始めに気がついたのは上空を監視していた見張りの兵士。
「お、おい、あれっ」
城壁の上で空を見張っていた一人の兵士が思わず声をあげ指をさす。
彼らのその手には双眼鏡、とよばれし品が握られており、
それは遠くの景色もより近くのようにみせる品、として今では一般兵にも普及されている品。
もっとも、兵士達にはでまわっているが一般の民にでまわっているか、
といえば答えは否。
いまだに量産体制がきちんとなっていないらしく、ある程度裕福なものが、
娯楽をかねて手にいれている、といった程度でしかなかったりするそれ。
別名、遠眼鏡ともよばれしそれをもちい、見張りをしていた兵士であるが、
王都にむけ、巨大な何かがとんできているのにきづき思わず警戒態勢をとりかけた。
しかし、その影のほうをよくよくみてみれば、それはマーテル教の教えの中にある聖なる鳥。
優美なるその姿を見間違えるはずもない。
さらにいえば、神鳥があらわれた、とまことしやかにいまだに噂はかわされている。
神子を教皇が陥れようとしたのをうけ、天が神鳥をつかわしたのだ、と。
いつのまにか、グランテセアラブリッジが壊れて使用できないのも、
天の怒りの前触れだ、という話しにと湾曲されており、
人々は自分達の都合のいいよう、というよりは、
歪められた偽りの真実にのっとった真実にこじつけている、
というべきか。
そうこうしているうちに、上空おそらく数千メートルくらいに位置している、のであろう。
その巨大なる鳥の影はやがてゆっくりと王都の上空にとはいりこんでくる。
それに気づき、空をみあげる街の人々。
さすがにいきなり雲もないのに街が影となれば何ごとか、とおもい空をふりあおぐ。
そしてそんな人々がみたのは、遥か上空にみえる、巨大なる鳥の影。
地上がそんなちょっとした騒ぎにつつまれているなどと、
当然そんなことはまったくもって気付いていないロイド達。
ぴたり、と制止するはゼロスの屋敷のほぼ真上。
夕焼けゆえか、シムルグのシルェットは地上にも巨大な影をおとしている。
シムルグによってできた影により、王都全ては今現在、
シムルグの影の中にすっぽりとはいりこんでしまっている、といっても過言でない。
上空からみれば、地上に鳥の影がくっきりと刻まれているのがみてとれるが、
地上にいるものたちはそんな巨大な影の投影に気付くはずもなく。
まだ日もかげっていないのにいきなり暗くなったことにより、
何ごとか、と空をみあげ、その遥か上空に小さくみえている鳥の影。
その鳥の影をみて人々は思わず立ち止まる。
遥か上空でも確認できるほどの鳥。
つまり、それほどの大きさをもっている鳥がこの王都の上空。
ほぼ真上にまったく飛び回ることなく制止している。
その報告をうけた兵士達等はあわただしくはしりまわっており、
また王宮の中はその報告をうけ何ともいえない騒ぎになりはてていたりする。
かの神鳥の出現は、今自分達がおこなおうとしていること。
それにたいする制裁をくわえるためなのではないか、と。
たしかに神子を探していた。
そして神子に頼むつもりであったのもまた事実。
それがもしも天の怒りにふれた、というのならば。
まっているのは、国の破滅。
あの位置から王都に裁きの雷をおとされればひとたまりもないであろう。
王室関係者達がそんなことをおもっているそんな中。
「じゃあ、呼ぶよ」
だいぶ上空にとまってるみたいだけど。
まあ、このままこの鳥で王都に直接のりつけるよりはまし、か。
そう一人納得し、
「山海を流浪する天の使者よ 契約者の名において命ず 出でよ シルフ!」
しいなの言葉に従い、突如として風が紡いだかとおもうと、
それらの風の中より三つの影が出現する。
かれらはふわふわとうかびながら、かるく頭をさげてきたのち、
「契約者よ。何かごようですか?」
代表してか長女でもあるセフィーがその手を胸の前におりつついってくる。
どうやら、他の二人にはいらないことをいうな、と釘をさしているらしい。
視線がどうもそのようにものがたっているのがありありとわかる。
しかしそんな微妙な変化にきづいているのはどうやらこの場ではエミルだけらしく、
「あ。ああ。あたしたちを…」
「しいなさん。安全に、という言葉をつけるのわすれないでくださいね?
ミトス達のこともあるんですから」
「あ、ああ、わかったよ。安全にあたしたちをゼロスの屋敷の庭にまで運んでおくれ」
エミルがミトスの名をだしたとき、一瞬シルフ達が顔をしかめたのにきづいたは、
この場においては注意深くエミル、そして精霊達を観察していた、
リフィル、アステル、リヒター、リーガルのみ。
「――ウス ウティ ティアン ウムティンムイム
ワイムティウムオウムグ エ プルンドグン?」
それまで黙っていたフィアレスが心配そうにといかけてくる。
その表情はいまにもすこしばかり泣き出しそうなそんな様子をみせている。
「ティエクン イオティ ンススンムワン
エス ウティ アエス ムイティ ワアエムグンド」
盟約を続行するのか、といえば答えは応。
さきほどのミトスの行為で完全に本質がかわっていないとわかった以上。
わざわざ変える必要はない。
それに盟約とはいえ契約は契約。
精霊たる自分がその契約を反故にすることなどできはしない。
「……ウスムッティ ウティ スハンンティ?」
そんなエミルの言葉をうけ、不安そうにいってくる次女のユーテイス。
確かに甘い、かもしれない。
それでも。
「……ティアン ワウディワオトゥスエムワンス エムヤバエヤ
エ プディイトゥウスン エムド エ プルンドグン エディン エブスイルオティン」
約束と盟約は絶対。
そしてそれは契約にもいえること。
「「「…ウティ ウス スイ」」」
セフィー、ユーティス、フィアレス、三人の声が同時にかさなる。
彼らも理解しているはず。
精霊、とはそのような存在なのだ、と。
そのような理のもとにうみだしている自分がそれに従うというのも。
くすり。
そんな彼らの姿をみて思わず笑みがもれてしまう。
「――心配しなくても大丈夫だから」
いきなりまたまた何か会話をはじめた精霊達とエミル。
そんな二人を交互にみていたリフィル達であるが、
本当に何をいっているのかまったくもって理解不能。
エミルがくすり、と笑みをうかべたのち、
心配しなくてもいい、というようなことをいきなり自分達にもわかる言葉で話したことから、
どうやら何か精霊達がエミルを心配するようなことをいっていたらしい。
というのを何となくつかみはするが。
「とりあえず。しいなさんのいうように。
この子達に衝撃をあたえないように、ゆっくりとお願いできるかな?」
「――バウティア アウス スティエティントゥンムティ」
深い、深い息をついたのち、ユーティスがゆっくりといってくる。
御心のまま、仰せのままに。
彼がそういうのならば従うよりすべはない。
そもそもラタトスクがこうして地上にでている、ということは。
自分達が生み出されて始めてのこと、とはいえ。
だからこそ彼ら精霊もとまどわずにはいられない。
センチュリオン達がいうには、かつてはよくこうして地上にでていた。
というのだが。
この大地を産みだしてこのかた、彼はずっとかの扉をまもっていた、のだから。
精霊達にとって目の前の精霊は自分達の親といっても過言でない。
彼がうみだせしマナがもととなり、精霊、そしてこの大地は存続している。
それらを理解しているがゆえに、かつて自分達精霊、
そしてあろうことかラタトスクを裏切ったミトスとともにいる。
それが心配でたまらない。
ない、とはおもうが、万が一、ということもありえる。
その巨大な力をもとめ、またヒトが裏切るのではないのか、というその不安。
それはシルフ達だけではなく、センチュリオン、そして他の精霊達も抱いている危惧。
再びエミルの言葉をうけ、リフィル達にとっては意味不明な旋律の言葉をシルフ達が紡いだのをうけ、
「とりあえず、コレットとミトスとそのウィノナさん、でしたっけ?
彼らをそれぞれ誰かが抱いて、それからおりることにしません?
彼らだけ、このままおろしても何ですし」
「…エミル、だから後で今何をいっていたのか、ゆっくりと話してもらうわよ?」
「え?ああ、ただ彼らは心配しているだけ、ですよ。あの子達といい、なんか過保護なんですよねぇ」
「「「あたりまえですっ!」」」
もののみごとに、エミルがつぶやくと、セフィー、ユーティス、フィアレスの声が一致する。
どうやらあまりのことに精霊原語でいうことすらわすれての突っ込み。
過保護というか、地上にでていることが大問題だというのに。
ほんとうに理解しているのだろうか。
この【王】は。
ゆえに思わず反射的に突っ込む三姉妹は間違っていない。
…おそらくは。
「エミルと精霊の関係って、いったい……」
アステルが戸惑いながらそんなことをつぶやいてくるが。
「とにかく、いきましょう?いつまでも上空にいても何ですし」
いまだにレティスはゼロスの屋敷の上空でとまっているまま。
地上では、空をみあげてだんだんと騒ぎぎ実はおおきくなっていたりする。
何しろずっと上空に鳥がとまっているのである。
ついに天の裁きが、かつてのように王都にふりかかるのでは?!
といったちょっとした騒ぎになってもいたりする。
望遠鏡でみるかぎり、それは魔物、ではなく何しろ神鳥シムルグ。
その聖なる鳥に間違いはない、のだから。
「あとで聞きだすとして。きちんとした答えは無理としても。
とりあえず、コレットとミトスとその人をそれぞれもちましょう」
たしかに、彼らをこのまま横たえているというわけにもいかないだろう。
「なら、俺がコレットを」
いってロイドがコレットをそっと横抱きにとだきかかえる。
リヒターがウィノナをだき、ミトスをリーガルがだきかかえる。
さきほどリーガルはその手枷を壊したことにより、
今現在、リーガルの手は自由となっている。
ゆえに普通にミトスをこうして抱きかかえることも可能であるがゆえのリーガルの行動。
「なんかエミルのこともかなりきになるけど。とりあえず、シルフ、やっとくれ」
しいなの言葉をうけ、シルフ達がそっと手をその場にかかげる。
次の瞬間、ふわり、と全員の周囲に風の膜がまるでシャボン玉につつまれたのごとくに発生し、
そしてやわらかな風とともに、彼らはゆっくりと地上にむけておりたってゆく。
「レティス。用があればまた呼ぶから」
「――かしこまりました」
ふわり、と離れたエミルの言葉をきき、そのまま、一声いななき、
レティスもまたその場から優美にその翼をはばたかせ、
そのままあっというまに空の彼方にときえてゆく。
ゆっくりと、ふわり、ふわりと舞い降りるは、ゼロスの屋敷の敷地内。
王都メルトキオ
そこは身分によりて、住んでいる場所がはっきりと区分されている街。
上層部にいくほどに身分の高いものがすんでおり、
下層のほうには貧民街、とよばれ身分もなくまたあまり裕福でないものがすんでいる場所もある。
もっとも、それらはヒトがかってにつくりあげた身分制度、
という中においての分野であるがゆえ、エミルからしてみれば馬鹿らしいことこのうえない。
そしてそんな貴族街、とよばれている区画の一角。
そこにひときわおおきな屋敷と敷地をもつその場所に、
ふわり、ふわりと上空からあわくかがやく何か球体、のようなものがまいおりてくる。
すわ、なにごとか、とほとんどのものが上空をみていたものは、
遥か上空にいた鳥の影からそれがおりてきたと認識しているものもそう少なくはない。
そんな彼らが鈍くほのかに光をともなう球体が街にまいおりてきている様をまのあたりにすれば、
そこからたどり着く憶測は、いうまでもなく。
ついに、スピリチュアの悲劇の再来か!?
