる、ということは。
やはり無理、なのだろうか。
道をたがえてしまったものを元の道にもどす、というのは。
それはミトスに対しての憐れみ、というよりは、クラトス自身への憐れみ、といってもよい。
クラトスは心のどこかで、否、いまだミトスを信じている。
かつてのミトスの心が失われてなどいない、と。
でなければ、この世界はとうに、あの封印もとかれ、
かつてのような魔界の、魔族たちのいいようにされている。
それがわかるがゆえに、クラトスは選べない。
ミトスに自らの手にて引導を渡すことも。
間違っているとわかっている千年王国の樹立に手をかすことも。
「何故って…そんなことをきくの?きまってるでしょ?
もう、ロイド達の観察に飽きたからだよ。それにエミルのこともある。
あの子は絶対に精霊ラタトスクとかかわりがある。僕はそうみてる。
僕はラタトスクとの約束を忘れたわけじゃないからね。
とっとと約束を果たすためにも、コレットには姉様の器になってもらわないと」
「ユグドラシル様……」
「お前がいれこんでいる息子ってのがどんな奴なのかみてみたかっただけさ。
…エミルの存在は想定外だったけどね。魔物を使役できるあの能力。
できたら僕らの仲間になってほしい、けど。
…予想通り、精霊よりなら、それは難しいだろうけどさ。
僕がコレットの永続天使性無機結晶症を静観していたのも、
エミルはたぶん、コレットのアレを治せる力をもってるような気がするけど、
エミルが静観しているのも同じような理由だ、とおもうしね」
人間の世界に積極的にかかわるつもりはない。
そう、かつてミトスはラタトスクからいわれたことがある。
――いまのところは、な。
と。
そのいまのところ、というのがネック。
あれから心変わりをして、代行者のようなものをつくりだしているのかもしれない。
そのあたりの詳しいことまでさすがのミトスもわからない。
まさか、当事者が表にでてきている、などミトスも夢にもおもっていない。
「つまり、ユグドラシル様の気まぐれだったってわけだ」
まあ、気まぐれ、といえばあの精霊様もそうなんだろうけどな。
そうはおもうがゼロスはそこまで口にはださない。
まぜっかえすようなそんなゼロスのものいいに、
「否定はしない、よ。だって興味がわいて当然でしょう?
クラトスが僕を裏切るきっかけになったあの女の息子だよ?
…その血が、また裏切りをそそのかすかもしれないもの。ねえ、クラトス?」
これはクラトスにとっての禁句。
そうミトスはわかっている。
わかっていても、ミトスはいわずにはいられない。
家族というものが大切なのはミトスとて姉の存在があるからわかっている。
でも、自分を裏切ってほしくはなかった。
共にいてほしかった。
間違っているとおもうなら正面から間違っている、そういってほしかった。
それは子供がかまってほしいからいたずらをし、怒られてもいいから、
それでも怒られる、という行為でかまってほしい。
そう思うこころに似ていることにミトスは気付かない。
否、気づこうとしていない。
「・・・・・・・」
案の定、というべきか。
ミトスのそんな言葉にクラトスはくってかかるでもなく、
どこか全てを諦めたように目をとじ小さくため息をつくのみ。
それはまるで考えることを放棄している、といわんばかりの態度。
それがミトスからしてみればいらいらしてしまう。
いいたいことがあるのならば、いってほしい、という思いと、
クラトスはこんなヒトじゃなかった。
という思いがミトスの中でいまだにあれからずっとせめぎあっている。
そう、クラトスがクルシスをでたあの数十年前からずっと。
そして、クラトスがクルシスにもどってきてからの無気力ぶり。
それを目の当たりにしているからこそ、何ともいいきれない思いに包まれる。
「とにかく、ロイド達が救いの塔にきたところを始末する。
あ、でもセイジ姉弟とエミルは始末しないよ?する必要を感じないしね」
「お待ちください。ならばせめて彼らをウィルガイアへ幽閉するわけにはいかませんか」
いつもならばそのまま黙ってそのまま、うなづくであろうに。
にもかかわらず、クラトスはそんなミトスの台詞に抗議の声をあげてくる。
それは珍しくもあり、かつてはよくみうけられていたもの。
ミトスの前に出て、臣下の礼をとりつつ、そういうクラトスの表情は、
いつにもまして真剣そのもの。
「何いってるの?あいつらをいかしておいても僕には何のメリットもないんだけど。
あのリーガルって奴もそうさ。あいつが技術力をテセアラで発展させていっている。
いつか彼らの手でまた古のような兵器がつくられない、とだれがいえるのさ?
