「いやぁ、あんた、魔物の扱いがうまいねぇ」
その台詞に苦笑せざるを得ない。
というか、ソルムのやつ、何を吹き込んだ、何を!?
という思いが否めない。
なぜかレティスとともにいるのが自分であることを丁寧に竜車を引く魔物達にソルムが丁寧に教えていたらしい。
にこやかに笑みを浮かべて聞きだしてみれば、自分がいるので主のことを頼みます。
とかいったとか何とか。
それをきいたとき、おもわずコメカミに手をあてたラタトスクは間違っていないであろう。
救いは魔物達が使用する言葉であったがゆえに、その内容がリフィル達には理解不能であったこと。
「でも、あんたたちの連れのおかげで、竜達が素直にいうことをきいてくれてたすかってるよ」
「「あははは・・・・」」
にこやかにいわれ、ロイドとジーニアスからしてみれば乾いた笑いをあげるしかない。
というか、エミルが竜達の前にやってきたとたん、ぴしっともののみごとに
それまでなかなか飼い主?達であろう者達がいうことをきかそうとしていたのに、
なぜかぴっしりと整列し、その長い首をさげたのはロイド達にとっても記憶にあたらしい。
幾度かエミルが魔物に物ごとを頼んでいた
…しかも召喚らしきものをしたのを目の当たりにしているがゆえ、
何ともいえない気持ちとなり、かといってそれにともなういい言葉がでないのもまた事実。
「なんでこう、皆過保護なんだ……」
過保護というよりは心配性。
それほどまでにいくらこの世界では初とはいえ心配しなくてもいいだろうにと思わざるをえない。
思わずぽつり、とつぶやいたその言葉をききとがめ、クラトスは何ともいえない表情をし、
リフィルはといえば、もしかして、この子、魔物に好かれやすい体質なのかしら。
などとそんなことをおもってしまう。
どうやら魔物、もくしは野生動物に育てられている、というだけの理由ではなさそうである。
そう一人勝手にそんな解釈をしていたりするのだが。
「いつもはなかなか道とかからも外れて時間をくらうんだけどね。
この調子だと、夜までにはハイマにたどり着けそうだよ」
一行が一緒に同行した旅商人の一人がいってくる。
「そういえば、いつもハイマにむかうのですか?」
とりあえず話題をかえるべく、御者をしている人物にとといかける。
「今回はハイマだけどね。アスカードにも行く予定だよ?だいたい、いつもはルインからアスカードにいくんだけど。
その場合はユウマシ湖で休憩して、救いの小屋、それからアスカードになるね。
ハイマに向かうのは、ちょっとした確認もあるからね」
確認、という言葉に思わず首をかしげざるをえない。
「えっと?確認、というのは?」
何を確認する、というのだろう。
ゆえにといかけるエミルの質問はあながち的外れではないはず。
「ルインのあたりを闇が覆っていたのはあんたたちもしってるよな?
よくもまああの闇の中を無事にルインまでたどり着けたとおもうけど」
そりゃ、エミルが呼んだ綺麗な鳥にのっていったし。
男の台詞にロイドがそんなことをおもいつつ、エミルのほうをまじまじとみつめてくる。
それはどうやら全員が同じ思いであったらしく、じっとエミルのほうをみているジーニアスやリフィル。
「え?リフィルさん?ジーニアス?あの、何か?」
いきなりじっとみつめられ、おもわず問いかけるエミルであるが、
エミルはどうしてじっと見られるのか、というその意味がわかっていない。
「道がきちんと整備されてなかったらまちがいなく迷ってたとおもうけどな。俺」
ぽつり、とロイドがつぶやくが、その台詞に同意したらしく、ジーニアスがうんうんとうなづいているのがみてとれる。
「あの暗闇だもんね。足元のあの石の街道がないと絶対に迷ってたよね」
事実、シムルグとおもわしき鳥が降り立ったのが街道の真上でなければ、まちがいなく迷っていただろう。
それゆえにしみじみつぶやくジーニアス。
「それが運がいいんだよ。ディザイアン達は噂では、
街道沿いによく出現しては、光源をもっている旅人を浚っている、ということだったからね。
実際、闇に覆われて町から外にでた人は無事なのかどうかすらあやしいし。
まあ、祭司長様はルイン湖の辺りに闇が出現したのをうけ、
また救いの塔が現れたのをみて旅業の旅にでたらしいけどね」
それから数日もたたないうちに闇はあっというまに町、そして辺りをのみこんでいったんだ。
そういう男の台詞はどこか沈んだ様子。
「まあ、あの闇もあるいみで牧場に捕らえられていた人にとっては好機だったのかもしれないけどね」
「それは、どういう……」
リフィルがそのものいいに含まれている裏をよみとり、思わずといかける。
「ああ。これは内緒なんだけどね。アスカード牧場から逃げ出した人がいるんだよ。
ハイマにいかないと、といって闇の中出発した彼はどうなったことやら」
「牧場から?ディザイアン達の追撃は……」
「何しろあの暗闇だったからね。光源もなくてよくもまあ無事に町の近くまでたどりついたものだよ。
町の近くに倒れているのを自警団の見回りの人がみつけてね。
でも体力も回復しきらないうちに、どうしてもハイマにいく必要がある。
とかいって。そのまま町をでていってしまったんだよね」
無事でいればいいけど。
そういう男の台詞に思わず顔をみあわせるロイドとジーニアス。
二人の脳裏に、イセリアでの出来事が脳裏をよぎる。
そんな会話をききつつ、
これか。
おそらくそれが原因で、ルインの街はディザイアンとかいう輩に襲われる可能性になったのであろう。
ならば。
『……テネブラエ。きこえるな?』
『はい。何でしょうか?』
念話にて思念を飛ばすとすぐさまに返事がもどってくる。
繋がりが深くなっているがゆえ、また力を完全にセンチュリオン達も取り戻しているがゆえ、
こうして離れていても…というか本来ならば世界のどこにいても繋ぎは可能なのであるが。
ゆえにどんなに離れていても思念は届く。
『少し気になることができた。しばしアンダーテイカー達にルインの街のあたりを散策させておけ。
…もしかしたら、ルーメンの祭壇にディザイアンとかいう輩がはいりこみかねない。それに、ルナのこともあるしな』
マナの守護塔という位置にまでいって感じたのは、精霊ルナの気配。
彼らがどういう意図でルナを閉じ込めているのかわからないが。
もしかしたらアスカを呼び出すためにあえて、という可能性もある。
アスカの力はつかいようによっては地上全てを一度、焦土にできるほど。
もっとも、アスカ達大精霊達があっさりと瘴気に侵されたり負に負けたり、とはおもえないが。
実例が幾度かあったがゆえに何ともいえない。
特に誰、とはいわないが。
『了解いたしました』
『敵意をもたぬものには危害は加えないようにいっておけよ?』
『御意』
まあ、彼らはもともと、幾人もの死者の念があつまり、魔物となったものたち。
あまりに負の念が強いのでそれらをまとめ魔物にするように理をひいたのはほかならぬラタトスク自身。
それはかつて、あまりに人が愚かな争いをくりかえすがゆえにひいた一つの理。
彼らはその具現化させている鎌にて器たる肉体と魂を切り裂いてゆく。
もっともその特性を利用し、無意味に精霊石に取り込まれた魂達すらも切り離すことが可能、なれど。
彼らがどこまで町の人々を護るかどうか、という懸念はあるが、
だがしかし、彼らとて人をヒトともおもわない実験をしている存在達を許しはしないであろう。
それに、彼らは基本、力なきものたちには極力優しい。
それは彼らが元は力なきものが虐げられた結果、そのような存在になってしまった。
ということも起因していたりする。
”念”と”精神体”は別もの。
しかし、人の思念とは厄介なもので、念のみが独り歩きをすることもしばし。
それが負の念ならばその負の連鎖ははてしなく続いてゆくこととなる。
かつては大樹によってそれらの力を昇華していたのだが。
どうやら感じるミトス達に預けた大いなる実りにはすでにその力すら備わっていない模様。
それでなくても繋がりがとてつもなく薄く、確実にどこに実りがあるかすらつかめないほど。
「ああ。だからすこし街道をそれて移動しているのですね」
実際、この小さな竜の魔物にひかれているこの馬車は、街道を沿っていっているわけではない。
むしろ、裏道、とよばれし石などでしっかりと舗装がされてない道を進んでいっている。
「魔物達は敵意に敏感だからね」
ガタガタと進むは、森の中。
本来ならば魔物の脅威などで滅多と使用されない裏道。
が、この馬車をひいている魔物の特性が雑食、ということもあり、
魔物や野生動物などはその気配を避けるがゆえにできる技。
いくらディザイアン達でも森の中をすすんでゆく一行をそう簡単にはみつけられないであろう。
空からの移動でも、鬱蒼とした木々が隠れ蓑になり、時間がかせげるというもの。
もっともだからといって被害がまったくない、というわけではないが。
あくまでも気休め程度でしかないといってよい。
「しかし、ここまで魔物がまったく襲ってこないなんて、初めてだよ」
「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」
一人がぽつり、とそんなことをもらす。
その言葉に同時にだまりこんでいるクラトス、リフィル、ジーニアスの三人。
エミルが彼らの旅に同行してからこのかた、一度も魔物達に襲われたことはない。
一度、魔物達に襲われていた男たちはいたが、あれはあれで別の理由があったようであったので、
それは数の内にははいらないであろう。
つまるところ、リフィル達はパルマコスタの人間牧場からこのかた、一度も魔物の襲撃をうけていない、といってよい。
こんな偶然があるはずがない。
というのがクラトス、そしてリフィルの認識。
クラトスからしてみれば、旅の最中、魔物に襲われたりすることにより、
コレットの身につけているハイエクスフィアの融合性を高めたい、というクルシスの意向。
それがまったく役にたっていない、という懸念があるにしろ。
しかし、ともおもう。
この神子がマーテルの器にならなければミトスはもう諦めてくれるのではないか。
という淡い期待ももっているのもまた事実。
特に、ミトスは今回の神子には、多大な期待を向けているのがみてとれる。
そう、クルシスに実質軟禁していた自分を地上にむかわすほどに。
しかし、息子にとってはこのたびの神子は当人が自覚してないにしろ大切な人、でもあるらしい。
だから、このままでもいいのでは、という思いと別なる思いが入り混じっている今の実情。
そんな会話をしている最中、
「・・・・・・・・・・」
ふと、違和感を感じ、思わず目をつむり、周囲の自然に意識を同化させる。
その違和感はたしかに小さきものなれど、しかしそれに意識をむければあきらかに異物だとわかるもの。
なぜ、こんなところに瘴気が?
そういえば、世界統合後の二年後のハイマはなぜか瘴気に覆われていた。
墓の中に埋められていた一つの物体…それこそ
たかが短時間で魔物達が瘴気に侵されるはずもなく。
だとすれば、時間をかけてハイマを汚染していっていたとおもったほうがよい。
もしかして、この時間帯にそのきっかけとなるアレがもうある、というのか?