などといった誰が叫んだのかわからない台詞をかわきりに、あるいみ街の中はちょっとした大混乱。
そんな混乱の中、各自家や建物の中に閉じこもり…それで逃げられるのか。
といえば皆が皆、否、というであろうが、他に手がないのもまた事実。
力なきものたちができることは、しずかに嵐がすぎさることをまつしかできないのである。
そんな経緯もありて、なぜかゆっくりと地上付近にたどりついたときには、
本来ならばかなりいるであろう人々の姿がまったくみあたらず、
さらにいえば、眼下にみえるは数多の兵士達くらいの姿。
そして、一人の兵士が、
「あれは、神子様!?皆、あれは神子様達だ!」
ふと、注意深く観察していたのであろう、双眼鏡をかまえた兵士の一人がそう叫ぶとともに、
どことなくほっとした空気があたりにとたちこめる。
「?」
なぜか貴族街だというのに、兵士の数がやけにおおい。
そのことに疑問をおもいつつも、ゆっくりと庭先にとまいおりる。
ぽわん、という擬態音がきこえるかのように、いくどか地面にあたっては、
しばらくふわふわとしていたものの、やがて、風の膜は、ぱちん、とはじけとび、
しっかりとそれぞれがそれぞれ、その足を大地にと踏みしめる。
「ゼロス様、皆さま、おかえりなさいませ」
いつのまか外にでてきていた、のであろう。
その腰には双眼鏡がみえていることから、おりてくるのがゼロスときづき、
庭先にでてゼロスがおりてくるのをまっていたらしい。
ある意味執事の鏡、ともいえるその行動。
「うむ。今もどった。セバスチャン。
戻ってすぐにすまんが、けが人が三人いる。寝床の用意をたのむ。
治癒はここにくるまでこのものたちがかけているので問題はないはずだ」
「かしこりまりした」
そういいつつも、背後にひかえているメイドらしき女性達にテキパキと指示をだすのは、
この屋敷につかえている、と以前説明をうけたセバスチャン、となのりし執事の男性。
突如として空から人がふってきた、というのに動じていないのは、
それなりにきちんと動揺を表にださないように訓練しているのか、
それともゼロスに仕えるにあたり、すでに慣れっこになっているのか。
そのあたりはさすがのエミルも判断不可能。
この屋敷につかえているメイド達が用意した部屋に
それぞれ、コレット、ウィノナ、ミトスは横にされている。
念のために医者もよび、それぞれの検診をほどこしたが、
ミトスとウィノナがハーフエルフというのにきづき、
嫌悪感を一瞬みせたものの、ここは神子ゼロスの屋敷、ということもあり、
何もいうことなく無事に先ほどもどっていったばかり。
それぞれ疲労はみえているが、安静にしばらくしていればきがつくだろう。
とは医者の談。
コレットも疲労がたまっているのだろう、という検診結果をうけ、ほっと一息をつくロイド達。
そして、今さらといえば今さらではあるものの、
「なあ。リーガル。どうしてあんなことができたんだ?」
それはロイドにとってかなりの疑問。
自分達が剣でたたいてもおしてもひいても、プレセアが斧でたたきわってもぴくり、
ともしなかったあの巨大な岩。
にもかかわらず、リーガルの拳によってのかの岩は粉砕した。
どうやら、皆が皆、命に別条はない、というお墨付きをもらったことにより、
すこしばかり心の余裕ができた、らしい。
「…私はもともと、足より手をつかった攻撃を得意としていたからな。
エクスフィアにたよらず、己の気をたかめることで、その域にたっしかけている。
お前達もやろうとおもえばできるとおもうぞ。
気というものはすくなからず生命に必ず存在しているらしいからな」
らしい、というのはそのようにリーガルは母からきかされている。
「らしいって」
そんなリーガルの台詞にマルタが首をちょこん、と横にとかしげる。
あいまいないい方ということは、リーガルもよくわかっていないってことなのかな?
そんなことを思っているというのがその表情にありありとみてとれる。
「私はそのように母からきいた」
「精神力、のようなものかしら?」
リフィルも彼らが命に別条はない、とききほっとしたのであろう。
今現在、安静にしなければならない、という三人をそれぞれ一部屋づつにわけ、
横にしたのち、今彼らがいるのは来客者をもてなすためにつくられているという来賓室。
「似て異なるものだ、と私はおもっている。エクスフィアにたよらず。
己の力を強めてゆくのは必要だ、とおもってもいるからな」
「エクスフィア…装備者の能力を最大以上に発揮させる品。
でも、その実体は微精霊の宿りし精霊石…ね」
だからこそ、人はエクスフィアの力に呑みこまれる。
人の精神体など精霊達からしてみれば小さなもの。
意思がよりつよいものでなければいともあっさりと呑みこまれるのは必然といえる。
エクスフィアが生きている、もしくは精霊に近いのではないか。
という憶測は精霊研究所、否、王立研究院でもとなえられていた。
それに関しての実験もここ、メルトキオの王立研究所でおこなわれてもいる。
いまだにその結果はおもわしくないが。
しかしこれまで精霊と契約をしていて幾度か精霊達と会話をしたことがある、
というリフィル達からアステルはそのようにもきかされた。
リフィルもまだ確信がもてていないようではあるが、このようにいわれた、
というような形でアステルに説明をしていたりする。
「しっかし。会長さんよ~。なら何ではじめから手でたたかわないんだよ」
ゼロスのいい分は至極もっとも。
いつもリーガルは足技でのみたたかっていた。
ゆえにいわずにはいられない。
「…私は、二度とこの手で戦わない、と誓ったのだ。
二度とこの手を血にはそめまい、と。先ほどの行為はミトスを助けるための行為だ。
足技ではあの岩は壊せない、と判断したまで。
…血に染めない誓いのために、助けられる命を助けないなど、
……彼女もゆるしはしないだろう」
彼女、というのが誰をさしているのかきづき、ぴくり、とプレセアが反応する。
自らの手ではなたれた技により、アリシアの命を奪った。
それはいまだにリーガルの心を苦しめている。
実際にリフィル達が目の前であの異形とかした姿を元にもどしたのをまのあたりにした今。
あのとき、彼女にとどめをさすのではなく、気絶でもさせていれば。
今も彼女はいきていて、自分の傍にいてくれたのでは。
そんな思いがどうしても再びリーガルの中にわいてでてきているのもまた事実。
たしかに彼女自身と、霊となりし彼女と会話をした。
過去ばかりをみないで前をみて、ともいわれた。
それでも、おもってしまう。
自分の傍に彼女が今でもいてほしい、と。
自らの手をみるたびに、それは幻、だとわかっていても、
彼女の血にそまった自分の手をおもいだしてしまう。
そこに血はない、とわかっていても、みるたびにその手は真っ赤にぬれている。
そんな血ぬられた手を、どうして何かにつかえようか。
でも、そんな血ぬられた手の力をつかわなければ、ミトスは確実に命をおとしていた。
もしかしたら、クルシスの関係者かもしれない。
でも、だからといって目の前で助けられる命を無視するなど、
それこそ彼女にあわせる顔がない。
「こほん。ところで、ゼロス様。
先ほどからテセアラ十八世陛下の使者がお待ちでございますが。いかがなさいますか?」
どこからかゼロスが屋敷にもどった、というのをききつけたのか。
国王の使い、となのるものがこの屋敷にやってきたのはついさきほど。
今は手がはなせない、といえばならば用事がすむまでまっている。
といい、貴賓室でそんな彼らはまたされていたりする。
「はぁ?あの陛下がぁ?滅多なことでは俺様の顔はみたくないっていってやがったのに、か?
まあ、たしかに、今は滅多なことがおきまくってるのは事実だが」
しかし、珍しい。
使者をよこしてくるなどとは。
「…もしかして、以前私たちがいったことに関しての何かがあったのかしら?」
それはリフィルのつぶやき。
世界を一つにするために再び試練をうけているというのはリフィルの口からでまかせ。
ではあったが。
しかしもしそれに関して国が調べており、何化をつかんだ可能性もなくはない。
「とりあえず、話しをきいてみたらいいんじゃないのか?」
ここで考えていても仕方がない。
ロイドからしてみれば、いまだに目覚めないコレットのこともあり、
すこしばかり気分転換をしたいのというのもまた本音。
ずっとここにいれば気がめいってしまう。
たしかに目覚めたときにコレットの傍にいてやりたい。
しかし、あのときの悲痛なるコレットの表情。
自分にあの鱗のような体の変化をみられたときの痛々しい表情。
目覚めたコレットにまたあんな表情をさせたくない、というのもある。
「ハニー様のおっしゃるとおりでございます」
「あのな。誰がハニーだって~の」
「あんたが、ゼロスのことをからかって、ハニーって呼ぶから、
このセバスチャンもこいつの名前がハニーっておもってるんじゃないのかい?」
そんなセバスチャンの言葉をうけ、むくれたようにつぶやくロイド。
そしてそんな彼らのやり取りをみつつ、ため息をつきながらいっているしいな。
事実、セバスチャンは、ロイドの名、すなわち家名をハニーなのではないか。
もしくはハニー何たら、とかいうものを簡略してゼロスはいっているのではないのか。
などととてつもない勘違いをしていたりするがゆえに、
客人でもあるがゆえ、あえて家名らしきそのハニーという呼び方をつかっているに過ぎない。
ちなみに、リフィル達などは、きちんと自己紹介をフルネームでしたことから、
セイジ殿、とよばれており、これはきちんとフルネームで名乗らなかったロイドの落ち度、
といえば落ち度にあたるのであろう。
「しかし。神子よ。陛下がよんでいる、というのであれば、今のこの時期だ。
いってみる必要性はあるとおもうのだが」
「はいはい。ったく、会長様までそういうか。
とりあえず、その使者ってやつにあってから、だな。そいつらは貴賓室か?」
「はい。さようでございます」
本来ならばこの状況で、国からの使者、というのにあいたくはない。
ないが、ウィノナの件もある。
自分が手配をかけている女性を匿っているとかいろいろと勘繰られる前に動く必要はある。
もっとも、そのあたりは、アステル達がどうにかする、といって、
いまはリヒターとともに王立研究院のほうにもどっていっているが、
彼らがどこまでできるか、それはゼロスにもわからない。
「まあ、しゃあねえ。その使者、というやつにあってみるか」
ものすごくゼロスとしては気がのらないが。
しかし、わざわざやってくるほどのことなのである。
まあ、こちらの嘘…あながちどうやら嘘ではない、らしいのだが。
それがばれた、ともおもえない。
それに何か精霊の神殿などで異変があったのかもしれない。
そもそも、精霊がかの地から解き放たれることなど前代未聞。
ながきにわたりかの地に精霊はいるとされており、
そこから精霊がはなれれば、何がおこるかたしかにわかったものではない、ともおもう。
そんなことをおもいつつも、
「んじゃ、ちょっといってくるわ」
「あ、俺もいく」
「何か重大なことかもしれないもの。わたしもいくわ」
ロイドが立ちあがり、そしてまたリフィルもそんなロイドに追従するかのようにいってくる。
別に使者にあうのに一人でなくてはいけない、という法則もなく、
ゆえに、ゼロスは立候補してきたロイド、そしてリフィルをともなって、
ひとまず使者がまっている、といわれた貴賓室へ。
「神子様におかれましては、御尊顔を……」
うんざりするほどにききなれた出会いがしらの口上。
「あ~。はいはい。そんなことより、陛下からの伝言ってやつをきかしてくれや」
軽い口調でいうゼロスの台詞にぴくり、と反応するものの、
しかし、相手は神子。
しかも公爵の立場のもの。
一介の兵士たる彼が反論できる相手でもなく、
ゆえに。
「…では、失礼をいたしまして。神子様にお知らせいたします。
陛下が大至急、神子様の御力を請いたい、との仰せでございます。
是非ともお城へご登城のほどをよろしくお願いいたします」
いろいろとおもうことはあるがその感情をのみこみ、礼をとりながら、
片膝をその場につきながらゼロスにたいしいってる、王室からの使者だ、
という目の前の兵士。
大至急、というには何かあったのは明白。
ゆえに、
「何かあったのか?」
そうといかけるゼロスはおそらく間違っていないであろう。
そして、ロイドもまたゼロスの後ろに控える形にこの場にいるものの、
国王とかよばれているとにかく偉い人…というのがロイドの認識。