プレセアって子は人為的に成功に近いクルシスの輝石の被験者だしね。
ああ、彼女はマナの在り様を確かめてからでも始末しても問題ないね。
マルタって子はかつて僕らが滅ぼした王朝の末裔だし。
また反旗を翻してこない、ともいえないしね。娘を人質にとっていれば、
あの王家の末裔とかいうものたちも反旗を翻しもできないでしょ?」
このまま、あの会社を発展させていくわけにはいかない。
いまはまだいい。
どうやら生活に応じた品を主に作成しているようなのだから。
しかし、エレカーなどといった、いつでも兵器に転用できるもの。
それらを大量生産できるような財力と権力、そして力。
それらをあわせもつ彼らを野放しにはしておけない。
彼さえ始末してしまえば、おそらく簡単にレザレノ・カンパニーは崩壊する。
それこそその後釜をめぐった後継者争いで。
「…ロイドのエクスフィアがあります。あれは、ハイエクスフィア研究の集大成。
ロイドを我らの味方にしてさらに研究を続ければ
ハイエクスフィアの再生産にこぎつけられるのでは?」
「もちろん。あのハイエクスフィアは回収するよ?でもロイドはいらない。
研究ならそこのアホ神子にでも寄生させればいい」
「げ」
突然話をふられ、ゼロスはおもわずその場にてたじろいでしまう。
「いえ。ロイドはハイエクスフィアに寄生された母親から誕生しました。
つまり体内にいるときからハイエクスフィアの影響をうけています。
このようなケースはいままでになかった。
ロイドはあのハイエクスフィアとの融和性がもっとも高い存在です」
そんなゼロスの態度に気づいているのかいないのか。
クラトスはここぞ、とばかりにミトスにと懇願する。
それこそ正論をもってして。
「ついでにいえば、天使化してるクラトスの子、でもあるからね。
……ロイドが僕らに元にくだるとおもう?」
たしかにクラトスのいうことには一理ある。
その点についてはミトスもきになっていたこと。
たとえクラトスの血をひいていたとしても、ロイドはただの人間。
そのはず。
にもかかわらず、ハイエクスフィアを制御し、使いこなしている。
それがミトスからしてみれば疑問でしかない。
そもそも、ロイドがつけている要の紋。
それをミトスはみせてもらったことがあるが、
一般的な要のも紋のそれでしかなかったのだから。
普通ならばありえない。
そして、天使化。
普通、天使化しているものは異性との間に子を成せない。
そのはず。
なせたとしても大概出産までに命をおとす。
それこそ母体とともに。
そういう研究がかつてなされていたことをミトスはよく知っている。
にもかかわらず、ロイドは誕生している。
それも、エクスフィア…よりハイエクスフィアに近しいものを宿した女性との間に。
かつて、センチュリオン達になぜとといかけたことがある。
答えは、異種族同士の混血は滅多として誕生することがない、と。
それはそれぞれの理が大きくかけ離れているがゆえ、
誕生時にどうしても歪みがでてしまい、誕生にまでこぎつけることはない、と。
なのに、ロイドは誕生している。
そして、あの考えよう。
どこか、人、なのにどこかいびつ。
まるで、まるでそう。
精霊たちがより人の心にちかづこうと首をかしげていたあの当時。
それらの性格に何となくだが似ているような気がしなくもない。
ミトスにはその意味はわからない。
否、まさか、という過程はたてている。
エクスフィア、とはもともと精霊石。
すなわち、微精霊達が産まれる前のものであり、
それら微精霊を穢し、狂わせその力を利用しているもの。
微精霊の影響下にあった母体から産まれた子供が、
本当に普通のヒトの子供として産まれいでるのか。