だとすれば、どうにかして先にそれを破壊しておく必要があるであろう。
あのときのように墓の中にあるのならばいいが、誰かが手にしていたのだとすれば。
「……ふぅ」
ままならないな、とおもい、思わずかるく息を吐き出す。
「?エミル?どうしたの?馬車よい?」
そんなエミルに心配そうにコレットがいってくる。
「え?あ、違うよ。ちょっと考え事をしてただけ」
それは嘘ではない。
事実、この気配はまちがいなく瘴気そのもの。
だとすればどうにかしなければ、まちがいなく瘴気は周囲を汚染していってしまう。
かといって、自らの力を解放すればまちがいなく、リフィル達は気づくであろう。
一番いいのはそれとなく破壊できればいいのだが。
下手に魔物達に捜索を命じたとしても瘴気によって魔物達が狂う可能性もある。
テネブラエに命じるにしても、クラトスに気づかれてはもともこもない。
そもそも、テネブラエはクラトスとも面識がある。
自分が目覚めている、ということに気づかれても厄介というのもある。
まあ、手っとり早くそれを明かにしてミトスと接触をとる、というのも一つの手かもしれないが。
おそらくそれはセンチュリオン達全員が許さないであろう。
というか絶対にとめる、という自覚がある。
今の気配は人のそれに限りなく近くしているがゆえに、リフィル達も違和感を感じていないであろうが。
もともと、ヒトの姿を模しただけの状態であれば、マナを感じ取れるものには感じられてしまう。
気配そのものは、大樹の気配そのもの、なのだから。
逆をいえば世界そのものの気配、といっても過言でない。
「お。そろそろハイマにむかう街道沿いにはいるみたいだな。
ほんと、ここまで魔物の襲撃もなくてスムーズにいけるなんて。
あんたら、ほんとうにあの闇の中で町にたどりつけたことといい。
きっとマーテル様のご加護がつよいんだねぇ」
みれば、視界の先に山が連なっているのがみてとれる。
鬱蒼としげる森をぬけ、ここからはどうしても街道沿いに進むことになる、らしい。
大地が赤茶けた色に変化しているのは、山が近い証拠でもある。
ざわざわと、周囲の気配がしてきているのが感じ取られる。
動植物、そして魔物達は微々たる瘴気にも敏感といってよい。
気配をたどっていけば、発生源はやはりハイマとよばれし町の中よりらしいが。
ちらり、とリフィル達をみてみるが、彼女達はどうやらこの気配に気づいていない、らしい。
たしかに微々たるもの、ではあるがよくよく自然に注意をむければ、
そこに違和感くらいは感じとることができるであろうに。
「ハイマって、どんな所なんだ?先生?」
ハイマに一度もいったことがない、というか、基本、ロイドはイセリア周辺からでたことすらなかった。
それゆえに気になるらしく、リフィルにとといかける。
「ハイマは冒険者の街としても有名よ。そしてまた、救いの塔の全貌がみえる場所でも有名ね。
以前に救いの塔が現れたのは数十年前ですし、
おそらく今は救いの塔をみにくる観光客もいるのじゃないかしら?」
そんなリフィルの説明をききつつも、
「もしも、観光するなら、ハイマの飛竜観光がお勧めだよ?
飛竜にのって救いの塔が近くでおがめるからね。代金は一万と少したかいけど。それだけの価値はあるよ?」
そういえば、とおもいだす。
あのとき、飛竜の子は、家族は殺された、といっていた。
魔物達が殺されるきっかけになるであろう瘴気の元。
ほうっておくわけには絶対にいかない。
しかも、瘴気に侵されてしまったあのスキロポリオンもあるいみで被害者といえる。
もしもあのとき、自分に力がもどっていれば彼らを助けることもできたのに。
とふと思ってしまう。
それはもしも、でしかないにしろ。
あのとき、まだ自分がラタトスク自身などとは夢にも思っていなかった、のだから。
周囲の自然がざわざわとざわめいているのが手にとるように理解できる。
このあたりの木々もまた、瘴気の気配にとまどっているのがよくわかる。
スウムワン ウティ ワイトゥンア イディ イティンディ,
ウティ ウス ムイティ ダイディズンド
小さく、それでいて歌うように、その旋律をひとまずこのあたりにむけて乗せておく。
このあたりの動植物達は瘴気の気配におびえ、さらには心配しているのが手にとるようにわかる。
そんな彼らにむけての言葉。
自分がどうにかするから心配しないように、と。
小さく紡がれた旋律は空気にとけ、周囲にゆっくりとひろがってゆく。
それをうけて、安心したのか
…気になるのは逆に動植物が生き生きとしだした、ということがあげられるが。
少しばかり疲弊しているっぽい彼らの力になるようにとその言葉にマナを乗せておいた。
旋律が届くとともに疲弊したものたちにマナが大地より補充されるようにマナを紡いだまでのこと。
大地を通じてのマナの供給なので第三者には気づかれないはず、である。
「うお?何だ?」
いきなり歩みが遅くなったことにたいし、懸念していたが、
何か呟きのようなものがきこえたとともに、その歩みは通常にもどったことをうけ、
不思議そうな声をだしている従者をしている男性がおもわずそんな呟きをもらしているのがみてとれる。
「エミル?」
その不思議な旋律は、先日も聞いた旋律。
気のせいか、その旋律とともにマナが感じられたのは。
それゆえにリフィルが思わずエミルにたいし問いかけるが、
「それより、さっきいっていた、飛竜の観光ってどんなことをしてるんですか?」
あの当時、エミルはその飼い主であるという人物にはあっていない。
あの飛竜の子から無事に逃げた、ということをきいていただけ。
「ん?それは……」
エミルの問いに商人の一人が答えようとしたその刹那。
「あれ?前の方から誰かきます~」
ふとコレットが前のほうから何かがくるのにきづき、そんなことをいってくる。
たしかに見ればこちらにむけて走ってくる馬が数体。
「うん?あれは…お~い」
竜を操っていた人物が止まるようにと指示をだし、
町があるであろう方向からはしってくる馬にのっている人物を呼びとめる。
みれば、馬にまたがり移動している人物が数名ほど。
「うん?あんたたちは。ザール商人たちじゃないか。無事だったんだな」
ふと一人が彼らの一行をみてそんなことをいってくる。
どうやらこの旅の商人たちはそこそこ有名であるらしい。
「あんたたちが移動してしばらくしてから救いの塔があらわれたはいいものの。
すぐにあとに闇がどんどんとおしよせてきただろ?だから心配してたんだ。」
などとそんなことをいいつつも、馬を馬車の横につけつついってくる。
「まあ、ルインで足止めされてたけどな」
どうやら顔見知り、らしく、そんな会話をしている男たち。
「それより、どうしたんだ?馬ででかけるなんて」
彼らが馬で出掛ける、ということは何か急ぎの用事があるとしかおもえない。
「ああ。それなんだけどな。なんだか一昨日から飛竜達の様子がおかしくてな。
このままじゃ、興奮した飛竜達が手がつけられないから、
今からユウマシ湖に冬虫夏草をとりにいくところだったんだ」
「とう?」
「もう。ロイド、冬虫夏草。万病の霊薬にもなるっていう品だよ。
ちなみにいっこでもかったらたしかかなりの値段になったはずだけど。
この時期に、ユウマシ湖にはえてるっけ?」
「あの湖の付近は常にいくつかは生えてるからな。坊主、博識だな」
「む。僕は坊主じゃないっ!」
「ははは。そういうのがまだ子供って証拠だ」
「飛竜達が?」
そんな男の台詞に思わずエミルがぽそり、とつぶやく。
彼らは瘴気にあるいみ敏感。
ならば瘴気の気配に充てられている可能性がたかい。
特にまだウェントスが覚醒していない以上、彼らの混乱もわからなくはない。
センチュリオンの力がもどれば、それにともない魔物達の力も強くなる、というのに。
しかし、まだ目覚めていないウェントスのことをいってもどうしようもない。
ならば、まずは影響をうけているであろう飛竜達をどうにかするのが先決。
「あ、あの。僕、少しは原因がわかるかもしれませんし。
その飛竜達の様子ってみせてもらうことできますか?」
「うん?なんだ。…えっと、じょうちゃん?それともぼっちゃん、どっちだ?」
僕、といっているが髪は長く、しかも腰のあたりまでありそうな金の髪。
丁寧に一つのみつあみにはされているが。
ちなみに今のエミルの姿はいつもの服の上にちょっとしたローブを纏っているがゆえに
ぱっとみため、男性か女性かはっきりしない、というのもある。
エミルがパンのレシピなどを公開というか教えたのをうけ、
お礼に、とその格好なら寒いだろう、とばかりにおしつけられた服ともいう。
断ったのだが、ならば、となぜかふりふりのピンクのぼんぼりがついた服をもってこられ、
ならばシンプルなこれを、と選んだのは記憶にあたらしい。
ちなみにそのピンクのぼんぼりがついた服はコレットにと提供されている。
その台詞に、
「そういえば、エミルって男でも女でも絶対に通用するよな」
「たしかに。エミル、まだ声変わりとかしてないし」
「エミルの声、私好きだよ~?何かとってもふわふわしてるもの」
なぜか口ぐちにそんなことをいっているロイド、ジーニアス、コレットの三人。
とりあえず、男か女か、という問いはエミルにとってはあるいみ無問題。
というよりはどちらにもなれる、というかエミルにとって性別などあってないようなもの。
「えっと、ダメですか?原因がわからなくても、飛竜達の精神を安定させるくらいはできるかと。
飛竜達ってたしか、ハーブがよく効きますよね」
「それはそうだが。精神安定の効果があるというハーブは今は出回ってなくてね」
「あ、僕もってます」
というか必要はないであろうが、もっていることにはかわりない。
正確にいえば、創りだすことが可能。
もっとも、さももっていたかのごとくに鞄の中でこっそりと創ることもあるにしろ。
そんなエミルの台詞に顔を見合わせる男たち。
「まあ、ダメもとだし。頼んでみないか?」
「しかし、こんな子供だぞ?」
そんな彼らにたいし、
「ああ、この子なら問題ないんじゃないか?うちのこらもこの子のいうことはよくきいてたし」
「うん?お前んとこの暴れ竜達が、か?」
「この子のおかげですんなりとここまで竜達が暴れることなくこれたようなものだしな」
いつもは寄り道とかしていうことをきかないというのに。
今回にかぎってまったくそれはないといってよい。
まあ、竜達がこぞってエミルにたいし首をさげたのには彼らとてたまげたが。
それこそまるでおじぎをしているかのごとくに。
しかも、丁寧に前足をちょこん、とおって、である。
唖然としたのは彼らにとっても記憶にあたらしい。
それをみてエミルはおもいっきりコメカミに手をあてざるを得なかった、のだが。
正体を悟られないように、といっているセンチュリオンが配下である魔物に自分のことをいえば。
魔物達がどう反応するかわかりきっていたであろうに。
たまたま、そのときパンに使用したマタタビの木の小さな束をもっていたがゆえ、
マタタビに反応したのか、とおもわれたっぽいのが不幸中の幸いか。
「えっと、あの。リフィルさん。僕、ちょっといってみてもいいですか?どうもその、気になるんで」
「あなたにとってはそうなんでしょうね。かまわないわ。なら、ハイマの宿でおちあいましょう。
ハイマの宿は一件しかないからあなたでもわかるはずだしね。コレット、それでいいかしら?」
「え?あ、はい。エミル、大丈夫?私たちもいこうか?」
「ううん。大丈夫だよ」
様子をみて状況次第ではかの地にいる飛竜達と直接契約をし自らの加護をかけたほうが安心であろう。
できれば契約をしている所をみせたくはない。
特にクラトスに。
呼び出すには問題ないにしろ、契約のときはどうしても自らの力が一瞬にしろ解放される。
その力の流れにクラトスが気づくかどうかは別として。
「どちらにしろ、僕たち、今からハイマにむかうところですし」
そこまでいわれ、しかもどうやら善意でいっているっぽい。
この時期、噂ではイズールドのほうでハーブが取れなくなったのをうけ、ハーブが値上がりしている、という。
ならば、もっているというのだし、その言葉に甘えるのも悪くはない。
「じゃあ、交換条件で、あんたたちが飛竜観光を利用するときには安くしてやるよ。それでいいか?」
エミルとしては利用することはまずないが。
というより足となるべき魔物は多々といる。
『失礼な人間ですね。私が傍にいるというのに』
などとピルビルいいつつ、魔物の言葉にて文句をいっているのがみてとれるが。
「安くってどれだけだよ」
ロイドがいい、
「一万から千が限度だな」
「ってまだ千もとるのかよ!?」
ロイドがそんな男に思わず叫ぶ。
「こちらも商売だからな。しかし、飛竜達があの調子だと、商売になったもんじゃねぇ」
興奮しているっぽい飛竜達に客を乗せるなどできはしない。
逆に損害賠償を求められかねない。
結局、しばし男たちも少しばかり話しあい、生えているかどうかわからない冬虫夏草にたよるより、
まずはエミルのもっているというハーブの効果を試してからでもおそくない。という結論にいたった、らしく、
「なら、たのむな。えっと」
「エミルです。よろしくおねがいします。じゃあ、リフィルさんたち、またあとで」
いいつつも、馬車をおり、そのまま男たちの馬にと便乗する。
なぜかそれをうけ、竜達が何やら咆哮をあげているのがリフィルからしてみればきになるが。
『心配せずとも問題はない』
本気でなぜに魔物達までここまで心配しているのだろうか。
ことごとく理解不能。
そもそも、一斉に、馬車をひいていた六匹の竜達が、せめてセンチユリオン様方をおそばにおいてください。
そういっていればなおさらに。
「あ~あ、エミルのやつ、先にいっちゃったし」
ロイドがいい、
「そういえば、飛竜の観光って、飛竜をつかって観光してるんですか?」
コレットが気になっているらしく、お世話になっている商人にと問いかける。
「うん。ああ。以前、怪我をした飛竜の子を世話した男性がいてね。
その飛竜が家族をもって、それからここハイマでは観光の目玉になってるんだよ。
もっとも、人に慣れている飛竜、ということでディザイアンの仲間じゃないか。
と勘繰る観光客も多々といるにはいるけどね。
しかし、彼と飛竜達はどちらかといえば信頼関係、じゃないのかな?