ともかくそんな相手がゼロスを大至急よんでいる。
その台詞をきき、クルシスが何かしかけてきたのか、と勘繰るロイド。
「それは…この場では。事はヒルダ姫様のお命にかかわることでございます。
何とぞよろしくおねがいいたします」
そういう兵士の声はどこかせっぱつまっている。
というか、なぜにここでヒルダ姫の名がでてくるのだろうか。
もしかして、国王のときのようにヒルダ姫までもが毒をもられた、とでもいうのだろうか。
いま現在、おそらく信用できるであろう治癒術士はゼロスのもとにいる
リフィル達くらいしか国王はしらないであろう。
それ以外は大抵、教皇の息がかっていたり、また信用面からして不安ともいえる。
ならば実績のある人物をゼロスを通じて登城させたい、という思惑があるのかもしれない。
「どうするよ。リフィル様。ロイドくんよ」
「そうね。何かがあったのはたしかのようね。…まだあの子達も目覚めないでしょうし。
でも、今から城にいっても問題ないのかしら?」
すでにだんだんと空は暗くなりかけている。
あと少しすれば完全に夜の闇につつまれるであろう。
「俺は、いってみるべきだとおもう。何かがあったのかもしれないし」
「ふむ。あいわかった。神子ゼロスはしかとうけたまわった、と伝えておけ」
「はっ!」
ゼロスのその言葉をうけ、ほっとしたように、それでいて不安の表情をうかべつつ、
それでも、
「それでは、私どもは陛下にその旨をつたえてまいりますので。失礼いたします」
どうやら、神子から言質をとったことを早く知らせにいきたいらしく、
そのまま礼をとり部屋をあとにしてゆく使者達の姿。
「んじゃあまあ。登城するメンバーをきめるとするとしましょうかね」
全員でいく、というのも手ではあるが、しかしここにはけが人もいる。
ゼロスとしてはミトスをこの場に残していく、というのは不安がのこる。
あのミトスは確実にクルシスの手のもの。
そんな彼がどうして彼女を命がけでたすけたのか、それはゼロスにはわからないが。
まあ、天使様だろう彼が何をおもっているのかは俺様には理解不能だしな。
そう一人、ゼロスの中では結論づけていたりする。
まちがいなく、あのミトスは勇者ミトスとよばれている、クルシスの指導者、なのだろう。
あのとき、倒れるときマーテルの名を呟いたのが何よりの証拠。
大方、自分を監視するためか、はたまたマーテルの器のコレットを監視するためか。
もしくは自分達の邪魔をするであろうロイド達をどうにかしようとしてちかづいてきたのか。
まあ、そのどれでもいいが、セレスに害だけはあたえられない。
自分の目が届かない所でミトスにセレスが人質とされては洒落にもならない。
「とりあえず、皆で話し合うべき、でしょうね」
ゼロスのそんな思いを知るはずもなく、リフィルが考えこみながらいってくる。
たしかにいつコレット達が目覚めるかもわからない。
そんな中で全員で登城する、というわけにもいかないだろう。
ならば、確実に登城するメンバーを選ぶ必要性がでてくるのもまた事実。
「と、いうわけなんだけど」
いまだにコレット達は目覚めていない。
ウィノナ、と呼ばれている女性はときおりうなされており、
そのうち意識を取り戻すだろう、とはお世話をしているメイドの談。
先ほど城からの使者、となのったものからきかされたことを
全員そろっている場で説明するリフィル。
「城にいくメンバーと、ここにのこるメンバーは必要、だね」
しいながその台詞をきき、すこしばかり考え込む。
倒れたままの彼らを残して全員で、というわけにはいかない。
それゆえのしいなの台詞。
そんなしいなの台詞をきき、
「あ、なら、僕のこりますよ。コレットやミトス、それとウィノナさんのこともきになりますし」
彼女には聞きたいことがある。
いまの彼女もまた、気配的にゼクンドゥスの力の一部をうけついでいる。
というのは理解できるが、それを彼女が自覚しているのかどうか。
それはできればロイド達のいないところで確認するのが望ましい。
いま、この場にいるのは、ふせっているミトスとコレット。
そして、研究院にもどっているリヒターとアステル。
それらの人数が抜けていることにより、ロイドを始めとし、
ジーニアス、リフィル、しいな、プレセア、リーガル、しいな、マルタ、エミル。
そしてこの家の主人ともいえるゼロスとその妹のセレス。
その計十一人。
「何かの一大事かもしれぬのならば、私もいったほうがよい、だろうな」
まがりなりにもリーガルもまた公爵の地位をもちしもの。
つまり身分的には国王の次とまでいわれている身分の持ち主。
大至急、といっている以上、国にかかわる何かがあったとみて間違いはないであろう。
事情によっては会社をあげてその解決に乗り出す必要性があるかもしれない。
それらを見極めるためにも同席は必要であろう。
ゆえに、リーガルがゼロスにそう申し出る。
「ロイドとジーニアスは、コレットやミトスが目覚めたときのためにまっていてちょうだい」
「え?でも」
「目覚めて誰もいなかったら、あの子達が心配するでしょう?」
それはもっともらしいリフィルの言葉なれど。
実は内心、ロイドやジーニアスはどうも身分制度、というものをきちんと理解していない。
否、ジーニアスはしているのかもしれないが、不敬罪、
という言葉は書物などでしっていてもおそらく自覚していないだろう。
もしも国王の前で普通にため口などをきいたりしたならば。
それこそ問答無用で不敬罪で死刑、となってもここ、テセアラでは通用してしまうだろう。
ならば、そんな状況にしなければよい。
ちょうどいいといっては何だが、コレットやミトスが目覚めていないいま、
彼らが目覚めたときのために、といういかにももっともらしい理由がこじつけられる。
「うむ。たしかに、目覚めたとき、エミル一人では彼らも心細かろう」
特にコレットはその場にいないロイドのことを心配しかねない。
「マルタはついていらっしゃいね。あなたは今後のこともあるから。
王族との接客の仕方、というのを覚えていかなければならないのだから」
「エミルと一緒にまってたいけど…わかりました」
今後、というのは世界が一つにもどってから、のことであろう。
どうやら両親、特に父は本気であらたに王家を起こすきまんまんらしい。
たしかにこのテセアラをみているかぎり、シルヴァラント側にそういった国。
それがないのはあなどれかねない、とわかりはするが。
ゆえにリフィルのいいたいことも理解できてしまい、マルタはしかたなく同意する。
「んじゃあ、俺様、そしてセレスはいくとして」
「え?お兄様、わたくしも、ですか?」
「陛下に挨拶はしといたほうがいいだろ?」
「そう…ですわね」
あまり気が乗らないが、兄がいうのならそうなのであろう。
でも、ともおもう。
国王に謁見したあと、やはり自分は修道院にもどれ、といわれないか、と。
「なら、ゼロスとセレスさん、あとリーガルさんにリフィルさん。あとマルタ。
五人か。あまり大人数でいっても何でしょうし。それくらいが無難ですかね?」
たしかにエミルのいうとおり。
あまり大人数でいっても仰々しくなりかねない。
「なら。きまりね。それ以外はここでまっていてちょうだい。
何があったかの報告はもどってきてから。それでいいわね?」
有無をいわさぬリフィルの口調に、
ロイドとジーニアスもまた顔をしかめつつ、うなづかざるを得ない。
たしかにリフィルのいい分も一理ある、とわかってしまうがゆえに、うなづかざるをえない。
「じゃあ、あたしはちょっと研究院に顔をだしてくるよ。
あと、こちらの世界でのこっている精霊は闇の神殿だしね」
地の神殿、氷の神殿、雷の神殿。
すでに氷、地、雷の精霊との契約はすんでいる。
こちらの世界でのこりしは、あとは闇の神殿、のみ。
うろ覚えではあるが、たしかかの神殿はブルーキャンドルがなければ、
先にすらすすめない、そうきいたことがある。
ならば、準備は早めにしておいたほうがいい。
そうおもいつつもしいながたちあがる。
「あ、俺も…」
ロイドがしいなにつづき、腰をあげようとするが。
「あんたは、のこってな。それとも、あんたは逃げるのかい?
コレットが目覚めたとき、あんたがいなかったら。
あの子のことだ、やっぱりロイドに嫌われた、とかおもいかねないよ?」
「うっ」
「そう、だね。コレット…あのとき、ロイドにあの肌みられて動揺してたし。
目覚めたとき、ロイドがいなかったら、
やっぱり、気味が悪いっておもったんだ、っておもいかねないよ」
恋する乙女の不安はマルタにもわかる。
だからこそしいなの言葉にうつむかざるをえない。
「そんな!俺はそんなことまったくっ!」
ただ、気づいてやれなかった自分が責められるようで。
しかし、逃げようとしていたのだろうか。
ともおもう。
無意識のうちにコレットの傍から離れようとしていたことにいまさらながらにようやく気付く。
「コレットの不安を取り除いてあげられるのは、よくもわるくも。ロイド、君だけなんだよ?」
マルタにじっとみつめられ、ロイドはたじろがずにはいられない。
「ロイド、あんたはコレットを守る。そう誓ったんだろ?なら傍にいてやりな」
「…ああ、わかったよ」
マルタにつづきしいなにまでいわれては納得せざるをえない。
結局のところ、さきほどリフィルがいった五人のみで登城し、
あとの残りはそれぞれこの屋敷に残り、しいなは研究院にむかう、ということに。
「神子か!よくきてくれた!」
登城すると、すぐさまに謁見の間にと案内されるゼロス達。
こころなしか城の中がざわついており、ゼロスの姿をみて、
不安そうな表情をするもの、また安堵するもの、など様々。
そんな兵士達がいる城の中をすすんでゆき、謁見の間にとはいった直後。
どうやら待ちわびていたのか、玉座にすわりし国王の口より、
ゼロスが初めてきくようなそんな言葉が投げかけられる。
いつもはゼロスが登城しても嫌な顔ばかりして、歓迎の言葉をうけたことは一度もない。
あからさまなそんな態度の変化をみつつ、
「いやいやいや、私の顔をごらんになるのはごめんだ、みたいなことを伺っておりましたので。
お目にかかるのも心苦しくおもっておりましたが」
毎回、そのように影でいわれていれば嫌味の一つでもいいたくなる、というもの。
さらには国王を毒から救ったときにもそのようにいわれていれば。
ゼロスが嫌味の一つくらいいいたくなるのも不思議ではない。
「神子様!何と無礼な!」
国王の傍にひかえている大臣がそんなゼロスのいい分におもわずくってかかるが。
そもそも、これまでの国王の言動をみていてどちらが無礼か、
といわれればまちがいなく国王が神子をないがしろにしまくる発現、
もしくは彼が身内を保護しようとするばかりに教皇を野放しにしていたのが理由であるがゆえ
どちらかといえば非があるのはまちがいなく国王当人、といえるのだが。
自分達のことを棚にあげ、ゼロスを非難する様は、
いかにも自分本位な人間、としかいいようがない。
そんな彼らの様子をエミルが離れたところから視ていることに彼らは気づいていないが。
そんな大臣の台詞をきき、すっとその手を横にあげ、
「…よい。その件に関してはこちらにも非がある。
教会との権力争いにまきこまれるのはごめん、とばかり。
すべてを神子におしつけて、神子をないがしろにしていた罪は私にもある」
そういい、深くため息をつくその様は、
いかにも疲れた、とばかりの口調で、嘘をいっているようにはみうけられない。
そういいつつも、少しばかり首をかるく横にふったのち、
「だが、神子よ。厚かましいのは承知のうえ。そなたに頼みたいことがあるのじゃ」
意を決したように、じっとゼロスの目をみつついってくる。
いつもゼロスと会話をするときは常に目をそらしていた国王にしてみれば、ありえない態度。
ゆえにゼロスが思わず眉をひそめるが、
「ヒルダ姫様が……かどわかされた」
そんなゼロスの態度に気づいているのかいないのか、
圧倒的な態度、あからさまに相手をすこし下にみているかのような口調で、
国王にかわり、その横にいるこの国の大臣がそんなことをいってくる。
ちなみにこの大臣、補佐官をも兼ねており、国王のかわりに様々なことなどを、
国王のかわりに相手につたえたりする、という権限ももっている。
国王にかわり、突如としてそんなことをいってきた大臣の台詞にたいし、
「「な?!」」
リフィルとマルタ、そしてリーガルの声が同時にかさなる。
「そんな、ヒルダ姫様…が?」
とまどったようなセレスの台詞。
「セレスか。汝には苦労をかけていたな」