精霊の力を宿さそうとしたかつての数多なる国の実験。
それらはことごとく失敗した。
精霊の力、とはそれほど制御が困難なもの。
精霊を、全ての精霊と…ラタトスクを除く、が。
とにかく契約を交わしたミトスだからこそ、精霊の力の巨大さ。
それは身にしみてわかっている。
だからこそ、ミトスはクラトスの言葉にうなづかざるをえない。
たとえそれが、クラトスが我が子を助けたいがためにいっているだけの言葉。
そうとわかっていても。
「私が説得してみせます。それでも応じなかった時は、…要の紋を取り外しましょう」
「要の紋を取り外したら完全にハイエクスフィアに寄生されるんだよ?
それとも、自我を失っても生きてさえいればいいってこと?」
というか、あんな普通の要の紋でどうしてハイエクスフィアもどき。
というかハイエクスフィアに近しい、しかも進化する品。
それが制御できているのか。
ミトスもそれがきになっていた。
まるで、そうロイドを手助けするかのごとく、
まちがいなくアレは進化していっている。
否、進化しているのはエクスフィアではなくロイド、なのかもしれない。
その身をまるで自分達天使のごとく、完成された自分達。
その機能と同じくするかのごとくに。
「……お願いいたします」
そんなミトスの台詞にクラトスは臣下の礼をとったまま、深く頭をさげるのみ。
と。
がさっ。
彼らがいる場所から少し先にある茂みが小さくゆれる。
トミスがちらり、と視線をやる。
そこにはどうやら一つの気配、ハーフエルフの気配がかんじとれる。
同時にゼロスもそちらに視線をうごかすが、
クラトスはいまの音がきこえていたであろうに、
下げている頭をあげようともしない。
「いいよ。そんなにいうなら。全員生かしてつれていく。
一人でも殺せばロイドはこっちになびかないだろうしね」
「その役目は…」
「わかってるよ。クラトスは自分で連れていきたいんだろう?好きにすればいいよ」
そんな二人のやり取りをききつつ、ゼロスがにやり、と笑みをうかべ、
「裏切りものの人間にお甘いことで」
いいながらも、わざかに体を左にと動かすゼロス。
「うるさいよ。あほ神子」
「おっと」
それは申し合わせていたわけでも何でもなく。
あえて自然といえば自然だが。
このあたり、申し合わせていないのにミトスとゼロスはとても息があっている。
二人の行動は自然に、その先にいるであろう別の侵入者。
それをいぶりだすためのもの。
あえてゼロスに攻撃をしたかのようにみせかけたミトスの剣技…魔神剣は、
かるくよけたゼロスの横をすりぬけ、音がしたほうにと直撃する。
この技は斬撃を飛ばして敵を攻撃する一般的な技。
鋼魔神剣を使用しないだけまだまし、といえるのかもしれないが。
「キャア!?」
茂みに隠れていたがゆえに、相手が誰か、までは彼らはつかめていない。
てっきり、ゼロスは教皇の手のもの。
そしてミトスはレネゲードの手のもの。
そうおもっての連携、だったのだが…連携を意図していなくとも。
二人の予想に反して聞こえてきたは女性の声。
しかもかなり聞き覚えがあるもの。
「この娘は、サイバックの研究所にいた……たしか、ハーフエルフ、だったな」
ふらり、とした動作でその場に倒れる一人の女性。
髪はいつものようにまとめてはいないものの、眼鏡のみはかけている。
その姿にきづき、困惑したような声をだすクラトス。
クラトスは以前、とある事情でサイバックにいったとき、
この女性からとある説明をうけているがゆえに面識がある。
困惑した表情をクラトスもまた浮かべていることから、
クラトスもどうやら彼女がそこにいる、とはおもっていなかったらしい。
「ああ。そういえば、僕らが食堂に行く前、この子外にでてたっけ?」