ディザイアン達は何らかの品をつかって無理やりに魔物を従えてるともきくしね」
比較的、かの種族の飛竜が穏和な性格である、ということもあげられる。
飛竜、といってもその魔物の数は結構ある。
もっともヒトが認識している数などたかが知れているだろう、というのが一般的な思考。
「当初は一匹だったんだけどねぇ。そのうちに番をつれてきて。
今は始めの飛竜の家族が観光の目玉になってるんだよ。
とはいえ魔物は魔物だからね。町から少し離れたところに宿舎ができてるんだよ」
ハイマの街そのものは、山の中間にある町であり、切り立った崖の上にある町といってよい。
が、飛竜の宿舎がある場所は、山の麓。
すなわち、町からは少し離れているものの、山から下ってすぐの場所なのでさほど離れているわけではない。
山と山との間に挟まれている麓の森。
その中に飛竜の宿舎は存在している。
町からは崖にある道をつたっていけるようにはなっている。
「おっと。そうこうしてたらそろそろこの子達を休憩させる場所つくらないと。あんたたちはどうする?」
どうやらこれ以上は、馬車で中にはいることができない、らしい。
ハイマの街の入口にあたる山の麓。
そこにはちょっとした宿舎などもあり、馬車などが受け入れられる態勢が整っているらしい。
「いえ、ここまでで結構ですわ。ありがとうございました。おかげで助かりましたわ」
「なぁに。旅は道連れっていうしな。あんたたちも子供連れでの旅業は大変だろうが。
がんばってな。なぁに。あの闇の中でもマーテル様のご加護があったあんたたちだ。きっといいことがあるさ」
まさか空を飛んで移動したとは思っていないがゆえに、
彼らは、リフィル達一行は、あの暗闇の中、歩いてやってきた、と思い込んでいたりする。
まあ真実をいっていないゆえにそう思ってもあるいみ仕方がないといえば仕方がないが。
しかし、それゆえに加護がつよい、と思いこまれている模様。
もしもこれで、コレットが神子だとわかれば、やはり神子だから加護が強いのだ、だの。
神子だから魔物が襲ってこないのだ、だの神聖視されかねない。
それは裏をかえせばそんなことはないとコレット自身わかっているであろうに、
コレットの負担が増す、ということに他らない。
だからあえてリフィルはいわない。
そのことを説明すらしない。
「あなた達にも女神マーテル様のご加護がありますように。
さ、ここからは徒歩ですからね。ハイマは崖の上につくられた町でもあるし。
あと、念のため、ハイマの山の頂上にいってみましょう」
「たしか、そこで救いの塔の全容がより近くでみれるんでしたっけ?先生」
「ええ。そうよ」
コレットの問いにうなづくリフィル。
それに、もしかしたらここに封印の手がかりがあるかもしれない。
一番救いの塔に近い町、といわれている町である。
その可能性は少なくはない。
ひとまず、町の入口にて、旅の商人一行と別れ、
リフィル達はリフィル達で、ハイマへとにつづく崖の道をのぼってゆくことに。
「どうだ?様子は?」
男たちとともにやってきたのは、森の中にあるちょっとした宿舎のようなもの。
気配からしてどうやらこの中に飛竜達はいる、らしい。
マナのありようからどうやら一家族であるらしいが。
この中にいる飛竜達は家族で行動をし、家族で狩りなどを行う修正がある魔物達。
「だんだん暴れるのがひどくなってきてやがる」
まるで何かにおびえているかのごとくに。
こういうときに、魔物達の言葉がわかればな、と見張りであったのであろう。
宿舎の前にいた男が肩をすくめていってくる。
「それはそうと、その子供は?」
見慣れない、金の髪に緑の髪の子供。
このあたりではみかけない。
「冬虫夏草をとりにいこうとしていたら、ザール商人の一座にあってな」
「お。あの商人たち、無事だったのか。彼らが出発してからすぐにあの闇だろ?
まあ、あの原因不明の闇もどうやら取り除かれたようだしな。
噂では、再生の神子様がディザイアン牧場を壊滅させたんだっていうし。神子様のご加護だろうな」
「それをいうならマーテル様の、だろうな。
このたびの神子様はマーテル様の加護がつよいんだろう。
これまでの神子様が牧場を壊滅させたなんてきいたことがないしな」
何やらそんな会話をしている男たち。
あるいみ、リフィルの懸念はあたっている、といってよい。
どうやら闇を取り除いたのはコレット…すなわち、再生の神子の活躍のおかげ。
とどうやらこの男たちは思いこんでいるらしい。
それはおもいっきり違うのだが、かといって訂正するにもその理由が必要。
何よりヒトはセンチュリオンのことなどしりはしないのだからして。
「この子が精神を落ち着かせることができるハーブとかもってるっていうからな。
この子は他にも連れがいたんだけど、この子だけここにきてもらった。
成功報酬は、この子達の連れが飛竜観光を利用するときの値引きだ」
「まあ、どちらにしても、この調子だと商売にもならんからな。
が、異様に飛竜達は興奮してるからあぶなくないか?こんな子供にまかせたら?」
「それが、あのザール商人たちの暴れ竜達をこの子がいなしたらしいぞ?」
「ええ?!あの暴れ竜達を、こんな子供が!?」
・・・・・・・・・あいつら、いったいどれだけ暴れるという認識をされてるんだ?
ふとそうおもうラタトスクは間違ってはいないであろう。
ラタトスクの前では従順なる彼らであるが、よもや常にいつも暴れている、などと一体だれが想像できようか。
まあ、ヒトにたいし従順過ぎるのも問題だが、ヒトは従順すぎると無理難題をおしつける。
しかしあまりに態度がひどい、とヒトが認識すれば、ヒトはあっさりと自分達が利用していたモノ達ですら排除する。
それがわかっているがゆえに、少し心配になってしまう。
あとからソルムのやつにそれとなく忠告させとくか。
そう思うあたりが、センチュリオン達に、人の姿を模したときは甘くなる、と認識される所以。
と。
ルグワァァッ
宿舎の建物の中より魔物達の鳴き声が響き渡る。
「まただよ。いったいどうしたっていうんだ」
それも時とともにその騒ぎはおおきくなってきている。
はじめはそわそわしているだけであった、というのに。
今では、中にいれている宿舎の敷居すら壊しかねない勢いにまでなっている。
「あ、あの。中にはいってみてもいいですか?」
「しかし、あんた一人じゃ……」
「一人のほうが気楽なので」
というより、一人のほうがかなり助かる。
このあたりならば一瞬、気配を解放してもおそらくリフィル達に気取られる心配はないであろう。
飛竜達を落ちつけるのには手っとり早くその方法をとったほうがよいであろう。
もっとも、畏縮してしまう可能性は否めないが。
「まあ、何かあれば、すぐに助けを呼ぶんだぞ?」
「大丈夫ですよ。魔物達の相手は慣れてますから」
それは事実。
エミルは嘘はいっていない。
慣れている、というその言葉に不思議な思いはするものの、
ぱっとみため、細い体で筋肉とかついているわけでなく、腕がたつようにもみえない。
しかもまだまだ子供。
みたところ、十五か六、もしくはそれより下、かもしれない。
そんな子供がそういっても大人たちが信じるはずもない。
が、旅をしている以上、すくなくともまったく戦えない、というわけではないのであろうが。
「何かあったらすぐに叫ぶんだぞ?」
もしも同行してくるようならば、ちょっとしたハーブを利用し眠ってもらうつもりであったのだが。
どうやらしぶしぶながら、一時にしろ一人で中にはいることを許可してもらえた、らしい。
そのことにほっとする。
そのまま、ぎぃ、と扉が開かれ、エミルは一人、宿舎の中へと足を踏み入れてゆく。
ルグァァッ。
何ともいえないいななき。
瘴気がなぜ、このままでは危険。
ここから立ち去らないと。
そんな悲鳴にもにた飛竜達の咆哮。
そんな中、また誰かが建物の内部にはいってきた気配を感じ取る。
みればどうやら人の子、であるらしいが。
しかし、なぜだろう。
子供の肩に同胞、ともいえる魔物の気配がしているのは。
しかもこの気配からしてどうみてもシムルグのそれ、である。
ゆえに一瞬、飛竜達はとまどってしまう。
そんな中。
シムルグが人になつく、など絶対にありえない。
「さて。どうやらあの人間達はくる気配はないな?」
「ですね。どうなされるのですか?」
彼らの耳にそんな会話がきこえてくる。
「念の為に結界をはるか」
いいつつも、ふいっと手をかざすとともに、瞬時にこの建物のみの内部の空間が切り離される。
外からは変わりがない宿舎でしかみえないがゆえに、内部の変化に男たちは気づかない。
否、気づくことすらままならない。
「さて。落ちつけ。お前達。どうやらこの地にある瘴気に反応しているようだがな」
いいつつも、すっと目をとじゆっくりと開いたその瞳は、先ほどとまでうってかわった深紅の瞳。
声もまた先ほどとはちがいどこか重く感じるのはおそらく気のせいではないであろう。
が、この場にいる飛竜達にとって、驚くべきはそこ、ではない。
この気配ははまちえようがない、信じがたいもの。
ありえない、とおもうが本能が間違いない、と訴えている。
というか。
『なぜに王が地上へ!?』
なぜか異口同音に、一斉に飛竜達がそんなことをいってくる。
「…なぜ、ほとんどの奴らが同じ反応をするんだ?」
おもわずぽつり、とつぶやくエミル…否、ラタトスクの反応に。
「それは仕方がないことかとおもわれます。王」
もののみごとにきっぱりと、肩よりそんな肯定の言葉をいってくるレティスの姿。
「そもそも、精霊達ですら同じ反応だったぞ?センチュリオン達にしても然り、だ」
やはり、一度も表にこの世界においては出なかったのが原因、なのだろうか、ともおもう。
センチュリオン達はかつてはよく地上に出ていたことを知ってはいるが、
この地で生み出された精霊達や魔物達はそんなことをしるよしもない。
強いていえば、センチュリオン達がかつて王がこのようにしていた、ときいているものが多少いるくらい。
目にしたことがあるものといえど、直接ギンヌンガ・ガップを守護しているものか、
あるいは地上を見渡すために分霊体としてだしていた蝶などの姿でしか魔物達は知りえない。
よもや人の姿を模している王がいるなど、一体誰が想像できようか。
「…今後は慣れさすためにも外にでる機会を増やすか?」
どちらにしても、自らが大樹の変わりとして転換作用をするのならば、地上にいたほうが能率はよい。
まだ産まれて間もない魔物達ですら本能的にその波動は組み入れられている。
「まあ、あまり気にするな。少し気になることがあったからな。
ウェントスは近いうちに目覚めさせるが。どうやらお前達はこの地に今ある、
みたところ、産まれてまもないものもいるようだし。念のために加護を強くしておこう。依存は?」
いきなりそういわれても、固まるしかない。
「王。いきなりそういっても普通は驚くかとおもわれます。
私たちのように直接、王と契約しているものならばいざしらず」
それでも絶対に固まる自信がある。
だからこそのレティスの台詞。
「しかし、レティス。あのような存在が地上に流出している、ということは。
すくなからず、誰かがまた愚かにも魔界の小窓を開けようとしているか。
もしくはすでにあけてしまった可能性すらもある。契約してしまえば、
そのもの事態が魔界との扉の役割を果たしてしまうのだからな」
それが厄介なところ。
人はいつの時代も愚かにも力をもとめ、なぜか魔の力をかりたがる。
自分はその力を絶対に制御しきれる、そう思い込んで。
魔族の力をもとめる、ということはその魂すら魔族達の傀儡と成り果ててしまう、というのに。
それに人はきづけない。
気づこうとすらしていない。
忠告されたとしても、そんなことはありえない、自分は魔族を制御できる。
となぜか変な自覚と共に・・・そして破滅を幾度もむかえている。
当初の魔族達と比べて、今の魔族達は理の変更が利いてきているがゆえ、
かつてのように完全に全てを巻き込んでの滅びの衝動はうすくなっているようではあるにしろ。
「まあ、加護を強めるのだけなのだから問題はなかろう?