「いえ、陛下。もったいないお言葉でございます」
「…お前があのようなことを指示できるはずがない、というのに。
私はあのときもあやつのいうがままに…そして、その結果がこのざまだ」
セレスをかの地に閉じ込め、また彼女が主犯だ、といいだしたのもかの教皇。
すでにあのときから片鱗はみせていたのに。
そのまま争いはごめんとばかりに無視をしていた結果、命をねらわれ、
自分の命だけならばまだいい。
ついには娘まで。
これも罰か、ともおもう。
ヒルダが産まれ、同時期にうまれた双子の娘を海に流した自分の。
まだ彼女達がいきていれば後継ぎの問題も解消されるのだが、
いない以上、ヒルダが唯一の身内であり、それ以外の身内はすでにもうあの教皇しかのこっていない。
あんな人物に国王の座はわたせない。
そんなことになれば国そのものが天の怒りをかいかねない。
彼がそんなことをおもっているそんな中。
「ヒルダ姫様が?それはまことでございますか?陛下?」
驚愕していたものの、すぐに我にともどり冷静にといかけているリーガル。
いま、この場にいるのはリフィル、ゼロス、セレス、マルタ、そしてリーガル。
この五人。
一歩前にでて、礼をとりつつもといかけるそんなリーガルの問いかけに、
「おお。ブライアン。そなたも神子達の一行にそういえばくわわっておったな」
ようやく監獄からでる気になっているのはいいことだ。
そんなことをおもいつつ、リーガルにと声をかけるテセアラ十八世。
そして、
「そうじゃ。ヒルダが…我が娘が教皇騎士団によって連れ浚われたのじゃ。
すでに我が血筋のものは直系はヒルダしかおらん。
ヒルダに何かあれば血筋でいうのならば、教皇が王位をつぎかねん。それだけは」
こっそりと、かつて十八年前に海に流したあの二人がいきていないか探させてはいるが、
おそらく絶望的だろう、というのが皆の相違。
変えさえいれば血筋的にもどうにかなったであろうに。
それが国王からしてみれば悔やまれる。
あのときは、無駄な争いをさけるために、あえてあのものたちを、
双子としてうまれたものを不吉とし、ならば海にささげて国の発展を、
という儀式に利用したのだが。
そうおもうあたり、人間とはとても身勝手としかいいようがない。
都合がわるくなれば、自分達が害そうとしようとものを利用しようとし、
用がなくなれば即切り捨てる。
「あいつら…まだこりずに悪いことをしているの!?」
マルタがその台詞をきき思わず声をはりあげる。
懲りないというか何というか。
マルタはこれまでの教皇の行いは知らない。
知っているのはここ、テセアラにきてから聞いたことのみ。
ゼロスと教皇がどれほどの因縁をもっているのか、ということも知らない。
しるよしもない。
それでも、判ることもある。
それは、あの教皇、となのったものは、実の娘すら利用するろくでもない人物だ、と。
子が親を慕う心を利用し、そしてその子供すら切り捨てる非情な人間。
権力の、欲のためならば何でもする。
それがマルタが抱いているかの教皇となのりし人間のイメージ。
「…それで?どうして私が呼ばれたのでしょうか?」
いくら姫が誘拐されたから、といって自分を呼寄せる意味がわからない。
否、一つだけある。
あの狒々爺の考えそうなことが。
それは。
そんなゼロスの懸念を肯定するかのごとく、
「奴らは神子とヒルダ姫を交換せよ、といっておる」
やはりか。
淡々とつむがれるテセアラ十八世の台詞をうけ、ゼロスはため息をつかざるをえない。
どうやらあの狒々爺はいまだにセレスを傀儡にすることを諦めていないらしい。
もっとも、それを認めるわけにはいかないが。
「ちょっとまってください。国王陛下。
まさか、それはゼロスに身代わりになれ、といっているのですか!?」
マルタからしてみれば信じられない。
そもそも、自分の娘を助けるために、犠牲になってくれ、などというのだろうか。
この国王は。
誰かの犠牲のうえに他者の命が助かる。
そういうのが必要な時が確かにあるのかもしれないが、
しかし、それはこういうときではない。
それだけはマルタも断言できる。
そんなマルタの言葉をきき、首を横にふりつつ、
「シルヴァラントの王女よ。そなたのいい分もわかる。
しかし、我らもまた神子を失うわけにはいかぬ。
そんなことをすればこの国そのものが天の怒りを買うのは必然」
それでなくてもすでにその手前の段階まできている可能性が高い。
彼らの中ではかつてのリフィルの説明により、
マルタはシルヴァラント王朝の王女である、というイメージが固まっている。
確かに血筋からいえばそのとおりなのだが。
いまだ、シルヴァラントにその王朝が復活していない、というだけで。
しかし、当然そんな事実をここテセアラのものたちが知るはずもなく
ゆえに、シルヴァラントの王女がシルヴァラントの神子とともにやってきた。
そんな認識を国王達は抱いていたりする。
それは始めのときにリフィルが誤解させるようにいったことにも起因しているのだが。
それもリフィルの計画のうち。
シルヴァラント側が見下されないがためにあのときあのような説明をしたに過ぎない。
「我が娘、ヒルダと交換するとみせかけ、きゃつらを一網打尽にしたいのじゃ」
国王のその言葉をきき、顎に手をあてたのち、
「…そんなにうまくいくのでしょうか?」
リフィルが懸念をふくめ、小さくつぶやく。
そんなに都合よくうまくいく、とはもおえない。
というか、そんな相手が本当に人質交換、というものを了承するか。
それ自体もかなり怪しい。
「いいぜ」
「お兄様、本気でいっておられるのですか!?」
さらり、と肯定の台詞をいうゼロスの返答に、思わず悲鳴に近い声をあげているセレス。
「おに…神子様に何かあったら、わたくし…」
「俺様はそんなにやわくねえよ。セレス」
「だって、ゼロス、とても危険だよ」
セレスにつづき、マルタもそんなゼロスのほうをむきそういいはなつ。
危険すぎる。
それがマルタとセレス、二人がほぼ同時に抱いた想い。
「しかしなぁ。何にしてもヒルダ様に非はないだろ?」
「「それはそう、(だけど)(ですけども)」」
ゼロスの返答にもののみごとにマルタとセレスの声が重なる。
「それに。だ、いい加減にあいつとは決着をつける必要もあるからな。
教皇の一派の連中にたいし決着をつけるチャンスじゃねえか」
このまま、相手がどうでてくるのか、まっているよりは。
相手の罠にあえてとびこんで打撃をあたえるのも一つの手。
「仕方ないわね。ゼロス。あなたがそこまでいうのならば、私たちも協力しましょう。
ここにいないあの子達もおそらく協力するっていうでしょうしね」
というかロイドやコレットなら考えるまでもなく助けよう、というのでしょうけど。
そう心の中で突っ込みをいれつつも、リフィルがそんなゼロスの言葉に同意を示す。
「お兄様……」
セレスからしてみれば、兄とヒルダの身、どちらを選ぶか、といえば、答えはきまりきっている。
たった一人の兄。
そして自分の、そして母の存在のために苦労をかけてしまった兄。
自分達のせいでゼロスから父を、そしてゼロスに実母を奪ってしまった。
その思いはいまだにセレスの中にある。
自分達母子がお兄様を不幸にしてしまった。
その思いが強いからこそ、ゼロスには危険をおかしてほしくはない。
「時にセレス。体調のほうは大事ないのか?」
「は、はい。国王陛下におかれましては御尊顔を拝し、
恐悦至極にぞんじあげます。私のようなものの体調も気を使っていただき、
まことにありがとうございます。神子様の御蔭が最近は倒れることもなく」
「そうか」
かるく礼をとりながら、そのふわふわのスカートのはしをつかみ、
礼をとり言葉をはっするセレスをみつつ、
「神子よ。この一件がうまくいけば、お前が前々からねがっていた件。
セレスをおまえの屋敷に移動させるという願いを許可しようとおもう」
そんなセレスから視線をゼロスにもどし、国王がゼロスにと話しかける。
「それは真でございますか?陛下」
これまでずっとその話題からは逃げていたというのに。
どういう心境の変化だというのであろうか。
だからこそゼロスはそんな国王の台詞にいぶかしがらずにはいられない。
「うむ。かの地があのようになった以上、一人でかのちに残すのは危険。
ならばまだ安全な場所のほうがよいだろう、という判断じゃな」
「?あのような、とは?」
うなづくようにそういう国王の台詞にセレスは意味がわからない、とばかりに首をかしげる。
セレスはいまだに、かの地が襲撃された、ということをきかされていない。
ゼロスはその事実をいまだにセレスには伝えていない。
「陛下。そんなことよりも、ヒルダ様と私の交換はどのように?」
その事実をセレスに悟られれば、自分を守るために修道院の女たちが犠牲になった。
そうしればセレスはまちがいなく悲しむ。
妹を悲しませたくないがゆえ、さりげなく話題をかえるべくといかけるゼロス。
「うむ。グランテセアラブリッジにむかってくれ」
「教皇騎士団はそこに現れる。やつらはそこで人質の交換、といっておる。
こちらが了承の伝書鳩をとばせば、すぐにでも奴らはあわれる、であろう」
ゼロスの問いかけに国王がいい、そんな国王につづき大臣が追加説明とばかりにいってくる。
「?」
あのようなこと、というのが何なのか意味がわからず、セレスは首をかしげたまま、
「お兄様、あのようなこと、とは?」
「お前が気にするようなことじゃないから安心しな」
「でも…」
そういえば、あれから一度もかの修道院にもどってすらいない。
身の回りの世話をしていた侍女達のこともきにかかる。
セレスはいまだ知らない。
かの地が騎士団によって襲撃されていた、というその事実を。
「う……」
ゼロス達が城にて国王と謁見をしているそんな中。
同時刻。
「コレット!?皆、コレットの意識がもどったよ~!」
「ここは……」
ふと目をひらけば見知らぬ天井。
否、どこかでみたような。
ふわふわ、ふかふかの天蓋付のベットに横たわっている自分にきづき、
おもわず周囲をきょろきょろと見回すコレット。
ミトスのこともきになったが、今現在、ミトスのもとにはエミルがついている。
ジーニアスは何もできない自分をはがゆくおもったが、
なぜかエミルがミトスの額に手をあてるとともに、
ミトスの顔色がよくなっていくのをまのあたりにし、
そういえば、エミルもまた姉さんと同じように回復術がつかえたんだった、
といまさらながらに思いだし、ミトスのことを任せ、コレットの様子をみにやってきていた。
そんなジーニアスの目の前で小さくうめいたかとおもうと、その青色の瞳をゆっくりと開くコレット。
コレットが意識を取り戻したのをみて、おもいっきり扉のほうにはしっていき、
何やら大声で叫んでいるジーニアス。
ゼロスの屋敷はかなりひろく、またそれぞれが一階にいるはずなので、
ここ、コレットが眠っている部屋から一階につづく階段までちょっとした距離がある。
表に控えていたメイドらしき人物が、ジーニアスの台詞をきき、
すこしばかり頭をさげたのち、報告のためかその場をあとにしている様がみてとれるが。
ゆっくりと体をおこしたコレットは、自分が着ている服がかわっていることにきづき、
おもわずその手を肩にとあてる。
触れた肩はあいかわらず固く、いまではこうして触れても感覚がないほど。
そういえば、ともおもう。
この体のことをロイドにみられちゃったんだった、と。
そうおもうと気分が沈む。
「よかった。目をさまさなかったらどうしようかとおもった」
うっすらと、ではあるがジーニアスの目には涙がたまっているのがみてとれる。
「ジーニアス…ここは?」
ふかふかのベット。
まだ意識がもうろうとしているのかここがどこ、なのか思いつかない。
「ここはゼロスの屋敷だよ。あれから僕たち、ゼロスの家にやってきたんだ」
「あの女の人は…」
「ウィノナさん?ウィノナさんって人もちゃんとここにいるよ」
いいつつも、横のほうをちらり、とみるジーニアス。
ふと視線を横にしてみれば、この部屋にはベットが二つあり、
そのうちの一つにもう一人、横になっている姿が目にはいる。
長い金色の髪をしている若い女性。
あのとき、元の姿にもどった女性をよくみていたわけではないが。
金色の髪であったことは覚えている。
ならば、横に眠っている彼女があの異形と化していた人、なのだろう。
みるかぎり元にもどり、怪我もみあたらない。
そのことにコレットとしてはほっとする。
「よかった…」
コレットがそうほっと声をだすのとほぼ同時。
「コレット!」
バタン!