害にもならないのでミトスは気にもかけていなかったが。
「そういや、部屋にはいなかったな」
ミトスの台詞につづき、ゼロスもそういえば、とおもいだす。
部屋にいってみたが、外の空気をすいにいく、といって庭にでている。
と食事前にたしかにきいていた。
すっかり忘れていたが。
「レネゲードのネズミかとおもって攻撃してみたけど。違ったみたいだね。
あほ神子、警備体制に問題があるんじゃないの?ここ」
「屋敷からここにくるのは自由だからな。外には覆面兵士達もいるから、
そう簡単にははいってこれないとおもうぜ?」
「でも、クラトスがこうしてはいりこんでるよね?」
「・・・・・・・・・・」
あるいみ、ミトスのいい分のほうが今回に関しては正論。
ゆえにゼロスは黙り込むしかできない。
実際に、クラトスという侵入者がはいってきていたのも事実。
かといってこれ以上警備を増やす、という気にもなりはしないが。
それが妹の身にかかわってくる、というのならば率先してそれも考えはするが。
「どうするんだよ。おまえの同族だぜ。
ついでにいえば、クルシスの人間でもないのに
ハイエクスフィアの製造一歩手前までこぎつけてるやつでもある。
プレセアちゃんがいい例、だからな」
それまで幾度も人体実験を繰り返した結果ともいえるプレセア。
それはケイト達にとっても成功例。
このままプレセアが寄生をされつづけて死ねば、人工的なクルシスの輝石は完成する。
実際、そうケイト達はおもっていた。
「話を聞かれたみたいだから、このままにはできないね。
彼女の知識はたしかにつかえるかもしれない。
あの裏切り者のロディルにそそのかれた奴の娘っていうのが気になるけどね」
倒れているケイトにちかより、ゼロスがかるく癒しの術をかけている。
どうやら自分にとっての仇の子、というよりは、
同じく親に振り回されている子、という認識のほうがゼロスからしてみれば強いらしい。
そんなゼロスの姿を横目でみつつ、
「クラトス」
「は」
「彼女をウィルガイアへ連行しろ。そのままお前はロイドを迎える準備をしておけ。
あと、僕がうまくロイド達を先に救いの塔に誘導できなかったときは、
彼らが里にいくよりも先に長老に話しをつけておけ」
「御意」
ミトスにいわれ、ゼロスが癒しの術をかけおわったケイトをクラトスがそっと抱きかかえる。
そんなクラトスをちらり、とみつつ、
「それじゃ、僕は屋敷にもどるけど。ゼロスはどうするの?」
「朝にはもどるさ」
それにゼロスにはまだやることがある。
そもそも、本来ならばここでこうして時間をあまりとられたくはなかった。
「そう?余計なことを余計なつらに吹き込まなければ。あとは好きにすればいいけどね」
一応忠告をしたのち、ミトスはそのままゼロスの屋敷にとむけて歩いてゆく。
やがて完全にミトスの姿がきえ、彼が屋敷の中にはいったのを確認したのち、
「…あんた、ばらしたのかい?レネゲードの正体」
横にいるクラトスに顔をしかめつつといかける。
ゼロスからしてみれば、ミトスがユアンのことに気付いているのかいないのか。
それはかなりきにかかる。
ユアンのほうは一行の中にクルシスの手先。
それが入り込んでいる可能性にだとりついているようだが。
その理由はいたって簡単。
以前、ミトスが使用していたレアバード。
その一言につきる。
レネゲードが利用しているレアバードには必ず刻まれている文章。
機体にきざまれているその文章がなかったがゆえに、ユアンはきがついた。
しかも、クルシスが所有しているそれらには遠しナンバーがついており、
ユアンはこっそりともどったときにレアバードの使用状況。
それの確認をとっている。