どちらにしてもこれからウェントスを覚醒させ、あいつが力を取り戻せば。
おのずと風属性であるお前達の力もまた本来の力にもどりゆくのだしな」
この場にいるのは魔物達のみ。
ゆえに、エミルとして、否、ヒトとしてのディセンダーとしての口調でなく、そのまま素の口調で淡々といっているラタトスク。
完全に口調なども使い分けていることから、かつての時もよもや精霊ラタトスクとディセンダーが同一である、
と見抜いたのもは皆無といっても過言でなかった。
精霊達ですら知った時には驚愕していたことをセンチュリオン達は知っている。
もっとも、当事者たるラタトスクは何とも思っておらず、なぜに驚く?
というくらいの認識でしかないのだが。
この地にやってきてわかったのは、この地にも様々な負の念が渦巻いている。
これらもあいまって、あのとき、インプが完全に瘴気に穢されてしまっていたのであろう。
そして、この地にいた魔物達も。
あのとき、コレット達とともにやってきたとき、このハイマの街は瘴気に侵された魔物達であふれていた。
この地を、否、魔物達をそのような目にあわすわけにはいかない。
瘴気が襲うのは、そこにあるマナが少ないがゆえ。
瘴気にとってマナは毒、マナが瘴気にとって毒であるように。
理からしてみれば、反属性同士といってよい。
もっとも、その反属性だけできちんと惑星が成り立っていたならば何の問題もなかった。
が、そうではなく、その属性は元々あった理が狂った結果になりたっていたもの。
ゆえにかつて、少しづつ、この地を修正していっていたのだが。
それより前にデリス・カーラーンのほうの疲弊が激しくなってしまったあの当時。
どちににしても、そろそろ魔界にいた者たちもきちんとした狂った理でなく、
きちんとした彼らなりの理のもと存在が確立してはいる。
近いうちに彼らの世界、すなわち惑星を創る気ではあるのだが。
その前にこちらの世界…ミトス達のことをどうにかする必要があるのもまた事実。
両方一気にやってもいいのだが、それだとセンチュリオン達に負担がかかる。
一番いいのは、世界を元に戻したときに生じる歪みの修正の力をもちい、
様々なことを一息にしてしまったほうが都合がいい。
エミルが飛竜達の宿舎にてそんな会話をしている最中。
「だりぃ。先生、まだ町につかないのかよ~」
「なっさけないなぁ」
どこまでもつづく坂道。
むき出しの赤土に、切り立った崖。
切り立った崖の道はどこまでもつづき、ロイドが不満をもらしている。
そんなロイドにあきれたようにジーニアスがいうが、
「もう少しだよ。がんばろ。ロイド」
「なさけないわね。ロイド。しっかりしなさい。男の子でしょ?」
「ふむ。体力に問題があるのか?疲れたのならおぶってやろうか?」
「じ、じょうだん!俺は平気だからな!子供あつかいするなっ!」
クラトスがおぶってやろうか、といったのは冗談なのか本気なのかリフィルにはわからない。
が、ロイドは子供扱いされた、とおもったらしく、おもいっきりずんずんと先へ進み始めていたりする。
「ほんと、ロイドってムキになるところがまだまだ子供だよね~」
そんなロイドをみてジーニアスが肩をすくめる。
「クラトス。あなた、本気でロイドをおぶる気だったのかしら?」
「さあな」
――おと~さん、おと~さんの背中、おおきいね~、うわ~、たかいたか~い。
ふと、幼いロイドの様子がクラトスの脳裏によぎる。
それは、ロイドを肩車していたときの記憶。
ロイドはクラトスの肩車が好きでよくクラトスにねだっていた。
その当時の記憶はロイドには残っていないらしいが。
まあ、三歳以前の記憶が残っているか、といわれれば、ほとんどのものがあまり残っていない。
というであろう。
特にロイドは目の前で母親が死んだ、という事実もあり、
そのときのことからその前のことをすっかりと記憶から抜け落ちさせてしまっているのだから。
人は、無意識のうちに記憶を消してしまうことがある。
ロイドのそれはいわば自分を失ってしまわないために本能的に忘れてしまったといってよい。
何しろ母親が目の前で怪物となり、あげくは母親が自分を殺そうとし、
さらにはその母をきったのは…他ならぬ、クラトス、すなわち父親だったのだから。
リフィルの言葉をさらり、とかわし、否定も肯定もしないクラトス。
「まあいいわ。ロイド、あまり先にいくんじゃありません!」
「あれ?」
リフィルがいい、ふとコレットがその先にいる人物の姿をめにとめ、思わず首をかしげる。
それとともに。
「あれ?あ、お前・・・・」
ぱったりと、ずんずんと進むロイドの前に、ロイド達にとってみおぼえのある姿の女性の姿がうつりこむ。
「な!?ま、またお前達かっ!」
その女性はロイド達をみて、威嚇するようにいってくる。
「というか、こっちの台詞だよ。またって」
どうしてこう、自分達の先回りをしているかのごとくにこの女性はいるのか。
コレットを狙っている、らしいが完全に本気で狙ってきているようにもみえないのもある。
「あ、たしか、しいなさんっていいましたよね~。偶然ですね~」
そんな女性ににこやかにコレットが話しかける。
しいなからしてみれば、どうして彼らがここにいるのかが理解不能。
コリンにいわれ、しいなが確認したところによれば、彼らは伝説の鳥、シムルグにのり、この峠を越えていたはず。
だから、自分も追いかけていっていた、のだが。
不測の事態がおこり、引き返してきたのはつい先日のこと。
シムルグの姿を確認したときは、自分達の世界は女神マーテルに見放されたのか。
と一瞬おちこみもしたが、しかしすぐさまにその思考を切り替えた。
「う、うるさい!今度こそここがお前達の墓場になるのだ!」
そういいつつ、懐に手をいれるしいな。
と。
「しいなさん。お待たせしました。やはりボルトマンの残した治癒術はマナの守護塔にあるそうですわ」
ふとそんなしいなの背後…崖の上につづく道より一人の女性が近づいてくる。
どうやらみたところしいなとは知り合いのよう、ではあるが。
リフィルは冷静にその女性としいなを見比べる。
しいなの服装もまた旅をしているのにふさわしい、とはいえないが。
というかどうみても独特の服装であるがゆえ、かなり目立っているといってよい。
対する今、声をかけてきた女性の服装は一般的なもので、おそらくはこの街の住人、なのであろうと予測をつける。
「あ、あの?しいなさん?お友達ですか?」
そこまでいい、ちらり、とロイド達をざっとみて、首をかしげてくるその女性。
「ち、ちがう!」「そうです」
しいなの否定とコレットの同意の台詞はまったく同時。
「あのなぁ!お前達っ!」
しいながそんなコレットに思わず反論しようとするが。
「マスターボルトマンの治癒術がどうかしたのかしら?」
その言葉にリフィルが反応し、女性にと問いかける。
「なあ、マスター何とかって何だ?」
そんな会話をきき、ロイドが首をかしげてつぶやくが。
「姉さんの癒しの術をしってるだろ。あの術を発見した人さ」
そんなロイドにジーニアスが簡単にと説明する。
というか、ロイド、また忘れてるよ。僕、ルインの街で説明したよね?