それこそいきおいよく、部屋の扉が開かれ、
飛び込むようにして部屋の中にはいってくるロイドの姿。
ロイドの姿をみとめ、おもわずびくり、となるコレット。
しかし、次の瞬間。
「ごめん!コレット!俺、俺、またお前の変化に何もきづいてやれなくて!
俺、お前を守るっていってるのに、なのにっ。
俺をかばってまたお前に怪我をさせちまってっ」
ロイドがコレットにかばわれるのはこれで二度目。
守りたいコレットに守られて何がコレットを守る、だ。
だからこそロイドはコレットが目覚めた、ときき
開口一番、おもいっきり頭をさげてあやまっていたりする。
それに、ともおもう。
アルテスタにも指摘されていたはずなのに、正式なクルシスの輝石用の要の紋。
そのことを失念していたのも事実であり、ロイドはあやまらずにはいられない。
つまるところ、ロイド自身の認識の甘さがコレットをまたつらい目にあわせていた。
そう嫌でもおもいしったがゆえに。
コレットが普通にしていたから、疾患のことなど思ってもいなかった。
まただ、とおもう。
あのときも、コレットが天使化してゆく過程のときも、自分はコレットの何をみてたんだ。
いまもまた、コレットは一人でずっとそのつらさにたえていた。
しかも、その原因は自分がクルシスの輝石にあわない要の紋。
それを身につけさせてしまったことが原因で。
コレットが心を取り戻し、ならそんなに急いで輝石用の要の紋。
それをつくらなくてもいいのでは、とおもっていたのもまた事実。
無意識ではあるが、そうおもっていたことにいまさらながらにきづき
ロイド自分で自分を許せなくなっていたりする。
いつも、いつも、目先のことだけしかみていない自分。
その先に何があるのか指摘されていても、それを気にとめようともしていない自分自身の愚かさ。
それを再びつきつけられたような、そんな衝撃。
しかも、そのせいで、またコレットがつらい目にあっている。
それにようやく気がついたからこそ、ロイドコレットにあやまらずにはいられない。
「ロイド…その、きみわるくないの?だって、だって私…」
「そんなこというな!コレットはコレットだろ!
コレットがそんなふうになっちまったのは、俺のせいでもあるんだ。くそっ。
コレット…ごめんっ。俺がもっと…」
もっと、はやくに、アルテスタさんの忠告を本気で考えていれば。
あのときもそう。
リーガルがジルコンをもってきたときいたときも、そんなのがあったな。
くらいにしかおもっていなかった。
コレットの心はもどったのだから、急がなくてももんだいないだろう。
それくらいの認識でしかなかった。
そのときの、否これまでそうおもっていた自分自身をロイドは殴りたくなってくる。
「ううん。ロイドは悪くないよ。でも、ロイドも、その人も無事でよかった」
「…コレット…くそ。なんで、コレットばかりこんな目に……本当に、ごめん」
にっこりとほほ笑むコレットのその表情をみて、ロイドはさらに罪悪感をつのらせる。
「そういえば、皆は?」
ジーニアスとロイドはいるが。
それ以外はどうしたのだろうか。
ここゼロスの屋敷だというのなら、ゼロス達の姿がみえないのは、いったい。
「しいなはここの精霊研究所にアステルとリヒターと一緒にいってる。
先生とゼロス、セレスとマルタとリーガルはちょっと城にいってる。
プレセアはお世話になるだけは心苦しい、とかいって、外で薪をわってる」
実際、ブレセアは外でこの屋敷でつかう薪をかんかんと割っていたりする。
やはり暖炉などに薪は必要で、何でも薪になっているものをかうよりは、
そのまま丸太ごとかったほうが、それらをつかって使用人の訓練にもなる。
といったセバスチャンの意見によって、このゼロスの屋敷で、
庭先で薪をつくっていたりする。
いついかなる襲撃者にも対応できるように、素手で薪がわれるようになる。
それがセバスチャンがこの屋敷のものに課している最低限の力の一つ。
もっとも、当然そんな事実を彼らが知るはずもないのだが。
「ミトスとエミルは?」
「ミトスは隣の部屋だよ。…ちょっと、コレットが気絶してからミトス、怪我しちゃって」
まさか岩の下敷きになりました。
とはいえない。
ゆえに、怪我、ということばでごまかしているジーニアス。
「怪我!?ミトスは大丈夫なの!?」
その言葉をきき、はっとした表情をうかべ、心配そうに声をあらげるコレット。
「うん。エミルが治癒術かけてくれてるから……」
「そういえば。エミルも先生と同じで治癒術つかえたんだったね」
ジーニアスの台詞にコレットも納得した、とばかりにおもわずうなづく。
その光景をみたのは、パルマコスタのあの地であったが。
リフィル曰く、あのときエミルのあの術はかなり高度な治癒術だ、ともいっていた。
ならば、怪我を治す術もまたエミルは使用できる、のであろう。
それを改めてつかっているところをみたことはあまりないが。
「とにかく。まだ安静しておいたほうがいい」
「そうだよ。コレットはいつも無理するんだから、ね」
いまにも起きだしてベットからおりようとするコレットにたいし、
やんわりとそういうロイドに対し、ジーニアスも思わず声をかけるが。
「ううん。もう大丈夫。ごめんね。心配かけて」
「「コレット……」」
こういいだしたコレットは止まらない。
そのまま、ロイドやジーニアスがすこしばかり顔をしかめているそんな中。
体をおこし、そのまま体をひねってベットの端にと移動し、それからゆっくりとたちあがる。
あいかわらず首に違和感を感じるが、これもだんだんとなれてきているのもまた事実。
「ミトス、どの部屋でねてるの?」
「あ、うん。案内するよ」
ジーニアスやロイドからしてみればコレットにはまだゆっくりとしてもらいたい。
だが、コレットはじっとしていれば自分が自分でなくなりそうで、
何かしていなければ不安になる。
それぞれの思いが交差し完全にすれ違っている。
そのことにきづくことなく、コレットにいわれ、ジーニアスが諦めたようにため息をつき、
そのまま扉にと手をかける。
彼らがむかうは、ミトスが休んでいる、という別の部屋。
「…ここは?」
ふと、目がさめる。
何かとても暖かな何かが体にはいってきたような。
そんなふわっとした感覚があったが、
「あ。ミトス、気がついた?」
ふとみれば、どうやら自分はベットらしき場所に横にされているらしい。
ちらり、とみれば、何やらしょりしょりと…何をしてるんだろう?
一瞬、視線の先にいるエミルの手元におもわず目がいき唖然としてしまう。
「はい。これ」
「…リンゴ…だよね?これ?」
「うん。普通の兎リンゴじゃ味気ないかな、とおもって。
あ、きったほかのはすりつぶしてリンゴジュースにしてるから問題ないよ?」
いやそれよりも、その装置は?と聞かずにはいられない。
何かカプセルっぽいのを上にのせた、何かの装置らしきもの。
「え?これ?ミキサーだけど」
「いや。僕がいいたいのはそうでなくて」
見ればたしかにそれらしき品、というのはわかるが。
しかし、電源も何もないのになぜにそれが起動しているのか。
それが聞きたい。
感覚的にエクスフィアをつけて動力源にしているようでもないようだが。
「これだと、皮まできちんとふんさいできるし」
ちなみにこれが発売されていたのは天地戦争の時代。
アクアが面白いものが発売されました、といってもってきたのを、
そういえばこんなのをもっていたな、とおもいだしたまで。
一時はこれで様々なものをつくるのがセンチュリオンの中でもブームになったが、
いかんせん、毒に耐性のない魔物にまで毒草などをいれたものまで
これで粉砕した品をたべさそうとした…誰が、とはいわないが。
ので、禁止令をだしてすっかり忘れていた品の一つ。
「皮のほうに栄養もあるからね。細かく刻まれてるから、違和感はあまりないとおもうよ」
「…そうでなくて、…もう、いい」
にっこりといわれて、それ以上つっこむのが何だかばからしくなってしまう。
そこまでおもい、あれ?とふとおもう。
何だか体が異様に軽い。
それに、なぜか、ヒトに対しての嫌悪感がどこか客観的にみれているような。
そんな自分の体調の変化に気づき、思わず、首をかしげるミトス。
かなりミトスの内部に負がたまりまくっていたので
ついでにちょっとばかり、それらを抜きとったにすぎないのだが。
多少抜き取っただけだ、というのにミトスからしてみればかなりの変化に感じているらしい。
ヒトを家畜、とみていた自分の心にきづき、本気で首をかしげている様。
自分はそんなことをおもっていなかったずなのに、という心と、
姉を殺した人間は姉の力になって当然だ、という心がせめぎ合う。
それでも、なぜか、大地ごと人間全てを消してしまおう。
とクラトスが裏切ったかもしれない、ときかされたときにおもったこと。
それが何だか馬鹿らしくおもえている自分の心。
ミトスがそんな戸惑いを浮かべている中。
「はい。できた。ミトス、たべれる?何なら口にまでもってこうか?」
いいつつ、フォークにつきさした、こまかな細工がこれまたほどこされている、
…薔薇のようなリンゴ、なぜに薔薇?と突っ込みをかなりいれたいが。
さすがにこの年になってまで、人に食べさせてもらう、というのは全力で拒否したい。
ゆえに。
「た、食べるよ。…うん、食べるから」
エミルのもっているお皿ごとほぼひったくるようにして、
そのまま、エミルのもっているフォークをうけとり、口にと運ぶ。
しゃり、とした冷たい感覚が口の中にひろがってゆく。
そこまでおもい、冷たい?もしかして身体機能のコントロールができていない?
冷たいとか熱いとか、そういった機能を完全に遮断していたはず、なのに。
そういえば、ともおもう。
エミルが傍にいたとき、フラノールでも寒い、と感じた。
そういった機能をきっていたから感じるはずがなかったはず、なのに。
「あ、えっと…エミルがついててくれた、の?」
覚えているのは、ウィノナ姉様にそっくりな女性をかばって岩の下敷きになったこと。
そこからの記憶がない。
「うん。ゼロス達はちょっと用事でお城にいってるし。
コレットとウィノナさんだっけ?彼女達は女の人だから別の部屋で横になってるよ」
コレット、といわれておもわず顔をしかめるミトス。
彼女の症状はかなり進んでいた。
はやいところどうにかしなければ、器、としても機能をなさない。
クラトスにそれとなく誘導するように、と彼の提案をうけいれてそう命じてはいるが。
ちょろちょろと一行の周囲をうろうろ隠れて観察するようについてきているのはしっている。
いるが、接触をとらなすぎ。
たしかに、聖なるお守りにてマナの乱れを一時的に抑えることはできるであろうが。
やはり、クラトスにまかせるのではなく、先にデリスカーラーンにつれていき、
治療をほどこしたほうがはやいのではないのか?