結果として、行方不明の機体と、そして彼らがもっていた機体のナンバーが一致した。
それが示すこと。
クルシスから持ち出されたレアバードを、自分達からあずったといって嘘をついた子供。
その子供がいる、ということ。
しかも、名をきけば、ミトス、だという。
まさか、とおもい、レネゲードの配下をつかい確認させ、その姿を激写させた。
そしてユアンが目にしたのは、ありえない姿。
なぜ、あのミトスが子供の姿で彼らの一行に紛れているのだろうか。
それにきづいているからこそ、ユアンは慎重にならざるをえない。
常にミトスが彼らと別れるのを見計らうように、監視を強めていたりもする。
「私は何もいっていない。ミトスもここ何百年、レネゲードに興味をもっていなかった」
ゼロスの台詞にクラトスはケイトを横抱きにだきかかえ、ふるふると首を横にふる。
実際、ミトスはレネゲードの発足時からあまり関心を示していなかった。
いつでもつぶせる、という程度にしかおもっていなかったのであろう。
「あの言い回し、最近になって調べだしたったことか?それとも」
「ユアンはあれでいて慎重に事をはこんでいるようだからな。
ミトスが確信をもっているのかどうかは私とて定かだはない。
ロイド達がいらないことをいっていれば気付かれた可能性も高いが、な」
さりげに深層意識そのものに、エミルが干渉し、
ミトスがいるところでは、レネゲードに関してのことは、ユアンの名をださないように。
そのように干渉しているがゆえ、ロイド達はユアンの名をだすよりも先に、
レネゲードの話題をするときは、無意識のうちにボータの名を出している。
ゆえにミトスがレネゲードとユアンと結び付けるような出来事。
それはいまだにおこっていない。
「まあ、確信をもっているのかいないのか。それはわからねえけど。
あいつらがこっちにミトスがいるのは確信もちかけてるだろうしな。
まあ、クルシスのボスに気づかれるようじゃあ、
俺様が手を組む相手としては失格なんだけどな。さてどうしたもんかねぇ」
おだけるように、そういい。
「んじゃま、俺様はいくわ」
「神子、いったいどこに」
「かわいいハニー達が俺様との約束をまっているんでね~」
それだけいいつつ、そのままひらひらと手をふりながら、
ふわり、とその場からとびあがる。
そのまま、羽を展開し、すとん、と壁の向こうにと立ち去るゼロス。
そんなゼロスをしばし眺めていたクラトスであるが、
やがてクラトスもため息をついたのち、
ケイトを抱きかかえたまま、そのままその羽を展開し、空にと浮かび上がる。
どうやら他人を抱きかかえているがゆえに、いつもつかう転送。
その方法がとれないらしく、そのまま普通に救いの塔から移動するつもり、であるらしい。
彼らがいなくなったその場。
彼らは気付くことがなかったが、ふわり、と真赤な蝶が夜だというのに舞いつつも、
その蝶はやがて、ふわふわと屋敷めがけてとんでいったかとおもうと、
次の瞬間、光の粒となりてはじけてその姿はかききえる。
――彼らは気づいていない。
いまのやり取りを、ラタトスクがいつも使用している蝶の分身体。
それによって視ていた、ということを。
pixv投稿日:2014年8月14日某日(Hp編集:2018年4月22日(日)
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あとがきもどき:
とりあえず、ヒメイベは完結、です。
ても教皇はまだ捕らえられていません。あしからず。
そして、姫イベのあとは、ゼロスの屋敷で別のイベントもどきの発生、です。
それらがすんでから、ようやく物語がすすみます…
いつまでつづくサブイベ昇華……