そうおもうがゆえにジーニアスからしてみれば何ともいえない気持ちになってしまう。
「治癒術の創始者なんですよね~」
にこにことコレットがしいなたちのほうをむいていうものの、
「お、お前達には関係ないっ!」
しいながここぞとばかりに反論する。
どうもこのコレットとかいう神子と話していたらいつも話しがはぐらかされる。
というか話術というものがあるが、それを無意識のうちにしかけているとしかおもえない。
どうみても当人にはそんな気はさらさらない、というのが嫌でもわかってしまうが。
しいなからしてみれば、話術などといった分野はあるいみ高度な品物。
里のものでもどれくらいのものがきちんとできるかどうか、といえばあやしいところ。
「でも、しいなさん。ボルトマンの治癒術をみつけても、それを仕える人がいなければ。
こちらの方は、その、今の会話の内をぅからして治癒術の術士者なんでしょう?」
おそらくはこの街の女性、なのであろう。
その女性がしいなにたいし、そんなことをいっている。
どうやら何かボルトマンの治癒術に関係して何ごとかがおこっているらしい。
「だったら、こいつらに頼むんだね。あたしは勝手にやらしてもらうよ。
ボルトマンの治癒術をようはもってくりゃあいいんだろ!」
そういってしいなが踵をかえそうとするが、
「あ、しいなさんもボルトマンの治癒術を探しているんですね~。なら一緒に行きましょ~。
私たちもマナの守護塔に入るのに祭司長様が鍵を持ってでかけられてて、祭司長様を探しにいくところなんですよ~」
そんなしいなにたいし、コレットがのほほんと言い放つ。
「ちょ、ちょっとコレット」
ジーニアスが思わずコレットを止めようとするが、
「まあ、あれは鍵がないと中にはいれないみたいだからなぁ。
マ何とかっていうやつでつくられた鍵らしくて俺でもあけられなかったし」
「魔科学、です。ったく」
ロイドの台詞にリフィルがため息まじりに追加訂正する。
本当にこの子は、興味があることでないときちんと覚えないんだから。
そう想うリフィルの心情は、クラトスと思いっきり重なっていたりする。
なぜにこのように育ったのだろう?
そんな思いがふとクラトスの脳裏をよぎる。
ドワーフに育てられるとこうなるのか?
などといったまったく関係ないことまで思っていたりするのだが。
「私たちもマナの守護塔に用事があるんですよ~。だから一緒にいきましょ、ね?」
コレットの台詞におもいっきりリフィルがこめかみに手をあてて、は~と溜息をついているのがみてとれる。
コレットはにこにこと笑みを浮かべており、その台詞に邪気はない。
「なんだってあたしがあんたたちと一緒にいかないといけないんだいっ!」
というか、命を狙っている相手にいう台詞ではないとおもう。
絶対に。
それゆえにそう叫ぶしいなはおそらく間違ってはいない。
「え?でもしいなさんもマナの守護塔にいくんですよね?
でも、鍵がないとはいれませんし~。私たちもマナの守護塔にいきますし。ほら、目的地は一緒じゃいですか~」
「あ、あのねぇ!」
「…そういえば、この調子であのエミルも同行をこぎつけていたな」
ぽつり、とクラトスがパルマコスタ牧場でのやり取りをおもいだし思わずつぶやく。
やり取りからしてみればあまり変わりはない。
あのときも、コレットはエミルがいくという場所ききだし、目的地が一緒なら一緒にいきましょうよ~と誘った、のだから。
「今はそれより。祭司長がここにいるのかどうかを探すのが先ではないのか?」
クラトスからしてみれば、神子のコレットの命を狙っているであろう、
テセアラからの暗殺者。
しかもおそらくその服装からしてみずほの里のもの、ということは暗部に精通しているといってよい。
そんな彼女を同行させるような真似はしたくない。
というか、自分の命を狙っているであろう相手に同行しましょう、というとは。
こういうところまであのマーテルと同じなのか、この少女は。
などという思いをクラトスは抱いていたりする。
事実、かつてのマーテルも旅の最中、命を狙ってきていたものに同じような態度をとっていた。
それにミトスがくわわり、敵対していたものが毒気を抜かれていった、ということは数知れず。
ため息まじりにそういうクラトスのいい分も至極もっとも。
「と、とにかく!あたしはあたしでやるからね!」
このままここにいたらまちがいなく流される。
あのとき、名前をいわされてしまったように。
そう危惧し、そのままその場を駆けだしてゆくしいな。
「あ、しいなさん」
女性がいいつつ、しいなを呼びとめようとするが、すでにしいなの姿はみあたらない。
「え、えっと。結局、何がどうなったんだ、というか何があったんだ?」
ロイドからしてみれば、どうしてコレットを狙ってきいていたはずの暗殺者がここにいるのか。
いろいろと理解不能。
ゆえに判っていそうな目の前の女性にとといかける。
「あの。あなたがたは本当にしいなさんのお友達ですか?」
友達がとる態度ではなかったような気がするが。
もしくは照れてあのような態度をとっていたのか。
それは女性にはわからない。
「ああ、そうなんだ」
え。
ロイドの言葉にえ、という表情をうかべたのは、ジーニアス。
「しいなさんはお友達なんですよ~」
コレットの中では、名前を知って、話したことがあればすでにもうそれは友達の分野に入ってしまう。
しいながいくら否定しようと、
すでにコレットの中ではそれゆえに、しいなはもう友達の分野に組み込まれてしまっていたりする。
それをしいながしったときにはまちがいなく脱力するか、叫ぶかするであろうことは疑いようがない。
断言する赤い服に赤い髪の少年と、にこにこと笑みをうかべる金髪の少女。
どうやら嘘はついていないらしい、そう判断し、
「そうですか。ならばお話しします。でも他の人には聞かれたくないので、後ほど私の家にきてください。
私の家はこの街の宿ですので、それでは」
いいつつも、何か用事でもあるのであろう。
ぺこり、と頭をさげて、その場をきたときのようにたちさってゆくその女性。
おそらく崖の上につづく道をのぼっている、ということは。
その先に宿屋がある、のであろう。
やがてその女性の姿が完全に見えなくなったのをうけ、
「ロイド、ずる~い。いつあのしいなさんとお友達になったの?
私にとってもう名前もしっているからあのしいなさんはお友達だけど、ロイドもなの?」
コレットがロイドに首をかしげつつもといかける。
「コレット、あなたまだその認識治してないのね」
「認識、とは?」
ため息まじりにいうリフィルの台詞に、何となく気になりといかけるクラトス。
「この子、名前を知って話したことがある人は皆友達といいきるのよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
が、戻ってきた返事は何というか、予測していたことというか、おもいっきりかつてほ彷彿させるもの。
「あら、名前をしっていて、しかも幾度も話したことがある。これだけでももう、私とあなたはお友達でしょう?」
「違う!それは単なる知り合いというだけだ!」
「あら、知り合いでもでも友達でしょう?」
「だから、違うといっているだろう!クラトス、何とかいえ!」
ああ、何だろう。
ふと、ユアンと彼ら…マーテル達とあわせたときの会話が鮮明に思い出されてしまう。
ゆえに思わずコメカミに手をあててうなってしまうクラトス。
その考えはまさにかつてのマーテルの在り様、まさにそのままといってよい。
…マナが酷似していれば性格や考え方まで本当ににるのか?
それはかつての優しい記憶。
「ロイドって、こういうときだけは頭が回るよね~」
ジーニアスの言葉にはっと現実にとクラトスはひきもどされる。
そう、それは過去の記憶であり、あの優しい時間はもう戻ってはこない。
あのときの優しかった、光にあふれて人の心を信じていたはずのミトスは…今は、いない。
いるのは非情なる考えをしたクルシスの指導者、ユグドラシル。
それでも、まだどこかで信じたい、という思いがあるのも事実。
「とにかく、まずはこの街の教会にいってみましょう。祭司長様がいらっしゃればいいけど」
「だな」
世界の冒険者が一度は集う街、とよばれしハイマの街。
が、そのいわれようからしてもあまり発展していたりする、という様子ではない。
切り立った崖を切り開き創られている町はこじんまりしており、
どちらかといえば大きさ的にはロイド達が住んでいたイリセアのほうが大きいほど。
「うわ~、かわいい!」
ふとコレットが子犬にきづき、思わずしゃがみこむ。
みれば、子犬はぶんぶんと尻尾をふり、コレットの足元にとすりよっている。
「みてみて~、ロイド、この子、抱っこさせてくれたよ。きゃ、くすぐったい」
べろべろと子犬がコレットの顔をなめはじめ、コレットがそんなことをいっているが。
「なんか久しぶりにコレットがきちんと笑っているのみたような気がする。
最近、コレットのやつ、なんかいつも張り付けたような笑みが多くなってたしな」
その光景をみてぽつり、とつぶやいているコレット。
「ここが教会のようね」
崖の一部をくりぬいて、どうやら住み家にしているらしき場所。
コレットがなごりおしそうに子犬を地面におろせば、子犬もきょとん、としたのちに、ふたたびどこかに走り去ってゆく。
「おや。旅業者ですか?と、これは神子様!?」
ふと教会の中にいた祭司らしき人物が、入ってきた人物達をみて、そしてコレットの姿をみて驚きの声をあげてくる。
「ルシル祭司様、お久しぶりです」
「おかげ様で、ここ、ハイマの祭司長になっております。
神子様がこちらにおられる、ということは、ああ、ではあの闇が取り除かれたのは、神子様のご活躍ですかな?」
「え?あ、あの。私何もしてないんですけど」
事実コレットは何もしていない。
「しかし、噂は聞き及んでおりますよ。何でもパルマコスタのマグニスを倒しそこに捉えられていた人々を救出した、とか。
ドア総督のような崇高な思想の方が命を落とした、というのが何ともいえませんが。
しかし、何でもディザイアンにつかまっていたドア夫人も助けだされたとか」
その台詞に思わず顔をみあわせるロイド達。
どうやらそのように話しは伝わっている、らしい。
「失礼。私たちは、ルインの祭司長様を探しているのですけど。
ルインの教会で、祭司長様はこちらにむかった、といわれたのですが?」
リフィルが一歩、前にでて会話の最中に入り込む。
「あなたは?ああ、神子様の護衛の方ですね。その姿からして治癒術を専門とされているのですかな?
このたびは、神子様は祭司様方との旅ではない、とは聞いてはおりましたが」
毎回、神子は祭司たちとともに旅にでるのが恒例となっている。
が、このたびはそうではないらしい、というのはすでに噂で聞き及んでいる。
「では、マナの守護塔にあるというボルトマンの治癒術、ですかな?