そんな思いがふとミトスの中をよぎる。
それに、このまま彼らとともに旅をしていれば、本当に自分を見失ってしまいそうで。
千年王国。
その決意が不安定なまでに揺れている自分の心。
それに、このエミル。
より近くでこうして二人っきりになったことがなかったからいままでよくわからなかったが。
なぜだろう。
どこかで、エミルにあったことがあるような。
それこそ、いま、ではなく、かつてのときに。
しかし記憶の中にエミルのようなヒトなどに出会った記憶はない。
それに、いままできづかなかったが、エミルのマナはたしかにおかしい。
否、人のそれ、だとはおもう。
思う、というのは何となく違う、と直感が告げているがゆえ。
どちらかといえば自然に近いかのような不思議な感覚。
こう近くでエミルとともにいることがなかったがゆえにあまり気にとめていなかったが。
でも、ともおもう。
もしも、このエミルがあの彼の関係者だ、とするならば。
彼は、彼らは自分のことをどうおもっているのだろうか。
とも。
裏切った、または裏切っている、とおもうのだろうか。
たしかに問答無用で精霊達をしばりつけ、
さらには姉のことで文句をいわれては、とオリジンをヒトのマナにて封じた。
確かにそれだけで精霊達にとっては手ひどい裏切り、だとはおもう。
でも、それでも、ヒトが姉を殺してしまったのは事実で。
なら、自分達が姉を蘇らせるためにすこしばかりその約束を伸ばしても。
最終的に大樹を蘇らせ、世界を一つにもどせば契約を違えたことにはならないはず。
それでなくても自分と契約した精霊達はほとんどあのしいなとかいう召喚士。
あの人間の娘にとられていっている。
そして、ラタトスクと交わしたのは契約、ではなく盟約。
それはあるいみで対等たる証。
そうセンチュリオン・アクアからいわれ、それが何ともこそばゆいほどに嬉しかった。
ふとかつてのことを思い出しつつも、おもわずエミルをまじまじとみるミトス。
聞けば、答えてくれるのだろうか。
このエミルは。
でも、ともおもう。
自分が、精霊ラタトスクのことを知っている、というのはあきらかに不自然。
そんな状態でどうきけばいいのだろうか、とも。
ちなみに、ミトスは気絶していたがゆえに知らないが、
エミルがミトスと二人っきりになったのをしり、
センチュリオン達が危険だの何だの、と散々忠告していたりしたのだが。
エミルは問題ない、大丈夫だ、といって彼らの忠告をまったくもってとりあっていなかったりする。
ゆえに、心配しまくっているセンチュリオン達がエミルの影の中に、
すぐさま何かがあればでてこられるように潜んでいるのがいまの実情、なのだが。
ミトスはそのことに気付かない。
気付くことができない。
「あの……」
それでも、他に人がいる場所ではきくことができない。
いま、みるかぎりこの場にはふたりっきり。
ゆえに、ミトスが声をかけようとしたその直後。
「皆~!コレットの意識がもどったよ~!」
廊下のほうからそんなジーニアスの声がきこえてくる。
「あ、コレットもおきたんだ。なら、僕もミトスが気がついたこといってくるね」
「え、あ……」
「…ミトス。あまりむちゃしちゃだめだよ。
一人で何でも背負おうとするの、ほんとうにかわってないよね」
「……え?」
さらり、といわれてミトスは言葉につまるしかできない。
というか、自分はエミルの前でそんなそぶりをみせたことがあっただろうか。
ゆえにしばらくその場にて考え込んでしまう。
エミルからしてみれば、かつてのときも、そしていまも。
そして、種子の力がなくなっていたとき自らの魂を種子を目覚めさせるためだけ、に。
自分の魂を糧としてミトス自身が樹となったあのときも。
全てミトスは自分一人でどうにかしよう、全てを一人で背負おうとしていた。
その結果、あのようなことになってしまったわけなのだが。
それでも、結局、人はまた再びミトスを、そして自分を裏切った。
マーテルが盟約を持ち出してさえこなければ、あんな愚かな人の国など、
すこしばかり実験の誤作動のような形をもってして滅ぼしてしまっていたというのに。
それは過ぎたことであり、また何もしなければこの後必ず訪れるであろう未来。
ゆえにエミルの台詞に他意はない。
精霊達との契約のときですら、ミトスは姉やクラトス達に怪我をさせたくない、
といって、これは自分がすべきことだ、といってゆずらなかった。
そのように報告をうけている。
人とはもろい。
何かの小さなきっかけで、一人でつよがっていても壊れてしまう。
そのくせ、大人数になれば自分達は強い、とばかりに弱者を虐げる。
それでも小さな力でも世界をよりよくかえていこうとする志をもったものもでてくる。
ミトス達がそうであったように。
いまのミトスはどうやら後者、すなわち弱者を虐げるほうにいってしまっているようだが。
それも一重にミトスの心次第。
ミトスだからこそ、クルシスに所属しているものたちは従っている。
ミトスならば自分達、虐げられていた自分達を救ってくれる。
そう信じて。
かつてはマーテルがそんなミトスの心の安らぎとなっていた。
でも、いまはそのうちのひとり、クラトスですらミトスを計りかねているもよう。
ユアンにおいては優先順位がマーテルであるがゆえに、ミトスとはすれ違っている。
そんなことをおもいつつも、部屋にミトスを残したまま、
バタン、と部屋の外にとでるエミル。
エミルが扉の外にでてゆくのを見送ることしかできず、
戸惑いの表情を浮かべているミトスの姿が部屋の中ではみうけられているのだが。
そのまま、ぎゅっと手をにぎりしめ、
「…このままじゃ、僕……」
このまま、彼らとともにいたら、自分を見失ってしまう。
ずっと一緒にいたい、という思いと、そろそろきりあげるべきだ、という思い。
その二つの思いがミトスの中でせめぎ合う。
ミトス、としてふるまうべきか、ユグドラシル、としてふるまうべきか。
「……姉様……」
このままウィノナと呼ばれた彼女がめざめたとき。
自分はユグドラシル、としてふるまえるだろうか。
答えは…ミトス自身がよくわかっている。
だからこそ。
「…潮時…かも……」
ここはここちがよすぎる。
かつてのあのとき、四千年前、四人で旅をしていたあのときのように。
ミトスが部屋の中でそんな思いを抱いているそんな中。
「…シャドウと契約をさせる前に、かの橋を壊しておく必要がある、か?それとも」
それとも、かの塔を壊したときに、それとともにかの橋も壊してしまうか。
大陸を移動させるのにかの人工物である橋は邪魔以外の何物でもない。
小さく紡がれた言葉の意味は、ミトスがもしきいていたとしても意味不明なもの。
『しかし、どうなさるおつもりなのですか?』
影の中から声がする。
「かの橋はどちらにしても壊す。…必要性がないからな」
そこまでいい、
「そういえば、そろそろかの地がこの上空にくるな。あれの利用でいいか」
わざわざ自分が手を下すのでもなく、また塔を壊した影響を使うまでもなく。
てっとり早い方法がたしかにある。
「ウェントス。シルフに命じ、かの飛竜の巣においてあるカビ。
かのアレを竜巻を発生させたのち、かの地にふりそそがせておけ」
『――御意に』
あのカビならば、あの橋は綺麗に残骸を残すことなく、ただの砂と成り果てる。
そのほうが海にあたえる影響もすくなくてすむ。
ミトスの今後のこともある。
だから、それまでには不要なもの、と判断したものは全て排除しておいたほうが都合がよい。
影の中からウェントスの同意の声をうけとり、
そして。
すっと意識をきりかえ、
「さてと。ロイドとジーニアスは先にコレットの部屋にいったみたいだし。
まずはそっちにいくとしますか」
さきほど、ロイドがジーニアスの声をきき、コレットの部屋にかけこんでいった。
それは確認済み。
おそらくコレットのこと。
ミトスのことをきけば、自分もお見舞いする、といっておきあがってくるだろう。
くすり、と笑みをうかべつつ、ミトスのいる部屋をあとにし、
エミルもまた、コレットがいる部屋のほうへと足をむけてゆく。
「…それで、コレットもミトスも目がさめてここにいる…と」
どこか疲れたようなリフィルの台詞。
あの後、エミルがコレットの部屋にいき、エミルとともにミトスの部屋にいったのち、
コレットが城にいったゼロス達がきになる、というので。
なら気分転換をかねて散歩がてらにいってみようか。
なぜか話しの流れ的にそうなってしまい、屋敷からでたのがつい先ほど。
ばったりと、城からでてきたリフィル達とであったのは、貴族街にとはいる入口付近。
なぜにここにいるのか、とリフィルに問われ、
これまでの簡単な経緯を説明し終えたばかりの今現在。
ちょうど王城の手前にある薔薇庭園。
その手前でばったりとであったので、ちょうど休憩するところもある、
という理由で今現在、皆薔薇庭園の中の噴水の近くにあるベンチにとそれぞれ腰をおろしている。
皆、といっても主にすわっているのはミトスとコレットで、
それ以外はその場にたっているまま、なのだが。
二人もそのままたっていようとしたのだが、まだ無理はしないほうがいい。
というリーガルの意見もあり、しかたなく座っていたりする。
さすがに夜も更けてきたせいもあってか、周囲に民らしき姿はみあたらない。
「先生。心配かけてごめんなさい」
「あなたが無事ならばいいのよ。でもコレット。それにミトスも。
あなた達もっと自分の身を大切にしないとだめよ?
あなた達はどこか似ているようだからね。他人のためならば我が身すら投げ出すあたり」
本当にあんなことを無意識でもするような人物があのユグドラシルとなのった男性。
彼と同一人物なのだろうか。
その可能性もある、とリフィルは視野にいれていたが、
あの行動をみるかぎり、それもまたあやしいともおもう。
が、勇者ミトス、とまでいわれていた人物。
おそらくかつての彼はそうだったのだろう、ともおもうがゆえに、
きちんとした確信がもてないのもまた事実。
「あたしのほうはちょっとしたきになる話をきいてきたよ」
屋敷にもどれば彼らは外にでた、といい。
何となくなら城にむかったのではないか、とおもいやってきたのだが。
どうやらそれはビンゴ、であったらしい。
彼らが経緯を説明しているそんな中、しいなもこの場にやってきており、
今現在、この場にはアステルとリヒターを除いた全員がそろっていたりする。
「気になる話し、とは?」
「研究院にいったら、みずほから何か連絡があるかも、とおもったのもあるんだけどね」
しかし、みずほからのつなぎはあれからない、という。
きけばあれからくちなわも姿をみせていない、とのことらしい。
くちなわが裏切っていることがわかれば、あらたなつなぎのものをよこすはずなので、
おそらくまだみずほの民はクチナワが教皇と通じていることを知らないのであろう。
そう一人心の中でおもいつつ、
「ここしばらく、くちなわのやつが、岬の砦、といわれているところに出入りしていたらしいんだ。
そして、その付近では時折教皇騎士団らしき鎧をきこんだ人物の目撃情報も、ね」
岬の砦。
その言葉に一瞬、ぴくり、とエミルが反応する。
それはほんの一瞬のこと。
あの砦にはエミルとしてはあまりいい思いでがない。
リヒターがあのとき、マルタを殺してしまった。
そうおもった。
自分の力のなさをあのときほど悔いたことはなかったあの当時。
ふとあのときのことをおもいだしながら、かるく首を横にふる。
いまは、【あのとき】とは違う。
そう、もうソルムの影響で誰かが傷つくようなことはありえない。
「岬の砦…メルトキオから東南の方角にある、かつての軍事施設…か。
たしかいまは使用目的がなくうちすてられている、ときいているが。
かの砦を灯台代わりにしては、と我が社のものも提案してきてはいるが」
しかし、その案はいまだに国王の採決が下っていない。
しいなの台詞にリーガルが少し考え込みながら、そんなことをいってくる。
どうやらそんな案があがっていたらしい。
エミル達は当然そんなことを知るはずもなかったが。
「お姫様が誘拐されたとして。テセアラブリッジはいまだに許可証がない限りは通行止め。
ここ最近、あのあたりで騎士団の目撃情報もよくあるってことらしいし。
もしかしたら、あの砦の中の一つの部屋に閉じ込められているのかもしれないね」
わざわざテセアラブリッジを超えている可能性もあるが。
「しかし。ゼロスと取引、ねぇ。あんな奴らが素直に交換に応じる。
というのは信じられないけどね。あたしらみずほの民には、
他人にばけたり、またよくにた偽物を用意することだって可能だし。
偽物相手で取引、という可能性はありえるとおもうよ。
あいつらとしては、いまの話しからしてみれば、姫もゼロスも亡きものに。
そうすれば、問答無用で王家の血筋でのこるのは、教皇だけ、になるしね」
そうなれば、おのずと教皇が次の王、となるであろう。
みずほの里にでむいたとき、かの地、エグザイアでであったあの姉妹となのりし一人。
彼女のこともきにかかり、一応頭領にしいなは報告はしているが。
何しろ彼女は王城の中にある側室の一人であったという女性に似すぎていた。
そして思いだしたのは、十七年前。
王家が双子の王女を海にとながした、という儀式のこと。
もしも、エグザイアのものに二人が助けられて生きていたとするならば。
ちょうど彼女達と同じ年頃になっているはずである。
そして、エグザイアにいるがゆえに、生きていることすらつかめていなかったとするならば。
それは推測、でしかない。
しかし、ありえないことではない、ともおもう。
もっともそれは確証がないがゆえにしいなは皆にいうつもりはさらさらないが。
「可能性は捨て切れない、わね。もしかして、交換、とみせかけて。
同時に失敗したときに本物を抹殺、という手もしてきかねないわ」
「あ~。みずほの民の変身術はけっこうな腕だからなぁ」
ゼロスもそのことに思い当たるふしがあるらしく、腕をくみながらそんなことをいってくる。
「あたしとしては念のため、姫の交換の場所にいくメンバーと、
砦を探索するメンバー、二手にわかれたほうがいいような気がするね」
全員で罠かもしれない場所にいき、姫が離れた場所で害されれば意味をなさない。
「たしかに。しいなのいい分も一理あるわ。ならそのようにしましょうか。
ゼロスは交換相手に指定されているのだから、橋にいくのは決定として」
交換相手に指定されてきているのだから、ゼロスが橋にいかない、という選択はありえない。
「ふむ。では、私は砦のほうにするか。かの地は幾度か調査のために許可をえて、
社のものとともに出向いたことがあるからな」
そのままほうっておいても問題がないかどうか。
補修をすべきかどうかという相談がかつてきたことがあり、
リーガルはかの地に監修、という形でともにでむいたことがある。
「あたしはならゼロスとともにいくよ。
もし、くちなわがお姫様にばけていたとしたら、あたしにわかるしね」
くちなわは変身術をあまり得意としていない。
一つ、どうしても抜け切れていない癖がのこっている。
そしてしいなはそれを知っている。
「安全面を考えて、セレス、お前は屋敷でまってな」
「でも、お兄様!」
「屋敷なら、セバスチャンたちもいる。まさか騎士団の連中も。
屋敷の中にはいってまでお前に害をなそうとしないだろう。
もっとも、追い詰められた獣は何をしでかすかわかんねえけどな」
それに、ゼロスとしてはセレスを安全な場所においておきたい、というのが本音。
「なら。セレス。お前にはアステル達がもどってくるまで、その連絡係りをたのんでもいいか?
あのウィノナっていう人のこともあるし、な。
彼女だけをあの場にのこしておく、というのも問題あるだろう?」
言外に、彼女は国から追手がかかっているから、という言葉をふくませる。
「…わかり、ました。お兄様、かならずヒルダ姫様と無事にもどってきたくださいましね」
兄のいいぶんもわかる。
それにあのウィノナという人物のことはセレスはしらない。
同じハーフエルフでも共にいたミトスやセイジ姉弟、そしてリヒター。
彼らのように害がない人物でないか、などという確証はない。
だからこそ、常に見張りのものをゼロスが指示をして扉の外、
もしくは部屋の中に待機しているのだ、というのもセレスは自覚している。
「ロイド達はどうする?」
「俺は……」
「私は、お姫様もゼロスもきになるから、ゼロスのほうにいきたい」
ロイドがどちらを選ぶか迷っている中、きっぱりとコレットがいってくる。
人質交換、ということはゼロスにも危害が及ぶかもしれない。
そんなコレットの言葉をうけ、
「コレットがいくなら、俺もゼロスと行動を一緒にするよ」
「…あなたがいくのなら、あなたが変なことをしないように、私もいく必要があるわね」
「ひど!どういう意味だよ!先生!」
「あなたはいらないことをいったり、しでかしたりして、せっかくの取引を台無しにしかねないからよ!」
「ひでぇぇ!!俺ってそんなに信用ないか!?」
「ええ」
「うん」
リフィルのきっぱりとしたものいいに、思わずロイドが抗議の声をあげるが。
そんなロイドにむかって、ほぼ同時にうなづいているリフィルとジーニアス。
このあたり、さすが姉弟、というべきか。
かなりの息があっている。
「なら、僕は砦のほうにいってみますね。しいなさんのことも一理ありますし」
それに、ここでいうつもりはないがあの場所にいくのは二度目。
ある程度の地形も把握している。
もっとも、いまから二年後に改修とかされていたならば違っているであろうが。
「ミトス。ミトスも一緒にいこ。もしロイドが暴走したら一緒にとめようよ」
「え?…えっと、ロイドが暴走するの前提、なの?」
「ロイドって、目の前で何かあったりしたら何も考えずにいきなり。
相手につっかかっていったりするんだよ。…それが相手が魔物でもさ」
「……ロイドって……」
「うっ」
盛大にため息をつき、ロイドをじとめでみながらそういうジーニアスをみて、
どうやらそれが本当だ、ときづいたのか、ミトスも思わずあきれてしまう。
というか、それ何も考えていない、といってもいいのではないだろうか。
…ほんとうに、こいつ、あのクラトスの子か?
あの慎重すぎるクラトスの子にしては、こう思慮がないというか、猪突猛進、というか。
そんな思いをふくめつつ、おもわずミトスも呆れてしまう。
案外、何も考えていないのであれば言葉たくみにこちら側に引き込むことも可能かもしれない。
彼が傍にいれば、二度とクラトスは自分を裏切ろう、ともおもわないかもしれない。
そんなことをふとおもう。
クラトスが自分から離れようとしているのは家族ができたから。
家族がいきている、息子が実の息子が生きている、とわかったから。
そうミトスは睨んでいる。
ミトスはもともと、クラトスがクルシスを離れたとき、まだ彼に家族がいなかった。
もしくは恋人もいなかったことを完全に失念している。
もっともだからといってミトスの思いが間違っている、というわけでもなく。
ロイドの存在があるがゆえに、クラトスはかつての決意を再びしようとしているのみ。
その全てを自分の息子におしつける、という形をもってして。
「ジーニアスがそういうなら……」
本当は離れてプロネーマと連絡をとりたいところだが。
しかし、せっかくのジーニアスのお誘いを断るのも何だか気がひける。
ゆえにうなづくミトスをみて。
「よかった!ミトスといっしょに術でもかませばロイドもさすがにおとなしくなるだろうし」
「だから!何で俺をとめるのが前提なんだよ!」
ほっとしたようにいうジーニアスにたいし、ロイドがまたまたくってかかる。
「ロイドだし」
そんなロイドにきっぱりといいきるジーニアス。
「あはは。本当にきみたち、仲がいいよね」
「仲がいい、というか僕はロイドのお目付け役なんだよ。
でないとロイドは目をはなしたら何をしでかすかわかったもんじゃない」
「ひでぇぇ!俺のほうが年上なんだぞ!ジーニアス」
「なら年上らしいことしてよね。たとえば勉強とか」
「うっっっっっっっっっ」
「はいはい。二人とも、たわむれていないで。
とりあえず、じゃあ、二手、いや、この場合は三手、か?にわかれて行動する、でいいかい?」
このままではラチがあかない。
ゆえにしいなが仕切るようにいってくる。
「そうね。屋敷にのこるもの、砦とかいう場所にいくもの。あとは橋にいくもの。
それぞれこれから話しをつめていきましょう」
この付近に今現在人影はみあたらない。
いつもならば人であふれているこの場所ではあるが、
ほとんどのものは、天の怒りにふれたのではないのか、という懸念もあいまって、
いまだにそれぞれ家の中でおとなしくしていたりするというのがいまの現状。
それほどまでに王都上空にみえたシムルグの姿は人々に脅威をあたえているらしい。
そして、それをうけ兵士達がよりぴりぴりしているのをみて、
人々は自主的に家の中に避難していたりする。
誰しも厄介事に巻き込まれたくはないがゆえに。
「それじゃあ、いきましょうか」
ひとまずその場にて話しをまとめ、薔薇庭園を後にしようと歩きだす。
ふと、手前のほうからどこかみおぼえのある三人の女性らしきものが近づいてくるのがみてとれるが。
服装からしてどうやら貴族の令嬢、であるらしい。
どうでもいいが、外をであるくのにドレスをきて外にでるなど、
服を汚してください、といっているようなものじゃあ?
ふとエミルはそんなことを彼女達三人をみながらおもってしまうが。
それともあれが彼女達の私服、だというのだろうか。
そのあたりまではさすがのエミルもわからない。
ゆえに。
「あれって、私服、なのかなぁ?」
「でもあんな服きてたら、私こけちゃいそう」
ぽつり、とつぶやくエミルの言葉に同意してなのか、
コレットもそんな彼女達の姿をみて首をかしげていってくる。
街の至るところには街灯が設置されており、
夜だ、というのに道をあるくのに何ら差し支えはない。
そんな会話をしている最中、どうやらそんな三人の女性達がこちらに気付いたらしく、
「ああ!ゼロス様ぁ」
何やら甘ったるしい声をあげ、こぱしりにかけよってくる姿がみてとれる。
「げ。あいつら」
しいながその姿を認識し、おもいっきり嫌そうに顔をしかめているが。
そんなしいなの態度は何のその、
「ゼロス様ぁ、最近、ちっともお姿を見せてくれないから心配しておりました~」
何やらあまったるしい声でゼロスにちかづきながらそんなことをいってくる一人の女性。
「あら?そっちの子。たしか以前天使様の仮装をしていた子じゃない!」
その台詞にふと、このメルトキオにきた当時のことを思い出すジーニアス。
あのときまだロイドは意識をうしなっていたが、そういえば、
たしか口やかましい女性がいたような。
「あら。本当だわ。何なのよ!ゼロス様と一緒にいるなんて!」
「あ、はい。すいません」
そんな別の女性の台詞になぜかわざわざあやまっているコレット。
「…あやまる必要はないとおもうけど」
そんなコレットにおもわずつぶやくエミルはおそらく間違ってはいないであろう。
「んまぁ!しいなまでいるわ!