これは珍しい。さきほど、宿のソフィアも治癒術のことをききにきていたんですよ」
その台詞にまたまた思わず顔をみあわせているロイドとジーニアス。
どうやら先ほどの女性は、ソフィア、という名前らしい。
「え、ええ。治癒術はどうしても旅に必要となるかもしれませんので。
でも、守護塔の鍵は祭司長様がもって旅業にでておられるらしく」
リフィルの言い分に、
「なるほど。ですが入れちがいになられましたね。祭司様はすでにアスカードに出発なさいました。
今からいけばまだ追いつけるかもしれませんね。
何でもアスカードはここしばらく突風が吹き荒れ、さらには祭りも近い、というのに。
石舞台に魔物がでるとか何とか。いかれるのでしたらおきをつけてくださいませ」
「入れちがい、か」
「…まさか、おいかけごっこみたいにならない、よね?」
クラトスが淡々といい、ジーニアスがふと不安をもらす。
「御心使い、ありがとうございます」
「いえ、我らは神子様の旅の御成功をお祈りしております」
あまり長話をしても無用でもあるし、時間ももったいない。
かるく一通りの話しを済ませたのち、教会を後にする。
ハイマの宿屋は他の店等とは違い、きちんと小屋が建てられている、らしい。
木造でつくられたその小屋は、赤土色の大地とあいまって、そこにぽつん、と佇んでいる。
その宿の横には布がはられ、ちょっとした店を開いている人物がいるらしい。
「マーテル教の教えのとおりに旅をしはじめたんだけど、これって結構しんどいよね」
そこにいた旅人らしき人物にロイドが話しかけると、そんなことをいってくる旅の男性。
「そこにある雑貨屋は暁の断崖亭、というんだよ。
扱っている品は、グミから防具、さらにはアクセサリーまでいろいろとあるよ。
あと道具とかそろっていればカスタマイズもしてもらえるよ」
「こんなところでも商売ってしてるんだ」
ロイドが思わず感心したようにいう。
「ここは、冒険者たちが集う街、としても有名ですもの。
武器などの需要もあるのでしょう。とにかく、私たちは宿にいきましょう。
それに、さきほどの女性のこともきになりますしね」
あの藤林しいなとなのっていた女性のこともきになれば、
なぜ治癒術を探しているそぶりであったのかも気にはなる。
そのまま軽く旅人に挨拶をしたのちに宿の中へ。
「エミル、もうきてるかなぁ」
「いや、まだじゃないの?」
というかここまで一本道であったがゆえに、戻ってきていればまちがいなくすれ違う。
まあ、教会にいたあの短い間に戻ってきていれば別、であろうが。
宿にはいると、二階に続く階段の下に先ほどの女性がたっているのが目にうつる。
女性、教会にてソフィア、と聞かされた女性はコレット達の姿をみて、ほっとしたような顔をし、
「ようこそきてくださいました。どうぞ、こちらへ」
いいつつも、二階にあるとある部屋へとコレット達一行を促してくる。
部屋にはいれば、ベットの上で横になっている男性がいるのがみてとれる。
ぱちぱちと暖炉の火は常にくべられており、部屋そのものは適度な温度に保たれている。
「こんな昼まっからねてるのか?昼寝か?」
ロイドがその人物をみてそんなことを思わずつぶやくが、
「あのベットで眠っている男性は、ルインの近くにある人間牧場から脱走してきた人なんです」
ソフィアが声を沈ませつついってくる。
「脱走!?大丈夫なのか!?」
脱走、という言葉をきき、おもわずロイドが驚きながらも一歩後ろにさがりゆく。
「そういえば、ここにくるまでにそんな話しをきいたわ。
闇にまぎれ、脱走した収容されていた人がいるって。だとすれば、彼が?」
無事にハイマにたどり着けているのかあやしいけどね。
そうたしかあの商人たちはいっていた。
町の人にしても然り。
「わかりません。ですから他の人に聞かれたくなかったんです」
もしもそんな人物がここにいる、とわかればディザイアン達の耳にはいればどうなるか。
それゆえにソフィアとよばれし女性の判断はあながち間違いではない。
「これは…呪い、ね。何ともいえないものが彼を蝕んでいるわ」
どんな呪いかはわからないが。
すくなくとも、マナが狂わされている、というか何かによってマナが穢されていっているらしい。
ということは、眠っている男性をよくよく観察してみれば手にとるように理解ができる。
「ええ。何とかしてあげたいんですけど、どうにもできなくて」
リフィルの言葉に沈んだ声でぽつり、とつぶやき、
「でも、マスターボルトマンが残したという伝説の治癒術なら彼を助けられるとおもったんです」
ここは冒険者たちも利用する宿。
それゆえにソフィアもその話しをきいたことがあった。
先ほど教会に確認にいったのは、まちがいなくマナの守護塔にそれがあるかの確認のため。
「それで、しいながボルトマンの治癒術がどうこういってたのか」
なぜそこであの彼女がかかわってきているのかわからないが。
少なくとも理解はできた。
そんなロイドの台詞に、
「彼女が行き倒れていたこの人をみつけてここまで運んできてくれたんです」
「うわ~、しいなさんって優しいね。ね、ロイド」
「お、おう」
人助けをするという彼女と、コレットの命を狙っているであろう彼女。
どちらが本当の彼女なのか。
しかしコレットは純粋にしいなが人助けをしたことを喜んでいる模様。
「ええ。本当にしいなさんには感謝していますわ。
その上、かかわったんだから最後まで面倒みないと気がすまない。
というか見捨てたようで後味が悪いから、といってボルトマンの治癒術まで探そうとしてくれて」
「…ずいぶん、彼女もまたお人よしなのね」
そこに裏があるようにはみえないし、牧場から脱走した人を助けたとしても、
あのしいなという女性に何か益があるようにもみえない。
それにきづき、リフィルはため息をつかざるをえない。
どうやらあのしいなという女性がコレットを狙う理由。
ディザイアン達の関係ではないらしい。
もしも彼女がディザイアンの仲間ならば、牧場から脱走した人を保護などするはずもない。
「お願いです。しいなさんを手伝ってあげてくれませんか?
できれば身つけた治癒術でこの人を助けてあげたいんです」
「協力しようよ。ロイド、それに私たちもマナの守護塔にはいく予定なんだし、ね?」
「しかし、封印はどうするのだ?」
「そうだよ。ねえ。このあたりで何か世界再生に関する遺跡とかそういうのないかな」
「世界再生、ですか?さあ?マナの守護塔くらいかしら?
ずいぶん昔に魔物がでるから、といって封鎖されたらしいですけど」
「先生。どちらにしても私たちもマナの守護塔に用事がありますよね。
だったら、この人を助けることもできますよね?困っている人をほうっておくことなんてできません」
「コレット。仕方ないわ。コレットがそういうのなら」
「そうだな。コレットもこういってるし。その何とかっていう治癒術を探してくるよ」
「本当ですか!?ありがとうございます。あ、マナの守護塔はここから北東の方向にあります。
たしか管理をしているのはルインの街の教会だときいています。
どうか、彼を…ピエトロのことをよろしくおねがいします」
どうやら眠っている男性の名はピエトロ、というらしい。
「でも、呪いなんて…何か、呪いをかけるには媒介になるものがあればいい、とはきくけども」
リフィルのものいいに、
「そういえば…この人、牧場から脱出してきたときに、牧場の庭からでてきたっていっていました。
そして、岩で出口をふさいできたって。それだけいって倒れてしまって……」
そこまでいい、何かにはっときづいたらしく、
「あと、それからこれを」
いいつつも、ぼろぼろの布のようなものにくるまれているものをリフィル達の前にとだしてくる。
「ピエトロはこれをディザイアン達から隠しているようでした」
「人間牧場と何か関係があるんでしょうか?先生?」
「判らないわ。…何かの球、のようだけど…これは……」
「それは、いかん。それに長く直接触れては危険だ」
リフィルがそれに手をのばそうとし、クラトスが何かに気づいたようにはっとして言い放つ。
「え?」
すでにクラトスが止めるよりも早く、リフィルがその
その
何だろう。
ざわざわする。
どくん。
胸の奥底から何かがわきおこってくる感覚。
その瞬間。
リフィルの脳裏にうかぶは、母の姿。
母に手をのばし、光につつまれる自分と、まだ一歳にもみたないジーニアス。
――お前達が邪魔だから、母親に捨てられたんだ。
どこからともなくそんな声がリフィルの脳裏にひびいてくる。
――エルフと偽り、ハーフエルフというのを隠し。いずれお前達は一緒にいる人間達に殺されるだろうよ。
それは、リフィルが常に心の奥底で恐れている事。
「姉さん!?」
「先生!?」
リフィルの様子がおかしい。
茫然、としていたかとおもうと、次の瞬間。
リフィルの握っていた
その霧はまたたくまにリフィルの体を包み込む。
「な、何!?」「姉さん!?」
何がおこったのか、クラトス以外には理解不能。
ソフィアとジーニアスのあせったような声はほぼ同時。
「いかん!リフィルは心に傷か何かもっているのか!?」
それをみてクラトスが思わず叫ぶ。
「先生!?」
ロイドがリフィルの手をつかむと、その霧はまたたくまにロイドそのものをも包み込んでゆく。
「「ロイド!?」」
そんなロイドをみて、クラトスとジーニアスの驚愕の声が重なる。
――お前のせいで、村の人達が殺されたんだ!
――この人殺し!
――ドワーフにそだてれられたよそものなんかをうけいれるから!
――天使の子なんでしょ?私たちとは違うんだから、無視していいのよ。
――お母さんが、天使とはあまりかかわるなって、ディザイアンに目をつけられかねないからって。
ロイドにつづき、コレットもちかよれば、二人の脳裏にうかぶは、それぞれの過去の光景。
――ずっとだましてたんだな!この悪魔!ハーフエルフめ!
仲良くしていた人物からの拒絶の言葉。
ジーニアスもまたたくまに、姉に近づくとともに霧にと取り込まれてしまう。
「え?あ、あの。みなさん?」
「近づくな!ソフィアといったな、その霧に取り込まれれば危険だ!」
クラトスはそれが何なのか判っているがゆえに険しい表情でソフィアをとどめおく。
「リフィル!その
クラトスが叫ぶが、その声はリフィルには届いては、いない。
「な」
飛竜達の加護を強化し、ひとまず待ち合わせの宿へとむかってゆくその最中。
ふと、瘴気が一気に強まったのを感じ取る。
「レティス。お前は危険だ。ここでまて」
「しかし、王!?」
「このままでは、この街全体が瘴気に呑みこまれてしまう。その前に原因となる品を破壊する」
何かのきっかけで発動してしまったのであろう。
完全なる
どちらにしても、瘴気を誘発する、という点ではかわりがない。
気配の発生元はどうやら宿のほうこう、らしい。
もしもクラトスもあの場にいるとなれば、
「危険、だな」
クラトス、ユアン、ミトス、あの三人は本の中の精神とも薄く繋がっている。
もしも、本体であるクラトスが闇に、瘴気に呑みこまれてしまえば、
すくなからず本の中に封じている彼の精神体にも影響がでてしまい、
まちがいなく内部よりあのミトス達がほどこした封印がほころんでしまうであろう。
ついてくるといってきかないレティスをその場にのこし、そのまま宿の方へと駆けだしてゆく。
「く……」
幾度か対峙したことがあるがゆえ、どうにか抵抗はしているが。
しかし、内部に干渉してくるざわざわとした甘い囁きは常にクラトスを蝕むかのごとく、甘い言葉をささやいてくる。
――ミトスを殺せば、お前は楽になれるぞ?
――そもそも、お前はかつて、ミトスと刺し違える覚悟をしたのではなかったか?
それはかつてのクラトスの決意。
ロイドが産まれたときにクラトスが決意したそのときのまま。
「クヴァルのやつ…
クラトスの苦々しいつぶやきは小さいがゆえに、ソフィアには聞かれていない。
ロディルとクヴァルが何かをしているのはわかっていたが。
しかし目の当たりにすれば何とも言い難い。
クヴァルは様々な人体実験などを繰り返しているがゆえ、
こうして人工的とはいえ瘴気を生み出す品を創りだすことが可能となっているのであろう。
彼がつくりしこれらの品をもちい、簡易的ではあるが魔物達を狂わせ、
支配下におく装置を開発しているのもまた事実。
魔物を支配下におけるのならいいよ、といってミトスはそれを傍観、すなわち許可してしまっている。
その許可をだしたとき、ユアン、そしてクラトスは反対した。
魔物の特性をしっていたがゆえ。
しかし、ミトスはききいれなかった。
精霊をこれ以上裏切るつもりか!?