あんたみたいなみずほの田舎者はゼロス様に近づかないで。っていったでしょう!?」
かなきりこえにもちかいそんな女性の台詞にすこしばかり自らの耳をおさえつつ、
「好きでいっしょにいるんじゃないよ!もう、ピーチクパーチクとうるさいねぇ!」
そんな女性たちに叫び返しているしいな。
「何ですの?この人達?」
そんな中、ぎゅっとゼロスの手というか腕にしがみつくようにして、
きっと三人の女性をにらみつけているセレス。
その視線はどこからみても、兄はわたさない、という決意表明が現れている。
「ぷ。嫌ですわ。相変わらずお下品で」
「おばさんみたいなしゃべりかたをなさいますのね」
「何だってぇぇ!」
二人の女性の台詞にしいながおもわずくってかかるが。
「それより、そっちのこ。何ゼロス様にしがみついているのかしら?」
「そっちこそ誰なんですか?お兄様にちかづかないでくださいませ!」
あきらかに敵意むき出しのセレスの口調。
「お兄?ああ、神子様の妹御?」
「あら?でも修道院にいるとおききしていましたけど」
「そんな香水を凝縮したような不快なにおいをまきちらせて、神子様にちかづかないでもらえます?」
「「「何ですって!」」」
「あ~。たしかに、匂いきっついよね」
「だね。体臭と香水でどぎつい匂いになってるね」
…メロメロ香を思い出すな。
きっといまだにゼロスの腕にしがみつきながら、相手をにらみつけて
挑発するかのようにきっぱりといいきっているセレス。
そんなセレスにくってかかる三人の女性達。
一方で、セレスの台詞をきき、うんうんうなづくジーニアスに、
ミトスも納得した、とばかりに思わずそんなことをいっていたりするのがみてとれる。
「神子様が穢れますわ。そんな変なにおいで傍にちかよらないでくださいませ」
「…おいおい。セレス」
何だろう。
かわいい妹が何か違ってみえるのは。
「変なにおいですってぇぇ!」
セレスの台詞にかっとなったのかくってかかろうとする女性だが。
相手がゼロスの妹、というのを失念していないだろうか。
「まったく。嘆かわしいわね。そんなの淑女がいうような言葉ではなくてよ。
そもそも、ここは公共の場。そんな叫びをあげるなんて。
あなたたち、仮にも貴族令嬢なのでしょう?慎みをもちなさい」
「「「っ」」」
リフィルに正論をいわれ、思わず言葉につまる女達。
「それにセレスも。ゼロスに近寄る女性が気にいらないのはわかるけど。
もう少し言葉をえらびなさいな。たとえば、貴族の女性たるもの、
香水の調度調整もできないのか、とか無難な言葉で責めるのがここは正解よ」
「なるほど」
『なるほどって』
それはあるいみでとどめ、といえないだろうか。
リフィルはセレスをたしなめるようにいいつつも、言外ではこの女性達をとぼしている。
ゆえに思わず声を重ねるジーニアスとマルタ。
「?」
ロイドはリフィルが何をいわんとしたのかわかっていないのか、ひたすらに首をかしげているが。
「でもすごいね~。あんな匂いしてたら、襲ってください、といってるようなものだよね!
ほら、よくロイドが狩りをするときにわざわざ血の匂いとかもってきてるし。
あの匂いによくにてるよね!」
コレットが邪気のない笑顔でにこやかにそんなことをいってくる。
事実、彼女達からにおってくる匂いは体臭とあいまって、
どちらかといえば魔物の血肉の匂いに近しいものになりはてていたりする。
それに気づいていても彼女達が貴族令嬢、ということで指摘するものが、
どうやらいまのいままでいなかった、らしい。
「「「なななっ」」」
さらり、といわれたコレットの台詞にあきらかに顔をまっかにさせてゆく令嬢三人。
「あ~。はいはい。俺様のかわいいハニー達。
俺様のことが好きなら皆、仲良くしなくちゃだめだぜ~?」
コレットちゃんのそれは天然だから仕方ないとして。
というかいままで誰も口にださなかったことをさらり、というのは、
さすがとしかいいようがないけどな。
そんなことを内心おもいつつも、いまにも爆発しそうな貴族令嬢にむけて声をかける。
そんなゼロスに対し
「でも、お兄様」
かなり不満そうなセレス。
「でもぉ。ゼロス様ぁ」
ゼロスにいわれ、この場にはゼロスもいたのにようやくきづき、
先ほどまどとはちがうこれまた猫をかぷったかのような甘えた声をだしてくる貴族令嬢その一。
というか、さきほどあるいみ素をみせているのにいまさら猫をかぶってもしかたない。
とおもうのはエミルの気のせい、であろうか。
おそらくそれは気のせい、ではないであろう。
「悪かった、悪かった。じゃあ、あとで皆の家によるから。ここは解散しようぜ?
わかるだろ?俺様の体はひとつ。皆といっぺんに愛を語らうわけにはいかないのよ」
「お兄様!?」
ゼロスの言葉にはっとしたようにゼロスをみあげるセレス。
一方で、
「ゼロス様。必ずですわよ」
「お待ちしてますからっ」
いいつつも、現れたときと同様にその場をあとにし、そのまま城の中にとむかってゆく彼女達。
どうやら彼女達は城にと用事があり、この場にあらわれていたらしい。
彼女達がたちさってゆく、そんな後ろ姿をみおくりつつ、
「…神子の放蕩ぶり、噂にはきいていたが……」
盛大にため息をつき、これまでだまっていたリーガルが口をひらく。
リーガルとてああいう貴族令嬢達の扱いに慣れていないわけではない。
むしろ公爵という立場上、彼に公共の場などでいいよっくてる女性はすくなくなかった。
もっともリーガルはそんな女性たちをことごとくうまくかわしていたのだが。
「あのな。ブライアン公爵様よ。俺様があんたに最後にあったのは六歳のときだぜ?
それなのになんであんたがそんな噂をきいてんのよ」
そんなリーガルにたいし、あきれたようなゼロスの問いかけが投げかけられる。
「それはたまたまお会いする機会がなかっただけのこと。噂はいくらでもきこえてきた」
それこそ離れているアルタミラまで。
「私が監獄にはいってからも、看守達からたいそうな発展ぶりだときいていたが?」
看守達も相手が公爵、しかも無罪になっているのに出ようとしない相手。
そんなリーガルにたいし色々とおもうところはあったのか、
そういった世間話のような小さなことから気をつけていたらしい。
そもそも、彼が人を殺した、といってもそのじんぶつが異形とかしており、
それを殺したというのをかなりの人数が目撃していた。
ゆえに彼が従業員を殺した、といい、男女のもつれだ。
そういってもほとんどのものが信じなかったといってもよい。
それでもそういうようにしてほしい、という彼の言葉からは、
その従業員の女性が人をあやめた、というのをひろめたくなかったのであろう。
いつのまにか、世間の噂では彼が愛憎のもつれから従業員を殺した、
というものがまことしやかにひろがっていたりしたのも、
またリーガル自身がそれを否定しなかったこともあり、
噂は噂をよび、よりおもしろおかしく、人々の間につたわっていたりする。
「・・・あそ」
さらり、といわれゼロスは首をすくめざるをえない。
まあ、ゼロスからしてみれば、彼女達に用事がある、というよりは。
彼女達の父親、つまりゼロスの協力者である彼らに用事があるわけで
彼女達にあいにいっている、というわけではないのだが。
ゼロスが女性にだらしない、という噂はあえてゼロスが間者たちに流させているもの。
ゼロス自身が情報をあつめている、と教皇に悟らさないための処置。
「ったく。こいつが誰とどんなことをしていようと勝手だけどね。
メルトキオにくるたびにこんなおもいをするのはごめんだよ!何とかしとくれ」
メルトキオにくるたびに、ゼロスの取り巻きらしき女性達からそういわれ、
しいなとしてはたまったものではない。
ちなみにしいなもまた、噂のほうを信じており、
よもやゼロスが情報をあつめるために女性の家に出入りしている、などと思ってすらいない。
少し考えればわかりそうなもの、なのだが。
どうやらゼロスはそうだ、という思いこみからその事実に至ってはいない。
「何とかっていってもな~。俺様の美貌が小鳥達を呼寄せてしまう」
「お兄様の美貌は世界の宝ですもの」
「セレス。嬉しいことをいってくれるねぇ」
「事実ですわ」
ゼロスのことばにきっぱりと、何やらいいきっているセレス。
ちなみにセレスはゼロスが女性の家などにでむいている。
という噂をきいたとき、トクナガから真実をきかされているがゆえ、
ゼロスが女性の家にでむいている、というのをきいても何ともおもっていない。
むしろ、情報収集をしているのはさすがお兄様ですわ。とおもっていたほど。
トクナガもゼロスのことでどうやらセレスに誤解をさせたくなかったのか、
あるいみ秘密だ、といわれていたのにもかかわらず、彼女に真実を伝えていたにすぎない。
何やら兄妹で戯れているそんな台詞をききつつ、
「……では、顔を隠しましょう」
いきなりといえばいきなりのブレセアの台詞。
どこをどうしたらそういった結論にいたるのか。
『(へ)(は)?』
おもわず顔をみあわせる。
ジーニアス、ロイド、ミトス、エミル、マルタ、しいな、リフィルの声が同時に重なる。
「?顔をかくすって?」
きょとん、とした声をだしつつも、そう提案したプレセアにといかけているコレット。
「ああ。もしかして仮面とかで顔をかくす、とか?」
そういえば、かつても美青年覆面剣士とか何とかいっていたような。
「覆面かぁ。たしかに、それいいかもしれないな。よっし」
いいつつも、何をおもったのかごそごそと自分の荷物の中をあさりはじめるロイド。
「えっと、ロイド?何やってるの?」
「家でいくつかつくってたのが…あったあった」
いいつつも、ロイドが取り出したのはいくつかの仮面。
…仮面、だよな?
何やらものすっごくみおぼえのあるような気がするのはエミルの気のせいか。
「これ、なんかシルヴァラントで手配かけられてたみたいだし。
あんな似てもにてつかない手配書で特定されてたみたいだから、
顔をかくすために家にもどったときにいくつかつくってみたんだよな」
ロイドがにこやかに、それでいて自慢そうにいってくる。
「うわ~。ロイド、これ、すごいね~」
「だろ?なんか覆面してる剣士ってかっこいいだろ?」
「うん!」
「……教育の仕方、私どこでまちがったのかしら……」
それをみて本気でロイドをほめているコレットに、そんなコレットに嬉々として答えているロイド。
そんな彼らをみて、どこか遠い目をしながらぽつり、とつぶやいているリフィル。
「…何というか……大変だな。教師というのも」
そんなリフィルの思いを感じ取った、のであろう。
ぽん、と無言でリフィルの肩をたたくしいなに、悲哀の表情をうかべ、
リフィルにねぎらいの言葉をかけているリーガル。
「いろんなパターンがあるんだぜ?」
少しばかり出し入れの容量がある袋…ちなみにこの袋、ウィングパックの応用編、であるらしい。
余裕をもってして品物がいれられる、といっても無機物のみに限る、ではあるが。
旅をしているのなら必要でしょ、といってアステルがロイドにてわたしたそれは、
あるいみでロイドにとってかなり重宝している、らしい。
「お。ロイドくん。かわった仮面もあるんだな」
ゼロスが興味ふかそうにそこにひろげたいくつかの仮面を手にとり、
その中の一つをもったままそんなことをいってくる。
「お!?わかるか!それ、鷹をイメージしてつくったんだぜ!
そのとがった仮面のフォルムに手間取ってさぁ」
それ、まるで鳥のくちばしのような形をしている仮面。
表情的にはさほど他の仮面ほど豊かではないが、まだデザイン的にはこちらのほうがかなりまし。
としかいいようがない。
他のそれらは何といっていいのか、センスを疑うようなものが大多数。
ああ、そういえば。
ジュエルハンターとかいって紙をはりつけてたとき、ロイド、これらの仮面おとしてたな。
ふとエミルはかつてのことを思い出す。
…どうやらあの仮面はこのころからつくられていたものであったらしい。
「顔をかくせば、ゼロス君によってくる人達もすくなくなる、とおもわれます」
「いや、たしかにそうかもしれないがな。プレセア…」
あれをみて何ともおもわないのか?
そう言外にそういう思いをふくませつつも、ちらり、とプレセアに視線をうつし、
そういうリーガルではあるが。
「仮面をつけることにより、大人しくなるかもしれません」
誰が、とはいわないあたりがさすがはプレセア、というべきか。
「よっしゃ。でもこの服にこの仮面はあわねぇな。
よし、なら、屋敷にもどる組もあることだし。一度屋敷にどもるか。
この仮面をつけてたら、教皇のやつをだますことができるかもしれないしな」
どこかいたずらをおもいついたかのようなゼロスの口調。
「…も、好きになさい」
これはいっても無駄。
ゆえにリフィルが盛大に疲れたようにため息をつきながらも同意を示す。
なぜに仮面、というのにいきあたったのかはわからない。
ないが、あんなものをロイドがつくっていた、ということにリフィルは頭痛を感じざるを得ない。
本当に、自分はロイドのどこを教育し間違えたのだろうか、と。
しかし、それゆえにリフィル達はきづかない。
ロイドが取り出しているいくつかの仮面の一つをみて、
セレスが目をきらきらとさせている、というその事実に。
「それで、とりあえず、屋敷にのこる人はどうします?」