というユアンの台詞にも耳をかさなかった。
裏切ってなんかいないよ。姉様がよみがえれば種子もめざめさせる。
ほら、約束はたがえていない。
そうきっぱりといいきった。
バタン。
と、背後の扉が開く音が聞こえてくる。
「くるな!」
誰かわからないが、今ここにはいってくる、というのはあきらかに自殺行為に等しい。
このままでは、リフィル達が瘴気にのまれ、異形と化してしまう恐れすら。
ちらり、とみてみれば、エミルがどうやら戻ってきたらしく、しかしそのエミルの視線はどこか険しい。
気のせいか、エミルのその緑であるはずの瞳が深紅にみえるのはクラトスの目の錯覚か。
「発動しているようだな。…リフィルの内部にある闇に反応したか」
ちらり、とみれば問題であろう品を握っているらしいのはリフィル。
ならばリフィルの心の奥底に眠っていた憎悪が増幅され、その結果、
石が発動してしまっているのであろうことは容易に予測がつく。
その憎悪がどんな理由なのかはエミル…否、ラタトスクにはわからないが。
「スエワディンドムンスィ ウス ヌウワウイオス ヌウワウィオス ウス スエワディンドムンスィ
エ ヌウワウイオス ウティ ティオディムス ドイゥルム!」
聖は邪に 邪は聖に 邪悪なる意思よ退け!
そのまま無意識のうちにとある杖を具現化させ、そして、トンッ、と杖にて床を軽くたたく。
いくつかの星の輝きを宿したような
その
キッン。
刹那、周囲を緑と金の光が入り混じった優しい光が包み込む。
「これは…嘘」
「コリン?」
自分で探す、とはいったが、彼らがいうことが真実ならば、マナの守護塔に入るには魔科学の鍵が必要らしい。
ならば、どちらにしても彼らを倒さなければしいなの世界は助からない。
なら、彼らが鍵を手にいれたときに彼らを倒せばいいのでは。
という考えのもとに、こっそりと彼らのあとをついてきていたはいいものの。
何かものすごく悪寒がし、思わず足をとめた直後。
何ともいえない違和感がしいなにと襲い掛かった。
「しいな、僕の傍からはなれないで!僕がどこまで中和できるかわかんないけど!」
突如として姿をあらわした、リスのような姿をした、名をコリン、という。
そのコリンが何やらいってくる。
切羽つまったようなコリンの声。
「何だっていうんだい?コリン?」
「これは…瘴気…」
「瘴気って、魔界の?まさか、お伽噺じゃ……」
あるまいし、といいかけるが、コリンの顔はしいなすらわかるほどに真っ青で、こころなしかその姿すら透けている。
「このまま、あれがひろがっていったら…しいな、ここから逃げて。ここは、下手したら瘴気に呑みこまれてしまう」
切羽つまったようなコリンの声。
「コリン、あんた。…あれ?あれはたしか」
コリンの様子が尋常ではない。
ふと、怪訝そうな表情をするしいなの視界に、金の視界がうつりこむ。
「…え?」
そちらの気配に気づいた、のであろう、コリンがぽつり、と何やらつぶやいているのがみてとれるが。
なぜに、大樹の気配が?
その気配にきづき、コリンからしてみればとまどわずにはいられない。
直後。
金の髪をした人物が宿に入っていくのとほぼ同時、辺りを何ともいえない淡い光が包み込んでゆく――
「大丈夫ですか?」
全員、気づけば床に倒れており、頭をふりかぶりつつ起き上がる。
何がおこったのか理解不能。
たしか、牧場から持ち出したとかいう品物を手にとったあとの記憶があいまい。
何か暖かな光のようなものを感じたような気がするが。
それが何だったのかリフィル達からしてみれば理解不能。
というか、どうして自分達は床に倒れているのだろうか。
心配そうに除きこんでいるエミルの姿が目にはいる。
「え、えっと、今、何が……あの?」
みればどうやらソフィアと呼ばれし女性もそのまま倒れていた、らしい。
先ほどの霧はこの部屋一体を覆い尽くしていた。
ゆえにこの中にいたものたち全てを取り込もうとしていたといってよい。
が、その事実に彼らは気づいてすらいない。
「!?瘴気はどうなった!?」
クラトスが頭をふりかぶり、おもわずはっとしたようにいってくるが。
「瘴気?あ、あの。何があったんですか?」
「って、ああ!?中にあったはずの宝珠が消えている!?」
ふとリフィルが手の中にあったはずの不思議な輝きをもつ
それが失われていることにきづき、驚愕の声をあげるものの。
「どうやら、その
さきほどより、この男の顔色がよくなっている」
それこそ土気色で色すら抜け落ちるかのようにどすぐろくなりかけていたおとこの顔が、
こころあらずか赤みがさしてきているように見えるのは、クラトス達の気のせいか。
「ああ。ピエトロ!?」
はっと、クラトスの台詞にベットに横たわる人物の顔を覗き込むソフィアの姿。
「もしかして、さっきの
どうしてでも、手にもっていたはずなのに消えたのかしら?」
なぜか記憶があいまいになっている。
それは追求されると面倒なので、あえて一部分のみ、ラタトスクが記憶を封じたからに他ならないのだが。
当然そんな事情をリフィル達がしるよしもない。
「もしかすると、力をつかいきったのやもしれんな。
あれはディザイアンオーブとよばれしもの。力をつかいきれば消えてしまう代物だ」
クラトスが周囲を確認しつつ、そこに品物がないのをみてとりそんなことをいってくる。
「ずいぶんとクラトス、あなた詳しいのね」
「以前、かの品が使用されたのをみたことがあるだけだ」
リフィルの問いにクラトスがさらり、と答え。
「あ、あの?えっと、皆さん、なんでか床に倒れてましたけど、大丈夫ですか?」
「そういう、エミル、顔色があまりよくないよ?」
ふとコレットがエミルの顔色が多少悪いのにきづき、心配そうにいってくる。
「え?あ、うん。平気」
どこまで人は愚かでしかないのであろうか。
あの石に閉じ込められていたのは、小さな子供達の魂であった。
光とともに魂を解放しはしたが。
子供はどの種族においても未来を担う宝だ、というのに。
「おそらく、ピエトロを蝕んでいた呪いが一瞬、私たちにも襲いかかったのね。
でも、ビエトロの体そのものを蝕んでいる呪いが解けたわけではないようだけど」
何がおこったのかわからないが、すばやく思考を切り替えて、ピエトロを観察しているリフィル。
「あ、あの。今、一体、何が」
ソフィアもまた、何がおこったのかわからない。
たしか、黒い霧のようなものがあの宝石のような何かからわき出たまでは覚えているのだが。
「おそらく、ピエトロがもっていたあの石。あれが呪いの原因だったのでしょう。
下手をすればあれをもっていたあなたもピエトロと同じように倒れてしまっていたかもしれないわ。
不幸中の幸い、というか、石はなぜか消えてしまったようだし。
ここにいる全員を呪おうとして力つきた、というほうが正しいのかもしれないわね」
「そんな」
リフィルの台詞に顔色もわるくソフィアが思わずぽつり、とつぶやく。
「念のために、彼の周囲には他人を近づけないほうがいいわ。
もしかして感染する呪い、なのかもしれないし。あなたも十分に気をつけて」
あの不快感はソフィアも覚えている。
それこそ、ソフィアの中では、両親が死んでしまったときの光景がくっきりと思いだされていた。
世界全てを憎んだあのときの感情は、なぜか今ではすっかりと収まりをみせているが。
「まずはボルトマンの治癒術をみつけ、すぐに彼を回復させたほうがいいわね」
一瞬、エミルに頼る、という方法がリフィルの脳裏によぎるが、
しかし、何となくであるがエミルに頼る、というのは間違っているような気がする。
これは直感なのだが、さきほどのあの不快感から解放したのは、もしかしてエミルの何らかの力なのではないか。
という予感がリフィルの中でくすぶっている。
それを口にだすことは何となくはばかられてしはしないが。
それはリフィルの中に流れし血が本能的に真実を訴えているからに他ならない。
「わかりました。皆さん、ピエトロのことを、よろしくおねがいします。
あと、しいなさんにも気をつけるようにいってください。
もし、あなたがいうように感染する呪いなのだとすれば、しいなさんとて、
彼をここまで連れてきたんですから感染の可能性があるのですから」
たしかに。
もしも感染する呪いならば、彼女も感染していても不思議ではない。
「ああ、わかった」
「あの?えっと?皆さん?」
何やら勝手に話しがすすんでいるらしい。
ゆえに首をかしげ、きょとん、とといかけているエミル。
「それより、エミル。あなたのほうの用事はどうだったの?」
エミルがここにいる、ということは、彼らの用事はおわったということか。
というか、興奮している飛竜を本当に落ちつかせることができたのか、という疑問はあれど。
エミルならばできるという妙な確信があるのもまた事実。
そんなリフィルの問いに、
「え、あ、はい。飛竜達はきちんと落ちつきを取り戻したようですよ」
もっとも彼らは恐縮しまくっていたがそれはそれ。
「ここに長居をしていても意味がなかろう。ともかく、次はアスカードか?」
「そうね」
ここで長居をして、また祭司長とすれ違ってはもともこもない。
このハイマにたどり着いたのは、夕方近く。
といってもまだ太陽はのぼっており、周囲は明るいが。
しかし、ここで一夜過ごしていれば、また祭司長とすれ違う可能性が高い。
そういうリフィルの意見のもと、どちらにしろ今から急げば何でもちょうど、
アスカードにむけて出発する、という旅馬車がある、らしい。
大人二人に子供四人くらいならばまだ余裕がある、とのことらしい。
聞けば、本来ならば出発をどうしようか迷っていたらしいが。
パルマコスタの人間牧場が壊滅したことをきき、出発することにした、らしい。
聞けば、アスカード人間牧場のほうのディザイアン達は、闇に覆われてこのかた、
このあたりまでは遠出してきておらず、そちら側の被害は少なくなっていた、とのこと。
しかし闇が取り払われた以上、また彼らが襲ってきかねない。
しかも、神子一行によって牧場が壊滅させられたのならば、何をしてくるかわからない。
情報収集などに手間とるだろうから、今ならば安全にたどり着けるのではないか。
という思惑のもと、出発が決まったらしいのだが。
「ねえねえ。お姉ちゃんたち、しってる?ユウマシ湖には綺麗なおうまさんがいるんだよ?」
にこにこと、どうやら旅の一行、なのであろう。
小さな子供が馬車に乗り込んだ一行をみて、なぜかエミルをみてそんなことをいってくる。
それをみて、おもわずぷっとふきだしているジーニアス。
そういえば、グラスがかの地に幽閉されている、とアクアが憤っていたな、と思いだす。
グラス、ユニコーン種のグラスもどうにかしなければいけないであろう。
アクアが癇癪を起していた理由の一つでもあったらしいが。
「ユウマシ湖って、たしか怒濤何とかっていうのがあるとかいってた?」
「冬虫夏草だよ。ロイド」
どこをどうすればそう間違えるのか。
ロイドのいい分にため息まじりにジーニアスがいい、
「お馬さんがいるの?」
コレットがそんな少女にとといかける。
「うん。いつも湖の底にいるんだよ。とてもきらきらして、しかも角があってとても綺麗なの」
「角…?もしかして、伝説のユニコーンかしら?」
その台詞をきき、リフィルが何やら考え始め、
「もしも、ユニコーンならば、ユニコーンの力を借りることができれば、もしかしたら呪いを解くこともできるかもしれないわ」
いって、
「そもそも、治癒術は、ユニコーンがもともともっていた力をもとに創られたといわれているの。
ユニコーンから授けられた、ともいわれているわね。
マスターボルトマンが発見した治癒術はまだ理論は一部しか解明されていないのだけどね」
リフィルのいい分に、
「そういえば。マスターボルトマンってどんな人だったんですか?」
ちょこん、と首をかしげといかけるコレットに対し、
「あら。ちょうどいいわ。ここでおさらいしましょう」
リフィルがそういうと、
コレットの質問に、どうやら少女も興味があるらしく、目をきらきらさせてこちらをみているのがみてとれる。
「うん?あんた、もしかして教鞭とかとってるのかい?」
少女の母親らしき人物がリフィルにきいてくるが、
「ええ。この子達が旅にでるので、私は保護者をかねて同行しているんです。
この子達の担任を務めています。リフィルといいます」
「ああ。たしかに、教え子が旅業にでる、というのは不安だよね。
あんたたち、いい先生をもったねぇ。が、学校のほうは平気なのかい?」
「ええ。そもそも村長達に頼まれてのことですから」
それは嘘ではない。
そんなリフィルの言い分に納得した、のだろう。
「この子がかよっていた学校はディザイアン達に壊されてしまってね。
この子はその日、病気で学校を休んでいたから被害を免れたんだけど」
だからこの子の気分転換もかねて、家族で旅業にでたんだ、と一緒にのっていた旅の家族連れがいってくる。
それ以外にもどうみても冒険者っぽい人物と、なぜか頭からすっぽりとローブをかぶった小柄な人物。
それがこの馬車に乗り込んでいる全員といってよい。
「それで、この子にもそのマスター何とかという人のことを教えてもらえるかい?」
「ええ。かまいませんわ。そもそも、人間の体内にはマナとは違うもう一つの力があると提唱した人なの」
旅の母親の台詞に、リフィルが答え、
「もう一つの力って何だ?」
「精神力、あるいは生命力とでもいうのかしら。そもそもそれが治癒術の源、といわれているわ。
ボルトマンが残した書には、かつてユニコーンよりその力を授かったと書かれていたらしいわ。
正確にいえば、ボルトマンはかつてあったであろうその失われし術を発掘した人。
といってもいいわね。何でもかつて古代大戦中にすでにあった術で、当時は失われていた術らしいわ。
その研究によって今ある治癒術が確立していってるの。
ボルトマンの残した書物全てが解き明かされれば、
きっとマナに頼らずとも誰もが術を使用できるようになるかもしれない、ともいわれているのよ」
いいつつ。
「学術体系の完成半ばでマスターボルトマンは亡くなられてしまい、いまだ理論は一部しか解明されていないの」
いってすこしため息をつくリフィルにたいし、
「よくわかんねぇけど。じゃあ、いずれはそれが解明されるかもしれないんだな」
ロイドがよくわからないままにそんなことをいってくる。
「そうね。いつかは」
「そうなるといいですね」
「うん。私もそうなってほしい。だったらお母さん達が怪我しても、
エルフでなくてもハーフエルフでなくてもミミが怪我を治してあげられるかもしれないもの」
「この子ったら」
どうやらこの子供の名前はミミ、というらしい。
「もしも、ユウマシ湖にいるというのが伝説のユニコーンならば。
ボルトマンの発見した言葉が事実ならば、ユニコーンと接触できれば治癒術の向上も活路が見出せるかもしれないわ」
「なら姉さん、どうせまたマナの守護塔にいつか向かうんだし。そのときの道すがらよってみたらどうかな?だめもとでさ」
ルインにいくまでの道筋にユウマシ湖は存在している。
そんなジーニアスの台詞に、
「うん。先生、たちよってみましょう?」
コレットがうなづきつつも、リフィルにと提案する。
「コレットはそれでいいの?あなたがいいのなら私は助かるのだけども」
「先生の治癒術が向上するなら、それだけ助けられる人が増えるってことですよね?」
リフィル達がそんな会話をしている最中。
「しかし、今回の旅は順調だねぇ。だいたい夜近くになったらいつもは魔物達がよってくるんだけど。
まあ、今回は腕のいいらしい傭兵さんがお客さんの中にいるから何かあっても頼りにしてるよ」
クラトスが傭兵、というのもあり、旅の護衛をしてくれるのならば、というので、
あるいみこの旅馬車に無料でのせてもらえたといってよい。
御者を務めている人物が、馬車の中の会話をきいていたのかそんなことをいってくる。
「そろそろ時間的に野営の準備をしないのではいけないのではないか?」
「ああ。この先にちょうどいい水場がある所があるんだよ。
今日はそこで野営になるな。アスカードにはこの調子で何ごともなく進めば、
明後日の昼過ぎ近くにはアスカードにたどり着けるとおもうよ」
ハイマからアスカードへは距離的にはかなりある。
ゆえに、いつもならば飛竜観光を利用して、空を飛んで移動していたものもいたのだが。
なぜかここ数日、飛竜観光は休んでいたがゆえにその方法は使用できなかったといってよい。
まあ、一万ガルド以上だしてまで移動するよりは、安い方を選ぶ、という真理も分からなくもないにしろ。
そういえば、以前の時というか元いた時間軸においては、キャロル・アドネードがユニコーンから力を授かり、
それをもとにして術の体制があの当時、できあがっていたな、とふと思い出す。
ヒトがいうところのアセリア歴4210年以降に技術体系が確立された癒しの術。
たしか、あの術術を扱う者は法術師と呼ばれていたが。
神となのりしものや大地、そして精霊から力を借りて、精神エネルギーを使って発動させる術。
そもそも、大戦最中にあの術を授けたはいいものの、自分達の戦力が削られる、という理由もあいまって、
ヒトはその術者を片っ端から排除していた記憶がある。
どうやらその失われし術の記述を何らかの形でみつけた人間がいた、らしい。
ミトスがまだ停戦を成し遂げようと行動していたあの当時ですら、
癒しの力をもつものはごくごく限られた者達しかいなかった、のだから。
それこそすでに、エルフ、もしくはハーフエルフ以外にその力が使用できなかったといってよい。
もっとも、かの術も基本となるマナが涸渇してしまえば使用不可能としかいいようがなかったが。
あの当時は、完全にマナから原子レベルに変換していたがゆえにさほど問題は起こらなかったといってよい。
もっとも、扉の封印に利用していたユグドラシルのマナは愚かなるヒトによって消滅してしまったが。
しかし、とおもう。
ハイマを出発したのが比較的早かったから助かったというか何というか。
…よもやたかがあれだけの力の解放で、かの地の自然が生き生きと活性化するなどとは思わなかった。
自分達が出発してすぐに、新芽が芽吹き始め、今では実はハイマは緑に覆われていたりする。
それをリフィル達に気取られていないのが不幸中の幸い、というところであろう。
『しかし、ラタトスク様?何をなさったんですか?何を?』
影の中から怪訝そうな声がする。
どうやら力の解放の波動をうけて、センチュリオン達が一時、戻ってきたらしい。
『きちんと命じたことはこなしたのか?』
『かの地の装置におけることならば。ソルムはしばしかの地にて情報を集める模様です』
ソルムとテネブラエはどうやらあの海底にある施設にいっているらしい。
なぜか戻ってきたのは、イグニスとアクアとグラキエス、さらにはルーメンといった四柱達。
ルーメンのほうはどうやらいまだに断たれた絆の回復中、であるらしいが。
『少しな。瘴気の発生源があったのでそれを浄化したまで、なんだが』
あの程度でなぜか草木が活性化するとは思わなかったのもまた事実。
ざっと視るかぎり、いきなりそれまでほとんど新芽もあまり生えなかった地に、
あっというまに新芽が芽吹き、赤茶色の大地が緑に覆われていっているのをみて、
ハイマの人々が何やら感極まっている様子が視てとれるが。
そこまでどうやらこちら側の大地のマナは涸渇しており、少しの力の波動でも予想以上な効果がでてしまう、らしい。
力の利用はなるべく、しかも大地にむけての使用は避け、マナの均等化を先にこなしたほうがよさそうである。
『ルーメンのほうの絆の回復がまだ、のようだな?』
とりあえず、そのことに触れられ、また懇々と小言を言いだされても面倒といえば面倒。
すっと目をとじつつも、念話にてセンチュリオン達と会話を交わす。
傍目からみれば、目をとじ、じっとすわってもたれかかっているようにみえるのだが。
ぱっと見た目、目をつむり眠っているようにも見えなくはない。
事実、ぴくり、ともせずに腕を組んだまま目をつむっているエミルをみて、
リフィル達ですら眠っているのだろう、と判断していたりする。
『はい。申し訳ありません』
申し訳なさそうな声がしてくるが。
『ともかく、まずは全ての縁を取り戻してからだな。
それからマナの調停を。どちらにしても大地をこのまま二層にわけておくことはままらないしな』
それこそ歪みがたまってゆくばかり。
あまりに歪みがたまりどうにもならないようならば、それぞれの世界、テセアラとシルヴァラントとよばれし地。
それぞれの世界を、それこそ惑星ごとに分ける必要が生じてくる可能性すらある。
まあ一番手っとり早いといえば手っとり早いが。
そももそそこにいる全ての命を別の惑星にすっぽりと新たに創りし場所に移動させればよい。
ただそれだけ、なのだから。
『それより、ラタトスク様?あのヴェリウスはどうするおつもりですか?
どうも、消えかけていたのか、自らのことすら覚えていない模様ですが』
かつて、ヒトが地上にいたころに、心を司りしものとしてうみだせし精霊。
心の精霊ヴェリウス。
永らくつづく争いと、そしてヒトが慈しみ合う心を忘れ去ってしまっていたがゆえ、
その力すら消滅しかけていたらしき精霊。
どうやらヒトがつくりし人工的な人工精霊の器に入り込むことにより消滅は免れたようではあるが。
ちらり、とみれば、姿を消しているつもりでも、自分達にはしっかりとその姿は認識できる。
あちらはこちらに気づいていない模様、ではあるが。
しかしなぜか戸惑い気味にこちらを気にしているのはみてとれる。
なぜ、あからさまにあやしいですよ、というような格好をしてまでフードなどを目深にかぶり、
この馬車にあのしいなが乗り込んでいるのか理解不能なれど。
まあ、彼女もボルトマンとかいう人物の書物を探しているらしい
…これはコレットがいっていたのだが。
目的が同じゆえについてくることにしている可能性が高い。
『ヴェリウスが忘れている以上、どうにもならないだろう。
あえて人工的な器に入り込んでいる以上、あの器を放棄しなければ、ヴェリウスも本来の力は取り戻せないからな』
器によってその能力が制限されているのがありありとみてとれる。
まあこれは当事者が決めること。
こちらが何かいうことではない、とおもう。
まあ、心を司りし精霊が個人契約をしている、というのに少しばかりの違和感を感じざるを得ないが。
ヴェリウスは心の差別化にもなるから、といってそれをよしとはしていかったのに。
あのとき、記憶がまだ曖昧であったころはそれらのことすら忘れてしまっていたのだが。
『今はまず、ウェントスの覚醒が先だ。あいつがおきれば、彗星内部の装置も停止するしな』
どちらにしろ、アスカードまで、あと約二日。
ウェントスを起こしさえすれば、彗星の中においてある、マナの調整装置。
それも完全に停止する。
かの装置はセンチュリオン達全員の波動がそろったときには停止するように創っている、のだから。
pixv投稿日:2014年1月7日某日(Hp編集:2018年4月22日(日)
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あとがきもどき:
編集するのに、やはり時間がかかる今日この頃……
編集現在でpiさんに投稿してるのすでに150あるんですよね…あう……